○このスレは所謂、基本ギャグな京太郎スレです
○安価要素はありません
○設定の拡大解釈及び出番のない子のキャラ捏造アリ
○インターハイ後の永水女子が舞台です
○タイトル通り女装ネタメイン
○舞台の都合上、モブがちょこちょこ出ます(予定)
○雑談はスレが埋まらない限り、歓迎です
○エロはないです、ないですったら(震え声) 多分
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1392206943
こ、今回は本当に健全なスレ運営を心がけてるから(震え声)
では、とりあえずプロローグ的なものを投下していきます
ギャグです(重要)
―― その年の8月は俺にとって忘れられない年になった
俺の所属している清澄高校麻雀部。
そこは去年まで部長を含めて二人しかおらず、ろくに団体戦も出れないような有り様だった。
仮にも生徒議会長で人気もある部長 ―― いや、前部長や、面倒見の良い染谷先輩がいるのに新入生がいないのはどういう事なのかと気にはなるけれど…まぁ、それはさておき。
ともかく、去年までの清澄高校麻雀部は弱小というのも憚られるような崖っぷちの状態だったのである。
―― それが今年からガラリと変わった。
清澄高校麻雀部にとって幸運だったのはここが学食にやけに力を入れているからだろう。
お陰でタコス大好きな片岡優希が入学し、それに付き合ってインターミドルチャンプである原村和もまた入学した。
まぁ、より明確に言えばここで和目当てに俺も入部したのだけれど、それはあんまり関係ないだろう。
俺は精々、雑用くらいしかしていないし…それよりももっと大事な大物が後に控えているのだから。
―― 宮永咲。俺の幼馴染であり、何処でも迷子になる事だけが特技のようなポンコツ娘。
けれど、そいつは俺も知らなかっただけで、すげー麻雀が上手い奴だったらしい。
毎局プラマイゼロなんていう麻雀初心者の俺にだって馬鹿げていると思わせるような真似をしてみせた。
しかも、相手が俺のような初心者ではなく、優希や和っていう実力者相手なのだから、一体どれだけ強いんだか。
正直、俺にとっては想像もつかないくらい幼馴染は ―― 俺は護ってやらなければと思っていた文学少女は…凄い奴だった。
―― だから…まぁ、雑用ばっかりなのは特に気にならなかった。
そもそも俺はここにいるのがおかしなくらい場違いな存在なのだ。
実力もそうだし性別だってそうである。
だからと言って腐る事はなかったのは俺にも彼女たちに対して出来る事があったからだろう。
俺以外の皆は凄い強くて、今年はインターハイ出場が狙えてもおかしくはない。
素人ながらにそんな風に思ったからこそ、俺は自分から前部長に雑用を言い出して、それに従事したのだ。
―― それでもまぁ俺に出来たサポートなんて大したものじゃないんだろう。
これが今まで麻雀をやってきた奴ならば、牌譜だって完璧にとれるし、彼女たちのトレーニング相手だって出来ただろう。
けれど、初心者である俺に出来たのは精々買い出しや荷物運びくらいなもので、ろくに何も出来ちゃいなかった。
それでもインターハイに向けて頑張っている凄い奴らを俺みたいなろくに取り柄もない奴が支えられるのは嬉しい。
なんだかんだでその時間は俺にとって、とても充実したものだったんだ。
―― 皆も立派に応えてくれたしな。
長野県予選 ―― 一部では魔境と言われる激戦区で初出場の咲たちは見事に勝ち抜き、インターハイへのチケットを手にした。
それどころかインターハイでも団体戦優勝という立派な成績を持ち帰り、一気に地元の英雄になったのである。
俺のやってきた仕事に最高の形で報いてくれたその成果に俺も皆も涙を流して喜んだ。
―― それから前部長の引退や引き継ぎ…そして新規入部者もあって…。
インターハイでの激闘を見て、麻雀への興味が出てきた生徒と言うのは少なからずいたのだろう。
お陰で前部長が抜けた穴もすぐさま埋まり、今度は秋季大会へと向けて新生清澄高校は動き出した。
そんな中、俺の仕事は雑用ではなく、麻雀への練習へとシフトしていく。
インターハイと言う大きな目標がなくなった今、俺一人が雑用をする必要はない。
相変わらず男が俺一人な所為で力仕事は任されるが、ソレ以外の事は全員で分担して行う事になったのである。
―― …と言っても、俺の分の仕事は殆どないと言っても良いくらいだったんだけどさ。
俺が雑用をやっていたのはインターハイまでの二ヶ月ちょっとでしかない。
だが、その間、ずっと申し訳なく思っていたのか、皆は俺に雑用をやらせてはくれなくなった。
お茶くみやお菓子の準備なんかは和がやってくれるし、優希は学食で買った自前のタコスを分けてくれる。
染谷先輩はたまに肩を揉んでくれるし、咲は咲で…うん、まぁ、頑張って教えようとしてるのは分かるよ。
でも、カンしたら確実に有効牌が引けるのはお前くらいだからな?
―― まぁ…そんな訳で俺の青春は充実していた。
入学前に望んでいた形とは違う ―― けれど、確かに満たされていた日々。
色恋沙汰なんて発展しないだろうけれど、でも、心の中ではっきりと仲間と言える皆がいて。
そして今度はその皆と肩を並べて同じ目標を目指す事が出来ている。
勿論、その道程はきっと障害ばかりで、俺はまた清澄の名前に泥を塗る事になるかもしれない。
だけど、こいつらとなら、きっとそれも乗り越えて、三年間、戦っていく事が出来る。
―― その時まで俺はそう信じていた。
京太郎「…え?鹿児島に引っ越し?」
「そうだ。急な話で悪いが…」
ある日の夕食の場。
いきなり切りだされたその話を俺は最初、信じる事が出来なかった。
今まで俺はずっと長野で暮らしていて、これからもそうだと思っていたのである。
勿論、そんな根拠なんて何処にもなかったし、俺は思い込んでいただけに過ぎない。
だけど、俺はその前提条件にも近いそれを皆と共有していると思い込んでいて…だからこそ、その言葉に大きな衝撃を受けた。
京太郎「…なんでだ?仕事で転勤とか決まったのか?」
「すまん。事情は言えない」
京太郎「…んだよそれ…」
それでも何かの間違いだって思いながら紡いだ言葉にオヤジはそっと頭を下げた。
心から申し訳無さそうなその仕草に俺は何も言えない。
あまりにも不条理で突然の言葉に怒りすら湧いてくるのに、肩を縮こまらせるオヤジにそれをぶつける事が出来ないのだ。
普段はバカみたいにテンション高くてノリだけで生きているような奴の癖に…どうしてこういう時だけ心から申し訳無さそうにするのか。
いっそ卑怯とも思えるそれに、心の中が鬱屈としたものを貯めこむのを感じた。
京太郎「…オヤジだけが鹿児島に行くって訳にはいかないんだよな?」
「…あぁ」
とは言え、俺ももう子どもって訳じゃない。
事情は言えないとまでオヤジが言うのだから、きっとそれなりの事情があるのだと察する事も出来る。
ここで癇癪を起こして部屋に戻る訳にはいかない。
他にも色々と確かめたい事があるのだから、尚更だった。
京太郎「…カピーの事はどうするんだよ」
「大丈夫だ。あの子もちゃんと連れて行く」
京太郎「…飼育できるような施設はちゃんと整ってるんだろうな?」
カピバラであるカピーは元々住んでいる場所が特殊で、専用の飼育部屋が必要になる。
ともすれば大々的な改装だって必要になる飼育部屋をそう簡単には用意出来ないだろう。
ただでさえ12月も間近になった今の時期は寒いのだから、あんまりカピーに無理はさせたくない。
もし、引越し先で準備が出来ていないのなら、それを条件に引き伸ばせるかもしれないと言う打算もあって俺はそう念押しをする。
「大丈夫だ。問題ない」
京太郎「…そっか」
何故か不安しか感じないけど、オヤジだってカピーの事を家族だって思ってるはずだ。
普段ノリで生きているような奴だけど、決める時はしっかりと決めてくれるオヤジである。
どうしてそこまで言い切れるのかは何も知らない俺は分からないが…ともあれ問題はないのは確かだろう。
なら、今ここで確かめるべき事は…たった一つだけ。
京太郎「…俺は何時、転校になるんだ?」
「一ヶ月後だ」
京太郎「…一ヶ月…早いな…」
想像以上に間近に迫ったその話に俺は思わず頭を抱えたくなった。
一ヶ月ともなれば、これからの生活は殆ど引っ越しの準備に追われる事になる。
クリスマスはギリギリ皆と一緒に過ごせるかもしれないが…ソレ以降はもう無理だ。
新年を迎えるのは恐らく鹿児島になってしまうだろう。
「…すまない」
京太郎「謝るなよ。仕方のない…事なんだろ」
勿論、色々と言いたい事はある。
どうしてそんな急なのか、とか…なんで事情を話せないんだ、とか。
けれど、それを一々口にしてもオヤジが困ってしまうだけだ。
世の理不尽を嘆きたいのはきっと俺だけではないのだから…八つ当たりしても仕方がない。
強いて言うなら、自分一人で残り二年生きていくなんて言い切れるような甲斐性を持たない俺が悪いのだから。
京太郎「…ご馳走様」
「…もう良いのか?」
京太郎「あぁ。ちょっと考えさせてくれ…」
とは言え、完全に引越しのことを受け入れられるはずがない。
仕方のないことだと理解していても、やっぱり心の中のモヤモヤはそう簡単に晴れたりしないのだ。
結果、俺は逃げ出すように食卓を後にし、自室を目指して階段をあがっていく。
しかし、その足取りはまるで全力疾走した後のように重く、一段一段を踏みしめるようなものになっていた。
京太郎「…ふぅ」
その妙な倦怠感は部屋に戻っても変わる事はなかった。
自然、俺の身体は休息を求めてベッドへと転がる。
しかし、眠気は訪れる事はなく、ただなんとも言えない感情だけがグルグルと腹の底を回っていた。
あまりにも噛みごたえの悪いそれから逃げるように寝返りを打った瞬間、俺はベッドの上に置きっぱなしになっていた携帯に気づく。
京太郎「……あ」
いや、より正確に言えば、微かに点滅する緑の光に気づいたというべきか。
メールの着信を知らせるそれに引かれるようにして俺はそっと手を伸ばした。
そのままゆっくりとボタンを操作すれば、メールが開かれ…… ――
京太郎「……」
それは幼馴染である咲からのメールだった。
秋季大会前最後の合宿に俺も参加出来る旨を誰よりも喜んでくれる文面の。
それに今日の出来事なんて追加されてる辺り、何処か犬めいていると思うのは俺だけだろうか。
あいつは猫のように気まぐれなのに、まるで小型犬のように構ってもらいたがり屋でもあるのだ。
そんなあいつにどれだけ救われて、そして助けてもらったのか。
もう自分でも分からないくらいである。
京太郎「はは…」
だけど、今の俺の口から出るのは乾いた笑い声だけだった。
何処か空元気めいたそれに俺の腕からそっと力が抜ける。
普段なら素直に笑みが出るそのメールが今の俺には重苦しくて仕方がない。
こんなに俺の事を慕ってくれている奴に転校を切り出さなければいけないと思うとそれだけで憂鬱になる。
京太郎「…くそ」
結果、俺はメールの返信をする事を放棄し、視線を携帯から外した。
勿論、それが逃避でしかない事くらい俺も理解している。
何時かは必ず告げなければいけない事だ。
一ヶ月という期限がもうすぐそこまで迫っている以上、何時までもなあなあには出来ない。
京太郎「(…でも)」
今の俺にはその気力はどうしても沸かなかった。
自室に逃げ込んでも尚、嘘であって欲しいと思っているのだから。
それを咲に伝えてしまった瞬間、何もかもが壊れてしまいそうな、本当にそれが現実になってしまいそうな感覚さえある。
そんな俺が咲に今の状況を伝えられるはずもなく、逃げるように寝返りを打った。
京太郎「…」
瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは本棚に並んだ幾つもの本だ。
高校に入るまでは漫画くらいしか並んでいなかったそこには今、麻雀の教本がところ狭しと並んでいる。
和から借りたもの、染谷先輩から貰ったもの、優希と一緒に選んだもの、咲にオススメしてもらったもの…色々だ。
俺にとって高校生活がどれだけ充実していたかを知らしめるその本棚が今の俺には辛くて仕方がない。
こんなに沢山のものを貰った人たちと別れなければと思うとそれだけで胸が苦しくなる。
京太郎「(…寝よう)」
どちらを向いても思い出に押しつぶされるような感覚。
今まで充実していた分のしっぺ返しが来たようなそれを俺は目を閉じる事で拒絶する。
勿論、そうやって拒絶しようとしたところで胸の奥底から沸き上がってくるその感覚は決して止んだりしない。
だが、それでも俺にとってはそれだけが唯一の救いであり、そして逃げ道であった。
愛着と思い出が染み付いている自室さえ俺にとっては責め苦の真っ只中でしかなく、だからこそ、俺は… ――
………
……
…
優希「はぁ、今日も沢山打ったじぇ」
和「えぇ。大変でしたね」
咲「そう言いながら和ちゃんは平然としているけど…」
肩をグリングリンと回す優希に和が同意し、咲がちょっとだけ賑やかす。
そんないつも通りの光景を俺は後何回見る事が出来るのだろうか。
…いや、自分でももう分かっているのだ。
こうしてこいつらと一緒に帰ったりする回数はもう数回しかないという事くらい。
京太郎「(…引っ越しの件を告げられてからもう三週間が経った)」
既に世間はクリスマスムード真っ只中であり、長野の地には雪化粧が本格化しつつある。
こうして四人で歩いている住宅地も真っ白で、下手に歩けばすぐさま転んでしまいそうなくらいだ。
寒さは最早、手足を切るような鋭いものとなり、防寒具は手放せない。
けれど、そんな季節になっても…俺はまだ皆に転校の事を言う事が出来ていなかった。
京太郎「(…何回か言おうとはしたんだけれど…な)」
けれど、その度に臆病な自分が顔を出し、言葉を引っ込めてしまう。
それでは何の解決にもならないと理解しながらも、俺はずっと逃げ続けていた。
結果、表面上はこうして穏やかな日常を送れているけれど、でも、既に別れの時は近づいてきている。
それがどうにも重く心にのしかかり、俺を陰鬱な気分へと追い込んだ。
咲「わわっ」
京太郎「よっと…」
それでも身体が勝手に動くのはもう慣れと言うべきか。
目の前で雪に滑りそうになった咲を俺の手はそっと支えた。
滑る勢いを極力殺すそのやり方は一度や二度では覚えられない。
これも長年、このポンコツ幼馴染に振り回されてきた杵柄と言う奴だろうか。
咲「あ、あり…がとう」
京太郎「良いって。でも、気をつけろよ」
とは言え、そうやって受け止められる幼馴染は中々慣れないのだろう。
腕の中にすっぽりと収まった小柄な文学少女はそっと頬を赤らめた。
何処か庇護欲を擽るその表情は、小動物めいた愛らしいものである。
長年こいつの面倒を見ている俺でさえたまにドキッとしてしまうくらいに。
優希「おーナイスキャッチだじぇ」
和「流石、須賀君ですね」
咲「の、和ちゃんそれどういう意味…!?」
けれど、それも長くは続かない。
囃し立てる周りに顔を赤くした小動物は、見た目とは裏腹に意外とキツイところもあるのだ。
恥ずかしさをそのまま語気にしたような強い声をあげて、自分の足でゆっくりと立つ。
そのまま和にジト目を向けるその顔は不満を訴えるように膨れていた。
和「さぁ、どういう事でしょうね」
咲「うぅぅ…」
しかし、そんな咲よりも和の方が数枚上手だ。
クスリと笑うその表情とは裏腹に飄々とした言葉を放つ。
それに悔しそうな声をあげるものの、咲から反論の言葉が出てこない。
なんだかんだ言って頭の良い咲はここで何を言っても逆効果だという事が分かっているのだろう。
優希「でも、本当に京太郎は咲ちゃんの面倒見るの慣れてるじぇ」
咲「ち、違うよ。私が京ちゃんの面倒を見てあげてるんだよ」
和「そうなんですか?」
京太郎「…咲の名誉の為に黙秘権を行使します」
咲「ちょっとぉ!?」
と幼馴染を弄ったりはするものの、実は結構、面倒は見てもらっていたりする。
清澄に入れるように俺の受験勉強を手伝ってくれたのも咲だし、夕飯だって何度もご馳走になっているんだから。
また俺が悩んだりしている時に誰よりも先に気づいてくれるし…なんだかんだで結構、頼りにしている。
まぁ、その分、こうして転びそうになった咲を助けたり、迷子になったこいつを探しに行ったりはしてるからwin-winではあると思うのだけれど。
咲「……」
ただ、最近、その幼馴染からの視線がキツイ。
いや、キツイ…と言うよりは圧力があると言った方が正しいか。
長年一緒にいる所為か、それとも元々勘が鋭いタイプなのか、咲は俺の事となるとそれなりに敏い。
そんな幼馴染が俺の心境の変化に気づいていない訳ではないのだろう。
時折、こうして圧力を掛けるようにじっと俺の方を見つめてくるのだ。
京太郎「(相談事があるなら言って欲しいって…そういう事なんだよな、きっと)」
長い付き合いなのだ。
その圧力の意図くらいは簡単に察する事が出来る。
俺に対して結構、厳しい文学少女は意外と気を遣うタイプでもあるのだ。
こうしてアピールしても何も言わないのは俺から相談事を持ちかけるのを待ってくれているんだろう。
けれど、俺はどうしても咲に転校の事を切り出す事は出来ず…何も気づいていないような顔を続けた。
優希「咲ちゃんどうしたんだじぇ?そんなに京太郎の事じっと見つめて」
咲「ふぇ?」
和「こら、ゆーき。そういう事言っちゃダメですよ。折角良い雰囲気だったんですから」
咲「ち、違うよ!そ、そういうんじゃないからぁ!」
そんな俺にとって唯一の救いは周りがそんな俺達を囃し立ててくれる事だ。
そうでなければ俺はなにか言いたそうな幼馴染に負けて、スルスルと話していただろう。
いや、それが根本的な解決を先延ばしにさせていると思えば、救いではなく、寧ろ逆なのかもしれないけれど。
優希「あ、良い雰囲気で思い出したじぇ。二人はクリスマスはどうする?」
咲「クリスマス?」
優希「うん。のどちゃんトコはクリスマスも両親いないから皆でパーティしようかって話をしてるんだけど…」
和「良かったら二人もどうですか?」
京太郎「俺も?」
意外なところから飛んできた話に俺は思わず聞き返してしまった。
会場が和の家で、しかも、聞いた話によれば女の子ばっかりなのだから当然だろう。
そんな中に男である俺が混ざっても良いのかと、どうしてもそう思ってしまう。
女の子ばかりの中に一人男がいるという状況にも色々あって慣れてしまったが本当に良いのだろうか。
和「…今更、須賀君が何かするとは思ってませんよ」
優希「そもそも京太郎を誘おうって言い出したのはのどちゃんなんだじぇ」
和「ゆ、ゆーきっ」
京太郎「…え?マジで?」
再び俺が聞き返してしまったのはそれがあんまりにも和のキャラからかけ離れたものだからだろう。
もう半年以上こうして部活仲間として過ごしているけれど、そういう事言い出すのは優希の方だと思っていたのだから。
流石に最初の頃のように警戒はされていないとは言え、和の方から誘おうと言って貰えるほど信頼して貰えているだなんて想像もしていなかった。
和「べ、別に他意はありませんよ。ただ…須賀君も仲間だって…そう思ってるだけですから」
京太郎「和…」
まさか和にそんな風に言ってもらえるなんて…。
それだけでも麻雀部に入った甲斐があったってもんだな。
既に高嶺の花として諦めているとは言え、和が麻雀部に入った動機である事に違いはないんだから。
ある種の目標に到達出来たような、そんな達成感を感じる。
けれど、同時にそんな和とも別れないといけない事を思うと胸の奥底から鈍痛が沸き上がってきた。
咲「…京ちゃん」
京太郎「あ、そ、そうだな。俺は喜んで参加させてもらうけれど…」
そもそもクリスマスが過ぎればもう引っ越しも秒読みの段階だ。
折角誘われているのだからそれを無碍にはしたくないし、何より皆と思い出は作っておきたい。
それを知っているのは俺だけだけれど、だからこそこうして呼んでくれた和たちの気持ちに応えたいんだ。
…もっとも、未だに引越しのことを言えないままの俺がそんな事を言う資格はないかもしれないけれど。
和「咲さんは…まぁ、聞かなくても良いですよね」
咲「むぅー…それどういう意味?」
和「さぁ、どうでしょうね。でも、そろそろ素直になった方が良いと思いますよ」
咲「うー…」
京太郎「ん?」
優希「京太郎には関係ないことだからあんまり考えなくても良いじぇ」
一体、咲が何を素直になるというのだろう。
コイツは意外と自分に正直なタイプだと思うのだけれど。
そんな風に思う俺の横で優希が呆れたようにそう口にした。
まぁ、確かに咲が素直になる云々に俺が関係しているとは思えないけど…呆れるような優希の様子はちょっと気になる。
咲もモジモジいながらこっち見てくるし…一体、なんだって言うんだ?
和「っと、ここでお別れですね」
優希「咲ちゃん、寝坊しちゃダメだじぇー」
咲「し、しないよ!」
京太郎「ちゃんと起こすから大丈夫だよ。じゃ、お疲れー」
そう言いながら俺たちは別々の道へと進む。
もう日も落ちて完全に真っ暗だけれど、和も優希も、家はこのすぐ近くだ。
周りは住宅地で特に危ないものもないし、わざわざ家まで送って行かなくても大丈夫だろう。
それよりも問題は俺の隣にいるポンコツ娘だ。
慣れた場所でも簡単に迷子になるし、長野住まいなのにさっきみたいに簡単に滑るコイツを一人にはしておけない。
京太郎「(…でも、俺はもうコイツの側にいてやれる時間が殆ど無い…)」
俺がいなくなった後、咲はどうしていくのだろう?
母親に代わって家事はしているし、しっかり者である事は確かだ。
でも、ソレ以上に宮永咲というのは隙が多くて放っておけない生き物である。
勿論、和たちが出来るだけフォローしてくれると思うけれど… ――
咲「あの…京ちゃん?」
京太郎「どうかしたか?」
瞬間、聞こえてきた幼馴染の声に俺は意識を現実へと引き戻された。
何処かおずおずと自信なさそうなその声音に俺は視線を隣に幼馴染へと向ける。
すると彼女は一瞬だけ目を伏せて、それから俺の顔を見上げた。
咲「…何か悩んでるの?」
京太郎「ぅ…」
そのままはっきりと口にする言葉に俺は言葉を詰まらせてしまう。
勿論、俺だってこうして咲から直接踏み込まれる事くらい想像はしていた。
だが、俺は同時にそれが現実にならないでほしいとずっと思っていたのである。
そうやって踏み込んでくる咲への対応なんて考えているはずもなく、微かな呻き声が漏れ出るだけ。
咲「私で良ければ相談に乗るよ?」
そんな情けない俺に咲が心配そうに続ける。
幼馴染である俺を心から心配してくれているであろうその姿が今は刺のように突き刺さった。
言わなきゃいけない、でも、言いたくはない。
そんな葛藤が胸を支配し、なんとも言えない気持ち悪さが沸き上がってくる。
何処か吐き気にも似たそれに俺は我慢出来ず… ――
京太郎「…悪い、もうちょっと時間をくれないか…」
咲「京ちゃん…」
結果、俺の口から漏れでたのは逃げの言葉だった。
勿論、そんな風に時間を稼いでも何にもならない事くらい俺も理解している。
こうしている間にも引っ越しの時間は迫り、皆と過ごせる日々もまた消えていっているのだから。
けれど…俺にとってはそんな何でもない日々が大事で仕方がないからこそ…それを言葉に出来なかった。
京太郎「クリスマスには…さ。クリスマスには絶対言うから…」
咲「…約束だよ?」
けれど、何時迄も逃げ続けてはいられない。
そんな自覚から漏れた言葉が約束となって俺を縛り付ける。
幼馴染との約束ともなれば、破る訳にはいかない。
俺は今までコイツとの約束だけは一度たりとも破った事がないんだから。
京太郎「…あぁ、約束だ」
俺は決して男気溢れるタイプじゃない。
ただただ…咲の事を傷つけたくなくて、そうしてきただけ。
実績でも何でもなく、ただの積み上げられてきた経験に過ぎない。
でも、俺にとってそれは一種の誇りであったのだ。
一度も幼馴染を泣かせたりした事はない、何時だって咲を護ってきたんだと。
だからこそ…それだけは決して破る訳にはいかない。
どれだけ辛くても…苦しくても…クリスマスの日には…この感情に決着をつけなければいけないんだ。
………
……
…
和の家で行われたクリスマス会はそれなりに大規模なものになった。
受験勉強で忙しい前部長や和の後輩たち、その他、清澄麻雀部員の殆どが集まっていたのだから。
和の家が広いからぎゅうぎゅうと言う訳ではないが、それでも幾らか手狭ではあった。
とは言え、殆どが気心の知れたメンツなのだから、それは決して不愉快なものではない。
寧ろ、アットホーム的な穏やかな空気のままクリスマス会は終わった。
京太郎「……」
咲「……」
そうして夜。
和の家から離れている何人かを送っていった後、俺は咲と一緒に帰り道を歩いていた。
けれど、俺達の間に漂う空気は重く、そして苦しい。
それは勿論、俺が未だに例の件を話せてはいないからだろう。
話す話すと言いながらも、俺は未だに先延ばしにして…こうして咲との間に蟠りを作っていた。
京太郎「(…このままじゃいけないよな)」
クリスマス会の最中はまだ楽しい雰囲気に水を指すかもしれないという大義名分があった。
しかし、こと此処に至って黙っているのはあまりにも不誠実が過ぎる。
約束は約束なのだから、必ず俺の口から咲に話さなければいけない。
そう思いながらも俺は何も言う事が出来ず、結局、咲の家の前に着いてしまった。
咲「…京ちゃん」
京太郎「…あぁ」
そこで咲が我慢出来なかったように口を開く。
おずおずと伺うようなそれは相変わらず俺を心配してくれているものだった。
それにズキリを胸が痛むのは、幼馴染にそうまでさせている自分が情けないからだろう。
咲「家…来る?」
京太郎「いや、大丈夫だ」
ここで咲の家に上がらせてもらったら、また俺はコイツに甘えてしまう事になる。
許してもらうだけ先延ばしにして、もっと情けない姿を晒してしまう事になるのだ。
勿論、なんだかんだで俺に甘い咲はそんな俺を受け入れてくれるだろう。
けれど…他の誰に情けなく思われるよりも…咲にだけは思われたくはない。
既に手遅れかもしれないが、ここで踏みとどまれなければ、俺は格好悪いまま咲と別れてしまう事になるのだ。
京太郎「(…それは嫌だよな)」
誰よりも仲が良くて、誰よりもずっと一緒にいた幼馴染。
一緒にバカな事をやった回数も甘えた回数も他の誰かと比べ物にならない。
だからこそ…そんな咲との最後の会話がメールになるだなんて情けない事にはしたくなかった。
どれだけ辛くても、苦しくても…認めたくなくても、俺は咲とだけは向き合わなきゃいけないんだから。
京太郎「…咲、落ち着いて聞いて欲しい事があるんだ」
咲「え…?」
そう心を固めた俺の口からゆっくりと言葉が漏れ出る。
それは俺が思っていた以上にはっきりとした力のあるものだった。
ここまで追い詰められて俺はようやく覚悟というものを固められたらしい。
自分でも遅すぎると思うけれど、しかし、まだ手遅れではないはずだ。
京太郎「…俺は…実は…」
咲「ちょ、ちょっとまって!」
京太郎「え?」
咲「し、深呼吸…深呼吸させて…!」
しかし、それを口にしようとした瞬間、咲の口からストップの声が返された。
赤くなった頬を隠す事なくフルフルと首を振るうその姿は何とも愛らしい。
けれど、そこに羞恥だけではなく歓喜や期待が混ざっているように見えるのは一体どういう事なのか。
まるで好きな人に告白される直前のような幼馴染の反応に俺はつい首を傾げてしまう。
咲「ひっひっふーひっひっふー」
京太郎「…それなんか違うんじゃないか?」
咲「い、いいの!こ、こういうのは気持ちの問題なんだから!」
思わず突っ込んだ俺に咲は語気強く返すが、それで気持ちも落ち着いたらしい。
頬の紅潮は少しずつ収まって落ち着きなく彷徨っていた視線が俺へと戻ってくる。
真正面から俺に向き合うその顔は真剣そのものだ。
俺の言葉に真摯に向き合おうとしてくれているその姿にもう嘘は許されない。
俺も固めた覚悟のまま進まなければいけないんだ。
咲「…うん。良いよ」
京太郎「…それじゃ言うけどさ。…俺、実は…」
京太郎「転校する事になった」
咲「…………え?」
瞬間、世界が固まった…なんて思うのは俺の思い込みだろうか。
しかし、その時、咲の表情はまるで凍ったように強張り、信じられないようなもので染まった。
まるで明日にでも世界が滅亡するのだと言われたような不信感と絶望感の入り混じった表情。
幼馴染のその顔に俺の胸も痛むが、けれど、それから逃げる訳にはいかない。
咲「冗談…でしょ?」
京太郎「…こんな事冗談で言えるかよ」
俺も冗談だって…そう信じたい。
けれど、俺の家はもう荷造りを殆ど終わらせて、引っ越しの準備も済んでいるんだ。
そんな状況で今更、オヤジの冗談だって信じられるくらい俺はおめでたい頭をしちゃいない。
それはもう子どもである俺の力で覆せるような容易いものじゃなく、そして目の前まで迫ってきているんだ。
咲「嘘…だよ。だって先生は何も…」
京太郎「俺が頼んだんだよ。ギリギリまで言わないでくれって」
本来なら転校が決まった段階で担任から一言があってしかるべきなのだろう。
けれど、ギリギリまで普通に過ごしたかった俺は担任に頭を下げて道理をねじ曲げてもらった。
まずは自分で伝えたいからとそれっぽく理由をつけていたものの、きっと俺自身が転校を信じたくなかったからだろう。
だが、こうして幼馴染に口にしてしまった以上…もうそれから逃げる訳にはいかない。
咲「…なん…で」
京太郎「…俺も知らない。教えてもらえなかった」
けれど、俺に言えない内容って事は恐らく仕事関係なのだろう。
それも転勤や栄転のような人に言える内容じゃなく、秘密にしなければいけない類の。
オヤジの仕事は貿易関係って事くらいで深くは知らないが…もしかしたら危ない橋を渡っているのかもしれない。
そう思えば突っ込んで聞く勇気も出ず、俺は何も知らないまま。
咲「そんなの…おかしいよ。なんで…高校生の京ちゃんが…今更転校なんて…」
京太郎「…咲」
咲「そ、そうだ。私がお父さんに頼んであげるよ!京ちゃんが家で暮らせるように」
京太郎「咲…」
咲「大丈夫だよ、お父さんも京ちゃんの事良く知ってるし、きっと大丈夫だって言って」
京太郎「咲」
咲「~~~~っ…!」
でも、今の俺を取り巻く状況が異常である事くらい分かる。
だからこそ、俺は咲のその言葉に甘える訳にはいかなかった。
そもそも年頃の男女が一つ屋根の下で一緒にいるという時点で様々な憶測を掻き立てられるのだから。
咲のオヤジさんも知らない仲じゃないとは言え、普通の神経ならば許可はしないだろう。
あわよくば許可されても、俺の存在が咲や皆に迷惑を掛けるかもしれない。
京太郎「…ごめんな」
咲「なん…っで謝るの…?」
…だけど、咲の気持ちはとても嬉しかった。
そうまでして俺と一緒に居たいって思ってくれている幼馴染の気持ちが有難かった。
思わず目元が潤みそうになるくらいのそれは…けれど、受け入れる事が出来ない。
そう思って謝罪した言葉に…咲の声が涙ぐんでいく。
咲「一緒にいられるんだよ…まだ一緒に…」
京太郎「それは…ダメだ」
咲「どうして…!?」
そのまま紡がれる縋るような声音に俺も頷いてやりたくなる。
「あぁ、俺達はずっと一緒だ」って抱きしめながら涙を拭ってやりたい。
でも、そんな事をしても何の解決にもならないのは…もう十二分に分かっているんだ。
ここで逃げたって、誤魔化したって、誰かの迷惑になるだけなのだから…ヘタレる訳にはいかない。
京太郎「咲だって…分かってるんだろ。そんなの許されるはずないって」
咲「そんな事…!」
京太郎「…咲が言っているのは我儘なんだよ」
そうは言いながらも俺の声は自分に言い聞かせるようなものになっていた。
俺だって…まだ完全に何もかもを吹っ切れた訳じゃない。
咲とも皆ともずっと一緒に居たいってそう思ってるんだ。
でも、現実はそれを許してくれなくて…だからこそ、俺はその未練を断ち切らなきゃいけない。
咲「なんで…そんな事言うの…」
京太郎「咲…俺は…」
咲「~~っ!」
瞬間、咲の手がフルフルと震えた。
まるで感情が沸点を超えたようなその仕草と共に小さい幼馴染の顔が俯いていく。
噴火の予兆にも見えるそれは咲の癇癪が起こる一歩手前だ。
このままじゃ何の解決にもならないまま咲に逃げられるかもしれない。
咲「…知らない…京ちゃんなんて…知らない…!」
京太郎「あ…」
そう思って紡ごうとした言葉は結局、咲には届かなかった。
クルリと振り向いた小動物はそのまま家の中へと駆けこむようにして消えてガチャリと鍵を締める。
まるで俺から逃げるようなそれに伸ばした手がゆっくりと落ちていく。
京太郎「……はは。振られちまった…か」
自嘲をたっぷりと込めて放たれたその呟きは夜の冷たい風の中に消えていった。
誰も聞く事のない、そして誰にも届くことのないそれに俺は自分の本心が混ざっていたのを感じる。
あの一瞬…俺は未練を断ち切る為と…ずっと誤魔化していた感情を口にしようとしていた。
俺達が幼馴染である為に言葉にしてはいけないものを…そのまま放とうとしていたのである。
京太郎「(…でも、これで良かったんだよな)」
そんなものを口にしたところで咲が辛くなるだけだ。
俺の告白を受け入れても、或いは告白を受け入れなかったとしても。
どちらでも…俺と引き離される咲が辛くなるだけ。
それならば…さっきの言葉は永遠に表に出さない方が良いだろう。
俺がずっと胸の内に秘めておけば…誰も傷つけないものなのだ。
京太郎「なっさけねぇなぁ…」
土壇場も土壇場で…ようやく自分の気持ちに気づけた事もそうだし、こうして自分を無理矢理納得させているのもそうだ。
今日一日で自分の事をドンドンと嫌いになっていくような気さえする。
だけど、そうやって自分を嫌いになった成果は確かにあった。
俺はずっと先延ばしにしていた大仕事を一つ終えて…それに向き合う事が出来ているのだから。
京太郎「(…皆にも言わないとな)」
その言葉は咲に言うよりも遥かにずっと軽いものだった。
それは既に一度口にしてしまった所為なのか、或いはそれだけ咲が特別だったのか。
大仕事を終えて、精神的に疲れ果てた俺には判別がつかない。
ただ、俺にとって確かなのは…ずっとここに居ても仕方がないという事だけだ。
京太郎「…帰るか」
そう口にしても尚、俺の足は中々、動く事はなかった。
もしかしたら咲がまた出てきてくれるかもしれない、もしかしたら連絡をくれるかもしれない。
そんな風に思うと足が根を張ったようにその場を動かなかった。
けれど、数分もすると流石に決心もついて、ゆっくりと足が動き出す。
それは何処か疲労を引きずるようなものだったけれど、俺は確かに自分の家へと向かっていった。
………
……
…
和「…急な話にもほどがあります」
優希「まったくだじぇ」
京太郎「いや…本当すまん」
そうやってジト目をくれる二人に俺は素直に頭を下げる。
けれど、二人の責めるような視線はまったく許してはくれない。
寧ろ、そうやって頭を下げた俺に視線はより激しくなり、ズキズキと突き刺さるようなものになった。
お陰で何とも居心地の悪い状態だが、さりとて許してくれと言える訳がない。
京太郎「(クリスマスの次の日、俺はすぐさま転校の事を皆に告げた)」
勿論、最初は皆驚いた。
けれど、次の瞬間、怒りへと変わったのは引っ越しが後数日と言うところにまで近づいていたからだろう。
ろくに思い出らしい思い出を作る暇もなく、ギリギリまで隠していたのだから怒るのも当然だ。
特に和の怒りっぷりは半端ではなく、そんなに自分たちが信頼出来ないのかと目尻に涙を溜めて詰られたくらいである。
その怒りは未だ冷める様子はなく、こうして駅まで見送りに来てくれても不機嫌さを隠す事はなかった。
まこ「ほらほら、そこまでにしときんさい」
久「そうよ。須賀君だって隠したくて隠してた訳じゃないだろうし」
京太郎「部長…」
そんな二人に対して幾分冷静だったのは上級生二人だ。
最初は隠していた俺に怒っていたものの、今はこうしてフォローに回ってくれている。
それは今もこうして怒りを引きずる二人とバランスをとっているのかもしれないが、俺にとっては有り難い。
自業自得だとは俺も分かっているものの、当分、会えなくなるという場面で最後まで怒られているのはやっぱり辛いのだ。
和「…ところで咲さんは…」
京太郎「…来ないみたいだな」
けれど、俺にとってやっぱり一番辛いのは幼馴染がまったく会いに来る気配がない事だろう。
あのクリスマスの日から咲は学校に来る事もなく、メールを送っても返事が帰ってこない。
部活の皆も心配しているが、まぁ、原因は俺なので今日の引っ越しが終われば落ち着くはずだ。
しかし、それは俺が最後に咲の顔を見る事もなく長野を去ると言う事で… ――
優希「咲ちゃん…」
京太郎「…ま、仕方ないだろ」
勿論、心残りはある。
けれど、それを一々気に病んでいたら何時迄も気持ちを断ち切る事は出来ない。
それに何も俺の心残りは咲の事だけではないのだ。
今度は男女両方でインターハイ優勝するという夢も断たれ、皆が来年も活躍するところを間近で見られない。
マホを始めとする後輩に麻雀を教えるなんていう約束も反故になってしまった。
でも…だからと言って、もう俺は長野にはいられない。
どれだけ心残りがあっても…俺がここにいられる時間はもう尽きてしまったんだ。
和「本当に良いんですか?」
京太郎「良いんだよ。悪いのは俺だからさ」
もっと前から引越しのことを受け入れていたらやりようはあったはずなのだ。
皆にもっと前から伝えておけば、こんな別れをしなくて済んだはずなのである。
けれど、俺はその時々を取り繕うばかりで、まったく皆の事を考えちゃいなかった。
結局のところ俺が考えていたのは自分のことばかりで…だから、これはきっとその罰なのだろう。
和「須賀君、咲さんは…」
久「はい、すとーっぷ」
和「…竹井先輩」
しかし、そこで何か言おうとした和の声を何故か前部長 ―― いや、竹井先輩が遮った。
勿論、普段の竹井先輩はそんな風に無理矢理、人の言いたいことを遮るような真似はしない。
もっと迂遠かつ狡猾に、人の言いたい事を誤魔化させるタイプだ。
でも、今の介入の仕方はまるでそんな余裕もないくらいにはっきりとしている。
それは竹井先輩にとってよっぽど俺に聞かせたくないから、なのだろう。
久「それは和が言う事じゃない。でしょ?」
和「でも、これじゃ…あんまりです…」
京太郎「…」
そう言って俯く和の顔は悲しそうな表情に染まっていた。
今まで何度も引っ越しで友達と別れを経験してきた和でも、逆の立場は初めてなのだろう。
決して咀嚼出来ない微妙なその感情に彼女の痛みが伝わってくる。
京太郎「大丈夫だよ、和」
和「須賀君…」
そんな彼女に俺が出来る事と言えば、強がる事くらいだ。
出来るだけ強がって少しでもその痛みを和らげてやる事くらいが精一杯である。
和が何を気にしているのかは分からないけれど、俺と咲の事で気に病んでくれているのは確かなのだから。
男としてそれくらいはどうにかしてやらなければ、あんまりにも格好悪過ぎる。
咲に対して情けないところを見せまくった分、少しは男らしいところを見せなければ。
京太郎「別にこれで今生の別れになる訳じゃないんだ。メールだってやりとりできるし電話も出来る、だろ?」
和「…そうですけど…」
とは言え、俺の言葉は中々、和には届かない。
それはやっぱり引っ越しというものがどういうものなのか経験的に知っているか知っていないかの差なのだろう。
奈良に居た頃の友達ともインターハイで再会するまで連絡を取っていなかったらしいし、引っ越しというのはそんな簡単なものじゃない。
それはきっと誰よりも和が一番良く知っているんだ。
京太郎「咲の事だってそうだ。別にこれで終わりじゃないし、また会えるからさ」
和「……はい」
だからと言って、そこでヘタれる訳にはいかない。
例え届かなかったとしても俺がそう言わなければ和はもっと不安になってしまうのだから。
まぁ、その表情は未だ晴れていないと言っても最終的には和も頷いてくれたし…まぁ、完全に無駄だったって訳ではないのだろう。
優希「まったく…京太郎は本当に格好つけだじぇ」
京太郎「うっせーな、男なんてのはそんな生き物なんだよ」
…と言うかそっちだって赤いマントを靡かせたり、南二局はないとか賽は振らせないとか言ってた癖に。
口には出さないけど、そっちもかなりの格好つけだと思うぞ。
まぁ、優希の場合、どれも全部心から言ってる訳だし格好つけとはちょっと違うかもしれないけど。
優希「ふふん。だから、私は格好つけの京太郎にこれをくれてやる!」
京太郎「ん?これって…」
優希からそっと手渡されたのはコイツのマントとよく似た色のマフラーだった。
いや、より正確に言えばそれよりももっと不格好なものだと言うべきか。
編み目もところどころ間違っていて到底、既成品とは思えない。
優希「ほ、本当はクリスマスの日に渡そうと思ってたんだけど…不格好だったから…」
京太郎「優希…」
優希「で、でも…犬にはそっちの方がお似合いだじぇ…!」
でも、俺にとってはその不格好なマフラーは見ているだけで胸が暖かくなるような素敵なものだった。
何せそれはきっと優希が一生懸命編んでくれたものなのだから。
見るからに不器用なコイツなりに頑張って俺の為に作ってくれたものをバカになんて出来ない。
いや…もし、バカにするような奴がいたら俺がぶん殴ってやりたいくらいだ。
京太郎「…ありがとう。すげー暖かいよ」
優希「う…ぅ…京太郎のバカぁ…」
それを巻いた瞬間、俺の首元からじんわりとした暖かさが広がる。
優しさが伝わってくるようなそれにお礼を言えば、優希のクリクリとした瞳から涙が零れた。
さっきまで人のことを責め立てていたとは思えないその変化は、やっぱり我慢していた所為なのだろう。
人懐っこく情に脆いコイツが仲間の別れともなって涙を流さないはずはないのだから。
コイツなりに別れを湿っぽい別れにはすまいと気を張ってくれていたのだ。
久「私たちからは…はい、これ」
京太郎「ってこれ教本じゃないですか」
まこ「ま、あっちでもきばりんさいって事やね」
上級生二人からの餞別は俺が麻雀の教本だった。
二人から借りていた本もあるが、それよりも包装紙に包まれたままのものが多い。
恐らく俺への餞別の為にまた新しく二人で買いに行ってくれたのだろう。
竹井先輩は受験を目前に控えて、染谷先輩は年末の書き入れ時で実家が忙しいはずなのに本当に有り難い。
京太郎「…ありがとうございます。これでもっと強くなれるように頑張ります」
まこ「うんうん。どうせならプロになってわしんところ宣伝してくれるくらい強ぅなって…」
京太郎「それはさすがに無理ですって」
インターハイが終わってから数ヶ月の間、咲たちとずっと打っていたけれどろくに勝てなかった。
勿論、初心者である俺がインターハイで活躍したような咲たちに勝てるはずがないのだと理解はしている。
だからこそ、俺は皆に敵わない事が特に悔しくはないし、腐ったりもしていない。
ただ、自分には才能がまったくない事を、この数カ月間で俺は嫌というほど味わっているのだ。
そんな俺がプロになれる訳がないと俺は笑ってそう返す。
まこ「いや、分からんぞ。もしかしたら京太郎にも何か咲みたいな力があるかもしれん」
京太郎「だとしたら嬉しいんですけどね」
まぁ、転校先の高校に麻雀部があるのかどうかさえ俺は知らない訳だけれど。
いや、より正確に言えば、どこに転校する事になるのかさえ俺は親から聞いちゃいない。
それが余計に何かトラブルに巻き込まれたのではないかと不安にさせる一因なのだけど…まぁ、それはさておき。
ともかく、そういった力があるならば…もしかしたら皆とインターハイで会えるかもしれない。
そんな風に胸が期待を覚えたのは事実だった。
久「…あの、須賀君」
京太郎「ん?どうしました?」
久「…ごめんなさい!」
京太郎「…はい?」
しかし、その期待が次の瞬間、竹井先輩の謝罪によって吹き飛ばされる。
あまりにも唐突なそれに俺は全くと言っていいほど理解が追いつかなかった。
一体、先輩は何を謝罪しようとしているのか分からずに俺は首を傾げる。
しかし、腰を大きく曲げて頭を下げる竹井先輩は顔をあげないままだった。
久「インターハイまでずっと雑用ばっかりさせていて…」
京太郎「…あぁ、それですか」
そのままポツリと紡がれる言葉に俺はようやく得心がいった。
俺にとってそれは既に過去のものなのだけれど、竹井先輩にとっては違うらしい。
申し訳無さを滲ませる言葉に俺はどう返してあげれば良いのだろうか。
数秒ほど考えてから俺はゆっくりと口を開いた。
京太郎「そもそもそれは俺がやるって言った事でしょうに」
久「でも…」
確かに竹井先輩…いや、前部長がそういった仕事を俺に割り振っていたのは事実だ。
けれど、それは俺も納得の上であったどころか、自分から申し出た事なのである。
まぁ、それ以前にも色々あったけれど、それは部長であった立場からすると致し方ない事だ。
それとなく辞めてくれと促されたのも含めてアレらは部長なりの優しさだったのだろうと今はそう思っている。
久「…京太郎君はこれからだったのに…」
京太郎「…」
そんな俺だからこそ、その言葉が竹井先輩なりの優しさと後悔が滲み出ているものだと感じた。
こうして引っ越しの最中に謝罪するくらいに竹井先輩は俺の事に思い悩んでいたのだから。
何より、インターハイが終わって受験が本格化するまでの間、誰よりも親身に初心者である俺の面倒を見てくれたのは竹井先輩なのだ。
もしかしたら受験が終わったらまた俺の面倒を見ようとか考えていてくれたのかもしれない。
京太郎「大丈夫ですよ。何も終わった訳じゃないんですから」
久「…そうだけど…」
京太郎「それより顔をあげてください。そのまんまじゃ幾らなんでも居心地悪いですよ」
冗談めかした俺の言葉に竹井先輩の顔がゆっくりとあがっていく。
その目尻にはさっきとは違って、微かに濡れたものが浮かび上がっていた。
そのまま何処か居心地悪そうに視線を背けるその姿は普段の小悪魔らしさなんて欠片もない。
もしかしたら初めて見るかもしれない歳相応の少女としての姿にちょっとだけ胸が跳ねてしまう。
京太郎「…ま、竹井先輩の珍しい泣き顔が見れたんで帳消しって事で」
久「…調子乗りすぎ」
京太郎「はは。まぁ、色々と無茶ぶりされた仕返しって事で勘弁してください」
そう笑った瞬間、俺の後ろでプルルと独特の電子音が鳴った。
それと同時に構内に響くのは俺が乗らなきゃいけない電車の到着を知らせるアナウンス。
それは俺にとって俺にとって皆との別れを告げる鐘の音も同じだ。
これが鳴った以上、俺はもう電車に乗り込んで住み慣れた長野を離れなければいけない。
京太郎「…じゃ、俺行くから」
和「…はい」
優希「京太郎…ぉ」
まこ「元気でな」
久「…京太郎君」
背中に掛かる皆の声に思わず振り返りそうになった。
車で先に鹿児島へと行って準備しているらしいオヤジに電話してもう一本だけ遅らせてくれ、と頼みたくなった。
ギリギリのモラトリアムに浸かったまま現実から逃げたくなった。
でも、もう俺は何度もそれから逃げて結果、皆に迷惑を掛けてしまったのである。
その上でまだ逃避なんて情けなくって出来やしない。
京太郎「…」
それでもやってきた電車に乗り込んだ瞬間、胸の中にズシリとした重石が伸し掛かる。
あぁ、これで本当に俺は長野から離れるんだと思うと目尻に何かが浮かびそうになるのを感じた。。
でも、まだ電車は出発する気配はなく、窓の外には皆もいるのである。
流石にこんな状態で泣いたりする訳にはいかないとぐっと涙を堪えた。
京太郎「(でも、それももうすぐだ)」
俺が乗り込んだこの電車は一分程度の停車の後、すぐに出発する。
後、ほんの数十秒ほど我慢すれば、俺は涙を堪える必要もなくなるのだ。
それが皆との長い長い別れになると思うと寂しいが、待ち遠しい気持ちも確かにある。
今の俺にとって涙を堪えると言うのはそれだけ難しい作業だったのだ。
京太郎「…皆も元気でな。風邪引いたりするなよ」
和「…それはこっちのセリフですよ」
優希「そのマフラーでちゃんと暖かくしとけよ…!」
まこ「鹿児島はここより暖かいから大丈夫と思うんじゃが」
久「…体調悪いって言ってももう看病なんてしてあげられないからね」
そのまま座席へと座り、開けた窓越しに皆とそう言葉を交わす。
瞬間、再びプルルと電子音が鳴り、プシューと言う空気が抜ける音が響いた。
数秒後、ガタンと言う音と共に、景色が、皆が流れていく。
ついさっきまで窓の外にいてくれた皆が後ろに消えていく様に視線もまたそっちへと引っ張られていった。
だけど、少しずつ加速する電車の勢いは止まらず、窓から消えていって… ――
咲「~~!待って!」
京太郎「…え?」
瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは誰よりも待ち望んだ幼馴染だった。
何時も通りのラフな格好で必死になって構内に駆け込んできたそいつの膝からは血が流れている。
恐らくココに来るまでに何度も転んでしまったのだろう。
だからアレほど咲はどん臭いから走るなと言ったのに。
そんな言葉を脳裏に浮かべながらも、俺は内心、沸き上がってきた嬉しさを否定出来なかった。
咲「京ちゃん!お願い、行かないで…!」
京太郎「咲…!」
けれど、その嬉しさをそのまま口にするにはあまりにも障害が多すぎた。
電車は既に動き出しており、俺と咲の距離はどんどん離されていっている。
それでも必死に時間を稼ごうと足を動かす幼馴染の姿はあまりにも痛々しい。
その目尻から大粒の涙が幾つも溢れているのだから尚更だった。
京太郎「…っ!」
俺と咲は幼馴染というだけあって長い付き合いだ。
けれど、こんな風に涙を流す咲の姿を俺は一度しか見ていない。
両親の別居が決まり、あれほど慕っていた姉と別れた時だけ。
その時も俺は何も出来ず、ただ泣きじゃくる咲を抱きしめるだけだった。
京太郎「(でも…今の俺は…)」
あの時とは違い、当事者の一人だ。
そんな俺がこんなにも必死になってくれている幼馴染に何も出来ないなんてはずがない。
いや、あのドン臭い咲が転んでも諦めないくらい強い気持ちで追いかけてくれているのだから応えなければいけないんだ。
京太郎「(それに…その為の言葉も俺の中にはある)」
和との会話から内心ずっと考えていた言葉。
けれど、勇気がなくて口に出せなかったそれはきっと今の幼馴染を救ってくれるだろう。
ならば、ここで躊躇なんてしてはいられない。
既に電車は本格的な加速に入り、今にもホームから離れようとしているのだから。
京太郎「咲!インターハイだ!インターハイで会うぞ!!」
それは俺の実力からすれば大言も良い所だった。
つい数カ月前の県予選でボッコボコにされた俺がインターハイになんて普通はいけるはずがない。
けれど、そんな理屈よりも何よりも、俺はそれを言葉にしなければいけなかった。
幼馴染の為にも、そして俺自身の為にも…『再会の約束』はどうしても必要なものだったのである。
咲「京ちゃん…!」
その言葉が彼女に届いたのかは分からない。
けれど、最後に俺を呼んだ彼女の顔はほんの少しだけ明るいものになっていたような気がする。
それは錯覚なのかもしれないし、俺の馬鹿な言葉を笑っただけなのかもしれない。
でも、最後の最後、別れの際に見せた幼馴染のその表情は俺の心に深く刻み込まれた。
京太郎「…はは」
しかし、そんな心とは裏腹に、俺達の距離はあっという間に離れていく。
既にホームそのものも豆粒のようにしか見えなくなった俺はズルズルと背もたれを滑り落ちた。
そのままストンと椅子に座った瞬間、俺は目尻から幾つもの涙が溢れている事に気づく。
どうやら俺もいつの間にか泣いてしまっていたらしい。
京太郎「(…コレじゃ咲の事を泣き虫だなんて言えないな)」
皆との別れの瞬間にも溢れ出そうであった感情の波。
それを抑えていた理性や意地の堤防が咲の登場によって壊れてしまったのだろう。
ボロボロと溢れる涙はその勢いを止める事はなく、俺の頬を流れ落ちていった。
何度、拭っても消えないそれは俺の顔をグチャグチャにしていく。
もし、親がいたらきっと気まずくて仕方がなかった事だろう。
そういう意味で別々に鹿児島に向かう事になって本当に良かったと思う。
京太郎「…ふぅ」
そんな感情の波も十分二十分と泣き続ければ収まってくる。
しかし、涙は収まっても気持ちが静まる事はない。
あんな形での別れを経験して、すぐに平静に戻れるほど俺は切り替えが早いタイプじゃないのだから。
寧ろ、さっきの言葉を嘘にはしないようにと頭の中が何か今の俺に出来る事を探した。
京太郎「(…確かにアレは普通に考えれば不可能な約束だったんだろう)」
でも、俺は幼馴染との約束は一度だって破った事はないのだ。
それを一つの誇りにしている俺にとってその約束が例え無茶でも破る訳にはいかない。
少なくとも努力を積み重ね、挑戦した果てに諦めなければいけないのだ。
ましてやそれは自分から言い出した約束なのだから尚更である。
京太郎「(だから、今は…)」
グチャグチャになってしまった顔を隠す為にも教本を読もう。
幸いにして読むべき本は二人の先輩のお陰で山ほどあるのだから。
そう思って袋を開いた俺を乗せて電車は着実に住み慣れた地を離れて… ――
………
……
…
京太郎「…ふぅ」
俺がその地に足を踏み入れたのはもう夜も深まり始めている時間だった。
霧島 ―― 日本の中でも有数の神社である霧島神宮があるその地はもう真っ暗である。
微かに駅の明かりが漏れるだけで後は住宅地の光がポツポツとあるくらい。
田舎と言っては失礼だが、俺の地元とそう大差ない発展具合と言っても良いだろう。
京太郎「(オヤジたちは迎えが来るって言ってたけど…)」
そんな土地に一人でポツンと立つ俺はキョロキョロと周りを見渡した。
しかし、オヤジたちの姿はなく、見慣れた車もない。
迎えが来ると言っていたからてっきりオヤジたちが来るものだと思っていたのだけれど、まだ来ていないんだろうか。
とりあえず到着を伝えるメールだけでも送っておこう。
「須賀京太郎様ですね?」
京太郎「うわっ!?」
瞬間、後ろから投げかけられた声に思わず驚きの声を返してしまう。
ドキンと心臓が跳ねた勢いをそのままに後ろを振り返れば、そこには紅白の巫女装束に身を包んだ女性がいた。
年の頃は60前後で顔には年月を知らせるような深いシワが刻み込まれている。
けれど、その顔立ちは未だに整っており、若いころはさぞや美人であった事が伝わってきた。
京太郎「(…でも、この気温で巫女服…?)」
幾ら鹿児島が長野よりも暖かいと言っても、湿気の多いその寒さは骨身に染みるレベルである。
雪国育ちの俺でも防寒具なしではこんな風に普通に立っていられないだろう。
それなのに平然と巫女装束でいられるその女性は暗い夜の中で浮き上がっているように見えた。
こんな事を言っては失礼かもしれないが…幽霊と言われても信じてしまいそうなくらいである。
京太郎「(…でも、この人何処かで見たような…)」
いや、より正確に言えば、この人に似た顔立ちの人をここ一年くらいに見た記憶がある。
ハギヨシさんから人の名前と顔を覚えるのは奉仕の基本だと言われてから意識して覚えるようにしているからそれは確実なはずだ。
けれど、何でも出来るパーフェクト執事な彼とは違って、俺は何処にでもいる高校生である。
はっきりと何処で見たのかまでは思い出す事が出来ず、内心、首を傾げた。
京太郎「あ、はい。そうですけど…」
「良かった。私、須賀様のお父様に言われてお迎えにあがった者です」
京太郎「お、お父様…!?」
しかし、なんとか彼女の顔を思い出そうとする俺の思考は次いで放たれた言葉によって粉々に砕かれる。
いや…勿論、鹿児島での知り合いなんていないから、オヤジの知り合いである事くらいは想像していた。
けれど、まさかオヤジがお父様と呼ばれるなんて思ってもみなかったし、俺自身、須賀様と呼ばれるほど偉い存在じゃない。
一体、彼女は俺やオヤジとどういう関係なのか、と今更ながら疑問に思うが… ――
「どうぞ。こちらへ」
京太郎「え…えぇ…」
それも目の前の女性が許しては貰えない。
すっと優しく、けれど、有無を言わさずに促された先には見るからに高級そうな車が用意されていた。
流石にベンツやリムジンのような一目で分かるような車ではないが、磨き上げられた白いボディには隙がない。
しかし、だからこそ、それが怪しく思えるのはこのジェットコースターのような状況についていけないからだろうか。
「どうしました?」
京太郎「あ、いや…その…」
勿論、誘拐だとか何だとかそんな事を疑っている訳じゃない。
俺の家は確かにカピバラを飼える程度には裕福ではあるが、あくまでそれだけなのだから。
ごくごく一般的な家庭で育ってきた俺を誘拐したところで旨味があるとは思えない。
ましてや俺は初めて鹿児島の土地に足を踏み入れて、周りは誰も知らない相手なのだから尚更だ。
京太郎「(…でも、それはあくまでも常識での話なんだよな)」
そもそも俺は『息子にも言えないような理由』によって鹿児島への転校を余儀なくされているのだ。
理由からして常識的ではないのだから、常識で考えるのはあまりにも馬鹿らしい。
自意識過剰過ぎるかもしれないが、しかし、ちゃんと確認を取っておいてから動いた方が良いだろう。
京太郎「先に親に連絡しても良いですか?」
「えぇ。問題無いですよ」
京太郎「すみません。寒い中」
「いえ、これも仕事ですから」
…仕事と来たか。
その装束から察するに巫女さんなんだろうけど…やっぱり場所的に霧島神宮関係の人なのだろうか。
そうなるとオヤジは霧島神宮との太いパイプがあるって事だけれど…。
いや、そういうのを考えるのは後にしよう。
とにかく今はオヤジに連絡だ。
プルルルプルルルルル
「よ。どうした?」
京太郎「あ、オヤジか。実は今、霧島神宮駅に着いたところなんだけど…」
「あぁ。そうか。まだそんなところか」
京太郎「…そんなところ?」
…オヤジの言葉が妙に引っかかる。
いや、より正確に言えば、嫌な予感を感じるというべきか。
まるで俺の知らないところで事態が取り返しのつかないところにまで進んでいるような気持ちの悪さ。
少しずつ足元が底なし沼にとらわれているような感覚に俺は思わず問い返した。
「じゃあ、そこに巫女服来たおば…いや、妙齢の女性はいないか?」
京太郎「いる…けど」
「それが迎えの人だ。乗せてってもらえ」
京太郎「ちょ、ちょっと待てって」
けれど、オヤジはそれに応える事なく、会話がドンドン進んでいく。
まるで俺を押し流そうとするその言葉の波に俺はそう歯止めの言葉を掛けた。
目の前の巫女さんがオヤジの言っていた迎えである事に安心したが、さりとてこの状況がまったく分からない事に変わりはない。
流石の俺もコレ以上物分りの良い子どもを演じるのには無理があるし、少しは事情も聞かなければ色々と納得出来ないのだ。
「なんだよ。俺は母さんとイチャイチャするのに忙しいんだぞ」
京太郎「知るか!って言うかちゃんと荷解きはしてるんだろうな」
「荷解き…?なにそれ美味しいの?」
京太郎「よーし。良い度胸だ」
この期に及んでふざける余裕のあるオヤジに俺はぐっと握り拳を作った。
母さんなんかはそんなところが頼りがいがあると言うかもしれないが、今の俺にとっては煽られているようにしか思えない。
流石にぶん殴るほど狭量ではないが、イラッとする自分は抑えられなかった。
「まあまあ、そう怒るな。お前にとっても悪い話じゃないんだから」
京太郎「だから、何の話だよ…」
「ま、とりあえずその人に送ってって貰え。そしたら分かるからさ」
…どうやらオヤジはコレ以上俺に情報を与えるつもりはないらしい。
それに一つため息を吐きながら、頭の中を整理する。
コレ以上、突っ込んでもろくな返事が帰ってこないのであれば、聞くべき事は吟味しなければいけない。
オヤジが話の纏めに入っている以上、恐らく質問できても後一回が限度なのだし…出来るだけ核心を突くような質問を… ――
京太郎「…じゃあ、これだけ教えてくれ。俺は何処に送られるんだ?」
「安心しろ。親戚のところに挨拶するだけだよ」
…うん。まぁ、そんな質問出来る訳ないよな。
だって、俺は別に高校生名探偵でもなんでもないし。
成績だって咲のお陰で清澄高校に入学出来た程度のレベルである。
そんな俺がこの短時間で鋭い質問なんぞ考えられる訳がない。
精々、本当に安全かどうかを確認するくらいのものが精一杯である。
「んじゃ、そろそろ切るぞ。挨拶終わったらまた連絡しても良いからな」
京太郎「あっ…ちょ!!」
瞬間、有無を言わさずオヤジがブツリと通話を切った。
それを止めようとしてももう遅く、携帯からは無感情な電子音しか伝わってこない。
相変わらず無意味に強引な親だと、俺は一つため息を吐き、携帯をポケットにしまった。
「もう宜しいですか?」
京太郎「はい。待たせてすみませんでした…」
…どうやら俺はさっきのやりとりを整理するような時間も与えてもらえないらしい。
俺が携帯をしまうのを待っていたらしい女性の言葉に内心でもため息が漏れる。
しかし、この寒い中をずっと車の外で待ってくれていたのだから文句は言えない。
それにまぁ、オヤジが言うにも女性が言うにもこの車に乗るしか道はないのだから… ――
京太郎「(…行くしかないよな)」
そう自分を奮い立たせながら、俺は女性が開けた車のドアから中へと乗り込む。
瞬間、俺の鼻孔を新品の革の匂いが擽った。
周囲を軽く見渡せば、艶の消された黒革が椅子を覆っているのが見える。
背中を優しく受け止めてくれるクッションの感触もかなりの心地好さだし、きっと高い車なのだろう。
そう思うと根が小市民の俺の肩に力が入り、どうにも落ち着かなくなった。
「出してください」
京太郎「あ」
そんな事を思っている間に、俺とは逆方向のドアから女性が乗り込んで来る。
そのまま放たれた言葉に俺は運転席に別の男性がいる事に気づいた。
そちらは流石に神主服ではなく、普通のスーツを纒っている。
けれど、その眼光は鋭く、明らかに気質の人間ではない事を俺に知らせた。
こうして運転しているだけで威圧感を感じさせるのだから、よっぽどの修羅場を潜ってきているのだろう。
京太郎「(…それにこの状況がそもそも普通じゃない…)」
俺一人を迎えるだけでどうして運転手までつくのだろう。
何度も言うように俺は多少、裕福であるだけの一般市民でしか無いのだから。
こんなVIP待遇のような出迎えられ方をするような人間じゃない。
それとも鹿児島じゃこれが普通なのか?
…いや、流石にそんなカルチャーショックはないはずだ。多分。
京太郎「……」
「……」
「……」
…そして何より沈黙が重い…!
なんで誰も一言たりとも話さないの?
いや、別に和やかな空気を求めてる訳じゃないけど…こうさ。
これから移動する間、ずっと沈黙してるって気まずいじゃん?
それともやっぱ仕事だからって遠慮してるんだろうか?
よーし、それなら俺から話しかけちゃうぞー。
京太郎「いやー今日は寒いですね」
「そうですね」
「……」
京太郎「……」
…うん。
今のはちょっと俺が悪かったな。
もしかしたらこのお祖母さんもシャイなのかもしれないし。
運転手の人は運転に細心の注意を払ってくれているのかもしれない。
だったら、今度はもうちょっと返しやすい話題を選ばないとな、うん。
京太郎「お、おねーさん綺麗ですね」
「ありがとうございます」
京太郎「ちなみにお名前とかは聞いても良いですか?」
「石戸です」
京太郎「わぁ、石戸さんですかー。いいお名前ですね」
石戸石戸…何処かで聞いたような…。
あ、思い出した、確かインターハイだ。
鹿児島代表の永水女子の大将がそんな名前だったような気がする。
…そう言えばさっきこの人の顔立ちを何処かで見たと思ったのも…あの大将の人に似てるからか。
もしかしてこの人って… ――
京太郎「あの、失礼ですが、石戸霞さんって知ってます?」
「祖母です」
京太郎「お若いですねー。てっきりお母さんかと思いました」
「ありがとうございます」
……うん。めげないめげない。
例え、会話が全てその場で打ち切られても俺は諦めないぞ。
そもそも咲や和だって最初はこんな感じだったんだ。
…まぁ、警戒心バリバリな二人とこっちに関心すらなさそうなこの人だとまったく違うけど。
でも、これくらいで心折れたりしてたらあの二人と仲良くなるなんて夢のまた夢だからな!
「あの」
京太郎「あっはい!なんでしょう!?」
ってまさかあっちから話しかけてもらえるなんて…!
よーし、まずはこの話題を出来るだけ膨らませるぞ。
さぁ、なんでも来い。
あいつらを話を合わせる為に俺の話題は108式まであるぞ!!
京太郎「もう何でも答えますよ、スリーサイズから好みのタイプまで!」
「…そういう雑談はあまりしないで貰えますか?」
京太郎「アッハイ」
……ごめん……咲、和…。
俺、世間ってやつを舐めてたよ。
まさかこんなにはっきり雑談ですら拒絶されるとは思ってなかった…。
お前らに慣れてた俺なら、と思ってたけど、流石にこれはちょっと心が折れそうになる…。
俺、そんなにうざかったかな…?
ごく普通の話しかしてなかったと思うんだけど…。
京太郎「(…もしかして皆も内心うざがっていたのかなぁ…)」
い、いや、流石にそれはないよな?
だったら流石にあんな朝早くから見送りには来てくれなかったはずだし…。
でも、内心、清々していると思われたりとか…もし、そうだとしたらもう立ち直れない…。
あんな別れ方して清々したって思われてたとか…それこそ人間不信になるぞ。
京太郎「……」
「……」
「……」
……。
…………。
………………。
いや、うん。
まぁ、ね、予想はしてたどさ。
俺が話さないとほんっと何も話さないのな!!
お陰で窓の外を見るだけが唯一の暇つぶしみたいになってるんだけど!
流石にこの状況でずっとってのは辛いぞ。
せめて後何分くらい掛かるかくらい教えてもらえないとちょっと心が持ちそうにない。
京太郎「あの…目的地までどれくらい掛かるかだけ教えてもらえます?」
「申し訳ありませんがお教え出来ません」
京太郎「…そ、そうですか…」
……取り付く島もないってこういう事を言うんだろうか。
俺、何かやったかなぁ…いや、正直、何かやるような時間もなかったと思うんだけど…。
俺の雑談がうざかったにせよ、こんなに事務的な言葉だけしか帰ってこないのはおかしくないか?
せめて後もうちょっととかまだ掛かるとかそれくらいで良いから教えて貰えたりとか…。
「…」
しないですよねー。
まぁ、分かってた(確信)
分かってたけど…どうしようか。
流石にこの暗い中で教本は読めないし…つーか、車酔いするし。
一応、携帯ゲームも持ってきてるけど、それも車酔い確定だからなぁ…。
京太郎「…」
「…」
「…」
やはりここはこの二人となにか話すのが一番だろうか。
でも、またさっきみたいに拒絶されると今度こそ立ち直れなさそうだしな…。
その前にやはりウェットに富んだ小粋なジョークで場を和ませるべきか。
でも、そんなジョークなんてそうそう簡単に思いついたりしないからなぁ。
二人とも年代的にはオヤジギャグが利きそうだけど…でも滑ったらその時点で終わりだ。
そう言えば前、オヤジがいきなりオヤジギャグ言って場が凍った時があったっけ。
あの時は流石の母さんも頬を引き攣らせてた。
引き攣ったといえば、さっき新幹線に乗り換えた時に肩が ――
………
……
…
「…須賀様」
京太郎「……ハッ」
やばい…ちょっと意識がトんでた。
眠ってたとかそんなんじゃなくって宇宙の真理とか考えてた。
アカシックレコードがどうとかダークマターがアレだとかビッグバンがこうだとか…もうちょっとで何かに目覚めそうだった。
具体的に言うと闇の炎を操るダークフレイムマスターとかブリタニア帝国の皇帝とか世界征服宣言した総長だとかそういうの。
「着きましたよ」
京太郎「アッハイ」
そんな事を考えている間に俺は目的地に到着したらしい。
けれど、意識がトんでいた俺にはそれがどれくらい掛かったのかまったく分からなかった。
まぁ、どうせ聞いたところで教えては貰えないんだから問題はないだろう。
それより…ここは何処なのだろう?
開けたドアの下には白線が引いてあるし、周りにも車 ―― それも見るからに高級車 ―― があるから駐車場って事は分かるんだけど。
でも、その規模はかなりのもので…数十台くらいが余裕で入ってしまいそうなくらいにデカイ。
けれど、周りには精算機はないし…所謂、月極形式の駐車場…なのか?
「こちらです」
京太郎「(…ま、いっか)」
しかし、そんな疑問も女性に先導されて歩いている内に消えていく。
いや、新たな疑問に消されていく、と言うべきか。
何せ、女性の後について踏み込んだその道はズラリと石畳が並べられた道なのだから。
微かに苔が生えているそれはところどころ欠け、歴史を感じさせる。
しかし、決して手入れされていない訳ではなく、道に沿うように生える植物は明らかに人の手で切り揃えられていた。
何処か日本庭園を彷彿とさせるその雰囲気は、アスファルトで固められた駐車場からは想像も出来ないくらいである。
京太郎「(しかも、それが延々と続いているんだからなぁ)」
ぼぅと暖かな光を灯す立派な石造りの灯籠。
一つだけでもかなりの金額がしそうなそれは歩いている俺が果てを見つけられないくらいにずっと並んでいる。
ハギヨシさんの伝手で龍門渕さんの家にお邪魔した事もあったが、その時だってこれほど長い道をみた事はない。
その代わり、ハギヨシさんが手入れしているという庭園はそれはもう立派なものだったのだけれど…ってまぁ、それはさておき。
京太郎「(…これだけの土地を持ってるって事はかなりの相手って事…だよな?)」
歩き始めて五分が経っても尚、果てが見えない道のり。
その向こうに待っているであろう『親戚』の姿を想像すると微かに身震いを感じた。
さっきのバカ広い駐車場も、もしかしたら『親戚』の個人的な所有地だったのかもしれない。
もし、そうなら…確かに新居よりも真っ先に挨拶に向かわないといけない相手なのだろう。
オヤジの言葉を今更ながらそう理解した俺の目の前に大きな階段が現れた。
京太郎「…はー」
思わず見上げてしまうほどの長いその先にはポツンと小さく明かりが見えた。
けれど、それは見た目ほど小さい訳ではないのは首の痛みを顧みればよく分かる。
首が痛くなるまで上にあげなければ、その明かりは視界に入れる事も出来ないのだから。
距離の所為で小さく見えるだけで実際のその明かりはかなり大きなものだろう。
ここまではっきりと届く光から少なくとも灯籠の類とは思えないし…もしかしたら家か何かなのかもしれない。
京太郎「(…ってここをあがるのかよ)」
そんな風に思ったのもつかの間。
ひょいと階段をあがっていく石戸さんに俺はここを登らなければいけない事を悟った。
勿論、文化系に所属していたとは言え、男であるし、体力は人並み程度にはある。
しかし、その先が小さく見えるような階段に霹靂しないほど体力が有り余っている訳じゃない。
移動疲れでヘトヘトなのもあって正直、勘弁して欲しいのが本音だった。
京太郎「(…でも、仕方ないよなぁ)」
これがエスカレーターなどがあれば遠慮なく俺はそれを使わせてもらっただろう。
しかし、両脇を白塗りの壁で覆われたその階段にはそんな機械的なものなど着いていなかった。
その上、先導していた石戸さんもまるで平地のような勢いでひょいひょいと上がっているのだから。
男として流石に女性に ―― しかも、年配と言っても良いくらいお年を召した石戸さんに負ける訳にはいかず、俺も彼女の後を着いていった。
京太郎「はぁ…はぁ…」
しかし、流石にこれだけ長い階段ともなれば息切れもする。
舐めていたつもりはないが、見た目以上に曲がりくねったその階段はあがりきるだけでも結構な時間が必要だった。
途中で休憩を言い出すような情けない事にはならなかったがさっきから肩が上下するのを止められない。
だが、そうやって肩を揺らすようにして呼吸していても、酸素が薄いのか、中々、息が整わなかった。
「急いで下さい」
京太郎「…は…い…!」
そんな俺に比べて石戸さんの息はまったく乱れていない。
一体、どんな訓練をしているのか、この階段を平気な顔して上がりきっていた。
それに微かに劣等感を感じるものの、さりとてここで落ち込んでなどいられない。
息が上がった俺にお構いなしに進む石戸さんを追いかける為にも足を動かさなければ。
京太郎「……おぉ」
そう思って階段を登り切った俺の目の前に広がったのは大きな屋敷だった。
まるで数百年前から残っているような純和風のその屋敷は端が見えないほど大きい。
奥行きがどれだけのものかは分からないが、しかし、それがかなりの大きさであることに疑う余地はないだろう。
洋風であり数階建ての龍門渕さんと純粋に比べる事は出来ないが、それと同じくらいでもおかしくはない。
「ただいま戻りました」
京太郎「(…って事はここが目的地か)」
そんなお屋敷の扉を開く石戸さんの声に俺はようやくここが目的地である事を知った。
それと同時に大きなため息が出てしまうのは、駐車場からここまで歩くだけでも結構な距離があったからだろう。
流石に一時間とまでは言わないけれど数十分ほど歩きっぱなしだったし、何より目的地までどれくらいなのかも教えてもらえなかったのだから。
正直、精神的にも肉体的にも色々疲れていると言うのが本音だった。
「お帰りなさい、石戸のおば様」
「はい。ただいまです、姫様」
京太郎「…え?」
そんな事を考えた瞬間、俺の目の前にある人が現れる。
日の日差しに透けるような透明感のある黒髪をおさげのように二つ括りにした少女。
その顔は咲に勝るとも劣らないほど小さく、また浮かべる笑顔はとても愛らしい。
華の咲いたような笑みはまるで本人の持つ純真さを目に見えて伝えているようだ。
微かに茶色掛かった優しい瞳もその可愛らしい表情とマッチしている。
京太郎「(…その顔立ちもとても整っていて……)」
俺よりも年下に見えてしまいそうなほどその幼い顔立ち。
けれど、それは彼女が人並み以上の美少女である事の証だ。
咲とはまた違った小動物らしさ ―― 例えるならばハムスターのような愛らしさを漂わせている。
しかし、愛くるしいと言っても良いそんな可愛さとは裏腹に、彼女の胸は和に勝るとも劣らないほどのサイズであった。
石戸さんとお揃いの巫女服を大きく膨らませるそれはそれはもう柔らかそうで… ――
京太郎「(…っといけないいけない)」
和に何度も注意されている自分の悪癖を思い出しながら、俺はそっと彼女から視線を背ける。
それを見てしまうのは男としては仕方のない、本能のような動きなのだが、女性は意外と敏感だそうだ。
一秒にも満たない時間でもはっきりと分かるらしいそれを初対面の相手に長々と向ける訳にもいかない。
まぁ、初対面と言っても、俺は彼女の顔も名前も知っているのだけれど。
京太郎「(永水女子の神代小蒔選手…だよな)」
永水女子の神代小蒔選手と言えば、昨年のインターハイで活躍し、無名の永水女子をシード校に押し上げた立役者だ。
今年は二回戦で清澄と当たり、運悪く敗退してしまったものの、その実力は個人戦でしっかりと発揮されている。
未だに全国的にも有名であり、うちと戦った事もある彼女を、今更、見間違うはずがない。
小蒔「あ、そちらの方が…」
「はい。須賀家の跡取りである須賀京太郎様です」
…いや、跡取りって…そんな大したもんじゃないんだけど。
っていうかそちらの方って…どういう事だ?
もしかして神代さんも俺も事知ってる?
いや、でも、神代さんみたいな有名人とは違って、俺はごくごく普通の一般人だし。
仲間と同じ舞台と戦っているのを見ていただけで何ら関わりがない相手だと思うのだけど…。
小蒔「初めまして。私が神代小蒔です」
京太郎「あ、はい。須賀京太郎です、よろしくお願いします」
まぁ、疑問は色々あるとは言え、目の前でペッコリンと頭を下げられて何もしない訳にもいかない。
…って言うか勢い良く頭を下げた所為で胸がブルンって…もうブルンって。
和はその辺すげー警戒してるから軽く会釈するだけなんだけど…もしかして神代さんそういうの分かっていないんだろうか?
「…ゴホン」
京太郎「あ、いや、その…」
小蒔「??」
…うん、どうやらまた彼女の一部分をガン見してしまっていたらしい。
いや、でもね、これだけ素敵なおもちが揺れたら男は皆そっちを見てしまうと思うんですよ。
決して俺がスケベだって訳じゃ…あ、いや、すみません。
だから、そんなゴミのような目で見ないで下さい。
「貴方って本当に最低の屑だわ!」みたいな目は気持ち良…いや、流石に傷つくんで。
小蒔「あ、じゃあ、私がお部屋に案内しますね。お荷物もお預かりします」
京太郎「あ、いえ、そんな…良いですよ」
小蒔「いえいえ、折角、私の為に来てもらったんですから…これくらいやらせてください」
京太郎「……神代さんの為?」
もしかして俺が挨拶しなきゃいけない相手って言うのは神代さんなのだろうか?
いや、でも、それにしてはちょっと神代さんの言葉がおかしい気がする。
流石に挨拶する為に来た客人を『私の為に来てくれた』と表現しないだろう。
…いや、『寝てた』宣言してたりとちょっと天然が入ってるっぽい神代さんならありえるのか?
でも、引っ掛かるものを感じるのは否定出来ないんだよなぁ…。
小蒔「…アレ?須賀さんって私の為に志願してくれたんじゃ…」
「姫様。その辺りの事はまた後で…」
京太郎「…えっとあの…」
…もしかして俺、挨拶するだけじゃないのか?
まるで俺に何か重要な話があるような…そんな雰囲気を感じるんだけど。
っていうか、志願って何だ…?
そんなものした記憶は一切ないんだけど…。
小蒔「そうですね。ここじゃゆっくりとお話する事も出来ないですし…お先に寛げる場所に案内します」
京太郎「…あっ」
まるで雪だるま式に増えていく疑問に俺が首を傾げた瞬間、手に持っていた荷物を神代さんに奪い取られてしまう。
何処か有無を言わさないそれに驚きはしたものの、しかし、今更、返してくれと言う訳には出来ない。
そんな事を言えば、折角気を遣ってくれた神代さんに失礼であるし、下手をしたら気分を害してしまうかもしれない。
貰った教本とかが入っているから決して軽い荷物ではないと思うが…本人が言ってくれているのだし、甘えるのが良いだろう。
京太郎「(…しかし、なんかこの人…咲に似てるよな)」
勿論、意外と凶暴なところがある幼馴染と天然っぽい神代さんは似ても似つかない相手だ。
けれど、その身に纏う何処か浮世離れした雰囲気と言うか、放っておけない感じがとても咲と似ている。
共に実年齢よりも幼く見える顔立ちをしている所為か、或いは仕草の一つ一つが妙に危なっかしい所為か。
ごく一部はまったく別物…と言うか対極にあるはずなのに、思わずその姿に幼馴染を重ねてしまうくらいだ。
京太郎「(…バカ。今は考えるなって)」
そんな自分の思考を俺はピシャリと閉めきった。
こうして普通にしているとはいえ、俺は未だに長野での別れを引きずっているのである。
少なくとも、未だにあの最後を思い返すと涙が出そうになるくらいには。
それでもこうして平静を保てていたのは見知らぬ土地やまったく見えてこない状況への困惑と緊張があった所為だ。
それが薄れてきつつある今、心も緩み、長野においてきた仲間や思い出が胸を突く。
小蒔「どうぞ。こちらです」
それが表に出る前に応接間らしき場所に通されたのはきっと僥倖なのだろう。
外見と同じく純和風に仕上がったその部屋には年季の入った調度品が並んでいる。
黒ずんだ大きな机に立派な水墨画が描かれた掛け軸。
部屋に染み付いたお茶の匂いもまた歴史を感じさせ、い草で編まれた畳も心地良い。
決して派手さはないものの、何処か心を落ち着かせる温かい空間だった。
京太郎「それで…俺は一体…」
とは言え、俺の心はそれで落ち着けるような静かな状態じゃなかった。
さっきから新しい謎がひっきりなしに出てきて軽く混乱しているんだから。
流石に泣き喚いたりするほどじゃないが、背筋には嫌な予感がひしひしと伝わってきている。
オヤジとの電話の時にも感じた底なし沼に落ちる感覚はより気持ち悪さを増して、俺の心を揺さぶっていた。
結果、俺は神代さんからもらった座布団の上で正座をした瞬間、待ちきれなかったようにそう切り出す。
「…それを話す前に姫様には少し出てもらっても良いでしょうか?」
小蒔「…ダメですか?」
「はい。殿方との秘密のお話ですので」
小蒔「…それじゃあ仕方がないですね」
…いや、それで納得するのかよ。
とは流石にツッコミを入れる訳にはいかない。
それにまぁ、ここで神代さんがダダを捏ねても話がややこしくなるだけだし。
何よりシュンと全身で残念そうな気持ちを表現している彼女にそんな事は言えない。
一応、俺はそれなりに紳士なのだ…優希辺りには良く変態紳士の間違いだとか言われたりしてたけど。
小蒔「では、須賀さん。また後で」
京太郎「はい。また後で」
…その後でが一体、何時になるか、或いはどんな形になるか不安だけどさ。
さっきから嫌な予感は強くなっていく一方で今すぐここから逃げ出したいくらいだし。
でも、ここで逃げ出しても何の解決にもならないし…何より目の前の石戸さんがすげー怖い。
俺よりも一回りも二回りも小さいはずなのにまったく隙がないっていうか、逃げたりしたら後ろから斬られそうだ。
流石にそんな事はないと思うけど…でも、まぁ、ごくごく一般的な生活をしてきた一般人の俺にとってはそれだけ恐ろしい相手なのである。
京太郎「…で、その…」
「まず結論から言わせて貰うと…須賀様には今日からこのお屋敷で暮らしていただく事になります」
京太郎「…はい?」
―― そんな石戸さんからのファーストアタックは既に俺の理解の範疇を超えていた。
いや、一体、それを誰が理解出来ると言うのか。
そもそも俺は鹿児島に引っ越してきた訳である。
親だっているし、大事な家族であるカピーだって新居で待っているはずだ。
それなのにここで暮らせとは一体、どういう事なのか。
「起床は朝5時から消灯時間は特に指定はありませんが早めに休んだ方が宜しいかと。起床時間に起きていない場合は朝食は…」
京太郎「ちょ、ちょっと待って下さい…!」
「…何か?」
京太郎「ぅ…」
瞬間、凍えるような視線が石戸さんから向けられる。
それに思わず呻き声をあげてしまうが、さりとてここで怯んではいられない。
確かに石戸さんは怖い相手ではあるけれど、ここで流されたら一生後悔するのは確実だ。
京太郎「お、俺はここに挨拶するって聞いて…」
「はい。その後、須賀様にはここに住んでもらう段取りでした」
京太郎「お、親は!?親は納得しているんですか!?」
「勿論です。積極的に賛同してもらいましたよ」
京太郎「…え?」
…賛同?
こんな馬鹿げた話に…オヤジや母さんが納得したってのか?
そんなの…普通に考えてありえる訳… ――
「30億。それが須賀様の値段です」
京太郎「…値…段…?」
―― …信じられなかった。
今日一日色々あって…信じられない言葉も聞いて…それでも一番信じられなかったのは石戸さんのその言葉だった。
確かに…俺はオヤジの事をバカだのクソだのと言って罵ってはいたが…心の底からそうだと思っていた訳じゃない。
寧ろ、真剣な時のオヤジはそれなりに格好良くて尊敬していた面も確かにあったのだ。
だから、と言う訳じゃないが、親子仲はそれなりに良かったし、一般家庭程度には毎日会話もしていたのである。
京太郎「(それなのに……売られた?)」
オヤジに…母さんに…30億って値段で?
実の子を…大金とは言え、ほぼ見知らぬ親戚に?
しかも、それを俺に隠して…電話口で笑っていたのか?
