○このスレは所謂、基本ギャグな京太郎スレです
○安価要素はありません
○設定の拡大解釈及び出番のない子のキャラ捏造アリ
○インターハイ後の永水女子が舞台です
○タイトル通り女装ネタメイン
○舞台の都合上、モブがちょこちょこ出ます(予定)
○雑談はスレが埋まらない限り、歓迎です
○エロはないです、ないですったら(震え声) 多分
○エロはないと言ったな、アレは嘘だ
【咲ーSski】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」【永水】
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【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」小蒔「その3ですね!」【永水】
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京子「何処かで拾い食いでもしたの?」
明星「……」ギュー
京子「い、いたたた!あ、明星ちゃん!爪が!爪が食い込んでる!!」
明星「自業自得ですよ、まったく…人が真面目に話をしてるって言うのに」
京子「だ、だって…何時もの明星ちゃんだったら絶対に怒るじゃない?」
明星「…別に私だって四六時中気を張っていろ、なんて言うほど鬼畜じゃありませんよ」
明星「まぁ、学校ではシャンとしてて欲しいとは思ってますけど…今回は事情が事情ですし」
明星「何より…」
京子「ん?」
明星「ふ、二人っきりの時にそんな事言っちゃったら私も寂しいじゃないですか…」ボソボソ
京子「……」
明星「な、なんですか…?」
京子「…明星ちゃんって他の皆とは違うって言ってるけれど本質的には似てると思うわ」
明星「え?」
なにこの可愛い生き物。
いや、ホント、なんなんだ、マジで。
普段、エスカレートしがちな小蒔さん達を止めているしっかり者な明星ちゃんからは考えられないくらい可愛らしい姿だった。
男が言っても気持ち悪いだけだと分かってはいるが、正直、胸がキュンってどころかキュンキュンってさせられてしまったぞ。
京子「なんでもないわ。それと…ありがとうね」
京子「明星ちゃんのお陰で寂しさなんて何処かに吹き飛んじゃったわ」
明星「またそうやって強がりを言うんですから」
京子「明星ちゃんみたいな可愛い子の前で強がらなくて何処で強がるって言うの?」
明星「言っときますけど、私、姫様や湧ちゃんじゃないんですから、それで誤魔化されたりしないですからね?」ジトー
明星「…まぁ、そうやって強がったところで春さんにはすぐにバレてしまうでしょうし」クスッ
京子「う…」
明星「まぁ、精々、今の間に強がっておいて下さい。私は後で心配されてタジタジになっている京子さんを見て笑っていますから」
京子「…す、救いは…」
明星「ありません」キッパリ
ですよねー…。
まぁ、そうやって心配される内が華だって言うのは分かってるけど…心配されても小蒔さん達の前では口にしがたい事ではあるし。
明星ちゃんからのフォローも期待できないとなれば、救いはないも同然である。
明星「それが嫌なら今の間に立ち直る事ですね」
明星「私なら見て見ぬ振りもしてあげられますし…ある程度なら助けてもあげられますから」
明星「あ、だからと言って、あんまり調子に乗っていると即座に通報しますよ」
京子「…ホント、優しいのか厳しいのか分からないわね」
でも、その分からなさが本当に彼女らしいと思う。
何も言わずに俺の側にいてくれるであろう春とも、申し訳なくなってくるだろうくらいに心配してくれるだろう小蒔さんとも違う優しさを見せてくれる明星ちゃん。
そんな彼女のお陰で気持ちも少し上向いてきたように感じる。
勿論、まだまだ完全には立ち直る事は出来ていないけれど… ――
京子「…もう少しこのままでいてくれるかしら?」
明星「それだけで良いんですか?」
京子「じゃあ、胸でも貸してくれる?」
明星「あ、ちょっと待って下さいね。とりあえず先生を呼びますから」
京子「じ、冗談よ、冗談」
明星「当然です。じゃなきゃ言われた瞬間、大声をあげてましたよ」
明星「そもそも普段の京子さんを知ってると冗談に思えないですから、そういうのは止めて下さい」
京子「…そんなに私、ジロジロ見てるかしら?」
明星「さぁ、どうでしょう?」
京子「そ、そういう言い方は卑怯だと思うわ」
明星「さっきふざけた仕返しですよーだ」クスッ
最近はそういうのをあんまり表に出さなくなってきたと思ったんだけどなぁ。
しかし、やっぱり男のリビドー的本能の所為で、知らない間にツイツイ見てしまっているのかもしれない
とは言え、お屋敷の皆は ―― 二人を除いて ―― 美乳巨乳揃いな訳で。
健全な男子高校生の前でそういうものをぶら下げて、見るなと言う方が酷という事には… ――
明星「……」ジトー
なりませんよねー。
明星「…まぁ、これで京子さんが立ち直ってくれるなら私は何の文句もありませんけれどね」
京子「明星ちゃん、ありがとう」
明星「…別にお礼を言われるような事はありません」
明星「実際、私は京子さんが多くのものを奪われたのを知って…その上で新しく出来たものまで諦めろとそう言っている訳ですから」
明星「こうやってその分を穴埋めするのは当然の事です」
京子「明星ちゃん…」
そう言って軽く顔を俯かせる彼女の表情は自分を責めているものだった。
さっきも軽く口にしていたそれは、どうやら思った以上に彼女の胸を突き刺していたらしい。
俺としては釘を刺して貰えた程度にしか思ってなかったけれど、明星ちゃんにとってはそうじゃなかったのだろう。
京子「…じゃあ、明星ちゃんはこうして私に優しくしてくれているのはその穴埋めだけが理由なの?」
明星「それは…」
京子「違うでしょう?私は明星ちゃんがそんなドライな子だとは思っていないわ」
京子「寧ろ、貴女はとても優しくて、情熱的な子よ」
まぁ、その情熱の殆どが霞お姉様に向いている訳だけれども。
しかし、それでもこうして俺の手を取ってくれた彼女の中に情や優しさと言ったものがないとは思えない。
流石に霞さんに対するそれには負けるけれど、小蒔さんを始め、皆の事を大事に思ってくれている。
自意識過剰でなければ、それはきっと俺も例外じゃないんだろう。
京子「そもそも、明星ちゃんが本当に穴埋めだけで私に優しくしてくれているのであれば、なんとも思っていない人は無視する、なんて言わなかったでしょう」
京子「そんな風に人に優しく出来る子が、諦めろと進んで言いたいはずがないわ」
京子「それでも言ってくれたのは、後々、辛くなるであろう私を思って釘を刺してくれたのよね?」
明星「…はい」
京子「だったら、そんな風に気に病む必要はないわ」
京子「私には貴女の優しさはちゃんと届いているのだから」
京子「そんな貴女の優しさが嬉しいからこそ、私はお礼を言ったのよ」
京子「だから、そうやって自分を責めずに素直に受け取ってくれないかしら?」
明星「…京子さんってこういうところじゃ強いですよね」フゥ
京子「当然よ。これからの女の子は色々と強くなきゃいけないもの」
明星「その割にはさっきあんなに弱々しい顔してましたけどね」
京子「そういう女の武器も十全に使いこなしてこその淑女でしょう?」
明星「良く言いますよ、ホント」クスッ
そう言って笑う明星ちゃんの顔はさっきよりも明るいものになっていた。
こうして俺の冗談に乗ってくれるところを見るに、もう自責の感情はないらしい。
仮にも俺の事を思って言ってくれた言葉で責任を感じられるとこっちも申し訳なくなるからなぁ。
とりあえずどうにかなったようで一安心だ。
パチパチパチパチパチ
京子「どうやら依子さんの方も終わったみたいね」
明星「…どうします?」
そう俺に聞いてくる彼女の瞳には恥ずかしそうな色が浮かんでいた。
まるで羞恥を思い出したようなその色から察するに、恐らく明星ちゃんが言いたいのはこの繋いだ手の処遇なのだろう。
とは言え、既に依子さんがこっちに戻ってきている状態で、そんな事を聞いても間に合わないし。
何より俺自身、まだまだ明星ちゃんを手放したいとは思えなかった。
依子「ただいま戻りまし…あら?」
京子「おかえりなさい」
明星「お、おかえりなさい…」カァ
依子「…何ですの。ちょっと見ていない間に仲良くなっているみたいじゃありませんか」クスッ
京子「実はさっき明星ちゃんに無理矢理、手を繋がれてしまって」
明星「き、京子さん!?」
依子「あら、石戸さんは存外、情熱的な方なのですね」
京子「えぇ。一見、おとなしそうに見えるかもしれませんが、実際は肉食系って奴です」
明星「ご、誤解を生むような事を言わないで下さい…!」
はは、御免こうむる。
明星ちゃんの言葉を気にしちゃいないとは言ったが、からかわれた事はしっかり覚えてるんだ。
その仕返しはしっかりとさせて貰わないとな。
依子「なるほど…今の時代、殿方の中には草食系と呼ばれる方が増えていると聞きますものね」
依子「これも時代の流れに適合した結果なのかもしれませんわ」ウンウン
依子「ですが、淑女たるものあまり『にくしょくけい』になり過ぎるのも考えものでしてよ?」
依子「やはりどんな時代でも淑女は優雅で美しく、気品のある存在でなければいけません」
依子「自ら手を出すのではなく、手を出されるほどの魅力を磨く方向へ努力をするべきですわ」
京子「流石、依子さん。おっしゃる通りです」
明星「…京子さんが言うと色々と説得力がありますね」
京子「それってどういう意味かしら?」
明星「別に。何でもありませんよ?」ツーン
…俺の事を草食系男子と言いたいのか、或いは色々と手を出している ―― 勿論、俺にそのつもりはないけれど ―― の事を責めているのか。
どちらにせよ、さっきからかった事で明星ちゃんは若干、拗ねているらしい。
まぁ、本気で拗ねているんじゃなくて、そういうポーズみたいなもんだろうけどさ。
明星ちゃんが本気で拗ねたら、こんな可愛らしいツーンじゃすまないし。
そもそも本気で拗ねていたら、俺の手なんてとっくに手放しているだろう。
京子「それはさておき、エルダー就任、改めておめでとうございます」
依子「ありがとうございます。何度も繰り返しになりますが、これも全て京子さんのお陰ですわ」
京子「何をおっしゃいます。私がやった事なんて微々たるものですよ」
京子「それに大変なのはこれからです」
さっきの拍手の渦に決して偽りはないだろう。
あの瞬間、多くの生徒は依子さんのエルダー就任を祝福していた。
だが、それはあくまでも祭りに酔った一時的なものでしかないのである。
恐らく、依子さんへの不信感は払拭しきれていないはずだ。
もしかしたら、彼女の就任期間はずっとその黒い噂と付き合い続ける必要があるかもしれない。
それを考えれば、これから依子さんが卒業するまでの間の方が色々と苦難が多いと言えるだろう。
依子「あら、言っておきますが京子さんだって他人事ではありませんわよ?」
京子「え?」
依子「ふふ、外に出てみれば分かりますわ」
京子「…外?」
一体、何の事なんだろう?
これから教室に帰るまでに俺や明星ちゃんも祝福されるとか?
でも、それだけならこうして他人事だなんて依子さんも言ったりしないだろうし…。
……まぁ、今の状況で考えても無駄か。
外に出れば分かると依子さんも言っていたし、あんまりここで駄弁っているのも全校生徒の規範としては宜しくない。
依子さんの言葉が若干怖いが、ここは明星ちゃんとも手を離して、舞台袖から体育館に戻るか。
ガチャ
「京子さーん!」
「さっきは素敵でした!!」
「お姉様を思うお心に私達も感服させられましたわ!」
「京子さんこそ、真の妹です!」
―― …あ、あれ?
ちょ、ちょっと待ってくれ、俺の理解が追いついてない。
な、なんで俺が扉を開いた瞬間、囲まれてるの?
それってエルダーになった依子さんの役目じゃねぇ?
つ、つか、真の妹って何の事なんだ?
「もうロザリオは頂けたのですか!?」
「スールの契りはやっぱりレモンの味でしたか!?」
「お姉様の告白に対して一体、なんと応えられたのです!?」
京子「え、えぇっと…」
依子「皆さん、ちょっと待って下さいませ」
依子「実は私、まだ正式に京子さんに申し込みをしていませんの」
依子「ですから…今、ここで改めて彼女に申し込みをしたいと思いますわ」
京子「…えっ」
あれ…これってもしかして…。
いやいや、そんなまさか。
ようやく俺はエルダーに纏わるゴタゴタから解放されたんだぜ?
これからはまた平穏な日々に戻れると思っていたのに…そんな…嘘だろ…?
依子「…京子さん、この数週間一緒に居る中で私は色んな貴女を見てきましたわ」
依子「弱々しい京子さん、悪戯っ子な京子さん、意外と推しの強い京子さん」
依子「そして…何処か甘えん坊で優しい京子さんに私は惹かれてしまいました」
依子「私にとって貴女は何者にも代えがたい存在になってしまったのです」
依子「いえ…ただ代えがたいだけではありません」
依子「私にとって貴女は他の誰かに譲りたくない…独り占めしたいただ一つのものになってしまったのです」
依子「…ですから、卑怯を承知で…この場を持って私はお願い致します」スッ
依子「このロザリオを受け取って…私のスールになってくださらないかしら?」
キャアアアアアアアアア
嘘じゃなかったあああああああ!!!
ま、待って!?な、なんでこんな事になってるの!?
俺はエルダー選挙を切り抜けられたよな!?そうなんだよな!?
なのに、なんで全校生徒の前で告白めいた事をされてるんだ!?
だ、誰か俺に事情を…そ、そうだ。明星ちゃんなら…明星ちゃんならきっと何とかして… ――
明星「あ、あの…」
「あ、石戸さん。今、良いところだからこっちに来てくださいませ」
「折角、エルダーとなったお姉様が京子お姉様にスールの申し込みをしているのですから」
「邪魔するのは野暮と言うものですわ」ズルズル
明星「え、えぇぇ!?」
あ、明星ちゃああああああん!?
やばい…俺の最後の砦である明星ちゃんもゴタゴタの中、どっかへ連れさらわれてしまった…!
これじゃあ明星ちゃんからの援護に期待なんて出来ないし…でも、周りからは完全に期待の目で見られてるし…!!
依子「…京子さん」
京子「あ…ぅ…」
…くそ…分かってる…分かってるよ、コレ。
俺がこの場でこのロザリオを受取るしかないって依子さん絶対分かってる。
エルダーへの後押しをした俺がここで拒絶をすれば、一旦は鳴りを潜めた噂が再び勢いを取り戻す。
いや、下手をすれば、さっきの俺の演説も、依子さんに脅されたから…なんてものになるかもしれない。
それを俺が許容出来る訳がないって…それを分かってて、依子さんはこの状況を創りだしたんだろう。
京子「…そんなに私の事が欲しいんですか?」
依子「えぇ。さっきの演説を聞いて確信しましたわ」
依子「私の運命の相手は貴女だと。いえ…貴女であって欲しいと…そう思いましたの」
依子「…はしたないとお思いになるかもしれませんけれど…」
京子「…はしたない…なんて思いませんよ」
…そもそもこの状況は依子さんにとっても諸刃の剣だ。
殆ど断れないシチュエーションを創りだしたとは言え、断られる可能性は0じゃない。
その時に彼女が失うものを思えば、これは大きな賭けだ。
実際、さっき俺の名前を呼んだ彼女の声は弱々しいものだったし。
リスクを背負い、勇気を出して踏み込んできた彼女のことをはしたないなどと言えるはずがない。
依子「じゃ…じゃあ…」
ジィィィィ
京子「う…」
京子「(と言ったものの…だ)」
京子「(この状況は正直キツイ)」
京子「(なにせ、ここまで依子さんに踏み込んでしまった以上、この状況は詰んでいるも同然なんだから)」
京子「(んな事は俺にだって分かってる)」
京子「(だけど、ここでこのロザリオを受け取ってしまったら…これから先、どうなるか)」
京子「(今の混乱した俺にだって片手の指は収まらないほどのデメリットがある事が分かる)」
京子「(だから…何とかこれを受け取らず…かつ…依子さんの面子も潰さずに済むような答えを…)」
依子「…その」シュン
京子「…」
あー…もう。
その顔は卑怯だろ。
こんな状況で今にも泣きそうな顔されちゃさ…断るどころか時間稼ぎも出来ないじゃん…。
京子「…もうこんな事これっきりにしてくださいね」スッ
依子「あ…」
京子「…これからよろしくお願い致します、依子お姉様」
依子「京子さん…っ」パァ
キャアアアアアアアアアア
…あぁ、やっちまった。
これでもう後戻りは出来ない。
俺はエルダーとスールで結ばれた妹として、これからの注目を浴びる事になるんだろう。
いや、それだけじゃなく…最低でも今の距離を保たなきゃいけない事が確定してしまった。
それらが巻き起こすであろう騒動の事を思うと今からでも軽く頭痛がしそうになる。
京子「(…でも、今の嬉しそうな依子さんの顔を見ると…これで良かったような気もすると言うか)」
京子「(明星ちゃんの言う通り、俺はどうあがいてもこれから注目を浴びる身の上ではあるし)」
京子「(依子さんともこれからは付き合わないって訳にはいかないんだ)」
京子「(ちょっとそれが予想を超えたってだけで、俺がしっかりしてれば問題はないはず)」
京子「(…うん。まぁ、結果的に依子さんの泣きそうな顔に流された俺が言っても不安しかないけどさ)」
京子「(まぁ…とりあえずは…)」
明星「」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
京子「(後で明星ちゃんにどう言い訳するか考えておこう…)」
と言う訳で(多分)第二部エルダー編はこれにて終わりです
次回からはインターハイに向けて本格的に話が動き出す予定です
また折角、お名前を頂いた依子ちゃんですが、恐らくこれから先の出番はぐっと減ります
なんだかヒロインっぽい立ち位置になっていってますがご安心下さい
尚、スールの申し込みこそしましたが、依子ちゃんは落ちてません 多分
その辺の依子ちゃんの心情なんかは何時か小ネタなどでかければいいかな、などと考えています
ふとした拍子に依子さんに男バレしてしまい、事情を説明して納得してもらうも、やはり男慣れしていないこともあってよそよそしくなり、でも一度心を許した相手ということもあって密かに想いを寄せるものの麻雀部連中も京太郎が男と知っていて尚且つあの親密振りと知り、内心穏やからずいるところに小蒔から混浴したことを聞き、嫉妬の勢いに押されるまま男という秘密を材料に京太郎を脅して逆レに走る性徒会長ルートはまだですか
何かの拍子で神代家に来て京太郎の方に出会ってしまい京子と京太郎の間でこころが揺れ動く依子さんください
×いろっぱい→○いろっぽい
いろっぱいってなんだよ……
逃げられない状況にしてスール関係結んじゃうしたたかさも備えた家鷹依子さんかわいい!
まぁ、本編にエロはないけど、小ネタはこれからガンガンエロ入れていきたいというか
うん、また最近、エロリビドー溜まってきたんだ、すまない
正直、依子は私も結構気に入ってるキャラだから、>>25や>>29、>>27とかも書きたいんだけどねー
ただ流石にオリキャラのエロとかは色んな意味で読者に呆れられそうだから自重します
それはさておき依子が思いの外受け入れられているようで安心
ぶっちゃけこんな状況で小ネタ投下するとなんだかイメージが大きく変わりそうで怖いけど
つーか、書いてて私自身、イメージ変わってびっくりしたけど
まぁ、パラレルだと思って楽しんで下さいって事で投下していきます
―― 家鷹 依子という少女にとって須賀京子と言う女性は間違いなく尊敬出来る相手であった。
勿論、それは彼女の高い能力だけに起因するものではない。
確かに京子の身体能力は ―― 依子からすれば ―― トップアスリートのそれであり、聞き及んでいる限りでは成績も優秀だ。
開正でトップクラスの成績を収めていたという噂を頭から信じていた訳ではないが、そうであってもおかしくはない。
入学して早々、エルダー候補という自身と同じ立場にまで上り詰められるその実力を依子はそう評価していた。
依子「(でも…それだけが京子さんではありませんわ)」
しかし、そんな表面上の能力が京子の全てだとは思っていない。
彼女が京子の中で最も尊敬する部分は、困っている他者の為に働く事をまったく厭わないと言う事。
それが殆ど初対面に近い相手であっても、目の前で窮する他者を彼女は決して見捨てられない。
勿論、それは京子自身が存外、周囲に流されやすい体質だから、という理由も無関係ではないのだろう。
けれど、それ以上に大きいのは須賀京子は優しく、何より人の苦しみや悲しみを自分の事のように受け止められるからだ。
依子「(…そう。京子さんは決して弱い人ではありません)」
そうやって他人の痛みを我が物のように感じる人間が弱々しいはずがない。
もし、本当にそうであれば、それはきっと日常生活が困難なくらいナーバスな性格をしているだろう。
だが、依子は見る限り、京子にそのような傾向はない。
いや、それどころか、彼女はそれを受け止めて尚、相手の苦しみを取り除こうと動ける強さを持っているのだ。
依子「(だから…だから…本当は分かっていますの)」
依子「(京子さんが…一体、何をしているか)」
依子「(私の為に…何をしてくれたかなんて…とっくの昔に…知っているのです)」
そんな彼女が急に湧いて出た噂に思い悩み、自身の前で弱々しい姿を見せてていた。
勿論、京子だって人間ではあるし、不名誉な噂に傷つく事もあるだろう。
だが、それにしたって…色々とタイミングが良すぎるのだ。
自身が再びエルダーを目指すと京子に告げてから間を置かずして生まれた噂。
そんな噂に傷ついた京子が親しい友人たちと離れて一人でいた事。
何より… ――
依子「(…京子さんと一緒にいるようになってから私の噂は勢いを弱めました)」
依子「(いいえ…それどころか、彼女を護っている私に対して好意的な視線が蘇りつつあったのです)」
依子「(一時は軽蔑するような…疑うようなものばかりだったのに…)」
依子「(彼女の噂が生まれてから…私の評価は大きく変わったのですわ)」
まるで全てが自分に対して有利に働くような状況の変化。
それに誰かの作為を感じないほど、家鷹依子は鈍感な少女ではない。
最初は小さな疑念だったそれは、評価をどんどん落としていく京子と、それに反比例するように上がっていく自身の評価を感じる度に大きくなっていった。
依子「(…だから…調べてみたのです)」
依子「(京子さんのその噂の出処は果たして何処なのか)」
依子「(…勿論、友人と思っていた相手の殆どの失った私には噂の正確な調査なんて出来ませんでした)」
依子「(ですが…それでもその噂が一年の石戸さんの周辺から出たらしい事くらいは掴めたのですわ)」
須賀京子にとっての誤算は依子が思っていた以上に優秀だったことだろう。
元々、依子はエルダー候補に選出されただけではなく、生徒会長としてその責務を立派に果たしているくらいだ。
そんな少女が推測を裏付ける証拠を掴んでしまったのだから、京子の企みを把握出来ないはずがない。
誰が自身の噂を消そうとしてくれているのか。
本当に護られ、そして導かれているのは誰なのか。
その答えを、依子は既に知ってしまっているのだ。
依子「(…馬鹿ですわ。本当に…京子さんは大馬鹿です)」
依子「(まだ…出会って間もない私の為にそんな事までするなんて)」
依子「(目立ちたくはないって…貴女はそう言っていたじゃありませんか)」
依子「(なのに…貴女は…私の為に…多くの人の注目を浴びて…)」
依子「(…そして今も…私の為に舞台に立って…)」
依子の目前にあるのは照明を浴び、マイクを握りながら全校生徒に訴えかける友人の姿だ。
目立ちたくはない、とそう言ったにも関わらず、こうして彼女は依子の為に舞台に立っている。
その様を見て目立ちたくはないと言った京子の言葉が嘘だったのだ、と思うほど依子は京子の事を知らない訳ではない。
京子は相変わらず、注目を浴びるのが苦手で、本当はこんな場所になど立ちたくはないと思っているのだ。
依子「(…ただ、それ以上に…私の事を大事に思ってくれている)」
依子「(友人の為に…いいえ、誰かの為に…苦手な事だって…こうしてやってのける)」
依子「(…やっぱり…私は…エルダーに相応しいのは貴女だと思いますわ)」
依子「(きっと他の人は認めないでしょう)」
依子「(支持してくれる人は少ないと思います)」
依子「(…ですが、私にとって…貴女は…須賀京子と言う女性は…)」
依子「(…誰よりも素晴らしい…尊敬に値する淑女です)」
本来ならばそんな淑女をエルダーに、と推したかった。
けれども、それは京子の気持ちを全て台無しにしてしまう行為である。
全てを知った依子にとって、京子の気持ちに報いる一番の方法は見知らぬ振りをしてエルダーを目指し続ける事。
だが、それでも、いや、だからこそ。
依子にとって京子の存在がドンドン大きくなっていく。
側にいればいるほど、護られれば護られるほど、導かれれば導かれるほど。
京子という存在に心奪われ、惹かれていっている。
依子「(…何もかもが終わっても…私は京子さんの側にいたい)」
依子「(私に尽くしてくれた分、尽くしてあげたい)」
依子「(私を護ってくれた分、護ってあげたい)」
依子「(貴女のして欲しい事を…何でも叶えてあげたい)」
依子「(…ですが…)」
それが決して叶わない事も依子は理解していた。
自身と京子が仲良くなる事を石戸明星は決して快く思ってはいない。
いや、それどころか明らかに目に警戒を浮かべ、自身を牽制している。
勿論、依子には京子と明星の詳しい事情や関係は分からない。
だが、京子が明星に…ひいては神代小蒔に纏わる人物に逆らえない事くらいは察する事が出来る。
依子「(…きっとこれは京子さんの我儘)」
依子「(私のために…京子さんが一存でやってくれている事なのでしょう)」
依子「(そうでなければ…噂の出処であるらしい石戸さんがアレほどの難色を示しはしませんわ)」
依子「(…なら、エルダー選挙という一つの区切りがついてしまったら)」
依子「(京子さんは…はたして私の側にいてくれるでしょうか?)」
事情を知らない依子にもそれが決して可能性が高い事くらいは分かる。
勿論、お互いにエルダー候補として競った身。
会えば挨拶くらいはするだろうし、世間話もするだろう。
だが、それは今日に至るまでのような親しいものではない。
依子が思い願うような関係は維持出来ないだろう。
依子「(…嫌ですわ)」
依子「(京子さんと…そんな風になるなんて…)」
依子「(恩返しもろくに出来ないまま…これで疎遠になるだなんて…絶対に嫌…!)」
勿論、それはエルダーに選ばれるような淑女には相応しくはない感情だ。
きっと昔の依子であれば、その気持ちを抑えこもうとしていた事だろう。
理想の淑女にはそんなものは必要ないと全力で否定していたはずだ。
だが、既に彼女は理想というタガが外れ、一人の人間として歩き始めている。
そんな彼女が初めて知ったその感情を抑えきれるはずがない。
依子「(…そうですわ。私はまだ京子さんに何も返せてはいません)」
依子「(これだけの事をして貰って…何も返せないままではエルダーどころか家鷹の娘としての名折れ)」
依子「(だから…えぇ。だから…私が京子さんの側にいようとする事は…正しい事なのです)」
依子「(ちょっと京子さんに迷惑は掛けるかもしれませんが…きっと彼女も喜んでくれるはず)」
依子「(いえ…喜んでもらわなければいけません)」
依子「(私の全てを賭けてでも…必ず)」
それはまるで恋する乙女のような盲目さであった。
しかし、その危険性を、恋を知らない依子はまだ理解していない。
いっそ独善に近い感情を理論で固め、別離の悲しみから逃れようとしている。
ともすれば、独占欲にも繋がりそうなその感情に彼女は突き動かされ… ――
パチパチパチパチパチ
依子「……」
響く拍手の最中、依子はゆっくりと舞台へと歩き出す。
その足取りには最早、全校生徒に拒絶されるかもしれないという怯えはなかった。
自身が最も敬愛し、心を預けられる淑女がこの状況を作り出してくれたのだから。
きっと何もかもが上手くいく。
依子「(…いいえ、上手くいかせてみせますわ)」
依子「(だって…私の…私だけのエルダーがこうまでしてくれたのですから)」
依子「(上手く出来なければ…それこそエルダーとしての名折れに他なりません)」
京子「後は貴女の仕事です」スッ
依子「……えぇ」
まるで自身を追い詰めるような言葉の群れは京子からマイクを受け取った瞬間、力へと変わっていく。
ドロドロとした情念めいたその力に、本来はこの場にいない偽りのエルダーであるという負い目が溶かされていくのが分かった。
それは依子にとって、全校生徒に認められるよりも、目の前の一人の少女に認められる事の方が大きくなったからだろう。
依子「(…これもきっと京子さんのお陰ですのね)」
依子「(本当に…本当に不思議で…素敵な方)」
依子「(たったこれだけでも…私に力をくれるなんて)」
依子「京子さん、本当に…本当にありがとうございますわ」
京子「私は何もしていませんよ」
京子「この拍手は依子さんが今まで作ってきた信頼の証です」
京子の言葉に依子は否定の意を返したかった。
この拍手は決して自発的に生まれたものではなく、京子が扇動したからこそ生まれたものなのだから。
それを前にして何もしていないだなんて、はたして誰が言えようか。
依子「(…ですが、それを前を口にしていては場が冷めてしまいますわ)」
依子「(折角、京子さんがこうして私の為に舞台を整えてくださったのですから)」
京子「ですが…だからこそ、私はここから先はもう手助け出来ません」
京子「…一人で大丈夫ですか?」
依子「…えぇ。京子さんが作ってくれたこの場所を決して無駄にはしませんわ」
京子「ふふ。では、後はお任せします」
京子「ご武運を」
その言葉に頷きながら、依子は一歩前に出る。
瞬間、拍手が止み、全校生徒の視線が自分へと向けられるのを感じた。
好意的なもの、未だ疑念混じりのもの、好奇心めいたもの。
視線から感じる感情は様々で、だからこそ、今まではそれに気圧される事もあった。
だが、今はそれがまったく気にならない。
それどころか… ――
依子「(…見て欲しいと…そんな風に思ってさえいますわ)」
依子「(我がエルダーにこんなにも大事にされている私を見て欲しいと)」
依子「(京子さんの期待に応える私を知ってほしいと)」
依子「(…こんな事、生徒会長になって一年間、注目を浴びて…一度もなかったはずなのに…)」
依子「(…でも、嫌じゃありませんわ)」
依子「(えぇ…私、そんな自分がまったく嫌じゃありませんの)」
事前に考えていたエルダーシスター就任の挨拶。
それを口元から放ちながらも、依子の頭は急速に回転していた。
それは勿論、歪な自己顕示欲を満たし、陶酔を貪る為ではない。
その自己顕示欲をどうすればもっと素晴らしいものに出来るか。
どうすれば、愛しいエルダーを自分のものに出来るかを彼女は演説と共に考えていた。
依子「(京子さんはお優しいお方です)」
依子「(決して困っている人を見捨てられませんわ)」
依子「(だけど…私は既にエルダーとなり、全校生徒からの支持を受ける身)」
依子「(正攻法で京子さんが見捨てられないくらいに『困る』のは困難です)」
依子「(…ですが、それは逆に言えば…正攻法じゃなければ良いのですわ)」
依子の脳裏に浮かぶのは捨て身に近い作戦だった。
エルダーになり、全校生徒の注目を浴びているという今の状況を最大限利用するそれは、きっと京子を雁字搦めにする事だろう。
恐らく一ヶ月前の依子であれば、そんな作戦を思いつきもしないほどなりふり構わなさ。
自分が目標に、夢にしていたエルダーすら利用しようとするそれを、依子は微笑みと共に受け入れた。
依子「(…本当に私は変えられてしまったのですわね)」
依子「(価値観も…何もかも、京子さんに染められてしまったのですわ)」
依子「(だけど…それでも)」
依子「(えぇ。それでも私は…京子さんと離れたくありませんの)」
依子「(私という個性を作り出す軸すら…京子さんの為に差し出して構いません)」
依子「(あの人の側にいられるなら…私は私でなくても良いのですわ)」
依子「(…だから…私は…)」
依子「…ここで皆さんに一つ重大なお話があります」
Qなんで病みかけてんの?
Aノリと勢い、後、最近ヤンデレ書けてなかったから
別スレ作るんならエロだけじゃなくて安価含めたスレにしたいなー
まぁ、最近ようやくスランプ脱出して久しぶりに書くのが楽しい状態だから別スレに浮気する事はないと思いますが
それはさておき、恐らく日曜日には投下出来そうです
もう少々お待ちください
昨日出来上がって投下しようと思ったらメンテだったよ!!!
おまたせして申し訳ない、今から投下します
尚、魔物娘は主なシステムと導入は出来上がってて、反逆者はどこまで安価で判定するかを考え中です
ペルソナはシナリオもコミュのネタも考えてあるんだけど戦闘システムがちょっとネック
全員に指示シてもらう形だと大変だし、京太郎だけ安価で行動書くにしても参加しづらいのかなぁ、と
まぁ、どれをやるにせよ恐らくリアル時間でかなり先な話だと思います
もしかしたら息抜きと言いながら魔物娘辺りをやり始めるかもしれませんが
―― 女の子はお砂糖、スパイス、すてきなものいっぱいで作れる…なーんて冗談の類だと思っていたけれど。
舞「はぁ…美味しいですわぁ」キラキラ
祭「やぁっぱケーキは最高だよねー」パクパク
明佳「この瞬間は間違いなく幸せです…」ハフゥ
こうやってケーキを食べている女の子を見てるとあながち冗談ではないのかもしれないと思う。
なにせ、俺の目の前で幸せそうにケーキを切り分ける彼女達は既に30分くらい食べっぱなしなんだから。
普段は小判よりもちょっと大きめの弁当箱でお腹いっぱいだって言ってるのに、この食べっぷりは一体、どういう事なのか。
別腹という言葉は俺も聞いたことがあるけれど、それでもこの量はちょっと説明出来ないと思う。
舞「京子さんは食べないのですか?」
京子「え、えぇ。私はもうそろそろお腹も一杯だから」
祭「えー。遠慮しなくても良いのに。こんなに美味しいんだから食べなきゃ損だって」
京子「もう十分に食べさせて貰ったから大丈夫よ」
俺だって甘いものは嫌いじゃないが、一口サイズとは言え、ケーキを五個も食えばもう十分ってなる。
皆のように十個や二十個も食べてしまったら、胃もたれしてしまうだろう。
つか、こうやってパクパクと食べてる祭さんの事を見てるだけでも結構、クる。
運動部に所属してるから普段からカロリー消化してるとは言え、そんなに食べてカロリーとか大丈夫なんだろうか。
祭「もしかして京子ってばダイエット中?」モグモグ
京子「…まぁ、気にしてないと言えば嘘になるけれど…」
こうして女装して休日の街に出てきているとは言え、俺は男だからなぁ。
あんまりバクバク食べ過ぎると何とか維持出来ている身体のラインが崩れかねない。
俺の場合、太ると見苦しいってだけじゃなく、命の危険まである訳だからカロリーの事はどうしても気になるのだ。
明佳「大丈夫ですよ。京子さんは手足も細くて長いモデルのような体型をされていますから」
明佳「ちみっこい私としてはちょっと憧れたりもしちゃって…」テレテレ
京子「ふふ、明佳ちゃんったら。ありがとうね」
京子「だけど、こうして身長が高めで男みたいな私としては明佳ちゃんみたいな可愛い身体も女の子らしくて素敵だと思うわ」
明佳「あ、ありがとうございます…」カァ
祭「あーいけないんだー。そんな風に明佳を口説いてるとお姉様に怒られるよ」
舞「折角、裏エルダーになったのですから、そういうのは控えませんといけませんわね」クスッ
京子「…一応、言っとくけど、なりたくてなった訳じゃないのよ」ハァ
裏エルダーシスター。
それは今年度のエルダーが決まったあの日、俺に送られた称号のようなものだ。
本来のエルダーシスターが全校生徒の模範となるべき姉のような存在だとすれば、裏エルダーシスターはそれを慕い、姉を支える理想の妹。
今年から突然生まれたその称号は、俺が前座としてやったあの演説が皆の心に届いた証なのだろう。
それそのものは嬉しいし、光栄な事だと思っている。
ただ… ――
祭「まぁ、仕方ないって。あんな演説やったら、そりゃあ京子の株も上がっちゃうっしょ」
舞「未だに注目されているのも致し方ない事ですわね」
京子「うぅ…」
そう。
わざわざ裏エルダーなる言葉まで作られ、永水女子のもう片方の主役に祭り上げられた俺は未だに全校生徒からの注目を浴びている。
いや、裏エルダーになってからはその注目はさらに強まっていると言っても良い。
特に最近は依子さんと一緒にいるだけで、廊下から黄色い悲鳴があがるくらいだ。
あのロザリオを受け取った時から、目立つのは覚悟の上だったけどさ…。
流石に一週間が経っても、これだけ騒がれるとかそんなん考慮しとらんよ。
明佳「だ、大丈夫ですよ。それだけ京子さんは素敵だったって事ですから」
京子「それ微妙にフォローになってないと思うわ。明佳ちゃん…」
明佳「あ、あわわっ、ご、ごめんなさい…!」
祭「でも、ホント、格好良かったよ。あの時の京子」
舞「えぇ。あの場面で怯まないだけではなく、毅然としてお姉様の無実を訴える姿」
舞「それだけお姉様の事が大事なのが伝わってきましたわ」
京子「まぁ、本当は内心、ドキドキだったけれどね」
祭「まぁ、どれだけドキドキしてても見てる側よりはマシだったでしょ」
京子「え?」
舞「知りませんでしたの?何人かは潤んだ目で京子さんの事を見ていましたわ」
明佳「…悔しいですけど、あのままだったら京子さんのスール争奪戦が始まっていてもおかしくはありませんでした」
京子「またそんな大げさな…」
舞「大げさではありませんわよ?エルダーになったお方にスールの申し込みをするのは便宜上宜しくない事とされていますが…」
祭「京子はあくまでエルダー候補。選挙が終わったら、ただの人な訳だし、遠慮する必要もないでしょ」
明佳「だからこそ…お姉様はあの場で京子さんに申し込む事を宣言したんでしょう」ムゥ
…あぁ、なるほど。
なんで、依子さんがエルダー就任からそのまま俺とスールの契りをかわそうとしてたのか不思議だったけど…そういう事だったのか。
俺にとってはスールって仲の良い先輩後輩程度の関係でしかないけれど、永水女子では擬似的な恋愛関係として見られる事もあるらしいし。
全校生徒の前で独占欲すら口にした依子さんとしては焦るのも当然の事だったのかもしれない。
祭「あれぇ?明佳ってばさっきから拗ねてる?」
明佳「…そりゃそうです。あんな形で京子さんを持って行かれて面白いはずがありません」
舞「あらあら、これは…」
祭「もしかして修羅場の雰囲気?」
明佳「ち、違います。そ、そういう意味じゃなくて…いや、ないとは言い切れませんけど」
どっちだ。
明佳「…あんな風にほぼ断れないような状況を作って京子さんのお姉様になるだなんて…卑怯じゃないですか」
祭「まぁ、確かに卑怯ではあるけれど、私はそれほど引っかかったりはしないかなぁ」
祭「お姉様本人が言ってた通り、それだけ京子の事を持っていかれたくないって思ったって事でしょ?」
祭「私はエルダーに選ばれるような人をそれだけ夢中にした京子の手管の方が気になるかなぁ?」チラッ
京子「べ、別に普通の事をしただけです」
舞「私は恋愛も闘争だと捉えておりますから、あの程度では卑怯と思いませんわね」
舞「寧ろ、京子さんの魅力にいち早く気づき、独占するために動いたその慧眼と積極性を評価したいくらいです」
京子「…と言うか、私と依子お姉様はそういう関係じゃないのよ?」
確かにあの告白はともすれば、性愛混じりのものだと受け取られかねないものだけれども。
しかし、実際の俺たちの間にそのような感情はまったく見られない。
何だかんだでスールという関係で結ばれたとは言え、俺達の中で何か変わったと言う訳ではないし。
相変わらず、スキンシップは手を繋ぐ程度だし、顔を合わせればお互いに軽口を叩き合うような関係のままだ。
内心、期待…いや、どうしようと困惑していただけに若干、肩すかしめいたものを感じるくらいに俺たちは今までどおりである。
寧ろ、依子さんのナイトっぷりを魅せつける必要があったエルダー選挙前とは比べて、一緒にいる時間はかなり減ったくらいだ。
明佳「う…じ、じゃあ、滝見さんはどうですか?」
春「……」パクパク
けれども、明佳ちゃんはやっぱりスールという関係を特別視しているのだろう。
俺が前ほど依子さんとベッタリではない事を知っているのにも関わらず、今までずっと無言だった春に話題を振った。
何処か期待を寄せるその様子は、きっと春であれば同じ気持ちを共有してくれているとそう思っているのだろう。
春「…京子が良いならそれで良い」
明佳「ですが…」
春「…良い」
明佳「そんなのおかしいです…!だって、滝見さんは」
春「良いから」
明佳「……はい」シュン
…うん。
まぁ、その…なんていうかですね。
俺も一応、春の事は気にしてたんだけどさ。
…依子さんとスールになってからはさっきみたいに同じ事しか言わないんだよな…。
京子「(…勿論、鈍感呼ばわりされる俺にだって春が本当に『良い』って思ってない事くらいは分かる)」
京子「(寧ろ、ここ数日間、春は今までにないほど不機嫌だ)」
京子「(こうやってある程度、気心の知れた皆で集まっても、何時も以上に黙りこむくらいには)」
京子「(今まで文句一つ言わずに俺の我儘に付き合ってくれていた彼女がこうまで不機嫌さを露わにするって事は…)」
京子「(俺が依子さんのスールになってしまった事がよっぽど気に入らないんだろう)」
京子「(…それは俺も分かってるんだけど…)」
舞「…ちょっと京子さん」ヒソヒソ
舞「まだ仲直り出来ていませんの?」
京子「…はい。その…この前からずっとあんな風に『良い』で話を終わらせられてしまいますから、ろくにお詫びも出来ず…」ヒソヒソ
祭「滝見さんって頑固そうだもんね…」
舞「これはちょっと長引くのを覚悟した方が良さそうかしら…?」
京子「やっぱりそうですよね…」
勿論、俺が春の事を傷つけてしまった事は分かっている。
だが、彼女がそれに対して表面上だけでも許しの言葉をくれる以上、コレ以上の取っ掛かりは作れない。
この鹿児島で誰よりも仲の良い親友だと思っていた相手に謝罪すら受け付けてもらえないというのは予想以上に堪える。
これだったら明星ちゃんのように真正面から糾弾し、責めてくれた方が幾らかマシだ。
京子「ごめんなさい…私の所為で」
祭「別に京子の所為じゃないでしょ」
舞「そうですわ。誰もが納得の行く結末なんてない以上、こればっかりは致し方のない事です」
京子「ですが…折角のお詫びなのに…」
しかも、今日は依子さんとの一件で迷惑を掛けた皆へのお詫びデートなのだ。
そんな最中、ひと目で分かるくらいに仲違いを続けているのだから、雰囲気が悪くなって当然だろう。
けれど、彼女達はこうして俺の事を許してくれる。
いや…ただ許してくれるだけじゃなく、彼女たちなりに俺の事をフォローしようとしてくれているんだ。
祭「もう。京子はそんな事気にしてる場合じゃないでしょ?」
祭「私達の事よりも京子は滝見さんの事考えなきゃダメだって」
京子「祭さん…」
祭「私達は適当にやってるから、なんとかして仲直りの突破口を見つける事」
祭「それが私達への最大のお詫びだと思って」
祭「滝見さんの事、大事なんでしょ?」
京子「はい」
俺には春がどうしてそこまで頑なになっているのかは分からないままだ。
そんな俺が彼女のことを大事だなんて言う資格はないのかもしれない。
だけど…それでも俺は春の事を代えがたいほど大事な存在だと思ってる。
それだけは決して揺るがせても、躊躇ってもいけない事だ。
春「……何を話してるの?」ジィ
京子「え?」ビク
舞「え、えぇっと…それはですね」
祭「そ、そう。トイレ!そろそろトイレに行きたいなって」
京子「ま、祭さん!?」カァ
さ、流石にちょっとこの状況でトイレはないんじゃないかなぁ…?
いや、俺達に視線をくれる春を誤魔化す言葉がまったく浮かばなかった俺が言える事じゃないだろうけど!
とは言え、ここは鹿児島の中でも有名な高級ケーキ店だし…何よりこの場に集っているのは日本でも有数のお嬢様達なのだ。
言い訳にしてもそれは中々、乗りづらいと言うか、もうちょっと他になかったのかと言うべきか。
舞「そ、そうですわね。確かにちょっと食べ過ぎたのかもしれませんわ」サスリサスリ
祭「うんうん。だから、一回、出しておいた方が良いと思うの」
舞「い、言いたい事は分かりますが…流石にその表現は品がなさすぎだと思いますわ」ヒクヒク
ほら!舞さんだって表情が強張ってるじゃん!!
何だかんだ言って、意外とノリの良い舞さんが表情を強張らすってよっぽどの事だぞ!
舞「ま、まぁ…それなら明佳さんも一緒の方が宜しいでしょうね」チラッ
明佳「わ、私もですか!?」
祭「どうせ明佳は人に遠慮して団体行動じゃトイレ行きたいって言えないタイプでしょ」
祭「そうならない為にも先に行っておくのが一番だって」
明佳「ひ、人の事を決めつけないでください」カァ
祭「じゃあ来ない?」
明佳「…………行きます」ポソ
祭「」ニヤニヤ
明佳「もぉお!ほら、行きますよ!」
…もしかしたら今も明佳ちゃんはトイレを我慢してたのかもな。
女の子はそういう仲間意識は強いらしいけれど、こんな話の振り方されると付いて行きにくい。
特に明佳ちゃんはそういう羞恥心めいたものが強い子だし、まったくそういったものを感じていなければ頷かなかっただろう。
実は祭さんもそれに気づいててあんな事を言い出したのかも…いや、やっぱりそれはないか。
祭「あ、京子と滝見さんはここで荷物番しててね」
京子「えっ」
舞「流石に大丈夫だと思いますが、置き引きなどの被害に合うと大変ですし」
祭「ごめんね。じゃあ、後、宜しく!」
京子「あ、ちょ…!!」
…くそ、やられた…!!!
これ最初から俺と春を二人っきりにする為の方策だったんじゃねぇか…!
でも、仮にも男である俺が皆についていく事なんて出来ないし…!!
何より、今の春を一人にしておくのは色々と不安だし…ここは大人しく待っているか…。
春「」パクパク
京子「……」
…うぅ、やばい…会話が出てこない…。
いや、普段だって、春と二人っきりの時は会話が途切れないって訳じゃなかったんだけれど!
だけど…出会った時から仲良くやれてきただけにこんな事初めてって言うか…!!
前はこんな風にお互いに黙ってても居心地が良かったはずなのに…今はまるで見知らぬ人の家に招待されてしまったみたいだ。
京子「(でも…だからってここで何にもしないって訳にもいかないよな)」
京子「(こうやって俺と春を二人っきりにしてくれたのはきっと仲直りを促す為なんだから)」
京子「(居心地が悪いからと言って、黙っていたら突破口も何も開けない)」
京子「(ここは少しでも話題を振って和やかにしないと…!)」
京子「は、春ちゃん、黒糖ケーキ美味しい?」
春「…悪くない」
京子「そ、そう。何時もと食べてる黒糖と比べてどうかしら?」
春「…普通」
京子「よ、良くないとか悪くないとか…」
春「普通」
京子「そ、そう…」
…と、取り付く島もない…!!!!!
普段なら黒糖の話題を振ったら、すぐさま食いついてくれるはずなのに…。
今はまるで俺とのコミュニケーションを拒否するような言葉しか帰ってこない。
…まるで出会った頃の咲みたいな状態になってる。
正直、今ならば春の事を人見知りだと評したあの言葉を信じられそうなくらいだ。
京子「(…にしても…どうしようか)」
京子「(ここまで取り付く島もないような状態だと下手に話題を振っても逆効果なのかもしれない)」
京子「(少なくとも…今の春は俺との会話をまったく望んではいないだろう)」
京子「(だったら…ここで俺がやるべきは下手に仲直りしようとするよりも春の気持ちが落ち着くのを待つ事なのかもしれない)」
京子「(…問題はそれが何時になるどころか、本当に来るかどうかすら分からない事なんだけれど)」
京子「(…あぁ、くそ。ホント、情けないよなぁ…)」
京子「(親友だなんだと言いながらも…謝る事すら出来なくて、ただただ時間に任せるしかないなんて)」
京子「(仲直りを期待して二人っきりにしてくれた舞さんや祭さんの期待にも応えられそうにないし…)」
京子「…はぁ」
春「っ」ビクッ
やっべ、自分が情けなさすぎて、ついため息が漏れちまった。
今の状態でこんな事したら春に対してのあてつけのように取られかねない。
あぁ…くそ、ホント、何をやってるんだよ、俺は。
いや、それよりも早く春に謝って事情を説明しないと… ――
京子「ごめ」
春「ごめんなさい」スッ
京子「え?」
春「…私の所為で…雰囲気を悪くしちゃって」
…え?なんで俺、謝られてるの?
常識的に考えて、ここで謝るべきは俺じゃないか?
春がどうしてそこまで機嫌が悪いのかは分からないが、明らかにやらかしたのは俺の方だし。
何よりさっきのため息は決して擁護出来るもんじゃなかったぞ。
寧ろ、ここで謝るべきは俺の方だと思うんだけど…。
春「ごめん…なさ…い」ポロポロ
京子「は、春ちゃん!?」
春「き、嫌いに…ならないで…」フルフル
うぉお!?し、しかも、なんで泣かれてるの俺!?
そもそも嫌いにって…一体、なんで話がそこまで飛躍してるんだ!?
い、いや、待て、落ち着け、京子。
ビークール、ビークールだ、俺。
そうやって慌てるよりも先に今は春の誤解を解かないと!!
京子「大丈夫よ、春ちゃん」ギュッ
春「あ…」
京子「私が春ちゃんの事を嫌いになったりするはずないでしょう?」
とりあえず円卓の反対側近くに座ってた春に近づいて、手を握ってみたけれど…彼女の震えはまだまだ止まる気配がなかった。
確かにこの店は大分、空調が効いているけれども、そこまで震えるほどじゃない。
それでもこうして何かに怯えるように震えているのは、俺に嫌われるのが怖い所為なのか…?
…あぁ、くっそ…わっかんねぇよ。
本当に春が震えている理由がそれなのかすら、今の俺じゃ分からねぇ。
分からないけど…今の春を…怯える親友を放っておく事なんて出来るはずがないだろ。
春「…でも、私…この前からずっと…嫌な子で…」
京子「それは私が春ちゃんの事を怒らせてしまった所為でしょう?」
春「…違う。京子は何も悪くない」
京子「春ちゃん…」
春「京子は…自分の良心に従って…良い事をした。…間違いなく正しい事をした」
春「だから…」
…あぁ、そうか。
春にとってあの『良い』は決して嘘や拒絶って訳じゃなかったのか。
アレは春にとって間違いなく本心だったのだろう。
けれど…彼女の心はそれで全てを納得出来なかった。
俺の行いを正しいと思う一方で…それを受け入れられない彼女もまた制御出来ないほど大きかったんだろう。
京子「でも、春ちゃんにとってはそれだけじゃなかったんでしょう?」
春「……」
京子「聞かせて、春ちゃんの気持ち」
春「でも…」
京子「お願い。私、もう嫌なの」
春「…嫌?」
京子「えぇ。春ちゃんの謝れない事が、貴女の心に触れられない事が」
京子「何より…傷ついている大事な人を慰められも出来ない事が…辛くて苦しくて…堪らないの」
春「…京子」
京子「だから、教えて。今の春ちゃんの気持ち」
京子「どんな事でも良いの。私はそれを全て受け入れるわ」
京子「だって、私達は親友でしょう?」
春「……」
俺の言葉に春は少しだけ目を伏せた。
それはきっと彼女なりに逡巡しているからなのだろう。
普段は表情少なく即断即決する春がそんな姿を見せるなんて…正直、思ってもみなかった。
…もしかしたら俺が思っている以上に問題の根は深いのかもしれない。
春「…京子のやった事は正しい」
春「あの場では…頷く事以外に方法はなかったと思う」
春「でも……でも…私は…やっぱり嫌だった…」
春「京子が彼女を見捨てられないって…そう分かっていても…」
春「スールになんて…ならないで欲しかった…」
京子「…春ちゃん」
数秒後、ポツリポツリと漏らされた春の言葉は切実なものだった。
まるで胸の底から言葉を絞り出しているようなそれに俺の胸が良心の痛みを訴える。
だけど、その痛みはきっと春が受けた傷に比べれば、まったく大したことはないんだろう。
こうして手を握っていても尚、彼女は今にも泣きそうなのだから。
普段、表情の変化に乏しいと言っても良い春のその表情は、それだけ彼女が深く傷ついている証だ。
春「…でも…京子のやった事は正しくて…」
春「そもそも…私…京子の事を非難出来るよう…な…資格も…ない…から」
春「京子の大事なものを…一杯…う…ばちゃった…からぁ」ポロ
京子「…っ!」
春「こんな事で拗ねるような…嫌な子になりたくない…のに」
春「わた…私、口を開けば…京子に…迷惑掛けちゃいそう…で」
春「我儘…言っちゃいそうで…だから…」ポロポロ
そしてその傷は自らの言葉によって、より深いものになっていっているのだろう。
言葉の途中で感極まったように再び涙を浮かべる彼女の表情は自己嫌悪に染まっていた。
自身を『嫌な子』だと称する春もまた…霞さんや明星ちゃんのように思い苦しんでいたんだろう。
俺を無理矢理、長野から連れて来させて、須賀京子として過ごさせている事を。
その負い目があるからこそ、春は俺に対して我儘を言ってはいけないと必死に自分を律し続けていたんだ。
春「ごめんなさい…京子…ごめんなさい…」ギュゥ
春「嫌いにならないで…何でも…するから」
春「京子のしたい事…何しても良いから…家鷹さんのところに行かないで…」
京子「…春ちゃん」
恐らくそこで感情の堰が限界を迎えたのだろう。
まるで子どものように彼女は隣に座った俺へと抱きついてきた。
その豊満な身体を押し付けるようなそれに、けれど、今の俺は欲情を感じる事はない。
確かに春の身体は俺にとってドストライクも良いところだが…今の彼女は決して平静ではないのだ。
まるで親に捨てられるのを怯える子どものような必死さとなりふり構わなさを感じて、興奮など出来るはずがない。
京子「(…だけど…さ)」
…俺も出来れば、そこまで追い詰められてしまった春の訴えを聞き入れてあげたい。
だけど…その感情のまま流されてしまったら、俺は一人の女の子を深く傷つける事になってしまうのだ。
既に友人となり、共に戦ったライバルでもある依子さんの事を。
背を押し、励まし、導かれた彼女の事を裏切らなければいけない。
京子「…それは…出来ないわ」
春「っ…!」ギュッ
京子「私にとって彼女は代えがたい人よ」
京子「色々と事情があるのは確かだけど…でも、今更、見捨てられないわ」
京子「少なくとも…私達の関係や挙動に注目が向けられている状態で春ちゃんの希望を満たすのは無理よ」
春「…ぅ…ぅ」ポロポロ
瞬間、俺の胸の中で嗚咽のような声が聞こえる。
それはきっと春の目尻から再び涙がこぼれ始めているからなのだろう。
その姿に俺の胸が張り裂けるような痛みを訴えるが、ここで言葉を撤回してなどいられない。
どれだけ悲しむ彼女を見るのが辛かろうが、これは俺が選んだ結果なのだから。
春「……京子…は」
京子「え?」
春「京子は…家鷹さんが…好きなの…?」
京子「それは…」
勿論、俺は依子さんの事が好きだ。
けれど、それは決して異性愛混じりのものではない。
人として、友人としての敬愛や友情混じりのものである。
未練がましい事ではあるが、未だに俺の気持ちは長野の幼馴染へと向いているままだ。
京子「…そうね。友人として好きって言うのが一番、正しいかしら」
春「…本当に?」
京子「えぇ。こんな事で嘘なんか吐かないわよ」
京子「だって…私は依子お姉様の事も春ちゃんの事も大好きなんだから」
京子「こうして私に心を開いてくれている春ちゃんにも依子お姉様にも失礼でしょう?」
言い聞かすような言葉と共に胸の中にある彼女の頬を撫でるように拭う。
瞬間、微かな火照りを感じるのは、それだけ春が感情を昂らせていた証だ。
きっとこの短い間に彼女は大いに悲しみ、苦しんだのだろう。
それを思うとまた胸の痛みが強くなるが…しかし、今更、止まれない。
京子「私は大事な二人にそんな真似はしたくないわ」
京子「そして…こうやって春ちゃんを必要以上に苦しませるような真似も」
京子「…だからね、春ちゃん」
京子「妥協点を見つけないかしら?」
春「妥協点…?」
京子「えぇ。お互い譲れない部分はあるけれど…でも、永遠と水平線を歩くようなものじゃないでしょう?」
京子「それをすり合わせていけば、多少は納得の出来る妥協点を見つけられるはずよ」
ここまで春を傷つけて、何の成果も得られないまま終わり…だなんて情けない事出来るはずない。
寧ろ、こうやって春の気持ちを吐き出させて…それを知って、ようやくスタート地点なのだ。
今まで傷ついてきた春をこれからどうやって傷つかずに済むようにするかを考えなきゃいけない。
勿論、それは決して簡単な作業ではないだろう。
でも、それをやらなきゃ…俺は春をただ追い詰めただけになってしまうんだ。
京子「私は依子お姉様から決して離れられないわ」
京子「少なくとも今の距離を保たなければ、あそこで頷いた意味がなくなるどころか…私に協力してくれた多くの人の厚意を無駄にしてしまう」
京子「でも、それ以外であれば、春ちゃんの希望は出来るだけ叶えてあげられる」
京子「…どうかしら?春ちゃんが納得する上で…こんな私に出来る事はある?」
普通の交渉ならば、きっと一度にこれほどの札を明かしたりはしないのだろう。
けれど、これは交渉などではなく、俺から春に対するお詫びようなものなのだ。
最初から出来る事と出来ない事はフルオープンで提示し、彼女からのアクションを待つのが一番良い。
春「私は…」
京子「…ちなみに私の大事なものを奪ったとかそういうので遠慮するのはなしね」
春「う…」
京子「あ、やっぱり遠慮するつもりだったのね」クスッ
何より、こうしなければ、きっと春は俺に対してろくに要求して来ないだろう。
そんな俺の予想はどうやらバッチリと当たっていたらしい。
まぁ、こんなになるようなモヤモヤを抱えて、それでも尚、我慢してた訳だからなぁ。
ここで遠慮せずに、ズバズバと要求を言えるような子だったら、こんな事にはならなかっただろう。
京子「大体、私はそんな事気にしてないわよ」
京子「そんなものとっくの昔に帳消しになっちゃってるんだからね」
春「でも…」
京子「…まぁ、完全に吹っ切れたとか思うところがないとは言えないわよ」
京子「でも…春ちゃんに対して何ら含むところはないわ」
京子「私が恨んでいるのはあくまでも、後ろの方で絵を描いてる大人の方」
京子「こうして私と一緒にいてくれている皆に対しては感謝の気持ちしかないわよ」ナデナデ
春「…本当?」
京子「本当よ。何時も私と仲良くしてくれて…優しくしてくれて…本当に感謝してるんだから」
京子「だから、そういう事で私に対して遠慮しないで欲しいの」
京子「一方だけに遠慮させてちゃ私、春ちゃんの事を親友だなんて言えなくなっちゃうしね」クスッ
春「京子…」
ぶっちゃけ、今の状態だと親友(笑)と言われても否定出来ないって言うのに気づいてしまった訳だしさ。
それは早急に改善しておきたいというか…なんというか。
今の関係が思いの外、歪であったのだから…これからの為にも出来るだけ改善には近づけておきたい。
京子「…凄い正直な事を言えば、私は多分、春ちゃんに甘えてたんだと思うわ」
京子「ずっと近くにいて、私の事を深く理解しててくれてるからこそ…春ちゃん自身にあまりにも鈍感だったのよ」
京子「春ちゃんがどんな想いで受け入れてくれているのかとか深く考えもせずに、私はただただ貴女に甘えていただけ」
京子「…だからね、そのお詫びをさせて欲しいの」
京子「これからも二人で仲良くある為に…本当の親友になれるように」
京子「春ちゃんの方も私に甘えて欲しいの」
春「…………嫌いにならない?」
京子「あら、どうして春ちゃんの事嫌いになるの?」
春「だって、私、京子にあんな態度を取って…その上…我儘まで言っちゃったし…」
京子「それは春ちゃんが私の事を想ってくれていたからでしょう?」
京子「喜びこそすれ、嫌う材料になんかならないわ」
京子「寧ろ、私の方が謝らなきゃいけないくらいよ」
京子「春ちゃんの気持ちにちゃんと気づいてあげられなくてごめんなさいね」ナデナデ
春「京子…」
そう俺の名前を呼んで顔をあげる春は少し落ち着きを取り戻していた。
少なくとも、さっきまでの余裕のない子どものような表情はなく、俺の身体を抱きしめる手にも縋るようなものはない。
その瞳はまだ微かに潤んでいるけれども、それもきっと少しすればなくなるだろう。
春「…私、結構、独占欲が強くて束縛する方かもしれない」
春「それどころかかなり面倒なタイプなのかも…」
京子「でも、それが本当の春ちゃんなんでしょう?」
春「………」コクン
京子「だったら、まずその春ちゃんを見せてくれないかしら」
春「……京子」
京子「心配しないで。どんな春ちゃんだって私は受け入れられるから」
京子「だって…私は春ちゃんの事が大好きなんだもの」ナデ
京子「本当の貴女を嫌がるはずもないわ」
春「ぅ」カァ
…と思ったけど、やっぱりまだまだ平静には遠いのかな。
普段、こっちに容赦なく抱きついてくる癖に、ただ背中を撫でただけで頬が赤くなってる。
実は何時も恥ずかしがっていたのか、或いは今が特別なのか。
まぁ、どっちにしろ、今の春はとても可愛らしくて、目の保養だな。
少なくともさっきのように泣きじゃくる顔を見せられるよりは遥かにマシだ。
春「…家鷹さんとあんまり仲良くなりすぎないで欲しい」
京子「えぇ」
春「…本当の好きになったら嫌」
京子「勿論よ。努力するわ」
春「好きになられるのもダメ」
京子「あぁ、それは安心して良いわよ。間違いなくないから」
春「……」
京子「え?」キョトン
春「…何でもない」
…いや、何でもないって…。
今、明らかにダメだこいつ…早く何とかしないとって顔してたような気がするんだけど。
正直、さっきの可愛らしさが全部、抜け落ちたような冷たい顔だったぞ。
俺、そんなにダメな事言ったのか…?
春「それより…家鷹さんと何かあったらすぐに教えて欲しい」
京子「わ、分かったわ」
春「…後、家鷹さんとやった事は全部、私にもやって」
京子「と言っても、依子お姉様とやる事なんて手を繋ぐくらいよ?」
春「…今はそうでも後々、そうじゃなくなるかもしれない」
京子「もう。心配しすぎよ」クスッ
京子「でも、分かったわ。他には何かある?」
春「後は…」モジ
そこで春は言葉を区切りながら、俺から視線を外す。
滅多に見せないその恥ずかしそうな仕草に俺の背中に冷たいものが走り抜けた。
まるで冷水に浸かった手で背筋を撫でられるような冷たい予感。
これからとんでもない事が起こる確信混じりのそれを俺がどうにかしようとするよりも先に春は俺を再び見上げて… ――
春「…キスして欲しい」カァァ
京子「…え゛?」
春「仲直りのキス…して?」ジィ
京子「ま、待って…!落ち着いて、春ちゃん…!」
春「大丈夫…同性同士のキスなんていまどき普通だから」
春「統計では5割の人が同性同士のキスに抵抗なくて経験済みだって言うし…」
京子「いや、それはちょっと普通とは違う普通だと思うわ!!」
と言うか、何処で統計取ったらそんな結果になるんだ!?
もし、永水女子で統計を取ったのだとしたら、それはいまどきなんて言えるほど普遍性のあるもんじゃねぇぞ!!
少なくとも一時期そんな噂が立ってた咲と和でさえ、そんな事はなかったし!!
何より、俺と春は外見こそ同性ではあるけれど、実際は異性な訳で!!!
そんな相手とキスなんて、どう考えてもノーカンじゃ済まない…!
春「…京子は私と仲直りしたくない?」
京子「い、いや…仲直りはしたいけれど、仲直りとキスの間に関係性は成り立たないというか…」
春「私の中では成り立つから大丈夫」
京子「私の中では成り立たないから大丈夫じゃないのよ!?」
春「…じゃあ、すぐ成り立つようにしてあげる」ジリジリ
京子「ちょ、ま、待って、春ちゃん!ホント、待って…!!」
春「…待たない…♪」
ぬぉおお!春の顔が!!表情少ないけど整った春の顔がドンドン近づいてくる!!
なんだかこの押しの強さも久しぶり…って喜んでる場合じゃねぇ!!
何時も通りの春に戻ったのは嬉しいけど、何とかしないと…!!
このままだと間違いなく色々と大事なものを奪われてしまう…!!
明佳「すたあああああああああっぷ!!!!」
春「…………」ピタ
京子「は、明佳ちゃん…!!」
まさかここで明佳ちゃんが帰ってきてくれるなんて…!!
今は彼女の小柄な身体から純白の翼が生えているように見える。
なんだ天使か…ってふざけてる場合じゃない。
明佳ちゃんの声で春が止まってくれた訳だし、今の間に引き剥がさないと…!
春「……」ススス
京子「うぇぇ!?」ビックゥ
明佳「ちょ、な、何また京子さんに近づこうとしてるんですか!?」
春「…だって、良いところだったし」
明佳「良いところだったし、じゃないですよ!周りを見て下さい周りを!!」
キマシタワー ナンテダイタンナ オネエサマワタシモ… フフカワイイコネコチャンネ
明佳「ここケーキのお店ですよ!そ、そういう事する場所じゃありません!!」
…あぁ、そう言えば、ここ店の中だったっけ?
いきなり春が泣きだしたところで、そういった状況とか完全に頭から抜け落ちてた訳だけれども。
周囲の雰囲気や視線から察するに、いきなり修羅場を演じた俺達は注目の的だったのだろう。
…やばい、今更だけど、超恥ずかしくなってきた。
見知らぬ人に修羅場だけじゃなく、こうして春に迫られてタジタジになってるところまで見られた訳で。
久しぶりにちょっと死にたくなってきたかもしれない。
春「…もうちょっと待ってくれれば押し切れたのに」
明佳「お、押し切れたって…そ、そういうのはイケナイと思います!」
春「…じゃあ、西郷さんは京子とそういうのしたくない?」
明佳「……」
なんでそこで黙るんですかね、明佳さん!?
舞「はいはい。仲が良いのは結構ですが、やり過ぎはいけませんわ」
祭「それ以上やると私らも見過ごせないしね」
京子「皆…」
冷静になって考えれば、そもそも三人はトイレに行っていたのである。
それが今になってこうしてやって来たという事は、恐らくこっちの状況を察して戻るのを待ってくれていたのだろう。
…まぁ、それが優しさである…と中々に思えないのは二人の表情が何処か悪戯っぽいものな所為だろうな。
二人ともニヤニヤと面白がっているのを隠そうともしていないし…目なんて完全に野次馬そのものになっている。
祭「ごめんね、帰って来たらちょっと盛り上がってたみたいだしさ」
舞「二人が仲直り出来るまで遠くから見ていようって話になったのですわ」
京子「いいえ、謝らないで欲しいわ。寧ろ、有り難い事だったから」
とは言え、そうやって気を遣ってくれたのは有り難い。
皆が帰ってくるタイミングによっては俺たちはここまで仲直りは出来なかっただろう。
もしかしたら春の本音を聞き出せただけで余計にギクシャクしたままだったかもしれない。
何より、こうして貞操の危機ギリギリで踏み込んできてくれたのだから、俺は心から感謝している。
祭「まぁ、何はともあれ、仲直り出来てよかったよ、うん」
舞「えぇ。ちょっと仲直りしすぎな気がしなくもないですけれども」
明佳「ハッ…と言うか何時までくっついているんですか…!」
春「もうちょっとビタミン京を補充しないと動けない…」ギュゥ
明佳「そんなビタミンありません!!」
春「…じゃあ、京子エネルギーで良い」
明佳「良くないです!!」
京子「あ、あはは」
…まぁ、それでも春が俺から離れようとしないのは、この一週間、ぎくしゃくしてた反動もあるんだろう。
何だかんだで今までずっと一緒だったのが、この一週間は疎遠になっていた訳だし。
ぶっちゃけ、春が元に戻った事もあって若干、興奮はしているけれども、もうちょっと彼女の好きなようにさせてあげよう。
舞「…とは言え、あんまりこの場にいるのは適切ではありませんわね」
祭「思いっきり目立っちゃってるしさ。和やかにケーキを楽しめるような雰囲気でもないし」
ですよねー。
うん、これだけ注目を浴びちゃってる以上、ここからまたケーキを食べよう!って風にはならないだろう。
…より正確に言うならば、出来ればならないで欲しい。
とは言え、それはあくまでも俺の事情であり、舞さん達には関係のない事だ。
折角の有名ケーキ店の高級ケーキを楽しみにして来たのにこんな結果になってしまって申し訳ない。
京子「…ごめんなさい」
明佳「いいえ、京子さんも滝見さんも何も悪くありませんよ」
祭「そうそう。ちょっとタイミングが悪かっただけだって」
舞「友人が折角、仲直り出来たのです。それはケーキなどよりも余程大きく得難いものですわ」
京子「皆…」
祭「ふふーん。ちょっと感動しちゃった?」
舞「あら、ダメですわよ。私達の事を好きになってしまっては」
明佳「わ、私は別に構いませんけど…」ポソポソ
春「…私が構う」ギュー
舞「あらまぁ、これは」
祭「独占欲むき出しにされてるよー?どうするの、京子?」
京子「わ、私ですか!?」
舞「当然ですわ。滝見さんはそれだけ京子さんの事を愛しているんですもの」
祭「慰められるのは京子だけでしょ」
京子「う…」
まぁ、それはそうかもしれないけど…なんだかちょっとはめられた感が無きにしもあらずと言うか。
ニヤニヤとイタズラっぽく笑ってる二人の顔を見てると完全に思い通りに動かされている気がする。
とは言え…今のままじゃ春が俺の事を離すのは難しそうだしな。
あんまり長居する訳にもいかないし…ここは二人の思い通りになっておくとするか。
春「…京子」ジィ
京子「…大丈夫、春ちゃん」
京子「私の一番の親友はずっと春ちゃんだからね」ナデナデ
春「……」
舞「……」
祭「……」
明佳「……」
京子「あれ?」
…なんで俺また呆れるような目で目で見られてるんだろ。
俺ってそんなおかしい事言っただろうか?
可もなく不可もなしと言うようなごく普通の事だと思うんだけど…。
祭「いやぁ…流石にそれはちょっとないんじゃないかなぁ…?」
舞「あそこまでアピールされてコレですの…?」
明佳「…京子さんってば本当に…いえ、なんだか安心しましたけど」
京子「そ、そんなにダメだった?」
舞「…まぁ、ある意味、京子さんらしいと言えばらしいですどね」
祭「滝見さんってばホント苦労してるよね…」
春「…もう慣れた」
明佳「…慣れるものなのですか?」
春「会った時からこの調子だから」
舞「…本当に同情しますわ」
祭「今度、京子抜きでケーキ食べに行こうね」
京子「な、なんでそこで私だけハブられるのかしら?」
流石に目の前で俺だけハブって遊びに行く約束されると傷つくぞ…?
まぁ、俺が悪い事をしたからだって推測は何となくつくけれどさ。
…にしても、俺はそんなに春に対して苦労を掛けているんだろうか?
今までも特に辛くあたってたつもりはないけれど…これからは優しくするのを心掛けよう。
舞「では、そろそろ出ましょうか」
京子「あ、じゃあ、お会計…」
祭「だーめ」サッ
京子「え?」
祭「京子は今日の主賓なんだから、お財布開けちゃダメ」
京子「でも、これは私から皆さんへのお詫びでもある訳だし…」
明佳「そんなの必要ありませんよ」
祭「そうそう。この前は奢ってもらうーみたいな事言ってたけど、別に本気じゃなかったし」
舞「京子さんとこうして一緒にケーキを食べに来られただけでも十分ですわ」
京子「皆さん…」
そう言ってくれるのは正直、嬉しい。
けれど、あれだけ迷惑やら心配やらを掛けて、奢ってもらうって言うのはちょっとなぁ。
そもそも俺は今日、全員分を出すつもりでここに来たんだ。
財布の中には霞さんに頭を下げて出してもらった諭吉さんが眠っているだけに中々、その提案は受けづらい。
春「…それに一番、頑張ったのは京子だから」
舞「そうですわ。今日はその労いだとでも思ってくださいませ」
祭「代わりに私が大会出た後とか皆に奢ってもらうし」
明佳「その時が来たら、で構いませんよ」
京子「…分かったわ」
とは言え、ここで出す出さないの問答をしても話はきっと平行線のままだ。
人数的にも俺が圧倒的に劣っている訳だし、ここは大人しく皆に奢っておいてもらおう。
折角、諭吉さん数人分を出してくれた霞さんには悪い気もするが、屋敷に帰ったら返却するか。
「ありがとうございましたー」
祭「んー。結構、美味しかったよねー」
舞「そうですわね。初めて来たお店でしたが、当たりだったと思いますわ」
春「黒糖ケーキの種類も多かったし…個人的には満足」ハフゥ
京子「まぁ、確かに黒糖入りのケーキは多かったわね」
確かに黒糖入りのケーキが有名なだけあって、黒糖ロールケーキからパイ風黒糖ケーキまで色々あった。
俺もちょっと摘ませてもらったけれど、どれもかなり美味しかったと思える。
黒糖がソウルフードと言っても良い春にとっては、尚更だろう。
色々あって中途半端なところで店を出る事になった訳だし…あのお店はまた皆と行っても良いかもしれないな。
明佳「ですが、思いの外、早めに終わってしまいましたね」
舞「えぇ。予定では後一時間はあそこでケーキを食べている予定だったのですけれど…」
京子「さ、流石に一時間食べっぱなしはきつくないかしら?」
祭「適当に話しながらケーキ突っついていれば一時間なんてすぐだよ、すぐ」
そういう事を言っているんじゃないんだけどなぁ…。
…でも、この発言を聞く限り、彼女達はまだまだケーキが入っていたらしい。
ここまで来ると最早、別腹ってレベルじゃない気がするんだが…それは男の感覚なんだろうな。
祭「それはさておき、まだ解散するのは早い時間だよねー?」
明佳「つまるところ、遊び足りないんでしょう?」
祭「えへへ、うんっ!折角の休日なんだもん!遊び倒さなきゃ勿体無いって!」
舞「…言っておきますけれど、もう少ししたら中間試験ですわよ?」
祭「エーナニソレキコエナーイ」
舞「まったくもう…またギリギリになって泣きついてきても知りませんわよ?」
祭「良いも~ん。その時は京子に教えてもらうから!」
京子「ふふ、まぁ、勉強会は必要かもしれないわね」
今のところはボロを出さずに来れているけれど、これから先どうなるか分からないからなぁ。
試験傾向なんかもまるで分からない以上、彼女たちとの勉強会は俺にも得られるものが多いだろう。
日々の予習復習で何とか体面だけは取り繕えている俺からすれば、その提案は渡りに船と言っても良い。
明佳「では、会場はどうします?」
春「…私達のところはちょっと無理」
京子「そうね…ちょっと交通の便が悪すぎるから」
祭「えー。私、京子の部屋を物色する気満々だったのにー」
やめてあげろください。
咲にも何度かやられたけれど、それってかなり居心地が悪いんだからな!!!
それにまぁ、俺の部屋に転がってるのは化粧品だけじゃなく女装道具とかも多い訳で。
物色されると困るってレベルじゃ済まない。
京子「…一時間よ」
祭「え?」
京子「一時間ずっと階段を登り続けたいかしら?」ニッコリ
明佳「そもそも私は一時間歩き続けるってだけでもダメそうです…」
舞「私もちょっと休憩なしで登り切る自信がありませんわ…」
祭「……京子の部屋に行くのはまた今度にする」
京子「あら、残念」
まぁ、流石に一時間掛けて階段を登っていくのは女子高生には辛いだろ。
祭さんは運動系クラブに入っているとは言っても、体力が有り余ってるってタイプじゃないし。
ガチガチの運動系ではない他の二人にとっては尚更だ。
明佳「でも、京子さん達は毎日、それを登り降りしてるって事ですか…?」
春「まぁ、そうしないと帰れないし…学校にも行けないし…」
舞「なんというか…京子さんや十曽さんの身体能力の秘密を垣間見た気分ですわ」
京子「実際はコツさえ掴めばそれほど大変じゃないわよ」
京子「小蒔ちゃんだって登れるくらいなんだから」
祭「あ、なんかそれ聞いたらいけそうな気がしてきた」
舞「…失礼ですが私も」
明佳「あ、あはは…」
何処か誤魔化すような笑みを浮かべている明佳ちゃんもきっと似たような事を思ったんだろう。
まぁ、小蒔さんは運動が得意じゃないどころか、比較的ドジっ子に分類されるタイプだからなぁ。
頑張り屋さんではあるものの、その努力が空回りする事も多いと言うか。
そんな小蒔さんが日々、登り降りしてると聞いたら、そりゃいけそうな気がしてもおかしくはないと思う。
舞「ま、まぁ、その辺りの事はまた詰めていくとして…とりあえず今ですわ、今」
祭「これからどうする?」
春「…流石にこれからまた喫茶店に入るような気分にはなれないし」
京子「と言うか、私はもう当分、ケーキは良いかしら…」
明佳「じゃあ、映画でも見に行きますか?」
舞「ですが、滝見さんはこの前、映画を見に行ったのではなくて?」
明佳「あ、そっか…ごめんなさい」
春「ううん。私は映画でも大丈夫」
舞「とは言え、流石にこの短期間で映画と言うのもどうかと思いますし…」
祭「あ、じゃあ、はいはいはーい!」キョシュ
舞「はい。では、祭さん」
祭「折角だからジャンソォ↑っての行ってみない?」
ジャンソー?…あ、いや、雀荘の事か。
いや、俺は勿論、雀荘でオッケーなんだけど…なんでその選択をしたんだ?
俺や春みたいに麻雀やってる奴ならともかく、女子高生が好んでいきたがるスポットじゃないと思うんだけど…。
祭「ほら、以前、京子に麻雀教えてもらう約束をしてそのままだし」
舞「あ、そう言えばそうでしたわね」
明佳「確かに…役は教えてもらえましたけど、そのままでしたね」
京子「…ごめんなさい、ちょっと色々あって…」
舞「まぁ、エルダー選挙とかありましたし致し方ありませんわ」
祭「そうそう。それにこれから先、地方予選とかで京子達も忙しくなるでしょ?」
祭「その前に一回、本格的に教えてもらおうかなって」
京子「私は構わないわ。春ちゃんは?」
春「…ん。私もオッケー」
舞「決まりですわね。じゃあ、とりあえず雀荘に行きましょうか」
祭「おー!」
明佳「…でも、この辺りに雀荘ってあるのですか?」キョトン
京子「…春ちゃん、分かる?」
春「雀荘とか行った事ないから分からない…」フルフル
…うん、春が分からないならお手上げだな。
俺はこの辺の地理は詳しくないし、舞さん達はそもそも雀荘に興味がないんだから。
まぁ、幸いにしてこの辺にはコンビニも多いし、街中なら俺の携帯だって使える。
調べる方法は幾らでもあるのだから見つからないなんて事はないだろう。
舞「仕方ありませんわね。ちょっと携帯で検索を…」スッ
祭「あ、ほら、アレ」クイッ
舞「ちょっともう…そんなに引っ張って電波がズレてしまったらどうするのですか?」
明佳「電波はズレないと思いますよ?」
舞「え?そうなのですか?」
…実は機械音痴なのか、舞さん。
いや、まぁ、確かにあんまり機械類を使いこなすイメージってのはまったくないけれど。
率先して携帯を取り出しておいて、そのオチはあんまりにも可愛らしすぎるというか。
今までは三人の中で一番しっかりしてるってイメージが強かったけど、やっぱりこの人も何処かポンコツだったのか…。
ま、それはさておき… ――
祭「ほら、アレって雀荘でしょ?」
舞「…え?アレが?」
明佳「なんかこう…小綺麗な感じですね」
舞「雀荘ってもっとこうタバコの煙が吹き出してそうな不健康な店構えなのだと思っていましたわ」
京子「まぁ、実際、一昔前まではそういう雀荘も多かったと聞くわね」
京子「そもそも麻雀って趣味そのものが決して良くないものだと世間に見られていた時代もあるから」
明佳「…でも、今は全然、違いますよね?」
祭「それどころかゴールデンにプロリーグの中継やってたりするよ?」
京子「それは麻雀という遊戯の持つイメージを変えようと努力してきた先人がいるからよ」
舞「先人…?」
京子「えぇ。日本の誇るトッププロ達が偏見や思い込みとぶつかりながらも、幾つもの名勝負を作り、日本中を沸かせてきたからこそ今があるのよ」
京子「彼らの活躍がなければ、インターハイどころか女性プロなんて言葉も麻雀には無縁だったでしょうね」
祭「へぇ…凄い人たちなんだ」
京子「実際に麻雀という競技で全国を目指している私達からすれば伝説と言っても良いくらいにはね」
彼らがいなければ麻雀は未だに日陰の趣味であったかもしれない。
実際、今の認識が根付くまで麻雀と言えば、大学生のたまり場で大金を賭けたり、玄人がイカサマでお金を巻き上げたりといったそんな印象が強かったそうだ。
そんな印象を払拭し、ゴールデンで放映出来る出来るようなクリーンなものにするまで一体、どれほどの苦労があったのか。
オヤジからその当時の話を伝え聞いただけの俺には分からないが…それがとんでもない事だった事くらいは予想がつく。
京子「まぁ、ちょっと話はズレちゃったけれど…その彼らのお陰で麻雀に対する認識も変わってきたわ」
京子「お陰で近年では女性で麻雀をするって人も決して珍しい訳じゃなくなってきたの」
舞「実際、女子のインターハイやインターミドルも特番組まれたりして盛り上がってますものね」
京子「えぇ。だからこそ、雀荘の形も大きく変わらざるを得なかったのよ」
京子「雀荘は飲食店よりもさらに人の出入りの数によってその収支が変化する業態だから」
京子「今までのように女性客や新規顧客が入りづらい店じゃ、よっぽど固定客が多くない限り、生き残っていけないわ」
京子「あのお店みたいにノーレートを看板に掲げるお店が増えてきたのもそれが大きな理由ね」
明佳「ノーレート…ですか?」
京子「凄くざっくばらんな事を言えば、雀荘の利用代金だけで麻雀が出来るシステムの事よ」
京子「それ以外のお店では最初にチップをお金に変えて、そのチップで点棒を買ったりするの」
京子「勿論、点棒をチップに変える事も出来るわ」
祭「それってつまり勝ち続けたらチップが余るって事?」
舞「じゃあ、その余ったチップはどうするのですか?」
京子「余ったチップは店から出る時に精算して、またお金に戻る訳ね」
明佳「それって所謂、賭け事になるんじゃ…」
京子「まったくそうではないとは言わないけれど、金額もそう大したものではないから」
京子「実際はお目こぼしされているというのが現状かしら」
祭「なるほどー…」
明佳「京子さん、詳しいんですね」
京子「これでも昔、雀荘でバイトしていた事もあったのよ」
その辺りの話は部長の実家でバイトしてた時に結構、聞かされたからなぁ。
カツ丼プロこと藤田靖子プロが頻繁に出入りするからroof-topはそれなりに繁盛していたけれども。
それだって何時まで続くか分からないと不安げに漏らされた事もある。
麻雀人口がジワリジワリと増え続けている今の時代、インターハイだけじゃなく雀荘も群雄割拠と言っても良いような時代なのだ。
京子「っと、ウンチクはここまでにしましょうか」
京子「ともかく、そういう訳だから、今は変なお客さんも少ないし」
京子「絡まれたりしたらすぐにお店の人が助けてくれるはずだから、安心して入りましょう」
祭「はーい」
明佳「ち、ちょっとドキドキしますね」
春「…私も」
京子「春ちゃんは緊張しすぎよ」
さっきから一言も話さなかったのは別に春が会話の中に入れなかったって訳じゃない。
一見して分かりづらいけれども、その表情は何時もよりも硬くなっている。
恐らく、初めて雀荘に入るって事で色々と緊張もしているんだろう。
とは言え、そういうのに苦手意識が強そうな明佳さんでさえドキドキするってくらいで春のようにガチガチにはなってないんだよなぁ。
一体、春は雀荘に対してどんなイメージを抱いているんだろうか。
春「だって…こういうお店初めてだし…人に教えるとか今までなくって…」
京子「…あぁ、なるほど」
多分、春にとっては後者の方が大きいんだろうな。
必要があれば人並み以上に上手くやってみせるだろうが、自分から進んでそういう事をやりたがる性格はしていない。
そんな春が麻雀という複雑な競技を人に教えるという事に物怖じを覚えるのもそれほどおかしな事ではないだろう。
さっきオッケーって言ってたから大丈夫だと思ったけど…もうちょっと考えてあげればよかったかな…。
京子「大丈夫よ。基本、私が教える側に回るから」
京子「春ちゃんは三人の相手をしてあげて頂戴」
春「…でも、それじゃ京子が愉しめない」
京子「別に良いのよ。これは皆へのお礼なんだから」
それにまぁ、春が教えるのに物怖じしてるって分かっているのに、強要するのはちょっとな。
元々、今日は今まで迷惑や心配かけた分のお詫びでもあるのだし、春にも楽しんで欲しい。
まぁ、実際、どうなるかは店のシステム次第だけど、店構えを見る限り、初心者にも配慮してる店だろうし。
ちゃんと場所代さえ払えば大丈夫だと思う。
京子「それに皆が楽しそうに麻雀してくれるだけで私は十分、嬉しいから」
春「…京子」
京子「それより、皆待っているわ。早く入りましょう?」
春「…うん」
カランカラン
「いらっしゃいませー」
舞「わぁ…」
扉を開いた瞬間、俺たちを迎えたのは純白のフリルで彩られた制服を着た女性店員だった。
胸を強調するアンミラ系のそれは可愛らしい以上にフェティッシュで雀荘よりもメイド喫茶に相応しいような気がする。
とは言え、店内は決して如何わしい雰囲気ではなく、上品な喫茶店めいた内装をしていた。
壁一面にアクアリウムが並ぶ休憩用の軽食スペースを見て、雀荘だと思う人はまずいないだろう。
…にしてもアクアリウムがこうして並ぶと結構、おしゃれ感があるな。
雀卓の区切りとしても使えるかもしれないし、今度、部長に提案… ――
京子「(…って何考えてるんだか)」
京子「(もう俺はroof-topのバイトでもないんだ)」
京子「(そんな奴に店内の内装を大幅に変えるような提案をされても困るだけだろ)」
「何名様でしょうか?」
京子「あ、五人です。セットありますか?」
「はい。ございます。当店は初めてのご利用ですか?」
京子「えぇ。説明お願いします」
「分かりました。まず料金の説明からさせてもらいますね」
それから始まる説明は特にroof-topのものと大きな違いはなかった。
アレだけウンチク語っておいて、もし、長野とまったく違ったらどうしようと思ってたけれど、それは大丈夫だったらしい。
ここから見る限り、店の雰囲気も良い感じだし、これなら初心者の三人もノビノビと打てるだろう。
「以上です。なにかご質問はありますか?」
京子「あ、今日は初心者が三人いますから四人で対局してる間に、一人が教える側に回ろうと思っているんですが、それは大丈夫ですか?」
「その場合でも利用料金が発生しますが大丈夫ですか?」
京子「はい。構いません」
「それなら当店としては問題はございません」
「他に何かご質問はありますか?」
京子「皆、ある?」
祭「正直、まだ良く分かってないから後で京子に教えてもらう!」
舞「まったく祭さんったら…でも、京子さんが分かっていれば大丈夫でしょうし」
明佳「私も問題ありません」
春「…ん」コクン
京子「ないみたいです」
「では、ご案内させていただきますね。こちらへどうぞ」
店員さんに案内されて店内へ。
…にしてもスカートの丈が若干どころじゃないレベルで短すぎる気がするのはやっぱり何処の雀荘も同じなんだろうか。
roof-topを手伝ってた時の咲や和もミニって言葉が恥ずかしくレベルの丈の短さだったからなぁ。
雀荘戦国時代と言っても良い今の環境の中じゃ、こういったところで獲得出来る客の数も結構馬鹿にならないのかもしれない。
実際、こうして見渡す限り、雀荘の中の雰囲気も良いし、可愛らしい店員がこんな制服を着てるとなれば俺も足しげく通ってしまうかもな。
ま…それよりも今は… ――
「こちらになります。ごゆっくりお楽しみ下さい」
祭「おぉ…これが雀卓かぁ…」
舞「なんだか大きいですわね」
春「ただの雀卓じゃなくて全自動麻雀卓だから」
明佳「あ、それは知ってますよ。自動的に牌を並べてくれる奴ですよね」
祭「という事は全自動ではない卓もあるの?」
京子「と言うよりもちょっと前まではそっちが主流だったわよ」
明佳「まぁ、普通に考えれば全自動化なんてつい最近の事でしょうしね」
春「…それに麻雀は創世に関わるほどの昔からある競技だから」
祭「えっ」
春「世界はたった一つの雀卓から生まれたと言われて…」
京子「ません」
麻雀には融合もシンクロもエクシーズもペンデュラムもないんです。
それどころか、麻雀で外交する首相もいないし、人を喰う鬼も ―― 多分 ―― いない。
あくまでオカルトがあるだけの世界で、そんなダイナミックな設定がある訳ないだろう。
舞「しかし、全自動になるまではやっぱり手で混ぜたり積んだりしてたのですか?」
春「…うん」
祭「でも、アレだけの数ってなると大変じゃない?」
京子「それもコツがあるのよ。後で見せてあげるわね」
京子「まぁ、それよりも色々と気になる事もあるでしょうし…一回、やってみましょうか」
祭「よーし!1位目指しちゃうぞー」グッ
舞「まぁ、滝見さんがいる以上、1位になるのは難しいでしょうけれどね」
京子「あら、わからないわよ?麻雀は実力もあるけれど、運否天賦の領域も大きい競技だから」
京子「初心者があっさり経験者に勝つ事もよくある話だし、舞さんが1位になる事だってあり得るわ」
それにまぁ、春だって完全に本気で打ったりしないだろうしな。
自分以外の三人が初心者だって分かっているんだから、盛り上げる為にある程度、手も抜いてくれるはず。
言葉少なめではあるけれども、その辺りの空気は読める子だしな。
春「それじゃセットする」ポチポチ
明佳「うぅ…なんだかドキドキが強くなってきました」
京子「ふふ、大丈夫よ。ちゃんとその都度、後ろで教えてあげるから」
明佳「は、はい…よ、よろしくお願いしましゅ」カミッ
明佳「…あ」カァ
京子「…これは明佳ちゃんは優先的に教えてあげないとダメかしらね?」クスッ
祭「あー、明佳ってばズルーい」ニコー
舞「あざといですわねー」ニコニコ
明佳「わ、わざとじゃないです…!!」ワタワタ
その辺は勿論、分かっていて二人もからかっているんだろうな。
彼女達は俺よりも遥かに付き合いが長くて、仲が良い訳だし。
明佳ちゃんがそういう事を狙って出来るタイプじゃないって事くらいとっくの昔に知っているだろう。
京子「(…にしても、そこまでドキドキしたり緊張するって事は…案外、明佳ちゃんに麻雀は合っているのかもな)」
京子「(まったく興味がなかったら、そんな風にドキドキしたりはしないだろうし)」
京子「(勿論、他の二人だって興味がない訳じゃないだろうけど、完全に遊びとして捉えている感じだ)」
京子「(けれど、明佳ちゃんはただの遊びじゃなく、一種の競技として考えている)」
京子「(まぁ、性格の違いもあるんだろうけれど…三人共教え甲斐がありそうで嬉しい)」
京子「(流石に麻雀部に入って俺の代わりに地方予選に出て欲しい…なんて事を考えてる訳じゃないけれど)」
京子「(麻雀を楽しんでくれる人が増えるのは、経験者としても嬉しい事だ)」
京子「(…まぁ)」
舞「それツモですわ」バーン
京子「舞さん、それはツモじゃなくてロンよ」
京子「それに一回鳴いてるから、その形だと役なしになって和了れないわ」
舞「な、なんと…!!」ガーン
うん、まぁ、流石に最初から出来るとは限らないよな。
何より、初心者が三人も同卓してる状態で、教えるのが俺一人ともなると中々、手が足りない。
専属で一人つけるような形だったら、舞さんが牌を倒す前に教えてあげられたのになぁ…。
…正直、ちょっと甘く見てたかもしれない。
祭「うー…色々ルールあって大変だよぉ…」
舞「あら?祭さんはもうギブアップしますの?私はまだまだいけますわよ?」
祭「ぬぐぐ…さっき二位だったからって…!」
舞「当然ですわ。この私、既に麻雀の役は全て把握済みですもの!」
舞「そう簡単に負けはしませんわ」
祭「…さっきツモとロンを間違えた癖にー」
舞「う…そ、それは…その…だ、誰しもミスはあるものです」
舞「過ぎた事は気にしてはいけませんわ。えぇ」カァ
とは言え、流石、永水女子に通うようなお嬢様だと言うべきか。
二回三回と数を重ねる内に大体のルールを覚えていってくれている。
事前に軽い役だけ教えていたと言うのも結構、上手く働いているのだろう。
全ての役を予習していたらしい舞さんと他の二人の中で実力差が生まれているけれど、それだって大した差じゃない。
さっき舞さんが二位だったとは言え、その前は明佳ちゃんが二位だったし、上手く実力伯仲の状態にもっていけてるのだろう。
春「…京子、そろそろ替わる?」
京子「いいえ、大丈夫よ」
春「でも…」
京子「折角、面白くなってきたところで、教える側が交代してちゃまずいわ」
京子「もうちょっと皆が安定するまで私にやらせて、ね?」
春「…分かった」
多分、こうやって交代を申し出てくれている辺り、春も気を遣ってくれているんだろう。
とは言え、未だ三人の実力は不安定で、初心者とも言えないような状態だ。
基本的なルールやセオリーに関する質問も多いし、教えなきゃいけない事も山積みである。
そんな状態で他人に教える事に緊張を覚えていた春と交代なんて出来ない。
せめてルールやセオリーを完全に把握するまでは俺が教育係をやるべきだろう。
京子「(まぁ、それに…こうやって誰かに麻雀を教えるって事が今までなかった所為かな)」
京子「(こうして皆が少しずつ麻雀に慣れていくのを見るのがとても楽しい)」
京子「(今の俺にとっちゃ大した事のない一つ一つを真剣に聞いて)」
京子「(ツモの一つでキャッキャと騒いで…)」
京子「(俺も最初の頃はこうだったんだなって言う眩しさと共に微笑ましさを感じる)」
京子「(…俺に麻雀を教えてくれてた和とかもこんな気持ちだったのかな?)」
京子「(だとしたら…俺は…)」
ワァァァァ
京子「…ん?」
瞬間、入り口の方から歓声のような声が聞こえてきた。
元々、雀荘は全自動麻雀卓の洗牌音で静かとは言えない空間ではあるが、今の声はそれを遥かに超えている。
一体、入り口で何が起こっているのか。
舞「なんですの?この騒ぎは」
祭「さぁ…ちょっと行ってみる?」
明佳「ちょ、待ってください。まだ対局中ですよ」
祭「ははーん…その反応…明佳はもうテンパイしてると見たね!」
明佳「うぐ…っ」ビクッ
祭「もう。すーぐ顔に出ちゃうんだからー。こいつこいつー」ナデナデ
明佳「や、やめてくださいよー」カァ
舞「でも…気になるのは事実ですわね」チラッ
春「…別に対局中に席を立っちゃいけないってマナーがある訳じゃないから大丈夫」
祭「あれ?良いの?」
春「…じゃないとトイレとか電話とかが大変」
明佳「言われてみればそうですね…」
春「…まぁ、あんまり不必要に席を立つのは宜しくないとされているけれど」
春「雀荘なら店員に代打ちも頼めるし…それに今は仲間内で打ってるだけだから」
祭「気にする人もいないっと…なるほどなるほど」
舞「つまり明佳さんがテンパイバレしただけって事ですわね」
明佳「わ、忘れてくださいよ、もぉ…!」カァァ
まぁ、このレベルでの戦いじゃ、テンパイしてる事が分かってもあんまり意味はないだろうけどな。
三人の中で一番、実力がある舞さんでも、まだ他人の河に意識がいくレベルには達していない。
唯一、意味があると言えば春の方だけど、彼女はテンパイの有無や点数の大きさを感じ取る能力で言えばインターハイでも屈指だ。
まだ初心者の明佳ちゃんがテンパイしていた事なんてとっくの昔にお見通しだろう。
祭「さーて、どれどれ…」ヒョイ
明佳「見えましたか?」
祭「んー…良く分かんない。人だかりがすっごいし」
舞「そうですわね。ですが、アレだけ人が集まってるって事はきっと有名な方なのでしょう」
明佳「ゆ、有名人…!?」ガタッ
京子「…明佳ちゃんって意外とミーハーな子だったのね」クスッ
明佳「はぅ」カァァ
幾ら永水女子に通うようなお嬢様だ、なんて言ってもやっぱり心の中は普通の女の子だって事だな。
そういうのが好きそうな祭さんだけじゃなくって、舞さんまで入り口の方を覗いているし。
俺もちょっと気になるけど…全員がよそを見てるのはちょっとな。
後で何かしらのトラブルになりかねない事を思えば、一人くらいは卓上を見てた方が良い。
祭「あ、でも、人だかりからこっち来たよ」
舞「あら…アレは…」
春「知ってる人?」
舞「…何度かテレビや雑誌などで見た事がありますわ。名前までは覚えていませんけれど…」
祭「あ、私は知ってるよ。確か名前は……」
「…」スタスタ
祭「大沼…うん、大沼さんだったはず」
京子「えぇぇぇぇ!?」バッ
春「っ!?」ガタッ
秋一郎「うぉ」ビクッ
アイエエエエエエエ!大沼=プロ!?大沼=プロ、ナンデ!?
うぉおおおおお、すっげー!!マジすっげええええええ!!!
う、動いてる…!カードとかシールじゃなくてマジモンの大沼プロだよ!!!
って、違う…!今はそんな事に感動してる場合じゃない!!
京子「ははははは春ちゃん、何か書く物あるかしら?」
春「!?っ!!!!?」ワタワタ
あ、うん。ないよね!!
そう都合よく色紙代わりになるようなもんなんて持ってるはずないよな!!!
だが、こんな事で諦められるかよ…!!
折角、本物の大沼プロに会えたんだ…!!
出来れば使いたくなかったが、ここは最終手段でいくしかない…!!
京子「仕方ないわ。ここは服に書いてもらいましょう」
春「!!」コクコク
祭「ちょ、ちょっと待って。流石に服はまずいって」
京子「で、でも、もう二度と会えないかもしれないのよ…!!」
明佳「そ、そんなに凄い人なのですか?」
京子「えぇ。大沼プロは麻雀がまだ偏見に満ち溢れていた頃にプロとして一線で戦ってきた人よ」
京子「いいえ…ただ戦ってきただけじゃなく、スタープレイヤーとして黎明期のプロ麻雀を引っ張って来たと言っても過言ではないわ」
京子「さっきも言った通り…私達にとっては伝説と言っても良い世代の人なのよ」グッ
祭「そ、そうなんだ…」
京子「でも、大沼プロは凄いのはそれだけじゃないわ」バッ
京子「5年連続で守備率1位を達成したのは日本プロ麻雀界でも大沼プロだけ!!」
京子「その防御は堅牢無比…!でも、ただ防御が得意なだけじゃなくって奪われた以上に奪い返す独特の戦法で活躍してきた人よ」
京子「日本の代表として世界を相手にしてもその活躍ぶりは色褪せず、The Gunpowderの称号で呼ばれた事もあるわ」
京子「今は一線を退いてシニアリーグに移っているけれども、テレビで解説に呼ばれたりするくらいに人気が高く」
京子「今も尚、日本代表復帰を望む声もあるくらいの超一流プレイヤーなの!!!」キラキラ
明佳「へ、へぇ…そうなのですか…」
ハッ…しまった…ちょっと熱く語りすぎてしまったか。
でも、俺が言った事に何一つ嘘偽りはない。
同じ黎明期を戦った同期達がシニアリーグからも引退する中、未だに一線で戦い続けているような超一流の選手。
俺達の真横を通りすぎようとしていた老齢の男性はそんなスターなのだ。
一麻雀ファンとして熱くなってしまうのも致し方ない事だろう。
秋一郎「そこまで語られると流石にちょっと恥ずかしいんだがなぁ」
京子「わわわ…ご、ごめんなさい!!!」ペコペコ
秋一郎「いや、寧ろ、そんな若々しい嬢ちゃんに熱く語って貰えると嬉しいがね」
京子「あ、あはは…」
まぁ、実際は嬢ちゃんではないのだけれど。
しかし、あんまり大沼プロも気にしていないみたいでよかった…。
こうして雀荘に顔を出してるって事は今日は仕事じゃなくオフか何かなんだろうし。
未だに人気が色褪せないトッププロの貴重な休みとなれば、ゆっくりと羽根を伸ばしたいのが当然だ。
それなのに興奮のあまり騒いでしまった俺をあっさり許してくれるなんて、やっぱりトッププロって凄い。
改めてそう思った。
秋一郎「…で、嬢ちゃんの名前は?」
京子「え?」
秋一郎「名前を知らなきゃサインも出来ないだろ?」
京子「い、良いんですか!?」
秋一郎「普段、オフには断るようにはしてるんだけどな」
秋一郎「嬢ちゃんだけは特別だ」
京子「あ、ありがとうございます…!!」
うぉおおおお!!!しかも、サインまでして貰えるなんて!!
こうして会って話をして貰えただけでも幸運なのに、今日の俺は運が良すぎないか…?
正直、この幸運の揺り戻しが来ないか今からでも不安なくらいなんだけど!!
…まぁ、でも、今からそんな事を心配しても意味ないよな!
それよりも大沼プロからサイン貰う方が先だろう常識的に考えて!!!
京子「須賀京た…京子です。須賀京子」
秋一郎「…須賀?」
京子「えぇ。あの…何か?」
秋一郎「…なるほど。須賀か。…まさかこんなところで会うとはねぇ…」
京子「…え?」
…なんだ、この反応。
まるで俺の事を知っているような…知らないような…微妙な感じ。
正直、大沼プロほどの人と何処かで繋がりがあるのなら嬉しいんだけれど…。
しかし、須賀なんて名前は別にそれほど珍しいって訳じゃないし…何より【須賀京子】はついこの2ヶ月前から誕生したと言っても過言ではない人物だ。
大沼プロの誤解か…或いは… ――
京子「……もしかして『私』の事をご存知なのですか?」
秋一郎「さぁて…そいつに答える前に一つ質問をして良いか?」
京子「…どうぞ」
秋一郎「嬢ちゃん、今、対局中か?」
京子「あ、いえ…違いますけど…」
秋一郎「なら、一局打たねぇか?」
京子「…え?」
イッキョク ウツ?
え?それって大沼プロと麻雀出来るって事?
ま、待ってくれ…ちょっと展開が急すぎて理解が追いついてない。
これって夢じゃないよな…?
い、いや、頼むから現実であってくれ。
夢だとしても…もうちょっとだけ起きるのを待って欲しい。
こんなチャンス滅多にどころかほぼあり得ないと言っても良いようなものなんだ。
例え、夢であっても大沼プロと対局できる機会をフイにしてしまったとなれば、俺は一生、後悔するだろう。
秋一郎「そいつで俺に認められたらさっきの質問に答えてやる。どうだ?」
京子「っ!光栄で」
春「…」ジィ
祭「ジィ」
明佳「…」ドキドキ
舞「あらあら」マァマァ
…しまった。
憧れのプロに話しかけられて完全に舞い上がってたけど、今は皆と一緒な訳で。
ここで頷いてしまったら、明佳ちゃん達に教える人がいなくなってしまう。
そうなると春の負担が大きくなるし…惜しい…いや、惜しすぎる話ではあるけれど…ここは断るしかない。
春「…行ってきていい」
京子「春ちゃん…でも」
春「皆の面倒は私が見るから」
京子「だけど…対局しながらじゃ厳しいでしょう?」
春「店員さんに入ってもらえば私が皆に教える側に回れるから大丈夫」
舞「それにもう大体のルールは覚えましたわ!」
祭「うん。だから、行ってきて大丈夫だよ」
明佳「折角、憧れの人に誘われてるんです。行かなきゃ後悔しますよ、きっと」
京子「皆…」
秋一郎「…話は纏まったかい?」
京子「…はい。さっきの話、請けさせていただきます」
皆にここまで言ってもらって断る理由は俺にはない。
ここで首を横に振れば皆の気持ちを無駄にするだけではなく、俺自身も深く後悔するだろう。
大沼プロとの対局も楽しみだし…それに彼が俺の何を知っているのかも気になるんだから。
ろくに和了れない俺が大沼プロに認めてもらえるとは思えないけれど…でも、チャレンジしなきゃ可能性すら生まれないんだ。
秋一郎「はは。やっぱり雀士はそういう目をしてなくっちゃあな」
京子「…え?」
秋一郎「良し。んじゃ、店員さん」
「あ、はい」
秋一郎「この嬢ちゃんがこれからフリーに入るんだが、それは大丈夫か?」
「はい。可能です」
秋一郎「んじゃ、その分の代金は俺につけといてくれ」
京子「ちょ、大沼プロ!?」
秋一郎「気にすんな。俺くらいの年になると後進の育成が唯一の楽しみみたいになってくるんだ」
秋一郎「大した金額じゃないんだから、プロとしてこれくらいさせろよ」
京子「そうやってご隠居気取るにはまだ早いと思いますよ?」
京子「…ですが、折角ですし、ご厚意に甘えさせていただきます」
秋一郎「おう。そうしとけそうしとけ」
正直、大沼プロに奢ってもらうとか、どれだけの少額でも申し訳無さがマッハなんだけどな。
とは言え、ここで遠慮し過ぎると大沼プロの顔を潰す事にもなってしまうし。
先に言い出されてしまった段階で俺の負けは決まったも同然なんだ。
一局程度ならば大した金額にもならないし、ここは有り難く頂戴しておこう。
秋一郎「さて…っと、何処に入るかねぇ」
「」ドキドキ
「」ワクワク
「」ソワソワ
そう言って大沼プロが見渡す店内の雰囲気は大分、浮ついたものになっていた。
大沼プロは雀士ならば誰もが知ってるレベルのトッププロなんだからそれも当然だろう。
そんな人ともし打てるかもしれないと思ったら、俺だって間違いなくソワソワする。
空席が二つの卓が多いのも、大沼プロがそこについてくれるのを内心、期待しているからなのだろう
秋一郎「なぁ、嬢ちゃんが何処が良い?」
京子「…え?」
秋一郎「俺、こういうの苦手なんだよ。嬢ちゃんが決めてくれ」
京子「そ、そんな事言われても…」
「」ジィィィィィ
「」ジィィィィィ
「」ジィィィィィ
うぉぉぉ…!皆、すっごい俺の方を見てる…!!
こっちを選んでくれって頼み込むものから、こっちを選ばなきゃ分かってるんだろうなって脅すようなものまで…!!
勘弁してくれ…俺はごく普通の ―― いや、まぁ女装してる時点で普通じゃないが ―― 高校生なんだぞ。
そんな風に注目を浴びるなんて…まぁ、最近妙に慣れて来てはいるけれども…荷が重すぎる。
京子「(…とは言え、大沼プロは完全に俺に任せる腹積もりみたいだし)」
京子「(俺に視線をくれるだけで楽しそうに笑ってる)」
京子「(…もしかしたらこれも試されてる内なのかな?)」
京子「(…だとしたら、俺がここで選ぶべきは…)」
京子「……では、あちらの席はどうですか?」
俺が指さしたのは壁際から少し離れた卓だった。
初老の男性と大学生くらいの女性が座るその卓はこの騒ぎの中でも比較的静かにしている。
勿論、大沼プロを意識してはいるけれども、他の卓のようにこっちをガン見していない。
この騒ぎの中でそれが目立ったというのがあの卓を選んだ一つ目の理由、そしてもう一つが… ――
京子「(今までさんざオカルト持ちの人達と打ってきた所為かな)」
京子「(こうして人の事を見てるだけでその実力がどれほどのものかを察する事が出来るようになってきた)」
京子「(そんな俺の目が節穴じゃなければ……この中で一番、強いのはこの二人だ)」
京子「(流石に咲みたいな馬鹿げた実力はしてないだろうけど…少なくともオカルトは持ってる)」
京子「(正直、俺にとってはキツイ相手ではあるけれど…でも、大沼プロほどの人にとっちゃそれくらいが丁度良い)」
秋一郎「…へぇ」
京子「…どうでしょう?お眼鏡に適いましたか?」
秋一郎「ま、期待には応えてくれたってところかね」
京子「ふふ、思いの外、手厳しいんですね」
秋一郎「大した額じゃないって言っても金払ってるんだ、そりゃ期待の一つもさせて貰わなきゃな」
京子「さっきと言ってる事、ちょっと違いませんか?」
秋一郎「大人は本音と建前を使いこなす生き物なんだよ、覚えとけ嬢ちゃん」
ズルいなぁ。
何がズルいってそういうセリフもまた様になるのがズルい。
こう顔に刻み込まれてるような経験がセリフ一つ一つを渋くさせている。
格好そのものは大分ラフだし、頭頂部も若干、もの寂しい事になっているけれども。
やっぱり未だ実力も人気もトップクラスのプロだけはあるよなぁ。
秋一郎「ここ良いかね?」
「えぇ。どうぞ」
「勿論です。大沼プロと打てるなんて光栄ですよ」
「お嬢ちゃんもこっちを選んでくれてありがとうな」
「本当は内心、ドキドキだったのよ」
京子「いえ、こちらを選ばせていただいたのも色々と打算がありましたし…」
「はは。なら、その打算が上手くいくようこっちも頑張らないとな」
「そうですね。折角、選んでもらったんですから期待には応えないと」
京子「っ…!」
一瞬、ゾッとするようなプレッシャーを感じた。
やっぱ…この二人、強ぇ…。
最低でもインターハイに出てこれるだけの実力は持ってる。
折角、大沼プロと打てるってのに…こんな卓を選んだのはまずかったか…?
京子「(いや…何を弱気になってるんだよ、俺)」
京子「(インターハイクラスの雀士と会えたって事は今の俺の実力を試すチャンスって事だろ)」
京子「(大沼プロと打てるだけじゃなくて、こんな強い人らと打てる事を光栄に思わなきゃ)」
京子「(そうだ…俺はまだまだ弱いんだし…出来るだけ多くのものを吸収出来るように頑張らないと…!)」グッ
秋一郎「……あ、そうだ。嬢ちゃん」
京子「あ、はい」
秋一郎「さっきの質問に答える条件…俺が認めたらってだけでちゃんと決めてなかったよな」
京子「えぇ。そうですけど…」
秋一郎「折角、卓が決まったんだ。どうせだし、それも具体的にしようじゃねぇか」
秋一郎「そうだな…この卓なら…」チラッ
秋一郎「…俺以外の二人に勝つってのはどうだ?」
京子「え?」
秋一郎「どうだい?これくらい嬢ちゃんなら出来るだろ?」
京子「い、いや、その…」
「」ゴゴゴ
「」ドドド
か、買いかぶり過ぎですってええええええ!!!
俺はイカサマめいた状況でしか和了れないような雀士なんですよ!?
それをこんな実力者二人に勝てとかどう見ても無理ゲーなんですが!!
しかも、大沼プロの言葉で二人の闘争心にも火が点いてるし…!!
こんな状況で俺に勝てる要素なんてゼロにも等しいぞ!!
秋一郎「さぁて、賽を回そうじゃねぇか」ポチッ
って聞いてねぇ!?
あぁ…くそ…ちょっと悔しいけど…頑張るしかないか。
どの道、主導権は大沼プロの方にあるんだ。
『認める』が条件である以上、そのラインを引き下げてもらう事は出来ない。
正直、俺にその条件を達成出来るとは思えないが…情けなく懇願して認めてもらうってのも違うと思うし。
京子「(…ま、昔と違って、今はまったく戦えないって訳じゃないんだ)」
京子「(蟷螂の斧も良いとこだが、点数を稼ぐ方法はある)」
京子「(…問題はその方法が流局まで行かなきゃ使えないって事だけど)」
京子「(それでも戦う術はあるんだから…諦める訳にはいかない)」
「ロン。1300」
「はい」
京子「(…と言っても、そう簡単には和了らせて貰えないよな)」
京子「(この二人…やっぱ強ぇ)」
京子「(まだ一回も流し満貫和了ってないってのに…完全にこっちを警戒してやがる)」
京子「(流石に俺のオカルトまで気づいてないだろうが…数局で明らかに早上がり重視の手に変えやがった)」
京子「(くそ…そんだけ強いんだったらもうちょっと慢心してくれりゃ良いものを…!)」
もしかしたら大沼プロがあんな事を言ったから、俺の事をこんなに警戒しているのかもしれない。
しかし、俺はぶっちゃけこの中で飛び抜けて弱いと言っても良いレベルの雀士なのだ。
そうやって警戒されてしまったら手も足も出ない。
この時点で俺が勝つ目は殆ど潰されてしまったと言っても良いくらいだ。
京子「(…だけど、不気味なのが…)」
「それロンです。3900」
秋一郎「おうよ」
京子「(…俺よりも点数が下の大沼プロの存在だ)」
京子「(俺と同じく、大沼プロも一度も和了ってない)」
京子「(その上、今みたいに見え見えの危険牌を切ったりしてるから大きく失点してる)」
京子「(勿論…これはプロの試合じゃないんだからある程度、手加減はしてるんだろう)」
京子「(だけど…だからってわざと振り込んでいるようにも思える打ち方を続ける意味が果たしてあるのだろうか?)」
京子「(少なくとも…もう半荘の半分も過ぎてそのままじゃ挽回は難しい)」
京子「(団体戦ほど大きく点数が動いたりしないとは言え、トップとの点差はかなりのもんなんだから)」
京子「(…もしかして、このまま負けるつもりなのか?)」
京子「(…いや…でも…)」
秋一郎「……」
京子「(…この人の目は…そんなんじゃない)」
京子「(ファンサービスの為にわざと負けてやろうなんて…そんな事を考えているような目じゃないんだ)」
京子「(深く、鋭く…人の心にも切り込んでいく様なそれは…)」
京子「(まるで虎視眈々と機会を狙っているみたいで…)」
秋一郎「…ダメだな」
京子「っ!?」
瞬間、聞こえてきたその声は明らかに俺に対して向けられたものだった。
ため息混じりのそれはさっきまでの声音とまったく違う。
まるで期待外れだったと言われているようなその声に俺の身体が強張るのは分かった。
京子「すみません…」
秋一郎「はぁ…ったく。嬢ちゃんは何も分かってねぇな」
秋一郎「そう言うところが期待はずれだって言ってるんだよ」
京子「…え?」
秋一郎「嬢ちゃん、アンタ、自分が弱いと思ってるんだろ?」
京子「それは……」
それは当然の事だ。
なにせ、俺はこれまで一度も和了れていないのだから。
大沼プロのように不可解な打ち筋をしてる訳じゃない。
間違いなく全力を出して勝ちに言ってるって言うのに…ただ点数が削られていくままなのだ。
そんな現状を見て、自分が強いなんて思えるはずがない。
秋一郎「嬢ちゃんだって分かってるよな?」
秋一郎「この卓にいる全員は嬢ちゃんよりも格上だ」
秋一郎「その上、この二人は明らかに嬢ちゃんをカモとして狙ってたぞ」
秋一郎「それなのに嬢ちゃんはその尽くを躱して、失点を抑えてる」
秋一郎「お陰で二人とも嬢ちゃんを狙うのを諦めて、俺に対して矛先を向けたくらいだからな」
「あ、あの…なんかすみません…」
秋一郎「あぁ、いや、それが悪いって言ってる訳じゃねぇよ」
秋一郎「戦術としてごくごく当たり前だし…何より俺も良くやるからな」
秋一郎「ただ…ここで大事なのはベタオリでやろうと思っても中々、出来ねぇ芸当を嬢ちゃんがやってのけたって事だ」
秋一郎「こうして一緒に同卓してる俺が保証してやる。嬢ちゃんの雀力は大したもんだって」
京子「……」
大沼プロに言われるまでもなく、俺が狙われているのには気づいていた。
伝説と言っても良い相手の前で格好良いところを見せようとしているのか、或いはさっきの大沼プロの挑発が尾を引いているのか。
その打ち筋や視線から、俺を撃ち落としてやろうとする気持ちがはっきりと伝わってきていた。
それを回避し続け、結果的に標的から外れる事が出来たのは日頃の努力の賜物だろう。
正直なところ、そんな自分の努力を憧れの人に認めてもらえて嬉しい。
けれど…… ――
京子「…ですが…和了れなければ意味がありません」
秋一郎「おう。良く分かってんじゃねぇか」
秋一郎「そうだ。麻雀は和了れなきゃ意味がねぇ」
秋一郎「どれだけお題目を並べても、勝たなきゃ意味がねぇんだよ」
秋一郎「…なのに…どうしてだ?」
京子「え?」
秋一郎「嬢ちゃんからは和了ってやる勝ってやるって気概が何一つとして感じられねぇ」
秋一郎「そこまで分かってるってのに、どうして勝つって思えないんだ?」
京子「それ…は…」
勿論、この忌々しいオカルトの所為だ。
人並みと言える運さえない俺は何もかもが裏目に出るこの力の所為で、勝ちをほぼ奪われてるも同然だ。
実際、一年以上麻雀やっていて俺が1位になったのは、この前、姫子さんと戦った時だけである。
それ以外はどれだけ良くてもごっちゃん二位程度の成績が関の山の俺にとって、『勝利』とははるか遠い代物なのだ。
秋一郎「…嬢ちゃんはよ、早い話、真剣に麻雀やってねぇんだろ?」
京子「っ…!そんな事…!!」
秋一郎「少なくとも今の嬢ちゃんの目は本気で麻雀やってる奴の目じゃねぇんだよ」
秋一郎「なんだ、その負けても仕方がない…勝てる訳がないっつぅような目は」
秋一郎「そんな目で麻雀打ってプロに真剣だと思ってもらえると思ってんのか?」
秋一郎「ギリギリのところにある勝機を掴めると考えてんのか?」
秋一郎「もし、そうなら…テメェは麻雀を舐めすぎてるよ」
京子「……っ!」
…大沼プロの言葉が悔しくて仕方がない。
俺は麻雀の事が好きだし、真剣に打ってきてる。
確かに俺は…逃げ出したいと思った事もあった。
実際、逃げ出した事が一度もないとは言えないのかもしれない。
でも…それでも俺は頑張ってきたんだ。
咲みたいな力はないけれど…人並みにすらなれないけれど。
それでも…ここまでやって来たんだ。
ずっとずっと…続けてきたんだ。
なのに……!!!
