【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」巴「その5ね」【永水】 (1000)


○このスレは所謂、基本ギャグな京太郎スレです

○安価要素はありません

○設定の拡大解釈及び出番のない子のキャラ捏造アリ

○インターハイ後の永水女子が舞台です

○タイトル通り女装ネタメイン

○舞台の都合上、モブがちょこちょこ出ます(予定)

○雑談はスレが埋まらない限り、歓迎です

○エロはないです、ないですったら(震え声)                            多分

○エロはないと言ったな、アレは嘘だ





【咲ーSski】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」【永水】
【咲―Sski―】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」【永水】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1392206943/)


【咲―Sakj】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」春「そのに」ポリポリ【永水】
【咲―Saki―】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」春「そのに」ポリポリ【永水】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1396054628/)

【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」小蒔「その3ですね!」【永水】
【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」小蒔「その3ですね!」【永水】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1402850032/)

【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」初美「その4なのですよー」【永水】
【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」初美「その4なのですよー」【永水】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1410530733/)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1422886379


明星「京太郎お兄さまぁっ♥」ダキッ

京太郎「う、うわ…っ」

明星「お兄さま…ぁ♥お兄さまぁ…♥♥」クンカクンカスーハー

京太郎「ちょ、な、何だ!?何が起こった…!?」

初美「あー…やっぱこっちに来てたですかー」

京太郎「ちょ、初美さん!どういう事っすか、コレ!?」

初美「いやぁ…実は明星ちゃんって超絶お酒弱いのですよー」

初美「ぶっちゃけ料理にお酒入ってたら味見で酔っ払うレベルで」

京太郎「激弱じゃないですか!?」

初美「だから、出来るだけ飲ませないようにしてたんですが…今日はほら奉納祭だったじゃないですかー」

初美「で、そこでお神酒飲んじゃったもんですからちょっと色々とトんじゃって」

明星「ふにゃあっ♪ふわぁあ♥♥」ウットリ

京太郎「トんでるとかそういうレベルじゃないんですが!?」

初美「まぁまぁ。おっぱい好きな京太郎君からすれば役得じゃないですかー」

初美「とりあえず害はないはずなんで適当に楽しめば良いのですよー」

京太郎「またたび吸った猫みたいになってる明星ちゃんに抱きつかれて楽しめるか!!」

初美「んな事はこっちも知った事じゃないのですよー」

初美「あ、私も明星ちゃん抜けた分、埋めなきゃいけないのでそろそろ戻るのですー」

初美「どうせ京太郎君は暇してる訳ですし、明星ちゃんの事よろしくなのですよー」トテテテ

京太郎「ちょ、初美さぁん!?」


明星「お兄さまぁ…♥♥」ギュゥ

京太郎「あーえっと…とりあえず明星ちゃん、大丈夫か?」

京太郎「気分とか悪くない?」

明星「ふふ…お兄さまはやっぱりとっても優しいのですね…♪」

明星「明星にも…こんなに気を遣ってくれて…♥」スリスリ

明星「でも、大丈夫ですよ…♪」

明星「明星は…お兄さまにギュゥしてるだけで幸せですからぁ…♥」

京太郎「そ、そうか…」カァ

明星「あ、でも…ちょっとだけお水は欲しいかもしれません…♪」

京太郎「そ、そっか。じゃあ、ちょっと水取ってくるから…」

明星「だーめーでーすー♥」ギュゥ

京太郎「ちょ、あ、明星ちゃん…!?」

明星「…折角、明星がギュゥしてるのに離れちゃやー…ですよぉ…♥」

京太郎「い、いや、でも、離れないと…水取ってこれないしさ」

明星「別に取って来なくても…ここにあるじゃないですか…♪」スッ

京太郎「…え?」

明星「…お兄様のツバで…明星の喉を潤してください…♪」

京太郎「ま、待って!ストップ!すとおおっっっっぷっ!!」

明星「…どうして止めるんですか?」

京太郎「いや、止めるだろ。そこは止めなきゃダメだろ…!」

明星「……やっぱり嫌いなんですね」

京太郎「え?」

明星「…明星が何時もお兄さまに酷い事言ってるから…」

明星「だから…お兄さまに嫌われてしまったんですね…」ジワ

京太郎「ちょっ!ち、違っ!違うから…!」

明星「…じゃあ、明星の事…好きですか?」

京太郎「あ、あぁ、好きだ!」

明星「…じゃあ、チューしても良いですよね…♥」ニコ


京太郎「い、いや、だから、それとこれとは話が別だからな」

明星「…どうしてもダメですか?」

京太郎「ダメだ。だって…明星ちゃん今、冷静じゃないからな」

明星「…明星は冷静です」ムゥ

京太郎「俺の呼び名どころか一人称すら何時もと違う子が何言っても説得力ねぇよ」

京太郎「…つか、そうやって俺とキスしたがってくれるのは嬉しいけどさ」

京太郎「でも…俺は明星ちゃんの事が好きだからこそ、そういう勢い任せでってのは嫌なんだよ」

京太郎「本当に俺としたいなら酔いが覚めた後に改めてキスを申し込んでくれよ」

明星「…別に酔った勢いなんかじゃありません」

明星「明星は…ずっとお兄さまとこうしてキスしたいと思ってました」

明星「本当は…地方予選の時からお兄さまの事がずっとずっと好きで…」

明星「でも…男の人を好きになった経験がないからどう接して良いか分からなくて…」

明星「何時も…ついつい意地になって…お兄様に酷い事言っちゃってましたけど…」

明星「本当は…ずっとずっと好きだったんです…♥」

明星「お兄さまと…恋人同士がするような事…一杯やりたいってそう思ってたんですよ…?」

明星「だから…キス…してください♪」

明星「いいえ…キスよりももっと素敵な事も一杯…♥♥」

明星「明星に…してください…♥」ジィ

京太郎「…却下」

明星「ぅー…」

京太郎「勿論、明星ちゃんの気持ちは嬉しいよ」

京太郎「嬉しいけど…流石にそんなへべれけ状態の子とそういうのする訳にはいかないしさ」

京太郎「今回は保留って事にしてくれよ」


明星「…お兄さまは意固地です…」スネー

明星「…そもそも明星がこうやってギュゥしてるのに、ちょっと冷静過ぎじゃないですか?」

明星「もうちょっとドキドキしても良いと思います」

京太郎「いや…ドキドキはしてるんだけどなぁ」

明星「全然、そうは見えませんけど…」

京太郎「なんだかんだ言って小蒔さんとか春にほぼ毎日抱きつかれてるから取り繕うのは大分上手くなっちゃってさ」

明星「…む」ギュゥゥ

京太郎「ちょ、あ、明星ちゃん、首締まってる…!」

明星「明星と二人っきりなのに他の女の人の名前出すお兄様が悪いんです…!」

京太郎「わ、悪かったよ。だから…」

明星「…反省してますか?」

京太郎「あぁ。してる」

明星「本当にドキドキしてくれていますか?」

京太郎「あぁ。本当だって」

明星「チューしてくれますか?」

京太郎「そんな手に引っかかるか」

明星「むむむ…」

京太郎「何がむむむだ」

明星「…だって…お兄さま、全然、ドキドキ、表に出してくれないじゃないですか」ギュゥ

京太郎「…明星ちゃん?」

明星「…不安なんです」

明星「言っときますけど…さっきの告白、結構、勇気出したんですからね…?」

明星「それをあんな風に大人の対応されたら…流石に傷つきます…」

明星「何時だって…相手を傷つけない対応が正しいって言う訳じゃないんですよ…?」

京太郎「……」


京太郎「…仕方ないな、ほら」ギュッ

明星「あ…♥」

京太郎「…俺の心音、聞こえるか?」

明星「…はい。ドキドキ…鳴ってます…♥」

京太郎「言っとくけど、これ明星ちゃんの所為なんだからな」

明星「明星…の…?」

京太郎「あぁ。明星ちゃんが俺に抱きついてくるから…俺の身体も興奮してさ」

京太郎「こんな風にドキドキして…内心、かなり焦りまくってる」

明星「…それは」

京太郎「勿論、明星ちゃんの事が嫌いだからとかじゃないぞ」

京太郎「寧ろ…明星ちゃんがとっても良い子で…そしてそれ以上に可愛いからさ」

京太郎「こんな子に好かれて幸せだーって心臓がドクドクしてるんだよ」

明星「~~っ♥」キュン

京太郎「…少しは不安も消えたか?」

明星「…はい。消えました…♥」

明星「…でも」

京太郎「ん?」

明星「もうちょっとだけ…このままで良いですか?」

明星「お兄様の心臓の音…まるで子守唄みたいに心地良くって…♪」

明星「ずっと…聞いていたいんです…♥」

明星「ふふ…♪ちょっとドキドキ…大きくなりました…♥」

明星「これ…良いって事ですよね…♥」

明星「明星の事…お兄様もギューしたいって…そう言ってくれてる音ですよね…っ♪」

京太郎「…あー…そうだよ」

京太郎「俺も明星ちゃんとこのままで居たいって思ってる」

京太郎「だから…好きなだけ聞いていけば良いよ」

京太郎「酔いが抜けるまでちゃんと付き合ってやるからさ」

明星「はい…♥」


~数時間後~

明星「ん…♪」

京太郎「…あ、起きたか?」

明星「…ふぇ?」

京太郎「結局、途中で寝ちゃったからびっくりしたぞ」

明星「な、なななななななななななっ!?」カァァ

京太郎「…あ、これはまさか…」

明星「な、何私の事抱きしめてるんですか!!この変態!!」プシュウ

京太郎「…やっぱりか」

京太郎「いや、まぁ…悪かったな、ずっと抱きしめてて」スッ

明星「ぁ…」

京太郎「ん?どうかしたか?」

明星「な、なんで離すんですか?」

京太郎「え、いや、だって、変態って…」

明星「京太郎さんが変態なのは別に何時もの事じゃないですか!!」

明星「大体、酔いが抜けるまで付き合うって言ってくれた癖に…ちゃんと確認もせず手放すだなんて…」

明星「む、無責任ですよ!無責任!!私、京太郎さんがそんな人だと思いませんでした!!」

京太郎「えーっと……明星ちゃん」

明星「はぁ…はぁ…なんですか?」

京太郎「…もしかして酔ってた時の事覚えてる?」

明星「あ…ぅ…」カァァァ

明星「お、覚えてません!!お、お兄様に告白した事なんて明星、まるっきり覚えてませんからぁああ!!」

京太郎「完全、覚えてるじゃねぇか」

明星「覚えてませんもん!お兄様が明星の事思った以上に真剣に考えてくれてて嬉しかった事とか全部、忘れちゃいました!!」

京太郎「あー…うん。まぁ、それならそれでいいや」

明星「…じゃあ」

京太郎「ん?」

明星「…まだ酔ってるみたいですから…ギューしてください」

京太郎「…本当に酔ってるのか?」

明星「よ、酔ってます…!」

明星「だ、だって…き、京太郎さんの事…凄く…か、格好良く思えるんですもん…」

明星「こんなの…よ、酔ってる以外にあり得ないじゃないですか…」モジモジ

京太郎「…素直じゃないなぁ」ギュゥ

明星「んぅぅ…♥」

京太郎「…で、それは遠回しな告白だって思っても良いのか?」

明星「し、知りません…♥お、お兄様の…馬鹿ぁ…♥♥」ウットリ

カン!つけるの忘れてた不具合(´・ω・`)



     ____________
    ヾミ || || || || || || || ,l,,l,,l 川〃彡|
     V~~''-山┴''''""~   ヾニニ彡|       エロ解禁はする・・・・・・!

     / 二ー―''二      ヾニニ┤       するが・・・
    <'-.,   ̄ ̄     _,,,..-‐、 〉ニニ|       今回 まだ その時と場所の
   /"''-ニ,‐l   l`__ニ-‐'''""` /ニ二|       指定まではしていない

   | ===、!  `=====、  l =lべ=|

.   | `ー゚‐'/   `ー‐゚―'   l.=lへ|~|       そのことを
    |`ー‐/    `ー――  H<,〉|=|       どうか諸君らも
    |  /    、          l|__ノー|       思い出していただきたい
.   | /`ー ~ ′   \   .|ヾ.ニ|ヽ
    |l 下王l王l王l王lヲ|   | ヾ_,| \     つまり・・・・
.     |    ≡         |   `l   \__   我々がその気になれば
    !、           _,,..-'′ /l     | ~'''  エロの解禁は
‐''" ̄| `iー-..,,,_,,,,,....-‐'''"    /  |      |    10年後 20年後ということも
 -―|  |\          /    |      |   可能だろう・・・・・・・・・・ということ・・・・!
    |   |  \      /      |      |



いや、まぁ、流石に本編でエロ解禁すると進行が洒落にならんほど変わってくるのでやりませんが!!
え、エロは魔物娘スレの方で期待しててください(震え声)

>>18
すでに投稿ペースが落ちれるのは気のせいでしょうか?

>>20
ま、魔物娘スレが終わればもうちょっとこっちに集中出来るようになるから(震え声)
あ、ちなみに今日はあっちもありません(´・ω・`)データまだ出来てません…
後、こっちの次の投下は明後日辺りを目処に頑張ってます(´・ω・`)

別に明示せんでもいいのよ
霞さんが少し疲れてるけど京ちゃんはやけにスッキリした顔してる、とかそんな一文でもいいのよ
女性のペルソナ被ってるから精神的にEDになる可能性あって不憫すぎる

なぁに以前に比べたら結構サボってるというか大分お待たせしてますからね(´・ω・`)
無理はしてませんがちょっとでもペースあげなきゃいけないかなーと
と言うか魔物娘スレをいい加減終わらせたい(´・ω・`)どれだけ時間掛かってるんだと

あ、ちなみに一応、こっちの分は書き上がったんで明日見直しすれば投下出来るはずです

>>26
基本、京ちゃんの一人称で進むこのスレだと『そういう出来事があった』と言うだけでも結構、反応が変わってくるので…
それにその辺の性的刺激は春とそれに触発された明星ちゃんがやってくれてますし精神的EDに関しては大丈夫だと思います
ご褒美に関してはほら…ある意味、京ちゃんの今の状況ハーレムなんで(震え声)

ヒャッハーもう我慢出来ねぇ投下だー!



………


……






京太郎「(春たちとの混浴は拍子抜けするくらい普通に終わった)」

勿論、別に何かしらのトラブルがあると期待していた訳じゃないし…皆が約束を破るとも思っていた訳でもない
だけど…俺にとっては前回の混浴はどうしても身構えてしまうくらいに辛い経験だったのである。
何か偶然に偶然が重なったりしなければ、ToLoveるは起こらない。
そう分かっていても、やはり心と身体は警戒していた。

京太郎「(まぁ、その所為か、あんまり安らいだ感はなかったけれど…)」

この辺りの温泉から直接引っ張ってきているというここの風呂はそりゃもう極楽と言っても良いものだ。
どれだけ稽古で疲れていても、その疲れをジンワリと溶かしていってくれる。
けれど、朝の俺にはそんな疲れが消えていくような感覚はなかった。
それは恐らく疲れが消えていく以上に、身体が緊張し続けていたからなんだろう。


京太郎「(でも…皆との混浴は楽しかったな)」

建前上は男湯と女湯を見えない敷居で分けられている…という形にはなっているものの、顔は見えるし、声も届く。
約束通り接触こそなかったものの、風呂で暖まってリラックスした彼女達との会話は楽しかった。
それはあっちも同じみたいで、また明日も一緒にお風呂に入りましょうって小蒔さんに誘って貰えたし。
緊張こそしたものの、中々に実りのある時間だったとそう思う。

京太郎「(その後も色々特訓が続いて…)」

風呂に入り終わった後には念願の朝食…って訳にはいかない。
巫覡としてまだまだ未熟な俺は神様との結びつきをより強くする為に舞や祝詞の奉納も欠かさずやらなければいけないのだから。
その先生は、俺と同じように神降ろしを扱う小蒔さんだったんだが…小蒔さんってかなりの感覚派なんだよなぁ。
神道に関してまったくの門外漢の俺には中々、理解が難しい説明だったと言うか…ついていくのに精一杯だった感があった。

京太郎「(…流石に毎日、これだと小蒔さんに悪いから…後で別の人に見てもらおう…)」

別に舞や祝詞の奉納は一日一回って訳ではないのだ。
多ければ多いほど良いと言う訳ではないが、別に回数が決まっている訳ではないらしい。
明日も小蒔さんと一緒に舞や祝詞の奉納をする予定なのだし、今日の間にもうちょっと練習して見れるものになっておこう。
流石に今日みたいに小蒔さんの時間を無駄に取ったりすると本気で朝食を食べられるか危なくなるし。


京太郎「(でも…小蒔さんはすげぇよなぁ)」

毎朝、早起きして春や巴さんと一緒に禊をし、それから一人で舞と祝詞を奉納している。
それを一年続けるのだって中々に大変だと思うのだけれど、彼女は子どもの頃からずっとそうやって生活してきたらしい。
具体的にどれくらいからなのかは怖くて聞けなかったけど…でも、それがここ数年なんてレベルではないのは確実だ。
目を離したら寝ている事も多いけど…それはただ単に寝坊助だからと言うだけじゃなく、彼女が早起きしてるって言う事も大きいんだろう。

京太郎「(勿論、今までだって分かってなかった訳じゃないけど…)」

京太郎「(流石に、ここまで毎朝、忙しく動いてるなんて思ってなかった)」

京太郎「(やっぱ何事も相手の立場に立ってようやく見えてくるものがあるって事…)」

京太郎「ふぁぁ…あ…」

京太郎「(…って、やばい。まさかこんな大きな欠伸が出るなんて)」

京太郎「(今日は稽古の類は軽めにして貰ったからそれほど疲れてる訳じゃないんだけどな)」

京太郎「(思った以上に早起きが効いてるって事か…)」

京太郎「(まぁ…今日は宿題の類も終わって、やらなきゃいけない事はないんだけど…)」

ただ…まだ寝るには早いって時間なんだよなぁ。
一日のルーチンタスクは既に終わったし、もうこのまま布団にダイブしても問題ないんだけれど。
だけど、このまま寝るにはなんとなく勿体無い気がするし…何より、やりたい事がない訳でもなくって… ――


京太郎「んー…………よしっ」

決めた。
やっぱこのまま寝るのは勿体無い。
眠いのは眠いけど…別に今すぐ堕ちるほど強烈なもんじゃないんだ。
ここはちょっと我慢して…誰か探しに行こう。
まだ皆も寝る時間には早いし、眠気覚ましついでにお屋敷の中を歩いていたら誰かと会うはずだ。

京太郎「(んで、時間がありそうだったらその人に奉納の件について色々とアドバイスを貰えば良い)」

京太郎「(出来れば巴さんに会えたらベストかな)」

京太郎「(レベルアップが一番早いのは霞さんなんだが…あの人、外見から想像出来ないくらいスパルタタイプだし…)」

京太郎「(初美さんはアレでいて分かりやすい教え方をしてくれるんだけど…それ以上に話が脱線する事も多いし)」

京太郎「(巴さんはそうやって脱線する事もなければ、設定した目標を達成出来るまで続けなさいってキャラでもないからな)」

京太郎「(出来れば巴さんがベストってところか)」

京太郎「(まぁ、巴さん達以外でも長年、学生兼巫女やっているんだ)」

京太郎「(多分、俺よりもずっと舞や祝詞に詳しいだろう)」

京太郎「(そうと決まればっと)」スクッ

畳の上から立ち上がった瞬間、身体に小さな重みを感じる。
けれど、それは決して一度決めた事を揺るがすほど大きなものではなかった。
この程度の眠気なら問題なく舞も踊れるはず。
それを再確認してから俺はそっと自室の襖を開いて… ――


霞「あ」

京太郎「あ」

瞬間、俺の部屋の前に立っていた霞さんと目が合った。
それも俺の部屋を横切ろうとしていた真っ最中とかではなく、俺に対して向かい合うように立っている。
まるで今にも俺の部屋へと呼びかけようとしていたその姿に俺は内心、首を傾げた。

霞「こんばんは、もしかして寝る所だったかしら?」

霞さんがそう尋ねてくるのは俺の顔に眠気が残っていたからだろう。
身体を動かすのに支障はないレベルとは言え、それでもついさっき欠伸が漏れていた訳だからな。
きっと目敏い霞さんには俺がもう眠くなっている事が伝わったんだ。


京太郎「あ、いえ、大丈夫ですよ」

京太郎「寧ろ、今からちょっと眠気覚ましに歩こうと思っていたところですから」

霞「そう。それならちょっと時間貰って良いかしら?」

京太郎「えぇ。構いませんけど…何か力仕事でも出来ました?」

霞「流石に力仕事が出来たくらいじゃ休んでる京太郎くんを呼びに来たりしないわよ」

霞「ただ…ちょっとお話したい事があって…ね」

京太郎「お話…ですか?」

霞さんがこんな風に言葉を濁すのは珍しい。
基本的に彼女は言いたい事はハッキリと言うタイプだ。
それをしないと言うのはしたくても状況がそれに適していない時くらい。
つまり人には聞かれたくないくらい重要な要件がある時だけだ。
となると…ここで問答しててもあんまり意味はないだろうし、とりあえず部屋に上がってもらった方が良いか。

京太郎「…じゃあ、とりあえず部屋にでも入りますか?」

霞「えぇ。お邪魔させて貰おうかしら」

京太郎「はい。どうぞ」スッ

これが長野の自分の部屋だったら、ちょっと待って貰わなきゃダメだっただろうけれどな。
鹿児島に来てから自分のモノなんて殆ど増えていないから、霞さんが相手でも軽く通す事が出来る。
…しかし、それでもやっぱ緊張はするなぁ。
いや…今まで春たちは何度か部屋に入ってきてるし…霞さんも部屋にあがっていた事はあったのだけれど。
でも、風呂あがりなのか濡れた髪をアップにして薄紅色の寝間着を着た姿はとても色気を感じさせる。


京太郎「(…春みたいに直球でエロいって感じじゃないんだけど…漂うような色香があるって言うか…)」

京太郎「(普通にしてるはずなのにすげぇドキドキする)」

京太郎「(何時もそうなんだけど…今は何時も以上に大人の女の人って感じ)」

京太郎「(これでまだ成人してないんだからすげぇよなぁ…)」

京太郎「(このまま大人になったら…霞さんはどれだけ色気のある人になるんだろ…)」

京太郎「(…って、んな事考えてる場合じゃないか)」

京太郎「とりあえずこれ座布団です」スッ

霞「ありがとう。使わせてもらうわね」ストン

京太郎「で、後はお茶とか出した方が良いですよね」

霞「もう。そんなの一々、気にしなくても良いわよ」クス

霞「私が突然、訪ねてきた側なんだから自然体で良いわ」

京太郎「…分かりました」

とは言え…完全な自然体って言うのは難しいよなぁ。
何せ、霞さんは俺にとって理想の女性がそのまま現実に現れたような人なんだから。
流石に不埒な気持ちは抱いていないが、風呂あがりの寝間着姿、しかも、大事な話がありそうだ、ともなればやっぱりドキドキしてしまう。
頭ではまずないと分かっていても、すわ逆夜這いか!なんて下らない考えがどうしても胸を過るんだ。


京太郎「(ま、まさかな)」

京太郎「(幾ら今の俺の人生が『事実は小説よりも奇なり』を地で行っているとは言え、そんな事あるはずがない)」

京太郎「(確率として提示するならば、1%あるかどうかってところだろ)」

京太郎「(…でも、1%あれば、霞さんが百回訪ねてきてくれたら一回は期待しても良いって事に…!?)」

霞「それで…私の要件って言うのは、今日、小蒔ちゃん達と混浴したって聞いたんだけれど…」

京太郎「…あ、あぁ、そっちですか」

霞「そっち?」キョトン

京太郎「あ、いえ、何でもないです」

まぁ…毎日、顔を合わせる霞さんが重要な話をするともなれば、今日の出来事が出てくるのが普通だよな。
そもそも、ここで告白やら夜這いやらが出てくるほど俺は霞さんの好感度を稼いだ自信がない。
ある意味、当然…とは言え、なんとなく残念な気がするのは、やはり自意識過剰な男子高校生の性か…。

京太郎「で、混浴ですが、一応、アレは合意の上でして…」

霞「あ、いや、別に京太郎君を責めてる訳じゃないのよ」

霞「巴ちゃんからそこに至るまでの経緯は大体、聞いてるから」

京太郎「け、経緯って…」

や、やばい…。
もしかして小蒔さんの濡れ透け姿を拝んだ事も巴さんから聞かされてたりとか…!?
い、いや…もし、それならきっと霞さんはもっと強く怒っているはず…。
きっと巴さんは俺の事を思ってあの件は秘密にしててくれたんだろう。
そうだ、きっとそうに違いない…!!


霞「…もしかして何か私に知られたくない事でもあったの?」ジトー

京太郎「い、いいいいや、そんな事ないですよ!?」メソラシ

霞「京太郎君って京子ちゃん以外の時は分かりやすい性格してるわよね」

霞「今だって思いっきり目を逸らしてるし」ジィィ

京太郎「う…」

【須賀京子】の時は全力でその仮面を維持しなかったら即社会的に死亡だからなぁ…。
それに比べれば、【須賀京太郎】である時は随分と気が抜けて、反応も分かりやすくなっているんだろう。
そう冷静に分析する程度の余裕がない訳じゃないが…さりとて、今更そんな情報があったところでどうにもならない。
既に俺が狼狽している姿は霞さんの目に映ってしまった後なのだから。

霞「…まぁ、巴ちゃんが私に言わなかったって事はその方が良いと判断したという事でしょうしね」

霞「今ここで深く追求したりはしないけど…」

京太郎「ほっ」

霞「…小蒔ちゃんに不埒な真似したら…分かってるわよね?」ニコ

京太郎「は、はいぃっ!?」ビクッ

お、思わず声が上ずってしまった…。
しかし…今の霞さんの笑顔ってそれだけ怖いもんだったんだよな…。
笑顔とは本来、攻撃的なものであり以下略って感じ。
有無を言わさないその笑みに思わず背筋が跳ねて、ピンと姿勢を正してしまったくらいだ。


霞「…と言っても、京太郎君が今更、小蒔ちゃんにそういう真似をすると本気で思っている訳ではないんだけどね」クス

京太郎「え?」

霞「私の目だって決して節穴って言う訳じゃないのよ?」

霞「京太郎君も小蒔ちゃんの事をとても大事に思ってくれている事くらい分かってるわ」

京太郎「…霞さん」

霞「今回もまた混浴とかになって京太郎君も大変だと思うけれど…」

霞「でも、小蒔ちゃんも京太郎君と仲良くなりたいからこそ、混浴しようって言っている訳だから」

霞「出来れば悪く思わずに仲良くしてあげてくれると嬉しいわ」

京太郎「…勿論です」

霞さんに言われるまでもない。
彼女が言う通り、俺にとって小蒔さんはとても大事な人なのだから。
色々と振り回される事もあるが、それは決して嫌なものじゃない。
寧ろ、小蒔の純粋さに救われた回数は数えきれないくらいほどあるんだ。
正直、こちらの方が仲良くさせてくださいとお義母さん…いや、霞さんにお願いしたいくらいである。

霞「…ありがとう」ニコ

霞「京太郎君にそう言って貰えると安心するわ」

京太郎「…嬉しいとかじゃなく安心ですか?」

霞「えぇ。だって京太郎君はちゃんと約束を護る子でしょう?」

霞「少なくとも…守ろうとはしてくれるはずだわ」

霞「殆ど知らない依子ちゃんの為に誰よりも頑張った貴方なら…間違いなくね」クス

…その言葉には俺に対する強い信頼が現れていた。
俺ならきっと大丈夫、そんな感情が感情が伝わってくるような言葉はとても擽ったい。
でも…霞さんにそこまで信頼して貰えていると言うのはやっぱり嬉しいものだった。
霞さんが俺の理想だとかそういうとはまた別に…彼女は凄い人だから。


京太郎「(永水女子で伝説を作って…)」

京太郎「(今も俺たちの監督みたいな真似をしてくれていて…)」

京太郎「(…そして… ―― )」

天児。
霞さんが神代の巫女である小蒔さんの為に用意されたオカルト的な意味での身代わりであるという話を俺は思い出す。
勿論、それが事実であると俺は心から信じている訳じゃない。
神様の言葉は状況から推察しただけのものに過ぎず、明確に証拠があった訳ではないのだから。
けれど… ――

京太郎「(…その推論を建てたのは人間である俺とは比べ物にならないほど凄い存在で…)」

京太郎「(そして…その推論は荒唐無稽だけれど…決して無根拠なものじゃなかった)」

馬鹿げた推論だと一蹴するには、それはとても真実味のある話の内容だった。
そもそも…俺の境遇そのものが馬鹿げている以上に信じられないものなのだから。
普通に生活していた男子高校生がいきなり戸籍を書き換えられ、女性としての生活を強いられる。
マンガや小説でも滅多にないようなその荒唐無稽な展開が神代家によって実際に引き起こされているのだから…その家に近い霞さん達にも何かあったと思うのが当然だろう。


京太郎「(…だけど、俺にはそれがただの正しいかそうでないかの判断がつかない)」

京太郎「(でも…今、それを判断出来る当事者が丁度、俺の目の前に居て…)」

京太郎「(そして部屋にこうして二人っきりなんだから…)」

京太郎「…霞さん」

霞「あら、どうしたの?」

意を決して口を開いた俺に霞さんは意外そうな顔で首を傾げた。
それはきっと俺の表情がとても真剣なものだったからなのだろう。
実際、俺がこれから放とうとしている言葉は大きく霞さんに踏み込んだものだ。
正直、聞いて良いのか迷う気持ちは俺の中にもある。

京太郎「(…でも、霞さんは…踏み込んで良いんだって…言ってくれた)」

京太郎「(…甘えて良いんだって…一歩引いた状態だった俺にそう言ってくれたんだ)」

京太郎「(だから、きっと…思いっきりアクセルを踏み込むような俺の質問にも…霞さんは嫌な顔をしない)」

京太郎「(そう…信じる事が出来るから)」

それに俺はアレからずっとモヤモヤしてた。
小蒔さんと霞さんが仲良くしている姿を見る度に…ずっと言いがたいもどかしさが胸の中に浮かび上がっては消えていく。
それは決して大きいものではないけれど、それでも愉快な心地であるはずがない。
小蒔さんと霞さんはとても仲が良く、一緒にいる光景を見るのが多いのもあって…正直、このモヤモヤを放置してはいられなかった。


京太郎「…霞さんは…あの天児って…知っていますか?」

霞「……ふふ、天児だなんて京太郎君は難しい言葉を知ってるのね」

霞「えぇ。これでも巫女だから、私も知っているわよ」

霞「でも、それがどうかしたの?」

京太郎「…」

そんな気持ちと共に放った初撃に霞さんは動揺なんて見せなかった。
帰ってきたのはあくまでも知識として知っている程度の反応と言葉。
予想をしていたものとは違う…あくまでも『普通』の反応には隙はない。
正直、やっぱり神様の思い違いだったんじゃないかって…そう思うくらいだ。

京太郎「(ただ…ちょっとだけ遅れた?)」

霞さんは基本的に人の言葉にはすぐさま返すタイプだ。
それは彼女が所謂、感覚派で殆ど考えないと言う訳ではない。
判断力にも優れているからこそ、どんな問いにも殆ど迷ったりはしないのだ。
…そんな彼女がほんの少し…ワンテンポだけ返事を遅らせるなんて珍しい。


京太郎「(…もしかしたら俺が言った言葉があんまりにも突拍子もない言葉だったからなのかもしれない)」

京太郎「(けれど…それでも…その遅れはどうしても俺の心に引っかかる)」

京太郎「(…ただの思い過ごしなのかもしれない)」

京太郎「(いや…多分、そうなんだろうと…俺も思う)」

京太郎「(それでも…その引っ掛かりは俺の中に最初からあった疑問を白紙にするには大きすぎて…)」

京太郎「(…だから…俺は…)」

京太郎「…霞さんはその…小蒔さんの…」

霞「……」

京太郎「天児…なんですか?」

…俺の言葉に霞さんからの返事はすぐさま帰っては来なかった。
何時も通りの穏やかな表情のまま彼女は沈黙を守っている。
正直、そうやって黙られ続けると…何とも強いプレッシャーを感じるのだけれど…。
しかし、既に言ってしまった言葉は戻らないし…何より、俺もそれを翻したいとは思っていない。
ここまで言ってしまった以上、霞さんからの返事を聞かなければ、心のモヤモヤは決して晴れないんだ。

霞「……ふぅ…まさかとは思っていたけれど…そこまで気づいていたのね」

京太郎「…じゃあ」

霞「えぇ。事実よ」

霞「私は小蒔ちゃんの天児」

霞「いざと言う時にはあらゆる災厄を引き受ける為の身代わりよ」

京太郎「っ!?」

数秒後、俺に帰ってきた答えは…神様の推論を裏打ちするものだった。
心の中を「やっぱり」を満たすその答えは…多分、俺が求めていたものなんだろう。
けれど…だからと言って、今の俺が楽しい気分であるはずがなかった。
その「やっぱり」は…決して当たっていてほしくないものだったから。


京太郎「…どうして…ですか?」

霞「どうしてって…何が?」

京太郎「なんで…天児なんて…そんな事…」

霞「小蒔ちゃんはね、巫女としての素質に優れすぎているのよ」

霞「あまりにも優れすぎていて…本来なら降りるはずのないものまで降ろしてしまうくらいに」

霞「それが良いものである場合が多いけれど…だけど、時々、恐ろしいものに取り憑かれてしまう事があるわ」

霞「それらを姫様の代わりに宿し、手懐けるものがいなければ小蒔ちゃんにとって大きな負担になるの」

その言葉は何時もの霞さんが話すものから大きな変化はなかった。
淡々としている訳でも、悲しさに震えている訳でもない。
まるで世間話をするようなその声音は、霞さんがそれを何とも思っていないように俺に感じさせる。
けれど、そうやって答えを聞かされる俺の心は、彼女のように平然としてはいられない。

京太郎「…でも…だからって…それを人が…霞さんがやらなきゃいけない事なんですか…!?」

勿論…俺にだって分かってる…!
ココで声を荒上げても…意味のない事くらい…俺の頭でだって理解出来ているんだ…!
そもそも霞さんがやっているのは決して悪い事だと否定出来るような事でもなくて…!
小蒔さんの為にそれが必要だって言う事を疑っている訳じゃないんだ…!!
だけど…!! ――


霞「やっぱり京太郎君は優しいのね」クス

霞「でも…そんな風に同情なんてしなくても良いのよ」

霞「私はこの役目を今はとても誇らしく思っているんだから」

……俺はそれを間違っていると思う。
決して悪い事ではない…けれど、小蒔さんの為に霞さんが身代わりにならなきゃいけないなんて…絶対に間違っている。
…なのに…どうしてだろう。
そうやって誇らしいと言う霞さんの顔は…本当に嬉しそうで…それが間違っているとどうしても言えなかった。

京太郎「今はって事は…昔はどうだったんですか?」」

霞「昔…ね」

霞「そうね…やっぱり辛い事もあったかしら…」

霞「お祖母様達のフォローはあったけれど…一体、どうして私がこんな事をしなきゃいけないんだろうって…」

霞「そう思った事は確かにあるわ」

そこで霞さんが目を俺の向こうへと向けるのは彼女が遠い過去へと思いを馳せているからなのだろう。
俺も知らない…小蒔さんと霞さんの過去。
けれど、それは到底、楽しいだけのものではなかったのだろう。
少なくとも…俺が霞さんの口から『辛い』だなんて言葉が出てきたところを、初めて聞いたのだから。


霞「でもね、京太郎君なら分かってくれると思うけれど…」

霞「そんな辛い修行を支えてくれたのは…小蒔ちゃんだったのよ」

霞「勿論、小蒔ちゃんは何も知らなかったし…今も何も知らないままだけれど…」

霞「それでも私が修行で熱を出して寝込んだりするとお見舞いに来てくれて…」

霞「お祖母様やお母様よりも…私の事を心配してくれていたわ」

霞「時々、林檎の差し入れなんかしてくれて…自分で切ろうとして失敗したりもしてたわね」クス

けれど…その表情はとても明るいものだった。
辛いとそう言いながらも…しかし、それ以上に霞さんにとって楽しいものに溢れているであろう記憶。
修行の辛さとは比べ物にならないくらい強く結びついている二人の絆は…きっと本物だ。
俺なんかが口を挟めないくらいに…きっと霞さんは小蒔さんを強く想っている。

霞「だからね、私、この子なら良いと思ったの」

霞「こんなに優しい子を護る為なら…天児でも良いんだって」

霞「この子の純真さと優しさを護れる事がなんて誇らしいんだって」

霞「だから…私、小蒔ちゃんの天児と言う役割も決して辛くなんかないのよ」

京太郎「…」

…そんな霞さんに俺は一体、何を言えると言うんだろうか。
勿論…それが変だと言う気持ちは未だ俺の中に根強く残っている。
けれど…それを変だと言っても…どれだけ言葉を尽くしても…きっと霞さんの気持ちは変わらない。
身代わりでも良いと言うくらい小蒔さんの事を想ってる霞さんの気持ちが変わるはずなんてないんだ。


京太郎「(それに…霞さんの言っている事は…俺にだって分からない訳じゃない…)」

俺にとっての小蒔さんは清澄麻雀部だった。
どれだけ頑張っても初心者の域を抜けきらなかった俺とは違い、麻雀の才能に溢れた彼女達。
そんな彼女達を支える役割は辛いどころか、とても誇らしいものだった。
咲達が勝ち進んで行く度に俺も嬉しくなって…もっと頑張ろうってそう心から思えたんだから。
そんな俺に染谷先輩なんかはあんまり頑張りすぎなくても良いと言ってくれたけど…当時の俺の気持ちはまったく変わりはしなかった。
寧ろ、そうやって気を遣わせてしまっている事が申し訳なくて余計に雑用を頑張ろうと思ったのを今でもしっかり…痛みと共に思い出せる。

京太郎「(だから…共感も出来るし…理解も出来る…)」

京太郎「(…だけど…やっぱり…納得出来ない…)」

京太郎「(世の中…正しいって事が何の力もない事くらい…俺にだってもう分かって来ているけれど…)」

京太郎「(それでも…俺は……)」

京太郎「…じゃあ…」

霞「ん?」

京太郎「じゃあ…一体、誰が…そんな霞さんの代わりになってくれるんですか?」

霞「…京太郎君」

…代わりに俺が絞り出した声は微かに震えていた。
それはきっと自分の中に溜め込んだ感情が俺が思っていた以上に大きいものだったからだろう。
霞さんに対する共感と反発、そして彼女が辛いとまで漏らすような役割を押し付けた周囲に対する怒り。
それらがグチャ混ぜになった胸の内から極力冷静な言葉を取り出そうとした結果、俺は喉を震わせてしまっていたんだ。


京太郎「確かに…確かに小蒔さんは神代にとって得難い存在なのかもしれません」

京太郎「でも…それは霞さんだって同じじゃないですか…!」

霞「…私は良いのよ」

霞「石戸家には明星ちゃんもいるんだもの」

霞「私がいなくなったって石戸家は…」

京太郎「そういう事を言ってるんじゃないんです!」

けれど…喉を震わせても尚、俺は冷静になりきれてはいないんだろう。
霞さんの的外れな言葉にグチャグチャになった胸の内からまた強い言葉が飛び出す。
勿論、そんな風に語気を荒上げても意味のない事くらい俺にだって分かってるけれど…!
でも…そこで自分の事じゃなく…石戸って言う家の事が出てくるなんて…あんまりにも悲しすぎるじゃないか…!!

京太郎「神代とか石戸にとってなんて俺は知りません!」

京太郎「いえ…知りたくもない!」

京太郎「ただ…俺にとっては小蒔さんも霞さんも同じなんです!」

京太郎「どっちも大事で…傷ついて欲しくなくて…!」

京太郎「何時も…微笑ましいくらい仲が良い二人が…俺は大好きで…!」

京太郎「だから、霞さんが小蒔さんの身代わりにならなきゃいけない所なんて…見たくありません…!」

…多分、俺の気持ちは結局、そこに尽きるんだろう。
俺にとって小蒔さんも霞さんもとても大事な人であるという事に代わりはないんだ。
二人ともを失いたくない俺にとっては、霞さんが天児としての役目を果たした光景なんて想像もしたくない。
けれど…俺がどれだけそれを否定しても…きっと霞さんの気持ちは変わらないだろう。
だったら…俺がここでするべきは一つだ。


京太郎「…霞さん、聞かせてください」

霞「何かしら?」

京太郎「天児ってどうやればなれるんですか?」

霞「…え?」

声を荒上げて主張した事で多少、頭も冷えたのだろう。
霞さんの気持ちを変えなくても、彼女が犠牲にならずに済む方法が俺の脳裏に浮かんだ。
無論、それが実現出来るかどうかは…俺にはまだ分からない。
けれど、ここで霞さんを相手にして…無意味な説得を繰り返すよりもずっとずっとマシだろう。

霞「だ、ダメよ。だって、京太郎君は…」

京太郎「俺がなんであろうと関係ありません」

京太郎「俺が…そうしたいんです」

京太郎「霞さんを…守ってあげたいんです」

俺の知る限り、霞さんはこのお屋敷の中でも特に忙しい人だ。
皆の議論を促す議長役や頼れる年長者としてだけでなく、このお屋敷と本家を結ぶ連絡役、はたまたインターハイの準備に忙しい小蒔さんの代役など日夜忙しく動き回っている。
そんな霞さんに俺も何度となく頼っているけれど、逆に彼女が誰かを頼ったところを一度も見たことがない。
何時どんな時でも霞さんは皆の『頼れる大人』として側に居続けてくれているんだ。


京太郎「(…でも、少しくらい頼れる場所があっても良いだろ)」

多分、それは図々しい気持ちなんだろう。
俺はこうして半年間、一緒に過ごしてきて霞さんの事をもう家族のように想っている。
けれど、彼女もそうであるとは限らないし…何よりいきなり男に『守ってあげたい』なんて言われても、嬉しいよりも困惑する気持ちの方が強いだろう。
けれど、それは俺の偽りない気持ちだった。
さっきの俺の言葉にも家の事だと勘違いするくらい自己の優先度が低い霞さんを…少しでも支えられるような存在になりたい。
その気持ちはさっき霞さんにみっともなく気持ちをぶつけた時に決まっていた。
無論、俺が皆の頼れるお姉さんである霞さんの力にどれだけなれるかは分からないけれど… ――

京太郎「それに…出来るんですよね」

霞「え?」

京太郎「さっき霞さんは『出来ない』じゃなくて『ダメ』とそう言いました」

京太郎「つまり…俺でも霞さんの天児になれる方法はあるって事ですよね?」

霞「……」

俺の言葉に霞さんは応えなかった。
それはきっと俺の推察が正しいからなのだろう。
本当に俺が霞さんの天児になる余地がないのであれば、彼女はここで否と言えば良い。
それが言えないのは、そうやって否定しても俺に嘘が見破られるとそう分かっているからだろう。


霞「……どうしてそんな事言うの?」

京太郎「さっきも言いましたが…俺にとっては霞さんも小蒔さんも大事だからです」

京太郎「だから…自分なりに霞さんと小蒔さんが傷つかないで済む方法を考えたつもりです」

まぁ、それが本当に実現出来るかどうかは俺には分からないけどな。
そもそも俺は神降ろしなんて技が使えこそするものの、まだまだ神道初心者なんだから。
天児と言う言葉の意味だって、恐らくまだまだ理解が浅いんだろう。
勿論、人間が天児になるまでに一体、どれだけの修行と苦労があるのかなんて分かっていない。
でも…俺の腹は既に決まった。
どうせ巫覡としての修行もしなければいけないのだから、天児の修行も平行してやってしまえば良い。
それで小蒔さんだけじゃなく霞さんまで助かるのだし、迷う必要なんてなかった。

霞「違うわ。そうじゃなくて…」

そんな俺の言葉に霞さんは珍しく迷っているように言葉を詰まらせる。
まるで自分が言いたい事をハッキリと言葉に出来ないようなもどかしげな表情。
滅多にその穏やかな表情を崩さない彼女が見せるそれは、きっとそんな事を今までに言われた事がないからなのだろう。
いや、ここまで迷っていると言う事は恐らく言われる事すら想像していなかったはずだ。


霞「…そんな事する必要はないでしょう?」

京太郎「あります」

霞「え?」

京太郎「…霞さんと同じですよ」

霞「…私と?」

京太郎「はい。霞さんが小蒔さんの笑顔と守りたいとそう思ったからこそ天児になったように…」

京太郎「俺もまた二人の笑顔が見たいからこそ…天児になりたいんです」

霞「……」

こう言えば、霞さんはそれを否定する事が出来ない。
それを否定すると言う事は彼女の気持ちそのものを否定する事になるのだから。
ちょっと卑怯な言い方ではあるが…それが本心である事に違いはないし、今回ばかりは許してもらおう。


霞「…天児になったところで良い事なんて何もないわよ?」

霞「修行は辛いし…気を抜けない時間と言うのも増えてくるわ」

霞「ましてや…私の天児と言う事は小蒔ちゃんの分まで引き受けるという事」

霞「災厄が振りかかる可能性は今までの3倍…いえ、小蒔ちゃんが狙われやすい体質なのを考えればもっとあがるわ」

京太郎「でも、俺が天児になれば、そんな辛い役目から霞さんが開放されるという事ですよね」

霞「それは…」

京太郎「…俺にとってはそれで十分です」

京太郎「他に見返りなんて必要ありません」

京太郎「ただ…霞さん達が笑顔でいてくれたらそれで良いんです」

別に俺はこれをキッカケにして霞さんと仲良くなりたいだなんて思っている訳じゃない。
…いや、まぁ、そうなれたら嬉しいな、って言う気持ちがあるのは否定しないが、でも、それはほんの少しだ。
俺にとって大事なのは…大好きな二人が何時迄も健やかであってくれる事。
それ以外はあくまでも二の次なんだ。


霞「……京太郎君」

京太郎「はい」

霞「…貴方って結構、卑怯よね」

京太郎「え?」

霞「…ちょっと明星ちゃんの気持ちが分かりそうになってたわ」クス

…明星ちゃんの気持ち?
ここでわざわざ霞さんの妹の名前が出てくるって事は…彼女は俺に特別な感情があるって事だよな。
…で、何時も俺の事を変態や鈍感などと罵る彼女とこの状況に一致する感情があるとすれば… ――

京太郎「あー…図々し過ぎたっすかね?」

霞「えぇ。ちょっとね」フフッ

京太郎「うぐ…すみません…」

まぁ…そりゃなぁ。
これが好きな男に言われたら、女の子もコロっと堕ちるかもしれないが、霞さんにとって俺はそうではない訳で。
良くてちょっと手間の掛かる弟くらいにしか思われていないだろう。
そんな俺がいきなり核心部分まで踏み込んできたんだから、そりゃ図々しいと思われるのが当然だ。
…分かっていたつもりではあるけれど、やっぱりハッキリ言われると結構クるなぁ。
自分なりに勇気を出して言った言葉だったから尚の事。


霞「あら、別に謝る必要はないのよ」

霞「少なくとも私は決して嫌だった訳じゃないから」

霞「守ってあげたい…なんてそんな告白みたいな事、男性に言われた経験もないしね」クス

京太郎「い、いや、俺はそういうつもりじゃ…」

…でも、言われてみるとそういう風にも聞こえる…つーか…寧ろ、そうにしか聞こえないと言うべきか…!?
い、いや…でも、俺には本当にそんなつもりはまったくなくて…も、勿論、霞さんが好きじゃないって訳じゃないんだけど!!
ただ、俺と霞さんとはどう見ても釣り合いが取れないし…何より、俺には咲が… ――

霞「あら、違うの?」ジィ

京太郎「ぅ…」

霞「…もしかして私、ぬか喜びさせられちゃったかしら?」ウワメヅカイ

京太郎「そ、それって…」

つまり……そ、そういう事か!?
俺の知らない間に霞さんとのフラグが…キャッキャウフフ出来るだけのラブエネルギーが貯まってたって事なのか…!?
ここで頷いたら我が世の春が…生まれてこの方ずっと灰色だった俺の人生がようやくバラ色になるチャンスがやってくるのか…!?


京太郎「ハッ…い、いや、誤魔化されませんよ…!」

霞「何の事?」

京太郎「そもそも話の焦点は天児の事だったのに…いつの間にか俺の告白って話にすり替わってるじゃないですか」

京太郎「とりあえず話をそっちに戻しましょうよ」

霞「あらあら…何だか手強くなっちゃって」

京太郎「これでもこっちに来てから色々と揉まれてきてますんで」

…まぁ、ちょっと…つか、かなり誤魔化されそうになってたけどな!
正直なところ…あのまま霞さんに弄ばれ続けたいって言う気持ちは俺の中にもあったし。
だけど、そうやって弄ばれていたら俺の決意も、これまでの話も全部無駄になってしまう。
それに…悲しいかな、俺と霞さんの間にはそうやってラブラブするだけのフラグも何もあったもんじゃないからなぁ…。
途中で俺が冷静になってしまったのもここまで揉まれて手強くなったっ言うのが一番だろうが、それと同じくらい霞さんとの関係に艶っぽいものが入り込む余地がないからだろう。
…そう考えると俺の春はまだまだ遠いなぁ…って、それはさておき。

霞「…でも、別に全部が全部、嘘って訳じゃないのよ」

霞「京太郎君にそう言って貰えて嬉しかったのは本当」

霞「さっきは頷いたけれど…図々しいなんて本当は思っていないわ」

霞「いきなり踏み込んでこられてちょっとビックリしたけれど…それ以上に感謝してる」

京太郎「霞さん…」

霞「…ただ、やっぱり私の立場からして天児になって欲しいだなんて言えない」

霞「それがどれだけ辛い事か私には良く分かっているんだから」

霞「そんな優しい京太郎君に私と同じ…いえ、それ以上のものを背負わせてあげたくはないの」

彼女から返ってきたその言葉は明白な拒絶だった。
俺の提案にハッキリと否を突きつけるそれは、しかし、俺にとって予想通りのものである。
俺の気持ちは全て霞さんに伝えたつもりではあるが、彼女がそれを受け入れてくれるだなんて楽観的な事は考えちゃいない。
寧ろ、これまで見てきた霞さんの性格からして絶対に断るだろうとそう思っていた。


京太郎「じゃあ、俺が勝手にします」

霞「…京太郎君」

京太郎「俺はもう決めましたから」

京太郎「霞さんがどう思っていても…俺は勝手に貴女の天児になります」

勿論、俺にはどうすれば天児になれるのかなんてまったく分からない。
けれど、ここは神道の聖地と呼ばれてもおかしくないような場所なのだ。
探せばそれに関する資料はあるだろうし、霞さん以外の人達に聞くという方法もある。
何にせよ、調べる方法は幾らでもあるのだから、彼女が拒絶したくらいで諦めたりは出来ない。

霞「…まったく…もう」

霞「普段は優柔不断な癖に…こういう時だけ気持ちは曲げてくれないのね」

京太郎「こういう時だからこそ、ですよ」

京太郎「それに俺は霞さんに対して優しさを押し付けてる行為そのものは間違っていても…やろうとしている事は間違っているとは思っていません」

京太郎「霞さんと同じく…それが正しいと思っているからこそ、こうして意地を通せるんです」

そして霞さんが今の俺を説得する事はまず不可能だ。
何せ、彼女の言葉は全て、自分自身へと返ってくるものなのだから。
彼女と同じ立場になろうとしている俺と説得しようとしても、それはまったく力を持たない。
誰かの心を変える上で大事な『説得力』と言うものが今の霞さんには致命的なまでに欠けている。


霞「…参ったわ」フゥ

霞「正直、京太郎君を説得できる道筋がまったく見つからない」

京太郎「ま、こっちは開き直ってますからね」

京太郎「普段ならとっくの昔に説得されてると思いますよ」

そもそも基本的に俺が霞さんを相手に意見が対立する事と言うのがまずない。
霞さんは俺達の中で一番、大人で、視野が広いだけじゃなく、その考えも深いのだから。
明星ちゃんのようにまったく無条件で信じている訳ではないが、彼女の意見に強い反発を覚える事と言うのは今までなかった。
今だって霞さんと意見は対立しているものの、考え方そのものは殆ど同じと言っても良いくらいだからな。
こんな事でもなければ彼女と意見を違える事はまずないだろう。

霞「…仕方ないわね」

京太郎「諦めてくれました?」

霞「本当は諦めたくはないんだけれどね…」

霞「『説得』は諦める事にするわ」

京太郎「…ん?」

説得は?
なんかその言い方だと…他にも手があるような気がしなくもないんだけれど…。
い、いや…でも、そんな方法なんて俺には思いつかないぞ。
あくまでも俺は自分の意思で霞さんの天児になる事を決めたんだから。
例え脅されても俺の意思は変わらないし…そもそも俺が脅されるような材料もないはずなんだが… ――


霞「…とりあえず天児になろうだなんて馬鹿げた事を考えられないくらい毎日、お稽古させてあげれば目的は達成出来るものね」ニコ

京太郎「ひぃ!?」

ま、まさかそんな物理的な方向で来るなんて…!?
霞さんらしくない力技…だけど、それくらい切羽詰まってるって事だよな。
あまりの迫力についつい悲鳴めいた声をあげてしまったけれど…そんなスマートじゃない手段を取らなきゃいけないほど霞さんは追い詰められているんだ。
ここを乗り越えられれば霞さんからの抵抗はもう殆どないと思って良いだろう。

京太郎「や、やってみますか?」

京太郎「俺だって元ハンド部です…っ」

霞「…声震えてるわよ?」

京太郎「け、稽古なんか…稽古なんか怖くねぇ!」プルプル

…とは言うものの、霞さんの『教育』は割りとスパルタだからなぁ…。
一つ一つ丁寧に教えてくれる巴さんとは違って、要求レベルもハードさも比べ物にならない。
自分の要求する完成度まで延々と練習させ続けられ、細やかな指摘が積み上がっていくそれは肉体以上に精神の負担が強かった。
身体が動かなくなるまで扱かれた場合、先に心の方がギブアップしてしまいそうなくらいに。
まぁ、それだけハードな分、乗り越えた時の達成感は半端じゃないし、レベルアップも早いんだけれど…正直に言えばちょっと怖かった。


霞「…冗談よ、流石にそこまで酷い真似はしないわ」

霞「そもそも京太郎君が傷ついてほしくないから拒否してたのに…その為に京太郎君を追い込むだなんて本末転倒じゃない」

霞「自分が良心を傷めない為に京太郎君を痛めつけるほど馬鹿な女じゃないわよ」

京太郎「ほ、ホントですか…?」

霞「…まぁ、天児になるだなんて言い出せるくらい余裕あるなら明日からお稽古はもうちょっとハードにしようと思っているけれど」チラッ

京太郎「うっ…」

霞「…元ハンド部の京太郎君は勿論、耐えてくれるわよね?」ニッコリ

京太郎「ま、任せて下さいよ」

京太郎「ちょっと稽古のレベルが物足りなくなってきてたところなんです」

京太郎「多少ハードな方が乗り越え甲斐があるってなもんですよ…!」

霞「ふふ…変に強がっちゃって」

そんな俺の強がりに霞さんは穏やかな笑みを浮かべる。
何時も通りのその表情…いや、少しばかり微笑ましそうなものも混じっているかな。
俺の必死な強がりも霞さんにはまるっきりお見通しと言う事なんだろう。
それを思うと何となくこそばゆいけれど…コレ以上、強がったところで泥沼になるだけだ。


京太郎「だって…ここでヘタレたら本気で天児なんて夢のまた夢じゃないですか」

京太郎「最悪、殆ど独学でやらなきゃいけないんです」

京太郎「霞さんの稽古が厳しいからって尻込みしてらんないっすよ」

霞「ホント…そういう所は思っていた以上に男の子してるのね」

京太郎「そりゃ、男ですし」

…まぁ、その男である俺が何の因果か女装して女子校通ってる訳なんだけれど。
その辺りは、まぁ、運命の悪戯って事で諦めるしかないだろう。
それよりも今は… ――

京太郎「あ、それで稽古で思い出したんですけど…」

霞「何かしら?」

京太郎「今日、小蒔さんと一緒に奉納やったんですが、俺の物分かりが悪い所為で時間がギリギリになっちゃったんで」

京太郎「霞さんに時間の余裕があったら、奉納や祝詞のアドバイスとか貰えないかなって」

霞「……」

…あれ?
なんでここで霞さんが驚いた顔をしてるんだろう。
俺が言ってる事ってそんなにおかしい事だろうか?
寧ろ、遠回しに小蒔さんの助けになるそれは霞さんであれば嬉々として手伝ってくれると思っていたんだけれど…。


霞「…もしかして京太郎君って虐められる方が好きな子なの?」

京太郎「ち、違いますよ!?」

京太郎「と言うか、なんでいきなりそんな話になるんですか!?」

霞「だって、さっきは私の天児になるって言って背負わなくても良い苦労と責任を抱え込んで…」

霞「その上、今日は小蒔ちゃん達と何時も以上に早起きして大変だったでしょ?」

霞「…実際、私と会った時にも眠そうな感じだったのに…さっきあんなに怖がってた私とのお稽古を今からしようだなんて」

霞「…言っちゃダメな事なのかもしれないけれど、そういう風にしか思えないわ」

京太郎「ご、誤解ですよ!!」

い、いや、まぁ、こうやって要素を列挙されると俺もそう思えてくるけれど!!
実際、霞さんみたいな年上のお姉さんに多少、ハードなプレイされるのは良いんじゃないかとは思わなくもないけれど!!
だけど、それはあくまでも霞さんがそういう雰囲気を漂わせているからであって、俺の性癖はノーマルです。
コレクションだってどちらかと言えば、女の子を気持ちよさで鳴かせるものの方が多かったんだからな!!

京太郎「俺はただ明日、小蒔さんの足を引っ張ったりしたくないだけですよ」

京太郎「深い理由はありません」

霞「…まぁ、性癖は人それぞれよね」

霞「大丈夫。私はちゃんと分かってるから」

霞「でも、あんまり小蒔ちゃんにはそういう話しないでね…?」

霞「小蒔ちゃんにはそういうのまだ早いと思うの」

京太郎「し、しませんって…!」

京太郎「つーか、霞さん、分かっててからかってますよね!?」

霞「あら、何の事かしら?」クス

霞「別にさっき京太郎君に手球に取られていたのが悔しくて、ちょっと意地悪しちゃおうかしらなんて事考えてないわよ」

京太郎「完全に考えてるじゃないですか…!」

霞さんは基本的に小蒔さん関係の事でなければ、人の話をちゃんと聞いてくれる人だ。
そんな彼女が幾ら状況的にそう思えたとしても、こんな風に決め付けるだなんてまずあり得ない。
だから、さっきのも霞さんなりの冗談…なんて事は俺にも分かっているんだけれど。
それでもこう見事にからかわれてしまった身としては仕返しの一つもしたくなるというか…。


霞「まぁ、それはさておいても…別に今しなきゃいけない訳でもないんじゃないかしら?」

霞「小蒔ちゃんだって、最初から完璧に上手く行くだなんて思っていないでしょうし」

霞「それより今日頑張り過ぎて明日に差し支える方が問題だと思うわよ」

京太郎「…鬼コーチの霞さんがそんな事を言うなんて」

霞「何か言った?」ニコ

京太郎「い、いえ!何でもありません…!!」

…うん、無理だ。
なんて言うか、迫力っつーか…プレッシャーっつーか…そういうのが違う。
俺が下手にからかったところで、霞さんの笑顔一つであっさりと返されてしまう。
このお屋敷の中での俺のヒエラルキーの低さも関係しているのかもしれないが…ともかく、俺では霞さんに勝てる気がしない…。

京太郎「…じゃあ、軽くで良いんで教えてくれません?」

霞「…まったく」フゥ

霞「本当に…一度、決めたら曲げない子になっちゃって」

霞「一体、誰に似ちゃったのかしら」

京太郎「霞さんじゃないですかね」

霞「あら、私は京太郎君ほど頑固じゃないわよ」

京太郎「ははは。ご冗談を」

霞「…むぅ。そんな可愛らしくない事を言う子には…オシオキよ?」

京太郎「お、オシオキっすか!?」ドキッ

霞「…なんか心なしか嬉しそうな顔になってない?」

京太郎「な、なってないです!なってないですって!!」

い、いや、別に霞さんからのオシオキを期待したりするはずがない。
だって、俺はどっちかって言うと攻めるのが好きな方だからな!!
確かに霞さんにはちょっと意地悪な雰囲気も似合うけれど、期待なんてするはずがない。
で、でも…オシオキって何をされるんだろう…?
い、痛くない事ならまだ我慢出来るかな…。


霞「京太郎君の要望通り教えてあげるけれど…それが終わった後、私が作ったホットミルク飲んで眠る事」

霞「それを確認するまで私、部屋に戻らないからね」

京太郎「…え?いや、でも…」

霞「なーに?」

京太郎「いや、あの…流石に寝顔を見られるのは恥ずかしいんですが」

霞「あら、恥ずかしいの?」

京太郎「と、当然じゃないですか」

京太郎「そりゃ霞さんには既に何度か見られてますけど…そう簡単に見せたいものじゃないですし…」

霞「ふふ…そう」

霞「だったら余計に寝顔をじっくり観察して…恥ずかしい思いをさせてあげなきゃね」ニコ

京太郎「うぐ…」

くそ…逆効果だったか。
まぁ…さっきの仕返しをしようとしている霞さんにそれがどれだけ恥ずかしいかなんて言ってもやめてくれるはずないよな。
ただ…霞さんも分かってるのかなぁ。
俺の寝顔を見るって事は…この部屋で俺と二人っきりの時間が長く続くって事なんだけど…。
…いや、勿論、俺は襲ったりしないけどさ!!
そんな恐れ多い事出来ないけれど……ただ、もうちょっと警戒しても良いんじゃないかなぁ、とは思ったりもする。


霞「それに…ちょっと心配なのよ」

京太郎「心配?」

霞「えぇ。ここのところ、京太郎君は色んな物を詰め込んでいるから」

霞「勿論、京太郎君だってしたくてそういう事してるんじゃないって分かっているんだけれど…」

霞「…でも、あんまりにもあっさりを人の事を背負い込んだりして…」

霞「自分だって大変なのに、他の誰かの為にさらに頑張ろうとして…」

霞「勿論、それは美徳よ。美徳だけれど…」

霞「でも…何時か破裂しちゃいそうでちょっと怖いわ」

京太郎「はは。そんな大袈裟ですよ」

霞「……そこで大袈裟なんて言うから余計に心配になるのよ」フゥ

…と言われてもなぁ。
確かに今だって身体は眠気を訴えているが、それは今すぐ崩れ落ちるような激しいものじゃないんだ。
元々、体力だけは人並み以上にあるし、半年間、毎日やり続けた稽古や勉強のお陰で作業の効率化も進んでいるしな。
怖いと言われても霞さんが何を怖がっているのか良く分からないって言うのが本音だった。


霞「まぁ…思い過ごしであれば良いんだけれどね」

霞「でも、今の京太郎君はあんまり信用出来ないから」

京太郎「し、信用出来ないって…」

霞「だって、何かやる事を思いついてしまったら例え寝なさいって言っても布団から抜け出しちゃいそうだし」

霞「だから、今日は京太郎君が寝るまでじっくり観察します」

京太郎「きょ、拒否権は…」

霞「ここは警察署でも裁判所でも無いんで拒否権も黙秘権もないのよ」ニッコリ

京太郎「ちくせう…!」

…とは言え、霞さんの言葉に否定出来るだけの材料はなかった。
俺自身、寝る前でもやる事を思いついてしまったらそれを行動に移すだろう、とは思うし…。
でも、それは決して自分で抱え込んでいる訳じゃなく、インターハイまで時間がないからで…。
咲を始めとする強敵を前にして、一分一秒でも無為に過ごしている時間が勿体無いとそう思うからだ。

霞「じゃあ、京太郎君にも了承して頂けたみたいだから、お稽古しに行きましょうか」

京太郎「…いや、あの了承した訳じゃないんですが…」

霞「…仕方ないわね、それじゃあ、子守唄もオプションでつけてあげるわ」

京太郎「いや、オプションの問題じゃなくってですね」

霞「子守唄だけじゃ不満?」

霞「じゃあ、膝枕もあった方が良いかしら?」クス

京太郎「も、もう…霞さん…!」

霞「ふふ」

そう小さく笑い声を漏らしながら立ち上がる霞さんの表情は相変わらず悪戯っぽいものだった。
俺をからかうのが楽しいと言わんばかりのそこには反省の色も何もない。
それがちょっと悔しい気がするけれど…しかし、悪い気がするかと言えば、決してそうではなかった。


京太郎「(霞さんがこんな歳相応の女の子みたいな顔をする事なんて滅多にないし)」

京太郎「(…多少は心を許してくれるようになったのかもな)」

霞さんが今まで俺に向けてくれていたのはとても大人びた『女性』としての表情が殆どだった。
けれど、今の彼女は少しずつだけれど、『女の子』としての顔を見せてくれるようになっている。
長年、このお屋敷で一緒に過ごし、親友と言っても良いほど仲の良い初美さんにだってたまにしか見せないその顔はきっと彼女が心を許してくれている証だ。
勿論、霞さんにからかわれた事は今までに結構あるし、冗談を交わす事がない訳じゃなかったけれど。
それでもこうして俺に向かってこんなに楽しそうな表情をしてくれた事は一度もない。

霞「京太郎君、行かないの?」

京太郎「いえ、今、行きます」

そんな霞さんを追うように俺も立ち上がる。
色々と辱められもしたが折角、霞さんもやる気になってくれたのだ。
まぁ…その代わり俺の寝顔を見られるという何とも恥ずかしいイベントが後に出来てしまった訳なのだけれど。
それはまたここまで帰ってくるまでの交渉次第で何とかなるかも…って、あ、そうだ。


京太郎「そう言えば霞さん…結局、俺の部屋に来た用事ってなんだったんです?」

最初、彼女は俺の部屋に来た用事を言いにくそうにしていた。
それを俺は人前で話しづらい内容だとそう思っていたのだけれど…。
しかし、実際に霞さんが俺に話してくれたのは混浴の件のみ。
それならば別に畏まって俺の部屋に入る必要などなかったはずだ。
だから、何かそこから繋げて本命があったとそう思うのだけれど…。

霞「あぁ、それはもう良いのよ」

霞「京太郎君が私の事にどれだけ勘づいているのか探りを入れてみたかっただけだから」

霞「結局、話の切り出しは京太郎君の方からやってくれたし…目的はもう達成出来てるのよ」

京太郎「…なるほど」

…つまりこっちが天児の件に関して勘付いた、と言う事を、霞さん自身も何となく察していた訳か。
そう改めて考えると…やっぱこの人凄いよなぁ。
俺が天児の事を知ったのは昨日で…この一日、あまり表に出さないように気をつけてたって言うのに。
あっさりそれに気づいて、こうして探りを入れてきたんだから。


霞「もし、気づいているならあんまり他の人に私が小蒔ちゃんの天児だって事を言わないで欲しいって言おうと思ってたんだけど…」

京太郎「別に言いふらしたりなんかしませんよ」

霞「えぇ。京太郎君はそういう事をしないって信じてるわ」クス

霞「でも…残念ね」

霞「一応、黙っててくれるなら何でもしてあげる…って言うつもりだったんだけど」チラッ

京太郎「な、何でも…!?」

そ、それってつまり、少年誌じゃ出来ない事もオッケーって事ですか…!?
溜まりに溜まった欲望をボルケーノしちゃって大丈夫って事なんですか…!?
春は来なかったけど、霞さんとのぐっちょんぐっちょんでドロドロな桃色ライフが始まっちゃうんですか…!!?


霞「…ふふ、久しぶりね、京太郎君のそういう顔を見るの」

京太郎「え?」

霞「エッチな事考えてる顔になってるわよ?」クス

京太郎「か、霞さん…!?」カァ

霞「あら、何かしら?」

霞「何でもってだけでエッチな事考えちゃった京太郎君?」クスクス

京太郎「うぐ…」

霞「ふふ、ほら、そういう事考えてる暇があったら、早く行きましょ」グイッ

京太郎「わっ!?」

また霞さんにからかわれた事に気付き、真っ赤になった俺の手を霞さんがしっかりと掴む。
瞬間、指先から伝わってくるなめらかな感触に俺の口から驚きの声が漏れた。
しかし、霞さんはそんな俺に構わずそのままグイグイと俺を引っ張っていく。
いつもの優しくこちらを促す彼女の手とは違って、強引なその手はまるで俺と同い年の少女のようなもので… ――


―― 結局、俺はその後、やたらと張り切った霞さんに思いっきり扱かれて。


―― 霞さんに寝顔を見られると言う事を気にする暇もなく、泥のように眠りへと堕ちたのだった。









割とデレ始めていますが、霞さんはまだ堕ちてません(重要)
ってところで今日はここまでです
今度こそ次からインターハイ編になる予定です

魔物娘スレでもちょこっと言ってたのですが思いっきり体調崩していまして(´・ω・`)ゴメンナサイ
昨日からようやく書き溜めし始めた状態なのでまだもうちょっと時間掛かると思います…(´・ω・`)出来るだけ早く投下出来るよう頑張ります

結局月一投下になっちゃったけどメゲずに今から投下していくスタイル


………


……






京太郎「だーやられたーー!」

優希「はっはっは!この私に勝とうだなんて100年早いじぇ」

和「そういうゆーきも三位なんですけどね」クス

優希「う…だって、咲ちゃんがカンからの責任払い直撃なんてするから…」

咲「あ、あはは、ごめんね」

まこ「にしても…派手にむしられとるのぅ」

久「一人だけ初心者だから点数調整するのに楽って事なのかしら」

京太郎「ぐふぅ」

和「す、須賀くん!?」

優希「京太郎が血を吐いた!」

咲「謝れ!京ちゃんに謝れ!」

久「え、私!?」


和「…まぁ、それはさておき…須賀くんはまったく強くなりませんね」

京太郎「一応、努力はしてるつもりなんだけどなぁ」

和「えぇ。勿論、それは分かっていますよ」

和「誰も須賀くんに努力が足りていないなんて思っていません」

和「私の出した課題も毎日ちゃんとやってきてますし、寧ろ頑張ってくれている方だと思っていますよ」ニコ

京太郎「の、和…」ジィン     チラッ

和「…だから、そうやって胸をチラ見するのは止めてくれませんか?」カクシ

京太郎「あ、いや、その…」

優希「まったく…京太郎はスケベだじぇ」

咲「京ちゃんさいてー…」ジトー

京太郎「うぐ…否定出来ない…」

まこ「まぁまぁ。京太郎も男な訳じゃし、ちょっとは多めに見てやっても…」

久「のどぱいはでかぱいだもんね」ジィ

和「せ、セクハラですよ!?」カァァ

優希「…って言うかそんなに大きいんだったら少しはこっちにも分けて欲しいじぇ」ポソ

咲「だよねー…」ポソ


和「私だって分けられるものならあげたいくらいですよ…」

和「こんなのあっても肩が凝るだけですし…昔から男の人に見られっぱなしですし…」

和「正直、良い事なんて一つもなかったんですから」

優希「これが自虐風自慢かー…」

久「そんな事言う和にはオシオキが必要ね」ワキワキ

和「お、オシオキ!?」ビクッ

久「ふっふっふ…なぁに…ちょっとのどぱいをモミモミとね?」

和「だ、だからセクハラですよ、それ!!」アトズサリ

久「でも、和の胸を揉んだらご利益とかありそうじゃない?」

咲「…確かに」

和「あ、ありませんよ、そんなの!!」

優希「ええい!重要なのはあるかないかじゃないんだじぇ!」

咲「そうだよ!あるかもしれないっていう可能性の方が大事なんだよ!!」クワッ

和「ちょっと何言ってるのか分からないんですけど!?」

まこ「こらこら、お遊びはそこまでにしときんしゃい」

まこ「つーか、一応、男である京太郎もおるんだから、そういうネタは控えんさい」

優希「はーい」

咲「…和ちゃん、命拾いしたね」

和「一体、何をするつもりだったんですか!?」


京太郎「…はは」

優希「なんだ、いきなり笑い出して」

京太郎「いや、こういうのやっぱりいいなって思ってさ」

久「なーに、ちょっとシリアスな顔しちゃって」

咲「別に何時もの事だよね?」

和「正直、認めがたい私がいる訳ですが…」

まこ「…ほれ、和。温かいお茶じゃ」スッ

和「…ありがとうございます」

京太郎「まぁ…確かに何時もの事なんだけどさ」

京太郎「…なんか妙に懐かしいと言うか…そんな気がして…」

久「ふーん…今日の須賀くんはノスタルジックモードなんだ」

優希「ノスタルジックモード?」

久「説明しましょう!」

久「ノスタルジックモードとは男子高校生特有の無意味に黄昏れたり、しんみりしたりする気分の事よ!」

久「大抵の男子高校生はこのモードに突入すると無意味に窓から夕日を眺めたりするわ!!」

優希「あいたたた」

咲「いたたたたたた」

京太郎「そんな痛そうな目で俺を見るのは止めろおおお!!」


久「…ま、そういう冗談はさておき…別に懐かしがるほどのものじゃないでしょ」

咲「そうだよ。ぶちょ…竹井先輩の卒業までまだまだ先なんだから」

優希「当分はこのメンバーでワイワイ出来るじぇ」

和「私としてはあんまり受け入れがたい事実なんですけどね、それ」フゥ

久「なーに、和は私にとっとと出てって欲しいの?」ンー

和「…別にそこまで事言っていません」

和「ただ…からかう頻度は下げて欲しいというだけで」

久「やーよ。だって、和、可愛いんだもの」クス

和「同性に言われてもまったく嬉しくありませんが…」

久「じゃあ、須賀くんはどう?」

京太郎「和、可愛いぜ!」キラーン

和「…………はぁ」

京太郎「ため息!?」ビックリ

和「なんでしょうね、私もちょっと驚いているんですが…」

和「多分、日頃、人の胸をチラ見してる人の言葉なんて信じられないと疑心暗鬼になっているんでしょう」フゥ

京太郎「そ、そんなに見てねぇから!!」チラッ

和「…今だって見たの分かってるんですよ?」ジトー

京太郎「ぐふ」

優希「京太郎…ちょっと格好悪すぎだじぇ…」

まこ「今のはちぃっとフォローしてやれんなぁ」


咲「…むぅ」スネー

久「…ふふ。ほら、須賀くん」クイクイ

京太郎「え?」

久「貴方の幼馴染が横で拗ねちゃってるわよ?」

咲「べ、別に拗ねてなんか…!?」ワタワタ

和「…いや、今のは絶対、拗ねてましたね」

咲「の、和ちゃん!?」

和「さっきの仕返しです」クス

和「それに…ちょっとは素直になった方が良いですよ?」

咲「う…う…いや…でも…」チラッ

京太郎「???」

咲「…き、京ちゃん…あ、あのね…?」モジ

京太郎「おう。どうした?」

咲「え、えっと…わ、私…にも…」

京太郎「咲にも?」

咲「そ、その…………や、やっぱダメ!!」カァァ

京太郎「ぇー」

まこ「…ヘタレじゃのぅ」

咲「う、うぅ…だってぇ…」



優希「仕方がない、では未来への水先案内人はこの片岡優希が引き受けたじぇ!!」

咲「え?」

優希「と言う訳で京太郎、私にも可愛いって言ってくれ」ポッ

京太郎「なんだよ急に…まぁ、良いけど」

京太郎「優希、可愛いぞ」

優希「ほ、本当か?」

京太郎「まぁ、黙っていて、そのタコスへの食い意地が少しでもマシになったらって注釈がつくけど」

優希「タコスへの情熱を捨てたら、それは既に片岡優希ですらないじぇ!!」

まこ「おんしのタコス好きはアイデンティティにまで食い込んどるんか…」

和「下手にタコスを我慢するよりはゆーきらしいですね」クス

優希「…まぁ、ちょっと釈然としないものを感じるけど…そろそろバトンタッチだじぇ!」

京太郎「バトンタッチ?」

優希「そう!次は咲ちゃんの番だからな!!」

京太郎「…はい?」

咲「ふぇぇ!?」ビク

優希「ほら、和ちゃん、私と来たら次は咲ちゃんに決まってるじぇ!」

京太郎「い、いや、決まってるって…」

久「あら、ここで須賀くんは幼馴染だけハブるの?」

まこ「そいつぁちぃっと可哀想じゃありゃせんか?」

京太郎「染谷先輩…いや、部長までそんな…」


咲「…き、京ちゃん」

京太郎「お、おう」

咲「わ、私…聞いて…みたいな」

京太郎「え?」

咲「だ、だって…ほら、順番…順番だしっ」

咲「私だけ言ってもらわないって言うのも…ふ、不公平…だから…」

京太郎「い、いや、こういうのって不公平とかそういうんじゃ…」

咲「…そ、それとも…私…可愛く…ない?」

咲「やっぱり…地味でダメ…かな?」ジィ

京太郎「あー…………」

咲「…京…ちゃん」ウル

京太郎「……………いよ」

咲「え?」

京太郎「だ、だから…か、可愛いってそう言ったんだよ…っ」カァァ

咲「はぅ」マッカ

久「あーあ…二人とも真っ赤になっちゃって」クス

久「初々しくって良いわねー」ニコニコ

和「…いい加減、くっついちゃってくれた方がこっちもやきもきせずに済むんですけどね」フゥ

優希「まったくだじぇ…」ハァ


まこ「大体、普段、お姫様とか言っとる癖に可愛いの一言も言えんのか」

久「ほら、おどけてみせないと本心言えないタイプっているじゃない」

久「須賀くんってきっとアレに近いのよ」

和「あぁ、本当はお姫様みたいに大事に思ってるけれど、それを素直に口に出すのは恥ずかしいって事ですか」

優希「なんか凄い納得したじぇ」

京太郎「ちょ、が、外野で勝手な事言わないでくださいよ!?」

久「あら、じゃあ、外野でなければ良いの?」クス

京太郎「え?」

久「じゃあ、次は私の番ね」

京太郎「…私の番って…もしかして…竹井先輩にもっすか!?」

久「えぇ。咲で一年生は終わったんだし…次はとーぜん、三年生の番でしょ?」

まこ「…間に二年生のわしがおるんじゃが」

久「年功序列、ついでにOG特権って奴よ!」グッ

和「横暴ですね…」

優希「今に始まった事じゃないけどなぁ…」

久「と言う訳で…ほらほら」グイグイ

京太郎「ちょ、た、竹井先輩!?近い!近いですって!!」

咲「むぅぅ…!」


咲「き、京ちゃん!」グイ

京太郎「え?」

咲「あ、あんまり竹井先輩にデレデレしちゃダメ!」

京太郎「い、いや、別にデレデレなんて…」

咲「だ、大体、竹井先輩、こんなところで油売ってて良いんですか!?」

咲「そろそろ受験だし帰って勉強とかに集中した方が…」

久「あぁ、私もう推薦取れてるから大丈夫よ」キッパリ

咲「むむむ」

久「ふふ、まぁ、そこまで嫉妬されちゃ仕方ないわよね」

久「残念だけど須賀くんに可愛いって言ってもらうのは諦めるとするわ」

咲「し、嫉妬とかじゃないです!」カァァ

久「じゃあ、なーに?」

咲「う、そ、それはその…」

久「その?」

咲「し、知りません!」プイッ

優希「と言いながら京太郎の腕を離そうとしない咲ちゃんであった」

咲「はぅ」カァァ


咲「も、もぉ…京ちゃんの所為でからかわれちゃったじゃん」

京太郎「俺の所為かよ」

咲「当然だよ!京ちゃんが悪い!」キッパリ

京太郎「えぇぇ…」

咲「だ、だから…責任とって…もう一回…」チラッ

京太郎「え?」

咲「だ、だから…その…」

咲「責任とってもう一回可愛いって言ってくれなきゃ…やだ」ギュ

京太郎「やだってお前な」

咲「い、言ってくれなきゃ離さないからね!」

咲「こ、このままトイレの中にまでついてっちゃうから!!」

京太郎「…それお前の方がダメージでかくね?」

咲「う…そ、それは…」

京太郎「それに…流石に二回も言うのは恥ずかしいぞ」ポリ

京太郎「一回目だって本当は結構、やばかったんだからな?」

咲「わ、私だって恥ずかしかったんだからね!!」

京太郎「じゃあ、止めとけよ」

咲「そ、それは…そうなんだけど…でも…」モジ

咲「……私…可愛いって言われただけだもん」ポソ

京太郎「言われただけって…」

咲「も、もっと具体的に色々聞きたいの!」

咲「どこが可愛いとか…そういうの言ってくれたらこっちもアピールしやすいし…」

京太郎「アピール?」

咲「~~~~っ!!!!」カァァ


咲「と、とにかく!!」

咲「京ちゃんが言ってくれるまで絶対に離さないから!!」ダキッ

久「…寧ろ、離れたくないんじゃないかしら?」

まこ「あぁ、わざと無理難題投げておいて長続きさせておこう的な奴か」

和「実際、どっちに転んでも咲さんにとって損はありませんよね、コレ」

優希「ヘタレの京太郎が無理矢理、引き離すなんて出来るはずないしなぁ…」

京太郎「う…うぅ…」

咲「…ど、どうするの…?」ウワメヅカイ

京太郎「それは…」

久「さぁ、須賀京太郎選手、追い込まれ始めております」

優希「ここから逆転出来るのか、或いはこのまま押し切られてしまうのかぁ!」

まこ「こら、今、ええところなんじゃし、静かにしんしゃい」

和「そうですよ。こういう時には暖かく見守ってあげるのが友人というものです」スッ

優希「…って言いながら和ちゃん、携帯取り出して何やってるんだじぇ?」

和「いえ、折角なので録画して後で咲さんにプレゼントしてあげようかと」

咲「そういう親切は要らないよぉ!?」

和「…本当に良いんですか?」

咲「え?」

和「後でもう一回、聞きたくなったりしません?」

咲「…………」

咲「……や、やっぱりお願いします」カァ

和「はい」ニコ

優希「咲ちゃんチョロいじぇ…」



和「と言う訳で須賀くんももったいぶらずに言っちゃってください」

和「あんまり動画の尺が長くなりすぎると後で編集大変なんですから」

京太郎「録画されてると知って簡単に言えるかあぁ!?」

久「と言っても…結局なんだかんだでさっきも言っちゃってる訳だしねぇ」

まこ「今更、ヘタレても今更感がなぁ」

京太郎「い、いや…でも、一過性のものと録画されてるのとでは大違いなんですが」

優希「言い訳なんて男らしくないじぇ!」

久「そうよ。それに須賀くんが咲にデレデレな事なんて皆知ってるんだから」

京太郎「で、デレデレなんかじゃないですって」

和「なんだかんだ言って咲さんを振りほどこうとしない状態で言われても説得力ないんですが」

まこ「それに…おんし、今、鼻の下伸びとるぞ?」

京太郎「う、嘘でしょ!?」ササッ

まこ「あぁ、勿論、嘘じゃ」ニッコリ

優希「だが、間抜けは見つかったみたいだじぇ!!」ニヤリ

京太郎「ぬおぉおぉお…!」マッカ



京太郎「…まさか染谷部長にまで騙されるなんて」フルフル

まこ「まぁ、騙した事には謝罪するが…実際、それくらい分かりやすい反応しとるぞ?」

まこ「ええ加減、諦めんさい」

京太郎「むむむ」

優希「何がむむむだじぇ」

久「ほら、早く、早く」ニヤニヤ

和「ちなみに録画失敗したらまたやって貰いますからね」

京太郎「理不尽過ぎじゃないですかねぇ!?」

咲「え、えっと…その…京ちゃん」

京太郎「…なんだ?」

咲「む、無理しなくても良い…よ?」

咲「無理矢理言って貰うのも何か違うかなって思うし…」

咲「京ちゃんが本当にしたくないなら…その…」

優希「そうは言っても相変わらず離れようとしない咲ちゃんであった」

咲「そ、それは…だ、だって…」カァァ

京太郎「あー……」

咲「……京ちゃん?」

京太郎「…そういう…ところ…かな」

咲「え?」

京太郎「…そういう一見、我儘でもこっちの都合を考えてくれるところとか…」

京太郎「押しが強いようで変なところですぐ弱気になってヘタレるところとか」

京太郎「すぐに恥ずかしがって顔を赤くするところとか…その…可愛い…と思う」

咲「ぁ…♥」


京太郎「……なんだよ、何か言えよ」

咲「…えへへ、京ちゃんっ♥」ギュゥゥスリスリ

京太郎「ちょ…お、お前、そんな、人前で…!?」

咲「京ちゃん京ちゃん京ちゃんっ♥」スリスリスリスリ

和「あーこれは聞いてませんね」

久「嬉しさが限界突破してあっちこっちからラブオーラ出ちゃってるし」

まこ「まったく…もう秋だって言うのにアツイのぅ」

優希「…ちなみにのどちゃん、録音は?」

和「無論、バッチリです」グッ

和「欲しければ、後で編集して皆の携帯に送りますね」

京太郎「鬼か!?」

和「普段、私の事、からかってくれるお礼です」ニッコリ

京太郎「竹井先輩よりはずっとマシだろおお!?」

和「後、私の胸、チラ見する須賀くんには良い薬かなって」

京太郎「うぐ…」

和「…まぁ、須賀くんがそういう人だって言うのはこれまでで分かっていますし…口に出すほど気にしてる訳じゃないですけど…」

和「それはあくまでも私に限っての話ですからね?」

和「咲さんはまた違うんですから、こういう時くらいしっかりフォローしておいてあげてください」

京太郎「和…」

和「と言う訳で編集の為にパソコンお借りしますね」ニッコリ

京太郎「せめて最後までいい話っぽく纏めろよ!!!」


咲「京ちゃぁぁん…♥」デレー

京太郎「あー…もう…」

京太郎「…仕方ねぇなぁ」ナデナデ

咲「んふぅ…♪」マンゾクゲ

京太郎「…まったく…撫でられただけでこんなにデレデレしやがって」

咲「だって…嬉しいんだもん…♥」ギュゥゥ

京太郎「んな風に必死に抱きつかなくても…俺はここにいるよ」

咲「…勝手にいなくなったりしない?」

京太郎「そんな事あり得ないって」

京太郎「…お前みたいなポンコツ、危なっかしくて放っておけないし…」

京太郎「何より……」カァァ

咲「…京ちゃん?」

京太郎「あー…いや、なんでもない」フルフル

京太郎「と、ともかくだ!」

京太郎「…何時でも俺はお前の側にいるから…安心しろよ」


咲「…ホント?」

京太郎「当たり前だろ。俺が咲に嘘ついた事なんてあったか?」

咲「…結構ある」ジト

京太郎「うぐ…」

咲「…でも、京ちゃんは約束した事は破った事ないよね」

京太郎「あー…そうだったっけか?」

咲「そうだよ」

咲「だから……ちゃんと私と約束してくれたら信じてあげる」

京太郎「…分かったよ、約束する」

咲「…ちゃんと口にしてくれなきゃやだ」ムゥ

京太郎「あー…ったく…どれだけ俺を辱めれば気が済むんだよ…」

咲「えへへ…でも、そう言いながらやってくれるでしょ?」

京太郎「…まぁ、やらないとは言ってないけどさ」プイッ


京太郎「…良いか?一度しか言わないから良く聞いておけよ?」

咲「…うん」

京太郎「…約束する」

京太郎「俺は…お前を…宮永咲を一人になんかしない」

京太郎「何時でも…側にいる」

京太郎「…ずっと…ずっと一緒だ」

咲「…うんっ♥♥」ダキッ

京太郎「うぁー…」マッカ

咲「…えへへ、京ちゃん…♥」

京太郎「…なんだよ、流石にこれ以上、恥ずかしいのはギブだぞ?」

京太郎「言っとくけど、今でも顔から火が出そうなんだからな…」

咲「それはちょっと残念だけど…でも、そういうんじゃなくって…」

咲「私も…京ちゃんに約束しようと思って」

京太郎「約束?」

咲「…うん。私も…京ちゃんの側にずっといる」

咲「京ちゃんの事、一人ぼっちになんてさせない」

咲「…ずっとずっと…一生、側にいる」

咲「だから…えっと…その…だから…ね」モジモジ

咲「もう一つ…聞いて欲しい事があるんだけど…」ウワメヅカイ

京太郎「…え?」ドキッ

咲「私…本当は…ずっと…ずっと…京ちゃんの事…」




























春「…起きて」























京子「…ぁ」

瞬間、俺の視界に真っ先に入ってきたのは春の顔だった。
横からこちらへと覗きこんでくる彼女の顔には何処か申し訳なさそうな色が浮かんでいる。
まるで人の幸せを壊してしまったようなその表情は一体、どうしてなのか。
起きたばかりの俺にはそれがどうしても分からず、半ば呆然と彼女の顔を見つめていた。

春「…そろそろ東京だから準備した方が良い」

京子「あ…うん」

春から齎された言葉と共に身体がガタンと小さく揺れるのを感じる。
柔らかなシート越しに感じる短い振動に俺は自分が新幹線に乗っている事を思い出した。
けれど、どうして俺が新幹線に乗っているのかまでは出てこない。
何せ、俺はさっきまで清澄の部室にいたはずなのだ。
それがどうして次の瞬間には新幹線に座っているのか。
まったく繋がりのない2つの空間に俺の思考は理解が追いつかず、ただただ混乱だけを続けていた。


春「…やっぱりかなり疲れてる?」

京子「え?」

春「京子、新幹線に乗ってからすぐに寝始めたし…」

京子「(…あぁ、そうか)」

『京子』。
その呼び方で俺は全てを理解した。
ついさっきまで清澄の部室にいたと言うのは俺の夢でしかなかったと言う事を。
現実の俺は…既に清澄とは無関係な『須賀京子』になってしまっている事を。
こうして新幹線に乗っているのも…インターハイに出る為だと言う事を。
胸が詰まるような息苦しさと共に俺は全て思い出したのである。

京子「(確か…今日はインターハイ開会式の二日前で…)」

別に現地入りするのは開会式の前日でも構わない。
けれど、鹿児島から東京までは新幹線でもそれなりに長い旅になってしまうのだ。
今回はシードでもないし、開会式の後すぐに一回戦ともなれば疲れを引きずる可能性もある。
出来るだけ悔いのない結果を残す為にも、二日前には現地入りしておきましょう。
そんな霞さんの提案に従って、俺達は東京に向かっている真っ最中だった。


春「…京子が頑張り屋なのは知ってるけれど…最近、根を詰めすぎてるみたいで心配…」

京子「…ごめんなさい。でも、大丈夫だから」

春「…本当?」

京子「えぇ。本当よ」

その言葉は半分嘘で半分が本当だった。
確かにここ最近、麻雀や巫覡としての修行などで疲れは溜まっている。
けれど、それは決して俺の許容量を超えているようなものではないのだ。
こうして新幹線の中で眠ったのは疲れの所為だろうが、根を詰めていると言うほどではない。
運動系の部活をやっていればごく日常的にある程度の疲労感だ。

京子「(ただ…まさか…あんな夢を見るなんてな)」

こうして意識が完全に覚醒しても尚、俺の脳はさっきの夢を覚えていた。
まだ自分の家の事だとかまったく知らないまま、長野で幸せに過ごしていた頃の夢。
竹井先輩がいて、染谷部長がいて、優希がいて、和がいて…そして…咲がいて。
麻雀で負ける事は日常茶飯事だったし、悔しい事は幾らでもあったけど…でも、とても楽しかった頃の記憶。
勿論、アレは所詮、夢であり、実際に起こった事実からは程遠いが、それでも清澄にいた頃の雰囲気は良く再現されていた。


京子「(…なんで今更、あんな夢を…)」

永水女子に来てから既に半年以上が経過して…もう夢に見る事なんて殆どなくなっていたのに。
なのに…なんで今更、あんな夢を見てしまったんだろう?
…俺はもう…永水女子で立派にやっていってるっていうのに…。
あんな夢を見たって…辛いだけなのに……。

春「…そう。それなら良いけど…あんまり無理はしないで欲しい」

京子「えぇ。…心配してくれてありがとうね」

春「…お礼を言われるような事じゃない」

春「それに…私は謝らなければいけないから」

京子「…え?」

春「京子、とても幸せそうに寝ていたのに…起こしてしまって…ごめんなさい」

京子「…もう。春ちゃんが謝る事じゃないわよ」

それは春が謝るような事じゃない。
そもそも彼女がやった事は決して悪い事でも、間違っている訳でもないのだから。
車両前方に備え付けられた電光掲示板にも後数分で東京駅に到着と言う文字が流れていっているし、流石にコレ以上寝ている余裕はない。
どれだけ俺が幸せそうな顔をして爆睡していたとしても、そろそろ起こさなければ降りる準備もドタバタになってしまう事だろう。
いや、ドタバタするだけならまだしも、俺の荷物の中に女装の道具も入っているのだ。
忘れ物をしてしまった場合、即座に性別がバレる事すら考えられる俺にとって忘れ物をする訳にはいかない。
それにも関わらず、ここまで俺が寝ているのを許容してくれていた春には寧ろ、感謝の言葉を告げなければいけないだろう。


京子「(何より…)」

京子「それに…決して良い夢だった訳じゃないから」

春「え?」

京子「…悪夢だったのよ、だから…起こしてくれて助かったわ」

…そう、アレは悪夢だ。
もう忘れなければいけない…幸せだった頃の夢。
どれだけ足掻いても…もう手に入らない幸せな世界は…俺にとって悪い夢でしかない。
何せ…それが夢だと分かった瞬間、胸が詰まるほど苦しくなったのだから。
…こんな想い…もう二度としたくない。
だから…アレは俺にとって良い夢どころか…悪夢なんだ。

春「京子…」

京子「もう。そんなに心配そうな顔しないで」

京子「ちょっと夢見が悪かっだけなんだから、ね?」

春「……うん」

…恐らく春は俺の変化に気づいているのだろう。
けれど、こっちに来てから誰よりも俺の側にいてくれている彼女はそれを突っ込んできたりはしない。
無論、気にはなっているのか、こちらに対して、心配そうな視線はくれるけれども。
その口を開く事はないまま、横で小さく頷いてくれる。
そんな春の優しさが有り難い反面、何処かバツが悪くて俺は逃げるように隣の窓へと目を向けた。


京子「(東京…か)」

既に俺たちに乗った新幹線はビルの立ち並ぶ都会を走っていた。
見慣れないその光景は霧島の周りとも、清澄の周りとも違う。
日本の経済や政治の中心でもあり、永水女子がこれから数週間掛けて戦う場所。
そんな東京に…俺は再び来る事が出来た。
それも…今回は選手として。

京子「(…咲たちももう来てるんだろうか?)」

瞬間、頭を過った考えに胸の奥がズキリと鈍い痛みを訴えるのを感じる。
……やっぱり俺は咲達の事を完全に吹っ切れた訳ではないのだろう。
頭に浮かぶ回数が減ったと言うだけで思い返すとやはり胸が痛い。
まるでそこだけバランスが崩れてしまったように違和感と痛みが走るんだ。


京子「(…考えるな、須賀京太郎)」

京子「(今の俺は…もう須賀京子なんだ)」

京子「(須賀京太郎だった頃の記憶なんて忘れてしまえ)」

京子「(須賀京太郎なんてもう…何処にもいないんだから)」

その違和感と痛みに俺は上からそっと蓋をする。
そのやり方も、もう慣れてしまったものだった。
気持ちを無理矢理、ニュートラルに戻そうとするそれに胸の中から微かな反発が湧き上がるのを感じる。
けれど、その反発も俺がゆっくりと目を閉じる間になくなり、目を開いた時には胸の痛みも消えていた。

京子「…さて、それじゃあそろそろ東京駅みたいだしデッキに移動しましょうか」

春「…うん」

それから口にした言葉は、かなり自然なものであったと思う。
少なくとも俺の胸にはもう痛みも違和感もないのだから。
強がりでもなんでもない自然な『須賀京子』としての言葉に、けれど、春は心配そうな目を向け続けた。
まるで一人で強がる小さな子どもを見るようなその目には痛々しささえ混じっている。
けれど、俺はもう大丈夫なんだ。
咲たちの事なんかもう忘れてしまったし、胸の痛みも消えている。
心も身体もコンディションは悪くないし、心配されるような事はない。
…けれど、どれだけ心の中でそう思っても、春の視線は変わらなくて…… ――


―― 結局、俺は春から逃げるようにして、手早く荷物を纏め、皆と共に東京駅に降りたのだった。



………


……







京子「…はぁ」

見慣れない天井を見上げながら俺は小さくため息を吐いた。
それは勿論、東京までの旅路が辛かったから、などではない。
毎週末遠征ばっかりで身体がガタガタだった中学時代に比べれば新幹線で数時間なんて天国みたいなものだ。
道中を殆ど寝て過ごした所為か、疲労もなく、意識もスッキリしてる。
コンディションは悪くなく、そのまま一回戦に乗り込んでも構わないくらいだ。

京子「(ただ……落ち着かない)」

…理由は分かっている。
俺がさっきから何度もため息を吐いているのは思った以上に部屋が豪華で気後れしているなどではない。
本来ならばダブルの部屋を一人で使う事になって、寂しいと思っている訳でもない。
…ただ、一人になるとどうしても咲達の事を意識に浮かべてしまうのだ。


京子「(…もしかしたら…この近くにいるかもしれないんだよな)」

利便性を考えてくれたのだろう。
霞さんが予約を入れてくれたこのホテルはインターハイ会場に徒歩で行けるような距離にあった。
その分、値段も相応に高いが、学校から潤沢な部費を渡されている永水女子麻雀部にとってはそれほど苦ではないのだろう。
…けれど、それは清澄にとっても同じ事。
インターハイで優勝した清澄は今年から大分、部費も増え、地域からのサポートはより一層、手厚いものになったと聞く。
そんな彼女達がインターハイ会場の近くに宿泊していたとしても、それほど驚く事ではないだろう。

京子「(流石に同じホテルと言う偶然はないだろうけどさ)」

それでも、この近くに清澄が…咲達がいてもおかしくはない。
そう思うとやはり妙に落ち着かなく、窓の周りをウロウロとしてしまう。
まるで雪の日の犬のように落ち着きのない自分が嫌になって、ベッドに飛び込んだが、それでも気持ちはすぐさま切り替わったりしない。
考えてはダメだと頭では分かっているのに、どうしても咲達の事を考えてしまうんだ。


京子「(…俺はどうしたいんだろうなぁ)」

無論、今の姿で会えるはずがない。
今の俺は【須賀京太郎】とはまったくの無関係の人間なのだから。
例え会ったにしても他人としての会話しか出来ない以上、胸の痛みが強くなるだけ。
それならば、彼女たちの事など忘れて、この豪華な部屋を満喫した方が良い。
…そんな事は俺にだって分かっているんだ。

京子「(誰かと一緒にいるか?いや…でもなぁ…)」

それなのに思考はどうしても幼馴染達の方へと引きずられていく。
その対策の為には永水女子の誰かと一緒にいるのが一番だと言うのは経験的に分かっていた。
しかし、俺達はこうして東京に到着し、ようやく一息吐いたばかりなのである。
そんな状態で部屋に行ったりしたら文字通りの意味でお邪魔になってしまいかねない。


ピンポーン

京子「…ん?」

そんな事を考えている最中に、聞きなれないインターフォンの音が鳴った。
それにムクリと身体を起こして視線を彷徨わせれば、ベッドの脇に置かれた電話がチカチカと点滅しているのが目に入る。
恐らくこれはただの内線電話だけじゃなく、インターフォンも兼ねたものなのだろう。
そんな事を思いながら俺は受話器を持ち上げ、自分の耳へと近づけた。

京子「はい」

巴「あ、京子ちゃん、巴だけど…」

京子「あれ、巴さん?」

受話器越しに聞こえてきたその声は巴さんのものだった。
しかし、俺にはどうして彼女が訪ねてきてくれたのか分からない。
何せ、巴さんと初美さんの部屋は俺の右隣。
ちょっとした話があるならば、内線電話で構わないのだ。
それなのにわざわざ部屋へとやってきたと言う事は…何か電話では済ませられない大事な用でもあるんだろうか?


京子「えっと、ともかく開けますね」

巴「えぇ。お願い」

そんな疑問が湧いてくるが、折角、訪ねてきてくれた巴さんをそのままにはしておけない。
相手が巴さんである事が分かったのだから、とりあえず部屋に入ってもらおう。
そう判断した俺は受話器を置き、ベッドから立ち上がる。
そのまま扉の方へと歩いて行き、その鍵を外して… ――

京子「お待たせしました」ガチャ

巴「いえ、気にしないで」

開けた扉の向こうに立っていた巴さんは既に制服から私服に着替えていた。
夏らしい清潔感のあるブラウスは装飾の少ないグレーのもの。
その下の白いハーフスカートも多少、フレアこそついているが落ち着いた印象に纏まっている。
全体的に清楚な雰囲気の服装だし、巴さんに似合っているのだけれど…ちょっと地味過ぎる気がしなくもない。
初美さんほど弾けて欲しい訳じゃないが、もうちょっと派手な格好をしても十分、巴さんに似合うと思うんだけれどなぁ。
ってそれはさておき。


巴「それより…部屋に入っても良いかしら?」

京子「えぇ。どうぞ」

巴「お邪魔します」

さて…とりあえず巴さんに入ってもらった訳だけれど…とりあえずお茶の一つでも出さなきゃいけないよな。
…でも、部屋に入ってずっと悶々としてた所為か、部屋の備品の位置なんて全くチェックしてない。
一応、壁際の収納棚においてある電気ケトルくらいは把握しているけれど…ティーパックなんかはどこに置いてあるんだ…?

巴「あ、お茶は私が淹れるわよ」

京子「え?いや、でも、巴さんはお客様ですし…」

巴「良いの良いの。私がやってあげたいから」

そう言いながら巴さんは壁際まで歩いて行って、電気ケトルの電源を入れる。
そのまま手慣れた様子で、下にある棚からティーパックを取り出した。
まるで自分の家のように勝手を知っているスムーズな動きには口を挟む余地はない。
……ちょっと悪い気もするけれど…ここは巴さんに任せた方が良いだろう。


京子「…じゃあ、すみませんがお願いします」

巴「えぇ。任せて」

そう断りながら俺は一足先に部屋のテーブルに腰を降ろした。
そのまま周囲に視線を動かせば、十畳ちょっとの広々とした空間が目に入る。
二人がけのテーブルを中心に簡素なキッチンや収納棚、ソファやテレビなどが置かれた部屋。
備え付けられている家具や証明だけでなく壁紙一つとっても高級感溢れていた。
正直なところ、あまりにも豪華過ぎて、根が小市民な俺は若干、気後れしてしまう。
今は巴さんが壁際でお茶を淹れてくれているのだから尚の事。

京子「(…でも、これにも慣れないとなぁ)」

何せ、俺達は小蒔さんの個人戦が終わるまでこのホテルに滞在するのだ。
小蒔さんがどれだけ勝ち進むかにもよるが最低でも10日以上この部屋で生活する事になる。
一人で過ごすにはあまりにも広々としすぎて落ち着かないが、それに慣れなければ団体戦も勝ち上がる事が出来ない。
ここから先は文字通り魑魅魍魎が跋扈する化け物の世界なのである。
ただでさえ人より劣っている俺が疲労を抱えたままでは足手まといになってしまうだろう。


巴「それで…京子ちゃん」

京子「あ、はい」

巴「体調はどうなの?」

京子「えぇ。大丈夫ですよ」

そんな事を考えている最中に何故か俺は体調を尋ねられてしまう。
無論、元々が体育会系だけあって、多少の長距離移動で疲れたりはしない。
そんな事はついさっきまで一緒だった巴さんも分かっている事だと思うのだけれど…。
なんで改めてこうして尋ねてきたんだろう?

