【モバマス時代劇】木村夏樹「美城剣法帖」 (57)

【モバマス時代劇】本田未央「憎悪剣 辻車」の続き
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さてどうしたものか。

遊郭の個室にひとり、三味線を弾きながら木村夏樹は思った。

東郷派に喧嘩を売る口実を作ったのはよいが、率直に言って分が悪い。

ざっくり千川派と東郷派の違いを分けると、文官と武官。

馬廻だった凛や徒士頭の木村などを除けば、そのような形になる。

千川派は頭脳労働集団であって剣には長けていない。

しかも、責任や面倒な命の張り合いは他人に押し付けたがる傾向がある。

つまるところ先陣を切って戦える人間はごく少数である。

一方東郷派は頭は軽いが、それゆえに曖昧模糊な“大義”に命をかける。

修行にのめりこんで出世を逃すような剣術馬鹿も大勢いる。

しかも、このような馬鹿者どもは買収にも応じない。

未央をもっと可愛がっておけばよかったか。木村の脳裏に、行方知れずになった後輩が思い浮かんだ。

凛を斬ったとはいえ。いや、凛のような剣士を斬れる女が千川派に必要だ。

つまるところ、理性感情を抜きにした物理的な破壊力。

千川派は首から下は能無し。

三味線を休めて、木村は酒を煽った。

自分たちの手が汚せないのなら、余所者に力を借りるしかあるまい。

徒士の大石泉は、その夜2人の友と酒を飲んでいた。

東郷家にほど近い小料理屋。

下級武士しかよりつかないしみったれた店で、東郷派の本拠地のような場所になっていた。

「未央がよくやってくた!」

機嫌よく徳利を叩くのは土屋亜子。

日頃はせせっこましい金の勘定ばかりしている女だが、今回は千川派との全面対決に勇んでいる。

理由は、自分よりも富めるものが大嫌いだからである。

「えっへへー♪ 私たちも頑張らないといけませんね♪」

猪口からお酒をしょぼしょぼ飲んでいるのが、村松さくら。

本当は人を斬る度胸も腕前もないが、東郷派の空気に流されて意気込んでいる。

「2人とも、少しうるさい…」

泉は不機嫌な声で言った。

未央に破られた鼓膜がまだ治っていない。

そして、自分をこんな目に合わせた未央が賞賛されているのが気に食わぬ。

泉は、二重の意味で耳が痛かった。

店から出た3人は、堂々と夜道を歩いた。

酒が入っているが、ここは東郷派のお膝元。襲撃の危険はないかと思われた。

ましてこちらは3人だ。四方八方から囲まれでもしない限り、負けはせぬ。

「それでいつにする?」

 泉は2人に尋ねた。

「いつって?」

 さくらが割にしっかりした声で応えた。実は彼女、襲撃を警戒して酒は軽く済ませている。

「千川派の人間を斬る日だよ」

「明日でもいいんじゃない? いや、今からでも」

 土屋亜子が嘯いた。勘定以外に頭を使う気はないらしい。

 泉はため息をついた。

 東郷派はたしかに勢いづいているが、勢いでそのまま倒れかねない危うさがある。

武力で上回るといって、これでは烏合の衆ではないか。

無駄に意気込む2人と、それを冷めた視線で見る1人。

その3人の前方に、見知らぬ女が現れた。

見たところ浪人だが、見ない顔。薄く緑がかった髪をゆらゆら揺らしながら、こちらへ向かってくる。

ひどく酔っ払っているようである。

「久しぶりのおしごと、わーくわーくします。ふふっ…」

なんだか奇妙な言葉を使う女だった。よく見れば、左右の瞳の色もちがう。

しかし、月夜に揺れる姿にはえもいわれぬ美しさがあった。

まるで風に吹かれる黄金の芒のような…。泉はしばし彼女に見とれた。

こちらが3人いるのもなんの、間を裂くように向かってくる。

綺麗な人だけど、迷惑な酔っ払い。泉はその女をかわした。

「亜子? さくら? どうしたの…」

「足が、おかしい」

「なんで」

 浪人が過りすぎた後、2人はほぼ同時に地面へ倒れた。あの女の酔いが移ったかのように、ぐにゃりと。

 亜子は酒に強い。さくらは控えた。なのになぜ。

 泉は2人の足を見た。血が流れている。どこから?