京子「(俺の…何を知ってるんだって…そんな事すら言い返せない)」
京子「(その言葉に対する反発は間違いなく俺の中にあるはずなのに…)」
京子「(俺の中に深く切り込んでくる鋭い言葉が…それを完全に封じ込めている)」
京子「(…なんで…なんだよ)」
京子「(俺は…そんな奴じゃないはずだろ…!)」
京子「(これまで…沢山苦しんで…頑張ってきたのに…)」
京子「(麻雀をなめてるって言葉一つ…否定出来ないんだよ…!!!)」
秋一郎「……しゃあねぇな。じゃあ、嬢ちゃんが本気になれるようにしてやるよ」
京子「え?」
秋一郎「もし、さっきの条件を満たせなかったら、俺は嬢ちゃんのお友達を殺す」
京子「……は?」
秋一郎「お遊びだと思うか?…俺は本気だぜ」
…言われなくても分かる。
やる気なさげな瞳をすっと細めた奥から明確な殺意が沸き上がってきているのだから。
まるで射殺すようなその視線は…大沼プロが間違いなく本気である証だろう。
ここで俺が期待通りの結果を出さなきゃ…本気で春を…皆を殺すつもりなんだ。
京子「(でも…どうしろって言うんだよ…!?)」
京子「(俺の手元にある札は…流し満貫だけしかないんだぞ…!)」
京子「(それだって…今まで殆ど封殺されてきてる…)」
京子「(その上…トップとの点差は既に一万点以上…例え流し満貫を決めても一回じゃその差は埋めきれない…!)」
京子「(しかも…今回は姫子さんの時みたいに順位を維持する手伝いをしてくれる人だっていないんだ)」
京子「(……ダメ…だ)」
京子「(考えれば考えるほど…勝てる要素がない…)」
京子「(諦めたくない…負けたくない…見返してやりたいって…気持ちはあるのに…!)」
京子「(俺にこの人を止める術がない…)」
京子「あ…う…」
秋一郎「……ダメだな」フッ
秋一郎「これだけ言われても…負けん気すら出せねぇか」
京子「…ぁ」
その声はさっきとは違って哀れみすら感じられるものだった。
失望すら超えて、憐憫すら向けられている自分に…しかし、俺は情けないとさえ思えなかった。
それよりも遥かに強いのは…安堵。
さっきの大沼プロの殺気がただのブラフでしかない事に、俺は心から喜び、身体から力を抜いていた。
秋一郎「嬢ちゃん…もし、嬢ちゃんが公式戦に出るって言うのなら…止めとけ」
秋一郎「嬢ちゃんは公式戦には向いちゃいねぇ。出ても他のやつの迷惑になるだけだ」
秋一郎「麻雀やるならお遊びのレベルにしとくのが一番だぜ」
京子「っ…!」
そんな俺に…大沼プロの言葉を否定出来るだけの力があるはずもない。
なにせ、俺はさっき…諦めてしまったのだから。
不条理な要求を突きつけてきているこの人を止める事を。
この場を自分の手で何とかする事を…俺は出来ないとそう悟ってしまったのだ。
今までの自分の積み重ねてきたものを…自分自身で否定してしまったのである。
彼の言葉が言いがかりでもなんでもない事を証明してしまった俺に…反論などする資格はない。
「あの…」
秋一郎「あぁ、悪いな。止めちゃっててよ」
秋一郎「…じゃあ、そろそろ本気で行くか」
「え?」
秋一郎「本気で勝ちに行くって言ってるんだよ」
その言葉は…とても静かなものだった。
まるでそれがごくごく当然で…常識であるかのようにも聞こえるほど普通の声音。
あまりにも普通過ぎて、他の二人が反応出来ないそれに…しかし、俺は空恐ろしさを感じる。
京子「(勿論…本気でない事くらい分かっていた)」
京子「(手を抜いている事くらい…理解出来ていた)」
京子「(だけど…プレッシャーも何も…感じないんだ)」
京子「(こうして本気を出すと言っても尚…静かなままで…)」
大沼プロ以外の二人からは相変わらず恐ろしさをヒシヒシと感じる。
けれど…未だ大沼プロからは何の恐ろしさも感じないままだ。
それは決して彼が弱いからだとか…衰えてしまったからなどではない。
恐らく…俺は理解出来てないんだ。
まるでアリがゾウの巨大さを正確に把握など出来ないように。
あまりにもレベルが違いすぎて…認識が追いつけていない。
秋一郎「ツモ」
秋一郎「ロン」
秋一郎「またツモだ」
京子「っ!」
しかし、そうやって恐ろしさが分からない間にも局は進んでいく。
前半の手抜きっぷりが嘘であるような連荘の嵐。
一回一回の点数も高く、今までのリードがあっという間に削られていく。
取られた以上に取り返す…まさにTheGunPowderの名に相応しい打ち筋。
まるで雀卓そのものが熱く燃え盛っているようなその火力に…俺は…いや、俺達はついていけなかった。
秋一郎「ツモ。これで終局だな」
京子「あ…」
気づいた時には…飛ばされていた。
俺が…じゃない。
かなりのリードを持っていたはずの他の二人も今のツモで点棒を見事に奪い取られてしまっている。
圧倒的という言葉ですら物足りないほどの実力差。
格が違うと…そう言っても良いそれに俺だけじゃなく他の二人もまた呆然としていた。
京子「(…俺はともかく…他の二人はインターハイクラスなんだぞ…?)」
京子「(オカルトだって持ってたし…大沼プロの事だって最大限警戒してた…)」
京子「(それなのに…まるで赤子の手をひねるように…逆転劇を見せて…)」
京子「(咲の奴だって…こんな事出来るかどうか分からない)」
京子「(これが…年老いて尚、日本のトッププロだと言われる雀士の実力なのか…?)」
京子「(これが日本の最前線で戦い続けて…伝説と呼ばれてきた男の打ち筋なのか…?)」
京子「(もし…もし、そうなら…俺は…)」
秋一郎「…麻雀ってのはよ。遊びだ何だって言っても戦いだ」
秋一郎「少なくとも…俺らの世代にとっちゃそうだった。勝たなきゃ飯の種がなくなって死ぬ。そんなもんだったんだ」
京子「…」
秋一郎「今の嬢ちゃんにとっちゃ、そんなもんは想像も出来ない世界なんだろう」
秋一郎「そりゃあ俺達が頑張った成果だから嬉しい事ではあるさ」ギシッ
そこで椅子に背中を預ける大沼プロの顔は涼し気なものだった。
彼以外の同卓者はあまりの火力と、恐ろしさに未だ汗が引かないって言うのに。
まるでこれがごくごく当然の結果のように平然としている。
それがまた俺にはとても恐ろしく見えた。
秋一郎「…だけどな。その本質は忘れちゃいけねぇ」
秋一郎「麻雀は…戦いだ。負けて良いなんて、負けて学ぶものがあるなんて思って良いもんじゃねぇんだよ」
秋一郎「相手の胸元にある勝利を強引に奪いとってでも絶対に俺は勝つ。そんな気概が必要なんだ」
秋一郎「…無論、嬢ちゃんだって色々と言いたい事はあるんだろう」
秋一郎「打ち筋に努力は感じた。そいつは認めてやるよ」
秋一郎「だけどな。今の嬢ちゃんは負け犬だ」
秋一郎「負け続けた結果、言い訳だけ上手くなって、逆らう気力もなくなったただの負け犬だよ」
京子「…っ」
違う…と言いたかった。
麻雀は勝つ為だけのもんじゃないって。
あくまでも楽しむ為のもんなんだって…言い返してやりたかった。
ギリギリの勝負の中でも楽しいのが最高の麻雀なんだって…俺はあいつらを見てそう学んだんだから。
京子「(…けれど…それを証明するだけの何かが…俺にはない)」
相手は文字通りその半生を麻雀と共に過ごし、未だその最前線に立っているバケモノだ。
その積み重ねは俺なんかが想像出来るような薄っぺらいものではないのだろう。
麻雀歴一年ちょっとで…しかも、彼の言葉通り負け続けた俺が何を言ったところできっと蚊に刺されたほどにも感じない。
…いや、実際、そう言い訳して…逆らおうとするだけの気力も持てない時点で…俺は… ――
秋一郎「…もし、神様なんてもんが本当にいるんだとしたらよ」
秋一郎「今の嬢ちゃんには間違っても手を貸したいとは思えないだろうぜ」
京子「…え?」
秋一郎「負けても楽しいから良いんだ、なんて言い訳してるような奴に誰が好き好んで協力したがるかよ」
秋一郎「熱く激しく…燃えるような闘志があってこそ、手を貸してやりたいって思うもんだろ?」
京子「……大沼プロ…」
その言葉はまるで俺の事情を知っているようだった。
いや…まるで、じゃなくてきっと彼は知っているのだろう。
勿論、その言葉そのものはただのゲン担ぎとしてあり得ないものじゃない。
でも、さっき大沼プロは俺の事を以前から知っているような反応をしていたんだ。
偶然の一致と思うには…彼の反応はあまりにも不自然過ぎる。
秋一郎「…ま、残り一ヶ月あるんだ。好きにしろよ」
秋一郎「今のままじゃ足手まといになって一生後悔するだけだろうけどな」
秋一郎「じゃあな、嬢ちゃん」
京子「……」
そう言って立ち上がり、ひらひらと手を振りながら立ち去っていく彼を俺は追いかける事が出来なかった。
勿論…聞きたい事や言いたい事は沢山ある。
けれど…それをするには俺の実力はあまりにも足りていなかった。
京子「(…結局…条件も満たす事が出来なかったしな)」
大沼プロが提示した『認める為の条件』。
他の二人の点数を上回れと言うそれを俺は結局、満たす事が出来なかった。
全自動麻雀卓に表示されている点数は-5400点。
他の誰よりもダントツで低い数字だ。
京子「(…何も…出来なかった)」
まだ何とか大沼プロに抗おうとした二人とは違って、ただただ点棒を奪われ続けたが故の最下位。
勿論…俺だって、出来るだけの事はやろうとした。
今の俺が持ちうる札で何とか戦おうと…追いすがろうとしたのである。
だが、それすらも…大沼プロにとっては言い訳でしかないのだろう。
どれだけ頑張ったと言っても…俺は一度も和了れず、無様な姿を晒すしかなかったのだから。
京子「(…だけど…どうしろって言うんだよ…!)」ギュッ
俺だって…俺だってこんなオカルト染みた不運さえなければもうちょっと戦えていたはずだ。
あの二人のように前半を制するような真似は出来なくても…今のように引き離されなかった自信はある。
少なくとも…前半の二人の手は読みきれていたし、狙いを躱し続ける事も出来ていた。
人並みの運さえあれば、実力差はあったとしてもまったく勝てない相手じゃなかったと思う。
京子「(くそ…分かってる…分かってるんだよ…!)」
京子「(これが言い訳なんだって…負け犬の証明なんだって分かってるんだ…!)」
京子「(だけど…俺は…!!)」
春「…京子」
京子「…っ!」ビクッ
そこで掛けられた声に俺の身体が小さく跳ねる。
そのまま弾かれたように視線を動かせば、心配そうに俺を覗きこむ春と目が合った。
恐らくこっちが終わったのを知って、迎えに来てくれたんだろう。
そんな彼女に心配をさせている自分が情けなくて…負け犬だという大沼プロの言葉が胸の中で響く。
春「…顔色、悪い。大丈夫?」
京子「…えぇ。大丈夫よ」
春「…でも」
京子「…大丈夫。大丈夫だから」
…ここは強がるべきところじゃないって…頭では俺も分かっている。
こうして心配してくれている春には…春にだけは話すべきだって気持ちは俺の中にもあるんだ。
けれど、ここで春に甘えてしまったら…それこそ情けなさ過ぎるじゃないか。
例え、頭では正しいと分かっていても…大沼プロの指摘が刺として胸に刺さったままの俺がそれを選ぶには…まだ時間が必要だった。
春「…そう。でも、無理はしないでね」
京子「えぇ。勿論よ」
京子「それより皆、待っているんでしょう?」
京子「折角、雀荘に来たんだから、もっと色々、教えてあげなきゃね」
そして春はそんな情けない俺を受け入れてくれる。
きっと未だ心配しているだろうに…深くは聞かずに、何時もの距離感を保ってくれるんだ。
そんな彼女を有り難いと思うと同時に…自分がとても醜くて小さい人間な気がしてならない。
それこそ負け犬という言葉が浮かび上がるような自分の醜態。
それを思考から振り払うように俺は椅子から立ち上がって… ――
よぉ、久しぶりだな、元気してたか?
はは、ったく…相変わらず口の減らない小僧だな、おい。
あん?俺にとっちゃお前は何時までたっても小僧だっての。
あぁ、小僧と言えば…お前のガキに会ったぞ。
いやぁ…思った以上に別嬪さんで最初分からなかったな。
は?馬鹿なこと言うなよ、嫁さんの血だ嫁さんの。
お前の面影なんざ欠片もなかったっての。
…で、だな。
例の件、やっぱ白紙にさせてくれ。
いや…別に気に入らなかった訳じゃねぇよ。
寧ろ、お前のガキは気に入った。
ばーか。誰が惚れるか。
俺が言ってるのはだな、今は俺が下手に手を貸すよりも自分で悩んで結果出した方が後々、為になるって事だよ。
…おう。まぁ…そりゃな。
あのガキ、本気で俺が狙っても一度たりとも放銃しやがらなかった。
他の面子だって決して弱い訳じゃないのに、全部回避してやがったよ。
とんでもねぇ危機回避能力だ、アレだけは賞賛に値するぜ。
ん?それ以外はまぁ…察しろよ、馬鹿。
お前のガキだからなーそりゃしょうがねぇって。
ま…でもよ。
だからこそ、その能力の高さを活かせるだけの何かがあれば…ありゃあ化けるぜ。
…なんだよ。今更、親馬鹿っぷりを発揮する気か?
ったく…そんなんなら…あ、くそ…切りやがった。
…はぁ、そんなに大事なら…もうちょっとやりようはあると思うのによ。
ホント…父親ってのは何処も不器用なもんだよなぁ…。
という訳で今日の投下は終わりです。
なんだか色々と拡大解釈してたり、ヒロインが面倒な子になっていますが、何時もの事だと寛大な心で許してくださると嬉しいです
次回も出来るだけ早く投下出来るようにします
では、おやすみなさいませ
明日ってか今日だけど休みだああああああああ
安価スレしたい(真顔
ハッ…意識が飛んでました
>>122
ペルソナ系は他のスレでも案は出てるみたいなんでこのスレかどうかはちょっと分かんないです
でも、P4ベースで阿知賀が舞台ならこのスレですね
そして久しぶりの休日で安価スレへの欲求が高まっているので今日一日でサクッとキリの良いところまで進めそうなのをやろうかと
王様ゲームか、魔物娘(ポケモン風)か、反逆者(好感度も全てコンマで判定、即死アリ、ループ前提)か
直下で見たいものを書いて下さい
あ、王様ゲームの場合は舞台となる高校(清澄と白糸台以外)もお願いします
寝て起きたら開始する予定です
では今度こそおやすみなさい
ところでスール云々に関して姫様の反応が無いけどどうなんだろう
お前ら直下だって言っただろ!!!!
いや、ホント、これだけの人がいるとは思ってなかったからびっくりしました
ありがとうございますありがとうございます
とりあえず魔物娘でスレ立ててきました
【咲×魔物娘図鑑】京太郎「魔物娘と迷宮攻略」【安価】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1411447265/)
これから導入やって最初のパートナー安価なども飛ばすので良ければ参加してください
>>133
姫様はスールの事を『とっても仲良しな人たち』としか認識してないので
依子さんと京太郎が仲良くなってるのを純粋に喜んでいるんじゃないかなぁ
姫様はそういう意味でまだ京太郎の事が好きじゃないし嫉妬なんかはしてないと思います
明日こっちに投下して明後日魔物娘をやる…
い、イケルやん…(震え声)
今から投下するうううううううううううう
―― 今、俺の目の前に立ちふさがるのは…山だった。
いや、より正確に言えば、それは山のような男だ。
俺よりもさらに高い身体に、筋肉をこれでもかと身につけた大男。
しかも、それはボディビルダーのように人を魅せる為のものではなく、無駄なく動く為の実践的なもの。
実際、彼はその巨体に似合わないスピードで動く事を俺はこれまで嫌と言うほど思い知らされている。
京太郎「…」ゴクッ
そんな相手が今、俺に対してナイフを向け、構えている。
距離は歩数にしておおよそ三歩半。
本来であれば、彼が腕を伸ばしたところでその切っ先は俺には届かない。
だが、俺は知っている。
この距離は既に彼の射程範囲内だと言う事を。
彼がその気になれば、その切っ先は間違いなく俺の喉元へと突き刺さるであろうと言う事を。
京太郎「はぁ…はぁ…」
だからこそ、だろう。
こうして対峙しているだけなのにも関わらず、俺の口からは荒い息が漏れる。
それは俺がこうして身につけている防具が重いからなどではない。
幾度となく味わった死のイメージが、ナイフを構えるだけで彼から漏れだす殺気が。
俺の精神をヤスリのように摩耗させ、追い詰めていっている。
京太郎「(くっそ…こうして…ナイフを向けられてるだけだってのに…)」
京太郎「(なんで俺は…こんな…情けない…!)」
京太郎「(情けない情けない情けない……!!)」
―― 負け犬
京太郎「ッッッ!!!!!」
ふと浮かび上がった言葉に俺の身体が跳ねる。
まるでそれを否定しようとするように反射的に前へと出た。
ダンと深く床を踏抜いて得た力をひねるように腰から肩へと回す。
その終点は大男へと突き出されるエペの切っ先だ。
ナイフよりも数倍リーチの長いそれは彼の身体に突き刺さ… ――
「疾ッ!!」
るように見えた瞬間、彼の身体が大きく揺れ動いた。
突き出した俺のエペを削ぐようにしてナイフを当ててくる。
自然、狙いからズレた切っ先は彼から大きく外れてしまった。
その隙を百戦錬磨の大男が見逃すはずがない。
無防備に前へと進み、防御する術を失った俺へと軽く踏み込み… ――
トトトン
「三回です」
京太郎「…はい」
首筋、喉、みぞおち。
俺がエペを引き戻す暇もなく、振るわれたナイフは人体の急所を三回撫でた。
もし、それが本物ならば、例え防具を身につけていたとしても俺は三回死んでいただろう。
いや…人を殺す為の訓練を受けてきた大男 ―― 山田さんならば今のナイフでも十二分に俺を殺せたはずだ。
「これまで幾度となく教えてきましたが…恐怖に駆られた兵士ほど御しやすいものはありません」
「相手が恐ろしければ恐ろしいほど、強敵であれば強敵であるほど平静を保たねば自分を追い詰めるだけです」
京太郎「…はい」
…何をやっているんだ、俺は。
この人に一撃を当てるには幾らリーチの長い武器を使っても、詰将棋のような戦略の組み立てが必要だ。
さっきのように気持ちが逸っただけの一撃なんてラッキーパンチでもまず当たらない。
そんな事は今までに嫌ってほど体感してたのに…俺は一体、何をやっているんだろうか。
京太郎「…すみません。もう一度、お願いします」
「…いいえ、コレ以上やっても意味はないでしょう」
京太郎「…お願いします…!」
「坊っちゃん…」
俺の言葉に山田さんはゆっくりと首を横に振った。
まるで今の俺にはその価値もないのだと言わんばかりのそれに握りしめた拳が震えるのが分かる。
だけど…彼が呆れるのも当然だ。
フェンシングなんてした事がないと渋る彼に頼み込んで、こうして訓練して貰っているのに…今日の俺はまったく身が入っちゃいない。
さっきのように言い訳のしようもないミスを繰り返し、山田さんを失望させ続けている。
「コレ以上やっても坊っちゃんの気持ちは晴れませんよ」
「いや…やればやるほど今の坊っちゃんには逆効果です」
京太郎「…それでも…お願いします…!」
「坊っちゃん…」
京太郎「俺は…今のままじゃいけないんです…!」ギュッ
だって…ここで止めたら…俺はそれこそ負け犬じゃないか。
確かにこうやって負けるのは辛いし…苦しい。
だけど、それから逃げたら…それこそ大沼プロの言葉を否定出来なくなってしまう。
それは…それは絶対に嫌だ。
俺はまだ…自分が負け犬だなんて認めちゃいない。
その為にも…!!
「……あまり手加減は出来ませんよ」
京太郎「構いません」
京太郎「俺を打ちのめすつもりで……もう一本…お願いします!」
「では…」スッ
京太郎「っ!」
瞬間、振るわれるナイフの軌道は明らかに俺の急所を狙ったものだった。
特殊部隊にて培われた人を殺す為の技術。
それが生み出す迫力に思わず身体が竦みそうになってしまう。
日頃の訓練の賜物か、何とか竦む事なく身体が動いたけれど…結果は同じだった。
一歩下がった俺を追い詰めるようにして踏み込んできた山田さんのナイフが俺の心臓へと突き刺さったのだから。
「まだやりますか?」
京太郎「…っ!まだ…まだ!!!」
「では…」
上へ下へ、右へ左へ。
まるで蛇のようにのたうつ軌道は素人の俺から見ても見事と言う他なかった。
彼がナイフを振るう度に俺の急所は抉られ、死亡回数だけが増えていく。
勿論、俺もその間に手に持ったエペで反撃しているが、まるで当たる気配がない。
こっちの攻撃が全て読めているように躱され、そして逆に殺されてしまう。
京太郎「(落ち着け…リーチはこっちの方が長いんだ)」
京太郎「(距離をとって冷静になれ…!戦略を整えろ…!)」
京太郎「(相手は身体能力から経験、技術まで全部、俺とは比べ物にならない相手なんだ…!)」
京太郎「(考えなしに突っ込んでも無駄なだけ…!!)」
…そんな事は頭ではもう分かっているのだ。
もう数え切れないほど打ちのめされた訓練の中で嫌というほど山田さんと自分の差を思い知らされている。
だが、山田さんをそう高く評価する度に…どうしても脳裏で大沼プロの姿がチラついてしまうんだ。
俺の事を負け犬と言い…俺の麻雀全部を否定した彼の姿が。
それに対してろくに反論出来なかった情けない自分を…どうしても意識してしまう。
京太郎「(そんな状態で捉えきれるほど山田さんは容易い相手じゃない)」
京太郎「(いや…どれだけベストなコンディションでも一勝すらあげられない事を思えば…)」
京太郎「(こんな状態で戦おうだなんて思う方が失礼な相手だと言っても良いくらいだ)」
京太郎「(実際…戦えば戦うほど心と身体がドンドンと空回りしているのを感じる)」
京太郎「(重なっていくのは無様に敗北した数だけで…何も学習できず…ただ体力だけを浪費していく)」
京太郎「(それでも…俺は…俺は……っ!)」
京太郎「はぁ…はぁ…くっそ…」ドサッ
「…何時もとくらべて無駄な動きが多すぎますね」
「ついでに無駄な思考も」
京太郎「…すみません」
結局のところ…俺がやっているのは八つ当たりなのだ。
大沼プロから言われた言葉を否定する為に…がむしゃらに山田さんへと向かっていっているだけ。
彼はあくまでも俺達のボディガードであって、俺の師匠でも何でもないのだから面白いはずもない。
分かってる…そんな事は…力尽きるまで無駄な事を繰り返した俺にだって分かっているんだ。
「謝る必要はありません。ただ…」
京太郎「ただ?」
「そういう落ち込んだ顔を見ると誘われているように思えるので」
京太郎「可及的速やかに立ち直ります」キッパリ
確かに仕事終わった後時間にこうして俺のことを鍛えてくれている山田さんには感謝してるが流石に尻の穴を捧げたいとは思わない。
幾ら日頃女装してるとは言っても、それは諸処の事情により致し方ない事であって好きでやっている訳じゃないのだ。
一応、山田さんがホモであると知っても、こうして二人きりで訓練してはいるが、それは彼の事を信頼しているからこそ。
山田さんの事を誘っているだなんて事はまったく、これっぽっちもないのである。
「まぁ、ここまで付き合って言うのも何ですが…ご自分を痛めつけてすっきりしたいのであればランニングもオススメですよ」
京太郎「ランニング…ですか」
「えぇ。こうやって打ちのめされて悶々としたものをさらに強くするよりは、走って逃げた方が気分的にも楽です」
京太郎「…山田さんにもそういう事ってあったんですか?」
俺の知る彼はそういった悩み事とは無縁の英傑だ。
カラテの世界大会でも幾度と無く入賞し、米国の特殊部隊にも所属していたという抜群の経歴を持っているのだから。
正直、何処のアクション映画から出てきた主人公だよと思うようなスペックを誇る山田さんが、悩むところなんて正直、想像が出来ない。
こうして訓練を積んでいく内に彼が思いの外インテリで、しっかりとした理論に裏打ちされたメニューを課してくれているのだと知っていても尚、その印象だけは拭いきれなかった。
「そりゃもう。昔は同室の同僚に恋をして、色々と気持ちを抑えこもうとしていましたからね」
京太郎「…割りと乙女なんですね」
いや、まぁ、山田さんが男で、その気持ちの方向性が同性に向いてるって時点で乙女でも何でもないんだけど。
だけど、外見からはそういう時は強引に行くタイプだと思っていたからちょっと意外だ。
「惚れましたかな?」ハハッ
京太郎「どれだけ心の中が乙女でも、俺はノーマルなんで山田さんに惚れる事だけは絶対にないっす」
「はは。まぁ、私だって最初から同性愛者だった訳でもなければ、悩み事が完全になかった訳でもありませんよ」
「寧ろ、同性愛者であるが故に色々と打ちのめされたり、悩んだりした事があります」
京太郎「…山田さん」
…そうだよな。
俺には同性を好きになる気持ちは分からないけれど…彼がどれだけ偏見で見られてきたかくらいは想像がつく。
実際、俺の中にだって、そういった偏見がまったくないとは言い切れない訳だし。
そんな偏見や自分の気持ちとずっと向き合わなきゃいけない山田さんが悩みを知らないはずがない。
…さっきはちょっと失礼な事を言ってしまったかな。
京太郎「すみませ」
「だから、私は常々、思っているのですよ」
京太郎「え?」
「もし、私と同じ道を歩む後進がいれば、すぐさま吹っ切れるように気持ち良くしてやろうと」ニジリニジリ
京太郎「ちょ…ま…山田さん!?」
「大丈夫ですよ、坊っちゃん。すぐに良くなります」ニヤ
京太郎「ま、待ってください。なんで俺の防具外してるんですか?」
「…ふふ。分かっている癖に」ポッ
全然、分かんないんですけど!!!!てか、分かりたくないんですけど!!!
なんで、なんで今の流れでそんな風になるの!?
そんな要素なんてまったくなかったじゃん!!!
そもそも俺は山田さんと違ってそんな道を進むつもりなんてまったくないんです!
つか、さっきクッタクタになるまで訓練したから腕に力が入らねぇし…つか、そうじゃなくても俺と山田さんの腕力差はどうしようもない訳で!!
だ、誰か…誰か助けてええええええええ!!!!
初美「すたあああああああああっぷ」バンッ
「おっと」
初美「何をやってるですかー!?」プンスコ
は、初美さああああああああん!!!!
いや、もうホント、今の俺には初美さんが女神に見える…!!
今までぞんざいな扱いをしててごめんなさい!
これからは心を入れ替えて年上として敬います…!!
「いや、何…ちょっとフェンシング♂の訓練をですね?」
初美「明らかにフェンシングの訓練なんて終わってたじゃないですかー!!」
「ほら、男同士には色々な剣♂がありますし」
初美「ろ、露骨なシモネタは禁止ですよー!!!」カァァ
って言うけど、初美さん、俺の誕生日の時とか結構、俺に対してえげつない事してませんでしたっけ?
もしかして自分でシモネタ言うのは大丈夫だけど、シモネタ言われるのはダメなタイプなんだろうか?
もし、そうなら今度、仕返しする材料に…いや、まぁ、それはとりあえず置いておくとして。
今はとりあえず貞操の危機が去ったらしい事を喜ぼう…。
「仕方ないですね。ここは戦略的撤退と致しましょうか」
初美「おとといきやがれですよー!」ムスー
「…ただ、一つ言わせて貰えばですね」
「それだけ心配ならばもっと早くに踏み込んできてあげた方が宜しいですよ?」
初美「…京太郎君の為にも次からはそうさせてもらうのですよー!」
そう言って道場から出て行く山田さんを威嚇するように初美さんが睨めつけ続けている。
普段はあまりにも小さいその姿が今だけはとても大きく、そして頼りがいのあるものに見えた。
流石に男としてその背中に泣きついたりはしないが、それもまた魅力的に思えるくらいには。
まぁ、そもそも身体の節々に鉛のような疲労が残る俺にそんなアクティブな真似は出来ない訳だけれど。
それでも寝転がったままは失礼だし…上体だけでも起こしておこう。
初美「…大丈夫ですか?京太郎君」
京太郎「えぇ。…いや、ホント、助かりました」
初美「全く…相手がそういう性癖の人だって分かってるんですからちゃんと警戒しなきゃダメですよー?」
京太郎「まぁ、それはそうなんですけど…」
ただ、山田さんはホモではあるものの、その教え方はとても真剣なものだからなぁ。
多くのことは語らない、だから、身を持って学べ、な人ではあるが、こうして仕事終わりにも付き合ってくれている訳で。
正直なところ、さっきみたいに襲われそうになった事なんて一度もなかった。
だから、油断していた…なんて言うつもりはないけれど… ――
京太郎「…ただ、山田さんも本気で俺を襲うつもりなんてなかったと思いますよ」
さっきの口ぶりから考えるに彼は俺に襲いかかった時点で初美さんの存在に気づいていたのだろう。
それでも尚、俺にああやって詰め寄ったのは、恐らく隠れて覗き見ていた彼女をおびき出す為。
どうしてそんな事をしようとしたのかまでははっきり分からないが…恐らく俺に対して気を遣ってくれたんじゃないだろうか。
体力だけが自慢と言っても良いような俺がこうしてヘバるまで無様な姿を見せ続けたのだ。
はっきりと何があったかまでは口にしたりはしないけれど、何かあったのだと察してくれたはいるのだろう。
初美「…そんなの分かっているのですよー」
初美「分かっているからこそ、乗せられた事に腹が立つのですー」ムスー
京太郎「はは。まぁ、相手はOTONAですし、仕方ないですよ」
まぁ、流石の山田さんもKIを使ってHAKKEIで戦う事は出来ないだろうけどさ。
ただ、あの人はこの神代の家の中で唯一、信用出来る大人ではある。
勿論、雇われているのは俺にじゃないし、何かあった時には勿論、神代の側につくだろう。
でも、明らかに無理を言っている俺の訓練にこうして付き合ってくれている時点で、彼は決して悪い人じゃない。
神代の側にいて、そう思える人なんて俺には彼くらいしか思いつかなかった。
京太郎「…つか、それより…なんで覗き見なんてしてたんです?」
初美「な、何の事ですかー?私にはさっぱり分からないのですよー」
京太郎「いや、もう誤魔化しても意味ないですからね?」
普段、剣道や柔道、或いは古武術などの練習に使われているこの道場は比較的防音がしっかりしている。
換気の為に窓が開いているとは言っても、普通の話し声が外に漏れる訳がない。
ましてや、彼女はフェンシングの訓練は終わっていたとはっきりと口にしたんだ。
山田さんのように人の気配をはっきりと感じていた訳じゃないが、彼女が覗き見してたのは確実だろう。
京太郎「別にそんな真似しなくても中で見学していれば良いじゃないですか」
京太郎「実際、小蒔さんはそうやって見てますよ?」
初美「いやぁ…私みたいな美少女が見てる前で負けっぱなしだと京太郎君が傷つくかなって」
京太郎「大丈夫ですよ。そんな気を遣わなくても」
京太郎「初美さんの前で今更、良い格好しようと思っていませんし」
初美さんには神代家の人の中で一番、格好悪いところを見せ続けてる訳だしな。
正直、負けっぱなしなところを見られても、今更感がある。
勿論、俺も男のプライドがある分、格好良いところを見せたいっていう欲求はあるんだけどさ。
でも、どうにも初美さんの前でそういう事が出来るとは思えないんだよなぁ。
初美「…どうやら重傷みたいなのですよー」ポソッ
京太郎「…え?」
初美「はぁ…まったく…自分じゃ気づいてないんですかー?」
京太郎「何をですか?」
初美「…仕方ないですねー…」スタスタ
京太郎「え、えっと…初美さん?」
初美「よいしょぉ!」グイィ
京太郎「うぉ!」
勢いのあるその言葉と同時に、俺の背中に回った初美さんが俺を床へと引き倒す。
未だ疲労困憊と言っても良い今の俺に彼女の腕に逆らうだけの力はない。
頭の重さをそのままに再び床へと引き戻された俺の頭を、床とは違う感覚が受け止める。
ほんのり暖かいこれはもしかして… ――
初美「…ほら」
京太郎「…いや、ほらって」
初美「美少女の膝枕ですよー。嬉しいでしょう?」
京太郎「…まぁ、嬉しくないと言えば嘘になりますけれどね」
はっきりと肌で感じる初美さんの身体は、やっぱり見た目相応のものだった。
肉付きの少ない彼女の膝ははっきりと柔らかいとは言えず、また首を受け止める高さもちょっともの足りない。
その上、下から見上げても何ら起伏の見えないその身体はなんだか哀愁を誘い、色々と申し訳なくなってしまう。
京太郎「(ただ…初美さんは優しい人ではあるけれど、そうやってベタベタと甘やかすようなタイプじゃない)」
京太郎「(少なくとも…俺は今まで初美さんに膝枕なんてされた事なんてなかった)」
京太郎「(それでも…こうして俺に対して膝枕をしてくれるって事は…初美さんなりに今の俺を心配してくれているからだろうな)」
京太郎「(…そんな彼女の気持ちが嬉しくないはずがない)」
京太郎「(こうして俺を受け止めてくれる身体は小さいけれど…その気持ちは大きい彼女に俺は感謝している)」
初美「…あ、思った以上に汗でベタベタしてるのですー」
初美「後で服も洗濯しないと…いや、これはいっそ捨てるべきですかー?」
京太郎「(…やっぱ早まったかなぁ…)」
遠慮のない事を言いながらも俺の身体を退けようとはしない辺り、照れ隠しなのかもしれないけど。
流石に自分から膝枕しておいてその反応は傷つくと言うか。
まぁ、好きでもない男の汗なんて汚く見えて当然なのは俺も分かってるんだけど…もうちょっとオブラートに包んで欲しいと思う。
初美「…で、どうしたのですかー?」
京太郎「え?」
初美「昨日からまったくと言って良いほど元気がないじゃないですかー?」
京太郎「それは…」
出来るだけ隠してたつもりだけど、やっぱり初美さんにはバレてるのか。
この人、いい加減な性格をしているようで凄い人を見てるからなぁ。
今までだって色々と格好悪いところを引き出されたし…隠し通せているとは思っていなかったけれど。
しかし、ここまではっきり指摘されると昨日からの俺の努力とは果たして何だったのかって気になる。
初美「ちなみに私だけじゃなく姫様まで、お見通しでしたからねー」
京太郎「…マジですか?」
初美「勿論、マジですよー」
京太郎「うあー…」
京太郎「(…やっべ。マジ恥ずかしい)」
京太郎「(まさか初美さんだけじゃなく他の皆にもバレていたなんて)」
京太郎「(いや…それはまだ良いんだ。良くはないけど…良い)」
京太郎「(それよりも恥ずかしいのは…俺がそんな皆に全く気づかなかった事で…)」
京太郎「(道化云々以前に…一体、どれだけ余裕がなかったんだよ俺)」
京太郎「(そりゃあ初美さんだって重傷だって言うよな…)」
普段の俺ならば、きっとその辺りに気づけただろう。
隠し事の出来ない小蒔さん辺りはきっと分かりやすいくらいのサインを出していただろうしな。
…実際、思い返せば、今日の小蒔さんは何時も以上に俺に優しかったし、何よりアレコレと理由をつけて俺と一緒にいようとしていた。
小蒔さんの神事と重ならなければ、今だって彼女はきっとこの道場にいただろう。
…そんな分かりやすい小蒔さんと一緒にいたのにも関わらず、まったく気づけなかった俺って一体…。
初美「まぁ、何だかんだ言って、皆、京太郎君と過ごしている時間が長いですからねー」
初美「一番、そういうののに鈍い姫様も未だに京太郎君が無茶してないか監視しなきゃって意気込んでますし」
初美「私がさっき京太郎君の事を覗いてたのも実は姫様に頼まれてたからなのですよー」
京太郎「小蒔さんが?」
初美「はい。自分が見ていられない分、私が見てあげていて欲しいって」
京太郎「…小蒔さん」
初美さんの言う通り、小蒔さんは本当に俺の頼み事を未だに護ろうとしてくれているんだろう。
もうエルダー選挙が終わって…俺が無茶する理由なんて殆どなくなったって言うのに。
俺の事を気にかけて…こうして初美さんまで遣わせてくれているんだから。
もうあんな頼み事忘れても良いくらいなのに…本当、小蒔さんは頑張り屋さんで…そして心優しい子だ。
初美「まぁ、そういう訳で何があったのかをキリキリ話すのですー」
京太郎「…ほんっと容赦ないですね、初美さん」
初美「私ははるるや巴ちゃんみたく京太郎を甘やかすつもりはないのですよー」
初美「それに姫様があんなにも心配してる事にも気付かないような鈍感野郎に容赦なんてするはずないのですー」
京太郎「…すみません」
…そうだよな。
小蒔さんの優しさに感動なんかしてる場合じゃない。
そうやって優しくされるくらいに俺が皆に心配かけてしまったのは事実なんだから。
そんな事にさえ気付かない男が初美さんの優しさなんて期待して良い訳がないんだ。
初美「はぁ…もうまったく…調子が狂うじゃないですかー」
京太郎「…ごめんなさい」
初美「だから、そういうのが…いや…まぁ、良いですけどね」
初美「それに大体、何があったのかは予想がつきますし」
京太郎「え?」
初美「大沼プロと打って思いっきりボコられたのが原因ってところですかー?」
恐らく、その辺りの経緯は春から聞いているのだろう。
俺へとチラリと目を向ける彼女の目に俺の胸が小さく跳ねた。
それは恐らく…俺が例の言葉を未だに消化しきれていないからなのだろう。
負け犬…そう呼ばれてろくに反論も出来なかった事を…俺はまだ皆に知られたくないって…。
ここまで心配されても尚、格好悪いところを見せたくないって…そんな風に自分の事だけ考えてしまうんだ。
初美「相手は日本のトッププロなんだからボコられたところで仕方ないのですー」
初美「そもそも、小鍛治プロがいなかったらあの人、未だに日本最強呼ばわりされててもおかしくないような化け物なのですよー」
初美「きっと京太郎君以外の誰が打っても結果は変わらなかったと思うのですー」
初美「寧ろ、そうやって打って貰えた事を光栄に思うべきなのですよー」
京太郎「……」
初美「あれ?京太郎君?」
京太郎「…いえ…違うんです…」
勿論、初美さんの言っている事も決して無関係じゃない。
今まで大敗する事はあったけれど、あんな風にどうにも出来ないままトバされる事は殆どなかった。
防御に長けた打ち筋からは想像も出来ないような火力の高さ。
それに気圧されたのも間違いなく事実である。
京太郎「…俺は…」
…ここから先は言いたくはない。
俺にとってこの先はかつてこのお屋敷に来てすぐの頃…初美さんに泣きついた事と同じくらいの黒歴史なのだから。
けれど、こうして心配する春に一日時間を貰って…その上、小蒔さんにまで心配まで掛けているのに…自分の面子なんて気にしていられない。
そんな事を気にする暇があればとっとと立ち直って、元の俺に戻るべきだ。
京太郎「(それに…少し打算的な事を言えば、俺は初美さんには格好悪いところを見せっぱなしなんだ)」
京太郎「(今更、黒歴史の一つや二つ口にしたところで彼女なら俺のことを笑ったりはしないだろう)」
京太郎「(誰よりも俺の弱音を受け止めてくれた彼女なら、きっと甘えても大丈夫)」
京太郎「(だから…)」
京太郎「…俺は…何も言えなかったんです」
京太郎「負け犬だって…言われました」
京太郎「お前は麻雀に対して真剣じゃないって…言われました」
京太郎「公式戦に出ても迷惑になるだけだって…言われました」
京太郎「そんな大沼プロに…俺は否定出来るだけの言葉がなくって…」
京太郎「結局…何も言い返せませんでした…」
そう冷静に考える一方で俺の口から漏れ出る声は強い感情に突き動かされたものだった。
自分でも驚くくらいに熱の入ったそれは…きっと俺自身、誰かに気持ちを打ち明けたかったからだろう。
理不尽な…けれど、否定のしようもない正論の数々を。
それに傷ついて弱った自分を…誰かに受け止めて、慰めて欲しかったんだ。
京太郎「俺は…決して負け犬じゃないって…麻雀も真剣にやってるって…」
京太郎「皆の迷惑なんかじゃないって…そう…言いたかったはずなのに…」
京太郎「俺…弱い…から」ポロ
京太郎「大沼プロみたいに…勝てる人じゃない…から」スッ
京太郎「何時だって…言い訳ばっかりで…どうしようもなかったって…精一杯やってこれなんだって…」
京太郎「それでようやく…麻雀に向き合えるような臆病者だって突きつけられて…」
衝動に突き動かされるがまま漏れ出る言葉は支離滅裂なものへと変わっていく。
溢れる感情が制御出来ず、目尻に熱いものが浮かぶのを感じた。
……例え、それを腕で隠したとしても…今の俺が格好悪いのは隠せない。
大沼プロの言葉通り、今の俺は完全な負け犬だ…。
初美「京太郎君…」
京太郎「俺…俺…悔しいんです」
京太郎「今まで…俺は色んな人と打ってきました」
京太郎「凄い人と…山ほど会ってきました」
京太郎「それで…俺…麻雀は楽しいんだって…楽しむのが一番だってそう思って…」
京太郎「だからこそ…頑張ってこれたって…そう思っていたのに…」
京太郎「でも…その全てを否定…されたんです」
京太郎「俺の中の麻雀だけじゃなく…俺と出会った人全部を…下らないもんだって言われたのも同然なのに…」
京太郎「違うって思いながらも…何も言い返すだけの材料がなかったのが…悔しくて…堪らなくって…」
そう思っても甘える言葉は止まらない。
ずっと胸の奥に押し込んできたそれらは今、堰を切ったように溢れだしている。
迷い、不安、甘え。
それら全てがごちゃまぜになった言葉は、気付かない間に俺の中に山ほど溜まっていたんだ。
京太郎「…俺の…俺のやってきた麻雀は間違っていたんでしょうか…?」
京太郎「麻雀はやっぱり…勝てなきゃ意味がないんでしょうか…?」
京太郎「負けても楽しかったなら良かったって…」
京太郎「そう思うような奴じゃ…真剣じゃないって言われても…仕方ないんでしょうか…?」
初美「…………」
俺の疑問に初美さんは答えない。
いや…きっと答えられないのだろう。
俺とは比べ物にならないくらい麻雀が強く、またしっかりしていると言っても初美さんはまだ20も迎えていない人なんだから。
俺の疑問に答える為の言葉なんて早々、持っているはずがない。
…だから…こんな事を言っても…きっと彼女のことを困らせるだけだ。
そんな事は分かっている。
分かっている…けれど… ――
京太郎「俺は…俺は…やっぱり…ここに居ちゃいけないんでしょうか…?」
初美「っ!」
…そう。
俺がこの屋敷にいる理由は、あくまでも小蒔さんがインターハイに出場する為なのだ。
それはただの建前かもしれないが…しかし、それでも皆がその為に頑張っているのは事実である。
けれど、俺は…相変わらず勝てないままで…それどころか…日本でも指折りのプロにお前じゃ無理だって言われて…。
それでも尚…俺がここにいて良い理由なんて…本当にあるんだろうか?
京太郎「俺…」
初美「……京太郎君、歯ァ食いしばれですよー」
京太郎「…え?」
―― パァン
瞬間、肉が弾けるような良い音と共に俺の視界が小さく揺れる。
それは…恐らく俺を膝枕してくれている初美さんが俺の頬を叩いたからなのだろう。
頬に走るジンジンとした痛みもその予想を肯定していた。
初美「…他の弱音は全部、受け止めてあげます」
初美「京太郎君がそれだけ思い悩んで、苦しんでいた事は私達も知っていますから」
初美「…だけど、だからこそ…最後のそれは取り消しなさい」
京太郎「初美…さん?」
その言葉には少なからず怒りが込められていた。
今までどれだけからかっても決して見せなかった初美さんの怒気。
小さい身体から沸き上がるようなそれに俺は強い困惑を覚えた。
初美「…今まで京太郎君は一体、何を見てきたのですかー?」
初美「はるるも…姫様も…私も…皆…皆…!」
初美「京太郎君の事、大事に思って…ここに居て欲しいって…そう思ってるのですよー!」
初美「じゃなきゃ、私だってこんな七面倒臭い真似はしないのですー!」
初美「京太郎君の事が大事じゃなきゃ、例え姫様の頼みでも、弱音を受け止めようなんて思いません…!」
初美「何回…本当に何回言えば…分かるんですかー!」
初美「皆は…京太郎君の事…大好きで…大事で…」
初美「京太郎君だって…私達の事、家族だってそう言ってくれたんじゃないんですかー!?」
京太郎「そ…れは…」
…勿論、彼女達の事は大事に思っている。
けれど、そう思えば思うほど、自分の現状はどうしても足かせになるのだ。
一度は何とかすると約束したし…その為に努力も積み重ねてきたつもりだけれど。
しかし、こうして大会が間近に迫り…そしてプロに現実を突きつけられると…どうしても思うのだ。
やはり…永水女子の最後の一人は俺ではない方が良いのではないかって。
【須賀京子】は必要ないんじゃないかって…そんな言葉が胸の内から止まらない。
初美「弱い?勝てない?そんなものが京太郎君の一体、何を決めるのですかー!?」
初美「麻雀なんて所詮、ただの遊びでしかないのですー!」
初美「そんなものが弱かったからと言って、人の価値は決まりません!」
初美「だから…だから…」ポロ
京太郎「…え」
初美「…ここにいちゃいけない、なんてそんな事言うなですよー」ポロポロ
初美「私は…皆は…ちゃんと知ってるのですー」
初美「京太郎君がどれだけ頑張って…どれだけ苦しんでいるのか」
初美「麻雀に対して真剣で…でも、それはずっと報われなくて…」
初美「足掻いて足掻いて…どうしようもない事を悩んでいる事くらい…ちゃんと分かってるのですー…!」
…その言葉は涙まじりのものだった。
何時も気丈で、何を言っても堪えなさそうな初美さんが…今、泣いている。
俺の上で…ポロポロと涙をこぼし、子どものように震えているんだ。
…それはきっと彼女が痛いとか悲しいとかじゃない。
この優しい人は今…俺の事を思って…俺の為に泣いてくれているんだ。
初美「京太郎君は…凄い奴ですー」
初美「誰かの為に頑張って…例え弱くても楽しいって言えて…」
初美「誰だってそんな風になれる訳じゃありません」
初美「だからこそ…京太郎君に…皆も励まされて…助けられているんですよー」
初美「それは麻雀の強さよりも遥かに得難いものなのですー」
初美「きっと麻雀が多少、上手い程度のハゲ親父には分からないくらいに」
京太郎「…初美さん」
初美「勝利だけを追い求めて…その価値以外を認めない奴に京太郎君の凄さは分からないのですよー」
初美「だから…そんな風に自分を追い込まないで欲しいのですー」
初美「京太郎君の麻雀は…決して間違ってなんかないんですから」
初美「勿論…私は大沼のハゲ親父ほど麻雀が上手な訳じゃありませんし、人生経験も少ない小娘ですよー」
初美「でも…そんな小娘にだって…そんな風に…人を楽しませて、力になれる麻雀が間違っているはずないって分かるのですー」
京太郎「……」
…だからこそ、だろうか。
初美さんの言葉が心の中へと染みこんでくる。
その目から溢れる涙が大地へと染みこむように。
弱くて…情けない俺の心を癒してくれる。
初美「そんな麻雀が出来る人を…外すはずがないのですよー」
初美「例えトッププロが京太郎君の事を認めなくても、永水女子最後の雀士は君以外にはあり得ません」
初美「…いえ…そうでなくても、京太郎君はここに居ても良いんですー」
初美「京太郎君はもう私達の家族で…そしてここは貴方の家なのですから」
京太郎「…」
初美「…それでも悔しいのは分かります」スッ
初美「京太郎君だって男の子…ですしね」
初美「勝ちたいって…負けたくないって思うのが当然だと思うのですよー」
初美「でも…私達は…勝利のために自分の大事なものを投げ捨てるような京太郎君を見たくないのですー」
初美「これまで京太郎君が築きあげて来た京太郎君だけの麻雀を…汚して欲しくないのですよー」
京太郎「でも…俺は…」
そんな風に何もかも手に入れられるような凄い奴じゃない。
俺の中の麻雀は…確かに大事だ。
今まで俺が色んな人と出会って、打ってきた結晶なのだから。
その中にはもう【須賀京太郎】として会えない咲達も入っている。
そんな麻雀を俺だって穢したくはない。
だが…それじゃあ…根本的な解決にはならないんだ。
俺が弱くて…そして自分の中の決して穢しちゃいけない麻雀さえも言い訳に使っているって…その原因を取り除く事は出来ない。
初美「負け犬になるのは嫌…ですか?」
京太郎「…はい」
初美「それは京太郎君が迷っているからですよー」
京太郎「…え?」
初美「…京太郎君はもうちょっと自分を信じても良いと思うのですー」
初美「自分の中の麻雀が一番なんだって…負けても俺が一番楽しんだから勝っているんだって」
初美「心からそう信じれば、負け犬だなんて言葉は気にならないのですよー」
京太郎「…俺に出来ますか?」
初美「出来ますよ。京太郎君なら」
そう言って俺の頬を撫でる手はとても優しかった。
さっきの平手を謝罪するようなそれは母性めいたものすら感じさせる。
…お陰で心の中に残った最後のささくれも…全部まるっと消されてしまった。
勿論…俺にだってそれが容易い事ではない事くらい分かっている。
しかし、それでも…初美さんがそう言ってくれるならば、出来そうな気がするのだから不思議だ。
初美「出来ないなら私達がしてあげます」
初美「京太郎君が…そんな迷いも届かないような凄い男に」
初美「例え負けても…心から麻雀が楽しかったって言えるような格好良い男に」
初美「ついでに…麻雀に勝てるような強い男にもしてあげるですよー」
京太郎「はは…」
……ホント、この人には敵わないよなぁ。
今の時点でも…初美さんは凄くて、格好良くて、強い。
俺なんかじゃ比べ物にならないくらいだ。
…この人の心を射止めるのがはたして誰なのかは分からないけれども…。
しかし、初美さんに好かれる人って言うのは…中々に大変だと思うくらいに。
京太郎「そんな男になったら初美さんも俺にメロメロになってくれますかね?」
初美「ハッ、寝言は寝てから言うのですよー」
初美「私が京太郎君に惚れるなんて100年経ってもあり得ないのですー」
京太郎「いやー100年経ったら寧ろ、こっちからお断りしますね」
初美「こ、の!!!相変わらず口が減らない奴なのですよー!!!」グニー
京太郎「いへへへ」
初美「…まったく…まぁ、何時もの減らず口が出てきたって事は元気になったって事なんでしょうけどね」パッ
京太郎「…お陰様で」
初美「ホントですよー。この恩は一生忘れるんじゃないのですー」
京太郎「いやぁ、三歩歩いたらすぐに忘れると思います」
初美「ニワトリですかー!?」
まぁ…冗談はさておき、この恩は一生忘れられないと思う。
それくらい…彼女の言葉は俺の心を上手く解きほぐしてくれたんだから。
この恩は何時か必ず初美さんに返したい。
…まぁ、問題はそれがはたして何時になるかって事なんだけれど。
初美さんってば、ホント、隙がないからなぁ…。
初美「ったく…そんな京太郎君に貸してやる膝なんてないのですよー」ムスー
京太郎「そう言いながら追い出さないですよね」
初美「京太郎君の頭が重すぎて追い出すのが億劫なだけなのですー」
初美「…それにまぁ何時も人の事、見下ろしてくれてる生意気な後輩を見下ろすのも気分が良いものですしね」ニマー
京太郎「そうやって気分が良くなっても初美さんの身長は変わりませんよ?」
初美「そんな事くらい分かってるのですー!」ウガー
とは言っても、初美さんを弄るのを止めるつもりはないけれど。
何だかんだ言って、こうやってお互いに憎まれ口を叩き合うのが一番居心地が良いからなぁ。
何より…こうやって初美さんに膝枕されて顔を見上げていると…なんかちょっとこう…ねぇ?
冷静になって考えると、割りと凄い事してるし…憎まれ口の一つでも叩いてなきゃ、顔が熱くなってしまいそうだ。
初美「…よし。良い事思いついたのですよー」
京太郎「……なんだかすげぇ嫌な予感がするんですが」
初美「なあに、京太郎君にとっても悪い話じゃないのですー」
京太郎「…経験上、そう前置きされた話って悪くなかった事がないんですが…」
…実際、最後に親父に連絡した時も似たような事言われたからなぁ…。
とは言え、ここで聞きたくないとダダをこねるのも子どもっぽ過ぎる話だし。
嫌な予感は消えないけれど…まぁ、話だけでも聞いてみるか。
初美「京太郎君、私を肩車するのですー」
京太郎「…はい?」
KA TA GU RU MA ?
それは一体、どんな効果だ。何時、発動する?
初美「肩車ですよー肩車。私を京太郎君の肩に乗せるのですー」
京太郎「…えー」
初美「何ですかー?その嫌そうな返事は」
京太郎「いや…だって、そりゃ…ねぇ?」
勿論、初美さんが本当にその見かけどおりの年齢の子ならば俺もここまで躊躇わない。
しかし、彼女はその見かけとは違って、俺よりも年上の女性なのだ。
そんな人を肩に乗せるとなると色々とやばいというか、なんというか。
せめてマトモに巫女服着ていてくれたらまだマシなんだけど、この人色んな意味でオープンだからな!!!
初美「まったく…私みたいな美少女の太ももを感じるチャンスなのですよー?」
初美「男としたら飛びつくべきなのですー」
京太郎「いやぁ…自分のことを美少女とか言う痴女はちょっと…」
初美「だから、これはファッションだって言ってるじゃないですかー!」ウガー
京太郎「はいはい。初美さんがそう思うんならそうなんでしょうね。初美さんの中では」
初美さんのそれがファッションだって認められるのはフィクションどころかエロ漫画でもまずないと思う。
初美さんは凄い人だと思っているが、その格好だけは本気で理解出来ない。
本人はファッションだと主張しているが…どう考えても痴女そのものだしなぁ。
正直、あの格好をそのまま全国放送して本当に大丈夫だったのかと思うくらいだし。
京太郎「つーか…初美さんの方こそ恥ずかしくないんですか?」
初美「恥ずかしいならこんな格好してないのですよー」
京太郎「いや、そっちじゃなくって肩車の方ですって」
初美「恥ずかしいなら肩車しろなんて言い出さないですー」
京太郎「…いや、そりゃそうでしょうけど」
…一応、俺だって男なんだけどなぁ。
そりゃ初美さんを肩車したところで問題が起こるとは思わないが、あんまりにも羞恥心がなさすぎじゃなかろうか。
…いや、そもそも羞恥心があるなら普段からこんな格好はしていないだろうって分かっているけれども。
だからってこんな風に平然としているのは間違いなく何かがおかしいと思う。
初美「あ…さては…京太郎君…私の事を女だって意識しちゃってるのですかー?」ニマー
京太郎「う…いや…」
初美「やっぱり京太郎君はロリコンじゃないですかー♪」ニヤニヤ
京太郎「ぐっ…!」
初美「はぁ…もう。ホント、京太郎君はヘタレな上にロリコンとか救いようがないのですよー」ナデナデ
京太郎「…ヘタレは認めますが、ロリコンじゃないです」
初美「じゃあ、勿論、肩車出来ますよねー?」
京太郎「う…」
勿論、厳密に言えば、ロリコンと初美さんを意識している事に関係性はない。
初美さんは俺よりも年上で、年齢から言えばロリというカテゴリからは遠い場所にいるのだから。
だが、彼女の容姿を考えれば、それは決して軽視できない状況証拠にはなる。
ましてや、普段、彼女の事を身長が低いとか子どもっぽいと弄る事もあるんだから尚更。
初美「ふふ、京太郎君は既にチェスで言うチェックメイトの状態にあるのですよー」
初美「いい加減、諦めて私を肩車するのですー」
京太郎「…つか、なんでそんな肩車されたいんですか?」
初美「そんなの決まっているのですよー!」
初美「生意気な後輩を文字通り足に使って見下ろせるだけじゃなく、身長も二倍以上になるんですから!!」
初美「これを逃す手はないのですー!」グッ
京太郎「その為に失うものが多すぎると思うんですけどねー…」
とは言え、初美さんは一歩も譲歩するつもりはないみたいだからなぁ。
ロリコンと言う不名誉なレッテルを張られたままなのも嫌だし、ここは言うとおりしておくか。
京太郎「仕方ないですね」ヨイショット
初美「ふふーん。さぁ、キリキリ立って、私を肩に乗せるのですー!」
京太郎「一応、俺、さっきまでヘトヘトだったんですよ?」
初美「大丈夫ですよー。はっちゃんパワーを惜しみなく注ぎ込んでやりましたから」
京太郎「なんだか身長が縮みそうなパワーですね」
初美「……じゃあ、そのパワーで今すぐその頭を凹ませてやっても良いのですよー?」
全力で遠慮します。
初美「まったく…人の膝の上であんなにびーびー泣いておいて、失礼な奴なのですよー」
京太郎「う…そ、それは忘れてくれるんじゃないんですか」
初美「え?誰が何時、そんな事を言ったですかー?」
初美「勿論、このネタで一生からかってやるに決まってるのですよー」
京太郎「…はぁ…分かりました。何が欲しいんです?」
初美「んー…そうですねー」
初美「今日の夕飯のおかずを一品くれれば、私も感激してちょぉっと物覚えが悪くなるかもしれないのですよー?」チラッ
京太郎「あ、茄子なら良いですよ」
初美「茄子は嫌いなのですー!!」ウガー
京太郎「えぇ。知ってます」ニッコリ
茄子美味しいと思うんだけどなぁ。
麻婆茄子やトマト鍋、ニシンナスとかそれだけで丼茶碗から白米が消えるレベルだし。
他にも色んな料理でメインとは言わずとも渋い活躍をしてくれる良い野菜だと思う。
っと、まぁ、それはさておき。
初美「むむむ…。まぁ、とりあえず肩車ですよー、肩車!」
初美「レディを迎えに来た従者のように恭しくその場に跪くのですー!」
京太郎「レディなんてこの場にいましたっけ?」
初美「このっこのっ!」ゲシゲシ
京太郎「いててて…。ってか、そういう事するからレディ扱いされないんですって」
尊敬こそしているし、それ以上に頼りにはしてるが、少なくともレディはないよなぁ。
身長は低いし、格好は痴女そのものだし、その上、こうやって容赦なく手を出してくるし。
リトルレディと呼ぶ事すら躊躇うレベルだと思う。
初美「はぁ…まったく京太郎君は分かってないのですよー」ヤレヤレ
京太郎「何をですか?」
初美「女の子は皆レディなのです。少なくともそういう扱いを心がけるべきなのですよー」
京太郎「初美さん、もう女の子って年じゃないじゃないですか」
初美「まだアラサーじゃないからノーカンなのです!!!」
ノーカンなのかー。
でも、初美さん、その発言はかなりの人を敵に回した気がするぞ。
特に未だ彼氏の影も見えないらしい国内無敗さんとか。
初美「まぁ…それはさておきですね」
京太郎「…本気でやるんですか?」
初美「勿論ですよー」
京太郎「…はぁ、仕方ないですね」
あわよくば、このまま下らない話に乗せて、話題をそらそうと思ったけど…どうやら無理だったらしい。
まったく…肩車に一体、どれだけの期待を寄せているんだか。
正直、肩車程度じゃ、大きな変化はないと思うんだけどな。
京太郎「はい。どうぞ」スッ
初美「それじゃまだ高いのですよー」
京太郎「いや…つっても、コレ以上、下となるとマジで跪くしか…」
初美「跪きなさい」
京太郎「いや、あの…」
初美「跪くのですよー」
京太郎「…はい」スッ
…こういう時、押しに弱い自分の性格が憎い…!
本当は跪きたくなんかないのに…初美さんに言われるとどうしても逆らえなくって…。
悔しい…でも、頭を下げちゃう…。
初美「よいしょ…んーまだ高いですねー…」
京太郎「流石にこれよりも頭を下げるとなると立ち上がるのが結構、キツくなりますよ」
初美「じゃあ、髪の毛掴んでも良いですかー?」
京太郎「止めて下さい、マジで」
初美「もう…まったく我儘なんですから…」ヨジヨジ
京太郎「初美さんには負けると思いますよ」
初美「ふぅ…よし。これで大丈夫ですかね?」ギュッ
京太郎「お、おぉ…」
…やっべ、こうやって顔に初美さんの太ももが当たると…こう、なんつーか。
思いの外、柔らかくて、ちょっとドキっとしたというか。
さっき膝枕されていたのとこうやって首を挟み込む感覚はまた別と言うか…!
京太郎「(ち、違う…俺はロリコンじゃない)」
京太郎「(俺はロリよりも健全なおっぱいが好きな奴だ)」
京太郎「(少なくとも外見ロリの太ももを感じて、ドキドキするなんてそんな事…)」
初美「…なーに変な声あげてるんですかー?」ニヤニヤ
京太郎「な、何の事ですかね?」
初美「ふふ、まぁ、聞かなかった事にしてあげるのですー」
初美「それよりほら、肩車はここからが本番なのですよー」
初美「早く立ち上がるのですー」
京太郎「…はいはい。分かりましたよ、お姫様」
初美「良きにはからえーなのです」ニコー
まぁ、コレ以上突っ込まれるのも俺としても中々に辛い訳だしな。
ここは初美さんの厚意に甘えて、とっとと立ち上がるとしよう。
ただ…彼女がどれだけ小さいとは言え、その体重は決して軽視出来る訳じゃない。
安全の為に初美さんの膝を抑えて… ――
初美「ひゃんっ」ビクッ
京太郎「…ん?」
初美「な、何でもないですよー?」
…何でもないって声じゃなかった気がするんだけどなぁ。
まぁ、本人が何でもないって言っている以上、あまりツッコむのも野暮だろうけどさ。
実際、さっきの声は決して辛そうと言うか、痛そうなもんじゃなかったし。
どっちかって言うとくすぐったそうなものだったんだから、あんまり気にしすぎる必要はないだろう。
京太郎「じゃ、立ちますよ」
初美「よぉし!ドンと来いなのですー!」グッ
京太郎「よいしょ…っと」スクッ
初美「お…おぉぉぉぉ…?」
京太郎「どうですかね?」
初美「ふふふ…中々に気分が良いのですよー」
初美「まるで天守閣から城下を見下ろしているような気分なのですー」キャッキャ
京太郎「そりゃ良かったです」
流石にそれは言い過ぎだとは思うが、喜んでくれているというのは素直に嬉しい。
…ただ、そうやってはしゃぐ度に足をユサユサを動かすのは止めて欲しいというか。
上機嫌なのは分かるけど、今の俺は太陽の匂いに似た彼女の体臭を微かに感じるくらいの距離にいるんだ。
首にスベスベとした感覚が触れてしまう度に、女の子の足だとどうしても意識してしまう。
禁欲生活続きの俺にとってそれは刺激が強すぎて…率直に言うとちょっと辛い。
ロリコンじゃないけど…いや、ロリコンじゃないからこそ辛いのである。
初美「昔の人は良い事を言いましたねー」
初美「人は石垣、人は城、だなんてまさにその通りだと思うのですよー」
京太郎「いや、それは多分、言ってた人の意図とは違う解釈だと思いますよ」
初美「細けぇ事は良いのですよー!それよりほら、今度は、その辺、歩きまわるのですー」
京太郎「マジっすか」
初美「大マジですよー。だって、折角、天守閣に登ったんですから!今度は城下の視察をするべきなのですー!」
良く分からないがするべきらしい。
まぁ、こうして立ち上がってから思うけど…思った以上に身体への負担はないからな。
まだ疲労こそ残っているが、その辺、歩くくらいなら問題はないだろう。
初美「ハイヨー!シルバーなのですー!」キャッキャ
京太郎「それ馬じゃないですか」
初美「ぶっちゃけ今の京太郎君はそんなに変わんないと思うのですよー」
京太郎「まぁ…確かにそうかもしれませんけれど」
初美「それに昔の馬は婚資や賠償、下賜にも使われるような高級品だったのですー」
初美「その為、当時の人々は馬の事をとても愛し、大事にしていたと聞くのですよー」
初美「つまり京太郎君も私に大事にされてるって事ですー」ナデナデ
京太郎「…もう」
んな事言われたら拗ねる事すら出来なくなるじゃないか。
ただでさえ、普段から世話になる事が多い上に、さっきも俺の弱音を涙を流すくらい真剣に受け止めてくれた人なんだから。
そんな人に大事にされてる…なんて言われながら頭を撫でられたら、誰だって顔が赤くなるだろう。
初美「まぁ、それと同じくらい使い潰される事も多かった訳ですけどねー」
京太郎「色々、台無しですね!」
初美「ふふーん。それが嫌だったら使い潰されないようにもっと私の役に立つ事ですねー」
京太郎「例えば?」
初美「んー。そうですねー」
初美「私、実は寝る前に麻雀するようにしてるのですが、それに付き合うとか」
京太郎「…え?」
初美「いっつも一人でやってるんでちょっと寂しかったのですよねー」
初美「だから、京太郎君はその相手役になって欲しいのですよー」
京太郎「…初美さん」
…何を馬鹿な事を言っているんだか。
そもそも一人で麻雀なんて、未だにパソコンが一台しかないこの家で出来る訳がない。
それに例え出来たとしても初美さんがそんな事をする必要はないんだ。
少なくとも、同じように麻雀出来る人達がほとんど同じ生活サイクルで暮らしているんだから。
彼女が一声掛ければ麻雀をする面子なんてすぐに集まるだろう。
初美「まぁ、私は優しいですからねー」
初美「そのついでに麻雀の特訓に付き合ってあげても良いのですー」
初美「つーか、ご主人様がそう言っているんだから付き合えなのですよー」ペチペチ
京太郎「…本当に…もう」
京太郎「仕方ないご主人様ですね」
…それでもこうして誘ってくれているのは、寧ろ、その特訓がメインだからなのだろう。
初美さんは初美さんなりに、強くなりたいという俺の気持ちを汲んでくれているんだ。
そんな彼女に俺が言える言葉は本当に少ない。
少なくとも、俺の胸の中に浮かんでくるのは初美さんへの感謝の気持ちばかりで、言葉が中々、形にならなかった。
京太郎「初美さんってほんっと愛情表現が歪ですよね」
初美「愛情表現なんてものは伝われば良いのですよ、伝われば」
初美「実際、京太郎君にはちゃんと伝わっているでしょう?」
京太郎「…まぁ、そうですけど」
初美「だったら、今更、それを変える必要はないのですよー」
初美「それにまぁ、マゾな京太郎君にはこういうのが好みでしょうしねー」ニヤニヤ
京太郎「…この!あんまり調子に乗るなっての!」スッ
初美「ひぅっ!」ビクン
だからって人をマゾ呼ばわりするのはいけないなぁ。
確かに俺はヘタレだし、状況に流される事も多いし、最近何故かロリコンというレッテルを貼られる事が多い気もするが。
しかし、それでもマゾ呼ばわりだけは我慢出来ない。
初美「あ…っや…ダメ…っ!そ、そこは…」
京太郎「ここさっき変な声出してましたよね?」ナデナデ
初美「ば…馬鹿…!止めるのです…っ!そ、そんな…ふぁぁ…っ♪」
京太郎「はっはっは。ここが弱いのはもうとっくの昔にお見通しなんですよ」サスサス
初美「こ、このへんた…んあぁっ♪ダメ…ッ!待って待って待って!謝る!謝るですからぁああ!!!」
京太郎「聞こえませんねー?」
ふふふ…あの初美さんがちょっと足を撫でるだけでこんなに擽ったがるなんてな。
これはちょっと面白い弱点を見つけたかもしれない。
まぁ、今は肩車している最中だし、あんまり責めて暴れられるのもアレか。
ちょっと物足りないが、今日はここまでにしておいてやろう。
京太郎「っしょっと…」
初美「ふぁ…ぁ♪」
とは言え、初美さんが完全に脱力してる今の状態で降ろすのはそれなりに危険だ。
バランスだってちゃんと取れるか分からないし、しっかりと頭を降ろしてっと。
彼女の足が床に着くようにしてから抱き上げれば大きな事故には繋がらないだろう。
―― ススス
京太郎「ん?」
巴「え?」
瞬間、開いた道場の扉から巴さんが顔を出した。
俵おむすび三個と急須、湯のみを置いたお盆を持っている辺り、恐らく俺に差し入れに来てくれたのだろう。
もうちょっとしたら夕飯だし…普段はそんな事ないんだけど…こうやって差し入れしてくれる辺り、巴さんにも心配を掛けてしまっていたのかな。
巴さんにもちゃんとお礼を言わなきゃ…ってあれ?
初美「はひぃん……♪」ピクンッ
巴「あ…えっと…」カァァ
巴「ご、ご…ごめんなさい!わ、私…その…お邪魔だった…かしら?」
京太郎「…え?お邪魔って…」
勿論、巴さんがお邪魔だったなんて事はない。
日課の訓練はもう既に終わっているどころか、初美さんとこうして戯れていたくらいなのだから。
そんな状態で折角来てくれた巴さんをお邪魔扱いする理由なんて……あっ。
京太郎「(……もしかして…巴さん、勘違いしている?)」
京太郎「(た、確かに言われて見れば…今の俺は後ろから初美さんの股ぐらに顔を突っ込もうとしているように見えるかもしれないけど)」
京太郎「(で、でも、真相はまったく違うし…幾らなんでもそんな勘違いなんて…)」
巴「そ、そんなつもりはなかったの…。私…はっちゃんと京太郎君がそんな関係なんて知らなくて…」
京太郎「と、巴さん?」
巴「え、っと…ひ、姫様達にはちゃんと言っておくから…そのゆっくりしていってね!!」ダッ
って絶対これ勘違いしてるうううううううう!?
京太郎「と、巴さああん!待って!待って!!!」
京太郎「ただの肩車だから!本当に何もやましい事はないから!!」
ダメだ、これ全然、聞こえてない!?
とりあえず追いかけよう!!
ここで巴さんを逃がすとまた話がややこしくなってしまうし!!
今の俺は初美さんを肩車してる状態だけど…でも、あっちもお盆を持っている訳なんだ!
条件としてはほぼイーブン!
今から追いかければまだ何とか追いつけるはず…!
―― ゴンッ
初美「いたああああああああああああ!!!」
京太郎「ぬぉおおお!!!!」
しまった…!道場の中とは違って扉が低いの忘れてた…!!!
普段は扉の高さなんてそれほど意識していないけど、今の俺は初美さんの分、身長が伸びているも同然なんだ。
2mちょっとの扉をそのまま通り抜けようとすると、当然、ぶつかってしまう。
いや…今は、それよりも…彼女に謝らなければ…!
初美「京太郎くぅぅぅぅぅん…?」ヒリヒリ
京太郎「あ、あの…その…ごめんなさい…」
初美「ふふふ…うふふふふふ」
初美「…謝って許してもらえると思ってるのですかー!」
初美「さっき調子に乗った分も合わせて、お説教なのですよー!!!!」ヌガー
京太郎「ひええええええ!!!」
―― この後、滅茶苦茶、怒られた。
―― ついでに初美さんも誤解が解けた後、怒られた。
―― お詫びとしてその日のメインである豚のしょうが焼きを持っていかれた。
―― …理不尽だ。
今日の投下は以上です
明日に備えて寝ます、おやすみなさい
投下まだかなー?(ワクワクドキドキ
いや…どっかの誰かが私の代わりに投下してくれるみたいなので
まさか支援絵すっ飛ばして支援投下が来るスレになろうとは思ってなかったぜ
また少し体調を崩していて書き溜めがあまり進められていなかったのでこっちの投下はもう少し時間がかかりそうです
今週末には投下出来るようにします
もう少しお待ちください
流石にあっち並のエロ期待されても時間が足りないですね…
でも、折角誕生日なんだし何かやりたいなぁ
そして本編に関してです
次回は一応、見せ場予定だったのでガチ闘牌描写を頑張っていたのですが…頑張りすぎてこれ書き終わらないなって事に気づきまして
途中で何時も通りのファジーな表現に切り替えたので、ちょっとプロットとの齟齬が出ています
それを直すのにもう数日下さい
恐らく来週の頭くらいには投下出来るはずです、今度こそ
水曜日ってまだ週の頭ってギリ言えるよね…?(白目)
投下前の最後の見直しやりながらゆっくり投下していきます
京太郎「はー…」
初美さんとの特訓という新しいタスクが追加されて既に数週間。
その間、俺も初美さんも頑張ってきたつもりであった。
しかし、その成果がはっきりと出ているとは中々に言いがたい。
そもそも俺はこれまで一年以上掛けて麻雀をやってきたのに未だ初心者にも負ける有り様なのだから。
例え初美さんがどれだけ頑張ってくれても、俺の実力って奴は微々たる程度にしか変わらなかった。
京太郎「(…どうすっかなぁ…)」
……地方予選は明日だ。
いや…廊下に座った俺の目の前に夜空が広がっている事を思えば、もう数時間後だと言っても良い。
そう、後数時間…たったそれだけ時間が経てば、俺は運命の一戦を迎える事になる。
今のままで…なんら成果もないままで…俺はあの場所に立たなければいけないのだ。
京太郎「(…後悔しないように…全力で…)」
そうすれば初美さんも小蒔さんも、俺の事を責めたりはしないだろう。
仕方なかったのだと、そう言ってくれるはずだ。
このお屋敷での俺の立場も、これから大きく変わったりはすまい。
だから、安心して俺は全力を出し切るべきなのだ。
京太郎「(でも…俺の全力なんて…)」
素の雀力の底上げも絶望的、頼みの綱の神降ろしだって習得出来ちゃいない。
他の皆は順調に強くなっていっているというのに俺だけが足踏みを続けている。
それを意識すると…未だ初美さんの言う強い男には程遠い俺はどうしても思ってしまうのだ。
京太郎「…俺、何やってるんだろうな…」
小蒔「何がです?」
京太郎「…え?」
瞬間、掛けられた声に驚いて目を向ければ寝間着姿の小蒔さんがいた。
ほのかにその頬が上気している辺り、もしかしたら風呂上がりなのかもしれない。
何時もよりも艷やかなその黒髪は、月明かりを浴びて何処か魅惑的な輝きを見せている。
純粋無垢という言葉が似合う小蒔さんだからこそ、男を誘うようなその輝きに俺は少しドキッとしてしまった。
小蒔「こんばんは。京太郎君」
京太郎「え、えぇ。こんばんは」
小蒔「何か困っているんですか?」
京太郎「いや…困っている…というか…」メソラシ
小蒔「…つまり困っているんですね」スッ
そう言いながら小蒔さんは中庭に面した廊下へと腰掛けた。
そのままスススと俺に向かって寄ってくる彼女はジィィと俺の方を見つめてくる。
まるでそれを言うまでテコでも動かないと言うようなその視線は…間違いなく本気だろう。
こうなった小蒔さんは日頃のほんわかした様子とは打って変わって、頑固者になるんだから。
きっと俺が胸の内を打ち明けるまで、俺の側に居続けようとするはずだ。
小蒔「私だって京太郎君の事を見てきたんです」
小蒔「それくらい見分けがつきますよ」クスッ
京太郎「ついちゃいますか」
小蒔「えぇ。ついちゃいます」
小蒔「だから…話してくれませんか?」
小蒔「私は初美ちゃんや霞ちゃんみたいに人の気持ちを解きほぐすような頭の良さはないですけれど…」
小蒔「でも、悩み事って人に話すだけでも違うと思いますから」
京太郎「……」
小蒔さんの言葉はきっと正しいものだろう。
だが、俺は中の悩みを果たしてどう言葉にすれば良いものか。
自分に対する無力感、焦燥感、閉塞感。
それらがぐるぐる渦巻いている感覚はどうにも言葉にしづらかった。
京太郎「…小蒔さんは緊張とかしないんですか?」
小蒔「え?」
京太郎「ほら、明日は地区大会な訳ですし…」
小蒔「勿論、緊張はしていますよ」
小蒔「私が公式戦に出れる最後のチャンスですから」
小蒔「今もドキドキして…実は眠れそうになかったりします」クスッ
小蒔さんが眠れそうにない…だと…!?
ちょっと気を抜いたらその辺で寝ている事もある小蒔さんが…?
…見た目は結構、普通に見えるけれど、意外と深刻なのかもしれない。
小蒔「でも、私はそれ以上に皆の事を信頼しています」
小蒔「皆となら…私の最後の夏もきっと素晴らしいものになるって」
小蒔「きっと最後を飾るに相応しい…素敵な夏になるんだって」
小蒔「私はそう信じていますから」
京太郎「…小蒔さん」
小蒔「…京太郎君はどうですか?」
京太郎「え?」
小蒔「緊張…していますか?」
京太郎「…はい」
勿論、緊張はしている。
でも、それは小蒔さんのものとは少し方向性の違うものだった。
最後の夏という三年間の締めくくりを目前にして緊張する彼女と、大事な大会を前にして実力的に不安要素しかない俺。
その差はきっと麻雀というものに対する実力の差…ではなく… ――
京太郎「…小蒔さんは強いですね」
小蒔「いいえ。私は強くなんて…」
京太郎「いえ、強いですよ」
京太郎「そうやって構えられる心の強さが俺には羨ましいです」
…麻雀に絶対はない。
どれだけ強い雀士であろうと敗北する事はある。
それは『牌に愛された子』なんて称された小蒔さんも同様だろう。
だが、彼女は最後の大会を前にしても緊張こそすれ、表情を強張らせたりはしていない。
…彼女に比べればプレッシャーなど微々たるもののはずなのに、思いっきり気持ちが後ろを向いている俺とは比べ物にならない心の強さだ。
小蒔「…私は…京太郎君の方が羨ましいです」
京太郎「え?」
小蒔「私はドジで運動も出来ないですし…頭も良くありません」
小蒔「霞ちゃん達にフォローされる事なんて数え切れないくらいあります」
小蒔「でも、京太郎君は運動も出来て、頭も良くって…」
小蒔「多くの人の前に立っても怯まない…そんな強さを持っていますから」
小蒔「だから…京太郎君が凄いって思うのと同時に…羨ましいって思っちゃうんです」
京太郎「小蒔さん…」
小蒔「ふふ。私達、お揃いですね」
京太郎「…みたいですね」
正直なところ、俺にそんな強さがあるとは思えない。
小蒔さんが列挙したその要素は、俺が周りに流されてしまった結果なのだから。
でも、それを否定してしまったら、俺を凄いとフォローしてくれている小蒔さんの気持ちそのものも台無しにしてしまうんだ。
ここは隣の芝生は青く見えるって事で納得しておくのが一番なのかもしれない。
小蒔「いっそ二人で合体とか出来れば良いと思うんですけど…」
京太郎「いや、それは流石に…」
小蒔「ふふ、冗談ですよ」
京太郎「えぇ。勿論、冗談なのは分かっていますが…」
小蒔「???」
京太郎「それ、霞さんの前では絶対に言わないでくださいね?」
小蒔「良く分からないですけど…分かりました」コクン
霞さんは明星ちゃんが持ち上げる通り、完璧な人だが、ちょっとむっつりで早とちりなところがあるからなー。
特に小蒔さんに対しては過保護なだけあって、余計に早とちり度がアップする。
そんな彼女の前で俺と合体なんて口にした日には即座に正座で説教二時間コースだ。
流石に地区大会を前日に控えた今、二時間説教は辛い。
小蒔「でも…京太郎君はどうしてそんなに緊張しているんですか…?」
京太郎「あー…その…」
小蒔「私達の事…信じられませんか?」
京太郎「いえ、信じていますよ」
京太郎「俺は…小蒔さん達なら大丈夫だって、どんな結果になっても受け入れてくれるって信じています」
それはあの合宿で姫子さんと勝負した時からまったく揺らいではいない。
あの時、信じても良いと思った気持ちは決して嘘じゃないんだ。
だからこそ…問題の根はそこにはなくって… ――
京太郎「でも…俺は…どうしても自分の実力が信じられないんです」
京太郎「例え全力を出し切っても…俺は間違いなく皆の足を引っ張ってしまう」
京太郎「小蒔さんたちは…きっとそれを許してくれるでしょう」
京太郎「でも…俺は…俺は…やっぱり…」
京太郎「自分の所為で小蒔さんたちが負けるのが…どうしても怖いです」
…結局のところ、そこに話が行き着いてしまう。
須賀京太郎という男の実力不足。
これが麻雀に関するあらゆる問題の根っこだ。
これをどうにかしない限り、俺の中の悩みは完全に消えない。
初美さんがどれだけ俺を励ましてくれても、やはりその影は未だ俺の中にチラつくように残っていた。
小蒔「…じゃあ、負けなければ良いんです」
京太郎「…え?」
小蒔「え?」
…今、なんか軽く凄い事言わなかったか?
負けなければ良いとか…確かに極論そうかもしれないけれど。
しかし、宮永照という圧倒的チャンピオンがいなくなったとしてもインターハイは未だに激戦区なのだ。
全国各地にいる化け物と言って良いほどの雀士が一堂に会するのだから。
そんな中、俺という足手まといを抱えて、負けないなんてそんな事… ――
京太郎「…あの…それは…」
小蒔「だから…私達が負けなければ良いんですよ!」グッ
小蒔「インターハイ優勝までずーっとずーっと勝ち進むんです!」
京太郎「でも、そんな事…」
小蒔「出来ます」
小蒔「私達なら…必ず出来ます」
京太郎「…小蒔さん」
その言葉は普段の小蒔さんとは比べ物にならないほど強いものだった。
自分に言い聞かせるものとはまったく違う…確固たる意思と共に放たれたもの。
自分たちなら出来ると心から信じているそれに俺は気圧されていた。
小蒔「少なくとも…私はそのつもりで戦っています」
小蒔「いえ…私だけじゃありません」
小蒔「他の皆もきっと同じ気持ちでしょう」
小蒔「だから、京太郎君は心配しなくても構いません」
小蒔「私達が必ず京太郎君を優勝まで導いていってあげますから」
小蒔「まぁ、私の場合、神様が…と言った方が良いかもしれませんけれど」テレテレ
そう照れるように笑う小蒔さんは何時もの彼女のものだった。
そこにはさっきのような凛としたものはない。
…けれど、ほんの一瞬ではあるものの、小蒔さんに気圧された感覚は今もまだ俺の中に残っている。
姫様。
小蒔さんがそう呼ばれ、皆に慕われているのは彼女がただ穏やかなだけの人ではないからなのかもしれない。
京太郎「小蒔さんは…」
小蒔「え?」
京太郎「小蒔さんは神様を降ろす事をどう考えているんですか?
そう思った瞬間、俺の口は彼女に対して疑問を放っていた。
小蒔さんの気分を害するかもしれないと…聞いては失礼な事だろうと抑えこんでいた言葉。
今まで胸の中にありながらも、聞くことを躊躇っていたそれをつい放ってしまった自分に俺は自己嫌悪を覚えた。
小蒔「そうですね…」ンー
小蒔「私の場合、一つの前提があります」
京太郎「前提?」
小蒔「はい。私は神代の巫女だという事です」
そう自分の失態を恥じる俺の前で小蒔さんはごく自然体のまま答えてくれる。
そこには俺の言葉に対して怒ったり、気分を害した様子はない。
普段、分かりやす過ぎるくらい分かりやすい小蒔さんが、内心、怒っている…なんて事はないだろう。
どうやら俺は彼女の気持ちを害さずに済んだらしい。
それに安堵する俺の前で小蒔さんはゆっくりと語り始めた。
小蒔「神代の巫女でない自分など想像も出来ないくらい、それは私の中に深く根付いています」
小蒔「神代の巫女が私であり、私が神代の巫女だと言って良いかもしれません」
小蒔「実際…私にとって神様を降ろす事、というのはとても日常的なものでした」
小蒔「昔からずっとその為に修業をしてきましたし…今もその役目を求められています」
小蒔「そんな私にとって、神様を降ろすこの力は間違いなく自分のもの」
小蒔「それを否定する事は、私自身を否定する事にも繋がります」
小蒔「だから…私はこの力を決して忌み嫌ってはいません」
小蒔「これも私の一部だと、そう胸を張って言う事が出来ます」
…凄いな、小蒔さんは。
ともすれば異常だと、そう思ってもおかしくないような力なのに。
彼女はそれを自分の一部として肯定的に受け止めている。
それは勿論、その力を崇め、肯定してくれる周りの環境も無関係ではないだろう。
だが、その力が特殊だと理解しても尚、そうやって胸を張るのは中々に難しいはずだ。
少なくとも、俺が彼女と同じ人生を歩んでも、そう簡単に肯定する事は出来ないと思う。
小蒔「だから、この力を麻雀に活かすのもそれほど抵抗感がある訳じゃないんです」
小蒔「この力もまた私。故に…私の全力…全ての力とはこの能力も含めたものになるのですから」
小蒔「私の全てをぶつけなければ、相手の方に失礼です」
小蒔「…まぁ、そう偉そうに言いながら私も使いこなせている訳じゃないんですけど」テレ
京太郎「え?」
小蒔「私の場合、公式戦などで打っているとふわぁと胸の奥から眠気がやってきて…」
小蒔「そのまま寝ている間に決着がついているんです」
小蒔「ですから、ピンチの時に神様にお願いして降りてきてもらう…って感じじゃありません」
小蒔「どうしても勝ちたい時…勝たなければいけない時…その時に私に力を貸してくれるんです」
京太郎「…勝ちたい時…」
…そう言えば大沼プロもそんな事を言っていたっけ。
勝ちたいとそう思わなければ神様だって力を貸そうとは思わないって。
実際、小蒔さんも練習や合宿の時、一度も神降ろしを使っていなかった。
俺はそれを霞さん達に禁じられているからだと思っていたけれど…実際は使えなかっただけなのかもしれない。
京太郎「(…じゃあ、俺も心からそう思えば…使えるようになるのか?)」
…去年の俺はどうだっただろうか。
少なくとも、心の底から勝ちたいとそう思えた事はなかったかもしれない。
夏大会の時は初心者だからと諦めて、秋季大会の頃には自分の運の無さを理由にして。
そんな風にして…俺は何時しか負けられない戦いの中でも、心から勝利を望まなくなっていた気がする。
京太郎「(でも…それじゃあ…)」
小蒔さんの言葉が俺にも適用出来るのだとすれば、結局のところぶっつけ本番って事になる。
しかも、それは決して分の良い賭けって訳じゃない。
勿論、こうして皆と団体戦に出る以上、俺だって勝利を願っている。
だが、大沼プロが指摘したように、俺は最早、敗北に慣れてしまっているのだ。
ましてや、俺には小蒔さんのように才能がある訳ではなく、また修行だってして来ちゃいない。
そんな俺がぶっつけ本番で神降ろしを成功させる可能性なんて果たしてあるのだろうか。
小蒔「きっと…神様は私達の事が大好きなんです」
京太郎「…え?」
小蒔「だって…心の底から思えば…願えば、こうして力を貸してくれるのですから」
小蒔「だから…京太郎君も神様の事を信じてあげてくれませんか?」
京太郎「神様を…信じる…?」
小蒔「はい。きっと京太郎君に力を貸してくれる神様はいるんだって」
小蒔「その神様はきっとすっごく良い神様なんだって」
京太郎「…でも、俺は…」
この神境で暮らすようになってから俺の認識は大きく変わってきた。
そういうオカルトを超えた超自然的な存在がいるのかもしれないとは思い始めている。
少なくとも、かつて霞さんに似たような事を言われた時よりもずっと。
だが、今まで俺はそういうのとは無縁の環境で暮らしてきたのだ。
その実在と善性を心から信じるのはまだまだ難しい。
小蒔「大丈夫です」
小蒔「神様はずっと…ずっと京太郎君の事を見ていますから」
小蒔「京太郎君がどれだけ頑張っているのか、どれだけ苦しんでいるのか」
小蒔「ちゃんと見て…知って…分かってくれているんです」
京太郎「…小蒔さん」
小蒔「そんな京太郎君に神様が力を貸してくれないはずがありません」
小蒔「だから、後は京太郎君の心次第だと思うんです」スッ
そう言って、小蒔さんは俺の手にそっと自身の手を重ね合わせた。
俺のよりも一回り小さいその可愛らしい手からは強い信頼が伝わってくる。
無垢な彼女から寄せられる穢れのないそれは決して軽いものじゃなかった。
きっと今の俺には容易く応えられるものじゃないんだろう。
でも… ――
京太郎「(…まぁ、ぶっつけ本番だと言っても…特に変わらないよな)」
京太郎「(結局、俺は自身の力で勝つ方法を見つけられなかったんだから)」
京太郎「(今のままじゃ皆の足手まといに…負けなければ良いと言ってくれた小蒔さんの邪魔になるだけ)」
京太郎「(…神降ろしは…そんな俺に残った最後の希望なんだ)」
京太郎「(小蒔さんのように…これもまた自分の力だって…そう肯定的に思うのは難しいけれど…)」
京太郎「…分かりました」
小蒔「京太郎君っ」パァ
京太郎「小蒔さんがそこまで言うのなら…信じない訳にはいきませんしね」
俺は小蒔さんのその気持ちに応えたい。
いや、小蒔さんだけじゃなく…自分の時間を大きく削って特訓に付き合ってくれた初美さんの気持ちにも、最初に神降ろしの事を俺に教えてくれた霞さんの気持ちにも。
その為にも心から神様を信じられないだとか、今までの価値観がどうだとか言っていられない。
何かを信じるって事さえ出来ないまま、チャレンジする前から諦めてちゃ…それこそ本当の負け犬だ。
京太郎「と言っても…俺は神様ってはっきりとしたものを見た事も感じた事もないですし…」
京太郎「それを今すぐ信じるなんてそう簡単にはいかないと思いますけど…」
小蒔「あ、じゃあ、お手本を見せてあげますね」
京太郎「お手本?」
小蒔「えぇ。京太郎君には見せた事なかったと思いますし」
京太郎「それもそうですね」
ペカーと後光めいたものが指している小蒔さんの姿は何度か見ているけれど、本当に神降ろしの状態にある彼女は知らない。
神事に纏わる中では結構、その状態にあるらしいが、俺は神事関係はノータッチだからな。
日々、勉強やら訓練やら特訓やらに追われている俺は神事の最中の小蒔さんすら見た事がない。
京太郎「でも、そう簡単に降ろせるものなんですか?」
小蒔「大丈夫ですよ。今、結構、眠いですから」
京太郎「…なんかその…ごめんなさい」
小蒔「あ、え、えぇっと、ち、違います!今すぐ寝なきゃいけないほど眠いって訳じゃなくって…!」
とは言え、もうそろそろ普段の小蒔さんなら寝ている時間だからなぁ。
そんな時間にこうやって俺の悩みを聞かせて、ちょっと申し訳なくなるというか。
もうちょっと小蒔さんの事を考えてあげればよかったと思う。
小蒔「えっと…じゃあちょっと肩を貸してもらって良いですか?」
京太郎「えぇ。それくらいなら構わないですよ」
小蒔「えへへ、ありがとうございます」
小蒔「それじゃちょっと失礼しますね」コテン
京太郎「…ぅ」
そうやって俺により掛かる小蒔さんからはとても良い匂いがした。
俺と同じ石鹸を使っているとは思えないその柔らかな体臭に俺の中のオスが反応してしまう。
それを抑えようと歯を噛み締めた瞬間、寝間着越しでもはっきりと分かる豊満なボディが俺へと預けられてくるのだ。
…寄りかかるくらい大丈夫だろうと簡単に考えて二つ返事をしたけれど、これは思いの外やばいかもしれない。
京太郎「こ、小蒔さん?」
小蒔「…………スー」
はええええええ!?
俺に身体を預けて、まだ数秒しか経ってないぞ!?
昼寝の速度で有名なのび太だってここまで早くは寝れないんじゃないだろうか…?
京太郎「(…まぁ…それはともかく…)」
今の小蒔さんが完全にリラックスしている状態なのは確かだ。
身体からは力が抜け、寝息も規則正しい。
寝顔も安心しきった穏やかなものだ。
恐らく神降ろしって奴を使うにはこれだけ心も身体も和らいだ状態にならなきゃいけないんだろうな…。
流石、小蒔さんだ、勉強になるぜ。
京太郎「……」
小蒔「スー…スー…」
京太郎「……」
小蒔「ムニャムニャ…」
京太郎「……」
小蒔「エヘヘ…キョウタロウクゥン…」
京太郎「……」
…あれ?これガチで寝てね?
神様が降りる気配なんてまったくこれっぽっちもないんだけど。
それどころか寝言まで漏らしてるぞ、小蒔さん。
いや…そうやって寝言で俺の名前を呼んでくれるのは嬉しいんだけどさ。
お手本を見せるって話は一体、どうなったんだろう…?
京太郎「(…ま、いっか)」
神様を降ろした小蒔さんが一体、どういう状態なのかは気になってはいたけどさ。
ただ、一応、俺はその小蒔さんを映像で何度も見てきてはいるんだ。
実際に神降ろしを目にしたらまた違うのかもしれないけれど。
でも、こうして俺に頭を預けて寝ている小蒔さんを起こしたくはない。
京太郎「(それに…小蒔さんのお陰で俺の腹も決まったしな)」
これまで俺は色んな事を悩んできた。
麻雀に対する姿勢。
伸び悩む自分の実力。
それを解決する方法の是非。
その度に俺は人の手を借り、立ち上がり、また同じところで躓いて…何度も助けてもらって。
そして…一つの区切りを迎えようとしている今、俺の中で…一つの答えが生まれていた。
京太郎「(楽しむ麻雀をして…その上で勝つ)」
京太郎「(大沼プロが言うような勝つだけの麻雀なんて…俺には要らない)」
京太郎「(自分の全力を…いや、全力以上を出し切る)」
京太郎「(…それが俺の麻雀だ)」
京太郎「(大沼プロに…いいや…他の誰かに何と言われようとも…それはもう変わらない)」
京太郎「(後はただ…この答えのまま、突っ切るだけだ)」
その答えを出せるようになるまで色々と長かった気がする。
悩んだ時期は短くても…俺は結局、最初とそれほど変わらない位置に落ち着いたのだから。
でも…そうやって悩んだ過程も決して無駄じゃない。
多くの人に支えられて…ようやく出した答えが間違っていないと…ヘタレな俺でもそう信じる事が出来るのだから。
京太郎「(…もし、俺に手を貸してくれる神様ってのがいるんならさ)」
京太郎「(…俺と一緒に突っ切ってくれよ)」
京太郎「(麻雀って遊びの楽しさを知ってくれよ)」
京太郎「(俺ともっと戦いたいって思うくらいに)」
京太郎「(負けても楽しめる…そんな麻雀を俺と共有出来るくらいに)」
京太郎「(俺…頑張るからさ)」
京太郎「(俺だけじゃなく…神様だって楽しめるように…頑張るから)」
そう心の中で呟きながら、俺は夜空に輝く星に向かって手を伸ばした。
勿論、そんな事をして俺の中の気持ちが神様に届くのかは分からない。
そもそも神様がいるという事を俺はまだ心から信じている訳じゃなかった。
でも…もし…もし、神様が本当にいるのなら。
俺に力を貸してくれるような酔狂な神様がいるのなら。
俺と麻雀を楽しんで欲しい。
初美さんと小蒔さんのお陰で俺の中に再び生まれたそれを…心から。
―― ギュッ
京太郎「…………ん?」
小蒔「一緒に…楽しみ…ましょう…ね…」ムニャムニャ
京太郎「…えぇ。そうですね」
いや、俺だけじゃない。
俺の周りには小蒔さんがいる、春がいる、わっきゅんも明星ちゃんもいる。
直接的には関係ないが、初美さんや霞さん、巴さんだっていてくれるんだ。
そんな人達と力を合わせ、一つの目標へと進む麻雀。
それはきっと…とても楽しいはずだから。
京太郎「さて…っと」
答えは出た。
ならば、こんなところで何時迄も座り込んでいられないよな。
もう夏間近と言っても、お屋敷の周りはまだ微妙に冷える。
こんなところで寝ていたら小蒔さんも風邪を引いてしまうだろう。
京太郎「…すみませんっと…」
小蒔「あ…ふぅ…」スヤー
一つ断ってから抱き上げた小蒔さんの身体はとても暖かいものだった。
未だ風呂あがりの予熱が篭っているのか、元々、小蒔さんの体温が高いのか。
どちらにせよ、触れた部分から伝わってくるその熱が魅力的である事に変わりはない。
まぁ、魅力的と言っても、流石に襲ったりはしないけどさ。
京太郎「(…ホント、安らかな寝顔だしな)」
まるで自分の周りには何ら怖いものなど無いというような寝顔。
そんな彼女の気持ちを俺は裏切りたいとは到底、思えなかった。
寧ろ、そんな小蒔さんを護ってあげたいと、そんな気持ちで一杯になる。
京太郎「(…とりあえず小蒔さんを部屋に寝かせて)」
一つ自分の中で答えが出たからか、或いはあんまりにも気持ち良さそうな小蒔さんの寝顔に感化されたからか。
今の俺の身体にも朧げながらに眠気が浮かび始めていた。
それはまだ大きなものではないが、さりとて抗わなければいけないものでもない。
コンディションを整える意味でも、この眠気に従って休むのが良いだろう。
霞「あ」
京太郎「あ」
小蒔「すやぁ…」
そう思って曲がった角の先で俺は霞さんとばったり出会った。
小蒔さんと同じく寝間着姿の彼女は何時も以上に色っぽい。
巫女服よりも薄い寝間着から零れ落ちんばかりのおっぱいが自己主張をしているのだから。
小蒔さんと一緒に風呂に入っていたのか、その髪が何時もよりも艶めいているのもあって、見ているだけでドキドキする。
霞「…京太郎君?」ニッコリ
京太郎「い、いや!こ、これはその…!」
とは言え、そんな彼女に見惚れている暇は俺にはなかった、
俺には特にやましい事はないが、さりとて、小蒔さんをお姫様抱っこしているところを霞さんに見られてしまったのである。
また変な風に勘違いされてお説教されては敵わない。
ここは霞さんがなにか言うよりも先に先手を取って事情を説明しなければ。
京太郎「中庭の方で一緒に話してたら小蒔さんが寝てしまいまして…それで起こすのも可哀想ですし部屋に連れてってあげた方が良いかなって」
霞「…」ジィ
京太郎「ほ、本当です!俺、何もしてません!するつもりもなかったです!」
…まぁ、役得だとそう思う気持ちがなかったとは言えないけれども。
だって、しかたないじゃん…こうやってお姫様抱っこすると小蒔さんの柔らかさが腕から胸から伝わってくるんだから。
普段、そういうのは抑えるようにしているとは言っても、俺は男なのである。
これだけのおっぱい美少女を抱っこしてたらそりゃあ役得の一つや二つを感じてしまう。
霞「…ふふ」
京太郎「え?」
霞「ごめんなさい。疑ってた訳じゃないんだけれど…」
霞「慌てる京太郎君がちょっとおかしくって」クス
京太郎「か、霞さぁん…」
霞「ふふ。本当にごめんなさいね」
ごめんなさいって顔じゃないけどな!
さっきからニコニコして…あぁ、もうホント、まったく…。
霞さんほどの美少女にそんな笑みを向けられたら許すしかなくなるだろ。
それにまぁ元々怒ってる訳じゃなかったし…小さく笑うだけでプルプル揺れるそのおっぱいに免じて水に流そう。
霞「でも、京太郎君も休まなきゃダメよ」
霞「あんまりプレッシャーを掛けたくはないけれど、明日は本番なのだし」
京太郎「えぇ。分かってます」
霞「…あら」
京太郎「どうかしました?」
霞「いえ…夕食の時よりも大分、緊張が解けているみたいだから」
京太郎「あぁ。その辺は小蒔さんのお陰ですよ」
霞「…そう。姫様の」
多くは語らなくても今ので大体の事情を察してくれたのだろう。
俺の腕の中で安らかな寝息を立てる小蒔さんを見る霞さんの視線はとても優しいものだった。
いっそ母性すら感じさせるそれは彼女が小蒔さんの母親だとそう言っても違和感がないくらいである。
霞「…本当に良い子よね」
京太郎「えぇ。だからこそ、明日は勝たないといけません」
霞「そうね。まぁ…私には応援する事しか出来ないけれど…」
京太郎「霞さんが応援してくれるだけで俺にとっては百人力ですよ」
京太郎「まぁ、明星ちゃんにとっては千人力と言っても良いくらいなのかもしれないですけど」
霞「…だからこそ、ちょっと心配なんだけどね」
京太郎「え?」
ポツリと呟かれた霞さんの言葉に俺は驚きの声を返した。
少なくとも夕食の時の明星ちゃんを見る限り、心配する要素は見当たらない。
愛しの霞お姉様に良いところを見せようと張り切るその姿は、寧ろ、かなり調子が良さそうに見えた。
元々の実力が安定しているのもあって、地方予選でも活躍してくれるだろうと俺はそう思っていたくらいである。
霞「ううん…なんでもないわ」
霞「それより京太郎君は明日のことに集中して頂戴」
霞「周りの細々としたフォローは私達がするから」
京太郎「…分かりました」
まぁ、少し気にはなるけれど、明星ちゃんの事は霞さんに任せておけば問題はないだろう。
明星ちゃんは大好き過ぎるくらいに霞さんの事が大好きで、また信頼もしているんだから。
それよりも俺は目の前の事に集中するのが良い。
色々と開き直ったとは言え、俺は明星ちゃんよりもはるかに不安要素が多いのだから。
霞「じゃあ、姫様はこっちで預かるわね」
京太郎「そうですね。お願いします」
小蒔「ん…ぅ…」
俺へと向かって差し出される霞さんの腕に小蒔さんを載せた。
瞬間、寂しそうな声を漏らすのは俺の体温がなくなったからか。
そう思うと再び彼女のことを抱きしめたくなるが、当然ながらそんな事は出来ない。
明日からは地方予選が始まるし、何よりここは霞さんの目の前なのだから。
霞さんから奪うような真似をすれば、過保護な彼女がどう反応するかは目に見えている。
霞「じゃ、京太郎君、お休みなさい」
京太郎「えぇ。お休みなさい」
それにまぁ、男が勝手に女性の部屋へと入って、部屋主を寝かせると言うのもあんまりよろしくはないだろう。
ちょっと勿体無い気もするが、ここは霞さんに任せるのが一番だ。
何より、こうしている間に眠気も本格的なものになっているし。
今ならば布団に入り込んでそう遠くない内にぐっすり眠れる事だろう。
そして起きたら地方予選。
小蒔さんの為にも、皆のためにも、そして何より俺自身の為にも… ――
―― 負けられない。改めてそう思いながら俺は布団の中で瞼を閉じ、眠りの中へと落ちていった。
………
……
…
―― 鹿児島の地方予選会場は長野のそれと殆ど変わりがなかった。
基本的に県が建てた建物を利用している所為か、俺の中の記憶も曖昧になっているのか。
…どちらにせよ、今の俺が立っているのはかつて苦渋を味わったあの会場の前ではない。
少し…ほんの少しだけど、俺はあの時よりも強くなった。
一年前、まだ麻雀のさわりしか知らないまま挑んだあの時とは胸の内も全然、違う。
何より… ――
春「京子」
京子「…えぇ」
俺の周りにいるのは清澄の仲間達ではなかった。
それに負けないくらい魅力的で、それに負けないくらい優しくて、それに負けないくらい仲が良くて。
ついでに彼女達よりもおっぱい偏差値が高い自慢の仲間。
…本当に何の因果か、俺を取り巻く環境は一年前と何から何まで違うけれども。
しかし、不思議と俺の中に不安やプレッシャーと言うものはなかった。
京子「行きましょうか」
湧「は…い」カチカチ
明星「そう…ですね」
とは言え、それはあくまでも俺に限っての事。
今回が初めての公式戦になる二人の身体は可哀想なくらい固まっていた。
人見知りがちな湧ちゃんはともかく、明星ちゃんまで緊張を浮かべる有り様である。
昨日はちゃんとコンディションを整えている事に関心したんだけど…アレは空元気だったのか、或いは会場を前にして本格的に緊張しているのか。
どちらにせよ、入る前にちょっと緊張を解しておいた方が良いかもな。
京子「…」スス
湧「わきゃっ」
明星「ひゃんっ」
そう思って二人の背中に人差し指で撫でた瞬間、可愛らしい声が漏れた。
擽ったそうなそれに恥ずかしくなったのか、明星ちゃんの耳が一気に紅潮を見せる。
そのまま俺に振り返った彼女は強く俺を睨めつけた。
明星「な、何するんですかぁっ」
京子「硬くなった可愛らしい背中があったものだからつい」
明星「そ、それってセクハラですよ、セクハラ!」
明星「訴えますよ!あまつさえ勝ちますよ、私!!」
京子「同性相手に勝てるのであれば受けて立つわよ」フフン
京子「ま…何はともあれ緊張しすぎ」
京子「もうちょっと肩の力を抜いたほうが良いわ」
京子「じゃないと、此処から先、持たないから」
俺達が立っているのはまだ入り口も入り口なのだ。
こんな場所で緊張していたら、これから先、気持ちが保たないだろう。
まだ地方予選は始まってもいないのだから。
京子「わっきゅんは私と手を繋いでおく?」
湧「良かの?」
京子「えぇ。そのままじゃ心細いでしょうし」
湧「…ん。あいがと…」スッ
特にわっきゅんは人見知りだからなぁ。
去年は準決勝まで行けなかったとは言え、永水女子は未だに優勝候補。
ここから先、知らない相手に囲まれたり、取材を受ける事もあるだろう。
その時、わっきゅんが受けるプレッシャーを考えると先に手を繋いであげておいた方が良い。
春「…私も心細いから手を繋いで欲しい」
京子「はいはい。仕方ないわね、春ちゃん」スッ
春「…ん」ギュッ
霞「ふふ。京子ちゃんは本当にモテモテね」
初美「両手に華って奴ですかー?」
京子「えぇ。羨ましいでしょう?」クスッ
小蒔「とっても仲良しで羨ましいです!」
巴「じゃあ、姫様は私と手を繋ぎますか?」
小蒔「良いんですか?」パァ
霞「じゃあ、私は明星ちゃんとご一緒しようかしら?」
明星「こ、光栄です、霞お姉様っ」カァァ
初美「むむむ…。そうなると私の相手がいなくなるのですよー…」
春「…片一方空いてるから、こっち来ます?」スッ
初美「は、はるる…!」ジィン
はは、なんだか凄い事になっちゃったな。
まぁ、こういう仲良しこよしってのも悪くはない。
俺たちは仲間である以前に家族でもあるんだから。
ともすれば、ベタベタとしていると、そう思われそうな繋がりにも嫌なものはまったく感じなかった。
―― それにまぁ…。
霞「それじゃ今度こそ行きましょうか」
小蒔「はいっ」
ガチャ
ザワザワザワ ピタッ
京子「(…うん。まぁ、そうなるよな)」
扉を開けた瞬間、中のざわめきが一瞬、収まり、俺達に視線が集まってくる。
去年の三年生組が抜けたとは言っても、二年連続でインターハイへと出場した永水女子は注目株なのだから。
その上、相変わらず永水女子は全員お揃いの巫女服姿なのだから、その反応も当然の事だ。
京子「(もっとも…わっきゅんにとっては辛い事だろうけれど)」
湧「…っ」
俺の手を掴む彼女の指に力が入ったのが分かった。
やっぱりわっきゅんにとって、こうして注目を浴びるのは辛いのだろう。
視線から逃げるように俯く彼女を見ると、先に手を繋いでおいて良かっ ――
―― 瞬間、俺の身体の方が強張った。
京子「…っ!」
秋一郎「…お」
その場を通り過ぎる人の間からぬっと突然、現れた見知った顔。
こうしてお互いの顔がはっきりと判別出来るような距離に近づくまで、俺はそれが大沼プロだとまったく気づく事が出来なかった。
それは俺が不注意だったから…というだけではなく、彼がその凄さからは考えられないくらいオーラのない人間だからだろう。
その場を通り過ぎる一般人と同じく、周囲へと同化し埋没する一種の才能。
平凡感、と言っても過言ではないその立ち姿は…けれど、表面的なものでしかない。
少なくとも大沼プロはその経歴に違わぬ実力を未だ持っている。
それを体感したばかりの俺にとって、人の波から突然、現れた彼の姿が恐ろしく思えた。
京子「大沼…プロ」
秋一郎「よう、奇遇だな。嬢ちゃん」
秋一郎「まさかまた会えるとは思わなかったぜ」
京子「私もです。…どうしてここに?」
秋一郎「仕事だよ、仕事。テレビ欄とか見てねぇのか?」
京子「あいにくと家にはテレビがないものですから」
秋一郎「それでも現代っ子かよ、嬢ちゃん…」
秋一郎「まぁ、いいか。今日は解説に呼ばれたんだよ」
秋一郎「去年と同じく、また今年も俺が決勝の解説になるらしいぜ」
京子「…そうですか」
…って事は決勝まで行けば、大沼プロに俺の麻雀を見られる訳か。
昔ならばその事実に緊張こそすれ、心の底から嬉しかっただろう。
きっと俺の麻雀を解説している部分をデータ化し、家宝にしていたはずだ。
だが… ――
秋一郎「気持ちは変わったかい、嬢ちゃん」
京子「…いいえ。変わりませんでした」
秋一郎「それで出場するってのか?」
京子「えぇ」
秋一郎「…嬢ちゃん、前も言ったが」
小蒔「大丈夫です」
秋一郎「…ん?」
小蒔「京子ちゃんは負けません」
そこで言葉を挟んできたのは小蒔さんだった。
巴さんと手を握ったままの彼女はごく自然な仕草で大沼プロに答えている。
そこには日本のトッププロに出会った事に対する緊張も何もない。
俺の良く知る小蒔さんのまま、彼女は彼に…日本の誇るトッププロに否と答えていた。
秋一郎「…ついこの間までろくに和了れなかった嬢ちゃんがこの地方予選で勝てるってのか?」
小蒔「違います」
秋一郎「何?」
小蒔「心が負けません」
小蒔「京子ちゃんはもう…心が負ける事はありません」
小蒔「だから、そんな風に心配しなくても大丈夫ですよ」ニコッ
秋一郎「…参ったなぁ」
そう微笑む小蒔さんの前で大沼プロは頬を掻く。
孫ほどに年の離れた彼女からそっと視線の逸らすその姿は、何処か可愛らしくも見えるものだった。
…もしかしたら本当に今の大沼プロは困っているのかもしれない。
京子「……大沼プロ」
秋一郎「ん?」
…だから…という訳じゃない。
大沼プロがどれだけ隙のある姿を見せたとしても、彼は俺にとって咲以上の化け物なのだから。
微かに苦手意識めいたものが残る彼と出来れば一緒に居たくはない。
でも…だからと言って、俺はこのままじゃいられなかった。
京子「私の麻雀、見ていてもらえますか?」
秋一郎「…それは俺にこの前みたいな温くてダルい麻雀を懇切丁寧かつお世辞混じりで解説しろって事か?」
京子「いいえ。違います」
確かに全国的にも放送される番組の中で、思いっきり選手の事を叩く訳にはいかない。
少なくともこの前のように遠慮のないコメントを言う事は出来ないだろう。
でも、俺は決してそんな当り障りのない言葉を彼に言って欲しい訳じゃない。
京子「私の気持ちは変わりませんでした」
京子「でも、私の麻雀は少し変わったんです」
京子「どんな風に変わったのかは私にもまだ分かりませんけれど…」
京子「でも、きっと退屈はさせないと思います」
秋一郎「へぇ…」
そこで大沼プロは面白そうに俺の方を見た。
まるで犬がいきなり二足歩行し始めた様を見るようなその目は、さっきまでの気怠げなものとはまったく違う。
侮りもなく、ただ、感心と関心だけが浮かぶその表情は、恐らく俺の言葉を高く評価してくれているからだ。
秋一郎「そんな風に言えるようになったか」
京子「お陰様で色々ありましたから」
いや、本当に。
大沼プロにボコられてから、山田さんに叩きのめされた上、襲われそうになったり、初美さんに泣いているところを見られたりさ。
つい昨日も小蒔さんに色々と溜まってたものを聞いてもらったりしたんだ。
それなのに小蒔さんが俺の代わりに言い返してくれた事に安心していたら、それこそ男が廃ってしまう。
俺が男である以上…そして負け犬などではない以上、言われっぱなしで終わる訳にはいかない。
秋一郎「…なるほどな。ただの負け犬で終わらなかったって事か」
秋一郎「ま、俺は部外者なんだ。嬢ちゃん達がそれで良いなら何か言ったりはしねぇよ」
秋一郎「それに順当に行けば全国に行くのは嬢ちゃん達だろうしな」
秋一郎「俺ぁ解説席で高みの見物と決めさせてもらうよ」
秋一郎「じゃあな、嬢ちゃん達」
そう言って手を振りながら大沼プロは去っていく。
相変わらず妙に様になるその姿を見送りながら、俺は胸を撫で下ろした。
とりあえず試合開始前から思いっきり凹まされる…なんて事はなかったらしい。
…大沼プロにあんな啖呵を切っておいてアレだが、やっぱり不安だったのだ。
春「…京子」
京子「ふふ。言っちゃった…言っちゃったわ…」
京子「…大沼プロに…あんな大見得切っちゃった…」
…だけど、不思議と怖いって気持ちはなかった。
日本でも指折りの実力者を相手に、俺の麻雀を見ろ…なんて言ったのに。
それだけの価値があるのか自分でも自信はないのに。
もし、それが出来なかったら今度こそ完全に失望されるかもしれないのに。
俺の胸には恐怖はなく、ただただ達成感だけで満たされていた。
春「大見得じゃない」
京太郎「え?」
春「京子ならきっと出来る」
初美「と言うか出来なきゃ私との特訓は何だったのかって事になるのですよー」
初美「私の貴重な時間を割いてまで頑張ったのに成果出せなきゃ激おこなのですー!」
巴「でも、その割にははっちゃんって京子ちゃんとの特訓、楽しみにしてなかった?」
霞「そうそう。毎回、京子ちゃんの為にお菓子まで準備してたものね」クスッ
初美「そ、それは、ちょっと摘むものが欲しかったからで決して京子ちゃんの為じゃないのですよー!」カァ
小蒔「ふふ。大丈夫ですよ、初美ちゃんがとっても優しい子なのはみんな知ってますから」ニコー
初美「う…うぅ…」メソラシ
はは、流石の初美さんも小蒔さんにそう言われると逆らえないよな。
でも、確かに俺は初美さんに色々と迷惑かけて、そして時間も割いてもらっていたんだ。
まったく成果なし…だなんて格好悪い真似は出来ない。
その上で大沼プロにも見てもらうって条件が増えただけだ。
最初から全力以上を出し切る事は決まっているんだから、特に怯える必要はない。
「すみませーん。試合前に神代さんに一言お願いしたいのですが…宜しいですか?」
霞「ごめんなさい。今は試合前の大事な時間ですから」
「なら、写真はどうでしょう?」
霞「それも後でお願い致します」
それにあんまりここで足を止めている暇もない。
ここはまだ会場の入口も入り口で、取材陣がこぞって詰めかけているのだから。
そんな場所で巫女服姿の永水女子が並んで立っていれば、そりゃこうしてカメラを持ったマスコミが集まってくる。
だが、まだ一勝もあげていない状態で一年生組、特にわっきゅんに取材などされたら調子を崩しかねない。
ここは霞さんが断ってくれている間に、とっとと抜けて、試合に備えるべきだろう。
霞「では、また後ほど。…皆、こっちよ」
明星「ふぁん…取材対応する霞お姉様も毅然としていて素敵ですぅ…」ウットリ
京子「(…うん。あっちは大丈夫だな)」
いや、まぁ、別の意味で心配にはなってきているけれども。
緊張して硬くなっているどころか、完全に霞さんに心酔しきってる感じだからなぁ。
今の明星ちゃんは霞さんに言われるがまま何処にでも付いて行きそうだ。
ま、まぁ、明星ちゃんは明星ちゃんでしっかりしてる子だから、きっとすぐに元通りになるだろう。
霞「さて、ここまで来れば問題はないでしょう」パッ
明星「はぅ…。霞お姉様のお手手がぁ…」
霞「…また後でね、明星ちゃん」
明星「はぁい…っ♪」ポー
……なれば良いなぁ…。
霞「さて、それじゃあ、事前登録しておいたオーダーを発表するわね」
霞「本来ならば顧問の先生がやるべきなんだけど…先生はお忙しいみたいだから」
初美「まぁ、ぶっちゃけ、オーダーも霞ちゃんが毎晩、必死になって悩んでた訳ですしねー」
巴「霞さんが発表するのが当然かしら」クスッ
霞「も、もう、二人とも余計な事を言わなくても良いのっ」
相変わらず永水女子麻雀部の顧問はお飾りなまんまだからなぁ。
遠征の受付や対外試合の申し込みこそやってもらっているものの、それ以外は基本、ノータッチである。
そもそも永水女子がお嬢様を集め、そのステータスを周知する事で存続してきた面もあるし…神代さん達がインターハイに出なくても永水女子の価値と知名度は変わらないんだろうけど。
だからと言って既に部外者である霞さんがこうしてオーダーまで考えなきゃいけないって言うのはちょっとどうかと思う。
霞「コホン。ともかく…今年は私達にとって一昨年と去年以上に負けられない年よ」
霞「理由は…深くは皆、分かっていると思うわ」
霞「だから…オーダーは…本当に悩んだけれど…」スゥ
霞「…先鋒は春ちゃんでいくわ」
京子「春ちゃんが…?」
霞「えぇ。先鋒は毎年、エースの登板が集中する重要なポジションよ」
霞「それに相手があまりにも弱いと小蒔ちゃんの神降ろしも使えないし、去年は他校のエースを抑える意味でも最初に出てもらったけれど」
霞「…でも、去年のインターハイ、私達の敗因は小蒔ちゃんが思った以上に先鋒戦で稼げなかった事も大きいわ」
小蒔「ごめんなさい…」シュン
霞「あ、ううん。小蒔ちゃんのことを責めている訳じゃないのよ」
霞「ただ、小蒔ちゃんの力は先鋒戦を安定させるには少し不安定過ぎるわ」
霞「その能力の性質上、中々、調整って言うのが出来ないから」
俺は小蒔さんのオカルトの事を詳しく知っている訳じゃないが、それでもそれが決して安定して使えるものじゃない事くらい知っている。
そもそも清澄にいた時代から神代小蒔の強さにはムラがある事くらいは分析出来ていたのだから。
こうして永水女子に来て、その能力の正体を聞かされた今、霞さんの言葉も分かる。
降りてくる神様の順番が決まっている上、その神様によって強さが決まる小蒔さんを安心して先鋒に置く事は中々、難しいだろう。
霞「だからこそ、今年の先鋒戦は流すわ」
霞「他校のエースを食い合わせて、なおかつ相手の+は出来るだけ小さくするのが重要よ」
霞「それを考えた上で出てくるのは…やっぱり春ちゃんだけだったの」
霞「春ちゃんは去年よりもずっと強くなったわ」
霞「普通に打っても勝てるし、自分の得意な分野では滅多に崩れない」
霞「今の春ちゃんが場を流す事に専念すれば並のエースじゃ対抗すら出来ないはず」
確かに今の春の実力は一年前から比べ物にならない。
下手をしたら一年生組よりも、この一年で伸びているかもしれないくらいだ。
今の春ならば、去年の2回戦で戦った面子でも、互角以上に戦えるだろう。
しかし、それは並のエースならば…の話。
去年の団体戦で暴れまわった化物のような連中が出てきたら幾ら春でも厳しいかもしれない。
春「…大丈夫」
京子「春ちゃん…」
春「勝たなくても良いなら、幾らでもやりようはあるから」
春「持ち点は減らすかもしれないけど…仕事はちゃんと果たしてみせる」
そう言って小さく握り拳を作る春の顔は何時もよりも少し違っていた。
普段の飄々としているそれではなく、どこか強張っているものに。
それは本当に僅かなものではあるが、しかし、だからこそ、彼女が少なからず気負っているのが分かる。
てっきり小蒔さんが担うであろうと思っていた重要なポジションが自分に回ってきたのだからそれも当然だろう。
霞「…ありがとう」
霞「それで…次鋒だけど…これは湧ちゃんに任せるわ」
湧「あっ、あちき!?」ビックリ
霞「えぇ。毎年このポジションは先鋒の後の点数調整目当てに強いと言うよりも上手い雀士が多く集まるわ」
霞「だけど、湧ちゃんの能力は初見では中々、見破れない上に、見破れたとしても対処が難しい」
霞「ここでならば、湧ちゃんの能力が活きるはずよ」
実際、湧ちゃんの能力は分かったところでどうしようもない。
いや、下手に分かった方が、疑心暗鬼に陥ってどうしようもなくなるタイプのものだ。
俺も麻雀が上手いと言われるタイプだから分かるが、間違いなくわっきゅんは相手にしたくない。
練習試合ならばともかく、勝ち負けのかかっている戦いの中では彼女の能力はこっちの神経をゴリゴリ削ってくるのだから。
霞「中堅は小蒔ちゃん」
小蒔「はいっ」
霞「ここでは飛び抜けて強いって言う選手はあまりいないわ」
霞「唯一の例外は中堅にエースを置く伝統のある姫松くらいでしょうね」
霞「だからこそ、ここでの小蒔ちゃんの役割は稼ぐ事」
霞「思いっきり点数を稼いで、戦局を有利に運ぶ事が重要よ」
小蒔「…分かりました」グッ
言葉少なめに答えながらも、小蒔さんの顔にはやる気に満ちていた。
それはきっと自分の勝敗が戦局を左右すると理解しているからだろう。
春はほぼ捨て石に近い状態、次鋒のわっきゅんは一年生でまだ色々と未知数なのだから。
団体戦も折り返しとなる中堅戦でどれだけ点棒を溜め込めるかが鍵となる。
何せ次は… ――
京子「(まぁ…俺だろうからな)」
ほぼ和了れない俺に大将を任せるなんて真似を霞さんはすまい。
そんな博打めいた事をやらずとも安定して強い明星ちゃんがいるのだから。
そもそも一位にならなければ抜けられない地方予選の事を考えると俺が大将をするのはリスキーが過ぎる。
下手をすればインターハイへと進む前に敗退しかねないだろう。
霞「それで副将が明星ちゃんで、大将が京子ちゃんね」
京子「え?」
明星「分かりました!霞お姉様の為に、私全力で頑張らせて頂きます!!」ググッ
…………え?
いやいやいやいや、ちょっと待って。
それって逆じゃないのか?
だって、俺が大将をやらなきゃいけない理由なんてまずないだろ!?
流石にこれは霞さんの言い間違えとかだよな!?
京子「も、もう。霞さんったら大将と副将を間違えてますよ」
霞「間違えてないわよ?」
京太郎「……じゃあ冗談ですか?」
霞「いいえ。冗談でもなんでもないわ」
霞「本当に、間違いなく、貴女が大将なのよ、京子ちゃん」
アイエエエエエエエエ!?大将!?大将、ナンデ!?
いや、ホント、なんで俺が大将なんだ!?