巴「…ホント?無理してない?」クルッ

京子「勿論、無理なんてしていません」

京子「体調はバッチリですよ。今ならバク転だって軽く出来そうなくらいですから」

巴「もう。流石にホテルの中でそれは危ないわよ」クス

そう笑いながらも振り返った巴さんの顔から心配そうな色が消える事はなかった。
…どうやら俺はよっぽど彼女に心配を掛けているらしい。
けれど、それだけ心配されても俺にはその理由が思い至らないままだった。
新幹線に乗っている途中で眠ってしまったのもあって、本当にバク転が軽く出来るくらい体力は有り余ってるからなぁ…。


巴「でも…あんまり強がったりしないでね」

巴「辛かったら何時でも私達に言ってくれた方が嬉しいから」

京子「えぇ。ありがとうございます」

とは言え、それは間違いなく巴さんの優しさだ。
そこまで心配してくれる理由は分からずとも素直に受け取っておいた方が良い。
…いや、ここまで俺の事、心配してくれているんだし、受け取るだけじゃなく適当に甘えた方が良いだろうか?
彼女の心配が何処から来ているのか分からない以上、正攻法でその気持ちを晴らしてあげる事は出来ない訳だからな。

巴「はい。お待たせ」

巴「まだ淹れたばっかりだからもうちょっと待ってね」

京子「あ、ありがとうございます」

っと、結論を出す前に巴さんがお茶を淹れてくれたか。
巴さんもテーブルに着いた訳だし、とりあえず甘えるか否かは脇に置いておこう。
それよりも巴さんがこうして部屋に訪ねてきてくれたんだ。
まずはその理由を聞くのが一番だろう。


京子「それでどうして私の部屋に?」

巴「えーっと…まぁ、その…色々と…ね」

京子「色々…ですか?」

巴さんがボカした言い方をするのは別にこれが始めてじゃない。
けれど、それは俺には言えない事情があったりする場合だけ。
今回みたいに部屋へと訪ねてきておきながら、その理由をボカしたりした事はない。
基本的に巴さんは俺が尋ねた事には誠実かつ丁寧に応えてくれる人なのだから。

京子「(そんな巴さんが言えないと言う事は何か理由があると思うんだけれど…)」

…真っ先に思いつくのは俺をこの部屋に足止めしなきゃいけない理由があるって事か。
その場合、皆が何かサプライズの準備をしてるって事になるんだろうけれど…。
…でも、まさか東京に来てすぐさまサプライズなんてしないだろう。
皆だって疲れているし、開会式にはまだ一日あるんだから。
本当にサプライズを企てているのであれば明日の方がベストなはずだ。


巴「それより京子ちゃんは何かして欲しい事とかないの?」

京子「して欲しい事…ですか?」

巴「えぇ。私も暇だから、何でも付き合ってあげる」

京子「何でも…」

…やっぱりおかしいよなぁ。
いや、巴さんが俺に対して何でも付き合うと言う事そのものはおかしくないし、割りと何時もの事だけれど。
でも、本当に暇ならば親友である初美さんと一緒にいる方が暇つぶしになるはずだ。
それなのにわざわざ俺の部屋に来て暇だなんて…どうしても違和感が残る。

巴「そうだ。マッサージとかどう?」

巴「新幹線での移動が続いて京子ちゃんも疲れてるでしょ?」

巴「ちょっと早めだけれど、今日も疲れを解してあげましょうか?」

京子「えっと…じゃあ、お願い出来ますか?」

巴「えぇ。任せて」

巴「しっかりリラックスさせてあげちゃうから」ググ

とは言え、こうして巴さんが言い出してくれている事を断る理由は俺にはない。
相変わらず彼女の真意は見えないままだけれど、巴さんは俺に対して悪意を持っている訳じゃないのだから。
例え、これが時間稼ぎの一環であったとしても付き合ってあげるのが一番だろう。
…それにまぁ俺自身、巴さんのマッサージは嫌いじゃないし。


巴「じゃあ、ベッドに横になってくれる?」

京子「はい」

巴さんの指示に従って、俺はベッドにうつ伏せになった。
そんな俺の上に巴さんの身体がゆっくりとのしかかってくる。
…何時もの事ながら何処か遠慮しがちなその体重の掛け方は巴さんらしい。
個人的にはもうちょっと身体を下ろしても良いと思うのだけれど…。

京子「(…まぁ、異性相手だしなぁ)」

これが同性相手だったら気兼ねなくそう言えるけれど、巴さんは女の人だ。
もうちょっと体重を掛けても良いと言ったら、変な風に誤解されかねない。
実際、巴さんみたいな美少女のお尻で下敷きにされるのは男にとってご褒美みたいなもんだし。
セクハラのように受け取られる可能性もあるから、下手にこっちから言い出す訳にもいかないんだよなぁ。


巴「じゃあ、何時も通り肩からいっちゃうね」

京子「お願いします」

そう断ってから始まった巴さんのマッサージは相変わらず心地良いものだった。
一回一回にしっかりと力が篭めてツボを押す指先からは巴さんの優しさを感じる。
お陰で早くも身体が温まり、指の先からじんわりと身体がリラックスしていくのが分かった。

巴「相変わらず肩凝ってるね」

京子「それなりに重い物ぶら下げてますから」

巴「…それは嫌味かな?」グイ

京太郎「い、いててて、ぎ、ギブっす、ギブ!!」

巴「まったく…これでも結構、気にしてるんだからね」

京子「それでも初美さんやわっきゅんよりは大きいじゃないですか」

巴「…その二人に勝っても正直、自慢にならないから…」

確かに初美さんもわっきゅんも貧乳と言うよりはナイチチって言った方が正しいもんな。
ただ、周囲が明らかに巨乳ばっかりなだけであって巴さんだってない訳じゃないんだ。
水着を見れば普通かちょっと貧しい…と言うか、八つ橋レベルにはあるのは分かるんだし、それほど気にするもんじゃないと思うんだけれど…。
まぁ、こればっかりは男が ―― しかも巨乳好きの奴が ―― 言っても無意味なのかもしれない。


巴「でも、京子ちゃんのサイズに負けちゃってるのは割りとショックなのよね…」

京子「巴さんも詰めてみます?」

巴「さ、流石にそこまでは…い、いや、でも…」

…そこで思いっきり逡巡を浮かべるって事は本気で気にしてたんだろうなぁ。
男にとってはあまり想像出来ないけれど、周りが自分以上の巨乳ばっかりというのは中々に辛いのかもしれない。
特に巴さんの場合、明らかに霞さん達に対して負い目と言うか、コンプレックスめいたものを抱いているからなぁ。
自分が劣っているとそう思いやすい彼女にとって、目に見える胸の大小と言うのはやはり大きいのだろう。

巴「う、ううん、それじゃあ根本的な解決にはならないから止めておくわ…」

京子「でも、根本的な解決ってどうするんです?」

巴「それは…寝る前にバストアップ体操したりとか、豊胸に良いもの食べたりとか…」

巴「って何言わせるのよ!?」カァァ

京子「あら、私はただ疑問を口にしただけですよ?」

京子「答えてくれたのは巴さんですし…何より同性なんですから別に良いじゃないですか」

巴「ど、同性でも恥ずかしいものは恥ずかしいのよ」

まぁ、口では同性だと言いつつも実際には違う訳だけれどな。
ただ、こうして部屋で寛いでいる最中にだって誰かが何処かで聞いているかもしれないし。
須賀京子でいられる時にはやっぱり須賀京子として振る舞った方が良い。
お屋敷ならば須賀京太郎として生活しても構わないが…ここは『外』なんだから。


巴「それに…あんまり京子ちゃんにはそういうところ見せたくないし…」

京子「…もしかして信用されていません?」

巴「ううん。信用してないなんて事はないわ」

巴「寧ろ…とても頼りにしてる」

巴「と言うか…信用してなかったら一緒にお風呂なんて入る訳ないでしょ」カァ

京子「ふふ、それもそうですね」

確かに一緒に風呂に入っている時点で、信用してないなんて事はないか。
勿論、水着は着ている訳だけれど…巫覡としての修行を始めてから毎朝一緒に入っている訳で。
流石に異性と一緒に風呂に入るなんて言うのはよっぽど相手の事を信用していないと出来ないだろう。

巴「ただ…やっぱり私は京子ちゃんにとって頼れる大人でありたいのよ」

京子「大人と言われても…巴さん二歳しか変わらないじゃないですか」

巴「勿論、それはそうなんだけど…」

巴「でも、京子ちゃんにとってそういう相手っていないでしょ?」

京子「それは…」

巴さんの言葉を否定出来るような材料は俺にはなかった。
実際、親から引き離され、半年以上をあのお屋敷で過ごしてきた俺にとって頼れる大人と言うのは本当に思いつかないのだから。
唯一、例外があるとすれば田中さんだが…あの人はあくまでも神代家のボディガードだし。
稽古をつけてもらってはいるが、肝心なところで頼れるかと言えば、やっぱり否だろう。


巴「…だから、せめて私だけでも京子ちゃんが心から甘えられるような大人の人になろうと思って」

巴「まぁ…あんまり上手く行ってる訳じゃなさそうだけどね」

京子「巴さん…」

そう付け加える彼女の声からは若干、残念そうな響きを感じる。
それは自分が大人になりきれていない所為か、それとも俺が甘えていない所為か。
こうして寝転がった状態では巴さんの顔が見えないから分からない。
分からないけれど…このまま沈黙し続けているのが正しい訳じゃないだろう。

京子「巴さんは立派な人だと思いますよ」

巴「…そうかしら?」

京子「えぇ。だって、私は巴さんのお陰でとても助かっていますし」

京子「こうしてマッサージして貰っているのだって、自分では大分、甘えていると思っているんですよ」

巴「…それなら良いんだけれど…」

そんな俺のフォローに巴さんは歯切れの悪い言葉を返す。
まるで俺の言葉が信じられないようなその反応に内心、首を傾げた。
何せ、そうやって巴さんに伝えた言葉は決して嘘ではないのである。
俺が彼女を頼りにしているのは事実だし、甘えているのも確かなのだけれど… 。


巴「…その割にはさっきから何も言ってくれないわよね」

京子「え?」

…何も言わない?
俺としては割りとあけすけに話をしてるつもりなんだけれど…。
でも、巴さんが無意味にこういう事言うはずがないし…俺が彼女の求めている言葉を言えなかったのは事実なんだろう。
……ただ、巴さんが一体、何を求めていたのかは俺にはさっぱり分からない。
彼女がこの部屋に来てからの事を軽く思い返してみても、引っかかるものは何もなかった。

巴「京子ちゃん…貴女、東京に着いてからちょっと変よ?」

巴「表情も何処かぎこちないし…ふとした時に遠い目をしたり、妙に落ち着かなかったりしてるのに…大丈夫だって強がるだけ」

巴「そんな風に理由すら教えてくれないんじゃ、甘えてくれているだなんて到底、思えないわ」

京子「……」

そんな俺の上から届いた声には微かに拗ねるような響きが込められていた。
俺の強がりを見抜いていたとそう訴えかける彼女の声に俺はなんと返せば良いのか。
無論、悪いのは甘えていると言いながらも一線を譲らなかった俺なのだから謝罪の言葉を返すべきなのだろう。
しかし、胸の底に幾度となく沈めてきた痛みを指摘されたのがショックで、どう謝罪すれば良いのかすぐさま出てこなかった。


京子「(…勿論、絶対に気づかれないと思っていた訳じゃない)」

俺の周りには洞察力に優れた人が沢山いるのだ。
そんな彼女たちの目を完全に欺けると思うほど、俺は自信過剰じゃない。
実際、俺は春の目を欺く事は出来なかったのだから。
けれど…それでも俺はその痛みを意識の外側に置こうとしていたんだ。
胸の内にあっても辛いだけだと意図的に気づかないように思考から弾き出していたのである。
そんな風に痛みを必死で見まいとしていた自分を真正面から指摘された衝撃と言うのはやはり大きい。
特にそれは思い出しても胸が苦しくなるだけで、解決するには忘れるしかないものなのだから尚の事。

京子「(恐らく…巴さんが部屋にやって来たのもそれ関係なのだろう)」

思い返せば彼女は最初から俺の様子を心配してくれていた。
訪問した理由を濁していたのも、きっと俺の事を慮ってくれていたからこそ。
まったく何事もなかったかのように強がる相手に対して、心配してきた、なんて言ったらより頑なになるだけ。
彼女はそう考え、あくまでも『暇つぶし』として俺の部屋にやって来てくれたのだろう。


巴「…皆も京子ちゃんの事心配してるわよ」

京子「すみません…」

…そしてどうやら俺の変化に気づいているのは巴さんだけじゃないらしい。
…いやこうして改めて、巴さんが『皆』と口にするという事は文字通りの意味で永水女子の全員が気づいていたのだろう。
そんな皆の中で必死で平静を装っていた自分の滑稽さと申し訳なさに胸の奥が重くなり、自然と謝罪の言葉が口から飛び出た。

巴「…何かあったの?とまでは聞かないわ」

巴「それを言わないと決めたのは京子ちゃんなのだから」

巴「勿論…出来ればその理由を教えて欲しいけれど…」

京子「……ごめんなさい」

…恐らくこうやって心配までして俺の部屋に来てくれる巴さんには理由を言った方が良いのだろう。
そんな事は俺にだって分かっている。
けれど…一体、どうやって説明すれば良いんだ?
なんの装飾も言い訳もなく単純に事実だけを述べるとすれば、『清澄の夢を見た所為で、咲達の事が頭から離れないようになってしまった』ってところだろう。
けれど、もう半年以上も一緒に生活しているのに未だに長野での生活を忘れられないなんて情けないし…何より巴さん達を傷つけかねない。


京子「(…少なくとも…巴さん達は俺の境遇に同情してくれているんだ)」

そんな彼女達と俺は家族としてそれなりに上手くやって来たつもりだ。
少なくとも神代家に来た当初よりは大分、関係も近づいているし、話し方一つとっても砕けたものになっている。
…そんな相手に改めて、自分の境遇を突きつけて何になるだろうか。
勿論、優しい巴さんはきっと俺に同情してくれるし、今まで以上に親身になってくれるだろう。
でも、その裏側にあるのは俺に対する負い目でしかない。
こうして俺の部屋に訪ねてきてくれるまで仲良くなった人に、そんなものを背負ってほしくはなかった。

巴「…そう。仕方ないわよね」

巴「京子ちゃんに話せ、と強要したりなんて出来ないし…」

巴「……ただ、辛いなら辛いと言って欲しいの」

巴「強がって気持ちを内側に押し込めているだけじゃ…心配すら出来ないわ」

京子「…はい」

そうやって俺に対して言い聞かせるような巴さんの言葉はとても優しかった。
その言葉の節々から俺に対する心配が十分伝わってくる。
だからこそ、彼女に全てを打ち明けても良いんじゃないかと…そんな風に思う自分もいるが…やっぱりどうしても出来ない。
…俺が巴さんの優しさに報いる為に必要な事は全てを打ち明ける事じゃない。
彼女が心配しなくても良いとそう思えるくらい元気に振る舞う事なんだ。


巴「…じゃあ、話してくれなかった罰として今日は京子ちゃんが私のご主人様ね」

京子「え?」

巴「京子ちゃんが少しでも明後日の開会式に今の状態を引きずらないようにしなきゃいけないじゃない?」

京子「…う、それは…」

…確かに肉体的にはともかく、精神面のコンディションは悪いのかもしれない。
それを開会式まで引きずってしまったら、インターハイの試合に影響を及ぼすかもしれないという巴さんの懸念は理解できる。
…しかし、一体、どうしてご主人様なんて言葉が出てくる事になったのか。
そもそも巴さんほどの美少女がご主人様だなんて…正直、いかがわしい店しか出てこないのだけれど…。

巴「だから、今日は私に出来る事があれば何でも言ってね」

巴「私、出来るだけ京子ちゃんの助けになるから」

京子「いや…でも…」

無論、巴さんの申し出が困ると言う訳じゃない。
そのすぐ近くに霞さんと言う完璧超人がいるから目立たないが彼女は何をやらせても人並み以上に出来る人だ。
こうしてマッサージする技術一つとっても、素晴らしいものだろう。
そんな巴さんが側にいてくれたら、そりゃ色々と楽だ、とは俺も確かに思うけれど…。
でも…それは彼女の時間を犠牲にする事でもあるのだ。
折角、友人と一緒に東京にやってきたって言うのに、俺にばかり構っているのは時間の無駄だろう。


巴「…お願い、やらせて」

巴「ここまで来た以上…私にはもうこれくらいしか手伝えないから」

京子「……」

…けれど、巴さんの意思はもう固まっているらしい。
上から伝わってくる彼女の声はとても切実そうなものだった。
…それはきっと巴さんがもう永水女子を卒業してしまったからなのだろう。
もう選手でなくなってしまった巴さんが永水女子の優勝の為に出来る事と言うのは少ない。
けれど、人に尽くしたがりな彼女はどうしても何かしたくて…こうして俺の助けになろうとしてくれている。
いや…そうしなければいけないと強く思い込んでいるのが巴さんの声から伝わってきていた。

京子「分かりました」

巴「京子ちゃん…」

京子「…ただ、先に言っておきますけれど、私は中々、厳しいですよ?」

巴「ふふ、覚悟の上よ」

そんな巴さんの意思を無駄には出来ない。
そもそもの原因は俺が自分の感情をコントロール出来ていなかった事にあるのだ。
その所為で彼女に心配を掛け、こんな事を言わせた責任は取らなければいけない。
それに…まぁ、ここまで思いつめた彼女を拒絶しても、逆に落ち着かないだけだろうし。
適当に色々と甘えさせてもらった方がお互いの為にも良いはずだ。


京子「(でも…どんな事をして貰えば良いんだろう?)」

正直なところ、中々、思いつかない。
そもそも俺は既に巴さんにかなり甘えているつもりなのだ。
本当はこうやってほぼ毎日マッサージして貰っているのも本当は悪いと思っている。
けれど、その程度ではこんなにも思いつめた彼女が安心出来ないのは明確だ。
…ただ、俺達がいるのは着いたばかりのホテルであり、部屋の掃除も食事の準備だって必要じゃない。
そんな状況でマッサージ以上に甘える方法なんてそう簡単に出てこなかった。

京子「(それに…折角、東京に来てる訳だしなぁ)」

インターハイの開会式が始まると遊んでいる暇なんてなくなってしまう。
例え相手が無名であったとしても、去年の清澄のようなダークホースが混ざっているかもしれないのだ。
優勝を目標に据える永水女子は初戦からだって相手の対策や分析は欠かせない。
それが永水女子が敗退するまで続くのだから、気軽に東京観光へ出かける余裕はないだろう。


京子「(…だから、遊びに行くとすれば明日がタイムリミットではあるんだよなぁ…)」

巴さんは俺へのサポートを必死になってやろうとしてくれているんだろう。
それはこうして俺の身体を解してくれるその指先の丁寧さからも十分伝わってくる。
けれど、そうやって巴さんにして貰ってばかりと言うのはやはりどうしても気になる事なのだ。
どうせご奉仕して貰うならば巴さんとしても楽しんで貰えるような形が良い。
それなら…やっぱり… ――

京子「…巴さん」

巴「ん?」

京子「ちょっとデートしませんか?」

巴「で、でででデートって…」カァァ

京子「…もしかして、私とデートするのはお嫌です?」

巴「い、いや…別に嫌って訳じゃないけれど…」

巴「でも…い、いきなりそんな…ビックリしちゃうわ」

まぁ、いきなりデートなんて言われたらそりゃあビックリするよな。
俺の正体を知らない人からすれば、ただの冗談だと分かるけれど…でも、巴さんは知っている訳で。
ましてや、長期間、俺と一つ屋根の下で暮らし、擬似的な家族のような状態が続いている彼女は、きっとそんな風に言われるなんて思ってもみなかったはずだ。
ただ… ――


京子「あら、私からすれば別にいきなりでもありませんよ」

巴「え?」

京子「だって、私は以前から巴さんとデートしたいとそう思っていましたし」

巴「は、はぅ」カァァ

それは決して嘘ではなかった。
彼女は何時も俺の事を気にかけ、毎日、丁寧なマッサージまでしてくれているのだから。
その他にも勉強や修行までしっかりとフォローしてくれる彼女への恩返しがしたい。
そんな俺の頭に真っ先に浮かんできたのは巴さんを外食に誘う事だったのだ。

京子「(それに…何より…巴さんの趣味を探すって言ったまま、何も出来てないもんな)」

勿論、これまでに色々と趣味に関するアプローチはしてきている。
しかし、その反応はあまり芳しいものではなく、成果らしい成果をあげられなかった。
そうしている内にアレやコレやとやる事が増え、巴さんの事が後回しになっていたのは否定出来ない。
その事に関して負い目があった俺は、以前から彼女とのデートを計画していた。


京子「(まぁ、こうしてぶっつけ本番になってしまった訳だけれど…)」

これまで東京には何度か来ているものの、俺はこの街の事を殆ど知らない。
鹿児島で立てた対巴さん用のデートプランはこっちではろくに通用しないだろう。
だが、東京の中心地にドンとそびえ立つこのホテルの周りにはショッピングモールを始め、色々な娯楽施設があったのだ。
とりあえずそこを見て回るだけでも、それなりに楽しむ事が出来るだろう。

巴「そ、それって…どういう意味かしら…?」

京子「どういう意味でしょうね?」クス

巴「も、もぉ…あんまり年上をからかわないで」プイッ

京子「ふふ、ごめんなさい」

京子「でも、決して邪な考えがある訳ではありませんよ」

京子「私は巴さんに何時もお世話になっていますから、一度、ゆっくり食事でもしたいと前々から思っていたんです」

京子「それに明後日にはもう開会式ですし、ゆっくり出来るのも明日まででしょう?」

京子「その前にこの辺りを軽く見ておきたいな、とそう思いまして」

巴「…あ、そ、そういう事…」

京子「あら、巴さんはどういう風に勘違いなさったのですか?」クス

巴「ぅ…」カァァ

そこで言葉を詰まらせる辺り、本気でデートに誘われていると勘違いしていたんだろうか?
そうなれば面白いと思っていたけれど…まさかここまで見事に反応してくれるだなんて。
初美さんじゃないが、やっぱり巴さんはからかいがいがあるよなぁ。


巴「も、もう…京子ちゃんなんて知らない…っ」グイグイ

京子「い、いてて…も、もうちょっと優しく…」

巴「ふーんだ、あんな意地悪言う京子ちゃんに手加減なんてしないから」

京子「う…くぉぉ…」

あ、やべ、変な声が出た。
でも、巴さん、マジで手加減してくれてないから…その身体がメキメキ鳴って…。
マッサージって言うよりも最早、整体に近い勢いで身体が悲鳴をあげてるんですが…!?
特に巴さんによって無理矢理、持ち上げられた腕から肩が…らめええっ!それ以上、上がらないのおおおっ!!!

京子「……」チーン

巴「…まったく…」

そのまま数分ほど整体ばりの激しいマッサージをされた俺は巴さんが離れた頃にはもうグロッキーになっていた。
ただ、それは決して身体が無意味に傷めつけられたが故のものではない。
肩の駆動域限界まで持ち上げられたりしていたのも、マッサージの一種だったのだろう。
肩に残っていたしこりのような重さもなくなり、大分、スッキリした。
…まぁ、その分、痛みとかは結構なもんだったけれど、これだけスッキリさせて貰ったら文句も出ない。
ただ… ――


京子「と、巴さんって顔に似合わず激しい方なんですね…」

巴「そ、そういう言い方しないでよ…誤解されちゃうでしょ」

京子「あら…誤解ってどういう意味にですか?」

巴「…京子ちゃんって案外、学習しない子なのね」グッ

京太郎「すみません。調子に乗りました!!」

いや、勿論、巴さんが無意味に俺の身体を痛めつけると思ってはいない。
なんだかんだ言いながらも優しい巴さんは、きっと俺の身体をしっかりと解してくれる事だろう。
ただ、それには痛みと言う大いなる代償が伴うのだ。
既にその痛みを嫌というほど味わった俺にとって、それは簡単に受け入れる事が出来ない。

巴「一応…本当はもうちょっと勉強してからやろうと思ってたのよ」

京子「え?」

巴「ああいう整体系は素人がやると危険って聞くから」

巴「一応、素人でも出来ると本で紹介されたレベルのものを選んだつもりだけれど悪影響出ちゃったら大変じゃない?」

京子「巴さん…」

本人はなんでもないように言うけれど、それは結構…いや、かなり嬉しい事だ。
何せ、巴さんがこうやってマッサージするのは殆ど俺だけなのだから。
つまり、巴さんは俺の為に本を呼んでまで整体の勉強をしてくれていたって事なのである。
元々、彼女が尽くしたがりな性格だって言うのは知っているけれど…やっぱりこうしてハッキリと言われるとやっぱり感動する。


巴「…で、どうだった?」

京子「え?」

巴「さっきの整体…大丈夫だった?」

京子「えぇ。恐らく大丈夫だと思いますよ」

無論、俺には整体に言った経験などない。
中学の時はハンドボールをやっていたが、俺は幸運にも大きな怪我をした事は一度もなかったのだから。
だから、あくまでも未経験者の感想になるが…身体に違和感らしいものはない。
素人による整体は危険だと巴さんが言っていたが、恐らく大丈夫だろう。

巴「良かった。じゃあ、これからもちょっとずつこういうのもしていこうかしら」

京子「お、お手柔らかにお願いしますね…?」

巴「それは京子ちゃんの態度次第かしらね」クス

京子「う…」

つまりさっきみたいに調子に乗っていると容赦なくするって言う事か。
まぁ、巴さんはとても優しい人ではあるが、決して聖女でも何でもない訳で。
仕返しがしたいって言う気持ちは分かるが…これだと下手にからかえない。
これからはもう少し振る舞い方を考えた方が良いのかもな…。


京子「…じゃあ、機嫌取りに改めて…デートしません?」

巴「…それ本気だったの?」

京子「そりゃ勿論、本気も本気ですよ」

京子「巴さんには色々と仕返し…いえ、恩返ししたい事が沢山あるので」

巴「…今、一気に不穏な気配を感じたのだけれど」

京子「ふふ、何の事でしょう?」

まぁ、俺もさっきの事を引きずっている訳じゃない。
これが初美さんならばともかく、相手は巴さんな訳だしな。
普段、思いっきり俺の方が彼女をからかっている事を思えば、さっきされたのは可愛らしい仕返しだ。
それに痛みこそ酷かったが、こうして身体が軽くなったのだし、俺の胸には彼女への感謝しかない。
流石にデートで仕返しだなんてそんな子どもっぽい事をするのは初美さん相手にだけだ       多分。

京子「あ、勿論、巴さんが疲れているとかであれば構いませんよ」

京子「新幹線とは言え、移動疲れはあるでしょうし…」

巴「うーん…それは大丈夫なんだけれど…」

うーん…何となく歯切れが悪いな。
さっきの感じだとそれほど悪い印象ではなかったみたいなのだけれど…。
もしかしてさっきから何度もからかっている事を根に持っているとか?
…いや、巴さんはそういう事を引きずるようなねちっこいタイプじゃないし…。


京子「……やはり私では巴さんのエスコート役には足りませんか?」

巴「ううん。そんな事ないわ」

巴「で、デートに誘ってくれて…う、嬉しいって思ってる」

巴「ただ…」

京子「ただ?」

巴「…えっと…笑ったりしない?」

…こうやって念押しすると言う事は、笑われてもおかしくないような理由なのか。
ただ、その声音から察するに、それは巴さんにとっては重大なものなのだろう。
ならば、何時までもこうしてベッドの上でうつ伏せになんてなってはいられない。
巴さんは既に俺の上からどいているのだから、起き上がって彼女に向き合うとしよう

京子「えぇ。例え何を聞いても笑わないと天地神明に誓いましょう」

巴「…ホント?」

京子「一応、これでも巫女ですから、神様に誓うという言葉の重さくらいは知っているつもりですよ

勿論、俺はつい一年前まで神様なんてオカルトをまったく信じていない一般人だった。
いや、今でさえ俺は神様の事を心から『神様』だと信じきれている訳ではないのだろう。
だが、それでも俺にとって、『神様』は返しきれないほどの恩義を感じている相手なのだ。
そんな相手を出して尚、笑ったりするほど俺は下衆ではない。


巴「じゃあ…え、えっと…軽く聞き流して欲しいんだけれど…」

巴「…わ、私…した事ないから」カァァ

京子「え?」

巴「だ、だから、デートとかした事ないから緊張してるの!!」マッカ

京子「…緊張?」

…いや、緊張なんてするほどのものか?
デートなんて言っても、ただ一緒に出かけるだけだ。
お互いの間に恋愛感情がない事は分かっているのだし、緊張する必要などないだろう。
巴さんは以前、俺が男である事を時々忘れてしまいそうになると言っていたし…そもそも俺達は普段、一つ屋根の下で暮らしているんだ。
最近は水着姿とは言え、一緒に風呂に入っている事を考えれば、今更、デートで緊張すると言われても中々、共感出来ない。

巴「…も、勿論、京子ちゃんにそういうつもりはないのは分かってるのよ?」モジモジ

巴「分かっている…のだけれど…やっぱり初めてデートするとなると緊張してしまって…」

京子「デートと言っても同性同士なのですし、そこまで緊張する必要はないと思いますよ」

京子「それに夕飯までには帰ってこなければいけませんし…精々、数時間程度のお出かけです」

巴「それはそうなんだけれど…」

…まぁ、そうは言っても、こればっかりは巴さんの気持ちの問題だからなぁ。
一応、外見上は同性ではあるが、彼女は俺が男である事を知っている訳で。
どれだけそれっぽく取り繕っても、やっぱり俺に対して異性だと言う認識が強いのだろう。
だからこそ、『異性とお出かけ』であるデートの事を必要以上に意識し、こうして口ごもってしまう…と言ったところか。


京子「では、このままお部屋でのんびりしていますか」

巴「え?」

京子「流石に緊張すると言っている方を無理矢理デートに連れ出すほど不躾な女ではありませんよ」

京子「巴さんに無理をさせては本末転倒ですし…今日はこのままゆっくりしましょう」

巴「……」

そんな彼女を無理矢理、外へと連れだしても恩返しになどなるはずがない。
元々の目的は巴さんに対しての恩返しなのだから、デートは諦めて今日はゆっくりしよう。
それに俺自身、部屋の中でのんびりゴロゴロとしているのが決して嫌いなタイプと言う訳ではないし。
この数週間、霞さんからスパルタ指導され続けているのもあって、しっかり休むと言うのも悪い選択ではないはずだ。

巴「…いえ、行くわ」

京子「…え?」

巴「だ、だから…き、京子ちゃんとデート…する…」カァァ

京子「…宜しいのですか?」

巴「う、うん、宜しいわ」ギクシャク

…正直、その反応を見る限り、あんまり宜しいようには思えないんだけれどなぁ。
ただ、巴さんなりに色々考えて宜しいとそう言ってくれたのだろう。
それならば俺があまりとやかく言うのもおかしい話だよな。
俺の方から言い出した話なのだから素直に感謝しておこう。


巴「あ、ただ、お化粧とか着替えとかしてくるからもうちょっと待って貰わないと…」

京子「別にそのままでも大丈夫だと思いますが…」

巴「でも…すっぴんの私と二人っきりじゃ京子ちゃんまで悪く言われるかもしれないし…」

…まったく、この人は一体、どれだけ自己評価が低いんだか。
そもそも巴さんは霞さんのような華やかさがないだけで、じっくり見れば誰もが認めるくらいの美少女なのだ。
そんな彼女と一緒に歩いて悪く言われるケースなんて俺には想像もつかない。
何より、俺が今もこうして【須賀京子】であり続けている以上、俺と巴さんは何処にでもいる同性の友人にしか見えないのだ。
ただ同性の友人と歩いているだけで評判を下げられるほど俺は過大評価をされてもいなければ、有名人でもない。

京子「…そういうの初美さんと一緒の時にも気にするんですか?」

巴「え?いや…そんな事はないけれど…」

京子「じゃあ、私の時も気にしないでください」

京子「デートと言っても、ただのお出かけなんですから」

巴「でも…」

京子「それに巴さんはお化粧なんてする必要ないくらい美人ですよ?」

巴「び、美人だなんて…そんなお世辞言われると勘違いしちゃうわよ」カァ

お世辞のつもりはまったくないんだけれどなぁ。
確かにあんまりオーラのようなものを感じないが、巴さんの顔立ちは間違いなく整っているし。
その性格だって相手をダメにしてしまいそうなくらい優しい事を考えれば、男からモテまくってもおかしくないくらいだ。
…ただ、その辺り、ずっと女子校で育ってきたから巴さんにはまったく自覚がないんだろう。
もし、清澄にいたら知る人ぞ知る美少女キャラとして人気投票10位以内には間違いなく食い込んでくるタイプだと思うのだけれど。


京子「申し訳ないですが、私はそう簡単にお世辞を言えるほど口が回るタイプではありませんよ」

京子「私の言葉は誓って、本心からのものです」

巴「…そ、それはそれで恥ずかしいんだけど…」

京子「それは巴さんに自信と言うものが欠如しているからですよ」

京子「折角、褒められたのですから堂々としていれば良いのです」

巴「む、無茶言わないでよ…もぉ」モジモジ

ぶっちゃけ、そうやって顔を赤くして身体を揺らす仕草とかすげぇ可愛いと思うんだけどなぁ。
しっかり者だって言う普段の彼女から感じるイメージがそれだけで全て覆されるというか。
急に庇護欲を擽って来られるのもあって、ギャップと新鮮味、そして何より可愛らしさを強く感じる。
正直、その仕草だけでもかなり魅力的なんだけど…本人は絶対、分かってないよなぁ。

巴「…でも、本当に大丈夫?」

京子「勿論ですよ」

京子「…寧ろ、そこまで気にされてしまうと私の方が困ります」

京子「正直、私の方がよっぽど悪目立ちしてしまいますから」

本来は男だから当然とは言え、俺は女の子にしちゃかなりの長身なんだよなぁ。
無論、世の中には俺よりも背が高い女の子と言うのは少なからずいるが、やっぱり少数派だろう。
それなのに未だに正体が身内以外にバレちゃいないのは幸運なのか、或いはオカルトの一種なのかは分からないけれど。
それでも、群衆の中に埋没出来ない俺の方が巴さんよりも人の視線を集めてしまうのは確実だ。


巴「京子ちゃんは大丈夫でしょ」

巴「何処からどう見ても綺麗な女の子にしか見えないし」

京子「…その割にはさっきから意識しているみたいですが…」

巴「だ、だって…最近、一緒にお風呂に入る事が多いんだもの…」

巴「水着着てても肌は目に入るし…や、やっぱりどうしても意識しちゃうわよ…」カァァ

あぁ、なるほど。
以前、俺の性別を忘れそうになるって言ってたから、こんなに意識されるのは変だと思っていたけれど…。
この前からやってる混浴が原因だったのか。
確かに普段、女装して生活しているとは言え、目の前で肌晒されたら当然、意識しちゃうだろう。
この辺りはちょっと俺がデリカシーがなかったか。

巴「あ、勿論、嫌って訳じゃないわよ?」

巴「京子ちゃんとお風呂に入るのは私も嬉しいから」

巴「ただ…その…私にとってお父さんとお風呂に入っていた頃なんてもう随分と昔だから…」メソラシ

巴「ほ、ほら、色々と…その…ね?」

京子「…まぁ、色々とありますよね」

巴「え、えぇ。あるのよ、色々と」

まぁ、その色々はあくまで男でしかない俺にはあまり分からない事なのだけれど。
しかし、巴さんがこうやって言葉を濁しているのに突っ込むのは野暮と言う奴だろう。
疑問は残るが、何となく言いたいニュアンスは伝わってくるし、それで満足しておくべきだ。


巴「そ、それよりほら、早く準備しましょ」アタフタ

巴「もうちょっとしたら夕飯の時間だもの」

巴「このままじゃあんまりゆっくり探索出来ないわ」

京子「ふふ、そうですね」

何より、こうやって取り繕おうとする巴さんの表情はとても可愛かった。
両手でパタパタと手を振るう仕草一つ一つからも愛らしさを感じる今の彼女は到底、年上とは思えない。
幸運にもそんな彼女にデートに付き合って貰える事になった俺としては、ここは流されてあげるべきだろう。

京子「と言っても…私はもうこのまますぐにでも行けるような状態ですが…」

巴「私はちょっと準備が必要かしら」

京子「もしかしてここからお化粧やお着替えを…?」

巴「し、しないわよ、流石に」

巴「自分がお化粧なしで大丈夫だと思ってる訳じゃないけれど…でも、今日は時間がないし」

巴「ちょっと恥ずかしいけど……でも、京子ちゃんの言う通り、すっぴんで行く事にするわ」

巴「ただ、部屋にお財布とか置いてきちゃってるし、初美ちゃんにも事情を説明しないと」

京子「あ、それもそうですね」

俺なんかは一人で一部屋使って気楽に生活しているが、巴さんは初美さんとの共同生活なのだ。
ほんの数時間とは言え、無断で外に出っぱなしだとやはり心配を掛けるだろう。
それに今の彼女は手ぶらでまったく何も持っていない状態だ。
女の子としてはお財布以外にも化粧道具その他が手元にないと不安だろう。


巴「だから…そうね、十分後にロビーで集合ってところでどうかしら?」

京子「えぇ。私は大丈夫です」

巴さんの提案に異論を挟む理由など俺にはなかった。
十分くらいなら大した待ち時間じゃないし、何より、俺は巴さんを急に誘った側なのだから。
初めての『デート』に緊張しながらも付き合おうとしてくれている彼女を待つのは最低限の礼儀だ。

巴「じゃあ、ちょっとだけ待ってね。すぐ準備してくるから」

京子「ふふ、あんまり急いで忘れ物しちゃダメですよ?」

巴「そ、そんなドジしませんっ」

そう拗ねるように言いながら、巴さんは俺の部屋から出て行った。
その背中を見送ってから俺は部屋の中を見渡す。
まだ荷物は殆ど開いていないし、手提げ鞄もそのままだ。
財布や化粧道具なんかもその中に入っているし、とりあえずそれを持って出れば困るということはまずないだろう。
デートと言っても時間的にホテルの周りをウィンドウショッピングしながら回る程度で終わるはずだからな。


京子「(ただ…)」

…巴さんがいなくなって一人になってしまったからだろう。
俺の脳裏に浮かぶのは「もし、デートの最中に咲達と出会ってしまったらどうしよう」という逡巡だった。
無論、俺にだってそんな可能性が皆無な事くらい分かっている。
しかし、何度も会いたいとそう思った仲間達がこの近くにいるかもしれないと思うとやはり思考がそちらに引きずられてしまって… ――

京子「(…馬鹿な事考えていないで先に下調べでもしておこう)」

このホテルの周りには沢山の店がある事くらいは俺も分かっている。
しかし、それほど潤沢に時間がある訳でもない以上、どの方角に行くかくらいは事前に調べておくべきだろう。
…それにそうやって別の事をやっておけば、馬鹿な事を考えている暇もなくなる。
さっきみたいに巴さんに心配させる事もなくなるのだから一石二鳥だ。
そんな風に自分へ言い聞かせながら俺は手提げ鞄を持って… ――


………


……







巴さんの出番が終わったと思ったか!?
寧ろ、ここからが本番だよ!!
ってところで終わります(´・ω・`)あんまり長くなくてゴメンナサイ
一応、体調も大分マシになって来ているので早めに次の投下をしようと思っていますが、仕事の方が忙しくてどれくらい先になるのかわかりません…
また少しお待ちしていただく事になるかもしれません(´・ω・`)すみません

乙です
今日の序盤は心が削れた

乙ー

京太郎はデート先でまたフラグを複数積み立てて巴さんを不機嫌にさせる未来が見えるぞ

言えないハートマークついてたからエロシーンだと期待したなんて言ってはならない



序盤は正直ちょっとしんどかった

乙です
普段匂わせない分一気に来るな


つーらーいー



悩みを相談して欲しい、頼って欲しいという思いは、
相手によっては「甘え」になってしまうから難しいね

今日の序盤の展開は京ちゃんの気持ち考えると辛いなぁ……。咲さんに会うことはなくても、デートしてるの咲さんに見られたりするのかな。巴さん逃げてー!

ところで>>140で田中さんになってるのは山田さんの間違い?



辛いです…清澄が好きだから
と言えるわけがないよねえ

おつおつ
うわあああああ(序盤に心が削れる音)
いっよしゃああ(巴さんで心が回復する音)

女性ホルモンを食事に混ぜられてたりすれば体つきもだいぶ変わってるだろうし、
京子ちゃんモードでは咲以外にはバレないよきっと(目そらし)

おっしゃあ追い付いた!

咲さんが出てきたらそれはもう大変な修羅場になるんでしょうね...

今日はこっちに投下出来たら良いな(小声)

まだかかりそうです(小声)
今日も残業があって帰るのが遅くなったのと、デートとなるとやっぱり長くてですね(白目)
早朝投下出来るよう今、頑張ってます…(´・ω・`)


>>168>>170>>171>>175>>178>>180
私も書いてて「あばばばば」ってなってたので読んでてくれてる人にもそれが伝わって何よりです(ゲス顔)
あ、後、田中さんは山田さんの間違いです、ごめんなさい(白目)

>>169
残念ながらうちの京子ちゃんはそんなフラグ乱立するタイプじゃないんで…(メソラシ)
それに巴さんが不機嫌になろうにも、まだフラグ足りてないですしね
ハートマークに関しては私の調教が行き届いてるようで何よりですうへへへ

>>176>>179
特に今回は>>179さんの言っている通り、決して言えない理由ですしね
ただ、描写出来るかどうか分かんないんでぶっちゃけますとそうやって強がっている時点で大体、皆、想像がついてます
だから、春を含め、京子の事を一人にしようとしてあげてた訳で
現在、京子に関して甘々な巴さんが一人先走っちゃった感じになってます

>>181
さ、流石にそこまで神代家もおにちくやないんやで…?(小声)

>>183
咲さんとの遭遇を楽しみにしてもらえてるようで何よりです^p^
後、新道寺との遭遇はもうちょっと後になります、ゴメンナサイ

と言いながら、とりあえず出来たところまで投下していくスタイル


巴「…しかし、色々あるわね」

京子「まぁ、東京ですからね」

そんな事を言いながら俺と巴さんが歩いているのはホテルの近くのショッピングモールだった。
あちらこちらに凝ったウィンドゥディスプレイが並ぶその通りはとてもオシャレである。
天井を覆うようなガラスのアーチも美しく、全体的に非日常的な雰囲気に纏まっていた。
俺の知る長野や鹿児島のショッピングモールは家族的な落ち着くイメージだっただけに、この雰囲気は新鮮に感じる。

京子「雰囲気も大分、鹿児島とは違いますし、これも土地柄なのかもしれませんね」

巴「この辺りは高級住宅街も近いから、客層の違いもあるのかもしれないわ」

京子「そう言われると、こうして普通に歩いている人達がとても上品に見えて来ますね」クス

巴「あら、京子ちゃんだって負けず劣らず、お嬢様オーラが出てるわよ?」

京子「ふふ、ありがとうございます」

京子「まぁ、私の場合、オーラと言うよりは虚勢と言った方が正しいのでしょうけれど」

そもそも俺は巴さん達のように良家の出、と言う訳ではないのだ。
確かにそれなりに贅沢をさせて貰いながら生活していたが、躾はそれほど厳しいと言う訳でもなかったし。
礼儀作法やマナーに関しても本格的に学び始めたのは最近だ。
そんな俺からオーラが出ていたとしてもそれは所詮、贋物に過ぎないものだろう。


巴「例え、虚勢だとしても、それだけ立派に振る舞えているのは京子ちゃんの才能よ」

巴「少なくとも短期間でここまでの見事な淑女になれたのだから誇って良いものだと思うわ」

京子「ふふ、では、私をこうして淑女に育て上げて下さった巴さんにも才能があるという事ですね」

巴「も、もう…ああ言えばこう言って…私の事持ち上げるんだから」カァ

京子「あら、無理に持ち上げているつもりはありませんよ?」

京子「実際、私が淑女に相応しい振る舞いを身につけられたのは教育を担当して下さった巴さんのお陰なのですから」

勿論、俺に礼儀作法を叩き込んでくれたのは巴さんだけではない。
だが、一番、丁寧で分かりやすく俺に教えてくれたのは間違いなく彼女なのだ。
どれだけ分からない事を聞いても嫌な顔一つせず応え、練習中も丁寧過ぎる教えてくれる巴さんがいなければ、今と同じレベルにまで到達出来たか正直、分からないくらいである。

京子「(まぁ、俺自身、『淑女としての才能』があると認めたくないって言うのもあるんだろうけど)」

幾ら見た目や言葉遣いをそれっぽく変えてみても、俺の精神は変わらず男のままである訳で。
女性としての所作が見事だと言われても、心から喜べない自分と言うのはやっぱりどうしてもいるんだ。
巴さんに悪気がないのは分かっているが、そんな才能があると言われても、ちょっと受け入れがたい。
何より… ――


京子「それに巴さんはこうやって積極的に賛辞を送った方が良いと言う事に最近、気づきましたから」

巴「良いって…」

京子「巴さんには自信がついて、私は可愛い巴さんを見る事が出来る」

京子「所謂、win-winの形ですね」ニッコリ

巴「それって殆ど玩具みたいな扱いじゃないの…」

京子「あら、玩具だなんてそんな失礼な事思っていませんよ?」

京子「ただ、色々と反応が可愛らしい方だな、と思っているだけで」

巴「……それで実際に誂われちゃってる私としてはあんまり意味が違うように思えないんだけど?」ジィ

京子「いいえ、大きな違いですよ」

京子「だって、玩具と言えば、それは巴さんが私の所有物になるという事なのですから」

京子「ですが、私は一個人としての巴さんの人格その他を認め、それを尊重しています」

京子「つまり玩具扱いであるよりはずっと巴さんの事を大事に、そして高く評価しているという事なのですよ」

巴「うーん、そうやって聞くと違いが大きいように聞こえるけれども…」

そこで巴さんが何となく釈然としない顔をしているのは、俺の論理が詭弁の域を出ないからだろう。
実際、それは『道具としての玩具』と『人間を玩具にすると言う行為』を意図的に混同して定義しているのだから。
論理の出発点でもある定義からして間違っている時点で、それは既に論理的に崩壊してしまっている。
そもそも俺が一個人としての巴さんの人格を尊重しているかと言う評価にも彼女と俺の中で差異がある以上、これは詭弁でしかない。


京子「まぁ、巴さんが私の所有物になりたいとそう仰って下さるのであれば、私としては大歓迎ですけれど…」チラッ

巴「そ、そんなはしたない事、言うはずないじゃない!」カァァ

京子「…でも、巴さんって結構、マゾっぽいですし」

巴「し、失礼な事言わないで」

巴「私は普通です。ごくごく普通でノーマルなんだから」

京子「ですが、普通な人は『今日は貴女が私のご主人様』だなんて言わないと思いますよ?」

巴「う…そ、それは…」

けれど、それを彼女が指摘する前に俺はグイグイと巴さんを押し込んでいく。
それはさっきの論理破綻を突っ込まれると面白く無いから…なんて情けない理由ではない。
そもそも、俺はこの可愛い人をからかって弄りたいからこそ、詭弁を弄し、この話題に持っていったのだから。
狙った通りの網の中に飛び込んできてくれた巴さんを前にして踏み込まない理由など俺にはなかった。

巴「だ、だって…京子ちゃんはそうでも言わないと私の事頼ってくれないと思って…」

京子「まぁ、事実、意地を張っていた事は私も認めますが…」

京子「それを差し引いても、さっきの発言は性癖が強く反映されたものだと感じましたよ?」

巴「そ、そんな事ないわよ」

巴「私だって京子ちゃんに対して意地悪くらい出来るんだから」

京子「…へぇ」

…なるほど、巴さんの意地悪か。
それはちょっと興味があるなぁ。
そもそも巴さんが意図的に意地悪するところなんてどうしてもイメージ出来ないし。
どんな風に彼女が意地悪しようとするのか見てみたい。


京子「じゃあ、やってみてください」

巴「え?」

京子「そこまで言うなら意地悪をやって見てください」

巴「い、いや、でも…」

京子「大丈夫ですよ。別に意地悪されて巴さんの事嫌ったりしません」

京子「これはあくまでも私からのお願いですし…それに私は巴さんの事をとても大事に思っていますから」

巴「そ、それは有り難いけれど…そ、そんな事言われたら余計にやりづらいと言うか…」

京子「あら、何がです?」ニコ

巴「う…うぅぅ…」

…ここで追い詰められてる時点で、『意地悪』とはかけ離れていると思うんだけどなぁ。
そもそも俺に半ば強要されるような形で意地悪してもそれは俺の命令に従ったも同然な訳で。
サドとマゾの関係は色々と複雑だと言うけれど、これじゃあどう転んでも彼女がマゾではないという証明にはならない。
まぁ、それが分かっていて、こうして『自分を虐めろ』と言っているんだけれど。

京子「…それともさっきのは嘘だったんですか?」

巴「う、嘘じゃないわ!本当よ!」

京子「じゃあ、問題ありませんよね?」

京子「巴さんが人に意地悪出来る人だと私に証明してみせてください」

巴「わ、分かったわ」

巴「そ、そこまで言うなら…やってあげようじゃない…!」グッ

そこで巴さんは決心したように小さく右手で握り拳を作る。
まるで自分に強く気合を入れるようなそれはとても可愛らしい雰囲気だ。
少なくともこれから巴さんが俺を虐めるだなんて到底、思えないその仕草に俺は小さく笑みを浮かべた。


巴「じゃ、じゃあ…えっと…」キョロキョロ

巴「…き、京子ちゃん、ジュース買って来て」

京子「えぇ。分かりました」

巴「え?」

京子「何かリクエストはありますか?」

巴「え、えっと…じゃあ、何かお茶系で冷たいのをお願い」

京子「分かりました。じゃあ、あそこのベンチにでも座って、少し待っていてくださいね」

巴「あ、う、うん。お願いね」

巴さんが何処かぎこちなく見送ってくれるのは、俺がこんなに素直に動くとは思わなかった所為か。
まぁ、何にせよ、折角、リクエストされた訳だし、ちゃんとお遣いをこなさないとな。
…にしても、まさか意地悪をする、と宣言してから最初のリクエストがまさかパシリとは。
運動部の一年にとっちゃパシリなんて日常茶飯事だし、清澄でも進んでやってた訳で。
その上、俺は巴さんには何時もお世話になっているんだから、これくらい進んでやっても良いくらいだ。

京子「(それに巴さんが選んだのもどこの自販機にもあるもんだし)」

これが滅多に自販機に売っていないような商品だったらまだ『意地悪』にもなったかもしれない。
或いは適当に買いに行かせて、「こんなもん飲めねぇよ」と再び買いに行かせるとかならば、俺も認めざるを得なかっただろう。
けれど、巴さんが欲しがったのはこの時期、どこの自販機にも必ず一個はあるであろう冷たいお茶。
それを俺にリクエストした時点で、彼女は意地悪しようとしても出来ないお人好しなのだ。


京子「(ま、本人としてはこれが一杯一杯だったんだろうなぁっと)」

そんな事を思いながら歩いている内に俺は首尾よく自販機を発見した。
カバンから財布を取り出しながらそっちに近づいてみれば、そこには定番のわーいお茶が置いてある。
確か以前、巴さんも飲んでいたし、これならば彼女の嗜好に合わない、なんて事はないだろう。

京子「(さて、後は自分の分も適当に買って…っと)」ガチャン

京子「(さて…んじゃ巴さんのところに戻るか)」

京子「(待ちくたびれてるってほど時間が経ってる訳じゃないけど…待たせてるのは事実だし)」

京子「(それに…女の子一人で置いとくのって不安なんだよなぁ)」

…多分、それは長年、俺と一緒にいた幼馴染がやたらとポンコツだった所為なんだろうな。
何せ、咲の奴はほんの一分でも一人にしたら、居場所が分からなくなるような迷子の達人だったし。
祭りの人混みを歩く時なんか怖くて手が離せないくらいだ。
…まぁ、アイツもアレで女の子だし、そうやって握った手が柔らかくて役得だった訳だけれど…… ――


京子「(…あぁ…くそ…)」

京子「(こんな事思い出しても…辛くなるだけなのに)」

京子「(…んな思い出よりも…今は巴さんの方が大事だ)」

京子「(折角のデートなんだし…出来るだけ巴さんに楽しんでもらう事を第一に考えないと…)」

京子「(…ってアレ?)」

そんな事を考えながら戻ってきた俺の視界にベンチにチョコンと座る巴さんが映った。
ある種、予想通りな座り方をする彼女の周りには、まったく知らない男が二人立っている。
二人とも顔は整っているが服装やアクセなんかが大分、チャラい感じだ。
決して不潔感を覚えるほどではないが、それでも真面目さとは程遠い。
そんな男が二人で巴さんを囲んでいると言う事は…もしかして…。
いや、もしかしなくても…。

巴「あ、き、京子ちゃん…」

京子「お待たせしました、巴さん」

京子「…それでこちらの方達は?」

「なんだ、二人組だったんですか」

「だったら丁度良いな」

「そこの子も暇なら俺達とちょっと遊びません?」

「何ならちょっとお話するだけでも良いからさ」

やっぱりナンパだったか。
……しかし、俺が巴さんの側を離れている時間なんて五分もなかったはずなんだけどな。
そんな短期間で男に誘われるくらいの美少女なんだから、もうちょっと巴さんも自信持って良いと思うんだけれど…。


巴「…」カチコチ

…いや、そんな余裕なんてないか。
何せ、こうやって男二人にナンパされてるだけで巴さん、可哀想なくらい緊張してるし。
きっといきなり話しかけられて、ろくに返事も出来ていなかったんだろう。
なら…ここは代わりに俺が返事をしないとな。

京子「ごめんなさい、お誘いは嬉しいのですけれど…」

京子「私達はもうちょっとしたらホテルへ戻らなきゃいけないですから」

「そっかー。残念」

「じゃあ、また機会があったら宜しくお願いしますね」

京子「えぇ。また縁があれば」

そう言って男二人はにこやかに去っていく。
二人とも俺の目から見てもそれなりにイケメンだった所為か、まったくがっついていない。
恐らくあの二人組はかなりナンパ慣れしているのだろう。
見込みがなさそうならば、あっさり見切りをつけるそのスマートさは無意味に引き下がる連中にも見習って欲しいくらいだ。


巴「…ふぅ、助かったわ、京子ちゃん」

京子「いえ、それよりも遅くなってごめんなさい」

京子「あ、これお約束のお茶です」スッ

巴「ありがとう」

巴「それと…遅れたとかそんなの気にしなくても良いのよ」

巴「京子ちゃんにお茶を買いに行ってもらったのは私の方なんだし」

京子「…ありがとうございます」

とは言え、俺が目を離した間に巴さんが、肩が強張るくらい緊張する目にあったのは事実なんだ。
彼女は気にしなくても良いとそう言ってくれたけれど、やっぱり気にしない訳にもいかない。
発端となったのは俺が巴さんをからかおうとした事にあるんだから尚の事。

巴「でも…びっくりしちゃったわ」

巴「京子ちゃんが買いに行ってから少しして、いきなり話しかけられちゃって…」

巴「私、そういうの初めてだったから…」

京子「…え?ナンパされたの初めてだったんですか?」

…いや、そんな事はないだろう。
確かに巴さんは地味な見た目をしているが、良く良く見れば誰もが認めるような美少女なんだし。
少なくとも見るからにナンパ慣れしてるイケメンから声を掛けられるくらいにはレベルが高いんだ。
見るからにオーラ漂う霞さんと比べればそりゃ少ないかもしれないが、ナンパの経験くらいあってもおかしくはない。


巴「厳密に言えば初めて…と言う訳でもないのだけれどね」

巴「でも、そういう時は基本的に、はっちゃんや霞さんが一緒だったから」

巴「私一人の時にこうやって声を掛けられた事なんて一度もなくって」

京子「…あぁ、なるほど」

つまりそういう時は巴さんじゃなくって初美さんや霞さんが対応していたと言う事か。
それならさっきの巴さんが初めてだと言っていた事にも納得が出来る。
彼女の性格から察するにきっと今までは初美さんや霞さんのついでくらいにしか認識していなかったのだろう。
しかし、今回、彼女は初めて自分一人の時にナンパされ、その認識を覆されてしまった。
正直、俺からすれば今まで巴さんに声を掛けなかった連中は一体、何を見てたんだって感じなんだけれど。

巴「でも…モノ好きな人もいたものね」

巴「まさか私を…しかも、すっぴんの状態でナンパしようとするなんて…」

京子「あら、私は別にモノ好きだと思いませんよ」

巴「え?」

京子「もう…何度も言っているでしょう?」

京子「巴さんは素顔のままでも十分、綺麗なんですから、ナンパされるのも当然です」

巴「ぅ…」カァァ

…しかし、本人にその自覚がまったくないんだから困ったもんだよなぁ。
ある種の無防備さにも繋がるから出来れば自覚して欲しいんだけれど…。
ただ、人の性格なんて中々、変えられないし…何より、巴さんはそうやって自分に自信を持てない環境でずっと過ごして来たんだ。
その積み重ねはやっぱり一朝一夕の説得ではどうにもならないのだろう。
幸い、時間はあるのだから、諦めずに少しずつ自覚して貰うよう頑張るしかない。


京子「大体、今まで何度かナンパされて来たのでしょう?」

巴「そ、それはそうだけど…でも、大抵、はっちゃんや霞さんのオマケみたいな扱いだったから…」

京子「そんな事はないと思いますけれどね」

京子「例え、そうだったとしても、それはナンパしてる男の見る目がなかっただけですよ」

正直、そういう意味ではさっきの男たちの慧眼は中々だと言っても良い。
ともすれば人の波の中であっさりと埋没しかねない巴さんの美しさをしっかりと見抜いたのだから。
まぁ、あの二人が巴さんをナンパしようとしたのは押せばイけるタイプだとそう判断したからかもしれないけれど。
それでも、まったく興味のない相手をナンパしようとは普通しないだろう。

巴「も、もう…そんなに私を持ち上げて京子ちゃんは何がしたいの…?」プイ

京子「巴さんの愛が欲しいです」キリッ

巴「ふぇ…えぇっ!?」カァァ

京子「まぁ、それは冗談ですが…巴さんみたいな美少女が自分を卑下するのはやはり勿体無い気がするんです」

京子「お節介なのは分かっていますが、結果、どうしても押しが強くなってしまって」

京子「不愉快だったとしたらごめんなさい」ペコリ

巴「だ、大丈夫よ、不愉快なんて事はないから」アセアセ

小さく頭を下げた俺に巴さんが手を振りながらそう答えてくれる。
顔をあげてその様を見る限り、俺に気を遣っているようなものを感じないし。
若干、心配ではあったが、決して巴さんは嫌がってるって訳ではなさそうだ。
とりあえずそれに一つ安心出来たのだけれど…。


巴「…ただ、京子ちゃんがそうやって褒めてくれる度に…どうしても恥ずかしくなってしまって」

巴「その…今までそんな風に褒めてくれた人なんていないから…」

京子「…では、その分、私が褒めてあげないといけませんね」

巴「も、もう…あんまりやり過ぎるのは嫌よ?」

京子「えぇ。善処させて頂きます」

巴「…何だか信用出来ない返事な気がするけれど…」

京子「あら、そうですか?」ウフフ

俺自身、信用出来ない言葉を放ってはいるとは思うけれど、それは間違いなく本心だ。
無論、今のままじゃ巴さんの意識を根本から変える事は出来ないと俺も良く理解している。
しかし、それでもこっちのエゴばかりを押し付けて、彼女が嫌がる事はしたくない。
焦る気持ちがない訳ではないが、巴さんが本当の意味で自信が持てるまでジリジリと手探りでやっていくしかないだろう。

巴「…もう、またそうやって誤魔化して…」

巴「でも…そう言った飄々としたところは私も見習わなければいけないところかもしれないわね」

巴「さっきお断りするのも京子ちゃんに任せっきりだったし…」

京子「うーん…まぁ、こういうのは性格に依存するものではありますけれど…」

元々、俺はそれほど人付き合いが苦手と言うタイプでもない。
ましてや、今の俺は【須賀京子】と言う分厚い面の皮を被っているようなものなのである。
…さらに言えば、女装して女の子として振舞っている時点で恥も何もない訳で。
多少の事は飄々として流せるようなキャラでなければ、今頃、俺は首を吊っている事だろう。


京子「でも、また一人の時にナンパされると困りますし、断れるようになっておいた方が良いですね」

巴「ま、またされちゃうのかしら…?」

京子「私はされると思いますよ」

…と言うか、今までされてなかったのが不思議なくらいだからな。
俺がもしナンパ男だったら巴さんみたいな美少女絶対に放っておかないと断言出来るくらいだし。
鹿児島にいる男連中は見る目がなかったのか、はたまた巴さんが基本的に外へと出る時は誰かと一緒だったのか。
……うん、あんまり積極的に外に出るタイプじゃない彼女の性格から察するに、何となく後者な気がするな。

巴「…うぅ」

京子「大丈夫。そんなに難しい事じゃありませんよ」

京子「初美さんに言うような感じでスパッと断っちゃえば良いんです」

巴「そ、それは分かっているんだけれど…」

…まぁ、それが出来たらこんな風に悩んでいないよな。
ただ、俺が見る限り、巴さんは決して流されっぱなしな人じゃない。
ホテルで俺に対してやっていたように、知り合いが困っていたり疲れていたりする時の強さは頑固と言っても良いくらいだ。
流石に常日頃からその強さを前面に出す…と言うのは無理でも、いざと言う時、発揮出来るようにはなっておいた方が良いだろう。


巴「…と言うか、京子ちゃんはなんであんなに断り慣れてるの…?」

京子「まぁ…アレが初めてではないので」トオイメ

…まぁ、最初は俺も色々と困惑したりしていましたよ?
何せ、どれだけ外見がそれっぽくなっても俺の意識は変わらずに男のままな訳だからな。
けれど、二度三度とナンパされる内にもう心が麻痺してきたと言うか。
断り文句一つとってもあっさり出てくるようになった辺り、きっと俺は【須賀京子】として成長しているんだろう、うん。

巴「……ごめんなさい、嫌な事聞いちゃって…」

京子「いえ、構いませんよ」

京子「別に辛い事でも悲しい事でもありませんし」

京子「寧ろ、女の子としてある種、光栄な事だと思っていますから」トオイメ

巴「ほ、本当にごめんねっ」アワワ

ははは、やだなー巴さん。
そんな風に謝らなくても俺はまったく傷ついてませんよ。
だって、ナンパされるだけ俺は立派に【須賀京子】を演じられてるって言う事なのだから。
……でも、男の時は逆ナンなんて一度もされなかったはずなのに、なんで女装した途端に何度もナンパされるんだろうな?
世の中ってホント理不尽だ…。


京子「まぁ、つまるところ、慣れですよ慣れ」

京子「最初から断り文句の一つでも準備しておけばいざと言う時にだって焦る事はありません」

巴「…そうね。確かにそれはあるかも…」

京子「…と言う事で練習しましょう」

巴「…え?」

京子「こう言うのはイメージトレーニングより実際に声に出してやってみる方が効果的ですよ」

京子「なので、私は今から巴さんをナンパします」

巴「え、えぇぇ…!?」カァァ

うん、予想通りの反応だ。
流石に巴さんもいきなり練習だなんて思ってもみなかったのだろう。
とは言え、もし、また一人でいる時にナンパされてホイホイと着いていく事になったら大変だ。
ここは心を鬼にして、巴さんの反応を楽しむ…いや、練習台になるべきだろう。

京子「HEY。そこのビューティフルなウーマン」

巴「え、え!?」

京子「もし良ければ、ミーと一緒にデートしないですカー?」

巴「……えぇっと…」

京子「ほら、ちゃんと断らないと」

巴「そ、それは分かってるけど…でも……なんでそんな中途半端に英語交じりの話し方なの?」

京子「これくらいのキャラづけの方が巴さんも断りやすいかな、と」

巴「寧ろ、その話し方が気になって断り文句なんて出てこなかったわよ…」

まぁ、いきなり似非外国人キャラになった訳だからな。
その変化にビックリするのはある種、当然の事なのかもしれないけれど。
でも、ナンパ相手が何時も巴さんに余裕を与えてくれるとは限らないのだ。
たまにマシンガントークが如く、延々とまくしたてて、相手の了解を無理矢理もぎ取ろうとするタイプもいるし。
そういう相手を仮想的に捉えた場合、これくらい無茶なキャラづけの方が良いだろう。
…決してこの方が巴さんの反応が楽しいだろうと思っているからじゃない。


京子「NO。それは宜しくありまセーン」

京子「ユーのようなビューティフルなウーマンをトゥギャザーしようとインヴァイトするのはジャパニーズだけとは限らないデースからネー?」

京子「相手にペースを掴まされず、常にゴーイングマイウェイで行くのが大切デース」

巴「それはそうかもしれないけれど…」

巴「…でも、やっぱりそのキャラはちょっと…」

京子「ホワーイ。どうしてデスかー?」

巴「…その…京子ちゃんが一生懸命やってくれているのは伝わってくるし…笑っちゃダメだと分かってるんだけど…」

巴「あんまりにもテンプレ過ぎて…わ、笑いが…」フルフル

京子「OH…」

…正直、ここまで巴さんのツボに入るとは思っていなかった。
何せ、今の俺のキャラはテンプレと言われるくらいに使い古されたものだからなぁ。
最早、古典とそう言われてもおかしくはない似非外国人キャラがここまでヒットするなんて想像してるはずがない。
…たまーに思うけれど巴さんって普通そうに見えて変なところあるよなぁ。


京子「まぁ、それだけ受けてくれるなら尚更、巴さんがちゃんとデートをお断り出来るまでこのままでいた方が良いですね」

巴「…出来れば腹筋に悪いから止めて欲しいんだけど…」

京子「NO。これも一種のトレーニングデース」

京子「ミーからこのキャラをスナッチしたければ条件をクリアする事ネー」

巴「条件をクリアと言われても…」

京子「ディフィカルトにシンキングしなくてもオッケーネー」

巴「う、うーん…そう言われても…誘ってもらったのをお断りする訳だし…」

…本当に巴さんは真面目だなぁ。
正直、ナンパ男なんて適当にあしらうくらいで丁度良いと思うのだけれど…。
でも、その辺りも巴さんの魅力的な部分だし…あんまり口を挟まない方が良いか。
それにこうやって真剣に考えたっていうのは巴さんの自信にも繋がるだろうし、今は大人しく待っておこう。


巴「よ…よし、で、出来たわ」グッ

京子「じゃあ、ワンモア行くですヨー」

巴「えぇ。大丈夫よ」

京子「HEY。そこのビューティフルなウーマン」

京子「もし良ければ、ミーと一緒にデートしないですカー?」

巴「ごめんなさい。用事があるので…」

京子「OH、では、その用事が終わった後で構いまセーン」

京子「ミーとティーパーティして欲しいネー」

巴「え、えっと…でも、ほら、時間掛かっちゃうでしょうから…」

京子「ユーのようなビューティフルなウーマンとティーパーティ出来るならワンデイだって…ううん、ウィークエンドまで待つヨ」

京子「そう…あのフェイフルドッグHACHIKOのように!」

巴「あ、うぅぅ…」

まさかこんな風に粘られるとは思っていなかったのだろう。
力強く宣言するような俺の言葉に巴さんは困ったような声を出した。
…本来ならそんな反応をすると漬け込まれるだけなんだけれど…それは今、指摘するのは酷か。
とりあえず今、こうして訓練し始めたばかりなのだから、とりあえず巴さんがどう返すのを待って… ――


巴「じゃ、じゃあ……えっと…ちょっとだけ…」

京子「…巴さん?」

巴「だ、だって、本当に待たれちゃうと困るし…」

京子「安心してください、ナンパする男なんて大抵が口だけですから」

巴「それはそうかもしれないけど…でも、京子ちゃんは違うじゃない?」

京子「え?」

…なんでここで巴さんの口から俺の名前が出てくるんだ?
そりゃまぁ、俺は口に出した冗談以外の言葉は出来るだけ、責任取ろうとはしているけれど…。
でも、そもそも俺はナンパなんて恥ずかしくてした事がないし、これからだってしようとは思わない。
今回、こうして巴さんをナンパしているのもあくまでも練習であって本気でもないのだから。

巴「勿論、さっきまでのはただの演技だって言うのは分かってるのよ?」

巴「分かっているけれど…どうしても京子ちゃんに酷い事言えなくって…」

巴「それに京子ちゃんがハチ公みたいにずっと待ってるところを想像しちゃったらつい…」

京子「あー…」

そういう事がないように普段と違うキャラで接していたけれど…やっぱり分けて考えるのは無理だったか。
どうやら巴さんは、俺が思っていた以上に優しい人だったらしい。
その優しさが仇とならないか心配ではあるけれど…コレ以上続けても巴さんが辛いだけだろうし。
とりあえず今日はここまでとしておくべきだろう。


京子「まったく…私の負けですよ」

巴「え?」

京子「そんな事言われて、練習続行だ!なんて言えるはずないじゃないですか」

京子「…ナンパを断る練習はここまでです」

巴「ふぅ…」

京子「…気を抜くのは良いですけれど、本番はちゃんと断ってくださいね?」

巴「わ、分かってるわよ…」

…本当に分かってるのかなぁ?
一応、さっきはちゃんと断り文句が言えた訳だし…大丈夫だとは思うのだけれど…やっぱり不安だ。
まぁ…練習が終わりと言っちゃった手前、ここからさらに特訓だ!なんて言えるはずもないし。
今の俺に出来る事と言えば、今みたいに巴さんが押し切られないように祈る事くらいだろう。

巴「ふぅ…緊張したし、喉が乾いてきちゃった」

巴「折角、京子ちゃんに買って来て貰った訳だし、これ貰うね」

京子「えぇ。どうぞ」

そう言って巴さんはさっき手渡したお茶のボトルを開ける。
自販機から買ったのは少し前にはなるが、まだちゃんと冷えているのだろう。
その表面に浮かぶ水の粒からも中身の冷たさは伝わってきている。
まぁ、このショッピングモール内は肌寒くない程度に冷房が掛かっているし、そう簡単に冷えたりはしないだろうけれど。


巴「…ごくごく…」

京子「…」ジィィ

巴「…ごく…」

京子「…」ジィィィ

巴「……京子ちゃん?」

京子「えぇ。何でしょう?」

巴「…なんでさっきからこっちをジッと見てるの?」

京子「そうですね…」

京子「強いて言うなら…今の巴さんは何処か色っぽいから…でしょうか?」

巴「い、色っぽいって…」カァァ

京子「あ、勿論、お世辞でも嘘でもありませんよ?」

巴「そ、それはそれで恥ずかしいわよ…」プイッ

そう言って巴さんは顔を背けるけれど、その赤くなった顔は隠しきれてはいない。
拗ねるような仕草とは裏腹に、内心、照れているのが丸分かりだ。
そんな巴さんをさらにからかいたいと言う欲求が湧き上がるが、あんまり弄りすぎても反感を買うだけだろうし。
俺も喉が渇いたから巴さんに習って買って来たレモンティを飲ませてもらおう。


京子「ごく…」

巴「…」ジィ

京子「ごくごく…」

巴「……」ジィィ

京子「……巴さん」

巴「え?何?」ニコリ

京子「そんなに欲しいなら、飲みますか?」スッ

京子「間接キスになってしまいますけれど…同性なら問題ないでしょう?」ニコ

巴「はぅ…っ」カァァ

勿論、そうやって俺を見つめるのは巴さんなりの仕返しなんだと分かっている。
さっき見つめられて居心地悪かったのを彼女なりにやり返そうとしているんだ。
けれど、それに乗っかってあげるほど俺は優しくはない。
寧ろ、それを糸口に彼女を辱めてやろうと頭の中が回転を始める。

巴「ち、違うわよ。ただ…京子ちゃんの喉の動きとかドキドキするなって思って…」

京子「あら…巴さんは思った以上に特殊な性癖の持ち主だったんですね」ニコリ

巴「と、特殊な性癖って…」カァァ

巴「そ、そもそも思った以上にってどういう事…?」

京子「…流石の私でも人の耳があるところでそれを言うのはちょっと」ツイ

巴「そ、そんな恥ずかしいのを想像されてたの…!?」

まぁ、こうして話している分には巴さん自身の性癖ってあんまり特殊そうには思えないよな。
精々がちょっとマゾっぽいくらいで、人目をはばかるような趣味を持っているようには見えない。
ただ、どうしても流されやすい性格をしてる所為で、恋人の要求をついつい受け入れてしまいそうと言うか。
気づいた時には性癖なんかも含めて調教されちゃって、後戻り出来なくなってるイメージがある


巴「あ、う…えぇっと…そ、そうだ…!」

巴「…京子ちゃん、はい」スッ

京子「え?」

巴「さっきの分のジュース代とお駄賃ね」

京子「……」

話題を変えないとまずい、と巴さんは思ったのだろう。
気まずそうな声をあげながら、ふと思いついたように彼女はポケットの中に手を入れる。
その数秒後、ポケットから手を出した巴さんが俺に金色に輝く500円玉硬貨を手渡してくれた。
…確かにこれだけあれば、俺の分を買っても収支が+になる。
ただ…巴さんは忘れているかもしれないが、さっきのパシリは彼女がマゾではないと証明する為の『意地悪』だった訳で。
それなのにお駄賃まで渡してしまったら『意地悪』じゃなくて、ただのお使いになるんだけれど…。

京子「……やっぱり巴さんってマゾですよね」

巴「だ、だから、私は普通です!!」カァァ

京子「でも、さっきだって何だかんだ言って私に押し切られていましたし…」

巴「そ、それは……その…」モジ

巴「…さ、さっきも言ったけれど…アレは京子ちゃんだからよ」

巴「何時も皆に優しくしてくれる京子ちゃんだから…私も貴女に誠実でありたいだけ」

巴「他の人なら…きっとあんな風に譲ったりしない」

巴「私があんな風に受け入れるのは京子ちゃんだけよ」ウワメヅカイ

京子「ぐ…」キュン

ま、まさかここで上目遣いでこっちの顔を覗き込まれるなんて…。
それだけでもかなり破壊力が高いのに若干、不安そうにされたら…さらに威力が増している…!
くそ…巴さんがたまにこうやって強烈なボディブローを打ってくるのは分かってたけど…完全に油断してた…!
こっちが完全に主導権を握ってると思ってたところから…一気に胸がキュンってしたぞ…!!


巴「…あれ?京子ちゃん…?」キョトン

京子「…たまに巴さん凄い事言いますよね」

巴「え、え…?何…?」

巴「もしかして私、変な事言っちゃった!?」ワタワタ

京子「いえ…別に変な事と言う訳ではないのですけれど…」

…いや、ある意味、変な事ではあるのか?
そもそも今のセリフ、何も知らないで聞いてたらまるで告白のようにも聞こえるし。
少なくとも、女の子同士でこんな会話していたら、『そういう関係』だと思われてもおかしくはないくらいだ。
…実際、さっきの巴さんの発言に俺達の周りを歩いてた何人かが驚いたようにこっちに視線を寄越してたからなぁ。

京子「…ただ、さっきのは告白のように聞こえてもおかしくはないと思っただけで」

巴「こ、告白…!?」カァァ

巴「ち、ちちちちち違うわ。私、そんなつもりはなくって…」アタフタ

京子「えぇ。勿論、分かっていますよ」

巴「ほ、ホント…?」

京子「はい。つまり巴さんは私にもっとイジメられたいって事ですよね?」

巴「そ、そんなはずないでしょ…!?」マッカ

京子「と言われましても…こうやって巴さんをからかっている私を優しいとそう表現してくれた訳ですし…」

京子「巴さんとしてはもっと過激なものをお望みなのかな?と言う風に受け取ったのですが…」

巴「の、望んでません!!」

…よし、まぁ、これだけ強く否定して貰えば変な風に誤解される事はないだろう。
ここは東京で近くには知り合いもいないはずだが、それでも人の目はある訳で。
明後日にはインターハイの開会式が待ち受けている事を考えれば、変な風に話題になるのは避けたい。
その為には多少、強引にでも巴さんの口からハッキリと否定して貰うのがベストだ。


京子「では、巴さんは一体、私に何を望んでいるのですか?」

巴「え?」

京子「折角ですし、私にして欲しい事を聞かせてください」

巴「それは…」

巴さんからの言葉はすぐさま返っては来なかった。
やはり巴さんの性格的に『して欲しい事』を簡単に言えないと言う事なのだろう。
特に今日の巴さんは俺を心配して部屋へとやって来てくれたんだ。
どちらかと言えば彼女の方が俺に何かをしてあげたい、と思っていてもおかしくはない。

巴「わ、私の事は良いのよ、それより…」

京子「良くありません」

巴「う…で、でも…」

京子「…良いですか?今日の私は巴さんのご主人様なんですよ?」

京子「黙秘や誤魔化しなんて出来ると思っているのですか?」

巴「うぅぅ…」

とは言え、俺もそんな彼女に譲ってあげる理由はない。
そもそも相手に何かしてあげたいという気持ちは俺も同じなのだから。
その上、こちらには『ご主人様』と言う分かりやすい理由まであるのである。
折角、巴さんが話のキッカケを作ってくれたのだから、ここは一気に押し込んでしまおう。


京子「ほら、言うだけはタダなんですから言ってみてください」

京子「色々とお世話になっている身ですから、して欲しい事は出来るだけ叶えられるよう努力しますよ」

巴「で、でも…いきなり言われても早々、思いつかないわよ」

京子「別に何でも構いませんよ」

京子「私への不満や改善して欲しい点でも大丈夫です」

巴「と言われても…」

…まぁ、そう簡単には出てこないよな。
ただ、巴さんが俺にして欲しい事と言うのは決してない訳じゃないはずだ。
実際、さっきも巴さんは俺にもっと頼って欲しいとそう言っていた訳で。
そういう細かい不満は間違いなく彼女の中にあるはずだ。

巴「うーん…でも、やっぱり思いつかないわ」

巴「京子ちゃんにある不満なんて、何でも一人で抱え込んであまり私達に頼ってくれないところくらいだし…」

巴「それもこうしてデートに誘ってくれたって言うことは京子ちゃんなりに甘えてくれようと努力しているでしょうから…」

京子「…気づいてたのですか?」

巴「これでも京子ちゃんとの付き合いは長いしね」

巴「それに…一応、私は京子ちゃんよりも二歳はお姉さんなのよ?」クスッ

そう冗談めかして言う巴さんの顔には笑みが浮かんでいる。
まるで『してやったり』と言っているようなその表情は年上らしい魅力的なものだった。
一人っ子であった俺には姉はいないけれど、きっと姉がいればそんな顔をしているものだろうと何となく思う。


京子「…まったく巴お姉さんは誤魔化せそうにありませんね」

巴「そうよ。嘘なんて言ってもすぐに見破っちゃうんだから」

京子「じゃあ、私が巴さんを心から綺麗だとそう思っているのも見破られちゃってるんですね」

巴「う…そ、そこに話を戻しちゃう?」

京子「えぇ。戻してしまいます」クスッ

予想外の反撃に主導権を奪われかけたが、それも一瞬の事だ。
【須賀京子】よりも巴さんの方がウィークポイントが多いのもあって、すぐさま主導権はこちらに返ってくる。
それに巴さんが若干、悔しそうな顔をするが、彼女に主導権を明け渡してやる訳にはいかない。
さっきの笑顔は確かに魅力的だったが、今の巴さんと同じように俺もまた悔しい思いをしたのだから。

巴「…ホント、京子ちゃんってばモノ好きよね」カァ

巴「そう言うセリフは春ちゃんに言ってあげれば良いのに」

京子「…春ちゃんに言うと色々と洒落にならないので」

巴「…あぁ、なるほど」

春は巴さんと違って、こっちが隙を見せれば思いっきり食いついてくるタイプだからなぁ。
そんな春の前で『可愛い』や『綺麗』なんて言ってしまったら、はたしてどれだけ押し込まれる事やら。
普段から彼女の押しの強さにはタジタジになる事も多いだけに中々、言えない。
それにまぁ…春の場合、巴さんと違って、自分の容姿に不自然なほど自信がないって訳でもないからなぁ。
俺がこうやって彼女を褒めるのも巴さんに自信をつける為であって、決して口説いている訳ではないし。
幾ら【須賀京子】であったとしても、理由もなく女の子に可愛いなんてあんまり言えるもんじゃない。


京子「それに巴さんと春ちゃんはやっぱり違いますからね」

巴「違う?」

京子「えぇ。性格的にも、反応的にも」

京子「決して春ちゃんがダメ…と言う訳ではないですが、巴さんの方がそういうのを言いやすいタイプなのですよ」

巴「…それは喜んで良い事なのかしら?」

京子「一応、素直で純粋だと褒めているつもりですよ?」

巴「褒めてくれるのは嬉しいけれど…京子ちゃんに言われるとからかいやすいって言われてるようにも聞こえるわ…」

京子「黙秘権を行使させていただきます」ニッコリ

巴「そこで黙秘権使われちゃったら、そうですって言っているようなものじゃない…」

呆れるように巴さんは言うけれど、俺が褒めているつもりなのは事実だ。
実際、巴さんがそうやって素直で純真な人だからこそ、一緒にいるとこうして安心する訳で。
それにそういうからかいやすさもある種の親しみに繋がるものなのだ。
巴さんは認めないだろうけれど、そういうのも彼女の魅力だと俺は思う。

巴「あんまりそうやって私の事からかっていると後で怖いんだからね?」ジィィ

京子「あらあら…それは大変ですね」クス

巴「もう…全然、本気にしてないし…」

京子「巴さんが本気で私を苦しめられるはずがないと良く分かっていますから」ニッコリ

京子「それにやりすぎた事で巴さんから反撃されるならそれはそれで因果応報」

京子「多少、怖い目にあったとしても致し方無いでしょう」

まぁ、これが巴さんが本気だったら俺も謝罪の言葉を言っていただろう。
けれど、俺を見上げるようにして視線をくれる彼女の瞳には試すような色が浮かんでいた。
さっきも『からかうのを止めて欲しい』とは言わなかったし、何だかんだ言って巴さんもこういうやり取りを楽しんでいるんだろう。
ならば、ここで俺がするべきは素直に反省する事ではなく、悪役として開き直る事だ。


巴「まったく…そんなに開き直られちゃ、こっちは何も言えないわね…」

京子「まぁ、私としても別に巴さんに嫌がらせをしたい訳ではないですから」

京子「本気で嫌そうだった時は止めますし、止まらなかったら張り手の一つでも下さい」

巴「京子ちゃんにそんな事出来るはずないじゃない…」

京子「ふふ。そういうところが巴さんの純真で可愛らしいところですよね」クス

巴「し、知らない…っ」プイッ

これが初美さん辺りだったら、きっと嬉々としてこっちにビンタして来たはずだ。
何せ、あの合法ロリは普段から俺の足を容赦なく蹴ってくるような暴力的な性格をしているのだから。
まぁ、あくまでもじゃれあいだから、本気で蹴って来る事は滅多にないが、それでもあのロリが暴力を厭う事は決して無い。
そんな初美さんに比べれば出来るはずないと言う巴さんがなんと純真で可愛らしい事か。
比較対象がアレな所為でまるで天使にも思えるくらいだ。

巴「そ、それより…ほら、そろそろ移動しない?」

巴「ずっとここで話をしているのも変だし…ね」

京子「そうですね。そうしましょうか」

ナンパの前からずっとここに留まっているが、ここはただのベンチであり、喫茶店でも休憩スペースでもないのだ。
まだこのショッピングモールの全てを探索しきった訳ではないし、彼女の提案に異論はない。
ホテルの夕食時間まではまだ余裕があるが、あんまりノンビリしていると探索し終わる前に時間をオーバーしてしまうだろうしな。


巴「それにしても…この辺りは有名ブランドの店ばっかりね」

京子「えぇ。正直、値札を見るのが怖いくらいです」

ベンチから歩き出して数分した俺達の周りには聞き覚えのあるブランド名を掲げる店が並んでいた。
その殆どが女性向けのブランドであるのにも関わらず、俺が知っていると言う事は世界的に有名なブランドの店舗が集められているのだろう。
正直、根が小市民な俺としては入る事すら躊躇うレベルのブティックばかりだ。
まぁ、どれだけ外見やキャラを偽っても、俺の精神が男であるという事も多大に影響しているんだろうけれど。

京子「巴さんは服のこだわりとかはあるんですか?」

巴「うーん…私は特にそういうのはないかしら」

巴「自分に似合っていればそれで良いってタイプだし、あんまりこういうところに買いに来る事はないわ」

巴「まぁ…はっちゃんに連れて来られる事はかなり多いのだけれど…」

京子「あぁ、なるほど…」

あの露出狂ロリは露出狂な癖に服にはかなりの拘りがあるみたいだからなぁ。
実際、自称オシャレなだけはあって初美さんの審美眼はかなりのものだ。
自分に対するファッションセンスは壊滅的だが、他人に対してはそれを強要しない分、かなりマトモだし。
何だかんだ言いながら、俺も彼女に選んで貰った服はかなり気に入っている。
…それなのになんで自分の服は露出狂一歩手前な痴女スタイルなのかが本当に謎だ。


京子「ちなみに初美さんは巴さんにこういうのを着た方が良い、とか言った事はないんですか?

巴「う、うーん…ない訳じゃないんだけれど…」

巴「その…大抵、私にとっては派手かなって言うのが多いから…」

京子「派手…ですか?」

うーん…俺も何度か初美さんと買い物したりしたけれど…そういうのは特になかったんだけれどな。
男性用も女性用も選んでもらった事があるが、そのどちらも俺以上にセンスが光る選び方だったし。
ただ流行に流されるのではなく、既存の服との組み合わせや使い勝手の良さを加味してアドバイスしてくれていた。
…別に巴さんを疑う訳ではないが、そんな初美さんがそれほど滅茶苦茶なものを選ぶとはどうしても思えない。
それともそれは俺に対してだけであって巴さんにとっては違うのだろうか?

巴「えぇ。色使いとかスカートの丈とか…」

巴「この前なんてひざ上10cmなんて短さのスカートを履かせられそうになったし…」

京子「あー…」

……拗ねるように愚痴る巴さんも可愛い…なんて思ってる場合じゃないんだろうなぁ。
いや、確かに膝上10cmって言ったら短めではあるものの、そこまで強く拒否反応を示すような短さではない。
ワンピースなんかじゃ普通にありえるレベルのサイズだ。
正直、それを恥ずかしがっていたらロング丈のスカートやワンピース以外着れないと思うのだけれど…。


京子「(…実際、今も巴さんのスカートはハーフだし…)」

膝の全体が見える程度の長い丈のスカート。
それは勿論、巴さんの真面目そうな雰囲気にしっかりマッチしている。
しかし、ハーフスカート以上が履けないとなると殆どオシャレなんて出来ないんじゃないだろうか?
…と言うか、出来ないからこそ、初美さんのお勧めを受け入れられないような気がしてくる。

巴「勿論…はっちゃんは私よりも服に関して詳しいからそれが正しいのかもしれないけれど…」

巴「でも…やっぱりはっちゃんから勧められる服は恥ずかしいものが多くて」

巴「だから、あんまりそういうのを買った事はない…かな?」

京子「そうですか…」

…しかし、それをどうやって巴さんに伝えたものか。
恐らく彼女自身、自分の感覚がおかしい事くらい分かっているんだろう。
流石に初美さんほど露出するのはどうかと思うが、この時期の女性は大抵、スカートの丈が短くなっているし。
巴さんは観察力のある人だから、そんな中、一人で頑なにハーフ以上の丈を履かない自分が変だと内心、気づいているのだろう。


京子「(…でも、それが変だと言ったところで彼女が変わるはずがないしなぁ…)」

そもそもその程度で変わるならば、巴さんの親友である初美さんがどうにかしているはずだ。
こうして巴さんから話を聞く限り、あの合法ロリは今も尚、巴さんに服を勧めているのだから。
恐らくただなあなあで話を済ませようとしているのではなく、親友の嗜好を少しでも変えようとしているのだろう。
それがろくに実を結んでいない以上、俺が何かしらを言ったところで巴さんに変化を与えられるとは中々、思えない。

巴「それに私みたいな地味なのにオシャレなんて似合わないしね」

そう付け加える巴さんの言葉には自嘲の色が込められていた。
…しかし、それは俺から言わせてもらえれば大間違いも良いところだ。
そもそも彼女が地味なのは意図的にそういう格好をしようとしているから。
その顔立ちは悪くないどころか、ハッキリと美少女だと言っても良い。
流石に初美さんのような格好をしろとは言わないけれど、彼女のお勧めに従うだけでも大分、雰囲気は変わると思う


京子「(……でも…どうするかなぁ…)」

恐らく今の巴さんは悪循環している。
自分は地味だと思い込み、そんな自分に似合うであろう地味な格好をして、そして自分が地味だと評価してしまっているのだ。
それでは何時まで経っても、彼女の自己評価の低さは変わらない。
しかし…そこまで分かっても、俺にはその誤った評価をどう覆してあげれば良いのか思い至らなかった。

巴「それより京子ちゃんの方はどうなの?」

京子「私ですか?」

巴「えぇ。はっちゃんみたいに服の拘りがあったりする?」

京子「…そうですね」

と言われて一応、思い返してみたけれど、特に拘りらしい拘りは見つからなかった。
流石に母親に買ってもらった服だけで回すって程、衣服に無頓着でもないが、初美さんほど熱心でもない。
足りなくなった時に買いに行き、良いな、と思ったものを買う程度だ。
選ぶ服の傾向と言うものも特に思いつかないし…恐らく俺にそういう拘りはないのだろう。
ただ… ――


京子「まぁ、強いて言うなら違和感のない格好を…ってところでしょうか」

巴「違和感のない格好?」

京子「えぇ。私は普通よりも身長が大きいですから」

京子「身体つきも無意味に良いですし…あまり身体のラインが出る服も着れないですしね」

【須賀京子】の私服は違う。
何せ、それは俺にとって変装道具の一種でもあるのだから。
俺が男だとバレてしまった時のリスクを考えれば、どうしても拘らざるを得ない。
外出用の数少ない服は何度も初美さんと相談し、違和感のないようにコーディネートしている。

京子「それにこれだけ身長が高いとサイズそのものもなくって」

京子「服を選ぶのもそれなりに大変です」

巴「…じゃあ、私が作ってあげようか?」

京子「…え?」

…服を作る?巴さんが?
いや…永水女子には家庭科でちゃんとした縫製もやるしあり得ない話ではない。
事実、この前も俺は依子お姉様に売れてしまいそうなレベルのチュニック貰ったしな。
巴さんもエルダー候補として名前があがるレベルの生徒だったのだから、そういう縫製がしっかり出来ていてもおかしくはないだろうけど…。


巴「ほら、私が作っちゃえばサイズがないなんて事もないし」

巴「京子ちゃんに似合う服だって作れるじゃない?」

京子「確かにそうかもしれませんけれど…」

巴「あ、もしかして私の腕を疑ってる?」

巴「大丈夫よ。私、何度かはっちゃんの服を作った事があるから」

京子「え?そうなんですか?」

巴「えぇ。はっちゃんも京子ちゃんとはまた別の意味でサイズが合わない事が多くて」

巴「私がはっちゃんに合わせて作り直したりするのって割りと頻繁にあるのよ」

…あぁ、なるほど。
俺は女性服を着るのにはガタイが良すぎるが…あの合法ロリは逆に小さすぎるからなぁ。
肉体年齢と外見年齢が信じられないほどかけ離れているあの痴女がマトモに着れるのなんてそれこそ児童服くらいなもんだろう。
だが、実際、初美さんが着ているのは児童が決して着ちゃいけないタイプの服ばっかりな訳で。
本人にマトモな着こなしをするつもりがないとは言っても、流石に誰かが作りなおしたりしなければアレだけの数は揃えられない。

巴「だから、お手の物って程じゃないけれどノウハウはちゃんとあるわ」

巴「デザインだってちゃんと京子ちゃんの意見を聞くし、変なものになったりしないはずよ」

京子「いえ、それは信頼していますよ」

…ただ、俺も実習で何度かやっているから分かるが…服を縫うと言うのは結構、集中力がいる。
ほんの一瞬のミスで目の前の布が雑巾になってしまいかねないのだから。
その上、縫製と言うのは一時間や二時間で完成、と言う訳にはいかない。
型紙代や材料費はこっちで出すにしても、そう簡単にお任せしますとは言えない作業だ。


京子「…でも、服を作るとなるとかなり手間が掛かりませんか?」

巴「まぁ、簡単と言えるほどではないけれど…ミシンを動かしている時間って言うのは嫌いじゃないし」

巴「それに服を作るって言っても、何も数十着作る訳じゃないから」

巴「毎日、少しずつ作る程度ならそれほど苦にはならないわよ」

京子「うーん…」

正直なところ、巴さんの提案は魅力的だ。
それほど外出しないとは言え、俺が持ってる私服は数着しかない。
初美さんにアドバイスして貰って着回せるようにはしているが、流石にそれだって限度がある。
普段は巫女服や制服で一日中過ごしているからその少なさも気にならないが、今の俺達がいるのは東京だ。
天候次第では私服が足りなくなる可能性だって十分、考えられる。
だから、有り難い事は有り難いんだが…流石にそれは甘えすぎじゃないかって思ってしまって… ――

巴「…京子ちゃん」

京子「あ、はい」

巴「私に甘えてくれるんじゃなかったの?」ジィ

京子「う…い、いや…でも…」

巴「…私が京子ちゃんにしてあげたいの」

巴「迷惑には絶対にならないから…一度だけやらせてくれない?」

あー……もう。
そんな風に上目遣いで言われて…断れる訳ないじゃないか。
…そもそも俺だって巴さんが嫌でなければ、是非お願いしたいくらいなんだ。
ここは意地を張らず、彼女の提案を受け入れさせてもらおう。


京子「…分かりました」

巴「ふふ、よし」セノビ

巴「良い子良い子」ナデナデ

京子「もう…ここぞとばかりに子ども扱いするんですから」

巴「だって、さっきから京子ちゃんの方がお姉さんみたいなんだもの」

巴「私の方が年上なんだからお姉さんぶるのは当然の事よ」クス

別に俺の方はお姉さんぶってるつもりはないんだけれどなぁ…。
ただ、それはあくまで主導権を握っている俺の感想であって、逆に握られっぱなしの巴さんとしては、そういう風に思えたのかもしれない。
まぁ、今の俺はそれ以上に子ども扱いされていて少し悔しい気もするけれど…ここで意地を張る方がよっぽど子どもっぽいし。
何より、こうやって巴さんに頭を撫でられるのは悪い気分じゃないから…さっきまでのお詫びって事でここは大人しく撫でられておこう。

巴「あ、材料代とかはこっちで出すけれど…服のデザインとかは手伝って頂戴ね」

巴「私が勝手に作っても良いけれど…それだとどうしても地味なものになっちゃうから」

巴「京子ちゃんの好みに合わなかったりすると悲しいしね」

京子「えぇ。それは構いませんけれど…」

巴「けど?」

京子「材料費くらい出させて下さいよ」

巴「ふふ、だーめ♪」ニコ

京子「巴さん」

巴「ダメよ、これだけは譲らないわ」

巴「そもそも京子ちゃん、そんなにお金持ってないでしょ?」

京子「う…それは…」

…確かに俺の所持金と言うのはそれほど多くない。
何せ、俺の主な収入は何かが入用になった時に霞さんから貰えるお金のお釣りくらいなのだから。
霞さんが毎回、かなり多めにくれるお陰で少しずつ溜ってはいるが、名家のお嬢様である巴さんの所持金には遠く及ばないだろう。
そんな事は俺も分かっているけれど… ――

たいむあああああああああっぷ(´・ω・`)
ごめんなさい、投下前に最後の見直しやろうとしたら眠くて頭全然、回らなくて
修正出来た部分の半分も終わりませんでした(´・ω・`)
今日は早めに帰ってきて投下したいですが、飲み会のオーラを感じるのでちょっとむずかしいかもです…
もし出来そうなら頑張ります(´・ω・`)ゴメンナサイ


リアル忙しいなら無理せんでええからねー

おつおつ
やだ・・・巴さんの女子力、高すぎ・・・?
そういやナンパのときに
>はっちゃんや霞さんが一緒だったから
はっちゃん・・・? つまりロリk( グシャー

そりゃあんなビ……痴女みたいな格好してたらねえ……

ファッションはその人の所属を示すものだし、はっちゃんやはじめちゃんみたいな恰好してたらそりゃ、ねぇ?
どう贔屓目に見ても「露出調教を受けたM奴隷」ってのがせいぜいだろう。調教の種類次第で主人以外にも股開くかって感じで
それ以外の選択肢はビッチ以外にはないし、ナンパというか強引な誘いを受けるのは自業自得って感じに
でも霞さんと一緒なら親子に見られたんじゃn(グシャッ

巴さんがかわいい
ここで巴さんが自分に対する自信もったら結構完璧な美少女になるな

にしてもやっぱりはっちゃんにナンパってすごいな
もし回りに人がいるところではっちゃんにナンパしに行ったならいろんな意味で問題な気がするし

>>239>>240>>241
まぁ、あくまでも巴さんがそういう風に思ってるってだけなので実際は巴さん目当てでナンパしてた可能性も
勿論、はっちゃん目当てのロリコンもいなくもないでしょうg

>>243
巴さんは炊事洗濯掃除裁縫完璧、華道舞踊琴その他の腕前もトップレベルですから女子力高いです
ただ、すぐ近くに全て巴さんの上をいく霞さんがいるだけで


と言いつつ見直し終わったんで再開します(白目)


京子「でも、巴さんに作って貰うのは私の服な訳ですし…」

京子「本来ならば手間賃も込みでお金を渡すべきだと思うのですが…」

巴「そういうのは気にしなくても良いのよ」

巴「私がそういうのなしでやりたいって言っているんだから」

京子「しかし…」

巴「京子ちゃん…こういう時は素直に甘えておくものよ?」

巴「……分かりました」

そんな風にやんわりと諭されて、意地を押し通せるはずがない。
正直、かなり申し訳ないが、コレ以上、断っても彼女の好意を無駄にするだけだし。
ここは素直に巴さんに甘えておく事にしよう。

巴「…って事で今から京子ちゃんの欲しい服でも探しに行きましょうか」

京子「え?今からですか?」

巴「えぇ。このまま目的なくあっちこっち歩きまわるよりもその方が良いでしょうし」

巴「それに初美ちゃんみたいに何か拘りがあれば私も作りやすいけれど…京子ちゃんにはそういうのはないみたいだから」

巴「ちょっと卑怯だけど、京子ちゃんが欲しいって言うのを真似するのが一番、満足して貰えると思うわ」

確かに反則な気もするけれど…俺も巴さんにこういう服を作って欲しいと言えるような何かを持っていないからな。
ここは彼女の言う通り、実物をベースにして作って貰う方がデザインを考える巴さんとしても楽だろう。
…ただ、今、いるエリアは俺が来ても問題無さそうなカジュアル系じゃなく、セクシー系のブランドが多いし。
流石にこの辺りの服を着る勇気はないから、少し移動しなければいけないだろう。

>巴「京子ちゃん…こういう時は素直に甘えておくものよ?」
>巴「……分かりました」
一人芝居かな?(すっとぼけ)


巴「あ、京子ちゃん、ちょっとあのお店に入って良い?」

京子「え?」

そう思った瞬間、巴さんが俺たちの前にドーンと広がる大きなブティックを指さした。
白い壁紙を淡く照らす桃色の証明は、周りの店とまったく違うイメージを俺たちに与える。
…それは恐らくそこに並んでいる商品が、他のブティックからは考えられないくらい露出度が高い、と言うのも無関係ではないのだろう。
少なくとも、俺から見える範囲では、ごく一部のみを隠した服が殆どだった。
正直、これだけ見ると18歳未満は入ってはいけない店のように思えなくはないけれど… ――

巴「へぇ…ここにもお店出してたのね」

京子「…みたいですね」

ブティックの看板に掲げられたブランド名は、初美さんに良く連れて行かれるところと同じだった。
…まぁ、あのブランドが鹿児島限定と思っていた訳ではないけれど。
まさか東京のど真ん中で、このブランドを見る事になるとは思っていなかったというか。
もしかしてここの服、結構、人気なんだろうかと、そんな錯覚さえ覚えてしまいそうになる。


京子「(…ただ、この店、男にとっては中々に辛いんだよな…)」

こういうブティックの店員と言うのは自社ブランドの服を着ている事が多い。
実際、この店の中で動いている彼女たちの服はかなり露出度が高かった。
ある種、男にとっては天国と言っても良い環境だが、だからと言ってジロジロ見るのは失礼過ぎる。
けれど、視界の端にチラチラと映る肌色はどうしても俺の視線を引いて…下着売り場と同じかそれ以上に居づらい環境だった。

巴「あ、これ、まだ鹿児島には入ってきてないわね」

巴「はっちゃんが気に入りそうなデザインだし…買って行ってあげようかな」

しかし、そんな俺とは違い、巴さんは服を真剣な眼差しでジッと見つめている。
それは勿論、巴さんが初美さんの事を大事に思っているからだろう。
彼女は良くあの合法ロリにからかわれたり、振り回されてはいるけれど、やっぱり親友なんだ。
こうして初美さんの為に真剣な表情で服を吟味している巴さんを見ると余計にそう思う。


京子「(しかし…これは長くなりそうだな)」

やはり東京だからだろうか。
俺達が足を踏み入れたこのブティックは鹿児島のものとは比べ物にならないくらい大きかった。
その上、巴さんの言葉を聞く限り、並んでいる服も鹿児島のものとはまた違うみたいだし。
色々と見て回ろうと思えば、間違いなく、数分では効かなくなってしまうだろう。

京子「(まぁ…巴さんに言えば、すぐさま移動するだろうけれど…)」

彼女は友人の為にこうやって真剣な眼差しで服を見つめているんだ。
その気持ちが俺も少しは分かるだけに、水を差してあげたくはない。
俺の気に入る服を見つける、と言うのも、別に急用ではないのだから。
今は巴さんの好きにさせてあげるのが一番だろう。
ただ… ――


京子「(…問題はどうやって時間を潰すか、だよな)」

…正直なところ、あまりこの店にはいたくない。
しかし、俺がここから離れると言えば、優しい巴さんは商品のチェックを中断する事だろう。
それを考えれば、俺もこの店で何かを見るべきなんだろうが…正直、目の向けどころに困るというか。
…こう言っちゃ何だが水着よりもエロい服装ってのが大半だしなぁ。
幾ら夏だからって開放的になりすぎだろう、常識的に考えて。
まぁ、俺の知る限り、このブランドが開放的なのは夏に限った話じゃないが。

京子「(…ってあれは…)」

そんな風に店内を軽く見渡している間に俺はそのブティックの中に異質な空間がある事に気づいた。
まるでそこから全く違う店になってしまったような変貌っぷりに俺の中の好奇心が刺激される。
あそこなら露出度の高い衣装が多いと言う訳でもないから、居心地の悪さもここよりはマシだろう。


京子「あ、巴さん、私、あっちの方見てますから」

巴「え?」

京子「巴さんもゆっくり見ててくださいね」

巴「あ…うん。ごめんね」

京子「いえ、気にしないでください」

そう巴さんに声を掛けながら、俺は店の奥の方へと進んでいく。
そのまま俺が足を踏み入れた空間は、やはり異質なものだった。
何せ、俺の周りに置いてあるのはメイド服やセーラー服をモチーフにしたようなものばかりなのだから。
勿論、可愛らしいのは可愛らしいが、着るのには少々、勇気と開き直りが必要な商品が並んでいる。

「あ!お客様、そちらの商品が気になりますか!?」ズズイッ

京子「あ、いえ、気になると言うほどではないのですけれど…」

そこで俺の横から嬉々として店員さんが話しかけてくる。
…その瞳がキラキラと輝いているのは、俺がよっぽどカモに思えるのか、それともこの辺りの商品に強い思い入れがあるのか。
他人である俺には分からないけれど…ともかくこちらに近寄ってくるその姿だけで勢いだけはしっかりと伝わってくる。


「もし宜しければ試着しますか?」

京子「あ、いえ…試着はちょっと…」

「そうですか…お客様ならこういうのとか似合うと思うのですが…」スッ

そう言って店員さんが手にとったのは明らかにまるで舞踏会にでも出られそうなくらい立派なタキシードだった。
しかし、その表面には虹色のラメが浮かび、キラキラと輝いている。
まず間違いなく街中では見かけないであろうそれは、まるで宝塚の衣装のようだ。
…色々あるとは思ったが、こんなものまであるのか、この店。

「いえ…或いはこっちの燕尾服…?」スッ

「いいえ…いっそ、こちらのぴったり系キャットスーツもアリですね…!」

「お客様は身長もおありですから格好良い系は何でも似合うと思いますし…!」

京子「あ、あの…」

「ハッ…も、申し訳ありません…!」ペコッ

「ついエスカレートしてしまって…」

京子「いえ、別に気にしていませんから頭を上げてください」

「はい…」

鬼気迫る勢いで服を取り出す彼女の勢いに気圧されたりもしたが、こっちとしては本気で気にしていない。
そもそもそういうのは服を選ぶ時の初美さんで慣れているからな。
ただ、店員さんにはその辺りの事がいまいち、伝わってはいないのだろう。
格好こそ他の店員さんと同じく痴女一歩手前だが、その顔立ちは真面目そうな人だからな。
…顔こそあげてくれたが、ちょっと気まずそうにしてるし…ここでさよなら、となると失敗の印象を引きずってしまうだろう。
幸い、まだ巴さんは真剣に服をチェックしてる最中だから、時間を潰すついでにでも何か話題を振ってみるか。


京子「…しかし、私もこのブランドは知っていましたが、こういう服も作っていたんですね」

「えぇ。その…私どものブランドは大分、マイノリティと言うか…オシャレに命を掛けている人向けなので…」

京子「…なるほど」

その辺りは店員さんも自覚があるのだろう。
ポツリと呟くその顔を気まずそうにしながらも彼女はオブラートに包んで表現した。
…まぁ、俺からすればマイノリティどころじゃなく、通報一歩手前な衣装ばかりだと思うのだけれど。
それを店員さんに言っても仕方ないし、ここは胸の奥に秘めておこう。

「なので、そもそもパイの量が少なく、これまで競争相手も殆どいませんでした」

「だからこそ、一定の需要がありましたが、業績はずっと頭打ちで」

「それを何とか打開しようと考えた結果、こういうフェティッシュな服も作るようになったんです」

…フェティッシュにも程があるんじゃないかなぁ…。
何せ、俺の周りにあるのはメイド服とかバニースーツとか…そんなのばっかりだし。
正直なところコスプレ用の衣装が並んでいると言われても納得出来るくらいだ。
…まぁ、それでも他のところに置いてある痴女服よりはマシ…と言うのがこのブランドの恐ろしいところだけれど。


「実際、私どものブランドを買う人はこういう服に興味がある人は少なからず存在しましたが…」

「ただ…端的に言って、最初に予想されていたほど大きな利益には繋がらなかったみたいで」

「それを何とかしようと企業努力を続けた結果…最近は色んな会社から一部権利を譲り受けてキャラの制服や衣装なんかを作ったりする事に…」

京子「……それ努力の方向性を思いっきり間違えてませんか?」

「そ、そんな事ありませんよ。売上は確かに伸びましたし…」

…まぁ、このブランドの傾向からして、今更、コスプレ衣装の販売くらいで愛好者が逃げたりはしないんだろうけど。
ただ、愛好者ではない人間としてその方向性はちょっと理解出来ないと言うか。
前々から一部の人を狙い撃ちにしてると思ってたが…ちょっと突き抜け過ぎだと思う。
この会社の偉い人はブランド価値をどう持って行きたいんだろうか…?

「そ、それに、素材は本当に良いんですよ?」

「多少、乱暴に扱っても破れませんし、日常生活でも十分、着られます!」

京子「いえ…この服を日常生活で着る勇気はちょっとありませんし…」

「…じゃ、じゃあ、普段とはちょっと刺激的な時間を体験する為に一着どうですか?」

京子「申し訳ありませんが…間に合ってます」

「あぅ…」

何せ、俺は今もこうして女装をしてる訳だからなぁ。
日常からしてコスプレどころか、なりきりプレイまでやってる俺にとって、コレ以上、刺激的な時間は必要ない。
寧ろ、頼むから平穏な日々を俺に下さいとそう叫びたいくらいだ。


京子「(ただ…)」

…俺だって男の子だ。
こうしてバニーやらメイド服やらを見ているとそりゃ誰かに着せてみたいという欲求くらいは沸き上がってくる。
特に俺の周りは春を始め、美少女ばっかりと言うのも拍車を掛けているのだろう。
脳裏に浮かぶコスプレ姿の彼女達はとても魅力的で、そして扇情的だった。

京子「(…春はこのメイド服とか似合いそうだよな)」

京子「(小蒔さんは……何故か何時もの巫女服以外の姿は思い浮かばない)」

京子「(霞さんは…やっぱりこっちの牛柄ビキニが映えるはずだ)」

京子「(初美さんは…まぁ、園児服で良いんじゃないかな)」ナゲヤリ

京子「(んで…巴さんは…)」

巴「京子ちゃん」

京子「…ひゃう」ビク

巴「あれ…どうかした?」

京子「い、いえ…何でもありません」

び、びっくりした。
いきなり巴さんに後ろから話しかけられたから俺の考えが見抜かれたのかと思ったぞ…。
まぁ…最近は自分の考えも誤魔化せるようになったから大丈夫だと思うけれど。
しかし、思いっきり心臓が跳ねるくらいびっくりしたのなんて久しぶりだった。
やっぱり人のいるところで変な妄想するものじゃないな…。


京子「巴さんはもう良いんですか?」

巴「えぇ。大体、見終わったから」

巴「ちょっと気になるのもあるけれど…また明日、はっちゃんと一緒に買いに来る事にするわ」

京子「そうですね。それが良いと思います」

このまま巴さんが初美さんに服を買って持って行っても、恐らくあの合法ロリは喜ぶだろう。
初美さんの服を何度も作っているらしい巴さんが、彼女の嗜好を理解していないとは思えないからな。
しかし、それよりもやはり自分で選んだほうが満足できるし、納得も出来る。
どの道、インターハイは明後日からなのだから、改めて明日来れば問題ないだろう。

巴「京子ちゃんの方はなにか気になるものでもあったの?」

京子「あ、えぇっと…」

…気になると言えば気になるのだけれど…それを巴さんに正直に伝えるのは少々ハードルが高いというか。
そもそも俺がここの服を気にしてたのは巴さんと似ているようでまったく違う理由だからな。
ただ…下手に嘘を吐いても、俺が男だって事を知ってる巴さんにはすぐ見抜かれてしまうだろうし。
…一体、どうやって誤魔化すべきだろうか。


巴「……もしかして京子ちゃんってこういうのに興味あるの?」ジィ

京子「え、い、いや、それは…」

巴「ふふ、なるほど…京子ちゃんはこういうのが好きなのね」

京子「ち、違います。ただ、あっちの売り場にいるのが居た堪れなかったからで…」

巴「…じゃあ、春ちゃんにここの服を着せたいとか思わなかった?」

京子「う…」

…どうしてこの人はこういう時だけ鋭いんだろうか。
まさかここまで考えていた事を当てられるなんてなぁ…。
いや、それだけならまだしも…その鋭さについつい言葉を詰まらせてしまって。
これじゃあ巴さんの言葉を肯定してるようなもんじゃないか…。

巴「ふふ、京子ちゃんって結構、初心よね」クス

京子「と、巴さん…」

巴「あら、なぁに?」

京子「い、今の件、春ちゃんにはどうか秘密に…」

巴「うーん…どうしましょう」ニコ

ぐ…だ、ダメだ、コレ。
完全に主導権を巴さんに持って行かれてしまってる。
いや…まぁ、さっきまで彼女の事を思いっきりからかっていた俺が悪いって言うのは分かっているんだけれど!
でも…もし、バレてしまったら…間違いなく、春はここの服を着て、俺の事を誘惑してくるだろうし。
皆のコスプレ姿を想像するくらい色々と溜まっている俺がそれに耐えられるとはあまり思えなかった。


京子「(だからこそ…ここは主導権を取り返す為にも…!!)」

京子「では、ここの服を一着プレゼントするのでさっきの件を考えてくれませんか?」

巴「え?」

「それは素晴らしいアイデアだと思います!」グイッ

巴「ひゃぅ!?」ビクッ

俺の提案に割り込んできたのはさっきの店員さんだった。
相変わらず目をキラキラさせて、こちらへと近づいてくるその勢いにまた気圧されそうになる。
一度、見ている俺でさえそうなのだから、巴さんにとっては尚更だろう。
小さく身体を跳ねさせる彼女の顔には驚きの表情が浮かんでいるし、予想通りの展開だ。

「そうですね…お客様だとやはり派手目な格好が良いと思います」

京子「それはどうしてですか?」

「こういうのはギャップと非日常感が大事なのです」

「普段、あまり目立たない方が、派手な格好をするギャップ」

「そして普段は着ない格好をするという非日常感」

「その2つを同時に体験するにはやはり派手なものが一番です!」ググッ

京子「なるほど、勉強になります」ニコ

巴「え、えぇっと…その…」

まるで演説するような店員さんの勢いに巴さんはついてこれていない。
まぁ、俺自身、まさか店員さんがここまで熱く語るとは思わなかったし、びっくりはしたけれど。
俺も男である以上、その演説には同意する面もあるし、理解も出来る。
何より、巴さんの意見を聞き入れるつもりはまったくない俺にとって、店員さんの勢いは嬉しい誤算だ。
このままさっきの件を過去のモノへと変える為にどんどん話を具体的にしていこう。


京子「では、具体的にはどういうのが良いでしょう?」

京子「やはりこういうバニースーツなんかが定番でしょうか?」スッ

巴「ふぇぇえ!?」ビクッ

「それも良いですが…食い込みも激しい分、色々と処理も必要になりますし」

「私としては定番の中でもこういったチャイナ服など似合うと思います」

巴「ちゃ、チャイナ服って…そ、それスリット…」カァ

店員さんが手にとったのは細いスリットが下腹辺りにまで入った際どいものだった。
紐パンを履いても、一部分が確実に露出するであろうそのスリットは一部が金糸で結ばれ、必要以上に広がらなくなっている。
しかし、それでも露出する範囲は際どく、また腕周りは完全なノースリーブになっていた。
脇の下までバッチリと人目に晒すそれはこうして見ているだけでも独特の魅力を感じさせる。
それに何より… ――

京子「確かに…巴さんの瞳や髪の色と同じく綺麗な赤色をしてますし、とても似合いそうですね」

店員さんが手に持った服は赤い布地に金や緑の糸で龍や風景などが刺繍されている。
『ザ・チャイナ服』と言ったその豪華な様相は、普通の人では中々、似合わないものだろう。
しかし、巴さんの髪や瞳は、この布地とかなり近い色をしているのだ。
想像の中で軽く彼女に重ねてみたが、その色や模様はとても良く映えると思う。


巴「は…はわわ、き、綺麗だなんてそんな事…」カァァ

「えぇ。私もそう思います」

「なんなら、こちらのシニヨンキャップもサービスでお付けしますよ?」

京子「お買い得ですね…心惹かれます」

ポニーテールにしても尚、毛先が腰以上に伸びている巴さんの髪はかなり長い。
そのままでも十分、魅力的だし、綺麗ではあるが、やはりチャイナ服と言えばシニヨンだろう。
それを補助するアクセサリーとしてはシニヨンキャップは外せない。
まぁ、所詮数百円程度の安物なんだろうが…それでもチャイナ服一品だけよりはお得感が大分、増す。
この店員さん…勢いだけだと思ったが、中々にやり手じゃないか。

巴「って…か、勝手に話を…」

「ですが、私のイチオシはやはり…こっちです!!」スッ

そんな事をやっている間に巴さんも少しずつ正気に戻りつつあるのだろう。
ただ気圧されるのではなく、俺達の話に口を挟もうとしてくる。
しかし、勢いに乗ったこの店員さんがそんなものを聞き入れるはずがない。
ようやく自分の出番がやってきた役者のように瞳を輝かせ、横からさらなる服を取り出した。


京子「…ほう。これは…?」

「あの人気魔法少女アニメ、ま○マギに出てきたキャラの服です」

京子「…アニメキャラの服ですか」

正直、人気魔法少女アニメと言われても、テレビのない環境でずっと過ごしている俺にはまるで分からない。
ただ、そんな俺にも分かるのは、その服がさっきのチャイナ服と少し似通った雰囲気があるという事。
日常生活ではまず見ない派手なその服から店員さんの言うところの非日常感を感じるからだろうか?