そんなの…あり得る訳がない。
幾らあのオヤジが無茶苦茶だと言っても…そんな事するはずがないんだ。
京太郎「……嘘でしょう?」
「ご希望なら契約書の写しを持ってきても構いませんよ」
そう思っての言葉は石戸さんに粉々に砕かれてしまった。
はっきりと自信を持って紡がれるその言葉は鋭く感じられるほど冷たい。
しかし、だからこそ、それが真実である事が嫌というほど伝わってきて…俺の頭がクラリと揺れた。
京太郎「(…夢じゃないのか?)」
いきなり鹿児島に引っ越しが決まって…仲間と別れて。
車に載せられて…見知らぬ親戚の家に連れて来られて。
そして、今、こうして親から売られてしまった事をはっきりと告げられている。
…これが夢じゃなくって一体、何だと言うのだろう。
少なくとも現実ではない事だけは確実だ。
そうだ……そうに決まっている。
京太郎「(…なのに、なんで俺はまだ起きないんだ…?)」
…けれど、悲しいかな、俺の身体は素直だった。
絶望的なまでに現実感がない話にも関わらず、身体はこれが夢ではないと訴えている。
こうして脚を降ろしている座布団がバラバラと崩れ、どこまでも堕ちていきそうなのに…夢から冷める気配がない。
きっと本当の俺は長野の住み慣れた家にいて…新年の予定を考えながら寝ているはずなのに。
「…恨むのであれば自分が須賀家の跡取り息子に生まれた事を恨みなさい」
京太郎「…それがいったい…何なんですか…」
そんな俺に容赦する事なく、話は進んでいく。
無理矢理追い込みを掛けるような石戸さんの言葉に俺は絞りだすような声を返した。
それだけでも精神的にどっと疲れるのは、俺がまだこの状況をちゃんと噛み砕けていないからだろう。
思考の大半が石戸さんの言葉を否定する事に向けられている今、俺はそれだけの言葉を紡ぐだけでも大仕事であった。
「…須賀家はこの霧島の地を守る神代家と深い関わりがある一族です」
京太郎「…だからどうしたって言うんですか…」
「貴方は知らないでしょうが、須賀家には神代家を守る役目があるのです」
京太郎「…~っ!そんなの…俺が関係あるかよ!!」
感情が爆発した。
この不条理なシチュエーションを否定する為に内側に向けられていた感情が。
怒気となって口から放たれ、目の前の女性に叩きつけられる。
部屋を震わせるはっきりとした怒鳴り声に、しかし、石戸さんは身動ぎ一つしない。
まるでそんなものは予想の範疇なのだと言わんばかりに俺を真正面から見据えていた。
「いいえ。関係あるのです。古くから須賀家はそうやって神代家から援助を受けてきたのですから」
京太郎「援助…?そんなの…俺が知るかよ…」
―― でも、思い返せばおかしいところは確かにあった。
オヤジの仕事は貿易関係と聞いていた。
けれど、俺はオヤジが海外に出かけたところを殆ど見た事がない。
それどころか明確に何処の会社に勤めているかも教えてもらえないままだったのだ。
『男なんてのは秘密が多い方が格好良いもんだ』なんて自信満々に言っていたけれど、今から思い返せばアレは誤魔化しだったのかもしれない。
オヤジは仕事なんて何もしていなくて…最初から神代家からの援助だけで生活していたという事を隠し通す為の。
京太郎「(でも…俺は関係ない…関係ない…はずだ)」
確かにオヤジは神代家から援助を受けていたのかもしれない。
けれど、それはオヤジが返すべきものであって、俺には関係ないはずだ。
少なくとも…見知らぬ親戚に対して身売りされなければいけないほど何かをやった訳じゃない。
そんなの俺は知らなくて…だから…無関係なはずだろう。
京太郎「頼むよ…長野に…皆のところに…返してくれ…」
…冷徹に情報を突きつけてくる石戸さんの言葉を俺は、少しずつ否定する事が出来なくなっていた。
俺は間違いなく両親に売られて…ここで過ごす事になったのだと言う事を。
このあまりにも理不尽な言葉の群れが現実以外の何者でもないという事を。
はっきりと骨身に染みて…理解し始めてしまったのである。
結果、完全に心折れた俺の口からそんな弱々しい声が漏れ…目尻から何かが流れていく。
「それは不可能です。既に須賀京太郎様の戸籍は抹消されました」
京太郎「…え?」
「社会的に貴方は既に存在しない人間なのです」
京太郎「…存在…しない…?」
戸籍。
それが一体、どういうものなのか、俺も知っている。
社会的にその人物が存在している事を保証する最も根本的な裏付け。
それがなければ保険も何も入る事が出来ず、住居すら覚束ないような大事なモノ。
だからこそ、その管理には何処の自治体も最新の注意を払っているはずだ。
そんなものが抹消されて、俺が存在しない人間になってしまっただなんて…そんなのあり得ない。
京太郎「(でも…)」
相手は俺みたいな何の取り柄もない普通の高校生を『須賀家の跡取りだから』という理由だけで30億支払うような相手なのだ。
その資金力もそうだが、考え方だって常識では到底、図る事が出来ないだろう。
そんな相手に「あり得ない」と言うほど馬鹿らしく説得力のない事もあまりない。
この石戸さんを始め、神代家と言うのがどれだけ滅茶苦茶な存在であるかを俺は既に知っているんだから。
京太郎「…はは。なんなんだよ…これ…なんなんだよ…マジで…」
…だからこそ、次の瞬間、俺の口から笑い声が漏れた。
人間、理解の範疇を超えると笑えてくると言うのは本当だったらしい。
まだそんな風に考えられる自分がいるというのは果たして僥倖なのか、それとも不幸なのか。
無力感と絶望感、それに悲しみや虚しさが合わさった俺には到底、判断出来なかった。
「…つまり貴方の居場所はもうこの神代家にしかないのですよ」
京太郎「……」
念押しするような石戸さんの言葉に俺は何の言葉も返す気力がなかった。
頭の中ではそれが事実なのだと認めていても、心の中はもう空っぽだったのである。
指先一つすら動かすのが億劫な俺にとって、肯定も否定も面倒が過ぎる。
もうどうでも良いから早く終わってくれ、と言うのが偽りない俺の本音であった。
「…霞」
霞「はい、お祖母様」
石戸さんの言葉に対して、俺達が入ってきたのとは別の襖が開かれる。
そこから現れたのは神代さんを幾らか大人っぽくした女性だった。
何処かほんわかとした印象が強い神代さんとは違って、穏やかそうなその人は幾らかしっかりしているように見えた。
その雰囲気の所為か顔立ちそのものは神代さんと似ているはずなのに、美少女と言うよりは美女と呼んだ方がしっくり来る。
けれど、俺はそんな彼女の姿にも心動かされる事はなく、半ば呆然としているままだった。
「以後須賀様の教育係は孫の霞が引き継ぎます」
霞「石戸霞です。よろしくお願いしますね」
京太郎「……」
そんな俺が石戸霞さん ―― 俺の記憶が正しければ永水女子の大将を務めていた人だ ―― に返事を返せる訳がない。
勿論、頭の中では畳に膝をついて綺麗に頭を下げる彼女に何か言わなければいけないと分かっているのだ。
しかし、身体の何処を探してもそんな気力はなく、また何を言えば良いのかを模索する思考も空回りを続けている。
結果、俺は石戸さん ―― 勿論、お祖母さんの方だ ―― が部屋から去っていくまで言えないままだった。
霞「…あの」
京太郎「…は…い」
それでも彼女の言葉に反応できたのは、おずおずと呼びかける石戸さんの表情がぎこちなかったからだろう。
何処か気まずそうなその表情は、彼女が少なからず俺に同情してくれている事を感じさせてくれた。
冷徹なまでに事実だけを並び立てる祖母とは違い、目の前の石戸さんは俺が理解出来るような感性を持っているらしい。
それに微かに安堵した心が返事を返す余裕を俺に保たせていた。
霞「須賀君って呼んでも良いかしら?」
京太郎「…大丈夫です」
霞「じゃあ…須賀君。色々と思うところはあるだろうけど…今日は休んだ方が良いと思うわ」
京太郎「…そう…ですね」
勝手な言い草だとは思う。
俺をこんなに疲れさせたのは何処の人たちなのかと言ってやりたいくらいには。
けれど、そんな風に言っても、石戸さんを傷つけるだけだ。
このおかしい屋敷の中で初めて俺に同情的な態度を取ってくれた彼女のことを傷つけたくはない。
ましてや、それは間違いなく俺を気遣って言ってくれているのだから尚更だった。
霞「じゃ…こっちに来て。今、お部屋に案内するから」
京太郎「…分かりました」
だからこそ、俺はそっと立ち上がった石戸さんの後を追いかけ、ゆっくりと屋敷を歩く。
その間、二人に会話はなく、ただただ布擦れと床の軋みだけが空間を支配していた。
俺はそもそも和やかに会話するような気力はないし、石戸さんもそんな俺に気遣ってくれているのだろう。
普段は気まずくて仕方がないその沈黙が今の俺にとってはとても有難かった。
霞「ここよ」
京太郎「…はい」
そんな彼女に案内された部屋はさっきの応接間らしき部屋よりも少しだけ手狭だった。
けれど、それはタンスなどの調度品があるからそう見えるだけで実際は同じくらいなのだろう。
床に並べられた畳の数は20を超え、見える範囲だけでも俺が暮らしていた部屋よりも遥かに大きい。
その壁際にある押し入れまで含めれば、一人に与えられるには贅沢と言っても良いくらいのサイズになるだろう。
京太郎「(…でも、だからどうしたって言うんだ…)」
別に俺は長野の家に不満なんて何一つとしてなかった。
確かにずっと住んでいた所為で細かいところには色々とガタが来ていたが、それも愛着が湧いていたのである。
気の知れた友人や仲間、それに特別な少女の側に居る事が出来たあの部屋が今の俺にはとても恋しい。
少なくとも…あの家は俺にとってはこんな部屋よりもよっぽど寛げた場所なのだ。
霞「どうぞ」
京太郎「…ありがとうございます」
しかし、どれだけそう思っても、目の前の光景は乱雑で住み慣れた自室に変わったりはしない。
代わりに目の前にいた霞さんが押入れから布団を出し、畳の上に丁寧に引いてくれた。
シワの一つも残らないようにしっかりと伸ばしてくれるその仕草に感謝の念は確かに感じる。
けれど、今の俺はそれを言葉として表現するのにはあまりにも余裕がなくて…漏らした返事は無味乾燥なものになってしまった。
京太郎「(…もう寝よう)」
折角、自分のために動いてくれた石戸さんにもろくに感謝を伝えられない自分。
それに自己嫌悪を感じると同時に、疲れているのだという言い訳が胸の中に浮かぶ。
いや…それだけならまだしも「石戸さんもあいつらの仲間なのだからこれくらいは当然だ」などと言う言葉すらその中には混じっていた。
八つ当たりに近いその言葉は、しかし、だからこそ…俺にとっての本心なのだろう。
感謝していると言いながらも、俺は自分の行き場のない怒りを…与し易そうな石戸さんにぶつけたくって仕方がないのだ。
霞「…あの、須賀君」
京太郎「何…でしょう?」
こんなにも情けない自分なんて…知りたくなかった。
自分の中にこんなにも自分勝手な存在がいるだなんてどうしても認めたくなかったのである。
けれど、こうして石戸さんから呼びかけられる瞬間にも沸き上がってきた苛立ちがどうしてもそれを突きつけてくるのだ。
自分がどれだけ矮小な存在かを思い知らされる現実は…俺にとって辛いだけでしかない。
正直、今すぐにでも今日一日の出来事全てが夢である事を祈って…眠ってしまいたかった。
霞「…おやすみなさい。また明日ね」
京太郎「はい…」
そんな俺の感情を感じ取ってくれたのか、或いは別の何かを言おうとしていたのか。
分からないままに石戸さんはそっと襖の向こうへと消えていった。
瞬間、ドッと脱力感が身体を襲い、崩れ落ちるように俺は布団へと倒れこむ。
その手に持っていた荷物も乱暴に畳へと落ちてしまうが、俺にとってはもうそんな事はどうでも良かった。
京太郎「(……もう嫌だ)」
それは偽りのない心からの言葉であった。
こんな現実も、自分も、何もかもが嫌で…否定したい。
けれど、身体も心も疲れているはずなのに中々、眠気はやってきてくれなかった。
京太郎「…はぁ……って…ん?」
今の俺にとって唯一の救いである眠り。
それが中々、訪れないもどかしさに俺はため息を吐きながら寝返りを打った。
瞬間、右の太もも辺りから硬質な感覚が伝わって来る。
どこかのっぺりとしたそれに惹かれるようにポケットに手を入れれば、そこには見慣れた携帯が入っていた。
京太郎「圏外…か」
ここが一体どういう場所なのかは俺も知らない。
しかし、携帯の電波一つ入らないような場所である事だけは確からしい。
今時、長野でもそんな場所は殆ど無いというのに…ここはよっぽどの田舎か、或いは山の中なのか。
…まぁ、どちらにせよ、今の俺が誰にも助けを呼ぶ事が出来ないのは確かだろう。
京太郎「(…そういやオヤジが話が終わったら連絡しても良いって言ってたっけ…?)」
ふと思い出したその言葉に俺の手がピタリと止まった。
それは…こうやって俺が助けを呼ぶ事すら出来ない状況にいるのだと理解していたからなのだろうか。
オヤジにとって俺なんてどうでも良い存在で…この神代家とやらに高値で売れればそれで良かったのだろうか。
今頃は母さんと一緒に邪魔者がいなくなって清々していると笑って…俺を売った金で楽しんでいるのだろうか。
…今の俺には…それすらも何も分からない。
京太郎「…どうしてだよ…」
―― …もう何もかもが分からなかった。
俺が売られた理由も、オヤジの真意も…何もかも。
ただ、確かなのは俺自身ではどうにも出来ないような滅茶苦茶な状況に放り込まれたと言う事だけ。
長野を発った時には考えもしなかったそれに俺は一粒の涙を漏らした。
そうなると…もう涙も弱音も止まらない。
堰を切ったように漏れだした感情はそのまま涙となって布団の上にこぼれ落ちていく。
京太郎「(どうして…こんな事に…)」
それは皆と別れた時の涙とはまったく違うものだった。
ほんの半日ほど前に流したそれは悲しさ混じりではあったが、前を向こうとする意思は間違いなくあったのだから。
しかし、今の俺が流しているそれは不条理と理不尽を嘆くだけのものであり、前向きなものなど何一つとしてない。
ただ、溢れ出る感情をそのまま涙として漏らす生理的なものだった。
京太郎「(咲…皆…)」
…助けてくれという言葉だけはなんとか飲み込んだ。
流石に心の中と言っても、彼女たちに救いを求める事など出来はしない。
無意味と分かっていても皆に縋るのは情けないし…何より、それを実行に移してしまえば大事になってしまう。
そんな事になれば、人一人の戸籍を抹消するだけの力があるらしい家とのトラブルに、皆を巻き込む事になるのだから。
下手をすれば危害を加えられるかもしれない事を思うと、頭の中でも助けを求められない。
それでも俺は…どうしても涙を止める事だけは出来なくて…何時しか俺は涙と共に眠りへと落ちていったのだった。
「…きて」
―― …嫌だ
「起きて…」
―― 嫌だ…起きたくない…
「…起きて。須賀君」
―― 放っておいてくれ…俺は…
「須賀君…」
―― 俺は…
「起きて…」
―― ………………。
目を開いた瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは見慣れない天井だった。
見慣れた薄いベージュ色の壁紙とは違う…木目の浮かんだ張り天井。
黒ずんだそれは年季というものを感じさせ、それと同時に重苦しいまでの現実感を俺に与える。
昨日のそれが現実なのだと腹が立つまでに俺へと突きつけるそれに軽い失望を感じた。
勿論、自分でも昨日の事が全部ウソだと自分でも信じていなかったものの、やっぱり何処か期待はしていたのだろう。
霞「おはよう、須賀君」
京太郎「…はい。おはようございます」
そんな俺の期待を裏切ってくれた視界にひょっこりと女性の顔が映り込む。
目元や鼻筋が整ったその黒髪の女性は昨日紹介された石戸霞さんだろう。
何処か母性めいたものさえ感じるその穏やかな雰囲気を見間違えるはずがない。
顔立ちこそ神代さんと似ているとは言え、殆どの人が二人を見間違える事はないだろう。
霞「…先に顔を洗った方が良いわね」
京太郎「え?」
霞「少し肌が荒れているから」
京太郎「…ぅ」
瞬間、俺の頬が微かに熱を持ったのは石戸さんの言葉に昨日、寝た時の状態を思い出したからだ。
殆ど泣きつかれるようにして眠った俺の頬には涙の跡が残っている事だろう。
はっきりとは言われないものの、気遣うような優しい視線は俺の状態に気づいている事を感じさせた。
殆ど初対面に近い状態とは言え、女性に泣いていた事を気づかれる事ほど恥ずかしい事はない。
ましてや、相手が目を見張るような美女であるのだから尚更だ。
霞「顔を洗うのはこの水を使ってね」
そう言って石戸さんから差し出されたのは綺麗な水の張った手桶だった。
窓から差し込む朝の光を反射してキラキラと輝くそれに手を入れれば透き通るような寒さが肌に染みこんでいく。
それを二度三度と顔にぶつければ眠気も消え、気持ちも多少はスッキリとする。
心が身体に与える影響というのは決して無視出来ないくらいに大きいが、やっぱりその逆もまた然り、と言う奴なのだろう。
霞「はい。じゃあ…ちょっと顔をあげてね」
京太郎「え?」
とは言え、スッキリした心とは裏腹に顔は水気でベタベタだ。
それをどうしようかと思った瞬間、俺の顔にそっと温かいタオルが当てられる。
そのままフキフキと俺を拭いてくれる石戸さんの手はとても優しい。
タオルがまるで風呂のように温かいのもあって一度は吹き飛ばした眠気がまた蘇ってきそうだ。
霞「よし。じゃあ…まずは着替えて…それから朝食にしましょうか。皆ももう待っているし」
京太郎「…了解です」
とは言え、起こして貰って、さらには顔を拭いてもらった以上、また眠ったりなんて出来ない。
そう思って言われるままに立ち上がった瞬間、身体にドっと伸し掛かるような疲労を感じる。
けれど、それは昨日とは比べ物にならないほど軽いものになっていた。
少なくとも今すぐ布団に倒れこみたくなるような疲労感はなく、心の中も幾分すっきりしている。
昨夜アレだけ泣いて眠った所為で心身ともに少しは回復しているらしい。
霞「じゃあ、急いでお着替えをしましょうね」
京太郎「え?」
霞「え?」
だからこそ、俺は石戸さんのその言葉にすぐさまそう反応する事が出来た。
いや、出来たと言うよりもしてしまったというべきか。
それは俺にとって意図したものではなく、ついつい口から漏れたものなのだから。
でも、いきなりお着替えをしましょうだなんて…まるで一緒に着替えるような事を言われたのだから誰だってそんな反応を返してしまうだろう。
霞「だから、お着替えを手伝わないと…」
京太郎「い、いや、そこまでしなくても良いですよ」
霞「…そうなの?」
俺の言葉にキョトンと首を傾げる石戸さんは一体、俺を何だと思っているのだろう。
一応、これでも俺は男であり、そして石戸さんは女性なのだ。
流石に女性が男の着替えを手伝うともなると…まぁ、その色々とアレである。
俺だって健全な男子高校生なのだから、こうモヤモヤとした衝動くらいは持っているのだ。
霞「じゃあ…これに着替えてね」
京太郎「う…」
瞬間、俺の目に入ってきたのは石戸さんの手に抱えられた和装だった。
ぴっちりと糊で固められた白地のそれはとても着心地が良さそうである。
しかし、それを受け取った俺が広げても、着方なんてまったく分からない。
一応、七五三などには袴も履いていたが、それも母さんに着つけてもらったものなのだ。
京太郎「このままじゃダメですか…?」
霞「ダメよ。姫様もいるんだし、ちゃんとした格好をしてもらわないと」
ですよねー…。
まぁ、これで良いと頷いてくれるようなら最初から和装なんて持ってこないだろう。
と言うか、姫様って事は神代さんも待ってくれているのか。
未だにあの人がどれだけ凄いのか良く分からないけど…でも、俺を買い取ったのは神代家である事は確実なのだ。
その苗字を関するあの天然さんはその直系か、それに近い位置にいる人のだろう。
京太郎「(…って事は待たせたら失礼だよな)」
今の俺の身分が殆ど神代家に買われた奴隷に近いものである以上、あまり神代さんを不愉快には出来ない。
下手をすれば俺の処遇はあの人の胸先三寸で決まってしまう可能性もあるのだから。
…まぁ、あのほんわかした神代さんが俺を痛めつけろと言ったりするトコロはまったく想像出来ないけれど。
しかし、あの石戸(祖母)さんの反応から見るに神代さんがかなり大事にされているのは確かなようだし…待たせたりしない方が良いだろう。
京太郎「…すみません。やっぱ手伝って下さい」
霞「ふふ…分かったわ」
…まぁ、それはつまり石戸(孫)さんに着替えを手伝って貰わなきゃいけないって事なんだけどさ。
しかし、既に待たせていると聞いて、手段を選んではいられない。
これが着方が朧げながらでも分かれば話は別かもしれないが、俺にはそのとっかかりすら分からないままなのだから。
…でも、流石に何度も着せてもらう訳にはいかないし、今回で絶対に着方を覚えよう。
霞「じゃあ、まず服を脱いでくれる?」
京太郎「…分かりました」
流石にこんな羞恥プレイは二度とゴメンだしな。
目を見張るような美女の前で脱がされるとかその筋の人にとってはご褒美も良いトコロである。
…ちなみに俺にはそんな趣味はないぞ。
竹井先輩に自分から雑用として売り込んだけど、それはあくまで部の為を思ってのことだ。
俺は決してMじゃない…Mじゃないったらないんだ。
京太郎「…すみません。ちょっと目を逸らして貰えると」
霞「…あ。ご、ごめんなさい、後ろを向いてるわね…」
だからこそ、石戸さんに見られているとその視線が気になってしまう。
いや、勿論、彼女に他意がない事くらい分かっているんだ。
男子平均から多少背が高いと言っても俺の身体が中肉中背。
こんな美女が興味を惹かれてくれるような要素は何もない。
しかし、だからこそ、身体を晒すのが恥ずかしくて…ついそう言ってしまう。
京太郎「(…にしても今の反応は…)」
まるで言われて初めてそれに気づいたようなその反応。
初なようにも手馴れているようにも見えるその反応は…まぁ、つまるところ俺が男としてあんまり意識されてないんだろう。
それはそれで結構凹むけど…まぁ、初対面でそういうのを意識されてギクシャクされる方が困る。
俺の教育係を任されたらしい石戸さんはこの家で頼れる唯一の相手なのだから尚更だ。
京太郎「あの、一応…脱ぎ終わりました…けど…」
霞「そ、そう…」
そんな事を考えている間に服も脱ぎ終わった。
と言っても流石に胸を張る度胸はなく、下着も晒しているのである。
まだ一時間も交流していない相手に半裸を見せていると思うと妙にドキドキ…いや、恥ずかしい。
それは石戸さんも同じなのか、振り返った彼女の頬は朱を混じらせ、視線を俺の足元に向けていた。
でも…そんな状態で俺に着付けする事なんて出来るんだろうか。
霞「じゃあ…その…ちょっと失礼するわね」
京太郎「…お願いします」
そう思った俺の言葉を否定するように石戸さんはテキパキとその手を動かしていく。
スルスルと慣れた様子で俺に服を着せていくその様は、まさに出来る女って感じだ。
…いや、その頬が未だに赤く染まって、俺から必死に目を逸らそうとしていてもこれだけ手際が良いのだから十二分に出来ているんだろう。
でも、たまーに俺の方に視線を向けてはすぐ顔を逸らすその仕草にはそんなものは一切なく、どちらかと言えば可愛らしい印象が強い。
霞「あ…」
京太郎「ぅ」
そして、その印象は俺の肌と石戸さんが微かに触れ合った瞬間に最高潮に達した。
俺の脇腹にすっと手の甲が当たった瞬間、額まで一気に紅潮が駆け上がっていく。
まさに顔中真っ赤と言っても過言ではないその表情にさっきまでの美女としての印象はない。
代わりにまるで咲のような庇護欲を擽られる可愛さにほんの少しだけ胸が痛みに疼いた。
霞「ご、ごごごごめんなさい!」
京太郎「い、いや、仕方ないですよ、はい」
そもそも多少、手の甲があたった程度でミスだとは思わない。
こんなに綺麗で可愛い人に触られて役得…と思っている訳ではないが、まぁ、決して不愉快ではないのだ。
何より、あんな風に目を逸らしてミスをしない方がおかしいし…俺はまったく気にしていない。
霞「もぉ…私ったらなんでこんな…」
…けれど、石戸さんにとってそれはとても気になる事であるらしい。
その唇を尖らせるようにして漏れた声は自嘲と困惑を込めたものだった。
そんな彼女も可愛らしいと思うものの、さりとてそれをそのまま口に出す勇気は俺にはない。
殆ど初対面に近い石戸さんとの距離感は未だ掴めないし、そもそもそうやって口説くほど俺は軽いタイプじゃないのだ。
…何故か金髪の所為で軽く見られる事が多いけれど、どちらかと言えば別れ際でも告白出来ないような俺はヘタレに属するのだろう。
って…やばい、思い出したらまたなんか気分が憂鬱になって来た…。
霞「…はい。出来たわ」
京太郎「ありがとうございます」
その憂鬱な意識を何とかしようと別の事を考えている間に着付けはどうやら終わったらしい。
それにお礼を言いながら軽く身体を動かせば、ふわりと白い布地が揺れる。
普通の服よりも幾分軽いそれは思いの外、上等なものなのかもしれない。
そんな事を思うくらいの着心地の良さに思わず感心めいたものを感じた。
霞「大丈夫?きつかったりしない?」
京太郎「いえ、大丈夫ですよ」
キュッと身が引き締まる感覚はあるが、それは決して身を縛る類のものじゃない。
どちらかと言えば、それは立派な服を着せてもらえた事による精神的なものである。
少なくとも身体からは窮屈な感じはせず、両手両足共に過不足なく動かす事が出来る。
この和装のサイズが俺にピッタリなのもあるが、ソレ以上に着つけてくれた石戸さんの手際のお陰だろう。
霞「そう。…良かった、練習した甲斐があったわ」
京太郎「…練習?」
霞「あ、いや…な、何でもないのよ」
一体、何の話かと思って聞き返したが、石戸さんに首を振ってはぐらかされてしまう。
それならば最初から口にしなければ、とも思うが、着替えの件でまだ混乱しているのかもしれない。
…まぁ、世の中には出来る女だけれども残念なタイプと言うのは少なからずいるのだ。
例えばうちの生徒議会長なんかも仕事は出来るのにダメなところはダメだからなぁ…。
霞「それより…こっちよ、着いてきて」
京太郎「はい」
それを誤魔化すように石戸さんはそっと俺に背を向けて歩き始める。
その背中を追いかけるようにして部屋を出た俺の身体を朝の痺れるような寒さが包み込んだ。
思わず気持ちも引き締まるようなそれは決して不愉快なものではない。
寧ろ、何処か厳かなものを感じるような…まぁ、それはこの屋敷がやけに静かな事も関係しているのかもしれないけれど。
京太郎「(人の気配を殆ど感じないからなぁ…)」
思い返せば昨日もそうだった。
昨日、神代さんに先導して貰って応接間らしき場所に行った時も…それから石戸さんに自室に案内された時も…俺は誰一人としてすれ違わなかったのである。
いや、それどころか、誰かが生活しているような物音一つ聴いていなかったような気がする。
…昨日は色々と疲れていた所為で特に疑問に思わなかったけど…今から思うとどう考えてもおかしい。
霞「ここよ」
京太郎「っと…」
しかし、それを疑問として口に出す暇もなく、石戸さんの足が止まった。
目の前にあるのは見慣れた襖、けれど、その奥からは微かに人の気配を感じる。
流石に俺はハギヨシさんじゃないのでそれが何人かは分からないが、微かに話し声らしきものも聞こえてくるし…一人ではないのだろう。
石戸さんの話からして神代さんは確定として、他にも誰かがいるはずだ。
京太郎「(…緊張するなぁ…)」
霞「じゃあ開けるわね」
京太郎「ちょ…!」
それが誰かは分からないけれど、心の準備はしておいた方が良い。
そう思った俺の前で無情にも石戸さんが襖を開いていく。
スーっと開かれていくそれは決して勢いがある訳ではないが、さりとて中にいる人たちが気付かないほど遅い訳じゃない。
自然、開いていく襖に向けられた視線を俺ははっきりと感じた。
京太郎「(…中にいたのは六人)」
その中の一人は石戸さんが言っていた通り、神代さんだった。
こちらを認めた途端、嬉しそうに笑いながらちょっとだけ手を振ってくれる彼女にちょっとだけ癒やされる。
…なんというか本当、正しい意味で愛らしい人だと思う。
護ってあげたいというか抱きしめてあげたいというか…人懐っこい正統派小動物と言うか…そんな感じの可愛しさに思わず頬が緩みそうになった。
ま、それはさておき… ――
京太郎「(…永水女子の人達…だよな)」
その中で俺が知らない顔は大きな食卓の左側に集まった二人だけであった。
ソレ以外はインターハイにて画面越しに何度も見たことのある顔である。
神代さんと同じチームに所属していたその人たちの名前も俺はしっかりと覚えていた。
霞「姫様、須賀君をお連れしました」
小蒔「はい。お疲れ様です」
初美「お疲れなのですよー」
―― …この巫女服を着崩しちゃいけないレベルにまで着崩してるのは確か薄墨初美さんだ。
見た目は水着か何かの日焼け跡をこれでもかと魅せつける危ない幼女。
しかし、これでも俺より二つ年上なのだから人間って奴は色々と凄い。
黒髪を二つ括りにしたその顔立ちは可愛い以上に幼く、ヘタすれば小学生くらいに見えると言うのに。
…いや、まぁ、長野にも似たようなロリっ子はいましたけどね、天江選手とか国広選手とか。
そして、どの子にも言える事だけど…薄墨さんもまた無邪気そうな顔立ちに活力を溢れさせていた。
放っておけばそのまま泳ぎだしてしまいそうなその元気さは今の俺にとっては少し眩しい。
巴「って言うか…ハッちゃん、また服が…」
―― そんな薄墨さんに注意するメガネさんは狩宿巴さんのはずだ。
結い上げた黒髪のポニーテールは彼女の落ち着いた雰囲気にとても良く似合っている。
一見地味そうではあるが、けれど、よく見ればそのメガネの奥にある顔立ちはとても整っている事が分かるだろう。
華やかさはないが、しかし、だからこそ安心できるような、穏やかで優しいものを感じさせる風采。
…けど、それだけでは済んでいなさそうなのは、そこに気苦労めいたものを混ざっているからだろう。
…恐らくだが、意外と抜けているところもある石戸さんをフォローするのは狩宿さんの役目なのかもしれない。
そう思うと何となく親近感が湧いてしまうのは俺もまた咲のフォローに回る側の人間だった所為か。
春「………」
巴「あっ春ちゃん。黒糖は…」
春「…我慢…する」
―― …でこっちが滝見春さん…だよな。
ぱっつんと切り揃えられた前髪に狩宿さんと同じく結い上げられた髪。
けれど、彼女とは違って癖っ毛なのか、その先端はドリルのようにカールしていた。
そしてしっかり者らしい狩宿さんとは違って口数も少なく、表情の動きもあまりない。
けれど、それが気にならないのは神代さんにもよく似たふんわりとした雰囲気の所為だろう。
天然という訳ではないが、ちょっぴり不思議な感じを伝えるそれは大人びた彼女の顔立ちによくマッチしている。
…と言うか竹井先輩に黒糖渡してたのは知ってたけど、やっぱりかなりの黒糖好きなんだな。
今もテーブルの上の黒糖に手が伸びそうになってたし。
霞「じゃあ、全員揃った事だし…とりあえず座って自己紹介しましょうか」
京太郎「分かりました。じゃあ…」
初美「じゃあ、とりあえず右側からって事で…私からしますねー」
促すようなそう言う石戸さんに頷きながら俺もまた畳へと腰を降ろした。
そのまま自分の自己紹介をしようと思った俺を制して、先に薄墨さんが元気に手をあげる。
…けれど、見事に乳首だけが見えないのは一体どういう事なのか。
いや、見えてもそのサイズじゃ喜べないし、そもそも気まずくなるだけだから困るんだけどさ。
でも、へそまで見えるほど着崩した巫女服を着ているのに…今だってその部分だけは微動だにしない。
本当に不思議な事もあるもんだなー…。
初美「永水女子三年、薄墨初美です。よろしくお願いしますよー」
京太郎「あ、はい。よろしくお願いします」
ま、それはともかく自己紹介だ。
ペコリと頭を下げる薄墨さんに合わせて俺もまた頭を下げる。
普段ならここで自己紹介するのだけれど、今は他に紹介待ちの人がいるし。
折角、右側からと初美さんとが仕切ってくれたのだから、今はそれに甘えよう。
巴「同じく永水三年の狩宿巴です。その…色々と大変だとは思いますが…」
狩宿さんは自己紹介と共に俺に対して同情的な視線をくれる。
どうやら狩宿さんは俺の事情を大体知っているらしい。
それにほんの少しだけ肩の力が抜けるのはやっぱり緊張していた所為だろうか。
安堵というほどはっきりとしたものではないが、しかし、心の中で有り難いと思う程度の影響はあった。
小蒔「…大変?」
巴「あ、いえ…その、ここは女所帯ですしね」
小蒔「あ、なるほど…そうですよね」
そしてどうやら神代さんの方は俺の事情を知らないらしい。
思い返せばここに来た時点で「俺が自分から志願した」と神代さんは言っていた。
それは恐らく彼女がこの家で大事にされているからこそなのだろう。
俺はまだ神代さんと言う人となりをよく知らないが、さりとてこの人が人の不幸を喜べるタイプとは思えない。
寧ろ、顔を知る誰かの人生が壊れたとなったらきっと心から悲しむ事になる姿しか想像出来なかった。
だからこそ、神代さんは周りから嘘を吹き込まれ、そして純真な彼女はそれを心から信じ込んでいるのだろう。
京太郎「(まぁ、思うところはあるけれど…さ)」
けれど…俺の人生が滅茶苦茶になったのは決して神代さんの所為じゃない。
30億だなんて滅茶苦茶な金額を用意した神代家と、それにのっかったオヤジの所為だ。
それを知らずのほほんとしている事に思う所がない訳ではないが、さりとて無関係な相手に八つ当たりするほど恥ずかしい奴じゃない。
彼女がそう思い込んでいるのであれば、わざわざそれを訂正しなくても構わないだろう。
そう思う程度の余裕は今の俺にもあった。
春「じゃあ…次は私…」
得心したように頷く神代さんを飛ばして、ゆっくりと滝見さんが挙手をした。
スラリと長い手を魅せつけるようなその動きに巫女服が重力に惹かれて落ちていく。
自然、視界に映る肌色がその面積を広げ、ドキリとしたものを感じた。
けれど、滝見さんはそれをまったく気づいていないのか、表情を変えないまま唇を動かす。
春「…永水女子一年、滝見春。…黒糖食べる?」
霞「こらこら、朝食前でしょ?」
春「…残念」
京太郎「はは。後で貰いますね」
部長も絶賛していた滝見さんの黒糖には若干、興味がある。
とは言え、石戸さんの言う通り、今は朝食前だ。
丸い食卓には綺麗な焼き色がついた魚や鮮やかに色づいた漬物が並んでいる。
そこから食欲をそそる匂いもしている事だし、まずはそっちを食べるべきだろう。
明星「では、次は私ですね。石戸明星です」
京太郎「石戸…って事は…」
明星「はい。そこにおられる霞お姉さまの妹です」
そう言ってニッコリ笑う石戸(妹)ちゃんには…なるほど、石戸(姉)さんとの面影がある。
顔立ちもそうだが、穏やかそうでしっかりしている雰囲気がよく似ていた。
腰まで伸ばした栗色の髪は石戸(姉)さんとは少し違うが、お嬢様めいた二人のイメージと合致する。
何よりその一部は石戸(姉)さんに迫りそうなほど大きくて… ――
明星「…ふふ。いけませんよ、そんなにジロジロ見ては」
京太郎「ごめんなさい!」
小蒔「?」
やんわりと窘める言葉に俺はガバっと頭を下げた。
さっきの薄墨さんに対するそれを何倍にも強く激しくしたようなそれに視界の端で神代さんが小首を傾げる。
…どうやらさっきの俺の醜態は神代さんには気づかれていなかったらしい。
でも、他の人には気づかれたのか、少しだけ責めるような視線を感じた。
…だって、仕方がないじゃない、男の子なんだもの。
和クラスのおっぱいさんが沢山いる空間にいたら…ついついそっちを見ちゃうって。
明星「で、次は…」
「……」
明星「ほら、湧ちゃん」
そんな俺に軽蔑したのだろうか。
最後の一人はプイッと明後日の方向を向いたまま中々自己紹介をしてくれなかった。
青みがかった黒髪をショーットカットに纏め、一部をゴムで括る彼女は全体的にボーイッシュに映る。
全体的におっぱいさんが多いこの空間の中では珍しいまな板STYLEだ。
けれど、彼女が決して美少年の類ではないのはその身に纏った巫女服を見るまでもなく分かる。
顔立ちはまだ幼さを残し、すっきりとしているからそう見えるだけでその身体は丸みを帯びていた。
雰囲気的にボーイッシュに見えるだけで、それを取り払えば、彼女も他の皆に負けないほどの美少女なのである。
湧「…十曽湧」
京太郎「…あ、はい。よろしくお願いします」
だからこそ、そんな美少女からあからさまに警戒されるとちょっぴり傷つく。
いや、勿論、自業自得なのは分かっているが、他の皆が和やかだっただけに反動がデカイ。
流石に胃がキリキリするほどではないにせよ、どうしようかとそんな事を思うくらいには。
霞「ごめんなさいね。湧ちゃん口下手だから…」
湧「そ…んな事ない…です…」
そんな俺をフォローするように石戸(姉)さんが言ってくれるけど…まぁ、中々そうは思えない。
確かに一瞬、詰まったりもするけれど、十曽さんがそういうタイプにはどうしても見えないのだ。
寧ろ、薄墨さんと同じくらいに活力と元気に溢れ、どんな時でもガンガン突っ込むタイプに見える。
そんな彼女が口下手だとは到底思えず、俺はぎこちない笑みを返した。
霞「それと明星ちゃんと湧ちゃんは中等部の子だから須賀君から見ると年下になるわね」
京太郎「年下…ですか」
十曽さん…いや、十曽ちゃんの方は確かに貧相なスタイル…もといボーイッシュな体型もあって何となく分かる。
けれど、にこやかな笑みを浮かべる石戸(妹)ちゃんまで年下というのは…正直、信じられない。
とは言え、ここで石戸(姉)さんが嘘を吐く理由はないし…そもそもそれを言った彼女自身も高校生には見えない色気の持ち主だ。
…もしかしたら石戸家と言うのは色々と早熟な家系なのかもしれない。
その一部を含めて…あ、いや、今度は見てない、見てないぞ。
霞「じゃあ…最後は私ね。昨日もちょこっとだけ自己紹介したけれど…永水女子三年の石戸霞です」
京太郎「…はい。俺は…須賀京太郎です。皆さんよろしくお願いします」
石戸(姉)さんの言葉に合わせるようにして俺はそっと頭を下げる。
そんな俺に向けられるのは好意的なもの、同情的なもの、試すようなもの、無関心なもの…様々だ。
やっぱり七人もいれば、皆が皆、好意的に受け入れてくれるという訳でもないらしい。
勝手に人を買っておいて勝手なものだと少しは思うけれど、まぁ、こればっかりは仕方ない。
そういう信頼はこれから積み上げていくのが一番だろう。
霞「じゃあ、大分待たせる事になったけど…ゴハンにしましょうか」
初美「わーい!」
小蒔「良かった、もうお腹ペコペコだったんですよ」
そう言いながら食卓を囲む皆は各々準備を始める。
どうやらこの家では色々と暗黙の了解めいたものがあるらしい。
けれど、この家で初めて食卓を囲む俺にはそのルールが分からなかった。
結果、情けなく周りを見渡してそれに従う俺に石戸(姉)さんが白飯を持ったお椀を差し出してくれる。
霞「はい。須賀君の分」
京太郎「あ、ありがとうございます」
霞「男の子なんだから遠慮せず一杯食べてね」
小蒔「おかわりもありますよ」
…そう言ってくれる二人の気持ちは嬉しいんですが、朝からこの量は流石にちょっとキツイと言いますか。
お椀の二倍くらいのサイズがこんもりと盛られているんですけど。
いや、昨日は結局晩飯も食べずにそのまま寝たんでこれくらいはいけるだろうけどさ。
でも、おかわりまでさせられるのは遠慮したいと言うか…まず無理と言うか。
霞「じゃあ…姫様」
小蒔「はい。では、皆さんお手を合わせて…」
「「「「「「「頂きます」」」」」」
京太郎「い、頂きます…」
―― そうして始まる朝食はとても和やかなものだった。
恐らく彼女たちにとってはこれが極普通の食卓なのだろう。
会話する皆に過不足はなく、これがこの家にとっての『日常』である事を感じさせた。
…けれど、それが異常だと思うのは、俺が所謂『常識』というものに毒されているからだろうか。
親がおらず、最高でも高校3年生までの食卓 ―― しかも、全員血が繋がっている訳じゃない ―― に、どうしても違和感を禁じ得ない。
昨夜、俺をここまで案内してくれた石戸(祖母)さんがいるのだから決して親がいないって訳ではないと思うのだけれど…。
京太郎「(…それとも俺が思っている以上に家庭事情が複雑なのか…)」
思い返すまでもなく、神代家は異常な存在だ。
そんな中で過ごしてきた彼女たちの家庭事情が複雑じゃない理由の方が少ないのかもしれない。
まぁ…とは言え、俺はそれに突っ込むほど偉い立場でもなければ、皆と仲が良い訳じゃないのだ。
仲良く会話する皆に多少、疎外感を感じるが、ここは大人しくしておこう。
春「…須賀君、ゴハンなくなってる…」
小蒔「あ、じゃあ、私がおかわりいれますね!」
京太郎「す、少なめでお願いしますね…」
それに色々と気を遣ってくれているのは伝わってくる訳だしさ。
少なくとも殆どの皆は俺と仲良くやっていこうと思ってくれているらしい。
これからどうなるかは俺も分からないけれど、今はそれで良しとしておくのが一番だろう。
京太郎「…ふぅ。ご馳走様でした」
小蒔「はい。お粗末様でした」
そう思っている間に朝食を終えた俺に神代さんが微笑みながらそう返してくれる。
その優しい笑みを見るとお腹の中の圧迫感も多少はマシに…いや、ならないな。
昨日、食っていなかったとは言え…ちょっと僅かに食べ過ぎた。
勧められるのを断れなかった俺も悪いんだけど…ちょっとこの家の人は男を過大評価していないだろうか。
巴「お皿お下げしますね」
京太郎「あっ、すみません」
巴「いえいえ」
結果、畳の上から動けない俺の代わりに狩宿さんがお皿を下げてくれる。
ニコリと笑いながら去っていくその腕には他の皆の分も乗っていた。
同じように滝見さんもそうやって去っていく辺り、そういう持ち回りなのかもしれない。
…その辺も後でしっかり確認しておかないとな。
霞「さて…それでこれからの事だけれど…」
京太郎「…はい」
―― …ついに来たか。
俺にとって一番気になる話であり…喫緊の課題。
昨夜は俺の今の現状を突きつけられるだけで、具体的にどうすれば良いのかそういう話はまったくなかった。
俺がどうして30億も支払われて神代家に引き取られたのかも、そして何故戸籍まで抹消されなければいけなかったのかも、ろくに明かされちゃいない。
これからどうしていくにせよ、まずはその辺りのことを知らなければろくに身動きも取れないだろう。
霞「須賀君には当分、学校をおやすみしてもらう事になるわ」
京太郎「まぁ…当然ですよね」
そもそも戸籍がないのだから学校など行けるはずもない。
社会的に存在する『須賀京太郎』は清澄高校から転出した時点で消滅してしまっているのだろう。
既に何度も突きつけられたそれを思うと気持ちも重くなるが、しかし、そうやって落ち込んでばかりはいられない。
それよりも今は情報を齟齬なく受け止めなければ、どうすれば良いのかさえ分からないままなのだから。
霞「でも、代わりに私や巴ちゃん、初美ちゃんが持ち回りでお勉強を教えるから安心してね」
初美「ふふーん。保健体育はお任せですよー」
あぁ、うん。何となく分かる。
薄墨さんはアレだ、きっと麻雀と体育特化型だ。
麻雀で活躍出来てるって事は決して頭が悪い訳じゃないんだけど、それを中々生かせないタイプ。
優希に似た雰囲気を感じるのは決してその幼児体型だけじゃないだろう。
初美「何か失礼な事考えてませんかー?」
京太郎「や、やだな。そんな事ないですよ」
…意外と鋭いな。
そういう所は優希とはちょっと違う。
あいつはアレで鈍いところは鈍いからなぁ。
麻雀してる最中 ―― 特に東場のあいつの勘の鋭さはやばいんだけど。
お陰で何回、東場で飛ばされそうになった事か…と、まぁ、それはさておき。
京太郎「…でも、当分って事は…俺が学校に行く予定はあるんですか?」
さっき石戸(姉)さんは『当分、学校をお休み』と言った。
それは復帰する予定がなければ使わない言い回しだろう。
一体、何処に入れられるのかは分からないが、学校には行けるかもしれない。
そう思うと何となく胸に希望のようなものが沸き上がってくる。
霞「えぇ。来年度…4月からは須賀君も学校に行ってもらう事になるわ」
京太郎「~~っ!そうですか!」
学校に行けるって事は…麻雀部にだって所属出来るかもしれない…!
そうしたら…夏にはインターハイに出て…また咲たちと会えるかも。
勿論、その前に色々とクリアしなきゃいけない課題が山積みだけど…でも、再会が不可能って訳じゃないんだ。
自分でもまさか学校に行けるってだけでこんなに前向きになるとは思ってなかったけど…でも、胸から沸き上がる嬉しさは否定出来ない。
霞「でも…あの、とても申し訳ないんだけど…」
京太郎「え?」
霞「…『須賀君』として学校に通ってもらう事は無理になるわ」
京太郎「…あ」
…石戸さんの言葉に俺はさっきの自分の言葉を思い出す。
そう…『須賀京太郎』はもう社会的には存在しない人物なのだ。
例えインターハイに出場出来たとしても、そこにいるのは最早、『須賀京太郎』ではない。
下手をすれば、事情を知ってしまったあいつらをトラブルに巻き込む可能性もある。
京太郎「…そう…ですよね」
霞「…えぇ。だから…」
霞「今日から須賀君には『須賀京子ちゃん』になってもらうわ」
京太郎「……………はい?」
……………はい?
今、何かおかしい言葉が聞こえなかったか?
何か男に向けるには不適切な言葉があったような…。
霞「明星ちゃん、初美ちゃん」
初美「はーい」
明星「はい。お姉さま」
京太郎「ぅおあ!?」
ちょ、ま、待って!
まだ状況飲み込めてない!まったく飲み込めてないから!!
だから、そんな風に両脇を押さえ込もうとされるとこう余計に訳が分からなくてですね!
しかも、片一方が豊満で、もう片方が色々と感触的に貧しいんでさらに混乱は激しく… ――
初美「……」ジィ
ゴメンナサイナンデモナイデス。
うん、貧しいなんていい方しちゃダメだよな。
まるで劣っているような言い方をしては薄墨さんに失礼だ。
ここはやっぱり独特なシルエット(意味深)と表現するのが一番…ってそうじゃない!
霞「じゃ、まずはお化粧から始めましょうか」
京太郎「だ、だから、どういう事なんですかぁ!?」
なんでここでさらに化粧って話が出てくるんだよ!?
そもそも俺は男でそういう趣味なんてまったくないんですけど!!
って言うか、身長182cmの女装とか最早誰得だよ!!
最近は男の娘とかマイナーながらも受け入れられつつあるけど、流石にそれはキモ過ぎるだろ!!
霞「それは勿論、今日から須賀君には女の子として過ごしてもらう為よ」
京太郎「い、意味が分からないんですけど…」
霞「大丈夫。すぐ慣れるから」
京太郎「そういう事聞いてるんじゃないんですけど!?」
ダメだ石戸(姉)さんと話が通じない…!
いや、恐らく意図的にはぐらかしているんだろう。
さっきまでは普通に話が通じていたし…このまま押し切るつもりなんだ。
くそ…石戸(姉)さんはマトモだって…俺の味方だって信じていたのに…。
俺の気持ちを裏切ったんだ…オヤジと同じように裏切ったんだな…!!
霞「はい。まずは下地からじっくりやっていきましょうね」
京太郎「ちょ…ま、待って…!いや、ホント、ダメですってば!!」
いや、石戸(姉)さんみたいな美女に迫られるのは役得以外の何物でもないんですけどね!
でも、その手に化粧道具を持たれると、ちょっと危険なものを感じるというかですね…!
辱めを受けて喜ぶような趣味なんてないんでちょっと遠慮したいって言うか…!
あ、ちょ、ダメですって…それ擽った…ポンポンしちゃらめぇ…!
京太郎「くぅ…!」
くそ…主義主張には反するが仕方ない…!
ここは無理矢理にでも二人を跳ね除けなければ色々と取り返しの付かない事になってしまう…!
幸いにして俺に抱きついてる二人は軽いし、振りほどくのはそれほど難しい事じゃない。
その後、色々と立場が悪くなるかもしれないが…知った事か!
流石に事情も何も知らずにいきなり化粧させられるよりはマシだ…!!
明星「ぁん♥」
京太郎「…あ」
明星「もう…須賀さんが暴れたら私のおっぱい…おかしくなっちゃいますよ…」ニコ
京太郎「ゴメンナサイ」
いや、でも、俺も今のままじゃおかしくなっちゃいそうなんですけど…。
っていうか石戸(妹)ちゃん色々とセリフが性的過ぎやしませんか!?
ちょっと僅かにドキッとしたというか下半身がズキッとしたというかですね。
相手が中学生とか一瞬吹き飛んじゃったんですけど!!
明星「そんなにおっぱい好きなら…もっとぎゅぅしてあげますね」
京太郎「ぐふ…」
け、結構なお点前(意味深)で…。
って言うか…すっごい柔らかくて…ふにふにしてて…。
これ…もしかしてノーブラって奴ですか?
このサイズで?この重みで?
支えなきゃ(使命感)
明星「その代わり…少しの間だけ霞お姉さまの言う通りにしててくださいね…」
…うん、無理だわ。
この子を振りほどくのは無理。
だって、おっぱいさんなんだもん。
今まで周りにいながらも縁遠かったおっぱいさんが…俺の腕にしっかりとプレスされてる。
正直、ほんのすこし前までは自分とは関わりのない存在だと思っていた夢の様な感触。
それを前にして逆らえるだろうか。いや、無理だ(反語)
…もし、全て見越してやっていたのだとしたら…石戸(妹)ちゃん…恐ろしい子…!!
薄墨さん?
あぁ…うん、俺を抑えようとしてたのは伝わってきてるよ。
でも、そういうのは優希の奴で慣れてるから…さ、うん。
霞「…案外お化粧の乗りが良い感じ…」
―― 結局、そうしている間に俺の化粧は進んでいく。
悲しいかな、右腕を石戸(妹)ちゃんに捉えられた時点で俺の負けは確定したのだろう。
唯一動くチャンスであった最初のタイミングを見事に石戸(妹)ちゃんに押さえられ、衝動も霧散したのだから。
その上、今の俺には見事な飴を目の前に吊るされ、そして主義主張やこれからの打算と言う言い訳も山ほどあるのだ。
もう反抗の意思は芽生える事はなく、ダメだと思いながらも人形のようにその場に固まったまま。
霞「よーし。出来たわよ」
小蒔「わぁ…」
京太郎「……わぁい」
そうこうしている内に俺のお化粧は終わったらしい。
瞬間、パッと離れていく二人に多少、頭が冷静になった。
正直、自分の顔を見るのがすげー怖い。
一体、どれだけ悲惨な状態になっているのか…想像するだけでも恐ろしいくらいだ。
初美「はい。鏡ですよー」
京太郎「…見なきゃいけませんか?」
割りと正直な事を言えば、このまますぐに化粧を落としたい。
それが無理な今日一日は自分の顔を見ずに過ごしたいというのが本音だった。
折角、鏡を手渡してくれた薄墨さんや化粧をしてくれた石戸(姉)さんには悪いけど…。
自分の化粧した顔なんていうのはそれくらい気味の悪いものなのだ。
小蒔「大丈夫ですよ、須賀君とっても綺麗ですから」
湧「……」
そう言ってくれるのは有り難いですけどね!
でも、男にとってそれはあんまり褒め言葉じゃないんですよ…。
しかも、その脇で十曽ちゃんが目を背けているしさ…。
多分、よっぽど見れたもんじゃないんだろう。
京太郎「(…つっても…なぁ」
とは言え、ここまで推されている状態で目を背け続ける訳にもいかない。
今のままじゃ話も進まないし…自分の状態が気にならない訳でもなかった。
ならば、どれだけ気が進まなくても…目の前の鏡をチェックするべきだろう。
そう思って俺が目を向けた先には…… ――
-‐‥ ~¨ :.、
'" 丶
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,:イ. :/: :, .: '/ : :, ':::::::::/ / 丶 \}:.:.:.:.: :.リ_: : . .|⌒ヽ -‐-ミ
/ i ,:′; . :/ : :/ .:.: /! ′_ -‐\|i: : : :./_フニ二¨¨´ ノ 京太郎「…………はい?」
,.. ___ ¦」: :i: :/‐-‐、 /7¨厂 ''"__,:≠、|i : : :/ i 、 `¨⌒丶.(
,冷ニ/],:iレi: :i .: : :/ィ圷, / _ア 乏::シ^リ: : / { ':, `ヽ_ 、 `¨ 、
,冷少 .:il//|i i: :{,i: :/ 〉゛,マ} ''^¨´ /: ; //: ':, ``丶、 `ヽ_j
,冷少 i|〃 / ,リ八 ト、 : : ∧ / "" //ケ !::::::, `、 _\ 〉
. ,冷 .:i|㌻ ^ヽ./.:/ ハ 丶{从〉. / イ |_;:、::, `、 , イヽ}/
,冷 :i㌻´ ,: ´/ .: ヽ/ 少:.、‐- 、 .イ r'¨^i'" }::i 、 ム :`、`: .
i'¨゙{ ,:<、`㌻´ ′人 , 、 :i ノ′∧:⌒:: 、_. : ´_,:'¨´! .: :{::{ ヽ_ノ: : 丶、 ` ー--‐…‥‐‐-ミ
_} i" /ァ / ′ `¨^ {_,,:j>'"7.: /¨ ゛、: :ヽ:《ヾ{ i i ! .: _,I、_`、 ,. <: : `、: . `丶、
r' :}! ',/ .'´ ,' / ,. :´: : ,:: / , `>-‐}: j} } j_I ''", ''~¨¨ < `、: : : : `、 : : . . ``丶、 `丶
. ,へ/} ,: ゚:, i .' .: .: : : :___/∠: :_/∠____ア¨'':,「~´zク ` 、丶、: : : :::.... : : : . . . . . : : . . .
―― …これが俺?
いや、そういうベタなギャグはともかくだな。
見事に女の子してるというか…美女になっているというか。
何とも薄幸そうな可愛らしい子が鏡に映ってるんだけど。
強いて言えばシスコンなのがたまにキズと言うか負けフラグを立てやすい弱点がありそうな気がするけど。
後、人心掌握とか凄い失敗しそう(小並感)
霞「どう?中々、良い感じでしょう?」
京太郎「…喜べないですけどね」
確かに目の前の人物は本当に俺なのか信じられないくらいだ。
けれど、それを喜べるほど俺は変態じみた嗜好をしちゃいない。
寧ろ、変わってしまった自分を見て、何とも言えない脱力感を感じていた。
まるで超えちゃいけない一線を超えてしまったようなそれに思わずため息が漏れそうになる。
京太郎「…で、これが一体、どういう訳なんです…?」
初美「まぁ、早い話、来年の為なのですよー」
京太郎「…来年の為?」
…いや、来年ってどういう事なんだ?
まさか来年には地球が滅亡するって訳でもないだろうし。
そもそも女装で防げる地球滅亡なんざギャグとしか思えない。
でも…それくらいの話でもなきゃ30億で人を買って女装なんてさせないだろうし…。
霞「…永水女子麻雀部員の殆どが三年生なのは須賀君も知ってるわよね?」
京太郎「はい。…ってまさか…」
石戸(姉)さんの言葉に頭の中で一本の筋が通って行くのを感じた。
いや、勿論、それは歪で…普通ではあり得ないものなのだろう。
けれど、石戸(姉)さんの話の持っていき方からは…『そう』としか思えないのだ。
明星「つまり…須賀さんは霞お姉さまたちの代わりになる為に『志願』なさったのです」
京太郎「……わぁい…」
……どうやら神代家と言うのは俺の想像していた以上にイカれていたらしい。
いや、まさか…本気で『娘が麻雀する為だけに』俺を30億で買って…戸籍まで消したのか?
しかも…わざわざ女装させてまで…人の目にも多く触れる公式大会に出させるって?
……いやいやいや、ちょっとリアリティがなさすぎるだろ。
今時、そんな設定で書こうものなら多方面からボッコボコにされるぞ、マジで。
小蒔「あの…事情を伏せていてごめんなさい…でも…私、須賀君が来てくれて本当に嬉しいです」
京太郎「…は、はは…」
だけど、それはどうやら本気と書いてマジで読むくらいに現実らしい。
俺だって事実は小説よりも奇なりなんて言葉くらいは知ってるけどさ。
流石にこれはちょっと度が過ぎるんじゃないかなーって思うぞ。
もし、この世の中に神様がいるんだとしたら一体何を考えているのか。
ちょっと直談判したいレベルでおかしい…と言うか、おかしすぎるだろ。
霞「…事情は大体、分かってもらえたかしら?」
京太郎「…はい」
…でも、それを指摘するには目の前の石戸(姉)さんが怖すぎる。
石戸(祖母)さんに勝るとも劣らないプレッシャーは正直、一般人の俺にはきつすぎるのだ。
割りと常識人だと思っていたけれど、石戸(姉)さんも神代さんに対する過保護っぷりはそう変わらないらしい。
いや、寧ろ、にこやかに笑いながら威圧するその姿は母親よりも彼女を大事に思っている事が伝わってくる。
京太郎「(…つまり神代さんに事情を知られたら終わりって事だよな)」
嬉しそうに女装姿の俺を見る神代さんは晴れやかな表情を浮かべている。
一転の曇もないその笑顔は幼くもあって…だからこそ、彼女が本当に何の裏も知らない事を俺に教えた。
まだ神代さんの事はよく知らないが、流石に事情を知ってこんなに嬉しそうにするほど倒錯した性格はしていないだろう。
恐らく周りが蝶よ花よと過保護に育った結果、こんな純正培養純真無垢な天然お嬢さんが出来上がってしまったのだ。
そんな神代さんが事情を知った時にどれだけ悲しむかと思えば…見るからに過保護な周りが許すはずがない。
霞「じゃあ、今日からよろしくね、『京子ちゃん』」
京太郎「……はい、よろしくお願いします」
だからこそ、俺は石戸(姉)さんの言葉を拒む事が出来なかった。
色々と思うところはあるが、けれど、俺にはここ以外にもう行き場所がないのである。
困惑はあるし、不安も強い…と言うか不安しか無いが、その決定に逆らえる力など俺にはない。
そんな諦観を胸に浮かべながら俺は微かに頭を項垂れさせ、そう返事を返したのである。
Qどうしてこうなった?
A転校前の心情掘り下げてるSS少ないなと思ってやってみたらやたらと重くなった
こ、このスレは信じて送り出した幼馴染が永水巫女の女装調教にドはまりしてドヤ顔お姉さまになるなんて(咲ちゃん視点)なので
つ、次からはもうちょっと軽いから…ギャグになるから(震え声)
あ、今日はもう終わりです(今更)
次回もある程度纏まってから一気に投下する予定です
大体、週一くらいの更新速度になるかと
初っ端から重くてちょっと胃もたれしそうになった。面白いからいいけど……
あと、巴ちゃんは黒髪じゃないから。ちょっと薄めた血液みたいな色だから
イッチの霧島神宮上層部がいっつもクズばっかしでワロタ神社に何の怨みがあるんだ
これおとぼくみたいなコメディだと思ってたのに
ちなみにヒロインって安価なの?転校前の心情やられちゃったから咲さんヒロインにしたいんだけどw
安価は無いって>>1に書いてあるだろ
>京太郎「あの、失礼ですが、石戸霞さんって知ってます?」
>「祖母です」
ここの部分を読み違えたから霞さんがすごいBBAになったかと思った
設定重すぎてギャグとか無理だから仲良くなってからの姫にネタばらしの復讐ルートにしよう(錯乱)
皆不安みたいだね
でも、大丈夫、ボクは決して悪いようにはしないよ
トラスト・ミー(白目)
まぁ、此処がある意味、話の底みたいなもんなんでここからはage↑age↑でいくから(震え声)
でも、一応、学習の為におとぼくamazonでポチりました
本格開始までにプレイして雰囲気をそれっぽく近づけるようにします
>>126
ぐあーごめんなさい、確かに赤かったね
書きなおした時に修正した分がまだ残ってたっぽい…;
他にも石戸(祖母)を母親だと言ってるところもあってあばばば
>>130
>>131が説明してくれてるけど今回は安価ありません
っていうか吉水神社は普通だっただろいい加減にしろ!!
まぁ、舞台設定整えるのにどうしても滅茶苦茶になって貰わないと話が進まないというか
その分、此処から先はコメディだから(震え声)
>>133
その辺も確かに読み返すとおかしかったな…やっぱ推敲一回だけじゃキツイか;
ごめんなさい…
>>137
姫様泣かせたら周り全部が敵になる(確信)
これ整形とかしないで大丈夫なんだろうか
まんまだとバレる危険性が
でもチンコ取るのはさすがにやりすぎか
良かったゴールデンボールクラッシャーの風評被害を受けた霞さんはいないんだね
要するに学校に通うことになったら校内にいる間おイタできないようになってればいいわけで
毎朝六仙女が代わる代わるシゴいてくれるんですね。
もちろんスポーツなどで体力を使い果たすという意味ですよ?
そういやずっとsage進行なん?
俺だってほのぼのギャグの時はエロなしでやれますよ猿渡さん!!
まぁ、非安価だし>>1000取られたら仕方ないし頑張るけどね
うん>>1000には逆らえないなー(棒読)
>>147
化粧で作品違うレベルでイメージ変わってるし大丈夫じゃないかと
それにまぁ普通は女装して公式戦に出るなんて思わないだろうし
>>150
姫様を泣かせたらあり得ます(真顔)
>>151
割りと真面目にそのルートは考えてました
勿論、スポーツの方ですよ、えぇ
>>152
安価もないし基本sage進行です
ただ、週明けくらいから即興でヒロイン側の前日譚的なものを書いていこうかと
誰の話から見たいか安価を直下で出してみます
永水七人の中で見たい子の名前を書いて下さい
これって京太郎の声ってどうしてるんだ?
低くね?
名前のあがらない霞さんと湧ちゃんに泣いた
湧ちゃんはまだろくに絡んでいないとはいえ霞さんェ…
と言う訳で月曜日から姫様視点の前日譚書いていきます
本編の投下も月曜日になる予定です
>>168
workingで小鳥ちゃんとかやってるし多分大丈夫なんじゃね?(適当)
そういや某鹿児島スレは最期、巴さんendだったな
>>172
マリアンデールを忘れるとかなんなの?
見てないならぜひ見れ!もう福山でいいやってなるから
武蔵を降りた金髪巨乳淫乱巫女さんがここに来るって本当ですか!?
AAの元ネタが分からなかった(小並感)
ちくわ食おうぜ
まぁ、俺が投下出来てないからな!!
とりあえず投下の目処が出来たのでもっかい告知ー
明日の20:00から21:00くらいに続き投下します
なかったらあぁあいつまた残業で捕まってるんだな、と思って下さい…
>>194
どうして最後にその文字を使った!言え!!
>>195
見てきました
うん、もう福山で良いんじゃないかな(錯乱)
>>207
片桐さんは早くアニメに出て、薄い本で他の十本槍にチョメチョメされる役に戻って下さい
>>212
コードギアスの主人公、ルルーシュの女装AAです
作中で女装してた事なんて一度もないのになぜかとってもバリエーションが豊富だよ!やったね!!
>>232
(ちくわ大明神)
どうして俺が龍田さんに振られたのがわかったんだ…(震え声)
龍田弱いのに99まで上げてあの仕打ち受けたのか…
テストー
お、治ったかよかったよかった
ちょっと重いけどそろそろ投下始めます
滑ってるかもしれませんがギャグです(重要)
>>238
参考画像ありがとー!やっぱルルは美形だな(確信)
>>239
まぁ、4-3で算式ソナーガン積みでMVP取らせればレベルはガンガン上がってくからそれほど苦じゃなかったんだけどさ…
気づいた時には俺の手元に使用済みのbitcash5000円分と金剛、榛名、霧島、武蔵、千歳、ハイパーズと結婚したという結果だけが残っていました(白目)
ええんや…皆のケッコンボイスきけたからワイは幸せなんや…(震え声)
………
……
…
霞「…それで…屋敷の中はもう大体、分かったかしら?」
京太郎「はい。バッチリです」
これでも長年、咲のお守りを任されてきたのだ。
二次遭難を防ぐ為にも出来るだけ地図を覚える能力や方向感覚は磨いてきている。
お陰で屋敷の中を案内する石戸(姉)さんについてまわるだけで大体、覚えきってしまった。
広い屋敷とは言っても、殆どが客間や使われていない部屋であるし、迷う事はないだろう。
霞「そう。それじゃ何か質問はあるかしら?」
京太郎「えっと…じゃあ、まず一つ良いですか?」
霞「えぇ」
とは言え、その中で色々気になる事はあった。
いや、より正確に言えば…その前からずっと気になっていたと言うべきか。
朝食の前からずっとひっかかっていたそれを俺はゆっくりと口にする。
京太郎「…どうして人の気配がまったくしないんでしょう?」
霞「それはこのお屋敷に私達しかいないからよ」
京太郎「……やっぱりですか」
…そうは言っても信じきっていた訳でもないけどさ。
と言うか…一体、誰が信じられると言うのか。
このお屋敷の中に俺たち以外の『誰も』いないだなんて…普通じゃあり得ない。
でも、相変わらず人とすれ違う事もなければ、朝に自己紹介した誰か以外の気配を感じる事もなかった。
加えて、俺の知る神代家は明らかに普通ではないのだから…もう心がそういうものなのかもしれないと受け止めてしまう。
京太郎「…でも、どうしてです?」
霞「ここは神境…所謂、神様のお膝元なの。そこに住めるのはごく限られた人間だけ」
京太郎「…そんなところに俺が居ても良いんですか?」
俺は別に選ばれた人間ではない。
…いや、何の不幸か神代家に選ばれこそしたものの、何の取り柄もないようなごくごく普通の一般市民だ。
神境と言うのを特に信じては居ないものの、俺のような奴をそんな重要な場所に招き入れて本当に良かったのだろうか。
霞「ふふ…大丈夫よ、須賀家も神代家の分家だから」
京太郎「それも良く分からないんですよね…」
なるほど、確かに俺の家は神代家に多大な恩があるのかもしれない。
しかし、それなら何故、俺はこの鹿児島の地ではなく、長野で生まれ育ったのか。
神代家を護るのが須賀家の役目であるならば、普通はすぐ側にいるべきだろう。
そもそも俺が神代さんや石戸さんたちとの面識がないのもおかしい話だし…疑問は尽きない。
京太郎「(…ま、その辺は考えても仕方がないか)」
その辺は石戸(姉)さんに聞くよりは、本人に問いただした方が早いだろう。
…もっともまだ俺にその勇気はない訳だけれど。
なんだかんだでこの状況を受け入れこそしたけれど、しかし、まだ親に問いただせるほど出来るほど決心がついた訳じゃない。
京太郎「ってか、石戸さんはそれで良いんですか?」
霞「え?」
京太郎「さっき狩宿さんも言ってましたけど…女所帯の中にいきなり男が入ってきた訳ですし…」
清澄麻雀部という女所帯で普通に過ごしていたとは言え、それがどれだけ難しい事か俺も理解している。
よっぽど性格的な相性が良くなければ、あんな風に気のおけない仲間や親友になっていくのは難しい。
部活という限られた空間ですらそうなのだから、これが共同生活ともなると強いストレスになってもおかしくはないだろう。
それは勿論、俺にとってもそうだし…石戸(姉)さんたち年頃の女性にとっても、この状況はとても不安なのではないだろうか。
霞「んー…その辺は特に心配していないのよね」
京太郎「…え?」
霞「皆も須賀君ならそういう事しないって思ってるから」
京太郎「…石戸さん」
ニコリと笑うその顔には何の陰りもなかった。
不安の色が欠片も見えないそれはきっと心からそう信じている証なのだろう。
そこまで信用してくれているのは正直に言えば有り難いし…感動もした。
けれど、何の積み重ねもない状態でそこまで信じてもらっていいのだろうか。
勿論、皆に何かをするつもりはないが、何となく不安というか無防備過ぎて心配になってしまう。
霞「きっと仲良くなれるわよ、私達」
京太郎「…そうだと良いですね」
…ま、それでも飛び抜けた美女である石戸(姉)さんにそう言われて悪い気はしない。
と言うか内心、ちょっぴりドキっとしたっていうか…男としての自分を擽られた感がある。
正直、状況が状況じゃなかったら思わず鼻の下を伸ばしてしまいそうなくらいには。
そんな余裕もまだないし、あったとしても流石に格好悪いから我慢してただろうけどさ。
霞「ふふ、大丈夫よ。何なら…ちょっとお付き合いしてみる?」
京太郎「…お付き合い…ですか?」
正直、そのフレーズにドキッとしない訳じゃない。
けれど、石戸(姉)さんは冗談でも初対面でそういう事言い出すようなタイプじゃないし。
…っというか正直、男として意識されているかどうかすら怪しいのだ。
着替えの時もそうだったけれど、石戸(姉)さんのそれは弟に対する接し方だしなぁ。
誤解するような余地は悲しいかなまったく、欠片もないのである。
―― 何より俺自身まだ咲の事吹っ切れてないし。
瞬間、浮かび上がる言葉に胸の痛みを感じる。
もうきっと二度と会えないであろう幼馴染への感情。
最早、行き場すら喪ったそれが俺の表情を強ばらせる。
意識して心の奥底で眠らせておいたのに…やっぱり完全にそれをナシにする事は出来ないらしい。
いっそ全部忘れられたら…楽なのに。
そんな風に思いながら俺はその感情を再び無意識へと沈めた。
霞「えぇ。須賀君が女の子らしさを身につける為のちょっとしたお稽古はどうかしら?」
京太郎「…ぁー」
まぁ…お稽古となるとそれしかないですよね。
まさか俺がここから弓道や剣道習ったりするはずがないし。
そもそも俺が学校に行き始めるまで残り数ヶ月しか無いのだから。
バレてしまったら俺だけではなく神代家にも大きなダメージがあると思えば、万全の準備をするのが当然だろう。
京太郎「拒否権は…」
霞「ないわよ」
京太郎「ですよねー…」
そんなものがあるならば俺はここにはいないだろう。
石戸(姉)さんは比較的人間らしく扱ってくれているが今の俺は神代家の奴隷も同然だ。
清澄にいた時には俺のことを奴隷呼ばわりする奴もいたが…今に比べれば随分とマシである。
少なくともあっちは拒否権もあったし、何より自分から進んで雑用をやっていたのだから。
霞「それにこれは須賀君の為でもあるんだから…拒否しちゃダメよ」
京太郎「…ま、そうですよね」
バレた時に神代家にもダメージがあるとは言え、俺自身の方が遥かにキツイ。
連日報道の嵐に知り合いへの強引な取材。
卒業アルバムを引っ張りだされて作文の朗読。
ソレ以外にもあることないこと書き立てられると思ったら…ぶっちゃけ我儘は言っていられない。
既に社会的に一回死んでいるとは言え、流石にもう一回死ぬのは勘弁して欲しいのだ。
霞「じゃ、道場の方に行きましょうか」
京太郎「…道場…ですか?」
霞「えぇ。須賀君には舞の練習をしてもらうから、広いところじゃないとね」
京太郎「舞かぁ…」
それがいったいどんなものを差すのかは分からないが、カーニバルダヨやアラヨットヨイヨイな踊りでない事だけは確かだろう。
と言うかダンスとか踊りなんて俺は中学の頃の創作ダンスくらいしかやっていない。
そんな俺がいきなり舞だなんて流石にハードルが高すぎやしないだろうか。
俺は「お前たちが俺の翼だ!」なんて言うタイプではなく、寧ろ、最終回にはろくに画面に映らない方なのである。
霞「大丈夫よ。私達も最初に習うような舞だからそれほど難易度は高くないわ」
京太郎「え?って事は石戸さんたちも舞ったりするんですか?」
霞「勿論よ。これでも巫女だもの。奉納舞や神楽舞、その他色々を踊るのもお仕事なんだから」
なるほど…確かに初詣の時には巫女さんが舞台で踊っているところを見る事もある。
所謂初詣の時だけ雇われるバイト巫女ならまだしも、専属巫女ともなるとそういう練習も必要になってくるのだろう。
…にしても、石戸(姉)さんや神代さんの舞…か。
きっとバインバイン跳ねてるんだろうな、それはもうメロンが超振動するが如く。
霞「…須賀君」
京太郎「え?」
霞「…顔がまたエッチになってるわよ」
京太郎「す、すみません…」
霞「まったく…舞ってだけで何を想像したのかしら?」
おっぱいです(重要)
おっぱいは世界を救うんです(真顔)
まぁ、そういった性的嗜好と好きになる女性のタイプってのは必ずしも一致しないけどさ。
でも、おっぱいって奴は男のロマンなんですよ!
ユメもキボーもあるんですよ!!
女の人にはそれが分からんのです!
霞「その辺も矯正する必要がありそうね」
京太郎「きょ、矯正っすか…」
霞「当然でしょ。学校に行ってそんな風になったら一発でバレちゃうわよ」
京太郎「ご、ごもっともです。だけど、その…手心は欲しいと言うか…」
霞「そういうのは須賀君次第です」
やだ、この石戸(姉)さん手厳しい…。
ま、それもこれも俺のことを思って言ってくれているんだろうけどさ。
呆れてはいるみたいだけど怒ってはいないみたいだし。
あくまで叱るの範囲で留めてくれている辺り、妙な貫禄を感じる。
全体的に何処か大人びている所為で姉と言うよりは母親のような…ってそれは流石に失礼か。
霞「でも、今日は厳しくいくからね」
京太郎「お、俺、初心者なんですけど…」
霞「男の子なら体力はあるでしょう?」
いや、まぁ、そりゃ咲みたいなポンコツよりは幾分、ありますけどね。
でも、それは決して無尽蔵なのを意味しないというか何というか。
そもそもその辺の自信は昨夜、石戸(祖母)さんに粉々にされたのです。
だから…その…そんな風にニッコリ笑わずにもうちょっと手加減してくれると嬉しいなって…。
霞「っと着いたわね」
京太郎「うぅ…」
それを口にする前に目的地に到着してしまった。
何処か威圧感のある木の扉に俺はそっと声を漏らす。
けれど、相変わらず石戸(姉)さんはそんな俺に構わず、スルスルと扉を開いた。
瞬間、俺の視界に広がるのは綺麗に磨き上げられた木張りの床。
そして奥に鎮座する見事な鎧と、その周りに並べられた武具の数々だった。
霞「…じゃあ、お着替えからしましょうか」
京太郎「…マジっすか」
霞「大マジ、よ。だって、そのままじゃ踊れないでしょ」
京太郎「ぅ…」
確かにパリっと糊が聞いたこの和装じゃ踊りにくいのは確かだ。
可動域を制限しないと言っても、そもそも踊りを想定していたものじゃない。
この状態で飛んだり跳ねたりしようとすれば、転びかねないだろう。
勿論、俺もそんな事は分かっているけど… ――
霞「それに少しずつ女物の服にも慣れていってもらわないと」
京太郎「…それってもしかして…」
霞「えぇ。今から須賀君には巫女服を着てもらおうと思って」
…いや、俺も巫女服は好きですよ。
鮮やかな紅白に揺れる袴、ニッコリ笑う巫女さんは日本の宝だって思ってますけどね!
でも、それはあくまで鑑賞する側のもので、着たいと思った事はないんですよ!
だから、そんな風に棚開けて着替え用らしき巫女服持って来ないで貰えます!?
霞「だから、またお着替え…」
京太郎「い、いや、今度は俺がしますから…!」
霞「…出来るの?」
京太郎「や、やります」
やります(断言)
いや…やるしかないだろう。
出来る自信は正直ないが、さりとて朝のような辱めはもうゴメンだ。
石戸(姉)さんのような美女の前で半裸になるのは一度きりで十分である…いや、マジで。
霞「じゃあ、私は外で待機してるけど…ダメそうだったら遠慮なく呼んでね」
京太郎「…分かりました」
そう言って出て行く石戸(姉)さんを見送ってから俺は自分の服に手を掛けた。
けれど、あちこち結んであるその服をどうやって脱げば良いのか分からない。
無理に脱ごうとして何処かが裂けたりするのも困るし…まずは慎重に出来るところからやっていこう。
着方を覚える為に石戸さんの手順は見ていたし、それを逆側から解いていけば大きな間違いはしないはずだ。
京太郎「(…だから、問題は巫女服の方なんだよなぁ)」
正直、紅白のそれに袖を通すのはぶっちゃけかなりの抵抗感がある。
化粧の時はまだ無理矢理されてしまったという名目があったが、今回はそうじゃないのだから。
促されこそすれ自分から女装をすると言うのはやっぱり精神的にも結構キツイ。
さりとて、このままずっと棒立ちになり続けていても、時間が問題を解決してくれる訳でもなく… ――
京太郎「…はぁ」
結果、一つため息を吐いてから俺はそれに袖を通し始めた。
シュルリと言う布擦れの音は心地よく、肌触りも悪くない。
けれど、一つ一つ結んでいく度にどんどんと踏み越えちゃいけないものを踏み越えていってしまっているような気がする。
何処か破滅へと近づいているようなその感覚に、しかし、手を止める訳にもいかない。
京太郎「(…こんなもんかな)」
数分後、俺は一応それなりに巫女服を着ていた。
鏡がないのではっきりとは分からないが、見ている分には大分それっぽくなっている。
まぁ、ところどころ曖昧で不安な部分はあるにはあるが、でも、贅沢は言っていられない。
自分からやると言って石戸(姉)さんも待たせているし、とりあえずはここまでにしておくべきだろう。
京太郎「石戸さん、大丈夫ですよ」
霞「…そう?」
そう呼びかける俺の声に石戸さんが扉を開けて顔を出す。
ひょっこりと中を伺うその姿は美女めいた雰囲気とは打って変わって可愛らしい。
そんな事を思っている間に石戸さんは道場の中へと足を踏み入れ、俺を上から下までジィっと見つめた。
霞「んー」
京太郎「どうですか?自分じゃ結構上手く出来てると思うんですけど」
霞「…うーん…細かいところは目を瞑って、初心者ってところを加点しても…30点ってところかしら」
京太郎「け、結構辛口っすね…」
その恥ずかしさから逃げるように俺は胸を張りながらそう言った。
しかし、思いの外、シビアな石戸(姉)さんの点数採点に萎れるように背筋が曲がっていく。
素人ながらそれなりに出来たと思っていたが、やっぱり本職の巫女さんからすると落第レベルらしい。
それなのに自信満々に言った自分が何とも恥ずかしいが、まぁ、問題外と言われなかっただけマシだと思おう。
霞「その辺りは後で初美ちゃんに教えてもらいましょう」
京太郎「え?薄墨さんにですか?」
霞「えぇ。初美ちゃんは私達の中で一番着付けが上手なのよ」
京太郎「…こう言っちゃアレですけど意外ですね」
脳裏に浮かぶロリ痴女巫女からは到底そんなイメージは伝わってこない。
どちらかと言えばそういうのが苦手だからこそ、あんな風な格好をしていると思ったほうがしっくり来る。
しかし、思い返せば、薄墨さんはあれだけ着崩して大事な部分だけ決して見えていないのだ。
そんな無茶苦茶な着方が出来るのも、それだけセオリーを心得ているから…なのかもしれない。
霞「ふふ…でも、私達の中で一番オシャレなのは初美ちゃんなのよ」
京太郎「…アレはオシャレに入るんですかね」
霞「え?でも、オシャレな人ってあんな風に自分流に着崩したりするんじゃ…」
京太郎「アレはどう考えてもやり過ぎです」
アレは最早着崩すと言うよりは ―― 凄い矛盾した言い方ではあるが ―― チラリズムを見せつけている勢いなのだから。
あんなものをオシャレだと認めれば、それを本当に頑張っている人たちへの冒涜になるだろう。
ついでに純粋かつ不純な意味で巫女服が好きな人たちに対しても。
アレはもう巫女服じゃない、もっと別の何かなのだ。
京太郎「…っていうか石戸さんもああいうのに興味あったり」
霞「し、しないわよ。流石にアレは…私も恥ずかしいし」
あぁ、一応、そういう羞恥心は持ってくれているんだな…。
薄墨さんがオシャレって言ったからもしかしたらその辺危ないかもしれないと思ったんだけど…。
でも、石戸(姉)さんの薄墨STYLEかぁ…。
………ちょっと…いや、ほんのちょっとだけど見たいかもしれない…。
霞「…すーがーくーんー?」
京太郎「ひょ?」
霞「…また鼻の下伸びてるわよ」
京太郎「うっ…」
呆れるように言われて俺は急いで自分の口元を隠す。
しかし、そんな風にしても石戸(姉)さんはそのジト目を止めてはくれない。
まぁ、さっき注意したばっかりなのにまた同じ失態を見せてしまったのだから致し方無いだろう。
…でも、全ての元凶は俺じゃなくって、あの反則じみた薄墨STYLEが原因であってですね…。
霞「…まったく…本当に今日はスパルタでいかないとダメかしら」
京太郎「石戸さぁん…」
霞「そんな情けない声出してもダメです」
そう言ってプイっと顔を背ける石戸(姉)さん。
可愛い(確信)
でも、ここで可愛いとか言ったら余計に呆れられかねない。
悲しい(絶望)
霞「それよりお稽古開始するわよ。まずは基本的な動きから少しずつやっていくから…」
京太郎「はい」
ま、なんだかんだ言って優しい石戸さんの事だ。
口ではなんと言いながらもきっと手加減はしてくれるだろう。
そもそもコレ初日だし…俺は着慣れない服を着てる訳だし。
まずは舞の楽しさを教える方向からやってくれるはず… ――
霞「また背筋が曲がってるわよ」
京太郎「は、はい」
霞「もっと動きは柔らかく、焦っちゃダメ」
京太郎「ぅ…こ、こうですか?」
霞「回り方が雑よ、もうちょっと緩急つけて」
京太郎「ざ、雑って…どうすれば…」
霞「肩に力が入りすぎてるわ、指先までもっと意識して」
京太郎「意識…意識…」
………
……
…
京太郎「はー…はー…」
キツイ(絶望)
いや…マジで思ったより要求ハードルが高くってキツイ。
てっきり最初はなあなあで済ませてくれると思ったが全然そんな事はなかった。
動いている最中も容赦なくダメ出しを食らうわ、休憩もなしで動きっぱなしだわでもう息が完全に上がってる。
結局、基本的だって言いながら最後まで踊りきれる事はなかったし…俺ってば才能ないんだろうか。
京太郎「(いや、あっても困る訳だけど)」
そもそもこれは女性らしい動きを身につける為の稽古なのだ。
俺がやらされているそれも女性専用の舞である。
そんなものに才能があるだなんて、男としてはそれなりにショックだ。
具体的にはたまに画面に映る度にどんどん女の子らしくなって、百合ハーレム作ってそうなイケメン女子と姉弟のようだと言われるくらいには。
霞「んー…疲れて動きも大分鈍くなってきたみたいだし、今日はもう終わりにしましょうか」
京太郎「…うっす」
霞「須賀君?」
京太郎「あ、はい。すみません」
気が抜けてしまったのかついつい先生役の石戸(姉)さんに叱られてしまう。
自分から志願した訳じゃないとは言え、先生に対してその返事はあんまりにもあんまりだ。
一応、俺の為を思って指導してくれている訳ではあるし、ちゃんとした返事をしなければいけない。
まぁ、清澄はその辺、突っ込まれない程度には大分緩かったけど…ここではそうではないという事なのだろう。
霞「でも、須賀君ってば意外と才能あるのね」
京太郎「え?」
霞「思いの外上手で指導にも熱が入っちゃった、ごめんなさいね」
京太郎「い、石戸さん…」
…すみません、そんな形でのフラグ回収要らないです。
流石に、男としてそこを褒められるのは複雑っていうか。
いや、まったく才能がないって言われるよりはマシかもしれないし…嬉しい気持ちがない訳じゃないですけど…。
まるで自分のコンプレックスを褒められたような、そんなすげーモヤモヤとした気分にですね。
霞「じゃあ…最後にお手本として私が最初から最後まで踊るけど…」
京太郎「…はい」
霞「…実はあんまり私上手じゃないのよ。だから、あんまり期待しないでね?」
京太郎「いや、それは無理ですよ」
何せ、石戸(姉)さんが模範演技として踊ってくれるのだ。
それはもうおっぱいプルンプルンして素晴らしい事に…あ、いや、そうじゃなくて…それも大事だけどそっちじゃなくって!
本職の巫女さんの舞が見られる機会なんてそうそうないのだから、期待するなってのは無茶な話である。
一体、どれだけ素晴らしいおっぱいプルンプルンが…いや、舞が見れるのか、疲れている状態でもワクワクするくらいだ。
霞「も、もう…ダメでも文句は受け付けないからね」
そう恥ずかしそうに言いながら石戸(姉)さんは扇を広げる。
そのまま道場に向かっていく彼女の表情からゆっくりと朱色が抜けていった。
代わりに増えていくのは…さっきまでとは打って変わった真剣で集中した表情。
呼吸一つ一つさえ整えられていくその姿は、まるでこれから負けられない試合に望む剣士のようだ。
―― それから始まった舞は…本当に俺とはレベルが違った。
一つの挙動にまで魂が篭っていると言えば良いのか。
ほんの僅かな動きでも目を惹きつけられ、意識が飲み込まれていく。
無骨な道場の中が華やかな舞台の上に思えるほどのそれは…俺の予想を容易く覆した。
勿論、石戸(姉)さんを侮っていたつもりはないが、所詮、舞と言っても感動する事はないだろうと…そう思っていたのである。
しかし、今の俺は完全にその舞に引き込まれていて…視界の中で揺れる柔らかなおっぱいすら気にならないくらいだった。
霞「…ふぅ」
京太郎「……」
霞「どう…だったかしら?」
京太郎「あ、いや…」
自然、舞が終わった後も、俺は上手く言葉を紡ぐ事が出来なかった。
完全に見入っていた俺は感想を考える事すら忘れてしまったのである。
結果、俺の口から漏れるのは誤魔化しのような適当な言葉で…石戸(姉)さんの顔が微かに曇った。
羞恥心が混じっているそれは、恐らく俺が何とも思っていないと、そんな風に誤解したからなのだろう。
京太郎「か…感動しました!」
霞「ふふ、ありがとう」
それを何とか止めさせたくて放った言葉は、しかし、お世辞として受け止められたのだろう。
石戸(姉)さんの表情は晴らし切る事は出来ず、その綺麗な唇から返されるのも自嘲が微かに混じったものだった。
それでも表情をすぐさま元に戻すのは誤魔化すのが上手いのか、或いは気持ちの切り替えが早いタイプなのか。
…俺はまだ石戸(姉)さんの事をよく知らないが…着替えの事から察するに前者のはずだ。
京太郎「(…そのままで良いはず…ないよな)」
俺はもう伝えるべき事を伝えて、石戸(姉)さんはそれに返事を返した。
ならば、この話題はここで終わっても恐らく何の問題もないのだろう。
きっと石戸(姉)さんもそのつもりのはずだ。
……けれど、それが良いと思えないのは…俺の気持ちが誤解されているからだ。
さっきの俺の感動は…そうやって誤解されて良いと思えるほど安いものではなかったのである。
京太郎「い、いや…俺、本当に…凄いって思って!あの…音楽が聞こえそうなくらいで…!」
霞「え?」
京太郎「動き一つ一つが意味があるのが伝わってきて…色っぽくて…ドキドキして…あの、だから…えっと…」
勿論、そうやって自分の感動を吐露するのは恥ずかしい。
けれど、俺はそれを伝えたいし…何よりそれを伝える大義名分もあるのだ。
石戸(姉)さんの誤解を解いて、少しでも自信を持ってもらうと言う明確な大義が。
ならば、こんなところで言葉を詰まらせてなんか居られない。
京太郎「思わず見惚れてしまうくらい…綺麗だったです」
霞「…ぁ」
勢いのまま放ったその言葉に石戸(姉)さんの頬が紅潮した。
ポォっと羞恥を浮かばせるその中には、けれど、確かに歓喜も混ざっている。
それを見ているとこっちも恥ずかしくなるが、けれど、達成感の方が強い。
勢い任せで割りと…いや、かなり恥ずかしい事を言ってしまったが… ――
霞「…もう。そんなお世辞言って…明日からのお稽古に手を抜いたりしないわよ」
京太郎「ダメですか」
霞「ダメよ」
―― 照れ隠しにそういう事言う石戸(姉)さんなんて滅多に見れないだろうしな。
頬を赤らめて微かに笑いながらも精一杯頬を膨らませようとする石戸(姉)さん。
たまに見せる歳相応の ―― いや、それよりもちょっとだけ子どもっぽい顔を嬉しそうに染めるは本当に魅力的だ。
ドキッとするような恋愛的魅力ではないけれど、こちらも思わず笑みになってしまいそうな微笑ましさ。
何処か神代さんにも似たその姿に…寧ろこちらが得をしてしまったような気分になった。
京太郎「じゃ…今日もうちょっと頑張ります」
霞「え?」
京太郎「いや…ちょっと今ので燃えて来ましたし」
勿論、数ヶ月の稽古で石戸(姉)さんと同じ領域に行けるだなんて分不相応な事を考えている訳じゃない。
けれど、『女装がバレない為』という後ろ向きな理由ではなく、今の俺にははっきりとした『目標』が出来ていた。
石戸(姉)さんのように見る人を感動させるような…そんな舞を踊れるようになりたい。
そんな風に思うくらいにさっきの舞は素晴らしいものだった。
京太郎「と…!」
けれど、そんな風に思っても身体は中々、ついてきてはくれないらしい。
疲労で上がらなかった足が無様にたたらを踏んでバランスが崩れてしまう。
それを何とか逆側の足で支えようと前に出した瞬間 ――
京太郎「…ぅわっ!」
俺が踏みつけたのは床ではなかった。
その間に入り込んだ紅い袴 ―― つまりは服の裾だったのである。
恐らく俺が稽古をつけてもらっている間に、中途半端な結び方をした服がずり落ちてきたのだろう。
結果、不用意に踏み出した足がそれに取られ、既に不安定だったバランスは致命的なものになってしまったのだ。
視界が流れていく中、何処か冷静にそう分析した俺は何とか掴むものを探すように手前へと伸ばす。
けれど、そうやって掴めるものなんてこの広い道場の中にあるはずもなく…… ――
フニョン
霞「…え?」
京太郎「………あれ?」
―― そう思った瞬間、俺の手に何か柔らかいものが触れた。
ふにふにと指が沈むような柔らかさは今まで俺が感じてきたどんなものよりも素晴らしいものだった。
力を入れれば入れたぶんだけ柔らかく形を変えるが、張りのような反発が指へと帰ってくる。
どれだけ揉んでも飽きないであろうその独特の感触は一瞬で俺を魅了した。
思考するよりも先に指が動き出し、その感触を出来るだけ味わおうとするくらいに。
京太郎「(それに…凄い安らぐ…感じ)」
俺の手が触れたそこは微かな火照りを見せていた。
火照った俺の身体に負けないその熱は、触れた手先が溶けそうなくらいに優しい。
そんな場所に頭から突っ込んだ俺は何とも心地良い甘い香りを嗅ぎとっていた。
俺の汗の匂いとはまったく違うごくごく自然で暖かなその匂いに俺は… ――
京太郎「(…っていやいやいやいやいや!そうじゃない!そうじゃないって!!)」
そこで一気に思考がクリアになっていくのがそれが石戸(姉)さんの体臭だと気づいてしまったからだろう。
その雰囲気やイメージとぴったりな優しい匂いに身体が反応するよりも先に思考が冷めていく。
不可抗力であり、わざとじゃなかったとは言え、初対面に近い女性の身体に飛び込んでしまったのだから。
普通ならば…不愉快なんてものじゃない。
痴漢として警察に突出されても文句が言えないくらいだ。
霞「…ぅ」
京太郎「あ、あああああ!す、すみません!俺…俺、わざとじゃ…」モミモミ
なのに、なんで手が止まらないんだよおお!?
いや、今はダメだって!マジでダメなんだって!
社会的どころか身体的な意味でも死にかねないからな!!
いや、ホントマジで…止まって!止まれください!!
霞「…うぅぅ…」フルフル
…でも、これで終わりなんだったら死ぬまでにたっぷり味わっておいた方がお得なんじゃ…。
ち、違うだろ!そっちじゃないって!
目の前の石戸(姉)さんを見ろよ!
もう顔真っ赤になって今にも怒り出しそうだぞ!!
ゴールデンボールをダイターンクラッシュしそうな石戸(姉)さんに謝るのが先… ――
霞「うぇ…ええええええええええええんっ!!」
京太郎「うあああああああ!?」
な、泣いたあああああああ!?
え、嘘!?石戸(姉)さんが!?
まるで子どもみたいに大声で…涙漏らして泣いてる!?
や、やばい…これが予想よりも…ずっとやばい。
殴られるならともかく泣かれるのは正直、まったく想定してなかった…。
霞「う…ひっく…ぐすっ…」
京太郎「あ、あの…あの…その…」
そのまま女の子座りで座り込む石戸(姉)さん可愛い(確信)
って言ってる場合じゃない…よな。
とりあえず自分の足でバランスを取れるようになった事だし…。
そこで問題だ。
この痛々しいくらいに泣いてる石戸(姉)さんにどうやってフォローする?
1.ハンサムの京太郎は突如最高のアイデアがひらめく
2.仲間が来てこの空気をどうにかしてくれる
3.どうにもならない。 現実は非情である。
京太郎「(…俺が○をつけたいのは2だけど…)」
この道場に入って既に数時間。
その間、外から物音も人の気配も感じなかった事から察するに防音はしっかり出来ているはずだ。
つまりさっきの石戸(姉)さんの声を聞いた誰かはまずいないだろう。
やはりここは…1しかないようだ。
霞「嫌い…須賀君なんて嫌いよぉ…」
京太郎「ぐふ…」
…いや、無理ですって、やっぱ無理ですって。
俺のやらかした事を考えると下手に声を掛けてもフォローどころか追い詰める事になりかねないし…。
いや、それどころか…嫌いとはっきり拒絶された今、何をやっても俺からする事全てが逆効果にしかならないだろう。
とは言え、ここで謝罪しないなんて言うのもあり得ない話だ。
京太郎「その…すみませんでした」
霞「ひぅ…ぐ…っす…」
…結果、俺に出来るのは出来る限りの誠心誠意を見せる事だけ。
その為に道場の床に伏せて土下座するが、石戸(姉)さんの泣き声は止まらない。
それに胸が痛むが、しかし、コレ以上誠意を示すやり方を俺はどうしても思いつかなかった。
故に俺は石戸(姉)さんの泣き声を聞きながらその場に伏せるしかなかったのである。
霞「…ぅ…」
京太郎「……」
そのまま数分経っても微かな泣き声は続く。
その間、ずっと俺は針のむしろに座らされたような居心地の悪さに耐えなければいけなかった。
しかし、それは謂わば俺に対しての罰であり、逃げていいものじゃない。
今すぐ顔をあげて釈明したいが、今の俺にはそんな事さえも許されないのである。
霞「…もう良いわ」
京太郎「…でも」
霞「良いって言ってるの」
そんな俺に対してようやく石戸(姉)さんからの許しの言葉が放たれる。
けれど、それに今すぐ頭をあげる気にはどうしてもなれなかった。
許してくれたのは嬉しいが、しかし、俺の気持ちはまだまだ済んじゃいない。
こうして土下座するのを恥ずかしいという気持ちはあるが、それで贖罪出来るなら安いものだと思うくらいには。
霞「…結びが甘いのが分かっていながら本格的なお稽古するつもりはないし別に良いかなって見過ごした私も悪いんだし」
京太郎「いや…でも、俺は…」
霞「…良いから頭をあげて」
京太郎「…はい」
とは言え、盛大に粗相をやらかしてしまった相手にそこまで言わせて従わない訳にもいかない。
そう思った俺はゆっくりと顔をあげ、石戸(姉)さんの顔を視界に入れた。
瞬間、俺の胸が痛むのは、その瞳が未だ充血し、涙の跡が残っていた所為だろう。
言葉そのものは冷静になったとは言え…さっきの事がなくなった訳じゃない。
それを感じさせる表情に俺はまたすぐに頭を下げたくなった。
霞「…でも、これで分かったでしょ?ちゃんと服を着ておかないと危ないって」
京太郎「それはもう…嫌と言うほど」
霞「じゃあ、後で着付けの練習ね」
京太郎「はい…」
生兵法は大怪我のもと…なんて言うけど、まさにその通りだ。
今回の事故は俺がちゃんと教えを請うていたら起こらなかったものなのだから。
俺としては二度とこのような事故を起こさない為にも着付けの練習は望むところだ。
…いや、寧ろ、こっちからお願いしたいと言うべきか。
霞「それで今日のお稽古はおしまい。後は自由行動で大丈夫よ」
京太郎「いや…でも…」
まるで何事もなかったかのように言葉を続ける石戸(姉)さん。
けれど、俺はそれにどうしても納得出来なかった。
そんな風になあなあに済ますのではなく、何かしらの罰が欲しい。
いや、M的な意味じゃなく…俺が自分を許す為にもキッカケのようなものがないと辛いのだ。
霞「良いの。その代わり…さっきの事は忘れて」
京太郎「さっきの?」
霞「あの…子どもみたいに泣いちゃった事…」
京太郎「ぁー…」
恥ずかしげにポツポツと呟く石戸(姉)さんにその光景が脳裏に浮かぶ。
女の子座りして子どもみたいに涙を拭う石戸(姉)さんは…正直、可愛かった。
こうして普通にしている時は大体しっかり者である分、とてもギャップを感じる。
当時はまったく冷静になれず、ただ流されるままであったが、こうして思い返すと抱きしめたいくらいだ。
霞「も、もぉ!一々思い返さなくても良いの!」
京太郎「す、すみません!」
そんな俺に気づいたのだろう。
頬を膨らませて唇を尖らせる石戸(姉)さんに俺は頭を下げた。
…けれど、今の話の流れで思い出すなっていうのは中々に無茶ぶりだと思うんですよ。
あんな可愛い姿早々忘れられませんし…何よりさっきの今でまだまだイメージ強いですし…。
霞「こ、これでも一応しっかり者で通ってるから…あんまり知られると恥ずかしいし…」
京太郎「…分かりました」
…いや、実はそれほどでもないんじゃないだろうか。
朝や今の反応見るにそこまで石戸(姉)さんは完璧超人じゃない。
まだ会ったばかりの俺にもこうして隙を晒す事もあるし…本人が思っているほど周りはそう受け取ってないんじゃないだろうか。
石戸(姉)さんにわざわざ言う事じゃないから口には出さないが…狩宿さんの苦労人オーラとかがその証拠な気がする。
霞「で、でも…流石に恥ずかしいし着付けの練習は初美ちゃんに任せるわね」
京太郎「あっ…」
そう言ってトテテテと去っていく石戸(姉)さんの背中を俺は追いかける事が出来なかった。
平静を装ってはくれたものの、やっぱり色々とショックだったのだろう。
俺から逃げるその背中に手を伸ばしこそすれ、声を掛ける資格は…ない。
石戸(姉)さんにπタッチしてしまっただけならばともかく、俺はそれをモミモミと味わうように揉んでしまったのだから。
京太郎「…」
にしてもあの感触は本当に素晴らしかったなぁ…。
時速60kmで走った時の空気がおっぱいの感触だって聞いて色々試してみたけれど…本物はそれよりももっと凄かった…。
その上匂いも優しくて…ずっと谷間に顔を埋めておきたいくらいだったし。
天国って言うのはきっとああいう場所の事を言うんだろうな、きっと…………うへへへ。
初美「…なぁに危ない顔してるですかー?」
京太郎「うぉあ!?」
び、びっくりした…。
人の気配なんてまったくなかったはずなんだけど…いきなり声を掛けられるなんて。
って言うか、石戸さんが道場から出てまだ数分も経ってないはずだぞ…。
幾ら俺でも妄想に夢中になって時間の感覚を忘れるって事はない…と思う…多分…。
京太郎「う、薄墨さん…」
初美「そんなに驚くなんて…本当に何を考えてたんですかー?」
京太郎「いやーその…あ、あはは…あははは」
…幾らなんでもさっきのπタッチの感触思い返して妄想してましたなんて言えない。
もしかしたら石戸(姉)さんから大体の事情は聞いてるかもしれないが、さっきの出来事は軽々しく人に言えるもんじゃないし。
俺だけじゃなく石戸(姉)さんの名誉の為にも出来るだけ伏せておくべき事だろう。
初美「ま、良いですけどねー。それより…須賀君って…霞ちゃんに何かしたんですかー?」
京太郎「…えっと、それは…」
初美「さっき顔真っ赤にしながらちょっとだけ教育係変わってくれって言われたですよー」
ってそりゃまぁそこ突っ込んでくるよなぁ…。
仮にも俺の教育係であった石戸(姉)さんがわざわざそれを変わってくれって言う訳だし。
ましてや道場で二人っきりだったのだから、何かしらの二人の間でトラブルがあったのではないかと疑うのが普通だ。
俺だって逆の立場であれば、薄墨さんのように真剣な表情で問いただしていた事だろう。
初美「……」
京太郎「……」
ち、沈黙が痛い…。
とは言え…一体、薄墨さんになんと言えば良いのか。
本当の事を言うべきか、或いは誤魔化すべきか…。
前者は俺だけじゃなく石戸(姉)さんにとっても不本意な事かもしれないし…。
さりとて後者は石戸(姉)さんを心配してる薄墨さんにとって失礼だろう。
この場合、どっちがベスト…いや、ベターなのだろうか。
初美「…ま、良いですけどねー」
京太郎「え?」
その悩みに答えが出そうであった瞬間、薄墨さんがその表情を和らげた。
さっきまでの真剣なものから、童女のような明るい表情の変化に俺は驚きの声をあげる。
一体、この短い間にどんな心変わりが薄墨さんの中であったんだろうか。
そんな風に思う俺の前で薄墨さんはそっと肩を落とした。
初美「大方、何かしらのトラブルで霞ちゃんにラキスケやらかしちゃったとかそんなところですよねー」
京太郎「ぅ…」
大方、と言いながらも真実を的確に突くその言葉に俺は呻き声を漏らす事しか出来ない。
と言うかもしかして最初から最後まで見ていた…なんて事はないだろうか。
それくらい冷静で的確な判断で正直びっくりしてるくらいなんだけど。
初美「まぁ、アレで霞ちゃんは初心かつ男に免疫ないですから手加減してあげて欲しいのですよー」
京太郎「…それだけですか?」
薄墨さんが俺と石戸(姉)さんとの間に起こったトラブルを見ていたかは分からない。
しかし、知らなかったとしても今の俺の反応でそれに近いものが起こっていた事は察する事が出来るだろう。
それなのに俺に対してお咎め無しで本当に良いのだろうか。
石戸(姉)さんの様子だけでこれだけ把握しているくらい仲が良いのであればもうちょっと何か… ――
初美「…甘えるな、ですよー」
京太郎「っ!」
―― 瞬間、突き放された言葉に身体が竦んだ。
自分の中の寄りかかるような甘い感情。
薄墨さんに責められる事で罪を償った気になりたいという気持ちは見透かされてしまったのだろう。
それに羞恥心が湧き上がるが…けれど、それが気にならないくらい目の前の薄墨さんから迫力を感じる。
怒った時の母さんを彷彿とさせるような有無を言わさない威圧感に自然と頭が垂れ、身体が縮こまっていった。
初美「霞ちゃんに謝って許してもらうのが一番の罪滅ぼしですよー」
京太郎「…手厳しいっすね」
初美「これでも年上ですからねー」
まるで肝っ玉お母さんのようなハキハキとした指摘に何とも微妙な笑みしか出てこない。
自嘲が強く篭ったそれは薄墨さんの言葉があまりにも正しすぎるからだろう。
確かに俺がさっきやらかしてしまった事を償うには石戸(姉)さんに許してもらうのが一番だ。
その前に誰かに糾弾されたいなんていうのは、その『誰か』にも大概失礼な話だろう。
初美「ま、こっちでもフォローくらいはしてあげますからとっとと仲直りして欲しいですよー」
京太郎「ありがとうございます」
初美「いえいえー。あんまりギクシャクされると他の皆も気にしますしねー」
なんて事だ。
この屋敷の中で一番、ロリロリしい娘がこんなにも気遣い上手だなんて。
身体こそ小さいし、その趣味はまったく理解出来ないけれど、ぜひとも姐さんと呼ばせていただきたい逸材である。
いや、本当その服だけは理解不能だけれど。
初美「…何かまた失礼な事考えてませんかー?」
京太郎「いえ、そんな滅相もない」
まさか俺がそんな事を考える訳ないじゃないですかー。
相手はわざわざフォローするとまで言ってくれた薄墨さんな訳ですしー。
…俺が思い浮かべたのは純然たる事実であり、決して薄墨さんを貶す意図がある訳じゃないですよ。
それに俺が理解できなくても意外と同好の士は全国中にいると思う。
長野の国広選手とかは薄墨さんとも凄い話が合うんじゃないだろうか…露出狂仲間として。
京太郎「それより姐さんと呼ばせて頂いても良いですか?」
初美「却下ですよー」
ですかー(諦め)
むぅ…それとなく話を誘導したつもりだと言うのに。
いや、諦めるんじゃない。
今はダメでも信頼出来る舎弟になれば何時かは姐さんと呼ばせてもらえるようになるはずだ。
その時を夢見てもっと精進しないとな…!!
初美「それより着付けに関して教えてくれって話でしたけど…」
京太郎「あ、はい。どうですか?」
初美「…論外ですねー」
京太郎「ぐふぅ」
…どうやら石戸(姉)さんは本当に甘めに点数をつけておいてくれたらしい。
姐さん(仮)から返される言葉は本当に容赦の無い代物だった。
まぁ、その理由はさっき自分で嫌というほど思い知ってしまったので何とも言えない。
その所為で石戸(姉)さんを傷つけてしまった事を思うと手厳しいなどとは口が裂けても言えないだろう。
初美「まったく…そんな結び方じゃ少し動いたらすぐに解けちゃって危険ですよー」
京太郎「…はい。それはさっき良く分かりました」
初美「?」
あぁ、くっそ、そこで小首傾げるのかよ…可愛いなぁ。
ダメなところはちゃんと指摘してくれるだけじゃなくて可愛いなんて反則だろ。
ロリコンじゃない俺でも思わず頬が緩んでしまいそうだったぞ。
俺はロリコンじゃないけど!!駆逐艦より重巡が好きだけど!!
初美「ま、ともかくちょっと失礼するですよー」
京太郎「ぅ…」
そう言って俺の足元にそっと膝を降ろす薄墨さん。
…それを見ると途端に何かいけない事をしているような気がするのはきっと俺だけではあるまい。
絵面だけ見れば幼女を足元に跪かせている女装巫女男子だからな。
ぶっちゃけ外からどう見えるのかを考えたくないくらいに倒錯しているし変態的過ぎる。
初美「まったく何恥ずかしがってるですかー」
京太郎「だ、だって…ほら、ねぇ?」
それだけでも何かイケナイ気分になってしまいそうなのに、薄墨さんは間違いなく美少女の類なのだ。
その格好も扇情的…と言うか最早、痴女の領域だし…凄いこうドキドキするというか。
パーソナルスペースを目に見えて侵されているのもあって、どうして良いのか分からなくなってしまう。
初美「…私みたいな子でも須賀君はそういう気分になっちゃうですかー?」
京太郎「ち、違いますよ!!」
まったくの誤解だ。
重ねて言うが俺は胸部装甲が貧弱な駆逐艦よりも豊満な胸部装甲を持つ重巡が好きなのである。
…ただ、何故か優希やマホを始めとしてそういうタイプに懐かれやすいだけだ。
ついでに言えば、初恋はナイチチ系文学少女だったけど…あれはどっちかって言うと幼馴染枠だしノーカンのはず。
初美「これは姫様に近づけない方が色々と安心かもしれませんねー」
京太郎「ちょ、マジ誤解ですってば!!」
初美「…犯罪者は皆そう言うのですよー」
京太郎「既に犯罪者扱い!?」
まぁ、流石に薄墨さんも本気で言ってない事くらいは俺にも分かる。
これはただの軽口であり、俺の緊張を解す為のものなのだろう。
それが有り難いと思うのは、その距離感がとても慣れたものだからだ。
咲や優希を始め、所謂、悪友タイプが多かった俺にとってそれは得意な距離だったのである。
京太郎「ってか、もしそうだとして薄墨さん…いや、姐さんは不安にならないんですか?」
初美「おい、今なんで言い直したですかー?」グイ
京太郎「ぐえ」
―― こうやっていじり返す事も出来るしな。
とは言え、流石に首元をキュッと締めるのは流石にやり過ぎだと思う。
本気で締められている訳じゃないとはいえ、思わず間抜けな声が漏れてしまった。
苦しい訳じゃないが、ちょっぴりツッコミが過激過ぎやしないだろうか。
…まぁ、笑ってるって事は本気で嫌がっている訳じゃないんだろうけど。
初美「まったく、それよりこっちをちゃんと見るですよー」
京太郎「…いや、この角度だと色々見えちゃいけないものが見えそうなんですが」
初美「大丈夫ですよー別に見られたって減るもんじゃありませんしー」
…いや、それはそれで割り切り過ぎじゃないですかね?
流石に女性としてもうちょっと恥じらいを持ったほうが良いと言うか何というか…。
そういうサバサバしたタイプじゃないとそんな服装出来ないのは分かりますが、もうちょっとこうなんというか…ねぇ?
まぁ、減るほどのものがないというのは心底同意しますけど。
初美「…またキュって締められたいですかー?」
京太郎「いえ、滅相もないです」
なんでこの人、俺の考えてる事すぐに分かるんだろ。
確かに咲には感情筒抜けであったけれど、アレは付き合いの長さの所為だし…。
和相手にも悩み事を隠せていたし…そんなに単純なつもりはないんだけどなぁ…。
或いは急に俺がサトラレに目覚めたとか…いや、そんなオカルトはあり得ないか。
初美「さぁ、どうでしょー」
京太郎「え?」
初美「ふふ…何でもないのですよー」
やばい、完全に薄墨さんの方が上手だ。
なんだか前部長…いや、竹井先輩を彷彿とさせられるレベルで遊ばれてる。
殆ど初対面に近い相手にここまで思考を先読みされるなんて…悔しい…でも、楽しくなっちゃうビクンビクン。
初美「それよりさっさとこっち見るですよー。じゃないと練習も出来ませんし」
京太郎「…分かりました」
本人もそう言っている事だし…ここは甘えよう。
まぁ、所詮、薄墨さんの乳だしな。
例え見えたとしても俺の好みとはかけ離れている訳だし。
まさかムスコがスタンダップしたりはしないだろう。
ちっぱいになんて絶対に負けたりしないキリッ
初美「じゃあ、最初からやっていくですよー」チラッ
京太郎「……」
初美「…須賀君?」チラッ
京太郎「…あ、はい」
―― …そう思っていた時期が俺にもありました。
なんだよそのピンク色のアレはああああああああ!?
いや、俺も分かってるけど!分かってるけどね!!
でも、なんでそれ晒して平然としてるの!?
見えてるよ!?ちょっぴりだけどマジで見えてますよねぇ!?
初美「で、ここがこうで…」チララッ
京太郎「…」ゴクッ
しかも、じっと見えてるならともかく…その桜色のアレはたまーに隠れるんだよ…。
それで服の間から一瞬チラって覗くように視界に映って…。
反射的に視線がそっちへと向けられてしまう。
こ、こんなはずじゃなかったのに…俺は…俺はおっぱいが好きだったはずなのに………チラッ
初美「で、ここはこうするんですよー」チラッ
京太郎「……」
初美「こっちの結び方もこんなんじゃダメですからちゃんと最初っからやりなおしましょうねー」
京太郎「……あ、あの」
初美「え?」
京太郎「すんません。やっぱりちゃんと服を来てください…」
―― …駆逐っぱいもたまには良いかもしれない。
そんな風に思う俺は…確かに今、心の中に存在した。
主義主張を投げ捨てて、俺はナイチチ派に媚びようとしていたのである。
そんな自分は断じて!断じて許す訳にはいかない!!
俺はどんな時でも至高のおっぱいを求めると決めたのだ!!
例え相手が究極のちっぱいであろうと屈するなどとあってはいけないのである。
初美「…どうしても気になっちゃうですかー?」
京太郎「べ、別に変な意味じゃなくってその…なんつーかやっぱり年頃の女の人がそんなに肌を晒すのっていけないと思うんですよ」
まぁ、その為に訴える言葉が何とも情けないのは認めるところだけど。
しかし、こうして薄墨さんのちっぱいを上から見ているとマジで踏み越えちゃいけないラインを踏み越えてしまいそうだったのだ。
これから共同生活していく相手を前に流石にそんな事は出来ない。
さっき石戸(姉)さんにやらかしてしまった訳だし、ここは心を鬼にしてその誘惑を…いや堕落の誘いを断ち切ろう。
初美「まったく…須賀君ってば本当に変態なんですよー…」
京太郎「誤解ですって!
初美「でも、普通は私みたいな小さい子のおっぱいをそんなに気にしないですよー」
京太郎「…薄墨さんに普通を説かれた…だと」
初美「それどういう意味ですかー?」キュッ
ぐえー。
いや、でも仕方ないと思うんですよ。
だって、薄墨さんこう言っちゃなんですが、殆ど痴女同然ですし。
と言うか、俺の中ではもうカテゴリ:露出狂みたいなもんですから。
そんな相手に普通を説かれるとなんだか自分が凄いダメな奴になったような気がしてですね。
初美「でも、そんなに気になりますかー?」
京太郎「…まぁ、気にならないと言えば正直、嘘になりますけど」
しかし、それはあくまでチラリズム的な意味だ。
さっきはちょっと危ないところだったかもしれないが、俺はまだちっぱいには負けていない。
やっぱり俺が好きなのは超弩級で世界のビッグ7クラスのおっぱいなのだ。
それを再確認した今、もうちっぱいになんて負けたりなんかしないキリリッ
初美「じゃあ…見たいなら見せてあげますよー」ガバッ
京太郎「あぁ、そんなはしたないダメですって!!」
そ、そんな風に肩まで露出しちゃらめええええ。
ちっぱい乳首ィ!乳首見えちゃうのォ!!
……ってあれ?
京太郎「…………ってそれ…」
初美「所謂、ニプレスって奴ですよ」
…えぇ、まぁ、そうですよね。
ピンク色の円形状のシールともなれば、男である俺にだって予想はつきます。
でも、それはさっきまで俺が一喜一憂してたのがただのシールだって事で… ――
京太郎「騙したなああああ!良くも騙してくれたなあああああ!!」
初美「対策してないと思ったその浅はかさは愚かしいのですよー」ドヤァ
くそっ!ドヤ顔する薄墨さんに言い返す言葉がない…!
まぁ、そもそもどれだけ着崩しているとは言え、乳首と服が擦れる事もある訳だし。
元々そういう目的で作られているニプレスを着ける事はそうおかしな事じゃない。
けれど…けれど、そうじゃないだろう!
男の純情踏みにじるなんて…それだけは人としてやっちゃいけない行為なんだ!
初美「そもそも何を期待してるんですかー…このエロ坊主」
京太郎「ぐっ…」
いや、正論ですけどね。
でも、やっぱり仕方ないじゃないですか。
手放しで喜べるような美少女の半裸ってのは童貞にとってはやっぱり憧れなんですって。
パンツに興味はなくても裸には興味が唆られちゃう年頃なんだってば。
それは所謂本能的なものであって、俺は決してちっぱいには負けてない。
さ、さっきだって一応止めようとしてたし…ガン見してたけど、止めようとはしていたし(震え声)
初美「でも、これで集中出来ますよねー」
京太郎「…はい」
まぁ…これで集中出来ないとは口が避けても言えない。
俺の心情はどうであれ、結果的には初美さんの思い通りになった訳だし。
しかし、一度は上がったテンションがだだ下がって中々元には戻らない。
思わず項垂れて体中からどんよりオーラが出てしまうくらいに。
初美「…まったくどれだけ落ち込んでるんですかー…」
いや、別に落ち込んでなんていませんよ?
ただ、まぁ、純情踏みにじられた悲しみとついつい乗ってしまった自分の滑稽さに凹んでいるだけで。
…後、ついでにちっぱいどころかロリロリしい薄墨さんでも一瞬興奮しそうになった自分の守備範囲の広さに軽く絶望したっていうか。
優希のパンツには特に何とも思わなかったのについついこんな反応をしてしまうなんて…薄墨さんが年上的アトモスフィアを醸し出しているからか。
或いはさっき見えそうになったのがちっぱいとは言え、バストに分類されるべき部位だからか。
悲しいかな、自分でも良く分からなかった。
初美「そんなにおっぱい見たいなら霞ちゃんを拝み倒せば見せてくれるかもしれませんよー」
京太郎「マジですか!?」
初美「嘘ですよー」
京太郎「くそ!くそ!!」
嘘かよ!!!!
いや、俺も嘘だって分かってたけど…分かってたけどさ!
でも、二度も男の純情を踏みにじる事はないだろう!!
しかも、石戸さんのおっぱいなんて誰でも食いつくようなネタで釣るだなんて…!!
汚いな流石ちっぱい汚い。
初美「はいはい。それよりほら練習ですよ練習」
京太郎「……分かりました」
…まぁ、少々、不満もあるが、あんまりこんなコントばかりをしている訳にもいかない。
薄墨さんも喜んで乗っかってくれているとは言え、俺は彼女の貴重な時間を割いてもらって教えてもらっているのだから。
とりあえずずっとこのままと言う訳にもいかないし、大人しく薄墨さんの授業を聞こう。
さっきの石戸(姉)さんにやらかしてしまったような真似は二度としたくないし。
―― それからの薄墨さんの授業はとても分かりやすいものだった。
最初に一回手本を見せてからのトライアンドエラー。
間違う度に指摘されるそれはとても真剣で、そして鋭いものだった。
基本に忠実であるが故に分かりやすい薄墨さんの言葉に少しずつ鏡の中の巫女服から乱れがなくなっていく。
目に見えて上達するそれが楽しくて、俺は彼女の前で半裸になる恥ずかしさも半ば忘れていた。
初美「…にしても」
京太郎「ん?」
初美「細身なのに腹筋も割れてますし、腕も引き締まって…案外筋肉質な身体をしてるですよー」
京太郎「まぁ…これでも男ですし…」
もう何十回目の半裸姿に薄墨さんがポツリと漏らす。
まぁ、俺くらいの年頃は放っておいてもある程度、身体が鍛えられるものだ。
…その上、合宿場まで重い荷物を運んだり、毎日買い出ししていたら自然と俺くらいにはなるだろう。
ハギヨシさんからも雑用としての特訓を受けてたし、俺自身も雑用をより効率化する為に身体を鍛えはじめていたから尚更だ。
初美「身長もそれなりに高いですし…やっぱり裸を見ると男の人だってすぐ分かりますねー」
京太郎「寧ろ服の上から分からないのも問題だと思うんですけどね」
まぁ、その辺は俺が先天的に細身であった事に感謝しよう。
…もし俺がそういう今よりもっと筋肉質だったら骨とか削られていたかもしれないし。
いや、神代家の滅茶苦茶っぷりを考えれば、それどころか整形や本格的工事までされていたかもしれない。
…流石にまだ一回も使ってないのにムスコとサヨナラ!は勘弁して欲しい。
いや、一回使ったら良いって訳じゃないけど…出来れば好きな相手と擦り切れるまで使いたいし。
初美「うーん…でも…」
京太郎「せ、整形とか工事は許してください…」
初美「流石にそんな無茶は言いませんよー」
ごめんなさい、俺の戸籍消して30億も支払われてる神代家がバックにいる時点でまったく信用出来ないです。
まぁ、個人としての薄墨さんはそれなりに信用しているけれどさ。
教え方も的確だし、サバサバしてる性格は俺としても付き合いやすいタイプだ。
結構、嘘つきではあるが、それはあくまで冗談の範疇に収まっているものだし、個人的には信用して良い相手だと思ってる。
初美「ただ、やっぱり胸元が寂しいなと思って」
京太郎「それって薄墨さんの事ですか?」
初美「よーし。表出るですよー」
だからこそ、こういう軽口も簡単に飛び出す訳で。
それもまたこの程度では薄墨さんが不愉快にならないと分かっていてのものだ。
色々コントみたいなやり取りをしたお陰で少しずつ俺たちの中で適切な距離感が構築させつつあるらしい。
…石戸(姉)さんとかは下手に好みだった分、そういうの難しかったけれど。
初美「まったく…そもそもその寂しい胸にドキドキしてたのは何処の誰ですかー?」
京太郎「だからそれは誤解ですってば」
初美「はいはい。そういう事にしておいてあげますよー」
ぐぅ…だから誤解だと言うのに。
確かにほんの僅かだけグラリと来たかもしれないが、別にドキドキはしていない。
今だって普通に薄墨さんと話せているし、好みはロリロリしい薄墨さんじゃなくて石戸(姉)さんの方だ。
いや、石戸(妹)ちゃんの方でも良いけれど…あ、流石に石戸(祖母)さんは射程範囲外です。
初美「うん。でも、それなりに出来てるじゃないですかー」
京太郎「そうですか?」
初美「まぁ、まだまだ荒いですけどねー」
そんな事を考えている間に数十回目の着装も終わった。
自画自賛気味ではあるが、最初の頃よりもずっとスムーズになっている。
流石に薄墨さんにはまだまだ及ばないけれど、けれど、個人的には満足出来る域だ。
…いや、女装するのに満足なんてしたくないけどさ。
初美「でも、とりあえず途中で解けるような事はないと思いますよー」
京太郎「…ですか。ありがとうございます」
先生役であった薄墨さんの太鼓判。
それに頭を下げるのは既に時間が結構遅めになっているからだ。
ところどころに軽口を挟みながらであった所為か、思った以上に時間が掛かっている。
この道場に来る前に薄墨さんが何をやっていたのかは分からないが結構な時間を使わせてしまっただろう。
京太郎「薄墨さんのお陰ですよ」
初美「当然ですよー」ムンッ
それを言葉にするのを控えながらも、感謝を伝える俺の前で薄墨さんが胸を張った。
ドヤ顔一歩手前のその表情は、その体躯が小さい所為かとても微笑ましい。
思わず笑みが漏れそうになるが、けれど、ここで笑うのは失礼になるだろう。
そう思う俺の前で薄墨さんがそっとその表情をイタズラっぽそうなものへと変えた。
初美「…でも、出来の良い生徒にはご褒美が必要ですよねー」
京太郎「…ご褒美…ですか?」
…いや、勿論、ご褒美とやらが頂けるのであれば嬉しいんですけどね。
でも、そんな表情で言われても喜べないと言うか何というか。
寧ろ嫌な予感って奴がふつふつと沸き上がってくるんですけれど!!
初美「えぇ。だから…夕飯までちょっと付き合ってもらって良いですかー?」
京太郎「……はい」
けれど、殆ど奴隷として買われた俺に拒否権などあろうはずもなく。
にこやかで有無を言わさないその笑みに…俺はそっと肩を落としながら頷く事しか出来なかった。
………
……
…
初美「はい。ここですよー」
京太郎「ココ…ですか?」
薄墨さんから案内されたのは俺たちがいたお屋敷の外だった。
いや、外と言っても入り口から少し離れた程度でクソ長い階段に並んだ鳥居一つくぐっちゃいない。
白い壁にニ方を囲まれた屋敷の隅っこは、未だ神境とやらの中なのだろう。
しかし、そんなところに連れてきて一体、薄墨さんはどうするつもりなんだろうか?
周りにあるのは木くらいなもので…他に何もないみたいなんだけれど。
初美「携帯は持ってますかー?」
京太郎「あ、はい。言われた通り」
初美「じゃ、チェックすると良いですよー」
京太郎「チェックって…」
確かに俺は薄墨さんから言われた通り携帯を持ってきた。
けれど、この辺りは絶望的なほど電波が悪くてアンテナの一本すら立たなかったのである。
それなのに携帯をチェックしろと言うのは一体、どういう事なのか。
…まさか携帯から神様の声が聴こえるとかそういうオカルト染みたもんじゃないよな?
京太郎「…あ」
そう思って巫女服の小さな収納用スペースに手を突っ込み、携帯を取り出す。
瞬間…ディスプレイに映ったその表示を俺は最初、信じる事が出来なかった。
何せそこはさっきまで音沙汰なかったはずのアンテナが一本だけ立っているのだから。
普通に町中で暮らしていたらきっと文句を言うであろう…一本。
けれど、今の俺にとって零の状態から生えてきたそれは救いの糸のように見えた。
初美「何が理由か分かりませんけど、ここだけギリギリ電波が入るみたいなんですよー」
京太郎「あ…あぁ…」
―― 説明する薄墨さんの言葉すら俺の頭の中にしっかり入ってきてはいなかった。
勿論、情報として理解はしているものの、俺の頭はソレ以上の衝動に満たされていたのだから。
これで皆と連絡が出来る、話が出来ると思うと…それだけで手が震えてしまう。
平静を装おうとしていた理性という名のメッキが剥がれ、口から意味のない言葉が漏れた。
初美「……メールとかしたかったらここですれば良いですよー」
けれど、薄墨さんはそんな俺を怪訝そうな目で見る事はなかった。
その目は穏やかなで…まるで何でもない光景を見るように平坦なもの。
決して優しくはない、けれど、俺を責める事もないその瞳が今はとても有り難い。
こんな場所を教えてくれた事も含めて、思わず頭が下がりそうになってしまう。
…だが、ソレよりも前に…俺にはどうしても尋ねておかなければいけない事があった。
京太郎「……良いんですか?」
今の俺は神代家に買われた奴隷も同然の立場なのである。
そんな俺に外への連絡手段を渡して助けを求めるとは思わないのだろうか。
…いや、普通であればそれは真っ先に警戒するべきであろう。
現に今の俺の脳裏には間違いなくその考えが浮かび上がってきていた。
幾ら薄墨さんがあのハチャメチャな神代家側の人間だとしてもそれくらいは想像出来るだろう。
初美「まぁ、霞ちゃんとかはもうちょっとここでの生活に慣れるまで秘密にしとくつもりだったらしいですけどねー」
京太郎「え?」
初美「外に対して未練が出てきちゃうと後が辛いからって」
京太郎「……」
薄墨さんから聞かされた石戸(姉)さんの言葉に同意する自分もいた。
俺がここで外に助けを求めても…警察が助けに来てくれるとは限らない。
それに…そもそもここが何処なのか俺にはまったく分からない以上、助けも呼べない。
それなのになまじ外と…長野の皆と連絡が取れるようになって俺は平静でいられるのか。
恐らく…いられない公算の方が高いだろう。
それならば永遠に外と連絡が取れない方が未練が蘇らなくてマシなのかもしれない。
京太郎「それならなんで薄墨さんは…俺にこれを教えてくれたんですか?」
初美「それくらい自分で乗り越えられる年頃だって思ったからですよー」
京太郎「…え?」
ニコリと笑った薄墨さんの言葉は優しくも突き放すような…独特のものだった。
まるで俺が一人前の男であると認めてもらえたようなそれにちょっとだけ胸がドキっとする。
正直、俺よりも年上で、そして色々と上手な薄墨さんにそうやって認めてもらえるのは嬉しい。
嬉しい…が、そんなに風に認めてもらえるような何かが俺達の間にあっただろうか?
寧わざと見せていた側面もあるとは言え、寧ろ、失態の方が遥かに多かった気がするのだが…。
初美「それに無理して明るく振る舞われるのも辛いですしねー」
京太郎「…薄墨さん」
初美「…昨日の今日で立ち直れってのは無理だって皆分かってるんですからそんなに気張らなくて良いですよー」
―― …恐らく本題はこっちだったのだろう。
俺が意図して明るく振舞っていたのは全て薄墨さんにお見通しだったのだ。
だからこそ、俺を元気づける為にわざわざご褒美だと言いながらここに連れてきてくれたのだろう。
それは石戸(姉)さんに比べれば、より短期的なものの見方であるのかもしれない。
…後々、俺はそれに苦しむ事になるかもしれないのは…やっぱり自分でも否定出来ないのだから。
初美「逃げられると困るんで側にはいるですけどねー。ただ、今日は夕飯までやる事ないしゆっくりすれば良いのですよー」
京太郎「…ありがとうございます」
けれど、今の俺にはその心遣いがとても有難かった。
例え後が辛くても、石戸(姉)さんと意見を対立させても…薄墨さんは今の俺の事を考えてくれている。
表面上はとてもドライで俺に対して同情しているようには見えなかったけれど…でも、気遣ってくれてはいるのだろう。
そんな薄墨さんに俺はそっと頭を下げながら携帯を操作していった。
初美「ま、もし、この流れでメールの一つもなかったら私の胸の中で泣いても良いですよー」
京太郎「…いや、流石にそれは」
…ないよな?
うん、ないない。
公式の紹介から俺の存在が消えたり、仲間の中に俺が入っていなかったり、そもそも最近はろくにセリフが無かった気がするけれど…。
それでも俺は皆の仲間だと思ってるし…そ、それに最後はあんな感動的に別れたじゃないか。
そんなオカルトあり得ないって…うん、ノーウェイノーウェイ。
京太郎「…ぁ」
初美「どうしました?…まさか本当に0件とか…」
京太郎「…いえ、逆でした」
―― …そこにあったのは仲間たちからの何通ものメールだった。
鹿児島と言う慣れない土地で暮らす事になった俺を気遣い、励まそうとしてくれる友人たちの言葉。
短いながらもしっかりとした和のメール、話題が明後日に飛んで行く優希のメール。
何故か標準語になってる染谷先輩のメール、デコレーション過多な竹井先輩のメール。
その他、嫁田を始めとする男友達からのメール…そして…俺の一番大事な幼馴染からのメール。
初美「…良い友人を持ったんですね」
京太郎「…えぇ。まったく…自慢の仲間……でした」
です…とは流石にもう言い切れなかった。
既に俺は彼らとの縁が切れてしまっているのだから。
携帯というツールでこそ繋がっているとは言え、俺はもう皆に会いに行く事は出来ない。
既に存在しない俺が彼女たちの前に現れても迷惑になってしまうだけだろう。
京太郎「…はは。ホント…心配しすぎだっての…」
―― そんな事はもうとっくの昔に分かっていたはずだった。
けれど…こうして皆の暖かさに触れると、残してきたものの大事さに気づくと…強がりの言葉すら震えてしまう。
あぁ、そうだ…石戸(姉)さんの言っている事は…とても正しかった。
こんなに俺の事を想ってくれている皆と離れてしまった事を思うと…やっぱりどうしても未練が湧き上がってしまう。
抑えこんでいた郷愁の思いと共に胸の中を満たすそれに…『会いたい』という言葉が出そうになった。
初美「…まったく」
京太郎「ぁ…」
その代わりに俺の目尻から流れでたものを…薄墨さんがそっと巫女服の袖で拭い去ってくれる。
その足を思いっきり伸ばして必死に腕をあげるその様はどこからどう見ても小学校低学年くらいの幼女だ。
けれど、その顔に浮かぶ表情がとても暖かな所為か、或いは今の俺が追い詰められている所為か。
何度も涙を拭う薄墨さんの姿が…年上のお姉さんのように見えてしまった。
初美「…泣きたい時は思いっきり泣いて良いですよー。別に私はバカにしないですし」
京太郎「…でも」
確かに泣きたい気持ちはある。
いや、実際、涙を漏らしている以上、それはもう今更なのかもしれない。
けれど、一人の男として…それを表に出すのには、やっぱりかなりの勇気がいるのだ。
ましてや…薄墨さんは俺をそんな状況に引きずり込んだ側の人間なのである。
ここで下手に泣いてしまったら…薄墨さんが自分を責める事にもならないだろうか?
初美「…こういう時くらい他人のこと気にしなくても良いんですよー。…ほらっ」
京太郎「うわ!?」
そう言って薄墨さんは俺の手を思いっきり引っ張った。
強引に腰を曲げさせるようなそれに俺が驚きの声をあげれば、その顔が何か温かいものに隠される。
小麦色と白い肌のコントラストの激しいそこからは日に晒した布団のような優しい香りがした。
恐らくそれは…薄墨さんの胸なんだろう。
初美「…こうすれば見えないですよー」
京太郎「…なんかこれ…やばくないですか?」
初美「やばいかもしれないですねー」
クスリと笑う薄墨さんの言葉は…まぁ、当然の事だろう。
何せ180cmを超える女 ―― ただし女装中 ―― が小学校低学年程度の幼女に抱きしめられているのだから。
正直、事情を知らない人が見れば、即通報ものである。
『女装をした身元不明の少年が小学校帰りの女生徒に抱きつく事案が発生』とか…うん、考えただけでも死ねるな。
京太郎「…つか、硬いっす」
初美「よーし。後でぶっ飛ばしますよー」
…そう言いながらも薄墨さんは俺の頭を離してはくれなかった。
きっとその言葉が俺の強がりであるという事を彼女は良く理解しているのだろう。
冗談めかした言葉とは裏腹に俺の背中を優しく包んでくれた。
…お陰でより密着した頬が優しい熱を感じ取り、涙腺が本格的に決壊していく。
京太郎「…はい。その代わり…今は…少しだけ…良いですか」
初美「…えぇ。少しでも元気になるために…今は思いっきり泣けば良いですよー」
京太郎「…っぐ…」
―― …もう我慢出来なかった。
石戸(姉)さんも神代さんも薄墨さんも…良い人である。
こんな事情でなければ、こんな人達とお近づきになれた事に俺は心から喜んでいた事だろう。
だからこそ、俺は…長野の皆の事を忘れて出来るだけ早く馴染もうとしていた。
思い出しても辛いだけだと…そう未練を抑えこみ…言ってはならないと本音に蓋をしていたのである。
京太郎「なんで…なんで俺が…こんな目に」
初美「…ごめんなさい」
京太郎「帰してくれ…頼むから…お願いだから皆のところに…帰してくれよ…」
初美「ごめんなさい…」
けれど…もうそんな事は出来なかった。
溢れ出る言葉がどれだけ薄墨さんを傷つけてしまうものか…俺も理解している。
俺がこんな事に巻き込まれてしまったのは決して薄墨さんの所為ではないと俺も分かっているのだ。
だが、一度壊れた理性と意地はそう簡単に修復する事が出来ない。
ずっと押さえ込んでいた八つ当たりめいた言葉が…どうしても止まらないのである。
京太郎「んだよ…なんで…俺が本当に何をしたっていうんだ…」
初美「…ごめん…なさい」
京太郎「っく…くそ…くそ……!」
それでも…薄墨さんは優しく俺の背中を、頭を撫でてくれた。
ひたすら俺の怒りを受け止めて、謝罪だけを繰り返しながら…慰めてくれたのである。
ただの八つ当たりを続ける俺に一言の反論もせず…それをずっと受け止め続けてくれた。
立派と言っても良いその姿に…俺は八つ当りするしか出来ない自分の矮小さを自覚しながらも…俺の涙は中々、止まらない。
京太郎「…あ゛ー」
初美「……」
とは言え、数十分も経てば涙も大分、引っ込んでくる。
泣くと言うのはそれなりにエネルギーが必要な行為であり、そして俺にはその為の活力が不足しているのだ。
精神的にも肉体的にもぐったりするまで疲れている俺がそう長く続けられる訳がない。
そんな俺に沸き上がってきているのは…自分に対する圧倒的なまでの自嘲と自己嫌悪だった。
初美「…もう気は済みましたか?」
京太郎「…はい、すみません…いや…ありがとうございます」
初美「はい。良く出来ましたですよー」
けれど、何時迄もそれに浸っていたら薄墨さんに失礼だ。
彼女が俺の八つ当たりの対象になってくれたのは何も俺が自己嫌悪する為ではないのだから。
少しでも前に向けるようにとその身を晒してくれた薄墨さんの為にも、ここは謝罪するべきじゃない。
その身体を涙や鼻水で汚してしまった事は申し訳なく思うが…それよりも感謝の言葉の方が適切なはずだ。
初美「ま、とっとと膿も出し切った方が後が楽と言うのが私の持論ですからねー」
そう言いながらそっと俺から手を離す薄墨さんから目を背けながら立ち上がる。
それでも一瞬、視界の中にベトベトになった彼女の肌が写り込んだ。
自分の体液で穢れた美少女の肌…なんて言うと興奮しなくもないが、実際に見ると申し訳なくて胸が痛い。
長年一緒にいて気心も知れた幼馴染ならばともかく、今日会ったばかりの相手なのだから尚更だ。
京太郎「…でも、割にあってなくないですか?」
そんな相手にわざわざ胸 ―― と言うか肌を晒して、感情のはけ口になった薄墨さんには心から感謝している。
しかし、俺にそこまでするほどの価値があるかと言えば、正直なところ微妙だった。
俺はまだ薄墨さんとの距離感を大体掴めた程度で、信頼されるほど仲が進んでいる訳じゃない。
色々と後ろ暗い理由があるとはいえ、乙女の胸を貸してもらえるような関係とは到底、思えなかった。
京太郎「…ハッまさか俺に一目惚れ…」
初美「寝言は寝てから言うものですよー」
京太郎「ま、そうですよね」
となると恋愛沙汰…となるが、それも正直あり得ない。
悪いが俺は一目惚れされるほどイケメンと言う奴ではないのだ。
寧ろ、日頃からイケメン皆殺すべし慈悲はないと思っている側の人間である。
そんな俺が薄墨さんに惚れられるだなんて、逆ならまだしもあり得ない。
…あ、勿論、姐さん的な意味で、だからな。
初美「ま、一番、割に合っていないのは須賀君ですしねー」
京太郎「…ま、確かに」
そう言われると自分の境遇もあってグゥの音も出ない。
何せ、いきなり30億で身売りされた上に、俺には何も残っていないのだ。
友人たちもそうだが自分の私物を殆ど取り上げられ、その上で神代家への絶対服従を要求されている。
…うん、分かっていた事とは言え、こうやって思い返すとほんっと酷いよな。
まさに現代の奴隷と言っても良いくらいだ。
初美「それにまぁ、これでも色々と須賀君には期待してるですよー」
京太郎「え?」
初美「私達は来年にはいないですから…姫様の為にしてあげられる事なんてこれくらいしかないのですよー」
京太郎「…薄墨さん」
一瞬、何処か遠くを見つめる薄墨さんの瞳には後悔の色が浮かんでいる。
思い返せば清澄とぶつかったインターハイ…何故かまったく調子の出なかった薄墨さんは大きく失点していた。
その所為で永水が敗退…と言う訳ではないが、しかし、本人はその事をとても悔やんでいるのだろう。
自分にとっての最後のインターハイ…それも最後の団体戦で実力を出し切れなかったのだから当然だ。
俺だって同じ立場であったなら、悔やんでも悔やみきれないだろう。
初美「だから、もし、今回の件で借りができたと思ったなら…姫様に返してあげて欲しいのですよー」
京太郎「…まったく、ちゃっかりしてますね」
初美「当然ですよー。ただで乙女の胸を貸してあげる訳ないじゃないですかー」
京太郎「…胸なんてありましたっけ?」
初美「よーし。そこを動くんじゃないですよー?」
そんな薄墨さんを励まそうと放った軽口に、彼女もまたすぐさま反応してくれる。
色々あったが、やっぱり俺たちにはこの距離感が一番心地いいらしい。
それを再確認しながらも俺の胸には一つの決意が固まっていた。
口に出すのも恥ずかしい…けれど、出さない訳にもいかないそれに俺は小さく息を吸い込む。
京太郎「…でも、任せて下さい」
初美「え?」
京太郎「…今日の事、俺は忘れませんから」
そのまま吐息と共に吐き出す言葉に薄墨さんがキョトンとした顔を見せた。
恐らく俺がこんな事を言うだなんて思っていなかったのだろう。
…まぁ、俺自身、こんな風に思うだなんてさっきまで想像もしていなかった。
出来るだけ仲良くやっていこうとは思っていたが、それは自己保身の意味合いも強いものだったのだから。
正直な話、神代さんとインターハイを目指すなんて荒唐無稽過ぎてまったく想像出来なかったのだ。
京太郎「この借りは必ず結果で返しますよ」
けれど、ここまでされて何時迄も後悔や未練ばっかり引きずっていられない。
勿論、完全になくすのは無理だが…それでも少しずつ吹っ切っていかないといけないのだから。
少なくとも薄墨さんは俺にそれが出来ると信じてくれていたからこそ…この場所を紹介してくれている。
その上、物足りない胸まで貸してくれた彼女の信頼と献身は無駄にはしたくない。
初美「また何か失礼な事考えてませんかー?」
京太郎「いえいえ、まさか姐さんに対してそんな事あるはずないじゃないですか」
初美「だから姐さんは止めろとアレほど言ってるですよー!」
京太郎「はは、無理ですって」
下手な男よりも格好良い姿を何度も見せられたのだ。
俺の中ではもう薄墨さん=姐さんと言っても良いくらいである。
まぁ、その割には弄ったりするが、それは俺なりの愛情表現であり、適切な距離感だ。
決してバカにしている訳でもなければ、それが悪いと思っている訳じゃ…あ、いや、胸はやっぱり物足りないけど。
初美「でも、まぁ…」
京太郎「…はい」
初美「…須賀君は男の子ですしねー、そこまで言ったんですから期待していているですよー」
そう笑ってくれる薄墨さんの顔はさっきよりも多少晴れやかなものになっていた。
俺の言葉を信じてくれた…と言う訳ではないにせよ、少しは彼女の行為に報いる事が出来たのだろう。
そう思うと俺の心も少し…ほんの少しだけだけれど、軽くなったような気がした。
それは薄墨さんと多少仲良くなれた所為か、或いは自分の中で一つ目標が出来た所為か。
俺には分からない、分からない…けれど ――
―― …これから皆と仲良くやっていけそうな…そんな気がした。
………
……
…
京太郎「ふー…」
アンテナ一本で送受信にも結構な時間が掛かるとは言え、長野の友人たちとのメールのやり取りはとても楽しい。
ほんの一日ぶりだと言うのに、数週間から数ヶ月はメールを取り上げられていたような新鮮さと嬉しさがあった。
これも携帯というツールに依存する現代人特有の病なのか、或いはこの異常な状況の所為か。
…多分、どっちもだな、きっと。
京太郎「(…ま、でも、そんな時間も長くは続かなくて…)」
それから薄墨さんと適当に駄弁りながら携帯を弄っている間に夕飯の時間になった。
仲間たちと連絡をとれなくなるのが名残惜しいが、しかし、俺がずっとここにいたら監視役である薄墨さんにも迷惑が掛かる。
そう思って朝と同じ食卓へと向かった頃には、既に見事な和食が用意されていた。
ホカホカと湯気が立ち上るそれはとても美味しそうで、思わず生唾を飲み込んでしまったくらいである。
京太郎「(朝の時は殆ど味なんて分からなかったけどなぁ)」
なんだかんだでまだ立ち直っていなかった朝や昼の時と比べて今の俺は精神的にも大分マシになってきている。
お陰で目の前の和食が素朴そうに見えてしっかりと手間暇を掛け、そして上等の素材が使われているかが分かった。
朝は殆ど詰め込むようなものであったが、夕飯は寧ろ自分から率先して掻き込んでいたくらいである。
そんな俺に笑いながら神代さんは何回もゴハンを装ってくれて…まぁ、比較的和やかに食卓に参加出来たと思う。
京太郎「(それもこれも石戸(姉)さんや薄墨さんのお陰なのだな)」
あの二人が俺の事を気にしてくれていなければ、俺はきっとこんなに早く立ち直る事が出来なかったはずだ。
きっと未だに自分の境遇に対しての不平不満を漏らし、グチグチと後悔だけを口にしていた事だろう。
けれど、今の俺は前向き…と言うほどではないが、そんな風に世の理不尽を嘆くほど凹んではいない。
だからこそ…俺は薄墨さんだけじゃなく、石戸(姉)さんにもそれを伝えたいのだけれど…。
京太郎「…あ、石戸さん」
霞「あ…あぅ…」カァ
…そう。
声を掛けただけで石戸さんはその顔を真っ赤にさせて視線を背けてしまうのだ。
そこには最初の頼れるお姉さんめいた姿はなく、歳相応 ―― いや、それ以下の少女である。
思わず庇護欲が擽られる今の石戸(姉)さんは可愛らしいが…けれど、それに喜ぶ事は出来ない。
霞「ご、ごごごごごめんなさい!また今度ね!」
京太郎「あー…」
―― …こうしてすぐ逃げられてしまうしな。
まぁ、さっきの今で普通に会話しろと言う方が難しいのだろう。
そんな事は俺にだって分かっているものの、やっぱりそんな風に避けられると寂しい。
食卓の時は普通だったのに…やっぱり廊下で顔をばったり合わせたってシチュエーションがまずいのだろうか。
…まぁ、実際、二人っきりだった時にあんな事しでかしたのだから警戒されるのが当然なんだけど。
京太郎「…どうするかなぁ」
明星「何がです?」
京太郎「うぉあ!?」
とは言え、一体どうしたら良いのだろうか。
そんな風に思いながら独り言を漏らした瞬間、後ろから急に声を掛けられた。
驚いてクルリと後ろを向けば、そこにはにこやかに笑みを浮かべた石戸(妹)ちゃんがいる。
…いや、より正確に言うならば…石戸(姉)さんと同じく有無を言わさない強引な笑みを浮かべた石戸(妹)ちゃんと言うべきか。
と言うか、今回もまた気配を感じなかったんだけど…この家の人間は俺を驚かさないと一人前じゃないとか、そんな掟でもあるんだろうか。
京太郎「あ、いや…その…何でもないんだ」
明星「そうですか。では…さっきの霞お姉さまの反応はどういう事です?」
京太郎「ぅ…」
そんな石戸(妹)ちゃんは簡単には誤魔化されてはくれなかった。
容赦なく突っ込んでくるその言葉にどうすれば良いのか分からない。
まっすぐと俺を見据えるその瞳は俺の嘘程度簡単に見抜くだろうし…さりとて本当の事など言えるはずもないだろう。
さっきの薄墨さんは適当に察して矛先を収めてくれたけど…でも、それと同じことを石戸(妹)ちゃんに求めるのは酷だ。
明星「…まさか霞お姉さまに何か不埒な真似をされたのでは…」
京太郎「そ、それは…」
…ってそんな事思ってる間に核心に踏み込まれてる訳だけどさ!
いや、なんで薄墨さんといい石戸(妹)ちゃんと良いそんなに察しが良いんだろうか。
それともやっぱり俺って分かりやす過ぎるのかなぁ…。
今までそんな風に思った事はないんだけど…ちょっと不安になった。
明星「……去勢ですかね」ボソッ
京太郎「ヒィッ!!?」
って今、それよりもっと不安になる言葉が聞こえたんですけど!?
去勢ってなんっすか!?何されるんですか!?
ゴールデンボールクラッシャーですか!?それとも工事ですかあああ!?
いや、どっちでも最悪なのには変わりないけどさ!!
明星「あら、聞こえてしまいました?すみません、冗談です」
京太郎「そ、そう…?」
…の割には凄い実感が篭ってたけどさ。
何というかドス黒いまでの暗黒の意思を感じた。
目も全然笑ってなかったし…一歩でも動いたら殺されるってあんな感じなんだろうな。
…ぶっちゃけ今でも背筋に嫌な汗が浮かんでるし…ちびるかと思った。
ってか、ちょっとちびったかもしれない。
明星「…でも、本当のこと話してくれなければ…私、お屋敷中にないことないこと言いふらしてしまう『かも』しれません」
京太郎「いや…それは…」
明星「それがお祖母様の耳に入ると…本当に去勢されてしまう『かも』しれませんね」
こ、この子怖い…!?
クスリと笑いながら言っている事は脅迫も良いところなんですけど!!
…まぁ、女所帯の中に男一人紛れ込んでる訳だから警戒されて当然なんだけどさ。
それならこうして共同生活なんてさせるなって言いたくなるけど…まぁ、その辺、無茶苦茶なのは今に始まった事じゃないし。
神代家の事だから…神代さんを護る為に無理矢理、去勢されるくらいありそうだ。
…正直言いたくはないが…でも、去勢はもっとされたくないし…。
京太郎「…分かった。でも、人にはあんまり聞かれたくない話だから…」
明星「では、私の部屋に参りましょうか」
京太郎「良いのか?」
明星「はい。護身術はひと通り習っていますから」
…それって俺程度じゃどうにも出来ないって事か。
そもそも、俺にそんな事するするつもりはないけれど…凄い自信だな。
実際こうして歩いている最中でもまったく隙がないし、自信を持つほどの事はあるんだろう。
…うん、石戸(妹)ちゃんには逆らわないようにしよう…色々な意味で。
明星「ここです。お入り下さい」
京太郎「っと、失礼しまーす…」
そんな石戸(妹)ちゃんに案内された部屋は俺と同じ和風のものだった。
広さもほぼ同じで間取りも殆ど変わらない。
女の子の部屋な所為かタンスなどが多少目立つがこればっかりは仕方ないだろう。
そもそも俺の私物がまったくない現状、タンスなんてあっても無用の長物だし。
だから、家具の違いは俺にとってそれほど気になるものではなく…いや、寧ろそれよりももっと気にするべきものが目の前にはあって… ――
京太郎「…うわぁ」
歴史を感じさせる上品な壁。
そこにはデカデカと幾つものポスターが張ってあった。
場違い…と言うよりは悪趣味と言っても良いような張りっぷり。
一部の隙も許さないとばかりに壁を埋め尽くすそれはたった一人の人物を写していて… ――
明星「どうですか?私の霞お姉さまコレクションは」
京太郎「…あぁ、うん。色んな意味で凄いと思うよ」
どれもこれも被写体は同じ ―― というか石戸(姉)さんだけど全て違うものだ。
気の緩んだ時の表情、キリッとした時の表情、神代さんらしき人物と笑っている時の表情…。
その他色々な表情が大小様々なサイズで並んでいる。
…こんな部屋を作る事そのものも凄いが、他人に見せて平然としていられる事石戸(妹)ちゃんも色んな意味で凄いと思う。
明星「ふふ、そうでしょう?でも、これだけじゃないんですよ。実はもっと他にもアルバムがありますから…」
京太郎「あ、うん。でも、それはまた今度見せてもらうから…」
…正直、この部屋だけでもお腹一杯です。
ポスターとは言え人の顔が貼りまくられているとまるで四方八方から石戸(姉)さんに監視されている気がするし。
そんな部屋で石戸(姉)さんのアルバムを見せてもらったら本当に頭がおかしくなってしまいそうだ。
確かに石戸(姉)さんは魅力的だと思うが、部屋中をその写真で満たしたいとは流石の俺も思えない。
明星「そうですか。では、何時でも言って下さいね、霞お姉さまの素晴らしさを知る人物は多いに越したことはありませんから」
京太郎「い、石戸ちゃんは石戸さんの事が大好きなんだな」
ソレ以外に一体何を言えば良いと言うのか。
下手に何かを言えば彼女の逆鱗に触れるかもしれないし。
っというか、こんなになるまで石戸(姉)さんを想ってる石戸(妹)ちゃんに例の件を話したらそれこそ殺されかねないのだから。
ここは全力で話を逸らさなければ…男としての俺の人生が本格的に幕を閉じかねない。
明星「はい。自慢のお姉さまです」ウットリ
…あぁ、これガチな人だ。
鶴賀の東横選手とかもそうだったけど、これガチな人の目だ。
完全に石戸(姉)さんに心酔って言うか…恋してるっていうか。
ウットリした瞳が完全にポスターの石戸(姉)さんしか写してない。
東横選手は例外として…まさかここまでガチな人がいるだなんて…たまげたなぁ(震え)
明星「何せ…永水女子で三年連続エルダーに選ばれたのは霞お姉さまだけなんですから」
京太郎「…エルダー?」
聞き覚えのない単語に首を傾げれば、石戸(妹)ちゃんがキョトンとした顔をする。
まるで「犬とは何だ?」と聞かれたようなその驚き混じりの表情は数秒後、得心したものへと変わった。
そのままポンと手を打つ仕草はとても可愛いのに…この子、ガチなんだよなぁ…。
ホント勿体ない…。
明星「あ、そうか。清澄にはそういう制度がないのですね」
京太郎「みたいだな。悪いけど、教えてくれるか?」
明星「はい。お安いご用ですよ」
ニコリと笑った石戸(妹)ちゃんにはさっきの心酔しきった表情はなかった。
恐らく石戸(姉)さんが絡まなければ、多分、凄い良い子なんだろう。
…うん、この部屋を見ていると凄い不安になるけれど良い子…なはずだ。
俺の質問にも快く応えようとしてくれているし…うん、そうだ、そうに決まってる…。
明星「まず須賀さんにご説明しないといけないのはスールと言う制度についてです」
京太郎「スール?」
明星「はい。凄い大雑把に言えば…監督役の上級生を姉、監督される下級生を妹として擬似的な姉妹関係を結ぶ制度ですよ」
京太郎「へー…」
…と言ったものの正直、良く分からん。
俺は一人っ子だし、そもそもこういうお嬢様校とはまったく縁遠い生活をしていたのだから。
部活なんかで後輩の面倒を見たり見られたりはしていたものの、別にそれは一人に固定されたものじゃない。
そんな俺にとって、わざわざ監督役を一人選ぶというのは別次元の話すぎた。
京太郎「それって強制なのか?」
明星「いいえ、永水女子は開校当時から生徒の自主性を可能な限り重んじる校風ですからスールを結ぶか結ばないかは任されています」
京太郎「なるほどなー」
流石にその辺は強制ではないのか。
まぁ、強制でペア組まされるとなると色々と問題もあるから当然の処置なのかもしれない。
いきなり監督役にさせられる上級生もたまったもんじゃないだろうしなぁ。
受験を間近にしていきなり一年生の面倒を見ろと言われたら…うん、確実にぶん投げる。
明星「ですが、校内の大抵の生徒はスールを結んでいるか、或いは『いた』方が殆どです」
京太郎「…いた?」
明星「はい。卒業したお姉さまに操を立てる意味でソレ以降にスールを結ばない人も多いのですよ」
……なんだか余計に訳が分からない世界になってきたぞ。
操ってなんだよ…ただの監督役じゃないのかよ…。
って…もしかして姉妹って…そういうガチな意味での奴か?
確かに漫画とかじゃ女子校ってそういう風に書かれる事もあるけど…それは所詮二次元の話だろ?
そういうガチな人が世の中にそう溢れているなんて…いや、東横選手みたいな人もいるけど、アレは色々と例外だし。
明星「最初は上級生と下級生を結びつける事で生徒たちの交流を深め、上級生をより模範的淑女に、下級生もまたそれを手本に、と言うものだったのですが…」
京太郎「…ですが?」
明星「今は擬似的な恋人関係と勘違いする方も多いようです。と言っても口づけ程度でそれ以上の事をしているスールは少数派ですけど」
…つまり少数派であるだけで珍しくない程度にはいるって事か。
なんだか急に永水女子が人外魔境に思えてきたんだけど。
お嬢様校ってもっとキャッキャウフフしてる華やかな園じゃなかったのかよ!
いや、ある意味じゃキャッキャウフフしてる訳だけどさ!!
そういうガチなの求めてた訳じゃねーから!!!
つか、口づけ程度ってその時点で男には理解不能な世界だよ!!
明星「ここまでは理解出来ましたか?」
京太郎「…あぁ、うん。理解したくないけど理解した」
と、どれだけ心の中で叫んでも現実が変わる訳じゃない。
石戸(妹)ちゃんがここで嘘をつくメリットなんかない訳だし…恐らくそれは事実なのだろう。
そう思うと色々と気が重くなってくる訳だけど…まぁ、とりあえず理解しなければ話が進まない。
出来れば踏み込みたくない世界ではあるが…自衛の為にもっと話を聞いておかなければ。
京太郎「で、エルダーって言うのは?」
明星「はい。これも大雑把に言ってしまえば全校生徒から最も永水女子を代表する淑女として相応しいと選ばれた方ですよ」
京太郎「それって生徒会長みたいなもんか?」
明星「いえ、生徒会長はまた別にいます。エルダーには実権はありませんし…まぁ、所謂、象徴のようなものですね」
実権なしで全校生徒から選任…かぁ。
例えがおかしいかもしれないが、大学で言うミスキャンパスみたいなもんかな。
まぁ、多少有名人になる程度で何かの義務が発生したりするもんじゃないんだろう。
清澄でもミスコンはあったし、その辺はスール制度に比べればまあ理解出来る範疇だ。
明星「ただしエルダーになった方に実権はなくても強い発言力が伴います。本気になって扇動すれば生徒会も覆せる事でしょう」
京太郎「恐ろしい世界だなおい」
そう思っていた時期が俺にもありました。
いやいやいやいや、おかしいだろ!
なんの実権もない女生徒の一言で自主性を重んじる校風の生徒会が吹っ飛ぶとか何処の世紀末だよ。
女子校の結束力って怖い(小並感)
明星「それにエルダーは全生徒から選出された謂わば皆のお姉さま…つまり全員とスール関係にあるも同然ですから。その立ち振舞にも人の目が集まる事になります」
京太郎「…それってきつくないか?」
明星「えぇ。ですから気を遣って、一年で選出されなくなるのが暗黙の了解です」
京太郎「なるほどなー」
そんな風に一年間、全校生徒の期待と憧れが向けられていたら、普通の神経じゃ耐え切れない。
俺だったら数ヶ月くらいで胃潰瘍になってダウンする事だろう。
ま、そもそも男である俺がエルダーとやらに選出される事なんてないから気にしなくても良いんだろうけどさ。
と言うかバレたら即死亡級の秘密を抱えている以上、エルダーとやらに選ばれるほど目立つ訳にはいかない。
明星「ですが!!」
京太郎「うぉ!?」
明星「ですが!!霞お姉さまは…そんな暗黙の了解を破って三年連続エルダーに選出されたのですよ!!」
京太郎「お、おぉう…」
あぁ、そう言えば元々それから始まった話だったっけ…。
ぶっちゃけ話があんまりにも衝撃的過ぎるから半ば忘れてたけどさ。
でも、まぁ…石戸(妹)ちゃんの興奮も分からないでもない。
こんなになるまで敬愛する相手が全校生徒から三年連続で選ばれたともなれば、俺だって思わず立ち上がって握りこぶしを作った挙句、ウットリも…いや、しないか。
まぁ、史上初ともなる三年連続エルダーみたいな事をさっき言ってたし…俺には分からないがこうやって興奮するくらいの事なのだろう……多分。
明星「今まで対抗馬がいなくてなし崩し的に二年連続エルダーになった方はいましたが霞お姉さまは違います!!」
京太郎「ど、どんな風に?」
明星「圧倒的大差で他の候補者をバッタバッタとなぎ倒し…その得票率は80%を下回った事がありません!」
京太郎「なにそれすごい」
俺は選挙とか詳しくはないが、その得票率がバカげている事くらいは分かる。
単純計算で生徒の8割からお姉さまとして相応しいと判断されているのだから。
どんなに清廉潔白で立派な人物であったとしても、詳しい人となりが分からない生徒も出てくる。
そんな生徒にまで支持されなければ8割なんて数字には到底、到達出来ないだろう。
それが三年連続ともなれば、どれだけ恐ろしい事か頭の悪い俺にだって理解出来た。
明星「…まぁ、他の候補者が大抵、家の関係者だったっていうのもあるんですけれど」
京太郎「ほぼ出来レースじゃねぇか!!」
明星「何をおっしゃいます!ちょっと他の候補者が気を遣っただけですよ!!」
…まぁ、石戸(姉)さんをエルダーにする為に自分を貶めたりはしないだろうけどさ。
それに例えそうであっても石戸(姉)さん本人が凄い人じゃなければ得票率80%なんて数字にはならないだろう。
思わずツッコミこそしたが、石戸(姉)さん本人に対する尊敬の感情は一切損なわれちゃいない。
そりゃあ石戸(妹)ちゃんだって、自慢気に話したくなるだろう。
明星「まぁ、そういう訳で…霞お姉さまはとても素晴らしい方なのです」ウットリ
京太郎「…うん。まぁ、ソレはよく分かった」
そんな風にウットリしなくても素晴らしい事はよく伝わってきてるからさ。
…だから、あんまりそんな風に目の前で頻繁にトリップしないで貰えるだろうか。
流石にこんなに早くアッチの世界に行かれるとちょっとついていけないって言うか…。
フォローも追いつかなくなるっていうか…その、ね?
明星「ですから私、須賀さんも霞お姉さまを学ぶべきだと思います」
京太郎「…え?」
―― 瞬間、石戸(妹)ちゃんは凄い勢いで後ろの押し入れを開いた。
俺の言葉を聞く事もなくスルリと開かれたその向こうにはこれでもかとばかりに並べられた石戸(姉)さんの顔写真。
それがアルバムの背表紙である事に気づいた頃には石戸(妹)ちゃんは嬉しそうにそれを出していた。
束のようなそれはかなり重いはずなのに、まるで何も入っていない空箱のように軽く取り出している。
…この子ヘタしたら俺より力が強いんじゃないだろうか。
明星「ほぉら…こんなに一杯アルバムやDVDがあるんですよ」
京太郎「す、凄いなー…」
まるで子どもが自分の宝物を見せびらかすような無垢な表情を浮かべる石戸(妹)ちゃん。
そんな彼女を無碍に扱う訳にもいかず、俺は頬を引き攣らせながら賞賛の言葉を紡ぐ。
それにニコーと表情を嬉しそうなものへと変える辺り、あんまりこのコレクションを褒められた事がないのかもしれない。
…まぁ、そもそもこんなコレクションを晒せる相手なんて少ないし、今まで見せられたのは遠慮のない身内だけだったのだろう。
そう思ったらちょっと可哀想な気も自業自得だと言う気も… ――
明星「では、寝るまでの間…ずっとこれを鑑賞しましょうね」
京太郎「…はい?」
そんな事を思っている間に石戸(妹)ちゃんはにこやかな笑みでアルバムを広げ、俺へと見やすいように差し出してくれる。
瞬間、様々な石戸(姉)さんが俺の視界に広がるが…明らかにこっちを向いていない写真もあるんだけど…。
これってやっぱり盗撮…い、いや、違うよな、きっと。
うん…幾ら石戸(妹)ちゃんが石戸(姉)さんラヴだったとしてもそんな犯罪行為スレスレの事をやったりしないだろ……多分。
明星「ふふ、どうですか?どの霞お姉さまも素晴らしいでしょう?」
京太郎「そ、そうだなー」
ま、まぁ…相手は目を見張るような美女なのだから、目の保養にもなるのは確かだ。
…けれど、石戸(妹)ちゃんが持っているアルバムがまだまだ山のように残っているのである。
ぶっちゃけそれを思うと、今からでも疲れがこう…どっと肩の辺りにですね。
とは言え…石戸(妹)ちゃんはあくまでも好意でそれを見せてくれている訳だし…出来るだけ穏便に断らないと…。
京太郎「で、でも、気持ちは嬉しいけど、そういうのはまた今度に…」
明星「…何を言っているんです?これは須賀さんの特訓なのですよ」
京太郎「と、特訓?」
一体、このアルバムを見るのが何の特訓になると言うのだろうか。
こうしているだけでも石戸(姉)さんが綺麗だって言う事くらいしか出てこない訳だけど。
それとも石戸(妹)ちゃんには俺とはまた違うものが見えているんだろうか。
まさか肉塊が美少女に見えたり…いや、それはないよな、うん。
明星「さっきも言った通り霞お姉さまは永水女子でエルダーに輝くほど素晴らしい女性です」
京太郎「ま、まぁ…そうだな」
明星「そして今、須賀さんは女性らしさを出来るだけ早急に学ぶ必要がある。…つまり」
―― まさかと嫌な予感が胸を過った。
これまでの話で石戸(妹)ちゃんが石戸(姉)さんに心酔している事は理解した。
そして同時にこの子がちょっとズレてはいるものの、根がとても良い子である事もまた俺に伝わってきているのだ。
そんな石戸(妹)ちゃんがこの流れで言い出す事なんて…俺にはたった一つしか思いつかない。
明星「霞お姉さまの真似をすれば万事問題ありません」ニコッ
京太郎「(やっぱりかあああああああああ!!)」
この子天然だ!!!
石戸(姉)さんや神代さんとはまた違った意味での天然だ!!!
しかも、ズレ方がまた微妙であるだけに何とも指摘しづらいタイプの。
俺の生きてきた人生の中で強いて似ている子をあげるのであれば、恐らく和になるだろう。
和もアレで意外と世間知らずで天然気味なところがあったからな…。
明星「どうかしました?」
京太郎「あ、いや…その…」
…にしても…どうしようか。
わざわざ会ったばかりの俺に自慢のコレクションを晒してくれているのだ。
これが石戸(妹)ちゃんなりの好意である事は痛々しいほどに伝わってくる。
そして何より俺を苦しめているのは…その論理がズレているとは言え、筋が通っている事だった。
確かに石戸(姉)さんは全校生徒に認められるだけの逸材であるのだから、その真似をするのが一番なのだろう。
方法はさておき、石戸(妹)ちゃんの言っている事は決して間違ってはいない。
京太郎「……分かった。まぁ、寝るまでになるけれど…」
明星「はいっ」
―― 結果、俺はその石戸(妹)ちゃんの提案に乗るしか出来なかった。
言っている論理も決して間違っているものじゃないし、俺に早急な特訓が必要なのも事実だ。
何より心から好意で言ってくれている石戸(妹)ちゃんの気持ちを無碍には出来ない。
正直、量だけでうんざりするが…それはまぁ、必要なものだと思って我慢しよう。
ニコリと笑う石戸(妹)ちゃんの表情にはそれだけの価値がある…はずだ、きっと。
明星「では、まずこちらから一つ一つ解説していきますね」
京太郎「…うん。頼むな」
まぁ、量は確かに多いが拘束時間そのものは決して長くはないはずだ。
アルバム数冊とは言っても、全部見るのには数時間程度で済むだろう。
キリの良いところで疲れたから休む、と言えば石戸(妹)ちゃんも解放してくれる…と思うし。
それまで石戸(妹)ちゃんの部屋で一緒にいられる対価だと思えば、そう悪いものでもないはずだ。
その間、ずっと石戸(姉)さんの素晴らしさを延々と聞かされる事になるだろうけれど…まぁ、その辺は大丈夫だろう。
洗脳されたりする訳じゃないだろうし…精々、アルバムやDVDを鑑賞するだけなんだから、なぁに大した事ないって。
そう、石戸(姉)さん鑑賞になんか絶対に負けたりしないキリリッ
巴「ふぅ…さっぱり…」
京太郎「…」フラフラ
巴「…あれ?須賀君?どうしたの?」
京太郎「……デス」
巴「え?」
京太郎「カスミオネエサマハスバラシイオカタデス」フルフル
巴「す、須賀君…?」
京太郎「カスミオネエサマハスバラシイオカタデスカスミオネエサマハスバラシイオカタデスカスミオネエサマハ…」カタカタ
巴「す、須賀君!目を覚ましてええええええ!?」
【System】
須賀京太郎は女装術Lv1を習得しました
須賀京太郎は羞恥耐性Lv1を習得しました
須賀京太郎は淑女の振る舞いLv1を習得しました
須賀京太郎は石戸霞の情報Lv1を刷り込まれ…習得しました
今日の投下は以上で終了です
んじゃちょっと休憩したら姫様の前日譚やってきまする
あ、ちなみにこのスレのはっちゃんは某スレの姉さん女房はっちゃんに多大な影響を受けてます
後、明星ちゃんは百合キャラじゃなく、霞お姉さま至上主義者です(小声)
お前らちょっと訓練され過ぎてんよぉ!!!
でも、このスレはエロはありませんってば
そういうの見たい人は咲ちゃんにお任せするスレに行くのが良いと思います(ステマ)
まぁ、大体こんな感じで全員のキャラをある程度掘り下げた後、永水編が始まるんじゃね(適当)
次回ははるるの予定です
後、休憩したらやるって言ってましたがご飯食べたら凄く眠くなってきました…
今日は投下もやったし、即興はやっぱり明日からにします…すみません;
スールはマリみてだけど、エルダーはおとぼく設定だね
どうせだしどっちも混ぜちゃえと思ってぶちこんだ結果がコレです
あ、後、速報復活したみたいなんで見直しやって明日書きためしてたのを投下します
残業って楽しいよね皆も楽しもうよ(白目)
って事でようやく戻りました…
とりあえず日付変わるまで頑張って見直しやってキリの良いところまで投下していきます
残りは明日投下する予定です…すみません;
やっぱり全部は無理でした(白目)
とりあえず出来た分だけ投下していきます
春「…5」
巴「よーん」
小蒔「さーん!」
湧「にぃっ」
明星「いーち」
初美「0ですよー!」ピョン
霞「はい。新年明けましておめでとう」
京太郎「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
鹿児島で過ごし始めて数日も経てば新年だ。
俺は今、居間のテレビで皆とテーブルを囲みながら新年を迎えたばかりである。
テーブルの上にはちょっとしたお菓子やおせちのあまりなんかが既に並んでいた。
それを適当に摘まみながら話をしているだけで時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまう。
初美「ふふふ…今年もまた新年の瞬間に地球上にいなかったのですよー」ドヤァ
京太郎「ただ飛んでただけじゃないっすか」
初美「これだから地球の重力に魂を縛られた人間は困るのですよー」
京太郎「薄墨さんだって重力に縛られてすぐに落ちてましたよね」
それは俺に対して大分打ち解けてくれた薄墨さんのお陰なのだろう。
既に数日経っているとは言え、性別の違いもあってか、俺はまだまだ皆の中にちゃんと溶け込めちゃいない。
最初の頃に比べれば会話も大分増えたが、しかし、二人っきりで話すとなるとまだ警戒されているのを感じるのだ。
そんな俺を率先して会話へと引っ張りこんでくれる薄墨さんがいなければ、どうなっていた事か。
きっと今だって一人寂しく端っこの方でミカンを剥く羽目になっていただろう。
春「…はい、須賀君」
京太郎「お、ありがとうな」
そんな俺の代わりに黙々とミカンを剥いているのは滝見さんだった。
ここ数日一緒にいて分かった事だが、彼女はあんまり積極的なタイプじゃない。
誰かと話している時も一歩引いていると言うか、あまり自己主張をしたがらないタイプだ。
かと言って会話に混ざらない訳じゃなく、その時々に合わせてポツリと言葉を漏らしたりもする。
京太郎「(不思議な子…だよなぁ)」
所謂、不思議ちゃん系ではあるが、決して引っ込み思案と言う訳でもない。
何処か独特の距離感を持った子で、それがとても心地良いのだ。
気心が知れているようなその距離の取り方は何処か咲を思い出す。
あっちは意外と自己主張激しいし構ってもらいたがりだが、滝見さんにはそういうのはない…と言うのが大きな違いだろうか。
いや、まぁ、こうして会ってすぐに構って貰われたがると俺も困惑する訳だが。
京太郎「(でも、一緒にいて嫌な子じゃない)」
今も彼女は俺の隣にいるが、それがまったく気にならない。
それは決して影が薄いとか自己主張をしないとかそういう意味じゃなく、寧ろ側にいる事で安心できる子なのだ。
こう言っては滝見さんに失礼かもしれないが、恋人にするよりも結婚したいタイプと言うべきか。
実際、本人とは違ってプルンプルンと自己主張する部分はとても大きくてですね…。
春「…エッチ」カァ
京太郎「…すまん」
春「…もう」
またも出てしまった悪癖に俺はそっと視線を背ける。
その最中、頬を微かに染めた滝見さんが拗ねるように言葉を漏らした。
…けれど、それが石戸(姉)さんのような呆れるものではなく…寧ろ満更でもないように思えるのは気のせいだろうか。
…うん、間違いなく気のせいだな。
明星「しかし、須賀さんのその癖もどうにかならないでしょうか…」
巴「ま、まぁ男の人だしある程度は大目に見てあげないといけないけど…」
京太郎「あ、あはは…」
狩宿さんは何とか俺の事をフォローしようとしてくれているが…まぁ、石戸(妹)ちゃんの言う通りだ。
今みたいに事ある毎に胸をチラ見していたら、どれだけ外見を整えてもすぐに性別がバレてしまう。
そうなってしまったら社会的に死亡するしかないだけにどうにかしないといけないのは事実だ。
…でも、出来れば去勢とかそういう方向にはいかないで欲しいかなって…。
初美「こう胸を見てたらスイッチ押してビリビリーとか出来ないです?」
春「…犬の躾?」
いや、まぁ、去勢よりは幾分マシだけどさ!!
だけど、そういうビリビリを喜ぶタイプじゃ…いや、お仕置きだから喜んじゃ意味ないんだろうけど。
…そもそも言葉でどうにかなる性癖なら清澄にいる頃に治ってたよな。
やっぱりこれを治す為にはある程度の荒治療も覚悟しなきゃいけないんだろうか。
小蒔「痛いのはダメですよ。須賀君は折角、私の為に来てくれているんですから」
京太郎「じ、神代さん…!」
自分でもそんな風に思っていたところへの助け舟。
それに思わず声をあげれば、神代さんがニコリと笑ってくれる。
まるで俺に心配しないで、と言うようなその笑みは思わず拝み倒したくなるくらい輝いていた。
ここに神社を建てよう(提案)
小蒔「そもそもそういう時はバレないように私達が手助けしてあげれば良いんですよ」
巴「手助け…ですか」
小蒔「はい!」
ぐっとガッツポーズする神代さんの姿はとても微笑ましいものだった。
神代家に対する蟠りのようなものを完全になくした訳ではないが、それでも神代さんその人に思うところは殆ど無い。
元々、神代さんは蚊帳の外であり、こうして俺の事を気遣ってくれたのも今日だけではないのだから。
彼女の人となりを知れば知るほどそういう感情は溶けてなくなっていく。
今では神代さんの笑顔の為にも頑張っていかなければ、と思い始めているくらいだった。
霞「手助け………それってやっぱり…はぅ」ボンッ
京太郎「ん?」
霞「な、ななななんでもないわよぉ!?」カァァ
の割には声が上ずってるんですけど…。
まぁ、この前のラキスケの件もまだ解決してないからなぁ…。
アレから舞の稽古は石戸(姉)さんから薄墨さんに変わったし…座学の時間も狩宿さんが担当している。
未だに避けられている事を思えば…まぁ、この反応も当然と言えるのかもしれない。
初美「…耳年増」ポソッ
霞「は、初美ちゃんだって耳赤いじゃない!」
初美「こ、これはさっきおすまし汁呑んだからですよー!」
京太郎「ん?」
春「…須賀君は気にしなくて良い事」
けれど、どうやら話は俺の思っているのとはまったく違う方向に進んでいるらしい。
一体二人は何を言っているのか、と首を傾げれば滝見さんが俺に向かって綺麗に筋を取り切ったミカンを再び差し出してくれる。
それを受け取った頃には石戸(姉)さんも薄墨さんも顔を真っ赤にして俺の方をチラチラ見ていた。
…一体、どういう事なんだろう?
京太郎「(まさか手助けって事で毎朝、色々と処理してくれるとか…)」
…まぁ、エロ漫画とかであればそんな展開もあったかもしれない。
しかし、ここは現実で…そして俺の立場は奴隷もいいところなものなのだ。
そんなイヤンでアハンな展開が待っているとは到底、思えない。
そもそも石戸(姉)さんとはぎこちないし、薄墨さんとはただの悪友みたいな感じだしな。
そんな相手への手助けってだけでエロ漫画みたいな展開を思い浮かべるはずがないだろう。
京太郎「でも、何とかしないといけないよなぁ…」
明星「それでは胸に慣れてみるのはどうです?」
京太郎「…慣れる?」
石戸(妹)ちゃんの言葉に首を傾げるのはそれが決して慣れ親しんだものではないからだろう。
けれど、俺も健全な男子高校生な所為か、そのフレーズに何ともアハンなものを感じた。
こう石戸(姉)さんの胸を思う存分味わせて貰えるとか…そんな役得があったりなかったり… ――
明星「…須賀さん?」ニコー
京太郎「す、すすすすみません!!」
小蒔「?」
―― まぁ、しないですよね。
そんなものを姉ラヴな石戸(妹)ちゃんが許すはずもないし。
そもそも俺の為に胸を貸してくれるような奇特な人がいるはずもない。
…いや、一人いる事はいるけれど、その人はもう悲しくなるくらいの幼児体型でナイチチ枠だし。
胸に慣れると言う目標からはあまりにも遠い存在だろう。
初美「また何か失礼な事考えてないですかー?」
京太郎「はは。何の事ですかね。何も薄墨さんの胸が足りないとかそんな事…」
初美「久々にキレちまったぜ…なのですよー…!卓へ行こうぜ…なのですー!」ヌガー
はは、誰が行くか。
インターハイ出場者である薄墨さんと俺だとじゃ地力が違いすぎる。
稽古や座学の勉強の合間に遊びとして麻雀をやっているが未だに一度だって勝てやしないくらいだ。
って言うか役満とかポンポン出されるからどうしても稼ぎ負けてしまうというかですね。
どうしてこの人インターハイであんなに失点したんだよ、マジで。
明星「…ともかく、私が言っているのはそろそろパッドを買っても良いのではないか、と言う事です」
京太郎「パッドかぁ…」
所謂、偽乳と呼ばれるそれにあまりいい思い出はない。
胸に並々ならぬこだわりを持つ俺にとって、それは幾度となく苦渋を飲まされたものなのだから。
良いな、と思った女の子の胸がある日、ちょっとだけ崩れていた時の気持ちなど男にしか分からないだろう。
おっぱいにロマンを抱く男だからこそ、それに裏切られた時の気持ちは容易く察する事が出来ないくらいに大きいのだ。
京太郎「でも、そんなので慣れられるもんなのか?」
明星「最近のパッドはとっても優秀ですよ。高いものは本物とそれほど変わらないくらいです」
しかし、そのようなトラウマを抜きにしても…どの道パッドはつけなければいけない。
今も化粧をして自然と巫女服を着ているが、それだけで完全に女になりきれる訳じゃないのだ。
女性の中にもナイチチを超えて絶壁枠に入る人もいるが、それは決して主流と言う訳ではないのだから。
流石に巨乳になるほど重ねるのはアレだが、幾らか膨らみはあった方が良いだろう。
霞「…そうね。それにそろそろ下着にも慣れていった方が良いでしょうから…」
京太郎「…それってもしかして…」
巴「ブラやショーツ解禁…かな」
京太郎「ですよねー…」
…まぁ、今まで下着だけは男物で許してもらえただけでも有り難いって俺も分かっていた。
けれど、ドンドンと踏み越えちゃいけないラインを越えていっているとは言え、やっぱり俺にも思う所はある。
女装をする男の中でも下着まで揃えるのは少数派と聞くし…出来るだけそういうのとは無縁でありたかった。
だが、こうして突きつけられる現実は俺に逃避を許さず…肩からがっくりと力が抜けていく。
春「…大丈夫」
京太郎「…滝見さん…」
春「付け方は私が教えてあげるから…」
京太郎「そういう意味で落ち込んでるんじゃねぇよ!!」
いや、確かにそれも悩んでいるけどさ!
でも、フォローして欲しかったのはそっちじゃねぇよ!!
…まぁ、この状況で「下着なんてつけなくて良い」なんてなる訳もないから…欲しいフォローなんて来るはずないんだけど。
そういう意味では冗談で済ませてくれた滝見さんのフォローは優しさなのかも… ――
春「…」ポリポリ
京太郎「……」
春「…要る?」スッ
京太郎「あ、いや、大丈夫だ。ありがとうな」
…うん、やっぱねぇな。
この子さっきの冗談で済ませた訳じゃねぇや。
多分、心から俺の事をフォローしようとしてくれたんだろう。
それはそれで嬉しいが…やっぱりこの子思考回路が独特と言うか…不思議だなぁ…。
小蒔「ふぁぁ…」
霞「あら…小蒔ちゃんはもうおねむかしら?」
小蒔「…はぃ…」ウトウト
まぁ、健康優良児な神代さんは何時もこの時間には寝ているからな。
…いや、それは俺達も同じだけど。
ろくに娯楽もない所為か、この家では早寝早起きが基本になっている。
それは俺も同じで…最近は日付が変わる頃まで起きていないくらいだ。
長野にいた頃からは考えられないくらい健康的な生活である。
巴「じゃあそろそろ解散しましょうか」
初美「そうですねー。明日は特に早いですからー」
京太郎「じゃあ、片付けしないとですね」
最初は混ぜては貰えなかった片付けも最近は参加させてもらえるようになった。
少しずつではあるものの、俺もこの家の住人であると認めてもらえているのだろう。
そう思うと片付けする動きにも張りが出てくる気がするのだから不思議なものだ。
…決して俺が根っからの雑用根性だからと言う訳じゃない、うん、決して。
湧「……」スッ
京太郎「あ、俺がやっとくから良いよ」
湧「あ…」
そもそも皆は明日からは巫女としての激務が待っている。
一般公開されている部分に降りる事は少ないとは言え、新年の奉納や親戚付き合いなどで忙しいと薄墨さんから聞いた。
三が日も終わればそれも多少はマシになるらしいが、こんな風に全員でゆっくり出来るのは当分先になる。
まぁ、その間、俺も色々と宿題や自主練を言い渡されているから暇ではないが、皆ほど予定が詰まっている訳じゃない。
明日は特に早いそうだし、ここの片付けは俺がやっておくべきだろう。
湧「あいがと…」
京太郎「え?」
湧「~~~っ!!!」プイッ
京太郎「…???」
瞬間、聞こえてきた言葉に聞き返した時には十曽ちゃんは不機嫌そうにその顔を背けた。
けれど、その顔に浮かんだ朱色は怒り…と言うだけではなかった気がする。
寧ろ、羞恥心めいたものが強かったような…でも、恥ずかしがるような事はなかったと思うんだけど。
そりゃ確かに噛んだっぽい感はあるが、それだけであんな風に恥ずかしがるだろうか。
巴「ふふ…もうちょっとみたいですね」
京太郎「え?何がですか?」
巴「それは湧ちゃんが言うまで秘密です」
クスリと笑う狩宿さんに首を傾げるが、やっぱりさっきのやり取りはそんなに特別なものだったとは思えない。
殆ど交流がないとは言え、2、3言葉を交わした事くらい俺にだってあるのだから。
どれだけ思い返しても、それらの社交辞令的なやり取りとそれほど変わりがないと思うのだけれど…。
春「…でも、もうすぐだと思う…」
京太郎「もうすぐって何が?」
初美「あの子がちゃんと話しかけてくれるようになるまで、ですよー」
京太郎「???」
だけど、そう思っているのは狩宿さんだけじゃないらしい。
他の皆も口々にそう言いながら微笑ましそうな目をしていた。
どうやら皆はさっきのやり取りに俺とはまた違った受け取り方をしているらしい。
そこまでは分かったものの、一体そのズレが何なのか俺にはついぞ分からないままだった。
巴「それはともかく…お片づけの件ですが…」
京太郎「あぁ、さっきも言いましたけど俺がやりますから良いですよ」
小蒔「でも…ふにゅぅ…」
京太郎「ほら、神代さんも眠そうにしていますし…早く寝かせてあげて下さい」
流石にそんなに眠そうにしている神代さんを放っておくのもアレだしさ。
今もコクリコクリと船を漕いで今にも寝落ちてしまいそうだ。
石戸(姉)さんや他の皆も顔や態度には出さないが、眠くてもおかしくはない。
まぁ、実際、ここ最近健康的な生活をしてきた俺も眠い訳だが…それでも明日が忙しい訳じゃないのだ。
霞「だけど…一人じゃ大変でしょう?」
春「…じゃあ、私が手伝う…」
京太郎「滝見さんが?」
確かに八人分の片付けをするのは多少時間が掛かるかもしれない。
年越しそばを入れた器はまだ食卓の上だし、お菓子袋やジュースのペットボトルなんかもそのままだし。
とは言え、全てを掃除するのには一時間も掛からないだろう。
そう思った俺の前で滝見さんがゆっくりとその手をあげた。
春「…私は比較的明日は遅いから…」
霞「え?でも…」
春「…遅い…から」
初美「…じゃあ、お片づけははるると須賀君にお任せするのですよー」
霞「ちょ、ちょっと初美ちゃん…」
俺も石戸(姉)さんもついていく事が出来ない内にクスリと笑った狩宿さんや石戸(妹)ちゃんが一礼しながら居間を出て行く。
どうやら薄墨さんの言葉でこの場の方針は既に決定づけられてしまったらしい。
初美「まったく…ホントこういう事には鈍いのですよー…」
霞「え?鈍いって何が?」
初美「ほら、良いから姫様連れて出て行くですよー」
霞「あわわ…!」
そんな声をあげながら神代さんと一緒に居間から追い出される石戸(姉)さん。
そこには既に年長者としての威厳はなく、ちょっと天然気味の美少女がいるだけだ。
…ま、そんな石戸(姉)さんの背中を押してるのもこの家じゃ間違いなく年長者なんだけどさ。
この家だけじゃなく全国的に見ても圧倒的に外見がロリロリしい人だから、あんまり実感沸かないけど。
初美「…じゃ、はるる、上手くやるですよー」
春「…ん」
京太郎「えーっと…」
―― にこやかな表情と共に薄墨さんは障子を閉めた。
瞬間、言葉が漏れるのはこの部屋に二人っきりと言う事を強く意識してしまっているからか。
勿論、今まで薄墨さんや石戸(姉)さんを始め、神代家の皆と二人っきりになった事はある。
けれど、それは特訓を始め、所謂『仕方のない事情』があったからだ。
だが、今の俺にはその事情はなく…寧ろ… ――
京太郎「…本当に良かったのか?」
春「…ん。勿論…」
―― …滝見さんの方から立候補…してくれたんだよな。
俺も眠い訳だし、手伝ってくれる滝見さんがいる事は素直に有り難い。
けれど、それだけで済ませるにはさっきのやり取り…いや、より正確に言えば石戸(姉)さんの反応が気になってしまう。
滝見さんは自分が遅いからって言ってねじ込んできたけれど…それを石戸(姉)さんが把握していないはずがない。
ちょっと抜けているところはあるが、基本的に仕事面での石戸(姉)さんはとても有能な人なのだから。
そんな彼女があんな風に反応するという事は…滝見さんの起床時間も他の皆とそう変わりがないという事ではないだろうか。
京太郎「…気を遣わなくても良いんだぞ。ここは俺一人でも十分だし…」
春「…そんなに私と二人っきりは…嫌?」
京太郎「そ、そんな訳ねぇって」
にも関わらず、あんな風に強く自分を推したのは俺の事を気遣ってくれているから。
そう思った俺の言葉に滝見さんが少しだけ肩を落とした。
そのまま少しだけ上目遣いになるその顔はなんだか寂しそうに見えてしまう。
まるで雨の中一人で置いて行かれた子どものような表情に、ついつい首を振って否定の意を示してしまった。
春「…そう。良かった」ニコ
京太郎「…ぅ」
…なんでそんなに嬉しそうにするんだよ…。
その口調はとても平坦で、表情もあまり変わらないが、滝見さんは決して感情の起伏のない子ではない。
それは幸せそうに黒糖をかじる姿を見ても、十二分に伝わってくるだろう。
けれど、今の滝見さんの顔は…そんな黒糖を食べている時よりも数段嬉しそうなものだった。
思わず手を差し伸べてしまいそうな寂しさから一転見せたその穏やかな表情に胸が反応してしまう。
京太郎「でも、明日は…」
春「…遅いから」
京太郎「…本当に?」
春「…うん」
どうやら滝見さんは思った以上に頑固な女の子らしい。
鼓動の乱れを抑えるように放った言葉にも意見を翻す事はなかった。
……ま、そこまで言われて手伝うな…なんて言えないよな。
コレ以上言うのも滝見さんの優しさを無碍にするようで失礼になるし。
それよりはとっとと終わらせて早めに寝かせてあげるのが一番だろう。
京太郎「…じゃ、出来るだけ早く終わらせるか」
春「了解…じゃあ…私はこっちからやっていくから…」
京太郎「おう。俺はゴミを纏めるわ」
そう意見をすりあわせながら俺たちは別々に作業を開始した。
お互いに背中を向けるようなそれは、けれど、不仲を意味しているものではない。
この数日間で俺は滝見さんの仕事っぷりが他の誰にも劣るものではないと知っているのだ。
あっちの方は滝見さんに任せておけば大丈夫。
そう思っているからこそ俺は振り向いて彼女の仕事っぷりを確認する事はせず、目の前のそれに集中する事が出来たのだ。
春「…こっちは終わった」
京太郎「おー。こっちもちょうど終わったところだよ」
そうやって二人でやっていると居間の片付けもすぐに終わる。
畳の上に落ちた食べかすなんかもしっかり箒とちりとりで回収したし、食卓の上にもゴミ一つ残っていない。
後は使った器やコップを洗えば、とりあえず終了と言っても良いだろう。
春「…相変わらず手際が良い…」
京太郎「ま、これでもそれなりに雑用歴があるもんで。つか、それを言ったら滝見さんだって同じだろうに」
春「私はこの家にいるのが長いから…」
京太郎「…長い?」キョトン
春「私は最初からここに居た訳じゃなくて…須賀君と同じように引っ越して来たの…」
京太郎「引っ越し…か…」
どうにも引っかかる言い回しに突っ込んでみれば、滝見さんも俺と似たような境遇だったらしい。
…まぁ、流石に実は男でしたーなんて事はないだろうけどさ。
その胸も黒糖の所為か人並み以上に大きく育って…いやいや…こういうのがいけないんだって、うん。
まぁ、それを抜きにしても全体的に身体の線が細く、離れていても女性らしさを感じさせる滝見さんが男なんてあり得ない。
………あり得ない…よな?
なんか最近、自分の女装に対する馴染みっぷりに不安を隠せないけど…。
京太郎「辛くなかったのか?」
春「…なかったと言えば嘘になる。引っ越しする前は友達もいたし…でも…」
―― そこで言葉を区切って滝見さんは俺の方を見つめなおした。
まっすぐに俺を見据えるその瞳には迷いがなかった。
自分の感情を誤解されたくないという彼女の気持ちが目に見えて伝わってくるくらいに。
まるでここで引いてしまったら一生後悔すると思っているようなその真剣さは受け止める俺の側にも妥協を許さない。
こんなにも何かを伝えようとしてくれているのだから、彼女の言葉をしっかりと受け止めてやらないと…!
春「…その分、かけがえのない出会いがあったと…そう思ってる…」
京太郎「…そっか」
―― それはきっと俺を励ます為のものなのだろう。
この無茶苦茶な状況に巻き込まれて既に数日。
その間、他の皆のお陰で俺は大分立ち直る事が出来ている。
けれど、それがまだ完全じゃないのは滝見さんに見通されていたのだろう。
だからこそ、俺を励ます為にも、神代さんたちとのそれが『かけがえのない出会い』であると告げてくれたのだ。
京太郎「俺も滝見さんみたいにそう思えるよう頑張るよ」
春「……」
京太郎「滝見さん?」
春「…ゴメン。今は…顔見ないで欲しい…」カァァ
京太郎「…あれぇ?」
もしかして…俺、受け止め方間違った?
いや…でも、今の流れでソレ以外に受け止められるようなもの…あったか?
どれだけ考えても励まそうとしてくれている以外に正答がなかった気がするんだけど…。
うーん…やっぱり俺はまだ他の皆の事をまだちゃんと理解できてないって事なんだろうな…。
京太郎「…なんかごめんな」
春「…須賀君は…悪くない。悪くない…から…」
京太郎「…いや、でもさ」
春「…大丈夫…だから…」
京太郎「…あー、うん。分かった…」
…とりあえず今は顔見ないで欲しいって事なんだろう。
さっきの返事を間違えてしまったらしい俺にもそれくらいは分かった。
なら、今は下手に何か言うよりもそっとしておいてあげた方が良いだろう。
まぁ、残りは洗い物をして、水回りのゴミを片付けるくらいだし、一人でもすぐに終わるものだ。
器やコップを台所に運んでとっとと済ませてしまおう。
京太郎「…じゃ、俺、洗い物してくるから…」
春「ま、待って…」
京太郎「え?」
そう思ってお盆に器やコップを乗せる俺を滝見さんの言葉が留める。
それに微かに驚きながら彼女の方を向けば、3つの盆の内一つを彼女の手が持ち上げた。
思いの外、しっかりとしたその動きにもう大丈夫なのかと滝見さんを見たが、その顔はまだ朱色に染まっている。
…それが妙に色っぽく思えるのは滝見さんの肌が透けるようなきめ細やかなものだからか、或いは元々表情があまり出てこない人だからか。
…多分、両方だな、きっと。
春「…これは私がする…から」
京太郎「…良いのか?」
春「…須賀君でも…一度に3つは無理…でしょ?」
京太郎「まぁ、そうだけど…」
幾ら俺が雑用歴が長いと言っても3つの盆を安全に運ぶ自信はない。
ハギヨシさんならまだしも、俺はまだそこまで卓越した技術の持ち主ではないのだ。
確かに面倒ではあるが、二回往復した方が確実だし、何より、不確実なやり方で器を傷つけたりはしたくない。
出来ない事は出来ないとはっきり伝えるのが仕事の基本だと言うハギヨシさんの教えを俺は今も忠実に守っているのだ。
春「それに私も手伝うって…そう言ったから…。…行こ…?」
京太郎「…おう。ありがとうな」
そのままスタスタと先に歩く滝見さんの背中を俺は二つの盆を持って追いかける。
まぁ、二つと言っても盆の上に並んでいるのは全員綺麗に完食した年越しそばの器だ。
左右に4つずつ並んでいる器は大きく盆を傾けない限りはそこからこぼれ落ちたりしないだろう。
勿論、油断する訳にはいかないが、この程度でガチガチに緊張するほど俺の雑用歴は短くない。
京太郎「……」
春「……」
…だからこそだろうか。
こうして歩いている最中に滝見さんとの会話がろくにないというのが俺には無性に気になった。
勿論、普段から彼女はあまり口数が多い方ではなく、自己主張に乏しい子ではある。
今まではそれも特に気になるものではなかったが、しかし、今の俺にはどうしてもこの沈黙が心に引っかかってしまう。
京太郎「(それは今も滝見さんが頬を赤く染めて可愛いって言うのもあるんだろうけど…)」
ソレ以上に俺の心を引きつけるのはさっき滝見さんが俺に何かを伝えようとしていた事だ。
けれど、俺は彼女の真意を受け止める事に失敗し、理由は分からないが、滝見さんに恥をかかせてしまったのである。
ならば、この沈黙の間にもう一度それについて尋ねて、その真意を改めて聞くべきではないだろうか。
それとも余計に恥ずかしがらせるかもしれないから、やっぱりやめておくべきだろうか。
沈黙と、それを気にする事が出来る余裕の中、対立する言葉が浮かんではぶつかり、霧散していく。
京太郎「(…結局、答えが出ないまま俺は台所に到着して…)」
使い込まれたそこは純和風な屋敷から受けるイメージ通り古風な空間だった。
流石に水道は引いてあるものの、温度調節機能なんて文明的なものはない。
またガスコンロも見当たらず、変わりにあるのは大きな釜が4つ。
流石に食料の都合上、大きな冷蔵庫だけはあるが、だからといって誰の目にも近代的な厨房には見えないだろう。
正直、この中で料理しろと言われても俺には無理だ。
京太郎「(まぁ、と言っても俺にはそこまで求められていないんだろうけれど)」
そもそも俺に出来る料理と言えば、何処ぞのタコス娘の為に覚えたタコスだけである。
ソレ以外は相変わらずからっきしでろくに料理なんて作れない。
それは石戸(姉)さんたちも把握しているのか、一度も俺に料理を作るのを手伝ってくれと言われた事がなかった。
最初からまったく期待されていないようでちょっと寂しいが、下手な料理を皆に提供しなくて安心しているところもある。
京太郎「(でも、何時かは手伝えるようにならないとなぁ)」
これが一過性の共同生活であればそのままでも別に良いのかもしれない。
しかし、俺の帰る場所は既になく、この家の中だけが俺の居場所も良いと言っても良いくらいだ。
そんな場所でのコミュニケーションや関係を円滑に保つ為にも料理も手伝えるようになっておいた方が良いだろう。
俺が料理当番のローテーションに入れるようになれば、合計で八人になって一日二人ずつで料理が作れる訳だからな。
皆の負担軽減にもなるし、同じ作業をする事で多少は関係も深まっていくだろうし…良い事づくめのはずだ。
京太郎「な、滝見さん」
春「ぇ…?」
京太郎「ちょっと頼みがあるんだけど…」
それを真っ先に伝えるのは勿論、さっきから俺の横で同じように器を洗う滝見さんだ。
バシャバシャと冬の冷たい水に手が触れている所為か、その顔からはもう朱色が引いている。
しかし、俺との間にろくに会話がないままなのは、やっぱりさっきのことをまだ引きずっている所為か。
それなら、この空気を変える為にもさっき思いついたそれをここで提案するのが良いだろう。
春「…何…?」
京太郎「滝見さんが料理当番の時にさ、ちょっと料理を教えてくれないか?」
春「…料理?」
京太郎「あぁ。俺も料理出来るようになって皆の手伝いしたいしさ」
春「…大丈夫。須賀君はそのままでも十分だから…」
京太郎「いや、でもさ…」
春「須賀君が大変なのは皆分かってる…。だから…そういう事はしなくても大丈夫…」
…うーん…気を遣ってくれているのは嬉しいんだけどさ。
ただ、皆がやってくれているのに自分だけしないっていうのは何か性に合わないんだよな。
基本そういう事は率先して自分でやってきたし…ついでにやらされてきたし。
そうする事が当然っていう思考はもう俺の中にすっかり根付いてしまっているんだろう。
京太郎「…じゃあ、滝見さんは俺に二人っきりで料理教えるのが嫌なのか?」
春「え?」
京太郎「そっかー…それならしょうがないよなぁ」
春「ち、違…っ」ワタワタ
おぉ、なんか知らんが食いついてる食いついてる。
しかし、こんなの嘘に決まってるのに、そんなにワタワタしちゃって。
…オラなんだかむくむくとイタズラ心が湧いてきたぞ(ゲス顔)
京太郎「俺って実は滝見さんに嫌われてたんだな…気づかなくってごめん…」
春「き、嫌ってなんて…」
京太郎「滝見さんは優しいんだな…。でも、良いんだ。気を遣わなくっても。こんなエロい俺なんて嫌われて当然だよな…」
…いや、まぁ、後半はまるっきり嘘って訳じゃないけどさ。
周りがおっぱいさんばっかりな所為でついついエロい顔になってしまうし。
滝見さんは優しいからあんまり指摘しないけど、その他の皆にははっきり言われているし。
それでも悪癖が治らない俺の事を好意的に受け止めるなんて、無理とは言わないが難しいだろう。
京太郎「…ごめん。もう滝見さんには近づかないようにするよ…」
春「……~~~~っ!」ギュッ
…アレ?
なんか滝見さんにまるで縋るように服の袖掴まれて…。
ってか…滝見さん…震えてる?
こ、これ…水が寒いからってだけじゃない…よな。
つか、普段は滝見さん平然とこの水で食器洗ってるし…。
……もしかして俺…やり過ぎた?
春「わ、私…く、口下手だからちゃんと言えな…い…けど…」
京太郎「…た、滝見さん?」
春「す、須賀君の事…嫌ってなんか…な…ぃ…」ジワッ
アイエエエエエエ!?ナミダ!?ナミダナンデ!?
って、違う違う違う違う…まるでリアルにニンジャと遭遇してショックを受けている一般人のような反応をしてる場合じゃない!!
なんで滝見さんがこの流れで泣くのかは分からないけど…とりあえずフォローしないと…!!
で、でも、なんてフォローすれば良いんだ…え、えっと…あぁ、もう頭の中、纏まらねぇよ…!
京太郎「ち、違う…!さ、さっきの全部冗談だから…!」
春「…嘘…?」
京太郎「あぁ!別にそんな事思ってないって!滝見さんが俺にすっげー気を遣ってくれてるのは伝わってるし!」
春「…本当?」
京太郎「本当だって!さっきも滝見さんに剥いてもらったミカンすっげー美味しかったしな!いやー美人に剥いてもらったミカンは格別だなー!!」
…なんだか自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
でも、まぁ、この程度で滝見さんが泣き止んでくれるなら安いものである。
女の子を泣かせてしまった時点で俺の羞恥心や人権など紙くず以下になってしまったのだから。
こういう時にする自己保身ほどみっともないものはないと俺は意外と泣き虫な幼馴染との経験で嫌というほど学んでいるのだ。
春「…じゃあ、これからも一緒に居てくれる…?」
京太郎「あ、あぁ!ずっと一緒だろ!どうせ俺はこの家から出られないし…」
春「…違う。そういう意味じゃ…ない」
京太郎「…え?」
そう言って滝見さんは俺の顔を改めて見据えた。
普段はあまり変化のないその瞳はさっきと同じように真剣さに満たされている。
けれど、さっきと違うのは…その中に微かな期待と恐怖が混ざっている事だろうか。
今の彼女は…クリスマスの時の咲を彷彿とさせる目をしていて…だからこそ未だ幼馴染を忘れられない俺の胸がズキリと傷んだ。
春「神代家じゃなくって…私と…一緒になってくれる…?」
京太郎「…た、滝見…さん?」
そんな俺に滝見さんがゆっくりとその身体を寄せてくる。
ピタリと寄り添うような彼女を、けれど、俺は拒む事が出来ない。
後ろには逃げ道があるはずなのに濡れた瞳は俺にそれを許してくれないのだ。
微かに退廃的な色気すら感じるその姿に…俺は一体、なんて応えれば良いのか。
京太郎「(いや…正確に言えば…どう断れば良いのか…だよな)」
俺はそういう小説やゲームの主人公ではないのだ。
ここまでされて彼女が何を言いたいのか分からないほど俺は鈍感でも難聴でもない。
真剣そうな滝見さんの言葉は誤解の余地も何もなく…俺に彼女の好意を伝えた。
しかし、今の俺にはそれを受け止める余裕もなく…何より、未だに幼馴染の存在を忘れられちゃいない。
ナイチチでポンコツだけど…しかし、誰よりも護ってやりたかった咲を忘れるまでそれを受け入れるのは失れ… ――
春「…えい」
京太郎「ひああああああ!?」ゾックゥゥ
そう思った瞬間、俺の服 ―― 勿論、巫女服だ ―― の内側にスルリと何かが入ってくる。
まるで霜の張った水のような冷たいそれは俺の肌に密着し、そこから凄い勢いで体温を奪っていった。
ズズズとまるで熱を吸い上げられるような感覚に俺は思わず肩を震わせて悲鳴のような声をあげてしまう。
まるで女の子のような声に羞恥心を掻き立てられながらそっちを見れば…そこにはクスリと笑う滝見さんの顔があった。
春「…可愛い」
京太郎「~~~~!」カァ
…うん、まぁね。
ここまでされたら俺も理解しますよ。
今までのが全部からかわれていたんだって事と…ついでに滝見さんの方が遥かに上手だって事をね。
何処から気づいていたのか分からないくらい…俺とは役者が違うんだろう。
…でも、だからってここまで見事にやられるとやっぱり恥ずかしくて堪らない。
もうそのまま顔を隠して部屋に逃げ込みたいくらいだ。
春「…冷たい?」
京太郎「あったりまえだろ!!!」
春「…私は暖かくて…気持ち良い…」
京太郎「そりゃあそんだけ人の体温奪ったらな!!」
けれど、俺の胸元にピッタリと手を当てる滝見さんがソレを許してはくれない。
寧ろ、俺をもっと辱めようとするかのようにその唇から綺麗な声を紡いでいく。
それ自体はとても心地良いのだけれど…その中身はちょっとサディスティックなものなのだ。
普段の滝見さんからはあんまり出てこないその言葉の波に羞恥心で平静さをなくした俺はついついツッコミを入れてしまう。
…うん、いや、俺もさ、こういう反応するから竹井先輩や滝見さんみたいなタイプが喜ぶってのは分かってるんだけどさ…。
京太郎「…ってか、そろそろ良いだろ。もう離してくれよ」
春「…やだ」
京太郎「やだって…子どもじゃないんだから」
…つか、さっきまでは冷たいってだけだったけどさ。
今はもう俺の体温吸って暖かくなってきてるから…色々とやばいんだよ。
スベスベした滝見さんの手が胸元に押し付けられていると思うとですね。
こう色々と俺の中のオスが暴走しちゃいそうと言うか…何というか…。
…しかたないじゃん、そういう年頃なんだから。
幼馴染の事吹っ切れてなくても反応はしちゃうってば。
春「…須賀君の熱…もっと欲しい…」
京太郎「…もう騙されねぇぞ」
春「…先に騙そうとしたのはそっち」
京太郎「うぐ…」
だからこそ早い内に引き剥がそうとする俺に滝見さんがジットリとした目を向ける。
さっきの真剣なものとは打って変わった責めるような瞳に俺はぐぅの音も出なくなってしまった。
まぁ、確かに滝見さんの反応が可愛くて、ついついからかってみたくなった俺が悪いのは事実だ。
でも、年頃の女の子が同じく健全な年頃の男子高校生の胸で暖を取るっていうのはどうなんだよ。
春「…だから、これは謝罪と賠償の一環として私が請求出来る正当な権利…」
京太郎「いや、それはそれでおかしい気がするんだが…」
そもそも普通は女の子が、そうやって男の身体で暖を取ったりはしないだろう。
さらに言えば俺はまだ滝見さんとはそれほど仲が良いって訳じゃなく、その手を握った事すらない。
そんな男の胸元に手を差し入れるのは流石に世間知らずが過ぎるんじゃないだろうか。
俺が咲で耐性あるから良いものの…下手すりゃ誤解されるぞコレ。
京太郎「ったく…女ってのは本当に卑怯だ…」
とは言え、男であり企みを全て看破された俺に無理矢理引き剥がすような権利はない。
俺はある種、無条件降伏してしまった身の上であり、滝見さんの言葉は全て受け入れなければいけない立場なのだ。
…と言うかここで下手になにか言うと余計に機嫌を損ねるのは目に見えてるしな。
まぁ、滝見さんに胸を触られるのは気持ち良いし…もうちょっとこのまま…いや、何でもない。
春「…卑怯なのはそっち…」
京太郎「…ん?」
春「…本当…びっくりした…」ギュッ
京太郎「…滝見さん」
―― …もしかしたら…。
もしかしたら…途中までは演技じゃなかったのかもしれない。
俺がからかっている事に気づいたのは本当は直前で…それまでは本気で焦っていたのかもしれない。
あの瞬間…俺が告白されたと思った瞬間以前は…本当に俺の冗談が分からなかったのかもしれない。
…それはあくまでもしかしたらで…決して俺の知る由もない事で…何よりこれからも知っちゃいけない事なんだろう。
春「…須賀君はからかいやすくて良い」クスッ
京太郎「…たーきーみーさーーーん!?」
…いや、やっぱ考え過ぎかなー!?
そんな風に思ってる相手だったらここまで押せ押せにはなんないもんな!
って言うか、俺、滝見さんはもっと優しくて陰ながら支えるタイプだと思ってたんだけど…。
意外とガンガン人のことからかってくるような子だったんだな…。
失望とかはしないけれど…でも、やっぱりちょっと意外だった。
春「…春」
京太郎「え?」
春「…滝見よりも春って呼ばれるのが良い…」
そんな風に一つ滝見さんの事を理解した俺に滝見さんがおずおずとそう口にする。
そこにはさっきのようなサディスティックなものはなく、頑張って勇気を出してくれた一人の少女がいるだけ。
何処か微笑ましくも可愛らしいその表情に…ついつい俺の表情も綻んでしまう。
それが例え演技か何かであったとしても…気にならないくらいに今の彼女は可愛らしかった。
京太郎「んじゃ、俺も京太郎で良いよ」
春「…ん、京太郎…」ニコッ
そんな風に言葉を交わしながら俺は一つ滝見さん…いや、春さんとの距離が近づいたのを感じた。
色々恥ずかしかったり寒かったりもしたが、まぁ、概ね良い結果になったのではないだろうか。
完全に俺の立ち位置は道化だったけど…その辺は今までにも何度かあったものだから問題はない。
それよりも今は春さんとこうして名前で呼び合えるようになった事の方が何倍も嬉しいしな。
なんだか、頭の中で『我は汝… 汝は我…汝、新たなる絆を見出したり…』とかそんな不思議な声が聞こえてしまいそうな感じだし。
春「…じゃあ、京太郎も…」
京太郎「え?」
春「…春って呼んで」
とは言え、現実とゲームとは違う訳で。
ここでめでたしめでたしとなって場面が移動したりはしない。
とりあえず一段落はしたものの、洗わなければいけない器はまだまだ残っているし。
何より、そうやって春さんから突かれてるのだから…多少、まだ恥ずかしいけど応えなければ。
京太郎「春さん」
春「…ダメ」
京太郎「えー…」
春「…さんなんて要らない。ちゃんと春って呼んで…」
京太郎「良いのか?」
春「…構わない…私も呼び捨てにするし…」
…思った以上に春さんはガンガンと踏み込んでくるタイプだったらしい。
まさかこの段階でお互い呼び捨てで良いと言われるとは。
まぁ、個人的にはそっちの方が気楽で良いし有り難いのだけれど。
こういう状況だから遠慮してるだけで本当はあんまり堅苦しいの好きじゃないしな。
京太郎「…んじゃ、春」
春「…ん♪」ニコ
あーちくしょー可愛いな…。
そんなところで綻ぶように笑われるとドキッとするだろ。
なんであんまり表情の動きがないはずなのにこういう時だけそんなに嬉しそうにするかなー…。
もしかしてそれだけ嬉しいとか…いや、それはあり得ないか。
この数日見てきた限り春と他の皆の関係は良好だし、彼女にとってここの人たちは『かけがえのない出会い』なんだ。
そこまで想っている人たちに囲まれているのに、ほぼ初対面の男に呼び捨てにされて嬉しいとかそれこそオカルトだろ。
春「…京太郎」
京太郎「どうした春?」
春「…んーん…なんでもない…呼んでみただけ…」クスッ
何この可愛い生き物(驚愕)
やばい、さっきのサディスティックな様子とか全部忘れて頭を撫でたいんだけど。
まぁ、流石に女性の髪撫でるとかよっぽど親しくても失礼だって言うのは分かってるからしないけどさ。
ただ…まるで恋人みたいなやり取りにさっきからドギマギしっぱなしなんですけど!!
京太郎「…ったく冗談でもそういうの勘違いするから止めろよな」
とは言え、忠告だけはしっかりしておかないとな。
そういう隙を見せると勘違いした挙句、逆恨みするようなバカが出てくるかもしれない。
例えわざとであったとしても出来るだけ誤解させるような真似はするべきじゃないだろう。
世の中は俺みたいに自制心の効いた男だけじゃないんだからな、うん。
春「…勘違いしても良いのに…」
京太郎「えっ?」
―― …え?
いやいや、流石にそれも冗談だよな?
さっきみたいに俺の純情弄んでからかってるんだろ?
だって、どう考えても春がそんな風になるようなキッカケなんてなかったし…。
流石にここで自意識過剰になれるほど俺はモテた訳でも、女性との付き合いがない訳でもねぇぞ。
京太郎「ま、またそういう冗談言って…あんまり男をからかうなよ」
春「…」プイッ
京太郎「あるぇ…?」
…いや、あれ?
なんで春拗ねてるの?
しかも…それ演技とかじゃなくってガチ拗ね…だよな?
さっきまで嬉しそうだった表情全部引っ込めて…すっげー不機嫌そうにしてるし…。
…もしかしてさっきの本気だった?
…いや、これも含めての演技…だよな?
京太郎「…なんで拗ねてるんだよ」
春「…鈍感」
京太郎「うぐ…でも、仕方ないだろ。まだ春の事あんまり分かってないんだし」
まぁ、呼び捨てにしながら何とも情けない話だと思うけどさ。
しかし、俺はこの数日間の中でようやく春と二人っきりで話をするようになり始めた所なのだ。
そんな俺に感情の機微全部を感じ取れと言うのは割りと無茶な話だろう。
元々、春があまり感情を表に出さないタイプなのだから尚更だ。
春「…じゃあ、知って…」
京太郎「え?」
春「…私の事…沢山、知ってほしい」
京太郎「…はい?」
瞬間、俺の脳裏を駆け巡ったのはそりゃあもうエロい妄想だった。
肌を晒した春を布団に組み敷くような想像に思わず鼻の奥が熱くなりそうになる。
それを何とか理性で堪えながらも、俺の中の淫らな妄想はエスカレートしていく。
…いや、俺だってそんなのあり得ないって分かってるけどさ!
どうせからかわれてるんだって分かってるけど…つい反応しちゃうのが男子高校生って生き物なんだよ!!
春「…だから…京太郎の事も…一杯教えて…欲しい」
京太郎「え、えっと…その…」
春「…良い?」
京太郎「あ…う、うん…」
美少女にここまで言われて断れる男がいるだろうか。いや、いない(反語)
きっと殆どの奴が今の俺のように反射的に首肯を返してしまう事だろう。
…まぁ、どれだけドキドキしてもからかわれているか、或いは単純に話をしたいとかそういうオチなんだろうけどさ。
大丈夫、俺は分かってるって。
全然期待してないから。
……でも…コンドームは確か財布の中に入ってたよな?後でチェックしとかないと…。
春「…出来た」
京太郎「お、おう…こっちも終わったぞ」
春「…じゃあ、私の部屋に来て…」
京太郎「…え?」
春「…部屋に来て…?」
…え?(二回目)
この流れで部屋にって…ははは…流石に冗談だろ?
それはもう…何というか俺だって自分を誤魔化すのが色々と難しくなってくるんだけど…。
お、男はオオカミなんだぞ?
股間にでっかい筆持ってるんだぞ?
コーホーとか言う偉いお坊さんでも筆遣い間違ったりするんだぞ?
その辺、本当に分かってくれてるか?
春「…ほら、早く…」
京太郎「お、おう…」
…と思いながらも身体は春には逆らえない。
ど、どうしよう…俺、ドンドンと深みにハマっていってるような…。
抜けださなきゃ…でも、それを拒否する俺も確かに居て…。
い、いや、まだ早合点は禁物だよな。
ただ、ちょっと部屋で話をするだけかもしれないし。
石戸(妹)ちゃんの時もそうだったけど別に艶っぽいものなんてなかったじゃないか。
うんうん、今回もそれと同じだって思えば、ほら、段々、気持ちも落ち着いて… ――
春「……あ、ちなみに…私、初めてだから…」
京太郎「え?」
春「…ちゃんと出来なかったらごめんね…?」
京太郎「お、おぉ…気にすんなよ」
何をだよおおおおお!?
一体何が初めてなんだ!?
ちゃんと出来なかったらって何をするつもりなんだよおお!?
いや、ま、待てって…ほら、深呼吸して落ち着けば火もまた涼しって言うし…。
あれ?なんか違ったような…い、いや、ともかく今は落ち着かないと…!
春「…あ、ここ…だから」
京太郎「そ、そっか…」
そんな暇与えてもらえませんよねええええ!?
うん、正直、予想してた!
この流れで俺が冷静になれるはずないもんな!!
だって、童貞だもん!!
そういう経験なんてまったくないのに、状況証拠らしきものだけが積み重なっていって冷静になんかなれるか!!
春「…あんまり片付いてないから恥ずかしいけど…入って…」
京太郎「お、お邪魔しまーす…」
―― 春の部屋は決して片付いていないなんて事はなかった。
そもそも家具の数が俺の部屋と大差ない。
目に見えて分かるほどの大きな違いと言えば、小さな卓の上に幾つも黒糖が並んでいる事くらいだろうか。
メーカーも名前も別々のそれは、春がそれだけ黒糖に熱中している事を俺に知らせる。
とは言え、目立つものと言ったらそれくらいであり、タンス類も比較的少ない。
石戸(妹)ちゃんの部屋に比べれば、モノがなくって大分スッキリしていると言っても言いくらいだ。
…まぁ、あの部屋は色んな意味で規格外だから比べるのもおかしいけどさ。
アレはもう片付いていないって言うんじゃなくて一種の結界か何かだ。
春「…じゃあ、脱いで」
京太郎「…え?」
い、いきなりですか!?
しゃ、シャワーも何もないんですか!?
って言うか、布団すらまだ引いてないんですけど…!!
つ、つか、そういうのって普通、男から言うものなんじゃ…!?
いや、俺は言わないけど…言わないけどさ…!
春「…どうしたの?脱がないと…出来ない…」
やっぱり脱がないと出来ない事をするつもりなのね!
エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!!
なーんて現実逃避してる場合じゃない…よな。
今まで流されてきたけれど…これってどう考えてもやばいだろ。
ここまで来たら…どう足掻いても誤解の余地なんてないって…。
これってやっぱり…春と肉体的な意味でお知り合いになる寸前って事だよな…?
京太郎「い、いや…その…さ。春の気持ちは嬉しいんだけど…俺…」
春「…え?」
京太郎「俺、やっぱりそういうのは…ちゃんとケジメをつけてからじゃないとダメだと思うんだ…」
―― ここまで流されてきた俺が今更何を言うのかと…自分でも思わなくもない。
だが、俺は春にそこまでして貰うような資格はないのだ。
俺にとっての一番はやはり今でも心の中にいる幼馴染なのだから。
さっきの告白の時に浮かんだように…俺はまだ咲の事を強く想っている。
そんな状態で春に言われるまま流されたら…きっと俺は一生後悔してしまうだろう。
もしかしたら幼馴染にも…そして春にも二度と顔向け出来ないようになるのは…やっぱり嫌だ。
重く考え過ぎなのかもしれないが…しかし、やっぱりそれは譲れない。
春「…嫌なの?」
京太郎「い、嫌じゃねぇよ。春はすげー可愛いし…魅力的な女の子だと思う」
春「…っ」カァ
まぁ、割りとサディスティックでやけに演技派なところはあるけれどさ。
でも、こんな言葉で簡単に赤くなる程度には可愛いし。
それなのに、こうして床に誘うその貞操観念については疑問を感じる事もあるが、それは彼女の魅力を損なうもんじゃない。
何よりおっぱいが大きいし、胸が豊満だし、母性の象徴がふくよかだしな!!(重要)
京太郎「だから…あの…」
春「…ダメ」
京太郎「え…ちょ…!」
それを伝えようとする俺の身体に春の腕がゆっくりと絡みついてくる。
しなやかなその腕は蛇のように俺の身体を這いまわり、ゆっくりと俺の巫女服を開けさせていくのだ。
本来ならば、殆ど力が入っていないその細い腕を拒むのはそう難しい事ではないのだろう。
だが、ここで下手に春を引き離そうとすると…また石戸(姉)さんのような事態になりかねない。
そう思った俺はどうしても逡巡してしまい…そして、その間に春の手は着実に作業を進めていく。
春「だったら…尚の事…しないとダメ…」
京太郎「は、春…俺は…!!」
それでも腕だけは止めなければと抵抗を示す俺に、しかし、春の腕はスルスルと逃げていく。
俺の狙いなんてお見通しなのだと言わんばかりに引いては攻め、攻めては引くその手管は見事としか言いようがない。
まるで何かの武術でもやっていたのかと言わんばかりに先手を取っていく春は、俺とは役者が違うと言っても良いくらいだ。
春「…抵抗しないで。痛くなんて…しないから…」
京太郎「ぅ…だ、だけど…」
そ、そりゃこういう時に男が痛いなんてよっぽどの事がない限りないんだろうけどさ!
だ、だけど、俺が抵抗しようとしてるのは痛いからじゃなくって…その…所謂、心の貞操とかそういう問題でしてね?
最近、若者の性の乱れが著しいとか言われてるけど、やっぱりそういう流行には乗っちゃいけないと思うんですよ!!
だから、そんな優しく服剥いちゃらめえええ!
なんかすげードキドキして抵抗しづらくなるから!
頭では分かってるのに身体が流されそうになるから!!!
春「目を瞑っていたらすぐに終わるから…ね…?」
京太郎「い、いや、すぐにって…」
さ、流石にそこまで早くないぞ!
い、いや…童貞だから分かんないけど…でも、俺は別に早漏なんかじゃないはずだ。
…まぁ、その実際、どれくらいで自家発電が終わるかなんて友達とも話したことがないから分かんないけどさ。
だけど、目を瞑っていたらすぐに終わるって言われるほどじゃない…と思う。
ってか、それってそもそも男が言うセリフじゃないんですかねぇ!?
シュィィィィ
―― ……なんだこの音…?
何処か布擦れに似た微かな音。
それを聞き取った脳が疑問を浮かべるが、しかし、俺にはその正体が掴めない。
棒立ちになった身体には腕だけではなく、今や春の足絡みつき、決して俺を逃がすまいとしているのだから。
そんな状況の中、平静にその音の正体を理解する事など出来るはずもなく、そして春の腕も止まらないままで… ――
春「…ん…綺麗な身体」
京太郎「うぁー…」
結果、逡巡して動きが鈍っている間に、俺は春の腕によって巫女服を剥かれてしまう。
完全に肩まで顕になった身体は春の目に晒され、俺の中の羞恥心がいきなりトップギアへと入っていった。
まさか女の子にろくに抵抗出来ないまま剥かれてしまうなんて…いや、今回は俺にとって不利な条件だったけどさ。
それでもこうして結果が出ると、自分の情けなさに気分が落ち込むのは否定できなかった。
春「…頬ずりしたくなっちゃう…」
京太郎「そ、それは流石にやめてくれ…」
外気に触れた俺の身体は、しかし、寒さを訴える事はなかった。
それは熱を閉じ込める力が弱い巫女服だったから外気に慣れている…と言うだけではないのだろう。
恐らく服越しでもはっきりと分かる春の身体の柔らかさに俺は興奮してしまっているのだ。
自分でももう流されっぱなしで訳が分からないが…少なくとも今の俺が頬ずりなんてされた時には本当に止まらなくなってしまう。
春「…残念。じゃあ…早く済ませちゃおう…」
京太郎「うぉおおお!?」
つ、ついに俺も脱童貞ですか!?
黒糖系淫乱巫女同級生に喰われちゃうですかああああ!?
いや、まて落ち着けまだ抵抗する余地はあるはず…!
今からでも遅くはない…ちゃんと止めないと…!
春「んしょ…」フニョン
ふにょんって来たあああああ!?
やばい…は、春の胸が俺の胸板にふにょんって…こ、これは…これはいかんですよ…。
手で石戸(姉)さんの胸を触った時以上にこうインモラルな何かを感じる…!
じ、自分が動けなくて、一方的にされている事を自覚させられるというか…!
こ、これが逆レイプ…!お、オヤジ…母さん…俺、今から男になります…!!
春「…えっと…胸囲は…」
京太郎「…ん?」
春「…やっぱり細身…私とそう変わらない…」
京太郎「…あっるぇ…?」
…いや、あの、春がその手に持ってるのはなんですかね?
何か白い帯に沢山数字が書いてあるように見えるんですけど…。
それがグルリと俺の身体を一周しているのはきっと気のせいですよね。
だって…もし、そうならそれってただの身体測定になるもんなああああ!?
京太郎「(…死にたい)」
…そうだよ、身体測定以外の何があるんだよ…。
ここでエロ展開とか流石に急展開過ぎるだろ…。
そもそも春は職業学生兼巫女なんだぞ…?
どう考えてもそういうのご法度だって言うのは少し考えれば分かるじゃないか。
何が黒糖系淫乱巫女同級生だよ…!反省しろオラァ!
春「…どうしたの?」
京太郎「…………いや、何でもない」
まぁ、幾ら反省してもこの恥ずかしさと情けなさはどうにもならん訳ですが。
女の子に無理矢理半裸にされた挙句、誤解して自爆って…黒歴史って表現が優しく思えるレベルだ。
穴があったら埋まりたいって言葉の意味を、俺は今、世界で誰よりも正しく理解しているだろう。
恥ずかしくて誰とも顔を合わせられない今の俺にとって、地の底と言うのは救いと言っても良い場所なのだ。
京太郎「…それと春、頼みがあるんだけどさ」
春「…何?」キョトン
京太郎「俺の事殺してくれないか?」
春「……え?」
さっき居間でした下着の話を春は覚えていてくれたのだろう。
そして、恐らく、彼女は俺の身体のサイズを測って、下着を買おうと考えてくれたのではないだろうか。
流石にこればっかりは誰かのを借りる…なんて事をする訳にはいかないしな。
俺が外に出る訳にはいかない以上、実際に測って、サイズを見てから買いに行くのが一番だろう。
そんな彼女の好意を俺は完全にっ根本からっ!!!それはもう見事に勘違いして…!!
京太郎「頼む…!後生だ!トドメをさしてくれ…!!」
春「え?え?え…?」オロオロ
そんなの…もう死ぬしかないじゃない(絶望)
アレだけ言ったのに…分かってたはずなのに…!
それで自意識過剰に捉えて…こんな風に自爆までして…!
死にたい…っていうか殺して下さい(懇願)
春「…何もそんな風に自分を責める必要は…」
京太郎「…あるんだよ」
春「で、でも…」
京太郎「…あるんだよ…っ…!」
これが俺ばっかりが自爆したのであればまだ話は別だったかもしれない。
だが、俺は心の中で春の事を黒糖系淫乱巫女とまで言っていたのである。
幾ら誤解していたとは言え、俺のことを単純に気遣ってくれた彼女にそれはあんまり過ぎる評価だ。
その罪を償うためにも、そして少しでもバカを治す為にも、俺は一回死なないといけないのである。
春「…あの…………」ギュッ
京太郎「…は、春?」
春「…殺してくれなんて…簡単に言わないで」
京太郎「いや…だけどさ…」
そうやって自分を責める俺…いや、ゴミ以下の存在に春がそっと腕を回した。
その背中ごとギュっと抱きしめるその身体はとても温かく、そして優しい。
外気に触れて少しずつ冷えつつある身体が満たされ、心地よさが広がっていく。
けれど、最早、生きている価値がないゴミになった俺にその心地よさは自分の矮小さを思い知らせる毒に近い。
春「…そんなの聞きたくない…」
京太郎「ぅ…」
だからこそ、それを拒絶しようとした俺の背中を春の手がゆっくりと撫でた。
慰めるように優しく上下に動くそれはささくれだった俺の心を少しずつ落ち着かせてくれる。
それは正直有り難いけれど…しかし、あんな失態を演じた俺がそんな風に慰められて良いのだろうか。
どうしてもそんな言葉が頭を過ぎり、心が安寧に抵抗を示してしまう。
春「…折角会えたのに…そういう事言われれると寂しい…」
京太郎「……春」
―― その言葉に一体、どれだけの感情が篭っているのか俺には分からない。
俺はまだ春の事を知らない事が一杯あるのだから。
彼女の過去だってろくに知らない俺がそこに込められた感情を正確に読み取れる訳じゃない。
…けれど、そこには無数の ―― それこそ俺が読み取れないくらい数多くの気持ちが込められている事だけは分かる。
一体、春はどうして俺にそんな言葉を放つのか…そう疑問に思う俺の前で、少しだけ春が視線を俺から逸らした。
春「それに…京太郎は悪くない…から」
京太郎「いや…でも…」
春「…ごめん…私、ずっとからかってた…」
京太郎「…はい?」
さ、流石にそれは嘘だよな?
それってつまり…俺がそういう風に誤解してたって事を春もまた分かってたって事になるんだけど…。
つまり俺が誤解して一喜一憂するところを全部、春に知られてたって事で…。
多分、俺が興奮してたりしたのもモロバレで…!
あば、あばばばばあばばばばば。
春「…ドキドキしてくれるかなって思って…最初はイタズラのつもり…だったんだけど」
京太郎「……」
春「…ドキドキしてくれる京太郎が可愛くて…中々、止められなかった…」
京太郎「うあー…」
見事な死体蹴りに思わず情けない声が漏れる。
少しずつ治まってきた自己嫌悪が再び胸の中で支配域を広げていくのを感じた。
そこにはもう「可愛い」と言われた事に対する抵抗や羞恥心すら見当たらない。
ただただ自分の情けなさと自己嫌悪に「死にたい」という言葉だけが浮かび上がってくる
春「…だ、だから…その…悪いのは私…だから…」フルフル
京太郎「……」
…とは言え、その言葉を口にする訳にはいかない。
目の前で申し訳なさそうに震える春もまた自分のことを責めているのだから。
今にも泣きそうな瞳で一生懸命に自分の非を訴える彼女の前でそんな言葉を放ったら春は一層傷つくだろう。
だから、ここで俺はするべきは…その衝動に身を委ねる事じゃなくって… ――
京太郎「…春」
春「…ふぇ?」
彼女の名前を呼びながら、俺の手はそっと春の両頬をふにっと摘んだ。
男のそれとは違うなめらかなその肌は気を抜けば手が滑ってしまいそうである。
何処かつきたてのおもちに似たその柔らかさは正直、魅力的だ。
こんな状況じゃなければずっと触っていたくなるような感覚さえ覚えるのだから。
京太郎「…まったく、よくもやってくれたなー」ボウヨミ
春「うにゃぁ…」
そのままフニフニと軽く頬を引っ張る俺の前で春がまるで猫のような鳴き声をあげる。
止めろと訴えるものでも、もっとと罰を求めるのでもないそれに俺の手は何度も彼女の頬を引っ張った。
その度に鳴き声をあげる春を見るのは楽しいが、けれど、そうやってずっと遊んでいる訳にはいかない。
咲や優希みたいな親しい相手ならばともかく、あんまり女の子の肌に触れ続けているのも宜しくはないだろう。
京太郎「…よし。これでお仕置きは終わりな」パッ
春「…良いの?」
京太郎「ダメなんて事はないだろ」
そもそも春がそのつもりだったとは言え、簡単に乗ってしまった俺が悪い訳だし。
つか、常識で考えればあり得ないって分かるような話に騙された俺が全面的にダメ過ぎるだけだ。
まぁ、この辺を口にしたら水掛け論にしかならないから口にはしないけど。
その分、自己嫌悪が中々、収まらないが、それは自分の罰だと思って甘んじて受けるとしよう。
春「……京太郎は優しすぎ…」
京太郎「んな事はないだろ」
ただ、俺はこれ以外に春にしてやれる事が思いつかないだけだ。
本当に優しい奴なら春にそれを気づかせず、自責だって完璧に取り除けたはずだろう。
それをこうして指摘されている時点で俺は紳士としては二流である。
まだまだハギヨシさんレベルには及ばないよなぁ…。
春「…もっとお仕置きして良いよ…?」
京太郎「…流石に三回目ともなるとその手には乗らねぇよ」
春「……」
京太郎「…春?」
春「…残念」
瞬間、俺から目を背けた春は…本気で残念がっているように見えた。
けれど、そこに自嘲が混じるのは俺をからかう事が出来なかったから…ではないだろう。
恐らく「お仕置きしても良い」という春の言葉は半ば本気であったのだ。
それをからかいと処理された事に春はきっと「残念」と言ったのだろう。
京太郎「ったく…さっきも言ったけど男にあんまりそういうもの軽々しく言うもんじゃねーぞ」
春「…京太郎なら大丈夫…でしょ?」
京太郎「わっかんねーぞ。俺だってケダモノになるかもしれないしな」
…つーか、今だって割りとムスコを抑えるのが限界と言うかですね?
自己嫌悪やら何やらが少しずつ収束に向かいつつある今、俺に残るのは美少女と密着していると言う状況だけなんですよ。
しかも、相手は薄墨さんとは違って、そりゃもう豊満なバストをお持ちな方で…多少イタズラっ子だが、好みにストライクだ。
そんな春にこうしてずっと密着されていると…まぁ、そろそろ理性も危なくなってくる訳で。
春「こんな状況で抵抗しようとした京太郎が言っても説得力がない…」クスッ
京太郎「ぅ…」
けれど、無意味に実績だけ重ねてしまった所為か、春は俺のその言葉を信じてはくれない。
実際の俺はギリギリまで抵抗しようとしたものの、それはあくまでポーズでしかないのだ。
最後の最後にはもう半ば陥落していたし…今だってまったくエロい事を考えていない訳じゃない。
今はただそれから意識を背けているだけで、何時迄も平静であり続けられるなんて到底言い切れないだろう。
春「…それに京太郎なら…ケダモノになっても良い…」
京太郎「…え?」
春「……嘘」
京太郎「だーくっそおおお…!」
それが本気じゃないなんて俺にだって分かってたよ!
うん、この流れで心からそう言ってくれるはずないもんな!
つか、例え言われても贖罪の為としか受け止められないから断ってたけどさ!!
流石に俺でもそれくらいの分別はあります。 多分
京太郎「(…アレ?でも、春が冗談じゃなくて嘘って言ったの…今が初めてじゃないか?)」
春「…それより胸囲だけじゃなくてちゃんとウェストも測らないと…」
京太郎「うぅ…マジでやるのか?」
そんな疑問も再開されていく身体測定の前には吹き飛んでいく。
何せ、俺はまた美少女の前で半裸になっているのだから。
…つーか、この屋敷に来てから何かそんなシチュエーション多くないだろうか。
石戸(姉)さんもそうだし、薄墨さんもそうだしさ。
それでもろくに慣れる気配はないけれど…いや、寧ろ慣れたら色々と終わりか。
京太郎「(ま、何はともあれ…)」
色々とトラブルもあったし、恥ずかしいところも晒したが、春との付き合い方も少しずつ分かってきた。
まだまだ引きずるものはあるし、正直、思い返したくない過去だが…決して得るものがなかった訳じゃない。
いや、春と付き合う上での距離感が確立されつつある事を思えば、今日の出来事はあって良かったと思うべき… ――
春「……」ジィ
京太郎「…な、何だ?」
春「…可愛いパンツ」クスッ
京太郎「ぐふっ!!!」
―― …ごめんなさい、やっぱり中々そうはそう思えないです…。
―― 三が日が過ぎてからの俺の生活は大分落ち着いたものになった。
朝は朝食を取ってから舞の稽古。
講師になるのは薄墨さんや狩宿さんなど色々だが、基本的な育成方針は統一されているらしい。
相手が誰でもその教え方はブレる事はなく、ひたすら鏡の前で反復練習を繰り返す。
それが終わったら昼食を取って、今度は麻雀の練習だ。
石戸(姉)さんを始めとするインターハイクラスの雀士に教えてもらうそれは中々、為になる。
流石に目に見えて雀力が上がったりはしないものの、ほぼつきっきりの個別指導に少しずつ実力がマシになっているのが分かった。
―― …で、その後は夕食の準備を手伝って…。
それから全員で揃って夕食へ。
その後は学校の勉強を見てもらってから、今度は朝に教わった事をもう一度確かめる為、舞の自主練だ。
それが一段落ついた後はゆっくりと風呂に浸かって…一日の終わりに薄墨さんと一緒に携帯のチェック。
たまーに石戸(妹)ちゃんに特訓という名のお姉さま自慢会に誘われたりもするが、大体、これが一日の流れだ。
京太郎「(割りと一日に予定がびっちり入っているけれど…)」
まぁ、それが嫌ではないと思うのはなんだかんだで充実しているからだろうか。
…いや、流石に女装関係は充実しているなんて口が裂けても言えない状況だが、ソレ以外はそれなりに楽しい。
舞も注意される事が少なくなってきたし、麻雀は薄墨さんに飛ばされる事も大分、減ってきた。
先生不在の勉強は面倒だが、とても分かりやすく、「なるほど」と思える事も多い。
石戸(妹)ちゃんの特訓は…まぁ、うん、意味があるのかどうかは分からないけど、カスミオネエサマハスバラシイオカタデス。
京太郎「(…つまりは…慣れてきてるんだよなぁ…)」
最初はこんな異常な事に巻き込まれてどうするんだろうかと思っていた。
いや、そうでなくても周りが女の子ばかりの中で共同生活とかどうすれば良いのか普通なら困惑するだろう。
しかし、俺は思った以上に逞しいのか、その状況に適応し始めていた。
…勿論、周りの皆が良い子ばっかりだというのもあるが、流石にちょっと適応能力高すぎやしないだろうか。
霞「…あ、そうそう。実は今日から学校なんだけど…」
京太郎「え?」
初美「え?じゃないですよー。もしかして気づいてなかったですかー?」
京太郎「あ、あはは…」
…で、そんな適応の代わりに俺はどうやら曜日の感覚って奴を完全に忘れ去っていたらしい。
朝食の場で石戸(姉)さんに言われてから、俺はそろそろ冬休みが明けるのを思い出した。
こうして皆とずっと一緒に居たのが当たり前すぎて忘れてたけど…俺と違って皆には学校があるんだから。
ここで今まで通りにずっと同じように生活する…と言う訳にはいかないのだ。
春「…寂しい?」
京太郎「ばっ…そんな訳ないだろうが」
―― …まぁ、まったく寂しくないと言えば嘘になるけどさ。
何しろ、この屋敷は俺たち八人で暮らすのには不釣り合いなくらい大きいのだから。
そんな場所で一人取り残される事を思えば、寂しくないなんて言えない。
今まで殆ど誰かと一緒にいた所為で意識しなかったけど…こうして想像するだけでも何となく物足りない感がある。
それがきっとこの屋敷に来てからの生活が俺にとって割りと楽しかった所為なのだろう。
春「…強がってる…」クスッ
京太郎「ちーがーいーまーすー」
とは言え、それを素直に認める訳にはいかない。
最早、巫女服着るのに抵抗はあまりないが、俺もやっぱり男なのだから。
周り皆が同じような年頃の美少女だという状況で寂しいなどと言うのはあまりにも情けなさすぎる。
それにまぁ、学校ともなれば仕方のない話だし…ここは大人しく自主練でもしながらお留守番でもしておくか。
小蒔「ふふ…でも、大丈夫ですよ」
京太郎「え?何がです?」
小蒔「今日は巴ちゃんがお休みしますから」
巴「あはは…よろしくね、須賀君」
京太郎「あ、はい」
狩宿さんと一緒かー。
まだ春や薄墨さんに比べればあんまり稽古や練習以外で話した事はないけれど、とても優しい人なのは分かっている。
稽古一つとっても指摘は俺に出来る範囲に止め、それを少しずつ矯正していく方針を取ってくれているし。
ある種、甘いと言っても良い彼女の育成方針は若干物足りなくもあるが、けれど、決して他の教育係に見劣りする訳じゃない。
まぁ、ソレ以外はまだあまり分かっていない訳だし、今日の事をキッカケに少しは仲良く…って待て待て。
それ以前に…さっきの何かおかしくなかったか?
京太郎「ってそうじゃなくって…お休みって…」
霞「須賀君をこの家で一人っきりには出来ないから…皆で交代でお休みする事になってるの」
京太郎「…え?」
…いや、交代でお休みって…?
サラっと言ってますけど、それやばくないっすか?
もう年度末に近づいてテストとか色々ある訳だし…将来の事を考えれば油断は出来ない時期だ。
そんな時に交代とは言え、休んで良いはずがないだろう。
京太郎「で、でも、出席日数とか…」
霞「皆、殆ど皆勤だから大丈夫よ。それに私達は受験とかないもの」
京太郎「あっ…」
あぁ…そうか。
俺は大学に行くのが当然だと思っていたけど、皆はそうじゃないんだ…。
彼女たちにとっては高校を卒業したら、そのまま巫女としての人生を全うするのが普通なんだな…。
ある種、ここからが世間で言う受験戦争なんだけど…彼女たちにはそれは関係ないんだ。
京太郎「…いや、でも…そういうのはダメでしょう。受験がなくても…いや、ないからこそ友達を大事にしないと…」
だからと言って、俺はその決定を受け入れる事が出来なかった。
幾らこんな特異な環境にいる皆でも学校に友人の一人くらいはいるだろう。
そんな名も知らぬ彼女たちと過ごせる時間は刻一刻と減っていっているのである。
それなのに俺の為に学校を休ませるなんて…あまりにも申し訳無い。
それよりは今の時間を大切にしてかけがえのない思い出を作って欲しいと言うのが本音だった。
明星「ふふ…須賀さんはとてもお優しいのですね。でも…宜しいのです」
京太郎「宜しいって…」
明星「私達はずっとそうやって生きてきましたし…そうするものだと理解しているのですから」
そう言い切る石戸(妹)ちゃんの笑顔には迷いはなかった。
まるで最初からそうあることが当然であるような表情に俺は強い胸の痛みを感じる。
ここでそれが間違っているというのは簡単だ。
…けれど、はたしてそれが一体、何になるというのか。
そうやって否定したところでそれは俺の価値観の押し付けに過ぎないし…何より俺には何の力もないのだから。
彼女たちが置かれた現状を変える力もない以上、それはただの自己満足に過ぎない。
初美「それに誰かが見ておかないと不安ですからねー」
京太郎「…不安…あ…」
…そう言えば俺、この屋敷に軟禁されている状態だったっけ。
なんか毎日が割りと充実してたから忘れてたけど…誰もいない状態だと一応、助けを呼ぶ事も出来るのか。
完全に忘れていたからそのつもりなかったが…そんなの薄墨さん達には分からないだろうしなぁ…。
誰か一人監視役を置いておいた方が安心って気持ちは分からなくはない。
小蒔「???」キョトン
京太郎「あ、いや、こっちの話ですよ」
小蒔「えー…また内緒話ですか?」プクー
京太郎「あはは…」
いや、内緒話って言うか、神代さんには教えられない話と言うかですね。
俺が軟禁状態なんて神代さんに言ったら、皆が秘密にしている事がバレかねないし。
それでこの和やかなお屋敷の雰囲気が壊れてしまうのは俺としても悲しいからな。
ココは黙っておくのが正解…とは言え、拗ねてる神代さんをそのままにしておくのも可哀想だし… ――
京太郎「まぁ、ちょっと情けない話なんで…神代さんちょっと」チョイチョイ
小蒔「え?なんですか!?」
ちょっと秘密の話をするってだけででキラキラって目を輝かせるんだからホント可愛いよなーこの人。
こう妹とか居たらきっと今の神代さんみたいな感じなんだろうなぁ…。
まぁ、相手は俺と同い年どころか年上なんだけれどさ。
だけど、ちょっとした仕草とかは幼くて…ある意味、薄墨さんとは真逆だ。
京太郎「良いですか?これ誰にも言っちゃいけませんよ?」ボソボソ
小蒔「えへへ…勿論です。私はお約束は絶対に守りますから!」
…まぁ、そうやってガッツポーズしているところは丸見えなんだけどさ。
幾ら俺に耳を寄せているとは言え、全員から隠れている訳じゃないんだし。
勿論、そのセリフも他の皆に丸聞こえなんだけど…まぁ、別に本当に秘密にしてほしい訳じゃないからいっか。
あくまで内緒話らしさを演出するだけの前振りみたいなもんだし。
京太郎「実は俺、一人でこのお屋敷にいるのが怖くてですね…」
小蒔「そうなんですか?」
京太郎「はい。だって、なんか古くて…幽霊とか出そうじゃないですか」
実際はところどころ改装してあるし、そこまで古くないのは分かるんだけどさ。
台所はともかくお風呂やトイレなんかは最新式らしい立派なものを使っている。
特に風呂は大人数が入る事も想定してあるのか、かなりの広さだし。
部屋の中とかは確かに年季入っているけど…まぁ、それに怖がるほど俺も子どもじゃない。
小蒔「大丈夫ですよ。ここは神様のお力の強い場所ですから、幽霊なんて入ってこれません」
京太郎「いや、俺もそう思ってるんですけど…やっぱり一度気になるとどうしてもですね…」
小蒔「そうですか…なるほど…」
そこでふと何かを考えこむ神代さん。
けれど、それが石戸(姉)さんみたいにキリッとしたものにならないのは時折、ウーンと声をあげるからだろうか。
必死に何かを考えているのは分かるが、そのあまりの必死さが微笑ましくて可愛い。
それにさっきから神代さんの髪からいい匂いがして…これってシャンプーとは違うよな…?
俺も女装の一環って事で同じシャンプー使ってるはずだし…これって体臭なのか?
霞「…」ニコッ
あ、はい。
不埒な事考えてませんですよー?
まったく考えてないですから、その「お仕置きが必要かしら?」的な笑み止めてもらえますか!?
た、ただ、ちょっと神代さんの匂いが気になっただけですから!
エロい事なんて何も考えてないですからね!?
小蒔「あ、じゃあ、今日から添い寝をしましょうか?」
―― 瞬間、世界が凍った。
小蒔「…アレ?私、何か変な事言いました?」
京太郎「あ、いや、その…別に変じゃないですよ。えぇ、凄い気持ちは嬉しいんですけど…」
…流石に添い寝はまずいだろ、添い寝は。
いや、勿論、ズレてはいるけれど、神代さんのその言葉が善意である事は俺も理解している。
だが、まさかあの話の流れから添い寝になるだなんて一体誰が予測出来ただろうか。
少なくとも俺は出来ておらず…故に石戸(姉)さんたちに視線で助けを求めた。
霞「あの…小蒔ちゃん、流石に年頃の男女が同衾はまずいと思うのよ…」
小蒔「同衾……あっ」カァァ
石戸(姉)さんの指摘にようやく自分の言っている言葉の意味を理解したのだろう。
神代さんの顔は根本から急速に赤く染まり、プシュウという音が聞こえそうなくらいに真っ赤になった。
そのまま俯き加減になっていってしまうのは恥ずかしくて人の顔が見れないからだろう。
俺も大晦日…と言うか元旦の夜に似たような経験があるからよく分かる。
小蒔「ち、違います…!わ、私、そう云うんじゃなくって…!」ワタワタ
京太郎「だ、大丈夫ですよ、ちゃんと分かってますし」
そんな俺にとってその言葉は誤解の余地なんてまったくないものだった。
既に一度、春によって大きな失敗をやらかしてしまっている俺にとって色々な意味で二度目はない。
多少、添い寝と言う響きに惹かれこそしたが、あくまでもそれだけなのだから。
うん、本当に…一瞬、ちょっと添い寝するシーンとか考えたけど、あくまでそれだけだしな。
だから…あの石戸(姉)さんはそんな念を押すような目で俺を見ないでもらえますか…。
小蒔「はぅぅ…忘れて…忘れてくだしゃい…」
京太郎「…」
―― 噛んだ。
小蒔「わぁ…!か、噛みまみたぁ!」ワタワタ
あざとい(可愛い)
これが咲とかなら「ははっキャラ作ってんなよテメー」って感じだけど全然そんな感じはしないんだよなぁ。
もう全身からぽわぽわって天然オーラ出しまくっている所為か、そんな噛み方もごく自然に思えてしまう。
多少あざとさは感じるが、ソレ以上に可愛く思えて気にならないのだ。
霞「はいはい。それより姫様、そろそろ急がないとお時間危ないですよ」
小蒔「わわ…そうでした…!」
春「…私達も準備しないと…」
京太郎「え?もう?」
言われて時計を見ても、まだまだ時間的には余裕のあるはずだった。
少なくとも長野に居た頃の俺はこれくらいの時間にはまだまだぐっすり寝ていたはずである。
それなのにまるで時間が差し迫っているような皆の反応についつい首を傾げてしまう。
もしかして皆は朝練とかやったりしているのだろうか?
明星「今から着替えもありますし…それにこのお屋敷から永水女子までは結構遠いんですよ」
京太郎「あー…そっか」
石戸(妹)ちゃんに言われて思い出すのはこの屋敷に来るまでの長い道のりだ。
来る時とは違って下りだとは言っても駐車場まで抜けるのにはかなりの時間が掛かるだろう。
幾らその道に慣れている巫女さんたちでも、歩く速度は俺とそれほど変わらない。
こうして駐車場に降りるだけの時間だけでもかなりのロスになるのは当然の話なのだ。
霞「じゃあ…巴ちゃん。悪いけれど後お願いね」
巴「はい。お任せ下さい」
そんな事を考えている間に皆はお茶碗を置いて、居間を出て行く。
最後に頼むと言い残した霞さんが居間の襖を閉めれば、残されたのは俺と狩宿さんの二人だけ。
それに気まずい感じを覚えるほど、俺はこのお屋敷に馴染んでいない訳じゃない。
なんだかんだで狩宿さんは俺の教育係として接する機会も多いし、それなりに慣れた相手である。
巴「…とりあえずゆっくりしましょうか」
京太郎「え?いや、でも…」
巴「最近は色々あってお休みもなかったし…疲れてるでしょう?」
まぁ、確かにこっちに来てからスケジュールがびっちりなのは事実だけどさ。
けれど、それだけつめ込まなければいけない程度には問題が山積みなのは確かだ。
…と言うか、改めて考えるまでもなく問題しか無いというべきか。
男が女装して女子校に潜入…だなんて、どう考えても正気の沙汰じゃないのだから。
巴「だから、今日はお休みにしましょ。…と言っても皆が帰ってくるまでの間だけどね」
京太郎「…良いんですか?」
勿論、イタズラっぽく笑う狩宿さんの言葉は有り難い。
けれど、ソレと同時に不安になるのは俺の女性らしさと言う奴がまだまだ未完成なままだからだろう。
勿論、まだ三週間程度しか経過していない状態で本物と見分けの付かないレベルのそれを身につけられるはずがない。
そんな事は俺も分かっているが…やはり先行きが暗い以上、不安が顔を覗かせる。
巴「…と言うかこんな状況に巻き込んでるのに毎日詰め込んで練習しろ、なんて言えないわよ」
京太郎「あ…」
―― ため息混じりな狩宿さんのその言葉は彼女の気苦労を感じさせた。
石戸(姉)さんもそうだが、狩宿さんもまた俺の事に深く同情してくれているようだ。
いや、その言葉から伝わってくる深い苦悩から察するに…もしかしたらそれは同情と言うレベルではないのかもしれない。
自分ではどうにも出来ない状況に申し訳無さを覚えている今の狩宿さんの姿はとても痛々しいくらいなのだから。
当事者の俺の目から見ても狩宿さんは自分を責めすぎていると思うくらいに。
巴「…ごめんなさいね、その…私達の所為で」
京太郎「狩宿さんの所為じゃないっすよ」
そんな彼女にこう言ったところで信じてもらえるかどうかは分からない。
けれど、俺は本当にその事について狩宿さんを責めるつもりなんて一切ないのだ。
悪いのは俺の生活をぶっ壊す事を決めた奴らであって、俺に同情してくれている狩宿さんじゃない。
寧ろ、いきなり男との共同生活を強要されている狩宿さんもある種の被害者であると言っても良いだろう。
何より… ――
京太郎「それにまぁ、俺、結構、今の生活楽しんでますし」
巴「え?」
―― その言葉に偽りはない。
勿論、それは長野での生活と比べれるようなものじゃないのは確かだ。
俺にとって長野での生活は一種の宝物と言っても良いものなのだから。
しかし、今の俺は最初のように絶望してはおらず、この生活に馴染んでいる。
それは狩宿さんのように俺の事を気にかけ、優しくしてくれる人がいるからだろう。
京太郎「ここでの生活も悪く無いと思ってるんです。…それは狩宿さんたちのお陰ですよ」
巴「私達の?」
京太郎「えぇ。今の狩宿さんみたいに皆、優しいから…俺はそう思えているんです」
巴「須賀君…」
…と言ったものの、やっぱりなんかちょっと恥ずかしいな。
いや、勿論、この場において俺の返事が正しい事に疑いはないんだけどさ。
少なくとも狩宿さんの表情はさっきよりも幾分明るいものになっているし。
…でも、なんというかこそばゆい雰囲気と言うか…真面目過ぎるって言うか。
…やっぱり俺にはどうしても二枚目的なセリフは似合わないらしい。
京太郎「それにまぁ、周り皆、可愛い子ばっかりですし…狩宿さんもおっぱい大きいですし」
巴「~~っ」カァ
そこで顔を赤くして胸元を隠す狩宿さん。
おぉ、なんかちょっと新鮮な反応かも。
今まではジト目で睨まれる事が多かったからなぁ。
何というか久しぶりに女性らしい恥じらいを見た気分だ。
巴「も、もぉ…須賀君って本当にエッチなんだから…」
京太郎「はは、まぁ、男ですしね」
男なんて生き物は理性と本能が紙一枚で区切られているのだ。
周りにいる女の子が可愛いと言うだけでテンションが上がってくるような生き物がエッチでないはずがない。
ま、最近は石戸(姉)さんたちの教育の所為で、前よりはそういうのを表に出さなくなってきているけれど。
しかし、まぁ、俺の理性と本能が隣り合わせなのはあんまり変わっていない。
巴「…ふふ…でも、ありがとうね」
京太郎「おっぱい大きいって言ったからですか?」
巴「ち、違うわよぉ!」カァ
あ、この人結構弄りやすいかもしれない。
今まで常識人であるってイメージしかなかったからあんまり踏み込んでなかったけど…弄ると良い反応をしてくれるな。
何というか咲を弄る時のつもりでいけば、割りとコミュニケーションを取りやすいんじゃないだろうか。
巴「と、言うか…わ、私のなんて見ても面白く無いでしょ?霞さんみたいに大きい訳じゃないし…」
京太郎「アレは別格です」
巴「え?」
京太郎「別格です。良いですね?」
巴「アッハイ」
よろしい。
石戸(姉)さんに勝とうとするんなんてそれこそ豊胸手術でもしないと無理だしな。
今時のグラビアアイドルだってあそこまで見事なおっぱいはしていないだろう。
アレが本当に天然なのか、正直、石戸(姉)さんの人となりを知った今でも疑わしい。
実は石戸(姉)さんが眠っている間に誰かがこっそり豊胸手術でもしてるんじゃないだろうか。
京太郎「でも、男の意見としては狩宿さんのも十分素敵なサイズだと思いますよ」
周りにいるのが規格外の石戸(姉)さんや和クラスの神代さん、それに並ぶ春ってだけで狩宿さんのも決して小さい訳じゃない。
寧ろ、狩宿さんがいるのがこの永水女子でなければ、おっぱいランクで上位に食い込む事が出来るだろう。
狩宿さんに不幸があるとするならば周り全部が自分よりも大きい所為でそれを自覚出来ないというところか。
少なくとも清澄に入ってくれれば、多少は自信もつくと思う。
巴「そ、そうなんだ…」
京太郎「えぇ、そりゃもうバインバインで思わず揉みたいくらいには」
巴「も、もぉ…そこまで言うと流石にセクハラよ…?」カァ
そう言いつつ満更でもなさそうなのは胸を褒められたからか。
とは言え、ここで調子に乗るとまた去勢ルート一直線である。
確かに話がセクハラめいてきたし、ここは一度話を変えるべきか。
…って言うか、そもそもこれ何の話から繋がったんだっけ…?って思いだした。
京太郎「にしても…のんびりってどうすれば良いんでしょ?」
巴「え?」
京太郎「いや、のんびりって言ってもゴロゴロするくらいしかやる事ないなって…」
悲しいかな、俺の私物は引越し時にどっか行ってしまったままなのだ。
のんびりと言っても横になって二度寝くらいしかする事がない。
後は立派な大浴場に流れ込む温泉を楽しむ事だが…それもあんまり長々と出来るもんじゃないしな。
流石に皆が帰ってくるまで、ずっと続けていると確実に湯当たりするだろう。
巴「…本でも読む?書庫なら結構な蔵書があるから鍵を開けてあげるけど…」
京太郎「いやー…あんまり好きな方じゃなくって」
幼馴染辺りならその提案に喜んだだろうが、俺は元々アウトドア派だ。
咲に付き合って本を読む事はあるが、大抵、一時間もせずに投げ出している。
風呂と合わせても二時間程度を潰すのが精一杯で、出来た余暇を埋め尽くすのには足らないだろう。
とは言え、二度寝するって言うのも何か損した気分になるし…何より今の生活リズムが崩れかねないのは大きなデメリットだ。
巴「えっと…それじゃあ…えっと…どうしよっか…?」
そう気まずそうに笑う狩宿さんはソレ以上の事はあまり考えていなかったのだろう。
まぁ、そもそも私物すらろくにない今の俺の状況がおかしいのだから仕方ない。
まさか余暇を与えてもまったくする事がないなんて俺だって想像すらしてなかった。
本人すら想像していなかったそれに狩宿さんが気づかないのもごく当然の事だろう。
京太郎「あー…普段、狩宿さんは何やってるんです?」
巴「私?私は…まぁ、お稽古とか神事のお手伝いとかかな」
京太郎「暇な時とかは…?」
巴「えっと…明日の準備とか流れの確認とか…」
京太郎「……それが終わった後は?」
巴「明日に備えて寝てるけど…」
……あ、この人ダメな人だ。
苦労人と言うか、思考にもう仕事が完全に根付いちゃってるタイプのダメっぽさ。
ちょっと似たタイプが周りにいないから分からないが…これはちょっとやばい。
放置しておくと見事なワーカーホリックになりそうで怖いくらいなんだけど!!
京太郎「俺より狩宿さんが休んだ方が良いと思うんですけど…」
巴「だ、大丈夫よ。昔からやっている事だし…」
…いや、もしかしたらこの人なりそうじゃなくて既に片足突っ込んでいるのかもしれない。
自分がどれだけ華の女子高生として危ない領域にいるのか気づいてないし。
勿論、夜更かしするのが良い訳じゃないけど、もうちょっとこう何かないのだろうか。
流石にちょっとそれで終わりとか他人事ながら悲しくなるレベルなんですけど…。
京太郎「じゃあ、狩宿さんの趣味ってなんですか?」
巴「趣味…えっと…えっと…その…」
なんでそこで悩むんですかねえええ!?
いや、何か一つくらいあるよな!?
こう読書とかそういうので良いから何かしら出してくれよ…。
じゃないと悲しいを通り越して大丈夫なのか不安になってくる…。
巴「…え、えっと…姫様のお世話をする事…かな」
京太郎「よし。今日は狩宿さんのお休みにしましょう」
巴「え、えぇぇ…」
これがまだ出てこないと言うだけであれば俺はまだ安心出来たかもしれない。
しかし、狩宿さんの口から出てきたのは仕事と紙一重…と言うか半ばそっちに踏み込んでいる言葉だったのだ。
最早、ワーカーホリックギリギリまで踏み込んでいる狩宿さんにコレ以上、仕事をさせる訳にはいかない。
多少、強引ではあるが、今日一日は休んでおいてもらおう。
京太郎「良いですか、今日一日狩宿さんは仕事禁止です」
巴「え、でも、昼食を作ったり夕飯の準備とかもしなきゃいけないんだけど…」
京太郎「そういうのは全部、俺がやります」
巴「だけど、炊事場の使い方とか…」
京太郎「まぁ、その辺はちょっと教えて欲しい…って言うか料理そのものが実はあんまりよく分からないんですけど」
勿論、まだ完璧に仕事が出来る訳じゃないが、狩宿さんを働かせるよりは幾分マシだ。
それにまぁ、結局、春に断られてしまった料理の教えを狩宿さんに乞う事も出来るし。
俺としてもメリットがある事を考えれば、決して悪い暇つぶしじゃないはずだ。
それに、ここ最近は俺も雑用としてあんまり働けていなかったし、久しぶりに腕を振るいたい。
巴「…洗濯も?」
京太郎「ぅ…っ」
それがあったかー…。
確かに洗濯は俺がやる訳にはいかない。
いや、やっても良いと言うか寧ろやりたいくらいなのだけど、皆がそれを許しはしないだろう。
多少は皆と仲良くなれてきているが、自分の下着を洗わせて平気ってほどじゃないし。
巴「ほら、やっぱり無理でしょ?」
京太郎「い、いや、でも洗濯以外はやれますって」
巴「…でも、さっき料理そのものもあんまりよく分からないって」
京太郎「い、一応、得意料理はありますよ!?」
タコス娘に喰わせる為にタコスだけは一杯作ったからなー…。
ハギヨシさんに教えを乞うたのもあって、それだけは部員たちにも絶賛されるレベルだ。
まぁ、ソレ以外はまったく何もやっていないからお察しって事なんだけれど。
しかし、得意料理があるかないかだけでも料理に対する経験値は大きく違うはずだ…………多分。
巴「…本当に大丈夫?その…失礼かもしれないけど無理しなくて良いんだからね?」
京太郎「無理なんてしてませんってば」
それにまぁここまで言われたら俺も中々、後には引けない。
馬鹿にされているとは思わないが、しかし、信じてもらえないのは事実なのだから。
ここで引き下がったらそれこそ俺は出来もしない事を言い出した大馬鹿者になってしまう。
流石の俺もそんな風に思われるのは我慢ならないのだ。
京太郎「まぁ、俺の腕前は昼飯時に見せてあげますよ」
巴「う、うん…でも…」
京太郎「ま、安心してくださいよ。絶対美味いって言わせてやりますから」
これは最早、戦争だ。
そう狩宿さんと俺との価値観がぶつかり合う聖戦なのである。
ここまで言い放ってしまった以上、後退の二文字はあり得ない。
俺の培ってきた技術が狩宿さんを屈服させるその時まで突き進まなければ。
自らの手でもぎ取った勝利以外に価値はなく、戦略的だの戦術的だのと言う甘えは許されない。
心から狩宿さんに美味いと言わせた時こそ俺は狩宿さんに思いっきりドヤ顔をして弄る事が出来るのだ。
京太郎「それより俺が家事やっている間に狩宿さんは自分の趣味を見つけませんか?」
巴「う…でも…いきなり趣味と言われても…」
まぁ、それはそれとして…狩宿さんの趣味探しと言うのも軽視してはいけないものだ。
今日一日俺が狩宿さんの仕事を肩代わりしても、それは一過性のものでしかない。
明日になればあっという間に忘れ去られてしまうような薄っぺらい善意なのだ。
それでは今日一日俺が暇を潰しただけで、何の成果も残らない。
京太郎「それこそ読書とかどうなんです?書庫もあるんでしょう?」
巴「うーん…嫌いじゃないけれど…」
京太郎「けど?」
巴「…なんかそうやって娯楽に時間を費やしていると勿体ない気がして」
アカン(アカン)
この人思った以上に重症だった…。
まさか娯楽の時間を勿体ないとまで言い切るとは…。
いや、それもそれで一つの価値観なのかもしれないが…凄い勿体なさ過ぎる。
仕事が楽しみだという人を否定するつもりはないが、仕事がなくなってしまった時の代用品は必要だろう。
京太郎「そうやって休むのも重要なんですよ」
巴「…でも」
京太郎「人のことばっかり気を遣って倒れたら余計に迷惑になりますって」
巴「う…そうかもしれないけど…」
まぁ、こればっかりは俺が言ってすぐさまどうにかなるもんじゃないか。
こうして偉そうに言っているけれど、俺はまだあまり狩宿さんの事を知らない訳だし。
そんな奴に説教されたところで、中々受け入れる事なんて出来やしないだろう。
そもそも俺が言ってるのはある種の価値観の押し付けであって絶対的に正しいって訳でもないからなぁ。
京太郎「ま、俺で良ければ息抜きの手伝いもしますし」
巴「え?」
京太郎「それこそ麻雀とか適当に話をしたりとか…一人じゃ出来ない事なら俺が付き合います」
だから、恐らくこの辺りが落とし所のはずだ。
コレ以上、無理矢理、価値観を押し付けたところで狩宿さんが受け入れてくれるはずがない。
寧ろ、より頑なな態度を見せる可能性だってあるのだ。
それを考えれば、とりあえず息抜きのお誘い辺りで止めておくのが無難だろう。
京太郎「俺自身、暇を潰すやり方が思いつかない奴ですしね。そうやって狩宿さんと一緒に余暇を過ごすのも楽しそうなんで喜んでお付き合いしますよ」
巴「ふふ…それもそうね」クスッ
そう言って笑う狩宿さんの顔は思ったよりも明るいものだった。
どうやら俺の押し付けはそれほど不愉快に思われていなかったらしい。
とりあえずは嫌われなくて一安心…って感じだな。
巴「…でも、須賀君って不思議な人よね」
京太郎「ん?そうっすか?」
巴「うん。だってこんな状況でも人のことを気遣う事が出来るんだから」
京太郎「はは。まぁ、そんな風に教えられたものですから」
人は自らが辛い時にこそ本性が出るから、そういう時こそ他人を慮れる人間になれ。
実際はもっと丁寧な口調だったが…その教えは未だに俺の中に根付いている。
まだまだ俺が未熟な所為で完全に実行できているとは言い難いが、それでもその言葉は俺にとってとても大事なものだ。
俺にとって友人であり、そして目標でもあった人から最初に教わった言葉なのだから当然だろう。
巴「それってご両親に?」
京太郎「いえ、友人の執事さんにです」
巴「…執事?」
京太郎「はい」
―― …あれ?何か変な事言っただろうか?
確かにちょっと変かもしれないが、執事と言う職業は確かに世の中に存在するのだ。
そんな職業に就いている人と知己になるのはそれほどおかしな事ではないだろう。
ちょっとは珍しいかもしれないが、そんな風に目をまん丸くして聞き返されるほどじゃないはずだ。
巴「…私、須賀君はちょっとエッチだけど常識人だと思ってた…」
京太郎「え?いや、俺は常識人でしょう?」
巴「いや…執事の友人がいる常識人とかちょっと…」
京太郎「あ、それって執事に対する偏見ですよ」
そもそも俺はライトノベルの主人公じゃないが、何処にでもいる普通の男子高校生である。
少なくともカン材揃いやすい上にカンをしたら有効牌を引き入れるとか、対局中に顔が赤くなるとかないし。
東場だけ恐ろしくツモが良いとか、卓上を自分の思い通りに描くとか、普通はやらない待ちだと和了りやすいとか…そんなオカルトもないのだから。
ただちょっとそういう連中と知り合いと言うだけのごくごく普通の男だ。
…いや、まぁ、最近は女装するのに違和感なくなってきた辺り、既に普通とは言い切れないのかもしれないけれど。
巴「そ、それは悪いと思ってるけど…でも、執事って…ヒゲ生やした白髪オールバックのダンディなおじさんじゃないの?」
京太郎「あ、やっぱりそういうのを想像しますか」
巴「え?違うの?」
京太郎「俺の知り合いの執事さんはもっと若いですよ」
まぁ、実際は若いと言っても俺はあの人の本当の年齢を知らない訳だけれどさ。
外見そのものは20代の若々しい姿だが、龍門渕さんもハギヨシさんの本当の年齢を知らないらしい。
気づいた時にはもうずっとあの姿だったとか…本当に何者なんだあの人。
実は古くから龍門渕家に封印されていた悪魔だとか…いや、それは流石にないか。
巴「へー…どんな人なの?」
京太郎「んーそうですね。なんていうか…何でも出来ちゃう人ですよ本当に」
けれど、それがあり得ない…と言い切れないくらいには常人離れしてるんだよなぁ。
龍門渕さんが呼んだ瞬間現れたりする姿はワープでもしているんじゃないかってくらいだし。
常に何かしらの仕事をしているはずなのに、慌ただしく動いている姿を見た事がない。
ちょっと目を離した時には廊下を全てキラキラするまで掃除していた事もあったっけ。
…マジであの人、本当に人間なんだろうか。
今更ながら化け物じみてるってレベルじゃねーぞ。
京太郎「料理から掃除、裁縫からスケジュール管理その他まで完璧でした。なんていうかザ・執事って感じの」
―― …だからこそ、ハギヨシさんは俺にとっての憧れだった。
彼を初めてみた時、俺は清澄にとって必要なのはハギヨシさんであると思ったくらいなのだから。
ハギヨシさんみたいな人が一人清澄に居てくれれば、皆はもっと麻雀に集中出来る。
けれど、ハギヨシさんは龍門渕さんが直接雇っている執事で…清澄に来てもらう訳にはいかない。
だから、俺はハギヨシさんに憧れて…ハギヨシさんみたくなりたくて彼に教えを乞うたのだ。
京太郎「ま、俺なんかが友人と言うのもおこがましいくらい凄い人でしたよ」
そうして教わった分、俺は確かに成長し、お茶淹れから整理整頓、牌譜の取り方やムダのない買い出しの仕方などメキメキと上達していた。
けれど、そうやって上達すればするほど、あの人の凄さが目に見えて分かってくるのだ。
まるで最初は遠すぎて理解出来なかった山の大きさを、実際に登り始める事でようやく実感したように…はっきりと。
ハギヨシさんは俺を才能のある生徒だと言ってくれたけれど…あのままずっとハギヨシさんの元にいて俺が彼のようになれたかは疑問だ。
巴「…須賀君はその人の事が大好きなんだね」
京太郎「はい。自慢の友人でした」
そんな風に劣等感を感じる事はあったが、俺にとってハギヨシさんは最高の師匠で、そして最高の友人だ。
年も職業も場違いなほど離れているが、それでも俺は彼の事を心から友人であると思っている。
何時かはハギヨシさんの事を追いかけて龍門渕さんのところで執事になろうかと話していた事もあるくらいだ。
…まぁ、実際はそれを聞いた龍門渕さんに本気で勧誘されてしまって、話を保留にさせておいて貰ったのだけれど。
巴「…ごめんね」
京太郎「あ、いや、良いんですよ」
けれど、そんな話も全ては鹿児島に来た事で水の泡になってしまった。
今更ながら理解したそれに胸の中が引き裂かれるような痛みを訴える。
それに小さく声をあげそうになるが、しかし、狩宿さんの前でそうもいかない。
結果、俺に出来るのはすまなさそうに謝る狩宿さんに首を振る事くらいだった
京太郎「(…てか失敗したなぁ…)」
狩宿さんが今の状況を不本意だと思ってくれているのはさっきのやり取りで分かっていたのだ。
それなのに郷愁を見せるような反応をしてしまっては、彼女だって申し訳なくなってしまう。
今更そんな事に気づくようでは、まだまだ未熟だと最高の友人に笑われてしまってもおかしくはない。
…けれど、ここから挽回すればまだ笑われるだけで怒られたりはしないはずだ。
京太郎「巴さんもそういう憧れの人とかいないんですか?」
巴「私?…私は…そうね」
そう話題を変える俺に狩宿さんが物思いに耽るように首を傾げた。
その表情は未だ暗さが残るが、しかし、さっきの雰囲気をどうにかしようと思ってくれているのだろう。
こうして相手に気を遣わせてしまう辺り、まだまだ未熟だが…しかし、まだ決定的なものではないはず。
そう思う俺の前で狩宿さんはゆっくりとその人の名前を口にした。
巴「…やっぱり霞さんかな」
京太郎「石戸さんですか。確かに凄い人ですもんね」
その辺の情報は石戸(妹)ちゃんから嫌というほど聞かされている。
家の都合で生徒会長などの役職になった事はないが、ずっと人に慕われ続けているのだと。
それはきっと妹…と言うか恋する乙女の欲目、と言う訳ではないのだろう。
実際、俺の見る石戸(姉)さんは凛々しく、仕事も出来る人だ。
護ってあげたくなる神代さんとはまた違った意味でカリスマを感じさせる。
…まぁかりちゅまになったりするのが玉に瑕なのだけれど。
巴「えぇ。巫女としての力も…舞の技能も…家柄も…全部凄い人」
京太郎「…狩宿さん?」
―― その言葉はとても複雑な感情に満ちていた。
勿論、俺は狩宿さんの事を何でも知っている訳じゃない。
二人っきりになる事はそれなりに多いが、こうして腰を据えてしっかりと話をしたのは初めてだ。
まだまだ俺の知らない狩宿さんというのは当然居るのだという事くらい俺だって理解している。
けれど、それを踏まえても…その複雑な感情は狩宿さんらしくはなかった。
京太郎「(…一番強いのは…きっと劣等感だ)」
綺麗な絵画にジワリと染み出すような暗い感情。
狩宿さんの過去もまだ何も知らない俺はその全てを理解する事は出来ない。
けれど、そこに一番強く込められた気持ちはかろうじて読み取る事が出来た。
それは…俺もまた似たような感情を仲間やハギヨシさんに抱く事があったからなのだろう。
そう思うと慣れ合うような慰め合うような…そんな歪んだ共感が胸の奥を突いた。
京太郎「…スタイルも凄いですもんね」
巴「そうそう…って違うわよ…っ!」カァ
しかし、それを表に出したりは出来ない。
狩宿さんとの距離を考えてもそれは踏み込める話題ではないし、何よりそんな事をしても何の解決にもならないのだから。
そうやってお互いを慰め合ったところでなあなあになるだけで何の進展もない。
俺に出来る事と言えば、そんな狩宿さんを慰める事ではなく、この空気を払拭する事だ。
京太郎「ま、俺から見たら狩宿さんも立派に凄い人ですけどね。胸もそこそこありますし」
巴「ホント、須賀君はその事しか考えてないのね…」
京太郎「男の子っすから」キリッ
まぁ、その為に出来る事がセクハラめいた話題を振るっていうのが少々自分でも情けないけれど。
しかし、俺一人が道化になる事で狩宿さんが少しでも気持ちを前向きに出来るのであれば安いものだ。
下手をしたら好感度を犠牲にするかもしれない諸刃の剣だが…大体、俺がそういう性格だと理解してくれているのだろう。
呆れるように言う狩宿さんからは失望されたような表情は感じ取れなかった。
巴「…じゃあ、そんな男の子にお願いがあるんだけど」
京太郎「ん?なんですか?」
巴「…とりあえず洗い物だけでも手伝ってくれる?」
京太郎「えぇ。お安い御用ですよ」
―― その表情は何時もと変わらないものだった。
勿論、完全に狩宿さんが石戸(姉)さんへの劣等感を払拭出来た訳ではないのだろう。
しかし、それを表に出さない程度には狩宿さんも立ち直ってくれているらしい。
いや、こうして俺に手伝いを申し出てくれていると言う事は、感謝もしているという事か。
さっきまでの狩宿さんならばきっと何もかもを自分でやろうとしていた事だろう。
京太郎「じゃあ、そのついでに火の使い方とかも教えて下さいよ」
巴「良いわよ。でも、最初は大変だから…」
京太郎「まぁ、何とかなりますって」
巴「ふふ…意外と自信家なんだ」
京太郎「違いますよ。狩宿さんですから」
巴「…え?」
狩宿さんの教え方はとても丁寧で上手なのだ。
俺が分かるまで何度も反復して教えてくれる狩宿さんと一緒ならどれだけ大変でもきっと覚えられる。
少なくとも…今までの狩宿さんはそうだった。
俺はまだ狩宿さんの事を何も知らないが…それでもこうして一緒に過ごしてきた彼女の姿は間違いなく信じられる。
京太郎「狩宿さんなら俺が分かるまでどれだけ時間掛かっても付き合ってくれるって信じてますしね」
巴「…須賀君って案外、タラシなんだね」
京太郎「まぁ、タラシこめた事は一度もないんですけどね」
…うん、思い返しても俺のそういった戦績は散々なものだったからな。
中学の頃に何度かいいなと思った子に告白したけれど、全部、見事に振られまくった。
しかも、大抵断り文句が「須賀君とは友達で居たいな」とか「宮永さんと付き合っていると思ってた」とかだし…。
そんな理由で振られ続けると流石に告白する勇気もなくなるってなもんである。
…まぁ、それでも長野を発つ時のアレは自分でもヘタレ過ぎたと思っているが。
巴「へー…って事は彼女とかいなかったの?」
京太郎「残念ながら。俺はどうやらそういう風に見るのには難しいタイプみたいで」
巴「あ、それは分かるかも」
京太郎「ちょ、それどういう事ですか!?」
そんな一種のトラウマをほじくり返す狩宿さんの言葉に俺は思わず食いついてしまう。
既に何度も似た理由で振られている俺にとってそれをどうにかするのは急務と言っても良いものなのだ。
出来れば女性側からじっくりと理由が聞いていたいと俺も常々思っていたのである。
まぁ…聞いた所で俺がそれを活かす機会はないんだけどさ。
これから先は俺はもう須賀京子ちゃんで告白する機会なんてまずないだろうからなー…。
巴「だって、須賀君って気遣い出来て…一緒に居て楽しいタイプだしね。あんまりドキドキって言うのはしないよ」
京太郎「それの何が悪いんっすか…」
巴「悪くはないけど…恋人って言う条件にはあんまり合致しないかなって」
京太郎「ぬぐぐぐ…!」
確かにトキメキが足りないって言うのは重要な事なのかもしれない。
ゲーム的に言えば友情度と愛情度はまた別のパラメーターって奴なのだろう。
友情度をどれだけあげても告白が成功する訳じゃないのだ。
そして俺はどうやら愛情度をあげるのに適していないキャラならしい。
…なんとも人生世知辛い感じだが多分、仕様って奴なのだろう。
神様まじふぁっきゅー。
巴「…でも、そんな須賀君だから一杯助けられちゃってるよね」
京太郎「え?」
巴「…ありがとう。それと…私の為に霞さんに意見してくれて…ちょっと嬉しかった」
京太郎「…あ」
―― そう言って食器を持って立ち去っていく狩宿さんの顔は赤かった。
フイっと顔を背けるようなその仕草は、しかし、決して早いものではなかった。
お陰で俺は狩宿さんの真っ赤になった頬から耳までをじっくり見る事が出来たのである。
勿論、観察出来るほどの時間ではないが、それでも最後の恥ずかしそうな狩宿さんの姿が意識に焼きつくのには十分過ぎる。
結果、俺はそれを思い返して頬をにやけさせ… ――
京太郎「…なんだよ…俺がドキドキしてどうするんだ…」
―― 数秒後、ようやく俺は自分の胸が思った以上にドキドキしている事に気づいたのだった。
………
……
…
京太郎「どうです?」
巴「…悔しいけど美味しい…」
京太郎「へへ、だから言ったでしょ?」
まぁ、そう自慢気に言いながらも流石にちょっと不安だった訳だけれど。
アレから一緒に厨房に行って…それこそすったもんだのトラブル続きだった訳だし。
いや、まさか薪から火をおこすのがあんなに大変だとは思わなかった…。
一人で火を起こせるようになるまで数時間掛かるなんてなー…。
京太郎「(昔の人ってのは本当に大変だったんだな…)」
俺は着○マンなどを種火に使ったが、それでも火を根付かせるのは大変だ。
木組みの時点でしっかりとしたものでなければあっという間にその勢いも弱くなってしまう。
これが種火から一々準備していたら一体、どれだけの時間が掛かっていた事か。
正直、想像もしたくないくらいである。
京太郎「(その上、火の調整もしにくいから…)」
そうやって自分一人で火を着けられるようになれば万事解決…と言う訳にはいかない。
ガスコンロと違って釜戸の火はすぐに火力の調節が出来るってものではないのだから。
木を崩して、或いは組み上げて、と調整しなければいけないそれは思った以上に大変だった。
適切な火力を自分の身体で覚えるまで何度も生地を焦がしてしまったくらいである。
京太郎「…つか、こんなに遅くなってごめんなさい」
巴「ううん。その分、頑張ってくれた訳だから気にしないで」
頭を下げる俺に狩宿さんが何でもないように言ってくれるが流石に三時過ぎまで昼食が伸びるのはやりすぎだ。
朝の時間から考えて昼食を作るのに半日以上掛かっているのは…自分自身の事ながら到底、擁護出来ない。
ぶっちゃけ途中で何度か我慢出来なくて具に手を出しそうになったくらいだ。
それでも辛抱強く俺にアドバイスを続けてくれた狩宿さんには頭が上がらない。
巴「それに須賀君のタコスはとっても美味しいから。待った甲斐は十分あるし…何より」
京太郎「何より?」
巴「こんな美味しいものを独り占めしてたら姫様たちに怒られちゃいそうだしね。後で姫様たちにも食べさせてあげたいし」
京太郎「あー…確かにそれも良いですね」
狩宿さんから聞いた話だと神代さんたちはそろそろ帰ってくるらしい。
今日は始業式くらいだからもっと早くても良いと思うのだが、部室の掃除とかもあるもそうだ。
しかし、それもそろそろ終わって、こっちに向かっている最中なのだろう、と狩宿さんも言っていたしな。
神代さんたちもそれほど冷めずに食べられるであろうこの時間はそう悪くはないのかもしれない。
巴「…まぁ、その前に私が全部食べちゃうかもしれないけど」
京太郎「はは。狩宿さんって案外食いしん坊なんですね」
巴「ち、ちが…っ!こ、これはお腹が減っていたから…!」カァァ
そう言いながらもさっきからパクパク食べている狩宿さん。
まぁ、それだけ食べてくれた方がお世辞じゃないって事が分かって嬉しいけどな。
それにこんな時間になってしまったのも俺の所為だし、それだけ待たせてた事に申し訳無さはやっぱり感じる。
巴「…でも、流石にちょっとコレ以上食べるとお夕飯とウェストが危なくなるかも…」
京太郎「中身の味付けに結構油とか使ってますし…基本、メインは肉ですしね」
巴「い、言わないでよぉ…」
だが、イジるのは止めない(ゲス顔)
何せ、こうして弄られる狩宿さんというのは中々に可愛らしいのだから。
流石に涙目にしたいって思うほどではないが、頬を染める狩宿さんはもっと見たい。
…アレ?俺ってこんなにSだったっけ?
いや、そんな事はどうでも良いんだ、重要な事じゃない。
それより今は可愛い狩宿さんが見られるチャンスだ!
京太郎「さぁ、おかわりは幾らでもありますからドンドン食べてくださいね」
巴「うぅ…食べちゃダメ…ダメなのに…」
そう言いながらスルスルと手を伸ばす辺り、狩宿さんも案外ノリの良い人だと思う。
それとも俺のタコスはそれだけ美味しいのだろうか?
タコス娘だけじゃなく部員たちにもそれなりに好評ではあったけれど…人に振る舞った事ってそんなにないしなぁ。
巴「はぁ…でも、もうダメ…食べられない…ご馳走様ぁ…」
京太郎「はい。お粗末さまでした」
しかし、流石にそんな狩宿さんも四個目のタコスでギブアップしたらしい。
女の子が食べるものだから比較的小さめに作っているが、それでも普段の狩宿さんの食事量よりは多いだろう。
少なくとも普段の狩宿さんは今みたいに畳に倒れ込みそうなくらい食べたりしないし。
そんなになるまで食べてもらったと思うと、作った甲斐があるってなもんである。
こういうのって料理を作ったからこそ得られる醍醐味って奴だよな。
京太郎「あ、ちなみにヨーグルトソースの余りで作ったデザートがあるんですけど…」
巴「私が悪かったです!悪かったですからもう食べさせないでええ!」
えー何を言ってるんですかー。
俺は狩宿さんの事を思って言ってるだけですよー。
タコスって思ったよりも重いから後にはさっぱりしたデザートが欲しいかなって思っただけでー。
別に料理の腕前を信じてもらえなかった仕返しとかじゃないですよーえぇまったく。
京太郎「じゃあ要りません?」
巴「……後で食べるから置いておいて…」
京太郎「太りますよ?」
巴「もおおおお!!」
流石にコレ以上イジるのはやり過ぎか。
太るとかそういうのは女性にとっては禁句らしいしな。
それにまぁ太るって言葉を気にするくらい食べてくれた人にコレ以上は失礼だろう。
何よりかなりさっぱり目に作ってるから太るってほどカロリーがある訳じゃないしな。
巴「…須賀君って思ったより意地悪なんだ…」
京太郎「ギャップがあって魅力的でしょう?」
巴「そういうギャップは要らないわよ…」
京太郎「そんな…少女漫画ではそういうキャラが人気だって聞いたのに」
巴「現実と漫画を一緒にするんじゃありません」
まぁ、流石に俺だってその辺一緒くたにしてる訳じゃないけれど。
それでもこうして狩宿さんをイジるのは彼女がイジラレ体質だからだと思う。
最近は春にイジられたりする事が多かったり、薄墨さんも色々と容赦しなくなったりきているけど…それはまぁ、別問題だ。
決して二人にイジられている分を狩宿さんで発散しようだなんて、まったくこれっぽっちも欠片たりとて考えちゃいない 多分
初美「ただいまですよー」
小蒔「ただいま戻りましたー」
京太郎「っと」
そんな事を考えた瞬間、屋敷中に元気な声が響き渡った。
既に聞き慣れたその声は薄墨さんと神代さんなのだろう。
どうやら丁度良いタイミングで帰ってきてくれたらしい。
これならばわざわざラップに包んで置いておく、なんて事はしなくて済みそうだ。
巴「ふふ…のんびり出来るのもそろそろ終わりみたいね」
京太郎「ま、名残惜しいですけど仕方ないですよ」
それにまぁ皆でワイワイやっているのも俺は嫌いじゃないし。
勿論、狩宿さんと二人っきりと言うのも穏やかで良いが、基本、俺は賑やかな方が好きなタイプである。
ようやく皆と少しずつ馴染んで会話に参加出来るようになった事もあるし、何より目の前には俺の自慢のタコスがあるのだ。
それを食べた時に皆がどんな反応をしてくれるかと思うと楽しみですらある。
初美「ただいまーって、わわ、何か良い匂いですよー!」
春「…お昼ごはん?」
京太郎「おかえりなさい。おう、ちょっと遅目だけど昼飯って奴」
そう思っている間に皆は俺たちのいる居間に到着した。
スルリと開かれた襖の向こうには朝に出て行った全員が並んでいる。
けれど、朝とは違うのは春と薄墨さんがその手に大きな袋を持っているという事か。
学校指定らしきカバンと共にぶら下げるそれは大きさの割にはあまり重そうには見えない。
その中身は若干気にはなったが、店の名前らしきものが書いてある袋からそれを読み取る事が出来なかった。
明星「へー…これってなんですか?」
京太郎「あぁ、タコスっていう料理だよ。皆の分もあるから良ければ食べないか?」
霞「タコスって…あのメキシコ料理の?」
京太郎「はい」
まぁ、より正確に言えば日本人の味覚に合わせたなんちゃってタコスな訳だけれど。
そもそもトルティーヤを作る為のトウモロコシ粉なんて普通の一般家庭には置いていないし。
その辺は小麦粉とかで代用したし、巻いてある中身も冷蔵庫の中にあった余り物が殆どだ。
味付けも大分、日本人向けで、一番、狩宿さんに好評だったのは醤油ベースのソースを掛けたタコスである。
そんなものをタコスと言って出してしまうと本場の人に怒られてしまうかもしれない。
春「…これ作ったのってもしかして京太郎…?」
京太郎「あぁ。まぁ、口に合えば良いんだけど…」
巴「ふふ、とっても美味しかったわよ」
霞「へぇ…巴ちゃんがそんなに絶賛するなんて…」
初美「楽しみなのですよー!」
そう言いながら薄墨さんがタコスの並んだ皿に手を伸ばした。
それに倣うようにして石戸(姉)さんが続き、それから皆も同じようにタコスを掴んでいく。
最後に神代さんが掴んだ頃にはアレだけ作ったタコスがもう殆どなくなっていた。
まぁ元々は俺と狩宿さんだけで食べるつもりだったし、全員分に一個行き渡っただけでも十分だろう。
小蒔「あの…これどうやって食べれば良いんですか?」
京太郎「思いっきりかぶりつくのが一般的ですね」
小蒔「かぶりつく…恵方巻きみたいな感じですね……はむ」
俺の言葉に頷きながら神代さんが可愛らしくタコスへとかじりつく。
それを見て他の皆もおずおずと手に持った小麦色の皮へと口をつけ始めた。
そのままハムハムと口を動かす美少女たちの様子を俺はジッと見つめる。
それは勿論、小麦色の皮に向かって恥ずかしそうに口を開く彼女たちがエロい…からだけじゃない。
狩宿さんに褒められこそしたものの、他の皆に味覚に合うかやっぱり心配だったのだ。
小蒔「…美味しい…っ」
春「…幾らでも食べられそう…」モグモグ
初美「須賀君にこんな特技があったなんて意外なのですよー」
京太郎「ちょっとそれどういう意味ですか」
明星「ふふ、それくらい美味しいって事でしょう」
霞「うん…ちょっとこれは意外な特技よね…」
いぃぃよっしゃああ!
不安だったが他の皆も美味しいと感じてくれているらしい。
まぁ、意外だとか色々言われているのはちょっと気になるが、まぁ、それは些細な問題だ。
俺の中の数少ない特技だと言えるタコスを皆に褒めてもらえる方が遥かに嬉しいし。
それにまぁ俺自身、自分があんまり料理上手そうに見えないのは認めるところだしな。
春「…おかわりも欲しい」
初美「あ、ダメですよ!まだ残ってるのは私が貰うんですから!」
小蒔「うー…でも、私も欲しいかなって…」
霞「じゃあ、私と残っているの半分こにしましょうか」
京太郎「あぁ、確かにそうやって半分にすれば全員に当たりますね」
残っているのは残り3つ。
居間にいるのは狩宿さんと俺を除けば六人で、丁度一人半分ずつ食べられる計算になる。
それならタコスを取り合う必要もないし、何よりそこまでお腹が一杯になったりしない。
小さい目のサイズで作っているとは言え、タコスって結構腹にたまる食べ物だし食べ過ぎると夕食が入らなくなってしまう。
小蒔「えへへ…霞ちゃん大好き」
霞「はいはい。じゃあ、多い方をあげるわね」
小蒔「わぁい♪」
…しかし、ああしてみるとこの二人本当に仲の良い姉妹みたいだな。
顔も似ているし、身体の作りも一部分を含めてそっくりだし。
石戸(姉)さんのアダルティなオーラを考えれば若作りな母親と子どもと言っても通ってしまいそうなくらい… ――
霞「…」ニコッ
あ、いや、何でもないです。
別に悪い事なんて考えてないですよー?
ただ、石戸(姉)さんには貫禄があるって話であって別に貶める意図はないんですって。
だからその「それ以上考えたら分かってるわよね?」みたいな目で俺を見るのはやめて下さい…。
湧「……」モクモク
京太郎「あ、十曽ちゃんもどうかな?」
湧「あ…ぅ…」ビクッ
うん、ここはまず話題を変えるべきだろう。
幸い…と言うか、この状況でもいまだ感想を口にしていない人がいる訳だし。
黙々と口を動かしている十曽ちゃんにはまだまだ距離を感じるが、さりとて感想はやっぱり気になる。
それにこれをキッカケにもっと十曽ちゃんとも仲良くなれるかもしれないし…と思ったのだけど。
…話しかけただけで肩がびくってするって俺ってそんなに怖いんだろうか。
湧「うん…美味しい…です」
京太郎「そっか。良かった」
…まぁ、そうだよな。
この程度で仲良くなれるキッカケがあるならもう今までの時点でもっと進展もあるだろうし。
けれど、他の皆とは少しずつ仲良くなれているけれど、十曽ちゃんに対しては進展らしい進展はまったくないからなー…。
皆は進展あるみたいな事を言ってくれているけれど、やっぱり俺にはそれらしいものは伝わってこないままだった。
精々、さっきの十曽ちゃんのアクセントに朝と同じく、ちょっとした疑問を感じた程度である。
春「…ご馳走様。…黒糖にも合いそう…」
京太郎「…いや、流石にそれはどうだろう?」
巴「一応、それは春ちゃんにとって最上級の褒め言葉だから…」クスッ
狩宿さんに言われずとも俺だってそれが春なりの賛辞であると理解している。
けれど、仮にも軽食であるタコスが、お菓子である黒糖に合うと言うのは違うんじゃないだろうか。
勿論、両方共見た目からは想像もできないほどさっぱりして食べやすいが、食べ合わせは最悪に近いだろう。
まぁ、タコスの中身を弄れば作れない事もないが…今回は別にそういう事考えて作った訳じゃないしな。
春「……じゃあ、また食べたい」
京太郎「おう、何時でも良いぞ」
春「…ん。待ってる」ニコ
…ってか、そこで笑うなよなー…もう。
ただでさえ顔立ちが綺麗なんだからドキッとするだろうが。
しかも、待ってる…とまで言われたら作らない訳にはいかないよな。
今度は材料からしっかり揃えてちゃんとしたタコスを作ってみようか。
初美「…へー」
京太郎「ん?なんです?」
初美「はるるが黒糖の事以外で笑うのなんて珍しいものを見たな―と思ったのですよー」
春「は、初美さん…!」カァ
京太郎「はは。まぁそれだけ美味かったって事なんでしょう」
そう言った意味では、俺のタコスは春の中でソウルフードである黒糖に並んだ…のは流石に良い過ぎか。
ちょっと小腹が空いた時には真っ先に黒糖に手を伸ばすくらいに春はそのお菓子を愛している訳だし。
まぁ、そこまで好きなお菓子と似たような反応が見られたと言うだけで、作った俺にとっては誇らしい話だ。
それにまぁ、照れて赤くなった春の顔とか割りとレアなものも見れたし。
春「……京太郎」
京太郎「ん?どうした?」
春「…とても美味しいものを食べさせてもらったお礼がしたい…」ゴゴゴ
京太郎「え…?」
だと思ったら急に春が不機嫌そうに…!?
いや、特に普段と変わらない無表情なんだけど…今は何か独特の迫力があるっていうか…!
心なしか温度が冷めたと言うか、場が凍ったような感覚すら感じるんですけど…!
お、俺何か怒らせるような事言ったか…?
そ、それともやっぱりタコス褒めてくれていたのはお世辞で本当は不味かったとか…!?
春「…はい」
京太郎「ぅ…」
そう言って春が俺に差し出してきたのは、居間に入ってきた時に彼女が持っていた大きな袋だった。
その口をテープか何かで頑丈に止められているその袋から、俺は今、猛烈に嫌な予感を感じている。
さっきはそんな事なかったが…しかし、今、この状況で春が差し出してくるのだから、きっとろくなもんじゃない。
最早、予想を超えてそう確信しながらも、しかし、お礼と言って渡されたそれを受け取らない訳にはいかなかった。
京太郎「…開けなきゃダメか?」
初美「大丈夫ですよー。そんなに怖がらなくても別に毒とかじゃないですからー」
つまり毒ではないけれど、何かしら覚悟は必要な代物って事ですか!?
い、いや、待て、そんな揚げ足を取るようなことを考えてるべきじゃない。
例え薄墨さんがニヤニヤと楽しむような表情を浮かべていても、俺は皆を信じるべきだ。
今まで俺が皆との間に築いてきた絆は決してまやかしじゃない。
きっとこれは普段から頑張ってくれている俺を労う為のプレゼントであるはずだ。
京太郎「(うん、きっと多分めいびー)」
そう思って袋を開けた俺の目に飛び込んできたのは大きな箱だった。
けれど、その周りには特に何か印字されてはおらず、無感想な白地だけを晒している。
その上、その箱の中身は決して重い訳ではないが、軽い訳でもない。
つまりびっくり箱の類ではないようだけれど……ええい…考えていても仕方がないな…!
京太郎「…ん?」
瞬間、俺の目に飛び込んできたのは半円状の物体だった。
球体のなりそこないのようなそれは勢い良く開けた俺の前でプルプルと震えている。
まるで早く触ってと訴えるような肌色のそれを持ち上げれば、案の定、柔らかい。
子供の頃に作ったスライムほどではないが、それでも手を揺らすとはっきりと自己主張するくらいには。
京太郎「なんすかこのふにょふにょしたの?」
明星「パッドですよ」
京太郎「あぁ…北斗の拳で成長した子どもの…」
明星「それはパットです」
京太郎「別名コントローラーの…」
明星「それはゲームパッドです」
京太郎「野球とかで使う…」
明星「それはバッドです」
…うん、ボケも許されないって事だよな!
まぁ、分かってた!分かってたけどさ!
何時かはこんな日が来るって俺も理解してたけどね!
でも、まさかこんなに早く出来上がるとは正直、想像してなかった…。
明星「オーダーメイドですから多少時間が掛かりましたけどちゃんと肌にも馴染むでしょう?」
京太郎「…ウン、ソウダナー」
そんな石戸(妹)ちゃんの発言に嬉しいと思う事が出来ないのは、俺に拒否権などないからだろう。
それは春が採寸し、わざわざ神代家が俺用にオーダーメイドした…いや、しやがった逸品なのだから。
神代家に戸籍その他を握られている俺がそれを身につけない…なんて選択肢はないだろう。
そもそもそれは俺の女装をより自然にする為のものであり、自衛としても身につける必要があるものなのだ。
京太郎「(…いや、勿論、俺だってそれは理解しているけどさ…)」
俺の手の中にある半円状のそれは普通のパッドからは考えられないくらい大きい。
恐らくではあるが、最初から男が女装する事を想定して作られたパッドなのだろう。
一体これを注文する時にどんな説明をしたのかは分からないが、流石にちょっとこれは盛りすぎじゃないだろうか。
軽く見た限りこれ狩宿さんと同じくらいのサイズがあるんだけど…。
初美「ちなみにこっちには下着が入っているですよー」スッ
京太郎「う…それってやっぱり…」
春「…本格的に女装開始」
京太郎「ぅあー…」
いや、今までだって勿論、女装はしてきたし、今もしているけどさ!
悲しいかな、化粧の技術だって段々上がってきてるし、巫女服にも抵抗が殆どねぇよ?
だけど、これからは下着まで女物になると思うと、やっぱり頭を抱えたくなってしまうのだ。
仕方のない事とは言え、下着まで完全に女性用とか…言い訳のしようくらいの変態男じゃないか。
霞「…いい加減開き直ってしまえば楽よ?」
初美「そうですよー。これが明らかに変ならともかく十分に似合ってる訳ですからー」
春「京太郎が美人になるところもっと見たい…」
京太郎「…美人なんてつもりはないし、あったとしてもなりたくなかったんだけどなぁ…」
そういうのはお近づきになるものであって、決して自分でなるもんじゃない。
いや、ある種、同一化とかそういうのはコレ以上ないくらいに近い事なのかもしれないけどさ。
でも、俺はそれを喜べるほど倒錯した性癖はしちゃいないし、これからもなりたいとは思っていない。
化粧をした自分が女性に見える事に多少安心はするが、それだってどう考えてもおかしいと自己嫌悪してる訳だしな。
小蒔「え、えっと、やっぱり無理にやらなくても…」
京太郎「…いや、大丈夫っすよ」
勿論、神代さんの気持ちは嬉しいが、俺にだってこれが必要な事だって分かっているのだ。
リスク回避を考えれば、どう考えても下着も女性用に変えておいた方が良いだろう。
それならもし突発的事故で下着が見られてしまったとしてもある程度、言い訳は出来るし。
そんな事殆どないとは思うが…まぁ、世の中、一寸先は闇だって事はこの一ヶ月弱で実感したからな…。
京太郎「…でも、ブラの付け方とか分かんないんで…」
霞「え、えっとそれは…」
春「…じゃあ、私が教える…」
京太郎「ぅ…は、春かぁ…」
いや、勿論、この中で俺が一番、仲が良いのは春か薄墨さんな訳だしさ。
その中で春の方が立候補してくれたのなら、俺としては有り難い話ではある。
男の半裸を見て肌に触れたりもするかもしれないから仕方ないとはいえ、教育係の押し付け合いを見るのは寂しいし。
だが、春だとどうしてもイタズラされそうというか…からかわれそうというか。
春「…嫌?」
京太郎「嫌じゃないけど…その…なんてーか」
…もう幾分、溜飲も下がったみたいだし、きっと大丈夫だよな?
幾ら春でもこのタイミングで俺の事からかったりはしないだろう。
そう思って何度も斜め上の事をやられてきている気がするが、今度ばかりはきっと大丈夫だ。
…まぁ、春以外に選択肢がない訳だしそう信じるしかない訳だけど。
霞「じゃあ、春ちゃんに…」
湧「あ、あああああの!」
京太郎「ん?」
春「え?」
そこで声をあげたのは今までずっと沈黙を護っていた十曽ちゃんだった。
タコスを石戸(妹)ちゃんと半分こにしてから会話に混ざっていなかった彼女からの突然と言っても良い自己主張。
それに驚きの声をあげるのは俺だけではなく、春も同じであった。
長年、十曽ちゃんと一緒に共同生活をしている彼女にとってもその反応は意外だったのだろう。
湧「私に…任せてく…ぃ…ださい…」
京太郎「…十曽ちゃん?」
けれど、俺にとって意外だったのはそこで彼女が任せろと続けた事だった。
今まで話しかけたりはしてきたが、こうして十曽ちゃんからのアクションがあったのは初めてである。
ましてやそれが普通の会話などではなく、俺にブラの付け方を教えると言うものなのだから尚更だ。
一体、俺の知らない間に十曽ちゃんの中でどんな心境の変化があったのだろうか。
春「…京太郎は渡さない…この泥棒猫」
京太郎「いやいや、そういうんじゃねぇから」ペシ
春「ひゃぅん…」
それを茶化すような春の言葉にツッコミを入れながら俺は再び十曽ちゃんの方に視線を送った。
その活発な顔を赤く染めながら、彼女は微かに握り拳を震えさせている。
一体、どういうつもりかは分からないが、しかし、その決意は硬いらしい。
そこまで緊張していると言うのに俺から一切目を背けない彼女の意思を俺はどうしても無下には出来なかった。
京太郎「…じゃあ、十曽ちゃんにお願いするよ」
湧「は…はいっ!」
春「そんな…京太郎…私を捨てるの…?」
京太郎「人聞きの悪い事言うなっての」
別に春が不満だという訳じゃない。
いや、まぁ、からかわれるのではという不安はあったが、その分、春の方が気心が知れている。
こっちも遠慮なく突っ込んだことが聞けるし、どちらかと言えば春の方が適切なのだろう。
…うん、普段からブラに慣れ親しんでいるだろうしな、その色々な意味で。
京太郎「俺にとっては春が一番だよ。一番だけど…」
春「…っ」カァァ
京太郎「…ん?あれ?」
今日は十曽ちゃんの気持ちを優先したい。
そう続けようとした俺の前で春の顔が一気に赤くなっていった。
巫女服から露出する首元から真っ赤に染まったその変化に俺はついつい言葉を止めて首を傾げる。
一体、そんな風に恥ずかしがるような何かが今の言葉のなかにあっただろうか。
初美「まったく大胆なのですよー」
京太郎「え?あ、…い、いや、違いますからね!そういう意味じゃないですから…!」カァ
薄墨さんのツッコミにようやく俺はさっきの言葉がどういう風に取れるかを理解した。
ある種の告白とも取られかねないそれは、しかし、まったくの誤解である。
さっきのそれは一番、仲が良いとか適切とかそういう意味であって、決して不埒なものを含んでいる訳じゃない。
初美「でも、須賀君にとっての一番はこの私なのですよー」
京太郎「はいぃ!?」
このタイミングで何を言い出してるんですかねこの年上ロリは!?
いや、今ので一気に空気は変わったけど!変わったけどさ!!
でも、変わった先の空気が、俺をまるで犯罪者みたいな目で見るようなものなんですけど!!
さっきの空気よりはまだマシだが、これはこれでちょっと辛いですよ!?
春「…何を根拠に?」
初美「ふふーん。何せ須賀君は根っからのロリコン野郎ですからねー」
巴「えっ…」ヒキッ
京太郎「い、いや、嘘ですから!嘘ですからね…!」
初美「そんな…あんなに沢山熱くて楽しい夜を過ごしたのを忘れたですかー」
京太郎「一緒に並んで携帯イジってただけでしょう!?」
そもそも薄墨さんが何を言おうと駆逐っぱいには欠片も興味がないのだ。
ちょっとぐらつき掛けた事はあるが、まぁ、アレはシチュエーションが反則だったし仕方がない。
流石にそれは誰かに話したりはしていないが、俺がおっぱい好きというのは皆も知っている通りだ。
だから、こんなロリコン疑惑なんてすぐに… ――
春「…じゃあ私は弄ばれてたの…?」
明星「…春さん可哀想…」
巴「って事は湧ちゃんも危ないんじゃ…」
湧「え?え?あの…その…」
ってなんでそのはずなのに割りと真実っぽく広まってるんですかねええ!?
っていうか狩宿さんも危ないところに飛び火させないで!!
その子今から俺にブラの付け方教えてくれるって話をしてた子ですからね!!
そんな風に話振られたら気まずくて仕方ないっすよ!!
霞「…はいはい。あんまり須賀君の事イジメないの」
初美「はーい」
春「…はい」
そこでようやく皆の纏め役の石戸(姉)さんからのお叱りが入った。
それに主犯格二人が返事を返したし、この話はこれで終わりだろう。
やっぱりこういう時、一番頼りになるのは石戸(姉)さんだな。
普段から神々しいその胸…いや、姿から今は後光が感じられるくらいだ。
京太郎「…助かりました」
霞「ううん、大丈夫。それより…湧ちゃんの事お願いできるかしら?」
京太郎「えっと…」チラッ
湧「……」
京太郎「…はい。分かりました」
幸いにして十曽ちゃんもさっきの話を信じていないらしい。
微かに視線をずらして視界へと入れた彼女の顔は緊張こそしていたものの、警戒はなかった。
もし、警戒されていたら春に頼みなおそうと思っていたが、あの感じならば、きっと大丈夫だろう。
…まぁ、ちゃんと会話があるのかって点は不安だが、その辺は俺の努力次第でどうにか出来るかもしれないし。
霞「うん。じゃあ私達は出て行くけれど…ちなみに私達、すぐ外にいるからイタズラとかしちゃすぐにバレちゃうからね」
京太郎「い、石戸さんまで…!?」
霞「ふふ…じゃあね」
そう言って出て行く皆の背中を見送りながら俺はそっと肩を落とした。
なんだかこの数十分程度で俺の大体の扱いが決まってしまったような気がする。
まぁ、イジられると言うのはそれほど嫌いじゃないし、さっきのも決して不愉快ではなかったのだけれど。
既に一ヶ月弱一緒に居て大体、気心も知れてきている相手だしな。
京太郎「えっと、それじゃあ…どうしようか?」
湧「あ…あ…あの…裸ん…なってくれます…か?」
京太郎「あぁ、分かった」
勿論、下着をつけるのだから上を脱がなきゃいけないのは俺にだって分かってる。
それでもこうして湧ちゃんに尋ねたのはいきなり脱いだら彼女がびっくりするからだ。
こうしてイジリイジラレの関係が確立しつつあるとは言え、皆が女性である事は忘れてはいけない。
ましてや相手はまだ俺に対して緊張を見せている女の子なのだから、不安にさせないように出来るだけ主導権は彼女に譲るべきだろう。
湧「わ…ぁ」
京太郎「ん?どうかした?」
湧「…ぁ」カァァ
そう思いながら巫女服を開けさせた俺に十曽ちゃんからの声が届いた。
まるで感嘆して思わず漏らしてしまったかのようなそれに俺は首を傾げる。
瞬間、十曽ちゃんの頬が赤く染まっていくのは自分の漏らした声を自覚したからか。
少なくとも意図して漏らしたものではないのは確実だろう。
湧「な…んでも…ない…です…」
京太郎「そっか。んじゃ…」
まぁ、俺の裸に見とれた…なんて事はまずないだろうが、あまり突っ込んであげない方が良いのかもしれない。
一体、何に声をあげたのかは気になるが、それは十曽ちゃんにとっては意図しないものだったみたいだし。
それがもし恥ずかしいものだとしたら俺にとっても藪蛇になりかねないしなぁ。
折角、自分から教えてくれると言い出してくれたのだから、出来るだけ良い雰囲気で終わりたい。
京太郎「とりあえず着け方を教えて欲しいな」
湧「はい、あの…まずは前屈みになって…」
半裸になった俺にブラを差し出しながら十曽ちゃんのレクチャーは始まる。
それは俺が思っていた以上に本格的でしっかりとしたものだった。
目の前で身体を倒しながら目の前で実演するように見せてくれる十曽ちゃんの教え方はとても分かりやすい。
ってか、ブラって直立じゃ着けられないもんだったんだな…。
バストを集める時も完全に身体を戻しちゃいけないみたいだし…意外と奥が深い。
少なくとも男の下着からは考えられないくらいだ。。
京太郎「ふぅ…」
しかも、ブラの締め付けって思ったよりもきつい。
流石に息苦しいって程じゃないが、締め付けられている感はしっかりと感じる。
こうしてじっとしていると段々痒くなってくるような気もするんだけど…慣れたらこれも気にならなくなるんだろうか。
例えそうでもこんなものをずっと着けながら過ごしている女の子って大変なんだな…。
湧「どう…?」
京太郎「いや、女の子って大変なんだなって実感してるとこ」
しかも、パッドが普通よりも重い所為か肩にずっしり来るんだよなぁ…。
手に持っている時はそれほど重いと思わなかったけど、こうして肩に伸し掛かると結構クる。
こりゃ巨乳な子が肩こりに悩むのもわかるな…。
俺はまだブラを外せばこの重みから解放されるけど、彼女たちはずっとな訳だし。
巴「どう?終わった?」
京太郎「えぇ、終わりましたよ」
そう思っている所に狩宿さんが襖を開けて顔を出す。
ひょっこりとこちらを覗く彼女に俺は頷きながら巫女服の乱れを治していく。
この辺はもう何日もやってきているから我が事ながら卒が無い。
にしても…巫女服の乱れを脱がなくても直せる男子高校生って果たして日本中にどれくらいいるんだろうな。
あんまり考えたくはないが…まぁ、まず間違いなく俺一人だけじゃないだろうか。
別にナンバーワンなんて目指していた訳じゃないけど、そういう意味でのオンリーワンにはなりたくなかったなぁ…。
霞「あ、ちょっと待って」
京太郎「え?」
春「…はい、これ」
京太郎「…これってお前…」
春が俺に向かって差し出したのは見慣れない制服 ―― 勿論、女子の ―― である。。
けれど、決して見たことがないそれは間違いなく永水女子の制服なのだろう。
何せ、俺の眼の前にいる皆が差し出されたそれとまったく同じのを着ている訳だしな。
霞「ついでだからこっちも着てくれるかしら。採寸も見ておきたいし」
京太郎「あー…そうですね…それも必要ですよね…」
確かに学校行く直前になってサイズが合いませんでした、なんて洒落にならない訳だしな。
いや、それだけならまだしも俺は決してバレてはいけない秘密を抱えているのだ。
それが傍目に見て分からないレベルかどうかはちゃんとチェックしておかなければいけない。
ブラをつけてそれで終わり、と思っていたが、どうやら俺の試練はまだまだ続くようだ。
初美「あ、ちゃんと下も女物に変えるですよー?」
京太郎「…マジですか」
明星「うちのスカートって案外線が出やすいですから。それに早めに慣れておいた方が良いでしょう?」
京太郎「…そりゃ勿論、そうなんだけどさ」
…でも、男である俺が女物のショーツを身につけるってやっぱり色々と犠牲にするものが多いんだよな。
ブラはまぁ必要なものだからと納得は出来るが、ショーツはそう簡単に割り切る事なんて出来ない。
勿論、両者ともリスク回避の為にも必要なものだって言うのは俺自身も理解しているが…そのやっぱり…なぁ。
そこまで簡単に割り切れるようになったらそれこそ真性の変態じゃないかと思う。
春「…サイズチェックも必要」
京太郎「…分かってる…分かってるよ…」
一応、春に採寸こそしてもらったが、実際に着てみるまでどうかは分からない。
そもそも俺がこれから身につけなければいけないのは女性用下着であって、男が着ることを想定していないものなのだから。
破れたりしないかはちゃんと試着しなければ分からないというのは春に言われずとも理解している。
春「後、これも…」
京太郎「…あぁ、ウィッグも必要だよな…」
あぁ、そうだな!
下着に制服と来たらそりゃあウィッグも必要だよな!!
うん、まぁ、俺にだって分かってるけど…分かってるけどさ!
何もこのタイミングで出さなくても良いんじゃないのか!?
折角、固まりかけた決心が鈍りかけたぞチクショウ!!
京太郎「…じゃ、とりあえず着替えますんで…」
霞「うん。じゃあ、湧ちゃんもこっちに来ましょうか」
湧「は…はい…」
巴「…あの、須賀君…頑張って」
京太郎「…頑張ります」
狩宿さんの一言を最後に皆がそそくさと居間からいなくなる。
今度は十曽ちゃんもいない完全に一人っきりの空間だ。
しかし…いや、だからこそ、俺は目の前の白い紙袋に言い知れない威圧感を感じる。
薄墨さんが持ってきたその袋の中には、さっき十曽ちゃんが取り出した以外の下着が入っているはずなのだから。
京太郎「(…こういう形で女物のショーツを間近で見る事になるとはな…)」
欲を言えば…もうちょっと自然なシチュエーションであって欲しかった。
こう、ベッドの上に恋人が脱いだ下着に触れるとか…そういう関わり合いを夢見ていたのである。
…いや、これを身につけなければいけないって言う関わり方以外ならもう何でも良い。
正直、今だってこれが夢であってほしいと思っているのは変わりないんだから。
京太郎「(…ま、現実逃避をしても仕方ないよな)」
こうやって夢であって欲しいとどれだけ思っても、現実が変わらないのは既に嫌というほど思い知っている。
ここでこの袋を見つめていても現実は変わらず、時間だけが無為に流れていくだけ。
俺だけならそれも良いかもしれないが、すぐそこの襖の向こうには皆が俺の着替えを待っているのだ。
結論を先延ばしする間に皆の時間も無駄にしてしまう事を思えば、コレ以上の躊躇はしていられない。
京太郎「(でも、何を履こう…?なんか凄いデザインのばっかりなんだよな…)」
袋の中にあったのは何とも言えない色っぽいデザインの下着ばっかりだった。
…いや、まぁ、流石に少女向けのバックプリントパンツとか縞パンとか持って来られても困る訳だけどさ。
全体的に大人っぽい雰囲気のそれはちょっと身につけるのを躊躇してしまう。
ってか、これ一体、誰の趣味なんだよ…やっぱり石戸(姉)さん辺りだろうか。
京太郎「(…って事はこういう下着を石戸(姉)さんが履いてるって事だよなぁ…)」
あのボンキュバーンなエロティックボディの石戸(姉)さんがこんなショーツを…ゴクリ。
い、いや、待て…落ち着くんだ、マイリトルジョン。
そんなところでハリアップしてもショーツにインサイドするのが難しくなるだけだぜ?
だから、そんな風に反応するのは止めろ下さい。
京太郎「(と…とにかく…こういうのって大抵、上下セットなんだっけか…それなら…)」
そう思ってガサガサと袋の中を漁った結果、今の俺が身につけているのと似たデザインのショーツが出てきた。
これが本当にセットになっていたものなのかは分からないが、他に候補はないし、とりあえずこれにしよう。
そう決断した俺はひとつ大きく深呼吸してから、一度は元に戻しかけた巫女服を脱いでいく。
そのままトランクスに手をかけた俺はほんの少しだけ肩を落とした。
京太郎「(…さらば、我が相棒…)」
この屋敷における唯一の私服と言っても良いその下着に別れを告げながら、俺はそれをずり下ろす。
それを何処に置いておくか一瞬悩んだが、とりあえず下着の袋の中へと突っ込んでおけば良いだろう。
長年、俺の股間をガードしてくれた相棒には悪いが、今の俺にとって重要なのは目の前の女性用ショーツの方なのだ。
俺の目の前に逃れ得ぬ強敵として立ち塞がるそいつをどうにかしなければ、俺の未来はないのである。
京太郎「(ぅ…なんか小さいし、スベスベするんだけど…)」
初めて脚を通したその下着は思いの外、小さいものだった。
本当にこんな布に大事なマイリトルジョンを預けて大丈夫なのかとそんな風に思うくらいには。
しかし、例え新しい相棒が頼りないと言っても、踏み出さなければ新たな信頼は生まれ得ない。
そう思ってずりあげていくそれはしっかりと俺の股間を包み込んだ。
京太郎「(…なんかぴっしり締め付けられて…その、なんだ)」
…若干、気持ち良い。
と言うかこの締め付けられている感が何となく癖になってしまいそうな…。
い、いや、待て待て!落ち着くんだ俺!!
冷静になって良く考えろ、これは女性用下着だぞ!!
それが気持ち良いとかそれこそ変態だろ!
紳士だとかそんな言い訳出来ないレベルのハイレベル変態だぞ!!
京太郎「と、とりあえず制服を着ようか」
変な方向に進んでしまいそうな頭の中を切り替える為に俺は意図的にそう言葉を漏らす。
そのまま袖を通した制服は、当然の事ながら巫女服よりも着やすいものだった。
巫女服に慣れてしまった俺にとって意外なほどあっさり終わったその各所を軽くチェックする。
最後にクルリとその場で回れば、お嬢様校らしいロングスカートがフワリと花開くように揺れ動いた。
京太郎「(ま、こんなもんかな)」
着付けに厳しい教育係がいる所為か、初めての制服なのにしっかりと着れている気がする。
少なくともこうして俺が見える範囲では乱れらしいものは見当たらない。
正直、足元から入ってくる風がスースーして居心地悪いが、何時かは慣れるだろう。
後は他人から見た時にどうかと言う問題だが…まぁ、こればっかりは心配しても仕方のない。
居間には全身を確認できるような姿見もないし、とりあえずはこれで満足しておこう。
京太郎「(後は春から受け取ったウィッグをつけて…と)」
まぁ、つけると言っても頭の上に乗せて多少、髪の毛を中に入れただけの適当なものだ。
俺はその具体的な着け方なんてどうあがいても分かる訳ないし、後で教えてもらえば良い。
どの道、手近な場所に鏡もないのだから自分でチェックする事も出来ないしな。
そんなことを一々気にするよりも、外で待たせっぱなしの皆を早く呼んであげた方が良いだろう。
京太郎「出来ましたよ」
霞「…ホント?」
巴「あらあら…」
初美「これは…」
明星「…えぇ」
湧「わぁ…」
俺の言葉に入ってきた皆が最初にあげたのは肯定とも否定とも判断の付かない声だった。
一体、皆にはどういう風に今の俺に映っているのだろうか。
そう思うと無性に胸がドキドキするが、しかし、自分から踏み込む勇気はどうしても持てない。
似合っていると言われても似合っていないと言われたとしても、俺の心に深い傷になるのは目に見えているのだから。
小蒔「わぁ…須賀君とってもキレイです」
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ノ |:.|l:.:.l :l.:.|/:.:./_i}. イ:.:. /∠__ヽ.|::.l:.l:.::..}:.l|:.{
. ´ |.| |:.:i :|.:.{:.:/チ≧zli:. //.斗≦升ラ:.}:i:.:./::/|lト、
. {l ヽ:|:.|:.:.',マセッfム}.//ノ .,tfヒ込ソ:.:/:.:/.:.!.:.!ヽ
,'`:',:.|:ヽ:: ̄::. .:::: /:::/:/イ.,':.!.:.!.! 京太郎「本当…ですか?男って分かりません?」
,'::|:ヽ}.:ヽ:> ヽ ∠:ノ/ノ.:./.:.:!.:.:!
,':.:|:.::|)ノ l.:.:> - 、 ∠イ:./:./:.|:.:.!. :|
/.:.:|:.::|:.|:!}ノリ}l` 、 'V|ソ:/:/l:.:.!:.:.!.:.:|
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小蒔「はい!とっても綺麗な女の子ですよ!!」
…いや、そこまで言い切られるとやっぱりちょっと傷つくんですけどね。
でも、まぁ、神代さんなりに不安がる俺を元気づけようと言ってくれているのだろう。
多少胸に刺さるものはあったが、そんな神代さんの心遣いは有り難いし、お陰で不安も紛れた。
嘘のつけない神代さんの様子から察するに少なくとも今の俺が見れないレベルで酷い女装をしている訳ではないのだろう。
霞「いや、でも、驚いたわ。まさかここまで女の子になれるだなんて…」
巴「違和感あるのなんて髪の毛が乱れている事くらいですもんね…」
初美「…女としてちょっぴり悔しいレベルなのですよー」
京太郎「流石にそれは言い過ぎでしょう」
…とは言うものの、確かに二日目に化粧させられた時は明らかに顔の作りが違ったんだよな。
まるで作品を乗り越えたレベルで俺とは別物の美女が鏡の向こう側にいた訳だし。
勿論、俺の化粧の腕はまだまだ石戸(姉)さんには及ばないからあのレベルになれているとは思わないけれど。
…だけど、もしあの時の俺にパッドつけて制服着せて、ついでにウィッグを載せれば、違和感のないレベルで女になりきれるのかもしれない。
春「…美人なのは本当…」
明星「えぇ。どこからどう見ても永水女子のお姉さまですね」
京太郎「あ、あはは…まぁ、違和感ないようで良かったよ」
美人と言われるのもお姉さまと言われるのも微妙だけれど…。
でも、まぁ、こうやって言われるのも慣れないといけないんだろうなぁ…。
今はともかく永水女子に入ったら誰の目から見ても違和感のない女の子として振る舞わなければいけないみたいだし。
お世辞の類として美人だのキレイだの言われる可能性もある事を思えば、一々、頬を引き攣らせたりはしていられない。
京太郎「(ま、その辺はおいおい慣れるとして…っと)」
俺が永水女子に入学するまでに二ヶ月あるのだ。
これまでなんだかんだで化粧やら女装やらに慣れていった訳だし、女の子扱いもきっとすぐに慣れるだろう。
…なんだか開き直りと言うか楽観的になる事にも慣れた気がするがコレばっかりは仕方ない。
なんだかんだで異常なこの状況に俺の神経も色々と麻痺してきているのだ。
京太郎「十曽ちゃんはどうかな?違和感ない?」
湧「……」ポー
京太郎「ってアレ?十曽ちゃん?」
そんな事を思いながら話題を振った後輩は俺の顔を見つめたまま動かなかった。
まるで熱に浮かされたように赤い頬を隠す事なく、俺の事をじっと見つめている。
今までであれば視線が交差した瞬間、顔を背けられる事も少なくなかったのに一体どういう事なのだろう。
そう思う俺の前で十曽ちゃんの唇はゆっくり動いていって… ――
湧「…めんごい…」
京太郎「…めんごい?」
湧「あ…っ」カァァァ
聞きなれない言葉に俺は思わず首を傾げた。
その瞬間、十曽ちゃんも正気に戻ったのか、俺からそっと顔を背ける。
いつもと変わらないその仕草がやけに気になるのは、彼女の頬がさっきとは違う赤に染まっているからだろうか。
感嘆や感動を示していた数秒前とは違い、今の十曽ちゃんが浮かべているのは羞恥の感情を強く含んだ赤なのである。
巴「…須賀君、実は湧ちゃんは…あんまり標準語が得意ではないのよ」
京太郎「え?って事は…」
湧「…あたいげーかごんま弁ばっかりで…」シュン
京太郎「…えっと…」
巴「私の家は鹿児島弁ばっかりでって言ってるのよ」
…そっか、よくよく考えたらここ鹿児島だったっけ?
今まで普通に共通語で会話出来ていたけれど、よくよく考えるとおかしい。
鹿児島だから鹿児島弁を話すべき、と思っている訳じゃないが、そっちの方がメインになるのが当然だろう。
それになのに今までずっと共通語で会話してたって事は…もしかして俺は今まで気づかないくらい気を遣ってもらっていたのだろうか。
霞「私達は御役目で外の観光客の人にも触れるから標準語で育ったけれど…」
初美「湧ちゃんの家は須賀家と同じく姫様の警護が主な業務だから、標準語に触れる機会がなかったのですよー」
京太郎「じゃあ、皆の方は?」
小蒔「皆、鹿児島弁は分かりますが、実際に言葉にするのはあんまり得意ではなくって…。普段は標準語で話していますよ」
…と言う事は別に気を遣ってわざわざ共通語を使ってくれていた訳ではないのだろう。
とりあえずそれに一安心…と言っても、何もかも解決した訳じゃないのだけれど。
つまりそれは十曽ちゃんがこのお屋敷の中で唯一の方言キャラって事なのだ。
そんな彼女がろくに言葉を話さなかったのは…多分… ――
京太郎「あー…その、ごめんな、十曽ちゃん」
湧「…え?」
京太郎「俺に気を遣ってくれてたんだろ?」
この中で鹿児島弁が分からないのは俺だけだ。
そんな俺の前で鹿児島弁を普通に使われていたら、俺はきっと疎外感を感じていただろう。
今はともかく落ち込んでいた頃の俺にとって、それはきっと大きなダメージとなっていたはずだ。
もしも、の話だから想像でしか無いが、その場合、今みたいに皆と仲良くなる事が出来たかどうか自信がない。
京太郎「悪いな、今まで気づかなくて。俺の所為で十曽ちゃんも話せなかったんだな」
湧「そ、そげんこちゃあなかです!」
京太郎「すみません。狩宿さんヘルプ…」
巴「そんな事ないですよって言ってくれてるのよ」
湧「あ…あうぅ…」カァァ
…ごめんな、十曽ちゃん。
俺もこうやってポンポン通訳求めるのは悪いとそう思ってるんだけどだ…。
でも、意地張って変な風に誤解すると余計に失礼な話だしさ。
恥ずかしそうに頬を染める彼女には悪いがもうちょっと我慢して欲しいと思う。
湧「…あ、あたい…ついかごんま弁出ちゃう…から…わっぜげんなかで…」
京太郎「わっぜげんなか?」
初美「とっても恥ずかしいって事ですよー」
京太郎「…恥ずかしい?」
そんな風に恥ずかしがるような事あるんだろうか?
だってここは鹿児島でそれが普通の言葉なんだし…。
どちらかと言えば標準語を話す俺の方がこの地域の中では浮いているはずだ。
…まぁ、もっとも、俺はこの屋敷の外に出してもらった事がないから具体的には分からない訳だけれど。
湧「…がっこじゃ皆、標準語だし…かごんま弁使うのはおぜて…」
…あぁ、これは通訳して貰わなくても分かる。
つまり十曽ちゃんは俺に気を遣ってくれていた、と言うよりは、馬鹿にされるのが怖かったんだな。
よくよく考えれば中高一貫のお嬢様校なんて幾ら鹿児島にあっても、鹿児島弁を使うはずがないし。
それで浮くだけならまだしも……もしかしたらそれが原因で何か嫌な事もあった…なんて事も考えられるだろう。
だから、十曽ちゃんは鹿児島弁が出てしまうのを恐れて、俺を避け、怯えていたんだ。
それを俺が警戒と勘違いしていただけで、彼女はずっと怖がっていただけなのである。
京太郎「はは。そっか。…いや、そうだな」
湧「あ、あの…」
京太郎「あぁ、大丈夫。俺は方言に偏見とかないし」
と言うか俺が使っているこの言葉も標準語と言われているだけで元々は一地方の言葉に過ぎない。
ほんの数百年前の情勢が違えば、標準語と呼ばれているそれも大きく異なっていてもおかしくはないのだ。
それなのにマジョリティ顔して方言を使うような人を馬鹿にしたり、偏見を抱いたり出来るはずがない。
京太郎「何より、十曽ちゃんは可愛いしな」
湧「ふぇえ!?」カァァ
その言葉は冗談込みではあるものの、決して嘘じゃない。
そうやって自身の方言を気にする十曽ちゃんと言うのは中々に可愛らしくて魅力的だ。
それは顔の作りと言うだけではなく、仕草はその情動も含めての総合的な評価である。
今まではとっつきにくくてどうしたら良いのか分からない相手だったが、今はもうそんな事はない。
京太郎「方言気にして話せないだなんてなんとも可愛らしい理由じゃないか」
春「…びっくりした」
京太郎「ん?」
霞「いきなり目の前で湧ちゃん口説き始めたから何事かと思ったわよ…」
京太郎「ち、違いますって」
…まぁ、言われてみてば確かにいきなり可愛い扱いは誤解されるかもな。
十曽ちゃんもさっきから顔が赤くなったままで中々元には戻らないし。
と言うか指先でモジモジしてこっち見てるんだけど…そんなに嬉しかったのだろうか。
俺が言った事なんて別に極普通で当たり前の事なんだと思うけれどなぁ…。
京太郎「ま、まぁ…話を戻すけど十曽ちゃんは俺と親しくなろうとしてくれていただろ?」
湧「…はい」
京太郎「なら、俺にとってはそれで十分だよ。いや、十分過ぎるくらいだ」
何より、十曽ちゃんはそれで俺と仲良くなれないのを自分で何とかしようとしてくれていたのだ。
ふとした時に鹿児島弁が出てしまう事を気にしていたのに、バレるリスクまで背負って。
そんな風に歩み寄る努力をしてくれた子を方言だからと言うくだらない理由で馬鹿に出来るはずがない。
寧ろ、ここで責められるべきは彼女のカミングアウトまでそれに気付かなかった鈍感な俺の方だろう。
京太郎「寧ろ、俺の方こそ気づいてあげられなくてごめんな。もっとちゃんと気にするべきだった」ペコリ
湧「あ、あたいの方が悪いんで…こちらこそすみもはん…」
京太郎「いや、違和感はあったのにずっと気づけなかった俺が…」
霞「はいはい。仲良く謝り合うのはそこまでよ」
京太郎「ぅ」
…確かにここで二人が謝り合っていても話しの進展はないしな。
お互いに自分自身の責任を追求しても何か将来性のある話に進める訳でもないのだから。
正直、まだ謝り足りないが、建設的な話をするには石戸(姉)さんの言葉通りここで止めるのがベストだろう。
霞「…ともかく湧ちゃんの事情は分かってくれた?」
京太郎「はい。どうして皆が俺に言わなかった理由も」
こればっかりは十曽ちゃんが自分から俺に言わなければまったく意味のないものだ。
十曽ちゃん自身が俺に伝えなければ、彼女には何の成長も進展もないだろう。
鹿児島弁が出てしまう事を恥ずかしいと思って会話すら抑えてしまう彼女には、それを受け入れる為の余裕が必要なのだ。
俺とのこのやり取りでそれが出来たかは疑問ではあるが、しかし、少しは十曽ちゃんの心の蟠りをなくしてはあげられたのだろう。
それは憑き物がとれたように明るくなった彼女の顔を見ればすぐに分かった。
初美「でも、湧ちゃんの鹿児島弁は私達とずっと練習してたから大分マイルドなのですよー」
巴「それに標準語も使えるしね」
湧「はい。時間は掛かる…ですけど…」
明星「…ですから、湧ちゃんとも仲良くしてあげてくれますか?」
―― 明星ちゃんのその言葉は少しだけ切実な響きを伴っていた。
俺の見る限り、二人はよく一緒に居て、食事をする時も大抵、隣同士に座っているのだ。
きっと同い年である二人は学校でも仲良しで…だからこそ、明星ちゃんはこうして十曽ちゃんの事を気にしているのだろう。
確かめるような、お願いするようなその強い言葉の響きに、首を横になど振れるはずがない。
何より、俺自身そんなつもりが欠片もないのだから尚更だ。
京太郎「勿論だよ。寧ろこっちからお願いしたいくらいだしな」
湧「お願い…?」
京太郎「そ。俺も十曽ちゃんみたいな可愛い子と仲良くしたいって思ってたし」
湧「可愛…っ」カァァ
初美「こらこら、誰の許可を取ってうちの後輩を口説いてるですかー?」ギュー
京太郎「いててて…」
と言いながらも、別に本気で耳を引っ張られている訳じゃないんで痛くはないんだけどさ。
にしても、やっぱり薄墨さんはこういう時本当に頼りになるな。
最高のタイミングでのツッコミに場の空気がふっと和らいでくれた。
俺一人じゃこんな風に一気に空気を和ませる事は到底、出来なかっただろう。
道化になる俺だけじゃなくて、突っ込んでくれる薄墨さんがいてくれてこそだ。
初美「まったく、うちは男に免疫ないのが多いんですからそういうのは控えなきゃダメですよー」
京太郎「そういう姐さんは免疫あるんですか?」
初美「少なくとも何度言っても人を姐さん扱いするような奴にドキドキしたりしない程度にはあるですよー」
まぁ、そこまで言い切られると若干、悔しくはあるんだが。
俺だって男な訳だし、そこまで男として見られていないと何となく仕返しがしたい気持ちはある。
とは言え、んな事やらかしたら薄墨さんから間違いなく手痛いしっぺ返しを喰らうからやんないどさ。
薄墨さんは俺が姐さんと呼んでいるだけはあるのである…と、まぁ、それはさておき。
京太郎「ま、そういう訳で…こんな男だけど十曽ちゃんの方こそ仲良くしてくれるか?」
湧「はいっ」ニコッ
京太郎「…うん、ようやく笑ってくれたな」
湧「あ…っ」カァァ
京太郎「はは。そんな風に恥ずかしがらなくっても良いって。可愛かった…いや、素敵なものだったしな」
湧「は…ぅ」ボンッ
我が事ながらちょっと歯の浮くようなセリフではあるものの、その言葉に嘘偽りはない。
実際、十曽ちゃんがさっき浮かべた笑顔は彼女らしい活力に満ちたものだった。
今までは俺に警戒するような姿しか見せていなかったから、それがとても新鮮でそして輝いているように見える。
ようやく十曽ちゃんらしさを知る事が出来たって…そんな感じなのかな。
初美「…私は別に言葉を変えればそれでオッケーだと言ったつもりはないですよー?」
京太郎「い、いや、今のは違うんですって。マジでそういうつもりじゃ…」
初美「だが、ギルティですー」ギュー
京太郎「ひぎぃ!」
と思っている間にこれだよ!!
って言うか違うんですって!今のは別に口説いた訳じゃなくってですね…!
それだけ十曽ちゃんが魅力的だったのでつい出てきちゃったっていうか…!
魅力的と言ってもそもそも俺ちっぱいに興味ないんで、誤解ですって!誤解なんですってば!!
初美「ま、罰として須賀君はこれから湧ちゃんと当分、鹿児島弁の練習ですよー」パッ
京太郎「え?」
霞「あ、それ良いわね」ポン
京太郎「い、石戸さんまで!?」
っていきなりどうしてそんな流れに…!?
いや、鹿児島弁の練習そのものはした方が良いのは確かだけどさ。
さっきまでのやり取りで俺自身も鹿児島弁を学んだほうが良いのは実感したし。
けれど、その相手が十曽ちゃんともなると中々に大変だ。
彼女自身も標準語が苦手なのだから、コミュニケーションをとるだけでも一苦労となる。
巴「でも、どの道、湧ちゃんと話す為にも鹿児島弁の練習はした方が良いでしょう」
京太郎「まぁ、そりゃそうですけど…」
湧「…須賀さはあたいと一緒に勉強は嫌じゃっどか…?」シュン
京太郎「ぅ…」
しかし、そうやって目の前でシュンとされると何とも断りづらい。
そもそも俺が気にしているのは十曽ちゃんがコミュニケーションを取れない事を気に悩んだりしないかって事だったのだから。
これまでのやり取りで分かっていることだが、彼女は鹿児島弁を使う自分というのにコンプレックスめいたものがあるみたいだし。
俺自身はそんな彼女を馬鹿にしたり責めるつもりはないが、十曽ちゃんは交流しにくい状態を自分のせいだと思い込みかねないだろう。
よくわからんけど女物を男が履くとはみ出ないか?
初美「ほらー湧ちゃんもこう言っているですよー」
春「…ここで断ったら可哀想」
京太郎「外野は黙ってろください」
…とは言うものの、本人も俺と勉強したいと思ってくれているみたいだしな。
その上、外野がそうやって囃し立てる時点で全体の意思は既にそうやって統一されているのだろう。
ならば、俺がここで断る理由はなくなったと言っても良い。
まだ懸念要素がなくなった訳ではないが、ここで意地を張っても無意味だろう。
京太郎「…んで、十曽ちゃん、俺は問題ないよ」
湧「…げんにゃあ?」
小蒔「えっと、本当に?だそうです」
京太郎「あぁ、げんにゃあげんにゃあ。十曽ちゃんさえ問題ないならこっちから頼みたいくらいだったし」
湧「えへへ…」
そう言いながら照れくさそうに笑う十曽ちゃんはとても微笑ましい。
今にもほっと安堵の息を漏らしそうな彼女は見ている俺の方も明るくなってしまいそうだ。
今までずっと我慢していただけで、やっぱり本来の彼女は明るくて人懐っこい性格をしているのだろう。
それをこうして自分の目ではっきりと知れただけでも大きな前進だ。
湧「じゃあ、一緒に勉強すっが!」ニコー
明星「ふふ…良かったですね、湧ちゃん」
霞「おめでとう」
小蒔「本当に良かったですね…」
湧「あいがとう、皆…っ」
にこやかにお礼を言う十曽ちゃんの表情から察するに俺は思いの外、彼女を悩ませていたのかもしれない。
そう思うと凄く申し訳なくなるが、その辺はもう謝っても意味のない事だろう。
それよりはこの眩しいくらいの笑顔をどうやって曇らせまいとするかを考えるべきだ。
それが少なからず十曽ちゃんを傷つけてしまった俺の責任だし、何より俺自身、もう彼女を傷つけたり曇らせたくはない。
湧「須賀さあ、こいかあよろしくおねがいしもす」
京太郎「…あぁ、こちらこそよろしくな」
―― ま…その為にもとりあえず当面は鹿児島弁の勉強かな
という訳で今日の分は投下終了です
明日からちょっと文体変わりますが、基本的に永水メンバーと須賀京子ちゃん可愛いスタンスにブレはないです(多分)
鹿児島弁使う湧ちゃんとかどう考えても扱いきれる気しないし、たぶん、セリフも本場の人から見ると間違っていると思いますがその時は突っ込んでくださいませ
後な!!
うちそこまでヒロインチョロくねぇから!!
十日間書き溜めする時間があったくらいでヒロイン堕ちたりアヘ顔になったり一周終わったりしないからな!!
あ、ちなみにまだ声は作ってなくて普通のイケメン福山ボイスです
>>454
その辺はまぁギャグ時空って事で勘弁して下さい…
そこらをマジでやろうとするとスカートから浮き出る京ちゃんの京ちゃんという放送事故レベルのイベントになってしまうので…
>>456
乙
よかった…邪魔だからちょん切られる展開とかはないんですね
どこぞの全裸は術式使って異空間に収納するというガチっぷりだったなあ
ほら保護カップとかあるじゃん
乙
でもさすがにショーツの所はふつうに気持ち悪かったなというかスパッツでいいと思うけどなぁ
乙ー
そうだよね前作は小ネタだったけどエロに走ったのは開始から大体1ヶ月半かかってたから、ここでは3週間位でヤってくれるよね(期待)
なんだお前ら(驚愕)
乙
確かにここまでガチの鹿児島弁使う子は珍しい
鹿児島訛りは福岡民の俺からもたまに喧嘩売ってるように聞こえる
乙したー
男の娘御用達の下着っちゅーんもあるにはあるんやで・・・
女物のパンツをはくとナニとは言わないがはみ出る……。
ふむ……京ちゃんの京太郎(次郎)ははみ出ないほど小さい可能性が微レベ存?
ここの京太郎は鈍感じゃない……のか?
最近京太郎のキャラがわからなくなってきた。
そして明星ちゃんと湧ちゃん可愛い、けど顔が思いつかない(;_;)
>>474
ぼ、膨張率がパネェから(震え声)
京子の読みは「きょうこ」?「みやこ」?
きょうこだと末原さんと読みが被っちゃうんだよね、それ関連のイベントがあるかもだけど
実際収納出来るのとか色々あるらしいね
>>482
体内温度は割と高いから種が死ぬぞww
……ああ、だから今回非エロなのか
帰ったぞおおおおおおお
今から見なおしして一時間後くらいには投下する所存ー
>>459
あの世界の女子制服はぴっちりスーツだからなー
芸能関係なら気軽に手を貸してくれる神様もいるし
>>462>>463>>471>>479
お前らなんでそんなに詳しいんだよ(驚愕)
っていうか今から思うと確かにスパッツで良かったな、すまんかった
>>464
どうして期間が短くなってるんですかねぇ(震え声)
>>470
正直扱いきれる気がしない
が、鹿児島ならば一人くらい鹿児島弁使う子がいても良いんじゃないかなって自爆覚悟でキャラキメました
尚、ないとは思いますがもし十曽ちゃんが原作で出番があって鹿児島弁使ってなくてもここの十曽ちゃんは路線変更しません
>>474
み、皆、あえてスカートから浮き出る京太郎の京ちゃんを指摘しなかっただけかもしれないし…(震え声)
後は>>477の言ってくれている通り一回勃起すると倒れちゃうレベルで膨張率高いとか
あ、ちなみに京子ちゃんは「きょうこ」ちゃんです
>>476
鈍感というよりはちょっと自意識過剰に偏っちゃう普通の男子高校生レベルです
明星ちゃんと湧ちゃんは原作カラーで一回出たっきりだしなー
手元に画像はあるんだけど携帯でも見れるうpの仕方が分からん
>>483
寧ろ種がないなら今のうちに作っておかなきゃ、とか
種がないなら中出しし放題じゃん!!とかそんな風にしか考えられない>>1ですがこのスレは非エロです(重要)
エロはないけどその頃の清澄は書いても良いかもしれない
ただ、その場合どうしても咲ちゃん視点になるからこう色々とダイレクトアタックになりかねない可能性があってですね…
まぁ、その前にわざわざ安価取った姫様視点の前日譚やってかないといけないんだけど
後、投下直前だったしsage忘れは気にしないでー
ではちょっと遅れたけどそろそろ始めます
小蒔「……」
初美「はい、ドーンですよー!」ダキッ
京太郎「うぉあ!?」
初美「何してるですかー?」
京太郎「抱きついてから聞くんっすか、それ…」
京太郎「狩宿さんの代わりに掃除してるんですよ」
初美「ん?なんで巴ちゃんの代わりに?」
京太郎「少しは趣味を見つける時間を作ってあげようと思って」
初美「はー…ホント、須賀君ってば人に気を遣うタイプなのですよー」
京太郎「ま、狩宿さんに対しては若干押し付けがましい感はありますけどね」
京太郎「下手をしたら困らせている可能性もあるんですが…やっぱり放っとけなくって」
初美「でも、別に本人は悪くは思ってないと思うですよー」
初美「本当に困っているなら私達にも相談してくると思うですー」
京太郎「それなら良いんですけど…で」
初美「はい?」
京太郎「…何時まで人の上に乗っかってるんですか?」
初美「いやー四つん這いになってる須賀君を見たのでつい」
京太郎「ついじゃねーよ、露出ロリ」
初美「あ、そういう生意気な事言うですかー!?良いですよー!それなら」グラグラッ
京太郎「うわ!ちょ!上で揺れないでくださいって!バランスが!!」グラララッ
小蒔「……」
明星「あら、須賀さん」
京太郎「ん、石戸ちゃんか。ってそれは…」
明星「あぁ、実家から届いた荷物です」
京太郎「重そうだな。俺が持つよ」
明星「良いんですか?」
京太郎「ま、これでも屋敷唯一の男手だしな」
明星「ふふ、あんまりそんな気はしないんですけどね」
京太郎「う…そういう悲しい事言わないでくれよ…」
明星「だって…須賀さんってば本当に女装がお似合いですから」
京太郎「好きでこんな格好してるんじゃないんだけどなぁ…」
明星「そうは言いながらなんだかんだ言って毎日やっていますけれど…」
明星「…実は新しい趣味に目覚めたとか…」
京太郎「ないです」キッパリ
明星「あら、残念」クスッ
京太郎「残念って…石戸ちゃんは俺をそんなに変態扱いしたいのか?」
明星「ふふ、ごめんなさい」
明星「でも、須賀さんってとても優しくて面倒見の良い方ですから」
京太郎「嬉しいけど……でも、それがどうして変態扱いに繋がるんだ?」
明星「あら、変態扱いなんてしていませんよ」
明星「ただ、私はそんな須賀さんなら開き直れば素敵なお姉さまになれるかもしれないと思っているだけです」
京太郎「素敵なお姉さまって…俺、男なんだけどなぁ…」
明星「そうですね。この前は湧ちゃんを口説いてましたものね」
京太郎「ちょ、止めてくれよ。あれはそういうんじゃなくってさー」
明星「ふふ、止めませんよ。ずっと意地悪しちゃいます」クスッ
京太郎「勘弁してくれよぉ…」
小蒔「……」
春「…京太郎」
京太郎「ん?」
春「…あーん」アーン
京太郎「あーん」パクッ
春「…美味しい?」
京太郎「あぁ、美味しいぞ」モグモグ
春「…そう」ニコ
京太郎「にしても…なんで毎回あーんするんだ?」
京太郎「毎回そんな事してたら恥ずかしくないか?」
春「…そんな事ない」
京太郎「ん?」
春「…私は嬉しい…京太郎は?」
京太郎「…まぁ、悪い気はしないけど」
春「ふふ…じゃあ問題ない…」クスッ
京太郎「うーん…そうなのか…?」
春「…うん、問題ない…から…ほら」スッ
京太郎「ん?」
春「もっかいあーん…」アーン
京太郎「…あーん」パクッ
春「…ふふ」ニコ
京太郎「春って本当に黒糖が好きなんだな」
春「うん……でも、どうして?」
京太郎「いや、毎回、俺に食べさせる度に嬉しそうに笑うし」
京太郎「布教活動が成功してるからって春がそんなに笑うのは珍しいしな」
春「……」
京太郎「あれ?春」
春「…鈍感」
京太郎「えー?いきなりどうしてだよ?」
春「それが分からないから鈍感…」ムスー
小蒔「……」
巴「ふぅ…」
京太郎「失礼しまーす…って、狩宿さん…」
巴「あっ…」
京太郎「…まーた仕事やってたんですか」
巴「ち、違うわよ。これは…そう、勉強よ!」
京太郎「いや、勉強も何も狩宿さんもうその必要がないって言ってたじゃないですか」
巴「あうぅ…」
京太郎「そもそも…そこに置いてあるのって…内容から察するに俺用の問題じゃないです?」
巴「う…だ、だって…時間が出来たし…姫様の問題も作ろうと思ってたからついでに…」
京太郎「…見る限り問題の密度がついでってレベルじゃないんですけど」
巴「そ、それはその…ついやる事がないから熱が入っちゃって…」シュン
京太郎「…もうちょっと狩宿さんは自分の事優先しても良いと思いますよ?」
巴「ん…須賀君の言う事も分かってるけど…でも、やっぱり何も思いつかなくて…」
京太郎「……」
巴「その…ごめんなさい…」シュン
京太郎「まったく、なんで謝るんですか」
巴「だって、私、須賀君にお仕事変わってもらっているのに…」
京太郎「俺も時間に空きが出来て暇だから変わっただけですし、気にしなくても大丈夫ですよ」
京太郎「それにそもそもそう簡単に自分のしたい事なんて見つかる訳ないって分かっていますし」
巴「え?」
京太郎「のんびりやれば良いんですよ、のんびりやれば」
京太郎「俺も一朝一夕でどうにかなるものなんて思ってませんし、最初から長期戦のつもりです」
京太郎「だから、そんな風に謝ったりなんかしなくても良いんです。それが普通だし、俺も分かっていてやっている事なんで」
巴「…須賀君」
京太郎「何です?」
巴「そんな格好良い事言っても私は湧ちゃんみたいに簡単に靡いたりしないからね?」
京太郎「そ、そんなつもりじゃないですってば!」カァァ
巴「ふふ…冗談。ありがとうね、須賀君」
巴「これからも甘えちゃうかもしれないけど…その時はよろしくね」ニコ
湧「須賀さああああ!」
京太郎「ん?どうしたんだ?」
湧「あんねあんね!」
京太郎「うん。大丈夫だから。大丈夫だから落ち着いて話してくれ」
湧「うん!あ、ほら!」
京太郎「お、蜜柑か。旨そうだな」
湧「うん!だから、須賀さあにもくれる!」
京太郎「くれる…?えっと…確か、あげる…だったっけか?」
湧「正解!」ニコー
京太郎「そっか。良かった」
京太郎「じゃねぇや。まずはありがと…いや、あいがとうだな」
湧「えへへ…須賀さもかごんま弁じょしずなった!」
京太郎「じょし…あぁ、上手か。ありがとうな」
京太郎「まだ分からない単語も色々あるし、十曽ちゃんに教えてもらう事は山ほどあるけどさ」
京太郎「先生が良いお陰で何とかついていけてるし」
湧「あたいも須賀さん為にはめつけっせぃ勉強せんと!」グッ
京太郎「そうだな。十曽ちゃんも標準語頑張らないとな」
湧「あ…あうぅ…」カァァ
京太郎「はは。標準語ってなるとすぐに大人しくなるんだから」
湧「すみもはん…」
京太郎「いや、別に怒ってなんかないって」
京太郎「ま、標準語の勉強も少しずつ頑張って行こうな」
湧「はい!」
小蒔「………」
小蒔「……」
小蒔「…」
京太郎「んー…っ…っと…」
んーとりあえず最後まで舞ってみたけれど…やっぱまだぎこちなさが残るなぁ。
まぁ、鏡見て自分の動きチェックしながらだからって言うのも勿論あるんだろうけれど…。
しかし、それを抜きにしてもやっぱり石戸(姉)さんどころか薄墨さんの足元にすら及ばない動きだ。
どうやったらあんな風にハッとするくらい滑らかに身体を動かす事が出来るんだろうなぁ…。
小蒔「あ…っ」
京太郎「ん…?」
ん…今、道場の入り口から声が聞こえたような…って。
入り口から神代さんがひょっこり顔を出してる。
何時から見られてたんだろう…恥ずかしいなぁ…。
京太郎「神代さん、バレてますよ」
小蒔「あわ…あわわわ…!」カクレ
京太郎「今更隠れても遅いですって」クスッ
小蒔「あうー…」
京太郎「ほら、良いから出てきて下さい。じゃないと、捕まえるまでずっと追いかけますよ」
小蒔「そ、それは許してください…」ヒョコッ
…いや、冗談のつもりだったんだけど、それで出てくるのかよ。
そんなに俺って怖い……いや、怖いよな、そりゃ。
冷静に考えるまでもなく、女装した男に追いかけられるとかトラウマもんだ。
最近、馴染み過ぎてて自分が女装しているのを忘れそうになるけどさ。
京太郎「何時からそこに居たんですか?」
小蒔「えっと…実はさっきです」
京太郎「あー…もしかして遠慮させていました?」
小蒔「いえ…そんな事はないですよ。丁度、来たばっかりでしたし」
京太郎「来た…って事はもしかして稽古です?」
俺と練習する時間が被った事はないが、神代さんも道場で舞やら色々な稽古をしているみたいだし。
でも、神代さんの稽古は石戸(姉)さんが主に担当しているみたいで、俺はそれを見た事がなかった。
もし、稽古する為に来たのであれば、ちょっとだけで良いから舞っている神代さんを見てみたい。
小蒔「いえ、実は私、須賀君を探していて…」
京太郎「俺を?」
小蒔「はい」
京太郎「…もしかして俺なんかやらかしました?」
小蒔「あ、い、いえ!そんな事ないですよ!」
よ、良かった…。
神代さんに探してもらうなんて初めてだからちょっとびっくりしたぜ…。
雑事を取り仕切っているのは石戸(姉)さんだが、この屋敷の権力的トップは神代さんなのだから。
そんな彼女にわざわざ探されるほどの理由なんてよっぽどの事くらいしか思いつかない。
…例えば、『今日もまた石戸(姉)さんのおっぱいをガン見してたからもういい加減、追いだそう』とかさ。
いや、でも、しょうがないじゃん…アレだけのサイズを一切気にしないなんてそれはもう男じゃないって。
男と言う名のホモか不能だってば。
京太郎「じゃあ、どうしてです?」
小蒔「あの…その…ご迷惑でなければ…なんですがお話したいなって…」
京太郎「…お話?」
勿論、神代さんと話をするのは俺にとっても嬉しい事だから問題はないのだけれど。
しかし、なんでいきなりこのタイミングでお話と言う言葉が出てきたのだろうか。
こう言っては何だが、この前までの十曽ちゃんとは違って神代さんとは会話はしている。
ただの暇つぶしなら俺じゃなくもっと別の誰かを選ぶだろうし…どういう事なんだろう?
京太郎「構いませんけど…どうしてです?」
小蒔「…だって、須賀君は皆とすっごい仲良しじゃないですか」
京太郎「まぁ、最初の頃よりは大分打ち解けられたと思ってますけど」
小蒔「…だからです」
京太郎「え?」
小蒔「…だから、私も須賀君と仲良くしたいんです…」カァァ
あー…なるほど。
他の皆が俺と仲良くしているから寂しくなったのか。
確かに神代さんとは話さないって訳でもないが、春や薄墨さんほど親しいって訳じゃない。
…いや、色々あってぎこちない石戸(姉)さんを除けば、今や一番会話した事のない人かもな。
十曽ちゃんはアレですっごい人懐っこいから、今はもう遠慮なく話しかけてくれるようになったし。
でも、まぁ、それは他の誰かと比較した場合の話であって、俺と神代さんの仲が決して悪いって訳じゃないと思うんだけど…。
京太郎「いや、神代さんとは既に仲良しでしょう?」
小蒔「…でも、私、須賀君と二人っきりでお話した事もありませんし…」
京太郎「まぁ、神代さんの近くには大抵、誰かいますからね」
小蒔「須賀君も皆の人気者ですし…」
京太郎「いや、アレは人気って言うか…俺が警戒されてるってのもあると思いますけど」
小蒔「警戒…ですか?」
京太郎「ほら、俺ってば男ですからね。このお屋敷、部屋に鍵がかかったりしませんし」
小蒔「???」キョトン
京太郎「あー…つまり、俺が誰かの部屋に入って悪戯するんじゃないかって事ですよ」
後は逃げ出さないかの監視も兼ねているんだろうが…その辺を神代さんに説明する訳にはいかないしなぁ。
そんなものを彼女に教えてしまった日には間違いなくこの屋敷に粛清の嵐が吹き荒れる。
なんだかんだ言いながら、皆は神代さんの事が大好きで、方針は違えども基本的に過保護だし。
小蒔「…須賀君は悪戯っ子さんなんですか?」
京太郎「いや、違いますけど…でも、なんていうか…まだお互いの事何もかも分かっているって言うには早いじゃないですか」
小蒔「うー…でも…」
京太郎「それにまぁ俺も石戸(姉)さんの胸を見たりと色々やってますし、信用ないのも仕方ないっすよ」
小蒔「あ、それも聞きたかったんですけど…」
京太郎「はい?」
小蒔「どうして霞ちゃんの胸をあんなに見るんです?」キョトン
京太郎「え…?」
…どうやら世界には俺の思っていた以上の純粋培養な子がいたらしい。
って言うか、それはちょっと無垢過ぎやしませんかね!?
ちゃんと性教育しとけよ神代家!!
この子、放っておくと絶対悪い男に騙されるぞ!!
仕方ない…ここは神代さんが変な男に引っかからないようにちゃんと俺が性教育(意味深)しないと…!
京太郎「えっと…人は自分にはないものを求めると言うか…ロマンの探究心が疼くというか…」
小蒔「ロマンですか?」
京太郎「えーっと…その…ロマンって言うか母性の象徴というか色んなアピールというか…」
小蒔「……???」ムムム
京太郎「と、ともかく、男は基本、女性の胸が好きって事ですよ」
小蒔「うぅん…そう…なんですか?」
…うん、ごめん。
いざ自分がその立場に立つと中々、無理だわ…。
こう前提となる知識が足りてない所為で、どうしても生々しい話になってしまう。
それをぼかそうとするとこうしてモヤモヤとしたものになるし…ちゃんと性教育など出来るはずがない。
って言うかこの子一応学校にも通ってるはずなんだけど…保健体育の授業とかどうしているんだろうか…。
小蒔「じゃあ、どうして霞ちゃんたちは須賀君に見られるのをあんなに注意するんでしょう?」
京太郎「ま、まぁ、ジロジロ見られて良い気はしないっでしょう」
小蒔「そう…でしょうか。私は須賀君に見られても嫌じゃないですよ」
京太郎「あ、あはは、嬉しいですけど…でも、出来るだけ恥じらいは持った方が良いですよ」
小蒔「恥じらい…ですか?」
京太郎「えぇ。俺が言うのもなんですが、石戸さんたちの反応は決して間違ったもんじゃないですし」
小蒔「え…じゃあ、私が変って事ですか!?」ガーン
京太郎「変って言うか…その…」
…どっちかって言うと子どもだよなぁ。
普通な二次性徴開始前くらいで男女の区別がついてきて恥じらいも覚えるもんだと思うんだけど。
そういうのがまったくないってのは変と言うか…彼女を取り巻く環境のおかしさを改めて理解せざるを得ないと言うか。
…ここまで男女を意識してないって事は神代さんは本当に女性だけの環境で育ったんじゃないだろうかと思うくらいだ。
まぁ、流石に男女の同衾する意味は理解しているみたいだから、まったく意識してない訳じゃないんだろうけど…。
京太郎「ちょっと男に対して無防備だって思う事はありますね。この前の添い寝の件も…」
小蒔「わ、わわ…!アレは忘れて下さいって言ったじゃないですかあ!」
京太郎「あぁ、そうでしたそうでした」
小蒔「ぅー…須賀君は意地悪さんです…」
…まぁ、ちょっと強引ではあるが、これで流れも変わるだろう。
つか、お願いだから変わってほしい。
何が悲しくて俺は年上の巫女さんに男に対する警戒と恥じらいを教えようとしなければいけないのか。
下手したら男である俺にまで飛び火しかねない危険な話はここで断ち切るべきなんだ。
小蒔「あ、でも、良い事思いつきました!」ポン
京太郎「え?」
あ、なんか嫌な予感を感じるんだけど…。
この流れでの『良い事』って言うのは大抵、ろくでもないものだって俺は知ってる。
まぁ、良いこと思いついたなんて恥ずかしげもなく言い出す奴なんてこれまで竹井先輩くらいしかいなかったってのもあるんだろうけど。
でも、こういう場合の嫌な予感って言うのは…大抵、当たるもんで… ――
小蒔「これからは霞ちゃんの代わりに私の胸を見れば良いんですよ」ニコー
京太郎「……はい?」
小蒔「ですから、霞ちゃんを見て怒られるなら私を見れば良いんです」
やっぱりなあああああああ!!!
つか、話題変えるの遅かったよ!!
これ完全に飛び火してるじゃねぇか!!
やばい、これ、どう断ろう…いや、そもそもどう説明すれば良いんだ…?
小蒔「これなら見られている間に私も須賀君の言う恥じらいを覚えられるかもしれないですし、須賀君も霞ちゃんたちに怒られなくなりますから一石二鳥です」ググッ
京太郎「あ、あはは…そうっすね。良いアイデアですねー…」
小蒔「えへへー…♪」
照れ笑いする神代さん可愛い(確信)
その上、言っている事も天然可愛い(希望)
だけど、それに乗ったら俺が社会的にも肉体的にも死ぬ(絶望)
俺の為にも神代さんの意識改革の為にも何とかしなきゃ(使命感)
京太郎「え、えっと…でも、折角ですけど…遠慮します」
小蒔「え…?だ、ダメでした…?」
京太郎「いや、ダメって言うか…良いアイデアだと思うんですけどね。思うんですけど…」
小蒔「えへー♪」ニコー
京太郎「可愛い」
小蒔「ふぇっ」カァァ
京太郎「あ、いや、何でもないです」
あっぶねー。
思わず現実逃避の言葉が口から出てしまった…。
いや、ここは可愛い連呼してでもそのアイデアを流すべきか…?
だけど、それで神代さんが忘れてくれるかも分からないし…何より折角考えてくれた彼女に不誠実だしなぁ…。
つか、胸を見ろってすげー事言えるのに可愛いで照れるとかホント、アンバランスな成長してるな、神代さん…。
小蒔「い、いきなり何を言うんですかぁ…」カァ
京太郎「あ、あはは。まぁ、それだけ可愛い神代さんをジロジロ見ると石戸さんたちに叱られるかなって」
小蒔「え?どうしてですか?」
京太郎「ほら、一般的にはそういうのが失礼な行為に当たるって言いましたよね」
小蒔「でも、私は気にしないですよ?霞ちゃんたちにもそれはちゃんと伝えますし」
京太郎「やめてください死んでしまいます」
小蒔「え?」
京太郎「あ、いや、多分、それでも石戸さんたちは納得してくれないと思うんですよ」
京太郎「それだけ俺のやっている事は失礼な行為なんで…」
小蒔「そう…ですか。良いアイデアだと思ったんですけれど…」
ふぅ…。
とりあえず当面の危機は去ったようだな…。
いやー…危なかった。
こんなに緊張したのは偶然が積み重なって咲の着替えを覗いてしまった時以来かもしれない。
正直、スリルがありすぎて、まだ胸の中が緊張で固まっているようにも思えるくらいだ。
だけど、神代さんもとりあえず納得してくれた訳だし、これで… ――
小蒔「あ、じゃあ、二人っきりの時はどうですか?」
京太郎「え?」
小蒔「霞ちゃんたちにバレないところなら大丈夫ですよね?」
終わってなかったあああああ!?
ま、まさかそういう方向に話が行くとか…この俺の目を持ってしても…ってボケてる場合じゃねぇ…!
確かにこの話の流れじゃ二人っきりなら良いって事になるし…何とか断る理由を考えないと…!
小蒔「あ、それとも…私のおっぱいじゃダメですか?やっぱり霞ちゃんのじゃないとダメとか…」
京太郎「そんな事ないです」キリリッ
小蒔「え?」
京太郎「良いですか。そもそもおっぱいに上下はあっても貴賎などないのです。おっぱいは正義であり、全てに優先します」
小蒔「は、はぁ…」
京太郎「おっぱいは全にして一、一にして全。謂わばこの世に舞い降りた完成体です。その優劣をつけようとする事自体、人間のエゴに他なりません」
小蒔「え、エゴですか?」
京太郎「はい。真のおっぱい好きならどんなおっぱいでも誰のおっぱいでも同様に受け入れ、愛するのが当然です。それが出来ないものにおっぱいを語る資格はありません」
小蒔「え、えっと…つまり」
京太郎「石戸さんのおっぱいも神代さんのおっぱいも俺にとってはどっちも大好物ですウッヒョウ!!」
……ってハッ!?
しまった、ついやっちまった…!!
身体の中に流れるおっぱいスキーとしての血がつい反応を…!
まずい…普通じゃ引かれるのを怖がるところだが、相手は神代さんだ…!
この場合、どうなるのかなんて…考えるまでもない。
小蒔「よく分かりませんけど、私のおっぱいでも大丈夫なんですね!」
京太郎「あー…」
…うん、まぁ、そうなるよなー。
これが恥じらいある女の子とかなら話はまた別なのかもしれないけどさ。
そういったものに疎い神代さんが、俺の言葉を肯定と受け止めないはずがない。
…と言うか俺自身、神代さんのおっぱいを見たくないかと言えば嘘になってしまうし…。
あ、ちなみにちっぱいはおっぱいとはまったく別の存在なんでこっち見ないで下さい。
小蒔「ふふ…なんだか嬉しいです」
京太郎「え…?」
小蒔「私、男の人にそんな風に褒めてもらったの初めてで…とっても嬉しかったです」ニコッ
京太郎「…いや、その…褒めていると言うか…何というかですね」
小蒔「え…もしかしてダメでした?」シュン
京太郎「い、いやいや!そんな事はないですよ!神代さんのおっぱいはとっても素敵です!!」
小蒔「えへへ…♪それなら良かったです!」
…ってまたやっちまった!?
いや、でも、あんな風にシュンとされたら無理だって。
だって、ちょっと肩落としただけでもプルンッて揺れるからな!!
神代さんも石戸(姉)さんに比べたら小さいってだけで和クラスの巨乳さんな訳だし。
そんなおっぱいさんが落ち込んでたらそりゃあおっぱいスキーとしては全力でフォローせざるを得ない。
…まぁ、フォローだけじゃ逆に泥沼だし…一応、釘も刺しておいた方が良いだろうな
京太郎「えーっと…でも、その…何というかですね」
小蒔「はい?」キョトン
京太郎「もうちょっと神代さんは男を警戒した方が良いと思います」
小蒔「警戒…ですか?」
京太郎「はい。男はケダモノです。ワーウルフです。ツキノヨルオロチノチニクルフんです」
小蒔「は、はぁ…」
京太郎「ですから、あんまりそういう風におっぱいを見ても良いとか言っちゃダメです。誤解されてしまいますし」
小蒔「誤解…ですか?」
京太郎「えぇ。男と言うのは自意識過剰な生き物ですからね」
京太郎「コイツもしかして俺の事好きなんじゃね?と隙あらば思い込もうとしている連中です」
小蒔「え?でも、須賀君も男の人ですよね?」
京太郎「……絶賛女装中ですが、聞かれるまでもなく男です」
小蒔「あ、ご、ごめんなさい…!そ、そういう意味じゃなくって…」
京太郎「大丈夫ですよ。俺も分かってるんで」
…まぁ、鏡の中の俺の姿はもう女にしか見えないのが悪い。
…ホント、どうしてこうなったんだろうな俺…。
ついこの間までちゃんと男だってはっきりと分かる顔をしてたはずなのにさ…。
今はもう顔の線というか作画まで変わってそうな感じがする。
小蒔「でも、大丈夫ですよ!」
京太郎「え?」
小蒔「私、須賀君の事好きですから!」パァァ
京太郎「う、うぁ…」
ま…眩しい…!
異性としての好きと友人としての好きの区別が完全についていないタイプの光だ…!
その2つを混同してしまいがちな年頃の俺には眩し過ぎる…!!
小蒔「あ、アレ?どうかしたんですか?」キョトン
京太郎「い、いやぁ…神代さんは本当に良い子だなーと思って」
小蒔「えへへ…♪そう言って貰えると嬉しいです!」
京太郎「でも、そういう事も軽々しく言っちゃいけません」
小蒔「え?でも、本当の事ですよ」
京太郎「勿論、神代さんが嘘なんてついていない事くらい分かっていますよ」
京太郎「でも、神代さんの言う好きと男が欲しがっている好きとはまた違うんです」
小蒔「え…でも、その2つってどう違うんです?」
京太郎「ど、どうって…」
…これ俺が言っちゃって良いんだろうか。
いや、でも、これを避けて通ると神代さんの教育に悪いよな…。
中途半端なままじゃまた誰か違う男に似たような事を言うかもしれないし…。
恥ずかしいけれど…ここはちゃんと最後まで面倒見ないとダメだよなぁ…。
京太郎「…こう男の欲しがっている好きは本能的な感情なんですよ」
小蒔「本能的?」
京太郎「なんていうか…あの…まぁ…神代さんにも分かりやすく言うとですね」
小蒔「はい」
京太郎「女の人と同衾したいとか…そ、そういうアレなんです」
小蒔「同衾…?…ってあわ…わわわわわ」プシュゥ
よっしゃあ通じたああああ!
いや、これで通じなかったらどうしようかと思った…!
一応、以前、同衾で恥ずかしがってたから勝算はあると思ってたけどさ!
これまでの反応から通じない可能性もあったし…ホント良かった…。
小蒔「そ、そんな事してしまったら…こ、子どもができちゃいますよぉ…」マッカ
京太郎「…え?あ、うん…そうですね」
京太郎「(…なんかちょっとおかしかった気がするけれど…ま、まぁ、結果的にはそうなるしな…)」
小蒔「だ、ダメです…まだ私、そんな事出来ません…!」フルフル
小蒔「私まだ学生ですし…そ、それにコウノトリさんを歓迎してあげる準備も出来てないです…!」アワワ
京太郎「…え?」
小蒔「え?」
京太郎「コウノトリですか?」
小蒔「はい、コウノトリさんです」
京太郎「歓迎するんですか?」
小蒔「はい!だって、赤ちゃんを女の人のところに運んでくれるのはコウノトリさんですから!」
小蒔「毎日、世界中で頑張ってくれているコウノトリさんが休めるように巣も作ってあげないといけません!」
小蒔「後、餌も…ってコウノトリさんって何を食べるんでしょう?」
京太郎「……あー」
神代家えええええええええええ!!!
最低限の性教育くらいマジでしとけよ!
今時、コウノトリを本気で信じてる人なんて初めて見たぞ!!
いや、咲も確かに小学校くらいまで子どもはキャベツ畑から生まれるとか訳わかんない事言ってたけどさ!
それだって中学生になったら流石に理解してたぞ!!
…代わりに俺の秘蔵のおっぱい本への締め付けがきつくなった訳だけど。
小蒔「須賀君は知ってますか?」
京太郎「え、えっと…流石に俺もそこまでは…」
小蒔「そうですか…教えてくれた霞ちゃんも知らないって言ってたんですよね…」
京太郎「…え?」
小蒔「え?」
京太郎「…それ教えたのって石戸さんなんですか?」
小蒔「はい。霞ちゃんですよ?」キョトン
……石戸(姉)さあああああああああん!?
これ教えたの石戸(姉)さんかよ!!!!
いや、誤魔化したくなる気持ちは分かるけど、分かるけどさ!!
でも、こんな風に誤魔化しても保健の授業ですぐに…ってそれだ!!
京太郎「…ちなみに神代さん保健の授業とかは…」
小蒔「保健ですか?あ、私、手当するのは得意ですよ!よく転んじゃうんで自然と上手くなっちゃって」エヘヘ
京太郎「そ、そうですか。俺が怪我した時にはお願いしますね」
小蒔「はい!お任せ下さい」ググッ
京太郎「…で…その…子どもの作り方とか授業で習った事ないですか?」
小蒔「いえ、ないですけど…」
京太郎「ほ、保健の授業を休んでたとかは…!?」
小蒔「いえ、休んだ事ないですよ、ずっと皆勤です」グッ
京太郎「そ、そうですか、偉いですね」
小蒔「えへへー♪」
永水女子いいいいいいいいい!!!
お前もか!お前らもか!!!!
これ完全に教科書から削除されてるか飛ばしてるって事だよなぁ!!
仮にもお嬢様校なんだから、学習要項くらいちゃんと護れよ!
いや、護ってくれよ、頼むからさ!!
小蒔「あれ?でも、作り方って…どういう事です?」
京太郎「…えっ」
小蒔「赤ちゃんって仲の良い男の人と女の人が同衾したらコウノトリさんが運んできてくれるんじゃ…」
京太郎「あー…」
ヤバイ(確信)
こ、これ…どう説明すれば良いんだろ…。
まさか本気でコウノトリが運んでくるなんて信じてる子に現実的で生々しい話を突きつける訳にはいかないし…。
っていうか下手にこの辺突きつけたらショックで神代さんが倒れかねない…。
京太郎「そ、それはですね」
小蒔「それは?」
京太郎「…こう何というか…愛しあった二人がこう愛を確かめると言うかですね」
京太郎「身体を寄せあって、愛しあうと言うか…触れ合うと言うか…」
小蒔「え…!?って事は好きな人と触わったらコウノトリさんが来ちゃうんですか!?」ガーン
京太郎「いや、コウノトリさんは来ません」
小蒔「ええええぇ!?」ガガーン
あ、かなりショック受けてる…。
もしかして神代さんなりにコウノトリが来るのを楽しみにしていたんだろうか。
…まぁ、さっき巣を作って餌を準備するとまで言ってた訳だしなぁ…。
なんか今の時点でもかなり悪い事をしている気がする。
小蒔「じゃあ、誰が運んでくるんですか?ペリカンさんになるんでしょうか…?」
京太郎「誰も運んできません」
小蒔「ええええぇ!?」ズガガーン
いや、どれだけ楽しみにしてるんだよ。
…一応、キャベツ畑で生まれる訳じゃないと言っておくべきだろうか。
い、いや、流石にそれは大丈夫だよな…きっと。
小蒔「じゃ、じゃあ赤ちゃんは何処から来るんですか?」
京太郎「それは…」
小蒔「それは…」ドキドキ
京太郎「ふ、二人の愛から生まれるんです」
小蒔「愛…ですか?」
京太郎「はい。愛する二人の気持ちから赤ちゃんが生まれて女の人の身体に宿るんです」
小蒔「わわっ」カァァ
…うん、ボカしまくってはいるが嘘は言っていないはずだ。
それをする為のグッチョングッチョンでエロエロな行為を隠しているだけで。
でも、残念ながら、これが今の俺にとっての精一杯です。
流石にSEXについては言えねぇって…。
羞恥プレイ云々以前に純粋無垢な少女に醜いものを教えこむ罪悪感がやばい。
小蒔「…でも、なんだか素敵ですね」
京太郎「そ、そうですか」
小蒔「はい!コウノトリさんに会えないのは残念ですけど…」
京太郎「…そんなに会いたかったんですか?」
小蒔「えぇ。実は霞ちゃんに聞いてからずっと楽しみにしていました」エヘヘ
京太郎「そうですか…」
確かにさっきのアレはかなりの期待だったもんなー…。
それを踏みにじってしまったって思うと…もうそれだけで申し訳なくなるけれど…。
かと言って、そこをなあなあにすると割りとマジで大変な事になりそうだし…。
そうは思いながらも胸が…胸が…!
京太郎「…んじゃ、何時か皆で動物園に行きません?」
小蒔「え?」」
京太郎「動物園ならコウノトリもいるはずですし、他にも沢山の動物がいますから」
小蒔「い、良いんですか!?」パァ
京太郎「えぇ。まぁ、皆の予定も聞かないと行けないので絶対…とは言えないですけど」
そもそも俺がそこまで出かけさせてもらえるか分からないしな。
まぁ、その場合は俺が誰かとお留守番ってしておけばそれほど無理な提案じゃないはずだ。
もうちょっとで春休みにも入るし…後で石戸(姉)さんにでも提案してみるかな。
小蒔「それでも嬉しいです!皆で遠足ですね…!」
京太郎「はは。じゃあ、お弁当も作らないといけないですね」
小蒔「はい!あ、その時は須賀君のタコスをもう一度食べてみたいです」
京太郎「お安いご用ですよ。次はもっと美味しいの食べさせてあげますから」
小蒔「あ、アレ以上美味しくなるんですか…!?」
京太郎「はい。アレは冷蔵庫の中の残り物で適当に作ったものなんで…次はちゃんと材料揃えてからやりますよ」
小蒔「わぁ…とっても楽しみです…」キラキラ
京太郎「はは。期待に添えるように頑張りますよ」
まるで目を輝かせるようにして期待してくれてる訳だしな。
これは男として期待に添えるようなタコスを準備せざるを得ない。
まぁ、トルティーヤの為に特殊な粉が必要だけど…amaz○nを使えれば通販で手に入るし。
問題はこのお屋敷にパソコンがないって事なんだけど…誰かに頼めば外でやってくれるだろう。
小蒔「ふふ…」
京太郎「ん?どうかしました?」
小蒔「いえ…やっぱり須賀君って凄い良い人だなって思って」
京太郎「んな事ないですよ。俺は普通ですって」
勿論、悪い奴のつもりはないが、そんな風に神代さんに手放しで褒められるようなタイプでもない。
正直、気にしていないだけで今だって神代家への恨みは忘れていないのだから。
皆に迷惑を掛けずに神代家だけに復讐する方法があれば俺は躊躇いなく実行するだろう。
実際はそんな事あり得ないし、そんな自棄になれるほどここの皆は優しくも冷たくもなかったのだけれど。
それでもたまに神代家への復讐の事をふと考えてしまう俺が良い奴だなどと言われても胸が痛むだけだ。
小蒔「そんな事はないですよ、だって、須賀君は一杯頑張ってくれたじゃないですか」
京太郎「え?」
小蒔「私に教えるの…凄い言葉を選んで…悩んでくれてましたよね?」
京太郎「…分かってたんですか」
小蒔「私だってそれくらい分かるんですよ」エッヘン
小蒔「…だから、私は須賀君にとても感謝しているんですよ」
京太郎「え…?感謝…ですか?」
小蒔「はい。そんな風に悩むくらい私の事を考えてくれてありがとうございます!」
小蒔「それに…女装の事も…恥ずかしいのに我慢してくれて…本当にありがとうございます」ペコリッ
京太郎「…神代さん」
そうやって改めて感謝されると嬉しい半面、胸が痛くなる。
俺がそうして女装を我慢しているのは別に神代さんの為でも何でもないのだから。
彼女は知らないが俺はそうやって従わなければ他に生きていく術がない状態なのである。
そうでなければ幾らおっぱいさんたちのお願いと言えども男の尊厳を護る為に女装を拒否していただろう。
……多分、うん、幾ら俺でもそういうのに簡単に頷いたりしないはず…。
小蒔「…私、本当はちょっと…不安だったんです」
京太郎「え?」
小蒔「私、とっても世間知らずで…霞ちゃんたちにも迷惑や心配を掛けていますから…」
京太郎「いや、そんな事はないでしょう」
俺はまだこのお屋敷になかば軟禁されてからまだ数ヶ月も経っちゃいない。
しかし、その短い間でも、神代さんがどれだけ皆に慕われているかは伝わってきているのだ。
そんな皆が神代さんのことを迷惑だと思っているはずがない。
まぁ、多少心配はかけているかもしれないが、それはどっちかって言うと過保護な石戸(姉)さんサイドにも問題があると思うし。
小蒔「いいえ。現に今も須賀君を悩ませてしまいました」
京太郎「それは…でも、仕方のない事ですよ」
小蒔「でも…」
京太郎「…あー…じゃあ、神代さん」
小蒔「え?」
京太郎「神代さんはすっごい落ち込んでいる人を励ます時どうします?」
小蒔「え、えっと…が、がんばります!」ググッ
京太郎「はい。それもとっても大事ですね。落ち込んでいる人に話しかけるには頑張らないといけませんし」
小蒔「えへへ…」
京太郎「でも、その後はどうやって話しかけたら良いのか、どうやって励ませば悩みませんか?」
小蒔「…きっと悩むと思います」
京太郎「さっきの俺もそれと同じですよ」
小蒔「…同じ?」
京太郎「はい。俺は神代さんに出来るだけ分かりやすく教えようと思って、その方法を悩んでいたんです」
京太郎「決して悪い意味で悩み、言葉を選んでいた訳じゃありません」
京太郎「俺が神代さんにそうしてあげたいと、そう思っていたからこそ悩んでいたんです」
京太郎「…そんな俺が迷惑に思っていると思いますか?」
小蒔「…いいえ。違う…と思います」
京太郎「はい。正解です。俺は決してそれを迷惑だと思っていません」
京太郎「寧ろ、神代さんの役に立てて光栄だと思っているくらいですよ」
小蒔「……須賀君」
京太郎「きっと石戸さんたちも俺と同じだと思います」
京太郎「皆もきっとしたくて神代さんの世話を焼いているんですよ」
京太郎「俺はこのお屋敷に来てまだ日が浅いですが…それでも神代さんが皆に愛されているのは分かりますよ」
京太郎「それは俺よりも皆と仲良しな神代さんが一番、よく知っている事でしょう?」
小蒔「…はいっ」ニコー
京太郎「だったらそんな風に落ち込まなくても良いんですよ」
京太郎「大丈夫、皆はきっと迷惑だなんて思っていません」
京太郎「少なくとも俺はそんな事思っていないですからね」
小蒔「ありがとうございます」ペコリッ
京太郎「はは、まぁ、偉そうに俺も説教出来るような立場じゃないんですが」
小蒔「いいえ!須賀君は先生みたいでとっても素敵でした!」キラキラ
小蒔「あ、でも、やっぱりこの場合、須賀先生とお呼びした方が…!?」アワワ
京太郎「あ、いや、大丈夫です、ハイ」
小蒔「でも、霞ちゃんは教えを乞う人にはちゃんと敬意を持ちなさいと言っていましたし…」
京太郎「さっきのは教えを乞われたんじゃなくてただ質問に答えただけですから問題無いですよ」
小蒔「そう…でしょうか?」ウーン
京太郎「はい。だから、そういう敬意は教師の皆に持っていてください」
…じゃないと石戸さんたちにまた何があったのかって根掘り葉掘り聞かれてしまうからな。
まぁ、俺だって逆の立場だったらなんでいきなり先生呼びになっているのか気になるし仕方ない。
これだけ無防備な神代さんが男に騙されてしまったんじゃないかと気が気じゃなくなってしまうだろう。
小蒔「あ、それじゃあ…これからも色々と教えてもらって良いですか?」
京太郎「え?」
小蒔「霞ちゃんだと分からない事もあると思うんです。その…さっきの赤ちゃんの作り方もそうでしたし…」
京太郎「あ…そ、そうですね…」
…アレは分からなかったというよりは意図的に誤魔化したと言う方が正しい気がするけれど…。
その辺言うと石戸(姉)さんの立場も悪くなっちゃうだろうし…言えないよなぁ。
それにまぁ俺自身、神代さんとは下心なしでもっと仲良くしたいと思っていたし丁度良い。
小蒔「だから、男の人である須賀君にもっといろんなことを教えてもらいたいなって…」エヘヘ
京太郎「…じゃあ、とりあえず…一つ良いですか」
小蒔「はい!何でも教えてください!」
京太郎「男の人に教えてほしいとかそういう事言っちゃダメです」
小蒔「えぇぇ…こ、これもダメなんですか?」
京太郎「はい。また誤解されちゃいます」
まぁ、誤解されると言うか下半身に響くというか。
正直、そんな訳がないと分かっている俺でさえ今のはちょっとドキッとした。
いや、それだけじゃなくてエロい事を実地で教えこんでやろうというそういうゲスな妄想も浮かび上がってきたのである。
立場上それを表に出す事は出来ないし、そもそもそんな勇気はないのでやらないが…それでも世の中には馬鹿な男というのはいるもんだ。
俺に対してのそれと同じ気持ちで関わっていたら大怪我じゃすまない可能性もある。
小蒔「うぅ…男の人との付き合い方って難しいんですね…」シュン
京太郎「まぁ、男と女とじゃ思考の仕方も大分違うみたいですしね」
小蒔「あ、私、それは知っていますよ!右脳型と左脳型って奴ですよね」
京太郎「…いや、まぁ、この場合、上と下というか」
小蒔「上と下?…え?脳って右と左だけじゃなくて上と下にも分かれているんですか?」キョトン
京太郎「あ、すみません。間違いました。それで合ってます」
…流石に下半身で考える男の話はしない方が良いか。
そこまで行くと性教育と言うかどうしても下世話な話になっていってしまう。
それに下手をしたら男に対する不信感とか植え付けてしまいかねないし。
自分の教えた事で神代さんに警戒されるとか間抜けってレベルじゃないしなぁ。
小蒔「ふふ…須賀先生もおっちょこちょいなんですね」
京太郎「ま、まぁ、たまにはこういうミスもあります」
小蒔「わかりますよ。私も同じように失敗する事ありますから」エヘー
京太郎「あぁ、そう言えばさっきよく転ぶって言ってましたもんね」
小蒔「あぅ…お、覚えていたんですか」カァ
京太郎「人の話はよく覚えるように、と知り合いに教育されたものですから」
小蒔「へー…」
まぁ、この程度の記憶力じゃまだまだハギヨシさんには及ばない訳だけれどさ。
あの人、聖徳太子みたいに複数の話を聞き分けて、それをまったくそのまま同じ言葉で相手に返したりしてみせたし。
記憶力だけじゃなくて情報を整理する能力にも長けていなかったらあんま真似は出来ないだろう。
やっぱり執事って凄い、改めてそう思った。
京太郎「それより、また須賀先生呼びになっていますよ」
小蒔「あ、いえ!これで良いんですよ」
京太郎「え?」
小蒔「だって、私はさっき教えを乞うて須賀先生もそれに応えてくれた訳ですから」ニコー
京太郎「あー……確かにそうなりますね…」
小蒔「だから、今日から須賀君は私の須賀先生でもあるんです。よろしくお願いします」ペコリッ
京太郎「……こちらこそよろしくお願いします」
ちょっと不安だけど…多分、大丈夫だよな。
別に俺何か悪い事した訳じゃないし…説明したらきっと皆も分かってくれるだろう。
幾ら皆が神代さんに対して過保護だって言っても、そこまで分からず屋じゃないはずだし。
…ただ、まぁ、普段からそう呼ばれるのも恥ずかしいし… ――
京太郎「でも、先生っていうのはこそばゆいんで、普段はいつも通りに呼んで下さい」
小蒔「はい。分かりましたっ!」グッ
京太郎「後、普段もですけど、敬語とかは要らないですよ。俺、年下な訳ですし」
小蒔「いいえ。私を助ける為に折角来てくれた須賀君に失礼があってはいけませんから」
京太郎「別に失礼だとは思いませんが…」
小蒔「それでもダメなんです。それに…あの…須賀君は…」
京太郎「ん?」
小蒔「あわわ…こ、これ秘密なんでした…!」
京太郎「???」
…さっき何を言おうとしたんだろう?
途中まで言いかけていたみたいだけれど…俺の事…だよな?
多分、適当に誘導尋問すれば引っかかる…だろうけど…でも、突っ込んじゃ気を悪くするかもしれないし。
とりあえず聞かなかった事にするのが一番かな。
小蒔「と、とにかく…私よりも須賀君の事です」
京太郎「え?」
小蒔「須賀君の方こそ敬語とか止めて下さい。春ちゃんみたいに話しかけてくれた方が嬉しいですよ」
京太郎「う…うーん…それはちょっと…」
同い年である春ならばともかく相手は年上な神代さんだしなー。
竹井先輩たちにだって最後まで敬語が取れなかった訳だし…やっぱりちょっと抵抗感がある。
絶対無理だってほどじゃないが、心の中で引っかかりを覚えるのは事実だった。
小蒔「う…ダメですか?」シュン
京太郎「うっ」
小蒔「わ、私…須賀君と仲良くしたくて…だから…あの…」
京太郎「うぅ…」
とは言え、神代さんにそんな風に言われると…まったく袖にするのも気が引ける。
っていうか、割りと罪悪感と自己嫌悪で胸の中がグルグルって感じだ。
だけど、まったく敬語を使わないのもやっぱり難しいし…せめてお互いが納得出来る妥協点を探さないと。
京太郎「…『小蒔さん』」
小蒔「え?」
京太郎「敬語をまるまる止めるのはまだキツイんで…その、小蒔さんじゃダメですかね?」
小蒔「いえ…!大丈夫です!」パァ
京太郎「…良かった。じゃあ、良ければ俺も小蒔さんの好きなように呼んで下さい」
小蒔「あ、じゃあ…私も京太郎君…で良いですか?」
京太郎「勿論ですよ。大歓迎です」
小蒔「えへへ…なんだか嬉しいですね」
京太郎「はは。そうですね」
まさか神代さん…いや小蒔さんとこうして名前で呼び合う事になるなんてなー。
正直、最初の方はそんなのまったく想像していなかった。
でも、まぁ、これだけの美少女とお近づきになれて、名前呼びを許してもらっているんだから悪い気はしない。
何より小蒔さんのおっぱいは凄い大きいしな!!!
小蒔「…私、やっぱり京太郎君で良かったです」
京太郎「え?」
小蒔「…さっきも言いましたけれど…私、京太郎君と仲良くなれるか不安でした」
小蒔「私は男の人と接した事なんて殆どなかったですから…ちゃんとお話も出来るのかなって」
京太郎「小蒔さん…」
…そりゃそうだよな…。
これまで小蒔さんがろくに男と接してきたことがないってのは今日の事で嫌というほど分かったんだ。
幾ら小蒔さんが人懐っこい犬のような性格をしていると言っても、不安がるのは当然の事だろう。
それをおくびにも出さなかったのは、ただ単に我慢していただけの事なんだ。
小蒔「でも、私…今は全然、不安じゃないんです。いえ、それどころかとてもワクワクしていて」
小蒔「京太郎君とどんな風に仲良くなれるんだろう…どれだけ素敵な事が待っているんだろうって」
小蒔「私…とっても楽しみなんです」ニコッ
京太郎「…はは。それはまたプレッシャーですね」
小蒔「あぅ…ご、ごめんなさい。でも…」
京太郎「良いんですよ。俺も同じ気持ちですし」
小蒔「…え?」
京太郎「このお屋敷に来た時は不安で一杯でした。どうしたら良いのか分からなくて…先行きも不安ばかりで」
京太郎「…でも、そんな俺に皆が良くしてくれたお陰でこうして立ち直れたんです」
京太郎「そんな皆と一緒に過ごす今の生活は俺は結構、嫌いじゃないんですよ」
京太郎「新しい発見や皆の色んな顔が見れて…次に何があるんだろうって楽しみなんですよ」
…まぁ、永水女子での生活とか女装がバレないかとか不安が山積みなのは変わらないけどさ。
ただ、それはもう自分の中で仕方ないと割り切っている部分ではあるし。
今更どうあがいても仕方がないのだし、今の間に出来るだけ努力していった方が良い。
それよりもこうして少しずつ皆と仲良くなって新しい面を知っていくのが新鮮で、そして楽しいんだ。
小蒔「えへへ…じゃあ、京太郎君とお揃いですね」
京太郎「はは。確かにそうですね」
小蒔「ふふ…私、本当に来てくれたのが京太郎君で良かったです!」
京太郎「…俺も小蒔さんが小蒔さんで良かったですよ」
小蒔「え???」キョトン
…もし、小蒔さんが少しでも悪いところのある子であれば、俺は彼女を恨んでいたかもしれない。
決して善人などではない俺は身近な『神代』に敵意を向けて、それで自分の心の平静を保とうとしていたかもしれないのだ。
だけど、実際の彼女は人畜無害という言葉が相応しいくらいの人で…だからこそ、俺は今、『俺らしく』いる事が出来ている。
小蒔さんには口が裂けても言えないけれど…でも、彼女のその立ち振舞に少なからず助けられているのは事実なんだ。
京太郎「いや、こんなに可愛い人とお近づきになれて役得だなーと」
小蒔「か、可愛いだなんて…は、恥ずかしいです…」カァァ
京太郎「はは。そういう所も可愛らしいですよ」
小蒔「も、もぉ…あんまりからかわないでくださいよ…」
京太郎「割りと本心なんですけどね」
小蒔「はぅぅ…」ウツムキ
チョロい(確信)
なんだかこのまま褒めちぎればそのまま落とせそうな気さえするくらいチョロ可愛い。
本当、男に対して免疫ってもんがまったくないんだなぁ…。
…正直、感謝している以上に小蒔さんのこれからが心配になるくらいだ。
小蒔「…じゃあ…京太郎君先生に質問良いですか?」
あざとい(確信)
京太郎君先生は流石にあざとい(重要)
だけど、小蒔さんだからこれ別に狙ってる訳じゃなく素で言ってるんだろうなぁ。
そういうところも可愛い訳だけど。
京太郎「はい。なんでもどうぞ」
小蒔「京太郎君先生は…」
霞「あら、何の話?」ヒョコ
小蒔「あ、霞ちゃん」
そこで入り口からひょっこり顔を出す石戸(姉)さん。
…と言うかここの皆は道場から入る時はそうやって顔を出さなきゃいけないっていうしきたりでもあるんだろうか。
薄墨さんと言い、小蒔さんと言い、まったく同じやり方で入ってきてるんだけどさ。
京太郎「石戸さん、どうかしたんですか?」
霞「そろそろお稽古の時間だから姫様を探していたんだけど…」
小蒔「え?もうそんな時間なんですか?」
京太郎「すみません、俺が引き止めていた所為で…」
小蒔「ち、違います。私が気づかなかったのが悪いんですよ!」アワワ
霞「…大丈夫よ。私も別に怒っている訳じゃないから」クスッ
小蒔「か、霞ちゃん…」パァ
霞「まぁ、今日は須賀君と一緒にいるのも分かっていたから心配もしていなかったしね」
京太郎「え?」
霞「須賀君が面倒見てくれているってそう思っていたから」
…正直な話、そんなに信用してもらっているとは思っていなかった。
何せ、俺は二日目に石戸(姉)さんの胸にダイブしてそれはもう幸せな心地になって…あ、いや、申し訳ない事をしてしまったのだから。
こうして複数でいる時の石戸(姉)さんの態度は普通だけれど、二人っきりになるのは今も全力で避けられているままだ。
そんな彼女に大事な小蒔さんを預けて心配していないと言われるとは俺は想像もしていなかったのである。
霞「何時もは何処でぐっすりしているか分からないから不安だけどね」クスッ
小蒔「も、もぉ…そこまで寝坊助さんじゃありません…!」カァ
京太郎「あー…それは確かに」
小蒔「き、京太郎君までぇ…」
霞「ふふ…もう随分仲良くなったのね」
小蒔「はい!色んな事を教えてもらいましたし」
霞「へー例えばどんな事?」
小蒔「赤ちゃんの作り方とかです」ニコー
―― 瞬間、世界が凍った。
まるで地球が静止してしまったかのようにピタリと。
空気中の分子一つすら動いていないかのような完全な停止。
小蒔さんを微笑ましそうに見る石戸(姉)さんも、そんな二人を見て和む俺も例外なく固まっている。
一秒二秒三秒と経っても変わらないその光景は、時間の間隔が狂った俺が見せた幻影だったのかもしれない。
多分、気まずい時間とかさ、時間が流れるのが遅く感じるって言うアレなんだろう。
霞「…………」ニコッ
京太郎「…………」ニコッ
霞「須賀君、ちょっとお話があるんだけど」
京太郎「…それってお話だけで済みます?」
霞「それは須賀君が何をお話してくれるか次第かしら?」ニコー
ですよねええええええ!?
そりゃ石戸(姉)さんとしたら尋問しなきゃいけないよね!!
コウノトリなんて教え方をしてるくらい大事な小蒔さんが「赤ちゃんの作り方」(意味深)なんて言った訳だしな!
いや、俺も勿論、分かってるよ…分かってるけどさ!
その笑みは流石にちょっと迫力がありすぎっていうか、怖すぎるんですよ!!
小蒔「え?でも、お稽古の時間なんじゃ…」
霞「うん。そうなんだけどね…ちょっと大事なお話が出来ちゃったから」
霞「ちょっと長くなっちゃうかもしれないし、姫様は初美ちゃんたちと別の所で遊んでおいてくれないかしら?」
小蒔「分かりました。じゃあ、京太郎君、また後で、ですね」ニコ
京太郎「は、はい…また後で…」
小蒔「~♪」ススス…パタン
霞「…で、須賀君、どういう事かしら?」ゴゴゴゴ
京太郎「ひぃ…!?」
小蒔さんが出て行った瞬間、石戸(姉)さんの表情が変わった。
いや、張り付いたような笑みがスゥっと剥がれ落ち、奥から能面のような硬い表情が現れる。
いっそ、無表情と言っても良いそれはさっきまでとは比べ物にならない迫力を俺に伝えた。
霞「まさか姫様に不埒な真似を…」
京太郎「し、してないです!してないですってば!!」
霞「でも、さっきあ…あ…」カァ
京太郎「…あ?」
霞「ああ…赤ちゃんの作り方教わったって…!」カァァ
京太郎「い、いや、それは口で…」
霞「く、口で…!そ、そんな事まで小蒔ちゃんに…!!」
京太郎「な、何もしてませんってばぁ!?」
霞「ナニ!?やっぱり姫様にそういう事を…!」
もうやだこの人ぉお!?
冷静じゃないのは分かる、俺も分かるけどさ!
でも、さっきから言葉尻捉えすぎて変な方向に進みすぎじゃないですかね!?
冷静じゃないとはいえ、今時、男子高校生でもそんな食いつき方しねぇぞ!!
京太郎「つーか、そもそもこんな短時間で出来る訳ないですよ!!」
霞「え?」キョトン
京太郎「え?」
霞「そ、そういう…ものなの?」
京太郎「そ、そりゃそうでしょう…女の人の準備だって大変でしょうし…」
京太郎「大体、後処理とかそういうのどうするんですか。結構、大変らしいですよ」
霞「そ、そうよね。そりゃ…そうよね」カァ
ふぅ…どうやら石戸(姉)さんも落ち着いてくれたらしい。
いやぁ…聞きかじりの知識って言っても結構、役に立つもんだな。
まさかエロ知識仕入れていた事で首の皮一枚繋がる事になるなんて思ってもみなかった。
無駄な知識なんてないって言うのは割りと本当の事なのかもなぁ。
霞「…ごめんなさい。誤解をしてしまって…」
京太郎「いや、アレはしょうがないですよ。俺だって石戸さんの立場なら冷静じゃいられないですし」
霞「あ、ありがとう…」モジモジ
霞「でも、その…もう疑ってる訳じゃないんだけど…」チラッ
京太郎「あぁ、別にその具体的なアレコレを教えた訳じゃないですから」
霞「ぐ、具体的なって」カァァ
…この人も免疫なさすぎじゃなかろうか。
いや…どちらかと言えば耳年増で想像力…いや妄想力逞しいと言うか。
この数分間くらいで微かにあった出来る女としてのイメージがドンドン崩れていっている。
この人本当に永水女子で三年間、全校生徒の模範であり憧れであったエルダーを務めた人なんだろうか。
京太郎「えっと…とりあえず小蒔さんがコウノトリを信じているみたいなので…それは違うと否定して…」
霞「う、うん…」
京太郎「それから愛する二人の気持ちから赤ちゃんが生まれて女の人の身体に宿るって説明をしただけでですね…」
霞「そ、そうなの…じゃあ…」
京太郎「具体的に何をしたら赤ちゃんが出来るのかまでは言ってないですよ」
霞「そ、そっか…良かった…」
そう胸を撫で下ろすのは小蒔さんが俺から下衆い知識を仕込まれなかったからか、或いは何もされていないのが確定したからか。
心底、安堵している表情から察するに多分、両方なんだろうなぁ。
さっきはああ言ってくれたが、俺は実際に一度、石戸(姉)さんに対して盛大にやらかしてしまっている訳だし。
そんな俺を心から信じるというのはやっぱりまだまだ無理な話なんだろう。
霞「…ごめんなさいね、コウノトリに会うのを楽しみにしている姫様を見てたら何も言えなくて…」
京太郎「いや、俺は構わないですけど…でも、アレって…」
霞「……小蒔ちゃんは子どもの頃、私が読んであげた絵本の内容をずっと信じてるのよ…」
京太郎「あー…」
なるほど…確かにそれなら『石戸(姉)さんに教えてもらった』って意味も通る。
絵本の内容をそのまま信じこんでしまった彼女にとって、それは教えてもらった事と同義なのだろう。
…改めて純粋無垢過ぎて心配になってくる人だよなぁ。
エロ本とかには絶対に近づけちゃいけない(戒め)
霞「…まぁ、当時は私もそう信じていたんだけど」ポソッ
京太郎「え?」
霞「い、いや、なんでもないのよ」
霞「と、とにかく…このお屋敷で過ごしていた姫様には麻雀以外に娯楽がなかったから…」
京太郎「そうですか…」
まぁ、確かにこのお屋敷はパソコンどころかテレビすらないしな。
やる事と言えばそれこそ舞の稽古とか料理、掃除や洗濯くらいなもんだし。
そんな環境でずっと過ごしていたら、そりゃあんな純粋無垢に育ってもおかしくはないのかもしれない。
…………って、あれ?今、何かおかしいところがなかったか?
京太郎「…麻雀はあったんですか?」
霞「えぇ。先代の六女仙が皆、麻雀が好きで…姫様にも教えていたの」
京太郎「六女仙って…」
霞「あぁ、そう言えば説明していなかったかしら…」
霞「六女仙って言うのは分家筋の中でも特に神代家に近い血を持つ6つの家系の中から選ばれた巫女たちの事」
霞「主な仕事は姫様…神代の巫女を護ったりお世話をする…まぁ、専用のお手伝いさんみたいなものだと思ってくれていいわ」
京太郎「なるほど…じゃあ、石戸さんたちも…」
霞「えぇ。今代の六女仙って事になるわね」
京太郎「へー…」
凄い凄いとは思っていたが、やっぱり皆凄いんだな。
分家だの家系だの選ばれただの厨二心を擽られるワードが盛りだくさんだし。
神代家のぶっ飛び具合はもう大体理解してきたつもりだったけど、まさかここまで凄い家系だったとは。
スケールがデカすぎてちょっと理解が及ばないくらいだ。
京太郎「…ん?でも、おかしくありません?」
霞「……そうかしら?」
京太郎「だって、今は石戸さんのところが二人居ますし…5つの家系になってますよ」
霞「…それは…」
そこで口ごもる石戸(姉)さん。
アレ?もしかして俺聞いちゃいけない事を聞いてしまったんだろうか。
もしかして神代家の触れちゃいけない禁忌とか…!!
ねぇな、って言い切れない今の状況が怖いな。
霞「…昔はここに須賀家が入っていたのよ」
京太郎「え?」
霞「石戸、薄墨、狩宿、滝見、十曽、そして須賀。これが…先代までの基本的な六女仙だったらしいわ」
京太郎「…俺の家も…」
…そっか。そうだよな。
須賀は神代家から莫大な援助を得ているって話だったし。
そこまで援助してもらっているって事は、そりゃあ分家の中でも結構な地位にあると考えるのが当然だ。
石戸(姉)さんがそれを言いづらそうにしていたのは…多分、俺に対して気を使ってくれたんだろうな。
京太郎「…でも、どうしてそれが変わったんですか?」
霞「具体的な事は私も聞いていないから分からないけれど…でも…」
京太郎「でも…?」
霞「神代家との間に何かトラブルがあった…という風に聞いているわ」
京太郎「トラブル…かぁ…」
そのトラブルの所為でオヤジたちは一度、鹿児島を離れた。
そして今、俺だけがこの鹿児島に寄越され、こうして屋敷の中で暮らしている。
一度はそうしてトラブルがあった家へと一人息子を預ける親の気持ちというのは一体どういうものだったのか。
…怖くて未だ親に連絡できていない俺にとってそれはまるで分からないものだった。
霞「…あの須賀君…」
京太郎「え?」
霞「大丈夫?何か辛そうな顔をしていたけれど…」
京太郎「…大丈夫です」
霞「…本当?」
京太郎「えぇ。勿論ですよ」
心配してくれる石戸(姉)さんには悪いがこんな格好悪い事…言えるはずがない。
もう一ヶ月も経っているのに、親の気持ちが怖くて聞けていないだなんてあまりにも情けなさすぎる。
少なくとも、俺の中の男としてのプライドが阻むくらいにはそれは言いづらいものだった。
霞「…そう。でも、覚えておいてね」
霞「私達は皆、須賀君に対して申し訳なく思っていて…そして支えてあげたいって思ってるのよ」
京太郎「…え?」
霞「えって…そんなに意外かしら…?」ウーン
京太郎「あ、い、いや、そうじゃなくってですね…」
京太郎「その…何というか…石戸さんにそんな風に言われるとは思っていなくって…」
霞「…そんなに私の対応ってダメだったかしら?」
京太郎「ダメと言うよりはその…少なくとも警戒はされていると思っていたので」
霞「う…そ、それは…その…」カァ
霞「し、仕方ないでしょ…あんな事があったんだし…」モジモジ
京太郎「あ、いや、別に責めてる訳じゃないんです。俺も仕方ないとは思っていますし」
京太郎「寧ろこうして普通に話しかけてくれている事が俺には嬉しいくらいで」
実際、あそこまでやらかしてしまったんだから、露骨に避けられていてもおかしくはない。
二人っきりにさえならなければごくごく普通に話しかけてくれている辺り、石戸(姉)さんの懐は大きいと言っても良いくらいだろう。
まぁ、大きいのは懐だけじゃなくてそのバストもなんだけど…っていけないいけない。
こういう事考えるから石戸(姉)さんにも警戒されるんだよな。
霞「…そう。でも…ごめんなさいね。私も教育係なんだから早く忘れなきゃって思ってたんだけど…」
霞「須賀君と一緒にいるとどうしても思い出してしまって…」シュン
京太郎「いえ、気にしないでください。俺もそれだけの事をしてしまいましたし、当然の反応だと思ってますから」
霞「じゃあ…その…イーブンにしてくれるかしら?」
京太郎「え?」
霞「だ、ダメ…?」
京太郎「いや、イーブンって…良いんですか?」
俺のやらかしてしまった事に比べれば石戸(姉)さんのやった事なんて大した事じゃないはずなんだけど…。
教育係としては確かにダメだったかもしれないが、別に放置されてたって訳じゃない。
他の人への引き継ぎはしっかりしてもらっていたし、完全に会話がなかったって訳でもないのだ。
実は嫌がらせをされていたならともかく、石戸(姉)さんに俺のと相殺出来るほどの非があるとは到底思えなかった。
霞「私が言っているんだからそれで良いのよ」
京太郎「…分かりました」
霞「そう…ありがとうね。須賀君」
京太郎「いや、それは俺のセリフですってば」
霞「ふふ…それでもありがとう」
そう言いながら笑う石戸(姉)さんの顔は晴れやかなものだった。
もしかしたら俺を避けている事に自責や申し訳無さを感じていたのかもしれない。
それが一体、どれほどのものなのか俺には分かりかねるが、石戸(姉)さんの責任感の強さは伝わってくる。
霞「それと…小蒔ちゃんとも仲良くしてくれてありがとうね」
京太郎「お礼を言われるような事じゃないですよ。でも…突然どうしたんです?」
霞「…本当はちょっと不安だったのよ」
京太郎「え?」
霞「須賀君が姫様の事を恨んで害したりしないかって…最初はそんな風に警戒してた事もあったの」
京太郎「…それも当然だと思います」
俺にとって神代家は恨む気持ちが尽きないほどの相手なのだ。
その気持ちをぶつけれる一番手近な相手はやっぱり小蒔さんである。
小蒔さんがあまりにも良い人過ぎてそんな気はまったく起きないが、それはあくまでも結果論だ。
自分自身でもそれは決して「ない」と言い切れない未来であっただけに石戸(姉)さんの気持ちもよく分かる。
霞「でも、須賀君は皆と仲良くしていて…姫様にも普通に接してくれて…それで…」
京太郎「…少しは信用して貰えたって事ですかね?」
霞「えぇ。多分、須賀君が思っている以上に」
京太郎「え?」
霞「ふふ…皆、絶賛してたわよ、須賀君は決して悪い人じゃないって」
京太郎「あぅ…」カァ
そうやってはっきり聞かされると嬉しい以上に恥ずかしいが出てくるのはどうしてだろうか。
勿論、俺の知らないところでそう褒めてくれている皆に感謝しているのは事実だが、むず痒さはどうしても否定出来ない。
失礼な事だとは分かりながらも、石戸(姉)さんから視線を背け、明後日へと向けてしまう。
霞「だから、私も須賀君のことを信じる事にしたのよ」
京太郎「その割にはさっき変なふうに誤解されていましたけど」
霞「そ、それは…だって姫様があんな事言うから…」カァ
京太郎「はは。大丈夫です、分かっていますよ」
霞「も、もぉ…」
石戸さんには悪いがそうやってからかえば少しずつ心の平静も戻ってくる。
まだ完璧って程じゃないが、それでもむず痒さは大分、引いてくれた。
とりあえずは普通のやり取りが出来るようになったし、ちゃんと感謝の言葉は告げておこう。
京太郎「…でも、そうやって信じてもらえて嬉しいです」
霞「それはこっちのセリフよ」
京太郎「え?」
霞「私達のことを信じてくれて、受け入れてくれてありがとう」
霞「小蒔ちゃんの事を恨まないでいてくれてありがとう」ペコッ
京太郎「…石戸さん」
霞「…でも、もしもの時は…」
京太郎「え?」
霞「…もし、須賀君が私達の事が嫌いになって…その気持ちを晴らしたくなった時は…」
霞「それは…私に…私だけにして頂戴」
霞「私は…全部受け入れるから。須賀君の恨みも怒り…全部、受け止めるから」
―― それは悲痛な覚悟の篭った強い言葉だった。
自己犠牲…と言っても良いその言葉は石戸(姉)さんが皆の事を強く思っているからなのだろう。
姫様だけではなく薄墨さんや狩宿さん達も石戸(姉)さんは仲間として考えているんだ。
そんな彼女たちの為に俺の感情のはけ口になろうとしている彼女のその行為は気高いと言っても良いのかもしれない。
少なくともそうやって自己犠牲の言葉を口にするなんて誰にだって出来るもんじゃないだろう。
霞「だから…皆にはなにもしないで…」
京太郎「……こーら」ムニー
霞「ふ、ふにゃあ!?」ビクゥ
京太郎「…まったく、見くびるのもいい加減にしてくださいよ」
霞「むにゅぅ…」
―― だけど、俺がそれは無性に気に入らなかった。
それは決して俺が見くびられているからだけではない。
そんな事を絶対にしないなんて言えるほど神代家への恨みは小さいものではないのだから。
それよりももっと気に入らないのは俺が恨んでいる神代家の為にこんなに良い人が自分を犠牲にしようとしている事だ。
…誰だってやりたくない事を言わせるくらい、この人を追い詰めている神代家と…そして俺自身なのだ。
京太郎「俺は正直、大事なもの全部奪っていった神代家の事を恨んでいます。それはどうしても否定出来ません」
京太郎「出来る事なら復讐してやりたい。そう考えているのは事実です」
霞「…はぅん…」シュン
京太郎「…ですけど」パッ
霞「…あ」
京太郎「…その為に皆のことを犠牲にしたいとは思っていませんよ」
霞「…須賀君」
京太郎「皆は…皆は本当に良い人です。俺の為に恥ずかしい事だってしてくれて、友達との意見を違える事だってやってくれて…」
京太郎「俺と大事なものを共有しようとしてくれて、いつも俺の隣にいてくれて、俺の為に苦手な事を乗り越えようとしてくれて…」
京太郎「そんな人たちのことを傷つけたいと思えるほど俺は自分勝手になれないですよ」
霞「でも…私達は君の事を軟禁しているのよ」
京太郎「分かっていますよ。俺にだってそれくらい理解出来ています」
勿論、石戸(姉)さんの言っている事は事実だ。
例え皆がどれだけ良い人であり、見目麗しい美少女でも俺が軟禁されているという事は変わらない。
いや、それだけならまだしも俺は彼女たちに女装を ―― バレてしまったら即死亡確定の綱渡りを強要されているのだ。
それなのに皆の事を恨まないなんて言い切れるか…という石戸(姉)さんの言葉はごく当然のものだろう。
京太郎「まぁ、俺は根が単純でバカですから。これだけ美人に仲良くしてもらって悪い気はしないですし」
霞「もう…今はふざけるところじゃないのよ」
京太郎「分かっています。だから、これ別にふざけてなんかいないですよ」
霞「え?」
京太郎「少なくとも俺ってのはそれくらいで構わない単純な生き物なんですよ」
京太郎「ぶっちゃけ可愛い子とお近づきになれて悪い気はしません」
京太郎「それにまぁ…俺の場合、既に諦めていると言うか、受け入れてしまってるんで」
霞「…受け入れているって…」
京太郎「この状況に慣れたって言っても良いんでしょうか。…人間って割りと単純って言うか楽な精神構造してるみたいで」
京太郎「実はもう女装に対しての忌避感とかそれほどないんですよね…」
いや、まぁ、勿論、まだ嫌なものは嫌なのだけれど。
しかし、少なくとも俺にとって本気で抵抗したりするほど嫌なものではない。
流石に女性用下着はまだ履く度に勇気がいるが、それだって日に日に薄れていっているし。
…いや、ホント俺って何処に行こうとしているんだろうな…マジで。
京太郎「まぁ、俺自身そんな風に軽く考えてるんで、あんまり思いつめないでくださいよ」
京太郎「そんな風に思いつめられると俺の方が申し訳なくなりますし…何より石戸さんみたいな美人からそういう風に言われるとですね…」
霞「え?」
京太郎「こうそんなつもりはないのに勘違いしたくなるというか、据え膳頂きたくなると言うか…」
霞「据え膳…?」クビカシゲ
京太郎「…まぁ、ぶっちゃけ適当に理由でっちあげて石戸さんをイヤンな仲になったりしないと一瞬考えたりもして」
霞「ふぇえ!?」カァァ
ふぇえって、ふぇえって。
まさか石戸(姉)さんからそういう風な驚きの声が出てくるとは。
もっとしっかりとしている人だと思っていただけに何か意外だ。
と言うかこういう反応の仕方はホント、小蒔さんに似てるよなー…。
京太郎「だから、そういう事は考えちゃダメです。俺に付け入られますよ」
京太郎「今回は警告で済ませますが、次はないですよ、良いですね?」
霞「アッハイ」
京太郎「…宜しい。……まぁ、また同じような事を言ってくれても俺は良い訳ですけれど…」ゲスカオ
霞「そ、そんな事聞かされて言う訳ないでしょぉ…!」
京太郎「ダメですか」
霞「ダメです!ダメに決まってます!」
京太郎「残念だなー…」
…まぁ、勿論、冗談なんだけどさ。
でも、その、ちょっとくらい期待してもバチは当たらないよな?
だって、誰もが認めるような美女とアハンウフンな事になれるかもしれなかったんだし。
流石に弱みにつけ込むような真似はしたくないが、ちょっとくらい期待してしまうのが健全な男子高校生って奴だろう。
京太郎「ま、そういう訳で石戸さんはあんま気に病んだりしないでください。俺は割りと今の状況を楽しんでいますから」
霞「…さっきので十分過ぎるくらいに伝わってきたわ…」
京太郎「おかわり要りますか?」
霞「要りません!!」
京太郎「そうは言いながらも実は癖になったりとか」
霞「していません!!」
京太郎「えー」
霞「えーじゃないわよ…もう」フゥ
そうは言うがな大佐。
こうやって石戸(姉)さんと話せるのって結構、新鮮なんだよな。
今までが今までであっただけにもっとこうして話していたい。
そう思っている俺がいるのも事実なんだよなぁ。
霞「…にしても須賀君って巴ちゃんの言っていた通り意外と意地悪だったのね」
京太郎「そうですか?」
霞「えぇ…可愛い顔してるからもっと優しい子だと思ってたわ…」
京太郎「可愛い顔は関係ないと思いますよ…」
霞「…そうかしら?でも、今の須賀君は何とも頼りがいのありそうなお姉さまだけれど?」クスッ
京太郎「…頼りがいがありそうに見えるのは嬉しいですが、お姉さまはちょっと…」
霞「あら…嫌なの?」
京太郎「男でお姉さまなんて言われて喜ぶ奴はかなり倒錯してると思いますよ!?」
霞「でも、須賀君はこれから言われる事になると思うわよ?」
京太郎「お、俺は別にスールの契りを結ぶつもりはないですから」
霞「ふふ…それで済めば良いのだけれど」
京太郎「ちょ…お、脅かさないでくださいよ」
霞「別に脅かしているつもりはないわよ?ただ…身長も高くて美人顔な謎の新入生…なんて女の子の噂の格好の的だもの」
霞「須賀君に憧れる子が出来てスールになってくださいと言われた時、ちゃんと断れるかしら?」
京太郎「うぐ…」
勿論、それはあくまで模範にする側とされる側の関係でしかない。
けれど、それは永水女子の女の子にとって一度にたった一人の相手としか結ぶ事の出来ない大事な絆なのだ。
ある意味では告白に近いそれを伝えられた時、俺はそれを断る事が出来るのか。
今更ながらに浮かんだその問いに俺はすぐさま応える事が出来なかった。
京太郎「だ、大丈夫ですって。そもそも俺がそんな風になるとは思えないですし」
霞「あら、どうしてかしら?」
京太郎「だって、男ですしね。バレたらやばい事になる訳ですし…他人様の関心を買わない程度に地味ーにやりますよ」
霞「んー…きっと無理じゃないかしら。須賀君の身長って結構高いし、顔もキレイだからやっぱりどうしても目立っちゃうわよ」
京太郎「う…そ、それは…」
霞「それに…ね、皆すぐに知る事になると思うから」
京太郎「え?何をです?」
霞「須賀君がとっても不器用で優しい人だって事をね」クスッ
京太郎「そ、そんな事ないっすよ…?」カァァ
―― その瞬間の石戸(姉)さんの笑みは反則と言って良いくらいのものだった。
綻ぶようなその笑みはその場に華が咲いたような気持ちの良いものだった。
さっきまで浮かべていた恥ずかしそうなものとも楽しそうなものとも違う優しい笑み。
何処か陽だまりめいた暖かさとその場を支配するような華やかさが同居する笑みに心臓がドキリと跳ねる。
霞「さっきも私の為に冗談で済ませてくれたんでしょ?」
京太郎「う…い、いや…その…別に冗談って訳じゃないですよ」
霞「でも、本当にそんな事考えてたなら一々、警告なんてしないでしょ?」
京太郎「そ、それは…」
霞「思っていたとしてもほんのちょっとだけ。それも黙っておけば良い格好出来たのに自分から自爆しちゃって…」クスッ
霞「…それを不器用な優しさと言わずして何と言うのかしらね?」チラッ
京太郎「い、石戸さんの気のせいですよ」
霞「ふふ…じゃあ皆に聞きましょうか?」
京太郎「え?」
霞「須賀君が優しいか優しくないか…皆に聞けばはっきりするでしょう?」
京太郎「…勘弁してください…」カァァ
きっと皆ならば俺の事を優しいと言ってくれるだろう。
だけど、それが嬉しいかというと正直、すぐさま頷く事が出来ない。
基本、三枚目として動いている俺にとってそういう褒め言葉は縁遠いものなのだ。
褒められ慣れてない俺にとって皆から放たれるであろうその言葉はむず痒くて仕方がないものになるだろう。
霞「私達相手にだってこうして優しくしてくれる須賀君の事だもの。きっとクラスの皆ともすぐに馴染めると思うわ」
京太郎「ま、まぁ、馴染めない…って言われるよりはマシかもしれないですけどね」
霞「えぇ、私が保証してあげる。須賀君ならば大丈夫よ」
―― …あぁ、やっぱりこの人には勝てない。
エルダーと呼ばれていたのはやっぱり伊達でも何でもなかったのだ。
この人は暖かくて優しくて…そして何よりも凄い人なのだろう。
エルダーとして皆に慕われ、支持されるだけの理由を俺は今、ひしひしと感じている。
石戸(姉)さんにそう言われると本当にそんな気がしてくるのだから不思議だ。
さっきまではそんな気がなかったはずなのに…これがカリスマって奴なんだろうか。
霞「まぁ、その前に色々と直さないといけない所はあるけれどね」
京太郎「寧ろ、直さないといけないところばかりですけど…」
霞「あら?そんな事ないわよ。もう立ち振舞は大分、女の子らしいものになってきているし」
京太郎「あ、あはは…そうですかね…」
霞「えぇ。ちゃんと舞のお稽古を頑張っている成果が出ているわね」
京太郎「…それは嬉しいんですけど…」
…しかし、別に意識してそう振舞っているつもりはないんだけどなぁ。
そう思うと何ともこう微妙と言うか、悲しくなってくると言うか。
俺、この生活が終わった後、ちゃんと男に戻れるのかな…?
い、いや、流石にそこまでおかしくなったりしないよな…多分…。
霞「あ、そうだ。須賀君さえ良ければ姫様と一緒にお稽古しない?」
京太郎「え?良いんですか?」
霞「えぇ。きっと小蒔ちゃんも須賀君から一杯、得るものがあると思うから」
霞「ただ、基本的に私は姫様の事を優先するから…あんまり教えてあげられないかもしれないけれど…」
まぁ、そればっかりは仕方がない。
神代家にとっても皆にとっても重要な位置にいる小蒔さんと違って俺はごくごく普通の男なのだ。
俺自身の目標はさておき、真剣に舞を極めるような時間も余裕もまったくない。
俺としては石戸(姉)さんみたいな舞が出来るようになりたいけれど…それはまぁ一朝一夕でどうにかなるもんじゃないしな。
京太郎「それでも構わないですから…小蒔さんと一緒にお願いします」ペコッ
霞「あら…そんなに姫様の事好きになったの?」
京太郎「ち、違いますってば…!好きとかそういうんじゃなくて…」
霞「じゃあ、嫌い?」
京太郎「ぅ…分かってて聞いてませんか石戸さん…」
霞「さぁ、どうかしら」クスッ
京太郎「ぬぐぐ…」
霞「ふふ…まぁ、姫様を好きになるのは良いけれど…でも、不埒な事はしちゃダメよ?」
京太郎「し、しませんってば」
んな事やらかしてしまった日には間違いなく命が危ないしな。
石戸(姉)さんはこうして許してくれた訳だが、神代さんの場合は許される云々以前に即処刑でもおかしくはない。
…まぁ、胸を見ても良いと言ったりする神代さんの天然っぷりから察するに触るくらいなら何とも思わなさそうだけど。
い、いや、だからってやりたいとかやろうって思っている訳じゃないけれどさ。
霞「どうかしら…?さっきも姫様の胸を見ていたんじゃないの?」
京太郎「う…それは…」
霞「…やっぱり」ジトー
京太郎「…すみません」ガクッ
霞「そんなに立派な物があるんだから自分のを見れば良いのに」フゥ
京太郎「好きでこんなものぶら下げてる訳じゃないですよ…!」
まぁ、確かに俺が身につけているこのパッドは立派なものだと思うけれどさ。
大きさも張りも俺の想像以上で、本物そのものだって言っても良い。
…問題は童貞である俺には女性の胸の感触なんて縁遠すぎてまったく分からないって事なんだけど。
だけど、この前、石戸(姉)さんに触れた時の感触はこれよりももっともっと凄かったような… ――
霞「…またエッチな顔になってるわよ?」
京太郎「ご、ごめんなさい…」シュン
霞「仕方ないわよ、男の子なんだし…って言ってあげられたら楽なんだけどね…」
京太郎「状況的にそうもいかないですしねー…」
霞「そうよね…須賀君には申し訳ない事なんだけど…」
京太郎「まぁ、もう諦めてますし大丈夫ですよ」
霞「…どうしたらそれも治るのかしら…?やっぱり…」
京太郎「き、去勢とか言い出さないでくださいね?」
霞「し、しないわよ…!」カァァ
ほ、本当に?絶対に…し、しないよな?
ゴールデンボールをクラッシュさせて強制的にそういうのをなくすとか…考えてないよな?
勿論、石戸(姉)さんの事は信じているけど…その、なんていうかそういう事やりそうな雰囲気が彼女にはある。
こう目的のためには手段を選ばない漆黒の意思と言うか…まぁ、そんな感じの何かが。
霞「と、言うか…私を何だと思ってるの」
京太郎「美しくもお優しい石戸霞お姉さまです」ボウヨミ
霞「…凄い棒読み感があるんだけど」
京太郎「気のせいじゃないですか?」
霞「まったく…本当に去勢しようかしら」ポソッ
京太郎「すみません。調子ノリました!!」ドゲザー
霞「だからなんでそこで本当に土下座しちゃうのよ…!」
京太郎「いや、土下座くらいで思いとどまってもらえるのなら安いものだなって」
霞「…男性のプライドとかそういうのはどうしたのよ…」
京太郎「その男の象徴の危機にプライドとか言ってられません!」
霞「冗談に決まってるでしょ…!……そんなに私って容赦の無いイメージなのかしら…?」ウーン
いや、石戸(姉)さんは優しい人だと思ってますよ。
実際にしないって言うのは俺自身にもなんとなく分かってます。
ただ、分かっていても身体が反応する事っていうのはやっぱりあってですね?
雰囲気的に決してないとは言い切れないんだよなぁ…。
霞「それより…ほら、頭あげて」
京太郎「うっす」
霞「うっす、じゃないでしょ」
京太郎「…はい、先生」
霞「ん。宜しい」ニコッ
京太郎「…なんかこういったやり取りも久しぶりですね」
霞「そうね…と言ってもまだ一ヶ月くらいなんだけれど」
京太郎「もう…かもしれませんよ?」
霞「え?」
京太郎「何せ俺はこの一ヶ月の間にみっちり薄墨さんや狩宿さんに特訓を受けましたからね」
京太郎「一ヶ月前とは全然違うはずですよ」ドヤァ
まぁ、一ヶ月で何かしらが劇的に変わったとは思っていないけれども。
しかし、最初の日よりも幾分見られるようなものになったのは俺自身よく分かっている。
勿論、まだまだ皆の演技には及ばないが、それでも上達は認めてもらえるはずだ。
霞「ふふ、そうなの」クスッ
京太郎「あ、信じてないですね」
霞「信じてるわよ。信じているけれど…期待は出来ないかもしれないわね」
京太郎「む…それじゃあ賭けますか?」
霞「賭け?」
京太郎「はい。もし俺が石戸さんが思っていたよりも上達していたら今日のおかずを一品下さい」
京太郎「もし、ダメだったら俺の今日のおかずを一品あげます」
まぁ、ちょっと俺に不利な条件ではあるが期待出来ないかも、とまで言われて引き下がる事は出来ない。
それにまぁあれほどの舞を踊る石戸(姉)さんが賭けの為だけに自身の中での判定を覆すとは思えないし。
ハードルは高いかもしれないが、必ずフェアに判断してくれるはずだ。
霞「…それ私に対して有利すぎないかしら?」
京太郎「その辺、石戸さんが賭けの為に恣意的な判定をするとは思っていないですし」
京太郎「それにまぁ、今日の料理当番は俺も手伝う事になってるんで負けた場合はつまみ食い出来るかなって」
霞「もう…ちゃっかりしてるんだから」クスッ
京太郎「リスク管理がしっかりしていると言ってください」
霞「はいはい。須賀君はリスク管理が得意なのね」フフッ
京太郎「…で、どうです?」
霞「そうね…つまみ食いはダメだけど…でも、挑まれた勝負は受けるのが礼儀だろうし」
京太郎「よっしゃ!じゃあ、絶対に度肝を抜かせてやりますからね!」
霞「えぇ。期待してるわよ」
京太郎「はい…!じゃあ…早速、稽古しましょうか!」
霞「その前に姫様を見つけないとね」
京太郎「あ、そうですね。でも、小蒔さんは何処に…」
霞「うーん…多分、誰かと一緒にいると思うけれど…まぁ、とにかく探してみましょうか」
京太郎「そうですね」
しかし…こうして石戸(姉)さんとまた一緒に歩ける日が来るなんてな。
一ヶ月…短いようで中々に長い日々だった。
少なくとも感慨深いものを感じるくらいには俺にとってその期間は長い。
色々あって体感時間こそ短かったが、その分、石戸(姉)さんとの距離を感じた事は数知れないからなぁ。
霞「あ、そうそう」
京太郎「え?どうしました?」
霞「ちなみに私、姫様相手にも太鼓判を押したことはないからね?」
京太郎「えっ」
霞「期待してるわよ、須賀君」ニコッ
―― …やっぱり早まったかもしれない。
そう思いながらも今更後に引くことなんて出来ない。
マイゴールデンボールの為には躊躇なく土下座出来る俺でも自分から言い出した勝負から逃げる事は出来ないのだ。
一応、これでも男な訳で…やっぱりプライドめいたものはあるし。
まぁ、石戸(姉)さんはなんだかんだ言って優しいからきっと手加減はしてくれるだろう。
霞「じゃあ、からあげ貰うわね」ニコッ
京太郎「りゃめええ俺のからあげは!からあげはらめなのおおお!」
霞「仕方ないわよね、勝負は勝負だもの」モグモグ
京太郎「お、おおおお…俺のからあげええええ」フルフル
霞「あら、美味しい。巴ちゃんのからあげは本当に絶品よね」
京太郎「うぉおお…ぬぉおおお……!」モダエ
霞「これが食べられないって人は本当に可哀想…」チラッ
京太郎「うぐ…うぐぐぐぐ…!」ピクピク
霞「あ、でも、私はその人のお陰でいつもより多く食べられるんだから感謝しないといけないのかしら」クスッ
霞「…ありがとうね、須賀君」ニコー
京太郎「チクショウ…チクショウ…」ヨダレダラダラ
―― この後滅茶苦茶後悔した
ってところで今日は終わりです
本来ならこのまま即興始めるぜヒャッハー!
って言いたいんですが、3月入って決算やらなんやらで忙しくてですね…
今日会社でトラブルもあって当分残業ヘタすれば泊まり込み確定したのでちょっとむずかしいかもです…
ごめんなさい;
あ、後、ちょっと重いと言われたんで地の文減らして会話文主体にしてみたんですがどうでしょう?
書式というか空白の開け方も変えてみたんですが、もし読みづらかったらごめんなさい
ダメだって意見が多ければ今までどおりの文体と書式に戻します
乙。しかしここの女の子達はみんな読心術の使い手なのかと思う位思考が読まれてるね、京太郎。
乙
まだ学校に通ってない様な序盤段階なのに攻略が進みまくってる
>>553
巫女さんだからそういうゲスな感情には敏感なんじゃね?(適当)
>>557
まぁまだおとぼくで言うところの寮に入った段階だからなー
攻略進んでいると言っても一人を除いてまだお友達とか顔見知りレベルだし
お互いの蟠りが少しなくなってきただけなんでまだまだ攻略云々には程遠い状態です
ホカホカ…パクッ…サクッ…ジュワァ…ハフハフ…カチャカチャ…モグモグ…ゴクッ
ごめん、やっぱり当分、書き溜め進めるので手一杯っぽいです…
それでも一応ゴリゴリやっているんで週明けくらいには投下出来るかもってな感じです
後、本当に真面目にエロはないのでその辺期待してる人はごめんなさい
オナ禁してる人は安心してみてください
だが、どれだけ強靭な意思でオナ禁している人でも咲ちゃんにお任せするスレを見たらそんな事言ってられないんじゃないかな(ステマ
ここまで読んで、正直惜しい、と感じた。女装して女学校通うてことは皆を騙すことになるんだけど、現状では麻雀部で結託してやってるんだよね。つまり学校ではモブ達を騙すんだよね? 全国いけば他のネームドキャラが絡むわけだけど。これなら永水メンバーの一人だけが女装の事実を知ってて他は知らず、まずは永水キャラ達を騙しつつてんやわんやして行く流れの方が話しが膨らんだのかなとか感じたけどそれならおとボクやれってことになるか...ままならないね。
たああだああいまあああああああああ
今から見直しします!終わったら投下!!!
時間はどれくらいになるか分かんないけど絶対今日投下します
深夜になるのは確定だけど暇がある人はちょっと覗きに来てくれると嬉しい
>>643
うん、それは俺もすげー思った
なので一人女装を知らない子が入る感じです
誰かは言わないけど俺もそういう展開書きたいのでご期待下さい
途中何度か意識飛んでこんな時間に…!
遅れて申し訳ありません今から投下していきます
―― それからは比較的穏やかな日々が続いた。
まぁ、穏やかと言っても元々、俺は軟禁されている訳で。
特訓という名のルーチンワークが終われば、特にする事もない。
結果、自主練か誰かとの会話に勤しむ事になるのだが、そこでも特にトラブルめいた何かが起こる事はなく。
それを穏やかと表現した訳だが…まぁ、我が事ながら色々と染まっているよな。
初美「あ、須賀君」
京太郎「おっと、姐さん」
その日、薄墨さんが話しかけてきてくれたのもそんな余暇の時間だった。
そろそろ夕食が始まるであろう時間に適当に屋敷の中を散歩していたらばったり遭遇って感じである。
しかし、こうしてパタパタと小走りで歩いてくる姿は本当に幼女そのものだよなー。
初美「だから姐さんって言うなですよー」ギュム
京太郎「おうふ、すいません」
まぁ、幼女にさえ見える身体で足を踏まれても全然、痛くはない訳だけれど。
寧ろ、床の冷たさに冷えた足がじんわりと温まっていくのが心地良い。
出来ればもっと踏んで欲し…あ、いや、そういう意味じゃないからな。
俺は別にそういう趣味を持ってる訳じゃないから!!
初美「まったく…それより何をしてるですかー?」
京太郎「何って…散歩ですけど」
初美「…厨房の方とか近寄ってないですー?」
京太郎「え?えぇ、まぁ…」
まぁ、今日は俺が料理当番じゃなかったから特に近寄る理由もないのだけれど。
自主練始める前に水筒にお茶を入れてるし、飲み物欲しさに立ち寄る事もない。
…でも、なんでそんなに警戒してるんだ?
京太郎「今日、何かあるんですか?」
初美「え、どうしてですかー?」
京太郎「いや、だって、今日、皆、いないですし」
自主練も終わって自由時間になった俺が時間を潰そうと思ったらそれこそ麻雀かメールか誰かと話すかくらいしかない。
しかし、残念ながらその全ては俺とはまた別の誰かがいてくれなければ、到底、実現出来ないものなのだ。
だからこそ、その相手を見つける為にも屋敷の中を散歩していたのだが、何時もならばすぐに見つかるはずの皆がまるで見つからない。
人の気配も感じないし…一体、皆は何処で何をしているのか。
そんな風に気になってしまうのもごく当然の話だろう。
初美「あぁ、実は今日、姫様の料理教室なのですよー」
京太郎「小蒔さんの?」
初美「はい。ちょっと最近、色々あって出来なかったので復習も兼ねてやっているのですよー」
京太郎「…なんかすみません」
初美「いや、別に須賀君の所為じゃないのだから謝ったりしなくても良いのですー」
京太郎「ですか」
初美「ですよー」
薄墨さんはそう言ってくれるものの、まぁ、小蒔さんの料理教室が出来なかった色々は俺の所為だろう。
少なくとも俺がこのお屋敷に軟禁されてから一ヶ月を超えたが、そんな事をしているところなんて見たことがないし。
最近は俺も料理の勉強ついでに厨房に入っているし…ってあれ?でも、小蒔さんも料理当番の中に組み込まれてなかったっけ?
京太郎「あれ?でも、小蒔さんってそんなに料理出来ない人でしたっけ?」
初美「和食はそれなりに出来るんですけど、洋食がめっぽうダメですからねー」
初美「それはもう恐ろしいものを作るのですよー…」
京太郎「お、恐ろしいものって」
初美「見た瞬間に精神汚染が始まるレベルなのですー…」
京太郎「そんなレベルですか…」
俺はそこまで名状しがたい料理を見た事はない。
しかし、世の中には常識では計り知れないレベルのポンコツがいるのだと俺は身に沁みて知っているんだ。
うん…幼馴染とか幼馴染の姉とかさ…もう目を離せないレベルでダメな人だったし…。
幸いにして幼馴染の方は料理は人並み以上だったけれど、料理方向に突き抜けているポンコツがいないとは言い切れない。
と言うか…世の中にメシマズって言葉がある以上、俺が今まで出会っていないだけで居て当然なんだろうなぁ。
初美「まぁ、そういう訳で今は厨房に近づかない方が良いのですよー」
京太郎「それは分かりましたけど…薄墨さんは」
初美「逃げました」
京太郎「えっ」
初美「…あの惨状についていけなくて理由つけて逃げてきたのですよー」
京太郎「逃げて良いんですか」
初美「ダメかもしれませんが命には代えられないですよー…」
京太郎「命にかかわるレベル!?」
初美「まぁ、冗談ですけど」
京太郎「えぇ、知ってましたよ!!」
まぁ、幾らなんでもその場にいるだけで命にかかわる料理なんてあり得ない。
周りには石戸(姉)さんたちもいる訳だろうしな。
やばいものが出来そうなら全力で皆が止めるだろうし、流石に精神汚染云々は冗談なのだろう。
そういうのが許されるのは某邪神な呼び声的世界だけだ。
初美「まぁ、実際のところは須賀君が暇しているんじゃないかと思って探しに来たのですよー」
京太郎「…なんでバレたんですか」
初美「須賀君は単純ですからねー」クスッ
京太郎「ぬぐぐ…そんなに単純ですか」
初美「ふふ…まぁ、このお屋敷は娯楽が少ないですから、仕方ないのですよー」
京太郎「…ってか、薄墨さんたちは一人の時、何をしてるんですか?」
初美「うーん、まぁ、巫女としての修行が殆どですよー」
京太郎「修行ですか?…例えばどんなのです?」
初美「一人の時は大抵、精神集中してるですよー」
京太郎「精神集中かぁ」
漫画から仕入れた知識くらいしかないが、その言葉の響きはすげー巫女っぽい。
いや、勿論、薄墨さんが巫女である事に ―― しかも、選ばれた巫女である事に疑いようはないのだけれど。
ただ、普段の格好が格好だけにあんまりそんなイメージを持ちづらいって言うか。
ニプレスつけてまで露出する筋金入りの露出魔だからなこの人。
初美「…なんかまた失礼な事考えてないですかー?」
京太郎「滅相もないですよ。それより…俺にもその精神集中とやら教えてもらえます?」
京太郎「一人の時の暇つぶしにもなりますし…集中力を高めたりするのに悪い事はないと思うんで」
初美「ですねー。麻雀にも使えるものなんで、覚えていて損はないと思いますよー」
京太郎「じゃあ…!」
初美「はい。私は構わないですよー」ニコッ
京太郎「よっし…!ありがとうございます」
初美「ふふ…そんなに私に教えてもらうのが楽しみですかー?」
京太郎「まぁ、それもないとは言いませんけど…やっぱりやる事ないっていうのは暇で」
初美「はるるも最初そんな事言っていましたからやっぱり外の人にとっては辛いですかねー…」
京太郎「春も?」
初美「はい。って、はるるから聞いてないですかー?」
京太郎「春が元々別のところから屋敷に来たっていうのは聞きましたけど…」
初美「ですねー。実はその時、はるるを教育したのは霞ちゃんじゃなくて私だったのですよー」
京太郎「あぁ…なるほど」
薄墨さんが春のことを愛称で呼ぶのも、春が薄墨さんの事を特に慕っているのもそれが理由なんだろう。
ついでに言えば、俺に対して比較的落ち着いた対応が出来ているのはその時の経験があるからなのかもしれない。
実際、二日目からずっと薄墨さんに助けられている事はすげー多いしなぁ。
初美「ふふーん、私の偉大さがよく分かったですかー?」
京太郎「偉大さは既に良く知っていますが、理解出来ないところが増えました」
初美「え?」
京太郎「…なんでそんなにすげー人なのに露出狂なのかと」
初美「これは露出じゃなくてファッションなのですよー?」
京太郎「あぁ、なるほど」
初美「分かってくれたですかー?」
京太郎「つまりファッション露出狂…」
初美「違うですよー!!」
と言われてもその格好をファッションの一言で片付けるのはあまりにも無理がある。
もう見慣れてしまったが、普通の人はこの格好を直視出来ないだろう。
つーか、この人、全国放送のインターハイをこの格好で出たんだよなぁ…。
やっぱり筋金入りの露出狂じゃないか(確信)
京太郎「はいはい。そうですね。薄墨さんは露出狂じゃないですね」
初美「ぬぐぐ…須賀君の癖に生意気なのですよー…!」
京太郎「それで…精神集中はどうします?」
初美「…なんだか今ので教える気が一気になくなりましたが…私は心が広いからちゃんと教えてあげるですよー」
京太郎「わーい、やっぱり心の広い姐さんは頼りになるなー」ボウヨミ
初美「だから姐さんって言うなって言ってるのですよー」ムニー
京太郎「んなー」ノビー
初美「まったく…次言ったらもっと酷いお仕置きをするですよー?」
京太郎「例えば?」
初美「須賀君が霞ちゃんの下着を盗んだって言いふらすとかどうですー?」
京太郎「割りと洒落になりませんよ!!」
俺の社会的地位をクラッシュするそれは最早、お仕置きでは済まないレベルだと思う。
と言うか石戸(姉)さんも下手したら泣いてしまうんじゃないだろうか。
その後、絶対に石戸(妹)ちゃんに問い詰められて…うん、ダメだな。
どう転んでも俺が生き延びる未来が見えない。
初美「それが嫌なら次に口を滑らせなければ良いのですよー。良いですねー?」
京太郎「アッハイ」
初美「宜しい。それで…何の話でしたっけ?」
京太郎「確か精神集中の話だったような」
初美「あぁ、そうでしたね。とは言ってもここじゃ流石にアレですし…とりあえず居間にでも向かうですよー」トテトテ
京太郎「え、わざわざ居間にですか?」
初美「そうですよー」
京太郎「…その辺の適当な部屋で良くありません?」
初美「そんな…私をそんな部屋に連れ込んで何をするつもりなのですかー!?」
京太郎「何もしませんよ!ってか、薄墨さんはそういう対象外ですって何度言えば良いんですか!!」
初美「…じゃあ、霞ちゃんだったら?」
京太郎「自分に自信が持てないのでそもそもこんな事言い出しません」キリッ
初美「やはり霞ちゃんに連絡…」
京太郎「やめてください死んでしまいます」
まぁ、この前の事で石戸(姉)さんも意外とノリの良い人だって分かったけれどさ。
でも、だからこそ、石戸(姉)さんに連絡するのは辞めて欲しいって言うか…。
あの人、この前嬉々として俺のからあげ持っていったしなぁ…。
いや、勿論、賭けの商品だから仕方ないって言うのは分かっているけど…何もメインを持っていく事はないだろうに…!!
後で石戸(姉)さんに配られていた分を食べきれないからって譲ってもらったけれど…あの時の俺がどれだけ惨めで悔しかった事か。
京太郎「でも、割りと本気でどうして居間なんです?」
初美「んー色々と理由がありますが、雑音が多いからですかね」
京太郎「雑音…ですか?そんな風には思えないですけど…」
そもそもこの屋敷には電子製品の類が殆どないのだ。
駆動音の一つも聞こえないこの屋敷は本当に冷たいくらい何も聞こえない事がある。
食事や団欒などで使う居間も同じで、誰もいない時は遠くで鳴く鳥の鳴き声が聞こえるくらいだ。
少なくとも長野のごくごく普通な住宅地で暮らしていた俺にはそれが雑音の多い環境には思えない。
初美「でも、厨房に近いから何かしら音が聞こえるですよー」
京太郎「あぁ、なるほど。…って言うか精神集中って静かなところでやるべきなんじゃないですか?」
初美「え?静かなところで精神集中とか別に教えなくても出来るんじゃ…」
京太郎「えっ」
初美「えっ」
なにそれ怖い。
いや、子どもの頃からそう言った訓練を受けているならともかく俺はごくごく普通の一般人ですよ?
もう女装してウィッグつけるのも違和感なくて化粧だってばっちりキメてますけど標準的男子高校生なんですってば。
それなのにいきなり雑音の中精神集中しろなんてハードルが高すぎるような気が…!
初美「…ま、何とかなるですよー!」
京太郎「え、えぇぇ…」
初美「大丈夫大丈夫。須賀君にはきっと巫女の才能がありますから精神集中だって余裕なのですー」
京太郎「一体、何処からその自信が!!」
そもそも俺は男なんで巫女の才能って言われても嬉しくないんですけど!
というか巫女の才能って一体、どういうものなんだろう。
巫女の仕事って言えばやっぱり神様に奉納するとか穢れを払うとか…そういうのだっけ。
…この期に及んでもどちらも信じていない俺にとっては適正があるとは到底思えん訳だが。
初美「ほら、なんだかんだで今もすっごい順応してるですよー」
京太郎「うぐ…」
初美「だから精神集中にだってすぐに慣れてしまうですよー」
京太郎「慣れるもんなのかなぁ…」
初美「まぁ、慣れるまでやらせますから大丈夫ですよー」
京太郎「それって大丈夫じゃない気が!」
初美「ふふふ…私は基本スパルタですからねー」ニヤリ
まぁ、確かに狩宿さんに比べればスパルタである事に間違いはない。
結構ズケズケと問題は指摘してくれるし、それが治るまで疲れて動けなくなるまで練習させられる事もあるしな。
…まぁ、一番スパルタなのはやっぱり石戸(姉)さんだけれど。
あの人、俺が舞っている最中でも遠慮無くダメ出しして治すのを求めてくるからな…。
その二人に比べれば、無茶な事は言わないし、休憩も適度に取ってくれる狩宿さんのなんと癒やしな事か。
京太郎「お、お手柔らかにお願いします」
初美「大丈夫ですよーただ精神集中の練習ですからねー」
初美「……ただ、そこらにちょっと手近な棒とかないですかー?」
京太郎「何に使う気なんですか!?」
初美「いや、ちょぉぉっと須賀君が集中できていないな―と思ったら」
京太郎「…思ったら?」
初美「こう肩をパシーンと!」パシーン
京太郎「ひぃ…!ってそれ寺の座禅じゃないです?」
初美「細かい事は良いのですよー」
京太郎「いや、細かくない気が!!」
寺に対して敵意むき出しにされるよりはそりゃあマシだろうけれどさ。
しかし、仮にも本職の巫女がそんなアバウトな認識で大丈夫なんだろうか。
それともここの神様も案外俗物的で、そういう細かい部分はあんまり気にしないとか…。
いや、流石にそれはねぇな。
初美「まったく男がそんな細かい事気にするもんじゃないですよー」
京太郎「あ、それって所謂、セクシャルなハラスメント発言っすよ」
初美「ええい…この現代っ子が…!」フルフル
初美「そもそもセクハラだから何だと言うのですかー」
京太郎「いや、多少、傷ついたので練習では優しくして欲しいな、と」
初美「とりあえずそういう甘ったれた考えごと矯正するように手厳しく行く事が今、私の中で決定したですよー」ニコッ
京太郎「ひぎぃ」
藪蛇ったあああああああ!!!
いや、まぁ、まさかこの流れで優しくされるとは思っていなかったけどさ!!
けれど、薄墨さんのその表情割りとマジっぽくないですかね!!
ただのおちゃっぴぃだったんですけど!別に本気とかじゃなかったんですけど!!
初美「まぁ、それはさておいても須賀君はもうちょっとドーンと構えても良いと思うですよー」
京太郎「あー…そんなナヨナヨしてます?」
初美「というか優しすぎですよー。…勿論、それ自体は良い事なんですけれど…」
京太郎「けど?」
初美「私はもうちょっと男らしくて身体も心も任せられる男の方が好みなのですよー」クスッ
京太郎「…はい?」
え?いや、任せられるって…え?
待て待てそれよりももっと大事なのは…好みって何!?
俺、もしかして今、薄墨さんにデレられてる?デレ期入っちゃってるの!?
ついに俺は駆逐っぱいの持ち主とフラグ建てちゃったんですか!?
初美「あ、居間に着きましたね」
京太郎「そ、そうっすね」
あ、やばい。折角、居間に着いたのに考えが纏まんない。
完璧なタイミングでの不意打ち過ぎてさっきからドキドキもやばくて…!
これきっと薄墨さんの思い通りに進んでいるよな…!
い、いや、分かってる…分かってるけどさ…!
お、落ち着け…俺は貧乳なんかに興味はないはずだ…!!
例えアレがデレであっても、俺にスタンスは揺るがない…!
そうおっぱいこそ世界でただひとつ決して揺るがない絶対的価値なのだ…!!!!
初美「はい。じゃあ、その辺に適当に座るですよー」
京太郎「わ、分かりました」スッ
初美「うん。綺麗な正座ですよー」
京太郎「ま、まぁ…大分、矯正されましたしね」
この屋敷に来てからずっと動きから男らしさをなくす事を重視して特訓しているからな。
舞の上達に合わせて自分の挙動が少しずつ洗練されていっている実感は俺にもある。
まぁ、問題はその実感が男らしいものではなく『女性らしさ』に傾いている事なのだけれども。
…つーか、それを考えたら男らしい俺とかほぼ無理じゃないか?
い、いや、さっきの事は考えるな…もう終わった話なんだ…!!
初美「ふふ、その辺りは私達が、というよりも須賀君が頑張ったからですよー」
初美「毎日、女装や勉強、舞の稽古や料理の練習、麻雀に巴ちゃんのお手伝いまでやって…その上、自主練までやってるですから」
初美「須賀君はとっても頑張っていると思うですよー」
京太郎「…なんか今日、薄墨さん大分優しくないですか?」
初美「これから厳しくやるので逃げ出さないように餌をぶら下げておこうかなーと」
京太郎「やだこの子結構黒い…」
初美「ふふふ…上手な教育係とは飴と鞭を使いこなす事にあるのですよー」
京太郎「まぁ、それは分かりますけど…」
実際、そう言われるとこう素直に喜べないというか。
いや、まぁ、多分、薄墨さんは薄墨さんで本気で褒めてくれているんだろうけどさ。
冗談は言うけれども薄墨さんはおべっかとかお世辞を言うようなタイプじゃない。
気持ちの良いくらいにサバサバした優しい人なんだから。
初美「ま、今度は鞭という事で…ほら、目を瞑ってくださいー」
京太郎「…いや、この流れで目を瞑れって中々に難しいような」
初美「じゃあ強制的に目を見えなくさせて欲しいですかー?」ニコッ
京太郎「すみません。今すぐ閉じます…」スッ
初美「はい、良い子ですよー」
京太郎「…で、ここからどうしたら良いんです」
初美「耐えます」
京太郎「え?」
耐えるって何を?
まさか体罰…な訳ないよな。
来る途中にあんな事言ってたけれど薄墨さんは特に棒とか持ってなかったし。
初美「これから色々な雑音が聞こえると思いますが、気にしちゃダメですよー」
京太郎「気にしちゃダメって…それどうやって判断するんです?」
初美「うーん、そうですね。須賀君は初心者な訳ですし…目を開けたらNGって事にするですよー」
京太郎「まぁ、それくらいなら俺にも出来そうですけど…」
無言でいるのは気まずいが、まぁ、それくらいならば問題はない。
目を開けなければ良いだけながら俺でも十二分に出来そうだ。
ただ、その間、一体、俺は何をしていれば良いんだろう?
まさか延々と考え事をしろ…ってだけじゃ到底、精神集中とは言えないだろうし。
京太郎「でも、その間、俺何をするんです?」
初美「受け入れるんですよー」
京太郎「受け入れる?」
初美「はい。自然に身を委ねて、自分の中の無と有の合一化を図るんですよー」
京太郎「…急に宗教色の強い話になりましたね」
初美「須賀君は私達を何だと思っているんですかー?」
いや、巫女だって分かっていますけれどね。
ただ、さっきから話していると巫女って事がときたま飛んで行くと言うか。
特に薄墨さんはもう巫女の象徴と言っても良い服着崩して滅茶苦茶だからなぁ。
ファッション巫女だと言われた方がまだ納得出来るレベルである。
初美「まぁ、早い話、雑音を気にせず、リラックスしろって事ですよー」
京太郎「そんなもんで良いんですか?」
初美「はい。別に座禅組んで本格的にやる目的じゃないですよー」
京太郎「そんなもんですか」
初美「そんなもんですよー」
そんなもんらしい。
まぁ実際、今だって座禅組んでどうこうって訳じゃないもんな。
畳の上だし、姿勢は正座だし、座禅とは全然別物だと言っても良い。
まぁ、これでガチガチの座禅をやらされるよりも大分楽だし、俺にとっては有り難い話なんだけれど。
初美「ただし、正座は崩しちゃダメですよー」
京太郎「痺れてもダメですか?」
初美「それで崩しちゃうくらいなら精神集中出来ているとは言えないのですよー」
京太郎「まぁ…そりゃそうですよね」
初美「身体が前屈になっちゃうくらいなら構わないですー。でも、足だけはずっとそのままにしておくですよー」
京太郎「ちなみに時間は…」
初美「私が良いと言うまでですよー」
京太郎「…わぁい」
なんだか急にハードルが上がった気がするぞ!?
い、いや、大丈夫…だよな?
流石に薄墨さんと言えども初心者の俺に一時間も二時間も正座させないよな?
そうだ…これまでずっと俺に特訓をつけてくれた薄墨さんの優しさを信じるんだ…!
…………いや、なんだか余計に不安になった気がする。
初美「一つアドバイスをすると大事なのは呼吸ですー」
京太郎「呼吸ですか?」
初美「はい。丹田呼吸法と言って、お腹の奥を意識しながら大きく呼吸するやり方ですよー」
京太郎「あー聞いたことありますけど…でも、それって簡単に出来るもんなんですか?」
初美「出来ますよー。まぁ、早い話、意識をお腹に持っていく深呼吸みたいなものですー」
なるほど…そう言われるとなんだか簡単な気がする。
まぁ、本当はそこに至るまでのアレコレ実践的なものもあるんだろうけれど。
薄墨さんはこういう分かりやすく噛み砕いて人に伝える技術は本当に凄いからな。
多分、俺のレベルじゃそういう認識で問題ないのだろう。
初美「とりあえず大きく吐いてください」
京太郎「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ」
初美「まだですよー…苦しくなるまで全部吐くですよー」
京太郎「うう…うぅぅぅ…うぅぅう…」プルプル
初美「はい。吸って良いですよー」
京太郎「すうううう…っ」
初美「肺いっぱい吸い込んでくださいねー。また吐きますから」
このドS!!
いや、まぁ呼吸なんだからそうやって吐かなきゃいけないのは俺も分かっているけどさ!!
何も肺の中身全部吐き出すくらい吐き切った後、空気を吸い込んでいる最中に言わなくても良いじゃないか!
酸素との邂逅に喜んでいた身体が一瞬、ビクッってなったぞ!!!
目を閉じてるから外の様子は分からないけれど…絶対、薄墨さん笑ってるだろ…!
初美「で、今の1連の流れの中で一番大きく動いたお腹の筋肉っていうのは分かるですかー?」
京太郎「あー…なんとなく…ですけど」
初美「そこが丹田ですよー。そこを意識して呼吸すればもう丹田呼吸法は殆ど理解したも同然なのですー」
マジかよ、大分お手軽だな丹田呼吸法。
まぁ、殆ど理解したって段階であってマスターしたってレベルじゃないんだろうけれど。
こういう単純なものこそ奥が深いって言うしなぁ。
それにまぁ初心者の俺とこういうのに日常的に触れている薄墨さんとじゃ文字通りレベルが違うだろうし。
初美「吸う時は丹田を使って吸い上げるように、吐く時は丹田を使って絞りだすように。この二点を意識してればそれほど間違いはないのですよー」
京太郎「他に注意点なんかは…?」
初美「うーん…私はこれでやっているですがはるるなんかはお腹に手を当てて、数字を数えると分かりやすいと言うですよー」
京太郎「手はともかく…数字ですか…?」
初美「吐く時はいち、にぃー、さーんでさーんの時に全部吐いてしまうとか」
京太郎「ふむふむ」
初美「吸う時もだいたい同じくらい数えてるって言ってたですよー」
京太郎「へー…じゃあ、俺もそっちの方が良いですかね。今回は精神集中が目的な訳ですし」
雑音の中、何も考えちゃいけないって言われるよりは数字を数えている方が少しは楽だ。
何より、丹田呼吸法のやり方を教えてもらっただけの俺はまだまだそれを意識していないと出来ないだろうしな。
初美「じゃあ、とりあえずやってみるですよー」
京太郎「うっす。ふぅぅぅぅぅぅぅぅ」
京太郎「はぁぁぁぁぁぁぁ」
初美「どうですかー?丹田にストレッチパワーが溜まったですー?」
京太郎「…それ今の子分かるんですかね?」
初美「はーい。返事しなくて良いから今は集中ですよー」
京太郎「ひでぇ」
とは言うものの、確かに今は精神集中の時間だしな。
ある種のひっかけ問題って奴に引っかかってしまった俺が悪い。
今度はそういうひっかけも気にしないように精神を集中…集中…。
初美「まぁ、ずっとやっていると少しずつ丹田が熱くなってくるはずですよー」
初美「最初に出来ていなくても根気よくやれば何時かは出来るようになるですー」
初美「だから、出来ていないからと言っても呼吸は乱しちゃダメですよー」
初美「意識して息を吐き、吸う事を覚えるだけでも全然違うですよー」
初美「焦らずにまずはそれから覚えていけば良いのですー」
初美「…ちなみに須賀君…ちゃんと聞いてるですかー?」
京太郎「……」
初美「チッ今度は引っかからなかったですよー」
流石に二度目に引っかかるほど間抜けじゃないですってば。
いや、まぁ、小蒔さん辺りならついつい返事をしてしまいそうだけどさ。
あの人決して頭が悪かったりする訳じゃないんだけど、ザ・天然って感じだし。
ひっかけ問題とか絶対に引っかかるんだろうなぁ…。
っといけないいけない、小蒔さんのことを考えるよりも今はちゃんと意識して呼吸してないと…。
初美「…じゃあ、今なら悪戯し放題ですよー」
京太郎「……」
初美「ふふふ…返事がないって事はしても良いって事ですかー?」
京太郎「……」
初美「分かったですよー。須賀君は私に悪戯されたいんですねー」
京太郎「……」
初美「じゃあ、まずは…」ピトッ
京太郎「っ」ビクッ
ひあ…っ!
ちょ…な、なんだ。
いきなり何か暖かいのが膝に触れてる!?
あ、いや…触れているって言うか…これ乗っているのか?
なんか軽いんだけどしっかりとした重みが正座した足にずっしり来るんだけど…!
初美「ふふふ…今、何されていると思うですかー?」ギュッ
京太郎「ふひょ…!」
あ、やばい。
今、何か変な声出そうになった。
でも、いきなり耳元で囁かれたら誰でもそうなるってば…!
その上、暖かいのが首に巻き付いて…これ薄墨さんが抱きついてる…?
い、いや、そんな馬鹿な…。
幾らそういう事に対しておおらかな薄墨さんでもいきなり男の膝に座って抱きつくなんてそんな事… ――
初美「須賀君の身体って暖かいですよー。触れているだけでポカポカするですー」
初美「…もっとポカポカしたいから…くっついても良いですかー?」
初美「……ちなみに何も返事をしないなら…それって黙認するって事ですよー?」
初美「それで良いんですよね?」
京太郎「~~っ!」
ぬぐぐ…まさかこういう風に責めてくるとは…。
楽に精神集中なんてさせないって事か…!
しかし、ここで返事をするとそれこそ薄墨さんの思い通りになってしまう…!
それにまぁ薄墨さんだって女の子な訳だし、黙っててもやばい事はしないはずだ。
後で指差されて笑われない為にも…ここは耐え忍ぶべきだろう。
初美「なるほど…須賀君の気持ちは分かったのですよー」
初美「じゃあ…ほら、私の小さい身体でギューってするのですー」
初美「ふふ…ちょっとドキドキするですよー…?」
初美「私の胸の鼓動…聞こえるですかー?」
京太郎「……」
初美「あ、今、ちっちゃい胸を押し付けられてもなーとか思ったんじゃないですかー?」
なんでバレるんだよ。
いや、俺、今、何も口に出してなかったよな?
意識も呼吸の方に集中してたし、一瞬だけ頭を過ったって言っても良いくらいなのに…。
これは流石にカマかけって奴…だよな?
またひっかけ問題なんだよな?
初美「ほんっとーに須賀君は筋金入りのおっぱい好きなのですよー…」
初美「そんなに小さい胸は嫌いですかー?」
初美「今時、こんな小さいのは希少価値ですよー?滅多にないんですよー?」
初美「…そんな子にここまでして貰えるなんて普通じゃありえないんですー」
初美「ちゃんと目を開けて確認しないと勿体ないですよー」
京太郎「ぐ…」
さ、流石にそう言われると気になってきてしまう。
今の状況は薄墨さんが膝の上に乗って、俺の首に手を回している状態…だと思うけれど。
しかし、そこまで言うほどの何かがあるのかもしれない…。
い、いや、惑わされるな…それが薄墨さんの狙いなんだ…!
そもそも今、俺の膝の上に薄墨さんがいるとは限らないんだからこの程度で心を乱すべきじゃない。
初美「…仕方ないですねー」シュル
な、何ですかその音…!?
まるで布擦れみたいな音が耳元で…。
ち、違う…それは布擦れじゃない…!
気のせいだ…そういうのは全部、気の所為か罠で… ――
初美「ほーら、ゆっくり脱いでいくですよー…?」
初美「須賀君がこの前気にしてた私の胸も今なら見放題ですー」
初美「もうちょっとで下着も見えちゃいそうですけど…まだ我慢するですかー?」
初美「…折角、須賀君の為に勝負下着履いてきたのに…その反応はちょっと寂しいですよー」
京太郎「……っ」
お、おおおおおお落ち着け俺!
そもそも相手は薄墨さんだ!
キング・オブ・ザ・ロリと言っても良い薄墨さんなんだぞ!!
そんな薄墨さんの下着が気になったりなんてするなんてそれこそ変態だ!
そもそも薄墨さんは普段からほぼ半裸みたいな人だし、乳首にはニップレスつけてるんだぞ!
勝負下着だって言ってもたかが知れてる ――
小蒔「ひゃぅ!!」
京太郎「…ん?」
初美「あぅ…」
小蒔「はぅあー…痛いです…」
霞「大丈夫?姫様…」
春「…ちょっと打ってる…」
小蒔「ご、ごめんなさい…折角皆静かにしてたのに…」
巴「大丈夫ですよ姫様。でも…これどうしましょうか…」
湧「作戦…しくじいた…?」
明星「…そうね、もうちょっとって感じだったんだけれど…」
京太郎「………あの」
…なんか周りから皆の声がするんですけど。
これって…もしかしなくてもドッキリって奴?
今からネタばらしー的な雰囲気なんだろうか?
そうなるとこう…やっぱりリアクション的なものを考えといた方が良い…のか?
流石にこれで無反応ともなるとバレる原因ともなった小蒔さんが落ち込むだろうし…。
初美「……しくじっちゃったですねー」ヒョイ
京太郎「えーっと…」
初美「あ、目を開けるのはもうちょっとだけ待って欲しいですよー」
京太郎「わ、分かりました」
…一体、何が起こっているのかは分からないけど…膝の上から薄墨さんはどいてくれたらしい。
まだ薄墨さんたちが何をしたかったのかは分からないが、とりあえずはここで終わるようだ。
結局、何をされるところだったのかは分からないが、もうちょっとだけらしいし我慢していよう。
初美「はい。良いですよー」
京太郎「うっす。じゃあ…」パチッ
小蒔「京太郎君!」
春「誕生日…」
霞「おめでとう」
初美「ですよー!」パァン
―― 瞬間、居間の中に幾つもの乾いた音がなった。
それと同時に部屋の中に舞う色とりどりの紙。
細かく刻まれたものからテープ状のものまで様々だ。
その奥に見える皆の顔は笑顔で、悪意なんて欠片もない。
てっきりドッキリの類だと思っていた俺は完全にその光景に反応出来ず…首を傾げてしまう。
京太郎「はい?」
春「…やっぱり忘れてた」フゥ
巴「今日は2月の2日よ?」クスッ
京太郎「…2月の2日…ってあぁ!」
…そうだ。今日は俺の誕生日じゃねぇか…!
この屋敷に来てから色々とありすぎて完全に忘却の彼方だった…。
って事はこのクラッカーもわざわざ俺の為に準備してくれたのか?
京太郎「…つまりさっきのは全部、これを知られない為の演技だったって事ですか」
初美「ふふーん。中々に迫真ものだったですよー」
京太郎「いや…まぁ、でも、凄いと思いますよ」
目を閉じていて呼吸に集中していたとは言え、寸前までまったく分からなかった訳だしな。
いや、小蒔さんがヘマをして転んだりしなければ俺は全然、気付かなかったと言っても良いかもしれない。
まさかここまで見事に騙されるとは…自分のことながらちょっと情けない。
初美「ま、初心な須賀君を騙すくらい朝飯前なのですよー」フフーン
霞「…その割には初美ちゃんの耳も赤かったけれど?」クスッ
初美「そ、そんな事ないのですよー!全然!これくらいちょー余裕だったのですー!」
春「…初美さんまだ耳赤い…」
京太郎「あ、ホントだ」
初美「ぅ…うぅー!」カクシ
まぁ、幾ら薄墨さんでもアレだけの事をするのには色々と恥ずかしかったって事か。
流石にアレは免疫があるなしってレベルじゃなくて、最早、痴女と言っても良いようなものだったからなぁ。
一応、精神集中の練習という名目こそあったが、俺も正直、びっくりしたし。
演技とは言え、そこまでやった薄墨さんが羞恥心を引きずるのも当然の話だろう。
春「…やっぱり私がやれば良かった…」
霞「ダメよ。その場合、須賀君が我慢出来るか分からないもの」
初美「ち、ちょっとそれどういう意味ですかー!?」カァァ
京太郎「は、はは…」
京太郎「(…いや、でも、春じゃなくって本当に良かった)」
薄墨さんだから俺もまだ我慢出来たが、これが春となるとあまり自信がない。
途中で我慢出来なくなって目を開いてしまった可能性は十二分にあるだろう。
その場合、俺は皆の準備を台無しにしてしまうだけではなく、大恥をかいてしまう事になるのだ。
それを思えば仕掛け人が薄墨さんであった事に心から感謝するべきなんだろう。
霞「でも、思いの外バレなくてびっくりしちゃったわ」クスッ
京太郎「ぅ…い、いや、それだけ精神集中していたんですよ」
春「…初美さんじゃなくて…?」
明星「あらあら…やっぱり須賀さんも殿方なのですね」クスッ
湧「須賀さあエッチ…」カァァ
京太郎「ち、違うって!誤解だってば…!」
い、いや、まぁ…本当に気づけてなかった俺があんまり言える事じゃないのかもしれないけどさ!
でも、仕方ねぇってばよ。
あんな風に密着されたらそりゃ意識がどうしてもそっちいっちゃうって。
周りの事なんて気にする余裕なんかなくって…薄墨さんの事で頭が一杯になるってば。
俺が情けないってのもあるけれど、薄墨さんの自爆覚悟の攻勢がそれ以上に巧みだっただけなんだってばよ。
京太郎「って言うか途中の音とかは…」
初美「メジャーですよー」
京太郎「…抱きついてたのは…」
初美「あ、それは本当ですよー」
京太郎「あ、そっちはマジなんですか」
初美「まぁ、別に抱きつくくらい今更ですしねー」
小蒔「ふふ…二人とも仲が良くって羨ましかったです」ニコー
京太郎「って言うか…小蒔さんとか大丈夫なんですか…?」
小蒔「え…?私がどうかしたんですか?」キョトン
京太郎「えっと…ほら、薄墨さんの話とか…」
小蒔「二人の仲が良いなーと思いましたけど…?」
京太郎「そ、そうですか…それなら良いんです…」
流石に小蒔さんの教育に悪いかなーと思ったけれど…うん、まぁ、そんな事なかったな。
そもそも前提として小蒔さんは性知識が悲しくなるほど欠落している上に、人畜無害な天然さんな訳だし。
そんな彼女の前で薄墨さんがあんな風に俺に迫っても、痴女とか思わったりはしないんだろう。
…だからと言って仲が良いというのはどうかと思うけれど…まぁ、それくらいじゃないと石戸(姉)さんがゴーサインを出したりするはずないか。
春「…ともあれドッキリ大成功…」
京太郎「あー…確かにドッキリはしたよ…うん」
小蒔「あぅ…ご、ごめんなさい…嫌でした?」
京太郎「嫌な訳ないですってば。寧ろ…すげー嬉しいです」
湧「…須賀さあ…げんにゃあ?」
京太郎「おう、げんにゃあだって。まさか皆に祝ってもらえるとは思ってなかったからさ」
と言うかそもそも自分でも今日が誕生日だって事を忘れてたから当然なんだけど。
しかし、こうして無意味に手間を掛けたドッキリ仕掛けるくらい祝おうとしてもらえるだなんて想像もしていなかった。
まぁ、ドッキリに対しては男の純情を弄ばれてしまった感が満載だけど、まぁ、薄墨さん相手だった所為で傷も浅いし。
それよりは嬉しいって気持ちの方が何倍も大きい。
明星「ふふ、そんな仲間外れみたいな真似はしませんよ」
巴「そうよ。須賀君はもう皆の仲間なんだから」
霞「えぇ。お誕生日なんだから皆でしっかり祝わないとね」
京太郎「……ありがとうございます」ペコリ
初美「はい。じゃあそろそろ堅苦しいのは抜きにして!」
春「ご飯の時間…」
京太郎「お、飯かー」
ちょっとドタバタがあった所為であんまり意識はしていなかったがお腹は確かに減っている。
流石に腹の虫が鳴きだすってくらいじゃないけれど、もう飯時だしな。
日頃からご飯作っている皆の料理はとても美味しいし、こうして飯の時間だと聞くとヨダレが出そうになるくらいだ。
小蒔「あ、じゃあ、お料理を運ばないといけませんね」
京太郎「じゃあ、俺も…」
明星「もう、今日の主賓が軽々しく動こうとするもんじゃありませんよ」
京太郎「だ、だけど…」
霞「はい。じゃあ、須賀君が動かないように湧ちゃんが見張っててね」
湧「分かりもした!!」ビシッ
分かられてしまった。
しかも、わざわざ敬礼のポーズまで取られて。
ここまで気合入れられてしまうと逃げ出すって訳にはいかないよなぁ…。
仕方ない、ちょっと性に合わないけれど、今は我慢して出て行く皆を見送ろう。
湧「須賀さあ」
京太郎「ん?どうかしたか?」
湧「えへへ…膝の上、座ってよか?」
京太郎「あぁ、良いよ良いよ。おいで」
湧「わぁい♪」
まぁ、普通ならば拒否するところだけれどさ。
流石に中3を膝の上に載せるとか犯罪臭も良いところだし。
ただ、まぁ、相手は十曽ちゃんだしなぁ。
小蒔さん並に人懐っこい性格をしているのは良く分かっている話だし、下手に拒否するのも悪い気がする。
京太郎「しかし、なんでいきなり?」
湧「さっき初美さあ座っちょるのを見て良かなあって思たっ」ニコー
京太郎「あぁ、なるほど…って」
湧「あ…重い?」シュン
京太郎「…いや、逆逆。予想以上に軽かった。ちゃんと飯食べてるか?」
湧「た、食べちょるよ!須賀さあも知っちょるじゃんそ?」
京太郎「いや、まぁ、確かに十曽ちゃんがかなりの大食漢なのは知ってるけど」
湧「も、もぉ…!」
そう恥ずかしそうに言うけれど、十曽ちゃんの食べる量って俺とそう変わらないからなー。
仮にも食べ盛りの男と同じ量を食べるって言うのは女の子からすると食べ過ぎな気がする。
まぁ、凄い幸せそうに食べる十曽ちゃんを見ると食べるな、なんて言えない。
それに…実際、こうして上に座らせると分かるけれど、十曽ちゃんってば凄い軽い訳だし。
流石に薄墨さんよりは重みは感じるけれど、それでも咲よりは軽い気がする。
初美「…って何してるですかー?」
京太郎「え?」
明星「あら…また湧ちゃん口説かれてたんですか?」
湧「えへへ…口説かれてた!」
京太郎「口説いてません!」
寧ろ、こっちの方が口説かれていると言っても良いくらいなんだけど。
その言い方だとまるで俺から十曽ちゃんを膝の上に誘ったみたいじゃないか。
割りとそういう事に抵抗がないとは言え、流石にそこまで軽くねぇぞ。
小蒔「あ、良いなぁ…」
霞「…言っときますけど姫様はダメだからね」
小蒔「えーなんでですかー?」
初美「ふふーん、これはロリ枠の特権なのですよー」
明星「あ、じゃあ、私は須賀さんに抱かれる事が出来るんですか?」
京太郎「石戸ちゃんは…その、ちょっと…」
明星「あら、どうしてです?」クスッ
京太郎「分かってて言ってるんだろ…!」
十曽ちゃんはまだ身体も小さいし、俺の中で年下というか子どもって認識が固まっている。
けれど、これが石戸(妹)ちゃんともなると中々そうもいかないのだ。
何せ石戸(妹)ちゃんの胸には俺の大好きなどでかいメロンがあるのだから。
今にも超振動しそうなそのメロンは姉には負けるものの、小蒔さんとそう引けをとらないサイズだ。
春「…同い年はロリ枠に入る?」
京太郎「…春はちょっとなぁ」
春「酷い…差別…」シュン
小蒔「そうですよ!横暴です!」ムー
京太郎「って言うかそんなに良いもんじゃないですって、なぁ、十曽ちゃん」
湧「須賀さあの膝の上…おぜーおてちっど」ニコー
京太郎「…おぜーおてちっどって…」
小蒔「えっと…おぜーは凄いとかとってもって意味で…」
春「おてちっどは落ち着く…安心するの意味…」ジトー
初美「やはりロリコンですかー」
京太郎「ちげぇよ!!」
と言うかそもそもロリコンだったら十曽ちゃんが安心する訳ないだろうに。
寧ろそういう不埒な考え持っていたら幾ら十曽ちゃんでも警戒心がマッハになるぞ。
俺が十曽ちゃんが子ども枠として考えてそういうのを排しているが故に彼女はこんなにも安心してくれているんだろう。
だから、ほら、そこの二名ほど羨ましそうな目で見ない。
男の膝なんて絶対そんな良いもんじゃねぇから。
初美「…それはさておいても犯罪臭が半端ないのですよー」
京太郎「ぶっちゃけ薄墨さんを載せてた時よりはマシだと思いますが」
初美「それはそれ。これはこれですよー」
春「…私もロリ枠に入りたい…」
小蒔「そもそもロリって何ですか?」キョトン
巴「えっと…小さい子どもって事…で良いのかしら?」チラッ
京太郎「いや、なんでそこで俺を見るんですか!!」
巴「い、いや、だって、具体的な定義まで私知らないし…男の人なら知ってるかなって…」
京太郎「俺だってそこまで詳しい範囲は知らないっすよ」
春「…じゃあ、もしかしたら私もロリ枠に…」
京太郎「賭けても良いがぜってー入んねぇからな」
春「…残念」
俺だって詳しい定義は知らないが、流石に高校生以上が入ったりしないだろう。
ましてや載せる俺が春と同い年ともなれば、犯罪臭がしない代わりに、バカップルめいた光景になる。
…いや、まぁ、俺は今も絶賛女装中なんでバカップルというよりは百合百合しい光景になるんだろうけれど。
外から見た時に今のコレがどう見えるか…なんてのは心の平穏の為にもあまり考えない方が良いのかもしれない。
霞「はいはい。それより皆ご飯を運んできたんだし、冷めない内に食べましょう」
初美「っと、須賀君で遊ぶのに夢中で忘れてたのですよー」
京太郎「おいそこの年上ロリ」
初美「おっと、間違えたですー。須賀君と、ですねー」
京太郎「絶対わざとだろ今の…」
汚いな、流石ちっぱい汚い。
俺はこれでちっぱいがもっと嫌いになったな。
あもりにも卑怯過ぎるでしょう?
湧「…ぅー」
京太郎「ん?どうかした?」
湧「…須賀さあと離れたくない…」
京太郎「はは。よっぽど気に入ってくれたんだな」
初美「やはりロリコンですかー」
京太郎「そんなに薄墨さんは俺をロリコンにさせたいんですか…!」
つか、そこの年上ロリは俺がロリコンになったら一番危ないってことを理解しているんだろうか。
…いや、多分ってか間違いなく理解してないな。
とりあえず楽しいから囃し立てているだけなんだろう。
何時か絶対それを後悔させてやる…何時になるかは未定だけれど。
京太郎「ともかく、ほら、今は皆でご飯食べないとさ。皆待ってくれている訳だし」
湧「はぁい…」シュン
京太郎「あー…代わりに終わったらまた乗っても良いからさ」
湧「げんにゃあ!?」パァァ
京太郎「おう。げんにゃあげんにゃあ」
湧「やった!須賀さあ大好き!」ニコー
まぁ、ちょっと甘いかなって自分でも思うけれど…これくらいは良いよな。
こんなにも俺の事を慕ってくれる後輩が落ち込んでいるのを放置する方がよっぽど酷いと思うし。
女の子に優しくするのとロリコンとはまた別問題です。
別問題ですってば。
初美「やはりロリコ」
京太郎「天丼が許されるのは二回までっすよ」
初美「チッ」
春「…じゃあ、京太郎は年下狙い…」
京太郎「違うって言ってるだろ!!」
つか、それでも狙うなら十曽ちゃんよりも石戸(妹)ちゃんの方を狙うわ!!
石戸(妹)ちゃんの方がおっぱい大きいし、大人だしな!!
石戸(姉)さんの影響もあるのか知らないけれど、その落ち着きっぷりは時々、年上に見えるくらいだ。
その分、十曽ちゃんが子どもっぽく見えるんだけど…下級生組はそういう意味ではバランスがとれているのかもしれない。
霞「はいはい。それより皆、ちゃんと席についてね」
小蒔「はーい」
京太郎「っと、すみません。おまたせして」
霞「良いのよ。別に急ぐものじゃないしね」
巴「それに微笑ましい光景も見せてもらったから」クスッ
京太郎「はは。そう言って貰えると助かります」イソイソ
にしてもまた豪華だなー。
揚げ物やら何やらがドドーンと量積み重なって食卓の上に並んでいる。
唐揚げなど男好みの大味な料理が殆どなのは俺の誕生日だからだろう。
これだけの料理を作るのには結構な手間がかかっただろうに…本当に有り難い話だ。
小蒔「はい。それじゃ皆さん手を合わせて…頂きます」
「「「「頂きます」」」」
京太郎「ヒャッハー!もう我慢出来ねぇ!まずは唐揚げだー!」スッ
巴「あはは。この前も食べたばっかりだから飽きたかなーって思ったんだけど」
京太郎「そんな事ないですよ。狩宿さんの唐揚げは何時だって最高です!」
京太郎「俺、こんなに美味い唐揚げ食べた事ないですから!」モグモグ
巴「そ、そっか。そう言って貰えると嬉しいな」テレテレ
初美「あ、今度は巴ちゃんが須賀君の毒牙に掛かりそうになってるのですよー…」
京太郎「褒めただけで毒牙扱いしないで貰えますか!?そんな事言われたら俺もう女の人褒められないじゃないですか!」
春「…私は幾ら褒めても良いよ…」
小蒔「あ、私も褒めて欲しいです!」
湧「あ、あたいも…!」
霞「モテモテね」クスッ
京太郎「…こういう意味でモテてもなぁ…」
まぁ、悪い気はしない事は確かだけれどさ。
ただ、褒めて欲しいって意味でモテるのと男としてモテるのとはまた別問題だし。
悪い気がしないのは確かだが俺の求めているものとは多分、っていうか間違いなく方向性が違う。
明星「ふふ…じゃあ、一度、皆、須賀さんに褒めて貰うというのはどうでしょう?」
京太郎「え?」
霞「あ、それ良いかもね。須賀君が私達の事どう思っているか分かるし」
春「…勿論、被りはなしで…」
小蒔「わ、わぁ…ど、どんな風に言われるんでしょう」ドキドキ
京太郎「七人分ってかなりのムチャぶりじゃないっすかね…」
初美「なあに!この一ヶ月ちょっとの間、皆と過ごしてきた須賀君なら出来るですよー」
京太郎「ハードルあげないで貰えます!?」
湧「…須賀さあ」
京太郎「あ、十曽ちゃん、十曽ちゃんは…」
湧「あたい、楽しみにしよっと!」パァ
京太郎「あぁ、うん。ソウダヨネー」
あ、やばい。
コレ全員思ったより乗り気だ…!
とは言っても全員被らないとようにっていうのは結構難易度高いぞ…。
勿論、こうして過ごしてきて全員最初とは全然イメージと違うのが分かってきてるけどさ。
だけど、俺の中の貧弱なボキャブラリーでは被らないようにそれを表現するのは難しくて…。
小蒔「じぃ」キラキラ
春「じぃぃ…」ジィ
湧「じぃぃっ」ニコー
京太郎「……明星ちゃん」
明星「あらあら、須賀さんは本当に大人気ですね」クスッ
京太郎「くそぅ…」
どうやら元凶からの助け舟は期待出来ないらしい。
本当に孤軍奮闘のまま…少なくともそこの三人分は捻出しなければいけないだろう。
まぁ、三人分くらいならば、必死になって作ろうとしなくても出てくるはずだ。
少なくともそれが出来る程度には俺は皆と絆を深めてきているし。
京太郎「小蒔さんは…アレですね。天然ですね」
小蒔「天然?」キョトン
京太郎「はい。ちょっと変わっていると言うか、人よりも心の中がキレイと言うか」
小蒔「えへへ…」
京太郎「その事でびっくりする事もままありますが、その心のキレイさには何度も助けられています」
小蒔「そ、そんな…こっちこそ京太郎君には助けてもらってばっかりで…」テレテレ
京太郎「ただ、男の人はホント警戒してくださいね、いや、マジで」
京太郎「知ってる人でも変についてっちゃダメですよ?助けてくれと言われてもワンテンポ考えてください。もしもの時はまず誰かに連絡を…!」
小蒔「え?え?」アワワ
初美「須賀君が霞ちゃん病に掛かっているのですよー…」
霞「人を病原菌みたいに言わないでくれるかしら…」
巴「いや…でも、あの過保護っぷりは霞さんにそっくりだと思いますよ」
霞「と、巴ちゃんまで…」
でも…ここ最近、小蒔さんとも二人っきりで話すようになった所為かな。
この人の純真さというか人を疑う事を知らなさにはホント驚かされてるんだよ…。
石戸(姉)さんが小蒔さんに対して過保護になっているのも正直、分かるくらいだ。
俺達がずっと周りにいる事が出来るならともかく…少なくとも学校の中じゃ一人だけ学年離れてる訳だしなぁ…。
春「……京太郎」クイクイッ
京太郎「あぁ、うん。分かってる。次は春の番だろ?」
春「…ん」ジィ
京太郎「春は…そうだな。独特の距離感っていうか雰囲気があるよな」
春「…ダメ?」
京太郎「いや、全然ダメじゃないよ。寧ろ、その距離感が凄い心地良いし」
京太郎「こうして今も俺の隣に座ってくれているし、春がとても気遣いの出来る優しい奴だってのは分かってる」
京太郎「からかわれる事も多いけれど、それ以上に助けてもらっているよ」
京太郎「学校が始まったら今よりももっと春に頼る事になると思うけれど…」
春「…問題ない。私に任せて…」
京太郎「そっか…ありがとうな」
春「…ん」
京太郎「それとこれからもよろしくな、春」
春「……勿論」ニコッ
初美「…なんか褒めるって言うより口説いてないですかー?」
京太郎「口説いてませんってば…てか、これくらい別に普通でしょう」
小蒔「そうなんですか?」
霞「わ、私に聞かれても…分からないわよ」アセアセ
巴「え、えっと…私もちょっと…」メソラシ
小蒔「はっちゃんは…?」
初美「わ、私ですかー?こ、これくらい日常茶飯事ですよー!」
なんでそこで意地を張るんだろうあのロリっ子は。
そもそも女子校育ちで本職巫女として忙しくしている薄墨さんにとって口説かれるどころか出会いすらマトモにないだろうに。
と言うか、例えあったにしても見た目がどう考えても痴女に片足突っ込んでるロリ小学生を口説くとか俺でも流石に引くぞ。
確かに年齢的には一応、合法ではあるけれど、薄墨さんを口説くとかどう考えてもロリコン以外にあり得ないしな。
湧「須賀さあ…」
京太郎「おう。最後になってごめんな。十曽ちゃんは…そうだな、とても元気だよな」
京太郎「んで人懐っこいし…まるで犬みたいな子だ」
湧「犬…?」ウーン
京太郎「あぁ、悪い意味じゃなくてな。一緒にいてとても和むくらい可愛いって事だよ」
湧「えへへ、褒むっられた?」ニコー
京太郎「おぉ、褒むった褒めった」
京太郎「後は頑張り屋さんなのが良いな」
京太郎「自分の苦手な分野でも頑張ろうとしてる十曽ちゃんを見るとこっちも元気が湧いてくるよ」
初美「…湧ちゃんだけにですかー?」
霞「明星ちゃん、初美ちゃんの座布団取っちゃいなさい」
明星「分かりました」グイッ
初美「あっちょ…!や、止めるですよー、明星ちゃん…!」
明星「ごめんなさい、初美さん。私、霞お姉さまの命令には逆らえなくて…」
明星「…後、流石にちょっと今のは寒かったです幾らなんでも」グググイッ
初美「ひあっ」コロン
京太郎「…何コントやってんですか」
まぁ、シーンとされるよりはマシだけどさ。
しかし、すぐそこでそんな楽しい事されてるとどうしても気になってしまうというか。
一応、頑張って恥ずかしいのを我慢しているのに、横でそんな事されると俺もボケたくなってしまうというか。
い、いや…皆の為にももうちょっとだけ…もうちょっとだけ頑張ろう…。
京太郎「まぁ、なんて言うんだろうな。小蒔さんは護ってあげたい可愛さで」
小蒔「ふぇっ」カァァ
京太郎「春はこう一緒にいて欲しい可愛さで」
春「…ん…っ」テレ
京太郎「湧ちゃんは撫でてあげたい可愛さ…かな」
湧「えへへ…♪」ニコー
明星「…完全に湧ちゃん犬扱いですね」
京太郎「一応、格好良く締めようとしてるんだからそういう事言わないでくれ…」
明星「ふふ…失礼しました」
まぁ、明星ちゃんのツッコミのお陰で何とか口説いてるだのなんだの言われなくて済んだんだけど。
しかし、まぁ、自分でも失礼ながら俺の中でもさっき行った通り十曽ちゃんは子どもとか動物枠なんだよなぁ。
決して胸の存在が確認出来ないほど小さいから…とかじゃなくてなんか仕草とかがそんな感じ。
湧「そいじゃあ…須賀さあ…撫でっな?」モジモジ
京太郎「ん?」
湧「あ、あちきの頭…撫でたいゆったし…」カァ
京太郎「あー…良いのか?」
湧「須賀さあなら…良かよ?」ウツムキ
京太郎「はは、ありがとうな」
俺がどう思っていても、十曽ちゃんが女の子である事に変わりはないのだ。
そして、俺自身、女の子の髪を気安く撫でて良いって思うほど対人関係の経験値がない訳じゃない。
だからこそ、ずっと撫でたりするのは我慢してたんだが…この度、十曽ちゃんからめでたくお許しが出た訳だしな。
ちょっと悪い気がするけれど撫でさせて貰おうか。
京太郎「じゃあ、撫でるぞ」
湧「ん…しおらす…して?」ギュッ
京太郎「しおらす…ってえっと…」
明星「優しく、ですよ」
湧「…ん…」ジィ
京太郎「あーそっか。十曽ちゃんは優しくして欲しいのかー」
京太郎「さーそれはどうだろうなー」
湧「も、もぉ…須賀さあの意地悪…」カァ
京太郎「はは。悪かったって」ナデナデ
湧「ん…ぅ♪」ビクッ
京太郎「機嫌直してくれよ、な?」ナデナデ
湧「しょがながとね…っ」ニコー
巴「…何か二人の世界って感じかしら?」
霞「須賀君ったら湧ちゃんにベタ甘ねー…」
初美「霞ちゃんはそれ姫様に対する自分の姿を客観視してから言うべきだと思うですよー」
そうは言うがな大佐(複数)
(女の命とも言われる髪を差し出してくれてる十曽ちゃんがいるのによそ見をする訳には)いかんでしょ。
俺は別にエアリーディング能力に長けている訳じゃないが、それやったら失礼な事くらいは分かる。
…まぁ、まるでバカップルみたいなやりとりになってしまったが、お互いにそのつもりはまったくない訳だし。
さっき膝の上に座っていた事を考えれば、これくらいはまぁスキンシップの範囲で収まるもんだろう。
春「…湧ちゃんだけズルい…」
京太郎「んじゃ、次、春に…」
湧「や…やっせん…!」ギュッ
京太郎「え?」
湧「須賀さあ、もいっとあちきの事…撫でて?」ジィ
京太郎「あー…いや、でもな…」
湧「もいっと…もいっとだけ…」
霞「って言うか皆、今食事中だって言うの忘れてないかしら?」
京太郎「あっ…」
霞「まったく…早く食べないと初美ちゃんが全部食べちゃうわよ?」
初美「ふふーん。いちゃついて手を動かさない奴が悪いのですよー」モグモグ
京太郎「あー!か、からあげがもう半分以下に…!!」
ぐぬぬ…そう言えば薄墨さんも十曽ちゃんほどじゃないが、結構食べる人だったか…!
しかも、薄墨さんの場合、まったく遠慮って奴を知らないからな。
残り一つでも好物ならば容赦なく手を出すこの人を前にこのタイムロスは致命的過ぎる。
俺と同じく十曽ちゃんがまだ始動していない事を考えると目の前のご馳走が急に少なく見えてくる。
巴「ふふ…でも、須賀君ってば本当に皆に馴染んだわよね」
京太郎「ふご…んご…もぐもぐ…」
巴「…あ、食べ終わってからで良いからね?」
京太郎「しゅみません…」モグモグ
明星「でも、馴染んだ…と言うか馴染み過ぎな気もしますね」
春「…女装とかももうばっちり」
京太郎「んぐ…嫌なこと言うなよ…」
初美「嫌なんですかー?」
京太郎「嫌っていうか…認めたくないって言うか」
若さゆえの過ちって言葉ではどうにも出来ないレベルの黒歴史を絶賛量産中なのだ。
今こうして皆と過ごしているのは楽しいけれど、楽しいだけじゃ済まないっていうか。
多分、今の時期を後で思い返した時には絶対に死にたくなると思う。
ホントどこかに記憶を完全に消す薬とかないかなー…副作用とかまったくなしのクリーンな奴。
明星「…でも、実は私、ずっと須賀さんに違和感があって…」
巴「…実は私も…」
初美「…言いたくなかったけれど私もなのですよー」
京太郎「えっま、マジですか…!?」
マジかよ…。
今まで普通に接してくれていたから違和感とかまったくないんだと思ってた…!
つか、毎朝、自分で鏡をチェックしているけれど、全然気づかなかったぞ…!
やばい…その違和感って今からどうにかなるものなんだろうか…?
もし、どうにもならないもんだったら、今の生活が根本から瓦解する事に…!
霞「その…言いづらいんだけど…」
春「……京太郎はもう完璧な女の子…」
明星「だからこそ…その…なんていうか…」
巴「……声と口調が…ね。ほら、男の子だから」
京太郎「あー…」
…そっか、それもあるよなー。
今まで見栄えばっかり気にしていたけれど、内面だって重要だ。
外から見てバレなくても口を開けば即アウト、なんて事になったら笑えない。
今まで犠牲にしてきた俺の羞恥心も全部、まるっと無意味になってしまうしな…。
それを思えば今からでもそういう所は直しておくべき…なんだろうけど… ――
京太郎「ど、どうすれば良いっすかね…?」
春「…とりあえず裏声出してみる?」
京太郎「裏声…あーあー…あー」
初美「あ、ちょっと良い感じなのですよー」
京太郎「マジっすか」
巴「あ、いつもの声に戻ってる」
京太郎「う…難しいですねー…」
明星「まぁ、何時もと違う声を出すだけじゃなく維持する訳ですから…」
京太郎「春えもん、声を手軽に変える黒糖とかないか?」
春「…残念だけど黒糖はそこまで万能じゃない…」
京太郎「ま、だよなぁ…」
話の流れで聞いてはみたものの、そんな黒糖があるなんて俺自身も思っていない。
と言うか、そんな黒糖なんかあったら間違いなくびっくりするだろう。
声が変わるってだけでも凄いのにわざわざ黒糖にするとか日本人未来に生きてるよってレベルじゃねぇぞ。
初美「一番手軽なのはヘリウムガスですけど喉を痛めるですよー」
霞「そうね…最低でも一年…いえ、二年は通ってもらう訳だし…」
春「…後遺症が残ったりするのは駄目…」
小蒔「わ、私も断固反対ですよー…!」キョシュッ
湧「あ、あたいも…!」キョシュ
京太郎「はは、二人ともありがとうな」
京太郎「ま、心配しなくても俺の方で何とかするからさ」
小蒔「…本当ですか?」
京太郎「おう、任せろって」
…まぁ、ぶっちゃけその目処はまったくついていない訳だけれど。
でも、まぁ…こうして俺の事を心配して反対って言ってくれる子たちがいるんだ。
まだ俺が学校に行くまでに二ヶ月はある訳だし、出来ないなんて言ってはいられない。
彼女たちを心配させない為にも出来るだけの事はしておかないとな。
明星「じゃあ、その言葉もちゃんと女の子らしくしないといけないですね」クスッ
京太郎「う…じゃあ…お任せくださいませ…?」
初美「うーん…ちょっと堅っ苦しいのですよー」
京太郎「任せてね?」
春「…うん、それくらいなら違和感ないと思う…」
京太郎「そっか…こういう方向性でキャラ作れば良いのか」
霞「ふふ…また元に戻ってるわよ?」
京太郎「おっと…そう、こういう方向性でキャラ作りすれば良いのね」
小蒔「わぁ…京太郎君凄いです…!」
京太郎「ふふ、小蒔さんありがとう」
とにこやかに笑いながらもすげー自分の中で違和感が半端ない。
こうなんていうか…これ絶対俺じゃないよな。
いや、声を出しているのも俺だし、言葉を選んでいるのも俺なんだけど…。
こうして女声を出して女言葉を話している自分に違和感がなさすぎて逆に頭の中で違和感が出ているというか。
霞「でも、小蒔ちゃんも須賀君の事、京太郎君って呼んじゃ駄目よ?」
小蒔「あ…そうでした。京子ちゃんって呼ばないと…」
春「…私も気をつけないと…」
京太郎「…まぁ、そんなにガッチガチにしなくても良いと思いますわ」
京太郎「というか、ずっと京子ちゃん呼びだと混乱しちゃいそうなのです事よ」
初美「そういう須賀君の方はキャラぶれっぶれなのですよ」
京太郎「仕方ないでしょう…そもそも女の子口調なんて使ったことないのですわ」
巴「まぁ、口調はさておき…声の方は慣らしておかないとどうにも…ね」
京太郎「そうですわね…当分、このままで行きましょうか…」
前途は多難だが、これも俺の社会的地位を護る為に必要なものだしなぁ。
違和感は山盛りだし、薄墨さんの言う通りキャラぶれまくっているが…当分はこれで頑張ろう。
こうして声まで演じている内に自分の中の違和感も消えていくだろう。
…消えなかった時も自分の中の男が根強く残ってるって事だから安心できるし。
湧「はふ…ごっそさまです」ペコリッ
霞「あら、もう食べちゃったの」
湧「えへ…お腹が空いちょったから」テレー
京太郎「あっ…わ、わたくし分が…!!」ガーン
春「…京子は人気者…」
京太郎「春さん…そう言いながら最後の唐揚げを持っていかないでくださるかしら…?」
春「…食べる?」スッ
京太郎「有り難く頂きますわ」アーン
んぐ…もぐもぐ。
いやーやっぱ狩宿さんの唐揚げは美味しいな。
衣にもしっかり醤油の味がついていて噛んだ瞬間に肉汁と共に染み出してくる。
肉の味がぎっしり詰まったそれがにんにくの風味と絡んだ時なんてもう何とも言えない美味しさだ。
ご飯と一緒に掻き込んだだけで生きていて良かったと心から思える一品である。
霞「こらこら、流石にそれははしたないわよ」
京太郎「確かに…淑女としてあるまじき行為でしたわね…申し訳ありません」
明星「…と言うか須賀さん思った以上にノリノリなんですのね」
京太郎「ぶっちゃけ女装している事に比べればあまり抵抗感はないですの」
どちらかと言えば、これは演技しているって意識の方が強いしな。
違和感こそあるが、今更恥ずかしさは感じないというか何というか。
おかしく聞こえないかって不安はあるけれど見知った人たちを前にして物怖じするほどじゃない。
…そういう意味では本当に俺、この状況に慣れてきてしまっているんだなぁ…。
霞「ふふ…まぁ、抵抗感がないなら良かったわ」
初美「でも、早く食べないとどんどん減っていくですよー」シュバババッ
京太郎「あぁ!今度はわたくしの好物のポテトサラダさんが…!」
巴「と言うかまだ食べるの初美ちゃん…」
初美「今日は台所でつまみ食いをしている余裕もなかったですよー…」
霞「…という事は何時もつまみ食いしてるって事?」
初美「はっ…し、しまったですよー!?」
京太郎「わ、わたくしの誕生日会なはずなのに…」ズーン
小蒔「だ、大丈夫ですよ…!まだ皆で作ったおっきいケーキもありますし…!」
京太郎「…小蒔さん、ありがとうございますわ」
とは言え、ケーキじゃ健全な男子高校生のお腹は膨れないんだよなぁ。
女の子の別腹は有名ではあるが、男だって炭水化物をしっかり取らないと食べた気にはならない奴もいる。
俺も白米だけで良い!ってな極端なタイプじゃないが、白米を食べないと何ともお腹の持ちが悪い気はするんだ。
そんな俺にとって後でケーキが控えているというのは嬉しい事ではあるものの、腹の足しにはなりそうもない。
京太郎「(…ま、そうだな…)」
しかし、こんな風に賑やかで和やかな雰囲気で祝ってもらえるだけでも俺はきっと幸せ者なのだろう。
ともすればゴミのように扱われてもおかしくない境遇ではあるが、皆はこうして仲間として受け入れてくれているんだ。
…まぁ、一部は最早、仲間というよりも友達というか、イジリ相手とかそういうカテゴリに入れられている気がするけどさ。
でも、こうして皆でワイワイするのは俺は決して嫌じゃなくて…だから… ――
小蒔「あ」
京太郎「…ん?どうかしまして?」
春「…京子…涙…」
京太郎「え…?」スッ
京太郎「……あぁ」
―― いつの間にか俺には涙が流れていた。
京太郎「あ、あはは…情けないですわね。嬉しすぎて涙が出てきてしまうなんて…」グイグイ
霞「……須賀君」
京太郎「あら…ちょっとお化粧が乱れてしまいましたわね…」
明星「……」
京太郎「お化粧を直してこないと…あ、でも、ここで席を発つとまた薄墨さんに取られてしまうかしら…」
初美「…まぁ、それはそれで笑える顔になっているから良いのですよー」
京太郎「ふふ、相変わらず薄墨さんは手厳しいお方ですのね」
……分かっている。
俺だけじゃない…皆だって…きっと分かっている。
それが決して嬉し涙じゃなくって…違うものだって事を。
だからこそ、一瞬でこの場の空気が冷めて…薄墨さんも俺のフォローに回ってくれているんだ。
京太郎「(…こんなんじゃ駄目なのに…)」
この場所が楽しければ楽しいほど、賑やかであれば賑やかであるほど。
俺にとっての最高の居場所であった…清澄の光景が脳裏にチラつき…郷愁の念が胸を突く。
普段は抑えられていたそれが今日は抑えきれなくて…涙となって溢れだしてしまったのだ。
京太郎「(…誕生日…だからかな)」
俺の誕生日は大抵、咲と過ごす日だった。
朝から晩まで適当に駄弁ったり、一緒にショッピングしたり。
夜は母さんと一緒に料理する咲を見ながら、テレビ見たりして。
日付が変わる前には咲を隣に送って…それで俺も寝るような…そんな何でもない一日。
京太郎「(…けれど、今年は…皆に祝ってもらう予定で…)」
俺がまだ皆に引っ越しの件を伝えられなかったクリスマスの日。
次にこうして集まるのは俺の誕生日会をする時だと…そんな風に予定を立てていたのだ。
けれど、それは俺の引っ越しによって反故にされ、俺は一人、鹿児島の地に取り残されている。
勿論、皆の気持ちは嬉しいし、こうして賑やかなのも楽しい。
しかし、だからこそ、俺はあり得たはずの清澄での未来を想像し…涙を流してしまったんだ。
京太郎「さぁ…薄墨さんには負けていられませんわね。わたくしも一杯食べませんと」
春「……ん。お刺身も…まだ残ってる」
京太郎「殆どツマだけじゃねぇか!っといけねぇ」
巴「…もう須賀君ったら」
京太郎「ふふ、春さんったら冗談はよしこさんですわ」
霞「よしこさんとか初めて聞いたわ…」
明星「長野特有の言い回しですか?」
湧「死語かもしれん…?」キョトン
京太郎「…申し訳ありません、わたくしが悪かったんでそういう分析は勘弁して欲しいですの…」
そんな空気を引きずるのは俺も皆も本意じゃない。
俺は別に皆との間をギクシャクしたくて、涙を漏らした訳じゃないんだから。
俺の居場所がもうここにしかない事も、俺を受け入れてくれる人たちが皆しかいない事も分かっている。
そしてそれ以上に…皆がとても優しい人たちで心から俺の事を気遣ってくれているのもまた。
京太郎「(…だからこそ、吹っ切らないと…)」
分かっている。
そう考える事が既に泥沼の入り口だと言う事も。
そもそもそんな事出来るはずもないという事も。
俺自身、本当にそれをするつもりがあるのかさえ怪しいという事も。
けれど…それでも…俺は…――
………
……
…
―― それからのパーティは比較的和やかな空気のまま続いた。
俺の突然の涙に一瞬、空気が固まったが、それ以降はそんなトラブルもない。
普通に雑談しながら料理を食べて、プレゼントを貰った。
…まぁ、そのプレゼントの中身が服や下着、化粧品なんかの女装用アイテムだったのは若干、肩透かし感があったけれども。
とは言えそれは必要なものだし…何より中には有り難い品々もあったしな。
女装用の下着とかさ…いや、マジで有り難いよ。
こればっかりは先に女装という茨の道を歩んできた世の変態たちに心から感謝したい気分だ。
京太郎「(それにまぁ…麻雀の教本とかも結構もらったしな)」
既に部長たちから貰った分は読破し、答えすら暗記しているレベルである。
とは言え、このお屋敷の中には他の麻雀関連の本はなく、暇つぶしも出来ずに悶々としていたのだ。
けれど、この本があれば当分、暇つぶしに困ったりはしないだろう。
京太郎「……ふぅ」
けれど、それは俺の心に掛かる暗雲を晴れさせてくれるものじゃなかった。
勿論、プレゼントは有り難いし、皆に対して心から感謝している。
だが、それ以上に俺の心を支配しているのはあの最中、泣いてしまって空気を凍らせた事で…。
京太郎「あー…あ゛ー…」ゴロゴロ
何をやってるんだよ俺は…。
あのタイミングで泣くとか…一番やっちゃいけない事だっただろうに。
折角祝ってくれている皆の気分に水をかけて…最低じゃねぇか…。
やりたくてやった事じゃないとは言え…あんまりにも酷すぎる。
京太郎「…ぅー…」
そのまま床を転がってポスンと布団に顔を埋めても自己嫌悪はなくならない。
胸の底から沸き上がる暗い感情はそのまま俺の心へ重石としてのしかかる。
けれど、どれだけ自分を責めても、さっきの失態を挽回するような何かは思いつかない。
結果、俺に出来る事と言えば、こうして自室の中で自己嫌悪に身悶えする事くらいだった。
京太郎「(はぁ…最近は…考える事も少なくなってきたんだけどな…)」
このお屋敷の中の生活は本当に楽しくて、充実している。
日々、皆と少しずつ仲良くなっていけるのが嬉しいし、お稽古事に関して上達を知る度に達成感を感じられるんだから。
だけど…それでも…俺の中で『清澄』と言うかけがえのない思い出の場所はなくなったりはしないらしい。
結局のところ、石戸(姉)さんたちにどれだけ格好良く、耳障りの良い言葉を言っても…俺はまだ清澄に未練タラタラなのだ。
京太郎「(…なっさけねぇなぁ…)」
今日の事で一気にメッキが剥がれてしまった自分。
それに自嘲を浮かべながら俺はゆっくりと顔をあげた。
既に化粧は落として寝る準備は出来ているが、このドロドロとした気持ちのままだと眠れそうにない。
本来ならばそろそろ眠らなければいけない時間だが、さっき貰った教本に目を通しておこうか…――
小蒔「…あの…」
京太郎「え?」
小蒔「…京太郎君…まだ起きていますか?」
え?こ、小蒔さん…!?
って言うか、なんでこの時間に…?
普段なら、小蒔さんはこの時間にはもうぐっすりな人なのに…。
この時間に訪問者が来るだけでも驚きなのに、相手が小蒔さんなんてそんなん考慮しとらん…っと言っている場合じゃないな。
廊下は寒いだろうし…早く迎え入れてあげないと。
京太郎「はい。起きてますよ」
小蒔「あぁ…良かった」
京太郎「えっと…とりあえず中に入ります?外寒いでしょうし」
小蒔「はい。お邪魔します」ペコリ
そう言って一礼しながら入ってくる小蒔さんは何時もの巫女服じゃなかった。
薄紅色の布地にデフォルメされたうさぎが幾つもちらばめられたパジャマ姿である。
てっきり寝間着か何かだと思っていただけにパジャマ姿はちょっと意外だ。
そもそもそれはもうちょっと低学年の子が着るものだと思うんだけど…いや、似合っているから別にいっか。
京太郎「それで…こんな時間に男の部屋に何の用です?」
小蒔「えっと…その…」
こんな時間に一人で男の部屋を訪問するのはあんまり宜しくはない。
本来ならば真っ先にそう教えてあげたいところだが、今は小蒔さんの用事が先だ。
普段なら寝ている時間に俺を訪ねてきたという事は重要な話である可能性が高いのだから。
先生ぶって注意するのはその後でも十分出来る訳だしな。
小蒔「えっと…添い寝…してあげようと思って…」
京太郎「……添い寝?」
小蒔「は、はい…」カァ
京太郎「え………えぇ?」
いきなり添い寝って何の話だ?
いや…小蒔さんの思考が割りと右斜上にぶっ飛んでいるのは今に始まった事じゃないけれどさ!
でも、流石に部屋を訪ねられてすぐさま添い寝はレベルが高すぎて俺じゃ追いつけないぞ…!!
助けて石戸(姉)さ…いや、この場面見られたら絶対駄目モードに入っちゃうだろうからやっぱなしで。
小蒔「あの…わ、私なりに一生懸命考えたんです…!」
小蒔「あの時…なんで京太郎君が涙を漏らさなきゃいけなかったのかって…」
京太郎「それは…その」
小蒔「良いんです。その…京太郎君も辛かった…んですよね」
京太郎「え?」
適当に誤魔化さなきゃいけない。
そう思って俺が言葉を紡ぐ前に小蒔さんが俺を遮った。
普段の彼女なら決してしないであろうそれに小蒔さんの顔を改めて見れば、そこには優しい笑顔が浮かんでいる。
まるで何もかもを許してくれるような暖かくも穏やかな笑み。
石戸(姉)さんを彷彿とさせるそれは…もしかして…俺の状況に気づいたから…なのか
京太郎「小蒔さん…それは…」
小蒔「でも、大丈夫ですよ」
京太郎「いえ…違うんです…俺は…!」
小蒔「私が添い寝してあげたら幽霊さんなんて全然こわくありません!」
京太郎「……え?」
小蒔「あれ?」
……幽霊?幽霊、ナンデ?
小蒔「え?京太郎君って幽霊さんが怖くて怯えていたんじゃ…?」オズオズ
京太郎「あー…そう言えばそんな事も…」
小蒔「え?」キョトン
京太郎「あ、いや、何でもないですよ」
…そう言えば以前、小蒔さんにそんな話もしたっけか。
正直、口からでまかせも良いところだから今まで完全に忘れていた訳だけれど。
でも、小蒔さんにとってはそれは真実で…だからこそ俺を励ます為にここまで来てくれたんだろう。
京太郎「もしかして…ずっとそれを考えてたんですか?」
小蒔「はい。私…あの場所で京太郎君に何もしてあげられなかったから…」
小蒔「だから…私にしてあげられる事は何かあるかなって…そう思って…」
京太郎「…小蒔さん」
…ほんっとーに…この人はもう。
何時もならとっくに寝ている時間なのに…こうしてわざわざ人の部屋まで訪ねてきて。
そんなになるまで…俺の事を必死で考えてくれてたんだな。
勿論、そうやって俺の為に必死になってくれるのは嬉しいけど…でも、人の為に頑張りすぎだっての。
京太郎「…ありがとうございます。小蒔さんの優しさはとても嬉しいです」
小蒔「えへへ」テレー
京太郎「でも、それが添い寝って言うのは間違っていますよ」
小蒔「駄目…ですか?」
京太郎「駄目というか流石にちょっと無防備過ぎですって」
京太郎「以前言った通り男なんて信用出来ない生き物なんですからね。そういうの言っちゃ駄目です」
小蒔「あ、それは大丈夫ですよ」
京太郎「え?」
小蒔「私は京太郎君の事を信用していますし…」
京太郎「いや、そういう問題じゃ…」
小蒔「何より、今の京太郎君は京子ちゃんなんですから」ニコー
京太郎「お、おおぅ…」
なるほど…確かにそういう考え方もあるのかもしれない。
だが、女装して口調もそれっぽく変える努力はしているとは言え、俺もれっきとした男な訳で。
股間に猛獣を飼っているのは今も変わっていないのである。
そんな風に言ってくれるまで信用してくれるのは嬉しいが、俺自身、そんな事をして自分を抑えられる自信がない。
京太郎「それでも添い寝は駄目ですよ」
小蒔「…本当に駄目ですか?」
京太郎「本当に駄目です。ってか、一応、同衾になる訳ですけど…小蒔さんは恥ずかしくないんですか?」
小蒔「大丈夫です。だって、京太郎君と一緒に寝ても赤ちゃんは出来ませんから」
京太郎「あー……」
…うん、そう言えば同衾したら赤ちゃんがコウノトリに連れられてやってくるって誤解を解いたのは俺だったな。
今も別に後悔している訳じゃないんだが…誤解を解かない方が良かったかもしれないと一瞬思った…。
っていうか、同衾に対して恥ずかしがるポイントって子どもが出来るか否かってだけだったんだな。
…相変わらず小蒔さんの思考回路は読めるようで読めないぜ…。
京太郎「…ってか、それはそれで傷つくんですけど」
小蒔「え?」
京太郎「だって、それって小蒔さんが俺の事を何とも思ってないって事ですよね?」
小蒔「わわ…ち、違いますよ…っ!」
京太郎「…じゃあ俺の事好きですか?」
小蒔「はい!大好きですよ!」
京太郎「どれくらい?」
小蒔「皆と同じくらい大好きですっ」ニコー
うん、やっぱり小蒔さんは超良い子だなー…。
こんな良い子に下衆い真似をしてはいけない(戒め)
だけど、やっぱどれだけ考えても俺が一緒に寝て平静でいられる自信がないんだよなぁ…。
だから…これで諦めてくれれば良いんだけど…。
京太郎「じゃあ、俺と一緒に寝たら子どもが出来ちゃうかもしれないですよ?」
小蒔「え…そ、それって…」
京太郎「えぇ。俺も小蒔さんの事大好きなんで」
小蒔「えへへー…」テレテレ
ここで恥ずかしがるんじゃなくて照れるのが小蒔さんらしさと言うべきか。
まだ男から言われる好きの意味もまったく理解していないだろうしなぁ。
まぁ、だからこそ俺は小蒔さんに大好きって言える訳なんだけど。
犬っぽいと思っている湧ちゃんにだって、流石にこれは言えない。
小蒔「…でも…私、だからこそ京太郎君に何かしてあげたくて…」
京太郎「その気持ちだけで十分ですよ」
小蒔「…でもっ…」
―― そう言って俺を見上げる小蒔さんの瞳はとても真剣なものだった。
以前のものよりもずっと強くそう思ってくれているであろう小蒔さんの瞳。
自らの決意を伝えようとするかのようにまっすぐ俺へと向けられているそれが少し眩しく、そして辛い。
何せ、彼女にそんな決意を固めさせたのは、俺の不用意な反応だった訳なのだから。
俺が普通にしていれば今頃もうぐっすり眠っていたであろう小蒔さんの必死な姿を見て胸が傷まないはずがなかった。
小蒔「……でも、私、京太郎君にしてもらってばかりです…」
京太郎「小蒔さん…それは…」
小蒔「…分かっています。それは京太郎君が好きでしてくれているって事くらい」
小蒔「でも…泣くほど辛い京太郎君に…何かをしてあげたいんです…」
小蒔「だって…私達…友達じゃないですか」ギュッ
京太郎「……」
友達…か。
そうか…小蒔さんはもう俺の事をそんな風に思ってくれているんだな。
なんだかこそばゆいけれど…でも、嫌な気分じゃない。
きっとそれは小蒔さんの心からの言葉で…彼女が勇気を振り絞ってくれた証だからなのだろう。
彼女にとって、それがどれだけの勇気が必要だったかは自分のパジャマのを握りしめる様子からも良く分かる。
小蒔「…だから…私…」
京太郎「……良いですよ」
小蒔「…え?」
京太郎「…ただし、布団はちゃんと別々に、ですよ」
小蒔「…京太郎君っ」パァァ
そこまで勇気を振り絞ってくれているのに素気無く断るって訳にもいかない。
それにまぁ…友達だとまで言われたのはやっぱり嬉しかった訳だしな。
多少、甘いかもしれないが…まぁ、布団が別々ならば間違いは起こらないだろう。
幾ら俺でも隣で小蒔さんが寝ているからってだけで襲うほど節操なしじゃないはずだ。
小蒔「えへへ…じゃあ、お布団敷きますね…!」
京太郎「あ、手伝いますよ」
小蒔「大丈夫ですよ。京太郎君はゆっくりしていてください」
そう言って俺の部屋の押し入れを開いて予備の布団を取り出す小蒔さん。
その辺りはもう何というか手馴れているって感じだな。
毎日そうやって自分の部屋で布団の上げ下げしているんだから当然なんだろうけど。
でも、そうやって力仕事を小蒔さんにだけさせるのも流石に男として何か引っかかるものがある。
小蒔「よいしょ…うんしょ…」
京太郎「…」
小蒔「えいっ…やぁ…っ」
可愛い(確信)
小蒔さんじゃなかったらあざとく見えるくらい可愛い(歓喜)
もうなんて言うか一生懸命頑張る子ども感が凄い。
イメージ的には初めてのおつかいみたいな感じ。
知らず知らずに画面の向こうで応援していそうなそんな雰囲気だ。
小蒔「よし…出来ましたぁ」パァァ
京太郎「うんうん。キレイに並べられましたね」
小蒔「上手でした?」
京太郎「えぇ。とっても上手でしたよ」
小蒔「あ、あの…じゃあ……」モジモジ
京太郎「ん?」
小蒔「ご褒美…くれませんか?」チラッ
京太郎「…はい?」
ご、ご褒美…!?(意味深)
いや、待て、落ち着くんだマイサン。
確かに最近あんまり構ってやれてないがそこでスタンダップするのは危険過ぎる。
恥ずかしげにご褒美と口にする小蒔さんの破壊力が幾ら高いと言っても、衝動に身を任せてどうかしてしまっては駄目だ。
小蒔「私も…あの、湧ちゃんみたいに撫でて欲しいんです」モジモジ
京太郎「え…えぇと…良いんですか?」
小蒔「…駄目だったらこんな恥ずかしい事言いません」クスッ
京太郎「ま、まぁ…そりゃそうですよね」
京太郎「女の人にとって髪はとても大事な部分ですし…」
京太郎「それに小蒔さんの髪はとてもキレイなんで大事にされてるのが分かりますよ」
小蒔「えへへ…実は髪だけは結構自慢なんですっ」
京太郎「あぁ、やっぱり」
だって、こんなに綺麗な黒髪なんて滅多に見ないもんなー。
石戸(姉)さんも美女だけあって髪は綺麗だけど、そんな彼女と比べても色艶は小蒔さんの方が上に思える。
流石に髪だけでどっちか見極められるほどじゃないが、二人並ぶとなんとなくその違いが分かるくらいには。
これだけ綺麗な髪にちゃんとしたケアをしていないとは思えないし…やっぱり小蒔さんも大事にしているんだろう。
小蒔「じゃあ…はいっ」スッ
京太郎「え?」
小蒔「…撫でて下さい」
京太郎「えっと…分かりました」スッ
小蒔さんが自慢という髪を触るのに、ちょっと物怖じする気持ちはあるけれど…。
でも、ここで足踏みするのは失礼な話だしなぁ。
確認はもう既にやっているし、俺自身それだけ綺麗にしている小蒔さんの髪に興味がある。
今は出来るだけ小蒔さんの髪を傷つけないように優しく撫でてあげるべきだ。
小蒔「ふわぁ…♪」
京太郎「どうですか?」
小蒔「とっても気持ち良いです…♪」トローン
京太郎「そ、そうですか…それなら良かったです…」
何故だか分からないが俺のナデナデは小蒔さんにそれなりに好評らしい。
思い返せば湧ちゃんに対しても…ついでに言えば咲相手でもそうだったっけか。
ちょっと何かする度に撫でて欲しいっておねだりしていたくらいだからなー。
…実は俺のナデナデは女性を気持ちよくさせるナデナデだとか…!?
いや、ねーな。
俺が小さいもの好きになるくらいそんなオカルトあり得ませんっと。
小蒔「えへぇ…こんなに安心するの…初めてです…♪」ニコォ
京太郎「はは。それは光栄ですよ」
小蒔「もっと…撫でてくれます?」ジィ
京太郎「う、うーん…俺は構いませんけど…」
ただ、もう日付も変わった時間にこうして女の子の髪をずっと撫でているってのもどうなんだろうか。
と言うか本来ならば小蒔さんはもう眠い時間なんだよなぁ…。
こうして見る限り普通っぽいけれど…でも、無理をさせている可能性はあるし。
うーん…どうしたら良いんだろうか…?
京太郎「…」ナデナデ
小蒔「…あぅ…ふあぁ…」フアァ
京太郎「おっと…もう眠いです?」
小蒔「はわ…ご、ごめんなさい…!?」アワワ
京太郎「いや、良いんですよ。もう遅い時間ですもんね」
小蒔「…はい。実は…何時もなら寝ている時間で…」
京太郎「ですよね。…うん、ごめんなさい」
小蒔「あっい、いいえ!京太郎君の所為じゃないんですよ!?」ワタワタ
小蒔「私が勝手に悩んで…心配してたのがいけないんです」
京太郎「…あー…それじゃあイーブンって事にしてくれますか?」
小蒔「イーブン?」
京太郎「はい。お相子って感じで」
小蒔「お相子…えへへ…素敵ですね」
京太郎「ふふ…そうですね」
お相子が素敵…か。
多分、世界中を見てもそう言える人ってそれほど多くはないだろうな。
少なくとも俺にはそんなつもりはまったくなかった。
…でも、小蒔さんにそう言われるとそんな気もしてくるから不思議だ。
やっぱり小蒔さんも石戸(姉)さんとはまた違う意味でカリスマって奴を持っているのかもな。
京太郎「じゃあ、お相子ついでに、そろそろ寝ましょうか」
小蒔「はい。えへへ…私、男の人と一緒に寝るなんて…初めてでドキドキします」ニコ
京太郎「…えぇ。俺も同じ気持ちですよ」
小蒔「京太郎君もですか?」
京太郎「はい。もうドキドキしっぱなしです」
まぁ、そのドキドキは間違いなく小蒔さんのそれとは別のものなんだけどさ。
小蒔さんのそれは単純に遠足を楽しみにする子どものそれだろうが、俺のドキドキは違う。
どちらかと言えば自分を抑えきれるのか、そしてこんな事をしてバレたりしないだろうかというドキドキだ。
とは言え、その辺を小蒔さんに言っても彼女を困らせるだけだし。
もう眠そうにしている小蒔さんの為にも早めに寝かせてあげよう。
小蒔「よいしょ…」
京太郎「じゃあ、そろそろ電気消しますよ」
小蒔「はぁい」
京太郎「よいしょ…っと」パチッ スル
小蒔「…えへへ…真っ暗でも、ここからなら京太郎君の顔が見えます…♪」
京太郎「はは、俺も小蒔さんの顔がしっかり見れますよ」
小蒔「なんだか…何時もと違う感じですね」
京太郎「え?」
小蒔「…今の京太郎君は何というか…こう…」
京太郎「…ん?」
小蒔「……ドキドキする…感じです」ニコ
京太郎「ドキドキですか」
小蒔「はい。ドキドキです…♪」
その言葉の意味は俺には分からない。
さっきのドキドキと一体、何が違うのかは多分、小蒔さん本人でなければ分からないだろう。
だけど、それが決して悪い意味のドキドキでないのは、見ている俺にもしっかりと伝わってきていた。
小蒔「…私、こんなドキドキ…初めてで…」
京太郎「はは。どんな感じなんです?」
小蒔「とっても穏やかで…暖かくて…素敵な気持ち…です」ニコー
小蒔「お化粧をしていない京太郎君の顔をこうしてじっくり見るのがなかったからでしょうか…?」
京太郎「あぁ、それはあるかもしれませんね」
京太郎「俺は屋敷に来てからもうずっと化粧しっぱなしでしたし」
小蒔「ふふ…もう私より上手かもしれませんね」
京太郎「勘弁してくださいよ…」
まぁ、確かに化粧なんてまったくしていない小蒔さんと違って俺は毎日、整形レベルでの化粧が必要だ。
結果、俺の化粧の技術はグングン上達していき…今ではプロ並とは言えないけど、それなりに見れる顔を作る事が出来ている。
小蒔さんが化粧をしているところなんて見たことはないが、日々の彼女の様子を見ている限り、ほぼ化粧なんてしたことがないだろう。
そんな小蒔さんと比べれば、俺の方がメイク技術が上でもまぁ…おかしくはないのかもしれない。
小蒔「でも、もう京太郎君は何処からどう見ても立派な京子ちゃんですよ」ニコニコ
小蒔「私よりもずっとずっと綺麗で…たまに憧れちゃったりして」エヘヘ
京太郎「まぁ、どちらかと言えば小蒔さんは可愛い系なので」
小蒔「はぅ…も、もう…不意打ちは卑怯ですよ…」カァ
京太郎「はは。人のこと綺麗とか言ってくれたお礼ですよ」
小蒔「はふん…」モジモジ
京太郎「あ、恥ずかしがる小蒔さんも可愛いです」
小蒔「も、もぉ止めて下さいぃ…」カァァァ
そう言いながら布団をあげて顔を隠す小蒔さんは可愛い(確信)
とは言え、このままあんまりこのネタを引っ張るのも酷な話だしな。
何より、こうして話をするよりも小蒔さんを寝かせてあげたい。
俺もそこそこ朝が早いが小蒔さんはもっと早い訳だしなぁ。
京太郎「じゃあ、止めてそろそろ寝ましょうか」
小蒔「えー…」
京太郎「えーって…小蒔さん、眠いんじゃ…」
小蒔「実は今も眠かったりして」エヘヘ
京太郎「じゃあもう寝ないと…明日に響きますよ?」
小蒔「でも…なんだか惜しくって」
京太郎「え?」
小蒔「私…眠いのにこうして京太郎君と向い合ってもっとお話したいって…そう思ってるんです」
京太郎「…小蒔さん」
小蒔「…駄目…ですか?」
京太郎「…………十分だけですよ」
小蒔「えへへ…京太郎君大好きです…っ♪」ニコー
京太郎「うぅ…」
…俺もなんだかんだ言って小蒔さんに甘いよなぁ…。
これじゃあ石戸(姉)さんの事を本当に笑えなくなってきているのかもしれない。
でもさ…でも、あんな風に縋るように見られちゃ…無碍には出来ないよなぁ…。
まぁ、ちゃんと区切りの良いところで止めれば問題はないだろう。
小蒔「んーっと…でも、何をお話しましょう?」
京太郎「それじゃあ俺が来るまでの小蒔さんの生活を教えてもらえますか?」
小蒔「私の生活…ですか?」
京太郎「はい。当たり前ですけど、俺はここに来てからの皆の生活しか知らないんで」
京太郎「俺が来るまでは大体、どんな感じだったのかなって」
小蒔「うーん…でも、今と殆ど変わりがないですよ?」
小蒔「朝起きて、神事を済ませて、ご飯を食べて…」
小蒔「学校に行って、皆と練習して、帰ってきて神事をやって、ご飯を食べて…」
小蒔「お風呂入って、勉強して、最後にお祈りをしてからお休みなさい…ですね」
京太郎「おぉ…まったくブレませんね」
小蒔「えへへ…」
俺が来た事で教育係として皆の手を取り、結果として小蒔さんにも何か迷惑をかけているんじゃないか。
そんな思ったんだが…まったく生活がブレていないなぁ。
まぁ、実際は細かい部分で違いはあるんだろうが、その生活リズムは俺の知っているものとまったく変わらない。
長野にいる時はついつい夜更かししがちであったタイプとしてはそのガッチリ固まった生活リズムを見習いたいくらいだ。
京太郎「やっぱり神事とか大変なんですか?」
小蒔「いえ、子どもの頃からやっているのであんまり大変だと思った事はないですね」
小蒔「それに…」
京太郎「え?」
小蒔「…あ、いや…何でもないです…」
―― そう俺に返す小蒔さんの表情は暗かった。
さっきまではまるで学校で起きた事を一生懸命、親に伝えようとする子どものようだった。
けれど、今の彼女の表情はそこから一転してかすかな陰りを見せている。
純白の和紙に落とされた一滴の墨汁のようなそれが今の俺には気になって仕方がない。
京太郎「…俺で良ければ聞きますよ」
―― それでも普段ならばきっとそんな風に突っ込む事はなかったのだろう。
俺はまだこの屋敷に来たばかりで、皆との関係もようやく地に足が着いたばかりである。
そんな状態で小蒔さんの事情に踏み込んでも良いのか…何時もの俺ならば逡巡していたはずだ。
しかし、今の俺にはそんな躊躇いがまったくと言って良いほど見当たらない。
それはきっと…夜の暗がりの所為か、さっきの小蒔さんが不安げに見えたからだろう。
まるで親を探す迷子のようなその表情を晴らしてあげたいって…俺はそう思ったんだ。
小蒔「でも…」
京太郎「聞かせて下さい。俺は小蒔さんの事、知りたいんです」
小蒔「私の…?」
京太郎「えぇ。だって…俺たちは友達じゃないですか」
勿論、友達と言うには俺たちの関係は歪だ。
小蒔さんが知らないだけであって、この関係は何時崩壊してもおかしくはない。
けれど、それでも俺は…俺の事を『友達』だと言ってくれた彼女の陰りを見過ごす事ない。
俺の為に何かしようと必死になって考えてくれたであろう小蒔さんにお返しがしたいんだ。
小蒔「…京太郎君…」
京太郎「はは。やっぱ…こういうの恥ずかしいですね」ポリポリ
京太郎「でも…俺も小蒔さんと同じですよ。友達に何かしてあげたいんです」
小蒔「……あの、でも…本当に良いんです…か?」
京太郎「えぇ」
小蒔「…面倒な話かもしれませんよ?」
京太郎「俺もさっきその面倒を小蒔さんに掛けたでしょう?」
京太郎「それに…まぁ…こういう事言うのもすげー恥ずかしいんですけど…」
京太郎「友達って…そうやって面倒掛けあって…それで仲良くなっていくもんじゃないっすか」
京太郎「だから、俺ばっかりじゃなくて小蒔さんも面倒掛けて下さいよ」
小蒔「あ…」ジワ
―― 瞬間、小蒔さんの目に涙が浮かんだような気がした。
けれど、それはきっと気のせいだろう。
俺の目の錯覚で、彼女は全然、泣いてなんかいない。
目元に何かが浮かんだと思った瞬間には布団を被って…数十秒後、再び顔を出した時にはもう目の潤みはなかったんだから。
まだ微かに目尻が濡れているような気はするけれど俺の見間違いだと…そういう事にしてあげるのがきっと一番なんだろう。
小蒔「…じゃあ、聞いてくれますか?」
京太郎「はい。ゆっくりでも良いので…小蒔さんの事教えてください」
小蒔「……あの…その…私…それ以外に取り柄がないんです」
京太郎「…それ以外?」
小蒔「神様の事に関して…です」
京太郎「そんな事は…」
小蒔「…いいえ。私なんかよりも皆の方が…霞ちゃんの方がずっとずっと凄いんです…」
京太郎「…小蒔さん」
その言葉に込められた劣等感は狩宿さんほど複雑なものではなかった。
しかし、だからこそ、小蒔さんがそれに対してずっと苦しんできたのを俺に伝える。
それはきっと俺なんかが「分かる」なんて気軽に言って良い代物じゃないんだろう。
俺も周りみんなに劣等感を抱いた事はあるが、それは小蒔さんとは違って一年にも満たない期間だったのだから。
小蒔「私にあるのは神代の巫女という肩書だけで…他には何もありません」
小蒔「でも、皆は私の事を姫様と呼んでくれて…仲良くしてくれて…」
小蒔「…だから…私は…せめて神代の巫女でなければいけないんです」
小蒔「仲良くしてくれる皆の為にも…それだけは人並み以上でなければ…駄目なんです」
京太郎「……」
―― だが、そんな小蒔さんに俺は代わりになんと言ってあげれば良いのだろう。
やはりこの話題は俺なんかが気安く踏み込んでいいものじゃなかったのだ。
強迫観念にも近いものを抱いている小蒔さんに…俺はなんと言えば良いのかさえ分からないのだから。
勿論、そんな事ないよと言ってあげるのは簡単だし、実際にはそれが正しいだろう。
だが、ようやく『友達』という関係の入り口に立ったばかりの俺がそんな事を言っても小蒔さんに届くかどうか。
今の俺が彼女にその言葉を届かせようとするならば、順序立てて整理され、分かりやすい理論でガッチガチに武装したダンガンのような言葉でなければいけない。
京太郎「(…でも、俺にはそれが思いつかない)」
俺は元々、それほど頭の良いタイプじゃないのだ。
勉強だって中の下ってところだし、麻雀だって未だに弱いままである。
悲しいかな、彼女の翳りを砕けるようなしっかりとした言葉なんてすぐさま出てくるはずがない。
自分で踏み込んでおいて…こんな体たらくは…あまりにも恥ずかしすぎる。
そうは思いながらも思考は空回りして…ロジカルが砂糖のように崩れ去っていった。
京太郎「(皆ならば…一体どうするだろうか?)」
そんな俺の中で逃避のように浮かんだ思考。
瞬間、脳裏をチラつくのはこの屋敷で出会った女の子達の顔だ。
誰も魅力的で、そしてちょっぴり世間知らずで…でも、俺よりもよっぽどしっかりしている皆の。
彼女達ならば…今の小蒔さんをなんと言って慰め…その心を晴らしてあげるであろうか。
―― …あぁ、そうか。…そういう事だよな。
京太郎「…そんな事ないわよ」
小蒔「え?」
京太郎「小蒔さんは決して肩書だけの女の子じゃないわ」
瞬間、俺の口から漏れだすのは『須賀京太郎』としての言葉ではなかった。
それは俺の頭の中に浮かんだ石戸さん達が紡いでいる言葉だったのである。
いや…より正確に言うならば、永水女子の現エルダーである『石戸霞』を核にして作った仮の思考と言うべきか。
京太郎「(…石戸ちゃんから嫌ってほど特訓させられたもんな)」
尋常ならざる姉ラヴである石戸(妹)ちゃんから受けた特訓という名の自慢。
彼女の私室で延々と見せられたビデオや写真、音声記録などは俺の中に情報として積み重なっている。
誰に対しても物腰柔らかく、そして優しく言い含める石戸(姉)さんの姿はもう目を閉じれば瞼の裏に浮かび上がるくらいだ。
勿論、本人ではない俺がそれを完璧に再現するなど不可能だが…そうやって欠落する部分は記憶の中の薄墨さんや狩宿さんたちで補えば良い。
ここで大事なのは俺が『石戸霞』そのものになりきる事ではなく、それを使って小蒔さんを慰める事なのだから。
京太郎「そもそも…どうして小蒔さんは皆と劣っているのを気にするのかしら?」
小蒔「だって、私は皆に姫様と呼ばれていて…とても気を遣って貰っているのに…」
京太郎「自分がそれに足る存在じゃないって事?」
小蒔「…はい」
京太郎「…小蒔さん、それは大きな誤解よ」
小蒔「誤解…?」
京太郎「えぇ。だって、皆が小蒔さんの側にいるのはそれだけだからじゃないでしょう?」
小蒔「…え?」
京太郎「友達だから…大事に思っているから…皆は小蒔さんと仲良くしているのよ」
勿論、六女仙と言う訳の分からない制度って問題もあるのだろう。
十曽ちゃんや石戸(妹)ちゃんなんかはまだ中学生なのに親元から引き離されているのだから。
普通ならばまだまだ親の保護下にいなければいけない年頃で共同生活を行わせるくらい神代家にとって『六女仙』というのは、そして『神代の巫女』というのは重要らしい。
けれど、皆が仲良くしているのは、そんな理由とは無縁に思えるのだ。
京太郎「私はつい最近外から来たばかりだけれど…でも、皆がとても仲が良いのは知ってるわ」
京太郎「特に石戸さんとの仲には嫉妬しちゃった事もあるくらいよ」
小蒔「…え…本当ですか?」
京太郎「勿論。今でも姉妹みたいに仲良しで良いなって思っているんだから」
小蒔「…姉妹…」
京太郎「ふふ…そんな風に見えるくらい小蒔さんは皆と強い絆で結ばれているの」
京太郎「じゃあ、ここで問題よ。そんな風に仲良くなるのに必要なのは肩書かしら?」
小蒔「それは…」
京太郎「…違うでしょう?だって、小蒔さんが私と仲良くしたいって思ってくれたのは肩書なんて関係ないものね」
そもそも俺にはそんな肩書なんて一切なく、文字通り身一つで神代家に売られた奴隷も良い所なのだ。
それを小蒔さんは知らないが、さりとて俺に何の権力も地位もないことくらいは知っているだろう。
まぁ、一応、六女仙を排出してきた須賀家の跡取りではらしいんだが…そんなもので小蒔さんが揺らぐ訳じゃない。
相手はその六女仙全てを従えるトップな訳だしな。
京太郎「皆は小蒔さんが姫様だから仲良くしているんじゃない。小蒔さんが小蒔さんだからこそ…一緒にいるのよ」
小蒔「……でも」
京太郎「でも?」
小蒔「…私は…何も出来ません。皆よりも…何一つ上手に出来るものがなくって…お返しも全然…」
……あぁ、そうか。
小蒔さんが俺に対してこんなにも必死になってくれていたのは…その所為もあったのか。
この人はずっとされっぱなしで…周りに借りを作ってきたんだ。
その事について思い悩んでいたからこそ…皆の役に立ちたいって思っていたからこそ、俺の事にもあんなに必死になってくれていたんだろう。
京太郎「あら…それがなんだって言うの?」
小蒔「え?」
京太郎「もしかして小蒔さんは相手に何かの利益を返せなければ、お友達にはなれないと思っているのかしら?」
小蒔「はい…」
京太郎「そうね。確かにそういった側面はあるかもしれないわね」
京太郎「でも、小蒔さんのそれは盲目的と言っても良いような考えよ」
小蒔「盲目的…ですか」
京太郎「そうよ。だって、小蒔さんは即物的なものしか見えていないんだもの」
京太郎「お勉強を教えてあげられるとか…お稽古を手伝ってあげるとか…そういうものが必要だと思っているんでしょう?」
小蒔「…はい」
京太郎「それが大きな間違いなのよ。そんなのなくったって人は誰かとお友達になれるんだから」
そもそも俺が咲と友達になったのは…幼馴染になったのはそんな理由じゃない。
お隣さんで気づいたら一緒に居て、俺が護ってやらなきゃって思って……それで俺とあいつは友達になっていったんだ。
勿論、咲から勉強を教えてもらったり、料理を作ってもらったりはあったけど…でも、それは小学校高学年くらいからの話だし。
それまでの俺は咲の一方的な保護者みたいなもんで…そういった利益なんざ一つもなかったと言って良い。
京太郎「大事なのはそう言った利益じゃない。心の繋がりなのよ」
京太郎「一緒に居て楽しい面白い安心する…友達というものを作る中で重視されるのは寧ろこっちの方」
それでも俺が咲と友達で、幼馴染であり続けられたのは、一緒にいるのが楽しいからだろう。
あいつと一緒にいる事で楽しいというメリットがあったからこそ、俺は高校まで一緒につるむ事が出来たんだ。
そういう意味ではさっきの小蒔さんの言葉は決して間違っていない。
間違っているのは…彼女がそういったものを何も皆に返せていないという一点だけだ。
京太郎「そういう意味では小蒔さんはちゃんとこれを皆に返せているわ」
京太郎「皆、小蒔さんと一緒にいる時はとても楽しそうで…穏やかな顔をしているもの」
小蒔「…本当…ですか?」
京太郎「えぇ。皆、好きな人と一緒にいるみたいな優しくて素敵な顔をしてるわ」
小蒔「あ…」ジワァ
そこで小蒔ちゃんが涙を抑える事が出来なくなってしまったのだろう。
さっきよりも強い勢いで溢れた涙は隠す暇もなく目尻からこぼれていった。
それに一つ安堵するのは…それが俺の言葉が小蒔さんに届いた証だからだろう。
『石戸霞』に…『自分の中の理想のお姉さま』を演じながらで気持ち悪く思われないか不安だったけれど…。
小蒔「…わ、私…」
京太郎「大丈夫。小蒔さんはちゃんと皆に応えられているわ」
京太郎「だから、そんな風に自分を追い込まなくても良いのよ」
京太郎「小蒔さんは決して神代の巫女だけの女の子じゃない」
京太郎「誰かを幸せにする事の出来る…素敵な女の子なんだから」
京太郎「私は一人で何でも出来てしまう人よりも…小蒔さんの方がずっと素晴らしい子だと思うわ」
小蒔「う…うぅ…」
京太郎「ほら、泣いちゃうと朝大変な事になっちゃうわよ?」スッ
そう言いながら小蒔さんの頬を拭っても拭っても彼女の涙は止まらない。
多分…よっぽど今の気持ちを我慢してきたんだな。
大事に思っているからこそ誰にも言えず…誰にも頼れず…。
こんなになるまであふれるような劣等感を一人でずっと抱え続けてきたんだ。
小蒔「…ごめん…なさい」
京太郎「ん?」
小蒔「…私…こんな…泣いたりして…」
京太郎「……まったく、小蒔さんは気にしすぎなのよ」ソッ
小蒔「あ…」
京太郎「もっと私達に甘えちゃっても良いの」ナデナデ
小蒔「…でも、私…もう沢山甘えて…」
京太郎「ふふ、甘いわね。この程度で私が満足するとでも思っているの?」
小蒔「え?」
京太郎「寧ろ、本当はもっともっと甘やかせたいってそう思っているんだからね」
京太郎「だから、出来ればごめんなさいじゃなくてありがとうって言って欲しいわ」
小蒔「あ…」
京太郎「どう…かしら?」
小蒔「…はい。ありがとう…ございます」ニコッ
京太郎「うん。小蒔さんらしい…明るく素敵な顔になったわね」クスッ
小蒔「えへへ…京太郎君のお陰です」
そう言ってくれると『理想のお姉さま』になりきった甲斐もあるってなもんだ。
まぁ、一段落した今はさっきの自分を思い返す度に恥ずかしさで死にたくなるけれどさ。
ベースが石戸(姉)さんだからって、こう何というか…まるで口説いているみたいじゃないか。
小蒔さんにそういう照れがないから良いものを…下手すりゃ色々と大惨事だったぞ。
小蒔「…でも、どうして急に女の子の言葉遣いに?」
京太郎「あー……まぁ、何ていうかそっちの方が良いかなって」
小蒔「???」
京太郎「いや、まぁ…何て言うか、そっちの方が言いやすかったんですよ」
小蒔「うーん…良く分からないですけど…」
出来れば分からないままで居て下さい。
元々、俺が『理想のお姉さま』を演じる事になったのは今の自分じゃ小蒔さんに何も言えなかったからだしな。
小蒔さんとの距離や自分の頭の悪さの所為で踏み出せなかった一歩を『理想のお姉さま』になりきる事で踏み出したなんて知られたくはない。
勿論、小蒔さんはそれを知っても俺を馬鹿にしたり幻滅するタイプじゃないと分かっているものの、あまりにも情けなさすぎる話だしな…。
小蒔「でも…京太郎君…いいえ、京子ちゃんのお陰で私、凄い助かっちゃいました」
京太郎「はは。偉そうに説教なんてしちゃってすみません」
小蒔「いえ、全然、気にしていませんよ。寧ろ、さっきの京子ちゃんは霞ちゃんみたいでしたし」
小蒔「私の事を想って言ってくれているのは十分伝わってきました」ニコー
京太郎「あ、あはは」
そしてどうやら俺のなりきり元は小蒔さんにもしっかりと伝わっていたらしい。
それに喜んで良いやら悲しんで良いやら…微妙な心境だよなぁ。
ま、まぁ…一応、そのお陰で小蒔さんが元気を取り戻せた訳だし…きっと喜ぶべき事…のはずだ。
小蒔「…だから…えと、あの…もう一つ…甘えたいんです…けど…」
京太郎「ん?」
小蒔「…寝るまで私の頭…もうちょっと撫でてくれませんか?」
京太郎「…癖になっちゃいました?」
小蒔「だ、だって…京太郎君の触り方とっても優しくて気持ち良いんですもん…」カァァ
京太郎「はは、そんなに気に入ってもらえて光栄ですよ」ナデナデ
小蒔「はふぅ…♪」
まぁ、こうしてお互いに布団に入っている状態じゃそこまで撫でてあげられないけれどさ。
だけど、それでも満足なのか俺の手が動く度に小蒔さんは嬉しげな吐息を漏らした。
…それが何とも色っぽく思えるのは、俺が健全な男子高校生の証なのだろう。
いや、だって、仕方ないじゃん!ここに来てからろくに自家発電も出来てないんだからさ!
目の前で紛れも無い美少女が頬を赤く染めて熱く息を吐いたらどうしてもそうなっちゃうってば!!
小蒔「…なんだか京太郎君に頼って欲しくて来たのに私の方ばっかり頼っている気がします…」
京太郎「そんな事ないですよ。こうして小蒔さんが来てくれただけで俺はすげー嬉しいです」
小蒔「本当…ですか?」
京太郎「こんな事で嘘なんて言いませんってば」
小蒔「えへへ…だったら…私…凄い嬉しい…です」ニヘラ
京太郎「…小蒔さん?」
小蒔「ごめんなさい…私…もうそろそろ眠く…」
京太郎「大丈夫ですよ」
そもそも今の時間は小蒔さんにとってオーバータイムも良いところだしなぁ。
その上、さっきはポロポロと涙を零していた訳だし、眠くなって当然だろう。
…と言うか俺自身、安堵した所為か、結構眠くなってきていた。
流石に今すぐ寝たいってほどじゃないが瞼を瞑ればすぐに夢の中へと堕ちる事が出来るだろう。
京太郎「ちゃんと寝るまで撫でていてあげますから」
小蒔「…えへ…京太郎君…優し…ぃです…」ウトウト
京太郎「…小蒔さん?」
小蒔「…すぅ…」スヤー
京太郎「…おぉ」
はえーなおい。
いや、元々、何処でも寝る事の出来る人だから割りとすぐに眠るとは思っていたけれど。
しかし、目の前でこうしてみるとちょっとびっくりするくらいの速度だ。
即落ちニコマと言うか、射的と昼寝が特技だと豪語する小学生並と言うか。
まぁ、どんな風に表現するにせよ、小蒔さんがずっと起きている為に気を張ってくれたのは事実だろう。
京太郎「…おやすみなさい、小蒔さん…」スッ
小蒔「ん…っ」ギュッ
京太郎「こ、小蒔さん…!?」
そう言いながら俺が彼女から手を離そうとした瞬間、小蒔さんの腕が俺を捕まえた。
離れようとする手を宝物のように掴むそれに驚きながら声を返すが彼女からの返事はない。
小蒔さんは狸寝入りなんて出来るような子ではないし…これは無意識的に俺が離れるのを察知しての行動って事か。
にしても… ――
京太郎「(参ったなぁ…)」
ここで小蒔さんが俺の事をラブってくれている…なーんて思うほど俺は自意識過剰な奴じゃない。
ただ、こうして無意識的に反応するくらい彼女が人のぬくもりという奴に飢えているのだろう。
それを知って小蒔さんの手を無情に引き離す気にはやっぱりどうしてもなれない。
それにその手は暖かくて柔らかいし…い、いや、別にそれくらいで発情したりはしないけど。
京太郎「(ま、明日になったら解けてるだろ)」
俺は別に寝相が悪いって訳でも、良いって訳でもないのだ。
寝ている最中に寝返りを打っている間に何時かは解けているだろう。
流石に一晩中起きてずっと手を握りっぱなし…なんて事をするほど俺に余裕がある訳じゃないしな。
と言うか…小蒔さんの安らかな寝顔を見ていると俺も段々と眠く… ――
霞「……須賀君」
京太郎「ん……」
霞「…須賀君、起きて…」
京太郎「んあー……あ…石戸さん…」
霞「起きた?」
京太郎「ふぁぁい…おはようごじゃいます…」フワァ
霞「そう。それなら良かったわ」
霞「じゃあ、起きたばっかりで申し訳ないけれど…一つ聞かせてくれるかしら?」
京太郎「ふぇ…何をです…?」
霞「どうして須賀君は姫様と一緒の布団で寝ていて…しかも、抱きつかれているのかしら?」ビキビキ
京太郎「え゛…?」
霞「…ねぇ、どうして?」
京太郎「え?抱きついて…え?いや…嘘…!?」バッ
小蒔「ふにゃあ…♪」ギュー
京太郎「アイエエエエ!?小蒔=サン!?小蒔=サン、ナンデ!?」
霞「なんではこっちのセリフなんだけれど…?」ゴゴゴ
京太郎「あ、いや…その…」
霞「どうして小蒔ちゃんが自分の部屋じゃなくて須賀君の部屋にいるのか…」
霞「いや、いるだけじゃなくて…どうして同衾して嬉しそうに抱きついているのか…」
霞「勿論、しっかりばっちり…納得行くように説明してくれるわよね?」
京太郎「あの…その…」
霞「あら、須賀君。分からないのかしら?」ニコニコ
霞「私ははいかYES以外の返事を求めてる訳じゃないのよ?」
京太郎「はい!すみません!!」カタカタ
―― 本物の『石戸霞』さんは俺が作った『理想のお姉さま』よりも遥かに怖かったです
というわけで須賀京子お姉さま爆誕でございます
おとぼくやってて普通にお姉さまやってる主人公にちょっと違和感があったので理由づけやろうとした結果がこれだよ!!!!
明星ちゃんが姉ラヴになったのも割りとこの伏線というか前振りでございました
当分帰れるかさえ微妙な感じは続くので下手したら3月中は@一回しか投下出来ないとかそういう事になるかもです…
ごめんなさい…
あ、本来ならこの後、姫様の誕生日とか色々あるけど
流石に前振りが長すぎるので次回からは永水女子に入学します
須賀京子お姉さまのご活躍にご期待ください
ストックホルム症候群的なアレを感じないこともない
これ、化粧も女装もせずに女言葉使ったんだよね……
>>726
と言うか多分、今はストックホルム症候群です
勿論、友情とかもあるし、実際にこれからそういう面が増えていくだろうけれども
>>730
多分、姫様じゃなきゃキモいって言われそうな光景だったんじゃね?(適当)
九年間読み終わってここも追い付いた!面白いしヒロイン可愛くて楽しいです
今作では明星ちゃんに期待してますが今度こそ春が勝利できるのかもわたし気になります!
全員Lv80超えの大和・長門・陸奥・熊野・扶桑・山城の艦隊で二回連続演習で夜戦して戦術敗北くらう確率って幾らなんだろうな(白目)
>>733
お疲れ様ー
割と勝手なキャラ付けしてるけど、明星ちゃん人気あるなー
大体、皆の反応見てると一番人気ははっちゃんか明星ちゃんかって気がする
ゴメン。ようやく投下出来るだけの量が書けた…
明日見直しして投下します…
ぬあー…ごめん、ちょっと予定してたところまで見直しできませんでした…
眠気もマッハな状態なのでとりあえず見直し終わったところまで投下していきます
残りの分はそれほど数がないけれど明日にでも投下します
―― キラキラと眩しい朝の日差しが新緑の葉から透ける並木道。
サラリと肌を撫でる風は微かに心地良く、朝の清々しさを孕んでいる。
春の到来を感じさせるような爽やかな風は眠気を根こそぎ吹き飛ばしてくれそうだ。
春を喜ぶようにして咲く花々の香りもとても穏やかだ。
ともすればそのまま日向ぼっこして眠ってしまいそうになるような…そんな穏やかな1シーン。
「……」ヒソヒソ
京子「……」
「……」ヒソヒソ
京子「……」
…うん、まぁ、この周りのヒソヒソ声がなければな!!!
さっきからチラチラとこっちを見る女子高生の視線も痛いが、何よりそのヒソヒソ声が気になって仕方がない。
うぅ…一体、何を言ってるんだろう…やっぱり俺が男ってバレてしまっているんだろうか。
いや、でも、それならもっと騒ぎになるんじゃ…うぅぅぅ…。
京子「…あの…春ちゃん?」
春「…大丈夫…」
京子「そ、そうかしら…でも…」
春「…大丈夫。心配しないで…」ギュッ
京子「ぅ…」
そう言って隣を歩く春は俺の手を握ってくれるがそれでも俺の中の心の不安は晴れなかった。
何せ、今日は俺が永水女子に初めて登校する日 ―― つまりは始業式なのである。
それまでずっとお屋敷に軟禁され、女らしさを身につける為の特訓に始終していた俺にとって外に出る事そのものが久しぶりだ。
そんな俺にチラチラと向けられる視線が10や20ってレベルじゃないのだから…不安になるのも当然だろう。
明星「須賀さんは怯えすぎですよ。あんなに特訓したじゃないですか」
京子「それは…そうかもしれないけれど…」
湧「須賀さ…んは…一生懸命…きば…頑張ってたよ…?」
京子「……うん」
確かに十曽ちゃんの言う通り、2月からの追い込みはそれはもう凄いものだったからなぁ。
一人でいる時以外はずっと裏声を使っていたし、口調や思考も『理想のお姉さま』に合わせていった。
お陰で狩宿さんや薄墨さんには「もう女の子にしか見えない」とまで言われたし…大丈夫だと思うのだけれど。
それでも…どうして周りはこんなにも俺の事を見るんだろうか…?
小蒔「大丈夫です!皆が見ているのはきっと京子ちゃんが素敵に見えるからですよ!」
京子「わ、私が素敵…?」
小蒔「はい!身長も高くて顔も綺麗で立ち振舞も色っぽくて…私から見ても憧れちゃいます!」キラキラ
京子「そ、そう…ありがとうね、小蒔ちゃん」
ただ、小蒔ちゃんにそうやって太鼓判を貰ってもなぁ。
小蒔ちゃんのことを疑うわけじゃないが、彼女は基本誰に対しても好意的だし。
そう言ってくれるのは勿論、嬉しいが、さりとてそれは俺の不安を晴らすのには足らない。
明星「大丈夫ですよ、私達も出来るだけフォローしますから」
京子「…それは…勿論、信じてるわよ」
明星「だったらそんな風に怯えないで下さい。折角、綺麗な顔が台無しです」
京子「ぅ…そう言われてもあんまり嬉しくないのだけれど…」
明星「それでも今の須賀さんはとてもお綺麗です。お世辞を抜きにしても立派な永水女子の生徒ですよ」
明星「だから、胸を張って下さい。そんな風に周りにおびえていると逆に悪目立ちしますよ」
京子「う…そう…ね」
石戸(妹)ちゃんの言葉はあんまりにも正論すぎてグウの根も出ない。
確かに今の俺は怯えるあまり周囲の関心や視線を買ってしまっている状態だろう。
周りに小蒔さんたちがいるので元々目立っているとは言え、俺が注目を集めていたら悪循環も良いところだ。
流石に胸を張ったりするのはまだ無理だが、とりあえず背筋を伸ばしてちゃんと歩こう。
「わぁ…」
京子「……」
京子「…‥あの」
小蒔「京子ちゃんは背が高いですからね」
春「…普通にしてても注目を浴びるのが当然…」
京子「私にどうしろって言うのよ…」
普通にしてても目立たないようにしても駄目とか(絶望)
うぅ…今はこの身長が憎い…。
薄墨さんみたいに小柄…とまでは言わないが、せめて春くらいの身長だったらなぁ。
少なくとも今みたいに変に目立つ事はなかっただろうに。
湧「…見えて…きた」
京子「見えて…あぁ…あそこが…」
―― 並木道の向こうから覗くその校舎は決して新しいものじゃなかった。
いや、一面に塗られた白いペンキ越しでも年季を感じさせるその建物は寧ろ古いと言っても良いくらいだろう。
おおよそお嬢様校というイメージが持つ華やかな雰囲気とは真逆な地味で堅実な校舎。
しかし、俺たちと同じ制服を着た永水女子の生徒たちは皆そこに向かっている。
ということはやっぱりあそこが俺がこれから通う…永水女子なのか。
京子「…何かイメージとちょっと違うわね」
明星「まぁ、ここから見える範囲だとちょっと古くさいかもしれないですね」
京子「実際は違うのかしら?」
明星「はい。ここからじゃ見えませんけれど、テラスや中庭は英国式を取り入れていますから中々に雰囲気があると思いますよ」
京子「…英国式…あまり私は詳しくないけれども、それってパブリックスクールになるのかしら?」
春「…本来のパブリックスクールは男子校或いは共学…」
小蒔「だから、その定義には当てはまらないかもしれないです。パブリックスクールだ、とは入学のパンフレットには書いていないですし」
春「一応、永水女子は明治時代、イギリスに留学していた人たちによってパブリック・スクールを規範にして作られただって書いてあるけど…」
京子「なるほど…」
その辺の説明は口調やら思考やらに慣れるので手一杯でろくに出来なかったからなー。
しかし、まぁ、お嬢様校という事しか知らなかったが、やっぱり結構、歴史のある学校だったらしい。
まさか明治の時代にまで遡るとは…あ、いや、ちょっと待て。
京子「あれ?でも、それがどうして女子校になったのかしら?」
京子「パブリックスクールってさっき春ちゃんが言っていた通り元は男子校だったんでしょう?」
湧「えっと…それは……創設者の…意向で…」
京子「意向?」
湧「こ、これからは女性も…社会進出するべきだって…じゃないと欧米列強には勝てない…って」
京子「あぁ。なるほど…そういう事なのね」
現代に生きる俺にとってはいまいち良く分からないが、当時の世界は戦国時代で日本は田舎も田舎みたいなもんだったらしいからな。
所謂、植民地にされない為に先人たちが何とか列強国に追いつこうと頑張った結果が、目の前の学校なのだろう。
そう思うとなんだかこの古びた校舎がとっても有り難いものに思えてくるな。
今の日本があるのもこうした学校があったお陰なんだろうし。
京子「ありがとうね、十曽ちゃん」ナデ
湧「ん…っ♪」ニコー
小蒔「あ、湧ちゃんだけずるい…」
春「…私達も説明したのに…」
京子「あ、勿論、二人にも感謝しているわよ?」
ただ、十曽ちゃんの場合は精一杯頑張って言葉を選んでくれている訳だしな。
万が一にもかごんま弁…いや、鹿児島弁が出ないように頭の中でどうしても思考が必要になる。
それでも俺に頑張って説明しようとしてくれた彼女の頑張りはやっぱり一番、心に響くのだ。
決して皆に感謝していない訳ではないが、やっぱりこの場は湧ちゃんのことを優先してあげたい。
明星「あんまり須賀さんに甘えちゃ駄目ですよ」
京子「あら…別に私は構わないけれど…」
明星「私も別に構わないですけど…目立っていますから」
京子「う…ごめんなさい…」
まぁ、確かに天下の往来で女の子の頭を撫でるのはちょっとやりすぎたか。
お屋敷ではごく普通にやっていたのでついついそのつもりだったが…これはちょっとまずいかもしれない。
今も男だと騒がれてはいない以上、この程度で何かトラブルに発展したりはしないと思うが…。
しかし、こうした細かい部分で注目を浴びていては必ず何時か男であるとバレてしまうだろう。
ここは敵地なんだって…そう思うくらい気を引き締めて目立たないようにしないとな。
「十曽さんがあんな風に…」
「アレが本当にザ・怯えた小動物と言われた十曽さんなのかしら…」
「とても気持ち良さそうな顔をしていらっしゃるわ…」
「きっと二人は強い絆で結ばれていらっしゃるのね」
「もしかしてアレが十曽さんのスール…お姉さまなのかしら…?」
…と思ったけれどさ。
こう時々、耳に入る周りの声にすげーツッコミ入れたくて仕方がないんだけど。
ザ・怯えた小動物って称号にしても長すぎだろうとか、一々、ザって言うんじゃねぇよとかさ。
そもそも頭撫でるくらい別に女性同士なら普通の事だろうとか割りと言いたい、言ってやりたい。
でも、そんな風に一々反応していたらそれこそ注目を浴びるだけだし…ここはやっぱり自分を抑えないと…。
明星「ふふ…でも、別に目立っても良いんですよ」
京子「え?でも…」
明星「須賀さんが人気者になる分はまったく問題ありません」ニコッ
…つまりバレなきゃ大丈夫って事か。
いや、まぁ、確かにその通りではあるんだけれど…逆に言えばバレたら一巻の終わりなんだよなぁ。
そうやって人気者になった分、バレる確率が上がるっていうのは勿論あるし…やっぱり大人しくしているのが無難なはずだ。
小蒔「あ、いっそエルダーを目指してみますか?」
京子「ふふ…それは無理よ」
小蒔「え?どうしてですか?」
京子「私は今日転校してきたばかりでまだお友達と言えば小蒔ちゃんたちくらいしかいないのよ?」
京子「エルダー選挙は一ヶ月後…その間に私の名前を全校生徒が覚える事もないでしょうね」
確かに今こうして目立っているが、それも一週間もすれば違和感なく溶けこむ事が出来るだろう。
代わりに転校生として俺の名前は広がっているだろうが、それと顔が完全に一致する事はまずないはずだ。
一ヶ月後にはそれもマシになるかもしれないが、エルダーとして選ばれるほどの知名度には到達する事なんて出来ないだろう。
…と言うか到達していたら逆に怖い。
俺はこの一ヶ月の間に何をやらかしたんだってレベルだ。
京子「それにまぁエルダーというのは一ヶ月程度で選ばれるような軽い称号ではないでしょう?」
明星「その通りです。霞お姉さまも最初の年にエルダーに選ばれたのは中学からの積み重ねがあってからですし」
春「…幾ら京子ちゃんでもエルダーは難しい…」
小蒔「んー…残念です」
京子「私はあんまり残念じゃないかなーって…」
そもそもエルダーに選ばれてしまうとそれこそ学校にいる間は全校生徒の視線に晒され続けるのだ。
絶対にバレてはいけない理由を抱えている今、それは死亡フラグ以外の何者でもない。
まぁ、逆にエルダーとしてまで認められたら男だなんて欠片も思われなくなるかもしれないけどさ。
だけど、やっぱり一番は変に目立つよりも、誰の気にも止められないように大人しくしている事だ。
…まぁ、周りが小蒔さんを始めとする神代家関連の人ばかりって時点である程度目立ってしまうのは避けられないだろうけど。
京子「でも、ありがとうね、小蒔ちゃん」
小蒔「えへへ♪どういたしまして、です」ニコー
明星「仲良くするのも良いですけど前見ないと危ないですよ」
春「…到着…」
京子「っと…」
そうこうしている間に俺たちは校舎の入り口を潜った。
瞬間、目の前に広がるのは赤青白と三色に染まった下駄箱である。
恐らくだが、その色によって一年二年三年を区別しているのだろう。
だけど、その数はやっぱりそんなに多くないな。
下駄箱の総数だけ見ても、多分、清澄の半分以下くらい。
勿論、その全てを使っている訳じゃないだろうし…全校生徒の数はそれほど多くはないんだろう。
まぁ、元々が一部のエリート層のお嬢様を育成する校だから、生徒数が少ないのも当然か。
京子「でも、パブリックスクールを参考にしているって言ってもこういうところは日本式なのね」
明星「そうですね。まぁ、英国式と言っても完全にガッチガチで固めてしまうと当時の女性たちも馴染めなかったでしょうし」
春「…大事なのは受け入れた文化をどう自分たちにとって使いやすいものにするかと言う事…」
湧「そや日本人の得意分野やっで…あ、いや…だから…」
京子「そうね。どれだけ良い靴でも自分に合わなきゃ意味ないものね」
春「……下駄箱だけに…?」ジッ
京子「ち、違うわよ…!そこまで寒いギャグ飛ばしたりしないから…!」アセアセ
小蒔「え?でも、私、凄い上手だなーって思ったんですけど」
湧「あちき…私も…」
明星「ふふ…良かったですね、須賀さん。優しい後輩と先輩が居てくれて」
京子「…ちなみに石戸ちゃんは…」
明星「私ですか?うふふ…勿論、ノーコメントです」ニコッ
京子「ち、違うのよ…本当に笑わせようと思っていった訳じゃ…!」
明星「えぇ。勿論、分かっていますよ、須賀さん」ニコー
あっこれ絶対分かってない…と言うか全部分かっててからかっている顔だ…!
意外と石戸(妹)ちゃんもこっちの事からかってくる子だからなぁ…。
まぁ、まったく絡んでくれない相手よりもあっちからも何かしら絡んでくれる子の方が嬉しくはあるんだけど。
それにこういった距離感は比較的俺にとってもやりやすい訳だしな。
小蒔「よいしょ…」
春「……」
湧「おぃっしょ…」
京子「……」
にしてもアレだな。
女の子たちが靴を脱ぐ様ってなんでこうちょっとエロいというか気になってしまうんだろうな。
バランスが不安定で何時もよりも護ってあげたくなるのか、或いは否応なく浮き出る身体のラインがエロいのか。
…うん、いや、そういう事は考えないようにしよう。
明星「…??」
京子「あ、ううん。なんでもないわよ」
とりあえずこんなことを考えても石戸(妹)ちゃんにバレないようにはなった。
でも、それで安心…といかないのが、男の性な訳で。
今は大丈夫でも、気を抜けばまたエロい顔をしてしまうかもしれない。
それを他の誰かに見られた時点で俺の死亡は確定するのだから、自分を律しすぎる事はないだろう。
京子「(…そう思うと今からでも憂鬱だけどさ)」
けれども、ここまで来た以上、今更、後戻りなんて出来はしない。
そもそも戻る場所など俺にはなく、今の居場所を護る為にも【須賀京子】を演じなければいけないのだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は皆と同じように身体を曲げて上履きへと履き替える。
湧「わぁ…」
京子「ん?どうかしたの?」
湧「あ、いや…その…」カァ
小蒔「今の仕草、とっても色っぽかったです!」
春「…うん。ムラムラした」
京子「あ、ありがとう。でも、無理に褒めなくても良いのよ…?」アセッ
明星「大丈夫ですよ。姫様たちはそういうお世辞が言えるような子じゃありませんから」
だからこそ困ってるんだけどな!!!
確かに外見こそもう殆ど女の子になっているけど、それでも心はまだ男なんだよ。
それなのにこんなにも可愛らしい女の子たちから色っぽいなのムラムラするだの言われたら誤解してしまいたくなる。
小蒔さんにも言った通り、男って奴は何処までも馬鹿で自意識過剰な生き物なのだ。
京子「それより…職員室はどっちかしら?」
春「…案内する…」
京子「え?でも…」
春「まだ時間はあるから大丈夫…」
京子「…じゃあ、お願いしようかしら」
ちょっと悪い気もするが…まぁ、案内して貰った方が確実なのは確かだしな。
俺は咲みたいなポンコツじゃないから迷ったりはしないだろうが、土地勘がまったくないのは事実なんだ。
時間までには確実に職員室にはつけるだろうが、春の心遣いを無駄にしたりは出来ない。
明星「では、私たちは姫様を送ってきますね」
小蒔「はい。じゃあ、京子ちゃん、また放課後に」フリフリ
湧「放課後に…です」パタパタ
京子「えぇ。皆も頑張ってね」フリフリ
そう言って去っていく小蒔さんたちご一行。
両脇に石戸(妹)ちゃんと十曽ちゃんを控えさせるその姿は凄い様になっていた。
姫様姫様なんて言われているけれども、今の後ろ姿は本当にお姫様みたいに見える。
…こうしてみると住んでいる世界が違う人って気がするなぁ。
春「…京子」
京子「っと…ごめんなさいね」
春「ううん…大丈夫…それより…こっち…」スッ
京子「ありがとう。でも、職員室ってどの辺りにあるの…?」
春「…そこ」スッ
近っっ!?
いや、もうホント下駄箱から目と鼻の先ってレベルだぞ。
歩き出して一分もしてないのにもう職員室の札が目に見えているし。
こんなに近いなら別に案内とかいらなかったんじゃないだろうか。
春「…京子と出来るだけ一緒に居たかった…」
京子「え?」
春「…最近は二人っきりになれなかったから…」
京子「春ちゃん…」
春「…京子をからかう事もあんまり出来なくて…」
京子「春ちゃん…!?」
てめぇ…!ちょっといい話だと思ったのに…!
いや、まぁ、そういうしんみりしたのは俺達には合わないか。
そもそも二人っきりになるのを喜ぶような関係でもないしな。
春は皆の中では早い内に俺への警戒を解いてくれた子だけどさ。
それでもそういう感情に発展するにはまだ時間が少なすぎるだろう。
…あれ?でも、今から思い返すと春は最初から俺の事あんまり警戒してなかったような…。
春「…だから、今はちょっと…嬉しい」ニコッ
京子「…もう。本当に春ちゃんは悪戯っ子なんだから」
それでも。
それでも…春のその言葉に偽りはないのだろう。
綻ぶように浮かべた春の笑顔はとても魅力的で、そして何より可愛らしいものなんだから。
少なくとも、俺にとってさっきのちょっとした悪戯くらいなら許してあげたくなるくらいには。
京子「…ごめんなさいね。春ちゃん」スッ
春「あっ…」カァ
京子「最近、忙しくて…確かに二人一緒の時間はなかったわよね…」ナデナデ
春「ん…ぅ…♪」
京子「でも、安心して。これからは出来るだけ春ちゃんと一緒にいるから」
春「ほ…本当…?」ジィ
京子「えぇ。勿論よ、春ちゃん」ニコー
春「…嬉し…」
京子「だって、私じゃ色々と勝手が分からないもの。色々と手伝って貰わないとね」クスッ
春「……え?」
許してあげたくなる(許すとは言っていない)
ヒャッハー、たまには俺だってそういう仕返しするんだぜ?
何もこういうやり方は春だけの専売特許って訳じゃないんだ。
頭の中が【須賀京子】になっている今ならこういう返し方も出来る。
春「…京子のバカ」ムゥ
京子「ふふ…どうしたの?」
春「…知らない」プイー
京子「あらあら…どうして春ちゃんは拗ねているのかしら」
春「…分かっている癖に…」ジトー
まぁ、思ってもみない仕返しされて驚いたってところかな。
さっき春の顔は珍しく朱に染まっていた訳だし。
狼狽しているのを必死で隠そうとしている春の姿はとっても可愛らしかったです(小並感)
京子「でも、私が春ちゃんのことを頼りにしているのは事実よ」
春「……」
京子「私がこれからこの永水女子で上手くやっていくのは春ちゃんの協力が必要なの」
春「……」
京子「…手を貸してくれるかしら?」
春「……京子は…やっぱりバカ…」
京子「ん?」
春「…そんな事言われて私が断れるはずない…」
京子「ふふ…そうよね。春ちゃんはとっても優しいもの」クスッ
だからこそ、俺はこうして春の事をからかい返す事が出来る訳で。
これくらいなら許してくれるだろうっていう信頼感がなければ、こうしたイジリ方は出来ない。
まぁ、それはお屋敷の皆に対しては同じ訳だけれども。
なんだかんだで四ヶ月の共同生活はお互いにそれを許せるくらいに俺たちの関係を密接にしてくれていた
春「…でも、報酬は要求する」
京子「ん?何かしら?」
春「…京子の唇」スッ
京子「ちょ…は、春ちゃん…!?」ビックゥ
春「………‥」
京子「ん?」
春「…京子デカすぎ…届かない…」シュン
京子「…そりゃ身長差30cmくらいあるものね」ホッ
春も身長が小さいって訳じゃないが俺が結構大柄だからなー。
去年最後に測った時は182cmだったが、今はさらに伸びていてもおかしくはない。
そんな俺に対して156cmの春がキスしようとしても、微妙に距離が足りないのだ。
まぁ、春もそれが分かっていてやろうとしたんだけどさ。
でも、流石に今のはびっくりしたぞマジで…。
春「…むぅ…」ギュゥ
京子「こーら…女の子がそんな風に気安く抱きついちゃ駄目よ?」
春「…女の子同士だから平気」
まぁ、確かに今の俺は外見的には女の子な訳だけれどさ。
でも、心の中は今でも男の中な訳ですよ、ロンリーウルフなんですよ。
夜のベッドで狼牙風風拳だって使っちゃう訳ですよ。
それなのにそんな立派なおもちを押し当てられるとね!こう色々とまずいって言うか!
こうヤバイっていうか…ほら、分かるだろ!!
春「ふふ…京子…顔真っ赤…」
京子「ぅ…」カァァ
春「可愛い…ホント、食べちゃいたいくらい…」ペロッ
京子「は、春ちゃん…!?」アセアセ
「…何をしておりますの?」
春「…ん?」
京子「あっ…」
今にも春に食べられてしまいそうな瞬間、後ろから声が掛かった。
それに振り向けば永水女子の制服に身を包んだ金髪の女生徒がいる。
軽くカールした髪や勝ち気そうな瞳は小蒔さんとはまた違って意味でのお嬢様って感じだ。
一体、誰かは知らないがこの状況で助け舟が来るのは有り難い。
「幾ら女性同士とは言え、ひと目に触れる場所で抱き合うだなどと行き過ぎたスキンシップですわよ」
京子「は…はい…」
まぁ、実際は抱き合っていた訳じゃなく、俺が一方的に春に抱きつかれていた訳だけど。
でも、一々、その辺を指摘しても、彼女の話が長くなってしまうだけだ。
それに春が抱きついてきたのは間違いなく仕返し目的だろうからな。
元々の原因が俺にあるだけに春だけが悪いだなんて言えないし。
「良いですか。この学校は次世代の淑女を育てる為に建設されたのです。幾ら同性でも気安くそのように抱き合っては決して淑女とは…」
「ってあら…貴方…」
京子「え…なんでしょうか?」
「…知らない顔ですわね。転校生かしら?」
京子「あ、はい。二年の須賀京子と申します」
「そう。私は3年の…」
春「生徒会長」
「えぇ。生徒会長…って滝見さん…?」
春「…生徒会長で良い」ムスー
ってあれ?
春がなんか拗ねているように見えるんだけど…。
普段から表情の変化が少ないとは言え…四ヶ月共同生活してた俺が見間違えるとは思えないし。
何か不機嫌になる事でもあったのか…或いは、この人…いや、生徒会長に何か思うところでもあるのか。
京子「…春ちゃん、そういう風に人の自己紹介を遮るものじゃないわよ」
春「でも…」
京子「ごめんなさい。少し悪巫山戯が過ぎてしまって…」ペコッ
とは言え、この状況をそのままにしておく事は出来ない。
春が拗ねている理由は分からないが、悪いのは間違いなくこちらなのだから。
相手の言い分にまったく非がない以上、謝るのはこちらだ。
「…そう。反省しているのであればそれで構いませんわ」
「こちらも転校生だと知らず、強く注意しすぎましたわ。申し訳ありません」
京子「いえ…そんな事は…」
「ありがとうございますわ。では、また後ほど。ごきげんよう、須賀さん」
京子「えぇ。ごきげんよう」
そう言って優雅に去っていく生徒会長(仮)は、どうやら悪い人ではなさそうだ。
規律は規範には少々くちうるさいかもしれないが、こっちの話もちゃんと聞いてくれる。
最後には殆どないであろう自分の非も認めていたし…出来るだけ公平であろうとしている事が伝わってきた。
春は生徒会長って言ってたけれど、あんな人が本当に生徒会長ならば良いなぁ。
少なくとも面倒見は良いはずなのにそれ以上に悪戯好きなどっかの生徒議会長よりもよっぽどそれっぽく思える。
春「……」ジィ
京子「…春ちゃん」
春「…ごめんなさい」
京子「私に謝る事は何もないでしょう?」
春「…うん」
京子「じゃあ、誰に謝らなきゃいけないのか、春ちゃんはもう分かっているわよね?」
春「……うん」シュン
生徒会長(仮)が去っていった事で春の気持ちもいくらか収まったのだろう。
俺に対して謝意を告げる彼女の顔は申し訳無さそうなものに染まっていた。
元々、春は悪戯っ子ではあるが、心優しい良い子である。
さっき自己紹介を遮ってしまった事を思い悩んでいるのは間違いなく彼女の方なのだろう。
京子「大丈夫よ。私も今度、一緒に謝りに行くから」
春「……お願いして良い?」
京子「勿論。それくらいお安いご用よ」ニコッ
春「京子…ありがとう…」ギュッ
京子「こらこら、また怒られるわよ?」
春「…もうちょっとだけ」
京子「…本当にちょっとだけよ?」
春「…うん。予鈴がなるまで…」
京子「ちょ、ちょっとそれは長いかしら…」
春「駄目…?」
京子「そうね。さっき怒られた通り、あんまり人の目のあるところでして良いものじゃないから」
まぁ、本音を言えば出来れば何処でもしてほしくはないんだけどさ。
勿論、嫌がってる訳じゃなくて、寧ろ心も身体も喜んじゃうから困ってしまう訳で。
幾らこの数ヶ月思考を切り替えられるように特訓したとは言え、やっぱり根本的な部分は男だからなぁ。
今も顔には出ていないと思うけれど、そういう無防備に抱きつかれるとタガが外れかねない。
春「…残念…」スッ
京子「…だから…春ちゃん、手を出して」
春「…え…?」
京子「ほら」ギュッ
春「あっ…」
京子「これで今は我慢してくれないかしら?」
そう言って俺が握ったのは春の手だ。
指と指を絡ませるような恋人繋ぎ…は流石に出来ないけれどさ。
それでもこうして手を握っていれば、少しは春の気持ちも収まるだろう。
京子「続きはお家で…ね」ニコ
春「…ぅ…ん」カァァ
よし、とりあえずは春も納得してくれたみたいだ。
まぁ、続きと言っても別に家で何かするって訳じゃないんだけどさ。
春とは結構一緒にいるけどやる事と言えば、基本的に居間で駄弁ったり、一緒に黒糖食べている程度だし。
それを思えばちょっと最後の言葉はクドかったかもしれない。
キーンコーンカーンコーン
京子「っと、予鈴ね」
春「…残念」シュン
京子「ふふ…すぐに会えるわよ」
京子「だって私は春ちゃんと同じクラスなんでしょう?」
春「…うん」
京子「お別れはほんの少しの間よ。だから、そんな風に寂しがったりしないで」ナデナデ
春「……本当にすぐ来てくれる?」ジィ
京子「勿論よ。春ちゃんを寂しがらせたりなんかしないわ」
春「…じゃあ、先に行ってる…」
京子「えぇ。また…ね」フリフリ
春「ん…」パタパタ
…にしても今日は随分、スキンシップが激しかったな。
何時もあまり俺の側を離れたがらない春だけど、今日は特にその傾向が強かった気がする。
もしかしてココで姫様関係以外に友達がいないとか…?
…いや、まさかな。
春は確かに口数の多い方じゃないが、別に消極的って訳でもないし。
俺達が仲良くなれたのも春の方から歩み寄ってくれたのが主な原因だしな。
京子「さて…と」
それよりも今は自分の事だ。
既に予鈴も鳴っているし、転校に関しての手続きや打ち合わせなど色々あるだろう。
本来ならばもっと早くに入るべきだったんだろうが…と、まぁ、それは言っても仕方のない事か。
春に甘い顔をしてしまった自分を責めるよりも今は扉を開く方が先だ。
京子「失礼いたします」
そう言って俺が扉を開いた先にあったのは大きな机が鏡合わせのように幾つも並べられた光景だった。
壁には沢山の書類が貼り付けられ、黒板に踊る文字は業務連絡が並ぶ。
机の上はすっきり整頓してあるのと乱雑なのと様々で使っている人の個性が見て取れた。
…しかし、こういうろくに整理していない机を見ると凄い整頓したくなってくるなー。
「……」
「……」
「……」
京子「(あ、あっれー…?)」
おかしい…さっきまでは中から談笑の声も聞こえていたはずなのに。
俺が入ってきた瞬間、それらがピタッと止んでしまった。
それと同時に中にいる先生らしき人からすげー視線が集まってくるんだけど…。
え?なにこれ…?これが永水女子職員なりの歓迎なの?
これがお嬢様校では普通の対応って奴なの?
京子「今日から転入する須賀京子です。遅くなって申し訳ありません。担任の方は…」
「あぁ、こっちよ」
俺の声に手を上げたのはグレーのスーツに身を包んだ女性だった。
年の頃は25.6ってところだろうか。
纏めあげた髪にも顔にもまだまだ若さが漲っているメガネ美人だ。
なんというか、ティーチをお願いしたくなるくらい女教師って感じ。
京子「…失礼します。遅れて申し訳ありません」
「良いのよ。今日は初日だもの。そんなに急ぐ必要はないし」
京子「ありがとうございます」
「じゃあ、とりあえずこの書類を書いてくれる?」
京子「これは…」
「そう堅っ苦しいものじゃないわ。所謂、転校に関しての最終確認みたいなものよ」
最終確認…か。
つまりこれにサインしたら最後、俺はもう清澄には戻れないって事だよな。
本格的に俺はここで…永水女子生徒の『須賀京子』になってしまうんだ。
「…どうかした?」
京子「あ、いえ、なんでもないんです」
…ま、その辺、センチメンタルになっても仕方ないよな。
もう俺の居場所はあのお屋敷くらいしかないんだから。
自分から清澄との決別する書類にサインするのはやっぱり辛いけど…でも、やらなきゃいけない。
京子「出来ました」
「はい。確認しました。お疲れ様ね」
京子「ふふ…疲れるのはこれからですけれどね」
「そうね。自己紹介とかもあるし…大変よね」
「でも、その割にはあんまり緊張していないみたいだけれど…」
京子「そう見えますか?本当は凄い心臓がドキドキいってるんですよ」
「本当?全然、そうは見えないけれど…」
京子「先生が美人で情けないところを見せたくないだけですよ」
「あらあら、転校初日から先生を口説くなんて随分と余裕のある転校生なのね」クスッ
「安心したわ。永水女子はちょっと特殊な学校だから…最初からガチガチだと馴染むのに大変かもしれないってそう思っていたのよ」
京子「大丈夫ですよ。その辺りは既に聞いていますから」
「聞いて…?あぁ、そう。確か住所は神代さんたちと同じところだったわよね」
京子「はい。今は一緒に暮らさせて貰っています」
「そう。ご両親は…」
京子「単身赴任で海外に。今も仲睦まじい二人ですから、もう高校生になったらむす…娘一人でも大丈夫だろうと親戚に預けられてしまいました」
「中々、おおらか…と言うか豪快なご両親なのね」
京子「……そうですね」
まぁ、実際は俺の知らない場所で俺を売った金で暮らしているんだろうけれどさ。
でも、それを馬鹿正直に言う事なんて出来ないし…打ち合わせた通りに話すしかない。
……なんだが、こうして親の事を話しているだけでも、やっぱりちょっと気分が落ち込んで…。
わかった、この話題はやめよう、ハイ!!やめやめ
「でも、神代さん達と一緒って大変じゃないの?神代さんって確か霧島神宮の巫女さんでしょう?朝とか早いんじゃ」
京子「そうですね。特別な時は日が出る前から禊をして準備しているみたいですし」
「へー…須賀さんはそういう時はどうしているの?」
京子「私は巫女ではないので、お布団でぐっすりしています」クスッ
とは言っても、化粧やら髪のセットやらがあるからそこまでゆっくりはしていられない訳だけどさ。
時には朝食の準備も手伝う事もあるし、小蒔さん達と起きる時間がそう変わらない事も少なくない。
勿論、巫女としての仕事がある小蒔さんたちと比べれば、やる事は少ないし全然楽だから自慢出来るもんじゃないんだが。
舞の朝練だって俺が好きでやってるみたいなもんだしな。
「でも、やっぱり開正学園からこっちへの転入って抵抗とかなかったの?」
京子「……開正?」
「え?資料には開正からの転入って…」
京子「あ、は、はい。そうですね。開正です、開正」
ちょっと待ってええええええええええ!?
開正って言えば日本有数の進学校じゃん!!
入っただけで後の日本を引っ張っていく人材確定とも言われる超エリート校じゃん!?
そんな場所からの転入って…知らない間にハードルバカあがりしている気がするんだけど!!
京子「でも、抵抗感とかはなかったですね。永水女子はやっぱり女の子としての憧れですから」
「そう言ってもらえるとやっぱり一教師としては嬉しいわね」クスッ
「ただ、開正から入った須賀さんにはここの授業はちょっと遅れているかもしれないけれど…」
京子「いえ、開正だってそれほど進んでいるという訳ではありませんから」
京子「それに同じ内容を二回やるのも良い復習になると思います」
「そう。それなら良いの。ごめんなさいね、変な事聞いてしまって」
「開正からの転入生って事で教師の方も結構、緊張してるの」
京子「気になさらないで下さい。開正からと言っても私はただの転校生ですから」
京子「私個人としても何ら特別なところのない普通の生徒として扱ってくださるのを望んでいます」
京子「だから、そんな風に緊張したりせず、何時も通りの先生方のご指導ご鞭撻をよろしくおねがいしますね」ニコ
いや、マジでな。
下手に開正だからーってハードルあげられると割りと積む。
俺はそんなにレベルの高くない清澄でも中程度の成績でしかないんだから。
それだって咲や和に勉強を教えてもらわなきゃ怪しかったレベルである。
そんな俺がいきなり開正からの転校生を演じろなんて言われても不可能だ。
お願いだから下手に色眼鏡掛けてハードルあげたりしないでください…。
京子「あ、後…私が開正からの転入だと言う事を知っている人は…」
「一応、今は職員だけ…という事になっているけれど…」
京子「けれど?」
「…その、女の子って噂好きだから。もうクラスの方には知れ渡っている可能性は高いわ」
京子「そう……ですか」
つまり俺は授業の度に先生からだけじゃなく周りの生徒からも完璧な正答求められるんだな。
ハハッ、マジで胃が痛いってレベルじゃねーぞ。
どうしてこんな無茶のある設定を作ったんだよ…神代家…。
「ごめんなさい、隠しておきたい事だったのね」
京子「えぇ…開正は…その私にとって…あまり言いふらしたくないものだったので」
「そう…そうよね。ごめんなさい…」
京子「あぁ…謝らないで下さい。何も先生が悪い訳ではないのですから」
悪いのはそんな設定作ったどっかの誰かです。
確かに清澄なんて言う麻雀以外有名でもない高校から永水への転入って言うよりはまだ真実味があるだろうけどさ!
でも、幾らなんでも開正はねーだろ開正は!!
女装して周り皆を騙しているだけでも気が引けるのに俺の胃が死ぬぞマジで…!
京子「それより何か注意事項とかは…」
「そうね。その辺りは…」
キーンコーンカーンコーン
「あら、本鈴みたいね」
京子「みたいですね…」
「ふふ、大丈夫よ。私のクラスの皆はとっても良い子たちばかりだから」
「須賀さんもすぐに馴染む事が出来るわ」
京子「ありがとうございます」
「じゃ、そろそろ行きましょうか」ガタッ
「こんな綺麗な転校生を独り占めしていると皆に怒られちゃうわ」クスッ
京子「…人のこと口が上手いって言いますけれど先生も中々だと思います」
「あら、これくらいじゃなきゃここで先生なんてやっていけないわよ」スタスタ
どれだけ恐ろしい環境なんだよ永水女子。
いや、確かに女性ばっかりな環境は、寧ろ、ドロドロしていて恐ろしいって話も聞くけれどさ。
永水女子は生徒から職員から全部が女性って言う文字通りの女性社会で…その条件には間違いなく一致するんだろうけど。
先生が冗談めかしてとは言え、そういう事を言っちゃうようなレベルだと思うと…やっぱり若干不安にですね。
俺、本当にここで上手くやっていけるのかなー…。
「あ、それと何か今の間に私に言っておきたい事とかあるかしら?」
京子「言っておきたい事…ですか?」
「えぇ。…これ、実は内緒なんだけれど…出来るだけ須賀さんには便宜を図るように…と学園長からのお達しなの」
京子「が、学園長自らですか?」
「そう。だから、若干、先生方もピリピリしていてね。一体、どんな御令嬢様が来るのかと思っていたのよ」
「職員の中ではどこかの王族がお忍びで入学したなんて事も割りと真実味のある話として囁かれたくらい」
京子「お、王族って…流石にそれは飛躍しすぎじゃ…」
「あら、そんな事ないわよ。だって、ここは永水女子なのよ?」
「ここで生活を営む生徒たちの殆どはお嬢様や御令嬢ばかり」
「けれど、今まで教師にわざわざ『便宜を図れ』という話は一度たりともなかったわ」
京子「それは…」
確かに、特定の個人に便宜を図ると学校側としても立場が辛くなってしまう。
何せ、先生の言う通り、ここに入学するのは有名企業の常務や社長の御令嬢クラスなのだから。
誰かに肩入れしたりすれば別の何処かから顰蹙を買ってしまう可能性もあるのだ。
その結果、洒落にならない権力を使って嫌がらせをされるかもしれないと思えば、出来るだけ中立を保ちたい、というのも当然だろう。
「でも、今回だけはその前例を破って、しかも、わざわざ学園長自らのお達し」
「…ともなれば相手はやんごとなき身分の人…と思っても仕方がないでしょう?」
京子「…確かにそれは分かりますけれど…でも…私はそういうのじゃないですよ」
京子「何処にでもいるごくごく普通の生徒です」
「その割には動きが洗練されているし発声も綺麗よね」
「…まるで最初から人を引きつける為の訓練を受けてきているみたい」
京子「そ、それは…」
い、言えない…。
動きに関しては女らしさを身につけるのに舞を練習しているからで、発声については女声を出す為だなんて…!!
でも、何かこのままじゃ話が変な…というかやばい方向に行きそうだし…!
な、何とか…何とかしてこの誤解を解かないと…!!
「ふふ、ごめんなさい。ちょっと意地悪だったかしら?」
「でも、私は須賀さんの正体当てがしたい訳じゃないのよ。ただ、何か問題があったら遠慮なく頼って欲しいの」
京子「…良いのですか?」
正直なところ、人には言えない事情を山ほど抱えている俺にとって先生からのその提案は有り難い。
先生からのフォローがあるともなれば、バレる確率もグッと少なくなるのだから。
あんまり頼りすぎてバレないように注意はしないといけないけれどあるのとないのとでは大きく違う。
「勿論よ。これも仕事だもの」
京子「…ありがとうございます」ペコッ
「いえいえ…あ、教室はそこよ。自己紹介とか大丈夫?」
京子「えぇ。大丈夫です」
「じゃあ、呼んだら入ってきてね」
京子「はい」
「それじゃまた後でね。はーい、皆、おはよー」ガララッ
「「「おはようございます、先生」」」
おぉ元気な返事。
でも、あんまり中の事ばかり考えている余裕はないよな。
何せ、先生にはああやって返したものの、自己紹介とかまったく考えていなかったし。
いや、まぁ…中学高校と自己紹介そのものは適当にやってたから出来ない訳じゃないだろうけどさ。
今の俺が【須賀京子】というまったく別人を演じている訳じゃなければ余裕と言っても良いくらいだ。
京子「(…やっべー…趣味とか何も考えてなかったわ…)」
以前の高校が開正という設定は嫌味になるかもしれないので自分からは控えたほうが良い。
代わりに趣味や普段何をしているか、どんな抱負があるか、永水女子に対してどういうイメージを持っているかくらいはあった方が良いだろう。
抱負と永水女子に対してのイメージは俺のものをそのまま出力出来るとは言え、趣味とかはどうしようか。
やっぱり無難に麻雀…いや、それじゃ逆に目立っちゃうかも…お嬢様らしく舞にしておくか…?
「それじゃ入ってきて」
京子「…はい」
考える時間はない…か。
若干、不安ではあるけれど、ぶっつけ本番は別に今に始まった事じゃない。
この四ヶ月間の特訓の成果を信じて、出来るだけ地味にそれらしく振る舞うだけだ。
京子「失礼します」ガララァ
「わぁ…」
わ、わぁって何!?
え?俺まだ教室の扉開いただけなんだけど!?
そんなにやばい事やったか…い、いや、落ち着け…!
ここでボロを出したら全部終わりだぞ…!
慎重に…【須賀京子】らしく…地味に自己紹介をするんだ俺…!
スタスタ
京子「皆様、初めまして。今日からこの学び舎に加わる須賀京子と申します」
京子「漢字は少し面倒ですが…こう…」カツカツ
京子「こう書きます」
「須賀京子様…素敵なお名前…」ウットリ
京子「趣味は舞です。もっとも日本舞踊などのしっかりしたものではなく、巫女さんが踊る奉納舞の真似事ですけれど」
「趣味が舞だなんて…容姿からは思えないほど大和撫子なのですね…」ポワァ
京子「永水女子はお嬢様が通う学校だと聞き及んでいました。こうして見ると皆様とても気品のある綺麗なお姿でその風聞が間違っていなかったと思います」ニコッ
「はぅん…っ」ドキーン
京子「前の学校では麻雀もやっていたので、こちらでもインターハイを目指したいと思います」
京子「そんな私ではありますが、これから一年、皆様よろしくお願いします」ペコリッ
「はい。須賀さんありがとう。席は窓際の…後ろから二番目に座ってね」
京子「分かりました」
…ふぅ。とりあえず一段落って形か。
自己紹介するので精一杯で皆が何か言ったけれどまったく頭に入っていなかった。
うぅ…変な風に思われてはいないだろうか…。
自分で思い返しても不審がられるような事はなかったと思うけれど…。
「じゃあ、先生は一旦帰るけれど…皆程々にしておいてあげてね?」
京子「…えっ」
程々って何を?
俺、今から何されるの!?
先生、待って帰らないで!
せめてその言葉の理由を聞かせて… ――
「須賀様っ」ズダダダ
京子「ふぇっ」
「須賀様は何処から転校なさいましたの?」
「開正学園って噂があったのですが本当ですか?」
「あら、わたくし、海外の大学を飛び級で卒業した後、ご帰国なさったと聞きましたわ」
京子「え、えぇ…っと…その流石に大学は…」
「じゃあ、やっぱりあの開正学園からなのですね!」
「という事はあの噂もやっぱり本当なのですわ…」ウットリ
京子「あ、あの噂って何かしら…?」
すげーやな予感はするけれど…一応、聞いておかないとな…。
俺だって普通に学校生活を営んできたし…こういう噂に尾ひれがつきものだって分かってるんだ。
これから上手くやっていく為にもそういう誤解は出来るだけ解いておかないと。
「はい。須賀様が開正学園でナンバーワンの成績を誇り、フェンシングその他スポーツでも他の方とは比べ物にならない実力であったと」
え?
「その容姿と優れた成績に惚れ込んだ御曹司が無理矢理、須賀様を手篭めにしようとして失敗して…この永水女子に入る事になったと」
あの…。
「…須賀様…お可哀想に…」
……うぇぇぇ!?
い、いや、ちょっと待って!!
話が!話がまったく理解できないんだけど!!
俺が開正でナンバーワン!?しかも、フェンシングやスポーツでも一位!?
いや、そもそも俺どっちかっていうと開正入学すら怪しいレベルで、しかも、フェンシングなんてルールすら知らないんだけど!!
どうしてこうなった…本当にどうしてこうなった……!?
「本当に男性なんて野蛮な生き物ですわ…こんなに美しい須賀様を無理矢理、手篭めにしようとするなんて…」
…すみません、実はその須賀様が男なんです…。
なんて口が裂けても言えないよな…。
で、でも、とりあえずその誤解だけは解いておかないと…。
京子「ダメよ」
「え?」
京子「確かに男性にそう言った面があるのは否定しないけれど、全て一括りにするような言い方は関心しないわ」
京子「男性の中にも紳士的な方はいらっしゃいますから。それに、そもそも私…」
「須賀様…」
「自分が傷ついているのに男性に対してのフォローを忘れないなんて…」
「なんて優しいお心の持ち主なのかしら…」
あかん(アカン)
大事なところが完全に遮られて言えなかった…!
って言うか聞いてくれよ!ここからが本当に大事な部分なんだからさ!!
性格上先にフォローから入ったけど、本当に言いたいのはこっからなんだって!
京子「(た、助けて…春…!!)」
こんな状態じゃ俺が誤解を解くなんてほぼ無理だろう。
これはもう外部から介入して貰わなければどうにもならない。
幸いにも、ここには春がいるんだし、彼女に助けてもらえればまだどうにか… ――
春「……」ムスー
京子「(なんで拗ねてるんだよおおおおお!!!!)」
いや、ちょっと待って!
俺、春の機嫌を損ねるような真似をしたか!?
まだ俺は教室入って自己紹介して質問責めにあってるだけなんだけど!!
さっき別れた時には上機嫌だったはずなのに、どうして拗ねてるの!?
「そう言えば、須賀様は麻雀も嗜んでおられるとか」
京子「え、えぇ。最近始めたばかりでまだ初心者なのだけれど」
「今度、私にも教えて貰って良いですか…?」キラキラ
京子「私が教えられるのは初歩的なレベルだけど、それでも良ければ」
「わ、わたくしにもお願いできますか?実は前々から麻雀に興味があって」
京子「勿論よ。麻雀は四人でやる遊戯だもの。他にも麻雀に興味のある方は仰ってくださいね」
「あ、じゃあ、わ、私も…っ」
京子「ありがとう。これで四人揃ったわね。じゃあ、また今度、一緒にやりましょうか」
「はいっ」
「須賀様との遊戯…とっても楽しみですわ…」
「そう言えば須賀様は大分、背が高いですけれど、何かやはりそれはスポーツを嗜んでいらっしゃるからですか?」
京子「あ、いえ、自然と伸びていっただけなの」
「え?でも、フェンシングとか…」
「馬鹿ね。須賀様にとってフェンシングなんてスポーツでも何でもないって事でしょ」
「そっか!流石は須賀様ですね!」
京子「え?いや、あの…」
だ、誰か…誰か止めてくれ…!!
このままじゃ絶対ボロが出るって!
つか、どう考えてもその設定は無理があるってば!!
俺はただ目立たずに穏やかに過ごしたいだけなのに…!!
どうしてこんな人に麻雀教えるようなキャラになってるんだよ…!
………
……
…
京子「はぁ…」
湧「…須賀さあ…大丈夫?」
京子「えぇ…十曽ちゃん。心配かけてごめんね」
…アレから俺はずぅぅぅぅぅっとクラスの女子に囲まれ、周りから質問の雨を受けていた。
お陰で気の休まる暇もなく、こうして下校時間になって解放される頃には大分疲れてしまった訳である。
何時、設定的にボロが出るんじゃないかとずっと気を張ってたからなー…ハァ。
春「…京子、モテモテだった」ジトー
京子「…アレはモテていたと言うのかしら…」
どちらかと言えば珍獣扱いに近い気がする。
中高一貫でエスカレーター式の永水女子にとって転校生ってだけでも珍しいのだろうし。
その上、開正からやってきたともなれば、注目を集めるのも当然だろう。
…まぁ、それ以上にクラスメイトの興味を引いたのはあの根も葉もないどころか、姿形すらあり得ない噂なんだろうけれど。
なんだよ、あの設定…今どきラノベでもあんな設定出したら即座に突っ返されるぞ、多分。
京子「と言うか春ちゃんが助けてくれればもっと楽だったと思うのだけれど…」
春「…初対面の女の子をいきなり口説く京子が悪い…」ムスー
明星「あら…また須賀さんが何かやらかしましたの?」
京子「やらかしたって…何もしていないわよ」
春「…綺麗とか言った」
京子「そ、それは…」
春「私にも言ってくれた事ないのに…」
京子「だ、だって…恥ずかしいじゃないの」
【須賀京子】としての姿しか知らないクラスの皆には幾らでも言えるけどさ。
でも、春の場合は、俺が男だって、【須賀京太郎】だって知っているんだから。
下手に綺麗だなんて言ってしまえば、それこそ口説き文句になってしまう。
ある程度、距離感もつかめてどういう風に接したら良いのか分かってきたからこそ、そういうのはやっぱり言えない。
京子「そもそも春ちゃんは綺麗って言うよりも可愛い系でしょう?」
春「…私、可愛い?」
京子「えぇ。勿論よ」
春「……駄目」
京子「え?」
春「…ちゃんと京子の言葉で可愛いって言って…」
京子「あぅー…」カァ
明星「ふふ…ここは男の見せ所ですね」
京子「…明星ちゃん、私一応、女の子なんだけど…」
まぁ、それはあくまで対外的なもんであって実際は違うんだけどさ。
しかし、こうして皆一緒とは言え、今は下校している真っ最中なのだ。
周りにはいくらか人もいる訳だし、それを認める訳にはいかない。
京子「…春ちゃんはとっても可愛い女の子よ」
春「……」
明星「…春ちゃん?」
春「えへ」ニコー
湧「ひゃうぅ…春さあ、おぜー笑っちょる…」ビックリ
おぉ…まるで春じゃないみたいに嬉しそうな顔…。
抑えようにも抑えきれないその表情はインターハイの時の竹井先輩を彷彿とさせる。
まさか可愛いって言ってだけでこんなにもニンマリって顔をするなんて…。
これからはもうちょっと言ってやった方が…いや、でも、【須賀京子】はともかく俺はそういうキャラじゃないしなぁ…。
小蒔「…春ちゃん良いなぁ」ジィ
湧「あちきも言って欲しい…」チラッ
明星「あらあら、本当に須賀さんはモテモテですね」クスッ
京子「あ、あんまりそういう事言わないで、恥ずかしくなっちゃうから…」
小蒔「え…?じゃあ、駄目ですか…?」シュン
京子「そんな事ないわよ。じゃあ、小蒔さんから…」
小蒔「あ、ちょ、ちょっと待って下さい」
京子「え?」
小蒔「えっと…んっと…」クシクシ
そう言って小蒔さんは俺の目の前で手で軽く髪を整え始めた。
勿論、最初から小蒔さんの髪は枝毛一つない滑らかで綺麗なものである。
そんな風に整えようとしても何かが変わる訳ではないのだけれど…一体、どうしてなんだ?
小蒔「あ、明星ちゃん?」
明星「大丈夫ですよ。とてもお綺麗です」ニコ
小蒔「えへへ…じゃあ…須賀さん!来てください!」
京子「え、えぇ…」
…なんでこんなに気合入れてるんだろう…まぁいっか。
京子「小蒔さんは笑顔の可愛い女の子ね」
小蒔「えへへ…」ニンマリ
湧「…須賀さあ」クイックイッ
京子「ふふ、勿論、十曽ちゃんもとっても頑張り屋で可愛い子よ」
湧「……はぅ」カァ
明星「あら、もう二人ともノックアウトされてしまいましたね」クスッ
京子「これはノックアウトって言うのかしら…」
そもそも可愛いって言われる事にただ免疫がないだけな気がする。
普通の女の子ならば多少、顔は赤くするかもしれないが、適当に流して終わりだろう。
女子校はスキンシップが激しいとか聞くけれど、可愛いとかそういうのは言われないんだろうか。
それとも俺が男だからって意識がやっぱり強く働いているのかな。
春「…明星ちゃんは?」
明星「私は必要ありません。そういう事を言われるのは霞お姉さまだけで十分ですから」
京子「石戸ちゃんは本当にブレないわよね…」
明星「ふふ、その程度でブレるようであれば愛とは言えませんから」
まぁ、確かに。
そういう意味で一番、一本筋が通っているのは間違いなく石戸(妹)ちゃんだろう。
今までずっと共同生活してきて分かってきたが、この子の姉ラヴだけは本当に凄まじいものだ。
【須賀京子】を確立させる過程で何度も特訓に付き合ってもらったが、その度に出てくる写真や映像が違う。
石戸(妹)ちゃんの私物って服を除けば、殆ど石戸(姉)さん関連のものになるんじゃないだろうか。
明星「だから私の分まで湧ちゃんに言ってあげてくださいね」
京子「…それはそれでおかしいと思うのだけれど」
明星「あら、おかしくなんてないですよ」クスッ
明星「だって、湧ちゃんが私達以外の人にこれだけ懐いたのなんて初めてなんですから」
京子「…そうなの?」
明星「えぇ。…あ、だからって誤解してはいけませんよ、湧ちゃんにとって須賀さんはあくまで大事なお友達ですからね?」
京子「さ、流石にそんな勘違いはしないわよ」
勿論、十曽ちゃんなりに俺の事を慕ってくれているって事はちゃんと分かってる。
けれど、石戸(妹)ちゃんが言うようにあくまでそれだけなのだ。
恋人としての艶っぽい感情など欠片もなく、単純に好意だけを向けてくれている。
こういう言い方はアレかもしれないが、ふわふわした珍獣とかそういう扱いに近いんじゃないだろうか。
湧「あ、明星ちゃん…っ」
明星「あら、言っちゃ駄目だったかしら?」
湧「駄目って訳…じゃないけど…」
京子「あら、二人っきりで秘密の話?」
湧「…だって、おぜーげんね…」カァ
京子「…恥ずかしい事なの?」
明星「私はそうは思わないんですけどね」クスッ
湧「ぅー…明星ちゃん意地悪…」
明星「酷いわ、親友に向かってそんな風に言うなんて…」
明星「仕方ないから今日の分の湧ちゃんのご飯は少なめにしておかないと」
湧「そ、そいは止めてっ」ワタワタ
にしても本当にこの二人仲が良いなー。
石戸(姉)さんは小蒔さんみたいに独特の距離感が確立されているというか。
石戸(妹)ちゃんが言う通り、本当に二人は親友なのだろう。
だからこそ、石戸(妹)ちゃんはさっき遠回しに「誤解するな」と釘を刺したんだ。
小蒔「えへへ、私も京子ちゃんの事は大事なお友達だって思っていますよ」
京子「ありがとう。…でも、そんな事言っても今日のお夕飯のおかずを分けたりしないわよ?」
小蒔「そ、そこまで私、食いしん坊じゃないですよ」カァァ
春「…じゃあ、好きって言ったら晩御飯のおかずくれる…?」
京子「春ちゃん…そういう問題じゃないと思うの」
勿論、美少女に好きって言われたいっていう気持ちは俺にもあるけれどさ。
でも、だからってここで好きって言われておかずを差し出すのもどうかと思う。
そこまでして人の好意に飢えている訳じゃないし…何よりそれは人として情けなさすぎる。
晩御飯のおかず一つで買えるような好意に一喜一憂している自分なんて想像したくないくらいに。
春「…残念」
京子「…春ちゃんはそんなに私のおかずが欲しかったの?」
京子「それなら好きとか言わなくても、少しくらいなら分けてあげるわよ?」
健全な男子高校生としてはあんまり飯の事は譲れないけどさ。
でも、春がそんなにおかずが欲しいなら別に分けないってほど食い意地が張ってる訳じゃない。
そもそも俺は今の体型を維持する為にあんまりガッツリ食べる訳にはいかないしな。
春「…京子は優しすぎ」
京子「え?そ、そう…かしら?」
明星「…まぁ、気を遣いすぎ…と思うところはありますね」
京子「う…うーん…」
そういや前、石戸(姉)さんにも似たような事言われたっけ。
でも、別に気を遣ってるつもりなんてないんだけどなぁ。
これくらい人間関係を円滑にする為には普通じゃないだろうか。
明星「少なくとも損な性分である事に間違いはないと思います」
春「…もうちょっと我儘になっても良い…」
京子「我儘…ね」
…一番の我儘はまぁ、皆に叶えられないだろう。
ならば、それを口にする事に一体、どれだけの価値があるって言うのか。
そもそも俺は今のこの生活をそれなりに楽しんでいるのだ。
まぁ、流石に女装を楽しむ余裕は未だにないけど、大抵の欲求は皆が頑張って満たそうとしてくれているし。
春「…少しくらいは甘えて欲しい」
京子「春ちゃん…」
春「…私達、友達だから…」
小蒔「私もお友達ですよ!」
湧「あ、あちきも…っ」
京子「…二人も…ありがとう」
明星「あ、私はまだ違いますからね?」クスッ
京子「……明星ちゃんはしっかり落としてくれてありがとう」
そうは言いながらも石戸(妹)ちゃんは小さく笑っていた。
多分、それは彼女なりの冗談で、この場を落とす為のものなのだろう。
まぁ、冗談とはいえ友達じゃない宣言はちょっと悲しくはなったが、『まだ』って言ってくれている訳だし。
まだまだ希望があるって事だと信じよう。
小蒔「え?明星ちゃんは京子ちゃんとお友達じゃないんですか…?」
明星「そうですね。まだまだ好感度が足りていないです」
小蒔「こーかんど?」キョトン
明星「その人の事がどれだけ好きかって事ですよ」
小蒔「えっ…じゃ、じゃあ、明星ちゃんは京子ちゃんの事嫌いなんですか!?」ガーン
湧「え…っ明星ちゃん…げんにゃあ…!?」ビックリ
明星「ち、違いますよ。別に嫌いって訳じゃ…」
春「…じゃあ、好きなの?」
明星「は、春さんまで…!?」
おぉ、なんか珍しい光景。
あの石戸(妹)ちゃんがタジタジになっている。
年齢以上に大人びている子だと思っているけれど、流石に三人がかりはきついのか。
しかも、その内一人は小蒔さんで、もう一人は親友だもんな。
どっちも純真すぎて本気でそう思っているみたいだし、そりゃ狼狽するのが当然か。
明星「…そりゃ…まぁ…別に嫌いじゃないですよ」
明星「理由があるとは言え、霞お姉さま自慢にあんなに付き合ってくれたのは須賀さんだけですし」
明星「感謝している気持ちは私にもありますから…」
春「ラブ…?」
明星「ち、違います!!ライクです!!」カァァ
小蒔「良かったぁ…じゃあ、明星ちゃんは京子ちゃんの事好きなんですね!」
明星「え?そ、それは…」
湧「…明星ちゃん、素直にならないと…」
京子「やっぱり私…石戸ちゃんに嫌われているのね…シクシク」
春「京子ちゃん可哀想…」ナデナデ
春「大丈夫…私が側についてるから…」
京子「春ちゃん…ありがとう…私の心を癒してくれるのは何時も春ちゃんね…」
明星「ふ、二人とも…わ、分かっててそういう事やってるでしょう…!」
京子「さぁ、なんの事かしら…?」シラー
春「…まったく分からない…」シラー
まぁ、少なくとも嫌われていないって事くらいは俺にだって分かっている。
この二ヶ月間ほぼ毎日、部屋にあげてもらってた訳だしな。
勿論、部屋にあげると言っても艶っぽいもんじゃないが、嫌っている相手にそこまでしないだろう。
こうして春と演劇めいたやり取りをするのも本気で思っているからじゃなく石戸(妹)ちゃんをからかう為だ。
明星「…須賀さんの事好きです。こ、これで良いんでしょう…!」カァァ
湧「…良かった」ニコー
明星「うぅ…私は全然、良くありませんよ…」メソラシ
京子「でも、私はとても嬉しかったわよ」クスッ
京子「とっても可愛い石戸ちゃんも見れたし…ちょっと役得かなって」
明星「…い、今のタイミングでそう言われても素直に喜べませんよ…」ムゥ
はは、ちょっと拗ねさせちゃったか。
まぁ、キャラじゃない事させてしまった訳だしな。
主犯格は天然二人ではあるけれど、俺もそれに乗っかってたし、とりあえずフォローしとくか。
京子「じゃあ…」
小蒔「じゃあ、仲直りですね!」
京子「…え?」
小蒔「前々からずっと思ってたんです。もう四ヶ月も一緒なのに二人がちょっと硬いって」
湧「あ、そいはあちきも思っとった」
小蒔「やっぱりその原因って二人が上の名前で呼び合っているからだと思うんですよ!」
京子「そ、そうかしら?」
春「…きっとそう」
あ、やばい。
なんか制御出来ない方向に飛び火してる感じがする。
小蒔さんすげーノリノリだし、十曽ちゃんも同意してるし。
…後、ついでに春もこれ絶対、面白がってるよな!
京子「でも、私、十曽ちゃんに対しても同じ感じだし…」
春「じゃあ、湧ちゃんの事も下の名前で呼んじゃえば良い…」
小蒔「そうですね。それで皆仲良しですっ」ググッ
京子「え…?いや、その…そういうので良いの?」
小蒔「良いんです。仲良くなるのに理由なんて必要ないんですから」ニコニコ
あ、うん。
それは確かにそうだと思うし、すげー良い事言ってると思うんだけどさ。
その…なんて言うか、そういう軽い感じでホントに良いの?
名前の呼び方変えるって地味に結構大きなイベントな気がするんだけど!
こういう流されちゃう感じで本当に良いのか…!?
明星「…諦めてください。こうなった姫様は止まりません」ハァ
京子「ぅ…でも…」
明星「大体…こうなってしまったのは須賀さんの所為なんですよ、責任はとるべきです」
京子「せ、責任って…」
明星「…京子さん」カァ
京子「あぅ…」カァァ
明星「…ほら、そっちも言わないと」
小蒔「」ワクワク
湧「」ドキドキ
京子「…ぅ……明星…ちゃん」
明星「…はい」カァァ
あーくそ…なんか調子狂うなぁ。
今の明星ちゃんってば妙にしおらしいというか、なんというか…。
何時もと違って凄い庇護欲をくすぐられる感じなんだよな。
こう唐突に年下であることを思い出してしまうっていうか…なんていうか。
春「…じゃあ、次は湧ちゃん…」
京子「ぅ…これ本当に続けるの…?」
湧「…須賀さあはあちきの事…湧っちゅうのは嫌…?」
京子「い、嫌じゃないけれど…そもそも湧ちゃんも良いの…?」
湧「あ、あちきも…ずっと遠慮しとった…から…その…」
京子「……そう。じゃあ…湧ちゃん」
湧「えへへー」ニコー
京子「ほら、笑ってないでちゃんと返してくれないと」
湧「うん!京子さあ」ニコニコ
小蒔「えへへ…良かったですね、湧ちゃんも」
湧「はい。姫様のお陰です…っ」
京子「…お陰?」
明星「…実はずっと湧ちゃんは京子さんの事を下の名前で呼ぶにはどうすれば良いのか考えてたんですよ」
京子「えっ」
湧「げ、げんなかにぃ…」カァァ
そうか…。
俺は湧ちゃんに遠慮させてただけじゃなくって悩ませていたのか。
全然気づかなくて、なんだか申し訳ない事をしてしまったな。
さっきのも多分、ただ釘を刺しただけじゃなく、名前で呼ぶように軽く促してくれていたんだろう。
それをまったく気づけ無い時点でやっぱり俺はまだまだ女心を理解出来てないんだなぁ。
京子「…ごめんね、湧ちゃん。私がもっと早くに勇気を出してれば…」
湧「そ、そげんこつなかです…!」フルフル
京子「じゃあ、これからは今まで以上に仲良くしてくれるかしら?」
湧「はいっ」ニコー
京子「ありがとう…とっても嬉しいわ」ナデナデ
湧「えへへ…あちき…今、おぜー嬉しい…」ニコー
京子「ふふ…私も湧ちゃんとまた仲良くなれて嬉しいわ」
小蒔「これで一件落着って奴ですね」
明星「そうですね。…まぁ、多少は恥ずかしかったですけれど」
春「恥ずかしがる明星ちゃんは可愛かった…」
京子「えぇ。確かに新鮮だったわね」
明星「も、もう…止めて下さいよ…っ」カァ
京子「ふふ…って…あら?」
恥ずかしがる明星ちゃんの向こう側で二人の女の子が男に囲まれている。
女の子の顔に見覚えはないが、あの制服は間違いなく俺達と同じ永水女子のものだ。
品のある顔立ちはとても愛らしいもので、その二人組がどこかのお嬢様であることが分かる。
それに対して男たちの方は見るからに柄が悪そうな感じだ。
俺達とそう年齢は変わらないはずなのに、私服を着て街にいる辺り、どっかの不良か何かか。
明星「…どうかしました?って…あら…」
春「…困ってるみたい」
小蒔「助けてあげないと…」
明星「そうですね…とりあえず警察に連絡をした方が…」
春「間に合わないかも…直接言った方が良い…?」
湧「…やる?」
そんな俺の視線に皆も気づいてしまったらしい。
数十メートルほど先にいる彼女たちに心配そうな表情を浮かべる。
いや、それだけじゃなく、すぐさま「助けてあげないと」って言葉が出てくる辺り、やっぱり皆はお人好しなのだ。
……一人だけなんか言ってるニュアンスが違う気がするけれど…まぁ、湧ちゃんの家は武闘派らしいから仕方ない。
京子「…いいえ、行くのは私一人で十分よ」
春「でも…」
京子「大丈夫。こういった揉め事は私に任せて」
とは言え、どれだけ武闘派でもこういった揉め事に女の子を巻き込んでいいとは思えない。
そもそも俺が最初に気づいてしまったのが全ての元凶な訳だしな
何より俺なら最悪の事態になったとしても正体がバレる程度で済むってのは大きい。
…まぁ、一番良いのはなかった何もかもなかった事にして見過ごす事なんだろうけれど。
湧「京子さあ…大丈夫?」
京子「…えぇ。大丈夫よ」
京子「心配しないで。実は私、結構強いんだから」
京子「すぐに戻ってくるから皆は先に帰っていてくれるかしら?」
でも、だからと言って見過ごせない。
ここは人通りも少なく、近くには俺たち以外に殆ど人がいない状況なんだ。
俺たちが何とかしなきゃ、あの二人が大変な目にあってしまう可能性は高い。
…それを知っているのに見なかった事にするなんて後味も格好も悪い真似はやっぱり出来ないよな。
どれだけ女装してても俺はやっぱり男だし…何より小蒔さんたちの前でそんな風にヘタレたくはない。
湧「でも…」
春「…じゃあ、私が一緒に行く」
小蒔「え?春ちゃんがですか?」
春「うん…それなら問題ないはず…」
京子「春ちゃん…だけど…」
確かに春が来てくれると有り難い。
一人よりも二人の方が選択肢は大きく幅が取れる。
けれど、俺はこれから間違いなく揉め事に首を突っ込むのだ。
よっぽど上手くやらない限り、春もまたその揉め事に巻き込まれてしまう。
京子「…っ!」
しかし、そうやって逡巡している暇は俺にはなかった。
視界の端にかすかに捉える女の子たちが男に囲まれるようにして移動を始めたのである。
このままここで迷っていたら女の子たちを見失って大変な事になってしまうかもしれない。
ここで押し問答をしているだけの時間はもうないのだ。
京子「…じゃあ、春ちゃん、悪いけど着いてきてくれるかしら?」
春「…大丈夫」
小蒔「じゃあ、皆で先に帰っておきますね」
明星「早めに帰ってこないとお夕飯減らしちゃいますからね」
湧「二人とも……気をつけて」
京子「…えぇ。皆、またお屋敷で」
それは皆も分かっているのだろう。
その目に心配そうなものを浮かべながらも俺たちに背を向けて歩き始めた。
それに一つ安堵を浮かべたが、しかし、気を緩める訳にはいかない。
これはまだ前提条件をクリアしただけであって、ここからが本番だって言っても良いくらいなのだから。
春「…それで…どうするの?」
京子「とりあえず春ちゃんは警察の人を呼んできてくれる?」
春「警察…?」
京子「えぇ。揉め事になった時に一番頼りになるのはやっぱり国家権力だから」
京子「私はその間、足止めをしておくわ。もし、車で連れ去られたりしてもGPSがあるから分かるわよね?」
春「…うん」
俺の私物には逃走防止用の発信機がついている…らしい。
いつの間に、とは思ったが、まぁ、俺の私物は殆ど神代家から支給されているもんだしな。
人一人の戸籍を変えるなんて無茶やってのける神代家だし、今更、それくらいじゃ驚かない。
まぁ、問題はその発信機とやらがどれだけ探しても見つからない事なんだけどさ。
一体、どれだけ小柄軽量化されてるんだよ…阿笠博士でもそれだけ小さいの作れねぇぞ…っと、まぁ、それはさておき。
京子「大丈夫。それを使うような事にはきっとならないから」
最初に石戸(姉)さんからそれを聞いた時は動揺もしたが、まぁ、俺には今更、逃げるつもりなどない。
ろくにお金を持っていない俺が逃げたところでどれだけ運が良くてもホームレス一直線だ。
石戸(姉)さんもそれは分かっているのか、それはあくまで保険だとそう言っていたし。
だが、その保険は今、本来の役割から離れて、春を渦中から遠ざけられる理由になってくれている。
そう思うと念には念を押す神代家の連中に少しだけ感謝してやっても良い気がした。
京子「じゃあ、後はよろしくねっ」
春「あっ…京子…」
本当はもっと具体的な打ち合わせもしたいが、しかし、今は時間がない。
女の子たちはこうして春と話している間に危険へと足を進めているのだから。
ここでのんびりしていた所為で見失ったとなれば、悔やんでも悔やみきれない。
そう思った俺は言い逃げするように駈け出して、女の子たちが消えた角を曲がった。
京子「(…よし)」
瞬間、俺の視界に入ったのは不安げに歩く女の子二人と下卑た笑いを浮かべた男四人だった。
そのまま何処に行くつもりなのかは分からないが、ろくでもない所なのはその表情を見れば分かる。
正直、男としてもアレが同じ生き物だと思うと不愉快なくらいだ。
それに囲まれている女の子の心境なんてどれほどのものか。
俺には想像もつかないが…だからこそ助けてあげないとな。
京子「あら、二人ともどうかしたの?」
「…えっ」
京子「今日は私とお茶の予定だったでしょう?」
勿論、そんなものはない。
ようやく今日、永水女子に足を踏み入れた俺にとって彼女たちの顔は見覚えのないものだ。
まぁ、スカーフの色から察するに恐らく湧ちゃん達と同じ下級生ではあるんだろうけれどさ。
でも、俺に分かる事と言えばそれだけで、二人の名前すら知らない。
京子「それなのにそんな風に殿方に囲まれて…いけない子たちね」
「…なんだおねーちゃん。二人の知り合いか」
京子「えぇ。先輩です。それで…皆様は一体、どなたですか?」
「俺たち?俺達は友達っすよ、ねぇ?」カタダキッ
「ひぅ…っ」ビクッ
京子「…あんまりそのような関係には見えませんけれど?」
「これは俺たちなりのスキンシップって奴っすよ」
「それともおねーさんもお仲間に入ります?」
「俺たちともお茶飲みましょーよ。すげー美味しい奴用意しますから」
京子「…あら、それは嬉しい申し出ですね」
…やべーな、こいつら。
こうして話しかけてきた俺を獲物が増えたくらいにしか思ってねぇ。
それはそれで吐き気がするけど…怯えてる女の子の前でヘラヘラ笑ってさ。
流石に不愉快を超えて、腹が立ってきたぞ。
京子「でも、申し訳ありません。既に待たせている人もいますから」
「そんなのキャンセルすりゃ良いじゃないっすか」
京子「そうもいきません。何せ、私たちが待たせているのは霞お姉さまなのですから」
「か、霞お姉さまが…っ!」
「え?なにそれゆーめいじん?」
京子「永水女子にその人ありと言われた最高の淑女ですわ」
…ゴメン、石戸(姉)さん、勝手に名前使っちゃって。
でも、この場を何とか切り抜けて二人を穏便に家へと帰すにはこれくらいしか思いつかなかったんだ。
後で誠心誠意謝るんでこの場は許してください。
京子「家柄も素晴らしい方で、お誘いを断っただけでも恐れ多いくらいです」
「へー…その人も美人なの?」
京子「勿論。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花…そんな言葉が相応しいくらいの女性です」
「シャンタク?鳥の一種か?」
「ボタン?第二ボタンとかか?」
「百合?やっぱり女子校ってそういうの多いのか」
京子「…全部、花の名前ですよ。と言うか一番最初は芍薬です」
…なんでこいつら発想が微妙にズレてるんだ。
特に最初の奴はなんでシャンタクなんて鳥知ってるんだと。
ラブクラフト全集とかお前らには完全縁遠い代物だろうに。
京子「ですから、彼女たちも困っているんです。離してあげてくれませんか?」
「んー…そうだなぁ…」
「いやー…でも、俺らもね。こうして二人と仲良くしたいって思ってるんっすよねぇ」
京子「あら、じゃあ、やっぱりお友達ではないんですね」
「…おねーさん、細かいっすね。長生き出来ないタイプっすよ」
京子「ふふ、ご忠告は有り難く受け取っておきます」
…ま、長生きするつもりがあるならこんな所で出張ったりはしねーよ。
そもそも女の子見捨ててまで長生きなんて生き恥を晒すも同然じゃねーか。
俺は別に男気溢れるタイプじゃないが、そこまでして生きたいと思ってねぇし。
京子「それで…離して頂けるんですか?」
「んー…それじゃあ慰謝料で手打ちってのはどうっすかねぇ?」
京子「…慰謝料ですか?」
「おねーさんも永水女子の人なんでしょ?だったら実家は金持ちだよなぁ?」
「パパに頼んで300万くらい持ってきて下さいよぉ」
「あ、勿論、一人300万な?」
京子「お一人300万ですか」
こいつら出来ないと分かってて吹っかけてきてるな。
それでなし崩しに俺も巻き込んでしまおうって腹か。
下卑た笑いからはその辺が全部透けて見えるみたいだ。
だったら…遠慮はいらねーよな。
京子「その程度で宜しいのですね?」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
京子「安心しました。3000万とか言われるとちょっと困ってしまいますから」
勿論、そんな金額俺が自由に出来る訳がない。
俺の持ってる貯金全部合わせてもその1/10にすら到達しねーよ。
小蒔さんたちならともかく、俺には実家の援助なんてまるでないしな。
でも、永水女子ってだけでお嬢様だと思い込んでいるこいつらにとってそのブラフは効くはずだ。
京子「でも、流石に手元でそれだけの金額はありませんから少し電話させて貰っても宜しいですか?」
「あ、あぁ…構わねぇけど…」
「え?本当に300万?」
「…おねーさんマジで払う気なの?」
京子「少なくとも霞お姉さまとのお茶会にはそれだけの価値がありますから」
京子「財界政界の偉いお方も霞お姉さまの点てたお茶を飲みにくるくらいです」
京子「そこで知己を得られるのであれば、お父様もそれくらい安いものだと思ってくれるでしょう」
「…やべぇ、スケールでかすぎてまるで分からねぇ…」
安心しろ、俺も言ってて訳分かんねぇから。
財界政界のお偉いさんがやってくるお茶会ってどんだけやばい代物なんだよ。
そんだけ大規模なお茶会なんて、今どき皇族主催でもないとあり得ないだろ。
京子「それでどうしますか?一人300万程度であれば今日中に現金でお渡しする事が出来ると思いますが」
「んじゃすぐに電話…」
「ま、待てって。幾ら何でも300万即決はおかしいって…!」
「でも、お前、永水女子だぞ…!」
「だ、だけどさ…でも、電話はまずいだろ電話は…」
「そりゃそうかもしれねぇけど…でも、300万はでけぇって」
おぉ、割れてる割れてる。
さぁ、思う存分、仲間割れしてくれよ。
そうやって時間を稼いだ分、春が警察を呼んでくれる訳だし。
俺はただ待っているだけで良いんだから気が楽だ。
「…おかしいな」
「え?」
「ん?」
「…アンタなんでそんなに落ち着いてるんだ?」
京子「…何の話ですか?」
「それだけ大事な予定なら今すぐにでも準備したいはずだろ」
「なのにアンタは不自然なくらいに落ち着いてる」
「…本当はここで急かすべきだろ。時間がないから早くしてくれって」
やっべ…思った以上に冷静な奴がいた。
金に目が眩んでてっきり全員馬鹿になっててくれていると思ったけれど。
そこまで甘くないって事か…いや、今のは俺のミスだな。
見るからに下衆だからってこいつらの事をちょっと甘く見過ぎてた。
京子「…淑女としてあまり殿方を急かすものではないと教えてこられましたから」
「へーよっぽど上品な教育を受けてきたんだな」
京子「勿論です。お父様からは常に最高の教育を受けさせてもらいましたから」
「なるほど。じゃあ…金もアンタも手に入る良い方法があるな」
京子「えっ」
「おい、こいつら攫うぞ」
「え?」
「い、いや、まずくないっすか?」
「馬鹿。良く考えろよ。こいつらは淑女様なんだぞ?」
「エロ写真山ほど撮れば幾らでも金引っ張って来れるじゃねーか」ニヤッ
京子「~~っ!!」
この男……っ!
完全に女の子を喰い物としか見てねぇ…。
他の奴らはまだ下衆で済んだけど…コイツは最低のクズ野郎だ。
「…なるほど。確かにそうだな」ザッ
「さっすがリーダーは頭良いっすねぇ」ザッ
「お前らが馬鹿過ぎなんだよ」
「ま、アンタらも悪いな、元からそのつもりだったがそこのおねーさまのお陰で余計に帰してやれなくなった」
「ひ…っ」
「い…嫌ぁ…!」
京子「…待ってください」
「いーや、待たないな。300万をぽっと出せるくらいの上物なんだ。逃しはしねぇよ」
京子「っ…」
餌をぶら下げすぎた…!
仲間割れどころか俺を逃さない方向で一致してる…。
女の子どころか俺まで囲まれて…やべ…これからどうすりゃ良い?
流石にこっから先は思いつかねぇぞ…。
「う…ぅ…」フルフル
「ごめ…んなさい。私達の所為で…」ポロ
京子「…大丈夫よ。心配しないで」
「で…でも…」
京子「大丈夫。私が何とかするから」
……でも、思いつかないからって…何もしない訳にはいかないよな。
せめて彼女たちだけでも無事で切り抜けられるようにしないと。
こんなに震えて…涙を漏らしている二人を放ってなんかおけない。
京子「…つまり目的は私なのでしょう?だったら二人を解放してください」
「それは出来ないな。アンタは見るからに気の強そうなタイプだ。念の為、人質は必要だろ」
京子「そんなものなくても抵抗などしませんよ」
「信用出来ないからこう言ってる。それくらい分かるだろ?」
「良いから口答えせずにこっち来いよ。じゃないと…今この場でこの子たちがどうなるか…」
「っ」ビクッ
京子「…分かり…ました」スタスタ
「安心しろって俺らも鬼じゃねーからさ」
「気持よくなれる薬とかいぃっぱい使ってやるから」
「ま、使いすぎて戻れなくなっても知らねーけどな」ゲラゲラ
……なるほど、よーく分かった。
前々から分かってたつもりだったけど…やっぱりこいつらに容赦はいらねーわ。
警察呼んで穏便に、とか思ってた俺が甘かった…いや、悪かった…だな。
最初から警察なんて呼ばずに叩き潰すつもりで行くべきだった。
京子「…二人共…ちょっとごめんね」ギュッ
「えっ?」
「手…?」
「おーおー。意外と女の子らしいところあんじゃねーの」
「生意気なおねーさまだと思ってたけど結構しおらしいじゃねぇか」
「ひひっ…そういうところもムラッと来るぜ」
京子「あら、そうですか。でも、ごめんなさい。私は意外とお転婆ですの」ニコッ
「はい?」キョトン
京子「………せいっ!」
「うごあっ!」
瞬間、俺が蹴りあげたのは股間…じゃなくて男のスネだ。
弁慶の泣き所と言われるそこをおろしたての硬い靴で蹴り上げられたのだからそりゃあ痛いだろう。
けれど、俺の心には同情なんて一欠片も浮かんでこない。
足をあげて痛みに悶える姿を見ても尚、ざまぁと思うくらいだ。
京子「走って!!」ギュッ
「は、はい…!」
「チッ…逃すな!ぜってー捕まえろ!」
「くっそ…ふざけんな…!」
そうやって痛みに悶える男の横を俺は女の子たちの手を取りながら駆け抜ける。
そんな俺達を追いかける声には怒気が混ざっていた。
まさか女の子から反撃を受けるとは思ってなかったんだろう。
ばーか、てめぇらが知らないだけでこっちは男なんだっての。
……なんだか言ってて悲しくなってきた。
京子「こっち…!」
「…はい…!」
勿論、先導するように走る俺には土地勘なんてまったくない。
そもそも俺は今日四ヶ月ぶりにようやく屋敷から出てきたばっかりなのだから。
しかし、それでも懸命に俺の後をついてくる二人の為にも迷うような仕草は見せられない。
例え、虚勢であっても俺は二人の為にそれを張り続けなければいけないのだ。
「もう諦めろよ…!」
京子「…っ!」
それでも男の足と女の足じゃあまりにも速度が違いすぎる。
最初こそ不意を打ったが、じわじわと距離を詰められ、俺たちはいつの間にか人気のない裏路地に追い込まれていた。
勿論、まだ奥があるけれども、このままじゃ全員が捕まってひどい目に合わされるのは目に見えている。
京子「……行って!」
「でも…!」
京子「良いから…!ここは何とかする…!」
となれば誰か一人がここで残るしかない。
勿論、俺以外の子を残すという選択肢は俺の中にはなかった。
そもそも俺は二人を助けたくてあのトラブルに首を突っ込んだのだから。
ここで二人を残すくらいなら、最初から関わろうとはしちゃいない。
「へへへ…追い詰めたぜ」
「観念するんだな」
京子「……観念ですか?」クルッ
「あぁ、この奥は袋小路だ。それくらい調べてるっての」
「その上、今の時間、この辺りには人がいねぇよ」
「ナニをやってもバレねぇって訳だ」
京子「…なるほど」
どうやらこいつらはこういう下衆な方向にはちゃんと頭が回るらしい。
まさかそこまで下調べをしていたなんてな。
その手間を惜しまない性格をもうちょっと別な方向にいかせばまた違っただろうに。
「奥にいる子たちの前でヒィヒィ泣き叫ばせてやる」
「いや、待てよ。最初は俺だぜ」
「分かってるってさっきのケリの分だろ」
「その代わりさっさとしろよ。後がつかえてるんだから」
「へへ…って訳だ。さっきの分も思っきり乱暴にしてやるから覚悟しろよ」
京子「…覚悟ですか」
京子「…それをするのはあなた達の方ではないですか?」
「はぁ?」
「おねーさん頭おかしくなったんっすか?」
「女一人で男四人に勝てる訳ねぇだろ?」
京子「ふふ、さっきその女に蹴られて泣いてた人が言うと説得力がありますね」
「てめぇ…!」
京子「それに…そもそも私が一人だとは限らないですよ」
「さっき逃げた二人か?」
京子「まさか。あんなに震えていた二人に戦えというほど私は外道ではありませんよ」
「…じゃあ、誰がいるって言うんだ?」
京子「あなた方の一人でも後ろを振り向けばその理由が分かりますよ」
「…後ろ?……………………え?」
―― そこにいたのは小さい山のような巨人だった。
身長は220cm。
肩幅は俺の眼の前に居る奴らの二倍近く太い。
髪は綺麗に剃り上げられ、見事なスキンヘッドを晒している。
口元に髭を蓄えた顔はいかつく、黒いサングラスを掛ける姿も異様なほど様になっていた。
そんな男が黒いスーツを着ているんだからどう考えてもカタギには見えない。
人によってはシティでハンターな漫画の中から現れたと思ってもおかしくはないだろう。
「…お嬢様、こういった無茶はほどほどにしておいて欲しいんですがね」
京子「あら、山田さんがいなければ私だってこういう無茶はしませんよ」
初日に車を運転していたその人は今、俺が逃げ出さないかを見張る監視役だ。
勿論、監視役なので別に俺を危険から護ってくれるって訳じゃない。
しかし、本当にやばい事に巻き込まれた時には助けなければいけないはずだ。
俺の秘密がバレてしまえば、逃げる逃げないもないのだから。
確証があった訳じゃないが、それでもその人は ―― 山田と言う名の神代家のボディガードは俺の思惑通り助けに来てくれたらしい。
京子「あ、失礼いたしました。彼は私のボディガードの山田さんです」ニコッ
「え、あの…その…」
京子「各種格闘技に通じておられてカラテの世界大会では入賞した事もあるとか」
「アイエエエエエエ!?」
京子「軍隊での実務経験もあり、一時は海兵隊に居た事もあるそうですよ」
「海兵隊!?海兵隊、ナンデ!?」
京子「あ、ちなみに…とてもどうでも良い事なのですけれど…山田さんってば同性しか愛せない方なのですよね」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「ぽっ」
うん。
まぁ、俺も驚いたけど、この人、ガチホモらしいんだよな。
そんな奴を男につけるな、と思うんだけど…まぁ、それくらいじゃないと小蒔さん達の近くにおけないのかもしれない。
小蒔さんたちってば、俺だってたまーにクラリと来るくらいの美少女揃いだからなー…ってまぁ、それはさておき。
京子「…さて、それで…さっき皆様は何を仰っていましたっけ?」
「あ、いや…その…」
京子「『この先に逃げ場はなくって』『この時間は誰もいなくて』『何をやってもバレない』…でしたね」
京子「あらあら…これでは山田さんがちょっとお茶目な真似をしても大丈夫みたいですね」クスッ
「そ、それは…っ」
京子「…じゃあ、山田さん、後はよしなに」ニコッ
「…承知しました、お嬢様」
「ひ…いぃぃぃ!!」
そこから先は虐殺と言っても良いくらいだった。
完全に腰が引けている男どもを山田さんが赤子の手をひねるように無力化していく。
こいつらだって別に喧嘩慣れしてない訳じゃないのに、まるで格が違う。
カラテって凄い。改めてそう思った。
「こ、この…!」
京子「あら?」
そうのんびり構えていた俺に一人の男 ―― さっき俺の考えを看破したクズ野郎が突っ込んでくる。
その顔にさっきのような冷静さはないが、しかし、その目はまだ絶望しちゃいない。
多分、俺を人質にすれば山田さんを無力化出来るとか多分、その辺を考えているんだろう。
京子「……」
だが、絶望していないとは言え、焦りはあるのだろう。
俺に向かって腕を伸ばすその様はあまりにも無警戒過ぎる。
女だからと思って油断しているのもあるだろうが…にしたってこれは酷い。
これじゃあ…まるで投げてくれと言っているようなもんじゃないか。
京子「ふっ」
「えっ」
伸ばした腕を掴んで重心を崩す。
同時に足で男を浮かせ、吐き出す息と共に力の巡りを整えた。
大事なのは身体の中でも一番重い頭の部分。
そこに重心がある事を意識しながら少し手を貸せば…そのままクルンと一回転。
「ぐあっ!」
ビタンと鈍い音と共にアスファルトの上に叩きつけられた男が悶絶する。
ぶっちゃけ畳の上でも痛いってのにアスファルトの上とか想像もしたくないくらいだ。
流石に頭から落とすような真似はしてないが、それでも当分は痛みの所為で動けないだろう。
京子「あまり気安く女性に触るものではありませんよ?」
「ぐ…うぅぅ」
「お嬢様、こちらは終わりました」
京子「あら、そう。では、山田さん、この人もおねがいしますね」ニコッ
「ま、待っ」
「承知しました」
瞬間、ズドンと言う音と共に最後の男が沈黙する。
顔が見るも無残な状態になるくらい歪んではいるけれど、まぁ、多分、生きてはいるだろう。
手とか足とかピクピク痙攣してるしさ。
にしても…あんな拳であんな音がなるなんて…凄いね、人体。
京子「お疲れ様でした。巻き込んで申し訳ありません」
「このくらいなら構いませんよ。自分も仕事ですので」
「しかし、お嬢様も中々な腕前ですな。何処かで習ったのですか?」
京子「知り合いの執事に護身術を少々」
雑用にはそういった護身術も必要だ…って最初は何事かと思ったけどさ。
でも、こうして役に立った辺り、ハギヨシさんの言うことを聞いておいてよかったと本当に思う。
まぁ、本当に少々ってレベルだから囲まれるとどうにもならないだろうけどさ。
コイツがあんなに綺麗に投げられたのも、どちらかと言えば無防備過ぎたのが原因だし。
流石に四人でかかってこられるとどうにもならなかっただろう。
「なるほど。お嬢様は意外と多芸でいらっしゃるようですね」
京子「止めて下さい。こんなの山田さんに比べれば子ども騙しみたいなものです」
「そうじゃなければ自分の仕事がなくなります。…しかし、どうして二人だけ先に逃がすような真似を?」
「自分が来るのが分かっているならば、一緒に固まっていた方が安全だったのでは?」
京子「失礼かもしれませんが…実は振り返るまで山田さんが来てくれるっていう確証はなかったので」
放っておけないだろうとは思っていたが、絶対に介入してくれるっていう確証はなかった。
だからこそ、俺が時間稼ぎをしている間に女の子二人だけでも逃げられるであろう路地裏に逃げ込んだのである。
まぁ、実際は逃げ込んだというよりも追い込まれた方が近いのかもしれないけれど。
京子「それに女の子にこういう血なまぐさい場面を見せる訳にはいかないでしょう?」ニコッ
「…お嬢様は良い人ですね。惚れてしまいそうだ」ニヤリ
京太郎「止めて下さい、縁起でもない」
あ、やべ。思わず素が出ちまった。
でも、マジで止めて下さい。
山田さんも俺の性別知ってるからその言葉が冗談に聞こえないんですよ!
いや、外見的には確かにノーマルなんですけど!ノーマルなんだけどね!!
京子「それよりこの方たちはどうします?」
「こっちでしっかりと『処理』しておきますよ。二度と悪さなど出来ないような身体にしてやります」
京子「ふふ、よろしくおねがいしますね」
山田さんがこれからコイツらに何をするのかは分からないが、まぁ、俺には関係のない事だ。
ぶっちゃけ今までのやり取りでコイツらの一人にだって同情するような価値がない事は分かりきっている。
寧ろ、ここで山田さんに『処理』して貰った方が世のため人のためって奴だろう。
「では、お嬢様は奥の二人を迎えに行ってあげて下さい」
京子「そうですね。後、春ちゃんにも連絡してあげないと…」
奥に逃げ込んだ二人は袋小路に追い込まれてきっと怖くて震えているはずだ。
その恐怖を払ってあげるのは俺でなければ出来ない事だろう。
後は警察を連れてきてくれているであろう春にも無事に解決した事を伝えないと。
あの場に置いていく形になったのできっと心配を掛けているはずだ。
京子「…あ、そうだ。山田さん」
「なんでしょう?」
あぁ、でも、それと同じくらい重要な事があった。
いや、ある意味ではそれ以上に重要と言うべきか。
折角、こうして山田さんが出てきてくれた訳だし…ついでに確かめておかないと。
京子「…山田さんってフェンシングってやった事ありますか?」
「え?」
今日はここまでです…中途半端なところでごめんなさいorz
明日は後日談と言うかその次の朝の話になります
明日には出来るだけ投下出来るようにします…
では、今日はおやすみなさい
海坊主か、はたまた佐竹か……想像しやすいボディーガードだw
乙!
しっかし鹿児島はキャラ少な過ぎて難しいんとちゃう?
読めるだけで幸せな俺としては、筆の進みが心配やな。
いっそ他県とのコラボとか、飛ばし飛ばしでもええんやで(ニッコリ
なんで山田×京太郎が意外と好評なのか今の俺には理解出来ない。
後、皆様感想ありがとうございます。
終わる気配のない仕事で落ち込んでいた気持ちが大分マシになりました。
以前のような更新速度に戻すのはまだ難しいですが、これからも頑張っていきます。
では、短いですが残りの分投下します。
………
……
…
それからはまぁ平穏無事に終わったと言っても良いだろう。
逃げた女の子たちは最初、怯えていたが、俺が無事だと分かると涙を漏らしながら抱きついてきた。
多分、よっぽど怖かったのだろう。
俺の作り物の胸に顔を埋めて十分二十分と泣き続けていた。
俺はそんな二人を慰める為に抱きしめていたのだけれど、その最中、春が俺のことを見つけて ――
京子「(…で、不機嫌になったんだよなぁ)」
まぁ、心配してた相手が女の子二人抱きしめていたらそりゃ不機嫌にもなるよな。
一応、外見的にはもう殆ど女な訳だけど、俺が男である事を春は知っている訳だし。
別にデレデレなんてしてなかったと思うが、心配して損をしたと思わせてもおかしくはない。
京子「(ま、それも帰るまでには治ったんだけど)」
怖がる女の子二人を家まで送ってお屋敷へ。
最初こそ面白くなさそうだった春も二人で帰る間に機嫌を直してくれたらしい。
お屋敷に帰った頃には何時も通りの春に戻ってくれていた。
それであの事件の影響はもう完全に終わって、後は普段通りに過ごす事が出来たのである。
京子「(…まぁ、普段通りに過ごせたと言ってもやっぱり心配は掛けたのだろう)」
俺が連絡を入れるまでの数十分、生きた心地がしなかったと小蒔さんは言っていた。
流石にそれは大げさだろうけれど、しかし、他の皆にも心労を掛けてしまったのは事実だろう。
屋敷に帰ってきた俺を前にして皆はその感情を表に出さなかったけれど、それを含めて申し訳ないと思っている。
でもさ…でも……流石にこれが厳重過ぎやしないか…?
小蒔「どうかしましたか?」ミギ
湧「どげんかしたと?」マエ
明星「何か悩み事でも?」ウシロ
春「…私たちで良ければ聞く…」ヒダリ
京子「…あぁ、うん、ありがとう」
俺の悩みの源はさ、こうして前後左右を皆に挟まれている事なんだよ。
昨日は別にそんな事はなかったよな?
普通に俺は春の隣を歩いてたはずなんだけど…それが今日はどうしてこんなインペリアルクロスな陣形になってるんだ…。
京子「あ、あの、もうちょっとこう普通に歩かない?皆も大変でしょう?」
小蒔「ダメです!京子ちゃんは放っといたら一人で先走っちゃうんですから」
春「皆で監視が必要…」
京子「い、いや、監視って…」
明星「諦めて下さい。皆…それくらい心配してたんですから」
京子「ぅ…」
それを言われると何も言い返せなくなってしまう。
心配を掛けてしまった自覚というのは一応、俺にもある訳だしな。
でも、まるでこうして要人のように囲まれて歩くのって…すげー目立つと思うんだ。
そもそもこういうのって真ん中は小蒔さんじゃないとまずいんじゃねぇのか?
小蒔「皆で京子ちゃんをお守りしないとですね!」グッ
湧「今度は…絶対…一人になんかさせません…」ググッ
春「…何かする時は皆一緒…」
明星「という訳なので今度からは迂闊な行動は控えて下さい」
京子「……はい」
でも、皆はそういうのをあんまり気にしてはいないらしい。
まぁ、こういったところ割りとおおらかだからな。
一応、皆も小蒔さんのことを姫様と呼んではいるけれど、心から敬わなければいけないと思っている訳じゃないみたいだし。
どちらかと言えば家族とかそういう距離感の方が近い気がする。
京子「でも…その…ね」
「」ヒソヒソ
「」ヒソヒソ
京子「流石にこれは目立ちすぎだと思うのよ…」
小蒔「え?これくらい普通ですよね?」
春「霞さんたちと一緒の時はもっと凄かった…」
京子「ほ、本当?」
明星「勿論、本当のことです。何せ霞お姉さまはエルダーだったのですから」ウットリ
京子「エルダーって本当に凄い称号なのね…」
今までもそれっぽい事聞いて分かってたつもりではあったけどさ。
でも、毎朝これ以上注目されるなんて俺には想像も出来ないくらいだ。
そんな注目の中、一年勤めあげるだけでも大変なのに三年もやりきった石戸(姉)さんは本当に凄い。
俺だったら絶対途中で心折れていた事だろう。
春「…でも、ちょっと変…」
京子「そりゃ変でしょう。こんな隊列組んで歩いてたら…」
春「…違う…昨日と同じ…」
京子「同じ?」
明星「あぁ、そうですね。遠巻きに観察されている感じです」
京子「普段は違うの?」
明星「勿論、違いますよ。普段はもっと人が話しかけてきますし」
小蒔「えへへ、明星ちゃんは中等部でとっても人気者だったんですよ」
湧「次期エルダー候補だって言われちょったくらいっ」
明星「そ、それはあくまで一部の子が言ってただけだから」カァ
京子「へー…確かに明星ちゃんならエルダーになってもおかしくはなさそうね」
明星ちゃんはちょっぴり行き過ぎた姉ラブさえなければ、非の打ち所のない完璧な美少女だからな。
いや、そういう人らしい部分を知って尚、魅力的に感じる人だって少なくはないだろう。
少なくとも、俺自身、明星ちゃんの姉ラブな部分に振り回される事もあるけれど、彼女のことをとても魅力的だと思っているし。
明星「ぅ…京子さんまで…」カァァ
京子「お姉さん譲りの面倒見の良さに容姿も端麗。勉強や運動だって得意なんでしょう?」
京子「明星ちゃんは一部って言うかもしれないけれど、その人達にとっては明星ちゃんはエルダーに相応しい人なんだから」
京子「そんな風に謙遜しなくても胸を張るのが良いと思うわ」ニコッ
明星「そ、そう…かもしれないですけど…」
京子「大丈夫よ、明星ちゃんが魅力的な女の子だってそれだけの人が知ってるってだけなんだから」
京子「別に恥ずかしがるような事はないでしょう?」
明星「…ぅー」
と、まぁ、あんまり言いすぎても逆効果って奴かもな。
明星ちゃんだってこうやって恥ずかしがるには恥ずかしがるだけの理由があるんだろうし。
俺なんかがあんまり突っ込んでも不快にさせるだけかもしれない。
京子「それで…さっきの違うって言うのは?」
春「……噂話?」
京子「噂…?あぁ、私が転校生だからかしら」
小蒔「んー…そう…でしょうか?」
京子「え?」
小蒔「なんとなーくですけど…そうじゃない気がするんですよね」
京子「そうじゃないって…?」
小蒔「んーそれよりももっと大きいというか大変と言うか…」
…普段なら何を馬鹿な事をって言うところだけどさ。
でも、小蒔さんってば本職巫女の中でも特にそういう直感とかに優れた人らしいし。
この人の言う『なんとなーく』は凄くこう…説得力がある。
小蒔さんが言うならそうなのかもしれないって反射的に思ってしまうくらいに。
京子「で、でも、そうじゃないかもしれないんでしょう?」
小蒔「それは…まぁ、そうなんですけど…」
京子「だったら気にしないのが一番よ。そもそもここで考えていて分かる類のものでもないんだし」
春「…それもそう」
明星「誰か捕まえて何を話しているんだって聞く訳にもいかないですしね」
京子「そうそう。それより…ほら、校舎が見ててきたわよ」
並木道の向こうからゆっくりと姿を表した見慣れない校舎。
今日から本格的に俺が通う事になるその建物の入り口に俺たちは足を踏み入れる。
そのまま下駄箱へと向かおうとした瞬間、俺の視界の隅から二人の女の子が駆け寄ってきた。
「あ、須賀先輩…!!」
「お待ちしておりました!!」
京子「貴女達は…」
その二人組は昨日、俺が助けた女の子だ。
トテトテと駆け寄ってくる彼女たちは既に上履きに履き替えている。
その言葉から察するまでもなく、二人は俺を待っていてくれたのだろう。
でも、一体どうしてこんな場所で?
お礼云々は二人を家に送っていった時点で済ませたはずなのだけれど…。
「はい。昨日はお世話になりました」ペコッ
「須賀様のお陰で本当に助かりました…!」
京子「良いのよ。私がやった事なんて人として当然の事なんだから」
京子「でも、待っていたって言うのはどうして?」
「あ、はい。改めてお礼を言いたかったのが一つと…」
「お詫び申し上げなければいけない事があって…」
京子「…お詫び?」
シュンと肩を落とす二人の姿に俺は首を傾げる。
昨日の今日で二人から謝罪されなければいけない事なんてないはずなのだけれど。
しかも、朝からこうしてわざわざ俺を待つくらいの事なんてまったく思いつかない。
「その…私たち昨日の事をお友達に話したんです」
「須賀先輩助けられたって事を…その…まぁ、ちょっぴり大げさに…」
「そしたらその…一日で噂が大変な事になっちゃって…」
京子「…噂?」
「あぁ、須賀さん」
京子「あ、生徒会長…」
そこで俺達に声をかけてきたのは昨日もこの辺りで出会った生徒会長だった。
相変わらずキラキラと輝く金髪や自慢げな表情が美しい。
けれど、その表情は昨日と違って…なんだろう、疑問が浮かんでいる感じ…かな。
まるでサルがフェルマーの最終定理を解いたと聞いた数学者みたいな…なんとも言えない表情。
「だから私は…いえ、良いですわ。それよりも…須賀さん一つお聞きしたいのですけれど」
京子「なんでしょう?」
「…貴女が昨日、後輩二人を助ける為に暴走族を壊滅させ」
春「ん…?」
「その暴走族の後ろで人身売買していた広域指定暴力団を活動不能に追い込み」
明星「…はい?」
「最後には国の特殊工作部隊をたった一人で撤退させたっていうのは本当なの?」
京子「……………ぇ?」
なにそれ怖い。
いや、怖いって言うか…え?なんでそんな風になってるの?
常識的に考えれば分かるよな!
そんな事あり得ないって分かるよな…!?
「で…どうなのかしら?」
京子「いや…ま、待ってください。そんなのあり得ないでしょう?」
「そう…そうよね。いえ…私は分かっていましたのよ?」ホッ
嘘つけ。
絶対、ちょっとは疑ってただろう。
じゃなきゃ今ちょっとホッとしたりしないだろうしな!
そもそも本当に信じてないなら、こんな馬鹿な噂、いちいち確認したりしねぇって!
京子「でも、生徒会長がわざわざ確認しに来られるという事は…」
「まぁ…言いづらいですけど、全校的にそういう話題になっていますわ」
京子「……あぁ」
なるほど…分かった。
朝からずっと見られていたのはそれの所為だったんだな…。
俺が囲まれるように歩いていたからとかそんなんじゃなくって…噂話が原因だったんだ…。
小蒔さんの直感見事に当たってたぜ、ハハハハハ…。
「ご、ごめんなさい!!」
「私達まさかこんな事になるなんて…!!」
京子「…良いのよ。二人に悪気はないのは分かっているから」
ただ、俺も二人も女の子の噂好きな習性と、そして噂の持つ魔力って奴を甘く見ていたのだろう。
まさか一日でここまで話が広がるとは俺も想像していなかったし、ここまで尾ひれがつくとは二人も思っていなかっただろう。
って言うか、ここまで尾ひれがつくと寧ろ、逆にあり得ないって分かるだろ!!
なんで生徒会長が信じるくらい真実味のあるものとして広がってるんだよ!!!!
「…という事はその二人が須賀さんの助けた後輩なのかしら?」
「は…はい…」
「あの…助けていただいたのは本当なんです」
「大丈夫。そこまで疑っている訳じゃありませんわ」
「ですが…時期が少々、悪いですわね」
京子「時期…ですか?」
「えぇ。エルダー選出時期までもう少しというところですから」
京子「…工作と見る人もいると?」
「それだけならばまだ楽なのですけれどね」フゥ
「…女の子は夢見がちな生き物ですから。お祭好きな一部が須賀さんをエルダーにしようと担ぎ上げる可能性があります」
京子「…はい?」
俺が…エルダー?
い、いやいやいやいや、待ってくれ、待ってくれよ。
それって永水女子で一番の淑女なんだよな?
一番、女の子らしい女の子を決める為のもんなんだよな?
俺、男なんだけど!!
女装してるけど、身体は正真正銘未工事のままの男の子なんですけどおお!?
京子「ま、ままままま待って下さい…!私は昨日入ったばかりの転校生ですよ?」
「だからこそミステリアスで良いという人達も残念ながらいるのですわ」
「それに転校生がエルダー候補に選出された事例は少なからずありますから」
「勿論、実際にエルダーに選ばれた事は今まで一度もないのですけれど…」
京子「そ、そうですよね…」
そ、そりゃそうだよな。
だって、エルダーの選出選挙まで後二ヶ月もないんだし。
そんな僅かな時間で、しかも、二年の俺がエルダーに選ばれるなんてあり得ない。
中高一貫の永水女子じゃある程度、コミュニティや派閥が固まっているだろうし。
ある種、晒し者として候補になる事はあっても実際にエルダーになるだなんてアニメやゲームでもまずないだろう。
「でも、今回がその最初の例にならないとは限りませんけれど」
京子「えっ」
「須賀さんはそれだけインパクトのある事をしたのは事実ですから」
「はい…須賀先輩、とっても格好良かったです…!」ウットリ
「押し寄せるような男性をバッタバッタとなぎ倒し一人佇む須賀先輩素敵でした…!」キャー
「あら…そこは本当でしたの」
京子「い、いや、違いますよ。違いますからね?」
そこの二人は俺が戦ってたところは見てないだろ!!
見てたなら殆ど山田さんが何とかしてくれたっていうのは分かるだろうし!!
と言うか、そういう事言うから尾ひれが広がるんだろうが!!
「例えどうであれ須賀さんがわが校の生徒を助けていただいたのは事実のようですわね」
「…須賀さん、ありがとうございました。生徒会長として須賀さんにはお礼を申し上げます」ペコッ
京子「あっ…そ、その…」
「…でも、私、負けませんわよ?」クスッ
京子「え?」
そう言って去っていく生徒会長。
気のせいかもしれないが、その後姿は来た時よりも晴れやかなものに見える。
多分、彼女の中での疑問がひとつ解決した所為だろうな。
…でも、また名前を聞きそびれてしまったんだけど…次、なんて呼ぼうか。
京子「……でも、負けないって何の事なのかしら?」
春「…生徒会長は今年のエルダー有力候補だから…」
明星「と言うか一年からずっと候補として選出されているくらいです」
小蒔「霞ちゃんがいなかったらエルダー確実だって言われてるくらいの人ですよ」
京子「なるほど…」
俺としてもエルダーになんて選出されたくないんで出来れば生徒会長には勝って欲しい。
ただでさえ目立つ事の出来ない身の上なのに、エルダーに選出されたら胃が痛いってレベルじゃねぇぞ…。
どうあがいても胃に穴が開いて入院一直線なルートしか見えない…!!
明星「でも、その前に噂だけでも何とかしないといけませんね」
春「このままじゃ変な風に目立っちゃう…」
京子「そうね…どうしましょう…」
「私達も出来るだけ早く噂が消えるように努力します…!」
京子「あ、う、うん。お願いできるかしら」
…この子たちには動いてもらわない方が良いような気がするけど流石にそれは言えないよな。
そもそも噂の発端だって決して悪気があった訳じゃないだろうし。
少し空回り気味ではあるが二人がとっても良い子であるのは伝わってきているんだ。
責任も感じているようだし、何もするなというのは酷だろう。
それにまぁ、所詮噂は噂だし、当事者たちが否定すればすぐに鎮火するはずだ。
「はい。早く皆さんに本当の須賀先輩の事をわかってもらえるように努力します!」
京子「ありがとうね。お願いするわ」
「お任せ下さい!須賀先輩がエルダーになれるように全力を尽くします!!」
京子「……え?」
「大丈夫です!私達、須賀先輩はエルダーに…お姉さまと呼ぶのに相応しいお方だと信じていますからっ」カァ
「生徒会長も素晴らしいお方だと分かっています。でも、私たちやっぱり須賀先輩にエルダーになって欲しいんです…っ」ウットリ
京子「え、えっと…」
キーンコーンカーンコーン
「あ、いけない。もう予鈴が…」
「じゃあ、須賀先輩!またっ!」
京子「え、えぇ。また…」
―― 『地獄への道は善意で舗装されている』
その言葉の意味を俺はその時、嫌というほど理解した。
あぁ、なるほど、確かにこれは善意だ。
二人に悪意はまったくなく、ただ単純にあの場で救ってくれたヒーロー…いや、ヒロインを慕っているだけ。
けれど、そうやって向かう先は俺にとっての地獄というか針のむしろでしかない。
それを分かっていない二人からの善意は有り難いけれど、しかし、だからこそ質が悪くって…!!
小蒔「わぁ、エルダーですって!凄いですね、京子ちゃん!」ニコー
湧「京子さあがエルダーになれるように応援する…!」ニパー
明星「…その、大丈夫ですよ、まだそうなると決まった訳ではありませんし」
春「…京子、大丈夫…?」
京子「…えぇ…皆ありがとう…」
―― 俺の新しい学園生活は既に波乱の予感で一杯です…。
短くて申し訳ないです…
では、また数日ほど空きます
出来るだけ早く次を投下出来るように頑張ります
>>888
永水七人でさえちゃんと書き分けできているか危うい俺にとって県外との絡みは死亡フラグでしかない気ががががが…!
ないとは言いませんが、あんまり期待しないでください…
今日中には投下したい(願望)
―― それからの俺の生活は変わった。
まぁ、変わったと言っても、朝起きる時間や寝る時間に関してはほぼ一緒。
食事についてもほぼ皆と摂っているし、お稽古事も続いている。
皆の関係もそれなりに良好でギスギスしたりする事はない。
変わったのはただ一つ。
そんな生活の中にと本格的勉強や麻雀の練習、そしてフェンシングの練習が加わったって事だ。
京太郎「は…あぁぁ…」ドサ
やべー…思ったよりこれきっつい。
勿論、今までもお屋敷での生活に勉強や部活めいたものも混じってはいたけれどさ。
でも、それはあくまで遊びの延直線上で、そこまで厳しいって訳じゃなかった。
しかし、こうして学校生活が本格的にスタートするとやっぱり辛い。
その上、山田さんにフェンシングの稽古までつけてもらっているのだから尚更だった。
京太郎「(あー…もう寝る時間か)」
ついさっきひと通りする事が終わったのに、時間はもう深夜だ。
やるべき事をやって自由時間なんて殆どないのにこれは結構辛い。
体育会系でもここまで自由時間のないのって寮生くらいじゃないだろうか。
京太郎「(やっぱタスク増やしすぎなのかなぁ…)」
しかし、仮にも俺は『開正学園でトップクラスの成績を取っていたお嬢様』なのだ。
スポーツにだって長け、クラスの委員だって務めていた非の打ち所のない完璧超人なのである。
勿論、今から付け焼き刃でそんなものになれると俺も本気で思っている訳じゃない。
でも、あまりにイメージと『須賀京子』の実像がかけ離れていれば皆の失望を買ってしまうだろう。
京太郎「(それだけなら良いんだけど…な)」
それがある種の疑念に繋がってしまえば俺は終わりだ。
何せ、開正学園には『須賀京子』などという生徒が存在しなかった事など調べればすぐに分かってしまう事なのだから。
注目されるほど華々しい成績を残す訳にはいかないが、開正学園からの転校生である事に疑問を持たれるような低レベルではもっといけない。
最低でも「噂ほどではない」と思わせるくらいにはしておかないと俺に待ち受けているのは社会的な死のみだ。
京太郎「くそぉ…誰だよ俺の事をそんな風に言い出した奴…」
いや、俺にだって大体分かっている。
それは恐らく『開正学園からの転校生』という言葉がひとり歩きした結果なのだろう。
噂がたった一日でとんでもない尾ひれがついていくのを俺はついこの間も実感したばかりなのだ。
きっとそれだって誰かが悪意を持って広めた訳じゃない。
強いて言うなら『須賀京子』に開正学園出身なんていう設定をつけた神代家が悪いのだ。
京太郎「(…でも…)」ゴロン
勿論、神代家の事は居変わらず腹が立つ。
余計な苦労かけさせやがってと言いたい気持ちは俺の中に確かにあった。
しかし、この無謀とも言える努力を止める気になれないのはやっぱり小蒔さんたちの姿がチラつく所為か。
もしバレてしまったら面倒に巻き込まれるのは俺だけではなく、俺と仲の良い小蒔さん達も同じなのだ。
京太郎「(それに部活に人いないしなぁ…)」
お嬢様校である永水女子にはわざわざ麻雀部に入る人などいないらしい。
娯楽として多少は打つ、という子もいるようだが、それよりも茶道やピアノなどお稽古事の方が人気のようだ。
小蒔さんが一年の時に団体戦に出れたのが半ば奇跡のようなもので、それ以降は関係者以外に入部者はいないらしい。
こればっかりは神代家の権力がどれだけ大きくてもどうする事も出来ないものだろう。
京太郎「(…だからって男を入れるっていうのはどう考えてもおかしいけどさ」
でも、その辺りは俺の知らない事情って奴があるのだろう。
こうして四ヶ月ここで過ごしているが、俺は殆ど事情らしい事情を知らないままなのだ。
それがなんとなく悔しいが、しかし、現状、どうする事も出来ない。
そもそも今の俺にそういう事を調べる気力も体力もないし。
京太郎「(とりあえず明日の準備だけはしとかないと…)」
明日も朝の自主練とか色々あって早めに起きないといけない。
でも、身体は疲労を訴えていて下手をすれば寝坊してしまう可能性がある。
勿論、皆がいるから学校に遅れるほどじゃないだろうが、それでも居間でゴロゴロしっぱなしって訳にはいかない。
あー…でも、ダルくて動きたくない…俺をお世話してくれるお団子頭で腰回りがエロい三年生とかどこかにいないだろうか。
巴「…須賀君」
京太郎「え?」
巴「大丈夫?」
瞬間、寝そべっていた俺の顔を覗きこんだのはパジャマ姿の狩宿さんだった。
膝下まで覆うようなワンピース型パジャマ。
薄桃色の横ボーダーが白地に入ったそれは派手さはないが、とても女の子らしい一品だ。
このお屋敷の中でも特に落ち着いていて安定感のある狩宿さんにそのパジャマは良く似合っていると思う。
京太郎「だ、大丈夫ですよ」
巴「…本当にそうなら居間で横になったりしてないんじゃないの?」
京太郎「う…そ、それは…」
巴「ちょっと頑張り過ぎじゃないの?」
京太郎「い、いや、大丈夫ですって。俺は男の子ですから」
巴「男の子だからって疲れる事に代わりはないと思うんだけど」ジトー
京太郎「あ、あはは…」
やべー。
狩宿さんの視線が結構きつい。
まぁ、この前、働き過ぎって狩宿さんに言った俺がこの体たらくじゃあな。
俺から偉そうに説教された狩宿さんからしたら、そりゃ面白くないだろう。
巴「もう…あんまり無理しないでよ」
巴「倒れると皆も須賀君の事心配するんだからね?」
京太郎「狩宿さんは心配してくれないんですか?」
巴「私?」
京太郎「えぇ。さっき皆、としか言ってないので、狩宿さんは心配してくれないのかなーって」
巴「…現在進行形で心配してますよーだ」ツネ
京太郎「ごめんなふぁい」
ふざけすぎて鼻摘まれてしまった。
ま、その程度で済んだのであれば御の字ってところかな。
流石に怒られはしないだろうが呆れられてもおかしくはないような姿だったし。
それを冗談で済ませてくれた狩宿さんには感謝しないと。
巴「で、何かして欲しい事はある?」
京太郎「え?」
巴「頑張ってくれている須賀君の為に私もちょっとくらい頑張っちゃうわよ」ムンッ
京太郎「ん?今なんでもするって」
巴「言ってません」
京太郎「ちぇー…」
とは言え、狩宿さんにして欲しい事…か。
特に思いつかないかなぁ。
狩宿さんの事を甘く見てる訳じゃなく、俺の頭がそこまで回らない。
思考の半分が眠いとか疲れたって言うのばっかりで埋め尽くされている状態だしな。
京太郎「んー…特に思いつかないですね」
巴「そう…じゃあ、とりあえず良く眠れるようにホットミルクでも作ってあげましょうか?」
京太郎「あーそれも良いですね」
巴「決まりね。じゃあ、後で持っていってあげるから先にお部屋に戻っておいて」
京太郎「了解です」
まぁ、狩宿さんが来るまでに寝てしまう可能性も無きにしもあらずって感じだけどさ。
でも、ホットミルク作るだけならポットでどうにかなるから、それほど時間は掛からないだろうし。
手際の良い巴さんなら俺が明日の準備をしている間に持ってきてくれるだろう。
京太郎「よいしょっと…」
巴「……ん」
京太郎「あれ?どうかしました?」
巴「…ごめん。やっぱりもう一度寝そべってくれる?」
京太郎「え?」
巴「多分、先にこっちをやった方が良いと思うの」
こ、こっち…?
寝そべってやる『こっち』って一体、何をするつもりなの…!?
ハッまさか狩宿さんは俺にいかがわしい事するつもりなんじゃ…!
エロ同人みたいに!エロ同人みたいに…!!
京太郎「ね、寝そべるって何をするつもりなんですか…!?」
巴「…言っとくけどマッサージだからね?」
京太郎「ですよねー」
屋敷に来たばっかりならまだ誤解する余地もあったかもしれないけどさ。
でも、今はもう大体、狩宿さんの事も分かってる訳だし、誤解なんてしない。
この四ヶ月の間にそういう艶っぽい感情が俺や皆の間にないことくらい嫌ってほど分かってるんだから。
京太郎「でも、良いですよ、狩宿さんが大変でしょうし」
巴「私よりも大変そうな須賀君がそんな遠慮なんてしないの。ほら」グイッ
京太郎「うわっと」ドサ
そうこうしている間に押し倒されてしまった。
まさか狩宿さんにそんな事されるなんて思ってなかったからまったく反応も抵抗も出来ない。
男として若干情けない気もするけれど…まぁ、やっぱり疲れていたんだろう、きっと。
京太郎「か、狩宿さん…思ったより積極的なんですね…」
巴「何処かの後輩が手間賭けさせてくれるから仕方なく…ね」クスッ
京太郎「いや、でも、これはまずいと思いますよ」
巴「え?どうして?」キョトン
あ、ダメだ、この人もやっぱり男の事あんまり分かってねぇや。
狩宿さんにそのつもりはないのは分かってるけど、そうやって男の肩掴んで畳に押されるとさ。
男としてはやっぱりドキドキしちゃう訳ですよ。
頭の中じゃ分かっているつもりでも、身体の方は言う事聞いてくれない訳ですよ。
京太郎「(にしても…こうしてみると狩宿さんってやっぱ綺麗だよな)」
寝る前だからか、狩宿さんは髪を括っていない。
お陰で彼女の長い髪はそのままヴェールのように俺へと垂れ下がっている状態だ。
まるで世界から彼女以外を排斥しようとするようなその髪に視線が自然と顔へと導かれてしまう。
華やかさというものはあまりないが整った顔立ちに穏やかさを満たした狩宿さんの… ――
巴「も、もう…いきなりジロジロ見てどうしたの?」カァ
京太郎「あ、う…いや、その…」カァ
いや…だってさ。
だって…仕方ないじゃねぇか。
狩宿さん自身は自覚していないかもしれないけど、彼女は紛れも無く美少女で。
しかも、今の狩宿さんは髪を解いている所為か普段よりも無防備というか色っぽいんだ。
ジロジロ見るのは悪いと思うけれど、やっぱりその顔を見ないっていうのは出来ない。
京太郎「い、いやー実は狩宿さんの顔に見蕩れてまして」
巴「ふぇっ!?」カァァァ
京太郎「狩宿さんが綺麗だなーってそんな風にですね」
巴「ちょ…も、もぉ…そういう冗談は恥ずかしいってば…」メソラシ
まぁ、冗談じゃないんだけどな。
でも、ここは軽い冗談にしとかないと後々に支障が出そうって言うか。
下手に誤魔化すと墓穴を掘りそうだし、冗談って事にしておくのが一番なはず。
…うん、流石にシラフで綺麗だったから見惚れていました、なんて言えねぇって。
【須賀京子】の方だと臆面もなく言えそうだからちょっと怖いけどな…。
京太郎「でも、あんまり男をそういう風に押し倒すもんじゃないですよ」
巴「押し倒…あぁっ」バッ
巴「ご、ごめん…私、そういうつもりじゃ…っ」プシュゥ
京太郎「あ、大丈夫ですよ。ちゃんと分かってるんで」
巴「で、でも…ご、ごめん。私、なんてはしたない…っ」カァァ
京太郎「あー……俺、嬉しかったですよ?」
巴「そ、そういう問題じゃないのよぉ…っ」フルフル
京太郎「ですよねー…」
嬉しい嬉しくないよりも狩宿さんの羞恥心の問題だしな。
こればっかりは俺が何を言っても逆効果なのかもしれない。
とは言え、完全に黙ってるのも不機嫌そうでアレだしなー…。
こういう時の正解って一体なんなんだろうな、ホント。
巴「うぅ…本当にごめんなさい…」
京太郎「いや、良いですよ。本当に気にしてませんし」
京太郎「忘れろって言うならすぐ忘れますよ」
忘れる(忘れるとは言っていない)。
まぁ、あんな色っぽい光景、中々、忘れられるもんじゃないしな。
流石に人に言いふらしたりするほどゲスじゃないが…でも、たまーに思い出すくらいは許して欲しい。
…あ、でも、駄目だわ。
下手に思い出すと自家発電一直線になりそうだ。
最近、ムスコとのスキンシップ取ってないから欲求不満気味だしなぁ…。
巴「…あの、最近、須賀君とっても女の子らしいからあんまり男の子だって意識する事なくって…」
京太郎「ぅ…でも、俺、一応、今は化粧もしてないし、裏声も使ってないんですけど…」
巴「わ、分かってるんだけどね…普段が普段だから…距離感間違えちゃったみたい。ごめんね」
京太郎「あー……傷つきました」
巴「ぅ…だ、だよね。ホントごめんね…」ビクッ
流石の俺としても完璧女の子扱いは若干凹むんですぜ、狩宿さん。
まぁ、そうやって意識して貰えないくらい完璧に女の子出来ているって安心する面もあるんだけどさ。
でも、俺のガラスの少年時代は魔剣のような狩宿さんの言葉で深く深く傷つきました。
これは教育やろなぁ(ゲス顔)
京太郎「なので、謝罪と賠償の為にマッサージしてください」
巴「え?」
京太郎「…だからマッサージですよ。してくれるんでしょ?」
巴「…良いの?」
京太郎「良いも何も俺からしてくれって言ってるんですよ」
ま、とは言ってもガチで傷ついてる訳じゃねぇしな。
俺自身、結構疲れててマッサージしてもらいたい気持ちはあるし、この辺が落とし所か。
べ、別に狩宿さんの為じゃないんだから。
俺がして欲しいだけなんだから勘違いしないでよねっ。
巴「…ふふ」
京太郎「なんですか、急に笑って」
巴「須賀君のそういう優しいところ、私、結構好きだよ」クス
京太郎「ぅ…」カァァ
巴「あ、い、言っておくけど、友人としてだからね…?」カァァ
京太郎「わ、分かってますよ」
分かってるけど不意打ち過ぎるだろ…!
まさかこのタイミングで笑いながら好きとか言われるとは思わなかった…!
やべー、ちょっとまだ胸がドキドキしてるかも…。
狩宿さんって意外とそういうガード緩いって言うか…結構、魔性な人…なのか?
京太郎「でも、勘違いするところでした」
巴「えっ」ビクッ
京太郎「なので責任取って下さい」
巴「せ、責任って…?」フルフル
京太郎「……」
巴「……」
京太郎「…すみません。特に考えてませんでした」
巴「もう…須賀君ったら」ホッ
京太郎「ごめんなさい…」
でも、空気変えなきゃ耐えられなかったんっすよ!
狩宿さんに怯えられるかもって思っても何とかしないと胸のドキドキ収まらなかったんだよ…!
【須賀京子】の方ならもっとまだ何かあったのかもしれないけれど、【須賀京太郎】にはこれが限界だ。
巴「まぁ…私が不用意な事を言ったのが原因だしね」
京太郎「…すみません」
巴「良いの。それよりほら、お詫びのマッサージするから後ろ向いて」
京太郎「うぃっす」
狩宿さんの言葉にしたがってクルリとその場で回転。
仰向けからうつ伏せになって狩宿さんに背中を向ける。
手とか足は大の字でダラリとしてる感じだけど、必要なら狩宿さんが指示をくれるだろう。
とりあえず俺がここで考えるべきはリラックスしてマッサージを受ける事…のはずだ。
巴「じゃ、ちょっとごめんね」ギュッ
京太郎「おうふ」
巴「?どうかした?」
京太郎「イ、イヤ、ナンデモナイデス」
いきなり腰の辺りにぎゅっとした重みが…。
え、これもしかして…狩宿さん馬乗りになってる?
い、いや、勿論、マッサージ台とかない以上、それが一番なのかもしれないけどさ。
でも、こう腰の上にそうやって馬乗りにされるとちょっとイケナイ気持ちにですね?
京太郎「(つーか…柔らかいなー…)」
勿論、黒糖パワーでぽっちゃりしてる春ほどじゃないんだろう。
でも、今、俺の上に乗っている重みと柔らかさは間違いなく狩宿さんが女性である事を俺に知らせた。
その上、夜の空気とはまったく違う暖かさが俺の身体をじんわりと温める。
…なんというかこんな事言ったら変態かもしれないが、今の時点でもちょっと気持ち良い。
巴「じゃあ、最初はかる~くやっていくからね」
京太郎「お願いします…」
巴「よいしょっと…」ギュー
京太郎「お…おぉ…」ビクッ
最初に狩宿さんが手を出したのは俺の首筋だった。
微かに冷えた指先がそっと包み込む感覚に思わず身体が反応してしまう。
でも、次の瞬間には狩宿さんの体温がゆっくりと広がり、反応した身体から強張りが解けていった。
巴「やっぱりリンパ腺ちょっと腫れているかも、疲れが溜まってるのね」ナデー
京太郎「ですかねー…」
巴「少なくとも身体の反応を見る感じはね」
京太郎「なんかエロいっすね、ソレ」
巴「も、もう。一応、真面目に言ってるんだからね」
京太郎「いやー、分かってるんですけど」
でも、美少女に馬乗りになられて「身体の反応」とか言われちゃなぁ。
そりゃ邪な事を考えるのが男としての礼儀って奴だろう。
そういうのを考えない奴は男として枯れていると断言しても良い。
まぁ、この場合はエロスを感じ取らない方が人として正しいのかもしれないけれど。
巴「でも、この年でこれだけリンパ腺腫れるのはちょっと頑張りすぎだと思うわよ」
京太郎「今日はたまたまですよ」
巴「…で、そのたまたまが何日続く予定なの?」
京太郎「う…そ、それは…」
巴「学校始まってから、ずっと頑張りっぱなしでしょう?」
京太郎「いや…でも、狩宿さんたちが家事引き受けてくれてますから、それほど仕事量は変わってないですよ」
元三年生組は卒業した後、このお屋敷での家事担当に回ってくれているのだ。
勿論、メインは巫女なのでこのお屋敷にいない事も多いらしいが、ここ最近の食事は皆元三年生組が作ってくれている。
これまでは食事や洗濯などを当番制で回していた事を考えれば、今の生活は大分、楽だ。
元三年生組の献身がなければ、俺はこんな余暇の殆ど無いスケジュールなんて一日足りとも完遂出来なかっただろう。
巴「変わってないけど中身は変わったでしょ?」
京太郎「ぅ…」
巴「私だってお稽古してるんだから、新しく一つ習い事増やすのがどれだけ大変か分かってるわよ」
京太郎「それは…」
元々、俺は家事やその他をするのがそれほど嫌いじゃないタイプだ。
それにそうやって家事をしている最中は他の誰かと大抵一緒だし、気を張る事もない。
ぶっちゃけて言ってしまえば俺にとってその時間は仕事、というよりは和やかなコミュニケーションであり、憩いの時間だ。
少なくとも、新しく追加で増えたタスクとは比べものにならないくらいには。
巴「事情は大体知っているけれど…そこまで頑張らなきゃいけないほどのものなの?」
京太郎「え…?」
巴「別に噂が全部嘘だった、なんて言っても誰も須賀君を責めたりなんかしないわよ」
巴「悪いのは不確実な噂で騒いでいた周りなんだもの。こういうのは早めに言ってしまった方がお互い傷が浅いはず」
狩宿さんのその言葉はとても優しいものだった。
恐らく…いや、間違いなく彼女は心から俺の事を心配してくれているのだろう。
元々、俺がこのお屋敷に連れて来られた事に狩宿さんはとても同情的だったのだ。
そんな狩宿さんが俺の疲れを知って尚、心配しない、なんて考えるまでもなく無理だろう。
京太郎「…そうですね。多分、狩宿さんの言う事は正しいんだと思います」
巴「そう…だったら」
京太郎「でも…」
巴「え?」
京太郎「でも…ですね。それはきっと…ベストじゃないんですよ」
―― 脳裏に浮かぶのは去年の地区大会の事。
それまで俺は麻雀に対してなあなあだった。
いや、勿論、俺はそれなりに麻雀を楽しんでいたし、真剣に打ち込んでいたつもりではある。
だが、本当に心からそうだったか、と言えば、正直、自信がない。
もし、そうだったのであれば、俺の地区大会での成績はもっとマシなものになっていただろうから。
京太郎「(勿論、理由はある)」
俺より凄い女子のサポート。
それは俺にとってとても大事な仕事で、そしてやりがいのあるものだった。
けれど、だからと言っても、俺はそればっかりに始終していた訳じゃなかったのである。
一人で練習する時間は幾らでもあったし、教えを乞う事だって出来た。
でも、俺はアレコレとそれらしい理由をつけてそれから遠ざかっていたのである。
京太郎「やりもせずに出来ませんって…なんか情けないじゃないですか」
結果、俺は地区大会で一人情けない結果を残すだけに終わった。
皆がインターハイに出場し、華々しい成績を残す中、それがどれだけ情けなかった事か。
自分の中でベストを尽くしていれば、あの舞台に立つ事は出来なくても、皆に対して胸を張る事が出来たかもしれない。
皆で勝ち取った勝利を喜ぶ一方で劣等感に悩まされる事もなかったかもしれないのだ。
巴「…こんなに疲れているのに?」
京太郎「でも、俺はまだ限界じゃないですよ」
京太郎「無理だって言うのは限界が来てからでも遅くないと思います」
勿論、俺はそこまで我慢強いタイプじゃないからその時は即ギブアップするつもりだ。
でも、まぁ…その時が来るまではもうちょっと頑張り続けても良いんじゃないだろうか。
あの時、もうちょっと頑張っていれば、なんて悩むのは一回だけで十分過ぎるくらいなのだから。
巴「…私、須賀君の将来がちょっと心配になってきたかも」
京太郎「え?」
巴「変な企業に入ったら洗脳とかされそうで…」
京太郎「ちょ、そ、そういう不安になるような事言うのは止めて下さいよ」
巴「でも、今流行のブラック企業とかそういう真面目で責任感の強い子を喰い物にするって言うし…」
京太郎「う…いや、でも、俺そこまで真面目じゃないですよ」
巴「背負わなくても良いものまで背負って頑張ってる須賀君が真面目じゃなくて何だって言うの?」クスッ
京太郎「それは…まぁ…馬鹿とか」
巴「まぁ、確かに馬鹿だとは思うけれど」
京太郎「ひでぇ」
巴「でも…」
そこで巴さんの手が俺の首筋からそっと離れた。
両側から撫でるように刺激されたそこはほんのりと火照っている。
それが俺の身体に残ったの狩宿さんの体温か、或いはマッサージによる効果か。
どちらかは分からないが、まぁ、悪い気分じゃない。
巴「今のはちょっと格好良かった、かな」
京太郎「えっ」ドキッ
巴「…なんでもない。やっぱり聞かなかった事にして」カァ
京太郎「いや…でも、丸聞こえだったんですけど」
巴「し、知らない!それよりほら、脇腹やっていくわよ」スッ
京太郎「ひょっ」ビクッ
巴「変な声出さないの」ナデナデ
京太郎「い、いや、いきなり脇腹はびっくりしますって」
巴「男の子でしょ?少しは我慢して」
京太郎「こういう時だけ男の子扱いは止めて下さいよ…!」
まぁ、でも、多少はくすぐったいくらいだ。
最初はびっくりして声もあげてしまったけど、そこまでびびるほどじゃない。
それにまぁ狩宿さんの手は服越しでもスベスベしてて気持ち良いし。
寧ろ、やらしい気分にならないように気をつけるべきなのかもしれない。
巴「うーん…」
京太郎「どうかしました?」
巴「いや、やっぱり須賀君男の子なんだなーって思って」
京太郎「狩宿さんは自分のさっきの発言思い返せば良いと思います」
巴「ち、違うのよ。そういう意味じゃなくって…ほら、なんだろう」
巴「こうして身体触っているとやっぱりしっかり筋肉ついてるのよね」
京太郎「まぁ、最近は色々と鍛えていますしね」
ハギヨシさんに教えを乞うてから色々と自分を鍛えていたが、こっちに来てからは本格的に舞の練習も始めたのだ。
女の子らしい動きに筋肉は必要ないが、身体を酷使する反復練習は男の身体を鈍らせないには十分過ぎる。
筋肉そのものは増えていないが、余計な贅肉がおちてより研ぎ澄まされているような気がするくらいだ。
このまま行けば俺も女の子にモテモテな細マッチョに…!って、そんなうまい話はないだろうけど。
巴「須賀君ってホント着痩せするタイプなのね」
京太郎「あーそれは前々から咲にも言われてましたね」
巴「咲?」
京太郎「所謂、普通の幼なじみですよ」
巴「え…じゃあ、もしかして清澄の宮永咲さんって…」
京太郎「俺の幼なじみです」
巴「……」
京太郎「…狩宿さん?」
巴「あ、ごめんなさい。噂なんてやっぱりあてにはならないものだなって思って」
京太郎「噂?」
巴「清澄の宮永咲は実は異世界の魔王で人を食べて雀力を高めているとか、アレは第一形態でまだ変身を二回残しているとか」
京太郎「なにそれひどい」
いや、まぁ、実際、咲の奴はそう言われてもおかしくないくらいの成績を残したけどさ。
準決勝や決勝とか…ホント酷かったもんな。
お陰で一部では魔王扱いされている事は知ってたけど…まさかそんな噂になっていたなんて。
妬みとか恨みもあるんだろうけれど…ホント、噂って怖い。
京太郎「って言うか狩宿さんそれ信じてたんですか」
巴「さ、流石に信じてなんかいないわよ」
巴「でも…」
京太郎「でも?」
巴「あの子から得体のしれないものを感じたのは事実なのよね」
京太郎「え?」
咲から得体の知れないもの?
しかも、本職巫女な狩宿さんが感じとるようなものが咲にあるだって?
流石にそりゃ思い過ごしか、考えすぎだろう。
俺は長年、あいつと一緒にいたけど、そんなものまったく感じなかったし。
京太郎「そりゃないっすよ。だって、あいつ麻雀以外にはろくに取り柄がないような奴ですよ」
巴「そう…なの?」
京太郎「えぇ。何処でもすぐ迷子になるのが特技みたいな奴ですしね」
京太郎「まぁ、たまーに俺に作ってくれる弁当はすげー俺好みですし、なんだかんだ言って勉強には付き合ってくれるし」
京太郎「レディースランチ食べたいとかそういう我儘は結構、聞いてくれますけど、それはあいつ自身があんまり自信がない所為ですから」
京太郎「ちょっとした仕草が小動物みたいで可愛かったり、俺の姿見つけると嬉しそうに近寄ってきたり」
京太郎「二人っきりの時は袖掴んだり、本を読んでいる時もたまーにこっちに顔をあげて俺が側にいるのを確認したり…」
京太郎「どちらかと言えば、そういうポンコツ気味な奴ですよ」
巴「…須賀君、それって…」
京太郎「え?」
巴「…ううん。なんでもないの」
なんで狩宿さんそこで言葉を止めたんだろう?
一体、何を言おうとしていたんだろうか。
もしかして俺何か地雷踏んだ?
実は狩宿さん、咲の事、苦手だったとか?
…そういや、さっき得体のしれないものを感じるとか言ってたよな。
そんな人の前で長々と咲の事語ったらそりゃ不愉快になられてもおかしくはない…よな。
やべー…これ謝った方が良いよな。
巴「……」
京太郎「……」
巴「……」
京太郎「……」
でも、どうしよう…。
さっきから狩宿さん無言でマッサージしてるだけで何も言ってくれない…。
これ本格的に怒らせちゃった感じか?
やべーよやべーよ…謝らなきゃいけないのにとっかかりすらないなんて…。
どっかのアラフォーじゃないけど、キツイ(確信)
あ、でも、はやりんは全然きつくないです。
京太郎「あ、あの…」
巴「え?な、何?」
京太郎「あ、明日の天気ってどんな感じでしょう?」
それでも何とか会話そのものは続けないとな。
このまま気まずい雰囲気でお別れ、なんてしたくないし。
狩宿さんにはマッサージして貰ってる以外にも色々と良くして貰っているんだ。
俺がデリカシーなかったのが原因とは言え、こんな事で気まずくなったりしたくない。
巴「あ、明日?明日は…うん、晴れだったはずだけど」
京太郎「は、晴れですか。洗濯物が良く乾きそうですよね」
巴「ね。こっちとしても助かるわ」
京太郎「何時も料理や洗濯、ありがとうございます」
巴「良いのよ、学校行っていた頃よりも大分楽だから」
巴「料理や洗濯も各々が分担してやっているからそれほど負担にならないしね」
京太郎「でも、大変だったら言って下さいね、俺すぐに手伝いに行きますから」
巴「うーん、今の須賀君にはちょっとお手伝いはお願い出来ないかな」
京太郎「う、駄目っすか」
巴「寧ろ、こっちがお手伝いしてあげたいくらい」
京太郎「…すみません、心配掛けて」
巴「良いの。もう諦めたから。男の子ってそういうもんなんでしょ?」
京太郎「…ですね」
巴「だったら私は精一杯サポートするだけ。ほら、今度は足に行くからね」
京太郎「あ、足ですか」
有り難い事を言ってくれる狩宿さんにお礼を返す暇もなく、今度はその柔らかな手が俺の太ももへと回る。
いや、より具体的に言えば、そこは内股って言うかなんて言うか!!
ちょ、そ、そんなとこまで触るんっすか!!
そこ敏感なんでナデナデされたら絶対やばいですってば…!!
京太郎「そ、そこは大丈夫ですよ」
巴「ダメよ。リンパ腺は詰まりやすいところは全部やっとかないと。別の所で流れが悪くなったら意味ないんだから」
京太郎「で、でも、ですね…そこを流石に女の人に触られるのは…うひぃっ」ビクッ
巴「え?何か言った?」
京太郎「…い、いえ…ナンデモナイデス…」
…狩宿さんってさ、時々だけど押し強い時あるよな。
いや、決して不愉快じゃないし、そういう時は誰かの為に動いているんだろうけれど。
でも、こうして男の太ももを服越しとは言え撫でているのを見ると流石にちょっと無防備と言うか何というか。
やっぱり注意した方が良いんだろうか、いや、でもなー…変な風に意識されちゃうと俺も困るし…。
巴「どう?大分、身体の方は暖かくなって来たみたいだけど」
京太郎「あー…気持ち良いです…」
巴「そう。良かった」ニコッ
いや、でも、こうして触られていると結構気持ち良いわ。
別に性的なものじゃなく、こう疲れが解きほぐされていく感じ。
若い内にマッサージとか要らねぇだろって思ってたけど…これは良いな。
マッサージしてくれている相手が狩宿さんって事をさておいても気持ち良い。
巴「私、マッサージとかは比較的得意な方だから疲れたらまた言ってね」
京太郎「いや…でも…」
巴「…言わないならこれ毎日の日課にしちゃうからね」
京太郎「えっ」
巴「毎日、須賀君の身体マッサージして疲れを追いだしちゃうんだから」ニコッ
う…それはそれで有り難いけどさ。
実際、今もすげー気持ち良い訳だし。
でも、これを毎日…ってなると果たして俺の理性が持つのかどうか。
性的な快感は少ないけど…それでも狩宿さんに内股やら撫で回されるのに興奮はしている訳で。
ただでさえ、自家発電出来ずに悶々としているのに…こんなの絶対耐えられないってば。
京太郎「それはちょっと…」
巴「あ…実は気持ち良くなかった…?」シュン
京太郎「い、いや、気持ち良いですよ、気持ち良いからこそ問題があるって言うか…」
巴「え?」
京太郎「…~~っ!」
だが、果たして言えるだろうか。
俺の事を男として意識しているかさえ怪しい狩宿さん相手に…興奮してますと、ムラムラしていますと。
見るからに男に免疫がない、と言うか、男との交流すらろくにない所為で無防備な狩宿さんに果たして言って良いのだろうか。
言って…引かれたりしないだろうか。
巴「ふふ…大丈夫よ」
京太郎「え?」
巴「ちゃんと分かってるから」
京太郎「か、狩宿さん…」フゥ
そうか…コレはからかわれていただけなのか。
そうだよな、幾ら女子校育ちでも、今の状況がどれだけやばいかくらいは分かってるよな。
良かった、男に対して無防備すぎる狩宿さんなんていなかったんだ。
巴「どうせまた遠慮してるんでしょ?大丈夫、私マッサージするのは嫌いじゃないから」
京太郎「えっ」
巴「嫌って言ってもこれから毎日お節介するつもりだから、心配しないで」ニコッ
京太郎「…えっ」
いや、心配って言うか…その…え?
俺がさっき反応してたのはそこじゃないんですけど…!?
ていうか、これマジで分かってない?
え?嘘だろ…だって狩宿さんって常識人枠じゃねぇの?
いや、勿論、今も常識人である事に違いはないし、優しいのは確かなんだけどさ!!
でも、やっぱりちょっとズレてんじゃねぇか!
マジでどんな教育してるんだよ神代家…!後、ついでに永水女子!!
巴「ふふ…なんか、皆が須賀君をからかう気持ちがちょっと分かってきたかも」
京太郎「ちょ、止めて下さいよ。狩宿さんまでそっち行かれると俺の癒やしがまたなくなるじゃないですか」
巴「姫様や湧ちゃんがいるでしょ?」
京太郎「その二人は癒やし枠とはまた別な気がします」
アレはどっちかというと小動物枠と言うか子ども枠と言うか。
勿論、あの二人と一緒にいると癒やされるのは確かだけど、それよりも庇護欲とかそういうのを強く感じる。
決して二人とも嫌いな訳じゃないが、アレを癒やし枠にいれるのはちょっとズレているイメージ。
巴「あら、姫様じゃ不満なのかしら?」
京太郎「いや、不満なんてないっすよ。すげー良い子だと思います」
巴「でしょう?」ニコッ
京太郎「あー…」
巴「ん?どうかした?」
京太郎「…今、こんな姿勢なんで顔見えないですけどね」
巴「まぁ、私も後ろ向いてるしね。それがどうかしたの?」
京太郎「いや、今、絶対、狩宿さん素敵な笑顔だったんだろうなぁって」
巴「な…っ」カァァ
あ、やばい…これは口説いてるっぽいな。
疲れとマッサージで気持ちよくて頭があんまり回らなかったけど言わなきゃよかったか。
でも…その笑顔を見たかったっていうのは事実なんだよなぁ。
すげー嬉しそうにしてたのはその声音で分かるくらいだし。
巴「も、もう…年上をそういうからかい方するのは失礼なんだからね」
京太郎「すみません。でも、別に冗談って訳じゃないんですよ」
巴「余計悪いわよ…ホント『須賀京子』ちゃんになってから随分と口が巧くなっちゃって」
京太郎「そういう男は嫌いです?」
巴「ぅ…だ、だから…そういうのは反則…っ」ギュッ
京太郎「いててててギブッ!ギブっす…!」
巴「ふぅ…もう…」
京太郎「いやー…すみません。巴さんの反応が面白くって」
巴「……今度はもっと痛いマッサージにしようかしら」
京太郎「勘弁して下さい…」
さっき足つぼグリグリされただけでも結構な痛みだったんだ。
思わず痛いと訴えてしまったのは決して冗談でもなんでもない。
そんな痛みのさらに上だなんて、マゾでもない俺には想像もしたくなかった。
巴「でも、言っとくけどこれが痛いって事はそれだけ疲れてるって事なんだからね」
巴「もうちょっとペース配分考えるか、或いはもうちょっと人に頼る事」
巴「一応、私達は君のサポートも任せられてるんだから変に遠慮なんてしないで良いのよ」
京太郎「……」
巴「どうかした?」
京太郎「なんか狩宿さんがすげー先輩みたいな事言ってるなと思って」
巴「…須賀君は私の事を一体なんだと思っているのかしら…」
京太郎「勿論、頼りになる先輩として尊敬していますよ」ボウヨミ
巴「ぅー…凄い棒読み…」
京太郎「はは。でも、頼りにしているのは事実ですよ」
このお屋敷の中で誰よりも一番、周りに気を使っているのは多分、狩宿さんだ。
時間の空いた時でも大体、誰かの為に動いている彼女の存在はとても有り難い。
働き過ぎだとは思うけれど、しかし、俺も狩宿さんに何度も助けられている。
今もこうして寝る前の時間を俺に割いてくれている先輩に心から感謝しているのだ
巴「それなら良いんだけど…あ、こっち側、大体、終わったから今度は仰向けになってくれる?」ヨイショット
京太郎「あ、仰向けですか」
巴「え?駄目?」
京太郎「い、いや…まぁ、駄目って事はないんですけど」
こうして狩宿さんとじゃれあっている間にこう身体が疲れと眠気でぐったりしてるというか。
その割には狩宿さんに乗られているっていうのを意識してこう一部が元気になっちゃったというか。
し、仕方ないじゃねぇか!
この屋敷に来てから自家発電なんて殆どしてねぇんだし!!
表面上は普通にしてたけど内股撫でられたら無理だって!
マッサージだって分かってても反応しちゃうってば…!
京太郎「もうちょっとだけ待ってもらえます?」
巴「え?どうして?」キョトン
京太郎「その…何というか、今、仰向けになると色々とこう…大変な事になりそうというか」
巴「大変な事?も、もしかして吐きそうとか…?ご、ごめん…私、やり方間違ってた…!?」アセアセ
あ、やばい、変な風に誤解されちゃったっぽい…!
出来ればその辺突っ込んで欲しくないところだったんだけど…ど、どうしよう…!?
ここは本当の事を言うべきか…?
でも、もしそれで引かれたりしたら死んでも死にきれないし…!
巴「と、とりあえずお医者さん…!?え、えと…110番…!」アワワ
京太郎「(アカン)」
京太郎「あ、いやいや、問題無いです。すげー気持ちよかったですし」
京太郎「ただ…その気持ちよすぎたのが問題と言うか…」
巴「気持ちよすぎた…って…あ…」カァァ
そこで狩宿さんも俺の言いたいことを理解してくれたのだろう。
俺の背中から降りて電話を探していた彼女は振り返りながら顔を赤く染め上げた。
そのまま顔をプルプルと震わせる姿は、まるで街中で露出狂の変態に出会った女の子のようである。
いや、まぁ、実際、今の狩宿さんにとってはそれと大差ないんだろうけど。
巴「な、ななななななんでぇ!?」
京太郎「ぅ…だ、だって、狩宿さんに馬乗りになられて…」
巴「え…す、須賀君ってそういう趣味なの…!?」
京太郎「ち、違いますよ!そこだけ拾わないでください!!」
巴「で、でも、私が馬乗りになったからって…!」
京太郎「重要なのはその後ですよ!その後、太もも撫でられたから変な気分になったんです!」
巴「そ、それだけで!?」ビックリ
京太郎「そ、それだけです…」
…うん、改めて口にするとひでーな。
でも、実際、男が興奮する条件なんてそんなもんじゃないだろうか。
特に俺くらいの年頃なんて箸が転がっただけで欲情出来るような…いや、それは流石に良い過ぎか。
あ、でも、箸を拾おうとしゃがむ女の子が追加されたら全然余裕でイケるような気も…。
巴「…うぅ…」
京太郎「えーっと…」
って現実逃避してる場合じゃないよな。
これ完全に警戒されてる。
四ヶ月も一緒だったとは言え、男のそういう部分なんて見せた事ないし。
女子校育ちで理解が薄い狩宿さんにとって、今の俺はケダモノに見えてもおかしくはない。
京太郎「すみません」
巴「…え?」
京太郎「その…本当は一番最初に止めて貰うつもりだったんですけど…俺、ヘタレだから言えなくて」
京太郎「狩宿さんに不愉快な想いをさせてしまって本当に申し訳ないです」
俺がもっとちゃんとしていれば狩宿さんにそんな警戒心を抱かせる事はなかったんだ。
勿論、謝罪したところで警戒を解いて貰えるとは思えないけれど、ちゃんと謝ってはおかないと。
まぁ、こうしてうつ伏せになったまま頭を下げるっていう何とも情けない格好ではあるんだけど。
巴「…なんで謝るの?」
京太郎「いや、悪いのはちゃんと言えなかった俺なんで…」
巴「…そんなの恥ずかしくて中々、人に言えるってくらい私にも分かるわよ」
巴「だから…悪いのは男の人のそういう部分を知らなくて過剰に反応してしまった私の方」
京太郎「い、いや、知らないのは仕方ないですし、そう反応するのも当然ですよ」
巴「でも、男の人がそういう風に反応するのが普通…なんでしょ?」
京太郎「そ、それは…」
巴「…ごめんね、服越しなら大丈夫って思ったんだけど…須賀君に恥をかかせる事になっちゃって」シュン
京太郎「狩宿さん…」
警戒から一転、そうやって自分を責める狩宿さんに俺は何を言えば良いのか。
彼女は悪くないと言うのは簡単だ。
実際、狩宿さんに非があるとは俺には到底、思えないし。
でも、彼女がそれを受け入れる事が出来るかどうかはまた別問題なのだろう。
申し訳無さそうに肩を縮めるほどに彼女は自分を責めているのだから。
京太郎「いや、でも、ほら…何て言うか…ですね」
巴「…?」
京太郎「割りと役得があったんで俺は問題ないんです」
巴「役得?」キョトン
京太郎「ほら、狩宿さんが背中に乗っかったじゃないですか」
京太郎「それでほら柔らかいなーとか気持ち良いなーとか」
巴「なっ…!」カァァ
これが心からイケメンならば、上手く慰めたり出来るんだろうけどさ。
残念ながら俺は顔も心も二枚目ではなく三枚目なのだ。
そんな俺が相手の顔も自分の顔も潰さずに慰められる訳がない。
多少、情けなくってもこういう路線でしか俺は彼女の心を晴らしてあげる事が出来ないのだ。
巴「…須賀君の変態…」カァァ
京太郎「そうです。変態です」キリリッ
京太郎「だから、もっと狩宿さんの足で踏んで下さいお願いします」
巴「ふ、踏む!?」
京太郎「はい。思いっきりぎゅぎゅっとやっちゃってください」
巴「え…た、確かにマッサージの中にはそういうのもあるけど…」
巴「で、でも、そういうのやったりするのははっちゃんみたいな小柄な人で…」
京太郎「つまり狩宿さんは重いんですか」
巴「お、重くないわよ!ふ、普通くらいだもん!」
京太郎「じゃあ問題ないじゃないっすか」
巴「ぅー…でも…」
そこでチラチラとこちらに目を向ける狩宿さん。
そこに気遣うような伺うような色が混じっているのは…まぁ、俺の意図がバレているからか。
流石に変態路線はやり過ぎだったかな…?
でも、まぁ、さっきみたいに自己嫌悪の色はそれほど見えないし、無意味って訳じゃないはずだ。
巴「…本当にそんなので良いの?」
京太郎「そんなのとはなんですか。俺の性癖を馬鹿にするつもりですか」
巴「そういうのはもう良いの。話が進まないから。良いわね?」
京太郎「アッハイ」
巴「で…須賀君がそうやって私の事を慰めようとしてくれているのは嬉しいけれど…こればっかりは私の気持ちの問題だから」
巴「…恥をかかせた分、何かお詫びさせて欲しいな」
京太郎「…俺は恥だったとは思ってないですよ?」
巴「最初に触った時に言えないような事言わせたのに?」
京太郎「そ、それは…まぁ、俺が狩宿さんから与えられる快感に負けてしまったというか何というか」
巴「そ、そんなエッチな言い方しないでよ…」カァ
でも、ソレ以外に言い方が無いというか何というか。
だって、アレすっげー気持ちよかったしなぁ。
こうして寝ているだけなのに何か風呂に入っているみたいでぽかぽかしていたし。
その上、美少女が俺の身体にご奉仕してくれているとなれば、そりゃもう快感としか言い様がない。
巴「だ、大体、本当に須賀君がそういう人ならさっきみたいに人を励ましたりしないでしょ?」
京太郎「ぅ…」
巴「…もう四ヶ月間の間に須賀君がどれだけ優しい子かなんて分かってる」
巴「そんな君の事を私は一瞬、怖いって思っちゃった」
巴「だから…私は償いたい。それじゃ駄目?」
京太郎「…狩宿さん」
巴「私に出来る事なら何でもしてあげる」
京太郎「な…なんでも…?」ゴクリ
ん?今、何でもするって言ったよね?
え、狩宿さんに何でもして貰えるんですかー!!
エロい事でも要求し放題なんですかー!!
さっきから微妙に収まってないムスコの処理もお願い出来るんですかー!やったー!!!
京太郎「あー…それじゃあ」
巴「うん」
京太郎「……」
巴「……」
京太郎「な、名前で呼んでもらえますか?」
巴「名前?」
でも、ここでそんな事要求したら人間関係即ブレイク確定じゃないですかー!
下手すりゃ狩宿さんだけじゃなく他の人との信頼関係もボッコボコになるじゃないですかー!
最悪な場合、命ロストって可能性まであるじゃないですかー!やだーーー!!!
京太郎「はい。今までずっと須賀君…だったじゃないですか」
京太郎「お屋敷の殆どの人もそうでしたけど…最近は結構、名前呼びしてくれる人も増えてきて」
巴「そうね、湧ちゃんや明星ちゃんも名前で呼ぶようになっていたし…」
京太郎「はい。だから、狩宿さんも一口どうかなって…」
まぁ、「なんでもする」をこうして使うのはスゲー勿体ない気はするけどさ。
でも、狩宿さんが俺に「なんでもする」って言ってくれたのはそれだけ俺の事を信用しているからだ。
絶対に変な事を言ったりしないって思っているからこそ、こんな風にお詫びと申し出てくれたのである。
その気持ちを無碍にするようなゲスい真似は、どれだけ残念でも出来ない。
巴「……ふふ」
京太郎「ぅ…何ですか?」
巴「須賀君の事だからきっとエッチな事要求するだろうなーって思ってたんだけど」
京太郎「ちょ…俺はそこまでゲスじゃないですよ」
…まったく考えなかったと言えば嘘になるけどさ。
でも、しゃあないじゃん…。
健全な男子高校生にとって美少女からの『なんでもする』はそれくらい威力の高い代物なんだ。
日頃、脳内に浮かぶエロエロな妄想を現実にしたいと思うくらいは許して欲しい。
京太郎「それより…狩宿さん、須賀じゃなくって…」
巴「『京太郎君』」ニコッ
京太郎「ぅ…」カァ
巴「大丈夫よ。ちゃんと分かっているから」
京太郎「…不意打ちは卑怯っすよ」
巴「日頃、人に不意打ちしてくれているんだもの。たまには良いでしょ?」クスッ
京太郎「結構、狩宿さんも逞しくなりましたよね」
巴「どこかの誰かさんのお陰でね。…それより…京太郎君も」
京太郎「え?」
巴「私だけ下の名前で呼ばせるつもり?」
巴「いい機会だから京太郎君も私の事、巴って呼んで欲しいな」
京太郎「あー……巴…さん」
巴「ふふ…ちょっと恥ずかしいね」
京太郎「…ですね」メソラシ
うん、俺もちょっと恥ずかしい。
なんだろうな、これ…甘酸っぱい青春の1ページみたいなシーン。
悪くはないんだけど…なんかこう…微妙に落ち着かないというか。
なんとなく照れくさくって…狩宿さんの…いや、巴さんの顔が見れない。
巴「じゃ、マッサージの続きしよっか」
京太郎「え?まだやるんですか?」
巴「当然。今までは前準備なんだから。ここからが本番よ」
京太郎「本番…」ゴクリ
巴「え?なんでそんなにエッチな目になるの?」
京太郎「あ、い、いや、な、なってないですよ、全然、なってないっす」
やべー…本番って言葉だけでついつい頭がそっちの方向に。
最近はそういうの理性で制御出来るようになってきたけど…やっぱり俺疲れているんだな。
これはとっとと巴さんにマッサージして貰って眠った方が良いのかもしれない。
巴「最近はそういう顔をあんまりしなくなったと思ってたのに…」ジトー
京太郎「い、いやー…あはは…」
巴「もう…まぁ…お屋敷でくらいは良いけどね」グッ
巴「何時もそういうの我慢してるって事なんでしょうし」ググッ
京太郎「おうふ」ビビクン
巴「どう?気持ち良い?」
京太郎「けっこー気持ち良いです…」トローン
巴「ふふ、良かった。準備した甲斐があったみたい」
今までマッサージとかろくに受けてこなかった所為かな。
本格的に始まった巴さんのマッサージが超気持ち良い。
さっきまでの身体が火照る感じじゃなくドロドロと疲れが溶けていく感じは…正直、癖になりそうだ。
世の中にはこれを受ける人を趣味にしている人もいるって聞くけれど、それが分かってしまいそうなくらい。
巴「でも、痛いときは言ってね。出来るだけ考慮するから」
京太郎「…出来るだけ…なんですか」
巴「まぁ、場所によっては痛いのも仕方ないところもあるし…ある程度は我慢して貰う事もあるかも」
京太郎「その辺は…仕方ないですね…」
良薬口に苦しなんて言葉があるように自分にとって優しいものが身体にも優しいとは限らないのだ。
巴さんの言葉が正しければ俺の身体には大分、疲れが溜まっているみたいだしな。
それを追い出す為にも多少の強引さは必要だろうし、多少の痛みは必要経費と思うべきだ。
京太郎「…でも、こんなマッサージとか…一体、どうして覚えたんです?」
巴「んー…私に何か出来る事はないかなーって色々と試してみた成果…かな」
京太郎「…成果ですか」
巴「うん。成果」
―― その声音そのものはとても軽いものだった。
まるで何でもない世間話のようなその言葉は、でも、彼女にとって軽いものである事を意味しないのだろう。
マッサージを続ける巴さんの手は一瞬、微かな強張りを見せたのだから。
これは勘でしかないけれども…それは巴さんなりに自分の中の劣等感と戦おうとした『成果』なのかもしれない。
もし、そうなのだとしたら…『成果』は得る事が出来ても『結果』はあんまり芳しいものではなかったのだろう。
京太郎「…俺、巴さんはすげー人だと思いますよ」
巴「え?」
京太郎「俺なんかには出来ない事色々出来ますし…優しいですし…」
巴「ちょ、い、いきなり何を言うのよ…」カァ
京太郎「いや、ここでご機嫌取っとかないと後で痛くされるかもなーって」
巴「…そこまで狭量なタイプじゃないわよ」グリグリ
京太郎「ちょっ!そこ痛いっす!痛いっす!!」
巴「ここは痛くて当然の部分だから我慢してね」ニコッ
京太郎「ひぎぃっ」ビビクンッ
巴「まったく…京太郎君って結構照れ屋よね」フゥ
京太郎「ぅ…いや、別に照れてる訳じゃ…」
巴「素直に人を褒める事も出来ない人が照れてないって言っても…ね」クスッ
京太郎「お見通しでしたか」
巴「お見通しです。さっきも言ったけど、もう四ヶ月も一緒に住んでいるんだから」
京太郎「四ヶ月…かぁ」
時間的には1/3年。
新入生同士なら丁度夏休みってところか。
でも、その間、俺らはずっと同じ釜の飯を食べて一つ屋根の下で共同生活している訳で。
普通の生活とはその密度は比べ物にならないと思う。
巴「長いようで短いような微妙な時間よね」
京太郎「ですね。体感的にはもっと短くてもおかしくないような気もするんですけど」
巴「ふふ、色々あったしね」
京太郎「ですね。巴さんがタコスの食べ過ぎで動けなくなりそうだった事とかもありました」
巴「そ、そういうのは思い出さなくて良いの…!」カァァ
京太郎「いやー、無理ですよ。あんな巴さんは滅多に見れないって俺ももう分かってますし」
京太郎「あの時の巴さんは永久保存版ですよ、未来に残す文化財です」
巴「人の恥を未来に伝えようとするのはやめてよ…っ!」
京太郎「じゃあ、個人利用なら問題無いです?」
巴「こ、個人利用って…」
京太郎「あー、あの時の巴さん限界って言うまでタコス美味しそうに食べてくれて嬉しかったなー」
京太郎「もう食べられないって言いながらも、デザートまでしっかり完食しておずおずとおかわりしたのは可愛かったなー」
巴「わーわーっ」
ふふふ、巴さんには悪いけど、男子高校生のこういう記憶力って言うのは結構、凄いんだぜ。
女の子の可愛いところって奴はまるで写真のように鮮明に思い出す事が出来るのだ。
こうして語っている俺だってあの瞬間の幸せそうな巴さんの顔が本当に浮かんでくるくらい。
実際、あの時の巴さん可愛かったからなー。
巴「また京太郎君が意地悪する…」
京太郎「意地悪な俺は嫌いですか」キリッ
巴「あんまり好きじゃないかなー…」
京太郎「じゃあ、好きになってください」
巴「え、えー…それって凄い理不尽…」
京太郎「理不尽じゃありません。ちょっと無茶苦茶な要求をしてるだけです」
巴「そんなに変わらないよぉ…っ!?」
うん、俺もそう思う。
まぁ、この辺、ノリで話しているだけだから俺自身も違いなんて意識しちゃいない。
それに本格的にちょっと眠くなってきて、頭も回らなくなってきたしな。
こっからは何時も以上に勢いだけのお時間になる。
巴「って言うか、こういうのは京太郎君の方が改善してくれるものじゃないの?」
京太郎「…巴さん、良く考えて下さいよ」
巴「え?何を?」
京太郎「俺がこうして巴さんと話の切れ目なく過ごせているのは、この性格のお陰でもあるんですよ…」
巴「う…まぁ…確かにそうかもしれないけど」
京太郎「…つまりこの性格は巴さんとの円滑なコミュニケーションの為に必要です」ダンゲン
巴「そこ言い切っちゃうの!?」
京太郎「言い切ります。だから、この性格をなくすのは改善ではなく改悪なのです…」
巴「む、無茶苦茶だぁ…」
京太郎「…じゃあ、巴さんはイヤですか?」
巴「え?」
京太郎「俺とこうして話してるのまるっきりイヤですかね…?」
巴「…それって凄い意地悪な質問だと思うな」
京太郎「今の俺は意地悪京ちゃんですから」
巴「何、意地悪京ちゃんって」クスッ
京太郎「女の子に意地悪するのが大好きなもう一人の俺です。特技はパズルで、カードゲームだと好きなときに好きなカードを引けます」
そして、闇のゲームとか言いながら世の悪人たちを過激なゲームで葬り去る闇の世直し人。
大企業の若手社長がライバルで何度となく激突を繰り返しながらもお互いに実力を認め合うんだ。
そして現れる強敵たちとの戦いの中、少しずつ自らの秘密に近づいていき、最後には…。
っとやばい…ついつい中学二年生の頃に書いた黒歴史ノートの内容が…!
巴「って言うか、こういうのは京太郎君の方が改善してくれるものじゃないの?」
京太郎「…巴さん、良く考えて下さいよ」
巴「え?何を?」
京太郎「俺がこうして巴さんと話の切れ目なく過ごせているのは、この性格のお陰でもあるんですよ…」
巴「う…まぁ…確かにそうかもしれないけど」
京太郎「…つまりこの性格は巴さんとの円滑なコミュニケーションの為に必要です」ダンゲン
巴「そこ言い切っちゃうの!?」
京太郎「言い切ります。だから、この性格をなくすのは改善ではなく改悪なのです…」
巴「む、無茶苦茶だぁ…」
京太郎「…じゃあ、巴さんはイヤですか?」
巴「え?」
京太郎「俺とこうして話してるのまるっきりイヤですかね…?」
巴「…それって凄い意地悪な質問だと思うな」
京太郎「今の俺は意地悪京ちゃんですから」
巴「何、意地悪京ちゃんって」クスッ
京太郎「女の子に意地悪するのが大好きなもう一人の俺です。特技はパズルで、カードゲームだと好きなときに好きなカードを引けます」
そして、闇のゲームとか言いながら世の悪人たちを過激なゲームで葬り去る闇の世直し人。
大企業の若手社長がライバルで何度となく激突を繰り返しながらもお互いに実力を認め合うんだ。
そして現れる強敵たちとの戦いの中、少しずつ自らの秘密に近づいていき、最後には…。
っとやばい…ついつい中学二年生の頃に書いた黒歴史ノートの内容が…!
巴「でも…京太郎君」
京太郎「なんです…?」
巴「私、そういう意地悪京ちゃんの事あんまり好きじゃないけれど…京太郎君の事は結構、好きだよ?」
京太郎「ぅ…」カァ
巴「ふふ…耳、赤くなっちゃってる」
京太郎「し、仕方ないでしょう…完璧不意打ちだったんですから」
京太郎「つ、つか、なんですか、いきなり…」
巴「んーん。特に何か理由があったって訳じゃないんだけどね」
巴「ただ…私は京太郎君で良かったなって」
京太郎「…え?」
巴「ここに来てくれたのが他の人じゃなくって京太郎君で良かったなって…そう思ったの」
京太郎「巴さん…」
それは前、小蒔さんにも言われたっけか。
不安だったけれど仲良くなれそうだって…確かそう言って貰えたはずだ。
巴さんも小蒔さんと同じように不安に思っていたのかどうかまでは分からない。
でも、ちょっとだけ恥ずかしそうなその言葉の響きは俺を心から信用してくれている事をはっきりと伝えてくれる。
……だからこそ、今の俺はちょっぴり照れくさくて… ――
京太郎「そ、それってもしかして愛の告白って奴ですか?」
巴「違います。と言うか、この状況で告白ってムードも何もないでしょ」
京太郎「いや、巴さんってそういうの結構、あんまり気にしない方かなって…」
巴「私だって女の子なんだからそういうのは結構気にします」
京太郎「…んじゃ…巴さんの理想の告白シチュエーションって何ですか?」
巴「え、えぇっと…それは…」
ふぅ…どうやら誤魔化す事が出来たみたいだな。
ていうか、いきなりあんな風に言われるとは思ってなかった所為で…まだ頬の方は熱い。
耳は流石に色も引いたと思うけど…くそぅ…すげー失態を見せてしまった気分だ。
これも全部、巴さんの不意打ちの所為だよなー…。
巴さんってたまーにすげー大胆な事言うから色んな意味で油断出来ない。。
巴「…やっぱり好きな人に…その…好きって言って貰えるだけで‥嬉しいかも」ボソボソ
京太郎「可愛い」
巴「ふぇっ」カァァ
可愛い(確信)。
顔は見れなかったけれど、今のは絶対に可愛い(運命)
誰かムービーとか撮ってないかな…撮ってる訳ねぇよなぁ…。
今のは絶対、脳内フォルダに永久保存しておくべき表情だったと思うんだけど…!
だって、声からして恥ずかしがってますよってオーラ全開だったしなぁ。
巴「も、もう…さっきから京太郎君、発言がちょっと大胆よ」
京太郎「巴さんには言われたくないです…」
巴「えっ」
京太郎「…いや、まぁ、眠いのもあるんですよ、一応」
巴「あ、ごめんなさい。もう止めちゃう?」
京太郎「それはそれで惜しいような…」
こうして巴さんと馬鹿やって遊んでいる間にもマッサージは進んでいる訳だしな。
その間ドンドン疲労が溶けていく感覚がなくなるのは惜しい。
でも、そろそろ寝てしまいたいって言うのは間違いなく本心で…うーん、悩ましい所だ。
巴「大丈夫よ。ちゃんと毎日やってあげるから」
京太郎「それ本気だったんですか…」
巴「勿論。じゃないと京太郎君の事心配だしね」
巴「それより…ほら起きられる?」スッ
京太郎「んー…」
俺の上からどいた巴さんがそう言いながら手を差し伸べてくれる。
それをがっちりと掴みながら俺はゆっくりと足に力を入れて立ち上がった。
しかし、マッサージの所為か或いは眠気の所為か、足元が妙にふわふわして落ち着かない。
何処かジンジンとするようなむず痒さも相まって、何時もとは何か違う感じだ。
巴「部屋まで戻れそう?」
京太郎「…大丈夫っす」
とは言え、部屋に戻れないくらいやばいって訳じゃないはず。
足の感覚は何時もと大分、違うけれど、軽く足を動かした感じ問題はなさそうだ。
違和感は否めないけれど、まぁ、ここから数十メートル先の自室に戻るくらいは出来る。
京太郎「じゃあ…俺はもう休みますね…」
巴「うん。ホットミルクは大丈夫?」
京太郎「多分、なくてもぐっすり眠れると思います…」
巴「そっか。良かった」ニコッ
巴「じゃあ、おやすみなさい、京太郎君」
京太郎「はい。おやすみなさい…」フラフラ
巴「……京太郎君」
京太郎「え…?なんですか…?」
巴「…やっぱり私、部屋まで送るわ」
京太郎「え…?」
巴「そんな風に足元安定しない姿を見て安心して送り出すなんて出来ないから」
京太郎「ぅ…」
まぁ、確かに俺も思っていた以上に頭が揺れてびっくりした。
まさしく千鳥足って足元には俺も不安だったから正直、巴さんがついてきてくれるのは嬉しい。
でも、お屋敷の中とは言え、女の人に送ってもらう男ってどうなんだろうか。
巴「肩貸しましょうか?」
京太郎「い、いや、流石にそこまでは必要ないですよ…」
巴「じゃあ、手を繋ぐとか…」
京太郎「どんだけ過保護なんですか…」
巴「だって…それくらい心配なんだもの」
京太郎「それは有り難いですけどね…」
巴「ほら、遠慮しないの」ギュッ
京太郎「う…」
そう言いながら強引に手を掴まれてしまった。
瞬間、俺のものとは別物の柔らかさが手の中に広がっていく。
ついでにちょっと熱いように感じるのはさっきマッサージして力を入れていてくれたからだろうか。
そう思うとちょっとだけ申し訳なくなる。
京太郎「…でも、良いんですか」
巴「えっ何が?」
京太郎「いや…こんな風に男の気安く手を握っちゃって…」
巴「だ、だって、体格差すっごい訳だし…」
巴「こうやって手だけでも繋いでおかないといざって時支えてあげられないじゃない?」
京太郎「まぁ…そりゃそうですけど…」
巴「それに…私、あんまりイヤじゃないから」
京太郎「えっ」
巴「基本意地悪でヘタレだけど…優しい京太郎君の手だから」
巴「だから…私、こうして握っててもイヤじゃないよ」ニコッ
京太郎「あー…」
卑怯だ。
本当にこの人は時々卑怯過ぎるくらい卑怯だ。
こんな弱っている時にそういう事言われたら惚れてしまうだろ。
つーか、今のでドキっとしすぎて目が冴えてしまったし。
京太郎「巴さん」
巴「何?」
京太郎「結婚してください」
巴「ふぇええ!?」ビックリ
京太郎「あ、違った」
巴「そ、そうよね。びっくりさせないでよ」
京太郎「結婚を前提にお付き合いして下さい」
巴「お、おおおお付き合い!?」カァ
京太郎「すみません。また間違えました」
巴「よ、良かった、いきなりこんなところで告白なんて何が起こったのかなって…」
京太郎「…結婚を前提にお付き合いする為に仲良くしてください」
巴「ど、動機がとっても不純だよぉ…っ」
ふへへへ、まぁ、男が女の子と仲良くする理由の八割くらいはそれだからな。
不純と言われようがなんと言われようが、男って言うのはそういう生き物なのである。
寧ろ、本能的に従順という意味では純粋と言えなくも…いや、それはねぇか。
巴「と言うか、一応、これでも仲良くはしてるつもりなんだけど…まだ足りないの?」
京太郎「まぁ、女の子と親密になりたいっていうのは男の本能みたいなもんなんで」
巴「本能…じゃあ、京太郎君は私と仲良くしたいのは本能に言われたからなんだ」ジトー
京太郎「い、いや、違いますよ。んな事ないですって」
巴「じゃあ、京太郎君は私の事どういう風に仲良くしたいの?」
京太郎「えっ」
巴「…私も姫様みたいに添い寝してあげた方が良い?」ジッ
京太郎「すみません、俺が悪かったです」
あの後、小蒔さんが俺と同衾してたっていうのは知れて屋敷中が大騒ぎになったのはまだ記憶に新しい。
何とか誤解は解けたものの、針のむしろに座らされたような居心地の悪さは本当に酷いものだった。
今まで築き上げた信頼関係が崩れ落ちていくのを感じるのは一度だけで十分過ぎる。
巴さんはその辺、分別のある人だし、小蒔さんみたいに大騒ぎになったりはしないだろうが、それでもやばい事に代わりはないのだ。
巴「京太郎君ってそういう所、結構、ヘタレよね」
京太郎「う…そ、それよりほら、もう俺の部屋ですよ」
巴「あ、まだどういう風に仲良くしたいって聞いてないのに逃げるの?」
京太郎「か、勘弁してくださいよ…」
そんな事言いながら俺達は襖を開けて部屋へと入った。
そのまま電気をつければ見慣れた自室の光景が光と共に飛び込んでくる。
もう慣れ親しんだそれに一つ息を吐いてから俺は机に向かおうとして… ――
巴「それじゃ私がお布団引いてあげるから楽にしてて」
京太郎「えっいや、良いですよ」
巴「乗りかかった船だもの。気にしないで」
京太郎「でも、そこまでして貰うのは悪い気が…」
巴「フラフラって歩いてた京太郎君に拒否権はありません」クスッ
京太郎「うわ、横暴だ…」
巴「横暴でも良いから先輩の言うことは聞いておきなさい」スルル
巴「よいしょ…っ」ガバッ
京太郎「大丈夫です?」
巴「大丈夫大丈夫。私の使っているものとそれほど差はないから。でも…」クンクン
京太郎「でも?」
巴「あ、ううん。なんでもない」カァ
京太郎「???」
巴さんさっき何を言いかけていたんだろ。
急に赤くなって顔を背けたって事は何か恥ずかしい事だったのだろうか。
うーん、気になるけど、そういうのあんまり詮索するのは良くないよな。
…下手すりゃ俺にもダメージがクる可能性もあるし。
巴さんに布団が臭いとか言われたら正直、立ち直れる自信がないぞ、俺。
巴「はいっと…」ドサ
京太郎「ありがとうございます。じゃあ…」
巴「あ、布団カバーとか整えるからもうちょっと…」
京太郎「いや、要らないですってば」
巴「でも…」
京太郎「もうかなり眠いんでそんなのなくてもグッスリです」
さっきの巴さんの言葉で幾分、目が冴えたけどそれも一時的なもんだしな。
このまま布団に入ればきっと良い気分で寝られるはずだ。
…と言うか、巴さんの気遣いは有り難いが、早く寝たいというのが割りと本音である。
巴「そうなの。じゃあ、そういうのは明日にしよっか」
京太郎「うっす。でも、そこまで面倒見なくても良いんですよ?」
巴「私が面倒を見てあげたいの。そういう性格だっていうのはもう分かってるでしょ?」
京太郎「まぁ…大体、分かってきましたけど…」
巴さんはただ働き過ぎで気を遣いすぎなだけじゃなくて、世話好きでもあるからなー。
小蒔さんの世話をするのが趣味、なんて言っていたのは決して嘘でもなんでもない。
誰かの世話をしている時の巴さんって言うのはとても嬉しそうで楽しそうなのだ。
だからこそ、悪い男に引っかからないかすげー心配なんだけどさ。
まぁ、ここに居る限りはそもそも出会い自体がないだろうから心配する必要はないのかもしれない。
…いや、なんかすげー別の意味で心配にはなったけれど。
巴「ついでだし子守唄でも歌ってあげましょうか?」
京太郎「あ、お願いします」
巴「え?」
京太郎「いやー嬉しいなー巴さんから子守唄歌ってもらえるなんて」
京太郎「きっとすっごい美声なんだろうなー何せ巴さんから言ってもらったんだもんなー」
巴「へ、変な風にハードルあげないでよぉ…」カァ
京太郎「ふっふっふ、俺をそっちでからかおうなんて百年早いんですよ」
巴「さっきまではタジタジだった癖に…」
アレはこうからかうというよりはドキッとさせられる系と言うか。
巴さんの中の小悪魔スイッチが入っていたと言うか。
ああなるとちょっと純情男子高校生の俺にはちょっと相性が悪い。
決して嫌いじゃないけれど、やっぱり根がヘタレな分、一方的にからかわれ続けてしまうんだ。
京太郎「て言うか、ありがとうございます。ここまでして貰って」
巴「良いのよ。これくらい」
巴「それより、私ももう部屋に戻るから早く寝ちゃって。明日も朝練するんでしょう?」
京太郎「まぁ、日課ですしね」モゾモゾ
巴「ホント、頑張り屋さんなんだから」クスッ
京太郎「やんないと落ち着かないってだけですよ」
京太郎「巴さんが人に世話を焼くのと同じようなもんです」
巴「ふふ、それじゃ私達、結構似たもの同士なのかもね」
京太郎「はは。かもしれませんね」
実際、お屋敷の皆とも友人と呼べるような関係になってきたが、やっぱり一番シンパシーを感じるのは巴さんだ。
良い意味でも悪い意味でも巴さんは俺に似ている人だと思う。
まぁ、似ているというだけで俺よりも巴さんの方が遥かに凄い人なんだけれども。
このお屋敷に来てからタコス以外の料理を勉強し始めたけれども、未だに巴さんには勝てないしな。
巴「じゃ、電気消すからね」
京太郎「はい…ってあ」
やべー。
布団云々で有耶無耶になっちゃったから忘れてたけど明日の準備まだじゃねーか。
そうだよ、まずそれをやってから寝ないと明日が大変だ。
もう布団に入って眠気がじわじわと体の奥から沸き上がってきてるから面倒だけど… ――
巴「どうかした?」
京太郎「あー…いや、電気はつけっぱで良いです。ちょっとやる事出来たんで」
巴「今から?」キョトン
京太郎「はい。実は学校の準備とか出来てなくて…」
巴「あぁ、それなら私がやってあげる」
京太郎「え…でも…」
巴「大丈夫。きっと一分も掛からないようなものだろうから。大した手間じゃないだろうし」
巴「それに京太郎君、かなり眠いでしょ?」
京太郎「…実は」
巴「やっぱり。姫様が寝る前と同じような可愛い顔してたのよね」クスッ
京太郎「ぅー…」
まさか小蒔さんと並べられるほど無防備だったとは。
勿論、巴さんが彼女のお世話をしてきてそういうのに敏感っていうのもあるんだろうけれど。
でも、やっぱりちょっと恥ずかしいと思うのは、俺にも男の意地とやらがあるからか。
巴さんに悪気はないのは分かっているのだけれど、やっぱり可愛いはちょっとなー。
京太郎「…じゃあ、申し訳ないですけどお願いできますか…?」
巴「時間割は…机の上か。教科書は…あ、こっちに並べてあるんだ」
京太郎「分かります?」
巴「うん。大丈夫。京太郎君は安心して寝てて」
京太郎「うっす…」
…とは言うものの、俺は暗くないと中々、眠れないタイプだしな。
巴さんは出来るだけ物音をたてないようにしてくれているけれど、それでもゴソゴソと言うのはどうしても聞こえる訳だし。
それでも布団から出ないで横になってるのは下手に眠気が覚めたりしないから有り難いのだけれど。
京太郎「(…なんか良いよなぁ)」
こうして俺が横になっている前で俺の為に動こうとしてくれている美少女がいる。
その言葉が持つ特別感は中々に抗いがたいものだった。
流石に常日頃からそういうのはイヤだけれど、たまにはこういうのも良いんじゃないだろうか。
そんな事を思ってしまうくらいにその光景は悪くはないものだった。
京太郎「(だけど…なんかこの光景、見覚えがあるんだよなぁ…)」
俺は基本的に自分が動いたほうが気楽ってタイプで、こうして誰か任せにするっていうのはそう多くはない。
そもそも俺がこのお屋敷に来てからの四ヶ月、巴さんが俺の部屋に入った回数なんて片手で数えるほどしかないのだ。
それなのに俺はどうしてこの光景に既視感を感じるのか。
少しずつ頭へと染み出してくる眠気の中、ずっと考えていた俺は数秒後、その答えに辿り着いた。
京太郎「……咲」
巴「え?」
…そうだ、咲だ。
あいつ休みの日はたまに俺の部屋を勝手に掃除してたっけ。
俺が寝ててもお構いなしで汚いからって言ってさ。
んで、エロ本とか見つけて怒るんだよなぁアイツ。
自分で探して不機嫌になるとか俺にどうしろって言うんだよ。
京太郎「(…でも…さ。やっぱりイヤじゃなかったんだよ)」
勿論、そうやって勝手に部屋を掃除させるのは恥ずかしい。
でも、決して不愉快にならなかったのはアイツの存在が俺にとって最早、家族に近いものだったからだろう。
そもそも、そうやって勝手に掃除をするのは咲なりに俺の事を心配してくれているからである。
それが分かっているが故に俺はプライバシーの侵害だと言いながらも、それを本気で止める事は一度もしなかった。
京太郎「すみません…俺…もう寝ます…」
巴「…京太郎君」
京太郎「…おやすみなさい」
巴「…うん。おやすみなさい」
そんな幼なじみとの思い出から逃げるように俺はそっと瞼を閉じる。
だが、そうやって逃げようとしても思い出は俺の事を手放してはくれない。
視界を覆う闇に幾つもの咲の顔が浮かんでは消えていく。
見慣れた…けれど、当分見る事は出来ないであろう想い人の姿。
考えてはいけないと分かっているそれに俺の胸はどうしてもギュっと締め付けられてしまう。
京太郎「(…ぁ)」
瞬間、俺の頭に何かが触れた。
柔らかで暖かなそれを俺はついさっきも感じた記憶がある。
それは恐らく巴さんの手なのだろう。
京太郎「(…巴さん)」
俺の事を慰めるように二度三度と頭を優しく撫でる手。
それに胸の痛みは少しだけ…ほんの少しだけだけどマシになった。
お陰で眠気が再びその勢力を伸ばし、閉じた瞼の奥から俺を夢へと引きずり込もうとする。
巴さんにありがとうという余裕ごと飲み込もうとするそれに俺は抗えず、ゆっくりと意識は眠りへと堕ちていって… ――
今日はこれで終わりです
ここからはこんな感じで京子ちゃんルートと京太郎ルートを交互に進む感じを予定しています
ここの巴さんは付き合ったりすると重いと言われるタイプです(確信)
ちょっと残り方中途半端だけどここから埋まったりはしないと思うんで次スレはもうちょっと待って下さい…
では、おやすみなさい
今日中、と言うか明日のこの時間くらいには投下したい(願望)
ちょっと展開的に冗長と言うか気にいらない感もあるのでもしかしたらちょっと伸びるかもですゴメンナサイ
投下前に建て替えて誘導する予定です
後、姫様の前日譚は時間撮れなくてまったく進められなくてごめんね…
本編進めるので一杯一杯なんだけど、その辺のタスクを使って一気に書き上げた方が良いんだろうか…
巴:(精神的に)重い
春:(物理的に)重い
小蒔:(家柄が)重い
初美:(付き合った時知らない人の視線が)重い
霞:(月の物が)重い
こんな感じか
夜中の三時くらいから記憶がぶっつり途切れている件について
すみませんすみません、まだ出来てないです…
とりあえず建て替えだけして誘導します…
YU-DO!
【咲―Saki―】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」春「そのに」ポリポリ【永水】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1396054628/)
こっちは埋めちゃって下さい
1000は残念ながら忙しく手がまわらない感じなので多分ないです…
本編に対する希望などは出来るだけ考慮します
>>986
春はぽっちゃりしてるだけで重くないから(震え声)
あぁ、語弊があったか
姫様とかに比べればってだけでそこまでだらしない身体は想定してません
どちらかと言えば、男好みなむっちりな感じの方が近いかも
新道寺との練習試合ください
このSSまとめへのコメント
京太郎がちょっと考え方老成しすぎてない?
何も知らない人に八つ当たりするほど恥ずかしい人間じゃないって。
高校1年生の考えられることじゃない。
京太郎がちょっと考え方老成しすぎてない?
何も知らない人に八つ当たりするほど恥ずかしい人間じゃないって。
高校1年生の考えられることじゃない。