【咲―Saki―】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」春「そのに」ポリポリ【永水】 (1000)


○このスレは所謂、基本ギャグな京太郎スレです

○安価要素はありません

○設定の拡大解釈及び出番のない子のキャラ捏造アリ

○インターハイ後の永水女子が舞台です

○タイトル通り女装ネタメイン

○舞台の都合上、モブがちょこちょこ出ます(予定)

○雑談はスレが埋まらない限り、歓迎です

○エロはないです、ないですったら(震え声)                            多分

○このスレは佐々木スレじゃありません



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昼ごろには投下出来たら良いな(願望)

あ、ごめんなさい。前スレ書いてなかったですね…;
わざわざ申し訳ないです…
後、1/3ほど削ってようやく納得の行くレベルものにになったのでそろそろ投下します


教室の窓から差し込む優しい日差し。
今にも眠気を誘いそうな暖かさを孕んだそれは正直に言えば結構、辛い。
俺の席は所謂、窓際にあって、カーテンを閉めていても、その日差しをモロに浴びる事になる。
けれども、今の俺は寝るどころかそれにあくびする事さえ許されない。
こうしている間にも俺は人々の視線に晒され、その一挙一動に注目されているのを感じるのだから。

京子「…ふぅ」

春「…どうかした…?」

京子「あぁ…春ちゃん」

春「何か悩み事?」

京子「…そうね。まぁ悩み事と言うほど大きいものではないのだけれど…」

アレから数日経ったが噂は沈静化する事はなかった。
いや、一応、元の突拍子なものからは大分、事実に近いものになっている。
それはあの時助けた後輩二人が尽力してくれたお陰なのだろう。
勿論、それには感謝しているが、代わりにその噂の広がりは俺の予想外なもので… ――

京子「…あの噂まだ消えていないのかしら…?」

春「…女の子の噂話なんてそうそう消えるものじゃない…」

京子「それは…分かっているのだけれど…」

今やあの噂は下級生たちではなく上級生たちにも知れ渡るものになってしまった。
お陰で俺がほんの少し動く度にクラスでも廊下でも中庭でも、あちこちから視線が飛んでくる。
まるで一躍有名人になってしまったような今の状況は根が小心者の俺には耐えられない。


京子「ふぅ…」

「あぁ…須賀さんのアンニュイなため息…」

「なんて色気のあるため息なのかしら…」

「はぁ…私で良ければそのお心を晴らしてあげたい…」

うん。だったら、まずこっちを見るのは止めてくれ…。
クラスメイトにさえこうして注目されてるって中々にきついぞ。
お陰で折角、春が側にいてくれているのに気を緩める事すら出来ない。
はぁ…こんな事で俺、学校生活ちゃんとやっていけるんだろうか…。

春「…いずれ慣れる…」

京子「その前にこれがなくなるって言う選択肢はないのかしら…」

春「人の噂も七十五日って言うから…」

京子「その前に慣れた方が良いって事ね…分かっているのだけれど…」

春「…大丈夫…京子なら出来る…」

京子「…そう…ね。出来ない事はないんでしょうね…」

流された結果とは言え、四ヶ月もした頃にはこうして女装にも慣れきってしまっているのだ。
いや、女装だけではなく口調や思考の切り替え、裏声の使い方もばっちりである。
そんな自分を顧みれば人に注目される事に慣れない…とは言えないだろう。
でも、その前に俺の胃が持つかどうかはまた別問題な訳で… ――

春「…私も出来るだけサポートするから…」

京子「春ちゃん…」

春「私も注目されるのは苦手…でも…頑張る…」

春「だから…一緒に頑張ろ…?」

京子「……そう…ね」

…そうだな。
こうして注目株である俺の側にいる時点で春の挙動にも視線が集まっているんだ。
見るからに自己主張が得意ではない彼女にとってそれは苦手な状況だろう。
それでも俺の事を気遣って春はこうして側にいてくれているんだから…俺ばかりがヘタレている訳にはいかない。


「はーい。皆そろそろ席についてー」

春「…あ、じゃあ…京子、また後で」

京子「えぇ。また後で」

残念ながら春の席は一列挟んで向こう側だからな。
先生が来た以上、俺の側に居続ける訳にはいかない。
それにまぁ、先生が来たって事は俺から視線が外れるって事だし。
お陰で授業中やHRはあんまり胃も痛くなったりしない。
…まさか授業やHRが憩いの時間になるとは正直、数日前まで予想はしてなかった訳だけど。

「……皆、席についた?じゃあ、そろそろHR始めるわね」

「と言っても、もう連絡事項なんて正直殆どないのよね」

まぁ、もう学校が始まって数日経ってるしな。
そう毎日毎日、HRで伝えるような事がある訳ない。
流石にそろそろネタも尽きてきただろう。
適当に聞き流す訳にはいかないが、まぁ、そこまで真剣に聞く必要はないはずだ。

「あ、そうそう。今日は皆おまちかねの身体測定があるからね」

―― え?

「皆、体操服はちゃんと持ってきてるわよね?」

―― …ちょ…ま…っ!?

ち、ちょっと待て…!今日、身体測定!?
おい、そんなの聞いて…あ、いや…でも…予定表の中でそんな文字は見た記憶は確かにある…。
でも、俺なんで覚えてなかっ… ―― ああぁっっ!!
そうだよ!昨日、準備したの俺じゃなくて巴さんじゃん!!
普段から疲れてて予定表とかそこまでしっかり見てなかったのもあるけど、完全に気づいてなかった…。
いや、それよりも身体測定って…ど、どうしよう…。


「でも、須賀さんだけは一部の測定は免除されるみたいなんだけれど」

京子「そ、そうなんですか」

良かった…。
女の子の身体測定って事はスリーサイズも測るんだろうし…。
流石に女の子の前で肌を半裸になったりすると男だってモロバレだからな…。
その辺は特別処置って事で何とかして貰えるのか…本当に良かった…。

「身長や体重なんかはみんなと一緒に測定するけど大丈夫?」

京子「はい。問題はありません」

「そう。良かった。じゃあ、ホームルームが終わったら更衣室にお願いね」

「場所は皆と一緒に行けば、すぐに分かると思うから」

京子「…えっ」

…えっ。
い、いや、待って、待って!?
そこは特別処置でどうにかなったりしないのか!?
測定免除があって更衣室は一緒ってどう考えてもおかしいだろ!!
神代家…!気を遣うならちゃんと最後までしっかりとフォローしてくれよ!!

「じゃ、これでHRを終わります。皆、また後でね」ガララッ

京子「(…ど、どうしよう…)」

そう言って和やかに出て行く先生の姿すら俺は殆ど意識しちゃいなかった。
何せ、俺はこれから女の子たちの中に混じって体操服へと着替えなきゃいけないのである。
しかも、周りは皆、春に見劣りしない女の子ばかり。
ある種、男の夢だと言っても良いかもしれないシチュエーションだが…しかし… ――


「あー…須賀さん?」

京子「え…?な、何かしら?」

「大丈夫?あんまり顔色が優れないみたいだけど…」

京子「え、えぇ…大丈夫。心配掛けさせてごめんなさいね」ニコッ

「あ…う、ううん。良いの。でも…もし何かあるのなら言ってね」カァ

「その…折角、後ろの席なんだし…もっと色々とお話したいなって…」モジモジ

京子「ふふ…そうね」クスッ

ありがとう、後子(仮)さん。
その心遣いは本当に嬉しいし、有り難い。
でも、今、この場に限ってはあんまり突っ込まれたくないというか…!
下手にポロッと本音を出しちゃうと本気でやばい事になるからな…。

京子「こうして近くに席を並べる事になったんだもの。きっと貴女とは縁があるのね」

「え、縁…!?」ドキーン

京子「えぇ。何も運命とまでは言わないけれど、私はそういうのを大事にしたい方なの」

京子「貴女はそういうのは嫌いかしら?」

「そ、そんな事ないです!」カァ

京子「良かった。じゃあ、これからも改めて仲良くしてくださるかしら?」

「も、勿論…!こっちからお願いしたいくらいで…!」

よし、ちょっと卑怯だが、とりあえず話は脱線したみたいだ。
こんな風にはぐらかして後子(仮)さんに悪い気もするが、仲良くしたいのは本心だし。
あんまり目立ったり関わったりする事が出来ないとは言え、流石に春だけが友達って言うのも悲しい話だしな。
春だって自分の交友関係がある訳だし、あんまり俺がべったりじゃ彼女も辛いはずだ。


「ずるいですわ。私もお話に混ぜて下さいませ」

「そうですよ。須賀さんと仲良くしたいのは一人だけじゃないんですからね」

京子「ふふ、皆、ありがとうね」

そう言って集まってくるのは右子(仮)さんと前子(仮)さん。
二人共、初日に質問攻めをしてくれた人達である。
けれど、俺は彼女たちに対して別に苦手意識を持っていない。
質問されまくったのはそれだけ俺のことを知りたいと思っているって事だしな。
席の位置的にもこの三人がクラスの中でも一番、仲良くなりやすい相手だろう。

京子「じゃあ、手始めと言ってはなんだけど…更衣室の場所を教えてくれるかしら?」

「そうですね。須賀さんはまだ学内に不慣れでしょうし…」

京子「えぇ。初日に探検なんてやってみたけれど、まだちゃんと覚えきれてはいなくて」

「この学校は増改築を繰り返した結果、結構、複雑ですから仕方ありませんわ」

「中等部の校舎も隣にありますからね。下手にあっちに迷い込んだりするとさらに迷子になる確率が高く…」

京子「あら、その口ぶりだと実は結構、迷子になる方なのかしら?」

「あぅぅ…」カァ

瞬間、顔を赤くして縮こまる前子(仮)さん。
見るからに小柄で小動物系な彼女にとってやっぱりこの学び舎は広すぎるらしい。
ま、実際、俺も春と一緒に色々と見て回ったけど、ホント、ややこしい作りをしてやがるからな。
咲だったら多分、毎日迷子になってるレベルじゃないだろうか。
俺も流石に更衣室位は把握しているつもりだが、普段使わない特別教室まで理解できているとは中々に言い難い。


京子「ふふ、大丈夫よ。私、迷子を見つけるのは比較的得意な方だから」

「そ、そこまで頻繁に迷子になったりしませんよ…っ」ワタワタ

京子「そう。でも、念のため、手を繋いでおきましょうか?」

「も、もう…須賀さんは結構、意地悪さんです…」シュン

京子「ごめんなさい。私、可愛い子は苛めたくなっちゃう方で」クスッ

「か、可愛いだなんてそんな…」カァ

「はいはい。あんまりからかわないであげてくださいな」

「そうそう。それより早く更衣室行かないと。もう皆殆ど行っちゃってるよ」

京子「あ、それなら…」チラッ

春「…ん」キョシュ

京子「…春ちゃんも一緒で良いかしら?」

話の流れと時間の都合を考えて更衣室へと連れて行ってくれ、と頼んだものの、本音を言えば若干、不安だ。
俺はこうして服の上からはそれなりに女の子に見えるようになったが、脱げば凄い(意味深)なのは巴さんたちが証明済みなのである。
それをフォローして貰う為にも春の協力は必須だし…一緒に来てくれた方が有り難い。
…と言うか多分、春はその為に残ってくれているよな、コレ。
ダラダラと喋って待たせちゃうなんて悪い事しちゃったかなぁ…。


「私は構いませんわ」

「私も滝見さんとは仲良くしたいと思っていましたから」

「私もオッケーだよ」

京子「ありがとう、皆さん。……じゃあ、春ちゃん」オイデオイデ

春「…京子」ギュッ

京子「…もう、春ちゃんったら。抱きついちゃ動けないでしょ?」

春「…でも、寂しかった…」

京子「ごめんなさいね。…じゃあ、手を繋ぎましょ?こうしたら寂しくないでしょ?」ギュッ

春「…うん♪」ニコ

「あらあら、まぁまぁ」

「滝見さんがまるで子犬みたいに…」

「へー…滝見さんってああいう所もあるんだ」

京子「皆の前では違うのかしら?」

「そうですね…一年の頃の滝見さんのお話と言えば、神秘的で口数が少ないけれども、責任感のある優しいお方って聞くのが多かったですわ」

京子「へー、そうなの」

確かに春は独特の雰囲気を持っているからなぁ。
黙っていれば神秘的に見えるし、性格だって優しい。
…でも、それに違和感を感じるのは俺が彼女に結構、振り回されているからだろうか。
どっちかっていうと俺の中では聖女よりも悪女ってイメージの方が強い気がする。
悪い子ではないのは確かなんだけど…なんだろう、竹井先輩みたいな感じと言えば良いのか。


「須賀さんにとって春さんはどういうお方なんですか?」

京子「私?そうね…」

春「……」ジィ

京子「…黒糖が好きで、悪戯っ子で、甘えん坊で、振り回される事も多いけれど?」クスッ

春「…ん」メソラシ

京子「でも…本当はとても優しくて私の事を護ってくれている…そんな素敵な人…かしら」ニコ

春「…っ」カァァ

「ふふ、滝見さんったら顔真っ赤ですわ」

「へー滝見さんってそういう顔もするんだ」

京子「春ちゃんは意外と恥ずかしがり屋だから」

と言うか可愛いとかそういう風に褒められるのが苦手なタイプと言うべきか。
普通に攻めても軽くいなされるがそういうのだけはスルー出来ないらしい。
こうして褒める度に毎回、顔を赤くする辺り、割りと初心な子なんだろう。
そういうところも可愛らしい、なんて言ったら流石に怒られるだろうから言わないけどさ。

京子「だから、本当はあんまり喋るのも得意な子じゃないの。でも、決して拗ねてる訳じゃないから気を悪くしないであげてね」

春「…き、京子…」カァ

「その割には須賀さんには結構、お話しているようですけれど…」

春「…き、京子は特別」メソラシ

京子「ふふ、特別よね」

「そ、それって…」カァ

「お、お二人はそういう関係なのですか…?」モジモジ

京子「え?」

そういう関係ってどういう関係なんだろう?
俺と春が同じところに暮らしてるって言うのは初日の質問攻めで既に言っているはずなんだけど…。
ソレ以外に関係…と言えば、まぁ、友人である事に間違いはないだろう。
でも、それならこうして口を出す時に恥ずかしがるもんかな?
幾ら永水女子がお嬢様校で俺にとっては異国に近い環境でも、それはないと思うんだけど…。


春「……実は」ポッ

「や、やっぱり…私、実は前々から妖しいと思っていましたの…」

「実は私も…お二人の空気はとても友人のそれとは思えなくて…」

「須賀さんと一緒にいる時の滝見さんの目はとてもキラキラしているもんね」

京子「え…何の話?」

「え?須賀さんが滝見さんとその…とても深い仲であるという話ではないのですか?」

京子「…深い仲?」

「…こう…スール的関係というか」カァ

京子「スール…?え…あっ」カァァ

って、深い仲ってそういう意味かよ…!
いや、まぁ、この中どころかお屋敷の中を含めても俺と一番、仲が良いのは春だろうけどさ。
でも、だからって二人並んでいるだけでそういう風に勘違いするっていうのは、行き過ぎた思考じゃないだろうか。
女の子が恋愛話が好きって言うのは俺も知ってるけれど、一応、俺と春は同性なんだぞ。
それをこうしてあっさりくっつけようとするとかカプ厨ってレベルじゃねぇぞ!!

京子「ま、待って。それは誤解よ、何も私は春ちゃんとそういう関係じゃないわ」

「え?そうなのですか?」

京子「えぇ。大事な友人ではあるのは確かだけれど…誤解されるような事は何一つないわ」

京子「私にとって春ちゃんは一番の『お友達』であってソレ以上でもそれ以下でもないの」

流石にそんな風評被害を広める訳にはいかない。
俺はこの数日でどれだけ噂って奴が怖いのかよぉぉぉぉぉっく理解しているんだから。
俺だけならともかく春までレズとかそういう扱いになるのは見過ごせない。
ここはしっかりと自己主張をして誤解は解いておかないと。


春「…むぅ」

京子「あれ?春ちゃんどうかした?」

春「…なんでもない…」プイッ

京子「???」

「あ…これは…」

「なるほど、そういう事ですの」

「須賀さんも罪作りな方ですね…」

京子「え?な、なんで皆して納得しているの?」

まるで俺一人だけが鈍感みたいな反応じゃないか。
そう言えば…中学の頃も似たような反応をされた事があったっけか。
あの時は相手が春じゃなくて咲の奴だったけど…今と同じように生暖かい目で見られたし。
でも、その時と今のとで共通点なんてないはずなんだけどなー…。
周りも件の相手も環境も…いや、それどころか俺の性別すら違う訳だし。

「須賀さんはもうちょっと滝見さんの事を顧みてあげた方が宜しいかと思います」

京子「え?私、もしかして春ちゃんに寂しい思いをさせてる?」

春「…寂しくはないけど…」

「滝見さん、須賀さんのようなタイプはもっとはっきり言わないと通じないですわよ」

春「…たまにちょっと鉄壁過ぎて悲しくなる時がある…」

京太郎「鉄壁…?」

そんなに硬いだろうか。
いや、勿論、俺は男だから女の子より硬いのは当然なんだけどさ。
しかし、悲しくなるって言われるくらい嫌がられてたのか…。
元々、自分からそういう事あんまりする方じゃなかったけど…ちょっとショックだ。


京子「じゃあ、あんまり春ちゃんに触ったりしない方が良いのかしら」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

京子「えっ…?」

春「……なにそれ怖い」

京子「えぇ…?」

え?俺の身体が硬いってそういう意味じゃないの?
ソレ以外に受け止め方なんてなかったと思ったんだけど…。
つか、ソレ以外に鉄壁ってなんだ?
お屋敷に来た当初、アレだけエロ顔して指摘されてた俺の理性が鉄壁って事はないだろうし。

春「…離さないから」ギュッ

京子「え?」

春「…京子の手…離さない…から…」ギュウゥゥ

京子「…春ちゃん」

理由は分からないがさっきの俺の返答に春ちゃんは随分とご立腹らしい。
拗ねるように俺の手を強く握りしめて「離さない」というのを精一杯アピールしている。
何処か子どものようなその一生懸命さは可愛らしいが、そこまで追い込んだのが俺だと思うと笑う事は出来ない。
しかも、その理由すら未だ検討もついていないのだから、余計にだ。


京子「…勿論、私だって離さないから」ギュッ

春「あ…」

京子「春ちゃんの手、とっても暖かくて気持ち良いんだもの」ニコッ

春「は…ぅ」カァ

それでも俺にまったく何も出来る事がないって訳じゃない。
どういった理由かは分からないが、今の春は俺の側から離れたくないのは良く分かった。
ならば、それを叶えてあげるのが俺に出来る唯一の贖罪って奴だろう。
それにまぁ、春の手が暖かくて気持ち良いのは本心だしな。

「…滝見さんも結構、苦労しているんですね」

「…と言うかこれからも苦労される気がしますわ…」

京子「え?なんでそこで私を見るのかしら…?」

春「…別に苦労はしていない。一緒に入れるだけで満足だから…」

「まぁ…滝見さんったら健気なお方…」

「だからこそ余計に須賀さんの罪作りな性格が際立ちますね…」

京子「???」

良く分からないが俺は罪作りな性格って奴をしているらしい。
まぁ、確かに自分が清廉潔白なつもりはないけど…一体、何の罪なんだろうか。
真っ先に思いつくのは女性だと偽っている事とか、こうして春の手を握ってるだけでついついエロい妄想してしまいそうだとかそういうのなんだけど。
それがバレている…なんて事はないだろうしなぁ。


「そう言えば滝見さんと須賀さんは仲が宜しいみたいですが、どういったご関係なのですか?」

春「…幼なじみ?」

京子「うーん…ちょっと違うかしら?」

俺にとって幼なじみと言えば。やっぱり咲だしな。
そもそも春に会ったのは、つい四ヶ月前な訳で。
流石にそれで幼なじみって言うのは色々と無理がある設定だ。
まぁ、割りと距離感的にはもう咲の奴とそう変わらない気がするけれど。

京子「私がお世話になっている方の親戚…が一番、正しい表現かしら」

「というと…やはり神代さんですか?」

京子「えぇ。三年の小蒔さんも含めて、とても良くして貰っているの」

まぁ、正確に言えばお世話になっているというか、ならされているというか。
小蒔さんたちはともかく、何時か絶対復讐してやると心に決めている連中な訳だけれど。
その辺は口に出す訳にはいかないし、適当に嘘を吐いておくのが一番だろう。

「確か石戸お姉さま…去年のエルダーだった方も同じ家に住んでいるのですよね?」

京子「えぇ。今年一年に入ってきた妹の明星ちゃんも」

京子「後は明星ちゃんと同じクラスの十曽湧ちゃん、石戸さんと同じく去年で卒業された薄墨初美さんや狩宿巴さんも一緒ね」

「へー…まるで合宿みたいですね」

京子「ふふ、そうね。確かに最初は合宿みたいなものだったかも」

「今は違うんですか?」

京子「今は…そうね。月並みな表現かもしれないけれど…やっぱり家族みたいな感じかしら」

勿論、最初は合宿と言うかお世話になっている印象が強かったけどさ。
でも、四ヶ月もああやって一緒に生活していると少しずつその印象も変わってくる。
今の俺にとって皆はかけがえのない友人であり、同じ夢に向かって手を取り合う仲間であり、そして想い合い支えあう家族なのだ。
まぁ、家族と言っても初期と変わらずにドキドキするし、何より勝手に家族って言い出すとかちょっと失礼かもしれないけれど。


春「…京子」

京子「何、春ちゃん」

春「私も京子の事…大事な家族だって思ってる…」ギュ

京子「…うん、春ちゃん、ありがとう」

「キマシ」

「タワー?」

来てません(断言)
そもそも家族だって言ってるだろうに、なんでそんな風に話を持って行くんだ。
恋愛話が好きなのは分かるけれど、ちょっとその食いつきっぷりにはびっくりだぞ。
…あぁ、でも、男子高校生が同じくらい興味をもつものを考えれば納得は出来るかも。
俺だって目の前にエロをぶら下げられたら似たような反応をするだろうし。

「でも、合宿みたいって事は須賀さんも家事をされているのですか?」

京子「えぇ。とは言っても人並み程度なのだけれど」

春「…京子のタコスは最高…」

「え、タコス…ですか?」

「タコスってメキシコ料理の?」

京子「えぇ。昔ちょっと縁があって…ね。一時良く作っていたものだから」

「へー…一度、食べてみたいものですわ」

京子「今度作ってきましょうか?それほど手間が掛かるものではないから」

「い、良いんですか!?」

京子「えぇ。どうせですし一緒にランチにしましょう」

「やった…!では、おかず交換とかどうでしょう?」

京子「あ、それも面白いわね」

「では、私も腕によりをかけてお弁当を準備しますねっ」

「おかず交換…とっても楽しみです…っ」

京子「ふふ、じゃあ、私も皆に負けないように美味しいの一杯作ってくるわね」

「楽しみですわね。あ、須賀さん、更衣室はここですわ」

京子「案内ありがとう。お陰で覚えられそう」

「いえいえ、どういたしまして」ニコッ

…そんな風に和やかに会話している一方で更衣室に到着してしまった訳で。
勿論、心の準備なんて一切、出来ていませんよ、えぇ。
そもそも女の子たちが無防備に着替えている空間の中に男が入っていくとか…その時点で無茶ぶりが過ぎるだろう。
正直、ごくごく普通の扉が地獄への入り口に見えるくらいに緊張している。


「さて…それじゃ時間も勿体ないですし、早く入りましょうか」ガチャ

京子「ぅ…」

―― 瞬間、俺の視界に肌色が広がった。

肌。肌。肌。
ちょっと小麦色に焼けたスポーティな肌に透き通るような白い肌。
そのどちらも男である俺にとっては眩しいくらいだ。
まるで空気一つ一つが輝いているように思えるくらいに魅力的で魅惑的な空間。
女性が無防備に下着までを晒しているという男のロマンと言っても良い光景がそこにはあった。

京子「(やべー…これ絶対やばいって…)」

勿論、それは俺にとっても同じだ。
覗きの趣味などはないが、一度もその光景を夢想した事がないとはやっぱり言えない。
けれど、無防備に肌を晒す女の子たちの姿を見ると感無量と言うよりも先に狼狽が出てきてしまう。
この光景に俺もドキドキしているのは確かだが、それは興奮と背徳感混じりの何とも言えないものなのだ。
本当にこの光景を俺が見ていて良いのだろうか、とそんな風に不安を覚えてしまう。

「どうかしました?」

京子「あ、いえ…なんでもないの」

「…もしかして体調でも悪いのですか?」

京子「あ、ううん。違うのよ」

「でも、表情があまり優れないようですが…」

京子「そ、それは…」

春「…京子は肌に酷い火傷の痕がある…」

「えっ」

京子「は、春ちゃん…」

思いもよらぬ方向からの援護射撃。
それに名前を呼べば、春の方からチラリと視線が返ってきた。
まるでこの場は任せて欲しいと言わんばかりのそれに俺は小さく頷き返す。
春がどういう話に持っていくつもりなのかは分からないが、ここで春が自己主張をするって事は何か考えがあるのだろう。
ならば、俺が下手に何か口をはさむよりも大筋を春に任せた方が良いはずだ。


春「あまり肌を晒すのは好きじゃない…」

「そう…でしたの」

「じゃあ、さっきの特別措置のお話は人前で肌を晒せないから…?」

京子「…えぇ。あまり愉快なお話ではないから言えなくて…秘密にしていてごめんなさい」

「い、いえ!気にしないでください!」

「そうですわ。私たちもそれが言いづらい事くらい理解出来ますから」

「須賀さんが謝る事ではありません」

京子「…ありがとう」

よし。
とりあえずそれっぽい話にはなった。
春のフォローがなければ、一体、どうなっていた事か。
今はこうして纏めて、だけれど…後で春にはちゃんと感謝を伝えておかないと。

春「…だから京子の肌を隠すのを手伝って欲しい」

「えぇ。それくらいお安い御用ですわ」

「皆で須賀さんをお守りしないといけませんね」

「じゃあ、私たち須賀さん親衛隊って事になるのかしら?」

京子「し、親衛隊!?」

春「…それ良いかも」

「ふふ、じゃあ、滝見さんが親衛隊長ですわね」

春「頑張る」ニコ

京子「え…あの…」

春「具体的な名簿や規約は後ほど相談して作る…」

「わー」パチパチ

「楽しみですね」ニコ

親衛隊って…え?やだ、なにそれ。
そもそもそういうのってもっと美形な王子様とかふつくしいお嬢様とかに出来るもんじゃないの!?
って言うか、そういう軽いノリで親衛隊とか作っちゃって良いのか!?
皆、普通に受け入れてるけど、そういうもんなのか親衛隊って!?


「それより今は須賀さんを中央にして…」イソイソ

「いざ突撃…ですね」

春「…えいおー」オー

「おーです!」オー

京子「え…ち、ちょ…!?」

「ほら、須賀さんも早く。急がないと後ろがつかえてしまいますわ」グイグイ

京子「そ、それは分かっているけれど…!」

「大丈夫。私たちがちゃあんと須賀さんをガードしますから」ニコッ

いや、確かに入り口で何時までもコントしてる訳にはいかないんだけどさ!
でも、もうちょっと心の準備というかツッコミをさせて欲しいと言うか!
だから、待って!右子(仮)さん、そんなに押さないで…!
前子(仮)さんもそう言ってくれるのは嬉しいけれど、俺の脚の進みが鈍いのはそういう訳じゃねぇから!!

京子「ぅ…」

うわー…やべー。
更衣室ってこんな匂いがするもんなのかよ。
なんか…こうすっげー甘いというか、優しいって言うか。
更衣室全体に女の子の体臭が染み込んでるって感じ。
これが男だったら据えた匂いにしかならないだろうに…女の子って卑怯だ。
匂いだけでもこんなに美味しそうとか男が我慢出来るはずないじゃない…!

京子「(出来るだけ他を見ないように…見ないように…)」

だからって暴走してしまったら即通報=社会的死だ。
それを防ぐ為にも出来るだけ周りの女の子たちは見ないようにしないと…。
意識したらその時点でムスコがスタンダップしてもおかしくはない光景だからな。
右も左も着替えてる最中の女の子とかさ、ある種天国と言っても良いんだろうけど…。
正直、男である事がバレたら即死亡な状況を考えると夢であって欲しいくらいだ…。


「あ、ここが2つずつ空いてますね」

「じゃあ、ここで早く着替えましょう」

「そうですね。須賀さんのガードもしなければいけませんし」

京子「わ、私は…」

「少し待っててくださいな。すぐに着替えますから」

京子「え、えっと…」

そう言って着替え始めるクラスメイトたち。
わぁ、躊躇なくボタン外していくぞー。
それからシャツを脱いで…うへへ、肩も小さいなー。
皆、腕の中にすっぽり収まって抱き心地良さそうだー。
下着も色っぽいピンク、元気なオレンジ、清純そうな青ってまるで信号みたいで… ――

京子「(ああああああああっ!俺は何を!何を見てるんだよ!!)」

でも、右も左どころか前も後ろも女の子ばかりの空間で何処を見て良いのかなんてまったく分からない。
いっそ天井?それとも床!?
いや、それはそれで不審者全開ですっげー警戒されるよな!?
だからって女の子の着替えをガン見する訳にもいかないし…俺はどうしたら良いんだ…答えろルドガー!!

春「…京子」

京子「え…?な、何かしら?」

春「…こっち…」クイッ

京子「あ…」

そう言って春が俺の手を引いてくれたのは隅っこの方で2つだけ空いているロッカーだった。
ここならばあまり人の目に触れる事もなく着替える事が出来るだろう。
後、何より大事なのはクラスメイトたちの着替えをコレ以上、見ずに済んだって事かな。
あのままずっと見てたらマジでムスコがスタンダップしかねなかったし…。


春「とりあえずここで着替えている振りだけしてれば不審がられたりしないはず…」

京子「た、助かったわ…ありがとう、春ちゃん…」ホッ

春「気にしないで…こういう時の為に私がいる…」

春「……でも」ジッ

京子「え?」

春「…女の子の裸ジッと見てたから警告1」ボソッ

京子「うあー…」

春にはお見通しだったって事か。
いや、でもさ、幾ら【須賀京子】でもこの光景は無理だって。
そもそも俺自身にこういうシチュエーションに対するノウハウなんてまったくないんだしな。
どういう風に対処すれば良いなんて指針なるものすらないのだから、本当にどうしようもない。

京子「…そんなに分かりやすかった…?」

春「…顔真っ赤だったから」

京子「う…ホントだ…熱い…」ソッ

春「…京子のスケベ」ポソ

京子「あ、あんまりイジメないで、春ちゃん…」

頭の中で意図的にキャラの切り替えは出来るようになったけれどさ。
でも、それはあくまでキャラであって別に人格が変わっている訳じゃないんだ。
【須賀京子】の時は男だったら恥ずかしくて言えないセリフだって真顔で言えるけれど、でも、根本は男のままである。
そんな俺が女子更衣室に入ってしまったのだから、少しくらい顔を赤くしても多めに見て欲しい、いや、マジで。


春「…もっと普通にしているべき…」

京子「分かっているけど…む、無理よ…」

春「…そんなに女の子の裸が気になる?」ボソ

京子「き、気になるって言うか…やっぱりその…」ボソボソ

春「…今は我慢して…」

京子「う、うん…」

春「あ、後で…たくさん見せてあげる…から…」プシュゥ

京子「…え?」

「あ、須賀さん、ここに居たんですの」

そこで話しかけてくる右子(仮)さんに振り向けば、彼女たちはもう体操服に着替えていた。
だが、残念ながら…いや、幸いな事に流石にブルマって訳じゃないらしい。
伝統を大事にする古い学校だって聞いてたから実はちょっぴり期待したんだけど、流石にそれはなかったか…。
しかし、それでも短パンから延びる太ももが眩しく、健康的な魅力を感じる。

京子「あ、ごめんなさい。先にロッカーを確保しようと思って」

「いえ、気にしないでください」

「ここなら確かにあまりひと目に触れずに済みますもんね」

京子「えぇ。とは言っても見つけてくれたのは春ちゃんなんだけど」

春「…ふんす」ジマンゲ

「ふふ、流石は親衛隊長ですね」

「でも、滝見さんもそろそろ着替えないと」

春「……ぅん」カァ

あれ…?
春、もしかして結構照れてる?
やっぱり俺の近くで着替えるって事に抵抗感はあるのか。
幾ら春がそういう艶っぽい方向で俺のことをからかう事が多いって言っても根は純情そうだしな。
流石に男だと分かっている奴の前で肌を晒すのは恥ずかしいんだろう。


春「…京子、あの……」

京子「大丈夫。幾ら同性と言っても着替えをジロジロ見るほど不躾じゃないわよ」ニコッ

まーどの口が言うのかって感じだけどな。
そもそも俺は同性じゃねぇし、何よりクラスメイトの着替えはジロジロ見ていたのは春にバレバレだった訳で。
それでも俺は別に春を傷つけたりとかしたい訳でも、彼女との関係をぶっ壊したい訳じゃない。
幾ら俺が健全な男子高校生であっても、ここで春の着替えをジロジロ見るという選択肢は最初からなかった。

「じゃあ私達は後ろを向いていますから…」

「出来るだけひと目に触れないようにしますね」

京子「ごめんなさいね。お願いするわ」

…さて、ここからは時間との勝負だ。
幾ら皆が壁になってくれているとは言え、それは完全じゃない。
端っこの方だから確率は低いと思うが、それでも、誰かに見られてしまう可能性というのはある。
そのリスクを出来るだけ低く抑える為にも、ここは出来るだけスマートに事を運ばなければいけない。

京子「(須賀京子が、体操服を蒸着するタイムは、僅か0.05秒に過ぎない…!)」

なーんて事はないが、まぁ、早脱ぎ早着替えはお屋敷での生活で鍛えられている。
流石に0.05秒で着替えるのは宇宙刑事じゃないんで無理だが、完了には一分も掛からない。
最後にロッカーの鏡で髪が乱れていないかチェック…よし。
長袖長ズボンの体操服だから露出もないし…これならきっとバレる事はないだろう。
にしても…ちゃんと長袖だけじゃなくジャージまで用意してくれていた巴さんには本当に頭があがらないな…。


京子「お待たせ」

「えっもうですか!?」

京子「ふふ、昔からお着替えするのは得意なのよ」

「なるほど…やっぱり…」

京子「…そのお話はもう止めましょう?あんまり面白いものではないから」

「す、すみません…。私…っ」

京子「良いのよ。でも、皆には内緒にしてね」

「内緒に…ですか」

京子「えぇ。ここにいる五人だけの秘密」クスッ

まぁ、まだ人も残ってる更衣室で公然と話してる時点で秘密も何もないけれどさ。
でも、下手に話されてまた変な設定が積み重なってしまうのも辛いし。
ここは秘密の共有って事にしておくのがきっと一番のはずだ。

「秘密の共有…いいですね。親衛隊っぽくなってきました…!」ググッ

京子「…それ本気だったの…?」

「勿論ですよ。須賀さんはただでさえ傷ついているんですから私達が少しでもその負担を軽減してあげないと」

「そうですわ。万事、私達にお任せ下さいませ。決して悪いようにはしませんから」

京子「あ、ありがとう…」

勿論、三人共善意で言ってくれているのは分かっているし俺も有り難いんだけど…。
どうしてだろうな、この前からその善意がアレな結果を引き起こしている所為か、なんかちょっと怖い。
こう今からでも嵐の予感を感じさせるというか、また偉い事になってしまいそうというか。
…でも、折角やる気を出してくれているのに水を差すのも可哀想だし…俺はどうすりゃ良いんだ…。


春「…お待たせ」

京子「あ、春ちゃん…」

……いや、なんて言うんだろうな。
勿論、皆も体操服姿似合っているし可愛いけれど、今の春はこう…一段ほど格が違うって言うか…。
女の子らしさを感じさせる程度に肉付きの良い四肢が半袖半ズボンから延びる姿は若干、エロいものを感じさせるくらいだ。
内側から体操服を持ち上げる胸のサイズもクラスで最大級って事もあって…健全な男にはちょっと直視出来ないレベルになってる。
【須賀京子】であるお陰で平然としてはいるけれど、そうでなかったら俺は今頃前屈みになっていてもおかしくはないだろう。

春「…どう…?」モジ

京子「えぇ。体操服姿も似合ってる。とっても素敵よ、春ちゃん」

春「…ありがとう」ニコ

京子「いえいえ」

春は日頃から黒糖あんなに食べてるのに全然太らないからなー。
勿論、多少むっちりはしてるけれど、あくまでそれだけだし。
おっぱいのサイズが標準よりもかなり大きい事を思えば、女性の理想的体型と言っても良いんじゃないだろうか。
そんな春の体操服姿を見せて貰えたってだけで、寧ろ、こっちの方がお礼を言いたいくらいである。

京子「さて…それじゃそろそろ行きましょうか」

「そうですね。じゃあ、保健室の方へ案内します」

京子「え?身体測定って保健室でやるの?」

「え…?開正学園では違うんですの?」

京子「あっちでは体育館にお医者様を呼び集めて、一気にって感じだったわね」

まぁ、正確に言えば開正学園じゃなくて清澄だったんだけれども。
でも、それは殆どの学校がそうじゃないだろうか。
他の高校に進学した奴の話とか聞いても大体、そんな感じらしいしな。
多分、天下の開正学園だって似たような感じなのだろう。


春「…ここは生徒数が少ないから…」

京子「あぁ…なるほど。わざわざ体育館を使わなくても良いって事ね」

一クラスの人数も少ない上に、クラスの数だって全学年を見ても数えるほどしか無い。
そんな永水女子にとってわざわざ体育館に集めるほどの医者を呼ばなくても良いのだろう。
下手に体育館なんて使うよりも保健室で纏めて全部、済ませた方が色々と楽なのかもしれない。
この学校、お嬢様校だけあって下手な病院並に設備が整っているらしいしな…。

「それに体育館は別の事で使っていますし」

京子「別の事?」

「はい。ここでは体力測定も一緒にするんですよ」

京子「へー…体力測定まで…」

なるほど、それなら余計に体育館を使ったりする訳にはいかないか。
女子がどこまで体力を測るのかは分からないが、一部の測定は体育館じゃなければ厳しいだろうし。
…でも、生徒としては楽な話だけれど、そこまで詰め込んじゃって大丈夫なんだろうか。
幾ら永水女子の人数が少ないとは言っても、身体測定と体力測定同時とか処理が大変だと思うんだけど。

京子「でも、流石にそれだけ詰め込むと大変なんじゃないの?」

「えぇ。なので、この学校では二時間で学年一クラス毎にやる事になっています」

京子「一クラス毎…つまり一年だったらA組、二年だったらB組、三年だったらC組が測定するって事?」

「えぇ。そんな認識で大丈夫ですわ」

なるほど。
確かにそうやって制限がされているなら処理がパンクするって事はないのかもしれない。
それでも大変なのは確かだろうが、俺が想像していたような大混乱が起きる事は多分ないんだろう。
にしても、なんで一年オンリーとか二年オンリーとかじゃなく、一学年一クラスなんだろうか。


京子「でも、どうしてそんな風な測り方をするのかしら?」

「この学校は上級生と下級生の結びつきを重視していますから」

「こういったイベントでは大抵、上級生と下級生が一緒になるんですよ」

「そうでなければスールを結ぶのも難しいですから」

京子「なるほど…」

スールとかエルダーとかそういう制度を形骸化させない為には上級生と下級生との間で交流させないといけないのか。
その為にはイベントごとに同じ作業をさせるのが一番…て言うのは人間心理の面から見ても分かる。
多分、身体測定が体力測定と一緒になっているのも上級生と下級生の交流の為なんだろう。
永水女子はそれほど生徒数が多くないし、身体測定だけなら一気にやろうとすれば出来るんだから。

京子「ということは他にもこうやって下級生と一緒に受ける催し事があったりなかったりするのかしら?」

春「文化祭とか体育祭は基本…」

「後は合唱コンクールや集中合宿、研修旅行、実習なども大体、一緒ですね」

京子「実習?」

「早い話がちょっとした遠足ですわ。山や温泉、海などに行きますの」

京子「あら、それは楽しみね」

……やべー。
山はともかく温泉とか海にも行くのかよ…。
体操服の上からならまだ誤魔化せるとは言え、水着は流石にきつい(確信)
それって特別措置でどうにかなったりしないかな?
最悪、体調を崩したとかでズル休みって方法もあるけど…あんまり使いたくない。


京子「でも、もしもの時は…」

「ふふ、大丈夫ですよ。どれも実習と銘打ってありますが、殆どお遊びみたいなものですから」

春「何かしろって言われる訳じゃないし…殆ど遠足…」

「泳ぐの苦手な生徒は普通に砂浜で遊んだりしてるよ」

「えぇ。ですから、無理に肌を晒す必要はありませんわ」

京子「そ、そう…良かったわ」

って事は制服のままなら普通に乗り切れるって事か。
それなら良いんだけど…いや、でも、そもそも水泳の授業どうしよう…。
水泳って事は水着にならなきゃいけない訳で…こっちは特別措置を祈るしかないのかな…。
後で先生にも確認しておこう…とそろそろ人の列が見えてきた。
並んでいる女の子は皆体操服だし、多分、あれが身体測定に向かう生徒たちの最後尾なんだろう。

「結構、並んでいますわね…」

「まぁ、スタートダッシュには若干、遅れてしまいましたから」

春「こればっかりは仕方がない…」

京子「そうね。それに適当に話していればきっとすぐよ」

春「…うん」

春と二人だけならともかく今は五人もいる訳だしな。
これまで皆と少なからず話していたとは言え本格的な交流は今日が初めてだ。
話したい事も山ほどあるし、何より、流れる速度もそれほど遅い訳じゃない。
適当に話していれば列の消化もすぐだろう。


京子「…ふぅ」

春「…緊張する?」

京子「やっぱり少しは…ね」

…でも、それが俺にとっては若干のプレッシャーなんだよなぁ。
勿論、特別措置のお陰でバレる危険性がぐっと減っているのは分かるが、相手は医者な訳だし。
常日頃から人の身体を診察している人達の前でちゃんと性別を偽る事が出来るのだろうか。
そう思うとやっぱり緊張が胸の底から湧き上がり、少しだけ落ち着かなくなる。

春「今の京子なら大丈夫…」

京子「でも…」

春「肌を見られる事はないから安心して…」

京子「分かっているつもりなんだけれど…」

ここでわざわざ肌の事に触れるのは春なりの優しさなのだろう。
万が一にもこの会話が誰かに聞かれてしまった時の保険を掛けてくれているのだ。
それも含めて分かっているが、やっぱり緊張そのものはなくならない。

春「…京子」ギュ

京子「…春ちゃん」

そんな俺の様子が春にはお見通しだったのだろう。
緊張がそろそろ顔に現れそうになった瞬間、彼女の手が俺の指をゆっくりと絡めとっていった。
そのままぎゅっと握りこむ彼女の熱に緊張で強張りそうになっていた身体が和らいでいく。


春「…少しは気が紛れた?」

京子「…えぇ。ありがとうね」

春「うん…」ニコ

まぁ…こうして手を握ってもらったところで何の解決にもならないんだけどさ。
それでも春の熱は俺の緊張を解き、溶かしていってくれる。
勿論、完全にそれがなくなったりはしないが、はっきりと顔や身体に浮かぶ程じゃない。
女の子の体温ってのは独特で、男にとって特別…って言うのはあるんだろうけど…手を握られるだけでこうも違うなんてな。
ちょっと不思議だって言っても良いくらいだ。

京子「…春ちゃんはまるで魔法使いみたいね」

春「えっ」

京子「何時だって私の事を安心させてくれる…素敵な魔法を使ってくれているのね」クスッ

春「…っ」カァァ

はは、赤くなってやがる。
でも、完全に冗談のつもりで言った訳じゃないんだよな。
春は本当に何時だって俺の側にいてくれて、安心させてくれるんだから。
俺が女の子か、或いは、こんな状況じゃなければ、春に惚れていたかもしれない。

春「…京子のロマンチスト…」

京子「あら?私は『女の子』なんだもの。ちょっとくらい夢見がちでも良いでしょ?」

春「それはそう…だけど」

京子「それに…感謝してるのは本当なのよ?」

勿論、からかってやろうって気持ちが強かったのは事実だけれどさ。
でも、俺はソレ以上にまるで魔法みたいな彼女の手に感謝しているんだ。
春がこうして俺の事を気遣ってくれなかったら、俺は今頃、ボロを出していたかもしれない。
俺にとってさっきの緊張というのはそれくらい大きなものだったんだ。


春「…私が魔法使いなら京子はシンデレラ…」

京子「あら…じゃあ、12時を迎えないように頑張らないとね」

春「大丈夫…私が魔法で何とかするから」

京子「ふふ、魔法使いさんにそう言って貰えると心強いわ」

春「違う…」ニコッ

京子「え?」

春「…私は王子様兼魔法使い…」

京子「…王子様?」

春「…ぅん」カァァ

いや、自分で言ってて赤くなるなよ。
まぁ、流れに乗っている時ならともかく聞き返されたら恥ずかしくなる話題だよな、コレ。
俺は【須賀京子】って防波堤があるからまだマシだけど、春にはそういうのない訳だし。
そう思うとちょっと可哀想な事をしてしまったのかもしれない。

京子「でも、王子様はちょっと…ね」

春「駄目?」

京子「駄目…というよりは譲りたくないかしら」

春「え?」

京子「一応、私は王子様でもありたい…てそう思ってるから」

京子「どちらかと言えば、私が春ちゃんの王子様兼シンデレラが良いわね」ニコ

春「…っ」カァァ

京子「…あれ?春ちゃん?」

…もしかして外した?
恥ずかしがる春の前でもっと恥ずかしい事言えばマシになるかなって思ったんだけど…。
コレなんか余計に恥ずかしがってる?
ちょっと恥ずかしすぎて聞いてるだけでも羞恥心刺激されちゃったのかな…。
でも、仮にも男として女の子に王子様やらせるのはなー…。


春「ゴメン…今は顔見られたくない…」マッカ

京子「あ…その…ごめんね。変な事言っちゃって」

春「だ、大丈夫…嬉しかった…から」

京子「嬉しかったの?」

春「ぅ…う…」コクン

どうやら春はあんな恥ずかしいセリフにも嬉しがってくれていたらしい。
あれ?でも、それなら余計にどうしてこんな赤くなってるのか分からないんだけど…。
まさか嬉しすぎて頬が紅潮してる…なんて事はないだろうし。
まぁ、嬉しいのもあるけどソレ以上に恥ずかしい…って言う感じなのかな。

「ほら、そこ。過度のラブコメは禁止」

京子「別にラブでもコメディでもない気がするんだけど…」

「…アレがラブでもコメディでもないなら世の中のラブコメの殆どがそうなりますね」

「と言うかあんなやり取りして本当に付き合ってないの?」

京子「同性愛を否定するつもりはないけれど、そもそもそういうのって滅多にないと思うのよ」

まぁ、一応、俺は男だって事は春は知っているけれどさ。
でも、この程度でそういう関係になれるならこの四ヶ月間の間にとっくの昔になっていただろう。
俺達の間にあるのはこういう冗談が通じる程度の信頼感と目的に対する連帯意識だけでソレ以外のものはない。
…でも、こうやって断言するとちょっと自分でも傷つくな…。


京子「そもそもこういうのってお互いに意識してないからこそ出来るものじゃないかしら?」

「…まぁ、確かに言われてみれば…」

「そんな気がしなくもないですけれど…」

京子「でしょう?」

「まぁ、ここは須賀さんだけじゃなくって隊長の指示を仰ぎましょ。隊長、どうする?」

春「…ギルティで」

「ギルティ入りましたわっ!」

「警告1ですね」

京子「なんでぇ!?」

なんでここで有罪判定!?
いや、まぁ、自分でもさっきのはちょっとねぇなって思ってるけどさ!!
でも、やってる最中は春も結構、ノリノリだったじゃん!!
なのにさかのぼってギルティ判定とかちょっとないんじゃないかな!?
ていうか最早、親衛隊じゃなくて俺って監視されてないかコレ!?

春「…あ、さっき警告1出してるから既に二枚目…」

「あら、じゃあ後一枚で罰ゲームですわね」

京子「最早、それ親衛隊でも何でもないんじゃないかしら…」

「大丈夫ですよ、いざって時はちゃんと力になりますから」

京子「それは嬉しいのだけれど……いざって時以外は?」

「…須賀さんって結構、愉快な人ですから」メソラシ

京子「……え?」

…あれ?これもしかして俺の弄られキャラがコミュニティの中で確立しつつある?
の、ノーウェイノーウェイ…そ、そんなオカルトあり得ねぇから。
だって、本格的に話すようになってまだ一時間も経ってないんだぜ?
それなのにもういじられキャラになるとか…ないって。
うん、ぜってーねぇから。


京子「そ、そもそも罰ゲームって何をするの?」

「んー…何をしましょうか?」

春「…ノリで?」

京子「ちょっと待って。それが一番怖いから」

春「……じゃあ、女の子と接触禁止」

京子「…女子校でそれってかなり無理があるんじゃないかしら」

そもそも今現在も俺は絶賛、春を密着中な訳で。
その他生活している中でどうしても女の子との接触を保つ必要は出てくる。
勿論、自分から積極的に行くつもりはないが、中々、厳しい条件じゃないだろうか。

京子「もうちょっとこう軽いものはないの?」

「いっそ滝見さん以外話すの禁止とかどう?」

京子「それどう見てもハードルあがっていると思うの」

「じゃあ、滝見さん以外接触禁止ならどうでしょう?」

京子「どうして皆はそこまで春ちゃんだけ例外扱いするの!?」

春「ドヤァ」ドヤァ

あ、悔しいけどちょっと可愛い。
口でわざわざドヤァとか言ってるのに頬赤く染めてさ。
恥ずかしいなら一々そんなのしなくても良いのに。
お陰であざといくらい可愛くなってるじゃないか。

春「でも…実際、京子は転校初日から下級生助けてエルダー候補にあがってるから色々と不安…」

京子「ぅ…そ、それは…」

しかし、あの状況で助けないという選択肢は実質ないだろう。
転校してからまだ一週間も経っていないのにもう噂になっているが、それでも後悔はしちゃいない。
まぁ、たまーに「どうしてこうなった…!?」と言いたくなったりはするが、それくらいは許してくれ。
ついつい首を突っ込んだとは言え、俺が欲しいのはごくごく平穏な日常なのだ。
…男が女子校に潜入している時点でまず無理かもしれないけどさ。


春「…別に責めてる訳じゃないけど…でも…」

京子「でも?」

春「京子の将来はちょっと心配…」

「そうですね。さっきだって春さんの事口説いていましたし」

京子「べ、別に口説いてなんかないわよ」

「貴女の王子様になりたいキリリって言ってて口説いていないとかちょっと…」

京子「き、キリリなんてそんな顔してないわよ…!」

…まぁ、確かにちょっと格好つけてたかもしれないけど。
でも、そこまで言われるほど顔を変えてたつもりはまったくないぞ。
そもそもあの時の俺は笑ってたはずだし…そういう類の顔じゃないはず。

「じゃあ、多数決を取りましょうか」

京子「え」

春「さっき京子が口説いていたと思う人…」

「はーい」キョシュ

「はーいですわ」キョシュ

「ソレ以外にないでしょ」キョシュ

春「…民主主義の勝利」ドヤァ

京子「こういうのは民主主義って言うか数の暴力って言うと思うの…」

一方的に少数派を叩くだけに多数決を持ち出すのは民主主義とは言わねぇよ!?
いや、確かに民主主義にそういう側面があるのは否定しないけれどさ!!
でも、勝てそうな時だけ民主主義とか言い出すのは色々と卑怯だと思うんだ俺。


春「でも、結果は結果…だから責任取って…」

京子「責任って…?」

春「……」

京子「春ちゃん?」

春「…考えてなかった」

おい。
思わず素の口調で突っ込みそうになったぞ。
この流れでまったく考えてないはちょっと流石に拍子抜け過ぎるんじゃないかな!?
無茶ぶりがされたかった訳じゃないが、反応に困るぞ。

京子「それはそれでリアクション取りづらいんだけど…」

春「だ、だって…京子とこうしてるだけでも嬉しいから…」カァ

京子「え?」

春「…改めて責任とってほしい事ってあんまりない…」

京子「…じゃあ、なんであんな話の流れにしたの?」

春「ノリ…?」クビカシゲ

京子「それで何もかも許されると思ったら大間違いよ…?」

まぁ、許してあげたくなるくらい春が可愛いのは事実だけれどさ。
だからってそれで全部、仕方ないなって言って貰えるかって言えば勿論、否な訳で。
俺と手を握ってるだけで嬉しいとかそんな可愛らしい事言っても許される訳じゃないんだからねっ。

京子「…でも、まぁ」ギュッ

春「あ…」

京子「…そういう責任ならこっちからお願いしたいくらいね」ニコッ

今回は許すけれどな!!
そもそも俺は別に今の流れで何かデメリットがあった訳じゃないし。
と言うか、逆に何か責任取れって言われるよりも有耶無耶になった方が有り難い。


「ふふ、結局、須賀さんと滝見さんは相思相愛ですのね」

「ラブラブです」ニコー

「ちょっとうらやましいかも…」

京子「いや、だからそういうんじゃないからね…?」

春「…照れなくても良い…」

京子「照れてません…っ」

まぁ、完全に照れがないって言えば嘘になるんだろうけどさ。
どれだけそれっぽく振る舞っても、俺の意識はやっぱり男な訳で。
こうして春の手を握っているとやっぱり多少はドキドキする。
でも、それは仕方がないって言うか…春が美少女なのが悪い(暴論)

「でも、そろそろ手は解いておかないといけませんわ。もう保健室の前ですしね」

京子「そうね。確かにこのままじゃ入りづらいだろうし」

春「…このままじゃ駄目?」

京子「んーちょっと辛いかしら」

廊下から見える保健室の扉は開けっ放しになっているが、あまり大きな扉じゃないしな。
そこから生徒たちの出入りが頻繁に行われている訳だし、流石に二人で手を繋いでいるというのは邪魔にしかならない。
見る限り、内部は教室以上に結構広いけど、測定器具やら何やらで大分スペース圧迫されてるしな。
中でもう一度、繋ぎ直すのも多分、難しいだろう。

京子「(…にしてもこう…なんというか…目に毒だな)」

勿論、身体測定なのだから3サイズの測定もあるって分かっていたけどさー…。
でも、普通、衝立とか立てるんじゃねーの?
幾ら生徒も先生も医者も全員女だと言っても同性に見せたくないって子もいるだろうし。
それなのになんでこんなフルオープン状態なんですかねぇ!?
淑女に隠すべきところなど何もないって事か!!
はい、先生!寧ろ隠されている方がエロスが引き立つって事もあると思います!!


京子「(い、いや、そうじゃない。そうじゃないだろ)」

でも、こうして無防備にブラを外す女の子を見ると何かこう…何かこう…ね。
見ちゃいけないと分かっていてもそっちに目が行く訳で。
男は狩猟生物だから肌色が視界にチラつくとそっちに意識がいっちゃう生き物なんだよ。
ましてや、俺は自他共に認めるおっぱい好き…!!
そんな俺の目の前でおっぱいを晒されたら…もう…もう…。

京太郎「(…いやー天国ですなぁ)」

……ぐへへ、あの子のおっぱい結構デカイ…多分、Dはあるな。
あの子は貧乳気にしてるのかちょっと恥ずかしそうにしてる。
うん、貧乳には興味ないけどその態度はベネと言わざるを得ない。
ってか、豊満な子は測定の時、両手で抱えるようにして胸を持ち上げるのか。
永水女子に通ってる子って皆顔面偏差値高いのもあってまるで生グラビアみたいな光景が目の前に…うへへ。

春「……」グリ

京子「ひぅっ」ビクッ

「あれ?どうかしたんですか?」

春「私が間違って京子の足踏んじゃった…」

京子「そ、そうなのよ」

「へー…そうなんですの。滝見さんはだいたいなんでもそつなくこなすイメージがありましたけど」

春「新ジャンル…黒糖系ドジッ子…これは流行る…」

「それは新ジャンルとは言わないと思うな」

あ、危ない危ない…。
春が足を踏んでくれなかったら【須賀京太郎】の方が表に出てくるところだった。
流石にここで素の方が出るとマジで取り繕えなくなりそうだからな…。
ドジっ子属性ついてでも気づかせてくれた彼女には本当に感謝だ。


春「…エッチ」ボソ

京子「ご、ごめんね…」ポソ

でも、まぁ、ソレより先に謝る方が先だよな…。
男として致し方ない事とは言え、目も当てられないレベルの醜態を晒してしまった訳だし。
それに気づいた春としてはハラハラしたってレベルじゃないだろう。
勿論、俺としても色々と主張したい事はあるが、それは女の子である春の共感を決して得られないもんだろうしな。

春「後で教育…」

京子「ぅ…お、お手柔らかにお願いね」

一体、何をされるのかは分からないが、今の俺にそれを拒絶する資格はない。
あんなにも注意しなければと思っていたのに、またエロ顔するところだった訳だしな。
それを戒める為にも春からの教育はちゃんと受けておくべきだろう。
まぁ、なんだかんだ言ってもきっと春ならそんなに酷い事しないだろうし。

京子「(それより今は…)」

「はい。学年とクラス出席番号、それと名前をお願いね」

京子「二年のAクラスです。出席番号は…」

保健室入り口の受付で言われたままに自分の番号と名前を告げれば黄色い紙を渡される。
それを女医さんや先生に渡して記入してもらう、というのが大体の流れなのだろう。
この辺は清澄とそんなに変わらないらしい。

京子「(さて、まずは身長か)」

去年は確か182cmだったっけ。
未だ成長期は継続中だし、きっと去年よりは身長も高くなっているだろう。
一体、どれくらいまで伸びてるのかちょっと楽しみだ。
180後半…は流石にないだろうけれど、それくらいまで伸びてるとちょっと嬉しい。
…まぁ、嬉しいと言ってもそれを活かす機会はまったくと言って良いほどないんだけれども。
はぁ、せめて咲とすぐに会えるような距離なら…いや、今の状態でそれを望むのは酷って奴だな…。



…‥…


……





ちょっと中途半端な感じですが場面転換が入るので今日はここまでです
次はまた須賀京子ちゃんで体力測定編に入る感じです

【おまけ】




                       /´    ,ィェュ丶、
                     /  /  /  ̄`ヾ ヽ

                         /     l ∠ェェェェェュ、 ト ハ
                     / i i   | /」ト、ハ从  ノ>,! }、                        _     _  --‐¬
                       / { ,ト  Kイ它ソ` Yィュ孑}}, | }                   _/ ̄ 「 「`Y´ _  -‐'
                   / ∧ ヾ 、!       j じ'ノル ,ル             __, ‐'"´/  Y' j ! j‐'
                     / ∧∧  ヾ〉、 r‐┐ イレ//|!      __, イ/ / /  r'    j r' イイ、
                 /_∠厶云ト、_ 〈 ゝ-' ∠∠イ┴=='"´ ̄    / / / /  ノ    /´/´   ̄ ⌒Y
               / !二二ニヾ===、二二´              / / / /   ヽ  _    /´ ̄ ̄ ̄
              /  ∧ ̄ ̄ヾ===三三 _` ===== 、____/_/__, '__/   _,ノ  j ̄ ̄´
           _/´  / ∧      ミ    ` ====== '´ ̄ ̄ ̄`丶、     r'    ノ
          /    /  / ∧  _,云三二ニ==─テ云≧¬==、    | トヽ     }   /
         /   _ ィ  // lヽ_/ 丿トミ<斤  ヾ=イ彡ヲ    ̄`==ヾ\ヽ   /  /
       /   _/´/  /    l l    ゞミ三ミ>   ゞ三ユュ          ̄\ノ  /
      /  _/  / /     ヽ ヽ    「三ミイ  / rイヲヾ            \/
   r イ/ /   / /        \!     ≧ミヲ/   />テリ\
  ∧ ∨ /    /           l     ヾ=ュ   /∧イイ   ヽ

                   【右子(仮)さん】



                     r 、...-――- ...
               . イ:| ..:..:....:....:.....:.....:.. ミ...、
                /........:| ..:...:......:ヽ:、:...:. \:.. \
               /  ./ /| ..:...:{:......:|:..ヽ\ヽ:.ヽ:.....ヽ
            / ..:..:,i:/ i:i:...:.乂:__ト_:..ト:..ヽi:.....∨:..‘,
             / .:′/{/___乂..:..:..ト.丁x=ミ、..:i!..:..:..iう):..:
            ,′:|...:|l ,ァ=ミ ∧{:..:{  'f.::うi}ト、|..:..:...i)):....{
          /イ 八 :{ { ん:.1  \}   ヒ..ソ |:..:...|::.八:.、
        /´ |.八:..ド ヒツ  '   / /i ハ|:..:...「i:.i:. ト\
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      〈 v`{__ノ ヽヽ:{:> ..         . イハ|r<トイ (_/ノ ム
    r―廴}     __}_ :ト、:{::.:ir≧i‐_ ...斗≦}八 __入  ( イノ ノ
    > ._)    ( __,.. ヽ≧八¨¨}}r― ´  人r乂      ‘ァ'
    〈 Y、   /    ハ>‐‐ミ }}}_,. ≦ ̄ ̄ 〉{ \下 ==イハ
    ヽノ \ _ , ィチ 〉.........:={:..:}-:............. 〈八  了不´ |

        { `廴_ /  {............:.:.廴「`:.............. } /  // }:{   {、
       ノ /:ハ:i   {:.:.:.:.:.::イ| |ヽミ::........:.:.{ム:、 j::{ |、 ノ}'\
        ,イ{ {:/  }:}   ノ</::/八.{ ∧:{>ミ:.:.〉 ト __ノ 八:∨ム  ノ

              【後子(仮)さん】




                 -――――-        ♪
             /.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:\   /
            .:::::::::::::::/::::::::::::::::::ヽ::::::::::::::ヽ
           /:::::::::::::::;':::/:::::::::::::::::j::::::::::::::::::::.

           ,':::::::: /:::/|:::::::::::::::::::::::|\::::|::::::::::i
          /|:::::::i::|::⌒|:::{::::::::i:::::::/|⌒i:::|:::::i::::|\
        /::::::|:::::::i::Ⅳ |:八::::::i:::::/ j/ V|:::::i::::|::::::\

          / :::::::|:::::::N,ィうテミハ :::!::/ィうiテト│::::::/\:::::::ヽ
       /:::::::::/ハ:::::i:::.、V::.ソ ヽレ' V::..ソ :::/V  ヽ::::::::::.
.      /:::::::::/  レ:V^7ゝ    ,       /:イ ::|    '::::::::::,
     /:::::::::/   {;:::{ { い、   、 ,   ∩/h::iト 、  i:::::::::,
      ::::::::::;′/∨トヽ丶.\     _ ノノ // リ  \ |:::::::::i
     i::::::::::| {   l::\    ` 、‐‐/   /:::/     }│:::::::|
     |::::::::::| |   ∨|/丶、  }_{   /∨|/    │|:::::::::|
     |::::::::::| |     ∨ ̄\ |八 / ̄│ /    |│:::::::|
     |::::::::││     /    o\「o     ∨     |│:::::::|
     |::::::::│ ∨     /       }|     ∨    /│:::::::|


              【前子(仮)さん】


※AAは外見的イメージです

明後日には投下したい(願望)

今更だけど前スレ>>1000は了解です
新道寺との練習試合差し込みます
方言一杯一杯で頭こんがらがりそうだけど新道寺は好きな学校だから頑張るよ…!

後、>>997もすげー書きたい
流石にお屋敷内での殺伐はきついけど学校で対立する派閥に頭を抱える京子ちゃんと霞さんは面白そう

遅れて申し訳ありません
投下すんぞオラァ


京子「んー…」

身長は思ったより伸びてた。
体重は据え置き、やったぜ。
座高から察するに足もちょっと伸びてる感じ。
虫歯もなく、視力も1.5!
身体は健康そのもので診察した女医さんから太鼓判を押されたレベルだ。

京子「(…結構、良い感じかな)」

まぁ、他はともかく、身長が伸びてるっていうのはデメリットもあるんだけどさ。
あんまり高過ぎると女の子として違和感のあるレベルになるし。
でも、男として身長が伸びていたって言うのはやっぱり嬉しい。
それにまぁ、これくらいなら別に女の子の中にもいないって訳じゃないしな。

京子「(皆はもうちょっと掛かるみたいだけれど…)」

俺はメンバーの中じゃ一番、最後だったとは言え、いくつかの測定は飛ばしてる訳だしな。
いつの間にか追い越して今や保健室の前で待っている状態だ。
とは言え、見た感じ、皆ももうすぐ終わりそうだったしな。
こうして待っていればすぐに誰か出てくるだろう。


春「京子…」

京子「あ、春ちゃん、どうだった?」

春「…はい」スッ

と言ってる間に春が出てきたか。
ってデータの記入された紙をこちらに差し出すのはどうしてなのか。
…一応、これ個人情報の塊なんだけどさ。
そもそもスリーサイズとか書いてあったりするんだけど、その辺、気にしないのだろうか。
一応、女装してるとは言え、俺は男なんだけれども…。

春「…見ないの?」

京子「あ、ううん。見せてもらうわね」

京子「代わりに私のもどうぞ」

湧「ん…」

どうやら春はその辺、気にしていないらしい。
ま、それなら断るのも自意識過剰みたいだしな。
スリーサイズの欄をマジマジと見る訳にはいかないが興味はあるし。
ちょっとだけ見せてもらうとするか。

京子「(えーっと、どれどれ)」

…うん。
まぁ、何というかとても平均的な感じ。
身長もそこそこで体重も決して重いって訳じゃない。
若干、虫歯の危険性は指摘されているけど、それも毎日の歯磨きでなんとかなるみたいだし。
で、スリーサイズは…い、いや、見るな…見るんじゃない…!


春「…バスト増えてた」ポソッ

京子「ふぇっ」カアァ

春「確認…してみる…?」チラッ

か、かか…確認…!?」ゴクリ
い、いいいいいいや、ちょっと待て、冷静になるんだ俺。
幾ら色っぽく言われたからって早合点するんじゃない…!
これは紙のスリーサイズの欄を確認しろという事だろう…!
今の俺は女なんだ…その程度では狼狽えない…!!

京子「…同性だからと言って軽々しくそう言うのは感心しないわよ?」

春「…むぅ」

京子「どうかしたの?」

春「…もうちょっと狼狽えてくれると思ってた…」

京子「いい加減、そういうのにも慣れてきたから」

春「…大変。これは攻め方を変える必要性が出てきた…」

京子「攻めないって選択肢はないのね…」

まぁ、春がそういう奴だって言うのは今までの付き合いで分かってるけどさ。
でも、普段あんまり表情を変えない春がそう悩ましそうにしてると何ともな。
そんな表情も魅力的ではあるんだけれど、素直に喜ぶ事が出来ないというか何というか。


「…また廊下で何をやっているんですか」

京子「春ちゃんに襲われちゃって」

春「ここがええのか…ええのんか…」ダキッ

京子「きゃっ…もう春ちゃんったら」ナデナデ

春「ん…」ニコ

京子「でも、そろそろ離れてね。残念だけど皆ももう大体揃ったみたいだし」

春「…残念」スッ

そう言いながら春が離れた瞬間、最後の後子(仮)さんが出てきた。
これで全員揃った訳だし、そろそろ体育館に移動しないとな。
まだチャイムは鳴っていないとは言え、手元の記入用紙を見る限り体力測定もいろんな項目があるし。
短距離腹筋背筋跳躍前屈握力幅跳びシャトルランとかさ。
流石に一時間丸々使うってほどじゃないが、のんびりしてられる余裕はあんまりない。

京子「じゃあ、そろそろ行きましょうか」

「はい。おまたせして申し訳ありませんでしたわ」

京子「いえいえ、良いのよ」

京子「それより皆さん、健康状態はどうだったの?」

「私は健康体そのものらしいですわ」ドヤァ

「私はちょっと寝不足らしいです。肌荒れが指摘されました…」

「私はちょっと髪が荒れてるんだって。おすすめのシャンプーとか教えてもらったよ」

…何か聞いてる限りだとそれ身体測定とはちょっと違うんじゃね?
いや、まぁ、確かにそういうところに健康状態が出やすいっていうのは俺も聞いた事があるけどさ。
それよりも何か美容系とか、そういう方向じゃないだろうか。
俺もこれまでに健康診断とか色々受けたけど、そんな指摘は受けた事ねぇぞ。
やっぱり女の子だからそういうのに気を遣ってるのか?


春「…私は今は大丈夫だけど…虫歯が危ないらしい…」

京子「春ちゃんは黒糖食べ過ぎなのよ」

春「控えるつもりはない…」キリリッ

京子「…虫歯は怖いからちゃんと歯磨きはしましょうね?」

春「…うん、気をつける…」ブルッ

まぁ、今までの春も別に歯磨きをサボっていた訳じゃないけれどさ。
毎日一緒に歯磨きしている側としては寧ろ結構丁寧に磨いている方だと思う。
でも、歯磨きした側からまた黒糖を食べるからあんまり意味がないというか何というか。
虫歯になると大変なのは春なんだし、その辺、ちゃんと我慢させなきゃ駄目かもな。

「…で、皆さん、スリーサイズの方はどうだったんですか?」

京子「え、そ、それを聞いちゃうの…?」

「だって…気になるじゃないですか」

「まぁ、私も気にならないって訳じゃないかなぁ。…身近にどでかいの二人いるし」チラッ

春「…?」ドーン

「あらあらまぁまぁ」ドーン

まぁ、右子(仮)さんも春もかなりバストデカい方だよな。
多分、二人でクラスの一位二位を争うレベルじゃないだろうか。
下手をすれば二人のどちらかが校内一位でもおかしくはないくらいだ。
その一段上を行く石戸(姉)さんが規格外なだけで二人共女性としてはトップクラスだろう。


「私は1cmほどバストアップしていましたわね」

春「私もそれくらい…」

「う、羨ましい…」

「…ちょっと不公平だよね」

春「良い事はあんまりない…肩凝るし…」

「そうですわね。それにサイズの買い替えだって結構、バカにならない出費ですわ…」

「サイズが合わないと胸が痛くなりますし、買い換えない訳にはいきませんから…」

春「それに…男の人に見られる事も多いから大変」チラッ

はは、なんで春はそこで俺の方を見るのかな?
確かに屋敷に来た当初は見慣れない巫女服ってのもあってチラ見しまくってたけどさ。
今はそんな事ない…はず、きっと…恐らく。
それに最近はどっちかって言うと春の方からアピールしてくるっていうのが多い気がするぞ。

「…出ました、巨乳派のお約束のセリフ…」ウフフ

京子「え?あ、あの」

「えぇ…貧乳だと動きやすいですよ、肩も懲りませんよ…!ブラの買い替えだって必要ありませんよ…!」フルフル

「マラソンだって早いですよ、匍匐前進余裕ですよ!」

「でも、それでもちょっとは欲しいんですよ…!そんな自慢一回でもしてみたいんですよ…!!」

「…まぁ、自虐風自慢にしか聞こえないしね」

あ、前子(仮)さんと後子(仮)さんの目が据わってる…と言うか拗ねてる。
あんまりそういうの気にするイメージはなかったけど、二人もやっぱり女の子なんだな。
二人の前ではあんまり胸の話題は出さない方が良いかもしれない。


「うぅ…皆さん何でそんなに大きく育たれているんですか…」

「と、特に何かしたつもりはないですわよ?」

「私は毎日、豊胸体操やって食事もバストアップに良いって言われるものを摂っているのに一向に大きくなりません…」

前子(仮)さん…(ホロリ)
そこまでするって事は割りと真剣に悩んでいるんだな…。
何とかしてあげたいけれど…でも、こればっかりはどうにも出来ない…。
と言うか、胸の成長って遺伝によるものが多いんじゃねーかな…。
石戸姉妹、ついでに宮永姉妹を見てるとそうとしか思えない。

「…うぅ…須賀さんはどうですか?」

京子「え?」

「この中では中立…と言うか平均的バストな須賀さんにご意見を伺いたいです…」

京子「ご意見って…」

「大きい方が良いでしょうか…?それとも小さい方が良いのですか…?」

京子「え、えぇぇ…」

そ、それを俺に聞くのか…?
いや、まぁ…この中では確かにどっちつかずな感じではあるけれどさ。
でも、ここで振られると…居心地が悪いと言うか、視線を感じるというか…。

春「じー…」ジィ

うん!すっごい見られてるよな!!
わざわざ口に出すくらい見てるのアピールしてるもんな!!
よっぽど突っ込んで欲しいんだろうか…でも、今の俺にそんな余裕はねぇぞ。
割りと真剣に思い悩んでる前子(仮)さんに何と答えるべきかで一杯だからな。


京子「ど、どっちにも殿方からの需要はあると聞きますよ?」

「そういう事を聞いているんじゃありません…!須賀さんがどっちになりたいかを聞いているんです…!」ヌガー

京子「お、落ち着いて…!」

前子(仮)さんホント落ち着いて!!
気持ちは分かる…いや、分からないけど、落ち着いて!!
ここで自棄を起こしても意味ないから!
トラウマなのはもう分かっているから!!

京子「ま、まぁ…その…何というか…」

京子「私も女性だから…申し訳ないけど、小さくなりたいとは言えないわね…」メソラシ

「うぅ…そうですよね…」

京子「…でもね」

「え?」

京子「女の子の胸の成長はそう簡単には止まったりしないわ」

「でも…」

京子「大丈夫。貴女の胸はちょっと寝坊助さんなだけよ」

京子「機会さえあればきっと直ぐに目を覚ましてくれるはず」

「機会?」

京子「そうね。一般的なのはやっぱり恋かしら?」

胸の成長には女性ホルモンが大きく関係しているらしい。
んで、その女性ホルモンを出すには異性がいる環境で恋をするのが一番なんだそうだ。
前子(仮)さんの家庭事情は知らないが永水女子に通っている以上、そのような経験があるとは思えないし。
まずは恋をしてみてからでも遅くはないんじゃないだろうか。
ちなみに俺はこれを咲相手に説いて拗ねられました。
一応、真剣にアドバイスしたはずなのに怒られるとか、ホント、なんでだったんだろう…。


「でも、恋なんて…」

京子「見つけられない?」

「…そう…ですね。周りに殿方なんていらっしゃいませんし…」

実はここに一人いるんだけど…まぁ、それを前子(仮)さんにアピールする訳にはいかないし。
って言うか一応、恋愛は異性同士でするっていう認識はあるんだな。
さっき春との仲を囃し立てていたのは流石に冗談だったのか。
…正直、女子校との認識の違いにびっくりしてただけに少し安心した。

京子「ふふ、大丈夫よ。貴女はとても可愛らしい人だもの。縁があれば殿方の方から来てくれるわ」

「そう…でしょうか」

京子「えぇ。それに…何も本当に恋をしなければいけないって訳じゃないでしょう」

「え?」

京子「必要なのは適度なドキドキよ。それは別に本当の恋じゃなくても出来るはず」

「適度なドキドキ…」

京子「えぇ。例えば…そうね」スッ

「あ…」ギュッ

京子「こうやって手を握られると同性でもドキドキしないかしら?」

「し…しま…す」カァ

京子「そういうのが大事なのよ、きっとね」ニコッ

まぁ、俺が言っているのは全部、ネットで知り合ったおもちロードさんの受け売りでしかないんだけどさ。
でも、異性に対する意識がホルモンに関わっているのは割りと本当の事らしいし。
例え同性相手でも似たドキドキを与えれば、ホルモンが分泌されるっていうのは論理的におかしい訳じゃない。
まぁ、問題はそのドキドキを同性相手に与えるには色々と障害が多いって事なんだけど。


京子「貴女にはそういう相手はいないの?」

「い、ま…せん。私、まだ誰かとスールになった事もありませんし…」

京子「そうなの。じゃあ…もし、これからもそういう相手が見つからなかったら…だけど」

「えっ?」ドキドキ

京子「私で良ければ…恋っぽい事しちゃう?」クスッ

「…~~~っ!」カァァァ

でも、乗りかかった船だからな。
本気で前子(仮)さんが悩んでいるのはもう今までので十分過ぎるくらいに伝わってきているし。
ここで『相手を探すのを頑張ってね☆』と突き放すのも無責任だ。
それにまぁ、あくまで『もしも』の話であって、出会ったばかりの俺がその相手に選ばれたりしないだろう。

「はい。ブレイク、ブレイク」

春「離れて…今の京子は危険…」

京子「え?き、危険って」

春「…フェロモンがムンムン出てる」

京子「出てませんっ」

そんなの出てるなら俺の人生はもっとバラ色だったっての。
清澄でだってもうちょっとこう艶っぽい話が出てたわ!!
いや、まぁ、そういうのがないからこそ女所帯の麻雀部で上手くやれてたんだろうけどさ。
完全に『仲間』っていう括りであってソレ以上でもそれ以下でもなかったし。
…あ、なんか言ってたらちょっと悲しくなってきた…。


「いやー…何というか…」

「まさかこの流れで口説くとか思ってもみなかったですわ…」

京子「別に口説いてたつもりはないんだけど」

「あれで!?」

京子「だ、だって普通に相談に乗っただけでしょう?」

代替案は出したが別にそれが主題だった訳じゃない。
俺が言いたかったのは結局のところ「まだ諦めるには早い」ってただそれだけの事なんだ。
そもそも俺が言ったのは謂わば最後の手段であり、彼女がそれを選ぶとはあんまり思っちゃいない。
本人は胸のサイズを随分と気にしているみたいだけど、彼女自身はとても可愛らしい子なんだから。
男でも女の子でも、本気で彼女がそういう相手を探せばすぐに見つかるはずだ。

「は…はぅぅ」マッカ

「女の子をまるでゆでダコみたいにしておいて良く言えますねソレ…」

春「…やっぱり京子は危険…隔離しなきゃ」シメイカン

京子「人を危険物みたいに言わないで!?」

「いや…でも、さっきのはちょっと年頃の女性には刺激が強すぎると私も思いました…」

右子ちゃんにまでそういう風に言われてしまうレベルなのか…!!
自覚はなかったけれど、俺って実は結構やばいんだろうか…?
い、いや、でも、百歩譲って危険だとしても、隔離しなきゃって言われるほどじゃないはずだ。
例え、さっきのが口説き文句に入っていたとしても、前子(仮)さんはさっきから俺に目も合わせてくれないし。
現状、まったく相手にされてない以上、危険性は殆ど無いと言っても良いだろう。


「まぁ、京子さんは身長も高いし顔もお綺麗ですからね。あまりそういうのは言わないほうが良いと思いますわ」

「元々、注目されてる上にそんな事言いまくってたら、余計なトラブルしょいこむ事になるよ」

京子「トラブルって?」

「こういう学校だからさ。年に一回くらいは女同士の修羅場ってのがあるの」

「十年に一回は刀傷沙汰一歩手前まで行くと聞きますわね」

京子「なにそれこわい」

いや、マジで怖いんですけど。
ここってお嬢様校ですよね?
所謂、淑女ってやつを養成する場所ですよね?
なのに、どうして女の園で血が流れるんですか…室井さん!

「ふふ、淑女も恋になると我を忘れるものですわ」

春「…恋は戦争」グッ

京子「…言っとくけど、戦争にだってルールはあるのよ…?」

刀傷沙汰は流石にそのルールから逸脱しすぎじゃないだろうか。
いや、まぁ、明文化された条約がある訳じゃないから、ルールよりも緩いものなんだろうけれど。
でも、だからって刀傷沙汰は間違いなくやり過ぎだろう。
何となくお嬢様校って奴に抱いてたイメージが粉々になった気分だ。


「ま、小中高一貫の女子校なんてその辺の免疫が無くて思い込みの激しい子が多いからね」

春「…それに刀傷沙汰になったと言っても、実際に刺した刺されたって事にまでなった事はあんまりない…」

「それでも一応、そういう風に取られるような言動は控えたほうが身のためかもしれませんわね」

「あ、勿論、本気ならば止める事はしませんわ。寧ろ、私、応援します」キラキラ

京子「い、いや、流石にそれは…」

ここにいる全員が何処でもクラスのアイドルになれそうなくらいに美少女揃いで、普通ならこっちからお願いしてでも付き合ってもらうべきなのだろう。
でも、俺は性別を思いっきり偽ってるし…そんな状態で『本気で』付き合うなんて不可能だ。
そもそも俺はまだ咲の事を完全に忘れた訳でもねーしなぁ…。

「あはは。まぁ、須賀さんはどっちかって言うと本気になられて攻略される側だよね」

京子「こ、攻略って…」

「あぁ、何となく分かりますわ。友達と親友までの境界線が曖昧なのに、ソレ以上は中々許さないタイプに見えます」

春「…多分、好きって言われても軽く躱しそう」

京子「そんな事ないわよ。ちゃんと考えます」

春「…じゃあ、京子」

京子「言っとくけどここで好きって言われても、ちゃんと考えて冗談としか受け取らないからね」

春「…鉄壁…」

いや、今のはごく当然の流れだろ。
ここで好きとか言われて本気で受け取る奴はまずいないはずだ。
それにまぁ、俺と春との間にそういう艶っぽい感情があるとは到底思えないし。
好き…というよりはどちらかと言うと悪友とかそういうのに近いはず。
本当に男だって意識してるならあんな風に気安く抱きついたりはしないだろうしな。


「しょ、しょれよりほら、体育館見えてきましたよ…!」

春「…復活?」

「でも、まだ呂律は回ってませんわね」

京子「あの…私が聞くのも変かもしれないけれど…大丈夫?」

「ら、らいじょうぶです!!」プシュゥ

「あ、駄目だこりゃ」

「やっぱり隔離が必要ですわね」

春「京子はこっち…」グイグイ

そんな風に言われながら前子(仮)さんと強制的に距離を取らされてしまう。
まぁ、距離を取らされると言っても廊下の幅程度でしかないんだけどさ。
でも、そうやって無理矢理引き離されるとやっぱり寂しいというか何というか。
一応、仲良くしたいと思ってこうして誘った訳だしな。

「あぁ…っ!須賀様…!」

京子「…様?」

「あ…」カァァ

「…こりゃ思ったより重症かも」

「須賀さん…本当に罪深い人ですのね…」

京子「え?え?」

…え?
これもしかしてガチな奴?
ち、違うよね。
前子(仮)ちゃんなりのジョークって奴だよな。
うん、まさかさっきので本当に惚れた腫れたなんてなる訳ねぇし。
幾ら女子校育ちで免疫ないって言ってもアレだけでそんな… ――


「ち、違います!わ、私はそんな不純な気持ちで須賀様と呼んだんじゃなくって…!」

京子「そ、そう。そうよね…良かった」

「単純にファンになっただけです!!」

京子「…ファン?」

「はいっ!須賀様っ」ニコー

京子「…ファンってあの……え?」

春「それなら良し」

京子「良いの…!?」

ファンってまるで俺がアイドルみたいな扱いになってないか…?
俺は別にそこまで素晴らしい人間じゃないし、前子(仮)ちゃんに何かやった訳でもない。
相談には乗ったけれど、それだって別に素晴らしい解決方法とは言えないもんだからなぁ。
そこまで慕われるのは嬉しいけれど、ちょっと一足飛び過ぎて理解出来ないというか何というか。

「さっきの須賀様のお話は私の胸にとても響きました」

「ずっと行き詰まりを感じていた心に光が差して希望が生まれたのです」

「さっきは言えませんでしたが…須賀様、本当にありがとうございます」

「お陰で私、生まれ変われそうです」ニコッ

京子「…そう。良かったわね」

でも、それはあくまで俺にとっては、って事なんだろうな。
今の彼女の表情はとても晴れやかで、嬉しそうなものだった。
対策らしい対策を打っても尚成長しないコンプレックスに前子(仮)ちゃんはとても苦しんでいたのだろう。
正直、ちゃんとした解決法を提示できたとは思えないけれど、でも、彼女が喜んでくれると悪い気はしない。
そこまで慕われて良いのだろうかって気持ちはやっぱりなくならないが、理解出来ないって意識はなくなった。


「でも…あの…」

京子「ん?」

「…まだ相手が見つかりそうな気がしませんし…と、とりあえずって事で私と恋っぽい事して欲しいのですけど…」ポッ

春「アウト…」

「はーい、チョークですわ」

「ブレイクブレイク」

「あぁっ!須賀様ぁっ!!」

京子「あ、あはは…」

ち、違うよね。
ちょっとこう…行き過ぎたファンの暴走って奴だよね。
まさかマジでそういう感情に発展してたりなんてないって。
あくまで俺は恩人であってそれ以上でもそれ以下でもないはずだ…!!!

湧「あれ?京子さあ?」

京子「あら、湧ちゃん」

そんな風に話しながら体育館へと入った俺達を迎えたのは体操服姿の湧ちゃんだった。
小柄な身体を体操服へと包む彼女は普段の数割増しで愛らしく見える。
半袖半ズボンの服から伸びる四肢は健康的な魅力を放っているし、そのスレンダーな肢体も…ってこれは言わない方が良いか。
前子(仮)さんみたいにコンプレックス刺激したら困るし。


京子「湧ちゃんも測定なのね。あれ?でも、明星ちゃんは?」

クルリと周囲を見渡しても近くに明星ちゃんの姿は見当たらなかった。
明星ちゃんが湧ちゃんの事を放っておいてどっか行くとは思えないんだけれど…。
明星ちゃんだけトイレにでも行っているんだろうか。

湧「明星ちゃはあっち」

京子「あ…」

湧ちゃんが指を指した方向にはストップウォッチとバインダーを持っている明星ちゃんの姿があった。
その前を女生徒たちが走っている辺り、計測係って奴なのだろう。
流石にこれだけ色々測るのに測定係が先生だけじゃ手が回らないだろうしな。
救援相手として明星ちゃんが選ばれたって事か。

湧「明星ちゃ体育委員だから」

京子「なるほど…でも、自分の計測はどうするの?」

湧「あち…私も体育委員だから…途中で…交代する…」

京子「あぁ、そういう風になっているの」

驚いてそれどころじゃなかったから聞き逃していたけれど、HRでそんな事を言っていたような気もする。
そう言えばさっき見渡した時も見覚えの顔があったしな。
明星ちゃんの事を探していたからしっかりと記憶している訳じゃないが、確かあの子はクラスの体育委員だったはず。


京子「で、湧ちゃんの計測はもう終わったの?」

湧「実はまだ…柔軟する相手がいなくて」メソラシ

京子「じゃあ、私と一緒にやる?丁度、こっちは五人だから」

湧「いいの…?」パァ

春「え?」

「えっ」

京子「あ、駄目だった…?」

こうして人懐っこく俺のところへ来てくれる湧ちゃんだが、本来は人見知りだ。
初対面の相手に中々、柔軟をお願いする事は出来ないだろう。
だけど、俺なら湧ちゃんも慣れているだろうし、柔軟だって出来るはずだ。
人数的にも一人余る計算だったし、丁度良いと思ったんだけど…。

春「…京子が良いならそれで良いけど…」

「私も別に問題がある訳じゃないですけど…」

京子「よし。じゃあ決まりね」

春と前子(仮)さんが何を言いたいのかは分からないが、湧ちゃんは困っていた訳だしな。
二人に何か含むところがあるのは事実だろうが、ここは押し切ってしまった方が良いだろう。
誰かに柔軟をお願いするならともかく、湧ちゃんの相手は俺がする訳だしな。
皆を困らせる事は恐らくないはずだ…っと、まぁ、それはともかく。


京子「紹介遅れてごめんなさい。この子は一年の十曽湧ちゃんよ」

湧「よ、よろしくお願いしも…します」ペコリ

京子「ちょっと人見知りであんまり話すのが得意じゃないけれど、とても良い子だから仲良くしてあげてね」

「十曽…と言えば、さっき須賀さんが言ってた方ですのね」

湧「え、えぇ…?何を…言ってたですか…?」

「十曽湧ちゃんの事が好きで好きで堪らないとか…もう抱きしめたいとか」

湧「ふぇぇ!?」カァ

京子「言ってませんっ」

つか、言えるかよ。
相手は動物っぽいとは言え、紛れも無く美少女なんだし。
その上、俺が男である事を知っている相手に好きとか抱きしめたいとか言えるはずがない。
一緒に暮らしている都合上、んな事言ってしまったら共同生活が破綻へと一直線だしな。

京子「一緒に住んでいる事を言っただけだから心配しないでね」

湧「そ、そうなんだ…」シュン

京子「うん?」

湧「あ、や…なんでもなかよ…」

京子「それなら良いんだけど…」

何か一瞬、寂しそう…と言うか物足りなさそうな顔をしたように見えた。
俺の気のせいだったら良いんだけど…でもなぁ。
あまり気持ちを隠すのが得意じゃない湧ちゃんの表情に引っかかりめいたものは感じる。
…やっぱりここは恥ずかしいけれど…もうちょっと突っ込むべきだろうか。


京子「…でも、私は湧ちゃんの事を家族だと思っているからね」

湧「家族…?」

京子「えぇ。だから何かあったら遠慮なく言ってね」

京子「私も湧ちゃんの力になりたいの」

湧「えへへ」ニコッ

そこで湧ちゃんはニッコリと華の咲いたような笑みを浮かべた。
何処かひまわりを彷彿とさせる暖かで優しいそれに俺も釣られて笑顔になってしまう。
彼女がいったい、何を物足りなさそうにしていたのかは知らないが、期待には応えられたらしい。

湧「あちきはそいだけで十分…!」ニコー

京子「そっか。それなら良いのよ」

京子「じゃあ、改めて柔軟はじめましょうか」

湧「はーいっ」グッグ

京子「こらこら、そんなに張り切ると怪我しちゃうわよ」

元気に動く湧ちゃんを見るのは俺も好きだけれどさ。
でも、準備運動なのにそんなに勢い良く身体を曲げたりすると関節を痛めかねない。
折角、年に数回しか無い測定なんだから、そんな事で結果を落とすのも馬鹿らしい話だもんな。
張り切っているのに水を差すのもアレだが、ここは注意しおかないと。


湧「えへへ…すんもはん」

京子「ふふ、張り切るのは測定の方で、ね」

湧「うんっ。えへへ、楽しみ」

京子「湧ちゃんは運動得意だものね」

湧「京子さあも…得意って聞いた…よ?」

京子「私は…まぁ、人並みかしら?」

一応、噂ではスポーツ万能って事にはなっているが、別にそれほど運動が得意って訳じゃない。
バスケ部やサッカー部には誘われてはいたけれど、面倒くさくて断っていたしな。
結果、入ったのも運動とは無縁の麻雀部だったし、部活のレギュラーたちには遠く及ばないだろう。
まぁ、代わりにハギヨシさんから特訓を受けたり今も身体を鍛えてるからそれなりには出来るだろうけれど。

湧「じゃあ…勝負する…?」

京子「え?」

湧「あちき…私とと勝負して…勝ったほうが…ジュース奢る…のは、どう?」

京子「…へぇ」

ここで男の俺にそういう勝負を挑むのか。
湧ちゃんがかなりの体力自慢だって知っているけれど、それは流石に無謀だろう。
男と女じゃ身体の作りが違うし、何より身長差だってかなりのもんだ。
手足の長さだって目に見えて分かるくらいなのにわざわざ湧ちゃんから勝負を挑んでくるだなんて。


京子「本当にそれで良いのかしら?後悔したりしない?」

湧「女に二言はなか…!」キリッ

京子「ふふ…それじゃ私も本気にならないと失礼ね」

でも、湧ちゃんは負けるとは思っていないらしい。
少なくとも良い勝負が出来ると心から信じているようだ。
それならば俺がここで手を抜くのは失礼という奴だろう。
多少、大人げなくても全力で記録を競うべきだ。

湧「じゃあ…京子さあ」

京子「うん。じゃあ、背中からしましょうね」

ま、その前に柔軟を進めなきゃいけない訳だけどな。
お互い本気な分、準備にだって手が抜けない。
こうして話している間に関節部分は粗方終わったし、後は細かい部分をやっていくべきだろう。
…にしても…… ――

湧「…どうかした?」

京子「やっぱり湧ちゃん小柄だなぁって…」

薄墨さんのような例外を除けば、お屋敷で一番、身長が低いの湧ちゃんだからな。
逆に俺はお屋敷の中でもぶっちぎりで身長が高い訳で。
そんな二人が背中合わせにしながら腕を組むと…どうしてもなぁ。
このまま体重預けて大丈夫なのかってやっぱり思ってしまう。


湧「でも、力はあるから…大丈夫…!」ググッ

京子「きゃ…っ」フワッ

おぉぉ…思ったより力強い…!?
ある程度、持ち上げやすい姿勢とは言え、軽々と持ち上げて背負ってる。
いやー…まさかこれほどと…ちょっと湧ちゃんの事を見くびっていたかもしれない。

湧「ね?」ニコッ

京子「うん。安心したわ」ストン

京子「じゃあ、今度はこっちの番…よ」ググイッ

湧「ひあっ」フワッ

京子「ふふ…このままクルクルって回っちゃいましょうか?」

湧「あ、そいはそいで面白そうかも…」

ま、流石にそれは周りの迷惑にしかならないからやらないけどさ。
いくら体育館が広いと言っても、今はいろんな測定をやってる真っ最中なんだし。
流石にここで遊ぶのは周りで柔軟している春たちの邪魔になってしまう。
でも、湧ちゃんってばホント軽いなー。
こうやって持ち上げてもあんまり重さを感じない。
勿論、身長が小柄って言うのもあるんだろうけれど、ちゃんと肉がついているのか不安になってしまうくらいだ。

京子「でも、流石に人前でそういう事すると淑女らしくないからまた今度ね」

湧「ん、じゃあ、お屋敷で?」ストン

京子「ふふ、今日帰った後で良ければね」フワッ

湧「楽しみにしちょるっ」ニコー

京子「えぇ。私も湧ちゃんと遊べるのを楽しみにしているわ」ストン

帰った後は帰った後で色々とやる事があるとは言え、その程度の体力くらいは残っているはずだ。
俺にとって辛いのは帰った後の勉強とフェンシングの特訓、後は舞を含めた色々な自主練くらいだし。
それをする前ならば軽い湧ちゃんを背負って屋敷中を走り回っても余裕だろう。


京子「湧ちゃんって絶叫系とか好きそうよね」グイッ

湧「ん…大好き」フワッ

湧「京子さあは絶叫系、好き?」ストン

京子「どちらかと言えば苦手な方かしら…?」

より正確に言えば今は乗れないって言った方が正しいけれどな。
元々、絶叫系は割りと好きな方だけれど、今はウィッグ被ってる訳だし。
一応、ズレないように固定はしているが、流石に絶叫系となると外れてしまう可能性もある。
それを思えば【須賀京子】として絶叫系に乗る訳にもいかず…ここは苦手と答えるしかない。

湧「そっか。残念」

京子「ごめんね。っと…そろそろ良いかしら」

湧「ん。こっちは大丈夫」

京子「じゃあ、次は前屈ね。どっちからやりましょうか?」

湧「私からやる」キョシュ

京子「ふふ。わかったわ。じゃあ、背中を押すのは私に任せて」

湧「お願いっ」

と言いながら体育館の床へと座り、身体を前へと倒す湧ちゃん。
その彼女の背中に手を触れれば、体操服越しに火照った湧ちゃんの熱を感じる。
武道を嗜んでいるとは言っても筋肉ばかりじゃないのかその背中は柔らかい。
いや、ただ柔らかいだけじゃなく、まるで猫みたいに背中がググっと伸びていく。
俺、殆ど力なんて入れていないんだけれど…。


京子「…って」

湧「どうかした?」ベター

京子「私が手を貸す必要なさそうね」

湧「えへへ、身体はやらし方だから」

京子「や、やらしい…!?」

湧「あ、や、柔らかいって事…!」カァ

あ、あぁ、そっか。
いきなり身体がやらしいとか人前で何をカミングアウトしてるのかと思ったぜ…。
でも、鍛えてる女の子の身体ってちょっとやらしいと思うのは俺だけだろうか。
引き締まった身体は、むっちりした身体の持つ妖しいエロさとはまた別の健康的なエロさを感じる。
実際、こうして湧ちゃんの背中に触れているとムラムラはしないけど、ちょっぴりドキドキはするというか。
分かってはいるつもりなんだけど…やっぱり湧ちゃんも女の子なんだな、ってまぁ、今はそれよりも湧ちゃんに謝らないと。

京子「変に反応してごめんなさいね」

湧「大丈夫。あち…私も油断してた…」

京子「油断って…そんなに鹿児島弁使うのがイヤなの?」

湧「…イヤと言うか…怖い」

京子「え?」

湧「……そいより次は京子さあの番!」

京子「え、えぇ…」

…実は前々から気になっているんだよな。
湧ちゃんは鹿児島弁に凄いコンプレックスを持っているけれど…一体、何が原因なのかって。
勿論、人にはコンプレックスの一つや二つあるもんだが、人に話しかけられないレベルはちょっと異常だ。
まぁ、元々、異性って事もあって警戒はされていたんだろうが、それにしたってちょっとおかしい。


京子「(…でも、今は…)」

それに踏み込めるに足る理由が俺にはない。
そもそも今は周りに人がいる状況であり、測定の真っ最中なのだ。
その最中に湧ちゃんにとってデリケートな部分に踏み込むほど俺は無神経な奴じゃない。
俺に出来る事と言えば、話題を変える湧ちゃんに従って同じように床へと座る事だけ。

湧「じゃあ、押すよ」グイグイ

京子「はーい…」ノビー

湧「京子さあも結構、やら…かい?」

京子「まぁ、これでも舞の練習をしているから」

流石にこっちが押さずともぺたんと身体が着いてしまう湧ちゃんほどではないけれどな。
でも、後ろからの補助があれば、似た状況くらいには持っていける程度には身体は柔らかい。
これも全部、舞やハギヨシさんから受けた雑用の特訓のお陰だ。
…いや、まぁ、雑用の特訓で身体が柔らかくなるって俺もちょっと意味が分からないけれど。
でも、ハギヨシさんが必要だっていうんだから間違いはないはずだ。

湧「…もうちょっと押す?」グイグイ

京子「ぅ…こ、コレ以上はきついかしら…」プルプル

湧「じゃあ…ここまでにしとく」パッ

京子「ふぅ…」

湧「もうだいじょっ…大丈夫?」

京子「えぇ。大丈夫よ」

最後以外は別にそこまで強く押されていた訳じゃないしな。
多少、辛くはあったが、それもほんの一息で回復するレベルだ。
それよりも身体は丁度良い感じで火照っているし、早く測定していきたい。
何せ、今回の測定にはジュースが賭かってる訳だしな。


湧「じゃあ、測定っ!」

京子「そうね。順路とかはあるのかしら?」

湧「好きなものからやって…大丈夫って」

京子「そう。じゃあ、明星ちゃんのところからやっていきましょうか」

湧「うんっ」

確か明星ちゃんのところは50m走だったか。
以前のタイムはどれくらいだったっけかな。
確かギリギリ7秒を切れなかったくらいだと思うけれど、具体的な数字までは思い出せない。
まぁ、去年一年で色々あったし、身長だって伸びたんだ。
きっと幾らかタイムも縮まっているだろう。

京子「明星ちゃん」

明星「あら、京子さんもこの時間だったのですね」

京子「えぇ。今日は宜しくね」

明星「こちらこそ。あ、でも、記録に不正は出来ませんからね?」

京子「そ、そんな事しないわよ」

明星「ふふ、それなら良いんですけれど。あ、紙受け取りますね」

京子「えぇ。お願い」

そう言って手渡した紙を明星ちゃんは手慣れた様子で折り曲げていく。
恐らくタイムを書き込みやすいように明星ちゃんなりに工夫しているんだろう。
多分、こうやって測定係をやるのは今年が初めてじゃないんだろうなぁ。
きっとその前から湧ちゃんと一緒に体育係をやってたんだろう。


明星「はい。大丈夫です。じゃあ、あっちのスタートラインについて下さい」

京子「了解。負けないわよ」クスッ

湧「そい…それはこっちのセリフ…!」メラメラ

明星「……ん?」

さーて…まず大事な一戦目。
流石に天王山ってほど重要じゃないが、それでも相手の基礎体力を測るのに50mは悪くない競技だ。
瞬発力を生み出す足の力は勿論の事、バランスを維持する為の背筋、足をあげる為の腹筋もおおよそ知る事が出来る。
足の上下運動を早めるにはパワフルに腕を振る必要があるので肩や腕の力も重要だし、効率的な運動に冠する知識がどれほどあるのかも分かるだろう。

湧「……」スッ

なるほど…湧ちゃんもクラウチングスタートからか。
スターティングブロックがない状態でのクラウチングは下手に素人が使うと逆効果になるけど…湧ちゃんの場合、それは期待出来ない。
日頃から走りこみやらやっている彼女にそれくらいの知識がないとは到底、思えないしな。
…どうやら中々に油断出来ない戦いになりそうだ。

明星「それじゃ位置についてー」

明星ちゃんの声に合わせて俺たちは同時に腰をあげる。
その時点で俺の意識から湧ちゃんの姿は消えた。
大事なのは自分の身体をどれだけ正確に、そして力強く動かしてゴールに行くかである。
視線はゴールでバインダーを構える明星ちゃんにしっかりと向ける。
……にしても明星ちゃんホント、胸大きいよなー…ってハッいけないいけない…。


明星「よーい…」パァン

―― 音。

―― 床を蹴って加速

―― 頭はあげきらない

―― 前屈を保ったまま加速

―― 足は小刻みに

―― 加速が乗り切ったら……!!

京子「っ…!!」

―― 顔をあげる…!

―― 腕を大きく振って足を前へ

―― ここまで来たら足のピッチは上げ過ぎない

―― 大事なのは床から出来るだけ反発を得る事

―― 腰は振るけど身体の軸はまっすぐに

―― 走るのは一直線じゃなくて二直線

―― 最後にゴールではなくその奥まで走り切るつもりで身体を動かせば…!

京子「ふっ…」ダッ

ゴール。
ほんの数秒の世界でやる事多すぎだろうと正直、思う。
ハギヨシさんから教わった時は一体、何を馬鹿な事を言っているんだと思ったもんだ。
でも、ハギヨシさんの特訓や日々の自主練を経て、俺は今、その殆どを忠実に実行しきる事が出来た。
これならタイムも大分、期待できるだろう。


「キャー!!!」

京子「…え?」

…なんで黄色い声が周りからあがってるんだ?
まるで有名人でも来たような反応なんだけれど。
でも、軽く周りを見渡したが、周りにいる女生徒たちの顔ぶれはそれほど変わらないしな。
それとも俺が知らないだけで中に今年のエルダー有力候補な人でもいるんだろうか。
まだその辺のうわさ話が聞けるほど仲の良い友人っていないからなー…。

明星「…京子さん京子さん」

京子「あら、明星ちゃんどうしたの?」

明星「…このタイム見てください」スッ

京子「あら?」

そこには6.54という数字が刻まれていた。
去年よりも約0.6秒くらい縮まった計算になるな。
流石ハギヨシさんだ、教えを護っただけでこれだけタイムが伸びるなんて。
今もずっとハギヨシさんに師事してたら今頃、どうなっていたんだろうな。

京子「自己ベスト更新ね、やったわ」

明星「やったわ、じゃないですよ…!」

京子「え?」

明星「…京子さん、今の自分の姿をよぉおおく思い出して下さい」

京子「自分の姿って…」

反射的にウィッグがずれているのかと思って手を伸ばしたがそんな事はないらしい。
服装が乱れて何かやばいものでも見えているのかと思ったがそれも違った。
…じゃあ、一体、なんなんだ?
俺はごくごく普通に女装してるだけ…ってあ……。


明星「…気づきました?」

京子「…明星ちゃん、念の為に聞くけど…高校二年の女子の平均ってどれくらいなのかしら?」

明星「大体8.5前後です」

明星「…ちなみに日本人女性で50mの記録持っている人が6.47だそうですよ」

京子「……」

女の人で6.47も出せるとか凄いなー。
俺、さっきスターティングブロックない以外は改心の走りだと思ったのに完璧負けちゃってるぜー。
男なのに女の人に手も足も出ないや、困ったなー。

「須賀さん!」

京子「ひゃう!?」ビックゥ

「さっきの走り凄かったです!」

京子「あ、ああありがとうございます」

ってやべー!?
現実逃避してる場合じゃない…!
その前にまず目の前に集まってきたこの人たちを何とかしないと…!!
全員、キラキラとヒーローを見つけた子どものように目を輝かせているし…コレはやっぱり… ――


「是非とも我が陸上部に入ってくださらないかしら!?」

「待って。須賀さん!それよりもその高身長を活かして貴女はバスケ部に入るべきよ!」

「いいえ!その高い身体能力は体操に使うべきです!」

「ソフトボール部はこの中の何処よりも高待遇で須賀さんをお迎えしますよ!」

京子「え、えぇっと…」

やっぱり部活の勧誘ですよねえええええ!?
スターティングブロックなしで女子の日本記録保持者に迫るほどの走りを見せたらそりゃこうなるよな!
流石にタイムまではまだ分からないだろうけれど、運動系の人達にとってその凄さは分かるものなんだろう。
多分、明星ちゃんがさっき不正は出来ないって言っていたのは、きっと良い成績を出し過ぎるなと遠回しに釘を差してくれていたんだ。
もうちょっと早く気づいていれば、こんな事にはならなかったのに…。
い、いや、まだだ…!まだ明星ちゃんがタイムを誤魔化してくれれば気のせいだったと言いはる事が出来るはず…!

「それより今のタイムは何秒でしたの?」

「もしかして日本記録とか出ていないかしら?」

「そうですね。それくらい凄い走りでしたし…って」ノゾキコミ

明星「あっ」

「ろ…6.54…!?」

「スターティングブロックなしで6.54ですの…!?」ビックリ

「日本記録に迫る勢いじゃないですか…!」

「須賀さん…!やはり貴女は我が陸上部でその類まれな才能を磨くべきですわ…!」

って、明星ちゃあああああああん!?
いや、まぁ、明星ちゃん諸共、完全に囲まれている今の状態でストップウォッチ隠すなんて無理だろうけどさ!
でも、これでいよいよもって逃げる…と言うか誤魔化す事が出来なくなってきた…!
これはやっぱりはっきりと言わないと駄目だよな…。


京子「す、すみません。私、もう麻雀部に入ると決めているので…」

「ま、麻雀部…!?」

「他の運動系ならいざしらず…麻雀部ですの…!?」

「お願い。考えなおしてくれないかしら…?」

うん、まぁ、そうなるよな。
男子で言えば非公式とは言え、5.5秒叩きだした奴が麻雀部に入るって言ってるようなもんだし。
俺だって逆の立場なら、驚くだろうし、止めるだろう。
その才能を伸ばさないなんて勿体ないと言うはずだ。

「陸上部の方に同意です。その才能を埋もれたままにするのは勿体ないですよ」

「何も我が部に入って下さいとは言いません。ですが、何処か別の運動系部活に所属して貰えないでしょうか…?」

京子「う…で、でも、ですね…」

まるで懇願みたいになってきたそれを断るのは心苦しい。
しかし、俺は女性と偽ってここにいる訳で…ぶっちゃけズルをしているのだ。
着替えなどの問題もあるし、バレた時には間違いなく彼女たちに迷惑が掛かる。
そもそも俺が永水女子に入学させられたのも麻雀部に入る為なのだから彼女たちを袖にする以外にない。

湧「…駄目」ギュッ

京子「湧ちゃん…」

そこで割り込んできたのはさっき俺と走っていた湧ちゃんだった。
運動部の皆から囲まれる俺の後ろから近づいた彼女はぎゅっと俺の手を掴む。
力強い、けれど、何処か不安そうなその手は迷子を彷彿とさせた。
いや、不安そうな、じゃなく、実際、不安なんだろう。
そのコンプレックスから湧ちゃんはあまり人前に出るのは苦手としているんだから。


湧「京子さあは…麻雀部に入る…」ギュゥ

「でも、須賀さんの才能は素晴らしいものなんですのよ?」

「陸上部で専門的な練習もせずにあのフォームと速度…間違いなく天性のものです」

「もしかしたら日本記録を新しく塗り替える選手になるかもしれないのに…」

明星「確かに京子さんの身体能力は素晴らしいものです。才能があると言っても良いでしょう」

そこで視線に晒される湧ちゃんを庇うように明星ちゃんが言葉を繋げる。
瞬間、そちらへと向けられる視線に、しかし、彼女は湧ちゃんと違って臆する事がない。
堂々と胸を張るように立ちながら、勧誘する皆に同意してみせた。

明星「でも、才能よりも大事なのは本人の意思じゃないでしょうか」

明星「どんなスポーツでも内心、イヤだと思いながらやっても伸びません」

明星「ましてや今回は既に麻雀部に入っていて、その活動を始めている状態です」

明星「それをなしにして運動に打ち込んでも京子さんがやりがいを見いだせると思いますか?」

「それは…」

その同意を裏返すようにして、理論建てて続けられる明星ちゃんの言葉。
でも、明星ちゃんらしくない、と思うのはそれが相手に答えを迫るようなものだからだろうか。
何時もの彼女なら相手の面子が立つよう自発的に気づけるように誘導していたはずだ。
それをしないのは…もしかしたらさっきストップウォッチを覗かれた事と関係しているのかもしれない。
責任感の強い明星ちゃんが、さっきの事に責任を感じていても不思議はないだろう。

京子「…皆さん、聞いて下さい」

そんな風に後輩二人に庇わせておいて、狼狽えてなんかいられない。
元々、決断力のある格好良い奴なつもりはないが、このまま自己主張もせず後輩二人に任せるのは情けなさすぎる。
明星ちゃんがその為の突破口を作ってくれたのだから、ココからは俺がはっきりと自分の思いを言葉にする番だろう。


京子「…ごめんなさい。そこまで買ってくれるのは嬉しいのですが…やっぱり約束があるので」

「…約束?」

京子「はい。私は既に麻雀でインターハイを目指すと…そう約束しているんです」

その相手は小蒔さんじゃない。
石戸さんでも、薄墨さんでも、巴さんでも、春でも、湧ちゃんでも、明星ちゃんでもない。
長野に置いてきたあのちょっぴりポンコツで放っておけない幼馴染と俺はそう約束したんだ。
勿論、それは一方的に言い捨てるようなもので、約束とは言えないかもしれない。
でも、俺にとって幼馴染に言った言葉を護るののは、彼女たちの厚意よりも優先するべき事だったのだ。

京子「だから、申し訳ありません。私はどうしても麻雀部に入らなければいけないのです」

「…そう…ですの」

「そこまで言われたら仕方ありませんわね…」

京子「すみません…お誘いは本当に嬉しいのですけれど…」

「いえ、良いのですわ。こちらこそ無理にお誘いして申し訳ありませんでした」ペコ

「麻雀頑張ってくださいね」

京子「はい。ありがとうございます」

…ふぅ。
とりあえずは納得してくれたみたいだな。
まぁ納得してくれただけで、表情を見る限り諦めてはいないみたいだけれどさ。
でも、とりあえず、この場は引いてくれたってだけでも俺にとっては有り難い。


湧「…はふぅ」

明星「大丈夫?湧ちゃん」

湧「き、緊張したぁ…」ブル

京子「ごめんなさいね、私の所為で…」

湧「ううん。京子さあは…悪くない…よ。悪いのは勝負…って言った私の方…だから」

京子「でも…」

確かに湧ちゃんにまったくの責任がないとは言えないかもしれない。
しかし、全力を出すとまずいって事に気付かなかったのは俺も同じだし、そもそもあそこは俺がしっかりと断るべきだったのだ。
湧ちゃんに介入させてしまった時点で、俺はちゃんと自身の責任を果たしていたとは言えないだろう。
それを考えれば悪いのは湧ちゃんじゃなく、俺のはずだ。

明星「はいはい。そういう話は後にしてください。次の測定が出来ないですから」

京子「あっ」

湧「ぅ…」

そう言えば明星ちゃんは50m走の測定係だったっけ。
その周りでいつまでも騒いでいたら他の人の邪魔になるよな。
ふと近くを見渡せば手に紙を持ってこちらを伺っている人たちが結構いるし。
多分、アレは50m走るの測定待ちの人なんだろう。


明星「…とりあえず数字はそのまま記入しておきますね」

京子「明星ちゃん、その…」

明星「駄目ですよ、このストップウォッチ内部に数字が記録されるタイプの奴ですから」

あぁ、やっぱりその辺はちゃんとしているんだな。
生徒に計測係を任せているからおおらかだと思っていたけど、誤魔化しは効かないらしい。
そうなると俺はこの6.54と書かれた紙を先生に提出しないといけないのか。
さっきは嬉しかったその数字が今はまるで十字架のように思えるな…。

明星「はい。どうぞ。…まぁ、もう諦めて本気出してしまえばどうですか?」

京子「本気って…」

明星「既に6.54出してる京子さんが他のところで手を抜いても不自然なだけですよ」

明星「はい、次の方、お待たせしました。紙を受け取りますね」

京子「あぅ」

そこで話は終わりだと言わんばかりに明星ちゃんが次の人を呼びこむ。
まぁ、状況が状況だけにあんまり会話出来る余裕がないから仕方ない。
それよりも今は邪魔にならないように明星ちゃんから離れて…っと。
でも…本気かぁ。
もうこの場で運動部の人たちがまた勧誘してくる事はないだろうけれど…下手に記録出すと目立ってしまうしな。
出来るだけ目立つのを避けたい俺にとって、それは出来るだけ避けたい事なんだけれど… ――


湧「…京子さあ」クイクイッ

京子「あ…ごめんなさい」

湧「…私、負けちゃった」

京子「え?」

湧「50m走…私、負けちゃった…から…」

京子「…あ、そっか」

途中から走る事に集中してたから結果を聞くのをすっかり忘れてた。
まぁ、視界に湧ちゃんが映った事がないって事は恐らく俺の勝ちだったんだろう。
だからと言って、これだけで勝敗が決まったりしないけれどな。
一応、他の分野でも勝ち越さないと勝利の美酒は味わえないのだ。

湧「でも、私、6.73だった…よ」ジマンゲ

京子「ふふ、湧ちゃんは早いのね」

その小柄な身体でほぼスポーツ選手並みの数字じゃねぇか。
男女の性差や身長差がある事を考えたら俺よりも湧ちゃんの方がよっぽど化け物じゃないだろうか。
運動部の皆は俺よりも湧ちゃんの方を勧誘するべきだったんじゃないかな?
多分、俺よりもすげー逸材だぞこの子。

湧「だから手を抜くと…私…勝っちゃう…よ」

京子「…湧ちゃん」

まるで挑発するような言葉。
けれど、上目遣いに俺を見つめる彼女の表情は可愛らしくお願いするようなものだった。
まぁ、折角、勝負だって言っているのに手を抜かれる事ほど虚しくて悔しいもんはないからな。


湧「私…は京子さあに本気出して…欲しい。折角の勝負…だし、それに…」

京子「それに?」

湧「私、京子さあの…格好良い…ところ…もっと見たい…から」ニコ

京子「私が格好良い?」

湧「うん。さっきもグイグイ加速していって…凄かったぁ」パァ

京子「…え?」

正直、そんなつもりはまったくない。
確かにさっきのそれは改心の出来と言って良いものだったが、それだって男子陸上選手に及ぶレベルじゃなかったのだ。
それよりも本職でないのに女子陸上選手に迫るレベルの記録を出した湧ちゃんの方がよっぽど凄いだろう。

湧「京子さあは凄い…よ。私…お父さん以外に運動で負けた…の初めて…」

京子「そうかしら。私は湧ちゃんの方が凄いと思うけれど」

湧「え?」

京子「そんなに小柄なのに陸上選手並のタイムだったじゃない?」

湧「えへへ…」テレテレ

湧「じゃあ…京子さあは…私よりも…もっと凄いって事…っ」グッ

京子「そ、それで良いの?」

湧「うんっ」ニコー

それで良いらしい。
まぁ…確かに湧ちゃんの言う通りかもな。
あまり凄い凄いと言われるのは違う気がするけれど、お互い良いタイムは出したんだ。
ここは健闘を讃え合うくらいで良いのかもしれない。
だからと言って本気を出す出さないは別だけれど… ――


湧「それに…もう目立っ…ちゃってる…よ?」

京子「う…」

「須賀さん一体、次はどんな凄い記録を見せてくれるのかしら…」ヒソヒソ

「見てみたいわ…あぁ、でも、見てしまったらまた勧誘してしまいたくなってしまう」フルフル

「さっきの走りも惚れ惚れするものでしたし…それで運動部に入ってくれないなんて本当に須賀さんは罪作りな方ですね…」コソコソ

京子「…ぁー」

…まぁ、あんだけのタイム出せばそりゃ次はどうなるのか気になるよなぁ。
体力を測る測定は他にもまだまだ一杯ある訳だしさ。
日本記録に迫るタイムを出してしまった以上、期待されるのは当然の事だろう。
…ホント、何度、後悔しても意味ないけれど、あの時もっと早くに気づいていればこんな事にはならなかったはずなのに…!!

湧「だから…我儘かもしれないけど…本気で勝負…して欲しい…な」ジッ

京子「…そうね」

もうここまで来てしまった以上、俺は何をやっても注目されてしまう身の上なのだ。
それならばいっそ開き直って全力で記録に挑戦するのも良いだろう。
ここで下手に手を抜けば、今度は逆に手を抜いているんじゃないかと要らぬ疑惑を持たれてしまうかもしれない。
良い意味で目立つのも嫌だが、そういう悪目立ちするのはもっと避けたいからなぁ。


京子「勝負事に手を抜くのは淑女に相応しくない行いだものね」

湧「京子さあ」パァ

何より、俺の事を格好良いと言ってくれている後輩の願いは出来るだけ聞いてあげたい。
さっき俺の事を庇ってくれた恩もある訳だし…ここは本気で勝ちにいくべきだろう。
それに俺自身、自分が去年からどれだけ鍛えられているのかっていうのは気になっているし。
本気を出せる状況なら出したいっていうのが本音だ。

京子「でも、例え負けても賭けはなしにはしないわよ」

湧「む…そ…んな事…言わない…もん」

京子「ふふ…じゃあ、続き、やりましょうか」

湧「うん…っ」ニコー

若干、不安は残っているけど、まぁ、何とかなるだろう。
日本記録を超えるものを出してしまったらさらなる話題にもなるだろうが、流石にそこまではいかないはずだし。
俺に視線を向けている人たちに6.54という数字以上のインパクトを与えるほどの隠し球は俺の中にはもうない。
…ないはず…なんだけれど…。




京子「」シュバババ

「す、凄い…残像が見えてしまいそう…」

京子「」グォン

「膝だけであんな跳躍を…!」

京子「」フワッ

「素敵…まるで羽が生えているみたい…」

京子「」ブンッ

「ハンドボールがまるで流星のように…!」

京子「ふっ」ハッ

「上体を起こす力強さ…見ているだけでもドキドキしますわ…」

京子「」グググ

「…これが本当に握力ですの…?桁が一つ違いませんか…?」




…うん、凄いね、人体…じゃなくて、ハギヨシさんの特訓。
一年前の測定とはまるで別物レベルになってるぞ。
さっき走りが会心の出来だったとか言ってたけど…どの分野でもびっくりするほど記録が伸びてる。
勿論、そういう伸び盛りっていうのはあると思うけど、この記録はやばい。
一部は二倍近く伸びてるものもあるからな。

湧「あぅー…殆ど負けた…」

京子「ふふ、まぁ、仕方ないわよ」

こればっかりは男女の性差って奴がモロに出るからな。
それでも殆ど俺と差がないレベルの記録を出してた湧ちゃんは本当に化け物だと思う。
普段から武道の練習してるとは言え、あんまり筋肉質には見えない子なのになぁ。
やっぱりカラテ習ってないと駄目かー。

湧「勝てたのは長座体前屈だけ…」シュン

京子「それはまぁ最初から勝てる気がしていなかったから…」

柔軟の時点で湧ちゃん体操選手並の柔らかさだったもんなぁ。
俺も決して硬い方じゃないが、だからって湧ちゃんには勝てる気がしない。
その他の体力勝負は勝てたとは言っても、それは男女の性差によるものだろうからな。
条件が同じだったらまず間違いなく湧ちゃんの勝ちだっただろう。

京子「それで後はこの紙をどうしたら良いのかしら?」

湧「教室戻って…先生に渡せば…終わりだよ」

京子「そう。じゃあ、湧ちゃんとはここでお別れかしら」

湧「うん」

俺はこのまま更衣室に帰る訳だけど、湧ちゃんはまだ明星ちゃんと交代して測定しなきゃいけないし、お別れだ。
ジュースの件がまだだけど…それはまぁ昼休みにでも奢ってもらえば良いだろう。
どうせ今日も中庭で小蒔さんたちと一緒に食事するんだろうし。


湧「…ちょっと寂しい」

京子「ふふ、湧ちゃんったら寂しがり屋なんだから」

いや、寂しいというよりもきっと不安なんだろう。
さっき俺を庇う為に人前に出たとは言え、基本、湧ちゃんは人見知りだからな。
少なからず人と話さなければいけない測定係に対して不安を抱いていてもおかしくはない。

京子「…良ければ測定、手伝ってあげましょうか?」

湧「ううん。大丈夫。私、頑張る」グッ

かと言って湧ちゃんは決して弱い子じゃない。
人見知りの原因となるコンプレックスを何とかしようと何時も頑張っているんだ。
そんな彼女を応援してあげたいけれど…でも、ここまで言っている湧ちゃんの側にいたら邪魔になってしまう。
まぁ、きっと明星ちゃんもフォローするだろうし、ここは俺が出る幕じゃないって事だな。

春「…京子」

京子「あ、春ちゃん。そっちも終わったの?」

春「うん…。さっき全部測定終わった…」

「えぇ。と言っても皆、須賀さんには見劣りするような記録でしたけれど」

「ホント凄かったね。正直、水泳部に勧誘したいくらいなんだけど色々と問題もあるだろうしなぁ」

京子「ごめんなさいね」

「いや、須賀さんが謝る事じゃないから大丈夫。ただ…さ」チラッ

京子「え?」チラッ

「須賀様…とっても素敵でした」ウットリ

京子「…あー」

前子(仮)ちゃんの目がやばい。
少しずつ尊敬とかファンとかそういう域を超えつつあるというか。
流石に恋する乙女って訳じゃないけれど…こう若干の寒気を感じるレベルと言うか。


「やはり須賀様こそ今年度のエルダーに相応しいお方です!」

京子「え?」

「今日の事は早く皆に伝えなければいけません…っ」

京子「ま、待って…!」

待って、ホントに待って!!
ただでさえあの日助けた後輩のお陰で今も噂が拡大中なんだよ…!
その上、前子(仮)さんまで周りに吹聴されたら俺はホントにエルダー選挙に出る事になりかねない…!
それだけは…それだけは回避しなければ…!!

京子「あの、私、あんまり目立つのは好きじゃないから出来ればそっとしておいて欲しいというか…」

「大丈夫です!」

京子「そ、そう。良かった」

「はい。須賀様ならきっと立派にエルダーを勤めあげる事が出来るはずですから!」キラキラ

アカン(アカン)。
この年頃の女の子ってホント、人の話聞かないんだな!!
いや、前子(仮)ちゃんも悪い子じゃない…と言うか、きっと善意で言ってくれているんだろうけれど!
でも、ちょっと思い込み激しすぎやしないか!?

京子「そ、それに私なんて大した事ないわよ?」

「いやー…開正学園で成績トップクラスでとんでもない数字をバンバン叩き出してた須賀さんが言っても説得力ないというか」

「端的に言って完璧超人って奴ですわね」

京子「ふ、二人まで…」

まさか後子(仮)さんや右子(仮)さんにまで後ろから撃たれるとは…!
て言うか、違うんだよ…別に俺は完璧超人って訳じゃないんだ…!
ぶっちゃけ見えないところで必死に努力してるだけなんだよ…!!
堕ちたら即死亡の綱渡りを続けてるだけで凄い訳じゃないんだって…!


「まぁ、彼女の暴走はさておいても…須賀さんが目立たないというのは今の時点でまず無理だと思いますわ」

京子「え…?どうしてなの?」

春「…噂が加速する」

京子「噂?」

「元々、開正学園で文武共にトップクラスって眉唾ものの触れ込みだったけど…それを裏打ちする結果をしっかり残した訳だし」

「須賀さんは開正学園って名前の持つブランド力に相応しい力を今、この場で魅せつけた訳ですから」

京子「…そんな…ただの体力テストですよ?」

「日本記録に迫る数字を叩きだして、『ただの』って言える人は殆どいないと思うよ」

「きっと明日には噂は事実だった…いや、ソレ以上に素晴らしい人だったとそういう話になっているでしょうね」

春「…下手したら二年で京子を推すという話になるかもしれない」

京子「…え…ど、どうしてそんな話に?」

「…エルダーに選ばれるのはとても名誉な事ですが、しかし、ソレ故に利害関係というのが存在するのです」

京子「利害関係…?」

春「そもそもエルダー候補には立候補出来ない…他薦のみ…」

京子「…つまりコミュニティ内の関係が現れるって事なのね」

春「…うん」

「コミュニティ内での関係だけじゃありません。エルダー選挙に置いて親の職業というのはとても大事な要素ですわ」

「そもそも家柄に格というものがなければ推薦はされませんし、別候補の親から信認を迫られる場合もあります」

京子「信認?」

「その相手に自分の得た票全てを譲渡する制度ですわ。実質、棄権も同然ですわね」

京子「わぁ…」

おい、意外と黒いぞ、エルダー選挙…!
もっとこうお嬢様校らしくもっとふわっとしたファンシーなもんじゃないのかよ…!
てっきりお嬢様達がアイドル決めるような軽いもんだと思ってたけど、裏工作アリとかガチじゃないか…!