 目を凝らし、そうして気づいた。両脚の腱が斬られている。

泉は凄まじい勢いで振り返った。まさか。
 
「こんばんわ…今日の月は綺麗ですね」

 あの女が刀を抜いて立っていた。相変わらず、ゆらゆらと揺れながら。

 大石泉。土屋亜子。村松さくら。

 以上3名の死体が見つかったのは、翌日の朝のことである。


「やられた」

 同心筆頭の片桐早苗は呻いた。千川派を口先ばかりの臆病者だと侮った油断が、相手への隙になった。
 
 大石の死因は失血死。土屋亜子は背中から心の臓を貫かれている。
 
 村松さくらは、直接死因となるような傷はない。ただ表情が恐怖するように歪んでいる。

 そして全員、腱を切断されている。泉にいたっては四肢全てだ。偶然の傷でないのは明白だった。

 拷問だろうか。早苗は考える。

 千川派の人間が東郷派の弱味をにぎるために、3人に手をかけたのか。

 それしにしては死体が奇妙だ。

 拷問をするならば身動きを封じる必要がある。なにかしらの拘束がなければ、抵抗や逃走につながるからだ。
 
 したがって身体のどこかしらに縄や鎖の痕があるべきなのだが、それがない。

 だが、道端で簡単に負わされるような傷でもない。

 人体の中で、最もせわしなく動く両腕両脚、しかもその一部である腱を正確に斬る。

 たとえ相手が棒立ちになっていたとしても難しい。

 そんなことをできる人間がいるとすれば、其の者は剣士ではなく化け物の領域にいる。
 

 相手を拘束せずに拷問できる奇怪な存在、あるいは剣の化け物。

 どちらにせよ容易には捕まえられない。

 まして早苗の見立てでは、犯人は複数人いることになっている。

 千川派の中に何が潜んでいるのか。早苗は頭痛を覚えた。

悲劇的な結末を迎えた渋谷凛と本田未央。

大概のものは片方に肩入れして、もう片方を非難する。

だが一方で、この両者について慈悲の目をむける者がいた。

家老千川の側仕えをつとめる、島村卯月である。

島村家は千川家に連なる家系で、渋谷家とも交流があった。

関わりと言っても温かみのあるものではなく「同族のよしみ」程度だが。


 幼い頃、卯月は凛と同じ学舎で学んだ。
 
 なので何度か口をきいたこともあるが、友人にはなれなかった。

 凛という少女は、容貌才気ともに飛び抜けていて、卯月が気後れしてしまったためである。

 卯月は同世代に生まれた天才を僻むでもなく、ただ遠くから羨望の瞳をむけていた。

 それから少し背が伸び、卯月のいた新陰流の道場に凛が入ってきた。

 剣術であれば付け入る隙もあるだろうか。

 卯月はそう思っていたが、凛は剣の道においても比類なかった。

 卯月の凛に対する感情は、ここで羨望から崇拝になった。

 絶対に近づくことのできない、神か御仏のように凛を崇めた。

 それから成人し卯月は側仕え、凛は馬廻の職に就いた。

 本来であれば凛が側仕えになるはずだったのだが、彼女は辞退した。

 「主に対する細やかな気遣いができるのは、島村家の卯月のような者である」
 
 これは政治的な職から離れるための方便だったのだが、卯月は勝手に感謝し、凛への畏敬の念を強めた。


 それから卯月はつぶさに凛を観察するようになった。

 朝は何時に起きるのか。夜は何時に眠るのか。

 好みの食べ物はなにか。男の趣向はどうなっているのか。

 仕事で悩みはないか。怪我や病気をしていないか。

 時に地位を利用し、時に自ら足を運んで陰から情報を集めた。
 
 凛のことを知れば知るほど、卯月は凛に近づいている気がした。両者の関係は学舎から進展していなかったが。


 そんなある時、闖入者が現れた。

 その日卯月は、屋敷をこっそり抜け出した凛のあとを尾けていた。

 どこへ行くんだろう。

 彼女は不安になった。本来の凛であれば寝床に入り、眠れるまで学本を読みふけっている時間であったから。

 卯月の不安は当たった。凛は色街に足を運んだのである。

 成人した武士が色街に行くのは、別におかしなことではない。人間なのだから溜まるものは溜まる。
 

 だが卯月にとっての凛は、ただの武士にあらず。

 天上の清流がながれるほとりで、桃色の息をはくような存在なのである。

 お止めせねば。

 卯月はそう思ったが、凛は色街の前をうろうろするだけで、いっこうに入ろうとしない。

 卯月は懐から観察手記を取り出して、今見ている出来事を記そうとした。そこでふと思い出した。

 そういえば、昨日凛様は許嫁とお会いになられた。

 卯月はそれから、凛に対してのみ発揮される逞しい想像力で彼女の境遇を察した。

 凛様は、下級の武士とちがって自由な恋愛はできない。

 許嫁も生まれる前から、互いの顔も知れぬ間に決められている。

 いつか始まる愛のない夫婦生活にたそがれ、凛様はここへやってこられたのだ。
 
 自分とて同じ境遇であるのに、卯月は凛を哀れんだ。
 
 そして崇拝の存在が人間的な、生々しくも愛おしい感情を持っていることに気づいた。

  凛様・・・いえ凛ちゃん。

 卯月は身を潜めていた路地から、ぬらぁっと出てきて凛に話しかけようとした。


 しかし彼女がそうする前に、別の武士が凛に声をかけた。

 そして躊躇う凛をぐいぐい引っ張って色街へ引きずり込んだ。

 その武士が本田未央であった。

 卯月は未央について調べた。

 下級武士の家に生まれ、学もなく志もない。

 仕事は各奉行の小間使いのようなもの。

 示現流を遣うが、町の外れの怪しげな道場で習ったものだから怪しい。

 酒をよく凛にせびる。

 ここまで知れば、大抵の人は凛を未央から遠ざけようとする。

しかし卯月は並の女ではない。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。その逆で凛が愛おしければ、未央もまた。