俺が大将を務めるだなんて、どう考えてもデメリットしかない。
少なくともリターンとリスクが釣り合っているとは到底、言えないだろう。
霞「姫様と春ちゃんは去年から比べると大きく成長したわ」
霞「でも、明星ちゃんと湧ちゃんはまだ一年生で何処までやれるか不安」
霞「さらに京子ちゃん、貴女のデメリットは団体戦では無視出来ないわ」
京子「だ、だったら、余計に私を大将から外すべきじゃ…」
霞「だからこそ、よ」
霞「例え、荒治療でも京子ちゃんには強くなって貰わなきゃいけないの」
霞「そうじゃなきゃインターハイに出ても、他の高校にやられちゃうだけよ」
京子「それは…」
それは俺も分かっている。
今の俺が永水女子のお荷物だなんて事くらいはっきりと理解しているんだ。
けど、だからと言って、そのお荷物を勝敗が決まる大将に置くだなんて正気の沙汰じゃない。
もっと点数が変動しにくい場所に置くのが定石だろう。
霞「…これが大きな博打である事くらい私も分かってるわ」
霞「でも…姫様がインターハイに出られるのは今年が最後だから」
霞「一昨年と去年…優勝を逃した私達の責を貴女達に預けるのはどうかと思うけれど…」
霞「貴女達にはどうしてもインターハイで優勝して欲しい」
霞「これはその為のオーダーなの」
京子「霞さん…」
けれど、それは霞さんが悩みに悩み抜いて決めた編成なのだ。
既に永水女子を卒業し、俺達をサポートする事しか出来なくなった彼女がベストと信じたものなのである。
ならば、俺に出来る事は、霞さんのそれが間違っていなかったのだと証明する事くらいだ。
そもそもこの編成は事前に大会側へと通してある以上、今更、変更など出来ない訳だしな。
京子「…分かりました」
明星「まぁ、大丈夫ですよ。京子さんに回ってくる前に私達が何とかしますから」
小蒔「はい。京子ちゃんの負担にならないように全力以上で頑張ります」
春「私も…先鋒戦で精一杯頑張るから…」
湧「あ、あちきも…京子さあの為に一杯、点棒取ってくる…!」グッ
京子「えぇ。お願いするわね」クスッ
それに辛いのは決して俺だけじゃない。
一年生である二人はプレッシャーも強いだろうし、春なんて先鋒という大事なポジションを任せられているのだから。
小蒔さんは団体戦の決め手として中堅で大きく稼ぐ事を期待されている。
色々と背負っているのは決して俺だけじゃなく、みんなも同じなのだ。
それでも尚、俺を励まそうとしてくれる彼女達がいれば、きっと大丈夫。
―― ピンポンパンポーン
「後10分で一回戦が始まります。各校の先鋒に指定された選手は所定の対局室へと移動してください」
初美「…おっ、来たですかー」
巴「この音を聞くと再び夏が始まるっていう気がするわね」
霞「ふふ。まぁ、私達の夏はもう終わっちゃっているけれどね」
春「…ううん。終わってない」
霞「…え?」
小蒔「そうですよ!霞ちゃん達の思いも私達が背負っていくんですから」
明星「これは私達だけの夏じゃありません。霞お姉様達の夏でもあるんです」
湧「じゃっで、優勝まで気張って行こ?」グッ
巴「…ふふ」
初美「なるほど。これは一本取られたのですよー」ニコー
霞「えぇ。…そうね。私達も…まだ終わってないのよね」クスッ
…霞さん達の夏でもある…か。
そうだな、俺達はこんなに期待されているんだ。
今日もこうして俺たちを引率してくれて、オーダーまで考えてくれているんだから。
この夏は決して俺たち選手だけのものではない。
本当に皆が一丸となって挑戦する最後の夏。
―― そんな夏が…今、始まる。
………
……
…
須賀京子と言う不安要素を抱えても、永水女子は強力なチームだった。
インターハイを経験し、去年よりも雀士として一回り以上に成長した滝見春がエースを抑え。
次鋒戦には対処の難しいオカルトを振るう十曽湧が大きく稼ぎ。
中堅では自他共認める永水女子のエース、神代小蒔がさらに荒稼ぎし。
副将戦では石戸霞を彷彿とさせる手堅い打ち筋の石戸明星が締め。
大将戦では… ――
京子「…ノーテンです」
「……」ギュッ
「はぁ…お疲れ様でした…」
「…お疲れです…」
須賀京子の打ち方は決して防御だけを重視したものではない。
だが、長年、強敵とばかり切磋琢磨したその防御技術は最早、並の雀士を寄せ付けないものになっていた。
それまでの四人が作ったリードをほとんど減らす事はなく、終局にまで持って行っている。
勿論、それはオーラスの親が毎回、須賀京子であるという事も無関係ではないのだろう。
直撃を当てれば試合が終わる局面で親を相手に逆転できるだけの大物手を作らなければいけないのだ。
だが、その大物手の気配を須賀京子が見逃すはずがない。
結果、ズルズルと終局へと近づき、親である須賀京子がノーテンのまま試合が終わる。
一回戦からずっと焼き直しのようなその試合展開に、夢絶たれた少女達が項垂れた。
京子「(はあ…毎回きっついっての…)」
しかし、京子の方も決して消耗していないという訳ではない。
仲間が作ってくれた点差は、そのまま試合の行く末を左右するのだから。
自身で点数を稼ぐ事をほぼ期待出来ない彼女にとって、どうやって一位を維持したまま終局まで駆け抜けるかが至上命題なのである。
もし、一歩でも足を踏み外してしまえば、そのまま自分だけではなく永水女子の全員が落ちてしまうようなギリギリの戦い。
それを何度も繰り返す中で、京子の中にも疲労が溜まっていた。
京子「(ま…次で決勝だしな…)」
京子「(それさえ無事に終われば、なんとかなる)」
京子「(…問題は、それが難しいって事だろうけど)」
決勝進出を決め、仲間の元へと戻る京子の目の前には爛々と光るディスプレイがあった。
そこには他の対局室でも行われていた試合の経過と、そして来たる決勝戦の組み合わせが流れていく。
無論、長野出身である京子にはそこに浮かぶ名前の殆どが知らないものだ。
だが、その中で一つだけ聞いた覚えのある名前があった。
京子「(九州赤山高校…か)」
それは永水女子が出てくるまでずっと鹿児島の不動の王者であった高校の名前だ。
阿知賀の晩成高校と同じように十数年も連続でインターハイ出場枠に君臨し続けた鹿児島1の名門校。
その栄光は神代小蒔率いる永水女子に敗れた時から翳ってはいるが、実力は衰えてなどいない。
少なくとも今までと同じようにいかない相手である事は間違いはないだろう。
準決勝でも2位を50000点以上も引き離して決勝進出を決めた九州赤山高校の成績を見ながら、京子は表情を強張らせた。
京子「(まぁ…藤原選手はもういないし、去年よりはまだ楽な相手…なのかもしれないけど…)」
藤原利仙。
名門九州赤山高校にて一年の頃からエースであり続けた傑物である。
小蒔と似た雰囲気から良く対立して語られる彼女ではあるが、決してその実力は小蒔に劣っている訳ではない。
一昨年は初めて見る彼女のオカルトに完封されながらも、去年は小蒔と五角以上に渡り合い、点棒の差はほとんどなかった。
それでも九州赤山が永水女子に敗北したのは結集した六女仙 ―― 特に薄墨初美 ―― に彼女以外が太刀打ち出来なかったからである。
京子「(…嫌な予感がするんだよなぁ…)」
勿論、相手がインターハイ出場における最大の障害である事は京子も理解している。
待ち時間や休憩中にその試合を見てはいるが毎回圧倒的であり、他を寄せ付けていない。
名門校の名に相応しく、先鋒から大将までインターハイに出場するに足る実力の選手が揃っている。
だが、それでは説明できない怖さを京子は感じていた。
京子「……ん?」
そこで京子は窓の外に一人の少女がいるのに気づいた。
年の頃は京子と同じほど。
ツヤのある黒髪を左右に分けたその顔は美しいと言うよりも上品だという言葉が真っ先に浮かぶ。
耳目の整った穏やかなその顔立ちは深窓の令嬢めいた雰囲気を醸し出している。
そしてそれと同時に何処か浮世離れした印象もまた。
京子「(…アレは…もしかして…)」
その顔を京子は見た記憶があった。
去年、団体戦では敗れたものの、個人戦でインターハイに出場し、暴れまわった雀士たち。
荒川憩と仲が良く、また病院にも出入りしていた所為でチーム荒川病院と一部で呼ばれている彼女達の牌譜を京子もまた集めていたのだから。
何より、全国広しと言えども、和装に浮いた羽衣なんていう奇抜な格好をする女性などまずいない。
会場の入口近くに立つその少女は京子の予想通り藤原利仙その人だった。
京子「(…しかも…絡まれてる…?)」
彼女の周りには見るからに柄の悪そうな男が三人いた。
下卑た笑いを浮かべる彼らが一体、彼女とどういう関係なのかは分からない。
しかし、決して好ましいそれではないのは、利仙の顔に浮かんだ硬い表情で分かる。
京子「(もし、そうなら…助けなきゃ)」
まだ九州赤山と永水女子の分の試合が終わっただけだ。
残り2つの試合がまだ続いている以上、会場の廊下に出てくる人はほとんどいない。
実際、京子が今、歩いている場所は話し声こそ聞こえるものの、人の姿が全く見えなかった。
もしかしたら彼女の危機に気づいているのは自分だけかもしれない。
そう思った瞬間、京子は床を蹴って駆け出した。
行く先は勿論、彼女の元へと駆けつけるのに一番近い出口。
その最中、幾人かの人間とすれ違い、驚かせた事に謝罪しながら京子は進む。
運動部のそれと比べても遜色ないその健脚はあっという間に入り口へとたどり着かせ… ――
京子「お姉様ー!」
利仙「…え?」
大きく声を張り上げながら近づいてきた京子に利仙は驚きの声をあげた。
それも当然だろう。
利仙にとって京子は全く見知らぬ少女なのだから。
その上、相手が並大抵ではないくらいに身長が高く、街中で巫女服まで着ているともなれば怪訝に思う暇もない。
一体、いきなりわたくしに話しかけてきたこの女性は誰なのかと、そんな疑問さえも驚きの中に飲まれてしまう。
京子「こんなところにおられたのですね、お姉様」
京子「さぁ、早くこちらに。そろそろ試合が始まってしまいます」
利仙「……えぇ。そうですね。出迎えありがとうございます」
その驚きが中々、収まらない利仙の手を京子や少し強引に掴んだ。
そのまま自分の手を引こうとする彼女に、利仙は自分を助けようとしてくれているのだと悟る。
流石にその理由までは利仙には分からないが、さりとて、この状況で助けを拒む理由はない。
見知らぬ女性のやけに逞しい手を握り返して、彼女は歩き出した。
「ちょっと待ってくれよ、嬢ちゃんよ」
京子「…あら、失礼。お話中だったのですか?」
京子「ですが、お姉様は忙しい身。また後にしていただけないでしょうか?」
「そりゃないぜ。こっちは楽しくお話してたってのによ」
「お姉様を独り占めされちゃあこっちとしては面白くないよなあ」
京子「…」
だが、そんな彼女達を再び男達が囲い込む。
その顔に浮かんでいるのはさっきよりもより下卑た表情だった。
彼らからしてみれば、浮世離れしたお嬢様にナンパをしかけていたら、巫女が釣れたも同然なのである。
まさに一石二鳥と言っても良い幸運をみすみす見逃すはずがない。
「いやぁ。まさか嬢ちゃんみたいな巫女さんまでいるとはな」
「永水の神代小蒔ってのが目当てだったけど、お姉さんも中々、可愛いじゃん」
「お姉様と一緒にちょっとお茶しようぜ。な?」
京子「(…さて、どうするかねぇ)」
ここで京子が自身のボディガード兼監視者である山田を呼ぶのは簡単だ。
京子がその名前を呼べば、彼は音もなくこの場に現れるだろう。
だが、今回は永水女子に転校したての頃とは違って、少々、悪質なだけのナンパだ。
周りにはマスコミの目もあるし、わざわざ山田を呼んで叩きのめすような事は出来ない。
京子「申し訳ありません。時間がないものですから」
「俺らとお茶する暇もないってーの?」
「ちょっとそこの喫茶店入って注文してお茶飲むだけで良いんだって」
「五分だけ…な?五分だけで良いから」
京子「いえ、もう本当に時間がないのです」
「なー…?流石にちょっとそこまでコケにするのは良くないんじゃねぇの?」
「俺らもさ。流石にそこまで袖にされるとプッツーンって来るっつーかさぁ」
「あんまり怒らせない方が良いぜ?試合って事は関係者なんだろ?」
「あそこに飛び込んであることないことぶちまけられたら困るっしょ?」
京子「(あーあー…もう…面倒な…)」
勿論、彼らにはそのようなつもりはない。
こうして二人に圧力を掛けるのも何とかして首を縦に振らせたいだけだ。
どうせ世間知らずのお嬢様なのだから、ちょっと強く出ればどうとでもなる。
そんな打算は、しかし、京子にあっさりと見抜かれていた。
とは言え、見抜けたからと言っても、京子が面白い訳ではない。
目先の獲物の大きさに少しずつナンパという領域から外れかけている男たちの姿に内心、ため息を漏らした。
京子「お好きになさればどうですか?」
「あん?」
京子「貴方達がお姉さまに対してあまりにも強引に迫っていたのは多くの人が見ています」
京子「貴方達があそこで面白おかしく喚いたところで三流ゴシップ誌にも乗らないでしょう」
勿論、それはブラフも良いところだ。
実際にそれだけ多くの人が見ていれば、もっと大騒ぎになっていただろう。
絡まれているのが去年、名門九州赤山でエースを張り、インターハイの個人部門でも活躍した選手なのだから尚更だ。
だが、自分たちが絡んでいる相手の名前も知らないような男たちがそんな事を知るはずもない。
一階からはともかく二階からの視線など気づけないのもあって、男たちの中に動揺が走った。
京子「では、今度こそ失礼」
「待てよ、オイ…っ」
京子「っ!」
そう言って再びその場を去ろうとする京子の肩に男の手が伸びる。
最早、囲い込むのではなく、無理矢理にその場に繋ぎとめようとする手。
目の前のご馳走二人を意地でも逃してたまるかとその腕は強引に伸びて…ーー
利仙「…ふっ」
「…え?」
京子「え?」
―ー そのまま上下がひっくり返った
短く、けれど、力強く息を吐きながら動いた利仙の手。
それが男の身体を崩し、そのまま宙へと浮き上がらせた。
まるで一瞬だけそこが無重力になったような不可思議な光景。
だが、それに疑問を浮かべる暇もなく、男の身体は空中でクルンと一回転し、足から着地した。
利仙「…すみません。つい身体が動いてしまいました」
利仙「ですが、あまりそのように女性の身体に気安く触れるものではありませんよ」
利仙「でないと…次は手元が狂って、首から落してしまうかもしれません」
「っ…」
「お、俺達を脅すのか?」
「これって恐喝だろ、恐喝…!」
利仙「ならば警察に行けばどうですか?」
利仙「もっとも…この状況では貴方達の方が恐喝容疑で逮捕されるでしょうが」
利仙が使ったのは合気道にも繋がる古武術の一種だ。
相手の力の動きを無駄なくコントロールするそれは棒立ちの相手には全く効果が無い。
あくまでこちらへと攻撃してくる相手から身を守る為のもの。
それを立証する自信が利仙にはあったし、またそもそも男が数人がかりで女二人を囲んでいる時点で不穏だ。
もう一人の証言があれば事件になるどころか、彼らの方が恐喝で罰せられかねない。
「…くそ」
「おい…行こうぜ」
「ったく…情けねえ…」
「…覚えてろよな」
それを彼らも理解していた。
だからこそ、口々に捨てセリフを吐きながら、その場を去っていく。
投げ飛ばされた一人に肩を貸しながら進むその集団が路地の向こうに完全に消えてから利仙は小さく息を吐いた。
利仙「…ふぅ。怖かったです…」
京子「(いや、全然、そんな風には見えなかった訳ですが)」
あの投げは合気道を少しだけ嗜んでいる京子の目から見ても、見事と言う他ないものだった。
そもそも利仙は片手を京子と繋いでいる状態なのである。
そんな状態で大の大男をあんなに見事に投げ、しかも足から着地させるだなんて余程の鍛錬を積まないと無理だろう。
正直、京子は自分が彼女と同じ領域に達するまでどれだけ掛かるか想像も出来ないくらいだ。
京子「えっと…大丈夫ですか?」
利仙「えぇ。貴女の方は?」
京子「藤原選手のお陰でなんともないですよ」
利仙「あれ…?わたくし、名前…」
京子「ふふ。鹿児島で麻雀をやっていて藤原選手を知らない人はいませんよ」
利仙「そうですか?そう言われるとなんだか照れますね」フフ
そう穏やかに言いながら利仙は頬を綻ばせた。
少し持ち上げ過ぎだとは思うが、そんな風に言われて悪い気はしない。
別に有名でありたい訳ではないが、見知らぬ相手が自分を知っていると言うのは自分の努力が認められた証でもあるのだから。
それに対して反感を覚えるほど利仙はひねくれた性格をしていない。
利仙「それで…わたくしの事を助けてくださった貴女のお名前はなんて言うのですか?」
京子「あ、京子です。須賀京子」
利仙「そう。京子さん。…失礼ですけど学校は…」
京子「永水女子です」
利仙「やはり…そうですか」
京子の服装を見た時からそれは予想していた事だった。
幾ら鹿児島に色々学校があるとは言え、公式戦に巫女服を着てくるような集団は永水女子しかいないのだから。
一応、その服装にはオカルトを制御しやすくなる為という理由があるのだが、部外者である利仙にそれが分かるはずがない。
彼女にとって紅白に彩られるその独特な姿は自身のライバルである神代小蒔と永水女子を象徴するものだった。
利仙「私はまだ着いたばかりで結果は知らないのですが…順調に勝ち上がっていますか?」
京子「えぇ。次は九州赤山と決勝です」
利仙「…そう。良かった」
無論、利仙とて自分の後輩たちが容易く負けるとは思っていない。
だが、麻雀というのはよくも悪くも実力だけでは測れない部分が多い競技なのだ。
去年の清澄のようにまったく無名校がダークホースとなって決勝まで駆け上がる事も少なくない。
こうして習い事を終えてすぐさま駆けつけたものの、その間に後輩たちが負けているのではないかという気持ちはやはり利仙の中にもあったのだ。
それに何より… ーー
利仙「どうやら、私の後輩たちが私の無念を晴らしてくれるところを見られそうです」ニコ
京子「…っ」
その笑みはとても穏やかなものだった。
不敵なものなんて何もない、見るもの全てから好感を引き出しそうな優しい表情。
だが、その表情とは裏腹に、利仙の言葉はとても不敵で、何より後輩たちの勝利を疑っていないものだった
京子「勝てると思いますか?」
利仙「勝ちます」
利仙「その為にあの子達は本当に悩んで、努力してきたのですから」
勿論、利仙とてそうやって努力してきたのが自分たちだけだとは思っていない。
九州赤山に敗北した高校の中には自分たち以上に努力してきたところもあるだろう。
だが、藤原利仙は知っている。
九州赤山が打倒永水女子を掲げ、どれだけの努力を重ねてきたか。
その為に何を犠牲にして来たかを利仙は嫌というほど理解しているのだ。
利仙「それに私に出来る事はもう信じる事しかありませんから」
京子「藤原さん…」
利仙「ですから、私は信じます」
利仙「例え、永水女子がどれだけ素晴らしいチームであったとしても」
利仙「勝つのは私達、九州赤山だと」
京子「……いいえ」
京子「いいえ。勝つのは私達です」
京子「神代小蒔の永水女子が…必ずインターハイに行きます」
そんな利仙に京子も気圧される事はなかった。
後輩の勝利を信じて疑わない彼女をはっきりと見返し、そして言い返す。
勿論、その胸の中には未だ嫌な予感がべったりと張り付いていた。
だが、それは永水女子の勝利を疑う材料にはならない。
どれだけ相手が悩んでいても、努力してきても…その背を信じる人がいても。
最後に勝利を掴むのは自分たちだと、京子はそう信じている。
利仙「…良い目です」
利仙「貴女とはできれば現役時代に戦いたかったですね」
京子「私は藤原さんが敵でない事に安心していますよ」
利仙「あらあらうふふ」
明星「京子さーんっ」
利仙「あら?」
京子「明星ちゃん」
そこで二人のもとへと走ってくるのは明星だった。
その姿を見て、京子は仲間の元へと帰る途中だった事を思い出す。
まずい、きっと明星ちゃんも怒っている。
そう表情を強張らせる京子に、しかし、明星は安心したような顔を浮かべた。
京子「はぅっ」
しかし、それも一瞬の事。
そのままツカツカと近寄ってくる彼女の表情は少なくない怒りに染まっていた。
もう決勝前で色々と話しあわなければいけない事があるというのに一体、何をしているのか。
今にもそんな言葉が飛び出しそうな後輩の姿に京子は小さくうめき声をあげた。
利仙「ふふ。私も後輩たちを待たせていますし、お話はここまでに致しましょうか」
利仙「それに貴女とはまた会う気がしますし」
京子「え?」
利仙「では、また。京子さん」
そう言って明星とすれ違うように建物の中へと進む利仙の姿は最後まで上品なものだった。
到底、さっき男を一人投げ飛ばしたとは思えない優雅な足取り。
彼女がやんごとなき身分である事を感じさせるその背中を、けれど、京子は最後まで見送る事が出来なかった。
明星「きょ、う、こ、さ、んんん!?」ゴゴゴ
京子「あ、あの…明星ちゃん…?」
明星「皆、待っているって言うのに何をやってるんですか…?」
京子「そ、それは…」
怒りを露わに詰め寄ってくる明星に京子は軽く事情を説明する。
藤原利仙が絡まれていたのを窓の外から知った事、それを助ける為に飛び込んだ事。
それを聞いている間に明星の顔から怒りが消え、代わりに呆れが浮かんでくる。
明星「…ふぅ。事情は分かりましたよ」
京子「あ、明星ちゃん…」
明星「それなら仕方な…くはないと思いますが、まぁ、京子さんですし」
京子「い、一体、どういう意味なのかしら、それ…」
明星「度が過ぎるくらいのお人好しだって事ですよ」ジトー
明星だって京子が他人を簡単に見捨てられるような人間ではない事くらい知っている。
実際、エルダー選挙では救わなくても良い相手まで救おうとしていたのだから。
そのお人好しっぷりに手を貸した事も一度や二度ではない以上、今更、それを驚くつもりはない。
だが、それでも呆れのような感情を止める事は出来なかった。
明星「まったく…それで暴力事件なんかに巻き込まれたらどうするつもりなんですか?」
明星「今年は姫様にとって最後の年なんです」
明星「私達の背中には霞お姉様たちの期待も掛かってるんですよ?」
明星「それなのに京子さんが問題を起こして出場停止…なんて事になったらどう責任を取るんです?」
京子「それは…」
勿論、そんな責任取れるはずがない。
少なくとも、彼女にとってそれくらいにその責任は大きいものだった。
この一年には心から敬愛する霞と、皆で護ると決めた小蒔と、そして他の仲間の想いが詰まっているのだから。
それを京子の短絡的な行動で台無しにされてしまっては堪ったものではない。
明星がそう思うのも当然の事だろう。
明星「私達と見知らぬ人、どっちが大事なのか…次からは良く考えてくださいね」
京子「…ごめんなさい」
明星「……」
そう謝罪する京子の顔から明星は目を逸らした。
明星だって別にこれだけ強く言いたかった訳ではない。
彼女にも京子が正しい事をしたという理解はあるし、そんなところが彼女の魅力だと分かってもいる。
実際、これほどまでに責め立てたのも京子が心配だったからだと言うのも大きいのだ。
しかし、それでも背負った想いが、どうしても彼女の気持ちを逸らせ、言葉をねじ曲げてしまう。
明星「…行きましょうか」
京子「えぇ…」
だが、その逸りに対して、明星はあまりにも鈍感だった。
今まで霞に期待を寄せられた事をあっても、彼女の代役を務める事などなかったのである。
しかも、インターハイで優勝という栄誉を掴む為にはたった一度の敗北すら許されない。
明星は心が強く、プレッシャーを力にしてきたが、それでも今のように焦燥感めいた緊張を感じた事はなかった。
自分の中の何かがおかしい。
そう思いながらも彼女は焦りのまま、それを抑えこみ… ――
―― そうして少しずつ彼女の中の歯車がゆっくりと狂っていく。
「さて、それではもうそろそろ地方予選決勝が始まる訳ですが…大沼プロの目から見て今回の四校はどうでしょうか?」
秋一郎「とりあえず注目株はやっぱり永水女子だな」
「永水女子。去年のインターハイシード校ですね。残念ながら去年は2回戦で敗退したみたいですが…」
秋一郎「相手は優勝校の清澄と同じく優勝候補の姫松だった訳だからなぁ」
秋一郎「勝ち筋はあったが、まぁ、ここでそれを言っても酷だろう」
秋一郎「ただ…今年は去年と比べて、強くなった…という訳じゃないだろうな」
「そうですか?少なくとも永水女子は今まで他を寄せ付けない快進撃を続けてきていますが…」
秋一郎「それでも去年のスコアと見比べてみりゃ分かるさ」
秋一郎「薄墨初美がいなくなった穴は想像以上に大きい」
秋一郎「次鋒の十曽湧が頑張っちゃいるが、薄墨初美の火力には及んじゃいねぇよ」
秋一郎「手堅く安定感のある狩宿巴や絶対的な守護神だった石戸霞だって今年はいない」
秋一郎「チームとしてのランクは一段階下がったってところだろうな」
「中々に手厳しいコメントですね」
秋一郎「実際、今年の永水女子には穴が多いからな」
秋一郎「先鋒にはエースが不在」
秋一郎「チームの柱であるスコアラーの片方が一年」
秋一郎「あまつさえ、大将はろくに和了れないと来てる」
秋一郎「さっき1段階下がったってコメントも俺の中じゃ結構、甘口だ」
秋一郎「実際は神代小蒔を中堅に据えるって言う奇策に頼らなきゃいけないくらいの崖っぷちだからな」
秋一郎「ハマればデカイが…そこまでいけるかどうかって所か」
秋一郎「この編成を考えた奴はよっぽどギャンブルが好きなんだろうぜ」
霞「…好き勝手言っちゃってくれるんだから」ムスー
巴「ま、まぁまぁ」
秋一郎「ただ、今年の永水女子にとって有利な面はある」
秋一郎「特に去年一年生だった滝見春の成長は大きい」
秋一郎「去年はエース格にぶつけるには不安なくらいだったが、今はそれなりにやれている」
秋一郎「このままインターハイまで成長を続ければ、並のエースじゃ太刀打ち出来ない相手になるだろうな」
春「…」テレテレ
京子「ふふ、春ちゃん、良かったわね」
秋一郎「もう一点。これはさっきのデメリットにも関わるんだが…」
秋一郎「良くも悪くも今年の永水女子は不安定だ」
秋一郎「まだまだ成長著しい一年が二人もいるからな」
秋一郎「去年の清澄のように大会を通じて一年が大きく成長していけば、学年なんて関係ない」
秋一郎「まぁ、良くも悪くも目が離せないチームって事だな」
湧「成長…」
明星「頑張りましょう、湧ちゃん」
湧「…んっ」グッ
「では、それに対する九州赤山の方はどうでしょう?」
秋一郎「こっちは永水女子とは違ってまったく隙がないな」
秋一郎「先鋒から大将まで殆ど三年生で構成され、一人ひとりの実力もかなりのもんだ」
秋一郎「特に…」
春「…」スクッ
京子「春ちゃん、もう行くの?」
春「…うん」
京子「(…平然としているけれど、やっぱり春も緊張しているんだろうな)」
京子「(そりゃ…緊張もするか。これから先は今までとは違う戦いになるんだから)」
京子「(相手は九州赤山…それ以外の二校だって決して軽く見れる相手じゃない)」
京子「(今までは比較的ピンチもないまま勝ち上がれてはいるけれど、今回はそうなるか分からないんだ)」
京子「(まず間違いなくエースを相手にする春の責任はより重要になってくる…)」
京子「(…そんな春に俺が何か出来るとは思えないけれど…)」
京子「…途中まで一緒に行っても良い?」
春「…うん。勿論」
スタスタ
京子「(…と言っても、中々に話題がなぁ)」
京子「(これから先鋒戦を迎えるって春に何時も通りのバカ話を振って良いものか…)」
京子「(そもそも、俺の目的は春を上手く励ます事である訳だし…)」
京子「(何時も通りの話から春を励ませるようなネタに繋げる方法なんてそうポンポンと思いつくはずがない)」
京子「(でも、こうやって沈黙している間にどんどんと足は会場に進んでいく訳で…)」
春「…京子」
京子「え?どうかした?」
春「胸…貸して貰って良い?」
京子「…えぇ。どうぞ」スッ
春「…ありがとう」ギュッ
京子「…不安?」
春「ちょっと。…でも、頑張る」
春「それが姫様の為だし…京子の為にもなるんだから」
京子「私の為…?」
春「私が頑張れば…京子の負担が減る」
京子「…春ちゃん」
春「そして負担が減った分、京子は私に構ってくれるはず」
京子「…え?」
春「一杯、ナデナデとかギューしてくれる京子の為にも私、頑張る…」スリスリ
京子「…それって遠回しな催促なのかしら?」
春「…遠回しじゃなくて割とストレートなつもりだった」
春「やっぱり京子は鈍感…」ポソッ
京子「ご、ごめんなさい……」
春「…別に良い。今に始まった事じゃないし」
春「それより…京子…?」チラッ
京子「…そんな事で本当に良いの?」
京子「それくらい言ってくれれば何時でもするわよ?」
春「…普段して貰うのと頑張ったご褒美にして貰うのとではまた違う」
京子「ち、違うの?」
春「ぜんぜん違う。ちくわとちくわぶくらい別物」
京子「(別物らしい)」
京子「(いや、そもそも俺自身、その違いが良く分からないからなんとも言えないが)」
京子「(でも、春の中でそれがまったく違うものなんだとしたら…)」
京子「(…俺もそれに応えてやらないとな)」
京子「…じゃあね」ナデナデ
春「ん…」
京子「これはご褒美の前払い…って事で良いかしら?」
春「うん…良い…とっても良い…」ギュゥ
春「エネルゲン京子が私の中に満ちていく…」
京子「え、エネルゲン京子って…」
春「…凄いポカポカする。幸せ」スリスリ
京子「(…良く分からないがエネルゲン京子は春を幸せにするらしい)」
京子「(まぁ、そう言われると俺も悪い気はしないけどさ)」
京子「(実際、俺自身もむっちり柔らかな春の身体を感じて気持ち良いし)」
京子「(ただ…問題はそれが気持ちよすぎるって事で…!)」
京子「…は、春ちゃん。そろそろ離れてくれないかしら?」
春「…や」
京子「やじゃないの。さ、流石にここだとちょっと…ね?」
春「…大丈夫。もう皆、観戦室の方へ行ってるから」
京子「い、いや…それでも人目はある訳だしね?」
春「…別に人に見られたって困らない」
春「…それとも京子は見られると困るもの…あるの…?」ジィ
京子「(う…い、いや…あると言えばあるんだが…)」
京子「(けれど、それは少なからず人目がある場所では到底、言えないような事で!)」
京子「(と言うか人目がなくてももうそろそろ勃起しそうだとか出来れば言いたくねぇよ!!)」
春「…………おっきくなっちゃいそう?」ポソッ
京子「~~~~っ!!!」カァァァ
春「…それなら仕方ない」スッ
京子「う…うぅ…」
京子「(な、なんだかすげぇ辱められた気分だ…)」
春「…じゃあ、恥ずかしがる京子も堪能したし、そろそろ行ってくる」スッ
京子「…あれ?これ黒糖…」
京子「(何時もなら対戦室に持ち込むのに…)
春「…京子に渡しておく」
春「これを私だと思って大事に持ってて」
京子「…いや、これを春ちゃんだと思うのは中々に厳しいかしら」
春「…じゃあ、目印代わりに持ってて欲しい」
京子「目印?」
春「……うん。終わった後、すぐ京子のところに行けるように」
春「すぐに…京子のご褒美貰えるように…私頑張ってくるから」グッ
京子「…えぇ。分かったわ」
京子「でも、無理はしないでね、春ちゃん」
春「大丈夫」
春「京子の為なら…私は絶対に負けないから」
春「(私だけが京太郎に出来る事)」
春「(それはもう殆どないと言っても良い)」
春「(京太郎にはもう沢山の友達がいる)」
春「(京太郎の事を皆も心から受け入れている)」
春「(…お姉様と…そう呼ぶ相手だって…いる)」
春「(私だけがしてあげられる事は日々なくなっていって…)」
春「(取り残されている…と、そう感じる事は少なくない)」
春「(…だから…少し…嬉しかった)」
春「(霞さんが私を先鋒に置いてくれて…期待を掛けてくれて…)」
春「(京太郎に…私だけがしてあげられる事を…増やしてくれた事が)」
春「(…怖いけど、緊張するけど…でも…心から…嬉しかった)」
春「(だから…うん…そう。だから…)」
春「(私は…負けない…絶対に…)」
春「(京子の為にも…姫様の為にも…)」
春「(どれだけ点棒を取られようとも…私は…私の仕事をしてみせる…)」
春「(ご褒美の為にも…)」カッ
春「…ツモ。800・1600です」
「さて…先ほど先鋒戦が終わった訳ですが…」
秋一郎「まぁ、今回は永水の一人勝ちってところかな」
「永水の…ですか?しかし、永水の滝見選手は+800の微増で三位ですが…」
秋一郎「取った点数はあまり問題じゃねぇよ」
秋一郎「極論、一万点を失っても、今回は永水女子の勝ちだったって言っても良いくらいだな」
「えっと…どういう事でしょう?」
秋一郎「…そうだな。じゃあ、まずはそれを説明する前に…エースの役割ってなんだと思う?」
「それは…より多く点を取る事でしょうか?」
秋一郎「そうだな。確かに点を取るって言うのも重要だ」
秋一郎「だけど、それはエースに選ばれる為に必要な条件の一つってだけで決して役割じゃない」
秋一郎「エースの役割ってのはな、相手のエースを抑える事だ」
「エースを抑える…?」
秋一郎「そう。チームの絶対的な信頼を集める敵エースに仕事をさせない事」
秋一郎「先鋒にエースが集まるのは何も考えずに全力で点を取りにいけるのが先鋒だけだからって訳じゃない」
秋一郎「相手のエースを、自身のエースで抑える為だ」
秋一郎「宮永照がまさにその象徴だな」
秋一郎「並の雀士が相手じゃ、何も出来ずに削り殺されるような圧倒的雀力」
秋一郎「それを抑えるにはこちらも自身の最高戦力を選出するしかないだろ」
秋一郎「で、以上を踏まえた上で話を戻すが…永水女子のエースは誰だ?」
「やはり神代小蒔選手でしょうか」
秋一郎「そう。間違いなく今年の永水女子の柱は神代小蒔だ」
秋一郎「だが、今回の永水女子は先鋒戦で神代小蒔を出さなかった」
秋一郎「エースにエースをぶつけなかったんだ」
秋一郎「そんな中で+800の微増で終わったって事がどれだけ他校にとっては恐ろしい事か」
秋一郎「他校にとって永水女子は先鋒戦で間違いなく落としておかなければいけなかった」
秋一郎「相手がエースを出してこなかった以上、少しでも点を奪っておかなきゃいけないからな」
秋一郎「インターハイ屈指のスコアラーである神代小蒔が控えている事を考えれば、ここは一つの正念場だった事に間違いはない」
秋一郎「だが、永水女子は削れるどころか+で先鋒戦を終えた」
秋一郎「さらに言えば…あの卓で動いた点数そのものがあまりにも少ない」
秋一郎「エース同士がぶつかる先鋒戦にしちゃ、地味だとそうはっきり言って良いくらいだ」
秋一郎「それで一番、得をするのは何処かもう分かるだろう?」
「永水女子…ですか」
秋一郎「そう。自身の消耗を最低限に抑え、一校が突出するような状況にもさせない」
秋一郎「後々、神代小蒔が逆転出来るような範囲で抑える」
秋一郎「その為には自身の点棒を減らす事も厭わない」
秋一郎「派手さはなかったが、先鋒戦は滝見春の独壇場だったな」
秋一郎「完全に局の流れを握っていたのは滝見春だった」
秋一郎「…まったく末恐ろしい嬢ちゃんだぜ」
秋一郎「正直、幾ら強くなってもあんなタイプとは戦いたくねぇよ」
秋一郎「自身の損害を何処までも損得で判断できるああいうタイプはまず崩れないからな」
秋一郎「何処まで点棒を奪っても、最低限の仕事をしてのけるんだからやりづらいったらありゃしねぇ」
京子「ふふ。やりづらい…ですって」
春「…光栄」テレテレ
霞「でも、実際、春ちゃんは最高の仕事をしてくれたわ」
霞「こっちの狙い通り…いや、それ以上の戦果よ」
春「…京子のご褒美があるから」
京子「はいはい。良く出来ました」ナデナデ
春「はふん…♪」
湧「春さあ、良かなぁ…」ジィィ
京子「それじゃわっきゅんも来る?」
湧「良かの!?」パァ
京子「えぇ。別に勿体ぶるほどたいしたものじゃないから」
春「京子のナデギューは至高…」ハフゥ
湧「……んー…でも、あちき、きばっ」フルフル
京子「え?良いの?」
湧「ん。だって、いっばん、きばったの春さあだもん」
湧「そいにそげんなっちょっ春さあの事邪魔するのも可哀想だし…」
春「京子…スリスリ」スリスリ
京子「まったく…春ちゃんったら後輩に気を遣われてるわよ?」
初美「まぁ、最近、はるるは京子ちゃんとのスキンシップが薄いことを嘆いてましたからねー」
初美「もうちょっと好きにさせてあげて欲しいのですよー」
春「…クンカクンカ」スーハー
初美「……ち、ちょっと愛情表現が過剰かもしれないですが実害はないはずですしねー」メソラシ
京太郎「せめて、こっち見てから言えよ、薄墨」
「さて、次鋒戦も始まりましたが…」
秋一郎「ま、今回の見所は良くも悪くも十曽湧だな」
「十曽選手ですか。確かに一年生なのに、これまで高い火力を出してきていますね」
秋一郎「流石に薄墨初美ほどじゃないけどな」
秋一郎「だが、コンスタントに出してる火力はこの地方予選じゃ1.2を争うレベルだ」
「ですが…彼女の牌譜を見ると不可解な点が多いですね」
「かなりの確率で和了を見逃しています」
秋一郎「ま、自分なりのポリシーだか、セオリーだかがあるんだろ」
秋一郎「実際、それが裏目になるどころか、+になっている以上、戦術として有効だと言わざるを得ないな」
「確かに…和了を見逃した後の彼女のツモはかなり良いですね」
「それから手替えした場合、以前よりも点が高くなっているケースが多いですから」
秋一郎「和了を見逃す事で点が高くなる能力…ってところか」ポソ
「え?何か…?」
秋一郎「いや、なんでもねぇよ」
秋一郎「それより…十曽湧の本領は手替えじゃなくて多面待ちだな」
「確かに彼女は意図的に多面待ちを作る事が多いですね」
秋一郎「あぁ。しかも、低い点数じゃまず飛びつかない」
秋一郎「必ずその待ちで一番高い点数で和了る」
秋一郎「一体、どういう原理なのかは分からないが…やられた側としちゃたまったもんじゃないだろうな」
「え?どういう事でしょう?」
秋一郎「そうやって和了りを見逃されると、待ちが分かんねぇんだよ」
秋一郎「特にデジタルタイプの雀士にとっては致命的だ」
秋一郎「それが十曽湧にとって和了れるけど見逃している牌なのか、まったく無関係な牌なのかがまるで見えてこないんだから」
秋一郎「普通は四人の河を見て判断する情報を、十曽湧一人の河を見て判断しなきゃいけない」
秋一郎「正直、並の高校生レベルじゃ荷が重いだろうぜ」
明星「…湧ちゃんを評価してくれるのは嬉しいですが、ちょっとこっちの手の内をバラし過ぎじゃないでしょうか」ムゥ
霞「まぁまぁ。このくらいは牌譜を見れば分かる事だから」
巴「かなり特徴的ですからね、湧ちゃんの打ち方は」
初美「だけど、特殊過ぎて普通の相手はまず湧ちゃんについていけないのですよー」
京子「特に次鋒は統計的にもデジタル派が多いですからね」
京子「湧ちゃんの能力がしっかり刺さります」
小蒔「霞ちゃんの采配の勝利って奴ですね」
霞「ふふ。まだ分からないけれどね」
湧「(…いける!)」
湧「(決勝でもあちきの能力は通用しちょっ…!)」
湧「(流石に一回戦の時みたく簡単に和がらせては貰えないけれど…!)」
湧「(でも、タイミングせか間違えなければ、ちゃんと和了れる…!)」
湧「(なら、今の間に…稼いでおかないと…!)」
湧「(次に姫様がいるとは言え…おしょはキョンキョンなんだ)」
湧「(どしこ点数があっても、十分なんち事はない)」
湧「(キョンキョンの為にも…もちっと…もちっともちっと点数を稼がなきゃ)」グッ
九州赤山「(…あんま…舐めんなよ、一年…!)」ゴッ
湧「っ!」
秋一郎「仕掛けてくるか」
「…え?」
秋一郎「九州赤山がそろそろ本気を出し始めるって事だ」
「本気…ですか?」
秋一郎「より正確に言えば…様子見が終わったってところなんだろうけどな」
秋一郎「まぁ…どちらにせよ」
九州赤山「ツモ!」
秋一郎「これまでのように十曽湧の独擅場とはいかないだろうぜ」
初美「これは…バレましたかー?」
霞「…かもしれないわね」
巴「九州赤山の人…完全に湧ちゃんを見てませんね」
春「…意識はしてるけど…度外視状態…」
霞「そもそも湧ちゃんはまだまだ素の実力が高いって訳じゃないからね」
初美「能力の都合上、純粋にスピード勝負となると一手も二手も遅れるのですー」
春「格上相手に雀力勝負に持ち込まれるとまだ不安要素が多い…」
巴「実際、私達も湧ちゃんを相手にする時は下手に河を見て意識するよりは当たったら事故くらいのつもりで早上がりを目指した方が勝率は高くなるのよね」
初美「完全な運否天賦になりますし、知らずに倍満に振り込んで飛びって事も良くあるんですけどねー」
霞「実際、対抗策って言えるほど大したものじゃないわね」
霞「でも、湧ちゃんと戦う上で唯一、有効な手段であるのは確かかしら」
京子「わっきゅん自身もオカルト抜きに打つ事も出来るから、成長すれば、そんなスピード勝負にも追いつけるようになるんだろうけれど…」
霞「彼女の場合、本業は麻雀じゃなくて、武道の方だから」
明星「あまり麻雀の練習ばかりという訳にもいきませんしね」
小蒔「…湧ちゃん…」ギュッ
京子「…大丈夫よ、小蒔ちゃん」
小蒔「京子ちゃん…」
京子「わっきゅんはとても強い子だから」
京子「必ず自分の仕事を果たして帰ってきてくれるわ」
京子「だから、信じて待ちましょう?」
小蒔「…はい」ニコ
明星「……」グッ
「次鋒戦終了です」
「いやぁ…今回は凄かったですね」
「序盤を制した永水女子に食らいつく九州赤山」
「特に後半の九州赤山の捲りっぷりは手に汗握るものでした」
秋一郎「そうだな。流石は名門ってところか」
秋一郎「十曽湧の弱点に気づいて、そこを重点的に攻めていったからな」
秋一郎「早上がりが中心だったとは言え、次鋒戦で一万以上稼いでいるのは九州赤山だけだ」
秋一郎「2位の永水女子も稼いでいるとは言え、精々、4000点ちょっと」
秋一郎「今回は永水女子のスコアラーである十曽湧に殆ど仕事をさせず、自身で一万点以上を稼いだ九州赤山の一人勝ちだとそう言っても良いだろうな」
「勝因はなんだったのでしょうか?」
秋一郎「完全に実力差だな」
秋一郎「そもそも九州赤山が先鋒に置いていたのはエースじゃない」
秋一郎「他の高校じゃエースを張れる実力はあるが、チーム全体を見ると一段劣っている」
「は、はっきり言いますね…」
秋一郎「それが仕事なもんでね」
秋一郎「ま、それはともかくだ」
秋一郎「九州赤山の次鋒は間違いなくあの場で頭ひとつ抜けていた」
秋一郎「雀力も勝利への執念も」
秋一郎「それが後半からの怒涛の捲りに繋がったんだろうな」
湧「…こらいやったらもし」シュン
京子「もう。何を謝っているのよ」ナデナデ
湧「だって…あちき…全然稼げんで…」シュン
小蒔「大丈夫ですよ!4000点も稼いでくれたんですから!」グッ
春「うん…お陰で2位に浮上出来たし…」
湧「でも…」
明星「…まぁ、確かに予想通りとは言えなかったわね」
京子「明星ちゃん…っ!」
明星「事実です。京子さんへと回すに当って2位から2万点差はなければインターハイへと確実に出られるとは言えませんから」
明星「ここで湧ちゃんに一万点以上…欲を言えば一万五千点は稼いで貰わなければ、姫様への負担が大きくなります」
京子「それは…」
湧「……」グスッ
小蒔「…それだけあれば良いんですね?」
小蒔「私がそれだけ稼げば、湧ちゃんは悲しまずに済むんですね?」
湧「姫…様ぁ…」ポロ
小蒔「大丈夫ですよ、湧ちゃん」
小蒔「私は絶対に負けませんから」ナデナデ
小蒔「だから、そんな風に泣かないで下さい」
小蒔「貴女から受け取ったバトン…決して無駄にはしませんから」
湧「は…ぃ…」
「さて、続く中堅戦ですが…」
秋一郎「…ま、ここに限っては特に解説するほどの何かはないな」
「…やっぱり永水女子の一人勝ちでしょうか?」
秋一郎「そうならざるを得ない、と言ったところかな」
秋一郎「永水女子の神代小蒔は全国でも屈指のスコアラーだ」
秋一郎「強さにこそムラッ気があるが、絶好調の時の神代小蒔の実力は宮永照にも並ぶ」
秋一郎「唯一、不安要素があるとすれば神代小蒔自身にあまり闘争心がないという事だったが…」
「闘争心がない…ですか?」
秋一郎「元々、お嬢様育ちな所為だろうな」
秋一郎「良い勝負が出来ればそれで良い、と今までは甘く考えている節があった」
秋一郎「一年の時にそれでも良いところまでいけたって言うのもあるんだろうな」
秋一郎「だが、永水女子は去年、2回戦で敗退した」
秋一郎「その敗戦は…恐らく神代小蒔にとって、とても悔しいものだったんだろうな」
小蒔「……」スッ
秋一郎「…だからこそ、今年の神代小蒔は強い」
秋一郎「敗戦を経て、悔しさを覚えたからこそ」
秋一郎「中堅という立場ながらもエースと言う自覚があるからこそ」
秋一郎「その打ち筋はブレないし、揺るがない」
秋一郎「無論、まだまだムラッ気そのものは残ってはいるが…」
秋一郎「そんなもん問題にならないくらいに今年の神代小蒔は隙がねぇよ」
小蒔「(…去年のインターハイ)」
小蒔「(それは私にとって、とても大きな分岐点でした)」
小蒔「(霞ちゃん達と肩を並べる最後のインターハイに…私は殆ど活躍する事が出来なかったのですから)」
小蒔「(全てが終わって…結果を知った後、私は…とても悔しくて…そして悲しかったです)」
小蒔「(もっと私が頑張っていたら)」
小蒔「(もっともっと私が点を稼いでおけば)」
小蒔「(もっと私が失点しなければ、霞ちゃん達の夏はあんなところでは終わらなかったでしょう)」
小蒔「(…そして…今年は私にとっての最後となるインターハイ)」
小蒔「(それを悔いのないものにする為に、多くの人が頑張ってくれてます)」
小蒔「(春ちゃんも、湧ちゃんも、明星ちゃんも、京子ちゃんも…そして霞ちゃんや初美ちゃんや巴ちゃんも)」
小蒔「(私の為に…沢山、頑張って、悩んでくれているんです)」
小蒔「(私は…そんな皆と最後まで勝ち進みたい…)」
小蒔「(皆の気持ちに…努力に報いたい…)」
小蒔「(もう…去年のような悔しい思いはしたくないんです…!)」
小蒔「(だから……!)」
パァァァ
巴「来たわ」
京子「も、もうですか」
初美「まさか開始2局目で入るとは予想だにしていなかったのですよー」
霞「随分とハイペースね…大丈夫かしら…」
春「きっとそれだけ姫様にとってインターハイ出場は重要な事…」
明星「姫様にとっては最後のインターハイですからね」
京子「…いいえ。きっとそれだけじゃないわ」
明星「え?」
京子「本当にそれだけが理由なら小蒔ちゃんはきっとこんなに早く能力を使ったりしないわ」
京子「小蒔ちゃんはおっとりしている気性の子だし…これまでの戦い方を見ても神降ろしは後半からの捲りに使ってる」
京子「そんな小蒔ちゃんがこんな序盤に使っているという事は…」
湧「…あちきが…思った以上に点数稼げんかったから…?」
京子「違うわよ」ナデナデ
京子「…小蒔ちゃんはとても優しい子だから」
京子「彼女は今、皆の為に頑張ってくれているの」
湧「…姫様…」グッ
京子「だから、一緒に応援しましょう?」
湧「うん…!あちき、いっぺぇ、応援する!!」グッ
湧「姫様ー!きばれー!」
春「…姫様、頑張って」
霞「…小蒔ちゃん」
初美「姫様ならやれるですよー!」
巴「大丈夫です!姫様!」
明星「……」
「中堅戦終了。結果は永水女子が約三万点の収支+で一位に」
「一位であった九州赤山は多少、凹んでニ位に転落しています」
秋一郎「まぁ、当然の結果だな」
秋一郎「今の神代小蒔を止められる奴なんてインターハイでもそうはいねぇよ」
「まさに一人浮き状態ですね。九州赤山から逆転しただけではなく二万点ものリードを作り上げました」
「今まで戦い方を見るに、これからはこの点差を活かして逃げ切りに入るのが勝ちパターンのようですが…」
秋一郎「次に控えているのは防御も攻撃も手堅い石戸明星と防御だけはトップクラスの須賀京子だからな」
秋一郎「普通にやってりゃ永水女子の逃げ切りはほぼ確定だろうさ」
秋一郎「だが…」
「…ここから先、何かあると?」
秋一郎「そもそも麻雀はどれだけ強くなろうとも運否天賦に大きく左右される競技だ」
秋一郎「麻雀に絶対なんかねぇよ」
秋一郎「例え、永水女子に残っているのがあの小鍛治健夜であっても、俺は今の時点で永水女子の勝ちだなんて言わねぇさ」
秋一郎「それに…九州赤山にとってはここからが本番だろうしな」
「え?」
秋一郎「これまでは前座だったって事だよ」
秋一郎「永水女子はもう神代小蒔って言うエースを切った」
秋一郎「だが、九州赤山はそうじゃねぇ」
秋一郎「……永水女子にとって本当の正念場は次かもしれねぇぜ」
小蒔「ふぅ…」
湧「姫様あああああぁぁっ」ダキッ
小蒔「わわっ!」ビックリ
湧「ふえぇ…姫様…姫様ぁ…」ダバー
小蒔「ふふ。もう大丈夫ですよ、湧ちゃん」ナデナデ
霞「小蒔ちゃん、おかえりなさい」
初美「すっごい戦いだったのですよー」
巴「おかえりなさい。流石でしたね」
小蒔「いえ、そんな…何時もよりも長く神様が降りてくれていただけですから」
京子「それでもあの点差は凄いですよ」
春「失点も何時もとは比べ物にならないほど少なかった…」
小蒔「えへへ」テレテレ
霞「これは帰ったらご褒美をあげなきゃね」
小蒔「本当ですか!?」パァ
巴「ふふ。腕に縒りをかけてお菓子作っちゃいますからね!」
初美「私も頑張るのですよー!」
小蒔「わぁ…今からでも凄い楽しみです…!」パァ
明星「……」スクッ
京子「…明星ちゃん」
明星「何ですか、京子さん」
京子「あまり気負い過ぎないでね」
明星「別に気負ってなんかいません」
京子「でも…」
明星「副将戦を前に精神を集中させているんです」
明星「邪魔しないでください」
京子「…ごめんなさい」シュン
明星「(…………そうだ。今年は負けられないんだから)」
明星「(こんなに頑張った姫様の為にも…何より霞お姉様の為にも…)」
明星「(絶対に…絶対に…)」グッ
明星「(…だから…私が…何とかしなきゃ…)」
明星「(京子さんは頼りにならないし…九州赤山は凄く強い…)」
明星「(もしかしたらこの点差でも逆転されるかも…)」
明星「(京子さんにバトンを渡す前に…私がもっと…もっと稼いでおかなきゃ…)」
「さて、それでは副将戦に入りますが…」
「大沼プロ、さっきの言葉は果たしてどういう意味なんでしょうか?」
秋一郎「ん…まぁ、ここまで来たらそろそろバラしても良いか」
秋一郎「そもそも前提として九州赤山のチーム構成はインターハイ制覇を視野に入れたものじゃない」
「…え?」
秋一郎「先鋒に一段劣る雀士、中堅で神代小蒔を相手にした選手も攻撃よりも防御に長けた打ち筋だった」
「それは神代小蒔選手が相手だったからでは…?」
秋一郎「そもそも事前に相手校のオーダーも分からないのに中堅に防御重視の雀士を置く理由はあんまりねぇよ」
秋一郎「後半になればなるほど窮屈になる事を考えれば先鋒の損失は次鋒中堅で取り戻すのが一番だ」
秋一郎「次鋒の選手は攻撃型ではあったが、だからこそ、中堅で防御型を置くのは一貫性がなさすぎる」
秋一郎「そもそも、そういう防御に長けた奴は大将か副将辺りに置く方が活躍出来るってのは名門である九州赤山に分かってないはずがねぇ」
秋一郎「何より…だ」
秋一郎「副将大将ともに九州赤山は前のめりと言っても良いくらいの攻撃型雀士を置いてる」
秋一郎「それは二人のスコアを見れば分かるだろう」
「確かに両名ともこれまでにかなりの点数を稼いできていますが…」
秋一郎「つまり…九州赤山は先鋒で生まれるであろう損失を次鋒副将大将で取り戻す事を考えてるって事だ」
秋一郎「勿論、普通はそんな歪なオーダーは組まねぇ」
秋一郎「それよりももっと失点が低く、得点を高くするオーダーはあっただろう」
秋一郎「だけど、そのオーダーは今、この瞬間だけは意味がある」
「……まさか…」
秋一郎「九州赤山は去年、永水女子の中核だった三年が埋めていたポジションを狙い撃ちにしている」
秋一郎「恐らく今年の永水女子はそこが穴になるだろうと予想して…な」
秋一郎「つまり…九州赤山はインターハイに勝つ為のオーダーじゃなく、永水女子に勝つ為のオーダーで登録してるんだよ」
「そんなの…そんなのあり得るんですか?」
「だって、地方予選で登録したオーダーはインターハイでもずっと続くんですよ?」
「しかも、オーダーは事前登録で…永水女子が本当に狙い通りの編成で来るかも分かりません」
「それなのに永水女子に勝つ為だけのオーダーだなんて…」
秋一郎「それだけ九州赤山にとって永水女子は憎い相手なんだよ」
秋一郎「二度もインターハイ出場を阻み、絶対的なエースであったはずの藤原利仙の夢を砕いた仇敵」
秋一郎「その永水女子に勝つ為だけに先鋒は捨てた」
秋一郎「中堅も流される前提で組んだ」
秋一郎「まぁ、流石に神代小蒔と滝見春のポジションが入れ替わっているなんざ考えもしていなかっただろうが…」
秋一郎「だが、それでも九州赤山にとって、これまでの展開が予想通り…いや、理想通りである事に間違いはないだろう」
「理想通り…ですか?」
秋一郎「あぁ。残る二人は九州赤山の中でも飛び抜けて強力なスコアラーだ」
秋一郎「よその高校ならばまず間違いなくエースに抜擢され、インターハイでも活躍出来るほどの逸材」
秋一郎「そんな奴に実力はあれど実戦経験の乏しい一年と、防御ばっかで和了る事の出来ない二年にぶつけられる」
秋一郎「二万ちょっとなんて点差、あってねぇようなもんだ」
秋一郎「…下手すりゃ喰われるぜ、永水女子はよ」
明星「…よろしくお願いします」
明星「(…とりあえず…まず一回)」
明星「(どんな形でも良い…早和了をしてペースを掴む…)」グッ
明星「(姫様が作ってくれた良いリズムのまま…副将でも圧倒する…!)」
明星「(そうすれば…京子さんだって楽になる…)」
明星「(姫様だって最後の夏がこんなところで終わらずに済む…)」
明星「(霞お姉様の無念を晴らす事も出来る…!)」
明星「(…その為にもここで…良い手を…)」スッ
明星「~~っ!」
明星「(やった…!平和一盃口まで一向聴!)」
明星「(赤ドラ混じりだし…リーチすれば満貫だって見える…!)」
明星「(立ち上がりとしては上出来…!)」
明星「(何としてでも…これは和了らないと…!!)」
九州赤山「…………」ニヤッ
九州赤山「ロン。3200」
明星「くっ…」
明星「(折角、テンパイしてたのに先に和了られちゃった…)」
明星「(満貫も見える理想の手だったのに…仕方ない)」
明星「(ここはすぐに気持ちを切り替えるべきよ、石戸明星)」
明星「(満貫レベルの良好手をふいにされたのは痛いけど、まだ東一局目)」
明星「(直撃した訳じゃないし、何より点差はまだまだある)」
明星「(まだまだ焦るような状況じゃないわ)」
明星「(そうよ…焦っちゃ…焦っちゃダメ)」
明星「(3200くらいすぐに取り返せるわ)」
明星「(そう…すぐに…すぐに…)」
明星「(取り戻さなきゃ…3200…!)」
九州赤山「……」
明星「(な…んで?)」
明星「(なんでさっきから和了れないの…?)」
明星「(もう九州赤山に7000点以上取られてる…)」
明星「(これ以上、点差を縮められたら…本当に危ない…!)」
明星「(今回こそ…和了らなきゃ)」
明星「(和了らなきゃ、和了らなきゃ、和了らなきゃ、和了らなきゃ、和了らなきゃ…!)」
「…さっきから永水女子の石戸明星選手の顔色が悪いですが…」
秋一郎「インターハイ一年目の新兵にありがちな症状だな」
「え?」
秋一郎「緊張やプレッシャーによって開始から今までの点数しか見えてねぇんだよ」
秋一郎「残り局数やニ位との点差からして今はまだ焦るような時間じゃない」
秋一郎「そもそも目の前の相手が今までとは格が違う相手…つまりエースだってのは冷静に考えれば分かる話だ」
秋一郎「そんな相手に真っ向から立ち向かって点取合戦しようって方が無謀だろ」
秋一郎「だけど、インターハイ未経験の…特に一年生は相手が誰であろうと点取合戦しようとする傾向が強い」
秋一郎「レギュラーに選ばれた周りの期待に応えようとしてか、或いは自分のことを過大評価してるのか」
秋一郎「理由は人それぞれだろうが…その場合、大抵、ろくな結果にならねぇ」
秋一郎「焦りは相手に対する間違った評価を生み、そしてその度に思考が狂う」
秋一郎「少しずつ、でも、確実に…何が正しいのか自分でも分からなくなっていくんだ」
秋一郎「そうなると…終わりだぜ」
秋一郎「普段は見えてたものさえ、見えなくなっていき…そして最後には…」
九州赤山「ロン。16000」
明星「あ…あぁ…あ…」ブルッ
「永水女子、まさかの倍満振込です」
「これにより九州赤山と永水女子の点差がなくなり、九州赤山が一位になりました」
秋一郎「…石戸明星はもうこの局に立ち直るのは無理だな」
秋一郎「完全に目が死んでやがる」
秋一郎「今の倍満でトドメをさされたってところか」
「では、これからは九州赤山の一方的な戦いになると…?」
秋一郎「そうだな。恐らくそうなるだろう」
秋一郎「副将戦の中で九州赤山を止められるのは永水女子しかなかった」
秋一郎「だが、今の倍満で石戸明星の心が完全に折れちまったんだから、どうにもならねぇよ」
秋一郎「これから先、九州赤山に貪り食われるだけだ」
秋一郎「終わった後、一万点差で済めばまだマシな方だろうな」
明星「(わ、私…何をやって…)」
明星「(見えてた…はず。倍満の可能性が高いって…分かってた)」
明星「(なのに…なのに、なんで私、あんな牌を打ったの…?)」
明星「(確かに…アレを捨てれば満貫でテンパイ出来た)」
明星「(でも、そんな風に勝負をするところだった…?)」
明星「(違う…あそこは勝負を掛けて良い場所じゃなかった…)」
明星「(そもそもリードはあったんだから…相手の和了を一番、警戒しなきゃいけなかったはず…)」
明星「(だ…けど…だけど…私…点数が…欲しくて…)」
明星「(満貫和了れば…今までの分は帳消しだって…そう考えて…)」
明星「(その所為で…溶かしちゃった…)」
明星「(今ので…湧ちゃんが…姫様が…残してくれたリード…全部なくしちゃって…)」
明星「(どうしよう…どうしようどうしようどうしようどうしよう)」
明星「(勝たなきゃいけないのに…リードを作って京子さんに繋がなきゃいけないのに…)」
明星「(そ、そうよ…勝たなきゃ…私は勝たなきゃいけないの…)」
明星「(まだ…まだ終わった訳じゃない…)」
明星「(ここから和了れば…さっきのミスは帳消しに出来る…!)」
明星「(だから…だから…お願い…通って……!)」トン
九州赤山「…」ニヤ
九州赤山「ロン。5200」
明星「あ…ぅ…」カタカタ
「副将戦終了です」
「大沼プロの予想通り、一位は九州赤山、この副将戦だけで45000点も稼いでいます」
「逆に最下位は永水女子。この局で30000点以上落とし、三位に転落しました」
秋一郎「…ここまで予想通りだと面白みも何もねぇな」
「やはり実力差でしょうか?」
秋一郎「いいや、実力はそれほどかけ離れてた訳じゃねぇよ」
秋一郎「一年生とは言っても、石戸明星はこの地方予選でも屈指と言っても良いだけの実力を持ってる」
秋一郎「…が、その分、気負いが強かったんだろうな」
秋一郎「自分が勝たなきゃいけないって思い込みすぎてドツボに嵌った」
秋一郎「逆に九州赤山の方は三年生、しかも、永水女子に二度もインターハイ出場を拒まれた経験を持つレギュラーだ」
秋一郎「今年こそ絶対に勝つっていうその執念が最初から運をたぐり寄せ続けたんだろう」
秋一郎「今回はあの副将…いや、九州赤山の執念による勝利ってところか」
秋一郎「同じ雀士として拍手を送ってやりたい気分だよ」
明星「(…私…負け…ちゃった)」
明星「(点…凄い取られて…皆が作ったリード…なくなって…)」
明星「(ほぼ原点…順位は…三位…)」
明星「(インターハイに出れる一位との点差は…5万点…)」
明星「(京子さんが唯一、和了れる流し満貫を四回やってようやく逆転圏内…)」
明星「(…無理…よ。そんなの…絶対に…無理…)」
明星「(私の…所為だ…私の…私の…)」ポロ
明星「(私がもっと強かったら…私がもっと上手だったら…!)」
明星「(こんな風に点数取られっぱなしなんて事はなかったのに…!)」
明星「(私…私…何をやって…)」
京子「……明星ちゃん」ポン
明星「~~~っ!」ビックゥ
京子「…もう終わったわよ」
京子「皆のところへ帰りましょう?」
明星「あ…あ………ぁ…」フルフル
明星「ごめん…なさい…ごめんなさい…」
明星「私…私…」ポロポロ
京子「……もう。大丈夫よ」スッ
明星「で、でも……!」
京子「大丈夫。心配要らないわ」フキフキ
明星「…何が…大丈夫なんですか…?」
京子「え?」
明星「私…!私、これだけ点数溶かしちゃったんです!」
明星「皆が作ってくれたリードを全部、台無しにしちゃったんですよ!」
明星「折角、一位だったのに…インターハイに行けるはずだったのに…!」
明星「私が全部…全部…ダメにしちゃった…」グッ
明星「霞お姉様の悲願も…姫様の気持ちも…京子さんの努力も…!!」
明星「アレだけ湧ちゃんに偉そうに言ってた私が…全部、無駄にしちゃったんです!」
京子「…まだ分からないわよ」
明星「分かります!だって…だって、京子さん和了れないじゃないですか!」
明星「点数を増やす事なんて…まず出来ないじゃないですか!!」
明星「だから…私が…私が…大事だったのに…」
明星「せめて…点数さえ減らさなかったら…どうにかなってたはずなのに…」
明星「私…それすらも出来なくて…」
明星「きっと…きっと霞お姉様にも…皆にも…幻滅されて…」グスッ
京子「そんな事ないわ。皆、明星ちゃんは精一杯やったってそう思ってるから」
明星「下手な慰めはよしてください…!」
京子「…明星ちゃん」ギュッ
明星「あ……」
京子「…そんな風に自分を責めるのは止めましょう?」
京子「そうやって自分を追い詰めても苦しいだけよ」
明星「で…も…でも…私…」
京子「麻雀は運に左右される競技よ」
京子「こういう事もあり得るって皆、分かっているわ」ナデナデ
明星「(…優しい…手…)」
明星「(なんで…だろう)」
明星「(京子さんは…男の人なのに…本当はこうやって抱かれるのも嫌なはずなのに…)」
明星「(背中を撫でられる度にグチャグチャになった心の中が落ち着いていくのを感じる…)」
明星「(まるで…霞お姉様みたいな…優しくて暖かい手…だからかな)」
明星「(全然…いやらしい感じがしなくって…私の事を必死に慰めようとしてくれている所為かな)」
明星「(分からない…分からない…けど…)」
明星「う…く…ひっく…ぐす…っ」ギュゥ
京子「良いのよ。今は思いっきり泣いて」
京子「暗い気持ちはそうやって全部吐き出してしまいましょう」
京子「それまで…私が側にいるから」
京子「明星ちゃんの気持ち全部受け止めてあげるから」
明星「う…うあ…うぁああ…」ポロポロポロポロ
明星「(…涙が溢れてしまう)」
明星「(こんなところ…霞お姉様以外には見られたくないのに…)」
明星「(私は…霞お姉様に誇れるような妹じゃなきゃいけないのに…)」
明星「(こんな弱いところ…見せちゃ…ダメ…なのに)」
明星「(涙も気持ちも…止まらない…)」
明星「(全部…京子さんの前で…流れ出てしまう…)」
明星「…ひぅ…じゅ」
京子「落ち着いた?」
明星「…は…ぃ」グスッ
明星「ご迷惑をお掛けしました…」ペコッ
京子「迷惑だなんてそんな事気にしなくても良いのよ」
明星「でも、京子さんの服が汚れてしまって…」
京子「ふふ、明星ちゃんの涙だもの。汚れたなんて思わないわ」
京子「それよりほら…まだ涙の跡が残ってるわ。拭いてあげる」フキフキ
明星「…ん」
京子「はい。これで元の可愛い明星ちゃんに戻ったわ」ニコ
明星「あ、ありがとうございます」カァ
明星「…でも、どうして京子さんがここに?」
京子「飛び出してきちゃった」
明星「え?」
京子「明星ちゃんが今にも壊れちゃいそうだったから、終わる前に部屋飛び出してこっちに来ちゃったのよ」
京子「本来ならば霞さんが来るのが一番なんだろうけど…でも、この辺りは次の対局者以外立ち入り禁止だから」
京子「明星ちゃんを慰めるのは私の役目…ううん、役得かなって」
明星「や、役得って…」
京子「ふふ。さっきの明星ちゃん、とっても可愛かったわ」
京子「私の服ぎゅって握りしめてまるで子どもみたいに」クス
明星「や、止めてくださいよ、思い出すの!」カァァ
京子「その調子だと普段の明星ちゃんに戻れたのかしら?」
明星「…お陰様で…とは中々に言いがたいですけど」プイッ
京子「ふふ。からかったのは悪かったわ」
京子「でも…少しは元気も出たならそろそろ行きましょうか」スッ
明星「行くってどこへ?」
京子「皆のところへ…よ」
明星「……」グッ
京子「怖い?」
明星「怖いと言うか…その…」
京子「大丈夫よ。皆、明星ちゃんの事心配してたから」
明星「…本当ですか?」
京子「えぇ。本当よ」
京子「それとも明星ちゃんは皆が精一杯頑張った明星ちゃんを責めるような人だと思っているのかしら?」
明星「…そうとは言っていません。ただ…」
京子「大丈夫よ、ほら」ギュッ
明星「あっ、ちょ…!」
小蒔「明星ちゃん…!」
湧「明星ちゃっ!」
春「……大丈夫?」
明星「あ…み、皆…」
霞「…明星ちゃん」
明星「…っ!」ビクッ
霞「目赤いわね。…泣いていたの?」スッ
明星「あ…あ…あの…私…」グッ
明星「ご、ごめんなさい…皆が残してくれた点棒…殆ど取られてしまって…」シュン
明星「姫様の最後の年なのに…私…全部…台無しにしてしまって…本当に…本当にごめんなさい」ペコリ
霞「…もう。バカなんだから」ギュッ
明星「霞…お姉様…」
霞「そんなの一々、気にする事じゃないわよ」ナデナデ
初美「そうですよー。麻雀やってれば、こういう何もかもが上手く回らない時ってのはどうしてもあるのですー」
巴「えぇ。こればっかりはどうしようもないわよ」
春「…それに明星ちゃんは精一杯、頑張ってた」
小蒔「えぇ。モニターからしっかり伝わってきましたよ!」
湧「そもそも…あちきがちゃんと役割果たしておけば明星ちゃがむいする事はなかったし…」
京子「…違うわよ。わっきゅん」
湧「…え?」
京子「根本的な原因はね。私のあるのよ」
京子「私がろくに和了る事が出来ない…そんな雀士だから、明星ちゃんも無理するしかなかったの」
京子「そもそも湧ちゃんは一人で5000点近く稼いでくれてるんだから、しっかり仕事はしてくれているわ」ナデナデ
湧「…キョンキョン…」
京子「…だから、ごめんなさい」
京子「私の所為で、明星ちゃんに辛い戦いを強いてしまって」
京子「私の所為で…皆にとても苦しい思いをさせて」
小蒔「そんな…謝る必要なんて…」
京子「いいえ。謝らなければいけないのよ」
京子「本来ならば永水女子はこんなところでピンチになるような学校じゃないもの」
京子「最後に残ったのが私でなければ、きっと問題なく地方予選を通過出来たはず」
京子「…このピンチを招いたのは全て私の責任だわ。本当にごめんなさい」ペコ
春「…………でも」
明星「…え?」
春「でも…それで終わるつもりはない」
京子「…えぇ。そうよ」クスッ
京子「このピンチを招いたのは私」
京子「だから、私がこれから何とかして見せるわ」
京子「それが大将として最後に座す私の役目だもの」
明星「京子さん…」
京子「明星ちゃん…難しいかもしれないけど…私の事信頼して見ててくれないかしら?」
京子「私は…きっと勝ってくるわ」
京子「皆のために…そして誰よりも辛かった貴女の為に」
明星「…勝算はあるんですか?」
京子「そんなものないわ」ニッコリ
明星「…え?」
京子「でもね、そもそもこういうものって勝算があるからこそ挑むものじゃないでしょう?」
京子「私は、私に出来るものを全て出しきってぶつかるだけよ」
京子「皆がこれまで私に与えてくれたもので…」
京子「皆と一緒に育ててきたもので…」
京子「全力を尽くす。それが私の麻雀だから」
明星「……京子さん」
―― ピンポンパンポーン
京子「…おっと、そろそろ時間ね」
京子「じゃあ、皆、ちょっと行ってくるわ」
小蒔「京子ちゃん、ファイトです!」
湧「キョンキョン、応援しちょる!」ググッ
霞「…ごめんなさいね。私の采配の所為で…」
巴「きっと京子ちゃんなら大丈夫ですよ」
初美「なあに、私との練習の成果を出すだけの簡単なお仕事なのですよー!」
春「…京子」
京子「ん?」
春「…格好良いところ期待してる」
京子「…えぇ。最高に格好良い私を見せてあげるわ」
京子「皆、期待しててね」
「現在、二校の点差は現在5万点近くある事になります」
「しかも、残るは大将戦…これは永水女子の逆転はかなり厳しいように思えますが…」
秋一郎「まぁ、まず無理だろうな」
秋一郎「永水女子に残っているのは、これまで流し満貫という奇手でしか和了れていない須賀京子」
秋一郎「それだけに各校、対策が容易で、封じ込めも簡単だ」
秋一郎「普通にやってりゃ須賀京子はまず和了れないだろう」
秋一郎「だが…」
「…何か気になる事でも?」
秋一郎「いや…まぁ、個人的な事になるんだがな」
秋一郎「俺は正直、この大将戦を楽しみにしている」
「え…?それはどうしてですか?」
秋一郎「俺に対して楽しみにしておけって大口叩いた奴が出るもんでね」
「それってもしかして…」
秋一郎「あぁ。今、会場に帰ってきた…あの目がギラギラしてる奴さ」
京子「……」
秋一郎「…俺の経験上、あぁ言う目をする奴はな…大抵、何かしらやってくれるんだよ」
秋一郎「あっと驚くような何かを必ずな」
秋一郎「勿論、九州赤山の勝利はまず覆らないって言うさっきの発言を訂正するつもりはねぇ」
秋一郎「今までの成績や傾向を考えれば、永水女子がこれから勝つビジョンはまずないと言っても良い」
秋一郎「だけどな。俺の勘と経験が言うのさ」
秋一郎「このまま永水女子があっさり負けるとはどうしても思えないってね」
「期待…なさっているんですね」クスッ
秋一郎「期待?まさか」
秋一郎「須賀京子は俺の見てきた中で一番、麻雀が弱い奴だ」
秋一郎「一番、見込みが無いとそう言っても良い」
秋一郎「確かにあの年頃は色々な意味で伸び盛りだが、だからってその評価は覆らねぇよ」
秋一郎「少なくとも、楽しみにしてろって言われただけで一々、期待なんて出来るような奴じゃない」
「ふふ。そうですね」ニコニコ
秋一郎「…なんだか去年に比べてちょっと強かになったか?」
「えぇ。私もまだ伸び盛りですから」クスッ
秋一郎「あーくそ…若いって良いなぁオイ…」
京子「よろしくお願いします」
京子「(さぁって…あんな風に大口叩いたものの…だ)」
京子「(参ったな。マジで勝算が欠片もねぇや)」ハハッ
京子「(ホント、これまで出来る限りの事をやってきたつもりなんだがなぁ…)」
京子「(…まぁ、負けるつもりはないけどさ)」
京子「(あの気の強い明星ちゃんがあんなに泣くまで頑張ったんだ)」
京子「(明星ちゃんだけじゃない…湧ちゃんだって…小蒔さんだって…春だって)」
京子「(皆、この夏をここで終わらせない為に頑張ってきたんだ)」
京子「(…なら、俺がここでビビッてる訳にはいかないよな)」
京子「(俺は…勝つ)」
京子「(絶対に…勝ってみせる…!)」グッ
九州赤山「ねぇ、貴女」
京子「え…?あ、はい」
九州赤山「貴女の牌譜見せてもらったけど…超悲惨よね」
九州赤山「全部が全部、裏目に出ちゃってさ。ちょっと同情しちゃったわ」
九州赤山「ね、何時もそうなの?それとも今日だけ?」
九州赤山「今日だけならホント、ツイてないよねー」
九州赤山「地方予選なんて大きな舞台であれだけ運がないなんてさ」
九州赤山「ねぇ、次はどうだと思う?」
九州赤山「和了れそう?ってか、和了れないと厳しいか」
九州赤山「だって、ウチんところとの点差、もう五万点もあるし」
九州赤山「親の役満直撃じゃないと逆転出来ないとか絶望的過ぎるでしょ」
九州赤山「今までの揺り戻しが来れば良いけどさー。でも、ちょっと無理っぽいよね」
九州赤山「そもそも今日の貴女じゃ役満作れるだけの手なんて来そうもないし」
九州赤山「それに私も役満にホイホイ振り込むほどバカじゃないもんね」
京子「(…なるほど…)」
京子「(…今まで俺の周りにはいなかったけど…部長が以前言ってたっけ)」
京子「(イカサマを監視する大会委員が集まる前にトラッシュ・トークを仕掛けてくるタイプもいるって)」
京子「(まさかここで俺に仕掛けてくるとは思わなかったけれどさ)」
九州赤山「あぁ、でも、さっきの貴女の後輩、見事、倍満に振り込んでくれたっけ」
九州赤山「あんな分かりやすいのさー、正直、ツモでしか無理だと思ってたんだけどね」
九州赤山「お陰でウチらとしては有難い話だけどさ」
九州赤山「そっちとしては正直、腹が立ってるんじゃない?」
九州赤山「あの倍満さえなければ点差ももうちょっとマシだったのにねー」
九州赤山「あの石戸霞の妹だって言うからこっちも怖かったけど、実際は拍子抜けも良いところだったしさ」
九州赤山「そんな副将の後に立たされてホント、貴女も大変だよね」
九州赤山「まぁ、ろくに和了れない大将がいる時点で他の子の方が悲惨か」
九州赤山「この一年間頑張ってて途中まで順調だったのにさ」
九州赤山「後ろ二人で壊滅なんて文句の一つでも言いたくなるでしょ」
九州赤山「特に神代さんは今年卒業なんだっけ?」
九州赤山「辛いよねぇ…絶対に悔しいよねぇ…」
九州赤山「私だったら絶対に戦犯を許せないと思うなぁ」
京子「…………ふふっ」
九州赤山「…え?」
京子「あ、いえ、ごめんなさい」
京子「…貴女は小蒔ちゃんの何も分かっていないんだな、と思いまして」
九州赤山「…は?何言ってるの?」
京子「小蒔ちゃんはその程度で人を恨んだりする子じゃありませんよ」
京子「寧ろ、私達の頑張りが報われなかった事に誰よりも悲しんでくれる優しい子です」
京子「ですから、貴女が心配しているような事は起こりえません」
京子「それに何より…」スッ
京子「試合前にそう言って他者を蔑むような言動をするのは、所謂、負けフラグと言うそうですよ?」
九州赤山「な…っ!」カァ
京子「お陰で私、安心しました」
京子「正直、私はここに座るまで不安だったのですけれど…」
京子「貴女から負けフラグを立ててくれたお陰で、今の私は負ける気がしません」ニッコリ
九州赤山「…何言ってんの?アンタ、頭おかしいんじゃない?」
九州赤山「そもそもフラグとかさ。これ現実だから。漫画とかゲームじゃないから」
九州赤山「そんな格好してオタクとかイメージ通り過ぎて超キモイんですけど」
京子「あらあらうふふ」
京子「また一つ負けフラグが立ちましたね」
九州赤山「あ…アンタ…!」
京子「私、貴女がそういう人で良かったです」ニコニコ
京子「これで安心して……」
京子「…貴女を叩き潰してインターハイに行く事が出来ますから」ゴッ
九州赤山「っ!!!」ゾッ
九州赤山「この…!」ガタッ
ガチャ
京子「あら、職員の方が来られたようですよ」
京子「早く座ったほうが宜しいと思います」
京子「まさか座ってないから減点…という事はないと思いますが」
京子「トラッシュトークはあまり良い印象を持たれませんよ」ニコッ
九州赤山「~~~~!」グッ ストン
京子「ふふ。えぇ。それで良いのです」
京子「…では、四の五の言わずに始めましょうか」
京子「どの道、一時間もすれば否応なく結果は出るのですから」
九州赤山「…アンタがさっきの副将の子みたいに泣き崩れる姿を楽しみにしてるよ」
京子「申し訳ありませんが、きっとその期待には応えられないと思いますわ」
京子「勝つのは私達、永水女子ですから」ニッコリ
「さて、大将戦はほぼ折り返しにまでやって来ましたが…」
秋一郎「まぁ、最初の予想した通り、九州赤山が圧倒的だな」
秋一郎「正直、副将戦の焼き直しと言っても良いくらいだ」
「これまで上がっているのはほぼ九州赤山のみ。点差はドンドン開いていく一方です」
秋一郎「他のトコも食らい付こうとしてるが…まぁ、残念だが、役者が違うな」
秋一郎「九州赤山の大将は一年から個人戦でインターハイに出場してるくらいの選手だ」
秋一郎「純粋な雀力って意味じゃこの地方予選じゃ1.2を争うレベルだろう」
秋一郎「それに比べて、周りの選手は一段劣ってる」
秋一郎「勿論、決勝まで来れるだけの実力は認めるし、努力もしているんだろうが…」
秋一郎「だが、気持ちの差で完全に飲まれてしまってる」
秋一郎「まだ勝とうとする気概くらいはあるみたいだが…逆転出来ると心から信じてる訳じゃなさそうだな」
秋一郎「アレじゃあ元々あった実力差が開くだけだ」
秋一郎「まぁ、唯一、飲まれてない奴がいると言えばいるんだが…」
「大沼プロ注目の須賀京子選手ですね」
秋一郎「…そう言われるとなんか恥ずかしいな」
秋一郎「まぁ、ともかく…須賀京子の方は気持ちは負けていなくても、実力が足りてねぇ」
秋一郎「やっている事も今までと変わらず、相手の待ちを回避しながら流し満貫を作るってだけ」
秋一郎「あのままじゃあ逆転なんて望めそうにねぇな」
「…その割には大沼プロはまだ楽しそうですね?」
秋一郎「…あぁ、そうだな」
秋一郎「俺はこの期に及んでも、あいつがまだ何かをすると信じてる」
秋一郎「どれだけ点差が開いても…勝ちを諦めてない」
秋一郎「ギラギラと勝利への飢えを強くしていくアイツが…きっと何かを見せてくれるってな」
九州赤山「(ったく…これほど負けてるのに表情一つ変えないとか…)」
九州赤山「(漫画とかゲームのしすぎで頭の中、ホント、イッてんじゃないの…?)」
九州赤山「(或いは…負ける事なんてどうとも思っていないようなお嬢様か…)」
九州赤山「(ま…どっちにしろ、そんなノホホンとしてるアンタには分かんないでしょうね)」
九州赤山「(去年、副将戦で他校がトバされて…夢が終わった私達の気持ちなんて…!!)」
九州赤山「(あの時、どれだけ悔しくて…そして辛かったなんて…きっとアンタには分かんない…!)」
九州赤山「(名門なんて呼ばれていたにも関わらず…ポッと出の永水女子に負けた一昨年…!)」
九州赤山「(そして、一昨年よりもずっとずっと強くなって…!よし、リベンジだって意気込んでいった先で…大将戦にまで回らなかった私達の気持ちなんて…!)」
九州赤山「(あの時…どれだけ先輩たちが涙して…悔しがっていたかなんて…アンタが分かるはずがない…!)」
九州赤山「(だから…今年は絶対に勝つ…!)」
九州赤山「(例え…トラッシュトークを使ってでも…インターハイでボロ負けするとしても…!)」
九州赤山「(永水女子にだけは勝って…そして先輩たちの無念を晴らす…!!)」
九州赤山「(絶対に…そう…絶対に……!!)」
九州赤山「(この戦いだけは…負けられない…!!)」
九州赤山「(どんな手を使ってでも…アンタに…神代小蒔に…永水女子に…!)」
九州赤山「(私達が味わった悔しさを…骨身にしみるまで教えてやる……!!)」
小蒔「…京子ちゃん…」
初美「もうすぐオーラスですよー…」
霞「…今の点差は…おおよそ七万ちょっとね…」
巴「残り局数を考えると…役満直撃でも厳しいですね…」
湧「ま、まだ最後にキョンキョンの親があるし…!」
明星「…だけど…無理よ」
霞「…明星ちゃん…」
明星「…やっぱり京子さん…何も変わってないじゃない…」
明星「例えオーラスが京子さんの親でも…そこで連荘して稼ぐなんて無理よ…」
明星「こんなに開いちゃった点差…もうひっくり返せるはずがない…」
明星「やっぱり私の…私の所為で…」
春「大丈夫」スッ
明星「…でも」
春「…大丈夫。京子はまだ諦めてないから」
春「京子はまだ勝つ気でいる」
春「…だから、応援…しよ?」
小蒔「そうですよ!私達が諦めてどうするっていうんですか!」
湧「いっちゃん、わっぜえなのはあすこで戦ってるキョンキョンだもん…!」
霞「…そうね。京子ちゃんが諦めてないのに私達が諦めるのは違うわよね」
初美「京子ー!頑張るですよーーー!」
巴「最後まで気持ちが負けてなければ何とかなるわ…!」
明星「…京子さん…」
京子「(…マジどうしようかなぁコレ)」
京子「(点差が開く一方のままもうオーラスに入っちゃってるよ)」
京子「(アレだけ大見得切ってこれは流石に恥ずかしいよなぁ…)」
―― それでも諦めないのか?
京子「(当然だろ)」
京子「(俺の勝利を信じてくれてる人がいる)」
京子「(俺に期待してくれている人がいる)」
京子「(俺に託してくれた人がいる)」
京子「(きっと皆、俺と代わりたいだろうに、こんな不甲斐ない俺を待っていてくれるんだ)」
京子「(それなのに一人で勝手に諦めて、何もかも投げ出すなんて出来ねぇよ)」
京子「(そもそも…まだまだ勝負が決まってない)」
京子「(オーラスで連荘すりゃ勝てるんだ)」
京子「(なら、それが終わる瞬間まで…俺は自分の麻雀を信じ続ける)」
京子「(俺は勝てるんだって…そう信じ続ける)」
京子「(皆が信じてくれた俺を…信じ続ける)」
京子「(それが…俺の麻雀だ)」
―― …………なるほど。
―― 面白い分、一気に腑抜けたと思っていたが、汝の本質は変わっていなかったようだな。
京子「(…あれ?)」
―― 我は腑抜けが嫌いだ。
―― あの球投げをしてた時の汝は熱かった。
―― だが、それから逃げ、麻雀とやらを初めてからは腑抜け以外の何物でもない。
―― 最初から勝利を信じる事が出来ず、敗北を繰り返しても尚、ヘラヘラと笑っている汝の姿に手を貸そうなどとは欠片も思えなかった。
京子「(これって…もしかして…)」
―― だが、汝がかつてのように自らを信じ、そして胸の内から切に勝利を望むというのであれば…
京子「(オーラスに入って出てきた俺の弱音とかじゃなくて…本物の…!?)」
―― 我は汝に手を貸そう。
九州赤山「(はは…何さ)」
九州赤山「(あんだけ偉そうな事言って結局、ロクに和了れなかっただけじゃん)」
九州赤山「(一応、オーラスには親が入ってるけど、役満一発でも逆転出来ない点差)」
九州赤山「(これもう積んだでしょ?)」
九州赤山「(終わったでしょ?絶望するでしょ)」
九州赤山「(…なのに…なんでアンタはそんな顔出来るのよ…!)」
九州赤山「(なんで…なんでこの状況でも自分の勝ちを信じられるのよ…!)」
九州赤山「(もうインターハイに行けないんだよ!?)」
九州赤山「(アンタ達の夏はここで終わるんだよ…!!)」
九州赤山「(……気に入らない…!)」
九州赤山「(アンタのその余裕ぶった顔が…事ここに至ってもノホホンとしてるアンタの顔が!!)」
九州赤山「(心底…私は気に入らない…!!)」
九州赤山「(潰してやる…完膚なきまでに…!)」
九州赤山「(潰す潰す潰す…!完全に絶望させてやる…!)」
九州赤山「(私達の痛みを…アンタ達にも必ず味あわせてやる…!!)」
京子「……」スッ
―― 豪ッ
九州赤山「(…え?何…風…?)」
九州赤山「(空調じゃない…本物の…身体の中を透き通っていくような…清々しい風…)」
九州赤山「(でも…ここは建物の中だし…そんなのあり得ないでしょ)」
九州赤山「(こんな…山の頂に立ったみたいな風なんて…ただの錯覚よ)」
九州赤山「(…………だけど、良い風)」
九州赤山「(まるで…身体の中の嫌なもの…全部、洗い流していくみたい…)」
霞「…目覚めたわね」
初美「モニター越しでもゾクゾクきますよー」
巴「…アレが須賀の力ですか?」
春「…『制する者』…」
湧「…制しゅー者?」
霞「あぁ、湧ちゃんは知らなかったのね」
霞「神代家を中心とした主要な分家にはそれぞれ特別な役割があるのよ」
霞「石戸家は『導く者』、主に政治的な役割を担う家ね」
初美「薄墨は『奉る者』、神事を担当する神代家を助けるのですよー」
巴「狩宿家は『駆ける者』、石戸家の中心にそれぞれの分家のサポートや調整なんかを行うところよ」
春「…私のところは『識る者』、神代家に関するありとあらゆる見聞を集め、記録にするのが役目…」
霞「十曽家は『守護する者』、その名の通り神代家の方々のボディガードなんかが基本ね」
湧「へぇ…」
霞「…そして須賀家は…『制する者』」
霞「『守護する者』である十曽家とは違って、神代の敵を攻め、打ち砕き…自身の傘下へと加える為の家」
霞「彼自身にはそのつもりはまったくないでしょうけれど…彼の心も身体も能力も…全て戦う為にあるの」
霞「…それは純粋な戦闘であっても、麻雀という勝負であっても、同じ事よ」
霞「だからこそ、それを目覚めさせるのに後がない勝負を強いられる大将に置いたんだけれど…」
霞「…正直、今まで目覚める気配もなかったから、かなり不安だったわ…」
初美「まぁ、京子ちゃんは性格的にもガッチガチの勝負じゃないと真価を発揮出来ないタイプですしねー」
湧「姫様とお揃いじゃっど!」ニコ
小蒔「なんだか照れますね」テレテレ
春「でも、姫様と同じく…誰かの為なら全力以上を出しきれる…」
巴「そうね。だからこそ…この土壇場で京子ちゃんは目覚めてくれたんでしょう」
霞「…後は彼女がどれだけ自分の力を使いこなせるか…だけれど…」
京子「(…なんだろうな)」
京子「(さっきから…ずっと身体中が熱い)」
京子「(まるで心臓が脈打つ度に胸の奥からすげぇ力が沸き上がっているみたいに…)」
京子「(万能感が身体中に満ちていく)」
京子「(…ハンドボールやってた時に…この感覚は良くあったけど…)」
京子「(でも…あの時とは全然、違う)」
京子「(もっと強くて、熱くて…濃い)」
京子「(今の俺ならば…なんだって出来そうな気がする)」
京子「(例え…この絶望的な点差であろうとも)」
京子「(オーラス連荘…そんな夢物語を現実に出来そうな気がする)」
―― 出来そうではない。
―― するのだろう?
京子「(…あぁ、そうだな、神様)」
京子「(アンタと俺で…一緒にしよう)」
京子「(勝負は最後まで分からないんだって)」
京子「(麻雀はこういう事もあるんだって)」
京子「(そう人に伝えられるような麻雀を…!)」
京子「(見てる人が最後までドキドキして…そして何より俺達、自身が楽しめる麻雀を!!)」
―― あぁ。そうだ。
―― 熱く、激しく…そして何より、楽しい闘争をしよう。
九州赤山「ハッ…」
九州赤山「(いけない…ちょっとボーッとしてた…)」
九州赤山「(とりあえず…配牌の途中だし、山から引いて…っと)」スッ
九州赤山「(あちゃあ…全然、絡んでない…)」
九州赤山「(見事なクズ手じゃん…)」
九州赤山「(最速でも六向聴…それもリーチでようやく一翻でタンヤオすらつけるのが出来ないとか…)」
九州赤山「(正直、こんなクズ手、初心者以来かも…)」
九州赤山「(…これじゃあ和了るのはちょっと難しいな)」
九州赤山「(…仕方ない。出来れば永水女子に目にもの見せてやりたかったけど…)」
九州赤山「(下手に和了を目指すよりも大人しくしてた方が今回は無難っしょ)」
九州赤山「(それにまぁタンヤオがつかないくらいヤオチュー牌が来てるし)」
九州赤山「(流し満貫くらいしか和了った記録のない永水女子を抑えるのは超簡単)」
九州赤山「(そう考えるとこのクズ手は決して悪くないのかもね)」
九州赤山「(つーか、これもう勝ち確でしょ、勝ち確定)」
九州赤山「(ちょっと物足りない終わり方だけど…)」
九州赤山「(でも、先輩たちの無念も晴らす事が出来るんだし…)」
九州赤山「(私も大手を振って帰る事が…)」トン
京子「ロン」
九州赤山「……え?」
京子「タンピン三色同順ドラ1で12000です」
九州赤山「え…あ…はい…」
九州赤山「(ちょ、ちょっと待って…)」
九州赤山「(まだ…まだ四巡目よ?)」
九州赤山「(なのに、なんでもうそんな大物手張ってるのよ…!?)」
九州赤山「(いや…勿論、麻雀だからそういうのもあるだろうけど…!)」
九州赤山「(でも、アンタがこんな早めに和了るなんてそんな事今までなかったじゃん…!)」
九州赤山「(そもそもアンタが和了れるのって流し満貫だけじゃなかったの…!?)」
九州赤山「(それとも本当は普通に和了れるのを隠してただけ…?)」
九州赤山「(あー…くっそ…!訳分かんない…!)」
九州赤山「(分かんない…けど、所詮は一発…!)」
九州赤山「(満貫は痛かったけど、まだまだ点差は唸るほどあるんだから)」
九州赤山「(一回和了ればそれで済む私に対して、永水女子はまだまだ逆転圏外!)」
九州赤山「(ちょっと驚いたけど、私の勝ちは揺るがない…!)」
九州赤山「(次で決めてやる…!絶対に…絶対に…!!)」
「親である永水女子の満貫が九州赤山に直撃」
「一気に点差を縮めました」
秋一郎「これは…ちょっと話が変わってきたかね」
「と言うと…?」
秋一郎「今まで永水女子が圧倒的に不利だったのは狙える和了が一つしかなく、何より対策も容易な流し満貫のみだったからだ」
秋一郎「だが、今の和了で須賀京子は証明した」
秋一郎「自分が流し満貫に頼らずとも和了れる事をな」
「ですが…もうオーラスです」
「満貫をトップに直撃させたとは言っても、まだまだ点差は圧倒的ですよ」
秋一郎「だけど、オーラスの親は須賀京子だ。幾ら和了っても連荘出来る」
「では、大沼プロはこれから彼女が逆転するまで連荘出来るとお考えですか?」
秋一郎「さぁてね。流石にそこまでは言い切らないが…」
秋一郎「だが…あそこに座ってる本人はそれが出来ると信じてるみたいだぜ」
京子「(うぉおおおお!あ、和了っちまった!ま、満貫なんてすげぇの和了っちまったよ!!)」
京子「(しかも、四巡目!なおかつトップ直撃…!!)」
京子「(俺の麻雀人生の中でこんな事件が起こるなんて…正直、予想していなかった…!!)」
―― …それは凄いのか?
京子「(あぁ、神様は分からないのか)」
京子「(えーっと麻雀で上から五番目に高い役だよ)」
―― …どれほど凄いのか良く分からん。
京子「(だよなー。まぁ、神様も一緒に覚えていこうぜ)」
京子「(麻雀ってさ、すげぇ面白いから)」
―― ふむ…まぁ、話の種に覚えてみるのも良いか。
京子「(あぁ!ぜってー覚えた方が良いって!!)」
―― ……だが、その前に今は目の前の相手に集中しなければな。
京子「(…そうだな)」
京子「(満貫当てたとは言え、まだまだ点差は悲しくなるほどある)」
京子「(しかも、今はオーラス…もし、俺以外が一度でも和了ってり、テンパイ出来なかったら永水女子の負けは確定するんだ)」
京子「(未だ俺がギリギリの縁に立っている事に変わりはない)」
―― …怖いか?
京子「(まさか)」
京子「(こんなにワクワクするの初めてだぜ)」
京子「(俺は今、ようやく普通に戦える)」
京子「(神様のお陰で本当の意味で舞台に立てるようになったんだ)」
京子「(こんな大舞台で…ギリギリの戦いで…負けたらきっと死ぬほど落ち込むって分かってるのに…!)」
京子「(…楽しい)」
京子「(やっぱり…麻雀ってすっげぇ楽しい…!)」
九州赤山「(…何、笑ってるのよ…!!)」
九州赤山「(たった一回の満貫でしょ!ようやく一糸報いただけでしょ!?)」
九州赤山「(そもそもようやく原点から+になったような状態でヘラヘラしてるんじゃないわよ…!)」
九州赤山「(その不愉快な笑顏…絶対に潰してやる…!)」
九州赤山「(最初から希望なんてどこにもなかったんだって教えて…!!!)」スッ
九州赤山「(…何…この手……?)」
九州赤山「(またさっきと殆ど変わらないクズ手じゃん…)」トン
九州赤山「(あー!もう…!)」トン
九州赤山「(とっとと和了らなきゃ、あの不愉快な笑みを見続けなきゃいけないってのに…!!)」トン
九州赤山「(すっげぇ腹が立つけど…この局も流すしか…)」トン
京子「……」スッ
京子「…ツモ」
九州赤山「…え?」
京子「トイトイツモで1600オールです」
九州赤山「(…今度は…五巡目……!?)」
秋一郎「…なるほど。大体見えてきたな」
「え?何がですか?」
秋一郎「いや…ただ、流れが変わったな、と思ってな」
「そうですね。須賀京子選手、今度は五巡目でトイトイをツモ和了です」
「さっきまでの不調が嘘のように速攻での打ち回しを見せています」
秋一郎「まぁ、ようやく良い配牌が来るようになったって言うのが大きいんだろうな」
秋一郎「元々、運はなくても実力はあった奴だから配牌さえマトモなら当然の結果だろ」
秋一郎「ただ…」
「ただ?」
秋一郎「他の三校の配牌が目に見えて酷くなっているのには気になるがな」
「そうですね。前回、今回共に三校の中で五向聴以上がいませんでした」
秋一郎「…まるで須賀京子の不運が他の奴に押し付けられたみたいにな」
「確かに…言われてみれば…」
「須賀京子選手も今まで配牌段階で四向聴以上の手はありませんでしたね」
秋一郎「まぁ、麻雀は運に左右される事が多い競技だ」
秋一郎「長いことやっていればこういう事もあるだろう」
秋一郎「……だけど、もし、須賀京子が意図的にその運の流れを変えられるなら…」
秋一郎「コイツはひょっとしたら…ひょっとするかもしれねぇぜ?」
霞「…見えてきたわね、彼女の能力が」
巴「自身の不運を相手に、そして相手の幸運を自身へと引き寄せる能力…と言ったところですか」
初美「麻雀的に言えば場の流れを操ると言っても良いのかもしれないのですよー」
霞「元々、須賀家に関係のある神様は荒ぶる水神を退治した逸話もあるから」
霞「うねるような流れを治め、自身に良い結果だけを引き寄せるのは得意なんでしょうね」
春「…龍門渕の人に似てる…」
巴「あぁ、確かに…あの人も河を支配する能力だったっけ」
初美「まだ目覚めたばっかりですし、あの人ほどの完成度はないですけどねー」
霞「それは仕方ないわよ。京子ちゃんは今まで私達のように特別な訓練を受けてきた訳じゃないんだから」
霞「アレだけの大物を降ろしておきながら、未だ意識を保てている時点で驚きよ」
春「…そもそもまったく後がないこの状況で覚醒した事を褒めてあげるべき」
湧「ピンチに覚醒とかキョンキョン格好良か!」キラキラ
巴「ふふ。ちょっと漫画みたいよね」
巴「ただ…それでも点差は厳しいけれど…」
小蒔「…大丈夫ですよ」
明星「姫様…」
小蒔「だって、京子ちゃん笑ってますもん」
小蒔「すっごくすっごく…楽しそうに笑ってます」
小蒔「きっと心から京子ちゃんは今、麻雀を楽しんでいるんです」
小蒔「ようやく…京子ちゃんは自分の麻雀を…本当の麻雀を出来ているんです」
小蒔「…そんな京子ちゃんに麻雀の神様が手を貸さないはずがありません」
小蒔「きっと京子ちゃんは勝って、私達のところに帰ってきてくれるはずです」
明星「…………」
―― 石戸明星にとって須賀京太郎と言う男はあまり興味を向ける対象ではなかった。
神代家だけではなく、彼女やその姉にとっても須賀京太郎は重要な人物である。
彼女の人生を左右しかねないとそう言っても良いくらいだ。
だが、明星にとっては世界とは石戸霞を至上とする価値観で構成されているのである。
京太郎と一つ屋根の下で生活するようになっても自分の生活圏内に異物が入り込む程度にしか思ってはいなかった。
最初に話しかけたのも石戸霞が彼の事情にとても同情し、気にかけていたからで、彼女自身はまったく京太郎に興味を持っていなかったのである。
―― だが、それは一緒に生活する上で少しずつ変わっていった。
最初はただ自分の敬愛する ―― し過ぎている ―― 姉の知識を披露するだけの相手でしかなかった。
だが、彼が立ち直り、持ち前の人懐っこさや優しさを見せる内に彼女の中の認識もまた変わっていったのである。
家族とは言わないまでも、同居人として、仲間として、先輩として、なんだか放っておけない相手として。
ドンドン彼女の心の中に入り込み、重要な人物になっていく。
それを自覚しながらも石戸明星は決して嫌な気持ちにはならなかった。
―― 勿論、それは異性としての好意ではない。
幾ら普段から女装しているとは言っても、彼が男である事を明星は知っている。
だが、彼女にとって須賀京太郎は仲間以上でも仲間以下でもなかった。
男であると分かってはいるが、どうあっても惚れた腫れたの関係にはならない。
霞に対して心酔していると言っても良い明星はずっとそう思っていた。
―― だが。
明星「…京子さん…」
今、彼女の目の前で須賀京子が戦っている。
自分のミスを必死でカバーしようとギリギリの戦いを繰り返しているのだ。
ほんの一瞬でも気を抜けば、全てが水泡へと帰すような綱渡り。
だが、その中で、京子は、京太郎は楽しそうに笑っていた。
―― まるで子どものような朗らかさとケダモノのように獰猛さを滲ませるように。
本来ならば決して同居しないであろう2つの顔。
だが、モニターを見つめる明星には京子の笑顔はそうとしか見えなかった。
自分の良く知る朗らかで人が良すぎる須賀京子と、まったく知らない獰猛な何かが同居している表情。
それに明星の胸がトクンと小さく脈打つ。
―ー 石戸明星は理解していなかったのだ。
勿論、明星は須賀京子が男であると認識している。
だが、それでも根本的な部分で ―― 男とはどういうものなのかという部分で彼女はあまりにも無理解であった。
男というものを排除された環境の中で長年、暮らしてきた明星には知識はあっても、それに関する理解がない。
最近、ようやく須賀京太郎という身近な異性が出来たが、彼は女の園に混じる為、意図的にそういったものを出さないようにしていた。
結果、彼女の中での知識と無理解の溝はドンドンと大きくなっていったのである。
―― そんな溝の中へと須賀京子が戦っている様が流れこんでいく。
幾ら能力に覚醒したと言っても戦局はあまりにも不利だ。
全ての手牌が見れる環境ならばまだしも、京子には相手の手は分からないのだから。
突如として覚醒した自分の力の使い方もまだきちんと分かってはいない。
相手の待ちや配牌の具合を少しでも探ろうと卓上だけじゃなく対戦者にまで気を配っている。
自身の全てを賭けるようなその集中力に神経の方が削れていっているのだろう。
笑みを浮かべるその頬に汗が流れるのが明星の目からも見て取れた。
明星「(…でも)」
そんな京子を石戸明星は初めて格好良いと思った。
初めて見る戦う男の表情を、自分たちの為に必死に踏みとどまる男の表情を、何とかするとそう言った言葉を嘘にしようよう頑張る男の表情を。
明星の身体は、胸は、心は、認め、そして引きこまれていく。
無論、それは彼女が心から愛する石戸霞が見せる洗練された格好良さとはかけ離れたものだ。
もっと粗野で泥臭くて、ギラギラと粘着くケダモノのようなもの。
だが、だからこそ、強烈にオスを意識させるその姿に明星の身体は目覚めていく。
明星「(京子…さん)」
元々、明星は京太郎の事を悪しように思ってはいない。
寧ろ、親友である十曽湧に並んで、大事な存在になっている。
だが、それは同時に、価値観の柱にまでなっている石戸霞には到底及ばない事を意味していた。
自らの誇りでもあった姉を至上とする絶対的な価値観。
けれど、それが今、明星の中で揺らぎ始めている。
目の前で京子が打つ度に、和了る度に、彼女の意識が京子へと傾いているのだ。
無論、それはまだまだ姉に対して及ぶものでも彼女の価値観を覆すようなものでもない。
しかし、加速度的に自分の中で須賀京太郎という存在が大きくなっていっているのを彼女は自覚していた。
させられていた。
明星「(私…)」
既に明星の中のときめきは隠せないものになっていた。
突発的なものではなく、トクントクンと連なるように続く。
自分の中の女が目覚めるような甘く切ないその感覚に明星は自然と自身の胸を抑えていた。
だが、そうやって豊満な胸を幾ら抑えたところでその感覚が止まるはずがない。
お人好し過ぎるくらいに優しくて、人のためには傷つくことも厭わなかった彼を頭ではなく身体が男だと認識してしまったのだから。
彼女にとって初めて見る本当の『異性』に今まで抱いていた好意が、異性へのそれへと書き換わっていく。
明星「(…なんで…こんなにドキドキしてるんだろう…)」
その感覚を彼女は知らない。
霞にその心を捧げた彼女は今まで本当の恋など経験した事もないのだから。
自分の胸の高鳴りも、その身体の熱さも、未だギリギリの勝負を繰り返す彼に引き込まれる感覚も。
明星にとって初めてで、だからこそ、その感覚を上手く処理出来なかった。
明星「(…きっと…きっとこれは京子さんが頑張っているから…)」
そんな彼女がたどり着いたのはジリジリと迫る京子の姿に興奮しているからという理由だった。
無論、それは決して間違いではない。
オーラス連荘を繰り返す京子の姿に明星だけじゃなく、永水女子の皆が、そして観戦室の誰もが固唾を呑んで見守っているのだから。
もしかしたら、とその言葉を浮かべずにはいられない戦い方に、誰もが興奮している。
けれど、自分の変調が、それだけではない事を明星は自覚していた。
明星「(京子さん……勝って…勝って下さい……)」
石戸明星は霞の事を除けば、基本的には堅実な現実主義者である。
少なくとも、この土壇場で覚醒して大逆転だなんてそんな漫画のような展開を現実主義者の明星は信じる事が出来なかった。
声を張り上げて応援する永水女子の中でも、彼女はずっと永水女子の勝利を信じる事が出来ず、自分を責めていたのである。
だが、今の明星と他のメンバーの中にはそのような温度差はない。
今の明星は、石戸霞に対する時と同じく、夢見がちな乙女のように胸の底から京子の勝利を信じ、祈っていた。
―― そんな自身の変化を自覚する彼女の前で戦いは佳境へと入っていく。
「永水女子、須賀京子選手の和了」
「今度は一気通貫平和のツモ和了で点差は2万点にまで迫っています」
秋一郎「…次だな」
「え?」
秋一郎「そろそろ勝負の分かれ目ってところだ」
「まだ早くないですか…?点差はまだ2万点も残っていますが…」
「公式戦には八連荘のルールもないですし、このまま連荘しても役満にはなりません」
「確かにオーラスに入ってから須賀京子選手の奮闘ぶりは凄まじいものがありますが…」
「それでも未だ永水女子がギリギリのところで踏みとどまっている事に変わりはないはずです」
秋一郎「まぁ、見てれば分かるさ」
秋一郎「ただ…俺の思っている通りならば…次でこの長い大将戦の決着がつく」
「跳満以上が九州赤山に直撃する…という事ですか?」
秋一郎「流石に配牌もまだな時点でそんな予告は出来ねぇよ」
秋一郎「それよりももっとシンプルで簡単な理由だ」
「簡単…?」
秋一郎「あぁ。至極簡単で…何より残酷な…な」
「(何なの…この人…)」
「(南四局に入って…もう何十分も経ってる…)」
「(大会ルールに八連荘が採用されてたら…もう役満じゃない…!)」
「(幾ら今までがまったく和了れなかったからって…この連荘はどう考えても異常でしょ…!)」
「(でも…連荘止めようにも…ろくな手が来ないし…)」
「(私達に出来るのは…直撃が来ないように祈りながら安牌を打つ事だけ…)」
「(一応、まだ役満さえトップに直撃させれば逆転圏内にはいるけれど…)」
「(でも…このままじゃ私…)」
「(ううん…弱気になっちゃダメ…!)」
「(ここまで皆、永水女子や九州赤山にボロボロにされながらでも戦ってきたんだから…!)」
「(こうして永水女子が連荘してくれてる間に役満狙えるような手が来るかもしれない…)」
「(うん…この状況は決して悪いものじゃない…!)」
「(だから、諦めずに最後まで戦わなきゃ…!)」
「……」トン
京子「……」
「(よし。五索…通った)」
「(私の中にも五索がある…)」
「(赤だから出来れば打ちたくないけど…でも、役満じゃなきゃ赤があっても意味ないし…)」
「(今はこれで一巡稼ぐ…!)」トン
京子「ロン」パララ
「……え?」
京子「タンピン一盃口ドラ2…満貫です」
「……嘘…」
「永水女子、3位から一旦見逃し、赤五索で最下位へと満貫直撃です」
「これで一位との差は一万点…本格的に逆転圏内に入ってきました」
「ですが…今回は一体、どういう事なのでしょう?」
「もう後がない状況で一度出た五索を見逃すメリットはないと思うのですが…」
秋一郎「いや、メリットはあるぜ」
「え?」
秋一郎「そもそも前提として平和がついてる一盃口の待ちはかなり広い」
秋一郎「んで、五索が出たのは8巡目、まだまだ局も始まったばかりで焦って食い付くような時間じゃなかった」
秋一郎「あのまま待ち続けてもいずれ別の牌で和了れた事を考えれば、あそこで一旦、我慢するのは十分ありうる戦略だろう」
「ですが、その直後に最下位から赤五索で和了っていますが…」
秋一郎「当然だ。最初から狙いはトップじゃなくて最下位なんだからな」
「どういう事ですか?」
秋一郎「トップとの点差だ」
秋一郎「今の満貫直撃で…最下位は逆転可能圏外へと堕ちた」
秋一郎「例え役満を九州赤山にぶちあてても、親から和了っても2位止まり」
秋一郎「…つまりどうあがいても勝てない…ただの置物になったって事だよ」
「それを狙ったというのですか…?永水女子が?」
秋一郎「あぁ。そしてそのお陰で須賀京子の勝ちは盤石になった」
「では、大沼プロはこれから先も永水女子の連荘が続くとお考えですか?」
秋一郎「あぁ。…と言うか、今の須賀京子を一人で止めるのはまず無理だ」
秋一郎「オーラスに入ってから三校の手は改善される気配はなく、また須賀京子は絶好調なんだからな」
秋一郎「これまで須賀京子が12巡目より後で和了ったところを見た事がない」
秋一郎「逆に他の三校は配牌からしてかなり悪く、またツモ運も最悪で、有効牌をろくに引き入れられない状態だ」
秋一郎「そんな状況の中で出来うる対策としてはひたすら南家が鳴きまくって須賀京子に順を渡さず、どれか一校が和了る事」
秋一郎「…だが、どこもまだインターハイに行ける範囲であるからこそ、色気を出してその戦術を取れなかった」
秋一郎「まだ逆転の希望があるとそう思っていた訳だな」
秋一郎「しかし、今の和了で南家が潰れて、完全な置物になった」
秋一郎「鳴きまくって須賀京子を封じ込める作戦はもう使えない」
秋一郎「後は須賀京子の独壇場だよ」
九州赤山「(どうして…!?)」
九州赤山「(どうしてなんだよ!?)」
九州赤山「(私はこれまでずっと頑張ってきた…!)」
九州赤山「(先輩たちの無念を背負ってここまで来たのに…!!)」
九州赤山「(トラッシュトークまでして勝とうとしてたのに…!)」
九州赤山「(なんでオーラスだけで…あんなにあった点差が詰められてるの…!?)」
九州赤山「(…認めない…!)」
九州赤山「(そんなの…そんなの絶対に認めない…!!)」
九州赤山「(こんな漫画みたいな逆転劇なんてあり得るはずない!!)」
九州赤山「(勝つのは私達で…負けるのは永水女子…!!)」
九州赤山「(先輩たちが幾度となく味わった無念を今年背負う事になるのはあんた達なんだよ!!)」
九州赤山「(だから…だから…!!)」
京子「…ツモ」パララ
京子「タンピンツモで2000オール」
京子「そして和了止めです」
九州赤山「あ…あ…」ポロ
「永水女子、最後に平和タンヤオをツモって逆転しました」
「そして永水女子の和了止め宣言により、決勝戦も終了」
「永水女子がインターハイへの出場を決めました」
秋一郎「…まぁ、九州赤山は運が悪かったな」
秋一郎「須賀京子のあれは初見殺しも良いところだ」
秋一郎「ましてや一位抜けのルールともなれば、止められないのも当然だろ」
秋一郎「実力もある良い雀士だし執念も足りてたからこそ同情するが…」
秋一郎「それでも勝てない事もあるってのが…麻雀の常ってところだな」
「しかし、史上稀に見る逆転劇でした」
「観戦していた方々も手に汗を握っていたのではないでしょうか」
秋一郎「記録に残る逆転劇だったのは確かだな」
秋一郎「まったく…宣言通り、面白いものを見せてくれたじゃねぇか」
「永水女子逆転の秘訣は何だったのでしょうか?」
秋一郎「まぁ、少年漫画ってところか」
「え?」
秋一郎「いや…何でもねぇよ」
秋一郎「まぁ、強いていうならばオーラスに入るまで一切、諦めなかった須賀京子の意思の強さだろうな」
秋一郎「どれだけ和了れなくても、点棒が減っていっても、決して腐らず、ただ勝利だけを見つめていた」
秋一郎「それが終盤になって流れを変える一因になった…ってところか」
京子「はぁ…ぁぁ…」
京子「(…疲れた。マジでやばいほど疲れた…)」
京子「(一時間近くオーラスだけをずっと繰り返してた訳だからなぁ…)」
京子「(その間、警戒しまくってたお陰で精神的な疲労がヤベェ…)」
京子「(これ帰ったら俺、すぐさま寝ないとやばいんじゃないか…?)」
京子「(…まぁ、そのお陰で何とか逆転出来たって思うとこの疲れも嫌なもんじゃないけど)」
京子「(俺…勝ったんだよな)」
京子「(決して自分の力だけじゃないけど…神様の力を借りてようやく…だけど)」
京子「(俺は…決して俺が足手まといでない事を証明する事が出来た)」
京子「(…まぁ、終わった途端に神様の声も聞こえなくなって、次に何時あの状態に入れるかは分からない訳だけど)」
京子「(でも…俺は…)」
小蒔「京子ちゃあああああんっ」ダキッ
湧「キョンキョォォォンッ」ヒシッ
京子「うぉあああ!?」ビックゥ
小蒔「京子ちゃん、凄かったです!ホント、凄かったですっ」キラキラ
湧「格好良かった!わっぜか格好良かったぁっ!!」キラキラ
京子「え、えぇ。二人ともありがとう」
京子「でも、いきなり飛びつかれるとちょっとびっくりするというか…」
初美「はい。ドーンっ!」ギュー
京子「ぬおお!?」
初美「ふふふ…油断したですかー?」
初美「これぞ永水流隙を生ぜぬ三段構えなのですよー」
京子「随分と読者に分かりやすくて優しい技名ですね…」
春「…そんな京子にさらにドーン」スリスリ
京子「ちょっ!?は、春ちゃん!!」
春「実は永水流は108式まである…」
京子「流石に108人になる前に私の身体が埋まるんじゃないかしら…?」
京子「そもそも今の時点でも前後左右固められてろくに身動き取れない状態なんだけど…」
初美「まぁ、ハーレム状態って事良いじゃないですかー」
小蒔「京子ちゃん京子ちゃんっ!」キララー
湧「ヒーローみたいじゃったよ!」ピカァ
春「…京子」スリスリ
京子「…まぁ、そうですね」
京子「たまにはこういうのも良いかもしれませんね」ナデナデ
小蒔「えへへ」
湧「んふー♪」
春「ん…っ♪」
霞「京子ちゃん」
京子「あ、霞さん」
霞「…本当にありがとうね」
霞「京子ちゃんのお陰で私は自分の采配を後悔しないで済んだわ」クスッ
京子「…いえ、これは皆のお陰ですよ」
京子「皆が私を信じて送り出してくれなかったら、きっとあんな風に逆転出来なかったはずですから」
巴「それでも京子ちゃんが今まで頑張ってこなかったら土壇場で神降ろしなんて成功させられないわよ」
京子「あ、やっぱりアレ、神降ろしだったんですか」
霞「どちらかと言えば姫様のよりも私のそれに近いけれどね」
霞「まぁ、どちらであっても、インターハイ出場に向けて強力な切り札が手に入ったのは事実よ」
巴「…本当におめでとう、京子ちゃん」
京子「えぇ。二人ともありがとうございます」
京子「……で」
明星「…」モジモジ
京子「さっきから明星ちゃんが霞さんの背中から出てこないんですけれど…」
霞「ふふ。この子ったらちょっと照れちゃってるみたいで」
霞「それだけ京子ちゃんが格好良かったって事なのかしらね?」クスッ
明星「ち、違います!べ、別に私、京子さんの事なんて…!」カァァ
初美「なん…」
巴「…ですって…?」
湧「…明星ちゃが霞さあの言葉、否定するのはいめっ見た…」
小蒔「え、えっと…明星ちゃん、もしかして風邪ですか…?ポンポン痛いとかないです…?」アワワ
春「…まさかの反抗期?」
明星「あ…い、いや、そ、そういう訳じゃなくって!」
明星「いえ、違わないですけど!でも、あの…か、霞お姉様のお考えを否定したい訳じゃなく!!」シドロモドロ
明星「ただ、何て言うか!あの…あの、えぇっと…!」
京子「???」キョトン
明星「~~~っ!!さ、三本場!」
京子「え?」
明星「三本場の六巡目で二筒打ったのはミスです!!」
明星「あ、あそこは三筒切って待ちを変えるべきでした!」
明星「け、結果的にはちゃんと和了れましたけど…で、でも、アレは間違っていると思います!」
明星「あ、後、五本場や九本場でもミスがありました!!」
明星「普段の京子さんならそんなミスをしなかったはずですよ!!
明星「インターハイ出場が掛かっているんですからちゃんと集中してください!」
京子「え、あ…はい。ごめんなさい」
明星「……っ!!」
明星「…た…ただ」マッカ
京子「え?」
明星「…い、良いですか?誤解しないでくださいよ?」
明星「私がこれから言う事にはこれっぽっちも他意はないんですからね」
京子「え、えぇ」
明星「……すーはー」
明星「…あの…いっそ気の迷いと言うか、今となっては嘘だったんじゃないかってくらいですけど…」
明星「……か、格好良かった…です。その…ちょっとだけ」プシュウ
京子「…明星ちゃん」
明星「…な、何ですか?」
京子「可愛い」
明星「ふぇぇっ!?」ビクゥ
小蒔「ふふ。本当ですね」
湧「明星ちゃあ、ぎろっ張りむぜじゃっでね!」ニコニコ
京子「むぜ?」
巴「可愛いって事よ」クス
初美「まったくどこの漫画から出てきたツンデレかってくらいに見事なデレでしたよー」ニコー
明星「で、デレてません!!」カァァ
霞「あら、でも、さっきの京子ちゃんは格好良かったんでしょう?」
明星「か、格好良かったですけど…で、でも…あの…」モジ
明星「か、霞お姉様には全然、及びませんから!寧ろ月とすっぽんですから!!」
明星「まだまだ精進が足りませんよ、精進が!!」
明星「京子さんはもっと頑張るべきだと思います!」
京子「…って事は私がもっと精進したら明星ちゃんは私の事を霞さん並に好きになってくれるかしら?」
霞「あらあら、それは姉として中々に見過ごせない案件ね」
明星「ば、バカな事言わないで下さい!」
明星「京子さんが霞お姉様に敵う訳ないじゃないですか!」
明星「どれだけ努力したところで所詮、京子さんは京子さんです!!」
小蒔「あれ?でも、明星ちゃんは京子ちゃんに頑張って格好良くなって欲しいんですよね…?」
初美「姫様、コレはアレですよ、アレ」
小蒔「アレ?」キョトン
初美「今のままの京子ちゃんも格好良くて大好きだけど、もっと格好良い貴女を見たい的な乙女心です」
小蒔「なるほど…!」
明星「か、勝手な事言わないで下さい!」カァァ
巴「と言うか…姫様、本当に分かってます?」
小蒔「とりあえず二人が仲良しで明星ちゃんが京子ちゃんの事が大好きなのは分かりました!」グッ
京子「いえ、それは違うわよ、小蒔ちゃん」
小蒔「え?」
京子「私も明星ちゃんの事が大好きだもの」クス
明星「な、なななななななななっ!」プシュゥ
小蒔「えへへっ♪それじゃあ二人は相思相愛ってことですね」ニコー
明星「そ、相思相愛…私と京子さんが…」
明星「ラブラブ…手を繋いでデート…学園祭一緒に回ったり…遊園地…映画館…帰り道で夜の公園…」
明星「クリスマス…ライトアップされた噴水…キス…」
明星「結婚式…夫婦生活…行ってらっしゃい…アナタ…ふにゃあっ」クラッ
京子「おっと」ダキッ
湧「…明星ちゃ…大丈夫?」
京子「うーん…どうかしら…?」
京子「なんだか目を回している感じだけれど…」
霞「ふふ、あらあら、まぁまぁ」
初美「ここにも一つ花が咲いたですかー」
巴「でも、一番、最初が明星ちゃんだなんて意外だったかしら」
初美「ああいうタイプは一旦、意識しちゃうと弱いのですよー」
初美「元々、一途で思い込みも激しいタイプですし、ブレーキが効かないのですー」
霞「それに元々、明星ちゃんは大分、京子ちゃんに心を許してたもの」
霞「姉としては色々と複雑だけど…でも、変な道に走るよりは安心かしら」
京子「…皆は何の話をしているのかしら?」
春「…京子は知らなくても良い事」ギュゥゥ
京子「そう…?あ、後、春ちゃん…ちょっと締め付けがきつくないかしら?」
春「…これくらい普通」
京子「いや、でも…」
春「普通」
京子「…はい」
霞「まぁ、明星ちゃんもちょっとトリップしてるみたいだし、そろそろ帰りましょうか」
巴「帰りに祝勝会の準備もしなければいけませんしね」
初美「皆が頑張ってくれた分、こっちも全力で腕を振るうのですよー!」
小蒔「えへへ。とっても楽しみです!」
霞「じゃあ、私は車を回してくるから京子ちゃんは明星ちゃんの事をお願いできるかしら?」
京子「えぇ。分かりました」
霞「お願いね」
初美「さぁって、それじゃあ今の間に取材もパパっと終わらせて帰る準備をしますかー」
京子「あー…そういやそんなのもあったっけ…」
初美「こらこら、ちょっと素が出てかかっているですよー」
京子「あら、何の事ですか?」ウフフ
初美「…今更ながらそのかわり身の早さには感嘆するのですよー」
巴「まぁ、それはさておき…京子ちゃんにあんまり取材されてしまうのは良くはないわよね」
湧「でも、京子さあは今日のヒーローじゃっで、絶対に取材されちゃう…」
春「…それに明星ちゃんもまだ起きてない」
小蒔「そうですね。ちょっと申し訳ないですけど、取材はお断りしましょうか」
京子「私はあんまり目立つ訳にはいかないし…その方向性の方が有難いかしら」
初美「よし。決まりですねー」
初美「では、全員、取材陣に囲まれる前に脱出ーなのですー」
小蒔「おーです!」
湧「おーっ」
霞「お帰りなさい」
初美「ただいまですよー」
京子「ふぅ…あ、先に明星ちゃん真ん中に乗せますね」
霞「って、明星ちゃんまだ起きてないの?」
京子「えぇ。なんだか幸せそうですし、起こすのも可哀想で」
明星「えへへ…」フワフワ
霞「…ちょっと姉として心配になってきたかしら」
京子「え?」
霞「ううん。なんでもないわ」
巴「それより京子ちゃんも早く乗っちゃって」
初美「明星ちゃんの面倒は私と湧ちゃんが見るのですよー」
京子「良いんですか?」
初美「と言うか京子ちゃんが近くにいると治らない予感すらあるのでとっとと一番後ろに行くのですー」
京子「なんだか良く分かりませんけど…まぁ、分かりました」
小蒔「じゃあ、私も後ろで良いですか?」
巴「そうですね。私は霞さんのナビをしなければいけませんし」
巴「だから、春ちゃんも後ろへどうぞ」クス
春「…ん。ありがとう」
京子「…ふぅ」
京子「(…こうして座ると肩の上から再び疲れがのしかかるのを感じる…)」
京子「(皆とワイワイやっている最中はあんまり感じなかったけど…きっと意識していなかっただけなんだろうな)」
京子「(今はもう対局終わった直後よりも身体が重くなっている…)」
京子「(その上、こうして規則的なエンジンの振動が腰から伝わってくると身体の奥から眠気が…)」
小蒔「…すやぁ」コテン
京子「(…って小蒔さん堕ちるの早いな!)」
京子「(まぁ…小蒔さんも凄い頑張ってたもんな)」
京子「(俺が大将戦でウダウダやってたのもあって、きっと気持ちも休まらなかったんだろう)」
京子「(こうして安らいだ寝顔を見てると起こすのも悪い気がするし…)」
京子「(このまま寝かせておいてあげよう)」
京子「(それにまぁ、おもちも当たって悪い気持ちじゃないし…)」
春「…京子」
京子「え!?」ドキーン
京子「な、何かしら…?」
春「…お疲れ様」ナデナデ
京子「…もう。春ちゃんったら」
春「撫でられるのは嫌?」
京子「…ちょっと恥ずかしいかしらね」
春「普段、人に一杯やっているのに…」
京子「するのとされるのとでは全然、違うのよ」
春「…じゃあ、今日の京子はされる方を堪能して」
春「…今日の京子は頑張ってたから」
春「何時も頑張っているけど…でも、それ以上に頑張って…そしてとっても格好良かったから」
春「だから…ご褒美…」ナデナデ
京子「…期待に応えられたかしら?」
春「うん。勿論」
春「京子は何時だって…私の期待に応えてくれる…」
春「その分、ちょっと意地悪だけど……」
京子「寧ろ、私の方が春ちゃんに振り回されてると思うわよ?」
春「…そういう意味じゃない」ムス
春「…でも…今日の京子は最高に格好良かった」
春「思わず惚れ直しちゃうくらい」
京子「ふふ。ありがとうね、春ちゃん」
京子「でも…そんな風にされると…」
春「…良い」
春「…このまま来て」
京子「…ごめんね。春…ちゃん」
初美「さーって、それじゃあ祝勝会の準備ですよー」
初美「やはりここは王道で焼き肉がいいと思うのですよ、YAKINIKU!!」
霞「初美ちゃんに選択権はありません」キッパリ
初美「えええええええ!!」
巴「頑張ったのは姫様たちだものね。当然よ」
初美「私も応援頑張ったのに…」
霞「はいはい。で、湧ちゃんは何が食べたい?」
湧「んー…」チラッ
湧「……あちきも焼き肉が良かかなぁって」
初美「湧ちゃんはホント良い子なのですよー」ナデナデ
湧「えへへ…」テレテレ
巴「もう…湧ちゃんに気を遣わせて…」
霞「じゃあ、明星ちゃん…はまだ無理そうだから姫様達は…ってあら」
小蒔「すー」
京子「むにゃ…」
春「……寝てる」
巴「…姫様はともかく京子ちゃんまで寝てるだなんて」
初美「それだけ頑張ってたって事なのですよー」
霞「…今はゆっくり寝かせてあげましょうか」
湧「うん。あちきもそいが良かと思う」
ブルル
霞「あら…携帯?」
巴「私のじゃないですね」
初美「私でもないのですよー」
湧「もっと後ろ…春さあの方?」
春「ううん…京子の携帯っぽい」
春「…起きたら伝えてあげなきゃ」ピッ
春「でも…今は…」
春「……ゆっくり休んでね、京太郎」ナデナデ
From 宮永咲
Subject 勝ったよ!