「まぁ、永水女子は比較的そういうのが緩い学校なので、具体的に脅されたという前例があったとは聞き及んではいませんが…」

「親同士の関係による自主的な棄権とかは今まで何度かあったって話は私も聞いた事あるよ」

「大丈夫です。私が須賀様をお守りしますから」キラキラ

京子「あ、ありがとう。とっても嬉しいわ」

まぁ、そもそも俺には親なんていないみたいなもんだからその辺、圧力がかかったりはしないだろうけどさ。
でも、こんな風に目を輝かせている前子(仮)さんにそれを言ったらまた変な風に誤解されてしまいそうだし。
言って面白い事でもないから、とりあえず胸に秘めておく事にしよう。

京子「で、でも、それでどうして私を二年で推すという事になるのかしら?」

「女の子はミーハーな生き物ですから。どうせならより自分に近い人に学園の象徴になって欲しいと思うものなのですわ」

京子「…えっと、つまり…?」

春「…二年内で対立候補を乱立させるよりも候補者を京子に絞ってエルダーにしようって動きが出るかも…」

京子「……え?」

…え?
…いやいやいやいや、おかしいだろ!
俺、そもそも転校したばっかりで、エルダー選挙まではもう一ヶ月もないんだぞ!!
確かに無意味に有名人になってしまったけど、二年全体で俺を推すとか最早、オカルトの域だろ。


京子「ち、ちょっと待って…!私の家は格とかそういうのはないのよ…!?」

「須賀さん本人がそうでも、神代さんと一緒に暮らしている以上、後ろ盾には神代家がいる…と多くの人が見るのですわ」

京子「…神代家ってそんなに凄いお家なの?」

「上を見ればキリがないけど…日本じゃトップクラスの神道系だからね」

「それに元々、実家が神社やお寺という方はエルダーに選ばれやすい傾向にあります」

京子「そう…なの?」

「さっきも言った通り、エルダー選出には利害関係が伴いますから」

「神道系ならその辺り無縁…と言う訳ではないけど、比較的影響が薄いところと見られてるんだよね」

「親同士が強すぎて下手にエルダーを競わせるよりは無縁な第三者を選んだ方が良い。そう判断された時に浮動票が一気にそっちに流れる傾向にありますわね」

「石戸霞さんが三年連続エルダーという偉業を成し遂げられたのもご本人が素晴らしいのは確かでしょうが、そういう背景が無関係ではないのでしょう」

京子「なるほど…」

そもそも永水女子は日本のトップ層が愛娘を預ける学校なんだ。
そんな学校で下手に親同士が出張る事になれば、文字通り学園を真っ二つに割る大惨事になりかねない。
流石にそれを防ぐ為の自浄作用くらいはあるって事か。
いや、だからって自浄扱いでエルダーに選ばれるのは御免こうむる話だけれど。

「つまり…言いづらい事なのですが、以上のことから須賀さんはとてもエルダー候補に選ばれやすい立ち位置にいるのです」

京子「…それってどうにかならないのかしら?」

「…すみません。こればっかりはどうしようも…」

「そもそも二年で誰を推すかって決まってなかったのも痛いよね。三年は生徒会長、一年は石戸さんの妹さんを推すってのが主流みたいだけれど」

「その時期に颯爽と現れた須賀さんはまさに天命に導かれていると言っても過言ではないですっ」キラキラ

京子「そ、それは言い過ぎじゃないかしら…?」

女装こそしているが俺はごく一般的な男子高校生なんだってば。
天命に導かれてどうこうなるような立派な奴じゃない。
アニメでは十話近く本編でセリフがなくて、チラッと映る控室でも頻繁に見切れているレベルだ。
そんな俺をまるで勇者みたいに持ち上げられるのは違和感を超えて困惑してしまう。


春「…もう諦めてエルダー目指す?」

京子「め、目指さないわよ…」

「でも、ここまで来たら開き直ってしまった方が楽かもしれませんわよ」

京子「…そんなに絶望的かしら?」

「…その、この年頃の女の子は噂好きでミーハーで…何よりロマンチストですから」

「私もそこまで信心深いつもりはないけど…ここまで条件揃うと運命めいたものを感じると言うか」

京子「…うぅ」

割りとそういうのとは無縁に見える後子(仮)さんにまでそう言われるレベルか。
本当はそんな事ない…と言うか、俺だけは決して選ばれちゃいけないはずなんだけどなぁ。
でも、ここでそれを言う訳にはいかないし…本当、どうすりゃ良いんだ…。

「ま、まぁ、大丈夫ですわ。候補に選ばれても流石にエルダーになる事はないでしょうし」

「そ、そうそう。今年は三年の生徒会長でほぼ決まりだって」

春「…生徒会長派は二年ずっと辛酸を舐めてきたから本気を出すはず…」

「確かに…生徒会長には根強いファンがいるのも事実ですね」

京子「そ、そう…そうよね」

前子(仮)ちゃんまでそういうって事はきっとそれは事実なんだろう。
つまり俺がここから逆転してエルダーに選ばれるにはその前評判全部ひっくり返すような事をしなきゃいけないんだな。
なーんだ、簡単じゃないか、うん簡単簡単。
ごくごく普通に学園生活を送っていたら、そんな事にはならないだろうし。
まぁ、エルダー候補として選出されるだけでも胃が痛い話なんだけどさ…それでも本当にエルダーになるよりは遥かにマシだ。


春「…でも、予想をいい意味でも悪い意味でも裏切るのが京子の特技」

京子「う…そ、それは…」

言われてみればそもそもエルダー候補にすらあがらないはずだったんだよな。
少なくとも一週間前の俺は間違いなくそういう制度に対して無縁だとそう思っていた訳で。
それなのにこうして二年で推されるかも、とかそんな話になっている時点で既に予想を裏切っている。
そう思うと春の鋭い指摘にすぐさま否定の言葉を返す事が出来なかった。

京子「で、でも、ここから盛り返すなんてよっぽどの事がなければ無理でしょう?」

「いえ…須賀様ならきっとエルダーに…」

「はいはい。今はちょっと真面目な話をしてるからね」

「ステイですわ」

「え…あ、はい」

そこでストンとお座りする前子(仮)ちゃん。
こういう素直な所は本当に可愛らしいのに、どうしてああなってしまったのか。
…いや、素直だからこそ、思い込みが激しいのかもな。
俺をエルダー云々に言ってくれているのも恐らく好意からなんだろうし。
さっき話していた感じ人当たりも良い子だから、根は優しい子なんだな。

春「…確かに普通は無理…」

「それに須賀さん自身になる気がないなら余計難しいでしょうね」」

京子「そ、そうよね…。うん、大丈夫大丈夫…」

そうだ。
俺にエルダーになる気がないのだから、実際に選ばれる事なんてない。
もしあるとしたら初日のような事件に俺が巻き込まれて、またとんでもない噂が出てきた時だけだろう。
だが、そんな事は滅多にありえるもんじゃないし、選挙まで普通に過ごしていれば大丈夫。
そうだ、そんな事、滅多に起こるはずが ――



京子「(そう思っていた時期が俺にもありました)」

湧「あ、ああ…あの…」

「あら怯えないで。何も取って食おうとしているんじゃないんですから」

「そうそう。ちょっとお願いをしに来ただけですから」

京子「(…そんな風には見えないけれどなぁ)」

昼休みの廊下で湧ちゃんを数人の女の子たちが囲んでいる。
スカーフの色から察するに囲んでいる方は全員三年 ―― つまりは先輩だろう。
しかし、一体、そんな先輩たちが湧ちゃんに何の用があるのか。
…少なくとも囲んで彼女を威圧するようなその様子からは穏やかな話とは思えないけれど。

京子「(さて…どうするかなぁ)」

特別教室が数多くあるこの棟は昼休みになった今、人通りは殆どない。
だからこそ、湧ちゃんにジュースを奢ってもらう途中に尿意に襲われた俺はこっちに来た訳だが、今回はそれが裏目に出てしまったらしい。
俺がトイレに行っている間、湧ちゃんは上級生たちに囲まれ、どうしたらいいのか困惑していた。

京子「(ここで飛び込むのは簡単だけどなぁ)」

と言うか本音を言えばそうしたい。
それが出来ないのはまだ彼女たちの要件を俺がまだ知らないからだ。
恐らくないとは思うが、俺がいたら出来ないような重大な話かもしれない。
そう思うとここで影から飛び出すのはまだ早計だと感じる。


「今度のエルダー選挙、生徒会長に入れてくれないかしら?」

「一年は石戸明星さんが出るという話だけれど…彼女はまだ入ってきたばかりでしょう?」

「エルダーには決して相応しくないわ。そうは思わない?」

湧「そ、その…」

京子「(あー…なるほどな)」

何かと思ったが、つまるところ勧誘行為だったのだろう。
春も言っていたが、生徒会長派は本当に今回の選挙に対して本気らしい。
多分、湧ちゃんそのものに用事があったんじゃなく、気弱そうな一年生を見つけてはこうやって脅しているんだろう。
まぁ、正直な話、逆にネガティブキャンペーンになっているような気がするけれどさ。
例え本人の意思じゃないとは言え、こうやって一年生を脅していたら逆効果だろうに。

京子「(ま…でも、お陰で遠慮する必要はなくなったな)」

何か重大な話ならともかく、そんな下らない話なら俺が黙っている必要はない。
湧ちゃんも怯えているみたいだし、とっとと顔を出して安心させてあげよう。
んで、二人で中庭に待っている皆のところに戻ればそれで全てが解決だ。
ちょっと歯車がズレてしまったが平穏な学園生活がそれで戻ってくる。


京子「あら、湧ちゃんどうかしたの?」

湧「あっ…き、京子さあ」パァ

京子「お待たせしてごめんなさいね。そちらの方々はお友達?もしよければ紹介して欲しいのだけれど」

湧「そ、それは…」

京子「あら…湧ちゃんも知らない人なの?それは穏やかじゃないわね、知らない相手にこんな風に囲まれたらまるで脅しているみたいじゃない」

「…それは気のせいではないかしら。私達はちょっとお話をしていただけよ」

京子「そうですよね。まさか永水女子で教育を受ける一流の淑女がそのようなはしたない真似はしないでしょう」

京子「ましてや、誰よりも永水女子を思っている生徒会長がそんな事を許しはしないでしょうね」

「っ…!」

おっと、表情が変わったな。
まぁ、こうやって下級生を脅すくらい生徒会長に心酔しているんだ。
ここで彼女の名前を出されたら、狼狽もするわな。
流石にこれだけで今回の件に生徒会長が関わっているのかは分からないけどさ。
でも、目の前の先輩方にとって生徒会長の名が効くって分かっただけでも十分過ぎる。

「…そういう貴女は転校初日から色々とご活躍なさっているようじゃありませんか」

京子「あら、私の事をご存知なのですか?」

「えぇ。不自然な程に耳にしますわ。須賀京子さん、貴女がどれだけ素晴らしい人かって言う噂を」

うん、そりゃまぁ、不自然なくらい耳にするだろうな。
だって、それを喜々として広めているのが少なくとも二人はいる訳だし。
でも、それに関して俺はまったく関与してないというか何というか。
寧ろ、そういう噂を広められて迷惑してる側なんだけどなぁ。


「もし、誰かが意図的に広めているのだとしたらこれほど恥ずかしい事もないんじゃないかしら?」

京子「そうですね。今の時期ならばエルダー選挙にも響きますから。誰かが広めているのだとすれば、私としても止めて欲しいのですけれど」

「…という事は須賀さんはエルダーには興味がないのかしら?」

京子「転校してすぐの私よりも相応しいお方は幾らでもいると思っています」

まぁ、これは事実だ。
能力云々以前に俺はまだ永水女子の事を殆ど知らない。
そんな俺に比べて、生徒会長はずっとこの学校に居て、そしてこの学校の事をとても大事に思っている。
転校したばかりの俺よりも、彼女の方が学校を代表するエルダーに相応しいはずだ。

「では、生徒会長はどうでしょう?あのお方は素晴らしい方ですわっ」キラキラッ

京子「そ、そうですね」

あ、これ本物だ。
生徒会長をゴリ押しして逆に人気を下げようとかそういう風に考えている顔じゃない。
完全に彼女に心酔しきった女の子の顔だわ。
前子(仮)ちゃんもこのままいけばこんな風になるんだろうか。
…そう考えると前子(仮)ちゃん以上のファンに囲まれている生徒会長って凄い大変だな…。


京子「でも、こういう事で大事なのは人に薦められる事ではなく自分で決める事ではないでしょうか?」

「えぇ。でも、須賀さんや一年生の方はまだ生徒会長の素晴らしさを知らないでしょう?」

「だから、判断材料を増やす為にもこうしてお勧めしているのですわ」

京子「ふふ、そうですか。これは失礼しました」

「じゃあ…」

京子「では、言い換えましょう。それは余計なお世話と言うものです」

「んな…っ!」

勿論、彼女たちのそれは好意であり厚意なのだろう。
自分の慕う生徒会長を今度こそエルダーにしてあげようと努力しているのだ。
それは十分に伝わってくるが、しかし、俺たちにとっても生徒会長にとっても余計なお世話以外の何者でもない。

京子「まず最初に…そのような広報活動をするのが本当にエルダーとして、永水女子を代表する淑女として相応しい姿ですか?」

「それは…」

京子「違うでしょう。選挙と名がついていますが、これは決して人と競い合うものではありません」

京子「勿論、選ばれれば名誉ではありますが、人と不必要に競い合うのは淑女らしいあり方ではないはずです」

まぁ、転校してまだ間もない俺にエルダーという言葉の重さがまだ良く理解できていないってのもあるんだろうけどさ。
でも、人から聞いている限り…そのやり方は本来のエルダーって奴を読み違えていると思う。
元々のエルダーって言うのが学園全体の模範となる最高の淑女を選び出すものなんだから。
それに対して広報やこうして下級生を脅したりするのは間違っている。
エルダーというのは自発的に皆の中から選び出されるのが一番、正しいはずだ。


「でも、これは私達が勝手にやっている事で…」

京子「申し訳ありませんが私はそうは思えません。こうして生徒会長の名前を出された以上、裏で彼女が指示しているんだと邪推してしまいます」

「そんな事…っ!

京子「では、この場で皆さんが勝手にやっているという証拠を出していただけますか?…もっとも悪魔の証明となるので不可能だと思いますが」

関わりがあるものをあると証明する事は出来る。
だが、関わりがないものをないと証明する難しさはその比じゃない。
ましてや今回は証明しなければいけない相手が、生徒会長と間違いなく何かしらの関係で繋がっているのだ。
どんな証拠を持ち出してきたところで白々しい言い訳にしか聞こえないし、証明など不可能だろう。

「…さっきから貴女…下級生の癖に生意気ですわよ」

京子「あら、都合が悪くなったら上級生ぶるのが生徒会長のやり方なのですか?」

「くっ…貴女…!」

京子「生徒会長をエルダーにしたい、と思うほど先輩方は彼女と近しい方なのでしょう?」

京子「ならば、その品格が生徒会長の評価や評判に響くのも当然の事だと思います」

あんまり品格だの何だの言えるほど俺は大した人間じゃないけどさ。
だけど、周りの友人がその人の評価を下げるって言うのは別にお嬢様校じゃなくてもあり得る現象だ。
本当に生徒会長の事を思うならもっと穏やかかつ緩やかに広報活動に勤しむべきだろう。
まぁ、そもそも広報活動自体がおかしいと思うんだけど、何故かここじゃそれが普通らしいしな…。


京子「もし、本当に生徒会長がこの件に関与していなかったとしても…自分の欲求の為に生徒会長の評判まで下げている先輩方の行いは変わりません」

京子「それは自分勝手なエゴというものです。恥を知りなさい」

「っ!神代家の後ろ盾があるからと言って調子に…」

「やめなさい」

「でも…っ!」

「…彼女の言う通りです。少し私達は焦りすぎていたみたいね」

纏め役っぽい人からの制止の声。
ふぅ、どうやらこの場は何とか穏便に済みそうだな。
俺も湧ちゃんが怯えている所為でちょっと攻撃的になりすぎた。
謝る必要はないと思うが、多少は反省しないとなぁ…。

「…ですが、須賀さん、一つ宜しいかしら?」

京子「なんでしょう?」

「…貴女、本当にエルダーに興味はないの?」

京子「えぇ。勿論です」

「そう。それならば自身の事を吹聴させるのは止めた方が良いですわ」

「周りの人の評価が須賀さん自身の評価にも繋がるのでしょう?」

「私としては須賀さんが本当にエルダーに興味を持っていないとは思えません」

「寧ろ、虎視眈々とエルダーを狙っているようにしか思えませんわ」

いや、ホント、マジで興味がないんだけどさ。
でも、ここでそれを言っても無意味…と言うか逆効果だよなぁ。
そもそも彼女が言っている事はそのまま俺の言ってた言葉の裏返しだし。
正直、反論出来る要素がない。


京子「先ほども言った通り、エルダーは私には重すぎるものですから。ですが、ご忠告は感謝いたします」ペコッ

「…では、行きましょうか。皆さん」

「…はい……」チラッ

そう言って敵意と共に去っていく先輩方。
まだまだ言いたりなさそうではあるけれど、とりあえずこの場はお開きのようだ。
それにしても…これで方法が間違っている事に気づいてくれれば良いんだけどさ…。
このまま続けて生徒会長の人気が落ちたら俺にとっても不都合な事になりかねないし。

京子「…ふぅ」

湧「京子さあ…」トテトテ

京子「あ、湧ちゃん、大丈夫だった?」

湧「あちき…私は大丈夫。だけど…」チラッ

「…あ、あの…」

京子「…え?」

…あれ?なんか湧ちゃんの後ろに見慣れない子がいるなー。
スカーフの色から見るにきっと一年生だなー、ふふふ。
メガネを掛けた気弱そうで初々しい新入生だー。
でも、その目が何だかキラキラしてるぞー。
…うん、なんかこのパターン、デジャヴを感じると言うかさ!

「さ、さきほどは助かりました…!」ペコペコ

京子「あ、い、いや、良いのよ。それより大丈夫だったかしら?」

流石に取り囲まれてる所為で彼女の存在に気付けていなかったとは言えない。
それにまぁ彼女の事に気づいていたとしても、俺が介入していた事に違いはないし。
一々、それを口に出すのは野暮ってなもんだろう。


「はい。本当…怖かったですけど…あの十曽さんが助けに来てくれて…」

湧「えへ」テレテレ

京子「そう。湧ちゃんお手柄だったのね」ナデナデ

湧「にゃふぅ…♪」

なるほど、トイレの前にいなかったからどうしたのかと思ったけど、元々この子を助けに行ってたのか。
人見知りでああるけれど正義感の強い湧ちゃんらしい行動だ。
…結果として巻き込まれて困っている辺りも含めてな。
自分で気に登って降りられなくなった子猫か湧ちゃんは。

京子「でも、二人が無事で良かったわ。ごめんなさいね、助けるのが遅れて」

「い、いえ!良いんです…!それに…あの…須賀さんとても格好良かったですし…」ポッ

京子「そ、そう。ありがとうね」

ふふ、女の子に格好良かったなんて言って貰えるなんて珍しい事もあるもんだなー。
でも、どうしてだろうな、それを心から喜ぶ気にはなれないのは。
…うん、まぁ、大体、自分でも予測ついているけどさ。
今までで慣れてきた…って言うか、この流れは前もあったし…!

「わ、私、何も出来ないけれど…でも、お礼がしたいから…私、須賀さんがエルダーになれるよう応援します…!」グッ

京子「い、いや、お礼とか必要ないからね。私が好きでやったようなものだから」

またかよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
見た瞬間から嫌な予感はしたんだよ…してたんだよ!!
つか、この学校の女子は助けられたらエルダーに推すって事しか思いつかないのか!?
もっと即物的にジュースを奢るとかそういうのでも良いんだよ…!!
つか、前子(仮)さん含めたら三回目だよ…どういう事だマジで!!!


「いえ…!寧ろ応援させてください…!生徒会長の陰謀を打ち砕く為にも…!」

京子「…え?」

陰謀?なにそれ。
いや、美味しくないのは分かるけど…え?
何処からそういう話になったの?
どういう風に誤解したらそういう事になるんだ…!?

「私、生徒会長はずっと尊敬出来る素敵な方だと思っていました…」

「でも、それはエルダーになりたくてネコを被っていただけなんですね」

「さっきので確信しました…生徒会長は絶対にエルダーには相応しくないお方なんだって」

「友人を使ってこんな風に脅しをかけるなんて…許せません…!」

京子「い、いや、何も絶対にそうだと決まった訳じゃ…」

「でも…須賀さんもそう言ってましたよね?」

京子「あ、アレは別に本気で言っていた訳じゃないのよ?ああ言えば先輩たちが退かざるを得ないって分かってたから言っただけで…」

「そんな風に気を使わなくても大丈夫です。私分かってますから…!」

いやいやいや、何も分かってないんだよ…!
寧ろ、俺の知る限り、生徒会長はすっげー良い人なんだってば!!
生徒の為に転校生に頭を下げるのだって厭わない素晴らしい人なんだよ…!
と言うか、あの先輩たちだってちょっと頭がヒットしていただけで本来は友達想いの良い子のはずだ。


「生徒会長の陰謀を打ち砕けるのは須賀さんしかいません…!」

京子「い、いや、私なんか大した事ないのよ」

「そんな事はありません…!私も友達に聞きました…!」

「須賀さんは成績も運動も同年代ではトップクラス。困っている人は見過ごせないヒーローみたいな方で、転校してから20人は危ないところを助けて貰っているって…!」キラキラ

なにそれ怖い。
いや、まぁ、一部、合っているところはあっているけれどさ。
でも、転校から一週間も経っていないのに20人は助けているってどんなペースなんだよ。
俺も凄いが助けられている女生徒側のトラブル遭遇率もやべーぞ。

「それに二年では須賀さんがエルダー候補として推薦される予定だと聞きます…!」

京子「え、えっと、別にそんな予定はまるっきりないからね?」

あくまでかもという話が友人内で出ただけであって、そんな予定はまったくない。
と言うかその話が出てからまだ二時間しか立ってないんだけどさ!!
ホント噂が広まる速度以上過ぎじゃねぇか!?
女子校ってそういうもんなのか…?

「ですが、今の二年に須賀さんほどの有名人はいません」

京子「ぅ…そ、それは転校してきたばっかりでちょっと目立ってるだけよ」

「普通の人が転校してきただけなら、全校生徒に知られるレベルではありません」

「今までも何度かありましたが精々、学年で多少、話になるくらいです」

「ですが、須賀さんの名前を知らない人は今や全校生徒の中にはいないのではないかと思う活躍ぶりですっ」パァ

京子「も、持ち上げ過ぎよ…」

そもそもそうやって俺の事が全校生徒の中で噂になり始めたのは意図的に噂を広めている子たちがいるからだしな。
しかも、それは意図的に美化された噂で…まぁ、正直、俺にとっては荷が重い。
『開正学園からの転校生』って言うだけでも日々一杯一杯な俺にとって、コレ以上持ち上げられるのは全力で遠慮したいところだ。


京子「それに、一年には明星ちゃんがいるでしょう?」

「石戸さんは確かに素晴らしいお方ですがまだ1年生ですし…知名度はやっぱり須賀さんには及びません」

京子「…えっ」

「えっ」

京子「…明星ちゃんって石戸霞さんの妹だから、かなり有名なんじゃないの?」

「勿論、有名ですよ。でも、今はソレ以上に須賀さんに注目が集まっているんです」

…冗談だよな?
いや、だって、三年連続エルダーになって伝説打ち立てた石戸(姉)さんの妹だぞ。
本人も中等部で活躍して、いずれエルダーになるのが確実だって言われてるくらいじゃないか。
そんな明星ちゃんよりも今の俺の知名度の方が高いのか?

「だから…お願いします…!エルダーになってください…」ペコッ

京子「ぅ…」

…そこで頭を下げるのは反則じゃないだろうか。
いや、本人なりに色々と必死なのは伝わってきてるけどさ。
でも、誤解が源でそうやって頭を下げられたらどうして良いのか分からなくなる。
とは言え…何とかしないと…このままじゃ生徒会長にも迷惑を掛ける事になってしまうからなぁ…。


京子「ありがとう。そこまで私の事を評価してくれるのは嬉しいわ」

「じゃあ…!」

京子「でも、生徒会長が彼女たちにそうするように命じた証拠はないでしょう?」

「それは…そうですけれど」

京子「あの場ではああ言ったけれど、私は生徒会長の身の潔白を信じているわ」

京子「だから、貴女にも信じて欲しい…とは言えないけれど、でも、色眼鏡で見るのは止めてあげて欲しいの」

「色眼鏡…ですか」

京子「えぇ。そもそも今まで貴女にとって生徒会長は素晴らしいお方だったのでしょう?」

「…はい」

京子「だったら、今はまだそれを信じてあげて。もしかしたら彼女たちは生徒会長となんら関わりのない人達なのかもしれないし」

「関わりのない人達…ですか?」

京子「えぇ。ああやって生徒会長の名前を出して逆に評判を下げようとしているのかもしれないでしょう?」

まぁ、それは9割方ないとは思うけれどな。
あの心から心酔しきった目を見る限り、間違いなく生徒会長と関わりのある誰かだったのだろう。
けれど、それをここで口にしたら事態を余計ややこしくするだけだし。
とりあえずはそうじゃない方向性で話を纏めた方が良いだろう。

京子「だから早合点は禁物よ。もしかしたらそれが彼女たちの狙いかもしれないんだから」

「…はい。すみませんでした」シュン

京子「……でも」

「え?」

京子「もし、本当に彼女たちが生徒会長に命じられて、貴女たちを脅していたのであれば‥」

京子「私は貴女の期待に応えるよう全力を尽くす事を約束するわ」ニコッ

「す、須賀さん…っ」パァ

多分、この辺りがお互いにとって一番良い落とし所のはずだ。
約束…とまで言い切ってしまったのはちょっとやり過ぎかもしれないけど、そんな事はまずないだろうし。
何かトラブルや誤解がない限り、お互い現状維持で済むはずだ。


京子「あ、で、でも、早合点は本当に駄目よ?変なふうに噂を立てたら無関係な人たちも巻き込んでしまう可能性があるんだからね?」

「はい…分かりました…!」キラキラ

京子「そ、そう…それなら良いんだけど…」

…本当に分かっているんだろうか。
分かってくれているのであれば良いんだけど…でもそのキラキラした目はあんまり信じられない。
俺はもうちょっと人を信じる事が出来たはずなのに…何処で間違ってしまったんだろうな…。
…鹿児島に来た須賀京子になるって言われた辺りからなんか歯車がずれてきた気がする。

京子「じゃあ、もうお昼休みも終わっちゃいそうだから私達はこれで行くわね」

「はい!本当にありがとうございました!!」ペコリ

京子「えぇ、気をつけてね」

…まぁ、とりあえずは信じるしかないか。
あんまりここで釘を差しても彼女の疑心を買いかねないし。
本人が分かったと言ってくれているんだから、今はこれで良いだろう。

京子「…ふぅ」

湧「京子さあ、お疲れ。あと…黙っててすんもはん…」シュン

京子「もう。気にしなくて良いのよ」

湧「でも…」

京子「大丈夫。湧ちゃんがそういうの苦手だっていうのはちゃんと分かっているんだから」

京子「それにあのくらい一人で躱せなきゃこれから女子校でやっていけないでしょう?」

何時までも春や湧ちゃんに頼りっぱなしでなんかいられない。
皆は何時だって俺の側にいてくれるって訳じゃないんだから。
これくらい一人で解決出来なきゃ、皆が安心して俺を一人に出来ないだろう。
それにまぁ、今回は少なくとも以前よりは少しはマシな対応が出来た訳だしな。
自分の成長を感じられる意味でも悪くはなかった。


湧「そいでも…そいでも…あちきが京子さあの側にいたのに何も出来ないで…」

京子「…湧ちゃん」スッ

湧「あっ…」

京子「…本当の事を言うとちょっと不安で…。手、繋いでくれるかしら?」クスッ

でも、湧ちゃんが自分を責めないってのも無理なんだろう。
だから、ここは湧ちゃんが自分を責めたりしないようにこっちからお願いするのが良いはずだ。
勿論、それだけで自分を責める彼女の心を完全に晴らしてあげるなんて出来ないだろうけれど…。

湧「…うんっ」ギュッ

京子「ふふ、ありがとうね」

湧「こっちこそ…あいがと、京子さあ」ニコー

湧ちゃんの顔に笑顔を取り戻す事くらいは出来る。
それだけで十分…って思うのは彼女の笑顔がやっぱり素敵だからだろうか。
まるで大輪のヒマワリのようなその笑みにこっちも嬉しくなってしまう。
体育館の時も思ったけど、やっぱり湧ちゃんの笑顔は良いよなぁ。


京子「(ま、色々と不安はあるけれども)」

あの子が本当に俺の言いたい事を理解してくれていたのだろうか、とか。
さっきの先輩達から変な風に報復がこないだろうか、とか。
そもそもエルダー選挙どうなるんだろうか、とか。
言葉に出来ないけれど、先行きに対する不安は一杯だ。
でも…とりあえず湧ちゃんのこの笑顔を見ているとそれも少し薄れていく。

京子「…湧ちゃん、ありがとうね」

湧「え?」

京子「私、きっと自分でも思っている以上に湧ちゃんに救われているから」

それはきっと湧ちゃんだけじゃない。
春を始め、小蒔さんや明星ちゃんが居てくれるからこそ、俺は未だ逃げ出さずにここにいられるんだろう。
きっと彼女たちがいなければ俺はもうとっくの昔に潰れて、部屋に引きこもっていたはずだ。

湧「…そいはこっちのセリフ」

京子「え?」

湧「京子さあがかごんま弁でも分かってくれちょるお陰であちきもお話するのおぜー楽し」ニコッ

京子「…えぇ。私も湧ちゃんとお話するのはとっても楽しいわよ」

勿論、まだまだ俺は鹿児島弁については不勉強で彼女の言いたいこと全部を分かる訳じゃない。
しかし、それでも必死に自分の言いたい事を伝えようとする彼女との会話は俺にとって新鮮なものだった。
お互いに不勉強だからこそ、どうしてもならざるを得ない手探りながらの会話。
でも、だからこそ、それが通じあった時の喜びはやっぱり一入なんだ。

あ、投下来てる

>>80
いつの間にか合流してる湧ちゃん(フライング ダメ 絶対)
でも今日のヒロインなら仕方ないね


湧「げんにゃあ?」

京子「えぇ、勿論。こんな事で嘘吐くはずないでしょ?」

京子「と言うか私、お話するの苦手な子とこうして手を繋ぐほど気安い性格じゃないわ」

湧「…でも、京子さあ、結構、タラシ」ジトー

京子「ぅ…べ、別にタラシじゃないわよ。そもそもタラシこめた事なんて一度もないし…」

湧「…実はあちきがタラシこまれちょったり…」

京子「えっ!?」

いや、え?
タラシこまれたって…誰に?
俺?いや、それはないだろ。
だって、湧ちゃんにそんな気配今までまったくなかったぞ…!?
勿論、慕ってくれてるのは伝わってきてるけど、それはどっちかって言うと兄に対するそれじゃなかったのか…!?

湧「…冗談」クスッ

京子「も、もう…びっくりさせないでよ」

湧「えへへ…でも、京子さあとっても綺麗で格好よかから不安」

京子「湧ちゃんまでそんな事言うのね…」

春にも似たような事言われたけれどそんなに不安だろうか。
まぁ、確かに今日一日でちょっとやばい目つきの女の子を二人ほど増やしてしまったけれども。
しかし、それは他に方法が思いつかなかったからで、別にタラシ込もうと思った訳じゃない。


湧「…だから…」ギュッ

京子「ん?」

湧「だから…京子さあの一番は…」カァ

京子「…湧ちゃん?」

湧「な…ないでんない…っ」フルフル

こんなに顔を赤くする湧ちゃんなんて初めて見た。
多分、何か重要な事を言おうとしていたんだろう。
でも、途中で止めたって事は…俺が踏み込んでいいもんじゃないんだろうな。
正直、すっげー気にはなるけど…今はそれよりも… ――

京子「あ、ほら、自動販売機よ」

湧「良かった…っ。じゃあ、京子さあ何が良い?」

京子「うーん…一番高いのはどれかしら?」

湧「京子さあ!?」ビックリ

京子「ふふ、冗談よ。午後のおーいお茶にしようかしら」

もしかしたら…うん、もしかしたら…だけど。
こうして穏やかに過ごせるのも今だけかもしれないしさ。
出来ればそうなっては欲しくないけど…でも、嵐の予感は間違いなく近づいてきている。
俺に出来るのはそれがただの思い過ごしであると祈る事と、そして… ――

湧「京子さあっ」フリフリ

京子「えぇ、今行くわ」

―― 湧ちゃんたちと一緒にこの青春を少しでも謳歌する事だろう。





というわけで今日は終わりです。
前回の京子ちゃんシナリオと似たような展開で申し訳ないです
けど、これもエルダー挑戦編にとって大事なフラグの詰まったものなのでご容赦いただければ幸いです
次回は京太郎編になってヒロインははっちゃんになる予定です

>>147
あばばっばばばばばばば(白目)
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…実はこの話、大幅に書きなおしていまして…
最初は姫様たちと一緒に身体測定やらやる予定なのだったのがキャラ多すぎでゴチャゴチャしてるな、と思って合流は後回しになったのです
結果、姫様の出番は削られ、エピソードも大幅変更になったのですが…その前の分が残ってたみたいです(白目)
お待たせしてこんな体たらくで申し訳ないです…次はこういう事がないようにしっかり見直します…

乙なのよー
書き直しはねぇ・・・どちらも捨てられなくてifとして書いちゃう時もあるなー

それはそれとして、湧ちゃんの出番が多くて嬉しいな

もしエルダーになったら京子自身の麻雀の練習時間の確保は大変そうだけど、麻雀部入る人はある程度いそう。
麻雀パートがないから忘れがちだけど京子ちゃんも日々成長はしてるんだよね? そのうちに異能が開花する可能性もあるのかな?

おつー

細かいことだけど「刀傷沙汰」じゃなくて「刃傷沙汰」だと思うの

文字通りカタナが持ち出されるのかもしれない

明日には投下したい…(願望)

>>162>>163
つまりまだ見ぬヒロインは実は辻垣内さんだった可能性が微レ存…!?
すみません、ミスです…申し訳ないです…

>>154
やっぱりあるあるなのか
実はどうしても消せなくて投下予定はない癖に別に保存してるんだよね…
湧ちゃんの出番はこれからも隙あらば増やしていく予定です

>>155
その辺は次回の京太郎編(霞さんヒロイン)の辺りで説明する予定です
日常描写ばっかりで牛歩状態でごめんね…

次回ヒロインはっちゃんから霞さんに変わったのかそれとも両方あるのか……

>>169
あ、申し訳ない。
今回の京太郎編(はっちゃんヒロイン)→京子ちゃん編→次回の京太郎(霞さんヒロイン)みたいな流れのつもりだったのです
まぁ、今回の京太郎編は諸処の事情により京太郎編ってよりも京子ちゃん編って方が正しいかもしれないけど。
なので次回のヒロインはもしかしたら霞さんの前に短いけど京太郎編(春ヒロイン)が来る可能性もなきにしもあらずな感じです。

まぁ、それはさておきそろそろ投下始めます
今日はおまけもあるよ


―― まるでそのまま雲の上まで突き抜けてしまいそうなくらい延々と続く石畳の階段。

それを登るのもそろそろいい加減慣れてきた。
いや、慣れてきたと言うか力加減が分かってきたというべきか。
足や身体に負荷を掛けない歩き方をすれば意外とどうという事はない。
結構お年を召していらした石戸(祖母)さんが平然とここをあがっていたのもこういう登り方をしていたからなのだろう。
と言うか、これを俺に教えてくれた小蒔さん自身、「石戸のおばあさまから聞きました」って言っていたし。

京子「(…まぁ、最初から教えとけよ、とは思うけれど)」

でも、その辺りはもう内心、諦めているというか何というか。
神代家とはそういうものなんだと思って、自分を納得させている。
それにまぁ、そうやって小蒔さんと一緒に階段を昇り降りするのも悪い時間じゃなかったしな。
寧ろ、微笑ましく、和やかな時間で…後、ついでに汗で妙な色気が…っといけないいけない。

湧「とーっちゃっくっ♪」

京子「ふふ、もう湧ちゃんったら」

そんな事を考えている内に湧ちゃんが駈け出し、お屋敷への一番乗りを決めた。
まるで疲労なんてまったくしていないと言わんばかりのソレが俺にはちょっと羨ましい。
勿論、俺も体力的に余裕はあるが、わざわざこの階段を駆け上がりたいとは思えないしな。
普段から彼女が身体を鍛えているとか、言い訳は色々あるけれど、その精神的若さは眩しいと思う。


小蒔「えへへ…じゃあ、二番乗りは私が頂きます…!」

京子「あ…ちょ、小蒔さん…!?」

小蒔「大丈夫ですよ、これくら…ひゃっ!?」グラッ

京子「っ…!」

幾ら負担の掛かりにくい登り方を心得ているとは言え、決して疲労が溜まっていない訳ではないのだろう。
急に駆け上がることを要求された足は命令通りに動く事は出来ず、石造りの階段へとぶつかった。
自然、運動エネルギーが反発へと代わり、彼女はそのままバランスを崩していって… ――

京子「」ガシッ

小蒔「ひゃぅん…」

京子「ふぅ…」

春「間一髪…」

明星「お見事です」

京子「…えぇ。ありがとう」

けれど、小蒔さんが倒れる直前、何とか俺の手が間に合った。
ギリギリを掴んで抱き寄せるながら俺はほっと一息吐く。
どうやら男として最低限しなければいけない責任って奴は果たせたらしい。
まぁ、湧ちゃんが隣にいれば俺よりも早く反応したんだろうけれど、彼女は今、屋敷の入口の方にいるからな。


京子「…でも、小蒔さん、いきなり走り出すと危険よ」

小蒔「はい、ごめんなさい…」シュン

京子「まぁ、今回は大事なかったし良いけれどね」ナデナデ

小蒔「ん…」ニコー

京子「あんまり心配させないで頂戴ね。小蒔さんが傷つくと皆悲しむから」

小蒔「はい…っ」

春「…最近、京子がさらに霞さんっぽくなってきた…」

明星「ふふ、確かに霞お姉さまそっくりですね」クスッ

京子「そこ…聞こえてるわよ」

まぁ、元々、【須賀京子】は石戸(姉)さんを基本として作ってるから仕方ないといえば仕方ないんだけど。
でも、なんともお説教臭くなってしまうのは小蒔さんが何とも放っとけないというか庇護欲をそそるタイプだからか。
実際に彼女自身がちょっぴり天然と言うか抜けているところもある所為で、どうしても口うるさくなってしまう。

小蒔「えへへ」ギュッ

京子「ん?どうかした?」

小蒔「京子ちゃんの身体暖かいです…」ニコ

京子「あ、ご、ごめんなさいね」パッ

そういやずっと小蒔さんと事抱きしめていたまんまだったか。
頭の中が心配とかで一杯だったからあんまり気にならなかったけど、この態勢はやっぱりまずい。
外見こそ同性ではあるけれど、本当は異性同士である訳で。
その上、小蒔さんは立派なおっぱいを持っている人だし…こうして抱き合っていると運動とはまた別の意味で火照ってしまう。


小蒔「あ、大丈夫ですよ。全然、汗臭くなんかありませんから!」

小蒔「寧ろ、京子ちゃんの身体、とっても良い匂いがします」ニコ

京子「あ、ありがとうね」

そういう意味じゃないんだけどなぁ…。
まぁ、その辺、小蒔さんに言っても多分、分からないと言うか何というか。
分かって欲しいような分かってほしくないような…そんな微妙な感じだ。

京子「まぁ、同じシャンプー使っているし、いい匂いがするのは当然じゃないかしら?」

小蒔「京子ちゃんのこの匂いはシャンプーのじゃないですよ?」スンスン

京子「ちょ…こ、小蒔さん…!?」カァ

小蒔「うん。やっぱりシャンプーじゃないです。皆からはこんな匂いしないですから」

京子「そ、そう…?」

小蒔「はいっ。これはきっと京子ちゃん自身の匂いなんですね」ニコー

京子「…ぅ」カァ

なんでそこで嬉しそうに言うのかなー。
そんな風にニコニコされながら言われるとちょっと誤解したくなってしまうんだけれど。
でも、これ、絶対意味分かって言ってないよなぁ小蒔さん…。
結構、凄い…と言うか恥ずかしいというか…やばい事言っているんだけど。


明星「…そう言えばお互いの体臭が良い匂いだと思える相手って相性が良いそうですね」

京子「あ、明星ちゃん!?」

小蒔「へー、そうなんですか」

小蒔「じゃあ、京子ちゃん、はい」スッ

京子「…え?」

小蒔「私の匂いも嗅いでください」

京子「……はい?」

いやいやいやいやいや!ちょっと待って!!!
なんでお屋敷の目の前でそんな変態的プレイしなきゃいけないの!?
いや、お屋敷の前って言っても人通りも何もない山の中だけどさ!!
でも、周りには明星ちゃんやら春がいる訳で…!

小蒔「どうしたんですか?」キョトン

京子「え、その…」

小蒔「…やっぱり私の匂い…駄目ですか?」シュン

京子「そ、そそそそんな事ないわよ…!」アセアセ

小蒔「じゃあ…」

京子「うー…」

…恨むぞ明星ちゃん。
君の所為で何故か小蒔さんの体臭を嗅ぐハメになってしまったじゃないか。
まぁ、別に本気で嫌って訳じゃないんだけどさ。
さっきちらっと感じた小蒔さんの匂いは寧ろ良いものだったし。


小蒔「じぃぃ」ジィ

京子「わ、分かったから…ちゃんと嗅ぐからそんな風に見つめないで…」

小蒔「えへへ…」

だけど、そういう風に悩んでいる暇すら小蒔さんは与えてはくれないらしい。
それならとっととこの状況を終わらせてしまった方が良いな。
明星ちゃんは何が面白いのか俺を見てクスクス笑っているし、逆に春の視線はさっきから厳しいし。
あんまり居心地が良いとは思えない訳だから…とっとと小蒔さんの首元に顔を近づけて… ――

京子「…すんすん」

小蒔「ひゃん…っ」ビクッ

京子「あ、ご、ごめんなさい…」

小蒔「あ、いえ、良いんですよ。ちょっとくすぐったかっただけですから」

小蒔「それよりどうでした?」

京子「え、えぇ。良い匂いだったわ」

何というか小蒔さんの場合、桃みたいな優しくも甘い香りがするんだよなぁ。
こう幾らでも味わっていたくなるようなそんな中毒性のある匂い。
さっき明星ちゃんが言ってた事が正しければ、俺にとって小蒔さんは…。
い、いやいや、そんなオカルトあり得ないな。
そもそも小蒔さんは俺にとって雲の上の人も良い所だし…そういうのは考えるべきじゃない。

小蒔「えへへ、じゃあ、私と京子ちゃんの相性は良いんですね!」

京子「ふぇっ!?」ドキーン

小蒔「あれ?どうかしたんですか?」

京子「う、ううん。なんでもないのよ」

春「…」

京子「…え、えっと、春ちゃん、これは」

…俺は一体、何を春に言い訳しようとしているんだろう。
そもそも俺と春は別にどういった関係でもないんだから焦る必要もないんだけれど。
でも、こうして悲しそうな責めるような目を見ると、どうしても言葉が口から出てしまうというか。


春「……京子、次は私…」

京子「え?」

春「次は私の匂いを…嗅いで?」ポッ

京子「いや、ちょっと待って…!」

どうしてそんな流れになるんだよ!!
春は小蒔さんと違ってそれが恥ずかしい事だって認識はちゃんとあるんだろ!?
顔も赤くしてるし、分かってるはずなのに、なんでそれを俺に勧めるんだ…!!
小蒔さん相手でもやばかったのに、その意味が分かっている相手の匂いを嗅ぐとか流石に羞恥プレイが過ぎると思うぞ…!

湧「みんなー。なにしちょっの?」

京子「ほ、ほら、湧ちゃんも呼んでいるから…ね?」

春「…ヘタレ」ポソッ

明星「ヘタレですね」クスッ

小蒔「ヘタレ…ですか?」キョトン

なんとでも言うが良い。
だが、今の状況で春の匂いを嗅ぐとかは流石に恥ずかしすぎる。
それに春相手の場合、匂いを嗅ぐだけじゃ絶対に済ませてもらえないからな。
まず間違いなくどんな匂いだったかと事細かに突っ込んでくるだろう。
それを思えば、ヘタレと言われようと逃げるのが最善の策だ。

湧「皆、おかえりっ」

京子「はい。ただいま、湧ちゃん」

小蒔「ただいまです」

春「ただいま…」

明星「ただいま。出迎えありがとうね」

湧「うんっ」ニコー

さて…お屋敷に帰ってきた訳だけど、ここからどうするかな。
山田さんはまだ上がってきてはいないみたいだし、とりあえず勉強から始めるか。
確か今日は英語の宿題と数学の宿題が出ていたはずだし。
それが終わったら今日の復習と明日の予習をして…ついでに舞の練習も…。


湧「京子さあ…」

京子「ん?湧ちゃんどうかした?」

湧「あの…あのね」モジモジ

湧「…クルクル…して欲し…」

京子「クルクル…ってあ」

そう言えば今日の測定の時、お屋敷に戻ったらするって約束していたっけか。
湧ちゃんはそれをしっかり覚えていたのか。
でも、なんでちょっと恥ずかしそうなんだ?
別にそこまで恥ずかしいようなものじゃないと思うんだけれど。

春「…クルクル?」

小蒔「え?何をするんです?」ワクワク

京子「まぁ、口で言うよりも実践した方が良いわね。あ、でも、一応離れていてね。危ないから」

明星「??えぇ。分かりました」ハナレ

京子「よし。それじゃあ、湧ちゃん、おいで」

湧「京子さあと合体…っ」トテトテ

春「合体…っ!?」ビックリ

まぁ、合体と言うよりは簡易式の準備体操と言うか。
お互い背中を向けて腕を組むだけの簡単なものなんだけどさ。
そこで反応する春は一体何を想像したんだろうなぁ(ゲス顔)
やっぱり春は意外とむっつりスケベなんだろうか。


京子「はい、それじゃがっしゃーん」ウデクミ

湧「がっしゃーん」ウデクミ

京子「じゃあ、回すわよ」クルクル

湧「きゃああああああっ」キャッキャ

おぉ、嬉しそう。
まぁ、身長差40cm近くある訳だからなー。
思いっきり腕をひきあげれば、湧ちゃんの身体はどうしても浮いてしまう。
その上、クルクル回って遠心力も働いているんだから彼女にとって見れば簡易式ジェットコースターみたいなもんだろう。

小蒔「わぁ、楽しそう」

明星「と言うか下着が丸見えなんですけど…」

その辺は許してください。
男が周りにいたらやばいけど、このお屋敷唯一の男はこうしてクルクル回ってる真っ最中だしな。
どうあがいても俺が湧ちゃんのパンツの中身を見る事は出来ないし。
それにまぁ、洗濯当番も持ち回りでやってたこのお屋敷の皆にとって下着は見慣れているもんだろう。

湧「ひゃぅーっ♪」クルクル

京子「湧ちゃんどう?」クルクル

湧「超楽しーっ♪」キャッキャ

京子「そう…それじゃ…そろそろ止めるわね」クル…クル

湧「えー…」

ちょっと残念そうな声に心が痛むがもう既に一分近く回っている訳で。
流石にコレ以上回り続けると足元が危なくなってくる。
周りには基本的に何もないとは言え、俺が足をもつれさせると回っている湧ちゃんに怪我をさせる訳だしな。
大事になる前に止めておくべきだろう。


京子「流石にコレ以上回り続けると危ないからね」クル……ピタッ

湧「はぁい…」

京子「…また今度やってあげるから」

湧「げんにゃあ!?」パァ

京子「えぇ。勿論」

とは言え、楽しみにしてたのをほんの一分弱で止めるのも可哀想だしな。
流石にここでクルクル回り続けるのは厳しいが、また機会があればやってあげよう。
その為にはまた体力を温存しておかないとな。
…いや、寧ろ、今日から湧ちゃんと一緒に体力づくりを始めるべきだろうか…?
でも、他にやる事もあるし…あー…くそ…時間がないってのは本当に辛いな。

小蒔「あ…じゃあ、京子ちゃん、私もやって欲しいです」

明星「…姫様?」

小蒔「だ、だって…湧ちゃん楽しそうだったんですもん」

湧「わっぜかクルクルだった!」パァ

春「…クルクル?」

湧「クルクル!」ニコー

良くは分からないが、クルクルらしい。
まぁ、湧ちゃんが楽しんでくれたのは言葉は分からずともキラキラしているその表情からも伝わってきている。
ジェットコースターが好きって言ったその言葉に嘘偽りはないのだろう。
結構、早めに振り回してたつもりなのに全然、余裕っぽかったし。


初美「何をやっているですかー?」

京子「あ、薄墨さん」

春「湧ちゃんがクルクルされてた…」

初美「クルクルですかー?」

湧「うんっ」ニコー

初美「そうですかー。クルクルなら良かったですよー」

…え?今ので伝わるの?
実際やってた俺でさえ大体のニュアンスを感じ取れた程度なんだけれど。
今ので分かるって初美さんってばやっぱすげーな。
伊達にこのお屋敷で湧ちゃんたちとずっと一緒に暮らしてないって事か。

京子「分かるんですか?」

初美「いや、全然、分かんないですよー?」

京子「えっ」

初美「ノリですよー、ノリ」

京子「ノリですか」

初美「そうそう。私はエスパーじゃないんで言葉にしてくれないと分かんないですー」フンス

なんでちょっと自慢気なのか。
まぁ、言いたい事ははっきりと伝えないとって薄墨さんの言葉は良く分かる。
言いもしないのに理解だけはして欲しいとか甘えも良いところだろうしなぁ。
それに今ので大事なのは湧ちゃんが楽しかったって一点だけだろうし。
それさえ伝わっていればきっと問題はないのだろう。


初美「それより皆、早く入るですよー。夕飯が待っているですー」

小蒔「えへへ、今日のご飯は何でしょう?」

春「きっと黒糖…」

湧「そいだけはちごとおも…」

明星「ふふ、でも、楽しみですね」

京子「そうね。もうお腹ペコペコだから」

学校で部活をやっているのもあって、もう辺りも結構、暗くなっているしな。
春になって日の入りの時間が大分遅くなったとは言え、この時間は殆ど夜同然だ。
特にこの辺りは山の中同然って事もあって、周りに明かりが灯っていなければ足元さえ見えない。
そんな時間になれば幾ら女の子と言ってもお腹が減るのは当然だろう。

初美「あ、須賀ちゃんはちゃんとお化粧を落としてからですよー?」

京子「…ご飯を食べてからじゃいけませんか?」

初美「駄目ですー。そのままだと肌荒れが怖いですからねー」

京子「うぅ」

勿論、俺も同じ…いや、俺の方が遥かにその傾向が強い。
これでも一応、伸び盛り食べ盛りの男子高校生なのだ。
昼ごろに食べたお弁当一個だけじゃ全然、腹が保たない。
正直、今すぐにでもご飯が欲しい所だったが、初美さんはそれを許してくれなかった。

初美「ほら、私も手伝ってあげますからとっととお化粧を落とすですよー」

京子「はい…それじゃ皆、また後で」

小蒔「はいっ京子ちゃんまた後で」

俺みたいに化粧を落とす必要はないが、皆は皆で着替えとか色々あるからな。
皆が準備を終えるのと俺が化粧を落として制服を着替えるのとでは前者のほうが間違いなく早いが、それほど待たせる事はないだろう。
まぁ、だからと言ってのんびりはして良い訳じゃないし、俺自身ものんびりしたいとは思っていない。
焦るな、俺は腹が減っているだけなんだ…!


京子「…で、薄墨さん」

初美「ん?どうかしたですかー?」

京子「いえ…それはこちらのセリフなんですけれど」

初美「えっ」

京子「何か私の言いたい事があったのではないのですか?」

そもそも化粧を落とすだけなら別に薄墨さんの手を借りるほどじゃない。
何度もやっている俺はもうそれに慣れてしまっているし、そもそも作業工程は早い話、念入りに顔を洗うくらいだ。
多少、手間はかかるがわざわざ薄墨さんに手伝って貰うような作業じゃない。
それなのにこうしてわざわざ洗面所への道に付き合ってくれているというのは彼女に何か用事があるのではないだろうか。

初美「…須賀ちゃんは変なところで鋭い子なのですよー」

京子「いえ、これで気づかないのは小蒔さんか湧ちゃんくらいなものだと思いますけれど…」

初美「あ、そんな事言っちゃうですかー。後でそれ二人に言いつけるですー」

京子「ちょ…そ、それは反則でしょう…!?」

初美「ふふ、冗談ですよー」

本当に冗談なんだろうな…?
こう薄墨さんなら冗談と言いながらやってのける独特の凄みと信頼感がある。
お屋敷の中で誰が一番、こうしたイジリが得意かと言えば間違いなく薄墨さんだからなぁ。
冗談だと言いながら後で本当に言いつけるとかやりかねない。

初美「まぁ、要件と言ってもそれほど大した事じゃないのですよー。こうしてついてきてるのもちょっと人前で言うのは恥ずかしいからですし」

京子「恥ずかしい?」

露出狂染みた格好をしてる薄墨さんが?
HAHAHA、おい、ボブ、そいつは何の冗談だい?
エイプリルフールはもう数日前に過ぎ去っちまったぜ。
うちのワイフがダイエットに成功したってくらい信ぴょう性がないな、HAHAHA。


初美「…実は私、さっきはああ言ったですけど読心術が出来るのですよー?」

京子「えっ」

初美「ふふ…須賀ちゃんにはちょぉっと教育が必要みたいですー?」ニコニコ

京子「はぅ!?い、いいい、いえ、違うんですよ!?アレはその…!!」

初美「…冗談に決まってるのになんでマジ狼狽してるですかー」

いや、だってねぇ?
このお屋敷の中で一番、俺の表情の変化に気づいて突っ込んできたのって薄墨さんだしなぁ。
表情を取り繕う事を覚えたから、それも大分減ったけれど、それくらいしていてもおかしくはないと言うイメージはある。
何より、竹井先輩から聞いたけど、薄墨さんってインターハイ会場にワープして現れたらしいし。
間違いなくオカルトの領域に突っ込んでる薄墨さんが「冗談に決まっている」と言っても、あんまり信用出来ないだろう。

初美「まぁ、さっき何を考えていたかは大体、分かるのは事実ですけどねー」ジトー

京子「ぅ…」

初美「まったく…これは私なりのファッションだって何度も言っているじゃないですかー」

京子「ファッションって言えば、何もかもを肯定されるものじゃありませんよ」

京子「そもそもファッションだって認められるほどその格好は普及していないじゃないですか」

初美「でも、長野にだって似たような服の着方をする女の子はいるですよー」

京子「そ、それは…」

確かに長野には露出狂染みた格好をする女の子 ―― 勿論、一部だけれども ―― がいるのは事実だ。
そして、そんな格好をネットで『NAGANO STYLE』と呼んでいる人達がいるのもまた。
しかし、だからと言ってそれが市民権を得られる格好かどうかは考えるまでもないだろう。
男としては露出の激しい女の子は嬉しいもんだけど激しすぎると目のやり場に困るんだよ…!


初美「そもそもどんな業界でも先駆者というのは白い目で見られるものですよー」

初美「でも、そういった視線と戦って勝った先に今の常識があるのですー」

初美「昔はスカートは女性の履くものではなかったけど、今は逆になっているように」

初美「何時かはこのファッションも女の子の中で大流行するに決まっているのですよー」

京子「いや、それだけはないと思います」キッパリ

まぁ、百歩譲ってそういう『NAGANO STYLE』が市民権を得たとしても…だ。
それが女の子たちの中で大流行するような未来はあり得ない。
アッチを見てもコッチを見ても痴女かその手前の格好の女の子しか歩いてないなんて世紀末も良い所だしな。
男としては目の保養になる以上に居心地の悪い世の中になるだろう。

初美「えー、どうしてそう言い切れるですかー?」

京子「いや、だって、あり得ないでしょう、常識的に考えて」

初美「じゃあ、逆に聞きますけれど、その常識は須賀君が須賀ちゃんになって永水女子に入る事をあり得ると言ってたんですかー?」

京子「そ、それは…」

初美「ないですよねー?つまり須賀ちゃんの常識力なんてその程度の薄っぺらいものなのですよー」

京子「そ、そんな…っ!?」

俺の常識がその程度……?
いや、だけど…実際、最近あり得ないって思った事が現実になる事が多い気がする…!
薄墨さんの言ってる事もそうだし、エルダー関連の事だってそうだ。
なら、俺の常識は本当にその程度のものなのか…?
まったく当てにならない蜃気楼みたいなものでしかないのかも… ――


初美「大丈夫なのですよ、須賀ちゃん」ソッ

京子「う、薄墨さん」

初美「須賀ちゃんの薄っぺらい常識力も私と同じ格好をすればすぐさま鰻登りなのですよー」

京太郎「いや、それはねぇよ。…おっと」

まだ化粧を落としていないのに、思わず素で突っ込んでしまった。
でも、流石に薄墨さんと同じ格好をするはねぇよ。
男が全開肌蹴け巫女服着てるとか変質者として通報不可避なレベルだ。
幾ら女装してたって裸になれば分かる訳だし、そんな格好は出来ない。
出来たとしても、直視できないレベルにしかならないからしたくもないし。

京子「大体、私が薄墨さんと同じ格好をしても見苦しいだけでしょう?」

初美「そうでもないと思いますよー需要はあるはずですー」

京子「薄墨さんに?」

初美「いえ、山田さんに」

京太郎「ごめんなさい、ホント勘弁してください…」

そこで薄墨さんに需要があると言ってくれるならまだ冗談でやっても良かったけどさ。
でも、山田さんに需要があるというのはこうかなりやばいというか、キツいと言うか。
正直、身の危険よりも貞操の危機を感じるレベルなんで許してください。
なんでもはしないけどな!!

初美「まったく、何が嫌なんですかー?今どき珍しい紳士な方ですよー?」

京子「いえ、それは私も存じていますけれどね…」

確かに山田さんは寡黙だが、とても気の利く人だ。
フェンシングの特訓も厳しいが指導は的確で、数日だが自分の腕が上達しているのが分かる。
それを嬉しそうに褒めてくれる表情なんかはちょっと可愛らしくて、ギャップを感じる事だろう。
ボディガードをしているという事は給与面でもかなりの待遇だろうし、その年頃の女性からすれば垂涎モノの物件なのかもしれない。


……ホモでさえなければ。

京子「そもそも私と山田さんじゃ釣合いませんよ」

初美「そんなの愛の前には問題無いですよー!」

京子「そもそも愛がないんですってば」

初美「チッ…面白くないですー」

京子「薄墨さんは何を期待してるんですか…」ハァ

初美「……まぁ、ちょっと心配してたところはあるのですよー?本当に大丈夫なのかなって」

京子「え…?」

心配?薄墨さんが俺の事を?
確かに薄墨さんはこっちを容赦なくいじって来るとは言え、とても優しい人なのは分かっているし。
心配される事事態に違和感がある訳じゃないが、この流れで心配って事は… ――

初美「一応、長年、神代家に仕えている山田さんの人となりは知っていますけれど、万が一って事もあるですしねー」

初美「二人っきりで長時間いる訳ですし…実はちょっと心配もしていたのですよー」

初美「私達と一緒にいるのと須賀ちゃんと一緒にいるのとではまた訳が違うですしねー」

京子「薄墨さん…」

それは勿論、万が一、なのだろう。
長年、神代家に仕え、皆の送り迎えを見守っている山田さんは薄墨さん達の信頼もしっかりと勝ち取っている。
それは薄墨さんも例外じゃなく、その言葉からは彼への信頼がにじみ出ていた。
それでもこうして俺に対して心配してくれているというのは、それだけ俺のことを気にかけてくれているからなのだろう。


初美「だから、もし、何かあったら遠慮なく私に言うですよー?」

京子「…変なものでも拾い食いしました?駄目ですよ、はしたないですから」

初美「オッケー。その生意気な口はこうしてやるですよーっ!」グイ

京子「い、いひゃいいひゃいっ」ノビー

ごめんなさい、薄墨さん。
正直、そうやって心配してくれるのは嬉しいんだ。
でも、なんか今までの流れが流れだった所為か、お屋敷にいる所為で多少は気も抜けているのか。
どうにも素の方が出やすくなっているというか、素直に受け止めづらい、

初美「まったく…須賀ちゃんは照れ屋ですねー」ニコッ

京子「ぅ」

―― それはまるで何もかもをお見通しだと言うような笑みだった。

いや、きっと薄墨さんには俺の気持ちなんて分かっているのだろう。
なんだかんだ言いながら薄墨さんはとても人の気持ちに敏い人なんだから。
それこそエスパーか何かじゃないかと思うくらいに人の心に敏感な彼女に俺の動揺が隠せるとは思っていない。
でも、そんな風に何もかもを受け入れるような温かい笑みを向けられると…こうやっぱり余計に恥ずかしくなってしまうというか何というか。

初美「ほら、それより洗面所に着いたですよー?」

京子「…もう、本当に」

初美「なんですかー?」クスッ

京子「なんでもないですよ」

流石に計算してこのタイミングで洗面所に着けるようにしていた…とは思わないけどさ。
でも、そうやって逃げ道まで用意されるとちょっとだけ悔しい気もする。
さりとて、それに抗えるほど今の俺には余裕もなくて…何より、きっとそれもお見通しなんだろうな。
だからこそ、薄墨さんはさっき小さく笑っていたんだろうし。


京子「(さて…と)」

薄墨さんの事は色々と気になるけど、今は二の次だ。
今この状況で彼女に対して反撃出来るほどのネタは俺にはない訳だしな。
まぁ、そもそも普段から持っているとは言えない訳だけど…それはさておき。
とりあえず人も待たせている訳だから、とっとと化粧を落としてしまおう。

京子「ん…」

化粧落としって一言で言っても色々ある。
肌に直接触れるタイプの化粧品は体質によって向き不向きがはっきりと別れるからな。
このお屋敷では化粧をする人が殆どいないから、最初は色々と試行錯誤するのが大変だったけど、今ではそれなりに肌に合うものを見つけた。
まぁ、そこにたどり着くまで痒かったり、化粧が落ちなかったり、なんかヌルヌルが残ったりと色々あったけど。
後は化粧も落ちる洗顔系はあんまり役に立たないっていうのは分かったな、アレは詐欺だ。

京太郎「ふぅ」サッパリ

初美「はい。タオルですよー」

京太郎「うす。ありがとうございます」フキフキ

でも、こうして化粧がぽろぽろ落ちていく感覚っていうのはあんまり悪くない。
寧ろ、最近は結構、楽しんでいるところもあったりして。
それくらい肌にあった化粧落としってポロポロ零れていくからなー。


初美「…にしても」チラッ

京太郎「はい?」クビカシゲ

初美「…ホント、化粧を落とすと別人ですよー」

京太郎「そりゃそうなるように化粧している訳ですし」

勿論、この年頃の女の子にありがちなべったりとした厚化粧はしていない。
しかし、それでもベースを整えてしっかりとラインを書けば、比較的それっぽくは見えるのだ。
ホント、ここ最近の化粧品の進歩ってのはやばいよなぁ。
プチ整形って言われるのも分かるレベルだ。

初美「須賀ちゃん…いや、須賀君の場合、イメージが全然違うですよー」

京太郎「そんなにですか?」

初美「普段は何処にでもいるヤンキーなのに、化粧をすると深窓の令嬢感が凄いですし」

京太郎「ちょっと待て」

初美「え?何か問題でもあったですかー?」

京太郎「いきなり人をヤンキー扱いして問題がない訳ないでしょう」

初美「だって、須賀君金髪ですし…」

京太郎「全国の金髪さんに謝って下さい」

まぁ、一般的にそういうイメージがあるのは否定しないけどな。
でも、赤やら緑の髪がいる今の日本で金髪だけそんな風に言われるのは流石に理不尽だと思う。
そもそも金髪ってただハーフなだけかもしれないじゃないか!
……俺は別に海外の血が流れてるって訳じゃないんだが。


京太郎「それより…さっきの話ですけど」

初美「え?須賀君がヘタレって奴ですかー?」

京太郎「その前です」

初美「えーっと、おかえりなさい。ご飯にするですかー?お風呂にするですかー?それとも…ワ・タ・シ…?」

京太郎「んな事は一言も言ってないですよ」

初美「ぶー。少しは乗ってくれても良いじゃないですかー」

京太郎「…んじゃ、とりあえずご飯にしたいです。お腹ペコペコなんで」

初美「つまり私が食べたいって事ですねー須賀君ったらイケナイ人…」ポッ

と言うか、ご飯からどうしてそうなるのか。
そういう展開の為にあるのが一番、最後の選択肢のはずだろうに。
大体、俺は貧乳は好みじゃないのだ。
お嬢ちゃん、一昨日来るんだな…ここはそういう場所じゃないんだぜ。

京太郎「いや、貧乳ロリはちょっと…」

初美「せーい」グリグリ

京太郎「はぅっ!足をグリグリするのは止めて下さい…!」

初美「まったく…人の事を貧乳ロリ扱いするなんてこれは教育モノですよー」スッ

京太郎「じゃあなんて言えば良いんですか。駆逐っぱいとか?」

初美「良く分かりませんけど馬鹿にされている事だけは良く分かったですよー」キュッ

京太郎「うぐぅ」グエー

まぁ、最近は駆逐艦にも貧乳がない子がもう一人増えたからな。
流石にそろそろ駆逐っぱいというのは相応しくない呼び方になってきたかもしれない。
ここはやはり独特なシルエット(意味深)とかRJぱいとか呼ぶべきじゃないだろうか。
……あれ?俺はさっきから何を言っているんだろう。


初美「…で、まぁ、呼び方ですか。呼び方…」ジィ

京太郎「ん?」

初美「……何か思いつかないですか?」チラッ

京太郎「え?」

ここで俺に振るのか。
いや、まぁ、下手に変な呼び方をお願いされるよりはマシかもしれないけど。
とは言え、そんな急に振られるとなー。
マジで行くか、それともネタに走るかさえ悩んでしまう。

初美「ほら、一つくらいあるでしょう?それを口にするだけで良いのですよ」

京太郎「い、いや、そうやってハードルあげないでくださいよ…」

初美「じゃあ、ハリーハリー」

京太郎「せ、急かすのも止めて下さい!」

しかし、そうやって悩む時間すら薄墨さんはくれないらしい。
ガンガンハードルをあげて追い立ててくる。
まぁ、こういう呼び方とか感覚でつけるもんだからな。
下手に思い悩んでも逆効果かもしれない。

京太郎「ら、ラブリーマイエンジェルはつみたんとか…?」

初美「……」ニコッ

京太郎「……」ニコッ

初美「よし。ギルティですよー」グリグリ

京太郎「ぐわああああああああ」

あ、足ダイーン!!!
おかしい…!さっきから貶めてばっかりだから、精一杯褒めたつもりなのに…!!
まさかここで足グリグリ攻撃が再び来るだなんて…そんなの普通じゃ考えられない…!!


初美「よりにもよってどうしてその呼び名を選んだんですかー…このロリコン」

京太郎「ろ、ロリコンなんかじゃないですよ…!」

初美「ちょっとだけ人並みよりも発育不良な私をラブリーとか言ってる時点でお里が知れるのですー」グリグリ

京太郎「い、いや、性的嗜好とは別に薄墨さんは可愛いと思いますけど」

初美「うわぁ…」ヒキッ

京太郎「ちょ、そこでドン引きとかしないでくださいよ…!」

薄墨さんとこうして馬鹿やる事は多いけれども、彼女が美少女である事に疑いは持っていない。
確かに発育不良と言うか7歳くらいから変わってねーんじゃないかって思ったりもするけどさ。
でも、だからと言って、それは決して薄墨さんが魅力的じゃないって事を意味しない。
だからこそ魅力的だ…なーんて言うほど俺は倒錯した性癖の持ち主じゃないが、可愛らしいと心から思う。

初美「大体ですね、マイエンジェルとか最低ですけど、はつみたんって何ですかたんって」グリグリ

京太郎「し、親しみを込めてみました」

初美「馬鹿なんですかー。そこでたんとか普通ドン引きされますよー。その時点で絶縁級ですー」

京太郎「…あの、薄墨さん」

初美「なんですかー?」

京太郎「…実はちょっと照れてます?」

初美「は、はぁ!?」

いや、顔色そのものは変わっていないけどさ。
何時もよりも言葉に刺があるというか、矢継ぎ早に言葉をかけてくるというか。
その辺が怒っているよりも焦っている或いは照れているように見えるのは俺だけだろうか。
普段の薄墨さんならドン引きしてた時点で話題を変えているだろうし。


初美「ば、馬鹿言うなですよー!私がそんなので照れたりする訳ないじゃないですかー!」カァ

初美「これくらい毎日言われたりしてるですよー?もう耳タコレベルですー!」

京太郎「そうですか。貧乳凄いですね」

初美「それほどでもな…って須賀君?」グリグリ

京太郎「ぬあー!」

前々からちょっと思ってたけど薄墨さんって結構な意地っ張りだよな。
そこまで言われると流石に嘘だって丸分かりなんだけれども。
と言うか、顔を赤くしてるって事は図星だったのか。
ちょっと意外だな…こういうの免疫ある方だと思ってたんだけれど。

初美「…まったく。これはやっぱり再教育が必要ですよー」

京太郎「再教育…ですか」

初美「えぇ。須賀君に私の素晴らしさを今一度思い出させなければいけないのですー」

京太郎「…素晴…らしさ?」クビカシゲ

初美「…初日に私の胸で思いっきり泣いた癖に」

京太郎「ちょ、それはノーカンでしょう!?」

初美「ノーカンなんて一言も言ってないですよー!言ったなら何時何分何秒地球が何回回った時に言ったのか証明してみるですー!」

京太郎「小学生ですか、アンタは!」

初美「誰が小学生みたいな体型ですかー!!」

京太郎「言ってねぇよ!!」

心の中では何度も言ってるけどな!
でも、こればっかりは仕方ないというか何というか。
同い年に石戸(姉)さんや巴さんみたいな人並みかそれ以上の存在がいる所為で余計にちみっこく見えるし。
いや、別に俺は胸の事なんて言ってないけどな?
ただ、身長の事を言ってるだけであって、別に薄墨さんのまっ平らな胸の事なんてまったく関係ないし。


初美「ふぅ…まぁ、とりあえず…ですー」

京太郎「とりあえず…?」

初美「…須賀君、明日暇ですかー?」

京太郎「明日ですか?」

明日は土曜日で学校も休みだ。
日頃、頑張っている分、多少はのんびり出来るだろう。
部活はする事にはなると思うが、メンバーはこのお屋敷に全員揃っている訳だしな。
移動したりする必要もないし、何より昼ごろにはそれもお開きにする予定って話だ。
平日よりは大分、余裕のある一日になるだろう。

京太郎「まぁ、予定は空いていますけれど…」

初美「じゃあ、デートするですよー」

京太郎「はい?」

デート?
誰と誰が?
まさか俺と薄墨さんが…なんて言わないよな?
でも、薄墨さんは冗談と言わないし…え?これってマジでデートに誘われてるのか?

初美「…なんですかー?その反応は」

京太郎「いや…いきなりデートとか言われたら誰だってそうなりますよ」

初美「ふ…これだから須賀君は鈍感なのですよー」ヤレヤレ

京太郎「鈍感…?って事はもしや…」

初美「…実は私…前々から須賀君の事を…」

京太郎「お、俺の事を…」ゴクリ

初美「一回、思いっきり凹ませてやらなきゃいけないと思ってたのですよー」

京太郎「それはこっちのセリフですよ、この年上ロリ」

まぁ、ここで惚れた腫れたなんてセリフが出てくるような関係じゃない。
俺も彼女のことをそんな対象だと認識してはいないし、薄墨さんもまた同じだろう。
だからこそ、こういう冗談のやり取りが出来る訳で。
そう思うとこれも信頼関係の現れ…と言っても良いのかもな。


京太郎「で、実際のところどうしてなんです?」

初美「実は最近忙しかった所為で春物買えなくて…だから…」

京太郎「つまり荷物持ちですか」

初美「理解が早くて助かるですよー」

まぁ、俺がデートに誘われる理由なんてそれくらいしかないからな。
咲相手にだって同じように何度も誘い出されているし。
でも、荷物持ちって言いながら映画館行って飯食ってそれで終わりって事もままあったんだよなぁ。
咲の奴、計画性無さ過ぎだろ…まぁ、そんなところも可愛い訳だけど。

京太郎「でも、俺、冬服くらいしかないですよ」

初美「大丈夫ですよー須賀ちゃんの方なら制服が着れるじゃないですかー」ニコ

京太郎「つまり着ろって事ですか…!」

確かに【須賀京子】の方なら永水女子の制服が着られる。
それにまぁ、明日は土曜日で学校は休みではあるが部活はあるんだ。
場所にもよるが制服姿の女生徒が出歩いていても、それほどおかしくはないだろう。
それよりも冬服の方が明らかに目立つから、こっちの方を避けるべきか。
シャツとセーターしかない以上、下手に脱ぐ事も出来ないからぜってー汗ダラダラになるだろうし。

初美「それに須賀君の方で私とデートなんて10年は早いのですよー!」ドヤァ

京太郎「十年も経ったら薄墨さんアラサーじゃないですか」

初美「えぇい!年齢の事は言うなですー…!」グリグリ

京太郎「あひぃっ」

まぁ、十年経っても薄墨さんは薄墨さんのままだろうけれどな。
成長期でもろくに姿が変わらなかった薄墨さんが今更この十年で年を取るとは思えない。
きっととてもノリが良くて、頼りがいもある薄墨さんのままなのだろう。
寧ろ、十年後の俺が側にいたら色々と疑われて職質されそうでさえある。


初美「で、返事はどうなんです?」

京太郎「返事ですか?」

初美「イエスか、はいか、ヤーか好きなので応えるですよー」

京太郎「それ実質選択肢ないじゃないですか…まぁ、俺は大丈夫ですよ」

初美「やった!遅刻厳禁ですよー!」ピョン

京太郎「はいはい。分かってます。それじゃ、出るのは何時にします?」

初美「あ、それですけど…」

京太郎「はい?」

初美「一緒に出るんじゃなくて待ち合わせにしたいのですよー」

京太郎「…待ち合わせですか?まぁ、良いですけど」

なんだかおかしいお願いだけど、ソレくらいなら別に問題はない。
と言うか、咲も何度か似たようなお願いしてきた訳だしな。
これくらいは慣れっこである。
しかし、なんか本当にデート染みて来たなー。

初美「で、私が来ずに十分二十分と少しずつ時間が経って不安そうにしている須賀君の顔を物陰からじっと見つめて…」

京太郎「あ、やっぱデートの話はキャンセルで」

初美「わわっ、じ、冗談なのですよー!」

勿論、冗談なのは分かっている。
こうしてキャンセルだなんだと言い出したのは、あくまで仕返しの為で不愉快だとはまったく思っちゃいない。
さっきからずっとやられっぱなしなんだし、こっちが主導権握れそうな話題の時は強気に出ないと。


京太郎「…そんなに俺とデートしたいんですか?」チラッ

初美「そう言われるとすっごく頷きたくない私がいるのですが…」

京太郎「まぁ、ですよねー」

流石にここでしたいと言われると俺もちょっと反応に困ってしまう。
そういう艶っぽい感情はないと分かりきっているとは言え、そんな素直な返答は想定しちゃいない。
まぁ、それにあんまりここでこの話題引っ張り続けるのも弱みに漬け込んでいるようでアレだしな。
ここは適当に話題を打ち切ってデートの詳しい話に戻るべきだろう。

初美「でも…須賀君とデートしたいって思った気持ちに嘘偽りはないのですよー」スッ…ポトッ

初美「それなのに…そんな風に意地悪するなんて…須賀君ったら酷いのです…」グスッ

京太郎「薄墨さん…」

京太郎「…………目の前でそんな堂々と目薬刺されても反応に困ります」

初美「テヘペロ」

ツッコミ待ちだったのは目の前で堂々とやっているのを見れば分かる話だけどさ。
と言うかその目薬わざわざ巫女服の袖の中に仕込んでいたのか。
どれだけ準備が良いんだろうこの人。

初美「と言うかもう何でも良いから来るのですよー!」

京太郎「いっそ男らしいレベルの強引さ!?」

初美「私が折角こうして誘っているんですから須賀君に拒否権はないのです!」

京太郎「飲み会でやけに部下に絡んでくる上司ですか!!」

上司だって言うのはあながち間違いじゃないかもしれないけどさ。
こうして俺が学校に通うようになっても薄墨さんは俺の教育係で先生の一人だし。
でも、まるで絡み酒のように絡まれると一体、どうして良いかわからなくなるというか。
ぶっちゃけ面倒くさい。


京太郎「分かりました。付き合いますよ」

初美「ホントですかー?流石にもうキャンセルとか言わせませんよー?」

京太郎「大丈夫です。      ちょっとギリギリの時間に用事が入るだけですから」

初美「それってつまりドタキャンじゃないですかーやだー!!」

まぁ、あんな風に言ったりはしたものの薄墨さんとのデートそのものに異論はない。
と言うか、学校が始まってからは色々としなきゃいけないものが増えたお陰でろくに散策も出来てないしなぁ。
そういう意味じゃこうして薄墨さんに誘ってもらえたのはありがたいとさえ思う。

京太郎「でも、詳しい話はまた後にしません?もう皆、居間で待っているでしょうから」

初美「そうですねー。確かにちょっとふざけすぎですー」

皆も着替えとか色々あるとは言え、もう居間に揃っているだろうしな。
俺ほどじゃなくても育ち盛りで燃費の悪い湧ちゃん辺りはもしかしたらお腹を鳴らしているかもしれない。
こうして薄墨さんとからかい合うのは楽しいが、それを思うとあんまり…な。
皆の為にもこの辺りで止めておくべきだろう。

初美「ふふ、明日が楽しみなのですよー」

京太郎「…それはそれでちょっと不安なんですが」

初美「こういう時くらい素直に言葉通り受け取るべきだと思うのですー」

京太郎「そういう風にしたのは何処の誰ですか」

初美「さぁ、何処のラブリーマイエンジェルなんでしょうねー?」クスッ

京太郎「あーもう…忘れて下さいよ」

あの時はあの時でちょっとテンパってたんだよ。
今から考えるとあのネーミングセンスはちょっとなかった。
なんだよ、ホント、ラブリーマイエンジェルってどっから出てきたんだ…。


初美「嫌ですよー。このネタは一生使い倒してやるのですー」ニコニコ

京太郎「…さっき恥ずかしがってた癖に」

初美「ぅ、だから恥ずかしがってなんかいないって言ってるじゃないですかー!」

京太郎「でも、薄墨さん顔赤いですよ」

初美「う、嘘…っ」バッ

京太郎「嘘です」

初美「~~~っ!」カァァ

ははっ、こんな古典的な罠に引っかかるなんて薄墨さんもまだまだ甘いな。
いや、普段ならこんな引掛けに引っかからないだろうし、少なからず狼狽してたって事か。
それならそれで口に出さなきゃ良いのに…意地っ張りというか負けず嫌いと言うか。
まぁ、こればっかりは俺もあんまり薄墨さんの事言えないだろうけどな。

初美「須賀君の馬鹿ーアホーおたんこなすー…!」ゲシゲシ

京太郎「い、いてて…!つか、先にあのネタ持ちだしたのは薄墨さんの方じゃないですか…!」

初美「そんなの知らないですよー!このこのっ!」ゲシゲシ

京太郎「い、痛くないけど痛い!」

まぁ、だからこそ、俺はきっと彼女との会話をこうして楽しめるんだろう。
お互いに負けず嫌いで意地っ張りだからこそ、気のおけない友人のように接する事が出来る。
そんな薄墨さんとの時間は何時も楽しくて…だからこそ… ――


京太郎「……俺も明日が楽しみですよ」

初美「え?」

京太郎「…も、もう二度と言いませんからね」カァ

初美「え?あ…ちょ、す、須賀君…!」

明日のデートを二人で楽しめるものにしたい。
いや、きっとそうなるのだろう。
そんな予感が俺にはある。
それを薄墨さんに伝えるとからかわれそうだから恥ずかしいけど…さ。
でも、彼女の方が先に楽しみだと言ってくれたのに可愛げのない反応をしてしまったのは事実だし。

京太郎「なんです?」スタスタ

初美「もう一回言って欲しいですよー」ニコー

京太郎「い、いやに決まってるじゃないですか!恥ずかしい!」

初美「そんな事言わずに…ほら、もう一回だけ」

京太郎「絶対一回じゃ済まないじゃないですかぁ!」

だからと言って二回目は流石に勘弁だぞ…!
一回目は薄墨さんへの義理立てもあるけど、もう一回は流石に恥ずかしすぎる…!
それにもう一回言ったら絶対、薄墨さんは調子に乗ってこっちをからかってくるだろうし。
それが分かっているのに同じことをもう一度なんて言える訳がない。


初美「ぶー…須賀君のケチ…」

京太郎「はいはい。俺はケチですよ」

初美「…ふふ、ついでに恥ずかしがり屋でヘタレですねー」クスッ

京太郎「う…そうですよ。恥ずかしがり屋でヘタレです」

初美「でも…私はそんな須賀君の事、結構気に入っているですよー?」

京太郎「え?」

そう言い捨てるようにして薄墨さんは前に出る。
トテトテと小さな身体を小走りにして俺の視界に飛び込んだ彼女はそのままクルリとこちらを振り返った。
その頬に浮かぶのは羞恥混じりの朱色。
けれど、表情そのものはまるで抑えきれない喜色を伝えるような明るい笑みだった。

初美「明日のデート、素敵なものにするですよー」ニコッ

京太郎「あ…」

普段、生意気で、だからこそ、遠慮のない関係を築いてきた薄墨さん。
そんな薄墨さんが魅力的な女性である事を伝えるような素敵な笑みに俺の口が反射的に声を漏らす。
しかし、それは意味のある言葉にはならず、ただただ感嘆を示すだけのもので。
それを恥ずかしいと思いながらも自分を取り繕う事も出来ないくらい俺は目の前の彼女に魅入られていた。

初美「じゃ、居間で皆と待っているからさっさと来るですよー」トテトテ

そのまま言い逃げするように薄墨さんは去っていく。
日焼けした肌からでもはっきりと分かるような朱色を顔全体に浮かべて。
なんだかんだ言いながら俺と同じく素直じゃない彼女にとって、そのセリフは恥ずかしいものだったのだろう。

京太郎「…参ったな」

そんな対象じゃないはずなのに正直、ドキッとしてしまった。
と言うか、あの表情は色々と反則じゃなかろうか。
流石にアレは意識せざるを得ないというか、魅力的過ぎると言うか。
あーもう…なんて言えば良いのか分からないけど… ――

京太郎「…絶壁ロリだけはない、絶対にねぇから。うん…ねぇって…」




………

……





京子「…ふぅ」

昼下がりの休日。
俺は薄墨さんに言われた通り、駅前の広場に到着していた。
時刻は待ち合わせよりも30分前。
ちょっと早いが、お屋敷を出る時間帯が被ると寂しい事になりそうだしな。
あんな事は言ってたけど薄墨さんも集合時間前には来るだろうし、待っている時間はそれほど多くはないはずだ。

京子「(にしても…結構、人が居るなぁ)」

霧島神宮駅から数駅先にある駅内ショッピングモール。
その入口に立つ俺の周りには通り過ぎて行く人たちがいた。
休日という事もあって学生らしき集団やカップルも多い。
子供連れの夫婦や仕事中のサラリーマンなんかも見えるし、結構、通行人のバリエーション豊富だ。
ここがこの辺りで唯一のショッピングモールって事もあるのだろうが、周りを見ているだけでも結構、飽きない。

京子「(でも…どうしても目立つ…よなぁ)」

そんな中で一人永水女子の制服を来てポツンと立っているんだもんなぁ。
幾ら部活があるから不自然ではないとは言え、私服姿の周りの中に一人だけ制服姿でいるとやっぱり視線を感じて仕方がない。
流石に巫女服よりはマシとは言え、やっぱ永水女子の制服はなかったか…。
とは言え、ろくに私服はないしなぁ…ホント、どうすりゃ良かったんだろう…。


京子「(でも、悪目立ち…じゃないよな)」

折角のデートって事で化粧を含めた女装はいつもよりも念入りにしたつもりだ。
何度もチェックしたし、女性として違和感のあるレベルではない…と思う。
こうして注目されているのはやっぱり身長と後は制服の浮きっぷりが主な原因のはずだ。
うん…そう思いたい。

「あ、そこのお姉さん」

京子「…はい?」

「ちょっと今、時間あるかな?」

京子「え、えっと…」

そう自分に言い聞かせる俺に話しかけてきたのはぴしっとスーツを着込んだ男の人だった。
人の良さそうな顔にメガネを掛けたその人は人畜無害そうに見える。
けれど、彼自身がそう見えても、彼の仕事がそうとは限らない訳だし。
と言うかいきなり話しかけてくる時点で胡散臭さが満載だ。

「急にごめんね。僕はこういうものなんだけど…」スッ

京子「あ、はい…」ウケトリ

えーっと、芸能プロダクション『775』のプロデューサーさんか。
え…?芸能プロダクション?
しかも、775って…有名スターを幾つも抱える業界最大手じゃねぇか!?
そんな人が一体、俺に何のようなんだ?


「君、モデルとかに興味ないかな?」

京子「……はい?」

モデル?俺が?
いやいやいや、ちょっと待って、待ってくれ…!
いきなり過ぎて話についていけない…と言うか、ホント、モデル!?いや、スカウト!?
男だった時にはそんなの一度もなかった俺が!?

「さっきから君の事を見てたけど…凄いね」

京子「え、す、凄い…ですか?」

「あぁ、生まれ持った身長だけでなく、注目慣れもしている。立ち振舞も綺麗で隙がない」

「君ならきっとモデルとして大成出来るよ。僕が保証する」

京子「え、えぇっと…」

ど、どうしよう…。
そうやって褒めてもらえるのは嬉しいけれど、でも、男である俺がそれを保証されてもなぁ。
ぶっちゃけた話、この人の怪しさも正直、否定出来ない訳だし…。
そもそもプロデューサーってすげー偉いんじゃなかったっけか?
なんでこんな所に普通にいてスカウトなんてしてるんだ?

初美「はーい、ストップなのですよー」

「おっと…君は…」

京子「薄墨さん…」

そこで俺達の間に割って入ってきたのはいつの間にかやってきた薄墨さんだった。
今にも手を握られそうなくらいに接近してきたその男の人をグイグイと押しのけ、距離を取らせる。
ちょっと強引ではあるけれど、正直、そうやって介入してくれるのはありがたい。
俺一人だけじゃどう断ったものか分からないものだからなぁ。


初美「うちの許可もなしに須賀ちゃんをスカウトするとか良い度胸なのですよー」

「という事は君は彼女の関係者なのかな?」

初美「勿論ですよー。もうマブダチなのですー」

京子「…薄墨さん、女の子がマブダチなんて言うものではないですよ」

初美「しゃらっぷ。大事なのはそこじゃないのですー!」

まぁ、確かに。
大事なのは言葉よりも薄墨さんが俺の関係者だって言う事。
そして、どうやってこのスカウトの人の面子を潰さずに断るかという事だろう。
…うん、よし…薄墨さんのお陰で大分、冷静になれてきたぞ。

「うん。君も素敵だな!」

初美「へ?」

「小さい身体でお姉さんっぽいオーラ。その筋の人には堪らない逸材になりそうだ!」

初美「え、えぇっと…」

「君はきっとタレント向きだな。どんな番組でも盛り上げられそうだ。ラジオパーソナリティから入るのも良いかもしれないな!」

あ、薄墨さんがタジタジになってる。
まぁ、なんかこの人、独特の勢いがあるもんなぁ。
多分、この勢いに飲まれてついつい頷いてしまう人もいるんだろう。
実際、薄墨さんもその勢いに飲まれかけているし。
流石に頷くような事はないと思うけれど、彼女が困っているのは目に見えて分かる。
ここは薄墨さんのお陰で幾らか頭も冷静になった俺が出張るべきだろう。


京子「申し訳ありません。お誘いは嬉しいのですが、私も彼女も多忙な身でして」

「多忙…?あぁ、そうか。君たちは学生なのか。でも、大丈夫!」

「うちのプロダクションは学生で所属している子も沢山いるからな!サポートは万全だから安心して欲しい!」

京子「そうですか。それは良かったです」

…ここ最近、分かった事だけどさ。
世の中には夢中になると人の話を聞かない奴ってのは案外、多いんだよなぁ。
んで、そんな人達と関わる事が多くなってきた所為か、これくらいなら軽く流す事が出来るようになってしまった。
これが成長なのか、或いは諦観なのかは俺自身にも分からないけれどさ。

京子「でも、私たちの場合、学生だからではなく家業の問題があるのです」

「家業?」

京子「えぇ。私も彼女も共に巫女として仕える身。そういった事に時間を割いている余裕はないのです」

まぁ、俺は別に巫女じゃないし、そもそも男な訳だけれども。
でも、ここはスカウトを断る為にもそういう事にしておいた方が良いだろう。
学業ならばともかく家業、しかも、巫女と言えば、食い下がる事も難しいしな。

「その…失礼かもしれないが、それはこちらのサポートではどうにもならないものなのかな?」

京子「すみません。お心遣いはありがたいですが、私達の仕事は秘中の秘となっています。外の方に明かす事は出来なくて…」

「そうか…」

そこで肩を落とす彼にはもうさっきまでの勢いはなかった。
家業というどうにもならない壁を前にして、ヒットした頭も冷静になってきたのだろう。
見るからに気落ちしているその姿が可哀想だが、こっちとしても事情がある。
デビュー云々の話になってしまうとお互い不幸しか残らない以上、下手な同情心など出さないべきだ。


「…久しぶりに凄い原石を見つけられたと思ったんだけどなぁ」

京子「…ごめんなさい。お誘いは本当に嬉しいのですけれど…」

「いや、家業ならばしかたがないよ。こちらも無理に誘ってすまなかったね」

そう言って去っていくプロデューサー。
とりあえずこの話はここで終わり、という事なのだろう。
…にしてもあの人大丈夫なのかな?
原石とまで言って貰えたのは光栄だけど…俺、男なんだぞ。
スカウト中にすげー熱意が伝わってきたけれど…もうちょっと観察眼とか鍛えた方が…いや、男だと見ぬかれても困るけどさ。

京子「…ふぅ」

初美「須賀ちゃん…」

京子「あ、薄墨さん、こんにちは」ニコ

ま、それよりも今は薄墨さんの事だな。
さっき乱入してきてくれた時に挨拶も出来なかったし、まずは挨拶するべきだろう。
後はお礼も言いたいけれど…それよりも今は… ――

京子「その服似合っていますよ。とっても可愛いです」

茶色く縁取りされたタンクトップは肩が紐状態になっているものの露出度は何時もよりも控えめである。。
シンプルながら可愛らしいそのデザインは小柄な身体にとても良く似合っていた。
桃色のフレアスカートもひざ上十何センチというレベルのミニサイズだが、明るい薄墨さんの顔に良く映える。
何時も肌蹴巫女服をファッションだの何だの言ってたが、確かに私服を見るとシンプルながらオシャレな着こなしだ。
…なんで普段からこういった着こなしにしないのか正直、疑問なくらいである。


京子「何時もそれくらいでしたら私も何も言いませんのに…」

初美「う、うるさいですよー。あっちは趣味でやってるんですー」

京子「つまり恥ずかしい格好をしているという自覚はあるんですか…?」

初美「いえ、まったくないですけど…」

ないのかよ。
そこは自覚しておくべきなんじゃないかな?
露出狂だって恥ずかしいのが気持ちいいからあんな格好してる訳で…ある種、ソレ以上の変態だぞ。

初美「でも、目立つ格好である事くらいは理解してるですよー。それに須賀ちゃんが目立ちたくはない事も」

京子「薄墨さん…」

そうか…俺とのデートの為に自分の嗜好を曲げてくれたのか。
ついでに自分がどれだけ世間様一般から美意識がかけ離れているのか理解して欲しいけど、まぁ、それは欲張りって奴だろう。
こうして俺の事を考えて、ファッションを自重してくれただけでも俺にとっては割りと嬉しい。
普段、どれだけ言ってもあの肌蹴巫女服止めねーからな、この人…。

初美「まぁ、どっちかって言うとこの私のセンスに追いつく服があんまりないっていうのが主な原因なんですけどねー」ハァ

京子「ふふ、薄墨さん、色々と台無しですよ」

おいこら色々と台無しじゃないか。
さっきちょっと感動したのに、嬉しかったのにっ!
見事に台無しにしてくれやがったな…!!


初美「でも、だからこそ、今日は須賀ちゃんと一緒にお気に入りの服を見つけるのですよー…!」メラメラ

京子「…私は今から凄い気分が憂鬱になってきました…」

まぁ、まだまだ薄墨さんのファッションセンスに世の中が追いついていないから大丈夫だと思うけどさ。
だからと言って、『NAGANO STYELE』なんて言葉がまかり通るレベルにはそういったデザインがあるんだ。
俺にはそれと薄墨さんが化学反応を起こして、また変な着こなしをしないように祈るしかない。

初美「あ、後…」チラッ

京子「え?」

初美「…さっきはありがとうですよー」カァ

京子「…ふふ」

初美「な、何ですかー!?急に笑って…!」ムー

京子「いえ、薄墨さん可愛いなと思って」

初美「んな…っ」カァァ

こう言ったら失礼かもしれないけど、ポツリと呟くような薄墨さんの姿は可愛らしい。
自分の中にある意地と純真さの間で何とか折り合いをつけようとする姿は歳相応…と言うか姿相応に見える。
年上なのに思わず頭を撫でたくなる可愛さ…と言えば、少しは伝わりやすくもなるだろうか。

京子「でも、それはこっちのセリフですよ。薄墨さんが来てくれて助かりました」

初美「え?」

京子「私一人ではきっとどうして良いか分からなかったですから」

初美「…さっきあんなに立派に対応してたのにですかー?」

京子「その前はタジタジでしたよ、恥ずかしい事に」クスッ

流石に勢いに飲まれて頷いたりするようなレベルじゃなかったけどな。
でも、薄墨さんが来てくれなかったらあんな風にちゃんと断れたかどうかは自信がない。
薄墨さんが間に割り込んできてくれたからこそ、俺は【須賀京子】を崩さずにいられたんだろう。


京子「だから、こちらの方こそありがとうございます、薄墨さん」ニコッ

初美「……はー。もうまったく」

京子「薄墨さん?」

初美「先輩に華を持たすのが得意な後輩がいると気が楽で良いのですよー」クスッ

京子「では、その分、私に対する扱いを改善したりは…」

初美「勿論ないですよー」キッパリ

まぁ、分かってた(確信)
と言うか、今更、薄墨さんに優しくされても割りと困る…と言うか困惑するしな。
今の時点でも厳しいながらも優しい人なのにコレ以上ダダ甘になられたらどうなるのか。
…下手したら俺、逆に駄目になってしまうレベルじゃねーかなぁ…。

初美「でも、そうですねー。私も後輩相手に華を持たせられて何にも返さないほど恥知らずな先輩ではないのですー」

京子「じゃあ…っ」

初美「えぇ。須賀ちゃんには私のエスコートをする名誉をあげるのですよー」スッ

京子「…エスコートですか」

エスコートと言われても、俺はこの辺りの事とかまったく知らない訳で。
寧ろ、薄墨さんの方が詳しいと思うんだけど…それで良いのだろうか。
そもそも今の俺は女の子だし…名誉とか言われても素直に受け取りづらい。
いや、女装していない時でも何か罠があるんじゃねーかと警戒するだろうけどさ。


初美「ほ、ほら、良いから私の手を繋ぐですよー」カァァ

京子「ふふ。分かりました、先輩」ギュッ

でも、まぁ…それはこの意地っ張りな先輩なりのデレだったのだろう。
顔真っ赤にして恥ずかしがる辺り、罠とかじゃなく単純に手を繋ぎたかっただけなんだ。
それなら、ここで手を取らないって選択肢はねーよな。
あんまり恥ずかしがらせるのも可哀想だし、自信がないけど、ここはエスコートしよう。

京子「ホント、薄墨さんは素直じゃないですね」ギュッ

初美「須賀ちゃんに言われたくはないのですよー…!」スタスタ

京子「あら、『私』は基本的に素直なつもりですよ」スタスタ

寧ろ、素直すぎて口が軽かったりもするからな。
お陰で普段は言えないような恥ずかしいセリフも【須賀京子】は簡単に言えてしまう。
お屋敷の中ではその境界も曖昧だが、外でははっきりと区別されているからな。
このくらいの応酬は歩きながらでも、簡単に流す事が出来る。

初美「ぅー…何かずっこい気がするのですよー」

京子「ふふ、何がずるいんですか?」

初美「その余裕がずるいのですー…!」

まぁ、殆ど別人を演じているようなもんだからな。
【須賀京太郎】に向けられた言葉では【須賀京子】を揺るがす事は難しい。
でも、そういう風にしなきゃ生きていけないような環境にしたのは神代家なのだ。
恨むのであればそっちを恨んで欲しい。


京子「あ、余裕と言えば…」

初美「余裕と言えば?」

京子「こうして手を繋いでいるとまるで姉妹みたいですよね」ニコッ

初美「ふふふ…私は優しいですからどっちが姉かは聞かないでおいてあげるのですよー…」

京子「あら、先輩ったら素敵です。そういう器の大きいところ憧れてしまいますね」

京子「まるでお姉さんみたいです」ニコ

初美「…後で覚えてろなのですよー?」

京子「あら、私は褒めただけなのに…何か気に障らなかったですか?」

初美「ホント…中々、良い性格してるですよー須賀ちゃんは」ハァ

京子「それはきっと先輩方の教育のお陰ですね」

とは言え、こんな風に接したりするのは薄墨さんくらいなもんだけどさ。
春は春でからかってくるけれど、春に対しては攻め返すって言うよりもこちらが受け止めている感じだし。
明星ちゃんもたまーにデカイ爆弾落としてくるけど、あの子はあの子で自爆する事も多いからな。
こうやって俺が自分から攻めたり甘える事が出来るのは薄墨さんくらいなものなのかもしれない。

初美「まったく…すーぐ調子に乗るから油断ならないのですよー」

京子「…こうやってからかってくる後輩はお嫌いですか?」

初美「…まぁ、変に遠慮されるよりはよっぽど良いですけどねー」

京子「じゃあ、もっと遠慮なく薄墨さんに甘える事にします」ニコッ

初美「あ、やっぱりそういう図々しい後輩は嫌いですよー」

京子「残念です。改める気はまったくないですから」

初美「ぬぐぐ…」

なんだかんだ言ってこうやって付き合ってくれている辺り、薄墨さんもノリが良いからな。
やり過ぎは厳禁だけど、この程度のやり取りならば問題ないって事だろう。
とは言え、このまま話していても中々、話は発展しないしなぁ。
モールの中に入った訳だし…今日の目的地を聞いてみようか。


京子「ほら、それよりモールの中に入りましたよ。何処から行くんです?」

初美「…須賀ちゃんの好きなところに行けば良いのですよー」

京子「好きなところって…?」

初美「私はエスコートを任せると言ったはずですよー」

京子「と言われましても…」

アレ冗談の類じゃなかったのか。
いや…これは元々冗談のつもりだったけど、敢えて無理難題をふっかけてきてる顔だな。
拗ねてるって程じゃないが、このくらいの仕返しはあって当然だろうと思っている感じがふつふつと伝わってくる。
オーケー、薄墨さんがそのつもりならこっちにも考えがあるぞ。

京子「…では、初美さんは何が欲しいかだけ聞かせてもらえますか?」

初美「まぁ、それくらいなら良いですよー。さっきも言いましたが私は服が欲しいのですー」

京子「なるほど…服ですか」

服…となると掲示板を見る限り一階から二階か。
基本的に婦人服は両方ともあるみたいだが…はてさて俺の目当てのものはどっちにあるんだろうか。
まぁ、とりあえず一階から散策していけば良いな。
もしかしたらソレ以上に面白そうなものが見つかるかもしれないし。

京子「では、一階から見て回りましょうか」

初美「ふふ、須賀ちゃんがどんな服を勧めてくれるのか楽しみにしてるですよー」

京子「えぇ。日頃のお礼も込めて薄墨さんに似合う最高の服をプレゼントさせてもらいますね」

実際、薄墨さんに世話になった回数は数え切れないくらいだからなぁ。
前々からしっかりとしたお礼がしたいとは考えていた。
今までは忙しくてそんな暇もなかったけど…今回のデートはそのいい機会だろう。
こうしてエスコートしろと言ってくれている訳だし、俺なりに考えた最高の服を薄墨さんに選んであげるべきだ。
ただ、それを薄墨さんが気に入ってくれるかどうかは分からないけれど(ゲス顔)


京子「あ、ここなんてどうですか?」

初美「ってここは…」

キラキラと空気が輝くような華やかさ。
薄いピンクと白い内装は周りのブティックと比べても明らかに浮いていた。
吊り下げられている服もとてもファンシーなものばかりで可愛らしい。
そんな店内を嬉しそうに物色する人たちも、薄墨さんと同じ年頃に見える。

京子「所謂、子供服売り場って奴ですね」ニコッ

初美「オーケー。表出るですよー」

京子「あら?これなんか薄墨さんに似合うんじゃありませんか?」

初美「話聞くですよー!?」

ハハッ誰が聞くかよ。
エスコートしろと言われた以上、薄墨さんには俺にエスコートされる義務が発生するんだ。
例え嫌がってでも一着くらいは試着させてやる。

京子「ふふ、なんだかフリフリが沢山でお人形さんみたいな服が多いですね」ニコー

初美「あ、あぅー…こ、こういうファンシーなのは趣味じゃないですよー」

京子「あら、私は薄墨さんにとても良くお似合いだと思いますけれど…」

ここに並んでいるのは所謂、ピンクハウス系だ。
ゴスロリと言われる類の衣装よりも大分、マイルドで着やすい。
まぁ、流石に大人が着ると違和感のあるレベルだろうが、その辺は問題ないだろう。
だって、着るのはあの薄墨さんだしな!!
下手にブティック回るよりもこっちの方が似合うはず。


「何かお探しでしょうか?」

京子「えぇ。彼女に似合う服を探しているんです」

初美「ち、ちょっと須賀ちゃん…っ」カァ

「まぁ、可愛らしい。妹さんですか?」

京子「ふふ、そう見えますか?」クスッ

「え?」

京子「似たようなものです。それよりどうでしょう?候補などありますか?」

「そうですね。彼女はとても活動的なイメージなので…当店では難しいかもしれませんが…」

あー…確かにそうかもな。
日に焼けた肌の所為か、薄墨さんは活動的なイメージが強い。
勿論、薄墨さんは可愛らしい顔立ちをしているし似合わない訳じゃないんだが、確かに店のイメージとはちょっとズレている。
これは店員さんにちょっと悪い事をしてしまったかもしれない。

「こういうのはどうでしょう?」

京子「あら?」

しかし、相手も流石はプロってところか。
難しいと言いながらも店員さんはすぐさま白と黒のワンピースドレスを持ってくる。
内側に白いシャツの上から黒いワンピースドレスを合わせたようなそれは他のものに比べて大分、大人しいデザインだ。
フリルの数も少なければ、服の柄も殆どない、シンプルながらも上品な服。
けれど、長いスカートの裾にはレースが散りばめられ、可愛らしさをアピールしている。
凄い偏見かもしれないけれど、ピアノの発表会に出る子どもが着るような服って感じだ。


京子「良いですね、とても可愛らしくて素敵です」ニコッ

「ありがとうございます。良ければ試着も出来ますが…」

京子「そうですね。一度、お願いします」

初美「え…えぇ…」

「はい。では、こちらへ」

そう言って先導する店員さんに俺も着いていく。
その後ろで薄墨さんがすっげー嫌そうな声を出したがその動きに逆らったりはしない。
店員さんが出張った以上、抵抗しても無駄だと思ったのか、或いは内心、服を気に入っているのか。
…うん、間違いなく前者だろうな。

「着方が分からなかったら何時でも言ってくださいね」

初美「だ、大丈夫ですー…須賀ちゃんは後で覚えてるですよー…」ジロッ

京子「そうですね。薄墨さんがどれだけ可愛かったか後で皆にも伝えなければいけませんし」

京子「薄墨さんの姿をしっかり覚えておきますね」ニコー

初美「ぅー…っ!屈辱なのですよー…」

そう言いながらもカーテンの向こう側に消えていく薄墨さん。
でも、そこまで恥ずかしがらなくても良いと思うんだけどなぁ。
確かにここは子供向けのファンシーな店だが、薄墨さんが持ち込んだのはその中でも大人しいものだし。
つか、肌蹴巫女服に比べたらどんな服でも恥ずかしくはないはずだ。


「それでお姉さまの方はどうします?」

京子「えっ」

「隣に提携している成人用の店もございますので良ければそちらもご覧になればどうでしょうか?

京子「い、いえ…その…」

初美「行くですよー!」

京子「う、薄墨さん!?」

店員さんの勧めに声をあげたのはカーテンの向こうの薄墨さんだった。
未だ着替えている真っ最中なのか、そのカーテンを動かす気配はないが、声だけは聞こえていたのだろう。
しっかりとしたその返事は試着室のすぐ目の前にいる俺たちにはっきりと届いた。

初美「須賀ちゃん…一人だけ逃げられると思ってるんじゃないですかー?そんなの許す訳ないですよー…」ゴゴゴ

京子「はぅ…っ」ビクッ

どうやら俺は調子に乗りすぎて虎の尾を踏んづけていたらしい。
カーテンの向こう側から聞こえるその声はとてもドスの聞いた迫力のある声だった。
女の子がそんな声を出すもんじゃないと言う事さえも許さない力強い響き。
それに俺は思わず肩を跳ねさせ、声をあげてしまう。

初美「…須賀ちゃんも道連れなのですよー…!一緒に堕ちるのですー…!」

京子「う、薄墨さん、冷静になって…?」

京子「憎しみは何も産まないって薄墨さんだって良く分かっているでしょう?」

初美「ふふふ、何も産まないかもしれないけど、この行き場のない恥ずかしさと怒りは消してくれるのですよー…!」

アカン(アカン)
薄墨さんはもう止まるつもりはないらしい。
完全に俺を道連れにするつもりだ…!
やべー…これどうしよう。
流石に本気で怒っている訳じゃないだろうが、説得するのは難しそうだ…!


京子「で、でも、私の身長に合うサイズのものは流石にないでしょう?」

「あぁ、大丈夫ですよ。最近は成人男性でもこういった衣装に興味のある方々が増えていますから」

京子「えっ」

「幾つかサイズも取り揃えているはずです。きっとお似合いになりますよ」ニコッ

店員さああああああああああん!?
いや、待て、落ち着け…相手は多分、善意と商売っ気で言ってくれているんだ…!!
寧ろ、俺が声を張り上げるべきは世の中の変態共に向けてだろう…!
こういった服装は女の人でも抵抗ある人多いのに男が着てどうするんだよ!
と言うか店側もそれに合わせてサイズ用意するくらい最近はそういう男多いのかよ…!
世も末ってレベルじゃねぇぞ!!

初美「ふふふ…楽しみですねー…須賀ちゃんは身長高いからきっとこういうのも映えると思うのですよー…」

京子「む、寧ろ、こういうのは薄墨さんみたいな小柄で可愛らしい子が着るべきじゃないかしら…?」

初美「いやいや、試してみないと分からないじゃないですかー?その為にも次は須賀ちゃんの番ですよー…!」

こ、これは駄目だ…逃げ場がない…!
くそ…俺は100%善意でこの店を選んだのに…!
そりゃちょっと恥ずかしがる薄墨さんが見れるかなとは思ったけど、それは少し…多分一割…もしかしたら三割くらいはあったかもしれないけど!!
でも、基本的には悪いことをしたつもりはないのに…一体、どうしてこうなったんだ…!?

初美「…ぅー」

京子「…薄墨さん?」

初美「やっぱこれ出なきゃ駄目ですかー?」

京子「…それはまぁ…試着ですから」

なんか急に試着室の中が大人しくなったと思ったら、薄墨さんが出るのを躊躇っているらしい。
でも、そうやって躊躇うほど似合わないような服じゃないと思うんだけどなぁ。
寧ろ、俺の見た限りじゃ結構、似合っていると思うんだけれども…。


京子「…そんなに嫌だったら止めます?」

初美「いや、それはそれで須賀ちゃんに負けたようで腹立つのですよー」

そこで意地を張るのかよ。
いや、まぁ、確かにここでヘタレるよりは意地張った方が薄墨さんらしいと言えばらしいけどさ。
だけど、ここでヘタレて「やっぱりなしで」と言ってくれても俺は構わない。
一応、俺は薄墨さんに似合うと思って店を選んだけれども、本気で嫌がっているのを無理強いするのも酷い話だしな。
その方が後でノーゲームに持ち込みやすいって打算もあるし。

初美「ぅー…笑ったら承知しないですからねー…?」

京子「大丈夫ですよ。そんな事しません」

初美「…神様に誓えるですかー?」

京子「えぇ。勿論、誓えます」

初美「ここで嘘吐いたら神罰が下りますよー?」

なにそれこわい。
俺は特に信心深い方じゃないけど、相手は本職の巫女だからなー。
薄墨さんが神罰が下ると言ったら本当に下ってしまいそうな気がする。
まぁ、今回の場合、そんな事なんてあり得ないから遠慮無く誓える訳だけれども。

京子「構いませんよ、そういう意味で薄墨さんを笑うなら神罰を喰らった方がマシです」

初美「……そこで格好良い事言っても今更、評価は変えないですよー?」

京子「素直に受け取って下さいよ…もう」

初美「何時も私の言葉を素直に受け取らない仕返しなのですよー」シャー

京子「あ…」

そう言いながらも少しは安心したのだろう。
次の瞬間、薄墨さんはカーテンをそっと開き、その姿を俺の前に晒してくれた。
さっきとは露出度から方向性まで何もかも異なる衣装。
けれど、その服はさっきと同じかソレ以上に薄墨さんの魅力を引き出している。


初美「…どう…ですかー?」カァ

京子「とても良くお似合いですよ」

初美「ほ、本当ですかー?本当に…変じゃないですー…?」

京子「勿論。そんな事で嘘なんて言ったりしません」

小麦色の肌に黒と白のワンピースドレスは良く映えている。
ちょっぴりお転婆だけれども、大事に育てられてきたお嬢様って感じだ。
正直、思っていたよりも可愛らしくてちょっとだけドキッとしてしまったくらいである。
きっと誰の目から見ても魅力的な女の子 ―― ただし、小学校低学年くらいの ―― に見えるだろう。

初美「ぅー…」

京子「大丈夫ですよ。薄墨さんは元々が可愛らしい顔立ちの人ですから何でも似合います」ニコッ

初美「…でもですねー…私、こういうのキャラじゃないじゃないですかー…」モジモジ

京子「あら、それは薄墨さんが普段からそういう服をあんまり着ないからでしょう?」

京子「こういった服に慣れていけば違和感もなくなるはずです」

京子「少なくとも私はキャラじゃないとは思いませんよ。とても可愛らしくて素敵です」

初美「…須賀ちゃん」

正直、こうして女装している俺にとって薄墨さんの気持ちは良く分かる。
俺だって最初の頃は似たような不安で一杯だったしな。
いや、今もちょっとした時にはおかしくないかと思ったりするし、夢にだって見るくらいだ。
だからこそ…うん、だからこそ、薄墨さんはそんな事ないってはっきり言ってあげないとな。
折角、恥ずかしいのを我慢して着てくれて、そしてソレが似合っているのにこれっきりとか悲しすぎる。


京子「まるでお嬢様みたいでしたよ」

初美「…なんですかー?それは普段の私がお嬢様じゃないって事ですかー?」

京子「いえいえ、滅相もないです。薄墨さんは常に素晴らしいレディーであられますよ」

初美「そんなに褒めても後で容赦したりはしませんよー?」フフン

っと、どうやら薄墨さんの中で色々と調子が戻ってきたらしい。
その軽口は何時もとそれほど大差ないものだった。
まぁ、軽口と言うよりも本気でそう思っているって方が正しいのかもしれないけどさ。
どっちにしろ、殊勝な薄墨さんに違和感がある俺にとってはありがたい。

京子「て、手加減はしてくれますか…?」

初美「ふふふ、確かに色々と褒めてくれたのは事実ですしねー。それが良いのかもしれないのですー」

京子「じゃ、じゃあ…」

初美「だが、断るなのですよー!」ドヤァ

京子「えっ」

初美「この私の最も好きなことの一つは須賀ちゃんの羞恥と屈辱にまみれた顔なのですよー…?」ドドド

京子「あ、あの…薄墨さん?」

初美「ふふふ…これでこっちは責任を果たしたのですー!これから先は正当な報復の時間ですよー!」

あぁ、やっぱり(説得は)駄目だったよ。
薄墨さんは話を聞かないからな。
まぁ今は意図的に聞いてないだけであって、普段はちゃんと聞いてくれる人ではあるんだけど。
でも、本人に報復の意思しかない以上、説得なんて無意味ですよねー!?


初美「あ、それはそれとしてこれくださいですよー」

「はい。お買い上げありがとうございます」

京子「…えっ」

初美「…なんですか?その微妙そうな顔は」

京子「い、いや、だって…」

…だって、ねぇ。
アレだけ嫌がっていたのに買うのは流石に予想外だった。
確かにここの服はそれほど高い訳じゃないけれど、それでも四桁はする訳で。
学生が気に入っていないのにサラリと買えるような額じゃない。

初美「そもそもあれだけ騒いでおいて買わないとか店側に失礼じゃないですかー」

京子「ぅ…ごめんなさい」

「いえいえ、仲が良くって微笑ましかったですから」クスッ

確かに薄墨さんの言う通りだよな。
あそこまで大騒ぎして試着だけで済ませるとか最低の冷やかしだ。
その辺、俺は考えていなくて、薄墨さんは理解してて騒いでいたって事か。
そう思うとやっぱすげーよなこの人。

初美「それにまぁ…ちょっと…ちょっとだけ…ですけど」

初美「…折角、須賀ちゃんが選んでくれたものですし気に入っていない訳じゃないのですよー」メソラシ

京子「…ふふ」ナデナデ

初美「ちょ…な、何をするですかー!?」

京子「すみません。薄墨さんがちょっと可愛くて」

でも、今のは反則じゃないかなぁ…。
だって、そんな服で恥ずかしそうにちょっと目を逸らすとか…それだけで頭を撫でたくなってしまう。
その上、俺の選んだものを気に入っていない訳じゃないとか可愛い事まで言われて我慢出来るか!
よーしよしよしよし、薄墨さんは可愛いなー。


初美「まったく…そんな事されても全然嬉しくなんかないのですよー!」ニヘラ

京子「そうですね。薄墨さんは大人のレディーですからね」ナデナデ

初美「それはそれで子ども扱いされているようで腹が立つ言い回しなのですよー…」ムー

京子「いえいえ、そんな滅相もないです」

そうは言いながらも薄墨さんは抵抗らしい抵抗を見せない。
なんだかんだ言いながらも俺の撫でる手に心地よさを感じてくれているのだろう。
不満気に頬を膨らませながらもその目はリラックスしているものだった。
こうやって薄墨さんを撫でるのは初めてだったけど、彼女もどうやら受け入れてくれているらしい。

「それで服はどうなさいますか?着て行かれるのでしたら袋にお詰めしますが」

初美「いやー…流石にこんなに人通りの多い場所を歩きまわるほどまだ開き直れないのですよー…」

京子「じゃあ、何時着るんですか?」

初美「今じゃない事だけは確かですよー」

それはそれでもったいない気もするんだけどなぁ。
薄墨さんは認めないかもしれないけれどその格好凄く似合っているのに。
恥ずかしいなら恥ずかしいで、このショッピングモールを歩けばある程度慣れも出てくると思うんだけど…。

初美「まぁ、お屋敷で須賀ちゃんの前でだけたまーに披露してあげるですよー」

京子「ふふ、じゃあ、私達だけの秘密という事ですね」

初美「そうなるですねー」

京子「…でも、それは少し勿体無い気もします」

初美「…じゃあ、須賀ちゃんで慣れたら他の人にも見せるですよー」

慣れた(慣れるとは言っていない)
でも、俺が薄墨さんの趣味とは少し違う服を勧めたのは事実だしな。
それを馬鹿騒ぎした所為で薄墨さんが買う事になったと思えばコレ以上は勧められない。
寧ろ、俺は今の時点で薄墨さんに頭を下げて謝らないといけないくらいなのだ。
せめて俺に金があればその分は出す…と言えるんだけど…金なんてろくに持ってねーしなぁ…。


初美「じゃあ、着替えてくるからもう少し待ってるですよー」

京子「…はい」

まぁ、その辺を俺がグチグチと考えていても仕方ないか。
後で謝る必要はあるだろうけど、それは店員さんがいる前でする事じゃない。
つか、今の時点でも結構、失礼な事言ってる気もするし。
不愉快にさせていないか不安なくらいだ。

「ふふ、本当に仲がよろしいんですね」

京子「騒がしくしてすみません」

「いえ、お気になさらずに。こちらも微笑ましく見させていただきましたし」

京子「ありがとうございます」

しかし、流石はプロって事か。
にこやかに笑う店員さんには不愉快そうな色はまったくなかった。
あくまで営業スマイルなので心の底は分からないが、それだけでも有り難い。

「それにお連れ様にあの服はとても似合っていましたから。服は似合っている人が大事に着るのが一番、幸せだと思います」

京子「そうですね。…本人はそれを認めないかもしれませんけれど」

初美「こら、聞こえてるですよー」

京子「あら、いけない」

「ふふっ」

店員さんもわざとそうやって聞こえるように言ってるんだろうな。
薄墨さんが自分にあの服が似合っていないんじゃないかって悩んでいる事は既に分かっている訳だし。
その上で改めて試着室の前でそう言ったって事は店員さんも割りと気を遣ってくれているのだろう。


「そう言えばお二人は苗字で呼ばれていますけど…」

京子「学校の先輩と後輩です」

「なるほど…え?先輩と後輩?」ビックリ

京子「はい。ちなみに薄墨さん…彼女の方が先輩…と言うかOGになります」

「…え?」キョトン

はは、まぁ、そういう反応になるよな。
さっき姉妹かと聞いた時点で薄墨さんの方が妹だって思い込んでいるんだろうし。
そんな店員さんに本当の事を伝えれば、さっきのプロの顔じゃなくて素の顔をして当然だ。

「あの…失礼ですけど…逆じゃなくてですか?」

京子「えぇ。私の方が後輩になります」

「申し訳ありません。その…何というかその…とても対照的な二人だったので…」ペコッ

京子「ふふ、良く言われます」

薄墨さんが人並み以上に小さいのと俺が人並み以上に大きいのもあってそう見えるのが普通だ。
俺だって50cm近く差が離れている女性二人が手をつないで歩いているのを見れば年の離れた姉妹だと思うだろう。
いや、俺が制服を着ていなければ仲の良い親子にだって見えるかもしれない。
それくらい薄墨さんはロリロリしい姿をしている人だからな。


「でも…」

京子「え?」

初美「ふぅ、終わったですよー」シャー

京子「あ、おかえりなさい、薄墨さん」

店員さんが何かを言おうとした瞬間、薄墨さんがそっとカーテンを開けた。
さっきの私服に戻った彼女は靴を履き直し、こちらへと近寄ってくる。
そのまま大事そうに抱きかかえたワンピースドレスを店員に差し出してニコリと笑った。

初美「では、お会計お願いするのですー」

「かしこまりました。少々、お待ちください」

初美「じゃ、私は会計に行ってくるから須賀ちゃんは待ってて下さいですよー」

京子「…分かりました」

まぁ、俺が会計についていっても何も出来ないしなぁ。
ちょっとした小銭くらいなら出す事は出来るが半額だって持てるかどうか怪しい。
…そう考えると今の自分がすげー情けないよな。
折角のデートなのに本当に荷物持ちしか出来ないとか…甲斐性なしにも程がある。

京子「(バイトしよっかなぁ…)」

いや、でも、バイトするにしても時間って問題がなぁ…。
休日はさておき平日はやる事一杯でろくに自分の時間も取れないのが現状だし。
正直な話、バイトを入れられるような時間的余裕はない。
例え休日オンリーでも、長時間バイト出来ない以上、相手だって雇用しづらいだろうし。


京子「(それにまぁ…永水女子の校則でバイトは禁止されてるんだよなぁ…)」

淑女たるもの原則バイトはしてはいけないそうだ。
まぁ、俺の場合、【須賀京太郎】の方で働くって抜け道があるが、それを神代家が許すとは思えない。
下手に俺が【須賀京太郎】として社会に接点が出来ると、それら全てを奪っている事で俺をコントロールしている神代家にとっては不都合になる訳で。
多分、バイトしようとしても今も俺たちの後ろについてきているであろう山田さん辺りが止めるんじゃないだろうか。

京子「(…多分、石戸(姉)さん辺りに言えば、ある程度は融通もしてくれるんだろうけれどさ)」

ある程度はこちらの裁量で何とかなるから欲しいものがあるなら言って欲しいと石戸(姉)さんも言っていたし。
でも、ほぼ同年代の女性にお金をせびるだなどと情けない真似が男としてそう簡単に出来るだろうか。
正直、俺には出来ない…と言うか出来なかった。
今日、ここまで来る為の電車代も結局財布の中にわずかに残った金額でやりくりしてる訳だしなー。

京子「(…まぁ、切羽詰まったら嫌でもやらなきゃいけない訳だけどさ)」

幾ら生活は神代家がある程度見てくれると言っても、細かい出費は自分で支払わなきゃいけない。
代わりに収入がない俺にとって財布の中身は延々とマイナスになり続ける運命なのだ。
俺がどれだけ我慢しようとしても何時かは石戸(姉)さんに…ひいては神代家に頼らなければいけない。
それを思うと今からでも憂鬱かつ情けなくて仕方がなかった。


初美「お待たせですよー」

京子「…あ、薄墨さん。おかえりなさい」

初美「…何かありました?」

京子「え?何の話です?」

…ホント、鋭いよなー薄墨さん。
でも、こればっかりは薄墨さんにだって言う事は出来ない。
そうやって相談する自分が情けないというのもあるが、ソレ以上に折角、彼女の方からデートに誘ってくれている訳だし。
デートでお金を出せないのが情けなくって落ち込んでいました、なんて言ったら薄墨さんも申し訳なくなってしまうだろう。

初美「まったく…それならそれで良いですけどねー」

初美「でも、須賀ちゃんは年下なんですから甘えたい時は幾らでも甘えて良いのですよー?」

京子「ふふ、大丈夫ですよ。私、薄墨さんにはとても頼りにしていますし、甘えていますから」

春とは仲が良いって感じだけど、薄墨さんは甘えているって感じ。
自分でも具体的な違いを言い表しにくいけれど…多分、根本の理由がきっと違うんだと思う。
春の場合は仲が良いから結果的に頼る事も多いけれど、薄墨さんは信頼している人だからこそ結果的に仲が良いと言うべきか。

京子「お屋敷で私が一番、甘えているのは薄墨さんですから」

初美「でも、最近、巴ちゃんとも仲が良くないですかー?」

京子「アレは甘えているというよりも甘えさせられていると言うか…いえ、勿論、嫌ではないんですけれど…」

巴さんは本当に世話好きな人だからなー。
ちょっとでも弱みと言うか弱っているところを見るとアレやコレやと世話を焼いてくれる。
勿論、嫌ではないのだけれど、その押しの強さにびっくりする事はままあるというか何というか。
別の意味で巴さんの恋人は大変なんじゃないだろうか、とそんな風に思うくらいには。


初美「巴ちゃんはアレで魔性の女ですからねー」

京子「分かります。相手を駄目にするタイプの尽くし方と言うか」

初美「本人に悪気はない…と言うか善意しかないだけに余計、質が悪いのですよー…」

京子「巴さん本人がとても良い人なので断りづらいですしね…」

正直、俺もそのまま巴さんに甘えたい…と言うか依存したいと思う事はままある。
特に疲れている時とかは何もかもを巴さんに任せてしまいたい、と思う事も結構あった。
今はそれを拒む事が出来ているけれど、一体、何時までそれが続くだろうか。
そんな事を思うくらい彼女は心の隙間に入ってくるのが得意で…魔性の女って表現が良く似合う。

京子「…でも、そうやって巴さんの事を口に出すって事は…」

初美「えっ」

京子「もしかして嫉妬ですか?」クスッ

初美「んな…っ!?」カァァ

おぉ、赤くなった赤くなった。
まぁ、嫉妬と言っても男女の惚れた腫れたの関係じゃないだろうけれどさ。
多分、どれだけ俺に都合よく解釈しても、懐いた子犬を他の誰かに取られたとかそういう類のものなんだろう。
それでも何だか可愛らしい、と思うのは薄墨さんの顔がワンピースドレスを着ていた時に負けないくらい真っ赤な所為かな。


初美「ば、馬鹿な事言うなですよー!!し、嫉妬とかそんな事あるはずないじゃないですかー!!」

京子「あらあら、うふふ」

初美「ちょ…は、話を聞くですよー!」

京子「勿論、聞いていますよ。だから、ほら、焦らずに…ゆっくりとで良いですから」

京子「そんな風に慌てると私、余計勘違いしてしまいそうになりますし」

初美「ぅー…っ!」

そこで不満そうに唸りながらも薄墨さんの顔から朱色が引く事はなかった。
普段、余裕ぶって見せているけれど、彼女はとても感情表現がストレートな人だからなぁ。
こうして俺に宥められても尚、未だ恥ずかしさというのは収まらないんだろう。
寧ろ、逆に俺に宥められた所為で余計に恥ずかしくなっているとか、そんな事もあるかもしれない。

初美「い、良いですかー。さっきのは…ほら、アレですよー」

京子「アレ?」

初美「こ、言葉の綾って奴ですよー」

京子「言葉の綾…ですか」

初美「そ、そうですよー。だからそういう邪推めいた真似は止めるのですー」

初美「私は別に巴ちゃんに嫉妬なんかしてませんよー!する理由なんてあるはずないじゃないですかー!」

京子「ふふ、では、そういう事にしておきましょうか」ニコッ

初美「あぅー…」

ふふ、ここは大人の対応をされるのが一番辛い場面だろう…!
俺だって今まで何度かそうやって必死の弁解を薄墨さんにスルーされているからな。
このくらいの仕返しはしても十分許される範囲だろう。
…まぁ、それに、俺もピンクハウス系のフリフリを着せられる運命だしな。
先に地獄が待っている分、今を楽しまないと…ってあれ?