さらに卯月は知っていた。

一見軟派に見える未央が、ひどく情に厚い女であるのを。

幾度となく凛の心を癒していることを。

だからこそ、2人の間にあった悲劇は悲しみこそすれ、どちらを恨むこともなかった。

本物の愛を探してもがいた女と、真実の愛を失った女がただ不憫でならなかった。

こういった彼女の奇特な精神は、一方で派閥争いに対する嫌悪も生んだ。

2人の命をかけた勝負が、政争の一端として扱われている。

卯月には許容できぬことである。 
 

今秋の美城藩はかつてないほどの豊作だった。

藩の財政を立て直し、富商からの負債もある程度清算できる。

そういった目処がついた。

この豊作の裏には、大目付東郷あいが提案した大規模な開墾の功があった。

昨年は「四年かけて土遊びをした」などと批判されたが、

東郷家の私財さえ投げ打って進めた開拓は無駄ではなかったのである。

だが藩主は東郷の謹慎を解かなかった。

今の東郷を藩政に復帰させれば、そのまま領内を乗っ取られかねない。

豊作の利益を懐に収めておきながら、藩主は東郷を敵視し続けた。

千川派もこれに同調した。

「東郷さんご自身が耕したわけでもないんですから、この功は藩全体の功ですよ」

これは、家老千川ちひろの言である。

すでに千川東郷両派で何人も死傷者が出ていたが、彼女の権力への欲望は衰えを見せなかった。

場真奈美はかつて千川ちひろと家老の座を争った。しかし失脚して、現在は隠棲の身。

謹慎中の東郷あいとは、気心知れた友人である。

そんな彼女の屋敷に、東郷派の面々は顔を揃えた。

「ぶっ殺す」

千川の言と早苗からの報告を聞いて、馬廻の向井拓海は激怒した。

怒るなという方が無理がある。

周囲も口では向井を嗜めるが、同じ気持ちであった。

「下手人の目処は?」

木場は早苗に尋ねた。くぐってきた修羅場の数がちがうのか、表情は落ち着いている。

「千川派でこのようなことが可能なのは、諸星きらりと双葉杏の両名」

東郷派の面々は低く唸った。

諸星きらりは寺社奉行のつとめだが、母が前の同心筆頭で、罪人の捕縛術を学んでいる。

また領内一の怪力の持ち主で、並の人間なら傷つけずに拘束が可能であろう。

現在休職している双葉杏は頭も切れることながら、かの渋谷凛を凌ぐ剣の達人である。

彼女ならあるいは、腱を斬る工夫を生み出せるかもしれぬ。

さらにこの両者は友人同士である。

「しかし」

 早苗は続けた。

「諸星は拷問に向かない性質ですし、双葉はこんな手の込んだことしません」

 また一同は納得した。
 
 諸星は見上げるような巨躯の女だが、気質は穏やかで争いを嫌う。

 双葉は屋敷から出るのを極端に嫌う出不精で、近頃は道場にも顔を見せていない。

 まして夜更けに外出し、3人が来るのを路地で待ち伏せし、戦い、その最中に腱を斬るような真似をするだろうか。


「それじゃあ、余所者の仕業ですかにゃ」

 浪人の前川みくが言った。奇妙な言葉を使うが、刀さばきは実直である。

「だとしたら、どうやって見つけるんですか…?」

 徒士の多田李衣菜がおずおずと片桐に尋ねる。

 美城藩は大規模な藩ではないが、交通の要所にある。

 出入りする人間の数は、日に400を下らない。

「捜索は部下の安斎が指揮をとっています。