京子「(まず一番上に重ねられているのは赤い装束)」

ノースリーブの袖や首元に白い線が入っているそれは、チャイナ服とは違って、真正面からスリットが入っている。
そのスリットから広がる裾には白いフリルが花びらのように開き、まるで童話のお姫様のようなドレスになっていた。
ただ、その裾はとても短く、ショーツどころかへそまで見えてしまいかねない。


京子「(それを防ぐ為にちゃんとアンダーウェアがあるんだな)」

本来へそが見えるであろう場所から覗くのはくすんだ赤。
一番、視界に入りやすい上着の鮮やかな朱色とは違って、かなり暗い印象になっている。
しかし、その下にあるフリルスカートは薄い桃色に染まり、可愛らしいイメージを俺に与えた。
アンダーウェアの色遣いが魔法少女らしからぬものである事が若干、気になるが、全体的に可愛らしく見える。

京子「中々、可愛らしいデザインですね」

「えぇ。だって魔法少女ですから」ニッコリ

まぁ、魔法少女だもんなぁ。
大きなお友だちを除けば、見るのは基本的に小さい女の子。
そんな子に夢や希望、ついでに憧れを与えるアニメとなればそりゃ可愛らしくないとダメだろう。
若干、夢のない話をすれば、アニメを制作したり、その権利を持っている会社はそういう商品を売る事で利益を出しているんだし。


「後はこっちのアームカバーやニーハイソックスも着てもらえれば完璧なんですが…」スッ

京子「らしいですよ?」クルッ

巴「な、なんでそこで私に振るのかしら…?」

京子「だって、これを着るのは私じゃなく巴さんですから」ニッコリ

店員さんが並べたアームカバーやニーハイソックスを含めて、とても可愛らしい印象に纏まっている。
そんなものを俺が着ても吐き気を催すような醜悪な物体にしかならないだろう。
…大体、スカートを履くのにももう慣れてしまったが、それはあくまでも永水女子制服であるロングスカートのみ。
肌を見ればすぐさま男だと分かる肉付きをしているだけに俺がこんな露出度の高い制服を着る訳にはいかないのだ。

巴「わ、私は着るなんて一言も…」

京子「ですが…さっき遠回しに口止め料を要求されていたのでは?」

巴「そ、そんなつもりはなかったのよ」

巴「ただ…さっきまでずっとからかわれた仕返しがしたいと思って…」

京子「しかし…今更、言われましても…既にこうして店員さんにも選んでもらった訳ですし」

巴「そ、それは…」

無論、意図的に巴さんの意見を聞こうともしなかった事は伏せておく。
ここで俺がするべきは彼女の中の良心に訴えかける事なのだから。
あの残虐非道な露出狂ロリにはこんなやり方通じはしないが、巴さんは心優しい人だし。
こうやって良心を刺激すれば、いずれは流されるはずだ。


京子「(流されなかったら流されなかったで『人の誘いを断る』経験にもなるし)」

何より、既に巴さんにはさっきの件は既に頭にはないだろう。
どうやってこの場を切り抜けようかを必死に考えているはずだ。
…付き合って貰った店員さんには悪いが、どっちにしろ、俺の目的は達成されている。
既に俺の勝利条件は満たされたも同然なのだから、どっちに転んでも問題はない。

京子「(…まぁ、さっきの仕返しと店員さんへの援護の為にももうちょっと後押ししておくか)」

京子「折角、こうして店員さんが選んでくれたのですから、一回くらい試着させて貰えばどうです?」

巴「う…で、でも…」チラリ

そこで巴さんが目を向けるのは、店員さんが並べた魔法少女の服。
女の子らしい可愛らしさに溢れたそれはきっと巴さんには異質なものに見えるのだろう。
これが小蒔さん辺りなら嬉々として着るかもしれないが、巴さんの普段の服装はかなり地味なものだし。
そこからかけ離れたコスプレ衣装を自分が着るなんて、きっと今まで想像もしていなかったはずだ。


巴「む、無理よ、無理…!」

巴「わ、私、そんな可愛らしい服、絶対に似合わないから…!!」

「大丈夫ですよ。お客様はとても整った顔立ちをしておられますし」

「私どもとしてもお客様に満足してもらうのが一番ですから似合わないものをお勧めしたりしません」

巴「で、でも…」

やはり、プロの言葉と言うのはそれなりに説得力があるのだろう。
そこで口ごもる巴さんの顔には俺の時よりも強い迷いがあった。
それが若干、寂しくもあるが…まぁ、巴さんの自己評価の低さを改善する事にも繋がるし。
ここは店員さんに任せておくとしよう。

「それにお客様は体格と言い、髪の色や長さと言い、とても良く似ておられますから」

巴「…似てる…ですか?」

「はい。この服を作中で着ていた少女に」

「だからこそ、私はこれをお客様へのイチオシだと言って、取り出したのですよ」

…俺にはその言葉が正しいのか、嘘なのかが分からない。
そもそも俺はこの服の元になったアニメを見た事がないどころか、ついさっき名前を聞いたばかりなのだから。
ただ…こうやって真剣な眼差しで言葉を紡ぐ店員さんが嘘を吐いているとはどうしても思えない。
彼女がよっぽどの役者でない限り、きっと本心を言葉にしてくれているのだろう。


「そうでなければアニメキャラの服なんてオススメしたりしません」

「こういうのはメイド服や巫女服なんかの定番アイテムが一番、無難でネタにもなりやすいですから」

「アニメキャラの服装なんて知らない人から見れば、首を傾げるものですし、流行が過ぎ去ればどれだけ似合っていても見向きもされなくなります」

「持っていてもタンスの肥やし一直線のアイテムですしね」

京子「そ、そこまで言いますか…」

「…経験論ですから」トオイメ

京子「…あぁ、なるほど」

…こうしてコスプレを強く語る辺り、もしかして、とは思っていたけれど…この人、元コスプレイヤーだったのか。
そう聞くと一層、言葉に重みが出てくるなぁ…。
ただの店員ではなく、実際にコスプレしてた人が、定番からはかけ離れた商品を勧めてくれている訳だし。
彼女の言う通り、ただ売るだけが目的でこの服を勧めているのではないんだろう。

「…ですから、似合わないと言わず、出来れば一度だけ着てくれないでしょうか?」

「無論、試着したら買って欲しいなどとは言いません」

「私自身がお客様がこの服を着ているところを見たいんです」

巴「……」

…ただ、それは別としても、この人は思った以上に話の持って行き方が上手い。
巴さんが頼み事を断れないタイプだと早期に見抜いていたのだろう。
良心と情に訴えるその言葉に巴さんは沈黙を返した。
今までのように焦ったり驚いたりするのではなく、真剣に彼女の言葉を受け止めようとしている表情。
…そこからもう少しで肯定の返事が出てくるのは俺にも容易く想像がついた。


巴「…分かり…ました」

「本当ですか…!?」パァ

巴「えぇ。た、ただ…期待ハズレでも笑わないでくださいね…?」

「勿論、そんな事で笑ったりしませんよ」

巴「…京子ちゃんは?」

京子「まぁ、正直、期待外れだなんてあり得ないと思っていますけど…」

京子「例え、そうでも笑ったりからかったりしないとお約束します」

巴「…うん。じゃあ…」スッ

巴「い、行って…来る…ね」マッカ

そう言って巴さんは衣装を受け取り、試着室へと向かっていく。
けれど、その歩みは遅く、また足取りも辿々しい。
恐らくだが、彼女の中で決して覚悟が決まった訳ではないのだろう。
それでも一度、頷いた言葉を巴さんはそうそう簡単に翻したりはしない。
時間こそ掛かったものの巴さんは試着室へと入り、そのカーテンをゆっくりと閉めた。


京子「さて、それじゃあ待っている間に…」

「はい。お客様の分の衣装も考えなければいけませんね」

京子「お断りします」ニッコリ

「…ダメですか?」

京子「ダメです」キッパリ

「慈悲はないんですか?」ジィ

京子「ありません」スッパリ

まぁ、さっきとは違って巴さんだけに恥ずかしい真似をさせるのはアレだから一回くらい俺もコスプレしても良いかもしれないとは思うけれど。
しかし、今の俺はあくまでも【須賀京子】としてここにいるんだ。
下手にコスプレしようとして正体がバレてしまっては元も子もない。
若干、上目遣いに尋ねてくる店員さんがちょっと可愛いが、ここはきっちり断っておこう。

「残念です。さっきのお客様とはまた別の魔法少女コスをして貰って並んでもらうと絵になると思ったのですが…」

京子「ふふ、そう言って貰えると光栄ですね」

京子「巴さんは私とは比べ物にならないほど可愛らしい人だとそう思っていますから」

巴「はぅ」

このタイミングで試着室から微かに声が聞こえると言う事は、俺達の会話は巴さんにもしっかり届いていると言う事なんだろう。
まぁ、ここから試着室までの距離なんてそれほどないし、何より、周りを囲っている壁も薄いからな。
例え、聞き耳を立てていなかったとしても自然と会話が耳に入ってくるだろう。
…しかし、それならちょっと面白い事が出来そうだ。


京子「ですが、私はあまり肌を晒せない体質ですから、お断りさせてください」

「そうですか…それは申し訳ありません」

京子「いえ、気にしないでください」

京子「それより…さっきの巴さんに言っていた事は…」

「勿論、本心です」ニッコリ

巴「はわわ」

俺がやりたい事を店員さんも分かってくれているのだろう。
彼女は俺に向かってニコリと微笑み、俺の望んでいる言葉をくれた。
瞬間、何やら可愛らしい声が試着室から聞こえるが、俺も店員さんも決して反応しない。
ここで反応してしまったら全てが水の泡なのだから。

京子「…そうですか、安心しました」

京子「もう分かっておられると思いますが…巴さんはあまり自分の魅力と言うものを自覚していない方ですから」

「でも、アレだけ可愛らしい方なら男性とのお付き合いなどもあったのでは?」

京子「それが環境的に男性とのお付き合いと言うものが殆どなくって…そういった経験はないみたいですね」

「なるほど…それは勿体無いですね」

「ちゃんと見れば、告白されてもおかしくはないくらい可愛らしい人なのに」

京子「えぇ。本当に」

巴「う…うぅ…」

しみじみと漏らす【須賀京子】の言葉は決して本心から遠い訳ではなかった。
実際、俺は何度も巴さんに対して『可愛い』や『魅力的』だとそう告げていたのである。
しかし、彼女はそれに照れながらも中々、考えを変えてはくれず、ここまで来ていた。
勿論、根が頑固な巴さんがそう簡単に考えを変えるとは思っていないが、やはりどうしても勿体無いと思う。
ちょっと堂々としているだけで、道行く人の視線を幾らでも集められるくらいに魅力的だと思うんだけどなぁ。


京子「…実はさっきもナンパされていたんですが…相手の人をモノ好きとしか捉えていないみたいで」

「それは…結構、重症ですね」

京子「えぇ。なので実は結構、期待しているんです」

「期待…ですか?」

京子「はい。巴さんが容姿に自信を持てないのは、彼女が好む服装の所為もあるのではないかと思っているので」

「…つまり、地味な格好をする事で自分が地味だと再認識しているという事ですか?」

京子「そうです。まぁ…実際、元々の顔立ちが良いので、そういう格好もよく似合うのは確かなんですけれど」

ただ、そうやって意図的に自分で地味な格好をしていたら、そりゃ華々しさなんて出てはこない。
そんな自分だけを評価していてはいつまで経っても認識は変わらないだろう。
寧ろ、そうやって認識を改める度に『自分は可愛くない』と言う思い込みが強くなるだけ。
その悪循環を断ち切る為にも、こうしてコスプレをする、と言うのは悪い方法ではないはずだ。

京子「なので、こうして可愛らしい服を着れば、自分がそういう服も似合うくらい可愛いのだと認識してくれるかな、と」

「ふふ、きっと大丈夫ですよ」

「お客様の気持ちはきっと伝わっていますから」

京子「…そうだと良いんですけれど」

無論、それが伝わっていないはずがない。
なにせ、この会話は試着室にいる巴さんにも筒抜けなのだから。
さっきから彼女の反応はないが、今も間違いなく聞いている事だろう。
それでもこうして店員さんと『秘密の会話』を続けたのは偏に、彼女の認識を変える為だ。


京子「(人間、相手がいない時の方が本音が漏れやすいからな)」

俺と店員さんは『巴さんが聞いている事に気づいてはいない』。
つまり、この場に巴さんはいないものとして会話しているのだ。
その最中、自分を褒める言葉が出れば、頑なな巴さんの心にも多少は響くだろう。
まぁ、その為に若干、彼女を騙している感がない訳でもないが、こうして話している内容は決して嘘ではないし。
本心である事に間違いはなく、また悪口のような人を傷つけるものでもないのだから憚る必要はない。

「…それにしてもお客様は友達思いな方なんですね」

京子「ふふ、ありがとうございます」

京子「まぁ、その友達一人にコスプレさせる悪い女でもあるんですけれど」

シャァァ

店員さんの言葉に冗談めかしてそう返した瞬間、カーテンが開く音が聞こえた。
それに引かれるようにして顔を向ければ、巴さんが入っていた試着室のカーテンが端へと避けられているのが分かる
ただ、カーテンが開かれたのは分かっても、この位置からでは角度的に巴さんの姿が殆ど見えない。
このまま『秘密の会話』を続けても特に意味はないし、とりあえず着替え終わったであろう彼女の様子を見に行こう。
そう思って試着室へと近づいていく俺の視界に、巴さんの姿が映り込んできて… ――


京子「巴さん、終わりました……か…?」

巴「あ…き、京子…ちゃん…」カァァ

…そうやって顔を赤く染める巴さんは正直、想像以上だった。
勿論、俺だって、何度か頭の中で巴さんとその服を重ねあわせて結果を予想していたけれど。
しかし、実物はその遥か上を行っていたと言うか…思っていた以上に破壊力がある。
勿論、それは普段の格好とのギャップと言うのもあるんだろうけれど… ――

京子「(…まるで別人みたいだ…)」

今の彼女には地味な印象など何処にもない。
誰の目も惹く華やかな服装へ変わったからか、まるで花開くようにしてその可愛らしさが伝わってきている。
まるでテレビの中のアイドルがそのまま現実に現れたような変化に俺は思わず口ごもってしまう。
巴さんの魅力は俺も理解していたつもりではあったが、まさか服装一つでここまで変わるとは思っていなかったんだ。


巴「…やっぱり…変?」

京子「そ、そんな事ないです!」ブンブン

京子「とても良くお似合いですよ」

しかし、そうやって俺が口ごもっている間に巴さんは不安になったのだろう。
赤くなった顔を小さく俯かせて、申し訳無さそうに俺へと尋ねてくる。
それにようやく正気に戻った俺は首を左右に振り、必死になって彼女の不安を否定した。
しかし、それでは怯えながらも勇気を出して踏み出した巴さんの不安を払拭出来なかったのだろう。
俺が似合うとそう言っても、彼女の表情はあまり晴れなかった。

京子「お恥ずかしい話…あんまりにも可愛くて一瞬、見惚れてしまいまして」

巴「ま、またそんなお世辞ばっかり言って…」

京子「お世辞なんかじゃありません」

京子「何時も巴さんに可愛いとそう言っている私が我を忘れるくらいに今の貴女は可愛らしいです」

…正直、そうやって見惚れていたと言うのは恥ずかしい。
これが【須賀京子】でなければ、俺は今頃、顔を真っ赤にしていた事だろう。
だが、そうやって正直に自分の気持ちを吐露しなければ、さっきの失敗は取り返せない。
下手をすれば彼女にとってのトラウマになりかねないような反応をしてしまったのだから、多少の恥ずかしさなんて気にしてなんていられないのだ。


巴「…ホント?」

京子「えぇ。勿論、本当です」

京子「こう言うと誤解を招くかもしれませんが…今の巴さんはまるで童話のシンデレラのようですよ」

巴「あ…ぅ」カァァ

その甲斐あってか、多少は巴さんの不安を払拭する事が出来たらしい。
再び真っ赤に染まった彼女の顔にはさっきのような強い不安や恐怖はなかった。
それに内心、安堵を浮かべるが、気を抜く訳にはいかない。
まだ巴さんの顔には小さな不安の種が残っている以上、完全に俺の言葉を信じてくれた訳ではないだろうからな。
ここでまたさっきのような失敗をしてしまえば、今度こそ彼女にトラウマめいた傷跡を残してしまうかもしれない。
胸の中に浮かぶ恥ずかしさも今は忘れて、彼女が少しでも自信が持てるように後押しをしなければ。

京子「でも…どうせですし、もうちょっとイメチェンしてみたいですよね」

巴「え?」

「そうですね…やはりメガネがネックだと思いますっ」ズイッ

巴「ひゃ!」ビック

そこで俺の言葉に乗ってきたのはすぐ横にいた店員さんだった。
さっき巴さんに服を勧めていた時と同じく、その瞳を輝かせた店員さんは相変わらずの勢いで試着室へと近づいていく。
その独特の勢いに巴さんが一歩後ずさるが、未だその身体は試着室から一歩も出ていない訳で。
後ろが鏡になっている状態では逃げ場もない。


「やはりここはコンタクトに変えてみてはどうでしょうか?」

巴「で、でも…その、コンタクトとか怖くて使ったことなくて…」

「大丈夫。誰もが皆、初めてですから」

「なんなら私が今から薬局まで買いに行きますよ…!?」グッ

巴「さ、流石にそれはちょっと…」

…いや、一つ訂正が必要だな。
これはもうさっきと同じ勢いなんかじゃない。
寧ろ、さっき以上の強引さで巴さんへと迫っている。
…まぁ、巴さんが着ているのは、彼女が無用の長物になるかもしれないと言いながらも勧めてくれた衣装だからな。
それで巴さんがこんなにも可愛くなった訳だから、多少、テンションが高くなってもおかしくはないのかもしれない。

「で、では…メガネを外した状態で一枚だけ…一枚だけ写真を取らせて下さい…!」

巴「え…い、いや、でも…」

「大丈夫です。別にネットに公開したりしませんから!」

「ほら、実際にメガネを外した状態でどうなるのかと言うのはお客様も気になるでしょうし…ね?」ズズイ

…コスプレする人には、単純にコスプレが好きな人とちやほやされたい人の二種類がいると聞く。
で、彼女は間違いなく前者だな。
何せ、こうやって巴さんに迫る顔が完全にマジだし、ただでさえ高いテンションがさっきから鰻登りになってる。
それはきっと店員冥利に尽きるとかじゃなく、元コスプレイヤーとしての血が彼女の中で騒いでるからなんだろう。
…ある意味、彼女にとってこのブティックの店員と言うのは天職なんだろうなぁ…。
っとそれはさておき。


京子「…流石に写真はちょっとご遠慮願えないでしょうか?」

京子「巴さんもそこまで吹っ切れた訳ではでしょうし」

巴「き、京子ちゃん…」

個人的にはこのまま怒涛の勢いで巴さんが流されていくのも見てみたい気はするけれどな。
ただ、さっきから彼女は俺に助けを求めるような視線をくれている訳だし。
流石にそれを見て見ぬふりするような真似は出来ない。
店員さんの発言には同意する部分はあるが、ここはそろそろ助け舟を出しておこう。

「ハッ……すみません、ま、またお客様に失礼を…」ペコ

巴「い、いえ…その…気にしてませんから…」

「本当に申し訳ありません…」フカブカ

…まぁ、この店員さんも悪い人じゃないんだよな。
ちょっとコスプレが好き過ぎて、色々と暴走してしまいがちなだけで。
今まで話してた感じだと頭の回転も早いし、相手が望んでいる事を感じ取る事にも長けている。
多分、この暴走癖さえなければ店員として凄く優秀なんだろうな。


京子「まぁ…それはさておき、私も巴さんがメガネを外すとどうなるのか気になりますね」チラッ

巴「う…き、京子ちゃんまで…」

京子「ふふ、ごめんなさい」

京子「ただ、巴さんはここまでイメージチェンジした訳ですから」

京子「さらに思い切ってメガネを取ると言うのも変ではないと思いますよ」

実際、今の巴さんのイメージにあまりそのメガネは似合っていない。
服装が変わった所為で、アイドルさながらの存在感を放つ一方で、そのメガネだけは地味なままなのだから。
勿論、普段の巴さんにはとても似合っているが、今の彼女とはどうにもミスマッチ感が否めない。

巴「…本当に気になる?」

京子「えぇ。まぁ…巴さんにとってメガネが手放せないのは分かりますし、無理に、とは言わないですけれど」

巴「…ううん。無理なんかじゃないわ」フルフル

そこで小さく首を振る巴さんの表情には明らかに迷いの色が浮かんでいた。
まるで魔法少女さながらの格好をしているとは言っても、やはりメガネは別なのだろう。
巴さんのように視力の低い人達にとってメガネはオシャレの一部ではなく、生活必需品のようなものなのだから。
幸いにして俺は両目の視力が2.0から下がった事はないが、何もかもが朧げにしか見えない世界が怖いと言うのは分かる。


巴「…ただ、京子ちゃん、お風呂で何度かメガネつけてない私見てるのに…」

京子「そういうのはまた別なんですよ」

京子「少なくとも今の巴さんは何時もよりもずっと華やかですし」

京子「印象も大分、違って見えますから、もっと可愛いところが見たくなるんですよ」

巴「ま、またそんな恥ずかしい事言って……」カァァ

そうやって顔を赤くしながら巴さんは身体を小さく揺する。
まるで身体全体で恥ずかしさを表現するようなその仕草に俺は笑みを浮かべた。
それは勿論、今の巴さんが可愛らしいと言うのもあるが、一番はやはり成功の確信があったからだろう。
この雰囲気なら何だかんだ言って、巴さんはメガネを外してくれる。
彼女の反応にそれを感じ取った俺はただ笑顔を浮かべて無言で待ち続けた。

巴「…い、言っておくけれど…京子ちゃんだから…ね?」

巴「私の事…一杯褒めてくれた京子ちゃんだから…」

巴「だから…信じて…メガネを外す…けれど…」

巴「笑ったりしたら…嫌だからね?」

京子「大丈夫ですよ、安心して下さい」

京子「笑ったりバカにしたりする事なんてあり得ませんから」

…そもそもメガネを外した程度で笑うくらいなら、巴さんが試着室から出た時に大爆笑している事だろう。
しかし、実際の俺は今まで抑え込んでいた華やかさに目覚めていくような彼女に視線を釘付けにされたのである。
そんな俺がメガネを外した程度で、巴さんの事を笑ったり、バカにしたりするはずがない。
寧ろ、また彼女に見惚れてしまって傷つけたりしないか、俺の方が不安なくらいだ。


巴「じゃあ…」スッ

そう言って巴さんはゆっくりと自分のメガネに手を掛けた。
そのまま緩やかに離れていくレンズの向こうから巴さんの素顔が現れる。
それは俺にとって何度か見た事のあるものではあるけれど…既視感なんてまったく感じない。
寧ろ、華やかな服装との相乗効果でさらなる魅力を引き出したその姿には新鮮ささえ覚えそうになる。
身内の欲目も入っているかもしれないが、今の巴さんは多くの人々に支持され、人気を集めるトップアイドルみたいだ。

巴「ど、どう…かしら?」

京子「ふふ、そんなに不安そうにしなくても大丈夫ですよ」

京子「本当に可愛らしいですから」

巴「ほ、ホント?」

京子「えぇ。店員さんではないですが、今の姿を写真に収めて保存しておきたいくらいです」

巴「さ、流石にそれは恥ずかしすぎるから…」カァァ

京子「ふふ、分かってます」

まぁ…今のメガネを掛けていない巴さんなら隠し撮り出来るかもしれないという邪な考えが脳裏を過ったけれど。
しかし、巴さんは俺の事を信頼して、こうやってメガネを外してくれたんだ。
その信頼を裏切るような真似はしたくない。
ちょっと惜しい気がするけれど、今の巴さんをしっかりと記憶するだけにしておこう。


京子「…」ジィィ

巴「あ、あの…京子ちゃん…?」

巴「そんなに見られると恥ずかしいんだけど…」

京子「すみません。今の巴さんが可愛すぎるので…写真が撮れない分、しっかりと目に焼き付けておこうと思いまして」

巴「そ、そんな大したもんじゃないわよ…?」

京子「私にとって今の巴さんにはそれだけの価値があるんですよ」

巴「は…うぅ…」

うーん…若干、マシになったみたいだけれど、格好が変わった程度じゃ自信がついたりしないのかな?
それともこのやり方が性急すぎて、巴さんにとってそれどころじゃないとか…?
…何にせよ、今のままじゃ思ったような効果が出ているとは言いがたいし…ちょっとアプローチを変えてみるか。

京子「…巴さん、今のご自分の姿は確認されてますか?」

巴「う…じ、実はあんまり…」

巴「その…意識すると恥ずかしすぎて顔から火が出ちゃいそうだし…」

京子「…なるほど」

多分、着替えの最中も自分の姿を出来るだけ見ないようにしてたんだろうな。
まぁ、巴さんからすれば今までの自分とはまったく違う格好をしているんだ。
自信と言うものが圧倒的に不足している彼女からすれば自分の痴態を直視するようなもの。
実際は痴態どころかすげぇ可愛いんだけど…まずはそれを本人に意識させるところから始めた方が良いか。


京子「ちなみに裸眼でそこの鏡は見えますか?」

巴「え…?まぁ…今も京子ちゃんの顔くらいは見えてるし大丈夫だと思うけれど…」

京子「じゃあ、ちょっと振り返って確認してみましょう」

巴「…し、しなきゃ…ダメ?」

京子「ダメです」ニッコリ

巴「き、京子ちゃん…」

京子「ダ・メ・で・す」キッパリ

まるで許してと言っているように聞いてくる巴さんには庇護欲を擽られるし、とても可愛らしいと思う。
しかし、だからと言ってここで手心を加えてしまえば、彼女の認識は少しも変わらないままなのだ。
ちょっと可哀想だが、ここはしっかりと自分の姿を見てもらった方が良い。
少なくとも、今の彼女はこれだけ可愛らしいのだから、悪いようにはならないだろう。

巴「うぅ…京子ちゃんの意地悪」

京子「ふふ、巴さんの為ならば喜んで意地の悪い人間になりますとも」

京子「それよりほら、あんまり試着室を専有するのも迷惑ですし…ね?」ニコ

巴「…う…」

勿論、このブティックはメイン客層が普通じゃない所為で、ホイホイと客がやって来たりはしない。
実際、こうして巴さんと話している最中も、モールを歩く人々がこのブティックへと入ってくる気配はなかった。
しかし、それでもあまり長々と試着室を専有して良いはずがない。
他人に対してとても気遣うタイプの巴さんは、俺の予想通り、そう思ったのだろう。


巴「…分かったわ」

巴「ただ…もし、変だったら京子ちゃんに責任取ってもらうからね…?」

京子「えぇ。巴さんが相手なら喜んで責任を取らせて貰います」ニッコリ

巴「まったくもぉ…」

そもそも俺は巴さんの今の格好がそれほど変だと思っていない。
いや、寧ろ、彼女がメガネを外した今、とても良く似合っているとそう思うくらいだ。
例え、巴さんが今の自分が気に入らなかったとしても俺にとっては損にならない。
これだけ魅力的な彼女に責任を取らせて貰えるなんて男にとってはご褒美みたいなもんだからな。
責任でも何でも喜んで引き受けたいくらいだ。

京子「では…」

巴「…うん」クル

そう言って巴さんはゆっくりと俺の前で振り返っていく。
今にも止まりそうなその動きは、彼女の中の逡巡や葛藤を俺に感じさせた。
俺の言葉に頷きこそしたものの、やはり今の自分に向き合う覚悟が決まった訳ではないのだろう。
しかし、それでも巴さんは一度も立ち止まる事なく、鏡の中の自分と視線を交わした。


巴「……ぁ」

京子「どうですか?」

巴「…こ、これが…私…なの?」

京子「えぇ。それが今の巴さんです」

そんな彼女の口から漏れる声には驚愕の色が強かった。
それは恐らく自分がここまで変わっているとまったく予想していなかったからだろう。
実際、巴さんの魅力を良く理解しているつもりの俺でさえ、今の彼女には一瞬、言葉に詰まってしまった訳だし。
自分に自信がなかった巴さんからすれば、驚くのも当然の事だ。

京子「どうです?可愛いでしょう?」

巴「う…そ、それは…」

京子「……私はとても可愛いと思いますよ」

京子「巴さんが自分で抑えてきた魅力を良く引き出してくれている…ともね」

巴「み、魅力なんて…私にはそんなの…」

…まぁ、ここで自分の可愛さを自覚してくれるような人ならここまで意固地になっていないな。
ただ…さっきの言葉から察するに、大分、巴さんの気持ちが揺らいでいるのは事実だ。
こうして俺と話している間にも、まるで信じられないように鏡に視線をチラチラと送っているし。
その顔にも鏡に映る自分に対して好意的なものが浮かんでいるのだから…今がチャンスだ。


京子「じゃあ、巴さんは今の自分をどう思います?」

巴「い、言わなきゃ…ダメ?」

京子「ある意味、その発言が全ての答えなような気がしますが…出来れば言って欲しいですね」

巴「う…うぅ…」

これが何とも思っていないのならば巴さんは「やっぱり私には派手過ぎるかしら」とでも言っていただろう。
だが、今の彼女は恥ずかしそうに口ごもり、鏡越しに俺へと許しを求めるような視線を送った。
まるで言いたい事なんて分かっているんでしょう?と言わんばかりのそれは彼女の気持ちを察するには十分過ぎる。
しかし、自分の内側に秘めているのと、ハッキリと言葉にするのとではまったく違うんだ。
折角のチャンスなのだから、ここは出来るだけ大きな成果をもぎ取っておきたい。

巴「……ちょっと…驚いちゃった」

巴「その…何時もと…全然、違っていて…」

京子「…違うだけですか?」

巴「…そ、それは…」

京子「…可愛いと思いませんでした?」

巴「お………思い…ました」マッカ

京子「ふふ」

本当は自分の口でハッキリと可愛いと言わせたかったんだけどな。
ただ、コレ以上追い詰めると巴さん真っ赤を通り越して泣いちゃいそうだし。
同意と言う形ではあれど、『自分が可愛い』と言う事を認めたのは大きな前進だと思って、今日はここまでにしておこう。


巴「う…うぅ…き、京子ちゃんのバカぁ…」プシュウ

京子「古今東西老若男女、可愛い女の子の前では皆、須らくバカになるものですよ」クス

京子「それだけ私をバカにしたのは自分だと自信を持って欲しいくらいです」

巴「そ、そんな自信なんて持てないわよ…」

京子「そうですか」

京子「まぁ、その辺りは追々…と言う事にしましょう」

巴「こ、コレ以上、何をするつもりなの…?」

京子「怯えなくても大丈夫ですよ」

京子「私は決して巴さんの事を傷つけたりはしませんから」

巴「…でも、意地悪はするのよね?」

京子「ふふ、それは巴さん次第ですね」ニコリ

俺だって巴さんに意地悪したい訳じゃない。
まぁ、稀に良く彼女の事を辱めたいとそう思ったりもするが、それはほんの少しだけ。
決して辱めたいから意地悪している訳じゃなく、彼女の為を思って強気に出ているだけの事。
そもそも巴さんが素直に自分の魅力を認めてくれれば、俺がやっているのは意地悪どころかナンパになりかねない訳で。
それが意地悪だと巴さんに捉えられている時点でまだまだちょうきょ…もとい努力が必要だろう。


巴「…で、これからどうするの…?」クル

京子「そうですね…」

クルリと首だけで振り返った巴さんの言葉に俺はしばしの間、思考に耽る。
…巴さんに自分の魅力を認めさせる、と言う目的は達成出来たんだ。
出来ればもうちょっと今の巴さんの姿を見ていたいが、このままグダグダとしていたらそれこそ本気で店側の迷惑になりかねないしな。
ちょっと名残惜しいが、そろそろ着替えて貰うとしよう。

京子「じゃあ、そろそろ着替えて貰いましょうか」

巴「え、着替えちゃって良いの?」

京子「…もしかして巴さん、それ気に入りました?」

巴「う…い、いや、違うわよ?気に入ってなんかないから」ワタワタ

京子「でも、今、名残惜しそうな顔をしてたような…」

巴「し、してません!」マッカ

巴「た、ただ、京子ちゃんが思いの外、あっさり引き下がってびっくりしただけなんだから…!」

京子「ほほぅ」

…と言う事はコレ以上、俺に何かされると巴さんは思ってたのか。
これは中々に面白い事を聞かせて貰えたな。
少なくとも、巴さんがここで終わると思っていなかったと言う事は色々と『この先』を想像してたって事だろうし。
これはちょっと突っつくだけでも可愛らしい反応が引き出せそうじゃないか。


京子「…で、巴さんは私に何をされると思っていたんです?」

巴「え?」

京子「あっさり引き下がったと言う事は、私にされる事を色々と想像してたんでしょう?」

京子「構いませんよ、まだ時間はありますから」

京子「巴さんの想像してた事、一つ残らずやって差し上げます」ニッコリ

巴「はぅあ…!?」

そこで完全に墓穴を掘った事に気づいたのだろう。
巴さんは驚きと共に声をあげ、表情を強張らせた。
まるでギリギリでマークシートのチェックがズレている事に気づいた学生のようなその表情に俺はにこやかな笑みを深める。
そんな俺から彼女は気まずそうに視線を逸らすが、未だ試着室に居続ける巴さんには逃げ場はない。

京子「…で、何を想像されていたんです?」

巴「そ、それ…は…えっと…」

京子「…言ってくれなければ着替えるのを許しませんよ?」

巴「え、えぇぇ!?」

許さないなんて言っているが、彼女が俺に従が従う理由なんて何処にもない。
そもそも、人権その他を剥奪された俺よりも巴さんの方が立場的には上なのだから。
ただ、根が真面目と言うかマゾっぽい巴さんにとって、それは決して一蹴出来るものではないのだろう。
強制力なんて欠片もない俺の言葉を真剣に受け止め、自分から袋小路に追い詰められていってくれる。


巴「え、えっと…その…あの…」モジモジ

京子「…巴さん?」

巴「…………とか」カァァ

京子「聞こえなかったのでもう一度、お願いします」ニッコリ

巴「だ、だから…し、写真…撮影…とか…」プシュウ

京子「…なるほど。巴さんも意外とその気になってくれてたんですね?」

巴「そ、その気って…ち、違うわよ…?」

巴「ただ、京子ちゃんがさっき撮りたそうにしていたし…そ、そういう事されちゃうのかなって…」ワタワタ

京子「ふふ、そういう事にしておきましょうか」ニコ

巴「う…うぅぅ…」

巴さんはその手を小さく振りながら否定するけれど、正直、彼女の言葉に説得力を感じなかった。
何せ、俺は彼女が写真を撮られそうになっていたのを一度、止めているのだから。
その後、俺も彼女を写真に撮りたいとは言ったが、それはすぐさま諦めている訳だし。
俺がここでしつこく食い下がるような性格ではない事くらい一緒に暮らしている巴さんも理解してくれている事だろう。
何より『巴さんが想像していた事を実行する』と俺が宣言している以上、本気で嫌な事を彼女が口にするはずがない。
その上で、巴さんが写真撮影を口にすると言う事は、正直、彼女自身、それに心惹かれつつある…と言った説明の方がまだ納得出来る。


京子「ただ…そんな巴さんの気持ちに応えようにも…ここで撮影会となるとお店の迷惑になっちゃいますしね」

「べ、別にやっちゃっても良いんですよ…?」

そこで店員さんが許可をくれるが、その厚意…と言うか企みに乗るのはちょっとな。
試着室専有が続いているのは致し方ない事だと納得も出来るけれど、撮影会までやると迷惑行為が過ぎる。
夏休みの真っ最中だと言う事もあって、このモールの中にも人通りが多いし、変に注目と話題を集めかねない。
いや、注目を集めるだけならばまだしも、悪しように言われる可能性だってあるんだ。

京子「(俺だけだったら別にそんなもの聞き流せるけれど)」

しかし、巴さんにとっては違う。
彼女は今、ようやく自分が魅力的であるという事に気付き始めた状態なのだから。
ようやく芽吹いたその認識を根本から摘み取るような可能性は出来るだけ廃したい。
これまで色々とアドバイスしてくれた店員さんには悪いが、やはりここは断るべきだろう。


京子「いえ、流石にコレ以上ご迷惑は掛けられませんから」

京子「それにどうせやるならばちゃんとお化粧までバッチリ決めて最高の巴さんを写真に収めたいですし」

巴「そ、そこまでするの…?」

京子「えぇ。勿論です」

京子「オシャレに妥協は許されませんから」ニッコリ

今の彼女はすっぴんで化粧をまったくしていない。
普段からあまり化粧をする人ではないとは言え、それで写真を撮るのは些か可哀想だろう。
折角、巴さんが遠回しとは言え、写真を撮っても良いって言ってくれてる訳だし、やっぱり最高のものに仕上げたい。
心の底からそう思う今の俺には初美さんが言っていた言葉の意味が頭ではなく、心で理解出来ていた。

京子「まぁ、その代わり…と言うのも変ですが、この服を買わせて貰いますね」

「そ、それなら何とかこちらで半額にさせて頂くので、一枚だけ記念に撮影させて貰うとか…」

京子「ダメです」ニッコリ

「…はい」シュン

正直、半額にまったく心惹かれないと言えば嘘になるけど…でも、店員さんのリスクが大きすぎる。
幾らか社員割引とかが利くかもしれないが、それでも服がいきなり半額になったりはしないだろう。
下手したら不足分を彼女自身の財布から出すつもりなのかもしれない。
そこまで今の巴さんに魅力を感じてくれているのは嬉しいが、さりとて、そんな事を何度もやっていたら何時か店員さんがクビになってしまう。
個人的には好感を抱いている人だけにそんな危ない橋を渡って欲しくはないし…何より… ――


京子「巴さんの可愛らしい姿は私が独占契約を結んでいますから」

巴「そんなの結んだつもりはないんだけれど…」

京子「…じゃあ、巴さんは私以外の人に今の姿を撮られたいですか?」

巴「そ、それは……嫌…だけど」

巴さんがきっとそれを望んではいない。
そう思った俺の言葉に巴さんはコクンと小さく頷いた。
幾ら彼女が自分の魅力を認め始めたとは言え、それは本来の魅力から比べればほんの僅かなものでしかない。
良く知りもしない相手に自分の姿を撮られるのはまだまだ抵抗感があって当然だ。
そんな彼女の写真を取引材料にして、値引きをして貰うのは流石に外道が過ぎる。

京子「まぁ、そういう訳ですから今回は諦めて下さい」

「…仕方ありませんね」

流石にそこまで言われて、食い下がるほどしつこい人ではないのだろう。
その顔一杯に無念そうなものを浮かべながら、店員さんは小さく肩を落とした。
最早、店員としての仕事を見失っているのではないかと思うが、まぁ、その辺りは深く突っ込むべきではないだろう。
実際、彼女の仕事ぶりのお陰でこうして一着購入する事になったのだし、優秀な店員さんである事に間違いはないはずだ。


「では…精算はどうしましょう?」

「服を脱いで精算する方法と、今ここで値札を切って着たまま精算する方法がありますが」

京子「あ、値札を切って貰えますか?」

巴「き、京子ちゃん…!?」

京子「大丈夫ですよ。何もそのままの格好で帰ろうだなんて言いません」

京子「ただ、巴さんが着替えている間に精算だけ先に済ませておこうと思いまして」

巴「…それって…」

京子「はい。最初に言っていた通り、その服は私からのプレゼント、と言う事にさせてください」

外見上は女になっているとは言え、実際はデートなんだ。
こうして巴さんのような美少女のコスプレ姿まで見られた訳だし、ここはプレゼントの一つも贈るべきだろう。
それに常日頃から巴さんには色々とお世話して貰ったり、助けてもらったりしているからな。
元々、何かしらプレゼントするつもりだったし、丁度良いと言えば、丁度良い。

京子「元々、私が半ば無理矢理、巴さんに着てもらったものですから」

京子「その分の責任くらい取らせて下さい」

巴「でも…」

京子「大丈夫ですよ。ここで私が払った分は後の撮影でしっかりと返してもらいますから」ニッコリ

巴「全然、大丈夫とは思えないんだけど…!?」

まぁ、流石にそこまで恥ずかしい写真を撮ったりはしないけどな。
一応、これはコスプレだが、イヤンな事を目的として着てもらっている訳ではないし。
何より、俺と彼女の関係はそういう写真を撮ったり撮られたりするような特別さとは程遠い訳で。
幾ら巴さんでも、俺が恥ずかしい写真を撮らせようとしたら、本気で拒絶し、怒るだろう。


京子「何より…巴さんには私の服を作って貰う事になりますしね」

京子「今のうちにちゃんと恩を売っておかないと」

巴「…もう…」フゥ

巴「あんまり余裕ないのに…そんな風にポンポンお金出してたら大変な事になっちゃうわよ?」

京子「可愛い子を前にすると意地を張りたい年頃なんですよ」

京子「それにこれだけのものをプレゼントするなんて滅多にありません」

京子「巴さんのように特別な人だけです」

巴「またそんな恥ずかしい事、真顔で言って…」

京子「ふふ、だって本心ですから」

流石に【須賀京太郎】の方じゃ口が裂けてもこんなセリフ言えないけどな!!
本心なのは間違いじゃないが、それ以上に恥ずかしすぎる。
幾ら、俺と巴さんの間にそういうのが入り込む余地がないと分かっていても、流石にシラフでこれはきつい。
幼馴染の文学少女を冗談めかしてお姫様呼ばわりする事は出来るが…こっちは冗談じゃなくてマジだからなぁ。
巴さんのように意識せず言っている訳でもないのだから、流石にちょっと胸がムズムズする。


巴「…………じゃあ、悪いけど…今日は厚意に甘えちゃおうかしら」

京子「えぇ。お任せ下さい」

京子「と言う訳で…店員さん」スッ

まぁ、そんな恥ずかしいセリフの甲斐あって、巴さんからの許可も出たんだ。
流石にこれから心変わりする事はないと思うが、ささっと精算を済ませてしまった方が良いだろう。
ただ、俺が巴さんのすぐ側に立っている状態じゃ店員さんも値札が切りにくい。
ここはスペースを作る為にも数歩下がって…っと。

「はい。分かりました」

「では、値札を切っちゃうので、申し訳ないですが、もう少し前に出て貰えますか?」

巴「はい、分か…ひゃっ!?」

店員さんの言葉に返事をしながら一歩、足を踏み出した巴さん。
しかし、その身体は階段から足を踏み外したようにクラリと揺れ、重力に引っ張られていく。
そんな自分を支えようと巴さんは両手を伸ばすが、その手は広々とした試着室の壁には届かない。
そんな巴さんに一番近いのは店員さんだが、彼女の表情は驚きに固まり、支えられそうもなかった。
このままだったら巴さんは顔から床にダイブしてしまう事になるだろう。
だったら… ――


京子「っ!!」ダンッ

ポフン

京子「…ふぅ」

巴「あ…」ダキッ

床を強く踏み抜き、一気に加速した俺は巴さんの身体を抱きとめるのに成功した。
勿論、あくまでもごく普通の一般人であり、ラブコメ漫画の主人公でもない俺にはToloveる展開は起こっていない。
巴さんと密着こそしているが、俺の手が触れているのは彼女の肩。
助けようとして不可抗力のπタッチ…なんてラッキースケベは現実にはまず起こらないのである。

京子「(…まぁ、ちょっとビックリしたけれど)」

ここで巴さんが俺に向かって倒れてくるなんて思ってなかったからなぁ。
一瞬、驚きに身体が固まり、判断が遅れてしまった所為で、咄嗟に支えようとした腕が間に合わなかった。
お陰で巴さんの顔は今、俺の胸の中にすっぽりとINしちゃっているというか。
…胸板に顔をぶつける前にPADが止めた事を考えると、この大きな偽乳にも感謝すべきなのかもしれない。
ただ… ――


京子「大丈夫ですか?」

巴「あ…う…ああうあうあうあうあうあうあうううっ!?」プシュウ

京子「……あー」

やっぱり大丈夫じゃないよなぁ。
一応、外見は女らしく装ってるが、巴さんは俺の正体を知ってる訳だし。
春や小蒔さん、或いはわっきゅん辺りなら喜んで飛び込んでくるが、巴さんはどちらかと言えば大人しいタイプなんだ。
不可抗力とは言え、男の胸に飛び込んだとなれば、そりゃあ混乱もするだろう。

京子「(…とりあえず…巴さんを落ち着かせないとダメだよな)」

今の巴さんは極度に混乱しているんだろう。
俺の胸の中で湯気が出そうなくらい真っ赤になった彼女は未だその重心を俺に預けていた。
今の状態で自分の足で立たせようとしても出来るかどうかは分からない。
このまま胸の中にいるのも彼女にとって居心地が悪いかもしれないが、先に巴さんを落ち着かせた方が良いだろう。


京子「巴さん、落ち着いて下さい」

巴「ち、ちが…こ、これ、私…ち、違ぅにょ…!?」フルフル

京子「大丈夫です。分かってますから」

勿論、狼狽に混乱を重ねたような今の巴さんが何を言おうとしているのかなんてまったく分からない。
ただ、それでも必死に否定しようとしている理由を推察する事くらいは出来る。
恐らく彼女は自分から俺に飛び込んだ訳ではない、とそう言おうとしているのだろう。
不可抗力によって男の胸に倒れこんでしまった巴さんがまずその理由を説明しようとするのは当然の流れだし… ――

京子「(まぁ、違ったとしても、このままの姿勢で巴さんの話を素直に聞いてるよりはずっとマシだ)」

京子「(何せ…この状況が続けば続くほど、彼女の傷口がさらに大きなものになりかねないし)」

京子「(話は後でも出来るんだから、ここは適当に肯定して彼女を落ち着かせるのを優先させた方が良い)」

京子「(だから、ここは…)」

京子「それより…私としては大変、喜ばしい事なのですが、まるで恋人同士のような抱擁を魅せつける事になっていますよ」

巴「こ、恋っ!?」マッカ

京子「このまま私に抱きしめられるか、ご自分の足で立つかどっちが良いですか?」

巴「後者の方でお願いしまひゅっ」パッ

…ふぅ。
とりあえず巴さんの意識は混乱から立ち直ってくれたらしい。
相変わらず顔が真っ赤なままだが、とりあえず自分の足で立ってくれた。
勿論、まだ完全に立ち直った訳じゃないだろうが、このままの状況が続くという最悪は回避出来たらしい。
ちょっと名残惜しくもあるが、こうして離れた以上、彼女にとっての黒歴史がコレ以上、悪化したりしないであろうし。
巴さんの家族としては安堵し、喜ぶべきだろう。


巴「その…本当にごめんね?」

京子「謝らなくても結構ですよ」

京子「巴さんのような美少女と密着出来るなんて役得でしたし」

巴「はうぅ…」マッカ

実際、鹿児島に来る前の俺ならば、多少は頬を緩めさせていた事だろう。
今だってまったく嬉しくない訳じゃないし、役得だと思っていたのも事実だ。
ただ…こうして女の子と密着するのも慣れちゃったと言うか…。
毎日、春達に抱きつかれたりしている所為で、多少は免疫も出来てしまった。
勿論、ドキドキこそしていたが、それは決して【須賀京子】を揺るがせるほどの大きなものではなかったのである。

京子「(…まぁ、ToLoveる展開だったらまた話は別だったかもしれないけどな)」

女の子と密着するのに慣れていっているとは言っても、決して何とも思っていない訳じゃない。
ただ昔のように分かりやすい狼狽を見せたり、ヘタレたりしなくなっただけだ。
そんな俺が逆に巴さんの胸へと飛び込んでいたら、流石に【須賀京子】も維持出来ない。
確かに巴さんは春達と比べると悲しくなるくらい胸も地味だけれど!!正直、ちっちゃいけれど!!!
しかし、小さくても胸は胸。
女性のセクシャルアピールなのだから、どうあっても平静ではいられなかったはずだ。


京子「それより、大丈夫なんですか?」

京子「体調とか悪いならすぐにホテルに戻りますが…」

巴「うぅん。体調は大丈夫」

巴「ただ…メガネがない状態で前に出ようとしちゃったから…ちょっと感覚掴めなくて…」

京子「あぁ、なるほど…」

…そう言えばアレから巴さんずっとメガネ外してる状態だもんな。
少なくとも鏡は見れるみたいだし、まったく周囲の様子が分からないって訳ではないんだろうけれど。
ただ、振り向いたりはともかく、いきなり歩くのはちょっと難易度が高かったんだろう。
と言うか、巴さんがメガネを外したのは俺のお願いに応えてくれたからなんだし…もうちょっと気にするべきだった。

京子「すみません。メガネの事、全然、気づかなくて…」

巴「ううん。謝らないで」

巴「本来、一番、それを気にしなきゃいけなかったの私なんだもの」

巴「京子ちゃんはまったく悪くないし…それに……」カァァ

巴「わ、私の事…助けてくれた…から」モジモジ

京子「それくらい当然の事ですよ」

まぁ、助けた、と言っても、半ば巴さんが俺の胸に倒れこんできてしまった形だからなぁ。
反応が遅れてしまった所為で壁にしかなれなかったのはちょっと自分でも情けないと思う。
ただ、それでも巴さんに「助けてくれた」なんて言われるとやっぱり嬉しいと言うか、誇らしいと言うか。
流石に頬をにやけさせたりはしないが、何となく胸が張りたい気分だった。


「…もうそろそろ宜しいですか?」

巴「はぅあ…っ」ビクッ

京子「あぁ、ごめんなさい」

京子「気を遣わせてしまいましたか」

そこでおずおずと言葉を漏らしたのは俺の横に待機していた店員さんだった。
少し申し訳無さそうな表情を浮かべている彼女の手には小さなハサミがある。
恐らくずっと巴さんの値札を切る為に準備してくれていたであろう彼女に謝罪をしながら俺は一歩後ろに下がった。
そんな俺に小さく笑いながら店員さんはゆっくりと前に入ってくる。

「いえ、大丈夫ですよ」

「とても仲睦まじい姿を見せてもらえて羨ましいくらいです」

巴「な、仲睦まじいなんてそんな…」カァ

京子「あら…私は巴さんと仲の良い友人のつもりだったのですけれど…」

京子「それは私の一方通行だったかしら…?」

巴「そ、そんな事ないわよ」フルフル

勿論、巴さんが俺との関係を悪しように思っているとは欠片も思っていない。
確かに彼女はとても困っている相手を見捨てられないくらいに優しい人ではあるし。
何より俺に対する負い目と言うのは少なからず存在しているのだから。
しかし、だからと言って、嫌いな相手と毎朝一緒に風呂に入ったりはしないだろう。
こうしてデートにも付き合ってくれているし、少なくとも友人レベルに思ってくれているのは間違いない。


巴「私も…え、えっと…京子ちゃんの事、大事なお友達だって思ってるわ」

京子「…本当ですか?」

巴「そうじゃなかったら幾らなんでもこんな服着てるところ見せないわよ…」カァァ

京子「ふふ、それもそうですね」

巴「もぉ…京子ちゃんってばホントは分かってたでしょ…?」ムゥ

京子「あら、何の事でしょう?」

京子「でも…私の方ばっかり言葉の真偽を疑われると言うのはフェアじゃないと思いませんか?」ニコリ

巴「ぅ…」

そこで巴さんが言葉に詰まるのは、俺の言葉を信じなかった回数が既に両手の指では足りないからだろう。
このデートの最中にも巴さんは何度も俺の言葉を「お世辞」や「冗談」として扱っていた訳だしな。
無論、俺にとって本心からの言葉を信じて貰えなかった事について、怒っていたり、拗ねている訳じゃない。
そもそも巴さんが性格的にもそういうのを受け入れがたい人だって言うのはもうとっくの昔に分かっているし。
ただ…たまには仕返し一つもしてやろうという悪戯心も出てくるのが人間って言うものだろう。

「はい。じゃあ、そろそろ切りますから動かないでくださいね」

巴「あ…ごめんなさい」

「いえいえ。では…」チョキン

「…はい。オッケーです」

京子「じゃあ、私はこのままお会計の方に行ってきますね」

巴「うん。その…京子ちゃん、ありがとうね」

京子「ふふ、こういうのはお相子ですから気にしなくても良いんですよ」

さて、巴さんに対する悪戯も見事成功し、値札もバッチリ切って貰えた訳だしな。
後は彼女が着替え終わるまでにさっさと精算して貰って…レシートも隠してしまおう。
俺はあんまりコスプレに詳しい訳じゃないが、ここが学生の財布にとって中々、厳しい事くらい知っているし。
詳しい値段を巴さんが知ってしまったら、間違いなく負い目を感じるだろうからな。


「しかし…本当に仲が宜しいのですね」

京子「えぇ、家族みたいなものですから」

それは店員さんも理解してくれているんだろう。
そう世間話をしながらも、彼女はレジへと入り、素早く値段を叩きだしてくれる。
予想よりも若干高いそれに一瞬、頬が引きつりそうになったが、何とか財布の中身で足りそうだ。
…ここでお金が足りなくて、巴さんに一部出してもらうなんて事になったらマジで格好悪すぎるからな…。
ホント…毎回、お釣りを俺の小遣いにさせてくれる霞さんには頭が上がらない。

「と言う事はお付き合いも長いのですか?」

京子「いえ、実はそういう訳でもなくって」

「え?」

京子「巴さんと知り合ったのはつい半年ちょっと前なんです」

京子「まぁ、一年前には顔と名前くらいは知っていましたけれど、それはあくまで一方的なもので」

京子「巴さんからこちらへの認識はまったくなかったと思います」

一年前の俺は巴さんとの…いや、お屋敷の皆との接点なんて欠片もなかった。
当時の俺が知る皆はモニターの向こうで咲達と互角に戦う姿だけだったのだから。
それがたった一年でこうして仲間として側に立つようになり…家族として過ごすようになっている。
…きっと一年前、咲達と一緒にこの街に訪れた俺には、そんな事まったく信じられなかっただろう。


京子「まぁ、色々、事情があって一緒に暮らすようになったんですが…」

京子「最初から巴さんは私の事をとても気遣ってくれて」

京子「今も本当は私の気晴らしで出かけてる真っ最中なんですよ」

「え…そうなんですか?」

京子「えぇ」ニコ

少なくとも俺は巴さんがいなければ、今も部屋でウジウジと悩んでいた事だろう。
結論の出ない迷宮のような思考にずっと囚われ続けていたはずだ。
そんな俺を助けだしてくれた彼女には本当に感謝の念が絶えない。
財布の中身がほぼすっからかんに近い状態になるような買い物をしても惜しくはないと思える程度には。

京子「本当は私の方がずっと巴さんに甘えちゃってるんですよ」

京子「でも、そんな私を巴さんは受け入れてくれて、支えてくれて…」

京子「…だから、私は巴さんの事を自慢のお姉さんのように思ってます」

京子「誰にだって自慢出来る最高のお姉さんだと」

巴さんはそれを否定するかもしれない。
いや、まず間違いなく自分はそんな大した人間ではないと彼女はそう謙遜するだろう。
けれど、俺にとっての巴さんは美徳と魅力を兼ね備えた素敵な人だ。
誰にだって自慢出来ると言うその言葉は決して嘘ではない。


「ふふ、お客様は思った以上にシスコンなんですね」

京子「えぇ。だから、こうやって巴さんに少しでもお礼が出来るのが嬉しくて」

京子「『色々と』協力もして貰いましたし…本当に感謝しています」

「いえ、こちらこそ仲の良いお二人の姿に和ませて貰いましたから」ニコリ

「その上、我が社の商品をそんな人へのプレゼントに選んで頂けて光栄です」

そう言って微笑む店員さんの顔には本当に誇らしそうなものが浮かんでいた。
恐らくこの人は単純にお金が欲しいからこのブティックで働いているんじゃないのだろう。
本気で自分の勤めているブランドが良い物だとそう思っているからこそ、こんなにも熱心に働いている。
そんな彼女の心情が伝わってくるような表情に、俺もまた釣られるように笑みを浮かべた。

巴「き、京子ちゃん」カァァ

京子「あら、巴さん」

そこで後ろから聞こえてきた声に俺はゆっくりと振り向いた。
瞬間、俺の視界に入るのは両腕でさっきの服を抱きかかえた巴さんの姿。
微かにうつむき加減になったその顔はまた真っ赤になっている。
どうやらさっきの店員さんとの話を巴さんも聞いていたのだろう。
まぁ、聞かれても大丈夫な話だし、別に恥ずかしくはないのだけれど。


巴「わ…わ…わ…私…も」

京子「え?」

巴「私も…京子ちゃんの事…じ、自慢の妹だって…お、思ってりゅ…から……」マッカ

京子「…巴さん……噛んでますよ?」

巴「もぉおっ!恥ずかしかったの!すっごく!!」

巴「そこはスルーしてよ!」

正直、ここで巴さんから自慢の妹だなんて言って貰えるとは思ってなかった所為で…ついつい可愛げのない反応をしてしまう。
それに巴さんが恥ずかしそうに語気を強める姿は可愛らしいが…流石にちょっとこれは失礼過ぎる返し方だよな。
さっき口ごもっていた様子から察するに彼女が勇気を持って言ってくれたのは確かな訳だし。
巴さんの優しさに胡座をかいてちょっと調子に乗りすぎだったと今更ながら胸中で反省する。

京子「ごめんなさい…」

京子「その…あんまりにも嬉しかったものですから」

京子「巴さんにそう言って貰えて本当に誇らしいです」

巴「…最初っからそう言ってくれれば良いのに」プイッ

京子「これも自慢のお姉ちゃんに甘える妹の愛情表現だと思って下さい」

巴「ちょっと私にはその愛情表現はハイレベル過ぎるわよ…」

そう拗ねるように言いながらも巴さんの頬は緩んでいた。
表面上は不機嫌なのを維持しているが、何だかんだ言って機嫌も治ったのだろう。
正直、嫌われてもおかしくはなかった反応をしていただけに、俺は内心、胸を撫で下ろす。
そのチョロさに心配になる事は少なからずあるが、今回ばかりは巴さんがチョロくて助かった。


「ふふ」

巴「あ…えっと…騒いでごめんなさい」

「いえ、気にしないでください」

「それより包装はどうしますか?」

巴「うーん…いえ、特に必要ありません」

巴「袋だけ頂けますか?」

「はい。分かりました」

そうやって俺と巴さんが話している間に店員さんも準備してくれていたんだろう。
既にレジカウンターの上には包装用の紙と袋が出ていた。
巴さんから商品を受け取った彼女はそれを畳み直し、丁寧に袋の中へと入れてくれる。
そのまま袋の入り口をテープで止め、両手でこっちへと差し出してくれた。

「はい。お待たせしました」

京子「…」チラッ

巴「…ん」コクン

巴「ありがとうございます」スッ

本当は男である俺が荷物を持つべきなんだろうが、今の俺は女装してる訳だからなぁ。
同性から同性へのプレゼントまで俺が持つのもおかしい話だろう。
流石にそれだけで正体に気づかれたりはしないと思うが、これまで色々と話しちゃった以上、違和感を与えてもおかしくはない。
ちょっと申し訳ない気もするが、その荷物を持つのは巴さんに任せよう。


京子「…じゃあ、行きましょうか」

巴「えぇ。そうね」

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

そんな店員さんの声に見送られながら俺たちは再びモールの中を歩き始める。
相変わらず綺麗な女性服が並ぶ通りは、しかし、さっきとは少し雰囲気が違っていた。
それは天井から差し込む光に朱色が混じり、そろそろ夜が近づいている事を俺たちに知らせているからだろう。
念のため、携帯を確認すれば、もうそろそろホテルに帰るのを考えなければいけない時間が近づいている。

巴「…京子ちゃん、本当にありがとうね」

京子「もう。お礼なんて良いんですよ」

京子「私がしたくて勝手にやった事なんですから」

巴「それでも…よ」

巴「私、誕生日でもないのに誰かにこうしてプレゼント貰うなんて久しぶりだから…本当に嬉しくって」ニコ

そう俺の横で笑う巴さんには照れくさそうなものが浮かんでいた。
それはもしかしたら『男からのプレゼント』である事を巴さんが意識している所為なのかもしれない。
まぁ…確かに俺は男ではあるし、プレゼントな事に間違いはないんだが…しかし、コスプレ衣装がプレゼントって言うのはなぁ…。
…こうやって照れくさそうにしてる巴さんの姿を見ると申し訳ない気がしてきたというか…。
もうちょっとマトモなプレゼントがあったんじゃないかと今更ながらに思ってしまう。


京子「じゃあ、これからももっと巴さんにプレゼントしなくちゃ…」

「ほーら、のどちゃん、こっちだじぇ!」

「もう…ゆーきったら…そんなにはしゃいだら迷惑になりますよ」

―― だから、代わりのものをまたプレゼントする約束でも取り付けよう。

そう思って紡いだ言葉は途中で出て来なくなってしまう。
それは雑踏の向こうから聞こえてきた声が不自然なほどクリアに届いたからだ。
まるでその声の主がすぐ隣にいるように錯覚しそうなほどの鮮明さ。
それだけならば、俺は多少、疑問に思うだけで済んだだろう。
たが、その声は俺にとってとても聞き覚えのあり…なおかつ、知り合いの名前を含んでいるもので… ――

京子「(に…逃げ…なきゃ…)」

もし、この声の主が俺の思っている通りなら…原村和と片岡優希ならば、俺の正体がバレてしまう可能性があるのだから。
いや…それだけならばまだしも彼女たちと一緒に咲までいたら俺はどうすれば良いのか。
勿論、自分の正体を明かすような真似は出来ないが…しかし、不意の遭遇で【須賀京子】を保てる自信が俺にはない。
だから…ここはこの声の主達から逃げるように背を向けるのが一番なはずなんだ。


巴「……京子ちゃん?」

京子「あ…ぅ…」

けれど、俺の足はその場に縫い付けられてしまったように、まったく動く気配がない。
それどころか、心配そうな巴さんの言葉にさえ、ちゃんとした返事を返す事が出来なかった。
まるで出来の悪い人形師に操られてしまったようにその場で足を止め、身体の動きがギクシャクとしてしまう。
会いたい、けれど、会えない。
そんな二律背反な感情に立ち止まる俺の視界にゆっくりと二人組の女の子が入り込んでくる。

優希「今日はのどちゃんとの久しぶりのデートだからな!」

和「まったく…一応、言っておきますけれど、インターハイ前なんですよ?」

優希「だからこそ、息抜きが必要なんだじぇ」ドヤァ

和「ゆーきは何時も息抜きしてるようなものじゃないですか」

和「…まぁ、お買い物についてきてくれてる事には感謝してますけれど」

優希「やっぱりのどちゃんはツンデレだな!」ニヤニヤ

和「ツンデレじゃありません」

そんな風に言葉を交わす二人の側には見慣れた咲の姿はない。
優希がデートと言っていたし、恐らく二人きりで出かけている最中なのだろう。
…本来ならば、それが分かった時点で二人から目を離すべきだったのに。
久方ぶりに会った…いや、会ってしまった二人の姿にどうしても視線が惹きつけられてしまって… ――


和「アレ…?もしかして…」

京子「っ!」

―― 和と視線が合う。

瞬間、俺の心臓は痛いほど跳ねた。
まるで目の前で突然、幽霊が横切ったかのように激しく、そして大きく。
一瞬、息が詰まってしまうほどの驚愕に心臓がドクンドクンと脈打つのが聞こえる。
まるで耳の奥で心臓が鳴っているようにも思えるほど強いその鼓動に俺の思考は完全に停止した。

優希「あ、永水女子の須賀京子だじぇ!」

和「こら、失礼ですよ、ゆーき」

和「すみません。友人が失礼を」ペコ

京子「あ…い、いえ…」フルフル

…俺の事を【須賀京子】と呼んでいると言う事は恐らく二人には正体がバレてはいないんだろう。
しかし、それは決して俺を安心させてくれるものではなかった。
咲ほどではないが、俺は二人ともそれなりに親しくしていたのだから。
どんなところから俺の正体がバレてしまうか分からない。
何より…俺は未だに和達から話しかけられてしまった驚愕から完全に立ち直ってはいなかった。
本来なら、この場をどう取り繕い、切り抜けるかを考えなきゃいけないのに…頭の中は真っ白のままなのである。


和「…もしかしてご気分でも悪いのですか?」

京子「ぅ…そ、その…」

巴「…ごめんなさい」スッ

巴「京子ちゃんは人見知りだから、あんまり知らない人と話すのが得意ではなくって」

そんな俺を庇うように前に出てくれたのは巴さんだった。
心配そうに俺の顔を覗き込む和に対して、それらしい言い訳を並べてくれる。
そんな彼女に内心、感謝を浮かべる一方、自分の情けなさが嫌になった。
こうやって東京に出てきた以上、会うかもしれないと思っていたのに…俺は何をやっているのか。
真っ白になった頭の中にそんな言葉だけが浮かび、俺はそっと握り拳を作った。

和「そうでしたか。そのような事情も知らず、突然、話しかけてすみません」ペコリ

和「私達もインターハイに出場しているので少しご挨拶を、と思ったのですが」

優希「私が清澄高校の片岡優希」

優希「そしてこっちが清澄の誇るおっぱい魔神!原村和だじぇ!」ドヤァ

和「…代わりに自己紹介してくれてありがとうございます、ゆーき」ムニー

優希「なんれお礼言いにゃがら頬引っ張るんらじぇ?」

和「それは自分の胸に聞いて下さい」

京子「…っ」

…そうやってじゃれあう二人は俺が清澄にいた頃とまったく同じだった。
積極的に自爆していくスタイルの優希と、律儀に付き合ってツッコミを入れる和。
本来ならここに天然かつサド気味の咲と、優希と一緒にバカをやる俺で清澄麻雀部の一年生は構成されていたはずだった。


京子「(…けれど、それはもう何処にもない)」

【須賀京太郎】と言う人物が社会的に消えた時に…俺はもう二人とそんな風に付き合う事が出来なくなってしまったんだ。
……もうとっくに理解していたはずなのに…こうして改めて仲の良い二人を見るとその喪失感が重くのしかかってくる。
まるで胸の奥にポッカリと穴が空いてしまったような寂しさと虚しさに泣き出しそうになった俺はぐっと歯の根に力を込めた。

巴「……自己紹介ありがとうございます」

巴「本来ならば返礼するのが礼儀でしょうが…京子ちゃんの気分があまり良くないみたいですから」

巴「申し訳ありませんが、直接のご挨拶はインターハイで、とさせてください」

和「いえ、こちらこそ不躾な真似をして申し訳ありませんでした」

優希「良く分かんないけど元気でな」

京子「…えぇ。ありがとうございます」

…だからこそ、俺はそうやってお礼の言葉を絞り出すのが限界だった。
微かに震えているそれは堂々とした【須賀京子】には決して相応しくないものだろう。
しかし、それが分かっていても、今の俺は動揺を隠しきれない。
アレだけ強くキャラを硬めて…恥ずかしい事だって簡単に言えるようになったのに。
かつての仲間の顔を見た瞬間…それが全て吹き飛ばされてしまって… ――


優希「しっかし、人見知りかー」

和「取材も殆ど断っているらしいですし…極度の人見知りなんでしょう」

優希「背丈は似てるけど、やっぱり同じ名字ってだけで京太郎とは全然、違うんだなー」

和「当然です。そもそも性別からして違うんですから」

俺にとって不幸中の幸いは、そんな俺の様子を二人が人見知りが故だと勘違いしてくれたことだろう。
去りゆく二人の会話に聞き耳を立てながら俺はゆっくりと胸を撫で下ろした。
しかし、そうやって安堵を覚えても、俺の鼓動はまったく落ち着く気配がない。
相変わらずドクンドクンとうるさいくらい脈打ち、俺の思考と心を揺さぶり続けている。

巴「…京子ちゃん」スッ

京子「あ…」

そんな俺の額を巴さんは手に持ったハンカチで拭ってくれる。
瞬間、額に浮かんでいた不快感が消えるのは、俺が知らない間に脂汗を浮かべていたからだろう。
…そんな事すら思い至らなかったくらいに動揺していた自分が…本当に情けない。
こんな有り様じゃ…咲と対局する時に到底、冷静になんてなれないだろう。
けれど…今の俺はそれをどう改善すれば良いのかさえ分からず…巴さんの前で立ち尽くしていた。


巴「…大丈夫?」

京子「えぇ…大丈夫…です」

…本音を言えば、決して大丈夫じゃない。
巴さんがハンカチで汗を拭いてくれたお陰で幾分、冷静にはなれたが、あくまでもそれだけなのだから。
未だ動揺の波は引かず、俺はどうすれば良いのか分かっていない。
しかし、それでも…ここで辛いなんて言ってしまったら、巴さんは間違いなく自分を責めるだろう。
それは…それだけは未だ固まった頭でもダメだと分かる。

巴「……もう。無理しちゃって」ギュウゥ

京子「巴…さん…」

巴「言ったでしょ?私は…お姉さんなんだから」

巴「京子ちゃんが辛いのなんてお見通しよ」

巴「こういう時くらい…甘えて欲しいわ」

巴「私は…自慢のお姉さんなんでしょう?」

京子「……」

そんな俺の身体を抱きしめながら、巴さんが優しくそう言ってくれた。
混乱と困惑で荒れた心ごと抱きしめてくれるような彼女に俺は何も言えなくなる。
彼女に甘えたい気持ちと甘えてはいけないと言う気持ち。
その2つが俺の中で鬩ぎ合い、どちらもまったく譲らなかった。


京子「(でも…巴さんの身体、暖かくて…柔らかくて…)」

…俺達がいるのはショッピングモールの中で…今も、周りを人々が行き交っている。
そんな状況で巴さんのような美少女が同性に抱きついていたら何事かと思うのが当然だ。
けれど、彼女はそんな好奇の視線に晒されながらも、決して俺から離れようとしない。
本当ならそうやって俺に抱きつくのも恥ずかしいだろうに、人の視線を浴びるのだって苦手だろうに。
まるで自分を犠牲にするように、その柔らかな身体で俺に優しさを伝えてくれる。

京子「…巴さん」

巴「なぁに?」

京子「…もう大丈夫です」

巴「…ホント?」

京子「えぇ。これは…嘘じゃありません」

俺を慰める為だけに苦手な事をしてくれている巴さんを見て、何時迄もヘタレてはいられない。
勿論、さっきのエンカウントを完全に振りきった訳じゃないが、とりあえず【須賀京子】として振る舞える程度には回復した。
ならば、コレ以上、巴さんに恥ずかしい真似をさせてあげる訳にはいかない。
仮にも年頃の乙女が恋仲でもない男を抱きしめるなんて不健全な真似は長引かせる訳にはいかないのだ。


京子「ありがとうございます」

京子「巴さんのお陰で落ち着きました」

巴「…正直、あんまり信用出来ないけれど」

京子「でも、このままだと幾らなんでも注目を浴びすぎて恥ずかしいですよ?」

巴「う…」カァァ

…どうやら俺が指摘するまで周りの視線に気づいていなかったらしい。
巴さんは顔を真っ赤に染めて、俺から弾かれたように離れた。
瞬間、俺の胸に寂しさが過るが…まぁ、こればっかりは致し方ない。
流石にこのままずっと抱きつかれたままじゃ変な噂がたってもおかしくはないしな。
戸籍の問題で結婚出来るかさえ分からない俺はそれでも構わないが、これから嫁入りもある彼女にとって同性愛者と言う噂は致命的が過ぎる。

巴「え、えっと…そ、その…」

京子「…とりあえず帰りましょうか?」

巴「…え?」

京子「そろそろ時間ですしね」

巴「あ、う…うん…」

勿論、まだ帰らなきゃいけないような時間じゃない。
潤沢に余裕がある訳ではないが、もう三十分くらいはこの辺りでぶらぶらしても問題はないだろう。
…けれど、俺はこの場所に居たくはなかった。
また和達に会ってしまったら、今度こそボロを出してしまうかもしれないし…。
何より巴さんとのデートを楽しめるような気分じゃなくなってしまった。


京子「(…失敗…したよな…)」

折角、途中まで良い感じだったのに…突然のエンカウントでうろたえ過ぎてしまった。
その上、俺のフォローを全部、巴さんに任せっきりにし、最後には彼女に大きな恥をかかせるなんてな…。
正直、これが初デートならば、愛想を尽かされてもおかしくはないレベルの失態だろう。
決して回避出来なかったトラブルではなかっただけに…巴さんには申し訳も立たない。

巴「…京子ちゃん」スッ

京子「…え?」

巴「…私ね、今日のデート…とっても楽しかったから」

巴「京子ちゃんと一緒にこうして時間を過ごせて…本当に良かった」ニコ

京子「巴さん…」

そんな風に思っているのが巴さんにもバレてしまったんだろうか。
横を歩く彼女はそっと俺の手を掴み、「楽しかった」とそう告げてくれた。
俺がそう思いたいからか、微かに微笑みながらのその顔には嘘は見えなくて。
まるで心からデートを楽しんでくれていたような…そんな表情だった。


巴「だから…その…ね」

巴「…京子ちゃんさえ良ければ…またデートしてくれない…かな?」

京子「…私で宜しいのですか?」

巴「勿論よ」

巴「…寧ろ、京子ちゃんじゃなきゃ嫌なくらいなんだから」

京子「……」

巴「…それとも…京子ちゃんの方が私みたいな地味な女は嫌…かな?」

京子「…そういう言い方は卑怯だと思います」

巴「ふふ…だって、何時も京子ちゃんには意地悪されてるんだもの」

巴「たまには私だって卑怯な女にならないとね」

…まったく、この人は。
本来なら自分からデートを誘うようなタイプじゃないのに…無理しちゃって。
その上…そんな卑怯な言い方されたら…何時までもウジウジとなんかしてられない。
少なくともデートを楽しんでくれたのは嘘じゃないだろうから…俺も開き直ってしまおう。


京子「じゃあ、そんな卑怯な巴さんにはオシオキしなきゃいけませんね」

巴「え…っ」ドキッ

京子「今日はもう無理ですが…また後日、私の着せ替え人形になって貰うとします」ニッコリ

巴「ぅ…お手柔らかにね…?」

京子「さぁ…どうしましょうか?」

巴「も、もぉお…」

そう拗ねるように言いながら巴さんは俺の手を離さない。
…そして俺もまた彼女の手を手放す気にはなれなかった。
それはきっとこうして繋いだ手から彼女の優しさが伝わってくるように感じるからだろう。
結局、どれだけ強がって、主導権を握っているように見えても甘えているのは俺の方。
けれど、そんな感覚は決して嫌ではなくって… ――




―― 俺は巴さんを手を繋いだまま、皆の待つホテルに戻ったのだった。






………



……







ガチャ

和「…ただいま戻りました」

咲「おかえり、和ちゃん」トン

和「…また練習してたんですか?」

咲「うん。絶対に負けられないから」トン

和「…でも、少しくらい気晴らしをしたりとか…」

咲「必要ないよ」トン

咲「そんな事より…少しでも強くなっておきたいから」トン

和「咲さん…」

咲「…」トン

和「(こっちの到着してからずっと麻雀マットでツモ切りの練習…)」

和「(咲さんの実力からして…そんな事しても意味なんて殆どないのに…)」

和「(まるで一分一秒を惜しむように細かい積み重ねを繰り返して…)」

和「(勿論、その努力と直向きさは賞賛されるべき事です)」

和「(仲間として…心強いとも思います)」

和「(…ですが…私は…やっぱりそんな貴女を見ていたくはありません」

和「(貴女にはもう…麻雀は楽しむものとして映っていない)」

和「(ただの道具としてしか…捉えられていないのが分かるんですから)」

和「(でも…)」



和「…もうちょっとで夕食の時間ですが、先にお風呂にでも行きませんか?」

和「ここの露天風呂は中々、好評らしいですよ?」

咲「私は特に汗かいてないから良いよ」トン

咲「優希ちゃんとでも行ってきて」トン

和「……いえ、やめておきます」

咲「そう」

和「(…こうして話しかけても…咲さんは振り向きすらしてくれません)」

和「(まるで…私を話している時間すら惜しいとそう言っているみたいに)」

和「(…そんな貴女に私は何を言ってあげれば良いんですか…?)」

和「(麻雀以外に興味がなくなってしまったような貴女は何を言えば戻ってくれるんですか…?)」

和「(……一体…どうすれば…麻雀を心から楽しんでいた貴女に…また会えるんですか…?)」

和「(…側にいるのが私じゃなく須賀くんなら…元の貴女に戻ってくれるのですか?)」

咲「……」トン

和「……」

和「あ…その…実は今日、永水女子の須賀京子さんと会ったんです」

咲「…何処で?」クルッ

和「え?」

咲「何処で会ったの?」

和「あ、え、えっと…ゆーきと買い物に行ったショッピングモールで…」

咲「…そう」


咲「それで…どうだった?」

和「どうって…何がですか?」

咲「【須賀京子】さんと会ったんでしょ?話とかはしなかったの?」

和「えっと…ちょっと話してみましたけど…須賀くんとは違って人見知りみたいで」

和「すぐに様子がおかしくなって別れちゃいましたから話したってほどのものでは…」

咲「そうなんだ…ふふ…そっか」

和「(…笑った…?咲さんが…?)」

咲「(…昔から京ちゃんは嘘が吐けないタイプだもんね)」

咲「(鹿児島に行って…須賀京子なんて名乗ってても…やっぱり京ちゃんは京ちゃんのままなんだ…)」

咲「(ちょっと…うぅん…とっても嬉しい)」

咲「(本当は今すぐ会いに行きたいくらいだけど…でも、今からじゃ探すのも大変だし…)」

咲「(明後日には会えるんだから…それまで我慢しよう)」

咲「(……それにしても和ちゃん達でそうなら…私の時は…一体、どんな顔してくれるのかな…?)」













咲「…今から会えるのが楽しみだよ…京ちゃん…♪」クス
















ってところで長かったデート編も終わりです(´・ω・`)
次からは本格的にインターハイに入っていくと思います(´・ω・`)タブン


~本編とはまったく関係ない小ネタ~

ハッヤリーン 

アラサーダヨ!

照「……」モグモグ

咲「……」ヨミヨミ

照「…ハッ」

咲「…どうしたのお姉ちゃん」

照「…咲…私はとんでもない事に気づいた…」ワナワナ

咲「…とんでもない事?」

咲「ちなみにそのお菓子がもうすぐなくなりそうなのはお姉ちゃんが全部食べきったからだからね?」

照「…それはそれでとんでもない事だけど違う」

照「私は…この世の真理に気づいてしまった」

咲「真理?」キョトン

照「そう……」
























照「この世界はちょっと変な方がおっぱいが大きい…!!!!」テレビユビサシ

咲「ハッ…!!!!」テレビミテ







咲「た、確かにインターハイで会った人も常識人っぽい方が胸が小さかったかも…」

照「…これじゃ私達の胸が何時まで経っても大きくならないのは当然の事…」

照「…だけど、私はその殻を破り捨てる…!」グッ

咲「ま、まさか…お姉ちゃん…!」

照「そう…私はポンコツ王になる!!」ドヤヤァ

咲「ぽ、ポンコツ王…!?」

照「そう…この世の全てのポンコツに君臨するポンコツの中のポンコツ…」

照「そうなればきっと私の胸も大きくなるはず…!!」

照「そしてそうなれば…私は姉属性と巨乳属性を兼ね備えた最強のヒロイン…!」

照「京ちゃんのハートだってすぐに手に入れられる…!」フフーン

咲「く…そ、そんなのゆるさないよ…!」

咲「京ちゃんは私のお婿さんになるんだって(勝手に)決まってるんだもん!」

照「じゃあ、咲もポンコツになれば良い」

照「そうすれば勝負は対等…!」

咲「く…ポンコツになるなんて悔しいけれど…」

咲「でも、京ちゃんの為にはそうなるしか……!!!」


京太郎「ほら、そろそろテレビ消して飯並べてくれよ」

照「ん」スクッ

咲「はーい」タタッ

照「…京ちゃん、今日のデザートは?」

京太郎「照さんの好きなプリンが食後に焼きあがるようセットしてますよ」

照「えへへ…♪」パァ

京太郎「でも、ちゃんとご飯食べてくださいね?」

照「…分かってる。ご飯とお菓子は別腹」

咲「まったく…お姉ちゃんったら…」

京太郎「咲も本読んだまま皿運ばない」

京太郎「また転ぶぞ」

咲「う…だって…」

京太郎「だってじゃない。まだ続けるなら飯抜きだぞ?」

咲「そ、それはやだぁ…」

京太郎「じゃあ、分かるな?」

咲「…はーい」シブシブ

京太郎「…まったく…」

京太郎「(…ポンコツになる云々以前に二人とももう立派なポンコツなんだけどなぁ)」

京太郎「(それは流石に可哀想だから言わないでおいてやろう)」


カンッ

Janeで総合スレ読み込み出来ないのでふと浮かんだ小ネタを投げていくスタイル

あれ?最新アプデ来てから何度も試してダメだったから諦めたんだけどなー…と思ってもっかい総合スレ開き直したら出来たでござる
何が原因だったのか分かんないけど、ともかく若干不便だったのがなくなったので嬉しいです(´・ω・`)教えてくれてありがとうございます

乙です、巴さんかわええなぁ。
うひー 咲さんとの邂逅が楽しみでもあり恐ろしくもある… どちらにしても次回の更新が待ち遠しいです

おつおつ
店員さんのキャラ濃いな・・・巴さんかわいい(回復)
和と優希襲来・・・ひぃっ(削り)
ヤンデレ咲さん・・・アバッー!(とどめ)
小ねたがなければ即死だった

巴さん!巴さん!
永水面子の中で巴さんが目立ってるSSって少ないから巴さんがヒロインしてると新鮮。
和タコとの遭遇でこれなら咲さんと遭遇したらホントどうなってしまうのか。最後の思考からして咲さんSっぽい!
咲ちゃんなりの京ちゃんへの甘え方なのかもしれないけど。

スレが開けなかったりするのは2ch側が原因だから気にしない方がええでよ

しかし咲さんかなりヤバい感じだな…
京ちゃんぶっ壊されそう

咲ちゃんから香るBADENDシナジーがヤバイです
乙ー

おつー
咲さん怖いよぉ...

乙です

似非外国人キャラと言えば戒能さんを思い出した

ところで、戒能さんには小さい頃から京太郎を見守り続けていたけど、仲良くなりすぎたから本家によって強制的に愛媛に引越しさせられた
みたいな裏設定はあるんだろうか?

>>339>>340>>342>>344>>347
おかしい…京ちゃんとの再開が楽しみでついつい笑顔になっちゃうくらい可愛い咲さんなのに(白目)
このスレはほのぼのギャグスレなんでバッドエンドも壊されエンドもありませんから安心して下さい
なぁに最悪でもちょこっと監禁されちゃうだけですよ(目そらし)

>>343
なるほどー…と言うかアレからバグでセッション保存されてなかったんで流石にStyleに見切りをつけようかと(´・ω・`)
最初に使い始めた専ブラだったんでインターフェースとか慣れてたんですが、流石に怖いですし(´・ω・`)セッション保存されなかったの二回目だし

>>348
戒能さんは子どもの頃から海外暮らしで傭兵として過ごしてただけで似非外国人キャラじゃないから…(震え声)
裏設定はそれはそれで面白そうですが、さすがに収集つかなくなっちゃいそうなんで自重します
でも、一回、小ネタでそれ書いてみたいですねー


そして本編に入れようか一瞬迷ったけれど、あんまり関係ないんで小ネタにしたのをぽいっちょします
出来るだけぼかしてるつもりですがあっ(察し)ってどうしてもなっちゃうのでまどマギのネタバレ食らうのが嫌な人は【巴小ネタ】でNGしてください








~本編にちょっとだけ関係あるオマケ~


京子「と言う訳で、例のビデオ借りてきたんですが」

巴「例のって…え?もしかしてあのアニメの奴?」

京子「はい。ちょっと気になったので、一緒に見ませんか?」

巴「うーん…時間あるから別に構わないけど…長い?」

京子「12話くらいなんでそれほど長くないみたいですよ?」

巴「そっか。じゃあ、ちょこっとだけ見ましょうか」

京子「えぇ。じゃあ、セットしますね」

~視聴中~

巴「あら、この金髪の子、私と同じ名前なのね」

京子「みたいですね。まぁ、苗字と名前と言う違いはあるみたいですが…」

巴「…何だかキャラに名前呼ばれるのこそばゆいけれど…頑張って欲しいわね」

京子「きっと大丈夫ですよ」

京子「ちょっとポンコツっぽいけど頼りになる先輩キャラですし」

京子「それにこの子も『巴さん』なんですからきっと活躍してくれるはずです」

巴「ふふ、そうだったら嬉しいかな」

~三話後~

巴「……」

京子「……」

巴「…グス」

京子「と、巴さん!?」

巴「だ、大丈夫…なんでもないわ」

京子「あの…見るのやめます?」

巴「大丈夫よ、ちょっとショッキングな映像だった事は否定しないけれど…」

巴「寧ろ、ここで止めちゃうとどうしても先が気になっちゃうし…」

京子「…無理はしないでくださいね?」

巴「えぇ。ありがとう」


~あんこちゃん登場後~

巴「あら…この子の服、買って来たやつと同じなんだ」

京子「みたいですね」

巴「と言う事はこの子が私に似てるキャラ…なのかな」

京子「まったく同じとは言えませんけれど…共通項はあるように思えますね」

京子「髪型もそうですが顔立ちも同じ可愛い系ですし」

京子「記憶の中の巴さんと彼女は良く似てると思いますよ」

巴「…でも、この子どう見ても悪役よね…」

京子「今のところかなり攻撃的な性格をしていますし…そういう風にしか見えないですよね」

巴「自分勝手というか利己的な性格だし…私ってこういう風に見られていたのかしら…」ズーン

京子「い、いや、そんな事はないと思いますよ」

京子「服を勧めてもらった時点でも巴さんは巻き込まれタイプって言うのは伝わっていたと思いますし」

京子「完全に外見の印象だけで判断されたんでしょう」

巴「…そうかしら?」

京子「えぇ。私が保証しますよ」

巴「…ありがとう。京子ちゃん」

巴「……でも、初めて会った人に性格分かっちゃうレベルで巻き込んだりするのは止めて欲しいって言うか…」

京子「さぁ、まだまだ先は長いですし、続きを見ましょう」ニコ

巴「…もぉ」ムゥゥ


~中盤~

京太郎「きゅううべえええええええええ!!!!」

巴「…京子ちゃん、素に戻ってる」

京子「っと…す、すみません…」

巴「いえ、気にしなくて良いのよ」

巴「私も同じ気持ちだから…」

京子「…これ魔法少女アニメなんですよね?」

巴「ちゃんとパッケージにも魔法少女って書いてあるけれど…内容がちょっと…」

京子「三話の時点で何となく分かってましたがこれどう考えても少女向けじゃないですよね」

巴「可愛い衣装に可愛い絵柄で可愛いキャラだけど…脚本が明らかに大人向けと言うか…子どもが見たら泣いちゃうと言うか…」

京子「小蒔さんやわっきゅん辺りは見ても泣きそうですよね」

巴「あぁ…うん。凄い想像出来る…」

京子「…で、これからどうします?」

巴「どうって…?」

京子「実は借りてきたのここまでなんですよね」

京子「で…もう夜も遅いですし…」

巴「……私としては京子ちゃんが良ければ、続きを借りてきて一緒に見たい…かな」

京子「じゃあ、ちょっと待っててくれますか?」

巴「え?」

京子「流石にこの時間、巴さんを外に出す訳にはいきませんから」

巴「そんなの気にしなくても良いのに」

京子「私が気にするんです」

巴「だーめ。そもそも京子ちゃんだって女の子なんだからね」

巴「アニメ見るのに色々とお菓子も欲しいから一緒に行きましょ?」ニギッ

京子「…はい」


~終盤~

巴「…グス」

京子「…巴さん」

巴「…ごめん。ちょっと…涙が…」

京子「…いえ、構いませんよ」

京子「私も今のは結構、キていますから」

巴「……うん、これは…キちゃうよね」

京子「ここまで来るとキャラの性格や過去も大体、分かっていますから余計に…」

巴「今から考えるとアレは全部伏線だったんだって言うのが繋がってからの…コレだもんね…」

巴「…………ねぇ、京子ちゃん」

京子「なんでしょう?」

巴「あの子は幸せだったと思う?」ポロ

京子「…………幸せではなかった事は確かですね」フキフキ

京子「でも、最悪ではなかったと私はそう思いたいです」

巴「…………そう…かな?」

京子「えぇ。だって…あの子は優しい子でしたから」

京子「本当の意味で素直になれてなかったら…あんなセリフ出てきませんよ」

巴「…………うん。そうだと…良いな」グス

巴「…ありがとう、京子ちゃん」ニギ

京子「お礼を言われるような事じゃありませんよ」

巴「…それでも何となく言いたい気分だったの」ニコ


~終了後~

京子「……」

巴「……」

京子「……終わりましたね」

巴「……うん…終わっちゃった」

京子「……巴さんとしてはどうでした?」

巴「どう…なのかな?」

巴「色々とモヤモヤとするし…それでいてスッキリな気持ちもあって…」

巴「でも…こうしてあの子達の話に最後まで付き合えたのは嬉しい…かな」

巴「京子ちゃんの方はどう?」

京子「私は…納得出来ないって気持ちの方が強いですね」

京子「だけど、最後まで付き合えてよかったって言う巴さんの気持ちも良く分かります」

京子「…本当に途中で折れなくて良かったですよ」

巴「うん。でも…これ一人で見てたら無理だったかもね」

京子「私もです。正直、巴さんを誘っていなかったらどうなっていた事か」

京子「…ただ…」チラッ

巴「…うん」チラッ

京子「…これ劇場版あるんですよね」

巴「しかも…借りてきちゃってるんだよね…」

京子「…どうします?」

巴「…どうしよっか…?」

京子「……」

巴「……」

京子「…よし。迷うくらいなら見ましょう!」

京子「そして…スッキリしましょう!」

巴「…うん。確かにこのままじゃ何となく収まりが悪いし…」

巴「途中で眠っちゃいそうだったら停止しちゃえば良いよね…?」

京子「えぇ。何も無理して最後まで見る必要ない訳ですから、いっちゃいましょう!」シンヤテンション



~次の日の朝~

ブルルルル

巴「…」

ブルルルルルル

巴「ん……っ」モゾ ポチッ

巴「ふぁい…もしもし…?」

初美「あ、巴ちゃん、今、何処にいるですかー?」

巴「何処って…ベッド…」

初美「…いや、何処のベッドですか」

巴「お部屋のぉ…」モゾ

京子「…んぅ」ピクゥ

初美「え、ちょ、今、京子ちゃんの声聞こえなかったですかー!?」

巴「んにゅ…知らなぁい…」

初美「…ダメだ、完全に寝ぼけてるですよー」

初美「朝に強い巴ちゃんがこんなになるなんて…一体、何時まで起きてたんですかー…」

巴「あのねー…劇場版…違ったの…」

初美「はい?」

巴「だから…目が離せなくて…最後まで見ちゃったからぁ…」

巴「京子ちゃんとねー…凄い…スッキリしたのぉ…」

初美「と、巴ちゃん!!す、スッキリってどういう意味ですかぁー!?」

巴「ねむぃ……おやすみぃ」ポチッ

初美「ちょ、と、巴ちゃ」ブツ

京子「…巴さ…ん」モゾモゾ

巴「…ん…起こして…ごめんね…」

京子「いや…大丈夫です…けど…」

巴「ぅ…ん…私も…もう一回寝るぅ…」

巴「…お休みぃ」スヤァ

京子「はい…お休み…なさい…」グゥ


ネタバレ苦手な人向けの産業

巴さんと一緒にアニメ見たよ!
途中で我慢出来なくなってオネダリしっちゃったよ!!
最後にはスッキリしたよ!!!


よし、完璧だな(´・ω・`)後、本編の続きも出来るだけ早く投下出来るようにします

永水といえばマミさんの中の人いるからそっち方面のネタでもやるかなと思った(小並)

おつですよー
巴さん爆弾投下していきよって...

寝ぼけてても京子のままなんて……
この京太郎は京子の状態でおちんちんシコシコしててもおかしくないな

4月ってはるると明星ちゃんの誕生日が連続してるのか……。なんだ、この誕生日小ネタ=ゴールインしそうな二人!?(驚愕)

3/8の姫様イェイ~な小ネタない事に気付いた……巴さんイェイ~はあったのに。

色々お仕事でのトラブル片付けて接待やって帰ってきたらこの時間でした(白目)
一応、出来ましたが明日も出勤あるみたいなんで見直しは明後日(日曜日)になりそうです
観直し終わったら投下します(´・ω・`)

あとは俺達が見直しやっとくから投下してくれてええんやで(ニッコリ)

>>358
中の人ネタはわからない人には本当にわからないんでスルーしました(´・ω・`)

>>359
まぁ爆弾と言ってもすぐさま誤解が解ける程度のものでしかないですが!
京ちゃんも巴さんもヘタレだからね、仕方ないね

>>361
あのまま映画見て化粧とか落とす暇もなく寝ちゃったので京子表記なだけです
流石に自家発電中に女装はしてないんじゃないですかね
そもそも自家発電する余裕があるかどうかさえ定かではないですし

>>365
ちょっと3月は忙しかったので…まぁ、仕事でトラブルあって4月も色々と忙しいのが確定しましたが(白目)
余裕があれば二人の誕生日ネタは書きたいんですけれどねー…(´・ω・`)ツンデレ明星ちゃんは果たしてゴールイン出来るのか

>>367
誤字があったら恥ずかしいじゃないですかーやだー(´・ω・`)まぁ、観直ししてもなくならないんですけど
それに毎日ちょこっとずつ書き溜めているので話題の繰り返しになったり、展開的におかしい部分とかもあるので
その辺、修正する為に見直しやらないと、ただでさえ待たせているのに申し訳なくってですね(白目)


で、日曜投下するとか言いながら、今日、爆睡しておりました…申し訳ありません(´・ω・`)
一応、見直しは終わったんでちょっと遅くなりましたが今から投下します(´・ω・`)



―― インターハイの開会式は特にトラブルもなく終わった。

まぁ、そもそも開会式でトラブルが起こるなんてまずあり得ないんだけれどな。
会場は毎年使っているのと同じだし、運営ノウハウだって毎年やってるんだから十分過ぎるほど蓄積されているはず。
よっぽど悪い要因が重ならない限りはつつがなく進むのが普通なんだけれど。
…ただ、それでもやっぱり選手として参加する大会の開会式と言うのは色々と緊張する。
それはハンドをやってた頃から殆ど変わらないままだった。

湧「はひぃぃ…」クテー

明星「もう…湧ちゃんったら…だらしないわよ?」

明星「まだ開会式が終わったばっかりで人の目もあるんだから、六女仙として恥ずかしくないようにシャキッとしないと」

湧「だ、だって…」モジモジ

京子「ふふ。わっきゅんの場合は仕方ないわよね」

しかし…俺よりもわっきゅんの方がよっぽど緊張していたらしい。
開会式の会場から出た瞬間、彼女は大きく息を吐いて肩を落とした。
普段、長距離のランニングをしていても、殆ど息を乱さないわっきゅんには本当に珍しい。
わっきゅんは自分の方言に自信がない子だから、やっぱりこういう場ではとても緊張するんだろう。


京子「それよりも苦手な事頑張ってくれてありがとうって褒めてあげなきゃ」ニコ

湧「えへへ…」テレテレ

明星「またそうやって甘やかすんですから」ジトー

京子「鞭の方は明星ちゃんがやってくれるからね」クス

京子「これも役割分担と言う奴よ」

明星「それは…そうかもしれませんけど…」

そこで明星ちゃんが不満そうにするのは自分一人が憎まれ役をやっている所為だろう。
まぁ、美味しいところだけ俺に持って行かれたら、そりゃあ面白くないよな。
とは言え、あんまり注目されるのが好きではないわっきゅんが頑張ったのは事実だし。
ここは明星ちゃんにどう機嫌を治してもらうかを考えれるべきなんだろうけれど…。

春「…羨ましい?」

明星「は…うぅ…」カァァ

小蒔「なるほど。明星ちゃんも京子ちゃんに甘やかして欲しいんですね」ポン

明星「そ、それは…えっと…」チラッ

…そこでチラリと明星ちゃんが俺を見るのは期待しているからか、或いは誤解するなと釘を指しているからか。
恥ずかしさで赤くなった顔からは…何となく前者な気がする。
まぁ、例え、そうでなくてもさっきの分のフォローは必要だ。
ここはわっきゅんの時と同じく、しっかりと評価してあげるべきだろう。


京子「…明星ちゃんも何時も皆に気を配ってくれているのは私も分かってるわ」

京子「さっきも注目を浴びるのが苦手なわっきゅんの為に注意してあげてたのよね?」

明星「ぅ…そ、その…」シドロモドロ

京子「ありがとう、明星ちゃん」

京子「貴女のお陰で皆、助かってるわ」

明星「~~っ」マッカ

…その言葉に嘘はないけど…やっぱり改めて言うと恥ずかしいな。
まぁ、それ以上に恥ずかしくなっているであろう子が目の前にいるから…多少はマシな訳だけど。
…さっきの自分の優しさを真正面から指摘されるだなんて思ってなかったからか、明星ちゃんは真っ赤になっている。
俺の横で顔を俯かせながら耳まで真っ赤になっている彼女は、本当に可愛かった。

春「……二十点」

小蒔「何点満点中です?」

春「…勿論、百点満点です」

湧「辛口じゃっど…」

春「口先だけならなんとでも言えるから」

春「それに…明星ちゃんみたいなタイプにはちゃんと行動で示してあげないと」

ボロクソである。
まぁ、甘やかす…なんて言っても、そこまで甘やかしてる訳じゃないからなぁ。
ぶっちゃけ俺がやっている事って彼女の優しさを正当に評価して感謝を告げているだけだし。
ただ、コレ以上甘くするのはちょっと色々大変というか、なんというか…。
流石に身体的接触を伴うんで気が引ける。


京子「(まぁ…嫌われてる訳じゃないと思うけれどさ)」

少なくとも明星ちゃんは俺に水着姿を魅せつける程度には心を許してくれている。
普段、キツイ言葉を投げつけられる事もあるが、それも俺に甘えてくれているからこそ。
霞さんとわっきゅん以外の六女仙に対して、何処か一線を引いたところがある彼女の様子を考えるとそう思う。
だから、多少、触れた程度じゃ嫌われたりはしないって言う確信くらいは俺にあるんだけれど…流石にちょっと恥ずかしい。
女装をしているとは言え、俺は男であって、明星ちゃんは普通レベルを遥かに超えた美少女な訳だからなぁ…。
美少女相手に許可も取らず、気軽に撫でたり抱きしめたりなんて行為が許されるのは漫画の中の主人公くらいなもんだろう。

春「あのままじゃ何時まで立っても素直になりきれなくて…反抗的な態度のままだろうし…」

春「デレデレになるまで甘やかして…身体を躾けてあげるのが一番」

小蒔「躾ける?」キョトン

京子「はーい。春ちゃんストップねー?」スッ

春「もがが」

正直、肝心なところでヘタレてしまった俺には、春の評価は耳が痛いほど正論だ。
しかし、だからと言って、コレ以上、春を野放しにしておく訳にはいかない。
狙っているのか、あるいは天然なのかは分からないが…春の話は教育に悪いし。
コレ以上、小蒔さんが変な知恵をつけない為にもここは無理矢理、黙らせておこう。


明星「…春さんにはそんな簡単に触っちゃうんですね」ポソ

京子「え?」

明星「…何でもありません」プイッ

…なんでもない…なんて顔じゃないよなぁ。
完全に拗ねてますって感じで顔を背けているし。
ただ…俺としてはさっきと今とじゃ色々と状況が違うと言いたいと言うか…。
こうして春の口を抑えているのも半ば不可抗力のような形だと思うのだけれど…。

湧「…キョンキョンは、ほんなこて罪作いな人じゃっど」

京子「人聞きの悪い事言わないで頂戴」

…しかし、そうは言っても、明星ちゃんの事を不機嫌にさせてしまったのは事実だよな。
ここは何かしら彼女に対しても行動で示してあげるべきなんだろうけれど…。
けれど、もう話の主題が春に映ってしまった所為でもう一度褒めなおすのは不自然だし…。
変なところで意地っ張りな明星ちゃんは余計に拗ねかねないだろう。
だから、ここはコレ以上、彼女を不機嫌にさせないように春から離れて… ――


春「……もう離しちゃうの?」

京子「なんでちょっと残念そうなのかしら…?」

春「京子に触って貰えるのは嬉しい…」

春「…それに私は強引なのも嫌いじゃないから」

京子「…ある意味、春ちゃんって無敵よね…」

勿論、彼女が100%本気で言っていると思うほど、俺は鈍感じゃない。
しかし、俺が離れた瞬間、春が実際に残念そうな顔をしていたのは事実なのだ。
春にしては珍しく、気恥ずかしそうに目を逸らしながらの言葉はきっと完全に嘘と言う訳じゃない。
少なくとも口を塞ぐ程度じゃ、春にとってご褒美にしかなっていないのは確実だろう。

京子「…とりあえずこれからどうしましょうか?」

そんな春に有効な手立てを考えるよりもこれから先の事を考えた方が有意義だ。
何せ、この後にはトーナメントの抽選会が待ち受けているのだから。
まぁ、待ち受けていると言っても、すぐさま会場に入らなきゃいけないほど時間の余裕がない訳じゃない。
外に飛び出して自由にショッピングって訳にはいかないが、それでも休憩を挟む時間くらいはある。
勿論、良い席を取る為にこのまま抽選会場に入っても良いんだけれど、去年の様子から察するにすぐさま席が全部、埋まるって訳でもないみたいだからなぁ。
何とも中途半端なこの空き時間をどうするかは早めに話し合った方が良いだろう。


小蒔「抽選会まではまだもうちょっと時間がありますよね?」

京子「えぇ。まぁ、遊んでいられるほど時間がある訳じゃないけれど…」

湧「あちき、喉乾いちゃった…」

京子「じゃあ、ジュースを買ってから抽選会場入りするって感じでどうかしら?」

春「…私は大丈夫」

明星「異論ありません」

小蒔「賛成です」

湧「えへへ、キョンキョン、あいがと」

京子「私も喉が乾いてたからお礼なんて良いのよ」

抽選そのものはそれほど長い訳ではないが、あんまり騒いだり、離席したりすると他の人の迷惑になるしな。
まだ時間はあるのだから、先にトイレや必要な物を買うのは俺も考えていた事だし。
わっきゅんはあくまでも話しのキッカケになってくれただけなのだから、お礼を言われるほどの事じゃない。
それに俺自身、喉が乾いていると言ったのは本心からのものだったからな。


春「でも…あんまり五人でゾロゾロ動くのも迷惑だから、二手に分かれるのが良いと思う」

京子「それもそうね」

抽選前にちょっと休憩しようとしているのは俺たちだけじゃないだろうし、きっと自販機前は混雑している事だろう。
そんな場所に五人全員で突っ込んでしまったら、それこそ時間が掛かる上に、その他の人の迷惑にも繋がるはずだ。
ここのラインナップがどんなものかは分からないが、利用者数からしてメジャーなものは殆ど置いているだろうし。
先に何系が良いかだけ聞いておいて、二人くらいで買いに行くのがベストだろう。

京子「じゃあ、私が買いに行くから…もう一人だけ着いてきてくれる?」

明星「え、えっと…じゃあ…」モジモジ

春「私が行く」

京子「ありがとう。じゃあ、決まりね」

明星「……むぅ」スネ

湧「明星ちゃ、遅すぎ…」ポソ

明星「な、何の話かしら…?」メソラシ

…ふむ。
ちょっと拗ねるような明星ちゃんの顔から察するに…もしかして彼女も一緒に行きたかったのかな?
基本的に買い出し組の方が面倒くさいと言えば面倒くさいが、ラインナップを見てから選べるって言うメリットがある。
特にコレ、と言って飲みたいものがある人ではない限り、買い出し組の方が悩まなくても良い。
恐らく明星ちゃんもその辺りのメリットを考えて、立候補しようか考えていたんだろう。
それよりも春の方が早かったから彼女に頼んだけれど…何も絶対に二人じゃないとダメだって決まった訳じゃないし。
さっきフォローしてあげられなかったお詫びも含めて、彼女にも声を掛けてみるか。


京子「それじゃあ、明星ちゃんも一緒に来る?」

明星「…………辞めておきます」フゥ

京子「え?」

明星「ここで京子さんの優しさに甘えて馬に蹴られたくないですから」

京子「???」

…なんで俺と一緒に来る事が馬に蹴られる事になるんだろう?
そりゃまぁ…俺だって『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬ』と言う諺くらいは知っているけれど。
しかし、俺と春の間にそういう艶っぽい感情があるかと言えば答えは否だろう。
勿論、俺は大きな胸が大好きだが、それとこれとはまた話は別な訳で。
あくまでも俺にとって春は親友として、或いは家族としてとても大事に思っている相手なんだ。
それは春からしても同じ事だろうし…遠慮する必要なんてないと思うんだがなぁ。

春「…ありがとう」

明星「べ、別にお礼を言われるような事じゃありません」

明星「それより…私はミルクティ系が飲みたいので、お願いします」

京子「えぇ。ミルクティね。小蒔ちゃんは?」

小蒔「私はお茶でお願いします」

京子「はい。じゃあ、最後にわっきゅんはどうするの?」

湧「んー…ジュース!」

京子「何時も通り、オレンジじゃなくてアップルで良いのね?」

湧「んっ」ニコッ

まぁ、その辺の事を考えていても仕方ないか。
それより皆のリクエストが出揃ったんだから、それをちゃんと記憶しておかないとな。
勿論、間違ったものを買って来ても、皆、怒りはしないだろうが、これを間違えるのはあまりにも格好悪すぎる。
何より、これは自分で言い出した事なんだから、しっかりとこなさないと。


京子「じゃあ、そっちは適当に良い場所でも取っておいてね」

小蒔「分かりました!バッチリ見えるような良い席を用意して起きますね!」グッ

京子「えぇ。お願い」クス

気合十分と言わんばかりに握り拳を作る小蒔さんに任せておけば、きっと良い席を取っておいてくれるだろう。
仮に取れなくても、その席に座っていなきゃいけないのはほんの三十分ばかりの短い時間だ。
後で幾らでも組み合わせ表の確認は出来るのだから、それほど気にする事はない。
それよりもこっちの方が大事だと俺は意識を切り替え、脳内から会場の地図を引き出す。

京子「じゃ、行きましょうか」

春「ん」

去年、何度も迷子になった幼馴染を探し出す為、頭に叩き込んだ会場の地図。
それは決して色褪せてはおらず、一年ぶりにやってきた場所だと言うのに自販機までの最短ルートがハッキリと俺の中で浮かび上がってくる。
…ある意味、これも咲のお陰と言えばお陰なんだろうが…素直に感謝する気にはなれないというか。
それ以上に苦労させられたと言うマイナス分は到底、補填出来ないと思う。


京子「(ただ…アイツ…今、何をやってるんだろうなぁ…)」

…そう思い浮かべてしまうのはやはりさっき咲と同じ場所にいるからだろう。
かつてこの会場内を探しまわった幼馴染は…大丈夫なんだろうか?
開会式の会場から抽選会場まで移動する間にまた迷子になってたりしないだろうか?
迷子になったアイツを見つけるのはずっと俺の役目であっただけに、やっぱりそんな言葉がどうしても浮かんできてしまう。

京子「(…きっと…和達がなんとかしてくれてる…よな)」

咲の迷子癖は和達も知っている。
アイツが迷子になっても、きっと彼女達がフォローしてくれるだろう。
全国優勝から一気に新入生も増えたと聞いているから、人海戦術だって使えるはずだ。
少なくとも…もう無関係な俺が気にするような事じゃない。


京子「(…でも…もし迷子になってしまったアイツと出会ってしまったら…?)」

…咲の迷子癖は筋金入りだ。
ほんの数十秒目を離しただけでまったく違うところへと足を踏み入れてしまう。
幾ら和達がフォローするとは言っても、会場から会場の間で迷子になってもおかしくはない。
そんな咲ともし出会ってしまったら…俺は一体、なんて声を掛ければ良いんだろうか…?