京子「…薄墨さん」

初美「なんですかー?」

京子「もうお店離れてるんですけど…良いんですか?」

こうして会話しながら歩いている内にあのフリフリ系の区画からは離れていた。
てっきり即座に連れ込まれると思っていただけにちょっと意外と言うか何というか。
勿論、そういう事がないに越したことはないし、着たいなんて欠片も思ってないのだけれども。
さっきアレだけ言っていた仕返しをしなくて良いのだろうか、とそんな風に思ってしまう。

初美「なんだ。そんなに須賀ちゃんも着たかったのですかー?」

京子「いや、別にそんな事はまったく、欠片も、これっぽっちもありませんけれど…」

初美「もーまったく須賀ちゃんは意地っ張りなツンデレさんなのですよー」ニコー

京子「ち、違いますから…っ」

そりゃ藪蛇だよなああああ!
うん、そりゃ分かってたけど、分かってたけどさ!!
どうしても言わなければいけなかったって言うか…こう突っ込まざるを得なかったっていうか…っ!
くそぅ…こういう時、やらかし体質で芸人気質な自分が憎い…!!

初美「まぁ、安心するですよー。私だって鬼じゃないですからねー」

京子「え?」

初美「女性用下着売り場で勘弁してあげるのですよー」ニヤリ

鬼じゃないけど悪魔じゃないですかーやだー!!
ある意味じゃ余計に酷くなってますよ!
いや、試着とか言われないだけマシかもしれないけどさ!
でも、流石に女性用下着の中に平然と入っていくだけの勇気は俺にはねぇぞ!


初美「はるるから少しお話も聞いたですけど、須賀ちゃんは女性用下着に慣れる必要があると思うのですよー」ニコー

京子「い、いや、ないですよ。私だって立派な淑女です。下着くらい大丈夫ですから」

初美「そうですかー。安心したのですー」

京子「じ、じゃあ…」

初美「大丈夫って事は勿論、下着売り場にもついてきてくれるって事ですよねー?」

京子「はぅ…っ」

やべー…逃げ場がない…!
どうあがいてもこれは女性用下着売り場に連れて行かれる流れじゃないか…!
正直、ここからどう返事をしても薄墨さんの張った網から逃れるルートはないだろう。
くそ…まさかこんな事になるだなんて…八つ当たりだけど恨むぞ…春…。

初美「大体、何時も似たようなの自分でつけているじゃないですかー」

京子「そりゃそうですけれど…」

でも、それはあくまで開き直っただけで別に慣れた訳じゃない。
俺からすれば相変わらず女性用下着は『異性が身に付けるもの』なんだから。
正直、ソレがズラリと並んでいる下着売り場は相変わらず俺にとって居心地の悪い空間だ。
それにまぁ…年頃の男の子として色々と如何わしい想像もしてしまう訳だし。

初美「…じゃあ、ここで勘弁してあげるですよー」

京子「…え?」

そう言いながら薄墨さんが入ったのは女性服売り場…じゃなく男性向けの服が並べられているブティックだ。
さっきまで俺達が居た区画とはまるで正反対と言っても良いその店はカジュアル系の服がずらりと並べられている。
若い世代向けなのかちょっとファンキーなデザインもあるが、全体的ん雰囲気としては俺も嫌いじゃない。


初美「んー…これはどうですかねー?」カチャ

京子「あ、あの…薄墨さん?」

初美「なんですかー?」

京子「何を探しているんです?」

初美「勿論、須賀ちゃんの服なのですよー」

京子「え?」

俺の服?
いや、でも、今日は薄墨さんの服を買うって話じゃなかったっけ?
そもそも俺、お金なんてまったく持っていないんだけれど…!!

京子「でも、私、お金なんて持ってないですよ」

初美「それくらい知ってますよー。霞ちゃんも全然ものを欲しがってくれないって嘆いていましたですから」

初美「須賀ちゃんは遠慮しすぎで意地の張りすぎなのですよー。今更、そんな事するような仲じゃないのですー」

京子「ぅ…」

どうやらその辺は全部、薄墨さんに見透かされていたらしい。
そう思うと何かすげー情けないというか…こう申し訳ないというか。
ここで俺の服を買う…なんて言う辺り、凄い気を遣わせていたのかもしれない。
いや、もしかしたらこのデートそのものの目的が本当は俺の服を買う事にあった可能性すらある。


初美「大体、私服の一つや二つくらい持っていないと今日みたいな時に格好がつかないのですよー」

京子「…ごめんなさい」

初美「まぁ、それが須賀ちゃんだっていうのはもう分かっているですけどねー」クスッ

初美「ま、学校始まったお祝いに幾つか私が買ってあげるですよー」

京子「そ、そんな、悪いですよ…!」

初美「正直、そのまま制服で居られる方が格好悪いのですー」

京子「うぅ…」

思えば薄墨さんがデートに来るのに女装を指定したのはこの為なのだろう。
俺が私服と呼べるものを持っていないのを知って、こうしてどうしようもない状況で服を買おうとしてくれているのだ。
今更ながらその目的を悟ったものの、俺には彼女の言葉に返せるものがまったくない。
俺に出来る事と言えば、精々、何か言おうとして口を開き、そこから意味のない呻きを漏らす事くらいだ。

「何かお探しですか?」

初美「あ、彼女に似合う服を探しているのですよー」

「彼女…?…あぁ、なるほど」

京子「あ、あの…」

て、店員さん…!
一体、何がなるほどなんですか!?
事と次第によっては今すぐこの場から逃げたくなるんですけれど…っ!


「大丈夫ですよ。最近は背の高い女性も多いですから。サイズが合わないからとメンズの服を買う人もいますし」ニコッ

京子「そ、そうですか…」ホッ

初美「ですって。良かったですねー須賀ちゃん」ニコー

京子「…えぇ。本当に」

とりあえず俺がメンズ服売り場に入って今すぐ怪しまれるような事はないらしい。
それに安心こそすれ、まだまだ気を抜くことは出来ないだろう。
何せ、俺は薄墨さんとは違って身体に絶対バレてはいけない秘密を抱えている身の上なのだから。
試着一つするのにだって、周囲に対する警戒心を解く事は出来ない。

「しかし、お客様は本当にスラリとしたお綺麗な方ですのでメンズの方だと大抵、何でも似合うでしょうね」

京子「ふふ、ありがとうございます」

女の子でも背が高過ぎると着れる服がないって話も聞くけれど、開き直ってメンズの方にいけば意外とどうとでもなるのだろう。
実際、若年層の男性にターゲットを絞っているであろうこの店の中にも女性が着てもおかしくはないような服は結構あるしな。
どうあがいてもかわいい系になるのは無理だがキレイ系、或いは格好良い系で整える事はきっと不可能ではないのだろう。


初美「出来るだけ格好良く決めてあげて欲しいのですよー」

初美「それこそ女の子が見たら一目惚れするくらいに格好良いのをお願いするのですー」

京子「う、薄墨さん…!?」カァ

「はい。畏まりました。では、少々、お待ち頂けますか」スタスタ

京子「もう薄墨さんったら…あんな事言ったら店員さんも困ってしまいますよ」

初美「いいえっ。私の隣に立つならそれくらいじゃないと許さないのですー」

京子「無茶言わないで下さい」

まぁ、あくまで言葉の綾みたいなもんなんだろうけれどさ。
そうやってハードルをあげられるとこれから着る側としては中々に辛いというか。
女の子が一目惚れするレベルって芸能人でも難しいのにごくごく平凡な俺にどうしろと言うのか。
特に今の俺は女装してるのもあって余計に難しいと思うんだけれど。

初美「大丈夫ですよーこの短期間でエルダー候補確実とまで言われるようになった須賀ちゃんならきっと女の子なんてかるーくタラシ込めるのですー」

京子「人聞きの悪いこと言わないで下さいよ…。そもそもまだエルダー候補になると決まった訳じゃありません」

初美「え?私ははるるからほぼ趨勢は決まったと聞いたですよー」

京子「ぅ…そ、それは…」

…実際、昨日の帰り際に「頑張ってね」とか「応援してる!」とかそんな風に言われたんだよな。
一々、反応できなかったから曖昧な笑みと言葉で濁していたけれども、アレはきっとエルダー候補として頑張ってって意味だったんだろう。
それを思い出すと薄墨さんの言葉はあり得ないと頭ごなしに否定出来るものではなくって…。
…本当にたった一日でどうしてこうなってしまったんだろうな…。


初美「大体、エルダーの何が不満なんですかー?周りにチヤホヤされてきっと気分が良いですよー?」

京子「それだけで済めばですけれどね…」

確かに俺も男な訳だし、女の子たちにチヤホヤされるのがまるっきり嫌って訳じゃない。
でも、俺は今も本質的に彼女たちの信頼を裏切り、騙しているのである。
それなのに全校生徒からの信頼と注目を集めるエルダーなんてなったら絶対にストレスで胃に穴が空く(確信)
正直な話、発言権とかチヤホヤされるとかのメリットよりも、絶対に精神的ダメージの方が大きいはずだ。

初美「須賀ちゃんはホント真面目で損な性分な子なのですよー」

京子「仕方ないじゃないですか…こういう性格なんです」

初美「ま…だからこそ、私も色々とお節介を焼きたくなるんですけどねー」

京子「お節介なんてそんな…」

「お待たせしました」

京子「あっ…」

薄墨さんのそれは優しさであってお節介ではない。
そう言おうとした瞬間、店員さんが幾つかの服を持って帰ってきた。
軽く見た感じ落ち着いた色合いが多いのかな?
これくらいなら【須賀京太郎】でも【須賀京子】でも違和感なく着られそうだ。

「これなんかどうでしょう?」サッ

京子「ぅ…」

初美「お、良いですねー。なかなかファンキーなのですー」

京子「ふぁ、ファンキーって…?」

とは言え、こうやって身体に押し付けるようにして確かめられると俺の側から具体的にどんな柄なのかは分からない。
店員さんもプロだから変な柄は持ってこないだろうと信頼してはいるがファンキーなどと言われると流石に不安になってしまう。
もしかしたら俺が知らないだけで何かこうエキセントリックな奴を持って来られているのだろうか。


初美「パンツの方はどうするですかねー?トップスがこれだとスリム系のぴっちりした奴が良いと思うんですよー」

「そうですね。お客様の言う通りだと思います。こちらなどどうでしょうか?」サッ

初美「おぉ、良く似合っているですよー」

京子「せめてさっきの質問に答えて下さい!?」

つか、店員さんもこっち無視しないでくれよ!
一応、こっちは客なんだぞ!
客って言っても金出すのは俺じゃなくて薄墨さんだけどさ!!

初美「もーうるさいですよー。須賀ちゃんは今は着せ替え人形になっていれば良いのですー」

京子「言っておきますけれど凄い横暴ですよそれ…」

初美「出資者はこれくらいの横暴は許されるのですよ」

京子「うぅ…」

貧乏暇なし首はなしとは良く言ったもんだ。
薄墨さんが出資者である以上俺には従順に従う事くらいしか出来ない。
断ろうにも隣に立つ薄墨さんの面子の問題もあるし…どうすれば良いんだ…。

初美「よし。とりあえず1つずつ試着していくですかー」

京子「…1つずつ…ですか?」

初美「当然、私が気に入ったものは全部着てもらうのですよー!」

京子「…それって何着くらいになります?」

初美「さぁ?正直、私も良く分かんないですけど…以前、姫様のお洋服を買いに行った時は50着は着てもらいましたっけ」

京子「ご、50ですか…15の言い間違いとかじゃなくって…?」

初美「当然、50ですよー」

マジかよ…。
薄墨さんがオシャレに対して真剣なのは良く分かったけどさ…。
でも、50は流石にちょっとやりすぎじゃないですかね…?
多分、それ試着してた小蒔さんも絶対疲れてヘトヘトになったんじゃないだろうか。
俺だったらきっとそれ以前にギブアップする。


初美「良いですか、須賀ちゃん。女の子の真理とはたった一つ…たった一つのシンプルな答えですよー」

京子「そ、それは…」

初美「オシャレに…っ!妥協は…っ!許されないって事ですー…!」メラメラ

あぁ、薄墨さんが燃えている!
あまりの迫力に後ろに指をポキリと折りそうなマスク姿の男が見えるくらいだ!!
流石に薄墨さんが俺の指を折ったりとかそういうのはしないだろうけれどな。
でも、これだけ燃えている薄墨さんに何か言っても無駄だろうし。
それにまぁ、小蒔さんとは違って俺が着れる服は少ない訳だし、50の試着はないはずだ。

初美「だから、須賀ちゃんはとっととこれ持って試着室に行くですよー」

京子「…はい」シュン

…それでも今からの時間が結構、大変なものになるのは十二分に予想出来る。
しかし、既に俺の退路はなく、着せ替え人形にされるしかない。
そんな未来予想図に小さく肩を落としながら俺は服を受け取った。
そのまま試着室に入ってから数時間、俺は絶対に妥協しないマンと化した薄墨さんに様々な服を着せられ続けて…… ――



………


……






京子「(…甘かった)」

何が甘かったって薄墨さんのオシャレに対する情熱を甘く見すぎていた事だ。
50も試着はさせられないと思ったが、全然そんな事はない。
次から次へと服が投げ込まれていた所為で数える余裕はなかったが、着替えた回数は優に20は超えているだろう。
その上、あっちの店でもこっちの店でも同じように気に入った服はすぐさま試着へと回してくるのだ。
体感ではあるがこの数時間で100近い数の着替えを繰り返した気がする。

初美「なーに疲れた顔をしてるですかー?」

京子「…さて、誰の所為でしょう…」

薄墨さんの言葉に答える俺はさっきまでと違って制服姿ではなかった。
薄緑色のスリム系パンツに灰色のシャツ、黒色のベストと大分、カジュアルな格好になっている。
首元に軽く巻いたスカーフは黒と白のシックなもので、アクセントながら落ち着いたものに仕上がっていた。
服を買ったのはメンズ系売り場なのに、違和感がないくらい女性的な雰囲気に纏まっている辺り、服を選んだ薄墨さんのセンスは本当に凄いと思う。

初美「まぁ、納得がいくものが買えたから良いじゃないですかー」

京子「…それはそうですけれど…」

実際、俺が好き勝手に服を選んだ場合、こうした雰囲気に仕上がるとは到底、思えない。
同じ時間と試着回数を経ても一着すら決められないという光景がすぐさま目に浮かぶ。
それを思えば試した分だけ選びとった薄墨さんに感謝するべきなのだろう。
少なくとも俺が買ってもらった服は満足の行くものだったし。


京子「…でも、良いんですか?三組も買って」

初美「構わないのですよー」

とは言え、三組も買うのは流石にやりすぎではないだろうか。
勿論、それを贈ってもらえる俺としては有り難い話なのだけれど、薄墨さんの財布的にはキツいだろう。
若年層向けでそれほど高くはないとは言え、三組も買うとユキチが軽く吹っ飛ぶ威力だ。
薄墨さんは構わないと軽く言ってくれているが、アレから彼女の分の買い物はなかった訳だし…実は結構、危なかったり… ――

初美「まぁ、私も六女仙として困らない程度のお小遣いは貰っていますしねー」

京子「意外とお嬢様なんですね」

初美「意外とってなんですかー?私は最初から最後まで完全無欠なお嬢様ですよー?」

確かにあのフリフリを着ていた時の薄墨さんは何処かのお嬢様と言ってもおかしくはない姿をしていたけどさ。
でも、それはお嬢様というよりもお嬢さんとかお嬢と言った方がしっくり来る姿だったというか。
どう見てもお転婆だった薄墨さんがお嬢様はないと思うなぁ、俺。

京子「お嬢様かどうかはさておいて…」

初美「ちょ、そこはさておくもんじゃないですよー!」

京子「ありがとうございます。こんなに素敵な服を買ってもらって」

初美「もう。それ何回目ですかー?」

確か最初に服を買ってもらってから五回目か六回目くらいかな?
でも、仕方ないだろう…俺にはそれくらいしか言えないんだからさ。
何か薄墨さんに返そうにも俺は力も金も地位も何もかもない男なんだ。
この感謝の気持ちを言葉でしか表現出来ないような情けない奴なのである。


京子「後、周りの迷惑も考えず騒いだ結果、薄墨さんに余計な出費をさせる事になって申し訳ありません」ペコリ

初美「…まったく」

そこで薄墨さんは呆れたようにストローを回した。
瞬間、カランとグラスの中の氷が小さく音を立てる。
いや、それは彼女のではなく、俺のグラスからだったのかもしれない。
このジュース代もテーブルの上に並べられたサンドイッチなどの軽食も含めて俺は薄墨さんのお世話になっている。
薄墨さんにお金を出して貰えなければ、俺はきっとこのモール内の軽食スペースにさえ近寄ろうとはしなかっただろう。

初美「須賀ちゃん、私はオシャレに妥協は許さない性格ですー。それは分かっているですかー?」

京子「勿論です」

初美「そんな私が人に勧められたからって理由だけで服を買うはずないですよー」

京子「…でも」

しかし、俺はソレ以上に薄墨さんが優しく、そして周りを注意深く見ている人だと知っているのだ。
そんな彼女が俺に恥をかかせない為に無意味な出費をしなかった、とはどうしても言えない。
そもそも俺は薄墨さんがそういうのが趣味ではないと分かっていてあの場に連れて行ったのだ。
結果として彼女の財布を痛めてしまった俺にとってそれは謝罪しなければいけない事柄だろう。

初美「あーもう!変にネガネガすんなですよー!」

京子「はむっ」

瞬間、俺の口の中に突っ込まれたのは甘い生クリームの乗った銀色のスプーンだった。
薄墨さんの前に置かれたパフェから救い取られたそれは俺の口の中にふんわりとした甘さを広げる。
若干、果実独特の甘さが混じったそれは驚くほど美味しくはないが、どこでも及第点は取れるようなそんな味。
軽食スペースで提供されるものとしては、そう悪くはない味だろう。


初美「そういう時は甘いもん食べて気分をリフレッシュするですー。ほら」スッ

京子「え?」

初美「もっかいアーンするですよ」

京子「し、しませんよ…っ」カァ

人前でそういうのをするのは流石の俺でも抵抗感がある。
今は勿論、同性同士に見えると分かっていても、心の中はそうじゃない訳で。
そもそもそのスプーンは薄墨さんもさっきまで銜えていたもんだしなぁ。
関節キスになるのは目に見えているのに気軽に口なんて開けられない。

初美「ふふ、須賀ちゃんったら初心なのですよー」

京子「う、薄墨さんがその辺、おおらか過ぎるんです…」

初美「良いじゃないですかー。もう家族なんですから」

京子「え?」

初美「湧ちゃんに聞いたですよー。須賀ちゃんが家族だって言ってくれたって」

京子「あぅ…」カァ

ゆ、湧ちゃんその辺の事も報告してたのか…!
いや、多分、報告というよりも嬉しそうに自慢してたんだろうけれど。
でも、湧ちゃんならともかく薄墨さんにそう言われるとなんかこう照れるというか。
俺なんかがそんな事言ってしまって引かれていないかとそんな不安がですね!


初美「…で、どうなんですかー?」

京子「え…?」

初美「私達の事…本当に家族だと思ってくれているんですかー?」

京子「…薄墨さん」

―― その表情は彼女に似合わないくらい不安そうなものだった。

そうやって踏み込んでくるのは幾ら彼女でも怖い事なのだろう。
普段、薄墨さんは強気でガンガン行くタイプだが、決して超人って訳ではないのだ。
怖がったりもするし、気圧される事だってある普通の可愛い女の子なのである。
ましてや、俺の弱音を聞いている彼女にとって、そうやって俺へと踏み込むのはきっと不安で… ――

京子「(…でも、やりたいと、そう思ってくれているんだ)」

それは薄墨さんにとって、俺が少しずつ大事な存在になりつつあるからだろう。
『大事な姫様をインターハイへと連れて行くだけの駒』であれば、そんな風に気にする必要はない。
今まで通りのなあなあな関係のままで、一々、面倒な定義なんてしないままで、十分なのだから。

京子「勿論です、湧ちゃんだけじゃなくて薄墨さんも皆も…私にとって大事な大事な家族だと思っています」

初美「…そうですかー」

それでも踏み込んできてくれた薄墨さんの勇気と気持ちに俺も応えたい。
こうやって本心を吐露するのは恥ずかしいけれど、でも、それは彼女も同じなのだから。
何より俺は今日だけでもう返しきれないほどの恩を薄墨さんに売られてしまった訳である。
それを少しでも精算する為にも彼女の質問に本気で答えるべきだろう。


初美「……じゃあ、私に何か言う事があるんじゃないですー?」

京子「え?」

初美「ほら、こう…何というか…家族なら家族なりの呼び方があるじゃないですかー?」メソラシ

京子「……良いんですか?」

初美「良いも何も呼んでくれなきゃ分からないですよー?」

まぁ、そりゃそうだ。
でも…改まって言うのもやっぱり恥ずかしいというかなんというか。
今までずっと苗字呼びで通してきたしなぁ…。
今更こうして新しく名前を呼ぶってのもこそばゆいもんがある。

京子「…初美さん」

初美「ふふ、いきなり下の名前で呼ぶとか気安くなりすぎなのですよー」ニマー

その割には嬉しそうじゃないか、薄墨…いや初美さん。
ニンマリと抑えきれない笑みを浮かべてさー…チクショウ、ちょっと可愛いじゃねぇか。
こんなに嬉しそうにされるならもっと早めに言っておいた方が良かったかな?
或いはラブリーマイエンジェルはつみたんってもう一度、言うべきだったか…。
いや、流石に【須賀京子】の方でアレは言えないし…流石に怒られるよなぁ。

初美「でも、私は器の大きい女なので下の名前で許してあげるのですー」ドヤァ

京子「ふふ、ありがとうございます。それで…初美さん」

初美「何ですかー?」

京子「初美さんはなんて呼んでくれるんですか?」

初美「別に今までどおり須賀ちゃんで良くないですかー?」

京子「そ、それはそれでちょっと寂しいものがあるのですけれど…」

こっちだけ呼び名が変わったとか超一方通行じゃねぇか。
お屋敷に戻ったらこう小蒔さん辺りから心配されかねないレベルだぞ…!
いや、下手をすれば春や明星ちゃん辺りが嬉々としてからかってくるかもしれない…!


初美「仕方ないですねー。じゃあ、京ぴょんか、京たんか、京っちか好きなのを選ぶが良いのですー」

京子「普通なのはないんですか…!?」

初美「須賀ちゃんに選択肢を与えてあげているだけ感謝して欲しいのですー」

いきなりアダ名呼びもそれはそれで何かあったのか気にされるレベルだと思うんだけど…!
と言うか、どれも男の俺には選びがたい…と言うか選んだらまた大事な何かを失いそうなレベル…!
普通に下の名前で呼ぶという選択肢を奪っておいて、選びにくい三択を用意するとか…このドSロリ!!

初美「まぁ、私も鬼ではないのでもっかいアーンさせてくれたら普通に呼んであげるですよー」

京子「それを取引材料にするんですか…!」

初美「当然ですよー」

京子「…恥ずかしくないんですか?」

初美「アーンする方は全然、余裕なのですよー」

初美「それにまぁ、恥ずかしがる須賀ちゃんは可愛らしいですしねー」ニコー

京子「うぅ…」

可愛いと言われるだけでも男としては割りと屈辱的なのに、その上、アーンまで要求されるなんて…!
でも、今の俺が【須賀京子】である以上、可愛いという言葉に過剰な反応は出来ない。
その上、用意された三択がどれも地雷級の選択肢なだけにアーンを拒む事も出来なくて…。
ぬぐぐぐぐ…おのれ初美さん……この恨みは必ず…必ず晴らすからな…!


初美「ほら、どうするですかー?」

京子「…ぁ」

初美「あ?」

京子「あーん…」アーン

初美「ふふ…本当にするなんて…どうするですかねー?」

京子「は、初美さん…っ」カァ

初美「冗談ですよー。…はい」スッ

京子「ん…っ」パクッ

初美「どうですかー?」

京子「…美味しいです」

初美「ふふーん。そりゃ私がアーンしてあげたパフェですからねー」ドヤァ

京子「あんまり関係ないと思いますけれど」

初美「あ、じゃあ、もう一回行くですか京たん」ニコ

京子「いえ、冗談です。流石、初美さんのアーンは最高ですね」キリリッ

ヘタレでも何でも好きなように呼ぶが良い。
だが、しかし、京たんなんてふざけた呼び方をされるよりもここでヘタレた方が何倍もマシだ。
幾ら今の格好が同性とは言え、流石に追加でアーンはキツい。
さっきから周囲の視線が妙に集まっている気がするから尚更だ。

初美「ふふ、京子ちゃんは本当に素直な子なのですよー」

京子「…素直に褒め言葉として受け取っておく事にします」

初美「ふふふ、お互いの為にもそうしておいて下さいですー」

くそぅ、初美さんめ…。
完全に勝ち誇った顔をしやがって…!
まぁ、実際、俺の完敗とそう言っても良いような結果ではあるのだけれど。
あっちからネタを振られたのもあって完全に主導権握られてしまっていたからなー。
ここからの逆転はまず無理だろう。


初美「でも、安心したですよー」

京子「何がです?」

初美「私と霞ちゃんだけ苗字呼びだったので内心、嫌われていたのではないかと思っていたのですー」

京子「…初美さん…」

…そうか。
さっき不安を浮かばせていたのは、別に踏み込むことへの恐怖だけじゃなかったんだな。
俺の態度が初美さんを不安にさせて…さっきのような表情を浮かべさせていたんだろう。
そう思うと凄い彼女に悪い事をしてしまった気がすると言うか…もっと早くに俺の方から勇気を出しておけばよかった。

京子「…すみません。本当にそんな事はないんです」

初美「じゃあ、どうしてですかー?」

京子「ぅ…それを聞くんですか…?」

初美「少なからず傷ついた私にはそれを聞く権利があると思うのですよー」

京子「それは…そうかもしれないですけれど…」

勿論、初美さんの言っている事は筋が通っているし、俺はそれに従うべきなのだろう。
けれど、俺が彼女のことをずっと名前で呼ばなかった理由なんて言うのは恐ろしく情けない代物なのだ。
そうしなければいけないと理性が分かっていても意地やプライドなんていう下らないものが中々、それを許さない。

京子「……まぁ…その…一番、お屋敷の中で頼りにしているのは初美さんなんですけれども…」

初美「けれども?」

京子「そうやって名前で呼んで近づきすぎると鬱陶しいかなって思って…自分の中でセーブしてたんですよね」

とは言え、ずっとそれを押し留める事なんて俺には出来なかった。
実際、俺が初美さんの事を深く傷つけてしまったのは事実な訳だしな。
彼女を変に不安にさせてしまった償いをする為にもここはちゃんと自分の内心を吐露しなければいけない。


京子「下の名前で呼んだら余計、頼りにしてしまいそうだ、とかそんな事も思ったりして…」クルクルカラカラ

初美「後輩相手に家族だのなんだの軽く言える京子ちゃんがそんな事言っても信じられないですよー」

京子「それとこれとは話が別なんです。もう…初美さんだって分かっている癖に」チュー

まぁ、確かに俺は時々、人を驚かせるくらい大胆な事を言ったりするけれどさ。
でも、それはあくまで【須賀京子】の話であって、【須賀京太郎】の方は結構、臆病なのだ。
ただ仲良くなりたいだけならば和のように簡単に下の名前で呼べるが、初美さんのように色々と借りがあると中々そうはいかない。
これでも結構、人との距離感ってやつには敏感で臆病なタイプなのである。

初美「……」

京子「え?なんですか?」キョトン

初美「…いや、今、なんか凄い色っぽかったなーと」

京子「止めて下さい、色々な意味で…」

ちょっと手持ち無沙汰なのを誤魔化す為にグラスをストローでかき回して、拗ねるようにジュースを飲んだだけだ。
それだけで色っぽいとか言われるとちょっとこっちも反応に困る。
最近は春にもジュースを飲む時に髪を掻き上げる様が色っぽいとか言われてどうしようと思っているのだ。
その上、初美さんにまでそんな事言われたら、俺下手に人前でジュースすら飲めなくなる。


初美「ま、でも…名前で呼んでくれるようになったって事はこれからも私の事を頼ってくれるって事ですかー?」

京子「…そうですね。初美さんが嫌じゃなければ」

初美「まったく…嫌だなんて私が一言でも言ったですかー?」

初美「もう何回も、口を酸っぱくして、耳にタコが出来るくらい言っていますけれども!」

初美「京子ちゃんは遠慮しすぎなのですー」ズビシッ

そう言って俺にスプーンを突きつける初美さん。
その表情は若干、怒っている…と言うか拗ねているようにも見えた。
けど、その感情は決して俺にだけ向いているものじゃない。
彼女自身にも向けられているそれは不甲斐ないと初美さんが自分を責めている所為なのかもしれなかった。

初美「そもそも家族だなんだって言う前にまず京子ちゃんはそういう遠慮しいなところを治すべきなのですよー」

初美「全然、人のこと頼ったりしないで何が家族ですかー?いい加減、温厚な私も激おこぷんぷん丸ですよー」

京子「いえ、私は十分、初美さんの事を頼っていますよ」

初美「全然足りないのですよー。良いですかー!全然っこれっぽっちもっ足らないのですーっ!」

京子「で、でも、こうして服だって買ってもらいましたし…」

初美「こっちが言わなきゃ制服と巫女服だけだった癖に何を言っているですかー?」

それを言われるとまったく反論が出来ない。
実際、俺は石戸(姉)さんにろくに欲しいもの言えないまま今日まで来ている。
今日だって初美さんに言われるまで私服を買うつもりなんてなかった以上、初美さんの指摘を覆せるような言葉は出てこない。
俺が我儘だと思っていた事を、ずっと初美さんたちが望んでいたのは紛れもない事実なんだ。


初美「ふぅ…」

京子「えっと…その…」

初美「…良いですかー、京子ちゃん」

京子「は、はい」

初美「京子ちゃんはとても優しい子で頑張り屋ですー。それは皆…お屋敷にいる皆が知っているですよー」

初美「いえ…それだけじゃなくお屋敷の皆は京子ちゃんの事が大好きですー。京子ちゃんに頼って欲しいと皆思っているくらいには」

京子「……」

その言葉はまるで小さい子どもに言い聞かせるような優しいものだった。
でも、だからこそ、その言葉はスルリと俺の心に入り込み、優しい音色として響いていく。
聞いちゃいけない…けれど、どうしても聞いてしまうような温かみのある声に俺は… ――

初美「皆、京子ちゃんに少なからず負い目のある立場ですー」

初美「でも、だからと言って、四ヶ月以上も一緒に生活していたらそれだけ説明出来るような簡単な仲じゃなくなってくるのですよー」

初美「皆少なからず京子ちゃんに対するスタンスが変化しているですー」

初美「最初、霞ちゃんは京子ちゃんに対して負い目ばかりで、巴ちゃんは同情していて、明星ちゃんはあまり関心がなくて、湧ちゃんは怖がっていて…」

初美「はるるは…まぁ、最初からあんな感じでしたけど…でも、少しずつその姿勢は変化していっているですよー」

…それは俺にも分かる。
最初、皆に感じた印象と今では最早、別物だと言っても良い。
今はもう皆、普通に仲の良い友人や或いは家族として俺を受け入れてくれている。
俺が昨日、湧ちゃんに家族だなんて言う事が出来たのも、皆が俺の事を想ってくれているからだ。
そうでなければ幾ら【須賀京子】であったとしても、あんなこっ恥ずかしいセリフは言えなかっただろう。


初美「だから、京子ちゃんも変わってほしいのですー」

京子「…私も?」

初美「はい。お屋敷に来てから…京子ちゃんのスタンスは殆ど変わっていないままなのですよー」

初美「勿論、皆とどんどん仲良しになっているのは知っていますし、実際、私も京子ちゃんと仲が良いつもりですー」

初美「…でも、その半面、京子ちゃんから距離を感じる事はままあるのですよー」

京子「それは…」

…ないとは言い切れなかった。
勿論、屋敷の皆は仲良くしてくれているし、俺も歩み寄る事が増えてきている。
けれど、肝心なところで俺が皆の事を心から信頼出来ているかと言えば…正直、自信がなかった。
勿論、信用はしているし、感謝もしているが、清澄にいた仲間たちとのそれと比べるべくもない。
やっぱりどうしても一歩引いてしまうところがあるのは自分でも自覚していた。

初美「勿論、それを止めろと言えるほど私は偉くないですし、素晴らしい人間でもないですー」

初美「だけど…私は京子ちゃんともっと仲良くなりたいし、もっともっと京子ちゃんの事を知りたいですよー」

京子「私の事を知りたい…ですか?」

初美「そうですよー。昔はどうだったのか、今現在、どう思っているのか、これからどうしたいのか」

初美「ただ、じゃれあうだけの関係じゃなくて…そんなのをもっともっと京子ちゃんの口から聞きたいのですー」

京子「…」

まさか初美さんがそんな風に思っていたなんて。
いや…まさか、なんていうのは俺がちょっと鈍感過ぎだったんだろうな。
考えても見れば、初美さんは今まで何度も俺の方へと踏み込んできてくれているんだ。
それはこうしてじゃれあいだけの関係でよしと彼女が思っていなかったからだろう。
俺がずっと気づいていなかっただけで、本当は前からそのサインは出してくれていたんだ。


京子「…やっぱり凄いですね、初美さん」

初美「ふふふ…ようやくこの私の偉大さに気づいたですかー?」

京子「実は前々から気づいていましたけれどね」

初美「え?」

京子「誰でも仲良くなれて、気遣いが出来て、人のことを沢山見ていて…一緒にいると明るくなれて、私、甘えさせてもらってばっかりで…」

初美「ちょ…ま、待つですよーっ」カァ

京子「ふふ、褒められ慣れていない所為で、そうやって赤くなるところもとても可愛らしいです」ニコッ

初美「あぅー」

【須賀京太郎】ならこんな事は絶対に言えない。
俺は本質的にはどうしても意地っ張りで、初美さんの言う通りヘタレだからな。
面と向かってこんな恥ずかしいセリフ…どれだけ思っていたとしても言える訳がない。
だけど、【須賀京子】の方なら…俺が恥ずかしくて言えない事だってちゃんと伝える事が出来るはずだ。

京子「…初美さんだけじゃなく…他の人もそう。皆、素晴らしい方々です」

京子「だからこそ…私は皆さんに迷惑を掛けたくありませんでした」

初美「…迷惑ですかー?」

京子「はい。その…私は色々と事情のある身ですから」

それは一人だけ異性であるという事であったり、無理矢理、あの場に連れて来られていたりと色々だ。
それに対して少なくない人が負い目を持ってくれている以上、下手に自己主張をすれば迷惑になる。
……いや、それはきっと言い訳だな。
結局のところ、俺は皆に嫌われたくなくて…良い格好がしたかっただけなんだろう。


京子「私が何かを欲しがればきっと皆はきっと俺に無条件でそれを与えてくれるでしょう」

―― 俺の欲しいモノ。

京子「過去の事を話せば、きっと皆はそれを奪ったと強く自分を責めるでしょう」

―― 長野での事。

京子「今のことを話せば、きっと皆は私を全力で助けようとしてくれるでしょう」

―― エルダーの事。

京子「将来の事を話せば、きっと皆はそれを出来るだけ叶えようとしてくれるでしょう」

―― インターハイ後の俺の進退の事。

初美「…それは駄目なんですかー?」

京子「そうですね。駄目だと…思っていました」

俺は決して強い人間じゃない。
自制心だって弱ければ、理性だって人並み以下な軟弱者である。
そんな俺が一度、こうして甘え始めたらちゃんと自制出来るかどうか正直、自信がない。

京子「でも、結局のところ、それは私が初美さん達をちゃんと信じきれていなかった所為なんでしょうね」

これくらいなら関係は壊れたりしない。
勿論、俺もそう思う事はあったが、それはあくまでもじゃれあいの範疇だ。
もう一歩踏み込んだ金銭的、核心的な話になると俺は彼女たちの事を信用も信頼も出来ちゃいなかったのだろう。


初美「…今はどうですかー?」

京子「そうですね。やっぱり…すぐには難しいと思います」

その気持ちは何も今すぐに出来た訳じゃない。
お屋敷に来てからのアレコレでいつの間にか熟成されていた俺の歯止めであったのだから。
四ヶ月の間、俺の心にしっかりと食い込み続けたそれをなくすのは容易い事ではない。
少なくとも俺にとってこの数カ月間はそれくらいに濃厚で、そして大切な時間だったのだから。

京子「…でも、私、皆のこと…少しずつ信じて行きたいです」

だけど、そのままで良いと思えるほどには俺も馬鹿じゃない。
それがこうして初美さん達を苦しめていた以上、改善しなきゃいけないものだろう。
少なくとも、こんなにも俺の事を想ってくれている人たちの事を俺の我儘でコレ以上、傷つけたくはなかった。

初美「ふふ…ようやく少し前進したですねー。まったく…京子ちゃんは遅いのですよー」

京子「ごめんなさい…」

初美「ま、事情が事情ですし、仕方ないとは私も思うですけどねー」

初美「…でも、安心するですよー」

京子「え?」

初美「すーぐそんな事言ってられないくらい皆で骨抜きにしてあげますからねー」クスッ

京子「骨抜きって…」

初美「んー?とりあえず私達がいないと日常生活も送れないくらいトロトロに…」

京子「そ、それはちょっと…」

とても魅力的なお誘いであるのは確かだが、そこまで行くのはちょっと人としてどうかと思う。
そこまで骨抜きになると迷惑云々のレベルじゃすまないだろうし。
皆に少しずつ甘えていきたいとは思っているが、決して依存がしたい訳じゃない。
もっと健全な…それこそごくごく普通な友人関係を築いていきたいのだ。


初美「まぁ、京子ちゃんが嫌と言っても私達が無理矢理、信じさせるですよー」

京子「…初美さん」

初美「だから、京子ちゃんはその気持ちのまま、気にせずに居てくれれば良いのですー」

初美「京子ちゃんの信頼を勝ち取るのは私達の仕事ですからねー」

…本当にこの人はもう。
一々、言うことが格好良いんだよ。
そんな格好良い事言われたら男として立つ瀬がないじゃないか。
だからこそ姐さん呼ばわりされるのを自覚…してないだろうなぁ、きっと。

京子「初美さんは本当に格好良い人ですね」

初美「ふふ、惚れちゃったですかー?」

京子「私は最初から初美さんに惚れていますよ」クスッ

初美「ふぇ?」

京子「あ、勿論、先輩としてですよ?」

初美「そ、そそそそれくらい分かっているですよー!?」

勿論、俺が誰よりも尊敬しているのはハギヨシさんだ。
男ととしても執事としてもあの人は完成されすぎているほど完成されている。
でも、そんな例外を除けば、俺の中で今、一番の尊敬を集めているのは初美さんだった。
俺も初美さんみたいに格好良く人の事を気遣い出来るような人になりたい。
いや…彼女の厚意に報いるためにもそうあらなければいけないのだろう。


初美「まったく…京子ちゃんは時々、反則なのですよー」

京子「そうですか?」

初美「自覚ないのですかー…ちょっと色々と京子ちゃんが心配になってくるのですー…」

京子「心配って…」

初美「日に日に京子ちゃんは色っぽくなっていきますからねー。その内、女の子に襲われやしないかと心配しているのですー」

京子「大丈夫ですよ。私、結構、強いですから」

流石に女の子相手に襲われるくらいなら腕っ節の強さでなんとかなる。
格好こそ女の子そのものだが、俺は一応、身体を鍛えているのだ。
普通に押し倒されるくらいならば簡単に跳ね除ける事が出来るだろう。
まぁ、そもそも俺が色っぽいとかそういう前提条件からしてあり得ない訳で。
初美さんがわざわざ心配するような事はないだろう。

初美「京子ちゃんは女の子を甘く見過ぎ…いや、幻想を持ちすぎですよー」

京子「え?」

初美「体力勝負で劣ってるの分かっているのに真正面から馬鹿正直に体力勝負を挑むはずないじゃないですかー」

初美「私が襲う立場なら飲み物に睡眠薬仕込んだりして抵抗出来なくするですよー」

京子「なにそれこわい」

いや、確かに右子(仮)さんも恋は戦争だとか言ってたけどさ。
流石にその辺りは人としてやっちゃいけないレベルじゃないだろうか。
…かと言って絶対そんなのないって言えるほど俺はもう女の子に対して幻想とか持てないんだよなぁ。
先輩方との一件から意外と女の子が手段を選ばないって言うのは分かっている訳だし…。


初美「大体、京子ちゃんは自分の事を好きって言ってくれてる相手をそのまま引き剥がせるのですかー?」

京子「そ、れは…」

初美「はい。そこで即答できない時点でアウトなのですー」

京子「ぅぅ…」

だって…仕方ないじゃないか。
相手が男ならふざけんなと引き剥がせるが、女の子だとそうはいかない。
こうして女装こそしているが思考は男な訳で…女の子は護ってやらなきゃいけないって意識も強いんだ。
ここで即答で引き剥がせると答えるのは中々にハードルが高いだろう。

初美「別に何も私は京子ちゃんの事を虐めようと思ってる訳じゃないですよー?」

初美「ただ、京子ちゃんは色々と無防備過ぎなのですー。もうちょっと警戒しないと何時か痛い目見るですよー」

京子「…同性なのにですか?」

初美「同性だからこそ、ですー」

初美「良いですか。そもそも京子ちゃんが通っているのは女の園なのですよー?」

初美「擬似的でも本格的でも恋愛に飢えている狼の群れなのですー」

初美「そんな場所にホイホイと隙の多い綺麗系美少女が入ったらどうなりますかー?」

京子「き、綺麗系って…」カァ

初美「照れてる場合じゃないですよー。実際、今、京子ちゃんの人気を考えてみるのですー」

確かにあっという間にエルダーなの何だのって話になっているからな。
自分では正直認めたくはないが割りと人気と知名度はある方だと思う。
尤も、学校がまだ始まったばかりでこれからどうなるかは未定な訳だけれども。
ただ、皆がそういうヒロインだのに飢えているっていう初美さんの言いたい事は何となく分かる。


初美「実際にエルダー候補に選ばれたらより多くの人との関わりが出来るはずですー」

初美「今はまだ周りにいなくても、増えた関わりあいの中から京子ちゃんに対してガチな子が出てこないとも限らないですよー」

初美「だからこそ、京子ちゃんは誤解されないように言葉とか選ぶべきですー」

初美「女の子なんて自分勝手な生き物なんですから、下手に気を持たせて断ったら、逆恨みされかねないですよー」

初美「分かったですかー?」

京子「…はい」

初美「よろしい」

流石に警戒しすぎだとは思うけれど…確かに言葉は選ばないとなぁ。
その所為で前子(仮)さんとの関係が何かちょっと怪しい事になっている以上、初美さんの指摘したような未来なんてないとは言えない。
彼女が生徒会長の為に下級生を脅していた先輩たちのようにならないようにするのはこれからの俺の対応次第なのだろう。
あの場に居た春たちだけじゃなくて、初美さんにまで言われるっていうのはきっとよっぽどの事なんだろうしなぁ…。

初美「それじゃそろそろ帰るですかー」ヒョイ

京子「もう良いんですか?」

初美「えぇ。目的はもう大体、達成出来たですし」

京子「…目的って?」

初美「とりあえず京子ちゃんに服を買うのが一つと京子ちゃんにお説教するのが一つ」

京子「お、お説教って…」

初美「激おこぷんぷん丸って言ったじゃないですかー?実は私、結構拗ねてたんですからねー」

京子「うっ…」

初美「まぁ、後は京子ちゃんに釘を刺すのもはるるからお願いされていましたし」

京子「…春ちゃんから…?」

初美「京子ちゃんが最近タラシで不安だから私からも言っておいて欲しいって泣いて縋ってきたのですよー」

流石に泣いて縋ってきたっていうのは冗談だろうけれど、春が初美さんにお願いしたっていうのは本当なのだろう。
どうやら俺は本当に春の事を不安にさせていたらしい。
二人が仲が良いっていうのもあるんだろうけど、人にお願いするくらい心配させていたなんてな。
これは後で改めて謝っといた方が良いのかもしれない。


初美「ま、女泣かせもほどほどにしておくですよーこの色女」ツンツン

京子「べ、別に泣かせたりなんてしてませんよ」

初美「当たり前ですー。はるるを泣かせたらこんなもんじゃ済まさないですからねー」

まぁ、今回は警告で済ませてくれるって事なのかな。
俺自身、春に余計な心配を掛けさせたくはないし、ここは警告にちゃんと従っておこう。
流石にコレ以上、前子(仮)さんみたいな子が増えると胃が痛いってレベルじゃないし。

初美「それでまぁ…」

京子「…?」

初美「ちょっとだけ…まぁ、ほんのちょっとなんですけれど……いい加減、名前で呼んで欲しかったってのもあったのですよー」カァ

京子「……」

初美「ちょ…な、なんとか言ったらどうですかー?」

京子「…あ、ごめんなさい…ちょっと可愛すぎて」

初美「か、かわ…っ」

京子「えぇ。初美さん本当に可愛いです」ニコッ

いやー流石にちょっと今のはやばかった。
クラリとした…は言い過ぎだけど、思わず抱きしめたくなったくらい。
…アレ?それはそれで逆にやばいのか?


初美「だ、だから、そういうのを止めろと言っているのですよー」

京子「…あ、すみません…でも、つい口が滑ってしまいまして…」

素直な【須賀京子】というのもそういう意味じゃ逆効果だよな…。
あんまりにも素直すぎて言葉を選ぶよりも先に声に出してしまう。
ソレは今までプラスに働く事が多かったけれど、これからはきちんと制御していかないといけないって事か。
今まで構築してきたキャラがキャラだけに難しいけど…何とかするようにしないとなぁ。

初美「うー……じゃあ、ペナルティですー」スッ

京子「え?」

初美「今日はこのまま帰るまで私を手を繋ぐですよー」

京子「…良いんですか?」

初美「京子ちゃんが逸れたりすると困りますしねー」

京子「あら、それは初美さんの方じゃないんですか?」

初美「子ども扱いするなですよー!」

京子「ふふ、ごめんなさい」

でも、初美さんって身体が凄い小さいからなー。
こう気を抜いたら人の波に流されていそうと言うか、何というか。
しっかり者だから、咲みたいに迷子になる光景は中々思い浮かばないが一人だけ逸れる姿はたやすく想像出来てしまう。

京子「じゃ、初美さん」ギュッ

初美「…ん」ギュッ

京子「…帰りましょうか」

初美「えぇ。私達の家に帰るですよー」ニコッ

…家という言葉の響きは俺の中でやっぱりまだ違和感がある。
あそこは俺にとっては居場所ではあるが、まだ『お屋敷』であるのだろう。
けれど、何時かはきっと俺の中で家という『帰るべき場所』に変わるはずだ。
いや、何時か…じゃなく、それはきっと… ――

初美「ほら、京子ちゃん、急がないと電車に乗り遅れるですよー!」

―― それほど遠くない未来なのかもしれない。

―― そう思わせるくらい俺を導く初美さんの手は強引で…そして何より優しいものだった。




これで今日の投下は終わりだと思っていたのか?
まだ俺の投下は終了していないぜ!
というわけでこそこそ姫様の前日譚始めるよー


―― 私にとっての人生はほぼ決められたレールの上を走るだけのものでした。

それに反発を覚えた事はありません。
レールの上を走るだけとは言っても、それは善意で作られたものなのですから。
進むべき方向も往くべき道も…何もかもを決められているのは私の事を想っての事なのです。
ならば、それに抗ったりする必要性はありません。
下手に私が何かするよりも私よりも凄い霞ちゃん達に任せておいた方が『正しい』はずなのですから。

―― それに決してまったく自由がないという訳でもないですし。

私が高校から麻雀を始めたのは決して人に言われたからではありません。
自分の意志で、自分の気持ちで、自分の感情で、自分の衝動で。
始めたいと、やらせて欲しいと霞ちゃんたちに頼んだのです。
それを霞ちゃん達はお父様たちに掛けあって認めさせてくれました。
『神代の巫女』として過ごすには不必要な、いえ、寧ろ、邪魔になると言っても良いそれを…皆は認めさせてくれたのです。

―― いえ、それどころか私の我儘に皆付き合ってくれて…。

元々、私が麻雀部に所属するようになったのは学校の行事で一緒になった上級生の方に誘われたからです。
雑談の流れの中で、麻雀なんて永水女子じゃやっている人が少ない…そう漏らした彼女に経験者であると返してしまったのが全ての始まり。
廃部寸前の部活を救う為に手伝ってくれと拝み倒され…私は麻雀部への入部を決めました。
それは私の我儘で…霞ちゃん達が付き合う必要なんてありません。
でも、当時二年生だった三人は私のお願いを聞いて、わざわざ麻雀部に入ってくれたのです。


―― だから、私は幸せです。

私の我儘に付き合って、同じ夢を追いかけてくれる大切な人たち。
そんな人たちが周りに沢山居てくれているんですから。
決められたレールが一体、何だと言うのでしょう。
大切な皆とずっと一緒に居られるのであれば、それは私にとって寧ろ歓迎するべき事なのです。

―― でも…いいえ、だからこそ、新しい不安が私の中にはあって…。

霞「小蒔ちゃん…須賀直系の男子が見つかったらしいわ」

小蒔「…そう…ですか」

自室で唐突に告げられた霞ちゃんからの言葉。
それに身体が微かに強張るのを私は自覚しました。
きっとそれは霞ちゃんにも分かるくらいのものだったのでしょう。
目の前に座る彼女の顔に心配そうなものが浮かびました。

霞「…無理しなくても良いのよ」

小蒔「無理なんて…していません」

それでも私はそれを隠し通さなければいけません。
私が不安を表に出してしまったら霞ちゃんだって困ってしまうのですから。
『須賀直系の男子』…その言葉の響きは私にとって…いえ、今の神代家にとって大きな意味を持つのです。
それを覆すのは幾ら霞ちゃんだって無理な事くらい私にも分かっていました。


霞「…本当に?」

小蒔「ほ、本当です!」

霞「嘘だったら今日のおやつは抜きにしましょうかしら」

小蒔「はぅ…っ」

お、おやつ抜き…!?
そんな…今日のおやつは確か巴ちゃんのアイスクリームの予定じゃ…!
こたつの中に入りながらそれを食べるのを私は数日前から楽しみにしてたのに…!
そ、それを抜きにされるなんて私…私…う、うぅぅ…霞ちゃんの意地悪ぅ…。

小蒔「う、嘘じゃないですもん…」

霞「…小蒔ちゃん」

小蒔「嘘なんかじゃ…ないです…」

でも…私は嘘なんて吐いていません。
これは『神代の巫女』として当然の事で…しなければいけない義務なのです。
ずっとそうやって扱ってもらっていて、今更、逃げる事なんて出来ません。
それに私自身、何時かはそれがやってくると分かっていましたし…多少は覚悟も固めていたのですから。

霞「…大丈夫よ。私たちがちゃんと小蒔ちゃんを護るから」ギュッ

小蒔「…霞ちゃん」

霞「だから、元気だして…ね?」

小蒔「…はい」

私を抱きしめる霞ちゃんの腕は暖かく、そして優しいものでした。
まるでお母様みたいな心地良いそれに私の中の不安が少しずつ溶けていきます。
霞ちゃんたちがいるからきっと大丈夫。
まだ見ぬ須賀の名を冠する殿方とも上手くやっていけると…少しずつ心がそう前向きになっていくのが分かります。


霞「それに結構、素敵な子よ。資料持ってきたから一緒に見てみる?」

小蒔「良いんですか?」

霞「えぇ。その為に私も小蒔ちゃんのお部屋に来たようなものだから」スッ

そう言って霞ちゃんがテーブルの上に広げた資料には様々な写真が貼り付けてありました。
眠そうにしている顔、真剣そうな顔で何かを応援している顔、優しそうな顔、ふざけている顔。
中にはほんわかと幸せそうにしている顔や、ちょっぴり締まりの悪い顔もあったりして。
でも、どの表情どの写真からも彼がとても明るくて人に慕われる性格だと言うのが伝わってきました。

小蒔「ふふ…っ」

霞「あら、気に入った?」

小蒔「い、いえ…別にそういう訳じゃないんですけれど…」カァ

気に入ったとか、そういう偉そうな事を言える立場ではないですし…。
でも、どの写真も彼の周りには人がいるのです。
友人らしき人、仲間らしき人、先輩らしき人、後輩らしき人。
その写真の殆どで誰かと一緒にいる彼はきっとそれだけ社交的な人なのでしょう。

小蒔「…きっと良い人なのですよね」

霞「えぇ。資料によると人の為に多少損をしても自分が動いちゃうタイプみたいね」

小蒔「ふふ、きっと霞ちゃんみたいな人なんですね」クスッ

霞「も、もう…小蒔ちゃんったら」カァ

恥ずかしそうに霞ちゃんは言いますが、それは事実です。
だって、そうでもなければ一年からずっとエルダーに選ばれ続けるなんて不可能なんですから。
それだけ霞ちゃんが慕われる性格じゃなかったら、三年連続エルダーなんて事、成し遂げられません。
霞ちゃんがどれだけ否定しても、彼女は私にとって自慢の友人なのです。


小蒔「…でも、本当にこの人…須賀さんは了承してくれているんですか?」

霞「…えぇ。快く頷いてくれたそうよ。小蒔ちゃんの助けになりたいって」

小蒔「私の助けに?」

霞「彼にはあくまでも麻雀部に人が足りないから鹿児島に来てもらうって事になっているの」

小蒔「それって嘘を吐く事になるんじゃないですか?私…そういうのはあんまり好きじゃないです…」

霞「ごめんなさい…それじゃ公平性が保てないから…」

公平性。
その言葉の意味を私も理解出来ていました。
古くからこの鹿児島の地を鎭守している神代家には様々な慣習があるのです。
ほぼ本決まりとなっているとは言え、それらに従わない訳にはいかない…と言う事なのでしょう。

小蒔「…」ムー

霞「…小蒔ちゃん」

小蒔「…分かっています。霞ちゃんは悪くないって事くらい」

とは言え、私自身が納得出来るかと言えば、それは否です。
須賀さんは私の助けとなる為にこうして鹿児島まで来てくれるのですから。
そんな優しい人に対して嘘を吐く事こそ公平性を欠いていると言えるのではないでしょうか。
少なくとも誰かの為にこうして動いてくれている須賀さんに対してあまりにも不誠実でしょう。


霞「…私も正直、今回の決定には色々と思うところはあるわ」

小蒔「…え?」

霞ちゃんがそうやって不平を漏らすのはとても珍しい事でした。
私を含めたこのお屋敷の代表として様々な場に顔を出す霞ちゃんはあまり不平不満を口にしたりしません。
私にも気を遣っているのか、普段はそういったものを全て飲み込んでくれているのです。
そんな霞ちゃんでも漏らしてしまう言葉の裏に一体、どんな感情や事情が隠されているのか。
私にはそれをうかがい知る事はどうしても出来ませんでした。

霞「でも、私たちにはそれを覆す力はない…。だからこそ…私達が彼を優しく迎えて…受け止めてあげなければいけないの」

小蒔「……」

霞「小蒔ちゃん…協力してくれないかしら?」

小蒔「…卑怯です…そんな事言われたら断れないじゃないですか…」

…いえ、分かっているのです。
霞ちゃんが言うように私にはその決定をどうにかする事は出来ません。
『神代の巫女』はあくまでも宗教的象徴であり、実権など何一つとして持っていないのですから。
私達に出来るのは敷かれたレールを走る事だけ。
許される裁量はそこから手を伸ばす事くらいなのです。

小蒔「…私で…出来ますか?」

霞「え?」

小蒔「須賀さんをそんな風に迎えて…受け止める事が…出来るんでしょうか…?」

私はあまり人付き合いの得意なタイプではありません。
どうにも価値観が人とズレているらしい私はクラスメイトと話していて不思議そうな顔をされる事も多いのです。
結果、引っ込み思案という訳ではありませんが、慣れない相手とあまり関わるのは得意ではなくなってしまいました。
そんな私が今までの人生の中でろくに接した事のない殿方 ―― しかも、初対面の相手を受け止める事が出来るのか。


霞「……出来るわ。小蒔ちゃんなら」

小蒔「…本当に?」

霞「えぇ。私が保証する。だって、小蒔ちゃんは私の自慢の友人なんだもの」

―― 霞ちゃんのその言葉は私に力をくれました。

力強く同意するその言葉にはっきりとした裏付けはありません。
でも、霞ちゃんはずっと私の側にいてくれて…そして私の事を見続けてくれているのです。
そんな彼女が言ってくれるならば、きっと大丈夫。
そう思うくらい ―― 少なくとも自分自身よりも ―― 私は霞ちゃんの事を信じているのです。

小蒔「…私、頑張ります」

小蒔「私に何か出来るか分かりません。けれど…精一杯、頑張りますから…っ」グッ

霞「ふふ…その意気よ」ナデナデ

小蒔「はふん…♪」

霞ちゃんのナデナデは好きです。
まるで優しく髪を梳かせて…優しい手つき。
大事にされているっていうのがその指先一つ一つから伝わってきます。

霞「じゃあ、私は頑張る姫様に一つご褒美をあげようかしら」

小蒔「え?」

霞「巴ちゃんがもうおやつ作ってくれているけど追加で何か準備してくるわ」

小蒔「ほ、本当ですかっ!?」パァ

霞「えぇ。だからいい子にして待っててね」

小蒔「はいっ」

えへへ…霞ちゃんのおやつ楽しみです。
霞ちゃんはお料理だけじゃなくてお菓子作りも大得意ですから。
三時になったらきっと美味しいおやつが二つ並ぶ事でしょう。
ふふ…今からでも楽しみになってきました…!


小蒔「……あ」

って霞ちゃん、資料置き忘れていってます。
今から持っていくと流石に迷惑でしょうし、三時になってから渡しましょう。
それにまぁ…さっきさらっと見たのは写真だけで、まだちゃんと文字を追えていなかったですし。
須賀さんの人となりをしるためにもちゃんと読んでおきたいですから。

小蒔「…えーっと…」

そこに書いてあったのは私の知らない人生でした。
何も縛られるもののない…選択肢に溢れた生き方。
自らの血筋の意味も知らず生きる彼は一見、私とはかけ離れた人生を過ごしています。
けれど、彼と私は本質的には同じで…でも、須賀さんはそれを知らなくて。
別物のようで、その根本は私と一緒な殿方。
そんな須賀さんへの関心が資料を読めば読むほど私の中で膨れ上がっていくのです。

小蒔「須賀京太郎さんかぁ…」

どんな声をしているのか。
どんな風に話すのか。
どんな考え方をしているのか。
どんな癖があるのか。
どんな風に私に接してくれるのか。
幾つも浮かび上がっていく興味はそのまま私の心の中にしっかりと根づいて… ――

小蒔「早く会いたいな…」

―― 私はいつの間にか彼と会える日を楽しみにしていたのでした。




※姫様もはっちゃんもまだまだ全然堕ちてません
でも、はっちゃんはそろそろ本気で頼み込めば手コキくらいならやってくれそうな友好度に入ってきたような気がしなくもない
巴さんは余裕
春?フェラくらいなら嬉々としてやってくれるんじゃないかな?(錯乱)

今日の投下はこれで終わりです
次回の投下はもうちょっと早めに出来れば良いなと思っています
後、そろそろ切実にエロ書きたくなってきました
衝動抑えてこれからも健全に頑張っていこうと思います

>>284
やるとしてもif扱いか別スレだろうけどね
おもちスレの姫様連れてきてみたい(KONAMI)

発情スレから読んでるけど>>1の文章ってさ、読みにくいよな
短い会話の後に長い心の声を挟むもんだからくどい
それが毎回だから会話の流れというものがパッて入ってこないんだよね
読ませる文章じゃなくて、読めよって監事の文章だからよく飛ばして読むわ
でも丁寧だし、場面はイメージしやすい文章だと感じるよ

読みにくいのイメージしやすいとな。両立し辛い部分だと思うがさて。
くどいのはまぁ共感できる。素人意見ではあるけど会話、独白の叙情と叙事の割り振りの問題かもしれない。叙情重視の構成だけどSSならもっと会話の合間合間に叙情を差し込んだら、テンポが犠牲になるけど読みにくさは多少改善される?
もしくは思いきって削るか。キャラの感情説明やその気持ちを抱く根拠とかかなり丁寧だからもう少し省いてみるとか。
意図的なミスリードを除いて読者になるべく誤解を与えないようとする姿勢は見事。精読派には満足だけど流して読む派には少し辛いのかもしれない。

なら短く感想
や初ロ
や小美
33-4

おつー
はっちゃんとはるると湧ちゃんかわいい

最近全くと言っていいほど出番のない霞さんェ

須賀京太郎というそれのまでの人生をぶち壊されたんだから
両親はもちろん神代家全て恨んでいてもおかしくはない(姫様たちは恨んでいないとは言っているが)
解離性同一性障害とまでは言わないが、京子という人格というか設定はそんな京太郎を抑え込むため
という理由もあってああいう性格になっている、と思って読んでいる
京太郎時の視点が柔らかいのは京子の賜物、いつか京太郎には爆発してほしい

とりあえずHTML化依頼に対応してきました
ご心配をお掛けして申し訳ないです…

>>285
今はこっちだけで手一杯だから別スレもifも無理だけどねー
でも、おもちスレの姫様を連れてくるのは俺も正直書いてみたい
こっちの姫様に憑依でも、別人としての降臨でも面白い事になりそう

>>286>>288
読めよって感じの文で笑っちゃいけないのに笑ってしまった
うん、俺のはそんな感じだよね、読みにくいしくどいのは同意する
自分の中で「あれ?これ不自然じゃね?」と思うとどうしてもその辺理由つけて長々と補完しちゃうんだよなぁ
その対策として最近は会話文で説明するようにはしてるけどあんまり芳しくはないです
申し訳ない、これからも頑張ります

>>290
なん(ry
短すぎて分からないけどとりあえずロリが好きだという事だけはよく伝わってきた

>>304
か、霞さんは主役回に備えてヒロインパワー貯めてるから(震え声)

>>306
インターハイを色々と楽しみにしてて下さい




あ、後、次回投下は恐らく月曜日か火曜日の予定です

ごめんなさい、今日の投下は無理っぽいです…
明日には出来るように頑張ります…

こんばんはー残業入って今戻りました…
とりあえず今から見直しやってキリの良いところまで投下します
明日も続きを投下する予定です…
お待たせして申し訳ありません

出来たーとりあえず投下します
あ、このスレはKENZENではなく健全です(念押し)


―― 「どうしたんだ?」

―― 「えっ…?」

―― 「まいごか?おれもなんだよ」

それが私と彼が交わした最初の会話。
まだ私が鹿児島に来る前の事。
彼が鹿児島にやってくるよりもずっとずっと前の事。
ほんの一瞬だけ私と彼の道が交わった時…運命の悪戯のような邂逅が作った偶然の出会い。

―― 「ってなんでなくんだよ」

―― 「ば、ばか…。なきやめって。ほら」

当時の私にとって彼は白馬の王子様のようなものだった。
親から逃げた私にとってその広い駅の中は、まるで迷宮のように思えたのである。
自業自得とは言え、そんな場所に一人ポツンと佇む私にとって世界はとても恐ろしい物に見えた。
意地の所為で泣き出す事も出来ず、引っ込み思案な性格の所為で助けを求める事も出来ず。
ただただ人混みに流されるように移動してた私を彼は見つけてくれた。
捕まえて…引き寄せてくれた。
瞬間、感極まった私は見知らぬその男の子に抱きつきながら泣きだしてしまったのである。

―― 「あ、ま、まってろ。いま、いいもんやるから」

―― 「ほら、これみたことあるか?こくとーって言うんだぞ」

その時、彼がくれたお菓子の味を私は今も覚えている。
黒糖。鹿児島の名産品。
私が初めて口にしたそれはとても優しい甘さで…ついつい顔が綻んでしまった。
いや、綻んだのはきっと顔だけじゃなく…心もなんだろう。
そうやって二人並んで黒糖を食べている間に私は涙を止め、ポツリポツリと彼と話をし始めていたんだから。


―― 「なんだ。おまえ、これからかごしまにいくのか」

―― 「おれはついさっきかごしまからこっちにかえってきたばかりなんだぜ」

―― 「…え?りょこーじゃなくてひっこしなのか」

―― 「…うん。わかるよ。おれもともだちとわかれたくねーもん」

話下手な私はきっと脈絡もなく言いたいことを漏らしていただけだったのだろう。
でも、彼はそれにずっと相槌を打ち、受け止めてくれていた。
それが当時の私にとってどれだけ有り難かったか、きっと彼は知らない。
親にも迷惑になってしまうとずっと言えなかった思いの丈をぶつけたのなんて…本当に彼が初めてだったんだから。

―― 「ん?かごしまってどんなところ?」

―― 「そうだなー…こっちよりもあったかいかな」

―― 「めしもうめーよ。こくとーもな」

―― 「なんだよ。わらうなよ。めしがうまいのはいいことだろ」

―― 「…でも、ようやくわらったなおまえ。そっちのほうがかわいいよ」

……今から思えば、この時から彼のタラシな性格の片鱗はあったんだろう。
きっと当時から特に何か考えず、思った事をそのまま言っていただけだ。
けれど、この時の私にそれは分からず、『王子様』からの言葉に顔を赤く染めていて…。
……もしかしたらこの時から私はもう駄目になっていたのかもしれない。

―― 「ま、ウジウジしててもしゃあないしさ」

―― 「ちょっとたんけんでもしようぜ」

―― 「たんけんしてるあいだにみつかるかもしれないし、きっとおもしろいこともあるって」

私に向かって無造作に伸ばされた手。
それを取る事に私はもう躊躇はなかった。
彼と一緒であればきっと大丈夫って、そんな風に思う事が出来たから。
ううん…多分…それだけじゃなくって…私は彼と一緒にいたかったんだ。


―― 「いってー!なにするんだよ…」

―― 「あーわるかったって。はんせーしてるよ…」

でも、そんな時間は長くは続かなかった。
私と彼の両親は二人で探検を初めてすぐに見つかってしまったのである。
結果、彼は大目玉を喰らい、私は親に泣きつかれてしまった。
まさかほんの少しの反発心がこんな事になると思っていなかった私はそんな親の前でオロオロとするしかなかったのである。

―― 「しゃあねえじゃん。いまにもなきそうなやつがいたんだからさ」

―― 「たすけるのがおとことしてとーぜんだろ」

…彼が親と逸れた理由は泣きそうな私を助ける為であったらしい。
当時の私は必死になって泣くのを我慢しようとしていたけれど、彼はそれがやせ我慢だと見破ってくれたのだ。
それで自分も迷子になっているのだからちょっと情けないけれど…でも、私にとって彼が『王子様』であった事に違いはない。
だって、迷子になって泣きそうになっている私に気づいてくれたのは彼だけなんだから。

―― 「なんかむずかしそうなはなししてんなー」

―― 「おまえはどうする?こくとーたべるか?」

―― 「ってこくとーなくなったな…」

―― 「ばか。あやまるなよ。おみやげのひとつやふたつなくなったところでだいじょうぶだって」

―― 「それよりおまえ、ホント、こくとーきにいったんだな」

勿論、黒糖も気に入っていたけれど、ソレ以上に彼と一緒にお菓子を分け合うのが嬉しかった。
彼の話に相槌を打ちながら、たまに口を挟みながら、なんでもない時間を過ごすのが楽しかった。
……でも、当然ながら、そんな時間は長くは続かない。
私と彼の両親は深刻そうな顔で話し合っていたけれど…私が長野を経たなければいけない時間は刻一刻と迫っていたのだから。

いたけれど…私が長野を経たなければいけない時間は刻一刻と迫っていたのだから。

―― 「じゃあな。あっちでもげんきでやれよ」

そこで私と彼の話は終わり。
結局、私は彼の名前も知らないまま、彼も私の名前を知らないまま。
私は彼の名前を聞く事が出来なくて、彼も私の名前を聞いてはくれなくて。
ほんの一時…僅かな時間一緒に過ごした関係で終わってしまった。
普通ならば、そのまま二度と交わる事のない関係だったのだろう。

―― けれど…今、彼は私のすぐ側にいる。

あの日からずっと引きずり続けた想い。
それを思い出させるように…あの時よりも魅力的な顔で、あの時よりも魅力的な仕草で、そして何よりあの時と同じ優しさで。
彼は…須賀京太郎は再び私とその道を交える事になった。
でも、彼は私の事なんて覚えてはいないんだろう。
私は結局、名乗る事もしなかったし、そもそも私達が一緒に居た時間はほんの一時間程度なのだから。
私にとってそれは人生を変えるほど濃厚な時間だったけれど、彼にとってはそうではなかったんだ。

―― それでも良かった。彼と一緒に居られるなら…それで。

この想いは決して成就しない。
いや、させてはいけない類のものなのだと分かっている。
それでもこうして彼が側にいてくれる事が私にとってはとても嬉しい。
あの時の彼に…私の『王子様』に恩返しが出来る事が。
あの時と同じように何でもない話が出来る事が。
そして何より…何度夢見た彼に触れられる事が。
無性に嬉しくて、楽しくて、幸せで… ――

―― だから…私は…。



………


……







京太郎「んー…ふぅ…」

流石に休日ともなるとある程度はノンビリ出来る。
昨日は初美さんとのデートもあったが、今日は特に予定は入っていない。
日課の訓練や特訓は夕食前には全て終わって、今の時間は若干、暇なくらいだ。

京太郎「(なーにするかなぁ…)」

長野に居た頃の俺なら深く考える事なくネト麻かゲームに向かっていただろう。
しかし、今の俺にあるのはほぼ一週間ぶりと言っても良いような余暇なのだ。
この時間をどう使いこなすかが、来週を戦いぬく活力になる事だろう。
そう思うとこれからどうするかを中々、決められなかった。

京太郎「(…ま、時間の使い方を悩みながらのんびりするってのも贅沢だよな)」

最近、忙しかった所為か、本当に心からそう思う。
何か予定に追われる必要のない生き方っていうのは贅沢なんだって。
こうして自室でダラダラしながら横になるって言うのもどれくらいぶりだろうか。
本格的に特訓やら勉強やら始まった後にはこんな余裕はなかった気がする。


京太郎「(…だが、そう…だが…だ)」

だからこその弊害って言うものもやっぱり存在する。
普段はクタクタになるまで頑張って布団でグッスリルートだから気にならなかったけどさ。
やっぱりこうしてダラダラしてるとこう身体が色々と欲求を覚えてくるというかですね。
具体的に言うと性欲がジリジリと刺激されて、凄くムラムラする。

京太郎「(……い、今なら大丈夫…だよな?)」

今日、自室に誰かが来る予定はない。
巴さんのマッサージも今日は終わっている。
ならば、今の間にちょっぴりこうムスコとの戯れをしても良いんじゃないだろうか。
お屋敷に来てから早四ヶ月が経過しているが、殆ど構ってやれなかった訳だし。
そろそろスキンシップも取ってやらないと健全な男子高校生として不健全になってしまう。

京太郎「(さて…何時もならここでオカズの選定に入る訳だけれど…)」

…まぁ、これに限っては正直、必要ないというか。
軽く触れたら暴発してしまいそうなくらい今の俺は溜まってる。
そもそも秘蔵のエロ本やお宝zipが手元になくても、このお屋敷に来てから少なからずエロハプニングというのはあったしな。
その経験だけでも十分過ぎるくらいにオカズになる。


京太郎「(ふへへ、楽しみだなー)」ヌギヌギ

いやー流石にこんな長期間オナ禁した事ないからなー。
一体、どれだけ気持ち良くて、どれだけ射精るんだろうか。
おっと、でも、浮かれすぎて証拠を隠滅しやすいように準備はしておかないとな。
ティッシュの箱は取りやすいように置いて、布団は…敷かない方が良いな、匂いが移ったら困るし。
後は全裸になれば準備完了…… ――

春「京太郎?」

京太郎「わきゃっ!?」ドッキーン

アイエエエエエエエエエエ!?
春!?春、ナンデ!?
い、いいいいいや、待て、ここは冷静になるんだ…!
今はまだ服も半脱ぎ…ティッシュの箱が不自然に床にあるくらい…!
ほんの少し時間稼ぎをすれば、いつも通り振る舞う事が出来るはず…!

春「…大丈夫…?」

京太郎「だ、大丈夫大丈夫!」シュバババッ

京太郎「それよりどうかしたのか?急に部屋に訪ねてくるなんて」キュッシュッシュッ

春「そ、それは…」

京太郎「もしかして何か言いづらい話か?」スッバババッ

春「…う…ん」

京太郎「分かった。じゃあ、ちょっと開けるから待っててくれ」スーッ

京太郎「…お待たせ、春」キラッ

ふー何とか取り繕う事が出来た…!
襖越しには若干、不自然な会話だったけどそれでも時間稼ぎには成功したみたいだ。
ちょっと春には申し訳ない気もするが…流石にこればっかりは気づかれる訳にはいかない。
割りとむっつりなところもある春は引いたりしないだろうけど、男の面子って奴は間違いなく傷つくし。
意外と男って奴はナイーブで傷つきやすい生き物なのだ。


春「……京太郎?」

京太郎「え?ど、どうかしたか?」

春「…何か隠してる…?」

京太郎「え?い、いいいいや、何も隠してなんかねぇって」

春「……じぃ」

京太郎「ぅ…そ、そんな風に見つめるなよ。照れるじゃないか」

春「……若干、服乱れてる」ポソッ

京太郎「え?」

幾ら早脱ぎ早着替えを習得した俺でも流石にあの短時間で服を全部元通りにするのは無理だったんだろう。
そもそも俺が今着てるのは私服代わりの巫女服だしな。
初美さんに色々と服は買ってもらったが、勿体無くて中々、普段から着れていない。
オシャレを自称する初美さんだけあって全部部屋着にするのは勿体無いくらいセンスが良いしな。

春「……京太郎」

京太郎「い、いや、実はさっきまで畳の上でうたた寝しそうだったんだよ」

春「本当?」

京太郎「ほ、本当本当!」

京太郎「それより中に入れよ。あんまり聞かれたくない話なんだろ?」

ちょっと強引な流れではあるが、コレで押し通すしかない…!
それにまぁ、実際、こうして部屋と廊下で立ち話をし続けるのもアレだしな。
春が言いにくい話を俺にしたいというのなら、あまり人目につく場所に立たせておくのも可哀想だ。
特に他意はないが、とっとと部屋の中に入ってもらうのが一番だろう。


春「…うん。お邪魔します…」

京太郎「おう、いらっしゃい」

京太郎「お茶とかはいるか?」

春「ううん…大丈夫…」フルフル

京太郎「そっか。あ、これに座ってくれ」

春「ありがとう…」スッ

一応、聞いては見たけれど要らないか。
まぁ、今からお茶を沸かそうとすると居間か厨房に行かないといけない訳だしな。
時間はちょっと掛かるし、本人が要らないというのであれば無理に勧めたりする必要はないだろう。
それよりも来客用の座布団を春に出してやって…俺も座るか。

京太郎「……」

春「……」

京太郎「……」

春「……」フル

…が、沈黙…っっ!!
結構はっきりとモノを言う春が若干、言い淀むくらいの話だもんなぁ。
その上、さっきから小さく肩を震わせているし…多分、凄く緊張しているんだろう。
こんな春の姿見たことがないくらいだし…座布団に座っただけで、よし準備が出来ました、ってなるはずがない。


京太郎「(ここで問題だ。こんなにも緊張している春からどうやって目的を聞き出すか)」

3択-一つだけ選びなさい
答え1ハンサムの京太郎は突如彼女の言いたい事が閃く
答え2事情を知っている仲間が来て助けてくれる
答え3どうにもならない 現実は非情である
俺が○をつけたいのは答え2だが、期待は出来ない…
一分前に俺の部屋に来た春の事情を知っている人があと数秒の間に都合よく現れて、裁判のように事情を話してくれるって訳にはいかねーゼ
逆に人が来ると春が遠慮して言えなくなってしまうかもしれねぇ。
ここはやっぱり答え1しかないようだ…!

京太郎「(と言っても夕食の時は大体、普段通りだったと思うんだけどなぁ)」

いつも通り俺の隣に座った春の様子は俺も見ていたが、普段とそう変わらなかったと思う。
食事の最中、何度もこっちを伺うようにチラ見していたのは何時もの事だし、俺の欲しいものを取ってくれるのも毎日の事だ。
思い返せばちょっとこっちを見る回数が多かったかな?とか、ぎこちなかったかな?くらいで、目につくような変化はなかったと思う。
少なくとも今みたいに肩がガチガチになるくらい緊張はしていなかったはずだ。

京太郎「(…なら俺に出来るのはその緊張を解してやる事かな)」

結局のところ、俺が春の言いたい事を察してやるには情報が少なすぎるのだ。
それならば、出来るだけ彼女が言いやすいような雰囲気を作ってやるべきだろう。
まぁ、それも口で言うほど易しい訳ではないのだが、しかし、春の心を下手に察しようとするよりはマシなはずだ。


京太郎「…春」

春「ぅ」ビクン

京太郎「今日は黒糖はどうしたんだ?」

春「こ、黒糖は…お、置いて…きた…」

京太郎「珍しいな、春が黒糖を置いてくるなんて」

春にとって黒糖はソウルフードと言っても良いくらいの代物なのだ。
ちょっと目を離した隙に何処からともなく取り出した黒糖をかじっている姿が良く観測される。
お屋敷で会う時には大抵、手に黒糖の袋を持っている彼女が黒糖を持っていないなんて珍しい。

春「今日は真面目な話…だから」

京太郎「…そうか」

春が黒糖を置いてくるくらいガチな話か。
改めて考えては見たけれど、やっぱりどんな内容か思いつかない。
でも、佇まいは改めてしっかりとしたものを意識しておこう。
春がこれだけ言うんだからきっと本当に真剣な話なんだろうしな。

京太郎「……」

春「……」フル

京太郎「……」

春「……」フルフル

京太郎「ぁー…その」

春「ひぅ」ビクッ

京太郎「あ、すまん」

春「う、ううん…大丈夫…」

いや、大丈夫じゃないだろう。
声を掛けただけであんなに驚くとか今までの春からは考えられないくらいだぞ。
緊張もさっきから収まる気配もないし、これは無理をさせない方が良いんじゃないだろうか。


京太郎「…無理しなくても良いんだぞ。急用じゃなければ別に明日でも…」

春「あ、明日は…無理…」

京太郎「じゃあ、明後日とか…予定の合う日で良いからさ」

春「…っ」フルフル

そこで無言で春は首を振った。
何が言いたいのかは分からないが、しかし、今すぐじゃないと駄目らしい。
そうまでして急ぐ理由はまったく察する事が出来ないままなのが正直、情けないけどなぁ。
でも、だからって俺に出来る事がまったくない訳じゃない。

京太郎「そっか。じゃあ、俺はどうしてやれば良い?」

春「き、京太郎は…その…」

京太郎「ん?」

春「……ぎゅって…して?」

京太郎「え?」

ぎゅ?
いや、この流れでぎゅって…え?
俺は緊張を解く為に言ったつもりなんだけど…ここで抱きしめるとかやばくないか!?
勿論、普段から春は俺に抱きついたりしてるけど、でも、抱きつくのと抱きしめるのは違う訳で。
ちょっとムラムラしてたのもあって今抱きしめたら絶対にムスコがやばい事になる…!

春「京太郎にぎゅってされたら…きっと勇気が出る…から…」

京太郎「…春」

春「お願い…私の事…抱きしめて…」

―― だが…そうやって潤んだ目をした春にお願いされて断れるだろうか。

普段の春は良い意味でマイペースな子だ。
周囲に流される事はなく、自分の言いたい事はしっかりと主張する。
感情は豊かではあるもののm表情の変化は乏しく、慣れていなければ無表情にも見えるだろう。
そんな春が俺の目の前で見たこともないくらい色っぽい表情を浮かべ、こうしてお願いをしているのだ。
……ここでそんな事は出来ないとヘタレなセリフを返す事はどうしても出来ない。


京太郎「…分かった」

春「京太郎…」

京太郎「でも…その…俺も男だからな。やばいと思ったら離すぞ」

春「…それで良い…」スッ

京太郎「ぅ…」

春「…来て、京太郎…」

だからっ!なんでっ!今日に限ってそんなにエロいんだよ!!!
いや、普段から春は色気を漂わせている子だけどさ!!
一緒に居てドキっとする事は正直、何回もあるよ、あるけどね!!
今のはドキッとかそんなんじゃなくてムスコに来るエロさだったぞ…。
やべー…こんな状態で俺、マジで理性持つかなぁ…。

京太郎「…春」ギュッ

春「ん…ぁ…♪」ブルッ

京太郎「あ…悪い。痛かったか?」

春「だ、大丈夫…痛くなんかない…」ギュッ

春「寧ろ…気持ち良い…から。もっと強くして…欲しい…」

…これさー外でもし誰かが聞いてたら絶対にやばいよな。
目の前にいる俺でも春の言葉聞いて誤解したくなるくらいだもん。
一発抜いていれば話は別だったかもしれないけど、その寸前で春が来た訳だしなぁ。
精神的に寸止めされたのもあって、言葉一つ一つが誘われているようにさえ聞こえる。


春「京太郎…」

京太郎「わ、分かった…」ギュゥ

京太郎「これくらいなら大丈夫か?」

春「ぅ…ん…♪」

春「…とっても…気持ち良い…♪」トローン

なんでそこで色っぽい声出すんですかねええええええ!?
いや、ホント、待って!自重して滝見さん!!
君が抱きついてるのは同性じゃなくて、異性だから!
それも健全な男子高校生だから!!
幾ら意識されないと分かっていても、そんな風に言われたら心の中のケダモノが暴走しちゃうの!

春「京太郎…硬くて大きくて…暖かい…」

京太郎「そ、そうか。ま、まぁ、男だしな」

春「ううん…きっと京太郎…だから」

京太郎「俺だから?」

春「京太郎だから…私、こんなに幸せなんだと思う…」スリスリ

京太郎「…そっか」ナデナデ

だが、果たしてこんなにもリラックスしている春を突き放せるだろうか、いやない(反語)
さっきまですげー緊張してたのを知っているだけに…今のリラックスしてる様を見るとなぁ…。
事前にやばくなったら離すと言ってはいるものの、まだ抱き合って数分も経っちゃいない。
流石にそんな短い時間で終わりと言うのは幾らなんでも可哀想だろう。

春「京太郎はやっぱり優しい…」

京太郎「優しくはねーよ。下心も実は結構あったりするしな」

春「…下心?」

京太郎「ほら、俺は大きな胸が好きで…春は結構なものをおもちな訳でしてね」ゲスガオ

春「……京太郎」

京太郎「はい。ごめんなさい。調子乗りました」

流石にこのムードの中言う事じゃなかったか。
でも、あんまりイケメンな事言いすぎてムードを高めすぎるのもちょっとこう…なぁ。
ただでさえ健全な男子高校生としては誤解しそうなシチュエーションなのにコレ以上はやばい。
正直、情けない話だが、今でも表面上を取り繕うだけで精一杯なんだ。


春「…そんなに私の胸…見たい…?」ジィ

京太郎「……え?」

春「…見たいの?」

京太郎「え?い、いや…その…」

見せてくれるのか?と聞きたい…!
正直、若さとリビドーに任せて聞いてしまいたい…!!
だが、そうやって衝動に任せた結果、どうなった…!?
前回は大恥をかいて、春に謝罪させてしまったじゃないか。
ここは今の時点でも悲鳴をあげている理性の鎖さんに頑張ってもらう他ない…!

春「…京太郎は私の胸になんか…興味ない?」

京太郎「そんな事ねぇよ!超見たいです!」キリリッ

ハッしまった…!?
適当にはぐらかすのが正解だったはずなのについつい即答してしまった…!
おっぱい好きとしては当然の返答だが、この状況、シチュエーションではまずい…!
どう転んでも絶望しか見えないぞ…!!

春「そ、そう…」カァァ

京太郎「ああああっ!い、いや、違うんだ!!違うって言うか、違うんじゃなくて、その何というかっ…!」

春「……嘘…?」

京太郎「嘘じゃないって!いや、嘘じゃないんだけど、何て言うかその…」

春「……」

京太郎「見たいけど見ちゃいけないって言うか見たらやばいっていうか、あの…何て言うか…」

誰かホント助けてくれ。
一体、どう言えば理性と欲望がせめぎ合う今のこの感情を上手く表現出来るんだ…!
俺の貧弱な語彙ではどうあっても、支離滅裂な言葉にしかならない…!
日頃から勉強するようになって成績はあがったけれど肝心なところじゃ馬鹿なままかよ俺は…!


春「どうやばいの?」

京太郎「そ、それはまぁ春はすげー可愛いし…おっぱい大きいし…優しいし…おっぱい大きいし…一緒に居て楽しいし…おっぱい大きいし…」

春「……間違いを犯しそう…?」

京太郎「…ぅ…端的に言えば……割りとそんな感じ…」

俺だってそんな事はないと言いたい。
だが、そうやって言えるほど俺は自分のことを過大評価も過小評価もしていないのだ。
俺の理性は決して強靭なものではなくて、俺の欲望はその理性で完全に止められるほど小さいもんじゃない。
今だってこのまま春を押し倒してしまえと囁く自分が頭の何処かにいるくらいなのだから。

春「…良いよ」

京太郎「え?」

春「京太郎なら…見せてあげる…」シュル

京太郎「…………え?」

―― 瞬間、俺の視界の中で肌色が広がった。

白色の巫女服がスルリと動き、その奥から珠のような素肌が顔を出す。
女性らしい丸みを帯びたラインを描き出すその肌はとても艷やかで…そして何より色っぽい。
特に鎖骨から胸部へ掛けての膨らみは思わず生唾を飲んでしまいそうなくらいだ。
こうして間で挟まれているはずなのにその形を保ち続ける張りのある双丘の姿に思わず目を引きつけられてしまう。


春「…どう?」

京太郎「ちょ…ま、待て!待ってくれ…!」

春「…待たない…」

京太郎「いや、そこは待ってくれよ…っ」

春、分かってるのか!?
流石にここまで来るとこの前みたいに冗談じゃ済まない領域なんだぞ!?
まだブラはつけてるからギリギリセーフだろうと思ってるかもしれないけど、男にとってそれはあまり大差ない。
春ほどの美少女がこうして胸を晒してくれているってだけで、止まれなくなってもおかしくはないんだ。

春「…見て、京太郎…私の…胸…」カァ

京太郎「み、見れる訳ないだろ…!」

見たら見ただけ俺の理性が削られていくのだから。
正直、目の前で巫女服が開けられていく様を見ていただけでも理性が危険水域に達している。
ムスコはもう理性の抑えは聞かず、服の中でムクムクと大きくなっていた。
流石にそろそろ春を離さないと…ムスコがスタンダップしている事に気づかれてしまう…!

京太郎「そ、そもそも…春は何か大事な用事があったんじゃねぇのかよ…!」スッ

春「…うん」

京太郎「だ、だったら、そろそろ抱き合うのも止めて、それをまず片付けようぜ。俺だったら何でも力になるからさ!」ズリズリ

よし…とりあえず何とか春から距離を取れた…!
ちょっと無理矢理気味ではあったが、それはもう今更だ…!
今は下手な面子を気にするよりも春をどうにかして説得するのが先だろう。
このままじゃマジで間違いを起こしかねないしな…!


春「…だったら…私を見て…」

京太郎「いや、だから…それよりも先に…」

春「…それが私の話…だから」カァッ

京太郎「え?」

…はい?
いや、何やら重大な話っぽかったよな?
かなりシリアスな雰囲気漂ってたよな?
それなのになんで胸を見る云々の話になるんだ?
健全な男子高校生としては有り難い話ではあるが、まったく頭の中でその二つが繋がらない…!
と言うか、そんなに恥ずかしいなら無理して胸見せなくても良いのよ!?

春「京太郎…更衣室でも保健室女の子の裸…ジロジロ見てた…」

京太郎「ぅ…っ」

春「そのままじゃ…どれだけ外見だけ取り繕ってもすぐに男だってバレちゃう…」

京太郎「い、いや…それは…次からはないようにする。するから…」

春「…無理。今だって…京太郎、こっちをチラチラ見てる…から」カァ

京太郎「うあー!」

いや、無理だって!
完全に見ないようにするなんて不可能だってば!!
だって、春のおっぱいだぞ!?
プルンプルンなんだぞ!?
そんなのどうしても見ちゃうだろ!
どれだけ理性が否と叫んでも、ここぞとばかりに見ちゃうのが男なんだって!!


春「だから…特訓…」

京太郎「と、特訓…?」

春「うん…おっぱいに慣れる特訓…しなきゃ…」

京太郎「い、いやいやいや、ウェイウェイ…!!」

言っている事は分かるし、言いたい事も何となく伝わってくる。
しかし、だからと言って、おっぱいに慣れる特訓をするというのは幾ら何でも飛躍しすぎな結論ではないだろうか。
百歩譲ってそれが有りだとしてもその為に春がおっぱいを晒すというのは明らかに行き過ぎだ。
見れるのは嬉しいし正直ガン見したいくらいだが、そんな理由でおっぱいを晒されて素直に受け取る事なんて出来ない。

春「待たない…」ソッ

京太郎「は、春ぅぅ!?」

あわ、あわわわわわわっ!?
春がこっちに抱きついてきて…こ、これやばい…!
俺の上に乗っかるような形だから丁度、目の前に肌色とおっぱいががががっ!
何だか甘い匂いもするし…絶対やばいって!
に、逃げなきゃ…逃げなきゃ…いけない…!

春「逃げないで…」ギュッ

京太郎「ひゃうぅ!?」ビックゥ

春「そんなに怯えなくても…おっぱいは怖くない…」

京太郎「い、いや、別におっぱいに怯えてる訳じゃないんだけどさぁっ!」

どちらかと言えばこの状況に追いつけなくてびっくりしてるんだよぉっ!
なんで重大な話云々から俺は目の前のおっぱい突きつけられてるんだ!?
一体、どんな超絶反応起こしたらこうしてプルンプルンな巨乳と急接近出来るの!?
後学の為に是非とも聞きたいレベルでおかしいと思うんだけど!!


春「…じゃあ、好き?」

京太郎「勿論、大好きです」キリッ

春「じゃあ…良いよね…」クスッ

京太郎「い、いや…そういう問題じゃなくってさ…」

春「じゃあ…どういう問題?」

京太郎「それは…つ、つか、春の方こそ恥ずかしくないのかよ」

春「す…凄く恥ずかしい…」カァ

京太郎「だ、だったらそんな無理しなくてもさ…!」

春「…でも、京太郎なら良い…」

京太郎「い、良いって…春、お前…」

春「京太郎…だけだから…良い…」

…その言葉の意味を俺は一体、どうやって解釈すれば良いんだろうか。
俺と春はこうして四ヶ月間共同生活を営んでいるとは言え、艶っぽいものを感じさせない関係だ。
悪友と言った感じの初美さんとはまた違い、親友と呼べるような関係を構築してきたつもりではある。
少なくとも俺はそう思っていたし、春もそうだと思っていた。
だけど…それはもしかして俺の思い込みであったのだろうか?

春「京太郎はずっと頑張ってきたから…少しくらい役得があっても…良い…」

京太郎「い、いや、俺はこうして皆と一緒に過ごせるだけでも十分に役得だってば」

京太郎「可愛い女の子に囲まれまくってるしな。俺にとってここは天国みたいなもんだよ」

春「…でも、京太郎…したくもない女装をさせられて…話し方とか全部女の子らしいものにしてる…」

春「友達も名前も性別も…全部奪われただけでも辛いのに…京太郎はずっと頑張ってる…だから…」

春「…もっと天国気分に…なって…?」ナデナデ

京太郎「ぅ…うあ…っ!」

あーくそ…!
考えが纏まらねぇよ…!
結局、春は俺の事をどう思っているのかとか…色々聞きたい事はあるはずなのに…!
完全に思考が目の前の春に飲まれて…流されていってる…!
駄目なのに…俺、俺…このままじゃ… ――


春「…それとも…これじゃ…足りない?」プチッ

京太郎「ぇ?」

春「…ん…」ヌギヌギ

え?
い、いや、春さん、何をしてるんデスカ?
ただでさえ巫女服肌蹴て上半身半裸状態なんだけど!!
その上、脱ぐようなものなんてもうピンク色の可愛らしいブラくらいしかないような!?
いや、でも、それはないよな…幾ら春でもそこまでは…っ!

春「…は…ぃ…」シュル

…しやがったよおおおおおおお!?
こ、この桜色のぷっくりしたのって乳輪だよな!?
男のそれとは比べ物にならないくらい大きめでちょっとやらしい感じ…!
丁度、口で吸えるようなそのサイズは吸って下さいとおねだりしているみたいだ…!
その頂点にある張った乳首も結構大きくて…おぉ、もう…!

京太郎「…………」

春「な、何か言って…?」

京太郎「…すげーやらしい」

春「…っ!」カァァァ

そんな言葉くらいしか見当たらねぇよ…!
だって、仕方ないじゃん!
ぷっくり膨らんだ乳輪とツンと上向きに尖った乳首とかさ!
どんなグラビアでも見たことがねぇよ!!
見知った美少女の胸ってだけでも興奮するのに、その上、こんなエロいもん見せられたらさ!!
誰だってそりゃやらしいって感想しか出てこないってば。


春「き、京太郎のエッチ…」ギュッ

京太郎「おわぁっ!?」

ってなんでそこで春はさらにこっちに近寄ってくるんだよ!
んな事されたら余計おっぱいが一杯近づいてきて顔の前に肌色がああああっ!
桜色の乳首も今にも顔に触れそうなくらい近づいて…お、俺にどうしろって言うんだ…!
もういい加減、我慢も限界になってきてるんだぞ…!!

京太郎「はぁ…はぁ…」

春「ん…は…ぁ…」

…これ春の吐息か?
春も…俺に見られて興奮している…んだろうか?
分かんねー…視界に広がるのは春の胸ばっかりで顔なんて見れないし…。
でも、呼吸に合わせて上下するおっぱいはすげー色っぽくて…もう目が離せない…。

春「京太郎…どう…?」

京太郎「はぁ…ど、どう…って…?」

春「慣れられそう…?」

京太郎「い、いや…無茶…言うなよ」

正直、今、春に襲いかかるのを我慢するので俺は手一杯なんだ。
おっぱいに慣れるとか慣れないとかそんな領域に裂く余力は一切ない。
今の俺にとってこれは一瞬でも気を抜けばケダモノになってしまいそうなシチュエーションなのだ。
それでも何とか堪えているのは俺にとって春がとても大事な人だからだろう。
そうでなければ俺はもうとっくの昔に理性の鎖を引きちぎってその胸にむしゃぶりついていたはずだ。


春「…京太郎のスケベ…」

京太郎「お、男は皆こういうもんだって…!つか、俺はかなり紳士的な方だぞ…!」

春「紳士的…?」

京太郎「ふ、普通なら今の時点で襲われても文句は言えねぇって…!」

春「……うん」

京太郎「い、いや…うんって…春、お前…」

春「そのつもりで…来た…から」

京太郎「……え?」

そのつもり?
って…まさか俺に襲われるつもりだったって事か?
いや、まさかそんな…幾ら俺に対する負い目があるからってそれはやりすぎだろう!
或いは…本当にそれだけじゃない…のか?
春はそれだけじゃなくって…俺の事をこう好きとかそんな風に思ってくれて… ――

春「京太郎なら…私、何をされても良い…」

京太郎「い、いや…待てって…おかしい…それは絶対におかしい…!」

春「おかしくないよ…おかしいのは…京太郎の方…」スッ

京太郎「うっ」

春「…こんなにしてるのに…どうして手を出してくれないの…?」

京太郎「だ、だって…!」

あーくそ…訳分かんねぇよ…!
頭の中は拒まなきゃいけないって分かってる…!
こんなのおかしいって…絶対に流されちゃいけないって言ってるのに…!
ドンドンと状況は深みにはまっていく一方で…これ…どうすりゃ良いんだよ…!
せめて時間をくれれば、もっと何か別の方法が思いつくかもしれないのに…!


春「…じゃあ…触って…」

京太郎「え?」

春「特訓だから…私のおっぱい…触って…?」

春「ううん…触るだけじゃなくて舐めて…しごいて…滅茶苦茶にして…」

京太郎「は、春…?」ゴクッ

春「京太郎のしたい事…全部して…?さっきから…ずっと我慢してくれてるんでしょ…?」

京太郎「そ、それ…は…」

春「京太郎の服の上から分かるくらい大きくなってる…興奮…してるんだよね…」スッ

京太郎「うあ…っ」ゾクゥ

ちょ…そこ触らないで!
今、そこやばいから!
長時間正座してしびれた足くらい敏感だから!!
幾ら巫女服越しとは言え、女の子に触られちゃうと…おふぅっ!

春「…ビクってしてる…京太郎の…エッチなところ…」

春「京太郎も気持ちよくなりたいんだよね…?」

春「私なら…良いから…大丈夫だから…エッチな特訓…しよ…?」

―― 瞬間、ブツッと自分の中で何かが切れた音が聞こえた。

京太郎「……」タラー

春「……え?」

京太郎「」ブッフォォ

春「ひゃうっ!?」ビックゥ

それが何だったのか俺には理解出来なかった。
ギリギリまで粘ろうとしていた理性が完全に千切れてしまった音なのか、或いは俺の中の血管が破けた音だったのか。
鼻血を吹き出しながらゆっくりと倒れていく俺には、最早、その二つを区別する判断力すらなかった。
俺に理解できていたのは自分の血って案外温かいんだなって言う事と… ――

春「き、京太郎…?京太郎…!?」

―― 今にも泣きそうな春の前で自分が気絶しつつあるのだという事だけだった。


というわけで今日は終わりです
続きは明日投下します
あ、いまさらですがこのスレのメインヒロインは春です

あ、確かに理由は違うけど生乳で被ってたな…どうしよう…
私のスレでメインを張るには生乳を一番最初に晒さないといけないというジンクスが…!
すみません、完全に意識してませんでした…これかたは気をつけます…

お前ら生乳に反応しすぎィ!!
元々このスレはおもちスレで可哀想な事になった春救済の為に考えたので春メインヒロインであってます
勿論、姫様はメインヒロインじゃないですが、有力な対抗馬ヒロインです
でも、真のラスボスは勿論、咲さんです
あ、今、頑張って推敲してます
もう少しお待ちください

見直し終了
それじゃ投下始めます


京太郎「……ん…?」

俺が目を開いた時、辺りは暗くはなかった。
うっすらと卓上の明かりが灯された部屋の中は光と闇の境界線が曖昧になっている。
いっそムードがあると言っても良いその光景に、俺は布団の中で首を傾げた。
俺は基本、寝る時は部屋が真っ暗じゃなければ寝られない方なんだけど…なんで明かりがついているんだろう?
寝る時に消し忘れてしまったんだろうか。

霞「起きたかしら?」

京太郎「あ…石戸さん…」

霞「おはよう。須賀君」

京太郎「おはようございます…ってアレ?」

…ここ俺の部屋だよな?
なんでこんなところに石戸(姉)さんがいるんだ?
しかも、心配そうに俺の顔を覗きこんで…何かあったのか?

霞「体調はどう?気分が悪かったりしないかしら?」

京太郎「いや、大丈夫です」スッ

霞「あぁ、起きなくても良いわよ」

京太郎「でも、寝たままなんて…」

霞「大丈夫。ゆっくりしていて。無理はしなくて良いから」

京太郎「…うっす。ありがとうございます」

寝たまま客人を迎えるのも失礼な態度だと思うけど、石戸(姉)さんがそう言ってくれるならおとなしくしておこう。
正直、起きたばかりと言っても、まだ頭の中ははっきりしないし眠たいままなんだよなぁ。
なんか身体も凄い怠いし…一体、どうしたんだろうか。
献血で思いっきり血を抜かれた後の気怠さをもっと酷くしたみたいな感じだ。


京太郎「でも、どうして石戸さんがここに…?」

霞「…ちょっと須賀君の寝顔を見たくなっただけよ」

京太郎「夜這いって奴ですか?」

霞「ち、違いますぅっ。そういうんじゃないからね」

京太郎「えー…」

霞「なんでそこで残念そうなのよ…」

そりゃ男としては逆夜這いは夢のシチュエーションの一つですから。
それを石戸(姉)さんほどの美しいかつナイスおっぱいな人がやってくれるとなるとそれだけで色々と滾ってしまう。
まぁ、実際にはそんな事はないんだろうけれどさ。
正直、色々と恐ろしいのでするつもりはまったくないが、俺が石戸(姉)さんに夜這いする方がよっぽどあり得るだろう。

京太郎「じゃあ、なんで急に」

霞「わ、私が須賀君の顔を見たくなっちゃいけないの?」

京太郎「いや…そんな事ないですけど…」

霞「じゃあ…それで良いじゃない」

どうやら石戸(姉)さんは俺の部屋に来訪した理由を告げるつもりはないらしい。
まぁ、ちょっと気にはなるけれど、無理に突っ込んで良い事はないだろうしな。
理由は分からないままだけれど、起きた時、美女が側に居てくれた幸運を喜ぶべきだろう。


京太郎「…じゃあ、石戸さん、俺の寝顔を間近で見る為にも添い寝とか…」

霞「調子に乗らないの」ペシッ

京太郎「あいてっ」

怒られてしまった。
まぁ、ノリノリで添い寝されても困る訳だけれども。
石戸(姉)さんみたいなダイナマイツな人が隣にいるってだけで俺のリピド―は即暴走状態ですよ。
ただでさえこっちに来てから色々と自己処理出来なくて溜まってるって言うのに。

霞「ふふ…でも、安心したわ」

京太郎「え?安心って…?」

霞「あ、いや…今日ちょっと須賀君は疲れているみたいだったから」

京太郎「あー…そうだったんですか」

自分では自覚はなかったが、やっぱり一週間分の疲れは溜まっていたんだろう。
まさか石戸(姉)さんにこうまで心配されるなんてなぁ。
高校入ってから色々と雑用してきて自分では体力があるつもりだったけどそうじゃなかったのかもしれない。
にしても、学校始まって一週間で石戸(姉)さんにわざわざ寝顔を見に来るくらい心配されるとは。
もうちょっと色々と身体を鍛えなおさなきゃいけないかもしれない。

京太郎「すみません。心配かけてしまったみたいで」

霞「良いのよ。それも私の仕事みたいなものだから」

京太郎「じゃあ、仕事じゃなければ心配してくれません?」

霞「そんな訳ないでしょ」ナデナデ

京太郎「ぅ…」

完全に冗談のつもりだった所為だろうか。
石戸(姉)さんにこうして優しく髪を撫でられるとちょっとだけバツが悪い。
まるで悪戯を褒められてしまったような、そんな独特の居心地の悪さに俺は布団の中で微かに身動ぎする。


霞「私にとっても須賀君はとても大事な人なんだからね」

京太郎「…それあんまり男には言わない方が良いですよ?」

霞「ふふ、誤解しちゃうかしら?」

京太郎「そりゃ勿論。石戸さんみたいに魅力的な人なら誤解したいくらいですよ」

霞「ホント、須賀君ったら調子が良いんだから」

俺の軽い言葉にも構わず、石戸さんは俺を撫で続けてくれた。
こうして馬鹿な事を言うのが日常茶飯事な所為か、呆れるように返しながらも顔には笑みが浮かび続けている。
少なくともこういった軽口が通用する程度には、俺と石戸(姉)さんの関係も親しいものになっているのだろう。
そう思うと何となく胸がくすぐったくなるような嬉しさを覚えるのは、一時期、彼女から避けられていた所為だろうか。

京太郎「(…今はそんな事はない。それは分かってるんだけどなぁ)」

寧ろ、昨日の初美さんの言葉を信じる限り、石戸(姉)さんも俺と親しくしたいと思ってくれているんだろう。
それは俺も分かっているのだが、やっぱり中々、彼女の方へと踏み込む事が出来ない。
丁度、こうして二人っきりになれた訳だし、呼び名の変更を口にするくらいは難しくないはずなのだけれど。
やはり一時、避けられていた経験がある所為か、臆病風に吹かれてしまう。

霞「どうかしたの?何か考え事?」

京太郎「いやー、石戸さんは相変わらずお美しい人だなって」

霞「もう。見え見えのお世辞なんか言っちゃって…お仕置きよ?」ツネ

京太郎「ふがふが」

そう言って俺の鼻を軽く摘む石戸(姉)さん。
その力は殆ど入っていないと言っても良いもので、痛くもなんともない。
寧ろ、スベスベとした石戸(姉)さんの手が気持ち良いくらいだ。


霞「でも、ちょっと嬉しかったからこれで勘弁してあげる」スッ

京太郎「ありがとうございます」

霞「ふふ、どういたしまして」

…しかし、お仕置きされてお礼を言うとかこうイケナイプレイみたいだよな。
確かに石戸(姉)さんみたいな美人にお仕置きされるとかお願いしたいくらいなんだけれども。
俺は基本雑食…と言うか、おっぱいがあればそれで良いと言うか……って、ん?

京太郎「(なーんか俺、忘れてる…?)」

今、一瞬、心の中で凄い引っ掛かりを覚えたんだけれど。
まるで忘れちゃいけないものを完全に忘れているような…そんな感覚。
でも、そんな重要な事なんてあっただろうか?
そもそもおっぱいで引っかかるような重大な事なんてそうそうあるはず… ――

京太郎「(…あ)」

―― ……思い出した。

そうだよ…!
俺、こうして起きる前に春のおっぱいを見せてもらったりとかしてたんじゃねぇか!
それで色々と誘惑されて…我慢出来なくなって…鼻血吹き出しながら…アレは失神…で良いのかな?
ともかく途中で意識がなくなって…今、こうして起きたって事は… ――


京太郎「(全部、春に始末させたって事か…?)」

うわーうわーうわーうわあああああああっ!
やべー…恥ずかしいとかを通り越してもう死にたいレベルなんだけど!
あそこまで女の子にやらせて気絶して後処理全部任せるとか…どれだけ格好悪いんだよ俺…。
つか、明日からどんな顔して春に会えば良いんだ…。

霞「どうかした?急に顔が真っ赤になったけれど…」

京太郎「い、いいい…いや…その…」

霞「何か気になる事でもあるの?私でよければ相談に乗るわよ?」

京太郎「え、えぇっと…」

そうやって石戸(姉)さんに心配して貰えるのは嬉しい。
でも、流石にあの出来事をそのまま口にするのはなぁ。
俺自身のプライドの問題もあるが、下手に話すと春にも恥をかかせかねないし…。

霞「遠慮しなくても良いのよ。私ももう今日は寝るだけだから」

霞「それに話してみたら思い過ごしだったり、思ったよりも小さい事だったって事あるでしょう?」

霞「人に話すだけでも解決に向かう事はあるから恥ずかしくないなら聞かせて欲しいわ」

思い過ごし…か。
そうだな…まさか春が本当にあんな事するはずないし。
俺の思い過ごし…と言うか勘違いだった可能性もあるんだ。
春への対応を悩むのはまずそれを確かめてからでも問題はないだろう。


京太郎「…石戸さんが俺の部屋に来たのってどれくらい前ですか?」

霞「え?そうね…数十分くらい前かしら?」

京太郎「そうですか…」チラッ

壁掛け時計を見る限り、今は夕食から一時間半後くらいか。
俺が最後に時計を見た記憶があるのは夕食から一時間くらい経った頃のような気がする。
それから少しして春がやって来て…アレが起こった訳だから…一時間半は流石に計算が合わない。

京太郎「部屋とかは特に乱れたりしていませんでした…?」

霞「いえ、特に何もなかったわ。畳も何も綺麗なままよ」

京太郎「そうですか…」

俺が気絶してから石戸(姉)さんが来るまでの間には恐らく十数分程度の猶予しかない。
その間に気絶している俺から服を脱がせただけではなく、同じ巫女服に着替えさせるのはかなり厳しいだろう。
その上、派手に飛び散り、畳にも染み込んだであろう鼻血を完全に処理するのはまず不可能だ。
あの時計が間違っていない限り、さっきのアレはやっぱり夢だったって事になるのだろう。

霞「納得した?」

京太郎「…えぇ。お手数をお掛けしました…」

この布団の下から新しく血の跡が出てきたなら話は別だろうけどさ。
しかし、こうして俺が布団で寝ている以上、アレは結局のところ自分自身で創りだした幻だったのだろう。
そもそも展開からして普通じゃあり得ないようなもんだったしなぁ…。
…にしてもあんな夢を見るなんて…俺ってどれだけ溜まってるんだよ…。


霞「良いのよ、これくらい。須賀君は何時も頑張ってくれているもの」

京太郎「ありがとうございます」

霞「もう。お礼を言わなきゃいけないのは私達の方よ」クスッ

霞「…何時も皆の為に頑張ってくれてありがとう。辛い思いをさせてごめんなさいね」

霞「私にはそんな須賀君の為にしてあげられる事は少ないけれど…でも言ってくれれば出来るだけ須賀君の良いようにするから」

京太郎「…石戸さん」

霞「…と言うか私、初美ちゃんとデートする話も聞いてなかったんだけれど?」プニプニ

そこで俺の頬を軽く突き出す石戸(姉)さん。
まるで俺を責めるようなその指先から彼女があまりいい気分ではない事が伝わってくる。
初美さんも頼って欲しいのに全然頼ってくれないって言って拗ねていたし…。
同じく俺の為に色々と尽くしてくれている石戸(姉)さんの方も面白くないのかもしれない。

京太郎「…もしかして石戸さん拗ねてます?」

霞「拗ねてません。ただ、何度も言っているのに須賀君は全然頼ってくれないんだなーって思ってるだけで」ツンツン

拗ねてるんじゃねぇか。
いや、流石に石戸(姉)さん相手に怖くてそんなツッコミは入れられないけどさ。
そもそもそうやって石戸(姉)さんを不機嫌にさせているのは俺の行動な訳で。
やっぱり初美さんが言ってた通り、もうちょっと皆に頼るべきだったんだなぁ…。

すみません、ちょっと中断させて下さい人から電話ががが

ただいまー再開します…


霞「…実際、あんまり神代家には頼りたくないのかしら?」

京太郎「いや…それもありますけれど…」

霞「…それとも私だから?初美ちゃんだったらもっと気軽に頼れるかしら?」

京太郎「そんな事はないですよ」

確かに俺が色んな意味で初美さんを頼りにしているのは事実だ。
でも、だからと言って、俺が石戸(姉)さんに対して気まずいものがあるって訳じゃない。
一時期の避けられていた頃ならまだしも、今はこうして普通に二人っきりで話も出来るからな。
石戸(姉)さんが原因って事だけはないのだと即答しておかないと。

霞「…じゃあ、どうして?」

京太郎「そ、それは…」

霞「それは?」

京太郎「…まぁ、端的に言って情けない真似したくなかったというか…格好付けたかったというか」

霞「…でも、須賀君ってもうあんまりお金ないんでしょう?」

霞「そこで下手に意地を張っても初美ちゃんに格好悪いところを見せるだけだと思うわよ?」

京太郎「うぐ…」

…まさに仰るとおりです。
実際に昨日、醜態を晒しまくった俺にとって、その言葉は否定しようがない。
仕方なかったとは言え、世話になっている女の人にユキチ二人分くらいの金額は支払わせた訳だしなぁ。
あんな恥ずかしい思いをするくらいなら、確かに最初から石戸(姉)さんに頼っていた方が良かったかもしれない。


京太郎「…すみません。以後はちゃんと頼るようにします?」

霞「…本当に?」

京太郎「はい…実際、昨日の俺はかなり情けなかったですから」

霞「…嘘じゃない?」

京太郎「だ、大分、疑いますね…」

霞「…だって、何度言っても須賀君ぜーんぜん頼ってくれなかったんだもの…疑い深くもなるわ」

あー…確かに四ヶ月分の積み重ねはデカイよなぁ。
実際、俺自身その積み重ねに対して苦しんでいる面もある訳で。
勿論、俺と違って自分で積み重ねたのと他人から積み重ねられたのと違いはあるけどさ。
でも、それを無くすのは容易い事ではないという面では一緒なのだろう。

京太郎「大丈夫ですよ。初美さんにも色々とお説教されましたし」

霞「お説教?」

京太郎「もっと頼れとかそろそろいい加減、変われとか色々叱られてしまいまして」

京太郎「少なくとも自分が今まで人の厚意に対してあまり真摯な対応をしていなかったと自覚はしました」

霞「…じゃあこれからは私にも欲しいものを遠慮無く言ってくれるかしら?」

京太郎「いやー…」

霞「え?」

京太郎「その…自覚はしましたけど…まだ何とも。そうなりたいとは思っていますが…やっぱり難しいものもあって」

霞「…意地っ張りなんだから」

京太郎「し、仕方ないですよ…金銭が絡むとかなり難しい問題になりますし」

霞「難しい問題にしてるのは須賀君の方だと思うけど?」ジィ

京太郎「ぅ…」

…まぁ、石戸(姉)さんが出してくれると言ってくれていて、俺がそれを断っている構図だしな。
ただそれに甘えれば良いだけなのに、意地だの何だので俺が問題を複雑化してるのは否定出来ない。
でも、だからって言って軽々しくあれ買って欲しいこれ買って欲しいて言うのはなぁ…。
どこまで認めてもらえるか分からない以上、そう簡単にオネダリ出来ない。


霞「じゃあ、ここで何か一つ欲しいものを言って」

京太郎「む、無茶ぶりしますね」

霞「これまでずっと焦らされてきたんだもの。これくらいは許して頂戴」クスッ

京太郎「しかし、急にそんな事言われましても…」

今の状態でも最低限の生活は出来ているからなぁ。
昨日は初美さんに私服も買ってもらえた訳だし、特に思いつかない。
いや、勿論、細々としたものはあるのだけれど、別にそれがなくても生活は出来るレベルの代物だ。
正直、ここで石戸(姉)さんに欲しいって言えるような大層なものは中々なー…。

霞「でも、一つくらい欲しいものがあるでしょう?」

でも、石戸(姉)さんはそれで許してはくれないらしい。
何かあるはずだとグングン俺の方へと踏み込んでくる。
しかし、ここで即答出来るようなものなら俺はとっくの昔に石戸(姉)さんに頼っている訳で。
でも、とりあえず時間稼ぎでも欲しいもの言わないと…また石戸(姉)さんが拗ねるかもしれない。

京太郎「う…え、えっと…その…アレですよ、アレ」

霞「アレ?」

京太郎「…い、石戸さんが欲しいですっ」

霞「…………」

京太郎「…………」

…やべー、何の反応も返ってこない。
とりあえず考える時間が欲しくて言った言葉だけど…流石に石戸(姉)さん相手にこのセリフはなかったか…!?
初美さんだったら笑い飛ばすし、春だったらこっちにやり返してくるセリフだったけれども!
石戸(姉)さんも割りとこっちからかってくる人だとは言え、根が真面目だし…何より石戸さんは結構こういうネタに敏感な人で…! ――


霞「す、須賀君…それはあの…」アワワワ

京太郎「あ、いや、その…何て言うか…」

霞「じ、じじじじ情熱的な告白で良いと思うけれど、その私は…っ」マッカ

京太郎「で、ですよねー!駄目ですよねー!?」

霞「い、いや…だ、駄目って事はないのよ…?」フルフル

京太郎「えっ」

なにそれこわい。
いや、そこは普通、駄目なんじゃねぇの!?
え?もしかして俺ってば石戸(姉)さんとフラグ立ってた!?
実はさっき俺の寝顔を見に来てくれたのもそれ関係だったのか!?

霞「でも、その…わ、私にも心の準備をさせて欲しいと言うか…」

京太郎「心の準備…ですか?」

霞「湯、湯浴みとか色々…その…私、は、初めてだから…」モジモジ

京太郎「……え?」

お前は何を言っているんだ。
だって、湯浴みとか初めてとか…どう考えてもこれ誤解じゃん!!
ラブラブチュッチュ(隠語)とかそういうんじゃなくってエロエログチュグチュ(淫語)の方じゃねぇか!!
確かに欲しいとは言ったけど、それはそういう意味じゃない…いや、勿論、そういう意味で欲しくはあるけれども。


霞「な、なんでそんな驚くのかしら…?」

京太郎「あ、いや、その」

霞「そ、そもそも出会いなんてないんだから初めてでもおかしくないでしょ?わ、私…女子校育ちなんだもん…」

もんって石戸(姉)さん…もんって。
いや、拗ねるように頬ふくらませる石戸(姉)さんは普段とのギャップもあってすげー可愛いけどさ。
こう追い詰められた時に見せる子供っぽい仕草の破壊力ってホントやばい。
石戸(姉)さんみたいに普段は隙のない人なら尚更だ。

霞「私だって一回くらい恋愛とかしてみたいけれど…相手もいないし…」

まぁ、外に出るのは学校と買い物くらいで他は全て小蒔さんの世話や神事って生活だからなぁ。
そんな生活していたら異性との出会いがないのも当然だろう。
このままずっと恋も知らずにお見合いへと進んでしまいそうな未来が見える。
…と言うか、今、軽く恋愛対象外だって宣告されてねぇか俺。
恋愛対象としてロックオンされるのは困る訳だけど、ここまで対象外だとちょっと傷つく。

京太郎「大丈夫ですよ。石戸さん美人ですし、スタイルも良くって、料理も上手、気遣いだって出来る凄い人じゃないですか」

京太郎「そんな優良物件、男のほうが放っておきませんって」

霞「え?」

京太郎「石戸さんの方が誰かを好きになれば恋愛なんてすぐさま出来るって事ですよ」

京太郎「少なくとも俺は石戸さんに好きだって言われたらホイホイ頷く自信があります」

ま、恋愛対象外だからこそ出来るアドバイスっていうのもあるし、今はそれを活かすべきか。
それに俺の言っている事は別に嘘は一つも混じっていない。
そもそも石戸(姉)さんは永水女子でエルダーに選ばれるくらいすげー女性だからなぁ。
そんな人に告白なんてされたら大抵の男は二つ返事を返してしまうだろう。


霞「だ、だから…私の事が欲しいって…」カァァ

京太郎「って、そこに戻るんですか」

霞「も、戻るって…須賀君が言った事でしょ?わ、私の事…ほ…欲しいって」モジモジ

京太郎「やべー超かわいい」

霞「ふぇぇぇっ」ビクゥ

京太郎「あ、すみません。ちょっと本音が」

話題を変える事が出来たと思ったけど、石戸(姉)さんは大本の話を覚えていたらしい。
俺の言葉にモジモジと身体を揺する姿は不安げで思わず抱きしめてあげたくなるくらいだった。
普段はしっかり者なのにこういう時に庇護欲擽ってくるとか色々と反則だろ…。

京太郎「つか、誤解ですってば」

霞「誤解…?で、でも、あの時はっきり私の事滅茶苦茶にしたいって…」

京太郎「言ってません」

京太郎「そもそもアレ冗談なんです。本気で言ってた訳じゃなくってですね…」

霞「……冗談?」

京太郎「……はい」

霞「本当に?」

京太郎「嘘じゃないです」

霞「…そっちが冗談じゃなくって?」

京太郎「こっちが本当です」

霞「ぅ…ぅぅぅ」プシュゥゥゥゥ

うん、まぁ、こうなるよなぁ。
だからこそ話題を逸らしてはぐらかしたかったんだけど…それを言っても仕方がない事か。
石戸(姉)さんには俺の所為で色々と恥ずかしい真似をさせてしまって本当に申し訳ない。


京太郎「ごめんなさい。その…」

霞「…うぅ」ジワッ

京太郎「い、石戸さん…!?」

霞「ば、馬鹿ぁ…須賀君の馬鹿ぁ…っ」フルフル

京太郎「ほんっとすみませんでしたあああ!」ドゲザ

その上、泣かせるなんて男として最低な行いである。
それを謝罪するのは言葉だけでは足らない。
女性を泣かせてしまった償いはDOGEZAでしか出来ないと、古事記にもそう書いてある。

霞「…わ、私…あんな恥ずかしい事全部…!」フルフル

京太郎「い、いや、俺は何も聞いてません!聞いてませんから!」

霞「でも、言っちゃったもん!」ウワーン

京太郎「忘れます!全部綺麗さっぱり忘れますから!!」

霞「…ホント?」グスッ

京太郎「えぇ。もう完全に忘れましたから。何の事かさっぱり分からないくらいです」

ぶっちゃけ無理だと思うけど、この場はそう言って置かなければ…!
ここで下手に何か言うと石戸(姉)さんへの追撃になりかねないし。
こうして泣いている彼女に対してさらなる死体蹴りは流石に可哀想だ。


霞「…ぅー」

京太郎「ホントごめんなさい…」

霞「…良いわよ。そもそも自爆したのは私の方なんだし…」フゥ

京太郎「いや…ですけど…」

霞「…それより何もなかったんでしょう?そろそろ頭をあげて?」

京太郎「良いんですか?」

霞「そうやって頭下げられていると思い出しちゃうから…寧ろあげて欲しいわ」

京太郎「…分かりました」スッ

本当はまだ謝り足りないくらいだけど確かに俺は忘れたって言ったからな。
本人がそっちの方が辛いと遠回しに言っている訳だし、ここは頭をあげるべきだろう。
とは言え、雰囲気がすぐさま元に戻る訳はなくって… ――

霞「……」

京太郎……」

霞「……」

京太郎「……」

上手い事、言葉が出てこないんだよなぁ。
流石にさっきの今で、雰囲気がすぐさま元に戻る訳がない。
とりあえず時間を置いて、また後日ってのが一番だと思うんだけど、石戸(姉)さんが帰る気配もないし。
だったら、何かしら話題を振った方が良いんだろうけれど… ――


京太郎「あの…」

霞「あの…」

京太郎「あ…石戸さんからどうぞ」

霞「う、ううん、須賀君から…」

京太郎「いや、俺は下らない話なんで…」

霞「わ、私の方も同じよ」

…なんだこの会話。
何処の初々しいカップルだよ、これ。
お互いに意識しまくりでぎこちなくなってる。
パイタッチやらかした時だって内心はともかく表面上はここまでギクシャクしてなかったぞ…。

京太郎「じゃあ…あの…まぁ、さっきの話なんですけど」

霞「きゃぅ」ビックリ

京太郎「い、いや、その前っす!さらにその前!!」

霞「その前…?あ、えっと…欲しいものの事かしら?」

京太郎「え、えぇ。それですそれ」

ぶっちゃけまだ特に思いつかないけれど、でも今ここで俺に振れる話題つったらこれくらいなもんだしな。
とりあえずここから話を広げて、このギクシャクした雰囲気を何とかしよう。
流石にこの話題からならまた何かしらやらかす事はないだろうし、取っ掛かりとしては悪くはないはずだ。


京太郎「それって生活に必要な物とかじゃなくても大丈夫なんですか?」

霞「……須賀君?」

京太郎「え?あ、はい」

霞「…私も初美ちゃんも遠慮するなって言わなかったかしら?」ニコッ

京太郎「い、言いました…」

霞「…じゃあ、なんで今さら、そんな事を確認しようとするのかしら?」

京太郎「す、すみません!」

霞「まったく…本当に須賀君の欲しいもので良いのよ、男の子なんだしファミコンとか色々あるでしょ?」

…なんでそこでファミコンなのかとすげー突っ込みたい。
何処のおばあちゃんなんだと声を大にして言ってやりたい。
でも、初美さん相手ならともかく石戸(姉)さん相手にそれはちょっとなぁ…。
下手にそんな事言ったらガチ凹みしそうだ。

京太郎「あ、じゃあ…誰かのお下がりとか中古品の安い奴で良いので、ノートパソコンとかお願い出来ますか?」

霞「パソコン?でも、ここにインターネットはないわよ?」

京太郎「知っています」

そもそもこのお屋敷電波すらまともに入らない状況だからな。
一応、入る事入るけれど、それも微弱で受信と送信に数分掛かるレベルだし。
毎日、やる事が山積みなのもあって、長野にいた頃の友人とは連絡をとるペースも、数日に一回くらいになっているくらいだしな。


京太郎「でも、ソフトを入れる事が出来れば回線がなくても麻雀の練習にもなりますし」

勿論、俺の携帯には未だ咲が入部したきっかけにもなった麻雀アプリが入っている。
しかし、俺の携帯のメモリでは人の思考なんて完全に再現出来るはずもない。
例え相手が上級設定のNPCであっても思考ルーチンは単純で、やりこんだ今ではある程度、読む事が出来るようになっている。
流石にそんなアプリを使っているだけじゃ、これから先の成長はあまり望めないだろう。
そして今のままの俺では皆の足手まといになる事は目に見えていた。

霞「…まったく須賀君は頑張りすぎなのよ」

京太郎「まぁ、頑張らないと色々と追いつけないですしね」

新学期が始まった今、インターハイ予選までは後2ヶ月程度しかないのだ。
その間についこの前まで初心者であった地区予選に出てくるような奴らと戦えるレベルにならなければいけない。
元々、俺が鹿児島に呼ばれた理由はインターハイに行く事なのだから、そっちにも力を入れないとな。

霞「…分かったわ。それくらい用意出来ると思う」

京太郎「ありがとうございます」

霞「良いのよ。でも…須賀君らしいお願いね」クスッ

京太郎「そうですか?」

霞「そうよ。欲しいものなら何でも良いって言ってるのに自分の為じゃなくて他人の為のものを欲しがるなんて」

京太郎「い、いや、自分の為でもありますし」カァ

霞「ふふ…照れちゃって」

京太郎「や、止めて下さいよ…もう」

そんな風に持ち上げられるとちょっぴり照れくさい。
そもそも俺はそんな立派な事を考えてパソコンを強請った訳じゃないからなぁ。
この状況に必要なものが何なのか色々考えた結果、最後に残ったのがそれだったっていうだけだし。


霞「照れなくても良いのに。須賀君の優しさはとても素敵なものなんだから」

京太郎「ぅー…そ、それよりアレですよ…!」

霞「アレ?」

京太郎「さ、さっき石戸さんが言いかけた事です。何を言おうとしてたんですか?」

霞「え?そ、それは…」メソラシ

おや?
とりあえず話題を逸そうと思って言ってみたけれど…反応がちょっとぎこちない。
何やら言いづらいネタだったんだろうか?

京太郎「あ、言いづらいなら大丈夫ですよ」

霞「…ううん。言いづらいって事はないの。大丈夫」

霞「それに…須賀君にはちゃんと言っておかなきゃいけない事だと思うから…」

京太郎「言っておかなきゃいけない事?」

霞「えぇ……その、ね…誤解しないで聞いて欲しいんだけど…」

京太郎「はい」

霞「…は、はしたない女だと思わないで…ね?」

京太郎「…え?」

はしたない女?
いや、俺がそんな事、石戸(姉)さんに対して思った事はないけれども。
確かに耳年増でちょっとむっつりスケベ気味なところはあると思うが、でも、
あ、でも、はしたないと言うかエロい身体をしているのは間違いないと思う(ゲス顔)


霞「あ、あんな事言ったのは相手が須賀君だからで…!」

京太郎「え?」

霞「ち、違うのよ!そ、そういう意味じゃなくって…!」カァァ

京太郎「わ、分かっています。分かってますからとりあえず落ち着いて…!」

霞「う…うぅ…そ、そうね…ひっひっふー」

京太郎「石戸さんホント落ち着いて!それ深呼吸じゃないですから!」

霞「あ、あわわわ…っ!」

ホント、一度駄目になるとこの人はとことん駄目な人だな!!
そんなところも可愛いけどさ!抱きしめたいくらい可愛いけど!!
たまにこんなに迂闊なところがある人で本当に大丈夫なのかと思う事もある。
それとも、こうやって残念なところを見せてもらえるのはそれだけ信頼してくれている証なのだろうか。

霞「え、えっと…その…さ、さっきの事なんだけど…」

京太郎「い、いや、俺はもう完全に忘れましたよ。なんの事かさっぱり分からないです」

霞「い、今は良いから…今だけは思い返して大丈夫だから…」

京太郎「わ、分かりました…」

どうやら思い返して良いらしい。
まぁ、本人がそう言ってくれているならわざわざすっとぼける必要はないだろう。
そもそも女の人を泣かせた事なんてそうそう忘れられる訳もないし。


京太郎「…で、結局、どういう事なんです?」

霞「え、えっと…だから…ね、その…」モジモジ

京太郎「はい」

霞「す、須賀君だからあぁいう風に返しただけで…あ、あの…普通の人にはあんな事絶対に言わないから…!」ジッ

京太郎「あー…」

なんなのこの人?
俺を悩殺したいの?
そんな風に上目遣いされたら、俺すげー勘違いしそうになるんだけど。
と言うか、さっき恋愛対象外だって言われてなかったら間違いなく誤解してたよ!

霞「で、でも、その、す、好きとかそういうんじゃなくって…!う、ううん…好きなのは確かだけど、それはその…」プルプル

京太郎「…つまり異性としてのそれじゃないって事ですよね?」

霞「う…うん…須賀君は大変だから…えっと…」

京太郎「大丈夫ですよ。今更、誤解なんてしませんから」

―― 結局のところ、石戸(姉)さんが俺の事を受け入れようとしたのは同情心が主で。

そういう意味では俺はまだ石戸(姉)さんと打ち解ける事が出来ていないって事なんだろう。
勿論、他の皆も少なからず俺に対して負い目はあるだろうが、冗談を本気で捉えて自分の身を捧げようとはすまい。
多少、石戸(姉)さんとも仲良くなる事が出来たと思っていたが、それは健全なものじゃなかったようだ。
そう思うとちょっと悲しいと言うか、申し訳ないというか。


京太郎「重ね重ねすみませんでした…石戸さんの気持ちを弄ぶような真似をして」ペコッ

霞「あ、う、ううん。良いのよ。私も変に誤解しちゃった訳だし…私の方こそごめんなさい」

京太郎「…いや、石戸さんは悪くなんて…」

霞「須賀君の方こそ悪くないでしょ?」

京太郎「いや、俺が悪いんですよ」

霞「いいえ、私が悪いのよ」

京太郎「……」

霞「……」

京太郎「…止めましょうか、このままじゃ平行線みたいですし」

霞「…そうね。それが懸命だと思うわ」

恐らくこのまま話を続けてもお互い自分の非を譲ったりはしないだろう。
それよりも脱線し続けている話を元に戻す方が幾らか建設的だ。
何より、俺もまだ石戸(姉)さんに言いたい事は沢山あるし。

京太郎「…でも、俺は石戸さんの事はしたない人だなんて思ってませんよ」

霞「え?」

京太郎「寧ろとても心優しくて良い人だと思ってます」

京太郎「…と言うか良い人じゃなきゃあんな事言えないでしょうし」

まぁ、ちょっと暴走気味なところはあるけれども、基本的にはとても心優しい人だ。
でなければあんな冗談を真に受けて、何よりそれを受け入れようとはしないだろう。
…だからこそ、そんな自己犠牲めいた真似はするなってもっかい釘を差しておきたいんだけどな。
でも、冗談とはいえ、自分から言い出した手前、そんな事なかなか言えない。


霞「…須賀君」

京太郎「はい。忘れました。今ので全部、さっきの事は忘れましたよ」

霞「まったく、もう」クスッ

霞「そうやって言い逃げするつもりなの?」

京太郎「何の事です?俺にはさっぱり分かりません」

霞「それじゃ私の立つ瀬がないじゃない」ムー

とは言え、あんまりこの話題を引き伸ばすのもなぁ。
石戸(姉)さんにとって思い返したくない話題である事に間違いはないんだ。
強引である事に間違いはないだろうけど、ここで打ち切るのが一番、良い。
コレ以上続けても微妙な雰囲気にしかならないだろうしな。

霞「…でも、私がさっき言ったの嘘じゃないのよ」

京太郎「え?」

霞「勿論、同情もあったと思うけど……でも、須賀君なら…そんなに嫌じゃなかったわ」

京太郎「…はい?」

霞「…なーんて言ったら須賀君は困るかしら?」クスッ

いや、困るって言うか、うわー…うわーっ!
なんだコレ!?一体、俺はどう受け取れば良いんだよ…!
恋愛対象とは見ていない…けど、そういう事しても嫌じゃないって何!?
もしかしてフラグ立ってるの!?
いや、ま、待て、早合点は危険だ…!
今までそれで山ほど痛い目を見てきたじゃないか…!!


京太郎「や、止めて下さいよ、純情な男子高校生を弄ぶなんて酷いっすよ」

霞「ふふ…須賀君が良いなら、じゃあ、そういう事にしておきましょうか」

京太郎「うあー…っ!」

ダメだ…完全に弄ばれている…!
石戸(姉)さんは初美さんや春みたく遠慮無くいじって来るタイプではないとは言え、とても頭の良い人だからなぁ。
生半可なやり方じゃまた弱みを晒してしまうだけだろう。
若干、悔しいが、まぁ、それも普段の石戸(姉)さんに戻っただけだと思ったら決して嫌なもんじゃない。

霞「それより須賀君。そろそろ寝なきゃ明日に差し支えるわよ」

京太郎「え?でも、時間は…」

霞「疲れているんでしょう?」

京太郎「え、えぇ…」

霞「だったら寝ましょう?寝るまで私が側にいてあげるから」

…なーんか押しが強いけど何かあるのか?
まぁ、確かに身体が怠いのは事実だし、明日は学校だから早めに寝なきゃいけないんだけど。
でも、そこまで寝るのを勧めなきゃいけないような時間だろうか?
寧ろ、まだまだ宵の口だと言っても良いようなもんだと思うんだけど…。

京太郎「…いや、それに喜ぶほどガキじゃないですよ俺」

霞「え?」

京太郎「えってなんですか、えって」

霞「姫様は喜んでくれるのだけれど…」

京太郎「…それは小蒔さんだからです」

蝶よ花よと大事にされて育ってきた所為で、小蒔さんの精神は色々と幼いからなぁ。
ついこの間までコウノトリが子どもを運んでくると信じてきた彼女は伊達ではない。
歳上なのにもかかわらず、妹ムーブを感じる小蒔さんは所謂、普通からはかけ離れた特殊なタイプという奴なのだ。
ごく普通の男子高校生としては、普通の時に枕元にいられるとちょっと眠りにくい。


霞「え、えっと…じゃあ子守唄とか…」

京太郎「出来るんですか?」

霞「姫様を寝かしつけるのは私の仕事だったから…それほど音痴って事はないと思うわ」

京太郎「…ちなみにそれって今もやってます?」

霞「?えぇ、たまにやっているけれど…」

京太郎「ですよねー」

うん、まぁ、分かってた(確信)
小蒔さんってば、異性相手に平気な顔して添い寝とか言い出すような人だもんなぁ。
枕元に人がいるのを喜ぶ彼女が子守唄を喜ばないはずがない。
…と言うか、ホント、石戸(姉)さんって小蒔さんの姉か母親って感じだよなぁ。

霞「…もしかして子守唄も駄目かしら?」

京太郎「もしかしなくても流石にちょっと恥ずかしいなぁ、と」

霞「え?は、恥ずかしいの…!?」ビックリ

京太郎「あ、えっと、男がされるのはって奴ですよ。女の人同士ならまた違うと思います」

霞「そうなの…」

正直、女の子でもこの年になって子守唄に喜ぶって言うのはちょっと変だと思うけどな。
でも、だからって、無関係な俺が小蒔さんから喜びの一つを奪うのはおかしい。
別にそれがなければ眠れないって話でもないんだから、今のままで十分だろう。


霞「じゃあどうしましょう…後は膝枕とか…?」

京太郎「いや、別にそこまで俺が寝るのに付き合わなくても良いですよ」

京太郎「眠気も結構やってきてますし、多分、放っといても眠れますから」

霞「…うーん…でも…」

京太郎「…え?」

霞「い、いえ…さっきのお礼をしたいから…」

京太郎「良いんですよ、そんなの気にしなくても」

そもそも悪いのは石戸(姉)さん相手にあんな話を振った俺な訳だし。
お礼をされるどころか寧ろ俺の方が彼女に対してお詫びをしなきゃいけない立場だろう。
ただ、それを言い出してしまうとまたさっきのどっちが悪いって話に戻るだろうからなぁ。
ここはそうやって当り障りのない返事を返すしかない。

霞「こういうのは気持ちの問題だから…ね?」

霞「須賀君の迷惑じゃなければ寝るまで一緒にいさせてもらえないかしら?」

京太郎「迷惑なんて事はないです」

霞「じゃあ…」

京太郎「…と言っても男の寝顔なんて面白いもんじゃないですよ」イソイソ

ま、コレ以上、ここで抵抗しても無意味だろう。
枕元に誰かがいるのには慣れないが、相手は誰もが振り向くような美女だしな。
実際、身体が気だるくて眠いのは確かだし、眠るまでの役得だと思って受け止めよう。


霞「そんな事ないわよ。須賀君の寝顔、とっても可愛かったから」クスッ

霞「多分、ずっと見てても飽きないんじゃないかしら?」

京太郎「もう…からかうにしても言い過ぎですよ」

霞「あら…本当の事なのに」

京太郎「よ、余計に質が悪いですって。んな事言われたらドキドキして余計に眠れなくなりますよ」

霞「ふふ、ごめんなさいね」スッ

京太郎「あ…」

…石戸(姉)さんの手が再び俺の頭を撫でてる。
さっきもそうだったけど、普通なら恥ずかしいはずなのに…あんまり嫌じゃないって言うか。
石戸(姉)さんの持つ母性的オーラの所為か、布団に入った身体がリラックスしていくのを感じる。

霞「どう?」

京太郎「あー…嫌じゃないです」

霞「…じゃあ、好き?」

京太郎「そ、そこを突っ込むんですか?」

霞「だって、私に出来る事って言ったら、これくらいしかないんだもの」

霞「それが須賀君にとってどんなものなのかやっぱり気になるのは当然でしょ?」

京太郎「…そうかもしれませんけど…」

霞「だから…教えてくれないかしら?」

京太郎「うー…………好き…ですよ」カァ

霞「ホント?」

京太郎「こ、こんな恥ずかしい嘘なんて吐きませんよ…っ」

霞「ふふ、それもそうよね」クスッ

くそぅ…石戸(姉)さんってば全部分かってて言ってるな。
さっきまで自爆しまくって恥ずかしい事言いまくってた癖に。
ちょっと悔しいけど…でも、本当に気持ち良いからなぁ…。
頭の中ぼんやりしてきて…上手く話の流れも考えられないや。


霞「じゃあ、お詫びにこのまま寝るまで撫でておいてあげるわね」

京太郎「…辛くないっすか?」

霞「そうなったらそうなったで適当に止めるから大丈夫よ」

京太郎「そうですか。それなら良かったです…」

京太郎「…でも、無理はしないでくださいね?」

霞「えぇ。約束するわ。無理なんてしない」

京太郎「…ん」

とは言っても石戸(姉)さん変なところで意地っ張り…と言うか頑張り屋だからなぁ。
その上、若干、天然入ってるし、そういう意味じゃ本当に小蒔さんとそっくりだ。
割りとむっつりスケベ気味な思考をしているのもあって、色々と放っておけないタイプと言うか。
小蒔さんとはまた違った意味で守ってあげたいってそう思わせる人だ。

京太郎「(その為にももっと俺がしっかりしなきゃ…なぁ)」

今回の事だって俺がもっと人の心の機微に聡ければ起こらなかった事なのだ。
俺の所為で石戸(姉)さんに大きな恥を掻かせてしまった今回は決して忘れてはいけないものだろう。
それを償うには…彼女が遠慮無く俺に頼れるような立派な男になる他ない。
勿論、そう簡単に石戸(姉)さんに甘えてもらえるようなすげー奴になれるはずもないのだけれども。


京太郎「(だけど…努力はしないと…)」

だが、そうやって最初から諦めてしまったら今回の失敗がただの失敗に終わってしまう。
それでは恥をかかせた石戸(姉)さんに失礼かつ不誠実な事だろう。
二度とこんな失敗が起こらないようにもっと人の心の機微に敏感にならなければ。
人との距離感を間違えて、誰かのことを傷つけるのは一度だけで十分過ぎるのだから。

京太郎「(春に対しても…な)」

勿論、さっきのはきっと夢なのだろう。
だが、夢の中とは言え、俺は春の意図を思いっきり誤解していたのだ。
春はあまり表情を表に出さない方ではあるが、感情を隠す事はない。
どちらかと言えば比較的分かりやすい相手である春相手にあそこまで置いてけぼりにされたのは失態だ。
まぁ、あの展開を予測しろというのは自分でも無茶だと思うけど…でも、現実の春相手でも似たような事をしていないとは限らないし。

京太郎「(もっと皆の事を知らなきゃいけない…)」

今までの俺は怖くてそういう部分にあまり踏み込めなかった。
頼る事だけじゃなくって相手の事を知ろうとして嫌がられたらどうしようと一歩引いていたのである。
だけど、ずっとそうやってなあなあを続けていたところで、逆にこうやって人を傷つけてしまうんだ。
もう四ヶ月…もうちょっとで五ヶ月になりそうなところまで来ているんだから…少しくらいは踏み込んでも良いのかもしれない。
今回の失敗は初美さんの言う通り、俺がスタンスを変えなかったが故の弊害なのだから。


京太郎「(…がんばろう」

その道程はきっとなあなあでいるよりはずっとずっと厳しいだろう。
そうやって誰かを知ろうとする過程で俺は傷つき、そして傷つけるのかもしれない。
だけど、初美さんがそれを覚悟で俺へと踏み込んできてくれたのに、自分だけ二の足を踏んでるなんて格好悪すぎる。
昨日も思ったそれをより強く自覚した瞬間、俺の中からドロリとした何かが沸き上がってきた。

京太郎「…石戸さん…俺…」

霞「えぇ。おやすみなさい。ゆっくり休んでね」

それが眠気だと自覚するよりも先に、石戸(姉)さんからの優しい声が届く。
眠りに堕ちる俺を許すような彼女の声に俺は抗う事が出来ない。
無意識の奥から染みだした眠気に包まれ、そのまま意識が闇へと引きずり込まれる。
俺の瞼が閉じきった頃にはもうその勢いは止まらず…そのまま俺は石戸(姉)さんに撫でられながら二度目の眠りに就いたのだった。

何を勘違いしているんだ?まだ霞さんのヒロインターンは終了していないぜ!
という訳で今日は終わりです
次回は少し遅くなるかもしれないです、申し訳ない

尚、このスレでは生乳以上のエロはありません
うん、きっと多分、恐らく、ないんじゃないかな?(春の感情見ながら)

本スレでちょっと前に出てた母代わり姉代わりのつもりでダダ甘に甘やかしてきたけれども
京太郎の周りに女の子が増えてきた所為で少しずつ独占欲が出てきて
いつの間にか女として京太郎の事を好きになっていく霞さんを誰か下さい

明日には投下したいいいいいいいいいいいい

躊躇なく寝落ちするスタイル!!
申し訳ないです…寝落ちしておりました
とりあえず出来たところまで投下していきます


―― その日の俺は、とんでもなく憂鬱だった。。

京子「…はぁ」

春「…京子…それ六度目…」

京子「あ、ごめんなさい…」

春「…別に良い…けど…大丈夫…?」

京子「…えぇ。大丈夫……いえ…やっぱりちょっと憂鬱かしら…」

……アレから数日が経ったが、現実は俺の期待していた通りには変化してくれなかった。
須賀京子をエルダーに推すという動きは沈静化するどころか逆に活発化し、半ば二年代表のような扱いを受けている。
最近は見知らぬ同級生に廊下で声援を受ける事も珍しくはない。
…その度に愛想笑いを浮かべているけれど…ホントこれどうしたもんだろうか。

京子「…今日がエルダー候補の投票開始日…なのよね?」

春「…そう」

京子「……うぅ…」

そんな事を考えている間に時間は進み、いつの間にかエルダー候補の投票日となってしまった。
エルダーになる為には候補に選出されなければいけないから、いわば今日が第一回目の選挙みたいなもんである。
そして下馬評を見る限り、どうやら俺がそこに乗るのは確定らしい。
既に話題は誰がエルダー候補になるか、ではなく、誰がその候補の中でエルダーになるか、に移っているくらいなのだから。


春「…京子、元気だして」

京子「……春ちゃん…」

春「私じゃどうにも出来ないけど…でも…京子の力になれるよう頑張るから…」

京子「…えぇ。ありがとう、春ちゃん」

春「…ん」

それでも俺がこうして憂鬱と言えるレベルで済んでいるのは隣に春が居てくれているからだろう。
俺の知らない間に増えたファンに囲まれている時にさらりと助け舟を出してくれる春がいなければ俺は胃に穴が開いていてもおかしくはない。
まぁ、その分、俺をからかって来る事はあるけれど、それはじゃれあいの範疇だしな。
そのお陰で幾らか気も安らいでいる俺にとって春の存在は癒やしだと言っても過言ではない。

京子「…でも、良いの?春ちゃんまでこっちに来て」

春「…大丈夫」

俺達がいるのは部活棟にある別の更衣室だった。
流石に毎回、女の子ばかりの更衣室で着替えるのは無理だと悟った俺は先生に頭を下げて着替えを別にしてもらったのである。
お陰で今、俺の周りには春以外には誰もおらず、体育前だと言うのにのんびりと着替える事が出来ていた。
…まぁ、のんびりって言っても、隣には春がいるから完全に気楽って訳じゃないんだけど。


京子「…最近、春ちゃんって私の秘密忘れていないかしら…」

春「ちゃんと覚えてる…意識も…してるから…」

京子「そういう風には見えないんだけれど…」

春「頑張ってる…」フンス

京子「いや、そこは頑張らなくても良いんじゃないかしら?」

京子「そもそも春ちゃんは私に付き合う必要はないでしょう?」

特例として誰も使っていない更衣室の使用を許可されたが、それはあくまで俺だけだ。
わざわざ春までこんなところにまで着いてくる必要はない。
普通に指定の更衣室を使ったほうが体育館にもグラウンドにも近いしな。

春「京子を一人にすると心配…」

京子「…そんなに私、不安定かしら?」

春「…さっきまでため息ついてた京子が不安定に見えない人はいないと思う」

京子「…う…」

まぁ、確かに春に回数を指摘されるくらいため息吐いてる訳だしなぁ。
それをずっと聴き続けた春からすればそりゃ心配でもおかしくはないだろう。
一応、人前ではため息吐いたりはしないようにしているが、春だけとなると気が緩んでるんだな。
ちょっと気をつけないといけないかもしれない。


春「…京子」

京子「え?」

春「私ならどれだけ迷惑かけても大丈夫だから…」

春「…ううん、京子にかけられる迷惑だったら…私嬉しい…」

春「私…京子に色んな事してあげたいから…支えて…あげたいから…」ジィ

そうやって真剣に春に言ってもらえるのはすげー嬉しい。
多分、それは負い目ってだけじゃなくて、春自身が俺の事を大事に思ってくれている証だから。
でも、その一方で恥ずかしさを覚えるのは、その言葉のフレーズがこの前に見た夢と少し似ている所為だろうか。
俺の事を見上げるその瞳も色も夢そっくりで…あぁ、もう…意識しちゃいけないって言うのに…!

春「…どうかした?」

京子「う、ううん!なんでもないのよ」

春「…でも、顔赤い…」ソッ

京子「はぅ」

春「体調悪い…?体育休む…?」

京子「だ、大丈夫よ。す、すぐに元に戻るから…」

アレは夢で現実じゃないってのはもう既に分かりきっているんだけどなぁ。
でも、健全な男子高校生にはちょっと刺激的過ぎる夢だった所為か、たまーにこうして思い出してしまう。
いい加減、忘れなきゃって思えば思うほど意識しちゃって…まさに泥沼だ。
せめて自家発電が出来れば少しは違うのかもしれないけどなぁ…。


春「……もしかしてまたエッチな事考えた?」

京子「か、考えてません」

春「…京子のスケベ」カァ

京子「ち、違うわよ。ほ、本当に違うんだから…っ」

春「でも、京子またエッチな顔してる…」

京子「う、嘘…っ!?」バッ

春「嘘…」

京子「…あうぅ…」カァァ

まさかこんなに簡単な引掛けに騙されてしまうなんてなぁ。
どうやら俺は思った以上に冷静じゃないらしい。
でも、冷静じゃないなりに何とかリカバリーしないと…このままじゃまずい。
流石に真剣な話していてエロい事考えていたとか春に呆れられてもおかしくはないレベルだし。

春「…そんなにされたい?」

京子「え?」

春「…京子は私にエッチな事…されたいの?」

京子「も、もう。ダメよ。春ちゃん。淑女なんだからそんな言葉を口にしちゃ殿方に誤解されるわ」

春「…私はそういう建前じゃなくて…京子の…ううん、京太郎の気持ちを聞いてる…」

京子「ぅー…」

…どうやら春はその辺、誤魔化されるつもりはないらしい。
じっと俺の方を見つめる瞳は思いの外、真剣そうなものだった。
何時もみたいにからかうのとはまた違ったその色に俺は小さく声を漏らす。
しかし、春はそれを聞いてもじっと俺を見つめたままだ
逃がさない、とそんな風に俺へと伝えようとしているようなその瞳に俺は観念するしかない。


京太郎「……したくないと言えば嘘になる」

春「…っ」カァ

京太郎「でも、そういうのするつもりはねぇよ」

春「…どうして…?」

京太郎「そんなの春が大事だからに決まってるだろ」

春「え?」

京太郎「そういうの…弱みにつけ込むみたいで嫌なんだよ」

勿論、春が俺に対してそう言ってくれているのは弱みや後ろめたさだけではないだろう。
きっと俺の事を友人として、或いは家族として大事に思ってくれているというのもあるはずだ。
だが、それはきっと世間様一般で言うところの恋愛感情とはズレている事に疑う余地はない。
この前の石戸(姉)さんと同じく俺に対する同情や負い目から言ってくれているのは分かりきっているのだ。

京太郎「それに…まぁ、俺も経験豊富って訳じゃないからな。出来れば相手は好き合った子が良いし」

春「…京太郎は私の事嫌い?」シュン

京太郎「嫌いな訳ないだろ。…つーか、春が俺の好みにストライクな事くらい分かってる癖に」

春「…ぅ」マッカ

京太郎「な、なんでそこで赤くなるんだよ」

春「だ、だって…そんな風にはっきり言われた事なかったから…」モジ

京太郎「…そういやそうだったっけ…?」

思い返せば、可愛いとか魅力的だとかは言った事はあるが、好みとはっきり言った事はなかった気がする。
でも、この二つにそれほど違いはないような気がするんだよな。
言う側としては性癖の暴露に近いから恥ずかしいが…聞く側にとってそれほど違いはないんじゃないか?
それとも女の子である春にとってはまたきっと別なんだろうか?


春「…じゃあ、どうして?」

京太郎「そ、そこ突っ込むのかよ」

春「…だって、気になる…」

京太郎「…あんまり面白い話じゃねぇぞ」

春「…それでも聞きたい」

京太郎「じゃ…すげー個人的な話だから…皆に秘密にしておいて欲しいんだけれど…」

春「…うん。約束する」

京太郎「…俺、長野に好きな子がいた」

春「…え?」

―― その話をするのは初めてだ。

幼馴染が居た事を巴さんに言った事はあった。
だが、その幼馴染に対して俺が抱いていた想いを吐露した事は今までなかったのである。
自分自身、その感情に対して一体、どういう風に向きあえば良いのか分からないままだったしな。
だけど、こうやって踏み込まれた以上、いつまでも逃げてばっかりじゃいられない。
もう鹿児島に来てから五ヶ月経って…そろそろ半年も見えてきた頃なのだ。
いい加減、そういう気持ちにも整理をつける頃合いだろう。


京太郎「幼馴染でさ。ずっと一緒に居て…馬鹿やって、護ってやらなきゃいけないと思ってて…」

春「……」

京太郎「妹みたいなもんだってそう思ってたのに…いつの間にか好きになってて…」

京太郎「でも、気づいたのは長野を発つ直前で…告白も出来なくて…だから…まだ俺の中で整理が出来てないんだよ」

春「……そう」

京太郎「だから…その、なんだ。俺の方の問題なんだよ。春は何も悪くない」

京太郎「ま、そういう事言われると誤解しそうになるから控えて欲しいってのはあるけどな」

春「……」

京太郎「…春?」

春「……京太郎は…その子の事まだ好きなの?」

京太郎「え?」

春「…好き…なの?」

…まだ咲の事が好き…か。
あぁ、多分、好きなんだろうなぁ。
何時からあいつの事好きになってたのかは分かんないけど…でも、数年越しの恋なのは確実なんだ。
結局、想いを伝えられないまま長野を離れて…今もメールはしてるけど普通の雑談くらいで。
踏み込めないまま関係は完全に断ち切られる事もなくって…ズルズルと引きずり続けている俺の中でその気持は間違いなくくすぶり続けている。


京太郎「……あぁ」

春「…そう」

京太郎「……」

春「……」

京太郎「……」

春「……」

……やべー、なんだこの沈黙。
凄い重苦しいというか息苦しい感じなんだけれども。
まるで空気がドロドロと粘ついていて、呼吸していると言うよりも飲み込まなければいけないような…。
錯覚だと分かっていても、さっきから妙に生唾が出て止まらない。

春「…忘れさせてあげる」

京太郎「え?」

春「その子の事も長野に居た頃の頃も…全部…忘れさせてあげる」

京太郎「…春?」

春「…私が出来なくても…きっと皆で忘れさせてあげる…から」

―― その言葉は微かに震えていた。

春らしくはない強気な言葉。
それはきっと彼女の中の不安の裏返しなのだろう。
一体、どうしてかは俺には分からないが、春は今、強がらなければいけないくらいに不安になっている。
ならば…俺に出来る事は、一体、なんだろうか。
…んな事、考えるまでもないよな。


京太郎「…ばーか」

春「……え?」

京太郎「…そんな風に思いつめなくても良いんだよ。春は何も悪くないんだから」

春「でも…」

京太郎「大体、忘れるとかさ。常識的に考えれば無理だろ。俺は人生の大半をあそこで過ごしてきたんだぞ」

京太郎「何より…俺自身、忘れたいとは思ってないからな」

春「…辛く…ないの?」

京太郎「辛いよ、未だにあっちでの事を夢に見る事はあるしな」

そして起きる度に涙を流す。
その何でもない思い出や日常がもう俺の手の届くところにない事を思って。
勿論、春たちとの生活は楽しくて、とても充実している。
でも、だからと言って、失って日々美化されていく思い出の大きさに決して比肩しうるものとは言えないのだ。

京太郎「でも、恋とかそういうのってさ、理屈じゃないだろ」

春「…………うん」

京太郎「ん?」

春「…確かに忘れたいって…そう思えるものじゃなかった…」

京太郎「…春?」

…もしかして春も俺と似たような経験があるんだろうか。
そう言えば、春も途中でお屋敷へと引っ越してきた側だったしな。
どれくらいに引っ越してきたかは分からないけれど初恋くらいしていてもおかしくはない。
女の子は男よりもそういう面で早熟って言うしなぁ。


春「でも、私はそれでも…京太郎に忘れてほしい…」

春「京太郎に辛い思いはして欲しくない…」

京太郎「…春」

春「……私はその為ならなんだってする」

春「どんな事だって…京太郎の為にやってあげるから…」

その言葉は悲痛な響きさえ感じられるものだった。
まるでそうしなければいけないのだと自分を追い詰めるようなその言葉はさっきとはぜんぜん違う。
同じ言葉のはずなのに、もっと切実に、そして何より辛そうに聞こえるのだから。
一体、どうして春がそこまで辛そうに声を漏らすのは俺には分からない。
分からないけど…俺は… ――

京太郎「春…その…」」

春「……京太郎って童貞?」

京太郎「は?い、いいいいいいいきなり何を言い出すんだよ…!」

春「さっき経験ないって言ってた…」

京太郎「い、いや、少ないって言っただけだよ!!」

いや、まぁ、実際、ないんですけどね?
でも、その事実は人の心をたやすく傷つけうる刃なんだ。
俺くらいの年頃にとって童貞って言う言葉はあまりにも鋭いのである。
そ、そもそもさっきまでのシリアスな雰囲気は何処に行ったんだよ…!!
いきなり童貞呼ばわりされた所為でそういうの纏めて全部どっか行っちまったぞ!


京太郎「そ、それより早く着替えろって。そろそろ時間ねぇぞ」

春「…そんなに私の裸見たい?」

京太郎「お、お互い背中合わせで着替えれば良いだろ」

春「…ふふ…」

京太郎「うあー…」

あーくそ…また完全に弄ばれてるじゃねぇか。
別に心から嫌って訳じゃないけどさ。
そんな風に言われるとやっぱりこの前の夢がどうしても頭をよぎって…。
生乳…ピンクい大きめの乳輪…ピンと張った乳首…。
ぬわああああああ思い出すんじゃねぇよ俺!!
これから体育だってのに、ムスコが熱くなってくるじゃねぇか!!

京太郎「くそ…この小悪魔め…」

春「それが自慢…」クスッ

京太郎「いや、それは自慢しちゃいけないだろ…」

春「…京太郎だけだから良い…」

京太郎「弄ばれる俺の意見は!?」

春「……聞くだけ聞いてあげる」

京太郎「つまり改める気はないって事ですねチクショー…」

春「うん」クスッ

京太郎「くそ…良い性格しやがって…!」

春「……でも、アプローチは控えるようにする」

京太郎「え?」

春「…京太郎に嫌われたくはないから」

―― その言葉は何時もよりも暗いトーンのものだった。

普段の春は抑揚の少ない落ち着いた声音をしている。
しかし、誰でも聞き取りやすいであろうその声は明らかに落ち込んでいた。
シュンっと項垂れるようなその声はきっと春の今の感情を表しているのだろう。
多分、春は今、俺に嫌われるのではないかと恐れているのだ。


京太郎「…ったく、春…?」ピンッ

春「ひぅ…痛い…」

京太郎「今更、春の事嫌ったりするかよ」

春「でも…」

京太郎「今更、変に態度変えられるよりは今のままの方がずっと良いよ。もうどれくらい一緒だと思ってるんだ」

春「…前世から」

京太郎「そのような事実はありません」

春「むぅ…」

なんかちょっと電波的な話になってきた。
でも、こんなちょっとズレた事を言うのが何時もの春だしな。
声のトーンも少しは元に戻ったし、幾らか元気になってくれたんだろうか。
そう思うと少し嬉しくなる。

京太郎「今まで通りで良いんだよ。困ったらその時は俺が言うから」

春「…嫌いにならない?」

京太郎「そのくらいで誰かの事嫌いになる程度の奴なら、俺は今でもまだウジウジしてるよ」

京太郎「いや、下手したら小蒔さん相手に八つ当たりとかしようとしてたかもな」

春「…京太郎」

京太郎「俺は立派な奴じゃないけど…それだけ情けない奴でもねぇよ」

京太郎「もっと俺を信用してくれ…友達だろ?」

春「……うん」ニコ

あー…くそ、なんか照れくさいな。
友達とかさー…男が一々言うような事じゃないんだよ。
そんなもん言葉にするんじゃなくって適当につるんでいけば共通認識として出来上がってくる訳だし。
でも、俺は変わるって…そう初美さんにも言ったからなぁ。
ここでヘタレたりする訳にはいかない。


春「でも…そんなにアプローチして欲しいの?」

京太郎「…はい?」

春「…だってさっきの話…そういう事…」

京太郎「え?い、いや…ま、まぁ、するな、とは言わないけど…」

春「…封印が解けられた…これからはもっと過激に行く…」

京太郎「すみません。やっぱり控えめにしてください…」

今の段階でも結構、キツイんですってば。
いや、キツイと言っても心の中で嬉しい悲鳴をあげている状態ではあるんですけどね。
とは言え、コレ以上積極的になられるとマジで間違いを犯しそうになってしまうというか。
実は今でもクラリと来る事あるからマジで止めて下さい。

春「…ふふ、冗談」

春「ただ…じっくり行く覚悟は固めたから…」

京太郎「覚悟?」

春「…うん…」

京太郎「…そっか」

それはきっと俺に長野の時の事を忘れさせるとかそういう覚悟なのだろう。
どうやら春は本気で俺から過去の事を奪うつもりらしい。
それを止める事は俺には出来ないよな。
そうやって春が俺に言ってくれているのは間違いなく善意なんだから。
俺自身、そうなれた方が楽ではあると思っているし。


京太郎「でも、そう簡単に俺を堕とせると思うなよ」

春「京太郎こそ…私が簡単に諦めるって思わない方が良い…」

春「十年越しの想い…伊達じゃないから…」

京太郎「……十年?」

春「…秘密」クスッ

京太郎「なんだよ、気になるじゃねぇか」

春「女の子は秘密があった方がミステリアスで魅力的だって峰不二子も言ってた…」

京太郎「なるほど…不二子ちゃんならしょうがないな」

春「うん…不二子ちゃんならしょうがない…」

でも、十年って何かあったっけ?
その頃の記憶は割りとはっきりあるけれど、長野に住んでいたしなぁ。
もしかして春もこっちに引っ越す前は長野に住んでいたとか?
それで俺と面識があったり…いや、でも、それなら俺も覚えてるよなぁ。
インターハイの時に春の名前を聞いた時も聞き覚えがなかったし…面識はないはずなんだけれども。

春「…京太郎…そろそろ着替えないと…」

京太郎「って…そうだな」

春の言う通り、今は物思いに耽っている時間はない。
ただでさえこの更衣室は体育館から遠いんだから早く着替えて行かないと。
流石に授業に遅刻すると変な風に目立ってしまうしな。
それがどういった意味であれ、エルダー候補を選出する日に目立つのは避けたい。


京子「…うん。よし」

とは言え、早着替えは比較的得意な方だ。
この前と同じように一分もかからない内に着替えた俺はロッカーの裏側につけられた鏡でチェックする。
見慣れた、けれど、未だ違和感のあるその顔は【須賀京太郎】ではなく【須賀京子】のものだ。
そう思うと頭の中が【須賀京子】へと変わっていくのを感じる。

京子「さ、春ちゃん、行きましょうか」

春「…うん」

その頃には春も準備出来たらしい。
声を掛けた俺に応えた彼女はもう体操服姿になっていた。
春も俺と同じくらい着替えが早い方だしな。
毎日、巫女服なんていう面倒な私服を毎日着ているだけはあるって事か。

春「じゃあ…行こ…?」スッ

京子「えぇ。行きましょうか」ギュッ

春「…ふふ」スタスタ

京子「え?どうかした?」スタスタ

春「…素直に手を握ってくれたから嬉しくって…」

京子「ふふ、春ちゃんったら随分とお手軽なのね」

春「京子は特別だから…」

京子「えぇ。私も春ちゃんは特別なお友達だと思ってるわ」

こうして永水女子に来てから右子(仮)さんを始め、色んな人と友人になれたけれどさ。
やっぱり一番が春だなって思うのは彼女が俺の秘密を知ってるからだけじゃないだろう。
思い返せば、春は最初っから俺が一番心地良い立ち位置って奴を心得てくれている子だったんだ。
基本的に俺と春の相性は良い方なのだろう。


春「……」

京子「あれ?春ちゃん?」

春「…京子の馬鹿」ギュゥゥ

京子「え?ちょ…な、なんで?」

なんでいきなり俺の手がすげー握りしめられているんだろう。
まぁ、所詮、女の子の力だから握りしめられていると言っても痛くないんだけど。
寧ろ、春の手の柔らかさや暖かさがより伝わってきて気持ち良いというか。
でも、そんな風にするって事は幾らか拗ねているんだろうけど…そんな風に怒る要素ってあったっけか?

春「知らない…」プイッ

京子「…春ちゃん…」

春「…今のは私も怒った。流石に傷ついた…」

京子「ぅ…」

春「…だから、今日のお昼はあーんさせて…」

京子「あ、あーんって…」

春「約束してくれなきゃこのまま手を離さない…」

京子「えっと次、体育なんだけど…」

春「知らない…トイレにもついていく…」

京子「そ、それは止めて頂戴」

これが手を放したら存在が消える奇病に掛かっているとかなら話は別だけどさ。
でも、そういうのはもっと影の薄い幽霊みたいな子が似合う話なのだ。
春は決して影の薄い子じゃないし、寧ろ一部分はすげー自己主張が激しいし。
そんな子にトイレまで付いてこられるのは流石に色々ときつい。
それよりは小蒔さんたちの前でアーンさせられた方が幾らかマシだ。


京子「わ、分かったわ。お昼にあーんね」

春「…約束」

京子「えぇ。約束するわ。だから…」

春「…うん、ちゃんと後で手を離す」

春「今は…とりあえずこうしていたい…」

京子「もう春ちゃんたら…」

春「…駄目?」

京子「そんな事ないわよ。甘えん坊な春ちゃんも私大好きなんだから」ニコッ

春「…~っ」カァ

京子「あら?」

そこで顔を赤くするのか。
いや、まぁ、確かに恥ずかしいセリフではあったけどさ。
それより恥ずかしいセリフを春は山ほど言っていると思うんだよなぁ。
さっきだって普通ならシラフで言えないようなセリフばっかりだったぞ。
なんか友達同士って言うよりも恋人に近いくらいだったしな。


春「…い、今のは反則…」

京子「そう…なの?」

春「不意打ちだった…卑怯…小悪魔…タラシ…」

京子「…そ、そこまで言われるような事かしら…」

春「言わなきゃ…ううん、言っても京子は分からない…鈍感だし…」

京子「ぅ…それは…」

春「…こんな事平気な顔をして言っていたら、またファンが増える…」

京子「こ、こんなの春ちゃん以外には言わないわよ…」

春「え?」

京子「言ったでしょ?春ちゃんは特別だって」

春「…そ、そんな事言っても許さない…ぜ、絶対に許さない…」ギュッ

京子「…顔真っ赤なのに?」クスッ

春「…ぅ~…」フルフル

そう言って悔しそうに震えるけど、真っ赤になった顔は隠せちゃいない。
いや、本人も隠すつもりはないのかもしれないな。
春は相変わらず俺の手を握ったまま離さないし。
迷子になった後の子どものようにぎゅっと握りしめるその手は何とも可愛らしい。

小蒔「あ、京子ちゃん、春ちゃん…っ」トテトテ

京子「え?」

春「…ん?」

そこで俺達に声を掛けてきたのは小蒔さんだった。
その姿は最後に見た時の制服姿とは違う。
春と同じ体操服を着込んだ健康的な格好で、トテトテとこちらに駆け寄ってくる。
…こう言っちゃなんだが、お尻に尻尾でも見えてしまいそうな感じだな。


京子「…小蒔さんこんにちは」ニコッ

小蒔「はい。こんにちはですね」ニコー

春「…姫様も体育?」

小蒔「はい。体操服って事は二人もですよね」

京子「えぇ。そうなるわね」

上級生と下級生の交流を活発に狙っているこの学校では毎週一回か二回合同体育と呼ばれる時間がある。
その時間は普通の体育とは違い、上級生から下級生まで一つずつ選ばれたクラスが合同で授業を行うのだ。
今日はその初日だったんだが…どうやら三年生のクラスは小蒔さんのいるところだったらしい。
基本一年間通して同じ組み合わせでやるらしいから、これからこの時間は小蒔さんと一緒になるんだろうな。

小蒔「えへへ…実は合同体育ってちょっと不安だったんですよね」

京子「あら、そうなの?」

小蒔「はい。あんまり私、運動が得意な方じゃないですから…」

あぁ、うん。それは凄い分かる。
おっとりぽわぽわしてる小蒔さんには運動が得意ってイメージがまったくないからな。
球技とか人と競う必要のある運動は気質的にも難しいだろうし、何より、小蒔さんは自前で結構な重石を持っているんだ。
大きめのおっぱいはブラをしっかりとつけていたとしても、激しく動くとすぐに痛くなるらしいからな


京子「大丈夫よ、運動が得意な女の子ってそれほど多くはないから」

小蒔「そうかもしれませんけど…でも、あんまり足を引っ張るのはやっぱり嫌で…」シュン

京子「…じゃあ、今日は私達と一緒に組む?」

他の人にはそうやって遠慮する小蒔さんでも、俺達ならそこまで気を遣わなくても良いだろう。
こうしてずっと一緒に過ごしてきて気心もかなり知れている相手だし。
それにまぁ、基本的に合同体育でのチームはその目的から学年の垣根を超えた合同で組む事を推奨されている。
三年生に知り合いがいない俺にとって、小蒔さんがチームに入ってくれた方が気楽だ。

京子「春ちゃんも異論はないでしょ?」

春「うん…」

小蒔「…本当に良いんですか?」

春「大丈夫…京子は凄いから」

小蒔「え?」キョトン

春「くるっとして…しゅばってして…すっとして…ずどんするから」

京子「そ、それじゃ分からないんじゃないかしら…?」

小蒔「凄いですねっ」

京子「え?分かったの?」

小蒔「分かりません!でも、京子ちゃんが凄い事だけは伝わってきましたっ」

京子「そ、そう…でも、あんまり期待しないでね」

春「…毎回、一人でチームの八割くらいの点数取ってる京子に期待しないのは無理…」

京子「う…そ、それは…」

まぁ、確かに体育測定終わった後すぐの競技がバスケだし、それなりに活躍はしている。
女子の中では飛び抜けた身体能力が知られてしまった今、どうしても味方のボールは俺に集まる訳だしな。
それをゴールに運んでいる間にいつの間にか点数がやばい事になっていた…なんてのは何時もの事だ。
一応、女の子だから突き飛ばしたりしないように手加減はしているけど…。


小蒔「わぁ…つまり京子ちゃんはくるってしてしゅばってしてすっとしてずどんするんですねっ」

京子「今度こそ分かったの?」

小蒔「いいえ!何となくです!」ニコー

京子「あ、やっぱり…。でも、あんまりハードルあげないでね…?」

小蒔「えへへ、でも、京子ちゃんだけにお任せはしませんよ」グッ

小蒔「折角の合同体育なんですから!全力以上でお相手します…!」メラメラ

春「…私達も頑張る…」ググッ

京子「えぇ。いい試合にしましょうね…っと」

春「到着…」

小蒔「わぁ…やっぱり合同体育は人が多いですねー」

小蒔さんの言う通り、体育館にはかなりの人数が集まっていた。
まぁ、単純に考えて何時もの三倍なのだから多いのも当然か。
幾ら永水女子の生徒数が少ないとは言え、三クラス分ともなると結構なもんだ。
その上、永水女子は基本的にお嬢さんお嬢様が多い所為か可愛い子が多くて眼福…っといけない。
こういう不埒な事を考えるのは控えないとな。

明星「あら、やっぱり皆さんもですか」

小蒔「明星ちゃんっ」

春「…という事は…」

湧「京子さあっ」ダキッ

京子「きゃんっ」ビックリ

突如として俺の身体に走った衝撃。
それにびっくりして声をあげた瞬間、見慣れたショートカットが視界に映った。
色んな女生徒がいる永水女子とは言え、俺がその髪を見間違えるはずがない。
それは間違いなく、明星ちゃんと同じクラスの湧ちゃんのものだ。


京子「もう。幾ら何でもいきなりはびっくりするわよ」

湧「えへへ…すんもはん」ニコー

春「…いきなりじゃなければ良いの?」

京子「そうね。もう慣れちゃったから」

湧ちゃんってば意外とスキンシップが激しい子だからな。
こうして俺に抱きついてきた回数なんてもう数え切れないくらいだ。
今更、それを止めろと言われても難しいし、何より俺自身、湧ちゃんに止めて欲しいと思ってる訳でもない。
いや、貧乳には興味ないけど、こうして嬉しそうにしながらニッコリ笑う湧ちゃんの顔はとても魅力的だしなぁ。

春「…じゃあ、私も抱きつく」ヒシッ

京子「ちょ…は、春ちゃん!?」

小蒔「あ、じゃあ、私も京子ちゃんをぎゅーしますね」ギュー

京子「こ、小蒔ちゃんまで…」

湧「えへへ…皆一緒で暖かぁ…♪」

京子「そ、そうね…」

流石に三人がかりとなると暖かいというよりも暑い。
その上、小蒔さんと春は結構なバストをしている所為でさっきから感触ががががっ!
俺は長袖ジャージを上に着ているとは言え、二人はそうじゃない訳だしな。
体操服一枚の向こうに二人のすんばらしぃ(↑)おっぱいがあると思うと色々と危なくなってしまう。


湧「…明星ちゃもしない?」

明星「し、しませんよ!何を言っているんですかっ!」

京子「あ、あはは」

ここで明星ちゃんからの追撃…は流石になかったか。
ちょっとホッとしたような残念なような。
うん、だって仕方ないじゃん…俺だって男なんだから。
おっぱいに囲まれて幸せな気分って奴を一度くらい味わってみたいと思うのが当然だろ…!

春「…明星ちゃんは怖がり…」

小蒔「え?明星ちゃんって京子ちゃんの事怖いんですか?」ビックリ

明星「い、いえ、別にそんな事は…」

小蒔「じゃあ、明星ちゃんも京子ちゃんに慣れないといけませんね」グッ

明星「え?」

春「…姫様名案」

小蒔「えへへ」テレテレ

あっるえー?
なんだか雲行きがちょっと怪しくなってきたぞー?
と言うかこのパターン入学初日にも見なかったか!?
なんか凄いデジャヴを感じるんだけど!!


小蒔「という訳で明星ちゃんも京子ちゃんにぎゅーしましょうっ」ニコ

明星「い、いや、あの…姫様。私は別にそういうんじゃなくって…」

小蒔「駄目ですよ。これからも一緒に暮らすんですから、何時までも怖がってちゃいけません」

小蒔「大丈夫です。京子ちゃんはとっても暖かくて気持ち良いですから」ニコー

明星「うぅ…」

あ、うん、ダメだな、これ。
完全に押しの強い時の小蒔さんになってる。
本人に悪気は一切ない…と言うか善意しかないから断れないんだよなぁ。
ましてや、明星ちゃんの場合、仮にも仕えている相手な訳だし、余計に否とは言えないだろう。
ここは俺が助け舟を出してあげないと、またなし崩し的に大変な事になってしまいそうだ。

京子「い、いえ…別にそんな無理しなくても良いんじゃないかしら?」

小蒔「でも…」

京子「じゃあ、小蒔さんはホラー映画とか見ろって言われて今すぐ見られるかしら?」

小蒔「ほ、ホラーですか?」ビクゥ

京子「えぇ。お化けとか沢山、出てくるようなすっごい奴」

小蒔「う…うぅぅ…それは…」フルフル

まぁ、無理だろうな。
だって、小蒔さんってば見るからにホラーとか苦手そうなタイプだ。
下手にお化け屋敷とか連れて行ったら失神しそうなイメージすらある。


京子「怖いものに慣れるのは時間が掛かるものなんだから、今すぐ何とかしようとしても荒治療にしかならないわよ」

小蒔「…はい」シュン

京子「それに明星ちゃんは私の事なんて怖くないでしょう?」

明星「え、えぇ…普通に友人としてお慕いしていますから」

京子「ね?だから、別に治したりする必要はないの」

小蒔「誤解だったんですか…すみません。私…」

明星「いえ、良いんですよ。姫様が私達の事を思って言ってくれているのは理解できていますから」

京子「そうね。小蒔さん、ありがとう」ニコ

小蒔「い、いえ、そんな…」テレテレ

ふぅ…とりあえずコレ以上抱きつかれるような話にはならなかったか。
ちょっと残念ではあるが、でも、無理に明星ちゃんに抱きついてもらうのもなぁ。
この中で一番、俺のことを異性として意識してくれているであろう彼女にそれを求めるのはあまりにも可哀想だ。

湧「じゃあ、証拠見せて欲し」

京子「え?」

春「うん…私も証拠が見たい」

明星「………はい?」

え?なんでそこで湧ちゃん達から話の揺り戻しが来るの!?
その話ってもう終わったんじゃないのかよ!!
つか、そんなに湧ちゃんや春は明星ちゃんを俺に抱きつかせたいのか?


春「…怖くないならぎゅーも出来るはず」

明星「ままままままってくださいそれは…!」カァ

小蒔「…そんなに嫌なんですか?」ジィ

明星「い、いいい…嫌って訳じゃありませんけど…でも…」チラッ

…こっちをチラ見する明星ちゃんはきっと助けを求めてるんだろうなぁ。
でも、ごめん、この流れを断ち切るような言葉は俺の中からは出てこない。
俺に出来る事はもう少しで授業が始まるから出来るだけそれを引き伸ばして有耶無耶にするくらいだ。

京子「ほ、ほら、皆もあんまり明星ちゃんを困らせちゃ駄目よ」

春「…困るって事はやっぱり…」

小蒔「え?…ど、どうしましょう…?」オロオロ

京子「あ、い、いえ、違うのよ。別に明星ちゃんが私の事怖がってるって訳じゃ…」

京子「ほ、ほら、同性でもあんまり抱きつくのは淑女らしい行いではないでしょう?」

小蒔「え?抱きついちゃ駄目なんですか…?」シュン

京子「いや、駄目って訳じゃないけれど…その、そういう事を恥ずかしがる人もいるというか…」

しかし、その時間稼ぎが意外と難しい…!
話の持って行き方を間違えると小蒔さんの事を傷つけかねないしなぁ。
でも、ここは何とか会話をつなげて時間を稼がないと…。


明星「…分かりました」

京子「…え?」

明星「私…やります」

…明星ちゃん?
いや、ちょっと待って!
まだ自棄になるのは早いから!!
チャイムさえ鳴ったら有耶無耶に出来るから!!
お願いだから諦めないで!

明星「私も抱きつけばそれでこの問題も終わるんでしょう?」

京子「えっと…あ、明星ちゃん?」

明星「大丈夫です…京子さんは女の子なんですから。抱きつくくらい何ともないです…」ブツブツ

京子「ま、待って…!」

湧「じゃあ、はい」スッ

って、湧ちゃんがどいた!?
いや、ちょっと待って!そこ真正面だから!
一番、明星ちゃんに来られるとまずい位置だから!!
せめて背中とか見えない位置にオナシャス!!

明星「…京子さん…」

京子「あ、明星ちゃん…あの…」

明星「…ごめんなさい」ギュッ

ぬああああああああああ!
なんだよ…!なんだよ今の破壊力!!
顔に恥じらい浮かべて目を背けながら抱きついてくるとかさあああああ!!
春や小蒔さんにはそういうのないから今、すげーぐっと来たと言うか…!
両脇から二人に抱きつかれていなかったら反射的に抱き返していたかもしれないレベルだ…!


京子「え、えっと…その…」

明星「…な、何も言わないでください…」カァ

京子「え?でも…」

明星「い、今は何も…聞きたくないです…」マッカ

なんだこれ、なんだこれ。
いや、勿論、明星ちゃんが恥ずかしすぎてそう言ってくれているのは分かってるんだけどさ!!
でも、仮にも自分の胸元で女の子がそういうセリフを言っていると思うともうね!もうね!!
ちょっぴりムーディな雰囲気を感じたり感じなかったりする訳ですよ!!

明星「でも…確かに…」

京子「え?」

キーンコーンカーンコーン

明星「ひゃうぅ」ビックゥ

京子「きゃんっ」ビクゥ

明星「あ、ご、ごごごごめんなさい…っ」

京子「う、ううん。良いのよ」

まぁ、このタイミングでチャイムが鳴ったらそりゃびっくりするよな。
俺自身、いきなり身体を強ばらせた明星ちゃんだけじゃなくチャイムにもびっくりした訳だし。
でも、明星ちゃん最後に何を言おうとしてたんだろう?
確かにって事は何かに同意しかけていたんだろうけれども。


京子「ま、まぁ、それよりもほら、チャイムも鳴ったからそろそろ整列しましょう?」

明星「そ、そそそそうですね。はい、それが良いでしゅ」

春「…噛んでる」

湧「明星ちゃ可愛いっ」ニコ

明星「はぅぅ…」カァァ

湧ちゃんの無邪気な追い打ちが明星ちゃんを襲う…!
いや、確かに俺も可愛いとは思うけど、思うけどさ!!
出来ればそれは止めてあげてください!死体蹴りになってしまうから!!

小蒔「えへへ、じゃあ、京子ちゃん、春ちゃん、また後で」

京子「えぇ。また後で」

春「…はい」

湧「二人とも!後でチーム組もうね!」

明星「え、ち、チームですか…!?」

京子「そうね。明星ちゃんさえ良ければ…」

明星「べ、別に嫌じゃないですけど…あの…その…」ワタワタ

湧「…明星ちゃ、駄目?」ジィ

明星「…駄目じゃないです…」シュン

あはは…意外と明星ちゃんも押しに弱いなぁ。
いや、寧ろ、湧ちゃんや小蒔さんが変なところで押しが強いと言うべきなのかもしれないけど。
でも、微かに哀愁を漂わせて湧ちゃんと一緒に去っていく姿はちょっと似合っているというか…可愛らしい。
ただ…ちょっと人事とは思えないのは俺も春や小蒔さんに振り回される事が多い所為か。
俺も外から見るとあんな風に見えるのかもしれない、気をつけないと…。


「…ちょっとそこの貴女、もうチャイムが鳴ったのですから早く整列…って、あら?」

京子「え?って…生徒会長?」

「お久しぶりですわね、須賀さん」

京子「えぇ。お元気そうで何よりです」

そこで俺に話しかけてきた生徒会長は相変わらず溌剌として活力に溢れていた。
紅白の体操服姿に包まれたその身体は驚くくらいに健康的だ。
元々、明るい人ではあったが、こうして体操服を着ているとさらに輝くような魅力が伝わってくる。
次期エルダー候補筆頭とも言われるだけあってきっと運動も得意なんだろうな。

「最近はまた色々と活躍なさっていると噂で聞きますわ」

京子「いえ、生徒会長ほどではありませんよ」

「ふふ、須賀さんにそう言われると少し自信が出てきますわね」

「須賀さんは今や時の人と言っても良いくらいですから」

京子「えっと…その、すみません…」

「あら、何を謝るんですの?」

京子「だって…」

「もう。私は事前に言っていたでしょう?そういう事もあり得るって」

「それに私、須賀さんに謝罪して貰うほど不利になったつもりはありませんわ」

自信満々だなぁ。
だけど、その自信は張りぼてのものじゃなくって、裏付けのある言葉だ。
幾らか【須賀京子】が有名になったとは言え、生徒会長には及ばないし、また信頼度だって段違いである。
前子(仮)さんから聞いた話によると俺は二年以外では殆ど支持されていないみたいだし、順当に行けば彼女の勝ちは揺るがないはずだ。


「須賀さんの真意は分かっていますが、お互いエルダー候補筆頭としてその名を挙げられている身です」

「エルダーとは学校の代表…いえ、象徴でもあるのです。候補として選ばれただけでも生半可な行為は許されません」

「少なくとも候補の時点でも自分を選んでくれた人たちがいるのですから。その人たちの為に全力を尽くすのが当然の事だと私は思いますわ」

「ですから…もし、二人共選ばれた場合、遠慮などなさらずに全力で私と戦って下さいませ」

「私、須賀さんとであれば、良いエルダー選挙が出来るとそう思っていますから」ニコ

…あぁ、やっぱり生徒会長は良い人だよなぁ。
正直、嫌われていてもおかしくはなくらいだと思ってたんだけど…こんな風にフォローしてくれるなんて。
俺が何の柵もない一般生徒だったら、躊躇いなく生徒会長に投票しているくらいだ。

「……会長」

京子「え?」

「もう。生徒会の活動ではないのですから名前で良いですのに。…それで何の御用かしら?」

「あまり須賀さんとは話さない方がよろしいかと思います」

「…それはエルダーを争うかもしれない相手だからですの?」

「それは…」

そう言い淀む彼女の顔は俺も見た記憶のあるものだった。
ついこの前、湧ちゃんを囲んでいた上級生の中の一人 ―― それもリーダー格の先輩だったはず。
何かしらの繋がりはあると思っていたけれど、同じクラスの人だったのか。
しかも、生徒会長の言葉遣いから察するに結構、親しい仲のようだ。


「例え、エルダーを争う相手だからと言って、敵ではありません。切磋琢磨しあう相手…好敵手と呼べる存在でしょう?」

「寧ろ、争うからと言って、あからさまに距離を取る方が淑女としてあるまじき行為ではなくって?」

「…ですが…」

「…とは言え、そろそろ授業が始まるという時間に引き止めるのも申し訳ない話ですわね」

「須賀さん、また今度、ゆっくりとお話をしましょう?」

京子「えぇ。私で良ければ是非」

…正直、色々と聞きたい事もあるしなぁ。
勿論、生徒会長の事を疑ったりはしていないが、最低でも二人が親しい関係である事は見て取れたのだ。
彼女のやっている事を生徒会長が把握しているかどうかは分からないが、一応、伝えておいたほうが良い。
名も知れぬ上級生の面子は潰れるかもしれないが、今のままだと生徒会長に対してあまりにも不利になりかねないしな。

京子「(っと…)」

そんな事を話している間に先生が体育館の入口からひょっこりを姿を表した。
その直前、整列に紛れ込む事が出来たし、ギリギリセーフってところか。
もうちょっと生徒会長と雑談していたら危なかったかもしれない。
あそこで区切ってくれた彼女には感謝しないとな。


「えーそれじゃあ今日は始めての合同体育です。皆さん張り切っていきましょう」

「「「「はい」」」」」

「では、柔軟から初めてくださいね。その後、それぞれチームを組んで下さい」

「出来れば上級生と下級生が一緒のチームになると先生は嬉しいです」

…前々から思ってたけど、この体育の先生ぽわぽわしてる人だよなぁ。
胸も大きくてあんまり体育とか得意そうには見えない人なんだけれども…。
でも、永水女子で体育教師やってるって事はきっとかなりのアスリートなんだろうなぁ。
ま、いっか、それよりも… ――

「須賀先輩っ」

「須賀さんっ」

「須賀京子さんっ」

京子「あ、あはは…皆さん、どうかしたんですか?」

「お願いです!私とチーム組んでくれませんか?」

「ちょっと…私の方が先でしたわよ」

「順番なんて些細な問題です。大事なのは須賀さんの意思ではなくって?」

…うん、まぁ、そりゃ来るよなぁ。
俺が体力測定でどれだけの結果を残したかっていうのは既に学校中の噂になっている。
合同体育ともなれば普段の皆と組めない事は必至…それ故にこうして勧誘される事は一応、予想はしていた。
ま、まぁ、流石にちょっとここまで多くの人に囲まれるとは思ってなかったけどな。


京子「申し訳ありません。既に五人メンバーは決まっているんです」

「そう…でしたの」

「それは残念ですわ…」

「いえ…でも、逆に言えばまだ五人だけ…!」

「そうですわね。ソフトボールやサッカーの授業の時にまた誘いに来れば良いのですわ…!」

「そしてあわよくば須賀さんを運動部に勧誘して共に切磋琢磨して全国の大舞台に…」

おい一人本音漏れてるぞ。
まぁ、俺を誘いに来てる人達が殆ど運動部な辺り、俺自身予想はしていたけれども。
中には顔も名前も知らない女の子とかもいたが、そういう子は少数派だ。
そういう意味じゃやっぱり俺の人気はまだまだって事か。
うん、ちょっと安心した。

春「…京子は相変わらずモテモテ…」ジトー

京子「アレはモテているとは言わないんじゃないかしら…」

運動部への勧誘活動で見知った顔ばかりがこっちに来た訳だしなぁ。
それをモテているというのはちょっと実態とはズレているというか何というか。
勿論、幾らか好意は持ってくれているだろうが、彼女たちが欲しいのは【須賀京子】ではなく、【優秀な成績を残した女生徒】なのだ。
須賀京子そのものを見てくれてはいない、とまでは言わないが、こうして未だに遠回しの勧誘活動が続いているのは間違いなく後者が主な理由だろう。


湧「京子さあっ」ダキッ

京子「はいはい。まったく…やっぱり来たわね」ギュッ

湧「えへへー♪」

明星「まったく…湧ちゃんったら…。京子さん、ごめんなさい」

京子「良いのよ。絶対来ると思ってたから」ナデナデ

小蒔「わわ…出遅れちゃいましたか?」

京子「大丈夫よ、別に早い者勝ちってものじゃないんだから」

寧ろ、あんまり早くにこっち来て、勧誘しに来た人たちとブッキングすると色々とややこしい事になりかねなかったというか。
湧ちゃんは結構、俺に懐いてくれている事もあってか、ああやって遠回しに勧誘するのをあまり良い風には思っていないみたいだし。
小蒔さん自身はどう思っているのか分からないが、今年一緒にインターハイを目指すと言っている仲間が勧誘されるのはあまり良い気分ではないだろう。
…まぁ、小蒔さんは「京子ちゃんは人気者ですね」くらいで済ます気もするけれど。

小蒔「良かった…」ホッ

春「…でも、どうする?」

京子「え?」

春「…五人じゃ柔軟出来ない…」

京子「あっ」

確かに二人一組になって柔軟する訳だから、五人じゃ一人余る計算になるのか。
でも、まぁ、ここは俺が一人で柔軟しておけば四方丸く収まる話だろう。
皆が知っている通り、俺は男な訳だし、この中で一人だけ外れるならば俺にしておくべきだ。


京子「じゃあ、私は一人で適当にやっているわ」

春「それは駄目…」

京子「え?」

小蒔「そうですよ。京子ちゃんが一人だけとかそういうのはいけませんっ」

湧「あちきは京子さあと柔軟したい…」

明星「あらあらまあまあ…モテモテですね」

いやー…これはどちらかと言うとモテモテというよりも気を遣ってくれていると言うか。
俺の立場が立場だけに皆が仲間はずれにしないようにしてくれているだけな気がする。
小蒔さんも湧ちゃんもおっとりしているようでそういうの結構気がつく子だしなぁ。
春に至っては基本的に俺にべったりでずっと側にいてくれているし。

小蒔「ここは公平にじゃんけんで決めましょうっ」グッ

京子「じゃんけん…そうね。最下位の人が…」

春「勝った人が京子と柔軟出来る…」

京子「えっ?」

小蒔「これは負けられませんね…っ」

湧「よーし。やるぞー!」ググッ

なんか知らないが皆やる気だ…!
でも、そこまで必死になるような事はないと思うんだよ!!
男が女の子との柔軟を勝ち取るのに必死になるんだったら分かるけどさ。
逆だとなんかすげー違和感があるというか…なんかおかしい気がする…!


明星「皆、頑張ってくださいね」

京子「…明星ちゃんはしないの?」

明星「私、馬に蹴られて喜ぶ趣味はないんです」

京子「う、馬って…」

明星「ふふ、どういう意味なんでしょうね?」クスッ

うぅ、年下の癖に大人っぽく微笑みやがって…相変わらず似合ってるじゃねぇか。
とは言え、これを馬に蹴られて喜ぶ云々はちょっと違うと思うんだよなぁ。
確かにじゃんけんしてまで争っている訳だけど…でも、皆にそういう気配はまったくない訳で。
こうペットを一番に撫でる権利を争っているとかそういう感じじゃないか?

小蒔「やりましたっ」ガッツポーズ

春「ま…負けた…」ガクッ

湧「ぅー…っ」

小蒔「京子ちゃん!勝ちましたよー!」ニコー

明星「あ、ほら、姫様が勝ったみたいですよ。勝者を労ってあげて下さい」

京子「はいはい。小蒔ちゃん、良く頑張ったわね」ナデナデ

小蒔「はいっ♪」

勝者を労うって言うのは良く分からないけど、でも、小蒔ちゃんが頑張ったのは事実だしな。
じゃんけんとは言え、皆と争って勝ち抜いたのだから、その報酬はあってしかるべきだ。
一応、柔軟って賞品はあったが、それが賞品になるとは正直、まったく思えないしな、俺。


京子「じゃ、柔軟しましょうか」

明星「それじゃ湧ちゃんは私とね」

湧「はーい」

春「私は…」

京子「…後で私ともう一回やりなおしましょうか?」

春「い、良いの…?」

京子「えぇ。ひとりぼっちで柔軟は出来ないでしょうし」

とは言え、春の事を放置は出来ないよなぁ。
皆が仲良く柔軟してる中、一人で準備運動するのも可哀想な話だし。
別に二回やっちゃいけないって約束はないんだから、春は俺ともう一回すれば良い。

春「…京子、大好き…」

京子「はいはい。じゃ、少しだけ待っててね」

小蒔「お先にごめんなさい、春ちゃん」

春「ううん…姫様なら構わない…それに…」

小蒔「それに?」

春「京子は必ず私の元に戻ってきてくれるって信じてるから…」

京子「まるで私が浮気症みたいな言い方しないで頂戴…」

そもそも俺が今からやるのはあくまでただの準備運動だしな。
多少、身体が触れ合ったりはするが、如何わしい意味は一切ない。
…いや、まぁ、俺に如何わしい感情がまったくないかと言えば、答えに窮するところはあるけれども。
だって、しかたないじゃん…小蒔さんもボインちゃんなんだから。
男としてはどうしても下心の一つや二つくらいは覗かせちゃうって。


小蒔「んんぅぅぅぅ~~」プルプル

京子「……」

小蒔「んんん~~~~っ」プルプル

いやー…こうして柔軟始めるとアレだな。
この前の湧ちゃんの柔らかさが本当に凄かったっていうのを実感させられる。
小蒔さんはこうして必死になって手を前に伸ばしているけれど、湧ちゃんの半分も行っていないし。
まぁ、小蒔さんの場合、胸に立派なタンクを二つ乗っけているからって言うのも無関係じゃないんだろうけれど。

京子「…えいっ」グイッ

小蒔「はぅんっ」ビックゥゥ

小蒔「き、京子…ちゃ…」フルフルフルフル

京子「大丈夫。まだイケるわ」ニッコリ

でも、なんだろうな。
こうして身体をプルプルさせるくらい頑張ってる小蒔さんを見てると妙に意地悪したくなってしまうというか。
俺ってそんな嗜虐的なタイプじゃなかったはずなんだけど…うん、きっとあんまりにも小蒔さんが可愛らしすぎる所為だな!
とは言え、あんまりやりすぎて涙目にさせたりすると良心がやばいからここまでにしとくか。


京子「はい。もう大丈夫よ」スッ

小蒔「あうぅぅ…」グテー

小蒔「き、京子ちゃんは意地悪です…」ハァ…ハァ

京子「ふふ、ごめんなさいね、小蒔ちゃんが可愛いからちょっと意地悪したくなっちゃって」

小蒔「か、可愛い…ですか」カァ

京子「えぇ、頑張る小蒔ちゃんは何時だって可愛いわよ」

小蒔「は、はわわ」パタパタ

チョロい(チョロい)。
あんまりにもチョロ過ぎてちょっと心配になるレベルでチョロ可愛い。
一応、本心とは言え、可愛いってだけで顔を真っ赤にして嬉しそうにされるとなぁ。
こう若干の罪悪感が沸き上がってくるくらいだ。

京子「じゃあ、次は私の方を手伝ってくれるかしら?」

小蒔「あ、はい!頑張ります!」ググッ

京子「え、えっと…お手柔らかにね?」

まぁ、小蒔ちゃんの力じゃ酷い事にはならないだろうけどな。
それに彼女は春みたいに悪戯っ子じゃなくてごくごく普通の…いや、純真過ぎるくらい純真な子だし。
さっきの仕返しだって言って俺の背中を強く押すようなタイプじゃない。


小蒔「んしょ…んっしょ」ピト

京子「え?」

小蒔「よいしょ…うーん…っ」グッグッ

京子「あ、あの…小蒔ちゃん?」

小蒔「ご、ごめんなさい…もしかして強すぎでした?」

京子「あ、ううん。それは大丈夫よ。寧ろもっと力を入れて良いくらいなんだけど」

小蒔「はい。もっとですね」ギューッ

当たってんだよおおおおおおお!!
いや、普通に背中押すだけで良いんだよ!?
別に俺の背中に抱きついたりする必要はないんだぞ!!
てか、そんな風に抱きつかれると膨らみがっ胸の膨らみがっ!!
グイグイギュムギュムって背中に来て…ふぉおおおっ!!

京子「こ、小蒔ちゃん普通に押すだけで良いのよ?」

小蒔「でも、私、あんまり力がないみたいで…これくらいしないと京子ちゃんの身体押せないかなって…」

京子「だ、大丈夫よ。そんなに必死にならなくても…」

小蒔「駄目です!それで京子ちゃんが怪我をしたら大変じゃないですか!」

京子「う…で、でもね」

小蒔「大丈夫です!私頑張って押しますから!」ギュゥゥ

京子「あうぅ…」

小蒔さんのその善意は勿論、すげー有り難い。
本来ならば、そこまで思ってくれている事に感謝の一つでも伝えるべきなんだろう。
だけど、当たってるんだよおおおおおおおお!!
いや、健全な男子高校生としては嬉しいけどね!すげー嬉しいけど!!
でも、そんなにグイグイ来られるとさ!!もうさっきからそっちの事しか考えられないっていうかさ!!
下手に気を抜いたらムスコが起きちゃいそうなレベルなんですよ!!


小蒔「ふぅ…京子ちゃんどうですか?」

京子「え、えぇ…大丈夫よ。ありがとう」

小蒔「えへへ…良かったですっ」ニコー

京子「…ふふ」

うん…本当に良かった。
何とかムスコがどうにかなる前に柔軟を終える事が出来た。
人間、頑張れば意外とどうにかなるもんなんだな…。
完全にあててんのよ状態だったのに耐えきる事が出来るなんて…ふふ、俺も成長したじゃないか。

春「…京子」ピトッ

京子「はうっ…」ビックゥ

春「…次は私の番…」

京子「そ、そうね。で、でも、春ちゃん、少し離れてくれるかしら?」

春「どうして…?」

京子「せ、背中にね、その…胸が…」

春「あ、あ…当ててる…」カァァ

当ててどうするんですかあああああああああ!!
いや、さっき小蒔さんの分が終わって、少し安堵したところにそれかよ!
正直、完全に油断してたから今、ムスコの先っぽがビクンってしたぞ!!
隙を生ぜぬ二段構えって必殺技じゃないんだからもうちょっと手加減して下さい!!


京子「と言うかそもそも私の分の柔軟は終わってるから…当てなくても良いのよ」

春「…残念」

京子「残念じゃないの。ほら、座って」

春「…ん」

まぁ、こうして押したり押されたりは普段の体育の授業でもやっているしな。
別段、思うところはない…訳じゃないが、まぁ、当ててんのよされるよりは遥かにマシだ。
いくら女の子の身体に触れているからと言っても背中で、しかも、体操服越しだしな。
二度の当ててんのよを乗り越えた俺に死角はない!(キリッ)

春「…はぁ…んくぅ…っ…あぁ…そこはぁ…」

京子「…春ちゃん何やってるの?」

春「…京子に押し倒されそうになってる」

京子「人聞きの悪い事言わないで頂戴…」

誰が上手い事言えと言った…!
いや、ちょっと感心はしたけれど、だからってエロ声出すのは許される訳じゃねぇぞ…!
ただでさえさっきの二回の大攻勢で俺の理性がボロボロだったんだ。
その上、エロ声とか聞かされたらマジでムスコが起き上がっていてもおかしくはなかったしな!!
でも、ここでその声止めろって言うのも意識してるのモロバレだし…さっさと柔軟終わらせてしまおう。


京子「はい。じゃあ、もう終わりね」

春「もう…?」

京子「あんまり長々とやると逆効果よ?」

春「…ん…分かった…」

京子「さて、それじゃ皆の準備は終わった訳だけど…」

明星「何時もならここでチームメンバーを先生に申告という流れですね」

京子「なるほど。じゃあ…」

小蒔「京子ちゃん、お願いします」

京子「…え?私?」

小蒔「はいっ。この中でリーダーと言えばやっぱり京子ちゃんですし!」

京子「…リーダー?」

明星「あぁ、合同体育で組んだチームメンバーの申告やその他諸々の連絡はチームリーダーが行う事になってるんです」

なるほどな。
そうやってリーダーを作る事でチーム内での交流を深めようって事なんだろう。
全員平等ってよりもある程度上下関係があった方が交流は生まれやすいらしいからな。
後は人数がそれなりに多くなっているから全部を教師だけで面倒を見るっていうのが難しいって言う理由もあるかもしれない。
最初、エルダー制度とか聞いた時はとんでもな学校だと思ったけど、意外と合理的なのかもな永水女子。

京子「…でも、それこそ三年の小蒔ちゃんがやるべきじゃないのかしら?」

小蒔「わ、私、そういうのは苦手で…」ツイー

京子「…小蒔ちゃん」ニコッ

小蒔「ぅ…駄目ですか…?」ジィ

京子「だ、駄目とは言わないけど…」

目尻を潤ませるくらい嫌なのか。
まぁ、小蒔さんがそうやってあまり人前で目立ったりするのが得意な方ではないとは分かっているけれども。
若干、泣きそうになるくらい嫌みたいだし…これは無理にリーダーへと推すのも可哀想かもしれない。


京子「でも、私が目立ったりするのはちょっと…」

春「…今更」

京子「ぅ…い、今更じゃないわよ。まだ全然、大丈夫だから。私は目立たない転校生としてやっていけるから…」

湧「京子さあ、そいはあちきは無理だとおも」

小蒔「私も湧ちゃんに同感です」

京子「ふ、二人までそんな…」

明星「それに大丈夫ですよ。リーダーと言っても別に目立ったりしませんから。先生と多少、話をするくらいですし」

京子「それなら余計に私以外がやっても良いんじゃ…」

明星「京子さんが本気で嫌なら私がやりますが…ただ、リーダーは労力に対して簡単に成績へ反映されるというお話です」

京子「え?」

明星「ふふ…皆、何も考えずにそうやって京子さんを推している訳じゃないんですよ」

…なるほど…何故か小蒔さんが俺をやけに推してくると思ったらそういう事なのか。
一応、俺の事を考えてそうやってリーダーとして推してくれているんだな。
自分がリーダーやりたくないだけなら俺じゃなく、明星ちゃんを推せば良い訳だし。
ここで俺を推してくれるのは皆なりの優しさなんだろう。


湧「そいに…あちきこん中でリーダーに相応しいのは京子さあだとおも」

春「…うん、京子は中心だから」

小蒔「…京子ちゃん、リーダーになってくれませんか?」

明星「……どうします?京子さんが断るなら私が行って来ますけれど」

京子「…ここで断ったら私、嫌な女になるわよね…」

小蒔「っじゃあ…!」

京子「はい。負けました。私が行って来ます」

ここで断って皆の厚意を無碍にするのもアレだしなぁ。
それにまぁ先生のところに行ってチームメンバーを伝えるくらいなら特に怖がる必要はない。
良く良く考えれば、別に俺だけがリーダーとして動いてる訳じゃないんだし、変に目立つ事はないはずだ。

京子「皆は仲良くお留守番しててね」

小蒔「はいっ」

春「留守は任せて…アナタ」

春「子どもたちは私が絶対に護るから」

湧「ばーぶー」

京子「それで良いの湧ちゃん…!?」

湧「えへへ、京子さあの子どもなら悪くないかなって」

京子「…明星ちゃん?」

明星「湧ちゃんって結構、人とズレているところがありますから…」

京子「流石にこれはズレ過ぎじゃないかしら…?」

京子「まぁ、それより…行ってくるわね」スタスタ

さて、先生は…っと。
あぁ、入り口の辺りで椅子に座ってボード構えてるな。
何やら書き込んでいるのは、きっと申告されているチームメンバーなのだろう。
そして、その前に並ぶ女生徒の列。
多分、ここに並べば良いはず…って最後尾にいるのは… ――


「あら、須賀さん」

京子「あ、生徒会長。さっきぶりですね」

「えぇ。何だか妙な縁があるみたいですわね」

京子「ふふ、生徒会長との縁であれば歓迎したいところです」

「私も須賀さんとの縁は大事にしておきたいですわ」

京子「ありがとうございます。後、さっきも助けてくださって嬉しかったです」

「気になさらないで。寧ろ、私の友人が無礼な事を言ってすみません」

「何だか最近、皆、妙にピリピリしているみたいで…普段はあんな子たちじゃないんですのよ」

京子「エルダー選挙が近いですから仕方ありませんよ」

まぁ、だからと言って下級生を脅しているのはちょっとやりすぎだとは思うけれどな。
幾ら友人思いだと言っても、それで迷惑を被ってる人たちがいるのだから看過出来ない。
ただ、それをこの場で生徒会長に伝えるのはどうしても…なぁ。
ひと目があるところで堂々と言ってしまったら、生徒会長自身の評判にも傷がつきかねないだろう。
エルダー云々以前に個人として応援したい彼女を貶めるような真似はやっぱり出来ない。


「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいですわ」

「それで…実はお礼ついでに一つお願いがあるのですけれど…」

京子「お願いですか?」

「えぇ。今日の試合相手になってくださらないかしら?」

京子「試合相手…ですか?でも、それはこちらで言って融通が効くものなのでしょうか?」

「大丈夫ですわ。基本的に希望者同士で組まれるはずですから」

「流石に二度三度となると断られるでしょうが、お互い初めて同士ならば問題なく聞いてもらえるはずです」

京子「なるほど…」

流石に同じ相手と試合やりっ放しってなると不都合が出るんだろうなぁ。
同じくらいのレベル同士ならばともかく、格下ばかりと戦おうとするチームが出てきかねないし。
チームの力関係によって下手をすればイジメに近い状態になる事を考えれば、一回きりにしておくのが後腐れのないやり方なのだろう。

京子「でも、どうして私に…?生徒会長ならば引く手数多ではないですか?」

「えぇ。勿論、それは否定しませんわ。でも、ソレ以上に私、ライバルである須賀さんの実力、見ておきたいんですの」

「聞きましたわ。何でも、体力測定で日本記録に迫るようなすごい記録を出したとか」

京子「それは…」

「勿論、噂ですし幾らか尾ひれがついているのは確かでしょうが…それでも須賀さんは運動は得意な方なのでしょう?」

京子「そうですね。人並みよりはやれると自負していますが…」

「ふふ、遠慮しがちな須賀さんからまさかそんな言葉が聞けるなんて…やはり噂はまったく根も葉もないものではなかったのですね」クスッ

そこで嬉しそうに笑う辺り、会長は本気で俺との勝負を期待してくれているんだろうな。
自信満々なキャラってだけじゃなくって、割りと根は熱いタイプの女の子なのかもしれない。
そんなところも魅力的…と、まぁ、今はそれを考えるべきところじゃないか。


「それで…どうでしょう?私からの挑戦、受けてくださらないかしら?」

京子「はい。こちらからもよろしくお願いします」

「ふふ、ありがとうございますわ。須賀さん」

どの道、授業の一環として一度は生徒会長と戦っておかないといけない訳だしな。
今やるか、後でやるかの違いしかないのだから、断る理由はないだろう。
それにこうしてわざわざ挑戦とまで言ってくれている相手の気持ちを無駄にはしたくない。
さっきフォローしてもらったお礼も兼ねて、ここは生徒会長の申し出は受けておこう。

「お次の方どうぞー」

「っと、では、お先に失礼しますね」

京子「えぇ。また後で」

っと、そうやって話している間に順番も大分進んだな。
俺の前にいた生徒会長が先生に呼ばれてそっちに行っている。
メンバーの申告には一分も掛からないから、俺ももうすぐだろう。
その後は皆のところに戻って報告して即試合って感じかな?

「…あ、あの…す、須賀先輩…っ」

京子「…え?」クルッ

京子「ってあら…貴女はこの前の…」

「お、覚えていてくださったんですか…!?」パァ

京子「勿論よ。自分で助けた子の顔を忘れる訳ないじゃない」

瞬間、俺の後ろから話しかけてきた女の子の顔は見覚えのあるものだった。
初美さんとデートした前日、湧ちゃんと一緒に上級生に絡まれていた下級生。
今は体操服姿かつ目にかけていたメガネも外している所為で幾らか印象も変わっているが、それでも見間違える事はない。
って、この子は引っ込み思案な性格だったと思うんだけど…でも、ここにいるって事は… ――


京子「貴女もリーダーに?」

「はい。あの…本当はあんまり得意ではないんですけれど…皆からやって欲しいと言われて…」

京子「ふふ、私と同じなのね」

「え…須賀先輩もですか?」

京子「えぇ。何だか断りきれなくて」

「ふふ…そうだったんですか」

京子「そういう意味じゃお揃いなのね私たち」クスッ

「お、お揃いだなんて…そんな…」カァ

はは、お揃いってだけで恥ずかしがるなんてホント、初心な子だな。
そういうところも可愛い、なんて言ってしまったらまた春に怒られてしまうか。
まぁ、でも、比較的元気そうで良かった。
また変に勧誘されたりしていなかったか不安だったけど、一年生コンビの言う通り、今はそういう事もないらしい。

「あ、それで…あの…生徒会長の事なんですけれど…」

京子「え?」

「あ、あの…やっぱりアレってそういう事ですよね?」

京子「…そういう事?……って、あ…」

…やべー。
この子もここにいたって事は…さっき生徒会長と主犯格が一緒にいたところを見てるのか。
俺は以前、早とちりするなって言ってたけど…でも、あのやりとりは二人の間に繋がりがあるのは確実に見て取れる訳で。
ど、どどどどどどうしよう…!?
って言うか、もうそろそろ生徒会長の申告終わりそうなんだけど…っ!
考えてる時間がねええええええ!!


「はーい。次の方ー」

京子「え…あ、あの…」

「…ごめんなさい、須賀先輩。お忙しいのに」

京子「あ、いえ、良いのよ。それより…」

「大丈夫です。私、分かっていますから」

京子「…な、何をかしら…?」

この流れで本当に分かっててくれた事なんて一度もない所為だろうか。
こう今からでもすげー嫌な予感がするというか…続きを聞くのが恐ろしいと言うか…!
でも、聞かないと恐らく勘違いしてるであろうこの子を止められないだろうし…!!

「やっぱり生徒会長は卑劣な人だったんです…。真ゲスです。顔芸枠です。良からぬ事を始めちゃうに決まってます…」ヒソヒソ

京子「ま、待って。まだそうと決まった訳じゃ…」ヒソヒソ

「だって…会長のチームメンバーの中には、私や十曽さんを囲んでいた人がいるんですよ」ヒソヒソ

京子「え…?」

ジャンジャジャーン、今、明かされる衝撃の事実ゥ!!
って、マジかよ…それ結構やばくねぇか…?
俺は会長の無実を信じているけど…脅されたって事でその人たちに対して良い感情を抱いてないって子も沢山いるんだ。
この子が例え自分に起こった事件の事を口にしなくても、ソレ以外の子はやっぱり繋がりがあったんだとそういう風に思うだろう。
その結果、噂の中で槍玉にあげられるのは実行犯である彼女たちじゃなく、エルダー選挙を目前に控え、全校生徒の注目を浴びている生徒会長の方だ。


「それに…おかしいじゃないですか…。対立候補ナンバーワンの須賀先輩をこのタイミングで試合に誘うなんて」ヒソヒソ

京子「そ、それは…ほら、ライバルとして認めて貰えただけで…」ヒソヒソ

「本当に戦いたいなら別にエルダー選挙の後でも大丈夫なはずです…それなのに今、こうして誘うって事はきっと須賀先輩に怪我をさせるつもりなんですよ…」ヒソヒソ

京子「大丈夫よ。そんな事…」ヒソヒソ

「次の方ー?早く来てくれないと困っちゃうよー」

京子「は…はい…!」

でも、一番、やばいのは俺にこの子を説得する為の時間がない事だよ…!!
実際、この子が言っている事も決して筋が通っていない訳じゃない。
寧ろ、特に証拠もなく印象だけで生徒会長はそういう事しないと言っている俺の方が論理的ではないのだろう。
何より、彼女の根底にあるのは生徒会長への恨みじゃなく俺への心配なんだ。
それを今すぐ感情論でどうにかするには俺の頭は良くなくて… ――

「…須賀先輩…気をつけて下さい」

京子「え、えぇ…じゃあ、またね」

「はい…っ」

いや、ホント、どうしようね…。
ここで長々と話している余裕はないし…ましてや周りには先生を始め、未だ生徒の数も多い。
幾ら声を潜めていたとしても、誰かに話を聞かれてしまうという可能性はあるだろう。
今も皆は俺の事を待ってくれているだろうし、生徒会長たちは既にコートの方へと向かってる。
それを待たせてあの子と話し込んでいる余裕はないだろう。
うーん…と、とりあえず試合が終わった後にでもあの子に再び話しかけて、人気のないところで早く誤解を解くのが一番なのかな。
それ以上の良いアイデアはちょっと今、俺には思いつかない。


「はい。じゃあ、須賀さんのチームは生徒会長たちのチームと試合ねー。第四コートに向かって」

京子「えぇ。分かりました」

京子「あぁ、それと…貴女…」

「え?」

京子「授業が終わった後にでもゆっくりお話しましょう。良いかしら?」

「は、はい。勿論です!」

よし…とりあえずこれで次の話への取っ掛かりは出来た。
今の俺にはきっとコレ以上の事は出来ないだろう。
寧ろ、コレ以上ここに留まっても不自然だろうし、皆のところに戻るか。

京子「お待たせ」

春「お帰りなさい京子、ご飯にする…お風呂にする…?それとも…」

京子「そうね。とりあえず試合にしようかしら」

春「…つまり私と一緒に気持ちよく汗を流したいって事…?」

京子「えぇ。勿論、スポーツでだけれど」ニッコリ

春「…ソレ以外に何かあるの?」

京子「ふふ、お風呂とかかしらね?」

春「むぅ…」

こうして春の方から新婚さんごっこを仕掛けてくるのは別に初めてじゃない。
発言を変なふうに捻じ曲げられるのも日常茶飯事ってほどじゃないが、結構あるしな。
小蒔さんが目の前にいるのもあってか表現も割と控えめな方だし、この程度じゃまだ振り回されたりはしない。


小蒔「あ、私もお風呂大好きですよ!今度一緒に入りましょう!」

京子「え?」

春「え?」

明星「え?」

湧「わわ…っ」カァ

小蒔「…あれ?」キョトン

京子「……明星ちゃん」

明星「い、一応、姫様だって分かっているはずですよ。えぇ…はずです…」

本当にそうなのか…?
男と一緒に混浴するのがまずい事って本当に教育してくれているのか…!?
或いは小蒔さんにとって俺はもう男の枠じゃなく、同性の枠に入っているとか…。
いや、それはないよな…?
幾らなんでも事実を知ってる小蒔さんに混同されるほど俺は女装に親しんでいる訳じゃないはずだ…!

小蒔「え?駄目ですか…?」

京子「そ、そうね。やっぱり同性とは言ってもちょっと恥ずかしいかしら」

小蒔「そう…ですか」シュン

京子「ごめんなさいね。やっぱりどうしても…」

明星「…まぁ、別に良いんじゃないでしょうか」

京子「あ、明星ちゃん!?」ビックリ

明星「勿論、水着着用の上でですよ。京子さんの事情もありますし」

京子「で、でも…」

明星「同性なんですから。そこまで身構える方が変ですよ」

う…ま、まぁ…確かに。
一応、設定では肌に火傷の痕があるって事にはなってるが、それは誰も彼もが知っている訳じゃない。
ただでさえ今もジャージ姿で変な関心を買いかねない状態なんだから、小蒔さんとの入浴に対して過剰に反応し過ぎるのは詮索を買いかねないだろう。
それに入浴と言っても水着着用の上ならプールとそれほど変わりはないし。


京子「…そうね。確かに明星ちゃんの言う通りかも」

小蒔「え…?」

京子「今度、一緒に入りましょうか」

小蒔「京子ちゃん」パァ

春「…私も」

湧「あ、あちきも一緒が良い…!」

京子「ふふ、そうね。皆で一緒に…ね」

幸いにして、お屋敷の風呂は大きい。
浴槽は三人くらいなら余裕で入れそうな豪華なものだし、洗い場も数人分ある。
ちょっとした浴場と言っても良いお屋敷の風呂ならば、四人が同時に入る事も可能だろう。
流石に四人全員が一度に浴槽に入ろうとするときついかもしれないが、流石にそんな事はないだろうし。
幾らこの面子でも俺が男だって事は意識していなくても、理解はしてくれているはずだ。

京子「じゃあ、気持ちの良いお風呂の為にも頑張りましょうか」

湧「あいっ」

春「…場所は?」

京子「あ、第四コートらしいわ」

小蒔「第四コートですか。じゃあ、対戦する相手は…」チラッ

「…」ニコッ

明星「生徒会長…ですか。須賀さんは妙に縁の多い人ですね」

「ふふ、今回に限っては私の方から須賀さんに挑戦状を叩きつけさせてもらったのですけれどね」

小蒔「あ、生徒会長さんこんにちは!」ペコッ

「はい。神代さんこんにちは。でも、さっきクラスでおはようの挨拶したばっかりではなかったかしら?」

小蒔「はわ…そ、そうでした…!」

明星「それより……挑戦状…ですか?」

「えぇ。噂になるほどの須賀さんの運動能力をまずは自分の目で確かめてみようと思いまして」

「神代さん達にはそれに巻き込む事になってしまって申し訳ないですが…お付き合い下さいませ」ペコリッ

小蒔「い、いえ!こちらこそ会長さんには何時もお世話になっているので…む、胸を借りるつもりで頑張ります!」ググッ

湧「……」ジィ

和やかな雰囲気の中、湧ちゃんが一人だけジッと生徒会長を見つめていた。
その瞳に浮かんでいるのは敵意ではないが、かと言って善意という訳でもない。
まるで彼女が敵なのか味方なのかを図ろうとするような隙のない視線。
観察していると言っても良いそれは彼女が実際、生徒会長の関係者に脅された事があるからなのだろう。


「…あの…」

京子「ごめんなさい。湧ちゃんは少し人見知りな子で…」

「あら…そうでしたの」

湧「…京子さあ」ギュッ

京子「大丈夫よ。心配ないわ」ナデナデ

湧「ん…」

不安げに俺の裾を握る彼女の頭をそっと撫でる。
俺の身体に沿うように近づいた湧ちゃんの表情は分からないけど、微かに聞こえたその声は幾分和らいでいた。
流石に緊張全てが解けた訳じゃないだろうが、それでも多少は安堵してくれたのだろう。

「ふふ、まるで姉妹のように仲が良いんですのね」

湧「ふぇ…っ」カァァ

京子「えぇ。湧ちゃんは本当の妹のように懐いてくれていて」

湧「あ…ぅ…」モジモジ

春「…じゃあ、私はお嫁さん」

小蒔「え?じゃ、じゃあ…私はお姉さんです…!」グッ

明星「では、私は妹の友人ですね」クスッ

「そして須賀さんは皆の人気者のようですわね」クスッ

京子「お、お恥ずかしいです…」カァ

「あら、良いじゃありませんの。仲の良い人が多いというのは素敵な事ですわ」

どうやら生徒会長もこういったやりとりは嫌いじゃないらしい。
こちらに向かって微笑むその顔には悪感情はまったく見えなかった。
前も思ったけど、規律や規範を大事にしているのは確かだが、決して堅苦しいだけの人じゃないんだろうな。
こちらに挑戦状叩きつけてきた事と言い、意外とノリが良い人なんだろう。
…その後ろにいる見覚えのある上級生は俺の事を敵意混じりの目で見つめているけども。
どうやらよっぽど俺の事が気に入らないらしい。
まぁ、下級生を脅すくらい大事に思ってる相手が対立候補と仲良く談笑してるんだから面白いはずもないか。


「そろそろ時間です」

「そうですわね。審判役の人たちも来てくれたみたいだし…」

京子「えぇ。では…これからは敵同士ですわね」

「そうなりますわね。負けませんわよ?」クスッ

京子「こちらこそ。全力で当たらせていただきます」

流石に生徒会長率いるチーム相手に手加減なんて出来ない。
相手の実力は未知数ではあるが、少なくとも運動も出来るであろう生徒会長が敵にいるんだから。
何より、こっちのメンバーだって、決して運動が得意な面子で構成されてる訳じゃない。
小蒔さんも春も運動が苦手な分、こちらが頑張らなければ勝つのは難しいだろう。

明星「京子さん、最初は…」

京子「えぇ。私がボールをとりにいけば良いのね」

明星「はい。この中で一番、身長が高いのは京子さんですから。京子さんが行くのが確実なはずです」

京子「えぇ。任せて」グッ

さて…最初のボールを競うのは…生徒会長か。
身長差は30cm近くあって無謀な戦いと言っても良いくらいなのに出てくるなんてな。
わざわざ俺に挑戦状叩きつけてきた気持ちは嘘じゃないって事だな。
その気持ちはすげーと思うけど、だからって華を持たせてやる事は出来ない。

「じゃあ…あげますけど…大丈夫ですか?」

京子「えぇ。大丈夫よ」

「問題ありませんわ」

「では…」スッ

京子「」グッ

「…っ!」グッ







ピッー





というところで今日は終わりです
続きはまた明日頑張りたいと思います
お待たせして申し訳ないです…

見直し終わったから投下はじめんぞオラァ
滅茶苦茶眠いので途中で途切れたら寝落ちしたと思って下さい


―― 結果から言えば試合は始終こっちに対して有利に動き続けた。

湧ちゃんの身体能力は小柄な身体からは想像も出来ないくらい高く、また技術も素晴らしいものだった。
身長が低めな分、レイアップなんかは中々、出来ないが基本のシュートの精度は高く、スリーポイントの成功率も高い。
明星ちゃんは目立った活躍こそないが、細かいフォローをしてくれている。
特にマークが上手く、生徒会長へと放たれたパスを幾度となくカットし、こちらのチャンスを作ってくれた。
春と小蒔さんは…うん、とっても頑張ってくれているよな。
あまり運動が得意でない二人も息を切らせながらコートの中を走り回って、出来るだけマークについてくれている。
時折、こちらのパスを受け取って前線をあげる事に貢献してくれているから決して活躍していない訳じゃない。
そして俺は… ――

京子「ふっ!」

「また須賀さん…!」

「止めて!三人がかりでマークよ!」

「十曽さんの方にも一人回って!攻撃の起点を潰すの!」

京子「一…人っ!」ダンダンダンッ

「あっと!」

京子「二人…目…!」キュッ

「そんな…!早い…!」

京子「三人…」

「抜かせません…!バスケ部の意地に掛けてでも…!」グッ

京子「…それなら…!」クルッ

「あっ…しま…っ!」

京子「小蒔ちゃんっ!」シュッ

小蒔「え?あ…え?」パシッ

「大丈夫!神代さんにドリブルは出来ないわ!」

「マークは続行!パスコース塞ぐのに集中して!」

小蒔「え、えぇっと…」キョロキョロ

春「…姫様、湧ちゃんにパス…」

小蒔「は、はい!とぉおおおお(↑)」シュッ

「あぁ!パスが明後日の方向に!」

「アレじゃ場外…」


湧「っ!」キュッ

「えっ!あ、あの距離から追いつけるの!?」

「なんてスピード…!!いえ…それよりも…!」

明星「姫様、ナイスパスです」

小蒔「えへへ」テレテレ

「マークが解けてる!止めて!!」

湧「ふっ」ダッ

「早い…!」

「ボールを持っている時と殆ど変わらないなんて…!」

「どんな身体能力しているの…!?だけど…!」

湧「……くっ」キュッ

「追いつくのは難しくても…私達は進行方向にいるんだから…!」

「前に立ちふさがるくらいなら出来る!」

「そこまでよ。そのボール渡して…」

湧「……」グッ

「え?まさか…ここからシュート!?」

「そんなスリーポイントラインからもまだ遠いのに…!」

「…っ!違う!シュートじゃない!」

「止めて!彼女の狙いは…!」

湧「京子さあ!」シュッ

京子「『ナイスパス』よ、湧ちゃん」トンッ

シュルッ…ストン

「キャーーーーーーーーーーー」

「……空中でパスを受け取って…そのままワンタッチでゴールって…」

「…駄目。須賀さんの身長であんなアリウープシュートなんてされたら…マークしても止められない…」

「あの一年生と須賀さん以外は殆ど何もやっていないのに…もうこんなに点差が…」

京子「ありがとう、湧ちゃん。華を持たせてくれて」ニコー

湧「えへへ…京子さあならきっと出来ると思っちょった」ニコニコ

京子「ふふ、じゃあ、私は湧ちゃんの期待に応えられたのかしら?」

湧「勿論っ!最高に格好良かったよ、京子さあ」パァ

京子「ありがとう。これからも期待に添えるよう頑張っていきましょうね」


まぁ、こんな感じで…割りと湧ちゃんに華を持たせてもらている。
さっきだって本来なら彼女一人で突破出来なくはなかっただろうにな。
勿論、二人がかりとなると幾ら湧ちゃんでもリスクはあるだろうが、俺にアリウープシュートさせるよりも成功率は高かっただろう。
それなのにあんなパスを出してくる辺り、湧ちゃんは俺の事を随分と信頼してくれているらしい。

京子「(…ま、その信頼には応えたいよな)」

湧ちゃんの信頼はとても純粋なものなのだ。
女の子が男に向けるそれではなく、小さい妹が兄に向けるようなその信頼を俺は出来るだけ裏切りたくはない。
それに今、俺の目の前にはライバルとして認めてくれた生徒会長がいるんだ。
俺を信頼してくれている湧ちゃんの為にもライバルとして挑戦状を叩きつけてくれた彼女の為にも無様な真似は見せられない。

「須賀さん…本当に凄いですわね」

京子「ありがとうございます。でも、これもチームの皆のお陰です」

「ふふ、謙遜を。須賀さんがそのチームの中心である事は見れば分かりますわ」

京子「得点は湧ちゃんの方が取っていますけれど…」

「その彼女にパスを出しているのは殆ど須賀さんですわね。まったく…二人のホットラインを塞ぐのには本当に苦労しますわ」

京子「実は私も生徒会長を抜くのに毎回、四苦八苦しています」

「それはこちらも同じですわ。まったく…本当に楽しませてくれますわね」ニコッ

そう笑う生徒会長には翳りなんてまったくなかった。
勿論、ダブルスコア近い点差が開いて悔しいとは思っているのだろう。
汗の流れる顔には微かにそれがにじみ出ていた。
けれど、ソレ以上に彼女はこの状態を楽しみ、そして勝ちたいとそう思ってくれている。
そんな彼女だからこそ、俺も手を抜きたくないとそう思えるんだ。


春「…京子」シュッ

京子「でも…」パシッ

「っ!」グッ

京子「手加減は…しませんっ!」ダンッ

「くっ!」

勿論、性別の差がある以上、体力差は如何ともしがたい。
既に息が上がり始めている生徒会長とは違い、俺にはまだまだ余力があった。
疲れていないと言い切れるほどではないが、まだまだ全力で身体を動かす事が出来る。
動きに精彩を欠き始めた生徒会長を抜き去るのはそれほど難しい事ではない。
ましてや、生徒会長以外の子なら余計に、だ。

京子「(よし…道は開けてる!)」

ハーフライン近くで春からボールを受け取ってドリブルで切り込む。
それに追いつける体力と速度はもう相手陣地には残っておらず、マークもほぼ完全に引き剥がす事が出来た。
相手のゴール下に回っているディフェンスこそいるが、少し離れてのジャンプシュートならば問題はない。
今の俺はほぼフリーだし、前に回ってボールを叩き落とす事なんて出来な…… ――

「…」ドンッ

京子「(…え?)」

シュート態勢に入ってジャンプした瞬間、俺の視界が一気に流れた。
まるで後ろから何かに押されたような視界の変化に俺の思考は追いつく事が出来ない。
それでも身体は何とか自身を護ろうと手を床の方へと突き出そうとする。
しかし、それで殺せるような衝撃など殆どなく、俺の身体は空中から床へと強く叩きつけられた。


京子「がっ…」ドサッ

「あら…すみません。走りすぎて身体があたってしまいました」

京子「…っ…!」

てめぇ!と叫んでやりたかった。
何せ、申し訳なさそうな表情を貼り付けて俺の顔を覗きこんできた相手はあの主犯格の上級生だったのだから。
いっそ白々しい言葉と暗い喜悦を混じらせるその表情から最初から俺を押すつもりで、突っ込んできたのが分かる。
くそ…そんなに生徒会長が俺に負けるのが気に入らないのか。
そこまで行くとファンって言うよりフーリガンだぞ。
いや…今はそれよりも問題は… ――

京子「っ…!」ズキッ

「大丈夫ですか?顔色が優れませんけれど」

「…なんでもありません」グッ

踏みとどまる事も出来ないジャンプ中への衝突で首を痛めないはずがない。
こうして俺を心配するように言っている相手は、恐らくそれを狙っていたのだろう。
さっきよりも暗い喜悦を強く滲ませる彼女の表情からもそれがありありと伝わってくる。
そんな奴に手首を痛めました、なんて言いたくない。
何より… ――

京子「(…ここで俺が怪我したって言ったら…あの子にどう説明すりゃ良い…!?)」

生徒会長がこの件に関わっていないのはさっきの表情から見ても分かる。
そもそも彼女に対してそんな風に指示する暇なんて彼女にはなかったのだから。
間違いなくこの先輩の独断専行、だけど、それを証明する証拠が俺にはない。
今もどこかのコートで試合しているであろう後輩の危惧が現実になったのは事実なんだから。


京子「(そうなったら生徒会長の評判はどうなる…!?)」

女の子は噂好きな生き物だって事はこの数週間で身に沁みて理解しているんだ。
その上、今はエルダー選挙前で生徒会長も俺も全校生徒から注目されている。
そんな二人の名前が出てくる悪い噂は、あっという間に広がってしまうだろう。
実際、それを裏付ける証言もある以上、噂はそのまま真実となって、生徒会長の評判を落としかねない。
つまり…どれだけ考えても今の俺に出来る事はやせ我慢くらいしかないのだ。

京子「(正直、かなり痛ぇ…でも…)」

試合時間は数分くらいしかないんだ。
それだけの時間を我慢すれば、後はどうとでも誤魔化せる。
春と口裏を合わせて、階段から滑り落ちてしまった事にすれば生徒会長に迷惑は掛からないだろう。

京子「(…とりあえず今の俺に出来る事は…)」

一応、左手でもドリブルは出来るが、両手での細かい補正が必要となるパスやシュートはかなり難しい。
と言うか、パスを受け取る事さえかなりきつい感がある。
流石に本職じゃない俺が不慣れな左手一本で綺麗にパスを受け止められる自信はない。
あーくそ…こんな事ならハギヨシさんの言う通り、両手が同じくらい使えるようにちゃんと練習しておけばよかった…。


「じゃあ、立って下さい。まだ試合は終わってませんよ」スッ

京子「……」

そこで右手を差し出されると…俺も痛めた右手を差し出さなきゃいけない訳で。
流石に俺が痛めたのが右手だってバレちゃいないんだろうけど…でも、かなりきつい。
こいつにばれずに立ち上がる事が俺に出来るんだろうか。

「どうかしましたか?」

京子「いえ、なんでもありません。ありがとうございます」ニコッ

京子「(ぐああああああああ!!)」

痛い痛い痛い痛い痛い!!
やべー!思ったよりもかなり痛いし、きつい!!
普段なんでもない動作なのにこうして痛めるとまったく違うのな…!!
表情こそ取り繕っていたけれど、冷や汗が今吹き出したのが分かるぞ…!
もう二度とこんな事やりたくない…でも、我慢しないと…!!

小蒔「…京子ちゃん」

京子「どうしたの小蒔ちゃん」

小蒔「駄目です」

京子「え?」

小蒔「無理は、駄目です」

京子「…小蒔ちゃん…」

それでも何とか立ち上がらせて貰った俺に近づいてきたのは心配そうな表情を浮かべた小蒔さんだった。
一つ一つ言い聞かせるように区切る彼女の言葉は微かに悲痛な色さえ混じっている。
一応、頑張って取り繕っているつもりではあるが、もしかしたら彼女にはバレてしまっているのかもしれない。
でも、だからと言って、ここで彼女の優しさに甘える訳にはいかなかった。


京子「大丈夫よ。無理なんてしてないわ」

小蒔「そんなの…嘘です」

京子「嘘じゃないわ。本当よ」

小蒔「嘘…です。だって…京子ちゃんさっきから汗が凄いです…」

京子「ずっと試合してたんだもの。汗が出るのは当然でしょう?」

小蒔「そんな事ありません!だって…だって、私、ずっと見てましたから…!」

京子「え?」

小蒔「京子ちゃんの格好良いところずっと見てたんです!だから…見間違えるはずありません!」

小蒔「さっき倒れるまで京子ちゃんは全然汗なんてかいてませんでした…!疲れてる様子なんてまったくなかったです…」グスッ

京子「…小蒔ちゃん」

やべー…まさか小蒔さんに泣かれてしまうなんて…。
どうやら俺が思っていた以上に彼女を心配させていたらしい。
その上、ずっと見てたなんて言われたら…あぁ…もう胸が痛くて仕方がねぇぞ。
でも、だからってここで頷いたら…生徒会長の評判を貶めるのに繋がりかねない訳で…どうしたら良いんだよ…!

小蒔「…京子ちゃん…っ」ギュッ

京子「ちょ…こ、小蒔ちゃん…!?」ビックリ

小蒔「私…離しませんから…!」

小蒔「京子ちゃんが保健室に行ってくれるまで絶対、離さないです…!」グスッ

京子「…うぅ…」

ふぉおおお!!胸が!豊かなバストが俺の腹にいいいいい!!
って違う…今はそっちに夢中になるべきじゃない…!
それよりもここからどうやって抜け出すのかを考えなきゃ…!
…でも、小蒔さんに説得する余地はなさそうだし、無理矢理、突き放す事なんて以ての外だ。
…あれ?もしかして小蒔さんにこうして抱きつかれてしまった時点で詰んでる??


明星「…行って下さい」

京子「明星ちゃん…でも」

明星「ああなった姫様は梃子でも動きません。自分の事はともかく他人の事にはとても意思の強いお方ですから」

湧「…そいに…あちき達も京子さあの事心配…」

京子「二人とも…」

湧「だから…行って。京子さあ…お願い…」ジィ

春「私からもお願い…」

京子「…春ちゃん」

春「私には京子が何を考えているのかは分からない。でも…」

春「…私達にまでそうやって取り繕われるととても悲しいから…無理はしないで欲しい…」シュン

京子「…ぅ」

湧ちゃんと明星ちゃんからの援護射撃。
その上、普段、表情をあまり変えない春が目に見えて落ち込めば…断れる余地なんてあるはずない。
生徒会長の評判は気になるが…でも、やっぱり俺にとっては彼女よりも皆の方が大事なんだ。
ここまで心配を掛けている以上、平気そうに振る舞うのは春や小蒔さんに悪いだろう。


京子「…分かったわ。保健室に行ってくる」

小蒔「…本当ですか?」

京子「本当よ。嘘じゃないわ」

春「でも、付き添いは必要…」

京子「大丈夫よ。きっとただの捻挫だから」

小蒔「駄目です!捻挫でも死んじゃうかもしれません!」

京子「いや、それはないわよ」

春「でも、本当に保健室に行くのか不安だから一人はついていった方が良い…」

京子「…どれだけ私は信頼ないのかしら…?」

明星「…さっき自分が何をやったか思い返せば少しは答えも見えてくると思いますよ」

京子「…実は明星ちゃんちょっと怒ってる…?」

明星「ふふ、何の話でしょう?まったく分かりませんね」ニコー

あ、これ、ちょっと怒ってるな。
さっき俺に隠し事をされたのがよっぽど気に入らなかったのか。
何時もはもっと穏やかな声音なのに、言葉の端々から刺のようなものを感じる。
まぁ、それだけ俺が心配掛けたって事だし…俺からは何も言えないんだけど…。


明星「それはさておき、付き添いは姫様にお任せしましょうか」

京子「え?でも…」

明星「どうせ姫様は離れないでしょうし」

小蒔「離れません…」ヒシッ

明星「あまりぞろぞろと付き添いで抜けるのも変ですから姫様と行って来て下さい」

京子「…分かったわ」

実際、小蒔さんに離れるつもりはまったくなさそうだしな。
俺が逃げるとでも思い込んでいるのか両腕プルプルするくらい力を込めてるし。
そんな彼女を引き離して誰かと行くよりも、小蒔さんと一緒の方が良い。
途中で抜ける事になって小蒔さんには申し訳ないが…でも、今から説得するのは無理そうだしな。

小蒔「ぅー…」

京子「大丈夫よ。別に逃げたりしないから」

小蒔「…本当ですか?」ジィ

京子「えぇ。だから抱きつくんじゃなくて手を握ってくれないかしら?」スッ

小蒔「…はい…」ギュッ

京子「…ごめんなさいね、迷惑掛けて」

小蒔「良いんです…京子ちゃんが一番、辛いのは分かっていますから…」ギュッ

そう言いながら縋るようにして俺の手を握ってくれる小蒔さん。
さっき俺を抱きしめていたのよりも幾分、弱いが、それでも普段の彼女からは考えられないくらいだ。
これだけ心配させるならもっと早めに折れておけばよかったかなぁ…。


「須賀さん…」

京子「すみません。こんな形で試合を終わらせる事になってしまって」

「いえ、構いませんわ。こちらこそチームメイトが怪我をさせてしまって申し訳ありません…」ペコッ

京子「気にしないでください。生徒会長は悪くありませんから」

京子「それより…勝負はお預けにしておいてください」

「…よろしいのですか?須賀さんの勝ちは揺るがないと思うのですが…」

京子「勿論です。こんな形で終わらせるのは私も不本意ですから」

「須賀さん…」

京子「またやってくれますか?」

「えぇ。勿論」ニコッ

勿論、バスケで再戦ってのは授業のスケジュール的にも難しいところだろうけれどな。
だけど、一年間この組み合わせでやり続けるんだから他の競技で再戦の可能性はある。
今回は残念な結果に終わったが、決着はまたその時につければ良いだろう。

小蒔「…じゃあ…京子ちゃん。行きましょう?」

京子「えぇ。じゃあ、皆さん。また後で」

…最後の笑みはちゃんと笑えていたかな。
正直なところ右手がズキズキしすぎて自分でも自信がない。
やっぱり下手にいつも通りにしようとせず、ちょっとは痛がるべきだったかなぁ…。
いや、でも、少しでも痛い様子を見せればそれだけ皆に心配を掛ける訳だし…。


小蒔「……京子ちゃん…右手…大丈夫ですか?」

京子「さっきも言ったけどただの捻挫だから大丈夫よ。小蒔ちゃんったら心配性なんだから」

小蒔「し、心配しますよ…!だって…だって、京子ちゃんは私の大事な人ですもん…!」グッ

京子「…小蒔ちゃん」

小蒔「何時だって格好良くて…綺麗で…頑張ってて…私の憧れの人なんですもん…」

京子「…私、そんなに素晴らしい人じゃないわよ」

小蒔「そんな事ないです…!だって、京子ちゃんは何時も誰かのために頑張っているじゃないですか…!」

小蒔「さっきだって京子ちゃんはずっと我慢してて…会長の前でも普通に振る舞っていましたし…」

小蒔「アレも…周りの人を心配させない為にやせ我慢してたんですよね…?」

京子「……えぇ」

小蒔「京子ちゃんのそういう所、尊敬しますけど…でも、私嫌いです…っ」

京子「えっ…?」

え?嫌いって…小蒔さんが…俺の事?
皆に対して好意を抱いてて、嫌いなものなんてピーマンくらいしかないような小蒔さんが嫌い?
……あ、やべ、今、足元からクラッと来たわ。
自業自得とは言え、右手の痛みよりも胸の痛みがキツイ…!


小蒔「怪我してるのに…そんな風に我慢しなくても良いじゃないですか…心配させてくれても…良いじゃないですか…」フルフル

京子「……小蒔ちゃん…それは」

小蒔「いっつも一人で頑張る京子ちゃんなんて嫌いです…京子ちゃんの事は大好きだけど…やせ我慢する人は…嫌いです…」グスッ

京子「……ごめんなさい」

小蒔「…反省していますか?」

京子「えぇ」

小蒔「…もうしませんか?」

京子「…約束は出来ないわ」

小蒔「ど、どうしてですか…っ」

京子「私がそうやってやせ我慢しているのは理由もあるから…」

俺だって別にしたくてこうしてやせ我慢してた訳じゃない。
許されるなら痛いと叫んで保健室の方へと駆け込みたかったのである。
だが、そうすると傷つく人が居て…そして、俺はその人を少なからず尊敬していて。
そんな状況で仮にも男が痛いと言えるはずがないだろう。

京子「きっと同じ状況になったら私はまた我慢をすると思うわ」

小蒔「…京子ちゃん…」

京子「…だから、その時は今みたいに止めてくれないかしら?」

小蒔「え?」

京子「さっきのは応えたわ。いきなり抱きしめられてどうしようって思ったくらいだもの」

小蒔「あ…ごめんなさい」シュン

京子「良いのよ。小蒔ちゃんが私の事を大事に思ってくれているのは伝わってきたから」

京子「それに私は頑固だからアレくらいしてくれないと譲らなかったでしょうしね」クスッ

こっちとしても一応、それなりに譲れない理由という奴はあったのだ。
普通に言葉を掛けられるだけじゃきっと中々、譲れなかっただろう。
俺がこうして保健室に行く事を決意したのが小蒔さんのお陰なのだから謝る事はない。
むしろ、謝るべきはまた同じことを繰り返すと言っている俺の方だろう。


京子「だから、小蒔ちゃんが駄目だと思ったらまた同じようによろしくね」ニコッ

小蒔「…私に出来るんでしょうか…?」

京子「出来なかったら私はまた我慢を続ける事になるわね」

小蒔「はわわ…責任重大です…っ」

京子「ふふ…脅かしたけれど、小蒔ちゃんなら大丈夫よ。きっと」

小蒔「え…?どうしてですか?」

京子「だって、私は小蒔ちゃんには勝てないから」

小蒔「え…?勝てない…ですか?」

京子「えぇ。さっきみたいに泣かれるとどうして良いか分からなくなっちゃうの」クスッ

小蒔「つまり泣いちゃえば良いんですね…!」

京子「う、うーん…あんまり気軽に泣かれちゃうとこっちも困るんだけど…」

京子「でも、小蒔ちゃんは無理してる私を見たら、きっとまた泣くでしょう?」

小蒔「…はい。きっとさっきみたいに泣いちゃいます」

京子「その時は私も今みたいに折れちゃうだろうし…だからきっと大丈夫よ」

小蒔「京子ちゃん…」

ま、本当のところどうなるかは俺にもまだ分からないけどさ。
だけど、小蒔さんの涙に勝てないって言うのはきっとこれからも変わらないはずだ。
少なくとも、今もこうして彼女の涙を止める為に自分で弱点を晒している訳だし。


小蒔「じゃあ私は京子ちゃんが無理しないようにずっと見てないといけないですね…!」

京子「ふふ、出来るかしら?」

小蒔「出来ます!いえ…やってみせます…京子ちゃんの為にも…!」ググッ

京子「ふふ、小蒔ちゃんは良い子ね」

小蒔「…えへへ。あ、でも…京子ちゃんは悪い子です」

京子「そうね。小蒔ちゃんにもいっぱい心配させちゃったし…」

小蒔「違います。今だって、我慢してるじゃないですか」

京子「ぅ」

小蒔「…もう皆いないんですから痛いって言っても良いんですよ」ギュッ

そうは言うがな大佐。
一人だけならまだしもまだ側には大佐もとい小蒔さんがいる訳で。
そんな状況で男として弱音を吐いたりは中々、出来ない。
男というのは基本的に意地っ張りかつええ格好しいな生き物なんだから。

京子「……」

小蒔「ジィィィ」ジィ

京子「……痛いわ」

…とは言え、実際、そうやってやせ我慢した結果、小蒔さんを傷つけてしまった訳で。
ここで意地を貫くのはあまりにも反省の色がなさすぎる。
きっとまた同じことを繰り返すと言ったが、別に小蒔さんを傷つけたり泣かせたい訳じゃないんだ。
正直、ものすごく恥ずかしいが、ここは一歩譲るべきだろう。


小蒔「京子ちゃん…」

京子「本当はあのまま試合を続けられると思ってなかったから…結構、ほっとしてたの」

小蒔「…はい」

京子「小蒔ちゃんに止めれて安心した…と言うか喜んでいる私もいるわ」

京子「今だって取り繕ってるだけで結構、ズキズキって来てるしね」

小蒔「…やっぱり痛いですか?」

京子「普通にしてれば我慢出来るくらいだけど…何かを握ったり受け止めたりするのはかなり厳しいかしら」

小蒔「ぅ…」グスッ

京子「え…こ、小蒔ちゃん!?」ビックリ

小蒔「あ、ち、違います…これは…」グジグジ

小蒔「これは…あの…ちょっと京子ちゃんの辛さを思って…泣きそうになっただけですから」

京子「…小蒔ちゃん」

普通の相手なら天然ぶってると受け止めかねないセリフ。
でも、小蒔さんは間違いなく本心からそう言ってくれているんだろう。
泣いてる子どもの前で子どもが吊られて泣き出すように、小蒔さんは共感する力を強く持っているんだ。
ホント…怖いくらい純粋で純真な人だよな。
石戸(姉)さんたちにとても大事に育ててもらったのが伝わってくる。

京子「今は大丈夫よ。隣に小蒔ちゃんが居てくれているから」

小蒔「私が?」

京子「えぇ。小蒔ちゃんが手を握ってくれているだけで私は何時だって元気100倍なんだから」

そんな小蒔さんの事を俺も大事にしてあげたい。
その気持ちは間違いなく俺の心に力を与え、活力になってくれていた。
まぁ、その力は基本的にやせ我慢の方向へと流れていっている訳だけれど。
それでも…こうして見栄を晴れるだけの力をくれる彼女の存在が俺にとってとても心強いのは確かだ。


京子「それよりほら…もうそろそろ保健室だから…ね」

京子「そんな風に泣いてたら先生が小蒔ちゃんも怪我したんじゃないかって思っちゃうわ」

小蒔「も、もう泣いてません…」グジグジ

京子「ふふ、それだったら良いのよ。じゃあ、入りましょうか」

ガララ

京子「失礼しま…ってあら…?」

小蒔「…誰もいませんね」

京子「職員会議か何かかしら…困ったわ…」

一応、一般的な怪我の治療法はハギヨシさんから教えられ、頭の中に叩きこまれている。
麻雀で怪我をした時に役立つからと最優先に叩きこまれたそれは未だに色あせてはいない。
まぁ、未だに麻雀で怪我をするってどういう事なのか、イマイチ、良く分かっていないけれども。
ただ、肝心の右手が使えない以上、自分で応急処置ってのも難しいしなぁ…。

小蒔「じゃあ、私がやります…!」ムンッ

京子「小蒔ちゃんが?」

小蒔「はい!包帯の巻き方とかは授業でちゃんと習いましたから!」ググッ

京子「そうなの…じゃあ、お願いしようかしら」

小蒔「はい!えっと、まずは…まずは…何をしましょう?」キョトン

…本当に大丈夫なんだろうか。
でも、俺が頼れるのは目の前の小蒔さんくらいしかいない訳だしなぁ。
こんなにやる気になってくれている訳だし…下手に止めるのも無粋か。
それにやばそうだったら俺が口を出せば良いんだから、とりあえず小蒔さんにやってもらおう。


京子「そうね。まず患部を冷やす事かしら」

小蒔「冷やすんですね。えっと…じゃあ、お水と氷…」イソイソ

京子「あ、そっちに冷蔵庫があるみたいよ」

小蒔「本当ですね。氷さんは…」ガチャ

小蒔「あった。後はこれを袋に詰めて、お水お水…」キョロキョロ

何て言うか、こうして小蒔さんが頑張ってる姿っていうのは本当に微笑ましいよな。
初めてのお使いとかそういう単語が思わず脳裏をよぎるくらいだ。
もう何度も思ってるけど、この人が年上だとか本当に信じられない。
一部分は超高校級と言っても良いくらいに立派だけど、実年齢は中学生…いや小学生だったりしても驚かないぞ俺。

小蒔「やったっ!京子ちゃん出来ましたよ!」パァ

京子「ありがとう。小蒔ちゃん」ナデナデ

小蒔「えへへ…!あ、これを京子ちゃんの右手に当てれば良いんですよね?」

京子「そうね。だから…」

小蒔「じゃあ、私がやります!」

京子「え?」

小蒔「京子ちゃんはこの椅子でゆっくり座っていて下さい」スッ

京子「え…あ、ありがとう」ストン

小蒔「その間、右手は私が冷やしてあげますね」

京子「だ、大丈夫よ。左手は使えるから…」

小蒔「駄目です。京子ちゃんは怪我人なんですから安静にしていないと!」

京子「あ、安静にって…」

捻挫してる時に安静にするのは決して間違いではないけどなぁ。
でも、それは患部を動かさないようにするってだけで動いちゃいけないって訳じゃない。
少なくとも全部人任せにして良いようなものじゃないんだけれども… ――


小蒔「…」フンスッ

京子「……じゃあ、お願いしようかしら」

小蒔「はいっ」パァ

しかし、こうまでやる気を出してくれると中々そうは言いづらい。
それに押し当てるだけで何か間違いが起こる訳じゃないだろうしな。
多少、気まずくはあるが、本人がやりやがっているのだし、やらせてあげるのが一番だろう。

小蒔「じゃあ、ジャージ脱いで下さい」

京子「分かったわ。あ、コッチ側お願い出来るかしら?」

小蒔「はい。よいしょ」ヌガセヌガセ

京子「ん。オッケーよ」

小蒔「あ……やっぱり真っ赤になって…腫れちゃってます…」スッ

京子「まぁ、捻挫だものね。とりあえず冷やせば腫れも収まるはずよ」

小蒔「はい。じゃあ…冷たいの当てますね」ググッ

京子「え?」

小蒔「冷たいかもしれないですけど…ちょっと我慢して下さい」ピトッ

京子「ひゃぅっ」ビクッ

小蒔「あ…やっぱり冷たいですか?タオルか何かに包んだほうが…」

京子「い、いえ、大丈夫なんだけれど…その…」

小蒔「…?」キョトン

京子「ち、近すぎないかしら?」

小蒔「え?そうですか?」クビカシゲ

いや、椅子に座ってる俺に対して寄りかかり気味になってる時点で近すぎると思うんですよ!
お互いの吐息が掛かってもおかしくないくらい接近してるんですけど!!
これが近くないとか小蒔さんのパーソナルスペースはどれだけ狭いんだ。
密着するレベルじゃないと、そういうのをまったく気にしないんだろうか。


小蒔「…あ、でも、これだと京子ちゃんの匂いが分かっちゃいますね」スンスン

京子「ちょ…こ、小蒔ちゃん…!」カァァ

小蒔「やっぱり良い匂い…私、この匂い大好きです」ニコッ

京子「ぅ…」

小蒔「えへへ、ちょっぴり役得ですね」

京子「そ、それなら良かったわ…」

あーくそ…だから反則だって。
そうやって匂いが好きとか言うのはマジで反則なんだってば。
小蒔さんは忘れてるかもしれないけど、俺は健全な男なんですって。
それなのに役得とか言われると色々と誤解したくなるだろ!!

小蒔「…それに」

京子「え?」

小蒔「こうやって京子ちゃんの顔をじっと見られるのってあんまりさせて貰えないですし」

京子「そ、そうかしら?」

小蒔「はい。だって、京子ちゃん恥ずかしがり屋さんで…すぐに顔を背けるんですもん」ジィ

小蒔「私はもっと京子ちゃんの綺麗な顔見たいのに…意地悪さんです」

京子「べ、別に意地悪してる訳じゃないのよ」

小蒔「じゃあ、こうしてずっと見てても目を背けないでくれますか?」

京子「え?」

おかしい。
なんで応急処置の話から顔を見つめる見つめないの話になるのか。
そもそも何処にでもいるようなモブ顔をしてる俺の顔は綺麗でも何ともないからな!
正直、じっと見ても面白くともなんともないと思うんだ!


小蒔「京子ちゃん?」

京子「あ、え、えっと…その…勿論よ。勿論、良いに決まってるじゃない」

小蒔「やった…!じゃあ、私の顔も見て下さいね!」

京子「え、み、見るって…どういう事?」

小蒔「はい!だって私だけじっと見るのって不公平じゃないですか」

小蒔「それに目を背けないって事は京子ちゃんも私の顔を見るって事ですよね?」

京子「た、確かにそうなるかもしれないわね」

言われてみれば確かにそうなのかも…?
いや、でも、見つめ合う必要はないんじゃないか?
俺の顔を真正面から見ようとするから見つめ合う事になるだけで。
別の角度から見れば…ってそれじゃ目を背ける事になるから駄目なのか…?

小蒔「……」

京子「……」

小蒔「……ふふ」

京子「え?」

小蒔「こうして見つめ合っていると…なんだか不思議な気分です」

京子「不思議な気分って…?

小蒔「京子ちゃんの瞳の中に私が居て…その私の瞳の中にも京子ちゃんがきっと居て…」

小蒔「こんな風に見つめ合っているとまるで…恋人同士みたいです…」スッ

うあーうあーうあああああああああ!!
ああああああああああああああっ!!!!!!!
くそっ!可愛いんだよ!可愛いんだよ小蒔さん!!
なんだよ恋人ってなんなんだよおおおおおお!!
思わず色々したくなるだろうが!!!


京子「あ、あの…小蒔ちゃん」

小蒔「あ…はい。なんでしょう?」

京子「その…ちょっと冷たくなってきちゃったんだけど…」

小蒔「冷たく…?あ……わわわっ」スッ

小蒔「ご、ごめんなさい…!私ったら全然、気づかなくって…!」ペコッ

京子「いえ、大丈夫よ。言わなかった私も悪いから」

ふぅ…とりあえず…これで仕切り直しには成功できたかな。
ちょっぴり惜しい気もするけど…あのままだと雰囲気に流されかねなかったし。
抱きしめるだけならまだ冗談で済むかもしれないが、キスしたいってそんな言葉すら浮かんできたしなぁ。
ちょっぴり色づいた桜色の小さな唇が目の前で動くのは予想以上に魅力的で…犯罪的でした。

小蒔「えっと…じゃあ、次は…どうしましょう?」

京子「そうね。包帯で手首の固定をお願いしたいんだけれど…」

小蒔「分かりました!包帯ですね!」グッ

小蒔「えっと、包帯さん…包帯さん…」イソイソ

小蒔「あ、ありましたよ!これですね!」

京子「そうね」フフッ

小蒔「じゃあ、巻き巻きしていきますね!」

京子「えぇ。優しく巻き巻きしてね」

小蒔「お任せあれ、です!」

…なんだか急に不安になって来たのは気のせいだろうか。
いや、多分、気のせいじゃないんだろうな。
包帯巻く手つきはすげー辿々しいと言うか、恐る恐ると言うか。
仕草の一つ一つからあんまり慣れていないのが伝わってきている。
でも、一応、基本は抑えられているみたいだし…俺が口出しするほどじゃないか。


小蒔「あれ?」

京子「どうかした?」

小蒔「い、いえ…!大丈夫です!京子ちゃんはゆっくりしててください!」

京子「そ、そう…?」

小蒔「え、えっと確か…こうやって…こうして…それで…」ブツブツ








――      数分後









小蒔「出来ました!」パァ

京子「……えぇ。そうね」

何故か俺の右腕全体が包帯で覆われている訳だけれども。
なんだこれ、何処の中二病患者なんだ…。
闇の炎に抱かれて消えれば良いのか、或いは闇に飲まれれば良いのか。
ダークフレイムマスターとかそんな名前が似合いそうな感じになってる。
でも、一応、これは小蒔さんが試行錯誤して頑張った結果だからなぁ。
包帯が多少勿体無いが…解くのも可哀想だし。


京子「小蒔ちゃんのお陰で助かったわ。本当にありがとうね」ナデナデ

小蒔「えへへ…っ」パァ

京子「あ、後、三角巾を取ってくれないかしら?」

小蒔「三角巾ですか?」

京子「えぇ。腫れを抑える為に今日一日は心臓より腕にあげておいたほうが良いから」

小蒔「分かりました。えぇっと…」イソイソ

小蒔「あ、これで良いですか?」

京子「えぇ、ありがとう。後は小蒔ちゃんにそれを結んで貰えば終わりね」

小蒔「はい。じゃあ、最後のお仕事頑張りますっ!」キュッキュ

小蒔「終わりました!」グッ

京子「ありがとう、小蒔ちゃん」

色々、不安はあったが、思ったよりスムーズに終わったな。
これも何だかんだ言って小蒔さんが真剣に保健の授業を受けている結果だろう。
包帯の巻き方には多少戸惑ったが、でも、俺のアドバイスなしにちゃんと結べた訳だし。
ジャージは…包帯を巻かれちゃったし面倒だから良いか。
左肩だけ隠れるように羽織って…後は紙に勝手に治療した旨を書き記して…うん、これで良し。


京子「それじゃそろそろ戻りましょうか。皆も心配しているでしょうし」

小蒔「そうですね。もしかしたらすぐそこで待っているかもしれませんっ」

京子「ふふ、流石にそれはないわよ」

ガララ

「須賀先輩!」

京子「きゃっ…って貴女は…」

扉を開けた先に居たのは俺も見覚えのある後輩の子だった。
湧ちゃんを助けた時から奇妙な縁が出来た彼女はその瞳に心配そうな色を浮かべ、微かに息を上げている。
多分、試合が終わってすぐにこちらに走って来てくれたのだろう。
それは有り難いのだけれど…授業とか色々、大丈夫なんだろうか。
もうそろそろ終わってもおかしくはない時間とは言え、授業を下手に抜けると成績に響くと思うんだけれども。

「…おいたわしい…そんな大怪我をされて…」フルフル

京子「え?あ、いや…違うのよ、コレは…」

「でも、そんな風に右腕を包帯でグルグル巻きにして…三角巾で腕を吊るくらいの怪我なんですよね…?」

京子「ち、違うわ。本当にただの捻挫だったのよ。心配しないで」

…流石に治療してくれた小蒔さんが包帯巻くのに慣れる為にこれだけ長くなってしまったとは言えないし。
幾ら知らない子とは言え、人前でそんな事を言われるのは恥ずかしいと思うのが当然だろう。
あぁ…くそ、今更、こんな事言っても意味ないけど…こんな事なら面倒でもちゃんとジャージ羽織っておけばよかった…!


「…私、須賀先輩のそういう優しいところは素敵だと思います」

「でも…私…例えそれが本当に捻挫であっても許せません…!」グッ

京子「ゆ、許せないって…」

「だって…だって、そうじゃないですか!須賀先輩は生徒会長の事を信じていたのに…また裏切ったんですよ!」

小蒔「…裏切り?」キョトン

京子「あ…そ、その…」

やばい…小蒔さんは生徒会長と同じクラスなんだ。
人の言うことをあっさり信じてしまう小蒔さんがこういう事を聞くと変に生徒会長に対する苦手意識が出来かねない。
そうなってしまうと小蒔さんの学園生活にも支障をきたすだろうし…ここは先に帰っておいて貰う方が良いだろう。

京子「小蒔ちゃん、先に体育館の方へ言っててくれないかしら?」

小蒔「え…でも…」

京子「大丈夫よ。後で彼女と一緒に戻るから。先に皆のところに言って問題なかったって伝えて頂戴」

小蒔「…分かりました。待っていますね」スタスタ

…ちょっと色々と不満というか物足りなさそうな顔はしてたけれどな。
でも、一応、俺の言葉に頷いて、小蒔さんは体育館の方へと歩き出した。
問題は去った…と言える訳じゃないが、とりあえずは大丈夫だろう。
後は…俺の目の前で握りこぶしを作るこの子をどうにかすれば良いんだけど… ――


京子「とりあえず裏切りとかそんなんじゃないわよ。アレはきっと事故か何かで…」

「あんな風に後ろから体当たりしてて事故なはずないじゃないですか…!」

って、俺、体当たりされてたのか。
後ろから何かがぶつかった感覚しかなかったから分からなかったけど…そりゃ捻挫もするわな。
ってか、被害者の俺が言うのもなんだけど、もうちょっと攻撃の仕方考えろよ…!
俺が後で誤魔化せなくなるだろうが!!

京子「た、例え、そうでも生徒会長が関わっているとはまだ限らないわよ。彼女の独断かも…」

「いいえ…!前回はともかく…今回はエルダー選挙を目前に控えている状態で対立候補に怪我を負わせているんですよ…!」

「生徒会長が関わっていないはずないじゃないですか!!」

京子「そ、それは…」

うん…そりゃそうなるよな。
俺だって完全に無関係の立場だとすれば、この子と同じ結論に達していただろう。
でも、正々堂々としたあの人が到底、そんな卑怯な真似をするとは思えない。
少なくとも俺が知る限り、生徒会長はそういう事を嫌うタイプだしな。
ただ…それはあくまで俺のイメージであって彼女と共有出来るもんじゃない。
以前、上級生に囲まれた時点でこの子は生徒会長に対して不信感を持っている訳だし。
感情論でこの子を説き伏せるのはかなり難しいだろう。

京子「でも、生徒会長からすれば今の時期にトラブルを起こすのは防ぎたいはずよ」

京子「何も起こらなければ彼女のほうが有利なのは確かなんだから」

時期が時期だけに、ここで俺に怪我させたら、評判堕ちるのは間違いなく生徒会長の方だ。
俺の知る彼女が演技だったとして、それほど抜け目のない相手がここでミスを犯すだろうか。
本当に彼女が関わっているならば、絶対にここで俺に攻撃をさせるのは控えさせるだろう。
そもそも前回のやり方だってあまりにも杜撰なやり方だったからな。
今まで噂らしい噂になっていないのが不思議なくらいだし。


「そんなの…きっと生徒会長が京子さんに嫉妬したからに決まっています!」

京子「し、嫉妬って…」

「負けそうになって悔しかったんです…!そうに決まってます!」

あ、これ駄目な奴だ。
完全に頭に血が登ってるっぽいな。
そんなになるまで俺の怪我に怒ってくれるのは正直、嬉しいんだけど…でも、今の状況でこれはまずい。
何とか頭を冷やしてもらわないと大惨事一直線だぞ…!

京子「お、落ち着いて。冷静になりましょう?」

「私は落ち着いています…!」

京子「…じゃあ、ゆっくりお話しましょう。まだそうと決め付けるには早いわよ」

「…っ!じゃあ、何時なら早くないんですか…!」

京子「それは…」

「生徒会長がエルダーになったらですか?それとも…須賀先輩がもっとひどい怪我をしてからですか!?」

京子「……」

「私は須賀先輩が心配なんです…。次はそれじゃ済まないかもしれないじゃないですか…」グスッ

うあー…また泣かせちまった…。
あーくそ…この短期間で女の子を二回も泣かせるとか何やってるんだよ俺は…。
泣かせたくてやってる訳じゃないけど…もうちょっとフォローのしようはあっただろうに…。


京子「…ごめんなさい、泣かせたい訳じゃなかったの…」

「…ぅ」ヒック

京子「そんなに心配してくれるなんて…本当に貴女は優しい子なのね」

「当然です…だって…だって…須賀先輩は私の恩人なんですから」グスッ

京子「もう。義理堅い子なんだから」スッ

「あ…」

京子「ごめんなさいね。ハンカチがあれば良かったんだけど…今はなにもないから」

「い、いえ…だ、大丈夫です…」カァ

まぁ、とは言え、女の子の涙を何度も手で拭うのもアレだしな。
あんまりやり過ぎると肌が荒れるし、これで終わりにしておくべきか。
それにまぁ、また女の子に泣かれるというのも情けない話だしな。
俺が涙を拭った事で涙は止まったみたいだし…二度と彼女が泣かないように言葉は慎重に選ばないと。

「…やっぱり須賀先輩は素敵なお方です」

京子「そんな事ないわよ。本当に素敵な人なら貴女を泣かせる事はなかったでしょうし」

「い、いいえ!いきなり泣いてしまった私が悪いんです!」ワタワタ

「それに…本当に痛くて辛いのは須賀先輩なのに、私や生徒会長の事を気にしているじゃないですか」

「だから、やっぱり…私が一番、エルダーに相応しいと思うのは須賀先輩です」

「…そして、そんな須賀先輩にあんな事されるのを見て…我慢なんて出来ません…」グッ

…そうだよな。
結局のところ…話はそこに行き着いてしまうんだ。
俺が生徒会長の知人に怪我させられたという明確な証拠がある以上、この子の敵意は収まらない。
でも、それをなかったと言うには、あまりにもタイミングが悪過ぎる。
この包帯や三角巾がなかったとしてもいまだ手首は赤く腫れ上がっているんだから。
見られたらすぐに分かる以上、俺の狂言だったと、そんな嘘を吐く訳にもいかない。


「須賀先輩には言いませんでしたが…私、あの後、あの人たちの事を調べました」

「そしたら…やっぱり生徒会長とあの人たちは友人と言っても良い関係だった事が分かったんです」

「それでも私…須賀先輩の言葉を信じて下手に騒ぎ立てませんでした」

「ですが…事この場に至って、黙っている理由は私にはありません…!」

「須賀先輩の為にも…そして永水女子全体の名誉の為にも…!」

「生徒会長の起こした事を私に伝えていくつもりです…!」

「失礼します…!」ダッ

京子「ま、待って!」

―― そう声を掛ける事は出来ても、俺は彼女を追いかけることは出来なかった。

もし、両者の間に繋がりがあった時、彼女のためにも永水女子の為にも生徒会長に抗うと言ったのは俺自身なのだ。
結局のところ、その約束を破り、期待も完全に裏切ったであろう俺に彼女を追いかける資格はあるだろうか。
追いかけたところで感情論をぶつけるしかない俺に…その資格はきっとない。
そう思うと俺の足は動かず、その場に情けなく立ち尽くすしかなかった。

京子「(はぁ…情けないよなぁ…)」

その場その場で日和った結果がコレである。
結局、俺は生徒会長の名誉を護る事も、俺を慕う下級生の期待に応える事も出来なかった。
優柔不断とそんな言葉が脳裏に浮かび、自己嫌悪が胸の中を埋め尽くす。
それを何とか処理しようと小さく肺を膨らませた瞬間、俺はこちらを見つめる一つの視線に気づいた。


京子「…小蒔ちゃん?」

小蒔「は、はわわ」ビックゥ

小蒔「ち、違いますよ…!わ、私は猫さんです!ほら、にゃーん」

可愛い(可愛い)
でも、廊下の角から顔が丸見え状態なんだよなぁ。
目だけ出してこっちを伺うならばともかく、そんな状態で小蒔さんを見間違える訳がない。
と言うか、自分で猫さんって言いながら、猫だって通ると思ってるのか、この天然お嬢様は。

京子「いや、顔見えてるからね?」

小蒔「あわ…あわわっ!」カクレッ

京子「…今更隠れたって遅いわよ」クスッ

小蒔「ぅ…バレちゃってます?」ヒョコ

京子「そうね。小蒔ちゃんがうっかりさんなのも含めてバレバレかしら?」

小蒔「はぅー…」

京子「もう。先に帰っておいてって言ったでしょう?」スタスタ

小蒔「だ、だって…京子ちゃんが辛そうだったんですもん…」

京子「小蒔ちゃん…」

自分ではそんなつもりはなかったんだけど…やっぱり多少、気まずそうな顔はしていたのかな。
少なくとも小蒔さんに見て取られるレベルであったのは確かなのだろう。
そう思うと俺を追いかけてわざわざ保健室まで来てくれたあの子に悪い事をしてしまったな…。
後で改めて謝ろう。


小蒔「それに私、京子ちゃんの事見ててあげないといけないんです…!」

小蒔「京子ちゃんがまた無理したら、すぐにめっするのが私の役目ですから」ムンッ

京子「ふふ…そうね。それをお願いしたのは私だものね」

小蒔「はい。だから、私がここにいるのは仕方のない事なんです!」

京子「でも、私の言う事聞いてくれなかったのは確かだし、お仕置きね」

小蒔「お、お仕置きですか…!?」ハワワッ

京子「えぇ。もうすっごい事しちゃうんだから」

小蒔「い、痛いのは嫌です…」シュン

京子「大丈夫よ。痛くなんかないから」ギュッ

小蒔「…え?」

京子「…ありがとう。私の側にいてくれて」

小蒔さんがいなかったら俺はきっともっと深く自己嫌悪の沼に沈んでいた事だろう。
それに歯止めが掛かったのは、バレバレな様子でこっちを伺っていた彼女のお陰だ。
言うことを聞いてくれなかったのは少し寂しいが、でも、小蒔さんなりにこっちを心配してくれていた訳だしな。
悪いのは小蒔さんではなく、心配を掛けてしまった俺自身だろう。


小蒔「…京子ちゃん?」

京子「はい。お仕置き終わりね」スッ

小蒔「え…もう手離しちゃうんですか?」

京子「あんまりぎゅってしてると嫌でしょう?」

小蒔「そんな事ないですよ!私、京子ちゃんと手を繋ぐの大好きです」ニコー

京子「ありがとう。でも、それじゃお仕置きにはならないわよね?」

小蒔「うー…京子ちゃんの意地悪です…」

京子「ふふ、意地悪してごめんなさいね」スッ

小蒔「えへへ…もう一回繋いでくれたから許してあげます」ニコ

京子「ありがとうね、小蒔ちゃん」

京子「あ、それで…さっきの話聞いてたかしら?」

小蒔「…ごめんなさい。聞こえちゃいました…」シュン

あー…やっぱ聞こえちゃってたか。
そりゃ結構、大声で話してたりしてたもんなぁ。
流石にクラスの方に聞こえるほどじゃないだろうが、この近くにいた人には間違いなく聞こえていただろう。
今が授業中で廊下にはまず人がいないというのは本当に幸いだった…。
これが休み時間だったらどうなってた事か…正直、想像もしたくない。


京子「良いのよ。別に小蒔さんを責めるつもりはないから」

京子「ただ…生徒会長はきっと悪くないのよ」

小蒔「え?どうしてそこで生徒会長が出てくるんですか?」キョトン

京子「え?」

小蒔「実はお話は聞いてたんですが…ずっと京子ちゃんの方を見てたからあんまり頭の中に残っていなくって」テレテレ

小蒔「あ、もしかして聞いてなかったら駄目でした…?」シュン

京子「いいえ。聞いてない方が良かったお話だから」クスッ

小蒔「え…ど、どうして笑うんですか?」キョトン

京子「あ、ごめんなさい。小蒔ちゃんは本当に凄いなってそう思ったから」

結構大きな声で騒いでたつもりだったんだけど…まさか殆ど頭の中に残ってないなんてな。
相手が小蒔さんじゃなかったら気を遣われているってそう思ってただろうけど…でも、彼女がこんな器用な嘘つけるはずがない。
さっきだって俺の言葉に返したのは「待っている」ってだけで一言も体育館に行くとは言っていないしな。
小蒔さんがそんな嘘が吐けるような子なら、さっきみたいに顔が丸出しに近い状態でこちらを伺ってはいないだろう。


小蒔「凄いのは京子ちゃんの方ですよ」

京子「いいえ、小蒔ちゃんの方よ」

小蒔「いいえっ!京子ちゃんです!」

京子「……じゃあ、二人とも凄いって事にしないかしら?」

小蒔「え?」

京子「私も小蒔ちゃんも同じくらい凄いの。それじゃ駄目?」

小蒔「…えへへ。駄目な訳ないです!京子ちゃんとお揃いなんて光栄ですっ」ニコー

京子「ふふ、私も小蒔ちゃん見ててもらえて光栄よ。これからも頑張らなきゃね」

小蒔「じゃあ、私はこれからも凄い京子ちゃんが無理しないようにちゃんと見ていますね」

…勿論、頑張ると一言で言っても前途多難だ。
生徒会長の事だってそうだし、あの子の事だってそう。
特にエルダーの事に関しては思い返すだけで胃痛がしそうなくらいだ。

京子「(…だけど、このままで良い訳ないよな)」

さっき後輩を追いかけられなかった俺が言うのもおかしいかもしれない。
しかし、だからと言ってこのまま生徒会長が信頼を失っていくのをただ指を銜えて見ている訳にはいかないのだ。
俺のミスで引き起こしてしまった事なのだから、収拾をつける努力はしなくては。
勿論、その道は口で言うよりも容易い事ではなくて、きっと胃が痛む事も、頭を抱える事もあるはずだ。
でも…俺は… ――

京子「…」チラッ

小蒔「あれ?京子ちゃんどうしたんですか?」

京子「…いいえ、何でもないのよ」

―― きっと小蒔さんが見てくれている限り、頑張れる。そんな根拠の無い自信が俺にはあった。

今日はこれで終わりです
最近、一日で全部投下できなくて申し訳ないです
次回はもうちょっと早めにってこれ毎回言ってるな
もしかしたらGW中に気晴らしついでに1スレ限りの安価スレなど立てるかもしれません
もし、見かけましたら適当に遊んでやってくださいませ

正直立った

ようやくE5終わった…(´;ω;`)
まさかゲージ削りきってから26回もハマリ続けるとは思わなかったよ…
むしゃくしゃしたので金曜日か土曜日に投下する予定です
お待たせして申し訳ありません

>>554
一体、勃つ要素が何処にあったんだ…!?

ごめん。修正規模思ったより大きくなりすぎて時間掛かった…!
とりあえず見直し終わったので投下します
今回は霞さんがメインです


京子「(エルダーは嫌だエルダーは嫌だエルダーはダメ…)」

「うーん。エルダーは嫌なんですか。良いですか?須賀さんは偉大になれるんですよ?」

「その素質は十分に備わっていますわ。エルダーになれば間違いなく偉大になる者への道が開けますが、本当に嫌なんですの?」

京子「幾ら生徒会長にそう言われても…絶対にエルダーは嫌よ…!」

「そうですか…仕方ないですわね」

京子「じゃ、じゃあ…!!」

「須賀さん、おめでとうございます…!」

春「京子、おめでとう」

小蒔「京子ちゃんおめでとうございます」

湧「京子さあ、やったね!」

明星「良かったですね、京子さん」

京子「皆…!」

「須賀さん…」

京子「生徒会長…!おめでとうございます!」

「何を仰っていますの?」

京子「…え?」

「ほら、あちらを見て下さい。今代のエルダーは須賀さんの方ですわ」

京子「う、嘘…」

「私も頑張ったつもりでしたが、やっぱり須賀さんには及びませんでしたわ…」

「でも、須賀さんであればエルダーを任せる事が出来ます。これから一年エルダーとしてがんばって下さいね」ニコッ

京子「い、いやあああああああああああ!!!」



京太郎「ハッ…」

…お、俺の部屋…?
って事はさっきのは夢だったのか…。
…よくよく考えれば、いまいち、脈絡のない展開だったしな。
なんだよ、皆からおめでとうコールとか。
どこかの超人気アニメの最終回か。
破は正直、らしいと言えばらしいが望まれていたものとは違うと思う。
ぶっ壊して欲しかったのはアニメ版の雰囲気であって、今までのいけるんじゃね?感じゃなかったんだよ…!
と、まぁ、それはさておき。

京太郎「…はぁ」

あんな夢を見たのも結局、エルダー候補になるのを避けられなかった所為かなぁ…。
あの合同体育の日から数日後、一階に貼りだされた掲示には俺の名前が書いてあった。
他には生徒会長と明星ちゃん…まぁ、事前の予想通りのメンバーだな。
後はこの三人でエルダーになるための票を奪い合う…って事になっているんだけれども。

京太郎「(…憂鬱だなぁ)」

事前の予想とは違って、下馬評は少しずつ俺の方へと有利になっていっているらしい。
その理由は少しずつ校内で囁かれ始めたある噂の所為だろう。
生徒会長が仲間を使って下級生を脅したり、対立候補に怪我をさせたりして、何としてでもエルダーになろうとしている。
普通の学校では荒唐無稽にしか聞こえないであろうそれは、しかし、永水女子の中では真実味のあるものとして受け止められているようだ。


京太郎「(ホント…どうするか)」

面倒なのはそれがただの噂ではなく、一部分だけ見れば間違いなく正しいという事だ。
下級生が脅されていたのも事実だし、俺が生徒会長の友人に怪我をさせられたのも事実である。
そのどちらも少なくない数の証人 ―― 中にはあの後輩以外の被害者もいた ―― がいる以上、その噂は止まらない。
深く静かに全校生徒に浸透しつつあるその噂は、対立候補であり、怪我をさせられた悲劇のヒロインである【須賀京子】に支持を集める結果になっている。

京太郎「(勿論、俺がエルダーにならないのは簡単だ)」

ただ、生徒会長の事を信認すれば良い。
それだけで俺の持っている票が彼女の方へと向かい、自動的にエルダー選挙から脱落する事が出来る。
だが、それをするにはある程度、生徒会長が生徒たちの支持を集めている事が必須なのだ。
今のような状態で彼女に票を譲ったところで、生徒会長への不信感に油を注ぐだけだろう。
そうなった場合、生徒会長が余計に槍玉にあげられるかもしれないと思えば、簡単に実行する気にはなれない。
まずはあの噂を払拭しなければ、その手段は間違いなく逆効果なのだから。

京太郎「(だから…一応、ずっと頭捻って考えているんだけどなぁ)」

しかし、日頃の予習復習で成績が上がったとは言え、頭の良さまではそんなに変わっていないんだろう。
俺の机の上に載せられた紙は空白が殆どで、アイデアらしいものも書かれてはいなかった。
どうやら妖精さんは途中で眠くなって横になっていた俺を助けてはくれなかったらしい。
まぁ、ここで誰もが納得するようなアイデアを出してくれる妖精さんってのもなんか嫌だけどさ。


京太郎「(もうちょっとでGWなんだ…しっかりしないと)」

GW中は永水女子も勿論、休みだ。
だが、その少し後にはもうエルダー選挙が控えているのである。
エルダー選挙までにどうにかしようとするならば、間違いなくGW前のここ数日が勝負だ。
…それは分かっているんだが…でも… ――

京太郎「だー…無理だってば…」ドサッ

まだ入学して一ヶ月も経っていない俺には使える札というのが少なすぎる。
仲がいい友人なんて前子(仮)さんを含めて数人で、後は春や小蒔さんと言った事情を知る人達程度。
選択肢の幅を増やすマンパワーは圧倒的に不足しているし、何よりその手段も中々、思いつかなかった。
諦めるつもりはまだまだないが、正直、手詰まりになってしまっている感は強い。

霞「京太郎君、いるかしら?」

京太郎「あ、はい。いますよ」ヨイショッ

霞「入っても良い?」

京太郎「えぇ。どうぞ」

そんな時に聞こえてきた石戸(姉)さんの声に俺はすぐさま二つ返事を返した。
このまま一人で考え込んでいても、正直ろくなアイデアは出てこないだろうしな。
それなら石戸(姉)さんと話して多少は気分を変えた方が良い。
でも、石戸(姉)さんは一体、何の用なんだろう?
今は夕食前ギリギリのザ・夕方って言っても良いような時刻だしな。
何時もの石戸(姉)さんなら忙しく動き回っているはずだ。
それでもこうして俺の部屋にやって来たって事はなにか俺に重大な用事でもあるんだろうか?


霞「お邪魔します…って、あら、何か考え事でもしてたの?」

京太郎「え…どうして分かるんですか?」

霞「机の上に紙が置きっぱなしだもの。隅の方にはグチャグチャって書き潰したようなものもあるし」

霞「勉強ならそんな風にはしないでしょうから…結構、深刻な何か悩み事なのかしら?良ければ私が聞くわよ?」

京太郎「あー」

まさかたったこれだけでその答えに辿り着くとは。
石戸(姉)さんってやっぱりエルダーに選ばれるだけあって凄い人なんだな。
言われてみれば確かにって気もするけど、それに確信を持てる人がいったい、どれだけいるだろうか。
きっとサラリとこういうことやってのけるからファンが増えていったんだろうなぁ。

京太郎「…その、まぁ、何ていうか…」

霞「言いづらい?」

京太郎「…いや、多分、石戸さんが相談するには最適なんだと思います」

実際、石戸(姉)さんは永水女子で三年間、エルダーを務め上げたくらいの人なのだ。
スキャンダルに対しての対処法も幾らか心得ていてもおかしくはない。
今回の件が特殊な分、参考に出来るかどうかは分からないが、しかし、俺一人で考えていても手詰まりなのだ。
ここは誰かに頼ってしまうのがやっぱり一番だろう。


京太郎「実は、エルダー関連の話なんですけれど…俺、エルダー候補に選ばれてしまいまして…」

霞「えぇ。知ってるわ。転校生がノミネートされるだけでも滅多にない事なんだけれど凄いわね」

霞「実は私もちょっぴり鼻が高かったりするわ」ウフフ

京太郎「俺は気分が憂鬱ですけどね…」ハァ

霞「ふふ、ごめんなさい。でも、辞退する方法はあるんだから大丈夫よ」

京太郎「実はそれも中々に選びづらい理由がありまして…」

霞「え?」

京太郎「元々、一番、有力視されていた相手…まぁ。生徒会長なんですけど、その相手にある噂が出てきたんです」

霞「噂?」

京太郎「はい。生徒会長は仲間を使って下級生を脅したり、対立候補を怪我させたりしてまでエルダーを狙っているって」

霞「根も葉もない噂じゃない。私も彼女を知っているけれど、決してそんな事が出来る子じゃないわ」

京太郎「…俺もそう思います」

良かった。
石戸(姉)さんも生徒会長の事をそんな風に思ってたんだな。
ここで「ありえるかも」とか言われたらちょっと不安になっただろうし…少し安心した。
石戸(姉)さんが同じように言ってくれるって事は、やっぱり俺の見てきた生徒会長は演技でも間違いでもなかったんだろう。

京太郎「ただ…これは決して何もないところから出てきた訳じゃないんです」

京太郎「生徒会長の友人が下級生を脅してるのも、対立候補を怪我させたのも事実です」

霞「事実…?じゃあ、もしかしてこの前の捻挫…体育中に怪我したって言ってたけど…」

京太郎「…はい。心配させるかもしれないと思って皆には口止めしてたんですが…試合中に…」

霞「……それは偶発的なものなの?」

京太郎「恐らく必然的なものだったかと…。少なくとも周りはそう見ています」

それは別にあの子だけに限った話じゃない。
体育館へと戻った俺たちを迎えた皆も口では言わないが怒りを抱えていた。
春なんかははっきりと「あの人は嫌い」と敵意をむき出しにして言ったくらいである。
割りとおおらかなところがある彼女がそうまで言うくらいに、アレは露骨なものだったのだろう。


霞「ごめんなさい…ちょっとその人の所とお話してくるわ」

京太郎「ちょ…!ま、待ってください!!」

霞「止めないで頂戴。須賀君が怪我させられたって言うのに黙っていられますか。厳重に抗議しないと…!」

京太郎「だ、大丈夫ですって!ただの捻挫ですから!!」

霞「捻挫で済んだからと言っても罪が消えた訳じゃないのよ。償いはしっかりして貰わなきゃ…姫様の教育にも悪いわ」ゴゴゴ

正直、石戸(姉)さんがここまで怒ってくれるのは嬉しい。
少なくとも俺が怪我をさせられたって事で怒ってくれる程度には親しいと思ってくれているんだろう。
まぁ、それは間違いなく異性に対する艶っぽいそれじゃなく、どう贔屓目に見ても友人に対するものなんだろうけどさ。
…和の時もそうだったけど…俺って好みの異性から全く相手にされない呪いでも掛かっているんだろうか。

京太郎「それに…今ここで石戸さんが動くと余計に噂が深刻化しますし…」

霞「噂…?…あぁ、もしかして…」

京太郎「はい。件の相手がやった事が生徒会長の指示によるものではないのかとそういう噂が流れているんです」

京太郎「生徒会長にとってエルダーに選ばれる事が出来るのは今年が最後です。だからこそ…手段を選ばないかもしれない」

京太郎「少なくとも一部の人はそう思っていて…俺の…須賀京子の支持へと回っているみたいです」

霞「馬鹿げた噂…とは言い切れないわよね」ハァ

疲れたようにそう呟く石戸(姉)さんはきっと俺の知らないような苦労を沢山してきたのだろう。
三年間その座に居た彼女は羨望と同じくらいに嫉妬を集めていてもおかしくはないのだから。
それがどれだけ辛かったかは、普段は滅多に吐かないため息を漏らす石戸(姉)さんの姿からも良く伝わってきた。


京太郎「だから、どうしようかとそんな風に悩んでいまして…」

霞「…須賀君はどうしたいの?」

京太郎「俺としてはこんな噂なんてとっとと消して、生徒会長にエルダーになって貰いたいです」

霞「…それは自分が目立ちたくないから?エルダーになりたくないからだけなの?」

京太郎「ぶっちゃけた話、それもあります」

京太郎「ただ、ソレ以上に大きいのが俺が個人的に生徒会長の事を尊敬してるって事ですかね」

霞「尊敬?」

京太郎「はい。まぁ、多少、話した程度でしかないんですけれど」

だが、その僅かな邂逅でも俺は生徒会長がどれだけ生徒想いで、そして正々堂々とした人かが伝わってきているのだ。
何事にも全力で、そして真正面から立ち向かっていく彼女に対して悪い印象など抱けるはずもない。
自分がエルダーにはなりたくないという事情を差し引いても、俺が永水女子の中で一番エルダーに相応しいのは彼女だと思う。

京太郎「後は噂の一部に俺も関わってるから責任を感じてるって事ですかね」

霞「どうして須賀君が責任を感じる必要があるの?」

京太郎「まぁ、俺がもっと上手くやって怪我を隠せればこんな噂が立ったりしなかったでしょうし…」

霞「確かにそうかもしれないけど…でも、悪いのは元々、須賀君に怪我を負わせた子よ」

霞「それにあの子自身、知人の暴走を止められなかったのだから決して責任がないとは言えないわ」

京太郎「それは…そうかもしれませんけど…」

霞「…納得出来ないかしら?」

京太郎「…そうですね。やっぱり生徒会長に非があるとはどうしても思えませんし…悪いのは自分だってそう思います」

そもそも俺が最初に警告されていた通り、周りの事を警戒しておけばこんな事にはならなかったのだ。
注意喚起を促されていたのに、本当に怪我をさせに来るとは思っていなかった…なんて言える訳もない。
もっと目立たないようにしていれば、あの上級生だって俺を実力で排除しようとはしなかったはずだ。
勿論、それらはもしもの羅列でしかないが、あの事件を回避する術は幾らでもあったと思い返す度に思う。


霞「…もう。ホント…須賀君ったら意地っ張りなんだから」

京太郎「はは、すみません」

霞「…まぁ、良いけれどね。須賀君がそういう子だって言うのはもう嫌ってくらい知ってますから」ツイッ

京太郎「…怒りました?」

霞「怒ってないわよ。ただ、呆れてるだけ」

霞「この前のプレゼントの件もそうだけど…男の子だからって格好つけすぎよ」

京太郎「男が格好つけなくなったらそれこそ情けない生き物になるじゃないですか」

霞「私は少しくらい情けない男の人の方が可愛げがあると思うけれどね」

京太郎「可愛げなくてすみません」

霞「…良いわよ。こうして相談してくれているから許してあげる」クスッ

京太郎「ぅ…」カァ

何処か母性めいたものすら感じさせる優しい笑み。
姉という言葉が似合いそうなその穏やかな表情についつい俺は頬を赤くしてしまう。
もう何度も見てるはずなんだけど…こういう時の石戸(姉)さんってホント、可愛くて綺麗だからなぁ。
すぐに顔を赤くしてしまって、勝てるビジョンもまったく思いつかない。

霞「それで…須賀君の相談についてなんだけれど」

京太郎「何か思いつきますか?」

霞「その前に一つ聞かせて。須賀君は一体どこまでやれるつもりなのかしら?」

京太郎「え?何処までって…」

霞「その子の為に周りから奇異の目で見られたり、イジメがあっても、須賀君は耐えられるかしら?」

京太郎「それは…」

なんでそこまで大げさな事になるんです?なんて聞くのは野暮だろう。
少なくとも霞さんはそれがあり得るのだと、或いはそれくらいの覚悟が必要になるとそう思っているんだ。
ならば、ここで返すべきはそんな野暮な質問ではなく、本心からの応えのはずだ。


京太郎「きっと大丈夫です」

霞「…言っておくけど辛いわよ?」

京太郎「分かっていますよ。でも、そういうのは別に初めてじゃないですし」

流石にイジメみたいなものは経験した事はないけどな。
でも、この髪の色の所為で奇異の目を向けられる事は何度かあった。
それに女の子ばかりの麻雀部に所属してるって事で変な風に絡まれる事もあったし。
何より、一番、大きいのは… ――

京太郎「俺の側には皆がいてくれますから」

京太郎「一人だったら辛いかもしれないですけど…でも、皆は俺を護ってくれると思いますし」

霞「ふふ…そうね。春ちゃんや小蒔ちゃんがそれを見過ごせるはずないもの」

京太郎「石戸さんもですよ」

霞「え?」キョトン

京太郎「さっきみたいに俺の為に怒ってくれますよね?」

霞「あ、あれは…その…」カァ

はは、少し顔が赤くなってる。
実は本人の中でアレは失態だってそんな風に思っているのかもな。
俺は結構嬉しかったんだけど…でも、それならあんまり口にしない方が良いか。


京太郎「だから、きっと大丈夫です。俺は耐えられます」

霞「…そう。本当に…格好つけなんだから」クスッ

京太郎「情けない方が良かったですか?」

霞「今のはちょっと格好良かったから許してあげる」フフッ

京太郎「やった…!」ガッツポーズ

まぁ、あくまで冗談の範疇で本気で格好良いと思って貰えるには程遠いんだろうけれどな。
だけど、俺は生徒会長だけじゃなく、石戸(姉)さんにも尊敬の念を抱いているのだ。
そんな人に格好良いと言って貰えただけでもやっぱり嬉しい。

霞「じゃあ…私が思いついた方法だけれど…」

京太郎「…はい」ササッ

霞「ふふ、大丈夫よ。そんな風に身構えなくても。簡単な話だから」

京太郎「…簡単な話ですか?」

霞「えぇ。相手が評判を落とすならば、こっちはより評判を落とせば良いの」

それから語られる石戸(姉)さんの計画は確かに簡単なものだった。
噂と生徒会長の性質、そしてエルダー選挙というものを知り尽くしているが故の流れは流石としか言い様がない。
恐らく、俺はそれを思いつく事は出来ても、それを実行しようとは思えなかっただろう。
いや、石戸(姉)さんから聞かされても尚、正直、二の足を踏んでいる俺もいる訳だが。


京太郎「…凄いですね。石戸さん」

霞「ふふ、凄いのは私じゃなく須賀君の方よ」

京太郎「え?」

霞「まだ良くも知らない女の子の為にそこまで頑張れるんだもの。それは美徳と言えるでしょう?」

京太郎「そ、そんな風に持ち上げないで下さいよ。恥ずかしいっす」カァ

霞「ごめんなさいね」フフッ

石戸(姉)さんに褒められるのは嬉しいが、そこまで言われるとヨイショされている感が凄い。
そもそもここまで話がややこしくなってしまったのは俺の責任というのもある訳だし。
俺のせいで苦しんでいるかもしれない女の子を助けようとしているだけで、それは美徳でも何でもない。
ただの償いだと俺は思う。

京太郎「…でも、成功するんでしょうか、コレ」

霞「私はきっと大丈夫だと思うけれどね」

霞「ただ、この話の中で一番辛いのは須賀君の方よ。だから…正直、お勧めはしないわ」

霞「私個人の考えとしては、このまま放っておいても良いと思ってる」

霞「生徒会長とは多少、面識はあるけれど…それでも私は須賀君の方が大事だから」

京太郎「…石戸さん」

霞「だから…決めるのは須賀君よ。さっき言った事は忘れて、今一度良く考えなさい」

京太郎「…はい」

この計画を実行に移した場合、確かに一時的とは言え、俺の立場は悪くなってしまう。
いや、それだけならばまだしも周りの皆を巻き込んでしまう可能性が高いのだ。
俺一人だけならばまだしも…それが本当に正しい事なのか、判断がつかない。
悩んでいられる時間はあまり長くはないが…じっくりと考えないとな。
だけど、まずは… ――


京太郎「ありがとうございます。少しすっきりしました」

霞「良いのよ。私にはこれくらいしか出来ないから」

京太郎「でも、石戸さんの言うこれくらいで俺は凄い救われたんですよ」クスッ

霞「そう。それなら良かったわ」ニコッ

京太郎「あ、そう言えば石戸さん、俺に何の用だったんですか?」

霞「あぁ。実は麻雀を誘いに来たのよ」

京太郎「麻雀ですか?面子が足りないとか…」

霞「いえ、私と須賀君の二人っきりで」

京太郎「え?」

石戸(姉)さんを二人っきり…!?
その言葉の響きだけでも何か如何わしいものを感じてしまうのは俺だけだろうか!
まぁ、やるのは如何わしいも何も健全に麻雀するだけなんだが。
エロ?生乳?そんなのはねぇから。

霞「ほら、そろそろゴールデンウィーク近くで練習試合も増えてくるでしょう?」

霞「その時、今の須賀君の実力じゃ追いつくのは大変だわ」

京太郎「う…すみません…」

霞「良いのよ。須賀君が一生懸命やってるのは私たちも知っているんだから」

そう言って石戸(姉)さんもフォローしてくれているが、やっぱり中々…なぁ。
鹿児島に来てもうそれなりに時間は経っているが未だに一位になれた事はないくらいだ。
周りがインターハイ出場者ばかりというのも差し引いても、その成績はちょっと酷い。
上達は多少していると思うんだけど…でも、未だに俺だけがインターハイに出場出来るレベルではない事だけは確かだ。


霞「今は私も手が空いているから、一緒に特訓しないかしら?」

京太郎「…何から何まですみません」

霞「もう。そうやってまた遠慮するのはなしよ?」

霞「そもそも厄介な事に巻き込んでいるのは私たちの方なんだもの。謝らなきゃいけないのはこっちの方だわ」

京太郎「いえ…そんな事は…」

霞「だったらそうやって謝ったりしない事。良い?」

京太郎「…はい」

霞「それで、返事はどう?付き合ってくれるかしら?」

京太郎「…勿論、お願いします」

今の俺の実力がまだまだ足りていない事くらい分かっているし、今日は既にやらなければいけない事は殆ど済ませている。
石戸(姉)さんの申し出を断る理由は見つからないどころか、彼女の方に余裕があるならこっちからお願いしたいくらいだ。
まぁ、夕飯前の今からだとそれほど長時間は出来ないだろうが、それでもわざわざ時間を割いてくれるだけでも有り難い。

霞「じゃあ、遊戯室の方へ行きましょうか」

霞「途中、誰か見かけたら誘う感じでどう?」

京太郎「俺もそれで大丈夫です」

霞「ふふ。それじゃ行きましょうか」スッ

京太郎「はい」ヨイショット

う…床の上でうたた寝してた所為か、ちょっと身体が硬い。
もうGW前とは言っても今の時間はまだまだ肌寒いからなぁ。
特にここは山の上にあるのもあって、普通よりも気温が低い訳だし。


霞「大丈夫?なんだかちょっと辛そうだけど」

京太郎「実はちょっとうたた寝してまして身体が固くなっちゃってますね」ググッ

霞「もう。幾ら今の時期とは言え、うたた寝なんてしたら風邪を引くわよ?」

霞「寝る時はちゃんとお布団に入らないとダメ」

京太郎「すみません…」

霞「あんまりうたた寝ばかりしてると須賀君の部屋の前を通る度に中をチェックしちゃうからね」クスッ

京太郎「つ、次からは絶対にないように気をつけます…!」

まぁ、部屋を覗かれても大抵、勉強中か寝てるかだから問題はないんだけどな。
ただ、たまーに…すっげーたまーにだけど自家発電しようとしている事もあるし。
そういう時に覗かれたりすると大惨事じゃすまない。
それを防ぐ為にも次からはうたた寝なんて絶対にしないようにしないと…!!

霞「あ、それで…パソコンの件なんだけれど」

京太郎「どうにかなりそうですか?」

霞「えぇ。ようやく許可が降りたわ。また今度、買いに行かないと」

京太郎「え?買いに行くんですか?」

霞「勿論よ。どうせだったらすっごいの買っちゃいましょう?」ニコッ

ネトマのソフト入れるだけだから凄いの買ってもろくに活かせないと思うんだけれど…。
まぁ、折角、厚意で言ってくれているのに水を差すのもアレか。
それに本当に凄いパソコンなんて買おうとしたら数十万掛かる訳だしな。
流石にそれだけスペックの高い奴を買ったりはしないだろう。

あ、ネトマじゃないや…なんでココで気づくんだ…
ごめんなさい麻雀のソフトだと脳内変換しておいてください…!!


霞「とりあえず100万ほどあれば足りるわよね?」

京太郎「えっ」

霞「えっ」

京太郎「…桁一つおかしくないですか?」

霞「え…もしかして1000万くらい必要なのかしら…?」ビックリ

京太郎「い、いやいやいやいやいや…!」

ちょっと待って…!
桁が一つおかしいって言ってなんで増えるの!?
と言うか1000万のパソコンって一体、どれだけやばい代物なんだ!?
下手したらスパコンに片足突っ込むレベルじゃないか…?

京太郎「…そんなに値段高かったら一般家庭じゃ買えないですよ」

霞「え?だから月賦払いにするんじゃないの?」キョトン

京太郎「いや、確かにそうやって買わなきゃいけないくらい高いのもありますけど…」

京太郎「でも、今は大体、数年で買い替える人が多いですよ」

霞「う、嘘…!?」ビックリ

京太郎「ホントです」

パソコンしか趣味がないって人の中には一年単位で買い換える人もいるらしいからな。
今は最早一人に一台どころか一人で数台と言っても良いような時代になってきている。
昔は本当に一台百万とかそんな馬鹿げた値段がしたと聞くが、そんなのは数十年は前の話だ。
今はもうスペックさえ気にしなければ諭吉さん一人で買えるパソコンも珍しくはない。


霞「…お祖父様たちが100万くらい必要だと言っていたから私、てっきり…」

京太郎「そもそも100万クラスのパソコンとか普通の売り場じゃ売っていないと思いますよ」

霞「うぅ…お祖父様ったら…恨むわよ…」カァ

京太郎「はは」

霞「な、何かしら…?」

京太郎「いや…すみません。石戸さんが可愛いなって思って」

霞「も、もう…本当に恥ずかしいんだからからかわないでよ…」メソラシ

京太郎「はは。ごめんなさい。でも…石戸さんって家電屋とか言った事ないんですか?」

霞「そういうのは基本的にお付の人たちがやってくれていたから」

京太郎「…お付の人たち…ですか?」

霞「えぇ」

…サラリと言ってるけど、それって割りととんでもないんじゃないか?
いや、小蒔さんだけじゃなくて石戸(姉)さんもかなりのお嬢様だって事は今までも理解してたつもりだけど。
しかし、まさかお付の人たち…なんて言葉が平然と口から出るとは。
改めて相手が俺とは違う世界で生きてきた人なんだと実感させられた気分だ。

霞「私は基本的にずっと小蒔ちゃんのお世話と神事の練習ばかりだったから」

京太郎「…辛くはなかったんですか?」

霞「そうね…特にそういうのはなかったかしら?」

霞「初美ちゃんや明星ちゃんもいたし、それに姫様がとても良い子だったから」

京太郎「はは。それは確かにそうですね」

高校生になった今だって純真過ぎるくらい純真な小蒔さんの事だしな。
きっと子ども時代も今と同じく、いや、ソレ以上に周りの人を和ませてきたはずだ。
だからこそ、石戸(姉)さんは今も小蒔さんの事を人並み以上に大事にしているんだろう。
俺も最近、明星ちゃん辺りから過保護だって言われる事が増えてきたからその気持は何となく分かる。


霞「さて、ついた訳だけど…」

京太郎「誰かいますかね…」スー

京太郎「って…ありゃ、誰もいないですね」

俺が扉を開けた先は赤い柱とむき出しになった床で構成された空間だ。
意外に広々としたその空間を囲う壁は白く、遊戯室と言うよりはどこかの修行場と言った雰囲気に見える。
そんな中、小型の全自動麻雀卓が3つ無造作に置かれているのは妙にシュールだけど…もうそれにも慣れてしまった。
それにぶっちゃけ一番、シュールなのは間違いなく今も巫女服を着ている俺だろうし。

霞「じゃ、誰かが来るまでサシでやりましょう」スッ

霞「ルールは分かるかしら?」

京太郎「えっと、一応、友人と何度かやった事はありますけど…」

霞「じゃ、その辺り確認しながら適当に一回やりましょうか」

京太郎「ですね」

時間が潤沢にあるって訳でもないが、しかし、別に今すぐ急いでやらなきゃいけない訳でもないんだ。
暇つぶしついでにちょっと鍛えてもらえるってだけの話なんだし、のんびりやっていけば良い。
そもそも二人だけで麻雀やったところで、本気で鍛えられる訳がないからな。
石戸(姉)さんに特訓して貰えているのは事実だが、軽いレクリエーションみたいなもんだろう。


京太郎「…負けました」ズーン

霞「…ふふ、勝っちゃった」

…しかし、その軽いレクリエーションさえ俺は中々、勝てない。
二人だけでやっている分、ペースが早いからどんどん出来るのは良いんだけど…お陰でこれが十三連敗目だ。
そして、勝てる兆しは一向に見えず、これからまだまだ敗北数が積み重なる気しかしない…!

霞「でも…須賀君って本当に運がないのね」

京太郎「ぐふ…」

霞「あ、ごめんなさい…」

京太郎「いえ…良いんです。事実ですから…」

実際、俺のツモは大抵、酷いもんだ。
そもそも配牌の時点で勝負するのが難しいレベルだし、何とか手を整えても毎回、不要牌を引く。
勝負どころではまず間違いなく相手の和了牌を掴み、手を崩さなきゃいけない事も日常茶飯事だ。
インターハイ以降、長野でも鹿児島でも優先的に打たせてもらえているので幾らか実力は上がっているとは思う。
だけど、俺が殆ど和了る事が出来ないという状況は麻雀を初めて一年経った今でも変わる事はなかった。

京太郎「…運ってお祓いとかでどうにかなったりしませんか?」

霞「ごめんなさい…別に須賀君に何かが憑いているという訳じゃないから…」

京太郎「ですよねー…」

もし、そういうのが憑いていた場合、周りの巫女さんズが放っておく訳がない。
俺がこうして尋ねるよりも先にお祓いだとあちらから言ってくれているはずだ。
そういうアクションがまったくないって事は俺のこの運の悪さはやっぱり自前なのだろう。
やべ…そう思うと何か涙が出そうになってきた…。


霞「須賀君が納得する為にやっても良いけれど…でも、効果はないと思うわ」

京太郎「むむむ…じゃあ、窓際に黄色いものを置いたら運気があげる…みたいな奴ってないです?」

霞「うーん…そうね。それに答える前に少し運というものについて少し説明しても良いかしら?」

京太郎「はい。大丈夫…と言うか俺もそういうの良く分かってないんでお願いします」

霞「ちょっと薀蓄臭くなっちゃうけど許してね」

霞「そもそも運気というのは一人だけのものじゃなくって他の人とも複雑に絡み合っているものよ」

霞「言い方は悪いかもしれないけれど、人の不幸が、別の人の幸運になる事は珍しくないわ」

霞「これは須賀君がさっき私に負けた事からも分かるわよね?」

京太郎「俺が不幸だったかどうかはさておき…確かにそうですね」

霞「つまり人それぞれに運というものがあるんじゃないの。ぶつかり、うねり、荒れ狂う…例えるならば、大雨の中の川みたいなものかしら」

霞「その中でどうしても良い結果悪い結果が溜まりやすい人がいるだけで、運なんてものは存在しないわ」

京太郎「…じゃあ、それを高める事は出来ないって事ですかね?」

霞「…結論から言えばそうなるわ」

霞「そういうのは流れみたいなものだから。個人のちょっとした努力じゃ中々、変わらないわよ」

霞「それこそ周りの運命まるごと変えてしまうような大規模な手入れが必要になるわ」

京太郎「なるほど…」

って事は俺はこれからもこうしてツモ運が悪い状態が続くって事か。
まぁ、流石に今までの不運が裏返っていきなり絶好調状態になれるって本気で思ってた訳じゃないけどさ。
でも、こうもはっきりどうにもならないと突きつけられると確率論の奴に、仕事しろよと言いたくなる。
まぁ、そうやって嘆いても仕方はないか。
配牌が悪くてツモ運が悪いならそれなりの戦い方って奴を身に付ければ良いだけの話だし…もっと頑張ろう。


霞「勿論、人の手でも出来るだけその悪い結果が寄らないようにする方法というものはあるんだけれど…」

京太郎「って、あ、あるんですか…!?」

霞「…ただ、須賀君の場合、住居は神境で…風水やその他から見ても今が最高の状態なのよね」

京太郎「つまりコレ以上の向上は見込めないって事ですか?」

霞「…えぇ。端的に言えばそうなるかしら」

京太郎「うぅぅ…」

まぁ、本当にそんなものがあるならとっくにテコ入れして貰えているよな…。
俺の運が壊滅的に悪い…いや、石戸(姉)さんの言葉を借りれば悪い結果が溜まりやすいのはもう分かっているんだし。
もうインターハイ予選まで一ヶ月しかないんだし、少しでもツモを良くする事が出来るならやって貰えているだろう。
相変わらず永水女子の麻雀部は五人しかいないままで、団体戦でインターハイに出ようとすると俺も何処かで出る必要性がある訳だからなぁ。

京太郎「せめてツモだけでもどうにかしたいんですけど…」

京太郎「美しいツモ切りとか繰り返せば牌が応えてくれるって事とかないですか?」

霞「う、うーん…それはちょっと聞いたことがないわね…」

京太郎「ですよねー」

それでどうにかなるなんてカードゲームの世界だけだろう。
あくまでこれは現実であって、ツモ切り繰り返してどうにかなったりはしない。
和はインターハイ前の特訓でツモ切りばっかやってたけど、アレは集中力を高める為のもんだしな。
インターハイには牌に愛された子…なんて呼ばれている人たちがいるが、実際に牌に意思があって愛されている訳じゃないだろうし。


京太郎「…つまりはまぁもっと頑張れって事ですね…」

メディア風に言えば牌に嫌われた子である俺は、人並み程度の運すらない。
だが、それに文句を言ったところでどうにもならないのは、もう分かりきっているのだ。
不平不満を述べるよりも先に少しでも和了率を高める為に経験を積んで、勘を磨いた方が良い。
オカルトがない俺に頼れるのは自身の知識と経験、そしてそこから来る第六感くらいなものなのだから。

霞「うーん…」

京太郎「どうかしました?」

霞「いえ…確かに須賀君がどうにも勝負どころで弱いのは事実なんだけれど…」

京太郎「ぐふ…」

霞「あ、ご、ごめんなさい」シュン

京太郎「い、いえ…良いんです。それで…何を言おうとしていたんですか?」

霞「…でも、前々からちょっと須賀君の打ち方が気になっていたのよね」

京太郎「え…そんなにダメですかね?」

霞「ダメって事はないわ。堅実でしっかりとした打ち筋が出来ているわよ」ニコッ

京太郎「う…」カァ

石戸(姉)さんにそう褒められるなんて滅多にない。
彼女は見た目は穏やかそうだが、結構、教育は熱心かつスパルタなタイプなのだから。
改心の出来だと思ったものでも、躊躇なく駄目だししてくる石戸(姉)さんに褒められた経験なんて殆どないと言って良いくらいだ。
そんな俺がここで褒められるなんて思っているはずがなく、不意打ち気味のその言葉に頬が少し熱くなるのを感じる。


霞「…でも、それを差し引いてもおかしいのよね」

京太郎「え…?」

霞「須賀君の放銃率よ。恐ろしいくらい低いのは分かってる?」

京太郎「そう…ですかね?」

確かに思い返せば、殆ど放銃した記憶はない。
鹿児島に来てから毎日特訓はしているが、記憶に残っている放銃は両手で足りるくらいだろう。
実際の回数は牌譜取っていないから分からないが、それって低い…のかな?
まぁ、勝負手が来ないから簡単に降りられるってだけであんまり低い事を誇れるものじゃないんだろうけど。

霞「まぁ、ソレ以上に和了れないからツモでゴリゴリ削られていくんだけれどね」

京太郎「ですねー…」

俺が初美さんに飛ばされまくるのはその辺の相性もある。
一発の火力がデカイ初美さんはツモでもモリモリこっちを削ってくるのだ。
他の皆はソレ以外の部分で稼いでいる訳だが、手の遅い俺はそれに追いつけない。
結果、放銃はなくてもツモのまま削りきられ、最下位近くにいるのが何時もの事だった。


霞「今回も須賀君からの振込は一度もなかったし…勝てたとは言ってもツモで稼ぎ勝っただけ」

霞「須賀君がほんの少し手が良ければ、こんな結果にはならなかったでしょうね」

京太郎「はは。まぁ、もしも、の話ですけどね」

京太郎「実際、その結果を引き寄せられなかった以上、俺の努力が足りないんですよ」

霞「…須賀君は十分、頑張っていると思うけれど…」

京太郎「それでも負けたって事はやっぱり努力不足なんだと思うんですよ」

京太郎「少なくともさっきの俺の麻雀は最適解を出し続けたものじゃありませんでした」

俺なりに全力を持ってして石戸(姉)さんと戦ったのは紛れも無い事実だ。
だが、こうして後から振り返って、それが100%正しかったかというと決してそうではないと思う。
和のように最適なルートを突き進む事は俺にはまだまだ出来ちゃいないのだ。
あの時、ああしていれば和了れていたかもしれない、という場面は何度かあったしな。
結果論ではあるにせよ、それを選べなかった以上、俺にはまだ強くなる余地があるって事だ。

霞「…嘆いたりしないの?」

京太郎「え?」

霞「自分じゃどうにも出来ない部分が原因で負けたのよ?それで…嫌になったりしないのかしら?」

京太郎「…しませんよ」

勿論、真剣に挑んでいる勝負で負けたのはやっぱり悔しい。
だが、麻雀を嫌いになったり勝負を投げ捨てたいって気持ちにはどうしても繋がらなかった。
それはやっぱり俺が何だかんだ言いながらもこの麻雀というゲームの事が好きだからだろう。
咲が元気になって、和や優希と知りあえて、素敵な先輩とも巡りあえて。
そして今もこうして小蒔さん達との絆を繋いでくれている麻雀が俺はどうしても嫌いになれなかった。


京太郎「俺はやっぱり麻雀が好きですから。どれだけ勝てなくても見返りがなくても嫌いにはなれないですよ」

霞「…須賀君」

京太郎「はは、まぁ、俺の気持ちは見事な一方通行みたいですけどね」

京太郎「それでも諦めませんよ、何時か振り向かせてみせますから」

俺が出るのが個人戦だけであれば、また話は別だったのだろう。
だが、俺が鹿児島に呼ばれた理由は一応、小蒔さんと一緒に団体戦に出る事なのだ。
その裏側にどんな真意があるのかはさておき、小蒔さんはそれを俺に期待してくれている。
ならば、余計にこんなところで立ち止まってはいられない。
自分の不足を嘆くよりもその不足をどうやって補うのかと考えた方が良いだろう。

霞「…須賀君は本当に強いのね」

京太郎「はは、頑固でしつこいだけですよ。ストーカーみたいなもんです」

霞「ふふ、じゃあ、そんなストーカーさんに一つアドバイスをあげましょうか」

京太郎「アドバイス…ですか?」

霞「須賀君は相手のテンパイ気配とか待ちとか分かってるのかしら?」

京太郎「えぇ。一応、そういうのは鍛えてきましたし」

こう言っちゃなんだが、清澄は魔境と言っても良い環境だったからな。
周りにインターハイクラスの打ち手ばかりが揃っていて、しかも、火力も高いのだ。
テンパイ気配や待ちを察する事が出来なければ、あっという間に飛ばされてしまう。
そうなったら俺が情けないだけじゃなく、周りの皆の練習にもならないと必死で覚えたからな。


霞「そうよね…そうじゃなかったらあそこまで放銃を避ける事なんて出来ないでしょうし」

霞「ただ、須賀君の場合、その精度が明らかにおかしいわ」

霞「防御だけに限ればかなりのレベルなんじゃないかしら…?」

京太郎「まぁ、防御と言っても、毎回、手が悪いから早めに降りてるだけなんですけどね」

京太郎「ギリギリまで競る事が出来ないんでそう見えるだけで実際はまだまだですよ」

霞「それでもあの放銃率はおかしいと思うけど…まぁ、重要なのはそこじゃないから置いておくわね」

京太郎「はい」

霞「結論としては、須賀君が負ける原因はツモや配牌の悪さにある。それは分かるわよね?」

京太郎「勿論です」

勿論、手が悪くなかったら勝てた、なんてそんな情けない事を言うつもりはない。
だが、現状の俺に一番足りないものと言って真っ先に出てくるのはやっぱりそれなのだ。
両方とは言わずとも、せめてそのどちらかが人並みになるだけできっと俺の麻雀は変わるだろう。

京太郎「でも、どうにかなったりしないんじゃないんですか?」

霞「あら?私が言ったのはあくまでも個人の力でどうにかするのは難しいって事だけよ」

京太郎「個人の力で…?じゃあ…誰かの力を借りれば…」」

霞「えぇ。神様の力を借りれば、それも何とかなるはずよ」

京太郎「…いや、神様って…」

世の中には咲みたいに明らかおかしい麻雀の打ち手がいるのは確かだ。
科学では決して解明出来ないであろうそれは間違いなくオカルトの範疇であろう。
しかし、だからと言って、神様とやらが存在する…とまで行くとやっぱり荒唐無稽に思えて仕方が無い。
決していないとは言い切らないが…それを認めるのはつい最近まで科学が支配する価値観の中で生きてきた俺に難し過ぎる。


霞「信じられない?」

京太郎「まぁ…正直なところ…そうですね」

霞「ふふ…まぁ、仕方ないわよね」

京太郎「…怒ったりしないんですか?」

霞「それくらいで怒ったりしないわよ。それが外の人に信じがたい事くらい分かっているもの」

…外の人…か。
いや、まぁ、俺はこうして同じお屋敷で暮らしてはいるが、正確な意味で六女仙って訳じゃない。
オヤジたちが外へと出た事によって俺と石戸(姉)さん達の縁は一度、完全に切れているんだ。
でも、そうやって、俺だけを区別するように言われるとやっぱりちょっと寂しい気もする。

霞「でも、須賀君は麻雀が強くなりたいんでしょう?」

京太郎「はい」

霞「じゃあ…麻雀する時だけで構わないわ。神様の存在を信じてくれないかしら?」

京太郎「そんな不埒な理由で神様信じて良いんですかね…?」

霞「ふふ、それくらいで怒ったりはしないわよ。神様ってずっと人間を見てくれているんだから」

京太郎「…まぁ、確かに人間の都合が良いところなんて慣れてると言えば慣れてるのかもしれないですね」

霞「えぇ。神様はずっと私達を見守ってくれている訳だから」

…そう考えると人間に力を貸してくれる神様ってのは凄いよなぁ。
自分の事を信じたり信じなかったりを繰り返す人間の事をずっと見捨てないでくれているんだから。
普通の精神してたら絶対に付き合いきれないと思う。
まぁ、神様の精神を人間と同じ価値観で図ろうとするのがそもそもの間違いなのかもしれないけどさ。


霞「まぁ、神様だって無償の愛がある訳じゃないから、普段から信じている人と信じていない人の区別くらいはつけるでしょうけれど」

霞「でも、何か神様に対して不利益になる事をしなければ、怒らせたりはしないはずよ」

京太郎「うーん…」

霞「…やっぱり抵抗感がある?」

京太郎「まぁ、そうですね。俺はやっぱり神様の存在を心から信じている訳じゃありませんし」

京太郎「それに都合の良い時だけ信じるって言うのは何か利用してるだけみたいで申し訳ない気も…」

神様に関しては石戸(姉)さんの方が明らかに詳しいのだから、きっと彼女の言う通りなのだろう。
それくらいの利己な人間臭さくらいは神様の方も承知し、飲み込んでくれるはずだ。
しかし、相手が飲み込んでくれるとは言え、一方的に利用するっていうのはちょっとなぁ。
心からその実在を信じている訳じゃない相手にこういう事を言うのもおかしいが、どうしても申し訳ない気がする。

京太郎「それに俺なんかに力を貸してくれる神様っているんですかね?」

京太郎「俺は小蒔さんや石戸さんみたく修行をした巫女でも何でもなくって…ただの高校生なんですけど」

霞「ふふ」

京太郎「え…何ですか?」

霞「だって…ただの高校生が女装して入った学校で一ヶ月の間に学園の象徴候補になるはずないじゃない」クスッ

京太郎「そ、それは…運命の悪戯と言うか…色々と間が悪かったというか…噂が全部悪いと言うか…」

霞「でも、何もないところで噂なんて出来上がったりしないでしょう?」

霞「それに須賀君が噂だけで中身がまったく伴わない人なら、こんな風に人気者になってはいないはずよ」

霞「勿論、須賀君からしたら失望されないように必死なだけだって言いたいだけかもしれないけれど…」

霞「でも、普通の人はそれだけの為に毎日、クタクタになるまで頑張ったりは出来ないと思うわ」

そう言って小さく笑う石戸(姉)さんには俺の我慢なんてお見通しなのだろう。
出来るだけ人を心配させまいようにとしているつもりだったが、疲れているのは見抜かれていたらしい。
そういった弱い部分は巴さん相手にしか見せてなかったつもりの俺にとって、それはなんともこそばゆい事実だ。
正直、目を逸らして否定したいが…でも、そんな心の動きも見通すように優しく笑う石戸(姉)さんに否定の言葉を返してもきっと意味はないだろう。


霞「そんな須賀君だからこそ、手を貸してあげたいって神様はきっといるはずよ」

京太郎「…今まで神様なんてまったく信じてこなかった俺でもですか?」

霞「それならこれからの人生、信じてあげれば良いだけよ」

霞「それに…須賀家は元々、神様と縁深い血筋だから」

京太郎「あぁ、そういや俺のところも一応、神代家の分家でしたっけ」

霞「うーん…正確に言えば違うんだけれどね」

京太郎「え…?」

霞「須賀家は元々、外からここへやってきた家系だから、正確には分家とは言えないわ」

霞「勿論、その血は神代家へと入っているから親戚である事に間違いはないのだけれどね」

京太郎「なるほど…でも、外からって一体、どうして神代家のところに?」

霞「私も詳しい話は知らないけれど…でも、神代家にとって須賀家がとても重要なのは事実よ」

まぁ、須賀家の息子ってだけで三億円もポンと支払うくらいだしな。
神代家にとって『須賀』と言う名前が持つ意味はとても大きなものなのだろう。
須賀家は神代家を護る為にあるらしいが、それだけならば別にボディガードを雇えば良い訳で。
一度はトラブルを起こして出て行った家に対して援助を続ける必要なんてないはずだ。


霞「外から来た家は他にもあるけれど、須賀家だけは神代家の方から直々に招き入れようとしたらしいから」

霞「今も分家の中で須賀家の序列だけは特別なのはその影響もあるんでしょうね」

京太郎「序列とかあるんですか…」

霞「えぇ。どうにも古い家だから。色々と柵も多いのよ」

霞「まぁ、こうして一緒に暮らしている皆は、そういう事を殆ど気にしていないでしょうけどね」

京太郎「はは。そうでしょうね、きっと」

何せ、皆はずっと親元から離れたまま一緒に暮らしているのだ。
その結びつきはとても強く、親兄弟よりも遥かに身近な存在だと言っても良い。
外から見ている俺が家族なんだとそうはっきり言えるくらいしっかりとした絆。
その前には家柄だの序列だのは無意味だろう。

霞「まぁ、とにかく…須賀君には神様を下ろす事が出来る理由と資格があるはずって事よ」

京太郎「神様を下ろす…ですか…」

霞「自信がないかしら?」

京太郎「まぁ、そもそも俺の家が特別だ、とか序列が、とか言われても実感ないですから」

京太郎「俺は今まで何か特別な力があったりした訳じゃないですし、家が特別だ…と言われてもなぁってのが正直なところです」

霞「…じゃあ、諦めちゃう?」

京太郎「まさか。それこそないですよ」

これが俺一人の進退だけに関わってくる問題なら、やっぱ無理だと思います、と尻込み出来たかもしれない。
あるいは、そんな神様頼みの良く分からない力じゃなく、自分の力で勝利を掴みたい、と素直になれたかもしれない。
まずは自分自身の力を試す為にも思いっきり戦わせて欲しい、と頭を下げられたかもしれない。
だが、俺が出る団体戦はそのような我儘が通るようなルールではないのだ。
一人の失点によってチームが敗退する事を思えば、その我儘を口にする事はどうしても出来ない。


京太郎「…教えてください。どうすれば神様の力っていうのは借りる事が出来るのかを」スッ

京太郎「石戸さんの言う通り…俺が最低限の実力を備えるにはもう自分の力じゃどうしようもならないと思いますから…」ペコッ

京太郎「忙しいとは思いますが…このままじゃ俺が足を引っ張ってしまうのは確実です。だから…」

霞「大丈夫よ。わざわざ頭なんて下げなくても」

霞「それに私たちは一応、その道のプロフェッショナルよ?あんまり自覚はないだろう須賀君自身も含めて…ね」

霞「インターハイ予選まで残り一ヶ月ちょっと…大変かもしれないけれど…一緒に形にしていきましょう?」

京太郎「はいっ」

霞「ふふ、良い返事ね。じゃあ、早速、その訓練をやっていきましょうか」

京太郎「お願いします」グッ

石戸(姉)さんの言う通り、インターハイ予選まで残り一ヶ月しかないんだ。
その間に俺は今までまったく信じていなかった神様とやらから力を借りられるようになるしかない。
幾ら石戸(姉)さん達がプロだと言っても、その道程は遠いだろう。
正直、出来るかどうかは分からないが…俺が最低限、戦えるようにするには神頼みくらいしかないのも事実なのである。


霞「じゃあ、とりあえず須賀君、リラックスして」

京太郎「…リラックス…ですか?」

霞「えぇ。寝る直前くらいのウトウトした状態が理想かしら」

京太郎「…えーっと…さっきうたた寝してた所為であんまり眠くないんですけど…」

霞「あら、そう言えばそうだったわね」

京太郎「も、申し訳ないです…」

霞「良いのよ。あくまでそれは理想なんだから」

霞「それに訓練次第じゃ何時でもそんな風にリラックス出来るようになるわ」

京太郎「…もしかして小蒔さんが何処でも寝れるのも訓練の結果なんですか?」

霞「うーん…アレは姫様自身の性質に依るものが大きいかしら」

京太郎「あ、やっぱりそうなんですか」

霞「あ、で、でも、誤解しないであげてね?」

霞「姫様のアレは神様を下ろすという一点で言えば、間違いなく才能よ」

京太郎「確かに…何時でも訓練してるって事ですしね」

そういう意味じゃ俺も小蒔さんを見習わなきゃいけないのか。
でも、小蒔さんみたいにすぐ寝れるようになるのってどうすれば良いんだ?
確かに小蒔さんは朝早いけど、その分、夜も早く寝ているみたいだし。
寝不足気味だから、何時でも寝れる…とかじゃないからなー。


霞「うーん…まだ硬いわね」

京太郎「まだリラックス度が足りないですか」

霞「そうね…後、70リラックスくらい欲しいわ」

京太郎「70リラックスもですが…大変ですね…」

京太郎「とりあえずこんなもんでどうでしょう…?」ダラー

霞「確かに身体に力は入っていないけど…でも、問題なのは心の方よ」

霞「それじゃどれだけ多く見積もっても5リラックス程度でしかないわ」

京太郎「マジですか…全然足りないですね」

まぁ、そもそもリラックス度って何だって感じだけどな。
自分から言い出した事だけど、訳の分からない単位過ぎる。
ただ、そんな訳の分からない単位でも、二人で使えば、まったく足りていない事くらいは伝わってくる訳で。
でも、コレ以上のリラックスかー…どうすりゃ良いんだろうなぁ。

霞「…仕方ないわね。ほら、こっちに来て」

京太郎「え?」

霞「膝枕してあげる」ポンポン

京太郎「…はい?」

霞「あら…嫌かしら?」

京太郎「い、いえ…嫌って訳じゃないんですけど…」

むしろ、男として石戸(姉)さんの申し出がとても有り難い。
彼女みたいな美女の膝枕ともなれば、土下座してでもして欲しいって男は多いだろう。
俺だって、体面とか気にする必要がなければ、すぐさま首を頷かせていたはずだ。
ただ、今の俺にとって優先するべき事は自身の欲望や欲求ではなくリラックスする事である。
そういう意味では石戸(姉)さんの膝枕はあまりにも今の状況に適していない。


京太郎「ただ、石戸さんの膝枕って余計に緊張してリラックスからは程遠くなるかなって…」

霞「と言っても、今のままじゃ埒が明かないわよ」

京太郎「まぁ…それはそうですけど…」

霞「嫌じゃないならとりあえず色々試してみるのも手よ?」

霞「ほら、遠慮しなくて良いから…おいで」ポンポン

京太郎「あー…」

…………うん、そうだな!
確かに石戸(姉)さんの言う通り、色々試してみるのが良いはずだ!
正直、意味のある行為とは思えないけど、石戸(姉)さんは本職巫女さんな訳だし。
膝枕にも素敵なパワーが宿っていて、俺が覚醒し、和了までの最短ルートが見えるようになるかもしれない!
だから、これは必要な行為であって、別に石戸(姉)さんに膝枕してもらえるという誘惑に決して負けた訳じゃない!!

京太郎「お邪魔しまーす」コロン

霞「はい。どうぞ」ドーン

京太郎「お…おぉ…」

霞「どうかしたかしら?」

京太郎「い、いやー…凄いですね(胸が)」

霞「あら、そう?ありがとうね」

何せ、その上にあるはずの石戸(姉)さんの顔が見えないくらい俺の視界を埋め尽くしているからな。
石戸(姉)さんがシャンと背筋を伸ばしているから俺の顔に掛かったりはしないが、若干の圧迫感すら感じる。
だけど、自他共認めるおっぱいスキーの俺にはその圧迫感はご褒美だ。
勿論、自前のものからはまったく違う沈み込むような膝の柔らかさも最高だけど…ソレ以上に目の前の光景がやばい。
いっそこのままおっぱいが落ちてきて欲しいとそんな事を思うくらいだ。


霞「姫様にも結構、好評なのよ」

京太郎「小蒔さんにも…そうでしょうね、きっと」

京太郎「こんなに良い光景…いえ、素敵な感触な訳ですし」

霞「…すーがーくーんー?」グリグリ

京太郎「うひぃっ」ビクッ

霞「…まったく何処見て言ってるのよ…」カァ

京太郎「…こうしてると殆ど視界を埋め尽くしてる石戸さんの立派なものですかね?」

霞「す、須賀君のエッチ…っ」

京太郎「仕方ないじゃないですか…これを見ないなんて無理ですって」

元々、石戸(姉)さんのおっぱいは男なら誰だって手を伸ばしたくなるような至高のおっぱいだったのだ。
見るだけでも思わず鼻の下が伸びそうになるそのおっぱいがこうして眼前に迫っているのだから、ガン見してしまうのが普通だろう。


むしろ、それだけ素晴らしいおっぱいが目の前に迫りながらも未だ手を伸ばしていない俺が紳士的なくらいじゃないだろうか!!

霞「そ、それでも…ダメよ。エッチなのは」

霞「私、そういうつもりで言ったんじゃないんだからね」

京太郎「いやー…分かっていますけど…」

霞「…瞑って」

京太郎「え?」

霞「め、目を…瞑って。そしたら見えないでしょ?」

京太郎「えー」

霞「えーじゃないの…っ」カァ

京太郎「じゃあ、ぶー」

霞「言い方変えてもダメです…!」

ま、仕方ないか。
石戸(姉)さんとしてもそういうつもりで言ったんじゃないっていうのは事実だろうし。
何か俺に対して出来る事があるんじゃないかってそんな風に思ってくれたんだ。
その気持ちに対して胸のガン見で応えるのはあまりにも不誠実だろう。
正直、すげー惜しいけど、超悔しいけど…見えないように瞼を閉じるしかない。


京太郎「分かりましたよ」スッ

霞「…瞑った?」

京太郎「えぇ。なーんにも見えません」

霞「本当?嘘じゃない?」

京太郎「嘘じゃないですよ」

…なんでそんなに何度も確認するんだろう…って、あ、そっか。
俺から石戸(姉)さんの顔が見えなかったって事は彼女からも俺の顔が確認できないんだ。
胸の所為で俺が本当に目を瞑っているのか分からない分、色々と不安なのだろう。
胸が大きいってのも色々と弊害のあるものなんだろうなぁ。

霞「まったく…本当に須賀君ったらスケベなんだから」

京太郎「すみません」

霞「…まぁ、何時も頑張っている須賀君だから許してあげるけれどね」

霞「よそであんまりそういう事しちゃダメよ?」

京太郎「はは。まぁ、そもそも俺が膝枕して貰える相手なんてそんなにいないですけれどね」

明星ちゃんを除いたこのお屋敷の人だったら、頼み込めば膝枕くらいしてくれるかもしれない。
でも、まぁ、ソレ以外の人に膝枕して貰えるほど親しい相手っていうのはいないんだ。
前子(仮)ちゃんからの信頼がちょっと厚すぎるだけで、他は普通の友人レベルだしな。


霞「あら、須賀ちゃんの方ならやってくれる人も多いんじゃないかしら?」

京太郎「いや、流石にそれは引かれると思いますよ」

霞「そう?女の子同士ならごく普通のスキンシップだと思うけれど」

…そう…なのか?
…しかし、清澄の一年生女子はかなり仲が良かったけど、そういう事してるところなんて見たことないぞ?
ハッ、もしかしたら噂通り三人はキマシタワーな関係で俺の知らないところで百合ん百合んしてたのかも…!?
……いや、そもそも咲の奴は休日とかも大抵、俺と一緒だったし…それはねぇな。
それだったらまだ竹井先輩が同性限定タラシだって噂の方がまだ真実味があるくらいだ。

京太郎「まぁ、俺自身膝枕って緊張するもんですし、誰かに頼むつもりはないですけど」

霞「…そんなに緊張する?」

京太郎「まぁ、石戸さんが綺麗だって言うのもあると思いますけど…やっぱりされる側としては結構しますね」

霞「もう…口が上手なんだから」クスッ

京太郎「俺は事実を言ってるだけですよ。ってそれはさておき、石戸さんって膝枕ってされた事ないんですか?」

霞「うーん…そうね。記憶にある中じゃないかしら?」

京太郎「あー…やっぱり」

石戸(姉)さんはお屋敷の中でも最年長で普段から皆を取りまとめる役目をしているからだろうか。
そんな風に誰かに対して甘えたりしているところがあんまり想像出来ない。
一応、同い年には初美さんや巴さんと言った包容力のある人たちはいるけれど…初美さんはあんまりベタベタしたタイプじゃないしな。
巴さんの方は色々と石戸(姉)さんに思うところがあるみたいで、俺の時みたいにグイグイと攻め込んでくる事は出来ないだろう。


京太郎「良ければ今度、膝枕しましょうか?」

霞「え?」

京太郎「男の膝枕なんて滅多にない経験ですよ」

霞「ふふ、そうかもしれないわね」

そんな彼女に甘えて欲しいとそう言うのは簡単だ。
だが、俺がそう言ったところで石戸(姉)さんが「はい。じゃあ、今から甘えます」ってなるとは思えない。
俺は石戸(姉)さんに信用こそされていても、まだまだ信頼されていないのだから。
まずは少しでも彼女に信頼して貰う事が必要不可欠だろう。
まぁ、その為に男の膝枕を勧めるって言うのはちょっと間違っている気は俺もするけれどな。

霞「でも、やっぱり男の人に膝枕をして貰うのはちょっと抵抗感と言うか緊張するかしら?」

京太郎「やっぱり石戸さんだって緊張とかするんじゃないですか」

霞「ふふ、そうね。逆の立場になってみるとさっき須賀君が言ってた事が良く分かるわ」

霞「思いの外恥ずかしい…と言うか、良いのかなって気はしちゃうわね」

京太郎「えぇ。だから、俺が緊張するのも仕方のない事ですし、ついでに石戸さんも同じ気持ちを味わうべきだと思うんです」

霞「…分かったわ。ただ、後でね」

京太郎「へへ。やった!」ガッツポーズ

霞「もう…そんなに膝枕したかったの?」

京太郎「というより恥ずかしがる石戸さんの顔が見たかっただけです」キリリッ

霞「須賀君の意地悪…」カァ

京太郎「はは。それだけ石戸さんが可愛いって事で勘弁してください」

こうして目を瞑っている状態では恥ずかしがる石戸さんの顔は見れないけどな。
まぁ、目を開けていてもおっぱいに阻まれるから見れない訳だけど…それはさておき。
しかし、こうして恥ずかしがる石戸(姉)さんの声だけでも結構、楽しい。
目を瞑っていて相手の様子が見えない分、色々と想像も掻き立てられるしな。


京太郎「まぁ、抵抗あるのは分かりますし、無理にしなくても大丈夫ですよ」

霞「ここまで言われて引いたら私がかなり情けない事になるじゃない」

京太郎「別に情けないとは思わないですけど…」

霞「私が思うの。だから…後で須賀君には責任取ってちゃんと付き合ってもらいますからね」

京太郎「あ、すみません。もうちょっと色っぽくお願いできないですか?」

霞「色っぽくって…あ…」カァ

霞「も、もう…そういう意味じゃないからね…!?」

京太郎「いやーははは」

霞「はははじゃないわよ…もう」

「責任取って」とか「付き合って」とかそんな魅力的な言葉が入るとやっぱり健全な男子高校生としては反応してしまう訳で。
そういう意味じゃないと分かっていても、やっぱりホイホイと食いついてしまう。
それにまぁ、膝枕云々の話からちょっと話題をそらしたかったのもあるしな。
このままずっと続けていたら石戸(姉)さんは意地になっていく一方だっただろうし。
自分から言い出した事ではあるが、俺は彼女に甘えて欲しいのであって、別に強要したい訳じゃないんだ。


霞「ふぅ…さっきからペース崩されっぱなしね」

京太郎「俺には石戸さんの膝枕パワーがありますから」

霞「…何なの膝枕パワーって」

京太郎「美少女に膝枕される事によって俺の中に溜まる超自然的エネルギーです」

霞「どんな効果があるの?」

京太郎「そのエネルギーがある間、俺は調子にノリます」

霞「他には?」

京太郎「以上です」

霞「…超自然的と言う割りには凄いしょぼい効果よね」

京太郎「しょぼいとは何ですかしょぼいとは」

京太郎「今の俺は世界で一番、幸せだって思えるくらい調子に乗ってるんですよ」ドヤァ

霞「それは嬉しいけど…でも、それって調子に乗ってるって言えるのかしら…?」クビカシゲ

京太郎「まぁ、細かい事は良いじゃないですか。大事なのは俺が今、幸せだって事ですよ」

物やお金が溢れているとか、そういう物質的な豊かさから来る幸福感も勿論、大きい。
だが、本当の幸せってものは案外、身近な場所に転がっているものなのだと俺は思う。
失ってしまった時にようやくその大きさに気づけるような何気ないものこそ、きっと大事なのだ。
長野から鹿児島に引っ越してその何気ない幸せの殆どを手放した俺は少なくともそう思う。


霞「ふふ。須賀君は割りとお手軽なのね」

京太郎「前々から言ってるじゃないですか。俺は結構、単純だって」

霞「ふふ、そうね。須賀君は単純で…でも、ソレ以上に優しい子」

京太郎「い、いや…優しいって…」

霞「今だって実は結構、気を遣ってくれているでしょう?」

京太郎「んな事はないですよ。俺は別に…」

霞「…じゃあ、神様を降ろすという提案に同意してくれたのはどうして?」

京太郎「それは…まぁ、俺が実力不足なのは分かっていますし…皆に迷惑掛けたくなかったですから」

霞「つまり迷惑でさえなければそんな事したくなかったって事よね?」

京太郎「い、いや…その…」

霞「…無理しなくても良いわ。そもそも抵抗感があるのが当然でしょうし」

京太郎「え?」

霞「須賀君が麻雀に対してとても真摯に向き合って努力してきたって言うのはこれまでの姿を見ていたらすぐに分かるだもの」

霞「負けても尚、麻雀の事が好きだってそう言えるくらい頑張ってるのに…それを神様の力で勝てるようになります、なんて今までの努力に対する冒涜も良い所だわ」

霞「…正直、怒られても仕方が無いと思ってたくらいよ」

京太郎「…石戸さん…」

どうやら石戸(姉)さんは俺の考えなんて殆どお見通しだったらしい。
彼女が並べるその言葉は、俺の本心からそれほど離れていないところを突いていた。
勿論、努力に対する冒涜だと思った訳じゃないし、石戸(姉)さんに対する怒りも俺にはない。
だが、神様の力を借りて強くなる、という事に幾らかの抵抗を感じていたのは紛れも無い事実だ。


霞「でも…ごめんなさい。私は須賀君を勝たせてあげる方法と言ったらそれくらいしか思いつかなくて…」

霞「今だって…こうして須賀君に膝枕してあげるくらいしか…」

京太郎「…くらい、じゃないですよ」

霞「え?」

京太郎「俺、すげー嬉しかったですよ。俺でも勝てるかもしれないっていう方法があるって聞いて」

京太郎「役立たずのまま終わらずに済むかもしれないって聞けて…本当に嬉しかったんですよ」

霞「でも…」

京太郎「確かに本音を言えば、俺自身の力だけで勝ちたかったです」

京太郎「俺は元々、その為にこっちに呼ばれた訳ですから」

京太郎「それで俺が醜態晒して負けた…なんて事になったら道化も良い所じゃないですか」

京太郎「だから…俺は石戸さんに感謝してるんですよ」

確かにその方法そのものには抵抗感がある。
だが、ソレ以上に許せないのは俺が皆の足手まといになって、彼女たちが悲しむ事だ。
半ば、無理矢理連れて来られたような形とは言え、俺は小蒔さん達の事を大事に思っているんだから。
家族だと友人だとそう言えるくらい心の奥深くに入り込んだ皆が俺の所為で泣くところなんて見たくはない。

京太郎「そもそも悪いのはどうにも運のがなくて、正攻法では強くなれない俺の方ですからね」

京太郎「石戸(姉)さんは皆の為、俺の為を思って言ってくれただけで何も悪くはないでしょう」

京太郎「それに…俺はその程度でヘソ曲げるくらい麻雀の事を軽く思っている訳じゃないですよ」

霞「え?」

京太郎「例え石戸さんの言う通り、俺が神様から力を借りられて強くなれたとしても、それを使わなきゃ良いだけの話じゃないですか」

まぁ、実際、そういったON-OFFが効くかは分からないけどな。
だけど、俺が今から身につけようとしているのは、あくまで借り物の力なんだ。
身に付けるのは大変かもしれないが、それを無くすのはきっと難しい事じゃないだろう。


京太郎「勝ちたい時は力を借りて、そうじゃない時は普通に戦う」

京太郎「石戸さんの提案は俺にとってその選択肢が出来るようになるかもしれない事なんです」

京太郎「感謝こそすれ、怒る理由は俺にはありませんよ」

京太郎「だから、石戸さんもあんまり気にしないでください」

京太郎「俺にとっての麻雀はそれくらいでどうにかなるものじゃないですから」

京太郎「それに…何より」

霞「何より?」

京太郎「おっぱい好きの俺がこうして間近でおっぱいが見れる距離に居れるだけでそういうのは全部帳消しになりますよウヘヘヘ」

霞「も、もう…須賀君のスケベ」ペシッ

京太郎「いて…っ」

…どうやら少しは石戸(姉)さんの気持ちも落ち着いたみたいだな。
俺をスケベというその声は恥ずかしそうなだけで、さっきみたいに暗い感情はない。
未だ自責に囚われているなら、俺の頭を優しくとは言え、叩く事は出来ないだろう。
彼女の心を少しでも晴らしたいと思って漏らした言葉はその目的は果たしてくれたらしい。


霞「でも…私、少し須賀君の事見くびっていたかしら」

京太郎「え?」

霞「須賀君は私が思っていた以上に麻雀に夢中なんだなって」クスッ

京太郎「はは。さっきもぞっこんだって言ったじゃないですか」

霞「まさかここまでとは思ってなかったんだもの。ごめんなさいね」

京太郎「いや、それくらい気にしてませんよ。大丈夫です」

霞「でも…」

京太郎「ん?」

霞「それだけ夢中になれるものがあるって凄いわよね」

京太郎「石戸さんには、そういうのないんですか?」

霞「そうね…私にとってそういう風に熱中出来るものは今までなかったわ」

霞「勿論、麻雀は楽しいけれど…須賀君みたいに情熱的に想っているものじゃないから」

霞「きっと小蒔ちゃんが他の遊びを始めたら止めてしまうでしょうね」

京太郎「じゃあ、あるじゃないですか」

霞「え?」

京太郎「だって、それは石戸さんが小蒔さんの事がそれだけ好きで大事なんだって事でしょう?」

親元から引き離されて、青春を捧げるように尽くして、傷つかぬように護って。
遊びさえも小蒔さんに合わせて変える石戸(姉)さんにとって小蒔さんはそれだけ大きな存在なんだ。
その大きさを図るには俺はまだまだ石戸(姉)さんの事も小蒔さんの事も知らなさ過ぎる。
だけど、それでも石戸(姉)さんが小蒔さんの事をとても大事に思っているのは伝わってくるのだ。


霞「そうね。御役目の事とか関係なしに…とても大事な人よ」

京太郎「だったら小蒔さんが石戸さんにとって夢中になれるって事で良いんじゃないですかね」

京太郎「別にそうやって何も夢中になるのが趣味じゃなくていけないって訳じゃないでしょうし」

霞「…でも、不健全じゃないかしら?人に依存みたいで…」

京太郎「まぁ、行き過ぎるとそうなるのは事実ですよね」

自分のアイデンティティを他人に預けすぎて、その辺りが不安定になってしまう人というのは確かにいる。
子離れが出来ない親なんかはその典型例だと言えるだろう。
結果、子どもを束縛しようとしてトラブルに発展する事も少なからずあると聞く。
石戸(姉)さんが不安になっているのも多分、その辺りが原因なのだろう。

京太郎「でも、石戸さんならきっと大丈夫ですよ」

霞「…そう?初美ちゃん辺りには甘やかせすぎだって言われる事もあるんだけど…」

京太郎「…確かに石戸さんは小蒔さんに対して甘いと言うか過保護だと思う事はありますね」

霞「ぅ…」

京太郎「でも、石戸さんはソレ以上に強い人じゃないですか」

霞「え?」

京太郎「小蒔さんが石戸さんの元を巣立とうとする時に見送る事が出来る強さがある人だって俺はそう信じていますから」

勿論、さっきも言った通り、俺はまだまだ石戸(姉)さんの事を深く知ってはいない。
臆病な俺は彼女の心の奥底に触れようとせず、今までなあなあで過ごしてきたのだから。
しかし、そんな俺の目から見える石戸(姉)さんというのは芯の強く、そして優しい人なのだ。
時に鬼教官へと姿を変える彼女が小蒔さんに依存して離れられない…なんて事はないと思う。


霞「…私、みっともなく泣いちゃうかもしれないわよ」

京太郎「どれだけ泣いても良いじゃないですか。最終的にちゃんと見送ってあげられれば」

京太郎「それに石戸さんの周りには初美さん達がいるじゃないですか」

京太郎「そうやって泣く石戸さんの事をきっと支えてくれるはずですよ」

それに何より…石戸(姉)さんの周りには良い人ばかりが揃っているのだ。
彼女と強い絆で結ばれた彼女たちが苦しむ石戸(姉)さんを放っておくとは到底、思えない。
例え、石戸(姉)さんが小蒔さんに抱くそれが依存に近いものであっても、きっと最終的には笑って見送る事が出来る。
そう思えるくらいには俺は皆のことを信用し、そして信頼していた。

京太郎「それに…まぁ、えっと…あんまり頼りないかもしれないですけど…一応…隅の方には俺もいるかもしれないですし…」

霞「ふふ…なんでそこで自信なくなってしまうのかしら?」

京太郎「い、いや…だって…」

霞「こういうところはちゃんと言ってくれないと。女の子としては幻滅しちゃうわよ?」クスッ

京太郎「う…うぅ…」

いや…そうは言いますけどね。
流石にここではっきり言ってしまうのは色々とハードルが高いというか何というか!
俺と石戸(姉)さんの関係で本当に言ってしまって良いんだろうかっていうそんな躊躇いが!!
…とは言え、ここで言えません…なんて言うのはヘタレ過ぎてちょっとなぁ。
すっげー情けない答えとは言え、一回俺は踏み込んでいるんだ。
ここはもう少し勇気を出して…格好つけてみせようじゃないか。


京太郎「…俺がいます」

霞「須賀君が?」

京太郎「はい。もしもの時は俺が絶対、石戸さんの事支えてみせますから」

霞「……」

京太郎「な、何かリアクションしてくださいよ…」

霞「いえ…その…なんだか告白みたいだなって…」カァ

京太郎「い、言わせたのは石戸さんの方じゃないですか…っ!」

霞「それはそうだけど…で、でも、思った以上に格好良い事言われてしまったから…」

京太郎「…そりゃキメ台詞の一つや二つくらい言いますよ、俺だって石戸さんに幻滅されたくないですし」

霞「ま、まぁ…確かにちゃんと言って欲しいって言ったのは私だけれど…」モジモジ

そう言いながら石戸(姉)さんはモジモジと身体を揺らす。
何処か落ち着きのないその様子はさっきの俺のセリフがあんまりにも恥ずかしかった所為なのだろう。
見えないその顔もきっと今は恥ずかしそうに赤く染まっているはずだ。
だけど、格好つけろって言ったのは石戸(姉)さんの方だからなぁ。
ここで俺が謝るのも間違っている気がするし…。

京太郎「…ま、まぁ、とりあえずですね」

霞「えぇ。そ、そうね。とりあえず…」

京太郎「もし、小蒔さんが石戸さんの手から離れて保護が必要なくなった場合、俺に言って下さい」

霞「え?」

京太郎「お、俺が代わりに石戸さんに甘える役になるんで…!」

霞「…須賀君が私に甘えるの?」キョトン

京太郎「そりゃもう。まるで赤ん坊みたいに甘えまくりますよ」

勿論、実際にそうするつもりはまったくない。
おっぱい好きという事を含めて俺の性癖は一般的なものなんだから。
赤ちゃんプレイをするとなるとやっぱりどうしても抵抗感が真っ先に出てくる。
それでもこうして石戸(姉)さんに甘やかせて欲しいと訴えているのは、この何ともくすぐったい雰囲気をどうにかする為だ。


霞「ふふ…まさかこの年でこんな大きな赤ちゃんが出来るとは思わなかったわ」

京太郎「はは。まぁ、嫌ですよね」

霞「あら、嫌とは一言も言っていないでしょ?」

京太郎「え?」

霞「そんなに甘えたいなら私の事、ママって呼んでも良いのよ?」

京太郎「か、勘弁してくださいよ…」

霞「あら、須賀君…いえ、京太郎ちゃんから言ってくれた事じゃないの」クスッ

京太郎「そ、それはそうですけど…」

そもそも俺は自分の母親に対してさえ、「ママ」と呼んだ事は一度もなかったのだ。
二歳年上の女の人にママと呼びかけるのは流石に難易度が高すぎる。
そんな性癖を持っていない俺にとって、自分から言い出した事と言っても、到底、受け入れられるものじゃない。

京太郎「か、霞さん…じゃダメですか?」

霞「霞さん?」

京太郎「は、はい…ほら、元々、他の皆はもう名前呼びだったのに…石戸さんだけ違ったじゃないですか」

京太郎「だからその…本当は前々からそう呼ぶ機会を伺っていたんですけれど…」

京太郎「こ、これを期に霞さんって呼んでも良い…ですかね…?」

霞「もう。嫌だなんて言う訳ないでしょ」クスッ

京太郎「じ、じゃあ…」

霞「えぇ。これからは霞ママと呼んで頂戴」ニコー

京太郎「か、霞さああああん!?」ビックリ

霞「ふふ、冗談よ冗談」

霞「確かに須賀君…いえ、京太郎君にはママって呼ばれたいけれど」

京太郎「呼ばれたいんですか…」

石戸(姉)さん…いや、霞さんも結構、変わっている…と言うか普通からズレているところがあるからなぁ。
普通はほぼ同年代の異性にママなんて言われても怖気が走るだけだと思うのだけれども。
でも、顔が見えない所為か、霞さんは嫌がるどころか、むしろ、それを喜んでいるように感じられる。


霞「でも、京太郎君にそう呼ばれると拗ねる子も出てきちゃうと思うから」

京太郎「…え?俺の母親役ってそんなに人気なんですか?」

霞「そうね。もし、京太郎君がもし母親役を募集したら巴ちゃんや初美ちゃん、後は春ちゃん辺りが立候補してそうなくらいには人気かしら」

京太郎「あー…」

やべ、言われてみると結構、その光景が簡単に浮かぶ。
巴さんは根っからの世話好きだし、春は俺の事を人並み以上に気にかけてくれている子だからな。
両方共、俺の為ともなれば、多分、進んで母親役をやってくれるだろう。
初美さんもかなり面倒見が良い人だし、口ではマザコンだとか色々言いながらも母親らしく振る舞ってくれるはずだ。
まぁ、初美さんの場合は、ママと言うよりはオカンと言う方がしっくり来る性格をしているけれども。

霞「それにようやく京太郎君からそうやって言ってくれた訳だしね」クスッ

京太郎「…実は待たせていました?」

霞「勿論よ。ずぅぅっとずぅぅぅぅぅっと待ってましたー」スネー

京太郎「す、すみません…」

霞「ふふ…良いのよ。京太郎君がそういう事を言いづらい立場だって言うのはもう分かっているから」

霞「この前だってあんなにしつこく言ってようやくパソコンが欲しいって言ってくれたくらいだものね」

京太郎「うぐ…」

それを言われると何とも返答に困るというか何というか。
実際、そうやって霞さんに言われてからもう数ヶ月単位で返事をしなかった訳だからなぁ。
どれくらい甘えて良いのか分からなかったとは言え、不誠実な対応であったことに間違いはない。
と言うか、またこうしてそれを持ち出すって事は、結構、根に持っているんだろうか。


霞「だから、待っていたけれども、別に怒ったりはしていないわ。大丈夫よ」

京太郎「…本当に大丈夫ですか?」

霞「…実はちょっとだけ拗ねてるかも」

京太郎「や、やっぱり…」

霞「だって、仕方ないじゃない…周り皆は京太郎君に名前で呼ばれているのに私だけ苗字呼びよ?」

霞「誰でもそんな風に露骨な対応の変化を感じたら拗ねちゃうわ」ムス

京太郎「…ごめんなさい」

霞「…ま、京太郎君に名前で呼んで欲しいってアプローチしなかった私も悪いんだけどね」

霞「ただ…そういう一歩は京太郎君の方から踏み出してもらった方が精神的にも良いと思って」

京太郎「…精神的に…ですか?」

霞「えぇ。私達との距離感について色々、悩んでいるんでしょう?」

京太郎「う」

…ぴ、ピンポイントでこっちの弱い部分をぐっさりと刺されてしまった…。
一応、隠していたつもりではあったんだけど…そんなに分かりやすかっただろうか。
それとも霞さんがやっぱり洞察力に優れているから…?
いや…どちらにせよ、俺が霞さんに格好悪いところを見せてしまったのは事実な訳で…すげー情けないな今の俺…!


京太郎「…そんなに分かりやすいですかね、俺」

霞「うーん…普通かしら」

霞「ただ、私は初美ちゃんから大体の事情は聞いていたし、京太郎君がどんな風に思っているかも聞いていたから」

霞「後は普段の様子できっとそうなんだなって思っていたんだけれど…」

京太郎「…大当たりです」

霞「ふふ…やっぱり」ナデナデ

京太郎「ぅ…」

霞「あ、ごめんなさい。嫌だったかしら?」

京太郎「い、いや、大丈夫です」

小蒔さんを撫でるのに慣れている所為か、霞さんの手つきはとても優しくて温かいからな。
嫌じゃないどころか、寧ろ、もっと撫でて欲しいくらいだ。
この前も撫でられてすぐに眠気がやって来たくらい気持ちよかったしな。
まぁ、流石に男がナデナデシテーなんて言うのは格好悪いとか情けないを通り越してキモ過ぎる。
初美さん辺りにそんな事言った日には躊躇なく首元にチョップ受けてモルスァと吹っ飛ぶ事になるだろう。


霞「でも、これで少しは悩みもマシになったんじゃないかしら?」

霞「京太郎君は間違いなく自分から私へと踏み込んでくれたんだもの」

霞「次はもっと深く誰かへと踏み込んでいく事が出来る。そうでしょう?」

京太郎「ハードルあげますね…」

霞「当然よ。私はそれだけ京太郎君の事、信じているんだもの」

霞「ヘタレだけれど…毎日、クタクタになるまで頑張る努力家で…」

霞「誰かに手を差し伸べなければ気が済まない京太郎君はもっと私たちと仲良くなってくれるって」

京太郎「…うす」

そうやって霞さんが並べ立てるほど俺は素晴らしい人物じゃない。
少なくとも俺は霞さんの心を推し量る事が出来なくて、彼女を多少なりとも傷つけていたのは事実なんだから。
しかし、それでも俺へと寄せてくれている信頼を裏切りたくはない。

霞「それに…言っとくけれど、もう京太郎君の心次第なんですからね」

京太郎「え?」

霞「皆、本心では京太郎君ともっともっと仲良くしたいのよ」

霞「姫様や春ちゃんは勿論の事、初美ちゃんも巴ちゃんも明星ちゃんも湧ちゃんも…皆、京太郎君に心を開いているわ」

京太郎「…明星ちゃんもですか?」

霞「ふふ、意外かしら?」

京太郎「まぁ…正直なところ…そうですね」

勿論、明星ちゃんと俺との仲が悪いって訳じゃない。
普通に話はするし、二人っきりで作業する事も珍しくはないからな。
恐らく、側にいて苦じゃない程度には心を開いてくれているんだろう。
だが、他の皆と比べるとやっぱりどうしても俺に対して一歩引いている感はあった。
まぁ、他の皆が近すぎて、異性同士としては明星ちゃんのそれが健全というのもあるんだが。
ただ、そんな彼女が心を開いてくれている…となるとやっぱりちょっと意外に聞こえる。


霞「あの子、外面は良いけれど、中身は結構、サッパリした子だから」

霞「本当に京太郎君の事をどうでも良いと思っていたら、ろくに関わろうとはしないわよ」

京太郎「でも、気を遣ってくれているとか…」

霞「そうね。明星ちゃんも良い子だからきっとそれもあるんでしょう」

霞「でも、それだけならば京太郎君に抱きついたりしないわよ」

京太郎「…え?き、聞いたんですか…!?」

霞「えぇ。明星ちゃんからお風呂の中でじっくりとね」ニッコリ

京太郎「うあー…!」

やばい。
別にやましい事なんて何もないんだけど、すっげーやばい!
こう恋人といちゃついている姿を相手の家族に見られたような気まずさと言うか!
声音こそ微笑ましいもののように聞こえるものの、その奥でどう思っているか底知れない…!
俺はある種の被害者であるとは言え、明星ちゃんに抱きついて貰って役得があったのは事実だし…!!

京太郎「ち、違うんです。その…」

霞「あら?人の妹を傷物にして一体、何が違うと言うのかしら?」

京太郎「き、傷物って…」

霞「大衆の面前で抱きつく事になったんだもの。傷物と言っても良いでしょう?」

京太郎「ぐふっ…」

否定出来ない…!
外見的には同性同士だし、永水女子はそういうのが割りと珍しくない学校なんだけれども。
しかし、霞さんも明星ちゃんも俺が男であるという意識はしっかり持っている訳で。
それなのに俺に抱きつく事になったとか辱めも良いところだろう。


霞「…ふふ、まぁ、京太郎君をいじめるのはここまでにしましょうか」

京太郎「か、霞さぁん…」

霞「ごめんなさい。あんまりにも京太郎君の反応が可愛らしかったものだから」クスッ

霞「で…話を真剣なものに戻すけれど…別に明星ちゃんは抱きつく事嫌がってなかったわよ?」

京太郎「…本当ですか?」

霞「えぇ。まぁ、口では春さんや湧ちゃんったら私まで巻き込んで、みたいに拗ねるような事言っていたけれどね」

霞「でも、少し突っ込んで聞いたら…暖かかったとか安心したとか本当はもっと続けて欲しかったとかいい匂いがしたとか…そんな事言ってたわよ」クスッ

京太郎「え…?」

…本当に明星ちゃんがそんな事言っていたのか?
いや、でも、わざわざ話を真剣なものに戻すって前置きしてる霞さんが嘘を吐くはずはない。
きっとそれはあの日、お風呂の中で本当に明星ちゃんから聞いた事なんだろう。
…でも、正直、信じがたいと言うか…聞いてるこっちが恥ずかしくなるというか…!

霞「女の子が男の子に抱きついて、そんな事言うんだもの。どれだけ京太郎君に心を許しているか分かるでしょう?」

京太郎「まぁ…そうですね」

勿論、世の中にはその辺、まったく気にしない子たちもいる。
このお屋敷で言えば、小蒔さんや湧ちゃん、ついでに初美さん辺りが該当するだろう。
だが、明星ちゃんがそういったグループの中に入らない子だと言う事は俺にだって分かっているのだ。
寧ろ、このお屋敷の中で俺の事を一番、異性として意識してくれている彼女だろう。
そんな彼女が場の雰囲気に流されたとしても、俺に抱きついてくれたという事はよくよく考えなくてもきっと凄い事なのだろう。


霞「あの子は意地っ張りな子だから、中々、それを認めないでしょうけれどね」

霞「でも、何とも思っていない相手にそういう事は決してしないし、言わない子だって姉の私が保証するわ」

霞「あの子も間違いなく皆と同じように京太郎君に心を開いていて…そして仲良くしたいってそう思っているはずよ」

霞「京太郎君はどう?明星ちゃんと仲良くしたいって…そう思ってくれているかしら?」

京太郎「…勿論です」

時に俺をからかい、時に場を収めようとしてくれる彼女の存在はとても有り難い。
このお屋敷に来てから、どれだけの回数、明星ちゃんに感謝したか分からないくらいだ。
相手が姉に負けないくらいの美少女だという下心は抜きにしても仲良くしたいというのが本音である。

霞「じゃあ、もし機会があったら踏み込んであげて」

霞「あの子は強がっているだけで本当はとても寂しがり屋な子だから」

霞「私だけじゃなく、甘えられる人がもっと欲しいと思うの」

京太郎「…湧ちゃんじゃダメなんですか?」

霞「湧ちゃんは親友ではあるけれども、甘えるというよりも明星ちゃんの方が甘えられている事が多いから」

霞「そういう関係として半ば固まってしまった以上、京太郎君に負けないくらい格好つけたがりな明星ちゃんが湧ちゃんに甘えると言うのは難しいかしらね」

京太郎「…なるほど」

俺が格好つけたがりかどうかはとりあえずさておいて…確かに二人の関係は湧ちゃんをフォローする明星ちゃんという形で大体、固定化している。
俺が二人と一緒に暮らすようになってまだ半年も経っていないが、二人が逆の立場になったところを見た事がない。
勿論、からかいからかわれな力関係が入れ替わる事はあるが、相手のフォローをするのは基本的に明星ちゃんの方だ。
下手に明星ちゃんがしっかり者であり、湧ちゃんが色々と隙の多い子だという事もあって、二人の立ち位置は中々、変えられないのだろう。


霞「他の皆に対しても大体同じよ。仲が悪いという訳じゃないけれど…あの子は『石戸家の次女』になりきってしまっているから」

霞「下手に甘えてしまえば私の名前に、あるいは石戸の名前に傷がつく…とそんな風に考えている節があるわ」

京太郎「石戸の名前…ですか?」

霞「…情けない話だけど私達自身は仲が良くても、分家同士が仲が良いとは限らないのよ」

京太郎「…随分と面倒な話ですね」

霞「えぇ。本当に…」

ポツリと吐き出す霞さんの言葉にはきっと俺では完全に伺い知る事の出来ないような様々な感情が込められているのだろう。
悔しさ無念さ無力感…そんな言葉では表現しきれない『疲れ』のようなものが伝わってくる。
恐らく霞さん自身、その『面倒な話』によって色々と我慢したり、苦悩したりしているんだ。
でも、この人は俺にそれを見せず、妹を助けてやってくれ、とそう言っている。

霞「でも、京太郎君相手ならそういう柵はないわ」

霞「こう言っては気を悪くするかもしれないけれど…須賀家は殆ど分家としての体をなしていないから」

霞「その上、明星ちゃんに身近で、心を開いて貰っているのなんて京太郎君しかいないわ」

霞「だから…あの子が『石戸明星』という仮面を外して甘えられるように…仲良くしてあげてくれないかしら?」

京太郎「…分かりました」

そんな人の想いをどうして無駄になんて出来るだろうか。
正直なところ、俺がそんな立派な相手になれるとは思っていない。
だが、ここで首を横に振るような情けない奴になりたいとも思っちゃいないのだ。
聞く限り、霞さんの期待に応えるのは凄い難しそうだが、俺のやるべき事は変わらない。
明星ちゃんと仲良くなる事だけで良いのだから、断る理由の方がないだろう。


京太郎「…でも良いんですか?」

霞「え?何が?」

京太郎「一応、俺に隠しておかなきゃいけないとかそういう事は…」

霞「本人から聞いてないから良いんじゃないかしら?」

京太郎「そ、そんなアバウトな…」

霞「大丈夫よ。明星ちゃんは本当に言って欲しくない話の場合、ちゃんと秘密だって前置きするから」

霞「それに私は長年、明星ちゃんの相談をずっと受け続けていたんだもの。それくらいの判別はつくわよ」

誰よりも明星ちゃんに信頼されているであろう霞さんがそう言うのであれば、きっとそうなのだろう。
でも、普通、いい匂いだったとか暖かかったとかそういうの出来るだけ聞かれたくはないと思うんだけどなぁ。
あるいは明星ちゃんも意外とそういうのは気にしない子なのだろうか?
思い返せば抱きついてきた時も何か言いそうになっていたしなぁ。

霞「さて…それじゃそろそろ皆の所に戻りましょうか?」

京太郎「え?もうそんな時間ですか?」

霞「えぇ。結構のんびりしていたから。そろそろお夕飯の時間かしら」

京太郎「あー…すみません。足とか大丈夫です?」

霞「大丈夫よ。これくらいの時間じゃ何ともならないわ」クスッ

流石は巫女さんって事かな。
結構、長い時間膝枕して貰ってたみたいだけど声音を聞く限り、平然としている。
普段から運動していない咲だったらきっと今頃、足が痺れ過ぎて泣きそうになっていただろうな。
基本的にアイツ十分以上膝枕してたら足が痺れてくるみたいだし。
なのに自分から降りてくれとか言わないから、こっちから察してやるしかないんだよなぁ。


霞「それより何か収穫はあった?」

京太郎「いや…申し訳ないです。まったくなくって…」

霞「そう…まぁ、仕方ないわよね。一長一短でどうにかなるものじゃないから」

京太郎「すみません…」

霞「謝らなくても良いのよ。寧ろ、そんな簡単に出来るようになられちゃ私達の立つ瀬がないわ」クスッ

京太郎「…でも、折角、付き合って貰って何の成果もなくって…」

霞「もう。最初から成果が出るなんて思っていないから別に良いのよ」

霞「それより少しでも京太郎君がリラックス出来た方が大事。でしょ?」

京太郎「…もしかしてそれが狙いでした?」

霞「ふふ、それも…って言う方が正しいかしらね?」

…まったく、この人は。
ホント、色々、考えすぎなんだよ。
ただ俺に神様の事を感じさせるだけじゃなくて休息まで取らせようとかさ。
そこまで考えて色々されたらこっちの方が立つ瀬がなくなるっての。

京太郎「…ホント、霞さんには中々、勝てる気がしませんよ」

霞「当然よ。そう簡単に勝ってもらっちゃ困るもの」ナデナデ

京太郎「ん…」

そう言いながら再び俺を撫でる手は相変わらず優しいものだった。
こうして話している間に思ったよりリラックス出来ているのか、意識が鈍くなってしまう。
流石に眠いってほどじゃないが、このまま霞さんに色んな事を委ねたくなるようなそんな心地よさ。
俺が霞さんに色々と頼って貰えるようにならなきゃいけないのに…これじゃあべこべだ。
そうは思いながらも身体から力がふっと抜けていき… ――

京太郎「(…ん?)」

瞬間、俺の身近に何か別の何かはあるのを感じる。
頭を預けている霞さんの膝枕を通して感じる…大きな存在。
それは決して目に見えるものじゃなく、触れられるものでもない。
恐らくどれだけ手を伸ばしても…足を動かしても追いつけないだろう。
だが、頭ではなく、心で存在をはっきりと感じるそれは… ――


霞「でも、そろそろ降りてくれないと大変よ?」

京太郎「…ぁ」パチン

霞「…あれ?どうかした?」

京太郎「あ…い、いえ、何でもないです」

もうちょっとで大きな何かの正体に気づけそうだったんだけどなぁ。
ただ、気づけなくてよかったような…気づけなくて惜しいような…何とも微妙な気持ちだ。
とは言え、さっき俺が感じたアレが神様って保証はないしな。
霞さんからのストップも掛かっている訳だし、そろそろ膝枕も終了するべきだろう。

京太郎「それより…降りなきゃ大変って何かあるんですか?」

霞「…実はさっきから後ろで姫様が私達の事じぃっと見てるから」

京太郎「…え?」ムクッ

小蒔「はわっ」

…あ、本当だ。
膝枕から起き上がって後ろを見たら…扉からこっちを伺っている小蒔さんがいる。
って言うか、角度的に霞さんの死角にいたはずなんだけど…なんで気づいたんだ?
もしかして霞さんは死角からの気配だって感じ取れる生粋の達人…!?
…いや、それはねぇか。
普段から鍛錬してる湧ちゃんならともかく、霞さんがそういう事をしている所見たことがないし。


京太郎「小蒔さん?」

小蒔「ち、違います。私はわんちゃんです!わんわんっ」

京太郎「…そう言えば霞さん、犬って食べられましたっけ?」

霞「そうね。犬食文化っていうのはあるみたいね」

霞「丁度、良いわ。もうすぐ晩御飯の時間だから…覗き見しちゃう悪い子は捕まえて食べちゃおうかしら」スクッ

小蒔「あ、あわわわっ」ビックゥ

京太郎「はは」

立ち上がった霞さんに対して、小蒔さんは可哀想なくらい肩を跳ねさせていた。
俺でさえ霞さんの怖さというのは骨身に染みて分かっているくらいだしな。
長年、世話役として霞さんがついていた小蒔さんは言わんやって事だろう。

霞「ひーめーさーまー?」スゥゥ

小蒔「か、かかか霞ちゃん…これは…その…」カタカタ

霞「覗き見なんてはしたないことして良いって私は一度でも教えたかしら?」

小蒔「そ、それは…ないです…けど…」

霞「けど?」

小蒔「わ、私はあの…京太郎君を見ていないといけないんです…!」

京太郎「…え?」

霞「ん?」

小蒔「京太郎君からずっと見ててくださいってお願いされましたから!」

霞「…京太郎君?」クルッ

アイエエエエエエエ!?矛先!?矛先、ナンデ!?
確かに俺は言ったけど…言ったけどね!!
でも、そこだけ抜き出して言ったらまるで俺が告白したみたいじゃん!!
…あれ?よくよく考えるとアレ、告白と大差ないのか?
い、いや、でも、俺にそのつもりはまったくなかったし、小蒔さんもそう受け取ってないからセーフのはず…!!


霞「ちょっと色々じっくり聞きたい事があるのだけれど良いかしら?」ニコ

京太郎「…は、はい…」フルフル

小蒔「??」キョトン

霞「あ、小蒔ちゃんも一緒にね。事情はさておき、お説教はしなきゃいけないから」

小蒔「うぅ…」ガックリ

霞さんの言葉でがっくりと項垂れる小蒔さん。
まぁ、お説教と言っても、別に霞さんは本気で怒っている訳じゃないからな。
そこまでガッツリ怒られたりする事はないだろう。
霞さんは決して物分かりの悪い人じゃないし、多分、俺の方も事情を聞いてすぐに解放されるはずだ。

霞「…でも、その前に…ご飯にしましょうか?」

京太郎「え?良いんですか?」

霞「えぇ。別に京太郎君が小蒔ちゃんに告白したなんて思っている訳じゃないし」

京太郎「か、霞さん…っ」ジィィン

霞「…と言うか、ヘタレな京太郎君がそうい事出来る訳がないって信じているというか」

京太郎「えっ」

霞「そんな事出来るならもっと前から甘えてくれるわよね」クスッ

…ぐぅの音も出ない。
実際に遠慮していて霞さんたちに心配を掛けてしまった訳だしな。
確かに小蒔さんに告白する勇気があれば、俺はそんな心配を掛けたりしなかっただろう。
そういう意味じゃ信用はされている…いや、これを信用と言って良いのかは分からないけどさ。


霞「それよりはお腹減ったでしょう?いい匂いもしてきたし…」

小蒔「そうですね。お腹ペコペコです!」

京太郎「はは。俺もそうですよ」

小蒔「霞ちゃんは?」

霞「実は私もちょっとお腹が空いてるの」

小蒔「えへへ、じゃあ、三人お揃いですねっ」

霞「そうね。それじゃお揃いはお揃いらしく、皆で行きましょうか」

小蒔「はいっ」スッ

そうやってにこやかに二人は手を繋いだ。
ごく自然に手を重ね合わせるその仕草は二人が紡いできた年月がとても濃厚なものだった事を伝えてくる。
二人が姉妹にも見えるのは決してその顔立ちや雰囲気が似通っているからだけじゃない。
心から信じあっているのが分かるその視線や一挙動も理由の一つなのだろう。

霞「…ほら、京太郎君も」スッ

京太郎「え…?」

霞「私の手、取ってくれるでしょう?」

京太郎「…良いんですか?」

霞「良いも悪いもないわよ。私がして欲しいから言っているの」

霞「それとも…小蒔ちゃんや皆とは手を繋げても私とは繋げない?」

京太郎「そ、そんな事ないですよ」

霞「じゃあ、エスコートをお願いできるかしら?」

京太郎「…はい」ギュッ

やべー、超緊張する。
いや、今まで女の子と手を握った事は何回もあるし、今はもう春や湧ちゃん相手に日常的にやっているけどさ。
でも、霞さんは色んな意味で俺の好みにストライクな所為か、手を握るってだけでもかなりやばい。
しかも、手はやっぱり柔らかくて、すげー優しくこっちを握って来て…あぁ…ドキがムネムネしてしまう…!!


霞「ふふっ、そんなに緊張しなくても良いのに」

小蒔「え?京太郎君、緊張しているんですか?」

京太郎「えぇ。まぁ、霞さんと手を繋ぐのは初めてなんで」

小蒔「じゃあ、これからは慣れていけないといけませんね」

霞「そうね。これからは出来るだけ一緒に居て手を繋いでおいた方が良いかしら?」

京太郎「ちょ…霞さん…っ」

霞「私と一緒にいるのは嫌?やっぱり固っ苦しくて緊張するかしら?」

京太郎「い、いや、別にそんな事はないですけど…」

こうして手を繋いでいると緊張するのはきっと慣れていない所為だろうしな。
さっきの膝枕だってやってもらう当初はそれどころじゃなかったが、後の方は比較的リラックス出来ていたし。
一緒にいる間、手を繋ぐのもいずれは慣れるはずだ。
…まぁ、その慣れるまでの間、色々と大変かもしれないけれども。
つか、今、俺、緊張のせいで手汗とかかいてないか…?だ、大丈夫だよな…?

京太郎「ちょっと慣れるまで結構、時間が掛かりそうと言うか…その…」

京太郎「と言うか、霞さんの方こそ良いんですか?一応、俺、男なんですけど…」

霞「…もう鈍感なんだから」

京太郎「え?」

霞「そういうのが嫌じゃないくらいには私、京太郎君の事が好きなんだってなんで分かってくれないのかしら」

京太郎「う…」

お、おおおおおおお落ち着け俺えええええぇ!!
違う!これは違うからな!!
好きって言っても異性的な好意じゃなくって、友人的なそれなんだ!
……だけど、ちょっと拗ねるように言われるともしかしてって感情がやっぱり胸の中にいいいいいい!!
分かってるはずなのに、ちょっと期待してしまう男子高校生の性が憎い…!!


霞「まぁ、流石にずっとこうして手を繋ぐ…というのは冗談だけどね」クスッ

霞「でも、京太郎君とこうして練習以外で接する時間というのも増やしていこう…と思ってるのは事実よ」

京太郎「…練習以外…ですか?」

霞「えぇ。今まであんまりそういうのなかったでしょ?」

京太郎「…確かにそうですね」

俺は基本的に平日は練習漬けでソレ以外の時間は、大抵、春か誰かと一緒に過ごしている。
霞さんは霞さんで平日休日問わず、小蒔さんの代理としてあちこちの話し合いに顔を出したりしているらしいしな。
二人とも何かと忙しい身だし、こうして二人で顔を突き合わせるような時間はあまりなかった。
まぁ、なかったと言っても皆無って訳じゃないけど…ここ最近じゃさっきと、この前、霞さんが俺の寝顔を見に来た時くらいじゃないだろうか。

霞「だから、京太郎君も付き合ってくれないかしら?」

京太郎「勿論。こちらこそお願いします」

霞「ふふ、良かった」

小蒔「良く分かりませんけど…二人はもっと仲良しになるんですか?」

霞「そうね。とっても仲良しさんになりたいなって話をしてたの」

小蒔「わぁ…それってとっても素敵ですね!」ニコー

霞「えぇ。とっても素敵な事」ニコッ

―― その二人の笑みはとても似通っていた。

二人で同じ価値観を共有しているが故の明るく楽しげな笑み。
俺と霞さんがこれからもっと仲良くなるという話に二人は心から喜んでくれているんだろう。
そんな二人の顔を同時に視界に収めるだけで胸の奥が暖かくなる。
いや、ただ、暖かくなってるだけじゃなくて…これは… ――


小蒔「あれ?京太郎君、どうかしたんですか?」

霞「さっきからじっとこっちの方見ているけれど…」

京太郎「あ、いえ、何でもないです」

そんな二人の笑顔を守ってあげたい、という庇護欲。
それを表に出すには俺はまだまだ足りないものが多すぎる。
でも、何時か小蒔さんにも霞さんにも心から頼られるような存在になりたい。
その気持ちが今の二人の笑みで改めて大きくなったのを感じる。

霞「ふふ、きっと小蒔ちゃんが可愛かったから見惚れてたのね」

小蒔「え…そ、そんな事ないですよ!きっと霞ちゃんが綺麗だったからです」カァ

京太郎「はは。まぁ、本当のところは両方なんですけどね」

小蒔「えっ?」

京太郎「二人ともとても素敵な笑みだったんで見惚れてたんですよ」

霞「あら、両方ともなんて京太郎君ったら贅沢なのね」

小蒔「はぅあ…」カァァ


頬を赤く染める小蒔さんに俺の言葉を余裕そうに受け流す霞さん。
でも、霞さんの頬も微かに朱色を強くしたのが、手を繋いで隣に立つ俺には見て取れた。
その変化は本当に微かなもので、きっと以前ならば俺も気づく事が出来なかっただろう。
手を繋いだ所為か、或いは名前で呼び合うようになった所為かは分からない。
だが、そうやって霞さんの僅かな変化に気づけたという事は俺の心は間違いなく霞さんに近づいている証のはずだ。

京太郎「(もっと知りたいな)」

こうして余裕そうに構えてはいるけれど、実際の霞さんは意外と耳年増で慌てん坊だ。
話を変な風に誤解してから回っていた姿も俺は何度か見ている。
でも、その姿はとても魅力的で、そして普段の包容力すら感じる姿とはかけ離れた可愛らしいものなのだ。
そんな可愛らしい霞さんの姿をもっともっと見たい、知りたい、とそんな欲求が沸き上がってくるのを感じる。

京太郎「仕方ないじゃないですか。それくらい二人共素敵だったんですから」

京太郎「正直、もっと見たかったくらいです」

霞「も、もう。調子に乗らないの」

京太郎「はは。すみません」

そして、その欲求は遠からず満たされる事になるだろう。
少なくとも最初の頃の霞さんは俺にこうした姿をまったく見せなかったんだから。
霞さんもまた俺に対して心を許し、踏み込む事を許してくれている。
きっとこれからも色んな彼女を見られる事だろう。
それはきっととても幸せな事で…だからこそ… ――

京太郎「…霞さん、改めてこれからよろしくお願いしますね」

霞「えぇ。こちらこそ」ニコッ




―― その幸せを彼女たちにも出来るだけ返していかないとな。




巴さん→無自覚な魔性の女。
霞さん→気を許した相手にはある程度自覚してそれっぽく振る舞ってるが攻め込まれると弱い


という訳で今日は終わりです
眠すぎてコピペミス連発でワロタ
何時も以上に見づらくて申し訳ないです

おつおつー

細かいけど>>621の「一長一短で」は「一朝一夕で」じゃないかな

乙ー
次回はそろそろ明星ちゃヒロイン回……かな?

明星ちゃんメインまだかなー(チラッ)

>>633
なんで別のところではちゃんと一長一短ってなってるのに間違ってるんだ…!
申し訳ない…!

>>637>>638
次回は明星ちゃん回の予定です
ただし、予定は予定
ノリと勢い次第で大きく展開が変わるかもしれませぬ

明日には投下出来ればいいな!!

見直し終了!!
投下していきまする


―― その日は朝から平穏とは程遠いものだった。

ザワザワ…

ヒソヒソ…

京子「……えーっと」

「…須賀さん」

京子「は、はい」

いつも通り春達と登校したところまでは平穏だった。
エルダー云々に振り回される事のない俺の数少ない癒しの時間。
だが、そんな俺を下駄箱の前で待ち受けていたのは生徒会長だったのである。

京子「(でも…)」

俺の名前を呼ぶその顔には何時もの自信はなかった。
全身から溢れ出るようなそれは完全に鳴りを潜め、声も弱々しくなっている。
肌も微かに荒れて、目元にクマが出来かけている様子から察するにきっと夜もちゃんと眠れていないのだろう。
心も身体も弱っているのが伝わってくるその姿に俺は胸を痛めた。

「内密なお話があるんですの。始業前の忙しい時間に申し訳ないですが少し付き合っては貰えませんか?」

ザワワザワワワワ

だが、そんな彼女の様子も周りの女生徒たちにとってはあまり意味のないものなのだろう。
ざわめくその声の中には生徒会長を非難するようなものも少なからずあった。
どうやら週末の間に噂はさらに多くの人へと広まり、そして真実味を持って語られるようになったらしい。
…そんなのあり得ないなんて今の彼女の顔を見ればわかると思うんだけどさ。


京子「構いません」

「…ありがとうございますわ。その…何人かご一緒しても良いですから」

京子「大丈夫ですよ。内密なお話なのでしょう?」

ザワワッ

「えぇ。でも…」

京子「大丈夫です」

周りがざわつくのも、生徒会長が改めてそう言ったのも、全ては噂の所為なのだろう。
だが、俺はそんな噂なんてまったく信じちゃいない。
生徒会長は気持ち良いくらいに堂々とした人で、俺にとって尊敬出来る人なんだから。
そもそも内密な話をすると言われているのに、誰かを連れて行くなんて相手方の許可があっても失礼な話だしな。
俺が生徒会長への不信感を表に出してしまえば、噂はさらに加速するだろうし…その言葉に頷くつもりはない。

京子「…と言う訳で春ちゃん、ちょっと遅れるかもしれないけれど…」

春「…ん。適当に誤魔化しておく…」

京子「お願いね」

湧「…京子さあ」

京子「ん?」

湧「…本当にだいじょっ…?あちきも一緒に…」

京子「もう。湧ちゃんったら…大丈夫よ」ナデナデ

京子「ちょっとお話をしてくるだけだから」

…そうだよな。
湧ちゃんは実際に上級生に囲まれて怖い思いをしたり、俺が怪我させられたところ見たりしているんだ。
多分、噂が真実、とまでは思っていないだろうけれども、彼女にとって生徒会長は警戒するべき対象なのだろう。
そんな相手と二人っきりになる俺を心配してくれるのは嬉しいが、でも、やっぱり湧ちゃんに着いて来て貰う訳にはいかない。
結果、湧ちゃんを不安にさせてしまうかもしれないと分かっていても、ここは生徒会長の為にも譲れないんだ。


京子「お待たせしました。それじゃあ何処にします?」

「…そうね。生徒会室なんてどうかしら?この時間は人がいないはずだから」

京子「えぇ。構いませんよ」

さて…そう言って歩き出した訳だけれども…流石に野次馬も着いてはこないみたいだな。
軽く後ろに意識を向けたが、誰かが尾行してくる気配はない。
お嬢様育ちの女生徒が本格的な尾行術なんて心得ている訳がないし、多分、大丈夫なはずだ。

「朝から騒がしくしてごめんなさい…」

京子「大丈夫ですよ。お互い注目を浴びている身ですから。大抵、何処でも騒がしくなってしまうでしょうし」

京子「それに…そうやって騒がしくしてまで私と話がしたかったのですよね?」

「…えぇ」

京子「だったら、謝る必要なんてないですよ。仕方のない事だったんですから」

京子「それに少なくともクラスに来るよりは幾らか騒ぎもマシだったはずし、私は気にしていません」

「ありがとう…助かりますわ」

京子「いいえ。こちらこそ何時も生徒会長には助けて頂いていますから」

「…そんな事ありませんわ。私…」

京子「…生徒会長」

「…ここです。入って下さい」スッ

京子「…はい」

普段の生徒会長なら、きっとあんな事は言わないだろうな。
俺の知る彼女は「それくらい生徒の代表として当然の事ですわ」くらい言ってのける人なんだから。
でも、さっきの彼女は明らかに俺の言葉を否定しようとしていた。
…どうやら思った以上に噂の影響で参っているらしいな。
何とかしてあげたいけど…でも、あんまり俺たち二人が一緒にいるところを見られるのは良くない。
ここは話を打ち切って生徒会室の中に入るのが一番だろう。


京子「失礼します」

「どうぞ」

京子「へぇ…」キョロキョロ

「ふふ…生徒会室が珍しいですか?」

京子「え、あ、すみません…」カァ

京子「今までの人生であんまり縁のあるものじゃなくって…」

何故か生徒会長や生徒議会長には妙な縁があるんだけれど、生徒会室やらには一度も足を運んだ事がない。
竹井先輩を呼ぶのも今の時代は携帯一つで簡単に出来るし、役員関係者でもなければ足を運ぶ用事はないだろう。
でも…永水女子だけかもしれないが、生徒会室って思ったより普通の部屋なんだなぁ。
もっとこう変なマスコットがいたり、何故か校旗が置いてあったり、でっかいモニターが机の上にあったりするもんだと思ってた。

「とは言っても、何でもないごくごく普通の部屋ですわ。お茶なんかも置いていませんし」

京子「みたいですね。正直、もっとこう華やかなものを想像していました」

「ふふ、そうですわね。生徒会に入ってくる人の中には須賀さんと同じようなのを想像していた人も少なからずいるみたいですわ」

「でも、元々の生徒会とは早い話、全校生徒の雑務を請け負う裏方のようなものですから。基本的な仕事はやはり地味なものが多いんですのよ」

「イベントなどで顔を出したりもありますけれど…そういうのは全体の業務の一割くらいだと思いますわ」

京子「なるほど…」

そう言えば竹井先輩も結構、議会の仕事を部室に持ち込んだりしてたっけ。
ちょっと手隙になった時、書類仕事を進める姿を良く見かけた。
まぁ、竹井先輩の場合、麻雀部部長と生徒議会長との兼任だから基準にするのはおかしいだろうけど。
でも、そうやって部内に持ち込まなければいけないくらい生徒会の仕事が沢山あった事に間違いはない。


「須賀さんも生徒会に入りませんか?須賀さんならばきっと次代の生徒会長にもなれますわ」

京子「お誘いは嬉しいですが、やっぱり私は麻雀に集中したいので…」

「そうですか…。やっぱりそれだけ須賀さんは麻雀が好きなんですのね」

京子「はい。とは言っても…まだまだ弱いままなんですけれど」

京子「お恥ずかしい話、インターハイに出られるかどうかも私がどれだけ足を引っ張らないかに掛かっているくらいで…」

「きっと須賀さんなら大丈夫ですわ。とても論理的で頭の良い方ですから」

京子「そ、そんなに持ち上げないで下さい。でも、ありがとうございます」

まぁ、実際、麻雀の勝負って奴は結局、運否天賦なところがあるからなぁ。
どれだけデジタルで突き詰めても運で劣っていたらどんな勝負にも勝てない。
とは言え、生徒会長ほどの人にそうやって持ち上げられるとやっぱり照れくさいな。

「いえ、持ち上げてなどいませんわ」

「須賀さんは文武両道で品性高潔。優しさも人望もあって、皆に好かれています」

「だからこそ…私は…」

京子「…生徒会長?」

「…須賀さん、まず2つ私は貴女に謝らなければいけません」

京子「謝る…ですか?」

「えぇ。私の友人が貴女に怪我させた事。本人も意図的に怪我をさせたのだと認めましたわ」

「申し訳ありません…私の友人がこんな酷い事を…」ペコッ

京子「い、いえ…!謝らないでください。生徒会長は何も悪くないじゃありませんか」

「でも…」

京子「件の先輩だってやりすぎてしまっただけで決して悪意があった訳じゃないと思っています」

京子「私は恨んだり怒ったりはしていないですよ」

流石に気にしていない…って言うと嘘になるけどな。
ただ、こうして生徒会長の関与まで噂になって、彼女達の意図とは真逆の方向に話が進んでいるんだ。
ぶっちゃけ先に想定しておけ、と言いたいけれど、彼女たちの罪は既に最悪な形で返っている。
その上で改めて何か仕返しをする必要があるとはあんまり思えない。
彼女たちにとって生徒会長は誰かを傷つけてでもエルダーにしてあげたいような相手だった訳だしな。
そんな生徒会長にとって不利にしかならない噂の源が自分達だというだけできっと後悔しているだろうし。


「ありがとうございます。そう言ってもらえると助かりますわ」

京子「いいえ。それで…もう一点、私に謝る事ってなんでしょうか?」

「…さっきの話も多少、関係するのですけれど…私…エルダー選挙から降りる事にしましたわ」

京子「…えっ?」

生徒会長がエルダー選挙から降りる?
あんなに自信満々に負けないと俺に言った生徒会長が?
合同体育で俺に挑戦状を突きつけるくらいその気だったのに…一体、どうして…?

「ですが、エルダー選挙に辞退はありません。ですから、私、須賀さんを信認したいとそう思っているのですわ」

京子「ちょ…ちょっと待って下さい…!」

「…なんでしょう?」

京子「生徒会長はエルダーに思い入れがあったのではないのですか?だって…あんなに…」

「…勿論、ありますわ。あるに決まっています…」ギュッ

その言葉は微かに震えていた。
やっぱり生徒会長は本心ではエルダーを諦めたくはないんだろう。
それにも関わらず、一体どうしてこのタイミングで降りるなんて言うのか。
確かに噂は広まっているが、その気になればまだまだ挽回出来るはずなのに。
そう疑問に思う俺の前で彼女の唇がゆっくりと動き出す。


「…私の母はこの学校の出身でした。だから、私は子どもの頃からエルダーたるものがどんな存在なのか聞いて育ちましたわ」

「気高く、強く、賢く、美しく…そして何よりも優雅な…淑女の中の淑女」

「そんな人達の話を聞く間に私もそうなりたいと…エルダーに選ばれるような淑女になりたい、とそう思ったのです」

「それは様々な事情からエルダーになれず、無念のまま卒業した母親の気持ちを晴らしたい…とそういう気持ちから始まったのかもしれません」

「でも、今の私にとって、それは子どもの頃からの夢…目標だったのですわ」

京子「じゃあ…どうして…?」

「…だからこそ…です」

「私にとってエルダーとは学園の象徴、誰もが尊敬するような最高の淑女なのです」

「…ですが、友人の凶行を止められなかった私に…その資格が果たしてあるでしょうか?」

―― あぁ…そうか。この人はエルダーという存在に本当に憧れていたんだ。

それは決して称号じゃない。
ただの象徴じゃない。
最高の栄誉という訳でもない。
生徒会長にとってエルダーとは最高の淑女そのものだったんだ。
だからこそ、友人を止められなかった自分にその資格がないと…そう自分を追い詰めている。
彼女がなりたかったのは『エルダーシスター』ではなく、『エルダーシスターに選ばれるに足る最高の自分』だったのだから。

「私には…あるとは思えませんわ…」

「勿論、友人の品格が自身のそれに繋がるとは思っていません」

「ですが、エルダーならば…私のなりたかった最高の淑女ならば…」

「それらは事前に気付き、止めて…叱ってあげるべきだったのです」

「けれども…私はこうして噂になるまで彼女たちの気持ちにまったく気づいてあげる事が出来ませんでした」

「身近な友人の心にまで気を配れなくて…全校生徒全員の心を受け止めるエルダーになどなれるはずがありません…」

「いえ…そんな私がエルダーには…私の夢になってはいけないのです」

「それでは全校生徒達が困るだけではなく、私の夢が…目標が…今まで努力してきた全てが穢れてしまうのですから」

京子「生徒会長…」

そんな生徒会長に追い詰めすぎだ、と言うのは簡単だ。
だが、彼女はこれまで自分の目標に追いつく為に本当に努力してきたのだろう。
全身から溢れ出るような自信は決して一朝一夕で身につくものではない。
それは虚勢でも何でもなく、日々の努力に裏打ちされているからこそ生まれる健全なものだったのだから。


京子「(…でも、今の彼女にはそれがない)」

カリスマと言っても良いくらい一本芯が通った自信。
それは彼女を間違いなくエルダーに相応しい魅力的な淑女に見せていた。
だが、今の彼女は完全に意気消沈し、心が折れてしまっているのが分かる。
そんなになるまで落ち込んでいる彼女に考え過ぎだ、と言っても受け入れて貰えるはずがないだろう。

京子「…それでどうして私に…?」

「私の知る中では須賀さんが最もエルダーに相応しい方ですわ」

「あの体育の時に確信いたしました。須賀さんは決して噂だけでここまで来た方ではないという事を」

京子「それは持ち上げ過ぎですよ、実際の私は噂には程遠いごくごく普通の女性ですから」

「ですが、須賀さんはザ・小動物なんて言われているくらい臆病な十曽さんともあんなに連携がとれていたじゃないですか」

「共に信頼しあっていなければ出来ないコンビネーションの数々に私たちはとても苦しめられましたわ」

「いえ、十曽さんだけではありません。滝見さんや神代さんともそうです」

「あのチームの中心は間違いなく須賀さんで、皆の信頼を集めているのが一目で分かったくらいですから」

京子「生徒会長…」

「…須賀さんならきっと私と同じ失敗はしませんわ。だから…私の信認受け取ってくださらないかしら?」

―― その言葉はとても重いものだった。

生徒会長にとって、エルダーというのはそれこそ誰の目から見ても認められるような最高の淑女なのだ。
正真正銘、学校の象徴として誇れるようなその女性像に俺が近づけるとは到底、思えない。
そもそも俺は男だし、今も見えないところで必死の努力を続けている訳だしな。
だけど、生徒会長はわざわざこうして俺の事を信じて後を託そうとしてくれているんだ。
それがどれだけ俺にとって重く、そして投げ捨てがたいかは、言葉では中々、表現出来ない。


京子「…私は生徒会長の期待に応えられるような立派な女性ではありません」

京子「失敗なんて沢山してきました。…いえ、失敗と言う言葉で片付けてはいけないものもあります」

京子「…これからだって私はきっと誰かを傷つけたり、泣かせてしまうのだと思います」

脳裏に浮かぶのは俺が性別を偽っているというどうしようもない事実だ。
これからどれだけ仲の良い親友が出来ても、俺は決してそれだけは明かす事が出来ない。
【須賀京子】が虚像であり、全てが偽りである事が人に知られてしまった場合、大変な事になるのは俺だけではないのだから。
どうしても人と一線を引いて付き合わざるを得ない俺は、誰かと親しくなればなるほど相手を傷つけてしまうのだろう。
幸いにして今はそういう相手はいないが、しかし、これから決して出来てこないとは言い切れない。

京子「それでも生徒会長は私がエルダーに相応しいと…信認するに足る女性だと思ってくれるのですか?」

「……勿論ですわ」

京子「そうですか…」

京子「なら、僭越ですが一つ言わせて下さい」

京子「会長、貴女は逃げています」

「…えっ」

ここでそうじゃないと言うのであれば、俺は彼女の提案を受け入れたかもしれない。
それでも俺に頼みたいと続けられれば、その気持ちを無碍には出来ないのだから。
だが、ここで俺がエルダーに相応しいと言うのであれば…彼女のその気持ちはただの逃避だ。
辛い事から逃げたいという気持ちから、心折れてしまっただけなのである。
それならば…俺は生徒会長の為にも受け入れる訳にはいかない。


京子「会長、貴女にとってエルダーとは最高の淑女なのですよね?」

京子「ですが、私は失敗もしたし、これから人を傷つける事もあると言いました」

京子「立場的には生徒会長と同等のはずです」

「…私は須賀さんの言う失敗がどういうものなのか分かりません」

「…でも、私は友人の気持ちにも気づけなくて…結果的に多くの人を傷つけてしまいましたわ」

「そんな私がエルダーになって良いはずがありません…」

京子「それがそもそもの間違いだと私は思います」

「え?」

京子「それは確かに失敗だったかもしれません。ですが、決して取り返しのつかないものではないでしょう?」

京子「人は多くの間違いをする生き物です。完璧に正しいだけの人間なんて居ません」

京子「ですが、人はその失敗を乗り越え、そしてさらに成長出来るではないですか」

勿論、世の中には失敗とは無関係に成長出来る事だってある。
だが、多くの人は失敗からようやく一つの事に気づき、それを改善しようと歩き出すものなのだ。
俺だって初美さんや霞さんを沢山傷つけて、悩ませて…ようやく自分から踏み込もうとそう思い始めた訳だしな。
そんな俺から比べて…生徒会長のミスなんて殆ど自分自身に落ち度のないものじゃないか。
彼女自身、被害者だと言っても良いようなトラブルでこれまでずっと目指してきた夢を、目標を、最高の自分を諦める必要はないだろう。

京子「それに生徒会長は言ったはずです。エルダー候補に選ばれた時点で多くの人から信認を預かる身だと」

京子「貴女はそれから逃げるのですか?」

「それは…」

京子「今も尚、貴女の無実を信じている人はいます。その人たちの気持ちからも逃げるのですか?」

京子「貴女のなりたかった淑女は…たった一度のトラブルで全てを投げ出すような人だったのですか?」

京子「私は友人の気持ちに気づけなかった事よりも、そうやって人の期待や信頼から逃げ出す事の方が罪深いと思います」

「…………」

俺の言葉に生徒会長は顔を俯かせた。
それはきっと自分の気持ちと俺の言葉の間で板挟みになっている証なのだろう。
少なくとも、俺の言葉は生徒会長の心に届いてはいるはずだ。
結果、彼女の事を思い悩ませる事になっているけど…ここで、「もう良いんだ」なんて言ってあげられない。
ここで甘やかしてしまったら、間違いなく彼女自身の為にはならないんだから。


「…私は…どうすれば良いんですの…?」

「どちらを選んでも私が目指したエルダーにはなれません…私の夢はもう…」

京子「…終わってはいませんよ」

京子「まだ貴女はエルダーに…最高の淑女になれるはずです」

「…それは本当に私が目指したものでしょうか?」

京子「それは私には分かりません…。ですが、例え、最高の淑女であったとしても、私は決して人を超えることは出来ないと思います」

「人を…超える?」

京子「えぇ。だって、世の中にはミスの一つもしない人なんていないじゃないですか」

京子「もし、いるのだとすればそれは人の範疇を超えた別の何かだと思います」

俺の知る中で一番、それに近いのはハギヨシさんだ。
大凡、出来ない事なんて何一つないような完璧な執事。
だが、そんな彼も天江選手に対して、もっと多くの事が出来たはずだとそう悔やんでいた。
咲が天江選手を負かす前に、彼女に家族を作ってやれる事が出来たかもしれない、とそう漏らしていたのである。
それが万能ではあれど、一介の執事であるハギヨシさんの失敗なのかどうかは俺には分からない。
だが、彼がそれを『自身の失敗』と捉えている事に間違いはないだろう。

京子「…生きる、と言う事に失敗や後悔はどうしても付き物です」

京子「例え、万能の力を持っている人が居たとしても、未来が見える人が居たとしても、それからはきっと逃れられません」

京子「それでも人が生きていく事が出来るのは、失敗した時にそれを反省し、経験として活かし、そして償う事が出来るからではないでしょうか」

「…償う…ですか?」

京子「えぇ。二度と同じ失敗を繰り返さない事。それが何よりの償いになるはずです」

京子「勿論、口で言うほどそれは容易い事ではありません」

京子「ですが、エルダーと呼ばれる最高の淑女は、きっとそれが出来る人なのだと私は思いますよ」

京子「そして…生徒会長もまた」

「須賀さん…」

俺はまだ生徒会長の事をよく知らない。
俺が触れたのはまだまだ彼女の心の表層だけなのだから。
しかし、これまで俺が接してきた彼女はとても努力家で、ちゃんとした心遣いが出来る人なのだ。
そんな彼女がそう簡単に同じ轍を踏むとは思えない。


京子「それに人間はその座に着いてから改めてそれに相応しい存在に成長する、という話もあります」

京子「最高の淑女を目指すのはエルダーについてからでも遅くはないんじゃないでしょうか」

「…エルダーは全校生徒の憧れなのですよ?それなのに皆の気持ちを利用するみたいな…」

京子「では、その気持ちの分、生徒会長が他校に自慢出来るようなエルダーになれば良いだけです」

京子「それで誰も損はしません。皆、win-winじゃないですか」

それは口で言うほど簡単な事じゃないんだろう。
全校生徒を利用しているんじゃないかという彼女の優しい心は間違いなくそれをプレッシャーに感じるはずだ。
だが、俺の目の前にいる彼女は既に生徒会長という生徒達の代表として立派にその責務を果たしている人なのである。
エルダーとしての重荷もきっと立派に背負ってくれるだろう。

「…須賀さんは中々、手厳しい人だったのですね」フゥ

京子「あ…そ、その…すみません」

京子「私ったら熱くなって生徒会長の事、貴女とか…偉そうに…」カァ

「いいえ。大丈夫ですわ。須賀さんになら言われても嫌じゃありませんし」クスッ

「学年こそ違いますが、エルダーの座を争うライバルなんですもの。立場は対等ですわ」

「それに何より…須賀さんのお陰で少し目が覚めましたから」

京子「生徒会長…」

「…須賀さんの言う通りですわ」

「知らず知らずの内に私はエルダーというものを自分の中で神格化しすぎていたのかもしれませんわね」

「決して誰にも手が届かないような…そんな遠くて高い存在に憧れて…」

「いいえ…それだけじゃなく、私はそれを理由にして多くの人の信頼を裏切るところでしたわ」

「ありがとうございます、須賀さん。私、もうちょっと頑張ってみますわ」ニコ

―― その笑みは俺の良く知る生徒会長のものと良く似ていた。

勿論、まだまだ彼女の中で自信は戻ってきていないんだろう。
一時は本当に火が消えてしまったような落ち込みっぷりだったのだ。
それから立ち直るのは決して容易い事ではない。
だが、こうして俺に小さく笑いかけてくれるその顔は明るく、そして前向きなものだった。
俺の言葉で彼女も少しは自分の中の芯を取り戻してくれたのだろう。


「須賀さんの言う通り、出来るところまではやってみようと思います」

「…尤も広まりきった噂はどうにも出来ないでしょうが…」

京子「…大丈夫ですよ。皆は生徒会長の事をずっと見てきたんですから」

京子「噂なんてただの誤解であったと、きっとすぐに分かるはずです」

「そう…でしょうか…」

京子「えぇ。生徒会長が今まで通り、自分らしい自分で居れば噂もきっとすぐなくなるでしょう」

京子「それに生徒会長が事件とは無縁であった事を信じる生徒達だってまだまだいます」

京子「私もその一人ですから、良く分かりますよ」

「須賀さん…」

京子「大丈夫です。自信を持って下さい」

京子「生徒会長は噂になんて絶対に負けません」

確かに人から人へと渡り歩くその噂は強敵だ。
人の手で止めるなんて到底、不可能な化け物だろう。
だが、その化け物は実在しないが故に酷く脆い存在でもあるのだ。
生徒会長が生徒会長らしくあり続ければ、そんな噂もすぐに消え去るだろう。
それに ――


「須賀さんは本当に不思議な人ですわね…」

京子「えっ」

「まだお互いを見知って少ししか経っていないのに…まるで長年の友人みたいに私の事を励ましてくれるんですから」

「いえ…励ましてくれるだけじゃなくて、須賀さんに言われると心から力が沸いて来るのですわ」スッ

京子「ふふ、そう言って貰えると光栄です」

京子「私は生徒会長のファンですから、やっぱり元気な姿を見たいですし」

「ファン?」

京子「はい。二回目にお会いした時からずっと格好良くて素敵な方だと思っていました」ニコ

「そ、そうなんですか…ちょ、ちょっぴり照れくさいですわね」カァ

「でも、それは私のセリフでもありますわ。こうして会う度、話をする度に須賀さんの魅力が伝わってきますから」

「須賀さんがもし男性でしたら私、好きになっていたかもしれませんわね」クスッ

京子「あ、あはは…」

実はその須賀さんは男なんですけどね。
でも、こんな風に言うって事は俺が男だなんてまったく欠片も考えちゃいないって事なんだろうな。
それはそれで若干、悲しい気もするけど…まぁ、これだけ凄い人でも俺が男である事を見抜けないって事なんだ。
ライバルとまで言ってくれた彼女のことを騙している事に胸が痛むが…その事自体は喜ぶべき事なんだろう。


―― キーンコーンカーンコーン

京子「あ、予鈴…」

「そろそろ教室に戻らないといけませんわね…」

京子「えぇ。では、生徒会長…」

「はい。須賀さん、今日は色々とお話を聞いて下さり、ありがとうございました」

「お陰で気分も晴れやかになりましたわ。須賀さんにお話して良かったです」

京子「それなら良いのですけれど…」

「この借りは何時か必ず返させて頂きますわ」

京子「借りだなんて…そんな風に考えなくても大丈夫ですよ」

京子「そもそも私の方こそ生徒会長に借りが沢山あるんですから」

「え…?」

京子「合同体育の時だって結果的に邪魔になっている私の事を気にしていないと言って貰えて凄い助かりました」

京子「その上、生徒会長にライバルだってそう認めてもらって…挑戦状まで受け取ったんです」

京子「ファンとしてある種、最高の名誉だと言っても良いくらいですよ」

勿論、生徒会長と俺は一応、エルダーを競って対立している。
だが、それは以前、彼女が言っていた通り、お互いを傷つけあうものではなく、切磋琢磨する為の関係なのだ。
俺自身、生徒会長と競い合うつもりはまったくないが、尊敬する人が自分を意識してくれているというのはやっぱり嬉しい。


「もう。須賀さんは本当に謙虚な方ですのね」

「ですが、その程度ではこの恩を返せたなどと思えませんわ」

「須賀さんが困っている時はいの一番に駆けつけて、この借りは必ずお返しさせて頂きます」

京子「そういう生徒会長の方は本当に義理堅い方じゃないですか」

京子「でも…楽しみに待っていますね」

俺としては十分だと思うんだけど…まぁ、その辺りは価値観の相違かな。
多分、どれだけ議論しても、その差を埋める事は出来ないだろう。
それに…これからの事を考えておくと生徒会長に借りを作っておくのは決して悪くはない。
これから俺がやる事…いや、やらなければいけない事を考えると、その方が彼女を巻き込みやすいからな。

「では、須賀さん。また今度」

京子「えぇ。また」

そう言って生徒会長と別れた俺の脳裏には昨夜、霞さんから聞いた言葉が浮かび上がっていた。
「さっき言った事は忘れて、今一度良く考えなさい」
きっと俺の事を気遣って言ってくれたであろうその言葉に、俺は従うつもりだった。
数日とまでは言わないが、今日一日はじっくりと考え、皆に相談するつもりだったのである。

京子「(だけど…)」

今の話を聞いてしまった以上、俺にはもうそれを選ぶ事は出来ない。
生徒会長がエルダーに対して抱いていた気持ちはそれほどまでに大きいものだった。
既に俺の中で覚悟は半ば決まって、『そうしなければならない』という気持ちが固まりつつある。
そんな俺の我儘に皆を巻き込むことになって申し訳ないが…でも… ――

京子「(どうしても放っておけないよな…)」

生徒会長にとってエルダーとは今までの人生を掛けて目指し続けたある種の到達点なのだ。
それに手が届きそうな今の時期に不確実な噂に翻弄され、評判を落とすだなんてあまりにも可哀想過ぎる。
勿論、それは同情で、きっと生徒会長からすれば失礼だ、とそう言いたくなるような感情なのだろう。
そもそも、俺の周りの人達を巻き込んでしまう以上、これは独り善がりであって、優しさでもなんでもない。
そんな事は俺にだって分かりきっている。
それでも俺の気持ちも覚悟も揺るぐ事はない。
俺の所為で流れるであろう彼女の涙を…どうしても止めたかったんだ。



昼休み。
普段であればその時間はお屋敷の皆と中庭で和やかな雰囲気で食事を摂るものだった。
いや、今も俺以外の皆はそうなのだろう。
何時も通り笑顔を浮かべながら、談笑に興じている。
俺もそれには参加しているが、しかし、その内心はどうしても穏やかなものではなかった。

京子「(さて…どうするかなぁ)」

そう思うのは決して俺の心が迷っているからなどではない。
俺の心は今朝、生徒会長に呼び出されてから固まりきっているのだ。
皆の和やかな様子に水を差すかもしれない事に心痛むが、それで躊躇いを覚えるほどじゃない。
俺がそうやって内心で言葉を浮かべるのも、どのタイミングで話を切り出すべきか考えているからだ。

湧「…京子さ、お弁当美味しくない?」

京子「え?」

明星「さっきから食事の手が止まっていますよ」

京子「あ…ご、ごめんなさい…」

明星「いえ、別に謝る必要はないのですけれど…」

春「…何か悩み事?」

小蒔「悩んでいるなら私達が聞きますよ」

…どうやら俺の気持ちはとっくの昔に皆に見透かされていたらしい。
そんな自分が情けないが…とは言え、折角、こうして踏み込んできてくれたんだ。
自嘲は後にして、これはいい機会なのだとそう思うべきだろう。


京子「…その…ね。明星ちゃんにちょっとした頼み事があるんだけれど…」

明星「私に…ですか?」

京子「えぇ。食事が終わった後にでも、ちょっと時間をくれないかしら?」

明星「私は構いませんが…」

湧「ここじゃダメ?」

京子「えぇ。あまり人に聞かれて良い類のお話ではないから」

明星「分かりました」

春「京子…」

京子「ごめんね、春ちゃん。でも、こればっかりは明星ちゃんにしか話せない事だから…」

春「……ううん。良い」フルフル

春「でも…終わった後で良いから話して欲しい…」

京子「えぇ。勿論」

そもそも俺のやろうとしている事は春を始め、皆の協力も必要だからな、
明星ちゃんと話した後にはちゃんと春にも了解を取っておかなければいけない。
その時には多分、凄い怒られるだろうが…けど、ちゃんと話しておかないと余計に迷惑を掛けてしまう事になるからな。

明星「では…京子さん、少し場所を移しましょうか」

京子「…え?今から?」

明星「えぇ。どれくらい長くなるかは分かりませんし」

明星「昼休みもそれほど長いという訳ではないですから。出来るだけ早めに済ませた方が良いでしょう?」

京子「明星ちゃんはそれで良いの?」

明星「勿論です。京子さんが頼るなんて珍しいですし、これくらいお安い御用ですよ」

京子「ありがとう。それじゃあ…」

明星ちゃんの言葉に頷きながら、俺はそっとお弁当を包みへと戻す。
霞さんが作ってくれたそれはまだ1/4も食べていないが、全く味を覚えていない。
作った人が人だけにきっと美味しいとは思うのだけれど、緊張でそれどころではなかったのだろう。
問題はこれからソレ以上の緊張が待っているという事だが…こればっかりは仕方が無い。
自分の中でそうすると決めた以上、キリキリと引きつるような痛みから逃げる訳にはいかないのだから。


明星「では、すみませんが、少し離れますね」

小蒔「いえ、気にしないでください。それより京子ちゃんの事お願いします」

明星「はい。お任せください、姫様」

京子「…私ってお願いされるくらい情けないのかしら…」スタスタ

明星「情けない、と言うよりは、色んな意味で頑固だから心配させる事が多いって方が正解でしょうね、きっと」スタスタ

明星「言っときますけど、ない…とは言わせませんよ?この前の合同体育の時だって私達がどれだけ心配したか」

京子「…ごめんなさい」

その事を持ちだされると何にも言えない。
あの場では必要な事だったとは言え、小蒔さんに泣かれるくらい心配を掛けてしまったのは事実なんだ。
明星ちゃんだって殆ど態度にこそ出していなかったものの、心配そうにこっちを見ていたからな。
小蒔さんのように見えやすいものではないが、明星ちゃんだって、十分過ぎるくらい心優しい良い子なんだ。

明星「それに姫様はとても心優しいお方です」

明星「今だって京子さんが大変なのを知って心を痛めておられるんですから」

明星「…だから、姫様の事、あんまり悲しませてあげないでくださいね」

京子「…それは……」

明星「…もしかして姫様に何か不埒な考えでも…?」ジロリ

京子「い、いいえ。そんな事はないわ」

周りから姫様なんて呼ばれている小蒔さんにそんな事をしようものなら即座に俺の死亡は確定する。
俺がこうして普通に ―― いや、まぁ女装してる時点で普通じゃない訳だが ――生活出来ているのは周りのフォローがあってこそのものだからな。
親から売られた俺にとって文字通り、皆が命綱なのである。
こうして皆と過ごしている間に、ただの命綱から絆になりつつあるそれを、断ち切るような真似はしたくない。


明星「…だったら、どうしてそこで言い淀むんですか?」

京子「それは…その…」

明星「……まさか頼み事って姫様を傷つけるような事じゃ…」

京子「少なくとも聞かれたら小蒔ちゃんを悲しませる事ではあるかしら…」

明星「…分かりました。どうやら…頼み事とはかなり真剣なものなんですね」

明星「…では、あそこのベンチでどうです?」

京子「えぇ。大丈夫よ」

明星ちゃんが指を指したのは中庭においてある白塗りのベンチだった。
皆が居るドーム状の休憩所から程よく離れたそこならば俺たちの話が聞かれる事はないだろう。
唯一の懸念はこの近くを通りがかるかもしれない生徒だが…昼食時の中庭には殆どと言って良いほど人の気配はない。
今の時間、生徒は殆ど食堂に集まっているはずだしな。

京子「(実際、この学校の学食は最早、学食のレベルを遥かに超える豪華っぷりだ)」

清澄も学食のレベルはかなり高かったが、流石に三つ星レストランからスカウトしてきたシェフたちが作るビュッフェなんて無茶な事はやっていなかった。
多分、そんな馬鹿みたいに豪華な学食が用意出来るのは日本でも一握りのお嬢様だけが通っている永水女子くらいなもんだろう。
聞いただけで目玉が飛び出そうになりそうなほどバカ高い学費や入学費は決して伊達ではないのだ。


明星「それで京子さんのお願いって何ですか?」

京子「実は…私の悪い噂を流して欲しいの」

明星「…悪い噂…ですか?」

京子「えぇ。悪い噂ならば、何でも良いわ」

京子「実は私は開正から転校したのは問題を起こしたからだとか、実は影で皆の陰口を言いふらすような酷い性格だったとか…」

明星「…なるほど。確かにそれは姫様に聞かれると悲しませる内容ではありますね」

そこで微かに頷く明星ちゃんは冷静だった。
小蒔ちゃんに聞かれたら悲しませる、という前置きである程度は覚悟をしていてくれたのかもしれない。
頭ごなしに否定され、話が進まない事も考えていただけにその覚悟には申し訳無さと有り難さを覚える。
苦労を掛ける形になる明星ちゃんには申し訳ないが、やっぱり彼女を選んでよかったとそう思うくらいに。

京子「それで…請けてくれるかしら?」

明星「…正直なところ請けたいとはまったく思いません」

明星「これでも…その…い、一応…京子さんの事は仲間だと思っていますから」カァ

明星「必要もないのに仲間を貶めるような真似はしたくないです」

明星「でも、普通ならばそんなお願いはしませんし…京子さんにも何か理由があるんでしょう?」

京子「えぇ。勿論」

明星「だから…まずはその理由を聞いてからでも判断するのは遅くないと思うんです」

京子「明星ちゃん…ありがとう…」

明星「お礼を言うのはまだ早いですよ。正直、私は何も聞かなかった事にして断りたいくらいなんですから」

京子「それでも聞こうとしてくれるだけ私にとっては有り難いわ」

俺が言っているのはそうされても仕方ない話なのだ。
このまま怒って立ち去られても決して文句は言えないだろう。
そう思う俺にとって、こうして聞く態度を持ってくれるだけでも俺にとっては十分過ぎる。
他の皆であればまず話を聞いてもらうための説得から入らなければいけなかっただろうしな。


京子「私がそうやって明星ちゃんに悪い噂を流してほしいとお願いするのは…生徒会長の噂を消したいからよ」

明星「上級生が下級生を脅したり、京子さんに怪我をさせたりした黒幕が彼女だったというものですか?」

京子「えぇ。そう」

明星「残念ですが…それはきっと無理ですよ」

明星「あの噂の中心人物は共にエルダー候補として選出されているんです」

明星「ただでさえ全校から注目を集めている人たちが二人も関わっている噂を消すのは不可能ですよ」

明星「別の噂を流したところでインパクトでは勝てず、下手をすれば逆に吸収されて、京子さんの噂さえも生徒会長の陰謀だとなりかねません」

京子「それは大丈夫よ」

明星「何故です?」

京子「生徒会長には私を護ってもらうから」

下世話な話ではあるが、今朝の件で生徒会長は俺に対して借りが出来たと言っていた訳だしな。
生徒会長に俺のナイトとなってもらうのはきっとそれほど難しくはないだろう。
まぁ、本当ならば性別的には役割が別だろうと思わなくもないんだが…俺が男だというのは誰にも言っちゃいけない秘密だしな。
男としてはものすごく悲しいが、生徒会長の為にもお姫様役になる必要がある。

京子「噂の怖さに怯える私が真っ先に助けを求めたのが生徒会長だった」

京子「そうなれば例の黒幕説も少しは勢いを失うでしょう?」

明星「まぁ…確かにそうでしょうが…」

京子「それにこの学校では英雄的行動を必要以上に賞賛する傾向があるわ」

永水女子はトラブルを避ける為か生徒も先生も、ソレ以外の職員も全て女性で構成されている。
その所為か、この学校では英雄的行動というものが高く評価され、また噂にもなりやすい。
そう分析した霞さんの言葉はきっと事実なのだろう。
まだ一ヶ月もこの学校で過ごしてはいないが故に感覚的なものでしかないが、そうでなければ俺がエルダー候補になど選ばれたりしないだろうし。


京子「私が二日目から凄い噂になったように、噂から私を庇う生徒会長というのは生徒たちにとってヒーローのように見えるはずよ」

明星「なるほど。マイナスの噂をプラスの実績で覆そうという訳ですか」

京子「えぇ。元々、今年のエルダー最有力候補になるほどの人だから。噂の勢いさえ弱まれば信頼を取り戻すのは難しくないはずよ」

京子「それでもダメならば、こちらで大々的に生徒会長の英雄的行動を広めれば良いわ」

明星「…ですが、そこまでする必要があるのですか?」

明星「生徒会長に護って貰えるとは言え、矢面に立たされるのは京子さんです」

明星「特に…京子さんは生徒会長と違って、その実態がまだまだ多くの人にとっては謎のままですから」

明星「下手にそのような噂を流してしまったら、本当に信じこまれてもおかしくはありません」

明星「少なくとも京子さんを見る目が今までとはまったく異なるものになるのは確実でしょう」

京子「それでも…私はやっぱり今のまま生徒会長の噂を放置していたらいけないと思うの」

京子「あのままじゃ生徒会長が無闇に傷つくだけよ」

明星「…それは自業自得でしょう?」

京子「…け、結構厳しいのね」

明星「当然です。生徒会長が関与していたかどうかはさておき、彼女の所為で京子さんが怪我をしたのは事実なんですから」

明星「噂は信じていませんし、別に恨んでなどはいませんが、京子さんがそこまでする義理はないと思います」

京子「明星ちゃん…」

彼女がそうやって突き放すように言うのは本当に珍しい。
拗ねたりしたところは見た事がある、こうして怒りを顕にした事は見たことないと言っても良いくらいだ。
それはきっと彼女が優しいから…というだけではなく、俺の事を本当に仲間だとそう思ってくれているからなのだろう。
さっき、俺を仲間だと思ってくれていると言った言葉は嘘でも何でもなく、心からのものだったのだ。


明星「…京子さんはもう十分傷つきました。いえ、傷ついただけじゃなく…精一杯、庇おうとしていたじゃないですか」

明星「それに気付かなかった生徒会長が悪いというだけで、京子さんは何も悪くありません」

明星「何より幾ら生徒会長がエルダーになれなかったところで京子さんには何の不利益も生じませんよ」

明星「確かに今の情勢で生徒会長がエルダーになるだけの票を集めるのはまず無理でしょう」

明星「…ですが、だからと言って、京子さんが75%の票が入るとは思えません」

明星「そもそもエルダーになりたくないだけならば生徒会長を信認して棄権すれば良いだけです」

京子「…その通りね」

俺を説得するための言葉には反論する余地もない。
実際、このまま放置していたところで俺がエルダーになる確率は低いだろう。
明星ちゃんもさっき言っていた通り、俺は永水女子にとってまだまだ謎の多い転校生なのだ。
噂の影響もあって俺の支持はじわじわ増えてきているが、投票日までに75%もの票を集める事は出来ないだろう。
例え、そうであっても、最悪、俺が生徒会長の信認をすれば、少なくとも俺に火の粉は飛んでこないはずだ。


明星「だったら…」

京子「でも…私は聞いてしまったのよ」

明星「何をですか?」

京子「生徒会長がどれだけエルダーに思い入れを持っているか、その為にどれだけ努力してきたかを…ね」

明星「まさか京子さんに信認して欲しいって迫ったんですか…?」

京子「いえ、そんな事はないわ。そもそも生徒会長は私に信認して棄権するつもりだったから」

明星「棄権…?」

京子「えぇ。友人の気持ちに気づけなかった自分には最高の淑女たるエルダーの資格はないって言ってたわ」

明星「…それだったら信認するのは私でも良いんじゃないでしょうか?」

明星「そもそも京子さんががエルダーになりたがっていないのは生徒会長も知っている事です。それなのに京子さんに頼む辺り、信用出来ません」

明星「さらに言えば、わざわざ信認したいと許可をとりに行くのもおかしな話です」

彼女の言葉も尤もだろう。
自分が棄権するだけならば、勝手に信認すれば良いし、許可をとるにも明星ちゃんの方に行くのが確実だ。
少なくとも俺がエルダーになりたがっていない事は転校二日目の邂逅の時点で生徒会長自身も知っている事なのだから。
それなのにわざわざ俺の方に来たという事は、棄権を止めてもらいたがっている、或いは信認を求めている…と邪推するのも何らおかしな事ではないだろう。


京子「生徒会長にとってエルダーになる事に価値があったんじゃないの」

京子「エルダーに選ばれるほどの淑女になる事に価値があったのよ」

京子「そんな生徒会長にとって自分以外の誰かがエルダーになるにせよ、自分の認めた相手じゃないと嫌だったんでしょうね」

京子「勿論、明星ちゃんを認めていないとか、私が明星ちゃんよりも上とかそういうんじゃなくって…」

明星「ライバルと認めた京子さんだから引く事が出来る…ですか?」

京子「…しっかりと聞いた訳ではないけれどそうだと思うわ」

明星「…それで京子さんはなんて返したんです?」

京子「私にそんな価値はない、諦めるにはまだ早いと説得したわ」

京子「最後には分かってくれて、一応、棄権の話はなしになったけれど…」

明星「それで終わりじゃダメなんですか?」

京子「…えぇ。私は出来れば彼女に皆から認められるようなエルダーになって欲しいから」

明星「つまり情にほだされたと?」

京子「否定はしないわ。いえ…きっと事実なんでしょうね」

そもそも俺がそうまでしてあげたいと思ったのは間違いなく同情なのだ。
それらしい理由を並べる事は簡単だが、明星ちゃんはきっと騙されてはくれないだろう。
なら、素直に同情だと認めたほうが、話も早い。
何より、俺がそうしたいと思った『理由』は同情であるけれど、『原因』はまた別なのだ。


京子「ただ……責任を感じている…って事も無関係じゃないわ」

明星「…責任ですか?」

京子「えぇ。だって…私がいなかったらこんな事にはなっていないから」

明星「そんなことありませんよ。だって、京子さんは完全に被害者じゃないですか」

明星「怪我させられてもまだ生徒会長の事を庇おうとしただけで十分過ぎるくらいです」

京子「でも…少なくとも…私がいなかったら彼女はきっと今年のエルダーだったでしょう?」

明星「それは…」

全ては俺が…いや、【須賀京子】が永水女子に来てしまったのが原因なのだ。
偽りの経歴に、偽りの性格、偽りの言葉に、偽りの容姿。
そんな偽りだらけの偽物がいなければ、エルダーという最高の栄誉は彼女が手に入れていたはずだろう。
そうなる為に努力を続けてきた生徒会長は…間違いなく今年、報われるはずだったのである。

京子「なのに、私という存在が彼女からその栄光を奪いかけている…」

明星「…だからそれを正すとでも言うつもりですか?」

京子「そこまで大層な事は考えてはいないわ。でも…何もしない訳にはいかないでしょう?」

明星「…その為に自分を大事に思っている人たちを傷つけても…ですか」

京子「それは…」

明星ちゃんのその指摘に俺は返す言葉を持たなかった。
俺の評判を意図的に下げるという事は、小蒔さん達にも決して無関係という訳ではないのだ。
流石に累が及ぶような事はないと思うが、窮屈な思いを強いる事になるだろう。
いや、心優しい皆の事だから、噂に対して心を痛めてもおかしくはない。
そんな事は分かっていたつもりではあったが…改めて突きつけられるとやはり即答は出来なかった。


明星「…私は生徒会長よりも京子さんのそのやり方が気に入りません」

明星「自分のやりたい事ばかりを優先して周りの事を顧みてはいないじゃないですか」

明星「生徒会長をエルダーにする為に、と下級生を脅した先輩たちと一体、何が違うのですか?」

そう俺を問い詰める明星ちゃんの目は睨めつけるような強いものになっていた。
さっき生徒会長に対して見せていたものよりも数段強いそれに俺の心は怯みそうになる。
霞さん関係で明星ちゃんに問い詰められる事はこれまでも何度かあったが、ここまで怒った明星ちゃんを見た事はない。
だが、明星ちゃんがそれほどまでに怒るのも当然の事だろう。

明星「どうなんです?」

京子「……違わない…でしょうね」

何せ、彼女の言っている事は何一つ間違いではないのだから。
勿論、傷つける方向性は違うが、それでもその行為によって自分の周りの大事な人を巻き込むのは同じだ。
何より、あの上級生達と同じく、俺のやろうとしている事は間違いなく大きなお世話なのだから。
恐らく生徒会長がこの事を知れば、俺を叱る事だろう。

明星「それでも自分の我儘を押し通すのですか?」

明星「京子さんを大事に思っている姫様や湧ちゃんがそれにどれだけ悲しむか分かっていても、やって欲しいと、そう言うんですね?」

京子「…そう…よ」

それでも…俺はもう引けない。
この言葉で明星ちゃんに嫌われるのではないかという恐怖は俺にもある。
だけど、それでも…今、俺の存在そのものが一人の少女の歯車を狂わせているのだ。
それだけならまだしも、俺は一度は挫け、弱音を吐いた彼女を叱咤し、励ました責任がある。
明星ちゃんに嫌われるのは恐ろしいが…だからと言って、生徒会長を針山に招いておいてそのまま知らない振りなんて出来ない。


明星「…分かりました」

明星「京子さんは思った以上にエゴイストで残酷な人だったんですね」

明星「…正直、失望しました」

京子「~っ…!」ビクッ

明星「だから…私は喜んでその任を請け負いますよ」

京子「…え?」

その言葉に失望なんて色はまったくなかった。
いや、それどころかさっきまでの睨めつけるような視線の強ささえ今の彼女には見当たらない。
怒気もさっと霧散し、今はもういつも通りと言っても良い姿になっている。
まるでさっきまでの様子が幻であったかのような変貌っぷりに俺は情けない声を返してしまう。

明星「…そもそもこんな事が出来るの私くらいしかいませんしね」フゥ

明星「姫様と湧ちゃんは論外。春さんは説得すればやってくれるかもしれませんが、京子さんと交友関係が完全に被っています」

明星「春さんが噂を流したところで出処がすぐにバレてしまうどころか、下手をすればこちらの目論見まで広がってしまう可能性がありますしね」

明星「それでは計画はご破産。それどころか、京子さんをエルダーに、という動きがさらに活発化するでしょう」

明星「その点、私は京子さんをよく知る人物でもあると同時に対立候補でもありますから」

明星「私の周辺から出た噂の方が真実味も増す…そう考えて京子さんも私に相談したんですよね?」

京子「…えぇ」

まぁ、より正確に言えば、それを考えたのは霞さんな訳なのだけれども。
計画の主な概要も、噂を流す相手も、全て昨日、霞さんから提案された事だ。
しかし、だからと言って、ここで霞さんの名前を出す訳にはいかない。
別に口止めされている訳ではないが、ここで霞さんの名前を出して姉妹仲がギクシャクするのは俺にとっても不本意な結果だ。
霞さんだって別に好きで妹の事を巻き込もうとしている訳じゃなく、俺の頼みに応えてアイデアを一つくれただけなのだから。


京子「嫌な役を押し付ける形になってごめんなさい…」

明星「まったくです。正直、辞退したいくらいですよ」

京子「う…」

明星「でも、それをすると京子さんが困るんですよね?」

京子「…そうね。困ってしまうわ」

明星「だったら…京子さんの為に一肌脱ぐ事にします」

明星「本当は生徒会長の為に何かするのは嫌ですけど…でも、京子さんの頼みですから」

京子「明星ちゃん…怒ってないの?」

明星「怒ってますよ。すっごい怒っています」ムスー

京子「ご、ごめんなさい…」

普通に見えたけれど、やっぱりまだ明星ちゃんは怒っているらしい。
その声にさっきほどの怒気はないが、それでも軽く頬を膨らませるその顔に嘘はない。
でも、ちょっぴり子どもっぽいその仕草が可愛い、と言ったら、きっと明星ちゃんは余計に怒るだろう。
冗談めかしてはいるけれども、彼女が怒っているのは間違いないのだから。

明星「まったく…京子さんってばお人好しが過ぎますよ」

京子「お人好しと言えるのかしら…これは我儘だと思うのだけれども」

京子「実際、明星ちゃんに言われた通り、小蒔ちゃん達を悲しませる結果になると思うし…」

明星「…それでも私にやってほしいと思うのは生徒会長の為なんでしょう?」

京子「…えぇ」

明星「なら、それは100%エゴや我儘だけではないと思いますよ。勿論、それもあるでしょうけど」

呆れるように言いながら明星ちゃんは小さくため息を吐いた。
それが一体、どういう感情から放たれたものなのかは俺には分からない。
だが、俺をフォローしようとしてくれている彼女の言葉には確かな優しさがあった。
呆れられているのは確かで、怒っているのも事実だろうが、どうやら嫌われた訳ではないらしい。


明星「ただし、皆に対するフォローまではしませんからね?」

明星「思う存分、怒られて、叱られて、責められてください」

京子「…やっぱりそうなるかしら…?」

明星「当然です。私も逆の立場なら怒りますから」

明星「私にそういう隠し事をしていた場合、張り手の一つくらいは覚悟してくださいね?」

明星「尤も…今の京子さんに待っているのは張り手よりも辛い罰でしょうけれども」クスッ

京子「うぅ…」

まぁ、張り手くらいなら幾らでも受けるけれどさ。
ただ、それだけじゃ済まないのが今からでも目に見えているんだよな…。
間違いなく小蒔ちゃんには泣かれるし、湧ちゃんも下手をすれば泣くかもしれない。
春は…ちょっとどんな反応をするか分からないけど、きっと怒らせるだろう。
自業自得ではあるし、仕方ないと覚悟しているとは言え、そんな三人の姿を考えるだけでやっぱり憂鬱になってくる。

明星「あ、それと…一つ聞きたいんですけど…」

京子「何かしら?」

明星「生徒会長をエルダーにしたいっていうのは本当に同情だけですか?」

京子「そんな事ないわ。人として尊敬に値する人だと思っているし、この学校で一番エルダーに相応しいのは生徒会長だって思ってるもの」

明星「…それだけですよね?」

京子「えぇ。そうだけど…」

他に何かあるのだろうか?
いや、勿論、それは本人である俺だから言えるセリフだと分かってはいるのだけれども。
だが、わざわざこうして生徒会長をエルダーにしたがる理由を聞くっていうのは俺の中の明星ちゃんのイメージとは一致しない。
元々、明星ちゃんはあんまり俺に対して踏み込んでこない子だからなぁ。
そんな子に念押しのように聞かれると何かやらかしたのかと不安になってしまう。


明星「…それなら良いんです」

京子「何か気になることでも?」

明星「いえ…随分と生徒会長にご執心みたいですから。その…そういう意味で好意を持っているのかと思いまして」

京子「そういう意味?」キョトン

明星「も、もう…な、なんで分かってくれないんですか…」カァ

…なんで明星ちゃんは照れているんだろう?
勿論、好意と一口に言っても、それが友人としてなのか、家族としてなのか、色々ある。
だけど、口に出すだけで照れるような好意なんて…………あ。

京子「ちょ、ちょっと待って。私、生徒会長を出会ってまだ一ヶ月も経ってないのよ?」

明星「でも、出会ってからの時間は恋に関係ないと言いますし…」

明星「大事なのは出会ってからその人とどれだけ有意義な時間を過ごせたかだと霞お姉さまもおっしゃっていました」

京子「…ちなみに霞さんに恋愛経験とかあるのかしら?」

明星「あったら私が全力で相手を排除してます」ニッコリ

ですよねー。
霞お姉さま大好きな明星ちゃんがそういうのを見過ごすはずがない。
どんな手を使ってでも二人の仲を引き裂こうとしていただろう。
つまりはまぁ、霞さんには恋愛経験なんてまったくないって事なんだけど。
それなのにすっごくそれっぽく聞こえるセリフを言っているという事は何かの受け売りなのか。
…思った以上に霞さんってば耳年増な人なのかもしれない。


明星「しかし、霞おねえさまの言葉は世の真理であるという大前提を抜いても」

京子「大前提なの…?」

明星「大前提なのです」

大前提らしい。

明星「で…まぁ、迷子になったところを助けられただけで相手の事を王子様だとか運命の相手だと思う人もいますから」

京子「それはそれでチョロ過ぎて大丈夫なのか心配になるレベルなんだけれど」

明星「大丈夫じゃないんですか?実際、運命だと言っても過言ではなかったみたいですし」

京子「え?」

明星「ふふ、何でもないですよ」

そこでニコニコと笑う明星ちゃんから察するにその子は案外、俺の近くにいるのかもしれない。
…いや、若干の邪推になるが、これは明星ちゃん自身の話なのかもな。
霞さんは確かに素晴らしい人ではあるけれど、明星ちゃんみたいに崇拝に近い感情を抱いている人は少ない。
彼女の完璧な外面だけを見ているならまだしも、彼女は身内で、意外とおっちょこちょいでもある霞さんの姿も知っているんだから。
それでもこうやって明星ちゃんが霞さんに尊敬以上の感情を寄せているのは何かしらのイベントがあったと見るのが当然だろう。

京子「でも、心配されるような事はないわよ。私はそこまでチョロくないから」

確かに生徒会長はかなりの美人さんだ。
常に自信に満ち溢れ、やることなすこと格好良い。
それでいて意外と弱いところもあって庇護欲をくすぐる事もある。
おっぱいはちょっと物哀しい事になっているが、それを差し引いても魅力的な人である事に間違いはない。
だが、それでも俺の心の中の一番は未だ長野の幼馴染にあるのだ。
他に目を奪われる事はあったとしても、心までは容易く奪われたりしない。


京子「と言うか、そういう意味で私が惚れるなら霞さんとか…」

明星「は?」ゴゴゴ

京子「イエ、ゴメンナサイ。ナンデモナイデス」

やべー。
今、怖かった。
超怖かった。
それ以上言ったら殺すって感じの目だった!!
本気と書いてマジと読むレベルで殺気に満ち溢れてたぞ!!

明星「まぁ…確かに京子さんって自分の感情にも鈍感で中々気づかなさそうですしね」

京子「う…」

明星「あ、もしかして当たってますか?」

京子「…………割りと図星かしら?」

明星「やっぱり…」フフッ

京子「……そんなに私って鈍感そうに見える?」

明星「えぇ。現在進行形で」クスッ

京子「そ、そんなに…?」

明星「はい。あれだけ分かりやすいアプローチしてるんだからもうちょっと考えてあげれば良いのに。と思った事は幾度となくあります」

京子「…ごめんなさい」

明星ちゃんが言ってくれているのは恐らく霞さんの事なのだろう。
霞さんは何度も俺に対して欲しい物や必要な物を聞こうとしてくれていたんだから。
それに応えられるようになったのはごくごく最近で…明星ちゃんにも色々と歯がゆい思いをさせていたのだろう。
明星ちゃんはいき過ぎなくらいに姉思いな子だからなー。


明星「まぁ、そういう色恋沙汰を起こすならお屋敷にいる誰かにしてくださいね。その方が面倒が少なくて済みますから」

明星「あ、でも、霞お姉さまだけはダメですよ。許しません。絶対に許しませんから」ゴゴゴ

京子「そ、それは分かってるわよ…」

流石にここで霞さんの名前をあげるほど俺も命知らずじゃない。
幾ら明星ちゃんに鈍感呼ばわりされた俺だってそれくらいの心の機微を察する事くらい出来る。
まぁ、実際、俺がそういう惚れた腫れたの関係になるとしたらきっとお屋敷の誰かなんだろうな。
俺の事情を知らない相手には【須賀京子】として接するしかない以上、そういう感情を抱く余地がないんだから。

京子「…あ、でも、明星ちゃんなら良いの?」

明星「え?」

京子「だって、霞さんはダメって事は他の皆…つまり小蒔さんや明星ちゃんならオッケーって事よね?」

明星「そ、それは…」カァ

明星「…ま、まぁ…絶対にダメだ…なんて言わないですけど…」

京子「あら、意外と明星ちゃんも乗り気なのかしら?」

明星「の、乗り気じゃないです!全然、乗り気じゃないですよ!」

京子「えぇー私はこんなにも明星ちゃんの事が好きなのに…」

明星「す、好きって…も、もう…京子さんの馬鹿…」

京子「ふふ」

はは、ちょっとからかいすぎたかな。
でも、はっきり自分はダメと言わない辺り、明星ちゃんも思った以上に俺の事を信頼してくれているのかもしれない。
霞さんの言っていた通り、俺に対しても意外と心を開いてくれているんだな。
調子に乗りすぎるのはダメだけど、ちょっと嬉しい。


京子「ごめんなさいね。明星ちゃんがあんまりにも可愛くて」

明星「…湧ちゃんじゃないんだからそれで騙されたりしませんよ?」

京子「じゃあ、どうしたら許してくれるかしら?」

明星「…じゃあ、タコス…」チラッ

京子「え?」

明星「タコス、作ってください。ありあわせのもので良いですから」

京子「…それだけで良いの?」

明星「別に本気で怒ってる訳じゃないですから。これくらいが妥当です」プイッ

明星「それに京子さんのタコスは本当に美味しかったですし…」

そう言って軽く俺から目を逸らす明星ちゃんの頬は若干、赤みがかっていた。
女の子として食べ物を作って欲しいと男に頼むのは意外と恥ずかしい事だったのかもしれない。
それでもこうしてお願いするって事は、本当に俺のタコスが気に入ってくれたんだろう。
これは気合入れてお詫びの品を作らないとな。

京子「ふふ、ありがとうね」

明星「……他は皆には遠く及びませんけど」

京子「うっ…そ、それは…」

と言うか、お屋敷の皆の料理が上手過ぎると思うんだよ。
常に花嫁修行中な所為か、一見料理出来なさそうな初美さんですらかなりの腕前だ。
料理当番なんかは毎日、変わっているとは言え、美味しくないと思うような品に当たった事はない。
お陰で意識してセーブしなければ、毎日、食べ過ぎてしまいそうなくらいだ。


京子「確かに最近、フェンシングとかにかまけて花嫁修業はサボりがちだしね…」

明星「その上、毎日の予習復習、舞の練習に麻雀までやっているんですから仕方ないですよ」

京子「と言っても…時間がない訳じゃないのよね」

京子「だから、それを出来ないって言うのは甘えなんでしょうけど…」

そもそも本物のタコスを作るという約束だっていまだ果たせていない。
決して忘れている訳ではないのだけれど、中々、時間がなぁ。
この辺りにはトルティーヤを作る為に必要なトウモロコシ粉とかないし、材料を揃えるのにも結構な手間が掛かる。
通販を使えばトウモロコシ粉なんかもすぐ手に入るんだが、まず近くにネカフェがないからそれを探すところから始めないといけないしな。

明星「ダメですよ」

京子「え?」

明星「コレ以上、何か予定を詰め込むのはダメです」

京子「…でも…」

明星「コレ以上は壊れちゃいますから。絶対に許しません」

京子「明星ちゃん…」

許さない、と俺に伝える彼女の目には強い意思があった。
何を言っても譲らないであろう不動の意思は俺に反論する余地を与えない。
最近は少しずつこの生活にも慣れてきたし、もう少し効率化出来るように頑張れば料理の練習くらいは入ると思うのだけれども…。
それを今の明星ちゃんに言っても、受け入れてもらえるどころか、心配させるだけだろう。


明星「大体、京子さんは色々と抱え込みすぎなんですよ」

明星「平日の予定とかもう一杯一杯で、お屋敷に帰ったら顔を合わせる事自体が稀じゃないですか」

京子「そ、それはお屋敷が広いから…」

明星「勿論、広いのはありますけど、大抵、京子さんが何かしらやっているっていうのも無関係じゃないですよ」

明星「夕飯が終わったら、ゆっくりする暇もなくすぐに別の所に言って作業を始めるじゃないですか」

京子「ぅ…」

明星「最近は姫様が側にいるから無茶は出来ないと思いますけど…皆、心配しているんですからね」

京子「…ごめんなさい」

明星「謝るのであれば少しは改善してください。後、お屋敷の皆ともうちょっと話す時間を取ってください」

明星「…皆、口には出さないですけど寂しがってますから」

京子「……うん」

こうして明星ちゃんに忠告される内が華なのだろう。
だけど、皆と話す時間をとる…と言っても、一体、どうしたら良いんだろうか。
一番、簡単なのは日々の反復練習を減らす事なんだが…それは出来ればしたくはない。
俺がそうやって予定を詰め込んでいるのはそれが必要に思えたからだしな。
何より、勉強も舞もフェンシングも…ようやく自分で上達めいたものを感じられるレベルになってきている。
それなのに、この中途半端な所で止めると言うのは精神的にもあんまり良くはない。
まぁ、麻雀だけは相変わらず上達の気配がないけれども、それは別に今に始まった事じゃないしな。

明星「…まぁ、京子さんが頑固者なのは分かっていますから…一つ、お願いがあります」

京子「お願い?」

明星「えぇ。今週から始まるGWは皆と遊んであげてください」

京子「私は良いけど…でも時間がないんじゃないかしら?」

京子「確かほぼ全日、合宿で詰めるんでしょう?」

明星「えぇ」

GWはインターハイの勝敗を決める大事な時期だ。
家の都合であまり霧島から離れられない永水女子麻雀部の皆にとっては、他校との練習試合は今くらいしか出来ない。
団体戦に向けてのオーダーの調整、或いは普段打っていない相手との麻雀に慣れたりとやるべき事は山ほどある。
さらには一ヶ月後のインターハイ予選までに俺を戦力として数えられるレベルにしなければいけないのだ。
そんな風に遊んでいる暇なんて果たしてあるのだろうか。


明星「対戦校の皆さんが泊まる為の合宿場は既に取っていますし、今から予定の変更は効かないでしょうね」

京子「だったら…」

明星「でも、連休中がそればっかりになるって事はないでしょう。少なくとも平日よりは余裕があるはずですよ」

流石の俺も朝から晩まで学校で麻雀打って、その後、さらにお屋敷に帰って麻雀の練習する気にはなれない。
連休故に学校もないし、宿題も出ないって話だから、予習復習も最低限のもので大丈夫だしな。
舞やフェンシングの練習はしたいが、それだってやったら倒れこむほどハードなもんじゃない。
平日に比べれば体力は有り余っていると言っても良いくらいだろう。

明星「最悪、家に帰る時間が惜しければ、合宿場に泊まりこみでも良い訳ですから」

京子「それって大丈夫なの?」

明星「確か合宿場はまだまだ空いてたはずですし、ちゃんと許可をとれば問題ないはずですよ」

明星「寧ろ、姫様や湧ちゃんは遠足気分で大はしゃぎすると思います」

京子「ふふ…そうね。その様子が目に浮かびそう」

未だに遠足の前日は興奮で眠れなくなっていても不思議じゃない二人だしな。
お屋敷とは違う場所でのお泊りはきっと二人にとってとても素敵なイベントに映る事だろう。
折角のGWも巫女としての仕事や合宿漬けで殆ど霧島から離れられない事を考えれば、寧ろそっちの方が良いのかもしれない。


明星「ですから、細かい事は気にしないで、皆の事をもっと構ってあげてください」

明星「折角の連休なんですから遊べる時には遊んでしまいましょう」

京子「良いのかしら…?私、まだまだ麻雀でも、他の事でも足手まといで…」

明星「大丈夫ですよ。京子さんは一人ではありませんから」

明星「霞お姉さまも、姫様も、湧ちゃんも、春さんも、巴さんも、初美さんも……私もいます」

明星「京子さんばかりに負担を負わせたりしませんよ」

京子「明星ちゃん…」

明星「それに…あんまり姫様を無視して頑張っていると姫様、泣いちゃいますよ?」クスッ

京子「う…それは…」

確かに…ここ最近の彼女はずっと俺の後ろをついて回ってる訳だしな。
ちょっと手隙の時間が出来たら、俺が無茶していないか見に来てくれるくらいである。
そんな彼女の前を無視して一人で練習や勉強しっぱなし…となると幾ら小蒔さんでも寂しくなるだろう。
別に邪魔をされているというほどではないのだけれど、俺の精神の安定的にもあまり放置出来ないのは確かだ。

明星「それでもダメだと言うのなら、私はさっきの借りを使いますよ」

京子「さっきの…ってもしかして…」

明星「えぇ。噂の件で、京子さんは私一つ大きな借りがありますよね?」

明星「それをチラつかされたら、京子さんは逆らえないはずですよ」

京子「むむむ」

明星「何がむむむですか」

しかし、むむむとしか言えないんだよな。
彼女の言う通り、俺は明星ちゃんに対して、どでかい借りがある訳で。
それを精算しろと迫られたら、俺の立場的にはその要求を飲む他ない。
合宿中は余った時間で色々と練習やらしたかったけど…仕方ないか。


京子「…明星ちゃんの卑怯者…」

明星「ふふ、交渉などと言うのは最終的に自分の要求をより多く通した方の勝ちですよ」

明星「最低限の常識やルールに則った上での卑怯呼ばわりは寧ろ、褒め言葉です」

明星「それに元はと言えば、私にあんな事をお願いして大きな借りを作った京子さんの方が悪いんですよ」

明星「私だって無い袖は触れませんから。借りがなければ、こんなやり方出来ません」

京子「…それを言われると何も言えないわね…」

それに明星ちゃんは俺に対して決して無茶なお願いをしているという訳ではないのだ。
寧ろ、俺が掛ける迷惑に比べれば、ずっと良心的な要求だと言っても良いだろう。
何より、明星ちゃんにとってその要求は殆どメリットはなく、俺や皆の為を思って提案してくれている。
そんな彼女の優しさを蹴って、自分のやりたい事を押し通すほど俺も頑固者じゃない。

京子「…でも、本当に良いの?」

京子「私が言うのも変だけど…とても大きな借りなのよ」

京子「正直、大抵の要求に対して文句を言えないくらいのものだと思うんだけど…」

京子「さっきのそれとは別に、もうちょっと色々、要求しても良いのよ?」

明星「んー…そうは言われましても…京子さんは日頃、頑張っているのは分かりますし」

明星「個人的にはさっきのタコスで纏めて手打ちで良いくらいのつもりでしたよ」

京子「それはそれでこっちの気が済まないかしら…」

明星「うーん…あ、じゃあ、私、京子さんが今、履いている下着が気になります」ポン

京子「…あ、明星ちゃんっ!?」

明星「ふふ、冗談ですよ、冗談」ビックリ

び、びっくりした。
いきなり下着が気になるとか言われたから明星ちゃんがパンツハンターとして覚醒したのかと思ったぜ…。
姉が絡まない時の明星ちゃんはお屋敷の中でも1、2を争うレベルの常識人だと分かっているんだけども…。
ただ、あの壁一面に貼られた霞さんのポスターや無数のDVDを見てたら…一瞬、信じこみそうになってしまったというか。
俺のはともかく霞さんの下着の一枚や二枚くらい持っててもおかしくないような気がする。


明星「まぁ、種明かしすると…私にさっきのお話をしたのは京子さんだけじゃないんです」

京子「…え?」

明星「実は昨日の夜、こういう話をされるかもしれないと前もって霞お姉さまから聞いていたんですよ」

京子「…霞さんが…?」

明星「はい。そして、プレッシャーを掛けて、もし少しでも迷う気配があったら断りなさい」

明星「怯まずに私の目に適う覚悟を示したら協力してあげて欲しい…と。そう根回しされていました」

言われてみれば、最初から明星ちゃんは冷静過ぎだったような気がしなくもない。
最初から最後までまったく驚く気配のなかったその様子を俺は彼女の冷静さが故だと思っていた。
だが、実際は、最初から霞さんに大体の話を聞いていたからなのだろう。
それを見抜けなかった辺り、情けないを通り越して間抜けではあるが、霞さんの根回しは正直、有り難い。

明星「ですから、京子さんもあまり気にしないでください」

明星「大体の話も分かっていたのに、試すような真似をした私にはそういう気遣いは不要です」

明星「私としては今回の件で京子さんが皆とより仲良くなっていただければ、それだけで十分ですよ」

京子「…分かったわ」

そもそも、そうやって試さなければいけないような事をしでかそうとした俺が悪いのだ。
巻き込んだのは俺で、巻き込まれたのは明星ちゃんなのだから。
事前に話が分かっていたとしても、その根本的事実が変わる訳ではない。
しかし、明星ちゃんがそれで良いと言ってくれているのだから、ここは自分に対する責任を追求する場面ではない。
明星ちゃんの希望を出来るだけ叶える為に、頭を捻るべきなのだ。


明星「では、そろそろ戻りましょうか」

明星「あんまりここでのんびりしていると食べる時間もなくなりますし」

京子「…あ、もうそんな時間?」

明星「えぇ。実は結構、話し込んでいますよ」

京子「…あら、本当…」

明星ちゃんの言葉に時計を見れば、もうお昼休みの大半を消化していた。
流石に今すぐチャイムが鳴る、というほどではないが、油断をしていると予鈴が聞こえてきそうではある。
話し込んでいた所為で殆ど食事は進んでいないし…早く食べないと。
このまま午後の授業を迎えたら、空腹に悩まされる事になってしまう。

京子「ごめんなさいね、結構な時間、拘束してしまって」

明星「良いんですよ。私は楽しかったですし…何より嬉しかったですから」

京子「え?」

明星「最近、京子さんも忙しくて二人きりでゆっくりお話とか出来なかったじゃないですか」

明星「だから…私、ちょっぴり寂しくて…」

京子「明星ちゃん…」

そうだよな。
俺が【須賀京子】になってから、明星ちゃんの部屋に行く事は殆どなくなっていたんだ。
別に気まずかったり、疎遠になったりしていた訳じゃないが、理由もなしに女の子の部屋に行くのもどうかと思って足が遠のいていたのである。
彼女も学校が始まって忙しくしている俺に対して気を遣ってくれていたのか、『霞お姉さま鑑賞会』には誘わなくなっていたし。
こうして少しずつ親しくはなれているけれども、二人っきりで話す機会というのは学校始まってからなかったんじゃないだろうか。
それを寂しいと思ってくれているって事は明星ちゃん…もしかして… ――


明星「だって、こうしている間にも霞お姉さまのメモリーは沢山増えているんですよ!」

京子「…え?」

明星「それを語れるのなんて京子さんしかいないじゃないですか!」

明星「あーもう…語りたい。昨夜の霞お姉さまのアンニュイな表情を始め、色んな霞お姉さまを思いっきり語りたいです!!」ググッ

京子「あ、あはは…」

…うん、明星ちゃんってば、こういう子だよな。
寧ろ、これで俺の事が好きだから、ってなったら明星ちゃんの体調不良を真剣に疑うレベルだ。
霞さんが第一であり、最優先事項って言うのが明星ちゃんの芯なのは今までの付き合いで十分過ぎるくらい分かっている訳だし。
若干、寂しいのは否定出来ないけど、でも、何時もの明星ちゃんらしくて安心したのは事実だ。

京子「じゃあ、今日、帰ったらお付き合いしましょうか?」

明星「え?良いんですか!?」

京子「勿論。私としても明星ちゃんと久しぶりにお話したいし」

明星「やった!京子さん大好きですっ!」ダキッ

京子「え?」

明星「…あ」カァァ

皆との時間を作れ、とさっき明星ちゃん本人に言われたし、久しぶりに鑑賞会にも付き合ってあげても良いのかもしれない。
そう思った俺の腕に勢い良く抱きついた明星ちゃんは数秒後、顔を真っ赤に染め上げた。
恐らくやらかしてしまってから自分が今、何を口走り、何をやったのかを理解したのだろう。
異性相手に大好き、と平気で言ってしまうような子 ―― 主に春とか小蒔さんとか湧ちゃんとか ―― もいるが明星ちゃんはそういうタイプじゃない。
彼女の中で異性相手に向ける好き、というのは大きな意味と、そして恥じらいがあるのだ。
そんなものを口走ってしまうくらいに喜んでくれたというのは嬉しいのだけれど…でも、彼女はそれで済まないのだろう。


明星「い、いいいいいや、あの違いますよ!そ、そういうじゃないですから!全然、違いますから!!

京子「あ、うん。大丈夫よ。分かってるから」

明星「い、いいえ!分かってません!あ、アレは言葉の綾なんです!ほ、本当に他意はないんですからね!!」

京子「えぇ。理解してるわ」

明星「ほ、本当に分かってくれていますか!?嘘じゃありません!?」

京子「勿論よ」

寧ろ、そこまで念押しされると逆に誤解したくなるくらいなんだけどな。
ただ、今の状態でそんな事言ったら余計に明星ちゃんがパニックになるだけだろう。
ここは素直に頷いて、彼女が落ち着くのを待つのが一番だ。

明星「うぅ…私ったらなんてはしたない…」カァ

京子「ふふ、まぁ良いんじゃないかしら。同性で言う分にはそれほど気にしすぎる必要はないでしょう?」

京子「少なくとも私はあんな風に言われて嬉しかったわ」

明星「でも…あんな…霞お姉さまの妹としてあまりにもあるまじき姿でした…」シュン

そう落ち込むのは彼女なりに【石戸霞の妹】としての理想像があるからなのだろう。
恐らくは生徒会長と同じく、明星ちゃんもまた自分なりに熱意を持って、ずっとそれを目指してきたのだ。
だからこそ、彼女は今、それから外れてしまった事に落ち込み、気落ちしている。
それは生徒会長のものよりも顕著なものではないが、それでも彼女がさっきまでと大きくその様子を変えているのは事実だ。、


京子「…別に四六時中、霞さんの妹でいる必要はないでしょう?」

明星「…え?」

京子「明星ちゃんは勿論、霞さんの妹よ。それは決して揺るぎない事実だわ」

京子「でも、明星ちゃんはそれだけで出来ている人間じゃないでしょう?」

何時もの俺ならばきっとそんな彼女に踏み込む事は出来なかっただろう。
適当にそんな事はない、と言って当り障りのない励ましの言葉を掛けていたはずだ。
でも…昨夜、霞さんに言われた言葉がまだ記憶の中でも新しいからだろうか。
ついつい説教臭い言葉を彼女へと向けてしまう。

京子「湧ちゃんにとっては親友で、小蒔ちゃんにとっては大事な家族で、他の皆にとっても大事な友人で」

京子「私にとっては…同志よ」

明星「同志…?」

京子「小蒔ちゃんを慕う仲間という意味でも…噂の件に関してもね」

京子「尤も、後者の方は共犯者と言った方が正確かもしれないけれど」

明星「…なんだか、とってもダーティな関係ですね」

京子「それはもう。一蓮托生と言っても良いくらいよ」

俺の軽口に少しは明星ちゃんも気分を晴れさせてくれたのだろう。
ダーティだと呟くその声は微かな笑みを伴ったものだった。
勿論、まだ完全に立ち直った訳ではないのだろうが、俺の言葉は少しずつ彼女の心に届いている。


京子「それにこう言ったら怒るかもしれないけれど…私は何の後ろ盾がない代わり、何の柵もないわ」

京子「正直、石戸家の娘や六女仙なんて言われても、その意味は分かっていても、重さまでは分からないままよ」

京子「だから、私にとって、明星ちゃんは、何処にでもいる可愛らしい女の子でしかないわ」

明星「…何処にでもいる…ですか?」

京子「そうよ。とても仲の良い親友が居て、尊敬出来る姉が居て、一緒に過ごす友人が居て」

京子「笑って、泣いて、恥ずかしがって、拗ねて、怒って、心配してくれて」

京子「そうやって生きている女の子を私は何処にでもいる普通の女の子だと表現すると思うの」

京子「そういう意味で私は霞さんも普通の女の子だと思ってるわ」

明星「…霞お姉さまも?」

京子「勿論、霞さんの凄さは明星ちゃんから聞いて知っているし、自分でも見て理解しているつもりよ」

京子「でも、凄い事と特別である事は決してイコールではないと思うの」

名家の生まれで、おっぱい大きくて、文武両道で、おっぱい大きくて、三年間エルダーに選ばれるくらい人望があって、おっぱい大きくて。
誰もが目を奪われるような綺麗な人で、おっぱい大きくて、巫女としての特別な才能があって、おっぱい大きくて、家事万能で、おっぱい大きくて。
多少、耳年増であったり、思い込みが激しかったりするけれども、そんな所も魅力的に思えるくらいの完璧超人。
大凡、非の打ち所というものは見当たらない一種、女性としての完成形が霞さんだと言っても良いだろう。
でも、それはそうやって列挙してきた要素はあくまでも彼女を構成する一部分でしか無い。
どれだけ霞さんが凄かったとしても、ごく平凡な俺たちと同じように傷つく事もあるし、悲しむ事だってある。
ならば、彼女は決して人としての枠組みを決して外れている訳じゃない…と思うのは傲慢な考えだろうか。


京子「(…でも、咲だってそうだった)」

ネットで言われているあいつはまるで恐怖の化身のようだった。
実際、インターハイであいつが見せた打牌はそう呼ばれるに足る凄まじいものだったと思う。
だが、あいつの身近に居た俺は魔王と呼ばれた雀士がどれだけポンコツで、そして可愛らしい奴だったか知っているのだ。
確かに咲の麻雀は凄いが、だからと言って、俺とはまったく違う世界に生きる相手だと思った事は一度もない。
やっぱりあいつも血の通ったごくごく『普通』の人間で、何処にでもいる普通の ―― そして大事な ―― 女の子なのだ。

京子「勿論、これはあくまでも私から見たものであって、明星ちゃんに押し付けるつもりはないわ」

京子「私が言いたいのは、明星ちゃんに石戸霞の妹や六女仙というイメージは持っていなくて、押し付ける気もないという事」

京子「明星ちゃんがはしたない、あるまじき姿と言ったさっきのそれも、私には新鮮かつ魅力的な姿という映ったという事だけよ」

明星「…京子さん」

京子「だから、私にくらい【石戸霞の妹】じゃない明星ちゃんを見せてくれても良いのよ」

京子「共犯者の見せた何時もと違う姿くらいサービスで飲み込んでしまうわ」

明星「…サービスですか」

京子「えぇ。サービス」クスッ

京子「まぁ、さっきの明星ちゃんは可愛かったから出来れば独り占めしたいという下心もあるのだけれど」

明星「もう…私は身も心も霞お姉さまのものですよ?」

京子「あら、残念」

まぁ、健全な男子高校生としてはエロは大好きではあるがNTRは趣味ではないしな。
エロいし興奮するのも認めるが、二次元でさえ後味の悪さが半端ない。
現実でそんなものが起こると考えただけでも気分が悪くなるくらいだ。
残念だと言ってはいるが、流石に本気で明星ちゃんの事を口説くつもりはない。


明星「…でも、今回はそれに甘える事にします」

京子「今回だけ?」

明星「口説き文句一つで何度も甘えるくらい、私は安い女じゃないですよ?」

京子「やっぱり明星ちゃんは鉄壁なのね」

明星「当然です。私は湧ちゃんや春さんみたいにチョロくありません」キリリッ

明星「ずっとずっと霞お姉さま一筋です」

京子「あらあら、これは惚気けられてしまったのかしら」クスッ

明星「はい。惚気けてしまいました」クスッ

明星「……でも、その…もしも…もしも…ですね」モジ

京子「……え?」

明星「…また私がダメになっちゃう時が…その…もしかしたらあるかもしれないじゃないですか」

明星「その時、霞お姉さまが側に居てくれるとは限らないですし…だから…えっと…その…何というか」

京子「……えぇ」

明星「…もしも…もしも、ですけど…その時が来たらまたサービスお願い…します」カァ

京子「…ふふ」ナデナデ

明星「も、もうっ。なんで撫でるんですか…」

京子「さぁ、どうしてかしら?」

明星「ぅー」

いや、だって仕方ねぇよ。
こんなに可愛い生き物撫でられずにいられるかって。
今まで何度か人がデレる瞬間を見てきて、慣れてきたつもりではあったけど、さっきの破壊力はやばかった。
いつの間にか手が伸びて、明星ちゃんの頭を撫でてから自分のやった事に気づいたくらいなんだから。
多分、さっき俺の腕に抱きついてしまった明星ちゃんとまったく同じ感じだったんじゃないだろうか。


明星「…京子さんってヘタレな癖に結構、意地悪ですよね」

明星「…ついでにタラシで自分勝手でエゴイストです」ムスー

京子「…そういう明星ちゃんは意外とチョロい子よね」

明星「ちょ、チョロくなんてないです!」

明星「さ、さっきのアレはなんにも反応しなかったら京子さんが困るかなって思っただけであって…」

明星「そもそも、アレはもしもの話です!き、京子さんにまた甘えると決まった訳じゃないんですからね!!」カァ

京子「えぇ。分かっているわ」ニッコリ

まぁ、明星ちゃんの言葉は決して完全に嘘という訳じゃないんだろう。
何だかんだ言って優しい明星ちゃんは俺の事を考えてさっきの提案をしてくれたはずだ。
でも、それが全部じゃない、と思うのは彼女の頬の紅潮があんまりにも鮮やかだからだ。
見ているだけで肌の火照りが感じ取れそうな真っ赤なその顔は大抵の事なら受け流す彼女にしては珍しい。
本当にそれだけであるならば、「はいはい、そうですね」と軽く流していたことだろう。

明星「ぅー…こういう時の京子さんって本当、強いですよね…」

京子「私は強くなんかないわよ?明星ちゃんが自分から弱くなっていってるだけじゃないかしら」

明星「ぐぬぬ…!」

京子「ふふ、悔しがらなくても良いと思うわ。そんな明星ちゃんも勿論、可愛くて素敵なんだから」クスッ

明星「……この状況での可愛いってどう考えても褒め言葉じゃないじゃないですか…」フゥ

京子「一応、私は褒めているつもりよ?」

明星「絶対に嘘です…顔がもう笑ってるじゃないですか…」

京子「だって、明星ちゃんが何時もにも増してずっと可愛いから」

明星「もう…また可愛いって…!」

明星「そ、そんな京子さんなんて…こうです…!」ギュッ

京子「わっ…」

いきなり手を握られてしまった。
まさか明星ちゃんからそんなアプローチが来るなんてまったく思ってなかったからちょっとびっくりしたぜ。
…でも、それがどんどん引いていくのは明星ちゃんの顔が相変わらず真っ赤な所為かな。
手も微かに震えているし…やっぱりこうやって俺と手を繋ぐのは恥ずかしいんだろう。


明星「ふ、ふふふ…こ、これで京子さんのペースも崩れるでしょう…!」カァ

京子「…明星ちゃん、顔赤いわよ」

明星「あ、赤くなんかないです。全然。気のせいですから」

京子「でも…」

明星「あーもう!仕方ないじゃないですか!」

明星「湧ちゃんじゃないんです!京子さんを手を繋ぐなんてやった事ないんですからすぐに慣れるはずないでしょう!!」マッカ

京子「抱きついた事はあるのに?」クスッ

明星「あ、アレは不可抗力です…い、いわゆる、事故みたいなものですから」

明星「と、と言うか、あんまり思い出させないで下さいよ、恥ずかしい…」カァァ

京子「ふふ、ごめんなさい」

明星「ぅー…それにしても…」

京子「ん?」

明星「…なんで京子さんは平然としているんですか…?」

京子「うーん…もう慣れちゃったって感じかしら?」

勿論、明星ちゃんと手を繋ぐ事が、ではない。
そもそも俺が明星ちゃんと直接、肌と肌が触れるような接触をした事は殆どないと言っても良いくらいだからな。
ただ、最近は小蒔さんや春、湧ちゃんを筆頭にやけに異性との身体的接触というものが増えてきたのである。
【須賀京太郎】の方ならばともかく【須賀京子】の方で、一々、照れたりしない程度には慣れる事が出来たのだろう。

京子「それに『同性』で手を繋ぐくらいで一々、恥ずかしがるのも変でしょう?」

明星「…京子さんって本当こう…卑怯ですよね」

京子「あら、最低限の常識とルールに則った上での卑怯は褒め言葉なんじゃなかったかしら?」

明星「そ、それを差し引いても卑怯です。ずるいです…」ムゥ

そうは言いながらも明星ちゃんは俺の手を離す事はなかった。
多分、自分から離してしまったら余計に負けた気がするとか、きっとそんな事を考えているんだろうな。
そうやって変に意地を張るから泥沼にハマっていくと言うのに。
まぁ、ここで忠告しても聞き入れないだろうし、何より拗ねる明星ちゃんってホント、可愛いからな。
…思わず、もうちょっと虐めたいとかそんな事を考えてしまうくらいだ。


京子「ふふ、じゃあ、ずるい私はこのまま明星ちゃんと手を繋いだまま皆のところに帰っちゃおうかしら」

明星「ふぇっ」

京子「皆、どういう反応するでしょうね。とっても楽しみ」

明星「うぅぅ…」カァァ

ここでやっぱり離してください、と言えれば、また違ったんだろうけどな。
責任感が強すぎる所為か、或いは【石戸霞の妹】としての自負が強すぎる所為か、下手に撤回なんて出来ないんだろう。
そんな所が俺みたいな奴に付け入る隙に見えるんだけど…まぁ、それは実践で教えてあげれば良いか。
もうちょっとこの状態の明星ちゃんを楽しみたいし(ゲス顔)

京子「じゃ、行きましょうか」ニッコリ

明星「…はい…」

そう言って歩き出す俺に明星ちゃんは項垂れながらついてくる。
奇しくもここに来る時とはまったく逆になったそれに俺は笑みを漏らした。
勿論、俺にとって大変なのはこれからであって、苦難は数えるのも嫌になるほど沢山、待ち受けている。
それでもこうして日常を楽しむ事が出来る辺り、俺も今の生活に慣れて始めたのだろう。

京子「(それはきっと良い事なんだろうな)」

少なくとも、今の俺はこれから先に待ち受けるであろう苦難を思って胃が痛くならない。
それはきっと周囲の状況に流されるままであった自分とは決別したからなのだろう。
俺は紛れも無く、自分の意志で大きな流れに抗おうとしている。
同情であってもエゴであっても、その決断をした事が、俺を一つ成長させてくれたのだ。

京子「(…それは決して俺一人だけの力じゃない)」

俺一人だけであれば、噂という濁流のような化け物をどうにかしようとは思わなかっただろう。
いや、思ったとしてもそのアイデアさえ俺には浮かばなかったはずだ。
しかし、俺の周りにいてくれる人達は揃いも揃って凄い人ばっかりなのである。
彼女達が周りにいてくれなければ、俺が成長する事もなく、今もまだ様々なショックから立ち直る事は出来なかっただろう。
そんな皆にさらなる厄介事を押し付けるのは辛いが…だけど、最終的にはきっと彼女達ならば分かってくれる。
特に根拠もない無責任な信頼感を胸に、俺は明星ちゃんと共に皆の所へと戻ったのだった。



………


……






―― ヒソヒソ

―― ヒソヒソ

―― ヒソヒソ

京子「……」

数日後。
予想通り、俺の周囲は一変していた。
俺に向けられる視線は賞賛と好意のものではなく、疑念と不信の色が強くなっている。
勿論、前子(仮)さん達を始め、俺を知ってくれている人たちの態度は変わらない。
だが、永水女子の生徒は俺の事を良く知らずに、エルダー選挙という祭りに興じていただけの人たちが殆どなのである。
開正時代に俺が行ったと流される噂にその視線を変える人は多かった。
少なくとも部活へ行く為に一人で廊下を歩いているだけで周囲から無遠慮な囁き声が聴こえるくらいには。

「聞きました?」

「えぇ…須賀さんの噂ですよね?」

「実は須賀さんが開正からの転校を余儀なくされたのは援助交際をしていたからとか…」

「私は開正でイジメを主導していたからと聞きましたわ」

「え?先生との禁断の恋に溺れていたのがバレたのではないのですか…?」

「飲酒と喫煙の常習犯だったという話もありますね…」

「…何はともあれ…須賀さんは決して品性高潔な人物ではないかもしれないという事ですね」

「私達…騙されていたんでしょうか?」

「分かりません…須賀さん自身は何も語りませんし…」

京子「……」

そしてその噂に関して、俺から何かアプローチする事はなかった。
噂と言うのはある程度、真実味がなければ広がる事はない。
今まで俺を翻弄してきた噂もそれを裏付ける証言があったからこそ、あそこまで急激に広がったのだ。
だが、今回のその噂はそれを裏付ける証言もなく、また意図的に今まで俺が作ってきた【須賀京子】という偶像をひっくり返すものなのである。
下手をすれば風評被害だと断じられかねないそれに少しでも真実味を加えるには、俺が黙して語らない以上の選択肢はなかった。


京子「(…それにその方が悲劇のヒロインらしい)」

ここで俺が求められているのは今までのように『転校一ヶ月からその存在感を顕し、今や時の人となったエルダー候補』ではない。
この計画をより効果的に、そして劇的に仕上げる為には『心ない噂に翻弄され、傷ついてしまったお姫様』でなければいけないのだ。
勿論、そんな風に自分が振る舞うと言うのはあまりにも恥ずかしいし、難しい。
しかし、だからこそ ――

「…そこの貴女達」

京子「あ…生徒会長…」

「…一体、何のお話をしているのかしら?」

「そ、それは…」

「…まさか須賀さんの事を変な風に噂していたのではないでしょうね?」

―― こうして俺を助けに来てくれる生徒会長の存在が映える。

元々、彼女は全身から自信が溢れ出るような人だ。
まだ友人の真意に気づけなかった事を悔やんでいるのか、オーラめいたそれは見えない。
しかし、それでも、俺を助ける為に、この場に現れた彼女はシャンと背筋を伸ばし、真っ向から相手を見据えている。
まるで絵本の中からお姫様を助けに来たナイトのような堂々たる姿は、男である俺から見ても格好良いものだった。


「言っておきますが、それは根も葉もない噂ですわ」

「私が知る限り、須賀さんがそのような事をするような人ではありません」

「ですが…」

「そのスカーフの色…二年生ですわね…」

「と言う事は二年の代表として須賀さんをエルダー候補に推したのではないのですか?」

「そ、それは…」

「そこで言い淀むという事は事実なのだと判断しますわ」

「…仮にも自身がエルダーになって欲しいと推した方を信じずにどうするのですか」

「貴女達にとってエルダーとはそれほど軽いものだったのですか?」

「……」

問い詰めるような生徒会長の目は厳しいものだった。
女生徒達への敵意こそないにせよ、その視線は明らかに怒りが見えている。
自身がなんと言われても今まで反論してこなかった生徒会長は、しかし、今、俺の為に怒ってくれているんだろう。
それが俺の狙い通りであると思うと胸が痛むが、今は彼女が想定通りに動いてくれている事が何より有り難い。


「私達だって須賀さんの事は信じたいです。ですが…」

「ならば、直接、聞いて確かめれば良いでしょう?」

「き、聞いた人はいます!でも、言いたくないとそれだけで済まされてしまったらしく…」

「では、須賀さんにも何か言いたくはない事情があるのでしょう?」

「それとも自分の納得の行く答えが帰ってこなかったら、こそこそ周囲で不確かな噂を囁く事が肯定されるとでも?」

「…う…」

「貴女達はこの一ヶ月間、何を見て、何を聞いてきたのですか」

「須賀さんはそもそもエルダーになりたくないと言っていたのですよ」

「そんな須賀さんをエルダー候補に祭り上げ、あまつさえろくに根拠もないような噂で手のひらを返す」

「それが名誉ある永水女子に名を連ねる生徒のやる事ですか。……恥を知りなさい」

「……」

その言葉に生徒達の気持ちがその方向性を変えつつあるのが目に見えて分かった。
噂を共有する連帯感から恥ずかしさへ。
そこには突然、乱入し、自分たちの感情へ盛大に水をぶっかけた生徒会長を非難する色はない。
ただただ気まずそうに顔を見合わせ、無言でその場を立ち去るだけだった。
多分、本人達もそれがはしたない事だと、そう思っていたのだろう。
もし、一触即発の気配になれば間に入ろうと思っていたが、そのような事がなくて安心した。


「…須賀さん、大丈夫ですか?」

京子「生徒会長…」

「ごめんなさい…もっと早く来れば良かったですわね…」

京子「良いんです…こうして来てくれただけで」

「須賀さん…」

京子「私…怖かったです…本当に…怖かったんです…」

ある種、全ての元凶であるとは言え、怖かった、というのは嘘ではない。
もし、生徒会長がこうして俺のところに来てくれなかったら、計画は全ておじゃんだ。
明星ちゃんにも少なからずリスクというものを背負ってもらっている以上、それは許容出来るもんじゃない。
生徒会長が自分で確かめなければいけない性格の人だと分かっていても、内心、ハラハラだった。

「大丈夫ですわ。私が側にいますから」ギュッ

京子「せ、生徒会長…」カァ

って、なんで俺抱きしめられているんですかあああ!?
さ、ささささ流石にこれは計画の内にはないぞ!!
おっぱいらしいおっぱいを持っていない人だから興奮するって訳じゃないが、いきなりのその接触は恥ずかしい。
仮にもここは学校の廊下で周りにもまだひと目があってもおかしくはないんだから。


「ふふ、少しは落ち着きまして?」

京子「お、落ち着きました。で、でも…」

「ん?」

京子「こうして人前で抱きつくのは淑女とは言えないって生徒会長も…」

「あら、覚えてくださったのですね」

京子「当然です。アレが生徒会長から受けた初めての言葉だったんですから」

転校初日に職員室前で春に抱きつかれている時に話しかけてくれたのが生徒会長だった。
それから奇妙な縁が出来た所為で生徒会長とも色々あったが、あの時の事は未だ鮮明に覚えている。
まぁ、まだGW前で一ヶ月も経っていない訳だけれども。
…なんつーか、無意味に濃い一ヶ月を過ごしてるなぁ、俺。

「でも、今回は緊急避難という奴ですわ」

京子「緊急避難…ですか?」

「えぇ。須賀さんが落ち込んでいるのに淑女だなんだと言っていられません」

「貴女を慰める為ならば、私はどんな事だってしますわ」

「それだけの借りが須賀さんにはありますもの」

京子「そんな…借りだなんて…」

「少なくとも私はそう思っています」

「まぁ、そうでなくても須賀さんの為ならば、何でもするつもりですけれどね」クスッ

京子「え?」

「その…勝手なお話かもしれませんが…私は貴女の事を尊敬できる友人であると思っていますので」

京子「…生徒会長…」

まさか生徒会長が俺の事をそこまで思ってくれているなんてな…。
確かに色々と縁が出来てしまったが、彼女にとっての俺はあくまでライバルだと思っていた。
少なくとも尊敬していると言われるだなんて想像の範疇にすらなかったくらいである。
しかし、予想外ではあったものの…いや、予想外だったからこそ、降って湧いた望外の喜びに胸が震えるのを感じた。
こうして彼女を騙している俺には無理だと思いながらも、俺はそう言われる事を内心、期待していたのだろう。


「す、須賀さんはどうなのですか?」

京子「…私で宜しいのですか?」

「いいえ。須賀さんが良いのです」

「須賀さんでなければいけませんわ」

京子「…ふふ」クスッ

「どうかしましたの?」

京子「いえ、まるで口説かれているようだと思いまして」

と、余裕ぶってはいるが、内心、結構、ドキドキしてはいる。
生徒会長は知らないけれど、俺は心も体も健全な男の子な訳で。
おっぱいは殆どないとは言え、見目麗しい女性にそんな事言われるとやっぱり意識はしてしまう。

「…ようやく笑ってくださいましたわね」

京子「え?」

「やはり京子さんは明るい方が素敵ですわ」

「今みたいに影のある表情もまた魅力的ですが、笑顔が一番です」ニコッ

「っと、これではまた須賀さんに口説かれているようだと言われてしまうかしら…?」

京子「…京子で良いですよ」

「須賀さん…」

京子「その代わり、私もお名前で呼ばせて頂いて良いでしょうか?

「勿論ですわ。須賀さん…いえ、京子さんなら歓迎です」

本当の所を言えば、まだ俺がそうなってしまって良いんだろうかって言う気持ちがない訳じゃない。
どれだけ彼女のためと理由を並べても、俺が彼女を欺いている事に違いはないんだから。
それでもこの状況で彼女の申し出を断る事なんて出来ないし…何より、俺自身、それをしたくはない。


「私が京子さんの友人になった以上、もう安心ですわ」

「京子さんの噂がなくなるまでしっかりと私がガードしますから!」

京子「ふふ、お任せしますね」

「えぇ。お任せあれ!」ググッ

……何故だろう。
さっきまで頼もしかったはずなのにその言葉を聞いた瞬間、凄い不安になってくるのは。
まるで意気揚々と出て行った先で大失点して涙目になるようなそんな雰囲気を感じる。
まぁ、生徒会長に限ってそういう事はないはずなんだが…気のせいだよな。

京子「…でも、やっぱり今の姿が一番ですね」

「え?」

京子「落ち込んでいる姿よりも、今の自信満々な姿の方が貴女らしくて魅力的です」クスッ

「まぁ…京子さんったら。さっきの仕返しですか?」クスッ

京子「えぇ。先ほどはとても情熱的に口説かれてしまいましたから」

京子「ですが、決してそれだけ、という訳ではありませんよ」

京子「それが頭の中にあったのは事実ですが、それ以上に私は心からそう思っています」

この前のはこの前のでとても庇護欲を擽られる姿ではあったけれどな。
だけど、やっぱり俺にとっての彼女は自信満々で清々しいくらい一本筋が通った人なんだ。
幾らか空元気が入っているのは分かるが、それでも今のほうが安心するし、可愛らしく思える。


京子「勿論、完全に立ち直った訳ではないのは見ていて分かります」

京子「そんな人に…きっとこんな事を頼むべきではないのでしょう」

京子「だけど…私は…」

「…良いんですのよ」

京子「…でも…」

「私がそうしたいとそう思っているのですから、京子さんが気に病む必要なんてありません」

「京子さんはただ、私が側にいる事を許してくださればそれで良いのです」

京子「……はい」

「ありがとう、京子さん」ニコッ

まぁ、元々、そうなって欲しいと思っていたからな。
彼女の方からそうやって申し出てくれて、寧ろ助かったくらいだ。
立場上、あんまり簡単に食いついてしまうと違和感を与えかねないので一回は断ったが、今のところは計画通りに動いている。
後はこれを改めて噂にすれば、彼女に向けられたネガティブな噂も幾らかその勢いを弱める事になるだろう。

「でも、そうやって許してくれた以上、私に謝るのは禁止ですわ」

京子「え?」

「私達は友人同士になったのですから。多少の迷惑で気に病む必要はありません」

「寧ろ、この程度で謝られてしまったら私、京子さんとの間に壁を感じてしまいますわ」

「だから、そういうのは抜きにして、神代さん達に対するように接してください」

「それが私にとっての何よりの報酬ですわ」

京子「…ありがとうございます」

勿論、小蒔さん達と同じように、というのは難しい。
どれだけ彼女が俺と親しくなってくれても、俺の持つ秘密は絶対に伝えられないのだ。
【須賀京子】としてはこの上なく仲良くしたいと思っているが、しかし、最後の一線だけはどうしても超えられない。
きっと友人になる事は出来ても、親友になる事はきっと無理だろう。
そう思うと、胸の奥の部分が小さく痛みを走らせた。


「ですから、何時いかなる時でも遠慮なく私に頼ってくださいね」

京子「じゃあ…早速ですけど…一つ宜しいでしょうか?」

「えぇ。なんでしょう?」

京子「…お忙しいのは分かりますが…麻雀部まで一緒に行ってはくれませんか?」

京子「最近、ずっと周りから噂話を聞いて…気が滅入っていて…」

京子「こうして歩いているだけでも、周りが私の噂話をしているような気がするんです…」

「京子さん……」

京子「麻雀部へ行けば、きっと皆が居てくれて気持ちも楽になると思いますから…だから…」

とは言え、俺はもう立ち止まる訳にはいかない。
今回の事は今までのように周りに流されたが故のものではないのだ。
まがりなしにも自分が選び、明星ちゃんまで巻き込んでいる以上、後戻りなど出来ない。
俺はこの痛みを抱えながら、彼女の友人と、噂に翻弄される可哀想なヒロインを演じなければいけないのだ。

「…それくらいお安い御用ですわ。でも、どうせですから…」スッ

「手を繋いでいきましょうか?」ニコッ

京子「…良いのですか?」

「ダメだったら自分から手を繋ぐなどと言いませんわ」

「それにさっき緊急避難とは言え、京子さんを抱きしめた私が嫌がる訳がないですわ」

京子「考えても見ればそれもそうですね…」チラッ

「……やっぱり恥ずかしいですか?」

京子「…そうですね。やっぱり…ちょっと物怖じするところはあります」

京子「ですが…」スッ

「…あっ」

京子「…本当は私もこうして手を繋ぎたかったのです」

「京子さん…」

京子「…思った通り…こうして手を繋いでいるととても安心しますね」ニコッ

「ふふ…良かった」ニコッ

物怖じするって言うのは決して嘘じゃない。
性別やら事情やら色んな事を偽っている俺にとって、彼女と手を繋ぐというのはあまりにも役得が過ぎるのだから。
だけど、折角、彼女の方から気遣ってくれているのに否、と返すのも…なぁ。
今の俺は彼女の【同性の友人】なのだから、手を繋ぐ事くらいで一々、過剰に反応してはいられない。


「京子さんの手…思ったよりもしっかりしているのですね」

京子「あ、ごめんなさい…私、護身術なんかも習っているので」

「いいえ、謝らなくても宜しいんですのよ」

京子「でも、その身長も高いし…手もゴツゴツしてまるで男の人みたいでしょう?」

「確かにそうですけど…でも、京子さんが男性に見えるなんて事はありませんわ」

「立ち振舞や言葉遣いなどを見ても、女性らしいものではありませんか」

「京子さんは何処からどう見ても京子さんは立派な淑女です」

京子「…ありがとうございます」

それはそれで男として傷つくんだが…まぁ、安心した。
少なくともこうして手を握った事で俺が男だと看破されるって事はないみたいだからな。
俺はもう彼女の中で完全に【須賀京子】として認識されているんだろう。

「では…エスコートは私に任せて貰えますか?」

京子「えぇ。よろしくお願いします」

「はい。麻雀部までしっかりとご案内しますわ」ニコッ

そして全校生徒にとって、俺は【エルダー候補】であり、そして【生徒会長のライバル】なのだ。
そんな俺が生徒会長と仲良く手を繋いで歩いているだけで周囲からの注目を集める。
夕暮れ前の日差しが差し込む廊下の中、俺たちとすれ違う生徒達は驚きの表情を浮かべ、何人かはこちらを振り返っていた。
後は俺が何かしなくても、生徒達が自然と噂を作り出してくれるだろう。

京子「(勝負はここからだ)」

だが、その噂がまだ悪い方へと転ぶか良い方に転ぶかは分からない。
既に彼女の悪評は全校生徒の知るところになってしまっているのだから。
俺の噂を利用して点数稼ぎに走っている、という事にもなりかねない。
今のところは思い通りではあるけれど、勝負どころからここからなのだ。
ここから俺は全校生徒だけではなく、俺の隣にいる友人すら欺いて、一世一代の扇動をしなきゃいけない。
それを思うと覚悟を決めていたとしても、やっぱり胃の奥がキリキリと引きつるような痛みを発する。


「…大丈夫ですわ、京子さん」ギュッ

京子「え?」

「さっきの子達は決して京子さんの事を悪く言ってはいませんでしたから」

京子「そう…でしょうか?」

「寧ろ、私が京子さんと親しくしているのを見て、何事か、と嫉妬しているようでしたわ」クスッ

京子「ふふ…それは悪い事をしてしまったかもしれませんね」

「えぇ、まったく。京子さんほどの人気者となると辛いですわね?」

京子「もう。それは私のセリフですよ」

だが、どれだけ胃が痛んでも、俺の決意が鈍る事はなかった。
それは俺の決意が硬いからというだけではなく、隣で優しく微笑んでいる彼女がいるからなのだろう。
自分だってまだまだ辛いはずなのに、俺の為に強がって元気づけようとしてくれている俺の大事な友人。
彼女の存在が俺の心を奮い立たせ、そして覚悟を固めてくれる。
自分が傷つく覚悟、大事な人たちを巻き込む覚悟、そして彼女を欺き続ける覚悟‥。

京子「(勿論、幾ら覚悟を固めたと言っても、俺だって人間だ)」

これから先、傷つく事はあるだろうし、後悔するような事もきっとあるだろう。
だが、俺が傷つく事も、巻き込む事も、欺く事も…やり方は間違ってはいるけれど、その全てが間違っている訳じゃない。
開き直りかもしれないが、今の彼女を見ていると心からそう思える。
…だからこそ、俺は…… ――


Qこれ生徒会長ヒロイン編じゃね?
Aあ、明星ちゃんの出番はここからだから(震え声)

そんな訳で終わりです
最近、更新遅い上に話しの展開、あんまり早くなくってごめんなさい

そろそろ男バレしそうなイベント来て欲しい(願望)
完璧超人執事に鉢合わせるとか
ポンコツ姉が迷子で永水にきて駅に送る迄世話したりとか

更新なくて申し訳ないです…。
今、合宿編書いているんですが、出来るだけ矛盾しないようにしたいので一段落つくまで書き溜め頑張っております。
リアルもまだ多忙なままなのでもうちょっと時間掛かるやもしれません。
お待たせして申し訳ないです。

ふむ。黒糖って簡単に潰せて粉状にできたな。
閃いた

だ、だだだだだ大丈夫だ、問題ない
インターハイ時点で従姉妹で、本編開始までになんやかんやあって妹になっていれば辻褄は合うから(震え声)
まぁ、従姉妹なのに妹と言い張る明星ちゃんってのも可愛いと思うのでこれはこれで美味しい気がする
後、京ちゃんハンドボール部で県大会決勝まで行ったと言う設定だけで京咲のネタがどんどん溢れ出てくるから困る
時間があれば中学時代の二人とか書いてみたいなー

でも石戸家の役割を考えるとスペアとして
明星ちゃんを養子に迎え入れるってのはありかもしれない
元々危ない神様を姫様の代わりに降ろすから命の危険もありそうだし

>>740
よし。その案を貰おう。
ついでにスペアだからと石戸家の中で蔑ろにされてたのを庇ってくれてたのが霞さんだけだった、とかなるとシスコンっぷりにも理由がつくし。

それとようやく投下分完成しました
結構な量になったので2日掛けて見なおして日曜日に投下する予定です

ごめんなさい、思ったより修正箇所多くて予定の半分程度しか進んでいません…
申し訳ないですが、今日は投下できなさそうです…
今回は量が量なだけに出来るだけ矛盾なく投下したいのでもうしばらくお待ちください…!orz


>>726
男バレしそうなイベントはインターハイくらいから起こり始める予定でございます
進みが遅い所為で申し訳ないですがもうしばしお待ちください…


>>732
黒糖フェラ?そういうのもあるのか!
黒糖をフェラするようにしゃぶるのか、或いは粉にした黒糖をふりかけるのかで答えは変わってきます。

乙です。
732ですが、長文失礼します。

最初は、霞さんや小蒔ちゃんのオモチにデレデレする京太郎をみて、嫉妬した春が京太郎に自分を意識させようと二人っきりのときに
ちろちろと舐めるように黒糖を食べるのを見せたりして京太郎を誘惑するのがみたいなと思います。

そのうち、京太郎が我慢できなくなって襲おうとしたときに、巫女だからといって、フェラで我慢してもらおうとするけど、
独特なにおいでためらう春が大好きな黒糖の粉をまぶして...という感じをみてみたいと思いました。

ラブリーエンジェルはつみたんイェイ~!

>>752
ここはブックカバーが好きな咲ちゃんがいるスレくらい健全な運営を心がけていますのでそういうエロネタはちょっとご期待に添えないかもです
なので代わりにスレ立てはよ!!はよ!!

>>757
あ、今日は初美たんの誕生日だったか
総合スレが何故か更新進まなくなってたから完全に忘れ去ってた
最近、出番ないし、余裕があればちょこっとだけでも初美たんイェイ~な話も書きたいな



そしてとりあえず一段落ついたところまで見直し終わりました
今から投下するのはちょっと厳しいので朝起きてから出るまでの間に投下していく予定です
お待たせして本当に申し訳ありません

総合は場所変わったで、詳しくはまとめwiki

鯖移転したんですよアニキャラ(個別)

>>761>>762
あ、本当だ
ありがとう本当に助かった
これで京太郎SSが読めるぞー!!


それはさておき投下します


それからの数日間はとても順調だった。
学年やクラスが違うのにも関わらず、彼女は昼休みや放課後が来る度に俺のところへと来てくれる。
そして、周囲に対して目を光らせ、俺の手を護るように握ってくれるのだ。
俺の期待に応える…いや、ソレ以上のナイト役っぷりに周囲の目も少しずつ変わってきている。
彼女の悪評も鳴りを潜め、ゆっくりと誤解だったのではないか?という話も広がってきていた。

京子「(…ま、順調だとは言っても平和とは限らない訳だけれども)」

彼女の協力を得る上で必要なのは、俺の周りに春たちがいない事だ。
勿論、疎遠になるほどじゃないが、何時もみたいに俺の側に誰かが居てくれるとナイト役である彼女が入りにくくなる。
だからこそ、俺のやろうとしている事も含めて、小蒔さん達には説明し、不満ながらも了承は貰っていた。
でも、その結果が… ――

湧「」ギュー

春「」ギュギュッ

小蒔「」ギュム

京子「…あの」

春「…何?」

湧「京子さあ、どうかした?」

小蒔「あ、飲み物が欲しいんですか?」

春「私、黒糖ジュース持ってきてる…」スッ

湧「じゃあ、あちきが飲ませてあげるね!」

京子「い、いや、そうじゃなくって…」

このべったり…いや、過保護っぷりである。
実際、噂の事でかなりの心配させている上に、距離を取ってくれ、と頼んでいるんだから当然だ。
こうして春たちと普段通りに接することが出来るのは休日くらいじゃないと不可能なのだから。
だけど、こうして三方向から抱きつかれると…やっぱりなぁ。
動きにくいのは自業自得だし、別に構わないんだが…湧ちゃんを除いた二人からはこう何とも魅力的な感触が伝わって来てですね。
正直なところ、最近、ご無沙汰続きのムスコを抑えるのでギリギリだ。


明星「はいはい。あんまり抱きついていると京子さんが困りますよ」

春「…離れるのは嫌」

小蒔「そ、それにちゃんとお世話していますから大丈夫ですもん」

明星「もう。京子さんはペットじゃないんですから」

湧「ぅー…」

明星「唸ってもダメ」

春「…じゃあ、私が京子のペットになる…」

京子「え?」

春「ペットだから…ご主人様の側にいるのは当然…にゃん」ギュゥ

いや、その理屈はおかしい。
幾ら春が俺のペットになったところで抱きつくのが肯定される訳じゃない。
寧ろ、春みたいな美少女がペットになってくれるってだけで如何わしい妄想が沸き上がってきてですね。
正直なところ、余計に問題が深刻化しているというか…若いリビドーを制御するのも厳しくなって来ていると言うか…!


小蒔「え?京子ちゃんのペットになれば側にいても良いんですか?」

春「うん…きっと面倒見の良い京子なら側に置いてくれるはず…」チラッ

京子「え?は、春ちゃん…?」

小蒔「じゃあ、私も京子ちゃんのペットになります…!」ググッ

春「…じゃあ、姫様は犬…」

小蒔「了解ですわん!」

湧「あ、あちきは…」

春「湧ちゃんは鳥…」

湧「え?と、鳥…?じゃ、じゃあ…ぴよ?」

春「にゃん」

小蒔「わんです!」

明星「…何ですかコレ」

京子「私に聞かれても困るわ…」

寧ろ、どうしてこうなったのか俺が聞きたいくらいだ。
明星ちゃんがそっと窘めてからほんの十数秒で俺の周りはペットだらけになってしまったのだから。
いや、勿論、全員可愛くて、ぴよにゃんわんと鳴く彼女達に囲まれるのは役得であるのは確かなのだけれど。
でも、あんまりにも男として幸せな環境過ぎて色々と自意識過剰になってしまいそうになる。


明星「まったく…皆さん、京子さんにベタベタしすぎですよ」ハァ

湧「明星ちゃもする?」

明星「しません」

春「でも、明星ちゃんが来てくれたらフルアーマー永水の完成…」

小蒔「わぁ、なんだか良く分からないけど格好良さそうです!」

京子「そ、そうかしら…?」

明星「…流石に不審人物にしか見えませんよね」

幾ら今の俺が【須賀京子】であったとしても、流石に四方全部を女の子で囲まれるとあんまりにも怪しい。
両手に華程度ならまだ微笑ましく見えるかもしれないが、四方は流石にそういったレベルでは済まなくなる。
何かの罰ゲームか、或いは竹井先輩みたいに同性限定タラシとかそんな風に誤解されてもおかしくはない。
実際は俺が皆を口説いたなんて事実はなく、ただただ心配されてくっつかれているだけなんだけれども。
だけど、今のこの状態を見ただけの人にそんなの伝わらないだろうしなぁ。

春「フルアーマー永水となった京子は強い…まさに最強の戦士…」

小蒔「さ、最強ですか…」ゴクリ

春「どんな敵にだって負けない無敵の勇者になれる…」

湧「京子さあ格好良い…!」キラキラ

京子「いや、なれないからね?」

春「試してみないと分からない…」

小蒔「えぇ!春ちゃんの言う通りです。一回やってみましょう!!」キラキラ

湧「うん!一回だけ!一回だけ!!」キラキラ

明星「や、やりませんってば!」カァ

まぁ、男として最強とか無敵とかには興味が無いとは言わないけどさ。
ただ、それで最強とか無敵になれるはずがないし。
そもそもそんなお手軽に最強とか無敵になるのは何かが違う気がする。
別に根性論を支持するつもりはないが、女の子に抱きつかれて最強って言うのはなぁ。
それは俺の力というよりは俺の周りにくっついた皆の力だという気しかしない。


明星「そ、それに…皆さん、私達がここにいる意味を忘れてませんか?」

小蒔「…意味…ですか?」

明星「はい。私達はここに合宿相手を迎えに来たんですよ?」

俺達がこうして騒いでいるのは永水女子の中でも隅の方にある駐車場だ。
普段は教職員の車や生徒の送迎用自家用車車で埋まっているその場所は今はガランとしている。
それは今日からこの永水女子も本格的にゴールデンウィークという長期休みに入ったからだ。
学校に来ている生徒は熱心に部活動を行っているほんの一部でしかなく、教職員もまた数人程度しかいないだろう。

明星「折角、遠路はるばる来てくれる人たちを迎えるのにそういう態度では失礼でしょう?」

湧「…でも、まだ来ちょらんもん…」ムゥ

小蒔「そうですね。そろそろ予定の時間ですが遅れているみたいですし」

明星「で、ですが…」

春「…それに悪いのは私達を心配させている京子…」ギュッ

春「私達だって京子があんな事頼まなかったらこんな事はしない…」

…いや、それはどうだろうか。
勿論、心配させているのも分かっているし、悲しませているのは自覚しているけれどさ。
でも、合同体育の時に俺は既に三人から今と同じように抱きつかれているんだ。
決して俺が言えた義理じゃないけれど、でも、俺の頼み事がなかったらこんな事はしないという春の言葉には疑問を感じる。


春「つまりこれは正当な報復であり、京子から私達に支払われるべき報酬…」スリスリ

湧「ほーふくでほうしゅーだよ!」ギュー

明星「そ、それを言われると…」

小蒔「……私もまだ京子さんから離れたくありません…」

明星「…姫様まで…」

小蒔「明星ちゃんの言う事も分かります」

小蒔「でも、私は時間ギリギリ一杯まで…京子ちゃんとこうしていたいんです…」

小蒔「だって…これが終わったらまた京子ちゃんが一人で頑張っているのを見ていなくちゃいけないんですから」

京子「……」

小蒔さんの言葉の響きは思った以上に辛そうなものになっていた。
俺が無茶している時は止めて欲しいと頼まれた彼女にとって、今のこの状況はとても歯がゆいものなのだろう。
自身の友人が噂の標的となっているにも関わらず、それに反論する事も、そして側にいく事も禁じられているのだから。
優しすぎるくらい優しい彼女にとって、それは心を痛めるのに十分過ぎる事だったはずだ。

小蒔「勿論、私だって納得しました。納得したくなかったけど…京子ちゃんの覚悟にうんって言いました」

小蒔「でも、やっぱり京子ちゃんの事が心配ですし、不安です」

小蒔「京子ちゃんがそれを望んでいて覚悟しているのは分かっていても…やっぱり…その気持ちはなくなりません」ギュッ

京子「小蒔ちゃん…」

小蒔「…だから、もうちょっと…もうちょっとだけ…こうしてぎゅってさせてください」

小蒔「相手校の方々が来たらちゃんと何時も通りになりますから…ちゃんとしますから…」

小蒔「だから…今だけははしたなくても…京子ちゃんの事を思いっきり心配させてください」

明星「……仕方ないですね」

そんな小蒔さんの訴えに明星ちゃんが折れない訳がなかった。
明星ちゃんは確かに姉ラブな子ではあるが、決して他の人に対して無関心ではないのだから。
小蒔さんに負けないくらい心優しい彼女は姫様と呼び慕う彼女の事も大事に思っている。
こうして一人輪の外に居て、時折、小蒔さんを叱ったりするのも決して敬愛する姉の役目を引き継いだからだけじゃないのだ。


明星「確かに全ての元凶は京子さんですしね」クスッ

京子「ま、まぁ、正直、それに関してはまったく否定出来ない訳だけれども…」

明星「だから、頑張ってください」

京子「そんな無慈悲な…!!」

春「…京子…」スリスリ

小蒔「えへへ、京子ちゃんっ」ギュー

湧「京子さあ、諦めて」ニッコリ

京子「う、うぅ…でも…」

明星「…大体、そんなに嫌ならご自分で無理矢理、引き剥がせば良いじゃないですか」

京子「んぐっ…」

明星「それをしないって事はちょっとは役得だと思ってるんですよね?」ジトー

…だ、だってさー…これは正直、仕方ないってば。
どれだけそれっぽく振る舞っても俺は男の子なんだし。
美少女三人に抱きつかれて鼻の下伸ばさないだけ頑張っているんです。
だから、そんなジト目で俺の方見ないでください。
明星ちゃんからそんな風に見られるとなんだか変な性癖に目覚めそうだからな!!