 彼女なら、少なくとも半月の間には見つけ出すでしょう。
 
 ですが…」

 その間に命の保証はない。

「皆、自信があれば相手を斬ってかまわないぞ」

 木場がそう言ったが、意気込んでいたのは向井ただ1人であった。

一方同時刻、双葉家。

“偶然”にも、千川派の人間らが会合を行なっている。

「杏さんがいないんですけど…」
 
 用人、東郷の謹慎後は大目付を兼任する森久保乃々が指摘した。

 襲撃に怯えながら、森久保家から遠い双葉家に赴いたのに家主がいないとは。

「もう寝ちゃったにぃ」

 諸星が答えた。
 
 眠くなったら何があっても寝る。それが双葉杏という女である。

「杏さんが外に出たくないからって双葉家に集まったのに…」 

双葉杏は東郷派と争う気は無い。大義とかそういうものが堅苦しくて、千川派にいるだけだ。
 
ただし千川の方は、双葉の能力を存分に利用するつもりだった。

そのため、身内を襲撃の危険にさらしつつも、双葉家での会合を選んだのである。

「あののーくれもんが何だっちゅうんじゃ。ワシらだけで十分やないか」

村上巴が不機嫌そうに言った。

安芸からやってきた武士崩れの侠客で、千川派が呼び込んだ余所者の1人である。

粗野に見えるが、腕前の方は非のつけようがない。


「のう、楓さん」

 村上は同じく余所者の、高垣楓に同意を求めた。

 高垣は美城に入ったその日に、東郷派3人を単独で斬り捨てている。

村上も自身の腕に自信がある。
 
達人だか知らないが、無精者の手を借りずとも、東郷派を片付けてみせるつもりだ。


「楓さん? あんたもそう思うじゃろ」

返事がないので、村上はもう一度楓に尋ねた。しかし楓は座ったまま眠っていた。

空になった酒瓶が膝元に転がっている。1つや2つではない、数えるのが面倒な量だ。

このままじゃ酒に殺されかねんな。

村上は楓の豪気な態度と飲みっぷりを気に入っているが、また心配でもあった。

彼女は忍の浜口あやめに目配せをした。

浜口はこくりと頷き、楓を抱えて座敷を出た。

浜口は先ほど屋敷にきたばかりだが、すでに内部の構造に把握し、

誰にも気づかれないよう楓を寝間に叩き込んだ。

だが、その寝間は来客用ではなく、双葉の寝間であった。

浜口は双葉杏と高垣楓が嫌いだった。

人を呼びつけておいて眠りこけているような女。

金をもらっておいて不遜な態度をとる女。

両者とも浜口の理想とする組織には合わぬ。


「どうも遅れてしまって…あれ」

 島村卯月は座敷に入って、家主と第一の剣客が2人ともいないことに気づいた。

「双葉さんはともかくとして、高垣さんは?」

 そこで村上と浜口を除く一同があたりを見回すが、もちろん楓はいない。

「負った傷が痛む言うて、奥で休んどる」

 村上は皆に説明した。

 ちなみに、転がっていた大量の酒瓶はすでに片付けてある。

 何とも気のきく女である。

「それにまだ3人来とらん」

「夏樹さんと鷺沢さん、あと緒方さんもいないです…」

 森久保が指摘した。木場をのぞく2人は雇った剣客である。

「その3人は東郷派の襲撃に向かっています。あちらがたも、会合を行なっているようなので」

「なんで分かる…いや説明せんでええ」

 村上は東郷派に潜む内通者の存在を察した。


「けっ、どいつもこいつも臆病風に吹かれやがって」

