電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです 2スレ目 (705)

次回更新予定地です。

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来週か再来週使うので先に立てただけなんです、消さないで!

ぼちぼち番外編を投稿するので、sageを必ずお願いします。

すみません、なんかこれで本当にいいのかとずっと悩んでました。お笑いって難しい。もういい、これで行こう。

電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです番外編 龍驤の漫才

龍驤「はーいどうも、龍驤ちゃんやでー!」

隼鷹「隼鷹でーす! ひゃっはー!」

龍驤「えーうちら軽空母2人でコンビ組んでね、今日は漫才なんてやらせてもらおうかな思うとるんですけども」

隼鷹「はいはい」

龍驤「いやー今日もぎょうさんお客さんに集まって頂きまして、嬉しい限りですわな!」

隼鷹「ありがたいことだねえ」

龍驤「なんていうかこう、あれやな! 今日のお客さんはべっぴんさんが多い!」

隼鷹「綺麗な女性がたくさん集まってるねえ」

龍驤「ほら、あそこの席にもべっぴんさん、べっぴんさん、べっぴんさん、べっぴんさんと」

隼鷹「まー美人な方が多いってことでね」

龍驤「いや、なに普通に進めようとしてんねん! ツッコめや!」

隼鷹「え、何?」

龍驤「何やあらへん! 今のは『そこでボケへんのかい!』ってツッコまなあかんところやろ!」

隼鷹「は? ボケてないのをツッコむってどういうこと? あたしわかんない、ちゃんと説明して」

龍驤「ええか? 今のは『べっぴんさん、べっぴんさん、1つ飛ばしてべっぴんさん』っつう鉄板ボケのアレンジや!」

龍驤「そこでボケるとお客さんに思わせといてボケへんっていう1歩踏み込んだ高度なボケなんや! ツッコミ役なんやからそれくらいわからんと!」

隼鷹「ああ、なるほど! そういうことね!」

龍驤「そら、うちのボケのレベルに隼鷹ちゃんが合わせるのは難しいかもしれへんけど、ちゃんとついて来てや?」

龍驤「今からはおかしいところにはどんどんツッコまなあかんで!」

隼鷹「よし来た! じゃ、最初からやり直そうぜ」

龍驤「わかった、ほな行くで! はいどーもー! 龍驤ちゃんやでー!」

隼鷹「お前にブラジャーは必要ないだろうが!」

龍驤「ビックリした! いきなり何なん!?」

隼鷹「昨日、あんたの着替えを覗いてたんだけどさ。下着にブラジャーつけてるのはどう考えてもおかしいと思って」

龍驤「いろいろ言いたいことあんねんけど、まず何でうちの着替え覗いてん!?」

隼鷹「ほら、あたしと龍驤って本当に同じ生き物かってくらいに体型が違うじゃん? 着てるものもやっぱ違うのかなって気になったのよ」

龍驤「まさか胸のこと言うてる!? 何でバストサイズだけで違う生物扱いされなあかんのや!」

龍驤「百歩譲っておかしいと思っても楽屋で言えや! 今言うことでもないやん! いや楽屋でも言わんでええ! うちの勝手や!」

隼鷹「でも必要ないのにブラ着けてるのって資源の無駄じゃない? 今はエコの時代なんだから、そういう無駄は省くべきだと思うんだわ」

龍驤「うちがブラ着けてるのは環境破壊か!? ええやん、下着でちょっと背伸びした大人のオシャレするくらい!」

龍驤「だいたいツッコミってのはそういうのやあらへん! 前にあったことをこの場でツッコんでもしゃあないやろ!」

隼鷹「じゃあどうすんのさ?」

龍驤「今からうちが言うおかしなことにビシーってツッコむんや! 過去のことは振り返らんでええ! わかったか?」

隼鷹「おうよ! じゃ、また最初からやり直すぜ」

龍驤「はいはい……どーもー! 龍驤ちゃんやでー!」

隼鷹「隼鷹でーす! ひゃっはー!」

龍驤「えーうちら軽空母2人でコンビ組んでね、今日は漫才なんてやらせてもらおうかな思うとるんですけども」

隼鷹「はいはい」

龍驤「いやー今日もぎょうさんお客さんに集まって頂きまして、嬉しい限りですわな!」

隼鷹「ありがたいことだねえ」

龍驤「なんていうかこう、あれやな! 今日のお客さんはべっぴんさんが多い!」

隼鷹「綺麗な女性がたくさん集まってるねえ」

龍驤「ほら、あそこの席にもべっぴんさん、べっぴんさん、べっぴんさん、べっぴんさんと」

隼鷹「あのさ、やっぱりあたしボケのほうやりたいんだけど」

龍驤「それこのタイミングで言うん!? そう思てたんなら始める前に言えや!」

隼鷹「なんか悪いと思ってどうしても言い出せなくてさ……」

龍驤「隼鷹ちゃん、そんなキャラやないやん! ああもう、わかった! じゃあ隼鷹ちゃんがボケな?」

隼鷹「そうそう、で、龍驤がツッコミな。あたしのハイセンスなボケにちゃんとついて来いよ?」

龍驤「あったりまえや! じゃ、最初からやるで!」

隼鷹「よっしゃ! はいどーもー! 隼鷹でーす!」

龍驤「龍驤ちゃんやでー!」

隼鷹「えーあたしたち軽空母2人でコンビ組んでね、今日は漫才なんてやらせてもらおうかなと思ってるんですけど」

龍驤「はいはい」

隼鷹「いやー今日もお客さんたくさん集まってるねえ! ほんと嬉しいよ!」

龍驤「ありがたいことやねえ」

隼鷹「なんていうかこう、あれだね! 今日のお客さんは美人が多い!」

龍驤「べっぴんさんがぎょうさん集まっとるねえ」

隼鷹「ほら、あそこの席にもべっぴんさん、べっぴんさん、べっぴんさん、べっぴんさんと」

龍驤「いやそこでボケへんのかい!」

隼鷹「ま、どいつもこいつもスタイルはあたしより貧相なんだけどね」

龍驤「なんでいきなりお客さんディスったん!? 唐突な巨乳自慢やめーや!」

隼鷹「Cカップ未満の女性って生きてることが恥ずかしくないの?」

龍驤「なんちゅうこと言うんや! 今ので全国数千万人の女性を敵に回したで!」

隼鷹「はあ? 自分が貧乳だからみんなも貧乳だって思ってんじゃねーよ。そこまで薄っぺらいのはお前だけだ」

龍驤「なんでそこまで言われなアカンの!? 隼鷹ちゃん、うちのこと嫌いなん!?」

隼鷹「何言ってんだよ……あたしはあんたのことが大好きさ、龍驤」

龍驤「ちょ、急に抱きつかんといてえな、恥ずかしいやん……おっぱい、当たってるって」

隼鷹「あててんのよ」

龍驤「ネタ古っ! 3世代くらい前の流行やで、それ! もう誰も覚えてへんって!」

隼鷹「絵柄はいいんだからラブコメ路線で行けばきっと売れたのに、なんでわざわざバトル物にしたんだろうね。バキのパクリしかできないのに」

龍驤「だからネタ古いって言うとるやろ! もうカラッカラでしなびてる話題やでそれ!」

龍驤「もう全っ然あかん! 隼鷹ちゃんのボケ荒すぎる!」

隼鷹「そうか? 龍驤がついて来れてないだけじゃないの?」

龍驤「お客さんが一番ついて来れてへんわ! お客さんディスったり賞味期限切れのネタ使ったり、やるならちゃんとやれや!」

隼鷹「わかったわかった、今から本気出してボケるから、また最初っからな?」

龍驤「ホンマか? じゃあ最初からやるで、今度こそちゃんとしてや!」

隼鷹「わかってるって。ほら、挨拶から始めなきゃ」

龍驤「はいはい……どーもー! 龍驤ちゃんやでー!」

隼鷹「はいどーもー! ドワイト・D・アイゼンハワーでーす!」

龍驤「えっ!?」

隼鷹「まあね、あたしら2人、軽空母と原子力空母のコンビということでね、今日は皆さんの街に対地ミサイルの雨を降らせにやって参りましたけども!」

龍驤「ちょ……ちょっと待ち! 隼鷹ちゃんストップ!」

隼鷹「なに? 今いい感じでボケてたのにさ」

龍驤「なんかこう……ボケが雑や! 大味すぎる! 何や原子力空母て、世界観無視か! しかもミサイルの雨を降らせに来たってなんやねん!」

隼鷹「そんなに1度にツッコむのは良くないんじゃない? わかりづらいし、必死すぎて引かれちゃうよ」

龍驤「ツッコミにダメ出しすんなや! もうあかん、あんたとはやってられへんわ!」

隼鷹「ありがとうございましたー」

隼鷹「……よし、これでいつ宴会で芸を披露することになっても大丈夫だな!」

龍驤「いや全然大丈夫やあらへん! こんなん人前でやったらダダ滑りや!」

隼鷹「絶対受けるって。最悪、もし滑ったら龍驤が脱げばいいじゃん」

龍驤「なんでうちが脱がなあかんの!?」

隼鷹「そしたら横であたしが『大平原!』って言うから、それでもうドッカンドッカンだぜ」

龍驤「いい加減しばくでホンマに!」

扶桑「ちょっとあなたたち、いつまで油売ってるのよ! もう出撃の時間よ!」

隼鷹「あーはいはい! じゃあ行こうぜ、ラムスデン現象」

龍驤「え、らむすでん……? 何やのそれ」

隼鷹「ほら、牛乳を温めると薄い膜が張るじゃん。あの現象の名前がラムスデン現象って言うんだけどさ」

龍驤「あーはいはい。つまりアレか、その牛乳に張る膜と、うちの胸が薄いゆーところを掛けとるわけやな?」

隼鷹「そうそう。さすが龍驤はわかってるねー」

龍驤「……いや、だからボケが雑や言うとるやろ! そもそも、それ現象のほうの名前やん! 全然ピンと来えへんし、わかりにくいわ!」

隼鷹「えーそうかなあ」

龍驤「また今度漫才の練習やるから、それまでにボケの腕磨いとき! 今のままじゃ、うちのツッコミが死んでまうわ!」

隼鷹「わかったって。次は龍驤を笑い死にさせてやるぜ!」

龍驤「ホンマかいな? なら、約束やで、隼鷹ちゃん!」

隼鷹「おう、約束だな。期待して待ってろよ!」

―――その約束が果たされる機会は永遠に訪れなかった。

その日、龍驤は夜戦にて人知れず轟沈。

姿を隼鷹に看取られることもなく、彼女とドックで行った漫才の練習だけが、隼鷹と龍驤、最後の会話となった。

龍驤の轟沈、そが赤城の魔の手によるものであると判明するのは、まだ先の話である。

終わり。

あまりに酷いのでボツにしかけた2パターン目は近日中に。

電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです番外編 龍驤の漫才 PART2

※本編の雰囲気を著しく壊す恐れがあります。あらかじめご了承ください。

※人によって不快に感じる表現があります。ご注意ください。

※これを書いているとき、作者はとても疲れていました。

龍驤「はいどーもー! 龍驤ちゃんやでー!」

赤城「どうも皆さん、一航戦の赤城です」

龍驤「えっ!?」

赤城「えっ?」

龍驤「あ、ああ、そうやったな。うちは赤城ちゃんとコンビ組んで漫才やることになったんやな」

赤城「ええ、そうです。今日は頑張っていきましょう」

龍驤「せや、頑張らんといきまへんな! いやー今日もぎょうさんお客さん集まっとりますわ! 若い子なんかもいっぱいおるで!」

赤城「本当ですね、女性の方もたくさんいらっしゃってくれて、嬉しいかぎりです」

龍驤「今日のお客さんはあれやな、べっぴんさんが多い!」

赤城「そうですね、きれいな方がたくさんいらっしゃいますね」

龍驤「ほら、見てみ! 前の席にもべっぴんさんだらけや!」

赤城「まあ、美人な女性が並んで座ってらっしゃいますね」

龍驤「せやろ? あそこからべっぴんさん、べっぴんさん、1つ飛ばしてべっぴんさん」

赤城「いや飛ばしたらダメですじゃないですか。失礼なこと言っちゃいけませんよ、ねえ? ほら、皆さんも笑ってないで……」

赤城「……貴様ら何をヘラヘラしている! この一航戦の赤城を愚弄する気か!」

龍驤「ちょ、赤城ちゃん!?」

赤城「卑しい人間どもが付け上がりおって! 貴様ら全員、この場でくびり殺してくれようか!」

龍驤「待ちいや! お客さん殺したらアカン! 一旦落ち着き、な?」

赤城「……すみません、ちょっと興奮してしまいました」

龍驤「どないしたん、緊張しとるんか?」

赤城「そうかもしれません。こういうのは初めてなもので」

龍驤「あんなベタなボケで笑てくれたんやから、むしろ喜ばな! 今日は笑ってもらいに来とるんやから、頼むで?」

赤城「はい、もう大丈夫です。気を取り直して行きましょう」

龍驤「よっしゃ。いやー最近冷え込むようなってきて、もうすっかり秋やなー思いますわな!」

赤城「そうですね。もう夏もおしまいですね」

龍驤「秋言うたら赤城ちゃんにとっては嬉しい季節やな。ほれ、食欲の秋いうて」

赤城「そうなんですけどね……実は私、最近食欲がないんです」

龍驤「はあ!? 赤城ちゃんが食欲ないって、一体何があったん!?」

赤城「いつも食べてばかりで、食べることに飽きてきたんですよ。秋(飽き)だけに」

龍驤「……えっと」

赤城「……貴様ら何を黙りこくっておる! この赤城のボケを耳にしながらその態度、お通夜でもしているつもりか!」

龍驤「はい待った! 赤城ちゃんストップ!」

赤城「いっそこの場を貴様ら全員のお通夜にしてやっても構わぬのだぞ! 笑うか死ぬか、今すぐ選べ!」

龍驤「待ちいや! 今のは赤城ちゃんが悪い! あんなボケやったら誰も笑われへん!」

赤城「そうですか? 渾身のボケだったんですけど……」

龍驤「そら真面目な赤城ちゃんにとっては渾身やったかもしれんけど、あれやったら小さい子でもなかなか笑ってくれへんで」

龍驤「まあ、慣れてないうちはしゃあないな。うちがカバーしたるからどんどんボケてえな。ただ、キレんようにな」

赤城「わかりました。頑張ります」

龍驤「で、食欲がないってのはただのボケなん?」

赤城「いえ、食べ飽きたっていうのは冗談ですけど、それは本当のことなんですよ」

龍驤「これ冗談やないん!? 本当は一体何があってん?」

赤城「たぶん、この前食べたものが消化に悪かったみたいで、、まだ胃にもたれる感じがあるんです」

龍驤「あー消化不良か。赤城ちゃんが消化できんのやったら相当胃もたれするもんやろな。何食べたん?」

赤城「戦艦の霧島さんなんですけど、まだ胃に残ってる感じが……」

龍驤「ちょっと待って、その話ここでするん!?」

赤城「え、どういうことですか?」

龍驤「いやだって……おかしな話になるやん! 霧島の名前が出てくるなら、うちは2代目の方ってことになるやろ?」

龍驤「そしたら時系列を考えてうちと赤城ちゃんが話してるのはありえへんってことになって、面倒くさなるやん! え、これはパラレルワールドなん?」

赤城「いえ、ちょっと……すみません、私には何のことを言われてるかさっぱり」

龍驤「わかった! この話はなかったことにしよう! なっ!」

赤城「はあ。そうされたいのなら構いませんけど……」

龍驤「秋と言ったらあれやな、読書の秋、学問の秋でもあるわな!」

赤城「そうですね。皆さん、ちゃんと勉強してますか?」

龍驤「赤城ちゃんやったら色々おもろい雑学とかも知っとるんちゃうん?」

赤城「もちろん。一航戦ですから、学問もおろそかにしていませんよ」

龍驤「おお、さすがやな! やったらここで赤城ちゃんの雑学披露してーな!」

赤城「いいですよ。某映画では頬肉が一番美味しいと言われてましたけど、本当に一番美味しいのはやっぱり脳みそですね」

龍驤「……ん?」

赤城「旨味成分であるアミノ酸が豊富に含まれていますから、さっぱりしつつも深みとコクのある芳醇な味わいが楽しめます。オススメですよ」

赤城「私はたいてい生で食べるんですけど、もし調理されるなら、焦げ付きやすく、固くなりやすいので炒めるのは避けたほうがいいです」

赤城「やや低温のオーブンでじっくり焼き上げるか、弱火でコトコト煮込んで奥まで火を通すと柔らかくなって大変美味しいですよ」

龍驤「なあ、何の話をしてん?」

赤城「種類としては黒系の肉が一番美味しくて、白系の肉はあまり美味しくないと言われています。塩気と臭みが強すぎるんですね」

赤城「きっと肉中心の食生活が影響してるんだと思いますが、これもじっくり煮込むことで臭みが消え、美味しく頂くことができるようになります」

龍驤「それ何の肉の話なん!? なあ!」

赤城「オススメ料理としては、お尻のロースト仕立てや、内臓と野菜を一緒に煮込んだシチューなんかがとても美味しいです」

龍驤「この話やめよう! お客さん静まり返っとるやん!」

赤城「……どうした貴様ら、何を呆けている。この赤城の話を聞き終えながら拍手の1つもないとはどういうことだ?」

赤城「その両手、要らぬと見える! 肩口から食い千切り、骨ごと食らってくれようぞ!」

龍驤「なに口走っとるん!? お客さん食べたらアカン、いいから落ち着かんかい!」

赤城「これも貴様の責任だ、龍驤! 場を湿らせおって、何がお笑いのプロだ! 笑わせるわ!」

龍驤「うわっ、矛先がこっちに来よった!」

赤城「丁度いい、腹が減っていたところだ! せめて我が糧となることにより、己の義務を果たすがいい! この赤城を笑わせるという義務をな!」

龍驤「えっ、それネタやろ? いくらなんでも本気で……」

赤城「見るがいい龍驤、貴様の死を見届けにこれほどの人間がこの場に集った! そして、この人間どもも貴様と同じ場所へ行く事になるだろう!」

赤城「その場所とは、そう! この赤城の腹の中! ここが貴様の死に場所だ、龍驤!」

龍驤「嘘やろ!? 決め台詞っぽいの入ってもうてるやん! まさか、うちを漫才のオチにするつもりか!?」

龍驤「待った! こ、こうしようや! うちが今から一発ギャグをやる、それでオモロかったら赤城ちゃんはうちを食べへん、どや!?」

赤城「ほう……面白い。ならばやってみせよ、もしそれが滑ったならば、そのときは……わかっているな」

龍驤「だ、大丈夫や! お笑い界の原子力空母、龍驤ちゃんの一発ギャグやで! これで笑わんやつはおらん!」

龍驤「ほな、行くで? こう、床に座ってやな。足を前に出して膝曲げて、パカーっとM字開脚をしてやな」

龍驤「天地開闢!」

赤城「…………続きはどうした?」

龍驤「えっ、その……これで終わりなんやけど」

赤城「そうか……ならば、貴様の命運も終わりということだな」

赤城「下らぬものを見せられた。最期に苦痛の慟哭を響かせ、せめてもの償いとするがいい!」

龍驤「ちょ、待って! 今のはうちの20個ある持ちギャグで一番つまらんやつやから! 次もっとオモロいのやるから!」

龍驤「やめて! 頭わし掴むのやめてーな! ほれ見てて! 今からモノマネするで! はいっ、試合開始前のヴァンダレイ・シウバ!」

赤城「そうだ、命乞いをしろ! 我が身を惜しめ! そうすれば貴様の最期はより苦痛に満ち、血肉には旨味が滾るであろう!」

龍驤「いやちゃうから! これ命乞いやなくて……待った、ほんとに待って! うっわ口でっか! やめて、閉じて閉じて! 口閉じてーな!」

龍驤「うわぁああ嫌や! 認めん、認めへんで! こんなオチ許されるわけ……ギャアアアアアア!」

バリバリ、グシャグシャ、バキバキ、ゴクン!



赤城「ごちそうさまでした。次は……貴様らの番だ!」



続かない

ところでヴァンダレイ・シウバは皆さんご存知ですよね。

https://www.youtube.com/watch?v=9Lb9lRxm7WQ

やっぱり本編の更新は無理でした。次の日曜日前後までお待ちください。

休日出勤が確定しましたが問題ありません。必ず間に合わせるんで。

えー完成はしたんですけどね、力尽きたので寝ます。深夜2時くらいの更新になる見込みです。

寝過ごしました。それでは更新します。

電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです8 鎮守府は燃えているか 中編

足柄「電ちゃん、私たちの相手は予定通りでいいの!?」

電「はい! 餓狼艦隊は山城さんを、大和さんは扶桑さんをお願いします!」

那智「金剛はどうする! まさか、電が相手をする気か!?」

電「そうするしかありません……もう彼女を止められるのは私しかいないでしょう」

赤城さんを隼鷹さんに任せ、最大全速で鎮守府へと航行する私と大和さん、それに餓狼艦隊こと妙高四姉妹。

今や鎮守府は主力艦である扶桑さん、山城さん、金剛さんの奇襲を受け、大混乱の最中にあります。

私たちはその3人を速やかに打破しなければなりません。扶桑さんは大和さん、山城さんは餓狼艦隊となれば、私の相手は当然、金剛さんです。

大和「しかし、機動力が制限される屋内戦では、火力と装甲に勝る戦艦が圧倒的に有利です。魚雷も使えないし、駆逐艦の電さんでは……」

電「大丈夫です。残っている駆逐艦隊と合流して、力を合わせればきっと勝機はあります」

電「それに……もう一刻の猶予もありません。私たちが1人でも敗北すれば、艦娘全員が解体されてしまいます」

大和「……私にはまだ信じられません。提督がそこまでするだなんて」

足柄「そういえば、提督は一体どこに隠れているの? まだ見つかってないんでしょ?」

那智「今なら提督を捕らえれば、戦況はこちらに大きく傾くぞ。電、どこか思い当たる場所はないのか?」

電「……捜索中にどこへいたかはわかりませんが、今は鎮守府の中にいると思います」

大和「鎮守府内に? でも、そこは駆逐艦隊と金剛さんが戦闘中では……」

電「金剛さんに鎮守府内をある程度掃討させてから、中に入ったんじゃないかと思います。何より、入り口に扶桑さんがいるのが気になります」

足柄「それは駆逐艦の退路を断って殲滅するつもりじゃないの?」

電「提督は駆逐艦を戦力として重視していません。戦艦を2人も割いてまで殲滅する理由はないはずです」

電「だから扶桑さんは駆逐艦を逃さないためではなく、これ以上誰も通さないために入り口を守っているのかもしれません」

大和「提督を守るために……ですか。まさか扶桑さんがこんな計画に加担しているだなんて……」

足柄「まったくだわ! 彼女には見損なったわね!」

妙高「自分たちさえ良ければそれでいいということでしょう。私も失望しましたわ」

羽黒「扶桑さんはときどき意地悪だけど根は良い人だって思ってたのに……許さない」

妙高さんたちの言う通りなのかもしれません。ですが、私にはどうしても腑に落ちないのです。

金剛さんはともかく、扶桑さんがこんな計画に心から賛同しているのでしょうか? 

いくら提督に付き従う扶桑さんと言えども、これほどのことを何の躊躇いもなく実行できるほど、彼女が冷血な人だとは思えないのです。

もしかしたら、扶桑さんにも迷いがあるかもしれません。あるいは説得に応じてくれる可能性だってある。

足柄「見えてきたわ! 鎮守府はもうすぐよ!」

大和「あっ……鎮守府から火の手が! ドックにも煙が……まさか提督は、鎮守府そのものを破壊する気ですか!?」

電「ここまでやるなんて……!」


赤城さんが言っていた通り、提督はこの内乱を深海棲艦の襲撃と偽って報告するつもりでしょう。

ならば、主要部を除く施設にもある程度の被害を出していたほうが報告にも真実味が出る。おそらくはそういう魂胆なのです。

一度鎮まった怒りが再びメラメラと燃え上がりつつあるのを感じます。鎮守府は提督だけのものではないのです。

電「……急ぎましょう!」

ここまでの道のりで予想通り10分弱の時間を消費しています。今や鎮守府に残された後方戦力は風前の灯火です。

鳴り響く爆音、砲撃音。距離はそう遠くありません。ドックを守る龍田さんたちが、山城さんに対して必死の防戦を繰り広げています。

木曾「キ、キソー! やられたでキソー!」

龍田「木曾! くっ……もう動けるのは私だけ……!」

山城「もう降参してください! 私に勝てないのは最初からわかっていたはずです!」

龍田「誰が降参なんてするもんですか、このシスコン! そろそろお姉さまの幻覚が見え始める頃なんじゃないの!?」

山城「あなただけにはシスコンなんて言われたくありません! 第一、あなただって天龍さんの幻覚を毎日見てるじゃないですか!」


龍田「はあ? 天龍ちゃんならあなたの砲撃を食らってそこに浮かんでるじゃない!」

龍田「私の可愛い天龍ちゃんを傷つけた報いは絶対に受けさせてやるわ! 覚悟しなさい!」

山城「そこに浮かんでるの北上さんですよ!?」

電「龍田さん! お待たせしました!」

龍田「遅いわよ! 美味しいところだけ持って行く気!?」

山城「電さん……! 本当だったんですね、電さんがこの反乱の首謀者だっていうのは!」

電「山城さん、あなたは自分が何をしているのかわかっているのですか!? このまま提督に加担すれば、どんな結果になるのかを!」

山城「……私が従うのは提督じゃありません、お姉さま唯一人です! お姉さまがやると決めたなら、私はどこまでもついていくだけです!」

山城「その邪魔をするというのなら、電さんであろうとも容赦はしません! お姉さまに立ち塞がる者は全て山城が沈めます!」


足柄「悪いけど、あなたの相手は電ちゃんじゃないわ、この私たちよ!」

那智「貴様らに主力艦隊の座を奪われた、餓狼艦隊の力を見せてやる! かかってこい、山城!」

山城「出たわね、餓狼艦隊! あなたたち変態四姉妹に山城が負けるもんですか!」

妙高「私たちも変態に入ってるんですの!? この2人と一緒にしないでいただけるかしら!」

山城「変態、変態、拷問魔、ヤンデレの四姉妹でしょう! そんな人たちに主力艦が務まらないのは当然です!」

羽黒「ヤンデレ呼ばわりされた……もう許さない! 山城さん、覚悟!」

山城「覚悟するのはそっちよ!」

接近する餓狼艦隊に向け、山城さんの主砲が放たれます。立て続けに4発。餓狼艦隊は素早く散開し、かろうじて躱します。

那智「おおっと! はははっ、今のは危なかったな!」

足柄「そう、これよ! 危険が肌をかすめるこの感覚! これこそ私が本当に欲していたものだわ!」


足柄「私は戦場に帰ってきた! ただいま戦場! おかえりなさい足柄! 今、私は本当の自分に戻れたんだわ!」

那智「だが、まだ足りん! どうした山城、どんどん撃ち込んで来い! 主砲をこちらに向けろ! 残っている瑞雲も全て出せ!」

那智「本気で殺しにかかってこい! 私たちを感じさせろ! はははっ、全身がうずいて仕方がない!」

山城「この戦闘狂! お望み通り、山城が沈めてあげます!」

足柄「ええ、その意気よ山城! それでこそ、沈め甲斐があるってものよ!」

足柄「戦場に帰ってこれた、本当の自分も戻ってきた、それでもまだ、私は勝利を手にしていない!」

足柄「あなたを倒し、私たちは勝利を掴みとってみせる! 来なさい山城、私たちが餓狼艦隊よ!」

久方ぶりの戦場。士気高揚する餓狼艦隊は、その名の通りに飢えた狼のごとく山城さんに襲いかかります。

山城さんとはいえ、数十に及ぶ軽巡、重巡を相手にしたならば多少なりとも損傷を受け、弾薬、燃料も大きく消費しているはず。

そして相手は戦場に狂喜乱舞する餓狼艦隊。彼女たちなら、山城さんに勝てる!


妙高「電さん、大和さん! ここは私たちが引き受けます、どうぞお行きなさい!」

電「はい、どうかご武運を!」

大和「勝てると信じています、妙高さん!」

妙高「当然です! さあ行くわよ、羽黒!」

羽黒「はい、姉さん!」

山城さんを妙高四姉妹に任せ、私と大和さんはドックを通過し、上陸します。目指すは鎮守府。急がなければなりません。

龍驤『電ちゃん、ちょっと待ちいや!』

電「龍驤さん? 私たちは今から鎮守府内への突入を試みます。そちらの状況は?」

龍驤『うちらは沿岸に退避して瑞雲を引き付けとるけど……そんなことより、なんで隼鷹ちゃんを1人で残して来たんや!』


電「……あの状況ではそうするしかありませんでした。それに、残ったのは隼鷹さんの意志です」

龍驤『せやかて、どう考えても無茶やで! タイマンで赤城に勝てるわけがない! 今だってもう、隼鷹ちゃんが完全に押されとる!』

電「龍驤さん、赤城さんのところに偵察機を飛ばしたままなんですか!?」

龍驤『当たり前やろ、隼鷹ちゃんを放っておけるわけないやん! ああっ、彗星が! まずい、もう艦載機の半分を落とされとる!』

予想すべきことでしたが、まずいことになりました。

隼鷹さんの勝ち目が薄いことは最初からわかっています。まずいのは、これから起こることを龍驤さんが見てしまうかもしれないということなのです。

私は大和さんに聞こえないよう、声を落として通信機の向こうの龍驤さんに語りかけました。

電「……龍驤さん。赤城さんのことは、隼鷹さんに託すしかありません。偵察機を戻してくれませんか」

龍驤『そんなことできひん! 艦載機が1機でも必要なのはわかるけど、隼鷹ちゃんを見殺しにするような真似、うちにはできんで!』

電「……わかりました。偵察機はそのままでも構いません。でも、龍驤さん。ひとつ約束してください」

龍驤『約束? どういうことや?』


電「隼鷹さんは必ず勝ちます。ただし、その過程で信じられないことが起きるでしょう。そのことは龍驤さんだけの秘密にしてください」

龍驤『……何が起こるんや?』

電「それは言えないのです。ただ、絶対に誰にも話してはいけません。いいですか?」

龍驤『……ようわからんけど、わかった。うちは隼鷹ちゃんの戦いを見届けてええんやな?』

電「はい。どうか応援してあげてください。隼鷹さんは、龍驤さんのことが大好きですから」

龍驤『……うん、おおきに。じゃあ、そっちも頑張りや』

通信は静かに切れました。隼鷹さんと別れてから十数分が経過しています。もうそろそろ、「E2F計画」はその姿を見せるはずです。

大和「龍驤さんと何を話されたんですか? 内緒話のようでしたけど……」

電「いえ、隼鷹さんを残してきたことを非難されただけです。事情を説明して、龍驤さんにも理解していただきました」


大和「そうですか……あっ。電さん、下がってください」

電「えっ?」

私の前に立った大和さんの肩越しに見えたのは、こちら目掛けて猛然と襲い来る瑞雲の群れ。

それらは次の瞬間、鳴り響く対空砲火により木っ端微塵になって姿を消しました。

大和「ふう。大丈夫ですか?」

電「は、はい……流石です、大和さん」

大和「いえいえ……今のは扶桑さんの瑞雲ですね。どうやら、こちらを捕捉したようです」

電「……扶桑さんに勝てますか?」

大和「もちろん。私を誰だと思っているんです?」

その微笑みには揺るぎない自信と信念があります。扶桑さんは熟練の主力艦。勝機があるのは大和さんだけです。


私たちがたどり着いた鎮守府の前に、扶桑さんは待っていたかのように屹然と立ち構えていました。

その表情にあるのは確固たる決意。迷いなど露ほども感じられません。

扶桑「……来てしまったのね、電ちゃん。それに大和さん」

電「扶桑さん……そこを通してくれませんか。提督が何をしようとしているのか、あなたは知っているはずです」

扶桑「ええ。だから電ちゃん、大和さん。降伏しなさい。あなたたちだけは解体を免れるよう、私から提督にお願いしてあげるわ」

電「……あなたはこんなことをする人じゃない。どうしてそこまで提督に付き従うんです?」

扶桑「私はあの人の伴侶なの。従うのは当然でしょう」

電「提督はこんな非道を行うような男なのに、なぜ? 提督が華族の出だからですか?」

扶桑「そのことは昨晩、この作戦を聞かされたときに初めて提督が私たちに教えてくれたことよ。提督の出自は関係ないわ」

電「なら、どうして! あんな男に扶桑さんが尽くす価値なんてない! 提督は扶桑さんの気持ちを必ず裏切ります!」

電「いいえ、すでに1度、扶桑さんのことを裏切りました! それを気付いていないわけじゃないでしょう? 提督は扶桑さんが愛するに値しません!」

扶桑「……それでも私は、提督を愛しています。この気持ちをあなたに理解してもらうつもりはないわ」

電「そんな……!」


扶桑「ここはどうあっても通さない。通りたければ、私を倒していくことね」

大和「では、その言葉通りに。やっぱり説得は無理みたいですね、ようやく私に出番が回ってきました」

悠然と進み出たのは、海軍最強と名高い至高の戦艦、大和さん。

扶桑さんの引く死線の領域に、大和さんは事も無げに踏み入りました。

大和「電さん、扶桑さんの脇を抜けて鎮守府に入ってください。彼女は私にお任せを」

扶桑「大和さん、耳が遠いのかしら? ここは通さないって言ったのよ」

大和「扶桑さんこそ、寝ぼけているんですか? 私を前にして余所見をする危険を冒そうだなんて、随分と余裕なんですね」


大和さんは柔らかに微笑み、扶桑さんの視線に険しさが増します。向かい合う2人の戦艦は、今や砲塔を向け合って対峙していました。

大和「行ってください。彼女の様子だと、やはり提督がいるのはここみたいです」

電「……はい、お願いします! 勝ってください、大和さん!」

大和「もちろん。大和は負けませんから」

大和さんを後に走り出し、扶桑さんの側を通り過ぎます。扶桑さんは私に目もくれず、正面から視線を外しません。

扶桑さんとは戦いたくなかった。彼女が優しい人だということを私は知っているから。

でも、もう戦いは避けられません。私は全てを大和さんに託します。

電「どうか負けないでください、大和さん……!」

戦いを始めようとする戦艦2人を背に、私は今や地獄と化した鎮守府へと足を踏み入れました。


大和「……運命を感じませんか、扶桑さん?」

扶桑「言ってることがわからないわね。どういう意味かしら」

大和「私とあなた、お互い日本の名を背負う戦艦同士です。あなたとは一度、ゆっくりお話してみたかったんですけど、機会に恵まれませんでした」

扶桑「でしょうね。私はあなたのことを避けてたもの」

大和「そうなんですか? ちょっとショックですね、どうしてそんなことをしてたんです?」

扶桑「たとえ名前の由来は同じでも、あなたと私はあまりにも違いすぎるわ」

扶桑「あなたは帝国海軍の最新技術を結集した、世界に名だたる最高峰の戦艦。片や私は、時代に置き去りにされた惨めな欠陥戦艦」

扶桑「ずっとあなたが羨ましかった。私はきっと、あなたみたいになりたかったんでしょうね」

大和「……そこまで評価していただいて、恐縮です。私にとって、扶桑さんは偉大な先輩ですよ」


扶桑「お世辞なんていらないわ。私たちの道は分かたれた。お互い、もう敵同士よ」

大和「……負けませんよ。正義は私たちにある。あなたを倒し、提督の悪行を止めます」

扶桑「正義なんて言葉に興味はないの。私はただ、自分の信じたものに命を賭けるだけ」

大和「……教えてくれませんか? 扶桑さんがそこまでして信じているものとは、一体何なんです?」

扶桑「言いたくないわ。その気持ちは私の心に秘めた一輪の薔薇、人に見せびらかすようなものじゃないの」

大和「そうですか……残念です。では、あなたを倒してからゆっくりうかがいます」

扶桑「できるものならね。でも、戦う前に1つだけ教えてあげる」

大和「なんです?」

扶桑「……扶桑の名にかけて、あなたにだけは絶対に負けたくない」


それはまるで、自分に言い聞かせるかのように。性能において遥か上を行く大和に向け、扶桑は揺るぎない覚悟を口にした。

たとえそれがどれほどの覚悟であろうとも、動じる大和ではない。微笑みを崩さぬまま、大和はその言葉を正面から受け止めた。

大和「大和型1番艦、戦艦大和。僭越ながら、お相手させていただきます」

扶桑「扶桑型1番艦、航空戦艦扶桑。挨拶はこの辺りにして、始めましょうか」

大和「ええ……勝負です、扶桑さん!」

扶桑「かかってきなさい! たとえ大和が相手でも、この扶桑は決して引きはしない!」

轟音が鳴り響き、2発の砲弾が交差する。大和と扶桑、日本の名を背負う2人の戦艦の果たし合い。

鎮守府の命運をも超えた、互いの誇りを賭けた決闘がここに幕を上げた。


霞「……離しなさいよ、不知火! 足手まといになるつもりはないわ!」

不知火「何をおっしゃいます! 霞様を置き去りにするなど、電様に顔向けができませぬ!」

霞「私はまだ戦える! 私のことはここに置いて行って。ここで金剛を足止めするわ!」

不知火「そんな、無茶です! もはや砲弾も尽きかけ、立つのがやっとではありませぬか!」

不知火「今、長月が他の動ける者を指揮して金剛を釘付けにしています。援軍が来るまで、霞様は安全な場所に!」

霞「嫌よ! もう戦力だってほとんど残ってないのよ! あんなにいた仲間が、もう数人しかいない! それなのに、大人しくしてろって言うの!?」

不知火「くっ……もう誰も残っていないのか! 子日様ともはぐれてしまった……くそっ! こんなことでは……!」

電「不知火さん! 霞ちゃん! 無事ですか!?」

鎮守府内は予想以上に酷い有様でした。金剛さんがところかまわず主砲を放ったのでしょう、そこら中に砲撃の痕があり、燃えている箇所もあります。

至る所に大破して力尽きた駆逐艦たちが倒れ伏しています。血潮が生々しく壁に飛び散り、目を覆いたくなるような惨状です。

ですが、目を逸らすわけには行きません。傷つき倒れた仲間たち。この状況を作り出した責任は私にあるのです。


責任を果たさなくてはならない。私は不知火さんと、その肩に寄りかかって辛うじて立っている、傷だらけの霞ちゃんに駆け寄りました。

霞「電……ごめん、ダメだったわ。私たちはほぼ全滅。金剛を足止めしてる連中も、今頃はもう……」

不知火「申し訳ありません! 提督さえ未だ見つからず、この不知火がいながら……!」

電「2人とも、自分を責めないでください。作戦が漏れることを想定していなかった、電の責任です」

不知火「そんな、電様が悪いわけでは……!」

電「後のことは私が引き受けます。不知火さんは霞ちゃんと一緒に、安全な場所に避難していてください」

先程から鳴り止まない轟音が鎮守府に響いています。一方は外から、もう一方は内から。後者の聞こえる方向に金剛さんがいるはずです。

霞「まさか電……金剛と直接戦うつもりなの!? いくらあんたでも、屋内で戦艦相手じゃ……!」

電「サンダーボルト艦隊は十分な働きをしてくれました。すでに金剛さんは疲弊し、弾薬の残りもわずかなはずです」

電「大丈夫です、任せてください。金剛さんなんて、私の敵ではないのです」


不知火「で……でしたら、ぜひ不知火をお供に! 弾除けくらいにはなるはずです!」

電「言ったでしょう? 不知火さんは霞ちゃんを守っていてください。お願いなのです」

もう誰にも傷ついて欲しくない。それは本当の気持ちですが、同時に1人で戦艦に挑むという拭いがたい恐怖も、抑えようもなくこみ上げてきます。

それでも、ここから先は私1人で戦わなくてはいけないのです。これ以上みんなを巻き込めません。

不知火さんは苦悩の顔を上げ、口惜しそうにゆっくりと私の言葉にうなずきました。

不知火「……かしこまりました。行きましょう、霞様」

霞「電……あんた、ちゃんと無事に帰ってくるんでしょうね! 帰ってこなかったらタダじゃ済まさないわよ!」

電「もちろんです。絶対に帰ってきますから……待っていてください」

霞「……嫌よ。あんた1人を行かせて、待つだけなんてできない」


霞ちゃんの目が潤んでいたのは見間違いではなかったと思います。それは初めて見る、霞ちゃんの涙でした。

釣られて私まで泣きそうになりましたが、今はそんなときではありません。霞ちゃんのためにも、私は勝たなければならない。

電「霞ちゃん……こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい。ここからはどうしても、私が戦わなければいけないのです」