京ちゃん、私、団体戦でインターハイ出場決めたよ!
龍門渕さんがとっても強くて厳しかったけど、私、すっごく頑張ったんだからね
今度、会ったら褒めて欲しいなー…なんて
京ちゃんは明日、個人戦だよね?
私、長野から一杯応援してるから
東京で会おうね、絶対だよ
堕ちました(謎)
そんなところで今日は終わりです
厨二全開ですが、まぁ、たまにはこういうのもあるという事で許してください
後、京子の能力ですが、親の時しか発動せず、またオカルトを封じる事も出来ません
大沼プロが指摘しているように三校で封じ込めに入れば完封も不可能じゃありません
なので二位抜けのインターハイルールでは今回のような無双はないです
まぁ今週は二週間分(風邪で休んでた期間入れたら三週間分)なのでそれほど多くはないかなーと…
休みまくってごめんなさい、次から週一投下に戻せるよう頑張ります
基本、私は
艦これの為に五時に起きる→演習やキラ漬けしながら魔物娘スレ投下→出勤→帰ってくる→京子スレの書き溜め→終わって余裕会ったら魔物娘スレ投下→寝る
な生活でちゃんと睡眠も取らせてもらってますし大丈夫です
アニメやゲームは殆ど出来ないし見れないけどスレ楽しくて止められなくってですね…
これも単に毎回読んでくれている皆様のお陰です、ありがとうございます
あ、でも、タッグフォーススペシャルが出たらちょっとスレ投下鈍るかもしれません(予告)
鳴いてたら面前清付かないからそう言いたいんじゃないかな
多分ツモ(上がりの発声)、トイトイ(役の申告)
が正当かと
はい。>>364が正しいです…。
実は書き直す前には鳴いてる描写があったのですが書きなおした際に修正した分が見直しから漏れていたみたいで…。
毎回やらかして申し訳ないです…
そして忘れていましたがゆうたんイェイ~は軽くでイイから何処かでリベンジしたいです
さきたんイェイ~もエロなしでこっちの特別編書きたいなぁ…と思っています
京太郎「(目立つな…絶対に目立つんじゃない…!目立ったら終わりだ…!!)」
淡「(コイツ…さっきからまったく私に振り込まない…!?)」
淡「(完全に狙い撃ちにしているはずなのに…どういう事…!?)」
みたいな昔の小ネタで見た感じのノリは見れそうにないか
そもそもその辺の小ネタは合宿の時を想定していたものだったんですよねー…
なので、合宿相手が新道寺になった時点で私はプロットを投げ捨てました(白目)
一応、小ネタでは京子ちゃんが地味に生きていこうとしているのに何故か全て裏目に出て人気があがっていくというギャグチックなのを目指していましたが
おとぼくで色々と勉強した結果、想定よりも派手に話が進み、依子のキャラが固まった辺りでは気づいたら裏エルダーという謎の生き物になってました
そもそも最初は京子ちゃんが女と知らず好きになっていくキャラとして淡を出そうとしてたのに、淡との接点がなくなっちゃってホントどうしようかと
今、一番その位置にいるのは依子なんですが、流石にオリキャラはちょっとなぁ……(´・ω・`)
今から咲たんイェイ投下してくぞオラァ!!!
時間なかったんで一応、見直しはしたけど出来に関してはあんまり気にしないでくださいオナシャス!!!
―― その日も宮永咲は憂鬱だった。
咲「…はぁ」
高校生雀士にとってインターハイは最高の舞台である。
無論、それは魔王とさえ呼ばれる彼女にとっても変わらない。
実際、宮永咲はインターハイ出場を決めた瞬間、仲間と心から喜んだ。
間違いなくギリギリであった接戦を制した喜びに咲は以前と同じような笑みを浮かべたのである。
―― しかし、それも次の日には消えていた。
理由は勿論、須賀京太郎がインターハイへと進めなかった事だ。
最後にインターハイで会おうと約束したそれを彼は果たせなかったのである。
無論、その事について咲は責めるつもりは一切ない。
これまでメールで彼がどれだけ努力してきたかは伝わってきているのだから。
それでも尚、勝てなかったのなら仕方ないと返したメールは嘘ではない。
咲「(…でも…)」
しかし、今の咲の中にモチベーションと呼べるようなものが殆ど残っていないのは事実だった。
彼女にとって今回のインターハイは京太郎と会うためのものだったのだから。
仲間たちの為に二連覇を目指す、という気持ちはあれど、それは大きな原動力にはならない。
少なくとも以前のように鬼気迫るような勢いで麻雀を打つ咲の姿はなくなっていた。
咲「はぁ…」
「…宮永先輩、どうしちゃったんだろう…」
「地方予選からずっと変だよね…?」
「麻雀中に怒られる事もなくなったし…」
「燃え尽きちゃったとか?」
「いや、それはないでしょ。だってこれからインターハイだよ?」
「じゃあ、失恋したとか?」
「まさか。だって、麻雀の鬼と言っても良いような宮永先輩よ?」
「まぁ、四六時中練習してる先輩に彼氏なんているはずないかぁ」
和「(…当たらずとも遠からずってところなんですけどね)」
そんな咲の様子に僅かに残った後輩たちがヒソヒソと噂をする。
咲の扱きに耐えかねて多くの部員が逃げ出した中で未だ残っている彼女たちは麻雀に対して特に真摯な子たちだ。
だが、そんな子達であっても、やはり色恋沙汰というのは気になるのだろう。
その様子を少し離れた場所から見ながら和はひとりごちた。
和「(…だからこそ、どうすれば良いのかまったく分からないんですけれど…)」
親友である咲の様子がまったく変わった理由を和は知っている。
だが、今の燃え尽きてしまった彼女をどう立ち直らせればいいのか、和には分からなかった。
元々、和は麻雀に一筋であり、初恋だってした事がない。
そんな和に言えるのは「もっと真面目に麻雀をしてくれ」と咲の背中を押す事くらいだ。
和「(でも…それを言ったら…)」
今の咲にはやる気というものが根本から欠如していた。
日常生活は何時も以上にふわふわとしたものになり、危なっかしさが増している。
抑えるものがなくなった風船のように今にも何処かへと飛んでいきそうなくらいだ。
そんな彼女に最初の頃のようにちゃんと麻雀しないなら退部しろ、なんて言えば、本当にいなくなってしまうかもしれない。
それどころか、須賀京太郎という想い人を探しに、突然、消える可能性すら和は考えていた。
和「…そこ、静かにしなさい」
和「もうちょっとでミーティングですよ」
「あ、はい…すみません」
和「…それと咲さんには余計な事を言わないようにしてください」
和「インターハイ出場が決まって、少し気持ちが抜けているだけですから」
和「インターハイが近づけばまた元の咲さんに戻るはずです」
「わ、分かりました」
「…って事はまたあのシゴキが待ってるの…?」
「うひぃ…怖…」
「でも、今の宮永先輩見てる方が怖いかも…」
「あぁ、確かに…嵐の前の静けさって感じだもんね」
そんな和に出来る事は後輩たちの前で咲の体面を保ち、その距離を調整してやる事だけだった。
元々、こうして残っている後輩は宮永咲の魔王染みた強さに憧れ、魅せられた者達である。
そんな彼女達に失望されてしまった時、清澄麻雀部がどうなってしまうのか。
それは和にとって決して想像したくはない未来だった。
和「(…無力ですね、私は)」
だからこそ、今は咲と後輩たちの間に距離を作る。
けれど、それが決して彼女の問題を解決してくれるものではない事くらい和にだって分かっていた。
いずれ後輩たちは腑抜けた咲への反感を持つ事になるだろう。
それだけ咲は高圧的に後輩に接し、そして無理矢理、鍛え上げてきたのだから。
自分のやっているのはただ、その時期を先延ばしにしているだけ。
根本的な問題の解決が出来ない自分に和は強い自己嫌悪を覚えた。
まこ「はーい。待たせてすまんの。お待ちかねのミーティングじゃ」
優希「よっ。待ってました!」
瞬間、部室へと入ってくる部長 ―― 染谷まこに片岡優希が囃し立てるような声をあげる。
須賀京太郎がいなくなっても尚、その明るさを失わない優希は部内の貴重なムードメーカーだ。
ともすればギクシャクし、空中分解しそうな部をその持ち前の明るさで繋ぎ止めている。
去年よりも一回り成長し、後輩への気遣いや、自身の役割を理解する彼女がいなければ、今頃、清澄麻雀部は間違いなくバラバラになっていただろう。
まこ「優希が待ってたのはミーティング中に出るお茶菓子じゃろうが」
優希「そんな事ないじぇ!部長の事もいちじつせんしゅーの思いで待ってました!」
優希「だから、今日こそ部費で食堂のタコスを落とせるように…」
まこ「ならん」
優希「そ、そんなぁ…」ショボーン
まこ「まったく…ホント、諦めん奴じゃなぁ…」
まこ「まぁ、優希は放っておいて…とりあえずミーティングじゃ」
まこ「ようやく…今年のインターハイ出場校のデータも出来た訳じゃしの」
ニヤリと笑って紙の束を取り出すまこの目には微かにクマが浮かんでいた。
元々、まこは前部長であった久と同じかそれ以上に多忙な生活を送っている。
実家が自営業であるまこには実家の手伝いという義務がどうしても付きまとうのだから。
その上、インターハイ出場校のデータを纏めるなんて仕事までやっていたのだから寝不足になるのも当然だろう。
まこ「(…昔はこういうのは久や京太郎の仕事だったんじゃがなぁ…)」
何故か半年間で麻雀よりも雑用スキルがメキメキあがっていた部員と自分たちをインターハイまで導いた尊敬する部長。
京太郎が集めてきたデータや映像を、久が判断しながら共に編集するのが一年前の清澄麻雀部のデータ解析のやり方だった。
だが、その二人は既に清澄麻雀部にはおらず、誰かがその代わりをやらなければいけない。
それに対して、真っ先に手を上げたのは部長であるまこだった。
無論、それは対局に関して深い知識がある誰かがその編集をやらなければいけないという理由もある。
だが、編集作業はただの部員であり、実家の手伝いがある訳でもない和にだって出来る事なのだ。
それでもまこがその仕事を買って出たのは偏に部員たちに対して負い目があるからである。
まこ「(わしがもっとしっかりしとったら…)」
まこも現在の清澄麻雀部にある問題の根深さは自覚している。
だが、それは部長という職についたまこであっても、どうしようもないものだった。
実際、まこも咲に対して何度も働きかけたが、状況はまったく改善出来なかったのである。
まだ初期状態であれば、部長の強権を使って、咲を退部させる事で傷は浅く済んだのだろう。
だが、共にインターハイを戦った仲間であり、誰よりも実力のある咲を退部などさせられない。
そうして手をこまねいている間に状況はドンドンと悪化し、泥沼のように抜け出せなくなってしまった。
その所為で強い負担がいっているであろう和や優希に仕事を任せるだなんてまこには出来なかったのである。
まこ「(久じゃったら、きっとこんな事にはなっとらんかった…)」
まこにとって久は決して頼りがいのある部長ではなかった。
一年生の前では格好つけていたものの、内心、ビクビクでドキドキだった事は付き合いの長い彼女には分かっていたのである。
だからこそ、自分で支えてやらなければ、とまこはそう思っていた。
しかし、こうして同じ場所に立った今、まこは幾度となく久がいてくれたら、と思うようになっている。
適当にやっているように見えて誰よりも真剣で真面目であった彼女がいれば、きっとこんな部活にはならなかっただろう。
今にもバラバラになりそうな部活を見る度に、まこはどうしてもそう思ってしまうのである。
まこ「ま、とりあえず重要そうなとこだけ切り取って集めたけえ、まずはみゅー」
その気持ちを振りきってまこは手に持ったDVDをPCへと入れた。
それをPCが読み込んでいる間に後輩たちへと紙の束を流していく。
そこに書いてあるのは簡単な各校の傾向と映っている映像の牌譜だ。
画面と紙面を合わせ見て、より理解が深まるようにと考えられた彼女なりの手法。
それを受け取りながら、後輩たちはじっと画面を見つめた。
まこ「で、次は九州じゃな」
まこ「まず一番は鹿児島、ここはやっぱり永水女子が出てきたの」
優希「って事は私の相手じゃまたあのおっぱい巫女さんかー」
まこ「いや、確かにそうじゃが、今回は違う」
優希「え?」
まこ「先鋒は去年、久と当たった滝見選手じゃ」
まこ「逆に神代選手は中堅にいっとる」
和「それは…何というか思い切った真似をしましたね」
まこ「解説の大沼プロも博打めいた真似じゃと言っちょったわ」
まこ「実際、主力じゃった三年が抜けとるけえ、色々、理由はあるんじゃろうが」
和「資料には一年が二人いるって書いてありますが…」
まこ「うん。次鋒の方はオカルト…あぁ、いや、ちょっとした偶然が起こりやすいタイプじゃな」
まこ「副将の方は完全なデジタル派じゃ。決勝戦は振るわんかったが、中々に手強い」
和「…どんな相手であろうと全力で戦うのみです」
優希「でも、この一年生の胸…去年ののどちゃんと同じくらいあるじぇ」ムムム
和「ちょっ!?ゆ、ゆーき!?」カァァ
優希「つまりおっぱい対決だな!!」グッ
和「…後でちょっと話があります」
まこ「こらこら。じゃれるんはほどほどにな」
まこ「…まぁ、やっぱり一番、注意せんといけんのは神代小蒔じゃ」
優希「相変わらず圧倒的だなぁおっぱいさん…」
そう呟きながら優希が見つめるディスプレイには二度目の倍満をあがる小蒔の姿があった。
何処か胡乱なその瞳は、以前戦った時にも気味が悪いとそう思ったことを良く覚えている。
だが、こうして一年が経ち、成長したであろうその姿を見ると気味の悪さ以上に恐ろしさを感じた。
去年よりも尚、強く、そして安定性を増したその打ち筋は、一介の雀士ではついていけない。
実際、満貫以上を数回和了ってつくったリードをそのまま持ったまま彼女は副将戦へとバトンを繋いでいた。
まこ「…そしてもう一人。それに次ぐ要注意人物がいる」
咲「…………え?」
―― 瞬間、映った人物に咲は声をあげた。
彼女はその顔を知っている。
それは何時も彼女の隣にあったものだから。
彼女はその声を知っている。
それは何時も彼女が聞いていたものだから。
彼女はその笑い方を知っている。
それは中学の頃、試合で何時も浮かべていたものだから。
まこ「須賀京子。永水女子の大将じゃ」
和「須賀…?」
優希「京太郎の親戚か?」
咲「……何を言ってるの?」
まこ「え?」
咲「アレは京ちゃんだよ」
和「…咲さん?」
優希「いや、咲ちゃん、それはないじぇ」
優希「だって、京太郎はあんな美人じゃないし…そもそも男だしっ」
断言する咲の言葉に和は疑問の声をあげ、優希は冗談めかして否定する。
それも当然だろう。
モニターに映っているのは多少、背が高くても立ち振舞の洗練された美女なのだから。
雀卓へと近づくその歩き方さえ、まるで舞のように美しい。
確かにその顔立ちは可愛いと言うよりも格好良いに近いものだが、それでもその姿には男性らしさは見当たらない。
少なくとも咲以外の全員に目の前の美女と須賀京太郎を結びつけるものは名前と髪の色くらいしかなかった。
咲「皆こそ何を言っているの?」
咲「ほら、見てよ。あのツモり方」
咲「一旦、真ん中に置いてから右へと滑らせてる。アレは京ちゃんの癖だったでしょ?」
和「…そうでしたか?」
優希「良く覚えてないじぇ…」
咲「あのポンの鳴き方だって竹井先輩に教わって格好つけて良くやってた奴だし…」
まこ「確かにそうじゃが…」
咲「配牌の並べ方だって右と左に分けておく癖もそっくり」
咲「何より、まったくリーチをしない打ち方とか、相手の待ちを察する動物みたいな勘とか…どう見ても京ちゃんじゃない」
咲は基本的にはポンコツと呼ばれるタイプの少女である。
決して何も出来ない訳ではないが、色々と抜けている事を本人も自覚していた。
だが、そんな中で咲が自信を持って、他人に負けないとそう言えるものが二つだけある。
一つは麻雀。
もう一つは…須賀京太郎という幼馴染の事。
和「確かにまったく似ていないとはいいませんが…」
優希「流石にちょっと美化されすぎじゃないか?」
まこ「個人的には親戚と言われた方がまだしっくり来るレベルじゃな」
咲「……そう」
咲には目の前の須賀京子が幼馴染である確信があった。
ずっと隣にいた彼を見つめていた彼女にとって、それはもう丸わかりだとそう言っても良いものだったのである。
だが、仲間であり、親友でもある和たちにはそれが分からない。
そんな彼女達に一々、説いて回っても、きっと無意味だろう。
そう判断した咲は和たちから視線を外し、モニターの中の京子を見つめた。
まこ「…それにこの須賀京子は決勝戦で5万点もの点差をひっくり返して逆転したけえの」
まこ「しかも、得点の大半はオーラスで連荘して稼いどる」
優希「なにそれこわい」
和「凄い偶然ですね」キッパリ
まこ「…和…いや、まぁ、和らしいが」
まこ「ともあれ、九州赤山を始め、鹿児島の強豪校相手に無双したんじゃ」
まこ「まだ初心者だった京太郎には荷が重いじゃろ」
咲「そうですね」
まこに応える咲の声はもう興味のなさそうなものだった。
まるでもうその話は終わったのだと言わんばかりの冷たい声。
だが、それとは裏腹に、京子へと向けられる咲の視線は、とても熱っぽいものだった。
まるで長年想い続けた運命の相手とようやく出会えた乙女のようなそれに気づいたものはいない。
モニターの中で連荘を続ける須賀京子の打ち筋に皆が引き寄せられている。
咲「(…やっぱり来てくれたんだ、京ちゃん…)」
京太郎が咲との約束を破った事はこれまで殆どない。
やむを得ない事情を除けば、何時でも彼は彼女の期待に応え続けてくれたのである。
そして、今回もまた京太郎は自分との約束を果たし、インターハイへの出場権を手に入れてくれたのだ。
その嬉しさは嘘をつかれた悲しさよりもはるかに大きい。
咲「(それに…京ちゃんにも事情があるんだよね?)」
須賀京子と言う偽りの名前、偽りの性別、偽りの経歴。
その全てを背負わされて戦う彼の姿を見て、事情があった事を察しないほど咲は鈍感ではない。
元々、転校した先の学校名すら教えてもらえなかった事を始め、彼女の中にも色々と違和感があったのだ。
それら全てを繋げ、そして解決する目の前の『答え』に、咲は小さく笑みを浮かべた。
咲「…ふふ」
和「…咲さん?」
咲「ね。皆、頑張ろうね」
咲「決勝戦までずっとずっと…勝ち進もう」ニコリ
そう言って浮かべる咲の笑顔は、後輩たちにとっては見覚えのあるものだった。
『魔王』とそう呼ばれる事もある無慈悲で圧倒的なカリスマ混じりの笑み。
自分たちの良く知る『宮永咲』が帰ってきた感覚に、後輩たちがブルリと震えた。
それは尊敬する先輩が元に戻った感動のものではない。
より深い深淵に踏み込み、恐ろしさを増した『魔王』への畏怖混じりのものだった。
咲「(…待っててね、京ちゃん)」
京太郎の事情を察する事が出来たとは言え、咲はまだその事情に対する理解はない。
一体、どうして京太郎が女装をして麻雀をする羽目になっているのか、まったく分からないままなのだ。
だが、それをストレートに聞いても、きっと京太郎は答えないだろう。
そもそも自分にこうして隠してきたのだってきっと理由があるはずなのだから。
だが、それも麻雀を通じてならば、姉の時のようにきっと分かり合える。
その為には勝ち進まなければいけない。
ずっとずっとずっとずっとずっとずっと…永水女子と当たるその時まで。
決して負けずに勝ち進むしかないのだ。
だから… ――
―― どんなところと当たっても…どんな人が相手でも…私は必ず勝つから。
―― 勝って、必ず京ちゃんに会いにいくから。
―― 再び胸から湧き上がる暗い活力を感じながら、咲は嬉しそうに微笑み続けたのだった。
このスレの咲さんが映像越しだからって分からない訳はないよね、というお話
帰ってきてから書き上げたんで細かい矛盾とかはあんまり気にしないでください(小声)
後、これだけじゃ流石にあんまりなのでもう一本いきます
―― 小学校低学年の宮永咲にとって須賀京太郎は苦手な相手だった。
何時も真っ先に教室から飛び出して、外で楽しそうに遊んでいる。
乱暴ではないがちょっと強引なところあって、声も大きい。
その上、金髪ともなれば、引っ込み思案と人見知りの咲が仲良くなろうと思えるはずがなかった。
流石に不良とまで思っていた訳ではないが、絶対に自分とは合わない。
慌ただしい男子の中心人物であった彼を見て、咲はそう思っていたのである。
―― 小学校高学年の宮永咲にとって須賀京太郎はたまに話しかけてくる相手だった。
キッカケは些細な事だった。
一年から二年に進級した時、相変わらず同じクラスであったから話しかけられただけ。
その時、変にどもったりしなければ、きっと咲は興味を持たれなかっただろう。
だが、その時、思いっきり噛んでしまった所為で、それから彼は何度も先に話しかけて来るようになった。
咲も最初は嫌がってはいたものの、一度もクラスが別れる事なく六年生になった頃にはもう慣れきってしまっていたのである。
―― 中学生の宮永咲にとって須賀京太郎は友人だった。
流石の咲でも六年間一緒のクラスで生活すれば彼がどんな人物なのか分かってくる。
少なくとも自分に対して悪意がある訳じゃない。
そう思い始めた頃には少しずつ咲から京太郎へと話しかけるようになった。
勿論、二人の好きな分野はまったく違うし、何より京太郎はハンドボール部に入っていたけれども。
しかし、それでも咲の話を嫌がらず聞いてくれる彼は、彼女にとって友人になっていった。
―― 高校生の宮永咲にとって須賀京太郎は仲間だった。
中学時代最後の地区予選決勝。
そこで夢絶たれた京太郎はハンドボールを止めてしまった。
まるで燃え尽きたようにかつての夢を諦めた彼は新しく麻雀部に入ったのである。
その時、彼が何を考えていたのかは咲は知らない。
なんとなく分かるけれど、知りたくもない。
ただ、彼女にとって重要なのは彼を通じて自分もまた麻雀部に入り…そして同じ夢を追いかけるようになったという事。
―― 大学生の宮永咲にとって須賀京太郎は同居人だった。
インターハイで活躍した咲に対してプロにならないかという話は幾度となくあった。
だが、麻雀プロという他に潰しが効かない職業も良いが、出来れば大学は卒業して欲しい。
そう泣いて頼む両親を断れず、咲は圏外の大学に進学する事になった。
とは言え、長野県の外になど学校行事くらいしか出た事がない咲が一人暮らしなんて危なっかしくてさせられない。
そう悩んだ両親は同じ大学へと進む京太郎の両親へと連絡を取り、ルームシェアの話を持ち込んだのだ。
―― 麻雀プロになった宮永咲にとって須賀京太郎は恋人だった。
無論、お互いがお互いを憎からず思っている関係でなければ、ルームシェアの話など持ち込む訳がない。
中学から高校に掛けて、同じ経験を重ねた二人の間には間違いなく好意が芽生えていた。
だが、意識していなかった期間が長すぎた所為で、それはとてもじれったいものだったのである。
結果、本人たちの意思を聞かず強行されたルームシェアは、両親の思惑通りに進んだ。
数年後、大学を卒業し、本格的に麻雀プロになった咲の隣には何時も彼がいたのである。
―― アラサーになった宮永咲にとって須賀京太郎は夫だった。
元々、お互いが長い間、想い合っていた事もあるのだろう。
二人の関係は切れる事はなく、無事に結婚まで進んだ。
咲としてはもうちょっと早くプロポーズをして欲しかったが、京太郎とて男としての意地があるのだ。
例え、咲が自分とは比べ物にならないほど稼いでくる相手であっても、自分一人で彼女を養う目処は立てておきたい。
結果、プロポーズが少し遅れ気味になった事に、咲は頬を膨らませながらも笑っていた。
最愛の恋人からのプロポーズに嬉し泣きしながら、拗ねて、そして笑っていたのである。
―― 一児の母になった宮永咲にとって須賀京太郎は大事なパートナーだった。
子育てとは母親一人で出来るものではない。
子どもというのはとても敏感な生き物なのだから。
一日ごとに成長し、大きくなっていく子どもに付き合うのは母親だけでは到底、不可能だ。
その事を理解する彼は面倒臭がらず、子育てにも家事にも貢献してくれている。
そんな最愛の夫の姿に彼女は心から感謝し、そして尽くしてきた。
―― 麻雀プロを引退した宮永咲にとって須賀京太郎は不可欠の存在だった。
長年、日本の第一線で活躍し、国外でも認められてきた女傑。
だが、それでも押し寄せる年波には勝てない。
二人の子どもが大学へと入ったのを機に咲は麻雀プロを引退した。
代わりに小さな麻雀教室を開き、そこに来る子ども達に麻雀の楽しさを教え始めたのである。
老後の楽しみもなんだかんだ言って麻雀に費やそうとする妻に、夫は笑いながらも付き合った。
―― 最期の瞬間を迎える宮永咲にとっても、須賀京太郎は最愛の人だった。
咲は彼以外に愛した男がいない。
麻雀プロになり、いくらか人見知りが治ったとは言え、それでも咲は彼以外の男性が苦手なままだった。
そして京太郎はそんな彼女を良く支え、導き、付き合い、常に一緒にいたのである。
無論、昔のような強いトキメキはない。
それどころか、夫の顔にはシワが浮かび、髪には白髪が混ざっている。
その身体には、かつての若々しさが何処にもなく、どこにでもいるような老人になっていた。
だが、それでも咲は心から夫を愛していると断言する事が出来る。
こうして子どものように涙を浮かべ、自分の手を取りながら、自分を見送ろうとする夫の事を。
きっと本当は小学生の頃からずっと好きだった初恋の相手を今も変わらず愛していると、そう言い切る事が出来るのだ。
―― 例え、宮永咲が目を閉じ、死を迎えてもそれは変わらない。
―― 宮永咲はこれからもずっと須賀京太郎の事を愛している。
―― ずっとずっと永遠に。
何故か私のスレでは扱いが悪い(と言うかラスボスだったり病んだりする事が多い)ですが、咲ちゃんの事は大好きです
でも、咲さんの方がもーっと好きです(ゲス顔)
あ、今度こそ終わりです
とりあえず寝るまでの間にあっちの方に投下していく所存ー
良かった、咲さんまだ理知的だ
「京ちゃんは永水の人達に騙されてるんだよ……私が助けてあげないと」って病みルートになるかと思った
>>414
すばら情報絡めてた方が良かったですねー(超今更感)
合宿編の時にちょこっと言っててくれた人がいたのにどうして私はスルーしてしまったのか…!
あ、それと予告なしに今から投下していきます
―― それからは色々と大変だった。
地方予選と個人戦が終わってから永水女子に取材の申し込みが殺到したらしい。
対象は勿論、小蒔さんとついでに俺。
だが、小蒔さんはともかく、俺は経歴から何からが全てウソで出来上がった偽物である。
取材など受けて全国的に周知されれば、まず間違いなくボロが出るだろう。
なので俺は取材も写真も勘弁して貰った…のだけれど。
―― その分、色々と書かれててなぁ…。
謎に包まれた永水女子のお姉様だの公式戦を塗り替えた怪物だの二代目まくりの女王だの。
勿論、あっちとしても商売である訳だし、そういった風に面白おかしく人の事を書き立てるのは仕方ないのかもしれない。
ましてや、俺自身、そういった取材を断った責任もある。
だからこそ、そういった事に対して、強く責められないというのは分かっているのだけれど…。
「京子先輩っ!雑誌読みました!」
「京子さんはやっぱり素晴らしいお方なんですのね!」
京子「い、いえ、私なんてそんな…」
「インターハイ、応援に行きますわ!」
京子「あ、ありがとう。でも、あまり無理はしないでね?」
「無理なんてしてません!京子さんは永水女子に誇りですから!」
…俺に取材出来なかった分、周りから情報を集めた所為だろう。
俺の記事はそりゃもうコレでもかとばかりに美談が乗ったものになっていた。
元々、俺と深い繋がりがある中で取材が出来るのは、この夢見がちな乙女が集まった永水女子だけなのである。
依子さんとスールとして結ばれてからあまり日が経っていないのもあって、俺に関して出てくるのは美談だけ。
それだけならまだ擽ったいで済むのだけれど…問題はその美談がドンドンと永水女子の中で尾ひれがついていってる事で… ――
「やはり京子先輩が転校初日に後輩を助ける為に暴走族を壊滅させたのは事実だったのですね…!」
「あの体育で怪我をしたのも後輩を庇ったからなのでしょう?
「お姉様とのエピソードなんて涙なしには語れませんわ!」
雑誌というものに対する無条件にも近い信頼感。
それによって膨れ上がる噂はもう俺にはどうしようも出来ないものだった。
取材によって美談が広まり、そしてその美談を元にした本が俺の噂を現実味のないくらいに美しいものにしていく。
俺自身が否定しても止まらないその循環に、いつの間にか俺は永水女子に誇りにまでなっていた。
『象徴』であるエルダーと本格的に並び語られる存在になった事がまったく嬉しくないとは言わない。
依子さんの『妹』として彼女に相応しい存在になれたのだという気持ちはある。
けれども… ――
京子「うぅ…」
祭「大丈夫ー?」
京子「…大丈夫じゃないかも」
舞「これは結構、深刻ですわね…」
俺はどうしても目立つ訳にはいかない身の上なのだ。
その上、こんな風に半ば嘘にも近い噂で持ち上げられたら胃の一つだって痛くなる。
俺に騙しているつもりはないが…ここまで熱狂されると根が小市民の俺としては申し訳なくなってしまうのである
祭「まぁ、ここ最近の京子の持ち上げられっぷりはやばいもんね」
舞「後輩を助ける為に一回、死んで、蘇ってるなんて噂が出てきてもおかしくありませんもの」
京子「私は何処かの聖人か何かなのかしら…」
春「…いっそ京子教でも作る?」
明佳「今の京子さんの人気だと意外と広まっちゃいそうなのが怖いですよね…」
京子「さ、流石にそれはないでしょう。依子お姉様だっているし…」
地方予選の活躍によって俺の評価はうなぎのぼりになっている。
だが、それはあくまでも一時的なものなのだ。
この永水女子には既にエルダーとして依子さんという存在があるのである。
俺に関する噂なんて二ヶ月もすれば風化するはず。
っていうか風化してください、ホント、お願いします。
祭「でも、そのお姉様が率先して入りそうなんだよねー」
舞「お姉様は京子さん大好きですから」
京子「…ない、と言い切れないのが怖いところかしら…」
勿論、大好きと言っても、惚れた腫れたのような関係ではない。
誤解されがちではあるが、そもそもスール制度そのものは恋愛とは無関係のものである。
けれど、永水女子のエルダーであり、俺にとっては『お姉様』である彼女は結構、悪戯好き ―― 勿論、某生徒議会長よりは大分マシだけども ―― なんだよなぁ。
依子さんが京子教という訳の分からない宗教を窘めるのか、率先してそれに入信してこっちをからかってくるかは、正直、俺にも予想がつかない。
明佳「ですが、幾らお姉様でも親衛隊ナンバーは渡せません」
春「ん…ちゃんと入隊試験をクリアして貰わないと」
京子「そんなのあったの…?」
春「京子に関する100のクイズで7割正解しなきゃ親衛隊バッチは渡せない…」
京子「…そんな問題、何時作ったのよ…」
明佳「えへへ。休み時間に春さんと一緒に」テレテレ
春「中々、有意義な時間だった」フンス
京子「私はすっごく無駄な時間だったと思うわ…」
そんな問題作っても使う機会はないだろう。
そもそも俺の親衛隊だとかそんな事を言っているのは春たちだけだし。
今の俺は無意味に持ち上げられてはいるが、それでも親衛隊だとか訳の分からない代物に入りたがる生徒はいないだろう。
…いや、依子さんだったら嬉々として挑戦しそうな気はするけれど。
舞「となると既に親衛隊である私達も一度、解いておいた方が良いのかしら?」
祭「と言うか、面白そうだし、やりたい!」ハーイ
明佳「そう言うと思ってちゃんと準備しておきました」キラーン
祭「ほほぅ。流石、明佳っち。抜かりはないねぇ」
明佳「こういうのは皆で共有するのが一番ですから」
京子「と言うか、情報を共有されちゃう私の人権とかは…」
舞「…諦めてください。夢見がちな乙女は得てしてそういうものを見落としがちな生き物なのです」
いや、人権って言う結構、大きな代物だし、見落としちゃダメだと俺は思うんですが!!
と言うか、そう言う舞さんも実はかなり面白がっているよな!?
今だって顔がニヤニヤと楽しんでいるのが丸わかりだぞ、チクショウ…!
祭「はるはるコンビは京子にゾッコンだもんねー」
春「…うん。超ラブ」
明佳「わ、私は別にそこまでゾッコンって訳では…あ、あくまで京子さんとはお友達ですし…」
舞「ノリノリでこんな問題作ってて何を言っているのですか」
明佳「う…だ、だって…」
祭「うわ、しかも、これ京子の癖まで書いてある…」
春「…問3のそれは明佳さんが作った奴」
舞「よっぽど京子さんの事見てないとこんな問題出せないですよね?」ニヤニヤ
明佳「はぅぅ…」カァァ
…一体、どんな問題が書いてあるんだろうか。
正直、怖いもの見たさですげぇ気になってくる。
いや、でも、ここで問題を見てしまったら春や明佳さんへの見方が変わってしまいそうな気もするし…!!
これからも二人と仲良くしていきたい俺としてはここは我慢するべきだろう。
明佳「で、でも…し、仕方ないじゃないですか」
明佳「京子さんにはお姉様がいますし…潔く身を引くしか…」
祭「…明佳っち。世の中にはこういう言葉もあるんだよ」
明佳「え?」
祭「略奪愛って良いよね!!!」
明佳「ふぇええ!?」カァァ
祭「明佳っちほどの美少女が何を躊躇う必要がある…。今は悪魔が微笑む時代なんだよ」
明佳「で、でも、略奪愛って…その…えっと…」
祭「幾らお姉様が京子と仲が良くても来年卒業でしょ?」
祭「大丈夫。寝取るチャンスは幾らでもあるって!」グッ
明佳「ね、寝取…っ!!」プシュウ
京子「あの…目の前でこういう話をされてる私は一体、どう反応すれば良いのかしら…?」
こんな目の前でされてるんだから勿論、冗談だとは分かっているが、中々、反応しづらいぞ…!
つーか、仮にもお嬢様が略奪愛だの寝取るだのと口にするもんじゃないんじゃないかな!?
舞「私と致しましては本気で好きならばハーレムも良いと思いますわ」
祭「えー。でも、ハーレムってさ、相手を独占出来なくなるから嫌じゃない?」
舞「ふふ、祭さんは結構、相手の事を束縛したがる方なのですね」
祭「あー…うん。ち、ちょっとそうかも」カァ
春「…じゃあ、舞さんはハーレム大丈夫な方…?」
舞「そうですわね。まぁ、私を心から虜にした殿方がいれば、の話ですけれども」
舞「私、それほどチョロい女ではありませんから、そのような事はあり得ませんわよ」
…なんだろう、そう言いながら舞さんはあっさりと堕ちそうな気がするのは俺だけだろうか。
なんか負けたのが原因で意識しだして、そのままツンからデレに急転直下とかありそう。
具体的に言えば文庫本一冊目、アニメにして二話辺りで。
明佳「じゃ、じゃあ…春さんは…?」
春「…私は…」チラッ
京子「?」
春「…………その人が幸せなら良い」
祭「ぉー…」
舞「中々、言えないくらい献身的なセリフですわね」
明佳「自分の気持ちを押し殺しての言葉…春さん流石です…」
何が流石なのかは分からないが、まぁ、確かに春は献身的な子だよな。
実際、俺にだって何時も色々と世話を焼いたり、優しくしようとしてくれているし。
その分、振り回される事も多いけど、でも、決して嫌なものではないというか。
俺にとって春が大事な相手であるという事に疑う余地はない。
京子「(…そんな春がもし二股なんかされてたら…)」
…考えただけですげぇ胸がモヤモヤする。
俺にとって春はただ親友ってだけじゃなく、家族も同然なんだ。
そんな春が二股なんてするようなクズ男の慰み者になっていると考えただけで胸の中に行き場のない感情がフワフワして…。
京子「…春ちゃん」
春「…京子」
京子「…もしもの時はちゃんと私に相談してね」
春「え?」
京子「もし、春ちゃんと付き合ってるのに二股なんてしようとする男がいたら私がその腐った性根を叩き直してあげるから」
春「…」
祭「…」
舞「…」
明佳「…」
京子「あれ?」
…何、その呆れるような顔は。
この前の喫茶店の時みたく、全員、まったく同じ表情で俺の事を見てるんだけど。
皆が仲が良いのは分かったし、それに喜ぶ気持ちはあるんだが…俺、そんなに変な事言ったか?
舞「何て言うか……今の流れでそれを言いますの…?」
祭「逆に鈍感過ぎて安心じゃないかな、コレ」
明佳「むむ…実は一番の強敵はお姉様じゃなくて京子さん自身なんでしょうか…」
春「…かも」
京子「あのー…何の話を…?」
舞「京子さんはやっぱり女泣かせだという話ですわよ」ハァ
京子「えー…」
いや、女泣かせって…一応、須賀京子は女なんだけれど…。
そもそも、そういうのって手が早くて、責任取るつもりがまったくないような男に送る称号じゃないのか?
俺は手が早いどころか遅すぎて咲にも告白できなかった有り様だし…もし、そういう関係になったらどんな形であれ責任をとるつもりはあるぞ。
祭「でも、実際さ、この前の地方予選で大分、ファン増えたんじゃない?」
舞「廊下を歩いている時もキャーキャー言われていますものね」
春「…元々、京子は人気者だったけど…今は相乗効果でさらにドン」
明佳「それだけ地方予選最後の京子さんは格好良かったから仕方ないんですけどね…」
京子「ふふ。ありがとうね、明佳ちゃん」
まぁ、実際、やっている側としてはそれどころじゃなかったんだよなぁ。
ただ、目の前の一局一局をどう乗り越えて、逆転へと漕ぎ着けるかで一生懸命だった。
それを格好良いと言ってもらえるのは嬉しい半面、ちょっと擽ったい。
須賀京太郎の方では滅多にそういう事を言われたなかったのもあって、微妙な気分である。
祭「京子の人気は永水女子の中だけじゃないしね」
祭「私も別の学校の友達に京子の写真を撮ってきてーって頼まれるし」
祭「だからさ、悪いんだけど、後で一枚、撮らせてくれない?」
京子「えぇ。取材とかでなければ構わないわ」
祭「やった!コレであの子も喜ぶよ」
京子「でも、私の写真なんてそんなに価値があるの?」
祭「京子は基本、写真も取材も断ってるから情報が貴重だしね」
祭「こうして普通に喋ってる写真でも出版社に売れるんじゃないかなぁ?」
祭「もしかしたら、これで小遣い稼ぎも出来るかも…」ゲスカオ
京子「…やっぱりさっきの話はなしにしてくれるかしら?」
祭「じょ、冗談だって!冗談!!」
まぁ、祭さんだって永水女子に通っている以上、立派なお嬢様な訳だからなぁ。
そんな風に小遣い稼ぎなんてしなくても十分過ぎるくらいの金額は持っている。
彼女が出版社に写真を売り込む理由など無いと分かってはいるが…まぁ、これはこれ、それはそれである。
祭「まぁ、でも、地方予選で見事に大逆転決めて永水女子のインターハイ出場を飾ったのにろくに写真すら出てこないから」
祭「あの逆転で京子のファンになった子からすれば色々と物足りないんだと思うよ」
京子「でも、他校の子なんて…まったく面識ないんだけれど…」
舞「女の子は何処もミーハーなものですわよ」
明佳「それに好きになった人を感じられるものが欲しいというのは女の子共通の欲求です」
そういうもんか。
まぁ、良く分からないけれど、まぁ、三人がそう言うのであれば、恋する乙女って言うのはそういうものなのかもしれない。
……でも、思い返しても、俺のものが欲しいなんてそんな事、人生の中で一度も言われた事がなかったなぁ。
例外は咲くらいなものだけど…それだって部活で汗まみれになったシャツが汚くて洗濯するからよこせって感じだったし。
やっぱり俺の人生って今までも、そして多分これからも見事な灰色一色なんだろうなぁ…。
あれ…なんかちょっと目元が熱くなってきたぞ…。
春「…私も京子のものが欲しい」
京子「基本的に春ちゃんとは何時も一緒にいるけれど…」
春「それでも物足りない」
京子「んー…じゃあ、何が良いかしら…?」
春「出来れば布団に持ち込めるものが良い」
明佳「ふ、布団ですか…?」
舞「ホント、アツアツですわねー」
祭「最近は気温も高いし余計にねー」
コレは果たして熱いと言えるのだろうか。
まぁ、春が欲しいと言うのであれば、幾らでも渡すけれど…一体、春はどういうのを求めているんだろうな。
布団に持ち込めるモノって言っても色々あるし…後で改めて聞いてみようか。
舞「と、そう言えば、もうそろそろですわね」
京子「そろそろって何かあるのかしら?」
舞「プールですわ、プール」
京子「え゛っ」
祭「いやぁ、ようやくって感じだよねー」
明佳「鹿児島は暑いですからね」
…………え?
いや、ちょっと待って、プール!?
本当にプールがあるの!?
プールって事は水着になるじゃん!
美少女揃いの永水女子で水着姿の女の子がキャッキャウフフしてるとか天国じゃん!!
そもそも春や小蒔さんや明星ちゃんの水着姿を間近で見れるってだけでもサイコーじゃん!
ひゃっほう!!!!
京子「(…ってそうじゃねえええええええ!!)」
制服姿や体操服姿だと何とか誤魔化せているけど、水着ばっかりはそうもいかない。
元来のガタイの良さも相まって、どう考えても誤魔化しが効かなくなってしまう。
い、いや、待て、落ち着くんだ俺よ。
今まで俺は学校側に体育の時も別教室で着替えさせてもらうとか色々と便宜を計ってもらったんだ。
今回だってちゃんと事前に話を回してくれているはず…!
そうだよな、春…!?
京子「は、春ちゃん…?」
春「…ちなみに水泳の授業、一回は出ないと落第だって」
京子「ら、落第…?」
春「つまり留年」
京子「……りゅう…ねん…」
りゅうねん…つまりだぶり…?
ダブルリーチの略じゃなく…マジでダブリ…?
そ、それってつまり留年したくなかったら一回はちゃんと授業に参加しなきゃいけないってこと?
だけど…だけど、そんなのどう考えても出来る訳がないし…!
俺は留年して依子さんの顔にもドロを塗るしかないのか…!?
京子「(い、いや…まだだ…!!)」
他の人に失望されるのはまだ良い。
元々、俺には永水女子の象徴だとかそういうのは荷が重すぎるのだから。
特に注目もされず、可もなく不可もない生徒として過ごすのが一番なのだから。
だが、依子さんとスールで結ばれた以上、俺の失態は彼女にとってのスキャンダルになってしまうのである。
それだけは…あぁ、それだけは絶対に防がなければいけない…!!!
春「まぁ京子の場合は感想文で何とかなるはず」
幸いにしてまだ時間はあるんだ。
この一週間の間に何とかしないと…!!
その為にはまず先生への根回し…いや、早めに動き過ぎると問題か…。
それに俺はプールなんて無関係だとタカを括って水着すら購入していない有り様だ。
とりあえずやる気を見せる為にも水着を買って…まずは部屋でサポーターと一緒に試着してみよう。
それでどうなるかを判断してからでも遅くはないはずだ。
春「…京子?」
京子「え?何かしら?」
春「…さっきの話、聞いてた?」
京子「えぇ。勿論よ!」
春「それなら良いけど…」
―― 後に俺は、ここで春の言葉をちゃんと聞いておかなかったことを死ぬほど後悔する事になるのだが。
―― しかし、この時の俺は目の前の水泳授業の事で頭が一杯でそれどころではなく。
―― 依子さんの為にも何とかしなければ、と握りこぶしを作っていたのだった。
………
……
…
基本的に育ち盛りの男子高校生にとっては夕食というのは幸せの時間である。
何をせずとも成長のためにエネルギーをドンドンと消費していく年頃なのだ。
それを美味しく補給する事が出来るともなればそりゃもうバラ色と言っても良い。
普段、特訓やらでカロリーやら糖分を消費してるだけあって、何時もの俺ならば今の時間は幸せ一杯だった。
京太郎「…はぁぁぁ」
でも、今は違う。
原因は勿論、一週間後に迫ったプールの事だ。
アレから俺は早速購買に走って水着を買い、自室で試着してみた訳である。
結果は…まぁ、口で言うのもはばかられるような酷い有様だった。
サポーターで局部をギリギリまで押さえ付けても、鏡の中に映った俺は女装した変態にしか見えない。
正直なところ自分の姿を見て、微かに吐き気を催したくらいである。
京太郎「(普段は制服の可愛さに助けられてたんだな…)」
正統派を地で行く清純な印象の制服。
スカートも長めで身体のラインが浮き出にくいそれは俺のガタイの良さを大分、マイルドにしてくれていた。
が、水着となるともうあちこちについた筋肉やらが浮きでて、そりゃもう悲惨としか言えない状況になってしまう。
元々、俺のサイズに合う水着がなく、ピチピチなのも相まって、夢に出てきそうなブラクラ具合だった。
初美「こらこら、せっかくのご飯タイムにため息を吐くもんじゃないのですよー」
巴「…京太郎君、どうかしたの?」
湧「キョンキョン、お腹痛か?」
京太郎「いや…そういう訳じゃないんだけどさ…」
霞「何か悩み事?」
京太郎「えぇ。プールの事で…」
小蒔「プールですか?」
明星「そう言えば来週からでしたっけ」
京太郎「そうなんだよなぁ…」
まだ先生への直談判って手段は一応残っているけれどさ。
だが、神代家から働きかけても、一回は参加しろというお達しみたいだし…。
今更、俺が無理だと言っても、その要求が通る事はありえないだろう。
まだチャレンジしてもないのに諦めたくはないが、状況からして望み薄。
それを考えると…来週なんて来なければ良いのに…って思ってしまうんだよなぁ。
京太郎「で、それに俺も一回は参加しないと留年だって聞いて…」
小蒔「留年!?」
湧「つまり…キョンキョン、あちき達と同じ学年になるの?」
京太郎「はは。同じ学年で済めば良いなぁ…」
今回の件で俺が水泳授業に参加できないのは分かったんだ。
もし、体育教師への懇願に失敗すれば、俺は卒業どころか進級すら危うい。
このまま永水女子で過ごしていても依子さんの評判を下げるだけ…!
それならばいっそこのまま不登校に…いや、でもそれは事情を知らない彼女達にいらぬ心配を掛ける事になるし…!
そもそも俺が呼ばれた理由はインターハイに出場する為の部員集めなのだから学校をサボって出場資格を取り消される訳にもいかない…!!
くそ…一体、俺にどうしろって言うんだ…答えろ、ルドガー!!
京太郎「さっき水着を試着してみたらそりゃもう酷い有様でさ…」ハァ
巴「そ、それはまぁ…女の子用の水着だし…」
湧「キョンキョンのガタイはわっぜか良かやし…男性用のなら映えるとおもっ!」
春「…私は京太郎ならどんな姿でも良い」
明星「わ、私だって…あ、いや…な、なんでもないです」カァ
京太郎「ありがとうな、三人共」
京太郎「…でも、問題は男性用の水着を学校に着ていく訳にはいかないってことでさ…」
霞「ん…?あれ…でも…京子ちゃんには特例が…」
京太郎「特例…?」
初美「ピコーン」
巴「え?それ、口で言っちゃうの?」
初美「良い事思いついたのですよー!」
小蒔「なんですか!?」パァ
霞「私は凄く嫌な予感しかしないけど…」
同感です。
普段は頼りになりすぎるくらい頼りになる人だが、それと同じくらい場を引っ掻き回すのが好きな人だからなぁ。
ある程度、限度は心得てくれているからヤバい事にはならないだろうけど、今の悪戯っ子そのものな表情を見ると嫌な予感しかしない。
初美「そういう時は特訓ですよー特訓!」
京太郎「いや、特訓でどうにかなるもんじゃないと思うんですが」
初美「なあに!この前の地方予選だって特訓で乗り越える事が出来たじゃないですかー!」
初美「ガタイの良さを隠すなんて余裕ですよー、よゆー!」
京太郎「…じゃあ、具体的には何をするんです?」
初美「とりあえず手術で骨を削りましょうか」ニコッ
小蒔「ふえええ」ビクウウ
湧「そ、そげなのはでくっだけ最後にせん…?」
巴「そもそもそれ全然、余裕じゃないわよ」
霞「手術して帰ってくるだけで一年は掛かりそうよね…」
京太郎「どっちにしろ留年じゃないですか」
まぁ、最終的にはそれも視野に入れたいくらいではあるけれども。
しかし、そんな大手術なんてしてたら一週間後のプール開きどころかその後のインターハイにだって間に合わない。
折角、多くの学校を押しのけてインターハイへの出場資格を手に入れたというのに、流石にそれは本末転倒だろう。
初美「まぁ、肌は出来るだけ隠したいって申告してる訳ですし、肌着の着用くらいなら認めてもらえると思うですよー」
霞「いや、それ以前に…」 初美「だからこそ!!」
初美「ここで重要なのは京太郎君の精神力の方なのですー!」
京太郎「…俺の?」
初美「えぇ!」グッ
…なんか霞さんに被せていっているのは気になるけど、それ以上に初美さんの言葉が気になる。
確かに肌着の着用くらいならば認めてもらえるかもしれないが、それではガタイの良さを隠しきる事はできないだろう。
そもそも殆どの肌着はその布地の都合上、濡れてしまったら、肌に吸い付いてしまうのである。
それでは元々の目的を果たせないと思うのだが…それを精神力でどうこうする方法があるのだろうか。
初美「良いですかー?プールって事は可愛い女の子が水着でキャッキャウフフするって事ですよー」
京太郎「まぁ、そりゃそうですね」
初美「しかも、永水女子では一年から三年まで集まりますからそりゃもう食べごろがよりどりみどりなのですー!」
小蒔「食べごろ?」キョトン
湧「よりどーみどり?」クビカシゲ
京太郎「おい、初美。小蒔さんとわっきゅんがいるんだぞ」
霞「教育に悪い発言は控えてくれないと怒るわよ?」
巴「はっちゃんのデザートはなしね」ニッコリ
初美「そ、そんなー」
良かったな、初美。
コレで小蒔さんやわっきゅんが意味を理解してたら霞さんの怒りで寿命がマッハだったぞ。
デザートくらいで済んで、寧ろ御の字だと思うべきだ。
明星「と、と言うか…た、食べごろとかよりどりみどりとか…ふ、不潔です…!」カァァ
明星「そ、それに京太郎さんはそういう不純な人じゃありません…!」
巴「ふふ。随分と高く京太郎君の事を買ってるのね」
明星「あっ…い、いや、これは…その…」チラッ
京太郎「…ん?」
明星「~~~!!!!ち、違います!き、京太郎さんの事が可愛そうだと思ったから擁護しただけで…」
明星「べ、別に私はそんなこと思ってませんよ!?」
明星「む、寧ろ、男の人とかもうギラギラですし!リピドー全開ですし!!」
明星「き、京太郎さんだってきっとそうに決まってます!ケダモノです!!」グッ
京太郎「うぐ…」
まぁ、実際、この屋敷に来た当初は霞さんを筆頭に色んな人のおっぱいを見てた訳だしなぁ。
正直なところ明星ちゃんの言葉を否定出来る要素が俺にはまったくない。
今は少しはマシになったとは言え、ちょっと気を抜いたら視線がそっちに引き寄せられてしまいそうになるし。
おっぱい偏差値が高い環境にいる男の性であるとは言え、軽蔑されても仕方がないだろう。
明星「あ…え、えっと…わ、私…」アワワ
京太郎「いや…良いんだ。事実だし」
明星「いや、あの、えっと…ち、ちが…うぅぅぅ…っ」モジモジ
初美「ホント、ツンデレは面倒臭いのですよー」
明星「つ、ツンデレじゃありません!って言うか、面倒くさくないです私!!」
春「霞さんはどう思います…?」
霞「うーん…姉としては明星ちゃんの事を出来るだけ擁護してあげたいけれど…」
明星「か、霞お姉さま!?」
霞「悪い事しちゃったと思ったのなら早めに謝っちゃった方が気持ちも楽よ?」
明星「はぅ…」シュン
そこで明星ちゃんがシュンとうなだれるのは愛するお姉さまにやんわりと釘を差されたからだろう。
しかし、明星ちゃんの言っている事は決して的外れじゃないだけにちょっと可哀想と言うか。
実際、男のリピドーと日頃戦っている俺としては明星ちゃんの気持ちはすげぇ分かるし。
ちょっとはフォローしてあげないといけないよな。
京太郎「いやぁ、悪いのは俺なんで…」
初美「ダメですよー、京太郎君」
京太郎「え?」
初美「ツンデレに対してなあなあな態度は寧ろ逆効果なのですよー」
明星「だ、だから、ツンデレじゃありませんってば!」カァ
初美「こういうのは最初にガンと言っておいて、思いっきり凹ませて相手の立場を分からせた後、優しくして自分に依存させるのが一番なのですよー」
京太郎「それ完全にDV男の手口じゃないですか」
俺は別に自分が清く正しく美しいつもりはないが、流石にそこまでクズに堕ちたりしたくはないぞ。
そもそも明星ちゃんは口調こそきつかったが別に間違ったことは何一つとして言っていないし。
彼女のことを思いっきり凹ませる事が出来る論理も、またそれが出来る理由も俺の中には存在しない。
例えあったとしてもこの屋敷内でのヒエラルキーが最下位の俺がそんな事したらまず間違いなく死亡確定である。
霞「はーつーみーちゃーんー?」ゴゴゴ
初美「と、ともかくですね!話を戻しますが…って話ってなんでしたっけ?」
巴「最初はプールの話だったわよ…」
初美「そうそう。そうでしたそうでした!」
初美「ともかく!京太郎君にとって大事なのは何事にも動じない精神力を身につける事なのですー!」
京太郎「は、はぁ…」
論理はまったく分からないが、まぁ、確かにそれは必要かもな。
ここ最近は特に周りに流されていっているような気もするし。
これから夏で色々と女の子のガードも薄くなっていく事を考えれば、精神力は鍛えておいて損はない。
…ただ、コレの発案者は初美さんな事を考えると、嫌な予感がより増していくんだよなあ…。
京太郎「でも、それが一体、どうしてプールに関係するんですか?」
初美「じゃあ、京太郎君は姫様やはるるや湧ちゃんや明星ちゃんの水着を見て興奮しないですかー?」
京太郎「う…それは…」
初美「まったく、これっぽっちも、全然、興奮しないと言えるですかー?」
言える訳がない…!
だ、だって、小蒔さんも春も明星ちゃんも…!!
皆、おっぱいで美少女でおっぱいでスタイル良くておっぱいで性格も良いんだぞ!!
そんな美少女たちが水着姿でキャッキャウフフと戯れてる姿なんて絶対に興奮するに決まってる!!
春「…しないの?」ジィ
京太郎「う…」
小蒔「しないんですか?」ジィ
京太郎「うぅ…」
巴「あの…姫様、訳も分からずのっかるのはどうかと思います…」
小蒔「ダメですか?」
霞「ダメです。そういうのは明星ちゃんの役目だから」
明星「わ、私ですか!?」カァァ
京太郎「いや、別にわざわざしたくもない事しなくても…」
明星「べ、別にしたくないとは言っていません!は、早とちりしないでくださいっ!!」
京太郎「お、おう…」
…流石にここで「じゃあ、したいのか?」なんて言えるほど俺も空気が読めていない訳じゃない。
そもそも明星ちゃんのキャラからしてそういう事をポンポン言えるような性格じゃないんだ。
こうやって俺に返したのも、それが愛しのお姉様からのネタ振りだからだろう。
そう思うと不憫ではあるんだけど…俺がここで何を言っても明星ちゃんのプライドを刺激するだけだろうし。
ここは適当に構えて、今回の事をあっさり忘れてあげるのが一番だ。
明星「…き、京太郎さんは…その…えっと………します…か?」チラッ
京太郎「えーっと…」
明星「私の水着姿で…ど、ドキドキしちゃうんですか…?」ウワメヅカイ
京太郎「…す、する…かなあ…」メソラシ
明星「~~~~っ!!!」プシュウ
湧「わぁ…明星ちゃ、真っ赤ぁ…」
わっきゅんの言う通り、そんな俺の前で明星ちゃんの顔がゆでダコのようになる。
今にも顔から湯気が出ていきそうなその姿は、見ている側としてはちょっと心配になるくらいだ。
だけど、ここで心配するような声を掛けても、彼女に対する追い打ちになるだけだろう。
何より、俺自身、恥ずかしくて、あまり余裕がない。
くそ…何が楽しくて女所帯の中で水着で興奮するなんて言わなきゃいけないんだ…!
明星「へ、変態!変態変態!!し、信じられません!この色情魔っ!!」マッカ
京太郎「え、えぇぇ…」
霞「こらこら、明星ちゃん。嬉しいならちゃんと嬉しいって言わないと」
明星「う、嬉しくなんかありませんもん!全然!!超全然!!」
巴「…その割には口元にやけてるけど」クスッ
明星「~~っ!」バッ
湧「明星ちゃあ、アレ引っ掛けだとおも」
明星「…え?」
でも、今の明星ちゃんは俺以上に余裕がないんだろうなぁ。
普段の彼女ならきっとあんなに見え見えのトラップには引っかからないだろうし。
幾らその引っ掛け元が普段は真面目な巴さんでも、きっと警戒していただろう。
が、今、彼女は狼狽し、ついつい口元を隠してしまった。
それってつまり…口元がにやけてるって言う自覚があったって事で…。
初美「ふふーん。つまり明星ちゃんも京太郎君に興奮して貰えると嬉しいって事なのですねー」ニヤニヤ
明星「ば、馬鹿な事言わないでください!だ、誰がそんな…!き、京太郎さんなんかに…!」
明星「だ、大体、京太郎さんはどうせおっぱいの大きい人なら誰でも良いんです!」
明星「そ、そういう人ですもん!!そうでしょう!?」クワッ
京太郎「え、えぇっと…」
…って考えを纏める前にこっちに振るの止めてくれませんか!?
つーか、この場でどう応えるのが一番なんだ!?
流石に誰相手にも興奮するってなったら、それこそ色情魔みたいだし…。
でも、ここで明星ちゃん達だけなんて言ったら、そういう意味での好きって思われるかもしれないし…。
あぁ、もう…!どっちも関係が悪化する未来しか見えねぇよ!!
だ、だけど…こういう時…俺ではなく、皆の心の傷が少なくなるのは…多分… ――
京太郎「ま、まぁ、男としてはやっぱおっぱい大きいのは興奮するなぁって…」
明星「…………」ストン
京太郎「あ、あの…明星ちゃん?」
明星「…はぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁ」
湧「わぁ…わっぜか長いため息…」
まるで今までの興奮やら盛り上がりやら全てを吐き出そうとするような長いため息。
いっそ深呼吸にも思えるようなそれに彼女の顔から紅潮が落ちていく。
いや、紅潮だけではなく、表情そのものも消え、まるで能面のような無表情になっていくんだ。
何処か般若の面を彷彿とさせるその顔に、俺は自分の選択が間違った事を悟る。
春「…今のはない」
初美「えぇ。まったく…最悪ですよー」
霞「話を振らない方がまだマシだったかしら…」
巴「そ、その…だ、大丈夫よ。例え、今は最低な答えを返したとしても、女心とかはおいおい分かっていけば良いんだし…」
京太郎「ぐふっ」
遠回しに今の俺が最低だったとそう告げる巴さんの言葉がトドメになった。
勿論、それまでにも自覚していたとは言え、こうやって現実を突きつけられるのはやっぱり苦しいのである。
いや…やらかしてしまったのは俺であるだけに苦しいだなんて言ってはいられないのだけれど。
でも…やっぱり、こうして流されまくった末に失望されているところを見るとどうしても思ってしまうんだ。
京太郎「(なんで、俺、水着姿に興奮するかしないかの二択を迫られて、失望されてるんだろ…)」トオイメ
春「…よしよし」ナデナデ
初美「あ、ちゃっかりはるるが良いところ持ってってるですよー」
春「…何時も隣にいる女の特権」
明星「…」ムゥ
霞「明星ちゃん、羨ましい?」
明星「べ、別に羨ましくなんかないです!あ、あんな変態の近くになんて頼まれても行きたくないですし!」
京太郎「…がふっ」グッサァ
春「大丈夫。私だけは京太郎がどれだけ鈍感なダメ男でも受け入れてあげるから」ナデナデ
京太郎「…もしかして春も怒ってる?」
春「…別に怒ってはない」
春「ただ…ちょっとムッとした」
やっぱり怒ってるんじゃないですかーやだー!
初美「まぁ、つまり京太郎君はこういう風に流されちゃうタイプって事なのですよー」
京太郎「上手いことまとめようとしても許さないからな、初美」
初美「ふふーん。はるるにナデナデされながらこっちにガンつけても全然、怖くないのですよー」
初美「寧ろ、チワワがこっちに向かって必死に吠えてる感すらあるのですー」
京太郎「ぐぬぬ」
小蒔「でも、チワワって可愛いですよね」ニコニコ
小蒔「今の京太郎君も春ちゃんと仲良しでとっても可愛いと思います」ニコー
京太郎「こ、小蒔さん…!」ジィン
明らかにアウェーの雰囲気になったこの中でも小蒔さんだけは俺の見方を一切、変えていない…!
小蒔さん、やっぱり貴女は天使だ…!!
…いや、まぁ、多分、小蒔さんはまったく事情を理解していないだけなんだろうけどさ。
しかし、それでも春さえ不機嫌にさせてしまった俺にとっては本当に有難い。
その嬉しそうな笑顔一つで俺はまた頑張れそうな気がするくらいだ。
巴「でも、まさかはっちゃん、それだけの為にあんな話をした訳じゃないでしょう?」
初美「勿論ですよー」
初美「私が持って行きたかったのは今の京太郎君だと水泳授業が危ないので、鍛えようって事なのですー」
湧「鍛える!?」ガタッ
霞「まぁ、そういうのは確かに湧ちゃんのところの専売特許ね」
湧「うん!おやっどんならきっとキョンキョンをじっぱな男にしてくるっはず!」
京太郎「…え゛っ!?」
つまり、俺、打撃でクマを殺したというわっきゅんのお父さんに会うの!?
さ、流石にそれはちょっと色々と勇気がいると言いますか…。
別に見境なく人を襲うような化物とは思ってないけど、そんな人に鍛えられるのは流石に怖いぞ!?
こう滝で精神修行してる最中に上流からいくつも丸太を流してくるとかそんな修行を平気でしそうだし!
初美「いや、それよりももっと手っ取り早い方法があるのですよー」
小蒔「何ですか?」
初美「つまり京太郎君を水着に慣れさせれば良いのですー」
京太郎「いや、別に俺、水着を見たら即興奮するような変態って訳じゃ…」
明星「なんですか?」ゴゴゴ
京太郎「いや、はい。なんでもないです」フルエゴエ
こええええええええ!!!
顔こそにこやかだけど、完全に目がキレてた…!!
今、下手な事言ったらどうなるか分かってますよねって目をしてたぞ…!
話に参加してなかったから少しは落ち着いたかな、と思ってたけど、寧ろ、余計に酷く怒っている気がする…!!
初美「そしてその役目に最適なのは我が永水女子の誇るおっぱい先鋒ことはるるとおっぱい副将の明星ちゃんなのですよー!」ドヤァ
明星「……え?」
小蒔「…おっぱい?」キョトン
巴「いや、おっぱい先鋒におっぱい副将って」
湧「…でも、確かに春さあと明星ちゃあ、おっぱいふてー…」ペタペタ
霞「…湧ちゃんもきっとすぐ大きくなるわよ」ナデナデ
湧「えへへ。うん、あちき、きばっ!」グッ
京太郎「よし。じゃあ、上手い事、話も纏まったんで、そろそろ食器を下げますか」スクッ
初美「いやいや、まだ話は纏まってないですよー」ガシッ
寧ろ、纏めさせてください、お願いします。
だって、この流れ絶対、ろくな事にならないだろ!?
進研ゼミに申し込んだら成績上がって部活も上手くいって恋人が出来るくらい確実じゃん!!
明星「な、なななななななななななななっ」
明星「何を言ってるんですかあああ」プシュウ
初美「何って明星ちゃん曰く、色情魔な京太郎君の特訓ですよー」
初美「もうプール開始まで一週間しかないですし、今の間に手を打っておかないといけないのですー」
京太郎「いや、何もそんな事しなくても…」
初美「京太郎君はそう言ってますけど、明星ちゃん達はどう思うですかー?」
初美「京太郎君がプールで女の子と一緒に授業を受けて、接触したり、おっぱい押し付けられたりして我慢出来ると思います?」
明星「………………………思えません」ジトー
京太郎「あ、明星ちゃん!?」
明星「ふんっ。だって、さっきご自分で言っておられたじゃないですか」
明星「自分は見境なく興奮する変態だーって」ムッスウウ
京太郎「いや…アレは…」
春「うん。京太郎はさっき言ってた」ジィ
京太郎「は、春まで…」
いや、確かにさっきはああ言ったけど…でも、アレは半ば不可抗力な訳で…。
そ、そもそも、男だったら誰でも水着姿のおっぱいさん見たら興奮するもんだってば!!
別に俺が変態だって言う訳じゃなく、それが男の本能みたいなもんなんです!!
そうじゃなかったら人類はここまで反映していなかったんだから俺は悪くない…!!
…なーんて言ったら余計に引かれるよなぁ、この雰囲気…。
くそ…一体、どうしてこうなっちまったんだ…チクショウ…!!
小蒔「我慢って何を我慢するんですか?」クビカシゲ
小蒔「もし、私が何かしたら我慢しなくても事ならなんだってしますよ」
小蒔「私、京子ちゃんと体育の授業一緒ですからお手伝いも出来ますし!」グッ
京太郎「…え?」
なん…だと…?
い、いやいやいや、待て、冷静に…冷静になるんだ、俺よ。
小蒔さんは決して意味が分かっていてこんな事を言っている訳じゃないんだ。
寧ろ、まったく分かっていないけれど、俺が我慢していると聞いて、手を差し伸べようとしてくれている。
そんな彼女に自分の中の穢れた興奮をぶつけて良いだろうか?
否、そんな事はない。
この地上に舞い降りたマイエンジェル小蒔たんにはそういうものとは無縁であるべきなのだから。
でも、もし、小蒔さんにそういう事出来るならあの素敵なおもちを思う存分…うへへへへへ…。
霞「…京太郎君、顔にやけてるわよ?」ゴゴゴ
京太郎「はひぃ!ごめんなさい!!」ビックゥ
霞「はぁ…もう、まったく…」フゥ
初美「でも、これで分かったと思うのですよー」
初美「このままじゃ姫様が危ないという事が!」バーン
小蒔「え???」キョトン
明星「むむむ…」
何処か大げさな演技めいた仕草でそう断言する初美さんと、それに対して不思議そうに首を傾げる小蒔さん。
その間にいる明星ちゃんは悔しそうに声をあげていた。
…何時もなら、何がむむむだ、と突っ込むが今の俺にはそんな余裕はない。
赤くなったままの明星ちゃんがこっちを牽制するようにチラチラと視線を送ってくるのだから。
何か下手な事を言えば、また怒られそうな状態でとぼけるほど俺も空気が読めない訳じゃなかった。
春「…私は構わない」
明星「え?い、いや…は、春さん?」
春「姫様は大事だし…それに京子のフォローをするのは私の役目だから」
春「…責任をもって、京太郎を水着に慣れさせる」グッ
京太郎「いや、あの、だから…」
春「だから、明星ちゃんは別にしなくても良い」
春「きっと大変だし、色々と恥ずかしい」
春「嫌々しても辛いだけだろうし」
明星「そ、それは…」チラッ
ふっ…大丈夫だぜ、明星ちゃん…!
今の俺には明星ちゃんが何を言いたいのかはっきり分かる…!
これはつまり俺の前で水着姿を晒す春を心配しているのだろう。
安心しろよ、そんな事は絶対にさせないからな!
だって、春の水着姿とかぜってえええ嫌な予感しかしねぇし!!
間違いなくあのエロ水着で来るだろうし…このまま流されたら大変な事になりかねない。
京太郎「と言うか、それなら春だって無理しなくても…」
春「無理してない」
京太郎「いや、でも、さっき…」
春「…例え、京太郎が見境なく水着姿に興奮するような変態でも、私は京太郎が大事だから」
春「寧ろ、やらせて欲しい」
京太郎「う…そ、それは嬉しいけど…」
春「やらせて」
京太郎「も、もうちょっと自分を大事に」
春「やらせて……良いよね?」
京太郎「アッハイ」
湧「キョンキョン、弱かぁ…」
し、仕方ないだろ。
こういう時の春はなんか無意味に押しが強いんだから。
俺の論理を完全に封じ込めた上で、そのまま押してくる彼女に一体、どうしろと言うのか。
基本、自己主張はあまりしないタイプではあるが、春はかなりの頑固者なのだ。
ここまで言った以上、意思を変える事はまずないだろう。
だ、だから、大人の対応をしてみせただけで、俺が弱いって訳じゃないんだから!
か、勘違いしないでよね!!
初美「ほーら、明星ちゃん、チャンスですよ、チャンス」
明星「ちゃ、チャンスって何がですか?」
初美「さっきのお詫びですよー」
明星「べ、別に私、京太郎さんにお詫びする事なんてありません!」プイッ
初美「別に京太郎君に、なんて一言も言ってないんですけどねー」ニヤ
明星「う…」カァ
初美「…いい加減、素直になってもいいと思うんですけどねー」
初美「アピール出来ますよ、色々と」
明星「き、京太郎さんにアピールする事なんてありません!!」
まぁ、そりゃあなぁ。
水着に慣れるって事はここでアピールするべきは性的な魅力である訳だし。
何故か春はそれを受け入れてくれてはいるが、普通は誰かれ構わず興奮すると思い込んでいる男の前でそんなものをアピールしたくはない。
何より明星ちゃんには最愛のお姉様がいる事を考えれば、初美さんの言葉に乗っかる訳がないだろう。
初美「じゃあ、はるるにコレ以上リードされても良いんですかー?」
明星「……」
初美「はるるは強敵ですよー。何せ、今もガンガンいってますからねー」
春「素直さの勝利」ヴイ
明星「ま、まだ負けてないです!!」
初美「じゃあ、するですかー?」ニヤ
明星「う…そ、それは…それは…えっと…」
何故か俺の横で勝ち誇る春と負けてないと対抗心を露わにする明星ちゃん。
だが、一体、二人はどんな勝負をしていたのか、俺にはまったく分からないままだった。
そもそも俺は二人が勝負していた事にさえ気づかない有り様だったのだから。
これは鈍感と言われてもおかしくはない。
もうちょっと人の心に敏感にならないとなぁ…。
明星「…き、京太郎さん」
京太郎「え?お、おう」
明星「き、京太郎さんは…見たいですか?」
京太郎「え?」
明星「で、ですから…そ、その…わ、私の水着姿です」カァァ
京太郎「…明星ちゃんの?」
明星「~~~~っ!!」コクン
えーっと…な、なんでここからそんな話に?
そういう事聞かれたら、まるで明星ちゃんが俺にそれを見せたいみたいな風なんだけど…。
い、いや、それはいくらなんでも自意識過剰だよな…?
あんな反応してたってことは明星ちゃんだって何をやるのか気づいているんだろうし。
きっとよっぽど春に負けたくないとか、そういう理由なんだろう、うん、そうだ、そうに違いない。
明星「~~!あぁ!もう!どっちなんですか!!見たいんですか!?見たくないんですか!?」
明星「って言うか、見たいですよね!!さっき私の水着姿で興奮するって言ってましたし!!」
明星「変態で色情魔な京太郎お兄さんが見たくない訳ないですよね!?」
京太郎「い、いや、明星ちゃん、落ち着いて…」
明星「返事!!」
京太郎「ハッハイ!み、見たいです!!」ビクッ
明星「~~~~~~~っ!!!!」プッシュゥ
あああああああああ!!!言っちまったああああああああ!!!
違うだろ、俺!ここは流されちゃいけないところだっただろ!!
こんな事言ったらますます明星ちゃんが後に引けなくなるじゃん!
ここでやるべきはまず明星ちゃんを冷静にしてあげる事だったのに…あぁ…俺のバカ…!
幾ら、明星ちゃんのおもちがそりゃもうすばらな代物だとしても、ここは本心を言って良いタイミングじゃない…!!
明星「ほ、本当に…き、京太郎さんはへ、変態なんですから」モジモジ
明星「で、でも、そこまで言わせて…な、何もなしというのはあまりにも可哀想ですし…」
明星「私だって鬼じゃありませんし…春さんと二人っきりにさせると春さんが危なそうだし…」
明星「姫様だって心配してますし…何より姫様に手を出されると洒落にならないですし…」
明星「さ、さっき悪い事をしちゃったって言う気持ちもない訳じゃないです…から…」カァァァ
明星「だ、だから…その大負けに負けて…譲歩しまくって…ですけれど…」チラッ
明星「い、一回くらいなら別に…構いません…よ?」ポソポソ
初美「ホント、ツンデレは前置きが長いのですよー」
明星「つ、ツンデレじゃないです!!」
京太郎「あ、あはは」
…ど、どうしよう。
明星ちゃんにここまで言わせて、今更、そういうのはなしで…とは言えない…!
ってか、なんで二人ともこんなに乗り気なの!?
俺だって男だし、結構、危険なのは分かってるよな!?
そもそも明星ちゃんは比較的良識派…と言うかストッパーの側だったのに…なんで初美さんに乗せられてるんだ…?
霞「言っとくけど、既成事実なんて作っちゃダメですからね」
京太郎「だ、大丈夫です!春も明星ちゃんも無事に返しますから!」
霞「…京太郎君に言っているんじゃないんだけどね」
京太郎「え?」
春「…」モグモグ
訳が分からない事が多いけど…と、とりあえず皆の信頼だけは裏切らないようにしよう。
そう思って力強く答えた言葉に霞さんは謎の言葉を返した。
この流れで一番、心配されるべきは俺だと思うのだけど…一体、霞さんは誰に言ってたんだろうか?
まさか春や明星ちゃんに言ってた…なーんて事はないだろう。
だって、それだと二人が俺との既成事実を望んでるって事になるしな。
寧ろ、さっき反応を見る限り、今の俺は幻滅どころか嫌われてる可能性だってあるんだ。
俺さえ我慢すれば何かしらの問題が起こる事はないはずである。
小蒔「えーっと…とりあえずどういう事なんでしょう?」
初美「京太郎君が特訓するから姫様は今日、京太郎君の部屋に近づいちゃダメって事ですよー」
小蒔「なるほど…お邪魔になっちゃうんですね」ウンウン
巴「湧ちゃんも今日は私の部屋で一緒に寝ない?」
湧「え?良かの?」
巴「えぇ。もしもの事があったら教育に悪…いえ、お邪魔しちゃったら悪いものね」
京太郎「と、巴さん…?」
巴「…ごめんなさい。私にはどうにも出来なくって…」メソラシ
なんか気を遣うところが間違っている気がするんですが!?
と言うかそこまでするんなら、まず止めて欲しかったです!!
いや、勿論、巴さんが家の格とかであんまり皆に対して強く出れないのは分かってるけどさ!!
でも、もうちょっと巴さんが初美さんのストッパーとして機能しててくれたら…きっとこんな事には…!!
春「じゃあ、ご飯食べてお風呂入ったら京太郎の部屋に行くから」
京太郎「ま、マジでやるの?」
明星「と、当然です!ここまで言わせておいて、なしなんて絶対ダメですからね!!」
京太郎「う…」
ど、どうしよう、コレ…。
春は完全にその気だし…明星ちゃんは自分で逃げ場を塞いじゃっている感じだし…。
これはやっぱり俺も覚悟を固めなければいけないって事か?
い、いや、勿論、水着姿の美少女二人に色々、アピールして貰えるのは嬉しいけど…嬉しいけどさ。
それは自分の興奮をコントロールする為に必要な訳で…つまり、決して手を出しちゃいけない訳で。
混浴の時のように生き地獄に近い展開が今からでも十分予想出来ちゃうんだよなぁ…。
―― そんな予想に期待と不安の半々を抱いている間にも時間は過ぎていって…。
というところで今日は終わりです
ちょっと休憩したらあっちにも投下する予定です
無理にギャグをしようと思って書いてたんじゃなくて割りとノリノリで書いてたんですが…うむむ
まぁ、これが終われば恐らくまたシリアス路線に戻る(と言うかインターハイ編全体が割りとシリアス)なのでもうちょっとご容赦ください
後、エロはあっちで発散しまくってるのでこっちはないです、ないです
折角のハロウィンなので一本投下ー
―― ハロウィンとは毎年10月31日に行われるお祭りの事だ。
秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す為のそれは古くから北欧を中心に根付いてきた重要な祭典である。
元は古代ケルト人のお祭りだったと言われるそれは、キリスト教との折り合いは決して良いとは言えない。
プロテスタントやカトリックを始め、様々な宗派がキリスト教にはあるが、悪魔崇拝だと真正面から批判するところもあるくらいだ。
そんなキリスト教の流れを汲む永水女子でも、ハロウィンは推奨されてはいない。
キリスト教とは無関係である事を自覚し、あくまでも個人で楽しむ分には何も言われないが、それ以上ともなると警告が入る。
少なくとも学校内でイベントとして行うのは御法度。
基本的にイベント好きな永水女子にとっては珍しい事ではあるが、永水女子の中でのハロウィンとはそんな位置づけだった。
―― それにまぁ…そもそも俺が過ごしているのは神道の真っ只中な訳で。
神代家は基本、外国の宗教に関しても寛容だ。
そうでなければ大事な一人娘であり、血統の象徴でもある『神代の巫女』をキリスト教系の永水女子には入学させないだろう。
八百万の精神か、或いはそれも娘の見聞見識を広める為だと思っているのか。
どちらかは分からないが、皆はごく自然に永水女子へと通っている。
だが、そんな神代家でも、積極的に異国のイベントを行おうとはしない。
クリスマスには多少、ご馳走も出たが、屋敷の中を飾り付けたり、クリスマスツリーを出したりはしなかった。
京太郎「(だから、今回もきっとないとそう思ってたんだけどなぁ…)」
湧「とりっくおあとりーと!」ガオー
俺の目の前にいるのは犬耳をつけ、毛皮のような服を着たわっきゅんだった。
しかも、その布面積は水着かと言わんばかりに小さく、必要最低限の部分しか隠していない。
すらりとした足も、柔らかなカーブを描くウェストもこっちに見せつけているようだ。
わっきゅんが女性としてのセックスアピールに乏しい ―― 特におっぱい好きの俺にとっては ―― お陰でセクシーさよりも可愛さを感じるが、彼女でなければ色々と危なかっただろう。
湧「あれ?キョンキョン?」キョトン
京太郎「おっと…悪い」
そんな彼女の前で少し呆然としてしまったからだろう。
わっきゅんは首を傾げながら、そう心配そうに俺の顔を見上げてくる。
元々、小顔な彼女がそんな仕草をすると、犬耳と相まってもう小型犬にしか見えないと言うか。
無性にその頭を撫でたくなってしまう。
京太郎「でも、ハロウィンなんてしても良いのか?」
京太郎「わっきゅんだって一応、巫女なんだろ?」
湧「あちき達のかんさあはこいくらいじゃ怒ったりせんし」
湧「そいにイベントは楽しまなきゃ損だって初美さあがゆっちょった!」
京太郎「あー…」
…なるほど、初美さんに差金か。
まぁ、あの人はこういうの大好物だろうし、乗らないなんて事はないか。
ハロウィンなんてあの人にとっては大手を振って悪戯出来る最高のイベントだからな。
こうして俺達が屋敷に帰るまで何らアクションを起こさなかったのも、俺達に対してい悪戯する大義名分を得る為だろう。
京太郎「でも、衣装とかどうしたんだ?」
湧「巴さんが貸しっくれたよ」
京太郎「巴さんェ…」
…もしやとは思ったが、やっぱりこれ巴さんのか。
アレから少しはマシになったとは言え、やっぱり色々と溜め込んでいるんだろうなぁ…。
以前、見せてもらった時にはこんな衣装なかったはずだし…きっとまた一人黙々と衣装作りをしてたんだろう。
…でも、それならこれ間違いなく自分向けに作っていたんだよなぁ。
それを今、わっきゅんが普通に着てる事を考えると……巴さんとわっきゅんの差って…。
いや、よそう。俺の勝手な予想で皆を混乱させたくはない。
湧「で、キョンキョン、とりっくおあとりーとー」ガオー
京太郎「あー…悪い。今、お菓子とか持ってないんだよなぁ」
湧「えー」
京太郎「ごめん。ハロウィンなんてやるとは思ってなかったからさ」
清澄に居た頃には『あの部長』がいたから必需品だったけどな。
こっちに着てからはそういうのとは無縁な生活を送っていたから、完全に油断してた。
元々、お菓子とかポリポリ喰うタイプじゃないし、部屋にもお菓子のストックなんかない。
つまり俺は大人しくわっきゅんから悪戯されなきゃいけない身の上なのだ。
京太郎「だから、悪戯の方で頼む」
湧「んー…でも、悪戯って何すれあ良かの?」
京太郎「そりゃ…まぁ、常識的な範囲ならなんでも良いんじゃないか?」
湧「じょーしきてき…」ウーン
とは言え、いきなり悪戯してくれってなったところでそうそう悪戯のネタなんて思いつかないよなぁ。
そういうのは日頃から人をからかって遊んだりする事を考えてる竹井先輩とか初美さんとかの専売特許だ。
基本的に人畜無害なわっきゅんがそういうのをポンポンと思いつけるはずがない。
まぁ、思いつけたところで可愛らしい代物になるのは目に見えていた。
湧「が、がおー!狼だぞー」
京太郎「お、おう」
湧「…たまがらん?」
京太郎「驚くよりも可愛かったかなぁ」
湧「わわっ」カァァ
いや、だってなぁ。
見た目中学生くらいの女の子が両手を上にあげて、口でがおーって言ってるんだぜ?
突然の事で何事かとは思ったが、びっくりしたりはしない。
それよりもそんな可愛らしい悪戯を思いつくわっきゅんが、そしてその仕草が可愛くて仕方がなかった。
湧「も、もぉ…キョンキョンがたまげてくれなきゃ悪戯にならんよぉ」モジ
京太郎「いやぁ、悪い」
京太郎「でも、わっきゅんが悪戯して俺を驚かすってのは無理じゃないかなぁ」
初美さんや春だったらたまーにその思考回路についていけないから、俺もびっくりさせられるけどさぁ。
でも、わっきゅんは根がとても素直で、優しい良い子なんだ。
そんな彼女が一生懸命、俺に悪戯しようとしても、心から人を驚かせるのは難しいだろう。
それよりももっと別な方向での悪戯を考えた方が良いんじゃないだろうか。
湧「そ、そげな事ないもん。あちきだってちゃんとやいがなっんじゃっで」
京太郎「いや、あんまり無理はしない方が…」
湧「んーと…んーと…あ!」ピコーン
湧「あちき、じちゃキョンキョンの事きれーだよ!」プイッ
京太郎「……」
湧「あれ?キョンキョン?」
京太郎「な、なんて…なんて事だ…」フルフル
湧「…え?」
京太郎「俺はわっきゅんに嫌われていたなんて…!」
わっきゅんはお屋敷の中では小蒔さんに次いで純真な子だ。
だからこそ、方言をついつい口にしてしまった時から、彼女はずっと俺の事を慕ってくれたと思っていたのである。
だけど、それは俺の一方的な思い込みだったのだろう。
まさかわっきゅんにここまではっきり嫌いだと言われるなんて…!!
京太郎「これはもう死ぬしかないな…」
湧「し…ふぇえええ!?」ビックリ
京太郎「中庭のあのでかい木なら俺が首を吊っても大丈夫だよな…」フラフラ
湧「だ、だめええええええええ」ダキッ
京太郎「離してくれ、わっきゅん!」
京太郎「俺はもう人生を儚んで一人さびしく首を釣り、この辛い現実からフライアウェイしなきゃいけないんだ…」
湧「ダメ!そげなん絶対だめええええ!!!」ギュウゥゥ
京太郎「だけど…わっきゅんに嫌われた人生に一体、何の意味があるだろうか…!!」
湧「さ、さっきのは嘘じゃっで!本気にせんで!!」
京太郎「…じゃあ、わっきゅんは俺の事好き?」
湧「好き!」
京太郎「大好き?」
湧「大好き!!」
京太郎「愛してる?」
湧「愛しちょお!!」
湧「じゃっで…死んじゃ…死んじゃやぁああ…っ!」ポロポロ
京太郎「あー…」
…やっべ、まさか、泣かれるとは。
もっと早めにネタばらしするべきだったなぁ…。
少なくとも好きの時点で最初から冗談だったと言っておけばこんな事にはならなかっただろう。
京太郎「…あの、わっきゅん?」
湧「ぐす…っ」
湧「…やだ」
湧「キョンキョンが死なんって言うまであちき、へしせんもん…」ギュゥ
京太郎「大丈夫。俺は死なないからさ」
湧「…げんにゃあ?」
京太郎「おう。げんにゃあげんにゃあ」ナデナデ
湧「…ん♪」
胸の中で俺を見上げる彼女の頭をゆっくりと撫でた。
それが心地良いからだろうか、彼女は安堵したような声をあげ、俺を抱く腕から力を抜く。
それにふうと小さく吐息が漏れるのは、わっきゅんの力はその小柄な身体に似合わないほど強いからだ。
運動部でエースを張ってる男子よりも尚力強いその腕力はさっきも遺憾なく発揮され、俺の身体を締め付けていたのである。
お陰で背骨の辺りがキリキリ痛むが…それはまぁ、さっきの悪戯の代償とし
京太郎「…つーか、ごめん。俺、最初から別に死ぬ気なんてなかったんだ」
湧「え?」
京太郎「ちょっとわっきゅんの事からかって見ようと思っただけなんだよ」
京太郎「そもそもわっきゅんが本気で俺の事嫌いなんて言うはずないって分かってるし」
湧「え…え?」
そう告白する俺の前でわっきゅんが目を白黒させた。
まぁ、泣くほど信じ込んだ俺の話がまるっきり嘘だったとなれば、その反応も当然だろう。
正直、そんな彼女を見ているだけで胸が痛くなるが…さりとて、それから目を背ける事は出来ない。
これから先、わっきゅんがどんな反応をしようとも、俺は罰としてそれを受け入れなきゃいけないのだ。
湧「…良かったぁ」ポロ
京太郎「ぐふ…」
そう分かっていても、安堵したように涙を漏らす彼女の表情はきつかった。
さっきとはまた違った意味で涙を漏らすその姿は、彼女がさっきそれほど傷つき、悲しんだ証なのだから。
正直、まだ怒られたり、拗ねられたりした方が精神的にマシだ。
俺の事を一切、責めず、安堵の涙と共に俺に抱きついてくるわっきゅんの姿を見ると良心の呵責で胸が張り裂けそうになる。
湧「あ、あちき…キョンキョンに酷か事言って…傷つけたと思っちょって…」グスッ
京太郎「…いや、大丈夫。俺はわっきゅんが良い子だってちゃんと知ってるからさ」
京太郎「わっきゅんは人を傷つけたりするような子じゃないし、誤解なんかしないって」ナデナデ
湧「…ぅん」
湧「でも…きれーなんて嘘ついて…こらいやったらもし…」
京太郎「…いや、こっちこそ、あんな嘘ついてごめんな」
正直なところ、わっきゅんが俺に謝る理由なんて何一つとしてないと思うんだけどなぁ…。
確かにキッカケは彼女の言葉ではあったものの、俺はそれを冗談だと受け取っていたわけだし。
そもそもあの流れで彼女の嫌いが本心だなんて、まず殆どの奴が思わないだろう。
それでも調子に乗った俺が悪いのであって、わっきゅんに非なんてまったくない。
湧「…もう二度とあげな事言わんってやっじょするなら許してあぐっ…」
京太郎「あぁ。約束する。もう二度とあんな事言わない」
湧「…げんにゃあ?」
京太郎「あぁ。湧ちゃんに誓って…な」
湧「…えへへ」
俺の言葉に少しは機嫌も直してくれたのだろう。
胸の中で小さく漏れる笑い声に俺はようやく胸をなでおろす事が出来た。
とは言え、わっきゅんにかなり譲歩して貰ってる訳だし…後日、ちゃんとしたフォローもしないとな。
湧「じゃあ、仲直りのちゅーしよ?」ギュッ
京太郎「こ、ここで?」
湧「うんっ♪」
まさか普通に屋敷の廊下でキスを求められるとは思わなかった。
基本的にわっきゅんは恥ずかしがり屋だし…人前でそういう事をしたがらないからなぁ。
まぁ、この屋敷の中にいる人は皆、気心がしれているって言う証なのかもしれないけれど。
とは言え、もし、霞さんや明星ちゃんに見つかると大目玉を食らうし…小蒔さんに見つかると教育によろしくはない。
出来ればどこかの部屋に入ってから…にしたいんだが…今の俺に人権なんてものはないに等しいからなぁ…。
わっきゅんへのお詫びの為にもここは彼女の言葉に従おう。
京太郎「分かった。じゃあ…」スッ
湧「ちゅっ…」
京太郎「ん…」
湧「ちゅるぅ♪」レロォ
京太郎「んんんっ!?」ビックゥ
え?ちょ、ま、待って、舌ぁ!?
い、いや、仲直りのキスってバードキスじゃないの!?
そういうディープな仲直りだったの!?
つーか、わっきゅんからそんなキスされた事って今までなかったんですけど!?
って、狼狽えてる場合じゃない…!
年下の女の子にキスされて主導権を握られるなんてあんまりにも情けなさすぎるからな…!
ここは一気に反撃してわっきゅんから主導権を取り戻さないと…!
湧「んふぅ…♪」チュパ
京太郎「わ、わっきゅん?」
湧「えへへ、たまげた?」
京太郎「ちょっと…つーか、かなり」
湧「あちきだっていっもキョンキョンにされてばっかりじゃねんじゃっでね…♥」
湧「きゅのあちきは狼さんじゃっで…まねけんはこげんしてキョンキョンの事襲っちゃうよ♪」ペロッ
京太郎「う…」
なんだ、この可愛い生き物。
キスの余韻で顔の事、トローンってさせながら、そんな事言っちゃってさ!
その上、ペロリと自分の唇舐める姿とか性的にもほどがあるだろ!!
そんなの見せられて我慢なんて出来るかああああ!!!
京太郎「わっきゅん、とりっくおあとりーと」
湧「え?」
京太郎「だから、とりっくおあとりーと」
湧「だ、ダメだよ。キョンキョン」
湧「そげなのはちゃんとお化けの格好せんと」
京太郎「大丈夫。今の俺は狼だから」
湧「え?」
京太郎「わっきゅんのキスで完全にスイッチ入った狼さんなんでオッケーです」
湧「え、えぇぇ…」
俺の言葉にわっきゅんが不満そうな声をあげるが事実だ。
あんな顔であんな事言われたら、男は誰だって紳士じゃいられなくなる。
さっきの彼女は男が普段纏っている理性という名の薄皮を引っぺがすには十分過ぎた。
正直なところ、お菓子を貰えたところでこのままわっきゅんをお持ち帰りしようとそんな事を思うくらいには。
京太郎「で、お菓子くれる?」
湧「……え、えっと…今、あちきお菓子持ってなくて…」
京太郎「うん」
まぁ、そりゃな。
今のわっきゅんはその手に何も持っていない訳で。
収納スペースなんて皆無な今の格好でお菓子をどこかに隠し持っているなんてあり得ない。
きっとこの小さくて可愛らしい恋人はコスプレした姿をいの一番に俺に見せに来てくれたのだろう。
そう思うと胸の奥から愛しさが湧き上がり、身体が落ち着かなくなっていくのを感じた。
湧「部屋にならあるけど…そ、そいじゃダメ…だよね?」
京太郎「狼はせっかちだからなぁ」
湧「じゃ、じゃあ…えっと…えっと…そん」カァァ
湧「い、悪戯…してくだ…さぃ…♥」
京太郎「」ブツン
湧「きゃんっ♪」
そんな俺の前で顔を赤くしながらのオネダリ。
可愛らしい彼女のそんな表情に俺が我慢出来るはずなかった。
ブツンと頭の奥で何かが切れた音がしたのと同時に俺はわっきゅんの事を抱き上げる。
所謂、一つのお姫様抱っことなった俺はそのまま廊下を駆け抜け… ――
―― この後、メチャクチャ、トリック(意味深)した。
これが俺からのわっきゅん誕生日SS兼ハロウィンだ、受け取れェ!!
あ、まさかの残業で時間ギリギリになったんで見直し一回も出来てません、ごめんなさい
矛盾とかあっても太平洋のように広い心で許してくださると嬉しいです
後、なんか昨日と似た感じですが、今日はあっちやります、絶対やります(血走った目で)
ちょっとお待たせしましたが出来上がったんで投下していきます
京太郎「…はぁ」
現在、時刻はもう9時過ぎ。
夕食から二時間が経過している。
その間、ずっと部屋に待機していた俺は文字通り何も手に付かない状態だった。
それは勿論、俺の水着姿への抵抗を高めるとそう言っていた春たちが未だ部屋に来ていないからである。
京太郎「(怖気づいた…って事であれば良いんだけどなぁ…)」
だが、明星ちゃんはともかく、春が怖気づくようなところはまったく想像出来ない。
根が頑固で押しが強い彼女は準備が出来次第俺の部屋に来るはずだ。
そう思うと、学校で出された宿題にも中々、手がつかない。
やらなきゃいけないと分かっている予習と復習にも身が入らず、俺は貴重な時間を無為に過ごしてしまっている。
京太郎「(やっぱ逃げるべき…いや、でも、それは流石に不誠実だろうし…)」
そんな俺の頭の中ではこれからどうすれば良いのかがグルグルと回っていた。
美少女二人から水着姿を見せられるという状況に対して、俺は未だ覚悟も何も固められていないのである。
正直なところ、こうして待っている間に逃げ出そうと思ったのは今回が初めてじゃない。
春と明星ちゃんが俺の為を思って、やろうとしてくれているのは分かるが、やっぱりそれは受け入れがたい好意なのだ。
京太郎「(…でも、やっぱ期待しちゃうんだよなぁ…)」
春も明星ちゃんも方向性は違えども、飛び抜けた美少女だ。
俺にとって最大のセックスアピールであるおもちも大きいし、性格だって良い。
正直なところ、そんな二人に水着を見せてもらえるという事実に下心がない訳じゃなかった。
流石におもちを揉んだり、おもちを揉んだり、おもちを揉んだり出来るとは思っている訳じゃないが…やっぱり俺も男であるが故に色々とハプニングとか期待してしまう。
春「…京太郎」
京太郎「うぉ…!?」ビクッ
そんな事を考えていた所為だろう。
突如として聞こえてきた春の声に俺は肩を跳ねさせた。
そのまま身体が自然と正座の態勢になるのは緊張の所為か、或いは期待の所為か。
自分でも分からないまま俺の心臓は鼓動を早くしていく。
春「入って良い?」
京太郎「お、おう。どうぞ」
春「…失礼します」
ススス
明星「し、します…」
京太郎「お、おぉ…」
そう断ってから開いていく襖。
その向こうから現れたのは薄い水着に身を包む美少女二人だ。
抜群のスタイルを見せつけるような二人の水着姿は正直、魅力的を通り越して神々しい。
正直、こうやって二人が入ってきているだけでも後光が見えてしまいそうなくらいだ。
ただ… ――
京太郎「…春、お前、それ…」
春「…どう、似合う?」
京太郎「似合うって言うか…いや、まぁ、似合ってない訳じゃないけど…」
今の春が身につけているのは純白のスク水だった。
何処か幼い印象があるその水着を春が着ているのにはあまり違和感はない。
表情の変化が乏しい所為であまり目立たないが、元々、春は童顔なのだから。
しかし、それとは別に背徳的なものを感じるのは…きっとそれが日本の男に刷り込まれたフェチの象徴だからだろう。
既に日本の学校では死滅してしまったスク水は今や漫画や『そういうお店』の中にしか存在しない。
しかも、色は紺ではなく白…水に濡れたらまず間違いなく透けてしまうであろう『プレイ用』だ。
春がそんなフェティッシュでエロい水着を着ていると思うと、特にそんなつもりがなくてもムラムラ来てしまう。
京太郎「つか…そんなの何処で買って来たんだよ」
春「この前の水着と同じお店」
普通に売ってたのかよ!?
いや、あんな下着以上にエロい水着を売ってた店は普通じゃないだろうけどさ!!
それ普通に街中にあっちゃダメなお店…って言うか春が入ったらダメな店じゃないか!?
明星「あ、あの…」ヒョコ
京太郎「あー…」
そんな春の後ろから明星ちゃんがひょっこりと顔を出す。
その身体の殆どを隠すようにしている彼女には肌色と黒い紐しか見えなかった。
まぁ、身体の前面を殆ど隠しているからまだ判断がつかないだろうけど、恐らく普通のビキニか何かだろう。
とりあえず春のような衝撃はないはずだ。
京太郎「(まぁ、それでも明星ちゃんが無理して良い訳じゃないし…)」
春の背中に隠れる明星ちゃんの顔は赤い。
今にも逃げ出しそうなくらい恥ずかしがっている事が丸わかりである。
きっと少し時間を置いて、頭の中も冷静になったんだろう。
それを無理に春に連れて来られたとか…きっとそんなところなんだろうな。
京太郎「えっと…明星ちゃん、何度も言うけど、無理しなくても…」
明星「む、無理なんかしてません!」
明星「た、ただ、ちょっと…さ、サイズが色々と…ゴニョゴニョ」
京太郎「え?」
明星「~~っ!で、ですから…あの…き、去年よりも大分、水着が…その…」モジモジ
春「…えい」ドンッ
明星「うひゃあっ!?」
京太郎「うおぉ!」
俺に対して何かを言おうとしていた明星ちゃんの背中を春が前から引きずり倒すように押した。
まったく予想していなかったであろう彼女のその動きに、明星ちゃんのバランスは大きく崩れる。
完全に前のめりになった彼女はそのまま崩れたバランスを元に戻す事が出来ないまま俺に倒れこんでくるんだ。
一気に視界に埋め尽くされる肌色。
その光景に俺は驚きの声をあげながらも、何とか明星ちゃんを受け止める事に成功した。
明星「いたたた…あ、ありがとうございます、京太郎さ…」
京太郎「おう。どういたしまし…て…」
…そこで俺の言葉が途切れたのは明星ちゃんの水着がそりゃもう凄まじい有り様だったからだ。
その縁を黒いラインが覆う紫の水着はまだ幼さの残る彼女には少し大人っぽ過ぎる。
既に大人と言うか人妻の色気めいたものを醸し出している霞さんならばともかく、明星ちゃんにはまだ早い。
だが、そんな事関係ないと言わんばかりのその水着の向こうから豊満なおっぱいが溢れ出そうになっている。
サイズが合っていないのか、色々とギリギリなその姿は正直、若い男子高校生には酷だ。
こっちに倒れこんできた明星ちゃんのその身体が密着してるのもあって、すっげぇえええええええムラムラする。
明星「にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃ…っ!!」プシュゥ
京太郎「ちょ、あ、明星ちゃん!?」
本来ならばそこで明星ちゃんが離れてくれればまだどうとでもなった。
だが、目の前の現実を認められないのか、彼女は顔を真っ赤にさせて身体から力を抜いてしまったのである。
お陰で余計にこちらへと傾いてくる身体に密着する部分が増していく。
気を抜けばそのまま押し倒されてしまいそうなその勢いに俺は何とか堪え、彼女の体を支えるが、その間、明星ちゃんからちゃんとした反応はなかった。
明星「ふ…にゃあ…」コテン
京太郎「え、えぇっと…」
そのままネコのような鳴き声をあげた彼女は完全に目を回してしまった。
まるで気絶したような明星ちゃんに俺はどうすれば良いのか分からない。
正直なところ、こうして抱きとめている間にも柔らかさとか彼女の体臭とか色々意識してしまうから出来るだけ離れたいんだけど…。
でも、こうして明星ちゃんの身体を抱ける事を役得だと思う気持ちは間違いなくありましてね!!
何時もならば絶対、こんな事させてくれないって分かってるから邪な気持ちが!気持ちが!!
おのれ、ドン・サウザンド!!
春「…まさかの1発ノックアウト…」
春「やはり京太郎は強敵…」
京太郎「いや、強敵って言うか…見事な明星ちゃんの自爆だった気がするけれども」
京太郎「それより春、明星ちゃん寝かせる布団出すから、ちょっと明星ちゃんの事支えておいてあげてくれないか?」
春「…嫌」
京太郎「え?」
春「…どうせだし、京太郎が明星ちゃんを膝枕してあげれば良いと思う」
京太郎「い、いや、そりゃまずいだろ」
明星ちゃんはこうして俺の身体に触れただけであっさりと目を回すくらい男慣れしていないんだ。
そんな彼女に対して男が膝枕なんてしても、絶対に落ち着かない。
そもそも、男の膝枕なんて硬いだけで、ろくに休まらないだろう。
それよりもここちゃんとした布団で休ませてあげるのが一番だ。
春「大丈夫。絶対、喜ぶから」
京太郎「喜ぶ喜ばないの話じゃない気がするんだけどなぁ…」
春「いざとなったら私が責任を取る」
京太郎「うーん…」
そこまで言われて拒絶するのも春の事を信頼していないみたいでアレか。
正直、すげぇ悩むけど…でも、明星ちゃんの事をこんなにしてしまったのは俺な訳だし。
責任を取るって訳じゃないが…ここは春の言葉を信じて、膝枕しといてあげよう。
明星「ん…にゃぁ…♪」
京太郎「これでよし…っと」
春「…で」
京太郎「ん?」
春「…どっちの水着の方が興奮した?」
京太郎「お前、それをここで聞くのかよ…」
春「当然。とても大事な事だから」
京太郎「俺としては出来れば秘密にしときたい事なんだけど…」
春「…私と明星ちゃんの水着を見ておいて何もないとか不公平」
京太郎「うぐ…」
春「…私も明星ちゃんもそれなりに恥ずかしい思いをしてるんだから京太郎もするべき」
京太郎「む、無茶苦茶じゃないかなぁ…」
そもそもこうして水着の披露なんて話になったのは俺から二人に頼み込んだからじゃない。
寧ろ、何故か乗り気になった春と明星ちゃんに押し切られてしまった形なのである。
それなのに責任を取れと迫るような春の言葉はちょっと理不尽過ぎないだろうか。
春「…責任取ってくれないなんて卑怯…」ギュッ
京太郎「ちょ…は、春…!?」
春「ダメ。このまま離さないから」
って、なんでそこで俺の隣から抱きついてくるんですかね!?
しっとりスベスベのスク水と黒糖育ちのはるるっぱいが押し当てられて…お、おぉお…。
って、か、感動してる場合じゃない!!
前回の混浴でもそうだったけど、何時迄も受け身のままじゃ春がエスカレートするだけだ。
何とか春の事を引き剥がさないと、それこそとんでもない事になってしまう…!
京太郎「え、えっと…どっちも魅力的だった…とかは」
春「そういう玉虫色な答えを期待してる訳じゃない」ギュゥゥ
京太郎「ちょぉ!?は、春さん!!!」
春「次、同じような事言ったら、もっと凄い事する」
す、凄い事ってなんなんですか!?
俺の肩がおっぱいで埋まりそうなくらい密着してる以上に凄い事があるんですかあああ!?
い、いや、待て、俺!落ち着け、冷静になれ…!冷静になるんだ…!!
ココで選択肢間違えたら終わりだぞ…マジで終わりだぞ!!
何せ、今日は春だけじゃなく、そういう事に対して潔癖気味な明星ちゃんだっているんだから!
膝枕中に勃起したとかなったら嫌われるじゃすまない…!!
春「…それとも京太郎はそういうのがしたい?」
春「私、良いよ。京太郎なら…」
春「幾らでも好きな事させてあげる…」
京太郎「~~~~っ!!!!」
なのに、なんで俺の耳元で囁いてくるんですかねえええええええ!?
耳の奥が擽られるみたいなセクシーボイスで誘惑とか止めてくれよ…!!
俺だって男なんだぞ…!?
ここまでされて我慢してるだけでも結構、頑張ってるんだぞ!!
いい加減、泣くぞ、マジで…!我慢しすぎて泣くぞ!!!
京太郎「……え、えっと…は、春の方がその…興奮したかなって…」
春「…どうして?」
京太郎「そ、そりゃ…白いスク水とか…こ、コスプレみたいだし…」
春「明星ちゃんよりも露出度低いのに?」
京太郎「こ、こういうのは露出度じゃなくて…」
京太郎「って、てか、もう分かってるんだろ、春…!」
春「…分かってる。分かってるけど、京太郎の口から聞きたい」
春「…ダメ?」
京太郎「ぅ」
春「…ダ…メ?」フゥ
京太郎「…ダメって言ったらもっとエスカレートするだろ、春…」
春「…勿論。私はどっちでも構わないから」
あー、もう…ホント無敵だよなぁ…。
正直、こういう話になった時に予想してたけど、春にはどうしても勝てない。
なんていうか、何をしても春は受け入れて喜びそうな気がする。
だからこそ、こっちの方で頑張って自制しないといけないと言うか何というか。
このままエスカレートしてったら俺は間違いなく春の事を襲ってしまうだろうしなぁ…。
こうして無敵っぽく見える彼女でも、流石にそれは望んでいないだろう。
結果、俺に出来るのはなけなしの羞恥心や理性を切り売りするように春に許しを乞う事だけだ。
京太郎「だ、だから、その…スク水自体がもうフェチ全開でエロいっていうか…」
京太郎「コスプレの象徴と言うか…な、なんかこうそんな感じで…」
春「京太郎もそういうの興味ある?」
京太郎「う…そ、その…一応、俺も男だし…」
春「ある?」
京太郎「…あ、あります…」カァァ
春「じゃあ、一番、京太郎が興味ある衣装は?」
京太郎「め、メイド服…」
春「…京太郎のスケベ」
京太郎「うあああ…ああああっ」フルフル
なんだ、これ…!ホント、なんだこれええええ!!
なんで、俺、親友みたいな位置にいる女の子に性癖暴露してるの!?
つーか、そもそもなんで春はそういうの聞いてくるの!?
それに答えるしかない情けなさとなんだか色っぽさが増している春の声が相乗効果を生み出して、もう色々ときついんだけど!!
春「でも…大丈夫。私はどんな京太郎でも受け入れてあげるから」ナデナデ
春「また今度、メイド服も着てあげる」
京太郎「いや、あの…それは嬉しいんだけど…」
春「大丈夫。ちゃんと京太郎の好きそうな丈の短いのを買うから」
京太郎「い、いや、そうじゃなくって!」
春「じゃあ、丈の長い方が良い?」
京太郎「短い方でお願いします」キリッ
春「…やっぱり京太郎はスケベ…」スリスリ
京太郎「あぁぁぁあぁぁぁ…っ」
だ、ダメだ…完全に春に主導権を握られてる…!!
このままじゃどうあがいても、春のおもちゃにされるだけだ。
いや、それだけならばまだしも、とち狂った俺が春の事を襲いかねない…!
ここは何とかして話題を逸らさなきゃ…じ、ジリ貧だ…!!
明星「にゃぁぅ…ハッ…」
京太郎「あ、ほ、ほら!明星ちゃんが目を覚ましたぞ、春!!」
春「むぅ…」
よし…!ナイスタイミングだ、明星ちゃん!!
ここで目覚めてくれたその働きはまさしく値千金だと言っても良い!!
だが、それだけじゃ春を離すにはまだ足りないんだ…!
頼む…この雰囲気を変えてくれ…!!
明星「な、ななななななななななっ!!」
明星「何をしているんでしゅかぁ!」
春「…噛んだ」
明星「そりゃ噛みますよ!」
明星「そ、そんな風に水着姿で殿方に身体すり寄せたりして…は、恥ずかしくないんですか!?」
春「相手が京太郎だから恥ずかしくない」
京太郎「あ、あはは…」
それってつまり俺の事を男として思ってないって事だよなぁ…。
分かっていたとは言え、直接言われると結構ダメージでかいっていうか、何というか。
やっぱり年頃の男としては、この期に及んでも、もしかしたらって思っちゃう訳で。
でも、こうしてはっきり言われてる時点で脈なしなのは目に見えているんだ。
改めて自制を強く心に誓わないとな…。
明星「それにこれは特訓だから」
明星「え?」
春「京太郎に必要な特訓。だから、別に疚しい事はしていない」
明星「う…で、でも、とにかく離れてください!」
春「…京太郎に膝枕されたままの明星ちゃんには言われたくない」
明星「う…」
春「私に離れろと言うのなら、まずは明星ちゃんから離れるべき」
京太郎「い、いや、明星ちゃんは目が覚めたばかりだし…」
明星「~っ!き、気を遣わなくても結構です!!」
明星「だ、大体、私は膝枕してくださいなんて一言も頼んでいませんし!」
明星「勝手に京太郎さんに膝枕されて迷惑です!!」
京太郎「お、おう」
そりゃそうだよなぁ…。
普通、なんとも思っていない男に膝枕されても嬉しくもなんともないだろう。
ましてや今回は他に休める場所がなかったとかじゃなく、俺の部屋だった訳だからな。
他に休ませる方法があったのに膝枕を選んだ時点で、明星ちゃんに怒られても仕方ない。
実際には春のアドバイスを聞いた結果なんだが…それを受け入れたのは俺な訳だし。
明星「まったく…こんな硬い膝で休めるなんて思ってるんですか?」
明星「た、確かにこの姿勢だと京太郎さんの体温をしっかり感じる事が出来ますけど…」
明星「匂いも…優しくてちょっと安心しますけど…」クンクン
明星「まるで護られてるみたいでほんの僅かにドキドキもしますけど…」
明星「起きた時、最初に京太郎さんの顔が目に入って、嬉しかった可能性は否定しませんけど…」
明星「で、でも、こんな風に膝枕されるなんて迷惑です!」
明星「癖になったら一体、どうしてくれるんですか!?」
京太郎「え、えぇっと…」
…それってつまり嫌じゃなかったって事か?
いや…でも、明星ちゃんは顔を真っ赤にするくらい怒ってるみたいだし…。
はっきりと迷惑だって口にしてる訳だから、やっぱり嫌がってたんだよ…な?
多分、安心したとかドキドキしたとかは俺に気を遣ってフォローしようとした名残なんだろう。
明星「ハッ」
明星「…いえすみません今のは気の迷いと言うか何というか違うんです別に癖になりそうとかそういうんじゃなくて」
明星「ただちょっと僅かに嫌な気持ちがなかったってだけで…そ、その、何て言うか…!!」
明星「~~~~~っ!!!!」カァァァ
明星「あぁ…っ!もう!私の馬鹿…っ!死にたい…死んじゃいたい…っ」ゴロゴロ
京太郎「あー…」
そんな事を思っている間に明星ちゃんの身体がゴロゴロと転がる。
俺の膝の上を左右に行き来するその顔はもう羞恥で真っ赤だった。
恐らくフォローしようとして途中から本音が飛び出してしまった事に彼女は恥ずかしがっているんだろう。
本当ならひっぱたかれてもおかしくはない事をしてるってのに、明星ちゃんは優しい子だな。
京太郎「ごめんな。もうしないからさ」
明星「……」ピタッ
明星「…………しないんですか?」
京太郎「そりゃ今回の事で俺も反省したし…」
明星「どうしてそこで反省するんですか!」
京太郎「え、えぇぇ…」
だからこそ、彼女の意図を代わりに汲み取ろうとした俺の言葉に明星ちゃんは強い言葉を返した。
まるで俺が反省するのがダメだと言わんばかりのそれには流石に理不尽さを感じる。
一体、明星ちゃんは俺にどうして欲しいのか。
京太郎「えっと…じゃあ、また膝枕すれば良いのか?」
明星「ふ、ふざけないでください!」
明星「女の子をそんなに軽々しく膝枕に誘うなんて…な、軟派にもほどがありますよ!!」
明星「や、やっぱり京太郎さんは変態です!変態で軟派で浮気症です!!」
京太郎「え、えっと…悪い」
どうやらこっちの選択も間違いだったらしい。
つまりこれは膝枕のネタを掘り返さず、とっとと別の話題を振るのが正解だったって事か。
でも、その割には明星ちゃん俺の膝から起き上がる気配がないんだよなぁ…。
さっき目を回した時は俺が受け止めたから何処かで頭を打ってしまったって事はないんだと思うけれど。
でも、目を回したくらいだし、まだ身体が気だるくて起き上がる気にはなれないのかもしれない。
京太郎「とりあえず布団敷くからそっちに移ろうか」
明星「で、でも………って…え…?」
京太郎「いや、さっき明星ちゃんも言ってたけど、男の膝枕なんて嫌だろうし」
京太郎「とりあえず起き上がれないなら布団出すしそっちで休んでてくれ」スッ
明星「あ…」
そう言って俺は明星ちゃんの首をゆっくりと畳の上へと置いた。
瞬間、彼女が寂しそうな悲しそうな顔をしたのはきっと俺の目の錯覚だろう。
さっきだって俺は明星ちゃんの気持ちをちゃんと汲み取ってあげられなかった訳だしな。
鈍感と良く言われる俺の抱いた印象よりも、彼女自身から放たれた言葉の方が事実に近いはずだ。
京太郎「春も一回、腕離してくれるか?」
春「…ん。分かった」スッ
京太郎「ありがとうな」スクッ
そのまま立ち上がろうとする俺を春は決して引き止めなかった。
俺に対して身体を押し付けるようにしていたその腕をそっと解き、俺を解放してくれる。
正直、俺と離れる事を嫌がって、一緒についてくるのを想像していたんだけど…なんだかやけに素直だ。
まぁ、そうやって素直な分には問題ない。
とりあえずとっとと布団を出して、明星ちゃんが休める環境を作ってあげよう。
春「…そんなに嫌だったの?」
明星「う…い、嫌に決まっているじゃないですか」
明星「大体…霞お姉様ならともかく、京太郎さんに膝枕されたいだなんてそんな事思うはずありません…!」
春「…………」ジィ
明星「…な、何ですか…?」
春「…別に何でもない」
春「…ただ、その程度の気持ちなら最初から来なければ良かったのに、と思って」
明星「わ、私だって好きでここにいる訳じゃ…」
春「…じゃあ、帰って」
明星「…え?」
春「そうやって意地を張って京太郎に酷い事言うだけなら帰って欲しい」
明星「……っ」
……あれ?
なんか俺が布団を準備してる間に、なんか二人が険悪になってる…?
多分、今の話を聞いてた限りだと、明星ちゃんの対応に対して春が怒ってるって事なんだろうけど…。
でも、明星ちゃんの反応はごく当然のものだった訳だしなぁ…。
確かにちょっと傷つきもしたが、それは俺の対応が悪かった所為だし…。
明星ちゃんが春に責められる要素なんてどこにもないだろう。
京太郎「(…でも、春は俺の為に怒ってくれてる…と言うか不機嫌になってくれている訳で)」
ここで春を止めるのは簡単だ。
けれど、それは俺の為に怒ってくれている春の気持ちを無駄にしてしまう事になる。
誰がどう見たって今回の件は俺が悪いだけにそれは出来ればしたくはない。
つまりここで俺がするべきは、二人の険悪な空気をぶっ壊すようなKYになる事。
ついでに二人が一致団結出来るような共通の敵になる事だろう。
京太郎「っと、お待たせ」ドサ
京太郎「来客用の布団だけど、普段、ちゃんと日干しもしてるから大丈夫なはず」
京太郎「まぁ、明星ちゃんが良いって言うなら俺が普段遣ってる布団の方を出すけど」
京太郎「俺も明星ちゃんの匂いが染み付いてる布団だったら良く眠れそうだし」ゲスガオ
明星「な、なななななっ」カァァ
春「……」
ふふふ…ここまでゲスい事を言えば、きっと春だって俺に対して怒るだろう。
少なくともさっき俺に対してアレだけ怒ってた明星ちゃんに言うセリフじゃないし。
春は俺に対して比較的…と言うかかなり甘いところはあるけど、怒るところは怒る子だしな。
これだけゲスい事を言えば、幾ら春でも明星ちゃんと一緒に怒るはずだ。
春「…羨ましい」
京太郎「え?」
春「ね…私の匂いじゃダメ?」ジリジリ
京太郎「あ、あの、春さん?」
春「私の匂いを嗅ぎながら眠るのは嫌…?」ジリジリ
京太郎「い、いや、その…」
って全然、怒ってねええええええ!?
それどころか俺に対して詰め寄って来て、さらに攻めようとしてきてる…!!
でも、俺さっき、かなりゲス野郎だったよね!?
正直、幻滅されてもおかしくなかったよな!?
なのに、なんで俺は今、春からこんな事言われてるの!?
あまりにも予想外過ぎてどうすれば良いのか分からないんだけど!!
春「どっち?」ギュッ
京太郎「い、嫌じゃない…です…」カァァ
春「…京太郎の匂いフェチ」スリスリ
京太郎「うおぉ……」
春「そんな京太郎には良く眠れるよう一杯、私の匂いを摺りこんであげる…♪」
むーーーりいいいいいい!!!
無理だって!もうマジ無理だって!!
なんで春ってこんな事をさらっと言えるんだよ…!
今、一瞬、興奮で頭の中がクラクラしたぞ…!!
幾ら特訓だからってちょっと攻め過ぎじゃないですかね、春さん!!
春「…京太郎の気持ちなんて全部、お見通し」
春「本当に…京太郎は優しい」
京太郎「い、いや、俺は優しくなんか…ほ、ほら、さっきもかなりゲスい事やってた訳で…」
春「仲直りさせたいと思ってあんな事やったのは分かってる」
京太郎「うぐ…」
春「でも、大丈夫。別に喧嘩なんてしてないから」
京太郎「そ、そうなのか…?」
春「…うん。ちょっと誤解があっただけ」
春「私と同じ気持ちだったと思ったけど…そうじゃなかったみたいだから」チラッ
明星「…っ」
いや…そんな軽い風には見えなかったけど…。
でも、春がそう言うって事はそう…なのか?