 夜道を肩で風切り歩くのは、向井拓海。

 自らの腕によほど自信があるのか、護衛は連れもいない。
 
 来るなら来い。今晩でもいいぞ。
 
 そう気色ばむ向井の前に、果たして奇妙な女が現れた。

 濡れるような黒々とした髪。陰鬱だが、よくみれば整った顔。

 そして、なぜか道の真ん中で突っ立ったまま艶本を読んでいる。

 彼女は向井に気づくと、頭を軽く下げ挨拶した。 

「こんばんわ…月が綺麗ですね…」
 
「こんばんわ。そのまま上を向いて生きろ」
 
 向井は挨拶をかえし、通り過ぎようとした。

 正直関わりたくない性質の女である。

だが領内にあんな奇特なやつがいたかと思い、あえて声をかけた。

「おまえ余所モンか」

 だが、相手は向井の問いには答えなかった。

「明日の月も…きっと…綺麗でしょうね…」

 余所者…鷺沢文香は刀を抜いた。先ほどと変わらず鬱々とした顔のままで。

「文脈を意識しろよ。軟派野郎」

 向井も抜刀した。彼女は鷺沢とは真逆に、非常に獰猛な笑みを浮かべた。

 一方、多田と別れ帰路についた前川。

 彼女もまた妙な女に出くわした。

 その女は、夜も遅いのに川辺で草をぶちぶちむしっている。

 腰に刀を提げているから、相手も自分と同じ浪人だと思われた。

「なにしてるにゃ」

 前川は女に声をかけた。

「幸運の四つ葉、見つからないんです」

 前川は女の顔を見た。ひどく臆病で、たよりなさげな顔をしている。

四葉とは薬草の種類か何だろうか 。

 手伝ってやろうと思ったが、足元が暗く見分けがつかない。

「夜だから探しにくいにゃ。明日の朝また来ればいいにゃ」

 前川は女を諭した。しかし、相手はこう言い返して来た。

「そんなにのんびりしていられません。だって、今の貴方に必要なものなんですよ」

 何を言って、と声を発する前に前川は飛び退いた。

 だが逆袈裟を喰らった。おそろしい速度の居合斬りである。

「どこの流派だ…美城の人間じゃないにゃ?」

 一瞬素に戻り、前川は尋ねた。

 領内で活発な新陰流にも居合はあるが、
 ここまでの速度となれば、別の流派かと思われた。

「夢想流」
 
「不思議ちゃんにぴったりにゃあ・・・」
 
 血を失い青い顔をしながら、前川は剣を抜いた。

 相手が居合に特化した剣士なら、手負いでも戦いようがある。

 しかし敵は1人ではなかった。

「アタシの連れをあんまりいじめないでくれよ。

 虫も殺せない、すごく大人しい奴なんだからさ」

 前川の背後で、重々しい抜刀の音が聞こえた。徒士頭、木村夏樹である。

「夜だから探しにくいにゃ。明日の朝また来ればいいにゃ」

 前川は女を諭した。しかし、相手はこう言い返して来た。

「そんなにのんびりしていられません。だって、今の貴方に必要なものなんですよ」

 何を言って、と声を発する前に前川は飛び退いた。

 だが逆袈裟を喰らった。おそろしい速度の居合斬りである。

「どこの流派だ…美城の人間じゃないにゃ?」

 一瞬素に戻り、前川は尋ねた。

 領内で活発な新陰流にも居合はあるが、
 ここまでの速度となれば、別の流派かと思われた。

「夢想流」
 
「不思議ちゃんにぴったりにゃあ・・・」
 
 血を失い青い顔をしながら、前川は剣を抜いた。