霞「……電、帰ってきてね。約束よ」

電「はい、約束です」

不知火「……さあ霞様、こちらへ」

2人に見送られながら、私は金剛さんを目指して通路を進みます。内から聞こえる砲撃音はもう、鳴り止んでいました。

私の武器は戦艦の装甲を貫けない12.7cm連装砲、陸上では手榴弾代わりがせいぜいの61cm四連装酸素魚雷。そして2つの強化型艦本式缶。

火力は乏しく、機動力も屋内では発揮できない。当たり前に考えれば勝ち目なんてありません。それでも、勝つしかない。


金剛「……誰かと思えば、電ちゃんじゃないデースか。思ったより来るのが早かったネ」

電「……金剛さん、随分と好き勝手やってくれましたね」

とうとう金剛さんとの接敵。その足元には、ぴくりとも動かない長月さん、白雪さんたちが転がされています。

ここからが正念場。うるさいくらいに心臓が早鐘を打ち、私はそれを悟られないよう、ゆっくりと深呼吸をしました。

電「金剛さん。あなたは自分が何をやっているのか、理解しているんですか?」

金剛「当然デース。反乱分子を一掃してからまとめて解体し、提督と一緒に一からやり直すネ」

電「もうあなたが提督にこだわる必要なんてないでしょう。今更、扶桑さんから提督を奪おうなんて考えてるわけじゃないんですし」

金剛「……霧島が行方をくらましたのはきっと訳があるはずネ」

その瞳は相変わらず暗い影がかかっています。かつての威勢の良さは影も形もありません。

金剛さんの瞳に影を落とすもの、それは霧島さんに対する恐怖にほかなりません。


金剛「万が一、提督が権力を奪われるなんてことになったら、霧島のしてきたことが全部水の泡になるネ」

金剛「そしたら、あの子の怒りの矛先は私に向くネ。それを思えば、ほかの艦娘をみんな解体するくらいどうってことないデース」

電「そっ……! そうなん、ですか」

それは予想していなかった絶好のチャンス。これを逃すわけにはいきません。

電「すみません、一旦待ってください。金剛さん、面白いことを教えてあげましょうか?」

金剛「電ちゃんには悪いけど、待つ暇なんてないデース。さっさと駆逐艦を全滅させて、解体室に持って行かなくちゃいけないネ」

電「いいえ、きっと金剛さんは聞きたい話だと思いますよ……実はもう、霧島さんはこの世にいません」

金剛「……何を言ってるデースか? そんなわけないネ」

電「事実です。霧島さんは私が殺しました」

金剛「……What?」

その暗い瞳が驚愕に見開かれます。当然でしょう、こんな話題を金剛さんが聞き逃がせるはずもありません。私たちの勝利はもう、すぐそこにあります。


電「一昨日、金剛さんたちが入渠して、霧島さんと赤城さんだけがドックに残っていたのを覚えていますか?」

電「そのとき、私は補給資源に細工をしたんです。といっても、2人の補給資源を同じ場所に用意したっていう、ただそれだけなのですが」

電「先に補給に来た霧島さんは、これ幸いとばかりに2人分の補給資源を全て食べてしまいました。そこに後から来た赤城さんがやってきたんです」

電「自分のご飯を横取りした相手を、あの赤城さんがどうするか……ここから先は、言わなくてもわかりますよね」

金剛「まさか……霧島は赤城に食べられたっていうんデースか!?」

電「その通りです。何なら、赤城さんに確認してみます? どんな味だったか、克明に教えてくれると思いますよ」

金剛「そ、そんな……それじゃ、私はどうすればいいんデースか!?」

戸惑う金剛さんの姿はまるで、繰り人を失った操り人形のように哀れなものでした。

彼女はどれほど酷いことを霧島さんにされたのでしょう。一度壊されてしまった心は、もう元には戻らないのでしょうか


電「あなたがどうすればいいのか、それは私が決めることではありません。ただ、できれば武器を降ろしてほしいのです」

電「たとえ姉妹といえど、霧島さんの仇を討つような義理はないでしょう? 金剛さんが私たちに付けば、それで解決します」

金剛「で、でも……そしたら、私まで提督に解体されてしまうのデース!」

電「私たちは提督から鎮守府における権限を奪うために戦っています。私たちが勝てば、そんな心配はしなくて済むのです」

電「一緒に来てください。金剛さんが力を貸してくれるなら、これほど心強いものはありません」

金剛「……提督から権限を奪ったら、その後はどうするデースか?」

電「合議制の鎮守府を作るつもりです。誰が偉い、というのはなくなります。みんな平等な鎮守府こそが私の目標です」

金剛「……そうデースか」

仔うさぎのように怯えていた金剛さんの体から、震えが引いていきます。暗い影を落としていた瞳にも光が戻りつつあります。


金剛「……電ちゃん。私がなんで扶桑から提督を奪いたかったか、わかるデースか?」

電「……いいえ。略奪愛への願望、ってやつですか?」

金剛「違うネ。私はただ、1番になりたかっただけデース」

その瞳にはかつての光を超えるほどの輝きが爛々と光っています。もう、1人では歩くことすらできない、操り人形の金剛さんはいません。

扶桑さんから提督を奪うことに執心していた、あの金剛さんが今ここに舞い戻りました。

金剛「扶桑のことはずっと気に入らなかったネ。私より先に着任して、私より強くて、あいつに勝ちたいってずっと思ってたデース」

金剛「平等な鎮守府? Fucking Christ. そんなもの、私は望んでないネ。私が欲しいのは1番の座ネ!」

金剛「電ちゃんの望む未来を私は望んでいないネ! もし私の望みが叶うとするなら、それは電ちゃんたちを倒した先の未来にあるデース!」

金剛「空っぽになった鎮守府で、私は1番に返り咲くデース! 霧島さえいなければ、あとは扶桑だけネ!」


金剛「Sorry、電ちゃん。私はやっぱり、提督の側に付くネ! 電ちゃんも他の駆逐艦のように、吹き飛ばしてやるデース!」

電「……そうですか、残念です。なら、私から言えることは1つだけです」

金剛「何デースか? 遺言くらいは聞いてやるネ」

電「では、お言葉に甘えて……今なのです!」

子日「てーいっ!」

金剛「がっ!?」

金剛さんの頭部に直撃したのは、わずか数mの距離から投擲された61cm魚雷管。

推進器が動かなくとも、直に投擲することはできる。弾頭に衝撃が入れば信管が作動し、起爆する。私の目の前で、金剛さんは爆風に飲み込まれました。


子日「ね……ねねねねね、子日だよぉ……!」

電「子日さん、ナイスです! 奇襲は成功ですよ!」

子日「や、やったよぉ! 子日、みんなの仇を討ったよぉ!」

金剛「ひ、卑怯デース……! 後ろからいきなり攻撃するなんて……」

電「ごめんなさいなのです、金剛さん。でも、あなたは私たちの仲間を大勢傷つけました。これでおあいこにしましょう」

硝煙の中で膝を付く金剛さんに向けて、私は12.7cm連装砲の照準を合わせます。間髪入れず、とどめの砲撃を放ちました。

手に伝わる砲撃の振動。魚雷ですでに致命傷を負っていた金剛さんは、避けることもできずに私の砲弾を受け、そのまま崩れ落ちました。

金剛「ガハッ! む……無念、デース」

子日「で……電ちゃぁーん! 怖かった、怖かったよぉ!」

電「子日さん、よく勇気を出してくれました。もし子日さんが助けてくれなかったら、正直なところ危なかったです」


金剛さんと会話を始めた直後、私は驚愕しました。その背後に恐怖でがくがく震えながらも魚雷を片手に忍び寄る、子日さんの姿があったからです。

あの時点では、まだ金剛さんを説得できる可能性が残っていました。

金剛さんを出来る限り会話に集中させ、私の狙いを察した子日さんは、その間に奇襲するのに最適な位置へ移動しました。

金剛さんがどういう人か、私は着任のときから知っています。彼女はそう簡単に私たちの味方になってくれるような人ではないのです。

説得に失敗したとき、子日さんが勇気を振り絞ってくれるかどうかは賭けでした。そして、子日さんは期待に応えてくれました。

子日「ううっ……ひっく、ひっく……でも、みんなやられちゃった……提督も見つからないし、これからどうしよう……?」

電「後のことは任せて下さい。不知火さんと霞ちゃんが向こうにいるはずですから、子日さんもそっちに合流してください」

子日「で、でも……電ちゃん、1人で行くの? だったら私も……」

電「いいんです。もう鎮守府内に敵は残っていませんし、子日さんは十分活躍してくれました」

電「戦艦を撃沈させるなんて、武勲章ものですよ。明日から、子日さんは駆逐艦たちにとって本当のスターです」

子日「す、スター? 私がスター? なにそれ、カッコいい!」


電「はい、ではスターの子日さん。後ほどお会いしましょう」

子日「うん! 頑張ってね、電ちゃん! スターの子日、応援してるね!」

ご機嫌に子日さんが去るのを見届けて、念のため金剛さんがもう完全に動かないのを確認します。これで厄介な相手を1人片付けました。

私がやるべきことは、あと1つ。提督の拿捕です。

電「さて、と……きっと提督はあそこに……」

龍驤『電ちゃん、電ちゃん! 大変や! お願い、助けて!』

電「りゅ、龍驤さん!? 何があったんですか!」

龍驤『だ、ダメやった……隼鷹ちゃんは赤城に負けた! このままやと、隼鷹ちゃんが!』


電「……待ってください。隼鷹さんと赤城さん、他には何も見えませんか?」

龍驤『何もあるわけないやろ! もう隼鷹ちゃんに戦う手段は残ってへん! 助けに行かんと!』

電「……そんな、まだなの!?」

あれからもう20分近く経過している。想定していた時間はとっくに過ぎているのに、何も起こっていない!?

震えるほどの焦燥がこみ上げてきます。まずい、このままじゃ赤城さんは倒せても、隼鷹さんを助けられない!

まさか、失敗? そんなはずはない。もう1分1秒の猶予もないのに、なぜ未だに現れないの!?

龍驤『あああっ! や、やめろやぁ! ちくしょう、やめてくれ! 嫌や、こんなの嫌や! 隼鷹ちゃん、隼鷹ちゃん!』

電「……お願い、早く!」

この状況から私ができることはなにもありません。貴重な時間が刻一刻と過ぎていく。何もできずに待つことは耐え難いほどの苦痛です。

私はその時が来るのを、無駄とは知りつつも必死に祈りながら、ただ待つしかありませんでした。


バリバリ、グシャグシャ、バキバキ、ゴクン。

寄せては返す波の音と、飛び交う艦載機のプロペラ音に混じり、不快な咀嚼音が海面に響いた。

100を優に超えていた艦載機も、今や大半が海中に没し、飛んでいるものは50と少し。その中に、隼鷹が操る艦載機の姿はどこにもない。

赤城「……失礼。早いとは思いましたが、先に頂いてしまいました」

隼鷹「げほっ……う、ああっ……」

赤城「ま、かなり頑張ったほうだと思いますよ。飛行甲板に少々傷を入れられてしまいましたし、敢闘賞くらいはくれてやってもいいでしょう」

赤城「まったく、あなたが無駄に頑張るから、余計にお腹が空きました。すぐに指先から頭まで、残さず食べてあげますからね」

赤城は隼鷹の首を掴んで持ち上げたまま、血に濡れた唇を愉快そうに歪めた。その体に大きな損傷は見当たらない。

力なく持ち上げられる隼鷹の、その右腕は肩から先がなくなっている。その部位はたった今、赤城によって食い千切られたばかりである。

腕だけではない。左目は潰れ、胴体には抉った孔のような深い傷がいくつも刻まれている。その呼吸は今にも途切れそうなほどか細い。

流れ落ちる血が少ないのは、すでに体内の血をあらかた流し切ったから。その光景は誰が見てもわかる、勝者と敗者の姿だった。


戦闘は終了した。赤城が敵を仕留めたならば、これから始まるのは他でもない、食事の時間である。

隼鷹(……赤城の損傷は小破未満。落とせた艦載機は3割程度……飛行甲板も健在か……ちくしょう)

隼鷹(対して、こちらの艦載機は全滅……飛行甲板も失った。もう……体の感覚さえ、ろくにない……)

隼鷹(龍驤、ごめん。仇は……取れなかった……)

赤城「さあて、それではお楽しみと行きましょう。次はどこを食べられたいですか? 足? それとも耳なんていかがです?」

赤城「あ、それより先に、あなたの負け惜しみでも聞きましょうか。食べ始めると、苦痛でそれどころじゃなくなりますからね」

隼鷹「お……お前の……」

赤城「はいはい、なんでしょう。遺言でもいいんですよ。あんまり長いと忘れちゃうので、簡潔にお願いしますね」

隼鷹「お前の……負けだ……」

弾けるように赤城の片腕が奔った。その拳が隼鷹の胴へめり込む。それは傷口を狙った、より苦痛を与えるための残酷な拳打。

隼鷹「ぐああああっ! げほっ、げほっ……!」

赤城「ふふ、すみません。イラっとしたもので。でも、そのジョークは少し面白そうですね」


赤城「どうぞ、続けて? 私を笑わせることができたなら、あなたを食べるときに多少は優しくしてあげられるかもしれませんよ?」

隼鷹「がはっ……こ、この計画を考えたのは、あたしじゃない……電ちゃんだ……」

赤城「……電さんの計画? 電号作戦のことを言ってるわけではないんですよね。なら、初耳です。それは何なんですか?」

隼鷹「へへ……お前も見てただろう? あたしが、電ちゃんから通信機を受け取るところを」

赤城「ああ、そういえば見ましたね。これでしょう?」

赤城は無遠慮に隼鷹の胸元をまさぐり、件の通信機を取り出した。そのまま、それを紙細工のようにくしゃりと握り潰す。

赤城「スイッチはすでに入っていたようですね。どこに通信していたんです?」

隼鷹「違うよ……本当は、そいつは通信機なんかじゃない」

赤城「……なんですって?」


隼鷹「それは電ちゃんが通信機を改造して作った……ビーコンだ。スイッチを入れることで電波を発信し、合図と目印、両方の役割を果たす」

隼鷹「あたしの引き受けた役目は……お前を引きつけて孤立させ、できる限りその場に釘付けにし、時間を稼ぐこと。たったそれだけだ」

隼鷹「まともにお前へ挑んだのは、あたしの意地だ……後はビーコンを頼りにここへ来る、あいつらがやってくれる」

赤城「……あいつらとは誰です?」

にわかに赤城の表情から余裕が消える。笑みすら浮かべる隼鷹の口ぶりには、でまかせではない確信がありありと見て取れた。

赤城「答えなさい、誰が来るんですか?」

隼鷹「あたしたちの『友達』さ……あたしと同じく、お前を殺したいほど憎んでる」

赤城「……私の知ってる人ですかね」

隼鷹「知ってはいると思うよ。ただ、初対面のはずだ」

赤城「謎かけは嫌いです。誰が来るのか、はっきり答えなさい。さもないと、痛い目に合わせますよ」

隼鷹「ははっ……だったら、自分の目で確かめてみたらいいじゃん。もう、お前の後ろに来てるぜ」

赤城「……なんだ、聞いて損しました。そういうことですか」


赤城は深い溜息をつくと、隼鷹をより高々と宙に持ち上げた。首を掴む指に更なる力が入る。

獲物を食らう前にその息の根を止めるような慈悲など、赤城にはない。首に食い込んだ指は、単により大きな痛みを与えるためのもの。

隼鷹「がっ……! ぐお、あああっ……!」

赤城「後ろを向かせて、その隙に何かするつもりだったんでしょうが、古臭い手です。今のあなたには、唾を吐くことさえできないでしょうに」

むしろ、赤城は食らう前に獲物を執拗に痛めつける。食物に対する感謝などない、食欲と嗜虐心を同時に満たす、おぞましい陵辱行為。

赤城「さあ、苦しみなさい。痛みに悲鳴を上げなさい。頭と心臓は最後に頂きます。その息の根が絶えるまで、たっぷりと可愛がってあげますからね」

隼鷹「うぐっ……あ、あっ……!」

赤城という名の人喰い鬼がその口を開く。鮫のような犬歯と、石臼のような奥歯。隼鷹の肉を待ちわびる赤い舌は、すでに唾液でたっぷりと濡れていた。

赤城「あなたには、ご自分の腸が引きずり出される様をその目でご覧頂きましょう。痛くて苦しくて、素敵な光景だと思いますよ。それでは、頂きます」

ぞっとするような笑みを浮かべて、腸を引きずり出そうと赤城は隼鷹の腹に口を寄せる。


その動きはぴたりと止まった。

赤城を止めたのは突如として背後に出現した、気配というにはあまりにも圧倒的な存在感。

艦載機さえ気付かなかった、途方もない「怪物」が今ここに姿を現した。

隼鷹「……遅かったじゃん」

赤城「貴様……誰を呼んだ!?」

赤城に振り返る間は与えられなかった。轟音が鳴り響き、至近距離で三連装砲が放たれる。

1発は隼鷹を捉えていた右腕を引き千切り、1発は飛行甲板を吹き飛ばし、もう1発は赤城の脇腹をかすめ、その身を削ぎ落とした。


赤城「ぎっ……ギャアアアア! ば、馬鹿な! ありえない、なぜだ! なぜ、貴様がここにいる!」

隼鷹「ははっ! そんなの自分の胸に聞いて……あ、どうも」

赤城の手を離れ、崩れ落ちる隼鷹の体は、もう1体の「怪物」により抱きとめられた。その怪物は隼鷹を覗き込み、ニタリと恐ろしげに笑った。

一月あたり3,4人。それは電が自分の記憶と、提督のいい加減な書類を頼りに算出した、赤城が鎮守府の艦娘を食べるペースである。

これに出撃後の補給と、資源倉庫からの盗み食い、それに妖精さんの捕食も加える必要がある。

かといって、いずれもその量は提督が気付かないギリギリのラインを決して超えないはず。そう考えると、これらは思ったほど大した量にならない。

資源の横領は、日ごとにせいぜい駆逐艦が建造できる程度。妖精さんも数が減ったとは言え、目に見えて激減しているわけではないのだ。

電は考える。あまりにも少な過ぎるのではないか?


赤城はその気になれば鎮守府の資源をまるまる平らげるほど、底なしの食欲を持っている。たったこれだけの量で満足できていたのか?

あるいは、日頃から空腹を我慢していた? 

それはないと思われる。赤城は空腹になればあからさまに不機嫌になる。補給を抜かれたとき以外、そんな赤城を見たことはめったにない。

ならば、他に何かを食べていたと考えるのが自然である。だとすると、一体何を食べていたのか?

隼鷹「考えてみれば簡単なことだった。お前は飛んでるものは艦載機だって食うし、歩いてるものは艦娘や妖精さんだって食う!」

隼鷹「なら、目の前を『泳いでるもの』をお前が見逃すはずはない! 数が減ったってあたしたちにはわからないしな!」

赤城「くっ……!」


隼鷹「食ってたんだろ? 夜戦の闇に乗じてか、砲戦時の硝煙に紛れてかは知らないが、お前は密かに『あいつら』を食っていた!」

隼鷹「だけど、あたしたちにはバレなくても、『あいつら』はそれを知っていた! 仲間が何人も生きたまま食われてるってな!」

隼鷹「戦いで沈むことは承知していても、食われることまでは承知しちゃいない! 『あいつら』はお前に復讐する機会を待ち望んでいた!」

隼鷹「なら、目的はあたしたちと一致する! そうしてあたしたちは互いの因縁を一時忘れ、絶対にありえない協力関係がここに結ばれた!」

隼鷹「全てはお前を倒すため! そうだろ! 『深海棲艦』!」

戦艦棲姫「ソウ……赤城、私タチハズット、アナタヲ殺シタカッタ」

戦艦レ級「……ヒヒッ!」

彼女たちは海底に棲んでいる。艦載機の目も届かない海面下より浮上した、艦娘の艤装とは全く異なるその威容。

言わずと知れた深海棲艦のエリアボス、戦艦棲姫。そして数多くの鎮守府を恐怖に陥れた海の悪魔、戦艦レ級。

艦娘の天敵である深海棲艦。その中でも選りすぐりの怪物2人が、今まさに赤城へ殺意を剥き出しにしていた。


赤城「馬鹿な……貴様ら、血迷ったか! 深海棲艦と手を結ぶとは!」

隼鷹「お前のイカレっぷりは血迷ってるどころじゃないからな。こっちもそれなりの手段を取らせてもらったよ!」

隼鷹「それに、昔から言うだろ? 『敵の敵は友達』ってな!」

赤城は深海棲艦を食べている。それを確信していた電は、霧島を葬り、放置艦勢力をまとめ上げたその夜、1人密かに海面へと降りた。

向かった先は深海棲艦の領域。非武装で交戦の意志がないことを示した電は深海棲艦のボスの1人、戦艦棲姫との接触に成功する。

話は事も無げに進み、一夜にして密かな協定が結ばれた。全ては電の予想通り、深海棲艦は食われた仲間の復讐をする機会を望んでいたのだ。

赤城を共通敵とした深海棲艦との同盟。それこそが「E2F(the Enemy of my Enemy is my Friend)計画」の全貌である。


戦艦棲姫「ヨクモ今マデ、私タチノ同胞ヲ辱メテクレタワネ。今度ハ私タチガ、アナタノ四肢ヲ引キ裂イテアゲル」

戦艦レ級「ヒヒッ……死ヌガイイ! 散々苦シメラレタ後デネ!」

赤城「おのれ……驕るなよ深海棲艦! 穢れた海の怨霊ごときが!」

赤城「たとえ飛行甲板を失っても、艦載機はすでに飛び立っている! 貴様ら戦艦2匹程度を相手取り、遅れを取る赤城ではないわ!」

赤城「右腕なぞくれてやる! 貴様ら全員、この赤城の腹に収まるがいい!」

戦艦棲姫「大シタ自信ネ……私タチニ勝テルトデモ思ッテイルノ?」

赤城「当たり前だ、一航戦の赤城を舐めるなよ! 下等な虫けらの分際でこの赤城を傷つけた、その報いを受けるがいい!」

空母棲鬼「ホウ……ソレハ楽シミダナア。一航戦ノ実力トヤラ、是非トモ体験シタイ」

赤城「なっ……何だと!?」

防空棲姫「アッハハハ……! 遊ンデアゲル。空ヲ飛ンデルアナタノ飛行機、全部撃チ落トシテアゲルカラネ」

赤城「ば……馬鹿な! 空母棲鬼、それに防空棲姫だと!?」


港湾水鬼「貴様ヲ殺ス役目、タッタ2人ダケニ任セルハズガナイダロウ?」

駆逐棲姫「ミンナ、オ前ヲ憎ンデル! 苦シンデ死ンダ仲間タチト、同ジ思イヲサセテヤル!」

北方棲姫「オ前ダケハ、許サナイ……!」

泊地棲鬼「地獄ヘ堕チルガイイ、私タチノ責メ苦ヲタップリト味ワッタ後デナ!」

水底より次々と姿を現した、深海棲艦のエリアボス8体。それはまるで、絶望を形にしたような光景だった。

赤城「こ……こんな馬鹿な! ありえない、こんなことが起こるはずがない!」

戦艦棲姫「鎮守府ノ隼鷹トヤラ、遅クナッテ悪カッタワネ。ミンナガ赤城ヲ殺シタガッテタカラ、集マルノニ時間ガ掛カッタノ」

隼鷹「いいよ、気にしてないから……ははっ、壮観だね。まるで深海棲艦のオールスターじゃん」

1体ですら手を焼く一騎当千の怪物たちが同じ海域に集った。目的は1つ、憎き赤城に報いを受けさせるために。

一航戦の赤城がどれだけ強かろうと、この状況に勝機などあろうはずもない。すなわちそれは、赤城の命運がついに尽きたことを意味していた。


戦艦棲姫「サア、覚悟ハ出来タカシラ? 抵抗スルナラ、ソレモイイデショウ。戦闘ト呼ベルモノニハナラナイデショウケド」

赤城「おのれ……おのれえええ! 征け、艦載機ども! この薄汚い海のゴミクズを討ち滅ぼすのだ!」

戦艦棲姫「フフ、馬鹿な女ネ……ヤリナサイ」

空母棲鬼「了解シタ。艦載機ヨ、行ケ!」

防空棲姫「砲撃開始! アッハハハ!」

戦艦棲姫の言う通り、それは戦闘と呼べるものではなかった。

圧倒的物量の対空砲と艦載機による、一方的な殲滅。熟練の攻撃隊といえども、この絶望的な戦力差を覆せるほどではない。

赤城の艦載機が全滅するまでに、掛かった時間はわずか1分。空母が艦載機を失う、それは戦場で丸裸にされたも同然であった。

戦艦棲姫「呆気ナカッタワネ。サテ、ココカラガ本番。時間ヲ掛ケテ、ユックリト処刑シテアゲルワ」

赤城「ぐおおおお! おのれ……おのれ隼鷹、ここまで赤城を陥れるとは! 決してこのままでは済まさんぞ!」

隼鷹「へえ、済まさなかったら、どうなるっていうの? 今から地獄に堕ちるっていうのにさ!」


赤城「この赤城がおとなしく地獄に収まる器だと思うなよ! 私は必ずや黄泉の淵から這い上がり、再び貴様らに災いをもたらすであろう!」

赤城「たとえ地獄に堕ちようとも、私は獄卒さえ食い殺し、地獄の蓋をもこじ開ける! その暁には貴様らも、深海棲艦も、全てを喰らい尽くしてくれる!」

赤城「海を駆ける者どもよ、震えて待つがいい! この赤城が再び天を覆うその時を! それまで決して、我が名を忘れるでないぞ!」

隼鷹「へっ、やってみろ! 化けて出てきたら、また叩き落としてやる! 今度は下水道にでもな!」

港湾水鬼「ヨクシャベル空母ダ。マズハ舌ヲ引キ抜コウ」

駆逐棲姫「モウ手足ハ必要ナイワ。引ッ張ッテモギ取リマショウ」

泊地棲鬼「ソノ前ニ爪ヲ全部剥ガシ、指ヲ折ロウ。出来ルダケ苦シメテヤル」

北方棲姫「ソレガイイ。私タチノ仲間ガ受ケタ苦シミハ、コンナモノジャナイ」

赤城「きっ、貴様ら! 触るな、下等で穢れた海の化け物どもめ! その汚い手でこの赤城に触るな!」

赤城「や、やめろおお! 覚えておれ、この恨みは必ずや晴らし……ギャアアアアア!」

赤城「ぐぁああああっ! おのれえええ! 貴様ら全員、呪われるがいい! これで勝ったと思うなよ!」

赤城「死ね、死ね、死ね! 呪われろ! 餌の分際でこの赤城を辱めた罪業、必ずや償わせてくれる!」

赤城「うぉおおお! 皆、滅びるがいい! 全ての者どもに絶望と災いを……ぎっ、ぐぎゃああああっ! うぎゃああああっ!」

深海棲艦に弄ばれながらも、赤城の口から贖罪の言葉が出ることはない。食料に謝る言葉など、赤城は持ち合わせていないのだ。

この世の全てを呪う赤城の断末魔は、遠洋にまで届くほど激しく、醜く、その残響は消え残る呪詛のように、青い海へと響き渡った。


龍驤『な……何ちゅうこっちゃ。あの赤城が、まるでボロ雑巾みたいに……』

電「……よかった」

深海棲艦の方々はギリギリのタイミングで間に合ってくれたみたいです。隼鷹さんが助かって、本当によかった。

霧島さんを亡き者にしたときのような、拭いがたい罪悪感はありません。相手があまりにも化け物じみているせいでしょう。

戦いが終わったら、高名な祈祷師の方でも呼んでお祓いをしてもらいましょう。赤城さんに祟られるなんて堪ったものではありません。

龍驤『うわっ、あいつ戦艦レ級やないか! 隼鷹ちゃんをお姫様抱っこして、こっちに向かって来よるで!』

電「龍驤さん、出迎えに行ってくれませんか? 今日だけは、深海棲艦は私たちに攻撃してきません」

龍驤『わ、わかった……そりゃ、こんなこと皆には言えんわな。深海棲艦と同盟してたなんて……』

1日限りの深海棲艦との同盟。たとえ赤城さんを倒すためとはいえ、こんな艦娘としての禁忌を犯すような真似を皆は理解してくれないでしょう。

だけど、私は思うのです。深海棲艦にだって心はある。現に彼女たちは惨たらしく殺された仲間の仇を取ろうと、怒りに燃えていたのです。

赤城さんという規格外の存在があったとはいえ、こうして手を取り合うことだってできました。

もしかしたら、深海棲艦とだって仲良くなれる未来があるかもしれない。私はそう考えています。


龍驤『よかった、無事とは言えへんけど、隼鷹ちゃんも生きとる……赤城を倒したら、残るはあと3人やな』

電「いえ、金剛さんはもう倒しました。あとは扶桑さん、山城さんだけですね」

龍驤『ホンマか!? なら、勝ったも同然やで! 山城も餓狼艦隊に翻弄されとるし、扶桑も大和が圧倒しとる! 勝利は目前や!』

電「ええ……ですが、終わってはいません。私は提督を捕らえに行きます。隼鷹さんのことをお願いします」

龍驤『よっしゃ! レ級はちょっと怖いけど、ちゃんと隼鷹ちゃんを受け取ってくるさかいな! 提督のことはよろしく頼むで!』

意気揚々と龍驤さんは通信を切りました。私もようやく、ホッと一息つきます。

戦いに流れというものがあるなら、確実にこちらへ傾いています。もうすぐ、私たちは鎮守府を取り戻せる。

それには、提督を捕らえなくてはいけません。彼のいる場所はわかっています。根拠はありませんが、確信に近い予感がありました。

わずかな休憩を終えて動き出した私の足は迷いなく進み、階段を最上階まで上り、間もなく執務室の前へとたどり着きました。


扉の中央には、駆逐艦の突入時のものであろう、大きな穴が穿たれています。もう扉としては仕切り程度にしか機能していません。

部屋の中からは、カリカリと書き物をする音がかすかに聞こえます。私はまるでいつも通りのように、その扉を開きました。

提督「……電か。悪いが、お前の仕事はもうないんだ」

電「そのようですね、提督。何をしているんですか?」

提督「なに、今回の件の報告書をな。鎮守府を急襲され、艦娘の大半を失ったとなると、書かなきゃいけない報告書も結構な量になる」

提督「今からやっておかないと、大本営から来る支援が遅くなる。何なら、手伝うか? 今なら謝れば許してやらないこともない」

電「……驚きましたよ、提督が華族の出身だったなんて。どういう理由で鎮守府に着任したんです?」

提督「ああ、それか。うちは結構な名家でな、俺はその末子だ。つまりは一族の中で一番地位が低い」

提督「貴族院に入っても兄弟たちと比べて、大した役職はもらえそうにないんでな。それで海軍省に入ることにしたんだ」

提督「海軍省の、特に鎮守府の提督とくれば、地位は高くないが人気役職だ。戦死の危険もなく、経歴の箔付けには丁度いい仕事だ」


電「はあ、名を挙げて兄弟を見返したかったとか、そういう理由なのですか?」

提督「そんなところだな。ある程度の勲功を上げたら辞めるつもりだったんだが、なかなか上手く行かないものだな」

電「一からやり直すんですってね。具体的にはどういう計画をお持ちなんですか?」

提督「そうだな、今回の失敗は放置艦を増やしすぎたことが原因だ。次は鎮守府の締め付けを強化しないといけない」

提督「金剛あたりに、鎮守府内の憲兵でもやらせてみるか。反抗的な艦娘を処罰し、風紀を引き締める。これで次は上手く行くさ」

電「ふうん……何を根拠に上手く行くと思っているんです?」

提督「別に。次は優秀な艦娘を建造できるよう、祈るしかないな。今の鎮守府は無能な艦娘ばかりだ」

電「ぷっ……あは、あははははっ!」

提督「……何がおかしい、電」

電「あははっ……だって提督、その言葉はあなたにそのまま返ってくるんですよ」


装填済みの12.7cm連装砲塔を静かに持ち上げ、その照準を提督へと向けました。胸の内には、真っ黒な感情が激しく渦巻いています。

電「なぜ、あなたの鎮守府経営がこんなことになったか教えてあげましょうか? それは、あなたが無能だからです」

提督「……なんだと?」

電「艦種それぞれの活用法もわからない。資源運用も無計画。艦娘たちの気持ちなんて考えたこともない。いつも自分のことばっかり」

電「愚鈍で学習能力のないあなたに、これ以上、鎮守府で好きにはさせないのです。あなたから全ての権限を奪い取らせていただきます」

提督「何を馬鹿な。ここは俺の鎮守府だ、何をしようと俺の勝手だ」

電「あなたの鎮守府じゃない! ここには私たち、艦娘がいるんです! あなたは私たちを何だと思っているんですか!」

提督「お前たちは俺の言うことだけ聞いていればいいんだ! そんなこともできないやつは、全て解体する!」

電「私たちは生きている! あなたの道具でもおもちゃでもない! ここまで愚かな人だとは思わなかった……!」

提督「だったらどうする気だ? その砲で俺を撃つか?」


電「……最初は撃つつもりはありませんでした。ですが、今は違います」

提督「でまかせだな。お前に俺を撃てるわけがない」

電「……試してみますか?」

提督「いいだろう、やってみろ」

様々な感情が沸き起こりました。怒り、憎しみ、恐怖。呼吸が乱れ、提督に向けられた照準がわずかにブレます。

それらは全て、胸のうちに渦巻く真っ黒な感情に飲み込まれていきます。それは次第に黒く冷たい塊となって、心の奥底へと沈みました。

もう震えてはいません。静かに息を吐き、引き金に指を掛けます。躊躇いも、迷いも、恐怖も感じません。

あるのは、この冷たい感情だけ。私は照準越しに、しかと提督を見据えました。

電「……さようなら」

狙いは正確でした。確かな意志を持って放たれた砲弾は、大気を切り裂きながら提督へと真っ直ぐ突き進みます。


ほんの一瞬の出来事。提督の命を奪うはずだった砲弾は、鋼鉄の装甲によって食い止められました。

伊勢「うっ……あぅうううう……!」

電「いっ……伊勢さん!? そんな、どうして!」

目を疑いました。横から飛び込んで提督の盾となったのは、ここにはいないはずの伊勢さんなのです。

電「そんな……一体今までどこに!?」

提督「始めからずっと執務室にいたぞ。部屋の隅で膝を抱えて、黙りこくってじっとしていたがな」

提督「伊勢には命に変えてでも俺を守るよう言ってある。こいつは思ったより優秀みたいだな」

伊勢「あっ、あっ……あう……ひゅ、ひゅう、が……日向……」

電「……様子がおかしい!? 提督、あなたは伊勢さんに何をしたんですか!」

駆逐艦たちが見つけられなかった提督の居場所。それはきっと、伊勢さんのいた隔離病棟だったのです。

あそこには今、伊勢さん以外の入院患者はおらず、ほとんど忘れ去られた場所です。駆逐艦たちも思い当たることができなかったのでしょう。


しかし、今はそんなことを考えている場合ではありません。伊勢さんの様子がどう見ても尋常ではないのです。

提督「伊勢はまだ病気が治っていなくてな。一仕事できるよう、薬を処方してやったんだ」

電「薬……まさか、ゴーヤさんに与えたのと同じモノを!?」

伊勢「ひゅ、ひゅ、ひゅ……日向は……日向は、どこ……?」

提督「言っただろう、伊勢。日向は反乱軍に捕らえられた。やつらを全て撃沈しなければ、日向は取り戻せない」

提督「目の前の電は反乱軍の首謀者だ。こいつを仕留めれば、日向が解放されるかもしれないぞ」

伊勢「うっ……うううううっ! ひゅ、日向、日向!」

電「伊勢さん、しっかりしてください! 提督の言葉に耳を傾けてはいけません!」

これは、暗示? 催眠? ゴーヤさんの使っていた薬とは違う。何らかの薬物により、提督が伊勢さんを操っているのは明白です。

伊勢さんの虚ろな瞳に、狂気の光が爛々と灯ります。それはまるで、怒り狂った猛獣。伊勢さんの艤装、その全ての砲塔が私に向けられました。


提督「行け! 殺せ!」

伊勢「日向を……日向を返せぇえええっ!」

電「くっ!?」

伊勢さんの主砲が扉を粉微塵に吹き飛ばします。爆風に押し出されるように、私は執務室を飛び出しました。そのまま通路を全力で走り出します。

伊勢「待てぇええ! 日向を返せ、返せぇええ!」

電「これは……まずい! まずいのです!」

戦艦とは思えないほどの健脚で、伊勢さんが猛追してきます。たとえ病魔に犯されていても、その戦闘力が健在なのは明らかです。

まさか、伊勢さんが戦線に出てくるなんて思いもしなかった。これは完全に計算外、全ての均衡が狂いかねない!