春「……京子」

京子「…え?」

春「…前の学校の事、考えてる?」

そんな俺の思考を春は的確に言い当てた。
瞬間、広がっていく動揺を【須賀京子】はピシャリと締め上げる。
それは一昨日の教訓から生まれた反射的なものだったが…それでも俺にとっては有り難い。
彼女の言葉は間違いなく事実ではあるけれど、俺がそれを肯定する訳にはいかないのだから。


京子「…いいえ。そんな事ないわ」

京子「ただ…今日のお夕飯は何かなって思って」

京子「ほら、あそこのディナー、とっても美味しいじゃない?」

春「…そう。それなら良いけれど…」

…………そう返す春の顔は若干、不満そうなものだった。
それは恐らく彼女が俺の嘘に気づいているからなのだろう。
気づいていて尚…新幹線の時と同じく分、突っ込まないでいてくれている。
…それはきっとどれだけ問い詰めても、俺がそれを口にするはずがないと分かっているからなんだろう。

京子「(…………ごめんな)」

そんな春に俺は胸中で謝罪する事しか出来なかった。
本当は俺だって彼女にそんな顔をさせたくはない。
親友だと、家族だとそう思っている相手に嘘を吐くのは俺にとっても辛い事なのだから。
けれど…俺が本当の事を言えば、春は必ず苦しんでしまう。
俺への不満ではなく…申し訳無さに顔を歪める彼女なんて…俺は見たくない。
例え、春が勘づいているのだと分かっていても…誤魔化す方がまだマシだと…そう思うくらいに。


春「…でも、そうじゃないにせよ…京子は抽選会場に入らなくても良いと思う」

京子「え?」

春「会場に入るとどうしても『あの人達』が視界に入る事になるから…」

『あの人達』。
普段、ハキハキとモノを言う春がわざわざ伏せたその言葉は…まず間違いなく清澄の事を指しているんだろう。
俺がかつて所属していたその高校は…今年も団体戦でインターハイに出てきている。
部長以外は強制参加ではないとは言え、組み合わせを真っ先に確認する為に彼女達も抽選会場へと来るはずだ。

春「…巴さんからこの前の話を聞いた」

春「個人的には…京子をあの人達に会わせたくない」

春「京子にはコレ以上…辛い思いをさせたくはないから」

京子「…春ちゃん」

そう心配そうに春が言うのは…やはり一昨日の件を巴さんから聞いていたからか。
…いや、そうでなくても春はこう言っていたかもな。
普段、飄々としているように見えて、彼女はとても優しい子だから。
きっと俺が咲達に会いたくない思っている事くらい…見抜いていただろう。


春「…巴さんからこの前の話を聞いた」

春「個人的には…京子をあの人達に会わせたくない」

春「京子にはコレ以上…辛い思いをさせたくはないから」

京子「…春ちゃん」

そう心配そうに春が言うのは…やはり一昨日の件を巴さんから聞いていたからか。
…いや、そうでなくても春はこう言っていたかもな。
普段、飄々としているように見えて、彼女はとても優しい子だから。
きっと俺が咲達に会いたくない思っている事くらい…見抜いていたのだろう。
そんな彼女に俺は一体、なんて返せば…

姫子「あ、京子と春ちゃん、やっほ」

春「…あ」

京子「姫子さん…」

そう俺が思考に浸ろうとした瞬間、後ろから新道寺の鶴田姫子さんが話しかけてきた。
あの合宿で知り合いから友人になった彼女は相変わらずの気安さでこっちに話しかけてくれる。
その表情は知り合った頃とは比べ物にならないほど明るく、完全に不安を吹っ切っているのが分かった。
地方予選でも大活躍してチームのインターハイ出場を決めた彼女にはもうスランプの影はまったく見えない。

姫子「…あ、もしかして取り込み中やったと?」

京子「いえ、そんな事ありませんよ」

まぁ、確かに丁度良いタイミングと言える訳ではなかったけれど。
しかし、久しぶりに会えた友人との再開を喜べないほど悪いタイミングじゃない。
…そもそも、ここは今、何百人も詰めかけているインターハイ会場の、しかも、自販機のすぐ近くなんだから。
人通りも少なくはない場所で、こんな話をするべきではなかった。


京子「それより…インターハイ出場おめでとうございます」

京子「分析ついでに見させてもらいましたが、流石と言った戦果でしたね」

そうやって話題を変えようとする俺の言葉は決して嘘ではなかった。
実際、姫子さんは大将戦で他の三校を大きく突き放し、インターハイ出場を勝ち取ったのだから。
それまでにも結構な大差が開いていたとは言え、大将戦におかる彼女の活躍っぷりは本当に凄い。
去年と同等…いや、下手をすればそれ以上の実力を身につけた事がスコアから伝わってきたくらいだ。

姫子「…まぁ、大将戦のスコア塗りかねん勢いで大逆転決めた京子には勝てんけどね」クス

京子「アレは運が良かったんですよ」

京子「実際…今、同じ事やれと言われても出来るかどうか分かりませんし」

アレからオカルトの強化を色々とやって来たが、未だに俺の能力は不安定なままだからなぁ。
親が回ってきた時点でどれだけ稼げるかが勝負の決め手になっているし。
無双出来る時は無双出来るが出来ない時はまったくダメだ。
そもそもあそこにオカルト持ちがいたら逆転どころかボロ負けで終わってただろうし…課題ばっかりである。


姫子「そいでもあぎゃん絶望的な状況で逆転出来たんは京子の実力ばい」

姫子「インターハイ出場を決める場面で最後まで諦めんかったんは立派やったと」

京子「ありがとうございます」ニコ

…それでもやっぱり姫子さんから褒められると嬉しいな。
あの合宿の時、俺にとって姫子さんは小蒔さんや春から力を借りてようやくギリギリ勝てるだけの相手だったのだから。
真っ向勝負じゃどう足掻いても太刀打ち出来無かった相手に、今、褒められていると思うと…やっぱり頬が緩んでしまう。
まぁ、姫子さんが和に負けないくらい印象深い美少女って言うのも深く関係しているんだろうけれど。

春「……」ムゥ

姫子「ふふ、私はライバルやけん、褒められただけでそぎゃんデレデレしとったらあかんばい」クス

姫子「隣で春ちゃんが拗ねとっと?」

京子「まぁ、確かにライバルですけれど…でも、私にとって姫子さんは師匠のも一人でもある訳ですから」

京子「嬉しいのは事実ですが、別にデレデレまではしていませんよ」

俺が地方予選を勝ち抜けたのは彼女からアイデアを貰った流し満貫のお陰だ。
それがなければ、俺は決勝戦に行く前に永水女子ごと敗退していたかもしれない。
そんな恩人でもあり師匠でもある姫子さんに褒められたのだから、ちょっとくらい嬉しそうにしても仕方がないだろう。
勿論、姫子さんが美少女だって言うのもあるが、決してそれだけでデレデレしてる訳じゃない。


姫子「ホント、京子は口ばっかい上手かねー」クス

春「…京子はその口の上手さで色んな子を堕としてるから」

京子「人聞きの悪い事言わないで頂戴」

姫子「ばってん、こん前、雑誌ん特集で京子ば巡って骨肉の争いが水面下で繰り広げられっとーって話が…」

京子「そんなオカルトあり得ません」

そもそも【須賀京子】はまだ社会的に誕生したばっかりの存在なんだ。
何故かエルダーを巡った騒動に巻き込まれこそしたが、本来の俺は普通に一般生徒な訳で。
そんな俺を欲しがる人なんてまずいないだろうし、既にスールの契も依子お姉さまと結んでいる。
俺を巡っての骨肉の争いが起こるなんて、それこそ、オカルトの類だろう。

姫子「まぁ、そいなら良かったばい」

姫子「今度会う時までに刺されとってもおかしゅーなかって思っとったけん」

京子「それは姫子さんの方ではないですか?」チラッ

姫子「私は一途な女やけん、京子ほどあっちこっちにフラフラしとらんばい」

京子「…まるで私があっちこっちにフラフラしてるような言い方しないでください」

京子「そもそも私、そういう意味ではフリーなんですから」

まぁ、あくまで女装してる以上、恋人なんて出来ないけれどな!!
唯一、そういう関係に発展する可能性があるとすれば…全校生徒の前でスール宣言した依子さんくらいなもんだろうけど。
しかし、それだって俺が自分の事を詐欺のレベルで偽っている以上、まずないと言っても良いくらいだ。
逆に俺の正体を知ってる春達はそれこそ目の前で女装を見せられてる訳だから、まずときめいたりはしないだろうし。
…改めて思うけど…俺の恋愛事情ってかなり詰んでるよなぁ…。


姫子「フリー…ねぇ?」チラッ

春「……」

姫子「…相変わらず大変そうやね」

春「…もう慣れました」

なんでそこで春にチラリと視線を送るんだろう…?
まるで彼女に対して同情するように思えるのだけれど…。
…しかし、俺がフリーで春が大変な事って一体、何があるんだろう?
これが共学だったら親友ポジであるからこそ、相談とかラブレターとかを持ちかけられる…なんて話も思いつくけれど。
でも、永水女子は女子校だから、そんな話はないだろうしなぁ…。

姫子「そいはさておき、永水女子もインターハイ出場おめでとうばい」

春「…ありがとうございます」ペコリ

京子「ありがとうございます」ペコ

っと、それも気になるけれど、折角、こうしてお祝いを貰ったんだ。
改めて俺たちが勝ち進んだ事に対する彼女の祝辞にしっかりと返しておかないとな。
それにこうして話しかけてもらえたと言っても、もうすぐ抽選会。
小蒔さん達も俺たちが帰って来るのを待ってるだろうから、あんまりノンビリはしていられない。


春「……京子」

京子「え?」

春「姫様達も待っているだろうから、私、先にジュース買って会場の方に戻ってる…」

京子「え、ちょ…春ちゃん?」

勿論、俺も久しぶりに会った姫子さんと色々話したりしたい事はある。
でも、だからと言って、そうやって流されてしまうのは抵抗感があった。
そもそも俺はさっきの話にまだ何も結論も出せちゃいないのである。
抽選会に出るのか出ないのかくらいは流されず、自分で決めたい。

春「…京子はそのまま姫子さんとしっぽりむふふとイっちゃって良い」

京子「いや、良くはないでしょ」

姫子「ん?京子は私とそぎゃん事出来んってゆーっと?」チラ

京子「…そういう絡み酒の酔っぱらいみたいな反応はやめて下さい」

そもそもしっぽりむふふって何なんだよ。
いや、勿論、俺だってしっぽりの意味くらい知っているけどさ。
でも、後ろにむふふがつくと…こう普通以上にエロい風に聞こえてしまうというか。
ただ落ち着いて愛を語るだけじゃなく、肉体言語(性的な意味で)混じりにしか思えない。
姫子さんの追撃もあって、まるで飲み会でセクハラ親父に絡まれている気分だ。


春「…じゃあ、姫子さん、京子の事よろしくお願いします」タッタッタ

姫子「ん。任させた!」

京子「…私としては任されたくないんですが」

ってあぁ…もう…春の奴…。
そうやって反応に困ってる間にいなくなっちまって…。
…でも、ここで既に走りだしてしまった春を追いかけるのはちょっとな。
仮にも姫子さんは春から俺の事を任されてくれちゃっている訳で。
そんな彼女から逃げる形になれば、良い気はしないだろう。
…正直、嵌められた感が凄いが…俺にはどうしようもない。

京子「(…と言うか、過保護過ぎだろ)」

こうして俺の事を春が置いていったのは…きっと咲と会わせたくないからなんだろう。
清澄の事で俺が苦しんでいると分かっているだけに…彼女は俺とかつての仲間を合わすまいとしている。
その気持ちは嬉しいが…しかし、それは優しさではなく、ただの過保護だ。
そもそも、俺はどの道、咲といずれ顔を合さなければいけないのだから、春がどれだけ頑張っても先延ばしにしかならない。


京子「(でも…悪いのは俺だよな)」

そうやって春が過保護めいた優しさを向けるのは俺が情けないからだ。
一昨日、俺があんなに狼狽えたりしなければ彼女だってこんな強引な手段をとったりしなかっただろう。
それだけ春を…いや、恐らく皆を心配させているという事実に申し訳無さと自己嫌悪を覚える。
しかし、姫子さんの前でそれを表に出す訳にはいかず、俺は去っていく春から視線を外した。

姫子「…で、京子、なんかあったと?」

京子「え?」

姫子「何時もよりもちぃっとキレが足りてなかよ」

…けれど、そんな俺の強がりは姫子さんにあっさりと見抜かれてしまっていたらしい。
首を傾げて尋ねてくる彼女の顔には『何かがあった』と言う確信があった。
当事者である俺には姫子さんの言う『キレ』が何なのかは分からないが、どうやら今の俺はよっぽど元気が無いらしい。
まさか彼女にまで見抜かれてしまうなんて正直、予想していなかった。


姫子「私が知っちょる京子ならもっと悪どく人を謀る性格ばしちょるけんね」

京子「…姫子さんは私の事そんな風に見てたんですか」

姫子「実際、私ば何度も嵌められちょるけん、当然の話たい」

…合宿の時の話ならアレは致し方なかったと言うか。
俺としても出来れば穏便な形で彼女を立ち直らせてあげたかったが、時間も好感度も俺には足りていなかったのだ。
まだ友人と言う関係にさえなれていなかった俺が、姫子さんのスランプ解消を彼女の仲間に任せようとしたのも当然の事だろう。
結果として彼女を嵌めた事は否定しないが、あの時はアレしかなかったのだし許して欲しい。
…まぁ、こうして俺を見上げる目は笑っているから、あくまでも冗談として言っているのだろうけれど。

姫子「そいに…今日ん京子は前よいも元気が…と言うか、覇気ば感じられんばい」

京子「…そんな事ない…と言っても信じては貰えないのでしょうね」

姫子「こいでも結構、京子ん事気にしちょるけんね」

冗談めかした顔から飛び出すその言葉は決して嘘ではないのだろう。
合宿の別れ際になったが、俺と姫子さんはお互いを下の名前で呼び合う関係になったのだ。
インターハイでの再戦まで誓った彼女は俺の事を大事に思ってくれている。
勿論、それは仲間に対するものよりも薄いだろうが、それでも俺にとっては嬉しい。
…しかし、そんな彼女に一体、どうやって今の自分の状態を説明すれば良いのか、俺には分からなかった。


姫子「私は京子ん友達ばってんが、ライバルでもあるたい」

姫子「春ちゃん達でも話せん事でも私には話せるんじゃなかと?」

京子「…どうして春ちゃんには話せないと思ったのですか?」

姫子「あんだけ京子に対してラブラブオーラ出しちょる子が私に京子ん事頼んだけんね」

姫子「自分に話してもらえる事なら、あん子は自分で解決するたい」

そう分析する姫子さんの言葉はきっと間違いではない。
ラブラブオーラが出ているかどうかはさておき、彼女が俺の事をとても大事に思ってくれている事は疑う余地はないのだから。
少なくとも、俺の事を友人として受け入れてくれている春からすれば、俺の悩み事は自分で解決したいだろう。
…姫子さんが話しかける前に彼女から持ち込まれた話題は恐らく俺の本心に切り込むためのジャブだったはずだ。

姫子「で…まぁ、そういう訳やけん、出来れば話して欲しいばい」

姫子「こいからお互いライバルになる関係ばって…まだ友達やと思うちょるけん」

京子「…姫子さん」

だけど、春はそれを自分では解決してあげられないと判断した。
俺が悩んでいる理由を薄々、気づいている彼女にとって、それはとても歯痒い事だっただろう。
けれど、春はそれに腐らず、こうして姫子さんにバトンを渡し、そして姫子さんもまたその意図を汲んだ。
…そんな二人の気持ちを俺も無駄にしてあげたくはない。


京子「…ごめんなさい」

姫子「…京子」

京子「本当に…ごめんなさい」

京子「気持ちは…気持ちはとても嬉しいんです」

京子「まさか…姫子さんにそう言って貰えるとは思っていませんでしたから」

…だけど、言えない。
勿論、姫子さんは永水女子や神代家とはまったく無関係な人だ。
ここで俺が相談を持ちかけても、春と同じ意味で胸を痛めたりはしない。
けれど、俺が自分の気持ちを正直に話してしまえば…彼女が俺の正体に気づいてしまう可能性がある。

京子「(勿論…ボカして伝える事は不可能ではないけれど…)」

しかし、彼女は花田さんと…【須賀京子】と【須賀京太郎】の双方を知る彼女と親しい人なのだ。
もし、ここで俺が『以前の知り合いと会うのが辛い』などと相談し、花田さんにそれが届けば、俺の正体がおのずと浮かび上がってしまう。
まずないとは思うが、最悪、永水女子がルール違反で大会出場停止になる可能性だってあり得ない事ではない。
下手をすれば俺の仲間にものしかかる重大なリスクを思うと…やっぱり自分の内側に秘めておくのが一番な気がする。


京子「でも…言えません」

京子「姫子さんが頼りないとか…悪いとかじゃなくて…」

京子「人に言える事では…言って良い事では……ないんです」

姫子「……そっか。仕方なかね」

…そう分かっていても彼女の優しさを台無しにしてしまうのは、やっぱり心が痛む。
俺にだって…全てをぶちまけてしまいたいという欲求は胸の中にあるのだから。
しかし、それをしてしまった場合、俺は姫子さんにも間違いなく迷惑を掛けてしまう事になる。
だから……これで良いんだ。
俺なんかの為に寂しそうに笑ってくれる姫子さんを…俺の事情に巻き込んじゃ…いけないんだ。

姫子「にしても、こいで京子に一つ借りば返せると思っちょったのに…アテが外れたばい」

姫子さんは悔しそうに言うけれど、俺が姫子さんに対して作った借りなんてないも同然だと思うんだけれどなぁ。
確かに彼女のスランプ解消の為に色々やったりもしたが、それはあくまでの舞台を整えただけで。
こうして地方予選を勝ち上がるまで復調出来たのは姫子さんと彼女の仲間が頑張ったからこそ。
それ以前に俺は姫子さんから流し満貫のアイデアを貰っているし、貸し借りはほぼ0のはず。
寧ろ、直接的な+になったと言う意味では俺の方が借りを作っている状態だと言っても良い。
とは言え、ここで貸し借り云々の話を引っ張ってもアレだし…冗談として処理しておこう。


京子「…ふふ、そんなものそうそう簡単に返させませんよ?」

姫子「いーや、私は諦めんたい」

姫子「そいけん、気が変わったら何時でも良か」

姫子「京子ん辛か事、私に教えてくれると嬉しかよ」

京子「…………ありがとうございます」ペコ

…それでもこうして彼女が借りを持ちだしたのは、きっとそう繋げる為だったのだろう。
『自分は何時でも良い』とそれだけ言う為に悔しそうな表情まで作った彼女。
その不器用で…そして暖かな優しさは本当に有り難い。
有り難いだけに…俺はどうしても甘えられず…ぎこちなく頭を下げる事しか出来なかった。

姫子「ま、私レベルになると京子ん悩み事くらい言われる前に見抜く事も簡単ばい」

姫子「京子ん秘密ば全部暴きだしてやるけん、覚悟するたい」グヘヘヘ

京子「…それ目的と手段が入れ替わってません?」

京子「と言うか、女の子がしちゃいけない顔になってますよ?」

姫子「細かか事は良かけんね!!」

京子「女の子なんですから良くはないと思います」

勿論、そういうゲス顔めいた表情も悪くはないんだけれどな。
姫子さんってマジで誰もが認めるレベルの美少女だから、そういう顔も似合うし。
俺なんかがやったら百年の恋も冷めるレベルのゲスっぷりだったが、彼女がすると可愛らしく見える。
そういうのを見るとホント、可愛いって正義だよなぁ、としみじみ思う。


京子「まぁ、私も姫子さんの秘密なんかは気になっていますし、色々とチェックもしていますけれど」

姫子「色々…?」ハッ

姫子「ま、まさか下着ん色まで京子にチェックされちょったなんて事…!」フルフル

京子「ありません」キッパリ

京子「友人兼ライバルですから、分析とかしてるって意味ですよ」

京子「そっちだって私の分析くらいしてるでしょう?」

姫子「ふふ、そりゃもう最優先にしちょるばい」

…まったく、この人は。
まぁ、こういうちょっと小悪魔めいたところも姫子さんの魅力ではあるんだけれどさ。
実際、照れ隠しのように笑うその表情はわっきゅんを彷彿とするくらい明るくて可愛らしいし。
その笑みを見てるだけで何を言われても許してあげても良いかな、とそんな事を思うくらいだ。

姫子「ばってん…京子があそこまで実力を身につけちょるとは思わんかったばい」

京子「ふふ、姫子さんが色々と教えてくれたお陰ですよ」クス

姫子「…お陰と言うんなら、ちぃっと能力ば教えて貰っても…」

京子「ダメです」ニッコリ

姫子「ちぇー…」

そう拗ねるように言う彼女の目には嬉しそうなものが浮かんでいた。
こうして打てば響くようなやり取りをする仲とは言え、流石に能力をバラすと思っていないのだろう。
それにまぁ、姫子さんは麻雀に対しては本当に真剣で、スランプになっていたくらいだからなぁ。
俺がもし自分の能力の事を教えようとしても、彼女はそれを遮っただろうし、下手をすれば怒った事だろう。


姫子「京子んデータ少なしゅーて、対策しにくいのがねぇ…」

京子「それが私の数少ないメリットの一つですから」

京子「存分に対策に関して悩んで下さい」ニッコリ

姫子「むぅ…」

まぁ、そう偉そうに言うこっちだって、姫子さんの情報は少ない。
彼女がスランプを脱してから手に入った情報は、地方予選で無双していた時のビデオだけ。
以前、『リザベーション』と言うオカルトを持っていた彼女が、今も能力なしのままとは思えないけれど…その僅かな情報では彼女の能力は分からない。
以前よりもより手堅く、そして攻め時には一気呵成に点を奪っていくと言うだけでオカルトがあるかないかさえ定かじゃなかった。

姫子「こぎゃん私ば悩ませるなんて…ホント、京子は罪作りな女ばい…」ポッ

京子「私も姫子さんには悩まされてるんでお互い様ですよ」

姫子「ふふ、ばってん、どんだけ悩んでも私は京子んモノにはなってあげられんたい」

京子「へー。そりゃ残念ですね」ボウヨミ

姫子「…もうちょっと残念そうにしてくれてもバチは当たらんと思っとー…?」

京子「本気で残念そうにしたら、それこそ姫子さん調子に乗るじゃないですか」

姫子「調子にのりたかって言っちょるのに…意地悪…」ジィ

京子「…そんな風に見てもダメです」

姫子「ちぇー」

…まぁ、ちょっと危なかったけれどな。
甘えと拗ねが半分半分で入り混じった顔で見上げられると…やっぱりどうしてもドキっとしてしまうし。
一瞬、ホメ殺しも良いかなーと思わなくもなかったけど…でも、ここで褒めるとちょっと負けた気がする。
正直、俺から見た姫子さんは褒めるべきところは一杯ある人なんだけれど…既に関係が結構、固定化されて来てるからなー。
俺の対応も春に対するものに近くなっているし、そうそう簡単に褒め言葉なんて出てこない。


姫子「私は褒められて伸びるタイプなんに…」チラチラッ

京子「これから当たるかもしれないライバルを伸ばして、私にメリットがあるんですか?」ニッコリ

姫子「私ん好感度ば稼げるばい!」ドヤァ

京子「同性の好感度稼ぐのはちょっと…」

京子「そもそも姫子さん一途な人ですし、好感度稼いでも意味がないでしょう」

姫子「ばってん、そうやって那由多の果てまで稼いだ先に鶴田姫子エンドが…」

京子「どう考えても那由多まで稼ぐ前に死んじゃうじゃないですか」

まぁ、ここで姫子さんとのルートが!!なんて事になったら逆にビビる。
そりゃ確かに俺と彼女は濃度の濃い数日間を一緒に過ごしたが…さりとて、恋愛感情が生えるようなアレコレはない訳で。
そもそも彼女は【須賀京子】しか知らないのだから、ルートが生えてこられても困ると言うか、微妙な気持ちになる。
正直、健全な男子高校生としては恋人になって欲しいくらい姫子さんが魅力的だから尚の事。

京子「と言うか、那由多に並ぶくらい白水さんの事好きなんですね」

姫子「えへへ、当然ばい」

姫子「白水先輩に身も心も捧げたって言うのは嘘じゃなかけんね」ニコ

姫子「幾ら京子でも私ん白水先輩への気持ちに勝つんは難しかよ」ドヤァ

京子「まぁ、勝つつもりはないんで構いませんけれど」

姫子「もぉ…京子ばクール過ぎるばい」

京子「…クールであろうとしなければ誤解しちゃいそうなくらい姫子さんが魅力的なんですよ」

姫子「…ふふ。そいで…油断した瞬間にちょろっとだけデレるなんて…」

姫子「京子はホント、人誑しばい」クスクス

京子「誑しているつもりはないんですけどね」

姫子さんは知らないだけで俺も男だからなぁ…。
正直なところ、「好感度稼いだたらワンチャンあるよ」なんて言われたら、そりゃあ気持ちも惹かれてしまう。
流石にそれを本気にするほど現実が見えていない訳じゃないが、やっぱりドキリとくらいはするんだ。
彼女の事は嫌いじゃないし、寧ろ、かなり好意的に思っているが、そういうところは出来るだけ控えて欲しいと思う。


京子「まぁ、一つお説教をすれば、あんまりそういう事を言うべきじゃないですよ」

京子「私は同性で姫子さんの気持ちに疑う余地はありませんが、時としてそれを本気にする人がいるかもしれませんし」

京子「女性同士でさえ光り物を取り出す場合があるのですから、冗談でも不適切です」

姫子「大丈夫ばい。私がこぎゃん事言うのは京子だけやけん」

京子「え?」

姫子「幾ら同性でも、あぎゃん話ばしとったら引かれるじゃろーし」

京子「そういう特別はあんまり嬉しくないですねー…」

正直、一瞬、ドキリとしました!
だって、仕方ないじゃん…俺だって男なんだし…。
姫子さんが小悪魔系なのは分かっているけど…美少女に特別なんて言われたらそりゃ意識もしてしまう。
ましてや…俺は姫子さんに本当の性別を隠している状態なんだ。
彼女がそれに勘付いたのではないかと心臓が驚き、痛いくらいに跳ねたのを感じる。

姫子「ばってん、私ん特別は白水先輩と煌と京子くらいなもんばい」

姫子「末代まで自慢してくれても良かとー?」チラッ

京子「…同性に特別扱いされていたなんて子どもを相手に自慢出来ませんよ」

まぁ、そもそも俺が結婚して子どもが作れるかって問題が立ちふさがる訳なんだけどな。
俺は戸籍上既に女になっていて、社会的に【須賀京太郎】は死んでいるんだから。
そんな俺と結婚して子どもを作ってくれるような奇特な人なんてまずいないだろう。


京子「(…そもそも俺、インターハイが終わったらどうなるんだろうな…)」

元々、俺が神代家に引き取られたのは小蒔さんがインターハイへと出場する為であるらしい。
それが嘘か本当かはさておき、俺を取り巻く環境が変わるのは確かだろう。
…そしてそれが俺にとって都合の良い方向に変わるとは正直、思えない。
一番、可能性が高いのはもう用済みだと言わんばかりにお屋敷から蹴りだされるケースだろう。
……その場合、俺は一体、どうやって生きていけば良いんだろうなぁ…。

姫子「ばってん…そぎゃん特別な京子ともこれから先は敵同士ばい」

京子「…ですね」

姫子「…先ん言っとーと」

姫子「相手が借りんある京子でも手加減はせんばい」

京子「…それはこちらのセリフですよ」

京子「そもそも…借りと言う意味ではこっちの方が山ほど負債が残っているんですからね?」クス

そんな不安を振り切りながら、俺は姫子さんに笑みを返した。
実際、姫子さんは俺にとって大恩ある相手ではあるけれど、だからと言って勝ちにいく気持ちを鈍らせるほど、俺は甘くもなければ、失礼でもない。
色々と思うところがあるのは確かだが、相手が本気で真剣勝負を挑んでくれている以上、それに全力で応えるのが礼儀だろう。


姫子「…ん。そいなら安心したと」

姫子「京子ん事やけん、肝心なところで気持ちを鈍らしゅーてもおかしくなかって思っとったばい」

京子「流石に私はそこまで甘くはありませんよ」

京子「それに…私にとって何より大事なのは…仲間ですから」

…脳裏に浮かびそうになった咲達の姿を目の前にいる春達の姿で塗りつぶす。
瞬間、胸の奥が違和感と痛みに叫びをあげるが…それに浸っている余裕はない。
俺達が優勝を望んでいる以上、清澄とも何処かで必ず戦う事になるのだから。
その時、決心を鈍らせたりしない為にも…優先順位は明確にしておいた方が良い。

姫子「…こいはもしかして振られたって奴と?」

京子「ふふ。姫子さんも魅力的なんですけどね」

京子「でも、私は姫子さんに負けないくらい魅力的な子に囲まれているものですから」

そう。
俺にとって大事なのは清澄じゃない。
そうやって清澄を大事に思う【須賀京太郎】はもう死んでしまったのだから。
俺が戦うのは永水女子の…小蒔さん達の為でなければいけない。
だからこそ…俺の中に残る清澄への未練とか思い出は全部吹っ切ってしまって… ――


























「きょ・う・ちゃ・ん…♥」


























京子「っ!?」ゾッ

瞬間、背中から聞こえてきた声に俺の身体が総毛立つような感覚を覚えた。
まるですぐ後ろに悪霊でも立っているようなゾワゾワとしたそれに俺の全身が危機を訴える。
一昨日、和や優希と出会った時とは比べ物にならない警鐘は、まるで悲鳴のようにも思えた。
今まで生きてきた中で感じた事もないその絶対的な危機感。
後ろに俺を食らおうとするバケモノが立っているようなその感覚に俺は思わず呼吸を止めた。

姫子「……貴女は…」クル

咲「あ、いきなり話しかけちゃってごめんなさい」

咲「後ろ姿が幼馴染に似ていたものですから」

咲「私、清澄の宮永咲と言います」

そんな俺の代わりに振り返った姫子さんに声の主は…宮永咲は自己紹介をする。
思い出の中と同じく可愛らしいその声は、俺が連想したようなモンスターとはまったく無縁なものだった。
なのに…俺は姫子さんのように振り返る事が出来ない。
話しかけられている以上、振り返らないと言うのも不躾だし、姫子さんにも咲にも怪しまれるだけだと分かっているのに。
まるで振り返ったらその時点で喰われてしまうかのように…俺の身体がガチガチになり、言葉を漏らす事さえ出来なかった。


咲「そっちは確か新道寺の鶴田姫子さんと…そして……」

咲「永水女子の須賀京子さん…ですよね?」

―― 俺の名前を呼んだ言葉だけが数段、冷えたように聞こえたのは…俺の気のせいなんだろうか?

後ろ姿だけで名前が看破される事はそれほどおかしい事ではない。
俺が着ているのは永水女子にとっての正装である巫女服なのだから。
幾らインターハイがびっくり人間博覧会でも、巫女服で出場しているのは永水女子だけ。
その中でも金髪をしているのは【須賀京子】しかいないのだから名前が知られるのも当然の事。
だが…その言葉の響くはまるで底冷えするように冷たく…そして暗い響きを持っていた。

咲「地方予選での大逆転劇…本当に格好良かったです」

咲「普通なら諦めるような点差で、正直、ひっくり返せるとは思っていませんでしたから」

咲「だから…私、京子さんのファンになってしまいまして」

咲「不躾で申し訳ありませんが…良ければ振り向いて握手してくれませんか?」

…その言葉に違和感は感じない。
実際、そうやって俺に話しかけてくれた子は、これまで何人かいたのだから。
しかし…さっきから絶えず続いている警鐘は…未だ強く俺の危険を訴えている。
まるで自分の中に相手が待つ役満の和了牌を抱えているような危険な感覚。
今まで俺を何度も窮地から救い上げてくれたその『予感』は決して軽視に出来るものじゃない。


京子「(でも…このままじゃ…いられないだろ)」

それに否と応えるのは、それが文字通りの意味で逃げでしかないと俺も理解しているからだろう。
そもそも…和達とは違って、咲とはいずれ対局する可能性があったんだから。
そんな彼女を前にして今のように狼狽えていては、勝てる勝負だって落としてしまう。
勝負を決める瞬間まで冷静さを保つ為にも…ここは振り返って…咲と向き合ったほうが良い。

京子「……」クル

京子「初め…まして…宮永さん」

咲「…ふふ。えぇ、初めまして」ニコ

怯える心にそう言い聞かせて振り返った俺の視界に入ったのは…見慣れた咲の顔。
もう何年も見続けてきた幼馴染の顔は…一年程度じゃ全然、変わっていなかった。
ショートに切りそろえた髪も、小動物みたいにクリクリとした目も、その柔らかそうな頬も。
…かつて恋い焦がれ…今も忘れられない『宮永咲』のままだった。


京子「(だからこそ…違和感を感じて…)」

…振り返った俺に向けられたのは一点の曇りもない咲の笑顔だった。
インターハイチャンプだった姉を何処か彷彿とさせるその笑みは思い出の中の少女との大きな『ズレ』を生み出している。
これが普通の子ならばともかく、咲はコミュ障で人見知りなのだから。
幾らファンだと言っても、こんな風に非の打ち所のない笑みを浮かべられるはずがない。
寧ろ、変な風にテンパッて、言葉がカミカミになるのが俺の知る『宮永咲』だった。

咲「でも、まさかこんなところで京子さんに会えるなんて…運命めいたものを感じますね」クス

京子「う、運命だなんて…」

咲「突飛な妄想だと思いますか?」

咲「でも…あながち妄想でもないんですよ?」

咲「だって…私の幼馴染は貴女と同じ名字で…そして貴女と同じ鹿児島に住んでいるんですから」

京子「っ!?」

その理由を俺が考えるよりも先に、幼馴染は俺の思考を大きく揺さぶる。
まるで俺の素性を知っているようなその言葉に心臓が痛いほど跳ねるのが分かる。
…まさか俺の正体を咲は知っているのだろうか?
瞬間、頭の中に浮かんだ考えを俺は内心、必死で否定する。


京子「(もし、俺の正体がバレていたら…こんな風に話しかけたりは来ない…)」

京子「(咲からすればすれば幼馴染の男が女装して女子の団体戦に潜り込んでいる事になるんだから)」

京子「(普通、そんな事を知ったら驚くし、動揺するだろう)」

京子「(魔王と言われているとは言え、俺の知っている咲は普通の…いや、普通よりもかなりポンコツな子で隠し事が得意なタイプじゃない)」

京子「(竹井先輩のように腹芸が得意ならばともかく…咲が自分の動揺を押し隠しながら普通に話しかけてくるなんて不可能だ)」

京子「(だから…こうして【須賀京子】として話しかけられている以上…まだ気づかれてはいない)」

京子「(そう…そのはずだ)」

……そう並べ立てる論拠に穴がある事くらい俺も理解していた。
そもそもそれは『宮永咲』が俺の知っている文学少女のままである、と言う条件を前提としているのだから。
しかし、俺が知る咲は既に半年以上も昔の人物で…そして今、現実に幼馴染は理解不能な笑みを浮かべている。
かつて誰よりも一緒にいたポンコツとはかけ離れたその姿は俺の論拠に大穴を開けるのには十分過ぎる。
…それでも動揺する今の俺に信じられるのはそれくらいしかなく…縋るように自分に言い聞かせ続けていた。

咲「須賀京太郎…京ちゃんって言うんですけど…知りませんか?」

京子「…………いえ…知らない子ですね」

勿論、俺にとって咲はとても大事な相手であり、自分の秘密を全て明かしてしまいたいって言う気持ちは間違いなくある。
しかし、ここで俺が事情を話せば、間違いなくこの幼馴染は俺を取り巻く神代家のゴタゴタに巻き込まれる事になるだろう。
そして…社会的に【須賀京太郎】を殺した神代家が人を物理的に消去する事を躊躇うとは思えない。
下手に巻き込んでしまった場合、咲が命を落としてしまう未来まで容易く想像出来るだけに…「ジャンジャジャーン、今明かされる衝撃の事実ゥ」なんて言えないんだ。


咲「…あれ?それはおかしいですね」

京子「…え?」

咲「私は京子さんは京ちゃんの親戚だって花田さん経由で聞きましたよ?」

京子「ぁ…」

咲「もしかして…花田さんの勘違いでした?」

京子「い、いえ…その…あんまり親しい相手ではありませんから」

京子「親戚ではありますが…あんまり知らない子と言う意味で…」

京子「それに初対面の相手にいきなり彼の幼馴染だと言われても警戒しますし…」

……そう言い訳する言葉が苦しい事くらい俺も理解している。
何せ、俺は花田さんに間違いなく、【須賀京子】と【須賀京太郎】の繋がりを説明していたのだから。
それが咲達に流れていると考えつかなかったのは、取り返しのつかない失態だ。
正直、今のやり取りだけで…怪しまれても仕方がないくらいに。
しかし、だからと言って、ここで無言を貫く訳にもいかず…俺は必死に説得力のない言葉を並べ立てた。

咲「そうですか。じゃあ、京ちゃんがどうしているかも知らないんですね」

京子「え…えぇ」

咲「…今、どんな学校に通っているかも?」

京子「そう…ですね」

咲「…例えば…今、何処にいるかも…ご存知ないんですよね?」

京子「……ぅ」

何が…言いたいんだ?
まるで…この流れじゃ…俺を疑っているみたいじゃないか。
件の人物に繋がる情報を持っているような…或いは俺自身が【須賀京太郎】であると疑っているような…そんな問い詰め方。
……普通なら初対面の相手にこんな事はしない。
そもそも咲は大人しいタイプであって…こんな押しの強さとは真逆だったんだから。
なのに…今のコイツはまるで探偵小説の主人公のように俺の矛盾を突き、そして強く揺さぶってきて…… ――


姫子「……宮永さん、ちょぉっと不躾が過ぎるんやなかと?」

京子「あ…」

そこで俺達の会話に割り込んだのは姫子さんだった。
静かな、しかし、強いその言葉にはふつふつとした強い怒りが込められている。
それを視線に乗せて咲を睨みつける彼女は不思議な迫力に満ちていた。
まるで彼女が持つ魅力を全て怒りへと転化させたようなその姿は…彼女が本気で怒っているからなんだろう。

姫子「初めて会ったばかいの相手にあぎゃん詰問するみたか質問ば繰り返すなんて失礼ばい」

姫子「そぎゃん相手とコレ以上、話をする必要はなかよ」

姫子「行こ、京子」スッ

京子「ぁ…」

そう言い捨てるようにしながら姫子さんは強引に俺の手を握った。
未だ身体がぎこちなくしか動かせない俺を強引に連れ去ろうとする彼女の手に俺の足も釣られて動き出す。
一歩、二歩、三歩…一歩一歩踏みしめるように動く俺の動きはノロマも良いところだったが、姫子さんはそれを急かしたりはしない。
圧倒されそうなくらい強い怒りを迸しらせているのに、俺を繋いだ彼女の手はとても優しいままだった。


咲「……京子さん、私…待ってますから」

咲「京子さんにまた会えるまで…勝ち上がってみせますから」

咲「だから…今度はちゃんと【お話】しましょうね」

咲「……楽しい楽しい……麻雀で」

そんな手に引かれるがままに動く俺を咲は追って来るつもりはないらしい。
後ろから掛かるその声は俺達が進む度に少しずつ遠くなっていった。
…けれど……それが…幼馴染の声だからだろうか。
その声は確実に遠くなっているはずなのに…俺の背中から咲の気配は離れなくて…。
まるで耳元でその言葉を囁かれているような…そんな錯覚を俺に与えた。

姫子「……京子?」

京子「あ…」

まるで咲からは決して逃げられないのだと…そう心に刻みつけるような…咲の声。
心から俺との対局を楽しみにしているようなそれに俺の意識は想像以上に引っ張られていたんだろう。
姫子さんがそう俺に呼びかけた時には…俺が立っているのはまったく知らない場所だった。
まるで知らない間にワープでもしていたような感覚に心が狼狽えそうになるが、ずっと繋いだままの彼女の手が何とかパニックになるのを抑えてくれる。


姫子「…大丈夫と?」

京子「…ごめん…なさい」

…そんな俺に優しい言葉を掛けてくれる姫子さん。
本来ならば…そんな彼女に対して「大丈夫です」と返すのが一番なんだろう。
けれど…今の俺にはそんな強がりを漏らすだけの余裕はない。
……さっきの出会いはあんまりにも衝撃的過ぎて…俺の頭はまだ混乱から立ち直っていなかった。
もう咲の気配なんて何処からも感じられないくらい離れているのに…未だに俺の心臓はドクンドクンと気持ち悪く脈打っていて。
姫子さんと繋いだ指先も震えが止まらず…足元だって覚束ない有り様だった。

姫子「…謝らなくて良かよ」

姫子「私が勝手に京子ば連れて逃げてきただけやけん」

姫子「寧ろ、事情も知らずに勝手な事やって良かったのかって不安だったばい」

京子「いえ…とても有りがたかったです」

姫子さんがこうして連れだしてくれなければ俺は今頃、【須賀京子】であり続けられるか分からなかった。
あのまま問い詰める咲の前で決定的なボロを出し、正体に気づかれてもおかしくはなかったのである。
その前に無理やり俺を連れて逃げ出してくれた彼女には本当に感謝の念しかない。
一度のミスから絶体絶命と言っても良いような袋小路に追い詰められていた俺にとって姫子さんはヒーローも同然だった。


姫子「…そいなら良かばってん…」

姫子「さっきの件、どういう事か聞いても良かと?」

京子「それは…」

…勿論、言えない。
俺と咲との関係を僅かでも口にすれば姫子さんが俺の正体に勘づいてしまう可能性があるのだから。
さっき俺が彼女の前で【須賀京太郎】との関係を否定した時点で、推察出来るだけの情況証拠は揃ってしまっているし。
コレ以上の情報を与えてしまうのは…あまりにも危険だ。

姫子「…京子に何時もみたいな元気がなかのも宮永さんが関係しちょっと?」

京子「っ…!」

…そう分かっているのに。
分かっているはずなのに…動揺が未だ俺の中から引いていない所為で言葉を詰まらせてしまって。
まるでそれが事実であると…そう言うような反応を見せてしまう。


姫子「そっか…」

姫子「そして…そん事情は言えんって事やね」

京子「…ごめんなさい…」

姫子「謝らんで欲しかよ」

姫子「こっちが勝手に踏み込んどるだけやけん、京子は悪くなか」

京子「でも…」

…既に姫子さんは厳密な意味で無関係ではなくなってしまっている。
俺を助けてくれた時点で、彼女は俺と清澄との間にある複雑な関係に片足を踏み込んでいるのだ。
その上、姫子さんは俺の事を友人だとそう認めてくれているのだから…やっぱりどうしても気になるだろう。
俺だって逆の立場なら絶対に気になるし…下手をすれば彼女以上に踏み込んでしまうはずだ。

姫子「…ま、そいぎ、私んやる事は決まったばい」

京子「やる事…ですか?」

姫子「ん。…永水女子と清澄が当たる前に…私達がどっちかを負けさせる」

姫子「そいぎ…京子がそぎゃん辛か顔ばする必要なかけんね」ニコ

京子「…姫子…さん」

でも…彼女はそれ以上、俺に事情を尋ねたりはしない。
ニコリと自信満々な笑みを浮かべながら、そう強気な事を言ってくれる。
去年の優勝校であり、今年も優勝候補ナンバーワンの清澄を下すと宣言するそれは…きっと本気だ。
自分たちになら出来るとそう信じているからこその強気な笑みには嘘の翳りはまったく見当たらない。


姫子「…私は京子ん事情ば良く知らんたい」

姫子「ばってん…京子にはそぎゃん顔似合わんばい」

姫子「…そん為に私も頑張るけん、元気出して欲しかよ」ナデ

…けれど、それは決して清澄を軽く見ているからじゃない。
自信があるのは確かだが…彼女がそうやって言ってくれるのは俺の為。
きっと酷い顔をしているであろう俺を励ます為に…姫子さんはそう断言してくれているんだ。
いや…ただ断言するだけじゃなくって…背伸びしながら俺の頭まで撫でてくれて… ――

京子「宜しいの…ですか?」

姫子「ん。良か良か」

姫子「どっちにせよ、清澄も永水女子も戦わんといけん相手ばい」

姫子「寧ろ、勝たなきゃいけない理由が増えて、嬉しかよ」

京子「…まったく…もう」

…そうやって沢山の理由を背負い込めるほど姫子さんは強くない。
彼女はそれで一旦、スランプに陥り、壊れる寸前までいったのだから。
しかし、それでも彼女は俺の理由を背負い、戦おうとしてくれている。
…ある意味、男である俺よりも男らしい彼女を前にして…いつまでもヘタレている訳にはいかなかった。


京子「そんな事されたら惚れちゃいますよ?」

姫子「ふふ、京子やったらペットとして白水先輩と一緒に可愛がってあげても良かよ?」

京子「流石にそれは白水さんに悪いんで遠慮しておきます」

そう返す俺の言葉は、きっとまだ平静に戻りきれてはいないんだろう。
けれど、さっきからずっと浮かびっぱなしであった脂汗は引き、溢れんばかりの危機感も抜けていった。
まるで姫子さんがそう言ってくれるなら大丈夫だと…そう安心するような反応。
あまりにもおんぶ抱っこで情けないそれに自己嫌悪を覚えながらも、俺は何とか笑みを作る事が出来た。

姫子「ん。京子にはそぎゃん顔の方が良く似合うばい」ニコ

京子「……ありがとうございます、その…色々と」

姫子「気にせんで良かよ」

姫子「これも京子への恩返しの一環ばい」

京子「もう…恩返しどころか、こっちの負債が大きくなっちゃって破産しそうですよ」

姫子「そいならそいで、身体で支払ってもらうけん、大丈夫たい」ゲスカオ

…まぁ、正体がバレてないから、仕方ない事なんだろうけれどさ。
でも、こうやって美少女に身体で支払ってもらうだのペットにするだの言われるのはちょっとなぁ。
決して嫌じゃないんだけれど…健全な男子高校生としてはついつい邪な想像をしてしまうというか。
姫子さんが相手なら喜んで支払いたくなってしまう。


姫子「で、どうする?」

京子「え?」

姫子「こんまま抽選会場に行けば、またあん子に会うかもしれんばい」

姫子「絶対に行かなきゃいけないって訳でもなかけん、行かないんも手やと思うたい」

京子「…それは…」

…正直なところ、咲にはもう会いたくない。
さっきは不意のエンカウントだったが、それ以上に俺を動揺させたのは咲の変化だったのだから。
俺の知るポンコツさがなくなってしまったかのようにジリジリと追い詰めてくる彼女は…正直、恐ろしい。
既に幾つものボロを出してしまい…さっき以上に怪しまれているだろうから尚の事。

京子「…………行きます」

姫子「京子…」

京子「大丈夫…無理している訳じゃありません」

京子「いずれ…乗り越えなければいけないものですから」

けれど…だからと言って、清澄から逃げる訳にはいかない。
姫子さんは俺が清澄と当たる前に倒すとそう言ってくれたが…それが現実になるかは分からないのだから。
そもそもトーナメント表をこれから決める以上、俺達の方が先に清澄と当たる可能性がある訳で。
例え、姫子さんがどれだけ頼りがいのある人であっても、甘える訳にはいかないんだ。


京子「それに…会場には姫子さんも…そして春ちゃん達もいます」

京子「さっきみたいな事には早々、ならないはずですよ」

姫子「…本当に大丈夫と?」

念押しするような姫子さんの言葉は俺のことを心配してくれているからなんだろう。
実際…さっきの俺は和達の時以上に狼狽していた訳だからな。
一昨日の経験から何とか話を出来る程度にはなったが、結局はボロを出しまくっていた訳だし。
それを真横で見ていた姫子さんからすれば、やっぱりどうしても心配になるのだろう。

京子「えぇ。大丈夫です」

姫子「…そっか」

姫子「そいぎ…私はもう何も言わん」

姫子「京子ん選択に任せるばい」

京子「…ありがとうございます」

それでも俺の意思を尊重してくれる姫子さんに俺は小さく頭を下げた。
正直、頭を下げる程度じゃ足りない気もするが…今の俺にはこれくらいしか出来ない。
後は…俺の選択に任せるとそう言ってくれた姫子さんの気持ちを裏切らないようにする事くらいか。
…正直、そっちは中々、難しい気もするけれど…だからってヘタレる訳にはいかない。
視界の端に咲達が映っても平常心を保てるような強い心を持てるように頑張るしかないんだ。


姫子「…ま、そうやって格好つけちょるけど、私ん手握りっぱなしやけん、ちょっと心配ばい」クス

京子「あ…」カァァ

京子「す、すみませんっ!」パッ

い、いや、途中までは覚えてたんだよ。
少なくとも、ここまで逃げてきた時には、彼女の手は俺の支えだった訳だし。
が、こうやって色々、話している間に、段々、それどころじゃなくなってたというか…。
【須賀京子】として振る舞うので一杯一杯で、手を繋いでる事なんてすっかり忘れてしまっていた。

姫子「もう…別に私は気にせんと?」

姫子「女の子同士やけん、手ば繋ぐ事くらい普通たい」

京子「…で、ですが、その…同性とは言え、想い人がいる人の手を繋ぎっぱなしは失礼だったと思います」

姫子「京子はホント、硬かねー」クス

京子「一応、これでも永水女子の生徒ですから」

…ふぅ、何とか誤魔化せたか。
しかし…やっぱりこうして姫子さんから手を離すと何となく寂しいかな。
何だかんだ言って…俺は彼女の手にすごく助けられ、そして励まされていたんだ。
こうして強がってはいるものの、未だ動揺は俺の中に残っているし…何となく勿体無いことをした気がする。
…でも、こうして言い訳をしてしまった以上、今からまた手を繋いでください、なんて言えないし…大人しく話題を次へと持って行こう。


京子「じゃあ…とりあえず会場に行く前に飲み物でも買いに行きませんか?」

姫子「んー…」

あそこで出会ったって事は姫子さんも飲み物を買いに行こうとしていた途中だったのかもしれない。
そう思った俺の言葉に姫子さんは右手の人差指を唇に当てた。
そのまま長く声を漏らす彼女は恐らく悩んでいるのだろう。
だが、そうやって思考中である事をアピールするような仕草もまた可愛らしくて、俺はまた笑みを浮かべた。

姫子「…ん。やっぱりこんまま会場に行こ」

姫子「さっきんみたいに宮永さんと鉢合わせするんも罰が悪か話やけん」

京子「宜しいのですか?」

姫子「ん。そぎゃん喉が乾いてるって訳でもなかったけん」

姫子「気晴らしついでん散歩みたいなもんやけん、私は大丈夫ばい」

姫子「そいに…多分、そろそろ抽選会が始まるたい」

京子「あー…」

…そういや結構、姫子さんとも話し込んでたもんなぁ。
携帯を取り出して時刻を確認してみれば…あぁ、確かにそろそろ時間が危ない。
流石に今すぐ始まるってほどじゃないけれど、そろそろ席についておかなければ時刻にルーズと言われてしまいそうなくらいには。
こっちは監督なしの部活で身内ばかりだから多少遅れても大丈夫だが、名門校の姫子さんはそうもいかない。
新道寺のエースと言う立場もある彼女はそろそろ戻っておいた方が良いだろう。


京子「…すみません。私の所為で」

姫子「もう。そうやって謝るんはもう禁止ばい」

姫子「私も京子と久しぶりに会えて嬉しかったけん、夢中になって話しちょったし」

姫子「そぎゃん風に京子に謝られると私ん方まで悪くなるたい」

京子「…ありがとうございます」

姫子さんはそう言ってくれるけど、俺と彼女じゃ立場が違いすぎるからなぁ…。
実際、俺のゴタゴタに巻き込んでしまったのもあって、申し訳無さはどうしても消えない。
打てば響くようなやり取りを楽しむ前に、もうちょっと彼女の事を考えるべきだった。
そう反省しながら俺たちはゆっくりと歩き出し、抽選会場へと向かう。

姫子「にしても…アレやね」

京子「アレ…ですか?」

姫子「弱っちょる京子って思いの外、可愛かったばい」ニコ

京子「…え?」

姫子「母性本能ば擽られるって言う言葉ん意味を、頭ではなく心で理解したと!」

…いや、母性本能って。
確かに俺が弱っていたのは事実だが…それでも身長が180後半はある訳で。
外見を女性らしく取り繕っていたとしても俺は姫子さんよりも一回りどころか二回りは大きいのだ。
幾ら弱っていると言っても、そんな相手に母性本能を擽られるものだろうか。
俺が男である所為か、正直、その気持ちがあんまり理解出来ない。


姫子「そいと同時に苛めたかって欲求も湧き出て来たばい」

姫子「こいは再戦時には思いっきり狙い撃ちにして泣かせてあげんといけんね」ゲスカオ

京子「…構いませんよ、それくらい返り討ちにしてあげます」

そもそも俺の能力からして、普段は防御に徹して、ここぞと言う時に攻め込む作戦しか取れないのだ。
攻め時には先に和了るか和了られるかと言う速度勝負になるのだから、俺を狙い撃とうとしても意味がない。
寧ろ、そうやって俺を意識すればするほど他の相手に足元を掬われかねない状況になるだろう。

京子「ただ、あんまり私に夢中になって、周りから反撃されても知らないですよ?」

京子「私を狙い撃とうとして負けた…なんて言い訳認めませんから」

まぁ、勿論、それくらい姫子さんだって分かっているだろうけれどな。
これがまったく情報がないならまだしも、彼女は合宿で俺と何度も対局している訳で。
俺の手堅さを何度も褒めてくれた姫子さんが、俺から直撃を無理に取ろうとするとは思えないし。
さっきのそれはただの冗談なのだろう。


姫子「もう勝った気になっとーと?」

京子「負けるつもりで勝負するほど弱気ではないというだけですよ」

京子「それに…私、姫子さんにも泣き顔は似合うと思うんです」ニコ

だからこそ、そうやって返す俺の言葉も冗談だ。
冗談だが…でも、決して嘘じゃない。
勿論、無闇矢鱈と彼女を傷つけたい訳じゃないが、彼女はとても魅力的な女の子な訳で。
こうしてゲス顔する姿さえ可愛らしい彼女が泣いたらどうなるのか…と言うのは少しだけ気になる。

姫子「まさか京子にそぎゃん歪んだ性癖があるなんて…」

京子「…さっきご自分の発言を思い返すか、鏡を見てから言って下さい」

姫子「鏡?見ても可愛い女の子しか映っとらんと?」ニッコリ

京子「…まぁ、私もそれは否定しませんけれどね」

姫子「ん?デレ?またデレ期が来とー?」ニマー

京子「来てません」

姫子「むむむ」

京子「何がむむむですか」

…ま、実際、姫子さんが可愛いのは俺も認めるところではある。
正直、ニマニマしながら俺の顔を下から覗き込む仕草だってウザ可愛いくらいだ。
ただ、それを簡単に口にすると姫子さんは絶対に調子に乗るし…何より… ――


姫子「ばってん、何だからしくなってきたばい」

姫子「そいでこそ京子たい」ニコ

京子「…えぇ。悔しいですけど、元気になれましたよ」

京子「ありがとうございます、姫子さん」

姫子「ん♪」

彼女が望んでいるのはそういうやり取りだ。
俺が何時も通り、彼女に対して若干、そっけない対応を繰り返すような会話。
俺が早く立ち直れるよう意図的に道化を演じてくれていた彼女の気持ちに報いるには…やっぱりこれが一番だったのだろう。
上機嫌に笑う姫子さんの表情は若干、安堵の色が混じっていた。

京子「っと…」

そうやって話している間に俺達は抽選会場の前へと辿り着いた。
厚い扉の向こうからガヤガヤとした声が聴こえる辺り、まだ抽選会は始まってはいないんだろう。
とりあえず姫子さんに多大な迷惑を掛ける事だけは避けられた。
それに一つ安堵した瞬間、俺の胸に小さな寂しさと息苦しさが過る。


京子「(…大丈夫だ。大丈夫…)」

姫子さんと話したりのんびり歩いていた時間から考えても、既に咲が会場入りしていてもおかしくはない。
それを考えるだけでさっきの寒気や恐怖が俺の背筋を這い上がってくるのを感じた。
しかし、ここは抽選会場。
さっきのように咲が俺に話しかけてくる可能性と言うのは少ない。
それに…何より俺の周りには春達もいてくれているのだ。
最悪の場合、俺のフォローをしてくれる彼女たちがいれば…きっと最悪の結果にはならない。

姫子「京子…大丈夫と?」

京子「えぇ。大丈夫です」

京子「それより…遅刻するといけませんから、早く入りましょう」

そう自分に言い聞かせながら俺は会場の扉を開いた。
瞬間、俺達の前に広がる光景は、まるで劇場のような大きな部屋。
何百人も余裕では入れてしまいそうなその部屋の中にはもうかなりの人数が集まっていた。
…その中でも、制服ではなく、巫女服姿で座っている永水女子は一際、目立っている。
霞さん達去年の三年生組を加えたその集団の中には小蒔さんだけいないが、既に抽選の為、舞台袖の方に行っているんだろう。


初美「あ、こっちですよー」ブンブン

京子「…もう」

入り口に近い部屋の後方に陣取った永水女子。
その中で初美さんは俺へと振り返り、こっちに向かって大きく手を振った。
扉の音に反応したであろうその小さい身体で頑張って自己主張をする彼女は正直、ちょっと可愛らしい。
今も尚、胸の中から這い寄ってくる緊張が若干、マシになったくらいに。

京子「姫子さんの方は見つかりました?」

姫子「ん。あっちの方に集まっちょるよ」

そう言って姫子さんが指さしたのは永水女子の前方、部屋の中腹辺りだった。
見慣れた新道寺の制服に身を包んだ彼女達は既に座って待機している。
残念ながら永水女子の確保した場所からは遠いが…まぁ、こればっかりは致し方ない。


姫子「私が側におらんでも大丈夫と?」

京子「…そうですね。ちょっと寂しいですし、不安ですけれど…」

京子「でも、私には皆がいますから大丈夫ですよ」

冗談めかした姫子さんの言葉に敢えて本音で返す。
それは勿論、彼女のその言葉がただの冗談ではなかったからだ。
悪戯っぽく笑いながらも姫子さんの視線は心配そうに俺に向けられていたし。
ここは彼女を安心させてあげる為にもちゃんと応えた方が良い。

京子「それより姫子さんは仲間のところに行ってあげて下さい」

京子「きっと皆、待っていると思いますから」

姫子「…ん。そいぎ、またね」

京子「えぇ。また」

そう言葉を交わしながら姫子さんはゆっくりと階段を降りていく。
その背中が遠ざかるのにやっぱりどうしても寂しさを感じるが、だからと言って引き止める訳にはいかない。
彼女は俺の友人ではあるし、とても頼りになる人ではあるが、あくまでもライバルなのだから。
俺の為に永水女子の側にいるよりも、仲間である新道寺のところに行くべきなのだ。


春「…京子」

京子「ただいま。待たせてごめんね」

そう思いながら合流した永水女子の中で、一番、心配そうな顔を見せたのは春だった。
さっき俺を置いてけぼりにして別れた彼女は珍しくその表情を歪ませるくらいに強い感情を浮かべている。
…それはきっと今の俺が平静なようで平静になりきれていないからなんだろう。
相変わらず誤魔化しきれない彼女の目に申し訳無さを感じながら、俺は春の隣に座った。

春「…何かあった?」

京子「…いえ、何でもないわ」

京子「ちょっと気分が悪くなっただけだから」

京子「心配させてごめんね」

春「京子…」

誤魔化す俺の言葉に春の視線が揺らぐ。
何処か痛ましげなそれから俺は逃げるように視線を外した。
…ここで咲と会ったなんて言ってしまえば、ただでさえ心労を掛けている春に余計な負担を強いる事になる。
例え、春が悲しそうな目をしていても…俺の胸の内に秘めておくのが一番だ。


京子「(…それに…)」

春は俺の事をとても大事に思ってくれているし、何度も俺を助けてくれている。
……けれど、彼女は究極的には神代家の側にいる人間なんだ。
そんな春に、咲に会った事を…そして、その反応を伝えてしまったら…幼馴染に危害が及ぶ可能性はある。
どうしてかはまったく分からないが…アイツが【須賀京子】の事を怪しんでいるのは確実なのだから。

湧「あ、ぼっぼ始まっよ」

それが結果的に春の事をどれだけ悲しませているかを理解していても、俺の口は動かない。
悲痛そうに俺を見る春から逃げるようにして、俺は視線を前へと向けた。
瞬間、舞台の上に司会者らしき人が現れ、抽選箱が舞台の真ん中へと置かれる。
いよいよ抽選会が始まるのだと悟ったのか、ゆっくりと会場内が静まり返っていく。


「では、時間になりましたのでトーナメント表の抽選を行います」

湧「ワクワクすっね」ニコー

明星「ふふ、そうね」

霞「出来れば良い位置につけてくれると嬉しいんだけど…」

初美「神様でも降りてくれれば良いんですけどねー」

巴「流石に抽選で降ろすのはマズいわよ」

そんな風に皆が話している間にも抽選は進んでいく。
AとBに分かれたブロックがゆっくりと埋められていくのだ。
その度に悲嘆の声が上がったり、上がらなかったりするのは、清澄と阿知賀がシードとしてAブロックに入っているからだろう。
両校ともに去年、大活躍した中核の選手をごっそり残しているだけに優勝筆頭同士である。
Bにも白糸台と臨海がシードとして登録されているが、それ以上にこの二校が恐ろしいと多くの人がそう感じているのだ。

京子「(まぁ…恐ろしいのはシードだけじゃないけれどさ)」

こうして上の方から会場を見渡すと、やはり目につく雀士と言うのは幾らかいる。
白糸台の大星選手、阿知賀の高鴨穏乃選手や松実選手、姫松の上重選手なんかがその例としてあげられるだろう。
その数はあまり多くはないが…だが、逆に言えばこんな大人数の中で目を引くくらい飛び抜けたモノを持っている化け物がちらほらいるという事なのだ。
正直なところ、こんな化け物連中と戦って、勝ち上がれるのか、若干、不安になる。


京子「(…まぁ、それと同じくらい楽しみでもあるんだけれど)」

勿論、俺がここにいるのは小蒔さんが引退するこの大会で最高の結果を残す為だ。
けれど、俺が麻雀を続けて来たのは決してその為だけじゃない。
そもそも俺が麻雀を始めたのは小蒔さんの為ではなく、それがとても楽しくてワクワクするものだからこそ。
こうしてインターハイまで勝ち進んでも尚、俺はその感覚を忘れてはいない。
だからこそ、俺はこうして居並ぶ強敵を前にプレッシャーを感じながらも、それと同じくらいの期待を抱いていた。

京子「(…………ただ…)」チラッ

俺がそうやって視線を向けるのは最前列に並んだ清澄高校の面々だ。
前部長…竹井先輩が抜けた穴を埋めている室橋さんとはあまり深い親交がある訳じゃないが、残り四人は俺にとって友人も同然である。
…けれど、見知っているはずの彼女たちは今、俺のまったく知らない雰囲気を纏わせていた。
ピリピリしたその周りには俺がいた頃のような和気藹々感はまるで感じられない。


京子「(一体…何があったんだよ)」

そこにはもう俺の知ってる清澄高校麻雀部の姿はなかった。
皆、仲が良くて、一つの目標に向けて頑張っていた頃の面影すら…今の俺には感じ取れない。
まるで戦場にいるような真剣さが背中から伝わってくる。
他の名門校だって…そこまで真剣にトーナメント表を見つめちゃいない。
唯一、その真剣さに迫るものがあるとすれば、王者奪還に意欲を燃やす白糸台だけだろう。

京子「(そりゃ…確かに最近はあんまりメールのやりとりを頻繁にしていた訳じゃないけれど…)」

京子「(それでも…未だメールが来るくらいの関係はまだあったのに…)」

京子「(皆がそんな風になっているなんて…俺はまったく知らなくて……)」

…確かに清澄はインターハイで優勝し、多くの人の期待に応えた。
二連覇を期待して、色々とプレッシャーだって掛けられた事だろう。
しかし、それでも…俺には彼女たちがこんな風になるだなんて思えなかった。
きっと俺が知らない…想像もしてないような理由がある。
…けれど、既に清澄と無関係になってしまった俺にはその理由へ踏み込む事なんて出来なくて… ――


京子「(…そもそも…咲の事だって…全然、分からない…)」

そんな清澄の端、和の隣に座る幼馴染からはジワジワと染み出すような威圧感を感じる。
遠くはなれていても尚、目で見て取れるそれは…それだけ咲がこの一年で強くなったからなんだろう。
既に敵となってしまった以上、複雑ではあるが…幼馴染の成長は嬉しい。
けれど…その分、いや…その代わり、俺の幼馴染からはまったくと良いほど隙がなくなっていた。

京子「(俺だって咲が強い事くらい…嫌ってほど知っているけれど…)」

長野にいた頃は日常的にトばされていたし、今もこうして迸るような実力が見て取れているのだから。
けれど、俺の知る咲は…宮永咲と言う少女はどうしようもないくらいポンコツだったはずなのである。
魔王とさえ呼ばれたその実力とは裏腹に、ちょっと目を離せばすぐ迷子になるし、本を読み始めたら止まらず平気な顔をして食事を抜いてしまう。
誰かがずっと見ていて世話を焼いてやらなければ心配な幼馴染が…今、そこにはいない。
去年、誰が相手になるのかと目をキラキラとさせていた文学少女の面影は…もう何処にも見当たらなかった。


京子「(勿論…俺がお前の全部を知っているだなんて言うほど傲慢じゃない)」

京子「(俺の知らない…気づいていない宮永咲はきっと沢山、いるんだろう)」

京子「(…でも…今のお前はあまりにも…俺の知ってる幼馴染と違いすぎて…)」

…そう思うのは今の咲がまるで本物の魔王めいた恐ろしいものだから…だけじゃない。
さっき俺に話しかけてきた彼女の様子も…俺の知る咲とは完全にかけ離れていたものだった。
まるで探偵小説の主人公のようにこっちの荒を突き、追求しようとする姿。
何処か臆病でコミュ障に片足突っ込んでいる咲に…そんな真似が出来るなんて俺は今まで想像した事がなかった。

京子「(でも…お前は俺に話しかけてきて…)」

京子「(俺を…【須賀京太郎】と見間違えたと…そう言って…)」

でも…冷静に考えればそんな事はあり得ない。
何せ、今の俺の姿は永水女子の皆と同じ巫女服姿なのだ。
幾ら咲がポンコツでも、男の【須賀京太郎】が巫女服姿で歩いているとは思わないだろう。
…と言うか出来れば思わないで欲しい。
俺を良く知っているはずの幼馴染に『京ちゃんならあり得る』なんて思われてただなんて正直、寝込むレベルのショックだし。


京子「(なのに…お前は一言すらどもらずに…握手してくださいまで言った)」

京子「(人見知りで…初対面の相手とろくに話せなかったはずのお前が)」

京子「(初めてあったはずの俺に…同性だと言っても…スキンシップを求めるなんて…)」

…それが単純に成長なんだと思えれば、どれだけ気楽だろう。
けれど…俺の知っている宮永咲にはそんな社交性なんてまったくなかったのだ。
アイツと一緒に過ごした十年以上、治そうとしても治らなかったそれがこの半年で改善されたと到底、思えない。
だからこそ、俺の脳裏に浮かぶ答えは…一つしかなくて… ――

京子「(やっぱり……気づいているのか?)」

京子「(今まで…皆騙されてくれていたのに)」

京子「(俺の正体なんて…分かるはずないのに…)」

京子「(お前だけは…俺の正体に…気づいているのか…?)」

確かに…咲は変わった。
俺の視界の中の咲は最早、別人のようだ。
しかし…それを加味しても…そうとしか思えない。
さっき問い詰めるようだったアイツの話し方も…そしてアイツが【須賀京子】に対して物怖じしなかった理由も。
全てそれで説明がついてしまうのだから。


京子「(なら…俺は一体…)」

咲「……」チラッ

京子「っ!?」

どうすれば良いのか。
そう思った瞬間、最前列の咲がほんの少しだけ顔を動かす。
誰かに呼び止められたかのようなその仕草と共に幼馴染の視線がこちらへと飛んできた。
俺が咲を見ていたのをそのまま返すようにまっすぐ射抜き返すその目は…さっきまでのものとはまったく違って。
まるで飢餓に陥った旅人がご馳走へと送るような…飢えと熱情が交じり合った視線だった。

京子「(き…気のせい…だよな…?)」

チリチリと肌を焼くような熱っぽい視線に俺は反射的に目を逸らす。
咲と目を合わすまいとするそれを一体、彼女がどう思ったのかは俺には分からない。
しかし、俺を射抜いていた咲の目は、数秒ほどしてからスッと離れた。
それに内心、安堵しながら息を漏らした瞬間、壇上で永水女子の名前が呼ばれる。


初美「あ、次は姫様ですよー」

巴「出来ればBブロックが良いんだけれど…」

霞「小蒔ちゃんなら大丈夫よ。きっと良いところを引いてくれるわ」

小蒔「…」ギクシャク

そう霞さんの信頼を受ける小蒔さんは舞台に出てきた瞬間から緊張していた。
同じ手足が同時に前へと出るテンプレのような緊張っぷりに会場内から小さな笑い声が漏れる。
しかし、それが決して大きなものにならないのは、永水女子の実力を皆、理解しているからなのだろう。
昨年、二回戦で敗れこそしたが、それは清澄や姫松、そして宮守と言う強敵同士で潰しあったから。
その後の個人戦でも大暴れした神代小蒔がいる限り、永水女子は決して油断出来る相手ではない。

小蒔「えーっと…うーんと…」ゴソゴソ

小蒔「……はいっ」パッ

巴「あ…」

初美「おぉぉ…」

そんな小蒔さんが抽選箱から取り出したのはBブロックの番号だった。
…これで決勝に行くまで清澄とは当たらないで済む。
最悪、三日後には咲達と戦う未来だってありえただけに、俺は小さく安堵の溜息を吐いた。


明星「流石、姫様です」

湧「良かとこい、引いてくれたねっ」

霞「えぇ。シードとぶつかるまでは強敵も居ないし…ベストと言っても良い位置なんじゃないかしら」

そう喜びの声をあげる皆とは裏腹に会場内で幾らかため息が漏れる。
運命の悪戯か、これまでBブロックには白糸台と臨海以外の強敵は存在しなかったのだ。
そんな中に去年のシード校であり、神代小蒔擁する永水女子が入り込めば、一気に勝ち抜けの難易度があがる。
特に一回戦から俺たちと当たる学校には早くも悲哀の色が浮かび始めていた。

京子「(…まぁ、実際、そこまで悲しまれるほど実力差がある訳じゃないけれどさ)」

小蒔さんを始め、永水女子の皆は強い。
地方予選からこれまでの間に合宿や練習を積み重ねたし、早々、負けたりはしないだろう。
けれど、そうやって皆がバトンを繋いでくれた先にいる俺はまだまだ能力的に不安定なんだ。
周りが悲哀を浮かべていたとしても、決して油断出来ない。
一戦一戦を全力でぶつかっていかなければ、足元を掬われてしまうだろう。


京子「っと…」

そんな事を考えてる間に小蒔さんは登場し、代わりに花田さんが壇上へと現れていた。
名門に集う実力者を束ねる彼女は何時もと変わらぬ足取りで抽選箱に近づいていく。
二百人以上に見つめられながらも、平常心を崩していない。
いっそ感心したくなるほどメンタルが強い花田さんが取り出したのはAブロックの番号で… ――

京子「(…しかも、最初に清澄と当たる場所…)」

…普通に考えれば今大会で一番、苦しい場所だ。
少なくともその近くに配置された学校からは落胆のため息が漏れるくらいに。
しかし、その番号を見ても、新道寺の皆はため息一つ漏れだしたりはしなかった。
むしろ、早めに優勝候補と戦えて嬉しいと言わんばかりにやる気に満ち溢れている。


京子「(まさに名門って感じだな)」

…恐らくこの辺りのメンタルが育つか否かが名門とそれ以外を分けるのだろう。
相手に対しての敬意を持ちながらも、自分の実力と努力を信じ、そして勝利を疑わない強靭な精神。
今大会で最もキツイ場所からのスタートが決まっても、まったく逆境と思っていないその態度には風格すら感じられる。
ここ数年、結果こそ振るわなかったが、それでも新道寺は未だ北九州に君臨する王者なのだ。

京子「(そして…)」

姫子「ー☆」ウィンク

その新道寺でエースを務める姫子さんは俺に振り返りながらウィンクしてみせた。
まるで自分に全て任せておけ、とそう言うようなその仕草に気負いはまったくない。
無論、それは清澄の実力を軽く見ているからじゃないだろう。
そもそも名門校である新道寺が優勝候補ナンバーワンの清澄を調査していないはずがないのだから。
それでもこうやって俺を気遣う余裕を見せるのは、彼女が自分と仲間を信じているからだ。


京子「(…まったく…凄い人だよな)」

俺も仲間の事を信じている。
けれど、彼女ほど自分の事を信じられるかと言えば、答えは否だった。
無論、これまで出来る事は全てやって来たが、他の皆に比べて俺の積み重ねは小さい。
ましてや、自分自身に麻雀に関する才能がない事を嫌というほど理解しているのだ
今、こうして勝てているのも全て神様から力を借りているからこそ。
そんな俺に彼女のような自信が出せるかと言えば否だろう。

京子「(…だから……っ!?)」

―― それを感じたのは俺が姫子さんを応援する為に小さく手を振った瞬間だった。

憧れると言って良いほど格好良い姫子さんに気持ちを伝える為の小さなジェスチャー。
それが途中でピタリと止まったのは、視界の端に入った咲から凄まじいほどのプレッシャーが放たれたからだ。
離れている俺にも伝わってくるようなそれは…まるで周囲を飲むような恐ろしさに満ちている。
まるで怪物がその牙をむき出しにし始めたような剣呑なオーラは、しかし、俺に向けられているものではなかった。


京子「(…怒ってる…?いや…)」

…これは敵意だ。
間違いなく…咲は新道寺に…いや、姫子さんに敵意を向けている。
ついさっき会った時はまるで眼中にない感じだったのに…今の咲は彼女のことを強く意識していた。
その変化が一体、何処から来ているのかは分からない。
ただ、今の咲が俺が知らないくらいに暗い感情を露わにしているのは…こうして見ているだけでも伝わってくる。

京子「(…大丈夫なのか…姫子さん)」

勿論、姫子さんほどの雀士がその敵意に気づいていないはずがない。
けれど、彼女は変わらず涼しい顔を続け、平然と抽選会を見ていた。
まるで咲なんて恐るるに足らないと…そう言っているような自然体。
さっき心強いとそう思ったはずの彼女に…今の俺は微かな不安を抱いてしまう。
それはきっと…俺が思っていた以上に咲が恐ろしい存在だったからで… ――


京子「(いや…大丈夫だ)」

京子「(幾ら咲が相手でも…姫子さんは早々、簡単に負けやしない)」

京子「(あの人の強さは俺も合宿で知っているし…今はそれよりももっと強くなっているはずなんだから)」

京子「(あの姿だって…姫子さんが今の自分に自信があるからだろ)」

京子「(そうやって不安に思う事なんて…ない)」

「さて、それでは以上を持ちまして抽選会は終わりとさせていただきます」

「トーナメント表は一時間後にHP、また会場内にも張り出されるので後でご確認下さい」

その不安を払拭しようと自分に言い聞かせた瞬間、壇上に上がった司会者から抽選会の終了が告げられる。
途中から姫子さんが心配で見ていなかったが…基本的にアレから大きくトーナメント表が動いたりはしていないらしい。
永水女子はそれなりに良い位置からスタートし、準決勝で臨海と白糸台にぶちあたる事になる。
それを超えられれば決勝…つまり優勝まであと少しの位置につけるんだ。

春「…京子、早く帰ろ?」

京子「あ、でも…姫子さんに挨拶だけ…」

春「…ダメ。ここはまずい」

巴「そうよ。早めに帰った方が良いわ」

巴さんが、まるで言い聞かせるように優しく言うのは一昨日の事がまだ記憶に新しいからだろう。
実際、俺は彼女の前で恥ずかしくなるほどの醜態を晒してしまったのだから、そうやって心配されるのも当然だ。
それは分かっているけれど…しかし、チリチリとした不安はどうしてもなくならなかった。


霞「そうね。あんまり長居しても意味はないし…」

初美「初戦から対策なんかも立てなきゃいけないですよー」

明星「そうですね。姫様を回収して早くホテルに戻りましょう」

京子「……はい」

…それでもこうやって他の皆に言われて、意地を通す事なんて出来ない。
そもそも彼女たちは俺の事を心配して、そう言ってくれているのだから。
それにトーナメント表が確定した以上、分析や対策なんかも本格化するし、あまり遊んでいる余裕はない。
初戦を迎える前にやるべき事は山ほどあるのだから、早めに帰るべき、と言うのは俺も認めるところだった。

霞「じゃあ、姫様を迎えに行きましょうか」

初美「良いところ引いてくれたご褒美も考えなきゃいけないのですよー」

巴「ふふ。じゃあ、帰りにお昼でも食べに行く?」

春「…良いと思う。大会前に皆で英気を養いたい」

湧「あちきも賛成っ!」パァァ

明星「まったく…あんまり食べ過ぎて眠くなっても知らないわよ?」

京子「ふふ」

…ま、その前にちょっとくらい寄り道しても構わないよな。
明日から対策だったり偵察だったりと色々と忙しい時間を過ごす事になるんだし。
こうやって皆で一緒に昼に食事を取れるのも、これから先、そうないかもしれない。
…姫子さんの事は相変わらず気になるが…今は皆との触れ合いを楽しみにして… ――


京子「っ!」

春「…京子?」

…瞬間、俺の肌にゾワリとした感覚が撫でる。
さっき咲に話しかけられた時のような圧倒的危機感。
首筋にナイフでも突きつけられている方がまだマシに思えるそれに思わず表情が強張る。
そんな俺の隣で春が疑問を浮かべるのは…きっと彼女は『これ』を感じていないからなんだろう。

京子「いいえ、何でもないわ」

京子「ちょっと立ちくらみを感じちゃっただけよ」

春「…そう」

そんな彼女にすぐさま返す事が出来たのは、俺がその感覚にも慣れはじめたからだろう。
恐ろしくて仕方がなかった一回目の経験が今の俺の中で活きているのだ。
まぁ…そうは言っても、春や皆に対して完全に誤魔化しきれたって訳じゃないんだろうけどさ。
俺の誤魔化しに春はまた寂しそうに目を伏せてしまったし…少なくとも彼女は勘づいている。


京子「(……でも、こんなの…言えるかよ)」

終了が告げられた瞬間から抽選会場の中は完全に撤収ムードになっている。
そこら中に人が立ち、通路には帰ろうとする生徒や関係者なんかで溢れかえっていた。
…なのに…さっきから俺はずっと見られ続けている。
まるで生き馬の目を抜くようにして…人々の隙間から。
ねっとりと絡みつくような…熱情混じりの視線が俺に向けられ続けているんだ。
それが何処からだなんて…今更、考えるまでもない。
遠い最前列に座っている咲が…俺の事をジッと見つめているんだ。

初美「……まったく、京子ちゃんは体調管理がなってないのですよー」

初美「これは昼にがっつりと美味しいものを食べて元気を出して貰わなきゃいけないのですー」

明星「…そうですね。団体戦の最中に体調でも崩されてしまうと大変ですし」

湧「美味かもんいっぺー食べて元気出そ?」スッ

京子「…えぇ。ありがとう」

まるで何処に居ても俺の位置が分かっているみたいな…熱い幼馴染の視線。
それに背筋が冷たくなる俺を励ますように皆はそう言ってくれる。
わっきゅんなんかは俺の事がよっぽど心配なのか、手まで握ってくれた。
…そんな皆の前で情けないところなんて見せられない。
きっとこの視線も俺の考えすぎなんだとそう自分に言い聞かせて… ――





―― しかし、俺達が会場を去るまでその視線は途切れる事すらなく…俺の背筋に冷や汗を浮かばせ続けたのだった。



というところで今日は終わりです(´・ω・`)
次回からはインターハイ本戦に舞台が移っていく予定です
またちょっと休憩して0時前くらいからちょこちょこなんぽっぽスレもやる予定です(´・ω・`)


阿知賀の宥姉の代わりのメンバーが気になるなー(姫子の運命から全力で目を背けつつ)

姫子ルートはよ(バンバン

ヒィ!咲さんコワイ!(ガタガタ

おつおつ

姫子(&哩)√のifがみたいです!

というか咲さんが偏執狂の悪役か化け物みたいで怖い過ぎる
ストーカーの被害者の気分だよ……

はやめに鹿児島帰って奥座敷だか座敷牢だかに引きこもらなきゃ……咲ちゃ、さんはポンコツだから無問題でしょ(フラグ

久しぶりに友人とゲームしてたらこんな時間になりました(白目)
一応、書き溜め終わりましたが明日も遊ぶことになったので投下は厳しそうです
先週と同じく日曜日に投下出来るよう頑張ります(´・ω・`)

流石に姫子が姫子ダインになったら咲さんを許せそうにねぇ
咲さんの魔王化が進むごとに話の落としどころが難しくなり続けてる感があるが>>1の手腕に期待だな

咲さんがどう足掻こうが勝つのは姫様だろ(目逸らし)

>>453
宥姉の代わりに入ったのは多分、麻雀教室の子だと思います
具体的なキャラまでは決めてません(´・ω・`)

>>457>>461
元々、姫子のポジション(合宿で出会って友人になるキャラ)は攻略予定だったのですが…姫子の場合、ガチ過ぎると言うか
同性を好きになってしまったという背徳感をここの姫子は既に乗り越えちゃってるのですよね
なので、哩と京子の二人を好きになってしまう形になるのでどう考えても浮気と言うか、ちょっともにょる形になるかなーと
なので姫子ルートは恐らくありません

>>468
座敷牢なら出れないし入れないし安心ですね!(おめめぐるぐる)
大事な京ちゃんを守るためなら監禁も致し方なし(錯乱)

>>475
あ、これ私許されないんじゃないかな…(これから投下する分を見ながら)
一応、落とし所は考えていますが納得出来なかったらごめんなさい

>>477
ここのメインヒロインは姫様じゃなくてはるるなので…(目そらし)


そして皆、わた咲ちゃんの事に怯えてるみたいですが、咲ちゃんは可愛い文学少女ですよ?
京ちゃんとの約束を守る為に一生懸命で
京ちゃんに心配かけないように色々頑張って
いざ京ちゃんの前に出ても素直におしゃべり出来なくて
最後にようやく好きな人にほんのちょっとだけ本音でおしゃべり出来るような可愛い女の子ですから><

何処にいてもついつい目で追っちゃって京ちゃんが他の子と仲良くしてるのについつい嫉妬しちゃう
のもヒロインとして当然じゃないですか、やだなー!


―― 永水女子にとって初戦は予想通りの結果に収まった。

京子達はあまり意識していない事ではあるが、永水女子は今回のインターハイでも上位に入る実力を持っている。
合宿相手が新道寺や九州赤山と日本でも有数の名門校ばかりであり、部員以外にも個人戦で活躍出来るだけの雀士が揃っているのだ。
その中で切磋琢磨しているからこそ強豪校である自覚は薄いが、しかし、だからこそ、京子達は足元を掬われたりはしない。
清澄の例もあると対戦相手のデータを揃え、対策を話し合い、戦術を確認しあっていた。

京子「ロン」

「…あ」

結果、初戦から始まったのは永水女子による一方的な蹂躙だった。
無論、初戦の相手とは言え、決してその実力が低いと言う訳ではない。
ただのビギナーズラックで地方予選を勝ち上がったのではないとそう思わせるだけの実力は備えていた。
しかし、逆に言えば、彼女たちの実力はその程度でしかない。
どの高校も京子達が地方予選決勝で戦った九州赤山には及ばず、だからこそ、永水女子には歯がたたなかった。


「(く…なんで親番一つ蹴るのにこんな苦労しなきゃいけないのよ…!)」

「(これで四回親番が来るとか…もう心が折れそうなんだけど…!!)」

「(これ絶対、反則でしょ…!明らかおかしいって!!)」

そんな彼女たちにとって一番、不幸だったのは、そこにオカルトを持っている雀士が一人もいなかったからだろう。
その能力の特性上、無能力者には滅法強い京子を前に彼女たちはあまりにも無力だった。
たった4回の内、最初の一回を蹴るだけでも和了りに和了りを重ねられて点棒をむしられている。
元々、湧や小蒔にボロボロにされていた彼女たちの点数はもうギリギリの状態だった。
まるで何とか逃げ出した先に本命である魔王が控えていたような絶望感。
最初はそれに抗おうとしていた彼女たちも少しずつ勝つ気力を失っていき、一つ目の親番が過ぎた時にはトビ終了だけは回避したいと考えるようになっていた。

京子「ツモ。6000オールです」

「う…うぅ…」

無論、攻める気のなくなった対戦相手など京子にとってはカモ同然である。
速度重視の和了りから点数重視の和了りへと切り替え、さらに点棒を奪っていった。
結果、前半戦のオーラスで対戦相手の1校をトばし、二回戦進出を決める。
その瞬間、ハコワレになった少女の目に涙が浮かぶが、彼女自身、それが安堵の所為なのか、悔しいからなのか分からない。
ただ、自分が何も出来なかった事だけを理解し、ゆっくりと項垂れた。


京子「…お疲れ様でした」ペコリ

その様に京子は内心、心を痛めていた。
京子とて勝つので精一杯であるというだけで何も女の子達を泣かせたい訳ではないのである。
しかし、永水女子が勝ち上がる為には勝てるところで最大限稼ぎ続けるしかない。
何より、ここで勝者である自分が声を掛けても、傷口に塩を塗るだけだ。
それを理解する京子は挨拶だけを済ませ、暗く沈んだ対局室から退室する。

湧「きょーんきょんっ♪」ダキッ

小蒔「京子ちゃんっ♪」ダキ

京子「わッ」

そんな京子を出迎えたのは永水女子の中でも特に元気な湧と小蒔だ。
共に子どもっぽい笑顔を浮かべる二人は飛びつくようにして京子の胸へと飛び込む。
勿論、対局室から出たばかりの京子がそれを予想出来るはずもなく、驚いた声をあげた。
それでも京子が二人分の体重を受け止め、バランスを崩す事がなかったのはその反応速度と身体能力の賜物である。
もし、彼女以外であればそのまま勢いに負け、倒れこんでいてもおかしくはなかった。


小蒔「初戦、見事な成果でしたねっ」

湧「格好良かった!」キラキラ

京子「ありがとう、二人とも」

京子「でも…いきなり飛び込んできちゃ危ないわよ?」ナデナデ

小蒔「えへへ…ごめんなさい」

だからこそ注意する京子の言葉に小蒔は笑顔のまま反省の言葉を漏らす。
それは勿論、彼女が反省していないからではない。
反省はしているが、それ以上に自分を撫でてくれる京子の手が嬉しいのだ。
暖かく優しいその手に京子が自分を大事に思っているのを感じて、ついつい頬が緩んでしまう。

京子「…それと…迎えに来てくれてありがとうね」

そんな小蒔を撫でながら京子が思うのは、二人の笑みと明るさに癒やされているという事。
無邪気に自分への信頼と感謝を示してくれる二人に傷んだ胸が楽になる。
恐らくこれを見越して皆はこの二人を迎えに寄越してくれたのだろう。
そんな彼女たちの優しさに胸中で感謝を告げる京子から二人はゆっくりと離れた。


湧「んーんっ!キョンキョンと早よ会いたかっただけじゃっでっ」ギュ

小蒔「でも、皆もそれは同じだと思いますから…早く戻りましょ?」キュ

京子「ふふ、そうね」

代わりに手を繋いだ二人にグイグイと京子は引っ張られていく。
まるで休日に親へと甘えるような二人の牽引に京子はクスリと笑った。
状況からすれば、まさに両手に花と言っても過言ではない状況だが、花が少々、元気過ぎる。
お転婆と言うよりは活力に溢れている二人の力に京子が抗う事はない。
二人に引っ張られるようにして一歩二歩と歩みを進め、仲間が待つ控室へと近づいていく。

京子「…ぁ」

その最中、京子の視界に映ったのは会場内のトーナメント表だ。
昨日、行われたAブロックの結果が貼り出されているそこには、新道寺の初戦突破が書き込まれている。
危なげなど一切感じられないほど手堅く、順当に二回戦進出を決めた新道寺。
だが、それを待ち受けるのは今大会で最も優勝に近いと目される清澄だった。


京子「(…姫子さん…本当に大丈夫だろうか…?)」

明日は新道寺と清澄の対戦から始まる。
京子にとって大事な友人と元仲間がぶつかり合う事になるのだ。
無論、ぶつかると言っても、インターハイ二回戦からは上位2校が勝ち進める形式になっている。
他の高校がよっぽどのダークホースでない限り、新道寺と清澄が勝ち上がる事だろう。
しかし、そうと分かっていても妙な胸騒ぎは未だ止まらず、不安にも似た心配が胸の底から湧き上がって来た。

小蒔「…京子ちゃん」

そんな京子の変化を小蒔はぎこちなくなった足取りから察する。
そのままチラリと振り返れば、何時も通り、引き締まった京子の顔が目に入った。
しかし、その視線は自分たちではなく、壁に大きく張り出されたトーナメント表に向かっている。
そしてその目に悩ましそうなものなものが浮かんでいるのだから、放っておけるはずがなかった。


小蒔「大丈夫ですよ」

京子「…え?」

小蒔「きっと大丈夫です」

勿論、小蒔には京子が何を心配しているのか分からない。
彼女は敏い子ではあるが、それでも万能という訳ではないのだ。
しかし、微かに表情を曇らせる京子が誰かの事を心配している事だけは分かる。
だからこそ、小蒔はその手を優しく握り言い聞かせるように同じ言葉を繰り返した。

京子「……ありがとう、小蒔ちゃん」

小蒔「えへへ♪」

自分の事を心配し、出来る限りの事をしようとしてくれている小蒔の優しさ。
それを胸の奥で感じる京子の中から言い知れない不安が薄れていった。
無論、完全な安堵に繋がるような大きなものではないが、それでも表面上を落ち着かせられるだけの効果はある。
それに感謝を告げる京子の前で小蒔は明るい笑みを浮かべた。


湧「そいで…明日はどげんすっ?」

京子「…明日?」

湧「キョンキョンも明日の試合、気になっちょるんじゃねの?」

京子「……そうね」

湧の言葉を否定する材料は京子にはなかった。
明日の試合が京子にとって馴染みの深い二校がぶつかり合う事くらい皆にも分かっているのだから。
ここで否定したら逆に強がっていると受け取られ、余計な心配を掛けてしまうだろう。
そう分かりながら一瞬、逡巡したのは脳裏に清澄の事が、そして幼馴染の姿が思い浮かんだからこそ。
もう自分がいた痕跡どころか、大きく変わった仲間たちの戦いを前にして冷静でいられるかどうか自信がなかったのだ。

湧「そいじゃあ、明日も皆で偵察に来よ?」

京子「わっきゅん…」

湧「そん方がきっとキョンキョンにとって良かとおもから」

そう言う湧も京子の気持ちが分かっていない訳ではない。
霞達ほど詳しい訳ではないが、京子の過去や事情は小蒔以上に知っているのだから。
清澄に対して、どうしても思うところがあるというのは湧にも良く分かっていた。
ましてや、京子は東京に来てからずっと様子が変なのだから尚の事。


湧「(…あちきも元気づけてあげたいけど…)」

しかし、自分にはそれが出来ない。
京子が思い悩んでいる問題はとても根が深く、そして何より湧達は加害者の側に立っているのだ。
どれだけ自分たちが心配しても、京子は決して口を割ったりはしない。
それは湧達の中で最も京子と仲が良い春に対して強がった瞬間から分かっていた。

湧「ここで応援せんかったら…きっとくけ…後悔するよ?」

京子「……」

そんな自分でも、京子の背中を押す事くらいは出来る。
京子が気にかけているのが、清澄か、それとも新道寺か、あるいはその両方なのかは分からないけれど。
それでもその気持ちを抑えこむよりはずっと健全だし、見に行った方が京子もスッキリする。
どっちを応援するにせよ、京子の気持ちを整理する為にも無駄にはならないはずだと湧は思う。


湧「あちき達も明日は偵察に来るから…いっどき来よう?」ギュッ

勿論、湧には無理強いをするつもりはない。
ここで京子が嫌だと言うのも仕方ないことだと思っている。
しかし、それでも今の自分にはそれしか京子の助けになれないと分かっているからだろう。
自分の思いを伝えるように、京子の大きな手をしっかりと握った。

京子「…そうね」ギュ

京子「清澄も新道寺も…どちらも強敵なんだもの」

京子「どちらかとは確実に決勝で当たるでしょうし…偵察は必要よね」ニコ

湧「キョンキョンっ」パァ

湧の手を握り返しながら、京子は笑顔を浮かべながらそう言った。
何時もの京子らしい穏やかなその笑みの裏には決して躊躇いがない訳ではない。
しかし、それでも京子は湧の気持ちを無駄にしたくはなかった。
不器用な形ではあれど、彼女が自分の為を思って、背中を押そうとしてくれている事を京子は感じ取っていたのだから。


小蒔「じゃあ、明日は皆でスパイさんですね」ニッコリ

京子「ふふ、ちょっと楽しみね」

小蒔「はいっ♪」ニコニコ

そう笑う小蒔には一体、湧がどうして京子に偵察を勧めたのかを理解していない。
自分を取り巻く状況の中、小蒔だけが多くの事を知らされていないままなのだから。
だが、そんな小蒔ではあっても、湧の優しさと、京子の決意、そして何よりも… ――

小蒔「(二人が仲良しさんでとっても嬉しいですっ)」

自分の大好きな二人が仲の良い姿を見せてくれる。
それは小蒔にとって満面の笑顔を浮かべるに足る最高の光景だった。
それに比べれば、湧や京子の真意はそう重要なものではない。
自分が知らなければいけない時になったら、きっと皆も教えてくれるはず。
一抹の寂しさを覚えながらも、小蒔はそう自分を納得させて… ――




―― それが後に自分と京子を深く傷つける刃になる事をこの時の小蒔は想像していなかった。






………


……






初美「うわぁ…やっぱり人多いのですよー…」

初美がそう漏らすのも当然の事だった。
何処よりも早くリアルタイムで対局の情報が入ってくる観戦室には既に多くの人々が詰めかけている。
ともすれば抽選会の時よりも人が多いその賑やかさは無論、これから始まる対局に多くの人々が期待し、注目しているからこそ。

霞「まぁ…清澄と新道寺って言う優勝候補がぶつかりあう訳だものね」

巴「ここから勝ち上がれるのは上位二校ではありますが…どっちも手の内を隠したままと言う訳にはいかないでしょう」

明星「何にせよ…注目のカードである事に違いはありませんね」

春「…出来れば新道寺の方に頑張って欲しい」

無論、事前の下馬評では清澄の方が遥かに有利だ。
新道寺は優勝候補に目されるだけの名門校ではあるが、去年、その柱となった絶対的なエース、白水哩を欠いている。
対して、清澄は中核メンバーはほぼ残したまま、今年のインターハイに参戦しているのだ。
去年よりもさらに強くなったであろう一年生組の活躍だけでも、新道寺を圧倒できる。
二校の戦力差をそう判断しているのは決して少なくはなかった。


小蒔「そうですね。折角、一緒に合宿をした仲ですし」

小蒔「決勝の舞台で新道寺さん達と一緒に戦いたいです」

湧「新道寺さんとこはわっぜかつえーもん」

湧「きっと決勝まで来てくるっよ」グッ

しかし、実際に新道寺と戦った湧達は彼女たちの実力を知っている。
昨日戦ったインターハイ出場校とは比べ物にならないほどの強さを。
まさに名門と呼ばれるに足るその手強さは幾ら優勝候補ナンバーワンであれど引けは取らない。
上位二校が勝ち抜けると言うインターハイのルールも相まって、必ず決勝まで来てくれるとそう信じていた。

京子「…えぇ。そうね」

それは京子とて例外ではない。
新道寺の、そして鶴田姫子の実力は京子も良く分かっているのだから。
しかし、こうして二校の対局が近づけば近づくほど、嫌な予感が強くなる。
昨日、小蒔に言われて一時は薄れた不安がまたぶり返すように京子の背中を覆っていた。


京子「とにかく…もうそろそろ開始だし、座りましょうか」

小蒔「はーい」

初美「…しかし、こういう椅子を見るとポップコーンが食べたくなるのですよー…」

巴「もう、映画じゃないのよ?」

湧「…じゃっどん、あちきもちぃっと分かるかも」

明星「まぁ、ポップコーンはありませんが、お菓子も持って来てますから」」

春「…黒糖もバッチリ」ドヤァ

京子「ふふ」

それを表に出さずに済むのは、何時もと変わらない様子で京子の周りにいる仲間たちのお陰だ。
これが何でもない日常の一部であるとそう言い聞かせるような賑やかさ。
それが暖かいと京子が思うのは、皆がそうして騒いでいるのが自分を気負わせない為だと分かっているからこそ。
だからこそ、京子は彼女たちと一緒に座りながらも笑みを浮かべ、ほんの一時でも嫌な予感を忘れる事が出来た。

京子「(……さて)」

しかし、開始時間が近づけば、ずっと騒いでいる訳にはいかない。
こうして皆で観戦室に来ているのは決して遊ぶ為ではないのだから。
いずれ戦う事になるであろう二校から少しでもデータを引き出さなければいけない。
その上、優勝候補同士のぶつかり合いを偵察に来ているのは永水女子だけではないのだ。
何時もの調子で騒いでいると他の人の迷惑になる。


京子「ぁ…」

そう思った瞬間、画面の中に赤いマントが映り込む。
日常で過ごしている限り、決してお目にかかったりしないであろう派手過ぎるアクセサリー。
しかし、それはこのインターハイにおいてはある雀士のトレードマークとして扱われる。

―― 清澄高校二年。

―― 昨年、個人戦において一部記録を塗り替え。

―― 団体戦でも他校のエース級を前にして、自分の仕事をやりきった清澄の先鋒。

―― 極端に東場に強いそのオカルトを持って、今年も多くのエースを薙ぎ払ってきたその雀士の名前は。

京子「…優希…」

片岡優希。
宮永咲率いる清澄高校において、最初に立ちふさがる彼女の実力を京子は良く知っていた。
東場において絶対的な火力と速度を誇る優希に京子は幾度となくトばされ、最下位の烙印を押され続けたのだから。
清澄を出て、永水女子で鍛えあげられた今も、その光景は色褪せない。
優希と、和と、そして幼馴染と。
笑いながら切磋琢磨した日々は今も京子の中に残っていた。


春「…」キュ

京子「…ぁ」

そんな京子の隣に座った春はもう何も言わなかった。
自分が幾ら、心配したところで京子が誤魔化すだけ。
それだけならまだしも、その度に京子は辛そうな顔をするのだ。
自分が嘘を吐いている事を心から悔やむその表情はもう見たくはない。
だからこそ、春は自分の思いを口にせず、代わりに優しく京子の手を握った。

京子「…春ちゃん…」

春「……」

自分を呼ぶ京子の言葉に春は何も応えなかった。
まるで自分が京子の手を握っている事を誤魔化すように前を向いている。
不器用な、けれど、暖かい春の優しさは今の京子にとってとても有り難い。
何も言わない彼女の手のお陰で胸の奥から沸き上がる寂しさと痛みが消えていく。

京子「(…ありがとうな)」

だからこそ、胸の中に浮かぶ感謝の言葉を京子は口にしなかった。
それは言葉は要らないと前を向き続ける彼女の思いを無駄にする行いだから。
だから、代わりに京子は春の手を握り返し、同じように前を向く。
瞬間、モニターの中に優希以外の参加者が現れ始め、全員が席に着席し… ――




―― そして清澄と新道寺の戦いが始まった。




………


……






―― 清澄と新道寺の戦いはおおかたの予想通り清澄有利な形で進んでいた。

去年から引き続き先鋒を務めた花田煌を含めて、新道寺は決して弱くはない。
絶対的なエースであった白水哩の穴を全員で埋めようとした結果、一人一人がエースになれる実力を備えている。
次期エース、鶴田姫子のスランプを全員で乗り越えた彼女たちは団結力も強く、精神的にもタフだ。
ただ、優勝候補ナンバーワンとして君臨する清澄を相手にするには若干、実力的には物足りないと言うだけで。

―― 一年にしてインターハイ記録を塗り替えた速攻高火力型の片岡優希。

―― 経験を武器に、そして多くのオカルト使いと戦って、その経験からさらなる成長を続ける染谷まこ。

―― インターミドルチャンプに輝いたポテンシャルを常に最大まで発揮出来る原村和。

―― そして魔王と呼ばれるだけの実力と能力を兼ね備えた宮永咲。

中堅を任された室橋裕子こそ一段劣るが、その誰もが全国でもトップクラスと言っても良い実力を兼ね備えている。
いっそグッドスタッフと言っても良いようなそのチーム構成には幾ら名門と言えど、追いつくのは難しい。
これが他の高校と連携が取れるならまだ何とかなったが、残り二校は準決勝へ進出する為、新道寺をターゲットにしていた。
そんな彼女達と連携が取れるはずもなく、大将戦を迎えた時には清澄と新道寺の間には2万点差が生まれてしまっている。


姫子「(さて…と)」

しかし、それだけの点差を前にしても姫子は怯んだりしてはいなかった。
ごく自然な動作で対局室へと足を踏み入れ、仲間たちが座っていた席へと着く。
そのままゆったりと身体を背もたれに預けながら、彼女は雀卓に備え付けられた点棒入れを開いた。
瞬間、姫子の視界に入るのは開始時よりも多めに増えた点棒の山。

姫子「(…皆、良く頑張ってくれたばい)」

姫子「(こいなら…逆転も出来るかもしれん)」

無論、姫子はこれから戦う相手が今大会でも最強と目される一人である事くらい理解している。
去年の個人戦でも大暴れした宮永咲は、去年とは比べ物にならないほど強くなっている事も。
自分一人の実力では逆立ちしても宮永咲には及ばない事も分かっていた。


姫子「(…ばってん、私は一人じゃなか)」

姫子「(こいまで私ん為に頑張ってくれた皆がいる)」

姫子「(勝つ為に必死で点棒を残してくれた仲間がいる)」

だが、それでも姫子の心に不安はない。
相手は間違いなく今まで対峙した中でも最強。
しかし、その強力な力が故に、今の咲は一人で戦っているのだ。
仲間との間に信頼と呼べるものがあるのかさえ定かではない相手に姫子は負ける気がしない。
仲間の想いを力に変える能力を得た自分なら必ず勝てると姫子は確信さえしていた。

姫子「(…そいけん…)」

咲「…」ゴッ

瞬間、扉から入ってきた宮永咲のプレッシャーに姫子は怯んだりしない。
抽選会の時よりもよりハッキリとした恐ろしさは息苦しいくらいだ。
実力だけじゃなく、その風格までも魔王と呼ばれるに足る領域に達した少女。
それが自分に嫉妬混じりの敵意を向け、絶対に追い落としてやろうとしているのが肌で伝わってくる。


姫子「(ばってん…そいはこっちも同じたい)」

勿論、姫子は京子と咲が一体、どういう関係にあるのかは知らない。
複雑な関係である事くらいは察する事が出来るが、京子はそれを教えてはくれなかったのだから。
しかし、それでも京子が咲に対して可哀想なくらいに怯え、苦しんでいた事くらいは分かる。

姫子「(…京子は私の恩人やけん…)」

姫子「(あんお人好しがおらんかったら…私はきっとこん場にはおらん)」

姫子「(そいどころか…麻雀ば続けとったかすら分からんたい)」

京子と姫子の付き合いはそれほど長い訳ではない。
具体的に会って話をした日数はたったの数日だ。
しかし、その間に積み重ねた親交は姫子にとってとても大きなものだった。
ついつい甘えるようにじゃれあったりしているが、姫子は心から京子に感謝している。
そんな京子に今にも泣きそうな顔をさせた咲を放っておけるはずがなかった。


姫子「(…私が止める。ここで…必ず…!)」

相手は自分一人では太刀打ち出来ないような正真正銘の化け物で、その上、圧倒的なリードを許してしまっている。
普通ならばここから逆転する事など夢、準決勝進出を阻むなどと言ったら鼻で笑われるだろう。
しかし、それでも姫子に諦観はなかった。
決勝でぶつかるであろう友人に全力を出し切ってもらう為にも、ここで必ず追い落とす。
そう強く気持ちを固める姫子の前でゆっくりと咲が椅子へと座った。

咲「…今日はよろしくお願いします」ニコ

姫子「…よろしく」ニコリ

「ひぅ」

「う、うぅぅ…」

そう笑い合う二人の前でぶつかり合う闘志と敵意。
一見、和やかな光景に渦巻く感情のエネルギーは残りの二校を怯えさせた。
ただでさえ絶望的な点差が出来ているのに、一位と二位は目に見えて意識し合い、反目しているのである。
まるで猛獣同士が牙を剥く檻に放り込まれた気分だった。


咲「あ、そうそう。開始前に少し質問しても良いですか?」

姫子「…何と?」

咲「須賀京子さん…京ちゃんとはどういう関係で?」

にこやかに尋ねる咲の目は決して笑ってはいなかった。
虚偽は許さないと言わんばかりの視線に背筋に冷たいものが走る。
まるで背筋に刃物でも押し付けられたようなその冷たさに、しかし、姫子は怯えない。
真正面から咲の視線を受け止めて、そのまま真っ直ぐ視線を返す。

姫子「大事な人たい」

咲「大事な人?」

姫子「そうばい。あん子と会えんかったら…今ん私はなかったけん」

姫子「会った時間は少ないけれど…そいでも私は大事な友人やと思うちょる」

咲「ふふ…ふふふ…」

姫子「何がおかしかね?」

咲「……何も知らない癖に」ポソ

姫子「何?」

咲「…京ちゃんの事を何も知らない癖に…大事だとか友人だとか…面白い事を言うんですね」ニコリ

姫子「…」

勝ち誇るような咲の言葉に姫子は反論出来なかった。
自分も京子も友人だと想い合っている事に疑う余地はない。
しかし、京子の事を何もかも知っているかと言えば答えは否だった。
人となりくらいは理解しているが、過去何があったのかはまるで知らない。
目の前で心から嬉しそうな顔をする少女との間に何があるのかもまた。


姫子「…そいぎ、そっちは京子ん何ば知っとーと?」

姫子「あん様子じゃ…こん前、初めて会ったばっかりなんじゃろー」

咲「ふふ、そう見えましたか?」

咲「…そう見えたのなら…やっぱり貴女はそれまでです」

咲「京ちゃんの事を何も知らない…知らされてない…ただの友人止まり…」

まるで姫子に言い聞かせるように言う咲の内心はとても明るかった。
抽選会で見た二人の様子はとても仲の良いものだったのだから。
目と目で分かり合うような二人の様子に内心、強い嫉妬を掻き立てられたのを覚えている。
もしかしたら自分が知らない間に、【須賀京太郎】が【須賀京子】である間に、二人は恋人になってしまったんじゃないだろうか。
今日、ここに来るまで咲はずっと内心やきもき続けていたのである。

姫子「…ばってん、そぎゃん私でも分かる事はあるたい」

姫子「宮永さんと京子ば合わせる訳にはいかん」

姫子「合わせたら…あん子が辛か想いばするけん」

咲「…やっぱり何も分かってないんですね」

咲「…私は京ちゃんと約束したんです」

咲「必ずインターハイで会おうって」

咲「だから…邪魔しないでください」

咲「もっとも…出来ると思いませんけれど」

それは決して侮蔑の言葉ではない。
相手と自分の力量差を良く理解しているが故の事実だ。
実際、こうして姫子と対峙していても、咲はまったくプレッシャーは感じない。
少なくとも、去年戦った大星淡や天江衣、高鴨穏乃を前にした時には身体がゾクゾクして胸の奥がワクワクするような興奮があったのに。
自分に対して闘志を燃やす姫子からは、そんなものが欠片も伝わってはこなかった。


咲「(…そう言えば、前にそれを感じたのは何時だったっけ…?)」

ふと浮かぶその思考に咲は答えを出せなかった。
地方予選の決勝で再び戦った衣も、自分をワクワクさせてはくれなかったのだから。
京太郎との約束を果たすのに必死で、楽しむなんてまったく思考に浮かんだりしなかった。
昔は知らない相手と麻雀を打つと言う事だけでも楽しかったのに、今はそれが煩わしくて仕方がない。
早く京ちゃんと会いたいのに、とそんな逸るような気持ちが内心から沸き上がってくる。

姫子「…そいは最後まで分からんたい」

姫子「京子ん麻雀ば見て、そぎゃん事も分からんと?」

姫子がそう返すのは、自分の実力を信じているからだけではない。
永水女子が地方予選で優勝を決めた日、姫子はすぐさまビデオでそれを確認し、そして震えたのだから。
無論、真っ先に第一報を確認し、永水女子が地方予選を勝ち上がった事は知っていた。
しかし、それでも文字通りの土俵際から立ち直り、逆転を決めるとは夢にも思っていなかったのである。


姫子「(…ホント、凄かったばい)」

ただ大会記録を塗り替えただけではない。
ギリギリの状態から一気呵成に和了り続けるその姿は姫子の心を強く惹きつけるものだった。
まるでヒーローか何かのように折れず、挫けず、前を向いて。
最後の最後で勝ってみせた京子に戦いたいと、自分の全てをぶつけてみたいとそう思った。

咲「……」

姫子「…ま、結果がどうなるかはすぐに分かるたい」

ブー

だからこそ、負けられない。
そう心に決めながらの言葉を後押しするように対局開始を告げるブザーが鳴る。
瞬間、ガラガラと言う音と共に洗牌が始まり、少女達の前に山が現れた。
それらを自らへと引きこむ少女たちにはもう言葉はない。
これから先は言葉ではなく、麻雀で戦う場所だと理解しているからだ。


姫子「(…出来れば立ち上がりにドーンとやってあんいけすかん顔ば歪めてやりたか)」

姫子「(ばってん、宮永ば下手に攻めるんは危険ばい)」

さっき強気な言葉を放ったとは言え、姫子は決して咲の実力を過小評価している訳ではない。
連続カンに嶺上開花、責任払いに追加ドロー。
おおよそ同じ競技をやっているとは思えない圧倒的なその能力は何処からでも和了りを狙える荒唐無稽なものだ。
分析をしても弱点らしい弱点が見えないその能力は姫子にとってもかなり脅威である。

姫子「(…幸い、皆んお陰で弾は沢山ある)」

姫子「(何時も通り…焦らずじっくり行けば…負けたりせんばい)」

しかし、姫子とて凡百の雀士ではない。
素の実力だけでも白水哩と同等であり、そして今は彼女を支える新しい能力があるのだから。
新たに結んだ仲間たちとの絆が生んだその力があれば、咲を相手にしても劣ったりはしない。
そう信じているからこそ姫子は防御に徹し、期を待ち続けた。


咲「カン嶺上開花。責任払いで3900です」

結果、咲の進撃を止められるものはいなかった。
去年の時点でもトップクラスであった咲は、一年掛けて自分の実力を磨いてきているのである。
『真剣に麻雀をやっている』だけの雀士では追いつくどころか、点棒を毟られるだけ。
結果、東一局と二局は咲の連続和了によって進み、早くも東三局を迎えた。

姫子「(…さて…ここからやけんね)」

その東三局で姫子が動く。
イメージするのは金色に輝く2つの鍵。
以前、哩から託されたものよりも遥かに小さなそれは彼女の手の中で淡い輝きを放っていた。
早く自分たちの力を解放してくれとそう告げるような光に姫子は山へと手を伸ばし、牌を引き込む。
そうやって少しずつ完成していく手牌は今までとは比べ物にならない好形だった。


姫子「(…4翻…流石たい)」

本来ならその手はもっと上を目指せてもおかしくはない。
ドラが絡めば跳満、咲がカンを多用する事を考えれば、三倍満だって見える。
しかし、姫子はそれを4翻以上で和了るつもりはなかった。
そもそも自分の能力からして、4翻以上は不可能だと姫子は知っているのである。

姫子「(…煌、友清、ありがとばい)」

姫子の能力は【仲間が二回以上和了った局で、低い方の翻数を回数分倍にした翻数で和了れる手を引き込める】と言うものだ。
今回は先鋒の煌、副将の友清が和了った分が二倍にされ、4翻の手が半ば完成している。
以前のリザベーションと対比し【リザベーション(友情)】と姫子が名づけたそれは去年からは汎用性が大きく向上していた。
縛りの成否に関わらず、仲間が和了っただけで能力が発動し、また失敗した場合のデメリットもない。
スランプを乗り越えた先で皆と手に入れたその力は、姫子にとって一種の誇りでもあった。


姫子「(ただ…油断は禁物ばい)」

姫子「(確かに私ん手は好形ばってん…確実に和了れる保証はなかけん)」

姫子「(皆が繋いでくれたこん手ば…無駄には出来ん)」

勿論、デメリットがない分、効果はそれほど大きい訳ではない。
去年、白水哩におんぶ抱っこだった分、強い絆で結ばれていたリザベーション。
それが成立した場合、確定和了が保証されるほど強力なものだった。
しかし、今の姫子と仲間を繋ぐそれは、そこまでの強制力はない。
あくまでも和了れる可能性があるというだけでそれを活かすも殺すも姫子次第なのだ。

姫子「(ばってん…こんツモなら…!)」キュッ

姫子「(よし…!)」

姫子「ツモ!2000・4000ばい!」パララ

咲「…はい」

能力が発動している最中の姫子は強い。
それは能力の後押しを受けているからではなく、勝負どころをハッキリと理解しているからこそ。
普段、防御に割いている雀力や勘を全て導入し、和了を拾いにいっている。
そんな姫子の思いに牌も応え、基本的に10巡以内で和了るのが常だった。


咲「(…分からないけど…今、何かやったよね)」

咲には姉のようなオカルト判別能力はない。
それでも確信めいた思いを抱くのは、東三局から一気に肌がザラついたからこそ。
最初は何の能力も持っていないと思った相手から感じるその重圧は決して小さいものではなかった。
まるで可愛い猫だと思っていた相手がいきなり獰猛な虎に変わったような変貌っぷり。
これまで幾人もの能力者達と対局してきた咲が今更、それを見間違うはずがなかった。

咲「(思った以上に厄介みたい…)」

松美姉妹のように常時発動するのではなく、何かしらの条件で発動するタイプ。
その上、火力はあるし、速攻を決められるスピードもあるらしい。
しかし、その具体的な内容までは咲にはまだ分からないままだった。
自分の能力はほぼ知られているだけに、その得体のしれなさは少し面白くない。
能力の詳細次第では一方的に和了られる事もあるのだから尚の事。


咲「(…でも…所詮はそれだけ)」

咲「(私に勝てるようなレベルじゃない)」

咲「(例え能力がなんであろうと…)」キュッ

咲「(私には…届かない…!)」パラ

咲「カンっ!」

しかし、咲はそれに対して恐れる気持ちなど欠片も持ってはいなかった。
相手の得体の知れなさは不気味ではあるが、さりとて、やる事は変わらない。
カンして和了って、そして勝つ。
シンプル故に迷いの少ないその打ち筋はたった一回の和了で揺らいだりはしない。
姫子が防御に徹していただけに東四局は咲の和了で終わり、舞台は前半戦の折り返しへと雪崩れ込む。

姫子「(…さて、南入りばい)」

南に入って最初に姫子が揃えた手牌は二翻の安手。
中堅と次鋒の二人の和了を引き継いだその形に姫子は小さく笑みを浮かべた。
無論、その安手一つ和了ったところで、清澄との点差は大きく開いたまま。
大将戦からずっと清澄に主導権を握られ、和了続けられているのは変わらない。


姫子「(…ばってん、ここからが本番…!)」グッ

新道寺は姫子の能力的に速攻を重視する戦術を取っている。
無論、大きな手で和了れれば尚良いが、それよりも和了る人数を増やす方が先決。
どんな安手でも3倍、4倍になればバカには出来ない。
大将戦までに得られる点棒の数が少なくても、全員の気持ちを背負った姫子ならば必ず巻き返す。
そう信じているが故の戦術は前半よりも後半に近づいてからの方が活きてくる。

―― 後半に近づけば近づくほど、雀士は窮屈になっていくのだから。

それは趨勢で負けていれば負けているほど顕著だ。
他校との点数調整や自分の収支の帳尻合わせ。
仲間の期待と想いを背負ったそれは雀士の手を重く、そして窮屈にしていく。
ましてや、この卓に置いては、清澄と新道寺が頭一つ分どころか二つは抜けているのである。
東場が終り、彼我の実力差を理解してしまった雀士が一発逆転を夢見て大物手を構えるのも無理の無い事だ。


―― しかし、その中で圧倒的に有利なのは新道寺である。

通常、和了率と言うのは20%もあれば上出来だとされている。
しかし、それはあくまでも全員が対等な条件で戦えばの話。
他の二校が沈み込んでいく分、新道寺は軽く早い手で和了を繰り返していた。
唯一、それについていけるはずの清澄も無理には追わない。
どれだけ和了っても所詮安手は安手であり、自分たちの有利は変わらないのだから。
それよりも浮足立ってしまう方が悪手だとそう考えていた。

姫子「(こっからは…私ん…新道寺ん独擅場たい!)」

姫子「ツモ!700・1300!」

それは決して間違いではない。
下手に新道寺を追いかけようとすれば、彼女たちが持ち帰った点棒は今よりもずっと少なかっただろう。
だが、それは大局的に見た場合、最悪に近いものだった。
清澄が追わなかった所為で、新道寺は南入り後の和了率を跳ね上げさせたのだから。
安手だノミ手だとバカにされながらも連荘を繰り返し、自身の為の鍵を集めてくれた仲間たちの想いを姫子は無駄にはしない。
連荘を繰り返し、咲すら寄せつけない勢いで和了り続けた。


ブー

「前半戦終了です」

姫子「…ふぅ」

結果、前半の半荘が終わった頃には清澄と新道寺の点差はほぼないような状態だった。
二翻以上の手をツモれば、それだけで1位と2位の順位は逆転する。
そしてこれからも姫子が撃ち出す弾丸の数は増えていく一方なのだ。
逆転どころか、清澄を三位に追い落とす事だって不可能じゃない。
湧き上がるその実感にため息を吐いた姫子の身体が小さく震えた。

姫子「(ただ…)」チラッ

咲「……」

そんな姫子を前にして、咲はまったく何の反応を示さなかった。
対局前にはアレほど敵意をむき出しにしていた彼女が、まるで火を落としたように静かになっている。
しかし、それは決して圧倒的な姫子の実力に意気消沈してしまったからではない。
まるで火山が噴火する直前を彷彿とさせるピリついた静けさ。


姫子「(…控室で作戦会議でもしてくれれば、まだ可愛げもあるんに…)」

前半戦はまさしく姫子の、新道寺の独壇場と言っても良い結果に終わった。
それが能力による後押しである事に咲も気づいていないはずがない。
しかし、咲はまったく動かず、静かに持ち込んだ本に目を通している。
まるでこの程度では自分の勝利を揺るがされたりはしないと確信しているような姿。
それに姫子は背筋が寒くなるような感覚を覚えた。

姫子「(…何ば怯えちょっと)」

姫子「(有利なんは…間違いなく私ん方ばい)」

姫子「(相手が多少、不気味なんが一体、どうしたと?)」

姫子「(所詮、こいもただん強がり…)」

咲「…ふふ」

姫子「…え?」

瞬間、聞こえてきた笑い声に姫子は思わず驚きの声をあげた。
それは咲の口から漏れたその声が彼女にとって予想外だったからである。
勿論、今の不気味な静けさを見せる咲が何をしてもおかしくはないと姫子も思っていた。
しかし、何の脈絡もないまま、『恋する乙女のような表情で笑みを見せる』なんて流石に想像してはいない。
不気味を通り越して理解出来ない化け物のような対局者の姿に姫子の背筋がさらに冷たくなった。