 相手が居合に特化した剣士なら、手負いでも戦いようがある。

 しかし敵は1人ではなかった。

「アタシの連れをあんまりいじめないでくれよ。

 虫も殺せない、すごく大人しい奴なんだからさ」

 前川の背後で、重々しい抜刀の音が聞こえた。徒士頭、木村夏樹である。

軟派なやろうだが、剣の芯は通っている。

向井は相手を素直に称賛した。

鷺沢は幾度となく向井の攻撃を阻み、さらに果敢に攻める。

その剣撃たるや凄まじい。すでに向井は得物を弾かれ、無刀であった。

「お前、どこの出身だ」

向井は尋ねた。

鷺沢は素手の相手に余裕があるのか、答えた。

「…信濃の国です」

向井はまた尋ねた。

「どうして人斬りになった?」

「…本を集めるお金と…時間が…欲しかったんです。

 …人斬りは…高い報酬の割に…一瞬で片がつきますから…」

鷺沢は淡々と答える。大人しそうな割に、恐ろしい発想をするものだ。

「それじゃあ、これ以上時間かけちゃあ申し訳ねえな」

向井は両手を広げて、鷺沢に身を差し出した。

この際に及んでも、悲しげな表情は見せない。

「…ごめんなさい」

鷺沢は一礼した後、刀を振るった。

本当は人斬りなどしたくなかったが、好きなことをして生きるためには仕方ない。

せめて、斬る相手に苦痛がないことを祈るばかりである。

鷺沢は目を瞑った。弱った相手にとどめを刺すとき、いつもこうする。

だが、その時不思議なことが起こった。

刃が…宙で止まって…動かない。

鷺沢が目を開けると、向井は刀を片手で受け止めていた。

手のひらから血も流さず。

白刃取り。勝利を確信した大振りが仇となった。

「謝るのはこっちの方だ。

しばらく本が読めない顔にするんだからな」

向井はまた、獰猛に笑った。

「うっにゃああっ!」

前川は、物差しをあてたように真っ直ぐ剣を振るう。

しかし相手に届かない。

居合い使いは何とか倒したが、木場の腕前は前川のはるか上。

刃がかすりもしない。

「真面目だな。好きだぜ、そういう剣も」

馬鹿にしてるとしか思えない言葉だが、前川は嫌味は感じなかった。

むしろ嬉しいと思った。

木場という女が持つ、不思議な魅力である。

とはいえ状況は真剣勝負の最中。素直に喜んでもいられない。

前川は剣を脇に構える。

これ以上無闇に剣を振るっても、体力が消耗するのみ。

であれば相手を誘い、体勢を崩したところを斬り返すしかない。

一方木場は、刀を大上段に構えた。とどめを刺すつもりだろうか。

その時が勝機。前川は木場を待ち構えた。

しかし木場の剣は、いや哲学は前川の想像を超えた。

木場は太刀を前川に向かって、ぶん投げてきたのである。

武士の魂を飛び道具にするとは。

前川は驚いてそれを弾いた。それが隙となった。

「やっぱり真面目だな」

木場は前川の懐に入り、脇差で心臓を突いた。

目的のためなら傾いた真似もする。

太刀も投げるし、東郷派の人間も口説く。

木場はそういう人間である。

前川は仰向けに倒れた。

力が及ばなかったが、なんだか妙にいい気分だった。

「だりーと仲良くしてくれてありがとな」

生き絶えた前川に、木場はそう言った。

ごめんよぉ

かきなおすよ

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