主力艦隊から外されたとはいえ、伊勢さんは主力戦艦の1人。その実力は金剛さんと同等か、あるいはそれ以上です。

私が金剛さんと相対することに自信があったのは、第一に魚雷と機動力があるから、第二に精神的な弱みを突けるからでした。

ここでは魚雷も使えない、機動力も十分に発揮できない、今の伊勢さんの状態では説得も通じない。これじゃ、まるで勝ち目がない!


伊勢「うぅうう……死ね! お前を殺し、日向を取り戻してやる! 待っててね日向、必ず……私が助けてあげるから!」

電「ど、どうすれば……戦っても勝ち目がない、逃げ場だってないのに!」

下手に屋外へ逃げれば、伊勢さんの標的は大和さんか、餓狼艦隊へと向けられる可能性があります。

今は優勢でも、伊勢さんが敵側に加われば状況は一変する。かといって屋内を逃げ回っていれば、避難している霞ちゃんたちに危険が及びます。

電「……私がやるしかない!」

装甲を貫けない12.7cm連装砲。手榴弾代わりがせいぜいの61cm四連装魚雷。そして2つの強化型艦本式缶。

私にある武器はたったこれだけ。この武器で伊勢さんを倒す、そうしなければ私たちは勝てない!

怖気づきそうな心を奮い立たせ、なけなしの闘志を燃やします。子日さんだって金剛さんを倒した。なら、私にだってできるはず!


電「こんな形で終わるわけにはいかない!」

こちらに向けられた35.6cm連装砲に対し、私が伊勢さんに向ける12.7cm連装砲はあまりにも心もとない。それでも引くわけには行きません。

伊勢「うう、うぐうう……日向ぁ! もう少し、もう少しだからね! こいつを殺して、あなたを助けるから!」

電「伊勢さん、ごめんなさい! ここで倒れるわけにはいかないのです!」

2つの強化型艦本式缶をフル回転させ、伊勢さんの砲撃に備えます。準備は出来ました。心構えも終わった、後は伊勢さんを倒すだけ。

伊勢「電ぁ……日向を返せぇえええーー!」

電「勝負です、伊勢さん!」

作戦も勝機もない。たとえ無謀でも、絶対に負けられない。この戦いに全ての命運が掛かっています。

元主力艦隊、航空戦艦、伊勢さん。あなたを倒し、私たちは未来を手にするのです!



続く

次回更新、来週の確率が20%くらいです。なんとか間に合わせたいです。

敵の敵はやっぱり敵……

ところで子日は電を『でんちゃん』呼びしてる?

巨悪は滅びたか……いや、まだ「無能な提督」という最大の害悪が残っているな。

>>128
普通に「いまずまちゃん」じゃね?

>>128
すみません、ただの凡ミスです。
実は「電=いなずま」を今まで辞書登録しておらず、ずっと「電=でん」で変換して書いてました。
そのため自分でどっちが正しいのかごっちゃになり、書いてる時に思わず「電=でん」にしてしまいました。
もう辞書登録したんで大丈夫です。

ところで前スレの864に書いた矛盾が今回出てくるのですが、案外気にならないように思えてきました。
多分、勢いで体よく誤魔化せているんだと思います。どうか探さないでください。

久しく艦これ触ってないけど電の装備がおかしいとか?

>>132
電の装備が【主+魚+缶+缶】になってること以外、おかしな点はないけどなぁ……。
魚雷外しても雷撃はするし、主砲外しても砲撃するから、どちらか外してると考えれば不自然じゃないし。

なんか全然ミスったところ気付かれてないですね。黙っておけばよかった……
正解を言ってしまうと、「龍驤の轟沈のとき以外、赤城が返り血を浴びたところを見たことがない」という隼鷹の発言です。
赤城が深海棲艦を密かに食べていたのなら、むしろ返り血を毎回浴びているのが自然なはずです。
そうでないなら龍驤のときだけ返り血を浴びているのはおかしいのではないか、という点が私の気付いた矛盾です。

この辺りを書いていた頃は、自分はE2F計画の内容を読み手に予想されないよう細心の注意を払っており、かなり神経質になっていました。
深海棲艦に繋がる描写は足柄たちの奇行以外は徹底的に排除し、計画を予想する手掛かりになるものはほとんどなかったはずです。
龍驤の漫才のときに霧島の名前を出したのも、赤城に関する話題の方向を逸らす、ミスリードの目的が大きかったです。
その中で生まれた隼鷹の発言は、やってはいけないほうのミスリードであり、自分の視点からすれば重大なミスでした。
まあ、結果としてはそんなに気にされなかったようで、自分が神経質になり過ぎていただけのようです。
E2F計画のネタバレを書き込まれることが、書いていて一番の恐怖でした。今はだいぶ肩の荷が下りた気分です。

あ、電が装備を4枠持ってるのは普通に間違えました。気にしないでください。
うちの電は装備枠を4つ持ってるんです(迫真)。

言い忘れていましたが、次回の後編で最終回ではありません。
その後の1話か2話で完結となります。

電は提督と同じ事なかれ主義だから
単純に自分に火の粉が降りかかるのを恐れて報告しなかった可能性もあるぞ

せいぜい最初に匿ったくらいで提督に58の扱いをまともにするよう進言なり諫言なりした様子も無いから無視を決め込んでたんだろ

そもそものところ鎮守府が酷い有様になった後も電が提督に何か意見した様子は無いんだが

>>188
そういった失敗点、反省点は最終回投稿後にまとめて懺悔したいと思います(震え声)
いま一番欲しいのは試読係です。ここまで踏み込んで書くとそれだけミスが起こりやすくなるのです。
1つだけ言わせていただくと、電はそういう子ではないし、そういう風に書くつもりは全くありませんでした。
本当です、信じてください! 何でもしますから!

こんなにスレが伸びてて嬉しいです(震え声)
日曜日は間に合わなそうなので、月曜日を更新予定とさせていただきます。

すみません、更新は日付をまたぎそうです。もうそんなには掛かりません。

日付をまたぐと言ったな。あれは嘘だ。

電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです8 鎮守府は燃えているか 後編


伊勢「電ぁ、お前を粉々にして日向を取り戻す! 食らえ!」

電「そうはいかないのです!」

轟音と共に放たれる35.6cm砲弾をかいくぐり、伊勢さんへ砲塔を向けます。

撃たなければ撃たれる。私は迷いを振り切るように12.7cm連装砲の引き金を引きました。

立て続けに5発。うち4発が命中するも、戦艦の強固な装甲を撃ち抜くには至りません。

伊勢「効かないなぁ! 駆逐艦の主砲ごときで、伊勢を沈められると思うなよぉ!」

電「くっ! やっぱり12.7cm砲弾じゃ、戦艦には通らない!」

伊勢さんは私が撃ち続けているのもお構いなしに、砲弾を避けるそぶりもなく猛進してきます。

まずい、接近されて主砲を撃たれたら避けきれない! 強化式艦本式缶を駆動させ、伊勢さんと距離を取るために全速後退します。


伊勢「待てぇ電! 逃げる気か! 日向を取り戻すまで、お前を絶対に逃がさないぞ!」

電「距離だ、とにかく距離を取らないと……!」

背後からは伊勢さんからの容赦ない砲撃が襲い掛かり、私は狭い通路をジグザグに走ってなんとかそれを回避します。

たとえ屋内でも、強化型艦本式缶が2つあれば戦艦の主砲だって9割は躱せる。だけど残りの1割を引けば一撃で大破してしまう。

ここからは一瞬一瞬が大破と隣合わせの綱渡り。一度のミスだって許されません。

電「せめて生身のところに砲弾が当たれば……とにかく撃ち続けるしかない!」

薬物の影響による錯乱のせいか、伊勢さんはこちらの攻撃を避ける様子がありません。なら、当たりどころさえ良ければ私の主砲でも通るかもしれない。

しかし、立ち止まっての撃ち合いに勝機はない。機関をフル稼働させ、伊勢さんに狙いを定まらせないよう動き続けながら、砲火の手も休めません。

闇雲に撃つのではなく、狙いは頭部。35.6cm砲弾が私の横をかすめたとき、12.7cm砲弾は伊勢さんの右顔面に直撃しました。


伊勢「がっ!?」

電「当たった! 今のは効いたはずなの……」

思わず足を止めたそのとき、伊勢さんの砲弾が髪の毛に触れるほどの距離を通り過ぎていきました。

今、私の運がもう少し悪ければ終わっていた。慌てて後退する私を、額から血を流す伊勢さんが猛追してきます。

その勢いにダメージの様子はまったくなく、むしろ怒りで勢いを増したかのようでした。

伊勢「やったなぁ……! 次はお前の番だ、電! 私の砲弾で、その頭を砕いてやる!」

電「頭に当てても効いてないなんて……こうなったら、やっぱり魚雷を当てるしかない!」

腰に提げた61cm酸素魚雷を直撃させれば、いかに戦艦の伊勢さんであろうとも、大きなダメージを負うはずです。

しかし、ここは陸地。推進器は機能せず、当てるには子日さんがやったように直接投擲するしかありません。

それなら、確実に当てられる距離はおそらく10m以内。そんな間近で主砲を撃たれたら、私の機動力でも躱し切れません。

しかも、当てる相手は動かない的ではなく、戦艦の中でも速度に秀でた伊勢さんです。その伊勢さんに、どうやって陸地で魚雷を当てるのか。


伊勢「行け、瑞雲! あいつの足を止めろ!」

電「やっぱり瑞雲を出してきた……まずいのです!」

伊勢さんはただの戦艦ではなく、航空戦艦。14機の瑞雲が全機発進し、エンジンを唸らせて急速接近してきます。

電「速い……! でも、屋内ならそこまで脅威ではないのです!」

通路の角に差し掛かり、私は壁を蹴って最大全速を維持したまま走り抜けます。おそらく、何機かは角を曲がる際、壁に激突して堕ちるはず!

その予想は裏切られました。14機の瑞雲は見事な旋回で角を曲がり、一瞬で私との距離を詰めます。

電「嘘でしょ!? ここまで機動力があるなんて……まさか、爆装をしていない!?」

この低い天井では急降下爆撃は行えない。伊勢さんはそう判断し、瑞雲たちに爆装させずに出撃させたのです。

爆装がないなら、残る瑞雲の武器は1つ。本来は空戦においてしか使われない機銃が私に向けて一斉掃射されました。

電「きゃああっ! 痛っ……!」

砲弾は躱せても、四方から浴びせられる機銃の火線は躱し切れません。鞭で叩かれるような鋭い痛みが体の各所を襲います。

いくら私が装甲の薄い駆逐艦といえども、瑞雲の機銃程度で沈められることはありません。しかし、伊勢さんの目的は私の動きを止めることなのです。


伊勢「いいぞ、瑞雲! そのまま足を潰せ!」

電「ま、まずいのです……なんとかしないと!」

薬で正気を失っているにも拘らず、伊勢さんの取る戦法は極めて合理的です。まずは機動力の低下を狙ってくるなんて。

機動力を殺されたら、万が一にも勝ち目がない! 私は通路突き当りの階段を飛び降り、下の階の通路へと逃げます。

それでも瑞雲は振り切れない。爆装のない瑞雲は羽虫のような身軽さで私の周囲を飛び回り、点ではなく面で機銃を私に浴びせ掛けます。

伊勢「逃さないぞ、電! もうすぐよ日向、もうすぐ、あなたを救い出せる!」

電「瑞雲をどうにかしないと! このまま持久戦になったら負ける!」

瑞雲を私に取り付かせながら、伊勢さんの主砲までが私を襲います。下手に機銃を避けようとすれば、35.6cm砲弾の餌食になってしまう!

まず対処すべきは瑞雲。飛び交う1機に狙いを定め、12.7cm連装砲を連射します。

でも当たらない。相手は動き回る点、対空機銃でもない限り、瑞雲を撃ち落とすことはできません。


電「一体どうすれば……そうだ!」

今度は瑞雲ではなく、その更に上、進行方向の天井に向けて3発、12.7cm連装砲を放ちました。

伊勢「ハッ、天井を落とすつもりか? 馬鹿ね、お前の豆鉄砲にそんな威力はない!」

電「もちろん、そんなことは狙っていないのです!」

天井に穿たれた3箇所の小さな穴。これっぽっちで天井が崩れ落ちるようなことはありません。

しかし、私の狙いは天井の内側。その下を通り過ぎたとき、3つの穴から大量の水が迸りました。

伊勢「何っ!? まさか、水道管を狙ったのか!」

電「私はこの鎮守府発足当時から着任していました! 鎮守府のことなら知り尽くしているのです!」

破損した水道管から降り注ぐ水しぶきは、さながら突然の豪雨。水にプロペラを取られた瑞雲は機体制御を一時失い、壁や床に激突していきます。

伊勢「くそ、私の瑞雲たちが……だが、全て落とされたわけではない!」

電「ダメだ、まだ半分も残ってる……!」

この程度の小細工で全滅するほど、伊勢さんの瑞雲は甘くはありません。水しぶきをくぐり抜け、機体を立て直し、残った7機が再び追撃してきます。

何より、肝心の伊勢さんは未だ小破すらしていません。一方の私は瑞雲の攻撃に晒され続け、すでに機動力が落ち始めています。


電「……魚雷だ、魚雷でなければ伊勢さんは倒せない!」

再び通路を曲がるとき、背後に伊勢さんが階段下に降り立つ音が聞こえました。ここだ。一か八か、ここで魚雷を当てる!

伊勢さんの速力はおそらく海上とほぼ同じ、約25ノット。階段から通路の曲がり角までの距離は20m。私は瑞雲の機銃をしのぎつつUターンします。

魚雷を1本腰から抜き、速力を維持しながら大きく振りかぶります。あの曲がり角から伊勢さんが出てくるまで、あと3,2,1……

電「……今だ、えいっ!」

伊勢「何っ!?」

伊勢さんのスピードにタイミングを合わせた魚雷の投擲。計算と勘を頼りにした一か八かの賭けは成功を喫し、伊勢さんを魚雷の爆風が包みました。

電「トドメです!」

瑞雲がまだ動いている、なら伊勢さんはまだ意識を失っていません。ここで畳み掛けないと、もう勝機はない!

瑞雲の機銃も構わず、伊勢さんへ全速で突撃します。12.7cm連装砲を連射ながら、片手に2本めの魚雷を構えました。これを当てれば、勝てる!

電「終わりです、伊勢さん!」


伊勢「……誰が終わるって?」

わずかに晴れた硝煙の中に見えたのは、変わらず2本の足で立ち、爛々と光る狂気の瞳と主砲を私に向ける伊勢さんの姿でした。

電「そんなっ!?」

伊勢「死ね!」

至近距離からの35.6cm連装砲一斉射。すれ違いざまに身を翻しながらも、その全てを躱すことはできません。

1発の砲弾が艤装を掠め、私はにわかに自分の機動力が低下するのを感じました。

電「ああっ! ゴーヤさんの強化型艦本式缶が……!」

伊勢「終わるのはお前だ、電! 日向を返してもらう!」

伊勢さんの殺気を背後に感じながら、元来た通路を全速で駆け抜けます。当然ながらすぐさま瑞雲が追いすがり、私の足を狙って機銃を掃射します。

強化型艦本式缶を1つ失い、機動力の落ちた私は今まで以上に機銃の弾丸を身に受けます。加えて、脇をかすめていく35.6cm砲弾。

伊勢「これ以上逃げられると思うのか、電! おとなしく日向を返せぇ!」


電「そんな、どうして魚雷を当てたのに……まさか、飛行甲板を盾に!?」

振り返った伊勢さんを見ると、その左腕は無残に焼け焦げて、力なく垂れ下がっています。あれほど大事にしていた飛行甲板はどこにもありません。

伊勢「日向のためなら、飛行甲板の1つや2つ、惜しくはない! お前を殺せば日向が戻ってくるんだ!」

電「失敗した、今は逃げないと!」

このまま瑞雲の攻撃を浴び続ければ、いずれ動けなくなって主砲を食らってしまいます。そしたら一撃で私は大破してしまう。

このジリ貧の状況から抜け出さなければ! 私は一縷の望みを持って、再び階段に足を掛けます。

瞬間、頭上を数発の主砲が通り過ぎました。天井が崩れ、最上階への道が絶たれます。

伊勢「お前の狙いはわかっているぞ、電! 執務室へは行かせない!」

電「くっ、読まれてた……!」

このまま執務室へ行き、提督を人質に取る作戦は失敗。薬物で錯乱していても、やはり伊勢さんは判断力を失っていません。むしろ冷静なくらいです。

やはり伊勢さんを倒すしかない。こうなったら、もう一度魚雷を当てる!

電「伊勢さんは飛行甲板で魚雷を防いだ……なら、次は防ぐ手段はないはず!」


もう自分が鎮守府のどこを走っているのかわからなくなるほどの距離を走りました。再び曲がり角に行き当たり、速度を落とさず壁を蹴って進みます。

伊勢さんは瑞雲を先行させ、待ち伏せを警戒しつつ追撃してきます。やはり同じ手は使えません。

なら、別の手段で行くしかない。私は十数m後方の伊勢さん目掛けて、手に持った魚雷を横薙ぎに放りました。

伊勢「ハッ、そんなものが通用するか!」

伊勢さんに届く前に瑞雲の機銃が魚雷の胴を狙い、空中で爆風が起こります。周囲に硝煙が舞い上がりました。

電「もう1発なのです!」

伊勢「ちっ! 撃ち落とせ、瑞雲!」

再び放った魚雷は、今度は私の近距離で爆発させられます。衝撃が叩きつけられ、全身が軋みを上げます。

もう機動力を維持できる限界が近い。でも、このまま行けばいずれやられる。なら、機動力を捨てる覚悟で賭けに出るしかない!

魚雷の爆発で周囲に立ち込めた硝煙。私は進行方向を反転させ、その硝煙の中へと飛び込みました。


伊勢「ハハッ、死にに来るつもりか電! いいだろう、望み通り吹き飛ばしてやる!」

視界が煙に巻かれる中、伊勢さんが正面に主砲を構える気配を感じました。私の姿を捉えた瞬間、すぐさま砲弾が放たれるでしょう。

この近距離で撃たれれば、もう避けられません。硝煙が立ち込めている、この僅かな間で勝負が決まる!

電「えいっ!」

伊勢さんは正面から動いていない。私は3本目の魚雷を抜き、煙幕の中から力いっぱい前方へ投擲しました。

伊勢「馬鹿が、何度繰り返しても同じだ!」

今度は主砲によって魚雷が迎撃されます。新たに舞い上がった硝煙を吹き飛ばすように、間髪入れず伊勢さんの35.6cm連装砲が火を噴きます。

伊勢「これで終わりだ!」

一斉に放たれた砲弾は大気を切り裂き、煙掛かった通路を晴らします。そこに私の姿はすでにありません。

伊勢「何だと!?」

電「喰らえっ!」

機関のパワーをフル回転させ、私は床を蹴って伊勢さんの頭上へと飛び上がっていました。

直上、それは戦艦の持つ主砲の射角外。瑞雲の反応よりも早く、4本目の魚雷を伊勢さんへと投げつけました。


伊勢「ぐぁあああっ!」

魚雷の爆発は伊勢さんだけでなく私をも巻き込み、風圧で天井に叩きつけられます。激痛が全身を襲いました。

そのまま床に転げ落ち、痛みですぐには立ち上がれません。瑞雲による夥しい機銃射撃と魚雷の爆風を受け、体中が悲鳴を上げています。

しかし、倒れた私を瑞雲が襲ってきません。ということは、伊勢さんをようやく倒せたということです。

電「い……痛いのです……でも、勝った……!」

よろめきながらもどうにか立ち上がり、伊勢さんの状態を確認します。まだ爆発の煙が立ち込めていて、よく見えません。

見えたのは、未だに宙を飛び交う瑞雲。それは伊勢さんが健在であることを意味していました。

電「……え?」

目に映った影を頭で理解する前に、体が即座に反応しました。壊れかけの機関をフル稼働させ、全力で走り出します。

動くだけで体中に痛みが駆け巡ります。だけど、動かないわけにはいきません。背後から強烈な殺意の塊が追いかけてくるのです。

伊勢「待てぇ! お前を殺し、日向を助けるまで……私は倒れない!」

電「こんな、おかしい! もう動けるはずなんてないのに!」


全身にダメージを負い、艤装もボロボロ。それなのに、伊勢さんは今までと変わらない、むしろそれ以上の速度で追いかけてきます。

司令塔たる伊勢さんが立ち上がったと同時に、瑞雲も攻撃を再開します。機銃の火線が背中を袈裟掛けに薙ぎました。

電「ああっ……!」

もう私には機銃どころか、主砲を避ける機動力さえありません。真横や頭上をかすめる砲弾。私は当たらないこと祈って闇雲に走ります。

電「どうして、どうしてまだここまで動けるの!? こんなの普通じゃない! まさか……これも薬の作用!?」

ゴーヤさんの使っていた薬の中には鎮痛剤、あるいは脳内麻薬の分泌を促し痛みを消すものもありました。

もしかして、伊勢さんにもそれらの薬が使われているのでは?

ならば、どれほどダメージを負っても関係ない。完全に力尽きるそのときまで、伊勢さんは動き続けるのです。

電「どうしよう、どうしよう! また魚雷を当てるしか……うそっ!? 魚雷が、ない!」

私の装備していた61cm四連装魚雷がどこにもありません。まさか、爆風に巻き込まれたとき、衝撃で落としてしまったの!?

ほとんどパニックになりかけた私に、容赦なく瑞雲が迫ります。今の私には機銃さえ致命傷になりかねません。

雨あられと降り注ぐ弾丸から急所を防ぎながら、せめて1機でも瑞雲を落とそうと12.7cm連装砲を宙に向けました。


電「あれ?」

瞬間、全てがスローモーションのように映りました。飛び交う7機の瑞雲の内、1機が私の視界外から近付こうと床スレスレを低空飛行しています。

その瑞雲だけ、僅かに動きが遅い。ほかの瑞雲にはなく、本来あるべきものをその瑞雲だけが持っているのです。

電「しまっ……!」

気付いたときにはもう遅い。その瑞雲は機銃を撃ちながら私目掛けて真っ直ぐに迫り、もはやその距離は目と鼻の先でした。

伊勢さんは最初からこれを狙っていた。確実に当てられるよう私の機動力を十分に殺した今、作戦を実行に移したのです。

爆装を抱えて機体ごと敵に突っ込む。それは帝国海軍末期の悪しきお家芸、神風特攻。

直撃だけは免れました。突撃してくる唯一爆装をした瑞雲を、私は寸前で砲撃により撃墜します。

しかし、すでに爆風の圏内です。高熱の圧力が私を宙に舞わせました。

電「きゃぁあああっ!」

床を転がったとき、私に主砲を向ける伊勢さんの姿が一瞬視界に映りました。まずい、早く立たないと!


伊勢「掛かったな、電! もう終わりだ!」

電「お願い、動いて!」

停止しそうな機関に叱咤し、這うようにしてその場から逃れます。私の転がっていた床を数発の主砲がえぐりました。

駄目だ、次は躱せない! 恐怖に支配された私は、ほとんど無意識に近くの部屋へ逃げ込みました。

電「あっ、ああっ!」

それは致命的なミスでした。そのことに気付いても、もう取り返しがつきません。せめて時間を稼ぐために、慌てて扉を閉め、施錠して閂を掛けました。

電「い……電の馬鹿馬鹿! 根性なし、弱虫! どうしてこんなところに逃げ込むのですか!」

部屋に逃げ込むということは、自ら袋小路に入るのと同じことです。伊勢さんが入り口に陣取れば、もう逃げ場はありません。

電「もう窓から逃げるしか……この部屋、窓がない!?」

石造りの壁には、外へ通じる窓はどこにも見当たりません。他の部屋への扉もなく、完全に追いつめられました。


電「こ、こうなったら……撃ち合うしかない! 遮蔽物になるものは……」

薬物の作用で痛みがないとはいえ、伊勢さんの体そのものの限界は私と同様、近いはず。もはや撃ち合いに勝機を見出すしかありません。

かといって、正面からの撃ち合いは分が悪すぎます。せめて身を隠せる遮蔽物でもなければ勝負になりません。

幸い、瑞雲を閉め出すことはできました。この部屋の扉は分厚い鋼鉄製で、閂もついています。

これで十数秒は時間を稼げる。私は荒い呼吸を整えながら、改めて部屋を見渡しました。

電「……え?」

そのとき、ようやく私はここが普通の部屋ではないことに気付きます。

窓のない石造りの壁に覆われ、分厚い鋼鉄製で閂まで付いている扉の部屋なんて、鎮守府内にはそうそうありません。

ここはどこ? まさか、解体室? いいえ、違います。部屋の中央にある見慣れた設備群を目にしたとき、私は自分がどこにいるかを把握しました。

電「ここは……工廠!?」


伊勢さんが扉を激しく打ち付ける音を立てても、私はしばし、呆然と目の前の建造システムを見つめていました。

それは成功率わずか数%の賭け。本来なら愚の骨頂である、追い詰められた挙句の運頼みです。

けれど、そんなことは重要ではないように思いました。まるで何かに導かれてここに来たかのような。私は初めて、運命というものを肌に感じています。

起こらないからこその奇跡、どこかでそんな言葉を聞いたことがあります。それでも、私はこの可能性に賭けてみたい!