咲「(京ちゃん…)」

そんな姫子に一瞥さえくれないまま咲が目を通しているのは彼女の日記帳だった。
日頃、コツコツと書き記していたその本には幼馴染であり、意中の男の子との思い出が書き連ねられている。
彼との別離から毎日が空虚で、新しいページこそ増えてはいないが、それでも咲にとってそれは宝物だった。
こうして読んでいるだけでも楽しかった日々が脳裏に蘇り、その頬にかつてと同じ笑みが浮かぶくらいには。

咲「(京ちゃんは何時でも…私に勇気をくれるよね)」

瞬間、咲の胸の中に浮かぶのは、何時も自分の事を引っ張ってくれた幼馴染の姿。
引っ込み思案で中々、人と仲良くなれなかった自分が多くの仲間と知り合えたのは彼のお陰。
麻雀に向き合い、姉との和解が出来たのもあの時、京太郎が自分を強引に麻雀部へと連れてきてくれたからこそ。
そんな彼の姿を胸に浮かべるだけで、咲は自分が強くなれたような気がした。


咲「(だから…私、頑張るよ)」

咲「(必ず…京ちゃんに…会いに行く)」

咲「(それが…約束だもんね)」

あの時、自分は下らない意地を張って、マトモに見送りすらしてあげられなかった。
それも全て自分が弱く、そして勇気が足りなかったからこそ。
だから、咲は強くなろうと決心した。
麻雀でも、人間としても、自分を鍛え、伸ばしてきたのである。
それが幼馴染にとって喜ばしい事かも考えないまま、過去の贖罪と精算をする為だけに、ずっと。

咲「(京ちゃんがあんな風に惚けたのも…その所為なんだ)」

咲「(私がインターハイで会うって約束をちゃんと果たせていないから)」

咲「(京ちゃんと本気でぶつかるまでは、きっと本当の事を言ってくれない)」

咲「(でも…麻雀なら…教えてくれるよね)」

咲「(京ちゃんが大好きな麻雀なら…きっと)」

そこに自分の名前が上がらない事を咲はもう不思議と思ってはいなかった。
幼馴染への後ろめたさによって歪んだ目的意識は彼女に麻雀を道具としてしか認識させていない。
かつて瞳を輝かせて強敵たちとの勝負に挑んだ少女はもう既になく、その瞳に映っているのは決勝で京子と当たり、そして感動の再開を果たす自分の姿だけ。


咲「(だから…その為にも…)」チラッ

咲「(……この人を排除しなきゃ)」ゴゴゴ

姫子「っ!」ビクッ

そんな咲にとって京子の事を中途半端に知っている姫子は絶対に排除すべき存在だった。
開会式の日、たまたま会った京子が自分に本当の事を言ってくれなかったのは、隣に姫子の存在があったのも無関係ではない。
こうして話している限り、自身を京子の友人と捉える姫子は幼馴染の秘密にまったく気づいていないのだから。
そんな姫子が決勝にまで上がってきてしまえば、幼馴染は素直になってくれないかもしれない。
その未来を想像するだけで今までの自分を全て否定されたような感覚を覚える咲にとって、姫子はこの大会で唯一の【敵】だった。

ブー

「後半戦開始してください」

咲「…」

姫子「(…ホント、訳分からんばい…)」

咲の敵意を一身に受ける姫子は鳥肌を浮かばせながら胸中でそう呟いた。
歳相応の少女としての笑みを浮かべたと思ったら、自分に対して燃えるような敵意を向けてくる。
今までのものとは比べ物にならないほどハッキリとしたそれに今にも襲い掛かられるのではないかと思ったくらいだった。
しかし、こうして後半戦の開始が告げられた途端、その敵意がピタリと消え、また冷たい表情で卓に向き合う。
正直、理解が出来なさすぎて恐ろしいくらいの相手だった。


姫子「(…ばってん、麻雀に関してはこっちの方が有利…!)」

姫子は自分の能力に絶対的な自信を持っている。
仲間が築きあげてくれた点棒よりも遥かに大きくて、そして力強い遺産。
それがある限り、自分は決して負けない。
そんな気持ちと共に引いた牌は彼女の予想通りのものだった。

姫子「(…よし…!6翻…跳満狙い…!!)」

三人の仲間が2翻で和了ってくれたが故に飛び込んできた好形。
和了ればそれだけで順位が逆転するであろう最高の手に姫子は内心、笑みを浮かべた。
さっき肌がピリつくような敵意を感じたが、それで状況が変わったりはしない。
この能力がなくならない限り、自分は圧倒的に有利なままなのだと牌を打って ――























咲「―― カン」

姫子「…え?」

咲「カン…もいっこカン」

姫子「…っ!」

























咲が鳴き、姫子が打った牌を拾って、自分の右端へと重ねていく。
それから始まったのは一方的な連続ツモ。
引いた牌からカンをし、さらに王牌を引いてカンをする。
姫子が息を飲んだ時には既に場には三槓子が成立していた。
しかし、それで安心出来るほど姫子は相手の事を甘く見てはいない。
最後に咲が引いた牌と共に残った牌が倒されて、宣言が入る。

咲「三槓子嶺上開花…責任払いで7700です」

姫子「…はい」グッ

無論、姫子とて咲の能力を理解していない訳ではなかった。
例えテンパイしていなくても打牌一つから和了りを奪いに行く無茶苦茶な力。
実際にそれで咲が幾度となく逆転しているところを見ているだけにそれは決して意外ではなかった。
しかし、仲間たちが作ってくれたチャンスを潰されたと言うのはやはり面白くない。
ましてや、今の跳満は仲間たちが作ってくれた弾丸の中では最高のモノだっただけに尚の事。


姫子「(…落ち着くばい)」

姫子「(確かにあん手が潰されたんは痛か)」

姫子「(ばってん…こんくらいは想象しちょった事たい)」

姫子「(一回の和了り程度で動揺する必要はなかよ)」

しかし、だからと言って姫子はそれに自分を揺るがしたりはしない。
姫子は自分の能力の事を心から信頼しているが、それが絶対のモノだと思ってはいないのだから。
こういうケースもままあるものだと合宿や練習試合で理解していた。
それがたまたま最高の形で引いた手で来てしまっただけの事。
点差はまた少し開いたが、まだ後半戦は始まったばかり。
ここから逆転するのはそう難しくはない。

咲「(…今ので少し分かった)」

咲「(この人の能力は…早くて強い手が入りやすいもの)」

咲「(宮守の姉帯さんみたいに…必ず和了るって言う訳じゃない)」

咲「(だったら…簡単だよね)」

咲「(…勝負どころでひたすら、ツモらせなければ良い)」ゴッ

それは単純な解決方法だった。
ともすれば子どもでも思いついてしまいそうなシンプルな答え。
けれど、その単純な方法を実際に実行出来る高校生など全国に殆どいない。
プロを含めたとしても、それが出来るのは片手で物足りるだろう。


咲「(私なら…それが出来る…!)」

姫子にとって第一の不幸は目の前の相手がそのシンプルな解決方法を可能にする能力を持っていた事だ。
カン材を引きやすいその能力だけでもツモの回数は跳ねあがる。
その上、カンで有効牌を引き入れる能力まで持っているのだから、並の雀士では手がつけられない。
相手の打牌でさえツモに書き換えてしまうその能力でスピードに特化されると能力の後押しを受けた姫子でさえも追いつくのが難しい。
結果、後半戦に入ってからずっと咲の独擅場が続き、再び清澄と新道寺の点差は大きく開き始めていた。

姫子「(…まさかここまでやられるなんて)」

前半戦を制したのは自分たち新道寺であるはずだった。
しかし、蓋を開けてみれば、ただ様子見されていただけでしかない。
その能力で自分の何倍もの速度で和了りへと突き進む咲の姿を見るとどうしても思わされてしまう。
自分たちは強い。
しかし、それ以上に清澄は、宮永咲は強いのだと。


姫子「(っく…!何、弱気になっちょーと…!?)}

姫子「(清澄が強か事くらい…分かっちょったはず…!)」

姫子「(そいに…勝負はこいだけじゃなかばい…!)」

姫子「(二位ば護り続けたら…またリベンジん機会だって…!)」

咲「…ふふ」

姫子「っ!?」

瞬間、咲から漏れる笑みに姫子は肩を強張らせる。
それは咲が浮かべたのがまるで自分の考えを読まれていたような薄ら寒い笑みだったからだ。
自分の中に浮かんだ弱気を見抜かれてしまったのだと反射的に思わせるそれに姫子は悔しさを覚える。
しかし、その感情を表に出してしまったら負けだと心の奥へと押し込み、表情だけは平静を装い続けた。

咲「さっきの威勢なくなっちゃいましたね?」

咲「あんなに格好つけてたのに…もう諦めちゃうんですか?」

姫子「…諦めておらんよ」

咲「…その割には…大分、打ち方が守備寄りになってると思いますけど」

姫子「……」

挑発だ。
そんな事は姫子にだって分かっている。
しかし、同時に自分の打ち筋から勝とうとする意思が消えていくのも理解していた。
自分の得意なはずのフィールドでさえ完全に上回れてしまった現状、姫子には何も出来ない。
ここは防御に徹して、次の準決勝までの間に何かしらの打開策を見つけるのが最善だとそう思考は訴えていた。


咲「…京ちゃんの麻雀で貴女が感じ取った事なんてその程度なんですね」

咲「最後まで勝負は分からないなんて言いながら、途中で諦めるのが京ちゃんの麻雀だったんですね」

姫子「…!」ギリィ

だからと言って、その言葉は姫子にとって見過ごせるものではない。
まだ自分をバカにされただけならば聞き流す事が出来ただろう。
しかし、それは京子の麻雀をも貶めるものだったのだ。
あの時、自分が感動した気持ちだけでなく、最後まで諦めずに戦った京子までもを小馬鹿にされて許せるはずがない。
姫子の中で感情が理性を上回り、悔しさと共に闘争心が燃え上がる。

姫子「(…そんなに言うなら…最後まで勝負しちゃるけん…!!)」

元来、姫子は勝ち気な性格だ。
その打ち筋が防御に寄り、勝機を大人しく待っているのは自身の能力に絶対的な信頼を寄せている所為。
だが、その大人しさの内側には常に熱くて強い感情が渦巻いている。
そんな彼女が逆鱗に近い部分を触れられて、大人しくしていられるはずがない。
その言葉を必ず後悔させてやる。
そんな気持ちのままに姫子は再び山から牌を引き、手牌を揃えて。


咲「リンシャンツモ。責任払いで3900です」

「あ…は…はい…」ビク

姫子「く…!」

それでも及ばない。
無論、それは決して姫子が弱いからではなかった。
その能力が団体戦に特化している分、チーム戦での姫子は無類の強さを発揮する。
能力抜きの雀力でも並の大将が相手であれば、蹂躙出来るだけの実力は十分兼ね備えているのだ。
しかし、その姫子が今、咲を相手に手も足も出ていない。
悔しさから変貌した怒りは、何時しかその勢いを失い、再び悔しさに戻りつつあった。

姫子「(もっと…もっと私に力があれば…!!)」

勿論、姫子とて自分を過小評価している訳ではない。
最初、清澄を相手にしても負けないとそう思ったのは決して根拠の無いものではなかったのだから。
しかし、現実、姫子は咲に圧倒され、追いつく事が出来ていない。
エースとして逆転を任された大事な立場なのに。
京子の為にもここで清澄を落としておかなければいけないのに。
大事な人の麻雀までバカにされてしまったのに。
仲間や友人の事を強く思う姫子にとって、それを悔しく思うのは当然で当たり前の事。
しかし、それが姫子にとって最大の不幸を呼んだ。





























姫子「(せめて…哩先輩がいてくれたら…!!)」

―― バキッ

姫子「(…………あ)」




























―― 姫子にとって第二の不幸は彼女が咲に先んじる方法を知っていた事だ。

仲間全員との絆ではなく、恋心も憧れも何もかも捧げた一人との強い絆。
何者にも負けないその絆から生み出されるリザベーションは殆どの能力を超えられる。
大星淡の絶対安全圏さえ容易く超え、確定和了を達成したその能力ならば宮永咲にだって負けはしない。
無論、それは純然たる事実であり、決して今の自分の能力を低く評価している訳ではなかった。

―― しかし、それは決して姫子が思い浮かべてはいけない事。

姫子の能力の根幹は仲間との信頼を拠り所にしている。
哩ほどではなくても絆で結ばれた仲間達を心から信頼していなければ、これほど強力な能力など手に入ったりはしない。
だが、姫子は今、その信頼の証である能力を疑ってしまった。
信頼している仲間との絆よりも、別の人を、別の能力を欲してしまった。
結果、信頼を拠り所にする能力にヒビが入り、自分の中で崩れていくのが分かる。


姫子「(あ…あぁ…あぁぁあっ!)」

瞬間、湧き上がる後悔の念。
しかし、それで能力の崩壊を止められはしない。
仲間と築き上げてきた絆の証が、京子に背中を押してもらえたが故の結実が。
自分の中で砂上の楼閣のように崩れゆき、なくなっていく。

姫子「ぅ…」ブル

瞬間、姫子の中に入り込んでくるのは押しつぶされてしまいそうな孤独感。
それは彼女の精神が能力に支えられている部分も大きかったからだ。
何時どんな時でも仲間の存在を側に感じられる。
自分は一人ではないのだと心からそう思えるが故に姫子はどれだけ咲を恐れても怯む事はなかった。


姫子「(…なんで私はさっき…あぎゃん事ば考えて…)」

しかし、今の姫子にはそれがない。
たった一時、気の迷いのような思考が全てを根こそぎ持っていった。
まるでたった一人暗い森の中に取り残されてしまったような孤独感。
今まで麻雀をやり続けてきて、感じたことのないその感覚に姫子は自分の手が震えているのに気づいた。
仲間達と得た力がとても大きく、そして姫子がそれに絶大な信頼と言う代償を払っていたからこそ。
それがなくなってしまった今、自分の心も身体をまったくコントロール事が出来ない。

姫子「く…ぅ…」ブルブル

まるで自分が怯えているのだと狼狽えているのだとそうアピールするような震えもまったく抑えられない。
姫子の中で未だ残る強気な部分がそれを何とか抑えようとするが、喪失感と孤独感に押しつぶされそうな今の姫子はとても弱い。
彼女が清澄を前にして何ら怯える事なく構えられていたのは、仲間との絆に支えてもらっていたからこそ。
幾ら姫子が強気な性格をしているとは言っても、決して揺るがぬ意思を持っている訳ではない。
抽選会の時、京子が心配した通り、姫子の余裕は能力によって創りだされた幻影であり、虚勢だった。


咲「(…堕ちた…かな)」

目の前で一人の雀士が崩れ落ち、壊れていく光景。
それを肌で感じながらも、咲は何の感慨も浮かばない。
それは既に咲にとって姫子が文字通りの意味で敵でなくなってしまったからだ。
能力を失い、また気持ちが折れた姫子など、咲にとっては有象無象と変わらない。
自分が勝ち抜ける未来をほぼ確定とさせた事さえも何処か空虚で喜び一つ浮かばなかった。

咲「(…でも)」

それは壊れていく姫子を見ての感想だ。
あくまでも「ざまぁみろ」と思ったりしないと言うだけで、咲の内心にも姫子と同じく鬱屈としたものが溜まっている。
何せ、咲は姫子に自分と幼馴染の再会を邪魔しただけでなく、幼馴染に辛い思いをさせるとまで言われたのだから。
自分のこれまでを根こそぎ否定するような言葉に対して咲は強い怒りを覚えていた。
だからこそ、咲は打牌さえも覚束なくなった姫子に対して強い視線を送り。


咲「(…勝負は最後まで分からない…でしたっけ?)」

咲「(えぇ…私もそう思います)」

咲「(だから…ここで完全に叩き潰してあげますよ)」ゴッ

―― それから始まるのは蹂躙劇だった。

姫子が敵でなくなってしまった今、咲を止められる者はいない。
元々早かった速度のまま連荘を繰り返し、周りの点棒を削っていく。
特に集中的に狙われたのは姫子であった。
能力を失い、戦う気力を失った姫子を追い立てるようにして咲は和了り続ける。
その度に姫子は点棒と共にプライドを引き剥がされ、ボロボロになっていく。
しかし、それで咲が手を緩めるはずもなく、蹂躙劇は延々と続いた。

姫子「(大丈夫…!まだ…やれる…!)」

姫子「(諦めたら…そいで終わりばい…!)」

姫子「(京子ん為にも…皆ん為にも…ここで踏ん張らなきゃ…!)」

そんな咲に姫子も必死で抗おうとした。
元々あった差が、さらに絶望的にまで開いてしまっても勝負を捨ててようとはしない。
皆と稼いだ点差がまだまだ残っているのだから、勝ち上がりを目指す事は出来る。
能力を失い、プライドを砕かれ、意地を潰され。
それでも尚、彼女が自分を叱咤し続けられたのは最後の最後まで諦めなかった京子の姿があったからだ。


咲「りんチャンツモ。責任払いで7700です」

姫子「……は…ぃ」

しかし、それも咲が和了る度に薄れていく。
元々、姫子の心は既に限界に近いのだ。
雀士として大きく依存していた部分を失い、今、彼女は一人、咲の前に立たされている。
彼女を支えてくれた仲間の存在も感じられず、今まで自分が味わうはずであった絶望や悲嘆、怒りや苦しみ、無力感や孤独感が同時に襲い掛かってくるような感覚。

姫子「(…辛い…苦しい…悔しい…痛い…)」

姫子「(哩先輩…煌…京子…)」

姫子「(…お願い…助けて…)」

それはまだ精神的に成熟しきってはいない少女の心を折るにはあまりにも十分過ぎた。
能力を失った時点で諦めていれば、ここまで酷く打ちのめされなかっただろう。
しかし、彼女は強く、そして努力家であったからこそ、最後の最後まで抗おうとした。
ボロボロになってでも、まだ立ち上がろうとするその強さは、誰もが賞賛するような尊いもの。
だが、そうやって立ち上がろうとする強さすら折られた今、それはただ自身の傷口を深くしただけ。
今の彼女はもう特別と呼んだ三人の名前に助けを求める声だけが空虚に響いている。


咲「お疲れ様でした」

姫子「……」

二回戦の大将戦が終わった時には姫子はもう何も言えなくなっていた。
彼女の虚ろな目に映るのは原点から大きく減った点棒の表示。
そして新道寺が四位に転落し、準決勝へと勝ち上がる事が出来なかったと言う事実だけ。
他の何も見えない彼女の瞳に涙が浮かび、ポロポロとそれを零すようになっていた。

咲「…ふぅ」

そんな姫子に既に咲は興味がなかった。
これで新道寺は決勝戦で自分の邪魔をする事はない。
大事なのはそれだけであり、姫子の状態などどうでも良かった。
それよりももっと大事な事がある。
そう思いながら咲はそっと対局室を映すモニターを見つめて ――

咲「(…勝ったよ、京ちゃん)」

咲「(邪魔な人は…私がちゃんと排除してあげたから)」

咲「(だから…次はちゃんとお話出来るよね?)」

咲「(私…決勝で待ってるから)」




―― まるで花咲くような満面の笑みを向けたのだった。








………


……






―― 二回戦を観戦していた殆どの人間は圧倒されていた。

観戦室に集う殆どの人間は清澄と新道寺の戦いは清澄有利だと分析していた。
しかし、それはあくまでもその二校に限っての話。
ここで新道寺が四位に転落し、準決勝へと駒を進めなくなるとは予想していなかった。
ましてや、あの名門新道寺の大将がまるで再起不能のようにさせられてしまうだなんて想像の端にも出てこなかったのである。

「おかしいって…ヤバイってあの子…」

「なんであんな打ち方出来るのよ…」

「四位に落とすまで執拗に狙い撃ちして…ひっでぇ…」

「新道寺の子可哀想…」

「つーか…私、次、あそこと当たるかもしれないんだけど…」

「何もあそこまでしなくても良いじゃない…」

観戦室で囁かれる声はおおまかに二通りだった。
咲の実力を前に畏怖を覚える声。
そしてボロボロになった姫子に同情する声。
どちらもほぼ半々ではあったが、その根幹は同じ。
形は違えども皆、宮永咲の麻雀に呑まれ、圧倒されている。
彼女と勝てる光景を想像出来たものなど、観戦室には一人もいなかった。


咲「…」ニコッ

「ひっ!?」

だからこそ、モニターに向けられた輝かんばかりの笑みに何人かの生徒が悲鳴のような声をあげる。
それは何も知らない人であれば、年齢よりも若干、幼い ―― 親に褒めてもらいたがる子どものような笑みに見えた事だろう。
だが、この観戦室に集う人々はついさっき彼女による蹂躙劇を目の当たりにしたばかりなのだ。
目の前で涙を漏らす姫子に一瞥もくれず、こちらに笑みを送ってくる咲の得体の知れなさに何人もの少女が恐怖を覚える。

京子「……」

春「…京子」

そんな中、京子はどう言葉を漏らせば良いのか分からなかった。
永水女子へと転校してから、京子はずっと咲の対局を見ていない。
それは霞達が京子の精神を顧みたのと、京子自身、仲間の対局を見て平静でいられるか自信がなかったからこそ。
そして今、久しぶりに見た咲の麻雀は、京子にとって恐ろしいものだとしか思えなかった。
かつて彼女たちに感じたドキドキやワクワクはまったくない。
ただ圧倒的な実力差ですり潰すような麻雀だった。


京子「(…俺は……)」

無論、京子とて自分の能力が蹂躙かそれ以外かの二極化しやすいものだと理解している。
だが、それでも京子は麻雀を心から楽しみ、面白いものだと思っていた。
けれども、今の咲にはそれがない。
まるでそれが当然であるかのように力を振るうだけで、まったく楽しんでいるようには見えなかった。

京子「(…お前に…一体、何をしてやれば良いんだ…?)」

こうして観戦室に集う人々からまさに魔王のようにして恐れられている宮永咲。
執拗に姫子を狙い続け、新道寺を四位にまで落とした今の咲が恐れられるのも当然だろうと京子は思う。
だが、その一方で咲の事をよく知る京子にとって、その有り様は痛々しく映った。
だからこそ、何とかしてやりたい。
そう思うものの具体的な方法はまったく出てこなかった。


京子「(…【須賀京太郎】ならばまだ話は出来るかもしれないけれど…)」

しかし、今、ここにいるのは【須賀京子】なのだ。
痛ましいくらいに大事なものを捨て、ただ勝ち上がる咲に言葉を投げかけてやる事は出来ない。
【須賀京太郎】として会う事すら出来ない京子には、幼馴染の変化を痛ましく見ている事しか出来ないのだ。

京子「(……とりあえず…)」スクッ

霞「…何処に行くつもり?」

京子「…対局室です」

霞「ダメよ」

咲の事は何も出来ない。
しかし、姫子に対してはまた別なのだ。
未だモニターの向こうで項垂れて、大粒の涙を零す彼女を放ってはおけない。
自分は部外者だからこそ対局室には近づけないが、それでも外に出てきた姫子を慰める事くらいは出来る。
そう思って椅子から立ち上がった京子を押しとどめたのは霞だった。


京子「…どうしてですか?」

霞「…今の宮永さんは危険だからよ」

端的に応える霞の脳裏に咲の笑みが浮かび上がる。
いっそ可愛らしいとそう言っても良いその表情に、しかし、霞は恐ろしさしか感じなかった。
それは観戦室に集まった多くの雀士のように、麻雀中とのギャップに呑まれてしまったからではない。
『それ』が観戦室にいるであろう京子に向けられた笑みだと気づいてしまったからだ。

霞「(…京子ちゃんを今のまま会わせるのは危険過ぎる…)」

小蒔の天児としての役割を担う霞は、悪しきものの気配に敏感だ。
何十何百もの悪霊悪神に囲まれながら、彼女は今まで育ってきたのだから。
そんな霞がさっき感じたのは歪んだ女の情念。
ともすれば、そのまま破滅へと突き進んでしまいそうな彼女とその情念の対象である京子を引き合わせたらどうなるのか。
正直、霞でも予想がつかなかった。


霞「(…勿論、絶対に会うと言う訳じゃないけれど…)」

だが、相手はモニター越しに京子がいると確信し笑みを向けているのだ。
まるで京子が何処にいても分かるのだとそう宣言する表情を見て、鉢合わせするリスクは背負えない。
京子と会う為だけに、わざわざ姫子を打ちのめした可能性だって霞の脳裏に浮かんでいた。
実際には新道寺が準決勝へと進出する可能性を丁寧に潰しておきたかっただけなのだが、そんな事霞に分かるはずがない。
彼女にとって宮永咲は文字通り得体の知れない化け物にしか見えなかったのだ。

霞「鶴田さんのフォローは彼女の仲間がしてくれるわ」

京子「でも…!」

霞「…お願い。聞き分けて頂戴」

霞「私だって本当はこんな事言いたい訳じゃないのよ…」

京子「……」

悲しそうに目を伏せる霞に京子は何も言えなくなった。
彼女が決して意地悪で言っている訳ではない事くらい京子にだって分かっているのだから。
寧ろ、自分の事を心から心配してくれている霞に、コレ以上、心労は掛けられない。
そもそも自分は立場的にも霞たちに従わなければいけない立場なのだから。
納得出来ない気持ちをそう押さえ込みながら京子はゆっくりと唇を動かす。


京子「…分かり…ました」

霞「…ありがとう」

霞「じゃあ…とりあえずここから離れましょうか」

初美「…なら、私、ちょっと気晴らしにパフェでも食べに行きたいのですよー」

小蒔「良いですねっ!」パァ

巴「もう…あんまりそうやって甘いものばっか食べると太っちゃうわよ?」

初美「その分、運動するから良いんですよー」ドヤァ

春「…ちなみに姫様は胸にいくから大丈夫」

小蒔「え?」ポヨン

湧「…わっぜか羨ましか…」ペタペタ

明星「だ、大丈夫よ。湧ちゃんだってまだ成長期なんだから…」

京子の周りで飛び交う言葉は何時も通りの明るいものだった。
無論、彼女たち ―― 小蒔は除く ―― も咲の異常性には気づいている。
まさに魔王と呼ぶに相応しい麻雀に圧倒されもした。
だが、それ以上に今すぐにでも対局室へと飛び込みたいであろう京子の気持ちを理解しているのである。
ここで自分たちが暗くなってしまえば、京子は余計に気持ちを沈ませてしまう。
だからこそ、明るく振る舞う皆に囲まれながら京子はそっと足を進めて。


京子「……」チラッ

観戦室から出る直前、振り返った京子の視界には何も映らなかった。
既に試合が終わってしまった今、いつまでもモニターに電源を入れておく必要はない。
その画面に映っているのは塗りつぶすような黒色だけ。
その向こうで今も泣いているであろう姫子の姿は何処にもなかった。

春「…京子、行こ?」

京子「…えぇ。ごめんなさい」

自分を呼ぶ春の声に京子は再び前を向いて歩き出す。
無論、その間もうしろ髪引かれるような感覚は今も消えてはいなかった。
しかし、それでも自分を気遣って明るく振る舞ってくれている皆に心配を掛けられまい。
だから、ここで自分がするべきは皆と同じくさっきの事を忘れたかのように振る舞う事。
その答えから沸き上がる良心の痛みを押さえ込みながら、京子は再び【須賀京子】としての仮面を被って。

―― 仲間に追いついた頃には何時も通りの須賀京子に戻っていた。








と言ったところで今日は終わりです
咲ちゃんが思った以上にヤバいオーラ出してますが、私も正直予想外過ぎて、シナリオ変えようかと思い始めてます(白目)

あ、次からは軽く永水女子側の準決勝と決勝前の準備やっていきます

……むごい(涙目)
京子は可及的速やかに姫子のところにいくべき。いってあげてよぉ(震え声)
おつでした

乙です
恋する咲ちゃんさん可愛い(白目

これは姫子ルートIFで救済するしかない(震え声)

魔王やばすぎ……
正直新道寺の結果については死亡フラグ立ちまくりだったしわかってたけど
実際見ると来るものがあるな

フラグ通り咲さんに姫子レイプされてしまった……
京ちゃんとの思い出がつまった日記帳持ち歩いてるなんて咲さんは乙女だなー(白目)

乙です……
いや、咲ちゃんのやってる事は確かに乙女だ
乙女なんだが魔王だ

普通にドン引きですわ
もう姫子が再起不能になってないことだけをを切に願うよ

助けて京子ちゃん!
咲ちゃんの目が見開いたままハイライト消えてるの!

乙です
もう完全に病んでるじゃないですかw
読み取り不足かもしれないけど、連絡しあっててここまでいくかなぁ、とちょっと思ってしまった

>咲「りんチャンツモ。責任払いで7700です」
ちょっと笑ってしまったww

姫様だけ蚊帳の外だけど真実知ったらどうなるだろうなぁ……インハイ中に偶然知ることになるんだろうか?


姉かアラフォーと戦わせてみたい

おつー
これが清澄のリンシャンマシーンなのね...

子供たちがかわいそうだわ、(今のところ)大人のエゴに振り回されて皆が皆傷ついていく
まあ悲劇は好きなんですけどね

なるほどここから姫子を救う事できっと姫子√になるんだな

ドン引きだわ(いい意味で)
ただまぁ流石に咲さんに感情移入は出来ねーな、どっかで足元掬われて負ければいいのに(直球)

生乳から1ヶ月くらい追いかけて追いついたと思ったら
魔王様が降臨なされてた(白目)

魔王様の生乳?(難聴)

明星たんイェイ~
昨日のはるるイェイ~は帰ってこれませんでしたし、何かやろうかなー…(´・ω・`)
泥酔明星ちゃんはやったし…婚約者設定の明星ちゃんで軽くヤりましょうか(´・ω・`)


【朝】

コンコン

「…お兄さま、起きてますか?」

京太郎「…むにゃ…」スヤァ

「…………失礼致します」ガチャ

京太郎「うへへ…うへへ」デレー

「…ふぅ…まったくだらしない顔をして…」

「起きて下さい、お兄さま」ユサユサ

「むにゃにゃ…うへへへ…」

「はぁ…相変わらず寝起きが悪いんですから…」

「にしても…一体、どんな夢を見ているんでしょう…?」

「(あんまり良い夢を見てるようならもう少し寝かせてあげても…)」

京太郎「霞さぁぁん…今日も凄いおもちっすね…」デヘヘ

「…」イラ

「お・き・な・さ・い!!」ゴンッ

京太郎「ってええ!?」ガバッ


京太郎「な、なんだ!?貧乳勢の敵襲か!?絶壁魔王姉妹の逆恨みなのか!?」

「どちらでもありません」キッパリ

京太郎「…あ、明星ちゃん…」

明星「おはようございます、お兄さま」ニッコリ

明星「今日はまた随分と素敵な夢を見られていたそうですね?」

京太郎「い、いや…そ、その…」ダラダラ

明星「霞お姉さまの胸は柔らかかったですか?」

京太郎「そりゃもう!素敵なモミ心地でした!!」キリッ

京太郎「…あ゛」

明星「へー…やはりそうなのですか…」ゴゴゴ

明星「夢の中とは言え、霞お姉さまの胸を……!!」グッ

明星「私だって恐れ多くて揉ませて欲しいなんて一言も言えないのに…!!」フルフル

京太郎「(あ、揉ませて欲しいとは思ってるのか…)」

明星「…お兄様の…変態…!スケベ!タラシ!!」

明星「霞お姉さまにいいつけてやります!!」ダッ

京太郎「明星ちゃん待って!!俺が悪かった!!悪かったからああああ!!!」


【朝食】

京太郎「…」モグモグ

明星「…」ツーン

小蒔「…あの、霞ちゃん、何かあったんですか?」

霞「まぁ、京太郎君の自爆と言えば自爆かしらね?」

小蒔「じばく?」キョトン

明星「…姫様が気にする事ではありません」

明星「それよりあんまりお兄様に近づかない方が良いですよ?」

明星「夢でどんな事されるか分からないですから」

小蒔「うーん…良く分からないですけど…」クビカシゲ

霞「まぁ、明星ちゃんが気にしすぎと言うのもあるから」

霞「小蒔ちゃんは何時も通りで大丈夫よ」

明星「き、気にしすぎだなんてそんな事…」

霞「夢の内容でまで一々嫉妬してたら身がもたないわよ?」

明星「し、嫉妬なんてしてません!」カァァ


明星「だ、大体、私とお兄様はあくまでもただの婚約者なんですから!」

明星「別に異性として好いている訳じゃありません!」

明星「あくまでも家の為に仕方なく一緒にいるだけです!!」

霞「…じゃあ、拗ねながらも京太郎君の隣に座っているのも家の為?」

明星「も、勿論です」

霞「何時も京太郎君の隣にいるのも?」

明星「い、致し方ない事です」

霞「婚約者になる前からお兄さまお兄さまと何時も後をついていってたのも?」

明星「い、今、その話は関係ないと思います…!」カァァ

明星「そ、それより…お兄さまおかわりいるでしょう?」スッ

京太郎「あ、悪い」

明星「私のほうがよそいやすい位置にいますから当然です」

明星「量は何時も通りで良いですよね?」

京太郎「ん。頼む」

明星「分かりました」ヨソイヨソイ


霞「まったく…素直じゃない子ね」クス

小蒔「仲良しさんですね」ニコニコ

明星「だ、だから…そういうんじゃありません」カァァ

明星「これはいわばこの位置に座った私の義務みたいなものです」

明星「何時もお代わりするお兄さまの事をスルーする方が印象が悪いでしょう」

霞「何時もその位置に座ろうとする明星ちゃんが言ってもね」

明星「わ、私はこの中では一番、年下ですから」

明星「年上を立てるのも義務です」

霞「…ホント、良くそうやって言い訳が次から次へと出てくるわね」ヤレヤレ

霞「従姉妹としての教育を間違ったかしら…?」

霞「これじゃ京太郎君は苦労する事になるかもしれないけど…」チラッ

京太郎「あぁ。もう慣れてるから大丈夫だよ」

京太郎「明星ちゃんはずっとこの調子だけど、肝心な部分は変わってないし」

京太郎「昔っから優しい良い子だもんな?」

明星「はぅ…」カァァ


明星「い、言っておきますけど、そんな風に褒められてもまったく嬉しくありませんからね?」ソワソワ

明星「お兄様の事を追い回していたのも昔の話」ニコニコ

明星「今の私は霞お姉さまと同じく立派に自立する一人の淑女ですから」テレテレ

明星「お兄さまに多少、褒められたところで、何ら感じるものはありません」カミノケイジイジ

京太郎「それに凄い分かりやすいしな」

霞「確かにそうね」クス

明星「わ、分かりやすいってなんですか…!」カァァ

明星「私はさっきから本心しか口にしていません!」

明星「別にまったく意地なんて張ってないんですから…変な勘違いしないでください…!」

京太郎「はいはい。わかってるよ」

明星「……むぅぅ…お兄様の癖に…」

京太郎「明星ちゃんは俺を一体、なんだと思ってるんだ」

明星「…一応、婚約者だと思っていますよ」

明星「スケベで、私が起こさないと朝も起きれないくらいだらしなくて、側にいないとすぐダメになっちゃうような婚約者ですけど」ツーン

京太郎「ま、明星ちゃんが側にいてくれるからその辺は愛嬌って奴だろ」

明星「たまーに愛嬌で済ませられる領域を超えてますけどね」フゥ

京太郎「でも、一生、付き合ってくれるんだろ?」

明星「…ま、まぁ…一応、これでもお兄様の婚約者な訳ですし」

明星「同じ墓に入るのを約束された身の上な訳ですから…仕方なく面倒をみてさしあげますよ」

京太郎「ありがとうな」ナデナデ

明星「…えへへ♪」テレテレ


【登校】

京太郎「うっし…準備完了っと」

明星「…あ、お、お兄さま、奇遇ですね」

明星「お兄様も準備が出来たのですか?」

京太郎「あぁ。まぁ、制服に着替えただけだけど」

明星「で、では…一緒に登校しませんか?」

明星「どの道、学校までは一緒な訳ですし…」

京太郎「うーん…俺は構わないけどさ」

明星「けど…なんです…?」

京太郎「…何時も思うんだけど、同じ家で一緒に暮らしてるんだしさ」

京太郎「奇遇だとか何だとか関係なく一緒に登校すれば良いんじゃないか?」

明星「な、何を言っているんですか…!?」カァ

明星「そ、そんなの…私がお兄さまと登校したがっているみたいじゃないですし…!」

明星「な、何より…そんな風に約束なんてしたら逢引だと誤解されてしまうかもしれません…!」

明星「あくまでも奇遇に同じタイミングで準備出来たから一緒に行くと言う形で良いんです!」

京太郎「…毎朝、玄関の前でスタンバッてるのに?」

明星「ま、待ってなんかいません!これっぽっちも準備なんかしてませんから!!」カァァ


京太郎「まぁ、明星ちゃんが面倒なのは今に始まったことじゃないし別に良いけどさ」

明星「別に面倒なんかじゃありません」

明星「そ、そもそも仮りにも婚約者を面倒呼ばわりとかちょっとどうかと思います」スネー

京太郎「はいはい。明星ちゃんは優しくて良い子ですよ」ナデ

明星「えへへ…♪」ニコー

京太郎「(チョロい)」

明星「…あ、お兄さま、ネクタイが曲がってますよ」

京太郎「マジか。明星ちゃんを待たせるのが悪いと思って準備早めたからか」

明星「だ、だから、別に待ってませんってば」

明星「…まぁ、一応、私の事を慮ってくれたみたいですし、感謝はしておきますけど」カァ

明星「…それより、そのままだと流石に不格好ですしね」

明星「ネクタイ巻き直しますよ」シュル

京太郎「ん。頼む」

明星「まったく…本当に手間がかかるんですから…」

京太郎「はは。悪い」

京太郎「でも…明星ちゃんも大分、ネクタイを巻くの上手になったな」

明星「そりゃ勿論、練習しましたし……あっ」カァァ


京太郎「ほほぅ…練習ねー?」ニマー

明星「な、何ですか?」

明星「い、言っておきますが、何もお兄様の為ではありませんからね!?」

明星「いずれ私が結婚するかもしれない人の為に色々と練習したのです!」

京太郎「(それって何事もなければ俺になるんじゃないかなぁ…)」

京太郎「(…まぁ、それを突っ込むのは野暮なんだろうけど)」

明星「そ、そんな事よりもです…!」

明星「お兄さまはちゃんとしていたら格好良いのですから、ちゃんと身だしなみにも気をつけて下さい!」

明星「こんなだらしのない格好では周りから失望されてしまいますよ」

明星「一応…えぇ、何故だかさっぱり分かりませんが、女生徒にも人気もあるみたいですし」ゴゴゴ

京太郎「あれ?明星ちゃん?」

明星「…やっぱりこのままで良いんじゃないでしょうか」ポソ

京太郎「流石にそれは困るからかんべんしてくれ」

京太郎「後、そういう意味では明星ちゃんしか見えてないから安心してくれって」

明星「な…ぁっ!?」カァァ



明星「い、いいいいいきなり何を言うんですか…!?」

京太郎「愛の告白?」

明星「そんな事聞いてません!」

明星「大体…朝の時間に…こんな人が通るかもしれない場所で…」モジモジ

京太郎「あぁ。安心していいぞ」

明星「ふぇ?」

京太郎「さっきから霞さんと姫様がこっち見てるから」

霞「あ、お気遣いなく」ニコニコ

小蒔「ゆっくりしていってくださいね」ニッコリ

明星「え…ええええええええっ!?」プッシュウ

京太郎「なんだ、気づいてなかったのか」

明星「お、お兄様に夢中で…い、いえ、ネクタイ巻くのに頭が一杯だったので気づかなかったんです!」

明星「と、言うか、気づいててそんな事言ったんですか…!?」マッカ

京太郎「まぁ、ぶっちゃけ周知の事実だし」

明星「だ、だからってあけすけ過ぎます!!」

明星「そういうのはもっとムードは大事に…ふ、二人っきりの時とかで…」モジ

明星「そうすれば…わ、私だってもっと色々と…」ポソポソ

京太郎「色々と?」

明星「~~っ!!な、何でもありません!!」

明星「そ、それより…あんまりノンビリしてると遅刻しますよ…!」

京太郎「いや…でも、ネクタイ…」

明星「あ、後で巻いてあげます!!」

電話ああああああっ!ちょっと離席します(´・ω・`)


【昼】

ガチャ

京太郎「ちーっす」

明星「あ、お兄さま」

京太郎「って明星ちゃん、もう来てたのか」

明星「ま、まぁ、私はいずれお兄様に嫁入りする身の上ですから」

明星「お兄様を待たせるような事があっては石戸家の名前にも泥を塗る事になりかねません」

明星「そ、それに…出来るだけ早くお兄様に会いたかったですし…」ポソ

京太郎「…まったく」ナデナデ

明星「ぁ…♪」

京太郎「明星ちゃんは甘えん坊だな」

明星「あ、甘えてなんかいません!」カァァ

明星「そ、それより…お兄さま、屋上に来るの誰にも見られてませんか?」

京太郎「あー…多分」

明星「た、多分じゃダメです…!」

明星「絶対って言ってくれなきゃ…私…」モジモジ

京太郎「ん。じゃあ、絶対、大丈夫だ」

明星「そ、そうですか…なら……」カァァ


明星「お兄さま…っ♥」ギュッ

明星「明星は…明星は寂しかったです…っ♥」スリスリ

京太郎「ごめんな。でも…学校はちゃんと卒業しないとやばいしさ」

明星「わ、分かってます…」

明星「でも…何時間もお兄さまに会えないだなんて…私にとっては苦行も同然…」ギュゥゥ

明星「しかも…これが卒業までずっと続くなんて…想像しただけで胸が苦しくなります…」

京太郎「ん。俺も寂しかったよ」

明星「えへへ…♪じゃあ…お揃いですね…♥」

京太郎「そうだな」ナデナデ

明星「ふにゅぅ…♪」トローン

京太郎「ま、明星ちゃんとイチャイチャしたいのは山々だけど…先にご飯食べようか」

明星「…そうですね。お兄さま分は大分、回復しましたし」スリスリ

京太郎「…と言いながら離れる気配がないんだけど」

明星「お兄様の胸の中がこんなにも素晴らしいのがいけないんです…♥」クンカクンカ

京太郎「…仕方ない。んじゃ、何時も通り食べるとするか」

明星「はい…っ♪」


京太郎「よいしょっと…」スッ

明星「…お兄さま、重くないですか…?」

京太郎「ん。別に膝の上に乗ってるくらいなら大丈夫」

京太郎「明星ちゃんは軽いし可愛いしな」

明星「も、もう…お兄さまは本当に口が達者なんですから…♪」テレテレ

明星「そんな風に言われると…明星、嬉しすぎて顔がにやけてしまいます…♥」スッ

京太郎「何もそんな風に隠さなくても。今は俺たち二人だけなんだし」

明星「い、幾ら二人っきりでも恥ずかしいんです…っ」カァァ

明星「そもそも…今だってかなりドキドキしているんですよ?」

明星「離れてた時間が長くて寂しすぎるから、何時もよりも素直になれているだけですし…」

京太郎「まぁ、どっちの明星ちゃんも可愛いから俺としてはお得なんだけど」

明星「も、もぉ…ど、どれだけ明星を嬉しがらせれば気が済むんですか…」

京太郎「んー…明星ちゃんが結婚してくれるくらい?」

明星「…もう結婚する気満々ですし、周りもその気になってます」

明星「そんな風に褒めなくても…明星はもうお兄様のものですよ…♥」スリスリ


京太郎「じゃ、俺のモノな明星ちゃんは何を作ってくれたんだ?」

明星「勿論、お兄様の好物ばかりです♪」ニコ

明星「唐揚げに肉じゃが、コロッケにポテトサラダ」

明星「勿論、肉じゃが以外は朝起きてから作った出来たてです」ニッコリ

京太郎「相変わらず手間かかってるよなぁ…」

明星「お兄様には常に最高の料理を食べて欲しいですから…♪」

京太郎「明星ちゃんのお陰で舌と腹が超えて仕方ないよ」

明星「大丈夫ですよ。肥えたらちゃんとダイエットメニューを考えますし」

明星「それより…」

京太郎「そうだな。先に食べてしまおうか」

京太郎「じゃあ・・」パン

明星「はい」パン

「「頂きます」」

京太郎「さて…んじゃ、まずは唐揚げから…」

明星「分かりました。では…」スッ

明星「あーん…♥」


京太郎「ん」モグモグ

明星「どうですか…?」

京太郎「美味しいよ」

京太郎「やっぱ長年、料理作ってるだけはあるよ」

京太郎「俺の家の味を完全にモノにしてる」

明星「ありがとうございます♪」ニコ

明星「でも…明星はただ料理を作ってる訳じゃないんですよ?」

京太郎「ん?」

明星「お兄さまの為に…明星は料理を作っているんです♥」

明星「そこのところ…間違えないでくださいね?」

京太郎「…おう。大丈夫。ちゃんと分かってる」ナデナデ

明星「えへぇ…♪」ニコー

京太郎「…じゃ、今度は俺の番だな」スッ

京太郎「何食べたい?」

明星「じゃあ、ポテトサラダを…」

京太郎「了解。じゃあ…あーん」

明星「あーん…♥」パクッ


~同時刻別の場所で~

「そう言えばこの学校って屋上解放されてるんだっけ?」

「一回行ってみる?」

「そうだね。そうしよっか」

「あー…そこの一年」

「え?」

「もしかして屋上に行くつもりか?」

「えぇ。そうですけど…」

「ダメなんですか?」

「いや、ダメって事はないんだが…止めた方が良い」

「何か理由でも?」

「もしかして幽霊が出るとか…?」

「やだなーそんなのいる訳…」

「…あながち間違いじゃない」

「「えっ」」

「昼休みの屋上にはわが校ナンバーワンのバカップルが出るんだよ」

「で、昼休み中ずうううううっっっとイチャイチャしてる」

「そりゃもう独り身とかなら声が聞こえてきただけで、泣いて逃げ出すレベルの」

「しかも、片方は凄い恥ずかしがり屋らしくてな」

「二人っきりじゃないと素直に甘えられない性格をしてるらしい」

「…そんなカップルがイチャついているところに突っ込んでみろ」

「間違いなくいたたまれなくなるぞ」

「……屋上に近づくのは辞めておきます」

「私も…」

「うん。それが良い」


【帰り道】

明星「……」チラッ

明星「……」モジモジ

明星「……」チラッ

京太郎「おいっす」フリフリ

明星「あ…♪」パァァ

京太郎「悪い。待たせたな」

明星「べ、別に待ってません」プイッ

明星「た、たまたま校門のところで足を止めたくなっただけですから」

明星「お兄さまが来るのなんてまったく期待していませんし!!」

京太郎「はいはい。んじゃ、奇遇だから一緒に帰ろうか」

明星「そ、そうですね…奇遇ですし…」

明星「帰る方向も一緒ですから一緒に帰るのが自然ですよね」

京太郎「そうだな。自然自然」

京太郎「んで、奇遇だからちょっと晩飯の買い物しようぜ」

明星「え、えぇ。何故か今日も夕飯を作る事になりそうですし」

明星「折角ですからお兄様に荷物持ちになってもらいましょう」

京太郎「ん。何時もの事だけど、奇遇だから了解した」


「あ、明星ちゃん、今日も旦那と帰りかい?」

「仲が良いねー」

明星「ま、まだ結婚してません!」カァァ

明星「あくまでも婚約者です婚約者!」

「悪い悪い。で、今日のメニューはどうするか決めてるのか?」

明星「…それが…」チラッ

京太郎「明星ちゃんの作った料理なら何でも美味しいし、リクエストとかは特にないかな」

明星「も、もぉ…わざわざ人前でそんな事言わないでも良いじゃないですかぁ…」ニマー

「相変わらずナチュラルに惚気けるねぇ…」

京太郎「まぁ、婚約者がそういうの人前で出してくれないタイプなんで」

明星「ひ、人前でイチャイチャするほうが変なんです!!」カァ

「はいはい。ごちそうさま」

「ま、今日は良いタラが入ってるよ」

「ムニエルなんかにしてみればきっと美味しいと思うぜ」

明星「…ふむ」


明星「…どうですか?」チラッ

京太郎「そうだな…それじゃあタラのムニエルに期待するか」

明星「分かりました。それではタラを頂きましょう」

「へい。毎度っと」

「何時も夫婦で贔屓にしてくれるお礼にこっちの小魚もつけとくぜ」

明星「なるほど…それくらいだと煮こごりにした方が良さそうですね」

明星「ありがとうございます。ありがたく頂いていきます」ニコ

「おう。…しっかし、売り物にならないような小魚の料理方法までしってるなんて流石だな」

「今の子はそこまで知らないと思うぞ」

明星「一応、それなりに古い家に住んでいますから」

明星「それに料理は花嫁修業の中でも特に重要なものです」

明星「既に結婚が決まっている身の上で疎かには出来ませんよ」

「これを本気で言ってるんだからすげぇよな…」

「美人で料理も上手、その上、旦那も立てると来た」

「京太郎はこんな良い子捕まえて幸せもんだねぇ」

明星「そ、そんな…」テレテレ

京太郎「まぁ、これに関しては本気で家に感謝してますよ」

京太郎「家柄なんかが足りなければ大反対されてたでしょうしね」

京太郎「まぁ、例え反対されても明星ちゃんを連れて駆け落ちでもしてたでしょうけど」

京太郎「親から引き離さずに済んで安心してます」

明星「お、お兄さま…♥」キュン


【夜】

京太郎「んー…」ノビー チラッ

京太郎「(そろそろ時間か)」

コンコン

京太郎「…ん。どうぞ」

明星「失礼します」ガチャ

京太郎「…一応、聞くけど、どうした?」

明星「そ、添い寝をしに来ました」カァァ

京太郎「ほほぅ、添い寝かー」

明星「は、はい。添い寝です…」モジ

京太郎「…ちなみに今、この部屋は俺と明星ちゃんの二人っきりなんだけど」

明星「そ…そうですね」

京太郎「俺は健全な男子高校生で明星ちゃんは魅力的な女の子なんだけど」

明星「こ、光栄です…」マッカ

京太郎「それで添い寝ってどういう事になるのか分かってるよな…?」

明星「~~~っ」プシュウ

明星「…………」コク


京太郎「ぶっちゃけ逆夜這いも同然だと思うんだけどなー」

明星「よ、夜這いなんかじゃありません!」

明星「そ、そもそも…明星からお兄さまを襲ったりしませんし…」

明星「何時もエッチな事するのはお兄さまからじゃないですか…」

京太郎「だって、明星ちゃんがエロボディ俺に押し付けてくるし」

明星「え、エロ…っ!?」カァァ

京太郎「そ。出てるところは出て引っ込むトコロは引っ込んでるエロい事する為だけにある為の身体」

京太郎「んな身体で甘えるように抱きついてこられたら誰だってケダモノになるわ」

京太郎「…で、今日もケダモノになりそうなんだけど…」チラッ

明星「わ…明星は何も聞きませんでしたし…」メソラシ

明星「それに…高校卒業まで子どもが出来なければ問題ありません…」

明星「後、二年もすればお兄様と結婚する訳ですから…」カァァ

京太郎「その二年が待てないと?」

明星「だ、だって…今日だってお兄さま、霞お姉さまの胸、ジロジロ見てましたし…」

明星「それに夢の中だって私じゃなくて霞お姉さまが出てきたのでしょう…?」ジトー

京太郎「うぐ…っ!」


明星「…だから、不安になるんです」

明星「明星よりも霞お姉さまの方が魅力的だと分かっているから…」

明星「もしかしたら…お兄さまは霞お姉さまに心移りするんじゃないかって…」

京太郎「…そんなのあり得ないって」

明星「分かってます…お兄様がナンパな人ではない事くらい」

明星「…だけど……明星は面倒くさくて…こうして二人っきりにならないとちゃんと甘える事も出来なくて…」

明星「だから…卑怯だと分かっていても…せめてこういう形でお兄さまを繋ぎとめようって…」

京太郎「…明星ちゃん」ギュッ

明星「あ……♪」

京太郎「不安にさせてごめんな」

京太郎「でも、俺が結婚するのも、添い遂げるのも、一緒の墓に入るのも…明星ちゃんだけだ」ナデナデ

京太郎「それは決して親同士の約束事だとか…そういうんじゃなくって」

京太郎「俺が明星ちゃんの事が好きだからそうするんだよ」

明星「…お兄さま…♥」

京太郎「だから、不安になるのも分かるけど、そんな風に身体を使ってどうこうなんて考えないでくれ」

京太郎「俺としてもそんな風に追い詰めてる女の子を抱くのは心苦しいしさ」


明星「…ありがとうございます」

明星「でも…お兄様はひとつ勘違いしていますよ?」

京太郎「勘違い?」

明星「えぇ…私は決して…つなぎとめるのが嫌ではないのです…」

明星「明星は…お兄様の事を心からお慕いしていますから♥」

明星「霞お姉さまにも…誰にも取られたくはないから」

明星「その為なら…明星はなんだってします」

明星「喜んで…自分の全てをお兄さまに差し出します」スッ

京太郎「それって…」

明星「…コレ以上は言わせないで下さい」

明星「流石に…ちょっと恥ずかしいですから…」マッカ

京太郎「…明星ちゃん」

明星「いつもどおり…明星…で構いません♪」チュッ

明星「今の明星は…お兄様の婚約者ではなく…お兄様の妻…♥」

明星「既に婚姻を済ませ…想いを交わし…お兄様の名実共にお兄様の虜になった女です…♪」

明星「だから…何をしても…構わないんですよ?」

明星「お兄様の好きなように私の身体を貪って…♪」

明星「…私に繋がれてください…♥」

明星「二度と…離れられないように…♥」ニコ

京太郎「…明星っ」ガバッ

明星「んきゃんっ♪♪」




―― この後、滅茶苦茶セックスした


ここの明星ちゃんは人前では恥ずかしがって本心は出せませんが二人きりだとダダ甘になります
イメージは新旧ツンデレ合わせた感じ
また依存したら一直線なタイプなので、本気になったら性的な絡め手も(初体験さえ済ませれば)ガンガン使い始めます
尚、本編ではこういうエロい明星ちゃんは出てきません
ご了承下さい(´・ω・`)


また投下に関してですが、ちょっと今は新年度でゴタゴタしててあんまり進んでいません
出来るだけ早く準決勝をお届け出来るよう頑張りますが、もうちょっと掛かりそうですゴメンナサイ…(´・ω・`)

今日か明日辺りには投下したい(小声)

結局、大幅に二回書き直す事になりました(白目)
それでもまだ満足出来ませんがコレ以上の展開が思いつかないのでぽいっちょ始めます


―― 清澄が蹂躙するAブロックよりもBブロックの方が進出が容易いと言われている。

しかし、あくまでもそれは比較的に、の話だ。
Bブロックシードの白糸台や臨海女子は全国でもトップクラスの実力を持つ。
特に王者奪還に闘志を燃やす白糸台の意思は強く、清澄と変わらない勢いで他校を蹂躙し続けてきた。
臨海女子も去年の中核選手達が帰国や卒業でごっそり抜けたが、それでも未だ海外から呼び集めた優秀な選手が残っている。
そんな白糸台と臨海女子は順調に勝ち上がり、準決勝で永水女子と当たる事になった。

京子「(…やっぱ今までとレベルが違うな…)」

京子「(これまで何度も逆転してきてるのに…すぐ追い抜かされる)」

チラリと京子が流し見るのは卓上の点数だ。
現在、一位を走っているのは二回戦でも戦った臨海女子。
その下に永水女子がおり、三位に白糸台がいる。
しかし、各々の差は決して大きい訳ではなく、和了り一回で容易くひっくり返ってしまう程度の僅差だ。
既に前半戦こそ終わっているが、決して油断出来るような状況じゃない。
取れるべきところで取れなければ、自分たちが勝ち進めなくなってしまう。


京子「(…ただ…一つ気になる事があるんだよな…)」チラッ

そう思いながら京子が視線を向けるのは右隣に座る白糸台。
去年と引き続き大将を務める大星淡は開始からずっと静かなままだった。
それは決して口数的な意味ではない。
去年、団体戦でも大暴れしたあの圧倒的な能力やプレッシャーを今の彼女からまったく感じないのだ。

京子「(…何かを狙ってる?)」

京子「(それとも…この程度、本気になるまでもないってのか…?)」

淡の真意を考える京子は、後者はほぼないと判断する。
現在、三校の点差はギリギリの状態ではあるが、それでも現在、白糸台が三位だと言う状況は変わらない。
既に大将戦の折り返しもとうの過ぎているし、決勝を見据えて情報流出を控えるにしても限度がある。
そろそろ本格的に他校との差をつけていかなければ、幾ら前王者白糸台でも厳しいと京子は思う。


京子「(……何とも…不気味だな)」

だが、そんな思考とは裏腹に未だ淡が動く気配はない。
かつて咲たちを苦しめた絶対安全圏すら彼女は発動しないままだった。
お陰で京子は親番で思いっきり暴れる事が出来ているが、それが不気味で仕方がない。
本来ならば淡は京子にとって最悪と言っても良いような相性の相手なのだから。

京子「(相手の配牌を悪くする能力とダブリーなんかされたら親での連荘なんて夢のまた夢だからな…)」

無論、京子とて完全に無防備という訳ではない。
巫覡としての修行を経て、以前よりも遥かに支配力が上がっている。
しかし、だからと言って、まったく相手の能力を受けないと言えるほど鉄壁ではないのだ。
お互いに影響を及ぼす能力をぶつけあった時に、手牌やツモがどうなるのかまるで想像出来ない。
最悪、あっちの影響ばかりを受けて、唯一の攻撃チャンスである親番を蹴られる可能性だって十二分にあった。


京子「(ま…何はともあれ…相手は動かないんだ)」

京子「(…その間に出来る事をやらせて貰おうじゃねぇか)」

―― 豪ッ

「っ!」

瞬間、会場の中に吹き荒れる雄々しくも暖かい風。
密閉された室内の中で渦巻くそれは空調とはかけ離れていた。
青空が開く高原を彷彿とさせるその風に、しかし、淡以外の少女たちは身体を強張らせる。
前半戦である半荘を経て、その風が京子が本気になった合図だと既に分かっているからだ。

「(これは何とも…フラグカラーがバッドデース…)」

臨海女子の大将にとって、それはかなり面白く無い状況だった。
これまでコツコツ積み重ねてきた点差ではあるが、まず間違いなく今回の親番で逆転されてしまう。
無論、京子の親を蹴れば、逆転のチャンスはあるものの、親番以外の京子は信じられないほど手堅い。
これまで二度、逆転してはいるが、オーラスまでそれを続けられる自信は彼女にはなかった。


「(何より…この巫女ガールが注目されるべきはオカルトだけではありません…)」

親番限定ではあるものの、他人の運気を吸い寄せるオカルトは強力だ。
しかし、京子を相手にする上で、最も厄介なのはオカルトではなく、その卓上操作能力の方である。
相手の手を読み、時にサポートし、流れを測って、ツモ順をズラす。
ありとあらゆる手で卓上を硬直化させようとするそれは、ずっとその技術を磨いてきた春に比べるとまだまだ弱い。
だが、決着までにほんの僅かな和了や点数が欲しい大将戦では、それはかなりの脅威となる。
事実、彼女が思った以上に大将戦でリードを作れていないのは京子のオカルトそのものよりも、その操作能力に依るところが大きかった。

「(ふふ…あのメガン・ダヴァンがジャパンで苦戦しているから弱くなったのかとシンキングしましたが…)」

「(中々…ジャパンのスチューデントもレベルが高いじゃないですか…!)」

しかし、相手の脅威を楽しめないようでは名門臨海女子で大将などやってはいられない。
急遽、帰国する事になったネリーの代わりだとは言え、彼女も世界選手権で活躍出来るだけの実力を持っているのだ。
日本のインターハイなんて退屈なだけだと思いきや、中々、歯ごたえがある。
そんな獰猛な笑みを浮かべながら、彼女は京子と真っ向から対立した。


「(あえてメガン・ダヴァン流に言わせて貰えば…)」
  デュエル
「(決闘デース!)」

無論、彼女も京子の能力の強さは知っている。
実際、京子の親番に入ってから、自分の手は目に見えて重くなってしまったのだから。
まるで悪いツモだけを自分へと押し付けられたようなそれに、しかし、彼女は怯まない。
元々、攻撃的な彼女は防御に徹すると言うのは好きではないし、何より ――

「(こういうものは…勝ってナンボデース!)」

「(自分の全てのぶつけずして…ウィナーにはなりえません!!)」

彼女の辞書に手加減と言う文字はない。
自分の全てを持ってして戦いへと臨み、その上で相手を打ち破る事以外を【勝利】だとは認めてはいないのだ。
故に彼女はどれだけ苦境であろうと、そしてチームの戦術がなんであろうと全力で相手に立ち向かう。
それが彼女が最も素晴らしいと思う【麻雀】だからこそ、彼女は突き進み、そして結果を手にしてきた。


京子「(く…やっぱり…やりづらいな…!)」

そんな彼女のオカルトは藤原利仙とは逆にヤオチュウ牌を打牌した後に中央の牌が集まるというものだ。
何事も真正面から堂々と打ち破ろうとする彼女に相応しいそれは、赤ドラ有りのインターハイルールでは早さと共にかなりの火力を併せ持つ。
配牌時点で作用する能力がない故に、開始時点こそ手が重いが、あくまでもそれだけだ。
配牌の偏り次第では数巡いないに追いつけるだけの速度は持っている。

京子「(…だけど…!)」

―― 斬ッ!

「(ちぃ…!)」

合宿中、何度も利仙と戦ったお陰で、そのタイプのオカルトと戦う心構えは出来ていた。
その上、京子は霞との勝負でオカルト殺しの能力まで手に入れ、卓上操作能力をパワーアップさせている。
幾ら彼女がアメリカでも活躍した選手であろうと、今の京子を容易く追い越す事は出来ない。
配牌の悪さとオカルト殺しは能力依存の戦術で勝ち上がってきた選手にとって高い壁だった。


京子「ツモ!1600オールです!」

「…はい」

淡「…ん」

結果、臨海女子との真っ向勝負は京子が先んじ、スコアボードの順位が逆転する。
一気に一位になったその成果を京子はチラ見しながらも、気持ちを緩めたりはしない。
臨海女子の彼女はその能力によって満貫以上を容易く和了って見せるのだから。
今、こうして自分がリード出来ているのは、あくまでも親番が故。
それが過ぎたらまた防御に徹しなければいけない時間が来るだけに今の間に稼げるだけ稼いでおいた方が良い。

京子「ロン。2900」

京子「ロン。2400」

京子「ツモ。2000オール」

「…く」

そんな気持ちと共に和了り続ける京子を前に臨海女子の大将は小さく歯噛みする。
自分のオカルトが京子に対して相性が良い事くらい既に彼女とて分かっているのだ。
だが、こうして連荘を繰り返す京子にどうしても追いつけない。
手が届くとそう思った瞬間、まるで霞のように逃げられ、先んじられてしまう。


「(…正直…かなり悔しいデース)」

「(決して届かない相手ではないと分かっているからこそ…)」

「(ギリギリのデュエルが出来ているはずなのに…どうしても勝てない事が)」

「(心から悔しくて仕方ありません)」

無論、それが偶然ではない事くらい彼女も分かっている。
相手が強ければ強いほど親番で強くなる京子の能力は恐ろしい。
けれど、それだけではこうも自分を突き放せるはずがないのだ。
状況を把握する目、相手の手を読む嗜好、勝負どころを見極める勘、そしてどれだけギリギリでも躊躇いなく前に出る度胸。
その全てで自分を上回れているからこそ、勝つ事が出来ない。
能力の相性が良くても、単純な雀力では京子に劣る彼女はどうしても今一歩届かないままだった。

「(せめて他からのサポートがあれば…)」

「(…いえ、それは少々、贅沢なシンキングデース)」

「(そもそも…彼女の勝負どころで他の二校は仕掛ける気がナッシンですし…)」

京子と真正面から打ち合っているのは臨海女子の彼女ただ一人だ。
白糸台の大星淡は諦観しているように動かず、もう一方は完全に心が折れている。
せめてもう一人と協力する事が出来ればまだ勝負も出来るが、こんな状況では到底、充てには出来ない。


「(…そもそも、他人を充てにする麻雀など私のプライドが許しません)」

一番の問題は彼女の心がそれを善しとしない事だった。
京子は今、自身の攻撃チャンスをたった一人で戦っている。
周り全てが敵の状況で自分を含む他家を乗り越えて、和了り続けているのだ。
幾ら勝利が欲しいと言っても、正々堂々と一人で戦い続ける京子を前にこちらから協力を頼む気にはなれない。
その方が楽だと、正しいのだと分かりながらも、不器用に真正面から体当たりをし続ける。
それが彼女が最も正しいと信じる【王道】の麻雀なのだ。

淡「(…さて、どうしようかな)」

その状況で淡は短く言葉を浮かべた。
その目に映るのは独走を続ける永水女子の姿。
親番での連荘を繰り返し、既に二位である臨海女子から一万点以上の点差をつけている。
『本気』になれば逆転は容易いとは言え、コレ以上、点差を広げられるのは面白くはない。


淡「(…去年みたいな屈辱はもうごめんだしね)」

脳裏に浮かぶのは去年の準決勝の事。
自身の能力に絶対の自信を持っていた淡はその日、オカルトを破るオカルトの存在を知った。
宮永照のように純粋なパワーで上回られたのではなく、自身の支配を上書きし、食い荒らすような能力。
照が稼いだ点数のお陰で何とか決勝へと勝ち上がる事が出来たが、その日感じた屈辱は未だに鮮明だ。
この苦々しさを忘れるには準決勝を一位で抜け、決勝で待っている阿知賀と清澄を下して優勝しなければいけない。
そう思う淡にとって、このまま永水女子が独走し続けるのは流石に見過ごせなかった。

淡「(ホントはサポートとか趣味じゃないけれど…)」スッ

淡「それポン」

「あ…」

京子「っ…!」

打ち出された甘い牌を見逃さず、淡は鳴く。
瞬間、京子の身体に緊張が走るのはいよいよもって淡が仕掛けてきたと思ったからだ。
未だに王者の名で呼ばれる白糸台のエースは一体、どんな打ち方を見せるのか。
そう構える京子の前で淡は何事もなかったかのように牌を切った。


京子「(……これは…つまり…そういう事なのか?)」

京子「(…この期に及んで…まだ仕掛けるつもりがないって事なのかよ)」

その動作には一切の気負いも、そして迫力もない。
大将戦が始まってからずっと変わらない静かさだけがそこにある。
それは淡が未だ手札を温存し、情報を秘匿しようとしている証だ。
彼女がさっき鳴いてみせたのはここで仕掛ける為ではない。
臨海女子に京子よりも多くツモらせるのが目的だったのである。

「(…正直、言えば有り難いデース)」

「(ですが…少しクール過ぎる気がしますね…)」

京子と張り合う臨海女子に出来るだけ多くツモらせると言う戦術は正しい。
だが、現在の白糸台は決勝戦へと行けるギリギリのラインにいるのだ。
現在、二位争いをしている臨海女子ではなく、出来るだけ自分で和了りたかったはず。
そう分析する彼女とは裏腹に淡に迷いや後悔はなく、二度三度と無駄鳴きを続ける。
お陰で手が進む彼女にとっては有り難い事だが、余裕すら感じるほどの冷静に恐ろしささえ覚えた。


「よし…!ツモ!2000・4000デース!」

京子「…はい」

それでも彼女に手を抜くつもりはない。
若干、卑怯だとは思うが、それで勝負に手を抜く方が不誠実だ。
ここは淡の冷静さに内心、感謝を告げながら、和了らせて貰おう。
そう思いながら彼女が和了ったのは満貫。
連荘していた京子と臨海女子の順位が逆転するほどではないが、今回の和了で、その差はぐっと縮まった。
親番は残り一回しか残っていない為、京子としては出来ればもう少し稼ぎたかったが、和了られたのは仕方ない。
そもそも、京子はインターハイでも上位に入る雀士二人を前に何度も連荘出来ると思うほど自惚れてはいないのだ。
寧ろ、彼我の実力差を理解する京子にとって、当然の結果だったとさえ思う。

京子「(…ただ、理解出来ないのは…)」

京子はここで仕掛けてくるのは白糸台の方だと予想していた。
臨海女子の彼女は決して弱い訳ではないが、少し正直過ぎる。
絡め手を多用する京子を無理矢理、突破するには実力が若干、物足りない。
無論、決して勝てないと言うほど差がある訳ではないが、親番での勝負は京子に分がある。
その上 ――


京子「(点差からしても…そろそろ本腰入れないとやばいだろ)」

永水女子と臨海女子のツモ和了りによって、白糸台の点数も削れていっている。
決勝進出には二位でも可能とは言え、臨海女子は強敵だ。
既に後半戦も折り返し、残り四局しかない状態で逆転するのは厳しい。
だからこそ、京子はここで仕掛けてくると予想していたが、淡は動かず、サポートに徹した。
無論、ボーダーラインである二位との点差がさらに広がってしまうのにも関わらず、である。

京子「(それとも…今の能力がよほど俺や臨海女子と相性が悪いとか…?)」

京子がそう考えるが、答えは出ない。
大星淡と言えば、宮永照の後継と目される雀士で、今大会でも咲と並んで注目株の一人だ。
だが、彼女は去年のインターハイが終わってから、その能力を一度も見せてはいない。
地方予選では見せていた絶対安全圏も完全に封印し、ごく普通の雀士として打ち続けている。
噂好きな者達は宮永咲によってスランプに追い込まれたからだと憶測を口にするが、こうして対峙する京子は違うと断言出来る。


京子「(…間違いなく彼女は何か隠している)」

京子「(そうじゃなきゃ…この余裕は説明出来ないし…)」

既に白糸台は危険領域に片足を突っ込んでいる状態だ。
このまま傍観し続ければ、間違いなく準決勝にて敗退してしまうだろう。
しかし、そんな崖っぷちにも関わらず、淡はその余裕を崩さない。
まさしく王者とそんな言葉さえ浮かんでくるくらいに堂々と構えている。

京子「(何より…俺は彼女が恐ろしい…)」

京子が感じるのは毛が逆立つようなピリピリとした感覚。
まるで身体全体が警戒するようなそれは全て淡へと向けられていた。
頭ではなく本能から注意を促されるその感覚は咲のそれと何ら劣るものではない。
目の前で三位に甘んじている大星淡は間違いなく今大会最強の一人であると京子は確信していた。


京子「(実際…能力なしって事は単純な雀力だけでここまで無双してきたって事だからな…)」

京子「(一体、どれだけ底が深いのか…まったく想像出来ないくらいだ)」

宮永照の代わりに白糸台の新エースとなった淡は常に結果を出し続けてきた。
以前のように目に見えるくらい異常なオカルトはなくとも、他校を蹂躙し、勝ち上がってきたのである。
実際、この準決勝でも能力を使っていないのに、京子の親番以外は殆ど臨海女子と白糸台の一騎打ちになっていた。
単純な雀力だけでオカルト持ち二人を相手にして一歩も引かないその実力は、最低でも自分以上だと京子に思わせる。

京子「(ま…ここで落ちてくれるなら御の字だけど…)」

まずそうはならない。
そう確信する京子の前で卓上は進んでいく。
相変わらず盤上をリードするのは臨海女子だ。
自身のオカルトを全力で叩きつけて和了をもぎ取ろうとする彼女は簡単には止まらない。
京子が親番で稼いだ点差を削るようにして詰められていく。
だが、それは二回戦を含めてこれまで六度繰り返された光景だ。
京子も冷静さを失ったりはせず、他家を援護し、場の流れを支配し続ける。


京子「(さて…ここが…)」

「(勝負どころデース…)」

奇しくも二人がそう思うのはオーラス ―― 京子の親番に入って、永水女子が未だに一位であり続けているからだ。
しかし、それは決して盤石なものとは言えず、高火力の臨海女子に和了られればまず逆転される程度のもの。
ただし、決勝進出のチケットを手に出来るのは上位二校までであり、三位である白糸台との点差は大きく離れている。
京子が何時も通り速度優先の手で和了れば終局するのだから、二人が勝負をする必要などはない。
戦術的にベストであるのは臨海女子が京子の事をサポートする事。
それを理解しながらも、二人はその戦術を採用しようとはしていなかった。

京子「(…セオリーで言えば、ここは協力するのが一番なんだろうけれど…)」

「(無論…全力でウィンしにゴーデース…!!)」グッ

臨海女子の彼女にとって、【麻雀】とは勝利しに行くものだ。
二位に甘んじてなあなあで勝ち上がるものなど【麻雀】などとは認めない。
故に彼女はオーラスに至っても、未だ京子の事を追い落とすつもりでいた。
それを京子も肌で感じるだけに臨海女子と協力出来ない。
もしかしたら三位に叩き落とされるかもしれない、とそう思うだけの気迫が今の彼女には宿っているのだから。


京子「(それに…そういう熱いのは嫌いじゃないしな)」

未だ実力の片鱗さえ見せていない淡を警戒するのならば、ここは協力しておいた方が良い。
そう思いながらも京子がそれを選べないのは、王道を突き進む臨海女子の熱に充てられてしまったからだ。
京子自身、冷静と言うよりは熱血タイプなだけに、真っ向から挑まれているその勝負から逃げたくはない。
これまでお互いに全力を出し尽くすような麻雀を繰り広げてきたライバルへの礼儀もあって、彼女からの勝負を受けるつもりであった。

淡「(ったく…こっちの気持ちも知らないで熱血しちゃってさ…)」

淡「(こっちはやたら面倒で大変だって言うのに…お気楽だよね)」

―― この時点でBブロック最後の試合を観戦する殆どが白糸台の準決勝敗退を予感していた。

これがまだ淡がその能力を発揮していれば、その予想も変わっていたかもしれない。
だが、敗退目前という状況になっても、淡は自身の能力を使わないままだったのだ。
やはり大星淡は宮永咲にトラウマを植え付けられ、能力が使えなくなってしまったのだろう。
咲による姫子の蹂躙劇を目の当たりにし、根も葉もない噂を信じた人々にとって、淡の余裕は虚勢にしか映らなかった。
『二代目まくりの女王』の名で呼ばれる京子に和了られ、白糸台はただの一強豪へと堕ちる。
ほんの数分後に見えるであろうその光景に、宮永照がいなくなった時点で白糸台の黄金期は終わったのだと囁くものさえいた。


淡「(まぁ…そんなお気楽な二人だからこそ…予定通りの展開になった訳だけど)」

だが、今の状況は淡にとって、そして白糸台にとって予想通りの展開だった。
永水女子と臨海女子がお互いに削り合い、二回戦のようなワンサイドゲームになってはいない。
点差は決して少ない訳ではないが、臨海女子への直撃なら満貫以上、ツモなら跳満以上で二位に食い込める。
京子の親番などで多少、面倒な事になりそうではあったが、そのスコアは十分、許容範囲内だ。
若干、自分に甘い傾向のある淡からすれば、能力を抑えながらにしては上出来だとそう思うくらいに。

淡「(後はこっから逆転するだけ)」

淡「(勿論、二位だなんてダサイ事は言わない)」

淡「(この準決勝を…必ず一位で勝ち上がる…!!)」ゴッ

京子「っ!!」

「つぅ…っ!!」

瞬間、淡の身から放たれる重圧にその場にいる全員が息を呑んだ。
まるで化け物が頑丈な檻から解き放たれてしまったような圧倒的な存在感。
京子の親番だと言う事を忘れるくらいのプレッシャーは淡を警戒していた京子でさえ驚かせるほど大きい。
卓上を自分たちごと呑み込んでいくそれに京子の背筋を冷たくなり、ピリついた肌が冷や汗を浮かべる。


京子「(…落ち着け。俺…)」

京子「(これくらい予想してた事だろう?)」

京子「(寧ろ…ここで本気になってくれて有り難いくらいじゃないか)」

それから京子が逸早く立ち直れたのは一度、咲のプレッシャーを受けているからだろう。
他の二人よりも【化け物慣れ】していた京子は、禍々しい存在感を放つ淡を前にしても我を忘れたりはしない。
決勝に行けば、これでは済まない可能性が高いのだから、練習だと前向きに捉えるべきだろう。
そう自分に言い聞かせながら京子が揃えた手は、予想通り最悪なものだった。

京子「(六向聴まではいかないけど……それでも四向聴かよ…!)」

普段ならともかく、親番でこんなに悪い手を引いたのは久しぶりだった。
神降ろしを使えるようになってから初めてと言っても良いその悪さは無論、淡のオカルトによるもの。
【絶対安全圏】と淡が名づけたその能力に京子は内心、歯噛みする。
自身に影響があると予想していたが、これほど強い影響を受けるのは辛い。
親番での連荘でしか稼げない京子にとって、それは自身のメリットを封じられたも同然だった。


淡「ダブルリーチ!」

「く…!」

その上、淡は一巡目からリー棒を場に出してくる。
最初から躊躇のないそのリーチに対局室で緊張が走るのは、それが昨年、淡が見せた必勝パターンだからだ。
インターハイが終わってから鳴りを潜めこそしたが、その恐ろしさは当時、観戦していた人々の記憶に深く刻み込まれている。
それは京子も例外ではなく、背筋に嫌な予感がジリジリと這い上がってきた。

京子「(…だが、大丈夫だ)」

京子「(今まで通りなら…彼女はカンしなければ和了らない)」

京子「(まだ余裕は…)」トン

淡「……あはっ」

京子「…え?」

それを振り払うように自分へと言い聞かせながらの打牌。
それに淡が笑みを浮かべた瞬間、京子の胸はドキリと跳ねた。
もしかしたら今のが彼女の和了牌だったのだろうか。
そんな不安を抱く京子の前で、ゆっくりと淡は山に手を伸ばす。


京子「(ふぅ…なんだ…和了りじゃなかったのか…)」

京子「(びっくりさせやがって…)」

淡「ツモ」パララ

京子「っ!?」

淡「ダブリー一発タンヤオツモ…そして…!」スッ

それに京子が安堵したのも束の間。
山から引いてきた牌を手に加えた淡は和了りの宣言に入る。
そのまま彼女が晒すのは京子にとってそれなりに痛い満貫手。
しかし、それまでずっと淡が動かなかった結果、白糸台と臨海女子の点差は離れている。
満貫だけでは逆転は出来ず、それは無駄な和了りになるはずだった。
けれど、観戦室で結果を見つめている人々も、そして実際に対局室に座る三人も満貫で済むとは思っていない。
それは自信満々な表情で裏ドラをめくる大星淡の表情が、去年、準決勝と決勝だけで見せた彼女の能力を連想させたからだ。

淡「…裏ドラ3で…4000・8000!!」

そしてそのイメージは現実となる。
淡がめくった裏ドラは彼女の手に乗り、その手を満貫から倍満へと跳ね上げさせた。
麻雀の中で三番目に大きいその役によってスコアボードが一気に書き換わり、白糸台が一位へと躍り出る。
代わりに永水女子が二位に転落し、臨海女子は三位へ。
オーラス二巡目で決まったその順位が示すのは白糸台と永水女子の決勝進出。
そして何より、宮永照の後継と呼ばれた淡が未だに健在であるという客観的な事実だった。


「やられましたね…」

対局室にて最初に言葉を漏らしたのはたった今、逆転を決められた臨海女子の大将だった。
肩を小さく落としながらのそれは悔しさが滲みでている。
ほぼ盤石であったはずの決勝進出をほんの二巡目で奪われてしまったのだから。
どうにもならない事ではあった事とは言え、やはり雀士としては冷静ではいられない。
彼女にとって準決勝はとても楽しく、また京子と戦いたいと思っていたのだから尚の事。

「グッドゲームでした」

「私もそこそこ出来る方だとシンキングしていましたが、パーフェクトに上回れてしまいましたね」

その悔しさを抑えながら、彼女は勝者を素直に称える。
それは勿論、彼女の美学が感情をストレートに露わにするのを許さなかったから、と言うのも大きい。
しかし、それ以上に彼女を冷静にさせていたのは、準決勝がお互いの集中力を削るような激戦であったからだ。
最後に逆転こそ許してしまったが、自分は全てを出し切る事が出来た。
その上で自分を越えていった二人に彼女は心から賞賛の声を送る。


「決勝戦での二人の活躍を祈っています」

京子「…ありがとうございます」

京子「貴女と決勝戦で戦えなかったのは残念ですが…その分、頑張ります」

淡「…ありがとうございました」ペコ

そんな彼女に心からの感謝を告げる京子とは違い、淡は興味なさげに立ち上がり、形式だけの感謝を告げる。
それは既に彼女の意識が明後日の決勝へと向かっているからだ。
彼女にとって準決勝はあくまでもリベンジ兼王者奪還への通過点。
今までに比べれば多少、手強かった事は認めるが、最初からその気になっていれば蹂躙出来たのだから。
今年の自分に課した課題が一つ終わった事への達成感があるだけで、それ以外に思うところはない。
決勝戦をどう戦うかを考えながら、彼女は対局室から去っていった。

京子「…」

「良いのデース」

京子「え?」

「ペア大会など特殊なレギュレーションでない限り、麻雀は孤独な競技デース」

「他者との迎合を拒むのは決しておかしい事ではありません」

それに対して京子が微かな不満を感じるのは決して最後に逆転を許してしまったからではない。
やられてしまったと言う感覚はあるが、二巡目での大逆転は寧ろ賞賛したいくらい天晴なものだと思う。
だが、幾ら麻雀の実力があっても、あの態度はないのではないか。
そう思う京子に臨海女子からのフォローが向けられる。


「それに…ラストの彼女は本当にスペシャルでした」

「たった一回でしたが…今の私では勝てないとそう思うくらいには」

「ああやって興味ナッシンなレスポンスをされるのも、実力差が離れているからこそ」

「…だから、良いのデース」

「次は必ず私がアイにモノを見せてやりますから」ニコ

そう笑う彼女は既に三年。
来年にはもう日本にはおらず、母国へと戻らなければいけない。
それでも淡との再戦を誓うのは、彼女が王道を是とするのと同じくらいに負けず嫌いだからだ。
世界選手権などであれば、また再戦する機会もある。
それまで実力を磨く良い理由になったと彼女が前向きに捉えていた。

京子「…凄いですね」

「…全然、凄くなんかありません」

「負け惜しみもハーフはインしていますし…何より本当は凄く…悔しいデース」

倍満を親被りした永水女子と臨海女子の点差は僅か1000点にも届いてはいない。
もし京子が一回でもリーチをしていれば、二人の立場は逆になっていたはずだ。
その正々堂々とした性格から仲間にも後輩にも慕われ、大将と言う大任を請け負った彼女にとってはそれが悔しい。
もう少し早く淡が自分のサポートしてくれれば勝ち上がっていたのは自分たちのはずなのに、とそう思ってしまうくらいに。


「ですが、今の私がこうしてリザルトを受けいれられるのは貴女のお陰デース」

京子「…私の?」

「イエス。今回のバトルは負けてしまいましたが…私のメモリーに残るグッドゲームでした」

「私の全てを出しきれるホットなバトルだったからこそ…その相手となった貴女を素直に送り出す事が出来るのデース」

「だから…出来ればまた貴女とバトルしたいのですが…」

京子「…えぇ。喜んで」ニコ

彼女からの提案を京子は断る理由がなかった。
無論、このインターハイが終わった後、自分がどうなるのか京子は未だに分からない。
けれど、京子自身も彼女とまた麻雀をやりたいとそう思っているのだ。
何時何処になるかは分からないが、彼女ほどの相手であれば戦う機会はきっと来る…いや、来て欲しい。
そう思うからこそ、京子は笑顔で承諾し、約束を結んだ。

京子「…では、私もそろそろ失礼させて頂きます」

京子「良い試合をさせてくれて本当にありがとうございました」ペコ

「…えぇ。こちらこそありがとうございます」

しかし、幾ら約束したと言っても、彼女とずっと一緒にいる訳にはいかない。
終わった後にお互いの健闘を讃え合うのは素晴らしい行為ではあるが、それを続けるのは敗者にとって辛い事なのだから。
自分がいては素直に彼女が悔しがる事も出来ない事を考えれば、早めに立ち去ってあげた方が良い。
そう考えた京子は深く頭を下げて対局室からそっと出て行った。


京子「……はぁ」

瞬間、肩にズシリと疲労感がのしかかるのは緊張感とオカルトの反動だ。
臨海女子の彼女を止める為に何度も振るったオカルト殺しの所為で、京子の身体は何時にもなく疲れている。
巫覡としての修行を経て、自身の力にも慣れてきたつもりではあったが、練習と実戦は違う。
準決勝はギリギリの接戦であった事もあって、今すぐベッドで横になりたい気分だった。

京子「(…でも、俺達は勝ったんだ)」グッ

インターハイ決勝進出。
それはつまり永水女子がベスト4に残ったという事でもある。
普通の地区大会でも賞賛されるであろうその結果を、高校生雀士が誰もが憧れるインターハイで残しているのだ。
改めてそれを考えた瞬間、京子の胸からふつふつと勝利の実感が湧き上がり、その手に握り拳を作らせる。


京子「(…今更ながら凄いところまで来たんだよな…)」

自分に向いていると思ったハンドボールではなく、自分に向いていないはずの麻雀。
それで全国四強の一つにまで上り詰めた事に京子は染み染みと言葉を漏らす。
無論、ここまで来たのは仲間達の力もあるとは言え、大躍進である事に変わりはない。
少なくとも去年の京子はインターハイに出場出来る事さえ想像していなかったくらいなのだから。

春「…京子」

京子「あ、春ちゃん」

春「お疲れ様」

そんな京子に声を掛けてきたのは春だった。
そのまま手に持ったジュースを差し出す彼女の表情は何時もよりも明るい。
何も知らない人からすれば何時も通りの無表情にしか見えないが、京子にはその微細な違いが良く分かる。


京子「えぇ。ありがとう」

春も自分の頑張りを喜んでくれている。
それを感じ取った京子は笑みを浮かばせながら、彼女の手からジュースを受け取った。
そのまま軽くキャップを捻り、中身を嚥下すれば、冷たい清涼感が喉から全身に広がっていく。
熱戦を繰り広げ、火照っていた身体が内側から冷やされていく感覚は京子に何とも言えない心地よさを与えた。

春「…何時も通り新聞とかテレビの人は霞さん達が弾いてるから」

春「今のうちに帰ろう」

京子「えぇ。そうね」

昨年こそ二回戦で清澄に敗北したが、神代小蒔を擁する永水女子は未だ全国的にも強豪校だ。
今年は小蒔だけではなく、インターハイ記録を塗り替えた京子までいるだけに報道関係者の興味も強い。
その上、今年は優勝校の一角にまで上り詰めたのだから、注目も余計に強くなる。
にも関わらず、決勝進出を決めた京子が囲まれたりしないのは、霞達が事前に取材拒否を通達し、報道関係を全てシャットアウトしているからだ。
それでも特ダネを狙って京子達へ纏わりつく記者が稀にいるだけに、あんまりノンビリはしていられない。
身体にのしかかる疲労感が休息を訴えているのもあって、京子は春と共に歩き始める。


春「…それにしても…さっきの京子は凄かった」

京子「そう?」

春「ん。…あの面子であそこまでリード出来るなんて中々出来ない」

京子「…まぁ、そのリードも最後で一気に潰されちゃった訳だけどね」

京子「特に大星さんに和了られちゃって…ホント、ギリギリだった訳だから」

春「…それでも勝てたんだから京子はやっぱり凄いと思う」

京子「…ありがとう。でも…」

思い返すのは最後の最後で自分を追い抜いていった大星淡の事。
それまで能力を使わずに打っていた彼女だが、それでも十分過ぎるほど強かった。
ガチガチのデジタル派と言う訳ではなく、時折、感覚頼りの打牌が目立ったが、それは決して裏目ったりはしない。
ケダモノじみたその嗅覚は京子に咲を彷彿とさせるほどの鋭い上に、最後に自分を捲ったあの能力まである。
使ったのがたった一回なだけにその能力の全貌は未だ掴めてはいないが、優勝を前に立ちふさがる強敵なのは今からでも目に見えていた。

京子「(…いや、強敵なのは他もそうだな)」

昨年、優勝こそ逃したものの、決勝で待ち受けている阿知賀も強い。
清澄と同じく去年の中核メンバーがごっそり残っているだけじゃなく、どのメンバーも一回り以上強くなっているのだ。
特に先鋒の松美玄は去年の不安定さはまるで感じさせず、速度と火力を併せ持った圧倒的エースとして成長している。
その上、京子が戦う事になる高鴨穏乃は未だその底をまったく見せてはいない。


京子「(あっちの準決勝は…まぁ、順当に終わっちまったし…)」

清澄と阿知賀と言う2大強豪を前にして残りの二校はまったく抵抗出来ていなかった。
お陰で穏乃は殆どその能力を晒す事もなく、決勝戦へと上がってきている。
去年の彼女の能力が山に作用するオカルト封じだと言う事くらいは分かっているが、今年はどうなっている事か。
まったく分からないだけに油断は出来ない。

京子「(何より…)」チラッ

歩きながら京子が電光掲示板に目を向ければ、そこには大きく清澄の名前が浮かんでいる。
去年の覇者であり、今年もまた圧倒的な力で勝ち上がってきたかつての母校。
昨年の大躍進が決してマグレでも何でもなかった事を証明するその実力は未だ未知数だ。
新道寺戦でもまったく余裕を崩さなかった彼女たちが、今、どれほどまでに強くなっているのか、京子は正直、予想が出来ない。


春「(……京子…)」

そんな京子の横顔を見ながら、春は自分の胸を傷ませた。
こうしてインターハイの為に東京に来てからずっと京子は清澄の名前を無意識に追いかけ続けている。
そうやってかつての仲間を追いかけても辛いだけなのに、思い出に押しつぶされそうになるだけなのに。
まるで本能に刻まれたように視界に入った清澄を追い、表情を曇らせている。

春「(…こんな事なら東京になんて来なければよかった…)」

無論、春にとっても小蒔はとても大事な存在だ。
『六女仙』や本家と分家などという関係だけでなく、一人の友人として大切に思っている。
しかし、それでも彼女にとって小蒔が京子以上の存在かと言えば答えは否だ。
春がその心を捧げ、本当に仕えたいと思っているのは小蒔ではなく、京子の方なのだから。


春「(……せめて苦しまないようにしてあげたい)」

春「(京子の痛みを…少しでも和らげてあげたい)」

春「(…でも…)」

京子のそれは病気でも何でもなく一種の心理的な反応だ。
清澄に対する郷愁の念がなくなるまではずっとそれが続くだろう。
そしてそれを穏便に取り除く方法は春達にはない。
無理矢理、長野から鹿児島に引きずり込まれた時点で京子が苦しむ事は決まっていた事なのだから。
しかし、春はそれを理解していても、納得は出来ない。
京子の辛さを見て見ぬふりをするしかないと分かっていても、何かしてあげたくて仕方がないのだ。

春「……」

京子「……」

結果、二人の間に沈黙の帳が降りる。
以前ならばそうやってお互いが黙っている時間は殆どなかった。
京子は基本的に話好きであるし、春も京子に対しては比較的口数が多い。
内心、依子が嫉妬を覚えてしまうくらいの仲の良さは、しかし、今の二人には見当たらなかった。
寧ろ、お互いに距離を測りかねているようなぎこちなささえある。


春「(……それでも…側にいたい)」

そのぎこちなさに一番、心を痛めているのは春だった。
ようやく芽生え始めた明星のそれとは比べ物にならないほどの恋心を春は抱いている。
時折、恋心を暴走させてしまうほど好いた相手と、こうしてギクシャクしてしまっている状況は心をヤスリで削られているように辛い。
しかも、その状況を創りだしたのは京子でも春でもなく、善意と使命感が混ぜ合わさった周囲の事情なのだ。
改善するどころか恨む事すら出来ないくらいに大きな相手を前にして、春が出来る事なんて殆どない。
どれだけ辛くても、苦しくても、京子の側に居続け、その気持ちを共有する事が精々だった。

姫子「…京子、春ちゃん」

京子「あ…姫子さ…」

そこで二人に声を掛けてきたのは姫子だった。
開会式と同じく後ろから掛けられたそれに京子がクルリと振り返る。
しかし、そこにいたのはほんの一週間前からはまるで別人のようだった。
無論、髪もきちんと整えられ、顔立ちも相変わらず綺麗なまま。
その表情は決して明るい訳ではないが、さりとて焦燥している訳でもない。


―― それでも京子が言葉を詰まらせたのは彼女の身体からオーラが消え失せているからだ。

開会式の日に出会った姫子はとても明るく、自信に満ち溢れていた。
キラキラと眩しいばかりに魅力を振りまく彼女に京子はどれだけ元気づけられたか分からない。
けれど、今の彼女にはそんな自信がまったく見当たらない。
まるで水を掛けられたように意気消沈し、あれほど明るかった雰囲気が消え失せている。
京子が一瞬、別人なのではないかと思うくらいにその落差は急激なものだった。

京子「(まるで…合宿の時みたいだ)」

そんな姫子を前にして京子が真っ先に思い浮かべるのは、彼女がスランプに陥っていた時の事。
当時の姫子は自分に課せられるエースとしての責任に押しつぶされ、麻雀そのものから遠ざかる寸前であった。
それを彷彿とさせる時点で、姫子が尋常ならざる状態だと言う事は京子にも分かる。
新道寺が敗退した後、メールで気遣いの言葉を送ったが、それは何の効果もなかったのだろう。
二回戦の終了時から改善されていないどころか、寧ろ悪化しているようにさえ見える姫子の姿に京子は胸を傷ませた。


京子「…大丈夫なのですか?その…」

姫子「…ん。大丈夫たい」

姫子「そいより…決勝進出おめでとう」

姫子「京子ならやってくれると思うちょったよ」

京子「…ありがとうございます」

姫子の言葉は本心からのものだった。
京子の友人として、そしてライバルとして、その活躍を心から喜んでいる。
自分に負けないくらい麻雀に真摯で、ようやく報われ始めた京子を心から褒めてあげたかった。
けれど、今の姫子にとって、それよりも優先すべき事がある。

姫子「…そいで…ごめんね」

京子「え?」

姫子「私じゃ…清澄ば止められんかった…」グッ

京子「…姫子さん」

悔しそうに漏れ出る謝罪の言葉は決して大きいものではなかった。
いっそ呟くと言っても良いくらいに小さなそれは、ちゃんと京子の耳に、そして胸に届いている。
インターハイで戦おうと言う約束と、自分が清澄と永水女子のどちらかを倒すという約束。
その二つを同時に破ってしまった姫子にとって、それは万感の思いを込めた謝罪だった。


姫子「あぎゃん偉そうな事言って…こん有り様ばい…」

姫子「本当に…本当に…ごめん…」フルフル

しかし、謝罪しても謝罪しても、姫子の胸は晴れない。
それは彼女自身、もっと上手くやれたとそう思っているからだ。
途中で自分の軸を揺らがさなければ、負ける事はあっても準決勝には進めたのに。
準決勝なら阿知賀や他の高校と結託して清澄を追い詰める事が出来たかもしれないのに。
挑発に乗ってしまった結果、全てを台無しにしてしまった。
仲間の気持ちも京子との約束も全て自分が無駄にしてしまったのである。
姫子にとってその自責は幾ら謝罪しても消えず、寧ろ、謝罪の言葉を口にする度に大きくなっていった。

京子「…………もう」ギュゥ

姫子「あ…」

自分の目の前で今にも泣き出しそうなくらいに追い詰められていく姫子を京子の腕が抱き寄せる。
頭の中には年上の、それも美少女を抱き寄せるなんて大胆だという言葉が浮かんで来るが、さりとて、今の姫子を放ってはおけない。
今の彼女はまるでひび割れたガラス細工のようにボロボロで、触れ方を間違えれば壊れてしまいそうなくらいなのだから。
京子にとっては一時の恥ずかしさよりも、姫子の方がよほど大事なのだ。


京子「何も謝る事なんてないんですよ」

京子「姫子さんが精一杯やってくれたのは私も良く分かっていますから」

姫子「…ばってん…!!」ギュゥ

姫子「もっと…もっとやりようはあったばい…!」

姫子「ベストば尽くしたなんて…到底、言えん…!!」

瞬間、漏れるのはずっと姫子が抑え込んでいた本音。
京子よりもずっと身近で、長い時間を一緒に過ごした仲間たちにも言えなかった弱音である。
無論、彼女達も京子と同じように気遣い、ボロボロになった姫子を支えようとしてくれていた。
けれど、姫子の仲間は、彼女の所為で二回戦敗退となり、無念の結果に終わってしまったのである。
自分の能力を最大限活かす為、打ち方を変え、全力でサポートしてくれた仲間に「ベストを尽くせませんでした」などと姫子はどうしても言えなかった。

京子「(…あぁ、これは…俺と同じだ)」

京子「(中学の俺と…まったく同じ事を姫子さんは思ってるんだ…)」

自分に対して吐き捨てるような姫子を見ながら、京子は中学時代の苦い思い出を思い返す。
当時の京子は【須賀京太郎】としてハンドボール部に所属し、ゴールキーパーとして活躍していた。
並桁外れた身体能力でスーパーセーブを連発し、弱小だったチームを県大会決勝戦まで導いたチームの柱。
けれど、県予選決勝で相手チームのエースに打ちのめされ、思いっきり崩れてしまった。
結果、チームは大敗。
チームとしての地力はさほど変わりがなかったはずなのに、柱となっている人間の差で結果が分けられたのである。


京子「ベストなんて後でどうとでも言える事ですよ」

京子「そもそも姫子さんは二回戦で手を抜いたりしていなかったでしょう?」

京子「全力で清澄を倒そうとそうしてくれていたはずです」

京子「それはつまりベストじゃないんですか?」

姫子「そ…いは…」

京子はその現実と責任の重さに押しつぶされてしまっただけに、今の姫子が抱いているであろう気持ちが良く分かる。
しかし、それを肯定してやれるかと言えば答えは否だ。
頼まれてもいないのに自分一人で責任を背負い込み、逃げるようにして部を去った事を京子は今も後悔しているのだから。
そんな後悔を大事な友人である姫子に背負ってほしくはない。
出来れば立ち直って、再び元の明るい姫子に戻って欲しいと心からそう願っている。

京子「それに謝らなきゃいけないのは私の方ですよ」

姫子「え…?」

京子「自意識過剰かもしれませんが…姫子さんがあれほど清澄との勝負に拘ったのは私の所為でしょう?」

姫子「…そいだけじゃなかけん、京子が謝る事じゃ…」

京子「それはつまり私の所為でもあるという事ですね」

本来の京子はそういう無理矢理、言質を取るようなやり方は好きではない。
ましてや、意識的に相手の言葉に被せるようにして遮るのは不誠実だと思っている。
そんな不誠実な手を使うのは、このまま姫子に任せていたら何時迄も彼女の責任で話が回る所為。
自責に沈む今の彼女を引きずりあげるには、多少、強引な手段を取るしかないのだ。


京子「ならば、姫子さんが私に謝る必要なんてありません」

京子「寧ろ、私は貴女にお礼を言わなければいけない立場でしょう」

京子「…ありがとうございます。こんなになるまで…戦ってくれて」

姫子「…ぅ…っ」ポロ

姫子を抱きしめる状況に内心、ドキドキしながらも、京子の声は優しく、とても落ち着いたものだった。
子どもに言い聞かせるようなその声音はボロボロになった姫子の心を震わせる。
敗北からずっと自分を責め続け、他人に弱音を見せる事を許さなかった彼女の目尻から熱いものが浮かぶくらいに。
それを京子は感じ取りながらも、それを口に出したりはしない。
ただただ姫子の背中をあやすように撫で続ける。

姫子「私…何も出来んかった…!」

姫子「ここまで皆と頑張って来たのに…!」

姫子「私ん事…エースやって皆が認めてくれて…支えてくれちょったのに…!」

姫子「結果的には自爆で負けたみたいなもんやけん…皆にも会わせる顔がなか…」

姫子「先輩にも…申し訳がたたんばい…!」

そんな京子へとぶつけるように姫子は感情を吐露し始める。
感情を内側へと押し込んできた理性がもう彼女の中では働いていない。
涙と共に溢れ出る激情が波のように言葉を押し流し、言うつもりのなかった本音まで彼女に吐き出させる。
それに後ろ暗い開放感のようなものを得る自分を嫌悪しながらも姫子は止まれない。
敬愛する白水哩にさえも電話越しでは言えなかった言葉が後から後から溢れ出すのだ。


京子「大丈夫ですよ。きっと誰も姫子さんの事を責めてはいません」

京子「こんなになるまで頑張った人の事を責めるはずがないじゃありませんか」

京子「新道寺の皆も…白水さんも、きっと姫子さんの頑張りを知っているはずです」

それは京子がその身体全部で姫子の事を慰めようとしてくれているからこそだ。
無論、京子は姫子が特別、心を許している相手ではあるが、それは親友である花田煌や恋人である白水哩も同じ事。
けれど、煌は哩に遠慮し、そして哩は別の大会の真っ最中で東京にはいない。
結果、二人では姫子の中の自責を溶かしきれず、当たり障りのないやりとりしか出来なかった。

京子「鶴田姫子を知る人であれば、貴女を責める人なんていませんよ」

京子「もし、今の貴女を悪しように言う人がいれば…それは努力の意味も価値も知らない人です」

京子「外野から結果だけを見て全てを理解したような気になっている人だけ」

京子「実際…姫子さんと一緒に切磋琢磨して本当の意味で支えてきてくれた仲間達は貴女を責めたりしなかったでしょう?」

姫子「ぅん…」

そんな彼女たちの代わりに、京子は姫子へ穏やかな声を返す。
彼女の信頼に応えるようなその言葉は一つ一つ丁寧に姫子の心を解きほぐしていった。
勿論、ただ優しいだけの言葉であれば、自責に凝り固まった彼女の殻を簡単に溶かし切る事は出来ない。
しかし、京子は厳密な意味では外野の人間で、そして同時に今の姫子の状況を的確に言い当てているのだ。
京子が自身の経験から予想していると知らない姫子にとって、それは普遍的な事実、あるいは正論のように思える。


京子「それは姫子さんがこれまでずっと頑張ってきたからですよ」

京子「練習にも手を抜いて、試合も真面目にやらず、ただ能力や才能だけでナンバーワンになった人ならそうはいきません」

京子「間違いなく槍玉にあげられ、居たたまれない状況になっていた事でしょう」

京子「ですが…貴女は皆に相応しいと認められ、受け入れられた本当のエースなのです」

京子「姫子さんと共にここまで来た人たちは、姫子さんの事を気遣って責めていないのではありません」

京子「貴女がこれまで誰よりも努力し、最善を尽くそうとした事を知っているからこそ、結果を受け入れてくれているのです」

人間の根底に道徳と言うものがある以上、正しさと言うのは一種の力だ。
ただの音の響きであるはずの言葉に説得力という抗いがたい魔力を秘める。
特に今の姫子は心から弱りきり、誰にも弱音を吐けず、折れてしまう寸前であった。
そこで差し伸べられる優しくも温かい言葉に抗えるはずがない。
それが性善説を根幹にした優しすぎる言葉だと内心、理解していても、自分を許しても良いのではないかと、そんな言葉が浮かんでくる。

京子「…安心して下さい」

京子「新道寺の人たちは…姫子さんが大変な時に力を貸してくれたではないですか」

京子「貴女が悩みを口にした時、すぐさま飛び込んで、慰めてくれたじゃないですか」

京子「私達が羨むだけの絆で結ばれた人たちの事を…信じてあげてください」

京子「あんなに優しい人達と仲良くなれた自分の事を許してあげて下さい」

京子「きっと…皆もそれを望んでいるはずです」

姫子「…………うん…」グス

勿論、京子の言葉ですぐさま自分を許せるほど姫子は単純ではない。
この数日間、一つでぐつぐつと煮詰め続けてきた自責の感情はコールタールのように胸の内側に張り付いている。
しかし、それでも京子の言葉は雁字搦めであった感情を整理するキッカケになっていた。
帰ったら…もう一度だけ皆に謝ろう。
そして気遣ってくれた皆にお礼を言おう。
そう心の中で予定を決める姫子の前で京子が悪戯っぽい表情を浮かべた。


京子「…まぁ、それでも自分を許せないと言うのであれば、私が責めてあげますよ」

姫子「…京子が?」

京子「えぇ。なんで約束を護ってくれなかったんですかーって言いながら鞭でバチーン、ロウソクドロォと」

姫子「はぅっ♪」ゾクゾクゥ

京子「…ん?」

それは京子にとってただの冗談であった。
自分で自分を追い詰める姫子の雰囲気も少しはマシになった事だし、ここは一つ場を和ませるジョークの一つでも口にしよう。
誰にも責められない辛さと言うのもあるし、多少は逃げどころがあった方が良い。
そんな事を考えた京子にとっての誤算は、姫子が性的にかなり被虐的な人間だった事だろう。
好きな人間にいじめられるのを想像しただけで興奮する姫子にとって、それは媚薬も同然だった。
ついつい京子に縛られて、鞭で叩かれる光景を想像し、背筋に冷たい快楽を這い上がらせてしまう。

京子「…どうかしました?」

姫子「な、なんでもなかよ!」ワタワタ

そこで姫子が狼狽を見せるのは、彼女にとってそれが特別の証だからだ。
幾ら被虐的な性質を自覚し、それを受け入れているとは言え、誰彼構わずそんな想像をしないし、したとしても興奮しない。
今まで姫子がそれを思い浮かべて興奮したのは、ただ一人、自分と同じ性質を持ち、自分の開発をしてくれた白水哩のみ。
例え、親友である煌が相手であっても、想像したことはなかったし、興奮するなんて考えた事もない。


姫子「(ま、まぁ、気ん迷いたい)」

姫子「(私は一途な女やけんね)」

それが自分にとって京子が本当の意味で特別になりつつあるからだ、とは姫子は思わない。
彼女にとって白水哩と言うのは自身の全てを預けるに足る特別な相手なのだ。
二度、自分を救い上げてくれた京子に感謝する気持ちは強いし、並の友人よりもよほど心を許しているのは認めている。
愛する哩にさえ言えなかった事を口走ってしまったのも事実だ。
しかし、それはあくまでも激情が押し出したようなものであり、自分から言おうと思って口にした訳ではない。
その程度で堕ちるほど自分はチョロい女ではないと姫子はドキドキする胸に何度も言い聞かせる。

春「……」ジィィ

姫子「ハッ え、えっと…春ちゃん、こいは…」

春「…別に私の事思いっきりスルーされたところで気にしていない」

春「二人っきりの世界を作っても私はこれっぽっちも寂しくなかったから」

そこで姫子が冷静になるのは自分にジッと目を向ける春の存在があったからこそだ。
姫子との遭遇からずっと二人に放置されていた春は拗ねるようにジト目を向ける。
その口では気にしていないと言っているが、無論、気にしていない訳がない。
自分が何もかも捧げたいとそう思う男と、誰もが認めるような美少女が抱き合っているのだから。


春「(…それだけならば緊急避難という事で許せたけれど…)」

春は決して空気が読めない訳ではない。
読んだ上でブレイクする事は多々あるが、基本的にそういったものに敏感なタイプである。
だからこそ、春は全身で姫子を慰めようとするような京子に口を出さなかったし、これまで自己主張も控えていた。
だが、慰め終わった後もずっと抱き合っている二人を見て面白いはずがない。
ましてやさっき狼狽した姫子に不穏な気配を感じたのだから尚の事。

春「…ただ、終わったのなら離れた方が良い」

春「ここ人目もある場所だから」

姫子「ご、ごごごごごごごめん!?」パッ

京子「あー…そう言えばそうだったわね」

春の指摘に、ここが対局室のすぐ近くだと言う事を思い出した姫子は飛ぶように離れた。
瞬間、赤くなった顔で左右を見渡せば、何処か微笑ましそうな顔で人々が流れていくのが見える。
観戦室からも離れているので人通りが多い訳ではないが、それでも抱き合う自分たちの姿は何人かに見られてしまった事だろう。
出来れば今の光景が哩の耳に入らないで欲しい。
言い訳するように心の中でそう願う姫子の前で京子は申し訳無さを覚えた。


京子「…ごめんなさい」

姫子「え?」

京子「ほら、こんなところで抱き寄せちゃったら変な噂になっちゃうかもしれないですし」

京子「それに…私、姫子さんが一番、辛い時に会いにいけませんでしたから」

改めてそう謝罪するのは霞の言いなりになるしかなかった自分を京子が恥じているからだ。
無論、あの状況ではそうするのが一番だったと内心、京子も理解している。
今、改めて同じ状況になったら、きっと同じ選択をするだろうと思うくらいには。
けれど、その一方で友人を見捨てたような後ろ暗さはどうしてもついて回ってきていたのだ。

姫子「…まったく…京子は気にしすぎばい」

姫子「あん状況で来れん事くらい私にだって分かっちょるけん」

姫子「寧ろ、来た方が色々とややこしい話になるけん、来ん方が良かったよ」

しかし、姫子はそれを気にしている訳ではない。
そもそも対局室の近くには対戦校の面々しか近寄れないのだ。
敗北に打ちひしがれる姫子をすぐさまチームメイトが迎えに来たし、例え京子が会いに来てもゆっくり話している余裕はない。
仲間に囲まれる姫子の外側から一言二言声を掛けるのが精一杯だった上に、もしかしたら対局室の外で宮永咲が待ち構えていたかもしれないのだから。
京子が来ないのは当然の事だと姫子は思っていた。


京子「…ありがとうございます」

姫子「お礼ば言うのは私の方たい」

姫子「慰めてくれてありがとう」

姫子「お陰で…少しは気持ちも軽くなったばい」ニコ

何より、そうやって京子が慰めに来てくれていたら、自分はこんなに早く前を向こうと思ったりしなかったかもしれない。
未だ自分の事を責め続け、もしかしたら麻雀そのものからも遠ざかっていたかもしれないのだ。
それを思うと自分を慰めに来なかった事を責めるどころか、寧ろ感謝するべきだと姫子は思う。
無論、さっきその全身で自分を慰めようとしてくれていた事も含めて。

姫子「……ばってん…そぎゃん京子に仇で返すようになるかもしれん」

京子「え?」

そんな姫子の表情が決意の表情で固まる。
姫子は決して京子に慰められに来た訳ではないのだ。
例え、大事な友人に嫌われる事になっても、これだけは伝えなければいけない。
そう思ったからこそ、彼女は閉じこもっていた部屋から出て、この場で京子を待っていたのだ。


姫子「…………京子、決勝には行かん方が良か」

姫子「あん子は…宮永さんは普通じゃなかけん」

姫子「麻雀が強かとか弱かとかじゃなくて…」

姫子「もっと根本的な部分で…致命的なくらいズレちょる」

そう言いながら姫子が思い出すのは二回戦での咲の様子。
麻雀している最中はまるで擦り切れた老人のような目をしていた咲は、京子の事を話す時だけ目をギラギラと輝かせていた。
単なる熱情とも恋慕とも言いがたいその感情が一体、何処から来ているのか姫子は分からない。
しかし、事情を知らない姫子でも、咲が京子に対して並々ならぬ執着を抱いている事くらいは感じ取れた。

姫子「…今んあん子には京子しか見えちょらん」

姫子「もし、会ったら…どげん事になるか…私にも分からんたい」

ただ単に麻雀をするだけなら良い。
自分のようにトラウマめいたものを植え付けられるのもまだマシだろう。
しかし、今の咲を見ていると姫子はどうしてもそれだけで済むとは思えない。
姫子にとって咲は化け物と言っても良いくらい理解不能で、何をするか予測出来ない相手なのだから。


姫子「そいけん…棄権して欲しか」

姫子「勿論…他校ん私がこぎゃん事言うべきじゃないって分かっちょる…」

姫子「ばってん…私は京子が心配やけん」

姫子「あぎゃん…化けモンみたか人と戦って欲しくなかよ…」フル

そう呟く姫子の手は微かに震えていた。
あの二回戦から既に数日が経過しているが、当時の記憶は未だ彼女の中で鮮明なものだった。
戦いの中で姫子が向けられた敵意も、自分を狙い撃ちにする視線の鋭さも、延々と叩かれ続ける容赦のなさも。
未だに夢に見るくらい恐ろしいその光景は、それだけ姫子が咲の事を恐れている証だ。
嫌われるのを覚悟で、友人に棄権して欲しいとそう訴えに来るくらいに、それは未だ根強く残っている。