俺の事を真正面から抱きしめる春が嘘をついているようには見えないし…。
少なくとも彼女の中ではさっきのはすれ違いであったのは間違いないんだろう。
春「それより…もっと特訓しよ」
京太郎「い、いや…この状況で特訓ってのはちょっと…」
京太郎「それに明星ちゃんだって布団に運ばなきゃいけないし…」
春「明星ちゃんの事を気にする必要はない」
京太郎「いや、でもさ…」
春「どの道、あの子には何も出来ないから」
春「…今は私だけを見て欲しい」
京太郎「は、春…」
な、なんだか、今日は何時もより積極的じゃないか?
いや…勿論、何時もの春もすげぇ積極的ではあるんだけどさ。
今の彼女は間違いなく何時も以上にアプローチしかけてきてる。
まるでこの永水女子に入学して少しした頃に戻ったみたいだ。
京太郎「(…不安…なのかな)」
そんな彼女が俺を見つめる目は微かに潤んでいた。
まるでこうして俺を抱きしめるのが心地よくて堪らないと言わんばかりに陶酔を浮かべている。
けれど、その奥に不安の色が微かにチラついているような気がした。
もしかしたら…こうして何時もよりも強気にアプローチしてくるのは…春の不安の裏返しなのかもしれない。
そう俺に思わせる瞳の輝きに俺は… ――
明星「…か、勝手に決めつけないでください」
京太郎「え?」
明星「勝手に私が何も出来ないなんて決め付けないでください!!」
明星「私は…私は霞お姉様の妹ですよ!!」
明星「京太郎さんの特訓くらい朝飯前でこなしてみせます!!」
そう言って立ち上がる明星ちゃんの顔は真っ赤だった。
ぐっと握りこぶしを作る手も震え、足は落ち着かなさそうにモジモジとしている。
誰がどう見たって、今の明星ちゃんは『朝飯前』には見えない。
無理しているのが丸わかりだ。
京太郎「明星ちゃん、そんな風に追い込まなくても良いからさ」
明星「お、追い込んでなんかいません!」
京太郎「いや…でもさ」
明星「大丈夫です!」
けれど、明星ちゃんは引くつもりはないらしい。
俺の前で真っ赤にした首を左右に振った。
正直、明星ちゃんがどうしてここまで意地になるのかは分からない。
俺につく予想と言えば、さっき春に言われた事を気にしているのかな?くらいだ。
どちらにせよ、こうして彼女が言ってくれているその言葉に俺に対する好意はないだろう。
京太郎「…俺が嫌なんだよ」
明星「え?」
京太郎「明星ちゃんにそんな無理はさせたくない」
明星「じゃ、じゃあ…春さんは良いんですか!?」
京太郎「いや…本音を言えば春にこうしてもらうのも結構、キツイんだけど…」
春「……」ギュー
京太郎「…まぁ、離れないよなぁ」
春「ん」
まぁ、春が意外なほど押しが強いタイプなのは俺も良く分かっている話だ。
今更、ここで離れて欲しいと言っても離れたりはしないだろう。
本気で拒めば春だって俺の言葉に従ってくれるとは思うが、その前に間違いなく俺が折れてしまうのは目に見えていた。
少なくとも、こうして春に抱きつかれているのを本気で嫌と思えない時点で、今、彼女を離れさせるのはほぼ不可能に近い。
京太郎「それに春は一応、俺の為にこうしてくれてるんだよな?」
春「当然。京太郎以外にこんな事絶対しない」
京太郎「はは。ありがとうな」ナデナデ
まぁ、どれだけ押しが強いと言っても春も年頃の乙女だ。
嫌いな奴を相手にこんな風に抱きつくなんて出来ない。
男として意識されていないのは確実だが、それでも友人として大切に思ってはくれている。
それが分かるからこそ、俺も春の事を拒みきる事が出来ず、こうして流されてし
京太郎「でも、明星ちゃんは俺の事、かなり苦手だろ?」
明星「そ、それは…」
京太郎「あぁ、いや、気まずいだろうし、無理に答えなくても良いぞ」
京太郎「寧ろ、それが当然だと思うからさ」
流石に嫌われている…とは思いたくないけど、その可能性だって否定出来ないくらいだしなぁ。
少なくとも、ここ最近の明星ちゃんは俺が関わった途端、すぐに取り乱してしまうんだから。
元々、攻められると弱い子だったけれど、今の彼女は俺と少し話しているだけで冷静さを失ってしまう。
苦手意識では説明しきれないその変化は嫌われていると言う方がまだ納得出来るくらいだ。
京太郎「だから、無理にそんな事しなくても良いんだって」
京太郎「霞さんや初美さんへの面子とかもあるんだろうけど、俺は別に言いふらしたりしないし」
京太郎「春もそうだろ?」
春「…私はちゃんと言った方が良いと思う」
京太郎「いや…でも…」
春「はっきり京太郎の事が苦手って言っておけば今回みたいな話の振り方されないから」
京太郎「あー…確かに…」
それも一理あるよなぁ。
そもそも今回の話の発端は初美さんからだった訳だし。
最近の明星ちゃんの変化に無理矢理、仲直りさせようと思ったのかも知れないけれど、初美さんは明星ちゃんに凄い発破をかけていた。
それに彼女が乗せられてしまった事を考えれば、もう一度、同じ事が起こらないようにはっきりと伝えた方が良いのかもしれない。
京太郎「まぁ、どっちにするにせよ、明星ちゃんがここで無理する必要はないからさ」
明星「で、でも…あの…特訓…」
京太郎「そもそも特訓自体が要らないような気がするんだけど…」
春「ダメ。必要」ギュゥ
京太郎「…って、こう言ってくれる春がいるからさ」
京太郎「明星ちゃんが頑張らなくても大丈夫だって」
明星「あ…」
何はともあれ、それだけ嫌がってる彼女が無理をする必要はない。
特訓には春がいてくれればそれで十分だろう。
…まぁ、一体、これからどんな特訓をするのか俺にはまったく分からない訳だけれども。
流石の春もコレ以上、過激な事はやらないだろう。
春「…じゃあ、もっと特訓しよ?」
京太郎「コレでもう十分…ってか、これでもヤバい気がするんだけど」
春「ダメ。まだ京太郎は水着に慣れてない」
春「少なくともこうして興奮している間は特訓が必要」
京太郎「いや、それ絶対、無理だからな…?」
コレがまだ優希や咲みたいな貧乳ボディならまだワンチャンあったかもしれないけどさ…。
でも、春はあの二人とはかけ離れたむっちりワガママボディなのだ。
俺の好みに思いっきりストレート投げ込んできてる春に抱きつかれて興奮しないなんて不可能です。
正直、ムラムラする身体が勝手に春を襲ったりしないように抑えこむので手一杯だ。
京太郎「それにこうやって女の子と密着するなんてシチュエーションまずないだろ」
春「…じゃあ、想像してみて」
京太郎「ん?」
春「もし、プールの中で私が足を攣って溺れそうになったら…京太郎はどうする?」
京太郎「そりゃ助けに行くけど…」
春「…じゃあその時、私の身体と離れてる?」
京太郎「いや…まぁ…助ける訳だし離れてなんて不可能ではあるんだが…」
春「…やっぱり特訓は必要」ギュゥ
京太郎「い、いや、でも、流石にそれは特殊なシチュエーション過ぎないか!?」
春「それでもないとは言い切れない以上、ちゃんと慣れておかないと」
春「…大丈夫。私はちゃんと最後まで付き合うから」
京太郎「最後までって…?」
春「とりあえず今日は京太郎が水着に慣れるまで帰るつもりはない」
京太郎「…………え゛?」
………………え?
いや、アレ?おかしいな…。
今、なんか聞こえちゃいけなかった言葉が聞こえたような気がするんだけど…。
き、気のせいだよな?
幾ら春が押せ押せキャラでも、流石に一人暮らししてる男の部屋で酔いつぶれた女子大生みたいなセリフ言ったりしないよな…?
春「一緒に寝よ?」
京太郎「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやっ!!!」
京太郎「さ、流石にそれはやばいってレベルじゃないって!」
春「どうして?」
京太郎「ど、どうしてってそれは…」
春「…襲いそうになるから?」
京太郎「…………いや、あの…」
春「なるの?」
京太郎「…な、なり…ます」カァァァ
春「…やっぱり京太郎はスケベ…♥」カァ
京太郎「う゛あぁぁぁ…っ」
羞恥プレイ再び…っ!!
なんで、俺、春にこんな事言わなきゃいけないんだ…!?
もう恥ずかしくって顔から火が出そうなんですけど!ですけど!!
い、いや…だけど、ここで身悶えしている時間はない…!
俺は恥を飲み込んで、襲うと彼女の言葉を肯定したんだ。
春だって身の危険を感じただろうし、ここは押しこむべき…!!
京太郎「だ、だから、その…そういう事はなしで…」
春「…寧ろ、私はもっと過激な特訓が必要だと思う」
京太郎「そ、そこで止めるという選択肢がなんで出てこないんだ!?」
春「私が止めたくない」
京太郎「…え?」ドキッ
春「恥ずかしがってる京太郎の顔が可愛いから…もっと見たい」
そ、そういう意味か…。
一瞬、春は俺の事好きで襲われたがっているとかそんな風に勘違いしそうになったぜ…。
もう彼女が俺を男として意識してないなんて分かりきってる話なんだが…これも自意識過剰な男子高校生の性だろう。
まぁ、そう分かっていても、すっげー恥ずかしい訳だけどな!!
春の狙い通り、今の俺は真っ赤になってますよ、チクショウ!!
京太郎「それで取り返しの付かない事になったらどうするんだよ…!」
春「…私はそれでも構わない」
京太郎「いや…そこは年頃の女の子として構うべきだろ」
春「それより…ほら」スッ
春「京太郎も私の身体触って…?」
京太郎「う…っ」
く、くそ…拒まなければいけないって頭では分かってるのに…!
春の手に導かれるままに腰周りの部分を触ってしまって…おぉ、もう…。
ツルツルプニプニでなんとも触り心地が良い。
勿論、さっきまで俺の身体に押し付けられてはいたけれど、手で感じるのとはまた違うな…。
春「そのまま撫でて」
京太郎「な、撫でてって…」
春「私の腰、京太郎の手でナデナデして」
京太郎「……それやらなきゃダメか?」
春「やらないと今日は一緒に寝るから」
京太郎「…あーもう…仕方ない…」ナデ
春「ん…っ♪」
京太郎「あ、悪い」サッ
春「…大丈夫。ちょっと気持よかっただけだから」
京太郎「き、気持ち良かったのか?」
春「うん。凄いドキドキした」
京太郎「そ、そっか」
春「それより…もっとして…?」
も、もっとしてと言われましてもね?
その、やっぱり女の子の腰回りを撫でるとかそりゃもう色々とギリギリな訳でして。
なにせ、もうちょっと下に手を伸ばしたら春のお尻とかその他諸々があるんだよ!!
それを意識すると男の本能が手を…手を下に向けようと…!!
春「ふぁぁ…ぅ…ん…♪」
春「きゅ…ぁ…はぁ…♪」
春「んっ…ふぅ…♪」
京太郎「(あ、やばい。コレ)」
それを何とか堪える俺の耳に春の吐息と声が振りかかる。
何時もの平坦なそれではなく、何処か甘えるようなその声は正直、感じているようにしか聞こえなかった。
お陰で俺の理性がモリモリと削れ、胸の中で欲望の領域が増えていく。
も、もう、ここまで感じてくれているなら…良いんじゃないだろうか。
腰だけじゃなく尻とか胸とか触っても怒られないだろう。
そんな楽観的な思考を俺は抑える事が出来ず、春の腰からそっと手を離して… ――
明星「だ、だめえええええええええええ!!!」
京太郎「うぉお?!」ビックゥウ
そこで俺達のどころへと飛び込んできたのは明星ちゃんだった。
春が抱きついているのとはまた別の方向から抱きついてくる彼女を俺は今までまったく意識していなかったのである。
完全に意識の外からの奇襲に、俺の口は驚きの声を漏らし、身体も硬直した。
それでも状況を把握しようと視線を動かした俺の目に映ったのは俺の胸に顔を埋める明星ちゃんの姿だった。
明星「嫌…です…京太郎さん…私…嫌です…」ギュゥ
京太郎「…明星ちゃん…」
…そうだな。
幾らこんな事をされているからって調子に乗るのはダメだよな。
これはあくまでも特訓であり、春が本当に俺を求めてくれている訳でもないのだから。
それなのにセクハラじみた真似をするなんて最低だ。
どれだけ欲望が自分勝手な予測を立てようと、それに屈せず、俺は硬い意思を持って我慢し続けなければいけないんだ。
明星「仲間外れになんて…しないでください…」
京太郎「…………え?」
…………あれ?
おかしいな、俺が思っていたのとまったく違う言葉が明星ちゃんから飛び出した気がするんだけど。
き、気のせいだよな?
幾らなんでも、ここで明星ちゃんが特訓に参加したがるとか俺の幻聴だろ。
明星「き、京太郎さんに酷い事言ったの謝りますから…私の事…見てください…」
明星「春さんばっかりと…そんな…はしたない事しないで…くださいっ」ギュゥゥ
京太郎「いや、あの…明星ちゃん…?」
明星「わ、私も…特訓…させて…欲しいんです」
京太郎「と、特訓って…意味分かってる…?」
明星「わ、分かってます!京太郎さんにエッチな目で見られるって分かってますよ!」
京太郎「ぐふ…」
明星「で、でも…春さんばっかり…ズルいです…」
明星「私もいるのに…京太郎さんを独り占めするなんて…」
明星「私がいるのにイチャイチャしてるの見せられて…そんな…そんなの我慢なんて出来るはずないじゃないですか…」ギュゥ
京太郎「い、いや、別にイチャイチャしてた訳じゃ…」
明星「してたじゃないですか!春さんの事、撫でて一杯、はしたない事してたじゃないですか!!」
明星「セクハラですよ!アレ!!分かってるんですかっ!」
京太郎「は、はい!分かってます!!」ビクッ
明星「そんな事、春さんにしておいてイチャイチャしてないとか京太郎さんの目は節穴ですか!!」
京太郎「う…まぁ、そうかもしれないけど…」
確かに俺がやってた事そのものを切り取ってみれば、そうなるだろうけどさ!
でも、これはあくまでも特訓であり、春はそれに対して恥ずかしがる俺を堪能している訳で。
イチャイチャしているというよりは俺が玩具にされていると言った方が正しいと思う。
いや、まぁ、実際、俺も楽しんでたし、一方的にされっぱなしだったと言ったら嘘になるけれども!
それでもイチャイチャと言われると内心、首を傾げざるを得ないのが本音だ。
春「…じゃあ、明星ちゃんは京太郎にセクハラされたいの?」
明星「う…そ、それは…」
春「特訓に参加するってそういう事なのは分かってる?」
京太郎「いや、あの、別にセクハラするって決まった訳じゃ…」
春「…京太郎は私を撫でてて」
京太郎「…はい」ナデナデ
春「…ん♪」
くそぅ…春の言葉に逆らえない…。
そもそも俺のヒエラルキーが屋敷の中で最下位ってのもあるんだが、それ以上に春の腰は魅力的で…。
むちむちツルツルで…おぉ、もう…。
普段、まったく縁のない感触なだけについつい手が動いてしまう。
春「…で、明星ちゃん、どうなの?」
明星「わ、私は…」
春「覚悟がないならコレ以上、踏み込んで来ないで」
春「京太郎は私だけで十分だから」
春「またさっきみたいに京太郎に暴言吐かれるのは迷惑」
春「京太郎の事を傷つけるんなら、早く部屋に戻って欲しい」
明星「…も、戻りません」
春「どうして?」
明星「だ、だって、私は…私…は…」チラッ
そこで俺に明星ちゃんが視線をくれるのはやっぱり信用ならない所為だろうなぁ。
実際、俺は春の事を襲うかもしれないと、明星ちゃんもいるところで宣言した訳で。
彼女からしてみればそりゃ一つ屋根の下で暮らしている知り合いが襲われるかもしれないのだから気が気じゃないだろう。
正直、俺も自分の事がまったく信用出来ないだけに彼女に反論する言葉がない。
明星「…私だって…京太郎さんの事、だ…だ…だ………」カァァァ
明星「……大事です…から」ポソッ
京太郎「明星ちゃん…」
明星「な、何ですか…!?わ、私が京太郎さんの事、大事じゃおかしいんですか!?」
明星「わ、私だって冷血動物じゃないんです!」
明星「もう半年一緒に暮らしているんですし、京太郎さんがどれだけエッチで鈍感な人だって情が湧いちゃいますよ…!」
京太郎「あ、あぁ、まぁ、うん。それは嬉しいけど…」
明星「けど、なんですか!?」カァァ
京太郎「……その、無理しなくても良いんだぞ、マジで」
明星「~~~っ!!」ツネー
京太郎「いててててて」
な、なんでだ!?
なんで俺、今、明星ちゃんに脇腹ツネられたんだ!?
確かにちょっと空気読めなかったかもしれないけどさ!!
でも、俺の事をそんなに警戒してるなら無理に持ち上げてまで特訓に参加する必要ないじゃないか。
少なくともこの場にいるだけで抑止力にはなるんだから、そんな風に頑張らなくても良いだろう。
明星「うぅ…」
春「よしよし。今のは京太郎が悪い」ナデナデ
京太郎「え…?お、俺が…?」
春「…明星ちゃんは今までがあるから仕方のない面もあるけど…今のは京太郎が鈍感過ぎ」
春「折角、勇気出した明星ちゃんが可哀想」
京太郎「うぐ…」
…つまり今のは額面通り受け取ってよかったって事か…?
でも、今までの事があるのにそれはちょっと厳しいと言うかなんというか…。
って言い訳してる場合じゃないよな。
俺が明星ちゃんの事を傷つけたのは事実なんだし…ちゃんと謝っておかないと。
京太郎「…その、ごめんな。明星ちゃん」
明星「……別に良いです。京太郎さんが鈍感なのは分かってますし」
明星「それに…春さんの言う通り、私に非がない訳じゃないですから」
明星「……だから、その……えっと」カァ
明星「…私も特訓に参加させてくれたら許してあげ…ます…」モジ
京太郎「え、えぇっと…」
春「…京太郎に拒否権はない」
京太郎「酷くね!?」
春「そもそもここで拒否するくらいならもっと早くしておくべきだった」
春「今更、明星ちゃんの参加を認めないなんて勇気出した彼女に不誠実」
京太郎「いや…そりゃそうだけど…」
勿論、明星ちゃんが参加してくれるのは嬉しい。
正直、嬉しすぎて悲鳴をあげそうなくらいだ。
が、さっき春も念押しした通り、これは俺にセクハラされる可能性だってある危険な行為である。
さっき大事だとそう言ってくれたのが嘘ではなかったとしても、異性として意識してる相手でなければ、気持ちが悪いだろう。
それを考えるとやはり「はい。そうですか」なんて即答は出来ない。
春「…仕方ない。明星ちゃん、ここはプランBでいこう」
明星「ぷ、プランBですか?」
京太郎「プランBって何なんだよ…?」
春「どうせ京太郎は拒めないんだから、多少、強引にでも参加してなし崩し的にイチャイチャする」
明星「な、なるほど…!」
京太郎「なるほどじゃない!!」
確かに俺は今の状況で言葉以上の拒否を示せはしないけれども!
だからって、そんなの横暴も良いところじゃないか!
男がやったら訴えられてもおかしくないやり方だぞ、それ!!
まぁ、やられてるのは男の俺って時点で訴えるのも何もないけどさ!!
京太郎「って言うか明星ちゃんも良く考えて…」
明星「考えてます!っていうか、考えさせられました!!」
明星「私の目の前で京太郎さんが春さんとばっかりイチャついてる間に一杯、考えたんです!!」
明星「春さんに任せっきりは嫌だって…京太郎さんに私もしてあげたいってそう思ったんですから!」
明星「だから…わ、私、逃げません…よ」
明星「京太郎さんの事だって…ぜ、絶対、逃がしません…」
明星「ちゃんと私の特訓…う、受けてもらいますからね…?」
京太郎「う…」
…明星ちゃんの目は真剣なものだった。
勿論、今の彼女は決して冷静じゃない。
何故か春に対する対抗心を燃やしている明星ちゃんは明らかに何時もと様子が違うんだから。
普段の彼女だったら、きっとこんな判断は下さない。
そうと分かりながらも俺を見上げる彼女の真剣さと…そして俺に拒絶される事への怯えに何も言えなくなってしまう。
明星「え、えっと…あの…じゃあ…」モジモジ
春「…とりあえずナデナデからして貰えば良い」
明星「そ、しょうれすね!」
明星「じゃあ、えっと…私も…その…な、ナデナデ…してくださ…ぃ」スッ
京太郎「い、いや、ちょ、まっ!ストップ!ストップ!!」
明星「………ダメ…ですか?」シュン
京太郎「だ、ダメって言うか…その…明星ちゃん、自分の格好思い出してくれよ」
明星「…格好…?…………あ」
そう。
明星ちゃんはスク水の春とは違って布地の少ないビキニなのだ。
そんな状態で水着の感触に慣れる為に撫でろと言われても、胸と局部しか触れる場所がない。
流石にそれは幾らなんでもまずいってレベルじゃないだろう。
最早、特訓だなんて言っているような状況じゃない。
明星「わ、わわわわわわわわ」プッシュウ
明星「あ、あの、その…えっと…ぉおっ!」プルプル
明星「違うんです!本当に…は、はしたない事なんて全然、考えてなくって!!」ジワ
京太郎「だ、大丈夫。分かっているから、な!!」
春「…惜しい。もうちょっとだったのに」
京太郎「全部、計算づくかよ…!」
春「大丈夫。別におっぱいくらいなら減るものじゃないし」
京太郎「いや、減るだろ!女の子として大事なもんがゴリゴリ削れていくって!」
春「それは所謂、コラテラル・ダメージというものに過ぎない」
春「目的のためには致し方ない犠牲」
京太郎「そんな犠牲を払ってまで俺に特訓する必要はあるのか…?」
こんなに春と俺とで意識の違いがあるとは思わなかった。
こんなんじゃ俺…特訓を受けたくなくなっちまうよ…。
明星「で、でも、わ、私…こ、これどうしましょう…?」
明星「この水着じゃ京太郎さんの特訓なんて…い、いえ、不可能じゃないですけど…」カァァ
明星「だけど…コレ以上、春さんの独占を許す訳には…っ!」
京太郎「ま、待って!お、落ち着いてくれ…!!」
明星「私は落ち着いてます!」クワッ
京太郎「全然、そうは見えないんですけど!?」
そもそも冷静だったら俺に胸を触らせるような事許したりしないだろ!?
こんなに俺に対して押せ押せで迫ってくる春でも、流石にそこまで俺に許した事ないんだから。
……あれ?ない…よな?
以前、なんかそんな事があったような気がするけど…ないよな?
う…ん…?なんだかあったような、なかったような…微妙な感じがするんだけど…。
春「…じゃあ、明星ちゃんはチラ見せする?」
明星「チラ見せ…ですか?」
春「プールの誘惑は何も水着に触れる事だけじゃないから」
春「視覚的な興奮も大きいはず」
明星「なるほど…!」
京太郎「いや、あの…」
明星「でも、具体的に何をすれば良いんでしょう?」クビカシゲ
春「とりあえず京太郎に向かってお尻付きだしたり体育座りしてみたりとか…」
明星「……え?」カァァ
春「顔の目の前で谷間を寄せてみたり、水着を直してみたりすれば良いと思う」
明星「ふぇぇっ」マッカ
京太郎「それちょっと過激過ぎやしないか…?」
春「これくらいじゃないとスケベな京太郎の特訓にならない」
どうやら俺の言葉を受け入れるつもりは春にはないらしい。
キッパリとそう言い切る彼女の顔にはまったく迷いがなかった。
けれど、春が今、あげているような事は正直、年頃の青少年には刺激が強すぎるというかなんというか…!
正直、グラビアでもそこまで過激なのは中々、ないんじゃないかな!?
明星「う…で、でも…」モジモジ
春「…おっぱいを触られるよりはマシなはず」
明星「それは…そうですけどぉ…」
春「…明星ちゃんの覚悟ってその程度?」
明星「う…」
春「…だったら、やっぱり私で独占するのが一番…」
明星「や、やります!やれば良いんでしょう!!」ムゥ
京太郎「ちょ…あ、明星ちゃん…!?」
明星「……こ……これなら…」スッ
明星「…こ、これなりゃ良く見えましゅよね?」カァァ
京太郎「いや…見えるって言うか…なんて言うか…」
…なんで俺は目の前で明星ちゃんにお尻突き出されてるんだろう。
いや、勿論、俺の特訓の為って言うのは分かってるんだけど…分かってるんだけどさっ!
でも、あまりにも現実離れした光景過ぎてもう頭が理解を半ば放棄しているというかなんというか…。
つーか、明星ちゃんも噛むほど恥ずかしいなら、止めた方が良いと思うぞ、俺!!
明星「……んっ」キュン
春「……感じた?」
明星「ば、馬鹿な事言わないでください!み、見られて感じるなんて痴女じゃあるまいし!」
春「…明星ちゃんの今の格好、完全に痴女そのものだけど」
明星「ひゃぅ…」カァァ
なにせ、完全に今の明星ちゃんはオスを誘惑する女豹のポーズだからな…。
そのプリンとしたお尻を俺に突き出すその様など正直、襲いかかりたくなるくらいだ。
それを何とか堪えられているのは隣で春が俺の腕に抱きついているからだろう。
これが明星ちゃんと二人っきりだったら、間違いなく理性がプッツンしていたはずだ。
明星「そ、それは…き、京太郎さんの為ですもん…」
明星「だ、誰彼構わずこんな事やりません…」
明星「って言うか…そ、そもそも京太郎さんが水着なら誰でも欲情しちゃう変態じゃなければ私がこんな事する必要ないんです!」
京太郎「そ、それならその格好止めるべきだと…」
明星「だって…京太郎さん、さっきから私のお尻、見まくってるじゃないですか…」カァァ
京太郎「そんな格好されたら誰でも見ちゃうって…」
明星「だ、誰でもって…み、見境なしって事じゃないですかぁっ!」
明星「や、やっぱり京太郎さんにはちゃんと慣れて貰わないと困ります!」
京太郎「いや、そっちじゃなくて!!」
あぁ、もう!これどうすりゃ良いんだよ!!
明星ちゃんはもう恥ずかしさと対抗心で完全に我を忘れちゃってるし!
春は相変わらず俺の腕を抱いたまま身体スリ寄せてくるし!!
ただでさえ欲望押さえつけるので頭の中、一杯なのに、明星ちゃんの誤解を解かなきゃいけないとか難易度高すぎるぞ!!
明星「…じゃあ、他の子はどうなんですか?」
京太郎「え?」
明星「他の子がこんな事したら…やっぱりそっち見ちゃうんですか…?」ジィ
京太郎「う…」
俺を振り返る明星ちゃんの目には何処か不安そうな色が滲んでいた。
なんでそこでいきなり不安そうにするのか半ば混乱した俺には分からない。
そもそも何がどうなってこんな状況になったのかすら俺にはちゃんと把握しきれていないんだから。
けれど…そんな俺でも、今の明星ちゃんが何を望んでいるかくらいは分かる。
京太郎「…明星ちゃんだからだよ」
明星「ほっ本当ですか?」
京太郎「こんな事で嘘なんか言えないって…」
京太郎「つか、なんとも思ってない相手にここまでガン見出来ないし」
京太郎「普通は途中で気まずくなって目を逸らすと思う」
明星「じゃ、じゃあ…な、なんで目を逸らさないんですか…?」
京太郎「逸らさないんじゃなくて逸らせないんだよ…」
京太郎「そ、その…明星ちゃんが魅力的過ぎて」
明星「~~っ」プッシュウ
あんまりにも情けないがそれは事実だった。
考えても見て欲しい。
紛れも無く好みだとそう言っても良い相手が俺に対して女豹のポーズでお尻を向けているんだ。
幾ら相手がひとつ屋根の下で半年暮らしてもう家族と言っても良いくらい身近な子だとしてもやはり視線がそちらへと引き寄せられてしまう。
明星「な、ななななな何をいきなり言うんですか!!」
明星「そんな事言っても、私、口説かれたりしませんからね!?」
明星「そ、そもそも私にこんな事させてる京太郎さんにときめくとか絶対あり得ないですし!!」
明星「えぇ。超あり得ないです!今すぐビッグバンが起こるくらいあり得ないですもん!」
京太郎「お、おぉ」
明星「ま、まったく…ちょっとはムードとか考えてくださいよ…」フリ
明星「こんな時に魅力的とか言われても素直に喜べないじゃないですか…」フリフリ
京太郎「ぐふ…」
明星ちゃんが拗ねるように何かを言っている事だけは俺も知覚出来ていた。
だが、その内容がまったく頭の中に入ってこなかったのは、彼女のお尻が小さく揺れ始めたからだろう。
右へ左へと俺の視覚を吸い寄せるようなそれに思わず声が出てしまった。
恐らく無意識なのだろうその動きは健全な男子高校生にとっては刺激が強すぎるのである。
春「…明星ちゃんだけズルイ」スッ
春「私だって…京太郎にとって魅力的なはず」ススス
京太郎「い、いや、あの…は、春さん?」
春「…今度はこっち触って?」
京太郎「~~~~っ!」ゴクッ
だが、そうやって欲望を抑える事すら春は許してくれない。
彼女の腰に触れていた俺の手を春は自身の胸へと導いた。
きっとなんだかんだ言って、春も明星ちゃんに対して対抗心を燃やしているのだろう。
俺を見つめる瞳にはかすかに不満そうな色が現れていた。
ただ、その理由までは相変わらず俺には分からない。
こうしている間にも身体中を熱く滾らせる欲望に脳の半分以上を奪われた俺にはもう碌な思考能力なんて残っていなかったのだ。
京太郎「(それでも…それでも何とか我慢しないと…!)」
京太郎「(ここで欲望に身を任せてしまったら、二人との信頼関係すべてが崩壊してしまう…!)」
京太郎「(それだけは…それだけはなんとしてでも阻止しなければ…!!!)」
明星「…ん…」スッ
―― プツーン
京太郎「(…あ、これは無理だわ)」
そんな俺のトドメになったのは明星ちゃんが水着を治す仕草だった。
お尻を振っている間に食い込んだ水着を指で治そうとするそれに俺の理性が完全に逝ってしまう。
プツンとあまりにもあっけなく千切れてしまったそれにはもう欲望を抑える力なんてまったくない。
燃え上がるオスの欲望に頭の奥がクラリと揺れて、微かに吐き気を感じた。
京太郎「う…」クラァ
春「京太郎…?」
京太郎「お……おおぉおぉおおおおおぉ!」ガバッ
春「きゃっ」
それを振り払うように声をあげながら俺は一気に立ち上がる。
俺に抱きついていた春にまったく容赦していないそれに彼女がバランスを崩したのが見えた。
けれど、今の俺には春に構っている余裕はない。
ふぅふぅと荒い息を吐きながら、俺は敷いてある布団へと逃げ込んだ。
明星「あ、あの…京太郎さん…?」
春「京太郎…?」
京太郎「…ごめん。もう無理」
明星「え?」
京太郎「我慢出来ない。マジ襲いそうだから…」
京太郎「今日はもう帰ってくれないか?」
明星「で、でも…」
京太郎「帰ってくれ」
春「京太郎…」
京太郎「…頼む。マジで無理なんだ…」
そんな俺に残っていたのは春や明星ちゃんが大事だという感情だった。
理性が千切れ飛んでも尚、二人に酷い事をしたくないというそれが俺の欲望をギリギリのところで留めている。
だが、それだって何時まで保つかは正直、分からない。
実際、俺のムスコはもうビンビンに勃起してしまっているのだから。
春や明星ちゃんのむっちりエロボディを知った贅沢なムスコはさっきからズキズキと疼き、即物的な快楽を求めていた。
春「…行こ」
明星「でも…」
春「京太郎がここまで言うって事は本当に危ないんだと思う」
春「……それとも明星ちゃんは京太郎に襲われたい?」
明星「そっそんな事ある訳ないじゃないですかぁっ」カァァ
春「じゃあ、帰ろ?」
明星「……分かりました」
布団を被っている俺には二人の様子は見えない。
だが、春の言葉に頷く明星ちゃんの声は不承不承と言っても良いものだった。
きっと彼女はここで中断という事を望んではいないのだろう。
しかし、コレ以上続けられたら、俺がマジで二人に襲いかかってしまうんだ。
ちょっと申し訳ない気もするが、ここは帰ってもらうしかない。
明星「…京太郎さん、ごめんなさい」
明星「私…その、そんな風に貴方を追い詰めるとは思わなくて…」
明星「……少し調子に乗りすぎてしまいました」
明星「本当にすみません」
春「…私も」
春「明星ちゃんがいるからって少しはしゃぎすぎた」
春「…結果的に京太郎を傷つけて…明星ちゃんに偉そうに説教してたのに…」
春「…こんな事になってごめんなさい」
京太郎「…いや、二人は何も悪くねぇよ」
俺が水着に慣れなければいけないのは事実なのだ。
実際、こうやって理性がプッツンしちゃってる時点で俺に言い訳する余地なんてない。
彼女たちが言う『特訓』は俺にとって間違いなく必要なものだっただろう。
そもそも俺に対してからかう気持ちはあれど、悪意なんて欠片もなかった二人を責める理由は俺にはない。
京太郎「でも…今は帰ってくれ」
春「…うん」
明星「はい…」
その言葉を最後に二人が部屋から出て行く気配がする。
それを感じ取ってから俺はゴロリと布団へと転がり、深い溜息を吐いた。
長い長いそれは、けれど、俺の中で燻る欲望を決して冷ましてはくれない。
寧ろ、二人がいなくなった事で不完全燃焼に終わった欲情が身体の内側から意識をチラチラと焦がしてくる。
京太郎「(あー……………)」
けれど、二人がいなくなったから、とすぐさま自家発電と走る気持ちには中々なれなかった。
勿論、欲求不満はどんどんと強くなっているし、胸や手にも二人の身体の感触ははっきりと残っている。
目を閉じれば明星ちゃんが俺に対して腰を振るシーンがすぐに蘇ってきた。
それでも自分の性欲処理に積極的になれないのは、去り際の春と明星ちゃんの申し訳なさそうな声が俺の耳の奥に残っているからだろう。
致し方ない事とは言え、とても大事な人達を傷つけてしまった。
そう思うと俺はムスコを慰める気力もなくして… ――
―― そのまま俺は布団の中で横になった状態で朝まで過ごしたのだった。
………
……
…
―― うん。無理だ。
一晩中、自分の欲求不満と戦い続けた俺が出した結論はそれであった。
勿論、一週間後にプール授業の開始を控えている以上、何かしらの対策は必要だろう。
だが、それに対して『水着に慣れる』というアプローチは正直、俺の理性と身体が保たない。
正直なところ、昨夜の一件だけで俺の精神はボロボロになっていた。
あんなのが一週間も続いてしまったら、俺はそう遠くない内に二人を襲ってしまう。
それを防ぐ為にも俺は別の方向からアプローチする必要があるんだ。
京子「(まず一番は先生の説得からだよな…)」
プール授業に一回は出なければ留年。
そのルールがなければ、そもそも最初からあんな事をしなくて済む。
勿論、俺の為にルールを曲げてもらうのは心苦しいが…だが、だからと言って二人を犠牲にするのはもっと辛い。
多少、格好悪くても、まずはどうにかならないか担任に聞いてみよう。
自分に出来る事ならなんでも相談して欲しいと以前、担任は言ってくれていたし…まったく無碍にはしないはず。
そう思って休み時間、職員室を尋ねれば、彼女は自分の机に座って、何かを書いていた。
京子「先生、少し宜しいでしょうか?」
「あら…須賀さん。どうしたの?」
京子「あの…その…プール授業の事でお話があるんですが…」
「プール…?あぁ、来週の奴ね」
「貴女は免除されているはずだけど、それがどうかしたの?」
京子「…え?」
「え?知らなかったの?」
「貴女が特別な事情があるからプールは全て感想文で大丈夫って話を保護者の方にもしてたんだけど…」
京子「保護者…?」
「えぇ。神代の方に」
京子「…………」
「…あれ?須賀さん?」
京子「あ、いえ、なんでもないんです。ごめんなさい」
…なるほど、そういう事か。
そんな重要な情報を皆が知らないはずがない。
そもそも霞さんは何度かそれらしい事を口にしようとしていたからな。
だが…それを意図的に止めて、俺の『特訓』への道筋を描いた奴がいる。
勿論、それは俺の保護者であり、この情報を真っ先に得たであろう神代家じゃない。
幾らあいつらでも娘を危険に晒すような嫌がらせをしたりはしないだろうからな。
俺を嵌めたのは…俺が徒労と怒りをぶつけるのは神代家じゃなくって…… ――
京太郎「待てこら!!!初美いいいいいいいいいい!!!!」ダダダッ
初美「はっはっは。こっちまでおいでーですよー」シュタタタタ
明星ちゃんに水着着せて羞恥プレイをさせたかった(エロ小並感)
という訳で今日はこれで終わりです
次回はインターハイに向けて多少、真面目な話になる予定です
>>497で明星ちゃんの熱いセルフツッコミ
(あえて指摘しなかったのに)
まっ、それを言い出すと>>506の最後の行も中途半端なところで切れてるように見えるし多少はね
>>537>>538
あばばばばっばばばばばばばばばばば
毎回毎回、ミス消えなくてごめんなさい(´・ω・`)
予定どおりに行けば、明日も投下出来ると思いますが、出来るだけミスを減らせるように頑張ります(´;ω;`)
今回はほぼ説明回だけど始めます
尚、終わった後にちょこっとだけ安価取ります
―― 地方予選からインターハイまでの期間はそれほど余裕がある訳じゃない。
何せ、一学期の終了という学生生活の一つの区切りをその間に挟んでいるのだから。
期末テストを始め、様々なイベントが俺達を待ち受けている。
その上、インターハイには地方予選以上の強敵が集まるのだから、麻雀の練習にだって気を抜く訳にはいかない。
そんな中で永水女子の実質的な監督になっている霞さんが選んだのは練習の濃度をあげる事だった。
京子「(あっちこっちと練習試合組みまくってるからなぁ…)」
永水女子の皆は神事の都合上、あまり遠出をする事が出来ない。
そんな中でいける範囲の学校と毎週末、練習試合をしまくっているのだ。
既に地方予選も終えて、情報を隠すような段階ではなくなったからこその方針転換。
それに俺達の中の経験値は着実に溜まっていった。
京子「(…皆、頑張ってる)」
地方予選の決勝は勝てたものの、多くの課題を残す結果だった。
特に一年生二人は思うように成績を残せなかった所為か、地方予選以前よりも練習に励んでいる。
お陰で少しずつではあるけれど、チームとしての地力が底上げされていくのを感じた。
俺も能力を使う条件が分かってきたし、今までのような足手まといではない。
きっとインターハイでも恥ずかしくない戦いが出来る。
そんな確信が少しずつ俺の中に生まれてきた頃… ――
霞「という訳で今回の合宿相手となる九州赤山高校の皆さんです」
霞「皆さん、挨拶してください」
京子「こ、こんにちは」ニコ
「……」ジロ
「……」ジロジロ
京子「(…まさか九州赤山と合宿する事になるなんてそんなん考慮しとらんよ…)」
九州赤山にとって、永水女子は仇敵とそう言っても良い相手だ。
三年連続インターハイ出場を阻まれたとなれば、ライバル意識が強くなって当然だろう。
風越と龍門渕は二年越しに一緒に合宿する程度には和解出来たが、永水女子と九州赤山の溝はソレ以上に深い。
実際、ズラリと並んだ九州赤山の一軍から俺達へと好意的ではない視線が送られてきているし。
…この状況で合宿するって思っただけでも若干、気が重くなるくらいだ。
利仙「…皆さん、そう睨むものではありませんよ」
「藤原先輩…」
そんな周りを諌めたのはその中心に立つ藤原利仙さんだった。
相変わらず和服を纏ったその姿は独特の雰囲気がある。
その姿がクッキリと際立っているように見えるのは周りが制服姿の女子だけだからではない。
彼女の中から湧き出るカリスマのようなものが、藤原さんを没個性な人間にしないのだ。
そういう意味では、大沼プロと彼女はまったく真逆の性質を持っている、と言っても良いのかもしれない。
利仙「負けたのは私達の力不足であり、彼女たちを恨むのはお門違いです」
「それは…そうですけど…」
利仙「何より…決着はもうついたのです」
利仙「それを讃えこそすれ、睨みつけるのは敗者の矜持すら放棄する情けない行いではないですか?」
「……」
咎めるようにそう言う彼女への反論が出てこないのは、藤原さんがただのOGだからではないのだろう。
彼女の圧倒的なまでの存在感とカリスマが周りの皆を従えている。
卒業してまだ一年とは言え、影響力を深く残すその様は俺にエルダーシスターを彷彿とさせた。
こうして一言で後輩たちを黙らせる彼女もきっと在学中にはとても慕われていたのだろう。
小蒔「藤原さん…」
利仙「…ごめんなさいね、神代さん」
利仙「皆もきっとまだ納得が出来ていないだけだと思うんです」
利仙「きっと一緒に打っていれば、気持ちも収まると思いますから…少しだけ待っていてくれませんか?」
小蒔「はいっ。勿論です」ニコ
そんな彼女からの言葉を小蒔さんが拒絶する訳がなかった。
純真過ぎるくらいに純真な永水のお姫様は満面の笑みで応える。
藤原さんの言葉を心から喜んでいるようなその笑みに九州赤山も毒気を抜かれたのだろう。
何人かが罰が悪そうに小蒔さんから視線を逸らすのが見えた。
利仙「ありがとうございます」ペコ
利仙「…その分、永水女子のインターハイでの活躍を祈って、私達も全力でお相手して頂きますね」
小蒔「藤原さんとまた打てるなんて嬉しいです」エヘヘ
利仙「私も光栄ですよ、神代さん」ニコ
そう言って二人で笑い合うその空間にはとても華があった。
お互いに何処か浮世離れしたお嬢様だからだろうか。
こうして近くにいるだけでも思わず目が惹きつけられ、笑顔になってしまう。
若干、心配はしていたけど、藤原さんが小蒔さんに悪い感情を抱いている訳ではないようだ。
京子「(…いや、寧ろ、インターハイに出る永水女子をバックアップしようとしてくれているんだろうな)」
霞さんの話を聞く限り、こうして永水女子に練習試合を申し込んできたのは九州赤山の方だ。
それもインターカレッジで活躍するOGを大勢、引き連れての参戦である。
流石、名門校と言うに相応しい威風堂々とした人数は、けれど、あちらの監督に依るものではない。
そうやってOGを連れ、そして九州赤山の監督へと練習試合をするように働きかけたのは藤原さんなのだ。
巴「…しかし、今更、私達まで引っぱり出される事になるなんてね」
初美「それが条件ですし、仕方ないのですよー」
勿論、それはタダと言う訳ではない。
藤原さんと同学年であり、既にOGとなっている霞さんたちの同席が条件だった。
けれど、それはあちらの人数から考えれば当然の話だろう。
九州赤山は一軍選手だけじゃなく、OGまで引き連れて来ているのだ。
永水女子に所属する麻雀部員の数がギリギリな事を考えれば、あちらの旨味が少なすぎる。
インターハイに団体戦で出場は出来なくてもまだ個人戦があるし、また名門には次代を見据えた育成もあるのだから。
京子「(…それにこっちにも十分過ぎるほどメリットがある)」
九州赤山は名門だ。
そして、それ以上に実力のある強豪校である。
今年の地方予選だって決して余裕のある戦いではなかったどころか、薄氷の上を歩くような、ギリギリの勝利だったと言っても良い。
オーラスで圧倒的な捲りこそ見せたが、それまでは九州赤山がダントツだったし、あっちが勝ってもおかしくはなかった。
そんな高校とこうして練習試合でみっちりやりあえるというだけで経験不足が目立つ永水女子には有難い。
OG勢もインカレで活躍している選手ばかりだし、この合宿で永水女子が得られるものは多いだろう。
霞「じゃあ、まずは軽く個人戦から始めようと思うんだけど…」
利仙「組み合わせの指定などはありますか?」
「特にそういうのは事前協議してなかったから大丈夫」
霞「やりたい相手がいるなら誘ってください」
「特にそういう相手がいないならこちらのクジを用意しているから」
初美「よーし。一番は私が頂きですよー」トテテテ
巴「もう…はっちゃんったら」クス
そう言って霞さんへと駆け寄っていく初美さんの背中を見送ってから、俺は周囲を見渡した。
九州赤山と永水女子の丁度、中間付近に位置するこの旅館は、かなり雰囲気が良い。
九州赤山は名門だし、永水女子は日本でも有数のお嬢様校だ。
そんな二校が合宿する場所となれば、やっぱり公民館などではダメなのだろう。
麻雀卓が敷き詰められ、今は大分、手狭となった大広間も、落ち着いていて居心地が良い。
正直なところ、合宿とは無関係に来てみたいくらいである。
京子「(ま、それはさておき)」
そこに集う九州赤山の雀士たちの顔を俺は殆ど知らない。
例外は今年の団体戦で当たったレギュラーと去年の個人戦で活躍した面々くらいか。
それ以外のメンバーとは会った事もなければ、話した事もない。
そんな状態で一緒に打ちたい相手…なんて見つかる方がおかしいだろう。
ここは大人しく初美さんの後を追って、クジを引きに行くべきか。
「…おい、須賀京子」
京子「…アナタは…」
そう思って歩き出そうとした瞬間、俺の横から話しかけてきたのは九州赤山の大将だった。
俺と直接ぶつかった彼女は今、俺の事を威圧するようにじっと見つめている。
けれど、その視線に宿る感情はとても複雑なものだった。
勿論、俺を好意的に見ている、なんて事はない。
オーラスで数万点差ひっくり返して逆転なんてされた相手をそうやって好意的に見るにはまだまだ時間が必要だろう。
だが、そこには俺が予想していたような恨みや怒りの感情はなかった。
少なくとも初対面の俺が見て取れるほど、激しく恨まれていたり、強く怒っていたりする訳ではないのだろう。
「……アンタ、相手いるの?」
京子「いえ、特に見つからないので、今からクジを引きに行こうかと」
「…じゃあ、私と勝負しなさい」
俺に挑戦状を叩きつけるその姿には一見、強気にも見える。
少なくとも、その態度の大きさだけは決勝で当たった時とそれほど変わらない。
けれど…やっぱりそれは虚勢なのだろう。
強気な言葉とは裏腹に、その瞳は俺を真正面から捉えてはいない。
そこに宿る感情も不安と迷いが強く浮かんでいて、俺を怖がっているようにも見える。
京子「(まぁ…当然だよな)」
【須賀京子】は二代目まくりの女王として雑誌でも取り上げられるくらいに知名度を高めている。
だが、【須賀京子】がその実力を知らしめたのはたった一回、彼女との地方予選決勝だけなのだ。
多少の戦果ならば、マグレだとそう切り捨てられ、【須賀京子】が有名になる事もなかっただろう。
だが、あれはインターハイ史上でもなかったような大逆転劇だったのだ。
たった一戦で全国区レベルになるようなメチャクチャな麻雀を目の前で見せられて、萎縮しないはずがない。
それでもこうやって俺に挑戦状を叩きつけてくる辺り、強気というか負けず嫌いなのだろう。
「…アレがマグレじゃないのは私が一番、良く知ってる」
「でも…認められない」
「認めたく…ない」
「何度もビデオを見返した」
「アンタの手牌を牌譜に書き起こして、アンタ側で悩んだりもした」
「…でも、納得が出来ない」
「どうしても…負けた事を認められないのよ」
「だから…」
京子「リベンジ…と言う奴ですか?」
「…そんな大したもんじゃないわよ」
「これは…きっと私の悪あがきなんだと思う」
そう言って小さく目を伏せる彼女には自嘲の色が混じっていた。
きっと彼女自身、こんな事をしても無駄だとそう分かっているのだろう。
ここで俺に勝ったところで、インターハイへの切符が九州赤山に来るはずがない。
あんなメチャクチャなオーダーで勝負に来るくらい勝ちたかった相手に敗北した。
そんな事実はどうあっても覆らないのである。
「…だけど、私が前へと進むには必要なのよ」
「勝つにせよ負けるにせよ…もう一度、アンタと勝負して…」
「今度こそ…自分の心に決着をつける」
「…付き合ってくれるわよね?」
京子「…ここで付き合わない…なんて選択肢ないも同然ですよね」
自嘲と恐怖を浮かべ、迷いを感じながらも、彼女は前へと進もうとしている。
きっと俺が喜んだ以上に辛かったであろうあの敗戦を彼女は乗り越えようとしているんだ。
…俺は正直、彼女の事があまり好きではないが、さりとて、そんな気持ちを無碍にするほど嫌っている訳じゃない。
そうやって前向きになろうとしている彼女の申し出を断る理由は俺の中にはなかった。
「当然よ。断らせる気なんてないもの」
「アンタが良いって言うまで付き纏うつもりだったから」
京子「ふふ。中々、情熱的な方だったんですね」
「ばっ。せ、せめて往生際が悪いって言いなさいよ…!」
それ普通、逆じゃないかなぁ?
いや、そっちが良いなら、別に往生際が悪いでも良いけれども。
まぁ、何にせよ、俺と打ってくれる相手が見つかったのは有難い。
後、二人、何処かでペアになっている相手を見つければすぐさま練習を開始出来るって事だしな。
利仙「では、それにお邪魔させて貰っても良いかしら?」
「ふ、藤原先輩…!?」
小蒔「えへへ」
京子「小蒔ちゃんも…」
そんな俺達に声をかけてきたのは藤原さんと小蒔さんだった。
仲良く並ぶ彼女達も俺達と同じように勝負する事になったのだろう。
何せ、二人は俺達以上に因縁のある相手だからなぁ。
誰とでも打って良いともなれば、そりゃあこの二人はまずペアになるだろうってくらいには。
ただ… ――
「…よ、宜しいんですか?」
そうやって彼女が尋ねるのは、やはり二人の決着を気にしての事だろう。
藤原さんにとって小蒔さんは二度もインターハイ出場を阻んだ原因と言っても良いような相手なのだ。
彼女が俺に対して抱いているそれよりも、藤原さんが小蒔さんに対して抱いているものの方がきっと強い。
だが、こうして俺と彼女の勝負の場に入り込んでこられたら、俺達だって手加減出来ないのだ。
もしかしたら、二人の決着が納得の出来ない消化不良なものになりかねない。
利仙「寧ろ、貴女達が良いんです」
利仙「私達の勝負を気にして手を抜かれる、というのも面白くないですし」
利仙「それに須賀さんとは一度、打ちたいとそう思っていましたから」
「…アレ?アンタ、藤原先輩と面識あったの?」
京子「まぁ、色々とありまして」
利仙「ふふ。実は私、須賀さんに一度、助けてもらったんですよ」
「…助けてもらったって…あ、もしかしてあの地方予選の時ですか…!?」
利仙「えぇ。殿方に囲まれていた私を助けてくれた方がいるとそう言っていたでしょう?」
ニコリとそう笑う藤原さんの前で、俺はどうにもこそばゆい感覚を味わっていた。
そもそも俺が助けにはいらなかったとしても、藤原さんはあの場を切り抜ける事が出来ただろう。
寧ろ、下手に俺が介入してしまった所為で、相手も態度を頑なにしてしまった節がある。
それを伏せて、俺の活躍だけを大仰に伝えられる感覚は、正直、あまり居心地が良いとは言えなかった。
京子「とは言っても、私も藤原さんに助けられたんですけれどね」
利仙「あら、アレくらい須賀さんなら何とか出来たはずですよ」
利仙「私がやったのはちょっとした手助けです」
利仙「それに須賀さんが来てくれなかったら、あのまま延々と囲まれ続けていたかもしれません」
利仙「それを考えれば、やはり私が貴女に助けてもらった側になると思います」
京子「では、お互いがお互いを助けた、と言う事でどうですか?」
利仙「ふふ。そういうのも良いかもしれませんね」ニコ
とは言え、あんまりこの話題を引っ張り続けるのもな。
思い出話に花を咲かせるのも良いが、今は合宿の真っ最中なのだから。
本格的な練習前の慣らしとは言え、あんまり話に集中していては周りからも反感を買うだろう。
ちょっとこそばゆいが、この辺を妥協点として話を終わらせておくべきだ。
利仙「まぁ、雑談はここまでにして…改めて問いましょう。私達と同じ卓はどうですか?と」
「…私は構いません」
小蒔「京子ちゃんはどうですか?」
京子「そうですね。私もお二人が良ければ、是非、お願いしたいです」
勿論、これは公式戦ではない。
おそらく小蒔さんは『全力以上』を出し切る事は出来ないだろう。
だが、それでも、こうして彼女と戦って得られるものは多い。
相手はオカルトの専門家…それも『牌に愛された子』なんて称される雀士だ。
真剣勝負でオカルトをぶつければ、俺には気付けない事を感じ取ってくれるかもしれない。
京子「(何より…藤原さんはそんな小蒔さんを抑えられるくらいの実力者だ)」
一昨年は初めて見る神代小蒔に、藤原さんも圧倒され、完封されていた。
だが、去年の彼女は小蒔さんに追いすがり、対応出来ていたのである。
そんな藤原さんと戦えるというだけで、俺の胸はワクワクしてしまう。
その打ち筋は牌譜などで見て知っているけれど、実際に戦うのとはやっぱり違うのだ。
一体、どんな麻雀が見られるのか。
そんな気持ちが後から湧き上がって仕方がなかった。
利仙「ふふ。二代目まくりの女王の実力楽しみにしていますね」
京子「あ、あんまり持ち上げないでください。あんなに上手くいく事なんて滅多にないんですから…」
そもそもあれは大沼プロが言っていたように初見だったからこそあげる事が出来た戦果なのだ。
正直、今、同じ事をやれと言われて出来る自信が俺にはない。
ましてや、今回は俺の手の内が半ば分かっている小蒔さんと、全国クラスの藤原さんが同じ卓についているのである。
団体戦ではなく個人戦だという事もあって、以前のように上手くいくとは到底、思えない。
利仙「それが謙遜かどうかはこの後の勝負で判断させていただく事にしますね」クス
利仙「さて…それはともかく、何処の卓に致しますか?」
利仙「誘ったのは私達、九州赤山の方ですし、卓を選ぶのはお二人にお任せします」
小蒔「うーん…そうですね…」キョロキョロ
小蒔「あ、あそこなんて良いんじゃないですか?」
小蒔さんが指さしたのは奥の方にある小さな全自動麻雀卓だった。
正方形の筐体を半径三センチほどの柱で支えるそれは、旧式ではあるもののかなり使い込まれている。
準備設営は俺達も手伝ったが、あれは確か合宿場の方から貸し出してもらった奴だったか。
まぁ、何にせよ、既にちらほらと周りの席が埋まりつつある事を考えれば早めに席を確保しておいた方が良い。
京子「えぇ。私もあれが良いと思います」
利仙「じゃあ、そちらに移動しましょうか」
そう言って先へと進む藤原さんの背について、俺達はその麻雀卓へとついた。
そのまま電源を押して幾つかの動作を確認するが、どうやらちゃんと動くらしい。
まぁ、こうして麻雀部の合宿兼練習試合に持ちだされるくらいだから事前に動作確認くらいしているんだろうけれど。
大分、年季が入っている代物だったから、ちょっと安心した。
京子「(…まぁ、安心するのは色んな意味でまだ早いか)」
利仙「さて…では、よろしくお願いします」
小蒔「よろしくお願いします!」
京子「よろしくお願いします」
「…よろしくです」
何せ、これから俺に待ち受けているのは強敵揃いの勝負なのだ。
正直なところ、全員が同等か格上だとはっきりとそう言ってしまっても良い。
地方予選決勝よりも遥かに辛く、苦しい戦いになるだろう。
少なくともこれまでの練習試合とは比べ物にならないほど辛いのは確実だ。
京子「(…でも、やっぱ麻雀は楽しいよな)」
神様のお陰で俺は咲のようにオカルトと呼べるような力を手に入れた。
自分だけのコレと言えるような強みを一年越しにようやく掴む事が出来たのである。
だが、それでも麻雀は運の要素が強い競技だ。
オカルトを手に入れても、あっさり負けてしまう事もある。
何より俺の能力はかなり運否天賦に左右されやすいものなのだから。
逆転しなけれればいけないオーラスで捲れずにそのまま終局…というのも練習試合では何度かあった。
京子「(だけど…それでこそ、麻雀だよな)」
麻雀に絶対はない。
大沼プロが言っていたその言葉を、俺は最近、ようやく実感出来るようになっていた。
どれだけ良い手が揃っていても、負ける時は負けてしまう。
オカルトが発動して有利な状況を整えても捲れない時は捲れない。
だけど、それが楽しい。
どんな強敵相手でも、逆にどれだけ格下が相手でも、絶対に負けるも、絶対に勝てるもない。
最後の最後…オーラスが終わる瞬間まで勝負の行方は分からないんだ。
だから… ――
京子「(軽めの練習だとか…相手が強敵だとか…そんな事、関係ねぇ)」
京子「(やるぜ、神様。何時も通り…全力以上で)」
―― 応とも。
瞬間、降りてくる神様の声に身体中が力を沸き上がらせる。
知覚出来る範囲が花開くように一気に広がり、世界が色鮮やかなものになっていく。
自分の中の意識も切り替わり、目の前の卓に集中力を注ぎ込んでいるのが分かった。
ハンドボールの試合の時でも中々、入る事が出来なかった集中の極地。
それに入った事を確認し、笑みを浮かべる俺の前で九州赤山の大将がその表情を歪ませた。
「っ…!」
驚きに固まるようなその変化は、これがまだオーラスではないからだろう。
地方予選決勝の時には俺もこの力を使えたのはオーラスだけだった。
だけど、それは発動条件をそのタイミングでしか満たせなかった訳じゃない。
こうして神様の力を使えるのは俺の『親』の時。
つまり東四局…半荘が半分を過ぎたタイミングでも、使う事が出来るのだ。
京子「(理由は俺も良く分からないけれど…)」
霞さんが説明してくれたのを聞く分には、俺の神様は色々と面倒くさいタイプであるらしい。
子どものような面もあるかと思えば、まるで不良のような粗暴さを見せる事もある。
だが、幾らかの困難や別離を経て、俺の神様は立派な『英雄』であり、『親』になった。
そんな説話と親と言う一番、逆転が狙いやすい状況が重なる所為だろう。
俺は『親』になったタイミングでのみ、神様の一部を降ろし、こうして麻雀にその力を使う事が出来るんだ。
利仙「…なるほど」
利仙「やはり簡単にはいかせてもらえないようですね」
京子「えぇ。勿論です」ニコ
俺が親になるまでの三局は殆ど藤原さんが主導権を握っていた。
やはりこの中で最も素の雀力に優れているのは彼女なのだろう。
九州赤山の大将はインターハイでも十分、活躍出来るくらい強いが、それでも藤原さんには見劣りする。
運を引き寄せる力、こっちの待ちを図る判断力、そして勝負どころを見逃さない勘。
たった数局打っただけで、彼女がその全てに置いて、格上である事が分かったくらいだ。
正直、オカルトなしじゃろくに和了れない俺や、神降ろしを使っていない小蒔さんでは殆ど相手にならない。
京子「(…けど)」
今の俺は一人じゃない。
神様って言うすげぇ存在が俺の為に力を貸してくれているんだ。
俺が勝つ為に…俺が負けないように、わざわざこうして降りて、声を掛けてくれている。
……そう思うと例え練習試合でも負けられない。
小蒔さんと同じように全力以上で…真っ向から勝ってみせる…!!
―― そんな俺の思いが通じたのか、手はドンドン進んで… 。
京子「ツモ」パララ
京子「平和一通ツモで満貫」
京子「4000オールです」
利仙「あら…」
京子「これで逆転させて頂きましたよ」
利仙「そのようですね…」
よし…!
今の状態なら俺の力は藤原さんにも通用する…!!
勿論、俺は他の部分では和了れないから油断はまだまだ禁物だけど…。
だが、能力が発動している時ならインターハイでも上位クラスの雀士を相手に太刀打ち出来るんだ…!
いや…このまま連荘して他家を飛ばせば勝つ事だって出来るかもしれない…!
利仙「…やはりその状態の須賀さんを抑えるのは困難なようですね」
京子「それ以外の部分は捨てているようなものですから」
利仙「ふふ。そういう意味では男らしい方ですね」
京子「あ、あはは…」
…男らしいと言うか、本当は男なんだけどなぁ。
まぁ、それはさておき。
京子「私も好きで捨てている訳じゃないんですけどね」
京子「私が勝てる方法がコレだけしかなかった、というだけですから」
「…じゃあ、なんで地方予選の時に使わなかったのさ?」
そこで彼女が不満気に突っ込んでくるのは、やはり舐めプに思えるからだろう。
地方予選決勝は半荘二回形式で親が合計四回ある。
それなのにも関わらず、オーラスまで俺はこの力を使わなかった。
本当は使えなかった訳だけど…そんな事分かるはずもない彼女がそう不機嫌さを顕にするのは当然の事だろう。
京子「使わなかったんじゃなく使えなかったんですよ」
「え?」
京子「私がこうやって親で連荘出来るようになったのは貴女とのオーラスの時です」
京子「それまで私の切り札と言ったら、流し満貫だけだったんですよ?」
「…は?何言ってんの?」
そう言って、彼女は驚きと呆れが混在する表情を浮かべた。
正直、俺だって、ここまで上手くいくとは思っていなかったのである。
ギリギリのピンチで覚醒だなんて、それこそ少年漫画の世界じゃないか。
これはあくまでも現実であり、そんなご都合主義めいた展開はあり得ない。
全部知っている自分でもそう思うくらいなのだから、実際に戦って逆転された彼女は殊更そうだろう。
「アンタ、あの時、アタシにあれだけ大見得を切ったじゃん」
京子「えぇ。そうですね」
京子「だから、正直、ドキドキだったんですよ?」
京子「あれだけ言って負けてしまったらどうしましょうって」
「…もし、それが本当ならアンタは心臓に毛が生えてるわ…」
京子「色々と慣れてしまいましたからね」
「え?」
京子「いえ、何でもありませんよ」
何せ、俺は男なのに女装して女子校に通い、そしてインターハイにまで出場しようとしている身である。
不安を押し殺して大見得を切るのは正直、これまでの生活で慣れてしまった。
ましてや、地方予選決勝での彼女はとても分かりやすい悪役であった訳で。
普段、周りの人間全員を騙して生活している俺にとっては、アレはまだ全然、許容範囲と言えるレベルだ。
小蒔「心臓に毛って生えるものなんですか?」キョトン
利仙「そうですね。須賀さんほど豪毅な方ならそれもあるかもしれません」クス
小蒔「なるほど…人の身体って奥が深いんですね…」ゴクリ
京子「…藤原さん?小蒔ちゃんに嘘を教えないであげてくれますか?」
小蒔「え!?嘘なんですか!?」ガーン
利仙「あら、実際に確かめてみるまで分からないでしょう?」
京子「そうかもしれませんが…人体の構造からしてまずあり得ません」
京子「何より、身体が開かれるまで身の潔白を証明出来ないような推測が付き纏うのは遠慮したいです」
小蒔「だ、大丈夫ですよ!私、京子ちゃんの事信じてますから」グッ
京子「ありがとう。小蒔ちゃん」クス
そう言って握りこぶしを作る小蒔さんに俺は小さく微笑んだ。
きっと身体が開かれる、と言う言葉に、実際に解剖される俺を想像してしまったのだろう。
俺へと向けられた彼女の顔は若干、青ざめたものになっていた。
そんな彼女の前でこの話題をあまり引っ張るのも可哀想だし、これで打ち切り、としておくのが一番だろう。
「……」
京子「あら、どうかしました?」
「…神代さんのアレって演技とかじゃないの?」
京子「もう半年以上一緒に住んでいるから断言出来ますが…100%素ですね」
「マジかよ…本物の天然とか初めて見たわ…」
京子「私も小蒔ちゃんほどの人は初めてですね」
小蒔「天然?」キョトン
京子「小蒔ちゃんがとっても純粋で良い子だって事よ」
小蒔「えへへ」テレテレ
和も結構、天然気味ではあったけど、小蒔さん程じゃない。
そもそも周りの環境からして、彼女はとても大事にされて過ごしてきた訳で。
姫様って言葉が決して誇張でもなんでもない身分の人だからこそ出来る純粋培養。
日本中からお嬢様が集まる永水女子の中でも飛び抜けて純粋な彼女は、それこそ日本一だとそう言っても良いくらいじゃないだろうか。
京子「…まぁ、それはさておき、そろそろ再開にしませんか?」
利仙「そうですね。色々と須賀さんの能力を突破する方法を試してみたいですし」
京子「出来ますか?」
利仙「出来なければ須賀さんには勝てませんね」ニッコリ
そう笑う藤原さんの表情はとても穏やかなものだった。
だが、その口から飛び出す言葉はお世辞にも穏やかなものとは言えない。
いっそ好戦的と言っても良いその言葉は、やはり藤原さんがただのお嬢様ではないからなのだろう。
彼女は小蒔さんとは違い、意外と好戦的で負けず嫌いなお嬢様なのだ。
利仙「…それに少々、悔しくもありますしね」
京子「え?」
利仙「いえ、何でもありません」
利仙「後は麻雀で語ると致しましょう」ゴッ
京子「っ!」
瞬間、藤原さんの身体から押しつぶすような重圧を感じる。
決して身体が大きくはないはずの彼女が今はとても恐ろしく思えた。
…どうやらさっきまでの藤原さんは決して本気を出している訳じゃなかったらしい。
それでもこっちを圧倒してた辺り、一体、どれだけの力を隠していたのか、怖いくらいだけれど… ――
京子「(でも…今の俺にはそう容易く突破出来やしない…!)」
勿論、俺を完全に完封する方法はある。
他家が親である時のセオリーそのままに俺に手番を回さなければ良いのだ。
だが、そうやって頻繁に鳴けるだけの材料を引っ張ってこれるかは運次第だし、ましてや引っ張ってこれても活かすのは難しい。
基本的に12巡目以内に和了る俺を前にして、他家がどれを鳴けるのか判断する時間は少ないのだから。
その上、俺の連荘を止める為に手も進めなければいけないのだから、かなり連携がとれていても分の悪い運勝負になる。
京子「(…それに俺に出来るのは前に出て攻める事くらいだ)」
他の部分でも点数を取れれば、まだ様子見という手法が使えたかもしれない。
だが、俺が勝つには親番で出来るだけ多くの点数を奪い取るのが必要不可欠なのだ。
そんな勝利条件を満たす為には例えプレッシャーを与えてくるような相手でも攻めるしかない。
ここで下手に護ろうとしたらジリ貧になるのは今までの経験からも嫌というほど分かっているのだから。
京子「(だから…攻める…!)」
利仙「ふふ。良い熱気です」
利仙「ですが…それだけでは勝てませんよ?」
利仙「…チー」
京子「っ!」
瞬間、仕掛けてきたのは南家の藤原さんだった。
自然、本来回るべきツモ順が狂い、俺のツモがひとつ消えてしまう。
だが、それだけでは俺のオカルトは揺るがない。
未だに場の流れは俺が掌握し続けているんだ。
いきなりの仕掛けにびっくりしたが、一回くらいズレたところで焦る必要はない。
「…なるほど。じゃあ、こっちですね」スッ
利仙「はい。もひとつチーです」
京子「え?」
けれど、二回目ともなると話は違ってくる。
麻雀は運否天賦の勝負なのだ。
流れは俺が握っているとは言え、一回くらいはマグレでそういう事もあるだろう。
しかし、今の藤原さん達のやりとりを聞くに、間違いなく鳴ける牌に当たりをつけていた。
無論、二人は二年間、九州赤山でレギュラーとして組んでいたのだから、ある程度、手の内は知っているだろう。
だが、さっきのやりとりはそれで説明出来るものではなくって… ――
利仙「はい。来ました」パララ
利仙「三色同順純チャンです。食い下がりが入って1300・2600です」
京子「うっ…」
…やられた。
まさか今の一瞬で和了られるとは。
しかも、ツモ和了だった分、親被りで逆転されてしまった。
まだ一回目の親だとは言っても…まさかこんなにあっさり突破されるなんて。
出来ればもう少し稼いでおきたかったところだけど…。
京子「悔しいですが…お見事です」
京子「まさかこんなに早く突破されるなんて思っていませんでした」
「ふふん」ドヤァ
何故か俺の視界の向こう側でドヤ顔している奴がいるが、正直、見事と言う他なかった。
これまでも練習試合で俺の支配を破られた事はあったが、こんなにもあっさりと突破された記憶はない。
ましてや、さっきのは運ではなく、完全にお互いの動きを読みきった上での和了だったのだ。
勝負どころを一つ潰されてしまった身としては見事と言う他ない。
利仙「ふふ。ありがとうございます」
利仙「でも、これで須賀さんの課題が幾つか見えてきましたね」
京子「私の課題…ですか?」
利仙「えぇ。まぁ、今はまだ勝負の最中ですし、あまり意識されて打ちにくくなるといけませんから言いませんけれど…」
利仙「…このままでは須賀さんはインターハイで苦戦する事になるかもしれませんね」
京子「えっ…」
そこで突きつけられる藤原さんの言葉に俺は驚きの言葉を返した。
勿論、俺だって今の自分がインターハイで無双出来ると思っている訳じゃない。
練習試合でも逆転出来なかったパターンと言うのはやっぱりあったのだ。
けれど、今の攻防で、俺の課題が、しかも、苦戦すると言われるほどの欠点が見つかったとは思えない。
確かに藤原さんは今回、上手ではあったが、俺だって決してミスがあった訳ではないのだから。
利仙「きっと今は何を言っても素直に受け止められないと思います」
利仙「とにかく続けましょうか」
利仙「私も半分過ぎた程度で勝ったなんて思っていませんから」
利仙「ましてや…神代さんもいらっしゃる訳ですしね?」チラッ
小蒔「はい。頑張りますっ」グッ
期待を浮かべた藤原さんの言葉に小蒔さんが握りこぶしで応える。
けれど、その身体に神様が降りてくる気配はまったくなかった。
やはり小蒔さんは公式戦のような大事な部分でなければ、中々、その本領を発揮出来ないのだろう。
それに藤原さんが誤解して、手を抜いていると勘違いしなければ良いんだけれど… ――
京子「(って…小蒔さんの心配をしてる場合じゃないか)」
どうやら、俺自身には分からないような欠点が俺にはあるらしい。
それは後で教えてもらえるみたいだが、けれども、何も考えずに打つなんて性分としても無理なのだ。
インターハイまで時間の余裕がある、という訳では決して無いのだから、一戦たりとて無駄には出来ない。
ましてや、藤原さんほどの実力者と打てるなんて滅多にないんだから、ここは自分でも欠点を考えておくべきだろう。
―― そんな俺の想いと共に局はドンドン進んで…。
利仙「チャンタ混一色、食い下がりで1000・2000です」
京子「…ぅ」
オーラスは半荘の折り返しよりももっとあっさりと突破されてしまう。
相変わらず、まるで相手の手牌が見えているかのように九州赤山の二人は見事な連携を取ってくるんだ。
お陰で俺はオーラスで一度も和了れず、見事に親っ被りで終了。
最終的な順位が九州赤山組が上位で、永水女子組が下位という何とも分かりやすい結果になった。
京子「…負けてしまいましたね」
小蒔「そう…ですね」
小蒔「でも、とても楽しかったです」ニコ
小蒔「特に藤原さんとまた打てるなんて思っても見ませんでしたから」
小蒔「その打ち筋、相変わらず凄くて、感服しました!」
利仙「…ありがとうございます」
小蒔さんにそう返す藤原さんの表情はやはり晴れ晴れとしたものではなかった。
何処か引っ掛かりを感じているようなそれは、やっぱり小蒔さんが本来の能力を出しきれていなかったからだろう。
一応、小蒔さんは全力で打っていたんだけれど…しかし、それは部外者である藤原さんには分からない訳だし…。
後で何かしらのフォローはしておいた方が良いのかもしれない。
「…ふぅ」
京子「お疲れ様です」
「あぁ、お疲れ」
京子「見事にリベンジ決められてしまいましたね」
「いや…正直、これで勝った、なんて言えないっしょ」
「神代さんもマジじゃなかったし…」
そんな事を思っていたら、早速、フォローに繋げやすいネタをくれるとは。
さっきも思ってたけど、この人、案外、サポートに回るといい仕事するよなぁ。
外見とか性格は結構、イケイケなタイプに見えるんだけども…これもひとつのギャップ萌えって奴か。
ってバカな事考えてる場合じゃないよな。
折角、ネタ振りがあったんだから、二人の間に蟠りがないように説明はしとかないと。
京子「あぁ、誤解しないであげてくださいね」
京子「アレが小蒔さんの本気です」
京子「彼女は決して手を抜いていた訳じゃありませんよ」
利仙「…そうなのですか?」
小蒔「えっと…その、私が皆さんと戦った時のような状態になれるのは限定的な状況下だけなんです」
小蒔「だから、これが今の私の全力である事に間違いはありません」
小蒔「もし、藤原さんが期待外れだったとしたら…ごめんなさい」ペコ
利仙「あ、いえ…」
ペコリと頭を下げる小蒔さんに藤原さんが少し気まずそうな顔を見せた。
それはきっと彼女の言葉が藤原さんの気持ちを言い当てたからなのだろう。
微かに視線を逸らすその目には、謝罪する小蒔さんへの申し訳無さが浮かんでいた。
「…まぁ、二人がそう言うならきっとそうなんだろうね」
京子「…納得していただけました?」
「納得なんて出来る訳ないっしょ」
「本気で全力だけど、私らを苦しめたあの神代小蒔じゃないなんて」
「はい。そうですか。なんて言える訳ないじゃない」
小蒔「……」シュン
「……でも、こうして打って神代さんやアンタが嘘吐くようなタイプじゃないってくらい分かるよ」
小蒔「」パァ
「…つーか、こんな分かりやすい人が嘘吐ける訳ないし」プイッ
納得はしていないけど、嘘じゃないのは分かる。
少し遠回しではあるものの、俺達の説明を受け入れてくれた彼女に小蒔さんは満面の笑みを浮かべた。
今にも抱きついていきそうなその笑顔に、彼女は少しだけ顔を赤くする。
きっと喜びも悲しみも何もかもをストレートに表現する小蒔さんに、彼女も気圧されてしまったのだろう。
小蒔さんと一緒に暮らす事にも慣れた俺でさえ、たまーにそうなるのだから、気持ちは良く分かる。
「…それにアンタだって抑えられたの、殆ど藤原先輩頼みだったしね」
京子「ですが、立派なサポートっぷりではなかったですか」
「サポートしか出来なかったのよ、悔しい事に」
「…まぁ、色々と自分の中でのモヤモヤは晴れたから別に良いんだけどさ」
そう付け加える彼女の表情は、やっぱり晴れ晴れとしたものとは言えなかった。
彼女としてはやっぱり自分の力だけで俺と戦いたかったのだろう。
けれど、それではまず突破する事が出来ないと彼女自身も分かっているんだ。
理想と現実、その間で現実的な作戦を取った彼女は決して間違ってはいない。
けれど、間違っていないからと言って、それが正しいとは言えないのだろう。
「でも、言っとくけど、次、負けるつもりはないから」
「合宿もまだ始まったばかりで、アンタと打つ機会はまだまだあるし」
「次こそ納得できる形で勝たせてもらうから」
京子「えぇ。勿論、私もそのつもりです」
京子「貴女にとってはそうではありませんけれど、私にとって、これは立派な敗北ですから」
京子「次は挑戦者、そのつもりで挑ませていただきます」ニコ
「…ふん」
俺の言葉に彼女はそっと目を逸らした。
その顔が微かに赤いのは、さっきのがまるで青春マンガのようなやりとりだったからだろうか。
地方予選決勝の大将戦では思いっきりこっちに対してトラッシュ・トーク仕掛けてくれたもんなぁ。
そんな相手とこんな青臭いやりとりをしてるなんてギャルっぽい彼女には耐え切れなかったのだろう。
まぁ、一年から名門校でレギュラー張って三年生では大将務めるような子がその見た目通りのキャラとは思わない訳だけど。
何はともあれ、そんな彼女へのリベンジの為にも… ――
京子「…教えていただけますか、藤原さん」
京子「私の一体、何がダメなのか?」
利仙「…いえ、須賀さんにダメな所はありませんよ」
京子「え?」
利仙「気迫、打ち筋、そして能力」
利仙「須賀さんはどれをとっても立派なものです」
利仙「きっとインターハイに出場する名門校でも十分通用するレベルでしょう」
そう言って笑みを浮かべる藤原さんの意図が俺には分からなかった。
何せ、彼女はさっき俺には課題があるとそう言ったのである。
それなのに今は俺の事を持ち上げ過ぎと言っても良いくらいに藤原さんは褒めてくれていた。
そんな彼女の変化についていけない俺は頭に疑問符を浮かべながら口を開く。
京子「でも、さっき私には課題があるって…」
利仙「そうですね。でも、それは決してダメな部分ではありません」
利仙「須賀さんの長所とそう言える部分であるのは間違いないでしょう」
京子「それは一体…」
利仙「須賀さん、貴女の打ち筋はデジタル派ですね」
京子「はい。そうです」
俺がオカルトに目覚めたのは本当につい最近である。
それまでずっと自分にとっての武器なんて何もなかった俺はデジタル打ちを磨く事しか出来なかった。
去年のインターハイが終わってから俺も本格的に学び始めた俺に、分かりやすく教えられるのは清澄では和くらいしかいなかったというのも大きい。
初心者としての大事な時期をデジタルの化身のような和に教えを請うた俺が、そっちの方向へと進むのも当然の流れだろう。
利仙「実際、貴女の打ち筋はとても手堅く、そして美しいです」
利仙「よほど良い師に恵まれたのですね」
利仙「こと防御に関しては後輩たちに牌譜を読ませてあげたいくらいです」
京子「あ、ありがとうございます」テレテレ
利仙「…ですが、それは今の貴女には合っていません」
京子「…え?」
利仙「今の貴女は完全なオカルト派です」
利仙「少なくとも親の時にはデジタル打ちは捨てた方が良いでしょう」
利仙「貴女に必要なのは牌効率無視でガンガンと鳴いていくスタイルだと思います」
利仙「多少、点数が下がっても、和了れなければ貴女にとっては意味がないのですから」
…確かにその通りかもしれない。
実際、東四局一本場の時も、オーラスの時も俺が鳴けるタイミングはあったのだ。
けれど、俺はそこで食い下がりを気にして鳴かず…そして結果は藤原さんに追い上げられてしまったのである。
デジタル的に言えば、あの瞬間の鳴きはあまりメリットが薄かったが、結果から言えば、それが命運を分けたのだろう。
利仙「鳴き麻雀、そしてそれを支える感性を磨く事が必須ですね」
利仙「聞いている限り、須賀さんはこれまでずっと防御主体でやってきたんでしょうし、違和感はあると思いますが…」
利仙「貴女の麻雀スタイルを考えれば、これからは攻める為の手札を増やすのが重要です」
京子「…はい」
確かに俺はこれまでずっとデジタルオンリーで打ってきた。
勿論、防御だけならそれで十分、手堅くやれているんだろう。
それは藤原さんだけじゃなく、大沼プロも認めれくれていた事だ。
けれど、攻める時までデジタル頼りでは、勝負どころを間違えてしまう可能性もある。
俺の場合、一回のミスで勝負を落してしまう可能性が他の雀士よりも高いのだから、ココぞという時に使える引き出しは多い方が良い。
利仙「それともう一つ。こちらはより致命的なのかもしれませんが…」
京子「…それはやっぱり…能力の事ですか?」
利仙「…はい。須賀さん、貴女の能力は、他の能力を阻害する事が出来ません」
藤原さんとの対局中、俺もそれは感じていた。
彼女が本気になってからの打牌は明らかに法則性を持っていたのである。
チャンタ系の和了が増え、それ以外でも手牌の中に1.9牌が紛れ込んでいる事が多い。
その打ち筋も比較的狙いやすいタンヤオをまるっきり度外視しているものだった。
まだあまり情報が揃っていないけれど、彼女の打ち方を見ている限り… ――
京子「藤原さんの能力は…4、5、6辺りの牌を捨てる事で1と9に近い牌を引いてくるっていうものじゃないですか?」
利仙「あらあら、そこまでサービスはしませんよ?」ニコ
とは言いながらも、藤原さんは指で○のマークを作っている。
恐らくそれは俺の指摘が正解だ、という事なのだろう。
そんな可愛らしい彼女の仕草に笑みも浮かぶが、けれど、幾ら正解したところで何の解決にもなっていない。
その能力の正体が分かっても、防げなければ意味が無いのだ。
小蒔「所謂、鶴翼の陣、と言う奴ですね」
「鹿児島で藤原と言えば、外山家の関係者であると一目で分かるからね」
京子「外山家?」
「すっごいざっくばらんに言えば、藤原氏縁で鹿児島出身のお公家さんよ」
小蒔「外山家の家紋は空に翼を広げる鶴丸。ですから藤原さんの能力のルーツはきっとそこにあるのでしょう」
利仙「ふふ。私からはノーコメントと致しましょう」
けれど、藤原さんの○マークは決して崩れる事はなかった。
恐らく小蒔さんと後輩による二人の補足は決して間違っているものではないのだろう。
しかし、血筋に依る能力…か。
そういう意味では彼女は小蒔さんを始め、神代の人たちと似ているのかもしれない。
利仙「それで話を戻しますが…須賀さん、能力に干渉出来ない今の貴女ではインターハイでは苦戦を強いられる事でしょう」
利仙「インターハイクラスになって来れば自然とオカルトを振るう雀士も増えてくるはずですから」
利仙「特に貴女が担当するのは大将、詰めの部分です」
京子「確かに…先鋒同様化物揃いですからね…」
オカルトの比率で言えば、大将は先鋒並かそれ以上に高い。
実際、永水女子の大将を担う俺自身、今は完全にオカルト頼りの状態だしな。
けれど、他の雀士と違うのは、俺が親の時に逆転しなければ、どうにもならないという事。
他の部分で勝負も出来ない以上、彼女らの足を止められないと言うのは致命的な弱点になるだろう。
利仙「まぁ、今回は捨てる事で発動する私の能力が須賀さんと相性が良かった、という事もありますが…」
利仙「しかし、それでも地方予選の時のように一方的な連荘が出来るとは思わない方が良いでしょう」
利仙「下手をすれば今回のようにあっさりと突破されてしまう可能性だってありますしね」
京子「…はい」
利仙「出来れば能力面での強化も視野に入れておいた方が良いと思います」
オカルトの強化…かぁ。
確かに俺は手に入れた力が嬉しくて、それを鍛える事なんてまったく考えていなかった。
きっと地方予選からここまでそれなりにオカルトを使って活躍出来ていたって事も無関係じゃないんだろう。
けれど…今のままじゃまだ足りない。
少なくとも咲のような化物を相手にするには、俺はまだまだ力不足だという事が良く分かった。
京子「ありがとうございます、藤原さん」
京子「私、知らず知らずのうちに慢心していたようです」
京子「貴女にこうして叩きのめされなければ、きっとインターハイでは無様な姿を晒していた事でしょう」
京子「…けれど、良いんですか?」
利仙「何がです?」
京子「だって、私、二年ですよ?」
京子「来年も九州赤山とぶつかるかもしれないのに…そんなアドバイスをしてしまって…」
利仙「あら、心配には及びませんよ」
利仙「どの道、須賀さんならばこんな事何時か気づいた事でしょうし…」
利仙「何より、多少、塩を送った程度で負けてしまう程度であれば我が母校と言えど、インターハイに進む資格はありません」
利仙「全国区で無様を晒す前に負けてしまったほうが傷も浅いと言うべきでしょう」
京子「お、おぉう…」
穏やかそうな笑みに突き放すような言葉を浮かべる藤原さん。
相変わらずこの人は見かけによらないなぁ…。
ぶっちゃけ初めて会った時はお茶とか生花を得意とする穏やかなお嬢様を連想したのだけれど。
こうして話せば話した分、彼女が外見からは想像も出来ないくらい強気で負けず嫌いな人だと言うのが伝わってくる。
京子「…実は藤原さんって結構スパルタな方ですか?」
「けっこーどころかかなりよ、かなり」
「まぁ、指摘が正しいからその分、人気もあるけど…そりゃあ現役時代は厳しかったわ」
「私だって何度、泣かされた事か…」
利仙「貴女が泣いた記憶なんて私にはありませんけれど…」
利仙「そもそも私は後輩の事を思って言っているんです。スパルタだなんて心外ですよ」ムゥ
けれど、彼女からすれば、それはとても心外な評価であるらしい。
後輩の言葉に少し頬を膨らませながらそう反論してくる。
その姿は紛れも無く可愛いものだが、けれど、さっきまでのセリフを聞いているとなぁ…。
流石に演技だとは思わないが、どちらかと言えば、彼女の後輩の肩を持ってやりたくなってしまう。
「さて、そろそろ皆終わったね」
「それじゃ交流戦はここまでにして…次から本格的に練習始めていくから」
「ホワイトボードに次の卓を指定してるから各員、そっちに移るように」
小蒔「っと、もうですか」
京子「まぁ、まだ合宿も始まったばかりですしね」
京子「あんまり仲良くお話している暇はないんでしょう」
永水女子はインターハイの団体戦を見据えての練習だが、九州赤山だって今年の個人戦や次世代の育成があるのだ。
お互いにするべき事がある以上、あんまり仲良しこよしとお話している訳にもいかない。
それにまぁ、未だ打ち解けられたって訳じゃないみたいだしなぁ。
周りを見ているとギクシャクしているって程じゃないが、距離感を掴みかねている皆が見える。
俺達の卓がこうして終わった後も朗らかに雑談出来るのは、藤原さんと小蒔さんのお陰なのだろう。
利仙「それに終わった後にでも話す機会はありますよ」
小蒔「あ、じゃあ、後で藤原さん達の部屋に行っても良いですか!?」
利仙「構いませんよ。歓迎します」
小蒔「ありがとうございます。それじゃあ枕持っていきますね!」
利仙「…枕?」
小蒔「はい!こういう合宿の時は枕投げをするものだって初美ちゃんが言っていました!」
確かにあのロリっ子はそんな事を言っていたような気がする。
けれど、合宿で枕投げって、それ男がやる遊びじゃないだろうか。
少なくとも女の子がやっている所は中々、想像が出来ないんだが…。
…そもそも見るからにギクシャクしっぱなしの九州赤山の部屋で枕投げって色々と不安である。
流石に女の子同士だし、場外乱闘が始まったりはしないだろうけど…余計に仲を刺激しないだろうか。
「…アンタのところのお姫様って大物よね」
京子「同感です」
…そんな不安はあるけど、でも、きっと大丈夫なんだろうな。
だって、俺の隣で小さく笑う彼女からはもうけんがとれているんだから。
そこにはもう地方予選の時にあった永水女子への敵意はまったくない。
それはきっと誰に対しても態度が変わらない小蒔さんに毒気を抜かれてしまったからなのだろう。
京子「ふふ」
小蒔「あれ?どうしました?」
京子「小蒔ちゃんは凄いなって改めてそう思って」
小蒔「え?」
きっとこれは俺では出来ない事だ。
いや、俺だけじゃなく他の皆にだって、そう簡単に出来る訳ではないだろう。
だけど、彼女はそれをやった。
勿論、小蒔さん自身、決してそれを意識していた訳ではないし、やろうと思ってやった訳ではない。
きっと自分がどれだけ凄い事をしたのかも、彼女はまったく理解していないだろう。
京子「小蒔ちゃんが良い子って事よ」ナデナデ
小蒔「えへへ」
そんな彼女にも分かりやすく噛み砕きながら俺は彼女の髪をゆっくりと撫でた。
まるで子どもにするようなそれに、小蒔さんは嬉しそうな声をあげてくれる。
相変わらず年上とは思えないその姿に、俺はひとつ笑みを浮かべてから手を差し出した。
京子「じゃあ、私達もそろそろ行きましょうか」
小蒔「はいっ」ギュ
「人も大分、少なくなってきてるしね」
利仙「最初は出遅れたと思いましたけど、丁度、良かったのかもしれません」
そんな風に会話しながら俺達はホワイトボードの前へと進む。
まるで昔ながらの仲間のようにそう言葉を交わしながら四人で。
勿論、九州赤山とは因縁浅からぬ相手であり、関係が良好とは言えない。
けれど、こうして麻雀一回で仲良くなる事だって出来るんだから、去年の長野のように決勝四校で仲良く合宿だって出来るはず。
そんな事を思いながら俺はその日、麻雀を打ち続けて… ――
………
……
…
初美「はひぃ…疲れたですよー」ドテー
霞「もう、初美ちゃん。はしたないわよ?」
巴「まぁ、疲れるのもちょっと分かるけどね」
湧「初美さあ、修行が足りん!」グッ
明星「でも、流石にこの長時間打ちっぱなしは慣れてても効きますね…」
春「しかも、この後は牌譜検討会…」
小蒔「えへへ、楽しみですねっ」
そう俺達が会話しているのは旅館の中の大広間だった。
ひと目で上等だと分かる立派な畳の上には黒い長机が並び、そこには山と海の幸をふんだんに使った豪華な料理が広がっている。
味もかなりのもので、こうして舌鼓を打っているだけでも幸せになるくらいだ。
これで麻雀の合宿じゃなければもっと良いんだけれど…まぁ、それを言っても仕方がないか。
初美「うぅ…OGは免除になったりしないですかー?」
霞「残念だけど、それじゃ皆に示しがつかないからダメよ」
初美「…仕方ないのですー。京子ちゃん、私の代わりに牌譜を検討しておくのですよー」
京子「お断りします」ニッコリ
初美「えー…こんなに可愛くお願いしているのになんでですかー?」
京子「アレは一般的にはお願いじゃなく命令って言うと思いますよ?」
京子「大体、さっき霞さんも言っていたじゃないですか」
京子「それじゃ皆に示しがつかないって」
初美「うぅ…それは分かっているのですよー」ヨイショット
そう言って初美さんはゆっくりと起き上がった。
元々、彼女だって本気で牌譜検討会が免除されると思っていた訳ではないのだろう。
そもそも去年は初美さんだってこうして牌譜検討会を繰り返して強くなっていった訳だし。
きっと心からそれを嫌がっているという訳でもないのだ。
初美「にしても、京子ちゃんは本当に可愛げがないのですよー」
初美「こうして私が可愛くお願いしているんだから少しくらいは反応してくれても良いじゃないですかー」
京子「多分、初美さん以外なら少しは考慮したと思いますよ?」
初美「それって差別じゃないですかー!!」
京子「いいえ、区別です」キッパリ
これが霞さんならば鼻の下を伸ばして頷いていたかもしれないし、巴さんならきっと本気で疲れているんだろうな、と気遣っただろう。
そういうのを初美さんに見せないのは、俺にとって彼女がそういう相手じゃないというだけだ。
本気で言っているのが伝わってくるなら、俺も考えただろうけど、冗談だって事は目に見えていたからなぁ。
ここでセメント対応しとかないと調子に乗るのは分かっているのだから、甘い顔なんてしてられない。
初美「くぅ…おっぱいがないってだけでこんなにも冷遇されるなんて…!」
初美「後輩の待遇格差に絶望したのですよー!」
巴「アレ?でも、湧ちゃんは結構、甘やかされているような…」
湧「……」シュン
巴「ああああぁっ!ご、ごめんね!ち、違うの!湧ちゃんのおっぱいが小さいって訳じゃなくって…!」アワワ
なんか知らないところで流れ弾が飛んでいっているなぁ。
まぁ、実際、わっきゅんはおもちがあるとは口が裂けても言えないスタイルではあるけれども。
流石に優希や天江選手ほどじゃないが、身体だって小柄な方だしなぁ。
まぁ、世の中にはわっきゅんよりも身長が低いはずなのにすばらなおもちをおもちな人もいる訳だけど。
有珠山の真屋由暉子選手を見た時は我が目を疑ったくらいだ…って、それはさておき。
京子「…」チラッ
春「…」
…チラリと目配せした春の姿は俺よりも少し離れた場所にあった。
勿論、それは俺が机の端に座っている、というのも無関係ではないのだろう。
けれど、普段、何も言わずとも春は俺の隣に座りに来るのだ。
まるでそこが自分の居場所なのだとそう言うように確保しに来る彼女は、しかし、今、俺の二つ隣にいる。
それはやっぱり… ――
京子「(…この前の事…だろうなぁ)」
思い出すのは、水着に慣れるという大義名分で色々と誘惑されてしまった時の事。
あの時の俺は結局、春と明星ちゃんの前で勃起してしまった。
そもそもアレで勃起しないなんてまずEDかホモかのどちらかだから、俺が健全な証拠ではあるのだけれど。
しかし、それで流石の春も身の危険を感じたのだろう。
こうして幾らか時間が経った今でも彼女は俺の隣に座ろうとはしなかった。
京子「(…凹む)」
流石に嫌われてまではいないと思う。
日常生活ではちゃんと会話してるし、色々とフォローもして貰っているのだから。
けれど、春は決して俺に近づこうとはしない。
それどころか、二人っきりになるのを極力、避けられているように感じるくらいだ。
京子「(どうしたもんかなぁ…)」
俺としては出来れば仲直りがしたい。
日常生活に支障をきたすほどではないとは言え、春との仲がぎくしゃくするのは居心地が悪くて仕方が無いのだから。
しかし、春が俺を避けているであろう理由が理由なだけに俺から踏み込む事は出来なかった。
今の俺に出来るのは時間が解決してくれるのを祈りながら、麻雀の練習へと打ち込む事だろう。
そう自分に言い聞かせながら、俺は春から意識的に視線を逸らして… ――
明星「…あ」カァァ
―― その先で、俺の対角線上に座った明星ちゃんと視線が合ってしまう。
こちらをチラっとだけ見た明星ちゃんは小さく声をあげて、そのまま気まずそうに視線を逸らした。
まるで俺なんか見たくないと言わんばかりのその反応に、心の中にグサリと突き刺さるものを感じる。
やはりあの時、無理矢理にでも断っておけば…いや、ちゃんと春の説明を聞いておけばよかった。
そう後悔しても時既に時間切れ。
地方予選以来、俺に失望したのか強い言葉を投げかけてきた彼女は、今、それすらもしなくなったのだから。
京子「(…春とは違って日常生活でも避けられっぱなしだからなぁ)」
まず顔すらマトモに見ては貰えない。
声を掛けようものなら脱兎の勢いで俺の前から逃げ出していくのだ。
以前のわっきゅんとまったく同じその反応は、相変わらず胸に突き刺さる。
けれど、以前と違って捕まえてどうこうという訳にはいかない。
わっきゅんの時とは違って、明星ちゃんは本気で苦手意識を抱いてるみたいだしなぁ…。
ここで下手に追いかけでもしたら、彼女のトラウマになりかねない。
京子「…ふぅ」
利仙「あら、ため息など吐いてどうしたのですか?」
京子「あ…」
瞬間、聞こえてきた声に惹かれるようにして俺は顔をあげる。
そんな俺の視線を受け止めたのは浴衣姿の藤原さんだった。
食事の前に軽く一風呂入ってきたのかその頬は微かに上気している。
ゆったりとした浴衣も何時もより地味だが、何処かリラックスした雰囲気が何とも色っぽい。
元々、良いところのお嬢様オーラが出まくりな分、まるでいけないところを見てしまったようで少しドキドキしてしまう。
京子「…いえ、少し合宿疲れが出てしまいまして」
利仙「ふふ。今日は凄い集中っぷりでしたものね」
とは言え、そんな藤原さんに本当の事を言う訳にはいかない。
流石に俺の悩みをそのまま打ち明けられたら藤原さんだけじゃなく、春や明星ちゃんも困ってしまうだろう。
折角、心配してくれているのは申し訳ないが、ここは適当に誤魔化してしまうのが一番だ。
それに合宿で疲れているって言うのも嘘じゃない。
初美さんのように食事中に寝転がるほどじゃないが、週末毎に強敵と打つ生活は結構疲れる。
特に俺の場合、親番で何とか挽回しなければ敗北確定な分、集中しなければいけないのだから尚更だ。
京子「インターハイまで時間も少ないですし、一戦一戦を無駄には出来ないですから」
京子「何より、永水女子の中で一番、麻雀の経験がないのは私です」
京子「藤原さんの指摘してくれた弱点を克服出来なければ、インターハイでは足手まといになる可能性も高いでしょう」
明星「そ、そんな事ないですっ!」
京子「え?」
明星「…ぁ」カァァ
利仙「…」クスッ
瞬間、聞こえてきた反論は明星ちゃんからのものだった。
それに驚いて視線を彼女へと戻せば、明星ちゃんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
さっき視線を交わした時よりも強い紅潮に、彼女はその身体を縮こまらせた。
まるでそんな事言うつもりはなかった、と言わんばかりの反応を俺はどう解釈してあげれば良いのか。
そう悩む俺の横で藤原さんが小さく笑みを浮かべた。
利仙「須賀さんは人気者のようですね」
京子「あ、いえ、その…」カァ
小蒔「そうなんですよ!京子ちゃんって裏エルダー様なんです!」
利仙「裏エルダー?」
小蒔「はい。エルダーであるお姉さまの妹です!」グッ
利仙「…なんだか良く分かりませんけど、とにかく、須賀さんが人気者という事ですか?」
小蒔「はいっ!皆、京子ちゃんの事凄いって、格好良いって言ってます!」キラキラ
そう俺を持ち上げてくれる小蒔さんにはきっと悪意なんてまったくないのだろう。
きっと彼女は素敵な友人を自慢しようとか、その程度くらいにしか思っていないはずだ。
けれど、彼女から自分の評判を聞かされる側としては、溜まったものじゃない。
悪意がないと分かっている分、止める事も出来ず、俺は顔を赤くしてその場に項垂れた。
利仙「ふふ。そして神代さん達も須賀さんの事大好きみたいですね」
小蒔「はい。大事な家族です」ニコ
利仙「そんなに神代さんに思われるなんて…須賀さんは幸せものですね」
京子「…えぇ。得難い幸せだとそう思ってます」
小蒔「京子ちゃんっ」パァ
京子「私も大好きよ、小蒔ちゃん」
小蒔「えへへ」テレテレ
明星「…」ムゥ
とは言え、ここで恥ずかしがってばっかりいるのもな。
折角、小蒔さんが俺の事を好きだとそう言ってくれたのにちゃんと返事を返さないと。
小蒔さんの『大好き』のハードルは低いとは言え、それが告白である事に変わりがない訳だし。
ただ俯いているだけじゃ流石に不誠実だろう。
…まぁ、その分、視界の端で明星ちゃんが何だか拗ねているような顔を見せているのだけれど。
きっと俺の正体が男であると知っている彼女にとっては気が気じゃない状態なのだろう。
それを思うとちょっと申し訳ない気もするけれど…ここで変に意識した反応を見せる方が変だし、許して欲しい。
利仙「では、そんな幸せ者である須賀さんの隣に座っても宜しいですか?」
京子「構いませんけど…でも、良いんですか?」
他にも席は一杯ある。
特に九州赤山はこっちよりも人数が多いだけあって、あっちこっちにちらほら散らばっているんだ。
夕食の時間に少し遅れているけれど、まだまだ九州赤山の人は残っている。
決して藤原さんの事が嫌いって訳ではないが、積もる話もあるだろうし、後輩たちやOGの人達と一緒の方が良いのではないだろうか。
利仙「はい。永水女子の方々とはもっとお話をしたかったですし」
利仙「それに一応、私は発案者ですから」
小蒔「発案者?」
利仙「えぇ」ニコ
小蒔さんの言葉に藤原さんは笑みを浮かべながら小さく頷いた。
そのまま俺の隣に座る彼女の動きは相変わらず洗練された美しいものである。
整った顔立ちに浮かぶ笑みも、朗らかな笑顔も見ているだけでも場が華やかになっていくようなものだ。
けれど、そういった外見的なものだけでは藤原さんを推し量る事は出来ない。
今日一日だけでもそれを思い知った俺は彼女に視線を向けながら、ずっと胸にあった疑問を口にする。
京子「そう言えば、この合宿は藤原さんが提案したものなんでしたね」
初美「でも、何で私達なんですかー?」
初美「九州赤山となれば未だに世間で強豪と通じるくらいのネームバリューはあるですよー」
初美「わざわざ私達に申し込まなくても練習試合や合宿の相手なんて引く手数多だと思うのですー」
巴「そうね。それに九州赤山は鹿児島二位」
巴「地方予選の一位同士が練習試合を組む事は大会規定に寄って禁止されているけれど…二位とは問題ないはず」
巴「鹿児島周辺のインターハイ出場校からすれば、今年も出場を決めた永水女子の実力を図る意味でも一度は戦っておきたい相手でしょうね」
霞「えぇ。ある意味では永水女子以上に人気者でもおかしくないと思うわ」
利仙「ふふふ」
初美さん達の試すような言葉に、藤原さんは肯定も否定も返さなかった。
ただただその顔に優しそうな笑みを浮かべてはぐらかしている。
こうして合宿をするようになったとは言っても、流石にその内情までは明かしたくはないという所か。
この辺りの対応を見るに、やっぱり藤原さんは世間知らずのお嬢様って感じじゃないよなぁ…。
利仙「まぁ、あまり疑われても無意味なのでハッキリといいますが…私は今回の合宿で九州赤山に変わってほしいとそう思っています」
小蒔「変わる?」
利仙「はい。私が最初に神代さんに負けた年からずっと九州赤山は打倒永水女子を掲げてきたのです」
利仙「ですが、それは三年という月日をかけても成就させる事が出来ませんでした」
利仙「今年などは完全に対永水女子用のシフトを組んでいたにも関わらず、最後に逆転されてしまったのです」
利仙「顧問や三度の敗戦を実際に体験した三年生にとって、これほど悔しい結果はないでしょう」
利仙「特に大将の子はろくに返事も出来ないくらいに悔しがっていました」
京子「……」
藤原さんの言葉が俺の胸に突き刺さる。
勿論、それくらい俺も予想していた事だ。
開始前にトラッシュ・トークこそ仕掛けてきたが、大将である彼女の麻雀は本物だったのだから。
一年生からレギュラー入りしていたとも聞くし、きっと麻雀歴一年ちょっとの俺よりも遥かに努力してきたのだろう。
そんな彼女がオーラスから数万点差ひっくり返されたのだから、言葉を失ってもおかしくはない。
実際、去り際の俺が見た彼女は呆然と卓を見つめながら大粒の涙を零していたところだったのだから。
利仙「あ、ごめんなさい。それを責めるつもりはないのです」
利仙「真剣勝負であった以上、致し方ないことですし、それに彼女も周りのお陰で回復しましたから」
利仙「それは須賀さん自身も目の当たりにして分かっている事と思います」
京子「…はい」
…まぁ、その辺は俺が気にしても仕方のない事だよな。
未だ彼女が閉じこもっているならばともかく、こうして麻雀の合宿に顔を出している訳だし。
何より、藤原さんの力を借りたとは言っても、俺へのリベンジをきっちり果たしているんだ。
そんな彼女に対して、憐れみを抱くなんて言うのは上から目線が過ぎるだろう。
完全に忘れる、なんて不可能かもしれないが、少なくともそれに囚われるべきじゃない。
利仙「…ですが、彼女が敗戦から立ち直る兆しを見せても、九州赤山そのものがまだ永水女子に囚われています」
利仙「勿論、来年こそ先輩たちの無念を晴らすとそう思ってくれているのは、OGの一人として嬉しい事です」
利仙「…けれど、私達はそれで二年間を無駄にしてしまいました」
利仙「永水女子に勝つ事を拘っていなければ、もっと対策は出来ていたはずです」
利仙「自惚れかもしれませんが…一昨年の時点でこうして合宿が出来ていれば、少しは結果が違っていたのかもしれません」
利仙「倒すべき敵であると思わなければ、ライバルとして受け止めてお互いに切磋琢磨出来ていれば、もっと高みにいけたのかもしれない」
利仙「…今年もまた貴方達に敗れた後輩を見て…私は今更ながらにそう理解したのです」
京子「…藤原さん」
そう呟かれる声には自嘲と自責の感情が強く込められていた。
きっと彼女は強く自分を責めているのだろう。
どうしてそれにもっと早く気付けなかったのかと、後輩に伝えてやれなかったのかと。
そんな想いが最後の言葉から滲み出ているようだ。
京子「(…だから、顧問に働きかけてまでこの合宿を成立させたのか)」
インカレはインハイほどテレビでの扱いは良くないが、実力がプロと並ぶほどの雀士は沢山いる。
そんな彼女達への対策を立てる為にも同じ年代の相手と戦った方が藤原さんとしては得られるものが多いはずだ。
けれど、藤原さん自身にとっても貴重なこの時期に、九州赤山の顧問へと働きかけ、永水女子との渡りをつけた。
それはきっと彼女が後輩達と同じくらい母校の敗北を悔み、悲しんでいたからなのだろう。
利仙「…私は後輩に恨みしか残してやれなかったダメな先輩です」
利仙「ですが、だからと言って後輩たちに同じ轍を踏んで欲しいとは思っていません」
利仙「永水女子を恨むのではなく、ただライバルの一人として受け止めて欲しい」
利仙「そうすれば九州赤山はもっと上へといけるはずです」
利仙「…だから、私はこうして皆さんをお誘いしました」
利仙「九州赤山が今よりももっと強くなる為に」
利仙「永水女子との関係を敵ではなく、好敵手とする為に」
利仙「それは勿論、永水女子の皆さんを利用する行いではありますけれど…」
京子「…そんなのお互い様でしょう」
そんな藤原さんが申し訳なくするのを俺はどうしても見過ごせなかった。
勿論、彼女は自分で言っている通り、後輩たちのステップアップに永水女子を利用しようとしているのだろう。
けれど、それはこっちも同じだ。
インターハイが始まる前に少しでも実力をつけ、欠点を克服しておきたい。
そんな俺達にとって九州赤山はまさに最適な相手とそう言っても良かった。
京子「この合宿は私達にとっても得られるものが多いものです」
霞「そうね。今の皆に足りないのは実戦経験だから」
初美「強豪校だけあって色んな相手と打てるのは正直、ありがたいのですよー」
巴「手の内を完全に知っている身内じゃ、初めて相手にどう対応するのかっていう経験値は得られないものね」
明星「距離的にも近いですし…移動で無駄な時間も使いませんしね」
春「永水女子麻雀部は基本的に常に金欠だから…お金の都合も大事」
小蒔「良く分かりませんけど、私は藤原さんとまた打てたのが嬉しいですよ!」
利仙「皆さん…」
何とも世知辛い話の最後を締めるのは小蒔さんの笑顔だった。
話の流れを良く理解していなくても、嬉しいとそう告げる言葉はきっと藤原さんの胸に届いたのだろう。
俺達を呼ぶ彼女の声は嬉しさと安堵が入り混じったものだった。
少なくともその声の中に自己嫌悪や自嘲と言ったものはない。
それに俺もまた安心した瞬間、目の前で初美さんがニヤリとした笑みを浮かべた。
初美「しかし、そういう話ならば、やっぱり枕投げはするべきなのですよー」
巴「…え?」
小蒔「やっぱりそうですかっ!」キラキラ
霞「小蒔ちゃんも食いつかないの」
明星「大体、なんでいきなり話が枕投げに飛ぶんですか」
初美「そんなの決まっているじゃないですかー!」
初美「枕投げは由緒正しい旅行や合宿の必須イベントなのですよー」
初美「飛び交う白い弾丸!流れる汗!共同作業!!」
初美「気持ちをぶつけるように投げる枕は何時しか硬い友情の絆へと変わるのですー!」グッ
初美「わぁっ」キラキラ
初美「これで仲良くなれない学生はいないのですよー!!」
霞「…初美ちゃん、ちなみに私達もう学生じゃないんだけど」
初美「…あ」
小蒔「じゃあ、残念ですけど初美ちゃん達の援護は期待出来ませんね…」
春「…姫様、やはりここは京子と湧ちゃんを中心に戦術を立てるべきかと」
小蒔「そうですね。とりあえず攻撃は二人に任せて私達は陣地構築を頑張りましょう!」グッ
初美「うぅ…私も仲間に入れて欲しいのですよー」
京子「と言うか、枕投げ自体をしません」キッパリ
初美「えー」
小蒔「えー」
俺の言葉に二人が不満そうな声をあげるが、枕投げはちょっとなぁ。
これが大体、気心も知れてる永水女子の皆ならば、ともかく九州赤山込みだと遊びじゃ済まない可能性だってある。
今日一日の合宿で大分、こっちへの敵意もマシになったが、それでもまだ完全になくなったって訳じゃないんだし。
ここで枕投げなんてしたら、またギクシャクしてしまう可能性だってあるのだ。
霞「えーじゃありません」
京子「そもそも九州赤山の皆さんに迷惑を掛けるだけでしょう」
利仙「あら、私は構いませんよ」
京子「えっ」
利仙「だって、面白そうじゃないですか、枕投げ」ニコ
京子「え、えぇぇ…」
けれど、藤原さんは意外と乗り気であるらしい。
ニコリと笑いながら初美さんの提案を受け入れてくれていた。
まるで本心から面白そうだと思っているようなその笑みは大物っぽいけど…でも、本当に良いんだろうか。
利仙「それに神代さんとは約束もしましたしね」
小蒔「ねー♪」
京子「(可愛い)」
藤原さんの言葉に笑顔で頷く小蒔さんは、まるで藤原さんの親友のようだ。
少なくとも今日からマトモに話をするようになったような仲とは思えない。
それは小蒔さんが人懐っこいから、だけじゃなく、二人の相性が良かったからなのだろう。
それは俺としても喜ばしい事だし、小首を傾げて同意する小蒔さんは抱きしめたいくらい可愛いけれど… ――
利仙「大丈夫ですよ、皆が皆、永水女子の皆さんを嫌っているって訳じゃないんですから」
利仙「インターハイ前のこの時期にトラブルを起こすのは私としても本意じゃありませんし任せて下さい」
京子「…霞さん?」
どうします?
そんな意図を込めて視線を送った彼女は何とも言えない表情をしていた。
何処か苦虫を噛み潰したような迷っているような…そんな顔。
色々と考えているが故のその表情は数秒後、諦観混じりのものに変わった。
霞「仕方ないわね」フゥ
小蒔「わーい」ヤッター
初美「霞ちゃんが折れたですよー!」ヤッター
…まぁ、ここまで言われたら、折れるしかないよなぁ。
そもそも枕投げをしようって言い出したのはこっちの方なんだし。
ここで利仙さんの言葉を断ったら、相手を警戒しているように取られかねない。
この合宿だって九州赤山の方からこっちへと歩み寄ろうとしてくれている結果なのだと考えれば、あまり警戒するのは気が引ける。
悔しいが、このタイミングで枕投げを言い出した初美さんの勝利という奴だろう。
霞「牌譜検討会の後、レクリエーションとして人数調整して枕投げ、という形で宜しいですか?」
利仙「はい。こちらも問題ありません」
利仙「あ、どうせですし、出身校が半分ずつになるようにチームを決めるのはどうですか?」
霞「そうですね…そっちの方がトラブルも少なく済みそうですし…」
初美「~♪」
霞「…あ、でも、私とこの子は一緒でお願いします」ガシッ
初美「な、何でですかー!?」
霞「自分の胸に聞いてみれば良いと思うわよ?」ニコッ
初美さんはトラブルメーカーだからな。
誰かの為を思って意図的にトラブルを引き起こしている時も多いが、それでも野放しにするのは危険過ぎる。
流石に九州赤山の人々相手に失礼な真似をしたりはしないと思うけど、少なくともストッパーになれる誰かが側にいないと色々と不安だ。
正直、霞さんがそう言ってくれなければ、俺が言い出そうと思っていたくらいだからなぁ。
まぁ、何はともあれ… ――
利仙「ふふ。楽しみですね」
小蒔「はいっ!」
嬉しそうに笑い合う二人が表情を曇らせるような事が起らないよう全力を尽くそう。
心の中でそう誓いながら、俺はさっきより幾分、味気のなくなった料理に舌鼓を打ったのだった。
というわけで今回は終わりです
とりあえず本編で京子の能力の解説と弱点を説明したかった(小学生並みの感想)
その為に利仙ちゃんの能力が漫ちゃんに似たものになってますが、山に作用する漫ちゃんと河に作用する利仙ちゃんで差別化は出来てるって事にさせてください(震え声)
また利仙ちゃんの能力が本編で説明されたりしたら土下座して謝罪します…
次回は枕投げに入っていく予定ですが、その後に一つのアクシデントを入れる予定です
そのアクシデントに合うキャラを永水女子メンバー(本編三年生組込み)と利仙ちゃんの八人の中から選んでください
↓直下
乙
>初美「わぁっ」キラキラ
これ小蒔さんじゃね?
>>601
今回こそはっ!今回こそは誤字がないと思ってたのに…!!!(´・ω・`)毎回、ごめんなさい
後、最近、投下頻度落ちてて申し訳ないです
出来るだけ早くこっちにも続きを投下出来るよう頑張ります
明日には投下したい(´・ω・`)多分今日は無理っぽいごめんなさい
書いてる間に京子ちゃんと湧ちゃんが割りと化物っぽくなりましたが、まぁ、この世界はギャグ時空(※ギャグ時空です)なので深く考えないでください(小声)
では今から見直ししながら投下始めます
霞「…では、もう一度、ルールを確認しましょう」
霞「お互い7:7のチーム戦。最初に五分の準備時間を取って、お互いに準備が出来たら真ん中の襖を開ける」
霞「枕が当たって、それをキャッチ出来なければ失格。まぁ、この辺りはドッジボールと同じね」
霞「違うのは布団や枕を盾や陣地に使用出来る事」
霞「失格になったプレイヤーは後ろへと後退して、復活が出来ない事くらいかしら」
霞「勝利条件はドッジボールと同じく、相手のチームを全員、失格にさせる事」
そもそも枕投げと言う遊びには明確なルールどころか、勝ち負けの判定方法すらない。
あくまでも興が乗った結果、枕をただ投げ合う子どもの遊びなのだ。
けれど、この歳でルールも何もない遊びに思いっきり興じるのは難しいし、また泥沼になりかねない。
たったこれだけの短いルールを作るのに数十分ほど掛かった訳だけれど、それも必要なものだっただろう。
霞「とりあえず…こんなところでよろしいですか?」
利仙「えぇ」コクリ
そんなルール決めの中で意見の調整役になってくれたのは霞さんと藤原さんだった。
霞さんは普段から俺達の意見を纏めてくれている人だし、藤原さんは九州赤山側のメンバーを集めてくれた人である。
この二人がいなければ、きっとこのルールを決めるだけでも、もっと時間が掛かっただろう。
お互いに違和感なくリーダーシップを取ってくれる人が居て助かった…っと、それはさておき。
霞「他に質問がある人はいるかしら?」
「……」
初美「大丈夫みたいですよー」
霞「では、そろそろ始めましょうか」
利仙「えぇ。お手柔らかにお願いします」ニコ
霞「こちらこそ」ニコリ
そんな二人はこれから敵同士になる。
あくまでもクジの結果ではあったが、これも運命のようなものかな。
少なくとも、永水女子と九州赤山の混成軍で、リーダーになれるほどのカリスマを持っているのはこの二人だけなのだから。
正直、霞さんと藤原さんに組まれたら、逆側のチームに勝ち目はないと思う。
そう言う意味でも今回のクジは俺の知る限り、それなりにバランスよく分けてくれたと言うか、何というか。
京子「(こっち側に来た永水女子組は、俺、霞さん、初美さん、そして小蒔さんだしな)」
俺は勿論、霞さんも基本的に運動が得意だ。
そもそも彼女のやっている舞は文字通り全身を使ってあらゆるものを表現しなければいけないのだから。
その体幹から筋肉までしっかりと鍛えられていなければ、アレだけ美しい舞は出来ないだろう。
初美さんも小柄ではあるが、泳ぐのが好きなだけあって、それなりに鍛えている。
特に逃げ足は早く、俺が本気で追いかけてもすぐさま捕まらないくらいだ。
そして小蒔さんは…その、まぁ、うん。
向こう側まで枕が届けば御の字と言えるかもしれない。
京子「(大体、端から端まで20mくらいあるからなぁ)」
枕投げの舞台として選ばれたのは団体用の大広間だった。
三十人は一度に寝られるくらい広いその空間は多少暴れた程度ではビクともしない。
少なくとも枕投げ程度では弁償しなきゃいけないような傷や損害になったりしないだろう。
男ならまだ興奮しすぎて大変な事になる可能性もあるが、ここにいるのは俺以外全員女の子な訳だし。
文化系の部活に属する美少女達がやる枕投げなんてキャーキャー言いながらのお遊びレベルになるはずだ。
利仙「では、襖を閉めますね」
利仙「また五分後に」スス
霞「えぇ。また五分後に」ススス
…………パタン
霞「陣地構築!」
初美「はいなーですよー!」
京子「…え?」
そんな事をおもった瞬間、霞さんから鋭い指示が飛んだ。
それに反応した初美さんが、部屋の端へと積まれた布団へと飛び込む。
明らかにこの場にいる人数以上の布団を初美さんはドンドンと床へと広げていった。
普段の彼女以上に俊敏なその動きは見て分かるくらいに気合が入っている。
京子「(いや、まぁ…初美さんは最初から乗り気だったし、当然かもしれないけれど…)」
小蒔「えぇっと…どうします?」
霞「相手の出方が分からないけれど、とりあえず陣地は二つ作ろうと思っているわ」
霞「一つはこの部屋の半分くらいの位置に半丸のような形で一つ」
霞「まず間違いなくここに集中砲火を受ける事になるから、布団の殆どは前の陣地で使うつもりよ」
「どうしてそんな事を?」
「どうせ陣地を作るなら全員が隠れられるような大きい奴を後ろに作った方が良いんじゃないですか?」
霞さんの言葉に九州赤山の二人が疑問を口にする。
いや、まぁ、うん、俺も確かにそれは気になるけどさ。
でも、俺が気になるのはそこじゃないというか何というか。
どちらかと言えば初美さんだけじゃなく霞さんまで本気っぽい事の方が気になるかな!?
霞「確かに普通の戦いならばそれがセオリーだと思います」
霞「ですが、この布団の数では七人全員が満足に隠れられるだけのものにはなりません」
霞「それにこれは枕投げ」
霞「相手を倒せる枕の数は有限です」
「…あ、そっか。確か枕は片方14個しかないから…」
「一人ずつに回すと二個ずつしか持てない計算になるんですね」
小蒔「つまり…?」
霞「下手な攻撃は自分を不利にするだけじゃなく相手を有利にするの」
霞「だから、前に攻撃しやすい硬い部分を作って、相手の不用意な攻撃を誘発させる」
霞「その後ろに置く陣は前面のフォローが主な目的ね」
霞「飛んでくる枕を回収したり、こっちに対して前進してくる相手の牽制役よ」
霞「攻防の主役は前の陣地に詰めた精鋭が担う事になるわ」
小蒔「な、なるほど…?」ウーン
…これ多分、小蒔さん分かってないんだろうなぁ。
ただ、今の説明で殆どの人が霞さんの思い描いている戦術を理解したのだろう。
陣地を作るのに五分間しかないのもあって、何人かが布団を運ぶ初美さんを手伝い始めた。
俺を含む残りはそれを受け取り、布団をしっかりと積み上げていく。
出来るだけ崩れないように折りたたまれたそれはドンドンと強固なものになっていった。
「後ろの陣にはどれだけの布団を使いますか?」
霞「それほど数がなくてもいいですよ。恐らく後ろに飛んでくるのは流れ弾だけでしょうし」
霞「これだけの陣地が前にあると距離感も掴みづらいから殆ど狙われる事もありません」
霞「それにいざと言う時は前の陣地の後ろに隠れる事が出来ますし、数枚で十分でしょう」
「分かりました」
まぁ、それだって周りの指揮を取ってくれる霞さんがいなかったらどうなるかは分からなかったけどなぁ。
正直、五分と言う時間は仲間との意見を統一するには短すぎる。
その二倍の時間があったところで、話が纏まらない可能性だってあったはずだ。
俺達がそうならなかったのは最初からリーダーシップを発揮し、周りに指示を飛ばす事に違和感を与えない霞さんがいてくれているからだろう。
京子「(…逆に言えば、多分、あっちもそうなんだろうな)」
閉じた襖の向こうで、敵側のチームが何をしているのかは分からない。
けれど、あっちはあっちで藤原さんがリーダーとして周囲を纏めているはずだ。
正直、それを思うと少しだけ不安になるけれど、それにばかり囚われてはいられない。
時間の余裕がある訳じゃないんだから、とっとと陣地を固めて、本番に備えよう。
霞「京子ちゃん」
京子「あ、はい。何でしょう?」
霞「貴女には前線を頼みたいのだけれど良いかしら?」
京子「まぁ…そうなりますよね」
そんな俺に話しかけてきた霞さんの言葉は予想通りのものだった。
さっき彼女が言っていた通り、この陣形では前に配置された精鋭がどれだけ実力を発揮出来るかが重要になってくる。
指揮官である霞さんとしては、このチームの中で一番、強いとそう思える相手を前へと置きたいだろう。
京子「(そして、霞さんは俺が男であると知っている訳で)」
勿論、九州赤山の面々は、つい今日会ったばかりだし、その身体能力の程は分からない。
けれど、こうして布団を運んだり、それを積み上げていたりする姿を見るにあくまでも文化系だ。
少なくとも、わっきゅんのように明らかに部活を間違えたような馬鹿げた能力はしていない。
それを考えた時、やはり彼女の中で白羽の矢が立つのは男である俺だったのだろう。
京子「…でも、そこまでガチでやるんですか?」
霞「当然よ。だって、こっちには小蒔ちゃんがいるんだから」
霞「錦の御旗を背負って負けられるはずないじゃない」ニッコリ
京子「お、おぉう…」
いや、錦の御旗って。
そもそも小蒔さんは天皇家に縁のある人でもなければ、将軍様とも無関係なのだけれど。
確かに彼女はこの中でも一番のお嬢様ではあるが、錦の御旗と言えるほど家柄が凄い訳じゃない。
…ただ、あくまでもそれは俺にとっての話なんだろうなぁ。
過保護な霞さんにとっては小蒔さんが味方にいるというだけで負けられない理由には十分過ぎるのだろう。
霞「それで…どうかしら?」
京子「…仕方ありませんね」
まぁ、それはさておき。
こうしてお願いされているのを断る理由と言うのは俺の中にはなかった。
何せ、相手の中にはわっきゅんがいるのである。
身体能力では俺に並び、一部では勝ってみせる彼女。
その小柄な身体に信じられないほどのパワーを秘めたわっきゅんが敵にいるのに、前線を他の誰かに任せる事は出来ない。
並の運動系くらいならば軽く圧倒してみせる彼女を止められるのはきっと俺だけだろう。
霞「ありがとう。助かるわ」
京子「いえ…」
ピリリリリ
京子「…あ」
瞬間、五分を告げるタイマーが部屋の中で鳴り響いた。
携帯から鳴り響く独特のアラーム音に、皆の顔も引き締まっていく。
準備期間は既に終わり、これから戦いが始まる。
それを予感させる音に俺は一つ息を吐いた。
霞「京子ちゃん、襖を開ける役目をお願いできる?」
京子「はい。構いませんよ」
どの道、俺は前線に詰める事になるのだ。
そう遠くない陣地と襖を往復するくらいまったく問題はない。
何より、開始時間は既に来ている以上、問答している余裕はなかった。
相手チームを待たせている可能性だってある訳だし、早く襖を開ける準備をした方が良いだろう。
京子「そっち準備良いですかー?」
利仙「えぇ。大丈夫ですよ」
襖越しに投げかけた声に藤原さんが応える。
思いの外、遠いそれは壁際ギリギリまで下がっている所為か。
少なくとも襖の前にいる訳ではないのだろう。
けれど、襖越しには誰かがいる気配を感じる辺り、こっちへの撹乱か。
…やっぱり藤原さんは一筋縄ではいかない相手であるらしい。
京子「(…まぁ、どういうつもりなのかって考えても仕方ないか)」
どちらにせよ、もう開始時刻になってしまったのだ。
このまま下手に考えこんで、遅延戦術だと思われるのは面白く無い。
何より、こうしている間にも相手の陣地が出来上がっている可能性だってあるのだから、早く襖を開けて開始するべきだろう。
そう判断した俺は襖に手を掛けて… ――
京子「じゃあ、開けますね。せーの…っ」
スス ビュン
京子「え?」
襖を開いた瞬間、俺の目の前に白い塊が飛んできた。
別々の方向から三個飛んできたそれらは狙いが決して良いとは言えない。
きっとタイミングだけを合わせてこっちに向かって投げてきたのだろう。
それを判断した瞬間、俺の身体が跳ね、一番、的確だった枕を奪い取り、狙いの甘い残り2個を躱した。
利仙「アレを受けますか…!」
京子「って、藤原さん!?」
そんな俺に対して感嘆とも驚愕とも言えない顔向けるのは藤原さんだった。
あちら側の陣地の奥、壁際に座した彼女の姿はゆっくりとその態勢を整えてようとしていた。
そのフォームから察するに、さっきの枕を投げた一人は藤原さんなのだろう。
明らかにこっちに対して奇襲する気満々だった彼女に対して抗議する為に口を開いて… ――
京子「まだ開始じゃないと思うんですけど!」
利仙「あら?そんな事ありませんよ」
利仙「準備期間が終わったらお互いに襖を開けるとしかいっていませんし」
利仙「もう既に戦いは始まっていますとも」ニコ
京子「っ…!」
まずい、と今更ながらに思った。
何せ、藤原さんの言葉には間違いはないのだから。
確かに事前協議では、襖を開いた誰かが戻るまで攻撃は禁止なんて言う話は出てこなかった。
いや、恐らく彼女が意図的に出さなかった、と言う方が正しいのだろう。
何せ、藤原さんは今、その穴を思いっきり突きに来ているのだから。
開幕の奇襲で一人減らせるチャンスに準備期間である五分の間に気づいた、と言うよりも、最初から気づいていて黙っていたって方がより説得力がある。
霞「京子ちゃん、下がって…!」
京子「くっ!」
なんて考え事してる場合じゃない…!