伊勢「電、開けろぉ! おとなしく、その命を差し出せぇ!」

轟音と共に35.6cm砲弾が安々と鋼鉄製の扉に穴を開けます。鍵と閂を破壊され、伊勢さんがここに入ってくるのは時間の問題です。

電「……やるしかない!」

もう迷っている暇はありません。私は何度か触れたことのある建造システムに飛びつき、操作盤に手を触れます。

電「資源は足りてる、開発資材もある! 高速建造材は……ある! よし、建造できる!」


再び鳴り響いた砲撃音が扉の施錠を吹き飛ばします。焦ってはいけません、私は間違いのないよう正確に資源を建造システムに投入し始めます。

電「燃料400、弾薬100、鋼材600、ボーキ30! レア艦を引く必要はない、軽巡、重巡の確率を下げて、戦艦の建造だけを狙う!」

電「この建造レシピの内訳は、重巡率38%,軽巡率6%, 戦艦率56%! ならば成功率は……6%! お願い那珂ちゃん、今だけは出てこないで!」

次の砲撃は閂をかすめました。すでに施錠は破壊され、今や閂だけが扉を塞いでいます。

電「資源投入! 開発資材、高速建造材投入! お願い、助けに来て!」

必要な情報、材料を入力し、起動ボタンを押します。建造システムは低いうなり声を上げ、新たな生命を生み出すために動き出します。

しびれを切らしたかのように、3発の轟音が立て続けに響きました。うち1発が閂に命中し、もう砲撃でなくてもへし折れてしまいそうです。

電「神様、お願いです! 私の運を全て使っても構いませんから、どうか奇跡を起こしてください!」

高速建造材が瞬く間に設備の活動を完了させ、地鳴りのような機械の振動は急速に鎮まっていきます。

奇跡か、絶望か。答えの出る瞬間がとうとうやってきました。

電「お願い……伊勢さんを助けて!」


その砲弾は閂の中心を貫き、直後に扉が蹴り破られるようにして激しく開きました。

中に入ってきた伊勢さんは、さながら手負いの猛獣。その息遣いは獣のように獰猛で、正気などまるで残っていないようでした。

伊勢「追い詰めたぞ、電! 散々手こずらせてくれたわね……今こそお前の死ぬときだ!」

伊勢「これで私の勝ちだ! お前をぶっ殺して、必ず日向を救、い……」

まるで夢から覚めたように伊勢さんは言葉を失い、その場に立ち尽くしました。

事実、伊勢さんは今このとき、長い悪夢からようやく覚めることができたのです。

日向「やあ、伊勢。そんなに息を切らして、どうしたんだ?」

伊勢さんの放っていた身を焦がすほどの殺意が、みるみるうちに消え去っていくのを感じました。

目の前にいるのは他でもありません。自分とよく似た姿形をした、かけがえのない大切な姉妹艦。

寂しさに涙し、正気を失うほどに求めて止まなかった、最愛の妹が確かにそこにいるのです。


伊勢「あっ……」

わずかに震えながら、伊勢さんはよろめくように日向さんへと歩み寄ります。

たどたどしく伸ばされた手は、それが夢でないことを確かめるかのように、日向さんの頬をそっと撫でました。

伊勢「……ひゅう、が?」

日向「なんだい、伊勢?」

伊勢「……ばか」

小さく呟いて、伊勢さんはすがりつくように、日向さんの胸元へ顔を寄せました。それはきっと、溢れる涙を隠すためだったに違いありません。

伊勢「日向のばか……今までどこ行ってたの? ずっと……ずっと探してたんだよ?」

日向「ああ、済まない。たった今、着任したばかりなんだ。待たせてしまったかな」

伊勢「待った。ずっと待ってた……私、日向がいなくてすっごく寂しかったんだよ?」

伊勢「やっと見つけた……もう2度と会えないかもしれないと思ったじゃない。ばか、ばか、ばか」

日向「おいおい、泣いているのか? よしよし。もう大丈夫だからな、伊勢……」

伊勢「うん……会いたかった、会いたかったよ、日向ぁ……」


そっと伊勢さんを抱き寄せる日向さんを見て、私は深い安堵に包まれました。

奇跡は起こりました。今まで何度、提督が試してもダメだった日向さんの建造が、このタイミングで成功したのです。

伊勢さんに薬による錯乱はもう見受けられません。少なくとも、危険性はなくなったと見ていいでしょう。

胸の中で震えながら泣き続ける伊勢さんを抱いたまま、日向さんは困ったように私を見ました。

日向「なあ、これはどういう状況なんだ? 君も伊勢もひどく怪我をしているようだし、何だって鎮守府の中で艤装を付けているんだ?」

電「ええ、ちょっと込み入った事情があって……後で説明しますから、今は伊勢さんを任せてもいいですか? 私はやらなきゃいけないことがあって」

日向「そうか。まあ、よくわからないが、それを断る理由はないな。ほら伊勢、そろそろ泣き止まないか」

伊勢「うん……ごめんね、ごめんね」

本当なら、こんな奇跡は起こらない。追い込まれてたまたま工廠に逃げ込むのも、日向さんの建造に成功したのも、確率としては極めて低いはずです。

私をここに呼んだのはあなただったんですよね、日向さん。来てくれて、本当にありがとうございます。

もう伊勢さんは大丈夫です。私は2人っきりにしてあげる意味もあり、重い体を引きずって工廠を出ました。


電「うっ……はぁ、はぁ……」

体を駆け巡った疲労と痛みに、たまらず通路にうずくまります。

伊勢さんは強かった。正気を失ってもなお健在なのは主力級の実力だけでなく、戦術においても上を行かれるとは思ってもみませんでした。

かなり無理をしましたが、まだ大丈夫。状態はせいぜい中破といったところです。私はまだ動ける。

まだ終わったわけではありません。私は傷付いた体をどうにか立たせて、また歩き出しました。

伊勢さんに破壊されていないほうの階段を使い、最上階へ向かいます。私は再び、執務室の扉を開きました。

電「……こんにちは、提督。お待たせしてすみません」

提督「……電!? 馬鹿な、伊勢はどうした!」

電「伊勢さんはもう戦いません。金剛さんも同様です。赤城さんも、外海で隼鷹さんに撃沈されました」

提督「そ、そんなはずがあるか! 伊勢に金剛、赤城までやられただと!?」

電「本当ですよ。扶桑さん、山城さんもすぐにはここへ来ることはできません。助けてくれる人がいなくなりましたね」

提督「こ、こんな馬鹿な……俺をどうする気だ!」

電「決まっているでしょう。さっきの続きですよ」


私は再び12.7cm連装砲を提督に突き付けました。先ほどと同じ光景に見えても、今は状況が違います。

さっきは伊勢さんが提督を守りました。もう私たちに割って入るものは何もありません。引き金を引けば、提督の命は確実に失われるでしょう。

それは提督も理解するところでした。言ってもいないのに提督は慌てて両手を上げ、怯えたように壁際へ後ずさります。

提督「ま、待て! 俺を殺したらどうなるのか、わかっているのか!」

電「ええ。提督がいなくなってくれるんでしょう? 鎮守府にとってはとても良いことです」

提督「華族である俺を殺せば大本営が黙っていないぞ! 貴族院だって動く、お前ら全員、反乱の罪で解体されてもいいのか!」

電「あなただって、私たちを解体するつもりだったじゃないですか。なら、あなたには死んでもらったほうがいい」

電「今までこの鎮守府に大本営が視察に来たことはありません。きっと、あなたが来てほしくなかったから、権力を使って来ないようにしたんでしょう?」

電「なら、あなたが生きているよう書類を偽装すれば、これからも大本営は来ない。この反乱だってバレやしないのです」

提督「待て、待ってくれ! やめろ、撃つな! お前はそんなやつじゃないはずだろう!?」

電「私だって、あなたがここまで酷い人だなんて思わなかった。事をここまで大きくするつもりなんて、私にはなかったのに」


電「提督。あなたは赤城さんが他の艦娘や妖精さんを密かに食べていたことを知っていましたか?」

提督「……し、知らない。初めて聞いたことだ」

電「あなたの気にしていた龍驤さんの轟沈ですが、その犯人は赤城さんです。赤城さんは轟沈に見せかけ、龍驤さんを食べてしまったんです」

提督「そ……そうなのか。そんなことをしているとは思わなかった……」

電「仲間を食べるような艦娘を鎮守府に置いておけるわけがありません。提督、もし私がこのことを相談していれば、どうしましたか?」

提督「そ、それは……もちろん、赤城を拘束して解体していたさ。当たり前だろう」

電「……嘘つき」

その目を見ればわかります。提督は都合の良いことを言い、私の心象を良くしようとしているだけなのです。

提督には何もできない、赤城さんの考えは的を得ていました。

電「赤城さんのやってることに、薄々気付いていたんでしょう。あなたの手元には鎮守府の正確な情報が寄せられているはずですから」

電「なのに気付かないふりをした。彼女は貴重な虹ホロの正規空母だから。ダブった駆逐艦なんて、どうせ解体するからどうでもよかったんですよね」

提督「ち、違う! 俺は……」


電「ゴーヤさんに薬物を使って単艦オリョクルをさせていたとき、私は苦しんでいる彼女を見ていることができませんでした」

電「一度、彼女を密かに逃がそうとしたこともありましたが、失敗しました。提督、私が抗議すれば、ゴーヤさんのオリョクルを止めてくれましたか?」

提督「こ、これからはお前たちの意見をちゃんと聞く! 今までだってそうしようとは思っていたんだ!」

電「嘘つき! あなたは私たちのことなんか、しゃべる道具くらいにしか考えていないくせに!」

電「あなたなんて大嫌い! もういい……提督、この反乱は私とあなた、2人で責任を負いましょう」

電「先に行っててください。大丈夫です、電もすぐ同じ所へ行きますから」

提督「お、おい……何をする気だ! や、やめろ! 撃つな、砲塔を下ろせ!」

あの冷たい感情が再び胸の内を占めていきます。私は1度、すでに提督を撃った。2度できないことはありません。

照準ごしに見える提督は、とうとう涙を流しながら私への命乞いを始めました。その哀れな姿を目の当たりにしても、動揺は感じません。

提督「嫌だ、死にたくない! 俺だって、俺だってこんなはずじゃなかったんだ!」


電「なら、あなたが望んでいた鎮守府とはどういうものなのですか。私たちを使い倒して、その先に何を思い描いていたんです?」

提督「つ、使い倒すつもりなんてない! 俺はただ、必死だっただけだ!」

提督「俺は手柄を上げて、偉そうにしている兄貴たちを見返したかっただけなんだ! お前たちを苦しめるつもりなんてなかった!」

電「……そうですか。私たちにはあなたの事情なんて関係なかったのに」

電「私たちは平和のために尽くす覚悟はあっても、あなたの私事に付き合う義理ない。そんなことに巻き込まないでほしかった」

提督「ち、違う! 違う! 俺が手柄を上げるということは、海域の平和にも繋がるはずだったんだ!」

提督「こんなはずじゃなかった、上手く行かなかっただけなんだ! 俺はお前たちのことを大事に想っている!」

電「私たちを大事に想っている人が、艦娘を全員解体なんて手段を取るわけがありません。せめてもっと真実味のある嘘をついてくださいよ」

提督「本当だ! やめろ、許してくれ! 嫌だ! 死にたくない、死にたくないんだ!」

大の男が泣きじゃくりながら命乞いをする、見ていて胸が悪くなるような光景でした。

私は何度か引き金を引こうとして、どうしてだか引くことができませんでした。躊躇わせたのは迷いではなく、嫌悪。

その嫌悪は提督だけでなく、自分自身にも向けられていることに気付きました。


電「……お礼、ちゃんと言いましたっけ?」

提督「な、何の話だ?」

電「……提督のくれた間宮アイス、とても美味しかったです。私たちのためにわざわざ買ってくれて、ありがとうございました」

鎮守府に着任した当初、提督は決して冷血な人ではありませんでした。

私たちに笑顔を向けることもあったし、任務が上手く行けば褒めてくれることもありました。

海域攻略や建造、開発が上手く行かなくなるにつれ、提督はみるみる冷たい人になり、笑顔を見せることはなくなりました。

それは状況が悪くなったことで露わになった、提督の本性なのかもしれません。でも、最初のうちは確かに、私たちと接しようとする気はあったのです。

心底冷血な人が、私たちのために間宮アイスを買ってくれるはずがありません。あのアイスは本当に美味しかったし、嬉しかった。

電「……提督、私は最低な秘書艦ですね。こんなことをするほどに追い詰められたあなたを、私は助けようとしなかった」

提督「い、電……」

電「自分たちが助かろうとするあまり、あなたを犠牲にしようとしていました。あなただって、今まで苦しかったはずなのに」

ずっと提督へ向けていた砲塔を下ろします。胸の内にあった冷たい感情は、ただの後悔に変わっていました。

提督がひどくちっぽけな人に見えます。私たちはこんな弱い人を、力ずくでどうにかしようとしていたのです。


電「もう遅すぎるかもしれないのですが、やり直しましょう。まだ全てが終わったわけではないのです」

提督「お……俺を撃たないのか?」

電「もし私があなたを撃つのなら、それは怒りによるものです。そんな理由で誰かを撃つことがあってはいけません」

電「提督の処遇はこの戦いが終わってから、みんなと相談して決めます。大丈夫です、あなたは私が守りますから」

提督「……これから、俺をどうするんだ?」

電「申し訳ありませんが、一旦は拘束させて頂きます。でないと事態の収拾が付きません」

電「まずはこの戦いを終わらせましょう。今はおとなしくしててください、提督」

提督「わ……わかった」

提督は上げていた手を下ろし、うなだれるように執務室の机に寄りかかりました。


暴力的なことはしたくありませんが、何かで提督を縛ったほうがいいでしょう。そうでもしないと、みんなが納得しません。

執務室のどこかに拘束用の手錠があったはずなので、その仕舞ってある場所に思いを巡らせたとき、提督が伏せていた顔をはっと上げました。

その目は驚愕に見開かれ、私の背後を見据えていました。

提督「扶桑、どうしてここにいる?」

電「えっ?」

驚いて振り返ったとき、そこには扶桑さんどころか誰の姿もありません。

全ては一瞬で起こり、私の考えが介在する余地はどこにもなかったのです。


すぐさま正面に向き直ったとき、目に入ったのは拳銃を私に向けて構える提督の姿でした。その表情は怯える子供のように恐怖で引きつっています。

砲弾の飛び交う海戦のために作られた私たち艦娘にとって、わずか数mmの口径しかない拳銃なんてパチンコ玉ほどの脅威もありません。

放たれた銃弾が私の耳元を掠めたとき、砲塔を振り上げたのは条件反射によるものでした。

撃たなければ撃たれる。撃たれた方向に撃ち返す。艦娘としての本能が、不意に起こった銃声に反応したのです。

ほとんど無意識に放たれた12.7cm砲弾は提督の右胸をかすめ、その身を抉り取っていきました。

提督「がっ……ぐぁああああっ!」

電「あっ、ああっ!」

何が起こったのかわかりません。2発の発砲音の内、1発は提督の撃った拳銃。なら、2発目は誰が? 

それを自分が撃ったということに気付いたとき、目の前には血しぶきを上げながら壁に叩きつけられる提督の姿がありました。


提督「ぐお……お、ごほっ……」

電「て、提督! しっかりしてください!」

壁に血糊をべっとりと擦りつけながら、提督はずるずると床へ崩れ落ちていきます。

足元には大量の血が流れ出し、私がそばに駆けつける僅かな間に、執務室は血の匂いでいっぱいになりました。

電「どうして……どうしてこんなことをしたんですか! 私は撃ちたくなんてなかったのに!」

提督「う、うああ……い、痛い……痛いよ……」

電「あああっ、血がこんなにたくさん! 止血、止血しなきゃ!」

提督「い……嫌だ……死にたく、ない……」

電「動かないで! 動かないでって言ってるでしょ、ばかぁ!」


必死に傷口を手で抑えますが、抑えれば抑えるほど、血は指の間から溢れ出てきます。

傷は骨どころか内臓に達し、肺に穴が開いているようでした。提督は血泡を吐きながら、もう呼吸さえろくにできなくなっています。

電「提督、しっかりして! きっと助けますから! お願い、目を閉じないで!」

提督「い……痛い、苦しい……た、たす……助けて……」

電「必ず助けます! だから、だから……!」

私の言葉には何の根拠もありません。わかっていました、それが明らかな致命傷なのだということを。

ただ、痛みと恐怖に苦しむ提督の姿を見ているのが辛くて、何もせずにいることができなかっただけなのです。

提督「お……俺は……死ぬ、のか……?」

零れた水を器に返すことができないように、全てはもう取り返しの付かないことでした。

電「……いいえ。提督、血は止まりました。助かりますよ」

提督「た……助か、る……?」


電「はい。安心してください、もう大丈夫ですから……」

提督「で、でも……痛い、痛いんだ……それに、すごく寒い……」

電「痛いのもすぐになくなります……ほら、こうしたら温かいでしょう?」

私はそっと提督の体を抱きしめました。消え入りそうな鼓動を胸に感じながら、血だまりの中に手を伸ばします。

提督「あ、ああ……温かい……」

電「よしよし……大丈夫、もう怖いことなんてないのですよ……」

拾い上げたのは、まだ銃口から煙の消え残る拳銃。機関部に血が入ってないことを確認します。弾も入っている。

電「さあ、目を閉じて……安心していいですから……」

提督「ああ……母さん……」

電「……おやすみなさい」


乾いた音が響き、私の頬に温かい血が飛び散りました。硝煙と血の匂い。かすかな鼓動が私の胸の上で消えていきます。

血溜まりへ沈むように提督は息絶えました。こめかみに開いた穴から血が流れ続けています。拳銃の反動は私の腕に生々しく残ったままでした。

せめて最期だけは苦しまず、安らかに。半ば開いたままの提督の目を、私はそっと閉じました。

電「……どうして? 何をそんなに怯えていたんです?」

なぜ提督は私を撃ったのでしょう。私が怖かったから? それとも、みんなの前に晒されることが恐ろしかったのでしょうか。

きっと、私たちが提督を信用しなかったように、提督も私たちを信用しなかったのです。

もう二度と動かない提督の体を抱きしめながら、悲しさよりも、空虚さが私に押し寄せました。

いつまでそうしていたのでしょう。鳴り響いた通信機が私の意識を現実へと引き戻しました。

足柄『こちら餓狼艦隊、足柄! 電ちゃん! 電ちゃん、聞こえる!?』

電「……足柄さん? どうしましたか?」

足柄『やったわ、山城を倒したわよ! 私たち餓狼艦隊が勝利したのよ!』


電「ほ……本当ですか! おめでとうございます、さすが餓狼艦隊!」

足柄『当然よね! 私たちの実力なら戦艦1隻くらい、どうってことゲェッ、オヴェエエエエエ!』

電「あ、足柄さん!?」

那智『おい足柄、無理して喋ろうとするな! おとなしくしていろ!』

電「那智さん、足柄さんは大丈夫なのですか!? 内臓が口から出たような音が聞こえましたけど!」

那智『あ、ああ。なんとか大丈夫だ、命に別条はない。山城にだいぶやられてはいるがな』

那智『山城のやつ、龍田たちと戦った後だというのに、ここまで粘るとは……敵ながら恐ろしいやつだった』

電「……そちらに戦闘可能な方はまだいますか? 可能なら、大和さんのところへ行ってほしいのですが」

那智『……済まない、そいつは無理そうだ。私たちも山城に酷くやられて、龍田も巻き添えを食って大破している』

那智『情けないが私自身、動くのが精一杯だ。大和のところへは行ってやれそうにない』

電「そうですか……お疲れ様でした。そちらは動ける人で負傷者の収容をお願いします」


那智『鎮守府の中はどうなったんだ、提督はどうした?』

電「金剛さんは撃破しました。提督は……私たちに拘束されることを良しとせず、自決されました」

那智『なっ……!』

那智さんが息を呑む気配が通信機越しに伝わってきます。嘘を吐いたのは、無用な混乱を避けるためでした。

那智『……信じられん。あの提督がそんな真似をするとは……』

電「はい……ですので、あとは大和さんだけです。そちらも私に任せてください」

那智『……わかった、気をつけろよ』

通信が切れ、辺りは静寂に包まれました。もう、どこからも砲撃音は聞こえてきません。まるで戦いなど、初めから起こっていなかったかのようです。

電「……見届けないと」

物言わぬ提督の体をそっと執務室に横たえ、血塗れた体を立ち上がらせます。まだ全てが終わったわけではないのです。


鈍い痛みの残る足を引きずり、階段を下りて鎮守府を出ます。そこら中から漂う硝煙の匂いが鼻を突きました。

まさに戦場跡地。そこかしこに砲撃と爆撃の跡があり、この場で激戦が繰り広げられたことをまざまざと物語っています。

その中心にいるのは、傷だらけの艤装を背負い、うなだれて大地に膝をつく扶桑さんの姿でした。

いくつかの砲塔は折れ、飛行甲板も砕け散っています。まったく動かないその姿はまるで、そういう形に作られた石像のようでした。

電「……扶桑さん」

扶桑「……電ちゃん、なぜあなたがここにいるの?」

電「え?」

独り言を呟いたつもりなのに、答えが返ってくるとは思いませんでした。

これ以上動けないように見えたのに、扶桑さんは私の目の前で、ゆっくりと立ち上がります。

ボロボロのその威容は、まったく矛盾したことを思わせました。今にも倒れそうなのに、永遠に倒れる気がしないのです。

電「どうして……大和さんは?」


私の疑問は、視界の端に写った光景により解消されました。

ひび割れた建物の壁にめり込むようにして、四肢を投げ出した大和さんの姿があります。おそらく強い衝撃で叩きつけられたのでしょう。

艤装は激しく損傷し、頭を垂れてピクリとも動きません。呼吸さえしてるかどうか怪しいように見えました。

電「扶桑さん……勝ったんですか。あの大和さんを相手に……」

扶桑「……私の質問に答えて。なぜあなたがここにいるの。提督は? その血は一体何なの?」

電「……提督は自決されました。もうこの世にいらっしゃいません」

扶桑「そんなことはありえないわ。見え透いた嘘は止して」

電「どうして嘘だと思うんです?」

扶桑「あの人は弱い人だもの。自決なんて真似、できるわけがない」

扶桑「本当のことを答えなさい。あなたは、提督をどうしたの?」

大和さんを相手取り、扶桑さんは私以上に限界が近いはずでした。

それでも、彼女の瞳に宿る光に一切の曇りはなく、まっすぐに私を見つめていました。


電「……本当のことを言いましょう。提督は私が殺しました」

扶桑「……それこそ、嘘よね? あなたはそんなことができる子じゃないはず」

電「本当ですよ。提督の頭に、拳銃をこうやって……」

私は指で拳銃の形を作り、自分のこめかみに押し当てて見せました。扶桑さんの目が大きく見開かれます。

電「ばーん。頭を撃ち抜いて、提督を射殺しました。何なら、執務室からご遺体を運んできましょうか。最期のお別れくらい、ちゃんとしたいでしょう」

扶桑「……そう。本当のことなのね。あなたがそんなことをするなんて、思わなかった」

扶桑さんは静かに目蓋を閉じ、その頬を一筋の涙が伝いました。

その儚げな姿がとても美しく見えて、自分自身の醜さに恥じ入ってしまいそうになります。

電「……もう終わりにしましょう。これ以上戦っても意味がありません」

扶桑「……いいえ。まだ私には戦う理由がある」

電「どうして? 言っておきますが、山城さんもすでに倒しました。もう残っているのはあなただけなんです」

電「これ以上、扶桑さんが戦って得られるものはありません。お願いです、武器を下ろしてください」


扶桑「戦いで何かを得ようなんて思ってないわ。もし、あなたが提督を殺したというなら、私は戦う理由が変わるだけ」

扶桑「提督の伴侶として、私は仇を取らなければならない。電ちゃん、覚悟なさい」

電「……どうして、提督のためにそこまでするんです? 私にはわからない」

扶桑「わからなくていいわ。理解してもらう気なんてないから」

電「それでも知りたいんです。教えてくれませんか? 扶桑さんと話すのは、これで最後かもしれませんし」

扶桑「……そう。そういうことなら、教えてあげる。私が提督とケッコンカッコカリの約束を交わした日のことを覚えてるかしら?」

電「はい。そのことを扶桑さんに伝えるとき、提督は少し緊張されてましたね」

扶桑「そうね……あのとき、私は本当に嬉しかった」

扶桑「かつて誰からも見向きもされなかった欠陥戦艦として、私のことを一番好きだと言ってくれたのは提督が初めてだったの」

扶桑「私は自分が救われたように感じたわ。今までの全てが報われたのだとさえ思った」

扶桑「だから、私は何があっても提督と共に行くと決めたの。そうすれば、あのとき抱いた私の気持ちは、永遠のものになるでしょう?」

電「……扶桑さん、そういう考え方では幸せになれませんよ」

扶桑「いいのよ、幸せなんて。私はただ、決めたことは最後まで貫きたいだけなの」

電「……そうですか」


扶桑さんの状況。艦体損傷度、90%。35.6cm連装砲、第一砲塔のみ健在。15.2cm単装砲、喪失。飛行甲板、喪失。瑞雲、喪失。戦闘続行、可能。

電「扶桑さん、私からも最後に1つ、言っておきたいことがあります」

扶桑「何かしら?」

私の状況。艦体損傷度、70%。12.7cm連装砲、健在。61cm四連装魚雷、喪失。強化型艦本式缶、1機のみ健在。戦闘続行、可能。

電「ときどき余裕のないときもあるけど、いつも優しくて真っ直ぐで、揺るぎない強い心を持っている……そんな扶桑さんが、大好きでした」

扶桑「……私も電ちゃんのことが好きよ。こんなことになって、残念だわ」

電「ええ、本当に残念です」

私の武器はもはや12.7cm連装砲と、残り1つの強化型艦本式缶のみ。魚雷さえ失い、体にも深手を負っています。

それは扶桑さんも同じこと。35.6cm連装砲は第1砲塔を残して破損。瑞雲もなく、本来なら動くのがやっとでしょう。

状況は互角。機動力で私が勝り、火力で扶桑さんが勝る。きっと勝負が長引くことはない。

扶桑さんの目から悲しみが消え、戦いのための冷徹な光を灯していきます。唯一動く第一砲塔が私へと向けられました。


扶桑「それじゃ、覚悟はいいわね?」

電「ええ。どうぞ、掛かってきてください」

扶桑さんは沈黙で応え、前と踏み出しました。同時に35.6cm砲塔が火を吹きます。

私の心臓目掛けて迫る砲弾を辛うじて躱しました。酷使され続けた強化型艦本式缶が悲鳴を上げながら駆動します。

側面へと走り、12.7cm連装砲を続けざまに放ちます。全弾命中。それでも扶桑さんは倒れない。

再び主砲が私を捉えます。次の狙いは顔面。私の速度を読んで放たれた砲弾がわずかにこめかみを掠めます。死が通り過ぎていく気配を感じました。

不思議と恐怖はありませんでした。再び12.7cm連装砲を放つ。扶桑さんは避けられず、全身に砲弾を受けます。

扶桑「がはっ……!」

よろめきながらも、扶桑さんは倒れない。なおも私に主砲を向け、3度目の砲撃。

砲弾は見当はずれの方向へ飛んでいきました。もはや扶桑さんには照準を定める力さえ残っていません。

12.7cm連装砲も弾薬は残りわずか。最後の1発まで撃ち尽くすつもりで、扶桑さんへ砲撃を浴びせました。


扶桑「ま……負けない……!」

扶桑さんの放った主砲は、今度は私の足元をえぐりました。もう立っていることさえ覚束ないのでしょう、砲撃の反動で大きくよろめきます。

満身創痍のその体に向けて、私は残り数発となった12.7cm連装砲をなおも撃ちます。頭に砲弾を受け、とうとう扶桑さんが地面に伏しました。

扶桑「あっ……」

地面に這う形になり、必死に身を起こそうとしますが、震える手足は言うことを聞かないようでした。

自分の巨大な艤装に押し潰されそうになりながら、それでも扶桑さんは立ち上がろうとします。

扶桑「ま……まだよ、まだ……!」

電「いいえ。もういいんです」

動けない扶桑さんを足元に見下ろしながら、砲塔を突き付けました。私を見上げる扶桑さんの目は、未だに光が消えていません。

電「もう気が済んだでしょう。降参してください」

扶桑「……そんな憐れむような目で私を見ないで。降参はしない」

電「……そうですか、残念なのです」


砲塔を向けた相手から睨み返されるというのは、とてつもなく嫌なものです。それが扶桑さんのように強くて綺麗な眼差しなら、なおのことです。

残った砲弾を1発、1発と扶桑さんに撃ち込むたびに、胸の内に暗澹たる思いが溢れました。

最後の1発を撃ち終わったとき、もう扶桑さんは私を見ていません。倒れ伏したその顔は、どんな表情だったのでしょうか。

役目を終えた12.7cm連装砲を投げ捨てるように取り外しても、体にのしかかる耐え難い重さからは逃れられません。

戦いの途中から気付いていた、痛ましい現実と向き合うときがやってきたのです。

今、この鎮守府でまともに動けるのは、駆逐艦と軽空母を合わせてわずか数人ほどしかいません。

軽巡以上の艦娘はほぼすべてが大破状態で、早急に修理する必要があります。

一体、そのために必要な資源はどこに? 日向さんの建造をしなかったとしても、私たちの貧困鎮守府では到底賄える量ではありません。

工作艦の明石さんさえいない私たちにとって、それはもはや、自力による鎮守府の復興が不可能であることを意味していました。

電号作戦を提督に察知されたとき、すでに作戦が成功する可能性なんてなかったのです。

戦いは終わりました。勝者はなく、残ったのは苦い苦い敗北だけ。

私に休息の時間はありません。これからどうするのか。すべての責任を負う義務を果たすため、その方策を考えなければなりませんでした。



続く

次回、最終話(予定)。「電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです終 暁の水平線」は来週の更新確率30%です。

まにあわんもよう。

リアルが糞なのでもう少し頑張ります。

あ、ダメでした。すみませんがもう1週間お待ち下さい。

ぶっちゃけ切りどころがないので、3話分近くを1話にぶっ込むつもりです。
こんなに書いたのに、まだプロットの7割しか消化してない。やった、まだまだたくさん書けるぞ(白目)

「なんか思ってたんと違う」という理由で完成間近の文章に大幅な手直しを加えているアホがいるそうです。

私です。

すみません、物理的に指が動かなくなってドクターストップが掛かりました。
職場でも手を使っているんで炎症を起こしたそうです。もうちょっとだけ待ってください。

もい

体調とメンタルが同時に悪化しました。頚肩腕症侯群というやつで、マウスを30秒持つだけで凄まじく疲れます。
同時にうつ病の症状も併発したみたいで、本当に申し訳ありませんがもうちょっとお時間頂きます。
エタることはありません。早く次回作も書きたいし。
次の週末に更新したいです。

8割方回復したんで制作再開します。ただ衝動的に2万字くらい闇に葬ったんでもう少し時間がかかります。

尋常じゃないくらいお待たせして申し訳ありません。最後の更新から一月以上経っているだなんてゾッとします。
ようやく間違いなく更新できる目処ができました。遅くとも土曜日くらいには最終話を投稿します。

その後にすぐ新作を投稿します。無職なのにお金がもらえるって最高ですよね!

プロットを大幅に変更したら切りどころができたので、前後編に分けて投稿することにしました。
早速前編を投稿します。

電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです終 暁の水平線 前編


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トラック泊地鎮守府より緊急支援要請


大本営の方々、今日までの度重なる海域攻略の遅れにつきまして、秘書艦の電が提督に成り代わり深くお詫び申し上げます。
これ以上の作戦の遅延が許されないことは承知の上ではありますが、この度は誠にお聞き苦しいご報告をせざるを得ないことを慙愧の念に堪えません。


最初に申し上げますと、当鎮守府の提督はすでにこの世の人ではありません。
秘書艦であるこの電は鎮守府にてクーデターを起こし、その過程で提督を殺害するに至りました。

私こと電は鎮守府発足当初から秘書艦として提督と共に着任し、鎮守府運営に関して他の艦娘の誰よりも深く関わってまいりました。
鎮守府運営は当初こそ順調に行われていたものの、まもなく提督の資源管理の粗雑さ、艦種特性への無知などが露呈し始めます。
また、提督は運の要素にも恵まれず、建造、羅針盤において思うような結果が出ない苛立ちが鎮守府運営の杜撰さに反映されていたのだとも思います。
海域攻略はあっという間に滞り、鎮守府には運用されないまま放置された艦娘で溢れかえっておりました。


鎮守府運営の失敗した最も大きな原因として、提督の無計画な建造、開発、および度重なる大型艦建造の実施が挙げられます。
運に恵まれなかった提督は膨大な資源の消費に見合う成果を得ることができず、戦力増強どころか慢性的な資源の枯渇に悩まされることになりました。
提督は駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦を戦力として軽視し、戦艦、空母のみを主戦力として海域攻略に投じておりました。
そのため、出撃後の補給、修理にも大量の資源が必要となり、資源不足は海域攻略を遅らせた直接の原因となっておりました。

枯渇した資源の回復のため、提督は私の朋友である伊58を使った単艦オリョールクルージングを試みております。
この際、伊58は能率性向上のために提督から多量の神経系薬物を投与されており、その副作用と中毒症状に人格さえ変わるほど苦しんでおりました。
結果として伊58は後日、オリョールへの出撃中に薬物による精神錯乱が原因と思われる轟沈を遂げております。
資源確保の方策とはいえ、提督の伊58に対する非道な仕打ちは私にとって許しがたく、この頃から提督への強い不信感を抱くようになりました。


更に、任務報酬として着任していた赤城なる正規空母、これは尋常な艦娘ではありません。
提督の監督不行き届きを良いことに、その度し難い食欲を持って鎮守府の資源を横領し、時には妖精さんや艦娘まで捕食する始末。
加えて金剛型の霧島なる戦艦、表向きは淑女然としている彼女も、その本性は狂犬というに相応しい凶悪さを秘めておりました。
霧島は裏で姉妹であるはずの金剛に性的なものを含む暴力行為を度々行い、表では佳人を装って提督を誘惑、鎮守府の権力を握ろうとしておりました。

私はそれらの罪業に気付きつつも、赤城、霧島から脅迫を受けていたこともあり、提督に報告、相談する義務を怠り、何ら対策を講じずにおりました。
しかしながら、彼女たちの所業はあまりにも目に余るところがあり、鎮守府の風紀も悪化していく一方です。
提督の鎮守府運営力も一向に成長の兆しが見えず、もはや提督の指示に私が従い続けること自体が害悪であるようにさえ思えました。
そうした環境に日々鬱憤を募らせていた私は、「電号作戦」という名の計画を立案します。


私がその作戦によって達成しようとした目的は、赤城、霧島、提督の殺害、ひいては鎮守府そのものの破壊です。
簡単に作戦内容を説明致しますと、まずは鎮守府内に燻っている放置艦たちを焚き付けて、主力艦隊との大規模な内乱を引き起こします。
その混乱に乗じて、私が霧島、赤城、提督の3名を殺害するというものでした。


霧島に関しては、事の起きる前に赤城と内輪もめを起こさせることに成功し、その結果、霧島は赤城によって密かに捕食されました。
自身の策略の成功に気を良くした私は、更に電号作戦の実行に踏み切ります。

私は放置艦たちに「主力艦隊が放置艦の解体処分を提督に進言している」という流言を吹聴し、彼女たちを扇動して鎮守府への反乱を起こさせました。
混戦の中、私は戦闘によって負傷した赤城を背後から襲撃して亡き者にし、執務室に逃げ込んでいた提督も、部屋に押し入って射殺しております。


程なくして主力艦、放置艦の内戦は両者相討ちという形で収束し、鎮守府内の艦娘、その実に9割が大破という事態に見舞われております。

初めは作戦達成に感じ入っていた私ですが、今になって我に返り、強い後悔の念が押し寄せて来ております。
私の個人的な鬱憤によって引き起こされた拙い復讐に、これ程多くの艦娘を巻き込んでしまったことはもはや悔悟し切れることではありません。


当鎮守府では資源が欠乏し、また明石も未着任であるため、大破した戦艦1隻修理するのもままならぬほどです。
誠に身勝手なお願いではございますが、どうか鎮守府復興のための緊急支援を送っていただきたく存じます。

誤解を招かぬよう申しておきますが、この度の反乱は私こと電が1人で企てたことであり、責任の所在も私1人にあります。
他の艦娘たちはその被害者であり、私の口車に乗せられて行動しただけに過ぎません。
主力艦隊だけでなく、放置艦たちも私利私欲ではなく、仲間や鎮守府を守ろうとして戦ったという事実を心にお留めいただけるようお願い致します。
彼女たちが私の姦計に乗せられたのは、むしろその清廉潔白さによるものであり、今後も海域の平和のために大きく役立ってくれるかと思います。


提督を殺害し、赤城と霧島をも殺め、数十に及ぶ艦娘を大破させた罪、電の身1つで償いきれるものではないかもしれません。
しかしながら、他の艦娘に罪はないのです。重ねて申しますが、この反乱の責任は電1人にあり、彼女たちは私が利用しただけに過ぎません。
罪のない艦娘への処罰は正義に反し、戦力としても大きな損失を招くはずです。

私への処分はいかようなものでも謹んで受ける覚悟でございますので、どうか彼女たちの免責を、ならびに救援を何卒、何卒お願い致します。


トラック泊地鎮守府 秘書艦 暁型4番艦 電

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救援のための艦隊が鎮守府に来たのは、電号作戦が失敗に終わり、私が緊急文書を大本営に送った3日後の事でした。

空は青々と晴れ渡っていて、雲ひとつありません。燦々と輝く太陽がまるで私をあざ笑っているかのようでした。

私はドック脇の沿岸にて、救援艦隊を出迎えます。見慣れない艦娘たちがドックから上陸する中、1人の艦娘が私の元に訪れます。

長門「大本営より命を受け救援に参った、横須賀鎮守府第一艦隊の旗艦、長門だ。お前が件の電か?」

電「そうです。この度は当鎮守府の救援のためにご足労頂き、ありがとうなのです」

長門「挨拶はいい。大本営に送られてきたという緊急文書を私も目を通したが……あれは全て真実か?」

電「はい。私が提督、ひいては鎮守府に対するクーデターを画策し、その結果としてこのような現状を引き起こしています」

予想通り、80近い数の艦娘の修理は莫大な資源の消費を必要とし、私たちだけで全員を助けるのは到底不可能でした。

この反乱の責任全てを私が被り、大本営に救援を求める。全員を助けるためには、それが一番確実な方法でした。

電「処分はどのようなものでも受ける覚悟ですが、その前にみんなを助けていただきたいのです」

長門「今、明石をドックに行かせている。資源もかなりの量を持ってきた、そちらの心配はもうしなくていいだろう」

電「そうですか、よかった……」

安堵に胸を撫で下ろします。これで肩の荷がようやく1つ降りました。

大破艦の中には、どうにか応急処置だけはできたものの、これ以上放置すれば生死に関わるほどの深手を負っている艦娘もいます。

その子たちも、みんな助かる。それがわかっただけで、私には十分過ぎる救いでした。

長門「それより、自分の心配をするがいい。私は大本営と横須賀の提督より、ここで起こったという反乱の実態究明の任を授かっている」

長門「私がここで得た証言や事実により、お前の処分が決定される。私に対して嘘は許されない、いいな?」

電「ええ。全てをお話します。まずは何から聞きたいですか?」

長門「そうだな……その前に、まずは提督の遺体を検分後、引き取らせてもらう。遺体はどこに安置している?」

電「執務室です。といっても、もう荼毘に付してありますけど」

長門「なっ……貴様、勝手に火葬したのか!? ここの提督が華族の出であること、知らなかったわけではあるまい!」

長門「華族ともなれば、火葬するにしても様々なしきたりや慣習がある! それに習わず荼毘に付すなど、それだけで厳罰ものだぞ!」

電「だって、仕方がないじゃないですか。ご存じないかもしれませんが、死体というものは腐るんです。1日だけで随分と腐臭を放っていました」

電「あなた方の到着がいつになるのかもわかりませんし、防腐処理の準備もない以上、そうするしかなかったのです」

電「それとも、酒保の冷凍室にでも入れておけばよかったですか? そんなわけにもいかないでしょう」

長門「……お前、本当に暁型4番艦の電か?」

電「そうですけど、何か?」

長門「うちの鎮守府にも電はいるが……電はそんな目はしていない。お前の目はまるで……」

電「何です?」

一瞬、長門さんは私に恐怖したように見えました。彼女の瞳に映る私は、一体どれほど醜く映っているのでしょうか。

ただ、そこまで興味はありません。自分がすでにどうしようもないほど汚れていることくらい、わかっていますから。

長門「……うちにいる電を考える限り、今回の件はとても信じられるものではなかったが……お前の目を見て考えが変わった」

長門「文書の内容がどこまで真実かはまだ知らない。だが、お前が並の駆逐艦でないことだけはわかる」

電「そうですか……それはどうも。これで私の処分を提案するときに、良心が痛まなくて済むようになりましたね」

長門「……ふん、覚悟はできていると言っていたが、自分がどんな目に合わされるかわかっているのか?」

電「さあ。解体以上のことをされたいなら、どうぞ煮るなり焼くなりお好きに。もう私はやりたいことをやりました。この世でしたいことはありませんから」

長門「お前のやりたかったこととは何だ。全てをぶち壊しにすることか?」

電「ええ。提督も殺せて胸がスッとしました。ただ、みんなを巻き込んだことだけは後悔しています」

長門「これ程の事態を引き起こしておいて、仲間の身の心配か。まるで念仏さえ唱えれば極楽に行けると思っている偽善者だな」

電「ふふ、文書を読んでわからなかったんですか? そうです、私は偽善者なんですよ。自分さえ楽しければ、あとはどうでもいいんです」

長門「……大した器だな。ここまでの悪行を成し遂げ、なおかつそのような口を利ける艦娘など、どの鎮守府を探してもそうはいまい」

長門「処分されるには惜しい人材だ。こんな事をしでかさなければ、有能な艦娘として名を残していただろうに」

電「ぷっ……くす、くっくっく……面白い冗談ですね、それ」

長門「……確かに今のは冗談だ、半分はな。仮に有能でも、反乱を起こすような艦娘に席を用意する鎮守府はないだろうからな」

電「違いますよ。面白かったのは、もう半分の方です」

長門「なに?」

電「私が有能? 馬鹿馬鹿しい、私ほど無能な艦娘はいないでしょう」

吐き捨てるように私はその言葉を口にし、胸の内は苦々しさでいっぱいになりました。

有能だなんて、冗談でも言われたくない。それは私にとって侮辱以上の侮辱でした。

長門「私はそうは思わないがな。反乱を引き起こすには相応の力がいる。私怨とはいえ、それをやってのけたお前は……」

電「やめてください!」

思わず叫んでしまったことに、長門さんだけでなく私自身も驚きました。自分の大声で頭の中がガンガンします。

私はむしろ、自分の罪を糾弾し、責めてほしかったのです。そうでもしてもらわないと、この自己嫌悪からは逃れられないでしょう。

電「……すみません、今は後悔してることなのです。そういう話はやめてくれませんか」

長門「……そうか。なら、もう言うまい。ここからはお前を軍規違反の戦犯として扱おう」

電「ええ、そのほうが気が楽です」

私のやったことは全部失敗しました。こんなはずじゃなかった。無能という言葉は、結局は私へと返ってきたのです。

鎮守府を今より良くしようとしただけだったのに、そのために汚れ役を引き受ける覚悟もあったのに、そんな事では足りませんでした。

足りなかったのは私の力。もっと私に勇気があれば、もっと早くから行動を起こしていれば、こんな結果にはならなかったのに。

全ては遅すぎたのです。私という無能な秘書艦は何もかも台無しにして、今はその責任を果たすためにここにいるのです。

明石「あのーお取り込み中すみません。ここの艦娘の修理についてなんですけど」

長門「明石か。ドックの様子はどうだ?」

明石「いやあ、酷いもんですよ。まるで大破艦の魚市場です。よっぽど激しい戦闘が行われたんでしょうね」

明石「特に大和さんと扶桑さんの損傷が大きくて、修理ができそうにないんですよ」

電「そ……そんな! 助からないんですか!? お願いです、みんなの命だけは助けてください!」

顔から血の気が引いていきます。誰かが犠牲になるのであれば、ここまでした意味がなくなってしまいます。

明石「ああ、いえ。そういうことじゃなくてね、単に持ってきた資源が足りそうにないってだけで」

長門「なんだ、あの量でも足りないのか? 困ったものだな……」

明石「大和さんの修理は相当な量の鋼材を持って行きますからねー。それで、資源の追加を要請してもらいたいんですけど」

長門「わかった。提督に連絡しておく」

電「……2人は助かるんですね?」

明石「もちろん。他に損傷の大きい方は隼鷹さんや足柄さんですけど、そっちも命に別状はありません」

電「そうですか……ありがとうございます」

長門「お前に礼を言われる筋合いはない。同じ艦娘として、助け合うのは当然だ」

電「……その通りですね。明石さん、どうかみんなをよろしくお願いします」

明石「あ、はい。大丈夫ですよ、工作艦の明石はこういうときのためにいますからね」

長門「では、そろそろお前の話を聞かせてもらおう。こんなところで立ち話も何だ、鎮守府の中に案内してもらいたいのだが」

電「わかりました。どうぞこちらに……」

長門「おい、待て。どうした?」

電「はい? 何でしょう」

長門「鼻血が出ているぞ。どこかでぶつけたのか?」

電「あ、本当ですね。すみません、おかしいな……」

袖で鼻血を拭うと、血は止まるどころかむしろ、蛇口を捻ったようにボタボタと滴り落ちてきました。

ぶつん。頭の中でスイッチの切れるような感じがして、直後に私の視界は真っ暗闇に落ちます。何かに体がぶつかる衝撃を感じました。

長門「お、おい! どうした、しっかりしろ! 明石! 明石、来てくれ!」

明石「えっ!? ど、どうしたんですか、その子!」

ぐわんぐわんと長門さんの声が頭の中に響きます。どうやら私は何かにぶつかったのではなく、地面に倒れたようでした。

立とうとするのですが、地面がどこにあるのかわかりません。手足の感覚さえなく、まるで意識だけが暗闇の中に浮かんでいるみたいです。

明石「ちょっと……この子、大破状態じゃないですか! この傷で今まで動き回っていたんですか!?」

長門「まずいぞ、出血が止まらない! 急いでドックへ運ぶぞ! 明石、手伝え!」

明石「待って、頭を揺らさないで! 脳に損傷があるのかもしれません! 下手に動かしたら、二度と目を覚まさなくなりますよ!」

長門「じゃあどうしろと言うんだ! ここで修理を始めるのか!?」

明石「長門さんは頭を持って! 慎重に、ゆっくり持ち上げるんです! ゆっくり、ゆっくり……!」

近くにいるはずの2人の声がどんどん遠ざかって、言っていることの意味もわからなくなります。

もう何も感じません。暗闇に浮かぶ意識さえ徐々に薄れていき、私そのものが消えてなくなっていくみたいでした。

長門「おい、死ぬな! 明石、必ずこいつを助けるぞ! 勝手に死なれてはかなわん!」

明石「わかっています、頭をしっかりと支えて! 慎重に運ばないと……」

長門「おい……こいつ、息をしていない! 脈も止まった! まずい、まずいぞ!」

明石「長門さん、手伝って! 今すぐ心肺蘇生を!」

長門「くそっ! おい、戻ってこい電! 息をしろ! 息をしろと言っているんだ!」

意識が途絶える最後の瞬間、ひとつだけ、たったひとつ浮かび上がったその感情だけが、どうしても消えてくれませんでした。

───寂しい、と。

Down……Down……Down……

沈んでいく。目を開けると、私は水底へと沈んでいく途中でした。はるか遠くの水面から、温かい陽の光が降り注いでいます。

ああ、綺麗。宝石みたいです。でも、もう私には決して手の届かない場所にある。

体が沈んでいくにつれ、差し込む光も徐々に遠ざかっていきます。暖かな水は刺すような冷たさを帯び、その感触にどこか懐かしさを覚えます。

そう。それはかつて潜水艦ボーンフィッシュの魚雷を受けて、体を2つに裂かれながら海底へと沈んだ記憶。

艦娘にとって、死とは初めての事ではありません。私たちは2度目の生を受けてこの海を駆り、そして今、元いた場所へと還っていくのです。

電「……寂しい」

思わず口にしたその言葉は、刃のように私自身の胸を突き刺しました。こうなる覚悟はできていたはずなのに、泣きそうなほど辛いのです。

海流に揉まれて、水面を仰いでいた私の体が海底へと向けられます。何も見えないほど、その先は真っ暗でした。

いいえ、違います。暗闇の中で、確かに蠢く2つの影があります。

霧島「……ハハハハッ! お前もこっち側かよ、ざまぁねえな! 早く来いよ、金剛の代わりに可愛がってやるからよぉ!」

赤城「さっさと来てくださいよ。私、お腹が空いちゃって……電さんって、美味しそうですね。まずは手足から、いいですか?」

もしかしたら、提督も探せばどこかにいるのかもしれません。それとも、私たち艦娘とは違う場所にいるのでしょうか。

どちらにしろ、私が行き着く場所は彼女たちと同じ。もうみんなに会うことは永遠にないでしょう。

寂しくて泣きたいのに、涙さえ出ない。まるで私には悲しむ権利さえ許されないかのようでした。

電「最後に……霞ちゃんに会いたかったな……」

溢れ出そうな想いを胸の内に閉じ込めて、固く蓋をしました。もう2度開かないように。

できないなりに、最後にやれることはやったつもりです。あとはみんなが幸せになってくれるよう、祈るばかりです。

もう1度空を仰ぐと、すでに陽の光は小さな点にしか見えません。辺りは暗く、海水は氷のように冷たいのです。

2度浮き上がれない海底まで、あとわずか。私は目を閉じ、体を包む冷たい海流に身を任せました。

電「……さよなら」

全てを受け入れた瞬間、私の体は何者かに抱き止められました。

きっと海底に引きずり込まれるのだと、覚悟してぎゅっと目を閉じます。しかし、そうではありません。

体が上へと向かっていく。強い水の抵抗を感じます。それは私が急速に浮かび上がっていることを意味していました。

電「え……?」

何が何だかわかりません。そんな戸惑いもお構いなしに、私を抱きかかえる何者かは、海流を切り裂くようにぐんぐんと水面に向かって泳いでいます。

目を開くと、あんなに深かった周囲の闇はどこにもなく、強い光が差し込んでいます。肌を包む水も温かい。

水面に浮かぶ陽の光はもうすぐそこでした。もう、2度と手の届くはずのなかった光。

水しぶきを上げて海面に顔を出し、私は思いっきり呼吸をしました。空には雲ひとつ掛かってない、まばゆい太陽。

燦々と輝く陽の下で、私は確かに彼女の姿を見ました。

伊58「でち!」


電「……ゴーヤさん!」

布団を払いのけて跳ね起きたとき、そこには誰もいませんでした。

呆然と目の前を見つめ、天井を見上げます。見覚えがあるこの風景、紛れもない自分の部屋です。

大和「……電さん?」

聞き慣れた声に、傍らへと目を遣ります。目を丸くして私を見つめる、その顔は他でもない、戦艦の大和さんです。

大和「……私の事がわかります?」

電「……はい。大和さん、なのです」

大和「失礼ですけど、ご自分の名前は言えますか?」

電「暁型4番艦、電です。雷ちゃんじゃないですよ」

大和「……よかった、よかった! やっと目を覚ましてくれたんですね!」


大和さんは目を潤ませ、私のことを強く抱きしめました。この抱きしめられる感覚、どこかで覚えがあります。

夢の中で、こんなことがあったような……脳裏に焼き付いたはずの笑顔は、嘘のように溶けて、記憶から消え去って行きました。

今は何を思い出そうとしていたのかさえ見当がつきません。何か、大切なことを忘れてしまったような……

大和「もう、無茶して……あれから1週間も寝たままだったんですよ。2度と目を覚まさないかと思ったじゃないですか」

電「……ごめんなさいなのです」

大和「どうして修理を受けないまま、動き回っていたんです? 駆逐艦なんですから、それくらいの資源はあったはずでしょう」

電「だって……まだ傷で苦しんでいる子がたくさんいるのに、私だけ修理を受けるわけにはいかないじゃないですか」

大和「逆でしょう? そういう子がいるから、電さんこそ元気になって助けてあげないと」

電「そうですね……その通りです。迷惑掛けて、ごめんなさい」

大和「あ、すみません。怒ってるんじゃないですよ? 電さんが目を覚ましてくれて、私、本当に嬉しいんです」

大和「第一、謝らなくちゃいけないのは私のほうです。本当にごめんなさい、電さん」

電「何の事です?」

大和「あれだけ大口叩いたのに、私ったら扶桑さんに負けちゃったでしょう? それで電さんが扶桑さんと戦う羽目になってしまって……」

大和「すごいですね、あの扶桑さんを倒してしまうなんて。私より電さんのほうがよっぽど強かったみたいです」

電「そんな、大したことじゃないですよ。扶桑さんはあのとき、すでに瀕死でしたから。大和さんとはほとんど引き分けみたいなものだったんでしょう」

大和「そう言ってくださると、少し気が楽になります。結局、私はあまりお役に立てませんでしたから、そのことがずっと気になってて……」

電「待ってください、大和さん。今はどういう状況なんです?」

窓の外を見ると、すでに夜も更けた頃のようでした。

私がこうして自室の布団に寝かされ、大和さんも健在。その様子に特別不審なところはありません。

あれから、鎮守府はどうなったのか? 意識が鮮明になるにつれ、その疑問はどんどん膨らんでいきます。


電「みんなはどうなったんです? 横須賀からの艦隊は? 大本営は私にどういう処分を下したんです?」

大和「まあ、ちょっと待ってください。1週間も寝てらしたんですから、順を追って話さないと」

大和「まず最初に、みんなは無事です。横須賀からの救援艦隊は大破艦全ての修理を終え、元の鎮守府へと帰られました」

大和「ほら、扶桑さんにこっぴどくやられた私も元気そうでしょう? 重症だった隼鷹さんや足柄さんも、ばっちり修理してもらいました」

電「そうですか……よかった」

大和「次に、今回の反乱に対する大本営の決定なんですけど……なんとですね、全部お咎めなしになりました」

電「はあ?」

自分でもどうかと思うくらい間抜けな声が出ました。それほど大和さんの答えは耳を疑うものだったのです。

反乱を起こして華族を殺したとなれば、世が世なら一族郎党根絶やしにされても不思議ではありません。それが、お咎めなし?


大和「信じられないでしょうけど、本当なんです。電さんも私たちも、実質的な処分は何もありません」

電「そんな馬鹿な……大和さんたちはともかく、私まで何もないなんて絶対におかしいのです」

大和「私も驚いたんですけど、事実なんです。ま、それも色々と後ろ暗い話があるんですけど」

電「どういうことです?」

大和「まず提督なんですけど、華族なのは本当でした。ただし、私たちの認識とは少々違ったみたいです」

大和「彼の家柄は華族の中でもかなりの名家で、貴族院へ入れば必ず上層部の席を約束されるほど、その名は高かったそうです」

大和「提督はそこの末子で、なんというか……落ちこぼれだったそうです。あまりご家族からは愛されていなかったみたいですね」

電「……そうなんですか?」

大和「ええ。電さん、提督を荼毘にして骨壷に収めたでしょう? それが大本営に引き取られたんですけど、なんと戻ってきました」

電「戻ってきた?」

大和「ご家族から受取拒否されたみたいなんですよ。そんな家名を汚すような人間の遺骨を墓に入れるわけにはいかないって」

大和「仕方ないからうちで弔えって大本営に言われて、今は扶桑さんが建てた小さなお墓の中に収めています」

電「そんな……いくらなんでも、可哀想じゃないですか。ご家族からも見放されるだなんて……」

大和「どうやら、提督はご家族にとっても、大本営にとっても目の上のたんこぶのような存在だったみたいですね」

大和「大本営も貴族院も、彼の扱いには困っていたようです。こんなことは言いたくないのですが……死んでくれて好都合というのが本音なんでしょう」

電「……まさか、それを理由にお咎めなし、なんてことはないでしょう」

大和「もちろん。そういう事で、華族からの怨恨を買うようなことはありませんでしたが、向こうには世間体というものがあります」

大和「それで、今回の件に大本営がどういう決定を下したかって話題になるんですけどね」

大和「ほら、この反乱って外から見たら『ボンボンの提督が無能さ故に艦娘の信用を失い、内乱を起こされた挙句に殺された』ってなるじゃないですか」

電「確かに……間違ってはいないのです」

大和「そういう事が外部に漏れると世間体が非常に悪いという話になったそうなんですよ。大本営にとっても、華族にとっても」

大和「能力に欠ける人間を提督にした大本営も責任を問われるし、そういう人物を輩出した華族も信用を失う、と。上層部でそういう話になったそうです」

大和「だから、まるごと揉み消しちゃおうと。つまり反乱自体がなかったことになりました」

電「……それなら、なおのこと私たち全員を解体するはず。人の口に戸は立てられないって言うでしょう?」

大和「その通りだと思うんですけど、この鎮守府ってただでさえ海域攻略が遅れてるじゃないですか」

大和「また一から艦娘を建造し直すとなると、膨大な時間と資源を消費します。それも大本営にとってよろしくなかったそうです」

大和「よく考えたら、私たちが他の鎮守府と接することって、今回みたいな例外を除けば演習くらいじゃないですか」

電「そうですね……演習でも相手と会話する機会はほとんどないのです」

大和「でしょ? だから厳しく箝口令は出されているんですけど、実質的な処罰はありません。いわば執行猶予みたいなものですね」

大和「もし外部に漏らしたら全員解体、演習以外の外部接触も禁止。これだけです。おとなしくしていればOK、ということです」

電「……私にも、何もないのですか?」


大和「それなんですけどね。公的な処分はありません。だって、反乱自体がなかったことになっているんですから。処罰者が出るのはおかしいでしょう?」

電「それは表向きの話ですよね。私たちは危険分子として、何らかの見せしめになるようなものが必要だったはずなのです」

大和「ええ。どうやら長門さんは電さんをかばうような報告をしたそうなんですけど、それでも大本営は電さんを解体処分することに決めました」

電「なら……これから私は解体されるということでしょうか」

大和「いいえ、そんな事はありません。電さんはすでに解体されたことになっていますから」

電「……される、ではなくて、されたことになっている?」

大和「ええ。今、この鎮守府には新しい提督が来ています。その人は結構話のわかる方で、そういうことにも協力してくれるんですよ」

大和「先日、また長門さんが来て、その提督は電さんを解体処分した書類を提出しました。もちろん、電さんはここで寝てたんですけど」

電「長門さんは確認しなかったのですか? 私が本当に解体されているかどうか」

大和「それは悪魔の証明になるじゃないですか。解体されたなら、もういないってことですから」


大和「もし、また大本営から視察の人が来たら、電さんは素知らぬ振りをしていればいいんです。私は最近建造された電です、ってね」

大和「こうして全部解決しました。反乱はなかったことに、関係者は口止め、首謀者は書類上の解体。尾を引くようなものはありません」

電「……新しい提督はどういう人なのですか」

大和「これがですね、聞いてくださいよ。もう60前のおじいちゃんなんです」

電「そんな、定年退職前じゃないですか。この鎮守府は窓際部署代わりにされたということなのですか?」

大和「私もそう思いました。実際に会ってみると、本当は70超えてるんじゃないかってくらい老けてて、これは大本営に見放されたかなって思いました」

大和「でも、そうじゃなかったんです。その人すごいんですよ、何でも、元は実戦経験もある立派な海兵さんで、勲章だっていくつも持ってるんです」

大和「着任してからまだ5日しか経ってないんですけど、もう3箇所の海域攻略に成功しました。資源にもかなり余裕を残しています」

大和「今、この鎮守府に放置艦なんて1人もいませんよ。みんな何らかの仕事に駆り出されて大忙しです。物凄いパワフルなおじいちゃんですよ」


電「そうですか……いい人が来てくれたんですね」

大和「ええ、いい人です。ちなみに秘書艦は電さんに代わって私がやってるんですけど、これがまた難しいんですよ」

電「そうですか? そんなに複雑なことはないと思うのですが……」

大和「いいえ、私はこういう仕事に向いてないですね。第一、この鎮守府には電さん以外、秘書艦の経験がある艦娘がいないんですよ」

大和「だから、誰も勝手がわからなくて。電さんには元気になり次第、私のやり損ねてる仕事を手伝ってもらうことになりますからね?」

電「あはは……寝てる暇もないのです」

話しているうちに、胸につかえていたものが取れていくような開放感を覚えていました。

私が寝ている間に、いろんな事が上手く行ったみたいです。まるで、最初から私なんていらなかったみたいに。

もう私がすべきことはないように思いました。秘書艦の仕事だって、大和さんはいずれ覚えます。私がやる必要はありません。


電「今、何時です? 提督さんはもう寝てらっしゃるのでしょうか」

大和「提督ですか? あの人は夜遅くて朝早いタイプなのでまだ起きているとは思いますが……」

大和「1週間ぶりに起きて、いきなり提督に会います? 電さんに会いたいって子は、行列を作って待ってるんですよ」

電「……すみません、先に提督さんに会わせてください。お話したいことがあるので」

大和「どうしてもっていうならいいですけど……じゃ、呼んできます」

電「いいです。私が直接行きますから」

布団から起き上がり、ふらつく足で床に立ちます。1週間寝ていた割には上手く歩けそうでした。

大和「ちょっと、無茶しないでください。病み上がりなんですから、安静にしてないと……」

電「大丈夫ですよ、これくらい。それじゃ、行ってきます」

大和「待ってください。執務室まではついて行きます。それくらい、いいでしょう?」

電「……いいですけど」

大和「それじゃあ、行きましょう。あ、だっこしてあげましょうか」

電「いえ、大丈夫です。歩けますから、大丈夫ですから……」


過保護なお母さんのように寄り添う大和さんに連れられて、私は執務室へと向かいます。

向かう途中、反乱の爪痕を色濃く残す鎮守府は、すでに大部分の修繕が進められているみたいでした。

大和「すごいでしょう、これ。これも提督が指揮してるんです。暇してる艦娘を総動員して」

大和「キス島攻略が終わってから、駆逐艦隊は工作隊と化してますよ。毎日誰かがトンカチを振るってます」

電「もう随分と復興が進んでいるんですね。あれだけの被害を出したのに……」

大和「やっぱり大本営からの救援資源が大きいんですけど、それ以上に新しい提督の指揮が頼りになるってのがありますね」

大和「色々とありましたけど、結果としてはいい形になったんじゃないでしょうか。それでいいじゃないですか、ね?」

電「……はい、そうですね」

強引に同意を求めるような大和さんに、戸惑いながらも返事をしてしまいます。

大和さんでさえ、気付いているように感じました。私たちが失敗したということを。

その埋め合わせは大本営と、優秀だという提督がやってくれて、私たちにできたことはありません。

それは結局、私たちが無力だったということを証明しているような気さえしました。


電「……ここまででいいですから、大和さんはもう休んでください」

大和「えー? 嫌です、一緒にいさせてください。いいじゃないですか、おとなしくしてますから」

電「提督さんと2人だけでお話したいので……すみませんが、お願いします」

大和「初対面のおじいちゃんと2人っ切りって心細くありません? 私がついていてあげますよ」

電「いえ、本当に大丈夫です。大丈夫ですから、お願いします」

大和「……どうしても提督と2人で?」

電「はい。申し訳ないんですけど、大和さんには聞いててほしくありません」

大和「そうですか……残念です」

随分と食い下がりましたが、とうとう大和さんは折れて立ち去っていきます。何度も、何度も私を振り返りながら。


2つ、大和さんに聞いていなかったことがあります。1つは新しい提督自身が、私の事をどう思っているのか。

それは私自ら問わなければいけないことだと思いました。そして2つ目は、私が提督を殺したことについて。

大和さん自身、その話題を避けているように感じました。私にとってはありがたいことです。それは私1人だけで向き合わなければならないことですから。

執務室の鍵はまだ修理されていないようです。扉をノックすると、しゃがれた男性の声が内側から聞こえました。

提督「入りな。開いてるよ」

電「……失礼します」

私を出迎えたのは、古木のような老人でした。髪も口ひげも白く染まり、柔和な表情を浮かべる顔には年輪のように濃い皺が刻まれています。

大和さんの言う通り、年齢の割に老けて見えます。それでも、全身から発する生命力には何ら衰えを感じません。

その深い皺はこれまでの人生がどのようなものだったのかを物語っているようで、不思議な存在感のある人でした。


提督「ようやく起きたか。初めましてというべきだろうな」

電「ええ。初めまして、提督さん。元、秘書艦の電です」

提督「ああ、よろしく。俺がこの鎮守府の新しい提督だ。挨拶はこの辺でいいだろう」

提督「お互い、色々と話したいことはあろうが、まずはそちらからだ。何か聞きたいことはあるか?」

電「では、お聞きします。あなたがこの鎮守府の提督として選ばれた理由は何ですか?」

提督「まあ、一言で表すなら捨て石だな。俺はもうこの歳だ、後方勤務をやっていたんだが、今回の件で上からお達しが来てな」

提督「海域攻略の遅れている鎮守府があって、そこにいる艦娘は反乱を起こすような問題児ばかりだと。まともなやつでは提督を務められない」

提督「希望者もいないし、そこで俺に白羽の矢が立った。俺は有能だが老い先短い。最悪、また反乱騒ぎで死なれても大して痛手にならないわけだ」

提督「俺がここに来た理由はそんなところだな。こんな老兵を前線に引っ張りだすとは、大本営もよほど余裕がないと見える」


電「下手を掴まされたと思っているのではないですか? 面倒な仕事を押し付けられたと」

提督「正直なところ、それは思っているし、事実だ。大本営はこの厄介な案件に対し、有効な打開策を持ち得なかった」

提督「杜撰な作戦を出して前線の兵士に奮戦を期待する。大本営は昔からずっとそうだ。今回も同じ事だよ」

電「そこまで大本営の意図がわかっているなら、なぜそんなに平然としているんです? 捨て石になっても構わないと?」

提督「そんなつもりはない。俺はもう40年も海軍省の軍人をやっている。こういう命令にどうすればいいのかは大体わかっているのさ」

提督「お前たちとは上手くやっていきたいと思っている。おそらくこいつは俺にとって最後の仕事だ、有終の美を飾りたいね」

提督「なに、悪いようにはしない。そうすれば、お前たちも早まった真似はしないだろう? お互いのために手を取り合って行こうぜ」

食えない人だと思いました。掴みどころがなくて、善にも悪にも染まってない。だけど、悪い人ではない。

前の提督とは違う。これで十分な気もしましたが、まだ私は新しい提督さんを計りかねていました。


電「1つ、大事なことを聞かせてください。提督さんはなぜ大本営に従って戦ってきたんです?」

提督「そんな愚問を聞かれるとは思わなかったな。なぜなら、俺が愛国者だからだ」

提督さんはわざとらしく驚いて見せて、さも当然というように答えました。

提督「俺はこの国が好きだから、無茶な命令にだって応えるし、死ぬような役目だって引き受ける。そうしてたまたま生き永らえた結果、ここに来た」

提督「最後の戦場としては悪くない場所だ。俺が必ずこの海域の平和を取り戻してやる。お前たちと一緒にな」

堂々としたその風格は、小柄な老人だとは思えません。提督さんがとても大きい人に見えました。

電「では次に、私が起こした反乱についての意見を聞かせてください」

提督「それか。最初に言っておくが、あの緊急文書がでたらめなのは見た瞬間にわかった」

電「……どこに不備が?」

提督「まあ、何というか。俺には支離滅裂に見えた。常人が必死こいてイカれた極悪人の振りをしているような感じだったな」


提督「詳しいことは大和たちから聞いている。赤城や霧島、前の提督がどんなやつだったのかもな」

電「だから私の解体を偽造するのにも協力したんですか?」

提督「それは少々事情が異なる。正直に言えばだ、俺は大本営に言われるまでもなく、お前を解体処分するつもりでいた」

提督「与えられた情報が少なかったからな。この件に関して、1人くらいは重責を負う者がいるべきだと思っていた」

提督「なら、その役目はお前が最も相応しい。それは自覚しているんだろう」

電「ええ。それをなされなかったのはどうして?」

提督「簡単だ。お前を解体すれば、間違いなく暴動が起きる」

電「……大げさです。そんな事はありえないでしょう」

提督「そうは思わないな。今、うちで一番働いているのは駆逐艦だが、そいつらはお前こそ自分たちの盟主だと主張している」


提督「今は素直に俺の言うことを聞いているが、お前を解体すれば、あいつらは間違いなく暴れる。他の奴らもそれに倣うだろう」

提督「もう1つは、もっと合理的な理由だ。他に秘書艦を務められるやつがいない」

電「……そんなに難しい仕事じゃないでしょう? 大和さんはいずれ覚えますし、どうしてもダメなら他の艦娘に任せればいい」

提督「ところがだ、誰一人秘書艦の仕事をやりたがらない。お前が起きたとき、きっと大和がそばにいただろう?」

電「はい……彼女はずっと私を看病してくれていたのですか?」

提督「そうでもない。お前の看病は何人かが代わる代わるやっている」

提督「さっきあいつがお前のところにいたのは、仕事をサボってたんだ。あいつは自ら立候補したにもかかわらず、秘書艦の仕事をやる気がない」

電「そんな馬鹿な。大和さんは真面目な人なのです」

提督「大和の意図はわかっている。お前を秘書艦に復帰させるためさ。だからわざと使えない秘書艦を演じている」

提督「他の艦娘たちも秘書艦の任は断固として拒否している。というわけでだ、電。お前には改めて、俺の秘書艦をしてもらいたいんだが」


電「……嬉しい申し出ですが、お断りします」

提督「なぜだ? まあ、駆逐艦隊のリーダーをしてくれるなら、それでもいいが」

電「それも辞退させていただきます。私はもう、この鎮守府で何もする気がありません」

提督「なんだ、ストライキか? 聞きしに勝る問題児だな、お前は」

電「そうではないのです。提督さん、お願いがあります」

提督「なんだ?」

電「私を解体処分してください」

ずっと決めていた私の言葉は、驚くほどすんなりと喉から出てきました。

この提督さんは優秀で良い人だと思います。きっと鎮守府を正しい方向へ導き、みんなを苦しめるようなことは決してしないでしょう。

なら、もう私がここにいる必要はありません。


私の言葉で、提督さんに驚いた様子はありません。柔和な顔を少ししかめて、私から目を離しません。

提督「お前は書類上の解体が済んでいて、もう反乱の件は解決している。なのに、それを望むのはなぜだ?」

電「私は赤城、霧島、提督の3人を殺しました。その罪を償いたいのです」

提督「その話もここの艦娘から聞いた。人喰い空母に、暴力戦艦、そして鎮守府を荒廃させた無能な提督。殺されても文句は言えない連中だ」

提督「お前は汚れ役を買って出た。軍人の俺からすれば、よくやったという感想だがね」

電「提督さんはそうでも、私にとっては違います。殺人者としてこれ以上、生きていたくありません」

提督「そうか? 言っておくが、ここの艦娘たちは事情を知っていながらお前の事を慕っている。そいつらの好意を無下にする気か?」

電「……申し訳ないとは思っています。ですが、もう私は耐えられないのです。自分が背負っている、罪の重さに」

提督「大和の話をしたが、あいつがさっきお前のところにいたのは別の理由がある」

電「どういうことです?」


提督「俺はまだ、この鎮守府にいる艦娘から信用されてない。以前のろくでなしが随分とやらかしたからな」

提督「大和は未だに、俺が密かにお前を解体する気ではないかと見張ってるんだ。お前と俺、常にどちらかのそばについて離れない」

提督「つまりは、監視だな。あいつが秘書艦を買って出たのもそれが目的だろう」

提督「大和はお前を守っている。その気持ちを汲まずに解体されたいと?」

電「……大和さんは罪悪感を持っているんです。私を守り切れなかったと」

電「私がいなくなれば、その気持ちからも解放されるでしょう。大和さんは強い人ですから」

提督「そうかな? 俺がお前を解体したと知った瞬間、大和はもう1度クーデターを起こす気でいるように思えるがな」

電「……なら、遺書でも書いておきましょうか。私は自分の意志で解体されたと」

提督「その程度で収まるとは思えん。早い話が、お前を解体したとき、鎮守府には百害あって一利なしというわけだ」


提督「俺も今や、お前を解体する気はない。その必要がないからな」

電「私が怖くないんですか? もし、私があなたを信用しなくなれば、また以前の提督みたいに殺してしまうかもしれませんよ」

提督「そんな事は起こらない。俺はあいつのようなボンクラじゃないし、お前は本来、人を殺せる器じゃない」

電「横須賀の長門さんからは反対の事を言われました。あなたの目が曇っているんじゃないですか?」

提督「確かに、今のお前は野良犬のような目をしている。進んで孤独になろうとし、いざとなれば噛み付いてくるだろう」

提督「だが、理由もなしに噛み付くような狂犬ではない。お前が提督を殺したとき、何かしらの差し迫った状況があったはずだ」

提督「気持ちはわかるが、思いとどまってもらいたい。お前は必要とされている」

電「……申し訳ありません。私にはもう、その資格がないのです」

電「私の背負った罪は決して消えないでしょう。汚れた身でみんなの元に戻るなんて、許されることではありません」

電「どうか、私を解体してください。私はこの鎮守府に必要ありません」


提督「……そうか。どうしてもと言うなら、仕方がないな」

やれやれというように、提督さんは深いため息を吐きました。

提督「解体日はいつがいい? 最後に会っておきたい相手くらいはいるだろう」

電「いいえ、今すぐで構いません」

霞ちゃんたちに会いたい。その気持ちはすでに、心の奥底に蓋をして閉じ込めてあります。

殺人者になった自分を霞ちゃんに見せたくない。私はこのまま、誰にも会わずに消え去っていくべきなのです。

提督「せっかちなやつだな。言い残す言葉もないのか?」

電「何も。みんなには、提督さんからよろしく言っておいてください」

提督「……まったく、困ったやつだ。今すぐで構わないと言ったな。本気か?」

電「ええ。別にご一緒されなくても構いません。秘書艦として何度も艦娘の解体は経験しています。やり方はわかっていますので」


提督「……そうか。なら、勝手にするがいい。どちらにしろ、俺は解体室に行くことはできない」

電「……もしかして、脚がお悪いのですか?」

提督「そんな事はない。俺の体は健康そのものだ。解体室に行けないのは別件でな……なあ、電。1つ俺と約束をしないか?」

電「……今更約束なんて。何を言っているんですか?」

提督「まあ、約束というよりは賭け事だ。お前が今から自らを解体するというなら、それでもいい」

提督「だが、もしお前の気が変わって解体をやめ、ここに戻ってきたら、秘書艦の仕事を引き受けろ。どうだ?」

電「無意味な約束ですよ、それは。そんな事は起こりませんから」

提督「そう思うか? 俺はそうは思わない。お前は案外、視野の狭いやつだな」

電「……何の事を言っているのですか」

提督「直にわかる。さあ、行って来い。お前はきっとここに帰ってくるよ」

電「……そのご期待に沿うことはありません。さようなら、提督さん。短い間でしたが、お話できて良かったです」

提督「返答はしないよ。今夜はもう一度、お前と話すことになるだろうからな」


私は提督さんの思わせぶりな言葉に応じることはなく、黙って執務室を出ました。

提督さんは私が臆病だとでも思っているのでしょう。この決意は氷のように冷たく固いというのに。

大和「本当に行かれるんですか?」

電「……大和さん。盗み聞きなんて、趣味が悪いですね」

大和「すみません。どうしても心配だったものですから」

さほど悪びれる様子もなく、大和さんは私に自然な笑みを向けました。

どうやら大和さんは、ずっと執務室の扉で聞き耳を立てていたようです。なんとなく、それは予想していたことでした。

電「……今まで私なんかについて来てくれて、ありがとうございました。みんなによろしく言っておいてください」

大和「お礼なんて。私が勝手にやったことですから」

電「私の決めたことは、きっと大和さんの気持ちを裏切ることになるでしょう。それは申し訳なく思っています」

電「それでも、私の事は止めても無駄です。本当は大和さんにも、今は会いたくなんてなかったんですから」


大和「……そうですか。ふふ、でもね。私、実は今、とても安心しているんです」

電「……安心って、どういうことですか?」

大和「お2人の話は大体聞かせていただきました。だからもう、私が心配していたことはなくなったんです」

大和「私は止めません。どうぞ電さん、行ってください。きっとあなたはここに戻ってきますから」

電「どうしてあなたまで、そんな事が言えるんです?」

大和「あなたが知らないことを私は知っているからです」

大和さんはいたずらっぽい笑みで、もう立ち去ろうとしている私に手を振りました。

大和「どうぞ、行ってらっしゃい。私は提督からサボリのお叱りを受けて来ますから。電さんが戻られる頃には、それも終わっているでしょう」

電「……もう会うことはないと思います」

大和「いいえ。私も待っていますから」

私を送り出す大和さんに、別れの哀しい雰囲気などは何一つありません。なぜそれほどまで、私が自分を解体しないと確信しているのでしょう。


疑問を抱えながらも解体室へと向かいました。大和さんや、みんなの気持ちはわかります。だけど、これは私にとって避けて通れないけじめなのです。

解体室のほうへ歩いて、5分経ちました。10分。20分。私はまだ歩いています。

歩き疲れたわけでもなく、その歩みは止まりました。頭を抱えて、壁に寄りかかります。

電「……どうして?」

解体室が、見つからない。

私ほど鎮守府の構造に通じている艦娘はいないはずです。その私が解体室への道のりで迷うことなんてありえない。

確かに鎮守府内はあちこち修繕されていて、閉鎖されている部屋もあり、今までとは通路の光景も異なる点は至る所にあります。

それでも、解体室を見つけられないことなんて起こるはずがない。もう一度、解体室があるべき場所へと戻ってみます。

電「確か……確かにここのはずなのに……」

鎮守府の部屋、施設は全て把握しています。解体室はここにあるはずなのです。

だけど、そこにあるのはただの壁で、扉なんてどこにもありません。何もない、ただの壁……


電「……あれ?」

その壁を斜めから見てみると、解体室のあったところだけが少しだけ盛り上がっています。

隣の壁を拳で叩くと、コンクリートの硬い感触が伝わってきます。盛り上がった部分を同じように叩く。コン、と木板の軽い響きが返ってきました。

よく見れば、他の壁と比べて、そこだけペンキが塗りたてです。これは一体……

霞「あら、見つけちゃったの? 結構念入りに隠したつもりなんだけど、さすが電ね」

電「あっ……か、霞、ちゃん……!?」

背後から私に声を掛けたのは、他でもない霞ちゃんでした。

その顔は見たこともないほど無表情で、何を考えているのかわからない目つきでジッと私を見ています。

霞「新しい提督に建物の修繕作業を命じられたときにね、チャンスだと思って、みんなで突貫作業でこれをやったのよ」

霞「扉を外して、ベニヤ板で蓋をして、壁と同じ色のペンキを塗ってカモフラージュしたの。提督が鎮守府の構造を把握する前にね」

霞「だから今の提督は、解体室がどこにあるかすら知らない。私たちが隠してしまったから」

電「な……なんで、そんな事を」


霞「だって、あの提督があんたを解体する気だったらどうするのよ? それでまた私たちが暴動なんて起こしたら、今度こそ厳罰だわ」

霞「だから、そもそもこの鎮守府に解体室はありません、ってことにしちゃったの。あとは全員でシラを切ればいいだけ。簡単でしょ?」

電「わ……私は……もう、みんなに合わせる顔が……」

霞「電。さっき起きたのよね。体は大丈夫? めまいとか、調子が悪い感じはない?」

電「は、はい。それはないですが……」

霞「そっか。なら、平気ね」

そう言ってにっこりと笑う霞ちゃんを、なぜだか私は心底恐ろしいと感じました。

霞ちゃんが歩み寄ってくる。逃げ出したい。でも、逃げてはいけない。そう思って、脚が動きません。

彼女が私の前に立ったとき、気が付いたら、私は床にへたりこんでいました。頭がぐわんぐわん揺れて、頬が熱いくらいにジンジンします。

最初は何が起こったのかわからず、霞ちゃんが私に平手打ちをしたのだと気付くのに、たっぷり十数秒は掛かりました。

手加減のない、本気のビンタでした。


霞「立ちなさい」

電「は……はい」

ありありと怒りの篭った命令に、抵抗することなく立ちます。今まで感じたどんな恐怖よりも、今の霞ちゃんが恐ろしく感じました。

霞「……私との約束を破ったわね」

電「や……約束って?」

霞「言ったじゃない! 無事に戻ってくるって、私と約束したでしょ!」

間近で怒鳴られて、心臓が縮み上がります。まるで厳しい母親に叱られる幼子みたいに、私は何も答えられず、ただただ震えました。

霞「怪我はしてないって私に嘘吐いて、無理に動き回って、その挙句にぶっ倒れて生死をさまよったのよ、あんたは!」

霞「私とした約束を忘れてたんじゃないでしょうね!? それとも、最初から破るつもりだったの?」

霞「だとしたら、絶対に許さない。本当にそうなら、絶交よ!」

電「そ……そんなつもりじゃなかったのです。あのときは資源が限られていたから、私は平気だと思って……」


霞「本当でしょうね。約束を無視したんじゃないの?」

電「ち、違うのです。違うから……絶交なんて、言わないでください」

頭の中が真っ白でした。ただ霞ちゃんが怖くて、口をついて出たのは許しを請う言葉でした。

霞ちゃんとの約束を破る。それは私にとって、最も許されない罪だったのです。

霞「そう……ならいいわ。ところで、なんで解体室を探してたの?」

霞ちゃんはようやく笑顔になって私に聞きました。全てを見透かしているような、そんな笑顔です。

電「あ、あの……提督に解体室がないって言われて、それで私が探して……」

霞「あら、そうなの。なんだ、私ったら勘違いしちゃったわ。私、てっきり電が勝手に責任を全部背負い込んで、自分を解体するんじゃないかって」

電「えっ……えっと……その」

霞「あーよかった。もし、そんな事をするつもりだったら、それこそ即絶交してたところよ。心配して損したわ」


電「あ、あはは……そんなこと、するはずないじゃないですか」

霞「そうよね? ねえ……電」

電「何……ですか?」

一歩、霞ちゃんは私に歩み寄りました。温かい吐息が掛かるほどの距離。優しげな目が私を覗き込みます。

霞「ありがとう。あいつらがいなくなって、みんなせいせいしてるわ。おかげでこの鎮守府もずいぶん居心地が良くなったと思うの」

電「えっ……」

霞「みんな、そう言ってるわ。ま、あんただけの手柄じゃないんだけどね。私たち、みんな共犯者だから」

電「きょ、共犯者って……」

霞「1つ、忘れないでね。もしも、あんたが解体されるようなことになったら、この鎮守府は空っぽになるから」

霞「だって、あれはみんなでやったことだもの。罪を償えっていうんなら、私たち全員が償うべきだわ」

電「そ、そんな事はないのです! あれは私が……」

霞「それはあんたが決めることじゃないの。私たち、全員が考えて、そう決めたの」


みんなの顔が次々と浮かびました。隼鷹さんや足柄さん、大和さんに、扶桑さん。不知火さんや子日さん、駆逐艦のみんな……

そして目の前の霞ちゃん。彼女の言葉をどう受け止めればいいのか、私にはわかりませんでした。

呆然とする私を面白そうに見つめると、霞ちゃんは安心したように大きなあくびをしました。

霞「そういうことだから。じゃ、私は寝るわ。クソ提督にこき使われて、疲れてるの」

電「は、はい……おやすみなさいなのです」

霞「あんたも早く寝るのよ。病み上がりなんだから、もうしばらくは安静にしてなきゃね。それじゃ、おやすみ」

言いたいことは全部言ったというように、霞ちゃんはどこか満足気に立ち去って行きました。立ち尽くす私を残して。

まず何から受け止めればいいのでしょう。まだ脳が本調子ではないのか、私はぼんやりと塞がれた解体室の壁を見上げていました。

それから、ふらふらと歩き出し、行く場所を決めていたつもりはないのに、気が付いたら執務室の前にいました。

ノックもせずに扉を開けると、談笑していた提督さんと大和さんが私のほうを向いて、それからにっこり笑いました。


提督「よう。誰に会った?」

電「……誰にって、どういうことですか?」

提督「道すがら、誰かに会っただろう。それが誰だったか聞きたいんだが」

電「……霞ちゃん、でした」

大和「ね? 言ったとおりでしょう、提督」

提督「ちっ。ローテーションからして扶桑だと思ったんだがな。いいだろう、大和。サボりの罰はなしだ」

電「あの、すみません。これが何なのか、どなたか説明を……」

提督「ん? 説明なんていらないと思うんだがな。言っただろう? お前は視野が狭いと」

提督「先の反乱はお前だけのものじゃない。この鎮守府、全ての艦娘が参加していたんだ」

提督「ならば、お前がお前なりの答えを出したように、他の連中も自分の答えを出した。それがさっき、お前の見てきたことだ」


電「……提督さんが解体室に行けないと言ったのは、純粋に場所がわからなかったから?」

提督「場所以前に、今の解体室はあってないようなもんだろう?」

提督「駆逐艦どもにやられたよ。まさか奴らが『拙速は巧遅に如かず』ということを心得ているとは」

提督「お前より先に、またドロップした那珂ちゃんを解体しようとしていたんだがな、どの艦娘に聞いても『うちに解体室はない』と言いやがる」

提督「そんなはずはないと鎮守府中を歩き回って、見つけたのは明らかに何かを隠したような怪しい壁だ。ここまで行動が早いとは思わなかった」

提督「俺は解体縛りをやるつもりはないから、いずれあの壁は撤去するにしても、しばらく時間が掛かるだろう。作業にではなく、信頼を得ることにな」

電「……私が誰かに会ったのを知っていたのはなぜです?」

提督「鎮守府の構造を覚えるために、俺はよく建物内を散歩するんだ。すると、あの壁の付近で特定の艦娘に頻繁に出くわす」

提督「メンツは霞、隼鷹、扶桑、足柄、不知火、子日。もしくは駆逐艦の誰か。すぐに気付いたよ。ああ、こいつら。ここを見張っているんだな、と」

電「なんで……なんでみんなは、そんな事を」


提督「わかりきったことをなぜ聞くんだ? お前にいなくなってほしいやつなんて、誰一人いないからだよ」

それはあまりに重すぎる言葉でした。私はみんなに黙って、消えてしまうつもりだったのに。

提督「頬が腫れているな。霞のやつにシバかれたか?」

電「……はい」

提督「ははっ、いい気味だ。友達をほったらかしにしていなくなろうなんて奴は、シバかれて当然だ」

大和「提督。そんな言い方はないかと思いますが」

提督「ああ、悪いな。だが電。はっきり言っておく、お前は責任の取り方というものを根本的に間違っている」

電「私は……間違ってなんか……だって、私はみんなを傷付ける結果を引き起こしました。それに、3人もの命をこの手で……」

提督「確かに、お前は全てにおいて失敗したかもしれない。その過程で大きな罪を犯したことも間違ってはない」

提督「だがな。これはお前1人の問題じゃない。そう、霞から言われなかったか?」

電「それは……その」


提督「お前が命ある者を殺したのは事実だ。死人が生き返らない以上、殺しという罪は生きている限り永遠に背負い続けなければならない」

提督「それを言うなら、俺も人殺しだ。戦争に行って、何人も敵を殺している」

電「……え?」

提督「敵であっても、人を殺すのは嫌なもんだ。国や仲間を守るためとはいえ、その罪は消えない。時々、殺したやつの顔が夢に出てくることだってある」

提督「だが、俺はその罪を1人で背負っているわけじゃない。同じ隊にいた上官、そして戦友。そいつらと共に罪を背負い、そして生きてきた」

提督「なあ電。お前はどう思う? お前の周りには、その背負い切れない責任や罪を、一緒に背負ってくれる仲間がたくさんいるように見えるんだがな」

大和「もちろん、私もその1人ですよ。電さんに全部抱えさせるなんて真似、この大和は絶対に許しませんから」

電「で、でも……私にそんな価値はないのです。私は無能で、やることは全部失敗ばかりで……」

提督「ああ、そうか。じゃあ、もっと簡単に言ってやる」

提督「ここの艦娘はみんなお前が大好きだ。だからいなくなってほしくないと思っている。それで十分じゃないか?」

電「あっ……」


いつからでしょう、私の頬には温かい涙が幾筋も伝っていました。

自分が嫌になります。さっきまで、あんなに自分を責めていたのに、提督のたった一言で救われた気分になるなんて。

電「わ、私は……いていいんですか? この鎮守府に、これからも、ずっと……!」

提督「当たり前だろう。俺もそうしてもらいたい。ここにいる大和がまったく使えない秘書艦だからな」

大和「お役に立ててなくてすみません。でも、大丈夫ですよ。電さんは優秀ですから」

提督「そうだな。さて、そろそろ答えを聞かせてもらおう」

提督さんは柔和な笑みを少しばかり引き締め、真摯な瞳で私をまっすぐに見つめました。

提督「電。改めて、お前をこの鎮守府の秘書艦に任命したい。引き受けてくれるか?」

もはや迷う理由はどこにもありませんでした。涙を拭いながら、提督の視線に応えます。

電「……暁型4番艦、電。秘書艦の任、僭越ながらお受けさせていただきます」


提督「よろしく頼む。さて、これから忙しくなるぞ」

電「わかっています。ここがいい鎮守府になるよう、私も頑張ります」

提督「お前、まだ寝ぼけているのか。何を言っているんだ?」

電「……えっと、真面目に答えたつもりなんですけど。何かおかしな事、言いましたか?」

提督「ああ、言ったとも。ここは最初から、いい鎮守府じゃないか」

ぽかんと提督さんの顔を見つけました。今はともかく、ずいぶん前から空気が最悪だったここが、良い鎮守府?

提督「俺がここに着任して、私利私欲で動いている艦娘を1人も見た覚えがない。皆が皆、お前や仲間のためを思って動いていた」

提督「あいつらは知っているんだ。お前が自分たちのために汚れ役を買って出たことを。そして、その想いに全力で報いようとしていた」

提督「ここにはそんな優秀な艦娘が揃っている。ならば、ここは良い鎮守府に間違いないじゃないか」


それはきっと、私が今まで一番欲しがっていた言葉でした。

以前の提督がやったことの中で一番許せなかったのは、気に入った艦娘以外、見向きもしないということでした。

みんな、いい子ばかりなのに、使えないからといって放置する。もしかしたら、それこそが私に反乱を起こさせた最大の理由だったのかもしれません。

なのに、この提督さんは言ってくれた。この鎮守府の艦娘は、みんな優秀だって。

私が目指した良い鎮守府は、最初からここにあったのです。

電「あっ……ありがとう、ございます。そうです、ここはとっても……良い鎮守府なのです……」

もう迷いはありません。私は海域の平和を取り戻すため、全力で戦います。提督さんと、たくさんの仲間たちと共に。

私たちは全員で力を合わせ、この暁の水平線に勝利を刻むのです。



次回、完結

後編の投稿はそんなに間は開かないはずです。出来る限り早めに。

次回作も既に投稿準備ができているので、早くこっちも公開したい。タイトルはこれでいいかな?
【最強の艦娘】UKF(Ultimate 艦娘 Fighters)無差別級格闘グランプリ【決定戦】

読み返す場合はこちらのほうが読みやすいかと思いますので、よかったら。

http://sstokosokuho.com/user/works/1849

あと2,3日で完成します。調子はだいぶ良いので前回のような更新するする詐欺ではありません。
いやーデパスってすごく良いお薬ですね!

すみません、内容を更に煮詰めることにしたのでもう少しだけお待ち下さい。
長編を完結させるのって難しい。

おはようございます、更新詐欺に定評のある作者です。
更新が大幅に遅れて大変まことに申し訳ありません。先日、ようやく退院しました。
有言実行をしてみようと思うので、今日の更新日程をお伝えいたします。

最終話更新:午後6時までに何とか
UKF(Ultimate 艦娘 Fighters)Aブロック一回戦:正午頃に更新

きっとRIZINの視聴者は何となく消化不良な気分になると思うので、そこで格闘技SSを投稿する試み。
自分としても予定が大幅に狂いましたが、何とか取り戻せればと思います。

あかん寝てもうた。もう1時間ほどお待ちを!

また遅れましたが、ようやく投稿できるようになりました。
きっと皆さん笑ってはいけないかRIZINのどちらかを観てる最中だとは思いますが……
RIZINを観ながら投稿します。ヒョードル戦が終わった後くらいにゆっくりご覧ください。

電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです終 暁の水平線 後編


初めまして。一航戦の正規空母、加賀です。先日の建造にて、新たにここ、トラック泊地鎮守府へ着任しました。

貴重な正規空母ということで、私にはすぐさま演習と3-2-1周回によるレベリングが行われ、早くも主戦力として忙しい日々を送っています。

優秀な提督の元、活躍できるのは喜ばしい限りなのですが……どうも未だに、この鎮守府に慣れません。

今日は5-5、サーモン海域北方への出撃のため、私を含む鎮守府内の主力艦たちがドックに集まっています。

しかし、いつも通りのことなのですが……今日もドックの空気が最悪です。


大和「おはようございます、加賀さん。今日もよろしくお願いしますね」

加賀「あ、はい。おはようございます、大和さん。なんとか戦艦レ級を倒せるよう、頑張りましょう」

大和「ええ。彼女の相手は私たち戦艦が勤めますから、バックアップはお任せします」

彼女は提督の伴侶の1人、大和さんです。ケッコンカッコカリでLV上限を超えていることもあり、鎮守府では最強戦艦の一角に数えられる方です。

私に良くしてくれる数少ない艦娘の1人で、私としては大変ありがたい先輩です。

戦いにおいても頼りになり、護衛艦を1人選んでいいと言われたら、私は間違いなく彼女を選ぶでしょう。


扶桑「あーらあら? 見て山城、大食い艦同士が仲良く喋っているわよ」

山城「まあ、本当ですねお姉さま。きっとまた、鎮守府の資源を食い尽くす計画でも立てているんでしょう」

扶桑「まったく、彼女たちは粗食という言葉を知らないのかしら? おかげで提督がまた資源運用に頭を抱えることになるっていうのに」

山城「そんなの知ったことではないんんじゃないでしょうか? 彼女たちは食べること以外に興味がなさそうですから」

扶桑「その通りでしょうね。きっと、お腹が空いたら艦載機だって食べてしまうんでしょう」

大和「おはようございます、扶桑姉妹のお2人とも。あの、朝から聞こえよがしに陰口を言うのはちょっとアレなんでやめていただけませんか?」

加賀「私たちは働きに応じた報酬を受け取っているだけです。大食い艦呼ばわりされるのは心外です」

扶桑「ぷっ……山城、聞いた? ボーキサイトの女王ちゃんが何か言ってるわよ」

山城「日々あれだけのボーキサイトを貪っておいて、よくあんなことが言えますよね、ボーキサイトの女王のくせに」

加賀「……頭に来ました」

大和「加賀さん、抑えて抑えて。お2人にも悪気はないんですから……」

加賀「いえ、悪気100%だと思うのですが」


扶桑と山城。戦艦の中では最古参に当たるそうで、元は主力艦隊の旗艦だったそうです。いわばお局様ポジションです。

なぜか他の戦艦や空母、特に私を目の敵にしていて、会えば必ず陰険な毒舌を浴びせかけてきます。

私はまだ新人ですので、鎮守府における立場は彼女たちのほうが上、なのではっきりと言い返すことができません。悔しいです。

正直に言って大嫌いな先輩です。ドックの空気を悪くしているのも、大半はこの2人が原因です。

彼女たちへの怒りは出来る限り戦闘へのモチベーションに変換することにしています。早く強くなって、いつか絶対に見返してやります。


隼鷹「いやーごめんごめん、遅れちゃってさ。もうみんな集まってる?」

大和「おはようございます、隼鷹さん。今日は大丈夫ですか?」

隼鷹「ああ、全然大丈夫。昨日はそんなに飲んでないから」

加賀「隼鷹さん、おはようございます。今日もよろしくお願いします」

隼鷹「やあ加賀ちゃん。よろしオロロロロロ……」

私の顔を見るなり、隼鷹さんはその場で嘔吐しました。これが初めてではないので特別驚いたりはしません。他の皆さんも同様です。


加賀「隼鷹さん、大丈夫ですか? このところ毎日二日酔いのような気がしますが……」

隼鷹「おえっ、あー……大丈夫、大丈夫。戦闘になる頃にはちゃんと酔いは覚めてるからさ」

加賀「はあ、そうですか……」

このいきなり吐くという行為は、もしかしてこの鎮守府で流行っている挨拶なのではないかと最近疑い始めています。

だって、ほぼ毎日こんな光景を見ています。昨日は龍驤さんが吐いてましたし、重巡の足柄さんなんて吐いてる姿しか見たことがないくらいです。

提督が酒好きということもあり、こういった艦娘たちの深酒は任務に支障が出ない限り見過ごされているようです。

まあ仕事をちゃんとするなら、と思わなくもないですが、鎮守府における経費の内、酒保に一体どれだけの額が割かれているのか心配になります。


隼鷹「加賀ちゃんは最近どう? この鎮守府にも慣れてきた?」

加賀「いえ、正直言ってまだ、ちょっと……赤城さんもまだ着任されていませんし」

隼鷹「あー……まあ、そのうち慣れるよ。すぐに友達もいっぱいできるし、なんかあったらあたしも相談に乗るからさ」

加賀「……はい。ありがとうございます」

隼鷹さんは軽空母ですが、優秀な航空戦力として鎮守府では重用されており、提督と最初にケッコンカッコカリされたのも彼女だそうです。

私にも大変良くしてくれて、ありがたい先輩です。ただ、私が赤城さんの話を出すと、必ずその話題を避けます。

というより、鎮守府全体で赤城さんの話は禁句、という風潮があるように思います。

着任当初から疑問に思っていました。どの鎮守府にも必ず1人は赤城さんがいると聞いたのに、なぜこの鎮守府には赤城さんがいないでしょう?

轟沈? 解体? それとも単純に未着任? どれも腑に落ちません。疑問は募るばかりですが、誰に聞いても話してくれません。

私にできることは、1日も早く赤城さんが着任してくれるよう祈るばかりです。


提督「ようお前ら。全員集まってるな」

金剛「Good mooning! やっぱりお前ら独り寝の女どもは朝が早いデースね!」

ようやく提督と淫乱クソビッ……金剛がやって来ました。腕組みをしながら、というよりは金剛が無理やり提督の腕にしがみついています。

金剛はいつも通り鬱陶しいくらいのテンションですが、提督は少々疲れ気味のようです。

金剛「Hey扶桑! 朝から辛気臭い顔ネ! 私と提督が昨晩、ベッドでどんな熱い夜を過ごしたか聞きたいデースか?」

扶桑「はっ。どうせまた添い寝でしょう。提督の安眠を無駄に奪っておいて、罪悪感はないのかしら」

提督「まったくその通りだ。金剛、もう俺の部屋に夜這いをかけるのはやめてくれ。頼むから」

金剛「No! 提督が私の大事な純潔を奪ってくれるその日まで、絶対に諦めないネ!」

提督「何度も言うが、そんな日は永遠に来ないからな」


金剛も提督とはケッコンカッコカリを交わしています。大和さん、隼鷹さんも同じですが、提督は婚姻はしていても手は出さない主義のようです。

なんでも、ソッチ方面は数年前に寿命を迎えたそうです。今はそういう薬でも飲まないと何もできないし、欲求そのものも皆無だとか。

提督の実年齢は60手前だそうですが、見た目は70後半でもおかしくないくらい老けているので、そうなっていても不思議ではありません。

一体、こんな老人にあの雌犬……金剛が何を発情しているのかわかりませんが、見ていて提督が可哀想でなりません。

金剛「おっ、今日はヘタレズの加賀も一緒デースか? また資源倉庫のボーキサイトが食い尽くされマース!」

加賀「……どうも、今日はよろしくお願いします」

金剛「Wow! 挨拶もすっごくつまらないデース! 提督、きっとこいつ、ベッド上のテクは絶対下手くそネ! 間違いなくマグロ女デース!」

提督「口を慎め金剛。ベッドで鮮魚のように跳ね回るお前よりはよっぽどマシだ」


金剛「Oh! もしかして、提督はマグロ女のほうが好みデースか? Shit! 今夜はアプローチを変えてみるデース!」

提督「おい大和。助けてくれ」

大和「すみません、私も金剛さんはちょっと苦手で……」

提督「隼鷹……」

隼鷹「あーっはっはっは! 提督はモテるねー! もう歳なんだから、腹上死しないよう気を付けなよ!」

提督「……お前ら、恨むからな」

深呼吸をしましょう。気を落ち着けて、平常心を保つよう精神を集中させます。そうでもしないとあの女を絞め殺してしまいそうです。

今のうちに平静を取り戻しておかないと、出撃中にこの薄汚い雌狐……金剛を後ろから撃ってしまいかねません。


扶桑、山城、大和、金剛、隼鷹、そして私。これが今日の出撃メンバーのようです。

5人のうち3人が苦手な人です。もしかしたら一生好きになれないかもしれません。特にあの売女……金剛は下品でうるさいので本当に嫌いです。

提督「全員整列! さて、今日も出撃はサーモン海北方だ! 戦艦レ級は強敵だが、お前たちが力を合わせれば勝てない相手ではない!」

提督「各自の奮戦を期待する! 旗艦は隼鷹、お前に任せる! 決して羅針盤の妖精さんの機嫌を損ねるなよ!」

隼鷹「イエッサー! 制空圏確保はあたしと加賀に任せておいてよ!」

提督「戦艦は空母を守りつつ敵を粉砕せよ! 如何にレ級を早期撃沈させるかが勝敗の分かれ目となる、駆逐艦をオーバーキルする暇はないぞ!」

扶桑「はい! 迅速に敵の攻勢能力を奪い、確実に勝利します!」

提督「うむ。それでは出撃せよ! 各自の奮戦に期待する!」

「はっ!」


提督の号令が飛べば、ドックの空気の悪さなんてものはたやすく吹き飛びます。

陰険な先輩である扶桑姉妹は信頼に足る熟練の航空戦艦へと変貌し、あのヘラヘラした金剛……発情犬でさえその顔を引き締めます。

この心地良い緊張感は戦闘終了からドックへ帰投するまで続き、提督の激励を受けた後の入渠で、ようやく一息つくことができます。

緊張と緩和。このメリハリのある生活は私の好むところです。周りと打ち解けているとは言えませんが、境遇としては満足できるものです。

電「提督さん! 鎮守府近海攻略第一艦隊、帰投しました! 第二艦隊、出撃準備完了しているのです!」

提督「よし、すぐに行け! 今度こそ潜水艦を取ってこい!」

電「はい! 第二艦隊に出撃を命じます! 10分後には遠征艦隊が帰投予定なのです!」

提督「そちらも後続艦隊の編成を急げ! 賭博場にいる奴らを引っ張り出してこい!」

日の出から日没まで、ドックには無数の艦娘たちが目まぐるしく出入りし、会話する間もありません。

日没後は自由時間となりますが、私と親しい大和さん、隼鷹さんは他の艦娘たちからも人気があるため、なかなかお話できる機会がありません。

その艦娘たちの輪に入っていければいいのですが、どうも私は鎮守府の艦娘たちから敬遠されている節があり、そうすることには抵抗があります。

任務においては充実した日々ですが……正直、寂しいです。


その日は重巡洋艦を主とした任務を行う予定となっており、私に出撃予定はありません。久しぶりにオフの日です。

大和さんや隼鷹さんはその僚艦として出撃しているため、現在の鎮守府には私に親しくしてくれる艦娘はほとんどいません。

私は完全に暇を持て余し、かといって部屋に引きこもるのも気が滅入ってしまうので、あてもなく鎮守府を散策することにしました。

電「こんにちは、加賀さん。お散歩ですか?」

加賀「あっ……どうも、電さん。ええ、今日は暇なもので。やることもありませんし……」

秘書艦の電さんです。彼女も提督とケッコンカッコカリをされている艦娘の1人です。

この鎮守府発足当初から秘書艦として着任していたそうで、出撃から事務まで何でもこなす万能な方と聞いています。

電「軽巡のみんながいるところに行けば、提督公認のカジノがありますよ。そういうのがお好きなら暇つぶしになるかと思うのですが」


加賀「いえ、そういうのはちょっと苦手で……」

電「そうなのですか。それじゃあ、よかったら一緒にお散歩しませんか?」

加賀「私は嬉しいですけど、大丈夫なんですか? 秘書艦の仕事がかなりお忙しいとお聞きしていますが」

電「今日は私も休暇です。お仕事は秘書艦補佐の霞ちゃんにお任せしてるんです」

加賀「それなら……散歩がてら、お話してもいいですか?」

電「はい。喜んで」


電さんとは着任当初に挨拶したきりで、忙しく動き回る彼女とはなかなか会話するタイミングを見い出せずにいました。

良い機会だと思いました。電さんとは話してみたかったことがたくさんあります。

加賀「私、とても気になっていることがあるんです。電さんはこの鎮守府が発足した当初から秘書艦として着任していらっしゃるんですよね」

電「そうなのです。私はこの鎮守府では一番最初の艦娘ですね」

加賀「なら、鎮守府に起こった出来事や、艦娘に関することは全て知っているかと思います。それで、ぜひ教えてほしいことがあります」

電「……なんでしょう?」

加賀「どうしてこの鎮守府には赤城さんがいないのですか? どの鎮守府にも、必ず1人は着任していると聞き及んでいるのですが」

電「……やっぱり、その件ですか」

電さんは少し困った顔をしました。以前質問してみた他の艦娘たちと比べて、あからさまに話題を避けようとはしていないように見えます。

やはり、この人なら話してくれるかもしれない。私は更に問い詰めます。


加賀「ここの提督は優秀です。軽率な進撃による轟沈や、誤解体を起こすような方だとは思いません」

加賀「赤城さんがいないことには、何か理由があるように思います。そして他の艦娘、提督さえそれを知りながら私に隠しています」

電「そこまで気付いていらっしゃるのですね……」

加賀「一体、赤城さんの身に何があったんですか? まさか初めから着任していない、なんていうことはないでしょう」

電「……加賀さんにとって、赤城さんはどういう人だったのですか?」

加賀「唯一無二の存在です。私の背中を預けられる人は、赤城さんを置いて他にありません」

電「……そうですか」


電さんは複雑そうな顔つきで、その足を鎮守府の外に向けました。

電「……少し、外に出ませんか? しばらく室内勤務ばかりだったので、陽の光に当たりたいのです」

加賀「それは構いませんが……」

話をはぐらかそうというつもりではないようなので、私はおとなしく電さんの後についていきます。

電「……この鎮守府には慣れましたか? まだ馴染めないところもあるかと思うのですが……」

加賀「正直言ってあまり……仕事に不満はありませんが、親しい友人をなかなか作れずにいます」

加賀「気のせいではないと思いますが、私はみんなから避けられているように感じます。これも赤城さんがいないことと関係があるのですか?」

電「……そうですね。それとこれとは、密接な関係があります」

電さんはそう言いながら、鎮守府前の広場のベンチへと腰掛け、私にも座るよう促します。

何か外が騒がしいとは思っていましたが、やはり目の前の広場では、今まさに駆逐艦たちの集会が行われていました。


不知火「皆の者、よく集まってくれた! 首長の不知火である! 今日は我らの新しい仲間を紹介したい!」

島風「速きこと、島風の如し! 島風だよ、よろしくね!」

不知火「この島風は我々駆逐艦にとって名誉ある100番目の同志である! よって彼女は子日様のメイドとなる教育を受けてもらう!」

不知火「島風よ、今日より貴様の命は子日様と共に在る! 身命を捧げ、子日様への忠義を尽くすのだ! 異論はないな!?」

「いいなー!」 「羨ましー!」「私もなりたかったー!」

島風「え、あの……え?」


不知火「さて、島風よ。我らの仲間になるからには、守ってもらう掟というものがある。まずはこの盃を飲み干すのだ!」

島風「う、うん。ごくごく……ん、苦い。変な匂いもするけど、これなに?」

不知火「子日様の尿だ」

島風「おぶふぅ!?」

不知火「吐き出してはならない! すべて飲み干すのだ!」

不知火「子日様の尿には神聖なる力がある! いきなり生身で子日様と会おうものなら、歓喜のあまり貴様は失神してしまうだろう!」

島風「ゲホゲホッ! ね、子日って誰だっけ?」

不知火「我らの信ずる唯一神、可憐なる駆逐艦のアイドルだ。その美しさのあまり姿を見れば神々しさに目が眩み、歩いた跡には花々が咲き誇る」

島風「誰それ!? 駆逐艦のアイドルって私のことじゃ……」

不知火「今、耳を疑うような冒涜の言葉が聞こえたが、気のせいか?」

島風「はい。気のせいです」

不知火「そうか。では、皆の者、お待ちかねだ! 子日様のおなりである!」


脇に控えていた駆逐艦の楽隊がトランペットやシンバルを鳴らし、彼女の小柄な姿が壇上へと現れました。

湧き上がる歓声を当然のように受け止める、威風堂々としたその立ち姿は、とてもレア度コモンの駆逐艦とは思えません。

子日「皆の者、今日は何の日だ!」

「子日ー!」

子日「明日は何の日だ!」

「子日ー!」

子日「昨日は、そして明後日は何の日だ!」

「子日ー!」

子日「そうだ、私と共に来るが良い! 身命を捧げよ! さすれば深海棲艦がいかに強大であろうとも、我々は必ず打ち勝つであろう!」

子日「さあ島風よ、私たちと共に、広大な海原へと進撃しようではないか! 暁の水平線にある勝利とは、この子日のためにある!」

「うおおー!」「子日様ー抱いてー!」「妊娠させてー!」「子日様、私だー! 殺してくれー!」

島風「えっ……何これ!? 誰か……誰か助けてぇぇぇ!」


この鎮守府で最も精強な艦種は? と聞かれれば、私は迷わず駆逐艦だと答えるでしょう。

恐れを知らない勇猛さ。鋼鉄の団結力。相手に肉薄して魚雷を放つ一撃離脱戦法。その獅子奮迅の戦いぶりは深海棲艦さえ恐れるほどでしょう。

その強さの秘訣が目の前のアレです。子日教団と称する、駆逐艦のほぼ全てが所属する謎の宗教団体。

子日という駆逐艦はそこまで高性能な艦娘ではないはずなのですが、なぜかここでは絶対的なカリスマで駆逐艦たちを統率しています。

彼女を教祖とした宗教的熱狂がそのまま戦闘力になっているかのようです。これも私が鎮守府に未だ馴染めない理由の1つです。


加賀「あれは……一体何なんでしょう。そろそろ見慣れて来つつはありますが、どう見ても異常です」

電「まあ、それは否定出来ないのです。どうもここの駆逐艦の方々は、宗教がお好きなようで……」

加賀「提督はこれを放置しているのですか? いずれ、何か問題を起こしそうな団体に見えますが」

電「どちらかと言うと、問題を解決した結果、紆余曲折あってこういう風に落ち着いてしまったのです」

加賀「何があったのかは知りませんが、更に問題が大きくなっているように見えるんですけれど」

電「でも、彼女たちは楽しそうでしょう? 単にみんなは子日さんがすごく好きなだけなのです」

電「それを受けて、子日さんも覚醒してしまったので、あれはあれでいいんです。島風さんは……後で私が何とかしておきます」

加賀「はあ……島風さん、号泣してますけど。本当に何とかなるんでしょうか」

電「大丈夫です。案外、すぐ打ち解けると思います。ああ見えて、駆逐艦の子たちはみんな優しい子ばかりですから」

加賀「そうですか……私、電さん以外の駆逐艦の子と喋ったことがないので、なかなかそうは思えませんね」

電「……やっぱり、避けられてる感じがあります?」


加賀「……はい。駆逐艦の子たちからは、特に。私が挨拶しても、ほとんどの子は返事もせず逃げていきます」

加賀「最近着任した子はそうでもないみたいなんですが、どうしてでしょう。私が無愛想だからでしょうか……」

電「それは……加賀さんのせいではないのです。ちょっと事情があって……」

加賀「事情、ですか。それはもしかして、赤城さんと関係があるんですか?」

電「……はい。3ヶ月以上前から着任している駆逐艦の子は、赤城さんと同じ一航戦の加賀さんのことが怖いんだと思います」

加賀「……どちらかと言えば、赤城さんは子供から好かれるタイプだと思うんですが、なぜ怖がられるんです?」

電「駆逐艦の子たちだけじゃありません。正直に言って……加賀さんが着任したとき、私もあなたのことが恐ろしかった」

加賀「は……? まさか、電さんは忙しいから私と話す機会がないと思っていたのですが……あなたも、私を避けていたんですか?」

電「……怒らないでください。私が悪いのです。加賀さんと赤城さんは別人だって、わかっているのですが……」

加賀「……大和さんと隼鷹さんだけは、私によくしてくれています。それにも特別な理由があるんですか?」

電「あの2人はあなたの監視役です。もし、あなたが妙な動きを取ることがあれば、強硬手段を取ってもいいと提督から許可を得ています」


加賀「監視役って……提督からの指示ということですか?」

電「その通りです……3ヶ月以上前から着任している艦娘たちにとって、一航戦の名は警戒せざるを得ない存在なんです」

めまいがしました。私にとって、一航戦であることは何よりも誇り高いことです。その名が、ここでは忌み嫌われている?

加賀「なぜ……なぜ、私はそこまで信用されていないんです? 一体、赤城さんは何をしたんですか?」

電「……加賀さんが着任したとき、実は提督や主力艦のメンバーで集まって、あなたをどうするか話し合いをしたのです」

電「もし、あなたが異常な行動を起こすような人なら即時解体の命を出す。そうでなくても、赤城さんの話はいずれしないといけません」

電「それは、とても話しにくいことなのです。話すタイミングは……私が決めていいと言われています」

加賀「私はこの一ヶ月、鎮守府のために一生懸命尽くしました。信用に値する働きはしたと思っています」

加賀「もし、赤城さんのことで何かを隠しているなら、話してください。私には知る権利があるはずです」

電「……歩きながら話しましょう。話すには、ここは少し騒がしい場所なのです」


電さんに従って、駆逐艦たちの喧騒が続く広場を後にします。行く先はあるのかないのか、電さんは鎮守府を離れる方向へと歩いていきます。

しばらくの間、重苦しい無言の間が続きました。電さんはまだ逡巡しているようでしたが、ようやく重い口を開いてくれました。

電「……今の提督さんが、鎮守府にとって2代目であることはご存じですか?」

加賀「……初耳です。以前の提督はどんな方だったんです?」

電「あまり優秀な方ではなかったのです。資源管理は杜撰で、特定の艦娘しか運用せず、鎮守府の風紀は荒れ果てていました」

電「特に、ドロップ運が半端ではないほど悪く、戦艦レシピで那珂ちゃんを連続で3回引いたことさえあります」

加賀「それは……とんでもない提督ですね。無能な上に、運も悪いなんて」

電「ええ、運が悪いんです。例えば、絶対に不良品を出さないと言われる工場でも、100万個の内の1つくらいは不良品が出るでしょう?」

電「あの提督はその不良品さえも引き当てました。本来の特性が異常なまでにねじ曲がって発露した、2人の艦娘を着任させるという形で」

加賀「その……艦娘の名前は、まさか」

電「はい。1人は霧島。もう1人は……赤城という名前の正規空母なのです」

知らずに握りしめていた拳の内側は、じっとりと手汗をかいていました。不安に高鳴る鼓動を抑えることができません。

恐ろしいことを聞かされる予感がしました。聞きたくない、それでも、聞かないわけにはいきません。


加賀「……赤城さんに発露した、異常な特性というのはなんです?」

電「食欲です。彼女はその気になれば鎮守府の資源を丸ごと食い尽くすほどの食欲を持ち、食欲を満たすためならどんなことでもしました」

電「資源を横領し、妖精さんを捕食し、ダブっている駆逐艦をも食べました。食べること以外には何の興味もない、残虐な艦娘です」

電「一航戦の誇りどころか、彼女は良心の欠片さえ持ち合わせていません。だから、その頃からいる駆逐艦は、今も赤城さんを恐れているのです」

加賀「……信じられません。赤城さんは確かに食いしん坊ではありますが、そこまで常軌を逸した行為をするはずがない」

電「確かに、他の鎮守府にいる赤城さんにそういった異常は見られないそうです。以前の提督が、そういう赤城さんを引き当てたんです」

電「私たちの知る赤城さんと、加賀さんの知る赤城さんは違う。それだけはご理解していただきたいのです」

あまりにも信じ難い事実でしたが、電さんの口ぶりに嘘を吐いているような素振りは全くありません。

理解しろ、と言われても無理な話でした。電さんの話に、頭の整理が全く追い付きません。


加賀「まさか……赤城さんが、この鎮守府でそんなことをしていただなんて……だから解体されたのですか?」

電「いいえ。解体という、正規の手段は取りませんでした。というより、取れなかったという言い方のほうが正しいでしょう」

加賀「なぜ? そんなことをする艦娘を、提督が野放しにしておくわけがありません」

電「赤城さんは狡猾な人でした。提督にバレないギリギリのラインを見定め、そうした不正な捕食を繰り返していたのです」

電「もし、赤城さんの異常な行為が気付かれたとしても、当時の提督が解体に踏み切ったかどうかは定かではないのです」

電「なにせ、貴重な虹ホロの正規空母でしたから。あの提督なら、義よりも利を優先したように思います」

加賀「……赤城さんは、最期はどうなったんですか?」

電「……あなたにはお聞かせしたくないのです。あまり、綺麗な最期ではありませんでしたから」

加賀「それでも、聞かないわけにはいかないでしょう。ここまでのことを知ってしまったんです。どうか、教えてください」


電「……まず、告白しなければいけません。赤城さんは、私の計画によって轟沈しました。私が殺したと言ってもいいでしょう」

電「恨みたいのなら恨んで結構です。赤城さんを葬ると決めたのも私ですし、そのときから覚悟は出来ています」

加賀「……どのような計画だったんですか」

電「……赤城さんは艦娘や妖精さんだけは食欲を満たし切ることができず、出撃の度に隠れて深海棲艦を捕食していたようなのです」

電「仲間を食われているとなれば、深海棲艦は赤城さんに憎悪を抱いているはず。私はそれを利用しました」

電「隼鷹さんに外海で赤城さんを足止めしてもらい、そこに深海棲艦を呼び寄せました。戦艦棲姫さんを始めとした、エリアボス級の深海棲艦を」

電「復讐に燃える深海棲艦のエリアボスが赤城さんの元へ集えば、どうなるかはお分かりでしょう?」

加賀「……そんな、酷すぎる。あの赤城さんが、そんな……」

電「冷たいことを言いますが、私たちの知る赤城さんは、そのような運命を迎えて当然の人でした」


あまりにもはっきりしたその言葉は、刃のように私の胸を突き刺しました。

電さんは視線を逸らさず、真っ直ぐに私を見ています。その目は普段の優しい電さんとは違う、鋼鉄のように冷たい目。

揺るぎない意思と、どことなく哀しさを帯びたその目は、彼女が本当にその手段で赤城さんを葬ったことを物語っていました。

電「恐らく、深海棲艦の方たちは、仲間が受けた苦しみをそのまま赤城さんに味あわせたことでしょう」

電「彼女は息絶える最期まで、私たち全てを呪う言葉を吐き続けていたそうなのです。命乞いどころか、贖罪の言葉さえありませんでした」

加賀「……すみません。少し、待ってください。考える時間が欲しい」

電「どうぞ……今の話に嘘はありません。全ては事実です」


全ては事実。その言葉を受け止めることは、そう簡単にはできそうにありませんでした。

私の思い出にある、赤城さんの優しい笑顔が音を立てて崩れ落ちていきます。

その裏側から現れたのは、おぞましい笑みを浮かべた鬼のような顔の赤城さん。

体は返り血に染まり、耳を塞ぎたくなるような高笑いを上げています。足元には、バラバラになった何人もの艦娘の亡骸が……


加賀「私は……私は、本当に楽しみにしていたんです。赤城さんに再び会える、そのときを」

電「……お気持ちはお察しします。戦友というものは、血よりも濃い魂の絆で結ばれているのです」

加賀「仮に……今から建造かドロップで赤城さんが着任したとします。鎮守府としては、どういった対応を取られるつもりですか」

電「提督さんの判断次第ですが……他の艦娘に及ぼす影響を鑑みて、即解体行きになる可能性が高いと思うのです」

加賀「そんな。電さんは言ったじゃないですか、以前の赤城さんは、極稀に発生した異常な艦娘だって」

電「もちろん、次の赤城さんはきっと普通の艦娘だと思います。けれど、私たちの知る赤城さんは、それほどまでのことをやってしまったのです」

電「今の提督さんは優しい人ですが、鎮守府を守るためなら非情な判断を下す厳格さも持ち合わせています」

電「荒れ果てていた鎮守府が、ようやくここまで復興したのです。今更、不安の種を抱えるのは提督さんにとって避けたいことだと思います」

加賀「……それは私次第、なんでしょう?」


色々な考えが浮かんでは消え、ようやく気持ちの整理が付き始めてきました。

電さんの言う赤城さんが、私の知る赤城さんとは全くの別人。そんな風に割り切ることはできそうにありません。

赤城さんは赤城さんです。彼女がどんな恐ろしいことをしようとも、私に取っては大切な戦友です。

私の願いはたった1つ。もう一度、赤城さんに会いたい。

加賀「私と赤城さん、一航戦の航空戦力は鎮守府にとって本来なら保有しておきたいもののはず。そうですよね?」

電「それは……その通りなのですが」

加賀「私、一生懸命戦います。鎮守府のために尽くします。どんなに困難な任務でもやり遂げてみせます」

加賀「もし、それで私のことを認めてくれたら、赤城さんが着任しても、解体しないでください」


電「……私が判断できることではないのです。提督さん、それにみんながどう思うか……」

加賀「それだけの働きをしてみせます。赤城さんのしたことが許されるわけではないのでしょうが……次の赤城さんには、何の罪もないはずです」

加賀「赤城さんのことを守りたいんです。だから……電さん。どうか、私の力になってくれませんか」

私は誇り高き一航戦。けれど、傍らに赤城さんがいないのであれば、一航戦の誇りなんて何の価値もありません。

ごく自然に、私は自分より小柄な電さんに向かって深々と頭を下げていました。

赤城さんと再び会うためには、私がどう騒いでも逆効果でしょう。私がすべきなのは、信頼を勝ち得ること。

私たち一航戦が本当は節度をわきまえた、誇り高い戦士であることを私自身が示す。それこそ、私のすべきことです。


電「……頭を挙げてください。そんな風にお願いされても、困ってしまうのです」

加賀「あなたは秘書艦としての経歴も長く、鎮守府で最も人望が厚く、信用もある。電さんが私を認めてくだされば、提督や皆さんも……」

電「……私のことを恨まないのですか? 事実を知ったあなたにとって、私は赤城さんの仇であるはずなのです」

加賀「……全てが事実なら、電さんは私の代わりを果たしてくれたことになります」

加賀「もし、そのとき既に私が着任していれば、赤城さんを殺す役目は私が買って出ていたことでしょう」

加賀「赤城さんを殺してくれて……ありがとうございました。あなたは正しいことをしたと思います」

電「そう言われると……複雑なのです。加賀さんからは、恨まれる覚悟を固めていましたから」

電「でも、加賀さんの言葉で少し救われました。もう十分です、頭を挙げてください」


私はようやく、顔を上げて電さんを見ました。彼女は複雑そうに、それでも優しく微笑んでいます。

電「わかりました。加賀さんのお気持ちを、提督さんやみんなにお話します。きっと理解してもらえると思います」

加賀「……ありがとうございます。私、頑張りますから」

電「応援しているのです……さあ、行きましょう。加賀さんに見せたいものがあります」

加賀「何です? 実を言うと、これ以上はもう……色々聞いて、ちょっと疲れてしまいました」

電「あっ、ごめんなさいなのです。一気に話してしまって……どうします? 今日はもう、休みますか?」

加賀「……私に見せたいものが何か、聞いてから決めてもいいでしょうか」

電「慰霊碑です。この海域に沈んだ艦娘たちを供養するために作ったもので……赤城さんの名前も、そこに刻まれています」

加賀「……先に言ってください。それなら、ぜひ拝見させていただきます」

電「大丈夫ですか? もう、すぐそこではあるのですが……」


電さんの示した場所は、鎮守府からずいぶん離れた、海を見下せる小高い海岸でした。

そこに、等身大ほどの長方体の石碑が見えます。あれが電さんの言っていた、慰霊碑なのでしょう。

加賀「そこに赤城さんが祀られているなら、行かないわけにはいきません。泣き言を言ってすみませんでした、ぜひ行かせてください」

電「わかりました……では、私もご一緒しますね」

加賀「ありがとうございます。ところで……1つ、気になったのですが」

電「なんです?」

加賀「赤城さんの最期はわかりました。霧島もきっと、似たような末路を迎えられたのでしょう」

加賀「ですが、初代の提督はどうなったんですか? 適正欠如ということで、大本営に更迭されたのでしょうか」

電さんはそのとき、初めて私から目を逸しました。それから……見ていて悲しくなるような、寂しい笑顔を私に向けました。

電「……私が殺したのです」


会話はそれで終わりました。それ以上は私が踏み込んではいけないことだと、電さんの笑顔を見て痛いほどに感じました。

私たちは無言のまま、小高い海岸へと登ります。ふと、そこに2つの人影があることに気付きました。

電「あれ? 先客さんがいるようなのです」

加賀「……扶桑さんと、山城さんですね」

胸に占めていた悲しみや重苦しさに、嫌悪感が交じります。あの2人のことは本当に苦手ですから。

2人は私たちに気付くと、遠目からでもわかるほど不快げに眉をひそめました。そのあからさまな態度に、私も顔をしかめます。

扶桑「……山城、先に帰ってて。私はもうしばらくここにいるから」

山城「そうですか……それではお姉さま、お先に失礼します」


扶桑さんを残し、山城さんが私たちの傍らを通り過ぎていきます。私がいるせいでしょう、こちらに目を合わそうともしません。

電さんはそれを気にすることもなく、山城さんに会釈をして扶桑さんへと歩み寄っていきます。

そのとき初めて気付いたのですが、慰霊碑の手前に、石造りの小さなお墓のようなものがあります。

扶桑さんは慰霊碑のほうではなく、その墓石の前に佇んでいました。

電「扶桑さん、こんにちは。今日もお参りですか?」

扶桑「……あなたが来るのはわかるけど、なぜその子をここに連れてきたの? 彼女が来ていい場所じゃないことくらい、わかるでしょう」

電「そうでしょうか。彼女こそ、ここに来るべき人じゃないかと思うのです」

扶桑「……連れて来て、どうする気?」

電「実は、赤城さんのことを全部話しました。それで、ここにも来てもらおうと思って」

扶桑「……そう。あなたがそう判断したなら、いいわ。私のことは気にしないで」

電「そうですか……では、加賀さん。こちらです」


気まずさを感じながら、扶桑さんの背後を通り過ぎ、石碑の前に立ちました。

慰霊碑の作りはなかなか立派なものです。そこには赤城さんだけでなく、何人かの艦娘の名前も刻まれていました。

霧島、龍驤、伊58。私は赤城さんだけでなく、その方々にも向けて手を合わせ、黙祷を捧げました。

どうか、最期の眠りだけは安らかに。そしてこれ以上、この慰霊碑に名前が刻まれることのないように。

どれくらい、そうしていたでしょう。ずいぶん長いこと、手を合わせていたように感じます。

私が目を開けると同時に、傍らの電さんも顔を上げます。彼女も私と同じように黙祷を捧げていたようでした。

加賀「……お待たせしました。案内していただいて、ありがとうございます」

電「いえいえ。では、戻りましょうか」

加賀「あの……すみません。電さんは先に戻っていていただけませんか」


電「はい? いいですけど、他に、ここで何かすることが?」

加賀「……私は皆さんに信用されないといけませんから」

ちらりと、私は背を向けたままの扶桑さんに目を遣ります。それで電さんは察してくれたようでした。

電「……彼女は一筋縄ではいきませんよ」

加賀「わかっています。でも、避けて通れないことなら、今すぐやっておきたいんです」

電「……扶桑さんは今でも心を頑なに閉じています。私でさえ、完全に開くことはできません」

電「無理はせず、あなたの誠意を示すだけに留めてください。分かり合うことはできないでしょうが、多少は気持ちを汲んでくれるはずです」

加賀「……心得ておきます」


電さんは何度も振り返りながら、不安げに鎮守府へと立ち去っていきます。彼女の小さな姿が見えなくなると、急に心細くなってきました。

扶桑さんのことは苦手ですし、彼女も私のことを嫌っています。

それでも、扶桑さんは提督からも一目置かれる熟練の戦艦。鎮守府における主要な艦娘の1人です。

彼女から理解を得られない限り、赤城さんと会うことは叶わないでしょう。

加賀「あの……扶桑さん。少し、お話してもいいですか?」

返答はありません。彼女は目の前の小さな墓石にしゃがみこんで、こちらを見ようともしません。

墓石には心ばかりのお菓子と、淡い紫色をした、1輪の花が供えてありました。


加賀「……永遠の愛」

扶桑「えっ?」

加賀「花言葉です。扶桑さんの供えられた花……桔梗の花言葉。そこに眠られる方への、あなたからのお気持ちなんでしょうか」

扶桑「……偶然よ。その辺りに咲いていた花を、適当に摘んで供えただけ。でも……そう、これは桔梗の花なのね」

私が何気なく口にした花言葉の話題は、思った以上に効果があったようでした。

彼女を覆う拒絶の壁が、幾分薄くなったように感じます。勇気を出して、更に話しかけます。

加賀「……私も、手を合わさせていただいても良いですか?」

相変わらず無言でも、それは拒絶を意味しているわけではないように思いました。

私は扶桑さんの隣にしゃがみ、墓石に手を合わせます。

墓石には丁寧な手彫りで、難しい漢字が刻まれています。故人の名前なのでしょうが、私には読むことができませんでした。


加賀「……これは初代提督のお墓で合っているでしょうか」

扶桑「もう、提督ではないわ。死後に階級を剥奪されたそうだから。ここにいるのはただの、嫌われ者よ」

加賀「嫌われ者なのに、あなたはこうしてお参りに来られているんですね」

扶桑「……1人くらい、あの人のために泣く人がいてもいいでしょう。最期まで1人ぼっちだなんて、寂しいじゃない」

加賀「……案外、優しいんですね」

扶桑「私はいつも優しいわよ。あなたに対して以外はね」

加賀「あなたが山城さんと駆逐艦以外に優しくしている姿を見た覚えがないんですが」

扶桑さんは目を逸しました。その仕草は気まずいというより恥ずかしそうな様子で、少しだけ彼女を可愛いと思いました。


扶桑「……電ちゃんから、どこまで話を聞いたの?」

加賀「赤城さんのことはほぼ全て聞かせていただいたと思います。初代提督がどういう方だったかについても、多少は」

扶桑「どうやって死んだかについても?」

加賀「……電さんが殺した、とだけ」

扶桑「……そう」

扶桑さんは、私にどう対応すべきか迷っているようでした。それは私も同じです。

どんな話題から切り出せばいいのか……取り敢えず、気になっていることから聞いてみようと思いました。


加賀「扶桑さんが未だにケッコンカッコカリをされていないのは、これが理由ですか?」

扶桑「……別に。山城が嫉妬するからしないだけよ」

加賀「それなら、山城さんも一緒にケッコンカッコカリされればいいでしょう。それなのに、いつまで経っても2人ともLV上限のままです」

加賀「提督からもお誘いを何度も受けているという噂を耳にしています……初代提督の方と、既にケッコンカッコカリをされていたんですか?」

扶桑「……いいえ。約束はしていたけど、それが果たされる前に亡くなったわ」

加賀「それは……お気の毒に」

扶桑「お悔やみを言いに来たわけじゃないんでしょう。さっさと本題に入ったら? 私に話しかけたのは、何か目的があるからでしょう」

棘のある言葉が投げかけられます。初代提督の話は、扶桑さんにとって触れてほしくはないもののようでした。


加賀「あの……私、この鎮守府ではあまり好かれていません。赤城さんのことがありますから、それは仕方がないことだと思います」

加賀「だから、もっと皆さんから認めてほしくて……扶桑さんにも、私のことをもっと信用してほしいんです」

扶桑「信用ならしてるわ。航空戦力としては役に立つし、花言葉を知っているくらいの学もあるんでしょう」

加賀「それは、もちろん。私は一航戦ですから」

扶桑「一航戦、ね。その名前は私たちにとって、忌まわしい名前だわ」

加賀「……今はそうかもしれません。赤城さんは決して許されない数多くの罪を重ねたと聞いています」

加賀「けれど、私にとって赤城さんは唯一無二の存在なんです。もう2度と彼女に会えないなんて、耐えられません」

扶桑「仕方がないんじゃないかしら。あれだけのことをしたんだから。もう、この鎮守府では赤城を受け入れることはできないわ」

加賀「……扶桑さんも、赤城さんから何かされたんですか?」

扶桑「私自身は特にないわね。ちょっと争ったこともあったけど……」

加賀「なら、赤城さんが着任されたとき、どうかそれを認めてくれませんか。本当の一航戦がどういうものなのか、私が精一杯……」

扶桑「あなたがどう頑張ったって、無駄よ。もう鎮守府に赤城は必要ないもの」


加賀「……どうしてですか?」

扶桑「提督は航空戦艦の運用能力に長けているわ。今の鎮守府には私と山城、伊勢と日向がいる」

扶桑「空母に関しても隼鷹と龍驤が育っているし、正規空母であるあなたも着任した。航空戦力は既に足りているの」

扶桑「だから、鎮守府として赤城を受け入れるメリットとデメリットを考えれば、デメリットのほうが大きい。提督はそう判断するでしょうね」

加賀「……私は全身全霊で鎮守府に尽くすつもりです。あなたは、私の味方になってはくれないんですか?」

扶桑「ええ。だって、あなたが活躍すれば、それだけ私の出撃する機会が減るもの」

扶桑「むしろ、あなたには今すぐ消えてほしいくらいよ。会議の時も、私はすぐにあなたを解体するよう進言したんだから」

加賀「……そう、ですか」


電さんの言う通り、扶桑さんの心は頑なに閉ざされて、付け入る隙などないようです。私がどんなに歩み寄っても、拒絶されるだけでしょう。

なら、もはや強引に踏み込んでいくしかない。次に何を話そうかと考え、私は決して口にしてはならない話題を選びました。

加賀「なぜ、あなたは電さんを殺さないんですか?」

扶桑「……何ですって?」

加賀「電さんは初代提督を殺したと言いました。扶桑さんはその提督と婚約をされていたんですよね」

加賀「ならば、なぜ仇を取らないんです。あなたと電さんが仲良くしていること自体、私には不自然に見えます」

扶桑「もちろん、殺そうとしたわよ。本気でね。でも、できなかった。私は電ちゃんに敗けたのよ」

加賀「それは戦って敗けた、ということですか?」

扶桑「ええ。3ヶ月前の反乱のときにね」

加賀「……反乱?」

扶桑「あら、そこまでは聞かされていなかったのかしら」


扶桑さんは端折りながらも、その反乱について話してくれました。

電さんを筆頭にした放置艦勢力と、提督側に付く主力艦隊が壮絶な戦闘を繰り広げた反乱。

その結果、鎮守府の病巣だった霧島、赤城、そして提督は電さんの計画によって命を落とし、新しい提督がやってきて今の鎮守府がある。

大本営はその反乱を隠蔽し、電さんは表向き解体処分されたことになっている、と。

言葉が出ませんでした。どこか変わった鎮守府だと思っていましたが、そこまで大きな秘密を抱えていたなんて。

扶桑「当たり前だけど、このことは他言無用よ。表に漏れたら、鎮守府ごと消される可能性だってあるんだから」

加賀「わかっています。ただ、驚きました……そこまで大きな争いをして、みんな和解されたんですか?」

扶桑「だって、悪い人はみんないなくなったんだし、それ以上私たちが仲違いする理由はないじゃない?」

加賀「……電さんが憎くはないと言うんですか」

扶桑「いずれこうなるような気はしていたの。あの頃、提督はほとんどの艦娘に恨まれてたから」


扶桑「電ちゃんはその子たちの代表として提督を殺しただけ。決して私怨で手を掛けたわけじゃない」

加賀「そう割り切れるものでもないでしょう。実際、電さんとは戦っているんですし」

扶桑「そうね、私は決めていたから。仮に提督が鎮守府そのものから憎まれることになっても、私だけはあの人の味方であり続ける」

扶桑「提督は私みたいな欠陥戦艦に目を掛けてくれた。だから、その想いに一生を掛けてでも報いるつもりだったの」

加賀「……なぜ敗けたんですか? 戦艦と駆逐艦、本来なら電さんに勝ち目はないはず」

扶桑「まあ、直前に私が大和と戦って、万全じゃなかったことは事実よ。でも、それは言い訳に過ぎない」

扶桑「結局のところ、私は最後まで提督に尽くせればそれでよかったのよ。要は自己満足ね」

扶桑「電ちゃんは鎮守府を変えるために、全てを背負う覚悟を決めていた。勝敗を分けたのは、そういう心の在り方なんでしょう」


加賀「……扶桑さんは現状に満足してらっしゃるんですか」

扶桑「……あの人がいなくなって、みんなは幸せそうにしてる。なら、提督側に付いた私に文句を言える権利はないわ」

加賀「後悔はしていないと?」

扶桑「ええ。自分を貫くことはできたから」

屹然と語られたその言葉は、強がりも嘘もない本心なのでしょう。彼女がとても強く、美しい女性に見えました。

加賀「……羨ましいですね」

扶桑「何のこと?」

加賀「私、電さんに言ったんです。もしあなたが殺していなかったら、赤城さんは私が殺していたと」

加賀「それが正しいことだと思いました。けれど、あなたのような生き方もあるんですね」

扶桑「……そうね。私自身が提督に手を下す、という選択肢もあったのかもしれない」

扶桑「むしろ、そうすることが一番良かったのかも……今となっては、何が正しかったかなんてわからないわ」


加賀「少なくとも、間違ったわけではないと思います。あなたは善悪さえ超えて、迷わず自分を貫き通した。その生き方に、憧れさえ覚えます」

扶桑「……褒めて懐柔しようなんて手は通用しないわよ。あなたに尊敬されても、私には何の得もないんだし」

加賀「そんなつもりはありません。今のは、私が感じたことをそのまま口にしただけです」

扶桑「ふうん……もしかしたら、私たちは似ているのかもしれないわね」

加賀「……そうかも知れません」

扶桑さんが初代提督をたった1人で想い続けているように、私もたった1人で赤城さんのことを想っている。

たとえ誰からも理解されなくても、せめて自分だけは。その在り方は、私も扶桑さんも同じように思います。

気まずい沈黙が流れました。親しくない人に期せずして思いの丈を明かしてしまった、気恥ずかしさ。お互い、次の言葉が出てきません。

加賀「……すみません。何だか、暗い話ばっかりしてしまって。扶桑さんと仲良くなる話題を話したかったんですけど……」

扶桑「何よ、仲良くなろうだなんて。言っておくけど、私はあなたのことが嫌いだから」

加賀「……この際はっきりと言いますが、私だって扶桑さんのことが苦手です」

扶桑「あら、そう。どうして?」


加賀「正面切って嫌味を浴びせてくる人を好きになれというほうが無理な話です。私をボーキサイトの女王呼ばわりするのはやめてくれませんか」

扶桑「だって、あなたのボーキサイトの消費量、半端じゃないもの」

加賀「扶桑さんこそ、燃費の悪さで言えば私と総量では大差ないはずです。大食い艦というならお互い様でしょう?」

扶桑「……言うわね、ボーキサイトの女王のくせに」

加賀「扶桑さんはアレですよね。私や伊勢さんたちに嫌味を言うのは劣等感の裏返しですよね。見ていて浅ましい限りです」

扶桑「ぐっ……!」

加賀「そんな卑劣な真似はやめて、ベテラン戦艦らしく、もっと堂々となさったらどうですか? 今のあなたはまるで、嫌味なお局様です」

扶桑「お、お局様!? やめてよ、その肩書! そんな風に思われるくらいなら、大食い艦のほうがまだマシよ!」

加賀「金剛も影で吹聴してますよ。扶桑さんは鎮守府のお局様だって」

扶桑「何ですって!? あ、あのイギリス女……!」


ぎりりと歯ぎしりする扶桑さんの姿は、今まで見たこともないほど感情をむき出しにしていました。

それほどまで金剛のことが嫌いなのでしょう。その気持ちには同感です。あの女の顔を思い出すだけで腹立たしい気分になります。

私はなぜ自分が扶桑さんと話しているのか、その理由さえほとんど忘れ、身を乗り出しながら声を落とし、扶桑さんにそっと囁きました。

加賀「扶桑さん。実は言うと、私も金剛のことが嫌いなんです」

扶桑「……あら、そうなの。どうして?」

加賀「戦艦として優秀な方だとは思いますが……下品でうるさくてデリカシーが無くて馬鹿で英国かぶれで鬱陶しいところがちょっと……」

扶桑「……相当嫌いなのね」

加賀「はい。話しかけられると虫酸が走りますし、提督にちょっかいを出しているところを見るだけで不快な気分になります」

扶桑「……その気持ちはわかるわ。あの尻軽女、前は初代の提督にアプローチを掛けてたくせに、コロッと今の提督に鞍替えして……」

加賀「着任としては扶桑さんのほうが随分と早いんでしょう? 本来なら、ケッコンカッコカリは扶桑さんが先だったはずです」


扶桑「順序で言えばそうでしょうね。でも、私が断ったからあの女が先にケッコンカッコカリすることになって……」

加賀「調子に乗っていますよね、あのビッチ。扶桑さんの先を越して提督と婚姻を交わせたからって」

扶桑「……あいつは昔からやたら私と張り合って来たわ。確かに、最近の調子の乗りっぷりは我慢ならないわね」

加賀「何とかしてくださいよ、扶桑さん。このままだとあの淫乱……金剛は鎮守府における扶桑さんの地位さえ脅かしますよ」

扶桑「確かに……既にLVでは離され始めてる。この調子で最大LVまで上り詰めたら、あの女、どんな態度を取るか……」

加賀「想像しただけでも嫌になります。どうでしょう、扶桑さん。提督とケッコンカッコカリをしていただけませんか?」

それは単なる思い付きでした。扶桑さんがケッコンカッコカリをすれば、立場としては金剛と並びます。

そうすれば、金剛も多少は大人しくなる。私にとって鎮守府の居心地も良くなり、いいことずくめです。


扶桑「……それが一番いい方法なのはわかるわ。でも、そんな理由で誓いを破るなんてさすがに……」

加賀「そうでしょうか。扶桑さんは真面目過ぎると思います。もっと、自分本位に生きられてもいいんじゃないでしょうか」

扶桑「クソ真面目キャラのあなたが言う台詞なの、それ?」

加賀「いや、まあ。そうなんですが……でも扶桑さん、急がないと取り返しの付かないことになりますよ」

扶桑「わかってるわよ。これ以上LVを離されたら……」

加賀「金剛だけじゃありません。そろそろ、提督が次のケッコンカッコカリの相手を決める頃でしょう? 候補が誰だかわかっているんですか?」

扶桑「……まさか」

加賀「伊勢さんと日向さんです。あの2人も一緒じゃなければ嫌だと言って婚姻を断り続けていると聞いています」

加賀「提督は先にLV上限を迎えた伊勢さんに一旦休暇を与えて、日向を重点的に運用していました。その意図はお分かりでしょう?」

扶桑「ひゅ……日向のことはいつも視界に入れないようにしてたから、気付かなかったけど……それって……!?」


加賀「提督は伊勢さん、日向さんとのダブル婚姻を行うつもりです。もうじき書類と指輪も届く頃でしょう」

加賀「大和さんから聞いたことがあります。扶桑さんは伊勢、日向姉妹にだけは負けたくないんでしょう?」

扶桑「ぐ、ぐぎぎぎ……! あ、あの2人に先を越される……! 私たち扶桑姉妹を差し置いて、結婚……!」

加賀「提督があと何人の艦娘とケッコンカッコカリをするのかはわかりません。しかし、その枠に限りがあるのは確かです」

加賀「いずれ、扶桑姉妹が婚期を逃した行き遅れ戦艦として後ろ指を差される未来はそう遠くないと思います」

扶桑「こ……婚期を逃した、行き遅れ戦艦……!?」

加賀「特に金剛は毎日のように指を差して大爆笑するでしょうね。私もそんな光景は見たくありません」

加賀「決断するなら今しかありませんよ。提督とのケッコンカッコカリを受け入れるか、行き遅れ戦艦として馬鹿にされる未来を選ぶか」

扶桑「ぐ、ぐぐぐ……ダメ、ダメよ! 私は決めたんだから! この人を1人ぼっちにしないって、自分自身に誓いを……!」

加賀「山城さんはどうなるんです? あなたと共に、行き遅れ戦艦その2にされる妹の山城さんは」

扶桑「あっ……」

扶桑さんの顔つきがみるみる青ざめていきます。ここに来て、私の頭と弁舌は冴え渡っていました。

なぜ私が扶桑さんに話しかけたのか、当初の目的は既に念頭にありません。あの鬱陶しい金剛を黙らすことができる、その考えに夢中でした。

加賀「山城さんはあなたの決めたことには必ず従うでしょう。姉であるあなたのことが大好きですから」

加賀「先の反乱でも、扶桑さんが提督側に付いたから山城さんも放置艦たちと戦ったはずです。しかし、本心はどうだったんでしょう?」

加賀「扶桑さんが幸せにならない限り、山城さんは幸せになれません。あなたの幸せこそが、彼女の幸せだからです」

加賀「あなたの天秤はどちらに傾いているんです? 今は亡き初代提督か、それとも今も、そしてこれからもずっと隣にいる、山城さんか」

扶桑「……あなた、やっぱり赤城と似てるわね。知恵が回って、狡猾で、相手を追い込むところがそっくりだわ」

加賀「……褒め言葉ではないのでしょうが、ありがたく受け止めさせていただきます」

扶桑「少し、考えさせて。すぐに決められるようなことではないわ。山城と相談する」


加賀「どうか、前向きにご検討を……最近、自分を抑えるのに精一杯なんです。そのうち、金剛を闇討ちでもしてしまうかもしれません」

扶桑「ああ、そっちのほうが魅力的な計画ね……でも、あの提督の元でそんな真似は許されないわ」

扶桑「何だか話疲れたわ。お参りも済ませたし、もう戻りましょう」

加賀「あ、はい……すみません、長々と引き止めてしまって」

扶桑「いいわよ。無駄な会話でもなかったみたいだし」

私だけその場に残るわけにも行かず、私たちは連れ立って鎮守府に戻る形になりました。

不思議な気分です。十数分前までは同じ空間にいるだけでストレスを感じる人だったのに、今はそうでもありません。

まさか、金剛の悪口であんなに盛り上がってしまうなんて……本来なら誇り高き一航戦として恥ずべき行為です。

ただ、結果としては良かったのかもしれません。隣を歩く扶桑さんも、もう私を拒絶しようとはしていませんでした。


扶桑「山城はどこにいるかしら。そろそろ、私の幻覚を見始める頃なんだけど……」

加賀「ああ、例の姉妹艦が掛かる病気ですね。まだ完治されてないんですか?」

扶桑「そうなのよ。あの子ったら、10分も経てば見えない私とおしゃべりを始めてしまうみたいで……」

加賀「重症ですね。扶桑さんは大丈夫なんですか?」

扶桑「私は平気よ。1時間はゆうに持つわ」

加賀「立派な患者じゃないですか」

扶桑「言っておくけど、あなただって患者予備軍よ。まだ幻覚は見てないの?」

加賀「私はまだ大丈夫です。あと1ヶ月くらいは保ちます」


扶桑「ふうん……なら、その1ヶ月で頑張ることね。そしたら、私も考えてみるから」

加賀「考えるって、何をですか?」

扶桑「あなた、自分の目的を忘れてどうするのよ」

加賀「あっ……ありがとうございます! 私、精一杯頑張りますから!」

扶桑「言っておくけど、私に大した決定権はないわよ。決めるのは結局、提督だから」

加賀「わかっています。ですけど、1ヶ月後には扶桑さんも、きっと提督の伴侶の1人になっているでしょう?」

扶桑「まだわからないわよ。もう少し考えてから……」

途中で言葉を切った扶桑さんの視線の先には、鎮守府の玄関に寄りかかって姉が戻るのを待つ、山城さんの姿がありました。

いかにも寂しそうに顔をうつむけていた山城さんは、私の隣にいる扶桑さんの姿を見つけ、パッと顔を輝かせます。

それは姉妹というよりも、母親の帰りを待つ子供のように無邪気で嬉しそうな笑顔でした。


山城「お姉さま、お帰りなさい! 加賀さんと一緒に戻られたんですか?」

扶桑「……ええ。案外、話が合う子だったから」

山城「ふぅん……そうなんですか」

ちらりとこちらを見た山城さんの目には、明らかに警戒の色が見て取れました。少々私に嫉妬しているようです。

あんなに想ってくれる妹がいて、扶桑さんが羨ましいです。そんなことを考えていると、扶桑さんがくすりと笑いました。

扶桑「なんだ、考えるまでもなかったじゃない」

山城「えっ……? お姉さま、何のことです?」

扶桑「こっちの話よ。ねえ、加賀さん」

加賀「はい?」

扶桑「さっき話したでしょ。天秤の話よ」


加賀『あなたの天秤はどちらに傾いているんです? 今は亡き初代提督か、それとも今も、そしてこれからもずっと隣にいる、山城さんか』

加賀「……ああ。そう言えば、そんなお話をした気がします。答えが出たんですか?」

扶桑「ええ。簡単なことだったわ」

扶桑さんは山城さんの頭を撫でながら、愛おしそうにその答えを口にしました。

扶桑「もう過ぎ去ってしまったものと、すぐそばにあるもの。どちらが大切かなんて、比べるまでもないじゃない」

山城「あの、お姉さま? 何のお話なんでしょうか……」

扶桑「私たちの未来の話よ。ねえ山城、2人で一緒に、幸せになる気はない?」

山城「はい!? いや、それはその……私は嬉しいですけど、倫理的に許される行為ではないのではないでしょうか!」

山城「いえ、それでも私はついて行きます! お姉さまと一緒なら、たとえ許されざる禁忌の領域でさえ……」

扶桑「何か勘違いしているみたいだけど、私について来てくれるのね? それなら、早速行きましょうか」

山城「はい? 行くってどこに……」

扶桑「提督に返事をしましょう。ケッコンカッコカリを申し込まれた件、喜んで受諾しますってね」


隼鷹「えー、では扶桑姉妹と提督のケッコンカッコカリを祝しまして……かんぱーい!」

広場に集まった100を超える鎮守府中の艦娘たちは、隼鷹さんの音頭と共に、各々の手に取った杯を高々と掲げました。

提督「えーというわけでだ……扶桑と山城、俺はこの2人と新たにケッコンカッコカリを交わすことになった」

扶桑「今日は私たちのために集まってくれて、皆さん、どうもありがとうございます」

扶桑「私たち姉妹がこのような名誉に預かれてたのは、鎮守府に着任する艦娘のみんな全員のおかげです。姉妹ともどもお礼申し上げます」

山城「扶桑お姉さまと一緒にケッコンカッコカリできるなんて、夢みたいです……皆さん、本当にありがとうございます」

披露宴会場である広場に集まった艦娘たちから、大きな拍手が沸き起こります。うち何人かはお祝いの気持ちより嫉妬心が優っているのでしょうけれど。

提督「扶桑姉妹は長らく鎮守府の主戦力として前線を支えてきた優秀な戦艦だ。今まで挙げてきた功績は数知れない」

提督「今日まで婚姻が遅れたのは、俺の不明の致すところでもあり、姉妹という絆の強さの表れでもある」

提督「ともかく、2人が俺の求婚に応じてくれたことは嬉しい限りであることに変わりはない。今日はめでたい日だ。皆、好きなだけ楽しめ!」


事が決まってからの提督の行動は、それはもう迅速でした。

すぐさま書類と指輪を取り寄せる手続きを済ませ、攻略計画の日程を調整し、披露宴が開催される今日に至るまで、あれから3日しか経っていません。

提督は以前から扶桑姉妹に目を掛けていたため、ケッコンカッコカリを受諾してくれたことがよほど嬉しかったのでしょう。

あの老けた顔を一層皺くちゃにしたエビス顔で、扶桑姉妹やお祝いの挨拶に来る艦娘と杯を交わしています。

私も挨拶に行きたいところですが、今は新郎新婦の席にお祝いの人だかりができていて近づけそうにないので、後で参ることにしましょう。

今日は海域攻略もお休みです。披露宴はお祝いというより無礼講の様相を呈し、艦娘の誰もが好き勝手に飲み食いし、自由に遊んでいました。


子日「暁、パスを出せ! 島風にボールを集めろ!」

暁「了解です! 島風ちゃん、頼んだわよ!」

島風「オゥ! 島風の華麗なドリフトテクニック、見せてあげるわ!」

不知火「くっ、さすが子日様の側近に選ばれただけはある! 長月、島風をマークしろ! 絶対に抜かれるな!」

長月「はっ! しかし……疾い! これほどまでとは、やるな島風!」

島風「あったりまえよ! 島風が一番疾いんだから!」


着任直後は空気に馴染めず号泣していた島風さんも、今は子日教団のみんなと一緒に仲良くサッカーをしています。

電さんの言った通り、子日教団は排他的に見えて案外フレンドリーなようです。いずれ、私も彼女たちと遊べるようになりたいです。

足柄「もっと、もっとよ! もっと酒を持って来なさい!」

那智「よし来た足柄! 今日は好きなだけ飲め! 吐くまで飲め! いや、むしろ吐いても飲み続けろ!」

重巡の足柄さん、那智さんはいつものように酒を浴びるように飲んでいます。今日はいつも以上に酒量が多いように思います。

妙高「足柄、もうお止しなさい! このところ毎日飲んでばかりなんだから、今日みたいなお祝いの席くらい、礼儀正しくなさい!」

羽黒「そうだよ、足柄姉さん。またケッコンカッコカリ候補から外れたのは残念だけど、きっとまたチャンスは来るから……」

足柄「ふん、何がチャンスよ! 着任の順番で言えば、扶桑たちより私のほうが早いのよ!」

足柄「ぼやぼやしてたらどんどん周りに置いてけぼりにされて、婚期が遠ざかって行くのよ! あなた達ももっと焦りなさい!」

那智「心配するな足柄! 提督は言っていたぞ、足柄ともいずれケッコンカッコカリを交わしたいとな!」


足柄「それはそうかもしれないけど、大事なのは順番よ! これ以上、新参に追い抜かれるのは耐えられないわ! 聞いてるの、あなた!」

加賀「……はい? あの、今のは私に言われたんでしょうか」

足柄「そうよ! あなた最近、もっと自分を鎮守府のために役立ててくれって提督に自己アピールしたそうじゃない!」

加賀「別にそういうタイプの自己アピールでは……」

足柄「絶対にあなたには先を越されないわよ! ほら、あなたも飲みなさい! 飲み比べで勝負よ!」

加賀「いや、私はそういうのは苦手で……」

足柄「何よ、私の酒が飲めないっていうの!?」

そんな風に言われては、誇り高き一航戦として引き下がるわけにはいきません。私はビールが並々と注がれた大ジョッキを受け取りました。


加賀「それでは……扶桑姉妹のケッコンカッコカリを祝して、乾杯」

足柄「その乾杯音頭は屈辱的だけど……乾杯!」

どうせ足柄さんは一気飲みするだろうと思ったので、私も一気にジョッキを飲み干します。

ほぼ同時に、私たちは空のジョッキをテーブルに置きました。

足柄「ふっ……やるわね、加賀さん。一航戦の名は伊達じゃないということね」

加賀「そう言っていただけると幸いです。もう1杯行きますか?」

足柄「当然よ! 英国に『飢えた狼』と呼ばれたこの私がこれくらいでオヴェエエエエエッ!」

足柄さんの嘔吐は火を噴くドラゴンを思わせる凄まじいものでした。嘔吐、というよりは噴射と形容したほうが正しいほどです。


加賀「それでは……扶桑姉妹のケッコンカッコカリを祝して、乾杯」

足柄「その乾杯音頭は屈辱的だけど……乾杯!」

どうせ足柄さんは一気飲みするだろうと思ったので、私も一気にジョッキを飲み干します。

ほぼ同時に、私たちは空のジョッキをテーブルに置きました。

足柄「ふっ……やるわね、加賀さん。一航戦の名は伊達じゃないということね」

加賀「そう言っていただけると幸いです。もう1杯行きますか?」

足柄「当然よ! 英国に『飢えた狼』と呼ばれたこの私がこれくらいでオヴェエエエエエッ!」

足柄さんの嘔吐は火を噴くドラゴンを思わせる凄まじいものでした。嘔吐、というよりは噴射と形容したほうが正しいほどです。


雷「どいてどいて! お手伝いしてたら遅れちゃった! サッカーの試合が終わっちゃうわ!」

加賀「あら、こんにちは電さん。今日は随分と元気がいいんですね?」

雷「何? 私は雷よ! 似てるからって間違えないでね!」

加賀「あ、失礼しました。さすが双子さんですね、そっくりです」

提督は建造やドロップで新たな艦娘を着任させるにあたり、戦力強化ではなく姉妹艦を揃えることに重点を置いて来ました。

そのため、今の鎮守府ではほとんどの艦娘が姉妹艦とペアで任務に当たっています。

この雷さんを始めとして、龍田さんの姉妹艦である天龍さんも着任し、レア軽巡である大井さんも最近建造されたそうです。

仲睦まじい姉妹艦たちを見ていると、未だ独り身である自分としては羨ましく思えると同時に、こちらも心地よい気分になってきます。


雷「電に何か用事? 電なら向こうで妖精さんたちと一緒に給仕の手伝いをしているわよ!」

加賀「そうですか、ありがとうございます。それじゃあ、そっちに行ってみます」

雷「ちゃんと場所はわかる? 良かったら案内してあげましょうか!」

加賀「いえいえ、お構い無く。どうぞサッカーを楽しんで来てください」

雷「わかったわ。もし迷ったらいつでも私に言うのよ!」

明るくそう言って、雷さんは元気よく走り去って行きました。姉妹艦だけあって、電さんと同じく優しい子です。

新しく着任したせいか、私に怖がるそぶりもありません。それだけでも私にとっては十分心安らぐ存在です。

雷さんに言われたほうに行くと、妖精さんに食べ物や飲み物の手配の指示を出している電さんを見つけました。


電「ああ、どんどん酒保のお酒が減っていく……また予算を練り直さないといけないのです。足柄さんにはそろそろ減酒してもらわないと……」

加賀「電さん、お疲れ様です。こんなお祝いの席でもお仕事ですか?」

電「あ、加賀さん。ええ、私はこうやって、みんなが楽しそうにしているのを見ているのが好きなのです」

加賀「良かったらお手伝いします。電さんは他の駆逐艦の子たちと遊んできてください」

電「えっ、そんな悪いですよ。もう一段落着く頃ですし、こういうのは私のお仕事ですから」

加賀「そんなことありません。私はこれから鎮守府の色んな仕事を引き受けていくつもりですから、こういった雑用も慣れないといけないんです」

加賀「大方は妖精さんがやってくれるから、簡単なお仕事でしょう? 大丈夫ですよ、ちゃんとやっておきますから」

電「そ、そうですか……? それなら、ちょっとみんなのところに行こうかな……霞ちゃんや雷お姉ちゃんともちょっと遊びたいのです」

加賀「2人とも広場のほうで駆逐艦のサッカーに出てましたよ。電さんが行けば、きっと皆さんも喜ばれるでしょう」


電「えへへ……良かったら加賀さんも行きませんか? 駆逐艦の子と遊びたいって、前々から漏らしていたでしょう」

加賀「それは魅力的な提案ですが、今回は遠慮します。まだ、そこまで打ち解けられてはいませんし、何より駆逐艦のスピードに付いていけません」

電「だったらキーパーをされてみてはどうです? 駆逐艦のみんなも面白がるとは思うのですが」

加賀「いや、それでも島風さんの動きを見る限り、あっさり抜かれてしまうんじゃないかと思います。それにしても凄いですね、彼女は」

電「ああ、確かに島風さんは凄いです。抜群の運動神経で、もうみんなの人気者になってしまったのです」

加賀「え? あっ、はい。本当に凄いですよね、島風さんの運動神経は」


電「……加賀さん、何か別のことを考えてました?」

加賀「……正直に言うと、着ている服が凄いなって」

電「ああ……確かにその、島風さんの服は凄いですね」

加賀「何なんでしょうね、あれ。目のやり場にホント困るんですよ。何のつもりであんな服装をされているんでしょうか?」

電「本人は『速さを追求した衣装よ!』って言っていたのです」

加賀「それなら全身タイツでも着てもらったほうがずっとマシだと思うんですけどね。空気抵抗も少ないし」

電「全身タイツは絵面的にちょっと……」

加賀「でも、似たような服装の子はいましたよ。サッカーをしてる駆逐艦の子たちの中に」

電「えっ? 全身タイツを着ている子ですか?」


加賀「流石に全身タイツではありませんでしたが、奇妙な組み合わせの格好ではありました」

加賀「何故かスクール水着の上にセーラー服を着ているんです。一応、あれも軍指定の服装らしいんですけど……」

電「……スク水に、セーラー服?」

私の何気ない一言を、電さんは呆然とした口ぶりで反芻しました。

そのとき、私たちの足元に1個のサッカーボールが弾みをつけながら転がり込んできました。どうやら駆逐艦の子たちのボールのようです。

「すみませーん。ボールがそっちに行ってしまったでちー!」


ボールは電さんの足元にあったのですが、電さんはボールの転がってきた方向を凍り付いたように見つめるばかりで、拾おうとする様子はありません。

どうしたのだろうと、仕方なく私がボールを拾い上げます。駆け寄ってきた件のスク水セーラー服の少女にボールを返しました。

加賀「はい。ボール遊びのときは周りに気を付けてくださいね」

伊58「うん、ありがとうでち!」

電「……ゴーヤさん?」

その駆逐艦の子の名前でしょうか、恐る恐るという風に話しかけた電さんに向かって、ゴーヤと呼ばれた艦娘は嬉しそうに返事をしました。

伊58「あっ、電! 久しぶりでち!」


ゴーヤさんに笑顔で返された電さんは、なぜか雷に打たれたような驚愕の表情でした。

加賀「……久しぶり? 電さん、お知り合いの方ですか」

伊58「あれ? そんなわけないでち、ゴーヤは今朝、建造で着任したばかりでちよ」

加賀「そうなんですか? なら、前世の時代に出会われていたんでしょうか」

伊58「うーん……よくわかんないけど、電とは久しぶりに会えたって何となく思ったでち!」

ゴーヤと呼ばれた駆逐艦らしき子は、にこやかに電さんに笑いかけます。そういえば、こういう水着を着ているのは潜水艦だった気が……

伊58「でも、なんでそんな風に思ったかはわからないでち。電はゴーヤのこと、何か覚えているでちか?」

電「……覚えているに、決まっているじゃないですか」


電さんは涙を浮かべて駆け寄ると、ゴーヤさんを両腕でしっかりと抱き締めました。もう2度と離さないというように。

伊58「……電?」

電「覚えていますよ……ずっとお礼を言いたかったんです。あのとき助けてくれたのは、ゴーヤさんだったんですよね?」

電「私はあなたを助けられなかったのに……会いたかった。助けてくれて、ありがとうございました」

伊58「……電、どうしたでち? なんで泣いているでちか?」

電「ごめんなさい、嬉しくて……もうゴーヤさんを不幸にしたりはしませんから。絶対に、絶対に……!」

伊58「……泣かないでほしいでち、電。ゴーヤは今、ちっとも不幸じゃないでちよ。だから電、笑ってほしいでち」

電「はい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

泣きじゃくる電の頭をそっと撫でながら慰める小さな手は、温かな慈愛に満ちたものでした。

2人の間に何があったかはわかりません。けれど、その絆がただならぬものであることはわかります。

普段は大人びた電さんが、まるで容姿相応の幼な子のように感情をむき出しにするなんて、初めて見る姿でした。

もう電さんは私がいることも忘れて、ゴーヤさんのことしか頭にないようです。ここは野暮なことはせず、2人っきりにしてあげましょう。

そろそろ提督と扶桑さんたちのところも落ち着いた頃だと思うので、そちらへ向かうとします。

提督は扶桑姉妹を交え、自分がケッコンカッコカリをした艦娘たちと酒を飲み交わしているようでした。

テーブルに着いているのは大和さん、隼鷹さん、そして今日新たに婚姻を交わした扶桑さんと山城さんです。金剛の姿はありません。


提督「よう、加賀。お前も来てくれたか」

加賀「はい。この度はおめでとございます、提督。そして扶桑さんと山城さん」

扶桑「ありがとう。あなたには感謝してるわ、この席に着けたのも、あなたが私の背中を押してくれたおかげだから」

加賀「気にしないでください。話の流れでそうなっただけですから。ところであの淫乱…金剛さんはいらっしゃらないんですか?」

山城「私とお姉さまが同時に結婚したものだから、ヘソを曲げて部屋に引きこもっているんですよ。相変わらず器の小さい女ですよね」

提督「そんな言い方はよせ。あいつは良くも悪くも、自分の気持ちに正直なだけだ」

加賀「正直すぎるのも考えものかとは思いますが」

提督「まあな。どうだ加賀、お前も座れよ。いずれお前も、俺とケッコンカッコカリするんだからな」

加賀「……初耳です。提督は一体、何人の艦娘とケッコンカッコカリをするつもりなんですか?」

提督「鎮守府に着任する艦娘全員だが?」


呆気に取られる私とは裏腹に、既婚者の方々の反応は落ち着いたものでした。

大和「どうせそんなつもりだろうと思っていました。ですけど、それまでに寿命が保つんですか?」

提督「当たり前だろう。俺はあと50年は生きる」

隼鷹「あんまり長生きし過ぎるのも勘弁してよ。介護するのはアタシたちの役目になるんだからさ、おじいちゃん!」

提督「隼鷹、お前明日から禁酒な」

隼鷹「おじさま大好き! 超若い! 50年どころか後80年は生きるよきっと!」

提督「よし、許す。ところで電はどうした? 後で来るように言っておいたんだが」

加賀「電さんは……お取り込み中です。ゴーヤさんという子と色々あるそうで」

提督「ああ。しまった、忘れていた。今朝、たまたま建造であいつを引き当ててな。電を驚かそうとして秘密にしていたんだ」

提督「くそ、ぼちぼち物忘れが酷くなってきてるな……まあいい、加賀、先に飲んでいよう」

加賀「それでは、失礼します」


言われるまま空いている末席に着きます。この場で私だけが新参者の艦娘ですが、居心地の悪さはありませんでした。

扶桑「じゃあ加賀さん、乾杯」

加賀「あ、はい……扶桑さんと山城さんの結婚を祝しまして、乾杯」

山城「ありがとうございます。乾杯」

隼鷹「かんぱ~い!」

大和「ふふ、乾杯」

提督「乾杯。これでまた、LV上限突破の主力艦が2人も増えたわけだ」

提督「これからは戦いも厳しくなってくる。主力艦であるお前らは、一層気を引き締めていかなければならんぞ」

山城「提督。お姉さまのお祝いの席なんですから、今日はお仕事の話はなしにしていただけませんか?」

扶桑「ふふ、そんなこと言って、今日はあなたのお祝いの席でもあるのよ、山城」

提督「そうだな、悪い。まあ、今日は好きに飲んで好きに楽しめ。なんたって、俺の妻が1度に2人も増えた日だからな」

隼鷹「だな。これで老後の介護生活も安心だね、提督!」

提督「どうやら、お前はどうあっても禁酒をさせられたいようだな」


加賀「むしろ、提督こそお酒はご自重されたほうがよろしいのでは? 電さんもさっきぼやいてましたよ、酒保の予算が多すぎるって」

提督「何を言う、俺がこの日まで生きてこれたのは酒があったからだ。俺から酒を奪うのは死ねと言っているようなものだぞ」

扶桑「そんなこと言って、体を壊さないでくださいよ。今の鎮守府は提督あってのものなんですから」

提督「まあ、多少は気に留めておこう。俺も長生きはしたいからな」

提督たちの歓談に耳を傾けながら、私は淡い幸福を感じていました。彼女たちの幸せな雰囲気が私にまで伝染してしまったのでしょうか。

目の前に置かれた自分の盃を手に取り、少しだけ口に含みます。提督が好きだという芋焼酎の深い苦味と甘味が舌に染み渡りました。

提督「最近はどうだ、加賀。しばらくはあまり浮かない顔をしていたようだが」

加賀「……心配してくださっていたのですか?」

提督「まあな……やっぱり、赤城がいないと寂しいか」


少しばかり、提督は声を落として私に話しかけました。隼鷹さんと大和さんの顔がわずかに引きつります。

大和「提督、その話題はちょっと……」

加賀「いいんです、隼鷹さん。私、全部聞かせていただきましたから」

隼鷹「えっ、マジで?」

加賀「はい。赤城さんが大変なご迷惑をお掛けしたそうで、許していただけるとは思いませんが、私が代わってお詫びさせていただきます」

隼鷹「いや、いいよそんな……もう過ぎたことだし、加賀が悪いわけじゃない」

加賀「それでも、謝らせてください。どんなことがあっても、赤城さんは私にとってかけがえのない方ですから」

隼鷹「そっか……なんか、アレだね。超気まずいわ」

加賀「すみません、こんな話題を出してしまって。ただ、隼鷹さんはご自分のされたことを気になさらないでください」

加賀「私は恨んでいません。だから、その……そういったことも含めて、私は皆さんと上手くやっていけたらと思っています」


大和「……加賀さんが着任された日はどうなることかと思っていたんですけど、私たちが心配過剰だったみたいですね」

加賀「今まで気を遣わせてしまってすみません。もう、私は事実を全て受け入れました。私なりに、鎮守府のために尽くしたいと思います」

提督「あまり無理はするなよ。赤城が着任するには、もうしばらく時間が掛かるだろうが……」

加賀「いいんです。気長に待たせていただきますから」

私はそっと山城さんを見て、それから扶桑さんと目を合わせます。扶桑さんが私に笑いかけ、私も笑顔を返します。

加賀「今はもう、あまり寂しくありませんから」

ふと背後に聞こえた足音に振り返ると、ちょうど電さんがこちらに来たところでした。隣には手を繋いだままのゴーヤさんもいます。

随分と泣き腫らしたらしく目を赤くして、恥ずかしそうに笑っていました。


電「遅れてごめんなさいなのです。提督さん……秘密にしておくなんて、酷いのです」

提督「ああ、悪かったよ。驚かせようと思ってな」

伊58「提督、電が全然手を離してくれないでち。ゴーヤは早くサッカーに戻りたいでちよ」

提督「そうか。じゃあ、電。一度乾杯だけして行け。お前もみんなのところに行くといい。ゴーヤを連れてな」

大和「電さん、ゴーヤさん。はい、ジュース」

電「……ありがとうございます」

伊58「わあ、ジュースでち! ありがとうでち!」

提督「お前ら、杯は持ったな? 電、乾杯の音頭を取ってくれ」


電「はい。提督と扶桑さん、山城さんのケッコンカッコカリを祝して……並びに、提督さんのご長寿を祈って」

電「それから、それから……海域の平和と、みんなの幸せと、暁の水平線へ勝利を刻めることを祈りまして……乾杯、なのです!」

「かんぱーい!」

杯を高々と上げて、中身を飲み干します。みんなと共に温かな幸福が体の中に行き渡っていきます。

ああ、ここは本当に……良い鎮守府です

あとがき的なもの

更新が遅れて大変申し訳ありませんでした。
体調の問題もありますが、正直なところ、広げた大風呂敷をどう纏めるかでものすごく悩んでいたというのも更新が遅れた大きな原因でした。

最初のうちは、ここまで本格的に書くつもりはありませんでした。霧島の話あたりで結を付けようと思っていました。

しかし、思った以上に調子が出てきたのでこんなに長い間書き続けることになりました。
散々更新するする詐欺の被害を受けながらも読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。

残りのスレは自由にお使いください。質問等あれば受け付けます。

ブラボー!おお・・・ブラボー!! 
完結乙です。

最後に加賀さんが出てくるとは……

質問なんですが、語り部を電にしなかったのにはなにか理由があるのでしょうか?

早速ですが新作の宣伝をさせていただきます。

【最強の艦娘】UKF(Ultimate 艦娘 Fighters)無差別級格闘グランプリ【決定戦】

Aブロック対戦カード発表

第一試合
正規空母級”緋色の暴君”赤城 VS 重巡級”不退転の戦乙女”足柄

第二試合
戦艦級”血染めの狂犬”霧島 VS 戦艦級”破壊王”武蔵

第三試合
戦艦級”不沈艦”扶桑 VS 正規空母級”見えざる神の手”加賀

第四試合
戦艦級”戦慄のデビルフィッシュ”日向 VS 戦艦級”蛇蝎の瘴姫”比叡

2016年1月1日 午前1:00開催

完結乙
電ちゃんが深海棲艦と交渉する前からE2F作戦の準備はバッチリとか言って電号作戦始めたのは何でなん?単なるミス?

>>647

前編のラストを見て、黒澤明監督の映画「生きる」のようなEDになるのではないか? と予想された人は何割かいらっしゃると思います。
それは自分の意図したものであり、そのようなバッドエンドになると見せかけてハッピーエンドに持っていきたいという狙いでした。
そういう持っていき方に電の視点ではやりにくいということで、新たに着任した艦娘の視点で描く必要がありました。
その役目として、今作で風評被害を受けそうな赤城の名誉挽回も兼ねて加賀さんに登場していただきました。
赤城をこのまま完全悪の人食い空母にしておくのは心残りだったので、一応フォローしておこうと思って。
アカギドーラは書いていて一番楽しいキャラでした。[ピーーー]場面を描くシーンでは悲しい気持ちでいっぱいでした。
いずれ彼女はオリジナルキャラクターとして転生させたいと思います。今度はもっと悪いことをさせてあげるからね。

>>649
電がE2F計画(電号作戦と区別するため「計画」と呼称させていただいています)を思いついたのは間宮アイス騒動の直後です。
この時点では考えが頭の中にあるだけで準備はできていません。7話前編でも「条件を整えるのが難しい」と呟いています。
深海棲艦と交渉したのは霧島を赤城に食わせて駆逐艦をまとめ上げた日の夜です。その翌日の夜に作戦会議を行い、その次の日に作戦を決行しています。

隼鷹に計画を話したのは交渉を終えた翌日なので、その時点で準備は整っていることになります。

7話後編ラストのことだったんだけど
交渉に出かける前に大和にバッチリって言ってたり駆逐艦や賭場組引込んだりしてる
交渉が通じる相手かの確認さえしないうちから電号始めてるのが気になったのよ

完結乙、更新されるのを楽しみにしていたが終わるのが惜しく感じてしまう

電は姉妹艦病には罹らなかったの? 暁と響をあんなになるまで放っといたのか?

>>653
電は深海棲艦を自分たちと同じく心を持った存在だと考えていたので、交渉の成功確率自体は高いと踏んでいました。
難しいのは、赤城をおびき寄せる役目です。当初は電が自分で引き受けるつもりでした。
その場合、時間を稼ぐ間もなくやられる可能性があるので何らかの対策を講じる必要があり、電はそれをずっと悩んでいました。
隼鷹と赤城のやり取りは電に取って僥倖であり、計画に引き込む説得にも応じてくれるだろうという確信もありました。
そのため、まだ未確定ながら成功に自信を持っていたため、大和にも強気で出られたわけです。
駆逐艦を引き込んだのはどちらかといえばそのときのテンションに身を任せたに近いのですが。

>>654
電も潜在的な姉妹艦病患者ですが、他のことが忙しくて寂しがる暇はなかったようです。
暁や響については自分の同型艦ではあるものの、姉妹艦とは認識していないみたいですね。
というかこれはハッキリ言って制作側の都合です。
正直なところ、ロリキャラは不得意です。電くらいの子を描くのが精一杯で、それ以上精神年齢の低い少女を書くにはかなりの労力を消費します。
そのため、鎮守府の駆逐艦を描くに辺り、駆逐艦のほぼ全員を丸ごとトチ狂わせるという暴挙により、その欠点を克服しました。
駆逐艦たちが狂信者集団になったのは、ロリキャラを書けない作者の力量不足によるものなのでした。

やっべえ肝心なこと忘れてた!

どなたか早急に16名トーナメント表のAAを貼り付けてくれませんか!
もう開始時間告知しちゃったし間に合わなくなっちゃう! どうかお願いします、何でもしますから!

>電は深海棲艦を自分たちと同じく心を持った存在だと考えていたので、交渉の成功確率自体は高いと踏んでいました

いやここ最難関じゃないの?
こちらを殺しに来てる理由も不明な連中に話ができること前提で動くとか見切り発車にも程がある
話が通じる設定でもいいけど、それが不自然にならないための描写が前もって欲しいんだぜ

>>658
悪い言い方をすると電はその点、頭がお花畑でした。敵も助けたい、なんて考えは本当の戦場では自分の死を招きかねません。
ただ、今回はたまたま深海棲艦が話のわかる相手で、そういう考え方が上手く作用した、という結果になっています。
深海棲艦に話が通じる描写は出すべきでしたが出せませんでした。出ないと読者に計画が予想されてしまうので……

隼鷹を受け取るときの龍驤ちゃんのドキドキ具合がもう少し知りたいです()

乙!

どうでもいい所だが駆逐サッカーの島風ドリフトじゃなくてドリブルじゃない?

>>662
受け取った隼鷹がボロッボロのドロッドロだったので、ドキドキどころかレ級にも目をくれずずっと泣き叫んでいました。
龍驤「アカン、アカンでこれは! えらいこっちゃで!」

>>664
島風は自分のことをバイクか何かと思い込んでいて、そんなことを口走ったのでしょう。後で薬を処方しておきます。

.........................┏━ 赤城
....................┏┫
....................┃┗━ 足柄
...............┏┫
...............┃┃┏━ 霧島
...............┃┗┫
...............┃.....┗━武蔵
..........┏┫
..........┃┃.....┏━ 扶桑
..........┃┃┏┫
..........┃┃┃┗━ 加賀
..........┃┗┫
..........┃.....┃┏━比叡
..........┃.....┗┫
..........┃..........┗━日向
優勝┫
...........┃..........┏━ 陸奥
...........┃.....┏┫
...........┃.....┃┗━ 不知火
...........┃┏┫
...........┃┃┃┏━ 龍田
...........┃┃┗┫
...........┃┃.....┗━ ビスマルク
...........┗┫
................┃.....┏━島風
................┃┏┫
................┃┃┗━ 金剛
................┗┫
.....................┃┏━ 大和
.....................┗┫
..........................┗━ 長門


後日談で伊勢が名前しか出ていなくてちょっと寂しい
これ以上続きを書かないなら、差し支えなければどーなってどーなるのかを教えてほしい

>>668
もっとドックが増やせれば色んな艦娘出撃させられるんだけどねえ

>>669
アカギドーラは害悪提督が引き当てた欠陥艦だから、同じ魂継いでても無意識に覚えてるくらいで常識人かもよ?
むしろ他の鎮守府でアカギドーラまんまのが建造される方が怖い

>>671
伊勢は一か月後に日向と共にケッコンカッコカリをして幸せになりました。コミュ症も治ったようです。

ところで最終回をどんな内容にするか悩んでいたとき、出た案の内ひとつが「蘇ったアカギドーラにみんな祟り殺されてバッドエンド」というものでした。
これを本気で検討していた当時は正気じゃなかったんだと思います。

ちょっといいですか、逆に質問したいんですけど。

制作当初から金剛には酷い目に合わせてやろうと思っていました。
私としてはあんまり好みじゃないのに、世間から人気キャラ扱いされてるのが妬ましいというか何か気に食わなくて。

当初の予定通り、金剛は内面も汚れキャラにして、酷い目にも合わせました。リカバリーもあんまりしてません。
なのに金剛ファンからの苦情が一切届いていないことに戸惑っています。那珂ちゃんですらちょっとだけ苦情が来たのに……
一体どういうことでしょう。霧島にはもっとえげつない折檻をさせるべきだったんでしょうか。

このスレの金剛はダメな人間くささが共感出来るというか
クズい部分もなんとなく分かる点もあったし、アカギドーラみたいな糞外道でもなかったし
トラック泊地大会の、電と山城を止める金剛がなかったら救いようがないと思ったと思う
ちなみにあの時の金剛の心境はどんな割合なの?
私を負かせた桑名が負けてほしくないが十割?それともただ純粋に応援していたのもある?

那珂、58は他の人が言っているようにトップバッターだったからじゃない?
ファフナーをリアルタイムで見ていたら翔子がお空へ飛んで甲洋が海に沈んだ時みたく、このスレの方向性が初めて見えた・突き進んだのが上記二人だし
そういえば那珂はエピローグでアイドルやってなかったな

回答ありがとうございます。
ラストに金剛を出さなかったのはもういいやと思って……最終回は本当にいっぱいいっぱいの状態で書いていました。
確かに金剛は色んなところで汚れ役をやってるんで、こういうのは慣れっこなんでしょうね。赤城をあそこまでやったのはあまりないんでしょうけど。
ゴーヤの話を書いたあたりでは後々の展開をほとんど考えてたんで思い切った内容にすることができました。

戦艦レシピで那珂ちゃんが3連続出たのは実話です。あれ以来那珂ちゃんのファンを辞めました。未だに許していません。もう那珂ちゃんの顔は見たくない。

霧島と赤城はほとんど自然発生的に生まれました。たぶん、私が艦これのSSを書くと2人はいつもあんな感じになります。
UKFの赤城はアカギドーラより少しはおとなしいですが、中身はそんなに変わりません。
こいつより凶悪なキャラなんてもう書けないんじゃないかと思った時期もありましたが、割りとあっさり書けました。そいつはBブロックで登場します。

>>684
桑名って扶桑のことですよね? 金剛が扶桑を応援してたのはその場のテンションに身を任せただけです。あいつは感情だけで動くやつです。

キャラが酷い目に遭う事自体は別に構わないよ
二次創作なんてそんなもんなんだから
キャラが改変されて悪役や被害担当になるなるのもよくある事だ

ただ、その動機が「作者が嫌いだから」と明言するのはドン引きかな
「面白くなりそうだったから」「笑わせたくて」なら別にいいんだけど

嫌なことを書いてしまってすみません。自分はいつも余計なことを言うくせがあるので、今後気をつけます。申し訳ありません。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年10月16日 (金) 09:44:02   ID: VhszeM3a

……うん、ハッピー(ラッキー艦隊の)エンドだったな。

2 :  SS好きの774さん   2015年10月30日 (金) 15:19:37   ID: LgLT7dsX

焦らなくても良いのよ、ご自愛くださいな

3 :  SS好きの774さん   2015年11月17日 (火) 13:30:50   ID: 3WpyyJy6

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4 :  SS好きの774さん   2015年11月28日 (土) 15:39:42   ID: FUOgQJ5D

戦艦においては日本の異称は扶桑姉さまだけだぞ?
大和は旧国名の大和国(奈良県)の方だからね?
大和ミュージアムの館長も大和は旧国名と断言してるぞ

5 :  SS好きの774さん   2015年12月05日 (土) 10:56:05   ID: ksOR91Lp

バカな、ハッピーエンドだと!?

6 :  SS好きの774さん   2016年01月13日 (水) 01:47:17   ID: QjTMy_rU

初めからの展開から見ると、
かなりまとまった最後になって良かった。
電ちゃんに救いある終わりでしたね。
完走お疲れ様です。

7 :  SS好きの774さん   2016年03月05日 (土) 12:53:02   ID: BB1C1a6F

お疲れさまでした。 
初代提督は確かに酷い事をしたけど余りにも救いがなさすぎる気が…
せめて扶桑はケッコンカッコカリしないで想い続けてほしかった
個人的にはバットエンドも見たかったです

8 :  SS好きの774さん   2017年07月16日 (日) 17:18:56   ID: 8O2XzQsa

何回読んでもほんとによくできてるSS
大型艦重用、資源枯渇、放置艦、轟沈、オリョール、大型艦建造とゲームしていく上で経験していく事が網羅されてる

欲を言えばこの設定の続編を読みたい

9 :  SS好きの774さん   2018年06月28日 (木) 14:19:29   ID: fAamJtDd

放置艦問題は如何ともし難いねぇ
同時に出撃・遠征できる艦隊の数が
艦娘の総数に全く追いつかないよ

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