京子「(…大げさだ…なんて言えないよな)」

京子「(姫子さんは本気で…咲の事をそう思ってる)」

京子「(俺と戦ったら何するか分からない…化け物だって本気で思っているんだ)」

京子「(…でも……)」

無論、京子とて姫子の気持ちは分かる。
トラウマになりそうなくらい甚振られた彼女が咲の事をここまで怖がるのはごくごく当然で当たり前の事だ。
一方的な虐殺にも近いあの対局を見ていた人々であれば、姫子の怯えを決して笑えない。
しかし、その一方で京子は思うのだ。
違う、そうじゃない。
自分の知る宮永咲はそんな恐ろしい化け物ではないと。


京子「(アイツは…もっと麻雀が好きで、ポンコツで…何処にでもいる…普通の女の子だったんだから)」

京子の脳裏に浮かぶのは咲と過ごした半生以上の事。
何時でも自分の後ろをついてきた彼女は京子にとって放っておけない妹のような存在だった。
少し目を離せばすぐさま迷子になるし、本に夢中になっていると良く食事も忘れ、朝も弱い。
京子の知る宮永咲は姫子の言うような化け物などではなく、そんな何処にでもいる普通の少女なのである。

京子「(…だから…俺は気づけなかった)」

京子「(ごくごく当たり前で…側にいるのが当然だったからこそ)」

京子「(別れるまで…自分の想いに気づけなくて…)」

そんな幼馴染が今、自分の目の前で化け物のように言われている。
自身の半身のように側にいて、ギリギリまで気づけ無いほど大きくて深い想いを抱いた少女が。
それがまだまったく根拠の無いと断言出来るものであれば、京子はここまで胸を揺れ動かされたりはしなかっただろう。
だが、現実、幼馴染はそう言われるに足る姿を京子に見せた上に、こうして自分へ訴えかけてくるのは友人の姫子なのだ。
彼女が心から自分を心配してくれているからこそ、そう言ってくれるのが分かるだけに京子の胸の内で言葉と感情が複雑に絡み合う。


京子「(…あぁ…そうだ)」

京子「(俺は今もアイツの事が…咲の事が好きなんだな…)」

そこからふと生まれるのは、確認の言葉だった。
見ても辛いからと今までずっと胸の内へと押し込み、見ない振りを続けてきた感情。
どれだけ忘れようとしても忘れられないくらい、自身の根本にまで根ざしたそれが京子に一つの答えをくれる。
複雑に絡み合った感情や言葉を全て解いて、スッキリと胸の内を整理させるような答えを。

京子「…ありがとうございます、姫子さん」スッ

姫子「京…子…」

京子「…お陰で決心がつきました」

姫子「…ダメ」

そんな姫子の手を京子は両手で包み込む。
優しく両側から恐怖を溶かすようなそれに姫子の震えが弱まっていった。
しかし、彼女の胸の内には、それを感謝するよりも先に、京子への否定が浮かびあがってくる。
ダメだ、それはいけない。
そう否定しようとする姫子の前で京子はゆっくりと首を左右に振った。


京子「…彼女が私しか見えていないのであれば、今の彼女を何とかしてあげられるのは私だけなのでしょう」

京子「ならば…私がそこから逃げる訳にはいきません」

京子「彼女の目を覚ませる役割は…私が担うべきなのです」

京子はこれまでずっと迷っていた。
幼馴染であり、今も恋心を引きずる少女に一体、どういう風に接するべきなのか。
正体も明かす事は出来ず、さりとて、自身の正体に確信めいたものを抱く少女の変貌にどう対応すれば良いのか分からなかった。
しかし、姫子の言葉でようやく京子の中で方針が決まり、覚悟が出来上がっていく。

京子「(勿論…俺なら咲をどうにか出来る…なんて本気で思っている訳じゃない)」

京子「(でも…こんなにも恐れられるようになった咲を放っておけないだろ)」

京子「(アイツは…本来、そんな奴じゃない)」

京子「(俺はそれを知っているんだから)」

どれだけ見ない振りをしていても京子にとって咲はとても大事な少女だ。
そんな少女が、友人にこれほどまで恐れられるのを見て、逃げ出したりは出来ない。
無論、京子自身、今の咲に若干の苦手意識はあるし、下手な接触は避けたいと思っている。
だが、それは京子にとって逃げる理由にはならない。
自分が咲に、今も恋する少女に出来る事があるならば、率先してそれをするべきだと京子は気持ちを固めた。


姫子「っ…!ばってん…そぎゃん事までする理由が何処にあっと…?」

姫子「あぎゃん怯えて…辛いのを隠して…!」

姫子「今にも泣きそうになるような相手に…なんでそこまでしよっとー!?」

しかし、姫子はそれを認められない。
それは自分の提案を無碍にされたからではなく、心から京子の事を心配しているからだ。
開会式の日、自分が助け舟を出さなければ、そのまま泣き崩れてしまいそうだった京子の姿を彼女は見ている。
自分が京子の事を庇うまで激しく問い詰めるようであった咲の事を姫子は許してはいない。
雀士である以上、勝負の結果を引きずるつもりはないが、そんな相手の為に京子がわざわざ傷つきに行く必要がないと姫子は思う。

京子「それは…」

そんな姫子に一瞬、京子は嘘を吐く事を考えた。
正直に言えば、少なからず、自分の事情に巻き込んでしまう事になる。
既に自分の所為で咲にボロボロにされてしまった姫子の事をコレ以上追い込みたくはなかった。
しかし、目の前で声を荒上げるくらい心配してくれている彼女は、嫌われるのを覚悟で棄権して欲しいとまで口にしてくれたのである。
今も心配と言う生の感情をそのままぶつけてきてくれている姫子の事を思うと、嘘を吐けない。
数秒ほどの逡巡を経て、京子が選んだのはずっと覆い隠してきた本音を口にする事だった。


京子「大事な…人だったんです」

春「……」

京子「大事な幼馴染で、大事な友人で、大事な仲間で…そして…」

京子「私にとっては…他よりも少しだけ…特別な子でした」

姫子「…京子…」

ポツリと漏らすその声はあまりにも小さく、そしてその顔に浮かぶ表情は儚いものだった。
まるで今にも消えていってしまいそうなそれは姫子が躊躇いを覚えるくらいに弱々しい。
一体、京子と咲との間に何があったのか。
それが気になる以上に京子から伝わってくる雰囲気が痛々しくて、踏み込む事が出来ない。
事情など何も知らない姫子が思わず胸を抑えてしまうくらいに、京子が苦しんでいると分かるから。
共感だけで涙を浮かべてしまいそうな京子を見て、さらに追い込むような言葉を放つほど姫子は鈍感でも不躾でもなかった。

春「(…やっぱり…そうなんだ…)」

姫子以上に胸を痛めているのはすぐ隣にいる春だった。
勿論、彼女も京子の情報に何度も目を通しているだけに、宮永咲が特別な相手である事くらい知っている。
しかし、報告書に書き連ねられた情報と、京子の口から直接聞かされるのは天と地ほどの大きな差があるのだ。
今の春はズキリと胸の奥まで貫かれるような痛みに苦しみ、その場に蹲ってしまいそうになっている。
それを彼女が何とか堪える事が出来たのは、自分が加害者の側であるという意識。
本当に泣き喚いて蹲りたいのは京子の方だと理解しているだけに、春は自分を律し、唇を真一文字に結んだ。


京子「ですが…今はもう会えません」

京子「会ってはいけない人ですから」

京子「でも…そんな私でも…出来る事があるならば…私はそれをしてあげたい」

京子「あの子の助けになれるなら…私は何時でも…そうなりたいんです」

無論、京子とて自分に出来る事がそれほど多くない事くらい理解している。
今の【須賀京太郎】は東京行きの資金を成績不足で出してもらえず、鹿児島で応援している事になっているのだから。
ここで【須賀京太郎】として接触を測れば、既に確信めいたものを抱いている咲に間違いなく正体がバレてしまう。
下手をすれば事情を話すまで離して貰えないかもしれない。
結果、今の京子に出来る事と言えば、【須賀京子】として麻雀で語る事だけ。
それでは咲を元の文学少女に戻す事なんて不可能だろうと京子も理解している。

京子「(…でも、あいつはもう一人じゃない)」

京子「(あいつの側には友達がいる。頼れる先輩がいる。慕ってくれる後輩がいる)」

京子「(俺だけしか側にいなかった時とは違うんだ)」

それでもキッカケくらいにはなれるかもしれない。
そして、それさえ出来れば、きっと自分以外の誰かが何とかしてくれる。
もう咲の側にいてやれない自分の代わりに他の誰かがきっと咲を支えて、変えてくれるはず。
それに胸の痛みを覚えながらも、しかし、京子は意思を揺るがせる事はなかった。


京子「…だから、ごめんなさい」

京子「姫子さんの優しさは本当に嬉しいです」

京子「でも…それに甘える事は出来ません」

姫子「…本気と?」

京子「えぇ。本気です」

そう返す京子に姫子はジっと視線を向けた。
それは勿論、僅かにでも逡巡の色があれば、京子を説得しようと思っていたからである。
しかし、どれだけ見つめても京子がその表情を変える事はない。
完全に覚悟を決めた表情で、姫子の視線を受け止めていた。

姫子「…卑怯ばい」

京子「え?」

姫子「そぎゃん格好良か顔ばされちょったら…何も言えん」

ため息と共にそう漏らす姫子も内心、理解していた。
既に京子の心は固まってしまい、決して揺らぐ事はないと。
彼女と京子の付き合いはそう長い訳ではないが、その頑固さに姫子は二度も助けられているのだ。
それでも彼女が京子を試したのは、それだけ咲の事が恐ろしかった所為。


姫子「(…ばってん、今ん京子なら…大丈夫かもしれん)」

姫子の目から見ても、今の京子は一皮剥けている。
内心、逃げ続けてきた事に目を向け、咲の前に立とうとしているのだ。
背筋をピンと伸ばすその身体は以前から大きかったが、今はさらに一回り大きく見える。
顔立ちそのものは綺麗なはずなのに、格好良いとそんな印象を姫子が抱くくらいには。

姫子「…仕方無かね、京子ば止めるんは諦めるばい」

姫子「代わりに…二人とも明日、暇と?」

京子「えぇ。特に予定はありませんが…」

無論、決勝戦に向けての作戦会議なんかはある。
しかし、それは一日中拘束されるようなものではないのだ。
決勝戦に出揃ったのは優勝候補に数えられるような強豪ばかりなだけにデータの分析も粗方済んでいる。
サポートである霞たちはこれからさらに分析を始めるだろうが、選手である京子達には休みが与えられていた。


姫子「そいぎ、ちょっと打たんと?」

京子「ですが、インターハイの規約で期間中は出場校のメンバー同士は打てないと…」

姫子「ん。そいけん、こっちは個人戦オンリーのメンバーば集めるばい」

姫子「こいでも合宿で全国を周りに周った強豪んエースやけん、コネはそこそこあるたい」フフーン

スランプに陥っていた時はともかく、元々の姫子はとても人懐っこいタイプだ。
基本的に誰とでもすぐ仲良くなれる彼女は全国に合宿の最中にそれなりの友人を作っている。
親交を作った者の中には県の個人戦上位に入っている者も数多く、実力的にも申し分ない。
自分がボロボロになったのもあって同情に漬け込みやすい、と言う打算もあり、人数を揃えられる自信はあった。

姫子「そいにそろそろ個人戦も始まる時期やし、本格的な調整に入っちょる選手も多か」

姫子「団体戦ん決勝まで残った京子達ならあっちも喜んで引き受けてくれるばい」

京子「…私としては有り難い話ですが…春ちゃんはどう?」

春「私も問題ない」

春「姫様は個人戦に出てるから行けないけど…他の二人もきっと賛成してくれるはず」

姫子「ん。決まりね」ニコ

そう笑いながら姫子は頭の中で呼び寄せるメンバーをリストアップする。
決勝戦に揃っているのはどれも化け物と呼ばれるに相応しい雀士ばかりだ。
その前準備となる麻雀に、どれだけ親しくても弱い雀士は呼べない。
既にインターハイでも上位に食い込む京子達を一日で鍛えるにはそれだけ強い雀士が必要なのだ。


京子「…何から何まですみません」

姫子「んーん。私はこんくらいしか出来んし」

姫子「そいに…私も麻雀やりたくなってきたけん」

京子「…え?」

二回戦が終わってからの姫子は麻雀牌を握る気力さえもなかった。
本来ならすぐさまやるべき反省会にも顔を出せず、部屋で自責に押しつぶされそうになっていたのである。
しかし、こうして前へと進もうとする京子を見て、その想いに触れている内に、自分もこのままではいけないと思い始めた。
まるでこの数日間の分を取り戻そうとしているように、姫子の身体も麻雀を求め始めたのである。

姫子「ふふ、こいも京子ん熱に充てられた所為たい」

京子「…いいえ。きっと違いますよ」

京子「それだけ姫子さんが麻雀の事が好きだからです」

姫子が経験したのは、自身の能力を失い、拠り所を消し飛ばされての大敗だ。
どれだけ後悔しても足りず、悪夢となって何度もよみがえるような惨敗である。
それから立ち直るのには外的要因だけでは決して足りない。
姫子自身が麻雀の事を心から愛し、それに情熱を傾け続けなければ、こうして触発される事もなくただ自棄になっていただけ。
もし、自分が彼女と同じ立場であればすぐさま立ち直れたか自信がない。
そう思うからこそ、京子は姫子の言葉を首を振りながら否定した。


姫子「まーたそぎゃん風に責任逃れして…」

姫子「私ん責任取るんがそぎゃん嫌っとー?」

京子「いえ、嫌と言う訳でもないのですけれど…」

姫子「じゃあ…責任取って一つ約束して」

京子「約束ですか?」

姫子「ん。…勝っても負けても…どっちでも良か」

姫子「ただ…無事に帰ってきて欲しかよ」

京子「…えぇ。約束します」

それを大げさと笑うつもりは京子にはなかった。
実際、咲に滅多打ちされた姫子にとって、それは十二分にあり得る未来なのだから。
京子自身はそんな事はないだろうと思っているものの、姫子のトラウマめいた記憶は言葉では簡単に払拭できない。
だからこそ、京子は力強く頷き、姫子との間に新しい約束を結んだ。

姫子「そいぎ、こっちのメンバーがある程度、決まったら連絡するけん」

京子「はい。こちらもわっきゅんや明星ちゃんがどうするか決まったらすぐ連絡しますね」

姫子「ん。了解ばい」

そう言葉を交わし、去っていく姫子を京子は見送る。
そんな京子を数秒ほど見つめてから、春はそっと目を伏せた。
京子が怯えや躊躇いを振り払い、前へと進もうとしている事は嬉しい。
恋する乙女の欲目を抜きで、格好良いと断言して良いくらいだ。
しかし、そこに至るまでの苦しみと、そして京子がこれから味わうであろう辛さを思えば、素直に肯定出来ない。
小蒔の手前言う事は出来ないが、春自身、京子に逃げて欲しかったとそう思っていた。


京子「…春ちゃん、その…ごめんね」

春「…え?」

そんな春に顔を向けながら、京子は謝罪の言葉を漏らす。
けれど、それがどうしてなのか春には分からない。
京子にはまったくの非がなく、謝らなければいけないのは自分たちの方なのだから。
仲間から引き剥がし、性別すらも書き換えて、今も京子に痛みを強要している自分たちが謝られる理由などまるで思いつかない。

京子「ほら、姫子さんと話している間、春ちゃんの事置いてけぼりだったし…」

京子「…それに色々と言わなくても良かった事を言ってしまったから」

そう思う春とは裏腹に、京子は彼女に対して申し訳無さを覚えていた。
落ち込んでいた姫子を優先するのは当然だが、彼女が立ち直った後も春の事を会話の外に置きすぎてしまった事。
それに対する不満を見せる事なく、空気を読んで黙っていてくれた事。
何より、姫子に咲との関係を答えた時に、春が今にも泣きそうな表情をしていた事。
その一つとっても本来ならば、頭を下げなければいけない事だと京子は思う。


京子「余計な事を言って…傷つけてしまってごめんなさい」

春「…」

違う、と春は言いたかった。
それは本来、京子が持っていて当然の感情なのだから。
半生以上を共に過ごした幼馴染と育んできた感情が『余計なもの』である訳がない。
それは既に【須賀京太郎】を形作る大事な根幹であり、簡単に消すなど不可能だ。

春「(…でも…私は…)」

いけない事だと分かっている。
しかし、それでも春は、咲に嫉妬していた。
既に道を違えて、離れ離れになっても尚、意中の男性にここまで思われている彼女に。
未だ京子の心を捉えて離さず、「何かしてあげたい」とまで言わせた咲に嫉妬してしまって、否定の言葉が出てこない。
理性ではそうしてあげるべきだと分かっているのに、感情がそれに強い拒絶反応を示していた。


春「…大丈夫」スッ

その代わりに春は自身の手を京子へと絡ませる。
嫉妬する自分の心を誤魔化すように力強く。
まるで決して咲のところへは行かせはしないと言うようなそれに京子は微かな驚きを感じる。
元々、春は押しの強いタイプではあるが、まさかここでこんなにも強く自分の手を繋がれるとは思っていなかったのだ。

京子「…ありがとう」

明星「京子さーん」パタパタ

湧「キョンキョーン!」ダッ

京子「あ…二人とも」

それでも、京子は繋がれたその手が彼女なりの不器用な優しさからのものであると理解出来る。
だからこそ、感謝の言葉を告げた瞬間、遠くから自分を呼ぶ声を感じ取った。
聞き慣れたそれに顔を向ければ後輩二人が手を振りながら、近づいてくるのが見える。
その顔に安堵の色が浮かんでいるのは、中々、帰ってこない二人を心配して探しに来たからだ。


京子「行きましょうか」

春「…ん」

明星「はぁ…ようやく見つけましたよ」

湧「いっぺーせわした!」

京子「心配掛けてごめんね」

春「…ごめん」

明星「…まぁ、別に怒ってる訳じゃないですけどね」プイッ

湧「迷子とかになっちょらんで安心した」ニコ

そんな後輩たちの姿に申し訳無さを感じながら、二人は前へと歩き出す。
自然、近づく後輩達に謝罪を返せば、明星は顔を反らし、湧は頬を綻ばせた。
それぞれ別種の反応は、共に京子と春の事を大事に思っているから。
仲が良いはずなのに、その表れ方がまったく違う二人に京子は笑みを浮かべた。

明星「では、もう霞お姉さま達も待っていますから、早く行きましょう」

京子「えぇ。…あ、ついでに少し聞きたいのだけれど…」

湧「ん?なぁに?」キョトン

そのまま自分と並んだ彼女たちに京子は明日の予定を口にする。
姫子からの誘いに明星と湧もすぐさま頷いて、賛意を示した。
そんな二人に感謝を告げながら、京子は吹き抜けになったエントランスホールへと足を踏み入れて ――


咲「…京ちゃん、おめでとう」

そんな四人の姿を咲は二階からジッと見つめていた。
その口から呟かれたその声は勿論、京子には届いていない。
しかし、それでも咲はまったく構わなかった。
そもそも彼女にここで京子に話しかけるつもりはない。
京子の周りには『邪魔者』が多く、話しかけてもすぐに逃げられるだけだと咲も分かっているのだ。
何より、明後日にさえなれば、そんな邪魔者抜きにして話し合える機会が来るのだから、ここで焦る必要はない。
バレないようにこうして二階で待っていたのも、京子の決勝進出を陰ながら称える為だ。

咲「これで明後日…お話出来るね♪」

咲「ようやく…京ちゃんの本音が聞ける…♪」

それでも咲が言葉を漏らしてしまうのは、それが堪らなく嬉しいからだ。
湧き上がる歓喜の感情は既に胸の内では収まらず、言葉にしなければ飛び上がってしまいそうなほど大きい。
京子と咲の因縁から春達が素直に喜ぶ事が出来ないのとは違い、彼女は心から京子の決勝進出を喜んでいる。
何度も夢に見た幼馴染との対話に今の彼女は誰よりも胸踊らせていた。


咲「(…私、口下手だから…ちゃんとお話出来ないかもしれないけど…)」

咲「(でも…麻雀でなら、きっと分かり合えるよね)」

咲は昔から決して人付き合いが得意ではない。
パーソナルスペースが広く、それを踏み越えられると怯えたような表情さえ見せる。
その分、慣れると遠慮はないが、そこに至るまでは中々、難しい。
けれど、そんな自分でも麻雀で姉と仲直りする事が出来た。
友達だって沢山出来た。
だから、幼馴染であり、誰よりも一緒にいた京太郎と分かり合えないはずがない。
その秘密だって必ず打ち明けてくれるはずだ、と咲は本気でそう思っている。

咲「(今まで…ずっとそうだったもん)」

咲「(私達の間に秘密なんてなかった)」

咲「(京ちゃんは私になんでも相談してくれて…そして私も京ちゃんになんでも相談して…)」

咲「(私の事を…誰よりも支えてくれて…護ってくれたんだもんね)」

咲にとって幼馴染は自身の半身も同然だった。
姉と仲違いした時も、両親が別居した時も、幼馴染はずっと咲の側にいて支えてくれたのだから。
致し方ない事だとは言え、母親との別離と言う形で自身を裏切った父よりもよほど信頼し、信用している。
だからこそ、そんな幼馴染に誤魔化され、嘘を吐かれていると言う状況が、咲にとっては耐えられない。


咲「(約束さえ守れば…きっと元通りになる)」

咲「(また昔みたいに…なんでも話せる仲に戻れる…)」

咲「(私の知ってる京ちゃんに…戻ってくれるはずなんだ)」

咲は京子の正体に気づいてはいるものの、その事情までは知らない。
当然、幼馴染が自身の近況を誤魔化し、学校名すら告げられない理由が、自分を護ろうとしてくれているからなのだと思い至るはずもなかった。
それでも二人の親交が表面上のものであれば、そういうものなのだと軽く受け入れられたかもしれない。
寂しくは思えども、致し方ないことなのだと自分を納得させられただろう。
しかし、そうやって受け入れるには二人は近すぎ、そして咲は幼馴染の事を想いすぎていた。
結果、彼女は幼馴染が変わってしまった理由を、自身の失態に求めるしかなく、この状況を打開出来る一縷の望みに縋り続けてきたのである。

咲「(…そうだよね?)」

咲「(そう…なんだよね…京ちゃん)」

そういう意味で、咲は京子の知っていた頃と何ら変わってはいない。
かつて宮永咲の多くを形作っていた臆病な性格も、対人経験の少なさも、幼馴染への想いも、何ら色褪せてはいないのだ。
ただ、それは大事な半身を奪われてしまった所為で歪んでいるだけ。
臆病な性格は敵と認識した姫子を二度と浮き上がれないところまで叩きのめさずにはいられず。
対人経験の少なさは幼馴染との距離を一気に詰めすぎてしまった所為で、逆に追い詰めてしまい。
その想いは既に恋慕よりも執着と呼ぶに相応しいものへと変わっている。
かつて幼馴染と一緒に過ごしていた時よりも熱く、ドロドロとした自身の感情を咲は制御出来ない。
その所為で仲間や後輩を傷つけている事を理解しながらも、咲はもう止まれなかった。


咲「(私…頑張ったよ)」

咲「(京ちゃんとの約束を果たす為に…精一杯、努力したから…)」

咲「(だから…前みたいに…撫でてくれるよね?)」

咲「(『頑張ったな、咲』って…昔みたいに褒めてくれるよね?)」

歪んだ熱情から生まれる無垢な願いは決して叶う事はない。
既に二人の道は分かたれ、こうして交わっている今が奇跡のようなものなのだから。
それに内心、勘づいてはいても、咲は認められない。
それを認めてしまったら、自分が壊れてしまいそうな気がするから。
これまで幼馴染と積み重ねてきた過去も全て台無しになってしまいそうな気がするから。
だからこそ、咲の意識と感情は、もどかしさも後悔も不安も全て解決してくれる決勝戦にのみ向けられて ――

咲「決勝楽しみだね、京ちゃん」

―― 咲から漏れるその言葉は今にも壊れてしまいそうなほど楽しさで澄んだものだった。









と言うところで今日は終わります(´・ω・`)次からは決勝戦に入ります
色々と感想貰ってレスもしたいのですが時間がないのでまたこんどにさせてください(´・ω・`)尚、姫子ルートはありません(断言)

乙ですー、咲ちゃん切ない……
咲ちゃんルートをifで見たいなぁ

>>1は本当に重たい悲しい話書くの得意ね
乙です

とっても魔王してて楽しい
乙です

おつです
咲も春も辛いわー


咲さんから漂う強烈なラスボス感

今更読み返してみると中々ツッコミどころが多いというか
京ちゃんが覚悟固める当たりとか、もっと分かりやすいやり方があった気がするし、姫子を抱き寄せる時の逡巡はもっと掘り下げてよかった気がする
うーん…やっぱまだまだですね(´・ω・`)ゴメンナサイ

>>543>>545>>559
姫子ルートに入ったり姫子を慰めに行くにはフラグが足りていませn
でも、分岐するなら間違いなく新道寺敗退のところでしょうねー

>>544>>548
やっぱりわた咲ちゃんは可愛いよね!
日記帳まで持ち歩いてるなんて完全に恋する乙女だし!
やっぱり京ちゃんに一番、相応しいのは私じゃないかな!?

>>547>>550>>551
乙女で魔王でも良いじゃない 咲ちゃんだもの みつを
尚、姫子が潰れたのは殆ど自爆みたいなものだった模様
姫子はレジェンドルート一歩手前でしたが、京子のお陰で何とか立ち直りました
だが、ルートはない(二度目)
後、ドン引きはごめんね(´・ω・`)このスレでは基本的に咲ちゃんさんなので…

>>552
今の咲ちゃんはハイライトの代わりに京ちゃんの思い出が入ってるからね、仕方ないね

>>553>>560
本当は決勝戦で出すつもりでしたが、確かに違和感あって感情移入出来ないなと思って、今回、咲ちゃんの内面を掘り下げてみました
一応、京ちゃんに誤魔化されてたのが、ここまで咲さん化が進んだ理由です
コレ以外に何か隠してるって事はないので、納得出来なかったらごめんなさい(´・ω・`)

>>555
げふ…ちゃんと見直ししたはずなのに(白目)
後、姫様に関してはもうちょっと後でお楽しみが待っているので期待しててください

>>556>>557
多分、今のリンシャンマシーン化が進んだ咲ちゃんなら姉と良い勝負が出来ると思います
アラフォー?座ってろ(真顔)

>>558
なんでや!私、基本的にご都合主義的なハッピーエンドしか書いとらんやろ!
ただ、ちょっとその過程で悲しい事件が起こったりするだけで

>>561
まさかまだスレに追いついてくれる人がいるとは…ありがとうございます
だが、アコチャーの事を生乳呼ばわりするのはやめたげてよぉ!

>>563
豊胸手術受ける咲ちゃんかな?(すっとぼけ)<<生乳加工

>>686
咲ちゃんルートとか鹿児島いかず延々とイチャイチャしてるだけなので…
多分、高校卒業くらいと同時にどちらからともなく告白して付き合ってたんじゃないですかね

>>688
おかしい…このスレはギャグスレのはずなのに…

>>690
お互い想い合ってるはずなのに傷つけあうしかない悲しい関係って良いですよね(ゲス顔)

>>689>>692
魔王になった幼馴染を元に戻しに行く話と書けば、凄い王道ですよね!!!!

おう、咲ちゃんさん自演やめーや
今回の話で咲ちゃんの内面が見れたのはよかった。やっぱり乙女だね

姫子ルートは犠牲になったのだ……VS咲ちゃんの布石……その犠牲にな……
まあ姫子はNTRになりそうだしおとすなら哩とまとめて(ゲス顔)
おつでした

春ちゃんヒロインって明言されてるからこの状態からの咲ちゃんルートも見たいなぁ、て
咲さんも可愛いんだけど、やっぱり咲ちゃんだよなぁ

ギャグスレなら、何故誰にも女装がバレてないんですか!

エロいのも色々ゲスゲスしいギャグも面白いのよ
我慢してる系ヒロインって魅力的よね

姫子ルートが無い……?

>京子「えぇ。なんで約束を護ってくれなかったんですかーって言いながら鞭でバチーン、ロウソクドロォと」

>姫子「はぅっ♪」ゾクゾクゥ

無い……?

やっぱり魔王化しても咲ちゃんはヒロインだったんだ! 幼馴染のことを一途に思うのいい…

姫子ルートはなくても、姫子+哩+花田先輩のルートですね

姫子ルートが無くて何が悲しいかっていうとあれだ女装物だとある意味定番の性別バレ系を展開出来る美味しいポジションなのになと
咲ちゃんも永水面子も基本京太郎として認識してる中で姫子はあくまでも京子として仲を築いてきた
そんな姫子が京太郎を知った場合どうなるのか的なね

咲さんの麻雀って語り合えるような戦いかただったっけ……?

よく考えたら、咲ちゃんが咲さんになったのも全部父親のせいだよな

拳で語るんだよ(震え声)

京子と咲の関係に疑問を持った姫子が煌に京太郎のことを聞いてバーローばりの推理で京子の正体に気づいて結果的に男と抱き合ってたことで悶々とする姫子はまだですか?

姫子√がないなら明星√はあるんですよね、

巴さんとのデートのとこ見返してて思ったけど京太郎は喉仏大丈夫なのかな

なぜか堀江由衣ボイスになってるから大丈夫だよたぶん(アニメ版並感)

追いついた。なんとか咲さんとも幸せになって欲しいな。マジで。

つか小ネタのデレデレ明星ちゃんの破壊力がやばすぎた。あれもっとしやがれください。

追いついてくれた人もいるみたいで恐縮なのですがあんまり書き溜め進んでいません(´・ω・`)ちょっとローマ堀に詰まってたり、体調不良だったりがありまして…
今のペースだと来週中には投下出来そうだとは思うのですが…(´・ω・`)ちょっと出来が微妙そうでまた伸びる可能性も微レ存
申し訳ないですが一応中盤のクライマックスにあたる部分なのでもうしばしお待ちいただけると幸いです(´・ω・`)エタったりはしません

来週中には投下すると言ったな、アレは嘘だ(´・ω・`)ホントごめんなさい
とりあえず副将戦まで書き終わったら投下しようと思ってたのですが、思いの外、描写が長くなってしまって(´・ω・`)
待ってくれている人もいるから週末に入ってから出来てる分だけ投下しようと思って見直し始めたのですが…何だか全然、面白い気がしないというか…
地方予選の時の焼き増しみたいな展開になってしまってどうしようかと思ってる間にこの時間になってました(´・ω・`)かなりの深いスランプに陥ってるみたいで…
とりあえず月曜と火曜日使って頑張って納得出来るような話に仕上げられるよう頑張ります…(´・ω・`)出来れば火曜日に投下出来るように

投下がノビノビになって申し訳ありませんが、もう少々お待ちください(´・ω・`)

>>694>>699>>700>>701
咲ちゃんも咲さんも大好きですが、やっぱり一番可愛いのは咲ちゃんさんだと思うんだ(´・ω・`)乙女+病み=KAWAII
魔王化しちゃうのはそれだけ京ちゃんの事を強く想ってるだけなんで、可愛いのも当然です(´・ω・`)尚、ヒロインかどうかは…
まぁ、姫子ルートは割と悩んではいるのですが…(´・ω・`)インハイ終わった後、積極的に絡ませられる気がしないのですよね
色々とネタはあるんですが…ちょっと本筋とはブレちゃう気がしなくもないと言うか…(´・ω・`)まぁ、書くのなら恐らく姫子+哩ルートになると思いますが…

>>695
この状態から咲ちゃんルートって決勝後に二人で出会って、ついつい事情を話し、二人で逃避行しか見えないのですが…
しかし、すぐさま連れ戻されて引き離されるのも見えているだけにこう余計に辛くなるというか(´・ω・`)京ちゃんの心が死にそう

>>696
女装バレたらギャグ云々以前に逮捕一直線になるだろ!!!
まぁ、一応、その辺りもいずれは説明する予定です(´・ω・`)まぁ、まだまだ先になると思いますが

>>698
本当は甘えたかったり、会いたかったりするのに、いじらしく耐える女の子って良いですよね
まぁ、ある意味、ここからが本当の地獄なんですが(ゲス顔)

>>702
まぁ、元々、姫子ポジであった淡はヒロイン候補だったので性別バレ系展開が明後日の方向にいっちゃったのは事実ですよね
私もその辺、結構気にしているんですが…(´・ω・`)割と依子さんがヒロインしてるのと利仙ちゃんもいるので無理にねじこまなくて良いかなって気がしなくもなかったり…
それに姫子はもう既に哩とのレズップルとして描いちゃってるんで、ここからヒロイン化は微妙かなーと…(´・ω・`)どうしても哩とセットになりますが、二人に差異を作りにくいので…

>>703
その辺、取り戻してあげるのが京ちゃんの戦いなので…後、原作からしても咲ちゃんのパパンは結構、おにちくなような…

>>704
咲ちゃんが拳で語ろうとしても駄々っ子パンチにしかならないですね(´・ω・`)ある意味、麻雀で語るよりも安心

>>705
面白そうだと想ったのでオマケ書いてきました(´・ω・`)尚、あくまでオマケなので本編に組み込むかどうかは謎である

>>706
このスレはハーレムスレなので、小蒔ルートも巴ルートも初美ルートも霞ルートも明星ルートも湧ルートもあります
咲ちゃんルートに哩姫ルート?まぁ…そうねぇ…(´・ω・`)

>>707>>708
福山ボイスでもそこそこイけそうな気がしますが…京子ちゃんの時だけ堀江ボイスと言うのも良いですね(´・ω・`)京ちゃんの喉が過労死しそうですが

>>709
こんな低速スレに追いついて下さりありがとうございます(´・ω・`)あっちがもうちょっとでスレ終わるのでもう少ししたら本気出す
それはさておき、明星ちゃんのアレはあくまでも小ネタなので…(´・ω・`)まぁ、本編でもああならないとは言いませんが
咲さんに関しては私もどうなるか分からないです(´・ω・`)最初のプロットを優先するべきか、それとも今の気持ちに従うべきか


あ、それはさておき、とりあえず一番詰まってたところが何とか形になったので投下していきます(´・ω・`)ちょこっとだけですけど


京子「ふぅ」

姫子「京子、お疲れ」

京子「あぁ、姫子さんも一旦、休憩ですか?」

姫子「ん。丁度、一局終わったばっかたい」

京子「ちなみに成績はどうでした?」

姫子「残念ながら最後に捲くられて二位ばい」

姫子「京子ん方はどうやったと?」

京子「私も二位でした」

京子「姫子さんとは逆に最後の最後で捲りきれなかった形ですね」

京子「姫子さんがわざわざ呼んでくれただけあって、強い人ばかりですから一戦一戦が大変です」

姫子「そいは多分、あっちんセリフじゃと思うばい」クス

姫子「さっき京子と戦った子が言っとったよ」

姫子「攻め時は分かってるはずなんに、やたら戦いにくかって」

姫子「こいが練習試合やなきゅーて、真剣勝負なら勝てそうになかとも言うとったばい」

京子「ふふ。買いかぶりですよ」

京子「でも、これだけ強い人達にそう言ってもらえると嬉しいですね」


姫子「ホント、京子は謙虚たい」

姫子「まぁ、そぎゃん京子やけん、また戦いたかって皆言っとるんじゃろーて」クス

姫子「モテる女は辛かね、京子」チラッ

京子「それはこっちのセリフなんですけれどね」

京子「そもそもこの人達集めたの姫子さんじゃないですか」

京子「この場で一番、モテているのは姫子さんの方でしょう」

姫子「ふふん。まぁ、それほどもあるたい」ドヤァ

姫子「…と言いたかばってんが、流石に私だけん力じゃなかよ」

姫子「私が呼んだ人がさらに人を呼んで、こぎゃん大所帯になった訳やけんね」

京子「それでも発端となった姫子さんが凄い事には変わりませんよ」

京子「インハイだけに留まらず、インカレの有力選手や若手プロまで集めたのは姫子さんの手腕なんですから」

姫子「ふふ。ありがとう」ニコ

姫子「ばってん…そぎゃん事言ったら京子も凄かよ」

京子「え?」

姫子「最初は渋ってた子ん中には京子ん名前が出た瞬間、すぐに来るって返事ばしてきた子も少なからずおるけんね」

姫子「声掛けしたんは私ばってん、こいだけん人が集まったんは京子んネームバリューもあるばい」

京子「…それホントですか?」

姫子「勿論、ほんなこつたい」ニコ

京子「う、嬉しいですけど…それ以上に恥ずかしいですね」カァ


京子「でも…どうして私なんか…」

姫子「京子ん自覚はなかじゃろーばってん、京子は今年ん注目選手ばい」

姫子「親で怒涛ん和了りば見せて捲る麻雀には華があるし…」

姫子「何より京子は楽しそうに麻雀をするけんね」

姫子「二代目まくりの女王と呼ばれるインパクトんある打ち方以外にも人気が出る要素はあるたい」

京子「そ、そうです…かね?」

姫子「実際、さっきも人に囲まれとったんに、まだ信じられんと?」クス

姫子「取材そん他ば断っても、こぎゃん人気があるって事はそんだけ京子が凄か雀士やけん」

姫子「こいが取材ば受け取ったらもっと凄かったはずたい」

姫子「もしかしたら今頃、ちゃちゃのんみたくアイドル路線でデビューとか…」

京子「そんなオカルトありえません」キッパリ

姫子「えー」

京子「えーじゃないですよ」

京子「大体、アイドルとかもっと小さくて可愛らしい子がやるものでしょう?」

京子「私はちょっとガタイが良すぎますし、姫子さんの方が相応しいと思いますよ」

姫子「私はほら、哩先輩だけんもんやけん、皆んアイドルにはなれんって言うかー」

京子「はいはい。何時ものノロケですね」クス


姫子「あ、ばってん、哩先輩と京子とユニット組んでアイドルデビューってんも良かね」

姫子「方言系麻雀アイドルユニット…うん!イける!」グッ

京子「いけません」キッパリ

京子「と言うか、そもそも私、方言なんて使えませんし」

姫子「そん辺りは私と哩先輩でバッチリ仕込んであげるけん、心配しないで良かよ」ニコ

京子「別に心配しているなんてしていませんが…そもそもアイドルデビューそのものをするつもりがありませんし」

京子「仮にそのつもりがあったとしても、一人だけ方言キャラ作っているってかなり微妙ではないですか?」

姫子「ばってん、はやりん見れば分かる通り、アイドル路線ん雀士って大抵、キャラ作ってるし」

京子「確かに…そう言われてみると普通な気もしますけれど…」

姫子「そいぎ、お互いん共通認識が生まれたところでユニット名考えよっか!」ニッコリ

京子「だから、デビューなんてしませんってば」

姫子「ふふ。まぁ…半分本気な冗談はさておき」

京子「…半分は本気だったんですか」

姫子「京子となら哩先輩とも仲良く出来るじゃろーしね」ニコ

姫子「だからって訳じゃなかばってん、一度、哩先輩にも会って欲しかよ」

京子「白水選手に…ですか?」

姫子「ん。きっと京子も気に入ってくれると思うけん」ニコー


姫子「あ、でも、哩先輩は私んモノやけん、京子にだって渡さんばい」ジィィ

京子「だから、そういう趣味はありませんってば」

姫子「そう言っている京子も哩先輩に会えばすぐにメロメロになるに決まっているたい」

姫子「一見、そういうのに興味ありません的な顔してても…京子は結構、手が早かけん」

姫子「警戒ばしておくに越した事はなかよ」ジィィ

京子「風評被害も良いところじゃないですか…」

京子「そもそも手が早いなんて言いますが、私は同性に手を出した事なんて一度もないとアレほど…」

姫子「ばってん、昨日は泣いてる私ば無理やり抱きしめて…」

京子「あ、アレは緊急避難です!」カァァ

京子「ま、まぁ…ちょっと強引だったのは認めますが、そういうつもりで抱きしめた訳じゃありませんよ」

姫子「えー…その割りには邪な気配ば感じたような…」

京子「そ、そんな訳ないでしょう、まったく…」プイッ

姫子「……へー…ほー…ふーん…」ニマニマ

京子「…な、何ですか?」

姫子「京子んスケベ♪」

京子「ぐ…」


姫子「まさか京子がそこまで私ん夢中になってくれとるとは…」

姫子「こん新道寺の姫子ん目ば持ってしても見抜けなんだわ」

京子「はいはい。私は姫子さんに夢中ですよ」

京子「今も姫子さんと一緒にいられてドキドキワクワクしています」

京子「これで良いですか?」

姫子「ふふ…京子、まだちかっと顔が赤かよ?」ニマー

京子「……気のせいです」

姫子「ホントに京子はやーらしかねー♪」ナデナデ

京子「背伸びしながら私の頭撫でてる姫子さんに言われたくありません」

姫子「京子がやたらと背が高かんが悪かよ」

姫子「まぁ、そいけん、センターに立つと一人映えると言うメリットも…」

京子「その話、まだ続けるんですか」

姫子「京子がうんって言うてくれるまでは言い続けるばい」キリッ

京子「…で、私が本当にうんって言っちゃったらどうするんです?」

姫子「そん時は二人で哩先輩ば説得して芸能界に殴りこみたい!」

姫子「打倒はやりんばスローガンに戦い抜く三人…」

姫子「そして共に苦難ば乗り越える度に高まる愛…!」

姫子「元々、好きあってた二人ん中はさらに急接近し、誰もが羨む運命んカップルに…」ウットリ


京子「…まぁ、妄想する分には実害はないですし、構わないと言えば構わないんですが」

京子「その展開だと私、一人ハブられてますし、いる意味がまったくないような…」

姫子「んー?寂しかー?」ニヤニヤ

姫子「仕方なかねー。私と哩先輩んペット枠なら一緒に可愛がってあげるけん」ナデナデ

京子「一途設定は何処に行ったんですか」

姫子「哩先輩と共有んペットなら大丈夫たい」

姫子「ペットん愛情と哩先輩ん愛情は別物やけん、心配せんでも良かよ」

京子「まぁ、ある意味、心配はしていますね」

京子「それを白水さんの前で言ってドン引きされたりしないのかどうかとか」

姫子「ふふ。流石にそいだけでドン引きするほど哩先輩は器ん小さか女じゃなかよ」

姫子「そいに哩先輩もきっと京子ん事気に入ってくれるけん、杞憂って奴ばい」ニコ

京子「出来れば言わないって方向で否定して欲しかったんですけどね…」

姫子「ばってん、京子にとっても悪か話やなかよ」

姫子「今なら私と哩先輩に朝から晩まで可愛がって貰えるけん、かなりお得たい」

京子「…魅力的な提案である事に疑う余地はないですが、流石に同性の、しかも、ペット枠はちょっと」

京子「私の存在が二人の間に亀裂を生む事になってはいけないですし、涙を飲んで辞退させていただきますね」ボウヨミ


姫子「ふふ…ほんに京子は私ん事が大好きやね」ニコ

京子「どこからどう見たらその結論になるんでしょうか…」

姫子「え、だって、私の為に涙を飲むほど悔しいけれど辞退するって…」

京子「その前の部分、ちゃんと聞いてくれてましたか?」

姫子「うん。私ん事、心配してるって」ニコ

京子「そこじゃない。そこじゃないです」

姫子「まぁ、私と哩先輩はそれこそ京子が入り込む隙間もないくらい深く深く結ばれてるけん」

姫子「京子が気にしなくても、亀裂が生まれるような事にはなったりせんばい」

姫子「そいけん、京子は安心して、私と哩先輩んペットになって良かよ!」ニコー

京子「…どうやらハッキリと言わないと分かってもらえないみたいなのでハッキリ言いますが」

京子「全力でお断りさせていただきます」ニッコリ

姫子「えー…何が不満と?」

京子「そもそも私、同性のペット枠で良いやと思うくらい人生捨てきってないですし」

京子「出来れば普通に恋愛したいですよ」

京子「(…まぁ、姫子さんのペットと言う単語に一瞬、心揺れたのは事実だけれど)」

京子「(だってしかたないじゃん…俺だって男なんだし…姫子さん超カワイイし…)」

京子「(ちゃんと可愛がって貰えるならペットでも良いかも、なんて健全な男子高校生なら思って当然の事…!)」

京子「(…ま、健全な男子高校生だって知らない姫子さんに冗談でも頷く訳にはいかないんだけどさ)」フゥ



春「…京子」

京子「あ、春ちゃん、お疲れ様」

姫子「お疲れ様。どうやったと?」

春「…そこそこです」

京子「ふふ、また謙遜しちゃって」

京子「春ちゃんが一位で終わってたのちゃんと見てたわよ」

京子「ここまでの対局も殆ど一位ばっかりだし…何か絶好調ね」

春「…うん。京子のお陰」

春「だから…今回も良い…?」

京子「えぇ。良いわよ」

春「…ん♪」ダキッ

姫子「…しかし、まさか春ちゃんがこんな風になるなんて」

姫子「こん前ん合宿は普通やったばってんが…公式戦はこぎゃん甘えん坊になるもんっと?」

京子「まぁ…ご褒美に求めたりはしてきましたが…普段はあんまりこういう姿は見ませんね」

京子「寧ろ、言葉で私を追い詰めて、そうせざる得ない状況にしてくるのが普通です」

姫子「あー…何となく目に浮かぶばい」



京子「まぁ…春ちゃんはこっちに来てからずっと頑張ってくれていますから」

京子「きっとこの前の戦いで糸が切れてしまったんでしょう」ナデナデ

春「…」スリスリ

姫子「凄かったもんねー…そっちの先鋒対決」

姫子「白糸台も臨海もどっちも決勝戦見据えて本気でなかったとは言え…あんだけ順位が変動する卓は珍しかよ」

姫子「抜いては抜かれを繰り返すあのデッドヒートは見応えがあったばい」

姫子「まぁ、そん分、春ちゃんは疲れたんじゃろーばってんが」スッ

姫子「ほら、春ちゃん、チョコ食べるっとー?」

春「…ありがとうございます。でも…要りません」フルフル

姫子「ありゃ…振られてしもうたばい」

春「ごめんなさい…」

姫子「んーん。無理に薦めた私が悪かけん、気にせんで」

姫子「そいに春ちゃんの代わりに京子に食べてもらうけんね」チラッ

京子「そこで私に振るんですか」

姫子「折角、人ん為に出したお菓子やけん、自分で食べるんも収まりが悪か話じゃし」

京子「まあ、チョコレートは嫌いじゃないですから良いですけど…」

京子「変なもの入ってませんよね?」

姫子「京子ならともかく、春ちゃんに食べさせるつもりだったチョコにそぎゃんもの入れる訳なか」

姫子「安心してガブっといっちゃって良かよ」ニッコリ

京子「…確かに安心はしましたが、別の意味で凄い心配になりました」


姫子「ほら、つべこべ言わずに食べるばい」

姫子「それとも私んお菓子が食べられんと?」

京子「飲み会の嫌な上司ですか」

京子「…と言うか、食べるなら食べるで私に手渡してくれれば…」

姫子「え?なんでそぎゃん事する必要があっとー?」ニコリ

京子「……まさか」

姫子「ほら、京子、あーん♪」

京子「…えー…」

春「…」グッ

姫子「ほらほら、早くせんとチョコが溶けるばい」

姫子「京子は食べ物を無駄にするような、そぎゃん不心得ものだったと?」

京子「いや、普通に手渡して貰えばすぐにでも食べますけれど…」

姫子「ばってん、京子は春ちゃんばナデナデするんに忙しいみたかじゃし」ニヤリ

姫子「ここはやっぱり私が京子に食べさせてあげるべきかなって」

京子「く…卑劣な術を…」

姫子「ふふ…京子はチェスや将棋で言うところん詰み(チェックメイト)にハマったけんね」ババーン

京子「詰みかっこチェックメイトかっこ閉じるって言いづらくないですか…」


京子「そもそもあーんは流石に友人同士でも恥ずかしいと言うか…」

京子「姫子さん的には白水さんへの後ろめたさとか感じないんですか…?」

姫子「同性ん友人ににあーんしたくらかで後ろめたさなんて感じんばい」

京子「と言っても…白水さん同性じゃないですか」

姫子「私ん中で哩先輩は同性とかじゃなく哩先輩って言う唯一無二の特別枠だから問題なか」キリッ

京子「それって凄い詭弁な気がするんですが…」

京子「いや、まぁ…姫子さん達がそれで納得するなら良いんですけどね」

姫子「よし。じゃあ、京子も納得してくれたところで改めて…」チラッ

春「……」ジィィ

姫子「…春ちゃん、こういう場面は私がするって割り込むところたい」ポソポソ

春「…え?」

姫子「こんままじゃ京子んお口が私に奪われる事になっと?」コソコソ

京子「丸聞こえですし、そもそもこの程度で奪われるほど私は安くないつもりなんですが…」

姫子「しゃらっぷ。京子に発言ば許したつもりはなかよ!」

京子「ちょっと理不尽過ぎませんかね…」

姫子「社会って奴は京子が思っとる以上に理不尽なもんやけん、今んうちにこういうんに慣れておかんといけん」

姫子「そぎゃん私ん先輩心が分からんと?」

京子「…まぁ、ある意味、理不尽慣れはしてるんですけどね」ポソ

姫子「え?」

京子「何でもないです」


姫子「…ま、良く分からんばってんが、とにかく…春ちゃん」

姫子「勝負ば掛けるならここたい!」

姫子「こんチョコレートであーんして京子ん心をガシッと鷲掴みにするのは今!」クワッ

京子「最早、隠す事さえしなくなりましたね…」

春「…………いえ、良いです」フルフル

姫子「え?」

春「…私にはそんな資格はありませんから」

姫子「…春ちゃん…」

姫子「(…やっぱり今日ん滝見さんは変ばい)」

姫子「(何時もなら私が言わんでも会話に入ってくるんに…今はやたらと大人しくて…)」

姫子「(京子に抱きつくそん手も…まるで仕事に行く父親に縋る子どもみたか…)」

姫子「(あれだけ京子ラブな春ちゃんなら…こうして京子に抱きついているだけでも幸せそうな顔ばするはずなんに…)」

姫子「(今は寧ろ…辛そうな顔ばしてる…)」

姫子「(京子がどれだけ撫でてもそいは変わらなくて…嬉しさと悲しさん間で気持ちが揺れてるのが分かる…)」

姫子「(そぎゃん春ちゃんば放っておけんで、話ば振ったばってん…こいは逆効果だったかもしれん)」

姫子「(昨日会った時もちかっと暗い感じじゃったばってん…今日はそん比じゃなか)」

姫子「(何ばやっても…何ばされてもどんどん沈み込みそうなくらいに…深く落ち込んでる…)」


京子「もう。そんな資格とか気にしなくても良いのに」ナデナデ

京子「何も知らない相手ならともかく…春ちゃんは私の大事なお友達で家族なんだから」

春「友達で…家族…」

京子「えぇ。そうよ」ニコ

京子「私は春ちゃんにならあーんして貰っても…まぁ、恥ずかしいけれど嫌じゃないし」

京子「出来れば春ちゃんの口から食べさせて欲しいんだけれど…」

春「……」ギュゥ

京子「春ちゃん…?」

春「…うん。じゃあ…ちょっとだけ」

姫子「ん。どうぞ、春ちゃん」スッ

春「…ありがとう」ウケトリ

京子「じゃあ、春ちゃん、出来れば一口サイズでお願いね」

姫子「板チョコやけん、食べる量がベストになるかどうかはお互いがどれだけ相手ん事を理解してるに掛かってくるけんね」

姫子「あ、ちなみに私的なオススメは縦に向ける事たい」ニコ

京子「その前置きをしてから縦を勧めるって事は、清々しいくらい私の事理解するつもりがないって事ですよね…」


京子「まぁ…分量は春ちゃんに任せるわ」

京子「縦は論外だけど…私の食べる量とかは何時も横で把握してくれているでしょうし」

京子「姫子さんじゃなく春ちゃんなら任せられるから」

春「…じゃあ…これくらいで…あーん」スッ

京子「あーん…」パクッ

春「……」ジィ

姫子「どう?春ちゃんの白くて旨かモンは」ニッコリ

京子「…無意味に遠回しな表現をしないでください」

京子「ただのミルクチョコレートでしょうに」

姫子「ちっちっち。京子は分かっとらんたい」ヤレヤレ

姫子「春ちゃんみたか美少女が甲斐甲斐しく口に運んだチョコレートやけん」

姫子「そいは世界一うまかって言うのが当然ばい!」グッ

京子「まぁ…美味しかったのは確かですけれど」

春「…ホント?」

京子「えぇ。春ちゃんがちゃんと私が一番、食べたいサイズで口に入れてくれたから」

京子「そのお陰で美味しく食べられたわ、ありがとう」ナデナデ

春「…………ん」ギュゥ


姫子「で、京子、私は?」

京子「え?」

姫子「そんチョコレートは私んやけん、私にもお礼言うべきじゃと思うばい」

京子「はいはい。ありがとうございます、姫子さん」

姫子「なんか春ちゃんんに比べたら投げやり過ぎやなかと?」

京子「春ちゃんと同じくらい気持ちを込めてお礼なんて言ったら、姫子さんが調子に乗るだけでしょうに」

姫子「いけんのー?」クビカシゲ

京子「まぁ、いけないとまでは言いませんが、ウザさが増すので勘弁して欲しいです」

姫子「…私、こいでも京子ん先輩なんに…最近やたらと京子ん対応が冷たか気がするばい…」

京子「あ、一応、冷たい対応をされている自覚はあったんですね。安心しました」ニコリ

姫子「むぅぅぅ」ムスー

京子「そんな分かりやすすぎるくらい拗ねた顔をしないでください」

京子「そもそも私がこんな対応になったのは姫子さんの自業自得なんですからね」

京子「本当に尊敬できる先輩ならば、もうちょっと敬意を持って対応します」

姫子「むむむ」

京子「何がむむむですか」

京子「……まぁ、姫子さんは私の中でもう先輩というよりも友人枠というか…」

京子「割と容赦しなくても良いかな枠になっているので」

姫子「つまり気んおけなか親友って事たいね!」キラ

京子「……まぁ、姫子さんがそう思うのならばそうなんでしょうね、姫子さんの中では」

姫子「ふふ。そぎゃん可愛げない事ば言いながら明確に否定せん京子が好きばい」

京子「私も調子に乗らなくて、常時真面目な姫子さんだったら好きになるかもしれませんね」

京子「まずありえないでしょうけど」

春「…」ズキリ


姫子「ふふ、京子んツンデレは別に今に始まった事やなかけん、脇に置いといて」

姫子「まぁ…私は確かに京子ん友人ばってんが…もう今年で三年」

姫子「高校の公式戦にはもう出られんし…京子とも戦えん」

京子「…姫子さん」

姫子「こうして…京子ん評判聞いてると…余計に思うばい」

姫子「私も…出来れば京子と戦いたかった…」

姫子「明日…最高ん舞台で京子と会いたかったって」

姫子「…ばってん、そいは叶わん」

姫子「私が清澄に負けてしまったから…夢んまま消えてしまった…」

京子「それは…」

姫子「あ、大丈夫たい」

姫子「勿論、後悔はまだまだ残ってるばってんが…自分ん中で整理も始まっとるけん」

姫子「もうそいに囚われて、延々と自分ば虐めるような事にはならんばい」

京子「…本当ですか?」

姫子「ふふ…心配性やね、京子は」

姫子「大丈夫ばい。京子ん親友は…鶴田姫子は強か子やけん」

姫子「情熱的な励まされ方ば京子にしてもらったけん、ちゃんと立ち直ってるばい」



姫子「ばってん…やっぱり京子との戦いは心残りたい」

姫子「こんインターハイに来た目的ん一つは…京子との決着をつける事にあったけん」

姫子「ほんなこつ言えば…出来れば今も京子と戦いたか」

姫子「ばってん、これから決勝に行くっていう京子に変なスキャンダルば抱え込ませる訳にはいけん」

姫子「そいけん…一つお願いがあるばい」

京子「お願い…ですか?」

姫子「うん。何時でも良か」

姫子「また…私と戦ってくれんと?」

姫子「私は明日、決勝戦の決着を見てからすぐに帰る事になるけん…こん東京で決着ばつけられん」

姫子「そいけん…またこうやって会える機会があれば…」

姫子「大会規定なんて言う柵なんて関係ない場所で会えたら…」

姫子「私と全力で戦って欲しか」

京子「…そんなのお願いされるまでもありませんよ」

京子「私だって姫子さんとの決着は心残りなんですから」

京子「何時か必ず…勝負しましょう」

京子「インターハイ決勝に負けないような最高の勝負を…必ず」

姫子「…ん。ありがとうね、京子」


姫子「ま、こい以上、京子と話ばしてたら、馬ん蹴られるかもしれんしね」

姫子「お邪魔になる前にクールに去る事にするばい」フッ

京子「…まぁ、今の姫子さんから全然、クールさを感じないのはさておいて」

京子「お邪魔だとか気にする必要はないと思うんですが…」

姫子「んー…ばってん、私もそろそろまた麻雀したくなって来たし」

姫子「一足先に卓に戻るとするばい」

京子「そうですか…では、また」

姫子「ん。またね」スタスタ

姫子「……」チラッ

春「……」ギュゥゥ

京子「よしよし」ナデナデ

姫子「(春ちゃん…まだ京子ん抱きついてるばい)」

姫子「(ばってん…相変わらずそん顔から滲み出る辛さは変わっとらん…)」

姫子「(きっとさっきのあーんでも…そん胸ん内は晴れんかったって事じゃろーか…)」

姫子「(京子もそぎゃん春ちゃんば凄く気にしてて…私と話してる間もずっと撫でてたんに…)」

姫子「(……何も出来んて悲しかね、京子)」

姫子「(出来れば…そぎゃん京子ん支えになりたいけど…私が軽口ば叩けば叩くほど春ちゃんは顔ば暗くするし…)」

姫子「(ここはちかっと距離ばとって、離れたところから相談に乗るくらかが一番かもしれん)」

姫子「(…………ばってん、やっぱり心配たい)」

姫子「(春ちゃん…今ん状態で…本当に明日、大丈夫と…?)」


―― その日は朝から大雨が降っていた。

「やれやれ…ホント勘弁して欲しいな」

「今日一日中、こんな感じだってさ」

「気が滅入りそうだぜ…」

建物の中にいてもザーザーと音が聞こえてくるほどの大雨。
まるでバケツをひっくり返したようなそれに、インターハイ会場内に集まった多くの人が不満を漏らす。
恵みの雨だと表現する事もあるが、この日の彼らにとって、それは鬱陶しいだけのものでしかなかった。
何せ、その日は今年のインターハイ最強校を決める決勝戦があるのだから。

「うわ、もうこんなにいるよ…」

「ちょっと出遅れたか…?」

会場内は既に開会式を超える人口密集具合となっていた。
激戦に次ぐ激戦の果てに、今年最強を決める戦いなのだから、人々の注目度が高いのも当然である。
敗退した学校や報道関係者だけではなく、ただミーハーなだけの人たちも多く詰めかけていた。
お陰でただでさえ高い不快指数がグンと上がり、人々は憂鬱な声を漏らす。
しかし、それでも彼らの足が会場から離れる事はなく、解放された観戦室を目指して足を進めていた。


湧「はぁー…涼るしーっ♪」

明星「流石に控室は空調がバッチリ効いてますね」

会場内に掛かっている弱冷房くらいではどうにもならないような湿度と温度。
だが、各校の控室と観戦室だけはその限りではなかった。
選手や観戦者に不愉快な想いをさすまいと強めに空調が掛かっている。
特に控室の方では机の上にエアコンのリモコンが用意されており、選手たちの方でも調整出来るようになっていた。

巴「私は若干、肌寒いくらいかしら」

初美「今は良いですが、このままだと風邪ひきそうなのですよー」

霞「そう?私はこれくらいで丁度良いけど…」

初美「それは霞ちゃんが色々と太ましいから…」

霞「ふふ、そんな生意気な事を言うのはこの口かしら?」ギュー

初美「い、いひゃいのですよー!!」

無論、霞とて本気で初美を痛めつけようとしている訳ではない。
初美にからかわれるのは何時もの事であるし、何より、そうやって自分をからかう彼女の気持ちも分かっているのだ。
だが、それはそれとして、自分の事を太っている呼ばわりされるのは、やっぱり腹立たしい。
霞は体重管理も完璧でそのスタイルからありえないほど軽い体重をしているが、それでも心は女の子なのだ。
本気ではないとは言え、容赦するつもりもなく、限界いっぱいまで初美の頬を引っ張っている。


初美「き、京子ひゃん、助けれくだしゃいっ!」

京子「お断りします」ニッコリ

初美「は、はくじょぉもにょぉおっ!」

京子「自業自得な方に掛ける情もないだけですよ」

無論、京子も、そして霞も、それが初美なりの気遣いである事は分かっている。
インターハイ決勝戦、夢にまで見た最後の舞台を前にして彼女たちの中には少なからず緊張があるのだ。
これから待ち受けているのは今大会最強と呼ぶに相応しい敵ばかり。
清澄の圧倒的蹂躙劇や白糸台の華麗な逆転劇を見せつけられた京子達は、どうしてもその敵の強大さに身構えてしまう。

初美「(でも、こうやって何時も通りに振る舞えば、少しは気持ちも解れるはずなのですよー)」

そんな京子達に初美は何もしてはやれない。
既に対戦校の分析は終わり、そのデータも渡した後なのだから。
話し合わなければいけない事は出し尽くし、後は京子たちを見送るだけ。
しかし、そんな自分でも、彼女たちの緊張をマシにしてあげられる。
だからこそ、初美は何時も以上に『何時も通り』を振る舞い、彼女達に呆れと笑いを届けようとしていた。


小蒔「あ、あの…そろそろ初美ちゃんを許してあげても良いんじゃ…」

霞「…小蒔ちゃんがそういうなら仕方ないわね」パッ

初美「あぅぅ…」ヒリヒリ

小蒔はそのような計算とはかけ離れた少女だ。
純真そのものを形にしたような彼女は霞におずおずと声を掛ける最中でも、初美の意図を理解しては居ない。
しかし、それでも優しすぎるくらい優しい彼女は、オシオキされている大事な友人を見捨てられないのだ。
初美が迂闊だったのは分かっているし、謝るべきだと思うが、もうコレ以上する必要はないんじゃないか。
そんな彼女の言葉に霞も頷き、初美の頬を解放した。

初美「ふぇぇん…姫様ー」ダキッ

小蒔「よしよし。大丈夫ですよ」ニコ

そこで初美が小蒔の胸の中へと飛び込むのは、霞のオシオキに傷ついたから、などではない。
初美が迂闊な事を言って、霞に罰を与えられると言うのは彼女たちにとって日常茶飯事なのだから。
初美の考えを霞が感じ取っていた事を加味すれば、それは後輩たちの緊張を解す為の役割分担だったと言っても良い。
それでもこうして初美が小蒔の柔らかな胸を堪能するように抱きついているのは、若干の役得と、そして意趣返しの為だ。


初美「…」ニヤリ

霞「…やっぱりもうちょっとオシオキするべきだったかしら?」ニコ

京子「私も手伝いますよ」ニッコリ

初美「ひぃ」ビクゥ

そのまま勝ち誇るような表情を覗かせる初美に霞と京子は同様の笑みを浮かべた。
目尻までを緩めて顔全体で浮かべる表情はとてもにこやかで悪意は見えない。
だが、底抜けと言っても良いその明るい顔の中、唯一、目だけが笑っていないのだ。
まるで感情を押し隠すように笑みを顔に貼り付けた二人に流石の初美も怯えを覚える。

小蒔「もう…ダメですよ。こんなに怯えてる初美ちゃんをイジメちゃ」メッ

小蒔「そんな霞ちゃんと京子ちゃんなんか嫌いに…………はなれないですけど」

小蒔「でも、一時間くらい頑張って口利きませんからね!」ツーン

霞「そ…そんな…」ガーン

京子「くっ…卑劣な術を…」

無論、自分の胸の中で怯える初美の事を小蒔が放っておけるはずがない。
さっき初美が二人に勝ち誇っていた事を知らない小蒔は何とか彼女を護ろうと一生懸命、二人を止める方法を考える。
結果、彼女から出てきたのは到底、本気とは思えない可愛らしいものではあったが、二人にとっては効果が絶大だ。
霞はまるでこの世の終わりのような顔をし、京子は悔しそうに歯噛みする。


巴「えっと…とりあえず空調はどうしましょう?」

巴「皆はこのままでも大丈夫?」

湧「あちきは寒いのとか慣れちょるし全然、平気」ニコ

明星「私も霞お姉さまと同じくこれくらいが適温ですね」

小蒔「私も特に寒いとかはありませんね」

春「…同じく」

初美「…って事はこれはやっぱり」

巴「深く考えるのは止めましょう、はっちゃん…」

寒さを訴える少女と適温だと返す少女。
その致命的な差に気づいてしまった初美の言葉に巴は小さく首を振った。
無論、彼女もその事実には気づいているが、だからと言って、そこに目を向けるのはあまりにも悲しすぎる。
自分のいる環境が酷い格差社会であると言う事くらいとうの昔に分かってはいるが、改めて口に出すのはやはり辛いのだ。

京子「まぁ、初美さんに風邪を引かれると困りますし…一度か二度くらいあげておきませんか?」

霞「そうね。さっきのお詫びもあるし…初美ちゃんには優しくしておかないと」ニッコリ

初美「く…今はその優しさがやたらと屈辱的に感じるのですよー」

巴「自業自得じゃないかしら…」

そう言いながらリモコンを操作する霞に初美が歯噛みするが、彼女がそれに取り合う事はない。
さっき初美が小蒔の胸の中で自分たちに勝ち誇ったような笑みを見せていた事を未だ彼女は忘れていないのだ。
例え、それが初美なりの気遣いであると分かっていても、その悔しさは色褪せない。
結果、初美は優しくされているのに敗北感を感じるという稀有な状況へと陥り、仲間であるはずの巴から白い目を向けられた。


明星「にしても…ここまで結構、時間掛かりましたね」

湧「もいっき先鋒戦始まりじゃっとよ」

小蒔「歩いたらすぐのはずの会場まで一時間近く掛かっちゃいました…」

初美「これだから都会は困るのですよー」

巴「ふふ。これだけの大雨じゃ鹿児島でも渋滞になってたと思うけどね」

インターハイや夏休みなどでただでさえ、人が集まりやすいこの時期に稀に見るレベルの大雨が降ったのだ。
交通が麻痺するレベルではないが、それでもあちこちに長い渋滞が出来ている。
ホテルから会場までは十分、歩いていける距離とは言え、身体つきだけは誤魔化せない京子が雨に濡れる訳にはいかない。
結果、彼女達は徒歩でも十数分で到達出来るような距離をタクシーで移動する事になり、先鋒戦まであと少しと言う時間に控室へと到着した。

巴「まぁ、愚痴はほどほどにして最後の作戦会議でもしましょうか」

明星「…ですが、特に話す事なんてありますか?」

湧「作戦会議もきぬー、ずばっやったよ?」

小蒔「覚えなきゃいけないのが一杯で大変でした!」グッ

霞「ふふ。良く頑張ってくれたわね」ナデナデ

小蒔「えへへ♪」テレー

そこで霞が優しく頭を撫でれば、小蒔は嬉しそうに、そして心地よさそうに声をあげる。
さっき初美を虐める二人を止める為、口を利かないとは言ったが、それでも彼女は霞の事が大好きだ。
何時でも姉のように、そして時には母のように、自分を助け、導き、叱り、愛してくれているのが伝わってくるから。
こうして撫でる指先一つ一つからでも愛されている実感を得られる小蒔にとって、その時間はとても幸せなものだった。


霞「…まぁ…正直な事を言えば、今回の敵は今までとは比べ物にならない強敵よ」

霞「白糸台は大分、中核メンバーが変わったけど…それでも王者の名に相応しい実力を誇ってる」

霞「阿知賀は比べ物にならないほど安定感が増していて、大将は未だ能力の片鱗も見せていない」

霞「去年、私達が負けてしまった清澄は…今年はさらに強くなっているわ」

小蒔「…」

しかし、その時間は長くは続かない。
それは霞が漏らす敵の評価が決して的はずれなものではないと小蒔も思うからだ。
自身の悲願を果たすには最強と呼ぶに相応しい敵たちに囲まれて、一位をもぎ取らなければいけない。
改めてそれを意識するとおっとりとした性格の小蒔にも緊張が走り、唇を真一文字に結んでしまう。

霞「…でもね。私は皆が負けるとは思っていないわ」

霞「皆はこの一年強くなった」

霞「去年の私達に負けないくらい…ううん、余裕で勝っちゃえるくらいに」

霞「毎日の練習で、合宿で、そして大会で」

霞「見間違えるほど成長したわ」

その言葉は決して緊張する小蒔を気遣ってのものではない。
インターハイ優勝を掲げてからこれまでずっと京子たちは努力し続けてきたのだから。
霞達が果たせなかった夢の分まで背負って強くなっていった後輩達は、きっともう自分たちを追い越している。
合宿の時は何とか一位を堅守出来たが、それは小蒔が中堅で神降ろしを使えなかった所為。
今、改めてぶつかったとしたらきっと自分たちは勝てないだろうと霞は思う。


―― いっそ地味だと言っても良い打ち筋を、仲間の為にずっと鍛え続けた春がいる。

―― 今の自分の打ち方に限界を感じて、一気に路線を変えた湧がいる。

―― 仲間の為に、そしてライバルとの決着の為に新しい領域に踏み込みつつある小蒔がいる。

―― 地方予選での失態を恥じ、薄布を重ねるような努力を続けた明星がいる。

―― そして、仲間の為に能力を開花させ、霞の予想と期待に応え続ける京子がいる。

無論、去年の自分たちが弱かったと言うつもりはない。
二回戦で負けたりしなければ優勝も夢ではないくらいのチームだったと霞は信じている。
しかし、そんな霞が羨ましく、そして眩しく思うほど後輩たちは成長してきたのだ。
例え、相手がどれだけ強敵であったとしても、きっと後輩たちは容易く負けたりしない。
これまで京子達の軌跡を間近で見てきた霞は心からそう思っていた。

霞「…そんな皆を私は誇りに思う」

霞「決勝という舞台に来れたからじゃない」

霞「皆は私達の期待にずっと応えてくれたから」

霞「何時だって…皆は仲間の為に全力以上を出し切っていたから」

霞「だから…私は皆の事が凄いと思う」

霞「出来れば…私もこのチームで戦ってみたかったって思うくらいにね」クス

明星「…霞お姉さま」

明星には分かる。
冗談めかしたその言葉は霞にとって本心だと。
勿論、嫉妬と羨望が微かに入り混じったそれは彼女の心を占めるほど大きい訳ではない。
だが、昨年、永水女子が敗退したのを未だに悔やんでいる霞にとって、それは簡単に否定出来るほど小さいものでもなかった。
今の彼女たちと一緒ならば去年の雪辱だって晴らす事が出来る。
そんな未練がましくも女々しい感情に彼女は蓋をしながら、さらなる言葉を紡ぎ出す。


霞「皆はこれまで頑張ってきたわ」

霞「十分過ぎるほど私達の想いに応えてくれた」

霞「…だから、もう良いの」

霞「ここから先は…私達の事なんて気にしないで」

霞「ただ麻雀を楽しんでくれれば良い」

霞「心のまま戦ってくれれば良い」

霞「私達が望んでいるのは…それだけよ」チラッ

そこで霞が視線を流すのは京子の方だ。
京子が幼なじみと向き合う覚悟を固めてくれた事を霞も春から聞いている。
無論、それは嬉しいし、そのキッカケとなった姫子に心から感謝もしているが、だからと言って、自分たちが京子の背中を押さないままで良いはずがない。
自分たちの為に、そして咲の為に戦おうとする京子に、「それで良い」と認めてあげられるのは鶴田姫子にさえも出来ない事。
サポーターと選手と言う違いこそあれど、ここまで共に戦ってきた霞達でなければ、真に京子の気持ちを肯定する事は出来ないのだから。

京子「…霞さん」

霞「ふふ。決勝戦を前にする言葉としてはちょっと野暮ったかったかしらね」

霞「でも、今の私の言葉は紛れも無く本心よ」

霞「私があなた達にあげられる…最後のアドバイス」

霞「受け取って…くれるかしら?」

京子「…えぇ。勿論です」

これまで霞達は多忙な選手に変わって出場校の牌譜を集め、そのデータを分析し、京子たちに渡していた。
戦いの場で鎬を削る選手たちの為に細かいアドバイスや戦術を与え、決勝戦まで導いたのである。
そんな霞から与えられる、最後のと銘打ったアドバイスに京子は力強く頷いた。
姫子の優しさを拒んだ時から胸の内は既に固まっているが、やはりこうして改めてそれを肯定してくれるのは有難い。
心の中に残った微かな迷いさえ、霞の言葉で消しさった京子の前で、霞は嬉しそうに微笑んだ。


霞「(…本当に格好良くなっちゃって)」

霞「(東京に来てから…また一皮むけたわね)」

霞「(色々、不安な面もあったけれど…こうしてインターハイに出場して良かったかしら)」

霞「(明星ちゃんも随分と熱っぽく京子ちゃんに見惚れてるみたいだし…ね)」

霞の胸の内に浮かぶのは二日前の春とは真逆の言葉。
以前の仲間と向き合う覚悟を固めた京子の表情は、霞にそう思わせるほど格好良いものだった。
流石にそれだけで異性愛を覚えるほど惚れっぽくはないが、それでも京子の成長は家族として喜ばしい。
そんな京子に見惚れる明星の顔がどんどんと可愛らしくなっていくのも合わせて、ついつい顔を綻ばせてしまうくらいに。

春「(……京子)」

そんな霞とは裏腹に春の心はどうしても落ち着かなかった。
無論、自身が好いた相手がそうやって格好良い姿を見せてくれるのは嬉しい。
しかし、それは決して自分が与えたものではなく、また自分に向けられているものでもないのだ。
京子がそうして一皮むけたのは姫子のお陰であり、そしてそれは大将戦で待つ咲の為のもの。
愛しい相手の変化に自分が一切、加われていないと言う事実に春の胸が嫉妬に疼き、ジワジワと無力感を広げる。
それに抗うようにして春は京子の隣でその顔を見上げるが、それは余計に痛みを強くするだけだった。


春「(私は……)」

京子が強く輝けば輝くほど春の心はその暗い部分を増していく。
まるで影のようなそれは姫子と別れてからもドンドンと強くなる一方だった。
いっそ、京子の側から離れれば楽なのだが、春はそれを選べない。
十年近くその想いを一人で育ててきた春は、まるで誘蛾灯のように京子へと惹きつけられてしまう。
どれだけ辛く、そして息苦しくても京子を求める心だけは変わらず、春の心はドンドンと追い詰められていた。

―― ピンポンパンポーン

春「……」

瞬間、会場内に放送音が鳴り響いた。
インターハイが始まってからずっと聞き慣れたそれは、先鋒戦開始が近いことを知らせるもの。
出場選手に対局室への入場を促すそれに、京子に見惚れていた春はゆっくりと動き出した。
控室に持ち込んだ自分のカバンから黒糖を取り出し、そのまま胸元に抱き寄せる。
まるで子どもがお気に入りのぬいぐるみを抱きしめるようなその仕草には隠し切れない不安と苦悩があった。


京子「…春ちゃん、大丈夫?」

春「……ん。大丈夫」

だからこそ、京子が呼びかけた言葉に春は小さく首を振って応えた。
だが、それが彼女の強がりである事が京子たちにはすぐに分かる。
少なくとも準決勝の後から春の様子がおかしい事はその場にいる全員が気づいているのだから。
幾ら春が誤魔化そうとしていても、無意味に京子と手を繋ぎたがったり、トイレにまでついていこうとしていたその過去は消えない。
その表情も未だに暗く沈み込んだものなのだから、幾ら小蒔でも騙されたりはしなかった。

京子「そう…まぁ、春ちゃんだし、要らぬ心配だったわね」

京子「春ちゃんは今まで相手のエースをしっかり抑えてきてくれたんだから」

京子「後ろにはわっきゅんや小蒔ちゃんもいるし、多少の失点くらいは何とかしてくれるはず」

京子「決勝戦を前に私も少しナーバスになってたみたいね」

春「っ」

それは勿論、京子にとって心から春の事を思っての言葉だった。
強がる春の不安や緊張を少しでも解きほぐそうとした遠回しな励ましだったのである。
本来であれば、それは彼女の心に届き、その不安を溶かした事だろう。
だが、今の春は決して冷静ではなかった。
この東京に来てから自分は京子に対して何も出来ていない。
そんな自責が咲や姫子に対する嫉妬で一気に膨れ上がり、彼女の心を蝕んでいたのだから。


春「(…私…期待されて…ない?)」

春「(京子に…何もできてないから…)」

春「(頼って…貰えないの…?)」

無論、そんな事はない。
春はリベンジの為、一年間しっかりと雀力を磨き続け、インターハイでも上位の実力者になっている。
得意分野である卓上制御においては今大会ナンバーワンだと言っても良い。
昨年大暴れした宮永照のように実力が一人だけ抜きん出ているような化け物がいなければ、春は十二分に仕事が出来る。
何より、【須賀京子】にとって春は最も親しい親友であり、そして精神的な支えとしている相手なのだ。
頼りにしていないはずなどないと言う事は春も良く自覚し、また誇りとしていた部分でもあった。

春「(…私の…所為だ)」

春「(私が…京子に何もしてあげられなかったから…)」

春「(だから…京子は私に頼ってくれなくなって…)」

春「(私にさえ言ってくれなかった言葉を…姫子さんの前では漏らして…)」

けれど、今の春はそれを信じる事が出来ない。
インターハイに来てから京子との間に感じていた距離感と無力感に、彼女はもう限界に達していたのだ。
京子の言葉の裏側にある優しさに気づく事が出来ず、ジワジワと育ってきた自責をさらに肥大化させる。
普段なら容易く感じ取れるはずのものさえ見えなくなるその胸のしこりに春の意識がグラリと揺れた。
自分はもう京子にとって頼れるような相手ではない。
準決勝後の姫子との会話からジワリジワリと染み出してきたそれはこの瞬間、春の心をハッキリと掴み、決定的な深さまで引きずり込んでいく。


春「(京子が…京太郎が…また私から…離れていく…)」

春「(ようやく手に入れられた京太郎の隣が…私のものでなくなってしまう…)」

滝見春は決して都合の良いヒロインなどではなく、また何をされても一途に悲嘆を受け止め続けるような超人的な精神を持っている訳でもない。
その身体に宿した愛が人並みよりも重く、また遥かに深いだけのごくごく普通の少女なのだ。
そんな彼女が悲しみ傷つく京子の側に居続け、その痛みに共感し続けていたのだから、その思考が少しずつ歪んでいくのも当然の事。
ましてや、準決勝後に出会った時も先日の練習試合も、京子と姫子は仲良く話し、まるで親友同士のようなやりとりを続けていたのだ。
十年近く一途に京子の事を思い続け、ようやくその側にいる事を許された彼女にとって、それは自分の居場所を奪われたも同じ事。
吹雪渦巻く山の中、ようやく見つけた山小屋から一人はじき出されたような悲しみに、その口が歪み、弱音が漏れそうになる。

京子「…春ちゃん?」

春「…うん。分かってる」

春「私は大丈夫」

春「ちゃんと戦ってくるから」

けれど、春はそれを言葉には出来ない。
彼女にとって京子が自分を頼ってくれないのは、あくまでも自分の所為なのだから。
自分が頼りないから、京子に対して何も出来ないから、自分は一番から転げ落ちていく。
嫉妬と自責で曇った彼女は、京子が春の事を大事に思っているからこそ心配しているのだという事にも気づけない。
結果、春は自分に言い聞かせるような言葉を漏らしながら扉へと向かい、ドアノブに手を掛けた。


京子「えっと、スガルゲンやキョウコサミンの補給とか大丈夫?」

春「…必要ない」

京子「じゃあ、私も途中まで…」

春「……私は一人で行ける」

春「…京子はここでリラックスしてて」

京子「春…ちゃん…?」

無論、そんな春の変化に京子が気づかないはずがない。
今の春は明らかに何かがおかしいとそう気づいた京子は自分から謎物質の補給と同行を申し出る。
普段ならばすぐさま飛びついたであろうそれを、しかし、春は首を振って拒んだ。
出会った当初から仲が良かった彼女の、初めて見せる拒絶の言葉に、京子は戸惑いの混じらせながら、春の名前を呼ぶ。

春「(…ごめん。京子)」

春「(でも…私、今、京子が一緒に来たら…絶対に甘えてしまう)」

春「(一緒に対局室なんて言ってしまったら…私は絶対に何時も通りになる…)」

春「(京子の一番に…戻れなく…なるから)」

まるで傷ついたような京子の声に春の胸も強く痛む。
幾ら冷静な判断力を失っているとは言え、彼女は決して京子の事を傷つけたい訳ではないのだ。
しかし、それでも彼女の歩みは止まらない。
自分が再び京子の一番になる為に、そして全てが終わった後、傷ついて帰ってくるであろう京子をすぐ側で癒やす為に。
彼女はドアノブを開いて対局室へと向かった。


京子「…」

明星「だ、大丈夫ですよ、京子さん」

明星「春さんはちょっと何時もよりも緊張していただけですから」

京子「そう…よね」

京子「ありがとう。明星ちゃん」ニコ

結果、春に置いて行かれた形となった京子は強く消沈していた。
その大きな身体で小さく肩を落としたその姿に、普段、京子に強く当たる明星がついついフォローの言葉を口にしてしまうくらいには。
そんな明星に京子は笑顔を見せながらお礼の言葉を口にするが、その顔は決して晴れ切らなかった。

京子「(…春…本当に大丈夫か…?)」

準決勝後からは自分の側にぴったりと寄り添い、まったく離れようとはしなかった春。
普段から側にいる彼女がより甘えん坊になったようなその姿はまるで親に見捨てられた子どものような痛々しさがあった。
けれど、今の春は京子から離れ、一人で対局室へと向かっている。
その顔に思いつめたものを浮かばせながらの歩みを成長と捉えられるほど京子は楽観的ではない。
きっと今の春は、以前よりも精神的に強く追い詰められている。
そう分かっていても、追いかけられない自分に京子は歯噛みした。


京子「(多分…春を追い詰めたのは俺なんだ…)」

京子は鈍感ではあるが、人の痛みに気づけないような愚物ではない。
この東京に来てからずっと春が自分の支えになろうとしていた事くらい京子も理解している。
何も言わずに側にいる事で胸の痛みを和らげようと不器用な優しさを伝え続けてくれた彼女に心から感謝もしていた。
だが、そんな彼女が準決勝を堺に、京子を甘えさせるのではなく、京子に甘える方向へと変化したのである。
それは思いつめる自分に付き合い続けた春の精神が限界を迎えたからだと京子はそう判断していた。

京子「(俺が行ってもきっと励ますどころか…追い詰める事にしかならない…)」

だからこそ、京子は扉の向こうへと消えた親友を追いかける事が出来なかった。
まだ甘えてくれている間は良かったが、今の春は明確に京子の事を拒絶しているのだから。
自分が行っても、フォローするどころか、傷つけるのが精一杯だと逸る心に言い聞かせる。
だが、幾らそうやって言い聞かせても親友の苦難に感情はどうしても納得せず、京子は自然と握り拳を作った。


初美「…ま、今のはるるに何を言っても、きっと逆効果ですよー」

初美「最悪、私がちゃんとフォローしに行きますから安心するのですー」

京子「…お願いします」ペコ

見たこともないくらい苦しむ親友に何もしてやれない無力感。
それに拳を震わせる京子に引っ張られるように控室の中には重苦しい空気が広がりつつあった。
そんな中、何時もと変わらない調子で初美が優しい言葉を漏らす。
普段、トリックスターとしての役割を担い、率先して場を引っ掻き回す初美にしては珍しいそれに京子は小さく頭を下げた。
初美に何度もその心を救われている京子は、彼女がどれだけ優しくて、そして頼りになる人なのか良く分かっている。
初美さんがこう言ってくれているのだからきっと大丈夫。
その言葉に逸る心は少しずつ落ち着きを取り戻し、その手からふっと力を抜いた。

初美「(…にしても…嫌な予感がするのですよー…)」

京子には軽く言ったものの、初美の胸には妙な胸騒ぎがあった。
普段の春は冷静で、自分の力量も良く弁えている。
だからこそ、霞も無茶はしないだろうと彼女を信頼し、大事な先鋒戦に据えたのだ。
だが、今の春にはそうやって霞に信頼されるだけの安定感はない。
まるで情緒不安定な性徴期の子どものように気持ちが揺れており、どうにも危なっかしい印象が拭えなかった。


初美「(でも…今の私達じゃどうにも出来ないですしねー…)」

春の心を知っている初美は、自分たちの中で誰よりも京子に執着している彼女が一体、何に怯えているかを良く理解していた。
そして、この十年間、誰に言われずとも育ててきた自身の恋心に振り回されている春に何もしてやれない事もまた。
だからこそ、初美はその胸騒ぎをそのままに部屋へと備え付けられた大型モニターへと目を向ける。
既にチラホラと集まりつつある各校のエースたちの中、春もまたゆっくりと姿を表して… ――






―― そして彼女たちにとってこの夏最後となる戦いが幕を開ける。










「さて、今年もついに女子麻雀インターハイ団体戦の決勝がやってまいりました」

「今回の解説はシニアリーグでも未だ活躍が色褪せない大沼秋一郎プロに来ていただきました」

秋一郎「今回のインハイはちょっと老骨を働かせ過ぎじゃないかねぇ…」

「またまた。まだまだお若いじゃないですか」

「それより大沼プロから見た各チームの評価などを早速、お聞きしたいのですが…」

秋一郎「そうだな…。んじゃまずは優勝候補ナンバーワンの清澄から行ってみるか」

「いきなり本命ですか」

秋一郎「麻雀以外で焦らすのはあんまり好きじゃなくてね」

秋一郎「ま、それはさておきだ」

秋一郎「とりあえず皆も理解していると思うが、今年の清澄はぶっちぎりで強い」

秋一郎「昨年、活躍した一年生組はこの一年で一回りも二回りも強くなってる」

秋一郎「特に進歩が著しいのは先鋒の片岡優希と次鋒の染谷まこだな」

秋一郎「昨年の時点でエース対決でもそうそう負けなかった片岡優希はさらなる火力と速度を手に入れているし」

秋一郎「そして次鋒の染谷まこはよっぽど良い経験でも積んできたのか、恐ろしく手堅い選手になってる」

秋一郎「去年、三年が埋めてた中堅は若干、見劣りするがあくまでもそれだけだ」

秋一郎「副将はインターミドルチャンプでデジタル打ちならば今大会屈指の原村和が務めてる」

秋一郎「大将の宮永咲は…まぁ、多くを語る必要はないだろ」

秋一郎「単純に早くて強い」

秋一郎「牌に愛された子…なんてフレーズが一時流行ったが、去年のそれは宮永咲だったと思うぜ」

秋一郎「ただ…」

「ただ?」

秋一郎「……いや、なんでもない」

秋一郎「ともあれ…清澄は前半後半共にインハイトップクラスの選手が埋めている所為で、中堅での損失なんざあっという間に取り戻せる」

秋一郎「去年中核だった一年が成長し、信頼出来る三年が次鋒を埋めてる今年は、清澄にとっては一番、脂の乗った時期と言えるかもな」

「なるほど…やはり優勝候補ナンバーワンは伊達ではないという事ですね」


秋一郎「ま、それがあっさり覆るのがインターハイでもある訳だけどな」

秋一郎「それに他の学校だって、決して清澄に劣ってる訳じゃない」

秋一郎「清澄と同じ環境と言えば、阿知賀だが…こっちも一年掛けてみっちりパワーアップして来てる」

秋一郎「個人的には三年になった松実玄が注目株かね」

秋一郎「去年は何とも不安定で当たり負けする事が多かったが、今年はここまで蹂躙ばかりだ」

秋一郎「既に能力のタネが殆ど割れてるってのに、対策なんてお構いなしに踏みつぶすような火力は昔の三尋木咏を思い出すね」

秋一郎「華やかさとわかり易さを両立してるし、プロになればさぞかし良い選手になると思うんだが…」

「実家である旅館経営の為、プロになるつもりはないと宣言してますね」

秋一郎「プロになって知名度を稼いでから旅館経営に戻っても良いんじゃねぇか…とか思ってしまうのはお節介な老人の性かねぇ」

「ふふ。随分と気にされているんですね」

秋一郎「この歳になると後進の育成って奴も中々、楽しくなってくるもんでね」

秋一郎「ま、それはさておき、阿知賀の他のメンバーも強い」

秋一郎「去年、松実宥が務めていた次鋒は一年生で若干、頼りなさもあるが、中堅副将は手堅いデジ打ちの新子憧、鷺森灼が埋めている」

秋一郎「鷺森の方は今年は若干、不調気味だが、新子の方は絶好調だ」

秋一郎「準決勝で千里山の江口セーラと戦った時から一皮剥けたと思ってたが、今年はそれからさらに強くなってる」

秋一郎「先鋒を務める松実玄を表のエースと言うならば、中堅の新子憧は裏のエースと言ってもいいだけの活躍をしてるな」

「では、大将の高鴨選手は守護神ですか?」

秋一郎「…いいや、化け物だな」

「え?」

秋一郎「阿知賀で俺が一番、注目してるのは松実玄だが、一番ヤバいのは高鴨穏乃だ」

秋一郎「未だにその実力を完全に見せちゃいないが…去年とは別物だとそう言っても良い」

秋一郎「もし、去年と同じつもりで相手をしたら、大火傷じゃ済まないだろうぜ」



「では、そんな阿知賀と清澄に対抗心を燃やす白糸台はどうでしょう?」

秋一郎「流石は王者の一言に尽きるな」

秋一郎「基本は去年のチーム虎姫…だったか」

秋一郎「アレのコンセプトを踏襲している攻撃型のチームだな」

秋一郎「ただ、清澄や阿知賀と違って、新しくチームに参加している二人もかなりの実力だ」

秋一郎「流石に去年の弘世菫や宮永照には見劣りするが、それでもインハイでエース張れるだけの雀力は持ってる」

秋一郎「この辺は一過性で黄金期が来ているのではなく、長年ずっと名門で在り続けた学校の強みだな」

秋一郎「人材、と言う意味では決勝四校の中で間違いなく白糸台が頭ひとつ抜けてる」

秋一郎「去年から引き継いでチームに入っている三人も申し分ないな」

秋一郎「宮永照の後を継いで先鋒になった亦野誠子は去年とはまるで別人だ」

秋一郎「去年、準決勝と決勝でろくに活躍出来なかったのが応えたのか、中途半端な防御を捨ててる」

秋一郎「攻撃一辺倒になった結果、圧倒的な速度で和了り続けられるようになった」

秋一郎「宮永照の後継と言えば、大星淡の名前が真っ先にあがるが、亦野誠子もその打ち筋を引き継いでると思うよ」

秋一郎「逆に中堅の渋谷尭深は防御を固めてきたな」

秋一郎「元々、手堅い方だったが、中途半端に色気を出さなくなった」

秋一郎「よっぽど手が良い時以外は最初からベタ降りする事も珍しくない」

秋一郎「だが、相変わらず、和了った時の火力はかなりのもんだ」

秋一郎「特にオーラスでの勝負強さは目を見張るもんがある」

秋一郎「オーラス一回でそれまでのマイナス全てを取り返すなんて渋谷にとっちゃ日常茶飯事だ」

秋一郎「前半と後半で二回あるオーラスをどう処理するかが、中堅戦における勝負の分かれ目になるだろうな」



秋一郎「で、最後に大将の大星淡だが…」

秋一郎「まぁ、よくぞここまで頑張ったなと褒めてやりたい気分だよ」

「確かに一時期はスランプに陥っていたと噂されていましたが…」

秋一郎「ありゃスランプなんかじゃねぇよ」

秋一郎「あの嬢ちゃんは意図的に自分の力を抑えて、これまで戦ってきたんだ」

「…抑えていた…ですか?」

秋一郎「去年、高鴨に負けたのがよっぽど気に入らなかったんだろうな」

秋一郎「本来、得意とする打ち方を全て封印して、この一年、鍛え上げてきた」

秋一郎「自分に足りないものが何かをしっかりと見据えて、それを手に入れる為に努力してきたんだ」

秋一郎「あぁ言う楽しい事だけ大好きってな天才タイプにとって、それはかなりの苦行だっただろうにな」

秋一郎「情報秘匿の意味もあるだろうが、準決勝まで不得意な打ち方を続けたその忍耐は素直に賞賛してやりたいね」

「つまり…今年の彼女はそれだけ本気という事ですか?」

秋一郎「あぁ。なにせ…今年は王者の奪還とリベンジが掛かってるんだ」

秋一郎「見るからに努力なんて嫌いな大星淡がここまで我慢するくらいには本気だろうぜ」

秋一郎「ま、それは大星淡だけじゃねぇけどな」

秋一郎「他の四人も予選からこれまで一度たりとも本気を出しちゃいない」

秋一郎「それでも白糸台は準決勝を除けば、圧倒的な点差で決勝まで上がってきてるんだ」

秋一郎「去年、王者から転がり落ちたとは言え、油断してると痛い目を見るだろうな」


「では、最後に永水女子はどうでしょう?」

秋一郎「…ま、決勝に揃った四校の中で一番、実力的に見劣りするのはこの永水女子だろうな」

秋一郎「三年になった神代小蒔は今年屈指の名スコアラーだが、それだけだ」

秋一郎「去年の清澄とは違い、一年生二人は頑張ってるが…目を見張るほどの才能はない」

秋一郎「地方予選では通用したとは言え、インハイ…それも決勝戦まで残るような連中と戦うにゃちょっと厳しいだろうぜ」

秋一郎「来年には良い選手になるだろうが…今はまだひよっこだ」

秋一郎「そういう意味でインハイ二年目となる滝見春は頼れるが、ガンガン点棒をとってくタイプじゃない」

秋一郎「これだけのエースが先鋒に揃っている以上、出血を抑えるので精一杯だろう」

秋一郎「結果、神代小蒔一人に大きな負担がのしかかってる…ってのが俺の分析だ」

「ですが、大将にいるのはあの須賀京子選手です」

「地方予選でもあの鮮やかな逆転劇を見せてくれた彼女なら、多少、不利な状況からでもひっくり返せるのでは…?」

秋一郎「…だからだよ」

「え?」

秋一郎「その須賀京子が大将にいる所為で、永水女子はどうしても戦力的に見劣りしてしまう」

秋一郎「勿論、須賀京子は悪い選手じゃない」

秋一郎「他のポジションならきっと仕事も出来ただろう」

秋一郎「だが、決勝の大将卓に揃うのはどいつもこいつも化け物ばっかだ」

秋一郎「正直、須賀京子が相手をするには荷が重すぎる」

秋一郎「神代の嬢ちゃんならまだ相手も出来たが、須賀京子じゃ勝つのは厳しいだろうな」


「…ふふ」

秋一郎「…なんだよ」

「いえ、大沼プロが厳しい事を言うのは大抵、期待の裏返しなので」

「これだけ厳しい事を言うって事はそれだけ永水女子に期待されているんだな、と思いまして」

秋一郎「…これ全国放送なんだが」

「えぇ。存じております」

秋一郎「…ったく…良い笑顔しやがって…」

秋一郎「全国レベルで羞恥プレイ喰らうジジイの身にもなれってんだ…」

「って事は期待されている事は事実なんですね?」

秋一郎「……ま、俺は分の悪い賭けは嫌いじゃないからな」

秋一郎「寧ろ、大穴、ダークホースの類がジャイアントキリングを決める展開は大好きだ」

「…それだけですか?」

秋一郎「今日は何だか随分と意地が悪くねぇか…?」

「ふふ。何だか今日の大沼プロって可愛いですから、つい」

秋一郎「可愛い顔して割とSだったんだな、嬢ちゃん…」

「あら、大沼プロが悪いんですよ」

「須賀京子選手の紹介をしてる時が一番、嬉しそうにしてるんですから」

「まるで孫の成長を喜ぶおじいさんみたいです」

秋一郎「そこまで精神的に老けちゃいないつもりなんだけどなぁ…」


秋一郎「…………まぁ、言うまで終わらせてくれないだろうから正直言うが、確かに須賀京子には期待してるよ」

秋一郎「周りにいるのはさっき言った通り、化け物ばっかりで、ろくに仕事が出来るとは思えない」

秋一郎「何も出来ずに点棒を毟られるのが関の山だろうと俺の知識は言ってる」

秋一郎「でも…あいつはそれを一回、ひっくり返してみせた」

秋一郎「見込みがなかったはずなのに、弱かったはずなのに」

秋一郎「そいつを見事にひっくり返して、常識からは考えられないような逆転をして見せたんだ」

秋一郎「俺は一応、麻雀で喰ってるプロだが…それ以前に一人の男だ」

秋一郎「この放送を見ている多くの人と同じように須賀京子に期待してしまっている」

秋一郎「プロとしての予想を覆してくれる事を心の何処かで信じてるんだ」

秋一郎「…そういう意味じゃアイツは松実玄以上にプロ映えするだろうぜ」

秋一郎「許される事ならうちのチームにスカウトして一から鍛えなおしてやりたいくらいだよ」

「ふふ、本当に大沼プロは須賀京子選手が好きなんですね」

秋一郎「冗談でもやめてくれ。ジジイのかさついた肌にサブイボが出るだろうが」

秋一郎「…ともかく、もう誰得なジジイの羞恥プレイタイムは終わりで良いだろ」

秋一郎「そろそろ先鋒戦が始まる時間なんだ。そっちの仕事をさせてくれ」

「…そうですね。若干、名残惜しいですが、既に選手も対局室に揃っていますし」

「まずはそちらにカメラを移しましょう」


春「(団体戦決勝戦…)」

春「(これが終われば…姫様は引退してしまう…)」

春「(一年の時からインターハイに挑戦して…それでも尚、優勝に届かなかった姫様の願いを叶えられる最後のチャンス…)」

春「(…分かってる。頭の中では…それはちゃんと分かっているのに…)」

春「(今の私の心の中には…京子しかない…)」

春「(京子に失望されたくなくて…離れたくなくて…嫌われたくなくて…)」

春「(私の心の中は…もうグチャグチャに…なってる…)」

春「(でも…それでも…戦わ…なきゃ)」

春「(京子も、姫様も、皆も…それを望んでる…)」

春「(私が何時も通り戦う事を…皆…)」

春「(…でも…それで…良いの?)」

春「(何時も通りに戦って…本当に…良いの?)」

春「(それで…また京子に頼りにして貰える…?)」

春「(東京に来てからずっと同じ打ち方をしてきたけど…京子に甘えて…貰えた…?)」

春「(…貰えて…ない)」

春「(京子はずっと…私に強がってばっかりで…弱音の一つも聞かせてくれなくて…)」

春「(それをようやく漏らしたのは…私じゃなくて…姫子さんだった)」

春「(新道寺のエースとして…立派に強敵とぶつかって…そして勝ってきた人…)」

春「(私とは真逆の…勝つ為の麻雀をする人…)」


春「(…私もそうなれば…京子に甘えてもらえる?)」

春「(辛い時に辛いって…言って貰える?)」

春「(ずっと隠してた気持ちだって…聞かせてもらう事が出来る?)」

春「(…分からない。分からない…けれど)」

春「(今のままの私じゃ…きっとダメ…)」

春「(今の私は…京子に頼ってもらえてない…)」

春「(寧ろ…私の方が京子に依存して…甘えている状態で…)」

春「(だから…その分…私はここで活躍しなきゃいけない…)」

優希「…」ゴゴゴ

玄「…」ドドド

誠子「…」ズババ

春「(何時もみたいに…点数を減らしてでも…先鋒戦を流すんじゃない)」

春「(それじゃ…活躍した事には…ならない)」

春「(姫子さんみたく京子に頼っては貰えない…)」

春「(…勝つ…そう…勝たなきゃ)」

春「(点数をマイナスにするんじゃなく…プラスにして湧ちゃんにバトンを手渡せるようにしなきゃダメ…)」


春「(…大丈夫。昨日は攻めの打ち方でいったけど一位は結構、取れた)」

春「(先鋒戦にいるから流すのを重視でやっているだけで…決して攻められない訳じゃない…)」

春「(それは京子も…そして霞さんも認めてくれていた事…)」

春「(昨日戦った人たちとこの人達に大きな違いがあるとは思えないし…きっと勝てる…)」

春「(勿論…それは最初の作戦とは違うけれど…霞さんは好きにやって良いって言ってくれた…)」

春「(結果さえ出せば…きっと文句は言われないはず…)」

春「(だから…)」グッ

春「(勝たなきゃ…絶対に…)」

春「(私の為にも…皆の為にも…何より…京子の為にも…)」

春「(出来るだけ点数を稼いで…楽をさせてあげなきゃ…)」

春「(そうすれば…そうすればきっと…)」

春「(京子だって…私の事をまた見てくれる…)」

春「(きっとまた一番の親友に戻れる…)」

春「(姫子さんにも…そして宮永さんにも…京子を取られるような事は…なくなるはず…)」スッ


春「…」サクサク

優希「…」モグモグ

玄「…」パリパリ

誠子「……まぁ、対局前に何をしようが基本的に自由だよ?自由だけどさ…」

誠子「とりあえず一言だけ良いか?」

優希「ふぇ?」キョトン

誠子「なんで全員揃いも揃ってお菓子やら飯喰ってるんだよ…!」

玄「実家で売ってるお菓子の宣伝なのです!」ドヤァ

誠子「うん。商魂逞しくて何よりだ」

優希「タコスパワーは大事だじぇ!」フンス

誠子「なんだ。タコスパワーって」

春「…糖分補給」

誠子「うん。簡潔な答えありがとう…」



優希「そんなに気になるのなら亦野さんも何か食べれば良いんだじぇ!」

優希「フィッシャーって言われてるらしいし、魚とか持ってきてるはず!!」

誠子「持って来てる訳ないだろ、そんなもん」

誠子「つーか、私が基本やるのはスポーツフィッシングだからな」

誠子「食べる為の釣りもやるけど、そこまで魚が好きって訳じゃねぇよ」

玄「えーっと…じゃあ、亦野さんもコレ食べます?」スッ

誠子「あー…良いのか?」

玄「はい。私達だけ食べてるのも何だかちょっと変ですし」

玄「それに出来るだけ多くの人に食べてもらった方が宣伝になりますから!」グッ

誠子「ホント、ちゃっかりしてるなぁ」

玄「えへへ。こういう細かいマーケティングがこれからの未来を分けるのです」ドヤァ

優希「なんか松実先輩の癖に難しそうな事言ってる…」

玄「わ、私だって難しい事くらい言うよ!?」

玄「…まぁ、これはお姉ちゃんの受け売りなんだけど」

誠子「ダメじゃないか。…あ、これ思った以上にうめぇ」モグモグ

玄「えへへ。自慢のお菓子なんですよ」ニコ

玄「まだ控室にありますから欲しければ言ってくださいねっ」


優希「じゃあ、私はこのタコスを…タコスを…!」フルフル

誠子「…いや、無理すんなって」

優希「でも、ここで私だけ亦野さんに何も渡さないと意地悪してるみたいだし…」モグモグ

誠子「気にしすぎ…いや、今もタコス食べてるままってのは思ったより深刻じゃないのかもしれないけど」

誠子「そもそもこっちが貰ってるのがおかしいんだから気にするなって」

優希「…ホントにタコスなしでも大丈夫?」モグモグ

誠子「大丈夫大丈夫」

優希「差し入れだって言って勝手に食べたりしない?」

誠子「しないしない。…つーか、する奴いんのかよ、そんな事」

優希「……よし!分かった!亦野さんは良い先輩だじぇ!」

優希「どこぞのノッポとは大違いだな!」モグモグケプ

誠子「良く分からないけど、お前も色々と苦労してるのは何となく分かった」


誠子「あ、それはさておき…松実さんには後でお菓子返すな」

誠子「今、手元にあるのはコンビニとかに売ってる奴だけど控室に戻ったら、尭深が色々用意してくれてるはずだから」

玄「私は美味しそうに食べてくれるところをカメラに映してくれるだけで満足ですよ」ニコ

誠子「それが結構、難しいんだよなぁ…」

誠子「まぁ、貰ってばっかだと何となく収まりがつかないし休憩時間中にでも受け取ってくれよ」

玄「はい。じゃあ、お返し楽しみにしていますね」ニコ

ブー

誠子「…っと時間か」

優希「それじゃあ…」

玄「そろそろ麻雀の時間だね」

春「…」ゾクッ

春「(…やっぱりこの人達…レベルが違う)」

春「(これまで戦ってきた人たちとは比べ物にならない…)」

春「(一人一人から感じるプレッシャーに背筋が冷たくなる…)」

春「(その顔つきが大きく変わった訳じゃないのに…肌から伝わってくるんだ)」

春「(…皆、頭の中を完全に麻雀に…戦いに切り替えているのが)」

春「(さっき和気あいあいと話していた事を忘れたように…心の底から勝とうとしてる事が)」

春「(…これが…決勝四校でエースを務める人たち)」

春「(誰も彼も…私よりも格上…)」

春「(…でも…)」


春「(…これは団体戦)」

春「(私の後ろには皆がいる…京子がいる…)」

春「(相手が格上だからって…怯えてなんていられない…)」

春「(…どの道…私にはもう後なんか…ないんだから)」

春「(京子とまた元の関係に戻る為には…ここで勝つしか…ない)」

春「(…その為にも…)」

優希「さーて…起親だじぇー♪」ゴッ

春「(…東場の彼女をまず何とかしなきゃいけない)」

春「(去年の時点で、東場における彼女の強さは全国トップクラスだった)」

春「(援護があったとはいえ、あの宮永照とも勝負出来ていたくらいに)」

春「(…それから一年経って…今年はさらに強くなってる)」

春「(早さも火力も…尋常じゃない)」

春「(この起親だけでも数万点持って行かれかねない相手…)」


優希「この決勝戦に東二局は来ない!」キリッ

玄「優希ちゃん、それ毎回言ってるよね」

優希「私のキメ台詞だからな!」ドヤァ

誠子「いや、全然、決められてないからな」

誠子「そもそも毎回来てるじゃねぇか、東二局」

優希「き、気持ち的には何時でも東一局目だから…」メソラシ

春「(確かに起親で連荘して団体戦の点棒を全て毟り取るほど圧倒的じゃないけれど)」

春「(…起親の時点で数万点稼ぎ、二局目が来た時点で大勢を決しているパターンと言うのは少なくない)」

春「(ノってる時なら本当に東一局目で団体戦を終わらせてもおかしくはないくらいの実力者)」

春「(…見かけやノリに騙されて油断しちゃいけない)」

春「(ただ…私にとって有利なのは…)」

春「(そうやって警戒しなきゃいけないのが…決して彼女だけじゃないという事)」

と先鋒戦の導入やったところで本編はここまでです(´・ω・`)ここから本編に入れるかどうか迷ったオマケに入ります


~オマケ~

姫子「(…今日の戦いば見て分かった)」

姫子「(京子は本当に強くなってる…)」

姫子「(今のままの私じゃ…多分、勝てなか)」

姫子「(能力を失ってしまった私では…きっと無残に負けてしまうだけ)」

姫子「(…そいけん、京子とあそこで戦えなかったんば内心、喜んでいる自分がいて…)」

姫子「(失望されるような戦いばせずに良かったと…私はそう思ってた…)」

姫子「(京子にはああ言ったけど…やっぱりまだ完全に立ち直るんは先たいね)」フゥ

姫子「(昔なら…きっと京子と勝負したくてしたくて堪らなかったはずなんに…)」

姫子「(まさか失望されたくなくて戦えない事ば喜ぶくらい弱くなってるなんて…)」

姫子「(……ばってん、立ち止まっていられんばい)」

姫子「(今ん私は完全に追い抜かされてる…)」

姫子「(そぎゃん状態に甘んじるようでは名門新道寺んエースも…哩先輩ん恋人も務まらん)」

姫子「(京子とまた会える時までに…私は自分を鍛え直す…)」

姫子「(私ば追い抜いた京子ばまた追い抜き返して…またアイスの一つでも奢らせてやるばい!)」グッ


姫子「(…そういう意味では私にとって京子はライバルでもあるのかもしれんね)」

姫子「(少なくとも…宮永咲って言うバケモンよりも私は京子に負けたくない)」

姫子「(哩先輩と同じかそれ以上に…あん子にだけは失望されたくなか)」

姫子「(…ふふ。こうやって気持ちば整理すると…私はほんに京子ば意識をしとるたい)」

姫子「(まさか自分がここまで哩先輩以外ん誰かば意識するなんて思っとらんかった)」

姫子「(もし…もし…京子ともうちかっと早く会えとったら…)」

姫子「(後、一年早くライバルになっとったら…私はもっと強くなれたかもしれん)」

姫子「(強くなって…明日ん決勝で京子と戦う事だって……)」

姫子「(…ううん。そぎゃん『もしも』ば考えても虚しかね)」

姫子「(そもそも一年前ん京子は麻雀ば始めたばっかりらしいし…)」

姫子「(バンバン合宿や遠征やって日本中ん強豪校と打ちまくってた私と会える可能性なんてほぼゼロじゃろー)」

姫子「(ばってん、もし、京子が通ってた前ん学校が宮永咲と同じ清澄だったらワンチャンあったかも…?)」

姫子「(まぁ、そもそも京子が何処に通ってたかすらも私は知らんで…)」

姫子「(……こうやって思うと私…ほんに京子ん事、何も分かっとらんたい…)」

姫子「(永水女子ん前は何処ん学校にいたんかさえ教えてもらえてなかままで…)」

姫子「(…もしかして私、嫌われとる…?)」

姫子「(い、いや…今日だって仲良く話とったし…そいに私はそういう遠慮はしないって京子も言っとったけん)」

姫子「(アレで京子は結構、容赦ない性格してるし…本当に嫌だったらもっと露骨に嫌がってるはず)」

姫子「(途中ん休憩には約束だってしたし…大丈夫)」

姫子「(大丈夫…だよね…?)」


姫子「(うぅぅ…何かこぎゃん事考えとったら京子ん事がやたらと気になってきたばい…)」

姫子「(色々と事情があるんは知っとるけど…具体的なアレコレは聞いた事ないし…)」

姫子「(多分、言えん事情があるっていうんは分かってるばってん…流石にちょっと気になるばい)」

姫子「(なんだかんだ言って…私にとって京子は大事な相手やけん…)」

姫子「(もう煌と同じく親友だって言っても良か)」

姫子「(そぎゃん相手ん事ば殆ど何も知らないままと言うのはやっぱり収まりが悪くて…)」チラッ

姫子「(…聞いて…みる?)」

姫子「(今から携帯に電話して…京子に…)」スッ

煌「ただいまです」ガチャ

姫子「ひゃ!?」ビックゥ

煌「…あれ?姫子、どうしたんですか?」

姫子「あ、ううん!な、何でもなかよ!」フルフル

煌「そうですか?それなら良いのですが…」クビカシゲ


煌「あ、それと今日はすみませんでした」

煌「後輩たちとの気晴らしを優先してしまって…」ペコリ

姫子「こっちん方が急な話やったけん、仕方なかよ」

姫子「元々、約束しとった方ば優先するんは普通やけんね」

姫子「そいより…そっちは楽しかったと?」

煌「えぇ。久しぶりに思いっきり先輩風吹かして来ちゃいました」ニコ

姫子「ふふ。そいなら何よりたい」

姫子「(…ってそう言えば、煌は清澄ん片岡優希と原村和ん先輩で…)」

姫子「(そん関係で宮永咲ん事も多少は知っとるって言ってたっけ…)」

姫子「(もしかしたら…宮永咲ん幼なじみである京子ん事も分かるかも…)」

姫子「(ばってん…京子ん知らないところで勝手に過去ば探るのは流石に失礼な気が…)」モンモン

煌「…姫子?」

姫子「あ、え…な、何?」

煌「そっちはどうでしたって聞いたんですけど…大丈夫です?」

煌「また何か悩み事でも?」ジィィ

姫子「あ、いや、大丈夫たい」

姫子「まだ完全に元通り…と言う訳じゃなかばってん、悪かってほどでもなかよ」

姫子「今日だって最終成績は上位ん方やったけんね」

煌「それならば良いのですが…」


姫子「(うぅ…ダメだ…)」

姫子「(やっぱり一度、気になったら…もう止められんばい…)」

姫子「(煌ん言葉ば聞き逃すくらいに上ん空になってる…)」

姫子「(こんままじゃ…京子に追いつくなんて難しか)」

姫子「(そいけん、仕方なく…仕方なく煌に聞くだけであって…)」

姫子「(こいは不可抗力やけん……ごめん、京子…!)」

姫子「えっと…それで……煌?」

煌「はい?」

姫子「その…えっと…須賀京子ん事って知っとっと?」

煌「え?そりゃまぁ、合宿でお世話になった相手ですし、決勝にも残った永水女子の大将ですから知ってますけど…」

姫子「えっと、そいだけじゃなくって…ほら…永水女子ん前は何処ん学校通ってたとか…」

煌「いえ…そこまで聞いていないですね」

煌「あ、でも、一つだけ彼女に教えてもらえた事がありました」

姫子「え…?そ、そいは一体…」

煌「須賀さんは私の後輩と親しくしていた男の子と遠縁の親戚らしいですよ!」

姫子「あ、うん。そいは聞いた事ある」

煌「なんと!?」ガビーン


姫子「(ってアレ…?)」

姫子「(私…こん情報、何処で聞いたと?)」

姫子「(…………あぁ、そうだ。確か開会式後に京子と宮永さんが鉢合わせした時に聞いて)」

姫子「(確かあん時も宮永さんは幼なじみを探して……)」

姫子「…………え」サァァ

姫子「(…待って、待って待って待って待って待って…!!)」

姫子「(…確か京子も昨日、宮永さんは幼なじみやって言ってたばい…)」

姫子「(ばってん、開会式の時にはまるで面識がなかったように振舞っていて…)」

姫子「(もし…京子が煌ん言う通り、宮永さんの幼なじみ…須賀京太郎ん親戚と言うだけなら、そぎゃん態度をとるはずなか)」

姫子「(京子だって宮永さん事ばあぎゃん深く思ってるんやけん、普通に幼なじみとして旧交ば温めれば良いだけん話…)」

姫子「(なんに…京子はあん時、旧交ば温めるどころか…必死で取り繕おうとしてた…)」

姫子「(須賀京太郎ん事ば問い詰める宮永さんに…しどろもどろになっていた…)」

姫子「(って事は…やっぱりそういう事…?)」

姫子「(須賀京子ん正体は…須賀京太郎って事と…?)」ブル


姫子「(…そぎゃん事ありえんばい)」

姫子「(だって…京子が今、参加しているのはインターハイ)」

姫子「(地方の商店街なんかでやってる小さな大会とかじゃなか)」

姫子「(お嬢様校である永水女子ん代表として出てきてる以上、実は男だったなんてありえんたい)」

姫子「(…ばってん…もし…もし…そうなら…全て説明がつく…ついてしまう…)」

姫子「(永水女子が取材らしい取材を殆ど受けなかんも…)」

姫子「(京子が頑なに自分ん過去ば口にしない理由も…)」

姫子「(京子ん対応が矛盾している理由も…)」

姫子「(そして何より…宮永さんがアレほどまでに京子に執着しとるんも…)」

姫子「(須賀京子が男だからと言う理由で全て繋がって…)」

姫子「(こいは…ほんに偶然と?)」

姫子「(それとも…本当に京子が須賀京太郎で…)」

姫子「(それで…)」ボッ


姫子「(も、ももももももし、そうなら私は男ん人に抱きしめられたって事…!?)」マッカ

姫子「(しかも、ペットにするとかそぎゃん事まで言ってて…)」アワワワ

姫子「(ちょ、ま…ち、違っ!違うばい!)」

姫子「(そ、そこまで私ははしたない女やなかよ!?)」

姫子「(あいは京子が男だとか知らなかっただけで…)」

姫子「(そもそもアレは全部、半分本気ん冗談だっただけで…100%本気だった訳じゃ…)」

姫子「(でも…京子が男って事は哩先輩も色々と大目にみてれたり…)」

姫子「(ううぅ…わ、私…ダメばい)」

姫子「(考えれば考える程ドツボにハマっていってる…)」

姫子「(こ、こいじゃ…次、京子に会った時にどうすれば良いんか分からんたい…)」

姫子「(と、とりあえず…今回ん事は忘れるのが一番ばい)」

姫子「(そもそも…アレだけ綺麗な京子が男であるはずなかよ)」

姫子「(うん。気のせい気のせい)」

姫子「(だから、もしかしたら男ん人にあーんしとうとしてたかもしれんとか考える必要は…必要は…)」ボッ

姫子「うわあ…うわああっ」ゴロゴロ

煌「(……さっきから百面相したり、ベッドの上で転がり回ったりと忙しいですね…)」

煌「(やっぱり須賀さんと何かあったんでしょうか?)」クビカシゲ

煌「(…まぁ、ちょっと気になりますけど…ああやって悶えるのもちょっと楽しそうですし)」

煌「(色々と事情を聞くのはとりあえず落ち着いてからにしましょう)」

煌「(今はとりあえず放っておいてあげた方が良いですね)」ナマアタタカイメ

以上で今日は終わりです(´・ω・`)本当は本編に入れるつもりで書いてたけど、これはぼかしたほうが良いなって事でオマケ扱いでお願いします
尚、インハイから先鋒戦までの流れは三度書きなおして、さらに前日の練習試合での一幕を書き加えた所為でやたらと時間を食いましたが…
一番、大変な部分は(恐らく)終わって、後は展開を大幅に変える部分もなく、加筆も少しなので明日には副将戦開始前まで投下出来ると思います(´・ω・`)恐らく