京子「そ、そんな事ないわよ。女の子同士なんだし…そんな事思うはずないじゃない」

明星「へぇ…女の子同士ですか」

京子「そ、そうよ。女の子同士だから」

明星「…京子さんのスケベ」ポソッ

京子「なんで!?」

とは言え、幾ら明星ちゃんの指摘が図星でもそれを肯定する訳にはいかない。
お屋敷の中ならばともかく、誰の目があるかも分からない場所で「はい。役得です」なんて言うのはちょっとな。
流石にそれだけで俺が男だとはバレないだろうが、この一ヶ月間で大体の【須賀京子】としてのイメージが出来上がっているんだ。
それを意図的に崩すような噂を流している現状、下手に新しい情報を加えられて、ただでさえ不安定なコントロールが出来なくなるのはまずい。
せめてエルダー選挙までは計画通りに進んでもらわなければ、困るのだ。
…まぁ、格好つけたいって気持ちも勿論、ない訳じゃないんだけれども。


明星「だって、女の子同士だって事は…そういう事でしょう?」ジトー

京子「そ、それは…」

小蒔「どういう事ですか?」キョトン

湧「あちきも分からん…」

明星「つまり京子さんは内心、喜んでるって事ですよ」

京子「あ、明星ちゃん!?」ビックリ

小蒔「えへへ、そうなんですかぁ」

湧「良かった…あちきも安心した…」ホッ

春「…だったら、もっと三人で京子の事ぎゅーする…」

小蒔「そうですね。京子ちゃんにはもっと喜んでもらわないと!」

湧「京子さあが嬉しいとあちきも嬉しい…っ」ニコニコ

京子「うあー…」

結局、相手に大義名分を与えるというか、火に油を注いだと言うか…!
明星ちゃんまで的に回ると本格的にどうしようもなくなるな…!
でも、このままじゃ割りとガチでこう一部分がやばくなってくるんですけど!!
流石に理性がぷっつんして襲いかかるほどじゃないが、下半身に血液が集まってきてですね!
俺の事を信用してくれているのかもしれないけど、こればっかりは生理的反応故にどうしようもないんだよ!!

ブロロロロロ

明星「あ、でも、バスが来たみたいですよ」

湧「えー…」

小蒔「残念です…」

京子「よ、良かった…」

とりあえず俺がどうにかなる前に合宿相手を乗せたバスは来てくれたらしい。
少し時間には遅れているが、それでもさらに遅れて大惨事になるよりは遥かにマシだ。
勃起を悟られるという最悪の事態だけは避けられた事を今は心から安堵し、そして喜ぼう。


明星「では、皆さん、約束通り…」

小蒔「はい」

湧「はーい…」

春「……」

京子「…春ちゃん?」

春「…ん。分かってる…」

そう言いながら、最後に残った春も俺の手を離してくれた。
でも、一瞬、腕にギュッと力を込めたのは何か俺に言いたい事があったからだろうか。
明星ちゃん以外では一番、最初に俺のやりたい事に納得し、残った二人の説得に回ってくれた春。
けれど、だからこそ、彼女は胸に色んなものを秘めてくれているのかもしれない。
…その辺り、少し暇が出来た時にでも聞いてみるべきかもな。

明星「っと…降りてきたみたいですね」

京子「アレが…」

何十人もの選手を連れてきたのだろう大型のバスから現れた始める女生徒達。
バスでの長距離移動の所為か、微かに疲れが見える彼女達の制服には俺も見覚えがあった。
一年前のインターハイにて清澄とは別のブロックを勝ち上がっていった名門校。
決勝へと勝ち上がってくる可能性が高いと竹井先輩 ―― 当時の部長が警戒し、そして和や優希が気にしていた。
勝負の結果、清澄と直接対戦する事はなかったが、歴代最強と呼ばれ、優勝候補筆頭であった白糸台にギリギリまで喰らいついた対抗馬。

春「全国でも指折りの名門にして北九州最強と名高い…」

湧「新道寺女子高校…」

小蒔「わぁ…」

京子「…凄いわね」

こうしてバスから降りてきた人達はきっと部員の中でも一部なのだろう。
恐らく一軍と二軍の中の限られたメンバーでしかないはずだ。
しかし、それだけでも俺達の五倍近い。
ぶっちゃけ男である俺を強引に入れても定員数ギリギリの永水女子麻雀部とは雲泥の差だ。


「こんにちは。今日は良い合宿日和ですね」

小蒔「はい!そうですね!今日は遠くからご足労頂き本当にありがとうございます!」ググッ

「いえ、こちらこそ、あの神代さんに出迎えて貰えて光栄ですよ」

京子「そう言って頂けると助かります」

まぁ、あんまり人数に対して気圧されている訳にはいかない。
こうして監督さんらしき人がこっちに来てくれたんだから、色々と話をしないとな。
部長である小蒔さんは人見知りこそしないが、あまり場を仕切ったりするのは得意な人ではない。
次に学年の高いのは俺と春だが、春はあまりガンガンと自己主張をするのが苦手だ。
かと言って、一年の明星ちゃんにそういう事を任せるのは酷だし、自身の方言にトラウマめいたものを抱えている湧ちゃんは論外だろう。
消去法ではあるが、俺が頑張らないと。

京子「それでは改めまして…ようこそ永水女子へ。私は二年の須賀京子と申します」

京子「こちらにいるのは三年の神代小蒔さんと二年の滝見春さん」

小蒔「初めまして!今日から数日よろしくお願いしますね!」ペコリ

春「…初めまして。よろしくお願いします」ペコリ

「えぇ。お二人の活躍はインターハイでも良く知っています」

京子「それでこちらが一年の石戸明星さん、同じく一年の十曽湧さんになります」

明星「初めまして。合宿の間、胸を借りるつもりで頑張りますね」ペコッ

湧「が、頑張ります…」ペコッ

京子「二人とも一年生ですが永水女子期待の新人です」ニコッ

「そうですか。なるほど…どちらも油断出来なさそうですね」クスッ

…油断出来ないと来たか。
どうやらこの監督さん、結構な自信家ならしい。
出会って早々、敵になる事を考えているだけじゃなく、こちらを下に見てくれている。
共に去年のインターハイ出場校だと言うのに、随分と挑発してくれるじゃないか。


「では、こちらも自己紹介を…と思ったのですが…何分、人数が多いもので」

京子「そうですね。それに皆さん長距離の移動でお疲れでしょうし」

京子「まずは合宿場の方へとご案内させていただきます」

「えぇ。よろしくお願いしますね」

とは言え、その挑発に乗りすぎるのも良くないだろう。
この合宿の目的はお互いに練習試合を繰り返して実力を高める事ではあるが、両者共に今年のインターハイ出場が有力視されているライバルでもあるのだ。
本気でやらなければ練習にはならないが、さりとて挑発に乗って手の内を完全に晒す訳にもいかない。
インターハイで当たるかもしれない相手の実力を図るのも、この合宿の隠れた目的でもあるのだから。

「にしても…今年の永水さんはこれで全員なのですか?」

京子「えぇ。毎回、定員数ギリギリの零細麻雀部です。お陰で部費があまり貰えず、遠征で県外に出る事も出来なくて」

「去年もインターハイに出場して、かなりの活躍だったと思うのですが…」

京子「そうですね。ですが、やっぱり永水女子に通っている人達は麻雀にあまり興味が無いみたいで」

より正確に言えば、その後ろにいる保護者の皆様が麻雀に難色を示す事が多いようだ。
三年連続でエルダーに輝いた霞さんも所属していたし、インターハイにも幾度となく出場している。
内心、麻雀部に入りたいと思っている子は少なからずいると思うのだが…相変わらず入部希望者は現れない。
後一人でも来てくれれば、俺が団体戦で足を引っ張る事もなくなるのだけれど…っと。

京子「あ、こちらが合宿所になります」

「ここが…」

京子「えぇ。ちょっと古いですけど、中の設備はしっかりしていますよ」

永水女子の合宿所は歴史の資料集に乗っている洋館のような雰囲気だった。
大正ロマンと言う言葉が真っ先に浮かんできそうな赤レンガの建物は一見古いが、中身や設備なんかはかなりしっかりしている。
新道寺の人達を迎える関係上、軽く掃除なども手伝ったが、電気ガス水道はおろかネット環境まで整っていた。
外観も今ではまったく見ないような特徴的なものだし、下手をすればお金をとれるレベルかもしれない。


京子「では開けますね。よいしょっと…」

「わぁ…」

「すっご…」

「まるで映画みたい…」

後ろに並ぶ新道寺の生徒から感嘆の声が漏れるほど、その場所はキラキラしていた。
大理石で出来た床はピカピカに磨き上げられ、天井からは大型のシャンデリアがぶら下がっている。
振り子式のホールクロックやツボが置かれた台を始め、調度品類もかなりの価値があるんじゃないだろうか。
大きさもかなりなもんで、エントランスホールだけでも、全員が余裕で入れそうなくらいだ。
流石に龍門渕さんのお屋敷の方がでかいが、どう考えてもこれは合宿場って言う規模じゃない。

京子「ここがエントランスでここから西館、東館に別れる形になっています」

京子「食堂はエントランスの奥。あちらの扉になっています」スッ

京子「厨房はさらにその奥にあります。食材はある程度、こちらで揃えておきましたが、恐らく足りなくなってくると思います」

京子「その場合、お手伝いさせていただくので遠慮なく言ってくださいね」

「ありがとうございます」

京子「いえいえ。折角、北九州から遠路はるばる来てくださったんですからこれくらい当然です」

それにバスのチャーター代を考えればこれくらい安い出費だ。
アレだけの大きさのバスをチャーターして学校まで来てくれている訳だしな。
流石に数十人単位の食事となると一食でもかなりの金額になるが、それでもバスのチャーター代よりはマシだろう。


京子「リネン室は東館一階にあります。シーツなどを変える場合はそちらを使ってください」

京子「洗濯をする場合は西館一階に洗濯室があるので、そちらでお願いします。またその向かい側には温泉もありますので…」

「温泉まであるんですか」

京子「えぇ。と言っても普通の大浴場と、それより小さめの露天風呂が一個あるくらいなんですけれども」

京子「ですが、それでも長旅の疲れは少しマシになると思います」

京子「是非、ご利用ください」

「温泉だって…」

「楽しみー」

はは。そこにはやっぱり食い付くよな。
学校の合宿所が温泉つきって言うのはやっぱり物珍しいだろうし。
清澄もそうだったから俺はあまりびっくりしなかったけど、彼女たちの反応がきっと普通なんだろう。
ま、皆をあんまり待たせすぎるのも酷だしな。
ここはさっさと鍵を渡して、のんびりさせてあげるべきだろう。

京子「さて、長々とすみませんでした。これが部屋の鍵です」チャラッ

京子「西館の二階に部屋を取っていますのでそちらへどうぞ」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ、皆、部屋割り通りに移動。それから少しの間、自由時間ね」

「それが終わったらまたここに集合。温泉に入りすぎたり、周囲の探検なんてして時間に遅れないように」

「また自由時間と言ってもはしゃぎ過ぎはダメよ。永水女子は日本でも名だたる淑女の学校なんだから、こちらもそれに負けないようにね」

「それじゃ解散」

「まずどうする?」

「とりあえず荷物置いて温泉じゃろか」

「私もー」

「私はまず学校の中ば色々見て回りたいな」

「永水女子って凄か学校って話だもんね。私も興味あるなー」

そう言いながら階段を登って西館へと進む新道寺の人達からは、明るい声が聞こえてくる。
やはり名門校の一軍ともなると遠征慣れもしているんだろう。
皆の口へと上る言葉は長旅の疲労感が薄く、そしてこれからの数日を楽しみにしているのが伝わってきた。
インターハイを進んだらまず間違いなく敵になるであろう人達ではあるが、こうして楽しそうな様子を見るのはやっぱり嬉しい。

ぬあ、ごめんなさい。ちょっと離席しておりました。再開します


「……」

京子「…ん?」

そんな明るい雰囲気の中に一人だけ暗い表情の女の子が混じっていた。
明星ちゃんに良く似た栗色の髪を二つのピンで軽く纏めた女の子。
ぱっちりした目元が特徴的なその顔はとても整っていて、手が隠れるほど長い制服と相まってとても可愛らしい。
顔立ちそのものは何処か小悪魔めいた雰囲気があるが、しかし、今は暗い表情の所為かそれがまったく感じられなかった。

京子「(アレは確か…)」

去年、新道寺で大将を務めた鶴田姫子選手だ。
でも、去年はもっと明るい感じだったと思うんだけど…一体、どうしたんだろうか。
長距離移動で疲れてるって感じじゃないし、車酔いって訳でもなさそうだ。
何かトラブルでもあって落ち込む事でもあったんだろうか?

煌「…姫子、行きましょ?」

姫子「…うん」

その疑問に答えが出るよりも先に特徴的な髪型をした女の子が鶴田さんへと呼びかける。
二つのおさげを肩に載せているようなその人は和や優希の先輩でもあった花田煌選手だろう。
けれど、以前、二人の紹介で出会った時とは違い、彼女の顔には今、心配の色が強く浮かんでいる。
俺の知る花田さんは何時でも前向きで明るい人だったんだけれども…やっぱり何かあったんだろうか。


春「…京子、お疲れ」

湧「京子さあ、格好良かったぁ」ニコー

京子「ん…ありがとうね」

小蒔「ごめんなさい。私が部長なのに…」

京子「気にしなくても良いのよ。人間、適材適所というものもあるし、何より私達はチームなんだからね

京子「それに私は小蒔ちゃんに一杯助けられているから気に病まないで頂戴」

小蒔「…はい」ニコ

まぁ、正直、鶴田さんに何かあったのかは気になるけど…でも、俺は永水女子の選手だしな。
優先すべきは今、俺の周りにいてくれている彼女達の方だ。
花田さんも鶴田さんの事を気にかけているみたいだし、下手に部外者が出るよりも任せた方が良いだろう。
…そう、そのはずなんだが…何故かさっきの鶴田さんの表情がやけに引っかかるんだよなぁ…。
まるで似たようなものを何処かで見たような既視感がずっとあって…うーん…。

明星「それで…練習開始はもうちょっと先みたいですけどどうします?」

京子「そうね…どうしましょうか?」

小蒔「雀卓も全部ピッカピカです!」

湧「皆で頑張った!」

春「黒糖も準備してる…」

京子「ふふ、黒糖と言うか軽食の類だけどね」

春「糖分の補給は大事。そして黒糖はそれに最適…」

まぁ、春の選んだ黒糖ってかなり美味しいしな。
俺は鹿児島に来るまで黒糖をあんまり食べた事がないけれど、今ではついつい手が伸びてしまうくらいだ。
黒糖自体があっさりしているのもあって、食事の前後に食べ過ぎてしまう事もままある。
麻雀は頭を使う競技だし、きっと新道寺の皆も喜んでくれる事だろう。


京子「まぁ、こうして空き時間が出来た訳だし、皆で練習しましょうか」

明星「そうですね。新道寺の皆さんに情けないところを見せる訳にはいきませんから」

湧「えー」

明星「えーじゃないの。折角、新道寺さんが来てくれてるのにこっちがダラダラする訳にはいかないでしょ?」

春「…京子とイチャイチャする予定だったのに…」

京子「勝手に私を予定の中にいれないで頂戴」

まぁ、適当に皆とダラダラする、というのは魅力的な予定ではあるけれどな。
しかし、春の言っているイチャイチャが決してそれだけで済むとは思えない訳で。
まず間違いなくさっきみたいに抱きついてくるだろう。
そうなると小蒔さんや湧ちゃんも妙な対抗心を燃やして抱きついてくるはずだし…きっとさっきの二の舞いになる。

小蒔「じゃあ、先に練習場の方に行きましょうか」

京子「えぇ。一段落したら新道寺の人達を迎えに来ましょう?」

湧「ん…」

春「…分かった」

明星「では、行きましょうか」

小蒔「はい!」

若干、不満そうな二人とは違って小蒔さんは分かりやすく気合を入れている。
あまり鹿児島の外に出る事が出来ない彼女にとって他校との練習試合というのは未だ新鮮なものなのだろう。
既にインターハイやその予選に二年連続で出ているとは言え、他校との試合回数は十を僅かに超える程度だ。
そんな彼女が思う存分、未知の相手と麻雀を楽しめる、ともなればテンションが上がるのも当然だろう。


京子「ふふ、小蒔ちゃんは本当に麻雀が好きなのね」

小蒔「はい!大好きです!」

小蒔「麻雀って楽しいです。牌の一つで一喜一憂して頑張って…努力して…」

小蒔「勝つのは勿論嬉しいですし、負けるのは悔しいですけど…でも、どっちも頑張ったら頑張った分、楽しくなりますから!」

京子「頑張り屋さんな小蒔ちゃんらしい素敵な言葉ね」ニコッ

小蒔「えへへ」テレテレ

小蒔さんは決して麻雀が強い人じゃない。
いや、オカルト抜きの単純に強さだけで言えば、お屋敷の中で俺に次いで二番目に弱いと言っても良いだろう。
流石に天賦と言っても良いほどの配牌の悪さはないが、未だにイージーミスを見せる事も多いのだから。
だが、小蒔さんは例え練習であっても、毎局毎局、本当に全力で、力いっぱい、頑張って…そして楽しんでいる。
その微笑ましさに思わず頬が緩んでしまうくらいに。

小蒔「でも、京子さんも麻雀大好きですよね?」

京子「え?」

春「…うん、京子は麻雀する時、すっごく楽しそう…」

京子「…そう?」

湧「負けちょる時でもキラキラしちょっ」

明星「えぇ。確かに小蒔さんに負けず劣らず、京子さんも楽しく打っているのが分かりますね」

京子「あ、明星ちゃんまで…」カァ

…そんなに俺ってば分かりやすいのだろうか。
まぁ、別に隠している訳じゃないから、それが伝わっても問題はないのだけれども。
しかし…なんだろうな、こうして言われるとやっぱり何か恥ずかしいと言うか。
湧ちゃんや明星ちゃんにまでこう言われるって麻雀してる時の俺は一体、どんな顔してるんだろう…。


明星「だからこそ、私達も遠慮なく打てるんですよ?」

京子「…じゃあ、今日は負けてる時にはもっと不機嫌になってみようかしら?」

湧「え…そ、そいは困る…」アワワ

京子「ふふ、冗談よ。流石にそんな卑怯な真似はしないわ」

京子「対戦ゲームをやる上で最低限の礼儀だものね」

春「…でも、不機嫌な京子とかちょっとドキドキするかも…」ポッ

京子「は、春ちゃん…?」

小蒔「え?怒られているのにドキドキするんですか?」キョトン

春「ん…京子は何時もそういう所見せないから…」

小蒔「なるほど!新鮮で素敵だって事ですね!」

いやー、それはちょっと違うと思うなー。
とは言え、ここで否定すると小蒔さんは「じゃあ、どういう意味なんですか?」と突っ込んでくるだろうし。
それを説明するのはちょっと彼女の教育に悪すぎる。
小蒔さんは純粋無垢故に下手な事を教えてしまったら、色んなものを拗らせてしまいそうなだからな。
そのピュアさにタジタジになる事はあるけれども、出来れば小蒔さんはそのままで居て欲しい。

明星「そ、それより…新道寺の人達は凄かったですね!」

京子「え、えぇ、そうね!去年のレギュラーだった三人が抜けてるみたいだけどそれでもまだまだ層が厚そうだし!」

明星「去年、レギュラーだった人達以外にも強そうな人達は沢山いますし、団体戦で当たると辛いかもしれません!」

よ、よしよし。
流石は明星ちゃんだ。
多少、強引でも、この場の話題を変えてくれたぞ。
後はこの話題を膨らませていけば、小蒔さんもさっきの春の言葉を忘れるだろう。


湧「だいじょっ」

明星「え?」

湧「あちき知っちょるもん。皆がどれだけ頑張っているか」

湧「だから…皆なら絶対にだいじょっ」ニコー

京子「…湧ちゃん」

春「…うん。私もそう思う…」

春「京子も…姫様も皆、今年のインターハイの為に頑張ってる…」

春「だから…新道寺がどれだけ数が多くて凄くてもきっと負けない…」

…多分、湧ちゃんも春も俺達の事を励まそうとしてくれているんだろう。
普段から明るい湧ちゃんの声はより明るく、そして、落ち着いた春の声はより優しくなっていた。
まるで小さい子どもを励ますようなその声音は二人の優しさを伝えてくれているようである。

京子「…そうね。例え人数が多くても出られるのはたった五人だけな訳だし」クスッ

京子「一人ひとりがしっかりと勝っていけば、差なんてないも同然ね」

春「うん…それに…私達は最高のチームだから…」

湧「例え、白糸台だって、清澄だって、負けんよっ」

明星「湧ちゃん…!」

湧「あ…」

そこで明星ちゃんが声をあげるのは湧ちゃんが清澄の名前を出してしまったからだろう。
ほんの半年前まで俺が通っていて…そして卒業するであろうと思っていた母校。
友人や仲間、そして未だに好きな女の子が通っている母校と俺は敵対しなければいけない。
それを突きつけるのは酷だと明星ちゃんは思ってくれたのだろう。


湧「こ、こらいやったらもし…あちき…そげなつもいじゃ…」

京子「…大丈夫よ。今の私は永水女子の須賀京子なんだから」

京子「清澄の事なんてもう吹っ切れているわ」

嘘だ。
俺にとって清澄での日々はそう簡単に割り切れるような軽いもんじゃない。
確かに俺が昔を思い浮かべる事は少なくなったし、永水女子での生活に対しても前向きになってきてはいる。
だが、俺の中から清澄への郷愁が、何事もなくこのまま続くであろうと思っていた日々への憧憬が、完全に消え去るにはまだまだ時間が掛かるのだ。

湧「…京子さあ」

京子「ほら、それよりもう着いたわよ」

京子「小蒔ちゃん、鍵を開けてくれないかしら?」

小蒔「あ、はい。分かりました」チャラ

とは言え、それらを表に出したら皆が悲しむだけだ。
今や清澄の皆と並ぶほど大事になっている彼女達を傷つけるのは決して本意ではない。
湧ちゃんの何か言いたげな視線は気になるが、でも、ここは強引にでも話題を打ち切るのが一番だろう。

小蒔「はい!開きました!」ガチャ

京子「ありがとう、小蒔ちゃん」

何処か自慢気に扉を開いた小蒔さんの向こうには、軽食や飲み物を乗せた台、ネットに繋げたパソコンなどが並んでいた。
その中でも一際目を引くのが、規則的に並んだ幾つもの全自動麻雀卓だろう。
新道寺と永水女子のほぼ全員をカバーするだけの全自動麻雀卓がこうして並んでいるとちょっとした雀荘のようである。
麻雀部の合宿なんて殆ど参加した事がない俺には分からないが、これならばきっと新道寺の人達をがっかりさせる事はないはずだ。


小蒔「うーん、どれにしましょうか?」

春「オススメは窓側奥から二つ目の子…」

京子「オススメって基本、どれでも変わらないんじゃないかしら?」

春「…ううん。そんな事はない…。ここだけの秘密、あの子は…」

京子「あの子は?」

春「…日当たりが良くてすぐに眠くなりそう…」

京子「ふふ、確かにそうね」

まるで怪しい客引きのような春の言葉に思わず俺も笑みを浮かべてしまう。
春の日差しが差し込むその席は確かにとても暖かそうだ。
今日は気温が低いのもあって、春の言う通り、すぐ眠くなってしまいそうである。
小蒔さん辺りがそこに座ったらきっとまず間違いなくお昼寝を開始してしまうだろう。

京子「でも、あんまりうとうとしてる訳にもいかないし、折角だから別の卓を選びましょうか」

春「…残念」

小蒔「あ、じゃあじゃあ、私、あの子が良いです」ユビサシ

春「うへへ、お客さん、良い目をしてる…」

春「あの子はこの中じゃ一番の新人だよ…」

明星「…それ何時まで続けるんですか?」

京子「多分、春が飽きるまでじゃないかしら?」

湧「わーい!あちきが姫様の選んだ卓に一番乗りー!」

明星「あ、もう…!部費で買ったとは言え学校の備品なんですから乱暴に扱っちゃダメよ」

飛び込むように卓へと着いた湧ちゃんに注意しながら明星ちゃんも近づいていく。
友人であり保護者でもある二人の関係を如実に示す微笑ましい光景。
それに笑みを浮かべながら春と小蒔さんも歩みを進めた。


小蒔「ほら、京子さんも早く来てください!」

湧「早よ麻雀しよ!」

明星「京子さんが来てくれないと始められませんよ」

京子「ありがとう。でも、既に五人いるし、どの道、一人は抜けないといけないから」

俺もその輪の中に行きたい気持ちはあるんだけれどな。
でも、麻雀というのはルール次第で三人でも二人でも出来るが、競技者を増やす事は出来ない。
永水女子麻雀部だけで五人いる以上、一人はどうしても抜けなければいけないのだ。

小蒔「え…でも…」

京子「大丈夫よ。私は霞さんから精神集中の修行をしなさいってそう言われているから」

京子「隅っこの方で精神集中の練習でもしているわ」

湧「でも、新道寺の人達が来るまで結構な時間あるよ…?」

春「…じゃあ、姫様以外が全員一回ずつ抜ける感じで…」

明星「そうですね。それが良いと思います」

小蒔「え?どうして私だけなんでしょう?」キョトン

春「…この中で姫様が一番、練習する必要があるから?」

小蒔「うぅ…弱くてごめんなさい…」

京子「だ、大丈夫よ、小蒔ちゃん。この中で一番、弱いのは私だから…!」

明星「慰めになっていませんけどね」

小蒔「はぅぅ…っ」

あ、相変わらず明星ちゃんは手厳しいな。
まぁ、一番弱い奴が二番目に弱い人の事を慰めても傷の舐め合いにしかならないのは確かなんだけれども。
神様が降りている ―― と皆が言っている ―― 状態の小蒔さんは本当に凄いから、戦力にならないって訳じゃないんだが。
オカルト込みならこの中で一番、荒稼ぎするのが小蒔さんで、二番目が湧ちゃんだからなぁ。


小蒔「ほら、京子さんも早く来てください!」

湧「早よ麻雀しよ!」

明星「京子さんが来てくれないと始められませんよ」

京子「ありがとう。でも、既に五人いるし、どの道、一人は抜けないといけないから」

俺もその輪の中に行きたい気持ちはあるんだけれどな。
でも、麻雀というのはルール次第で三人でも二人でも出来るが、競技者を増やす事は出来ない。
永水女子麻雀部だけで五人いる以上、一人はどうしても抜けなければいけないのだ。

小蒔「え…でも…」

京子「大丈夫よ。私は霞さんから精神集中の修行をしなさいってそう言われているから」

京子「隅っこの方で精神集中の練習でもしているわ」

湧「でも、新道寺の人達が来るまで結構な時間あるよ…?」

春「…じゃあ、姫様以外が全員一回ずつ抜ける感じで…」

明星「そうですね。それが良いと思います」

小蒔「え?どうして私だけなんでしょう?」キョトン

春「…この中で姫様が一番、練習する必要があるから?」

小蒔「うぅ…弱くてごめんなさい…」

京子「だ、大丈夫よ、小蒔ちゃん。この中で一番、弱いのは私だから…!」

明星「慰めになっていませんけどね」

小蒔「はぅぅ…っ」

あ、相変わらず明星ちゃんは手厳しいな。
まぁ、一番弱い奴が二番目に弱い人の事を慰めても傷の舐め合いにしかならないのは確かなんだけれども。
神様が降りている ―― と皆が言っている ―― 状態の小蒔さんは本当に凄いから、戦力にならないって訳じゃないんだが。
オカルト込みならこの中で一番、荒稼ぎするのが小蒔さんで、二番目が湧ちゃんだからなぁ。


明星「まぁ、今まで何度も霞お姉さまにも言われていると思いますが姫様の課題はイージーミスを減らす事です」

明星「特に防御面でのイージーミスは点数に直結しますから絶対になくさなければいけません」

明星「そしてその為には一局でも多く打って経験値を稼ぐ必要があります」

明星「勿論、ただ安寧と打つだけではダメですよ?一回一回、しっかりと頭を使ってください」

小蒔「うぅ…なんだか大変そうです…」

湧「姫様頑張って…!」

春「黒糖があれば大丈夫…」

京子「私達も手伝うから…ね?」

小蒔「はい…頑張ります…!」ググッ

明星ちゃんの言っている事は大変だが、今日のこれは何時もの部活じゃない。
普段よりも濃い密度の練習をする為に連休を利用した合宿なんだ。
折角、普段と違う相手と打てるんだし、なあなあにならないようにしっかりとした目標設定は必須だろう。

京子「ちなみに私は何か課題のようなものを霞さんから言い渡されているかしら?」

明星「いえ、京子さん相手には特に何も。…と言うか、京子さんにそういった課題を言い渡す余地がないですから」

京子「え?」

明星「この中で一番弱いのは確かに京子さんですけど、一番上手なのもまた京子さんですよ」

明星「麻雀の技術、知識と言う面では寧ろ、私達が教えを請わなければいけないくらいです」

京子「そ、そうかしら…?」

明星「少なくともこの中で放銃率最下位は間違いなく京子さんですよ」

明星「まったく…姫様と京子さんを足して二で割ってもらえるとこちらとしては楽なんですけれど」

京子「あ、あはは…」

買われているのは有り難いけど、俺はそんな大層な奴じゃないんだけどなぁ。
確かに放銃率こそ低いが、それは配牌が悪いから早めに降りられるからだし。
俺にごくごく普通の運があれば、また全然違っただろう。
…まぁ、それがないからこそ、俺は「一番上手いけど、一番弱い」なんて有り難くはない評価を頂いている訳だけれども。


明星「じゃあ、とりあえず時間もないですから、はじめましょう。その間、京子さんは…」

京子「えぇ。さっきも言ったけど隅っこの方で精神集中してるから気にしないで」

春「…京子、一人で寂しくない…?」

湧「とぜんのなったら、いっでんゆてね?」

京子「大丈夫よ。春も湧ちゃんも心配性なんだから」

京子「すぐそこに皆がいるのに寂しがるほど私も子どもじゃないわ」

小蒔「でも、もしもの時は遠慮なく言ってくださいね!すぐに私達が行きますから!」

明星「ダメですよ。姫様はずっと麻雀漬けですから」

小蒔「はぅぅ…」

京子「ふふ、ありがとうね。その気持ちだけ受け取っておくわ」

京子「じゃあ、皆、頑張ってね」

コレ以上、側にいると皆の邪魔になりかねないしな。
牌譜を取るならばまだしも、下手に側にいると皆の気が散るのは間違いない。
それに俺自身、精神集中が完全に出来ているとはまだまだ言いがたいんだ。
その状態になるまでに幾らか手間と時間が掛かる俺にとっても、あんまり近くに居すぎるのは良くない。

京子「(さて…と)」

手近な椅子に座りながら手は下腹部へ。
意識はお腹の奥へと置いて、ゆっくりと呼吸を吐いていく。
腹の筋肉を使って、肺の中全部を絞るくらいギリギリまで。
それが終わったら今度は思いっきり吸い込む。
また同じように腹の筋肉を使って、吸い込んで吸い込んで吸い込んで。
そしてまた同じように吐き出す。


京子「(丹田呼吸法…習っておいて良かったな)」

多分、これを教えてくれた初美さんもこんな風に役立つとは思っていなかっただろう。
彼女が俺にこれを教えてくれたのはあくまでも暇つぶしの一環だったのだから。
しかし、それは今、俺にとって精神集中の手段として大いに活用されている。
ホント、人間、何がどういったところで役に立つか分かんねーもんだよなぁ。

京子「(しかし、こうやってると本当に巫女さんの修行みたいだよな…)」

まぁ、俺は神様の力を借りようとしているんだから巫女さんの修行っぽくなるのも仕方のない事なんだろう。
それに朝から禊をしたりしているらしい小蒔さんに比べれば、修行と言っても大分、楽なもんだしな。
こうして呼吸して麻雀が強くなれるきっかけが手に入るならば、万々歳と言っても良い。

京子「(でも…なぁ)」

こんな風に強くなって本当に良いのだろうか?
勿論、俺は麻雀が強くなる為に頑張ると霞さんに返したのを忘れた訳ではない。
今も俺はそのつもりで、こうして精神集中の修行をしている。
だが、そうやって麻雀が強くなる事に『ズルい』イメージと言うのはどうしても拭いきれなかった。


京子「(ダメだ…考えるな)」

それは雑念だ。
本来ならばこういった事を考えない無の状態を目指さなければいけない。
寝る直前のリラックスした状態にこんな思考は必要ないのだ。
しかし、そう思えば思うほど、俺の中に雑念が増え、集中とは程遠い状態になっていく。
結果、俺の心は焦り、焦りが思考に雑念を呼び、雑念が焦りを助長して……まるで泥沼だ。

春「…京子…?」

京子「…え?」

春「大丈夫…?汗…凄い…」

京子「あ……」

藻掻けば藻掻くほど悪い方向へと空回りを続ける俺を救い上げてくれたのは春の声だった。
どうやら俺が泥沼に沈んでいる間に一段落ついたらしい。
こうして俺の目の前にいる春は恐らく、それを伝えに来てくれたのだろう。

春「ハンカチ…」スッ

京子「だ、大丈夫よ。それにファンデーションで汚れちゃうわ」

春「それくらい気にしない…」フキフキ

京子「……ごめんね」

春「…謝らなくても良い…」

京子「でも…」

春「…良いから」

京子「……うん」

俺の額に浮かんだ脂汗を拭う春の手はとても優しい。
何処か慈しむような雰囲気すら感じられるその仕草に焦っていた心が静まっていくのが分かる。
だが、その後に現れるのは、自分の下らない意地でまた心配を掛けてしまったという自責だ。
もうインターハイ予選まで一ヶ月もないのに…まったく前進出来ていない。
このままじゃ足手まといになるって分かっているのに…俺は何をやっているんだ。


春「…嫌な夢でも見た?」

京子「もう。小蒔さんじゃないんだからそう簡単に眠ったりしないわよ」

春「じゃあ…この汗は…どうして?」

京子「…ちょっと日当たりが良すぎたのかしら」

春「京子…」

京子「大丈夫よ。必ず予選までにどうにかしてみせるから」

いや、どうにかしなければいけないんだ。
そうでなければ、俺は皆の足手まといになるしかないんだから。
運という自分ではどうしようもないところで決定的なくらい劣っている以上、何とか神様の力を借りなければ。
そうじゃなきゃ…俺がここにいる意味だってなくなってしまう。

京子「(…でも、出来るのか?)」

霞さんに膝枕されていた時にうっすらと感じた俺とは違う何か別の気配。
輪郭すら分からないほど遠くて、それでも伝わってくるくらい大きくて偉大な『何か』。
こうして修行を初めて数日経ったが、それを感じ取る事は未だ出来ないままだった。
前進への手応えはまるでなく、日々の焦りから寧ろ、どんどんと悪化していっているような気さえする。

京子「じゃあ、誰と交代すれば良いのかしら?」

正直なところ、もっと精神集中の修行に時間を割きたい。
俺が卓についても根本的な運の悪さが解決されていない以上、成長する余地はあまりないのだから。
しかし、ここでそれを口にしても春や皆をさらに心配させるだけだろう。
既に春が呼びに来てくれている以上、ここは元々の予定通り、卓へと着くのが一番だ。


春「…それじゃ私と交代」

京子「いいの?」

春「うん…あっちでそう決まったから」

春「それに京子が居てくれた方が姫様も喜ぶ…」

小蒔「そうですよ。京子ちゃんが居てくれないと私、悲しいです!」

京子「ふふ、ありがとうね。小蒔ちゃん」

春「京子が居たら姫様が最下位にならないから…」

小蒔「え?ち、違いますよ!そ、そんな事考えてないです!」アワワ

京子「はーるーちゃーんー?」ジー

春「…」プイッ

多分、春は気を遣って今の雰囲気を軽くしようとしてくれたんだな。
普段は自己主張をあんまりしない癖に、ホント、そういう所には気がつくんだから。
後でちゃんとお礼をしないとな。
…さらっと人のことを最下位確定みたいな風に言った事も含めて。

明星「では、次は私が抜けて姫様の後ろにつきますね」

明星「基本、牌譜を取って後で見直せるようにしますが…致命的な間違いをしそうになったらダメと言いますので」

小蒔「はい。お願いしますね」

京子「じゃあ、ゆっくり目に打たないとね」

湧「明星ちゃが良かってゆうまでツモはなしにする?」

春「それが良いと思う…」

明星「ごめんなさい、お願いします」

勝負どころならばともかく基本、麻雀は一人辺りの待ち時間って言うのは少ないゲームだからな。
流石に和みたく何が来ても即断即決で打牌するって言うのは殆どいないが、即ツモ切りって言うのは珍しい訳じゃない。
普段と同じつもりでゲームを進めていったらどう考えても牌譜取りが間に合わなくなる。
…尤も、それを平気な顔してやる化け物が世の中にはいる訳だけどさ。
ハギヨシさんとかハギヨシさんとかハギヨシさんとか。


京子「(それはともかく…っと)」

…どうやらさっきの修行の効果はまったくなかったらしいな。
俺の手牌は相変わらず酷いものだった。
最短でも五向聴、それもドラが乗らない限り、かなり微妙な点数にしかならない。
まぁ、精神集中一つで何か変わると思っていた訳じゃないが、こうまで変わらないとちょっと悲しくもなる。

京子「(まだ思い切って手を入れ替えた方が期待値が高くなるレベルだな)」

まぁ、その入れ替える牌すらマトモなのが来ないのが俺な訳だけれども。
入れ替えようとした瞬間、手が進むようになって結果、チグハグな手牌になるなんて何時もの事だ。
結果、和了への速度で負ける、なんて数えるのも馬鹿らしいくらい。
それでも俺がこうして麻雀を続けている事が出来るのは偏に… ――

京子「(…恐らく小蒔さんはテンパイ、待ちは索子…45辺りが臭いな)」

京子「(春はまだテンパイには届いちゃいないだろうけど…デカい手だろう。河を見る限り萬子系は要注意だな)」

京子「(湧ちゃんは…この中じゃ一番、早くテンパイしてる。…いや、それどころか既に一回見逃しているな)」

京子「(湧ちゃんの『能力』からして今は二回目の手組の最中…だが、基本、湧ちゃんはストレートで和了るからな)」

京子「(この中じゃ最も注意が必要だけど…でも、警戒しても意味はない…か)」

京子「(なら、ここは…)」

…この読み合いが途方もなく楽しい。
勿論、そうやって相手の手を読んだところで俺は滅多に勝つ事は出来ない。
ツモ運で確実に競り負けて、勝負どころで相手の当たり牌を引くのが常だ。
しかし、それでも…あぁ、それでもやっぱり麻雀は楽しい。
一歩間違えれば即座に最下位へと転落するそれが、五感の全てを使ってそのギリギリで踏みとどまるスリルが、堪らなく面白かった。


小蒔「はーぅー…」

明星「今回も姫様が最下位でしたか…」

小蒔「ごめんなさい…精一杯頑張ったんですけど…」

京子「仕方ないわ、どうしてもこういうものには向き不向きというものがあるから」

春「…それに姫様はちゃんと強くなっていってる…」

小蒔「ほ、本当ですか?」

明星「えぇ。実際、この一年でイージーミスは大分、減っていますよ」

湧「チョンボもせんようになってる」ニコー

小蒔「えへへ」テレテレ

一年の頃からインターハイで大活躍し、永水女子をシード枠にまで押し込んだ立役者。
そんな小蒔さんが普段はミスが多くて、チョンボだってする子だなんて俺は鹿児島に来るまで知らなかった。
子どもの頃から麻雀に触れ合っていたとは到底思えないそのミスの数々に、俺は幻滅した事は一度もない。
春が言うように小蒔さんはゆっくりとではあるが、今も確実に強くなっていっているんだから。
その歩みは人並みよりも遅いかもしれないけれど、でも、彼女は今も麻雀を楽しみ、そして、前に進んでいる。
まるで成長らしい成長が見えない俺が腐らずに居られるのも、そんな小蒔さんが眩しいから、というのもあるんだろう。

明星「やっぱり京子さんが来たのが良い風に働いているんですかね?」

京子「え?わ、私が?」

明星「えぇ。一応、これで六女仙がちゃんと姫様の周りに六人揃った訳ですし」

京子「あぁ、そう言えばそうだったかしら…」

言われてみれば、一応、俺もその六女仙って言う血筋だったっけ。
そもそも俺は女の子じゃないし、六女仙だと言われても、自覚らしい自覚はないんだけれど。
とは言え、明星ちゃんの言葉は決して無茶苦茶で無根拠な言葉には聞こえない。
原理は分からないが、きっとこうオーガニック的な何かが働いて、ブレンでパワードな感じがリバイバルするんだろう。
そう思う程度には、俺は神様とかオカルトの類の事を信じ始めている。


明星「ふふ、やけに狼狽えていましたけどどういう意味だと思ったんですか?」

京子「う…そ、そういう事聞かないでよ…」

明星「やですよ。最近、京子さんにからかわれる事多いんですから」

明星「仕返し出来る時には仕返ししておかないと」

京子「…そんな事するなんて明星ちゃんってば意外と子どもっぽいのね」

明星「そりゃ当然、後輩ですから。先輩に比べれば子どもっぽいのは当然です」ニッコリ

むぅ…まさかそう返してくるとは。
理想の【石戸霞の妹】を自分の中で強く持っている明星ちゃんならこれで抑えられると思ったんだけどな。
でも、決して嫌じゃない、と思うのは、それが彼女なりの甘え方である事が分かるからだろうか。
きっと少し前の明星ちゃんだったら俺に対してこんな風に言ったりはしなかっただろう。

明星「さて、それじゃまだ時間もあるみたいですしもう一局くらいやりましょうか?」

春「…賛成」

小蒔「はーい。今度は負けませんよ!」

湧「あちきはまた一位取りにいっよ!!」ググッ

明星「ダメよ、湧ちゃんは私と交代するんだから」

湧「あ、忘れちょった」

京子「私が交代でも構わないわよ?」

湧「京子さあ」パァ

明星「ダメです。あんまり甘やかすと本人の為にならないんですから」

湧「うぅ…」

明星ちゃんの言葉に湧ちゃんがしょんぼりと肩を落としている。
ちょっと可哀想だが、確かに明星ちゃんの言う事には一理あるからなぁ。
ここは心を鬼にして湧ちゃんを突き放すべき場面なのかもしれない。


明星「じゃ、早速始めましょう。あんまりのんびりしている時間はないですしね」

京子「そうね。こちらが遅刻して新道寺さんをお待たせする、と言うのも恥ずかしい話だし」

明星「えぇ。それに…私達はきっとまだまだ県予選を安定して勝ち抜けると言えるほど強くはないですから」

……そうだな。
実際、去年の永水女子は霞さんや初美さん、それに巴さんまで居たある種、六女仙のドリームチームだったんだ。
しかし、その三人は今年で引退、代わりに俺や明星ちゃん、湧ちゃんがチームに入っている。
とは言え、その三人が去年の三年生に及ぶかと言えば、答えは否だ。
俺も明星ちゃんも特に能力らしい能力は持たないし、湧ちゃんの能力はハマれば恐ろしいが、その条件を整えるのが難しい。
そもそも、ほぼ和了れないという足手まといの俺がいる時点で、総合的に去年よりも劣っているのは確かだろう。

京子「そうね。私はまだまだ弱いままだし…このままじゃ確かに厳しいわね」

湧「だいじょっ。あちきが何とかするから!」

明星「そう言う湧ちゃんももうちょっと防御面何とかしないといけないとね」

明星「特に手変えの最中、ちょっと見れば分かるようなところに振り込んだ事はさっきも何回かあったでしょ?」

湧「う…手変えの最中はそいばっか考えちょって…」

京子「ふふ、麻雀って複雑だもんね」

湧「うん…覚えなきゃいけない事がずばっ…」

湧「でも、あちき楽しいよ」ニコ

京子「そう。湧ちゃんは本当に良い子ね」ナデナデ

湧「えへへっ」

そもそも湧ちゃんは見るからに体育会系で頭を使うのが得意なタイプじゃない。
それでもこうして彼女が麻雀部に入っているのは姫様と慕う小蒔さんがいて、六女仙がそれに従わなきゃいけないから…ではないだろう。
湧ちゃんは湧ちゃんで苦手分野である麻雀に対して全力で取り組み、そして楽しんでいるんだ。
覚える事が沢山あると言っても、それにめげずに頑張ろうとしている彼女の頭についつい手が伸びて…そのまま撫でてしまう。


春「…明星ちゃん、私は…?」

明星「春さんは…特に言う事がないでしょうか」

春「そ、そんな…」ガーン

京子「…いえ、これは寧ろ喜ぶべきだと思うのだけれど」

春「私も自分の改善点気になるし…何よりナデナデして欲しかった…」

京子「いや、別にこれはご褒美でも何でもないのだけれども…」

春「それでも…して欲しかった…」ジィ

京子「…まったく、しょうがないわね、春ちゃんは」ナデナデ

春「ん…」

この年にもなってナデナデ要求するとか、ホント、春は春で甘えん坊だよな。
でも、そんな所もまた可愛い…なんて思ってしまう辺り、俺は春に甘いんだろう。
何だかんだ言いながらも、こうして春の頭を撫でてしまっている訳だし。
そう自覚してはいるんだけど…軽く目を細めて幸せそうにする春が何とも可愛すぎて手が止まらない。

京子「まぁ、強いていうなら春ちゃんはもうちょっと自分に自信を持っても良いんじゃないかしら」

春「…自信?」

京子「誰かが大きな手を張っているとすぐに安手に振り込むか、振り込ませるかしようとするでしょう?」

京子「去年の団体戦ではそれも通用したけれど…でも、今回は初美さんもいない訳だから」

京子「そうやって流す事を優先せず、自分の和了を優先しても良いと思うのよ」

京子「私から見て、今の春ちゃんにはそれだけの実力がある訳だから」

去年の春を俺はモニター越しでしか見たことがないから分からない。
だが、インターハイと言う大舞台に一年生で立った彼女に、それに足る実力があった…とは本人は思っていないのだろう。
だからこその安手要求、だからこその早流し。
後に稼いでくれるであろう人が待っていると信じて託すそれは、残念ながら今回は通用しない。
春がきっと誰よりも信頼していたであろう初美さんは、今年は出場していないのだから。
だが、代わりに今の春はとても堅実で安定感のあるデジタル派として大きく成長してきている。
お屋敷では霞さんと並ぶほどの放銃率まで下がっている春が崩れるところを俺はあまり想像出来ない。


京子「今から新しい打ち方を模索しろとは言わないわ。それがきっと春ちゃんなりに頑張って考えた答えなのだろうし」

京子「だけど、今の春ちゃんはそんなのに頼らなくても活躍出来るって私は思ってるわ」

春「……ありがとう、京子」

春「次はそういうのなしで…ちゃんと打ってみる…」

春「京子の為にも…皆の為にも…私もしっかりしなきゃいけないから」

小蒔「春ちゃん、あんまり気負っちゃダメですよ?」

湧「うん。あちき達もいるから!」

明星「今年の構成は去年とは違います。けれど、だからこそ出来るやり方があるはずですよ」

明星「しっかりしなきゃ、なんて考えず、皆を頼ってください」

春「…うん」

…あぁ、こういうのって良いよな。
一つの目標に向かって皆が頑張り、支えあう感覚って言うかさ。
俺はその感覚から少し外にズレた所にしか行けなかったから…凄い新鮮だ。
まさにこれこそが青春って感じだよな。
若干、気恥ずかしいけれど…でも、なんだか燃えてきたぜ。
今、俺は無性に麻雀がしたくて堪らない…!

煌「失礼しまーす」

京子「ん?」

その気持ちを言葉に出そうとした瞬間、入り口から聞き慣れない声がした。
反射的にそちらを見れば、新道寺の制服を着た花田さんがいる。
合宿場の部屋に置いてあった学内案内マップを手に持ってここにいるって事は学内の探検中だったんだろうか?


明星「どうかなさったんですか?」

煌「あ、実は人を探していて…鶴田姫子さんご存じないですか?」

京子「鶴田さん…確か去年の新道寺さんの大将だった方ですね」

小蒔「知ってますよ。霞ちゃんが要注意だって言ってました」

明星「も、もう姫様ったら…」

煌「あはは、いえ、気にしないでください」

煌「永水女子の神代さんに警戒されるというのもすばらな事ですから!」

小蒔「…すばら?」キョトン

煌「あ、口癖みたいなものです。あんまり気にしないでください」テレ

他の部分は結構しっかり者なのについつい口癖が出ちゃう花田さん可愛い(可愛い)
それを小蒔さんに突っ込まれて照れながら説明する花田さんはもっと可愛い(超可愛い)
でも、流石に初対面って事になってる人の前であんまりそういう事言うのも失礼だしな。
何より、さっきの花田さんの言葉に気になる点もあるし。

京子「でも、探していると言う事は合宿場にはいないんですか?」

煌「はい。どうやら私が温泉に入っている間に外に出たみたいで…」

京子「それで迷子になった…と言う事ですか?」

煌「いえ、それもない…とは思うんですが、こうも広い学内だとそれも否定出来ませんし…」

煌「携帯も部屋に置いていってるみたいなんで心配で」

京子「なるほど…」

多分、理由としてはそれだけじゃないんだろうな。
本当に迷子になったか心配なだけなら集合時間前にこうして探す必要はないはずだ。
それでもこうして花田さんがマップ片手に探しまわっているのは、それだけ心配する何かがあるから。
しかし、それは決して俺たちに言えない、或いは言いたくない類の理由って事か。


京子「では、私も鶴田さんを探すのを手伝いますね」

煌「ですが…」

京子「大丈夫ですよ。丁度、今、一局終わったところですし」

京子「それに迷子を見つけるのは得意ですから」

長野にいる間、俺はずっとポンコツ幼馴染の面倒を見てきたんだ。
大体、迷子になる奴の行動パターンってのは把握している。
まぁ、今回の場合、本当に迷子かどうかは分からない訳だが、それでもその経験は多少、活かす事が出来るだろう。
何より知らない場所で迷子を探す、と言うのは例えマップがあっても、二次遭難の可能性がある。
ある程度、土地勘のある人間に着いてきてもらった方が花田さんも安心出来るだろう。

春「…京子のええかっこうしい」ポソッ

京子「う…別にそんなんじゃないわよ」

煌「え?」

京子「いえ、何でもありません。それで…如何でしょう?」

煌「…では、少し手伝って貰えるでしょうか?」

煌「私だけでは何処を回れば良いのか分からなくって」

京子「えぇ。勿論ですよ。それじゃ…明星ちゃん」

明星「はい。後の事は任せて下さい」

京子「お願いね」

まぁ、気心の知れた四人で麻雀をしているだけなのに何か問題が起こるとも思えないけどな。
でも、例え何かが起こったとしても、とりあえず後の細々とした問題は明星ちゃんに任せて大丈夫だろう。
いざという時は春もフォローしてくれるはずだし、ここは二人に任せて鶴田さんの捜索に出よう。


京子「それで…何処まで探したんですか?」

煌「実はまだまったく…。事前にここで練習を行うって聞いていたので、先に来ているのかな、と思ったんですが…」

京子「なるほど…ちなみに最後に別れる前の鶴田さんの様子はどうでしたか?」

煌「様子…ですか?」

京子「えぇ。落ち込んでいるとか一人になりたがっているとか…そういうのがあれば少しは判断材料も出来ますし」

少なくとも鶴田さんの様子がおかしかった事だけは確かだろう。
合宿場で見た彼女には去年のインターハイで感じたような輝きはまったくなかった。
表情は暗く、心が暗く沈み込んでいるのが一目で分かるくらいである。
とは言え、それを口に出してしまうと変に警戒されかねないし、ここは花田さんから情報を引き出す方向の方が良いだろう。

煌「分かりません。でも、姫子は一人になりたがっていると思います」

京子「一人になりたがっている…ですか」

煌「はい」

京子「……なるほど」

もし、花田さんの言っている事が正しければ、鶴田さんは大分、ナーバスになっていると考えて良いだろう。
一人になりたいからと部屋に携帯を置いて衝動的に合宿場を出て行くなんてよっぽどの事だしな。
何があったのかは分からないが、しかし、そんなに酷い状態であるならば何とかしてあげたい。


京子「(…って、なんで俺はお節介する前提で考えてるんだか)」

確かに気にはなるが、でも、それは俺にはまったく関係のない話だ。
俺と鶴田さんの接点なんて合宿相手の一部員程度のものでしかないのだから。
生徒会長の時と違って、俺に踏み込むような理由などまったくない。
そうと分かっているはずなのに、お節介を焼いてしまう風に思考が傾くのはどうしてなのか。
数秒ほど考えた俺はようやくその原因に気づいた。

京子「(…あぁ、そうか。鶴田さん…親が離婚した時の咲に似てるんだ)」

咲は幼馴染である俺がその特殊性に気づかないくらい普通な子だ。
麻雀さえ絡まなければ人並みよりもちょっと抜けている何処にでもいる普通の彼女にとって母と姉は勿論、大事な人だったのである。
だが、様々な運命の悪戯から両親は別居。
東京へと引っ越した母と姉に会う事が出来なくなり、寂しさを募らせていた。
鶴田さんが一体、どんな事に思い悩んでいるのかは分からないが…丁度、そんな時期の咲に良く似ている。
さっきエントランスで僅かに会っただけの彼女に既視感を感じたのも恐らくそれが理由だろう。

京子「(何となく放っておけないって思ってしまうのもその所為かな)」

当時の俺はそんな咲に何もしてやる事が出来なかった。
勿論、少しでも気晴らしになるように色んなところに出かけようと誘ったり、話しかけたりはしている。
だが、その程度では俺は幼馴染の中に生まれた暗い陰りを消し去ってやる事が出来なかったのだ。
結果、咲がそれを本当に意味で吹っ切ったのはインターハイが終わって和解した後の事。
その間、ろくに助けらしい助けになれていなかった事を俺は引きずっているのだろう。


煌「あの…大丈夫ですか?」

京子「…あ、すみません。大丈夫です」

恐らく、俺は鶴田さんを助ける事で当時から傷ついた自身の名誉を挽回しようとしているのだろう。
まだろくに知らない彼女の事がこうにも気になり、お節介を焼こうとしている理由なんてそれくらいしか考えられない。
まるで鶴田さんの心の傷を利用しようとしているような自分に自己嫌悪を感じるが、でも、今はそれに浸るような状況ではないのだ。
俺の隣に鶴田さんの事を心配し、わざわざ探しまわっている花田さんがいる以上、まずはその手伝いをするのが先決なのだから。

京子「そうですね…では、一旦、合宿場の方へと戻ってみましょうか」

煌「え…でも…」

京子「確かに一人になりたいのであれば人気のないところに行こうとするでしょう」

京子「ですが、携帯を部屋に置いている以上、本人に遠出をするつもりはなかったはずです」

今の時代、携帯は本当に必需品だからな。
ただ携帯やメールをする端末ってだけじゃなく、ネットを介したゲームだって数多く出ているんだ。
それを置いて遠出をする、と言うのはあまり考えられない。
何より、今回の場合、集合時間が決まっており、ある程度の時間になる前に戻す必要がある。
携帯を時計代わりに使うのが当たり前になっている俺達の世代で腕時計をつけたりはしないだろう。
恐らく鶴田さんは合宿場にすぐ戻れるような場所にいるはずだ。

京子「それと一つお聞きしたいんですが…花田さんは鶴田さんと同室で宜しいんでしょうか?」

煌「はい。そうです」

京子「では、尚の事、合宿場の近くから探して行った方が良いと思います」

京子「合宿場の部屋に置いてあるマップは一つだけですから」

京子「今、花田さんがそれを持っていると言う事は鶴田さんはマップをなしでこの学内を歩いている事になります」

俺には鶴田さんの精神状態は分からない。
だが、地図もなしで学内を探検する!なんて前向きな精神状態ではない事は十分過ぎるくらい伝わってきているんだ。
そもそも一人になりたいからと遠出するような元気があれば、花田さんとてこんなにも心配はしていないだろう。


京子「でも、聞く限り、鶴田さんはそのようなフロンティア精神に溢れる状態ではないはずです」

京子「ならば、合宿場へとすぐに帰れる程度の距離で静かなところが怪しいと思いますよ」

煌「…」

京子「あ、で、でも、これは全部、推測なので違ったらごめんなさい」

あくまでもこれは迷子のプロフェッショナルである咲と長年、付き合ってきた経験からの言葉でしかない。
恐らく咲ならばこれで大体、問題はないだろうが、鶴田さん相手にも当てはまるかどうかは未知数だ。
実際、俺よりも鶴田さんとの付き合いが長いであろう花田さんが目の前で沈黙しているし…もしかしたら外れたのかもしれない。

煌「すばらです!!」

京子「え?」

煌「まるで小説に出てくる探偵みたいな名推理でした!」キラキラ

よ、良かった…さっきの沈黙は「何言ってるんだこいつ」みたいなサムシングじゃなかったのか。
変にそれっぽく語った事に呆れられていたらどうしようと若干、不安だったんだけれども。
しかし、花田さんがそういう人じゃなくてホント助かった。

京子「ありがとうございます。花田さんにそう言ってもらえて光栄ですよ」

煌「あれ?私、自己紹介しましたっけ?」

京子「ふふ、鶴田さんを知っていて花田さんを知らないはずがないじゃないですか」

京子「去年のインターハイでの活躍、しっかり見させてもらいましたよ」クスッ

流石にここで「一度、貴女の友人にご紹介されました須賀京太郎です」なんて馬鹿な自己紹介は出来ないしな。
インターハイでの活躍で花田さんの事を知った…と言う事にしておくのがやっぱり一番だろう。
それだって決して嘘という訳ではないのだから。
時系列が若干、入れ替わってはいるだけである。


煌「ま、まぁ、活躍というほど大した事はしていないんですけどね」

煌「先鋒戦では大抵、マイナス収支でしたし」

京子「でも、準決勝で誰も飛ばずに場を終わらせられたのは花田さんの力だと思いますよ」

京子「あの場を支配していたのは宮永照選手でしたが、主導権を握っていたのは花田さんでしたから」

まぁ、これは後にVTRを見た部長の受け売りなんだけどな。
だけど、後に決勝まで上がってくる阿知賀と全国的にも有名な千里山。
その二校の戦法が半ば心折れかけていたのに対し、花田さんは最後まで抗い通した。
その姿は傍目から見ていても、とても格好良かったと思う。

京子「そのメンタル含め、私にとっては尊敬する雀士の一人です」ニコッ

煌「な、なんだか恥ずかしいですね…」カァ

京子「ふふ。そうやって恥ずかしがる花田さんもすばらですよ」

煌「えへ、ありがとうございます。そう言って貰えると私もすばらな気持ちになります!」

そんな花田さんを見ているとこっちもすばらな気持ちになります。
まぁ、俺はまだすばらって具体的にどんな事を指すのか良く分かっていない訳だけれども。
でも、きっと肯定的な意味である、と言うのは彼女の使い方を見ていると良く伝わってくる。
とは言え、あんまり知ったかぶって使うのも恥ずかしいし、合宿場にはまだもうちょっと時間が掛かりそうだしな。
今の間に具体的な意味とか用例を聞いておくのも良いかもしれない。
でも、まずは… ――


京子「でも、確かに自己紹介はまだでしたね」

京子「改めまして、私、永水女子二年の須賀京子と申します」

煌「…須賀…京子さん?」

京子「えぇ。もしかして何かご存知なのですか?」

煌「い、いえ…そういう訳ではないのですけれど…」

煌「…もしかして長野に親戚で同い年の方とか居らっしゃいますか?」

京子「はい。遠縁ではありますけれど」

煌「あ、やっぱり。じゃあ、もしかして、その人の名前は…」

京子「須賀京太郎、と申します」

ここで下手にそんな人はまったく知らない、とシラを切るのも後々、面倒な話だ。
須賀と言う苗字は決して珍しいもんじゃないが、かと言って、多いって程でもないのだから。
下手をすれば和や優希経由で俺が鹿児島に引っ越した事を知っているかもしれない花田さんの前でその嘘は若干、苦しい。
化粧でかなり誤魔化しているとは言え、骨格が変わった訳ではないから、しっかりと見れば須賀京太郎の面影を見つける事は難しくないだろう。
この身長だって【須賀京太郎】とまったくの無関係だ、と言うよりは須賀家は代々、長身の家系だ、と言った方が幾分、説得力があるしな。

煌「やっぱりそうなのですか」

京子「もしかして彼とお知り合いですか?」

煌「はい。実は後輩の子と須賀君が同じ部活の仲間でして」

煌「後輩経由で一度、紹介して頂きました」

京子「なるほど…それは何とも奇妙な縁ですね」

煌「まったくです」クスッ

まぁ、実際は彼女の目の前にいるのは【須賀京太郎】本人なのだけれど。
しかし、それでも奇妙な縁を感じなくはないよなぁ。
日本全国の中で永水女子と合宿したいって学校はそれこそ沢山あるんだ。
そんな中でよりにもよって殆ど無名に近い【須賀京太郎】を知る花田さんが所属する新道寺が合宿相手だとは。
俺の事を知っているなんて阿知賀か新道寺くらいなものなのに…何とも運が悪いと言うか何と言うか……って ――


京子「…あ」

煌「どうかしました?」

京子「あれ、鶴田さんじゃないですか?」

煌「え?…あ」

俺が指を向けたのは合宿所から伸びる並木道の向こう側にある小さなドーム状の休憩所だった。
そこには新道寺の制服姿で一人ポツンと腰を降ろしている女性の姿がある。
ここからではその顔までは判別出来ないが、その髪の色や髪型からその女性が鶴田さんだと分かった。

煌「確かに姫子ですね」

京子「どうします?話をしに行きますか?」

煌「……いえ、止めておきます」

煌「下手に私が側に行くと姫子さんも息苦しいかもしれませんし」

京子「息苦しい…ですか?」

煌「あ、ごめんなさい…。何でもないんです」

…ここで何でもないと言われても、まるで絞るように下がっていった声のトーンからしてそうは思えない。
正直、凄い突っ込んでしまいたいが…流石に会って一時間も経っていない相手に話せる事情ではないのだろう。
それに俺と花田さんはこうして一緒にはいるけれど、根本的な部分ではインターハイで競い合う可能性の高いライバルなのだ。
身内の情報をそう容易く渡す事など出来ないだろう。


京子「では、私が合宿所へと戻るように行って来ましょうか?」

煌「いえ…今は出来るだけ一人にしておいてあげてくれますか?」

京子「…良いんですか?」

煌「はい。姫子だってきっと分かっているでしょうから」

京子「そうですか…」

花田さんがそう言うのであれば、俺がコレ以上、何かを言う必要はないだろう。
こうして地図を持って探すくらいに花田さんは鶴田さんの事を思っているんだから。
事情をろくに知らない俺の判断よりも、彼女の方はこの場では正しいはずだ。

京子「では、これからどうします?」

煌「ん…そうですね。実はちゃんと準備出来ていないまま飛び出してきたので…」

京子「ふふ、花田さんは結構、慌てん坊なんですね」

煌「う…お、お恥ずかしい」カァ

京子「でも、それだけ花田さんは鶴田さんの事を大事に思っているって事なんでしょう?」

煌「はい。私の大事な親友ですから」ニッコリ

お、おぉ…なんて優しい笑みなんだ…!
小蒔さんとはまた違った意味で良い人オーラが伝わってくる。
以前、優希と和に紹介された時も思ったけど、ここまで良い人オーラを持つ人は滅多にいない。
小蒔さんとは違って世間知らずって訳じゃないから心配にはならないが、こうついつい甘えてしまいたくなるような雰囲気がある。


京子「だったら恥ずかしがる必要なんてないですよ」

京子「寧ろ、微笑ましくて私、素敵だと思ったくらいですから」

煌「あ、ありがとうございます」テレ

そう言って笑う花田さんの笑みはとても魅力的なものだった。
勿論、魅力的と言っても、異性として心惹かれるようなものではない。
それは見ている人の心の中がぱっと明るくなるような優しい笑みだ。
そして花田さんの顔にその笑みはとても良く似合っている。
ずっとそうやって笑っていて欲しい、とそんな事を一瞬、考えてしまうくらいに。

煌「そう言えば須賀さんは永水女子の人ですけれど、やっぱり巫女さんなんですか?」

京子「…あ、やっぱりそのイメージがありますか」

煌「失礼かもしれないですけど…ありますね」

確かに俺もまったく外部に居た頃には永水女子についてやっぱりそのイメージが強かったなぁ。
そもそも、制服嫌いで有名な千里山の江口セーラ選手でさえ試合の時にはちゃんと女子制服を着ていたのに、永水女子の皆は最初から最後までずっと巫女服であり続けたのだ。
まるで自分達は生徒なのではなく、巫女なのだとアピールするようなその姿に巫女以外のイメージが抱けるだろうか。
まぁ、俺はそれ以上に美少女おっぱい軍団(初美さん除く)のイメージも強かった訳だけれども…それはさておき。
ともかく普通の人が永水女子の試合風景を見て、所属者全員が巫女さんだとそう思うのはごくごく当然だろう。


京子「でも、その答えはNOですよ」

煌「え…そうなんですか?」

京子「はい。私は巫女じゃありません。ごくごく普通の一般人です」

煌「…あまりそういう風には見えないのですが…」チラッ

京子「…そんなに私、巫女っぽいでしょうか?」

煌「いえ、巫女っぽいって言う訳ではないんですけれど…」

煌「立ち振舞一つ一つが洗練されていて…俗っぽさがないというか」

煌「雰囲気的にも育ちが良くって、深窓のお嬢様とか巫女さんとかそんな感じに思えるんです」

京子「ふふ、ありがとうございます」

そういう意味では未だに続けている舞の稽古はちゃんとはっきりと成果らしい成果を出してくれているのだろう。
最初は教養の一部として半ば強引にやらされていた訳だけれども、今はちゃんと自分の意志で続けたい、と思っているし。
それが形になっている事を知らされるのは、やっぱり嬉しくて…少しだけ頬が緩みそうになる。
まぁ、今も若干、気恥ずかしくはあるが、何処かのやんごとなき身分の人なんじゃないかと推察された時よりはマシだ。

京子「でも、私、本当にお嬢様でも何でもないんですよ。本当に一般人ですから」

京子「こうして永水女子にいるのも、ある事情で小蒔さんの家にお世話になっているからで」

京子「そうでなければ学費どころか入学費すらきっと払えません」

煌「なるほど…」

より正確に言えばお世話になっているというよりもお世話にならされているって方が近いんだが。
まぁ、その辺りの恨みつらみを花田さんにぶちまけても失礼なだけだからな。
とりあえずそういう事にしていた方が色んな意味で角が立たないだろう。


京子「とは言え、結構、家の中では巫女服を着てる事も多いんですけどね」

煌「え?どうしてですか?」

京子「お恥ずかしい話、お洒落と言う事には基本、無頓着な人間なので」

煌「そうなんですか?お化粧もばっちり決まってますし、そういう風にはあまり見えませんが…」

京子「ふふ、外面だけはそれなりに良いんですよ私」

化粧だけはしっかりしておかないと即社会的死亡が待っているからな。
こうしてお姉さまらしい立ち振舞を覚えたのも全て必要に迫られて、である。
実際の須賀京太郎は顔立ちは平凡だし、雑用根性の染み付いた何処にでもいる一般人だ。
悲しいかな、エルダーだの何だのと言われている外での評価ほど俺は素晴らしい人間ではない。

京子「それに一緒に暮らしている小蒔さん達は大抵、巫女服なんです」

京子「そんな中、一人、私服の人間が混ざっていると…その…結構、浮いちゃうでしょう?」

煌「なるほど…それはちょっとすばらくないですね」

京子「えぇ。すばらくありません」クスッ

実際は着る服がなくて着慣れた ―― そして着慣れたくなんてなかった ―― 巫女服に頼ってしまっているんだけれど。
未だに俺の私服は初美さんと買いに行った数着くらいしかないからなぁ。
初美さんは部屋着として使っても気にしないだろうが、あんまりポンポン着る気にはなれない。
アレは俺にとってまさによそ行き用と言っても良いような代物なのだから。


煌「須賀さんの巫女服姿も中々に気になりますね」

京子「あら、そうですか?こんな身長の高い女が着ても似合わないと思いますけれど…」

煌「寧ろ、私はその身長は巫女服が映えて、すばらになると思いますよ」

京子「ふふ、ありがとうございますね」

京子「でも、それでしたらきっと生で見れますよ」

煌「え?」

京子「インターハイはきっと皆さん今年も巫女服で出るでしょうから」

京子「私もきっと巫女服で花田さんの前に立つ事になると思います」

勿論、インターハイでの組み合わせが決まったどころか、まだインターハイ予選すら始まっちゃいない。
しかし、主力がごっそり抜けたとは言え、新道寺は未だ北九州最強にして名門である。
よっぽどの大番狂わせがない限り、まず間違いなくインターハイには出てくるだろう。
永水女子の方はこれからの仕上がり次第ではあるが、県予選で蹴躓くつもりはない。
インターハイでもお互い優勝を目指して勝ち上がるのだから、何時か直接対局する機会もあるだろう。

煌「い、いや、私は今年レギュラーになれるか分からなくて」ワタワタ

京子「そうなのですか?」

煌「はい。去年もそもそも捨て駒みたいなものでしたし」

煌「実力的には新道寺ランキング上位の人達に比べて一段劣りますから」

京子「…でも、花田さんは去年のインターハイで先鋒という激戦区を経験した人です」

京子「各校のエースが集まる先鋒戦を乗り越え、あのチャンピオンまで抑えた経験はかなり重視されると思いますよ」

京子「私が監督であれば花田さんを外すという選択肢はないです」

多くの強敵と相対し、それでも尚、新道寺が勝ち上がる礎となった花田さん。
今年の新道寺の戦略がどういったものかは分からないが、その経験は間違いなく大事なものだ。
来年はチームにいない三年生という立場もあるし、俺が監督ならばまず間違いなく起用する。
まぁ、新道寺の一軍に所属する人達の実力なんて殆ど知らないからこそ言える事なのかもしれないけど。


煌「もう。あんまり持ち上げられると困りますよ」ピコピコ

煌「そういうすばらな事言われて本気になったらどうするんですか?」ピコピコ

京子「……」

煌「…須賀さん?」

京子「あ、いえ、なんでもありません」

…なんか花田さんの垂れ下がっている髪がピコピコ揺れてるけどきっと気のせいだよな。
まるで犬の尻尾みたいに上下に揺れてたけど、目の錯覚に違いない。
人間の髪は神経が通っている訳でも何でもないんだから。
気分次第で勝手に動き出すとかそんなオカルトやスタンドやグルメ四天王はありません。

京子「っと、もう着いちゃいましたね」

煌「ふふ、もうって感じるくらいすばらな時間だったと言う事ですね」

京子「えぇ。本当に」クスッ

京子「余計に花田さんのファンになってしまうくらいすばらな時間でした」

煌「も、もう。須賀さんったら」ピコピコ

…俺は何も見てない。何も見てないぞー。

京子「じゃあ、開けますねってあら…」ガチャ

煌「あら…?」

「おや…花田さん。どうかしたの?」

煌「監督…これは…」

「ふふ、皆、もうやる気満々みたいでね」

俺が扉を開いた先に待ち受けていたのはさっき別れたばかりの新道寺の監督さんだった。
そして、その後ろには既に何人もの生徒達が集まっている。
何処か待ちきれない顔でエントランスホールに集まった生徒達の顔は期待と興奮が強く現れていた。
ウズウズとそんな擬音が聞こえてきそうなその姿は、きっと皆、麻雀が好きだからなのだろう。
別れた時は温泉や探検と言って楽しそうにしていたのに、今はもう麻雀がしたくて堪らないって感じだ。


「折角、休憩あげたって言うのに早く打ちたくて仕方が無いみたい」クスッ

京子「まぁ」クスッ

「それで永水さんさえ良ければ、先に練習場へと連れて行ってやって欲しいんですけれど…」

京子「こちらは構いませんよ」

京子「実は私達も既に練習場で始めちゃっていますから」

「はは、どこも大体、一緒って事ですね」

京子「えぇ。そのようで」

この辺りは永水だの新道寺だのの違いはまったくないって事だな。
考えても見れば、ここにいるのは名門、新道寺で一軍になるくらい麻雀を頑張っている人達なんだ。
休憩時間の途中で耐え切れなくなってしまうくらい麻雀が好きでも、なんらおかしい事はない。

京子「花田さんはどうします?」

煌「ん、私もこのまま一緒に行きたいですけど、でも、準備が有りますから」

煌「場所はもう分かっていますから、先に行っていて下さい」

京子「えぇ。分かりました」

煌「それで…後で出来れば須賀さんとも打ちたいのですけれど…」

京子「はい。私の方からも是非お願いしたいです」

煌「ありがとうございます」ニコッ

勿論、俺はインターハイ出場選手のお眼鏡に適うほど強い訳じゃない。
もしかしたら俺と打った瞬間に幻滅されてしまうのではないかという不安はやっぱり俺の中にもあった。
しかし、だからと言って、折角、花田さんから言い出してくれたそれを無碍にしたくはない。
それに…元々、麻雀をやる気になっていたのをお預けにさえてのこの光景だからな。
目の前の新道寺の人たちに充てられたのか…さっきから余計に麻雀したくてウズウズしてる。


京子「では、皆さん、行きましょうか」

「はい。案内ばよろしくお願いします」

「おねーさん、身長どれくらい高かと?」

京子「ふふ、乙女の秘密です」

「えー」

「でも、180は超えとーよね?」

京子「えぇ。大体その後半くらいですね」

「高かぁ…」

京子「とは言え、去年、宮守からインターハイに出ていた姉帯選手の例もありますし」

「あー姉帯選手も凄い高か人よねー」

「確か2m超えちょるって聞いとーと」

「2m……最早、巨人やなか…」

そんな話をしながら俺の後ろをついてきてくれる新道寺の人達。
その姿はごくごく普通の女子高生だけれども、でも、彼女達は日本でも一握りの実力者達なんだ。
本来なら俺と一緒に打つ事なんてまずないであろう実力者達から少しでも何かを掴まないと…な。
数段実力が劣る今のままじゃ俺は永水女子の足手まといではなく、この合宿全体でのお邪魔虫になってしまう。
そんな気持ちを胸に俺は皆が待つ練習場へと向かって… ――


―― 結果から言えば新道寺の人達は本当に強かった。

惨敗惨敗アンド惨敗。
ろくに和了れないという俺の運の悪さは合宿中でも変わらなかったらしい。
対戦相手が変わっても半ば銀行のような扱いだった。
勝つ事はもう半ば諦めているとは言え、やっぱり常に焼き鳥が続くのは応える。
ましてや、今回は他校からわざわざ練習しに来てくれている人達がいるのだから、尚更だ。

京子「(失望…されたよなぁ)」

俺を除いた四人は名門新道寺を相手に一歩も退かなかったらしい。
安定して麻雀が上手な明星ちゃんや春を始め、それなりに勝ち星をあげていた。
しかし、そんな彼女たちの活躍とは裏腹に俺の成績はまったく振るわない。
殆どが3位か4位しか取れない俺は、最後に発表された総合成績で見てもドンケツだった。

京子「……ふぅ」

その所為だろうか。
シィンと静まり返った練習場で俺は椅子に背中を預けながら小さくため息を吐いた。
俺と同じく掃除を言い渡された子達は既にこの場にはいない。
掃除が終わった後、お腹がペコペコだと言って合宿所の方へと戻っていった。
故にこの場にいるのは俺一人。
……その所為か、やっぱり色々と考えてしまうのだ。


京子「(俺は…やっぱり足手まといだ)」

脳裏に浮かぶのは今日の練習風景。
それは普段、お屋敷でやっているそれとさほど変わりがないものだった。
どれだけその場その場で最善と思える切り方、鳴き方をしてもあと一歩及ばない。

京子「はぁ…」

煌「お疲れ様です、須賀さん」

京子「あ、花田さん…」

煌「…大丈夫ですか?何だか表情がすばらではないようですが…」

京子「えぇ。大丈夫です」

…まさかまったく和了れないので困っていました、なんて花田さんに言う事は出来ない。
こうして普通に話はしているものの、それでも彼女は俺たちにとってはライバルなのだから。
弱みを見せれば漬け込まれる…とまで思っている訳ではないけれど、やっぱり抵抗感はどうしても俺の中にあった。
それにまだ会って一日も経っていない俺にそんな事を相談されても、花田さんが困るだけだしな。
既にそれを打開する方法は分かっているのだから、その悩みは俺が解決をつけるべきなのだ。

京子「それにしても…やっぱり新道寺の人たちは強いですね…名門なのも頷けます」

京子「ランキング上位の人には手も足も出なくて…特に友清さんは私を含めて他家を完全に抑えていましたし」

永水女子のメンバーの中で一番、麻雀が上手であろう明星ちゃんでも競り負けていたくらいである。
友清さんは三年生であり、一年生の明星ちゃんと比べると経験が段違いなのだろうが、それでも去年のインターハイに出てこないのが不思議なくらいの実力者だ。
去年、レギュラーを張っていたメンバーの半数以上が抜けているのにも関わらず、この上、まだ友清さんみたいな実力者がいるなんて。
人数ギリギリで代わりに男を無理矢理ねじ込んで来ている永水女子からするとその層の厚さは本当に羨ましい。
名門の強さってこういう層の厚さでもあるんだろうなぁ、きっと。


煌「友清さんは去年のランキング5位、今年はランキング2位の方ですから」

京子「なるほど…強いのもある種、当然という事ですか」

煌「えぇ。それに友清さんは去年、チーム作りの都合で実力があるのにもかかわらずレギュラーに入れませんでしたから」

煌「今年のインターハイに対する思い入れも人一倍強いのだと思います」

京子「確かに凄い気迫でしたね」

友清さんは一打一打にとてつもない気合が入っていたからなぁ。
練習試合だと言うのに、まるでインターハイで戦っているような鋭さだった。
こっちも真剣じゃなかった訳じゃないが、まるっきりその気迫に飲まれていたくらいだし。
三年生でもう後がないからとっても必死なんだ、と思っていたけれど、それだけじゃなかったんだな。

京子「そう言えば友清さんが2位なら1位は誰なんですか?」

煌「それは…」

京子「あ…聞いてはいけない事でしたか」

煌「いえ…大丈夫ですよ。別に隠す事の程ではありませんし」

煌「ただ…言っても信じて貰えるか分からなくて」

京子「実は花田さんとか…」

煌「あはは、私はもっと下の方ですよ」

煌「新道寺のナンバーワンは姫子です」

京子「鶴田さんが…ですか?」

俺も彼女と一度は対局しているが…けれど、鶴田さんにそれほど強いイメージはなかった。
勿論、去年の時点で新道寺の大将を任せられ、白糸台の大将、大星淡相手に一歩も退かなかった彼女が弱いはずがない。
実際、対局した時に俺は見事にボコボコにされてしまったし、紛れも無く実力者なのだろう。
しかし、鶴田さんを前にして友清さんほどの勢いもプレッシャーもまったく感じなかったのだ。


京子「(いや、それどころか…感情の起伏すらろくになくって…)」

幾ら練習試合だお遊びだと言っても、皆、真剣に麻雀をやっているのだ。
和了られたら悔しいし、和了れたら嬉しいのが当然である。
しかし、彼女はどんな状況でもその表情を変化させる事はなかった。
軽く俯いたままの暗い表情でずっと打ち続けていたのである。
他の新道寺の人達が表情豊かであっただけに何処か不気味に思えたくらいだ。

煌「彼女は今、ちょっとスランプなだけなんです。本当はもっと凄い人なんですよ」

京子「今の状態で…ですか?」

煌「ふふ、そうは見えませんでしたか?」

京子「はい…実際、私も対局しましたけど…はっきりと強さが伝わってくるくらいでしたし」

煌「しかし、本来の姫子さんの実力はあんなものではありませんよ」

煌「何せ、彼女はあの白水さんを超えるすばらな打ち手なんですから」

京子「白水選手を…」

新道寺のエースと言えば、やっぱり去年、副将を務めた白水哩選手だろう。
元々、白水選手は新道寺の先鋒を務めていたくらいの人だった。
並大抵の実力ではなくエース同士のぶつかり合いでもそうそう負けなかったと聞いている。
ポジションが副将になってもそれは変わらず、千里山の船久保選手や白糸台の亦野選手、阿知賀の鷺森選手がいる卓で4万以上も稼いだんだから。
竹井先輩をして一人だけ格上だと言わしめた白水選手は並大抵のエースではないのだろう
そんな白水選手を超えるってだけで俺には化け物のように思えるくらいだ。


京子「でも、それを私に言って良かったのですか?」

京子「こうして合宿しているとは言え、私はいずれぶつかるかもしれない相手なんですよ?」

煌「構いません。いずれバレる話ですし…それに…」

京子「それに?」

煌「姫子はインターハイまでにそれを乗り越えてくれるって私は信じていますから」

京子「…花田さん」

煌「部長…白水さんがいなくても姫子は強いです。とてもとても…強い子ですから」

その言葉は自分に対して言い聞かせるようなものなど欠片もなかった。
恐らく花田さんは本当に心から鶴田さんが立ち直れるとそう信じているのが伝わってくるくらいだ。
花田さんは数年前、長野から福岡に転校していったと聞いているが、その数年の間に二人の間には強い絆が生まれているのだろう。
基本、さんづけで人を呼ぶ花田さんがただ一人だけ呼び捨てにする相手な訳だしな。

京子「ふふ…では、私が何か言う事はありませんね」

京子「精々、合宿の間に鶴田さん達のデータを集めて対戦の時に使わせて貰おうと思います」

煌「あら…結構、ちゃっかりしてるんですね」

京子「えぇ。ちゃっかりしてるんです。それに…私にはこれくらいしか役に立てませんから」

現状、俺はろくに戦力らしい戦力として数えられないレベルだ。
合宿している相手が全員格上であるという事を差し引いても、流石に総合成績最下位と言うのはきつい。
自覚はあったつもりではあったんだけど…俺が劣っている事をはっきりと突きつけられた訳なのだから。
相手が名門の一軍相手だとは言っても、俺がインターハイに出場する選手達に一段劣っているのは否定出来ない。
だからこそ、焦りを覚え、こうしてらしくない言葉を口にしてしまう。


煌「…須賀さん」

京子「あ、それで…何か御用ですか?」

煌「あ、そろそろお食事の時間だと呼びに来たんですよ」

京子「え…?…もうそんな時間なんですか」

時計を見ると練習が終わってからもう結構な時間が過ぎていた。
俺が一人練習場でぼーっとしている間に、世界から随分と置いてけぼりにされたらしい。
花田さんもお腹が空いているだろうに…ちょっと申し訳ない事をしてしまったな。
もう思う存分、ネガネガした訳だから合宿場に別れを告げて花田さんと一緒に帰ろう。

京子「すみません。お手数をお掛けしてしまって」ペコッ

煌「いえいえ、気にしないでください」

煌「そもそも私が自分で須賀さんを呼びにいく事に立候補したようなものですから」

京子「え…?立候補…ですか?」

煌「はい。元々は永水女子の滝見さんが行くつもりだったみたいなんですが…」

煌「どうせなら永水女子ではない人が呼びに行った方が合宿らしい、とそういう話になってしまって」

煌「それでしたら、と私が手をあげて立候補した訳です」

京子「なるほど…ありがとうございます」

一応、他の新道寺の人とも悪くはない関係にはなっているが、やっぱり一番、気兼ねなく話せるのは花田さんだしな。
こうして隣に並んで歩くのももう違和感がないくらいになっている。
鹿児島に来るよりも前に優希達の紹介で知っているとは言え、この短期間でこれだけ仲良くなれたってのは相性めいたものもあるのかな?
何となくではあるけど花田さんとはあまり他人って気がしないんだよなぁ。
実は前世で仕えられてたりとか…はは、まぁ、そんなのある訳ないか。


京子「そう言えば今日の献立は何でした?」

煌「どうやらカレーみたいですよ」

京子「カレー…なるほど、合宿の王道ですね」

煌「えぇ。比較的、簡単に数が作れて、味もルゥを使えばそれなりになりますし」

京子「料理の腕の差が出にくい料理ですよね」

勿論、本気で拘ろうと思えば幾らでも拘れる料理だけどな。
知り合いの中にはルゥの中に自分好みのスパイスを入れて味を調整するような猛者もいるし。
店の中には何週間も煮込み続けて野菜を溶かし続けるってところもあるだろう。
だが、市販されているルゥを使うだけでもそれなりの味になるのだ。
その上、切る、炒める、煮込むと単純な三工程だけで済むのだから合宿には持ってこいの料理である。

煌「でも、殆ど永水女子の皆さんの活躍で終わったらしいですけどね」

煌「私は見ていませんが、何ともすばらな手際だったと評判でした」

京子「ふふ、皆さん普段から料理慣れしてますからね」

煌「へぇ…やっぱり調理実習とかあるんですか?」

京子「勿論、調理実習もありますが…基本的にはお屋敷の方ですね」

京子「料理洗濯掃除なんかは全て自分たちでやらなければいけないので」

煌「そうなんですか。永水女子に通っているという事はお嬢様というイメージが強かったんですが」

京子「お嬢様である事に間違いはありませんよ。少なくとも麻雀部にいる人達は名家の出身ですから」

京子「しかし、その分、花嫁修業というものも結構、厳しいみたいで」

煌「なるほど…」

……まぁ、あんな山奥で暮らしている理由なんて花嫁修業ってだけじゃ説明はつかないだろうけどな。
一応、あそこは神境ととか言う神様のお膝元らしいし、巫女としての修行とか色々あるんだろう。
それでも親が側にいない理由ってのは想像出来ないけど…その辺は俺もエルダーだの練習だのが忙しくて聞けていない。
それもまた何時か…聞かなきゃいけない事だよな。


煌「では、須賀さんも料理上手なんですか?」

京子「実は私はそれほどでもないんですよ」

煌「え?」

京子「勿論、出来ないって訳ではないんですが、多分、あの中で一番、下手なのは私です」

煌「意外ですね…寧ろ、一番、上手そうに見えるのに」

京子「言い訳って訳じゃないんですが、私も一年前までは普通に暮らしていたので」

京子「料理とかは全部、母親任せだったんですよ」

京子「子どもの頃から家事全般を仕込まれた皆さんにはやっぱりどうしても及ばなくて」

京子「麻雀もまだまだ初心者で、皆さんの足手まといになりっぱなしで…」

煌「え?」

京子「ん?」

煌「…須賀さんって麻雀歴どれくらいなんですか?」

京子「高校に入ってから始めたので、一年ちょっとって感じですか」

煌「い、一年…!?」ビックリ

まぁ、確かに一年やってて総合成績最下位は驚かれるレベルなのかもしれない。
周り全部が格上とは言え、俺は今回の合宿でも一度たりとて和了れないままだったからなぁ。
そろそろビギナーズラックなんて効かないとは言え、一年もやっていたらもうちょっと和了れていてもおかしくはない。
花田さんの驚きはきっとそういったものなのだろう。


煌「…私、須賀さんってもっとベテランの人だと思っていました」

京子「え?そうですか?」

煌「はい。だって、私との対局の時でも一度も放銃はなかったじゃないですか」

京子「それは運が良かった…いえ、悪かったからですよ」

京子「ずっと配牌が悪すぎて勝負出来るレベルじゃなかったんです」

煌「ですが、一度だってベタオリはしていませんでしたよね?」

京子「それは…」

煌「…不思議に思って私、牌譜をさっき見せてもらいました」

煌「確かに須賀さんの配牌は悪かったです。それも一度や二度ではなく…殆どが」

煌「普通ならまず間違いなく勝負に行くような手ではありません」

煌「ですが…須賀さんは常に局が終わるギリギリまで勝負に行っていました」

煌「和了を目指して足掻いているのが伝わってきましたよ」

京子「……」

そう俺に言ってくれる花田さんの顔は何時もと変わらないものだった。
まるでこれが何でもない雑談の一種のようなごくごく普通のもの。
説教めいた響きはなく淡々と事実だけを述べるようなそれを俺は否定出来ない。
実際、俺は一度たりとも途中で勝負を諦めた事などなかった。
例え、どれだけ手が悪かったとしても途中で諦めてベタオリした事なんて本当に数回だけである。

煌「そもそも私なら、そんな配牌ばかりで勝負に行こうなんて思いません」

煌「下手にリスクを犯すよりも次の局を待った方が良いですから」

煌「ですが、須賀さんはどんな手でも勝負に行って…そして、その上で相手の和了牌を抱えて、止めている」

煌「そんなのすばらな事、普通の人は中々、出来ませんよ」

煌「だから…」

京子「でも…」

煌「え?」

京子「…でも、和了れなければ意味がありません」

だが…幾ら勝負を諦めなかったところで…それに一体、何の意味があるだろうか。
勿論、真剣勝負の中で意味があるのは勝敗だけだ、なんて極論を言うつもりはない。
生死がかかっていない以上、その中で得られる沢山のものの方がきっと大事なのだ、と分かっている。
だが、麻雀という遊戯のルール上、どれだけ足掻いて、努力して、勝負しても…和了れなければ一点たりとも貰えないのだ。


京子「どれだけ振り込まなくても勝負に行っても…点数にならなければ意味がありません」

京子「点数が高い人が勝つのが麻雀である以上、私は弱いんです」

京子「どれだけ上手だと言って貰えても…ベテランだと言って貰えても…私が弱いという事実に変わりはありません」

京子「そして…永水女子にとって私が足手まといだという事もまた」

京子「……このままでは私の所為で永水女子は負けてしまうでしょう」

煌「須賀さん…」

京子「…ふふ、だけど、このまま終わるつもりはないですけどね」

煌「え?」

京子「インターハイまでには必ず強くなってみせますから」

…それは勿論、強がりだ。
俺が弱いのは単純に自分自身の運に依るものなのだから。
それを鍛える方法が上手くいっていない以上、そんな自信満々に言えるはずがない。
少なくとも【須賀京太郎】なら、そんな事は決して言えなかっただろう。

京子「さっき花田さんが鶴田さんの不調を伝えてくれたお返しです」クスッ

京子「尤も…私の場合はわざわざ教えなくてもバレていたと思いますけれど」

煌「…そんな事はないですよ」

京子「ふふ、ありがとうございます」

花田さんのその言葉が一体、何を否定しようとしたものなのかは分からかった。
しかし、彼女のそれが優しさから出たものであるという事に疑う余地はない。
その表情は俺に優しく言い聞かせるようなものだったのだから。
ならば、俺がここで言うべきはやっぱりお礼なのだろう。


京子「っと、そろそろカレーの良い匂いがしてきましたね」

煌「そうですね。何ともすばらです」

京子「えぇ。食欲をそそるいい匂い…」グゥ

京子「あ…」カァァ

煌「…聞かなかった事にしておきますね?」

京子「お、お願いします…」

まさかこんなところで腹の虫が鳴ってしまうとは…。
くそぅ…花田さんに凄い格好悪いところを見せてしまったな。
こんな事なら対局している間、素直にお菓子を摘んでいればよかった…。
対局に集中していた所為でそんな気持ちにはならなかったんだが…こうして女の人の前で腹が鳴るよりはマシだろうし。
幾ら食べ盛りな年頃だっつっても、今のはかなり恥ずかしかったぜ。

春「…京子」

京子「あ、春ちゃん、それに皆も…」

小蒔「京子ちゃん、おかえりなさい」

明星「おかえりなさい、京子さん」

湧「京子さあ、待ってた!」

京子「…待ってた?」

そんなことを思いながらエントランスへと入った俺を永水の皆が迎えてくれた。
おかえりなさいとそう言ってくれる皆の暖かさに頬が緩みそうになる。
でも、俺を待っていたって…どうしてだ?
何か俺にすぐ伝えなきゃいけない事でもあったんだろうか?


京子「何か用事でもあったの?」

明星「ふふ、まぁ、用事と言えば用事かもしれませんね」

小蒔「皆一緒に御飯を食べようと思いまして」

春「…何時もやっている事」

湧「うん!」ニコー

京子「あ…」

…そうか。
わざわざ俺が帰ってきてくれるまで食事を待っててくれたのか。
まったく…湧ちゃんなんかは俺と並ぶくらいの大食漢なのに。
幾らかお菓子は摘んでいたとは言え、きっとお腹が減っているはずだ。
それなのにまったく不機嫌にもならず、こうして笑ってくれている。
…いや、それに感謝を伝えるよりもまずは… ――

京子「ごめんなさい。私、待っていてくれるなんて知らなくて…」

明星「気にしないでください。こっちが勝手にやった事ですから」

春「それに…京子がいないと味気ない…」

小蒔「ご飯は皆で食べてこそって事ですね」

京子「…皆」

煌「ふふ、皆さん、仲が良いんですね」

小蒔「花田さんもお疲れ様でした!」

明星「ご足労おかけしてすみません」

煌「いえいえ、私も須賀さんとお話したい事は沢山ありましたから」ニコッ

京子「こちらこそ一杯話せて楽しかったですよ」

煌「光栄です。では、また後で」

京子「えぇ。また後で」

本来ならここで花田さんも食事に誘うのが一番なんだろうけどな。
合宿所内には既にウキウキとした様子で温泉へと向かっている新道寺の人たちも見える。
食事の開始時刻が何時だったかは俺には分からないが、恐らく食べ終わっている女の子も幾らか出てきているだろう。
そんな中に一人で帰すのは若干、可哀想だが…しかし、こっちには湧ちゃんがいるんだ。
見知らぬ人の前で方言を使う事に並々ならぬ警戒をする彼女がいるのに食事には誘えない。


京子「じゃあ、私達も行きましょうか」

小蒔「はい。実は私もお腹ペコペコで」

明星「湧ちゃんなんかさっきお腹鳴らしてたもんね」クスッ

湧「あ、明星ちゃ…っ」カァァ

京子「…ま、まぁ、そんな事もあるんじゃないかしら?」

春「…もしかして京子もお腹鳴ってた?」

京子「…実は」メソラシ

小蒔「ふふ、京子ちゃんも腹ペコさんですもんね」

明星「まぁ、京子さんの場合、仕方ないと言えば仕方ないですけど…」

湧「明星ちゃ…あちきの時と言ってる事違う…」

春「…まさか贔屓?」

明星「ち、違います!体格とか総合的に考えた上での判断ですから!!」カァァ

まぁ、俺は隠してはいるけれども男な訳だしな。
湧ちゃんと俺とで対応が違うのはある種、仕方ない事なのだろう。
それを分かっていて突っ込んでいく春が何とも意地悪と言うか。
こう完全に明星ちゃんを手玉に取ってるよな。

京子「無駄にごつくてごめんなさいね」フフッ

明星「…ホントです。ちょっとは小さくなってください」スネー

京子「それは流石にちょぉっと無理があるかしら…?」

春「…それに小さい京子って言うのも何か嫌…」

小蒔「確かに京子ちゃんと言えば大きいってイメージありますね」

湧「あちきからしたらまるで山…!」

京子「もう。山は言い過ぎよ」

そんな下らない話をしながら入った食堂はカレーの良い匂いが充満していた。
それはきっと壁際にデーンと大鍋が二つ置いてあるからだろう。
ここからじゃ中身は見えないが未だ湯気が若干立ち上るそれはきっとカレーだ。
…しかし、なんで二つもあるんだ?
横には業務用炊飯器も置いてあるから片一方が白米…って事もないと思うんだけど。


京子「鍋が二つ?」

小蒔「あ、中辛と甘口と二つ作ったんですよ」

春「…甘口が苦手って人もいるし…中辛食べられないって人もいるから…」

明星「いっそ二つ分けて作った方が無難かな?と」

京子「なるほど…でも、大変じゃなかったかしら?」

明星「準備する手間は一つ作るのとそれほど変わりがありませんから大丈夫ですよ」

湧「そいに鍋を分けた方が出来上がいが早えし」

小蒔「二つの味が楽しめると評判でしたよ」

京子「なるほど…」

確かにこれだけの大人数となると鍋を分けた方がメリットが大きいのかもな。
一つの鍋で一度に全部煮込もうとすると火が通るだけでも結構な時間が掛かるだろうし。
これもまた皆で生活している中で生まれた知恵って奴かな。
俺も覚えておかないと。

湧「そいよりあちき達が作ったカレー、早く食べて」ニコー

京子「ふふ、そうね。お腹も空いているし…頂きましょうか」

春「…当店はセルフサービスとなっております…」

京子「じゃあ、皆でカレー盛っていかないとね」

明星「そうですね。食堂も広いですし、わざわざ席取りに行く必要もないですから」

小蒔「ふふ、楽しみですねっ」

京子「えぇ。どんな味かしら」

まぁ、流石にお屋敷で作っているカレーみたいに手の込んだものじゃないんだろうけどな。
そもそもそれだけ手の込んだものを作れるだけの時間的余裕なんてなかったし。
しかし、それでも楽しみにしてしまうのは皆の料理の腕を知っているからか、或いはお腹がもうペコペコだからか。
まぁ、どっちでも良いか。
大事なのは俺の目の前にカレーがあるって事だ。
ヒャッハー!もう我慢出来ねぇ!カレーだ!!!


京子「…って湧ちゃん?いきなり二つ行っちゃうの?」

湧「えへへ。お腹空いちょるから!」ニコー

春「…京子は一つで良い?」

京子「…さ、流石にいきなり二つ行くつもりはなかったかしら…」

確かにお腹が減っているとは言え、いきなり二つの皿に別々のカレーを入れるつもりはなかった。
一応、これでも男な訳で…おかわりくらいは余裕で出来るけれどさ。
しかし、あんまり食べ過ぎると、もしかしたら男だとバレてしまうかもしれないし…かなり控えめにするつもりだったんだが…。
湧ちゃんのを見てると俺もそうした方が良かったかな?とか、そんな事をちょっと思ってしまう。

明星「…もう。湧ちゃんったら…」

京子「ふふ、でも、湧ちゃんらしくて良いじゃないの」

春「…そう言いながら二皿目を準備しようとしてる?」

京子「流石にそれはしないわよ。……ちょっと迷ったけど」

湧「ないごて?京子さあもすれば良かのに」

京子「私があんまり人前でそれをやっちゃうと大変だからね」

春「…じゃあ、後で私のを分けてあげる…」

小蒔「あ、それじゃ私のもあげますね」

京子「ふふ、二人共ありがとう」

身長180を超える大女がカレーをおかわりしまくるとなると色んな意味で目立ってしまう。
けど、他の人から貰っている分ならそれほど目がつかないはずだ。
ちょっと恥ずかしいがここは二人の提案を受け入れておこう。
帰った後、霞さん達に言えば何かしら作って貰えるだろうけど、火を起こすだけでお屋敷は一苦労だからな。
変にそうやって手間を掛けてしまうのは申し訳ないし、それにあんまり間食するのは健康にも良くない。
それより皆でこうして席について、腹いっぱい食べるのが一番だろう。


小蒔「それでは京子ちゃん」

京子「はい。それでは皆さん、お手を合わせて…頂きます」

「「「「「頂きます!」」」」」

湧「んん~♪」パクパクモグモグ

京子「湧ちゃんったら本当に美味しそうに食べるわね」

春「作った側としては嬉しい…」

小蒔「えぇ。見てるだけで頬が緩んじゃうくらいです」

明星「私としてはもうちょっと落ち着きをもって欲しいんですけどね」

湧「そいは無理!」

明星「自慢気に言わないで。…それと口元にカレーついてるわよ」フキフキ

湧「んー」フカレ

春「…それでこれからどうする?」

京子「んー…確かこれから先は自由時間だったかしら?」

勿論、後でまた牌譜検討会があるけれど、それまでは自由時間だ。
その時間は決して長くはないが、温泉に入るくらいの余裕はあるだろう。
とは言え、俺達が今、ここで温泉に入るメリットってのがそんなになぁ。
時間の短縮を考えれば今ここで温泉に入るのも手なんだが…どの道、俺達はどうしてもあの山道を登らなきゃいけない訳で。
その時にどうしても汗をかいてしまう以上、今ここで温泉に入る意味は薄い。


小蒔「やっぱり皆でお風呂ですか?」

春「…うん、京子も一緒に…」

京子「残念だけど私はちょっと無理かしら」

春「えー」

小蒔「えー」

湧「えー」

京子「分かってるのにそういう事言わないの」

俺だって入れるものだったら入りたいよ…!!
美少女と美女で溢れかえった女湯を覗くってのは古来から続く男のロマンでもあるんだからな!!!
でも、一時の欲望に身を任せてそういう事をしてしまうと社会的に死亡確定とかそういうレベルじゃないんだ…!
間違いなく塀の向こう側へと送られてしまうような大事件になってしまう。
それを考えたら、はいはいと調子よく頷いて風呂に付き合う事は出来ない。

小蒔「でも、この前、一緒に入ってくれるって言ってくれたのに…」シュン

京子「た、確かに言ったけど…でも、今日は流石に無理よ」

湧「え?どうして?」

京子「だって、私、まだ水着持っていないもの」

俺がこの前、初美さんに買ってもらったのは私服が数着程度だからな。
まだ夏にもなっていないのに水着なんて買ってもらっている訳がない。
何だか最近、男として意識されていない感満載な小蒔さん達ではあるが、流石に水着がないと言えば諦めてくれるだろう。


春「…水着なんて必要ない」

京子「…はい?」

春「同性なんだし恥ずかしがらなくても良いから…」

京子「は、春ちゃん…?」

小蒔「そうですよ!皆で裸のお付き合いをしましょう!」

湧「京子さあの背中を流すのはあちきに任せてね!」

……皆は何を言っているんだ?
え、いや、マジで何言ってんの!?
水着必要ないって事は…え?裸!?
裸ってちょ…おま…どう見てもご褒美…い、いや、新手の拷問じゃねぇか!!

京子「あ、明星ちゃん…」

明星「…諦めてください」

諦めろって軽く言うけどな!!
もし、混浴って話が現実になった時に大変な思いをするのは俺なんだよ!!
と言うか、もっと皆が小蒔さんや湧ちゃんにちゃんとそういうのを教育しといてくれればこんな事にはならなかったんだって!
だから、そんな風に諦めないでもうちょっと頑張って…っておい、こら明星、目を背けるなあ!!


小蒔「京子ちゃん…ダメですか?」ジィ

京子「え、えっと…その…と、とりあえず他の人がいるところじゃダメよ」

京子「私も色々と事情があるから…バレちゃうと大変だしね」

小蒔「じゃあ、お屋敷でなら良いんですね」

京子「えっと、それは…」

春「…きっと大丈夫」

湧「じゃあ、あちきも入るー」

京子「わ、湧ちゃんまで…!?」

湧「だって、元々、そげ約束じゃったもん」

京子「そ、それはそうだけど…」

春「…私も勿論、お付き合いする…」

京子「ほ、本気なの?」

春「…勿論。女に二言はない…」ググッ

春「…それに京子がどんな風に狼狽えるか楽しみだし…」

京子「そ、そんな理由で…?」

春「…本当は他にも色々あるけど…でも…」

京子「え?」

春「…何でもない。やっぱり京子を辱めたいのが本音」プイッ

おい、こら、そこの黒糖巫女。
そんな下らないにも程がある理由で異性と混浴するって本当にそれでも良いのか。
と言うか、下手すりゃ貞操の問題にも発展しかねないんだけどその辺、分かってくれてます!?
俺だって何時までも羊でいるって訳じゃないかもしれないんだぞ!!


小蒔「じゃあ、後は明星ちゃんですね」

明星「い、言っときますけど私は絶対、嫌ですからね」カァァ

湧「えー」

小蒔「えー」

明星「えーじゃないですよ。もう…」プイッ

明星「こればっかりは絶対譲れません。ぜええったいです」

春「…明星ちゃんは恥ずかしがり屋…」

明星「ち、違います。裸で、とか言う皆さんの方がおかしいんですよ」

よーし、明星ちゃんその調子だ!
もっと言ってやれ!
あんまり頼りない気がするけど、この場では明星ちゃんだけが頼りなんだ!!
出来れば混浴そのものがなしになるくらい思いっきり言ってやってください!オナシャス!


春「…そんなに女同士で裸の付き合いがするのがダメ?」

明星「う…」

小蒔「え…だ、ダメだったんですか?」

明星「え、えっと…それは…」

小蒔「私、皆とお風呂に入るのが好きだったのに…これからそれもしちゃいけないんですね」ジワッ

明星「ひ、姫様は良いんですよ!姫様は!!」

春「…じゃあ、どうして明星ちゃんはダメなの?」

明星「そ、それは…だ、だって、京子さんですし…」

春「…そう。明星ちゃんにとってやっぱり京子は特別な人なんだ…」

明星「ふぇ…っ!?」カァァ

明星「そ、そそそそそそんな訳ないじゃないですか!人聞きの悪い事言わないでください!」

あ、明星ちゃんの顔が真っ赤になってる。
多分、それはよっぽど恥ずかしかったってだけじゃなく普通に心外だったんだろうなぁ。
明星ちゃんからすれば特別な人は霞さんただ一人な訳だし。
ついこの前もそう宣言した彼女にとって、男である俺が特別など到底、認められるもんじゃないんだろう。
…何だか自分で言ってて悲しくなってきたけど、恐らく事実からそう遠くはないはずだ。


春「でも、明星ちゃんは霞さんだけじゃなく私達ともお風呂に入ってる…」

湧「うんうん。お背中流し合いっこもしちょるよ」

小蒔「私の髪も洗ってくれますよね?」

明星「まぁ、そうですけど…」

春「でも、京子にはそれが出来ない…と言う事は京子が特別…」

明星「た、ただ単純にそこまで心を許してないだけです!」

小蒔「え…明星ちゃん、もしかして京子ちゃんの事…」

明星「き、嫌いじゃないですよ。嫌いじゃないですけど…でも、問題はそういう所にあるんじゃなくって…」

湧「またぎゅーする?」

明星「しません!」

……あ、ダメだ、これ。
完全に春の術中にはまってるって感じ。
そもそも俺が男であるって事を言えない明星ちゃんが絶対的にこの場で不利ってのもあるけどな。
ソレ以上に敗因として挙げられるのは明星ちゃんが下手に真面目な分、周りの言葉を真正面から受け止めてしまうって事だ。
こっちをからかってくる事も決して少なくない癖に、相変わらず彼女は攻められると弱いらしい。

明星「も、もう…京子さんも手伝って下さいよ…」

京子「だって、さっき私は明星ちゃんに諦めろって言われたし」

明星「どれだけ子どもっぽいんですか…!」

京子「それくらいショックだったのよ。まさか明星ちゃんに見捨てられるとは思っていなかったから」

と言うか、明星ちゃんの立場からすれば絶対に阻止する方向へと動いてくれると思ってた。
何だかんだ言って彼女はお屋敷の中で一番、俺のことを男として意識してくれている子だからな。
そんな相手が姫様と慕う人や親友が裸で男と混浴するとなるとなれば絶対にNOと言うと思っていたのである。
それなのにGOサインとは言わずとも黙認したのがちょっと意外というか何というか。
明星ちゃんが小蒔さんや湧ちゃんの事を大事に思っているのは間違いないと思うんだけど…なんだろう、この違和感。


京子「まぁ、混浴そのものをなしにする方向なら共同戦線を取るわ」

明星「…分かりました。背に腹は変えられません。その方向性で手を組みましょう」

京子「ふふ、契約成立ね」

春「…また二人が内緒話してる…」

湧「仲良し?」

小蒔「えへへ、ちょっと寂しいですけど仲良しな二人を見るのは良いですね!」

仲良しと言うか仲良しにならざるを得ないと言うか。
まぁ、明星ちゃんは決して嫌いじゃないからそういう風に見られて嫌じゃないんだけれども。
しかし、仮にも元凶 ―― まぁ、可愛らしい元凶ではあるけれど ―― にそう言われると何か違うような気がする。
本人に悪気も悪意も他意もまったくないだけに絶対、口には出来ないけど。

明星「と、とにかく…京子さんとの混浴はダメです」

小蒔「仕方ありませんね。無理に誘うのもいけない事ですし」

湧「うん。明星ちゃ抜きの四人でお風呂に…」

明星「わ、私抜きでもダメです」

小蒔「え…?でも、さっきは止めなかったじゃないですか」

明星「あ、アレは…まさか本気とは思ってなかったですから」

春「…京子に諦めろって言ってたのも…?」

京子「冗談の類だと思ってたからでしょう、きっと」

湧「むぅ…」

一気に意見を翻した明星ちゃんとそれを援護する俺に湧ちゃんが面白くなさそうな目を向ける。
それは俺や明星ちゃんに対する嫉妬、というよりも、混浴そのものがダメになりそうな雰囲気だからだろう。
何だかんだ言いながらも湧ちゃんは俺との混浴を楽しみにしてくれていたらしい。
一体、それだけ楽しみにする要素が何処にあったのかは俺には分からないけど…ちょっと悪い気もする。


春「…じゃあ、本当に明星ちゃんは京子の事は特別じゃない…?」

明星「当然じゃないですか」

春「独占欲とか嫉妬とかは無関係…?」

明星「えぇ。私にとってそれは霞お姉さまただ一人に捧げるものですから」

春「じゃあ…最近また二人でコソコソしてるのはどうして?」ジィ

明星「う…」

そ、そう来たかぁ…。
多分…春の目的は混浴そのものよりもそれを問いただす事だったのだろう。
これまで小蒔さんや湧ちゃんを煽ったり、明星ちゃんを突っついたのは全てそれを聞き出す為なのだ。
声のトーンは変わらないままに、真剣さが強くなったその瞳が何より如実にそれを語っている。
まるで虚偽は絶対ゆるさないと言わんばかりのその姿には普段の穏やかさが殆ど感じられないくらいだ。

明星「…ちょっとした頼まれ事があるだけですよ」

春「…それは人に言えない事?」

京子「私が秘密にしておいてって言っているのよ」

とは言え、それは別に春や皆に話しても何ら問題のない事ではある。
既に計画は第二フェーズへと入り、生徒会長の善行を喧伝する方向になっているんだから。
俺のネガティブキャンペーンを行う必要性は最早、薄く、俺への風当たりもこれから弱まっていく事だろう。
とは言え、あんまりポロポロと皆にそれを漏らすとまた変に心配されかねない…と思って口止めしてたんだけれども。
…もしかしたら逆効果だったかもなぁ。


春「…じゃあ、それはまた京子が辛い立場に立たされたりしない事…?」

京子「…春ちゃん」

春「私は…この前、納得した」

春「京子がそれを選んだのならって…尊重しようと思った」

春「でも…やっぱり京子が不当な噂で貶められるのは辛い…」

春「我慢しなきゃいけないって分かってても…どうしても反論したくなって…」

春「京子が一番辛くて我慢してるからって…側に行きたくなってしまう」

今回の件で一番、辛い思いをさせてしまっているのはやっぱり春なのだろう。
ついこの間まで彼女は学校でもお屋敷でもずっと俺の側にいてくれたのだから。
もし、俺に親友と呼べる相手がいるのだとすれば、それは春以外にあり得ない。

京子「(そんな近づくな…なんて言われたら納得してても心配するのが当然だよな…)」

さっきのようにからかっては来るものの春は根がとても心優しい子なのだから。
噂に対して反応するな、俺に近づくな、というだけでかなりのストレスのはずだ。
勿論、【須賀京太郎】の方は普通に接しているし、事情も伝えて納得して貰ってはいる。
しかし、だからと言って彼女の心労が消える訳じゃない。
そんな事は俺も分かっていたつもりだけれど… ――

京子「…ごめんなさい」

春「…謝らなくても良い。京子がやろうとしている事はきっと正しい事」

春「そもそも一回、納得した私がこういうことを言う方が卑怯…」

春「でも…それでも私はコレ以上、京子に辛い思いをして欲しくない…」

春「正しくなくて良いから…格好悪くても良いから…」

春「…普通に笑って…普通に楽しんで…普通に頑張って…ここでの日々を過ごして欲しい」

春「…その気持ちはきっと姫様も湧ちゃんも同じだと思う」

小蒔「……はい」

湧「……うん」

謝罪するしかない俺の前で小蒔さんと湧ちゃんがゆっくりと頷いた。
あの時、最後まで納得しなかった二人は、未だその当時の気持ちを持ち続けているのだろう。
春や俺の説得に頷きこそしたものの、不承不承と言った感じで決して納得していないのが伝わってきていたんだから。
一度は納得したと言った春でさえ辛いとそう漏らすほどの状況の中で、優しい二人がその気持ちを変えているはずがない。


湧「京子さあは人並んよかずっときばっちょるし…」

小蒔「京子ちゃんは私にとって大事な大事なお友達です…。彼女もそうですけど…でも…」

小蒔「仕方のない事だと思っていても…友達が悪く言われているのは…どうしても良い気がしません…」シュン

明星「…大丈夫ですよ。姫様」

明星「京子さんはコレ以上、悪く言われたりしないはずですから」

春「…本当に?」

明星「はい。お約束します。ここから先は噂が収束していくと」

勿論、そんな風に約束出来るほど簡単な話ではない。
噂というのはやっぱりどうしても制御不能な化け物なのだから。
今のところこっちの読み通りに状況も動いてくれているがこれから先はどうなるか分からない。
噂の渦中にある俺がエルダー選挙という一大イベントを控えている以上、それまではどう転んでもおかしくはないだろう。
少なくとも、俺はどんな突飛な尾鰭がついても驚かない自信がある。

京子「明星ちゃん…」

明星「大丈夫ですよ。いざという時には私が責任を取りますから」

京子「…馬鹿」

明星「好きでもない女の子の為に自分を犠牲にしようとした京子さんにだけは言われたくないです」クスッ

それでもそうやって言い切ったのは、本来なら俺が背負うべき責任を自身で背負い込む為なのだろう。
軽々しく終わると言えなかった俺の代わりに彼女は自分から槍玉にもなりかねない場所へ登ってくれたのだ。
……明星ちゃんは俺に言われたくはないと言うけれど、俺だって明星ちゃんにだけは馬鹿って言われたくはない。
霞さんに頼まれたからってここまでする必要はないだろうに…本当、お人好しなんだから。


春「…じゃあ…明星ちゃんを信じる」

小蒔「私も…信じます」

湧「あちきも」

明星「ありがとうございます、皆さん」ニコッ

京子「…そしてごめんなさい。私の我儘で…」ペコッ

小蒔「良いんですよ。何時も私達が京子ちゃんのお世話になっているんですから」

湧「うん。そいに京子さあは何も間違った事はしちょらんよ」

春「……ううん。やっぱり我儘」

小蒔「は、春ちゃん?」

春「私も姫様も湧ちゃんもとても傷ついた…」

皆はそう言ってくれているけれど…やっぱり春の言葉に尽きるだろう。
どれだけ言い訳をしても、取り繕っても、俺は自身のエゴでこんなにも良い子たちを傷つけているんだから。
湧ちゃんも春も俺のことを間違っていないと言ってくれたが…間違っていないはずがない。
本当に俺が何一つ間違っていないなら、彼女達をこんな風に傷つける事なんてなかっただろう。

京子「そうね…それは分かっているわ」

京子「でも…もう今更、これを止める事は出来ないの。だから…代わりに私に出来る事なら何でもするから」

春「…ん?今何でもするって言ったよね…?」

京子「え?えぇ…言ったけど…」

…アレ?
なーんか風向きがおかしくなってない?
いや、確かに俺は今、何でもするって言ったけどさ。
なーんか凄い嫌な予感と言うか、早まったような気がしてならないというか…。
い、いや、大丈夫だって。
この中では春は誰よりも俺と一緒にいてくれているんだ。
親友と言っても良いような彼女のことを俺が信じなくて一定誰が信じるんだよ!


春「じゃあ、お詫びに一緒にお風呂…入ろ?」

京子「え?」

春「勿論、姫様も湧ちゃんも一緒に」

小蒔「え?良いんですか!?」パァ

春「うん…京子が何でもしてくれるらしいから」

京子「ちょ、ちょっと待って!待って!?」

いや、確かに言ったけど!確かに言ったけどさ!!
でも、なんでそこで一緒にお風呂って話に戻るんだよ!?
そういうのって明星ちゃんからさっきの話を引き出す為の取っ掛かりじゃなかったの!?
まさか本気で春は俺と生まれたままの姿で風呂に入るつもりなのか…!?

春「…待たない」

京子「春ちゃん!?」

春「皆を心配させた罰…京子は私達と一緒にお風呂に入る」

小蒔「えへへ、楽しみですね」ニコー

湧「うんっ」ニパー

春「…それに二人はもうその気」

京子「う…うぅ…」

さっき明星ちゃんがダメだとそう言って一度は諦めたからだろうか。
ニコニコと楽しそうに笑う二人の顔はとても嬉しそうなものだった。
顔を合わせて明るい笑顔を見せる二人に俺はどうしても「それはなしで」と言う事が出来ない。
勿論、下手に一緒に風呂なんかに入ると大惨事になるのは分かっているが…なんでもすると言ったのは事実だし…。
何より、二人が俺のせいで辛い思いをしてるってのはさっきまざまざと見せつけられたんだ。
こうして笑顔を見せる二人からその喜びを取り上げるって考えただけですげー悪い事のような気がしてならない。


京子「…明星ちゃん、その…」

明星「私、京子さんの事信じてますから」ニコ

京子「う…明星ちゃんはそれで良いの?」

明星「えぇ。少なくともこっちに火の粉は飛んでこなくなったみたいですし」

おいこらそこのシスコン巫女。
確かに話の主題は再び俺と皆との混浴に移ったけどさ!
でも、だからってあっさりこっちを裏切るのは反則じゃねぇ!?
つか、このままだったら俺、明星ちゃんの親友や姫様と裸のお付き合いをする事になるんだけど本気でそれで良いのか!?

明星「京子さんヘタレですから問題になったりしないって信じていますよ」

京子「う…」

そりゃそうだけどさぁ。
でも、今回がヘタレなまま終われるかどうかなんて分かんないんだぜ?
もしかしたら俺の中のケダモノが解き放たれて、三人に襲いかかるかもしれないじゃないか。
明星ちゃんはそう言ってくれるけど、正直、俺の方は自分をあんまり信じられない。
健全な男子高校生の性欲がどれだけやばいかって事を俺は常日頃からひしひしと感じてる訳で。
ここ最近は性的な意味での禁欲生活がずっと続いているだけに自分でもどうなるか分かんないぞ…。

湧「ごちそーさまっ!」

小蒔「わわ、湧ちゃんもう二杯食べちゃったんですか」

湧「ん。わっぜか美味めかったから!」ニコー

明星「私もご馳走様…です」

明星「で、湧ちゃん、急いで食べ過ぎて口にカレーついてるわよ」

湧「え?ど、何処?」

明星「ちょっと待って。今、拭いてあげるから」フキフキ

湧「んー。あいがとっ」

春「…ご馳走様…」

そんな俺の不安をよそに皆はどんどん食事を終えていく。
日頃から食べる速度が早い湧ちゃんだけじゃなく、明星ちゃんや春まで食べ終わっちゃっている。
さっきまでは俺の方が早かったんだが…どうやら悩んでいる間に追いぬかれてしまったらしい。
まだこっから先をどうするか決めかねているけれど、皆を待たせるのもアレだし、とりあえずカレーを食べきってしまうか。


明星「それで…改めてこれからの予定なんですけど…」

春「…どっちにせよ一回、お風呂には入っておきたい…」

小蒔「え?でも、後で京子ちゃんと一緒に入るんですよね?」キョトン

春「そ、その前に出来るだけ身体を綺麗にしておきたいし…」カァ

京子「…そんなに気にするならお風呂はなしに…」

春「しない」キッパリ

ですよねー。
ここでなしにするくらいなら最初からあんな事言い出しちゃいないだろうし。
つーか、それだけ俺の事、意識してるなら、尚更、混浴とか避けた方がいいと思うんだけど。
俺を辱める為なのは分かるけど、色々と身を削り過ぎだろう…。

小蒔「それじゃ私も春ちゃんにお付き合いしますね!」

湧「良く分からんけど、あちきも綺麗にする!」

京子「そんなに気合入れなくても良いと思うんだけど…」

春「…京子のエッチ」カァ

京子「な、何が…!?」

今の会話の一体、何処にエロい要素があったと言うのか。
確かに男と混浴するって年頃の女の子にしちゃ色々と恥ずかしいのは分かるけどさ。
でも、お風呂に入る為にお風呂に入るって何だか本末転倒な気がしてならないと言うか。
そこまで気合入れる必要があるのか?って思うのはごくごく普通のものじゃないだろうか。


小蒔「明星ちゃんはどうします?」

明星「んー…そうですね。京子さんと二人っきりになると色々と身の危険も感じますし」

京子「あ、明星ちゃん?」

明星「ふふ、まぁ、今日は熱いですから。私も軽く汗を流したかったですし、お供しますよ」

明星ちゃんまでお風呂に…となると、ここから先は俺も一人って事か。
ちょっと寂しいけど、それはそれで仕方ないよな。
ここで俺が皆を引き止められる権利はない訳だし。
皆があがって来るまで大人しく自主練でもやっておくか。

京子「それじゃ皆、私の事は良いから入ってきて」

小蒔「でも、まだ食器が…」

京子「それくらい私がやっておくから」

明星「良いんですか?」

京子「えぇ。どうせ暇だもの」

まぁ、暇と言ってもやる事もやりたい事も沢山ある訳だけどさ。
ただ、どれも取り急ぎやる必要があったりはしないし、何よりゴールデンウィークはゆっくりしてくれって明星ちゃんに言われてるんだ。
あんまり必死になって、何時もと同じスケジュールを消化しようとしなくても良いだろう。


春「…じゃあ、出来るだけすぐにあがってくるから…」

京子「もう。そんな事気にしなくても良いのよ?」

京子「女の子なんだもの。ゆっくりしていらっしゃい」

春「でも…京子が寂しがる…」

京子「ふふ、そんな事言いながら本当は寂しいのは春ちゃんの方じゃないの?」

春「ひ、秘密…」プイッ

はは。
秘密なんて言ってもその仕草一つで春の気持ちなんて手に取るように分かるよ。
飄々としているように見えて、春ってば案外、寂しがり屋だからなぁ。
稽古や自主練で会えなかった後は【須賀京太郎】の方でも抱きついてくるくらいだし。
お陰で俺は毎日、その柔らかくて素敵な感触に悩まされている訳だが…まぁ、それはさておき。

明星「それじゃあ京子さん、申し訳ないですけど甘えてしまいますね」

小蒔「京子ちゃん、ありがとうございます」

湧「あいがとっ」

京子「えぇ。皆、楽しんできてね」

そう言って去っていく皆を見送ってから俺は再びカレーを口へと運ぶ。
そのままもぐもぐと咀嚼するそれはさっきよりも味気なかった。
やっぱり周りに皆が居なくて一人で食べている所為かな。
ここ最近ずっと誰かが周りにいて一人でこうして食事する事なんてなかったし余計にそう思えるのだろう。
…さっき春にはああ言ったが、やっぱりちょっと…うん、ほんのちょっとだけど俺も寂しいかもしれない。


京子「ご馳走様でした…っと」

まぁ、幾ら味気ない食事でも腹の虫には敵わない。
一人になって会話する相手もいなくなった俺は一人前をペロリとたいらげ、全員分の皿を重ねた。
幾ら平皿とは言え、六枚も並ぶと結構、バランスも悪いが、まぁ、数が数だしな。
食堂のすぐ近くに厨房があるとは言え、何度も往復するのは面倒だし、一回でやりきってしまおう。

京子「…あ」

そんな事を思いながら足を踏み入れた厨房には先客がいた。
業務用のかなり大きなシンクの中で皿を洗う彼女は恐らく鶴田さんだろう。
俺の位置からでは後ろ姿しか見えないが、元気の無さが伝わってくるような背中を見間違えるはずがない。
シュンとしたその後ろ姿は花田さんと一緒に鶴田さんを探していた時と同じく妙に庇護欲を擽るものだった。

京子「こんばんは。鶴田さん」

姫子「ひゃんっ」ビックゥ

京子「あ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたか」

姫子「い、いや…そぎゃん事ないですよ」

姫子「と言うか貴女は…確か須賀さん…?」

京子「えぇ。さっきぶりですね」

まぁ、さっきと言っても俺が鶴田さんと対局したのは一回だけだからなぁ。
それだってあっさりと終わって、ろくに会話らしい会話も出来ていない。
他の人とは真剣勝負に最中ながらもそれなりに会話出来てたんだけど、鶴田さんとはそれがまったくなかった。
俺への印象が薄くても仕方ないし、ちゃんと名前を覚えててもらえただけでも光栄と思うべきだろう。


京子「あ、隣宜しいですか?」

姫子「ど、どうぞ…」スッ

京子「ありがとうございます」

姫子「……」カチャカチャ

京子「……」ジャーカチャカチャ

…うん、まぁ、だからこそ、そんな鶴田さんから何か話題が飛んで来るはずがないよな。
とは言え、ここでろくに会話もせずに別れるって言うのはちょっと気分的にも良くはない。
折角、こうして二人っきりになったんだし、幾らか話もしてみたいってのが本音だ。
花田さんのように親しくなるのは無理でも、最低限、さっきみたいにびっくりさせない程度の仲にはなりたいからな。

京子「この時間にここにいるって事は鶴田さんもさっき食べ終わったんですか?」

姫子「あ…はい。花田ば待っとったから…」

京子「花田さんを?」

…って、そっか。
花田さんと鶴田さんはかなり仲が良いみたいだもんな。
そんな相手が食事の前に誰かを呼びに行ったって事になれば待つのが当然か。
……鶴田さんにもちょっと悪い事をしてしまったなぁ。

京子「すみません。私の所為ですよね…」

姫子「あ、いや、大丈夫たい。そもそも…あんまり食欲ばなかったから」

勿論、俺には鶴田さんが食欲ない理由は分からない。
だが、彼女がそう言っているのはきっと乗り物酔や移動疲れなどではないのだろう。
腹の奥底から絞り出すようなその言葉だけでも、もっと深い部分で鶴田さんが思い悩んでいるのが伝わってくる。


京子「悩み事でもあるんですか?」

姫子「え?」

京子「失礼かもしれませんが、鶴田さんはそんな顔をしているように思えます」

京子「私で良ければ、悩み事聞きますよ」

…結果、俺は踏み込んでしまった。
勿論、未だ迷いはあるし、これで良いのだろうかって疑問もある。
と言うか、ろくに面識もない相手に悩み事など打ち明けたりはしないだろう。
しかし、それでも何処か自嘲気味に笑う鶴田さんが、中学の頃の咲と重なってしまって…。
気づいたら、こうして尋ねてしまっていたんだ。

京子「幸い…と言って良いのか分かりませんが、私は現状、鶴田さんとはほぼ無関係な人間です」

京子「出会ったのは今日ですし、その上、これまでろくに会話をしてきた訳じゃないですから」

京子「でも、無関係な人間にこそ言えるようなものってやっぱりあるんだと思うんです」

京子「例えば…麻雀部での人間関係とか」チラッ

姫子「っ…」

最初に俺と会った時、花田さんは「自分が側にいると姫子が息苦しいかもしれない」とそう言ったのである。
けれど、鶴田さんは花田さんが食堂に来るまで待っていたし、二人が喧嘩しているようには到底、見えない。
ならば、もっと花田さん自身とは違う部分が鶴田さんにプレッシャーを掛けているのかもしれない。
そう思ってちょっと鎌を掛けてみたんだが、どうやら図星っぽいみたいだな。


京子「内部での人間関係ともなると中にいる人達には言えない事も多いでしょう」

京子「どうです?何かの縁ですし…話してみませんか?」

京子「私は秘密を護る方ですし、人に話すだけでも多少は楽になりますよ」

姫子「…………」

まぁ、そう簡単には言って貰えないよな。
もうひと押し…のようには感じるけれど、ここで下手に押したら、それこそ怪しい人にしかならない。
彼女からすれば俺の事情も分からない訳だし、警戒してもおかしくはないだろう。
ここは焦らずに引いておくのが一番かな。

京子「まぁ、まだ人となりが殆ど分かっていない相手に相談なんて出来ませんよね」

京子「それに今日から数日間はずっと一緒な訳ですし、何時かは鶴田さんにも信頼して貰えると思っています」

京子「その時がくればまた相談してください。私は何時でも大丈夫ですから」ニコッ

姫子「…ん。ありがとう」

京子「いえいえ。どういたしまして」

姫子「でも…須賀さんは随分と自信家たいね」

京子「ふふ、そうでなければやっていけませんから」

つーか、内心、今でも嫌われたんじゃないかってビクビクだよ。
でも、それを下手に表に出してしまうと変に疑われてしまいかねないし、何より鶴田さんが頼れないだろう。
これだけ強気な発言を口にするのは恥ずかしいが、エルダー云々のトラブルに巻き込まれてからの【須賀京子】は随分とタフになったしな。
これくらいはまだ全然、許容範囲である。


京子「永水女子って名家のお嬢様や大企業のご令嬢なんかが通う学校です」

京子「自分に自信が持てるほどの努力を続けてこなければ、すぐに置いて行かれてしまいますから」

姫子「…須賀さんは凄かたいね」

京子「あら?インターハイに出場して大活躍した鶴田さんの方がよっぽど凄いですよ」

姫子「…そぎゃん事なかばい」

京子「…鶴田さん?」

姫子「インターハイに出れても…所詮、準決勝止まりじゃ意味がなかたい」

姫子「それに…今年はきっとそこまで行けなか」

京子「……」

悲しそうにそう呟く彼女の気持ちは俺には分からない。
何せ、そこには例えようもないくらいの強い喪失感があったんだから。
まるで鶴田さんの胸にぽっかりと大きな穴が開いているようにも感じられるそれに俺は言葉を失ってしまう。
いや…鶴田さんが一体、どうしてそこまで自信をなくしているのかを分かっていない俺が、例え何かを口にしてもそれは彼女の心にはきっと届かないはずだ。

京子「…それは去年、チームの中核を担った三年生がいないからですか?」

姫子「……ちごとっばい。これは私自身の問題で…」

京子「鶴田さん自身の?」

姫子「…私は去年より弱くなっているから」

京子「弱く…?」

そんな事が果たしてあるのだろうか。
勿論、麻雀だってブランクがあったら、幾らか弱くなるのは普通ではある。
あの咲だって入部してからの数ヶ月はサビ落としに必死だった。
だが、今、俺の隣にいる彼女にそのようなブランクがあるようには見えない。
そもそも去年のインターハイから今まで何度か大会はあったけれど、そこでも鶴田さんは第一線の選手として活躍してた訳だし。


京子「それは一体、どういう事ですか?」

姫子「ごめんなさい…そこまでは言えせん」

京子「そう…ですか」

京子「でも、仕方ないですね。私は他校の選手ですし」

京子「強い弱いの問題に踏み込むべきじゃなかったです。不躾な事を聞いて申し訳ありません」

姫子「…大丈夫。気にせんで」カチャカチャ

京子「ありがとうございます」

でも、これで少しは鶴田さんが落ち込んでいる理由も少しずつ見えてきた。
鶴田さんと仲が良いように見える花田さんが自分が側にいると息苦しいかもしれないと言った理由。
麻雀部での人間関係という言葉に鶴田さんが反応した訳。
そして彼女が自分が弱くなったと認識している事。
それらを並べれば、鶴田さんの悩みもある程度、見えてくる。

京子「(勿論、それは推察でしかないけれど…)」

だが、ここまでの情報を並べる限り、今の鶴田さんにとって周囲の期待がプレッシャーにしか思えないのだろう。
集合時間前にエントランスに集まるくらい新道寺の人達は麻雀の事が大好きで、そして思い入れがあるのだ。
その中でランキング一位に輝き続けている鶴田さんへの期待は当然、大きなものになるだろう。
だが、鶴田さんはそれに応える事が出来ないと、そう思い込んでいる。
だからこそ、同じ麻雀部である花田さんも中々、鶴田さんの側には近づけないのだ。

京子「(例え、この予想が正しくても今の俺にはどうにも出来ない)」

それは俺が手助けしてどうにかなるような問題じゃない。
鶴田さん自身がインターハイ前に乗り越えなきゃいけない事だ。
そもそも彼女より麻雀が弱い俺が何を言っても無意味だろう。
だから、俺はここでは何も出来ない。
何も出来ない…けれども… ――


姫子「ふぅ」

京子「あ、終わりましたか?」

姫子「はい。須賀さんは…」

京子「私ももう終わりです」キュッキュ

姫子「はー…早かたいね」

京子「洗い物は比較的慣れていますから」ジャー

それに鶴田さんはこうやって話している間に何度か手が止まってたからな。
休まずずっと手を動かしていた俺と比べるとあんまりやった事がないのか不慣れみたいだし。
先に始めていたとは言え、それほど差がないのもある種、当然だろう。

京子「…うん。よし」カチャ

姫子「お疲れ様」

京子「えぇ。鶴田さんもお疲れ様です」

姫子「はい。じゃあ…」

京子「あ、鶴田さん。今からお時間ありますか?」

姫子「え…?ある…けど」

京子「では、良ければ一緒にお散歩しませんか?」

姫子「散歩…?」

京子「えぇ。素敵な場所、知ってるんですよ」ニコッ

とりあえず今回分はこれで終わりです
まだもうちょっと続きがあるので、そっちも見なおして夜には投下するつもりです
はっちゃんイェイなSSも頑張ります


後、なんちゃって佐賀弁となんちゃって鹿児島弁が頭の中でこんがらがって滅茶苦茶になってます
すばらの佐賀弁講座とかとにらめっこして書いたんですが、多分、姫子のセリフに違和感あると思います
詳しい方とかいれば何が間違っているかなどを、書いてくだされば次回から修正するようにします

春「信じて送り出した京子が姫子の濃密SMプレイにドハマリして(以下、ry」

は、健全なスレなのでなさそうで安心した


この京太郎、神様降ろすよりも大沼プロにでも師事した方が強くなれそう
大沼さん洞察力ある人だから正体がバレそうだけれども

今(書いてる)でしょ!!!

>>861
姫子はMなんで濃厚SMプレイにドハマリしたらご主人様として永水女子に君臨する京子ちゃんに!

>>863
あれ?大沼プロってシノハユかどこかで具体的なキャラや性格、打ち筋なんか出てました?
もし、そうなら全力で京子ちゃんの師匠枠になって貰いたいくらいなんですが



あ、そろそろ投下します



………


……






俺が足を踏み入れた中庭はいつの間にか色とりどりの光で照らされていた。
元々、日本ではあまり見ない本格的な英国式庭園だと言うのもあるのだろうか。
昼とはまた打って変わった中庭の光景は何処か幻想的でムードを感じさせるものだった。
きっとここが一般に公開されていたらデートコースの定番になっていただろう。

姫子「綺麗…」

京子「でしょう?」

そんな場所を俺は今、鶴田さんと歩いていた。
小悪魔系美少女と夜の庭園を歩くという健全な男子高校生としては意識せざるを得ないシチュエーション。
でも、俺の胸の中には悲しいくらい興奮も期待も存在してはいなかった。
それはきっと鶴田さんが見事なぺたん娘だから…ではない。
こうして一緒に歩いている今も彼女が落ち込んでいるのが未だ伝わってくるからだ。

京子「(…でも、少しは気晴らしになっているのかな?)」

ライトアップされた庭園の中を歩く彼女の表情はさっきよりも幾分、明るく見えた。
勿論、計算された光が見せた錯覚も無関係ではないのだろう。
しかし、きっとそれだけではない、と思うのはさっきの声がそれまでのものよりも明るいものだったからだ。
目の前の幻想的な光景に飲まれるようなその感嘆の色に内心、俺も安堵の息を漏らす。
素敵な場所を知っている、なんて言いながら散歩に連れだしたのに何の反応もないとどうして良いか分からなくなるからな。


京子「元々、防犯と生徒の安全の為に始められたものみたいなんですが、何時からかそれでは味気ない、という声が上がりはじめたらしくて」

京子「結果、今のように本格的な演出へと変わっていった…らしいです」

姫子「らしい?」

京子「実は私、今年度から永水女子に転校してきたばかりですから。この辺りはまるっきり聞きかじりなのですよ」

姫子「転校生?どぎゃんでん馴染んでいるように見えたばい…」

京子「転校してきたのは今年度ですが、小蒔さん達とはその前からの知り合いでして」

姫子「なるほど…でも、転校って何処からですか?」

京子「開正です」

姫子「開正…ってあの開正!?」ビックリ

まぁ、そりゃびっくりするよな。
天下の開正から同じく天下の永水女子なんて波瀾万丈が過ぎる。
俺だってそんな経歴を聞いたらびっくりして思わず聞き返してしまうだろう。

京子「はい。多分、鶴田さんが考えている開正で合っていると思いますよ」

姫子「はー…やっぱり凄か人たいね」

京子「ふふ、ありがとうございます。とは言え、私は別にお嬢様でも何でもないんですけどね」

姫子「え?」

京子「私がこうして永水女子に入れたのは神代さんの力添えのお陰なので。本当はごくごく普通の一般家庭の生まれなんですよ」

京子「だから、そんな風に敬語を使うのは止めてください。私の方が後輩なんですから」

花田さんは基本、誰にでも敬語な人だけれども、鶴田さんはそうじゃないしな。
あんまりそうやって畏まられるとこっちの方が若干、申し訳なくなってしまう。
それに俺は俺で鶴田さんと仲良くしたいってそう思っているからな。
出会って早々こんな事を言うのも失礼かもしれないが、出来るだけ敬語は使ってほしくない。


姫子「…本当に良かと?」

京子「ダメだったらこんな事言いませんよ」クスッ

京子「嫌だって言ったら、ここで置いてっちゃいます」

姫子「もう。思ったよりも酷か人ね」クスッ

…ようやく笑ってくれたか。
勿論、その笑みにはまだまだ弱々しく、力のないものだった。
けれど、今までその片鱗すら見えなかった俺にとってそれは一つの成果である。
こうして淡く照らされた夜の庭園の中で見る鶴田さんの微笑みは恥ずかしげもなくそう言えるくらい魅力的だった。

京子「私、鶴田さんに敬語を止めてもらうのにはそれだけの価値があると思っていますから」

京子「それに今の時代、女性とは優しいだけではいけません。時にはグイグイと押していく事も必要です」

京子「特に最近は草食系と呼ばれる殿方も多いですから。こちらがリードをする時はしっかり手綱を握っておかないといけません」

姫子「そいは永水女子で教えられとる事なんやろか?」

京子「いいえ。私の持論です」キッパリ

姫子「持論ってほど須賀さんは経験豊富と?」

京子「……聞かないでください」

そもそも女性として男に接した事なんて殆どないからな。
俺が【須賀京子】になるのはこの永水女子に通っている間だけだし。
ソレ以外はお屋敷にこもりっぱなしの俺にとって男との接触自体が滅多にない。
まぁ、あったとしてもここで鶴田さんが言っているような『経験』を積む事はないだろうけど。
こうして女装してはいるけれども、それは致し方ない事であって、俺の嗜好はあくまでもノーマルです。


姫子「でも、須賀さんはモテそうに見えるばい」

京子「ありがとうございます。でも、私、あんまりそういうのに興味はなくって」

姫子「え…と言う事はもしかして須賀は女の子の方が…」

京子「あ、ち、違います!別に女の子に興味があるって訳じゃないですからね!」

まぁ、本当の所は興味津々なんだけれど…それを言うとまたややこしい事になりかねないしな。
それに俺と鶴田さんはまだ出会ったばかりでお互いの事なんて全然分かっていないんだし。
ここで下手にそんな事を言えば警戒心を抱かせかねない。
ようやく少しずつ仲良くなれてきたところで警戒されるのも虚しい話だし、ここは【須賀京子】として応えるのが一番だろう。

姫子「なんだ。同士だと思ったのに」

京子「え?」

姫子「いや、何でもなかと」

京子「そ、そう…ですか?」

…なんだか、今、聞こえちゃいけない類のものが聞こえてきたような気が。
いや、きっと気のせいだよな、うん。
確かネットで鶴田さんと白水選手が付き合っているって噂があったような気がするけど、それも根も葉もないものに違いない。
ちょっぴり度が過ぎるくらい仲が良い事を誇張して言われているだけで恋愛感情とかそんなの持っている人なんて女子校でも本当に少数派だって明星ちゃんも言ってた。
…ま、まぁ、逆に言えば少数派でもそういうガチな子がいるって事ではあるんだけども…鶴田さんがそんな人だってまだ決まった訳じゃない。

京子「私は今、麻雀が一番、楽しいですし、恋愛とかは良いかなって」

姫子「麻雀…か」

京子「…鶴田さんは楽しくありませんか?」

姫子「どうじゃろ?楽しくなかって事はなかと思う。けど…」

俺の言葉に遠い目をする鶴田さんはそこで言葉を区切った。
そんな彼女の胸中に一体、どんな想いが過ぎ去っているのかは今の俺には分からない。
彼女の胸の内を察するには俺はまだ彼女との付き合いが薄すぎるんだから。
けれども、俺に分かるのは… ――


姫子「……最近は昔ほど楽しくはなかね」

京子「…姫子さん」

姫子「昔はもっと伸び伸び打てとった。一局一局が楽しかった。皆の期待に応えるのが嬉しかった」

姫子「でも、今は…」

京子「……」

きっと鶴田さんのその気持ちは俺にはどうしても分からないものなのだろう。
俺はまだ皆の代表としてあの場所に…インターハイに立った事がないんだから。
そこで誰よりも責任の重い大将というポジションを預かっていた彼女の気持ちを理解出来るはずがない。
それが出来るのはきっとあの時あの輝くような場所に…俺が手の届かなかった場所に立ってきた雀士達だけなんだ。

京子「じゃあ、楽しい麻雀をしましょう」

姫子「えっ」

京子「簡単です。今が昔ほど楽しくないなら昔と同じように打てば良いんですよ」

そんな彼女に俺が言える事なんて一つしかない。
ごくごくシンプルで、簡単で、そして多分、あまり解決には寄与しない事だけ。
だが、それでも…ここで何も言えなくなってしまうよりはマシなはずだ。

姫子「でも…そいなん…」

京子「出来ますよ。今の鶴田さんは少し疲れているだけですから」

京子「今だって麻雀が楽しくはないって事はないんですよね。だったら、一回、そんな麻雀から離れてみれば良いと思うんです」

姫子「…離れる?」

京子「はい。きっと今の鶴田さんは色んな物を背負いすぎて、昔の気持ちを思い出せなくなっているだけではないでしょうか」

京子「ですから…新道寺の鶴田姫子さんではなく、一人の雀士、鶴田姫子さんとして私と打ってみませんか?」

きっと鶴田さんは責任感の強くて良い人なのだろう。
だからこそ、彼女は自分の実力に対して不安を感じ、周囲の期待に応えられない事を負担に思っている。
ならば、それをまったく感じない普通の麻雀をすれば、彼女も少しは麻雀の楽しさというものを思い出せるのではないだろうか。
勿論、それは彼女が持つ根本的な悩みに対して有効なものとは言えないが、それでも気晴らしくらいにはなるはずだ。


姫子「須賀さんと…?でも…今日、打っとったよね…?」

京子「今日は周りに新道寺の人達がいましたから。さっきまでは名門新道寺の鶴田さんです」

京子「私が打ちたいと思った何の柵もない雀士、鶴田姫子さんではありません」

京子「少なくとも私はそう考えていますよ」

実際のところ、こんな言葉で鶴田さんが期待も何も投げ捨てた一人の雀士になってくれると俺も思ってる訳じゃない。
まだ会って一日も経っていない女の言葉で重荷を投げられるのならば、鶴田さんもここまで思い悩んでいないだろう。
だが、それでもここで働きかけるのを辞めるなんてのは愚策中の愚策だ。
例え、効果が薄くても、解決の為に働きかけなければ、彼女の信頼は得られないのだから。
今が意味がないからと言って足踏みを踏んでいては、何時迄も鶴田さんも俺に心を開いてはくれないんだ。

京子「まぁ、何だかんだ言いながらも今日のリベンジがしたい、というのもあるんですが」

姫子「須賀さん…」

京子「なので鶴田さんの都合が良ければ、私の挑戦に付き合ってもらえませんか?」

姫子「……挑戦なんてされたら受けなか訳にはいけんね」

京子「じゃあ…」

姫子「うん。私で良ければ幾らでも付き合うと」

そう俺に返してくれる鶴田さんの表情は思った以上に柔らかいものだった。
微笑みこそしていないものの、俺の提案に決して嫌がっている訳じゃない。
ぶっちゃけ迷惑じゃないかと思っていただけにその表情に俺の心も軽くなる。
とは言え…先行きはまだまだ暗く、ここから先、どうなるかはまだまだ分からない。
俺が得られたのはあくまでも取っ掛かりであって解決への糸口でも何でもないんだから。
慢心せずにしっかりを気を引き締めておかないと…な。


京子「ふふ、言っときますけれど、私は弱いですからね?」

京子「総合成績でぶっちぎり最下位は伊達じゃありません」ドヤ

姫子「そこでドヤ顔すると…?」

京子「えぇ。だから、負担ではないレベルで何度でも付き合ってもらいますから覚悟してくださいね」クスッ

ま、そもそも鶴田さんに俺が勝てるつもりなんてまったくないけどな。
幾らスランプに陥っているとは言え、相手は新道寺のナンバーワン。
俺の遥か格上に位置する人なのだ。
並桁外れた不運を持つ俺では百回やっても勝つ事は出来ないだろう。
勿論、麻雀そのものに手を抜くつもりはないが、俺が彼女に勝てる確率なんてほぼ存在しないとそう言っても良い。

京子「(…でも、それが今は有り難いかもな)」

俺にとって自分のこの弱さは、到底、肯定的に捉えられるもんじゃなかった。
どれだけ頑張ってもどうにもならない部分で競り負けると言うのはやっぱり悔しいのだから。
正直なところ、これさえなければ、とそう思った事は数え切れないほどある。
しかし、俺はこの弱さのお陰で、彼女に勝つ喜びを思い出させてあげる事が出来るかもしれない。
そう思えば、この弱さも決して意味のないもんじゃないのではないかと…そんな風に思えた。

―― ほぅ。今代の須賀は中々に面白そうだな。

京子「…え?」キョロキョロ

姫子「どぎゃんしたと?」

京子「…今、何か聞こえました?」

姫子「いんや…?」

…何だったんだ今の声。
右とか左とかじゃなく、まるで心の奥に響いてくるような…。
…でも、鶴田さんはそれを聞いていないって言うし…やっぱ幻聴なのか?
心の奥に重くのしかかるような力あるさっきの声を聞き逃すなんて事はないだろうし…。


小蒔「京子ちゃーん?何処ですかー?」

湧「京子さあー!」

京子「あら」

姫子「…お迎え?」

京子「みたいですね。もう…あんなに声を出して」フフッ

姫子「須賀さんは人気者なんね」

京子「えぇ。光栄な事に」

一応、鶴田さんと中庭に来る前にメールは送っておいたからな。
それを見てわざわざこっちに来てくれたんだろう。
ま、とりあえずは… ――

京子「神代さん達も来てくれたみたいですし、鶴田さんさえ良ければ合流しませんか?」

姫子「ん…いや、遠慮しとくたい。お邪魔になりそうやけんね」

京子「そんな事ないと思うんですけど…」

湧ちゃんが多少、人見知りではあるものの、永水女子の皆は基本的にフレンドリーな人達だ。
お屋敷の中に突然紛れ込み、共同生活を始めた俺にも早めに慣れてくれた。
そんな彼女達ならば姫子さんの事を仲間はずれにしたりはしないだろう。
寧ろ、一度、一緒に麻雀を打ったら友達だとそんな風に言ってもおかしくはない人達だ。

姫子「それに…今は一人になりたい気分ばい」

京子「鶴田さん…」

姫子「色々と考えたい事もあるばい。だから…」

京子「……分かりました」

俺は幾らか鶴田さんへと踏み込んだとは言え、まだ知り合って間もない部外者だ。
彼女が一人になりたいと言っているのに、我を通すほどここから先の展望がある訳じゃない。
そもそも周りが殆ど初対面の相手ばかりともなると鶴田さんも緊張するだろう。
今の鶴田さんを一人にするのは若干怖いけど…ここは大人しく引き下がっておくのが一番だ。


姫子「…うん。ありがとう」

京子「もう。こんな事でお礼なんて言わなくても良いんですよ」

姫子「いや、そいじゃなくて…こうして気遣って連れだしてくれた事とか色々…かな」

京子「ふふ。それこそ気にしなくても良いんですよ」

姫子「でも…」

京子「私がやっているのはお節介ですから。寧ろ、私がごめんなさいしなきゃいけないくらいですよ」

俺がこうして鶴田さんに踏み込もうなんて思ったのは咲と彼女が頭の中で被ったからだ。
そうでなければ、俺はきっとここまで鶴田さんに対して色々働きかけようとは思わなかっただろう。
彼女の心に幾らか触れ、その理由について察しがついた今、遠く離れてしまった幼馴染の姿とダブる事はないが、それは関り合いを止める理由にはならない。
寧ろ、こうして『鶴田姫子』を知った俺はより強く彼女のその悩みをどうにかしてあげたいとそういう風に思っている。

京子「嫌だったら言ってくださいね。止めるつもりはないですけど」

姫子「止めないん?」

京子「その程度で止めるくらいなら最初から関わろうとなんてしません」キッパリ

姫子「…確かにそん通りかもね」

それにこうしてほぼ初対面の相手に踏み込んだ以上、最後まで関わり通す覚悟は出来ている。
例え、お節介でも、踏み込んだ以上、ある程度、解決への糸口をつけるまでが責任だ。
ここでフェードアウトなんてしたら、それこそ鶴田さんを傷つけるだけの結果しか生まないし。
本気で嫌と言われたら俺もやり方を考えるが、それまでは思いっきり突っ走ろう。


京子「…だから、私、明日、待っていますからね」

姫子「え?」

京子「これから鶴田さんが何を考えて…何を答えにしたとしても…私は明日のこの時間、練習場で待っていますから」

京子「一雀士としての鶴田姫子さんと打てるのを楽しみにしながら、皆と一緒に準備して待っています」

姫子「須賀さん…」

京子「私、デートの約束を自分からするなんて初めてなんですからね?当日になってドタキャンなんて嫌ですよ?」

姫子「…うん」

ま、デートって言葉は不適切だが、鶴田さんとの対局を楽しみにしているのは事実だ。
今でさえ彼女は凄い雀士だと言うのに、スランプから完全に脱したらどうなるのか。
勿論、俺の周りにはインターハイクラスの凄腕がゴロゴロしているが、どれだけ強くなるのか興味は惹かれる。
どう足掻いても負けるだろうけれども、しかし、今からでも本気の鶴田さんを打てるのが楽しみで仕方がなかった。

京子「(ま、こうして改めて約束をした訳だし…)」

コレ以上、俺から何か言う事はない。
こうしている間も小蒔さん達は俺を探してくれているんだから、早く皆と合流するべきだろう。
鶴田さんと別れるのは寂しいが、けれど、合宿は明日からもまだまだ続く訳だし、これから幾らでも話す機会はある。
少なくとも、今回はそのとっかかりを得られた事を喜ぶべきだ。

姫子「…それじゃ須賀さん、また後で」

京子「えぇ。また後で」

そう言って俺とは逆方向へと歩き出す鶴田さん。
一人になりたい、と言ったのは決して嘘ではないのだろう。
まぁ、本人が大丈夫だと言っているし、あんまり心配しすぎるのも失礼な話だ。
俺も俺で皆のところに早く戻ろう。


小蒔「京子さーん」

京子「こっちよ。小蒔ちゃん」

湧「京子さあの声…えっと…こっち?」ヒョコ

京子「えぇ。大当たりよ、湧ちゃん」クスッ

春「…ようやく見つけた…」

京子「ごめんなさいね。一人で勝手に行動して」

明星「構いませんよ。私達の方が京子さんを待たせていた訳ですし」

小蒔「あれ…?でも…確か鶴田さんと一緒にいるという話ではなかったですか?」キョロキョロ

京子「えぇ。さっきまで一緒だったわよ」

京子「でも、一人になりたいらしいし、皆も来てくれたから一旦、別れたの」

小蒔「なるほど。そうだったんですか」

春「……」ジィ

京子「って春ちゃんどうかした?」

春「…京子…何か良い事でもあった?」

京子「…んーそうね。あったと言えばあったかしら」

鶴田さんへと踏み込んだ事で俺の抱える問題というのはまた一つ増えてしまった。
でも、その結果、俺は鶴田さんとの仲を一歩前進させる事が出来たのである。
彼女に踏み込まなければ決して得られなかったであろうその成果は問題そのものよりも遥かに大きい。
こう言っちゃゲスいかもしれないが、鶴田さんはおっぱいが物足りないとは言え、俺の周りにはいないタイプの美少女だし。
好みとは違えども、美少女と仲良く出来るのは男としては嬉しい。


小蒔「え、どんな事ですか?」

京子「ふふ、実は明日、鶴田さんと特別に麻雀を打てる事になったのよ」

小蒔「わぁ、良いですね!羨ましいです!」

明星「でも、面子はどうするんです?まさかサシでやるんですか?」

京子「あぁ、それなんだけど…小蒔ちゃん、湧ちゃん。一緒に打ってくれない?」

小蒔「え?」

湧「あちき達が?」

京子「えぇ。それがきっと最善だと思うのよ」

明日、鶴田さんと打つその麻雀は決して実力をあげる為ではない。
彼女が麻雀の楽しさを少しでも思い出し、スランプから脱する為のものなのだ。
その為にはクールに打つデジタル派二人よりものびのびと楽しそうに打つオカルト派二人の方が適任だろう。

明星「何か理由でもあるんですか?」

京子「えぇ。鶴田さんがスランプから脱する為に、ちょっとね」

小蒔「え…鶴田さん、スランプなんですか…?」

明星「…アレだけの実力を持ちながら…?」

京子「少なくとも花田さんが言うにはそうらしいわね」

信じられないように二人は言うけれども、それは決してブラフでも何でもないんだろう。
実際、インターハイで阿知賀や白糸台相手に戦っていた時の彼女はあんなもんじゃなかった。
もっと手堅く、苛烈で、そして何より攻撃的な雀士だったのである。
だが、今の彼女は強敵ではあるが、当時の勢いは殆ど感じられない。
それがスランプによるもの、だと言う花田さんの言葉に嘘はないだろう。


京子「スランプが原因なのかは分からないけれど…今の彼女は麻雀に対して色々と重い物を背負っているみたい」

京子「今は昔ほど麻雀が楽しくないってそう言っていたわ」

小蒔「麻雀が…」

京子「だから、私、鶴田さんに昔の気持ちを取り戻して欲しいの」

京子「その為にも二人に協力して欲しいんだけど…」

小蒔「そうですね!やりましょう!」

湧「うんっ。あちきもおかせするよ!」

明星「…ちょっと待って下さい」

春「…明星ちゃん」

明星「…京子さん、貴女、自分が何をやろうとしているのか分かっているんですか?」

そこで明星ちゃんが声をあげるのも当然だろう。
俺がやろうとしているのは完全に自己満足であり、我儘なのだから。
永水女子からすれば鶴田さんにはスランプであり続けてくれた方が間違いなく有り難い。
勝ち進めば勝ち進むだけ高確率でで当たる可能性を思えば、このまま放置するのがベスト。
恐らく、そう考えるのが普通なのだろう。


京子「…分かってるわ。明星ちゃんはこれが利敵行為ではないかと言いたいんでしょう?」

湧「りてきこーい?」

春「…敵に塩を送る…と言い換えたら分かりやすい?」

湧「分かりやすい!でも…」

明星「湧ちゃんの言いたい事は分かるわ。今は敵じゃないってそう言いたいんでしょう?」

明星「でも、あの人達は本質的には敵なのよ。何時かは戦わなきゃいけない相手なの」

湧「そいは…」

明星「そんな相手を強くするような真似をして京子さんは何がしたいんですか?」

じっと俺を見つめる明星ちゃんの目には強い力が篭っていた。
下手な回答をしようものなら許さない、とそう訴えかけるようなそれに俺の背筋がひりついたものを感じる。
それはつい先日、噂に対して協力を求めた時よりももっと強く、そして激しいものだった。
あの時は事前に霞さんから聞いていたとは言え、今回は決してそうではない。
心の準備が出来ていない以上、明星ちゃんがこちらに対して問い詰めるような姿勢を強くするのは当然だろう。

京子「(…それに逃げる訳にはいかない)」

その問いかけは俺に対して真剣に投げかけられたものなのだ。
俺を責める為のものではなく、その真意を探ろうと明星ちゃんは向き合ってくれている。
その視線がどれだけ厳しかったとしても、それから逃げる訳にはいかない。
自分なりの答えを明星ちゃんに伝えようと俺は口を開き… ――


小蒔「明星ちゃん、誰かを助けたいという気持ちに理由は必要ありませんよ」

―― そのまま俺が言葉を放つよりも先に小蒔さんが声をあげた。

明星「でも…姫様は今年が最後なんです。ここから先は公式戦になんてきっと出られません」

明星「それなのに敵を強くするような真似をして…もし、負けてしまったらどうするんですか」

明星「そんな事になったら…私、霞お姉さまだけじゃなくて他の方にも顔向けは出来ません…」

小蒔「大丈夫ですよ」

明星「大丈夫って…姫様…」

小蒔「湧ちゃんが言ってくれた通りです。私には皆が居てくれますから、新道寺さんに負けたりしません」ニコッ

その笑みはまるで曇りのないものだった。
きっと小蒔さんは心からそうやって信じてくれているんだろう。
俺達ならばきっと出来る…新道寺に塩を送った上でも勝つ事が出来ると。
勿論、今年のチームが去年よりも数段、劣っている事くらい小蒔さんだって気づいているはずだ。
小蒔さんは純真かつ天然で世間知らずな所は多々あるが、決して頭の弱い人ではないのだから。
しかし、それでも彼女は俺たちの勝利を一切、疑ってはいない。

小蒔「それに誰かの事を見捨ててまで私は優勝したいとは思っていません」

小蒔「全力を発揮出来ない相手に勝てても、それはただの勝利です」

小蒔「私が欲しいのはそういった『結果』としての勝利ではありません」

小蒔「双方全力を出しあい、ぶつかり合った果てに手に入る『成果』なのですから」

明星「姫様…」

小蒔「だから、そんなに心配しないでください」

小蒔「全力を出しあった真剣勝負で負ける事は私にとって本意でもあるのですから」

…ホント、器のでかい人だよなぁ。
こういう締めるべきところで締めるところは本当に敵わないと思う。
皆は小蒔さんのことを姫様姫様って呼ぶけれど…あぁ、確かにこの人はお姫様なんだ。
蝶よ花よと大事にされながらも、しっかりと一本芯が通った優しくて立派なお姫様。


京子「小蒔ちゃん…ごめんなさい」

小蒔「いえ、気にしないでください。京子ちゃんの優しさはとても素晴らしいものだと思います」

小蒔「それに私はポジション的にきっと全力の鶴田さんとは戦えませんから」テヘヘ

小蒔「だから、ちょっと楽しみなのもあるんですよ」ググッ

京子「…ありがとうね」

その言葉はきっと本心なのだろう。
だが、俺は結果的に小蒔さんを茨の道へと進ませた事に違いはないのだ。
その事に胸の奥が痛むが…しかし、今更、引き返す事は出来ない。
もう言葉にして進んでしまった以上、俺に出来るのは小蒔さんへの負担を出来るだけ少なくする事だけだ。

京子「それと…明星ちゃんも悪役をやらせてしまってごめんなさい」

京子「明星ちゃんは皆の為にそう言ってくれたのよね?」

京子「本来は私が説明しなきゃいけない事なのに…」

明星「…別に構いませんよ。これが私の役割ですし」

明星ちゃんの言うとおり、このメンバーの中で対立意見を出すのは基本的に彼女の役割だ。
俺に対しても、小蒔さんに対しても冷静に対立意見をあげられる明星ちゃんの存在は本当に貴重である。
だが、そうやって対立意見を出す時に彼女に心労や負担を掛けているのは否定しようのない事実なんだ。
毎回の事とは言え、その事については謝罪しなきゃいけないだろう。


明星「それにさっきのは決して本心じゃないって訳でもないですからね?」

京子「それも…分かっているわ」

明星「それならこれからはちょっとだけで良いんで、そのお人好しっぷりを控えてください」

明星「或いは私達だけにしてください。それなら私もこんな事言わずに済みますから」

春「…明星ちゃん、また嫉妬してる?」

明星「だ、だから、違いますってばぁ!」カァ

湧「あは、そぎゃんこつ言いながら、明星ちゃ、顔真っ赤」クスッ

春「ちなみに私は嫉妬してる…」ギュッ

京子「あっ…もう。春ちゃんったら。いきなり抱きつくとびっくりするでしょ?」

春「…私達がお風呂に入ってる間にまたフラグを立ててたお仕置き…」ギュゥ

京子「安心して。立つ要素なんてまったくないから」

ちょっとその人の為に動いただけですぐにピコーンとフラグが立つなんて小説とかゲームの中だけです。
現実はちょっとした親切が縁で仲良くなれる事はあっても、それが恋愛まで発展する事なんて滅多にねぇよ。
そもそも俺はまだ鶴田さんと出会ったばかりで、友人とすら言えないような状況だからなぁ。
そんな状況でフラグが立つだなんて言っても自意識過剰以外の何物でもないだろう。

京子「…でも、ありがとうね」ナデナデ

春「…ん」

でも、こうして春がおちゃらけるように言ってくれたお陰でさっきの空気は霧散した。
お陰で皆は何時もとそう変わらない表情で俺の側にいてくれている。
それはさっき俺に対して釘を差してくれた明星ちゃんもまた同様だ。
それに心の中で感謝の言葉を浮かばせながら、俺は軽く春の頭を撫でる。


湧「あー。まや春さあがよかトコばっかり取っちょ」

春「…早い者勝ち…」ギュゥ

京子「勝っているところ悪いんだけど、そろそろ離れてくれないと牌譜検討会に遅刻するわよ?」

小蒔「わわっそれは大変です!!」

明星「流石に永水全員が遅刻となると新道寺さんに失礼ですしね」

春「ん…分かった…」スッ

京子「ごめんね」

春「…大丈夫。帰ったらお風呂で埋め合わせして貰うから…」

う…お、覚えていたのか。
いや、まぁ、言い出しっぺの春が忘れてる訳がないとは俺も思っていたけれども。
とは言え、ここでそれを持ちだされるとは思っていなかった俺としては背筋に冷や汗が浮かぶ。
勿論、それはある種、男のロマンを体現したシチュエーションではあるんだが…一歩踏み外せば死亡確定な所為か。
対策も特に思いつかないだけに忘れたままにしておきたかったって言うのが本音だった。

京子「よ、よーし。それじゃ皆で合宿場まで競争しましょう!」

湧「競争!!」パァ

小蒔「良いですね!楽しそうです!」

明星「…京子さん、誤魔化すにしても、もっと上手なやり方があったと思いますよ」

春「勢いで誤魔化すにはちょっと無理がありすぎ…」

混浴の話題を引っ張るくらいなら多少、無理があっても誤魔化します!
だって、この話題を続けても俺にとっては百害あって一利なしだからな!!
それに覚めた目でこっちを見るデジタル派二人とは違って、オカルト派二人はヤル気になってくれているようだし。
とりあえず競争って名目は立つんだから、この場から離脱する事は出来るはず!!

京子「それじゃよーい……ドンっ!」ダッ

湧「リベンジっ!!」ダダダダダッ

小蒔「負けませんよー!」トテトテ

ってうお!?湧ちゃんはかなり本気だ…!!
小蒔さんの手前、軽く手を抜くつもりだった俺とは違い完全に独走態勢に入ってる。
その後ろをトテトテとなんともノンビリしたペースで走る小蒔さんが何とも可愛らしいと言うか。
…一部がボインボイン揺れていて、横や後ろから見てると完全に目の毒だ。
と、とりあえず先導するくらいのつもりで前を走ろう。

明星「姫様ー。転ばないようにしてくださいね」

春「…逃げても無駄なのに」クスッ

そんなもんやってみなきゃ分からないだろ!
もしかしたら帰るまでの間に奇跡が起こって春がド忘れするかもしれないじゃないか!!
勿論、滅多に起こらないから奇跡って言うのは俺も分かっているが、ここであの話題を続けても追い詰められるだけ…!
ならばここは一縷の望みを未来に託して…ここは名誉ある逃走をするのが一番なはずだ…!! ――

と言うところで今日は終わりです
次回は混浴になります
出来上がったら出来るだけ早くお届けするつもりですが、ちょっと長期出張やら色々入ったのでもうしばらくお待ち頂く事になるかもしれません
申し訳ないです


初美「京太郎君、いますかー?」

京太郎「あれ?初美さん、どうかしたんですか?」

初美「実はプレゼント持ってきたですよー」

京太郎「プレゼント?いや、でも、昨日初美さん誕生日だったばかりで…」

初美「細かい事は良いのですよー!これは普段、頑張っている京太郎君へのご褒美なのです!」

京太郎「全然、細かくない気がしますが…まぁ、ご褒美と言われて悪い気はしないですね」

京太郎「それで一体、何なんです?」

初美「ふっふっふ…これですよ、これ」ガサ


つ『信じて送り出したロリ巫女がエロ漫画にドハマリしてエロエロお祓いで処女を捧げてくるなんて』


京太郎「……」

初美「あ、嬉しすぎて声も出ないですかー?」

京太郎「寧ろ呆れ過ぎて声がでないですよ…つか、何なんです、それ?」

初美「私、昨日、18歳になったじゃないですかー」

京太郎「なりましたね」

初美「だからちょっくらAVでも借りてこようと思ったのですー」

京太郎「いや、その発想はおかしい」

初美「おかしくても良いですから、ちょっと付き合うですよー」

京太郎「…はい?」

初美「こんなの一人で見ても面白くないじゃないですかー」

初美「京太郎君もこういうの好きですよねー?」

京太郎「色んな意味で趣味じゃないんですけど」

初美「じゃあ、ここで京太郎君がAVを借りてきたって屋敷中に…」

京太郎「喜んでお伴させていただきます!!」


京太郎「…で」

初美「ふんふふんふんふーん」ジュウデンチュウ

京太郎「よりにもよってどうしてこの態勢なんですかね?」

初美「いや、だって、京太郎君、日頃、私の体型馬鹿にしてるじゃないですかー」

初美「曰く、寸胴だの欲情しないだのおこちゃまだのぺちゃぱいだのと…!」

京太郎「いや、そこまで言った記憶はないんですが」

初美「だからこそ、今日は本当に京太郎君が欲情しないのか実験するのですよー!」

京太郎「いや、実験って…」

初美「では、スイッチオン!」ポチットナ

京太郎「人の話は聞いてくださいよ!?」


――  数十分後


アンアンギシギシ

初美「わ、わぁ…」カァ

京太郎「…」ゴクッ

初美「な、何、生唾の見込んでいるんですかー?」

京太郎「い、いや…だって思ったより激しくて…」

初美「ば、馬鹿ですねー京太郎君は!」

初美「これくらい普通なのですよふっつー!」

京太郎「…普通ですか?」

初美「そうですよー。私くらいの年頃だったらこれくらい余裕なのです」

京太郎「余裕…ねぇ」

初美「ぅ…な、なんですか?」

京太郎「いや、さっきから妙に俺の上でムズムズしてるな、と」

初美「そ、それは…その…な、なんだか座り心地が悪いからですよー!」


初美「い、椅子なら椅子らしくもうちょっと座り心地を良くするべきなのですー!」

京太郎「……んじゃ、これならどうですか?」ギュッ

初美「はわっ!?」ビックゥ

京太郎「初美さんの身体やっぱちっこいですよね」

初美「んななななななななな!!!」

京太郎「…なな?」

初美「な、何してるですかー!?」

京太郎「いや、座り心地が良くなるようにサービスを、と思いまして」

初美「さ、サービスって…こ、こんなの頼んだ記憶なんてないのですよー…」

京太郎「俺も頼まれた記憶ありませんね」

京太郎「でも、今、無性に初美さんの事を抱きしめたくなって」

初美「ふぇぇ!?」カァァ

初美「ば、ばばばばば馬鹿な事言ってないで…ほら、折角のAVに集中するのですよー!」

京太郎「…いや、集中した結果がコレなんですが」

初美「え?」

京太郎「…正直、目の前で初美さん似の女の子がエロエロしてるの見て我慢なんて出来ませんって」スッ

初美「ちょ…き、京太郎君!?」

京太郎「俺が欲情するかどうか実験するのが目的だったんですよね?」

京太郎「喜んで下さい。どうやら俺はロリで興奮出来る変態だったみたいですよ」

京太郎「で、そんな俺の前に丁度、可愛らしい女の子がAVよりも際どい格好で座ってるんですけれど…」

京太郎「これは据え膳だと判断しても問題ないって事ですよね?」

初美「は…ぅ…うぅぅ…」


初美「や、止めろと言っても…聞かない…ですよね」

京太郎「当然じゃないっすか」

京太郎「…と言うか、俺、勃起してるの初美さんだって気づいてますよね?」

初美「ぅ…そ、それは…」

京太郎「さっきから初美さんのお尻にガチガチに勃起してるの当たってますし」

初美「そ、そういうのは言わなくても良いのですよー!」

京太郎「じゃあ、それを刺激するみたいにお尻をモゾモゾさせてるのも言わない方が良いですか?」

初美「もう言ってるじゃないですかー!ばかー!!」

京太郎「…えぇ。バカですよ、俺は」

京太郎「未だにガキの頃の癖が抜けずに好きな人についつい意地悪しちゃうような大馬鹿者です」

初美「え…」

京太郎「…だから、今だけはもっと馬鹿になって正直になろうと思うんですが…良いですか?」

初美「…ぅ…そ、その…」

初美「…し、仕方ない…ですね。私は京太郎君のおねーさんですし…」

初美「AVなんて借りてきた責任もありますから…その…えっと…」

初美「…責任取って正直になった京太郎くんを受け止めても…良い…です…よー?」ボソボソ

京太郎「初美さん!」ガバッ

初美「きゃんっ!ちょ…あ…い、いきなりそんなところ…っだ、ダメっ…ですよぉっ」



―― この後滅茶苦茶セックスした

総合スレの方でAV祭りだったみたいなので流れに乗ってみた
AVネタだから変にエロくなるのは仕方ないよね、うん
仕方ない仕方ない

出張先からこんばんは
ようやく引っ越し終わって少しは生活も落ち着いてきそうです
現在、お風呂でのキャッキャウフフを書いていますが、まだキリの良いところまではいけていません
あまり待たせるのも申し訳ないので今週末までにある程度形にするか、出来たところまで見直しして投下したいと考えています

ちなみに捕鯨どころか浦風すらお迎え出来ていません
イベント見越してそろそろ備蓄はじめなきゃいけないし、勲章はもう取ったしで2-5に行く必要性が薄くて…。

一時から投下したい(願望)

先に言っとくがあんまりエロくはないし、長くもないよ!!
期待はずれになるかもしれないけど、ごめんな!!

それじゃそろそろ投下していきます


―― まぁ、例え、その場は逃げられても来るべき時が来たら逃げられない訳で。

俺の帰る場所は春や皆のいるお屋敷であり、ソレ以外に行き場所はないのだから。
あの場でどれだけ必死に逃げたとしても、最後には絶対に捕まってしまう。
現実にはオカルトはあっても奇跡は存在せず、また都合のいい魔法もない。
…そんな事は俺も分かってはいたけれども…流石にこれはやりすぎじゃないだろうか。

湧「おっふろ♪おっふろーっ♪」

小蒔「ふふ、楽しみですね、湧ちゃん」ニコー

機嫌よくお風呂と口ずさむ湧ちゃんとそれを見て微笑む小蒔さん。
そんな二人に俺の両腕は今、がっちりと捉えられていた。
今までのような抱きつく為のものではなく、一緒に並び歩く為のもの。
まるで街を歩く恋人のように腕を組むそれに俺は内心、ドキドキが止まらなかった。

明星「ふふっ、京子さん顔赤いですよ?」

京子「し、仕方ないじゃないの…」

これまで抱きつかれる事はあったけれども、こんな風に腕を組む事なんて一度もなかったのだ。
咲相手にすらしていなかったそれを美少女二人にされるとなると感情が顔に出てしまう。
ましてや俺の左腕を掴んでいる小蒔さんは中々のおっぱいさんなのだ。
和に負けないその魅力的な肢体を前にして鼻の下が伸びないだけでも頑張っていると思って欲しい。
湧ちゃん?
…あぁ、うん、固くはないよ。
固くはないけれど…抱きつかれている右側からは膨らみめいたものはまったく感じない。
下手をすればこの子、咲よりも胸がないんじゃないだろうか…。


春「…京子のスケベ」

京子「ち、違うわよ。私が顔を赤くしているのは別にお風呂の事じゃなくって…」

明星「あら、春さんも別に誰もそこまでは言っていないと思いますけれど?」

京子「うぐ…」

春「…やっぱり意識してる?」

京子「そりゃしてるわよ…当然じゃない」

これが水着有りならば、ここまで俺が意識する事はなかっただろう。
勿論、ドキドキはしただろうが、ちょっとしたプールくらいのつもりで受け止められたはずだ。
しかし、既に時間は夜となり、水着を売っている店もとうの昔に閉店している。
小蒔さんや湧ちゃんが望んでいる通り、今日、混浴するならばどうしても裸で入らなければいけない。
健全な男子高校生としては、すぐ目の前に迫ったそのシチュエーションにドキドキするのが当然だろう。

京子「…と言うか本当に良いの?」

春「ん…当たり前…」

京子「当たり前って…でも…」

春「大丈夫。私、京子の事信じているから…」

京子「…の割には顔が赤いけれども」

春「…周りの火の所為」

京子「とてもそうは思えないんだけど…」

確かに俺達が今、登っているのはお屋敷前の長い長い階段だ。
両脇に灯された火は皆の顔を普段よりも血色良く見せている。
しかし、それだけでは真っ赤になった春の表情は決して説明し切る事が出来ない。
普段、あんまり表情を変える事がない春だけにその変化はとても顕著に思えるのだ。


京子「…そんなに恥ずかしいなら無理に入らなくても良いんじゃないかしら」

春「それはダメ…」

京子「ダメって…別にここで翻しても誰も傷つかないし、大変な事にならないわよ?」

京子「寧ろ、一緒に入った方が…その、色々と大変かもしれないわよ」

小蒔「え?大変なんですか!?」ビックリ

京子「あ…え、えっと、それは…その…化粧落としとかあるから」

小蒔「あ、確かにそうですね…お化粧綺麗に落とすのって大変そうです」

ふぅ…何とか小蒔さんを誤魔化せたか。
流石に小蒔さんの前で俺がケダモノになって春や小蒔さんに襲いかかるかもしれない、なんて中々、言いづらい。
本当はそれを口にするのが一番なのかもしれないが、それで小蒔さんに警戒されてしまったら凹むってレベルでは済まないし。
何より、この場で大きな決定権を持っているのは小蒔さんではなく、仕掛け人の春なのだ。
今の時点でも羞恥を顔に浮かばせる春をこちらに引き込めば、まだ混浴を止めるチャンスはあるだろう。
いや、これだけの美少女三人と混浴する事へのリスクを考えれば、最低でも春だけはこちらに引き込んでおかなければいけないのだ。

京子「だから、意地なんて張らずに…ね」

春「…別に意地なんて張っていない…」

京子「春ちゃん…」

春「わ、私がしたいからそうしてる…それじゃ…ダメ?」

京子「……ダメって事はないわ。ただ…」

…本当にそれで良いのか?
だって、水着もつけずに混浴って事は春は俺に裸を晒す事になるんだぞ?
この前の夢みたいに先っぽの大きい乳輪からピンと張った乳首まで全部俺に見せるって事なんだぞ?
それを前にして俺が我慢出来るかどうかなんて正直、保証はしかねる。
正直、今だって夢のことを思い出して、下半身の方がちょっとムズムズしてきているんだから。
そんな俺が春の裸体を目の前にして紳士でいられる可能性なんて皆無に等しい。


明星「…ホント、京子さん…いえ、京太郎さんは鈍感ですよね」ハァ

京子「え…そんな風に言われるくらいダメかしら…」

春「あ、明星ちゃん…」カァ

明星「大丈夫ですよ。そこまで野暮じゃないですし」

小蒔「野暮?」キョトン

湧「やぼ?」クエスチョン

京子「…野暮???」クビカシゲ

明星「…なんで普段はしっかりしてるのにこういう時だけそっち側に行くんでしょうね、京子さん」

そうは言うがな、大佐。
野暮とか鈍感ってだけで全部を推し量れってのは中々に無茶ぶりだと思うんだ。
言葉って言うのは人間が思っているよりも万能でも何でもない。
寧ろ、ちょっとしたニュアンスや誤解でまったく意味が違ってくるのである。
ぶっちゃけ、今だってそれだけ並べられると春が俺の事を好きとかそんな風に誤解してしまいそうだしな。
そういう誤解を生まない為にもちゃんと伝えるべきところは伝えてくれないとこっちとしても困ってしまう。

春「…そういう所も可愛くて良いと思う」

明星「はいはい。まったく…春さんは京太郎さんに甘いんですから」

春「それが自慢…」

明星「そういうのを自慢するのは黒糖だけにしてください」

小蒔「何だかよく分かりませんけど、ともかく二人はとっても仲良しって事ですね!」

春「…ん。だから、一緒にお風呂に入るのも当然…」

湧「仲良しだもんね!」

京子「そ、そうかしら…?」

確かに裸の付き合いって表現があるように一緒に風呂に入ると言うのは中々にハードルが高い事ではある。
よっぽど仲が良い相手でなければ、それに抵抗感を感じるだろうし、仲良し度を図る指標としてはそれほど間違っている訳ではない。
だが、俺と皆の場合、その間には異性というデカい壁があるのだ。
その壁を乗り越えて一緒にお風呂に入る、なんて親友を通り越して、恋人のやる事ではないだろうか。


春「もう何を言っても…京子は逃げられない」

小蒔「はい!私達ががっちり捕まえていますから!」ギュー

湧「えへへ、お風呂場までこんままいっどき行っよ!」ギュー

京子「あ、あはは…」

だが、俺の両側をしっかり捕まえている二人にはそんな意識がまったくないらしい。
こうして腕を組んでいるのも俺を逃さない為であり、このまま一緒にお風呂場まで連行するつもりのようだ。
俺が頭ひとつ抜けている所為でまったくそんな風には見えないが、今の俺は護送中の囚人も同じである。
いや、この後、ある種の拷問が待っている事を思えば、処刑台へと連行されている途中だと言ったほうが正しいのかもしれない。

明星「早々に諦めればそんな事にはならなかったでしょうに」

京子「偉い人が言ってたわ。諦めたらそこで試合終了だって」

春「でも、諦めなかった所為で余計に状況が悪くなってる…」

明星「ある種の泥沼ですね」

京子「う…そ、それは…」

…確かにこうして俺の両腕が小蒔さんや湧ちゃんにがっちりロックされているのは俺が必死に混浴から逃れようとした結果である。
何とか二人を説得して混浴を思いとどまらせようとしたものの、男の性をぼかしたまま支持を得るのは難しいだろう。
実際、俺がどれだけ言葉を尽くしても二人から理解など得られず、寧ろ、逃げるのではないかと警戒心を抱かせてしまった。
結果、こうして逃げ出さないようにと両腕をしっかりと捕まえられてしまった俺は明星ちゃんの言う通り、泥沼の状態にあるのだろう。

京子「(…だけど、ここで諦めなかったらそれこそ最悪だろうしなぁ)」

小蒔「ふふ、もうお屋敷が見えてきましたね!」

湧「一緒にお風呂楽しみっ」ニコー

京子「う…」

だが、そうは思いながらも、俺に残された猶予は殆ど残ってはいなかった。
こうして俺が何とかしようとしている間にも二人の足は着実にお屋敷の方へと進んでいるんだから。
遅延戦術すら許さないその歩みに俺も従わない訳にもいかず…結果、俺の目の前に見慣れた純和風のお屋敷が現れる。
このままのペースであれば、数分も経たない内にお風呂場に着き、小蒔さん達と混浴する事になるだろう。


春「…そろそろ観念するべき」

京子「ま、まだよ。まだ何とかなるはず…」

明星「無駄だと思いますけれどね」

い、いいや!まだだ!
お屋敷には霞さんを始め、まだ良識派の人達がいるんだ!
その人達を巻き込めば、まだ挽回出来るチャンスはあるはず!!
例え、往生際が悪いと言われようとも最後まで諦めたりするもんか…!

小蒔「ただいま戻りました」

湧「ただいまーっ!!」

京子「ただいまです!!!!」

春「…京子、うるさい。…ただいま」

明星「必死ですよね。あ、ただいま戻りました」

その為にも元気よく声をあげて、霞さん達に気づいてもらわないとな。
湧ちゃんの声は良く通るけれどもこのお屋敷もかなり広い訳だし。
幾ら湧ちゃんの声でも奥の方に皆がいる場合には聞こえないかもしれない。
ここで変に羞恥心を覚えて、気づかれて貰えなければ本格的に混浴ルート一直線だし、そりゃ必死にもなる。

巴「あら、皆、おかえりなさい」

小蒔「あ、巴ちゃん、ただいまです」

いよっしゃあああああああああ!!!!
ここで巴さんが気づいてくれたか…!
出来れば霞さんが良かったが、こうして廊下から顔を出してくれるだけでも有り難い。
と言うか、嬉々として小蒔さん達の背中を押しかねない初美さん以外だったらだれでも良かったと言うか。
例え小蒔さんが相手でも、このお屋敷の中でも飛び抜けて良識派な巴さんなら、なんとかしてくれる…!!


京子「巴さん、ただいまです」

巴「はい。姫様も京子さんもおかえりなさい」

巴「今日も皆仲良く帰ってきたみたいで何よりです」

小蒔「えへへ。はい!皆、仲良しですから!」

湧「あのねあのね!こいからお風呂にも入るの!」

巴「そうですね。もう遅いですし、皆一気に入っちゃった方が良いかもしれませんね」ニコ

京子「え…?そ、その…巴さん…?」

巴「ん…?京子さんどうかしたんですか?」

京子「その、湧ちゃんが言っているのは私も一緒に入るって事なんだけど…」

巴「え…?そ、それはまずくないかしら…」

京子「で、ですよね!そうですよね!!」

巴「え…?な、なんで京子さんがこんなに喜んでいるの…?」

京子「…面子を見て察して下さい」

巴「面子…あ、なるほど」

うん…まぁ、俺が言うのもアレだけど、それで察してもらえるくらい大変な面子って事だよな。
天然純真枠の小蒔さんに湧ちゃん、色んな意味でトリックスターの春に、割りと一歩引いた所がある明星ちゃん。
ここまで揃った集団の中で混浴、なんて話が出れば、負担は俺一人の肩にかかると想像するのは容易い事なのだろう。


京子「だから、巴さんにも是非、小蒔ちゃんの説得を手伝って欲しいんです」

京子「このままじゃ私、本当に混浴する事になっちゃいそうなんで…」

小蒔「…一緒にお風呂に入るんですー」ムゥ

湧「ここまで来てやっぱりなしなんて許さんよ!」ムムッ

巴「…うん。それは良く分かったわ。ただ…」

京子「え?」

巴「…いえ、何でもないの」

その言葉を信じる事は俺には出来なかった。
何せ、今の一瞬、巴さんはとても辛そうな顔をしたんだから。
まるで苦手なテストで100点を取れ、と親に言われた子どものような表情に俺の胸がズキリと痛む。
しかし、それを巴さんに聞くよりも先に彼女は首を横に振って、何でもないように取り繕った。

巴「でも、姫様。京子さんはこういう格好していますけど、れっきとした男性なんですから一緒に入っちゃダメですよ」

小蒔「え?殿方とは一緒にお風呂はいけないんですか?」

巴「はい。姫様が良くても京子さんの方が大変な事になってしまいますよ」

小蒔「さっき京子ちゃんも言ってましたけど、それってお化粧落としの事ですよね?」

湧「そいならだいじょっ!あちきと姫様がお化粧落とし手伝うから!」

巴「…京子さん?」ジトー

京子「ご、ごめんなさい…」

だ、だって、仕方ないじゃないか。
流石に本人が男性器がガチガチに勃起しちゃってヤバイなんて言えないって。
それに霞さんじゃないが、出来るだけ小蒔さんにはそういう事知って欲しくないし…。
ちょっとジト目になってこっちを見る巴さんには悪いけど、どうしても小蒔さんを前にするとヘタレてしまう。


巴「まったく…京子さんったら…」

小蒔「…巴ちゃん?」キョトン

巴「えーっとその…京子さんは言った事も勿論、大変ですけれど、それだけじゃないんです」

小蒔「他にも何か大変な事があるんですか?」

巴「はい。その…男性は女性と一緒にお風呂に入ると…え、えっと…あの…い、一部分がですね…は、腫れてしまうんです」

小蒔「は、腫れるんですか!?」ビックリ

うん、まぁ、それほど間違ってはいないよな。
実際、血液が集まって一部分が大きくなってしまうのは事実だし。
それを一般的に勃起と言う事を隠しているだけであって巴さんの言葉は決して嘘じゃない。

湧「腫れる…?あ、それってもしかしてご…」

明星「はーい。湧ちゃんはちょっと黙っていましょうね」

湧「んぐぐっ」

巴「と、とにかくです。そうなると男性はその…女性に対して理性的でなくなってしまうというか…」

小蒔「理性的でなくなる…とはどういう事でしょうか?」

巴「え、えっと…本能的になるというか刹那的になるというかヤれば出来るみたいな…」カァ

小蒔「???」キョトン

巴「う、ううう…なんで私、こんな事説明してるんだろ…」オロオロ

巴さんごめん…本当ごめん…!
でも、この場でそれを小蒔さんに説明して思いとどまらせる事が出来るのは巴さんしかいないんだ。
本来なら俺がやるべき説明を押し付けて本当に悪いけれども、もうちょっとだけ頑張ってくれ!
また今度、帰ってきた時にケーキでも買ってくるから!!


小蒔「説明するのも困っちゃうような事なんですか…うーん…うーん…」クビカシゲ

春「…姫様、分かる?」

小蒔「分かりません!でも、巴ちゃんが困ってますし、私が頑張らないといけません!」

京子「小蒔ちゃん…」

巴さんが説明に窮しているのを感じて、自分なりに答えを出そうとしている小蒔さんは本当に良い子だ。
そんな彼女や巴さんを助けたいという気持ちと、下卑た知識を突きつけたくはないという感情。
その二つが俺の中でぶつかりあい、心の中を揺さぶる。
だが、そんな激しいぶつかり合いの中でも、未だ俺は決断出来ないままだった。

小蒔「うーん…あ、もしかして腫れると痛すぎて、それどころじゃなくなってしまうとかですか!?」

小蒔「もしかして毒とか…!?た、大変です…何とかしないと…!!」アワワ

京子「い、いや、毒はないわよ、毒は」

小蒔「よ、良かった…。でも、どうして腫れちゃって理性的じゃなくなっちゃうんですか??」

京子「う…それは…」

巴「そ、その…何というか…」

…とりあえず問題としてはそこに戻ってきてしまう訳だ。
一応、そういう身体の作りになっているからだと小蒔さんに言えば、きっと彼女も納得するだろう。
しかし、それでは小蒔さんに変な疑問を残すだけになってしまうし、何より、そういった思考停止な答えは教育に良くない。
それに幾ら純真でも小蒔さんだって何時かは結婚する以上、その問題にどうしても突き当たる訳だしな。
ここで思考停止な返答を返すよりも、いずれ彼女が受けるであろう衝撃を和らげる為にクッションとなる答えを用意するのがベストなんだけど… ――


巴「だ、男性は女性の裸が大好きなんですよ」

小蒔「ふぇ…?裸が…ですか?」

巴「えぇ。だから、姫様みたいな可愛い女の子の裸を見ると我慢出来なくなってしまうんです」

小蒔「そうなんですか…じゃあ、京子ちゃんにも裸を見せてあげた方が良いんでしょうか」

京子「い、いや、だ、ダメよ、そんな事したら」

小蒔「え?でも、殿方は女性の裸が好きなんですよね?」

京子「それはそうだけど…でも、大好きだからこそ容易くしちゃいけないのよ」

小蒔「うーん…大好きだから見せちゃいけないって事…ですか?」

京子「えぇ。そういうのを見せて良いのは、心から特別だって思える男の人だけよ」

ここで好きだの何だの言ったら、きっと小蒔さんは俺の事好きだって簡単に返してくるだろうからなぁ。
天然に両足突っ込みかけているくらい純真な小蒔さんが人を嫌うところなんて想像出来ないし。
寧ろ、一緒にお風呂に入っても構わないって時点で俺の事を好いてくれているのは確実だ。
そんな彼女の前で好きな相手に裸を見せて良いなんて事を言ったら間違いなくややこしくなる。
以前は子どもを作る『好き』なんて説明したが、その後の事は子どもを作る過程の話にいってちゃんと説明しきれてなかったしな。

小蒔「でも、私にとって京子ちゃんは特別ですよ?とっても大事なお友達です!」

京子「ありがとう。でも、私が言っているのはそういう特別じゃないのよ」

小蒔「え…違うんですか?」

京子「えぇ。私も具体的な事は言えないけれど…」

こうして小蒔さんに偉そうな事を言っている俺だって別に恋愛に関して百戦錬磨って訳じゃない。
寧ろ、ついこの間、自分の気持ちにようやく気付き、そして告白する暇もなく失恋したくらいだ。
気づいたと同時に行き場を失った感情を未だ処理しきれていない俺にとって、それがどういった『好き』なのかちゃんとした説明が出来るはずもない。
俺は自分の気持ちに気付くまで咲の事を手間の掛かる幼馴染としか考えていなかったんだから尚の事である。


京子「(でも、小蒔さんはそんな情けない俺の事を特別だってそう言ってくれているんだ)」

ならば、俺は俺なりにそんな小蒔さんに答えなければいけない。
勿論、未だ俺の中で結論は出ていないし、迷いは残っているままだ。
だが、自分の尻拭いを巴さんに任せっきりの男が小蒔さんに大事だと言ってもらえるだけの資格があるとは到底、思えない。
確かに俺は情けないが、だけど、これ以上、情けなくならない為にも、小蒔さんが納得してもらえるような答えを準備しなければいけないんだ。

京子「でも、小蒔ちゃんも本当に特別な誰かが出来れば、きっと分かるはずよ」

京子「友達に向ける好きとはまた別の好きがどういう気持ちなのか…ね」

小蒔「好きとは違う好き…ですか」

京子「えぇ。それこそが以前、説明した殿方が欲しがっている『好き』なのよ」

京子「そうやって欲しがっているからこそ、殿方は皆、ちょっとした事でそういった『好き』を自分に抱いてくれているんじゃないかって期待してしまうの」

京子「特に裸を見せるなんて言ったら即誤解されちゃうわよ?と言うか、私も小蒔ちゃんの事をちゃんと知らなかったら誤解してたわ」

何せ相手はこっちの庇護欲を擽るような可愛さを持つ上に、おっぱいもインターハイクラスの大きさを誇る小蒔さんなのである。
ぶっちゃけた話、性格も顔もスタイルも超絶好みだと言っても良いくらいだ。
そんな相手と裸で混浴したい、なんてお誘いがあったら、そりゃあ全力で誤解してしまう。
俺が誤解せずにその言葉を受け止められているのも、この数ヶ月での共同生活の中で彼女がそういった事に疎いと分かっているからだ。
そうでなければ今頃、据え膳食おうと小蒔さんにルパンダイブしていてもおかしくはない。

小蒔「京子ちゃんもですか?」

京子「えぇ。この前も言ったけれど、私だって男性なんだからね?」

巴「…その口調と姿で男だなんて言われても違和感が凄いんだけど…」

京子「そ、その辺は許してください」

一応、化粧を落としきるまでは【須賀京子】でいなければ何処で誰が見ているか分からない訳だしな。
もうお屋敷にまで戻ってきているから大丈夫だとは思うが、その辺の切り替えはきっちりしすぎるくらいしておいた方が良い。
そういった気の緩みがトラブルに発展してから後悔しても遅いんだからな。
現状、綱渡りすぎるくらい綱渡りを続けているんだから、下手なリスクは背負わない方が良い。
…と、まぁ、それよりも今は小蒔さんの事だな。


京子「小蒔ちゃんは私と赤ちゃん作りたい?作っても良いじゃなくて…作りたいと思ってくれるかしら?」

明星「……京子さん?」

京子「大丈夫よ、明星ちゃん。何も具体的なあれこれを説明するつもりはないから」

同衾したら子どもが出来るって話は既にこの前しているんだ。
ここからさらに何かしらの情報を積み上げたりしなくてもきっと小蒔さんは理解してくれる。
さっき巴さんの言おうとしていた事を自分なりに噛み砕こうとしていた姿がその何よりの証拠だ。
それに俺だって小蒔さんに下卑た知識を突きつけたい訳じゃないからな。
未だ小蒔さんへそういう知識を与えて良いか迷っている俺が明星ちゃんが不安に思っているような事をするはずがない。

小蒔「それは…」

京子「無理でしょう?」

小蒔「…はい」シュン

京子「あぁ、落ち込まなくても良いのよ。それが普通だから」

京子「だって、そういうのは世界でただ一人だけに向ける感情なんだもの」

小蒔「一人だけ…ですか?」

京子「えぇ。さっきも言った通り、本当に特別な人だけ」

京子「友達よりもずっとずっと大事で、そして心から…一緒に居たいって思える人」

春「……っ」

俺の言葉に春が視界の端で微かに表情を歪めるのが分かった。
俺が長野に好きな幼馴染がいた事を知る彼女にとってそれは辛い言葉だったのだろう。
そんな相手から引き剥がした責任の一端が自分にもあるとそう思っているのかもしれない。
俺にはそんなつもりはまったくなかったとは言え、実際、ちょっと当てつけみたいになってしまったし…後で謝らないとな…。


京子「だから、小蒔ちゃんが私の事をそういう風に思ってくれるまで、そう言ったお付き合いはお預けにしてくれないかしら?

小蒔「…はい。京子ちゃんがそう言うならば…我慢します」

京子「ごめんなさいね、小蒔ちゃん」

ま、実際、小蒔さんが俺に対してそういう感情を抱く余地なんてまったくないだろうけどな。
日頃、女装して女言葉を使いこなす男に惚れる余地なんてあるはずがないし。
致し方ない事とは言え、恋愛対象としては、いの一番で外されるだろう。
そうでなくても、こうして共同生活している俺は小蒔さんにとってはきっと家族も同然なのだ。
ある種、弟に近いであろう俺に特別な好意を向ける事なんてまずないと言っても良い。
そういう近親相姦なんてのはあくまでフィクションの中の出来事なのだから。

小蒔「いえ、京子ちゃんが私の為を思って言ってくれているのは分かりますから。ただ…」

京子「ただ?」

小蒔「おっぱい好きな京子ちゃんの為に一杯、おっぱいを見せてあげようと思ったんですけど…」

京子「…はい?」

…何を言っているのこの子!?
いや、確かに俺はおっぱい好きだけど…いや、大好きだけどさ!!
でも、そこからどうして混浴の話になるのか、俺にはまるで追いつけない。
もしかしたらそれは俺だけなのかとも思って軽く周囲を見たら皆もびっくりしたり呆然としてるみたいだし。
…うん、やっぱり小蒔さんの言っているのはおかしいよな…?
あんまりにも自然におっぱいの話が出てきたから俺がおかしいのかと一瞬思ったくらいだったぞ…。

小蒔「だって、京子ちゃん最近、一杯頑張っているのに私何もしてあげられないじゃないですか」

小蒔「でも、私は明星ちゃんみたいにお手伝いも出来ませんし…だから、せめて京子ちゃんが癒やされるようにって思って…」

湧「…そいでおっぱい?」

小蒔「はい!一緒にお風呂に入ったら京子ちゃんも一杯、おっぱいが見れて元気になれると思ったんです」

うん!洒落にならんくらい元気になるね!!
確かに元気になるけどさ!!
それは一部分だけでそれ以外の部分は寧ろ疲れると言うか。
俺の事を考えてくれているのは分かっているけれど、それはちょっと色々と行き過ぎじゃねぇ!?


小蒔「それに最近は二人っきりの時間もあんまりなくておっぱいをあんまり見せてあげられないですし」

春「…判定は?」

巴「断然、ギルティ」

明星「勿論、ギルティで」

湧「良く分からんけどギルティ!」

京子「ちょ、ちょっとまって!説明くらいはさせて!!」

確かに小蒔さんが言っているのは明らかにやばい奴だけどさ!
でも、こっちにも色々と事情が有ると言うか、なんと言うか!!
そもそもそんな風に二人っきりの時におっぱいガン見した事なんてそんなにないんだぞ!!
そりゃ一度や二度…いや、五回か六回…じゅ、十回くらいはあるかもしれないけど!!
でも、小蒔さんの純真さに漬け込んで騙すような事したくないからって普段の俺は我慢してるんだ!
それなのにいきなりギルティはちょっと行き過ぎではないでしょうか、陪審員の皆さん!!

明星「でも、京子さん…いえ、京太郎さんはおっぱい好きですよね?」

京太郎「あぁ、大好きだぜ!!」キラーン

明星「やっぱりギルティで」

春「同じく」

湧「格好つけてもギルティ!」

京太郎「くそぅ!なんて巧妙な誘導尋問なんだ…!!」

俺は人である前におっぱい星人であり、健全な男子高校生なんだ。
そんな風に聞かれたら、例え、罠だと分かっていたとしても嫌いだなんて言えない。
それを否定する事は俺にとってアイデンティティの否定にも等しい行為なのだから。
それを分かりながらこうして俺に尋ねた明星ちゃんが一枚上手だったという事なのだろう。


小蒔「…え?ダメでしたか?」

巴「うーん…姫様の気持ちはとても素晴らしいものだと思いますよ。ただ…」

明星「そういった契も結んでいない男性に言うにはあまりにも不適切な言葉ですね」

小蒔「そうなんですか…それは困っちゃいました…」ウーン

京子「小蒔ちゃんのその気持ちだけで私は十分よ」

言った言葉は確かに不適切ではあったが、それは俺の事を思ってのものだったのだ。
合宿場で混浴がなしになりそうになった時に落ち込む様子を見せていたのも楽しみにしていただけじゃなく、俺の事を元気にしたいとそう思ってくれたからなんだな。
その気持ちだけで俺にとっては十分過ぎる。
寧ろ、ただでさえ心配かけている上にそこまで気を遣ってくれて申し訳ないくらいだ。

小蒔「でも…」

春「…じゃあ、裸じゃなければ良い」

京子「…え?」

春「裸での混浴がダメなら水着着用なら大丈夫…」

京子「それはそうだけど…でも、私の水着はないわよ?」

春「…京子は下着で」

京子「そ、それはそれで恥ずかしいんだけど…」

男の水着とトランクスはそれほど形状が違うって訳じゃない。
局部を隠すという意味ではトランクスでも代用可能ではあるのだろう。
ここに来た時のトランクスはまだ残っているし、春の提案を受け入れる事は可能だ。
だが、例え代用可能であったとしても、それを着る俺の中には大きな認識の違いがあるのである。
水着で皆と混浴するのは可能でも、下着のまま皆の前に出ると言うのはやっぱり気恥ずかしい。


春「そもそもこれは京子のお詫びだから」

京子「う…それを言われると確かにそうなんだけど…」

巴「お詫び?」

明星「生徒会長の件で色々と迷惑を掛けているからって春さんが言い出したんです」

巴「あぁ、なるほど…」

京子「だ、だからって混浴は流石にまずいですよね?」

巴「…まぁ、良いんじゃないかしら」

京子「巴さん!?」

巴「確かに下着姿は恥ずかしいかもしれないけど…でも、裸よりはマシだろうし…」

京子「そ、それはそうですけど…」

確かに最初の頃よりも大分、条件はマシになってきてはいる。
少なくとも、裸で一緒に風呂に入るなんて真似はしなくても良くなったのだから。
そもそもこれは俺の罰なのだし、この辺りで妥協点としておくのが良いのかもしれない。
それはなんとなく分かるけれども…しかし、やっぱり下着姿って言うのは抵抗がどうしてもある。

京子「せめて明日水着を買いに行ってからじゃ…」

春「ダメ」

京子「そ、そんなに急がなくても…」

春「ダメ。これはお仕置きだから」

京子「うぅ…」

だが、コレ以上の慈悲は俺にはないらしい。
俺をじっと見る春の瞳は揺らぎが無く、俺の提案をすげなく却下していく。
最初から俺の言いたいことが分かっているようなその即答っぷりに俺の肩ががくりと落ちる。
色々と抵抗してきたが、どうやらここが年貢の納め時であるらしい。


小蒔「えっと…つまり…?」

春「…京子とお風呂に入れる」

小蒔「え、良いんですか?」ビックリ

春「京子も諦めたみたいだし…オッケー」

京子「あ、諦めた訳じゃないわよ。諦めた訳じゃ」

湧「…じゃあ、裸で入る?」ジィ

京子「やっぱりそうなるわよね…」ハァ

最初からそれがいけない事だと知らなかった小蒔さんはともかく春と湧ちゃんはある程度、性知識はあるのだ。
だが、羞恥心がないのか、或いは致命的なくらい俺を男と思っていないのか、二人は最初から裸で入るつもりだったのである。
そんな二人が長引く交渉の中で『裸で入る』と言うカードを切ってこないはずがない。
最初からそのつもりであった二人にとって、それは何らデメリットのない上にこちらを押さえ込めるジョーカーのようなものなのだから。

湧「京子さあ?」

京子「…分かったわよ。それで手を打ちましょう」

小蒔「やった!京子ちゃん!大好きです!!」

京子「あ、あはは…」

湧「そいじゃ水着着てくるね!」

春「私も…セクシーな奴を選ばないと…」

小蒔「確か去年のがありましたよね。アレ何処にしまいましたっけ?」

明星「あ、それは私が知っていますよ。案内します」

小蒔「それでは明星ちゃん、お願いしますね」

春「…それが終わったら、また後でお風呂場に集合?」

湧「うん。そいが良いと思っ!」

小蒔「分かりました!では、ちょっと待っててくださいね、京子ちゃん」

京子「ゆ、ゆっくりで良いのよ、ゆっくりで」

色々と諦めたとは言え、やっぱり小蒔さん達の混浴ともなると緊張する。
水着姿ならば大丈夫だと思うが、世の中、何があるか分からないからなぁ。
この数カ月間、禁欲がずっと続いているのもあって、自分自身があまり信じられない。
春に裸で迫られるなんて淫夢を見てしまった俺が美少女たちの水着姿に欲情しないと言い切る事なんて不可能なのだ。


巴「…ごめんね」

京子「え?」

そんな事を思いながら廊下の向こうに消える小蒔さん達を見送った後、唐突に謝罪の言葉が聞こえた。
俺の隣から放たれたそれに驚きながら目を向ければ、そこには申し訳無さそうに顔を伏せる巴さんの姿がある。
だが、俺には彼女がどうしてそんな風に顔を伏せて謝罪するのか、まったく分からない。

京子「えっと…何の事です?」

巴「混浴の事、止められなくて…それと私、あんまり役に…」

京子「あぁ、そういう事ですか」

京子「別に気にしていませんよ。そもそもさっきの事は私が何とかしなくてはいけない事でしたから」

京子「こちらこそ面倒な事に巻き込む事になってすみませんでした」

勿論、合宿場では人の目もあるから、さっきみたいにはっきりと言う事は出来ない。
だが、こうして霧島神宮に入ってからは周りに人が殆どいない状態だったのだ。
そこで今みたいに小蒔さんにちゃんと説明していれば、巴さんの手を煩わせる事もなかったのである。
それなのにこうして面倒なことに巻き込んでしまった時点で俺の方が巴さんに謝罪しなければいけないだろう。

巴「あ…大丈夫よ。その、京子さんが色々と大変なのは分かっているから」

巴「たった一人の男の子なんだし、女の子相手に言えない事もあるわよね」

京子「えぇ…特に小蒔ちゃん相手にはどうしても…」

巴「それはとても良く分かるわ…」

だよなぁ。
こうして半年程度の付き合いの俺でさえ小蒔さんに対する対応が困る事があるんだ。
今まで蝶よ花よと育ててきた側の巴さんにとってさっきの問答はとても大変なものだっただろう。


巴「でも、姫様だって心を許してなければ一緒にお風呂に入ろうなんて言わないわ」

巴「確かに姫様は警戒心の薄い人ではあるけれど、裸を見られる事に対して何とも思っていない訳じゃないんだから」

巴「姫様があれだけ一緒にお風呂に入りたがっていたのも京子さんが好きだから…って言うのは分かってあげて欲しいの」

京子「勿論です」

巴「ありがとう、京子さん」

京子「いえいえ。お礼を言われるような事ではありませんよ」

京子「私もここで生活している間に、小蒔ちゃんがどれだけ良い子なのか分かってますから」

京子「正直な話、役得だという気持ちがない訳じゃないんですよ?」

巴「ふふ、意外と正直なんだ」

京子「そりゃアレだけ可愛らしい女の子と一緒にお風呂に入れる訳ですから、隠しても無駄でしょうし」

京子「それに後で絶対、顔に出ちゃいますから今のうちに予防線を張っておこうかと思いまして」

今はまだ【須賀京子】って分厚い厚化粧が俺の前にあるからあんまり表には出ないけどな。
だが、この化粧を落として【須賀京太郎】に戻った時、それを隠し通せる自信はまったくなかった。
勿論、緊張するし、気が重いのは確かではあるが、それを楽しみに待っている自分というのは間違いなく存在する。
ま、それが顔に出るほど大きいものかはさておき、そういう事にしていた方が巴さんの気持ちも少しは和らぐだろう。

巴「京子さんったら意外としたたかな人なのね」

京子「今の時代、女性は強かでなければ生きていけませんよ?」クスッ

巴「……京子さんが言うと格言めいた重みを感じるわ」

京子「ふふ、伊達に苦労してきていませんから」ニッコリ

京子「あ、それで強かな私はそろそろお風呂の準備に入りますけれど…」

巴「そうね…じゃあ、京子さんについていこうかしら」

京子「あら、巴さんも一緒にお風呂に入ってくれるんですか?」クスッ

巴「ち、違います!」

京子「あら、残念」

巴「むぅ…」

京子「どうかしました?」

巴「…いや、本当に京子さんの方は強かだな、と思って」

京子「お褒めの言葉と受け取っておきますね」ニッコリ

まぁ、ここで巴さんが混浴する、なんて言い出さない人だって分かっているからこそのセリフだったんだけどな。
それにここでうんと帰ってきたとしても、ここまで来たら、一人増えたところでそんなに違いはない。
既に下着姿を三人に見られるのが確定してしまった以上、俺に失うものなど最早ないも同然なのだから。
寧ろ、水着姿の美少女が一人増えて役得だと言ってしまっても良いだろう。
ま、それはさておき、あんまりここでダラダラして小蒔さん達を待たせるのも可哀想だしな。
こうして巴さんを話している間にある程度、自分の中で覚悟も出来た訳だし…自室にトランクスと着替えを取りに行こうか。


京子「そう言えば、巴さんはもうお仕事終わったんですか?」

巴「えぇ。もう大体終わっちゃって…」

京子「暇という事ですか?」

巴「いえ、暇ってほど大したものではないんだけれど…手持ち無沙汰なのは否定出来ないかしら…」

京子「なるほど…」

基本的に巴さんは何かしら動いていないと落ち着かないってタイプの人だからなぁ。
そんな彼女にとって、手持ち無沙汰な今の状態は何とも居心地の悪いものなのだろう。
こうして俺の側についてきてくれているのもきっと何か理由がある訳じゃなくって、本当にやる事がないからだ。

巴「ごめんね」

京子「え?」

巴「京子さんも疲れているのに暇つぶしに付き合わせて」

京子「あら、そんなの気にしなくても構いませんよ。だって、私は光栄なんですから」

巴「光栄…?」

京子「えぇ。だって、巴さんはそうやって暇つぶしの相手に選んでくれるくらい私に心を開いてくれているって事でしょう?」

幾ら暇潰しでも居心地の悪い相手と一緒にいたくはないだろう。
少なくとも俺はそんな形で暇潰しをするくらいならば一人ぼーっとしていた方がマシだ。
それに巴さんはさっき小蒔さん達の方に着いて行っても良かったのに、こうして俺の側に残ってくれているのである。
流石に俺を選んでくれたってほど自意識過剰ではないが、そばに居ても苦じゃないくらい俺に対して心を許してくれているのは確かだろう。


巴「そうね…。京子さんの側にいると何だか安心しちゃって…とても居心地が良いから…」

京子「ふふ、巴さんならもっと甘えてくれても構いませんよ?」

巴「も、もう。そういう事言わないの」

京子「あら、本心ですのに」

巴「それが分かっているから質が悪いのよ…」プイッ

そう言って俺から軽く視線を逸らす彼女の顔は軽く朱に染まっていた。
普段のしっかり者な巴さんからは考えられないくらい、子どもっぽく感情を示すその様子に俺はまた笑みを浮かべてしまう。
そうやって子どもっぽいところを見せてくれるのも、巴さんが俺に対して甘えてくれている証なんだから。
その可愛らしい姿を見て、微笑ましい気持ちになってしまうのも仕方のない事だろう。

巴「まったく…そうやって学校でも女の子を口説いてるの?」

京子「人聞きの悪い事言わないで下さい。私は口説いた事なんて一度たりともないですよ?」

巴「そうかしら?結構、人気者だって聞くけれど?」

京子「それは開正出身だなんて設定つけた人に言って下さい」

そんな設定さえなければ、俺だってここまで持ち上げられる事はなかったのだ。
ひっそりと目立たずに生活出来るかは分からないが、今のようにエルダー云々なんて話にはならなかっただろう。
何もかんもその設定が悪い…と言うつもりはないが、今の俺が大変な理由の三割くらいはそのひとり歩きした噂の所為だ。
ちょっとくらい八つ当たりしてもバチは当たらないだろう。


巴「でも、それだけじゃエルダー候補として選出されるには全然、足りないって事くらい京子さんも分かっているよね?」

京子「う…」

巴「例え噂がどうであれ、それに足る成果を出し続けなければいずれ幻滅されてしまうのに…それらしく振る舞おうとするから」クスッ

京子「それは…仕方ないじゃないですか…。あんな設定がある以上、あんまりダメ過ぎると逆に目立ってしまいますし…」

京子「それに開正出身って設定の所為に引っ張られている所為で私は色眼鏡で見られる事も多いですから」

京子「エルダー候補に選ばれたのだって殆ど過大評価が原因ですよ」

巴「そういう責任感があって謙虚な京子さんは私も好きだけどね。でも…」

京子「え?」

巴「エルダー候補に選ばれたのは、スポーツも勉強もその他のお稽古事も…京子さんが…いえ、京太郎君が頑張ったからでしょう?」

巴「少なくとも京子さんが皆に迷惑を掛けまいと努力した一つの成果なのは間違いないわ」

巴「だから、過大評価だ開正出身だからだ…なんて謙遜せずに胸を張って良いと思うのよ」

巴「京太郎君にとって望まない形かもしれないけれど、その努力が人に評価されているのは事実なんだから」

京子「……」

巴「…あれ?どうかした?」

京子「…いえ、そんな風に言われたのは初めてで」

…でも、確かにそうだよな。
エルダーに選ばれるなんてあまりにも荷が重い…なんて風に思ってたけれども…俺が出した一つの成果である事に間違いはない。
勿論、俺にとってその称号はありがた迷惑にも近いものがあるから、胸を張る…なんて事は中々、出来ないけれども。
ただ、女らしいと言われる事に少しではあれど喜べるのだから、エルダー候補として選出された事に喜べない訳ではないのだろう。


京子「…自分の中にはそんな考え方はなかったので…少し新鮮で…。やっぱり巴さんは凄いですね」

巴「…凄くなんかないわ。私のこれは嫉妬みたいなものだから」

京子「え?」

巴「自慢じゃないけれど…私もね。エルダー候補にって話があったのよ」

そう言って笑う巴さんの顔はとても寂しそうなものだった。
それが彼女にとって本当に自慢ではなく、苦々しい過去である事を感じさせる表情。
思わず見ているこっちの胸が鈍痛を訴えるくらい悲しそうな彼女を俺は今まで見たことがなかった。

巴「勿論、一学年から二人選出されるのは稀な事。私の学年には霞さんが居たから…その話は一回しかなかったんだけどね」

巴「それに本気でやったとしてもきっと霞さんには勝てなかったでしょうし」

京子「…本気でやったとしてもって…」

巴「私…霞さんを信任したのよ。候補に選ばれても…勝負する事を許されなかったの」

ポツリと呟く巴さんの言葉に俺は明星ちゃんの言葉を思い出す。
このお屋敷に来てすぐの頃、彼女の部屋に招かれた時…確か明星ちゃんは「候補者は全て石戸の関係者だった」と言っていたはずだ。
当時の俺はそれをただ単に親戚筋の人なんだと軽く考えて流していたけれど…でも、巴さんだってある意味で関係者である事に間違いはない。
その上で、巴さんが霞さんと勝負する事を許されなかったって言う事は…… ――

京子「…もしかして家の関係で…ですか?」

巴「…えぇ。私の家は分家の中ではあまり位の高いものではないから。石戸の機嫌を損ねない為にも降りてくれと両親に頼まれてしまって」

京子「っ!そんなのって…!」

そんなの…あんまりじゃないか。
巴さんにとって霞さんは少なからずコンプレックスを抱いている相手なんだ。
彼女と出会ってから一ヶ月も経っていない頃の俺にだってそれは嫌ってほど伝わってきたのである。
幾ら、住んでいる場所も別々で普通の家族よりも関わりが薄いとは言え、両親が理解していないはずがない。
だけど、彼らがやった事は自身の保身のために娘がコンプレックスを克服する機会を奪ったという事で…。
そんなの…それを差し引いても、親が子にする仕打ちだとは到底、思えない。


巴「…ありがとう。でも…仕方のない事なのよ」

巴「狩宿は元々、仮の宿と書くの」

京太郎「仮の宿…?」

巴「えぇ。信仰を失い、行き場のなくなった私のご先祖様が神代家に庇護された時に元の苗字は取り上げられてしまったのよ」

巴「代わりに与えられたのは仮宿と言う外様を意味する名前」

巴「時代が移り変わるに連れて本家との関わりも深くなってきてその名前は何時しか狩宿へと変わり、六女仙を排出するようにはなったけれど…」

巴「どの分家よりも本家筋に近く、政治的な部分を担当する石戸家に睨まれたら今でもどうにもならないわ」

京子「……私、そんなの納得出来ません」

いや…より正確に言えば納得なんてしたくないんだ。
俺だってこうして生きてきている中で世の中には不条理が沢山ある事は知っている。
納得出来ない事だって今まで山ほどあった。
だけど…それでも、それでも…それはあんまりにも酷すぎるじゃないか。
巴さんは何も悪くないのに、ずっと昔で彼女には無関係な事なのに…競いあいたいと思った相手に勝負させても貰えないなんて理不尽過ぎる。

巴「…ごめんね。嫌な話をして」

巴「ただ、私が言いたいのは…そうやって勝負する事も出来なかった人もいるって事」

巴「そして、競い合う事すら許されなかった私にとって、そこから自分の意思で降りようとする貴方が羨ましくて…やっぱり嫉妬してるって事かな」

京子「巴さん…」

そう言って微かに笑う巴さんの顔には自己嫌悪の色が滲み出ていた。
多分、巴さんもここまで言うつもりはなかったのだろう。
俺に対して謝罪する言葉もまた申し訳無さを強く感じさせるものだった。
だが、事情を知っても尚、俺には巴さんに謝らなければいけない理由があるとは到底、思えない。


京子「謝らないで下さい。巴さんは何も悪くないじゃないですか」

巴「でも、これは八つ当たりみたいなものだし…」

京子「八つ当たりでも構いませんよ。いえ…きっとそうされるべきなのだと思います」

きっと彼女はその理不尽に対しての感情をずっと胸の内にしまい込み続けていたのだ。
誰にも言えず、ぶちまける事も出来ず、意識の奥底へと沈め続けていたのだろう。
そうでなければ、こうして俺に対してそれを漏らしたりはすまい。
俺の知る巴さんはとても理性的で、そして何より自制的な人なんだから。

京子「一人くらいそういう愚痴を話せる相手が居ないと辛いでしょうし…」

京子「何より…私は巴さんの事をもっと知りたいですから」

巴「…え?」カァ

京子「あ、ち、違いますよ?知りたいと言っても変な意味じゃなくって、あの…」

京子「わ、私、まだまだ皆の事知らなくて…!仲良くしなきゃって…!」

巴「あ、あぁ…そういう事…」

京子「そ、そうです。まぁ…そういう意味がまったくないとは言いませんけど」

巴「……はい?」

京子「だって、巴さんお綺麗ですから。下心の一つや二つくらい出てきますよ」

巴「も、もう…!」カァァ

そこで顔を赤く染める巴さんにさっきのような自己嫌悪の色は殆どなかった。
勿論、まだまだ彼女のコンプレックスが解消された訳ではないのだろう。
長い間にずっと降り積もり、そしてそれを解消する機会を親に奪われた彼女のそれはとても大きなものなのだから。
しかし、今、この場に限っては、巴さんの心はコンプレックスに囚われてはいない。
それに安堵を感じる俺の前で、巴さんが子どもっぽく唇を尖らせる。


巴「ホント、京子さんって開き直ると強いわね」

京子「最近、人間は開き直りが重要だと学ぶ機会が多いものですから」

巴「…確かに京子さんを見てるとそれは感じるかも…」

京子「ふふ、ありがとうございます」

開き直らないとこんなキャラなんて維持出来ないからなぁ。
明星ちゃんから聞いていた霞さんの情報をベースに『理想のお姉さま』を作ったのが元とは言え、完璧に女口調だし。
180後半の男が演じていると思うだけで直視出来ない痛々しさがあるくらいだ。
それでもそれっぽく振る舞う事が出来ているのは、俺が完全に別物と割りきってキャラを演じているからだろう。

京子「っと…到着しましたけど…」

巴「分かっているわ。外で待っていれば良いのよね」

京子「お願いします。流石にちょっと下着やらを見られるのは恥ずかしいですし…」

巴「えぇ。あ、でも…」

京子「え?」

巴「あんまり一人でいると寂しいから早めに帰ってきてね?」クスッ

京子「ふふ、分かりました」

まぁ、流石に寂しいなんて言うのは冗談なんだろうけど、巴さんは手持ち無沙汰になるのが苦手な人だからな。
手隙の時間があったとしてもゆっくりするって言うのがまったく出来なくて、ついつい別の作業をやり始めるようなタイプだ。
少なくとも出会った頃の巴さんであれば、小蒔さん達と別れたあの場で部屋に戻って、小蒔さんや俺向けの問題集を作っていただろう。
そんな彼女がゆっくり歩きながら俺と雑談してくれるようになった…と思うと何だか感慨深いものがある。


京子「(何だかんだ言って俺の言ってた事を護ってくれているんだな)」

そういう真面目なところが可愛い、なんて言ったら巴さんに失礼だろうか。
でも、巴さんにはあんまり格好良いとか美人って言うイメージはないんだよなぁ。
年上ではあるし、しっかり者ではあるんだけど、ちょっと危なっかしいところもあって放っておけないと言うか。
…そういう意味では霞さんも美人のようで可愛い枠に近いし、もしかしたらこのお屋敷に本当の意味美人枠っていないのかもしれない。
ま、それはさておきっと…。

京子「(着替えの巫女服よし。トランクスは…)」

…一応、人に見られるもんだし、出来れば格好良いものを選びたいんだけど…でも、選択肢なんて俺が最初に履いていた一つしかない訳で。
…今度、霞さんに女装用じゃない普通の男性用下着を買ってもらえるように頼んでおくか。
流石にもう二度と混浴なんて話にはならないと思うけど…俺の予想って大抵、ひっくり返されているしな…。

京子「お待たせしました」

巴「もう良いの?」

京子「着替えを取ってくるだけでそんなに時間は必要ありませんよ」

巴「そう。それじゃ行きましょうか。姫様達ももう待っているかもしれないし」

京子「そうですね」

あれだけ嬉しそうに部屋へと戻っていった訳だしな。
俺と巴さんが比較的ゆっくり歩いているのもあって、今頃、着替えを終えてお風呂場の前で待っていてもおかしくはない。
正直、未だ緊張と言うか躊躇いはなくならないが、そんな小蒔さん達を焦らすのも可哀想だしな。


京子「…でも…」

巴「ん?どうかした?」

京子「あ、いえ…小蒔さんはさておき、湧ちゃんや春がどうしてあそこまで私と入りたがっているのかが分からなくて」

小蒔さんは俺を癒やす為に混浴をしたいとそう思ってくれていた。
その方向性は見事なまでに明後日へと突き進んでいたとは言え、決して嘘ではないのだろう。
だが、他の二人がどう思っているかは未だ分からないままなのだ。
湧ちゃんは俺の事をまったく意識していないとは言え、さっきの明星ちゃんに止められた時の様子を見るに、性知識はちゃんとあるみたいだし。
春に至ってはお屋敷に近づくに連れて明らかに緊張していて、お屋敷の前では顔が赤らみを見せていた。
俺とそう大差ないであろうそのギクシャクっぷりにも関わらず、どうしてあんなにも俺との混浴に拘るのだろうか。
本人は俺へのお仕置きだの辱める為だの言っていたが、あの様子じゃ自分のほうが恥ずかしくてもおかしくはない。

巴「湧ちゃんにとって京子さん…いえ、京太郎君はお兄ちゃんみたいなものだから…だと思う」

京子「お兄ちゃん…ですか?」

巴「えぇ。湧ちゃんはとても才能のある子だったから…このお屋敷に来るまでずっと修行ばっかりだったみたい」

巴「お父さんもとても厳格な人で、父親と言うよりは師匠みたいな感じだったらしくて」

巴「勿論、それが期待の現れである事を湧ちゃんも理解していたから嫌ではなかったみたいだけれど…でも、気軽に甘えられる相手ではなかったんでしょうね」

京子「なるほど…」

俺の家はその辺、大分、緩やかだったから共感は出来ないが、なんとなく想像は出来る。
今時、そういう厳格な親父さんなんて絶滅危惧種ではあるけれども、漫画の中には未だ生き残ってはいる訳だしな。
実際、あれだけ小柄にも関わらず、漫画みたいな身体能力している湧ちゃんが人並み以上に鍛えられている事に間違いはない。
今も熱心に指導しているらしい彼女の父親を見た事はないが、娘が気軽に甘えられないと言う事はきっと不器用な人なのだろう。


巴「湧ちゃんにしてみれば初めてマトモに接した父親以外の男性で、しかも、それがコンプレックスだった方言を受け入れてくれたんだから」

巴「京太郎君にああやって甘えてしまうのも、きっと父親の影を無意識に見ているからなんでしょうね」

京子「それはそれで光栄ではあるんですけれど…でも、裸で一緒に風呂に入っても構わないって行き過ぎじゃないでしょうか…」

巴「その辺りは京太郎君の事を信頼してるって証よ。実際、京太郎君がおっぱい好きなのはお屋敷の皆が知っている事だし」

京子「い、いや…それはそうなんですが…」

とは言え、それはあくまで嗜好であってですね?
ソレ以外の女性にはまったく勃たないって訳でもないですし…好きになる相手が必ずその嗜好と一致するとは限らない訳でして。
実際、俺が好きになった幼なじみはそりゃもう見事なまでのペチャパイっぷりなのである。
流石に幼なじみで自家発電をした事はないが、裸で入っても安全と言い切れる自信はあんまりない。

巴「…え?もしかして…」

京太郎「い、いや!違いますよ!ちっぱいになんて興味有りません!俺が大好きなのはおっぱいだけです!」

巴「そ、そう…?」

京太郎「そ、そうっす。あ、そ、それよりほら、春の方はどうなんですか?」

巴「春ちゃんの方は……」チラッ

京子「…ん?」

そこで巴さんがチラリと俺の方を見る。
何か言いたげなその視線の意味を俺は感じ取る事が出来なかった。
ただ、巴さんの方が俺の本心を探ろうとしているような…そんな気がする。
でも、そんな風に腹を探られる覚えなんてまったくないし、その辺、聞いて貰えれば大抵の事は応えてきたしなぁ。
やっぱり俺の気のせいなんだろうか。


巴「…出来れば京太郎君自身で気づいてあげて欲しいな。そうじゃないと春ちゃんが可哀想だし」

京太郎「はぁ…」

…なんだかついこの前も似たような事を言われたような…。
でも、俺が気づかないと春が可哀想な理由って一体、なんだ?
そもそも男と混浴するって時点で結構な動機があるってのは分かるんだが…。
出会った頃からずっと態度が変わらない春が俺の事を好きになってるなーんてオカルトはないだろうし…うーん…うーん…。

巴「京太郎君、通り過ぎてるよ」

京子「あ…っ…申し訳ありません」

巴「良いのよ。それだけ春ちゃんの事を真剣に考えていたって事でしょう?」

京子「えぇ、勿論。私にとっては親友ですから」

はっきりと確かめた訳じゃないから、もしかしたらそれは一方通行なものなのかもしれないけどな。
ただ、俺にとって春はこの鹿児島で最も親しい女の子である事に疑う余地はない。
その間に恋愛感情はないだろうが、俺にとって春はとても大事な女の子なのだ。
そんな春が可哀想だと言われたらそりゃ真剣にもなる。
まぁ、問題はその真剣さがまったく形にならなかったって事なんだけれども。

巴「親友…か」

京子「え?」

小蒔「あ、京子さん!」

湧「京子さあ!」

京子「あら、二人とも」

一瞬、その表情に悲しそうなものを混じらせた巴さんに疑問の声をあげた瞬間、小蒔さんと湧ちゃんが声を掛けてくれた。
その声に惹かれるように視線をそちらへと向ければ、廊下の向こうから水着姿に着替えた二人がトテトテと仲良く歩いてくる。
…にしても水着一つ見ても色々と対照的と言うか、なんと言うか。
ちょっとした胸囲の格差社会とやらを感じてしまうレベルである。


湧「どう?」クル

湧ちゃんの方は縁に白色のフリルをあしらわれたミントブルーのワンピースタイプだ。
鎖骨を露出させるように胸元でまっすぐに切りそろえられた水着からは健康的な肌が覗いている。
肩紐がない代わりに胴体へと巻かれるような特徴的なデザインは活動的な彼女に良く似合っていた。
…ただ、下半身の露出度は思った以上に高くて、フリルで彩られたスカートは足の付根ギリギリで揺れている。
ちょっと動けば足の付根が見えてしまいそうなその裾はちょっと短すぎるんじゃないだろうか。
他にもスマートなお腹を露出させさせるような握りこぶし大の穴や背中に大きく入った切れ込みなど中々に露出が際どい。
正直な話、そこらのビキニタイプよりも遥かに色気を感じるくらいだ。

京子「えぇ。とっても似合っているわ」

湧「やたっ」ニコー

京子「…でも、これ選んだの初美さんでしょう?」

湧「え…ないごて分かったの?」

京子「これを湧ちゃんに勧めるのは初美さんくらいしかいないから」

湧ちゃんはあんまりお洒落に対して拘りがあったりする訳じゃないからな。
湧ちゃん本人が選んだのであれば、もっと大人しくてシンプルなものを選ぶだろう。
ならば、誰かが彼女にこれを勧めたって事くらいしか考えられないのだけれど、その場合、真っ先に出てくるのはやっぱり初美さんだ。
と言うか、普段から露出狂と言っても良いくらい露出している初美さん以外にこんな水着は選ばないと思う。
決して湧ちゃんに似合っていないって訳じゃないんだが…これはちょっと可愛すぎると言うか、露出の仕方に妙な色気がある。
誰もが認めるほどちっぱいであり、俺にとってはそういう対象外であるはずなのに、一瞬、ドキリとしてしまったくらいだ。


小蒔「京子さん、私はどうですか?」クルッポヨン

そんな湧ちゃんの水着から比べれば小蒔さんの方は大人しいものだ。
白地に淡い水色で模様が描かれたそれはビキニタイプとは言え、布地は多い。
胸元を結ぶようにしてあしらわれているリボンも見る人に清純なイメージを与える。
ボトム部分もフレアの入った可愛らしいデザインであまり性的なものを感じさせない。
清純派ビキニ、なんてちょっと矛盾しているような単語が出てきそうなその水着は小蒔さんに良く似合っている。

京子「(…ただ…なぁ)」

それを身につける小蒔さんの身体は清純派などとは程遠いエロいものだった。
たわわに育ったそのバストはビキニから零れ落ちそうなくらいに大きい。
比較的布地が大きめのこのビキニでさえ、正面から見た肌面積の半分もカバー出来てはいないのだから。
お陰で柔らかそうな谷間が強調され、おっぱい好きからすれば堪らない光景を作り出している。
その下にあるウェストもキュッと締まっていて、思わず抱き寄せたくなってしまうくらいだ。
トランジスグラマーなんて言葉はきっと小蒔さんのような人の為にあるのだろう。

巴「京子さん、顔、顔」

京子「お、おっと…いけないいけない…」

小蒔「???」

どうやら俺は知らない間にだらしない顔をしていたらしい。
巴さんの指摘にキッと顔を引き締めようとしたが、緩んだ表情筋にすぐさま力が入らなかった。
別に他の誰かが見てる訳ではないのだから、そこまで気にする必要はないのかもしれないが、小蒔さんの前で情けない顔を見せたくはない。
幸いにして小蒔さんは俺の顔の意味を理解していないみたいだし、ここはちゃんと【須賀京子】として答えを返すべきだろう。


京子「小蒔ちゃんもとっても魅力的よ。可愛いわ」

小蒔「えへへ」テレテレ

京子「…でも、それってサイズ合っているの?」

小蒔「え?買ったの去年ですけれど、去年からこんな感じですよ?」ポヨヨン

京子「そ、そうなの」

って事はこの格好で出歩く小蒔さんを去年は見る事が出来たって事か。
くそっ!!去年の俺は一体、何をしていたんだ…!!
去年の夏に東京で小蒔さん達と知り合っておけば、この水着だって思う存分堪能出来たものを…!!!
永水女子がおっぱい集団だって分かっているんだからお近づきになる努力をすればよかった!!!!!

湧「…また京子さあ、やらしい事考えちょる?」ジトー

京子「か、考えてないわよ、そんな事…」

まぁ、そうは言っても、清澄の皆とどこかを観光したなんてアレで最初にして最後だった訳だからな。
小蒔さん達と知り合って水着姿を堪能するのも確かに大事ではあるが、そうやって皆で作った思い出もまた引けをとらない。
今はそれも思い返すのが辛い出来事ではあるが、何時かは楽しかった思い出として自分の中で処理出来るようになるだろう。


巴「…京子さん」

京子「…え?」

巴「二人の水着姿が魅力的なのも分かりますけど、あんまり見惚れているのも失礼よ」

京子「あ…ごめんなさい。それもそうですね」

小蒔「ふふ、別に良いですよ。京子ちゃんならもっと見てもらっても構いません!」グッ

湧「うんうん!あ、ポーズとか取った方が良か?」

京子「二人共そのままで十分魅力的だから大丈夫よ」

ふぅ。
巴さんのフォローのお陰で何とか二人に突っ込まれずに済んだか。
でも、きっと巴さんには俺が清澄時代の事思い出しているのを気づかれただろうなぁ。
謝る必要はないんだけど…何だかちょっと申し訳ない気がする。

巴「でも、春ちゃんの姿が見当たらないけど…」

小蒔「どうなんでしょう?私はすぐにお部屋で着替えてこっちに来る途中で湧ちゃんに合流しましたから」

湧「あちきも春さあが何しとるかまでは分かんない…」

京子「まぁ、きっと大丈夫でしょう」

平然と水着でやってくる二人に対して、春は混浴をとても意識してたみたいだからなぁ。
流石に水着を選んでいて来れない…って訳じゃないだろうが、部屋で色々と二の足を踏んでいるのかもしれない。
それを呼びに行くのはちょっと可哀想な気もするし、何よりこの時間はまだまだ冷え込むような時期なんだ。
春を待っている間、二人が風邪をひいたら大変だし、先に入ってて貰うのが良いだろう。


京子「それより二人は水着姿で寒いだろうから先に入ってきたらどう?」

小蒔「え?でも…」

京子「私もすぐに入るし、春ちゃんもきっとすぐに来てくれるわ」

湧「んー…そいじゃあ、あちきはそうする!姫様もそうしよ?」

小蒔「……えぇ。そうですね。確かにちょっと寒いですし…」

京子「決まりね」

少し申し訳無さそうにしながらも頷く辺り、やっぱり小蒔さんも肌寒さは覚えていたんだろう。
何時も朝早くから禊なんかをやって寒さにはある程度強いだろうが、それは決して鈍感さを意味しないんだから。
それでも一人なら春を待っていると言っていただろうが、湧ちゃんに誘われた以上、彼女は無碍には出来ない。
そういう意味で、さっきのは湧ちゃんのファインプレーだと言っても良いだろう。

京子「じゃあ、巴さん」

巴「えぇ。私は念のため、春ちゃんに先に入っている事伝えておくわね」

京子「ごめんなさい、お願いします」

巴「気にしないで。あ、それよりも…」スッ

京子「はい?」

巴「…幾ら水着姿の姫様が魅力的だからって変な事したらすぐにバレちゃうからね?」ボソッ

京子「し、しませんよ…!」」

小蒔「え?何をですか?」

京子「な、何でもないの」

巴「ふふ、それじゃ私は失礼しますね。姫様、楽しんできて下さい」

小蒔「はい!」

まったく巴さんったら。
いや、まぁ、屋敷に来た頃の俺はモノローグ駄々漏れ状態で、性癖ももろバレだったから釘を差したくなる気持ちは分かるけどさ。
それに多分、俺の耳元で囁いた後、笑いながら去っていく彼女は本気で言っていた訳ではないんだろうし。
釘を刺したと言ってもきっと冗談交じりのもので俺が本当に小蒔さんに対して変な事をするとは思っていないんだろう。


京子「(…まぁ、ぶっちゃけしたくないと言えば嘘になるけれども)」

小蒔「おっふろおっふろー!」プルンプルン

湧「突撃ー!」タッタッタ

小蒔「おーです!!」タユンタユン

俺の目の前で脱衣所に入っていく小蒔さんの胸は相変わらず凄まじいまでの自己主張を続けていた。
背中から見ててもその存在感が伝わってくるくらい圧倒的なそのサイズは思わず生唾を飲み込んでしまいそうになる。
ロマンの塊であると言っても良いそれは健全な男子高校生にとっては殺人的な魅力だ。
思わず後ろからおっぱいを支えてあげたくなるような衝動を堪えながら、俺もまた脱衣所の中へと入っていく。

湧「タオル準備出来たよ!」

小蒔「それじゃ京子さん、お先に入っていますね」

湧「京子さあもすぐに来てねー!」

京子「えぇ。少しだけ待っていてね」

そう言って曇りガラスの扉を開き、向こうへと消えていく二人を見送ってから俺は脱衣カゴの方へと向かった。
まず手を伸ばすのは女の子らしい金色の長い髪。
地肌につけたそのカツラを丁寧に外してから、俺は制服のボタンを外し始める。
これから化粧を落とすと言うのに、白いシャツを着たままだと汚しかねないしな。
ついでにスカートまで脱いでトランクスに着替えておくか。

京子「(さて、それじゃ…)」

着替え終わった俺が洗面台の方へと移動すれば、鏡に化粧をした男の顔が映り込む。
化粧のお陰でギリギリボーイッシュな女の子に見えなくもないが、トランクス一丁になった体は完全に男のものだ。
ある種、アンバランスで気持ちの悪い自身の姿に自嘲混じりのえみを浮かべながら、蛇口を捻って水を出す。
それを手のひらで受け止め、軽く顔を濡らしてから愛用しているメイク落としへと手を伸ばした。
後はそれを適当に手で伸ばしながら顔に塗れば、あまりにもあっさりと化粧と、そして【須賀京子】としての意識が剥がれ落ちていく。


ガララッ

春「あ…」

京太郎「んぁ…?春か?」

春「あ…ぅ…その…」

京太郎「ん…?」

その途中、入り口から聞こえてきた声は多分、春のものなのだろう。
だが、その声は水が流れっぱなしの洗面台や小蒔さん達が先に入った風呂場からの雑音で掻き消えてしまいそうなくらい微かなものだった。
普段なら顔をそちらに向ければすぐに分かるのだけれど、未だ化粧を落としている最中の俺の顔は泡まみれで目を開く事は出来ない。
ソレ故問い返した俺に春は躊躇うような声を漏らす。
言葉にもなっていないそれはあまり春らしいとは言えないものだった。
基本的に春は言いたいことをはっきり言うタイプで、少なくともこんな風にどもった事なんて滅多にない。
お屋敷に帰ってくる途中もかなり緊張していたとは言え、ここまでどもっていた訳じゃないし…何かあったのだろうか?

京太郎「悪い。すぐ化粧落とすからさ」

春「ゆ、ゆゆゆゆゆっくりで良い…」

京太郎「そうか…?」

そう言ってくれるのは嬉しいけど、あんまりゆっくりするのもなぁ。
こうして聞こえてくる春の声からしてその様子が普通でない事くらい分かっているんだ。
風呂場の中には小蒔さんや湧ちゃんも待ってくれている訳だし、出来るだけ早めに落とすようにしよう。
ま、と言ってももう殆ど化粧は落ちているから、後は泡を落とすくらいなもんだけれども。


京太郎「ふぅ」フキフキ

うん、さっぱりさっぱり。
やっぱこのすっきりした感覚は良いよなぁ。
化粧してる最中はあんまり気にならないけど、やっぱファンデーションで息苦しかったんだろう。
こうして化粧を全部落とすと肌が活き活きして、呼吸してるって気がする。
ま、それよりも今は春の事だよな。
多分、さっきの声の感じからしてまだ入り口の方にいると思うんだけど… ――

京太郎「…え?」

振り返った俺の視界に映ったのは上から下まで肌色づくしの春だった。
いや、より正確に言えば肌が隠れている部分はある。
だが、その面積はビキニであった小蒔さんと比較しても圧倒的なまでに小さい。
本当にごく一部の部分しかカバーしていないそれは最早、水着と言って良いのか疑問なくらいだ。

京太郎「な…なななななななななっ!?」

春「…」カァァ

そんな春に何か言わなければいけない。
意識はそう訴えかけるものの、思考はそれに追いつく事が出来なかった。
空回りを続ける思考は目の前の春に完全に飲み込まれてしまって、ろくな言葉を浮かばせない。
結果、無意味な声だけを漏らす俺の前で春がその顔を真っ赤に染めて、モジモジと居心地悪そうに身体を揺らす。


京太郎「う…っ」

そしてそれに合わせて春の胸もゆさゆさと揺れる。
小蒔さんに負けないその豊満なおっぱいはハート型の布地でしか隠れていないのだ。
淡いピンク色のそれを固定しているのは細いヒモだけであり、安定感の欠片もない。
一応、乳輪周りは隠しているとは言え、少し無茶な動きをしただけで乳首まで丸見えになってしまいそうだ。

京太郎「(しかも…下もまたやばいのなんのって…)」

トップと対になっているのだろうボトムもまた布地が極端に少ないものだった。
本当に大事な部分だけしか覆っていないそれはほんのちょっとずれるだけで性器が見えてしまいそうなくらいである。
処理していなければ間違いなく毛が見えてしまいそうなその小ささは魅力的を通り越してエロ過ぎる。
ある意味では、裸になるよりもエロいんじゃないかって、そんな事を思うくらいだ。

春「ど…どう…?」

京太郎「ど、どうって…お、お前、それ…」

春「か、買った…京太郎の為に…」

京太郎「俺…の為…?」

春「京太郎…お、おっぱい好きだから…出来るだけ見えるような水着が良いかなって…」

京太郎「い、いやいやいや、確かにそうだけど…そうだけどさ…!」

確かに俺は自他共認めるおっぱい好きだ。
正直なところ、あんまりジロジロ見るのが失礼だと分かっていても、今の春から目も背けられないくらいだ。
しかし、そんな俺の前で春は顔を真っ赤に染めて、太ももをこすり合わせるようにしてモジモジしているのである。
まるで羞恥プレイでもされているようなそんな様子を見ていると…俺としては嬉しいのだけど、流石に頑張りすぎではないだろうか、とどうしても思ってしまう。


春「京太郎…は…嫌?」

京太郎「え?」

春「こ、こういう水着とか…嫌い…?」

京太郎「大好きです!」

春「~~っ」カァァァ

ってやべぇ、条件反射で答えてしまった。
でも、どの道、ここで嫌いだなんて言えるはずない。
エロ過ぎて目に毒だと言っても良いレベルではあるが、マイクロビキニを着た美少女は男のロマンなのだから。
その上、その美少女がわざわざ俺の為に買ってくれたと言っているんだから嫌いになどなれるはずもない。
寧ろ、今にも逃げ出しそうなくらい顔を真っ赤にしながらもそれを着てくれている春に感謝の言葉を捧げたいくらいだ。

春「き、京太郎のスケベ…」

京太郎「そんなスケベの前でマイクロビキニなんて着てくる春が悪いんだっての」

春「興奮…する?」

京太郎「ぶっちゃけやばいくらいしてる」

流石に今すぐ勃起するレベルではないが、間違いなく興奮はしている。
正直なところ、気を抜けばあっという間に呼吸が乱れそうなくらいだ。
それを気取られるのはあまりにも格好悪過ぎるし、出来るだけ我慢するようにしているけど…まぁ、あんまり効果はないんだろう。
こうして平然そうに振る舞ってはいるが、俺の視線は相変わらずほぼ裸に近い春に釘付けになっているんだから。
肌が露出している所為で、何時もよりも人の視線に敏感になっている春がそれに気づいていないはずがない。


春「そ、そう…嬉しい…」

京太郎「う…」カァ

だが、春はそれを指摘する事なく、俺の前で嬉しそうにはにかんだ。
普段の彼女とは少し違うその笑みに思わず俺の胸も高鳴ってしまう。
マイクロビキニと言うあまりにもエロ過ぎる格好からは考えられないくらい可愛らしい笑みに強いギャップを感じてしまったのだ。
お陰で必死で平然を装うとしていた思考に緩みが生じ、俺の顔も赤くなっていくのが分かる。

京太郎「で、でも、一応、着替えてきた方がいいぞ。その…俺はもう良いから」

春「…どうして?」ムッ

京太郎「いや…だって…エロ過ぎるんだよ、今の春」

勿論、水着そのものもとてもエロい。
だが、それを着る春の身体も負けず劣らず、性的なものなのだ。
舞の稽古をしている所為か引き締まっている小蒔さんに比べて、春の身体は肉付きが良い。
ウェストも見るからにプニプニしていて思わずむしゃぶりつきたくなるくらい美味しそうだ。
太ももはとてもむっちりとしていて、顔を挟んで欲しいだなんて馬鹿げた言葉が脳裏に浮かぶくらいである。
そんな美少女と混浴して色々と無事で済む自信が俺にはなかった。

京太郎「それは男の前で着て良いもんじゃないって。いや、女の子の前でも着て良いかは疑問だけど…」

春「…でも、これは京太郎の為に買ったもの…。京太郎の前以外で着るつもりはない…」

京太郎「一応、その京太郎は男なんだけど…」

春「勿論、分かってる…」

だが、春はそれを着替えるつもりはないようだ。
勿論、そうやって春に特別扱いされるのは正直、悪い気分じゃない。
俺も春の事が好きだし、これからも仲良くしたいとそう思っているからな。
ただ、春に限った事じゃないが、このお屋敷の皆は男って奴をちょっと甘く見過ぎではないだろうか。
女子校育ちだからと言ってもそれだけ無防備だと何時か大変な事になるぞ。


京太郎「はぁ…もう…春は俺の事過大評価しすぎだっての」

京太郎「俺だって何時までも優しい京太郎君じゃいられないかもしれないんだぜ?」

春「それだったらそれで構わない…」

京太郎「構わないって…その後、どうなるかくらい分かるだろ」

春「…京太郎が私や姫様を押し倒し、無理矢理水着を剥いて…おっぱいを思いっきり弄び…」

京太郎「い、いや、説明しなくても良いから…!」

春みたいな美少女にそんな説明をされてしまうと色々と滾ってしまう。
その声のトーンは何時も通りだったけれど、あまり表情の変わらない顔は真っ赤だったしな。
それを口にするのが恥ずかしいと分かりながらも、淡々と言葉にする春を見ていると本当に羞恥プレイをしているみたいで興奮してしまう。
流石に本格的なものは好きではないが、羞恥プレイ程度のライトなSMは俺の趣味ど真ん中だからなぁ。
ま…それはさておき。

春「それに…え、エロいのは京太郎も同じ…」

京太郎「え?」

春「…トランクスから…その…浮き出てる」カァ

京太郎「うぇえええ!?」

え、ちょ、マジで!?
って本当だ…!確かにくっきりってほどじゃないが、ぼんやりと形が分かるくらいにはなってる…!
や、やばい…こんなものを俺は春に見せていたのか!!
恥ずかしくて死にそう…い、いや、まずはそれよりもこれを隠さないと…!


春「ぼ、勃起…してる?」

京太郎「し、してない!してないから!!」カクシ

春「で、でも、すごい…お、おっきい…」ゴクッ

京太郎「こ、これで平常時だから!!」

春「じゃあ…これよりも大きくなるの…?」

京太郎「そ、そりゃまぁ…俺だって男な訳だし…」

春「そう…なんだ…」

春「ちゃ、ちゃんと入るかな…」ポソッ

京太郎「え?」

春「な、なんでもない…!」カァァ

春にムスコの形がバレたって恥ずかしさで聞き逃したけど、さっき春は小声で何か言ったよな…?
でも、なんでもないって事はあんまり突っ込んで聞かない方が良いんだろうか。
つか、今、この状況で変に突っ込むと藪蛇になりかねないよな…。
シチュエーション的にはほぼ裸に近い状態で俺と春は向き合っている訳だし。
話題によってはちょっと理性の留め具が緩んで、犯罪一直線になりかねない。

春「……」ジィ

京太郎「ちょ、あ、あんまり見るなって」

春「か、代わりに私のも見て良いから…」

京太郎「そ、それはやばいから!落ち着け春!!」

相変わらず顔は真っ赤なまんまだし、明らかに頭がヒットしてるだろ!
何時もの春ならば、そんな風に自分にもダメージがあるような事は言わないだろうし…!
シチュエーションがシチュエーションなだけに気持ちは分かるけど、お願いだから冷静になってくれ!!
そんなエロい事言われたら俺だっていい加減、我慢が効かなくなるんだよ……!


京太郎「…ま、まぁ、その…見ても良いってくらい信頼してくれてるって言うのなら俺は何も言わねぇよ」

京太郎「出来れば着替えて欲しいけど…でも、それは春なりの信頼の現れなんだろうし」

京太郎「俺はそれに応えられるように全力を尽くすよ」

春「……」

京太郎「ん?」

春「京太郎のバカ…」プイッ

京太郎「え、えぇぇ…?」

しかし、春はその返事がまったく気に入らなかったらしい。
俺から視線を背けるその顔は微かに拗ねるような色を浮かべていた。
俺としては大幅に妥協しての返事だったのに、どうしてバカ呼ばわりされなければいけないのだろうか。
もしかして俺に襲って欲しかったとか?
…いや、それこそエロ漫画じゃないんだから、そんな事ないよなぁ…。

小蒔「京子ちゃんまだですかー?」

湧「まだー!?」

京太郎「あ…」

だが、それを考えている間に風呂場の方から二人の声がする。
そう言えば、小蒔さん達も待たせていたっけか。
春のマイクロビキニ姿で全部吹っ飛んだが、それも忘れちゃいけない事だった。
でも、俺のトランクスからムスコの姿が浮き出ている問題はまだまだ解決していないし…。


春「…先に行ってる」

京太郎「あ、えっと…春…」

春「……大丈夫。別に怒ってないから」

京太郎「ほ、本当か?」

春「…嘘。やっぱりちょっと拗ねてるかも」

京太郎「だ、だよな…その…すまん」

春「良い。拗ねてはいるけど…怒っている訳じゃないから」

春「それに京太郎は悪くなんかない。寧ろ、私が拗ねた事の方がおかしいから」

京太郎「え?」

春が拗ねた事の方がおかしい?
って事は…春が拗ねた理由は普通とはまた違うものって事か?
でも、春は不思議な子ではあるけれど、理不尽なタイプではないし…思考についていけない事はあるけれど基本的には優しい子だからなぁ。
そんな春が自分でおかしいって言うような理由って…一体なんだ?

春「ただ…」

京太郎「ただ?」

春「…京太郎はもうちょっと自意識過剰になって良いと思う」

京太郎「…え?」

春「じゃ。…出来るだけ早く来て欲しい」

そう言って曇りガラスへと近づいていく春の背中に俺は声を掛ける事が出来なかった。
まるでこれでこの話は終わりだと言わんばかりの彼女に投げかける言葉を俺は持っていない。
これがまだ春が機嫌を損ねた理由が分かっていれば、少しは春に対して報いる事が出来たのかもしれない。
だが、自意識過剰になっても良い、と言われた春の言葉を俺はその場で上手く咀嚼出来なかったのだ。
一体、春は何を言いたいのだろうか。
さっきの春が拗ねた理由もまだまだ分かっていない俺はそれを断片的な情報から何とか導き出そうとして… ――

誘導です。
【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」小蒔「その3ですね!」【永水】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1402850032/)


続きはあちらに投下します
こちらは1000とりに使って下さい
小ネタに対するリクエストでも本編への要望でも出来る限り応えます

乙したー

さて服でも着るか・・・

王様ゲームin永水が見たいです先生!

>>992
あんまりエロくなくてごめんね…!
一応、スレが健全を謳っているのもあってこのくらいが限界です…!

>>993
王様ゲームスレは私もやりたいんだけど、スランプ続きな今、それやり始めるとあっちがメインになりそうな予感ががが
やりたくはあるんで1スレ限りでどっかで復活させるかもです

>>996
あ、ホントに健全で行くんだ・・・

R-15くらいなのも好きだからえぇよ

うめ

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