最初の一撃は躱せたものの、俺は完全に陣から出て無防備な状態なのだ。
今のままじゃ陣地に隠れている敵側から集中砲火を受けるだけである。
何はともあれ、今は後ろに下がらなければ…!
湧「キョンキョンっ!」
京子「…!」
そんな俺へと踏み込んできたのはわっきゅんだった。
既に陣地の外にいる彼女は恐らく俺とはまた別の襖を開いていたのだろう。
けれど、わっきゅんは俺とは違い、その手に枕を二個握っている。
完全に臨戦態勢。
しかも、他か集中砲火を受ける状態で、俺とほぼ実力が変わらない相手が突っ込んでくる。
絶対絶命と言っても良い状況に俺は… ――
………
……
…
霞「(本当に…やってくれるわね…!)」
京子が襖を開いた瞬間、霞は自分たちがはめられた事に気づいた。
それは奇襲のような形で枕が投げられたからだけではない。
勿論、それは無関係ではないが、それよりも異様なのは相手の陣地の形と厚みだった。
霞「(私達とは資源の量が違う…!)」
霞の立てた陣は限りある資材を有効に活用する為のものだった。
けれど、相手方の陣は違う。
潤沢にある資源を惜しみなく使い、何処の部分も壁が厚くなっていた。
枕の数も違うのか、さっきから京子に向かって惜しみない数の攻撃が飛んできている。
初美「アレ、卑怯じゃないですか!?」
霞「言っても無駄よ…!確かにルールにはなかったもの…!」
それでも文句を言えないのは自分の不備を霞自身が認めてしまっているからだった。
確かにルールの中には『他の部屋から布団を持ってきてはいけない』と言うものも『この場にある資源のみで戦わなければいけない』と言う文面も含まれてはいない。
ただただドッジボールに雪合戦のような要素を加えただけの簡素なルールしか作っていないのである。
霞「(藤原利仙…ただのお嬢様ではないと思っていたけれど…)」
この手際の良さは土壇場で思いついたものではない。
恐らく最初から入念に準備をしていたのだろう。
最初からルールの裏を突き、勝つ事を考えている。
藤原利仙にとって、これは遊びの延長などではない。
最低限のルールに則ってさえいれば、どんな卑怯な行いも戦法として肯定される、一種の戦争行為に近いものなのだ。
霞「(せめてそれに気づいていれば…まだ何とかなったのに…!)」
勝つ為には常識や共通認識なんて簡単に覆してくる。
その認識さえあれば、まだ対抗手段は幾らでもあった。
けれど、こうして襖が開くまで霞はそれに気づく事が出来なかったのである。
周囲を従える指揮官の性格と言う重要な情報を見誤るという重大なミス。
それによって窮地に陥る味方を見ながら、霞はぐっと拳を握りこんでいく。
霞「(あそこにいるのが京子ちゃんでなければ…!)」
仕方のない犠牲だったとそう諦める事が出来る。
だが、今、矢面に晒されているのは自軍で間違いなく最高戦力と呼べる須賀京子なのだ。
今はまだ集中砲火の中で持ちこたえてはいるが、いつまでそれが続くかは分からない。
けれど、京子を援護しようにも自分たちの枕は相手ほど潤沢にある訳ではないのだ。
自分たちの最高戦力が潰されるのを見ているか、はたまた限られた資源を切って助けようとするか。
頭の中でその二つを天秤に掛ける彼女の前で十曽湧がゆっくりと踏み出した。
霞「っ!」
彼女の実力を石戸霞は知っている。
神代家を守護する二つの武門、その片方を担う十曽家で生まれた一人娘なのだから。
共に天才とそう呼ばれた両親から神代小蒔を守る為に叩きこまれた技術は彼女の中に間違いなく息づいている。
「ちょ、やばいっしょ。援護しないと!」
「とにかく投げてかないとあの人負けちゃうって!」
霞「っ!待って…!」
須賀京子を見捨てるのか、出来るだけ護ろうとするのか。
その判断を未だ下す事が出来なかった石戸霞の静止は一瞬、遅れた。
ほんの一秒にも満たない遅れ。
しかし、その間に二人の手から枕は放たれ、一番近く、投げやすい目標 ―― 十曽湧へと飛んで行く。
直撃コース、やった!と二人が確信した瞬間、湧の身体は一瞬、揺れて ―
「…え?」
二人にとっては信じられない光景だった。
何せ、湧の歩き方はジリジリと畳を擦るような遅々としたものだったのだから。
素人である自分たちでも簡単に狙いをつける事が出来るそれに当たったと確信したくらいである。
だが、今、投げた枕は湧には当たらなかった。
まるで湧の実体が一瞬、なくなり、幽霊になったかのように枕だけが後ろへと抜けていったのである。
「すり抜けた…?」
霞「違うわ。アレは避けたのよ…!」
武術において基本にして奥義とも言われる足運び。
湧はそれを両親から十年単位で叩きこまれている。
一見、普通のスリ足に見えても、アレはまったく隙のない鉄壁の構えなのだ。
投げられた枕に反応して躱し、そしてすぐさま元の姿勢へと戻る。
体幹が揺れても決して崩れないその歩法は、素人が見ればすり抜けたようにしか見えないほどの完成度だった。
霞「(…やっぱりやる気なのね、湧ちゃん…!)」
心の何処かで霞は期待していた。
湧が姫様と慕う神代小蒔がこっちにいるのだから手加減くらいはしてくれないかと。
けれど、彼女はこうして自分から前線に赴き、京子へと近づいていっている。
それは自分が一番有効に活躍出来る場所が動けない陣地の中ではなく、砲弾飛び交う戦場のまっただ中だと理解しているからなのだろう。
そんな彼女をリタイアさせるのは容易ではない。
武術家が見ればそれこそ感嘆するレベルの歩法でジリジリと近づいてくる彼女を倒すのは今の京子がされているように全軍からの集中砲火でなければ無理だろう。
つまり… ――
霞「(どっちに転んでもこっちに不利な二択って事…!)」
須賀京子がリタイアすれば資源だけじゃなく人数だけでもこっちが不利になる。
が、ここで湧を倒そうとすれば、限られている資源を大きく減らす事になるのだ。
無論、あっちからこっちへと飛んできている枕はあるが、今の状況でそれを回収するのは難しい。
未だ相手方から惜しみなく枕が飛んできている現状で下手に陣地から飛び出せば、確実に狙い撃ちにされるだろう。
けれど、京子が倒されれば、湧がこちらの方へと近づいてくるのは確実だ。
枕がなければ一方的にこちら側が削られていくだけで… ――
霞「(どうすれば良いの…!?)」
相手の指揮官の性格を見誤った事。
その僅かなミスがドンドンと膨れ上がり、ひたすらに大きくなっていく。
最早、『何を失うか』ではなく『どれだけ失うか』のレベルにまで詰められている現状に霞は必死に頭を働かせた。
けれど、見えない。
何が一番『マシ』なのか。
何を『どれだけ失えば良い』のか。
刻一刻と変化する状況の中で、しかし、その判断が出来ず、石戸霞は迷いを覚える。
京子「霞さん!」
霞「…え?」
その瞬間、霞は信じられないものを見た。
並の実力ならばもうとっくの昔にリタイアしているであろう状態で孤立しても何とか踏みとどまってくれている友軍。
きっと自分たちの勝利に対して多大な貢献をしてくれるであろうと思っていた心強い味方 ―― 京子が前へと踏み出したのだ。
………
……
…
京子は理解していた。
この状況が決して自分たちにとって良くはないという事を。
自分がもう詰みに近い状態であるという事を。
そして自分の存在が周囲の指揮を取る霞の負担になっている事を。
押し寄せるような枕を受け止め、弾き、躱しながら、京子は理解した。
京子「(このままじゃ負ける…!)」
相手は完全に勝つつもりだ。
遊びの余地なんてまったくなく、こっちを潰しに来ているのである。
そんな相手を前にして、あくまでも遊びとして勝つつもりだったこちらとしては分が悪い。
まるで詰め将棋のように、自分たちの方が不利にさせられていく。
京子「(…なら…攻めるしかない…!)」
文字通り絶体絶命と言っても良い状況。
だが、それに座して延命だけを続けていても、自分だけじゃなく霞達まで負けてしまう。
ならば、ここで自分がするべきは相手に無駄弾を撃たせて資源的に消耗させる事ではない。
自分が消える事で発生するであろう損失以上の損害を相手に与える事だ。
京子「(幸い…弾は山ほどある)」
京子が手に持った枕によって弾かれた無数の砲弾。
それは彼女の足元にいくつも転がっていた。
それを有効に活用すれば、少しくらいは道連れに出来るだろう。
京子「(…それに…甘いぞ…!)」
ここまでは恐らく利仙の思い通りだったはずだ。
ルール設定の時点から入念に準備してきた彼女の作戦は間違いなく実っている。
実際、須賀京子は絶体絶命の危機にあり、霞たち本陣も動けない。
だが、そうやって勝ちすぎた状況は一種の歪みを生むものである。
京子「っ!」ブンッ
「きゃっ!」バスッ
「え?」
軽く前に出ながら京子が投げた枕は右翼を担当していた女子の腕を正確に射抜いた。
勿論、それは厚い陣地を活かしておけば、まずあり得なかったであろう。
だが、圧倒的有利に油断した女子は陣地に隠れる動作が緩慢になっていたのだ。
自然、隙だらけになった彼女を見逃すような京子ではない。
最も無防備な部分が伸びきった瞬間を見逃さず、一人リタイアさせてみせたのだ。
京子「さぁ…幾らでも撃ってきなさい」
京子「ですが…良く言い聞かせる事ですね」
京子「私の命は決して安くはありませんよ」
京子「私を倒すなら全軍を持ってして掛かるつもりで来なさい!」
「っ!」
そう宣言する京子の姿に一瞬、皆が飲まれた。
勿論、京子を取り巻く状況は何も変わっていない。
相変わらず絶体絶命と言っても良いようなものだ。
けれど、その状況の中から京子は反撃し、そして一人を討ち取ってみせたのである。
安くはない、そんな言葉が決して虚勢でもなんでもない事を証明してみせた『化物』に陣の中で動揺が広がった。
利仙「所詮は虚仮威しです!彼女の手にもう枕はないのですから!」
利仙「今が好機です!討ち取りなさい!」
「は、はいっ!」
そんな動揺を利仙は言葉ひとつで断ち切ってみせた。
だが、誰もが一瞬で動揺から復帰出来た訳ではない。
一度、飲まれた身体が動き出すタイミングは完全にバラバラだった。
勿論、集中砲火の中で未だ一撃も喰らっていない京子が散発的なその攻撃に当たるはずがない。
もっとも自分に早く到着するその枕を武器にしようと京子は余裕を持って手を伸ばし… ――
京子「え?」
その枕は予想外から放たれた別の枕によって明後日の方向へと弾かされてしまう。
それに驚きながら視線を動かした京子の前に一人の少女が立っていた。
ショートの髪を短く纏めあげた小柄な少女。
何時だって京子を慕うその彼女の名前は… ――
京子「わっきゅん…!」
………
……
…
凄い、と十曽湧はその光景を見て思った。
狙いの甘い攻撃は最低限の動きで避け、避けきれないものは手に持った枕で防ぐ。
そう口にするのは簡単だが、実際にやってのけるのは難しい。
けれど、京子はそれを目の前でやってのけた。
相手の射線をコントロールし、タイミングをズラし、時にフェイントまでいれて、持ちこたえてみせたのである。
湧「(そん上、反撃まで…!)」
京子の投げた枕は決して鋭いものではなかった。
手首のスナップや指の力だけで放たれたそれは寧ろ、鈍重だとそう言っても良い。
けれど、京子が投げたのは中に空気が入っているボールではない。
ぎっしりと中身が詰まっている枕なのだ。
それを指と手首の力だけで正確に投げてくるだけでも、十分、賞賛に値する。
湧「(やっぱいキョンキョンは格好良か…!!)」
何より、さっきまでの京子はまさに絶体絶命と言っても良い状況だったのだ。
どれだけ頑張って持ちこたえていても、流石に7対1では分が悪すぎる。
自分の目から見てもそう遠くない内に被弾してしまうとそう思っていた。
けれど、京子はそこから反撃し、その上、啖呵まで切ってみせたのである。
まるで戦国時代の武将のようなその立ち振舞に、湧の背筋はゾクゾクとしたものを浮かべた。
湧「(圧力掛けるだけで良かって言われちょったけど……っ!)」
湧の役目は前線で相手方の指揮官であろうと目される石戸霞に圧力を掛ける事だ。
彼女の実力を知っている霞にとって、湧が前線に存在すると言うだけで強いプレッシャーを感じる。
それによって相手を焦らせ、限りある弾を無駄に消費させるのが序盤の湧に与えられた役割だった。
彼女が飛んでくる枕に対して反応しても、積極的に攻勢に出る事はなかったのもその所為である。
襖を開けた誰かが陣地に逃げ帰れるほどの運や実力がある相手ならば、その背中を撃ちぬくくらいは許されてはいたが、基本的に防御に専念して欲しいと言われていたのだ。
湧「(あちきも…我慢出来ん!)」グッ
湧は年頃の女の子ではあるが、武門の出だ。
その心身には武門の女としての作法や精神がしっかりと叩きこまれている。
現代社会においては最早、骨董品と呼ばれるようなその精神が今、彼女の中で叫んでいた。
この相手と心ゆくまで勝負したい、自分の全力をぶつけてみたい。
どっちが上であり、下であるのかをはっきりさせたい。
だからこそ… ――
湧「キョンキョンっ!」
京子の言葉に応えるように湧はもう片方の枕を投げた。
スリ足のまま腰を捻ってのその投擲はブーメランを投げるものに似ている。
遠心力を得て、クルクルと回りながら迫るそれは直線的なものよりも受け止めるのが難しい。
そんな枕に京子はそっと手を伸ばして。
湧「…っ!」
掴んだ。
まるでそれが宙に浮いているだけの枕であるかのように無造作に。
勿論、それは湧にとって必殺と呼べるようなものではなかった。
腰の力を入れていたとは言え、全身の力を余す所なく込められていたとは言いがたい。
実際、マックススピードはあの二倍近くは出せる自信が湧にはあった。
湧「(わぜっか!)」
しかし、それでもわざわざ受け止めにくいように工夫してまで放った一撃だったのである。
当たると思っていた訳ではないが、驚くくらいはしてくれるものだと思っていた。
だが、現実は自分の攻撃なんて無意味だと言わんばかりに簡単に止められてしまったのは… ――
湧「(あんふてー手…!)」
京子の両手は同世代の男子と比べても大きい。
広げた時の大きさは湧のものと比べて二倍近い差があった。
そしてその大きさは体積の大きい物を掴む時に大きな効果を発揮する。
枕のような四角くてそれなりの大きいものなどは京子にとっては寧ろ、掴みやすいものだった。
湧「(そんに…キョンキョン、慣れちょる…!)」
加えて、京子は中学時代、ハンドボールのゴールキーパーをやっていた経験がある。
枕などよりも軽い分、掴みにくいボールを日常的に放たれていたのだ。
それを全て受け止めていた京子にとって、自分に向かってくる飛来物と言うのは反応しやすい。
幾らかブランクがあると言っても、鍛えられたその反射速度は未だ衰えては居なかった。
湧「(どげんかして切り崩さなきゃいかん…)」
そんな京子に流石の湧も真っ向勝負で倒す自信はなかった。
そもそも身体能力だけで言えば、京子の方が上なのである。
その上、飛んできたものを受け止める経験の差は決して無視出来ない。
こうして集中砲火を受けても、未だクリーンヒットを得ていないのがその証だ。
少なくとも何の考えもなしに投げた枕では京子の防御は破れない。
湧「(…なら…!)」
湧は決して勉強が出来るタイプではない。
宿題は基本的にギリギリまでやらない方だし、授業中に昼寝をしてしまう事だってしょっちゅうある。
しかし、彼女は決して頭の回転が悪いと言う訳ではないのだ。
勉学と言う分野ではその能力が発揮されないだけで、実際にはかなり頭が良い。
勿論、その頭の良さは彼女の最も得意とする戦闘において発揮されるもので… ――
湧「(詰将棋!)」
京子の鉄壁とも言える防御を切り崩す道筋。
それは既に湧の中に出来上がっていた。
勿論、彼女自身、頭の中に浮かんだその通りにいくとは思っていない。
けれど、ここで行動せずに睨み合うよりはマシだ。
そう思って湧がその足をゆっくりと動かそうとした瞬間 ――
霞「今よ!!」
湧「っ!!!」
―― 瞬間、霞の号令と同時に自分に向かっていくつもの白い砲弾が飛んでくるのを湧は見た。
………
……
…
石戸霞は十曽湧の強さを知っている。
彼女がどれだけ自分たちの中で飛び抜けている存在なのか、良く分かっているのだ。
けれど、そうやって知ってはいても、『理解』までは出来ていなかったのだろう。
少なくとも、こうして敵になった湧がどれだけ厄介なのかを霞は知らなかったのだから。
霞「(湧ちゃんを止める事は私達には無理…!)」
霞とて永水女子のエルダーシスターに選ばれた身である。
その身体能力はアスリート並とは言わずとも、人並み以上である自負はあった。
しかし、そんな霞でも湧を前にして生き延びられる自信はない。
こうして陣地に篭っていても、あっさりと突破されてしまうだろう。
霞「(…少なくともさっきの一投を受けられない…!)」
ブーメランのように弧を描いて進む枕。
その重さと遠心力を持って身体から離れようとする一投を霞は掴みきれる自信はない。
しかも、アレは腰だけで放った軽いジャブのようなものなのだ。
まだまだ湧のマックススピードには遠いその一投すら受け止められるか分からないともなれば、彼女の背中にも冷や汗が浮かぶ。
霞「(…だから、ここで私達がやる事は…!)」
霞「援護よ!京子ちゃんを援護するの!」
小蒔「はいっ!」
相手方のエースと言っても良い湧。
それを止められるのは京子だけだ。
その為の手札を惜しんでいる場合ではない。
少なくともここで京子に湧を倒して貰わなければ、自分たちの勝機は消えてしまう。
そう判断した霞の号令の元、いくつもの枕が湧へと迫った。
湧「くっ…!」
それに湧が声をあげたのは投げられたタイミングが最悪に近いものだったからだ。
枕の群れが飛来する瞬間、湧がやっていたのはさっきのようなスリ足移動ではない。
足元にある枕を蹴り上げ、次の攻撃の準備をする為にその足はさっきよりも大きく開いていたのだ。
短く、そして素早くを繰り返す事によって隙と硬直をなくす歩法はこの状態では使いにくい。
湧「(霞さあっ!)」
てっきり相手は自分に怯えているものだと湧は思っていた。
狙い通り、圧力を与え、京子を孤立させる事が出来ていたと思っていたのである。
実際、途中まではその通りではあった。
霞は奇襲のような状態からずっと後手後手に回り、味方に対して効果的な命令を放つ事が出来なかったのである。
霞「(…でも、何時迄もそのままって訳じゃないのよ…っ!)」
霞の目を覚まさせたのは京子の捨て身の前進だった。
自分から捨て石になろうとする京子の背中に、霞は自分がやるべき事を思い出したのである。
すぐさま攻撃を控えるように周囲へと命令を飛ばし、そして期を待つように伝えた。
それは今までと同じ消極的な方針ではあったが、まったく同じという訳ではない。
霞は信じていたのだ。
京子が必ず湧に対して隙を作ると言う事を。
生まれついての体格や経験ではなく、その身に刻み込まれた技を持ってしてエースを呼ばれるに足る湧を仕留めるチャンスをくれるという事を。
―― そしてその信頼に京子はしっかりと応えた。
霞「やりなさい!ここが勝負どころよ!」
湧「っ!」
残りの枕など気にせず放たれる攻撃の数々。
それを避けきるのは湧にとっても至難の業だった。
無論、足の開きさえ普段と同じならば、まったく問題はない。
けれど、京子との勝負を願い、そして相手がそれに応えるだけの実力があったが故に、湧は敵が京子一人ではない事を忘れてしまったのだ。
きっと自分の父親に知られてしまったら雷が落ちるような勢いで怒られてしまうであろう致命的なミス。
それに内心で反省の声をあげながら、湧は枕を捌こうとする。
一個二個三個。
飛んでくる枕は正確で、そしてまた無慈悲だった。
それを避けようとする身体はどんどん開いていき、ジリ貧になっていく。
湧「(じゃっどん…っ!)」
相手の枕の数は分かっている。
さっき二個投げたのを抜いて12個。
とりあえずそれだけ凌げば、霞達は無力化出来るのだ。
今のこの状態は窮地ではあれど、決してそれだけではない。
相手もまた勝負を掛けてきている状態なのだから、冷静に対処さえ出来ればこっちに状況は大きく傾く…!
京子「っ!」ブンッ
湧「…っ!!」
けれど、そんな強がりを湧は一瞬で叩き潰される事になった。
さっき投げた自分の枕を京子が投げ返してきたのである。
さっき一人倒した手首のスナップと指だけで放たれるものとは違う、本物の京子の一撃。
しかも、その軌道は開いた足元狙いのものだった。
水切りの石のようにして低空から迫る枕の狙いは正確で、湧の足元を刈るように迫ってくる。
今の状態では無理をしてでも避けるしかない。
そう判断した湧は両足で畳を蹴り、宙へと浮いた。
刹那、唸るような勢いの枕が畳へと辺り、湧の後ろへと通り過ぎて行く。
湧「(しくじった…!!)」
瞬間、湧が悟ったのは飛んだ自分を狙って霞が枕を放ったからだ。
未だ空中にいる自分の身体は無防備とそう呼んでも良い状態である。
完全に拠り所をなくしている今の自分では枕を回避する事は出来ない。
絶対絶命。
そう呼ぶに足る状況の中、湧は笑った。
まるで心からそのピンチを楽しんでいるような満面の笑み。
「…え?」
それが強がりだと判断した者は瞬間、信じられないものを見た。
京子によって空中に飛ばされ、霞の投擲に当たるしかなかったはずの湧の身体がさらに『跳ねた』のである。
何も足場のないはずの空中でさらに浮き上がり、バランスを整え、そして… ――
「枕…っ!?」
湧「あああああああっ!」
その声に応えるように湧は声を張り上げる。
そのまま『枕を足場にした湧』は空中で一回転した。
飛んでくる枕によって『空中で滑る』その動きに多くの者が反応出来ない。
そしてその中の一人に向かって、湧は枕の皮を掴んでいた足の指を離して。
―― 投擲。
「きゃんっ!」バスッ
投げるのではなく足の指から放たれた枕に霞の右側に立つ少女は反応出来なかった。
空中で人が跳ねるという現実味の薄い状況に彼女は魅入られてしまったのである。
結果、彼女の顔に枕が辺り、戦闘不能の判定を受けてしまった。
けれど、二人目のリタイアとなった彼女には悲しみはない。
寧ろ、目の前で一体、何が起こったのか、まるで理解出来ていない有り様だった。
京子「(なんて無茶苦茶な…!)」
そんな彼女とは違い、京子には一部始終を理解するだけの余裕があった。
それは誰よりも京子が彼女の身体能力の凄まじさを理解していたからだろう。
だが、そんな京子であっても目の前で起こった光景をそのまま鵜呑みには出来ない。
飛んでくる枕を足場にするだなんて、一体、どれだけのバランス感覚と身体の柔らかさがあれば可能なのだろうか。
京子「(…少なくとも俺には出来ない)」
身体能力だけで言えば、京子は湧に対して一回り上と言っても良い。
だが、そんな京子でも、今の湧と同じ事をする自信はなかった。
それは最早、身体能力ではどうにもならない領域。
それこそ天性と呼ばれる才能がなければ踏み込めないような人間の極地なのだ。
湧「キョンキョン!」
京子「っ!」
けれど、それに感嘆する暇を湧は与えない。
空中で一回転して足元から着地した彼女はその両手で足元の枕を掴む。
そのまま一投。
振り返りながらの一撃に京子の反応が遅れた。
さっきの湧の凄まじい動きに魅入られていた京子は避ける事が出来ず、そのまま受け止める。
京子「んな…っ!」
瞬間、その枕の後ろからもう一つの枕が現れる。
ほぼ同じタイミングで、しかも、同じ場所を狙って放たれた正確さ。
まるで機械のようなそれに京子の口から驚きの声が漏れた。
それでもなんとかもう片方の手で枕を止める事が出来たのは京子だからこそだろう。
飛来物に対する反応がほんの僅かでも遅れてしまっていたら間違いなくやられていたタイミング。
それに京子の背筋は冷や汗を浮かべて… ――
初美「まだです!」
京子「くぅ…っ!」
初美の言葉に安堵しかかった京子の意識が引き締まる。
瞬間、枕の奥から3つ目の枕が飛んできた。
さっきと同じように死角から迫るそれに京子の意識は困惑を覚える。
一体、どうしてさっきから湧からの攻撃が止まらないのか。
枕で覆われた視界の中ではそれがまったく分からないのだ。
まるで暗闇の中、一方的に攻撃され続けるような気味の悪さを感じながら、京子はその手に持った枕で3つ目を弾く。
京子「(4つ目!?)」
そしてその奥からさらに枕が迫ってくる。
それは3つ目の時よりもさらに近く、そして鋭いものだった。
最早、弾く事は出来ない。
そう判断した京子は腕で挟むようにして四つ目を止めた。
京子「…っ!」
瞬間、京子の背筋に嫌な予感が浮かんだ。
まるで知らず知らずの内に化物の大口の中へと誘われているような感覚。
言葉に出来ないが、自分に対して危機が迫っているその予感に京子の身体は反応した。
盾でもあり、武器でもある枕を自分から落とし、視界を少しでも確保する。
湧「キョンキョンっ!」
―― そしてその向こうから両手で一つの枕を構えた湧が京子へと踏み込んできた。
………
……
…
京子の防御は鉄壁で正攻法では到底、突破出来そうにない。
少なくとも湧は全力で枕を投げても、京子に当てる自信はなかった。
だが、その防御は鉄壁ではあれど、決して完璧ではない。
京子が人間である以上、それを受け止めるのは二本の腕しかないし、反応も視覚頼りのもの。
自分がさっきやられたように隙を作る事は幾らでも出来る。
―― 実際、それは途中まで上手くいっていた。
湧の立てた戦術は決して複雑なものではなかった。
枕によって相手の死角を作り出し、その間に京子へと接近する。
勿論、それは複雑ではなくても、簡単なものではない。
自分が接近している事に気づかれない為には死角を作る枕を延々と京子に向かって投げ続けなければいけないのだから。
幸い、畳の上に転がる無数の枕を蹴る事によってそれは達成出来るが、重い枕を正確に同じ場所へと蹴りこむのは難しい。
けれど、空中で、しかも、足からの投擲であっても、狙った場所に当てられる湧にとって、それは決して不可能な事ではなかった。
湧「(…じゃっどん!)」
京子が接近する湧に気づいたのは三歩の距離だった。
最早、近距離とそう言っても良い場所で、湧は感嘆の声を浮かべる。
正直、彼女はここで京子が気づくとは思っていなかった。
三発目を弾いた瞬間、内心、勝利を確信したくらいなのだから。
だが、京子はただ気づいただけではなく、盾としても使える枕を自分から捨てた。
その両手はフリーになり、自分の攻撃を受け止められるようになっている。
湧「遅かっ!!」
もう二歩後ろの距離であれば、湧の企みは失敗していたかもしれない。
けれど、既に彼女は必殺とそう呼べる距離にまで踏み込んでいるのだ。
幾ら京子の防御が鉄壁と呼べるようなものでも、ここからの攻撃は止められない。
そう判断した湧はさらに京子へと踏み込んでいく。
そんな彼女を止めるものはもう何もない。
霞達はさっきの攻防で枕を全て使い切ってしまったのである。
湧「(こいで…っ!)」
そして枕を失った京子自身にも自分を止める術はない。
だからこそ、湧は跳ねるような勢いのまま京子の懐へと飛び込んだ。
そのまま両手に構えた枕を右から左へとなぎ払うように振るう。
投げるのではなく至近距離で『当てる』為のそれ。
鉄壁の防御を誇る京子を倒す為の切り札を思いっきり振りぬいて。
湧「…え?」
―― それは手応えもないまま空を切った。
その理由が湧には分からない。
必殺の距離、必殺の一撃、必殺のタイミング。
どれをとっても完璧とそう呼んでも良いものだった。
なのに、どうして自分の一撃は空を切り、手応えがないのか。
利仙「十曽さん!」
湧「っ!」
それに困惑を覚えた瞬間、利仙からの声が飛ぶ。
短く名前だけを呼んだそれに湧は自身の危機を悟った。
勿論、未だ彼女は自分の状況が分かってはいない。
けれど、今この状態でいるのは危険だ。
そう判断した湧が本能的に後ろへと跳んだ瞬間、自分のいた位置を白い枕が通り抜けていく。
それに冷や汗を浮かべながら湧が振り返れば、そこには須賀京子が立っていた。
無論、その手に二つの枕を持った臨戦態勢で。
………
……
…
―― その瞬間を藤原利仙は見ていた。
湧がなぎ払うその瞬間、京子は前へと飛んでいたのである。
右から左へと薙ぐ枕を避けるように左から湧の身体をすり抜けていったのだ。
勿論、湧が必殺であると確信したように、避けようとしても間に合うようなタイミングではなかったにも関わらず、である。
それを可能にしたのは、湧のような長年培われた技術や天性の才能などではない。
利仙「(なんて加速力…!)」
京子には湧のような天性と呼べるような才能はない。
だが、その身体に秘められたポテンシャルは、両軍合わせても飛び抜けている。
勿論、それは今までの攻防で利仙自身も良く理解している事だった。
だけど、まさか振りかぶった枕が追いつけないような加速を瞬間的に行えるだなんて思ってもみなかったのである。
利仙「(きっと十曽さんには目の前で須賀さんが消えたように見えたでしょう)」
だからこそ、湧は一瞬、呆然としてしまった。
戦いの場と心得ていても、目の前から好敵手と認めた京子が消えてしまったのだから。
利仙が警告しなければ、後ろに回った京子から一撃を受けていたであろう。
けれど、それは決して湧の油断が招いたものではない。
利仙たちの中では一番、身体能力に優れる湧でさえついていけないほどに京子の身体能力が高いのだ。
利仙「(…十曽さんは良くやってくれています)」
霞達からの集中砲火を避けるのは自分では無理だっただろう。
無論、利仙とて人並み以上に武術に親しみ、身体も鍛え上げているという自負がある。
しかし、彼女が習っているのはあくまでも人を倒す為の術なのだ。
必殺を狙う砲弾の中で1発も当たらずに、かつ反撃する為の方法など習ってはいない。
利仙「(ましてや、今の一撃…私なら避けられたかどうか)」
例え警告があったとしても、避ける自信は利仙にはなかった。
それほどまでに今の京子の一撃は完璧と呼んで良いようなタイミングだったのである。
けれど、湧はその一撃を避けて見せた。
ギリギリではあったものの、自分の声に反応し、前でも右でも左でもなく、唯一、正解と言っても良い後ろへと回避したのである。
利仙「(それ以外だったらきっと当たっていたでしょう)」
京子の一撃は湧の後ろへと抜けながら拾った枕を振り返りながら放ったものだ。
湧から見て左後方から放たれたそれは後ろ以外ではどうしても進行方向に被ってしまう。
その投擲がさっきの湧と同じくブーメランのように横回転を掛けるだったのもあって、間違いなく被弾していたはずだ。
そんな投擲に対して正解を選びとった嗅覚、そして姿が見えない敵に対して後ろへと飛んだ勇気。
そのどちらも賞賛に足るものだと利仙は心から思った。
利仙「(…十曽さんに前へと出てもらって本当に良かった)」
彼女の習う古武術は少ない力で敵を制圧する事を目的として生まれたものだ。
その免許皆伝と呼ばれるに足る実力を備えた利仙にとって、他者の実力を図るのは無意識の内に行っている行為である。
そんな彼女にとって、湧は数少ない『自分と同格以上の相手』であった。
まったく無駄な部分がない、しなやかなその身体や歩き方はどれをとっても隙がない。
正直、敵として相対した時、勝てるとはっきり言い切れない相手など利仙は自分の師くらいなものだと思っていた。
けれど、湧は自分よりも年下で、そしてまた自分よりも小柄な身体で、自分と同格以上に並んでいる。
利仙「(…色々と下世話な理由もありましたけれど…)」
そんな彼女を開幕の攻撃に晒される前へと出したのは、永水女子を相手に戦いにくいだろうとそう思ったからだ。
利仙から見た湧はとても口数が少なく、また他者に対してとても遠慮をするタイプである。
そんな彼女が日頃、仲間として親しんでいる相手に本気を出せるかと言えば、まず無理だろうと利仙は考えていた。
だからこそ、利仙は下手に攻撃を命じず、防御に専念して相手にプレッシャーを与える役を湧へと与えたのである。
他にも攻撃に期待出来ない彼女が倒れても全体としては大きな損害足り得ないと考えていたのも無関係ではない。
実際には湧は人見知りをしていただけで、やる気に満ちていただけにそれは利仙の杞憂だった訳だが、それでも湧を前に出した自分の判断は正しかったと利仙は思う。
利仙「(…けれど、正しいからと言って、今の状況が変わる訳ではありません)」
戦場は今、硬直状態に陥っていた。
それは京子と湧と言う突出した戦力のぶつかり合いに、共に手札が尽きてしまったからである。
既に戦場はエース二人のぶつかり合いに縮まり、両軍はそれを固唾を呑んで見守る状態になっていた。
恐らくこのエース対決を制した側がこの枕投げの勝者となるだろう。
利仙がそう思うほどに京子と湧のぶつかり合いはハイレベル過ぎた。
「あの…利仙さん?」
利仙「…今はダメです」
だからこそ、介入するタイミングは慎重に選ばなければいけない。
何せ、既に自分たちの枕は10を切ってしまっている。
そんな状態で下手に援護などしようものなら、すぐさま枕を使い果たしてしまう事だろう。
既に目に見えるレベルにまで減った資源を有効に活用する為には、さっきの霞のように絶好の機会を探さなければいけない。
結果、利仙に出来るのは心配そうに声を掛ける仲間を落ち着かせ、エース二人の動向を見守る事だけだった。
利仙「(…結局、私の策がそのまま帰ってきた形ですね…)」
奇襲により相手からアドバンテージを奪い、そしてエースの湧で枕を消耗させる。
その戦法は京子と言うジョーカーによって全て崩されてしまった。
初手から圧倒的有利であったはずの自分たちが今、ほぼイーブンにまで持ち込まれているのは京子の所為である。
京子さえ前に出てこなければ、戦略的勝利のまま戦術的勝利を得られていたはずなのに。
利仙「(たった一人にここまでやられるなんて…)」
けれど、利仙の中に悔しさはなかった。
無論、たった一人に全てをひっくり返されてしまった現実を嘆きたい気持ちはある。
だが、それ以上に利仙の中で大きいのは京子に対する尊敬の気持ちであった。
7対7の小規模戦闘とは言え、ほぼたった一人の手で、ここまで持ってきた英雄。
物語で語られるようなその活躍に利仙の背筋はゾクゾクとしたものを覚えた。
利仙「(ですが…勝つのは私達です!)」
勝つ為に自分は入念な準備を重ねてきたのだ。
そのお陰でまだ少しだけこちらの方が有利ではある。
それは自分たちの陣地に残っている枕の数が何より如実に物語っていた。
相手がゼロに対して、こっちはまだ十個を残っている。
要所要所で介入する権利は自分たちにあるのだ。
利仙「(…だから、行きなさい、十曽さん!)」
利仙「(私達が…必ず貴女を勝たせてさしあげます!!)」
湧「……」
瞬間、戦場が動いた。
振り返った湧がゆっくりとスリ足を始め、京子から距離を取る。
それはその距離が京子にとって有効射程内だからだ。
今の位置では京子が投げた枕を受ける事が出来るか分からない。
そう判断した湧はジリジリと京子から後退っていく。
京子「……」
そんな湧を京子は追い詰めようとはしなかった。
無論、その気になれば湧を追い詰める事は容易い。
京子の瞬発力は湧でさえ追いつけないほど優れているのだから。
投擲を気にしてスリ足で後退するしかない湧からの反撃もないし、一気に踏み込んでもリスクは少ない。
しかし、それでも京子は両手に枕を構えたまま動かず、じっと後ろに下がる湧を見つめている。
霞「(…どうして…)」
利仙「(…動かないのですか?)」
京子に対する両軍の認識は期せずしてまったく同じものになっていた。
湧の両手に枕がない今の状態が好機である事に間違いはない。
けれど、京子は湧を追い詰めようとはせず、その場で足を止めたまま。
いっそ不気味と言っても良いくらいに沈黙を守る京子から湧が6mほど離れた瞬間 ――
湧「…っ!」
背中が何か固いものに当たった事に湧は気づいた。
だが、それが壁であると判断するよりも先に京子の身体が大きく踏み込んでくる。
先ほど自分の視界から一瞬で消えてみせた莫大な瞬発力。
その全てで畳を踏み切った京子は逃げ場のない湧に向かって大きく腕を振るう。
霞「ジャンプシュート!?」
ハンドボールにおいて最も重要と呼ばれるシュートフォーム。
6mのゴールエリアラインから飛び込んで、全身を使って放つその威力はチームの守護神であった京子は良く知っている。
だからこそ、京子は待っていた。
湧の身体が6mまで離れるのを。
自分の必殺と呼べる一撃を放つ事が出来る距離を相手が作ってくれるのを。
そして自分から壁際まで下がり、逃げ場を一つ無くしてくれるのを、不動の状態で待ち続けていたのだ。
京子「(これで…!!)」
踏み切りの速度から腰のひねり、腕の力、そして手首のスナップ。
そのどれもが現役時代とは比べ物にならないほど強力なものだった。
京子はまだ育ち盛りの高校生、しかも、日頃から元特殊部隊のボディガードや舞の練習などに鍛えられているのである。
現役時代とはまた違った形で鍛えられた身体は、その当時に得たノウハウを忠実に再現していた。
会心の出来。
まさにそう呼んでも良い出来に湧は諦めたように膝を落として ――
―― 跳躍。
京子「なっ!」
それはいっそ華麗と呼んでも良いものだった。
膝の溜めと足の力、それだけで浮き上がった湧の身体は、けれど、京子の渾身の一撃を避けるには足らない。
上から振り下ろすように放たれたそれは確実に湧の身体を貫くはずだったのである。
だが、彼女はそれを避けた。
自分の背中にある壁を空中で蹴りぬき、枕よりも、いや、京子よりも高い場所へと飛び上がったのである。
普通ならあり得ない二次跳躍。
飛んでくる枕を足場にすると言うバランス能力を持つ湧だけがなし得る超人的な芸当だった。
京子「くぅ…!」
そのまま体操選手のように湧は身体を大きくひねる。
ともすれば崩れそうになるバランスを整えながら身体の筋肉をフル稼働させて足から落ちていくのだ。
とっさに放ったとは思えないその美しさに京子の目は惹きつけられそうになる。
だが、それをじっと見つめている訳にはいかない。
今度は自分が湧に後ろを取られる側なのだから。
出来るだけ急いで振り返って彼女の攻撃に備えなければいけない。
京子「(だけど…!)」
湧「(…どげんする…!?)」
お互い決め技と言えるものは打ち合ってしまった。
だが、それぞれの長所を活かして、それらは不発に終わったのである。
しかし、必殺と呼べるような一撃が不発に終わっても戦いは続くのだ。
どうにかして相手を倒さなければ戦況は打開出来ない。
それに二人は焦りを覚えながらも、幾度となく枕を投げ合い、ぶつけあって… ――
「…すご」
戦場の真ん中で二人のエースの激突は続いていた。
それはもう多くの生徒にとって目で追い切れない速度の攻防になっている。
湧が京子の豪速球を躱しながら、床の枕を蹴りあげ、それを受け止めた京子がすかさず反撃。
言葉にすれば短い攻防、しかし、その間に行われている駆け引きや運動量は仮にも文化系である少女達には信じられないレベルだった。
「もうあの子、何回、空中で跳んだっけ…?」
「あの人ももう何回消えただろ…」
相手を倒すには一手では不可能であると二人はもう理解していた。
その為、京子も湧も相手に一撃を加える為に、追い詰める為の動きを繰り返している。
しかし、二人は方向性が違えども、同世代とは飛び抜けた身体能力と才能を持っているのだ。
相手の回避能力が高すぎてどうしても詰め切れない。
「つーか、アレもう枕投げじゃないでしょ」
殆ど死合だ。
一瞬でも気を抜いてしまったら、敗北してしまうギリギリの戦い。
無論、枕を投げ合うその仕草は、それがあくまでも枕投げである事の証明である。
しかし、そこに込められた熱気や真剣さは、最早、枕で生まれるそれではない。
まるで真剣を投げ合っているかのような必死さは到底、遊びで始めたものとは思えなかった。
「でもさ」
「…うん」
「楽しそう…だよね」
そんな極限とも言える状況の中、二人は笑っていた。
京子は地方予選決勝の時のように獰猛な笑みを、湧は満面の笑みを浮かべているのである。
勿論、その間にも無数の白い枕が飛び交い、お互いの身体を通り抜けて行っていた。
けれど、それを二人は心から楽しんでいる。
生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているかのような必死さと、まるで世界の全てが輝いているような純粋な歓喜。
何処か矛盾するその二つを伝えてくる二人にその場にいる少女たちは魅入られていた。
京子「ふふっ」
湧「あはははっ」
そんな視線を浴びながら二人は戦場の中で投げ合い、離れ、近づき、拾い、そして避けていく。
瞬間的な加速にて線の動きを繰り返す京子と、技術をもって円の動きを魅せる湧。
それは両者が学んできた師の違いと言うのが大きいのだろう。
しかし、そのような違いがありながらも、二人がぶつかる様は、完成されたダンスのようだ
京子がステップを踏めば、湧がそれに応えるように構え、そして湧が動けば、先んじて京子が移動する。
まるで最初から申し合わせたように二人の動きが噛み合い、周囲のものを魅せ続けている。
湧「(…じゃけんど…)」
京子「(そろそろ決めないと…な)」
そうやってギリギリの戦いを繰り返すのは楽しい。
しかし、二人の身体は未だ成長途中なのだ。
その身体に秘めた能力や神経をギリギリまで使い潰すような戦いを長時間続けてはいられない。
今は脳内麻薬で疲労も感じないが、気を抜いた瞬間、必ず反動が来る。
その瞬間を狙われた場合、避けきる自信が二人にはなかった。
湧「(やっぱい勝負は…)」
京子「(接近戦…!!)」
このまま中距離での殴り合いを続けていてもクリーンヒットは出ない。
それはもう今までのやりとりで十分過ぎるほど分かっていた。
それでも二人が接近戦を挑めなかったのは、お互いに懸念要素が強かったからである。
京子からすれば、湧の小柄な身体やバランス能力は脅威だし、湧からすれば目の前で消えるような加速力を持つ相手に接近戦など挑みたくはない。
しかし、こうして離れての投げ合いでは、どうしても相手を詰め切れないのだ。
ならば、体力が尽きる前にイチかバチかで至近距離で殴りあうしか無い。
そう思った二人は足を止め、お互いに構えを取った。
湧「…ふぅ」
京子「…はぁぁ…」
湧は両手で一つの枕を上段に構え、京子は二つの枕を盾にするように一つずつ構えている。
それはお互いの身体能力の違いが大きいだろう。
大柄で腕力にも優れた京子であれば、その二つの枕を自在に扱い、有効打を繰り出す事が出来る。
逆に湧は片手ずつでは速度も力も足りず、京子の防御を突破出来ない。
だからこそ、攻撃的な一撃に賭けようとする湧と、それを真っ向から迎え撃つ為に盾のようにして構える京子と言う違いになったのだ。
湧「……」
京子「……」
沈黙。
それは決して二人が決着をつける事に怯えているからではなかった。
ここから先は文字通り一息の間に勝負がつく世界である。
呼吸一つすら無駄にしてしまった瞬間、相手に倒されてしまうであろう極限の領域。
その中で二人は視線を交わし合い、ゆっくりと身体を前へと倒して。
小蒔「…ふぁ」
湧「っ!」
京子「…っ!!」
瞬間、小蒔のあくびに弾かれたように二人の身体が飛び出した。
反応が早かったのは湧の方。
上段の構えのまま駆け出したその身体は攻撃態勢に入っている。
頭の重みのまま身体を倒し、文字通り全身全霊で相手の防御ごと貫いてしまおうとしていた。
そんな湧の射程範囲に京子の身体は飛び込み、その両手で枕を迎えるように構えて。
―― ピリリリリリリリリ
湧・京子「…え?」
そんな二人がぶつかり合うと誰もが思った瞬間、部屋の中に機械音が鳴り響いた。
真剣勝負の場において無粋としか言いようのないそれに、二人の身体がピタリと止まる。
それは好敵手とそう呼ぶに足る相手との勝負に水を差されたからだけではない。
その音はこの場にいる全員にとって、危機を知らせるものだったからだ。
「う、嘘でしょ…!」
「そんな…早すぎる…!」
「予定では一時間は先じゃなかったの…!?」
利仙「落ち着きなさい!」
霞「そうよ。これくらいのトラブルで狼狽えてちゃいけないわ」
その音に両軍の少女達が浮足立つ。
そんな彼女たちを利仙と霞の声が引き締めた。
共に湧と京子の勝負に魅入っていた身ではあるとは言え、指揮官としてやるべき事を忘れてはいない。
この状況では最早、一分どころか一秒すら無駄には出来ないと二人は同時に指示を飛ばした。
利仙「見回りです!総員、すぐさま就寝の準備に入りなさい!」
霞「余っている布団はあっち側に任せて!こっちは人数分の布団を敷くのが最優先よ!」
「あぁ…もう!」
「折角、良いところだったのに…!!」
自分たちの為に顧問の動向をチェックしてくれていた後輩達からの連絡。
それに不満を漏らしながらも、しかし、彼女達はテキパキと身体を動かしていた。
エース同士の決着を見られなかったのは残念ではあるが、さりとて、見回りを前にして枕投げをやっていましたなど言える訳がない。
特に九州赤山は三年連続インターハイ出場を逃しているとは言え名門校だ。
内部競争が激しい状態で顧問の心象が悪くなるような真似はしたくない。
OGや三年生組もまた後輩の前で怒られたりする訳にはいかず、一気に空気が撤収ムードへと変わる。
湧「ふぅ…」
京子「はぁ…」
そんな空気の中、湧と京子の身体はまったく動けなかった。
さっきの音で完全に気を抜いてしまった二人の身体には鉛のような疲労がずっしりと溜まっていたのである。
棒立ちになっている状態でも汗が滝のように流れだし、二人の服が濡れていく。
それを不愉快だと思いながらも腕を動かす事すらままならない二人は同時にその手から枕を落とした。
湧「…決着つかんかったね」
京子「…そうね」
その心境は二人でも言葉に出来ないくらいに複雑なものだった。
決着がつかなくて残念なような、安心したような。
ここまでやれた自分を褒めてやりたいような、ここまでやった相手を賞賛したいような。
もっとやりたいような、もうやりたくないような。
そんな複雑の心境の中、二人は小さく笑い合って。
初美「ほら、何をぼーっとしてるですかー!」グイッ
京子「わっ!?」
瞬間、京子の手が初美に引っ張られた。
そのままグイグイと布団へと引っ張っていく彼女に京子は逆らえない。
既にその身体は疲労で一杯になり、一人で歩く事すら難しいような有り様だったのだから。
今も尚、滝のような汗を流す京子はそのまま初美によって布団へと押し込まれていく。
京子「あ、あの…」
初美「いいからここで隠れるですよー!」
そもそもここは永水女子の部屋ではなく、九州赤山のOG用に取られた部屋なのだ。
本来、ここに並んでいる布団はOGの人数分、つまり12枚でなければいけない。
しかし、実際にいるのは14人なのだから、どうしても一枚の布団で複数人が入る必要がある。
だから… ――
―― ピリリ
「二回目のコールです!!」
利仙「消灯!急いで!!
「はいっ!」
霞「消灯確認。各自、一番近い布団に入ってやり過ごすのよ!」
初美「む…」
もう顧問が部屋の目前である事を知らせる二度目のコール。
それに指示を飛ばした二人の指揮官に各々は従った。
しかし、京子を布団へと突っ込んでいた初美はそれに遅れてしまったのである。
周りにはもう自分が隠れられるような布団はない。
ならば、と初美は目の前の布団をまくり上げて。
初美「お邪魔するですー」コソコソ
京子「ぅ…」
そのまま初美も京子と同じ布団の中に潜り込む。
瞬間、京子が感じたのは自分以外の誰かの体温だった。
火照った身体よりも少し温い程度のその熱は、決して不愉快ではない。
寧ろ、スベスベとした感覚と共に伝わってくるそれはどうしても初美の身体の艶かしさを意識させ、京子の身体に別の熱を加える。
京子「は、初美さん…?」ヒソヒソ
初美「我慢するですよー。ちょっとの間だけですから」ヒソヒソ
京子「そ、そうは言われましても…」
京子にとって初美は決して性的な興味を向ける対象ではない。
京子の好みは霞のように胸の大きな女性なのだから。
少なくとも初美のように小学生からろくに成長していないような幼児体型はお断りだとそう思っている。
しかし、そうは思えども、京子も健全な男子高校生なのだ。
女の子と密着していると意識してしまうと、やはり興奮してしまう。
初美「文句言うんじゃないのですよー。霞ちゃんとかよりはマシでしょう?」
京子「そ、それは…そうですけど…」
しかし、初美はその辺りの事を甘く見ている。
それは京子と彼女が普段、憎まれ口の応酬のようなやりとりをしているというのもあるのだろう。
京子にとって自分は決してそういう対象ではない。
それが分かっているからこそ、初美はこうして京子の布団へと潜り込む事が出来たのだ。
京子「(でも、今の状況はやばいって…!)」
何せ、自分は今、激しい運動の後のクールダウンの真っ最中なのだ。
疲労を溜め込んだ筋肉は熱く火照り、何時もよりも敏感になっている。
そんな状態で初美のような美少女と密着したら、どうしてもそっちを意識してしまうのだ。
外見から違わぬその肌の滑らかさや張り、柔らかさが足りない分、庇護欲を擽るその細さも、今の京子にとっては興奮する為の材料でしかない。
京子「(特に匂いが…っ!)」
初美から漂ってくる匂いは京子の想像以上に女の子らしいものだった。
以前、誕生日にサプライズとして密着してきた時よりもさらに濃厚な甘い匂い。
布団の中に篭もるその甘さは京子の中のオスをジクジクと刺激してくる。
それを何とか堪えようとした京子の身体は後ずさりして。
初美「こら、離れるんじゃないですよー」グイッ
京子「うきゅっ」
その距離を初美は強引に詰めてくる。
勿論、彼女からしてみれば、それは何もおかしい事ではない。
自分の体格は小さめではあるが、それ以上に京子の身体は大きいのだから。
一緒の布団に二人が潜り込んでいるのだと悟られない為にも出来るだけ密着しておかなければいけない。
ただ、そこには京子がやりたい盛りの男であるという認識が欠如しているだけだ。
初美「ん?どうかしたですかー?」
京子「い、いえ…それより汗臭くてごめんなさい…」
初美「まったく、そんな事を気にしてるですかー」
とは言え、京子にもそれを正直に口にするような度胸はない。
初美の性格上、そんな事を漏らしてしまえば一生、からかわれ続けるのは目に見えているのだから。
今でもからかわれるネタが多くて大変だと言うのにコレ以上、彼女に餌をやる訳にはいかない。
そんな京子に選べる選択肢など適当に誤魔化す事くらいだった。
初美「別に私はそれくらい気にしないですよー」
初美「それに京子ちゃんの匂いって嫌なものじゃないですしね」
京子「そ、そうですか?」
初美「はい」
その言葉は初美にとって決して嘘ではなかった。
こうして京子の胸に顔を埋めるようにして密着している以上、その身体が汗でベタベタなのは良く分かっている。
実際、触れている彼女の服も少し濡れてしまっているくらいだ。
その感覚は確かに不快だが、さりとて、その匂いそのものは嫌ではない。
男子高校生特有の据えた男臭いものではなく、何処か爽やかな匂い。
微かに漂ってくる程度のシトラス系の香りは寧ろリラックス出来るものだと初美はそう思う。
初美「(それに…これは京子ちゃんが頑張った証ですし)」
湧との死闘を初美もまた見ていた。
お互いに限界ギリギリまで身体を使い尽くしてようやく互角と言う名勝負。
それに京子は笑みを浮かべていたが、それは自分自身の為だけではない。
そもそも自分の為だと考えるならば、男だとバレるリスクがある全力勝負なんてしないだろう。
適当に当たり障りのない戦いをしてさっさとリタイアした方が楽だったはずだ。
それでも京子は全力を出し切って戦ったのはその後ろに初美たちがいたからである。
初美「…良く頑張りましたね」ナデ
京子「う…」
その苦労を初美は優しく撫でながら労う。
無論、彼女は普段、そうやって優しくするようなタイプではない。
優しかったり甘かったりするのは巴や霞の役割だと理解しているからだ。
しかし、今は布団によって外の情報が遮断され、擬似的に二人っきりの状態である所為だろう。
普段は中々言えない言葉もこうして漏らす事が出来た。
初美「地区予選でも格好良かったですよー」
初美「私と一生懸命がんばった分を全て出しきってみせて…」
初美「私達、元三年生の無理難題に応えてくれて…本当に嬉しかったのですー」
京子「は、初美さん、ちょっとキャラ違いませんか…?」
初美「…そうですね」
初美「ちょっとシチュエーションに酔っているのかもしれないですよー」
無論、初美は京子が自分に対して興奮するとは思っていない。
しかし、それは決して初美自身がこの状況に対してまったくドキリともしないという訳ではないのだ。
寧ろ、布団の中で異性と二人っきりと言う状況に彼女の心臓は高鳴っている。
それでも京子のように狼狽を表に出さないのは年上の意地と言う奴だ。
初美「(…それに普段、キャッキャしてるのにそういうの…なんだか恥ずかしいじゃないですかー)」
自分と京子の関係は決してそんな艶っぽいものではない。
もっと言葉を容赦なくぶつけあうような遠慮のないものなのだ。
それなのに自分がドキドキしてしまっているだなんてそう簡単に認められるものではない。
ましてや、そんな風に狼狽してしまうと京子だってこれからやりにくいし、自分だってどう接すれば良いのか分からなくなる。
今までのように気軽に身体を寄せたり、飛び込んだりする為にも、ここは全力で自分を御さなければいけない。
初美「でも、折を見て褒めてあげたいと思っていたのは事実なのですー」
初美「京子ちゃんはそれだけ見事な活躍をしてくれたのですから」
初美「貴女に感謝してるのは…決して姫様たちだけじゃありません」
初美「ある意味では私達、元三年生の方が感謝している部分もあるのですよー」
京子「初美さん…」
自分たちはもう高校を卒業してしまった身の上だ。
どれだけ小蒔の事をサポートする事が出来ても、一緒に戦う事が出来ない。
そして自分たちの代わりに入った仲間の中で一番、負担が大きいのはやはり京子なのだ。
自分の経歴全てを失い、別の性で歩き出す羽目になっただけではなく、麻雀の公式戦にまで出場させられているのだから。
未だ恨まれていても仕方ないのだとそう思えるような非道を行った神代の姫様に京子は尽くしてくれている。
小蒔と同じく全力以上を持ってして、最早、託すしかない自分たちの期待に、そして想いにも応えようとしてくれているのだ。
初美「だから…」
ススス
京子「っ!」
初美「…!!」
瞬間、聞こえてきた微かな物音に二人は息を呑んだ。
入り口から微かに聞こえるその音は自分たち以外の誰かが部屋に侵入してきた証である。
無論、今の状況ではその『誰か』は一人しか考えられない。
表向き、自分たちの保護者であり、この合宿の監督者でもある九州赤山の顧問。
それが今、部屋の中に入ってきたのだ。
「…………」
京子「…」
初美「…」
そのまま無言で部屋の中を歩く彼女の気配に二人は沈黙を続ける。
流石にこの状況で声を潜めて会話すればどれだけ小声であっても一瞬で気取られてしまう。
だからこその無言。
しかし、それは二人にとって、まったく予期していない状況を作り出した。
初美「(…ヤバい。これ…凄くドキドキしちゃってるですよー…)」
今までは小声であっても会話に集中出来ていた。
しかし、こうして無言になるとやはりどうしても自分の、そして相手の鼓動を意識してしまうのである。
ドキドキドクドクと脈打つそれが、二人の中で大きくなっていく。
否応なしにこの状況に興奮してしまっているのだとそう伝えるような変化に初美の顔が赤くなっていった。
初美「(…うわーうわーっ!もう…うわーーーっ!!)」
自分はそういうキャラじゃない。
京子はそういう相手じゃない。
どれだけそう言い繕っても心臓の鼓動は誤魔化せなかった。
そのあまりの恥ずかしさに離れたいという衝動が生まれるが、流石にそれは出来ないと理性が阻む。
結果、初美に出来るのは赤くなった顔のまま密着し続けるという事だけだった。
京子「(…心臓の音…ドンドン近くなっていって…)」
それは京子も同じだ。
ただでさえ、気恥ずかしくて仕方のなかった状況で、心臓の鼓動を聞かされる事になるのだから。
夢見がちな男子高校生として一度は夢見たそのシチュエーションに否応なく身体が反応してしまう。
その上、まるで重なろうとするように心臓の鼓動は近づいていくのだから、もう顔が真っ赤に染まっていた。
京子「(でも…)」
初美「(でも…)」
京子「(…嫌じゃない…よな)」
初美「(嫌じゃない…ですねー)」
勿論、自分たちにはそんな少女漫画でも滅多にないようなシチュエーションは恥ずかしいし、似合わない。
しかし、それでも重なりあっていく二つの鼓動は妙な安心感を生み出していた。
暗闇の中、息を潜めているのが自分一人だけではないとそう分かるからだろう。
普段、遠慮なしにじゃれあっているくらい心を許した相手の存在を、身体だけじゃなく心まで近づけてくれる相手の高鳴りを、二人が厭うはずがなかった。
初美「(あーもう…京子ちゃんにこんな気持ちにさせられるのなんて…悔しいのですよー)」
それは決して恋じゃない。
ドキドキこそしているが、別に京子の事を異性として惚れ込んでしまった訳ではないのだ。
けれど、だからと言って、その高鳴りが消える訳ではなかった。
出来の悪い弟程度にしか思っていなかった男に、こんなにドキドキさせられている。
それだけじゃなくその心臓の音にこうして安心感まで与えられてしまっているのだ。
普段、京子をからかって遊んできている初美にとって、こんなに悔しい事はない。
別に勝ち負けではないが、なんとなく負けた気がしてしまって仕方がなかった。。
初美「(…京子ちゃんは今、どんな顔をしてるですかね…?)」チラッ
初美「…っ!」
そう思って初美が京子の顔を見ようとしたのが失敗だった。
同じタイミングで京子もまた初美の顔を見ようとしていたのである。
自然、布団の中で二人の視線が交差し、相手に赤くなった顔を見られてしまう。
それを理解した瞬間、初美の唇はプルプルと震え、その顔がさらに真っ赤になっていった。
初美「(見られたっ!見られた見られた見られた見られた見られたああああっ!!)」
胸から沸き上がるその恥ずかしさはもう頂点に達していた。
そのまま死んでしまいそうになるくらい高まる羞恥に初美は全身を震わせる。
今まで年上ぶってきた自分にとって致命的過ぎるミス。
それに彼女が後悔してももう遅い。
幾ら暗闇の中とは言え、自分の顔の熱は隠せるようなものではないのだから。
それは京子の顔もまた真っ赤だったとそう感じ取った自分の目が証明している。
京子「…あの」
初美「~~~~っ!!!」
だからこそ、その瞬間の初美は冷静ではなかった。
悪友のような存在にドキドキさせられているという恥ずかしさ。
弟のような存在に安心させられてしまっている悔しさ。
そして、それらによって赤くなった自分の顔を見られたと言う事実に僅かに残っていた冷静さが吹き飛ばされてしまう。
今から何を言われるのか、そもそも何をされるのか、初美は分からない。
けれど、何を言われるにせよ、そして何をされるにせよ、自分がリードしなければ。
初美「っ!」ダキッ
京子「んな!?」
初美「み、みみ…見るなですよー…」
か細いその声は普段の初美とは打って変わったものだった。
ポソポソと主張するそれは強迫観念めいた想いから吐出されたものである。
実際、彼女の顔はさっきよりも余計に赤くなっていた。
何せ、初美は自分の顔を見られないが為だけに京子の顔を自分から抱きついたのだから。
まるで自分から心臓の鼓動を聞かせようとしているようなその体勢に、初美は自分の失態を悟った。
さりとて、今から離れてしまっては余計に傷口を広げるようなものである。
だからこそ、ここは… ――
初美「ふ、ふふーん。まったく仕方がないですね」
初美「京子ちゃんったらそんなに物欲しそうな顔して…」
初美「そんなに私の胸が恋しかったのですかー?」
京子「いや、あの…」
それは初美にとって精一杯の強がりだとそう言っても良いものだった。
内心は思いっきり混乱し、どうすれば良いのか慌てている。
しかし、それでも出来るだけ取り繕おうとした外面に彼女は少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。
大丈夫、ちゃんと何時も通りに振る舞えている。
それに安堵したのが彼女にとって運の尽きだった。
霞「……」ニヤニヤ
初美「…え?」
瞬間、初美は自分の周りの状況を理解した。
既に顧問は立ち去り、殆どの者が布団から出ていると言う事を。
その中で唯一、布団の中に入り続けていたのが自分たちであるという事を。
そして、そんな自分たちに顧問が立ち去ったのを知らせようと霞たちが周りに集まっていたという事を。
幾らか冷静になった初美は今、この瞬間、ようやく理解したのだ。
初美「(もしかして…さっき京子ちゃんが呼びかけたのって…!?)」
初美ほど冷静さを失っていなかった京子はそれを理解していた。
だからこそ、そう呼びかけたのだが、余裕のない初美にはそれを感じ取る事が出来なかったのである。
結果、彼女は部屋にいる全員の目の前で京子の頭に抱きつく姿を魅せる事になった。
いや、それだけではなく、その顔がもう夕日に負けないくらい真っ赤に染まっているところまで見られてしまったのである。
初美「あわ、あわわわわわわわわ」プルプルプル
霞「随分と可愛らしい事してるみたいね」クスッ
初美「ち、ちちちちちちち違うのですよー!!」
明星「…何が違うんですか?」ジトー
小蒔「仲良しで良い事だと思うんですけど…」
初美「そ、そそそそそそれは…!!」
ここで仲良しじゃないと否定するのは簡単だ。
しかし、場の空気は既に自分たちをからかおうとするような流れに変わっている。
ここでムキになって否定してしまったら意地を張っているだけと思われかねない。
何より、今の自分がどれだけ赤いかを口にされてしまえば全てが終わりだ。
こんな状況にしてまで失いたくなかったものにおもいっきりヒビが入ってしまう。
かと言って、『京子が物欲しそうな顔をしていた』と言う理由ではさらにからかわれるだけ。
初美「これはその…京子ちゃんのメイクが汗で落ちかけてたからなのですよー!」
初美「け、けけけけけ決して私がやりたかった訳じゃなく、いわば不可抗力なのですよー!」
霞「…さっき見るなって言ってなかったかしら?」
初美「それは、えっと…京子ちゃんの顔がドロドロになっているのを他の人に見られるのが忍びなくて…」
霞「と言う事は初美ちゃんは私達が周りにいる事に気づいていたのね?」クス
初美「うっ…」
霞「自分の顔も真っ赤なのに…京子ちゃんの為に抱きつくなんて…愛のなせる技かしら」
初美「うあーっ!」
必死に探した言い訳で何とか取り繕おうとしても霞には勝てない。
元々、彼女は神代に関係する家の中でも政治的な分野に強く関わる石戸家の中で才女と呼ばれた存在なのだ。
冷静さを失った身では、どれだけ頑張ったところで勝てるはずがない。
そんな事は初美にも分かっていたが、さりとて、こうも的確に弱みを撃ちぬかれると鳴き声もあげたくなる。
無論、何時も自分が場をかき回している側だから、その仕返しであろうとは分かっているが、ちょっとやりすぎではないだろうか。
そんな気持ちを込めて見上げる初美に霞はニッコリと笑みを返した。
小蒔「はわぁ…愛ですか、良いですねっ!」
明星「…そうですね。それだけ仲がよくってとっても羨ましいです」ジトー
巴「ふふ。まぁ、普段から二人は仲良しだものね」
春「喧嘩するほど仲が良い…」
初美「ううぅ…」
しかし、霞達はそんな風に見上げても容赦するつもりはまったくないらしい。
無論、小蒔は初美を追い詰めるなんて欠片も考えてはおらず、ただただ単純に羨ましがっているだけだ。
しかし、そのほかの皆は違う。
日頃、初美に振り回されている巴はこれ幸いと弄んでくるし、明星は嫉妬を全開にしてジト目で見下ろしている。
春もまた明星ほど分かりやすい訳ではないが決して機嫌が良い訳ではない。
寧ろ、珍しく不機嫌だとそう言っても良い状態にあるのは、付き合いの長い初美には見て取れた。
初美「(仕方ないのですよー…ここは…!!)」
初美「京子ちゃん、こっちですよ!」ガバッ
京子「うわっ!?」
言い訳する余地すらないほどに追い詰められてしまった初美には、もうその場から逃げ出すしか選択肢がない。
さりとて、ここで一人逃げたところで、京子の化粧が崩れていないのはすぐに分かってしまうのだ。
コレ以上、自分の立場が悪くなったりしないように、京子にもついてきて貰わなければいけない。
そう判断した初美は京子の腕を強く引っ張り、無理矢理、布団から立たせる。
霞「あら、仲良く何処行くの?」
初美「化粧直しですー!」
巴「ふふ。いってらっしゃい」
そのまま京子の手を引っ張るように歩き出す初美の背中から幼馴染達のにこやかな声が届いた。
それに内心、悔しさを感じるものの、今の自分には反攻の手札はない。
どれだけ辛酸を嘗める事になっても、ここは撤退するべきだ。
初美「(…けれど、何時か必ず仕返ししてやるですよー…!)」
京子「…あの」
初美「ん?」
屈辱に震える心で復讐を誓う初美。
そんな彼女が部屋を出た瞬間、手を引かれている京子からおずおずと声がかかる。
何処か遠慮を感じさせるそれは京子にとっては珍しいものだった。
その素性を隠さなければいけない都合上、堂々としている訳ではないが、こんな風に遠慮する姿を見る事は滅多にない。
特に初美にとっては最初期から今の関係が確立されていたのだから尚の事そうだった。
京子「そんな化粧崩れてましたか…?」
初美「ぁー…」
そんな京子の小さな声に初美は言葉を詰まらせた。
京子本人にも自分の身体から汗だくだという自覚はあるのである。
できるだけ汗で崩れにくいメイクは心がけているが、【須賀京子】になってからここまで本気で動いた事はない。
本当に化粧が落ちて、自分の素顔が露出してしまっているのではないだろうか。
そう思うと心の中でブレーキが掛かり、目立たないようにと声のトーンも落としてしまう。
初美「…ちょこっとだけですよー」
京子「ほ、本当ですか?」
初美「本当です」
京子「ぜ、絶対ですよね…?」
初美「……」
無論、そんな京子の気持ちは初美にも分かる。
しかし、その一方で何度も尋ねて来るその姿に、なんとなく面白くないのも事実だった。
彼女にとって、『化粧が崩れていない』と肯定するのは、自分の失態を認める事とほぼ同義なのだから。
京子の顔を抱きかかえた行為の是非を遠回しの問うような質問を繰り返されて、愉快な気持ちになるはずがない。
初美「あーもう!化粧なんか崩れてないですよー!!」
初美「って言うか、アレはこっちの顔を見られたくなかったが為の緊急避難なのです-!!」
初美「ぶっちゃけ恥ずかしくてあんまり顔見れてなかったですけど、殆ど崩れてなかったはずなのですよー!!!」
京子「…え?」
とは言え、ここで自分のミスを認められないような恥ずかしい先輩にはなりたくはない。
少なくとも京子にはまったく非はなく、自分の言い訳の所為で心から不安がっているのだから。
自分の失態によるしわ寄せを後輩に押し付けて、一体、何が先輩だろうか。
ただでさえ、自分たちが果たせなかった『小蒔と共にインターハイで優勝する』と言う夢を託しているのだ。
その所為で否応なく目立ってしまっている京子に対して、コレ以上のしわ寄せを与えてやりたくはない。
京子「えっと…その…」
初美「……」
京子「…………初美さんも可愛いところあるんですね」
初美「ふんっ」ゲシッ
京子「いたああっ!」
無論、京子は京子なりに自分の醜態をフォローしようとしてくれているのは分かっている。
さりとて、この場で『可愛い』なんて言われて、素直に受け止められるほど初美の精神は幼くもなければ、大人でもないのだ。
どうにもからかわれているような気がして、ついつい蹴りが出てしまう。
勿論、それは何時も通りのじゃれあいのようなものだが、さりとて、足に走る衝撃は小さい訳ではない。
ついつい口から痛みの声を飛び出させる京子の顔から、初美はプイっと顔を背けた。
初美「…まったく、京子ちゃんの癖に生意気なのですよー」
京子「すっごく理不尽な気がします…」
初美「先輩なんてものは大抵、理不尽な生き物ですからね」
京子「さっきはあんなに優しかったのに…」
初美「…あ、アレは気の迷いですよー。とっとと忘れるのですー」
京子「お断りします。あんなに可愛い初美さんなんて滅多に見れませんし」ニッコリ
初美「うぐ…」
その仕返しとばかりに京子が初美に良い笑顔を返してくる。
ニコニコと朗らかなその笑みには悪意など一切、見当たらない。
けれど、それがあくまでも演技でしかないという事を京子と親しい初美は良く理解している。
【須賀京子】を維持する為であれば、既に京子は天性と呼んでも良いだけの演技力と体得しているのだから。
初美「(…そっちだってドキドキしてたじゃないですかー)」
本心ではそう言ってやりたい。
しかし、それはお互い様ではあるし、何より、さっきの醜態にも繋がる話なのだ。
出来れば一生、さっきの出来事には触れたくない初美にとって、その切り返しは自爆も同然である。
結果、初美に出来るのは悶々とした気持ちを抑えるようにして黙りこむだけだった。
京子「でも」
初美「ん?」
京子「…ありがとうございます、初美さん」
京子「貴女に褒めて貰うのが目標の1つでもあった訳ですから…嬉しかったです」
初美「…京子ちゃん」
瞬間、後ろの京子から感謝の言葉が届くのは、初美の顔を立てさせる為だった。
さっきは多少、いじり返したが、京子は決して彼女をいじめたい訳ではないのである。
既に嫌と言うほど霞達にイジられた後ではあるし、コレ以上の追撃は流石の京子も気が引けた。
お互いに遠慮のない関係とは言え、決して相手の事を嫌っている訳ではないのだ。
初美「(…本当にもう)」
そんな京子の言葉に初美は小さく肩を落とした。
自分にとっては二歳も年下なのに、こうして自分を立てようと心遣いをしてくる後輩。
普段は頼りなくて、こっちが助けてやらなければ、と思う事も多々あるのに、いざと言う時は意外なほどしっかりする。
そのギャップに今更、胸をときめかせるほど、初美も乙女ではない。
決して恋愛に関して百戦錬磨と言う訳ではないが、自分は春や明星ほどチョロくはないとそう思っている。
初美「…ほら」スッ
京子「え?」
初美「…折角だからジュースの一本くらい奢ってあげるですよー」
だけど、後輩にここまで言わせて、何もしない訳にもいかない。
何せ、自分は先輩なのだから。
後輩の頑張りや好意に対しては、出来るだけ応えてやる義務がある。
だから、その、これは決してさっきの心遣いが嬉しかったからだとか、惚れてしまったとかじゃない。
京子に対する正当な報酬だと、そう自分に言い聞かせながら… ――
京子「…やっぱり初美さん、可愛いですね」
初美「そぉいっ!」ゲシッ
京子「あいたあああああっ!?」
―― 微笑ましそうに自分を見る京子に再び蹴りを放ったのだった。
Qどうして超次元枕投げやってるの?
A多分、この世界ではバヌケとかテニヌとかやってるんで…(震え声)
そんな訳で今日は終わりです
ちなみにはっちゃんはまだ堕ちてません(小声)
おい、麻雀しろよ(蟹) おつおつ
なんだ、この・・・なんだ? 京子が男子だからとかそういうレベルじゃねえ!
わっきゅんも大概だが、二段ジャンプはアカン
でも、はっちゃんが可愛くてぼく、満足!
乙
ところではっちゃんは前はいつもぐらいはだけてたんだろうか?
お、終わってないよ、書き溜め作ってるだけだよ…(小声)
次は全国大会編?
>>683
京子ちゃんはほら、多分、黒子の青峰みたいにある程度コントロールしてゾーンに入れるんだよ(震え声)
わっきゅんはアレだ、一応、子どもの頃からずっと鍛錬ばっかりやってた武術家のサラブレッドなんでこれくらいは出来て当然です(断言)
まぁ、作中で戦闘能力やばい連中に順位をつければ
京子(あくまでスポーツ選手レベル)<<<<<<<利仙(合気道の免許皆伝レベル)≦湧(それだけに特化した家系の中で天才と呼ばれるレベル)
<<<山田(身長2m以上髪はなし筋肉モリモリマッチョメンレベル)<<<<(超えられない人間の壁)<<<<<ハギヨシ(執事レベル)
くらいになると思います
>>688
はっちゃんがはだけてないとアイデンティティを失うので勿論、何時でもどこでもアレくらいはだけてます(断言)
>>693
全国大会に入る前に九州赤山との合宿を終わらせようと思っています
それが終わったらみなさんも楽しみにしているであろう全国大会編に入ります
また来週末までには投下する予定です
最近、一回の投下量が増えた分、感覚長くなってごめんなさい(´・ω・`)麻雀描写入れようとするとどうしても長くなってしまって…
現実にはタッパあって健康体かつ全うに男性体で福山ボイスな男子高校生はいくら女装しても以下略
まぁ、京子がレスラーばりの低空タックルで投げられないよう足元を取りに行けば確かに可能かもしれませんが、所詮、京子は殴る蹴るしか知らない初心者に毛が生えたレベルなんで…(震え声
そもそも利仙ちゃん自分じゃなく他人に掴みかかろうとした相手を横から投げて一回転させるって言う離れ業やらかしてるんですぜ…?
現実云々はさておいても利仙ちゃんも割りとチートです
まぁ、一番は>>704なんだがな!!
あ、まだ完全には出来上がってはいませんが、ずっとお待たせしてばっかりなんでキリの良いところまで投下していきます
―― 九州赤山との合宿は特に大きなトラブルもなく普通に進んでいった。
まぁ、合宿で思いっきり枕投げをした時点で普通ではないのだけれども。
しかし、それが発展して俺達との仲が険悪になったりするような事はなかったし。
寧ろ、枕投げ参加者と多少は会話出来る程度には仲良くなる事が出来た。
色々と大変ではあったが、枕投げをして良かったとそう思う。
「さて、では、最後になりましたが…団体戦の練習試合に入りましょうか」
そんな九州赤山との合宿の締めは団体戦となった。
ルールや役はほぼ地方予選決勝と同じ、ただ、半荘一回だけ、と言う点であの時とは違う。
朝からぶっ通しで練習してもう昼になっているし、ここから半荘二回で団体戦となると帰りが遅くなりすぎるんだ。。
俺達は屋敷が近くだし、実際、昨日も旅館に泊まらずに帰った訳だけど…九州赤山はそういう訳にはいかない。
名門校だけあって他府県から通っている人たちだっているのだし、早めに返してあげるのが一番だろう。
京子「(…ただ…まだメンバー分けどうするんだろ?)」
この合宿は清澄がインターハイ前にやったような四校合同のものではない。
永水女子と九州赤山、そしてそのOGだけしかいないのだ。
こうして座敷の中にいる人数だけはかなりのものだが、どうチームを配分するつもりなのか。
永水女子はインターハイ前の調整に今年のレギュラー、九州赤山は秋以降の公式戦を見据えた編成で組んでも、後2チームは必要なんだけど…。
「それで一つこちらから提案があるのだけれど…今からの団体戦、少し変則的にやってみないかしら?」
霞「変則的とは?」
「去年の九州赤山と今年の九州赤山、そして去年の永水女子と今年の永水女子で団体戦って事よ」
霞「それだと、小蒔ちゃんや春ちゃん、そしてそちらの副将や大将の方などが二回打つ事になりますが…」
「それを含めて変則的よ」
そう思った瞬間、九州赤山の顧問から信じられない言葉が届いた。
何せ、それは霞さんが言う通り、一部の人たちが複数回打たなければ成立しないものなのだから。
変則的と彼女はそう言うけれど、それはあまりにもセオリーから外れすぎてはいないだろうか。
そもそも、その形で対戦しても九州赤山にとって旨味が少なすぎる。
インターハイ後の大会には三年生は出られないし、団体戦で敗退した九州赤山はもう次代の育成を始めなければいけないはずだ。
既に卒業し、インターカレッジに備えているOGは言わずもがなだろう。
「…私は恐らくインターハイの後に顧問から外されるわ」
霞「え?」
「名門の看板を背負って三年連続インターハイ出場を逃したんだもの」
「寧ろ、今まで良く顧問として認めてくれたと思うわ」
…それはきっと嘘でもブラフでもないのだろう。
彼女は九州赤山の名顧問として県外にもその名を知られた人だ。
九州赤山がこの鹿児島で無敵とそう呼ばれていた裏には間違いなく、彼女の辣腕がある。
しかし、高校は決して慈善事業ではないのだ。
その部活動もまた広報活動の一環としてしか見ていない人たちに見えているのは、ここ三年間、名門九州赤山が団体戦でインターハイ出場を逃しているという結果のみ。
自嘲混じりにその時期まで述べている事から察するに、インターハイ後には顧問を辞めて貰うと既に宣告されているのだろう。
「…でも、私はその前にどうしても見たいの」
「私の育てた生徒が、決して永水女子に劣っていないって言う所を」
「数多くの雀士を育ててきた人生の中でも最高と呼べる子達がリベンジを果たすところを」
「…そして私がいなくなった後に名門九州赤山の看板を背負う子達が凄い先輩達がいたんだって自慢出来るようなところを」
霞「…」
けれど、そこで大人しく引き下がるような人ならば名顧問などと言われてはいない。
もう残り期限が少ない中で、彼女は自分なりに何かを残そうとしているんだろう。
そして同時に、自分がこれまで作り上げてきたものの成果を確かめようとしている。
どうあっても覆らない決定を前にして諦めながらも、それだけでは終われないと言う強い意思が今の彼女にはあった。
霞「…………どうしましょうか?」
初美「私は別に構わないですよー」
巴「えぇ。姫様とまた一緒に打てるなんて光栄ですしね」
春「…私も二回打つ事になるけど大丈夫」
明星「ただ、姫様のコンディションがちょっと心配ですね…」
小蒔「……大丈夫です」
明星ちゃんの言葉に小蒔さんは力強く頷き返した。
何時も何処かぽわぽわとしていて、護ってあげたくなる彼女にはっきりと覚悟の色が浮かんでいる。
それはやっぱり顧問の言葉に強い意思が込められているのを感じ取ったからなのだろう。
小蒔さんは神様を降ろす事が出来るくらいに感受性の強い子なのだ。
静かに燃え上がるような彼女の意思に影響されないはずがない。
小蒔「あんなに強い気持ちで私達との決着を望んでくれているんです」
小蒔「それから逃げるなんてあまりにも失礼でしょう」
小蒔「公式戦と同じく負ければ終わりのつもりで…」
小蒔「…全力以上を出し切ります」グッ
何より、彼女は決して感受性が強いだけの子ではない。
そうして感じ取った気持ちに応えようとする優しさも持っているんだ。
そんな彼女にとって、自身のコンディションと言うのはあまり大きなウェイトを占めてはいないのだろう。
少なくとも、小さく握り拳を作る小蒔さんの瞳には迷いの色など何処にもなかった。
霞「…じゃあ、決まりね」
霞「その提案お受けいたします」
「…ありがとう。助かるわ」
霞「いえ、寧ろこちらこそ感謝したいくらいですよ」
霞「こういう機会でもなければ私達はもう小蒔ちゃんと団体戦をする機会なんてありませんから」
そう返す霞さんの顔は少しだけ楽しそうなものだった。
既に高校を卒業し、大学にも行っていない彼女達にとって、団体戦はしようと思っても出来るものではない。
屋敷の家事や神事の合間に時間はあるが、20人ものメンツを揃える事は流石に出来ないからだ。
彼女からの申し出がなければ、もう霞さん達が団体戦をする機会は本当にないだろう。
京子「(…それに華を持たせてあげたいって思う自分がいない訳じゃない)」
霞さん達は最後になるであろう団体戦。
九州赤山は顧問の気持ちを背負っての雪辱戦。
それに比べて、新永水女子のメンバーは何かを背負っている訳じゃない。
俺達にとってのこれはインターハイ前の調整でしかないのだから。
分からない程度に手を抜いてあげるのが良いんじゃないだろうか、と少しだけそんな事を思う。
京子「(…でも、それはエゴだよな)」
それは決して優しさではない。
ただ、自分が優しくしてやったのだと悦に浸りたいだけのエゴだ。
独り善がりと言うのも憚られるそれを俺はそっと心の奥に押し込む。
霞さんも、そして九州赤山も手加減など望んではいない。
最後になるであろう戦いに、彼女達はまた全力を持ってして臨もうとしているのだから。
例えどんな結果になっても悔いが残らないよう、こちらも全力以上で相手をするべきだ。
春「……じゃあ、行ってくる」
明星「えぇ。先鋒お願いします」
湧「藤原さあには気をつけちょってね」
春「うん」
それは春も同じなのだろう。
先鋒として真っ先に戦いの場に出る彼女の顔は何時もよりも真剣なものだった。
普段、何があってもマイペースを崩さない春がここまで気合を入れてるのは公式戦の時くらいしか記憶にない。
それはやっぱり大事な先輩が、そしてかつての強敵が、手加減を望んでいない事を理解しているからだろう。
春「…京子」
京子「え…?な、何かしら」
そんな春に一体、どんな言葉を掛ければ良いのか。
あの水着で迫られた夜からずっと気まずいままであった俺には分からなかった。
結果、俺の名前を呼ぶ春の声に若干、上ずった声を返してしまう。
その恥ずかしさに内心、狼狽える俺の前で春はゆっくりと口を動かした。
春「…ちゃんと出来たらご褒美が欲しい」
京子「ご褒美…?」
春「うん…何時もみたいにギュってして」
京子「そ、それは構わないけど…」
春を抱きしめるのは別に今回が初めてじゃない。
こっちから積極的にやるのはセクハラだろうと自重しているが、彼女に乞われた事は何度もあった。
それでも俺が躊躇いを覚えるのは、今の春との関係が若干、ギクシャクしているからである。
あの夜から避けていた相手にそんな事をリクエストして本当に大丈夫なのだろうか。
京子「…でも、良いの?」
春「…うん。と言うか、お願いだからして欲しい」
春「もう私は須賀ルゲンじゃ生きていけないから」
京子「…いや、須賀ルゲンって」
春「京子サミンでも良い」
京子「いや、そういう問題じゃないからね?」
以前よりも確かにゴロは良くなっているし、言いたい事もなんとなく分かるけどさ!
でも、人の事を中毒性のあるクスリみたいに言わないで欲しい。
俺は至って健全な男子高校生であり、常習性なんてまったくありません。
…いや、なんかこうハッキリと言い切ったほうが余計危ない気がしなくもないし、良く良く考えれば健全と言い切れない姿な訳だけれど。
京子「…でも、良いの?」
春「…うん。と言うか、お願いだからして欲しい」
春「もう私は須賀ルゲンじゃ生きていけないから」
京子「…いや、須賀ルゲンって」
春「京子サミンでも良い」
京子「いや、そういう問題じゃないからね?」
以前よりも確かにゴロは良くなっているし、言いたい事もなんとなく分かるけどさ!
でも、人の事を中毒性のあるクスリみたいに言わないで欲しい。
俺は至って健全な男子高校生であり、常習性なんてまったくありません。
…いや、なんかこうハッキリと言い切ったほうが余計危ない気がしなくもないし、良く良く考えれば健全と言い切れない姿な訳だけれど。
それでも俺に常習性なんてモノがあるなら、俺の人生は今頃、バラ色だったはずだ。
京子「…でも、春ちゃんの気持ちは分かったわ」
春「京子…」
京子「…頑張ったら頑張っただけハグしてあげる」
京子「だから…期待して待ってるわね」
春「……うん」グッ
俺の言葉に春はその手に力強く握り拳を作った。
その背中にはメラメラとやる気の炎が燃えている……ような気がする。
まぁ、相変わらずのポーカーフェイスな訳だけれど、それでも何時も以上にやる気になってくれているのは事実なのだろう。
なんで謎成分が枯渇するまで俺と距離を取っていた理由なんかは不明なままだけれど…しかし、仲直りのキッカケは出来た訳だしな。
とりあえずそれを喜んでおくとしよう。
明星「…ホント、こういう時だけ調子が良いんですから」ポソ
京子「あ、明星ちゃん…?」
明星「…なんでもないですっ」プイッ
と思った瞬間、明星ちゃんから何とも不機嫌そうな言葉を貰ってしまった。
どうやら彼女は俺と春が仲直り出来そうなのが気に入らないらしい。
それはやっぱり俺がこの前の件で嫌われている所為なんだろうなぁ…。
春とは仲直りの道筋がついたけど…明星ちゃんとはまだまだ難しそうだ…。
京子「(…まぁ、それはとりあえず脇に置いておくとして)」
座敷中央で繰り広げられる麻雀はやはりハイレベルなものだった。
先頭を行くのは勿論、藤原さん。
鶴翼のオカルトを持つ彼女は俺と戦った時とは違い、最初から全力だった。
その能力の都合上、火力が高い彼女に追いすがっているのは今年の九州赤山で先鋒を務めていた子ではある。
地区予選決勝で大沼プロに『一段劣る』と酷評されてはいたものの、その実力はやはり名門でレギュラーに選ばれるだけの事はあった。
京子「(春は三位か)」
元々、春は大きく稼いで買ってくるタイプではない。
彼女が霞さんに求められていたのは敵のエースから繰り出される猛攻を必要最低限の損傷で切り抜ける事なのだから。
無論、点数を少しでも稼いでくる事に越したことはないが、春のプレイスタイルを考えると難しい。
実際、半荘も半分を過ぎた今、俺達の点数は5000点ちょっとのマイナスになっていた。
京子「(…だけど、ここまでは春が大分、コントロール出来ている)」
その程度の損失は最初から織り込み済みだ。
それより大事なのはトップである藤原さんに一人勝ちさせすぎない事。
そのセオリーを春は忠実に守っていた。
時に他家へと振り込み、逆に自分が安手を作って、エースが活躍する場所を着実に削いでいく。
お陰で向かい側へと座る藤原さんが随分、やりづらそうにしていた。
京子「(…このままなら問題なく終われそうだな)」
勿論、ここから俺達のマイナスが減っていく事は恐らくない。
残り四局の間、春の点数は恐らく削られ続けるだろう。
しかし、それはこのままいけば次鋒のわっきゅんや中堅の小蒔さんで十分取り返せる範囲に収まる。
藤原さんが敵になると言うだけに立ち上がりは色々と心配だったけど、どうにかなりそう… ――
小蒔「…………」パァ
京子「…え?」
瞬間、俺は信じられないものを見た。
それまで真剣な表情で麻雀を打っていた小蒔さんの背中に強い光が降りてくるのを。
新道寺との合宿の時にも似た暖かくて、何より力強い光。
眩しくて、つい目が閉じそうなそれを受け入れるようにして小蒔さんはそっと目を閉じて… ――
小蒔「……」スゥ
―― そして開いた瞬間、それはもう小蒔さんではない別の『何か』に変わっていた。
恐らくそれは小蒔さんが神様を降ろしたからなのだろう。
何処か胡乱になったその瞳の奥には人ならざる力が渦巻いているのを感じた。
こうして小蒔さんが神降ろしを使ったところを直接見るのは初めてだけれど…やっぱり俺とはレベルが違う。
俺よりも深く、そして自分を沈めるくらい強く合一化を果たすその姿は、まさしく『巫女』だ。
人の世にその身を置きながら、神世の世界に半身を預ける神々の依代。
その完成形とも言える神々しさに俺の背筋に冷や汗が浮かんだ。
京子「(まずい…!今は…!!)」
小蒔さんの親番だ。
ただでさえ高い小蒔さんの火力が、1.5倍に跳ね上がるのである。
団体戦と同じルールで10万点からの開始とは言え、まったく安心できない。
流石に飛びはないとは思うが、1発当たればリカバリーが難しいだけの点数が奪われてしまう。
京子「(ここで降ろすなんて…!)」
正直、小蒔さんは今回、戦力にならないと思っていた。
公式戦のように負けたら終わりと言うギリギリの状況でなければ、小蒔さんは神降ろしを使えないのだから。
確かに彼女は公式戦のつもりで打つとは言っていたが、今まで山のようにやってきた練習の中で彼女がそれを実際に使えた事はなかったのだ。
鶴田さんとの対局では使いそうになっていたけれど、あの時だって降りそうになっていただけ。
だから、俺はさっきの言葉をただの意気込み程度にしか思っていなかったのである。
けれど、小蒔さんは今、公式戦と同じように自身の能力を…全力以上を遺憾なく引き出していた。
それは… ――
利仙「ふふ」
「え…?どうしたんですか、藤原先輩」
利仙「いえ、ちょっと嬉しくて」
「…嬉しい?」
利仙「えぇ。昨日、神代さんの事情を聞いて、彼女へのリベンジを諦めていたところですから」
利仙「ですが…なってくれたのですね」
利仙「…私達との決着をつける為に…私達を諦めさせる為に…」
利仙「再び…全力以上となって私達の前に立ちふさがってくれるのですね…神代さん…!」
それはやっぱり…藤原さんや九州赤山との決着をつける為なんだろう。
かつてのリベンジがしたいと願っていた藤原さんと、自分が消える前に教え子の勝つ姿が見たいと望んだ顧問。
そんな彼女達の気持ちに応える為に、小蒔さんは自分の状態を公式戦と変わらないものまで持っていった。
京子「(…本当に凄い人だよな)」
それは勿論、口で言うほど簡単な事ではない。
そんな事が容易く出来るのであれば、小蒔さんは昨日の藤原さんとの対戦でも神降ろしを使ってみせた事だろう。
だが、生来の優しさが原因なのか、或いは高すぎる素質が逆に足枷となっているのか。
彼女は自身の全てを使いきる事は出来ず、全力の神代小蒔にリベンジを果たしたいという藤原さんの想いに応える事が出来なかった。
けれど、今の彼女は違う。
決して応える必要のない想いに自身の限界を破り、優しさをもって神降ろしを成功させたのだ。
小蒔「……」
利仙「貴女が言っていた事が今更、嘘だったなどとは思いません」
利仙「だから…私は本当に…本当に嬉しいです」
利仙「…ですが…だからと言って、私は手を抜きません」
利仙「貴女の気持ちに応える為にも…私はチャンスをくれた貴女を倒して…前へと進みます…!!」
利仙「チー!」
藤原さんが鳴いたのは和了への特急券。
その手には既にリャンメン待ちで和了への準備が出来ている。
一度鳴いているので食い下がるが、それでも複数の役が絡んだ火力の高さは折り紙つきだ。
まだ六巡目でこれほどの好形を整えられるのは藤原さんが強いからってだけではないんだろう。
きっと小蒔さんを必ず倒すと言う意気込みが、彼女の手にも現れているんだ。
小蒔「……ツモ」
利仙「っ!!」
小蒔「九蓮宝燈。役満です」
「…え?」
…だけど、そんな意気込みを前に小蒔さんはあっさりと和了る。
パタパタと倒されたその手は、見事な純正九蓮宝燈だった。
役満の中でも最難関と言われ、『和了ったら死ぬ』と言う都市伝説まであるその形に気の抜けた声が聞こえる。
けれど、役満を和了った小蒔さんには一切、表情の変化はない。
まるでこうやって和了るのが当然だと言わんばかりに平然としている。
京子「(…公式戦のルールにダブル役満が含まれてなくて本当に良かった…)」
もし含まれていたら今のでほぼ即死だ。
サンコロなんてレベルではない圧倒的な点差がついてしまう。
まぁ、そうでなくても親で役満、しかもツモ和了だ。
元々、小蒔さんは最下位ではあったが、今ので一躍トップに立っている。
春「……」
そんな状況で春は一見、平然としていた。
しかし、付き合いの長い俺には分かる。
平静を取り繕った表情の奥で春は歯噛みしていた。
今までは予想通りの展開だったにも関わらず、いきなり役満一つでひっくり返されてしまったのである。
幾ら相手が姫様と慕う相手であろうとそう簡単に凄いとは受け止められないだろう。
利仙「…次です。次に行きましょう」
「あ…はい」
それは恐らく藤原さんも同じなのだろう。
だが、彼女はそれを決して表に出す事はしなかった。
代わりに小さく肩を落とし、周りの参加者に次の対局を促す。
その瞳には小蒔さんへのリベンジの意思が再び燃えているのが見えた。
京子「(…けれど、小蒔さんは圧倒的だった)」
普段の彼女は決して強いと言う訳ではない。
平常時の俺とドベ競争が出来る程度の頑張り屋さんだ。
だが、そんな彼女は全国レベルの雀士として周知されているのである。
それは偏にこの神降ろし時の火力が、それ以外の部分での負けを帳消しにして余りあるからだ。
小蒔「…ロン。跳満です」
「う…は、はい…」
実際、小蒔さんの手から満貫より下は出てこない。
流石に天和が飛び出すほどではないが、それでもその火力は圧倒的だ。
何とか一回藤原さんが和了って親を流したが、それでも構わず周りをゴリゴリと削っていく。
さっきの役満和了で頭ひとつ飛び出たリードをさらに広げていくんだ。
京子「(…流石にこの展開はちょっとまずい)」
あまりにも小蒔さんが一人勝ち過ぎる。
このままでは後で取りやすいところで点数を稼ぐという俺達の戦略が破綻する可能性すらあった。
勿論、春だってそれに対して手を拱いている訳じゃない。
九州赤山の二人と協力して全力で小蒔さんを止めようとしている。
京子「(…だけど、止まらない)」
俺は小蒔さんの強さを良く理解しているつもりだった。
俺がその力をリアルタイムで見たのは今年の地方予選の時だけだったが、データに残ったどの試合であっても彼女は圧倒的だったのだから。
だが、それでも藤原さんや春を相手にしてここまで一方的な戦いが出来ると思っていた訳ではないのである。
どれだけ小蒔さんが強くても、アレだけ強かった藤原さんが相手なら、場のコントロールに長けた春がいるならば、何とかなるとそう思っていたのだ。
京子「(…これが敵になった時の神代小蒔かよ…!)」
何とかなるなんて…甘かった。
親の俺と互角…いや、もしかしたら、それ以上の早さで、とんでもない火力を打ち込んでくる。
配牌の時点で勝利が約束されていると思うような手を引き、それを最速最善の形で和了る圧倒的な力。
正直、藤原さんは二年連続でこんな小蒔さんと戦って心が折れなかったもんだと思う。
小蒔「…ふぁ…あれ?」
そんな小蒔さんが小さくあくびをした瞬間、後半戦は終わった。
点数は旧永水女子が+60000ちょっと。
唯一、小蒔さんに対して僅かに対抗出来ていた藤原さんだけが+ではあるが、残りは大きくマイナスだ。
サンコロとはならなかったが、ほぼそれに近い形になっている。
前半こそ藤原さんが大きく稼いでいたが、結果だけ見れば先鋒戦は小蒔さん無双とそう呼んでも良いものだった。
小蒔「…終わりました?」
利仙「…えぇ、完敗です」
そう漏らす藤原さんの額には脂汗が浮かんでいた。
神降ろしを使った小蒔さんに唯一、競り合った彼女にとって、この数局はとても集中力を使ったのだろう。
椅子へと背中を預けるその姿は、まるで力尽きてしまったようだ。
利仙「…でも…良い戦いでした」
それでも藤原さんの表情は決して悪いものではなかった。
きっと彼女はこの戦いで全てを出し切る事が出来たのだろう。
もう戦えないかもしれない好敵手を相手に自分の全てを使って…そして負けた。
眠るように目を伏せる彼女の表情に悔いの色はない。
寧ろ、敗北という決着をつけた藤原さんはその顔に嬉しそうなものを浮かべている。
利仙「…去年は多少、やりあえたから今年こそはと思ったのですけれどね」
利仙「どうやら私はまだ精進が足りないようです」
小蒔「…藤原さん」
確かに去年は藤原さんも小蒔さんと互角に渡り合っていた。
流石に一段劣ってはいたものの、それでも遜色ない打ち合いが出来ていたのである。
それが今の試合で出来なかったのは、春が同卓していたからだろう。
自身の犠牲も厭わず場のコントロールをする春の所為で序盤の藤原さんは去年よりも稼ぐ事が出来なかった。
結果、全力以上を出した小蒔さんとの打ち合いで、彼女は去年に不利な戦いを強いられる事になったのである。
京子「(…後はルールの問題もあるよな)」
これが半荘一回ではなく二回ならばまた話は違ったのかもしれない。
何せ、小蒔さんの神降ろしは一度下ろせば永遠と続くものではないのだから
対局の途中に不意に途切れる事もあるそのオカルトがなければ、小蒔さんはこのメンツで一段劣る。
去年の藤原さんは小蒔さんが『起きた』後で失った分の損害を冷静に取り返していた。
だけど、今回は最後まで神降ろしで逃げ切られ、マイナスだけが残った形になったのである。
京子「(…それは何も偶然じゃない)」
この一年で成長しているのは決して藤原さんだけじゃない。
小蒔さんもまたこの一年で色々とパワーアップしている。
少なくとも隙だらけだった牌譜は見間違えるほどしっかりし、初心者のようなミスはほぼ消えた。
失点はグっと抑えられるようになり、神様との合一性も去年よりも上がっているらしい。
去年の小蒔さんを映像でしか知らない俺には分からないが、今年の彼女は去年よりも火力が高く、また神降ろしを維持出来る時間も伸びているそうだ。
小蒔「…私も良い戦いだったと思います、藤原さん」
小蒔「ありがとうございました…!」ペコ
利仙「そう言って貰えると嬉しいです」ニコ
それは勿論、一朝一夕で出来るものではない。
去年のインターハイで敗れてから小蒔さんがずっと自分なりに頑張ってきたからこその成果だ。
それを何より分かりやすい形で表す事になった藤原さんに小蒔さんは勢い良く頭を下げる。
そんな彼女に藤原さんも微笑みながらも感謝の言葉を返した。
春「…………」
微笑ましい青春の1ページのような美少女二人の笑顔。
それに背を向けながら帰ってきた春の表情はとても良いとは言えなかった。
彼女の事を良く知らない人たちには、何時も通りの無表情に見えるかもしれない。
だが、その奥には隠し切れない落胆があるのが俺には見て取れた。
春「ごめんなさい…」
京子「いえ、アレは仕方ないわよ」
京子「小蒔ちゃんの親番でいきなりの神降ろし」
京子「しかも、そのまま逃げ切られるなんて春ちゃんじゃなくても、きっとどうにもならないと思うわ」
開口一番謝罪を口にする彼女に、俺は首を振りながら答えた。
正直、春以外があそこで戦っていたとして、今よりも傷が浅かったとは思えない。
例え、俺自身が小蒔さんと当たっていたとしても、余計に被害が大きくなっていただけだろう。
寧ろ、他家との協力を戦術の根幹に据えた春だからこそ、ここまでの傷で済んだと言えるくらいだ。
明星「…まぁ、戦術が崩れたのは確かですけれど」
京子「明星ちゃん」
明星「分かってます。責めるつもりはありません」
明星「だから、大事なのは、ここからどうリカバリーするかです」
明星「…何せ、単純な総合力で言えば、霞お姉様たちの方が格上なのですから」
湧「…うん」
明星ちゃんの言葉に俺もまた異論はなかった。
勿論、俺達だって地方予選当初に比べれば強くなっている。
その上、霞さん達は一年近いブランクがあるのだ。
俺達の特訓には常日頃から熱心に参加してくれてはいたが、俺達ほど麻雀を打っていた訳じゃない。
京子「(けれど、それでも勝てる気がしないんだよなぁ)」
小蒔さんが稼ぎ、巴さんが繋ぎ、春が流して、初美さんが奪い、霞さんで仕舞う。
そんな戦術をしっかりと確立させた永水女子の完成度はあの大会でも際立っていた。
運悪く二回戦で優勝校でもある清澄と当たってしまったが、そうでなければ決勝まであがってきたであろう実力。
無名の状態からシード校にまで成り上がったその力は、今の俺達から見ても一段、上だ。
ある程度は現役時代よりも腕が錆び付いているかもしれないが、それでもこの点差を詰めるのは大変だろう。
明星「中堅戦では立場が逆になりますが、手を抜いてもらったら困ります」
明星「これはただの特訓ではなく儀式でもあるのですから」
湧「儀式?」
明星「えぇ。今年の私達が、去年の霞お姉様達よりも強くなっているって事を証明する為のね」
明星「そうでなければ霞お姉様達だって安心して私達に任せられないでしょう?」
京子「…そうね」
けれど、それでもだ。
それでも俺たちが勝たなければ、霞さん達だって安心する事は出来ない。
だからこそ、この戦いは明星ちゃんの言う通り、儀式でもあり、一つの試金石でもあるのだろう。
俺たちがインターハイに出場して通用するだけの実力が…もっと言えば、優勝出来るだけの力が果たしてあるのかどうか。
それを図る為にも、この戦いは練習試合だなどと思って構えて良いものではないのだ。
明星「…まぁ、少し脱線しましたが、春さんは中堅戦まで京子さんに甘えてて下さい」
京子「え?」
明星「ここで落ち込んで中堅戦で実力が出せませんでした、なんて事になると意味がなくなりますしね」
明星「敵にはなりますが…京子さんの事貸しておいてあげます」
湧「えへへ。素直じゃねけど…明星ちゃなりに春さあの事、励まそうとしちょっんだよ」
明星「い、言わなくても良いんですよ、そういう事は!!」カァァ
嬉しそうにそう補足するわっきゅんの言葉に明星ちゃんの顔が赤くなった。
まるで図星だとそう言わんばかりの反応は、やはり彼女なりに春の事を心配しているのだろう。
けれど、仲間内で一歩引いた自分の立ち位置を自覚している明星ちゃんはそれをそのまま表に出す事が出来なかった。
そんな彼女の気持ちをわっきゅんが代弁するが、でも、言わなくても俺達はちゃんと分かっている。
明星ちゃんが時に厳しい事を言うのも、ともすればなあなあになってしまいそうな俺達の事を思っての事だって。
その心はとても優しくて暖かい子だって、俺達はちゃんと理解しているんだ。
春「…良いの?」
明星「…何がですか?」
春「だって…明星ちゃんも京子の事…」
明星「べ、別にその程度で拗ねたりしません」
明星「って言うか、拗ねる理由がありません」
明星「私は別に京子さんの事なんて何とも思ってない訳ですし!」
明星「京子さんを差し出すだけで、春さんが元気になるのなら十人でも二十人でも差し出します!」
京子「流石にそれだけ私がいたら大変かしら…」
俺はプラナリアでもなんでもないのである。
ふと気づいた時には分裂していました、なんてシュールを通り越してホラーでしかない。
そんな事が自分の身に起きたら、俺は絶対に悲鳴をあげる事だろう。
鏡でもないのに自分の顔が10も並んでいる光景を想像しただけで背筋がぞっとするくらいだ。
湧「…十人もキョンキョンいたら、ひといくらいあちきが貰ろても良か?」
京子「一応聞いておくけれど、何に使うつもり?」
湧「えへへ、いっぺー遊んでもろっ!」
湧「後、こん前の決着もつけないとね」
京子「ふふ。そうね」
確かにわっきゅんとの枕投げは中途半端な結果に終わっちゃった訳だからなぁ。
あのままでも良いような気もするが、やっぱり何処か物足りないのは確かだ。
勝つにしろ負けるにしろ、一つの区切りがあった方が良い。
流石にもうあの人数での枕投げは出来ないが、また折を見てわっきゅんと決着はつけないとな。
湧「でも、今は目の前のしょっがでしだからね」
湧「皆の為にもきばってくるよ」グッ
京子「えぇ。お願いね」
そう言ってわっきゅんはトテトテと勢い良く麻雀の卓へと入っていく。
軽いその足取りは、いっそ脳天気にも映るかもしれない。
だが、彼女の小さな背中から沸き上がる熱気は完全に臨戦態勢へと入っているものだった。
春の敵を討つ為にわっきゅんは今、公式戦とそう変わらないコンディションにあるのだろう。
その気合に満ちた背中に頼もしさを感じながら、俺は彼女の事を見送った。
春「…京子」
京子「ほら、おいで」スッ
春「…でも……」
勿論、春の事だって放っておく訳にはいかない。
小さく呼びかける彼女に俺は胸元を開くように腕を動かした。
けれど、何時もならば飛び込んでくる春の身体は動こうとはしない。
俺から小さく視線を反らし、申し訳無さそうにしている。
京子「…まったく、もう」ギュッ
春「…ぁ」
京子「春ちゃんは…私が結果だけを見て、春が頑張ってなかったなんて判断するような浅慮な女だと思ってる?」
春「思ってない…」
京子「だったら、そんな風に遠慮しないで欲しいわ」
京子「私だって春ちゃんの事、慰めてあげたいとそう思っているからこそ、こうしているんだもの」
春「…幻滅したりしてない?」
京子「してないわ」
京子「私はちゃんと分かってるもの」
京子「春ちゃんがどれだけ一生懸命に頑張ってくれていたのかが…ね」ナデナデ
春「……ぅん…」ギュッ
そこでようやく春は無理矢理、抱き寄せた俺の身体に腕を回してくれる。
そのまま俺の胸元に顔を埋める春からはか細い声が聞こえた。
流石に泣いている訳ではないだろうけれど、その声は何時もの彼女らしくはない。
…さっきまで平然としていたように見えたけれど、やっぱり本当はかなり打ちのめされているんだろう。
そんな春の柔らかい身体を、俺は何度も何度もゆっくり撫でる。
春「…やっぱり京子は優しい」
京子「春の頑張りをちゃんと評価しているだけよ」
春「それを優しいって言うと思う」
京子「そうかしら…?」
春「少なくとも私にとってはそう」
そうしている間に少しは気持ちも落ち着いてきたのだろう。
身体全体から感じる春の弱々しさはマシになり、胸の内から聞こえるそれも何時ものものに戻っていた。
勿論、まったく気にしていないって言う訳ではないんだろうが、目に見えて落ち込んでいる訳じゃない。
それに一つ安心した瞬間、俺の背中へと回った春の腕にさらなる力が入った。
春「…でも、久しぶりの京子の身体はとっても良い…」
京子「な、何かそのセリフ、エッチじゃないかしら?」
春「そんな事ない…とても健全」スンスン
春「…京子の身体、いい匂い…♪」
京子「うん。今ので健全らしさが見事に吹き飛んだと思うわ…」
京子「と言うか、恥ずかしいからあんまり嗅がないで欲しいんだけど…」
春「…ダメ。京子の匂いは中毒性が強すぎるから」クンカクンカ
春「もうちょっと楽しまないと…満足出来ない…♪」スリスリ
京子「うぅ…」
まぁ、男ならばともかく、春は見目麗しい美少女な訳だからなぁ。
そうやって甘えて来られるのは決して嫌という訳ではない。
正直、すげえええええ恥ずかしいというか辱められている気はするが、この前の羞恥プレイよりは遥かにマシだし。
……なんかそう考えると、俺、春に調教されてるみたいだな…。
明星「……むぅ」
春「…明星ちゃんもする?」
明星「しません…っ!!」プイ
そんな俺達を見て明星ちゃんは目に見えて不機嫌そうな表情を浮かべる。
今にも唇を尖らせそうなその姿はとても可愛らしいが、やっぱり面白くはないんだろうな。
ただ、それでも明星ちゃんは俺達に『離れろ』なんて言ったりはしない。
何時もならもうとっくの昔に無理矢理、引き離されてると思うんだけど…やっぱり自分で春の背中を押した手前、遠慮しているんだろう。
春「…そう。京子の身体…こんなにイイのに…♥」スリスリ
明星「べ、別に良いとか悪いとか興味ないですから」
明星「私は霞お姉様さえいればそれで良いですし…!京子さんなんてまったく眼中にありませんし…!」
明星「って言うか、触れられるのも嫌なくらいですし…!!」
京子「…そう…よね」
明星「ぁ…」
まぁ…そうなるよなぁ。
だって、俺は霞お姉様ラブな明星ちゃんの前で勃起しちゃった訳で…そりゃドン引きもされて当然だ。
…ただ、流石にそこまで嫌がられているとは思わなかった…。
いや、目すら合わせてくれなくなった時点でそれを想定するべきだったか…。
これだから俺は鈍感だとか女心が分かってないって言われるんだろうなぁ…。
明星「い、いや、あの…その…」
京子「良いのよ、明星ちゃんも無理しないで」
京子「私も仕方がない事だと分かっているから」
明星「ち、違…」
春「…違うの?」
明星「~~~~っ!違いません!!」
明星「京子さんに触れられたいだなんてそんな事思っているはずないじゃないですかっ!」
明星「抱きしめられてる春さんが羨ましいだなんて、一瞬たりとて思ってません!!」
明星「京子さんの匂いなんて興味もないですし!スリスリなんて死んでも嫌です!!!」
ふふ、まさかの追撃に俺の心はもうボロボロだぜ…。
もう分かりきってる事をそんなハッキリと…そして詳しく言われるなんてな…。
誤解の余地も許さないと言わんばかりの否定っぷりは流石と言って良いほど隙がない。
これじゃあどんなストーカーでもノックアウト確定だな…。
春「…じゃあ、遠慮なく独り占めさせて貰う」ギュゥ
明星「~~~~っ!!」グッ
京子「は、春ちゃん…」
春「よしよし…慰めてもらった分、私が京子の事慰めてあげる」
京子「……もう慰めなくても良いわよ」
春「じゃあ、勝手にナデナデする」ナデナデ
京子「もう…」
女の子に慰めてもらうなんて情けないから強がるけれど、実際、明星ちゃんの追撃に結構、傷ついていたからなぁ…。
傷つきやすいガラスの十代なハートにとって、その優しくて暖かい手はとても嬉しい。
思わず春の背中を撫でていた手を止めて、彼女の慰撫に身を委ねてしまうくらいに。
京子「…ありがとうね、春ちゃん」
春「ううん。私も京子に酷い事したから…」
京子「え?」
春「…あの夜からずっと京子の事避けてた…」
京子「…あぁ」
春は酷い事と言うけれど、しかし、アレは仕方のない事だ。
思いっきり性的なアピールされまくっていたとは言え、俺は勃起してしまったんだから。
あくまでも親友程度にしか思っていない男に勃起を伝えられて平然としていられるはずがない。
実際にそれに触れる事になった混浴時はそれほど気にしていたようには見えなかったけれど、どちらかと言えばそっちの方がおかしいんだし。
春「…勿論、京子の事が嫌いになった訳じゃない」
春「ただ…少し京子と距離を取る必要があると思って」
京子「…私の事が怖かったり嫌だったりするのなら無理しなくても…」
春「違う。私は今も京子の事が大好き」
春「…でも、あの夜、私はやり過ぎた」
春「最近、一人ライバルが増えちゃったから、気持ちが逸ってたなんて言い訳にもならない」」
春「…こういうやり方じゃ京子を追い込むだけだって分かってたからしないつもりだったのに京子の事傷つけて…」
春「…だから、反省の意味も込めて京子と少しだけ距離を取る事にした」
春「…そうしないと私はまた同じ事をすると思ったから」
京子「春ちゃん…」
春「ごめんなさい…」
しかし、そんな気持ちとは裏腹に、春はそう謝罪の声を漏らす。
俺としては例の件で嫌われていてもおかしくないと思っていたんだけれど…別にそんな事はなかったらしい。
寧ろ、自分の方がやり過ぎたと、俺を傷つけたのだと、そう申し訳なさそうにしている。
京子「私は気にしてないわよ」
春「でも…」
京子「アレは春ちゃんも明星ちゃんも私の事を思ってしてくれた事でしょう?」
京子「だから、謝る必要なんかないわ」
とは言え、俺自身、そんな春を責める理由なんてない。
そもそも事の発端になったのは俺の勘違いだったし、春も悪気があってそんな事をした訳ではないのだから。
春が距離を取った原因である勃起も、俺が何とかする事が…いや、まぁ、あのシチュエーションで勃起しないなんてまず無理だけど。
けれど、俺がもうちょっと対応を誤らなければ、春だってここまで思いつめる事はなかっただろう。
京子「寧ろ、それを私に黙っていて、勝手に距離を取られてしまった方が嫌だったかしら」
春「あ…」
京子「…言っておくけれど寂しかったんだからね?」
春「…うん。独り善がりでごめんなさい…」ギュ
ただ、春に何も言われずに距離を取られたのはやっぱり辛かったし、寂しかった。
【須賀京子】としても【須賀京太郎】としても、そんな風に思いつめる前に一言相談して欲しかったと思う。
それさえあれば、こうして二人がすれ違う事もなく、春もまた無闇に自分を追い込む事はなかったんだから。
中々、言えない事だと分かっていても、やっぱりそう思ってしまうのである。
春「これからはずっと京子の側にいる」
京子「ずっと?」
春「うん。ずっと」
春「…トイレからお風呂から布団の中までずぅっと」
京子「はい。ストップ」
春「ぇー…」
って感動のシーンだと思ったら、これかよ!!
いや、うん、俺も春とは一緒にいたいけどさ!!
寂しかったのは本当だけど…でも、流石にそれは側に居すぎじゃないかな!?
同性だって、そこまで一緒に居たら辟易すると思うぞ!
春「…私、ちゃんとお世話する」
春「京子のしたい事なんでもしてあげるのに…」
京子「そういう問題じゃないの」
春「…イケズ」
ま、まぁ、流石にそれは冗談だろう。
ちょっと真面目に残念そうな顔をしている春が気になるけれど…そんな提案が通ると本気で思っていた訳じゃないだろうし。
恐らく俺の思い違いか、春の演技力が思った以上なのかのどちらかだ。
まぁ、何はともあれ、こうして冗談が言える程度には仲直りが出来たってのは嬉しい。
さっきの寂しいや辛いに、まったく嘘偽りがなかったから尚の事そうだ。
京子「それよりもわっきゅんの事応援してあげましょ」
春「…うん」
こうして悩み事が一つなくなったんだ。
先鋒戦で小蒔さんに思いっきり凹まされた春を元気づけるのは必要だが、あんまりそっちにばかり注力してはいられない。
何せ、今は俺たちの為にも次鋒戦でわっきゅんが頑張ってくれているのだから。
彼女の事を見守り、応援してあげるのもまた必要な事だろう。
京子「(…とは言え…やっぱり厳しいよな)」
わっきゅんの順位は未だ三位のままだった。
無論、最初から果敢に攻めていったのか、点数は大分、+に持って行ってはいる。
しかし、その上にいる前九州赤山チームとの点差はかなりのものなのだ。
彼女一人で簡単に詰めていけるものではない。
京子「(…でも)」
わっきゅんの背中から立ち上るような気合は決して衰えてはいなかった。
簡単には詰められない点差だと分かっていながらも、彼女は腐っていない。
自分に出来る事を確実に積み重ねていこうとまっすぐ雀卓を見据えている。
そんな気持ちが配牌にも現れているのだろうか。
彼女が引いてくる手はかなりの好形ばかり。
そして… ――
湧「ポン!」
鳴く。
それは地方予選の彼女にはないやり方だった。
そもそもわっきゅんは麻雀歴だけで言えば俺と殆ど大差ないような初心者なのである。
オカルトこそ使えはするが、それを支える地力が若干、見劣りする状態だった。
けれど、今のわっきゅんは違う。
地方予選での激戦を経て、オカルトだけではどうにもならない相手を知った。
自分の役割を果たせずにバトンを渡すしか出来ない悔しさを彼女は文字通り思い知ったのである。
京子「(…頑張ったもんな)」
多分、地方予選からこの数週間の間に一番頑張ったのはわっきゅんだ。
彼女は寝る間も惜しんで自身の牌譜を研究し、少しでも強くなろうとそう努力している。
勿論、今までだってわっきゅんはわっきゅんなりに麻雀に打ち込み、強くなる為に頑張っていた。
だけど、今の彼女はまさしく必死と言っても良いくらいに麻雀の勉強をしている。
苦手だった牌効率も覚える為に、遅くまで教本を開いて練習している彼女に何度か差し入れしてやった記憶があるくらいだ。
京子「(わっきゅんの能力は『自分の和了を見逃す事でよりよい形で和了れるようにする』ものだ)」
故に、彼女はどれだけ早くテンパイ出来るかで戦局を大きく変える。
ほんの一巡でも先にテンパイ出来れば、それだけでわっきゅんの火力は跳ね上がるのだから。
だからこそ、彼女は牌効率の中でも特に『鳴き』について勉強していた。
より火力を磨く為にわっきゅんは、早さを追求しようとしていたのである。
奇しくも俺と同じ方向性への強化に辿り着いたわっきゅん。
けれど、彼女の鳴きは俺よりも遥かにえげつないものだった。
京子「(何せ…わっきゅんが鳴くだけでろくに打てなくなるからな)」
既にこの中のメンツにはわっきゅんの能力はバレている。
そんな相手の前で手牌の一部を晒す『鳴き』は一つの警告だ。
その『鳴き』から考えられる形の待ちが軒並み打ちにくくなってしまう。
そのプレッシャーはオカルトの強力さもあって、並の雀士とは比べ物にならないくらいだ。
京子「(正直、ダマでいるよりよっぽど怖いよな)」
勿論、わっきゅんはまだ鳴き麻雀について勉強し始めたばかりだ。
その鳴きは同じく初心者である俺から見ても甘い部分が多い。
しかし、そうやってわっきゅんが鳴く度に周囲に強い緊張が走るのははっきりと見て取れた。
いっそ何も考えずに打てたら気持ちも楽なのに、ついついそっちを意識してしまう。
それはつまり彼女を意識しないという唯一有効な手立てが使えなくなってしまう事を意味する。
わっきゅんにとって手牌を晒す、と言う麻雀において致命的なデメリットがデメリットではないのだ。
巴「……っ!」
それはわっきゅんとの付き合いが長い巴さんも同じだった。
地味だが、その分、劣ったところのない前永水女子の実力者。
そんな彼女が打つ麻雀は思った以上に窮屈そうなものだった。
よりリードを得ようとするのではなく、ただ失点を防ぎ、今の順位を守ろうとする打ち筋になっている。
無論、それは圧倒的リードを抱えている今、決して間違いとは言えないだろう。
ただ… ――
湧「ロン。6400」
「…はい」
今のわっきゅんを止めるのに、それでは甘い。
やる気がないならその分、稼ぐだけだと言わんばかりに和了っていく。
まるで大雨の日に荒れ狂う川のように周囲を飲み込み、そして削っていくのだ。
そんなわっきゅんを前にしてリードを守れれば良い、なんて打ち方は逃げも同然だろう。
京子「(勿論、火力は下がってる)」
鳴きは確かに和了へと近づくメリットがあるが、その分、多くの役で食い下がりが発生する。
ましてや、そうやって頻繁に鳴く事になっては下手な手替えも出来ない。
だが、そうやって火力が下がった以上にわっきゅんが手牌を晒す事への重圧が強いのだろう。
ただ単純に早くなった以上に、周りの手を遅くする今の彼女はそう簡単には止まらなかった。
湧「おだれー様でした」ペコッ
そんなわっきゅんが卓から立った時には前九州赤山との点差が殆どなくなっていた。
半荘と言う短い間ながらも、わっきゅんは2万点以上も稼いでくれたのである。
流石に先鋒戦での小蒔さんほどではないが、大戦果と言っても良い結果だろう。
ほんの数週間前には地方予選で苦戦していた相手すらまったく寄せ付けず、ここまでの戦果を残してくれるなんて正直、思っていなかった。
正直、新しい打ち方を模索している真っ最中だったから不安だったんだけれど…どうやら良い意味で期待を裏切ってくれたな。
湧「ただいまっ!」ニコー
明星「お疲れ様、湧ちゃん」
京子「格好良かったわよ、わっきゅん」
春「…お疲れ様。そして…ありがとう」
湧「んーん。こいがあちきの役割じゃっで、気にせんでっ」ニコニコ
そうにこやかに笑うわっきゅんの額には脂汗が浮かんでいた。
結果だけ見れば次鋒戦は彼女のオンステージと言っても良いくらいだったが、その結果を引き入れるのは決して簡単ではなかったのだろう。
額にじっとりと浮かぶその汗が、わっきゅんの苦労と、そして努力を物語っている。
打ち方を変えたし、強くなる為の努力もしたとは言え、彼女は未だ麻雀初心者の域を抜けだしたばかりだ。
オカルト抜きの実力だけで言えば、一番の格下だけに色々と大変だったのだろう。
京子「はい。このハンカチ使って」スッ
湧「あ、あいがと、京子さあ」ニコッ
京子「いえいえ、わっきゅんはとっても頑張ってくれたんだもの」
京子「これくらい当然よ」
本当はもっと色々と労ってあげたいくらいの大戦果だけど、今は一応、合宿中だしなぁ。
これから中堅戦が始まるって言うのに、お菓子を買いに行ったりは出来ないし。
まぁ、ここから霧島神宮まで帰る間にコンビニやスーパーなんかもあるから、そこでお菓子でも買ってあげよう。
ちょっと行儀は悪いが、霞さん達も鬼ではないし、言えば車を停めてくれるはずだ。
それよりも今は… ――
春「……京子」
京子「もう良いの?」
春「うん。大丈夫」
そう言って春は俺の隣からスッと離れた。
瞬間、少し胸の中が寂しくなるが、さりとて彼女を引き止める事は俺には出来ない。
これから春は再び中堅戦に出なければいけないし…何より彼女は俺達の敵になるのだから。
春「京子も…それに明星ちゃんもありがとう」
春「お陰で気持ちが凄く楽になった…」
春「…これならまたちゃんと戦えそう」
明星「…失礼を承知で言いますが、だからって手加減なんてするのはなしですよ?」
春「分かってる。そもそも…姫様を相手に手加減なんか出来ない」
さっき春が大敗を喫した小蒔さんが今度は俺達のエースとして春の前に再び立ちふさがるんだ。
ついさっき手も足も出ないくらいにコテンパンにされた相手との勝負ともなれば、手加減などしている余裕もないだろう。
俺が春と同じ立場だったとしても、手加減なんて到底、出来ない。
小蒔さんが自身の全力を持って当たらなければ食い破られるほどの化物だというのは、ついさっき嫌というほど見せられたのだから。
春「…それに全力を出し切って戦うのが励ましてくれた皆へのお礼になると分かっているから」
春「だから…私は敵になったとしても…全力で戦う」
春「初美さん達の為にも…全力で…京子達のことを倒しに行く…」
京子「えぇ。望むところよ」
明星「そうじゃないと面白みがありませんしね」
湧「春さあもきばってね!」グッ
春「…うん」
わっきゅんの言葉に頷いて春は再び卓へと向かっていく。
その背中にはやっぱり不安の色が見え隠れしていた。
やっぱりどれだけ強がっても、さっきの敗戦のイメージは根強いのだろう。
それくらいにオカルトを使った時の小蒔さんは圧倒的なんだ。
京子「(…だけど、その足は止まらない)」
多分、春は強がっているだけだ。
本当は口で言うほど何とも思っていない訳じゃない。
だが、それでもそうして卓へと進む足取りには迷いはなかった。
俺達の為、そして霞さん達の為に全力で戦う。
そう言った彼女の言葉は決して嘘ではないんだろう。
京子「(…春はきっと大丈夫)」
二度目の小蒔さんとの対戦。
けれど、その最中に春が崩れるような事はないだろう。
勿論、後でまた慰める必要があるかもしれないが、それはその時考えれば良い。
それよりも今は敵である彼女の事よりも… ――
京子「(…味方である小蒔さんの事…だよな)」
小蒔「…」
卓へと座る小蒔さんの表情は先鋒戦と同じだった。
真剣そうなその表情は頑張り屋である彼女らしいものである。
少なくとも、ついさっきまで味方であった人たちの敵になる事への忌避感はないらしい。
それに安堵する反面、何故か俺は不安な気持ちを拭い去る事が出来なかった。
京子「(…何か…思い違いをしているような気がするんだよなぁ…)」
こうして俺達の代表として中堅戦へと挑む彼女の姿を見ると余計にそう思う。
しかし、その『何か』を俺ははっきりと言葉には出来なかった。
漠然とまずいような気がするものの、それが何なのか俺自身にも分からない。
その気持ち悪さの理由を何とか見つけようと見つめる俺の前で中堅戦が始まった。
京子「(…大まか、予想通りの展開…)」
先鋒戦とは違って、中堅戦では藤原さんのような飛び抜けた雀士がいない。
強いて言うなら小蒔さんがそれに該当するが、オカルトなしの彼女は平常時の俺とそれほど実力が変わらないんだ。
目に見える点棒ではなく場のコントロールを重視する春からすれば、先鋒戦よりも今の方がよっぽど戦いやすいだろう。
少なくとも小蒔さんが神降ろしを使わなければ、主導権は春から移動する事はまずない。
京子「(……でも)」
そんな展開を見ても尚、俺の中の不安は消えきらなかった。
予想した通りに窮地へと陥ってく小蒔さん。
ジリジリと、しかし、確実にマイナスへと転落していくその姿は何時もと変わらない。
京子「(……いや、待て)」
…先鋒戦ではこの辺りから小蒔さんは確かに巻き返しに入った。
けれど、何時もの彼女はそうだっただろうか?
…違う。
小蒔さんは公式戦でなければ、その実力を出し切れないような優しい人だ。
そんな彼女が先鋒戦で『全力以上』を出せたのは恐らく藤原さんの為。
自分をライバルと言ってくれた彼女との決着をつける為に小蒔さんは『全力以上』を出したのだ。
だとすれば… ――
小蒔「……」ペカー
明星「…来ましたね」
湧「かんさあ降ろし…!」
明星「これで逆て……」
小蒔「…………スゥ」コテン
明星「…え?」
湧「…あれ?」
京子「あー…」
…やっぱりこうなっちゃったかー…。
だって、これ公式戦じゃねーもんなぁ…。
正直、俺だけじゃなく春達も小蒔さんが神降ろしを使う前提でいたけれど、これはあくまでも練習試合。
さっき小蒔さんが神降ろしを使った原因である藤原さんもここにはいないんだ。
ふつーに考えれば、ここで小蒔さんが神降ろしを使えるはずがない。
春「…姫様」ツンツン
小蒔「ふぁぃ…?」ゴシゴシ
春「…寝ちゃダメです」
小蒔「あ、そ、そうですね…!」
小蒔「皆の為にも一生懸命頑張らないといけません!!」ググッ
そして神降ろしが使えない小蒔さんが、春を始めとする雀士を相手に太刀打ち出来るはずもなかった。
勿論、彼女はとても頑張ってくれてはいたものの、実力差は歴然としている。
結局、中堅戦が終わるまで小蒔さんは殆ど和了れないままだった。
点数は一万点近いマイナスと、それほど大きなキズになった訳ではない。
だが、春が三千点ちょっと稼いだ事を考えれば中堅戦で一万五千点近い点差が開いてしまったのだ。
元々あった前永水組との点差を考えれば、これは少々、致命的過ぎる。
小蒔「……ごめんなさい」シュン
明星「だ、大丈夫ですよ。姫様が落ち込む事はありません」
湧「うんうん。姫さあがきばっちょるの皆、分かっとるじゃっで…!」
とは言え、俺達には小蒔さんを責めるつもりはまったくなかった。
そもそも、彼女が自分の能力を思い通りに使う事が出来ないのは皆知っているのだから。
能力が使えなくても尚、頑張って食らい付こうとしていた小蒔さんを責める理由などない。
寧ろ、最後まで諦めずに和了を目指していた彼女を褒めてあげたいくらいだ。
京子「えぇ。小蒔ちゃんは良くやってくれたわよ」ナデナデ
小蒔「京子ちゃん…」
京子「後は私達に任せて。ね?」
小蒔「…はい」ニコ
よし、とりあえずは笑ってくれたか。
流石にまだ完全に自分を許せた訳じゃないだろうけど、目に見えて落ち込んだ様子はなくなった。
とりあえずは一安心と思っても良いだろう。
まだ根は残っているし、完全に油断するのは禁物だが、とりあえず泣いたりするような事がなくて本当に良かった…。
小蒔「…やっぱり京子ちゃんの手暖かいです…」
京子「ふふ。もっとナデナデしましょうか?」
小蒔「はい。して欲しいです」ニコ
京子「じゃあ、ちょっと失礼するわね」ギュ
小蒔「えへへ…♪」ギュッ
撫でやすいように小蒔さんを抱き寄せながら、俺は彼女の頭を撫でる。
それに腕の中の彼女は嬉しそうな声をあげ、俺へと抱きついてきた。
瞬間、胸板に広がる柔らかな感触に、変な声が出てしまいそうになる。
それを何とか歯の奥ですり潰しながら、俺はゆっくりと彼女の頭を撫でていった。
京子「…もう。本当に小蒔ちゃんは甘えん坊なんだから」
小蒔「京子ちゃん、優しいからちょっと甘えたくなってしまって…」
小蒔「ダメ…でしたか?」
京子「ダメな訳ないでしょ」
京子「ちょっとビックリしちゃっただけだから問題ないわ」ナデナデ
小蒔「あふぅん…♪」
…そこで小蒔さんが心地よさそうな声をあげるんだから堪らない。
小蒔さんほどのおもち美少女が抱きついてるってだけでも興奮するのに、その上、こんな声まで漏らすんだから。
何処かエロいその響きに正直、俺の中のオスがウェイクアップしそうになる。
けれど、小蒔さんはそういうの向けちゃいけないタイプの子だし…何よりここは人前だ。
さっきから明星ちゃんが思いっきりジト目も向けてくるし…これ以上の事はしない方が良いだろう。
京子「(だから…問題は…だ)」
わっきゅんが詰めてくれた点差は今、絶望的なまでに広がっている。
これを残り半荘二回…しかも、初美さんと霞さんを相手にして詰めなきゃいけないのだ。
正直なところ、考えただけで無理ゲーだと言いたくなるような絶望的な状況。
しかし、それをやらなければ小蒔さんは今よりもずっと自分を責めるはずだ。
ここは是が非でも勝って行かなければいけない。
ただ… ――
京子「(…明星ちゃんがどうか…だよな)」
勿論、俺も明星ちゃんの事をとやかく言えるほど強いという訳じゃない。
だが、つい数週間前の彼女は九州赤山の副将にボロボロにされてしまったのだ。
そんな相手との再戦ともなれば、色々と思うところもあるだろう。
実際、舞台となる全自動卓を見つめる明星ちゃんは大分、硬くなっていた。
湧「…明星ちゃ」クイクイ
明星「あ…な、何?」
湧「行く前にキョンキョンに元気づけてって貰った方が良かとおもっ」
明星「な、何でそこで京子さんの事が出てくるの!?」カァ
湧「だって、明星ちゃ、キョンキョンと仲直りしたいけど出来んってずっと言うちょったし…」
明星「ゆ、ゆゆゆゆゆ湧ちゃん!?」マッカ
親友の言葉に明星ちゃんの顔が真っ赤に染まったのが見える。
それはやっぱりわっきゅんの言葉が図星だったからなんだろうな。
流石にここでわっきゅんが嘘を言ったりする必要はない訳だし。
でも…本当に明星ちゃんってそんな風に思ってくれている、とまでは中々、思えなかった。
正直、普段の対応が対応であるだけにわっきゅんの思い違いじゃないかとそんな事すら考えてしまう。
明星「ぅー…」チラッチラッ
けど、今のわっきゅんの言葉で彼女の中でも何かが変わったらしい。
チラチラと俺を見る目にはさっきのようなジットリとしたものはなかった。
寧ろ、何処か俺へと期待するようなそんな色が込められているような気がする。
これって…やっぱりそういう事…なのか?
彼女も仲直りを期待してるって…そう思っても良いんだろうか…?
湧「…明星ちゃ」
明星「い、嫌よ…!」
明星「だ、だって、あ、あんな…姫様と抱き合って…ナデナデしてるような京子さんなんて…!」
明星「さっきだって春さんと抱き合っててデレデレしてた京子さんなんて…!」
明星「初美さんと布団の中で抱き合ってた京子さんなんて…!!」フルフル
明星「絶対に…絶対に…許さないんだから…!!!」グッ
湧「明星ちゃ…そいって嫉妬?」
明星「あきゅぅっ」プシュウ
瞬間、明星ちゃんの顔が湯気が出そうなくらいに真っ赤になった。
そのまま膝から崩れ落ちてしまいそうな表情の変化に若干、心配になる。
けれど、俺の腕の中には小蒔さんがいるし…何より、明星ちゃんが不機嫌な理由が嫉妬かどうかもまだ確証がない訳だし。
俺と彼女が気まずくなった原因を考えるに下手に近づくのは余計に彼女を追い込むだけになるだろう。
湧「ただでせか、春さあに先越されちょるし、早めに素直になった方が良かと思もよ?」
明星「う…で、でも…」チラッ
…まぁ、そんな俺だけど、決して何も出来ないって言う訳じゃない。
ここまで来たら鈍感扱いされる事が多い俺にだって、彼女の気持ちが多少は理解出来るのだから。
多分、明星ちゃんは本当に俺と仲直りしたいとそう思ってくれている。
けれど、それをするだけの理由付けがまだ彼女の中にはないんだ。
だから… ――
京子「…明星ちゃん」
明星「あ、は、はい…」
京子「仲直りしてくれないかしら?」
明星「え?」
京子「勿論、私が悪いのは分かってるけど…でも、明星ちゃんに避けられるのは辛いもの」
京子「ちょっとずつでも良いから…またお話出来るようになれないかしら?」
今の彼女に必要なのは不機嫌になるに足る事を沢山やってきた俺を許すだけの言い訳だ。
「仕方ないですね」とそう言えるだけの動機なのである。
勿論、こうして殊勝に言ったところで明星ちゃんが本当に俺の事を許してくれるかは分からないけれど。
でも、何かを期待するように俺へと視線をくれる彼女を無視したりは出来ない。
折角、わっきゅんがキッカケを作ってくれたんだから、出来ればそれをモノにしたいとそう思う。
京子「…ダメ?」
明星「…………姫様を撫でながら言っても説得力が無いですよ」ジト
京子「う…いや、でもね…」
俺は明星ちゃんも大事だけど、小蒔さんも同じくらいに大事なのだ。
彼女が俺に撫でてくれ、とそうお願いしたのだから、それは無碍には出来ない。
明星ちゃんの言う事も分かるが、さりとて、中堅戦で頑張ってくれた小蒔さんを蔑ろにする訳には出来ないだろう。
明星「…分かってます。私が大人げない事くらい…」
明星「…全部…湧ちゃんの言う通りなんですから」
明星「私がさっきから不機嫌だったのも…下らない…子ども染みた嫉妬です…」
明星「…ごめんなさい」ペコ
京子「…明星ちゃん」
そんな俺に対して明星ちゃんはそっと頭を下げた。
だけど、そうやって彼女が謝罪する必要があるとは俺には思えない。
何せ、明星ちゃんを不機嫌にさせたのも、嫉妬させたのも全て俺の所為なのだから。
こうして素直に謝ってくる彼女をあんなに意地っ張りにさせてしまうだけの事を俺はやっていたのだ。
だから、やっぱり悪いのは明星ちゃんじゃなくて、彼女が仲直りしたがっている事にも気づけなかった鈍感な俺なのだと思う。
京子「(…でも、それをそのまま言葉にしても明星ちゃんは受け入れないだろうなぁ…)」
彼女はとても真面目で、そして律儀な子だ。
こうして頭を下げる角度もほぼ直角なものである。
その全身から申し訳なさそうなものが伝わってくる姿勢は、それだけ明星ちゃんが責めている証でもあるのだ。
春の時もそうだったが、単純に俺が悪いと言ったところで、何の解決にもならないだろう。
ならば、一体、どんな風に言えば良いのだろうか。
それを考える俺の中で小蒔さんがクルリと顔を振り向かせる。
小蒔「…えっと…嫉妬って事はつまり…明星ちゃんは羨ましかったんですね?」
明星「え?あ、いや…別にそういう訳じゃ…」
湧「うん。きっとそうだとおもっ」ニコ
明星「ゆ、湧ちゃん!?」カァァ
小蒔「じゃあ、話は簡単ですね」
小蒔「明星ちゃんも京子ちゃんに同じ事して貰えば良いんです!」グッ
湧「姫さあ、名案!」
小蒔「えへへ♪」
明星「え…?あ、あの…」
あー…これはダメな流れな気がする…。
何せ、小蒔さんがノリノリって言う時点で明星ちゃんにほぼ拒否権はないようなもんだからなぁ。
常に小蒔さんに対して気を遣ってる彼女が、そんなの絶対やりません!なんて強い否定はあまり出来ないだろう。
ましてや、さっき自分で『嫉妬していた』と、そう告白していたのだから尚の事。
だから、ここは彼女の為にも… ――
京子「私もそれは止めた方が良いかなって…」
明星「…それどういう意味ですか?」ムッ
京子「え?」
明星「…姫様や春さん…初美さんにまで出来るのに…私には出来ないんですか…?」ジトー
京子「い、いや、あの…そうじゃなくて…」
な、なんで俺、そんな風にジト目で見られてるんだ…?
そもそも、俺が止めた方が良いって言ったのは明星ちゃんの為なんだけど…!?
今までの明星ちゃんの反応を見てると、俺とそういう事したいと思ってくれているなんて到底、思えないし。
またそれで疎遠になったりするのが容易に想像出来るだけに止めようとしただけで、決してそういう意味じゃ…。
明星「京子さんは私とそういう事したくないんですか…?」ジト
京子「いや、あの…私がしたいとかしたくないとかじゃなくってね…?」
明星「…じゃあ、どういう事なんですか?」ジジトー
京子「そ、そもそも…明星ちゃんは私とそういうのしたくはないでしょう?」
明星「べ、別にしたくないなんて言ってません…っ」マッカ
…今の時点でも顔真っ赤なんですけど。
まるで茹だってるタコみたいに赤く染まっちゃってるんですけど。
流石にその状態を見て、俺とキャッキャウフフしたいと思ってくれてるとはあんまり思えないよなぁ…。
どちらかと言うと引込みがつかなくなって無理してるって言うイメージの方が強い。
明星「も、勿論、したいって訳じゃないですけど!」
明星「色々と手が早い京子さんにハグされちゃうとか本当は怖いですけどっ!!」
明星「でも…姫様が折角、こう言ってくれていますし…」
明星「湧ちゃんだって…背中を押してくれてますし…」
明星「だから…あの…だから…私…その…」モジモジ
明星「…し、してくれても…良い…ですよ?」チラッ
明星「京子さんがしたいって言うなら…わ、私…ハグ…されちゃっても…が、我慢…してあげます…から」カァァ
京子「いえ、別に私が明星ちゃんの事抱きしめたいって訳じゃないし…」
明星「……っ」ジワッ
京子「う、嘘!さ、さっきのは嘘だから!!」
京子「私、明星ちゃんの事ハグしたいわ!すっごくしたい!!」
明星「そ、そうですか…」プシュウ
あー…くっそ…女の子ってマジ反則だろ。
なんで泣くだけでこんな風に申し訳ない気持ちにさせられるのかなぁ…もう。
お陰でついついハグしたいとかそんな事口走るはめになって…周りからも視線が集まってて…すっげー恥ずかしい…。
つか、初美、こっち見てニヤニヤしてんな、後で抱きしめるぞ、テメー。
昨日の件で抱きしめると大人しくなるのは分かってるんだからな!!
明星「や、やっぱり京子さんは女好きの変態です」
明星「九州赤山の人達だっているのに、そんな事言うなんて…ほ、本当に何考えてるんですか…」
明星「い、言っておきますけど、私、これから副将戦なんですからね?」
明星「時間だって本当はそんなに無いんですから」
明星「…で、でも…そこまで言われて無碍にするのも可哀想ですし…」
明星「それにここで私が拒否して、姫様に手を出されると大変ですし…」
明星「だから…あの…私は嫌ですけど…本当はこんなの嫌い…ですけど…」
明星「…我慢して…ハグされてあげます…」
京子「ワーイ、ウレシイナー」
…うん、とりあえず、明星ちゃんの中での言い訳は終わったらしい。
正直、さっき目尻に涙が浮かんでた自分を完全に忘れているような彼女のその口調には色々と言いたい事もある。
だけど、ここでそれらを口にしても、明星ちゃんがそれを認めるとは到底、思えないし。
時間がないのも本当なんだから、早く彼女を元気づけて副将戦へと送り出すべきだろう。
京子「(…それにまぁ、嬉しいのは確かだしな)」
これまで明星ちゃんとはそれなりに仲良くしてきたつもりではある。
けれど、地方予選が終わってからは、大分、壁と言うか、こうして強い言葉を投げかけられる事が多くなってたんだよなぁ。
例の水着事件があってからはさらに避けられていたみたいだし、正直、仲直りは出来ても、彼女の中での苦手意識は残ったままだとそう思っていた。
しかし、こうして俺と抱き合う事を許してくれるって事は、それがないか、或いはあっても克服する意図があるという事なのだろう。
少なくとも形だけの仲直りになる事はなさそうだとそう思った俺は内心、胸を撫で下ろしていた。
小蒔「じゃあ、はい。どうぞ」スッ
明星「ひゃ、ひゃい…」フルフル
京子「…あの、本当に大丈夫?」
明星「ら、らいじょうぶですっ!!」
そんな俺の胸から小蒔さんが離れてスペースを開ける。
瞬間、彼女の身体が小さく震えるのは、『俺と抱き合う』と言う事を強く意識している所為だろうか。
水着の時にも抱きついていたとは言え、アレは今よりもさらに冷静さを失っていた状態だったからなぁ。
寧ろ、あの一件があるからこそ、俺に抱きつくと言う行為に彼女は緊張しているのかもしれない。
明星「…だ、大体、京子さんはそういうのを気にする必要はないんです!」
明星「京子さんは私の弱みに漬け込んで無理矢理、私をハグしようとしてる極悪人ですし…!!」
小蒔「あれ?そんな話でしたっけ…?」
湧「違うとおも…」
明星「そ、そうですよ!」
明星「だって…京子さん、さっき私の事、思っきり抱きしめて…め、メチャクチャにしたいなんて言ってましたし…」
明星「そ、それに…私が我慢するって言ったら…死ぬほど嬉しいって言ってましたもん…」モジモジ
いや…流石にそこまでは言ってなかったんだけどなぁ…。
まぁ、ここでそんな風に言ったら、余計に明星ちゃんが意地を張るのは目に見えているし、口には出さないけど。
それに自分に対して余計な気遣いはするなとそう言っているんだから、俺もそろそろ覚悟を固めるべきだしな。
どうやら俺は明星ちゃんにとっては極悪人みたいだし…ここはそれらしく振る舞わせて貰うとしよう。
京子「…じゃあ、はい」ギュッ
明星「はぅあ…!?」ビックーン
ふっふっふ、何せ、俺は極悪人だからな。
モジモジしてまだ決心しきれてない明星ちゃんだって容赦なく抱き寄せちゃうぜ。
にしても…やっぱり明星ちゃんの胸って結構大きいよなぁ。
春と同等…いや、流石にそれよりも若干、小さめかな?
でも、制服越しにだって分かる若さの溢れるぱっつんおっぱいの魅力は素晴らしいとしか言いようがない。
水着の時にはあんまりにもダイレクト過ぎて、しっかり楽しむ余裕がなかったけど、流石に自分からやった今は余裕が…ってあれ?
明星「……」
京子「…あの、明星ちゃん?」
明星「ふにゃあ…♪」クター
京子「あ、明星ちゃん!?」
って腕の中で明星ちゃんの身体がグッタリと…!?
いきなりだったし驚くとは思ってたけど、こんな風にフニャフニャになってしまうのは予想してなかったぞ…!?
つ、つーか…これ…どうしよう…?
と、とりあえず崩れ落ちたりしないようにしっかりと抱き締めたけれど…。
明星「はにゃぁ…♪」スリスリ
湧「わぁ…明星ちゃの顔、とっても蕩けちょる…」
小蒔「ふふ。京子ちゃんに抱きしめられるのってとっても気持ち良いですもんね」
…余計に明星ちゃんがダメになってる…。
まるで猫みたいな声をあげながら、俺の胸にスリスリってして…。
普段の意地っ張りな彼女とは違って凄く甘えん坊なその姿はすっげえええ可愛い。
正直、周りに人がいなかったら、そのままお持ち帰りしたくなるくらいだ。
明星「はぅん…♥」クンカクンカ
京子「あ、明星ちゃん…!?」
って、なんで人の胸、嗅いでるんですかねえええ!?
春の時もそうだったけど…俺の匂いなんてそんな良いもんじゃないだろ…!?
そもそも、俺が使ってる石鹸とかって全部、明星ちゃん達と同じものだからな!!
今日は殆ど汗だってかいてないし、そうやって嗅いでも明星ちゃん達と同じ匂いしかしないと思うんですけど!!
明星「はぁ…♪はぁ…ぁぅん♥」ギュゥスリスリ
京子「うぅぅ…」
なのに、なんでそんな気持ちよさそうな声をあげるのかなぁ…。
しかも、まるで応えるように俺の身体抱き返したりして…。
そのまま身体擦り寄せられるとおもちがやばくてですね?
こうしたスキンシップにも慣れてきたけれど…今の明星ちゃんが色っぽ過ぎてなんだか気圧されてしまう…。
京子「(…でも…まぁ…)」
そんな風に求められてるのに、こっちが何もしないって言うのもなぁ…。
そもそもこうして抱きしめたのは俺の方なんだし…ただ固まっている訳にもいかない。
こんなにも蕩けちゃったのは予想外だったけど…まぁ、喜んでくれているのは確かみたいだし。
とりあえず明星ちゃんが早く満足出来るように、こっちからも色々としてあげよう。
京子「よしよし。良い子ね」ナデナデ
明星「ぁ…♥」
そう思って背中を撫でた瞬間、胸の中の明星ちゃんから微かな声が漏れる。
胸板に押し付けるようにしてスリスリしている彼女の顔は分からないが、それはきっと悪いものではないのだろう。
本当に嫌ならば何処かウットリした声をあげたりしないし、何より、俺の身体を抱きしめ返したりはしないはずだ。
明星「…お姉…さま…♥」
京子「ふふ。お姉さま…か」
そこで明星ちゃんが漏らした声は多分、俺に向けられたものじゃない。
俺と明星ちゃんはスールの関係にある訳ではなく、普段はさんづけで呼ばれているんだから。
何より、彼女には既に『霞お姉さま』と心から慕う相手がいるのである。
きっとこうして心地よさそうに呼んでいるのは霞さんなのだろう。
京子「なんだか甘えん坊な妹が出来たみたいで悪い気はしないわね」クス
勿論、彼女にそんな意図が無い事くらいは俺にだって分かっている。
けれど、明星ちゃんは今、俺の胸の中で大好きなお姉さまを思い出すくらい幸せ心地になってくれているんだ。
そう思うと一人っ子 ―― まぁ親以外の家族としてカピーはいたけれど ―― であった俺は妹が出来たみたいで嬉しくなる。
京子「これからはもっと私に甘えてくれても良いのよ?」
明星「ふぁぁ…ぃ…♪」ギュー
初美「もしかして…これが噂で聞く寝取られって奴なのですかー…?」
巴「いや、霞さんは明星ちゃんと付き合っている訳じゃないし…」
霞「そもそもあの二人、ああやって抱き合っているだけよ?」
霞「…まぁ、ちょっと私のポジション取られちゃったみたいで寂しくはあるけれどもね」クス
何かあっちの方から不穏な事を言われている…。
と言うか、寝取られとかそういう教育に悪い事を言わないでくれ。
ここには純真枠のわっきゅんや小蒔さんだって普通にいるんだぞ!?
チーム分けの都合上、卓を挟むようにして分かれているのが幸いにしたのか聞こえなかったみたいだけど…もし興味をもたれたら大惨事じゃすまない。
男ですらキツいアレの詳細を小蒔さんやわっきゅんが知ったら、泣くどころか一生モノのトラウマになりかねないだろう。
霞「…それに京子ちゃんと一緒に寝てたのは初美ちゃんの方でしょう?」チラ
初美「う…そ、それは…」カァァ
春「…気持ち良かった?」
初美「え、えっと…はるる…?」
春「…京子に添い寝して貰って気持ち良かったですか?」
初美「は、はるる…ち、ちょっと怖いですよー…?」
春「…別に怖くなんかない」
春「普通の事、聞いているだけです」
初美「そ、そんな迫力じゃないのですよー…!?」
…うん、初美さんの気持ちは分かる。
春は滅多に怒ったりはしないけれど、機嫌が悪い時の迫力は本当にやばいんだよなぁ…。
表情の変化がない分、こっちに対して凄いプレッシャーをかけてくると言うか何というか。
外から見ている分には微笑ましいやりとりにも思えるが、今の初美さんはきっと生きた心地がしないだろう。
経験者にしか分からない事ではあるが、それくらい怒った春って言うのは怖いんだ。
京子「(…まぁ、それよりもこっちだよな)」
正直、霞さん達と一緒に初美さん弄りに参加したい気もするが、相変わらず明星ちゃんはフニャフニャのまんまだからなぁ…。
まずはこっちをどうにかしないと副将戦も始められない。
…しかし、一体、どうやったら明星ちゃんは元に戻るんだろう…?
流石に刺激を与えたりすれば目も覚めると思うんだけど…痛い思いはさせてあげたくはないし。
出来れば満足させてあげる形でいきたいんだけど…。
初美「え、ええい…!こ、こら!京子ちゃん!」
初美「いつまで明星ちゃんとイチャついてるですかー!!」
初美「もう皆の準備は出来ているんだから、とっとと明星ちゃんを解放するのですよー!」
初美「故郷に残した春もこうして泣いてるのですー!!!」
春「…ヨヨヨ」
京子「何時も通りの顔にしか見えないのだけれど…」
とは言え……初美さんの言う通りだよな。
既に明星ちゃん以外の三人は席についているし、準備も出来ている。
今はまだ皆、こちらを微笑ましそうに、或いは羨ましそうに見ているだけだが、それも長くは続かない。
こうして初美さんが冗談めかした注意を飛ばしたのも、抱き合った俺達が顰蹙を買うのを先延ばしにする為なのだろう。
まぁ…自分が弄られる側から抜け出す為に俺を生贄にしたかったっていうのもあると思うが、それだけではないはずだ…多分。
京子「(出来れば満足させてあげる方向で行きたかったんだけど…ここで初美さんの好意を無駄にする訳にはいかないよな)」
京子「(ちょっと悪い気もするけれど、そろそろ明星ちゃんには離れてもらうとしよう)」
京子「…明星ちゃん」
明星「ん…うぅ…♪」トローン
だが、そんな初美さんの注意は明星ちゃんには届いていなかったらしい。
俺の胸に抱きついた彼女の名前を呼べば、明星ちゃんはウットリとした顔で俺を見上げた。
頬を紅潮させ、その瞳を潤ませる今の明星ちゃんは、色っぽいとしか表現しようがない。
正直、キスを強請られているのだと一瞬、そんな事を思ってしまったくらいだ。
京子「そろそろ副将戦、始まるわよ」
明星「やあぁ…♪」ギュゥゥ
京子「ダメよ、もう皆、待ってるんだから」
明星「ぅー…」
…明星ちゃんがここまで我儘言うのも珍しいよなぁ。
普段の彼女は物分かりが良すぎるくらいに、我儘を言ったりしない子だし。
特に霞さんの言葉ならばなんでも二つ返事で返してしまう彼女が、ここまでダメになってしまうなんて。
理由は良く分からないけれど、多分、よっぽど俺の胸の中が気に入ったんだろう。
京子「…ちゃんと頑張ったら後でまた同じこと…ううん、もっと凄い事してあげるからね?」
明星「ほ…ほんとぉ…ですかぁ…♪」
京子「えぇ。勿論よ」
京子「明星ちゃんのしたい事、何でもしてあげるわ」ナデナデ
明星「ふぁあぁ…♪♪」
そこで明星ちゃんはまるで赤ん坊のように嬉しそうな声をあげる。
普段の彼女ならば決して出さないであろう歓喜の声。
嬉しいと言う気持ち以外はまったく篭っていない純粋な響きに俺もまた嬉しくなる。
さりとて、ここでそれに浸っている暇はなく、俺は優しく明星ちゃんの腕を解いた。
京子「大丈夫?一人でいける?」
明星「はい…♪大丈夫…ですぅ…♥」
…大丈夫には見えないんだけどなぁ。
まぁ、さっきよりも呂律がマシになっているから回復はしてきているんだろうけれども。
ただ、その目の色はさっきからずっと変わらない…と言うか寧ろ濃くなっていると言うか何というか。
何処か色っぽいくらい潤んだその瞳は引きずり込まれそうなくらいに俺しか映っていない。
まるで俺さえいれば他はどうでも良いと言わんばかりの深さに俺は踏みとどまるようにして、彼女を一人で立たせる。
京子「じゃあ、お願いね、明星ちゃん」
明星「お任せくだしゃい…♪」スタスタ
初美「よーし…これでようやくメンツが揃ったのですよー」
京子「待たせてごめんね」
初美「本当なのですよー!」
初美「まったく…そっちでばっかりイチャイチャイチャイチャと…」
霞「ふふ、初美ちゃんも京子ちゃんとイチャイチャしたかったから嫉妬してるのね」クス
初美「だ、誰が京子ちゃんなんかとイチャイチャしたいと思うですかー!?」
春「はい」スッ
小蒔「はーい」スッ
湧「あい」スッ
初美「…うん。うちの後輩たちは素直に育ってるみたいで安心したのですよー」
初美「でも、そういう意味じゃないのです…」
そこで手をあげてくれる三人は可愛い(カワイイ)
まぁ、イチャイチャしたいって言っても俗に言う恋人同士のようなそれを三人共求めているんじゃないだろう。
さっき明星ちゃんにしていたような少し過激なスキンシップくらいを求めているだけだ。
ただ、それでも彼女いない歴=年齢の俺としてはそれでも十分過ぎるほど嬉しい。
わっきゅんを除いた二人が俺の好みのドストライクなタイプだから尚の事。
京子「ふふ。じゃあ素直な二人は私とイチャイチャしましょうね」
小蒔「えへへ。私、また京子ちゃんにナデナデして欲しいです」
湧「あちきも気張ったじゃっで…ナデナデ欲しか…」
京子「えぇ。二人とも大将戦まで可愛がってあげるわね」ナデナデ
春「京子…私も…」トテトテ
初美「誰かあのタラシ女を止めるべきなのですよー!!」
タラシとは失礼な。
そもそもこの場にいる全員にそういう意図はまったくない。
小蒔さんもわっきゅんも俺に向けてくれているのは異性愛じゃなく、家族愛なんだ。
そんな二人の気持ちに報いようとしているだけで、タラシこもうとしている訳じゃない。
…まぁ、美少女二人…いや、俺達の側にやってきた春を含めて三人の美少女とキャッキャウフフ出来るって言うのに役得は感じているけれども!!
それはまぁ、男の性って事で許して欲しい。
巴「まぁまぁ、はっちゃん。嫉妬は程々にしといて…ね?」
初美「だから、嫉妬じゃないって言っているじゃないですかー…!」
霞「ふふ。まぁ、嫉妬じゃないにしても…明星ちゃんはもう席に座ってるわよ?」
明星「……」
霞「先にこっちを済ませてしまわないと、京子ちゃんの所にも行けないわよ?」
初美「ぬぐぐ…」
そこで初美さんが悔しそうに俺を見るのは、からかわれている原因が俺も関係があるからだろう。
昨夜、俺と布団に入ってしまった彼女が見せた狼狽に、二人は変な勘ぐりをしている…と言う『フリ』をしているのだから。
俺なんかとは比べ物にならないほど初美さんとの付き合いが長い二人には、恐らく俺と彼女の間に何もなかった事くらい分かっているはずだ。
だが、それが分かっていて、霞さんも巴さんも初美さんをからかっている。
それは勿論、俺に何か原因があるのではなく、普段からの行いが悪いロリ痴女の所為だろう。
実際、俺は昨夜の件でまったくからかわれたりしてないしなぁ。
京子「(だから、ここは…)」
京子「ー☆」バッチコーン
初美「……あの女、後でぜってーしばいてやるのですー」
初美「だから…とっとと終わらせるのですよー!!」メラメラ
おかしい。
俺は初美さんを励ます為にウィンクしただけなのに。
なんで、そんなに怒っているのかまったく全然、これっぽっちも分からないなー。
まったく…これだから貧乳で心にゆとりのない奴は困る。
まぁ、普段から人の事からかいまくっているんだから、これも因果応報だと思って諦めろ、初美。
なぁに、人の噂も七十五日と言うし、二ヶ月経てば忘れてもらえるさ。
付き合いが長い幼なじみは思い出したように弄ってくるから、適用はされないがな!!
京子「(まぁ、それはさておき)」
気合を入れる初美さんとは裏腹に副将戦の立ち上がりは静かなものだった。
勿論、それはあの卓に揃っている全員が実力不足だなんて事はない。
大会記録を塗り替えた事もある高火力麻雀の初美さんは元より、明星ちゃんもまた攻守ともにハイレベルの雀士だ。
そんな明星ちゃんを圧倒した九州赤山の実力だってかなりのものだし、前九州赤山の選手はそれ以上に隙がない。
それでも開幕から派手な打ち合いになったりしないのはお互いがお互いの事を警戒しているからだろう。
京子「(下手に動けば即座に漬け込まれてもおかしくはない卓だもんな…)」
今、副将戦の舞台となっている卓には初美さんを除けばデジタル寄りな雀士が集まっている。
無論、攻撃が得意か防御が得意かの差はあれど、これほどハイレベルなデジタル打ちが集まった卓で下手に冒険は出来ない。
もし、一回でも甘い打ち方をしてしまったら、そこから『取られる』ほどの麻雀。
だからこそ、四校はお互いを睨み合うように牽制し合い、驚くほど静かな麻雀が続いている。
京子「(でも、その均衡はそろそろ崩れる)」
現在、前永水組がトップを独走し、中堅戦で奮闘した前九州赤山組が二位、そこからほぼ点差がない位置に残りの2チームと言う形だ。
どのチームもここから一位を奪い取ろうとすれば、そろそろ攻撃に転じなければ間に合わない。
何せ、大将戦で待っているのは全国でもトップクラスの防御を誇る霞さんなのだから。
大将戦で彼女から点棒を奪い、逆転をするのはかなり難しいだろう。
何より… ――
初美「さぁって…そろそろ本気出すのですよー!」ゴッ
前永水女子組の北家。
それは初美さんがオカルトを使う舞台が整った事を意味する。
勿論、彼女のオカルトは初見でも分かりやすいし、大会記録を塗り替えた超火力を確実に発揮出来る訳ではない。
けれど、これまでリードを護る為か、防御寄りの打ち筋をしてきた初美さんは今、間違いなく打って出ようとしているのだ。
点差を考えれば否応なくここで攻めていくしかない。
京子「(…けれど)」
初美さんの能力はとても単純だ。
北家の時に東と北が手牌に集まり、それらで鳴けば手牌に南と西が集まる。
この能力を持って四喜和を積極的に狙っていく初美さんを抑えるのはそう難しくはない。
東と北を打たなければ、彼女のオカルトの半分は発動しなくなる。
だが、それで四喜和を抑える事が出来ても、初美さんを止めるのはかなり厳しいのだ。
初美「チー!」
「っ!」
勿論、四喜和を狙うのは他家から積極的に鳴いていくしかない。
けれど、それがなかったとしても初美さんの手には東と北が最初から集まっているのだ。
後は残りをどれか一種で染めれば、それだけでもう混一色の完成である。
その速度は早々、簡単に追いつけるものではない。
初美さんは最初から引き離すつもりでガンガンと鳴いていくスタイルなのだから尚の事。
初美「よし…ツモですよー!」
初美「2000・4000!満貫なのですー」
「く…」
そして混一色でもそこそこ火力が高い。
和了への特急券となる自風牌をほぼ確実に揃えられる、また東場ならば圏風牌もつきやすい、と言うのもあるのだろう。
その上、混一色そのものが役牌以外にもドラや対々和などの複合がしやすいのもあって、容易く満貫以上が見れる。
鳴きで食い下がりが発生するとは言え、4翻になった時点で7700以上を約束されたも同然だ。
速度重視で鳴いていき、満貫並の火力を放つ彼女のスタイルを見て、バカホンなどとはまず言えない。
京子「(…何よりプレッシャーがキツイ)」
北家の初美さんは積極的に混一色か四喜和を狙って手を染めていく。
しかも、その速度はよっぽど手が良くない限り追いつけないほど圧倒的なものなのだ。
そして、ドンドンと鳴いて手を晒すからこそ、その後を追う側が動きにくくなる。
何せ、先を行く相手が染め手でテンパイしているという事は、丸々、一種類が爆弾になるも同然なのだから。
その上、東や北も抱えておかなければ役満が待っていると思えば、思うどおりに打たせては貰えない。
『攻撃は最大の防御』を地で行く北家の初美さんを止めるのは本当に至難の技である。
京子「(長続きしないってのがホント、唯一の救いだよな…)」
初美さんが北家であるという事は親ではないという事だ。
自然、どれだけ彼女が恐ろしくても、その脅威は一回の和了で消え去る。
まぁ、半荘だからもう一回、初美さんが北家になるんだけれども。
それさえ抑えてしまえば、初美さんは普通の雀士と変わらない。
県内屈指のデジタル派が揃う今の卓ならば、それほど警戒する必要はないだろう。
京子「(…ただ…明星ちゃん…大丈夫か?)」
さっきから明星ちゃんは何の動きも見せなかった。
勿論、ちゃんとツモはしているし、打牌にも乱れはない。
普段の彼女通りの堅実な打ち筋のままだ。
けれど、今の明星ちゃんにはまったく感情の動きがない。
初美さんに目の前で満貫を上がられても無表情のままぼーっと席に座っている。
初美「よーし…じゃあ、次の局に」
明星「…あきゅうぅぅ」カァァ
初美「え?」
明星「あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ」プシュウウウ
その瞬間、無表情であったはずの明星ちゃんの顔が真っ赤に染まる。
頭から湯気でも立ち上りそうなその赤さだけでも心配なのに、今の明星ちゃんの口からは苦悶にも似た声が漏れだしていた。
勿論、明星ちゃんはどこかのロリ痴女に満貫和了られたからと言って、そんな声を漏らすような子じゃない。
きっと今の彼女の身にはただならぬ変化が起こっている。
けれど、それが一体何なのかも、今の明星ちゃんに対してどうしてあげれば良いのかも分からない。
そんな俺の前で明星ちゃんは現実から逃げるように両手で顔を隠し、そのまま俯かせる。
明星「う゛うぅぅ…恥ずかしい…恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい…」
初美「えぇっと…霞ちゃんヘルプですよー」
霞「そうね。多分、今までの明星ちゃんはずっと現実逃避してたんでしょう」
霞「自分が京子ちゃんにあんなにデレデレになっていたとか、そう簡単に認められる子ではないから」
巴「…でも、明星ちゃんは今までちゃんと麻雀やっていましたよ?」
霞「元々、能力はある子だから、恥ずかしすぎて処理を拒否していたのとはまた別の部分で麻雀していたんでしょう」
霞「だけど、流石に時間が経って現実逃避もしてられなくなって…さっきの自分をようやく自覚したってところかしら?」
明星「う゛ぁぁ…」フルフル
冷静に妹の姿を分析する姉とは違い、明星ちゃんの姿はもう一杯一杯と言っても良いものになっていた。
顔を隠している手までも赤く染まり、その肩はフルフルと震えていた。
身体全体で限界だとそう訴えるような今の彼女はとても痛々しい。
正直、下手に声を掛けるのも躊躇うレベルだった。
巴「えっと…ではどうしてあげれば良いんでしょう…?」
霞「その辺は京子ちゃんに任せるのが一番じゃないかしら」ニッコリ
初美「うわ…鬼がいるですよー」
だが、霞さんはそんな俺に思いっきり明星ちゃんの事をぶん投げてくる。
その所業を初美さんは鬼だと言うが、俺も同意見だ。
何せ、彼女がこんなにも恥ずかしがっているのは、まず間違いなく俺と抱き合った事が原因なんだから。
ここで俺に何かさせると下手すれば死体蹴りになりかねない。
霞「鬼なんて失礼ね」
霞「ただ姉として、今のままの明星ちゃんじゃ色々と心配なだけよ」
霞「少なくともあのままじゃ、これから京子ちゃんと一緒にやっていけるか心配だし…」
巴「まぁ、それには同意しますが…」
霞「と言う訳で京子ちゃん、お願いね」ニッコリ
京子「や…やらなきゃダメですか…?」
霞「大丈夫よ。何も難しく考える必要ないから」
霞「ちょっと一言掛けてあげればそれで良いの」ニッコリ
京子「(それが難しいんだけどなぁ…)」
…とは言え、霞さんの笑みを見る限り、どうやら俺に選択肢はないらしい。
有無を言わさないその表情は、俺に肯定以外の返事を許そうともしていないものだった。
まぁ、この場で誰よりも明星ちゃんの事を理解しているであろう彼女がそう言っているんだから本当に難しく考えなくても良いんだろう。
多分、俺が声を掛けたって言う事が彼女にとっては重要なんだ。
だから、ここは深く考えずに、明星ちゃんを励ましてあげよう。
京子「…明星ちゃん」
明星「」ピク
京子「頑張ってね。私、待ってるから」
明星「ふああああああああぁああっ」プルプルプルプル
あ、明星ちゃあああああああああんっ!?
あれ…これもしかして見事に地雷踏んだって奴か…?
出来るだけ無難な励ましを選んだつもりだったんだけど…も、もっと良く考えるべきだったのか…!?
明星「うぅ…や、やりますよ…やれば良いんでしょう…!!」バッ
初美「あ、完全に自棄になったですよー」
明星「自棄になんかなってません!」
明星「京子さんが頑張れって言うから頑張るんです!」
明星「そ、それに…ご褒美だってありますし…頑張るしかないじゃないですか!」
霞「…まだイマイチ冷静じゃないのかしら?」
巴「結構、凄い事、言ってますよね…」
普段の明星ちゃんなら、俺が頑張れって言ってるから頑張る、俺からのご褒美があるから頑張るなんてまず言わないだろう。
彼女は霞さんに対して心酔しているとそう言っても過言ではない子だけれど、決して主体性がない訳じゃないんだ。
もし、そんな風に周りに流されるだけの性格ならば、エルダー候補になんて選出されれないだろう。
そんな彼女からあんな言葉が飛び出るって事自体がまだ冷静じゃない証だ。
しかし、冷静ではないにせよ…今の彼女の言葉が嘘とは思えないし…多分、俺のご褒美を楽しみにしているのは本当なんだろう。
最初は普通に頭撫でたりするだけのつもりだったけれど…もうちょっと色々考えた方が良いのかもしれない。
明星「それに…ここにはリベンジしたい相手もいますしね」
「…ほんの数週間前はカモにされてた癖に出来るの?」
明星「やります。やってみせます」
明星「私は…石戸の女ですから」
明星「同じ相手に二度負けるつもりはありません」
自分の顔を隠していた手を開き、力強く断言する明星ちゃん。
その顔はまだ真っ赤なままだったが、視線は真剣そのものだった。
研ぎ澄まされた刀のようにしっかりと卓を見据えるその表情に迷いはない。
同じ相手に二度負けるつもりはないというその言葉はきっと本心からのものなのだろう。
明星「それに…コレ以上、格好悪いところを霞お姉さまにも京子さんにも見せられません…」
明星「私は…勝ちます」
明星「勝って…必ずご褒美をもらいます…」ゴッ
初美「…」ニヤニヤ
京子「あ、明星ちゃん…」
…これ、後で絶対、からかわれるだろうなぁ…。
初美のやろー、何も言わないけれど、卓上ですっげええええやらしい笑み浮かべているし。
多分、ここでからかったら伸びまくってる副将戦の進行がまた滞るからってだけで本当はからかいたくて仕方がないんだろう。
出来ればそんな初美さんから明星ちゃんの事を護ってあげたいけれど…ちょっと難しいかもしれない…。
初美さんだって昨日の一件で霞さん達からからかわれる立場だし…さっきの俺みたいに率先して生贄にしようとするだろうしなぁ…。
京子「(…まぁ、その時の事はその時考えるとして)」
リベンジに掛ける思いが強い所為だろうか。
明星ちゃんの気持ちに牌も応え始める。
彼女の配牌は早さも火力も申し分ないものだった。
単純な雀力だけでは俺達の中でトップクラスの彼女がそんな好配牌を逃すはずがない。
数巡目であっさりとテンパイした彼女は九州赤山が捨てた甘い牌を前に宣言する。
明星「ロン。5200です」
「…やるじゃないの、一年」
明星「一年ではありません」
明星「私は…霞お姉さまの妹です」キリッ
そこで返すべきは自分の名前じゃないのかなー…?
まぁ、明星ちゃんにとっては『石戸明星』と言うパーソナリティよりも『石戸霞の妹』という関係の方が大きいんだろうけれど。
それはそれで不健全…というか、色々と心配になる応答ではある。
ただ霞さんが大好きってだけであれば良いんだけど…ちょっと不安だ。
京子「(…でも、地方予選の時とは違って、大分、余裕持った打ち方が出来てるよな)」
今の明星ちゃんの打ち回しは決して無理をして点数を取ろうとしてはいないものだった。
勿論、攻めこむ時は攻めこむが地方予選決勝の時のように、どんな形でも点を取りに行こうとするような余裕のなさはない。
攻守切り替えもキレていて、打ち方の一つ一つ見ても隙は見えなかった。
京子「(…多分、信じてくれているからだ)」
勿論、経験則的にここで自分が無理しても崩れるだけだと分かっていると言うのもあるのだろう。
だけど、それ以上に大きいのは、きっと俺が彼女にとって後を託せるような存在になれたからだ。
きっと俺であれば霞さんにだって追いつく事が出来る。
そう信じてくれているからこそ、明星ちゃんは明星ちゃんらしい麻雀が出来るようになっているんだ。
京子「(元々、どちらかと言えば、防御の方が得意だもんな)」
明星ちゃんの麻雀の原型は、彼女が心から敬愛する霞さんだ。
防御主体に立ち回り、小蒔さんや初美さんが稼いだリードを持ってして大将戦を締める絶対的な守護神。
勿論、細かい部分では違うが、明星ちゃんがイメージし、追いかけているのは霞さんなのである。
地方予選決勝のように無闇に点数を追いかけるのは、本来の彼女の麻雀ではない。
京子「(…だから、これが本当の明星ちゃんだ)」
明星「ツモ!1600・3200!!」
「くぅ…!」
本来ならば彼女の能力はこの卓の誰にも劣ってはいない。
いや、寧ろ、リベンジに掛ける思いに牌が応えている以上、彼女はこの中で一段飛び抜けた存在になったと言えるだろう。
さっきまでとは違い、卓上の『流れ』が今、明星ちゃんへと集まっているんだ。
それに九州赤山の2チームも焦りを覚えているのだろう。
何とか点を取り戻そうと無茶な打牌が増え始めていた。
明星「それです。3900」
けれど、それを見過ごすような彼女ではない。
同じデジタル派の和とは違って、彼女は相手の動きや気配にも敏感なのだ。
相手の焦りにも合わせて、柔軟に待ちや手を変えていく。
初美さんとは違って、『防御故の攻撃』と言っても良い打ち筋。
姫松の愛宕洋榎選手を彷彿とさせるそれは心の中に余裕が出来たからだろう。
京子「(…ただ)」
初美「ふっふっふ…よくぞここまで来たのですー」
初美「ですが、残念ですが、ここまでなのですよー」
初美「何せ、今は私の北家!!」
初美「ここでその快進撃を止めてやるのですー!!」ドヤァ
…ドヤ顔は正直、ウザいけれど、それだけの実力はあるんだよなぁ。
南場に変わったからさっきほどの火力はないとは言え、それでもあの早さと火力は十分、脅威だ。
戦術や戦略の両方から見ても、北家は直撃を喰らわないように防御優先で回した方が良い。
既に明星ちゃんは一万点以上稼いでいるのだから尚の事そうだろう。
初美「まだまだ先輩に追いつくのは早いってそのワガママボディに教えて…」トン
明星「ロン」
初美「…え?」
明星「だから、ロンです」
…けれど、明星ちゃんはそこで防御を選択しなかった。
いや、勿論、護るつもりはあったのだろう。
直撃だけは回避しようという気持ちは打牌にも現れていた。
だが、彼女はベタオリしたりせず、まるで初美さんの待ちを予知していたようにテンパイへと進んでいたのである。
結果、明星ちゃんはこうして絶好調である北家の初美さんから値千金と言っても良い直撃を奪い、点数で単独トップになった。
初美「な、な…なんでですかー!?」
明星「当然です」
明星「私は愛する霞お姉さまが現役だった頃の牌譜を殆ど覚えているんですよ」
明星「その対戦相手として同卓する事の多かった初美さんの打ち筋も暗記済みです」
明星「こういう時にどういう待ちを好むかなんて思い出さずとも分かりますよ」
明星「何より私自身も初美さんと数えきれないほど一緒に打っているんです」
明星「北家時の対策くらいしているに決まっているじゃないですか」
初美「…すげえええ理不尽なのですよー…」
…なんという姉ラヴ。
普段の仕草を覚えているとかならまだしも牌譜を暗記するレベルの愛ってどういう事なんだってばよ。
正直、それに負けたとなると初美さんが理不尽だと言いたくなる気持ちも分かる。
あのコメントに愛って凄いね!なんて返せるのはごく一部だけだろう。
春「やっぱり愛って凄い…」
小蒔「えぇ。凄いですね!」
湧「わっぜかー…」
…うん、まぁ、そのごく一部が今、俺の腕の中にいる訳だけれども。
アレはどっちかって言うと凄いって言うよりは重いって類の愛なので彼女達には真似しないで貰いたい。
京子「(…ただ、賭けは賭けだったよな)」
事もなさ気に明星ちゃんは言っているけれど、実際はかなりギリギリだったはずだ。
大体の待ちは予想出来るとは言っても、それは確定と言う訳じゃない。
どれだけ相手を知っていても100%の予知なんて出来ない以上、内心、彼女はハラハラだっただろう。
だが、それでも彼女は北家の初美さんを引きずり下ろし、直撃を取った。
それは強敵を相手に対策を立てた明星ちゃんと、北家の自分に追いつける訳がないと慢心していた初美さんの差だ。
京子「(…いや、もっと言えば、大敗を知っているものと知らないものの差…かな)」
多分、地方予選前の明星ちゃんだったら、こんな賭けみたいな真似はしなかった。
きっとこの局を必要最低限の出費で抑える為にベタ降りしていた事だろう。
けれど、彼女は地方予選で大敗し、自身の実力不足を嫌と言うほど思い知らされたのだ。
今のままの自分ではダメだ。
そう思った彼女が真っ先に手をつけたのは他校の分析と対策だったのである。
京子「(…明星ちゃん自身、伸び代がないのは分かってるんだろう)」
彼女にはわっきゅんのようなオカルトはない。
昔から霞さん達と一緒に打ち、立派なデジタル打ちとして成長した今、伸び代ももう殆ど残ってはいないのだ。
勿論、まったく伸びない訳ではないが、今から劇的に実力が変わったりはしないだろう。
だからこそ、明星ちゃんは今よりも『強く』なる事を諦め、『手強く』なる事を選んだのだ。
その為の対策であり、分析。
自身の防御を硬くするのではなく打ち方に柔軟性をもたせ、相手に合わせて戦術戦略を使い分ける事でより多くの点を奪いに行く。
そんな雀士に彼女は今、進化している真っ最中なのだ。
明星「それより麻雀はまだ終わっていませんよ」
明星「早く続きをしましょう」
初美「ぐぬ…ぐぬぬぬ…」
そんな明星ちゃんに初美さんが悔しそうな声をあげるが、最早、完全に趨勢は決定していた。
北家の初美さんを下した今、明星ちゃんへの流れは止まらない。
自分以外の三家が焦りに打牌を乱しているのもあって、ドンドンと和了っていく。
初美さんのように火力がない分、派手ではないが、さりとてしっかりと突き刺さる麻雀。
ボクシングのジャブのようなそれに初美さん達はドンドン削られて… ――
ってところで今日は終わります
こういう部活モノで偉大な前世代を超えると言うのは大事なテーマだと思うんで九州赤山との決着ついでにやろうと思ったらこの長さだよ!!
麻雀描写についても色々と突っ込みどころはあると思いますが、彼女達がやっているのはオカルト麻雀って事で許してください
「私、永水女子って巫女服で公式戦出てくるしなんだか良く分からない連中だってイメージがあったけどさ…」
「…良く分からないって言うか…分かっちゃいけない類の連中だったのかもね…」
京子「イチャイチャ」
春「キャッキャ」
小蒔「ウフフ」
「あー…うん。確かにそうかも」
「…って言うか…アレもう部活じゃなくてハーレムか何かなんじゃない?」
「女の子同士で…?」
「でも、ほら、あっち女子校だし…」
「いや…確かにそういうの多いって聞くけど…ふつーないでしょ」
「でも、あそこまでベタベタなのは同性でもおかしいと思う」
「…まぁ、うん。確かにそれは私も思うけど」
「それにあの須賀って人が人気者なのは確かでしょ」
「あぁ、何とかエルダーだったっけ?」
「エルダー?」
「なんか知らないけど永水女子で一番、人気の人なんだって」
「へぇー…じゃあ、あの噂も本当なのかな?」
「あの噂?」
「あの須賀って人、襲われている後輩を助ける為に暴走族壊滅させたらしいよ」
「いやーそれはないでしょ」
「…いや、あるかも」
「え?」
「うん…ないって言い切れないよね…」
「ちょ、冗談やめてよ」
「いや…でも、私、あの人が目の前で消えるの見ちゃったし…」
「…それ夢見てたんじゃないの?」
「私もそれ見てたんだよね…」
「まぁ、それ以外にも人が空中でジャンプしたり訳の分からないところが一杯あったけど…」
「……」
「……」
「…永水女子に張り合うのもうやめよっか」
「うん…なんか絶対に勝てない気がしてきた」
「そもそも来年、団体戦出れない可能性高いらしいし…ウチらはウチらでやっていった方が良いっしょ」
―― こうして噂は広がっていく
全国編というか咲さんとの邂逅が楽しみ……魔王怖い。
そういえばエルダー選挙から大分日が経つし、依子さんポイント、20ポイントの膝枕や50ポイントの添い寝特典辺りまで鈍感な京子ちゃんならいつの間にかポイント貯めてるに違いないと思うんですが(名推理)
全国に行ったら日中は京子として振舞わなければならないから
京太郎として咲に会うとしたら基本、夜
…なんか密会みたいでドキドキするな!
咲ちゃんが相手なら京ちゃんも欲望を抑える必要ないよね、殺されるとも思ってないだろうし
だから咲ちゃんを犯して孕ませて忘れ形見を残してやればいいと思うんだよ
京ちゃんもそろそろオナ禁限界だろうから、恋しい女を前にしたら抑制なんて効かんだろうw
やっとここまで追いついた
話の都合とはいえ京太郎の順応の速さと薄れていく清澄が気になったかな
理由については適性があったかあるいは須賀京子という人格ができたのか定かではないが(某マフィアのボスみたいに)
咲さんに合わせて修羅場らせたい
>>799
霞さんをベースに"理想の須賀京子"を演じてる、と劇中で独白があるよ
そのペルソナを被ってる間でも過度な性的接触を受けると男性であることが意識に浮上するようだけど
イッチよいお年をー
ごめんなさい、ちょっと霞さんのオカルト勘違いしてたので対局シーン大幅書き直しになりそうです…(´・ω・`)鳴いたらズレるのかよあの能力
ついでに一人称だとちょっと色々と気に入らなかったので三人称視点に書き換えてきます
もうちょっとお時間いただく事になりそうです、ごめんなさい(´・ω・`)
全国行かなくても適当な山登れば
霧島神境で京子ちゃんと握手できるらしい
つまり咲さんが迷い込んでくる可能性
咲さんは明らかに魔の者だし、結界に弾かれるか下手すると調伏されるんじゃないか?
>>795
大丈夫!ちょっと私がヤンデレ書きたくなってるだけだから!!安心して!!(ぐるぐるおめめで)
後、依子さんポイントは出てこないだけで多分、膝枕くらいは余裕でいってます
下手したら頑張りすぎて眠くなってる京子を膝枕して寝かせてあげたりしてるんじゃないですかね
あくまでもモブなんで書きませんが
>>797>>798
とは言え、ここで咲に会っても別れを告げる事くらいしか出来ませんしね
それも心配させるから事情は話せないし、一方的に突き放すしかない
それを考えると京太郎から咲ちゃんに会いに行く展開はまずないと思います(逆がないとは言ってない)
>>799
京太郎の順応については才能があったと言うよりも必要に迫られてそうせざるを得なかったからです
役職が人間を作っていったように『須賀京子』が今、『須賀京太郎』を作ってます
須賀京子に関しては>>800の言う通り、あくまでもペルソナの一種であり、別人格ではありません
それに早いと言っても本格的に須賀京子になるまでに三ヶ月みっちり修行してる訳ですしね(面倒なんで描写してませんが)
清澄の事に関しても意図的に考えないようにしてるだけで薄れている訳じゃありません
寧ろ思い出すと辛いから意識の奥底に沈めている状態です
>>802
明けましておめでとうございます、今年もよろしくおねがいします(白目)
うん、一ヶ月待たせてごめんなさい、今から投下します(´・ω・`)
>>808>>809>>810
つまりしずもんは京子ちゃんに会ってる可能性が微レ存…?
と言うか、そんな美味しそうな設定はやっぱり本編から出てきたんでしょうか…!?
うごご、読みたい…でも、もう間に合わないだろうしコミックスまで我慢するしかない…!!
あ、後、咲さんは魔性の女(意味深)ですが、結界程度簡単に破っていくと思います(真顔で)
明星「お疲れ様でした」
初美「お、お疲れ様ですよー…」フルフル
副将戦が終わった時には彼女は単独トップと言っても良い状態だった。
二位である初美さんから二万点近く引き離しての一位はまさに大戦果と言っても良い。
チームの点数で見ても、二位の前九州赤山組を超え、霞さん達を射程圏内に捉えている。
大将戦の結果次第で十分、逆転が狙える位置まで俺達は這い上がる事が出来た。
湧「明星ちゃっ」ダキッ
明星「あっ。もう…いきなり抱きついたりしないでよ、びっくりするでしょ」
湧「えへへ…。こらいやったらもしっ」ギュゥ
明星「まったく…反省の色が見えないわよ?」ナデナデ
そう言いながらも抱きついてきた親友を撫でる明星ちゃんの顔はとても晴れやかなものだった。
九州赤山へのリベンジと初美さん超え。
この練習試合において重要な目的二つを果たした彼女の胸にはきっと強い満足感があるのだろう。
微かに安堵の混じるその表情は見ているこちらも優しい気持ちになれるような穏やかなものだった。
春「…湧ちゃん、あんまり明星ちゃんを独り占めしちゃダメ」
小蒔「そうですよ。今の明星ちゃんは京子ちゃんのものなんですから」
明星「はぅっ」ビクーン
けれど、その表情が二人の声によって固まってしまう。
湧ちゃんを撫でる手ごと硬直してしまった彼女の身体はそのままオロオロと落ち着きなく左右を見渡した。
怯えていたり、後悔しているという訳ではないが、普段は年齢以上に落ち着いた明星ちゃんからは想像も出来ないその姿。
そんな彼女に俺はゆっくりと近づき、その頭に手を伸ばす。
京子「…頑張ったわね、明星ちゃん」ナデ
京子「とっても格好良かったわよ」
明星「は…ぃ」カァァ
瞬間、彼女から漏れる声はまるで蚊が鳴いているような小さいものだった。
ともすれば聞き逃してしまいそうなそれは、きっと今の彼女が恥ずかしがっているからなのだろう。
けれど、決して嫌がっている訳じゃない。
顔を俯かせながらもその身体がモジモジと揺れるだけで逃げ出す素振りすらないのだから。
寧ろ、さっきご褒美の為に頑張ると意気込んでいたし、こうして撫でられる時を彼女は楽しみにしてくれていたはずだ。
京子「…それでご褒美は何が良いかしら?」
京子「明星ちゃんはとっても頑張ってくれたんだもの」
京子「私、何でもしちゃうわ」
明星「な、何でもですか?」
京子「えぇ。何でも」
まぁ、これが春辺りだったら色々と危なくて言えない一言ではあるけれどな!!
ただ、明星ちゃんならきっと俺が出来ないような事は言わないだろうし。
それに彼女が副将戦へ行く前に「したい事を何でもする」とハッキリ言ってるからな。
その約束が少しは明星ちゃんの支えになったのだから、ここでそれを反故にする訳にはいかない。
春「…ズルイ」
京子「うん、春ちゃんは人の事を羨ましがる前に日頃の行いを改めましょうか」
春「おかしい…私はこんなに京子に対して献身的なのに」
京子「まぁ、それは否定しないし私も感謝してるけど…」
春「それなら私も京子に何でもされちゃって良いはず」
京子「…じゃあ、聞くけど、春は私に何でもするって言われたら何をお願いするの?」
春「…とりあえず願い事を100個に増やしてもらう」
京子「却下」
春「そんな…酷い」
京子「酷くないです」
京子「後、小蒔ちゃんと湧ちゃんはその手があったか、みたいな顔しない」
小蒔「な、なんで分かったんですか…!?」
湧「ど、読心術…!?」
京子「二人とも分かりやす過ぎるのよ…」
まぁ、それはともかく。
京子「…で、どうかしら?」
京子「私にして欲しい事、決まった?」
明星「あ…ぅ…そ、その…えっと…」モジモジ
明星「も、もうちょっと…もうちょっと…考えさせて下さい…っ!」
京子「そ、そう…」
しかし、明星ちゃんも大分、気合入ってるな…。
多分、今、恥ずかしくて頭が回っていないってのもかなり大きいんだろうけれども。
それでも即断即決タイプの彼女が即答出来ないくらいには悩んでくれているんだ。
そんな姿もまた可愛いし、何より、叶える側としては冥利に尽きる話だよな。
例え、どんなお願いであったとしても、春に対してやったようにすぐさま却下するんじゃなく、出来るだけ真摯に対応してあげよう。
京子「まぁ、春ちゃんみたいに願い事100個増やすとかじゃければ基本的に大丈夫よ」
明星「そ、そんな悩むような事言わないで下さい…」
明星「余計に決められなくなるじゃないですか…」
京子「ふふ。ごめんなさいね」
とは言え、あんまり待ってあげられるような余裕がある訳じゃないんだよなぁ。
副将戦が終わったって事は、次は俺の出番となる大将戦な訳だし。
まだ他のチームも準備万端って訳じゃないが、副将戦に続いてのんびりし過ぎると顰蹙を買ってしまうだろう。
ここは必死で考えている明星ちゃんには可哀想だけど、後でまたお願いを聞くって形にした方が良いかもしれない。
春「…明星ちゃん」クイクイ
明星「え?何ですか?」
春「…私はまた皆で一緒に混浴とかオススメする」
小蒔「あ、それ良いですねっ」
小蒔「私、また京子ちゃんの髪洗ってあげたいですっ!」グッ
湧「あ、あああちきは…えっと…」カァァ
春「…ね、姫様もこう言ってる」
京子「はーるーちゃーんー?」ゴゴゴ
春「…京子、怖い」
京子「春ちゃんが明星ちゃんを惑わすような事言うからでしょ?」
つーか、混浴はマジで勘弁してください。
俺はあの一件でもう二度と混浴なんぞするかと心に決めたんだから。
正直、水着の時もやばかったけど、それ以上に混浴時の精神力の摩耗っぷりは酷かった…。
小蒔さんと春の無防備なセックスアピールにそりゃもう理性がゴリゴリ音を立てて削れていったからな。
その上、そこに明星ちゃんまで参戦するとなると、正直、想像もしたくないレベルだ。
そもそもあの時は奇跡的に自分を抑えられただけだし…次は本当に皆を襲ってしまいかねない。
春「…じゃあ、本当にアドバイスすると…一過性のモノじゃない方が良いと思う」
明星「一過性じゃない…ですか?」
春「うん…出来るだけ長続きするお願いの方が良い」
春「京子は律儀だから、ずっと付き合ってくれるだろうし」
春「その方が明星ちゃんも嬉しいのがずっと続くだろうから」
明星「……春さん」
うぐ…良くご存知で…。
だけど、一つ訂正すれば、俺は律儀な訳じゃなくて、折角、お願いされた事を途中で反故にするのが不誠実だと思っているだけだ。
それは律儀さではなく、誰もがごくごく当たり前に持っている程度の誠実さだろう。
そもそもこれは明星ちゃんへのご褒美なのだから、それを俺だけの都合で打ち切ってはその元々の目的すら果たせなくなる。
何かどうしようもない理由があったり、彼女自身が嫌がっているならばともかく、出来るだけ長く続けるのが当然だ。
明星「…一過性じゃない…ずっと……永遠…愛…」
明星「学生結婚…新婚さん…毎日エプロンでお出迎え…」
明星「子どもは男の子と女の子一人ずつ…近所では評判のおしどり夫婦…」
明星「ふにゃあ」プシュウ
京子「あ、明星ちゃん!?」
春「…明星ちゃんも意外とむっつり」
明星「む、むっつりじゃにゃいです!!」
あ、復帰した。
しかし、一体、どうして、明星ちゃんは赤くなったんだろう?
…さっきブツブツ言ってた言葉から察するに、俺との結婚生活を想像したとか?
いや…それはないな。
そもそも明星ちゃんが好きなのは俺ではなく霞お姉さまだし。
彼女が結婚生活を想像するにしても、その相手は俺じゃなく、霞さんだったはずだ。
俺もたまーに霞さんとの新婚生活とか想像するから良く分かる。
湧「あ、思ったよい復帰が早か…」
春「なんだかんだで慣れているのかも」
小蒔「明星ちゃんは毎日、京子ちゃんに真っ赤にさせられてますもんね」
明星「しょ、しょんなに毎日赤くなってませんっ!」
まぁ、最近はそもそもこうして視線を合わせる事なんてなかったからなぁ。
下手に近づこうとすれば、それこそ全力で逃げられてしまいそうな勢いだったし。
流石に毎日は言いすぎ…とは言え確かに頻繁に赤くなっているような気はする。
京子「(まぁ…でも、そろそろタイムアップだな)」
仲が良い三人の掛け合いを見ているのは楽しいが、流石にコレ以上ダラダラとやっている訳にはいかない。
副将戦から大将戦の合間としては既に十分な休憩時間が流れているのだから。
こうして先延ばしにすればするだけ、他の人に迷惑が掛かる事を考えれば、そろそろ行かなければいけないだろう。
京子「じゃあ、私はそろそろ…」
明星「あ、あの…京子さん」
京子「ん?」
明星「お、お願い事…良い…ですか?」
京子「あ、決まったの?」
明星「は、はい。決まり…ました」カァァ
けれど、そうやって春達との掛け合いの間に明星ちゃんのお願いごとは決まったらしい。
なら、それを聞いてから卓に着いても別に構わないだろう。
そろそろ人も大将卓に集まり始めているとは言え、お願いごとを聞くくらいの時間はある。
まぁ、今すぐ叶えてあげられるものじゃなかった場合、聞くだけになってしまいそうなのが難点ではあるけれども。
ただ、彼女のお願いを叶えてあげられるか、無理なのかを判断する為にも先に聞いておいた方が良いはずだ。
明星「い、いって…いってらっしゃい…チュー…」
京子「え?」
明星「っ~~~~っ!!」カァァ
…今、行ってらっしゃいとかチューとかそういうのが聞こえた気がするけれど…。
い、幾ら何でも気のせいだよな。
春ならばともかく、明星ちゃんがそういう事を口にするとは到底、思えない訳だし。
多分、俺が何かと聞き間違えてしまったんだろう。
明星「や、やっぱり!勝ってきて下さい!」
京子「勝つ?」
明星「は、はい…皆でここまで…頑張って繋いできたんです」
明星「皆頑張って…何とか霞お姉さまに追いすがってきたんです」
明星「だから…だから…勝って下さい」
明星「霞お姉さま達を安心させてあげられるように…勝ってきて下さい、京子さん」
京子「…明星ちゃん」
…まったく、この子は。
折角、自分が好き勝手に使えるお願いだって言うのに…そんな事に使っちゃってさ。
どれだけ霞さんが好きで…そして小蒔さん達が大事なんだか。
そんな可愛げたっぷりな事言われたら…負けられないよな。
京子「当たり前よ」ナデ
明星「あ…♪」
京子「皆の気持ち…背負わせて貰ったわ」
京子「必ず、ここから逆転して見せる」
京子「…だから、ご褒美考えておいてね」
明星「ご褒美…ですか?」
京子「えぇ。だって…私はどうしても明星ちゃんのしたい事を叶えてあげたっていう名誉が欲しいんだもの」
京子「だから、明星ちゃんが私にして欲しい事を…もう一つだけ考えておいて」ナデナデ
とは言え、それでお願いごとを消費しましたって言うのも可哀想な話だ。
彼女の気持ちは嬉しいが、さりとて、それにばっかり甘える訳にはいかない。
そんな事でご褒美を使ってしまう優しい彼女に、何か報いるものがあっても良いはずだ。
明星「い、良いんですか…?」
京子「あら、良いも悪いもないわよ」
京子「その為に私はこれから頑張ってくるんだからね」
京子「何もなしだなんて泣いちゃうわよ」クス
明星「…………はい」
明星「分かりました…私…ちゃんと考えておきますね」
明星「京子さんに泣かれると…姫様達が心配しますから」
明星「だから…仕方なく…本当に仕方なくですけれど…」
明星「京子さんへのご褒美…しっかり考えておきます」
京子「えぇ。お願いね」
…さて、これで明星ちゃんへのフォローは十分だろう。
ここまで言ったんだから、きっと彼女は大将戦が終わるまでに俺への『ご褒美』を考えておいてくれるはずだ。
ならば…もう俺が考えるべきは明星ちゃんの事じゃない。
霞「……」ゴゴゴ
―― …この人をどう乗り越えるかだ。
石戸霞。
去年の永水女子で大将を務めた三年生。
特筆すべきはその和を凌駕する立派なおもちだ。
後、ついでにすげえええええ防御が手堅い。
この人が失点らしい失点をしたところなんて牌譜でも殆ど見たことがないくらいだ。
咲のようなメチャクチャな芸当が出来るならばまだしも直撃を狙えるとは思わない方が良い。
京子「(ただ…それだけじゃない)」
この人が本気になったのは恐らく一回だけ。
去年のインターハイ二回戦、清澄と当たったあの戦いだけだろう。
何せ、あの戦いの彼女は明らかに異常だった。
自分は常に染め手で、しかも、相手は絶一門状態。
牌譜を取らずともハッキリと目で分かるそのオカルトは俺達との練習でも使った事がない。
故に俺は彼女の能力の詳細を知らず、また底も知らない。
ついでにそのあまりにも人並み外れたおもちのサイズも知らない。
くそ…!なんて時代だ…!!
霞「…京子ちゃん、どうかしたの?」
京子「あ、いえ、何でもないです」
京子「遅れて申し訳ありません」ストン
…まぁ、それはさておき。
俺の相手はある意味、去年の永水女子でも一番、ヤバイ相手だ。
おもちのサイズが何よりヤバイが、その底知れなさだってかなりのものである。
正直なところ、彼女を相手にして勝てる自信なんてまったくない。
俺のオカルトが相手の能力を封じる類のものではないのだから尚の事。
京子「(だからって気持ちで負ける訳にはいかないよな)」
ブランクがあるとは言え、霞さんは格上なのだ。
そんな相手にかなりのリードをつけられたこの状態から逆転をしなければいけないのだから、怯えてなどいられない。
相手が格上だからどうした、と吠えられるくらい強い気持ちでいかなければ間違いなく飲まれ、元々少なかった勝機をみすみす手放してしまうだろう。
京子「(…ま、と言っても、最初から全開…って訳にはいかないんだけれどさ)」
俺が神降ろしを使えるのはまだ極限定的な条件下だけだ。
それ以外ではろくに和了る事すら出来ない平均以下の雀士となる。
どれだけ勝つつもりだったとしても、こればっかりは決して変わらない。
まぁ、その分、攻撃は諦めて防御に徹する事が出来るから楽ではあるのだけれど。
京子「(だから…重要なのは勝負どころで喰らいつく事)」
俺が霞さんを相手に逆転出来るチャンスは親の二回のみ。
そこでどれだけ点棒を稼げるかどうかが勝負の分かれ目となるだろう。
…そういう意味では何時もとやる事は変わらないよな。
どんな強敵を相手にしても変わらないセオリーと言うのは迷いがなくても良いのかもしれない。
まぁ、俺の場合、セオリーと呼べるほど強力な一つがある訳じゃなく、それ以外がまったく使えないだけなのだけれど。
京子「(まぁ、何はともあれ…)」
…ここまで皆は頑張って戦ってきた。
それは俺の仲間だけじゃない。
敵である初美さん達もまた全力を出し切るようにして俺達の前に立ちふさがってくれたんだ。
それは勿論、今年の永水女子である俺達に去年の自分たちを乗り越えて欲しいからこそ。
その気持ちも…そしてここまで何とか追いすがってきた明星ちゃん達の気持ちも無駄には出来ない。
絶対に勝つ。
そう心に決めながら俺は最初の牌を山から引いて… ――
………
……
…
「ツモ!1300・2600!!」
副将戦とは違って大将戦の立ち上がりは激しいものになった。
それはもうこの団体戦そのものが終わりに近づいているからである。
この半荘が終わればもうそこで練習試合が終わってしまう。
それが分かっているからこそ、九州赤山の2チームは様子見なしに攻めて来ていた。
苛烈と言っても良いその打ち筋を生み出しているのは公式戦と殆ど変わらない激しい気迫。
これまで積み重なった仲間たちの無念を晴らそうと二人は全力で点棒を奪いに来ていた。
京子「(…ただ、それが俺にとっては有難い)」
須賀京子にとって一番、面倒なのは霞が連続して和了続けるような形だ。
しかし、現実、こうして前のめりに点数を奪いに来ているのは三位と四位の二人。
そして、京子も霞も防御を重視した打ち筋をしているだけに滅多に振り込んだりはしない。
二人の点数が削られるのはツモ和了された時だけであり、最も警戒しなければいけない直撃は2チームの間でのやりとりとなっていた。
京子「(お陰で戦局は殆ど動いてない)」
どちらも勝負を諦めてはいないからこそ硬直した戦局。
しかし、そうやって点数のやりとりが鈍っている間にも、局は進んでいくのだ。
勿論、それは京子にとっても逆転のチャンスが減る事と同義ではあるが、それで焦ったりはしない。
京子は自身の勝負どころをしっかりと理解し、静かに機を待ち続けていた。
京子「(…さぁ、そろそろ行こうぜ、神様…!)」
―― 豪ッ
そんな京子の元へようやくやってきた親番。
それに頬が釣り上がった瞬間、京子は自身の内側から強い力が溢れ出すのを感じた。
合宿中に何度も感じた暖かくも力強いそれに自然と手が握り拳を作る。
鶴翼のオカルトを扱う藤原利仙にはあっさりと敗北した為に、以前のような圧倒的な万能感は既に無い。
しかし、それでもその力が京子の麻雀を支えている事である事に変わりはなかった。
この力があればやれる。
そんな力強い自信と共に京子は山へと手を伸ばそうとし ――
―― 来るぞ
京子「え…?」
霞「…」カッ
京子「っ…!!」ゾッ
京子にとって、自身が降ろした神の声を聞くのは久しぶりと言って良いものだった。
地方予選からずっと自身の胸の内に問いかけても聞こえなかった声が今、何かを警告している。
それに京子が疑問の声をあげた瞬間、霞の身体に白いモヤのようなものが入っていく光景が映った。
一見、霧の塊のようにも見えるそれが導かれるようにして螺旋を描く光景は、オカルトというものに慣れた京子からしても日常離れしている。
霞の何処か浮世離れした雰囲気も相まって、神秘的と言っても良い光景。
しかし、京子にとってそれは小蒔の時とは違い、神秘的どころか、恐ろしいものにしか思えなかった。
霞「(…久しぶりに使うとやっぱり結構、クるわね)」
そんな京子の予想は当たっていた。
霞が今、降ろしているのは神々しさとは真逆の存在である。
一般的には悪霊や悪神と呼ばれる類の集合体、或いは巫女が最も無縁でなければいけない穢れの塊のようなものだ。
巫女の力で調伏して従えてはいるものの、こうして降ろしているのには体力も精神力も使う。
ましてや、小蒔とは違い、降ろした悪鬼羅刹達にもしっかりと指示を出さなければいけないのだから尚の事。
霞「(…でも、これくらいは乗り越えてくれないとダメなのよ)」
旧永水女子三年生組の中で最も不安に思っているのは霞だ。
それは勿論、現在の小蒔を支える仲間の事を信じていないからではない。
寧ろ、京子達は良くやってくれていると思っている。
去年、果たせなかった悲願を実現する為に頑張ってくれている後輩たちには霞も頭が下がる想いだった。
霞「(…気持ちだけじゃ…勝てる相手ではないのだから)」
霞は知っている。
清澄の大将、宮永咲がどれほど恐ろしい相手だったか。
永水女子が敗退したあの卓で、三校を手球にとって勝ち上がった化物。
魔王と呼ぶに相応しいその実力を体感した彼女にとって、今の永水女子は誇らしい反面、物足りないものだった。
今のままでは間違いなく彼女たちは清澄には勝てない。
だからこそ… ――
霞「(…私の全力で…京子ちゃんの力をさらに引き出す…!)」ユラァ
京子「…っ!」ゴクッ
完全に臨戦態勢に入った霞を前に京子は生唾を飲み込んだ。
勿論、京子とて霞がどれだけ手強い相手であるか知っている。
地方予選までは何度も一緒に卓を囲んだし、その手堅さに尊敬の念を抱いた事もあった。
けれど、今の霞はそうやって京子が見てきたその『石戸霞』とも違う。
今までのように練習相手としてではなく、明白な敵として自分を叩き潰す為に立ちふさがっている霞に京子の背筋が脂汗を浮かべた。
京子「(…これが本気モードって事か…)」
京子「(でも…霞さんの周りに浮かんでいるのは一体…)」
―― アレは悪霊の類だ。
京子「(…悪霊?)」
―― あぁ。それをあの娘は使役し、自分の力の一部にしている。
―― …あの娘、どうやら巫女だけではなく退魔師としても一流のようだ。
―― ただ…気に入らんな。
京子「(やっぱ神様からしたら悪霊を使役するとか違和感あるのか?)」
―― 別にそれに関しては何とも思っていない。
―― あるキッカケで陰のものが陽になる事はそれほど珍しいという訳ではないからな。
―― 私自身、そういう経験もある。
京子「(え?神様も昔、ヤンチャだったのか?)」
―― …若さ故の過ちという奴だ。聞いてくれるな。
京子は知らない事ではあるが、彼がその身に降ろす神は高天原でも有数の問題児であった。
様々な事件を起こし、出会いに恵まれた事で何とか更生こそしたが、彼自身はそれを深く恥じている。
幾ら縁深い京子にも軽々しく話したりは出来ない。
彼が未だ自身の名前を京子に告げられないのも、かつての行いが殆ど書物として残されている為だ。
こうして威厳のある神として降り、京子もそうして尊敬してくれている以上、そのイメージを壊したくはない。
京子「(正直、ちょっと興味はあるけど…まぁ、神様がそういうなら聞かない事にする)」
―― 有り難い。
―― それで…話を戻すが…あの娘そのものが気に入らんという訳ではない。
―― だが…アレは恐らく天児だ。
京子「(…天児?)」
―― 幼児に襲いかかる凶事を引き寄せる為に、身の近くに置かれた人形のようなものだと考えて良い。
京子「(……それって…つまり……)」
―― より分かりやすく言えば身代わりと言ったところか。
京子「っ!!」
自身の降ろした神の言葉に京子の身体が一瞬、強張った。
瞬間、山から引いてきた牌を落としてしまいそうになったのを何とか堪えながら、その言葉を胸中で反芻する。
神代の巫女。
天児。
身代わり。
尊敬する神が齎したそれは何度、噛み砕いても同じ意味にしかならなかった。
京子「(…待て…いや、待ってくれ)」
京子「(霞さんが…小蒔さんの身代わり?)」
京子「(しかも、凶事を引き寄せる為の人形だって…?)」
京子「(そんなのいきなり言われたって信じられねぇよ)」
京子「(そもそも…霞さんは人形じゃなくて、普通に生きている女の人だろ…?)」
―― だからこそだ。
京子「(…え?)」
―― 本来の天児は三歳程度までしか身代わりとしての効力を発揮しない。
―― それは低俗な悪霊や悪鬼も、三歳以上になれば天児と幼児の違いが分かってくるからだ。
―― …だが、あの二人は血縁からしても、容姿からしても良く似通っている。
―― いや、神降ろしの才能はともかく、それを自在に扱う技術という面ではあの石戸霞の方が優れているくらいだ。
―― きっと名のある悪霊や悪神の類であっても、あの二人に並べられて、どちらが神代の巫女かと聞かれれば石戸霞の方を選ぶだろう。
京子の身に降りた神の言っている事は正しい。
小蒔と霞の血縁はどの分家よりも近く、その力も容姿も似通っている。
だからこそ、霞は幼い頃、両親から引き離され、小蒔の側に置かれる事になった。
自分でもコントロール出来ないほどの莫大な才能を持つ小蒔が悪霊たちに利用されない為に。
神代の家系の結晶とも言っても良い力を持つ小蒔を護る為に。
生きた天児として石戸家から差し出されたのが霞だ。
京子「(…だから、霞さんが身代わりだって?)」
京子「(流石にそれは突拍子過ぎないか?)」
しかし、彼はまだ知らない。
神代小蒔がどれほど神代家にとって価値のある存在なのか。
それをどれだけ長い年月の間、神代家が切望してきたのか京子は分かっていないのである。
ましてや、彼が物心ついてからの記憶は神代とは無関係の普通の世界だ。
親が子どもに向ける愛情よりも家名や血の方が優先される世界があるなど想像するはずもない。
―― 理由はもうひとつある。
―― あの石戸霞という娘が纏っている力は…悪霊に依るものだ。
―― それも一匹や二匹ではない。
―― 何十、何百もの悪霊をあの娘は調伏し、そして使役している。
―― その気になれば名のある神を降ろせるだけの力があるにも関わらず…だ。
―― それは恐らくそれをする必要があったからだろう。
―― 神代の巫女へと纏わりつく悪霊を自身へと引き寄せていたからこそ。
―― …神代の巫女と対になる神代の天児であるからこそ。
―― そのような術に優れていなければ生きてはいけなかったのだ。
京子「(…マジ…かよ)」
だからこそ、そんな事を京子も信じたくはなかった。
彼もまた親から売られた身の上ではあるが、それでも親の愛がどういうものかは知っている。
自分が本当に売られてしまったのかを確認するのが怖くて、未だに親へと連絡出来ていないくらいだった。
裏切られたのを知りながらも、心の何処かで未だ親を信じたい気持ちを残す彼にはその言葉は重すぎる。
神代に纏わる環境がどれだけ恐ろしいものなのか理解していても、神の言葉は決して間違っていないと内心、思いながらも。
まだそれを受け入れる事が出来ないくらいには。
―― …同情している暇はないぞ。
―― こうして悪霊を降ろしたという事は…かの娘は本気だ。
―― 全力でねじ伏せに来ているという事なのだぞ。
京子「(…分かってる…っ!!)」
京子「(けど…すぐさま納得が出来るかよ…!)」
京子「(…霞さんと小蒔さんは凄く仲が良いんだぞ…!!)」
京子「(明星ちゃんがたまに嫉妬の表情を浮かべるくらい仲良しで、見ているだけでもついつい笑顔になってしまうくらい微笑ましくて…)」
京子「(そんな二人が天児とか…身代わりとか…そういう関係で側にいるなんて知らされて…)」
京子「(すぐさま気持ちを切り替えられるほど、俺は単純じゃねぇんだよ…!!)」
無論、京子とて、今がそうやって相手に同情するような時間ではない事くらい理解出来ている。
自分が今、意識を集中させなければいけないのは霞の境遇などではなく、目の前の雀卓だ。
しかし、そう思いながらも京子の心は霞への同情心を中々、捨てきる事が出来ない。
それは京子がお人好しであると言うだけではなく、親から神代へ差し出されたと言う境遇が自身と同じに思えたからだ。
―― ならば、これまで勝利の為に努力し、汝に託す為に追いすがってきた仲間の気持ちを無駄にするのか?
京子「(それ…は…)」
―― 敵に同情するなとは言わん。
―― だが、大局を見失うな。
―― 汝がするべきは同情ではない。
―― 敵を討つ事だ。
京子「…っ!」
そんな京子を突き放す言葉に彼は人知れず握りこぶしを作った。
まるで行き場のない怒りを押し込めるようなその手は卓の下でフルフルと揺れる。
綺麗に切りそろえられたツメが手のひらに食い込みそうなほどの力。
今にも皮膚を突き破り、血管へと届きそうなそれは京子に強い痛みを与えたが、だからこそ、彼は少し冷静さを取り戻した。
京子「(…ありがとな、神様)」
―― 礼などいらん。それよりも…。
京子「(…あぁ)」
霞「…」ゴゴゴゴ
京子「(元々、ヤバい人だったが、今はそのヤバさがはっきりと目で分かるくらいにヤバい)」
京子「(全力でやらなきゃ…間違いなく喰われる)」
既に霞の支配は卓上を覆うようにのしかかっていた。
自身のそれを上書きするようなその力に京子の本能が危険を訴える。
ともすれば、牌の位置が分からなくなりそうなくらいに濃いそれは、本来ならば決して近寄ってはいけない類のモノだ。
霧島神鏡にて過ごし、神を降ろす事でオカルトに触れた京子にとって、その中に手を突っ込む事さえ躊躇したくなるような光景。
その源で平然と牌を構える霞に京子はどうしても恐ろしいものを感じてしまう。
京子「(こんなものを降ろすなんて霞さんは一体、どんな過去を…)」
京子「(いや…ダメだ)」
京子「(今は目の前に集中しないと…!!)」
ふと気づいた時に胸中に浮かびそうになる同情心。
それを思考から引き剥がしながら京子は牌を打つ。
無論、荒ぶる神を降ろしているのもあって、その打牌は軟弱であったり、日和ったりしているものではない。
霞「(…本当に優しい子なんだから)」
しかし、それでも付き合いの長い霞には分かった。
京子が自分に対して同情にも似た感情を抱いている事を。
時折、向けられる痛ましそうな視線からしっかりと感じ取っていたのである。
無論、エスパーでもなく読心術を習得している訳でもない霞にはその理由までは分からない。
幾ら永水女子で絶対的な人気を誇り、生きる伝説のような扱いをされている霞と言えど、京子が降ろしている神が自身の境遇を見抜いたという荒唐無稽な事実にたどり着くには材料が少なすぎた。
霞「(それが…京子ちゃんの良いところではあるけれど…)」
勿論、霞自身はそんな京子の性格を好ましく思っている。
本来ならば恨まれてもおかしくはない自分たちの為に今も頑張っている京子。
そのお人好しさ加減には呆れる事も多いが、それ以上に感謝している方が多い。
彼であれば自分を誰よりも慕い続けてくれた明星を ―― 大事な『従姉妹』を任せても大丈夫。
そんな風に思うくらいに霞は京子の優しさを評価している。
霞「(…でも、貴方は優しいだけの男じゃない)」
京子が神降ろしの為の鍛錬をし始めたのはつい最近の事だ。
そんな京子が神降ろしを使える事自体が本来ならばあり得ない事である。
神代の巫女が特別であるように神降ろしは本来、秘中の秘と言っても良いものなのだから。
家系と素質に恵まれた少女が何年も掛かって身体を作り、そうしてようやく完成させる奥義を京子は本番でいきなり成功させた。
その潜在能力は巫女としての完成形である神代小蒔に並ぶものだと霞は思っている。
霞「(…それはまだ十全に発揮されていないけれど…)」
当然だ。
京子はつい一年前にはごく普通の男子高校生だったのだから。
神代ともまったく関係がないまま遠い長野の地で平凡に暮らしていた少年。
それが鹿児島で半年過ごした程度でその持ちうる力を全て発揮出来るはずがない。
元々の才能が莫大なだけあって、京子が自身のポテンシャルを目覚めさせるのにはまだまだ時間が掛かるだろう。
霞「(…それじゃ間に合わないの)」
目に入れても痛くないほど霞が溺愛している小蒔。
そんな彼女は今年三年で、もう来年には高校を卒業している。
幾ら神代の力が中央へと伸びるような莫大なものであっても、流石にインターハイのルールは変えられない。
小蒔がインターハイで優勝するという最高の名誉を得る為には今年しか機会がないのだ。
霞「(…だから…今はその優しさは要らないわ)」
霞「(私が望んでいるのは…乗り越える強さ)」
霞「(私と言う壁を乗り越える為に…より強くなってくれる事)」
霞とて、それがどれだけ無茶な事か分かっている。
単純な雀力だけで言えば、自身と京子の間でそれほど大きな違いはない。
けれど、自身の本領は決して雀力に収まるものではないのだ。
こうして奥の手を出した今、相手の能力にあっさりと上書きされてしまう京子の貧弱な力ではどうにもならない。
一回二回程度は和了れるかもしれないが、それは莫大な点差を埋めるような無双には届かないと霞は予想していた。
霞「(…でも、貴方は一度、私の期待に応えてくれた)」
霞「(あの日、神降ろしを一部、成功させた貴方を見てから…)」
霞「(ずっと貴方に寄せていた私の気持ちに…応えてくれた)」
霞「(…だから、きっと今回も大丈夫)」
霞「(私は…そう信じている)」
それは京子の中に『制する者』の血が流れているからではない。
霞が信じているのは寧ろ、『須賀京太郎』と言う個人のパーソナリティの方。
誰かの為に全力以上を出し切る彼の性格ならば、追い詰めればきっと真価を発揮してくれる。
時間が足りないなりに努力を続けてきたその成果をここで結実させてくれる。
そう信じているからこそ、霞はこうして普段は出さない奥の手を出した。
乗り越えるべき壁として、自身にも大きなリスクのある奥義で挑みに掛かっていたのである。
京子「(…とりあえず…手が好調なのが救い…だな)」スッ
その奥義は決して他人の手を遅くする類のものではない。
無論、まったく影響がない訳ではないが、それは手を遅くするどころか進みやすくするものだ。
京子がオカルトの影響を受けるとは言っても、利仙のように天敵と言えるレベルで相性が悪い訳ではない。
京子「(でも…やっぱり絶一門なんだよな…)」
京子の手の中や河を見ても萬子が出る気配はまったくなかった。
京子だけではなく、九州赤山の二人の河にもまだ萬子が一枚も出てはいない。
しかし、この卓の中で一つだけそれが唸るほど揃っている場所がある。
「(…一人だけ萬子揃えちゃって…マジ怖いっての…)」
「(…これ絶一門じゃん…やな感じだなぁ…)」
麻雀とは運に左右されやすい競技だ。
オカルト関係なく絶一門に近い手牌やツモになる事は、珍しいが決してない訳ではない。
しかし、ここまで露骨に一人にだけ萬子が集まる光景など二人は見たことがなかった。
藤原利仙と共に戦い、オカルトと言うものに慣れ親しんだ二人でも異様に映る光景。
その中で萬子と字牌を揃えた霞はにこやかに構えていた。
京子「(まったく…分かっていたけど化物だな…)」
清澄がインターハイへと出場した際、進んで雑用として働いていた京子は清澄の戦い全てを牌譜に記録していた。
その中でも、萬子・索子・筒子のどれか一種類と字牌のみで染め上げられていた霞の牌譜は印象深い。
一人だけ別のルールでやっているようなその速度は高く、基本染め手になる分、火力も高かった。
絶一門状態となっている所為で他家からはほぼ直撃が狙えないと言うのも、元々の手堅さと相まって京子にとっては厳しい。
京子「(…けれど)」
その支配力は決して絶対でも柔軟でもない。
少なくとも鳴いてズラされたツモ順にはすぐさま対応出来ないという大きな欠点がある。
そのオカルトの都合上、染め手で構える霞にとって、それは致命的だ。
相手は強敵ではあるが、決して付け入る隙がない訳ではない。
京子「ポンっ!」
「う…」
何より、同じ高校同士で連携が取れないように霞の対面に京子が座っていると言うのも大きい。
自分がどれだけ鳴いても霞に利する事はなく、また誰が鳴いても、霞がツモるはずであった牌を掴まされる事はないのだから。
こうして積極的に鳴いて、手を進めていく事が出来る。
京子「(こればっかりは藤原さんに感謝だな)」
合宿初日に利仙に敗北してから京子はその打ち筋を大きく変えていく事になった。
普段の防御重視で流し満貫を狙うスタイルは変わらないが、攻撃チャンスである親番では積極的に鳴いていく。
無論、それは鳴き麻雀を戦術の根幹に据えて戦う井上純や新子憧、亦野誠子に比べればまだまだ荒削りなもの。
しかし、元々、人並み以上に早かった手を鳴きによってさらに加速させる麻雀に追いつく事は難しい。
ましてや、霞のオカルトだけではなく京子の不運まで押し付けられている他の2チームにとっては尚の事。
京子「それロンです。5800」パララ
「く…はいよ」スッ
結果、京子の親番一回目は彼の和了で終わった。
京子を止められなかった悔しさに去年の九州赤山にて大将を務めた少女から悔しげな声が漏れる。
今の和了で何とか先鋒戦で小蒔に追いすがった利仙の貯金を殆ど溶かし、順位も最下位転落間近という状態になっていた。
一位を独走する霞から見ればもう三倍満以上を直撃させなければ逆転するのも難しいというほどに追い込まれている。
「(…やっぱり今のアイツはやばいわね)」
明らかに焦燥の色を見せ始めた先輩を見ながら、もう一つの九州赤山で大将を担う彼女は冷静に京子への評価を下した。
この合宿中に京子と何度もぶつかった彼女はこの中で一番、京子の恐ろしさというものを知っている。
結局、彼女は一度たりとも一で京子の支配を破る事が出来なかったのだから。
オカルトに対しては滅法弱いが、持たざるものに対しては天敵と言っても良い相手。
そんな京子を前にして下手な手で勝負に出るのは禁物だ。
ここはじっと親を流せる機会を伺うべきだと彼女は逸る自分の心にそう言い聞かせる。
「(…これが個人戦ならまだやりようはあるのに)」
或いは先鋒戦ならば、まだ果敢に勝負しに行く事だって出来ただろう。
京子ではなく霞への援護に回る事だって出来たかもしれない。
しかし、これは大将戦、しかも、既に点差が大幅に開き、逆転を狙うのが難しいという状況になっている。
ここで下手に焦ったりすれば、副将戦の二の舞いになる。
だからこそ、彼女は歯を食いしばるようにして自分を律し、静かに山から牌を引いた。
京子「(さて…これで点差はさらに縮まった訳だけれど…)」
今の和了で霞との点差を大きく詰めた京子には、しかし、安堵も達成感もなかった。
寧ろ、ジリジリと炙られるような焦燥感が京子の心を揺らしている。
それはさっきの局で、霞がテンパイしていた気配を京子が感じ取っていたからだ。
無論、自分のオカルトが霞に対して効果が薄いくらいは京子も分かってはいたが、やはり負けられない戦いでは何もかもが違う。
何時、転落してもおかしくはない綱渡りのような状況に京子の背筋に脂汗が浮かんだ。
京子「(…直撃が取れればまた違うんだろうけれど…)」
鳴きを抜きにして、霞から直撃を取ろうとすれば、字牌で構えるしかない。
しかし、字牌で待とうとすると多面待ちが難しく、結果、和了る速度が遅くなってしまう。
それでは霞の圧倒的な速度に対抗は出来ない。
この場で最も確実な逆転方法は欲を出さずに細かく上がり続ける事。
このまま延々と綱渡りを続け、ジリジリと点差を詰めていく方法しか京子にはなかった。
京子「(焦っちゃ…ダメだ)」
京子「(ここで焦ったら元の木阿弥も良いところだぞ…)」
京子「(…不安要素は色々あるけれど…でも、通用しない訳じゃないんだから)」
そもそも京子には鳴き麻雀に必須と言われるような勘やセンスと言うものがまったくない。
利仙のアドバイスから意識して鳴くようにし始めていたが、元々、鳴きは殆ど使わないタイプだ。
多少、経験値を積んだところでいきなり鳴きのエキスパートはなれない。
合宿中に多少、練習を積んだところで、それが所詮は付け焼き刃、蟷螂の斧も良いところだという事を京子は理解していた。
京子「(俺がこの合宿中やって来た事は…決して…無駄じゃない…!)」
しかし、その付け焼き刃はただの見掛け倒しでは終わらない。
少なくとも急造のやり方として通用するという事を、さっきの和了で証明出来たのだから。
利仙のアドバイスは決して間違いではなかったし、そしてそれを信じた自分の練習方法は無駄ではなかった。
だからこそ、京子はギリギリの状況でも焦らず、強気に手を進めていき… ――
京子「ツモ!2600オールです」
「うっ…」
二回目の和了。
それに狼狽の声をあげるのは九州赤山の二人だ。
親の和了であるからトップとの点差が広がった訳ではないが、連荘というのは中々に堪える。
ましてや、二人は何度も京子とぶつかり、その能力を体感しているのだ。
この連荘がマグレではないことが分かっているだけにチリチリとした焦燥感が強くなっていく。
その上、場ではずっとひと目で分かるような絶一門状態が続いていた。
明らかに京子以外のオカルトが作用しているその状況には気味の悪さを感じる。
霞「(京子ちゃんは思ったより冷静ね)」
そんな状況の中、霞はチラリと京子へ視線を向ける。
瞬間、彼女の視界に入るのは相変わらず穏やかな表情を浮かべる京子の顔。
無論、京子とてまったくの自然体とは言えないが、打牌に焦りが生まれるほどではない。
それは今のところは連荘が上手くいっているからではなく、自分のこの能力が初見ではないからだろう。
霞「(…色々と頑張ってきたものね)」
清澄時代の彼が一体、どういう環境に置かれていたのかは霞も報告書で知っている。
初心者である『京太郎』は牌譜を取ったり、買い出しに出たりと、自分でも出来る事で精一杯、仲間をサポートしようとしてきた。
その一部がこうして自分に対する対策という形で活きているのは霞も嬉しい。
異性としてはまったく意識していないが、霞にとって京子は初美たちと同じくらい大事な仲間であるのだから。
霞「(でも…それじゃ足りないわ)」
無論、対戦相手に対する対策と言うのは必須だ。
インターハイレベルともなれば、間違いなく自分の戦法に他校からの対策が入るとそう思っても良い。
しかし、世の中には湧や京子自身のように対策らしい対策を立てられないタイプというのが存在する。
今のままでは、そのような相手を前にした時、京子自身が喰われてしまうだろう。
霞「(…だから)」
霞「リーチ」スッ
京子「…っ!?」ゾッ
瞬間、静かな卓の中にリーチ棒がそっと置かれる。
それに京子が背筋を冷たくするのは、そのテンパイ気配を感じ取れなかったからではない。
楽観的な予測を思い浮かべながらも、京子は霞の手がそろそろテンパイ近い事を察していた。
けれど、まさかここでリーチを掛けるとは予想していなかったのである。
京子「(勿論、戦術的には間違いじゃないけれど……!)」
霞の手が相変わらず染まっているであろう事を考えるにほぼ直撃は狙えない。
どうしてもツモ和了を狙う形になる彼女にとって、少しでも後続を突き放すリードを得る為にリーチをかけていく戦術も間違いではないだろう。
しかし、京子はこれまで霞が公式戦でリーチを掛けたところなんて一度も見た事がなかった。
その奥の手はともかく、手堅い防御を得手とする彼女から飛び出したリーチ棒。
それが絶対に和了ってみせると言う意思表示のように京子には思えた。
霞「(…さて、どうするかしら?)」
霞とてインターハイで活躍した雀士だ。
京子が未だテンパイしていない事くらい察している。
無論、同じスタート位置からでは鳴きを積極的に使う京子には勝てないが、麻雀と言うのは運の要素が強いゲームだ。
幾らオカルトが作用している場であっても、偏りや揺らぎは存在する。
絶一門状態を作り出す霞にとって配牌さえ良ければ京子を先んじる事はそれほど難しくはなかった。
京子「(やばい…鳴けない…!!)」
京子とて鳴けるものであれば鳴いてズラしたい。
そうすれば少なくとも一巡は稼ぐ事が出来る。
しかし、そうやって鳴こうにも場に出る牌は自分が鳴けるようなものではなかった。
結果、京子はツモ順が再び霞へと戻るのをただ見つめるしかなくて… ――
霞「…」スッ
霞「…ツモです」パララ
霞「リーチ一発ピンフツモ一気通貫清一色」スッ
霞「裏ドラは…あら、残念、乗らなかったわね」
霞「では…三倍満の6000・12000」ニコ
京子「……はい」
霞の和了。
しかも、それはほぼ最悪と言っても良いものだった。
役満ではなかったものの、それでも12000の親被りは辛い。
自身が親番で稼いできた点棒のほとんどを帳消しにされ、そして点差をさらに広げられてしまったのだから。
たった二回しかない攻撃チャンスを潰されただけではなく、最初よりも突き放される感覚に京子は肩にズシリと重いものがのしかかるのを感じた。
京子「…ふぅぅぅぅぅ」
京子「(…落ち着け、俺)」
京子「(確かに俺が積み重ねてきたものは全部、帳消しにされた)」
京子「(点差はもう絶望的と言って良いレベルになってる)」
京子「(だけど、だからって椅子に身体を預けてて良い訳じゃないだろ)」
京子「(まだ勝負は終わってないどころか…折り返しに来たばっかりなんだ)」
京子「(俺のオカルトは霞さんにだって通用していたし、まだチャンスはある)」
しかし、そこで京子は腐らない。
無論、既に神降ろしによる力は感じず、自分が平常時の状態に戻っているのは京子にも分かっていた。
だが、だからと言って、ここで諦めるような精神ならば京子は今まで麻雀を続けてはいない。
例え、自分が勝てなくても最後まで麻雀を楽しめる強靭なメンタル。
それこそが綱渡りに近い京子の麻雀を何より支えているものだった。
京子「(…その為にも俺がするべきは…)」
「ぅ…」
既に九州赤山の二人は霞に半ば飲まれていた。
独走と言っても過言ではない点差から飛び出した三倍満。
京子以上に点差が絶望的になった二人には諦めの色が浮かび始めている。
親が代わって牌をツモる動作にも力がなく、心も折れそうになっていた。
京子「(…それじゃあダメだ)」
無論、完全に勝つという気概がなくなった訳ではない。
しかし、自分の中で何より強く持つべき勝つ為のビジョンと言うのが二人の中にはもう殆どなかった。
京子と初めて対戦した時にはトラッシュトークを仕掛けてきたような強気さもまた。
さっきの京子にとってはそれも好都合だったが、今は二人の弱気が完全に足を引っ張っている形になっていた。
京子「…」スッ
「え…?」
京子「…どうかしました?」
「あ…いや…そ、それロン」
京子「はい」ニコ
だからこそ、京子が打ち出した牌。
それは上家に座った九州赤山の和了牌だった。
無論、それは京子が彼女の手を読み切れていなかったという訳ではない。
彼女が待っている牌を見抜いた上で、京子はわざと振り込んだのだから。
「(…なるほど…アンタはまだ諦めてないって事なのね)」
ここで最も避けなければいけないのは霞が和了る事だ。
ただでさえ独走状態を維持し続けている彼女には未だ一種類の牌しか集まっていないのだから。
その高い火力が再び発揮された時、京子以外の二人が置物になりかねない。
だからこそ、京子は自分の点棒を削ってでも振り込んだ。
「(…あの人の和了を阻止する為に)」
「(…私達に気合を入れさせる為に)」
「(何より…勝つ為に…!)」
勿論、それは心が折れそうになっている彼女達に同情したからなどではない。
京子は優しい性格ではあるが、これがどのチームも全身全霊で勝ちを目指している真剣勝負だと分かっているのだ。
それが優しいを通り越して独善的なエゴであると理解している。
だからこそ、ここで彼が丸見えの安手に振り込んだのは勝利への策略以外の何者でもない。
和了れない自分の代わりに霞を牽制してくれる相手がいなければ、京子の敗北はその時点で決定してしまうのだから。
京子「(…コレ以上、霞さんに和了られるなら振り込んだ方がマシだ)」
たった一回の和了で絶望的なまでの点差を作り出した高い火力。
そんなものをツモ和了で喰らう事を考えれば、他家に振り込んで流した方が傷も浅い。
結果だけを見ればマイナスではあるが、これは将来を考える上で間違いなくプラスだ。
無論、京子にとってここでライバルに立ち直ってもらうのは苦しいが、さりとて、このまま放置すれば間違いなく致命傷になる。
霞の実力から考えてもここは他家のサポートに徹するのが一番だ。
「…言っとくけれど、礼は言わないわよ」
京子「あら、何の事です?」クス
京子「私はただウッカリ放銃してしまっただけですよ?」
京子「お礼を言われてしまってはまるで嫌味のようじゃないですか」
「…アンタのそういう所、正直、あんまり好きじゃないわ」フゥ
地方予選決勝から合宿を経て、彼女にも須賀京子の人となりが少しずつ分かってきた。
一言で彼女の見る須賀京子を表すならば、『そつがない』。
ありとあらゆる事を人並み以上にこなし、その性格だって当初、彼女が思っていたものとは大分、違う。
ただ優しいだけのノホホンとしたお嬢様めいたところは確かに今も感じるが、それだけではない。
何処か抜けているようにも思えるほど飛び抜けたメンタルの強さはライバルを自負する彼女も認めざるを得ないものだった。
「…でも、この2600点分の働きはしてあげるから安心しなさい」
そのライバルから叱咤されるような振り込みをされて、立ち直れないほど彼女は弱々しくはない。
元々、彼女は大人しいと言う言葉とは真逆で、そして強気な性格をしているのだから。
そんな彼女が京子からわざと振り込まれて発奮しないはずがない。
折れかけていた心は既に元通りに戻り、最初以上の気迫が彼女の身体から立ち上り始めていた。
霞「(あらあら…ちょっと厄介ね…)」
そんな彼女から繰り出される打ち筋は地方予選決勝と同じく苛烈なものだった。
さっきは点差に意気消沈してたのか大分、控えめだったが、今はもう完全に調子を取り戻している。
その上、能力の都合上、相手の有効牌を引き入れやすい京子の援護まであるのだ。
幾ら霞と言えど、一人では中々、太刀打ち出来ない。
あっさりと自身の親番を蹴られ、局が進んでいく。
霞「(…だけど…それは所詮、付け焼き刃でしかないわ)」
これは決してペア麻雀ではないのだ。
両方共が逆転を目指している以上、どうしても合わない部分が出てくる。
彼女の親番などはその典型だ。
早くオーラスまで持って行きたい京子には彼女の援護はどうしても出来ない。
結果、合わない歯車では今までのような速度を出せるはずもなく。
霞「…ツモ」
霞「2000・4000ね」
京子「…っ」
霞の和了に京子は一瞬、その顔を強ばらせた。
今の和了でさらに一万もの点差が増え、霞の逃げ切り体勢が盤石なものになっている。
地方予選決勝の時以上に開いた点差に流石の京子も平静とはしていられない。
それはすぐさま何時もの穏やかな表情に上書きされるものの、内心は決して穏やかではなかった。
京子「(だけど…悪い事ばかりじゃないよな)」
今の霞の和了でオーラスへと突入した。
京子の手に再び親番が舞い戻り、最大にして最後の攻撃チャンスがやってくる。
これを逃せば終局と言うまさしく背水の陣。
普通の雀士であれば、まず間違いなく諦めるであろう状況の悪さだ。
霞「…京子ちゃん、まだ諦めるつもりはないの?」
京子「…当然です」
しかし、京子の心の中には些かの諦念もなかった。
無論、点差はさっきの親番よりもさらに開いている。
霞の和了を防ぐ為に他家へと何度か振り込み、そして、さっきの霞の和了を防げなかったのが原因だ。
地方予選決勝オーラスを彷彿とさせる莫大な点差をここから詰め、逆転するのはかなり難しいと京子自身も理解している。
数週間前は運良く逆転出来たが、今回は追いかける相手が自身以上のオカルト使いである霞なのだから。
正直、親番一発目で和了られてもおかしくはないと京子は思っていた。
京子「…私が誰かお忘れですか?」
京子「私は…二代目まくりの女王ですよ?」ニコ
―― 豪ッ
京子「僭越ながら…この程度の点差、あってないようなものだと教えて差し上げます」グッ
さりとて、ここで啖呵の一つも切れないほど、京子は軟なメンタルをしていない。
確かに状況は絶望的であり、逆転出来るような根拠なんてまったくなかった。
しかし、それでもここで心折れていては、これまで頑張ってきた全ての人の努力が水泡に帰す。
九州赤山を焚き付けたのが自身であると言う事もあって、ここで諦めたりなど出来ない。
京子「(…と言ったものの…だ)」スッ
今のままではいずれ自分が追いつかれてしまうのは京子にも分かっていた。
単純なスピードだけでは滅多に負けない自信はある。
染め手がほぼ確実な分、霞も早いが、しかし、京子はそれ以上に早いのだから。
鳴けば霞のツモもズレ、一手遅らせる事も出来る。
しかし、麻雀には『絶対』はない。
自分が有利ではある事には違いないが、この点差を埋めるまで一度も負けない自信というのは京子にはなかった。
京子「(…今のままじゃ…足りない)」
京子「(霞さんに勝つには…もっと今までとは違う何かが必要だ)」
京子「(神降ろしだけじゃない…俺が使える新しい手札…)」
京子「(それがなければ…何時か必ず追いつかれる…!!)」
京子「ツモ。3200オールです」
そんな事を思っても局は進んでいく。
霞は自身の能力によって影響力は減ってはいるが、完全に京子の能力と無縁では居られない。
何時もよりも引きが悪く、手が重くなっていっているのが分かっていた。
しかし、霞はそれに焦燥感を覚えたりはしない。
こうやって詰められた点差はまだ半分にも満たないのだから。
座して期を待つだけの点棒は仲間が、そして霞自身が手元にしっかりと残していた。
京子「(…まったく動じてない…)」
京子「(ホント、少しは狼狽してくれたらこっちも希望が見えてくるのにさ)」
京子「(手堅いったらありゃしねぇ…)」
京子「(…でも…)」
そうやって悠々と構える霞からのプレッシャーはさっきよりも大分、マシだった。
泣いても笑っても、このオーラスで決着が着いてしまうのだから。
どんな形であれ和了られたらそこで終わってしまう現状、霞の高火力は怖くない。
結局のところ、どっちが早く和了るかのスピード勝負が続いていくだけなのだ。
それは失敗したら即座に終了してしまう綱渡りのようなギリギリの勝負ではあるが ――
京子「(…こういうのは慣れてる)」ニッ
京子の戦いは常にギリギリだ。
相手に一度和了られてしまえばそこで敗北が決定してしまう。
絶一門という不確定要素こそあるが、それ以外は別に何時もと変わらない。
勝負どころで食らいつき、逆転するまで和了り続ける。
その様を持ってして二代目まくりの女王と呼ばれている京子には、このギリギリさこそが麻雀と言っても良いものだった。。
霞「リーチです」ニコ
京子「っ!」
しかし、そんな風に麻雀を楽しんでいたとしても、ずっと有利ではいられない。
今度はこっちの番だと言わんばかりに霞からリーチ棒が再び卓上に置かれる。
それに京子の背筋が寒くなるのは、東風時の親がどのようにして蹴られたかを思い出したからだ。
あの時も今のようにリーチから一発でツモ和了した事を考えれば、京子の脳裏に嫌なモノが過るのも当然だろう。
霞「(…さて、どうするのかしら?)」
霞「(このままじゃさっきの二の舞いになるわよ?)」
霞とて京子の手を正確に把握している訳ではない。
しかし、その手が未だテンパイしていない事くらいはこの早い巡目でも感じ取っている。
スタートダッシュはほぼ失敗し、既にゴール手前で霞が待っているような状態なのだ。
無論、鳴けばツモはズレるし、そもそも次のツモが和了牌である保証はない。
しかし、霞には鳴かれなければ次に和了牌を引いてこれる自信があった。
―― …我にも分かるぞ。これは警告だ。
京子「(あぁ…だろうな)」
だからこそ、霞から飛び出したリーチ棒は警告だ。
そもそも霞はただ和了るだけで一位としてこの卓を終わらせられるのだから。
幾ら他家への直撃がほぼ狙えない状態だとしても、ここでのリーチはありえない。
それでもこうやってリーチを掛けてきたのは京子への注意喚起だ。
私は次のツモで和了ってみせるけれど、京子ちゃんの方は今のままで大丈夫?
卓上へと載せられたリー棒にはそんな意味が込められている。
―― どうする?
京子「(…無理だ。鳴けない)」
京子とて本当はここで鳴いて霞にツモを渡したくはない。
霞が次で和了る自信と言うのはリーチ棒を見なくても伝わってくるくらいなのだから。
しかし、京子自身の手もほぼテンパイに近い状態になっている。
ここで他家の打牌を迂闊に鳴いてしまっては待ちが崩れ、連荘がストップしてしまう。
そもそもここで鳴いたところで稼げるのは一巡だけ。
無制限に鳴ける訳ではない以上、必ずどこかで勝負はしなければいけない。
そしてこの巡目が一番、自分にとって一番、勝算のある場面だと京子は判断した。
京子「(結局、霞さんが和了牌を掴まない事を祈るしかないって事だな…)」
そう内心で言いながらも、京子はそれが望み薄である事を理解していた。
これがオーラスでなければまだ他にやりようはある。
待ちを切り崩して霞の妨害へと回るというのも現実味のある戦術だ。
しかし、これはもうオーラスであり、京子は文字通りの意味で後がない。
ここで彼女が出来るのは霞の自身が虚勢であるという事を祈るだけだった。
―― …では、その祈り、聞き届けてしんぜよう。
京子「(…え?)」
―― 我がこの状況を何とかしてやろうというのだ。
京子「(…出来るのか?)」
―― 出来るかどうかで言えば、我は出来る。
―― 問題は汝の方だ。
京子「(俺の?)」
―― 汝の身体はまだ我を受け入れるのに慣れてはいない。
―― 実際、今も大分、疲れているだろう?
京子「(…まぁ、確かに)」
京子は合宿中に何度も神降ろしを使って戦っていた。
しかし、それはあくまでも個人戦。
団体戦よりもやりとりする点棒が少なく、時に東風の親で他家を飛ばして終了というパターンも少なくなかっただけに神降ろしを使っている時間はそう長くなかった。
しかし、今回は団体戦。
何時、転落してもおかしくはない綱渡りをずっと続けていては、体力自慢の京子とは言え、疲労は感じる。
京子自身、神降ろしの力にも慣れてきはじめているものの、まだ小蒔のようにはいかない。
―― 我が剣を抜けば、あの娘の能力を無効化出来る。
―― しかし、汝に掛かる負荷はこの比ではない。
―― 汝は我の力にも大分、慣れてきてはいるが、それでもまだ器としての力は悪石の巫女にも及ばないだろう。
―― そんな汝が我の力をより引き出そうとしても自殺行為でしかない。
―― そう判断したからこそさっきは何も言わなかった。
京子「(…そっか。ありがとうな、神様)」
―― …責めないのか?
京子「(どうして責める必要があるんだよ)」
京子「(そうやって黙ってたのは俺の事を思っての事なんだろ?)」
京子「(そんな神様を責められる理由なんか俺にはねぇよ)」
これがまったく信用のない相手であれば、京子の捉え方はまた違ったかもしれない。
しかし、京子にとって自身の名前を明かさないその神はただ縁があるというだけで麻雀の度に降りてきてくれているのだ。
その上、こうして責められるのを覚悟の上で選択肢を与えてくれた相手に八つ当たりするほど京子は子どもではない。
京子「(…でもさ、黙ってたって事は…神様も分かってるよな)」
京子「(俺の答え…ここでどうしたいかって言うのも)」
―― ……言っておくが、ここは無理をするような時機ではないぞ?