長々とおまたせして微妙な出来+短くてごめんなさい(´・ω・`)明日からまた頑張ります…


これヒロイン春なのを毎回忘れるんですが

亦野の能力的にむしろ防御が手堅くなって無放銃最多和了でリード奪うスタイルかな、と思ってたら攻撃特化か
ちょっと意外だった

おつおつ

>>792
現実的に考えたらあんなクソ能力持ってる時点でオリる必要性がほぼ無いから俺は自然だと思った
3副露してから5巡=手牌が全て入れ替わり得るから解釈次第によっては後付どころか役が無い所から鳴いてもいい可能性もあるし

>>788
おかしい…今回の春は都合の良い女の子からヒロインになったはずなのに…(´・ω・`)面倒くさくなったとも言う

>>792
>>795の言う通り、後追いでも平気な顔して追い越せるオカルト持ってて防御鍛えたりはしないかな、と思いまして
能力活かすためには鳴く必要がありますし、鳴けばどうしても防御も手薄になりますしね
性格的にも下手な守備するよりは攻撃一辺倒の分かりやすい打ち方を好みそうというのもあります(´・ω・`)


そしてようやく見直し終わったんで今から投下します(´・ω・`)最後に一回読み直してからポチーなのでちょっと時間かかるかもです
また今回は能力の独自考察を超えた強化版能力とか出てきてますが(´・ω・`)まぁ、麻雀はあくまでもフレーバーって事なので大目に見てくれると嬉しいです



「さて、先鋒戦が始まったようですが…」

「大沼プロはこの戦い、どう見られますか?」

秋一郎「そうだな…。まず前提として、永水女子の滝見春はあの中で一段劣ってる」

秋一郎「普通に打ち合ったらまず間違いなくズタボロにされるだろう」

秋一郎「滝見春も悪い選手じゃないが…正直、相手が悪すぎる」

秋一郎「あそこにいるのはインターハイでも屈指のスコアラーばっかりだからな」

秋一郎「決勝戦に相応しい実力者が揃うあの卓で五角以上に戦えるのは、今大会でもトップクラスの連中だけだ」

秋一郎「それに比べれば、どうしてもあの嬢ちゃんは見劣りする」

秋一郎「ただ…それはあくまでもマトモにやり合おうとした場合の話」

秋一郎「滝見春にとっちゃ今の状況は逆にやりやすくすらあるだろうな」

「それは滝見選手が出来るだけ点数の変化を少なくしようとしているからですか?」

秋一郎「あぁ。元々、滝見春は自分で勝つ事を視野に入れちゃいない」

秋一郎「エースが出張る先鋒を流す事を最優先に考えている」

秋一郎「そんな嬢ちゃんにとって一番辛いのは一人だけの実力があまりにも突出している事」

秋一郎「自身のサポートがあっても尚、逃げ切られるのが最悪のパターンだろう」

秋一郎「が、あの卓にいるのは滝見春以外、ほぼ同じ実力を備えた雀士」

秋一郎「つまり嬢ちゃんのサポート次第で結果が左右される状況なんだ」

秋一郎「無論、三人は揃いも揃って格上ではあるし、一瞬でも油断すれば足元を掬われかねない相手である事に間違いはないが…」

秋一郎「それでも自身の役割に徹するあの嬢ちゃんは滅多な事では崩れない」

秋一郎「1校だけが突出するという状況にはまずならないだろう」

秋一郎「…と普段なら言うところなんだけどな」

「え?」



秋一郎「何故だか知らんがあの滝見春がやけに気負ってる」

秋一郎「まぁ…これは決勝戦だから、少なからず気負いがあるのは当然だろうが…」

秋一郎「しかし、滝見春のそれは他の三人とは比べ物にならないくらいだ」

秋一郎「今までの滝見春はどんな場面でも冷静に仕事をしてきたが…」

秋一郎「今回に限ってはそれを期待しないほうが良さそうだぜ」

秋一郎「一体、何があったのかは知らんが…地方予選の石戸明星みたいになっているからな」

「…と言う事は先鋒戦は永水女子にとって苦しい戦いになるという事ですか?」

秋一郎「…苦しいで済めば御の字じゃねぇか」

「…え?」

秋一郎「あの場にいるのは今大会屈指の高火力を誇る片岡優希と松実玄」

秋一郎「個人戦ならたった一回の和了りで相手の息の根を止める事も出来る正真正銘のスコアラーだ」

秋一郎「亦野誠子は鳴きを基本をするが故に火力はないが…その速度に追いつくのは簡単な事じゃない」

秋一郎「そんな連中が揃ってる卓でわざわざ得意分野を捨てて真っ向勝負しようなんて自殺行為でしかねぇよ」

秋一郎「下手すりゃこの先鋒戦で決勝戦が終わる事だってあり得るぜ」

「それはつまり…」

秋一郎「勿論…永水女子のトビ終了って形で…だ」


優希「(く…折角の東場…しかも、親なのに何ともやりにくいじぇ…)」

優希「(白糸台の亦野さん…分かってはいたけれど、やたらと早い…!)」

優希「(東場の私とほぼ互角とか正直、自信なくすレベルだじぇ…)」

誠子「(まったく…これが本当に二年なのかよ…)」

誠子「(東場限定だとは聞いてるけど…三年間、速度を磨き上げてきた私で競り負け気味とか)」

誠子「(冗談もほどほどにしてくれって感じだよな…!)」

玄「(うぅぅ…二人ともすっごく早いよ…)」

玄「(ドラは何時も通り来てくれてるけど…ちょっとこれは追いつける気がしないし…)」

玄「(ここは出来るだけ守りを固めて攻めるタイミングを待った方が良いかも…)」

春「(…やっぱりこの二人の速度は異常)」

春「(数巡でテンパイが普通とか…オカルトなし追いつくのはかなりの困難…)」

春「(松実さんだってインハイ全体で見れば早い方なのに、もう降りる気みたいだし…)」

春「(よっぽど手が良くないとこの二人の勝負には入り込めないと判断したんだと思う)」

春「(私も普段なら自分の和了りを諦めて…亦野さんの援護に回っていたはず)」

春「(でも…今は違う)」

春「(私の目的は…先鋒戦を流す事ではなく、勝つ事だから)」

春「(彼女たちを前に下手に守勢に回っては…チャンスは掴めない)」

春「(ここは前に出る…)」

春「(前に出て…和了りに行く…!)」



玄「…」スッ

春「…ポン」

玄「え…?」

玄「(滝見さんが鳴いた…?)」

玄「(これまでの戦いじゃ彼女が鳴いた事なんて殆どなかったのに…)」

玄「(寧ろ、相手に鳴かせて手を進めさせるのがメインだったこの変化は一体…)」

優希「(…まぁ、何にせよ、私にとってはやりやすいじぇ)」

優希「(東場で稼いで逃げ切りタイプの私にとって、最悪なケースは永水女子と白糸台の協力だったからな)」

優希「(流石に東場の私でもサポート受けた亦野さんに速度で勝てる気がしないし…)」

優希「(自分で戦おうとする分には寧ろ、歓迎だじぇ)」

誠子「(…ったく、何やってんだよ、永水は…)」

誠子「(清澄に出来るだけ稼がせない為にも、ここは出来るだけ協力して東場を流すべきだろうに…)」

誠子「(序盤はこっちのサポートに回って楽させてくれるもんだと思ってたこっちが馬鹿みたいじゃないか)」フゥ

誠子「(…ま、でも…)」


春「(…現状、警戒するのは片岡さんだけで良い)」

春「(亦野さんは早いけど…基本的には三副露からの和了りが殆ど)」

春「(一副露の今、それほど警戒しなくても良い)」

春「(…だから、ここは突っ張る)」

春「(突っ張って和了に…)」スッ

春「(…よし。これでテンパイ…)」

春「(恐らく片岡さんはもうテンパイしているから一人抜けた訳ではないけれど…)」

春「(勝負も出来ないと言う状況からは脱する事が出来た)」

春「(後は…これを和了るだけ…)」

春「(和了ったところで点数が高い訳じゃないけれど…初和了を取れるのは大きい)」

春「(私でもこの三人を相手に戦える…)」

春「(そう証明する為にも…ここは…)」トン

誠子「それロンだ。2400」

春「…え?」


誠子「(はは。びびってるびびってる)」

誠子「(…まさか一副露でテンパイしてるとは思わなかったか?)」

誠子「(……甘ぇよ)」

誠子「(名門白糸台の三年が去年と同じままな訳ないだろうに)」

誠子「(…こっちはこの一年、びっちり能力の強化に宛てて来たんだ)」

誠子「(三副露なら確実に和了れるが…別に一副露で和了れない訳じゃない)」

誠子「(一副露で有効牌を引き入れる確率は33%、二副露じゃ66%…!)」

誠子「(確実性と言う意味じゃ不安定だが…それでも三副露しなきゃ能力が使えなかった頃よりは大分、軽い)」

誠子「(三副露後の和了だってなくなった訳じゃないし…早さは去年よりもぐっと上がってる)」

誠子「(今までは対策されない為に三副露優先だったが…インハイの決勝戦で切り札伏せとく必要はない)」

誠子「(三年の意地って奴もあるし…何より清澄と阿知賀にゃ去年のインハイでいいようにしてやられたからな)」

誠子「(今回でその恨みを全部精算する勢いで…ぶっちぎらせてもらうぜ)」


優希「(フィッシャーさんが一副露で和了った…?)」

優希「(まぁ…この人が三副露する前に和了った事はこれまでも何度かあったけれど…)」

優希「(でも…今のはこれまでとは何かが違う気がするじぇ)」

優希「(感覚的には…鳴いてから急に加速したような感じ…)」

優希「(秋季大会とかでも何度か戦ってるけど…こんな感覚を感じた事は一度もなかった…)」

優希「(もしかして…新しい能力でも引っさげてやってきたとか…?)」

優希「(勘弁して欲しいじぇ…)」

優希「(ただでさえこの人は東場の私に追い付いてくるって言う馬鹿げた速度してるのに…)」

優希「(コレ以上早くなられると手がつけられない…)」

玄「(東場を流すという意味では味方だし…今は有難いけれど…)」

玄「(この速度が完全に敵になった時の事は考えたくないかなー…)」アハハ

玄「(防御を切り捨てて、速攻一本に絞ってるはずなのに…周りが追いつけない所為で逆に防御率も上がってるし…)」

玄「(どれだけ先行してても三副露されたら追いつかれるとか悪夢も良いところだよね…)」

玄「(それに…今回はもしかしたらそれ以外にも能力があるのかもしれないし…)」

玄「(王者白糸台であのチャンピオンさんの後を継いでいるのは…伊達じゃない)」

玄「(これまでの戦いも速度だけで連荘して他のチームから点棒をむしり取っていたし…)」

玄「(…今年のこの人はホントに強い)」

玄「(少なくとも…スピード勝負なんて絶対にしようとしちゃいけないくらいに)」


春「(和了られた…)」

春「(テンパイしてたのに亦野さんに振り込んでしまって…)」

春「(-2400点…)」

春「(決して大きい-ではないし…片岡さんの親を蹴れたと思うと悪くはない出費だけど…)」

春「(…それは何時もの打ち方をする場合の話)」

春「(先鋒戦を勝利で終わらせようと思った場合、この直撃は結構痛い…)」

春「(この卓には今大会屈指の高火力雀士が二人も居て…ツモ和了でもガシガシこっちを削ってくるんだから)」

春「(+1万点からでも一気に原点以下まで突き落としてくる雀士を前にして-からの開始はキツイ…)」

春「(片岡さんと松実さんを完封するのは流石に難しいし…コレ以上-にならない為にも和了らないと…)」

春「(出来るだけ和了って点棒を稼いで…防波堤を作らなきゃこの人達には勝てない…)」

春「(だから…次も防御なんて考えずに…攻める)」

春「(攻めて攻めて…攻め勝つ…)」

春「(それが…今の私にとっての…唯一の正解のはず…!)」



優希「(…ま、だからと言ってへこたれてられない!)」

優希「(東場は私のテリトリー!いつだって全力全開!前のめりがポリシーの片岡優希様だじぇ!)」

優希「(速度特化がどうした!?東場のこっちは速度+火力特化だじぇ!)」

優希「(相手が速度特化の三年生でも…一対一じゃそうそう負けない!)」

優希「ツモ!4000・8000!!」

誠子「(チッ…やっぱ完全には押さえ込めないか)」

玄「(…相変わらず手がほんのちょっとでも良かったら無理矢理、持ってくよね…)」

玄「(東場限定とは言え、その引きの強さは正直、異常だと思う)」

玄「(亦野さんも優希ちゃんも強すぎだよぉ…)」ハフゥ

誠子「(これが南場まで続くと考えただけでも背筋が寒くなるぜ…)」

誠子「(東場限定とは言え、その火力と速度は去年の宮永先輩を彷彿とするレベルだし…)」

誠子「(この一年能力に磨きを掛けて…三年ブースト掛かってる私でさえ、ようやく互角だからな…)」

誠子「(正直…来年のコイツがいったい、どれだけの化け物になるか考えたくないくらいだよ)」

誠子「(でも…)」


誠子「ロン、1500!」

優希「くぅ…!」

誠子「(今年なら…まだ押さえ込める…!)」

誠子「(正直、かなりギリギリではあるけれど…まだ追い抜ける…!)」

誠子「(…そう思うと私も多少は強くなったのかなぁ)」

誠子「(私以上にヤバい大星がいる所為で、あんまり実感が沸かないけれど)」

誠子「(…ま、その辺の感慨深さに浸るのはまた今度だ)」

誠子「(今は清澄に集中しとかないと…一瞬で持ってかれる)」

誠子「(…まぁ、集中しなきゃいけないのは何も清澄だけじゃないけれどさ)」

玄「あ、来た。カンです」

優希「っ!」ビクッ

優希「(ふ、ふぅ…あ、焦ったじぇ…)」

優希「(カンってセリフについつい咲ちゃんの事思い出して背筋に寒気が…)」

優希「(…ただ、咲ちゃんほどでなくても…松実先輩のカンは要注意だじぇ)」

優希「(なにせ…こうしてカンの宣言が入ったってことはドラが増えたって事で…)」

誠子「(…ドラは松実の手に入る)」

誠子「(それはもう去年の時点からわかりきっている事だ)」

誠子「(ドラが絡んだその火力だけでも…正直、警戒に値する)」

誠子「(けれど…今年の松実はもうそんなレベルではなくて…)」


玄「(えへへ。これで私の手の中にドラが増えたのです)」フンス

玄「(『カンでドラになる牌が最初からやってくる』なんて…最初はちょっとびっくりしたけれど)」

玄「(でも、こうして大事に育てた手がドラになっていくと、やっぱ嬉しくなるよね)」ニコニコ

玄「(それにドラになったって事は最後の一枚も私のところに来てくれるって事で…)」スッ

玄「二度目のカンです!」ドヤァ

誠子「っ!?」

誠子「(ヤバイヤバイヤバイ…!これで最低でもドラ8…!)」

誠子「(いや、手の中に赤ドラがあるかもしれない事を考えれば…下手すりゃドラ10枚揃えてるって事だぞ…!!)」

優希「(最低でも恐らく倍満…!普通で三倍満…!下手すりゃ役満まで見えるじぇ…!)」

優希「(このまま和了られると大火傷じゃ済まない…!!)」

優希「(でも…既にカンを始めた松実先輩は止めるのはそう簡単じゃない…!)」

優希「(咲ちゃんほどじゃなくても連続カンでガンガン速度をあげてくる…!)」

優希「(そして待っているのは…)」

玄「ツモ。6000・12000です」ニコ

優希「ぬああ…」フルフル

誠子「来ちゃったかー…」


優希「(…松実先輩、相変わらずトんでもない火力してるじぇ)」

誠子「(きっちり通常のドラと赤ドラ揃えてきてやがる…)」

誠子「(役の作り方は若干窮屈そうではあるけれど…それでも和了った時の火力はピカイチだな…)」

優希「(…流石、今大会で最も数え役満を和了った回数が多い選手)」

優希「(ワンチャンからフルコンボ決められて体力を互角に持ってかれた気分だじぇ…)」

誠子「(親被りした所為で今まで稼いだ分が全部パァどころかマイナスだ…)」

誠子「(私と対極な方向に進んでいるとは言え、ちょっと火力高すぎじゃないかなぁ…)」

誠子「(最初から手にドラが集まっているから、速度だってない訳じゃないし…)」

誠子「(やっぱ阿知賀も清澄に負けないくらいバケモノだな…)」

優希「(ホント、チートもいい加減にして欲しいじぇ)」

優希「(こっちは東場だけでひぃこらやってるって言うのにさー…)」

優希「(しかも、今ので東場も終わって…これからの私は衰退期)」

優希「(さっきまでのような火力と速度はもう出せない)」

優希「(無論…それでも負けるつもりはないけれど…)」

優希「(東場の最後で和了れなかったのはやっぱり痛いじぇ)」



誠子「(…さて、これで前半戦の清澄はほぼ潰せたな)」

誠子「(勿論、潰れたと言っても、そこらの雀士よりも強いから油断は出来ないが…)」

誠子「(それでも、さっきのような化け物っぷりはもう発揮するのは無理だろう)」

誠子「(…ま、後半戦にはまだ東場が残ってて、そっちで大爆発する可能性はあるが…)」

誠子「(とりあえず…ココからは私と阿知賀の一騎打ちだと思って良い)」

誠子「(…何せ…永水女子はもう殆ど置物同然だからな)」チラッ

春「……」グッ

誠子「(さっきからやたらと前のめりに和了を狙おうとしてるみたいだが…お前じゃ勝てないよ)」

誠子「(確かにお前は良い雀士だ。実力だって相応にある)」

誠子「(準決勝じゃそこそこ苦しめられたよ)」

誠子「(でもさ、それはあくまでも本来の打ち方をした場合なんだ)」

誠子「(まるで初心者みたいに自分の和了だけを優先されても…何も怖くない)」

誠子「(付け焼き刃の攻撃的打ち方なんてされても、ただのカモでしかないんだ)」

誠子「(ま…何があったのかは知らないし…もしかしたら何か狙いがあるのかもしれないけれど…)」

誠子「(今年の最強を決める舞台で…そんな腑抜けた麻雀して見逃してもらえると思うなよ?)」

誠子「(狙いがあるならあるで…それごと食いつぶしてやる…!)」

誠子「(それが王者白糸台でエースを務める私の…あの宮永先輩から後を引き継いだ私の戦い方だ…!)」


誠子「ロン。2900」

春「っ…」

春「(また和了られた…)」

春「(…どうして…勝てないの?)」

春「(私がこの三人から比べると一歩劣っている事は分かってる…)」

春「(でも…昨日の私は…ちゃんと出来た)」

春「(和了って一位になる事だって出来たはずなのに…)」

春「(今はまるで…それが嘘みたいに何も出来なくて……)」

春「(点棒も…あっという間に…八万を割ってる…)」

春「(幸い、三人の実力が拮抗してるから私が制御しなくても点数が大きく偏る事なんてないけれど…)」

春「(その分、私だけが沈み込んでいる状態で…)」

春「(こんな状態じゃ…帰れない…)」グッ

春「(まだ前半戦も終わってないのに…二万も点棒を奪われてしまった状態で…帰れる訳…ない)」

春「(我儘を押し通してマイナスだけを抱えてバトンを渡す事になったら…きっと皆に責められる…)」

春「(京子にだって…本当に失望されて…嫌われてしまう…)」

春「(嫌…それは…絶対に嫌…)」

春「(京子に嫌われたら…私…生きていけない…)」

春「(生きていく…理由が…ない…)」

春「(でも…)」

誠子「…」

玄「…」

優希「…」

春「(…この三人に…勝てるの…?)」

春「(今まで一度も和了れていない私が…ここから原点まで回復させる事が出来る…?)」


春「(…ダメ…弱気になったら…)」

春「(ここまで失態を見せた以上…もう私には先に進むしか無いんだから…)」

春「(先に進んで…成果を持ち帰るしかない…)」

春「(皆に嫌われないような…仕方ないとそう思ってもらえるだけの点数で終わらせるしかない…)」

春「(弱気になってはいられない…弱音なんて…吐いていられない…)」

春「(私がやるべき事は…さっきまでと同じく…和了を、勝利を求める事…)」

春「(その足かせになるような弱い私は切り捨てるべき…)」

春「(京子に助けを求めるような…甘えてもらえないような自分は…今は要らない…)」

春「(姫子さんのように…宮永さんのように…強く…強くならなきゃ)」

春「(強いんだって…京子に証明しなきゃ…私は…)」トン

玄「ロン。12000です」

春「あ…ぅ…」ビク


「先鋒戦終了です」

「一位は白糸台、約二万点を稼ぎ、トップに立っています」

「その下にいる阿知賀は17500の+収支、三位である清澄は+13200点」

「最下位の永水女子は約五万点のマイナスと厳しいスタートとなりました」

秋一郎「正直、永水女子以外の誰が一位でもおかしくはなかったが…亦野誠子の気合が一つ抜けてたって事か」

秋一郎「中盤、清澄と阿知賀に狙い撃ちにされて尚、躱しきった時の打ち筋は中々のモンだったよ」

秋一郎「この先、どういう進路に進むのかは分からないが、ちゃんと下積みすりゃプロでもやってけるだろうぜ」

「ただ、その中でもやはり永水女子はかなりの出費をする事になりました」

「-5万点…先鋒戦でも滅多に見ない大赤字ですが…」

秋一郎「まぁ、当然の結果だろうな」

秋一郎「ほぼ満貫以下を出さない高火力麻雀の松実玄に、今大会最速と言っても良い亦野誠子」

秋一郎「そして東場限定ではあるが、その二人に火力と速度で負けない片岡優希を相手にしてたんだ」

秋一郎「そんな連中相手に一段劣る雀士が、舐めプしてたも同然なんだから、大赤字にならない方がおかしい」

秋一郎「何時も通りの麻雀をしてればその半分程度で収まっただろうにな」

秋一郎「どうして勝負を捨てに行くような真似をしたんだと説教してやりたいくらいだよ」

「ここから永水女子の逆転はあり得るのでしょうか?」

秋一郎「…ま、俺も麻雀で食っているから、出来ないとは言わねぇよ」

秋一郎「実際、目を見張るような大逆転ってのはプロ・アマ問わず稀に良く起こる」

秋一郎「……だが、さっきも言った通り、永水女子は決勝四校の中で若干、見劣りしてるんだ」

秋一郎「その上で、トップと七万近い点差をつけられちゃ…厳しいどころか絶望的だろう」


春「(-五万……)」

春「(先鋒戦で最初にあった点数の半分近くが消えた…)」

春「(私…頑張ったのに…焼き鳥で…)」

春「(ただの一度も…和了る事が出来なくて…)」

春「(亦野さんや松実さんだけじゃなく…東場の終わった片岡さんにまで…振り込んでしまった…)」

春「(お陰で…トップとの点差が…もう絶望的…)」

春「(…姫様でも…追いつけないくらい引き離されてしまって…)」

春「(私の…私の…所為だ…)」フルフル

春「(私が…我儘を押し通したから…)」

春「(勝手に…皆で決めた作戦に逆らったから…)」

春「(だから…こんな点差を作ってしまって…)」

春「(皆に…失望された…)」

春「(京子にだって嫌われてしまった…)」

春「(私…もうどうしたら良いか…)」ポロポロ


湧「…春さあ」

春「っ!」ビクッ

湧「…帰ろ?皆、心配しちょるよ」

春「あ…ぅ…」

湧「途中までならあちきも一緒に…」

春「…っ」スクッ  ダッ

湧「春さあ!」

春「(…帰れる…はずない…)」

春「(私…あんなに勝手な真似をして…)」

春「(皆にも…京子にも嫌われたのに…)」

春「(帰れない…皆と会うのが…怖い…)」

春「(嫌われた事が私の中で『事実』になるのが怖い…!)」

春「(それを知るくらいなら…いっそ…このまま…)」

春「(何処か皆の知らないところまで走り去った方が…)」

初美「…」フッ

春「(…え?目の前に初美さん、突然、転移して…)」

春「(ダメ…避けられ…)」


初美「歯ァ食いしばれですよー!」ダキッ

春「ひあっ!?」

初美「ふふふ…転移出来るこの私から逃げられるとでも思ってるですかー、この不良娘め」フニフニ

春「ふぁ…っ♪ちょ、初美さ…」

初美「あーまったく…やたらと胸ばっか育って…」

初美「やっぱり黒糖ですかー…黒糖なのですかー?」モミモミ

春「は…離れ…て…」

初美「ハッ!馬鹿な事言うなですよー」

初美「こんなむっちりずっちりなエロ乳揉んでるのに離れられる訳ないじゃないですかー」

初美「…と言うか、前に揉んだ時よりも絶対に大きくなってますよね、コレ」

初美「この!この!!まだ成長するとか私に対するあてつけですかー!」モミモミ

春「ひ…ぅっ♪」ビクン


初美「…ふぅ。さて、はるるっぱいを久しぶりに堪能したところで…帰るですよー」

春「い…嫌…」

初美「…ほぅ。はるるが我儘を言うなんて珍しいですね」

初美「だが、無慈悲な却下!絶対にノゥ!!!なのですー!!」

初美「無理やりにでも連れ帰らせて貰うのですよー」

春「そ、それでも嫌…」

初美「…そんなに京子ちゃんに会うのが怖いですかー?」

春「っ!」ビクッ

初美「別に京子ちゃんははるるに怒ったりしてないですよー」

初美「寧ろ、あの子は心から貴女の事を心配していました」

初美「他の皆も同様なのですよー」

初美「誰一人として初美ちゃんの事責めている人なんかいません」

初美「皆、はるるがちゃんと帰ってきてくれる事を望んでいます」


春「……でも…私は…皆の信頼を裏切って…」

初美「その辺は私のパイ揉みの刑で帳消しなのですよー」

春「それで償いになるはずが…」

初美「ほほぅ。と言う事は償いをするつもりがあるという事なのですかー」

春「ぅ…」

初美「じゃあ…尚の事、はるるには帰って来てもらわないとダメですよー」

初美「まずはるるがするべき償いは、皆の心配を晴らしてあげる事なのですー」

初美「今は皆、はるるが心配で怒る事すら出来ない状態ですしね」

春「…っ」ビク

初美「それとも…はるるはずっと皆がそういう状態で良いって言うような悪い子ですかー?」

初美「京子ちゃんが泣きそうな顔をしながら私にはるるの事を託したのに…」

初美「申し訳無さそうにお願いしますと頭まで下げたのに…」

初美「それでも尚、心配かけ続けて良いと言うような子なのですかー?」

春「…私は…」グッ


初美「大丈夫ですよー」ギュゥ

春「初美…さ…」

初美「皆ははるるの事が大好きですし、これくらいで嫌いになったりしません」

初美「まぁ、ちょっとお小言くらいは言われるかもしれませんけどそれだけですよー」

初美「京子ちゃんだって同じです」

初美「あの子だってはるるの事、大好きなんですから」

春「…でも…でも…っ」ポロ

初美「分かってますよ。えぇ…分かっています」ナデナデ

初美「頼られなかったのが辛かったんでしょう?」

初美「側にいる事しか出来なかったのが悲しかったのでしょう?」

初美「誰かに取られてしまいそうで怖かったんでしょう?」

初美「…はるるは京子ちゃんの事が大好きですからね」

初美「寧ろ、会った時はあんなに泣き虫だったはるるが今まで良く自分一人で処理してきたと思うくらいなのですよー」

春「…っ!」ギュゥ


初美「でもね、はるるはその所為で大事な事が見えてないのですよー」

春「大事な…事…?」

初美「はるるは頼られなかった訳でも、側にいる事しか出来なかった訳でもないのですー」

初美「側にいる事で京子ちゃんの事をずっとずっと支え続けていましたし…」

初美「そんなはるるを京子ちゃんは心の何処かで頼りにしていました」

初美「準決勝で、はるるに京子ちゃんの出迎えを任せたのもそれが理由なんですよー」

初美「京子ちゃんは私達の誰よりも、はるるの事を頼りにしているから」

初美「一番、あの子が心を許しているのがはるるだから」

初美「だからこそ…私達は決勝を前に控えた京子ちゃんのケアをはるるに任せたのですー」

春「…でも、私…京子に何もしてあげられなくて…」

春「準決勝の後に京子を変えたのも姫子さんで…」

初美「何も出来なかったのは私達も同じなのですよー」

初美「大体…アレで京子ちゃんはやたらとええ格好しいですからね」フゥ

初美「私達の前ではどうしても言えない事と言うのはあると思うのですー」

初美「鶴田姫子はそういう柵がない相手であり、そして言っても構わないと思えるような相手であった」

初美「ただ、それだけの事であり、はるるが不安に思う事なんてありません」

初美「はるるの優しさは…ちゃんと京子ちゃんに届いてるのですよー」ナデナデ



初美「ま、はるるだって女ですし、それに嫉妬するのは分かるのですよー」

初美「…宮永さんの件もありますし、不安にもなるでしょうしね」

初美「明星ちゃんも良く霞ちゃんにその辺漏らして…っとこれは一言余計でしたか」テヘペロ

初美「…何にせよ、はるるが不安になる必要なんて何処にもありません」

初美「京子ちゃんは…もう京子ちゃんなんですから」

初美「あの子は…もう何処にも行けません」

初美「私達の中で一生、飼い殺しにされるだけですー」

初美「…生まれる前からそういう運命を背負わされてしまった可哀想な子なのですよー」

春「初美さん…」

初美「……それが残酷かどうかを決めるのは私達ではありません」

初美「ですが、あの子のこれからを左右するのは私達なのですー」

初美「私達が京子ちゃんに接して…どんな風に幸せを与えてあげるか」

初美「あの子の人生はそれに掛かっているのですよー」

初美「それなのに…はるるがいなくてどうするんですかー」

初美「一番、あの子が頼りにしているはるるがいなくなったら…あの子はまた沈み込んじゃうですよー」

初美「好きだ愛してるなんて言いながら…はるるは京子ちゃんの事を不幸にするつもりですかー?」

初美「自分の手で幸せにしてやるって言うだけの気概もなく…漠然と憧れてただけなのですかー?」

春「…っ!」


春「違…う…!私は…!」

初美「…じゃあ、今、やるべき事も分かっていますよね?」

春「…………」

初美「ふぅ…まったく強情娘なのですよー」

初美「ま、これくらいは予想してたし別に構わないですけどねー」

初美「お屋敷に来たばっかのはるるもそれはもう頑なで…」

春「そ、その頃の話は辞めて欲しい…」メソラシ

初美「えー…毎晩、寂しいからって私の布団に潜り込んで来るはるるはそれはもう可愛くて養子縁組しようか真面目に悩んだくらいなのに…」

春「…その頃、初美さんは小学生だったはず」

初美「ふふーん。私はおませな子でしたからねー」

初美「あの霞ちゃんよりも大人のレディだった私には養子縁組くらい余裕で知ってたのですー」

初美「ま、過去話に華を咲かせるのはもうちょっと後にしましょうか」ピッピ

春「え?」

初美「あ、霞ちゃんですかー?私、私ですよー」

初美「…ノリ悪いのですー」

初美「えぇ。はるるは確保して今、尋問中ですー」

初美「ただ…まだ戻るつもりはないみたいなんで私達もうちょっと外でブラブラしてるのですよー」

初美「あいあい。任されたですよー」

初美「…あ、ちなみに領収書いけます?ダメ?アッハイ」ピッ

初美「まったく…あのケチンボおっぱいオバケめ…」

初美「太いのはお腹じゃなく胸だとかジョークにもならないのですよー…」


春「あの…」

初美「あ、と言う訳で控室に戻るのはもうちょっと後になったのですー」

春「…良い…の?」

初美「まぁ、良いか悪いかで言えば、全然、良くはないですね」

初美「こうして連絡入れたとは言っても皆はまだ心配しているでしょうし」

初美「でも、はるるがこんなになるまで自分の事追い詰めてるのに、説得一つでどうにかなるなんて最初から思ってないですよー」

初美「はるるが自分から皆のところに戻っても良いと思うまでずっと付き合う覚悟は決めているのですー」

春「…初美さん」

初美「ま、最近は京子ちゃんと一緒だった所為で滅多になかったですけど…久しぶりの二人っきりですし」

初美「ちょっと足を伸ばしてパフェでも食べに行くですかー?」

初美「その辺のお金は後で霞ちゃんに無理やり、経費として認めさせるんで、思いっきり遊んで良いのですよー」

初美「つーか遊びましょう!私、東京バナナとか超食べたくなってきました!」ヒャッホゥ

春「………………ううん、ここにいる」

春「先鋒戦で皆に迷惑を掛けたのは私…だから」

春「皆のところに戻れなくても、会場からは…決勝戦からは…逃げる訳にはいかないって」

春「初美さんのお陰で…そう…思ったから…」

初美「……そうですか」ナデナデ

初美「ま、ちょっと残念ですけど…はるるがそういうならば仕方ないですね」

初美「じゃあ、一緒に観戦室にでも行ってみますか」

初美「色々と人の目もあるかもしれませんが…あそこなら控室と殆ど変わらない感じで観戦出来るのですよー」

春「……うん」


「そろそろ次鋒戦のメンバーも揃い、開始の準備も進んでいますが…」

「大沼プロとしてはこの局はどう見るでしょうか?」

秋一郎「まぁ…恐らく清澄の染谷まこの一人勝ちになるだろうな」

秋一郎「元々、実力はあったところに、インハイを経験して一回りも二回りも強くなったんだ」

秋一郎「清澄の中でこの一年、誰が一番伸びてるかと言えば、恐らくあの嬢ちゃんだろうぜ」

「なるほど…清澄唯一の三年は伊達ではないという事ですね」

「ただ…やはり先鋒の片岡選手、大将の宮永選手に比べるとやはり地味ですが…」

秋一郎「地味さと実力は直結しねぇよ」

秋一郎「寧ろ、地味だからこそ恐ろしいって事は多々ある」

秋一郎「あの卓に揃ってる連中でもあの嬢ちゃんがどういう方法で戦っているのかを感じ取れるのは少ないんじゃないか」

秋一郎「可能性があるとすれば…バリバリの感性打ちでここまで来た永水女子の十曽湧くらいか」

秋一郎「ただ、あの嬢ちゃんも恐らく対抗馬になるには物足りないだろう」

「ですが、ここまで十曽選手は三年相手でも立派にスコアラーとしての役目を果たしています」

「対抗馬にすらなれないと言うのは言い過ぎでは…?」

秋一郎「それだけあの染谷まこが強いんだよ」

秋一郎「去年はまだ感性打ちについていけない場面も多かったが…今年はそんな事はない」

秋一郎「数多くの雀士と打ってきた経験を文字通りの意味で力にしている」

秋一郎「例えプロが相手でも今の染谷まこは中々、崩せないだろうな」


秋一郎「ま、十曽湧に活路があるとすれば、乱打戦、稼ぎ勝負に持っていく事だ」

秋一郎「それなら大きく勝てる事はなくても、大きく引き離される事もない」

秋一郎「元々、染谷まこは大きく稼ぐタイプじゃなく、堅実に点数を積み重ねるタイプだ」

秋一郎「鳴きを交えるようになっても高火力麻雀という軸は変わってない十曽湧なら-になるまで稼ぎ負ける事はないだろう」

秋一郎「いや、より正確に言えば、ここで大きく稼ぎ負けるようじゃ永水女子に優勝の可能性はなくなると言っても良い」

秋一郎「次に控えているのはエースの神代小蒔だが、それ以降大きく稼げる部分はないんだ」

秋一郎「どの道、もう崖っぷりではあるし、ここでどれだけ十曽湧が稼げるかが一縷の望みを残すか残さないかになっていくだろう」

「なるほど。では、残り二校、白糸台と阿知賀に関してはどうでしょう?」

秋一郎「白糸台に関しては、下手な攻めっ気を出すなってところかな」

秋一郎「攻撃力に自信があるのは分かるが…ここで勝負しに行くのは危険過ぎる」

秋一郎「染谷まこは言わずもがなではあるし、十曽湧の打ち筋はデジタル殺しと言って良い」

秋一郎「多少、火力に自信がある程度のデジタル打ちが勝負に出るのは無謀だ」

秋一郎「見てる限り、かなり攻めっ気が強く、跳ね返りな性格をしているみたいだが…今回は諦めて防御に徹した方が良いだろう」

秋一郎「白糸台の三年、しかも、レギュラーに選ばれるだけの実力があるんだから、大人しくしてりゃ被害は最小限で済む」

秋一郎「最後になった阿知賀は…まぁ…可哀想だが、今回の被害者担当だな」

秋一郎「一年だが十曽湧のように何か特別なものを持っている訳じゃない」

秋一郎「実力もごく平凡なものだ」

秋一郎「染谷まこや十曽湧の勝負についていくどころか、白糸台の次鋒にさえボコられかねない」

秋一郎「嵐が過ぎ去るまで出来るだけ被害が軽微で終わるのを祈る事くらいしか出来ないんじゃないだろうか」


湧「…」パカ

湧「(…うん。分かってたけど…点棒増えてないよね)」

湧「(雀卓とスコアボードに表示されちょっ通いの点数…)」

湧「(十万点からの開始から…ほんのこて五万点まで減っちゃってるんだ…)」

湧「(…でも、こや春さあの責任じゃねよ)」

湧「(春さあの様子がそっせじゃって気づいてたのに…あちき達は何もせんかったんじゃっで)」

湧「(勿論、理由がない訳じゃねじ…)」

湧「(春さあが甘えているキョンキョンに任せた方が良かとか…)」

湧「(アレだけ思い詰めてるなんち分からんかったとかあるけれど…)」

湧「(そいもすっぺ、言訳にしかならん)」

湧「(あちき達は…間違った)」

湧「(今、だいが一っ番、つれのかとゆー事を見誤った)」

湧「(じゃっで…春さあは自分の打ち方をくやせっ…あげんボロボロになって…)」

湧「(…今もきっと…何処かで泣いちょっ)」


湧「(正直…春さあの事はじょじょい心配…)」

湧「(さっきこん対局室で声を掛けた時も…見たこっがないくらいに辛そうじゃったし…)」

湧「(ほんのこちゃ…励ましの言葉の一つでも掛けてあげたい)」

湧「(今からでもみしけだして…あちきがきっと取り返すって…そうゆってあげたい)」

湧「(でも…もいっき次鋒戦がはいまってゆぅのに…みしけにいっ訳にはいかんし…)」

湧「(何より…一っ番、春さあの事を心配しちょったキョンキョンだって…我慢しちょっんじゃっで)」

湧「(ほんのこちゃ一っ番、春さあの事に声を掛けたいであろうキョンキョンが初美さあに任せたんじゃっで…)」

湧「(…今は春さあの事に気を取られちょっ訳にはいかん)」

湧「(あちきがここじゃすっべきは…春さあの後を引き継っ事)」

湧「(原点の半分まで減った点棒を出来っだけ回復さすい事…)」

湧「(そうすれあ…控室で待っちょっ皆も…ちった安心出来っ)」

湧「(何処かで見ちょっかもしれん春さあも…自分を責めずに済んかもしれん…)」

湧「(じゃっで…)」


湧「スー……ハー……」

湧「(…ん。ちっと緊張はしちょっけど…コンディションは悪るない)」

湧「(緊張でガチガチになるのは勿論、ダメじゃっどん…多少の緊張があった方が集中力もつぢっ)」

湧「(今のコンディションがつぢっなら、ちゃんと全力を…くけせん戦いが出来そう)」

湧「(でも…)」

まこ「……」ズズズ

湧「(…こん人が恐ろし)」チラッ

湧「(他んふたいからはやるぞってゆぅ気概とか…プレッシャーを感じるけれど…)」

湧「(でも、こん人にはまったくそいがない)」

湧「(自然体のままお茶を啜っているだけで、何の恐ろしさも感じない)」

湧「(…いっそかがいにも思えるくらいのそいが…でも、あちきにとっては怖くてしおあね…)」

湧「(だって…こん人の凄さはキョンキョンに教っもろているんじゃっで)」

湧「(清澄で一っ番、手強え麻雀をすっとはこん人じゃいとゆぅちょったキョンキョンの言葉はきっと嘘じゃね)」

湧「(事実、こん人はこいぎい一度たりともマイナスになったりせんかった)」

湧「(寧ろ、派手さはないけど、サンコロが基本…)」

湧「(そいほどん実力を持っちょい人がこげんも恐ろしくないなんちおかしい)」

湧「(こと決勝戦まで来て実力を隠きっ意味なんちない以上、かんげられるのは一つだけ)」

湧「(多分、あちきとこん人の間には…そん恐ろしさを自分で見抜けんだけの実力差があるんだと思も)」


湧「(…おじ)」

湧「(次鋒ってゆぅ比較的楽なポジションを任せてもろたはずじゃって…)」

湧「(最後の最後で…こげなわぜー人と戦う事になるなんち…怖くてしおあね)」

湧「(…………でも、そん怖さはお父様やお母様ほどじゃね)」

湧「(熊を殺したお父様には怒られてるだけで死にそうになるし、お母様は基本的にえごじゃってメチャクチャおじし…)」

湧「(何より…あちきや皆に失望される方がずっとずっとおじ…)」

湧「(春さあがこんまま自分を責め続くい事の方が…よっぽどおとろしんだ)」

湧「(…じゃっで…)」グッ

湧「(…こんくらいの怖さ…乗り越えてやる…!)」

湧「(えてがどしこ強よても…恐ろしくても…ちゃんと作戦通いやって…)」

湧「(春さあが取られてしもた分を取り返す…!)」

湧「(春さあが皆のとこいに戻れるように…精いっぺー、きばっんだ…!)」

ブー

湧「よろしくお願いします!」

まこ「よろしくじゃ」


まこ「(さてさて…こん卓で真っ先に警戒せんといけんのは永水女子の十曽だと思っとったが…)」

まこ「(どうやら予想以上だったみたいじゃなぁ…)」

湧「ロン!3900!」

まこ「(早い。それに…小気味良い)」

まこ「(地方予選じゃ火力の代わりに速度を犠牲にしとる印象が強かったが…)」

まこ「(全国に入ってからは、多少火力を下げてでも速度を優先してきちょる…と言う分析は本当みたいじゃな)」

まこ「(決勝戦じゃし色気を出して点数優先にしてくれるかと思おたが…そこまで甘くはないか)」フゥ

まこ「(わしもテンパイしちょって、次くらいで和了れそうだったんじゃがなぁ…)」

まこ「(…ま、初和了りを持って行かれたんは悔しいが、仕方ないと思おて諦めよう)」

まこ「(まだ次鋒戦は始まったばかりで、挽回するチャンスは幾らでもあるんじゃ)」

まこ「(データの蓄積もちゃんと済ませちょるし…ここで焦る理由はない)」

まこ「(何時も通り、のんびりゆっくりやってけば結果はついてくるはずじゃ)」

まこ「(…ま、咲や優希と違って、わしにはそれしかやれる事がないと言うのもあるんじゃが)」


湧「(やった…!一局目で和了れた…!)」

湧「(そいも3900…!そくさこ大きめ…!)」

湧「(まぁ…まちっと待てばもうちっとふてー手変わり出来たんじゃっどん…)」

湧「(…でも、染谷さんがいるのに一巡待っのはわっぜー危ね気がして…)」

湧「(あちきが和了った時、ちっと残念そな顔をしちょったから正解じゃったのかも…?)」

湧「(何はともあれ…あちきが通用せん訳じゃねってのはわかったんだ)」

湧「(こしこつえー人をえてにしても…和了れない訳じゃね!)」

湧「(染谷さんだって無敵じゃねんじゃっで、いっも通いやれば…)」

まこ「ツモじゃ。800・1600」

湧「っ!」

まこ「(さて、とりあえず一矢報いられたか)」

まこ「(じゃけんど…こん程度で満足はしてられんの)」

まこ「(先鋒戦で優希がイマイチ、振るわんかった分は…三年としてわしがフォローしてやらんといけん)」

まこ「(後、一万点くらいは…稼がせて貰わんとな)」ゴッ


湧「(っ…!やっぱい…やりづらい…!)」

湧「(キョンキョンもゆちょったし…データでも出てたけど…)」

湧「(局が進めば進んほど…こっちの手がわるなってく…!)」

湧「(こいが…染谷さあの力…!)」

湧「(経験と知識を糧にドンドン卓上を自分に対して有利なものへと改造しっいっオカルト…!!)」グッ

湧「(配牌にはあんまい影響がないけれど…テンパイするまで能力も使えないあちきにとってこやキツイ…)」

湧「(鳴きを多様しても…染谷さあに追いつけない状況が増えてきちょっ…)」

湧「(こんままじゃ…まずい)」

湧「(皆と決めた作戦では、稼ぎしょっに持ち込んよてぇじゃったけれど…染谷さあからの影響は予想以上…)」

湧「(こんままじゃあちきがそいについていけねごっなって…点棒を毟られる側になっしも…)」

湧「(でも…何とかしようにも…あちきには染谷さあのオカルトは打ちひっちゃぶっ手がない…)」

湧「(知識を経験だけでオカルトの領域にまで達した化け物のよな人を突破するだけの手札があちきにはないんだ)」

湧「(…歯痒い)」

湧「(後一つ…後一つ染谷さんの予想を覆せるだけの何かがあちきにあれば…)」

湧「(多少のあがきにもすぐさま対応するだけの彼女を困惑させられるだけの何かがあれば…)」

湧「(まだ…まだ戦える可能性があっかもしれなかて…!!)」

まこ「ロン。今度は5400じゃ」

「く…」


「(何よ…何なのよ、コレは…)」

「(おかしいでしょ…私は…白糸台のレギュラーなのよ?)」

「(三年間一軍として麻雀以外には何の娯楽もないような青春を送ってきたのよ…?)」

「(なのに…!なのに…なんでこんなに負けてるの…!!)」

「(私がいた環境は日本でも最高のモノだった!!)」

「(努力だって怠った事はない!!)」

「(才能だって人並み以上にはあった!!)」

「(そんな私が…なんで点棒を毟られるだけなのよ…)」

「(おかしい…おかしいわよ…)」

「(今まで必死に頑張って…ようやくレギュラーになれて…)」

「(それで…高校最後の試合が…コレ?)」

「(ふざけんじゃ…ないわよ…!)」

「(それじゃ…私の三年間は何だったの…!?)」

「(レギュラーになれなくても毎日、朝から晩まで麻雀してた私の青春ってなんだったのよ…!!)」

「(許さない…!許せる…はずがない…!)」

「(こんな結果…許さない…!!)」

「(勝つ…!絶対に…私は…勝つ…!!)」


湧「(負けたく…ない)」

湧「(負くるつもいも…ない)」

湧「(じゃっどん…今のあちきがこん人に勝てるビジョンが…まっで見えなくて…)」

湧「(ジリジリと精神を摩耗させられるよな戦いが続いてる…)」

湧「(うぅ…どうすれあ良かのかな…?)」

湧「(どうすれあ…こん状態から抜け出せる…?)」

「…っ!」グッ

湧「(白糸台の人…やる気なんだ…)」

湧「(こしこつえぇ人を前にして闘志を燃やせるのはわぜーと思も)」

湧「(勿論、あちきだって負けているつもいはないけれど…でも、打開策のなさはどうしようもならん…)」

湧「(私…皆の為にも…春さあの為にも勝たなきゃいけなかて…)」

湧「(……春…さあ…?)」ピク

湧「(……そうだ。あちきじゃこんデータの鬼のよな人を攻略すっとは無理かもしれん)」

湧「(でも、皆なら…こげな時はどげんすっ?)」

湧「(えてにペースを掴ませない春さあなら…どうやってこん人の経験を狂わせる…?)」


湧「(…賭けだ)」

湧「(こや…しくじいしたら…春さあ以上に酷い事になる賭け)」

湧「(でも…今のあちきにはもうコレ以外の手はない)」

湧「(コレ以外の手で…清澄としょっ出来っ気がせん…)」

湧「(じゃっで…あちきや…前に出っ…!)」

湧「(…正直、自棄になった可能性は否定出来んけど…)」

湧「(こいがまっごちょっ可能性ってゆぅのはきっと少のぅないんじゃろけれど…)」

湧「(…私だって…白糸台の人とおんなしなんじゃっで)」

湧「(きっと来年は…インターハイになんち来がならん)」

湧「(姫様が卒業したら麻雀部にいる意味もないし…)」

湧「(来られたとしても…そや今の五人じゃね)」

湧「(じゃっで…あちき…くけしたく…ない!)」

湧「(あちきや今の皆で勝ったいから…)」

湧「(こいぎいいっどき頑張ってきた皆と…最高の終いを迎めたいから…!)」

湧「(思いつきでも何でん…試してやる…!)」

湧「(くけせんように…最後まで足掻ききってやるんだ…!)」


まこ「(む…白糸台は攻めて来る気か)」

まこ「(今まで防御重視じゃったが…よほどプライドに触ったようじゃな)」

まこ「(頭に血を上らせて和了ろうとしちょるのが目に見えるようじゃ)」

まこ「(…じゃけんど、それはいかんな)」

まこ「(麻雀とは知識と経験、そして感性がモノを言う遊びじゃ)」

まこ「(そんなに血が上った頭では積み重ねてきた知識と経験を引き出しにくくなるし…)」

まこ「(何より感性が鈍って使い物にならん)」

まこ「(…ま、名門の三年というのも色々と背負っちょるものがあるんじゃろうが…)」

まこ「(わしにはそんなもん関係ない)」

まこ「(そもそもわしだって二連覇に向けて、友人やら常連やらの期待を背負わされちょるんじゃ)」

まこ「(手加減してやれるほどの実力だってわしにはない)」

まこ「(咲くらい化け物になれば話は別かもしれんが…わしは経験と努力だけでここまで来た女じゃしの)」

まこ「(ちぃと悪い気もするが…ここはカモに…)」

湧「…」スッ

「それポン!」

まこ「え?」


まこ「(…何故じゃ?)」

まこ「(永水女子の十曽湧はインターミドルに影も形もなく…)」

まこ「(その打ち筋がまだ未熟なのもあって、つい最近、麻雀を始めたばかりの初心者と言うのはわしも予想しとった)」

まこ「(…じゃけんど、だからと言って、今のを鳴かすのはないじゃろう)」

まこ「(今、捨てたのは赤ドラ…しかも、白糸台にとっては本命中の本命じゃぞ?)」

まこ「(まだテンパイ気配がなかったとはいえ…あまりにも不用意過ぎる)」

まこ「(お陰で白糸台もテンパイしたし…それを捨てなければいけんような好形でも揃えとったんか…?)」

まこ「(…元々、デジタルじゃ測りきれん相手とは言え…どうにも不気味じゃの…)」

まこ「(ま、不気味と言っても、咲ほど得体の知れなさは感じんが…)」

まこ「(一応、念の為に警戒だけはしておいた方が…)」

湧「…」スッ

「それロンよ!3900!」

湧「あい」ニコ

まこ「…え?え?」


まこ「(待て待て待て待て…)」

まこ「(何故、そんな分かりやすい手に振り込むんじゃ?)」

まこ「(さっき鳴きも入れとったし…待ちなんて丸わかりだったじゃろう…!?)」

まこ「(…考えられるのは…そんな博打を狙うに値する大物手だった事くらいか…?)」

まこ「(いや…それだとこうして永水女子が笑顔を見せるんはおかしい)」

まこ「(もし、その手が大物手じゃったとしたら…それを流されたって事じゃろ…)」

まこ「(あんな無茶したくなるほど大きい手だとすればわしとの点差を埋める逆転の一手になったはず)」

まこ「(それを台無しにされるのはどんだけ熟練した雀士でも平静ではいられないはずじゃ)」

まこ「(少なくとも…笑顔を見せる事なんて普通は出来ん)」

まこ「(わしだって同じ立場で笑うなんて不可能じゃ)

まこ「(普通っぽく振る舞うのが精々じゃろう)」

まこ「(…だけどこの子は笑っちょる)」

まこ「(白糸台に振り込んでおいて、それが嬉しいみたいに)」

まこ「(わしとの点差を詰める為には…先鋒戦の損害を取り戻すには、自分で和了っていくしかないはずなのに…)」

まこ「(一体、今の和了りに何の意味があるんじゃ?)」


「永水女子所属の十曽選手が白糸台へと振り込み、清澄との点差がさらに開いていきます」

秋一郎「…中々の勝負師だな、あの嬢ちゃん」

「今、和了った白糸台の方ですか?」

秋一郎「違う。それをテンパイさせて、わざと振り込んだ十曽湧の方だよ」

「え?わざと振り込んだ…ですか?」

秋一郎「あぁ。流石に十曽湧がどれだけ初心者でもあんだけ分かりやすい手に振り込んだりはしない」

秋一郎「ありゃ、どう考えて十曽湧が狙って振り込んだんだよ」

「でも、そんな事をする必要があるのですか?」

「そもそも…十曽選手がこの卓で役割と果たす事が出来るとすれば、それは点取合戦に持ち込む事だったのでは…」

秋一郎「それが無理だとあの嬢ちゃんは悟ったんだよ」

秋一郎「このままじゃ自分は点を取るどころか取られる側に回ってしまう」

秋一郎「だから、そうなる前に、一気に勝負に出たって訳だ」

秋一郎「だけど…それは普通の勝負じゃない」

秋一郎「ほんの僅かでも足を踏み外したら即座に奈落へ転落するギリギリの大勝負だ」

秋一郎「普通の神経をしてる奴ならまず出来ない」

秋一郎「あの嬢ちゃん、麻雀はようやく脱初心者したばっかのひよこだが…勝負師としちゃ中々みたいだな」


「大沼プロがそれほど評価するだけの意味がさっきの振り込みにはあったと言う事ですか?」

秋一郎「いや、ないな」キッパリ

「えぇ!?」

秋一郎「アレ一回じゃまったく何の意味もない」

秋一郎「ただの自爆も良いところだ」

秋一郎「だから…アレは続くぜ」

秋一郎「俺の思い通りなら、これから十曽湧は清澄以外に振り込み続けるだろう」

秋一郎「そうしてようやく意味が出てくるかもしれないようなギリギリの勝負だ」

「…それって賭けとさえ言えるようなものなのでしょうか?」

秋一郎「言えないな」

秋一郎「さっき普通の神経をしてる奴なら出来ないって言ったが…そもそもしようとしないんだよ」

秋一郎「リスクと得られるであろうリターンの割合があまりにも歪過ぎる」

秋一郎「そもそもリターンをマトモに回収出来るかさえ分からないくらいだ」

秋一郎「追い詰められたギャンブル狂いが借金握りしめて万馬券を買い漁るようなもんだろうぜ」

「では、永水女子はこのまま崩れていく事に…」

秋一郎「いいや、そうとも限らないぜ」

「え?」

秋一郎「ここはインターハイ…それも決勝だ」

秋一郎「普通じゃありえないはずの奇跡が一つや二つ起こっても不思議じゃない」

秋一郎「いいや、今、あそこにいる十曽湧はそれを起こす為に精一杯足掻いてる真っ最中なんだ」

秋一郎「…俺はそれほど信心深い方じゃないし、その存在を信じてる訳じゃないが…」

秋一郎「神さんって奴はそういう奴を案外、見捨てられない奴らしいぜ?」ニヤ


まこ「(なんでじゃ…)」

まこ「(なんでさっきからわし以外の他家へ振り込んじょる…)」

まこ「(そんな事せんでも…おんしの実力なら点を取れるじゃろ)」

まこ「(わしとの勝負から逃げるにせよ…自分で振り込んでたら出費の方が多くなる)」

まこ「(そもそも…打ち方そのものがまったく完成されとらん)」

まこ「(まるで子どもが急に思いついた事をそんまま実行しちょるような計画性のなさを感じる)」

まこ「(実際、先鋒の滝見さんなら脅威じゃが…今の永水女子はなんら脅威を感じない)」

まこ「(寧ろ、唯一、わしとの勝負に出られる雀士が勝手に勝負から降りてくれて楽なくらいじゃ)」

まこ「(わしとの勝負で稼いだ点棒もじゃんじゃん溶かしてくれちょるし、下手すりゃまたサンコロにまでいけそうなくらいに)」

まこ「(……だけど…それでも…彼女はまだ笑っちょる)」

まこ「(本来なら先鋒を大幅なマイナスで終えた永水女子としては、稼いだ分の点棒を極力、無駄にしたくないはずなのに)」

まこ「(まるでそれが狙い通りなのだと言うように…自信満々な顔を崩しとらん…)」

まこ「(分からん…)」

まこ「(彼女が何をしたいのか…まったく分からん…)」

まこ「(普通、こんな打ち方をするんは…大抵、自棄を起こしたタイプじゃ)」

まこ「(わしの経験でも…勝負を諦めて、一番、格好悪い投げ方をする雀士しかこんな打ち方はせん)」

まこ「(…けれど、ここはインターハイの決勝戦…)」

まこ「(四校の実力差は圧倒的なものではないし、次には絶対的なエースである神代さんがおる…)」

まこ「(まだ勝負を投げるには早いし…何より、その笑みは諦めた奴のそれじゃない…)」

まこ「(ならば…何か狙いがあるはずなのに…それがどうしても見えて来ん)」

まこ「(わしの経験でも…知識でも…今の彼女を測る事がまるで出来なくて…)」

まこ「(…さっきまでちゃんと見えちょったはずの卓上も…今は上手く見えなくなってきちょる…)」フゥ

まこ「(まるで永水女子に釣られて、こっちまで迷走しとる気分じゃ…)」


まこ「(…じゃけんど…勝っちょるのはこっちじゃ)」

まこ「(白糸台が勝負を仕掛けてくれているお陰で直撃も狙いやすく…今の清澄は総合成績一位…)」

まこ「(こんままいけば中堅のあの子にも良い状況でバトンを渡してやれる…)」

まこ「(それを思えば…ここで迷ってはいられん…!)」

まこ「(経験と知識が多少、使えんようになっても今まで積み重ねてきたもんがなくなった訳じゃない…!)」

まこ「(次鋒戦の最後の親番もしっかり稼いで…リードしたまま終わる…!)」

まこ「(高校最後の公式戦を胸を晴れるような結果で……)」

湧「…」スッ     ニヤ

まこ「え?」

湧「ツモ。4000・8000」

湧「倍満……です」ニコ


「ここで永水女子の十曽湧選手が倍満をツモ和了」

「一気に点数を稼ぎ、順位を二位へと繰り上がらせました」

秋一郎「まさか本気で賭けに勝つとはなぁ…」

秋一郎「いやはや…見事だったぜ」

「と言う事はコレは大沼プロも予想していた結果という事でしょうか?」

秋一郎「そうだな。十曽湧の執念が実るならば、こういう形だとは思ってたよ」

秋一郎「そもそも前提として、染谷まこはインターハイ屈指の手強さを持つ雀士だからな」

秋一郎「昨年、様々な打ち手を出会い、経験を積んだ染谷まこを崩すのは普通じゃ出来ない」

秋一郎「だけど…逆に言えば、普通じゃない打ち方ならまだ可能性はあるって事だ」

「…まさか、その為だけに十曽選手はこれまで他家へと振り込んでいたのですか?」

秋一郎「あぁ。そうだ」

「……信じられません」

「これはインターハイ決勝ですよ。あまりにもリスクが高すぎます」

秋一郎「だから、言っただろ。そう判断するのが普通だって」

秋一郎「だからこそ、あの奇襲のような大勝負は決まったんだよ」


秋一郎「さっきも言ったが染谷まこは強い」

秋一郎「だけど、それは自身の中に蓄積された経験と知識を人並み以上に引き出し、利用しているが故の強さだ」

秋一郎「それが出来なくなった時、染谷まこはそこらに転がってる凡百の雀士に多少色をつけた程度にまで堕ちる」

秋一郎「だからこそ、今の自分じゃ勝てないと踏んだ十曽湧はそれを崩しに掛かった」

秋一郎「染谷まこの持つ経験と知識では測れない自分と言うものを演出した訳だ」

「…それがあの連続振り込みという事ですか?」

秋一郎「あぁ。常識的に考えれば、あんな事は普通しない」

秋一郎「多くの人も理解しているように、ここはインターハイ決勝だ」

秋一郎「今もテレビの前で多くの視聴者がその打ち筋を見ているし、結果は牌譜として一生残る」

秋一郎「ましてや、今の永水女子は崖っぷちでほんの僅かな点棒でも喉から手が出る欲しい状態だ」

秋一郎「是が非でも十曽湧は全力で戦おうとするはず」

秋一郎「その常識に十曽湧は真正面から喧嘩を売った」

秋一郎「多くの人が持っているであろうと思い込んでいるそれを勝負に利用したんだ」

秋一郎「結果、十曽湧の目的を測れなくなった染谷まこはその実力を発揮出来なくなり…」

秋一郎「その瞬間を見計らった十曽湧の方は、一気に勝負に出た訳だ」

秋一郎「まぁ、まさしく一世一代と言っても良いだけの大勝負の仕上げだし…」

秋一郎「これまでと同じだとそう錯覚させる為にもテンパイまでダマで仕上げる必要がある訳だからな」

秋一郎「恐らく、かなり良い手が来るまで奇襲は仕掛けないつもりだったんだろうが…」

秋一郎「それが清澄の親番で来たのは…手札が少ない中、必死で勝とうと頑張った一年へのご褒美って奴なのかもしれねぇな」


秋一郎「ま、染谷まこにとって不幸だったのは、自分を過小評価し過ぎてたってところだな」

秋一郎「周りに分かりやすく凄さが伝わる宮永咲や片岡優希がいる所為なのかもしれないが…」

秋一郎「まさかここまで捨て身となって、自分にメタを張ろうとする奴がいると想像してなかっただろう」

秋一郎「お陰で十曽湧に見事にしてやられて倍満を親被りさせられた訳だな」

「では、これからは永水女子のターンだと言う事ですか?」

秋一郎「いや、それはない」

「え?」

秋一郎「さっきも言ったが、染谷まこは経験をそのまま力に出来るタイプだ」

秋一郎「一度やった奇襲は二度と効かないし、その経験量の豊富さから立ち直りも早い」

秋一郎「勿論、すぐさま今まで通り…と言う訳にはいかないだろうが、ここから十曽湧の無双が始まるなんて事はねぇよ」

秋一郎「現実は漫画やアニメじゃねぇんだ」

秋一郎「一回、奇抜な倍満が決まったくらいで大勢をひっくり返す事なんて出来ねぇよ」



まこ「(やられた…!完全に…してやられた…!!)」

まこ「(さっきまでの振り込みも全部…この為だったか…!)」

まこ「(わしに卓上を見させなくする…その為だけに血を流し肉を差し出しちょったのか…!!)」

まこ「(はぁ…正直…完敗じゃ)」

まこ「(きっと所詮は一年と何処かで侮っちょったんじゃろうな)」

まこ「(そこまでリスクを背負うほどの気概があるなんて想像もしちょらんかったわ)」

まこ「(…しかし、決勝に勝ち上がる学校でスコアラーを務めるほどの雀士がここまでメタを張ろうしてくれるなんての)」

まこ「(してやられたという悔しさはあるが…何処か照れくさいやら嬉しいやら…何とも微妙な気分じゃ)」

まこ「(まぁ、敢えて言うならば…やはり敵ながら天晴)」

まこ「(こうまで見事にわしを封じ込め、倍満を上がっていった相手に向けるにはやはりこれが一番じゃろう)」

まこ「(…じゃが…それだけじゃ)」ググ

まこ「(わしにも意地があるけぇの…一年にしてやられっぱなしじゃ終われん)」

まこ「(わしの親番は終わったが…まだ終局までにはもう少しだけある…!)」

まこ「(その間にさっきの損失だけでも取替えさせて貰うぞ…!)」

まこ「(それくらい出来なきゃ清澄唯一の三年なんて言えんからな…!!)」



湧「(怖かったああああ!ホント怖かったああああああああ!!)」

湧「(倍満あがる瞬間まで心臓ドキドキしっぱなしじゃったもん!)」

湧「(周りの音なんちあらかした聞こえっなくて…和了れた瞬間、顔が緩んじゃったくらいだし!)」

湧「(あちき、きっとわぜー悪役顔しちょったんじゃろなぁ…うぅぅ…後で見返すのげんね…)」

湧「(でも…そんお陰で何とか清澄との獲得点数はほぼイーブンにまでもっていけた…!)」

湧「(先鋒戦の分の損失がまだ残っちょっから逆転はむっかしけど…そいでもしごっはしたとゆがなっレベルにまでは回復したと思も)」

湧「(思いついた時は正直、無謀だと思たし…つとでやらなければよかったとまったく思わんかった訳じゃねけれど…)」

湧「(心のままにってゆぅ霞さあの言葉を信じて良かった…)」」

湧「(ううん…霞さあだけじゃねよね)」

湧「(皆なら…きっとあちきがダメでも慰めてくるっ…)」

湧「(春さあの事を心から心配しちょっ皆なら…きっとダメでも怒ったりせんって信じられたから…)」

湧「(じゃっで…あちきやこうして不敵に笑ってしょっが出来たんだ)」

湧「(控室に帰ったや…ちゃんとそよ報告せんと)」

湧「(…ま、そん前に…)」

まこ「…」ゴゴゴ

湧「(…さっき以上にやる気になっちょっこん人をどげんか止めなきゃいかんんじゃっどん…さ)」


「次鋒戦終了です」

「最後は清澄の染谷まこ選手が2600をツモ和了、獲得点数22600と収支一位で次鋒戦を終えました」

「二位は永水女子で獲得点数18200、倍満以降振るいませんでしたが、それでも大きく稼いでいます」

「三位は白糸台ですがこちらは約15000点の赤字で、総合順位トップを清澄に明け渡す事になりました」

「四位は阿知賀でこちらも約24000点の大赤字、点数を原点以下にまで落としています」

「総合順位では、三位であった清澄が大きく浮上」

「一位清澄、二位白糸台、三位阿知賀、四位永水女子となりました

「さて、この結果は大沼プロとしてはどうなのでしょう?」

秋一郎「まぁ、基本的に予想通りの結果で纏まってたな」

秋一郎「ただ、永水女子の頑張りは予想以上のものだった」

秋一郎「正直、開始前は収支が若干、プラスになる程度で染谷まこの一人勝ちだと思ってたんだが…」

秋一郎「あの倍満は見事、俺の予想をひっくり返してくれたよ」

秋一郎「次の神代小蒔で原点以上に戻せる可能性が見えてきた永水女子としては、この活躍は値千金と言っても良いもんだろうぜ」

「なるほど。大沼プロも文句のつけられない活躍だったという事ですね」

秋一郎「…いいや、文句は山ほどあるぞ」

「え?」


秋一郎「そもそもだな。十曽湧がやったのは博打も博打、大博打だ」

秋一郎「普通、あんなやり方に引っかかったりはしない」

秋一郎「今回、それが上手くいったのはあくまでも決勝戦というシチュエーションと相手の性格」

秋一郎「そして天運の全てが上手く噛み合っただけに過ぎない」

秋一郎「もし、全てをリセットしてもう一度同じ状況で戦ったとしても、九割は失敗するだろうな」

秋一郎「それを選んだ勇気は褒めてやるし、最後まで自信を揺るがせなかった度胸は褒めてやるが…それだけだ」

秋一郎「プロとしてはこんな幸運が二度と来ると思うんじゃねぞと口を酸っぱくして言ってやらなきゃいけないな」

「さっきはあんなに褒めてたのに随分と辛辣ですね」

秋一郎「アレは一人の勝負師とか男としてのコメントだよ」

秋一郎「プロとしては締めるべきところはしっかり締めておかないとな」

秋一郎「ここで下手に持ち上げて、麻雀打ちから博打打ちになられるのも勿体無い話だし」

秋一郎「そういうのを未然に防ぐのもプロとしての仕事の一部だ」

秋一郎「……まぁ、そういうのを抜きにして素直に感想だけを口にするなら…経験も実力もないない尽くしの一年生にしちゃ頑張った方だと思うぜ」

秋一郎「この経験に変に惑わされたりせず、来年もインハイに出て欲しいな」

「では、染谷選手の方はどうでしょう?」

秋一郎「染谷まこに関しては ――」


霞「…だって」クス

湧「えへへ♪」テレテレ

巴「良かったわね、湧ちゃん」ニコ

京子「あの大沼プロからデレを引き出すなんて中々、出来る事じゃないものね」

小蒔「私はもっと誉めてもらっても良いと思うんですけど…」

明星「…そういう訳にはいかないですよ」

明星「大沼プロも言っている通り、さっきのは麻雀ではなく、博打の要素が強すぎます」

明星「それを理解している大沼プロとしては方法的に褒め過ぎる訳にはいかないのでしょう」

明星「寧ろ、制約の多い中、湧ちゃんの事を良く評価してくれていると思いますよ」

京子「まぁ、大沼プロよりも私達の方がずっとずっとわっきゅんの頑張りを評価しているけれどね」

湧「キョンキョン…」

京子「お疲れ様。本当に…頑張ってくれたわね」

京子「ありがとう、わっきゅん」ナデナデ

湧「…ううん。お礼をゆぅのはあちきの方だよ」

湧「あちきの仲間が皆じゃねら、あげな事は出来んかった」

湧「失敗しても精いっぺーやったからしかなかってゆぅてくれる皆じゃねら…怖くていごけなかった」

湧「じゃっで…アレはあちきじゃねじ皆の力!」

湧「あの倍満は皆で掴んだものなんだよ!」ニパー


京子「でも、一番、頑張ったのは湧ちゃんだもの」

京子「これは後でご褒美をあげるとか…どうですか?」チラッ

霞「…そうね。もう今日が団体戦最後な訳だし…」

霞「頑張った皆にご褒美くらいあっても良いかもしれないわ」クス

湧「あ…じゃあ…リクエスト良かじゃっどな?」

霞「えぇ。何でも良いわよ」

湧「あの…春さあの事怒らんであげてたもし」

霞「え?」

湧「あちき、原点まで戻せなかったけど…」

湧「そいでも…そん…い、いっぺこっぺ…春さあの分は取り戻しっきたから…」

湧「じゃっで…春さあの事、怒ったりせんであげてたもし」

湧「お願い…しもす」ペコ

京子「…湧ちゃん」


巴「…これは致し方ありませんね」

霞「ふふ…そうね。帰ってきたらお説教の一つでもしようと思ってたけど…」

霞「ご褒美まで使われたら春ちゃんの事怒ったり出来ないわね」クス

小蒔「湧ちゃんは優しいですね」ニコニコ

明星「…まったくもう…湧ちゃんったら」

明星「そもそも霞お姉さま達が必要以上に怒るはずないでしょ?」

湧「そ、そや分かってたけど…でも…」

湧「あちきがむいやりでも染谷さんを突破する手を思いついたのは春さあのお陰だし…」

湧「そいにさっきの春さあ、ほんのこて辛そうで苦しそうじゃったから…」

京子「……」

湧「あ…キョンキョン、こらいやったもし…」

京子「良いのよ、謝らなくても」

京子「私は大丈夫だし…それにわっきゅんの優しさもちゃんと分かっているから」

京子「…春ちゃんが帰ってきたら皆で笑って出迎えてあげましょう」ナデナデ

湧「ん…♪」ニコ


京子「まぁ、それはそれとして…優しいわっきゅんにはまた別にご褒美が必要ね」クス

湧「え?」

明星「…皆、最初からそのつもりだったから別のご褒美をあげるって言ってくれているのよ」

湧「…良か…の?」

霞「ちょっと甘いけれど…湧ちゃんのお願いには感動しちゃったし…」

霞「まぁ、無理のない範囲でなければ良いんじゃないかしら」

巴「…と言うより私達がいじらしいお願いをした湧ちゃんに何かしてあげたいのよ」クス

小蒔「何でも言ってくれて良いんですよ!」

小蒔「全力以上でお応えします!!」ググッ

湧「え、えっと…じゃあ…」モジ

湧「あちき…皆にナデナデして欲し」カァァ

小蒔「湧ちゃん可愛いです!可愛すぎです!」ナデナデナデナデ

湧「わきゃ!?」ビックリ

巴「あぁ、ほら…そんなにメチャクチャにしたら髪型が崩れちゃうわよ」ナオシナデ

霞「ふふ、まぁ…気持ちは分かるけどね」クスナデ

明星「…本当にお疲れ様。私も湧ちゃんに負けないよう頑張るね」ナデリナデリ

京子「…ま、春ちゃんと初美さんはまだいないから後でして貰うとして」

京子「私もさっきの活躍にあやかれるよう念入りに撫でさせてもらおうかしら」ナデナデ

湧「えへへ♪じゃあ…キョンキョンにあちきのパワーをいっぺ、あぐっ!」ニコ

湧「キョンキョン、きばれー!ふれーふれー!!」フレーフレー


明星「…湧ちゃん、京子さんの事を応援するのも良いけど、次は姫様だから…」

湧「あっ、こらいやったもし…」

小蒔「いえ、大丈夫ですよ」

小蒔「私も応援する湧ちゃんにこっそりパワーを貰っちゃいましたから!」グッ

小蒔「これで百人力ですね!」ニコー

霞「ふふ、じゃあ、私の分のパワーも持って行ってね」ウシロダキッ

小蒔「はわっ」

巴「じゃあ、私の分もお願いしますね」ナデナデ

明星「姫様なら大丈夫だと思いますが…頑張ってくださいね」ギュゥ

湧「あちきの残っちょっパワーをすっぺ、姫様にあげます!」ダキッ

京子「じゃあ、私も小蒔ちゃんにパワーをあげないと」

京子「でも、何処からパワーをあげれば良いかしら…?」

京子「もう殆ど埋まっちゃって、小蒔ちゃんモミクチャ状態だし…」

小蒔「あ、でも、前がまだ開いてますよ、ほら」バッ

京太郎「可愛い(可愛い)」

小蒔「え?」

京子「いえ、なんでもないわ」


京子「でも…私まで抱きついちゃったら色々と恥ずかしい事になっちゃうし…」

小蒔「恥ずかしい事?」

霞「ふふ。じゃあ、私達は離れましょうか?」

小蒔「それは…ちょっと寂しいですね」シュン

小蒔「皆に囲まれてパワーを貰えるのを楽しみにしてたんですが…」

霞「早く来なさい、京子ちゃん」キリッ

京子「アッハイ」

京子「…でも良いんですか。本当に」

巴「ま、まぁ…ちょっと恥ずかしいけど、京子ちゃんは家族だし…」

明星「そ、それに…私達が直接、京子ちゃんと抱き合ってるわけじゃありませんから」

湧「皆で姫様をハグってするときっと心の中までぬきくなるよ」ニコ

京子「えっと…じゃあ、失礼して…」ダキッ

巴「ぅ…」ドキ

明星「きゅぅ♪」ドキドキーン


小蒔「はわぁ…♪何だかとっても幸せな感じです…♥」

京子「暑さとかは大丈夫?」

小蒔「ちょっと蒸し蒸しするけれど…嫌な感じは全然、しないですよ」ニコ

小蒔「寧ろ、皆が一杯で…凄くポカポカしてます…♪」

小蒔「嬉しい感じのポカポカですよ…♥」ギュゥ

京子「そう。それなら良いんだけど…」

巴「そ、そうね。良かったわ…」メソラシ

明星「ひ、姫様が喜んでくれて何よりです…」マッカ

霞「ふふ…二人とも結構、初心なのね」クス

湧「え、明星ちゃ、むぜー顔してます?」

霞「えぇ。バッチリ女の子の顔になってるわ」クス

明星「か、霞お姉さま…」カァァ

湧「良かなぁ…私、こっかあだと明星ちゃの顔が見えんし…」

湧「代わいに姫様がわぜー嬉しそな顔をしちょっのが見ゆっけれど…」

小蒔「えへへ…バレちゃいました…♪」ニコニコ


小蒔「皆にギュってされるの幸せ過ぎてつい顔が緩んでしまって…♪」フニャァ

湧「姫様、まっでおっかはんに抱っこされちょっ子猫ちゃんみたいな顔をしてます」ニコー

明星「……」ドキドキ  チラッ

京子「ん?」キョトン

霞「ふふ。明星ちゃん、羨ましい?」クス

明星「い、いえ…別に羨ましい訳では…」プイッ

湧「明星ちゃも頑張ってご褒美にキョンキョンにハグして貰えば良かんだよ」グッ

明星「そ、そんなの要らないわよ」

霞「そう。要らないのね」クス

明星「あ、い、いや…その…ご褒美を準備してくれるって言う霞お姉さま達の好意を無碍にするのも失礼な話ですし…」

明星「私が欲しい訳ではないですけれど…でも、こういう分かりやすい形のご褒美の方が皆も納得しやすいですから」

明星「な、なので…京子さんが良いのであれば…私も…その…」モジモジ

京子「つまりして欲しいの?」

明星「~~~~っ!!そ、そんな訳あるはずないじゃないですか!」

明星「京子さんの馬鹿!馬鹿ぁ!!」プンスコ


霞「ふふ。まぁ…素直じゃない明星ちゃんはとりあえず置いておいて…」ナデナデ

小蒔「んっ♪」ニコー

霞「対局室には一緒に行ってあげられないけれど…でも、小蒔ちゃんは一人じゃないわ」

巴「何時でもここから私達が応援していますから」

湧「姫様ならきっとだいじょっだよ!」

明星「…後は私が必ず最高の形で引き継ぎますから」

京子「最後には私もいるんだし…安心して行ってきてね」

小蒔「…はいっ!」ニコー

小蒔「私は皆からパワーを貰いました今、百人力…千人力…いいえ、無敵です」

小蒔「全力以上だって簡単に出せちゃえそうです」

小蒔「今ならきっとどんな人にだって負けません

小蒔「貰った分のパワーを最高の形でお返し出来るよう…私、頑張って来ます!」ググッ

京子「えぇ。期待してるわね」ニコ


「さて、そろそろ折り返しとなる中堅戦が始まりますが…」

「大沼プロはこの戦いの趨勢をどう見られますか?」

秋一郎「そうだな…基本的には神代小蒔の活躍が目立つだろうな」

秋一郎「あの嬢ちゃんは今年のインハイでも屈指の名選手だし、何よりコンディションによってその成果が大きく変わる」

秋一郎「そして今日は決勝戦…そのコンディションは当然、今大会通して最高のものになっているだろう」

秋一郎「間違いなくドデカイ手を何度も決めてくるはずだ」

「では、大沼プロはこれまで通り、神代選手の一人勝ちになると?」

秋一郎「…いや、恐らくそうはならないだろうな」

秋一郎「今まではそれを止められる奴がいなかったが…決勝卓には新子憧がいる」

秋一郎「速度で言えば今年の選手の中でもピカ一なあの嬢ちゃんが、神代小蒔のワンサイドゲームを必死で止めようとするはずだ」

秋一郎「…何より、防御型の癖して洒落にならん火力を誇る渋谷尭深もいるんだ」

秋一郎「今までのように神代小蒔の蹂躙劇って事にはならないだろう」

秋一郎「ただ…」

「ただ?」


秋一郎「正直なところ、俺も神代小蒔の底は分からん」

秋一郎「長年生きてきてあそこまで実力の振れ幅が大きい奴ってのは初めて見た」

秋一郎「最も脂の乗った三年生で最も最高のコンディションに到達しているであろう決勝戦」

秋一郎「そこでどれだけのもんを見せてくれるのか、俺にだって予想出来ない」

秋一郎「プロとして情けないって言われても仕方ないが…」

「いえ、そもそも出場する雀士の実力を完全に見抜いている方がおかしいですから」

「大体、大沼プロの予想的中率ってかなりのものですよ」

「視聴者からは公式ネタバレと言われてるくらいです」

秋一郎「公式ネタバレって…褒められてるのか悪口なのか良く分かんねぇな」

秋一郎「まぁ…なんか悪い事した気分になるのは確かだが…」

「良いんですよ、大沼プロは仕事をしているだけなんですから」

「それだけ実力のあるプロって事ですから安心して胸を張って下さい」

秋一郎「…おう。ありがとうな」

秋一郎「しっかし…まさか嬢ちゃんに励まされるとはなぁ」

秋一郎「一年目の時はあんだけ頼りなかったってのに…これも年寄りの愚痴みたいなもんかねぇ」

「新人の時の事は持ち出さないでくださいよ…!」

「い、いえ…今も若いですけど…まだまだ全然、伸び盛りですけど…!」

秋一郎「はは。じゃあ、これからもドンドン伸びて俺が仕事しないで済むようにしてくれや」

「…むぅ。素直に褒めてくれたら良いのに…」

「…っと失礼しました。どうやら対局室に四校全員が集まったようです」

「中堅戦開始までもうしばしお待ちください」


小蒔「(…ここに来るのも久しぶりですね)」

小蒔「(去年は…この決勝専用の対局室まで来れませんでしたから)」

小蒔「(…出来れば、去年も霞ちゃん達と一緒に来たかった…なんて言うのはやはり我儘ですね)」

小蒔「(私も霞ちゃん達も…全力を尽くして尚、負けてしまったのですから)」

小蒔「(それに…今年も霞ちゃん達は…ここにいます)」スッ

小蒔「(選手としては来れなかったですけれど…私、今も私の中で沢山の力をくれているんですから)」

小蒔「(だから…私は決して負けません)」

小蒔「(私が背負っているのは…私一人だけの…チームだけの勝ち負けではなくって…)」

小蒔「(去年、涙を呑んだ私の大事な人達のリベンジでもあるので)」ガッ

小蒔「すにゃっ!」ベチャ

小蒔「…い、いひゃい」ヒリヒリ

憧「…うわ、大丈夫ですか?」

尭深「…大分、強く打ったみたいですけど…」

小蒔「はい…らいじょうぶです」グス


憧「ほら、立てます?」スッ

小蒔「えぇ。ありがとうございます」スクッ

小蒔「そ、その…お恥ずかしいところをお見せしました」

憧「あはは。気にしなくても良いですよ」

憧「私も緊張してそこの段差躓きそうになりましたし」

尭深「…実は私も」

小蒔「いえ、実はそれほど緊張している訳じゃなくて…」

憧「…って事は素?」

小蒔「あぅ」カァァ

尭深「…………ドジっ子さん?」

小蒔「そ、そこまで頻繁にドジをしたりしませんよ」

憧「じゃあ、何もないところで転びそうになった事とか…?」

小蒔「え…?3日に一回くらいありますけれど…」キョトン

尭深「…やっぱりドジっ子さん」クス

小蒔「はぅ」カァァ


憧「ふふ。何だか愉快な人ですね」

憧「知ってると思いますが、あたしは阿知賀の新子憧です」

憧「今回は胸を借りるつもりで頑張らせてもらいます」

尭深「…白糸台の渋谷尭深です」

尭深「お近づきの印にお茶どうぞ」スッ

小蒔「あ、ありがとうございます」ゴクッ

小蒔「…はぁ…良い塩梅ですね」ニコ

尭深「気に入ってもらえたようで嬉しいです」ニコ

尭深「ついでにお茶菓子もどうぞ」スス

小蒔「わぁ…良いんですか?」

尭深「はい。さっき誠子ちゃんが阿知賀にはお世話になったみたいなので」

尭深「今回はこっちがお返しする番かなと思って大目に持ってきましたから」ニコ

憧「と言っても、お世話したのあたしじゃなくて玄さんの方なんですけどね」

憧「でも、ありがたく頂いておきます」

小蒔「同じく頂きます!」

小蒔「あ、これお返しに春ちゃんオススメの黒糖どうぞ」

尭深「ありがとうございます。…実はこれも美味しそうだったので食べてみたくて」

憧「あ、私も良いですか?」

小蒔「どうぞどうぞ」ニコー


憧「…にしても」チラッ

小蒔「はい?」キョトン

憧「本当に巫女服姿なんですね」

小蒔「はい。神社の娘ですから!」

小蒔「でも、新子さんも確かそうじゃないんですか?」

憧「あ、もしかしてリサーチされてます?」

小蒔「えへへ、実はちょっぴりしちゃってます」

小蒔「まぁ、雑誌とかを見るくらいなんですけれどね」

憧「あー…そう言えば去年、インハイ準優勝だーって時に取材受けてたっけ」

小蒔「特集の新子さん、可愛かったですよ」ニコ

憧「や、辞めてくださいよ。神代さんみたいな子に言われるとすっごい恥ずかしい…」

小蒔「え、どうしてですか?」

憧「ど、どうしてって…まぁ…なんて言うか…」

小蒔「もしかして…不愉快にさせてしまったとか…」アワワ

憧「あ、い、いや、そんな事ないです。大丈夫ですから」

憧「ただ…その、神代さん、まるでお姫様みたいに可愛いですし…」カァ

小蒔「私は新子さんの方が可愛いと思うんですけれど…」ウーン



尭深「ずず……ふぅ…」

尭深「…どっちも可愛いで結論付ければ良いのでは?」

小蒔「なるほど…!喧嘩両成敗って事ですね!」

尭深「それだと喧嘩してた事になるから不適切だと思います」

小蒔「はわ…た、確かに…!」

小蒔「これはいけません…!えと…他の表現は何か…」ワタワタ

憧「ふふ、別にそのくらいで不快になったりしないから大丈夫ですよ」

憧「神代さんがあたしの事褒めてくれようとした事くらいは分かっていますしね」

憧「ただ…」

小蒔「ただ…?」キョトン

憧「…何故か、あたし、神代さんには負けたくないっていうか…負けられないって言うか」

尭深「決勝戦だし…それが普通じゃ?」

憧「そうなんですけど…なんかそういうんじゃなくて…」

憧「また負けヒロインなのとかスタイル的にも性格相性的にも勝ち目がなかったとかなんで最後に全部大星さんが持っていくのよとか…」

憧「そんな言葉が頭の中から聞こえてきて…」

小蒔「ヒロイン?スタイル??大星さん???」クビカシゲ

憧「あ、い、いや…その…あんまり気にしないでください」

憧「正直、あたしも良く分かってないですし」

憧「ともかく…格上なのは分かっていますが、こっちも去年、準優勝だった意地がありますから!」

憧「そう簡単に負けてはあげられません!と生意気な事が言える内に宣戦布告しておきます」


尭深「…それはこちらも同じです」

尭深「去年は色々あって足を引っ張り、白糸台の連覇をストップさせてしまいましたが…」

尭深「今年は今まで以上に鍛え直し…そしてここにいますから」

尭深「阿知賀にも…そして清澄にも決して好きにはさせません」

尭深「勝つのは…白糸台です」

憧「…へぇ。意外ですね」

尭深「…そうですか?」

憧「はい。渋谷さんって結構、飄々としているタイプというかマイペースだと思ってたので」

尭深「…確かにそう言われる事はままありますね」

尭深「何故か良く理解出来ませんけれど…」ズズ

憧「(そうやって何時でも美味しそうにお茶呑んでるからじゃないかなぁ…)」

尭深「…あ、茶柱…」

小蒔「え、ホントですか!?」

尭深「はい。…これは私に運が向いている証拠ですね」ニコ

小蒔「むむむ…」


小蒔「ですが、運ならば私も負けませんよ!」

小蒔「何故なら私は霞ちゃん達から一杯パワーを分けてもらってきてますから!」

憧「…パワー?」

小蒔「はい!巫女さんパワーです!」グッ

尭深「…その巫女さんパワーは一体、何に使えるのですか?」

憧「あ、それ、聞いちゃうんですか…」

小蒔「私の事、暖かくしてくれます!!」

憧「…それだけですか?」

小蒔「いいえ、それだけじゃありません!」

小蒔「なんと!霞ちゃん達から離れた今もポカポカです!!」ドヤァ

憧「…どうしよう、渋谷さん」

憧「神代さん、メチャクチャ可愛いんだけど」

尭深「…愛でれば良いのではないですか?」

憧「よし。じゃあ、撫でる!撫でさせてください!!」

小蒔「え、あ、はい。どうぞ」スッ

憧「神代さん、可愛い。超可愛い」ナデナデ

小蒔「えへへ♪」テレテレ


「お、遅れてすみませんでした!」

尭深「…っと清澄の人が来た」

憧「…って事はそろそろ中堅戦も開始ですね」スッ

小蒔「…はい」

尭深「中々、楽しい時間だったけど…手加減はしない」

憧「それはこっちのセリフってか…手加減出来るような相手じゃないですしね」

小蒔「私も仲良くして貰った分、敬意を持ってお相手します」グッ

ブー

尭深「では、改めて…よろしくお願いします」

憧「よろしくお願いします」

小蒔「よろしくお願いします」

「よ、よよよ…よろしくです!」ガチガチ


憧「(さて…今回で警戒するべきはまず最初に神代さんよね)」

憧「(大分、ムラがあるみたいだけれど…彼女の火力は脅威)」

憧「(…ついでにその胸も驚異的なんだけど)」チラッ

小蒔「?」タユン

憧「(あー…もう…同じ神社の娘なのに、なんでここまで成長が桁外れなのよ…)」

憧「(流石にちょっと理不尽さを感じる…って、そうじゃなくって!)」

憧「(地方予選からここまで彼女の牌譜を見てきたけど…圧倒的)」

憧「(まるで一時だけブーストが掛かったみたいに凄い手が転がり込んできてる)」

憧「(そしてそれを大抵、数巡で和了るから手がつけられない)」

憧「(圧倒的火力であっという間に点数を稼いで、そのまま逃げ切りが彼女の必勝パターン)」

憧「(それが玄さんや宥姉みたいな能力を充てにしたものなのかはわからないし…)」

憧「(例え、そうだとしても私にはしずみたいにそれをどうにか出来るような力はない)」

憧「(…結局のところ、どれだけ負けられないなんて言っても、何時も通りの速度勝負しかないのよね)」

憧「(まぁ…それは得意分野ではあるんだけれどさ)」


憧「(でも、そっこーで稼いでリードを作るにしても…渋谷さんがいる…)」チラッ

尭深「…」トン ユサッ

憧「(あーもう…こっちも大きいし…ホント何食べたらそんなに成長するの?)」

憧「(やっぱりお茶?お茶なのかしら…)」

憧「(…でも、私も紅茶とかなら良く飲んでるんだけどなー…やっぱ日本茶じゃないとダメ…?)」

憧「(…ってだから、そうじゃなくって)」

憧「(…渋谷さんの能力は多分、去年からそれほど変わってない)」

憧「(最初に打牌した牌がオーラスに戻ってくるって言う特殊なもの)」

憧「(しかも、それに制限はないから…親が連荘すればするほど戻ってくる数は多くなる)」

憧「(最低でも7つ…配牌の半分以上をほぼ思い通りに出来るってだけでもかなり恐ろしい能力だけど…)」

憧「(その真価は親を縛って思い通りに打たせない事だと思う)」

憧「(…親番の点数1.5倍はどんな雀士にとっても魅力だし…特に総合点数で負けている時は是が非でも連荘したい)」

憧「(そんな欲を出しちゃったら…この人の思うがまま)」

憧「(自分だけなら…一回だけなら…そんな気持ちが大きな火種になって最後に襲いかかってくる)」

憧「(…この人がいるだけで私みたいな速攻で多く和了って点数稼ぐタイプは打ちづらくて仕方がない)」

憧「(正直、神代さんを相手にするだけでも厄介だって言うのにさ…)」フゥ

憧「(…あー…今年もハルエが残っててくれたらな)」

憧「(あたし達の代わりに分析して、この状況でのあたしがやるべき最善策を探してくれたんだろうけど…)」

憧「(ハルエはもうプロに復帰しちゃったもんねー……)」

憧「(ま、ないものねだりしても仕方がないか)」

憧「(それに…幾らうちの頼れる監督がいなくなって…厄介な二人が敵にいたとしても…)」

憧「(別にあたしが弱くなった訳じゃないんだから!)」

憧「早々、簡単に負けてあげるつもりはない…よ!)」スッ

憧「よし!ツモ!700・1300!」


尭深「(…最初の和了りは新子さんか)」

尭深「(まぁ…予想通りと言えば予想通り)」

尭深「(早さで言えば、うちの誠子ちゃんが一番だろうけど…)」

尭深「(彼女だって選手の中じゃかなり早い方)」

尭深「(そんな新子さんが神代さんを警戒して速攻を仕掛けてきてるんだから早々追いつけなくて当然)」

尭深「(…でも、次は清澄の親番)」チラッ

「っ…!」

尭深「(今の和了りを見て顔が強張ってる…)」

尭深「(…清澄でレギュラーになったくらいだから彼女もかなり強いんだろうけど…)」

尭深「(準決勝では新子さんに翻弄されて…殆ど何も出来なかった)」

尭深「(多分、そのトラウマが今、彼女の中で蘇ってきているんだと思う)」

尭深「(でも…それが私にとっては有難い)」

尭深「(私が何もしなくても…新子さんが既にタネを蒔いてくれているから)」

尭深「(後は…それを大事に育てるだけ)」


「(うぅ…やっぱり新子さん、凄く早い…)」

「(準決勝もこの早さに追いつけず殆ど一方的にボコボコられちゃったんだよね…)」

「(勿論、凹んだりトぶのは宮永先輩で慣れているけれど…)」

「(でも…決勝でそれは…流石にまずい…)」

「(そういう格好悪いところが記録に残っちゃうのもそうだし…)」

「(何より…あの怖くて恐ろしい宮永先輩が決勝戦が近づくにつれてドンドンと上機嫌になってたんだから…)」

「(今日なんて嬉しそうに鼻歌歌って、髪の毛をセットしてるところを見たって子までいて…)」

「(そんな楽しみに水を差したなんて事になったら…ぜ、絶対に殺される…!!)」フルフル

「(い、いやだ…まだこんな若さで死ぬのなんて嫌…!)」

「(麻雀で活躍してプロになり、イケメンの芸能人と恋愛結婚して、悠々自適のセレブ生活を満喫するまで死ねない…!!)」グッ

「(でも…この卓で…私に一体、何が出来るの…?)」

「(前門の虎、後門の狼なんてレベルじゃないよ…)」

「(上には龍が飛んでて、全員、こっちに襲いかかろうと身構えている状態なんだから…)」

「(流石にトびはしないだろうけど…この人達一人ひとりに勝てる気がしない…!)」

「(うぅ…そんな事考えてたら…またお腹が痛くなってきちゃった…)」キリキリ


尭深「…」トン

「(ってお腹の事気にしてる場合じゃない!)」

「(油断したのか絶好牌が来てくれてる…!)」

「(阿知賀の人に競り勝つ為にも…ここは鳴く!)」

「ポン!」

「(…よし。これで三面待ち完成…!)」

「(…まぁ、和了っても1翻だし、大した点数じゃないんだけどさ)」

「(でも…せっかくの決勝戦を焼き鳥で終わるよりもずっとずっとマシ…!)」

「(1翻でも和了って後を引き継ぐ原村先輩に苦労させないようにしないと…!)」

尭深「…」スッ

「え?」

尭深「どうかしました?」

「い、いえ…何でもありません」

「それロンです」

尭深「はい」ニコ


「(…私のド本命…まさかこんなすぐに出てくるなんて)」

「(確かに三面待ちだったし。一翻って事で手も読みにくかったけれど…)」

「(まさかこんなに早く出てくるなんて)」

「(……ううん。白糸台の人が笑ってた事を考えれば…)」

「(出てきたと言うよりも…振り込まれた…の?)」グッ

「(…一年生だからって甘く見られた?)」

「(それとも…自分の能力をより強化する為?)」

「(…………悔しいけれど、どっちも否定出来ない)」

「(でも…どっちであっても焼き鳥って言う事態は回避出来たし…)」

「(もし、与し易いと思われてるのなら…幸運だと思うべき)」

「(だって、そうならまたチャンスは来るって事なんだから)」

「(次もまた同じことするようなら迷いなく和了ってやる)」

「(和了って…後悔させてやるんだ…!)」


憧「(あ…これダメな奴だ)」

憧「(完全に渋谷さんに取り込まれてる…)」

憧「(本来なら、そこは和了っちゃいけないトコだったのにな…)」

憧「(安手で親番連荘とか渋谷さんの思い通りもいいとこじゃん…)」

憧「(…まぁ、一年生で色々と気負うところがあるってのは分かるけどさ)」

憧「(あたしも彼女の能力分かりながら、ついつい親番で連荘しちゃったし…)」

憧「(…でも、あたしのそれとこの子のそれとじゃ…ちょっと性格が違う)」

憧「(元々プライド高い子なのか振り込まれたって気づいて、完全に対抗心を燃やしちゃってるし…)」

憧「(次のチャンスが来たらきっと迷いなく和了っちゃうと思う)」

憧「(それが後でどれだけ辛い事になるのかなんて、きっと今のこの子は考えてない)」

憧「(渋谷さん、去年はまだマイペースで穏やかな人って感じだったんだけどなー…)」

憧「(一体、この一年でどんな練習してきたのか知らないけど…完全に一年を手球にとってるし…)」

憧「(…癪だけど渋谷さんの悪女っぷりが予想以上だったって事かな…)」

尭深「(…なんだろう。何処かで凄い不名誉な事を言われている気がする…)」クビカシゲ


尭深「(…でも、今ので少し芽が出た…)」

尭深「(収穫にはまだ遠いけれど…大分、美味しく実ってくれそう)」

尭深「(阿知賀の新子さんはこっちの事とても警戒しているけど…所詮は一人)」

尭深「(サポートに徹すれば、連荘させてあげられる芽も出てくる)」

尭深「(神代さんは強いけど…平常時はそれほど怖くないし)」

尭深「(今の状況は私にとって狙い通りのもの)」

尭深「(真っ当にこの二人に打ち合うのはかなり分が悪いし…この芽は大事に育ててあげなきゃ)」ニコ

小蒔「(…この白糸台の人…春ちゃんに似ていますね…)」

小蒔「(場の流れを制御して、安手を回させ、点数のやりとりをコントロールするのが基本でしょうか)」

小蒔「(去年は特に防御型と呼べるほどでもなかったですし…この一年で新しく打ち方を変えてきたのでしょう)」

小蒔「(自身の能力を活かす為に磨かれた柔軟な防御…正直、かなり脅威です)」

小蒔「(でも、今の私に出来る事と言うのは殆どなくて…)」

小蒔「(…悔しいですが、ここは新子さんに任せた方が良いでしょうね)」


「ロン、2000です」

尭深「はい」ニコ

憧「(くぅぅ…また先に和了られた…!)」

憧「(そもそも…席順からして不利なのよ…!)」

憧「(清澄が鳴けば鳴くだけツモ巡が渋谷さんに回って…あの二人だけでループ入っちゃってる…!!)」

憧「(速度にはそれなりに自信あるつもりだけど…流石に振り込みさえ厭わないコンビ打ちされちゃどうしようもない…!)」

憧「(配牌時点でテンパイしてる…なんて形ならともかく、真っ向勝負は不利…!)」

憧「(…出来れば、そろそろ連荘も抑えてくれると嬉しいんだけど…それは無理そうかなぁ…)」

憧「(どうやら清澄の一年は完全に渋谷さんの事利用してるつもりみたいだし)」

憧「(安手で和了らさせられてるって事にも気づかずに…まだまだ連荘するつもりでしょうね)」

憧「(利用されてるのはそっちよって言ってやりたいけど…対局中の無駄な私語はマナー違反)」

憧「(それに…それも立派な渋谷さんの戦術なんだもの)」

憧「(自分の能力を活かす為に頑張ってる彼女の戦術を卓外でぶち壊す方が卑怯でしょ)」

憧「(あたし達は麻雀で戦ってるんだから…それをぶっ壊すのは麻雀じゃないとダメ)」

憧「(何より…なんだかんだ言ってあたしにとっては二年連続決勝の舞台で戦う相手なんだもの)」

憧「(秋や春の大会なんかでもぶつかって、色々と話した事もあるし…)」

憧「(友人ってほどじゃないけど、間違いなく親しみはある)」

憧「(出来れば…そんな彼女の企みを打ち破るのはあたしでありたい)」

憧「(だから…!)」



憧「ツモ!500・1000!!」

尭深「(…抜かれた)」

尭深「(流石は新子さん…良い鳴きをしてる)」

尭深「(やっぱり彼女に鳴かれると…清澄の子じゃ太刀打ち出来そうにない)」

尭深「(でも…別に私にとって太刀打ちして貰う必要はない)」

尭深「(私はあくまでも白糸台の選手であって清澄の選手じゃないんだから)」

尭深「(親番が流れた以上、彼女に拘る必要はない)」

尭深「(…次の親は永水女子)」

尭深「(ここでまたさっきみたいに連荘して貰えばオーラスでの爆発にかなり期待出来る)」

尭深「(幸いにして…ここまで神代さんは殆ど和了る気配もなかったし…)」

尭深「(私のサポートを拒む事も早々ないはず…)」

小蒔「……」パァァ

尭深「…え?」


憧「っ…!」ゾクッ

憧「(ま…ずい…!何か良く分かんないけど…ともかく…マズイ…!)」

尭深「(…背筋が冷たいのに…身体の芯は何処か暖かくて…)」

尭深「(こんな感覚…私は知らない…知らないのに…)」カタ

尭深「(…今の神代さんが…何故か無性に怖い…)」グッ

憧「(背筋に走る冷たさも身体の熱さも決して不快って訳じゃないのに…)」

憧「(なのに…なんであたしの身体…こんなに怯えてるの…?)」

憧「(まるで決して出会っちゃいけない化け物が目の前にいるように…訳が分からない怖さが止まらなくて…)」

尭深「(…これは…サポートなんてしている場合じゃない…)」

尭深「(欲なんて出さず…全力で彼女の親番を流さないとダメ…)」

尭深「(…じゃなきゃ、ここで全員、壊滅する…)」

尭深「(こんな感覚初めてなのに…どうしてか…そんな予感がする…)」

尭深「(それが決して思い込みじゃないって分かる…!)」


尭深「…」スッ

憧「ポン!」

憧「(ナイスサポート!渋谷さん!)」

憧「(さっきはやたらと大変な目に合わせてくれたけど…今はそれが有難い…!)」

憧「(安手ではあるけれど、これでテンパイ…)」

尭深「(…次の巡で新子さんに振り込めば、永水女子の親番は蹴れる)」

尭深「(…まぁ、ちょっと勿体無い気もするけど…神代さんが責める時の火力は火傷じゃすまない)」

尭深「(オーラスで役満和了っても帳尻合わせられない可能性を考えれば…ここは新子さんに振り込むのが一番)」

憧「(決勝戦で思うような事じゃないけれど…こういう時はホント頼もしいよね)」

憧「(渋谷さんがいてくれなかったら、六巡目でこんな好形作れなかったと思う)」

憧「(後はこれを和了るだけ…まぁ…その前に永水女子に和了られる可能性もあるけど…)」チラッ

小蒔「……」スッ   トン

尭深「(…不発…)」

尭深「(良かった、とりあえず一番危ない親番だけはこれで何とか…)」

「…」トン

小蒔「ロン。跳満で18000です」

「……え?」


憧「(ち、ちょっと待って…これ6巡目よ?)」

憧「(あたしだって渋谷さんのサポートなかったらこんなに早くテンパイ出来なかったのに…)」

憧「(なんで、あたしよりも早く、しかも、そんなに高い手で構えられてるのよ…!)」

憧「(いや…勿論、麻雀だし、運が良ければそういうのだってあるかもしれないけど…)」

尭深「(…運の良さで説明出来るレベルを超えている)」

尭深「(今の和了り…テンパイ気配がまったくなかった)」

尭深「(さっきの私はサポート重視だったけれど…それでも現状の卓で一番警戒しなきゃいけない相手の事を忘れていた訳じゃない)」

尭深「(寧ろ、最後の最後まで打牌を見て、その上でテンパイはないとそう判断したはずなのに…)」

尭深「(でも…そんな私の予想を超えるように彼女は和了った)」

尭深「(しかも、跳満なんて言う普通、見過ごすはずがないような高い手で)」

尭深「(…勿論、私は完璧に相手の手を読み取れるような能力を持っている訳じゃないけれど…)」

尭深「(それでもこの一年、防御を磨いてきて、目と勘の良さは白糸台でも早々負けないくらい鍛えていたのに…)」

尭深「(今の和了りは…完全に見えなかった。分からなかった…)」

尭深「(私の方が振り込んでいてもおかしくはないくらいに…透明で澄んだ和了…)」

尭深「(宮永先輩が警戒していたのも分かる…)」

尭深「(これはちょっと…私の手には負えそうもない…)」


京子「いきなり親跳とか小蒔ちゃんも飛ばしていますね」

霞「これが小蒔ちゃんにとって最後のインターハイなんだもの。当然よ」

巴「気合の入り方も今まで以上でしたからね」

湧「あちき達もいっぺーパワーあげたもんっ」ググッ

明星「そのお陰かどうかは分からないけど、親番での和了は有難いですね」

霞「特にトップ独走中の清澄から削ってくれたのは有難いわ」

巴「他も十分過ぎるほど厄介なんで、何処から和了ってくれても有難いんですけどね」

明星「ともかく、これでほぼ大きなリードが作れました」

明星「後はこのまま独走に入ってくれると有難いんですけれど…」

霞「小蒔ちゃんなら大丈夫よ」

霞「あの子は不安定だけれど…その分、波が来ている時は誰にも負けないから」

巴「降りてきてる神様もかなり強い方だし、何より、この一年、姫様は頑張ってきたもの」

巴「巫女としての修行と麻雀の練習…その両方を一日も手を抜かず、全力で続けてきたわ」

巴「そのお陰でより深く神様を降ろせるようになった姫様ならきっと決勝戦でも活躍してくれるはず」


「(親…跳…)」カタカタ

「(嘘でしょ…なんでこんな早い段階でそんなに大きなのを構えてるのよ…)」

「(お陰でさっき連荘した分、根こそぎ奪われちゃって…)」

「(マイナス…一万点…)」

「(総合順位の上ではまだ一位だけど一気に白糸台との差が縮まって…)」

「(もうちょっと和了られたら…すぐ逆転されちゃうくらい…)」

「(逆転…?私の所為で…清澄が負ける…?)」ゾッ

「(ダメだ…!ダメだ…そんなの…!!)」」

「(清澄は強いんだ…!私以外、皆凄い人ばっかりで…凄すぎて怖い人までいて…!)」

「(でも、だからこそ…レギュラーに選ばれた時は嬉しくて頑張ろうってそう思ったのに…!)」

「(なのに…私が足を引っ張って負けるとか…許せる訳ない…!)」

「(取り戻さなきゃ…!)」

「(折角…部長と片岡先輩が稼いできてくれた点棒…)」

「(宮永先輩にボコボコにされて凹んでた私の事を何度も励ましてくれた頼れる先輩たちの点棒…!)」

「(必ず…必ず取り戻してみせる…!)」

「(コレ以上…清澄を堕とさせたりしない……!!)」




憧「(…可哀想だけど…アレはダメね)」

憧「(完全に気負ってる…目先のマイナスに完全に目的を見失っちゃってるわ)」

憧「(本来の戦略としては、出来るだけ失点を防いで次に繋ぐはずだったんでしょうに…)」

憧「(インターハイと言う大舞台からか、失点を防ぐどころか、それを取り戻そうと躍起になってる…)」

憧「(…それじゃ無理よ。あの神代さんには勝てない)」

憧「(ただ闇雲に競うだけじゃ、どうにもならないような相手なんだから)」

憧「(…悔しいけど、あたしだって今の彼女と競う事なんて出来ない)」

憧「(得意分野のはずの速度でさえ完全に上回れているんだから)」

憧「(渋谷さんと協力してようやく親番を一回蹴れるか蹴れないかって領域の化け物なのよ)」

憧「(そんな彼女と真っ向から打ち合おうとして勝てるはずがない)」

憧「(ましてや…自分の失敗を帳消しにするなんて言う後ろ向きに前向きな理由で勝負するなんて自殺行為も良いところ)」

憧「(あたしだって同じ理由で戦ってしまったら…ボコボコにされる自信がある)」

小蒔「ロン。24000です」

「…っ!」ジワ

憧「(だから、倍満直撃も当然の結果)」

憧「(まぁ…強敵であり、現在一位を独走する清澄が転落してくれるのは嬉しい事だし…)」

憧「(清澄が勝負を掛けてくれてるお陰でこっちのダメージが少なくはあるんだけれど…)」

憧「(有望な一年がボロボロになっていく光景って敵であっても面白いものじゃないよね…)」

憧「(出来れば早い事、その無謀さに気づいて欲しいんだけど…)」


「(こ、今度は倍満…)」

「(この親番だけで…もう四万点も毟られちゃってる…)」

「(順位が書き換わって…清澄が2位に転落…)」

「(さっきまで一位独走状態だったのに…もう三位だって目に見えている状態で…)」

「(……次に永水女子から直撃を貰ったら…三位どころか最下位に落とされかねない…)」グス

「(でも…今は損害を、永水女子の和了を怖がっている場合じゃない…!)」

「(今はまだ東三局…!前半戦の折り返しにも来ていない状況なんだから)」

「(今ならまだ…挽回は出来る…!)」

「(流石にここから四万稼ぐのは無理だけど…それでも一万…いや、二万くらいなら稼げるかもしれない…)」

「(ううん…稼がなきゃ…いけないんだ)」

「(そうじゃなかったら…私がいる意味…ない)」

「(折角、決勝まで来たのに…先輩たちが頑張って独走状態作ったのに…)」

「(そこから転落する事しか出来なかったなんて…絶対に嫌だ…!)」

「(だから…!)」

小蒔「ツモ。6000オールです」

「あ…う…」ブル


尭深「(…これはダメ)」

尭深「(恐らくもう清澄は戦えない)」

尭深「(完全に神代さんに飲まれてしまってる)」

尭深「(これが団体戦じゃなくて個人戦なら…既に二回トんでいるだけの点棒を毟られてるから…)」

尭深「(当然と言えば当然なのかもしれないけれど…)」

尭深「(出来れば後半戦も彼女で育てたかった私としては面白く無い展開…)」

尭深「(親番で神代さんが連荘してくれているから前半は多少マシだけど…)」

尭深「(後半は少し厳しい展開になるかもしれない…)」

尭深「(…まぁ…今以上に厳しい状況というのはそう滅多にないけれども…)」チラッ

小蒔「…」ゴゴゴゴ

尭深「(…まだ切れない…)」

尭深「(一昨年…宮永先輩と戦った時は三局も進めば、元に戻ったはずなのに…)」

尭深「(今年はまだ全然、元に戻る気配がない…)」

尭深「(正直なところ…清澄だけじゃなくこっちも一杯一杯だから早く元に戻って欲しいのに…)」フゥ

尭深「(…でも、ここさえ乗り切れば神代さんはほぼ無力化出来たも同然…)」

尭深「(それにこうして彼女が連荘してくれている以上、直撃さえ貰わなければ…オーラスで一気に点数は稼げる…)」

尭深「(神代さんの手は不気味なくらい読めないけど…ここが踏ん張りどころ…!)」グッ


小蒔「ふぁぁ…」

憧「…………ふぅ…」ドサッ

小蒔「…あれ?新子さん、どうかしました?」キョトン

憧「あ、う、ううん。何でもないの…」

憧「(…ようやく終わったかー…)」

憧「(何とか途中一回は和了って親は蹴れたけど…)」

憧「(それでも満貫以上をポンポン和了られるのは流石に辛いわ…)」

憧「(何故かテンパイ気配すらまったくない所為で、一打一打に神経ゴリっと削られるし…)」

憧「(正直、この五局の間、団体戦を通して戦い抜くだけの集中力を全部使い切っちゃった感じ…)」

憧「(牌に愛された子…なんて雑誌で特集まで組まれるだけの理由が頭ではなく身体で理解出来ちゃったわ…)」

憧「(個人的にはもうここで終わりにして控室に帰りたい…)」

憧「(今は無性にしずの事抱っこしながら癒やされたい気分…)」

憧「(でも…)」チラッ


憧「(…今はようやく南入りしたばかり)」

憧「(しかも…現在収支二位は阿知賀…つまりあたしになってるけど…)」

憧「(でも、二回のツモ和了を食らった所為で、点数は思いっきりマイナス)」

憧「(直撃二回受けて点数的にも精神的にも壊滅状態な清澄よりはマシっちゃマシだけど…)」

憧「(でも…完全な永水女子の一人勝ち状態が面白いはずないよね)」

憧「(…ま、さっきみたいに満貫以上連発されたらどうしようもないけれど…)」

憧「(今の神代さんは出会ったばっかりのちょっと天然入った可愛い子だし)」

憧「(恐らくあの無双は彼女自身の力じゃなくて、彼女に憑いてた別の…)」

憧「(って、違う違う)」ブンブン

憧「(あたしはそういう巫女っぽい事はやらないって決めたの)」

憧「(大体…憑いてるとか降りてるとか…何か痛いし…こ、怖いじゃん)」

憧「(あたしはそういうのは中学で卒業したし…何も知りません!知らないったら知らないの!!)」

憧「(…知ってるのは、もう神代さんがさっきみたいに連荘出来ないって事と…)」

憧「(攻めるのならば…ここって事だけ…!)」グッ


憧「(…ま、もう永水女子と清澄のお陰でかなり渋谷さんカウンターは進んでるし…)」

憧「(オーラスにある親番で連荘…とかは出来ないけどさ)」

憧「(でも、そこまでに至る間なら…あたしが幾ら和了っても大丈夫)」

憧「(さっき取られた分は…少しだけでもここで取り返せる…!)」

憧「(清澄が置物になって、神代さんが元に戻った今…!)」

憧「(渋谷さんだけじゃ…あたしに追いつけない!)」

憧「(だから…ここは速攻で……!!)」

憧「ロン!1000・2000!!」

尭深「…はい」

尭深「(…やっぱり新子さんは強い)」

尭深「(私一人で抑えるのは至難の業…)」

尭深「(そもそも…私が鍛えてきたのはサポート重視の打ち方だし…)」

尭深「(彼女はこのインハイでも指折りのスピード型…)」

尭深「(どうしても真っ向勝負は分が悪い…)」

尭深「(…でも…)」


憧「(…来た、オーラス…!)」

憧「(渋谷さんが最初に打った牌が…ここで戻ってくる…!)」

憧「(…ホント、チートもいい加減にしろと言いたいような能力だけど…)」

憧「(でも…手の内が分かってさえいれば、それほど脅威じゃない)」

憧「(今まで彼女が打ったのは所謂、三元牌…)」

憧「(つまり渋谷さんの狙いは大三元か或いはその下の小三元辺り…)」

憧「(でも…三元牌を全て三回打ってた訳じゃないから…警戒しておけば振り込んだりはしない)」

憧「(問題は…ツモ和了された時…)」

憧「(…一体、何の嫌がらせか、ここあたしの親番なんだよね)」ハハ

憧「(最低でも4翻…最悪役満レベルの親被りとか…マジで勘弁して欲しい)」

憧「(だからこそ…ここも速攻で流す…!)」

憧「(渋谷さんには悪いけど…オーラスで帳尻合わせなんて…絶対にさせてあげないんだから…!!)」


尭深「(…そうだよね)」

尭深「(私の手の内分かっている新子さんからすれば…ここは是が非でも流したいところ)」

尭深「(でも…私だってここまで育てるのに少なくない犠牲を払っているし…)」

尭深「(何より…私はこの一年、打ち方だけ変えてきた訳じゃない)」

尭深「(淡ちゃんや誠子ちゃん程じゃないけれど…能力だってちゃんと磨き上げてきてる…)」

尭深「(今までは対策防止の為に使うなって言われてたけど…)」

尭深「(高校最後の戦いで…出し惜しみするメリットはない…)」

尭深「(監督にも…全力でやって良いとお墨付きを貰っている)」

尭深「(何より…私自身、全力で戦いたい)」

尭深「(去年のインハイから何度もぶつかって…仲良くなった彼女と)」

尭深「(友人という程ではないけれど…間違いなくライバルである新子さんと)」

尭深「(だから……やるよ)」スッ
    ハーヴェスト・ブリーディング
尭深「(収穫期 ・品種改良)」


憧「(…なんだろう…やな感じがする…)」

憧「(これまで渋谷さんが打ってきた牌は全て把握して…振り込む事なんてないはずなのに…)」

憧「(…彼女が配牌を揃えた瞬間…急にその自信がなくなってきた…)」

憧「(まるで自分が歩き慣れた場所が…いつの間にか見知らぬ密林に変わってたような感覚…)」

憧「(こんなの…今までの戦いじゃ一度もなかった…)」

憧「(…もしかして…コレが渋谷さんの切り札…?)」

憧「(これまでの戦いじゃ…ずっと実力隠してたとか…?)」

憧「(もしそうだとしたら…これはちょっとヤバイかも…)」

憧「(渋谷さんが最初に揃える牌の内、11は分かってるから振り込む事はないと思ってたけど…)」

憧「(この感覚は…そんな風に安心出来るものじゃない…)」

憧「(渋谷さんのテリトリーに迷い込んでしまったみたいに…肌がピリピリしてる…)」

憧「(さっきの神代さんに比べればまだマシとは言え…正直、甘く見てた…かな…)」

憧「(これまで大会なんかで何度か当たってるから手の内分かってるなんて油断も良いトコだった…)」

憧「(本当なら…この人を一番、警戒しなければいけなかったはずなのに…!)」


尭深「(…うん。そこそこ良い手…)」

尭深「(しっかりと育ててきた甲斐があった…)」

尭深「(大三元まで二向聴…)」

尭深「(でも…三元牌は揃ってるし、鳴いても大丈夫だから、普通の二向聴よりもずっと早い)」

尭深「(…練習試合以外で使うのは初めてだから不安だったけど…ちゃんと発動してくれていたみたい)」

尭深「(自身で振り込んだ回数分、タネとして植えた牌を変えられるなんて…最初は微妙だと思ったけれど…)」

尭深「(今の打ち方に変えてからは…完全にしっくりハマってる感じがする…)」

尭深「(…それもこれも…私の特訓に付き合ってくれた皆のお陰…だよね)」

尭深「(去年、準決勝と決勝でろくに活躍出来なくて落ち込んだ私の事を励ましてくれて…)」

尭深「(目に見えた成果の出ない私の特訓にも…嫌な顔一つしないでずっと付き合ってくれた…)」

尭深「(ようやく手に入れた自分の新しい能力をどう活かせば良いのか分からない私の為に必死になって他校の牌譜を集めてくれた…)」

尭深「(…私と一緒に…今の打ち方を模索して…完成するまで付き合ってくれた)」

尭深「(だから…私は負けない)