―― これは決して無理をして勝ちを奪いにいかなければいけないような戦いではない。
―― ただの練習試合だ。
京子「(分かってる)」
京子「(でもさ…相手はわざわざリーチまで掛けて言ってくれてるんだ)」
京子「(その程度じゃ足りないって)」
京子「(安心なんて出来ないって)」
京子「(…俺は弱いってそう言われてるんだよ)」
京子「(真剣勝負の場で…絶対に乗り越えなきゃいけなかった人に…)」
京子「(わざわざ振り返って…そのままじゃダメだって言われちまったんだよ)」
京子「(…それなのに…何もしないまま指咥えて見てられるか)」
京子「(俺は…勝ちたい)」
京子「(情けを掛けられたからじゃない)」
京子「(ここまで頑張ってきた仲間の為にも…そして俺達の敵として戦ってくれた人たちの為にも)」
京子「(ここで…霞さんを乗り越えなきゃいけないんだよ)」
京子「(…だから、頼む、神様)」
京子「(俺の為に…力を貸してくれ)」
京子「(俺に出来る事なら何でもする)」
京子「(だから…この状況を打開する力を俺にくれ)」
京子の力強い言葉に迷いの色は見当たらなかった。
無論、京子自身、相手の言葉が正しいとそう思っている。
少なくとも、霞に対抗する術があるのは分かったのだから、後は大会に向けて調整していくのが一番だと頭では分かっているのだ。
しかし、それでは皆の期待には応えられない。
自分の背を見守ってくれている仲間の気持ちも、こうして今、自分の目の前に立ちふさがってくれているライバル達の気持ちも裏切ってしまう事になるのだ。
―― ……あい分かった。
―― そもそも我は汝のそういうところに惹かれて手を貸しているのだ。
―― 勝利への熱い渇望。それを見せられて無下には出来ん。
―― 望み通り我の力、汝にくれてやろう。
―― だが…気を失うなよ。
京子「っ!!」
瞬間、京子の内側からズシリと何か重い物が生まれる。
まるで腹の中に大きな鉛の塊を押し込まれたような感覚。
今までとは打って変わった不快感に京子の喉が小さく痙攣する。
明白な吐き気を示すそれはすぐさま逆流にいたるほど激しいものではない。
京子「(でも…力がゴリゴリ吸われてってる…)」
腹の内に生まれたとてつもなく重い『何か』。
それに京子の身体の中に駆け回っていた活力が激しい勢いで吸い込まれていく。
自身に力を与えてくれていた感覚から、一転、力を奪われるような感覚へ。
急転直下と言っても良いほどのその変化に京子は思わず歯を噛み締めた。
京子「(…でも…耐えられないほどじゃない…!)」
本当に気を抜けば意識を失いかねないほどの衝撃。
しかし、それも鹿児島に来てから否応なく精神力を磨き続けるしかなかった京子ならば耐えられないものではなかった。
何より、京子の腹の中に生まれた『何か』は今、活力を奪い取りながら研磨されていっている。
より先鋭的に、よりシャープに、より薄く。
漠然とした塊のようであったそれが武器としての形に近づいていく度に京子は感じる。
これならやれる。
これなら霞の手を止める事が出来る。
まだ一度も使っていない力にそんな確信を得られているからこそ京子はそれを耐え切る事が出来た。
―― さぁ…行くぞ…!
京子「(あぁっ!)」
霞「…え?」
瞬間、強く応えた京子の言葉と共に卓上を白銀の剣が駆け抜けた。。
京子の後ろから卓上を薙ぎ払ったその剣は、ずっと卓へと掛かっていたモヤを切り払う。
まるでその一撃で源を破壊されてしまったように卓上から霧が一気に引いていった。
たった一刀にて卓上を変えてしまった強大な剣。
国家開闢の異名そのままに支配を塗り替えるそれに霞は驚きの顔のまま固まっていた。
京子「…どうかしましたか?」
霞「…いえ、なんでもないわ」スッ
京子「……」
霞「…一発ならず…ね」クス
京子の問いに立ち直った霞が引いたのは萬子だった。
彼女の能力が未だに健在なら、そこで引いていたのは筒子だったはずである。
それに目を閉じるようにして安堵を浮かべる京子に霞は小さく笑みを浮かべた。
霞「(…本当、追い込んだら追い込んだだけやってくれるわね)」
その存在を知ってはいても、オカルトに対して慣れ親しんではいない九州赤山の二人にはその変化をハッキリと理解出来てはいなかった。
分かるのは卓上から感じる『恐ろしい気配』が今、消えてしまったという事だけ。
その際に自身を通り抜けていった巨大な剣の存在にはまったく気づいてはいなかった。
しかし、霞には分かっている。
幼い頃から巫女としての修行を積み、今も尚、天児として神代小蒔の側にある霞には、今の一撃がどれほど凄まじいモノなのかピリピリと肌で感じる事が出来るのだ。
霞「(まさか神降ろしの次の段階まで行くだなんて…)」
京子の神降ろしはあくまでもただ降ろしているだけの状態だった。
そのオカルトも神の力を自在に発揮しているという訳ではなく、あくまでも受け皿である京子から零れ落ちた僅かなものを利用しているだけ。
だからこそ、京子の支配力は弱く、霞のオカルトによってあっさりと上書きされてしまったのである。
霞「(正直…ここまでやって見せてくれるなんて思ってもみなかったわ)」
しかし、こうして卓上を切り払った剣は今までのように京子から溢れでたものではない。
京子の身に溜め込まれた神の力を形にし、自身の活力を削って放たれた捨て身の一撃。
無論、京子に降りた神がその手助けをしている事くらい霞にだって分かっている。
しかし、それを加味しても、ただただ神を降ろすだけで精一杯な凡百の巫女には同じ芸当は到底、出来ない。
霞「(…神代の巫女だって…同じ事が出来るのが何人いるか)」
神代の巫女でも最高傑作と名高い小蒔は無意識下で京子と同じ事をやっている。
より正確に言えば、莫大な器に注がれた力をそのまま周りへと放出しているのだ。
しかし、それは血統そのものが巫女の素質を高め続け、そして真摯に自身の才覚を磨き続けた小蒔だからこそ出来る事。
歴史を紐解いても、京子と同じく自身の中に溜まった力を利用する領域にまで到達出来た神代の巫女は数えるほどしかいない。
霞「(勿論…消耗は激しいみたいだけれど…)」
京子は一見、平然としているが、それでもその顔にうっすらと疲労の色が浮かんでいる。
巫女としての修行が足りていない状態で次の段階に進んだのだ。
そうやって消耗を感じさせるのはごくごく当然の事だろう。
寧ろ、今、この場で倒れてもおかしくないくらいの無茶をしているのが霞には伝わってきていた。
霞「(……それでも…格好良いわよね)」
霞にとっては人生最後になるかもしれない団体戦とは言え、京子にとってはあくまでも練習試合でしかない。
京子の性格からして手を抜くとは思っていなかったが、さりとて自分の限界を打ち破ってくれると心の底から信じていられた訳でもなかった。
けれど、京子は霞の期待に応え、彼女が期待していた以上の成果を残してくれたのである。
その額に今にも脂汗を浮かべそうなほど焦燥しながら、それでも尚、前を向いて。
壁として立ちふさがる自身を乗り越えようと我武者羅に、全力で立ち向かっている。
その姿に『男らしさ』と言うものを強く感じた霞は、嬉しそうに頬を緩めた。
―― …言っておくが我の剣は流れを正常に戻すだけだ。
―― 汝がオカルトと呼ぶ力は防げるが、それも永続という訳にはいかない。
―― 汝が気を緩めれば、すぐにあの娘の能力も復活するぞ。
京子「(…あぁ。分かってる…)」
普段、彼女が浮かべる穏やかな笑みではなく、年頃の少女のような嬉しそうな笑顔。
しかし、それを真正面から見据える京子には胸をときめかせているような余裕はなかった。
こうして新しい段階に進んでみたものの、京子が得た力は容易く連発出来るようなものではない。
その上、卓上から消えた霧は未だ霞の身体の表面に燻っていた。
振るわれた剣に怯えるようにして霞の背中に隠れているが、その力は未だ健在である。
さっきのような恐ろしさはもうないが、気を抜けば再びその力が卓上を覆う事くらいは警告されずとも簡単に予想がついた。
―― さらに言えば、我の剣は汝にも及ぶ。
―― 我の能力で集めた流れはさっきの剣で無効となった。
―― 今の卓上はいわば凪。
―― 誰もが平等に勝つ為の機会を得る場所だ。
京子「(…つまり今までみたいに霞さんだけを警戒しててもダメって事だな…)」
―― その通りだ。
―― 無論、この剣を使わなければ、再び汝に流れが集まるようにはなるが。
京子「(そうなると今度は霞さんが復活するよな…)」
荒ぶる水神を討伐し、国家を作り上げた無双の剣。
しかし、その力は決してデメリットがない訳ではなかった。
幾ら神とは言え、決して全知全能でもないのである。
ましてや、京子はただの人。
明らかに過ぎた力であり、その全てを引き出しきれない。
京子「…ツモ。3200オールです」
それでも京子は何とか新能力を駆使して絶体絶命の危機を乗り切った。
しかし、それは決して安心できるような結果ではない。
霞のオカルトは無力化出来るとは言え、そのテンパイがなくなった訳ではないのだから。
寧ろ、自分のところにも霞の和了牌が来る事を考えれば警戒はより強めなければならない。
その上、京子が手にした力はあくまでも限定的な能力無効化。
霞のツモ運によっては、オカルト関係なしにそのまま和了られる事だってありうる。
京子「(…だけど、この力があるだけ大分、違う)」
京子「(霞さんの手はオカルトによって作られているんだから)」
京子「(テンパイ気配さえ見逃さず…要所要所でこの力を使っていけば…霞さんを抑えられる…!)」
京子が新しい能力を手に入れた以上、これはもうどっちが先に和了るかというスピード勝負ではない。
スピードも決して無関係ではないが、それ以上に大事なのは京子がミスをするかしないかだ。
相変わらず失敗即敗北な状況は変わっていないが、さっきよりも大分、勝機が見えてきていると京子は思う。
それはこれまで自分が積み重ねてきたものにそれなりの自信があるからだ。
京子「(何せ…ずっと化物みたいな連中とばっかり戦ってきたからな)」
清澄でも永水女子でも、京子の周りにいるのは下手な打ち方をすれば即座にこっちを飛ばしてくる化物ばかりだ。
ろくに和了れないという自分自身の特性もあって、自然と防御の方が鍛え上げられてしまったのである。
勿論、それは決してベタ降りを繰り返すような消極的な打ち方の事ではない。
相手のテンパイを読み、待ちを予測し、懐に飛び込みながらも、こっちもジリジリと前へと進む。
そんな攻撃的な防御こそ、京子が一年間、苦しみながらも目指していたものだった。
京子「(だから…テンパイ気配を読むのは…割りと得意な方だ)」
無論、あくまでも得意というだけであって完璧という訳じゃない。
そもそも、引いてくる牌が極々限定的になる霞はかなりテンパイが読みづらい相手だ。
ダブルリーチだって十分あり得るその範囲の狭さを思えば、完璧にその手を読みきれるとは言いがたい。
京子「(俺の防御は…沢山の人が褒めてくれた)」
京子「(霞さんも初美さんも藤原さんも…俺の防御は手堅いとそう認めてくれたんだ)」
京子「(きっと…俺ならやれる…!)」
京子「(霞さんの手を…読みきってみせる…!!)」
鳴きとは違い、京子はずっとそのセンスを磨き続けてきた。
相手のテンパイ気配を読む力をこの一年間、ミッチリと鍛え続けてきたのである。
今や自分の手堅さの根幹ともなっているそれを信じる事に躊躇いはなかった。
寧ろ、今まで自分がやってきた麻雀の中、最も自信がある部分で勝負出来る事が今の京子には嬉しくて堪らない。
自分の今までは無駄ではなかったのだとそう肯定された気分にさえなった。
京子「(大丈夫だ…主導権は俺が握れている…!)」
そして現実、京子はこれまで霞の手を読みきれていた。
和了への道筋が出来た瞬間、即座に能力を発揮し、霞の和了を奪う。
それに霞が嫌な顔ひとつせずに平然としていても京子はその手を緩めはしない。
間違いなく霞はテンパイしているはずだと何度も何度も剣を振るい、その和了を止め続ける。
霞「(…厄介な能力ね)」
元々、霞はオカルトに慣れ親しみ、分析力にも優れた雀士だ。
去年のインターハイでは多彩なオカルトを扱う姉帯豊音の力をも見破った事がある。
そんな霞の前で何度も何度も振るわれれば、流石に能力の詳細も見えてきた。
ましてや、その力の源が自身も慣れ親しんだ神降ろしによるものだから尚の事。
霞「(山にも河にも作用して…完全にまっ平らにされてるわ)」
治水と国造りの両方の逸話を持つ神だからこそ発揮出来る強力な支配。
平定と呼ぶに相応しいその強力なオカルトは決して長続きはしない。
効果は京子が牌を『切って』から、ツモが4回続くまで。
つまり誰かが鳴いてツモ順が変わればオカルトを発揮出来る目がある。
霞「(…だけど…下手に鳴いては京子ちゃんに利する事になる)」
そうやって支配力が続いている間は京子も思うようには和了れない。
平定された卓の中では京子もまた例外ではないのだから。
ツモがズれ、京子の元に戻ってくる前にその効果が切れれば、京子の手に間違いなく有効牌が舞い込む。
何より霞が座っているのは京子の対面。
自分から鳴きを仕掛けたところで状況は変わらない。
霞「(…けれど…この状況そのものが京子ちゃんにとっては有利になってる…)」
オカルトが左右せず完全に流れが平坦になった卓上。
運さえも全員一律となった場で最も頼れるのは確率論だ。
そしてこの卓でそれに誰よりも親しんでいるのは京子である。
清澄時代に原村和からみっちりとデジタル打ちを教えこまれた京子にとって能力使用後も次に来る牌がおおよそ把握出来た。
霞もまた防御型の基本としてデジタル打ちは習得してはいるが、自身のオカルトがある以上、京子ほど熱心に勉強していた訳ではない。
霞「(何より大きいのは…能力のON―OFFが京子ちゃんに委ねられてるって言う事ね…)」
その所為で霞は思う通りに打ててはいない。
この能力は京子自身にも強烈なデメリットがあるが、それは発動しないという選択によって回避出来る。
しかし、姉帯豊音のように複数のオカルトを持たない霞には、回避する術がない。
結果、テンパイと発動が重なった際には、そのまま突っ張るのか、或いはそれを抱えて、降りるかの選択肢を迫られる事になる。
京子「(…降りるなら能力を切れば良いし…降りないならばそのまま発動を続れば良い)」
京子「(どちらにせよ…霞さんは止められる…!)」
霞の防御は京子と並ぶかそれ以上に手堅い。
速度を優先する為に鳴いて、手牌を晒している京子には滅多に振り込まない。
だが、それでも全てが平均化された卓の中、京子の和了牌を掴まされる事がある。
そうなれば霞は終わりだ。
どうしてもそれを手牌へと抱え、勝負から降りなければいけない。
京子「(それは俺も同じだけれど…)」
しかし、場の主導権を握っている京子には手を替えると言う選択肢が取れる。
無論、以前のように速度だけを優先して鳴き続けるようなやり方ではそんな綱渡りも失敗していただろう。
だが、新しい力を手に入れた京子にとっては速度は防御を投げ捨ててまで取りに行かなければいけないものではない。
京子はもう優先した鳴きはせず、いざと言う時に待ちの幅を広く取れるよう、戦略的に考えられた鳴き方へと切り替えている。
そのお陰で手替えへの移行も滞りなく進み、オーラスが終わる気配は中々、訪れなかった。
京子「…ふぅ…」
「…ねぇ、アンタ大丈夫なの?」
京子「…えぇ…大丈夫ですよ」
京子「お気遣い…ありがとうございます」ニコ
「べ、別に気遣ってなんかいないけど…倒れられたりしたら迷惑だから気をつけてよね」
京子「…はい」
しかし…そんな順調さとは裏腹に京子に余裕がなくなっていく。
鳴きを戦略的なものにシフトさせた分、霞がテンパイする確率が上がってきているのだ。
それを止める為、自身の身の丈に合わない能力を連発する京子の額にはじっとりとした汗が浮かび始めている。
最初の涼し気なもう既に顔は崩れ、血の気が引き始めている。
呼吸によって上下する肩からは疲労がにじみ出ているようだ。
京子「(けど…辛いのは霞さんも同じだ…!)」
京子「…ツモ…3900オール…です」
それでも京子は今の和了で霞との点差を約5000点にまで縮めて見せた。
最初にあった莫大な点差をジリジリと詰め、ようやくここまで辿り着いたのである。
延々と続く綱渡りのような戦いから後少しで逆転に手が届く。
京子「(…後…もう少し…)」
京子「(後もう少しだけ耐えれば…それで良いんだ)」
京子「(だから…)」クラ
春「京子…!」
京子「…大丈夫よ、春ちゃん」
京子「ちょっとフラついただけだから」
春「……でも」
京子「…安心して。私は必ず勝つわ」
京子「皆の気持ち…絶対無駄にしないから」
それに気持ちが緩みかけた瞬間、京子の身体が大きく揺れる。
今にもそのまま床へと堕ちてしまいそうな身体は春の言葉によって何とか踏みとどまった。
そのまま心配させまいと春に強い言葉を返すが、既に京子の身体は限界に近い。
度重なる能力の使用が京子の身体からあらゆる力を奪い取り、今やそうやって踏みとどまって自分を支える力さえ気力を振り絞らなければ出てこないのだから。
思考と集中を持続させる脳の痛みは激しくなり、今すぐに休ませろとそう訴えている。
霞「(…負けてあげても良い…なんて失礼よね)」
無論、京子がここまで消耗する原因となった霞とて本当は京子の事を休ませてやりたい。
しかし、今も霞は京子にとって紛れもない敵なのだ。
自身の気持ちに応えようと全力以上を振り絞って戦い続けている京子に情けなど掛けられない。
例え、京子がどれだけ限界であったとしても、自分もまた全力を出しきり、そして京子に勝利しなければいけないのだ。
霞「(それに…私自身、負けたくないもの)」
霞にとってこれは恐らく人生最後となる団体戦だ。
それが黒星で終わってしまうというのはあまりにも寂しすぎる。
九州赤山からの提案によって実現した本来ならばあり得ない戦いを、小蒔の側で戦える最後の機会を、どうしても勝利で飾りたい。
そう強く願う霞にはここで手を抜いて負けてやる、という選択肢はなかった。
明星「…京子さん」
春「……」
そして京子を見守る明星達にもまたそのような選択肢は選べなかった。
無論、彼女たちも今の京子がどれだけ辛い状況にあるのかを理解している。
本音を言えば、「もう止めて」と言ってやりたかった。
だが、それを言っても、京子は止まらない。
「必ず勝つ」と京子はそう宣言したのだから。
春「(…ここで京太郎を止めようとしても…迷わせるだけ)」
春「(それなら…まだ黙っていた方が良い)」
春「(自分の気持ちを押し殺して…ただ見守っていれば良い…)」
春「(それが京子にとって…一番、良い事…)」
春「(…でも)」
それでも心は納得出来ない。
頭では分かっているし、京子の覚悟も伝わってきている。
しかし、昨夜の枕投げの時よりも遥かに焦燥した京子の背中にどうしても手を差し伸べたくなってしまうのだ。
それを歯を食いしばるようにして押さえ込みながら、春は無言のエールを送る。
自分はもう何も出来ないし、言えないけれど、せめて心の中で応援だけは欠かすまいと必死に祈り続けていた。
京子「…はぁ…はぁ…」
「…ねぇ、やっぱちょっと休憩…」
霞「…ダメよ」
「え?」
霞「…ここで止めたら集中力が途切れてしまいますから」
霞「逆転するには今しかない。…そうよね?」
京子「…えぇ。その通り…です」
「で、でも…」
京子「良いんです」
京子「それに…インターハイには…よっぽどでない…限り…中断なんて…ありませんから」
京子「こんな事で…中断なんてしていたら…インターハイ…では戦って…いけません」
「それは…そうかもしれないけど…」
京子「…その優しさ、本当に…嬉しい…です」
京子「でも…今は…下手に…情けなど掛けないで…下さい」
京子「ここ…は私にとって…意地の…張りどころ…なんです」
「……」
京子が今も意識を保てているのは、尋常ならざる精神力の所為だ。
好みの美少女二人から迫られても欲望に自制を訴える事が出来るその気力だけで京子は今、戦っている。
そんな状態で休憩などいれてしまったら、身体を支えている自制心が間違いなく切れてしまう。
そうなった場合、京子が再び今のような臨戦態勢を整えるのは至難の業。
それが霞も京子も分かっているだけに、その優しさは受け入れられなかった。
「(須賀…京子)」
「(私、アンタの事、誤解してた)」
「(負ける事を悔しいとも思えないようなタイプだって)」
「(地方予選のオーラスでアレだけ点差あっても、飄々と構えてたくらいだし)」
「(麻雀なんて花嫁修業のついでくらいの気持ちで真剣にやってないと思ってた)」
「(…でも、この合宿で…何度も一緒に戦って…)」
「(アンタが…ただ図太い神経してるってだけじゃなくて…)」
「(心から麻雀楽しんで…そして頑張ってる奴だって知った)」
「(…そして…今…)」
「(私は…アンタの熱を知った)」
「(涼しそうな顔をしながら…この卓にいる誰にも負けないくらい勝ちたいってそう思ってる…アンタの心を知った)」
「(…アンタ、凄いよ)」
「(うちの学校だって…そこまで辛そうな顔してもまだ麻雀続けようって気合の入った奴はそういない)」
「(私だって…正直、アンタと同じ事が出来るか分からない)」
「(でも…ううん…だからこそ…)」
「(私も…諦めない)」
「(ライバルだと思ってるアンタに私も負けてられない!)」スッ
彼女と霞の点差は既に役満直撃でもなければひっくり返せないほどの莫大なものになっている。
京子のオカルトと霞の手堅さ。
その両方を嫌というほど味わってきた彼女にはそれがどれだけ絶望的な確率なのか分かっていた。
けれど、ライバルとして強く対抗心を抱いている京子が歯を食いしばって耐えているのに一人項垂れているのはプライドが許さない。
どれだけ絶望的な確率であったとしても、必ず自分の手でこの勝負に幕を下ろす。
烈火のように燃え上がる強い意思と共に彼女は山から牌を引いて。
「アンタが勝つまで止めないって言うんだったら私がトドメを差してやる」
「私が役満和了って…逆転してやる」
「アンタのライバルとして…絶対に…絶対に…」
「コレ以上…無茶なんてさせてやらないんだから…!!」グッ
京子「…えぇ」
そのまま放たれる強い宣言にはまったくの疑念がなかった。
その宣言通り自分が勝つのだと心から信じている声に京子の頬が微かに釣り上がる。
かつて自分に憎しみをぶつけるようにして戦った彼女が、今、自分を止める為に戦おうとしてくれている。
ライバルとして自分にコレ以上の無理をさせまいとこの絶望的な状況で今まで以上の闘志を見せているのだ。
それを厄介だと理性が考える以上に、心は歓喜を強く訴えていた、
―― どうやら厄介な状況になったようだな。
京子「(…まったくだ)」
―― その割りには嬉しそうじゃないか。
京子「(…あぁ…当然だろ)」
京子「(だってさ…これが…麻雀だぜ)」
京子「(最後まで…何が起こるか…分からない)」
京子「(彼女が…本当に…役満で逆転するかも…しれない)」
京子「(それが…麻雀…なんだ)」
京子「(…俺の大好きな…最後まで…ハラハラドキドキが続く…麻雀なんだよ)」
―― 状況的にはかなり厳しいというのにか?
事実、京子のコンディションは最悪と言っても良いものだった。
既に思考は纏まらず、「疲れた」や「休みたい」と言う弱音が脳の半分を占めている。
最初とは比べ物にならないほど鈍った思考では、霞の手を読みきれている自信はなかった。
それどころか痛みと疲労で狭まりがちな視界では、河や山をしっかりと把握する事が出来ているかさえ危うい。
座って楽な姿勢をしているはずなのに身体中に疲労がしこりとなって筋肉を強ばらせ、こうしてツモる仕草もぎこちなくなっていた。
京子「(…だけどさ)」
京子「(それでも…やっぱり俺は…こういう麻雀が…好きだよ)」
京子「(どれだけ絶望的な差でも…最後まで…決して諦めない)」
京子「(勝利を目指して…最後まで戦う…そんな油断出来ない人たちを…相手にする麻雀が…)」
京子「(…終わった時に…全力を…出しきれたんだって…清々しい気分になれる…麻雀が)」
京子「(例え…それで…ピンチになろうとも…俺はどうしても…嫌いになれないよ)」
―― …そうか。
―― …なら最後まで耐え切ってみせろ。
京子「(あぁ…!)」
勿論、京子の体調は何ら改善出来てはいない。
このままではこの局を終わらせられるかどうかさえ危ういと京子は自覚出来ていた。
しかし、ライバルの啖呵によって、京子自身の気力も僅かながら回復しているのを感じる。
どれだけ辛くても…俺はこのまま最後まで戦い抜く。
そんな想いと共に京子は牌をツモって… ――
京子「(…よ…し…!)」
数巡後、京子が揃えたのは平和タンヤオ一盃口に赤ドラが絡んだ良形だった。
裏ドラやツモでなくても4飜以上は確定、しかも、待ちは多く、河にはまだ一枚も出ていない和了牌もある。
京子の強い意思に応えるような最高の形に京子は内心で握りこぶしを作った。
これさえ和了れれば自分は逆転出来る。
無論、霞もまたテンパイに近い気配を感じるだけに気を抜けないが、そっちは能力を発動すれば何とかなる。
京子「…っ!」グラッ
そう思って能力と共に牌を切った瞬間、京子の身体が再び揺れた。
無論、それはようやく手が届きそうな勝機に気持ちが緩んだからではない。
既に京子の体力はなくなり、気力だけで意識と身体を維持するのが困難になっている。
…もしかしたら次の能力の発動は耐え切れないかもしれない。
そんな弱気が京子の心の中でゆっくりと顔を覗かせる。
京子「(…いや、弱気に…なるんじゃない)」ハァハァ
京子「(折角…ここまで来たんだ…)」
京子「(俺の事を倒してくれるって言った…ライバルも…いるん…だから…)」
京子「(俺が倒れて…それで終わりだ…なんて認め…ない…)」
京子「(…次の…発動も…保たせて…みせる…)」
京子「(いや…この対局が…終わる…まで…必ず…保たせて…)」スッ
京子「(…和了れない……か)」
京子「(仕方ない…ツモ切り…して…)」
京子「(それから…能力発ど……)」フッ
京子「(…あ…れ…?)」
それは本当にほんの僅かな弱気だった。
京子の心は未だ敗北を認めておらず、勝利に向かって邁進する気概で溢れている。
しかし、既に京子は慣れない能力の連続使用によって、既にその身に疲労を貯めこんでいる状態なのだ。
京子からすれば一瞬、脳裏を過った程度のそれが京子の強靭な精神力に穴を開け、抑えこんでいた疲労を溢れさせる。
まるでほんの僅かな穴からダムが決壊するような感覚と共に京子の視界が黒く染まっていった。
明星「京子さん!!」ガシッ
京子「……ぁ…」
明星「…しっかりしてください!」
京子「…大丈夫…よ」
そんな京子の意識を現実へと引き戻したのは明星の手だった。
今にも床へと崩れ落ちそうな京子を支える優しい手に視界と共に闇へと沈みそうな意識が覚醒する。
しかし、それは京子にとって、とても僥倖とは言えないものだった。
意識を失う前に何とかツモ切りはしているが、能力が発動していない。
結果、主導権を失った京子の目の前で卓上が再び白い霧に飲まれていく。
霞「(…京子ちゃん、本当に…頑張ったわね)」
霞「(後少し…貴方が耐えるだけの力があれば…きっと私は逆転されていたわ)」
霞「(正直、ここまでやってくれるなんて思っていなかった)」
霞「(…本当に…本当にありがとう)」
この練習試合で京子は証明した。
自分は全国でもやっていけるだけの実力があるのだと。
並み居る強豪たちを前にして戦えるだけの能力があるのだと。
霞の期待を遥かに超えて、輝かしい才覚の一部を発揮してくれた。
その喜びと感動は心の中で何度感謝を告げても物足りない。
小蒔の事を除けば穏やかな気質をしている霞が、衝動のまま京子を抱きしめたいとそう思うくらいなのだから。
霞「(……けれど…ううん…だからこそ…)」
霞「(京子ちゃんの健闘を…汚すわけにはいかないわ)」
霞「(ここで手を抜く事こそ最大の侮辱)」
霞「(だから…今回は私が勝ち逃げさせて貰うわね)」
霞「ツモ。3200・6400」
京子「あ…」
霞の宣言と共に牌が開かれる。
パララと小さく音を立てて、倒れたそれは京子がどれだけ見つめても変わらない。
しっかりと役が絡み、宣告された点数も間違ってはいなかった。
つまり、それは紛れもない現実。
京子が最後の最後で追いつけず、霞に敗北してしまったという証明だった。
京子「う…」
明星「き、京子さん!しっかりしてください!!」
京子「あは…大丈夫よ…明星ちゃん…」
京子「でも…ごめ…んね…明星…ちゃん」
明星「…え?」
京子「約束…守れ…なか…」
京子にとって一番の心残りは明星との約束を果たせなかった事だった。
勝てば何でもしてあげると言っていたのにも関わらず最後の最後で失速してしまった自分。
それが自身の限界であったならばまだしも、ほんの一瞬だけ過ってしまった不安が全てを崩していった。
気持ちはまだやれるとそう思っていただけに敗北した自分が情けなくって仕方がない。
明星「そ、そんな事気にしなくても良いんです!」
明星「京子さんが頑張りました!」
明星「私は…ちゃんとそれを分かってます!!」ギュッ
京子「明星…ちゃ…」
無論、明星はそんな京子を責めるつもりなどない。
明星は霞ほど才覚に優れている訳ではないが、それでも巫女としての修行はしっかりと積んでいる。
そんな彼女にとって京子がどれだけ無茶をし、自身の限界に挑戦したのかは良く分かっているのだ。
寧ろ、あんなに圧倒的であった霞に、もう少しで逆転出来るところまで追いついた事に強い感動を覚えていた。
明星「き、京子さん…!?」
京子「……あり…が…と…」フッ
明星「…京子…さん?京子さん…!!」
明星の訴えに京子は反応しない。
どれだけ京子の気持ちがまだやれると思ってはいても、その身体は限界を超えていたのだ。
緩みとも言えないような僅かな不安だけで総崩れになるほどその精神と肉体は酷使され過ぎている。
明星の言葉に麻雀が終わったという実感を得た京子の心はピンと張り詰めさせていた糸を途切れさせ、意識を完全に闇へと沈めた。
霞「大丈夫よ。何時もよりも力を引き出しすぎて疲れているだけだから」
初美「あー…私も最初の頃は良くあったですねー」
巴「修行始めたばかりだと色々と加減も分からないからね」
明星「…本当…ですか?」
霞「えぇ。私が今まで明星ちゃんに嘘を吐いた事がある?」
明星「…ありません。でも…」
湧「…そいでも落ち着かんくらい心配?」
明星「はぅ」カァァ
明星の親友である湧の言葉は適切だった。
無論、明星も霞の言葉を本気で疑っている訳ではない。
そもそも明星にとって霞は神にも等しい存在なのだから。
自身の全てを預けるに足る最愛のお姉様の言葉を疑うはずなどない。
それでもそうして尋ねてしまったのはそれだけ京子が心配だからこそ。
まるで死んだように眠る京子の顔を見て、どうしても平静ではいられなかった。
明星「(…でも…ちょっとだけ…役得かも…なんて…)」
今の京子は椅子から崩れ落ちそうになっていたのを明星に支えてもらっている状態だ。
つまり京子の身体は今、飛び込んだ明星の身体にもたれかかっているのである。
自然、二人の身体はまるで抱き合っているように密着し、明星にも強い負担を掛けていた。
しかし、その負担が気にならないほど今の明星の身体は興奮し、歓喜している。
それは憎からず思っている京子が自分に全てを預けるようにして寄りかかり、無防備な姿を自分にだけ晒してくれているからだ。
巴「それより霞さん」
春「お祓いの時間」
霞「そうね。それじゃあ…お願いしちゃおうかしら」
「…お祓い?」
霞「えぇ。なので、すみませんが、少々、席を外させていただきます」
「それは構わないけど…」
霞の言葉に九州赤山の顧問はチラリと京子に視線を向ける。
未だ明星に身体を支えてもらったままの京子には目を覚ます気配はない。
麻雀の途中からやけに体調が悪かったみたいだし、救急車を呼んだ方が良いのではないか。
冷静な大人としてはやはりそう思ってしまうのである。
霞「先程も言いましたが、京子ちゃんは少し疲れているだけですから」
霞「横になっていればちゃんと回復します」
「…分かったわ」
「何にせよ、団体戦は終わったのだし…周りでやってる個人戦が終わったら撤収作業に入ります」
霞「えぇ。お願いします」
小蒔「えっと…じゃあ、私達は…」
初美「とりあえずこの寝坊助を椅子から引きずり下ろして横にしてやらなきゃなのですよー」
小蒔「そうですね」
小蒔「今のままだと明星ちゃんも大変でしょうし」
明星「えっ」
自分にもたれかかる京子をジィと見つめていた明星はその話の流れをまったく聞いていなかった。
自然、突然の小蒔の言葉に驚きの声を返してしまう。
それにニヤリとした笑みを浮かべるのは勿論、初美だ。
昨日の一件から霞たちに玩具にされていた初美にはフラストレーションが溜まっていたのである。
そんな彼女の前に餌をぶら下げたら思いっきり食い付くのが当然だ。
初美「あれ?どうかしたですかー?」ニヤニヤ
初美「もしかしてそのまま二人で密着したかったとか…そんなの考えてましたかー?」
明星「あ…ぅ…」カァァ
小蒔「じゃあ、お手伝いするのはお邪魔になっちゃうでしょうか?」
湧「じゃっどん、京子さあを支えるのは大変だし…ちぃっとだけお手伝い…」
明星「だ、大丈夫です!」
小蒔「え…?」キョトン
初美「つまり、京子ちゃんの事は明星ちゃんにお任せしろって事なのですよー」
小蒔「なるほど…!」
明星「ふぇぇ!?」
無論、初美とて最初は明星に任せっきりにするつもりなどなかった。
京子の身体は重く、明星だけで支えるのは困難なのだから。
こうやって崩れ落ちる途中のような姿勢では京子も休まらないし、早く降ろして休ませてやろう。
元々は初美もそう思って提案していた。
しかし、思いの外、激しく返事をした明星に、これは任せっきりにした方が面白くなりそうだと初美は判断したのである。
明星「(ど、どどどどどどうしよう…!?)」
勿論、明星の「大丈夫」には初美の言うような意図はなかった。
そもそもさっきの返答は、ワンテンポ遅れた小蒔への返答だったのだから。
しかし、それは初美によって、自分一人に京子を任せろ、と言う意味に変わってしまった。
それに嬉しさと恥ずかしさと気まずさが入り混じった複雑な感情を抱きながら、明星は心から信頼するお姉さまを探して…… ――
霞「じゃあ、京子ちゃんの事よろしくね」ニコ
明星「か、霞お姉さま…!?」
しかし、そんなお姉さまから帰ってきたのはとても優しげな笑顔だった。
何処か生暖かくも感じるその笑みのまま霞は巴を伴って退室する。
その背中を追う春は退室する前に明星達へと振り返った。
何処か未練を感じさせるその顔には、京子に対する心配が強く浮かんでいる。
春「(…本当は私が京子の面倒を見たいけれど…)」
しかし、霞の能力は強力な反面、一度、発動すると自力では解除する事が出来ない。
そしてまた小蒔や京子のように元々の性質が善なるものを降ろしていない以上、下手に気を抜けば身体を乗っ取られる可能性もあるのだ。
小蒔の天児とは言え、霞もまた重要な立場の人間。
ましてや春にとっては長年一緒に暮らしてきた姉のような存在なのである。
それを助けられるのが自分と巴しかいないとなれば、どれだけ心残りがあってもこの場に立ち続けている訳にはいかない。
春「(…それに…明星ちゃんは少しずつ変わってきているし…)」
地方予選が終わった後の明星はまるで追い詰められた小動物のように荒々しく京子へと当たっていた。
それは今も変わらないが、それでも以前に比べれば、少し対応は柔らかくなっている。
何より、表面上はさておき、彼女の内心が少しずつ京子に侵されつつあるのは同じ境遇として目に見えて分かっているのだ。
少なくとも春の知る明星は霞以外の相手に対してご褒美を欲しがるなんて事を一度もした事がない。
そのような弱みを決して見せまいと強く自分を保ってきたのが春の見てきた石戸明星という少女なのだから。
春「(…私が今、うしろ髪引かれているのは多分…嫉妬なんだと思う)」
そんな彼女が目に見えて変わっていく様に春もまた少なくない危機感を覚えている。
明星もまた京子にとって好みのタイプであるのは彼の視線を何度も胸に受けている春も良く分かっていた。
いずれそうなってもおかしくはないと覚悟していたとは言え、自分以外のライバルの出現はやはりどうしても心乱されてしまう。
ましてや、そんなライバルに好いた男の世話を任せなければいけないとなれば尚の事。
春「(…でも初美さんもいる訳だから…今は…)」
自分がやるべき事をしよう。
立ち止まる自分の足にそう言い聞かせながら春はそっと巴達の後を追いかけた。
何か言いたげな顔で、しかし、何も言わないまま。
そんな春の背中を初美は見送ってから、小さく息を吐いた。
初美「…さて、それじゃあ霞ちゃん達はお祓いで別室行きですし、その分は私達が働かなきゃいけないのですよー」
初美「まずは対戦チームの方々にご挨拶から」
初美「京子ちゃんが倒れた所為でちゃんと出来ていませんでしたし、しっかりお疲れ様とお礼を言わなきゃいけません」
初美「後はこの卓を元の所に戻したりなんかの片付けもバッチリ残ってるのですよー」
初美「元々、こっちの方が人数も少ない訳ですし、動けない霞ちゃん達の分までしっかり働かないと九州赤山の人たちに怒られちゃうのですー」
小蒔「わわわ、それは大変です!?」
湧「あちきが皆の分まできばっからだいじょっ!」ググ
初美「よーし。それじゃあ出発なのですよー」
小蒔「はい!」
湧「おーっ!」
明星「あ…え、えっとぉ…」
普段、リーダーとして場を仕切っている霞の代わりに初美からの指示が出る。
それに二人は勢い良く返事をして、それぞれの仕事に取り掛かった。
小蒔と初美は部長とその補佐として挨拶に、そして湧は力仕事に出かけるが、明星はその場を動けない。
自身へと寄りかかってくる京子の身体は重く、どうあっても三人のように素早く行動など出来なかった。
明星「う…うぅぅ…」
しかし、それ以上に『京子を任された』と言うシチュエーションに色々と思うところがあるのだ。
無論、任されたとは言っても、周りには九州赤山の部員やOG達がいるし、決して二人っきりではない。
だが、気心の知れた仲間が周りからいなくなった明星にとって心理的にはそれに近かった。
ましてや、今の明星は京子とぴったり密着している状態であり、その熱や鼓動、息遣いまでハッキリと感じられるのだから。
明星「(す、すっごい…ドキドキしちゃう…)」
今の明星にとって京子は表現して良いか分からない相手だった。
格好良い所もあるけれど、情けないところも知っている。
とても嬉しくして貰える事はあるけれど、それ以上に面白くない事も多い。
気づいたらその姿を目で追ってしまうけれど、目が合うとついつい目を逸らしてしまう。
もっと触れたいと思うけれど、触れられるとどうにかなってしまいそうで怖い。
そんな相手の全てを感じられるようなその距離に明星の顔は否応なく熱くなり、胸の奥がトクントクンと甘く脈打つのを感じる。
明星「(と、とりあえず…降ろしてあげないとダメよね)」
そうやって京子により掛かられるのはとても嬉しい。
けれど、嬉しすぎて、明星はその感情を上手く処理出来ないでいた。
まだ自分が京子に抱いている感情の正体も知らない彼女は、その鼓動から逃げるように京子の身体を優しく降ろす。
そのまま床へと横たわる京子は未だ目を覚ます気配がない。
心も身体もすり減らして最後まで戦い続けた京子が回復するにはまだまだ時間が必要だ。
明星「(こ、これは…これはあくまでも緊急避難だから…)」
こうやって横になっているだけではまるで野ざらしのようで心も痛む。
また京子が回復してくれなければ、屋敷に帰る事だって出来ないのだ。
霞達にも京子の事を任せてもらった訳だし、ここで自分がやるしかない。
その全てが言い訳だと内心、気づきながらも明星はゆっくりと京子の頭を持ち上げ、その下に自分の太ももを通した。
明星「あ…ぅ…」カァァ
膝枕。
一般的に女性が大事な男性にだけ行うその行為に明星の頬がさらに赤くなる。
熟れた林檎のようなその顔はまるで助けを求めるようにフルフルと周りを見渡す。
しかし、霞達は未だ帰って来てはおらず、周りにいるのは九州赤山の部員達だけ。
そこから自身に向けられるニヤニヤとした生暖かい視線から逃げるように明星の顔は俯いていく。
明星「あ…」
瞬間、明星の視界に映るのは、さっきよりも幾分、穏やかになった京子の表情だ。
感情そのものが抜け落ちたような顔ではなく、安らかな寝顔。
それを引き出したのが自分だと思うと明星は無性に誇らしく、そして嬉しくなった。
明星「(…お疲れ様、京子さん…)」
明星「(…いいえ、京太郎さん)」
明星「(とっても…格好良かったですよ)」ナデ
素直にそう賞賛する自分を明星は意外に感じる。
明星自身も地方予選からずっと京子に対して必要以上に辛く当たっているのを自覚していたのだから。
京子に見つめられるとついつい素直になれず、本来なら褒めてあげるべきところも褒められない。
そんな自分に嫌気すら感じていた明星は信じられないほど穏やかな心地で、そのまま京子の頭をゆっくりと撫でる。
明星「(…こんなに汗をかくくらい頑張ってくれていたんですね)」
瞬間、明星の手に伝わってくるのは湿り気だった。
まるで全力でマラソンを走りきった後のように汗だくになった頭。
昨日の枕投げと同じか、それ以上に汗ばんだその頭に明星は不快感を感じない。
寧ろ、それだけ京子が自分たちの為に頑張ってくれたと思うと胸が軽く締め付けられるような歓喜を覚える。
明星「(残念ながら…霞お姉さまには勝てなかったですけれど…)」
明星「(でも…霞お姉さまが安心できるような…そんな結果であると思います)」
霞は個人戦にこそ出場していなかったが、それはあくまでも自身のオカルトを団体戦の切り札として残しておく為。
本来ならば初美と同じく個人戦でインターハイに出場出来るだけの実力を秘めているのだ。
そんな霞を相手にあそこまで点差を詰めたという結果だけでも十分過ぎると明星は思う。
団体戦の結果そのものは負けではあるが、収支で言えば、京子は大将戦で一人飛び抜けていたのだから。
このまま磨き上げれば京子の力はちゃんと全国で通用する。
そう思ったからこそ終わり際の霞はとても晴れやかな笑顔を浮かべていたのだ。
明星「(それに…あの卓で一番、格好良かったのは京太郎さんだと思います)」
明星「(絶望的な点差だったのに…二度も突き放されたのに…)」
明星「(それでも最後まで諦めず…倒れるまで頑張って…)」
明星「(私達に…勇気をくれた京太郎さんが一番、格好良かったです)」
それを正直に言えるほど明星は素直ではない。
京子が眠っている今は少し気持ちも落ち着いてはいるが、さりとて、柵が消えた訳ではないのだから。
それでも霞を何よりも価値観の上位に据えている明星にとって、それは本来ならばあり得ない賞賛だ。
心の中だけとは言え、一時的なモノだとは言え、『霞よりも上』を認めるなど以前の明星からは考えられない。
今の明星の内心が、もし初美達に聞こえていたら目を見開いて、驚かれていたであろうという自覚は明星にもあった。
明星「(わ、私…ドンドンおかしくなってます)」
明星「(京太郎さんに…おかしくされていってます…)」
しかし、明星はその変化が決して嫌ではなかった。
無論、そんな自分に対して、戸惑いがない訳ではない。
けれど、自分が京子に強い影響を受けていると思うと戸惑いを超えて、嬉しくなる。
胸の締め付けも強くなり、吐息に甘い熱が篭もるのが分かった。
今まで霞を思った時にも出た事がない蕩けるようなそれに明星の頬は再び赤くなり、京子を撫でる手が落ち着かなく髪をいじり始める。
京子「明星…ちゃ」
明星「…ぁ」
瞬間、京子の口から漏れる寝言に明星はトクンと心臓を脈打たせる。
まるで全身に甘い波動を伝えるような力強い鼓動に、思わずその口から小さく声が漏れた。
周りで撤収の準備を始める人々の雑音に飲み込まれてしまいそうなそれは明星に少しだけ勇気を与える。
明星「……はい。私はここにいますよ、京子さん」
その応えはとても小さなものだった。
さっきの呟きとほぼ同じような声はきっと誰も気づかない。
しかし、それでも明星にとってそれは大きな一歩だった。
地方予選からずっとギクシャクとし続けていた自分が、自発的に踏み出した一歩。
周りに促されるのではなく自分の意志で京子に対して踏み込んだ自分が今の明星は誇らしい。
明星「(もうちょっと頑張ったら…京太郎さんとまたお話…出来るよね)」
明星「(今までみたいにからかったり…からかわれたりして…)」
明星「(皆と同じように…とっても仲良くなって…)」
明星「(それで…一緒に…手を繋いで…デート…なんかしたりして…)」
明星「(デートの最後に…ライトアップされた公園で告白されて…)」モジモジ
元々、明星は夢見がちな性格だ。
普段は現実的で理性的な思考がそれを抑えているが、それはたまに忘れたようにして顔を出す。
しかし、それは最近、霞に甘える自分ではなく、京子と一緒にいる瞬間を描き出す事が多かった。
だが、鈍感な明星はその意味にも気づかず、何処か照れくさそうに身体を揺れ動かさせる。
明星「(…………でも…)」
瞬間、脳裏に浮かぶのは京子自身も知らない彼の秘密の事。
神代の家によって将来が決められている京子とそう言った仲になるのは難しい。
春がアレだけアピールしていても、告白という直接的な手段に訴えないのも同じ理由だ。
京子と仲良くなる事は推奨されてはいるが、それ以上に踏み込む事は彼女たちには許されてはいない。
明星「(…なんで私…こんな残念なのかな…)」
明星「(京太郎さんに告白されても受け入れる事が出来ないのが…なんでこんなに辛くて…)」
明星「(胸が…苦しいんだろう…?)」
妄想から無理矢理引き戻すような胸の痛みは日々強くなる一方だった。
どれだけ心地よい未来を想像しても、その苦しさが明星に現実を教える。
京子と自分は本当の意味で結ばれる事はない。
どれだけ仲良くなったとしても、恋人同士には決してなれないのだ。
明星「(…でも…私…京太郎さんと仲良くなりたくって…)」
明星「(辛いのに…苦しいのに…何度も…こんな事考えて…)」
明星「(…まるで…これ…京太郎さんの事…好きみたいに…)」
明星「(…好き?私が…京太郎さんの事を…?)」
明星「(な、ないない)」
明星「(だって…京太郎さんよ?)」
明星「(ヘタレで優柔不断でスケベで変態で…)」
明星「(顔と声がちょっと良くて、運動だって出来て、勉強もほぼ完璧で…)」
明星「(それを毎日、維持する為に人並み以上に努力してて)」
明星「(誰かの為なら普段以上の実力が発揮出来て…特に私達の事を大事にしてくれていて)」
明星「(霞お姉さまにだって認められてる程度じゃない)」
明星「(好きになる要素なんて…要素…なんて………)」
明星「(……あれ?)」カァァァ
事ここに至るまで明星は京子の事をまったく客観視して来なかった。
それは明星にとって、京子がまったくそういう対象ではなかったからである。
明星はあくまでも自分が好きなのは霞だと思い込んでいたし、性癖からして男性は好きになれないと決めつけていた。
だが、こうやって京子の要素を列挙すると思いの外、自分にとって好印象であるのが分かる。
いや、分かってしまう。
頭が考えていた以上に心は京子の事を高く評価しているのだとようやく明星は自覚した。
明星「あ…う…はううぅぅ…」プシュウ
初美「……」ニヤニヤ
湧「……」ニヨニヨ
小蒔「ほわぁ…」キラキラ
明星「……」
そこでようやく明星は自分の周りに初美達が戻ってきている事に気づいた。
無論、何時もの明星であれば、そんな重大な事を見落としたりはしない。
明星にとっても小蒔や湧はとても大事な人なのだから。
しかし、こうやって京子に対して膝枕をしているという甘美な状況の前では無力に等しい。
夢見がちな気質を現実的な思考で抑えこんでいる明星にとって思考の留め具が緩んだ今、京子しか見えていなかったのだ。
明星「な、何してるんですか…?」
初美「百面相浮かべてる後輩の観察ですよー?」
明星「い、何時からです?」
湧「『はい。私はここにいますよ、京子さん』ん辺りからっ」
明星「…~~っ」プルプルプルプルプル
親友の残酷な宣告に明星はその全身を細かく震わせた。
閉じた唇まで揺れるその反応は勿論、恥ずかしすぎるからである。
決して見られたくない、いや、見られてると思っていなかったからこそ行った行為。
自分だけの秘密であるはずのそれを身近な彼女達にしっかりと聞かれていた恥ずかしさに明星の顔は真っ赤に染まっていった。
明星「(しかも、百面相って事は…その後のもしっかり見られてて…!!)」
京子の事を思って落ち込んで、考えて思い知らされて。
そんな自分の変化を初美達も間近で見ていたという事だ。
これほどまでの恥辱は味わったことがないと明星は思う。
穴があるなら入って死にたいと、今の彼女は本気で考えていた。
初美「いやぁ…中々に良い雰囲気だったですよー」
初美「これは後で霞ちゃんにも報告しなきゃダメなのですー」
明星「ま、まままま待って!待ってください!!」
初美「えー?何を待つんですかー?」ニヤニヤ
明星「あ、アレは…ち、違います!」
明星「そ、その…アレは…」
湧「…もぉ言い訳きかんとおもっ」
明星「~~~っ!!」
明星とて薄々、分かっている。
自分がどうして京子に辛く当たってしまうのか。
何故、京子が春を始め、他の女性と仲良くしていると面白くないのか。
さっき霞以上だったと素直に認める事が出来た理由は何故なのか。
幾ら恋を知らずとも、積み重なった状況証拠は最早、否定出来るものではない。
自分は京子を好きになり始めている。
ついさっきようやく自覚への一歩を踏み出した明星は頭の何処かでそれを認め始めていた。
明星「ば、馬鹿な事言わないでください!」
明星「だ、だだだだだ誰が京子さんが大好きだって証拠ですか!?」
明星「さっきのはアレです!普通に返事しただけですから!!」
明星「本当は膝枕なんて嫌ですし、ナデナデだって仕方なくやってただけで…!」
小蒔「え?ナデナデまでしてたんですか?」
明星「はぅっ!?」
明星は霞と同じくしっかりしているように見えてかなりのウッカリ体質だ。
平静さを保てている時は年齢以上に感じさせるほど深い洞察力と鋭い判断力を発揮するが、一旦、それが崩れると滅法、弱い。
元々の能力が高い分、今のように平静さを失う事は滅多にないが、だからこそ、こうやって京子の事に少し触れられただけで狼狽してしまうのが際立つ。
明星が気付き始めてもまだ受け入れる事が出来ていないその気持ちは小蒔と京子を除く仲間たちには丸わかりであった。
明星「と、ととととともかくです!!」
明星「私は京子さんなんか大嫌いなんですから!!」
明星「ご、誤解しないでくださいね!!」
そんな仲間たちに対して明星は強く念を押しながら明星は思う。
結局、一歩を踏み出した程度ではまだまだ前途多難であるらしい、と。
前進したのは確かだが、それは全体から見れば微々たるもの。
自分はまだまだ春のようにこの気持ちを受け入れて…開き直るようにして折り合いをつける事は出来ない。
けれど… ――
―― 何時かはこの気持ちを受け入れられるような大人になろう。
―― そんな事を思いながら、明星は身振り手振りを交えた必死の『言い訳』を続けて。
―― そして京子が目を覚ますまでずっと膝枕をし続けていたのだった。
正直あんまり出来には納得しきっていませんが、既に一ヶ月待たせているのと
既に迷走始めてコレ以上どう改善すれば分からなくなってきたのでぽいっちょ。
待たせに待たせた上でこんな出来で申し訳ありませんでした。
後、次回からインターハイ編のはずでしたが、ちょっとフラグが立ったのでその前に霞さんの話入れる事にします(´・ω・`)gdgdでごめんなさい
おつおつ
明星ちゃんかわいいんじゃー
京太郎はオカルトキラーにもなりつつあるのか。塞さん涙目
乙乙
明星ちゃんとアコチャー絡ませたい…
おつー
京子自身にも効果が及ぶってことは新能力の効果がある間は、不要牌引きもなくなって普通の引きになるってことかな? 効果が切れても神降ろし中の引きの強さは発揮できると。引きは有利になる感じ?
神降ろし進化しても結局子の時は上がれなくて大変だなぁ
霞さんが穢れを受け持つというのなら、京ちゃんの性欲を受け止めるお仕事もあるよねっ
祓いの巫女である春と巴さんは穢れるとまずいし、やっぱり霞さんだな(ゲス顔)
>>912
オカルトは防げはしますが自分のツモも悪くなるのでそんなに頻繁には止められません
今回は霞が完全に能力で手を固めている以上、手を止めるためにも有効だっただけですし
また能力発動にツモ切りが必要な関係上、配牌時に影響が出る能力にも無力です
ぶっちゃけオカルトキラーである穏乃や塞に比べると下位互換もいいところです
>>913
一応、副将同士なので絡めなくはないですが、この世界の憧は京ちゃんとの関わりがないのでWツンデレにはなりませぬ
>>914
大体、そんな認識で大丈夫です
能力発動中は他家を抑えられない+ツモも良い訳じゃない(デジ打ちによって予測は出来る)ので乱用は出来ないあくまでも切り札って感じです
>>916
ぶっちゃけ最初、霞はそのつもりでした
恨みも何も受け止める、と言うのもそういうのも込みで言っていたので
が、思いの外、京太郎が冷静だったので、そういうのもなしになっていますが、京ちゃんが夢精したのを知ったりしたら手伝ってくれたりするんじゃないですかね
勿論、本編にはエロはないんで、そんな未来なんてないんですが!!
今日呼び出しなくて見直し出来たら投下する予定です(´・ω・`)あったらゴメンナサイ
今から見直しやってきます(白目)
も、もうちょっとだけ待ってください…(小声)
お待たせしました(´・ω・`)ちょっと電話とか色々あって思った以上に時間掛かってしまってゴメンナサイ
今から投下始めます
―― 結局、俺は合宿の見送りには参加出来なかった。
神様の力を限界以上に引き出した俺はその後、ずっと眠りっぱなしだったのである。
俺が起きた頃には既に日も暮れかけており、麻雀卓も全て片付けられていた。
一番、面倒な片付けを完全に任せっきりにしたのも心苦しかったが、一番、心苦しかったのはやっぱりあの膝枕だよなぁ。
俺が目覚めるまでずっと枕になっててくれた所為で明星ちゃんにも大分、窮屈な思いをさせていただろうし。
京太郎「(…ただ、お陰ですげぇ夢見が良かったのは確かなんだよな)」
恐らく明星ちゃんの膝枕がとても心地良かったからなのだろう。
その時の俺は柔らかな布団の中で明星ちゃんと微睡んでいる夢を見ていた。
流石にその時に何を話していたのかまでは覚えていないが、まるで新婚生活のように幸せだった事を今でも鮮明に覚えている。
京太郎「(そして…あの時の悔しさも)」
合宿の締めとなった団体戦。
アレは決して勝てない訳じゃなかった。
神様のお情けで使わせて貰えた新しい力は霞さんにとってかなり効果的だったのだから。
最後の最後で倒れたりしなければ、きっと勝つ事が出来た。
けれど、幾ら勝てたと心の中でそう言っても、現実で敗北したという結果は覆りはしない。
寧ろ、勝てるだけの手応えがあっても尚、あそこで失速してしまった事を俺は深く後悔していた。
京太郎「(…もうあんな思いは絶対にしたくない)」
合宿が終わった次の日から俺は小蒔さん達に混じって禊なんかに参加する事になった。
それはそうやって禊を繰り返す事で、より神降ろしに適した身体になると小蒔さん達が教えてくれたからである。
正直、半信半疑ではあるが、しかし、俺が神様に力を借りているのは紛れもない事実なのだ。
例え信じられなくても出来る事は全てやった方が良い。
小蒔さんにとっては最後となるインターハイで心残りがあるような結果になったら、きっと霞さんに負けた時よりも悔しくて辛いだろうから。
京太郎「(…ただ禊と一口に言っても、冷水を被ってそれで終わり…みたいな簡単なもんじゃなかった)」
一般的にイメージされる『冷水を被る』と言う動作までの間に大きく分けて5つの段階がある。
『祓詞』に『鳥船行事』、『雄健行事』と『雄詰行事』、そして最後に『気吹行事』。
その一つ一つの由来や効果を教えてもらいながらの禊は開始から既に結構な時間が経過していた。
俺達がこうしてお屋敷の中庭にある井戸に集まったのは周囲に朝靄が出た頃だったが、今はそれも大分、晴れている。
朝の日差しが俺たちの肌を焼いているように感じるほどハッキリと晴れている訳じゃないが、そう遠からず夏のジリジリとした暑さを感じる事になるだろう。
巴「はい。これで気吹行事は終わりよ」
京太郎「…ふぅ」
とは言え、俺達が禊の最中にそれを感じる事はまずないだろう。
初心者である俺に合わせたゆっくりとした進行ではあったものの、既に最後の『気吹行事』まで終わったのだから。
禊を前に心身と霊魂一体化を果たす…と言う準備はこれにて終了だ。
後は良く漫画やテレビでやっているように水を被るだけで良い。
春「…少しは暖まった?」
京太郎「あぁ。良い感じだ」
勿論、俺自身、本当に心身と霊魂の一体化が出来た…なんて言う自信も自覚もない。
けれど、こうして準備をしている間に身体がしっかり暖まっているのが分かった。
夏とは言え、山の上にあるこの屋敷は冷えるが、その周囲の冷気が今はまったく気にならない。
オカルト的な効果がどれほどあったのかは分からないが、それでも禊を前にする準備運動としては効果的だったのだろう。
京太郎「今なら冷水でも何でも持ってこいって感じだよ」
巴「ふふ、初めてなのにそんな事言って…知らないわよ?」
京太郎「あ、あんまり脅かさないでくださいよ」
春「…ヘタレるの早すぎ」
京太郎「し、仕方ないだろ、禊なんて初めてなんだし」
神道初心者の俺とは違い、巴さんは文字通りベテランだ。
祓いの巫女として毎日、春や小蒔さん一緒に禊をしている彼女の言葉は軽視出来ない。
無論、冗談だろうとは思っているものの、禊の真髄はこれからなのだ。
夏なんだし、浴びる水の冷たさだって大した事ないとは思っているが…巴さんに言われると何となく怖くなる。
小蒔「でも、京太郎君、とっても上手でしたよ」
京太郎「そう…ですか?」
小蒔「はいっ!とても初めてとは思えませんでしたっ」ニコー
巴「確かに…思った以上にスムーズに出来てて、ちょっとビックリしちゃった」
春「…きっと才能がある証拠…偉い」ナデナデ
京太郎「ちょ、あ、あんまり頭撫でるなよ…恥ずかしい…」
春「…じゃあ胸撫でる」ナデナデ
京太郎「ちょ!?」
春「…ここがええのんかー」
京太郎「いや、全然、良くねぇよ」
そもそも男の胸って女の人よりも大分、鈍感だし…何より、俺は今、しっかりと白衣に白袴を着込んでいるんだ。
禊をする為かそれほど分厚い訳じゃないが、その上から撫でられても刺激は殆どない。
それでも辱められてるのはハッキリ分かるから…さっきとはまた別の意味で恥ずかしいけど、それだけだ。
春が言っているような意味で『良く』なったりはしない。
春「…京太郎の胸、硬い」
京太郎「そりゃまぁ、今、パッドしてねぇし」
京太郎「つーか、いい加減、セクハラ止めろって」
春「…もうちょっとナデナデしてちゃダメ?」
京太郎「ダメ」
つーか、男の胸なんで撫でて一体、何が楽しいんだろうな。
女の人の大きいおっぱいならまだしも…男の胸ってほぼ板だぞ。
特に俺のは中学までハンドやってたってのもあって筋肉で硬いし…。
洗濯板でも撫でていたほうがまだ刺激が多くて楽しい気がするんだが。
春「代わりに私のおっぱいもナデナデしていいから」
京太郎「で、出来る訳ないだろ、そんなの…!!」
春「…したくない…じゃなくて出来ないんだ」
京太郎「うぐ…」
し、しまった…。
いきなり過ぎてついつい本音が…。
くそ…でも…仕方ないだろ…!
清純そうなイメージの白衣に身を包んでいても、春のおっぱいはそりゃもう分かりやすいくらい自己主張してるんだから!
そんな胸を触りたくないだなんて、嘘でも言える訳がない…!!
巴「…そ、それで…話を戻すけれど…」コホン
巴「京太郎くんに才能があるのは確かだと思う」
巴「そもそも神降ろしを何度も成功させてる京太郎くんに才能がないなんて事あり得ないから」
京太郎「…そんなに凄いんですか、アレ?」
巴「正直、神道にとっては奥義と言っても良いくらい難易度高いものよ」
春「日本全国を見ても出来る人の方が稀…」
巴「血統の影響も大きいから出来るのは大きな神社の巫女や巫覡くらいなものでしょうね」
京太郎「血統かぁ…」
正直、俺にその辺りの実感はないんだよなぁ。
須賀家が神代に纏わる家々の中でかなり重要な位置を締める家であった事くらいは知っているけれど…俺の人生は一年前までとても平凡なものだった訳で。
鹿児島に来てもう半年が経つが、その間、一緒に居たのは俺と普通に接してくれている春達ばかりだったし、それに対する実感なんてまるでない。
あるのはただ、なんでそんな状況で親父達が鹿児島から出て行ったのだという疑問だけだ。
小蒔「…京太郎君?」
京太郎「あ、いや…何でもないです」
とは言え、その疑問を小蒔さん達にぶつけてもマトモな答えは帰ってこないだろう。
俺達の代表者のような立場である霞さんだって、それに対する答えは持っていなかったのだし。
ここで俺の疑問を口にしたところで、その疑問が解決するどころか、下手をすれば雰囲気が悪くなってしまう。
それよりも準備は出来たのだから、とっとと禊を終わらせた方が良い。
京太郎「それよりこれからどうするんです?」
小蒔「次はこの井戸から冷水を汲んでそっちの大きな桶に移すんですよ」カラカラ
京太郎「あぁ、じゃあ、それも俺にやらせてください」
小蒔「でも、結構、重いですよ?」
京太郎「それじゃあ尚の事、男である俺の出番じゃないですか」
京太郎「教えてもらう立場なんですからそれくらいさせてください」
小蒔「…じゃあ、お言葉に甘えさせて貰いますね」ニコ
…さて、とは言ったもののだ。
井戸から水を汲み上げるなんて今までやった事ないんだよなぁ。
昔ながらの生活様式を殆どそのまま残すお屋敷にはガスはないが、それでも電気と水道はしっかりあるし。
料理をする事はあってもここまで汲みに来る事なんてなかった。
京太郎「(…つーか、あまり来たくなかったと言うべきか)」
一口に井戸と言っても色々あるが…俺の目の前にある井戸は昔からある石造りの古井戸なのだ。
もう何百年も使っている所為か、石の表面が雨で削れているそれは現代社会でお目に掛かる事は滅多にない。
正直、俺もここ以外で見たのは某有名なホラー映画の中だけ。
だからなのかもしれないが…何となく近寄りがたいものがあるんだよなぁ。
あの映画とは違ってこの井戸は現役な訳だし、何より神境であるらしいこの場所に怨霊などはいないと思うが…。
それでも年季の入った古井戸には『出て』もおかしくないような雰囲気を感じる。
京太郎「(まぁ、でも、釣瓶を使って、桶を井戸の中に突っ込んでロープで引き上げるだけだろ?)」
京太郎「(それくらい簡単…ってうぉ…!?)」
お、思った以上に重かった…。
別に持ちあげられない重さではないんだが…それでも腕に結構な負担が来る。
これを十メートル近く引き上げるとなると中々、苦労しそうだな…。
巴「腕の力じゃなく自分の体重と腰を使って引くのよ」
春「流石に腕力だけじゃ無理…」
小蒔「頑張ってください」ググッ
京太郎「了解…!」
巴さんのアドバイスに従ってみると大分、楽に汲み上げられる。
まぁ、それでも水の重さっていうのは馬鹿にならないから結構な運動になるけれど。
体重で引くとは言っても、腕の力が必要ない訳でもないし。
昔の女の人は水が必要になる度に何度もこんな労働をしてたんだからすげぇ大変だっただろうなぁ。
京太郎「ふぅ」
春「お疲れ様」
巴「ありがとう、京太郎くん」
小蒔「京太郎くんのお陰で桶の中が一杯です」
小蒔「何時もは三人で交代しながらやっても大変だったからすっごく助かりました」
京太郎「まぁ、男の子っすからね」
何度か疲れたら交代してあげるとは言ってくれていたけれど…流石にそれに甘えるのはちょっとな。
一応、俺だってそれなりに身体を鍛えているし、何より男としての意地があるのである。
多少、疲れた程度で女の子に助けを求める事は出来ない。
それにまぁ、アドバイスに従ったお陰でそんなに疲れたりはしなかったし、交代するほど疲れたりもしなかったからな。
春「で…今度はこの桶から水を掬って足元にさっと掛けて慣らす…」
巴「こっちに小さい手桶があるからそれを使ってね」
京太郎「えっと…こうか?」ザパ
京太郎「って冷っ!?」
巴「ふふ。そりゃ地下水だもの。冷えてるわよ」
さっきの巴さんのセリフは決して完全に冗談って訳じゃなかったのか。
覚悟はしていたつもりだが、まさか夏でここまで冷えてるとは思わなかった。
朝靄が生まれるくらい冷え込んだ外気温とは比べ物にならないほどキンキンになってやがる。
この水に浸しておけばスイカだって美味しくなるだろうってくらいだ。
夏でこれとか…冬はどれだけヤバイんだよ…。
正直、考えたくないくらいだ。
巴「それから正座して振魂、その後、雄詰行事の時と同じくエーイね」
京太郎「今度は何回やるんです?」
巴「今回は一回だけで構わないわよ」
巴「ただし、身体に水を掛ける時にはエーイって掛け声を忘れずにね」
雄詰行事の時は三回やったけど今回は一回か。
となるとコレは勢い付けみたいなもんなのかもな。
夏はともかく冬でこの水を被るとなるとかなりの勇気が必要だし。
男として出来ないとは言わないが、勢い付けがあった方が良いとは思う。
小蒔「えへへ、私、コレ結構好きなんですよね」
春「私はあんまり好きじゃない…」
京太郎「春は大きな声あげるの苦手だからなぁ…」
春「…うん。だから。京太郎が代わりにやってくれると嬉しい」
京太郎「悪いが、俺の分もあるし、春の掛け声を肩代わりするのは無理だ」
春「…残念」
まぁ、春だってバイトとかじゃなく本職の巫女なんだ。
その辺りを手抜きして良いか悪いかくらいは分かっているだろう。
実際、雄健行事なんかは『生魂、足魂、玉留魂』と叫ばなければいけないもんだったけど、春もちゃんとやっていたしな。
今だって率先して井戸の周りにあるシートに正座しに行ってるんだから、やるべき事はしっかり分かっているはずだ。
巴「じゃあ、振魂ね」
小蒔「振魂ーです」グッ
春「…ん」
全員が桶を囲むようにしてシートの上に正座した後、巴さんの号令と共に俺達は丹田で自身の手を合わせる。
右手を上にして軽く重ねた形のまま、数秒ほど小さく上下に揺すった。
これが振魂…所謂、身体と共に霊魂を揺らして活性化する行為であるらしい。
流石に数秒では効果のほども分からないが、しかし、気持ちはしっかり切り替える事が出来た。
巴「…エーイッ」
小蒔「えーい!」
春「えーい」
京太郎「エェェイッ」
その勢いのまま俺は右手を振り上げ、そして袈裟懸けに振り下ろす。
目の前の空間と、そしてそこにある自分の弱い部分を断ち切るようなイメージ。
さっき巴さん達に教えてもらった通りのその動作は最後に掌を返して終わらせる。
弱さを切って捨てるのではなく、切った後の弱い自分を受け入れる為の仕草。
その勢いのまま俺は大きな桶の中に入った水を手桶で汲み上げ、右から身体へ掛けていく。
瞬間、さっき以上の冷たさが肌に突き刺さるが、もうそれに怯む気持ちはなかった。
京太郎「(冷たいけど…でも、最初ほどビックリはしていないし…)」
京太郎「(それに慣れてきたらそれほど悪いもんでもないよな)」
確かに水は冷たいが、しかし、それは身を切るほど鋭いものという訳ではないのだ。
高千穂から汲み上げた地下水は冷たいものの、慣れてくると火照った身体を引き締めてくれる心地の良いものに感じられる。
これが冬になると分からないが、少なくとも今の俺にとって、そうやって水を浴びるのは嫌なものではなかった。
京太郎「(…やっぱり心身と霊魂を清める為の儀式って言うだけはあるよな)」
京太郎「(こうして水を浴びていると身体だけじゃなく、心まで引き締まるのを感じる)」
京太郎「(意識もスゥっと冴えていって今まで見えなかったものが見えていくみたいだ)」
京太郎「(今の俺なら小蒔さん達の服が濡れて透けた姿さえも見……え゛っ!?)」
小蒔「えーいっ」ザバー スケー
春「えーい」ザバー スケー
巴「エーイッ」ザババー スケスケー
…わぁ…濡れ透けだー。
…………って現実逃避してる場合じゃねぇ!?
皆、今、着てるの俺と同じ白装束じゃん!?
しかも、水を被るからか知らないけど、他に何もつけてないし…!!
完全に透けてるんですけど!!
超スケスケなんですけどおおお!?
京太郎「(お、おおおおお落ち着け、須賀京太郎!)」
京太郎「(ここは冷静に…冷静になって……)」
京太郎「(………………春のは…結構、乳輪大きめなんだな)」
一見、控えめに見えて意外と譲らない春らしいと言うべきか。
濡れた白衣から浮かび上がる胸の膨らみも、その先にある桃色の乳輪もかなりのサイズだ。
冷水の所為か浮き上がった乳首も乳輪に比例するように大きく、濡れた白衣の中でしっかりと自己主張をしている。
俺の右側に座っているから一瞬、チラリと視界に映っただけだが、その存在がハッキリと確認出来たくらいだ。
正直、男子高校生にとっては理想のエロパイと言っても良いくらいにやらしい魅力に溢れている。
京太郎「(小蒔さんのは春より色々と大人しい)」
そんな春に比べれば、俺の正面に座った小蒔さんの乳輪は小さめ…と言うか人並みサイズだ。
が、それはあくまでも乳輪に限っての話。
俺にとって最も重要なサイズは春よりもほんの少しだけ大きく見える。
その所為か、ロケットおっぱい型の春とは違い、重みで柔らかく垂れ下がり、乳首の位置も春より下になっていた。
純粋無垢で頑張り屋さんな彼女らしからぬ、だらしないそのおっぱいは思わずむしゃぶりつきたい魅力に溢れている。
京太郎「(んで左の巴さんのは…)」
正直なところ、他の二人に比べると胸のボリュームは大分、物足りないものだった。
巴さんの胸のサイズは普通よりも若干、小さい程度だが小蒔さんや春は和に並ぶおっぱいさんなのだ。
普乳程度ではどう足掻いても見劣りしてしまう。
…けれど…どうしてだろうな。
巨乳以外には興味はありません…な俺の目が、胸も乳輪も乳首も、全て平均よりも控えめな巴さんに惹きつけられてしまう。
美少女ではあるが地味な印象が拭い去れない巴さんが俺にそんな裸同然な姿を晒していると思うとギャップですげぇ興奮して…――
京太郎「(って…違うだろ…!)」
京太郎「(何、皆の品評会やってるんだ、俺は!!)」
京太郎「(びーくーる!そう…びーくるだ、須賀京太郎…!!)」
そうだ。
たかが、小蒔さん達の服が透けて張り付いているだけじゃないか。
その胸の膨らみどころか先のピンク色まで分かる程度で動揺するべきじゃない。
そもそもこれは禊なんだ。
そういう気持ちも全部、洗い流すべきだろう。
京太郎「(無心になるんだ俺よ)」
京太郎「(考えるのは水の冷たさだけで良い)」
京太郎「(それ以外の事は意識する必要はないんだ)」
京太郎「(そうだ…どれだけ視界の端に映るピンク色が気になっても…)」
京太郎「(そっちを見たりするべきじゃ…)」
京太郎「(する…べきじゃ…)」チラッ
い、いや、待て!待ってくれ俺!!
皆が下着なしで禊をやって平然としてる方がおかしいだろ…!!
皆はきっと…いや、間違いなく透けている事に気づいていないんだ…!!
そんな彼女たちをチラ見する事が今、本当にするべき事か…!?
京太郎「(春達は不慣れな俺に付き合う為に何時も以上に早く起きて禊のやり方を教えてくれているんだ…!)」
京太郎「(なら、ここで俺がするべきは禊に集中する事だろう…!!)」
京太郎「(決して彼女たちの無防備な姿を目に焼き付ける事じゃない!)」
京太郎「(ここは視線を彷徨わせたりせず、目の前の桶を睨みつけて…!!)」
京太郎「(ひたすら無心で…水だけを被る…!!)」
京太郎「エエエエエェェェェイッ!!!!!」ザパー
くそ…分かってる…はずなのに…。
そんな事、一々、自分に言い聞かせなくても理解出来ている…はずなのに…!!
思いっきり気合を入れて…水もザブザブ被りまくってるってのに…!!
さっきから皆の濡れ透け姿が頭の中にちらついて仕方がない…!
今はもう見まいとしている所為で見れないけど…さっきはピンク色の乳首が浮き上がってるところまでハッキリ見えてたもんな…!
正直、健全な一男子高校生の俺としてはこの状況はエロ過ぎて目に毒過ぎる…!
京太郎「(…待てよ)」
京太郎「(濡れるからブラつけてないなら…下はどうなんだ?)」
京太郎「(…やっぱり履いてないのか?)」
京太郎「(実は乳首だけじゃなくて…下の毛まで丸見えなのか…!?)」
……ダメだ…考えるんじゃない!
考えたら考えただけそっちに視線が行って…確かめたくなってしまう…!!
だけど…それは人として絶対にやっちゃいけない事だ!
皆の信頼を裏切るなんて言葉じゃ済まない最低な行為だろ…!!
京太郎「(そうだ…もしチラ見でもしてるのがバレたら終わりだぞ!!)」
京太郎「(折角、ここまで仲良くなれたのにそんな事したら…皆の中の俺の評価が暴落する…!)」
京太郎「(幾ら小蒔さんだってそんな事をやったら確実に幻滅するはずだ…!!)」
京太郎「(今までわっきゅんや明星ちゃん達に距離を取られて…どれだけ辛かったか身に沁みてるだろ…!!)」
京太郎「(だから…それだけはやっちゃいけない!!)」
…だけど…下はともかく胸くらいは見てもおかしくはない…かもしれない。
だ、だってほら…丁度、俺の目の前に小蒔さんが座ってる訳だしさ。
手桶で水を汲もうとする時にどうしても視界に色々と入ってくるんだ。
春と巴さんは横にいるから難しいかもしれないけど…前にいる小蒔さんならタイミングを合わせれば… ーー
京太郎「(うぉおおおおおおおおおお!!!!)」
京太郎「エェイッ!!エェイ!エイエイエイエイエエエエエエェェイ!!」ザパパパパ
ええい…去れ…!煩悩よ…!悪魔よ!!俺の中からいなくなれ!!
一時の欲望で何もかもを台無しにしようとする弱い自分も押し流されてしまえ!!
いや…いっその事、全部流されろ!!
そうすれば、こんな不埒な事考えなくて済む!!
皆の信頼を裏切らなくて済むんだ…!!
巴「…あの、京太郎君?」
巴「そ、そこまで気合込めなくても大丈夫よ?」
京太郎「いや、気合は大事です!!」
と言うか、気合入れないと俺は絶対、皆の事を見る…!
理性は欲望に対して抵抗しようとしているけれど…それはあくまでも『抵抗』に過ぎないのだ。
ふつふつと湧き上がる楽観的かつ下劣な考えは意識して押し留めなければすぐさま表に出て来てしまう。
それを防ぐ為にもしっかり気合を入れて理性の留め具は締めてつつ禊を続けないと…!!
小蒔「ふふ。京太郎君、とっても真剣ですね」
小蒔「私も禊は好きだからそんなに真剣にやってもらえると嬉しいです」ニコ
な、なんだか意図していない方向に受け取られてる…!?
俺は真剣にやっていると言うか…真剣にやらざるを得ない状況なのだけれど…!!
でも、それを口で説明したら自爆も良いところだし…何より、小蒔さんは嬉しいとまで言ってくれているんだ…!
そんな彼女に本当の事を言ったら間違いなく落ち込ませるし…絶対に言えない…!!
小蒔「でも、もうそろそろ桶から水もなくなっちゃいますし…まだやる事もありますよ」
小蒔「今はこの辺りにしてまた学校から帰ってきた後にでも、一緒にやりませんか?」
京太郎「そ、それはそうなんですが…」
だ、だけど…ここで禊を止めたら…俺は皆に向き合わなきゃいけない。
禊によって足元までびっしょりになって透けているであろう美少女三人と真正面から向き合う事になるのだ。
正直…そんな状況で俺が我慢出来るとは到底、思えない。
そもそも鹿児島に来てから自家発電なんて殆どしてないからずっと溜まりっぱなしだもんな…。
春「…京太郎、さっきから俯いたままだけど…体調でも悪いの?」
京太郎「う…い、いや、あの…それは…」
巴「…もしかして急に身体が冷えたからお腹痛くなった…?」
小蒔「ど、どうしましょう…!?」
小蒔「お腹が痛いなら…暖めてあげた方が良いですよね…!?」
小蒔「とりあえずナデナデから…」
京太郎「い、いいいいいいや、大丈夫です!!」
正直、こうして真向かいに座っているってだけでも下半身に血液が集まっているのが分かるくらいなのだ。
この上、どうあがいても逃げられない距離にまで近づかれて我慢なんて出来るはずがない。
腹を撫でられでもしたら間違いなくムスコが反応して勃起する…!
小蒔さんがそうやって俺の事を心配してくれているのは嬉しいが…さりとてその優しさを受取る訳にはいかないんだ。
小蒔「そう…ですか?」
小蒔「でも、無理はしないでくださいね」
小蒔「私は何時でも京太郎君の事暖めてあげますから!」
巴「…と言うより冷えてるならお風呂に連れてってあげた方がいいと思いますよ?」クス
小蒔「あ、それもそうですね…」カァ
…ハッ。
いや、待てよ…!
ここで風呂に行くと言えば…皆から逃げられるんじゃないか?
流石の小蒔さんや春も俺を追いかけて風呂にまでやって来たりはしない…はずだ。
いや、まぁ、一回、混浴やったけど…それは色々あって俺が押し切られてしまったからだし。
今はストッパーとして巴さんもいるんだから、ここは彼女に任せて退散しよう…!!
京太郎「じ、じゃあ、俺、ちょっと先に風呂に行って…」スクッ
春「あ…」ポッ
巴「どうかしたの…ってあ…」カァァ
京太郎「…え?」
春「…京太郎、透けてる」
京太郎「…うおぁ!?」カァァ
そうだよ…!!
俺だって白衣着てるんだから…そりゃあ透けるよな!!
そんな状態で立ち上がったら…そりゃずぶ濡れのパンツまで見られるのが当たり前な訳で…っ!!
焦って相手の事しか見えてなかったけど…自分の事も考えるべきだった…!!
巴「…って言うか、ちょっと待って…」
巴「京太郎くんが透けてるんだったら…わ、私達も…!?」アワワ
京太郎「い、いや、あの…その…」
って、恥ずかしがって足を止めてる場合じゃなかった…っ!!
思わず自分のトランクスを手で隠した所為で巴さんが完全に今の状況に気づいてしまったんだろう…。
彼女たちに視線を向けられない以上、顔は見えないが、巴さんの言葉からは強い狼狽が伝わって来ていた。
まるでいきなり目の前に痴漢が現れたようなその声に目の前が真っ暗になりそうな強い脱力感が… ――
京太郎「(…終わった、何も…かも…)」
…そもそも冷静になって考えればバレないはずがないんだよな。
だって、そうやって相手の白衣が透けて見えるのは決して俺だけではないのだから。
こうやって話している最中に相手の装いを良く見れば、他の皆だってすぐに分かったはず。
勿論、俺がさっき俯いて顔を決してあげようとしなかった理由も彼女達はすぐに気づいた事だろう。
京太郎「(こんな事になるなら気づいた時にすぐさま皆に言っておけば良かった…)」
最初は小蒔さん達も恥ずかしがったかもしれない。
しかし、この場には明星ちゃんはいないのだ。
それに対して気づき、皆に対して注意した俺が罵られるなんて事はなかっただろう。
逆に誠実な人であると好意的に見られたかもしれない。
だけど…あまりにも魅力的過ぎる光景に混乱し…そしてちょっとだけなら大丈夫かもしれないなんて…甘い事を考えてしまって…。
濡れている事を皆に告げるという至極、真っ当な選択肢を選ぶ事が出来なかった…!!
巴「ひ、ひひひひ姫様っ!!」
小蒔「え?どうかしたんですか?」
巴「ま、前!隠して!!透けてますから!!」
小蒔「…透けてる?」キョトン
小蒔「禊なんだから透けてるのは当然じゃないんですか???」
巴「透けてるのは良いですけど…でも、今は京太郎君がいますから!!」
小蒔「京太郎君がいるとダメなんです?」
巴「ダメなんです!」
巴「と、ともかくこっちに来てください!!」
小蒔「わわっ」
そんな俺から巴さんが小蒔さんを遠ざけていく気配を感じる。
それに内心、胸が痛むが、さりとて俺にそれを嫌だと言えるような資格はなかった。
そもそも俺という不埒者に対して大事な小蒔さんを遠ざけようとした巴さんの判断は正しいのだから。
実際に小蒔さん達の服が透けている様をチラ見していた俺にはその判断に異論を挟めるはずもない。
春「……京太郎」
京太郎「あ、あの…春…俺は…」
春「…大丈夫。私は分かってる」
春「京太郎は出来るだけ見ないようにしてくれてた」
…けれど、春はそんな情けない俺を慰めるように言ってくれる。
それが本心かどうかは俺には分からないけれど…でも、巴さんから逃げられた今となっては有り難い。
少なくとも彼女の言葉のお陰で自己嫌悪に意識が沈み込みそうな状況からは脱する事が出来たのだから。
春「そもそも今回は京太郎が一緒だって言う事を軽く考えていたこっちのミス」
春「だから、あんまり自分を責めないで」
京太郎「いや…でもさ…」
ただ…それでも俺は春の言葉を素直に受け止める事が出来なかった。
そもそも、俺がもっと理性的な人間なら話はこんなに大きくなったりしなかったのだから。
気づいた時点でちゃんとそれを伝えておけば、巴さんだって俺から逃げる事はなかっただろう。
確かに春達が迂闊だった部分はあるが、俺にまったく非がない訳じゃない。
巴「…わ、私も…同じ気持ち…だから」
京太郎「え?」
巴「春ちゃんの言う通り、今回の原因は私の不手際にあるわ」
巴「勿論、頭の中では京太郎くんが男だって言うのは分かってたんだけど…もう貴方に対する印象が家族みたいになってて…」
巴「女装をしてる時間も多いから同性だって言う意識が強かったんだと思う…」
巴「その所為で特に違和感なく何時も通りの格好で禊を始めちゃって……それで京太郎くんに気まずい思いをさせてしまったのは本当に反省してる…」
巴「ごめんなさい…」
だが、そんな春の言葉を巴さんが引き継ぐ。
いや…ただ、引き継ぐだけじゃなくて、こっちの方が悪かったと謝罪までしてくれた。
だが、そうやって謝られるような理由は俺にはない。
正直なところ、今回の件は俺に得しかなかったのだから。
巴さんを始め、三人の美少女の濡れ透け姿を拝めただけではなく、一瞬とは言え、乳首まで見る事が出来たのだ。
正直、それで怒られるならともかく謝られたら、こっちが申し訳なくなってしまう。
京太郎「いや…謝られる事じゃないですよ」
京太郎「俺の方こそもっと早めに言っておけばこんな事にはならなかったでしょうし…すみませんでした」
巴「それこそ気にしなくても良いのよ」
巴「大体、禊を始めてしまった時点でもう手遅れみたいなものだし…」
巴「それに…春ちゃんの言う通り、京太郎君は一生懸命、こっちを見ないようにしようとしてくれていたのは分かっていたから」
巴「貴方が謝る事じゃないわ」
京太郎「…ありがとうございます」
…とは言え、ここで延々と謝り合っていても話は先に進まない。
本当はまだまだ申し訳ない気持ちで一杯だが、ここはとりあえずそうお礼を告げて話を終わらせておくとしよう。
まだ謝り足りないという気持ちは後で皆にお詫びの品でも送る事によって発散すれば良い。
巴「あ…で、でも、お願いだから…今はこっち見ないでね…」
巴「恥ずかしくて死んじゃいそうなんだから…」ポソポソ
京太郎「…はい!ホントすみませんでした!!」
蚊の鳴くような声で恥ずかしげに呟く巴さんに対して俺は謝るしか術がなかった。
気づいた瞬間の事故のような形とは言え、巴さんの乳首まではっきりと見てしまったのは事実なのだから。
その後、すぐに冷静になって視線を外したとは言え、禊中の巴さんはもう脳裏にしっかりと記憶されている。
…理性ではそれを忘れた方が良いと分かってはいるんだが…それは中々、俺の頭の中から消えなかった。
春「…私は別に幾ら見てくれても構わないけれど」
巴「は、春ちゃんはもうちょっと恥じらいって言うものを持って…!」
巴「姫様の教育にも良くないから!!」
春「…じゃあ、代わりに京太郎の身体をじっくり観察する」ジィ
京太郎「ぅ…」
春「…ふふ…京太郎の身体…すっごいエッチ…♪」ペロ
京太郎「男の身体がエッチだとかそんなオカルトあり得ません」
いや、これが所謂、『男の娘』と言うジャンルならば、まだあり得るかもしれない。
が、女装している時はともかく普段の俺はどこからどう見ても男なのだ。
普段、山田さんに扱かれているのもあって、身体にも筋肉が戻ってきたし、身長だって180代後半に差し掛かっている。
流石にそんな野郎の身体がやらしいなんてオカルトも良いところだろう。
巴「春ちゃん…!姫様!姫様いるからね!?」
春「…残念。ここからが良い所だったのに」
京太郎「何をするつもりだったんだ…」
春「…秘密」
…多分、どうせろくでもない事なんだろうな、とは分かってるんだけどさ。
ただ…今の秘密には若干、背筋が寒くなるものがあったと言うか…。
本能的に何かやばいものを感じ取ってしまった。
…もしかしたら俺は巴さんと小蒔さんのお陰で凄く助かったのかもしれない。
小蒔「えっと…仲直りは終わったんですか?」
巴「えぇ。と言っても別に喧嘩してた訳じゃないんですけれど」
春「…ちょっとしたミスが悪い方向に積み重なっただけです」
小蒔「そうですか…安心しました」ニコ
小蒔「じゃあ、これで京太郎君の前に出ても良いですよね」
巴「だ、ダメですっ!!」
小蒔「…え?でも、仲直りしたんじゃ…」
巴「そ、それとこれとは話が別です」
巴「混浴の時にもお話しましたが男性の必要以上に肌を晒してはいけません」
小蒔「でも、私、今、裸じゃないですよ?」
巴「は、裸が問題じゃなくて、必要以上に肌が透けちゃってるのが問題なんです」
小蒔「むむむ…何だか難しいです…」
普通の人にとっては別に難しくはないと思うんだけど…混浴の時にも裸で一緒に入るつもりだった小蒔さんだからなぁ。
あの時は俺と巴さんの説得に何とか納得してくれたけど…理解にまでは及ばなかったみたいだし。
霞さん達から蝶よ花よと大事に育てられてきた彼女は、まだ異性と言うものがどういうものなのかまったく分かっていないんだ。
でも、それを「そういうものだ」と納得させてたら、小蒔さんは何時まで経っても男に対してノーガードなままだし…久しぶりに性教育の時間と行くか。
京太郎「ま、まぁ、大事なのは男にとってそれがどう見えるかですよ」
小蒔「どう見えるか…ですか」
京太郎「はい。男にとってはそうやって服が透けて見えると殆ど裸みたいなものなんです」
小蒔「でも、見えてる範囲は水着の方が多いですよ?」
小蒔「肌だって直接晒してる訳じゃありませんし…」
京太郎「そ、それはそうなんですが…逆説的に言えば、そんな水着で隠されてる部分が男にとっては重要なんです」
京太郎「アレは人前で出るのに最低限の部分を隠したものですから」
京太郎「で、今の小蒔さんはその部分は丸見えになってます」
京太郎「い、いや、恐らくの話ですけれどね!?」
春「…今更、取り繕わなくても」
うるさい。
ここで丸見えになってます!なんて断言したら、まるでしっかり見てたみたいじゃないか…!
…いや、まぁ、見てましたけどね、見てましたけど…。
でも、それは最初だけで後は頑張っていたのだから、見てなかったアピールくらい許して欲しい。
京太郎「だから、本来なら濡れたままで人前に出るのはあまり良くはありません」
京太郎「突然、土砂降りの雨があって、濡れてしまった…とかなら仕方ないのですが…」
京太郎「それを放置して普通に歩いているとはしたないと思われます」
小蒔「なるほど…」
まぁ、何はともあれ、小蒔さんもこれで分かってくれたみたいだ。
それもきっと今までの積み重ねたあってこそ…なんだろうなぁ。
混浴の時に話した事が前提にあるお陰で小蒔さんの理解も早かったし。
最初はどうなる事かと思ってたけれど、小蒔さんもしっかりと俺達の言葉を学んで成長してきてくれてるんだ。
京太郎「と言う訳で、今は俺の前には出ない方が良いです」
小蒔「分かりました」
小蒔「あ、でも…それなら逆に京太郎君の方をあんまり見ない方が良いんでしょうか?」
京太郎「そうですね。その方が俺も恥ずかしくないんで…」
小蒔「じゃあ、巴ちゃんもあんまり見ない方が良いですね」
巴「ふぇ!?」
…え?
なんでそこで巴さんの名前が出てくるんだ?
まるで彼女が俺の事をジッと見ているような…そんな反応なんだけれど…。
巴「ち、ちちち違います!」
巴「わ、私はただ…京太郎君の背中が思ってた以上に男の子しててビックリしただけで…」
巴「べ、別にジロジロなんて…ち、ちょこっとしか見てません…!」
…見てたのか。
いや、まぁ、巴さんも小蒔さんほどじゃなくても色々、免疫ない人みたいだしなぁ。
ずっと女子校育ちで、今もこうして屋敷で巫女兼家事手伝いなんて生活続けてたらそりゃ男の身体なんて滅多に見ないし気になるだろう。
まぁ、正直、ちょっと恥ずかしいが…背中くらいなら… ――
春「…私も京太郎のトランクスが透けてるところなんて見てない…」
京太郎「バッチリ見てんじゃねぇか…!!」ササッ
くそ…隠そうにもそもそも腰全体に浮き上がってるトランクスを隠すなんて出来ねぇし…!
そもそも春が何処から俺を見てるのかって言うのも声だけでしか分からないから見える部分だけ隠す事だって出来ない…!!
まるで声だけでまったく姿が見えない相手を前に戦っている気分だ…!!
巴「は、春ちゃん…その…折角、姫様が納得してくれんだから…ほどほどにね?」
春「…はい」
とは言え、流石の春も巴さんにこうして注意されてまで続けるつもりはないんだろう。
腰まわりにひしひしと感じていた強い視線は巴さんの言葉と共にふっと消えた。
春の方へと向き直る訳にはいかないが、恐らく彼女はこっちを見ていない。
そうやく訪れたその平穏に俺は胸を撫で下ろし、小さく息を吐いた。
京太郎「…ありがとうございます、助かりました」
巴「ううん。わ、私も…ほ、ホントはちょっと見ちゃってたから…」モジ
京太郎「いや、別に背中見られるくらい気にしてないですよ」
春「…私の時と対応が全然、違う気がする…」
そりゃ見られてるもんがまったく違うからな!!
背中くらいなら別に良いかって気にもなるが、流石にパンツは無理だ。
女の子ほどそれがセックスアピールに強い意味を持ってる訳じゃないが、それでもその一枚下にはムスコがある訳で。
そんな布地にハッキリと感じるくらいの視線を注がれて、気にしないなんて言えるほど俺は羞恥心を捨ててはいない。
巴「あ、ありがとうね…」
巴「そ、それで…これからどうしましょうか?」
小蒔「何時もなら皆で一緒にお風呂に入って着替えるんですけど…」
春「京太郎も一緒に入る?」
京太郎「流石にもう混浴は勘弁してくれ…」
小蒔さん達の乳首までバッチリ見えた今回もやばかったが、混浴の時の精神の磨り減りっぷりはそれ以上だったからな。
その分、役得も数えきれないほどあったんだが、手を出せない状況だって言うのもあってある種の地獄だった。
正直、アレをもう一度味わうくらいならここで一人延々と禊を繰り返していた方がマシだってくらいに。
小蒔「水着着ててもダメですか?」
京太郎「前回ので水着着用しててもダメだって分かったんで…」
小蒔「…しょんぼりです」
京太郎「ごめんなさい…」
一体、男と一緒に混浴して何が楽しいんだと思わなくもないんだけど…小蒔さんはそれを結構、楽しみにしててくれてたのだろう。
俺の言葉に小さく肩を落とした小蒔さんからは目に見えるようなしょんぼりオーラが出ていた。
あまりの落ち込みっぷりに一瞬、譲歩しても良いんじゃないかって言葉が脳裏を過るが…やっぱりダメだよな。
ここでヘタレて前回はそりゃもう悲惨な事になったんだから全力で拒むべきだ。
京太郎「まぁ、俺は後で入らせて貰いますよ」
小蒔「でも…待ってる間に風邪を引くかもしれません」
巴「そうですね…ここ暖房器具とかありませんし…」
春「あっても湯たんぽとかそんなのだけ」
京太郎「大丈夫だって。俺は頑丈なんだから」
…まぁ、山の上にあるこの屋敷は夏だって言っても早朝は結構冷える訳だけれど。
その辺はまぁ、口にしたって仕方がない事だろう。
大事なのはここで小蒔さん達が俺の事を気にせず、風呂に入って温まる事。
ここで問答してる間に皆が風邪を引いたりしたら、それこそ本末転倒も良いところだ。
小蒔「…やっぱり心配です」
春「…私も」
京太郎「でも、また混浴するのは流石に…さ」
春「…じゃあ混浴じゃなくて…お風呂を二つに分けるのはどう?」
京太郎「…分ける?」
春「…イメージ的には仕切のない男湯と女湯」
春「ここのお風呂は広いから真ん中で線を引いても、十分ゆっくりできるし」
春「お互いはそのスペースを踏み越えないって約束すれば…接触もない訳だから」
春「一緒に入っても、京太郎が心配しているようなトラブルは起きない」
…確かに…春の言う通りかもな。
この前、盛大に失敗してしまった原因は春達との接触があまりにも多すぎたからだ。
水着だと言うのに何時もの調子で甘えてくる子が多かった所為で俺は二度の勃起を許してしまった訳である。
その接触を全てなくす為、『仕切りがないだけで別々の風呂』にするならば、それほど大きな問題は出ないかも… ――
京太郎「(って何、流されそうになってるんだ…!?)」
京太郎「(確かにそれなら無事に終わるかもしれないが…それでも想定していないトラブルが起こる可能性だってあるんだ)」
京太郎「(一番、良いのはそのトラブルを起こる可能性を0にする事…!)」
京太郎「(つまり…ここで混浴を断る事だ…!)」
京太郎「い、いや、それでも混浴には変わりはないし…まずいだろ」
春「…どうして?」
京太郎「どうしてって…」
春「私達がそのルールを護らないって思ってる?」
春「…流石にそれは心外」
春「京太郎の為に約束した事くらい護る」
京太郎「いや…別に信じてない訳じゃないんだが…」
どちらかと言えば信じられないのは俺の理性の方かなぁ…。
流石に水着姿の皆に対して獣性をむき出しにして襲いかかったりはしないと思うが、それも今の俺には断言は出来ない。
何せ、さっきの俺はダメだダメだなんて自分で言いながら、春達の事を何度もチラ見しそうになっていた訳で。
正直、また何かしらのToLoveるがあった時に自分の欲望を押さえ込んで、春達を傷つけずに済ます自信は俺にはなかった。
京太郎「と、巴さんだって俺と一緒は嫌ですよね?」
巴「え、えっと…わ、私は別に…嫌じゃないんだけど…」
京太郎「と、巴さん!?」
巴「だって…私も一緒に禊をやって…今がどれだけ寒いのかなんて自分の身体で分かるし…」
巴「京太郎くんを放置したくないって言う二人の気持ちにも共感するところはあるから」
京太郎「で、でも…どれだけ言い訳しても混浴ですよ?」
巴「そう改めて言われると何だか恥ずかしいけれど…でも、水着は着る訳だし…」
巴「ある意味では…も、もうそれ以上の格好は見られちゃった…かもしれない訳で」カァァ
京太郎「そ、それは…そうですけど…」
…まずい。
まずいぞ、コレは。
唯一の良識派であると思っていた巴さんまであっちに行くなんて…。
これで形勢は三対一…俺一人が議論の中で完全に孤立している状態になってしまった。
巴「お互いに接触がないなら海水浴みたいなものでしょ」
巴「京太郎君が相手なんだし…それほど気にする事はないかなって」
巴「きっとインターハイが終わったら、はっちゃんと一緒に海に連れ回されるでしょうし」
京太郎「…それ確定なんですか」
巴「毎年の事だからね」クス
確かにあのロリ、暑くなってきてからは大分、テンションあげてるからなぁ。
基本的に俺達の分まで家事をやったり練習相手になったりしてくれてはいるが、それでも時間が空いたら神代家所有のプライベートビーチで泳いでいるらしいし。
その証拠にまだ夏も序盤だって言うのに、あの合法ロリはもう日焼け跡出来てやがるからな…。
インターハイが終わって一段落したら、こっちの都合も気にせず海に誘いまくる姿が容易に想像出来る。
巴「だから、ちょっと前倒しのプールみたいなもんだと思って一緒に入らない?」
京太郎「……」
…さて、どうするかな。
正直なところ、既に外堀は埋められきってしまった感はある。
この期に及んで小蒔さん達の混浴を必死になって拒むだけの理由はもう俺には見当たらない。
女性陣は接触を断つのなら構わないとそう宣言してくれて…そして俺自身、それなら大丈夫だと思う部分はあるのだから。
ただ、それでもなんとなくふんぎりがつかない感じがするのは…やっぱり俺自身が前回の二の舞いを心から恐れているからなのだろう。
小蒔「…あの」
京太郎「え?」
小蒔「私も…京太郎くんと一緒にお風呂に入りたいです」
京太郎「いや…でも…」
小蒔「勿論、京太郎君がそれを嫌がっているのは分かっています」
小蒔「でも…私はどうしても京太郎君をこのままにはしておけません」
小蒔「私はきっと…まだ男の人の事を全然分かっていないけど…」
小蒔「だけど…私にとって京太郎君は巴ちゃん達と同じくらい大事なんです」
小蒔「だから…お願いします」
小蒔「一人で寒いのを我慢なんてせず…私達と一緒に暖まってください」
京太郎「……」
小蒔さんのその言葉はとても真剣なものだった。
心の底から俺の事を心配してくれているであろう彼女に、俺の中の躊躇いが溶けて行く。
…無論、『本当に良いのか?』って言う気持ちはまだあるけれど、それでも…小蒔さんにここまで言わせて拒む事なんて出来ない。
そもそも…彼女たちは皆、混浴でも良いと言ってくれて…後は俺の気持ち次第だったんだから。
絶対に前回のような事はしない、とそう決められるだけの意思があれば、こんなにウジウジと悩む必要はなかったのだろう。
京太郎「…分かりました」
小蒔「京太郎君っ」パァ
京太郎「すみません。決断するまで時間掛かって」
春「京太郎が優柔不断なのは既に分かってる…」
京太郎「うぐ…」
…実際、俺がウジウジと悩んでる間に、もう結構な時間が経ったからなぁ。
冷水をたっぷり含んだ服に体温吸われて、身体が大分、冷たくなっている。
きっと小蒔さん達の身体も同じくらいに冷えている事だろう。
結局、巴さんが混浴を受け入れてくれた時点で趨勢は決していたも同然だったんだからもっと早めに決断すれば良かった。
巴「ふふ。私としてはここで即断即決されない方が色々と安心出来るけどね」クス
小蒔「私は京太郎君と一緒にポカポカ出来るならそれで良いです」ニコニコ
春「…私は京太郎でポカポカしたい」チラッ
京太郎「却下な」
春「えー…」
京太郎「当然だろ。そういう約束なんだから」
まぁ、無論、春だって本気で言っている訳じゃないんだろうけどさ。
ただ、ここで「それも良いな」なんて返そうものなら間違いなく春はやる。
言質は取ったと言わんばかりに何時も以上にグイグイ来るだろう。
俺自身、春をポカポカにしてやりたいと思わなくもないが…流石にそんな事になったら前回の二の舞いも良いところだ。
巴「それじゃ話も決まった事ですし…とりあえず軽くタオルで身体を拭いてお部屋に戻りましょうか」
小蒔「そして水着取ってきてまたお風呂場に集合ですね!」ググッ
春「この前の混浴と同じのだったらつまらないし…今度はもっとセクシーなの選んでくる」
京太郎「止めて!!」
正直、前回のでも一杯一杯だったのに…アレ以上にエロい水着とか想像しただけでも下半身がヤバいくらいなんだけど!?
前回のでも殆ど大事な部分しか隠れていない状態なんだから、それで我慢しておいてくれ!!
いや、まぁ、アレでも十分やばいから、もっと地味なのがあればそっちにしておいて欲しいんですが!!
春「…冗談」
春「流石にアレ以上、セクシーなのはストックがない」
春「それに京太郎と一緒にお風呂に入れるだけでも嬉しいから…去年の奴にする」
京太郎「去年のって…」
春「…京太郎の期待には応えられない」
京太郎「えっ」
春「…地味なワンピースタイプだから」
京太郎「いや、そっちで良いんだよ、そっちで」
いきなり期待には応えられないとか言い出すから何事かと思ったぞ。
コレ以上、過激な水着が見たいなんて期待してません。
…いや、まったく見たくないって言えば嘘になるけどさ。
でも、そういうの見せたりするのは出来れば特別な人だけにしといてください。
春の身体はただでさえワガママボディなんだから、下手な水着着られると刺激が強すぎるんだよ…。
巴「じゃあ、水着も決まったみたいだし、早くお部屋に戻りましょ」
巴「急がないと姫様と京太郎君が朝ご飯に間に合わなくなるかもしれないし」
小蒔「朝ごはんを食べられないと一日、力が出なくてすぐに眠くなっちゃいますもんね!」
春「姫様の場合、別に朝ご飯は関係ないと思います…」
京太郎「小蒔さん朝ご飯食べてても良く寝てるもんな」
小蒔「そ、それは…み、皆の作る朝ご飯が美味しいからお腹いっぱい食べちゃって眠くなっちゃうんです!」
京太郎「その割りにはご飯の直後以外にも寝てません?」
小蒔「も、もぉ…京太郎君は意地悪ですっ」
京太郎「はは。ごめんなさい」
小蒔「…反省してますか?」
京太郎「えぇ。反省してます」
小蒔「えへへ。それじゃ許してあげま…くしゅっ」
って遊んでる場合じゃないな。
こうしている間にも小蒔さん達の身体が冷えてってるんだ。
彼女達が俺の前に出られない関係上、俺が動かないと皆も動けない。
皆と楽しくお喋りするのは別に今じゃなくても出来るんだから…今はともかく部屋へと帰ろう。
巴「姫様、大丈夫ですか?」
小蒔「はい!まだまだいけます!!」ググッ
京太郎「はは。でも…そうやって頑張っても寒い思いをするだけですしね」
京太郎「俺が動かないと皆も動けないでしょうし…先に部屋へと戻ります」
巴「えぇ。私達も後で行くわ」
小蒔「一緒にお風呂、楽しみにしてますねっ」
春「私達がまだでも気にせず、先に入ってて良いから」
京太郎「あぁ。ありがとうな」
春の優しさに一つ頷いてから俺は歩き出した。
瞬間、脳裏に浮かぶのは悔やんでも悔やみきれない前回の失敗。
ふんぎりがついたと言っても、俺はトラウマを完全に振りきった訳じゃない。
けれど、俺はもうそれに弱気な自分を喚起させられたりはしなかった。
俺の為を思って混浴でも良いとそう言ってくれた皆の為にも同じ失敗は絶対に繰り返さない。
そう強く覚悟を決めながら俺は念の為に買っておいた男性用水着を取って… ――
………
……
…
天児の件で霞さんとの話を考える → ついでだから特訓描写も入れてしまえと禊の事を調べる → 途中で禊だったら春や巴さんの方が良いんじゃね?と思い始める →
じゃあ、その辺の描写キンクリして禊後に霞さんとばったり会った事にするか → いや、待て、禊って事は服濡れるじゃん…!これは濡れ透けのチャンスじゃん…! →
急遽、予定を変更して禊のシーンを書きはじめた ←今ココ
そんな訳で次は霞さんの話だと言ったな、アレは嘘だ、ですが、今日はここまでです(´・ω・`)続き頑張って書いていきます
後、明日、京ちゃんの誕生日ですが、色々あってちょっと今ネタが思いつかないので…
小ネタをここで募集してそれを適当に書いてく、みたいな事をしようかな、と思ってます(´・ω・`)事前に言っておきますがエロはキンクリで
乙
ここの埋めネタになるのかな
投下おつー! 久しぶりに巴さんのターンで巴さんかわいい!
ポイントが貯まったので京子ちゃんに膝枕する病み依子さんとかみたいです、逆に依子さんに膝枕する展開も見てみたいかも>小ネタ
ついででそれを聞いたはるるが自分も京太郎に膝枕する……と思ったけど、最近明星ちゃんが膝枕したばっかりでした\(^o^)/
>>973
濃厚な描写は魔物娘スレとかで補充できるからキンクリでいいんだけど、
でもやっぱり不憫な京ちゃんに恵みが与えられてもいいと思うから霞さんに処理してもらってほしい
事後感が漂ってればそれで満足するから(満足するとは言っていない)
>>977
ですね、ここの埋めネタにしようと思ってます
>>978
とりあえずここから書いていこうと思ったのですが…病みがどのくらいのレベルなのか分からなくてちょっと書きにくいです
普通に嫉妬してる程度なのか、それともガチヤンデレなのか
後、依子が京子の正体を知っているかいないかでも結構、変わってくると思うので指定などあればお願いします
まったくその辺りの指定がない場合はこっちで適当に書きますが
>>979
という訳でまずこっちから書いていきます
完成後軽く推敲して適当に投下していく予定です
個人的には、正体を突き止めてそれをネタに京子を脅すとかが想像できるw
―― 私と彼がこうなった理由はごく単純なものだった。
京太郎「…あ」
霞「あ」
ある朝、私が朝食を作ろうと厨房に行く途中、京太郎君とばったり会ってしまった。
勿論、このお屋敷が広いとは言っても、普段、使っている部屋などは偏っているんだもの。
私と同じようにこのお屋敷に住んでいる子とすれ違う事と言うのはそれほど珍しい訳じゃないわ。
けど、その時の彼は自分の下着を持って居て…もっと言えば鼻の奥をくすぐるような独特の生臭さを漂わせていて…。
―― …幾ら私がそういう経験がなくっても、彼がどういう状況だったのか察する事が出来る。
…でも、それが彼にとって幸いであったのかは分からない。
だって、彼が夢精してしまった下着を洗いに行く途中だったんだもの。
…そして本来ならばそれに気づいていても、気づかない振りをするのが一番だったんでしょう。
でも、私もその時はとても狼狽していて…ついつい彼が夢精した事を指摘してしまった。
―― 夢精なんて誰でも経験あるんだから気にしないで…ってそんな事を伝えようとしたのだと思うんだけど…。
…けれど、それは何とかその場を取り繕おうとしていた彼の胸を抉ってしまった。
私に会った時から顔を真っ赤にしていた彼はフルフルと震えだし、その瞳は今にも恥ずかしさで泣きそうになっていたんだもの。
このお屋敷に来た時から殆ど泣いた姿なんて見せた事がない気丈な彼のその表情に、私はさらに混乱してしまって。
何とか京太郎君をフォローしてあげなきゃ。
そう思って口に出した言葉が…全ての始まりになっちゃったのよね。
―― あの時…京太郎君に処理してあげるなんて言わなかったらどうなっていたのかしら。
あんまり『もしも』の事を考えるのは好きじゃない。
だけど…あの時、彼をフォローしようとそんな馬鹿げた事を言わなければ。
まったく的外れで…そして何の解決にもなっていない言葉を言ったりしなければ。
きっと…私は京太郎君とこうなる事はなかったでしょう。
霞「…ぁ…♥♥あぁ…♪♪♪」
京太郎「…霞さん…」
霞「ん…♥♥」
…何度も布団の上で絶頂させられた私を京太郎君の手が撫でてくれる。
まるで私の身体が宝物であるかのような優しい手つき。
京太郎君に愛されて…もう数え切れないほどアクメした身体はそれに強い悦びを感じていた。
人間のオスとして欲望をぶつけるようにして求められるのではなく、人間の男性として愛される感覚。
それに私の中の女性としての部分が震え、体中に心地良さをまき散らしていく。
京太郎「…すみません、今日もやり過ぎちゃって…」
そんな私に謝りながら京太郎君は後片付けをしてくれる。
私の身体に浮かんだ汗や流れでた愛液を優しく拭き取り、軽く寝間着を着せてくれた。
手慣れたその仕草はこうして何度も私と愛し合っているからでしょう。
…京太郎君の性欲を身体全てで受け止めるようになってから早数ヶ月…その間、私と彼は毎日、愛し合っているんだもの。
―― 勿論…性処理だった頃はこうやって身体を開いたりなんてしなかったけれど…。
当時の私にとって京太郎君は可愛らしい弟のような存在だった。
時々、男らしさにドキっとする事はあるけれど、それは今のように自分の中の女性を呼び起こされるようなものではなかったわ。
多分だけど…弟の成長を楽しむ姉のような心境に近かったんでしょうね。
だから、性処理を手伝いなんて言っても、私がやっていたのは手で男性器を扱いてあげる程度で…こうして肌を重ねる事なんて想像もしていなかったの。
―― でも…何時しか…その行為がエスカレートしていって…。
…そもそも京太郎君の性欲は私の想像以上だったのよね…。
最初の頃は手でも満足してくれていたけれど…それでも、全然、萎える気配がなかったんだから。
精液がどれだけ出ても、熱くて硬い…ガチガチの状態だったから…私も段々、不憫になって…。
一週間も経った頃には…手だけでも十分、気持ち良いし満足してますって言う彼に…私の方からフェラを言い出しちゃった…。
―― …勿論、貯めに貯めこんだ男の人の性欲が口で満足出来るはずもなくて…。
手で扱く時と同じく、射精はしてくれているのだけれど…それで京太郎君の男性器から力が抜けたりはしなかった。
寧ろ、もっと気持ち良くして欲しいと言わんばかりに私の口の中で大きくなって…。
それで…その…男性器って…け、結構、美味しくて…反応も可愛らしいのよね。
最初はそういうの殆ど分からなかったけれど…少ししたらそういうのも分かるようになってきて…。
それで…私の方も京太郎君の性処理が楽しみになって来た頃には…もう多分、泥沼だったんだと…そう思うわ。
―― それからは…転がり落ちるようにしてエスカレートしていったもの。
そうやって男性器に触れている間に私の中のメスも目覚めていってしまったんでしょう。
京太郎君の男性器をしゃぶっている時に自分の身体を慰める事が少しずつ増えていった。
でも、京太郎君は変なところで真摯で…私が自分を慰めているのに…手なんて出してくれなくて…。
彼と別れた後に…あまりにももどかしすぎて思いっきり自慰を初めて…。
でも…男性器を求める身体が自分の指なんかで満足出来るはずがなかった。
―― …だから、私の方から…京太郎君を求めてしまったのよね。
そもそも私は他の子と違って厳密な意味で巫女ではなくて、処女性はそれほど重要ではなかったし…。
何よりずっとお預け続きで身体の疼きは…もう抑えられないくらいになっていた。
他にも私がちゃんと京太郎君を満足させてあげなきゃ小蒔ちゃんが危ないとか…今まで満足させてあげられなくて可哀想だとか…。
そんな言い訳を沢山並べていたのを今でも覚えているわ。
…だけど、そんな言い訳の奥にあった私の本心は一つ。
京太郎君の男性器が欲しい。
…メスとして完全に目覚めててしまった私の身体は…弟のようであった彼の事を完全にオスだと認識してしまっていたの。
―― …それに京太郎君もケダモノのように応えてくれて…。
やっぱり私を相手にするのに我慢してくれていたんでしょう。
彼はコンドームを手に誘う私を押し倒し…何度も何度も犯してくれた。
今までの欲求不満を全部、ぶつけようとするようなそれはとっても激しくて…本当の意味で寝させて貰えなかったのを良く覚えているわ。
でも、そうやって彼に一晩中犯され続けるのは決して嫌なものではなく…とても気持ちよくって…。
―― …何より、今まで何処か物足りなかった自分の心を埋める最後のピースを見つけたような…そんな満足感を知っちゃったの。
多分、その時にはもう私は彼の事が好きだったんでしょうね。
幾ら私が焦らされ続けていたとは言っても…何とも思っていない相手に身体を開くほどふしだらな女性ではないつもり。
そもそも改めて異性として認識した彼は…とても良い人だったから。
据え膳として差し出された私の身体にも我慢して、グっと堪えるだけの優しさと自制心を兼ね備えた男の人なんてこれから先、出会えるかどうかも分からないものね。
―― そして、今は… 。
霞「あ…♥」ドプ
京太郎「ん…どうかした?」
霞「ん…♪ちょっと垂れて着ちゃった…♥♥」
…膣内射精まで彼に許すようになっているのよね。
勿論、私は厳密な意味での巫女ではないにせよ、そう簡単に妊娠する訳にはいかないし。
京太郎君の子どもであれば産んでも良いと想っているけれど、状況が決してそれを許しはしてくれないから…。
だから、一応、避妊薬としてピルは常用しているけれど…。
霞「(…出来ちゃったりしないかしら?)」
…これはあくまでも性欲処理。
私にはもうそのつもりはないけれど…でも、恋人同士の睦み合いと言うには少々、物足りないでしょう。
だって…私はこんな状況になっても彼に愛を告白する事は出来ないんだから。
…途中、イき過ぎて好きだとか愛してるって言っているような気はするけれど、面と向かっては言っていないはず。
霞「(…でも、赤ちゃんが出来ちゃったら…)」
もう性欲処理だなんて言えない。
きっと彼は責任を取る為に私と結婚すると言ってくれるでしょう。
いや…今だって京太郎君はそう言ってくれているわ。
私の事が好きだって…付き合ってくれって何度も求めてくれているけれど…でも、柵の多い私はその答えを保留にし続けたまま。
だけど…もし赤ちゃんが出来たら…そんな風に保留にしてはいられない。
私も大手を振って…彼の恋人に…ううん、夫婦になる事が出来る。
京太郎「…霞さん」ギュゥ
霞「ん…♥」
…そんな酷い事をしている私を腕枕しながら…彼は私の名前を呼んだ。
何処か愛しそうなそれに私は優しいキスで応えてあげる。
本当はもっとエッチなのでも良いけれど…でも、時間も遅くなっているし…。
京太郎君は明日も学校があるんだから、これで我慢しておかないと…ね…。
京太郎「…愛しています」
霞「…えぇ♥」
彼の告白に私は多くを語らない。
ただ、彼のその愛が嬉しいのだとそう言うように何度も何度も口付ける。
チュッチュと音を鳴らすように小刻みなそのキスに…京太郎君の男性器がまた大きくなっていって… ――
―― …結局、私はまた京太郎君の性欲を一番、気持ち良い部分で受け止める事になってしまった…♥♥
なんか求められてるのと違う気がするけど書いちゃったんでぽいっちょ
そしてフランス人でも何でも小ネタ欲しいなら、まず自分の見たいネタを置いてってもらおうか(ゲス顔)
>>982
個人的には京子を悪いと思いながら脅しつつもその体におぼれていく依子とか書きたいけど、指定が膝枕だからなー!!
膝枕だからしょうがないなー!!!
「あら、京子さん。御機嫌よう」
「御機嫌よう、京子さん」
京子「えぇ。先輩方も御機嫌よう」
「もう。先輩だなんて他人行儀な呼び方はしないで構わないんですのよ?」
「えぇ。気軽にお姉さまと呼んでくださって構いませんわ」
京子「いえ、それは…」
依子「…京子さん、御機嫌よう」
京子「あ、依子お姉さま」
「よ、依子さん…?」
依子「お二人とも御機嫌よう」
依子「…それで一体、京子さんと何のお話をされていたのです?」
依子「何やら親しげに京子さんにお姉さまと言っていたように聞こえましたが」
「い、いえ…あの…」
依子「…まさか私から京子さんを取ろうだなどと考えている訳ではないですわよね?」
「ま、まさか!そんな…滅相もない!!
依子「…ふふ。えぇ。勿論、分かっておりますよ」
依子「お二人とも…冗談なんですよね?」
「え、えぇ。勿論です」
「京子さんが依子さんとスールの契を交わした事は全校生徒の知るところですから」
「何も本気でお姉さまと呼んで欲しかった訳では…」
依子「やはりそうでしたか」
依子「…ですが、伝統ある永水女子の淑女がそのような冗談を口にするものではありませんよ?」
依子「もっと優雅に気品ある振る舞いを心がけてくださいね」
「は、はいいっ!」
「で、では…わ、私達はこれで…!!」
依子「…まったく油断も隙もありませんわね…」フゥ
京子「あの…依子お姉さま?」
依子「…なんです?」
京子「何もあそこまで言わなくっても宜しかったのではないですか?」
依子「…………京子さんは私ではなく彼女達の肩を持たれるのですね」ジィ
京子「え?い、いや、別にそういう訳では…」
依子「これは病み依子ポイントを加算しなければいけませんわ」
京子「えっ」
依子「…そうですわね」
依子「今ので大分、傷ついたので…とりあえず15ポイントほど追加致しましょう」
京子「じゅ、15ポイント…と言う事は…」
依子「…えぇ。強制膝枕の刑ですわ」ニコ
~膝枕中~
京子「うー…」
依子「あら…京子さん、どうかなさいました?」
京子「いや…あのさっきから周りの視線が…」
依子「…まぁ、放課後に学校と正門の間にあるベンチで膝枕などしている訳ですから」
依子「皆さん、何事かとこちらを見るのも致し方ない事でしょう」
京子「…はぅ」カァァ
依子「ふふ。大丈夫ですよ、恥ずかしがらなくても」
依子「京子さんが私のものだと言うのは既に全校生徒が周知の事実ですから」
依子「遠慮無く私の膝を楽しんでいれば良いのです」
京子「そ、それはそうなんですけれど…」
依子「…大体ですね」
依子「京子さんがあの子達を庇うのがいけないのですわ」
依子「…大体、なんですか」
依子「ちょっと私より胸が大きい二人組だからってデレデレしちゃって…」
依子「…私だって一応、平均くらいはありますのよ?」
依子「それ以上望むのは我儘と言うものですわ」ブツブツ
京子「いや…あの…別に胸のサイズは関係ないですし…そもそもデレデレもしていませんよ?」
依子「…じゃあ、しっかりと証明して欲しいですわ」
京子「証明?」
依子「えぇ。京子さんがさっきあの二人に甘い顔をしていたのは胸のサイズなんて関係ないんだって」
依子「…あの二人以上に私に優しくする事で証明なさってください」
京子「…………実はそっちが狙いだったりします?」
依子「さぁ、どうでしょう?」クス
依子「ただ…京子さんとの甘い時間を過ごす良い機会だと思ったのは否定は致しませんわ」
京子「私のお姉さまは結構、ちゃっかり者なのですね」
依子「えぇ。そして…意外と嫉妬深いのですわ」
依子「…さっき私が不機嫌だったのは決して演技でも何でもないんですのよ?」
京子「大丈夫ですよ、依子お姉さま」スッ
依子「…ん…♪」
京子「私のお姉さまは依子お姉さまただ一人だけですから」
依子「…お姉さまだけですの?」
京子「…それ以上のが欲しいのですか?」
依子「えぇ。私は案外、欲しがりですから」
依子「京子さんにとって大事な人の全てを自分で埋め尽くしたい」
依子「今も…こうして京子さんに膝枕をしながらそんな事を思っていますわ」
京子「……でも、私達、女の子同士ですよ」
依子「えぇ。女の子同士なら…恋人にはなれませんわね」
京子「……」
依子「……」
京子「…依子お姉さま、ちょっと起き上がって良いですか?」
依子「構いませんけれど…一体、どうして?」
京子「…ありがとうございます」
京子「理由は…まぁ…」ポンポン
依子「…え?」
京子「…今度は依子お姉さまの方からどうですか?」
京子「あまり寝心地は良くないかもしれませんけれど…」
依子「…ふふ。京子さんは結構、遠回しな方ですのね」
京子「残念ながら今は月が出ていないものですから」
依子「…そうですわね。では…喜んでお受けいたしますわ」
依子「出来れば…月が出るまで…ずっと…ね」ニコ
なんか勢いで告白してますが、まぁ、本編とは無関係な小ネタなんで良いかなって…
病み度は比較的軽めになってますが、もうちょっと嫉妬させても良かったかなーと思わなくもなかったり
ちなみに次スレー
【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」巴「その5ね」【永水】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1422886379/)
後もう一本くらいなら書けそうな気がしなくもない
あっちで最初のレスについたネタをこっちに投下していきます
病み依子ポイントは依子が嫉妬する度に増えていきます
基本的に依子ポイントと同じですが、京子に対して強制力を発揮し、京子がそれを断ったら更に増えていきます
本編でも出るかどうかは未定です
また明星ちゃんの話がちょっとこっちに収まりそうになかったんで新スレの方に投下しました
こっちは埋めていってください
>>1000は考慮します(実現するとは言ってない)
>>1000なら次からエロ解禁
このSSまとめへのコメント
咲ちゃんがバラしちゃうというバットエンドはガチで避けてほしいですね
続き期待しておまちしております
691<<期待してまっています
そういえば京子のオカルトは悪運を相手に幸運を自分にということは長野、鶴賀の妹尾(だったけな?)と対戦したらむごいことになるんじゃないんかな