尭深「(去年、アレだけ足を引っ張った私が今もレギュラーでいられるのは…私だけの力じゃないから)」

尭深「(私の事を支えてくれた誠子ちゃん達のお陰だから)」

尭深「(だから…必ずこれは和了ってみせる…)」

尭深「(皆の為にも…私は絶対に…これを実らせてみせる…!)」


憧「(…渋谷さんかなり気合入ってる…)」

憧「(やっぱり…三年だからか、色々と背負ってるもんがあるんだろうな…)」

憧「(正直、その切り札が未だ見えないのもあって、怖いくらいだってのー…)」

憧「(…でも、だからと言ってビビってばっかはいられないよね)」

憧「(まだ二年だって言っても…こっちだって背負ってるもんは山ほどあるんだから)」

憧「(幾ら相手が三年だからって…簡単に負けてはやれない…!)」

憧「(その切り札…必ず躱しきる!)」

憧「(躱しきって私が先に和了ってみせる…!)」

小蒔「…えーっと…」トン

憧「え?」

尭深「ロンです」

小蒔「はわっ」ビクッ

尭深「大三元…役満です」

小蒔「は…はい…」シュン



霞「あらら…役満直撃しちゃったわ…」

京子「32000点…さっきの神降ろしがなかったらかなり辛い展開でしたね」

巴「逆に言えば役満直撃してもまだ収支がプラスなくらい頑張ってくれてると言う事でもあるわ」ニコ

湧「姫様、いっぺー気張ったもん!」ニコー

明星「そうね。確かにさっきの姫様の連荘っぷりは凄まじいものだったわ」

明星「でも……どうして今のを振り込んだんでしょう?」

明星「白糸台に関してもしっかりとデータは渡していたはずですし…あんな本命牌、普通なら打つはずがないと思うのですが…」

京子「小蒔ちゃんはアレが見えてなかったのよ」

明星「…見えてなかった?…………あ」

巴「…そう言えば、あの牌が出たのは姫様の神降ろし中だったし…」

巴「どれだけ対策していても意識がない時に出た牌を覚えられなくて当然ね」

霞「小蒔ちゃんメタ…って程じゃないけれど、若干、相性は悪いのかもしれないわ」

湧「…もしかして姫様、いみし…?」

京子「そうね。ちょっと何時も通りと言う訳にはいかないかもしれないわ」

京子「でも、大丈夫よ。わっきゅん」ナデナデ

京子「小蒔ちゃんは…皆の気持ちを背負った神代小蒔はこの程度では終わらない」

京子「後半戦できっと目にもの見せてくれるわ」ニコ


小蒔「(はわわ…や、やや役満に振り込んじゃいました…)」

小蒔「(うぅぅ…気をつけていたつもりですが…やはりダメですね…)」

小蒔「(霞ちゃん達にオーラスの渋谷さんの対処方法は聞いていたのですが…)」

小蒔「(まったく活かせなくて申し訳ないです…)」

小蒔「(…ただ…神様が頑張ってくれたお陰で点数は大分、残りました)」

小蒔「(役満を貰っても原点以上まで回復させられる事が出来ました)」

小蒔「(次鋒戦で湧ちゃんが頑張ってくれた分もありますし…現在の私達は総合成績二位)」

小蒔「(……ですが、二位では…ダメですよね)」

小蒔「(私の役目は…点を稼ぐ事)」

小蒔「(誰よりも多く稼いで、万全の状態で明星ちゃん達にバトンを繋ぐ事なのですから)」

小蒔「(その為に中堅という稼ぎやすい場所を任せてもらった私が…この成績では終われません)」

小蒔「(だって…皆はこれまでにとっても頑張ってくれたんですから)」

小蒔「(春ちゃんは京子ちゃんにべったりになるくらい先鋒戦で頑張ってくれました)」

小蒔「(湧ちゃんは武術の稽古の合間を縫って、毎日、お勉強していました)」

小蒔「(明星ちゃんの練習量は私だってビックリするくらい凄いものでしたし…)」

小蒔「(京子ちゃんは性別を偽ってまで私の夢に付き合ってくれているんです)」

小蒔「(選手でなくなってしまった霞ちゃん達も同じ…)」

小蒔「(日々、家事で忙しいのに、私達の為に練習メニューを考えたり…練習試合を申し込んだりしてくれていて…)」



小蒔「(…でも、今、そんな皆が明るく振る舞っています)」

小蒔「(無理に笑って…私に優しくしようとしてくれているんです)」

小蒔「(それは…決して私達が負けているからではありません)」

小蒔「(皆…春ちゃんの事が心配だから)」

小蒔「(先鋒戦でボロボロになって…そして今も帰ってこない春ちゃんの事を案じているから…)」

小蒔「(だから…本当は暗くなりそうな心を頑張って明るくさせて…私を励ましてくれたんです)」

小蒔「(…そんな皆に私がしてあげられる事はそう多くありません)」

小蒔「(でも…今、この場において…私だけがしてあげられる事が一つだけあります)」

小蒔「(私の夢に一生懸命になってくれて…最高の舞台に連れてきてくれた皆に出来る事が…一つだけ)」

小蒔「(…それは…勝つ事)」

小蒔「(春ちゃんが帰ってこれるくらい…後を託す二人が安心出来るくらい)」

小蒔「(圧倒的大差をつけて一位になる事が…私の責務)」

小蒔「(でも…)」


憧「ロン。1600」

「は…い…」カタカタ

小蒔「(…私ではこの人に勝てそうにありません)」

小蒔「(後半戦に入ってからも殆ど一人で和了っぱなし…)」

小蒔「(私の最後の親番もこれで蹴られてしまいました…)」

小蒔「(ここからはオーラス…ここまで誰も連荘はしなかったので、渋谷さんもさっきほど高くて早い手を作れる訳ではないと思いますが…)」

小蒔「(何にせよ…このままではさっき稼いだ点棒を削られるだけ…)」

小蒔「(微妙な結果で…明星ちゃんにバトンを渡す事になります…)」

小蒔「(…それは…嫌)」

小蒔「(これは私にとっては最後の戦いの戦いなんです)」

小蒔「(三年最後に…皆と掴んだ…夢のチャンスなんです)」

小蒔「(こんな成績では…ここまで付き合ってくれた皆の努力に報いるのにはまだ足りません)」

小蒔「(このままでは…春ちゃんを励ます事も…明星ちゃん達を安心させてあげる事も出来ません…)」

小蒔「(エースとしての仕事を果たしたと言うには…物足りないんです…)」

小蒔「(……だから…お願いします…)」

小蒔「(もう一度…もう一度だけ…力をお貸し下さい…)」

小蒔「(このオーラスだけで良いんです…)」

小蒔「(私はどうなっても良いですから…私の大事な…皆の為にも…)」

小蒔「(どうか…お願いします…っ)」


尭深「(…まさか永水女子に直撃する事になるとは)」

尭深「(基本的に危なくない時は防御重視の打ち方をしているし…)」

尭深「(振り込むのはきっと他二人だと思っていたんだけれど…)」

尭深「(まぁ…何にせよ収支トップを独走してた永水女子に直撃させられて良かった)」

尭深「(流石にあのプラス収支で抜けられるのは危険過ぎるもんね…)」

尭深「(もう決勝戦も折り返し…そろそろお互い決着を意識して手を作っていかなきゃいけないし…)」

尭深「(何より、次の私達は多分、大きく稼ぐ事は出来ない)」

尭深「(他の雀士に負けていると言ってあげたくはないけれど…やっぱり副将は原村和が頭ひとつ抜けている…)」

尭深「(阿知賀と永水女子もそれなりに手堅い雀士を置いているし…恐らく大きく点数が動く事はない…)」

尭深「(だからこそ…ここで出来るだけ私が稼いで、後の二人を出来るだけ助けてあげないと…)」

尭深「(まぁ…清澄の子も休憩を挟んでも回復出来なくて…相変わらず置物状態だし…)」

尭深「(残りの二校も前半戦で警戒心を強めた所為で連荘はなかったから…早い手が作れる訳じゃないけれど)」

尭深「(それでも…ここまでしっかりとタネを育てて来たんだから)」

尭深「(大三元…役満は無理でも小三元くらいなら十二分に和了る目がある…)」

尭深「(これを和了って胸を張れる結果で中堅戦を終えて…)」

小蒔「……」パァァ

尭深「…………え?」



憧「(ちょ…ま、待って…!?)」

憧「(また…この感覚…!?もしかして…)」ゾッ

憧「(また危ないのが来てる…)」

憧「(ううん…さっきよりも危ないのが…神代さんの中にいるのが分かる…)」

憧「(うぅぅ…データじゃ降りるのって一回だけじゃなかったの…!?)」

憧「(二回も降ろせるとか…正直、反則も良いトコじゃん…)」

憧「(またあの火力と早さでこっちを圧倒されるとか…悪夢なんですけど…)」

憧「(…って愚痴なんて言っても仕方ないよね…)」

憧「(どれだけ文句を言っても…今の状況は変わらないんだし)」

憧「(幸いにも…これが中堅戦のオーラス…)」

憧「(親番はあたしのところに回ってきてるから、さっきみたいに連荘は出来ないはず)」

憧「(でも、それはツモ和了りされちゃった時に痛いじゃすまないって事でもあって…)」

憧「(…正直、状況的には最悪じゃないけれど…最悪の一歩手前って言っても良いくらいに悪い)」

憧「(あたしがここで和了って和了り止め…なんて出来れば最高に格好良いんだけど…)」

憧「(でも、さっきあたしが彼女の親番を流せたのは、渋谷さんのサポートがあっての事)」

憧「(今回はそれに期待出来ない以上…真っ向勝負出来る気がしない…)」



憧「(…次善は今の永水女子に渋谷さんか清澄が振り込む事…)」

憧「(幸い…その確率は決して低い訳じゃない…)」チラッ

「あ…あぁぁ…」ブルブル

憧「(…清澄の子は完全に神代さんに呑まれてる…)」

憧「(さっきは特に反応なかったけど…一回、凹まされて敏感になったってところかな)」

憧「(もう泣きそうな顔になってて…到底、平静とは言えない…)」

憧「(麻雀するだけで精一杯ってな感じの今の彼女が振り込む事は十二分に期待出来る)」

憧「(渋谷さんの方は冷や汗が浮かんでるだけでまだ余裕っぽいけど…)」

憧「(でも…オーラスは彼女にとって間違いなく勝負どころ)」

憧「(これまで防御だけに徹してた彼女がここで勝負を降りるなんてまずありえない…)」

憧「(その手で確定してるのは七種だけだから、どうしても前のめりにならざるを得ないし…)」

憧「(振り込む可能性って言うのは決して低くはないはず)」

憧「(だから…ここは最初からベタ降りして勝負に絡まないか…)」

憧「(或いは渋谷さんのサポートに回った方が出費としては抑えられるんだと思う)」

憧「(でも…さ)」

憧「(……でも、それって格好悪いじゃん)」

憧「(あたしがここまで来たのは…そんな格好悪い麻雀で終わる為じゃない)」

憧「(確かに戦略的にはそれが一番なのかもしれない)」

憧「(チームの事を考えるとそれが正しいのかもしれない)」

憧「(だけど…だからってオーラスの親番で震えて縮こまってるなんて…そんな情けない麻雀したくない…!)」

憧「(最初から逆転の可能性を諦めて勝負を投げるような格好悪い麻雀…何処かで見てくれてるであろうハルエに見せたくない!)」


憧「(勿論…実力差くらいは理解してる)」

憧「(あたしじゃどうにもならないって頭じゃ分かってるんだよ)」

憧「(でも…この気持ちはもう止められない…!)」

憧「(不利がなんだ…!実力差がなんだ…!)」

憧「(こっちだってこの一年、頑張って自分を鍛えてきたんだから!)」

憧「(そうそう簡単に…負けてやるもんか!!)」

尭深「(…新子さん、燃えてる)」

尭深「(…そうだよね。貴女は…チャラいようで実はとても真剣な子だから)」

尭深「(麻雀に対してとても真摯な新子さんが…ここで諦められない事くらい分かってた)」

尭深「(でも…それは私も同じ)」

尭深「(私はオーラスの為に他の部分を捨てた)」

尭深「(この一局だけに全てを掛ける打ち方で…ここまで来たんだから)」

尭深「(…なのに、オーラスで競り負けて終わりました…なんて皆に言える訳がない)」

尭深「(ここは…私が和了る…!)」

尭深「(なんとしてでも…この小三元を完成させて…)」

小蒔「ツモ」パララ

尭深「っ…!」

小蒔「国士無双…役満です」


「最後に永水女子の神代小蒔が国士無双を和了って、中堅戦が終了いたしました」

「現在の総合順位は中堅戦で7万点を稼いだ永水女子が一位」

「二位が白糸台、次鋒戦終了時トップだった清澄が三位、阿知賀が最下位となっています」

「さて、今回は役満が二回飛び出すと言うインハイ史上でも稀に見る打撃戦だった訳ですが…」

「この結果を大沼プロはどう見られますか?」

秋一郎「正直、ここまでとは思ってなかったよ」

秋一郎「白糸台の渋谷尭深も凄かったが、それ以上に神代小蒔が凄かった」

秋一郎「役満の振り込みは痛かったが、それ以上に稼ぐ大活躍は、まさしくエース」

秋一郎「スコアラー中のスコアラーだと言っても良いな」

「確かに中堅戦の収支は今大会でもトップに入る素晴らしいものでした」

「まさか決勝戦でこれほどの成績を見られると予想した人はいなかったのではないでしょうか」

秋一郎「去年の宮永照でさえ決勝戦はもうちょっと控えめだったからな」

秋一郎「無論、ポジションが先鋒と中堅という違いがあって、単純に比べる事は無理だが…」

秋一郎「しかし、それでもさっきの神代小蒔が凄かった事に異論を挟む奴はいないだろう」

秋一郎「…だけど、だからこそ、惜しいな」

「惜しい…ですか?」


秋一郎「あぁ。神代小蒔の活躍に隠れているが、渋谷尭深もかなりのプレイヤーだ」

秋一郎「この一年で自身の打ち方を大きく方向転換させたにも関わらず、かなりの安定感を持っていた」

秋一郎「結果だけを見たら神代小蒔に及ばなかったが…アレだけ振り込みをしてほぼ役満一回の和了りだけでプラス収支だったんだ」

秋一郎「去年はオーラスを重視するあまり、収支バランスの取り方が危ういイメージだったが…今年そんな危うさなんて何処にもなかった」

秋一郎「神代小蒔さえいなければ、きっとあの卓で収支がダントツだったのは渋谷尭深だっただろうな」

「なるほど…。では、阿知賀の新子選手はどうでしょう?」

秋一郎「…まぁ…ある意味、一番、可哀想というか不憫だったな…」

秋一郎「開始前も言ったが、新子憧はかなり良い選手だ」

秋一郎「去年、大躍進した阿知賀を支えた一年は決して伊達じゃない」

秋一郎「…だが、悲しいかな、位置と順番、そして相手が悪かった」

秋一郎「元々、新子憧は防御は手堅く、攻撃は細かく刻んで勝つタイプだが…渋谷尭深によってその戦術の大半が封じられた」

秋一郎「最も稼げる親番での連荘は封じられ、和了り止めを使えるオーラスは渋谷尭深が牙を剥く」

秋一郎「位置的にもサポートに徹する渋谷尭深からの恩恵から一番、遠い場所だったからな」

秋一郎「それでもこの卓での殆どの和了りが新子憧だった事を考えれば、その実力に疑う余地はない」

秋一郎「不利な状態とは言え、あの渋谷尭深とだって良い勝負が出来ただろう」」

秋一郎「…が、それは神代小蒔がいなかった場合の話」

秋一郎「神代小蒔はコンディションに左右されやすい事を加味しても、今大会でもトップクラスのプレイヤーだ」

秋一郎「そんな雀士が最高のコンディションで決勝戦に臨んできたんだから、どうしようもない」

秋一郎「最後の役満を親被りしなきゃプラス収支で終えられてたってだけでも、本来なら凄い事だよ」

秋一郎「ほぼ片腕をもがれたに等しい状態で、ここまでやったんだからな」

秋一郎「あんまり甘いコメントをするのは好きじゃないが…運が悪かった」

秋一郎「今回の新子憧の敗因は主にそれに尽きるな」



明星「ただいま戻りました」ガチャ

霞「ただいま」

巴「おかえりなさい」

巴「それで…姫様は…?」

小蒔「……」

霞「まだ降りっぱなしだけど安定はしてるわ」

巴「って事はそのままにしておけば何時か帰ってくださるのでしょうか…?」

明星「今まで通りならそうですけど…」

霞「こんな短期間で二度降ろすのは一年ぶりだものね…」

霞「去年よりもより巫女として完成に近づいている小蒔ちゃんが一体、何時までこの状態かは…」

京子「…霞さんにも分からないのですか?」

霞「えぇ。もどかしいけれど…ね」フゥ

霞「ともあれ…立ちっぱなしも失礼ですし、座って頂きましょう」

霞「宜しければこちらへ…」

小蒔「……」トテトテ ストン

霞「え?」

小蒔「…」ガシ

京子「……え?」

京子「(ちょ、な、なんで、霞さんが誘ったほうじゃなくて俺の隣に…)」

京子「(と言うか、両手で俺の顔を掴むのは一体、どうしてなんだ!?)」

京子「(そんな風に掴まれると逃げ場がないんですけど!?)」

京子「(小蒔さんのクリクリした可愛い顔と真正面から見つめ合う事になるんですけど!!)」

京子「(普段と違って何処か胡乱で危なっかしい感じだから、なんかドキドキするんですけどおっ!)」


小蒔「…………すまない」スゥゥ

小蒔「……」コテン

京子「おっと…」ガシ

湧「キョンキョン、ナイスキャッチ!」

巴「悪いけれど…そのまま寝かせておいてあげてくれる?」

霞「流石に二回も降ろすと消耗も激しいみたいだから、当分、起きられないでしょうし」

京子「…と言う事は神降ろしはもう終わったんですか?」スッ

霞「えぇ。自分から帰られたみたい」

京子「そうなんですか。でも…さっきのは一体…」

霞「…まぁ、神様であっても決して全知全能でもなければ後悔しない訳じゃないと言う事ね」

京子「後悔…?それって…」

霞「今は小蒔ちゃんの事は後回し」

霞「それよりも今は明星ちゃんの事よ」

明星「え?」

湧「確と…次は明星ちゃの番じゃっでいっぺー、かもてあげなきゃ!」グッ

明星「い、いや、わ、私は別に…っ」カァァ


京子「ふふ。神様の事は気になりますけど確かに二人の言う通りですね」

京子「神様の事よりも…今はまず明星ちゃんの事を優先するべきでした」

明星「な…何を馬鹿な事言っているんですか」

明星「だ、大体…私は別に京子さんに構って欲しいなんてこれっぽっちも思ってませんからね!」

明星「別に決勝戦だからって緊張なんか全然してないですし…一人だって余裕で戦えますし…」

明星「そりゃ…確かに相手は強敵ばかりですけど…でも、私、そんな風に甘えるほど京子さんに心を許してなんて…」

京子「明星ちゃん」

明星「っ!」ビク

京子「甘えてくれないの?」ジィ

明星「え…あ…ぅ…」

京子「…やっぱり私じゃ明星ちゃんに甘えてもらうには役者不足と言う奴かしら」

明星「べ…別にそこまでは…い、言ってない…ですけど…」

明星「でも…な、なんて言うか…は…恥ずかしい…ですし…」ポソポソ

霞「あら、明星ちゃんは京子ちゃんに恥ずかしい事をしてもらうつもりなの?」クス

明星「か、霞お姉さま!?」ビックリ

湧「明星ちゃ…やらし…」ニヤニヤ

明星「い、いやらしくなんてないわ!へ、変な事言わないでよ…もぉ」マッカ



巴「って事は私達もいなくなったら京子ちゃんに甘えるの?」クス

明星「べ、別にそういう意味じゃ…」

霞「よし。じゃあ、皆、ちょっと出て行きましょう」

明星「え?」

巴「姫様はどうします?」

霞「寝ているからノーカンって事にしましょう」

湧「明星ちゃ、きばって!」ググッ

明星「え、ちょ、待っ」

バタン

京子「……」

明星「……」

京子「え、えっと」

明星「う…うぅぅ…」プシュウ


京子「…何かごめんなさいね」

明星「ま、まったくです…京子さんがあんな事言わなかったら皆もあそこまで悪乗りする事はなかったのに…」

明星「ほ、本当…迷惑です…迷惑千万ですよ…」ストン

京子「…そう言いながら隣には座ってくれるのね」

明星「だ、だって…ちゃんと甘えないと霞お姉さま達、絶対許してくれませんし…」

明星「そ、それに…わざわざ空調の利きが微妙な廊下に皆出てくれたんです」

明星「大きなお世話だとは思いますが…その…そういう優しさは無駄にしてはいけないと思いますし…」

明星「そ、それに…えっと…えっと…」

京子「…?」

明星「わ…私は一人で戦えます」プイ

明星「京子さんにおんぶ抱っこにならなきゃいけないほど弱くありません」

明星「…で、でも…流石に…少し…怖いというか…」

明星「決勝戦ということで…その…この前の事を思い出してしまって…」

明星「ほ、ほんのちょっぴり…少しだけ…あの…姫様みたいに…えっと…」

明星「ぱ、パワーとか…貰えたらなって…お、思わなくも…なかったり…ですね…」マッカ


京子「…ふふ」

明星「な、なんですか!わ、私は真剣なのに!!」

京子「ごめんなさい。でも…今の明星ちゃん、とても可愛くて」

明星「か、かわ…っ」マッカ

京子「えぇ。抱きしめたいくらい可愛かったわ」ニコニコ

明星「せ、セクハラです!セクハラ発言ですよ、それ!!」

明星「霞お姉さまに訴えますよ!あまつさえ勝ちますよ私!!」

京子「裁判所でもないのに訴えた上での勝ち負けはあるの?」

明星「そ、そういう細かい事は気にしなくても良いんです!」

明星「今の論点は京子さんのセクハラ発言なんですからね!」

明星「こ、これは一体、どうやって償うつもりなんですか!!」

京子「もう償うのは確定なの?」

明星「お、乙女を辱めたんですから当然です!」

明星「霞お姉さまも間違いなく私の味方をしてくれるはずですとも!!」


京子「うーん…じゃあ、今日の帰りにお菓子でも…」

明星「…馬鹿にするのも大概にしてください」ムスー

明星「湧ちゃんや姫様じゃないんですからその程度で償いになるはずないじゃありませんか」

明星「大体…これは私の心に値段をつけるも同等なんですよ?」

明星「アレだけ辱められた上での賠償がその程度だなんて正直、心外です」

明星「即座に控訴を要求するレベルですよ」

京子「じゃあ、今度、霞さんの上映会フルコースに付き合うから…」

明星「それは京子さんの義務なので、賠償になったりしません」

京子「…義務なの?」

明星「義務です」キッパリ

京子「(…どうやら俺の知らない間にそれは義務になっていたらしい)」


明星「まったく…本当に京子さんは仕方ありませんね」

明星「あそこまで人の事を辱めておいて、何ら有効な賠償案を考えられないなんて」

明星「…ですが、私も決して鬼ではありません」

明星「こ、今回の分の…そ、その…償いも含めた案を私から出してあげましょう」カミノケクルクル

京子「案?」

明星「そ、そうです。京子さんには……え、えっと…ぱ、パワーの譲渡を言い渡します」カァ

京子「…それってつまり明星ちゃんの手を握れば良いの?」

明星「ば、馬鹿な事と言わないで下さい!」

明星「その程度で私の心の傷が埋まるはずないじゃないですか!」

明星「さ、さっきみたいに…ちゃんと…して…く、くださ…ぃ…」ポソポソ

京子「…さっきみたいって?」

明星「ひ、姫様みたいにです!!!」マッカ


明星「そ、そもそも…なんで分かってくれないんですか!」

明星「私の事抱きしめたいなんて言ったの、京子さんの方なんですよ!」

明星「ここは無理やりにでも抱きしめる場面じゃないんですか!?」

京子「え、いや、だって、明星ちゃん嫌がってたし…それにあれはあくまでも冗談で…」

明星「じょ、じょうだ…」フルフル

明星「い、いいいいいい、今更、そんな事通じるはずないでしょう!」プシュウ

明星「私はもう京子さんの所為でその気になっちゃったんですからね!!」

明星「ちゃんと責任取ってハグしてください!ナデナデも要求します!!!」ヒロゲ

京子「あ、はい」ギュゥ

明星「あ…ふぁ…♪」ブル

京子「…えっと…大丈夫?」

明星「だ、大丈夫なはず…ないじゃないですかぁ…」

明星「こ、こんな…京子さんにギュってされて…一杯…京子さんの身体…」

明星「…前よりもずっとずっと暖かくて…安心して…」

明星「すごく…落ち着き…ます…」ギュゥゥ


京子「…明星ちゃん」ナデナデ

明星「ん…♪」

明星「気持ち良い…です…♪もっとナデナデ…してください…♪」

京子「えぇ。分かったわ」

京子「(なんだこの超絶可愛い生き物)」

京子「(いや…勿論、今までも明星ちゃんは可愛かったんだけど…それとは方向性が違うというか)」

京子「(何時ものしっかり者でも霞お姉さまラブでもなくって…まるで子どもみたいに甘えてくれてる…)」

京子「(小蒔さんやわっきゅんでもここまで露骨に甘えてきた事は滅多にないんじゃないかって言うくらい)」

京子「(…これ俺が見ちゃって良い奴なのかな?)」

京子「(本来なら霞さんだけに見せるもんじゃないんだろうか?)」

京子「(…何か後ですごいぶり返しが来そうな気がして怖いんだけど…)」

京子「……京子さん…私…ちゃんと出来ると思いますか?」

京子「え?」

明星「ここまで湧ちゃんも姫様も自分の役目をしっかり果たしてきました…」

明星「…アレだけ絶望的な状況から始まったのに…二人ともとても頑張ってくれて…」

明星「お陰で今…永水女子はトップで…副将戦を迎える事になりました」

明星「だけど…私…皆みたいに誇れるようなものは何もなくって…」

明星「副将戦で戦う人は皆、私よりも強い人ばかりで…」

明星「…私…自信がありません…」

明星「ちゃんと京子さんにバトンを渡せる自信がないんです…」ギュゥ


京子「(…そうか。そうだよな)」

京子「(さっき明星ちゃん自身が言ってた通り…彼女の中で地方予選の事は完全なトラウマになってるんだ)」

京子「(副将戦が近づくに連れて目に見えて硬くなってたのは…決してただの緊張だけじゃない)」

京子「(決勝戦で格上を相手にするという似たシチュエーションに…どうしても不安を拭いきれなかったんだろう)」

京子「(こうして俺に甘えてくるのもその証拠…)」

京子「(こればっかりは霞さんにだって相談出来ない)」

京子「(霞さんは永水女子の監督のような立ち位置ではあるけれど、既に卒業して選手ではなくなっているんだから)」

京子「(彼女が求めているのは肩を並べて共に戦う仲間からの意見であり、心酔する霞お姉さまの言葉ではないんだ)」

京子「(そう言う意味では以前、彼女が泣いているところを慰めた俺が色々な意味で適任だったって事か)」

京子「(一度、俺に対して弱音を見せている以上、甘える事に対する心理的なハードルも低いだろうし)」

京子「(多分、霞さん達が俺に明星ちゃんの事を任せたのもそういう事を見抜いての事なんだろう)」

京子「(…さっきはその意図が読めなくて、ついつい冗談なんて言ってしまったけれど)」

京子「(そのお陰で…こうして明星ちゃんが弱音を見せてくれているんだ)」

京子「(ここは彼女が、そして皆が望んでいる通り…明星ちゃんを励ましてあげないといけない)」



京子「…そうね。確かに副将戦は一つの山場」

京子「白糸台の人は去年レギュラーでこそなかったものの、秋季大会からこっち安定して活躍してきているわ」

京子「阿知賀は一時期スランプに陥っていたみたいだけれど、その独特の打ち方は健在」

京子「ただ強いだけではなく、普段よりも違った意味での警戒を強いられる相手と言うのは明星ちゃんにはハードルが高いかもしれないわ」

京子「……何より清澄の副将はかつてのインターミドルチャンプ」

京子「他のメンバーの華々しい活躍に隠れてはいるけれど、彼女も今大会屈指の名プレイヤーよ」

京子「恐らくデジタル打ちで彼女に勝てるのは高校生レベルではまずいないでしょうね」

明星「…っ!」ビク

京子「…でも、私はまったく不安に思ったりしていないわ」

明星「…え?」

京子「確かに相手は強いかもしれないけれど…それは明星ちゃんだって同じ事」

京子「準決勝だってあの臨海や白糸台に囲まれて、プラス収支で帰ってきたじゃないの」

明星「でも、殆ど微増みたいなものですし…」

京子「あの二校に囲まれて微増で終わらせられるってだけでも凄いのよ」

京子「臨海は世界的に有力な選手をガンガン留学させている強力なチームだし…」

京子「白糸台は未だこの国で王者と呼ばれるに足る実力を誇っているわ」

京子「そんな二校の三年生に囲まれて、マイナスにならない雀士が一体、このインターハイでどれだけいると思う?」

京子「私は数えるほどしかいないと思うわ」


明星「でも、さっき大沼プロも私達は活躍出来ないって…」

京子「あら、でも、その大沼プロの予想に反して、湧ちゃんは大活躍したじゃないの」

京子「無論、それだけ無茶なことをやったのは事実だけど…でも、あの人の予想は絶対に覆らないものじゃないわ」

京子「そして私は明星ちゃんならその予想を覆す事が出来るとそう思ってる」

明星「…どうして…ですか?」

京子「…それは明星ちゃんがこれまで誰よりも頑張ってきたからよ」

明星「…ですが、努力が必ずしも報われるとは限りません」

明星「そもそも…これはインターハイなんです。努力しているのなんて当たり前で…」

京子「そうね。でも…明星ちゃんはこれまでベストを尽くしてきた」

京子「地方予選で自分の力不足を痛感して…ずっと自分の事を鍛え直そうとしてきた」

京子「違う?」

明星「それは……そう…ですけれど…」

京子「…私が貴女の事を信じるのは、そういうところよ」ナデナデ

京子「自分に厳しく、足りないところを補おうとする強い向上心」

京子「それがあれば、決して地方予選みたいな事にはならないわ」

京子「…不安なら私が保証してあげる」

京子「貴女は必ず全力を尽くして戦ってくれる」

京子「決して崩れたりせず、最後まで私達が誇れるような戦い方をしてくれるって」

明星「…京子さん」


京子「それでもまだ足りないって言うなら…幾らでもこうして抱きしめてあげる」

京子「明星ちゃんが安心出来るまで、自分の事が信じられるまで何度も大丈夫って言ってあげる」

明星「…面倒じゃ…ありませんか?」

京子「あら、可愛い明星ちゃんが珍しく私に甘えてくれたのよ?」

京子「面倒なはずないでしょう?」

京子「寧ろ、癖になるまで思いっきり甘やかしてあげたいくらいよ」

明星「…もうなってるかもしれません…」ポソ

京子「え?」

明星「…何でもないです…」

明星「それより…もうちょっと強く抱いて下さい…」

明星「…対局中も…京子さんの事忘れられないくらいに…」

明星「何時でも貴方の言葉を思い出せるくらい…強く強く…ギュって…してください…」

京子「…えぇ。勿論」

京子「明星ちゃんの望むがままに…ね」ギュゥ

明星「ん…♪」



京子「……明星ちゃん、そろそろ」

明星「ダメです…まだ…足りません…」ギュゥ

明星「もうちょっと…もうちょっとだけ京子さんのパワーを…」スリスリ

京子「えっと…私は別に構わないって言ってあげたいんだけど…そろそろ副将戦の開始時間だし…」

京子「それにね、その…とても言いにくいんだけど…」

霞「あらあら…まさか明星ちゃんがこんなになっちゃうなんて…」

巴「どうやら二人っきりにするのはかなり効果があったみたいね」クス

湧「こいは完全に京子酔いしちょるね」ニコニコ

明星「ふぇ…?」

京子「…あの、そろそろ時間だからって皆呼びに来てくれてて…」

明星「~~~~っ!」カァァ

明星「ななななななななな、何でもっとちゃんと言ってくれなかったんですか!!」

京子「い、一応、言ったのよ?言ったけど、明星ちゃん、全然、聞いてくれなくて…」

明星「そ、そんなの言い訳です!そういう時はちゃんと分かるまで言うのが当然のマナーじゃないですか!!」マッカ


明星「し、信じられません…霞お姉さまにこんなはしたないところを見られるなんて…」

明星「こ、こんなの何かの夢です…夢に決まってます…」ギュゥゥ

巴「…と言いながら京子ちゃんから離れる気配もないし…よっぽど気に入ったのかしら」クス

明星「気に入ってません!!は、恥ずかしいだけです!!」マッカ

霞「んー…でも、明星ちゃん、そろそろ本当に対局室に行かないと時間が危ないから…ね」

明星「…じゃあ、このまま対局室まで京子さんと…」

湧「そや余計じげんねと思っ」

明星「じゃ、じゃあ、どうすれば良いのよ…!?」

京子「えっと…さっきの事忘れちゃうとか…」

明星「あ、あんな気持ち良いの忘れられる訳ないじゃないですか!!」

巴「へ…へぇ」ドキドキ

霞「なるほど…気持ち良かったのね」ニコォ

明星「はぅっ!?」


霞「あらあら…明星ちゃんったら私達の知らない間に大人の階段を登っちゃったのかしら?」

明星「ち、違います!わ、私はただ…」

巴「ただ?」ワクワク

明星「そ、その…き、京子さんの胸も案外悪くないなって…そ、そう思っただけで…」

明星「ほ、他には何もしてません!て、天地神明に掛けて本当です!!」

霞「まぁ、ぶっちゃけ明星ちゃんも京子ちゃんもヘタレなんでそういうあれこれが起こるとは欠片も思ってないけれど」

湧「思たよい関係が進んだ…?」

明星「す、進んでない!き、京子さんの事なんか大嫌いだもの!」

明星「嫌い嫌い大嫌い!ホント、信じられません!!」スリスリ

湧「明星ちゃ…流石にそれは説得力なさすぎ…」

明星「うぅぅ…」

京子「…ま、何はともあれ…こうして皆も呼びに来てくれた訳だし…」

京子「時間が危ないのは事実だから、このまま一緒に対局室まで行く?」

明星「…………いえ、一人で行きます」

京子「大丈夫?」

明星「ば、馬鹿にしないでください。私は別に子どもでも何でもないんですから」

明星「そこまで京子さんに面倒を見てもらう必要はありません」

明星「…………でも、今、顔を見られるのは恥ずかしいですから廊下まではついてきてくれますか?」ギュゥ

京子「はいはい」クス



京子「はい。ついたわよ」

明星「…誰もいません?」

京子「えぇ。皆が控室の中で待ってるわ」

明星「嘘じゃないですか?」

京子「本当よ」

明星「本当の本当に…嘘じゃないですよね?」

京子「勿論」クス

明星「………じ、じゃあ…」ソッ キョロキョロ

明星「…………ふぅ」

京子「ふふ、そんなに顔を見られるの恥ずかしかったの?」

明星「あ、当たり前じゃないですか…特に霞お姉さまになんか…絶対見せられません…」カァァ

京子「今の明星ちゃんも何時もとそれほど変わりがある訳じゃないから気にしすぎだと思うんだけどね」

明星「…何時もと同じだったらここまで警戒するはずないじゃないですか」ポソ

京子「え?」

明星「な、何でもないですっ!」プイッ


京子「そう。じゃあ、気にしない事にするけど…明星ちゃん、大丈夫?」

京子「不安とか残っていないかしら?」

明星「まぁ…京子さんがしっかりとだ…抱き…しめて…くれましたし…」カァァ

明星「パワーとか…そ、そういうオカルト的な事を信じてる訳じゃないですけど…」

明星「で、でも…さっきよりは全然…自分の事を信じられそう…です」モジ

京子「そう。良かった」ニコ

明星「……むぅ」

京子「どうしたの?」

明星「……なんでそんなに余裕なんですか」

京子「え?」

明星「い、一応、私の事、結構な時間、抱きしめてたんですよ?」

明星「それなのに何か…そういう余裕綽々な態度を取られるのはふ、不公平です」

明星「私はあんなにドキドキ…あ、いえ、別にドキドキなんてしていませんけど…」

明星「でも…け、結構、色々と大変だったのに…」


京子「…まぁ、単純に春ちゃんや小蒔ちゃんにも良くしてるから慣れたって言うのもあるけれど」

明星「…へぇ」ジト

京子「待って。話はちゃんと最後まで聞いて」

明星「…別に聞かないとは言ってないですよ」

明星「そもそも別にその程度で不機嫌になる理由なんてありませんし」

明星「えぇ。どうぞ最後までおっしゃってください、プレイガールの京子さん」ジトト

京子「…まぁ、色々と突っ込みたい事はあるけれど、ここはお言葉に甘えさせてもらうとして」

京子「正直、私だってドキドキしていない訳じゃなかったのよ?」

明星「え?」

京子「…って言うか、さっきは色々と私も危なかったわ」

京子「明星ちゃんは魅力的だし…何時もよりも可愛かったし…」

明星「はぅ」カァァ

京子「あんなに強く抱きしめた事なんて春ちゃん相手でもなかったんだもの」

京子「正直、自分というものを保つので精一杯だったわ」

明星「…本当ですか?」

京子「こんな恥ずかしい嘘を、しかも、他の誰かが聞いてるかもしれない廊下でなんて言える訳ないじゃない…」カァ

明星「あ…え、えと…ごめんなさい…」


京子「と言うか、その辺、明星ちゃんにもバレてるものだと思ってたんだけどね」

京子「心臓の音とか絶対に知られてると思ってビクビクしてたんだけれど」

明星「そ、そんな余裕なんてありませんでしたし…」

明星「(…でも…そうか)」

明星「(京子さんも…ドキドキしてくれていたんだ…)」

明星「(…ちょっとだけ…えぇ…ちょこっとだけだけど…嬉しい…かな)」ニコ

京子「ふふ。機嫌治った?」

明星「ば、馬鹿な事言わないで下さい。別に最初から拗ねてた訳じゃないです」

明星「私はあくまでも冷静な視点から不平等さを訴えただけですから」

明星「そ、そもそもさっきの京子さんの証言を信じた訳じゃないですしね」プイ

京子「…と言われても、証言以上の何かがある訳じゃないし…」

明星「…あ、あるじゃないですか」

京子「え?」

明星「さ、再現実験です。さっきと同じシチュエーションで同じ事をすれば、少なくとも一つの情況証拠にはなります」

京子「……それってつまり…?」クス

明星「~~っ!わ、分かってる癖に…!」

明星「ほ、ホント京子さんは最低です!最低のクズです!!信じられません!もぉ!!」マッカ


京子「でも…ほら、立場的にも…ね?」

京子「ちゃんと言ってもらわないと色々と動けないから」

明星「くぅぅ……!」

明星「………………うびです」

京子「何か言った?」ニコ

明星「だ、だから…ご褒美です!」カァァ

明星「副将戦で頑張るんで終わったらまたハグしてください!」

明星「二人っきりでギュって思いっきり抱きしめて甘えさせて下さいって言ってるんです!!」

京子「えぇ。勿論、良いわよ」ニコ

明星「う…うぅぅ…こんなの辱めです…耐えられない恥辱です…」プルプル

明星「まさかこんな事を言わされるなんて…も、もうお嫁にいけません…!」クゥ

京子「大げさに考え過ぎじゃないかしら…?」

明星「お、大げさでも何でもありません!」クワ

明星「ですから…ち、ちゃんと責任…取ってもらいますからね…?」

明星「私が良いって言うまで…京子さんにもちゃんとドキドキして貰うんですから…」モジモジ

京子「えぇ。望むところよ」クス


「さて、副将最後の一人、永水女子の石戸選手はまだ対局室に姿を表しませんが…」

「時間も勿体無いので、先に大沼プロにこの副将戦の予想を聞いてみたいと思います」

「大沼プロはこの戦いが一体、どう展開していくと思われますか?」

秋一郎「そうだな…恐らく成績的には清澄と阿知賀の一騎打ちになる可能性が高いな」

秋一郎「三年の鷺森灼はここまで随分とスランプに陥っているように見えたが…今はもう完全に復帰してる」

秋一郎「準決勝までは気もそぞろと言う感じだったが…何か自分の中で吹っ切れるもんがあったのかもな」

秋一郎「元々、古臭い打ち方をするが実力のある雀士だったってのもあって、準決勝までとは同じようにはいかないだろうぜ」

秋一郎「原村和にはスランプはなかったが…その分、順当に成長していっているな」

秋一郎「去年の時点でも完成されたデジ打ちだったが、今年はさらにその枠を広げていっている」

秋一郎「神代小蒔とは真逆に、強さにブレを与えず、淡々と仕事をこなすその力は並のプロ相手なら互角に戦えるだろう」

秋一郎「高校生レベルの雀士じゃマイナスに追い込むのは中々に厳しいだろうな」

秋一郎「無論、残った二校も悪い選手じゃないが…どうしてもこの二人に比べると見劣りする」

秋一郎「白糸台は感性重視で高い火力を叩き出すが、去年の江口セーラほどじゃない」

秋一郎「永水女子は隙のないデジタル打ちだが、この卓にはほぼ上位互換の原村和がいる」

秋一郎「特に永水女子は神代小蒔の活躍によって現状、最下位からトップまで駆け上がったんだ」

秋一郎「大将戦での追い上げの為に狙い撃ちにされるのは必至だろう」


秋一郎「故に永水女子が気にしなければいけないのは、ほんの少しでも点を取る事じゃない」

秋一郎「どこまで失点を抑えた状態で大将にバトンを手渡すかが重要だ」

秋一郎「…ただ…ここは決勝戦で、しかも、副将を務めるのは地方予選で大崩れした石戸明星だからな」

秋一郎「地方予選と同じ轍を踏むまいと堪えるのか、また下手に攻めっ気を出して凹むのかは俺にもまだ分からん」

「あ、ここで件の石戸選手が対局室へと現れました」

「もうすぐ開始と言うギリギリの状況ですが…何やら顔が赤いですね」

「体調不良か何かなのでしょうか?」

秋一郎「いや、あのにやけっぷりからすると…ってこれを言っちゃ流石に可哀想か」

「え?そ、それって…」カァァ

秋一郎「…何を考えたか分からんが、流石に不健全な男女のアレコレはないと思うぞ」

「わ、分かってます、それくらい」プイ

秋一郎「はは。分かってるなら良いんだがね」

秋一郎「…ま、どうなるかは俺もちょっと心配だったが…どうやら杞憂だったみたいだな」

「石戸選手が現れなかった事による永水女子の不戦敗を…ですか?」

秋一郎「いいや。その辺りは流石に心配してねぇよ」

秋一郎「石戸明星はそこまでプレッシャーに強くはないが、弱い奴でもない」

秋一郎「今までの試合でも開始五分前にはきっちりやって来てるし、何か重大な理由がない限り、来ないなんて事はないと思ってた」

「ふふ。と言う事は永水女子のこれまでの試合はしっかりとチェックされてるんですね」

秋一郎「……決勝戦の解説になんて選ばれた以上、出場チームの試合をチェックするのは当然だろ」

「えぇ。そういう事にしておきましょうか」クス


秋一郎「…まぁ、やたらと含みのある言い方は気になるが…心配だったのは石戸明星のコンディションの方だよ」

秋一郎「また地方予選のようにガチガチに固まって、自分で視野を狭めるような打ち方をするんじゃないかとな」

「大沼プロは永水女子イチオシですもんね」

秋一郎「だから、そういうんじゃねぇと言ってるだろうに…」

秋一郎「ここで石戸明星が崩れたら、ようやく見えてきた永水女子の勝算がまた消えてしまうからな」

秋一郎「決着の見えた戦いを解説するほど退屈な事もないから、老い先短いジジイの時間を無駄にしない為にも出来るだけ面白くして欲しいってだけで…」

「はいはい。それで大沼プロとしては石戸選手のコンディションをどう思われたのですか?」

秋一郎「く……まぁ、良いか」

秋一郎「正直なところ…良いか悪いかで言えば、悪くはないってところだな」

秋一郎「少なくとも以前のように論外と言うような状態ではなくなってる」

秋一郎「…まぁ、よほど嬉しい事があったのか、若干、地に足がついていない感はあるが…」

秋一郎「石戸明星も雀士だ。試合が始まれば気持ちも切り替えられるだろう」

秋一郎「流石に前評判を覆しての大活躍…なんて言うのは無理だろうが、大崩する事はまずない」

秋一郎「少なくとも今の様子からはそう思えるな」


明星「……」ポー

「(…何なのこの子…)」

「(やたらと対局室に来るのが遅れたと思ったら…何処か浮ついてるし…)」

「(もしかして…副将戦の前に彼氏か何かとイチャイチャしてたとか…?)」

「(……ありうる。見るからに恋する乙女オーラが出てるし…)」

「(きっと終わったらご褒美頂戴とかそんな約束をしてきているんだ…!)」ギリィ

「(く…!私なんて白糸台での練習についていくのが大変で彼氏なんて出来た事ないのに…!)」グッ

「(そもそも…永水女子って日本有数のお嬢様校じゃないの?)」

「(彼氏なんて本来なら作っちゃいけない身の上でしょうに…!!)」

「(い、いや…別に嫉妬してる訳じゃないけどさ)」

「(私だって合コンとか行けば、すぐに彼氏作れるし)」

「(もう絶対に入れ食い状態だし…別に羨ましくはないけれど…)」

「(…でも、それはさておいても…この子にだけは絶対に負けたくない…!)」

「(高校三年間を麻雀にだけ捧げてきた私が…見るからに浮ついてますって状態の一年に負けられるはずがない…!)」

「(必ずトップから引きずり落として…泣かせてやる…!)」ゴゴゴ


明星「…ふふ」

和「(永水女子の人…体調でも悪いのでしょうか?)」

和「(さっきから時折、笑みを浮かべて…嬉しそうにしていますが…その顔はどこか赤いままですし…)」

和「(……でも、だからと言って仏心を出す訳にはいきませんね)」

和「(これから始まるのはあくまでも真剣勝負…決して負けられない戦いなのですから)」

和「(全ての決着がつくこの日に体調不良など本来ならばあってはいけない事)」

和「(悪いのはこの場にそんな体調で臨んだ彼女なのですから)」

和「(そもそも…現在の清澄は最下位で…他人に情けを掛けられる状態ではありません)」

和「(体調が悪いなら、その分、点棒を頂いていくまでです)」グッ

ビー

「よろしくお願いします」

灼「…よろしく」

和「よろしくお願いします」

明星「…ハッ。よろしくお願いします!」ペコリ

ってところで今日は終わります(´・ω・`)明日から副将戦書いて大将戦開始前くらいでまた投下する予定です
尚、今更言うまでもない事ですがこのスレのメインヒロインははるるです(´・ω・`)


それはさておき、定期的に立先生は二次創作活性化しそうなネタをくれますよね(´・ω・`)ハギヨシ19歳のインパクトには負けるけど他にもいろいろ気になるのが沢山
個人的には菫さんの実家がかなり金持ちだって言うのと和が東京の病院で麻雀覚えたと言うのが気になってます
まふふか或いははやりんかその関係で麻雀覚えてそうで(´・ω・`)まさかの三代目牌のお姉さんルートもありうる…?

と言いつつ寝ます(´・ω・`)続きは出来るだけ早く投下出来るよう頑張ります


乙です
菫様はお金持ち設定が公開された後、某スレの設定ではやりんの大ファンの為、はやりんの所属するハートビーツ大宮の株を買おうとしてたのに笑った

投下乙です。
誠子ちゃんが麻雀で活躍する姿あまり見ないから正直嬉しかった。

>>918
京子「……京子さん…私…ちゃんと出来ると思いますか?」

二重人格かな?(すっとぼけ)


ブログでどっちでもいいって書いてるし
とりあえず俺の脳内では淡と憧は大きいほうに固定してる

憧・淡=可変乳=SSS

つまり……分かるな?

おつおつー
秋星ちゃんかわいい!

>>865
あわあわが最後にヒロインになってたハーメルンのあれかw

あわあわもリベンジするっ!て思ってる相手は京ちゃん一筋なので負けヒロインと言ってもいいのではなかろうか

>>938
                     ’ ,          ';
                    i;,′,゚;          ;i

      ';              ,;;’ ,::;;          ヾ^';;..;;;'             \
      ゚,            ,;i;' ,;' ,;          _,.);;:/ヾ' ノ;,           ヽ\
 .,     i;    }:,  ,;'  ,..   ,;",;' /    ヾ;"    '" ;;.,,;   ',;'            }       ノ ``
 ::;;;;';.、   ;;    i;;;.,,.ノ;;;:'"   ,゚;.,;',  o  i,.,.,ノ} __ -- 、 ,);,,:;'           \`ー--'   ┃     \
 ;:;;;:;;;;;v.,  i;,   ;;:;;;.;:'"    /_/'=ニニニミノ';r''/´  ヽ  } >、;;;i      ,,;;"    \    ┃
 ';:;;.;:;;;.;;:;,,_,};;i/ ̄};;/、   /;;:;゚斗-≠=ミ>{   _ -- _ );;;;..,,,, '"     ,:;'     ヽ    ┃  ー┼__
  ';;:斗-―-'';i...,, ̄ヽ  ⌒>' /;:;;' /;;;'{  ゚/ _彡⌒VVVV∨;;'7'"ノ; /};.,'" ,:;";,      }    ┃    /|  )
 ´:_:_: : : : : : : : `ヽ;;,,;;X / /;;;;゚;/;:;'=ゝ-" 冫)V゙^ヽ! __,r〈|/;;';;' ;;':;( ノ;;;;,;',,,:;;'.;;:';;:;___ ノ     ┃
  -、  ̄ `ヽ:: : : : : :∨;;;,{ { ;;;;;;'/_|o ィテV'゙`′  r〈人Kヽ;;{/_/_';:;;;斗=ミ:;__;/_;:;:;;;:`ヽ      ┃   ‐匕_
 //) γ⌒ヽ\: : : :_:);;ノヽ| ;;;:v=V⌒<{ -―v―/'YYi}ヽ } } !,,;'゚: : `ヽ  ゝ_ /;:;''"  }     ┃   (乂 )
 ='-ミ乂__,;ノ   ̄  |;;Y    } |,,;i;,,,. Y l/| ,;\ V{_/}-く/;;:' : : : : : :}''"  __}_,.,;:;;:;:'"ノ     ┃
 ;;:..;:;;;:\        !;;;) 、_,ノ八;;;' `¨Lノ;;'、  `ー  `)/};;;;:;;;,,.;:': :./  ヽ  ,,.:;);;:<      ┃     ‐匕_
 ,,,;;;;:;";;:;;\       ノ;〈__ノ:::} ∨「!;;ト,,,.__ノ;;{`Y^ハ ___彡{;:;;;,,;;:;;;:;;'"/――…;;:;:;;,,.;:  ヽ           (乂 )
 ,,;rッ;;;;;;;'";;:;;丶___/;;;:;;;:;;;:;;/\ヽリ;;/;;;:/;;\;; Y__j_^Y^Yノ}´!: :_: 彡'  ―-ミ/;:;;;:;;;;..;:;ノ    l l  l
 /rッ ,:;;';;:;;/;/'゚7;;:;i;:/: :}/: : : . .`ミト=====≧x_ノ--<´ ,,';:;/    {_  ノ;:;;;;,..,/         ノ  ‐匕_
 ry,,:;;';;:;;;;;:' {;i  ';;;:;:;': :_,ィ: : : : : : `i  ____ r=': : : : : : : }''/;(,,,::;,.    /厂;:;;:;;;'''" ̄`ヽ     l7 l7  (乂 )
 ―-''"'':i rッ;'__) /   ノ: : : i: : : :.」 /: : : / /: : : : : : : : :ノ ∨{;,,,,'";,:;;:;'"'"|        i    o o
       :;_ノ´ -<: : : : :i: :-―: 、`="_,.._\: : : \`¨ /;,.;;:;;r''';;:;;,,..:ヽ,,,,/:;;;'"     /  --、       .-、 ト
 /  /    {   __<´: :),;トv{: : :/: } /: : : /: : <   /;;:;'c }ノ;:/ヾ;;∨ ';       / /   i / i  /;;:;';ヽ!;:;,
   /  ___斗-= ̄/ ̄ヽ;!;;:;;.;v';/"i';-彡': : : : : :.> /;;:/c ,;゚cY c;:;! };..,,    /"    /'    i ./..;:;;'"
    /   \   {     \'''7;:;i;/'/---=;;:;": : : }/c;'/ ̄二=ミ// };;:;;,,,,_             i/
   i      \ヽハ     ∨;;:;;,;;:;;;;`<__j'__ / ̄ ̄ヽ ̄ ̄`ヽ\: \c`ヽ:;;;;:;;..,,,
   i    / ̄ヽ___八   --、};;:;;;,;;::;;/=、;:;..,,,、   ,; } ̄\c 丶ヽ: :} / V;:;;:;;:;;;;;;;;...,,,
  __∧\ {    ∨ ̄\/   i ̄):;;/   \__ /≫x_)、ヽ: : : :} c c} }/⌒! i;:;'"ヾ;:;;{''" ゙゙''';;:;,,
 __/}  ー\    | !  i \ /`Y;;;:;};/;!__ i   ヽ:;;,,' ` 、))___)斗''"  / /    ヾ:;;,,
    ヽ }     ̄ ̄ 冫--、  ヾ  ̄∨:/-{/ ハ  ノ;;:;..:       、   / /
 ⌒ヽ i/     i__ノ;;:;/ ̄`ート .  i': : : :_:_>!__/ ノ:;;;:;,., '';;::;;;,,     <'"´







し .ク /
っ .ロ \
か コ /
り .ダ \
し .イ /
ろ .ン丶               ,,ァ--‐,''""'ニ‐、,,___

!/ ̄            ,,iニ7"'''メ、、ヽ,,-‐'´ ミ、`'"、`'i、
∨     ,-‐"゙'‐y'i‐'"i´i゙´゙,i'゙ァ"\;;;;;l_l_ノ ミ-‐''",; _,‐゙'くi,|        三回は見直ししたはずなのに…
    /ヽ丶、,_|.::|  |::| / /   .::_;;::,_〈 ,,゙ミ"゙,/゙r,,゙゙'''o"o'ヽ

    / __,,>Θ'´ '゙""''''"'| 〈   i'´:::く´,|",, /ミ /ミi‐--‐'゙プ/
   '"´          | 〈l   |  く´ `|, /゙,"|,,-'i三 "゙トニ、,/`゙゙‐,
             _,-゙i,  〈|  \,,|_∠i、,‐/  ゙i、ミ :;',,,'',,'  i'
         _,-、,,;‐":、 'i;、 `;、       ̄`゙゙'ヽ、 ゙'''‐-'''""`''´
        /ii )),::::';   >-、,'、,,________    \
        '` ii  ,‐ノ::ノ-‐'"     ゙´`'´゙"

>>937
それで透華と株の奪い合いになったりしたら泥沼一直線ですね…(´・ω・`)ちなみに何処のスレでしょう?
最近、よそさまのスレ殆ど読めてないんで(´・ω・`)割と置いてけぼり感が

>>938
け、決勝戦では活躍するから(震え声)
まぁ、能力的にもかなり強キャラですし、準決勝は運が悪かったみたいなもんですしね(´・ω・`)

>>939
同じく淡は大きい方で固定されてますが憧の方は私の中でも可変乳ですねー
憧は貧~普通くらいが一番美味しい気がするので(´・ω・`)ギリギリ挟める(意味深)くらいが良さそう?

>>940
淡が増量した分、菫さんの分が減るって事ですね分かりません(´・ω・`)
でも、菫さんもどっちでも美味しいキャラですよね(´・ω・`)キャラの造形的には巨乳のほうが好きだけど、貧乳設定も嫌いじゃない私が

>>942
だんだんデレ明星モードに近づいていっているキャラなのでそう言ってもらえると嬉しいです(´・ω・`)ある意味、一番、ヒロインらしいヒロインやってますし
でも、メインヒロインははるるです(´・ω・`)ち、ちゃんとこれから見せ場もありますし…(震え声)

>>944>>945
アレです
まぁ、私はあのエンディングは最後、ヒロインズが京ちゃんのお嫁さんになったルートだと思っているので(´・ω・`)負けヒロインなんていなかったんだよ!!!!111



>>947
横レスだけど多分阿知賀個人戦スレだろねぃ

しっかしまあ正ヒロインのはるるがかわいい
地味だけどめちゃかわいい

>>947
株云々は見学スレです

穏乃「個人戦、見学していくんですね!」【咲ーSaki-】
穏乃「個人戦、見学していくんですね!」【咲ーSaki-】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1429626227/)

そこまで株について大々的に取り扱ってる訳ではないので、期待はしない方がよいかと
あのスレの菫様のはやりんファンぷりはヒドイ(誉め言葉)

>>946に追い討ちかけるようであれだけど>>817にも
初美「誰一人として初美ちゃんの事責めている人なんかいません」
ってあってせっかくの場面なのにワロタ

今日は投下なしかな

>>950
関係なさすぎるしぶっちゃけ宣伝に見える

ここの咲さん一通り終わって平和になったら京ちゃんからオシャレとかお化粧とか教わりそう
納得いかないけどあまりにも手際がいいし上手だから女として敗北しそう

毎回怒涛の投下量で読み応えあるなあ
安価もいいけどこの形式も楽しい
あと明星ちゃんかわいい件

>>953

  三           三三
      /;:"ゝ  三三  f;:二iュ  何で>>817をもっと見直ししなかったんだ!!

三   _ゞ::.ニ!    ,..'´ ̄`ヽノン
    /.;: .:}^(     <;:::::i:::::::.::: :}:}  三三
  〈::::.´ .:;.へに)二/.::i :::::::,.イ ト ヽ__

  ,へ;:ヾ-、ll__/.:::::、:::::f=ー'==、`ー-="⌒ヽ
. 〈::ミ/;;;iー゙ii====|:::::::.` Y ̄ ̄ ̄,.シ'=llー一'";;;ド'
  };;;};;;;;! ̄ll ̄ ̄|:::::::::.ヽ\-‐'"´ ̄ ̄ll




          oノ oノ
          |  |  三
 _,,..-―'"⌒"~⌒"~ ゙゙̄"'''ョ  ミ
゙~,,,....-=-‐√"゙゙T"~ ̄Y"゙=ミ    |`----|

T  |   l,_,,/\ ,,/l  |
,.-r '"l\,,j  /  |/  L,,,/
,,/|,/\,/ _,|\_,i_,,,/ /

_V\ ,,/\,|  ,,∧,,|_/




>>949
私がネタ振った上で恐縮なのですが直リンクはマナー上、あまりよろしくないので避けた方が良いかもです
>>948さんのようにヒントだけ与えれくれればこっちでも探しますから(´・ω・`)ゴメンナサイ
でも、これで探しに行く手間が省けたぜヤッター!またあとで読みに行きます


>>954
あ、ごめんなさい
とりあえず書き終わったところは全部投下終わったのでまた少しの間投下ありませぬ
来週頃にはまた投下出来ると思いますが…今のペースなら恐らく火曜日くらいには…(´・ω・`)あくまでも予定ですが

とりあえず次スレです
【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」霞「その6よ」【永水】 - SSまとめ速報
(ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433655968/)

セッション延期になったんでこっちはもしかしたら今日投下出来るかも…?

>>948
遅れましたが、ヒントありがとうございます、助かりました
そしてはるるを可愛いと言って下さりありがとうございます(´・ω・`)皆、明星ちゃんばっかり可愛いって言ってたのでやっぱり重すぎたかと若干後悔してましたの

>>955
宣伝リンク張られるほど私のスレは人気じゃないだろ!!(´・ω・`)更新速度も鈍いゆっくりスレですしね

>>956
凄く面白そうなんで後でちょっと書いてみたいと思いました(´・ω・`)ネタ貰っても良いです…?
と言うか本編があまりにも重すぎるのでちょっと息抜きがしたい…(震え声)

>>957
なんだかんだで一ヶ月以上お待たせしてますしこれでもまだ少ない方なんやで…?(小声)
まぁ、一応、更新滞ってた理由がなくなったんでこれからは大丈夫だと思いますが
そして明星ちゃん可愛いと言ってくれてありがとうございます(´・ω・`)最近、デレ化に歯止めが掛からない…



で、見直し終わったんで今から始めます(真顔で)
それと何時も以上のグラヴィティ注意です


灼「(…出来れば永水女子はあのままでいて欲しかったんだけれど…)」

灼「(流石に開始のブザーがなれば…気持ちも切り替わる…か)」

灼「(さっきのままだと容易く勝てそうだったから…ちょっと残念かな)」

灼「(……ま、立ち直ったものは仕方ない)」

灼「(それよりも…この卓には誰よりも警戒しなきゃいけない子がいるんだから)」チラッ

和「…」トン

灼「(…原村和。一昨日のインターミドルチャンプであり、去年のインハイでも一年とは思えない活躍をした清澄の中核)」

灼「(穏乃ちゃん達の昔の友だちである彼女は…本当に強…)」

灼「(同じ一年に宮永さんと片岡さんがいるからあまり目立ちはしないけれど…)」

灼「(目立たないと言うだけでとても強くて…彼女がマイナスで終わった事なんて殆どない)」

灼「(インハイだけじゃなく秋季大会とかでも当たった事はあるけれど…その手堅さに何度、歯がゆい思いをさせられた事か)」

灼「(元々高かった実力をこの一年磨きに磨いてきた彼女は間違いなくこの卓一番の強敵…)」

灼「(三年ブーストとかそんな事に胡座をかいていたらあっさりと負けてしまう)」

灼「(白糸台や永水女子の方もこれまでインハイで戦ってきた相手とは比べ物にならないほど強いけど…それでも原村さん程じゃな…)」

灼「(元々、点数状況とか見ない子だから…永水女子じゃなく、こっちにも容赦なく直撃させてくるだろうし…)」

灼「(出来るだけ警戒はしておいた方が良…)」

灼「(…まぁ、何はともあれ…)」

灼「ロン。3900です」

明星「…はい」


明星「(…振り込んじゃった…)」

明星「(六巡目…ほぼ事故のような形ではあるけれど…)」

明星「(いきなり3900の直撃は痛いなぁ…)」フゥ

明星「(でも…どうしてかな)」

明星「(地方予選の時にこれほどの直撃を受けたら、心が揺れていたのに…)」

明星「(今は心がとても落ち着いている)」

明星「(このくらいならば全然大丈夫とそう思える自分がいる)」

明星「(…多分、それは地方予選の時と違って、こっちがリードしているから…だけじゃない)」

明星「(そもそも…私の目の前にいるのはあの時同卓した人たちよりも一回り以上強い雀士ばかりなんだから)」

明星「(姫様が必死に作ったリードなんて隙を見せればすぐさま奪われてしまうはず)」

明星「(だからこそ…私は油断も慢心もしていない)」

明星「(この損傷が軽微だと笑っていられるほどの余裕もない)」

明星「(それでも…こうして落ち着いて構えられるのは、きっと後ろに京子さんがいてくれる所為)」

明星「(…あの人ならきっと大丈夫だって…私は心から信じてる)」

明星「(勿論、大将戦で待っているのはとても強い人ばかりで…)」

明星「(京子さんにとって因縁深い相手もいて…)」

明星「(…でも、その人と会っても、今の京子さんは決して崩れたりしない)」

明星「(自分の麻雀を最後まで貫いてくれる)」

明星「(根拠もないはずのそれを私は欠片も疑ってなくって…)」


明星「(…おかしいね)」

明星「(会った時は正直、頼りないって印象が強かったのに…)」

明星「(私は今、こうして京子さんの事を心から頼りにしている)」

明星「(まったく興味なかったはずの人に…甘えてしまっている)」

明星「(…でも、今の私はそれが嫌じゃなくて…)」

明星「(寧ろ…心の何処かでそんな自分を悪くないなんて思っていて…)」

明星「(こんなの…昔の私からは考えられなかったくらい)」

明星「(湧ちゃんだって…数少ない私の友人だって…きっとここまで頼りにした事はなかった)」

明星「(例外は…霞お姉さまだけ)」

明星「(天児となった霞お姉さまの代わりに石戸の子を残す為、引き取られた時から…)」

明星「(私の事をずっとずっと守り続けてくれた霞お姉さまくらいに…)」

明星「(京子さんの事を大事な人だと…そう思い始めてる)」



明星「(ま、まぁ…別に好きとかそういうんじゃないけどね)」

明星「(京子さんやたらと格好つけで、天然タラシな癖にヘタレだし…)」

明星「(そういう対象としてはNO。絶対にノゥよ)」

明星「(そ、そもそも…私が愛しているのは霞お姉さまだけだから)」

明星「(京子さんを大事に思っているというだけであって、別に心動かされたりはしない)」

明星「(そこまで私は浮気症でもチョロくもないんだもん)」

明星「(……でも、まぁ…京子さんが私の事が好きと言うのならば…か、考えなくも…ないけれど)」ポッ

明星「(石戸と須賀はどちらも神代にとって大事な家系だから…子を残す義務もあって…)」

明星「(ほ、本当は霞お姉さま以外とそういう事するのを考えるだけでも嫌だけど…)」

明星「(でも…京子さんなら…私も気心が知れているし、が、我慢出来ると言うか…)」

明星「(そ、それにほら、京子さんはアレで大きい胸が好きな人だから)」

明星「(…わ、私はそういう意味では条件に一致するし…ま、まぁ…霞お姉さまほど大きくはないけれど…)」

明星「(それでも世間で言うところの巨乳カテゴリーには入るはず…!)」

明星「(…まぁ、この卓では二番目なんだけど)」チラッ

和「…」ユサンッ


明星「(…と言うか、原村さんが大きすぎるのよね)」

明星「(何なのアレ…)」

明星「(去年だって凄かったけど、今年は輪をかけて大きくなってるし…)」

明星「(流石に霞お姉さまにはまだ及ばないけど…この勢いで成長してたら来年には肩を並べそう…)」

明星「(それにすっごく綺麗なのに、何処か可愛らしい顔立ちをしてて…)」

明星「(…京子さん、絶対、こういう人タイプよね…)」

明星「(京子さんの事だから、きっと清澄にいる時に原村さんのエプロン姿とか妄想してたはず…)」

明星「(ううん…もしかしたら新婚生活だってイメージしてたかも…)」

明星「(…………何か、そう考えてたらイライラしてきた…)」

明星「(別に原村さんは悪くないけど…全然、悪くはないんだけど…)」

明星「(何とか清澄をさらに堕とす方法ないかな…)」ジィィィ

和「…?」キョトン

明星「(まぁ…ないよね…)」

明星「(実際…ホント、隙がないもん)」

明星「(卓上は刻一刻と変化していっているのに相変わらずの即断即決っぷり)」

明星「(迷う仕草さえ見せない早い内回しは…後から牌譜にしても、まったく赤ペンが入らない)」

明星「(まるで私達の手牌から山まで全て把握しているようなそれにはかなりのプレッシャーを感じる…)」

明星「(計算して早打ちしてる訳じゃないって話だけど…正直、結構、辛い)」

明星「(一打一打に時間を掛けても、原村さんと同じ土俵にさえ立てない私には…格の違いを思い知らされてるみたいだもん…)」


明星「(しかも…これでまだ全開じゃないとか勘弁して欲しい…)」

明星「(京子さん曰く…のどっちモードに入った時はもっと強くなるらしいし…)」

明星「(下手に直撃を狙おうとしても、無駄になるだけ)」

明星「(唯一、出来る対抗策としては…パソコンのNPCと思え…だったっけ)」

明星「(選手や敵ではなく自動で麻雀をする機械のように思って、決して張り合おうとしない事)」

明星「(崩れない原村さんに立ち向かったところで徒労どころか、こっちの方が無意味な出費を強いられる)」

明星「(勿論、相手の警戒は必要だけれど、意識をしてはいけない)」

明星「(…逆に私が意識しなければいけないのは…彼女の方)」チラッ

灼「…」トン

明星「(阿知賀の鷺森さん…特徴的な打ち方をする人)」

明星「(少し古いスタイルではあるけれど、それは決して彼女が弱いという事にはならない)」

明星「(先鋒の松実さんのようにオカルトを持っている訳ではないみたいだけれど…)」

明星「(ピンズで張った時の和了率はかなりのものだし…)」

明星「(メジャーなデジタル打ちとはちょっと異なる構え方をするから、いつもの調子で手を読んだつもりになっていると危険)」

明星「(勿論、これまでに彼女の特徴的な打ち方を頭に入れる為に牌譜はおおよそ記憶してきたけど…)」

明星「(それでも序盤に振り込んでしまったように…完璧な対策にはならない)」

明星「(準決勝までは不調みたいだったから、あまり驚異には映らなかったけど…)」

明星「(今のこの人は…完全にスランプから脱してる…)」

明星「(決して格下の私が甘く見れるような相手じゃない)」

明星「(…でも、こんな短期間で一年続いた不調が治るなんて…一体何があったのかな…?)」


灼「(ハルちゃんハルちゃんハルちゃんハルちゃんハルちゃん…)」

灼「(これが終わったらハルちゃんとデート…デートデート…!!)」

灼「(…まぁ、ハルちゃんは電話では打ち上げって言ってたけど…)」

灼「(でも、今はそんな事はどうだって良い。重要な事じゃな…)」

灼「(きっと今回もハルちゃんは恥ずかしがって、素直じゃない表現をしてるだけ)」

灼「(だから、私が今、ここで考えるべきは…一年ぶりに直接会えるハルちゃんがどれだけ素敵になっているか…!)」クワッ

灼「(勿論、これまでハルちゃんが出てる試合や番組は全て録画して何十回と見ているけれど…)」

灼「(やっぱりナマハルちゃんには敵わな…)」ウットリ

灼「(あぁ…早くハルちゃんに会いたい…会いたい会いたい会いたい…)」

灼「(ハルちゃんがいなくなってから滞ってたハルエンの補充をしたくてしたくて仕方がない…)」

灼「(…でも、その為には…まず彼女たちから何とかしないと)」

灼「(ハルちゃんがデートに誘ってくれたお陰でハルエンの補給が出来たから…スランプも抜けたみたいだけど…)」

灼「(それで安心出来るほど彼女たちは弱くないんだから)」

灼「(デートでハルちゃんにナデナデして貰う為にも…ヨシヨシして貰う為にも…ハグハグして貰う為にも…)」

灼「(ついでにこれまで頑張ってきた玄達の為にも…ここは勝つ…!)」

灼「(勝って…最高の状態で私達の大将にバトンを繋ぐ…!!)」

灼「ツモ。1300オール」



和「(…鷺森さん、気合入っていますね)」

和「(準決勝では不調感が抜けきらなかったので若干、心配もしていましたが…どうやら余計なお世話だったみたいです)」

和「(完全に気持ちを切り替えて、勝ちに行こうとしていますね)」

和「(こんなに気合の入った鷺森さんを見るのは…本当に一年ぶり)」

和「(去年同じ舞台で戦った時からですね)」

和「(それに良かった…なんて思っている場合ではありませんか)」

和「(現在、清澄は三位…トップである永水女子との点差は3万点近くあります)」

和「(あの子は泣いて謝っていましたが…この点差は致し方ありません)」

和「(ちょっと神代さんの運が良すぎただけなのです)」

和「(天文学的数字ではありますが、麻雀をやっていればああいう事もあるでしょう)」

和「(だからこそ、私がここでするべきは…あの子を責める事ではありません)」

和「(この点差を出来るだけ縮め、咲さんに次を託す事)」

和「(フラットな状態からならば決して負けないであろう咲さんの為に…ベストな状況を作る事)」

和「(その為にも…私は…)」フッ


和「…」ポー

明星「(っ…!来た…のどっちモード…!)」

明星「(ここからが本当の…原村さんの本気…!)」

明星「(正直…今までも結構、キツかったけど…ここからが本番って事だよね)」

明星「(…それを思うと…もう少し攻めておいた方が良かった気がしなくもないけれど…)」

明星「(でも…この状況で下手に攻めっ気を出しても…手痛い反撃を喰らうイメージしか沸かない)」

明星「(地方予選の時なら…それでも攻めに行ったかもしれないけど…)」

明星「(京子さんの事を信じられなかった時なら…私はあの時と同じ失敗を繰り返していたかもしれないけど…)」

明星「(でも…今の私は京子さんの事を心から信じてる)」

明星「(……今も私の身体に残る京子さんの熱が…大丈夫だって言ってくれてる)」スッ

明星「(だから…私はここで攻めたりしない)」

明星「(春さんがボロボロになってでも、何とか護って…)」

明星「(湧ちゃんが目を疑うような賭けをしてまで取り返して…)」

明星「(そして姫様が一位になれるまで積み重ねてくれた点棒を…守り切ってみせる!)」

明星「(…一点でも多く京子さんに残せるように…自分の気持ちを抑えて…)」

明星「(最後の最後まで…守り続けるんだ…!)」


灼「(く…永水女子の子が手堅…)」

灼「(地方予選の時は下手に攻めっ毛出して炎上してたけど…今回はそんな気配がまったくない…)」

灼「(完全に自分をコントロールして護りに徹しようとしている…)」

灼「(点棒を稼ぐんじゃなくて、少しでも多く残す為の打ち方)」

灼「(最下位である阿知賀にとっては…一番面倒な展開だよね)」

灼「(そもそも私は決して高い火力を連発する系の雀士じゃないし…)」

灼「(ツモじゃどうしても永水女子のリードを奪えきれな…)」

灼「(…でも、だからって諦めるつもりはない…)」

灼「(私はこれでも…阿知賀の部長なんだから)」

灼「(私は決して良い部長じゃなかったけど…皆、ここまでついてきてくれた)」

灼「(不調続きの私を支えて…そして頑張ってきてくれた)」

灼「(そんな皆に…報いてあげたい)」

灼「(ごめんって穏乃の胸で泣いてた憧を…励ましてあげたい…)」

灼「(何より…ここから逆転なんて出来たら絶対にハルちゃんは褒めてくれるはずだから…!)」

灼「(その防御の上から…もぎ取る…!)」

灼「(ツモでも何でも良いから…一点でも多く奪いとってやる…!)」

灼「ツモ!1000・2000!」


「副将戦終了です」

「収支トップは阿知賀の鷺森選手。怒涛の和了で+一万点以上もの点を稼ぎました」

「二位は清澄の原村選手で、約八千点の黒字」

「三位は白糸台ですが、ここは5400点のマイナス」

「最下位の永水女子は約一万五千点を奪われました」

「現在の総合成績は、一位永水女子、二位白糸台、三位清澄、四位阿知賀となっていますが…」

秋一郎「ほぼ差がない団子状態だな」

秋一郎「僅かに永水女子がリードしてるが、最下位から見ても点差は二万点もない」

秋一郎「まさかここまでフラットな状態で大将戦に入る事になるとはな…」

「流石にこの展開は大沼プロも予想外だったでしょうか?」

秋一郎「まぁ、正直な話、ここまで永水女子が良い勝負出来るとは予想してなかったよ」

秋一郎「先鋒戦が終わった時の絶望的だってコメントは本心からのものだったからな」

秋一郎「だが、そこから十曽湧が思った以上に奮闘し、神代小蒔に至っては俺の予想を完全に覆してみせた」

秋一郎「ホント、解説として自信をなくさせる憎らしい奴らだぜ」

「…そう言っている割りには嬉しそうに笑っていますが」クス

秋一郎「あぁ…確かに嬉しいよ」

秋一郎「もう俺ァジジイだが…それでも未だ一人の雀士で男なんだ」

秋一郎「インハイの決勝戦…それも化け物とダークホース揃いの戦いを解説出来ると思うとワクワクしてる」

秋一郎「ほぼフラットに近い状態から一体、どんな戦いになるのか…俺も楽しみで仕方ねぇよ」



「ふふ。では、そんな大沼プロは今回の副将戦をどう見られますか?」

秋一郎「そうだな…。やっぱり鷺森灼が強かったってところか」

秋一郎「永水女子の防御の上からツモ和了でガリガリ削っていくのはまさしく執念だった」

秋一郎「この副将戦でMVPと言えば、間違いなく鷺森灼だっただろう」

秋一郎「清澄がここまで永水女子と肉薄出来たのも、鷺森灼の活躍あってこそだな」

秋一郎「勿論、原村和も悪くはなかった」

秋一郎「相変わらず和了れるところで和了る空気の読めなさだったが、やはり手の早さと綺麗さはピカイチだな」

秋一郎「最適解を最速で進んでいくその打ち方は麻雀のお手本みたいだ」

秋一郎「デジタル打ちの理想と言っても良い領域に片足突っ込んでるし…意外と本を出しても面白いんじゃねぇか?」

「確かに原村選手監修の教本とか男性雀士に売れそうですね」

秋一郎「水着ピンナップでもつけてりゃ雀士以外にも売れるかもな」

秋一郎「ま、それはさておき…原村和もスランプから復調し絶好調だった鷺森灼に負けない活躍っぷりだった」

秋一郎「主に永水女子を削ったのは鷺森灼だが、それはツモメインでの話」

秋一郎「下手な雀士なら稼ぎ負けてマイナスに転落してたはずだ」

秋一郎「実際、白糸台も稼ぎ勝負に出てたが…結果は五千以上の赤字を出してる訳だからな」

秋一郎「収支そのものは地味だが、永水女子との点差を大きく縮めた事を考えれば、間違いなく副将としての仕事はしてるよ」


秋一郎「まぁ、一番頑張ったのは鷺森灼や原村和でもなく、石戸明星だろうけどな」

「そうなのですか…?」

「今回の彼女は和了りなしでてっきり大沼プロから酷い評価をされると思っていたのですが…」

秋一郎「勝たなきゃいけないところでそれだったら俺も評価したりしねぇよ」

秋一郎「ただ、副将戦前に言った通り、今回の石戸明星がするべき仕事は出来るだけ失点を防ぐ事だった」

秋一郎「ほんの僅かでも点数を稼いでリードを維持するんじゃなく、一位から引きずり降ろそうとする三校から逃げ切る事だったんだ」

秋一郎「そういう意味じゃ石戸明星は良く仕事したと思うぜ」

秋一郎「周り全部が格上、しかも、原村和以外は自分を狙い撃ちにする状況だ」

秋一郎「そのプレッシャーは恐らく何度も石戸明星の心を揺さぶっただろう」

秋一郎「だが、あの嬢ちゃんは一度足りとも自分の打ち方を変えず、防御に徹してみせた」

秋一郎「決勝戦っていう大舞台で仕事を果たす事が出来ない雀士が少なからずいた中で…」

秋一郎「ただ人並みよりも優秀なだけの一年生が自分の仕事を完遂したんだ」

秋一郎「確かに焼き鳥で一万五千の赤字と情けない結果ではあるが…そんなもんは関係ねぇよ」

秋一郎「未だに永水女子が一位として総合成績の中に表示されている」

秋一郎「それが石戸明星が頑張ったっていう何よりの証拠だと俺は思うぜ」

秋一郎「…地方予選の時はあまりチームメイトを信じきれていないイメージがあったが…」

秋一郎「ここまで戦ってくる中で…良いチームになったみたいだな」


咲「ふふんふんふんふーん♪」

和「…あの、咲さん」

咲「どうかした?」

和「すみません。あまり永水女子との差を詰められなくて…」ペコリ

咲「…あぁ、そんな事」

咲「良いんだよ、気にしなくても」

咲「そんな事、どうでも良いんだから」ニコ

和「…どうでも良いって…」

咲「それより和ちゃん、私、髪の毛大丈夫?」クル

咲「変な寝癖とかついてないかな?」チラッ

和「それは…ありませんけれど…」

咲「ふふ、良かった♪」

咲「これで『京ちゃん』にも会いにいけるね」ニコー



和「っ…!咲さん…!真面目にやってください!」

和「ここまで私達が来たのは決して自分たちだけの力ではないんですよ!」

和「後援会からの支援や学校の皆からの応援があってこそなんです!」

和「昨日だって練習があったのに、いきなり美容室に行くなんて言い出して…」

和「その上、当日に至ってまで点数じゃなく見栄えを気にするとか…不真面目にもほどがあります!」

咲「…不真面目?」スゥ

和「っ!」ゾッ

咲「…ねぇ。和ちゃん、私の何が真面目じゃないのかな?」

咲「私は…これまでずっと頑張ってきたんだよ」

咲「この瞬間の為だけに…私は一年間、頑張り続けてきたのに」

咲「それが報われる瞬間を楽しみにするのが真面目じゃないって…どういう事なのかな?」

咲「私は…そうやって楽しむ事さえ許されないの?」

咲「この一年間、ずっと楽しみにしてた瞬間をしかめっ面で迎えなきゃいけないほど他人の期待って大事なの?」

和「それは…」

咲「…だったら、私、麻雀なんてしたくない」

咲「もう今日で麻雀なんて辞める」スタスタ

和「っ!咲さん!!」


咲「…何?」クル

和「(怖…い…)」

和「(まるで底の見えない…井戸みたいな瞳…)」

和「(きっと今の咲さんには…須賀君の事しか映っていない…)」

和「(彼女の心の大半は…きっと彼で埋め尽くされているんでしょう…)」

和「(でも…私は…それでも言わなければいけません)」

和「(これまで内心、気づきながら逃げていた事…)」

和「(今更だとは自分でも思います)」

和「(後輩だけではなく、私にとっても恐ろしくなりつつある咲さんが…)」

和「(それを指摘してしまった時、どうなるのか怖くて…ずっと動けなかったんですから)」

和「(でも…今を逃せば…きっと彼女はもう後戻り出来ません)」

和「(このおかしな状態のまま決勝の舞台にあがってしまうでしょう)」


和「(だけど…それは決して咲さんの為にはなりません)」

和「(今も尚、親友だと思っている彼女が…きっともっとおかしくなってしまうだけ)」

和「(まだギリギリの部分で理性を残している彼女が…このまま進めば壊れてしまうだけ)」

和「(だから…私が…)」

和「(さっきのように迂遠な言葉ではなく…直接、彼女に…)」グッ

和「須賀京子さんは須賀君ではありません!」

和「彼女に須賀くんの事を重ねるのはもう止めて下さい!」

和「須賀くんじゃなくて…目の前の大将戦を見据えて欲しいんです!」

咲「…そう」

咲「所詮、和ちゃんもその程度なんだ」フッ

和「あ…」

和「(…咲さんの目、怖くなくなって…)」

和「(違う…コレは…分かってくれたんじゃありません…)」

和「(私…失望…された)」

和「(本当に心の底から興味を失われて…)」

和「(どうでも良いと…そう思われてる…瞳…)」

和「さ、咲さ…」

咲「じゃあ、私、『京ちゃん』と会わなきゃいけないから」スタスタ

咲「ばいばい」ガチャ    バタン


初美「…そろそろ戻らなくても良いのですかー?」

春「……」

初美「今、戻れば決戦前に京子ちゃんを励ますって役目を明星ちゃんに取られずに済むですよー」

春「…」フルフル

初美「…まだ決心がつかないですかー?」

初美「湧ちゃんと姫様の活躍で逆転出来ましたし…明星ちゃんのお陰で一位は堅守できています」

初美「もうはるるが自分を責める必要なんて何処にもないのですよー」

初美「これから先は大将戦…決勝戦も本当の意味で大詰めになって来た訳ですし…」

初美「控室で皆と一緒に応援してる間にやな事なんて忘れてしまうはずです」

春「…でも、私、京子になんて声を掛ければ良いか…」

初美「んなもん、私の為に馬車馬のように働けでも何でも良いのですよー」

初美「大事なのはあのヘタレに気持ちを背負わせてやる事なのです」

初美「京子ちゃんはヘタレですが、人の期待には全力で応えようとしますし…」

初美「実際、それで結果も出してきているんですから、はるるの気持ちもあのヘタレに預けてやるべきなのですよー」



春「…初美さん、結構、京子の事評価してる…?」チラッ

初美「あ、私、京子ちゃんにはそういう感情、まったくないんで安心してください」キッパリ

初美「良い子だとは思いますが、最初のナヨナヨ期も見てきていますし」

初美「私にとって京子ちゃんは出来が良いのか悪いのか良く分からない妹ポジションですよー」

初美「……でも、はるるにとっては違うでしょう?」

春「……」

初美「こうやって調子を崩してしまうほど京子ちゃんの事が好きなんですから」

初美「京子ちゃんに掛ける言葉をこれほど迷うほど想っているんですから」

初美「私は恋なんてした事ないですが…それでも今はその気持ちに正直になるべきだと思うですよー」

春「…初美さん」

初美「……ま、もう言いたいことはあらかた言いましたしね」

初美「ここで無理に連れ帰っても意味はないですし、後ははるるの心に任せるのですよー」

春「…………私…は」ギュゥ


明星「(…ふぅ。何とか一位を堅守出来たけれど……)」

明星「(…二位との点差は5000点もないような状況)」

明星「(姫様が稼いでくれたリードの殆どをなくしてしまって…)」

明星「(アレ以上に出来る事はなかったと自分でも思うけれど…)」

明星「(…結果的にはマイナスだし…謝らないといけないよね…)」ガチャ

明星「ただい」

湧「明星ちゃあああああああっ」ダキッ

明星「ひゃぅ!?」ビクッ

湧「わっぜかった!わっぜかったよ!!」ギュゥゥ

明星「え、ちょ、な、何!?」

霞「ふふ。湧ちゃんは明星ちゃんの頑張りに感動しているのよ」

巴「実際、凄かったわよ、明星ちゃん」

京子「えぇ。まさかあの卓で、ここまでの出費で抑えてくれるとは思わなかったわ」

明星「…え?」


明星「…怒らないのですか?」

霞「あら、明星ちゃんは怒ってほしいの?」クス

明星「い、いえ、そういう訳ではないですけど…副将戦、結局、大赤字でしたし…」

巴「それでも一位はちゃんと護ってくれたじゃない」

京子「あれだけ防御重視の打ち方をしてそこまで削られたってことは相手がそれだけ強かったって事よ」

京子「相手が天晴と言う気持ちはあれど、明星ちゃんを責めるつもりはまったくないわ」

明星「…京子さん」

霞「ふふ、それに大沼プロも明星ちゃんの事褒めてたわよ?」

明星「え…?」

巴「副将戦で一番、頑張ったのは明星ちゃんだって」ニコ

明星「ほ、本当…ですか?」カァ

京子「えぇ。明星ちゃんの頑張りはあの大沼プロだって評価してくれるものだったのよ?」

京子「それほど頑張った明星ちゃんが自分の事を責める理由なんてまったくないわ」

京子「寧ろ、私達の方が貴女にありがとうってお礼を言わなきゃいけないくらいなんだから」クス


明星「そ、そうですか…お、お礼…ですか」チラッ

明星「ま、まぁ…頑張るなんて当然の事ですし、あまり誇れる結果ではありませんけれど…」チラッチラッ

明星「京子さんがその…ご、ご褒美とかくれるなら…部内の和の為にも私もそれを受け取らざるを得ないと言うか…」チラチラチラッ

湧「明星ちゃ、こういう時は素直になった方が良いと思…」

明星「わ、私は素直よ!」カァァ

霞「どう見ても遠回しのオネダリにしか見えなかったけれどね」クス

明星「ぅ…ち、違います…わ、私、そんなはしたない女じゃ…」

京子「ふふ。まぁ、元々、そういう約束だったものね」

明星「~~~っ!」プシュウ

明星「も、もぉ…!霞お姉さまたちの前でなんて事言うんですかぁ!!」

明星「そ、そんな事言ったら霞お姉さま達に私が京子さんのハグをオネダリしたみたいに誤解されちゃいますよ…!」

霞「え?違うの?」

湧「違ごのー?」クビカシゲ

巴「…こ、個人的にはもうちょっと激しいのをリクエストしてたのかなって…」カァァ



霞「あら…巴ちゃんったら大胆」

霞「でも、私も同じ感想かしら」

霞「抱きしめるくらいだったら、わざわざご褒美なんて使わなくても何時でもしてくれるでしょう」

霞「勿論…明星ちゃんがリクエストすれば…の話だけれど」クス

明星「い、何時でも…」ゴクッ

明星「って…そ、それは誤解です!私は別に京子さんにハグして欲しい訳では…」

明星「さ、さっきのアレは…そ、そう…流れです!」

明星「たまたまそういう流れになっただけであって私の意思とは関係ありません!!」

明星「あくまでも検証実験の一環なんです!!」

霞「ふふ。良くもまぁ、それだけ色々と言い訳出来るわね」クス

霞「素直じゃない妹でごめんなさいね、京子ちゃん」チラッ

京子「いえ、段々、慣れてきましたから」ニコ

明星「~~っ!」カァァ


明星「な、慣れてきたってなんですか!なんですかぁ!」

明星「ま、まるで私が面倒くさい性格しているような事言わないで下さい!」

湧「…明星ちゃは十分、面倒くさいと思…」ポソ

明星「そ、そんな事ないわよ。私はもっと分かりやすくシンプルな人間なんだから」

明星「霞お姉さまが一番で、姫様と湧ちゃんが二番で…き、京子さんとかはもっと下の下の下のランクです!」

明星「こ、こうして顔を合わせてようやく思い出すレベルなんですからね!!」

霞「あら、でも、最近、私と一緒にいる時も京子ちゃんの話が増えてきてるような」

明星「わーわーわーわーわー!!」ジタバタ

湧「わきゃっ」ハナレ

巴「…完全に遊んでますね」

霞「ふふ。だって、今の明星ちゃん、とっても可愛いんだもの」クス

霞「私じゃ明星ちゃんのこういう顔は引き出せなかったから…ちょっと悔しいかしら」

京子「私としては真摯に慕われてる霞さんが時々、羨ましくなるんですけどね」

京子「勿論、こういう明星ちゃんも可愛くて好きですけれど」

明星「す…好き…っ!?」クラァ

京子「あ、明星ちゃん!?」ビックリ


明星「い、いいいいいいきなり何を言ってるんですか!」

明星「好きとかそ、そういうの…か、霞お姉さま達の前で言う事じゃないでしょう!!」

明星「もっとこう…む、ムードとかシチュエーションとかそういうのを大事にしてください!!」

明星「じゃないと結婚しますよ!盛大な神前式あげて、須賀家に嫁入りしますよ、私!!」

京子「え、えっと…お、落ち着いて。何だか話が変な方向に行ってるわよ!?」

明星「…そ、そうですね。こういうのはまず落ち着いて…」

明星「順序立てて新居の準備から始めないといけませんね」グルグルオメメ

京子「明星ちゃん!?」ビックリ

霞「あらあらあら…ちょっと変なこじらせ方しちゃったかしら」

巴「これはもう言い逃れ出来ないレベルですね…」

湧「明星ちゃ、大胆!」ニコ

霞「とりあえず録音するという事でどうかしら」

巴「賛成です。そうすれば明星ちゃんも多少は落ち着くと思いますし」

湧「聞た後の明星ちゃの反応が楽しんっ」ニコー

京子「いや、あんまりそういう楽しみ方してあげない方が…」

明星「京子さんは何処が良いですか?」

明星「やっぱりいざという事を考えると霞お姉さま達と近い方が良いと思うんですけど…」

明星「でもでも、あんまり近すぎると新居らしさがなくなるような気もしますし…やっぱり永水女子くらいの距離感が一番な気がするのですが…」モジモジ

京子「(アカン)」


京子「(ダメだ…このまま行ったら明星ちゃんが死ぬ…!)」

京子「(だってもう霞さんとか嬉々とした顔で携帯取り出してるもんな!!)」

京子「(普段、初美さんにいじられてるとは言え…この人も結構、容赦無いと言うか…!)」

京子「(割と手段を選ばないところがあるから…きっと本気で録音する!)」

京子「(もし、それを明星ちゃんが聞かされてしまったら…ガチで首を吊ろうとするかもしれない…!)」

京子「(だから…ここは…ちょっと申し訳ないけれど…)」

京子「そ、そうね。明星ちゃん」

京子「でも、今は…こっちの方を優先させてもらって良いかしら」ダキッ

明星「ひゃぅっ♪」ビクン

京子「(よ、よし…!とりあえずこれで話は反らせただろう…!)」

京子「(こんな形でご褒美使うのは申し訳ないから後で埋め合わせは必要だろうけど…)」

京子「(これでとりあえず最悪な形からは逃れられたはず…)」ナデナデ

明星「…ふにゃぁん…♥」トローン


明星「京子…さん…♪」ウットリ

京子「まぁ…ご褒美と言う訳ではないけれど…次は私の番だから」

京子「今度は私が明星ちゃんからパワーを貰っちゃって大丈夫?」

明星「は…ぃ♪」ギュゥ

明星「あげます…♥私の…明星の全部を京子さんにあげます…っ♪」ダキスリ

京子「え、えっと…別にそこまでアコギなつもりはないんだけど…」

霞「あら、私の自慢の妹である明星ちゃんが受け取れないって言うかしら?」ジト

京子「い、いや、別にそういう意味じゃ…」

巴「まぁ…ここまでヤっちゃった訳だし…ちゃんと責任とってあげてね」

京子「せ、責任…ですか?」

湧「キョンキョン、明星ちゃの事よろしくお願いしもす」ペコリ

京子「わ、わっきゅんまで!?」ビックリ


明星「京子さん京子さん京子さん…♥」デレー

霞「あらあら…完全にこれ…締りがなくなっちゃってるわね」

巴「正直、こんな明星ちゃんを見れる日が来るとは思ってませんでした」

霞「あの状態で無理やり、抱き寄せられちゃった訳だし…こうなるのも当然でしょうね」クス

湧「つまいキョンキョンが悪か!」ニコ

京子「私…!?」ビックリ

巴「…ごめんなさい。ちょっとフォローしてあげられないかも…」

京子「まさか巴さんに匙を投げられるだなんて…」

霞「まぁ、何にせよ、次が京子ちゃんである事は確かだし」

湧「パワーの注入タイム!」ダキッ

京子「わっと!」

巴「え、えっと…じゃあ、私も…」ナデナデ

霞「ふふ、良い子良い子」ナデナデ


京子「…これ凄い恥ずかしいんですけど」

霞「あら、人前で明星ちゃんの事抱き寄せた時点で今更でしょ?」クス

巴「それに…京子ちゃんにはこれから大変な戦いが待っているんだもの」

巴「私達にしてあげられるのは…所詮、気休め程度でしかないわ」

京子「巴さん…」

湧「えへへ。あちきはキョンキョンならだいじょっって信じちょっよ!」

湧「だって、キョンキョンは何時でんあちき達の期待に応えてくれたもん」

霞「湧ちゃんの言う通りね」

霞「確かに相手は強敵揃いだけれど…怯える必要はないわ」

霞「京子ちゃんだって、永水女子の大将としてここまで来たんだもの」

霞「リードだってあるんだから、十分、勝負出来るはず」

霞「絶対に負けるだなんてそう悲観するほどの差は決してないわ」


巴「私は…やっぱりちょっと心配かな」

巴「大将戦にいる皆は強いし…何より、宮永さんは京子ちゃんにとって…その…」

京子「大丈夫です」

巴「…京子ちゃん」

京子「私はもうちゃんとやるべき事を見つけましたから」

京子「皆のお陰で…私は自分がしなければいけない事を理解しましたから」

巴「…でも、本当に…それで戦えるの?」

巴「私…知ってるよ。京子ちゃんがとても無理してた事…」

巴「原村さん達を相手に見たこともないくらい狼狽してた事…」

巴「…それなのに…原村さん達以上に身近だった宮永さんと…本当に戦える?」

巴「強がっているだけじゃ…ないの?」

京子「…そうですね。多分…それもあるんだと思います」

京子「私だって意地もありますから…あんまり情けないところを見せられませんし」

京子「完全に吹っ切ったとは…多分、言えないんでしょう」

巴「京子ちゃん…」


京子「でも…逃げる訳にはいかないんです」

京子「これから始まるのは大将戦…小蒔ちゃんにとって最後になるかもしれない舞台の総仕上げなんですから」

京子「私が逃げて、ここまで来た皆の努力を台無しにする訳にはいきません」

京子「…それに……」

巴「それに?」

京子「…きっと私が知らない間に…あの子には色々な事があったと思うんです」

京子「傷つく事もあったでしょうし…苦しんだ事もあったんでしょう」

京子「でも…私にはそれが分かりません」

京子「どうしてあの子が…あんな風になってしまったのかという理由すら…私にはまったく分からないんです」

霞「……」

京子「でも…そんな私でもたったひとつだけ分かる事があります」

京子「…あの子は私との勝負を望んでいる」

京子「だから…私はそれに応えてあげなければいけません」

京子「今の彼女は間違っているのだと…教えてあげなければいけません」

京子「それが…私があの子に…咲にしてあげられる最後の事だから」

湧「…キョンキョン」


京子「まぁ…そういう訳なんで、心配しなくて大丈夫ですよ」

京子「私はちゃんと戦えます」

京子「ここまで皆と一緒に来るまでの間に…気づいた事、背負った事が沢山ありますから」

京子「私は決して格好良いヒーローではありませんし…どちらかと言えばヘタレな方ですけれど…」

京子「それを全て投げ出して逃げるほど格好悪くはないつもりですから」

京子「心配してくれてありがとうございます、巴さん」ニコ

巴「…ううん。お礼を言うのは…私の方よ」

巴「ありがとう、京子ちゃん」

巴「それと…今の京子ちゃんはとても格好良いと思うわ」ニコ

京子「ふふ。惚れちゃいそうですか?」

巴「お生憎様。そこまでチョロくはありません」クス

巴「…でも、明星ちゃんの気持ち、ちょっとだけ分かっちゃったかな」

京子「え?」

巴「きっと京子ちゃんなら大丈夫だって思ったって事よ」ニコ

巴「…でも…無理だけはしないでね」

巴「例え貴方が逃げても…私は決して責めないから」

京子「えぇ。ありがとうございます」


京子「…さて、では、そろそろ時間みたいですし…」

霞「…行くのね?」

京子「えぇ。あの子をあんまり待たせる訳にはいかないですから」

京子「アレであの子は結構、時間にルーズだったりを許せないタイプですし」

京子「コレ以上、待たせたらきっと怒られてしまいます」

湧「…キョンキョン、ちゃんと帰ってくっ?」ジィィ

京子「勿論よ、わっきゅん」ナデナデ

京子「昔はどうであれ…今の私が帰る場所はここだもの」

京子「今更、清澄には戻れないし…戻るつもりもないわ」

京子「だから…安心して見ててね」

京子「私は皆の期待に必ず応えてみせるから」

京子「…………まぁ、その前に明星ちゃんを離さなければいけないんだけど…」

明星「んへぇ…♪京子しゃぁん…♥」ギュゥゥ

巴「…離れますかね?」

霞「力づくじゃないと無理じゃないかしら」クス


「さて、この女子インターハイ団体戦もいよいよ大詰め」

「これからこの舞台で今年最強を決める戦いが始まります」

「果たして優勝の栄光に輝くのはどのチームなのか」

秋一郎「まぁ、ここまで来れば、どのチームが優勝してもおかしくはないな」

秋一郎「実力的には須賀京子が一段劣っているが、それは今までに作ったリードで何とかカバー出来るかもしれない」

秋一郎「元々、須賀京子は防御が得意なタイプだし、一位で大将戦を迎えるって言うのは点数以上に大きなリードだ」

秋一郎「攻撃が出来ないって訳じゃないから、他の三校がトップ争いを繰り返してくれれば十分、優勝の可能性はある」

秋一郎「無論、他の三人も同様だ」

秋一郎「宮永咲は何処からでも和了を取れる化け物のような打ち筋をしているし…」

秋一郎「本気になった大星淡は俺でさえも未知数だ」

秋一郎「高鴨穏乃はただ強いだけじゃなく、残り三人にとってまさしく天敵と言っても良い」

秋一郎「三人共このインハイトップクラス…いや、トップ争いをしていると言っても良いような雀士だ」

秋一郎「インハイ史上でも稀に見るレベルの雀士達が一体、どれほどの熱戦を繰り広げるのか、俺にだって分からん」

秋一郎「分かるのは、ヌルい若手プロの戦いよりもよっぽど見応えのあるもんになるだろうって事だけだ」

「ふふ。大沼プロも楽しそうで何よりです」

「では、そろそろ選手も揃ってきたようですし、カメラを会場の方に戻しましょう」

もっかい次スレ誘導ー
【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」霞「その6よ」【永水】 - SSまとめ速報
(ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433655968/)


こっちはうめてください

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年06月18日 (木) 06:16:12   ID: pu9eY_Va

巴ちゃんの浮気者わたしと言う者がいながら京太郎様と
イチャイチャして許しませんby神代小蒔

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom