GACKT「モバマス?」 (516)
第一話
シンデレラガールズ
外を歩いていると、常に携帯電話をいじっている者達が目に付く。
あれじゃあチンピラにぶつかられても文句言えないよなぁ。
「…2015年、か」
気付けば僕ももう40代か。
…ああいう若者からすればもうおじさんと揶揄される年頃だな。
「…今年は、修gack旅行何処に行こうかな」
久しぶりに外国へ行こうか?
それとも、温泉にゆっくり浸かろうか。
…。
ダメだ。
僕一人じゃあまり考えつかないや。
…まあ、いっか。
これから会う親友にそれとなく相談してみよう。
それに、久しぶりの休日だしな。
話す事は沢山ある。
「…だけど」
待ち合わせの、店の中が見える程透き通ったガラスから見える窓側の席にいた自分の親友を見て何となく思う。
「……」
先程の若者達のように一心不乱に携帯電話をいじるその姿。
先に店に入って待っていてくれたのは嬉しい事だけど。
「…時代を感じるよねぇ」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1427884232
「お待たせ」
「あ、ガク!明けましておめでとう」
新年初顔合わせだな。
相変わらず無邪気な笑顔だ。
「明けましておめでとう、YOU」
しかし挨拶を交わすと同時にYOUの視線は手元の携帯電話に移った。
「あのさぁ、良い歳なんだから…」
「ちょっと待って…今ええとこ」
「…」
…ムカつく。
ゲームでもやってるのかな。
何かのリズムゲームとかだろうか。
もしなんだったら、僕もやらせてもらおうかと考え、彼の後ろに周る。
すると、それに映っていたのは、リズムゲームでも、パズルゲームでもなかった。
「…何これ?」
「ん?モバマス」
「モバマス?」
モバマス…何かの略なのは分かる。
モバイル…なんだろう?
「あぁ。ガクこういうのやらんそうやもんね。…アイドルマスターって知っとる?」
「知らない」
アイドルマスター。
また知らない単語が出てきた。
というより、それ多分アニメのゲーム…だよね。
「まあゲームが最初なんやけどね。これはそれのケータイ版!シンデレラガールズって言うんやけどね!」
「ふーん…面白いの?」
「面白いよ!…あ、がっくんもやってよ!」
「やだよ…」
ガンダムならそれなりに知ってるけど、それ以外のアニメとなると自分が声をあてた作品しか分からない。
漫画なら沢山読んでるんだけど、その中にもアイドルマスターというのは無かった。
「お願い!今招待するとSレアの…」
それからYOUは色々と語り出した。
途中からは全く聞かなかったけど。
しかしYOUがハマるのか…。
何故か知らないけど、興味深い。
YOUがハマる何かがこのモバマスとやらにあるんだろう。
『島村卯月、頑張ります!』
「は?」
「おお!卯月のSレアや!」
今、このキャラクターが喋ったというのは分かった。
絵柄からして、いわゆる萌えというやつなんだろうが。
40代の自分の親友がこれにハマっているのを見るのは少々心苦しかった。
「…で、これで登録完了!」
「…」
しかし結局、押しに押されて僕も始めてしまった。
数少ない休日を無駄にしそうで怖い。
「まずは、ガチャを引いて…」
「この緑スーツの子もアイドル?」
「ううん。これは事務員。千川ちひろって名前」
事務員、か。
変なスーツだなぁ。
「で、キュート、クール、パッションの3種類から選ぶんやけど…どれにする?」
「クール」
「即答やねぇ。それで…お、やっぱり律子やん!」
…秋月、律子。
「で、これが何?」
「まぁ、早い話こうやって…アイドル活動して、…すると新しいアイドルとかも出てくるんだよ」
『ふーん…アンタが私のプロデューサー?…まあ、悪くないかな』
こいつは何様のつもりだろうか。
「あはは…でも、この子も好感度上げてくといずれはデレるんやで」
「へー…」
結局その日YOUと過ごした時間の大半はそのゲームに持っていかれた。
全く、無駄な時間を過ごしたものだ。
…だけど、家に帰っても何故か僕は携帯電話をいじっていた。
「…」
こんなゲームに普通にお金出しちゃってる自分がいる。
時代のせいだよ、きっと。
…いや、きっとTAKUMIのせいだ。
毎日色んなゲーム進められてるうちに、ゲーマーとしての僕が生まれてしまった。
…そうそう、あいつが悪い。
「好感度…バトルに勝って…こう…仕事しても上がるんだなぁ」
…?
あれ、眠気がする。
いつものやつかな。
仕方ない、これは一旦置いて寝るとしよう。
続きはまた暇な時にやればいいさ。
…なんて、思うべきじゃないのかもな。
「…はっ!?」
…あれ?
もう朝?
僕はそんなに寝ない筈なんだけど。
確か寝たのは夕方くらいで…起きたのは、朝。
少なくとも10時間以上寝てるな。
…きっと疲れてたんだろう。慣れない事して。
年齢なんか関係無いよ。
「……あれ?」
何だか違和感がある。
いつも寝ているベッドにしては窮屈だ。
いや、違う。
これはベッドじゃない。
…それ以前に、僕の家にこんな部屋は無い。
「…」
ここは、何処だろうか。
見た事がない。
小さなソファーと、机と椅子。
それと安っぽい電気ストーブ。
…てか狭い。
「ここ、何処?」
ふと自分の格好を見る。
…まるでサラリーマンのようなスーツだ。
さっきまで私服だったのに。
「…」
いきなりの事に混乱し、頭が、脳が上手く働かない。
夢でも見てるのだろうか。
「…?」
ソファから立ち上がると、机の上にあるものに気づいた。
ファイルと、紙数枚。
何となくそれを手に取ると、それにはこう書いてあった。
「さんよんろくプロ…シンデレラガールズプロジェクト?」
何だこれ?
…訳が分からない。
状況が掴めない。
まさか、誘拐でもされたのか?
…何が、どうなってる?
「……シンデレラ、ガールズ…?」
この名前、何処かで聞いた覚えがある。
確か、YOUが…。
『シンデレラガールズって言うんやけど!』
…まさか、あれ?
僕は、あれの世界に来たのか?
…いや、普通に考えて何かのドッキリじゃないのか?
有り得る訳ないよ、そんな事…。
「…」
周囲をくまなく見回すが、カメラらしきものは無い。
それどころか、人の気配も無い。
ドッキリにしては手が込んでいる。
「…嘘、だよな?」
狭い部屋では、小声でも響くんだな。
…全く、参ったよ、もう。
しかしこのファイルが気になって仕方ない。
ゲームとかだったら、まず目の前の何かを調べるだろうし。
仕方なく、そのファイルを読む事にした。
折角だし、この事務所らしき部屋の事を見てみよう。
出ていくのは、それからでもいい。
「…?この子は…」
そこには、可愛らしい字で書かれた履歴書と写真があった。
名前は…。
「島村、卯月…」
これって…。
『頑張ります!』
あの子か?
髪型もこんな感じだった気がする。
「…」
何となくだけど理解した。
…僕は、本当にゲームの世界に来てしまったんだという事を。
「…あれ?」
このシンデレラガールズプロジェクト、一人しかいない。
後二枚用紙があるのに。
「…ということは…」
まだ、未定という事か?
つまり、ここは出来たてのプロダクションで、僕はそれのプロデューサー?
…いや、とりあえず携帯電話を確認しておこう。
ひとまずYOUに連絡をとらないと…。
『アドレス件数 3件』
「」
これは間違いなく僕の携帯電話だ。
とすると、誰かが意図的に消した、という事になる。
バンドメンバーはそんな悪質な事しないだろうし。
家族や家に常駐してるスタッフは考えにくい。
道で僕が倒れて、通行人がやって、…いや、だとしたら財布も盗られているはずだ。
というかそもそも僕が寝たのは自分の家だ。
道とかだったら僕は夢遊病者になってしまう。
色々と考えていると、何やら階段を駆けあがる音がした。
パタパタと、無邪気な走り方だ。
すると控えめなノックの後に木製のドアが開き、向こうから一人の少女が現れた。
「おはようございます!プロデューサーさん!」
……。
……?
「え、僕?」
「?プロデューサーさん?」
僕の耳が腐ってないなら、確かにこう聞こえた。
プロデューサーさん、と。
彼女のその言葉は、間違いなく僕の方に向かって発せられた。
というより恐らくここには僕と彼女しかいない。
とどのつまり、僕は…。
「僕が……君の、プロデューサー?」
「………えっ?」
彼女の名前は島村 卯月。
346プロダクションのアイドル候補生であり、今日は僕に呼ばれたから来たのだという。
彼女曰く、僕はアイドル達のプロデューサーであり、毎日のように会話している仲、らしい。
そして先程の僕の発言で自分がクビになったと思って泣いてしまったようだ。
可哀想だとは思うけど、いかんせん僕自身が状況を飲み込めないからなぁ。
「…ええと」
恐らく話というのは、このファイルに書いてある事だろう。
彼女をこのプロジェクトの一人として迎え入れる、という話。
まずはこの場を乗り切らなきゃな。
一応プロデューサーなんだし、な。
「今日は…卯月をこの…シンデレラ、ガールズプロジェクト…の一人目としてね、迎え入れようと思ってさ」
「シンデレラガールズ…プロジェクト?」
「そう。アイドルのユニットでさ。…実質まだ卯月一人で、後二人はまだ決まってないんだけど」
「…それって、もしかして…!?私が、アイドルとしてデビューするって事ですか!!?」
「…そういう事に、なる…よね」
実際なんの事だか分からないんだけど。
「や…やったぁ…島村卯月!頑張ります!!」
…この笑顔が見れたなら、今は良しとしよう。
「これからよろしくな。卯月」
「はい!プロデューサーさん!」
握手を交わす。
女の子らしい、小さな手だ。
…でも。
「プロデューサーさんはやめてくれないかな」
「えっ?」
「僕には、GACKTって名前があるから」
「は…はい!分かりました!GACKTさん!よろしくお願いします!」
全く、困った事になったな。
突然知らない世界に飛ばされて、アイドルのプロデューサーになって…。
でも、やってやろうじゃないか。
こうなったら、一流のアイドルにしてやるからな。
…僕は、僕のやり方で好感度を上げさせてもらうとするよ。
お前よりも先にトップアイドルのプロデューサーに辿り着いてやるからな、YOU。
でも、その前に。
「後二人、どうしようかな…」
…課題は多いな。
この世界はどうやら僕のいた所と少し違うようだ。
何となく察したけど、「GACKT」なんて誰も知らない、というか存在しない。
どうやら僕はここでは一般のサラリーマンらしい。
名刺もちゃんとある。
そこには「GACKT」ではなく、「神威 楽斗」と記されている。
そして少し街を歩けば、どこを見渡してもアイドル達の看板があり、ビルを見上げればアイドルの広告。
もうアイドル尽くしだ。
そしてその中でも一際存在感を放つものがある。
「…ななひゃく、ろくじゅうご。……ナ…ムコ?」
765プロダクションのアイドル。
恐らく彼女達が今この世界のトップアイドルなのだろう。
…勿論、シンデレラガールズとやらの広告も看板もありはしない。
さみしい限りだ。
「…0からのスタートか」
悪くない。
僕が作る、アイドル事務所。
…面白いじゃないか。
その看板、すぐに取っ払ってやるからな。
…だけど。
「…あれで、みしろって読むんだなあ…」
…プロダクションの名前はもう少しどうにかならないものだろうか。
「……?」
何だろう。
駅前で人混みが出来ている。
人が通るんだから、どいてくれないと困るよ。
「?」
人混みを後ろから見てみると、彼らの視線の先には警官と言い合いする女子高生。
それと、泣いている子供。
子供の下には、壊れたプラモデル。
……そりゃ、そうなるよなぁ。
でも、女子高生の方はしきりに首を横に振り、何もしていないと言っているようだけど、警官の方は聞く耳を持たないようだ。
確かに、ちょっと不良っぽくて目つきは悪いし反抗的だけど、そんな事するような子には見えないな。
…全く、野次馬達も面白がって見てないで、助けてやればいいものを。
「ちょっと、どいてもらえるかな」
人混みをかき分け、警官の方に行く。
「ちょっといいですか?」
「?…何でしょうか?」
警官が訝しげに僕を見る。
当然と言えば、当然か。
「少しはその子の言い分も聞いてあげたらどうですか?」
「?…いや、しかしですねぇ…」
状況的に、彼女が子供のプラモデルを壊したと思うのが普通だろう。
しかし当の本人が泣きじゃくって話にならない。
「…とりあえず、署の方で話を聞きます」
ここでは何も解決にならないと踏んだのか、警官は彼女に容赦無く言い放った。
…仕方ないか。
それが彼らの義務だろうしな。
「じゃあ、僕も行くから」
「はい?…まあ、構いませんが…」
今度は女子高生が僕を訝しげに見る。
あはは。
取って食ったりしないよ。
…まさか、こんな早く良い人材に巡り会えるなんてな。
「え!?じゃあ…ネジを探してて、それで…」
「うん…プラモデル置いて探してたんだ。お姉ちゃんも一緒に探してくれた」
そして、第三者が気づかずに踏んだと。
「…すいませんでしたぁ!!!」
警官達が彼女に頭を下げる。
彼女はさほど気にしていないようだったが。
まあ誤解が解けたようで何よりだと思う。
ごめん
ここじゃどうにもエラーが出ちゃう
エラーってどんな感じの?
字数制限じゃない?
GACKTさんと聞いて飛んできました
このSSええなあ
CDデビューまでの道は短いな
応援してるぞ、業界慣れしたGACKTならきっと未央のあれも説得できそうやし、
だりーに慕われそうw
平謝りする警官に見送られ、彼女と二人で交番を出る。
彼女はあんな事があったというのにどこ吹く風という感じだ。
…しかし、今時の子は制服にピアスやネックレスが許されるんだなあ。
「…さっきは、ありがとうございました」
「いいよ。それに君に、用があったから」
「…?」
そう。
本題はこれから。
「実は僕さ、アイドル事務所のプロデューサーなんだけど」
「…は?」
「一目見た時から、ずっと目が離せなくてさ」
「…そういう魂胆だったんだ…。ナンパなら、その辺にいる奴にしてくれる?…呆れた」
軽蔑の眼差しで僕を見て、そのまま踵を返し行ってしまった。
…僕ももう41だったな。
しかし、何故か。
僕はどうしても彼女をアイドルにしたい。
いや、しなければならない。
そんな使命感を背負っているような気がした。
「ただいま」
…と言っても僕の家じゃない。
多分、事務所だ。
「お帰りなさい!GACKTさん!これから何をしましょう!」
「…じゃ、帰ろっか。晩ご飯どう?」
「え…っとぉ…は、はい!頑張ります!」
…この子、アホなのかな。
まあ、明るくていいかな。
…今の僕にはありがたい。
「美味しいです!」
「そっか」
晩ご飯の店は何処にするか聞いてみた所、彼女は何処でも良いと言っていた。
僕に気を使っているのだろうか。
…今どきの子でも、良い子はいるんだな。
「…あのぉ…GACKTさん」
「何?」
唐突に卯月が話を切り出してきた。
何だろう。
「どうして、私がその…シンデレラガールズに選ばれたんですか?」
「…」
そういえば、何でこの子を選んだんだろう。
…選んだの、僕じゃないけど、僕なんだよな。
何だかややこしいぞ。
「…そうだねぇ」
…でも、きっと僕もこの子を選んだと思う。
だって、こんなに。
「輝いてるからな」
「!?…わ、私が、ですか?」
「眩しいくらい、輝いてるよ」
両手で顔を隠している。
彼女なりの照れ隠しだろうか。
「〜!!ありがとうございます!島村卯月!アイドル頑張ります!」
「あはは。…僕も頑張るよ」
……当面は厳しい戦いになりそうだけどさ。
「…またアンタ?」
「偶然だね。本当に偶然」
「…待ち伏せしてたじゃん」
「諦められなくてさ」
「アイドルなんて、興味無いよ」
「僕はお前に興味があるんだ」
「…ロリコン?」
「違うさ。お前がそれだけ人の目を引く魅力の持ち主ってことなんだ」
「…学校、行かなきゃいけないから」
「そっか。またな」
「またなって…他の子にしてよ」
「僕には今お前しか見えてないんだよ」
「はぁ…」
前途多難。
だけどこれくらいで折れてたら、男じゃない。
「…ね、ねぇあの人めっちゃカッコ良くない?」
「凛!あの人誰なの!?」
「…知らないよ」
…だけどあまり時間もかけていられない、か。
「……なんなんだろ…この家」
昨日僕は自分の家に帰った、つもりだった。
そこにあったのは、小さな一軒家。
しかし表札には神威という文字。
何故かスーツに入っていた鍵を差し込むと、これまた何故か、開いた。
そこに広がるのは、無機質な部屋。
必要最低限の家具に、机と椅子。
ソファも、ベッドも、滝も、バーも道場も地下も加湿器も無い。
風呂と、トイレと、リビングと寝室だけ。
だけど、これが今の僕の家。
なんとなくだけどそう感じた。いや、多分決定事項なんだろうな。
無理矢理連れてこられて、こんな仕打ちがあるのか。
…人材に僕を選んだのなら、せめて加湿器は置いといてほしい。
「…」
安っぽい背もたれの固い椅子に座る。
それと同時に柔らかいソファの有り難みを改めて痛感する。
これからは、物を大事に扱おうかな。
机の上に置いてあるノートパソコンをいじくりながらそう思った。
「…」
昨日から約一日、この家で過ごしてみたけど。
…僕は、一人じゃ何もしないんだなあ。
料理も外食だったし、洗濯もまだやってない。
軽いトレーニングをして、風呂に入って、冷たい床に敷かれた布団で眠れない夜を過ごした。
…しかし意外とストレスは感じてない。
恐らく、僕は今この現状を楽しんでるのだろう。
ゲームの世界に飛び込んで、非日常を過ごしている。
眠れなかったのは、楽しいからなのかもしれない。
年甲斐も無くはしゃいでいる。
「…あはは」
……でも、寂しい。
いつもは笑っただけで誰かが質問攻めしてくるのに。
…仲間は、大事だな。
…仲間、か。
『♪〜お風呂が、湧きました』
「………ありがとう」
……久しぶりに、自分でお風呂を沸かしたよ。
「おはよう。卯月」
「おはようございます!今日は何をしますか!?」
「……レッスン、かな」
「ありゃ…は、はい!頑張ります!」
仕事、無いしね。
「じゃ、僕はまた勧誘に行くから。終わったら連絡するよ」
「はい!」
「君、可愛いね。良かったら一緒に食事に行きたいなぁ」
「…ここ私の家なんだけど…もしかしてわざとやってる?」
「手法を変えてみたんだよ。どうやったら来てくれるか考えたんだ」
「根っこは変わってないのにね」
そういう星の下に生まれたからな。
「話だけでも、聞いてほしいんだ」
「………じゃ、話だけだよ」
これだけでも、一歩前進だな。
「…シンデレラガールズプロジェクト…」
「そう。そしてお前が二人目のシンデレラなんだよ」
「いや、やらないって…あのさ」
「?」
「どうして私なの?…私より可愛い子なんていくらでもいるでしょ?」
「…」
卯月と同じ質問だ。
だけど今回は僕が、この目で選んだシンデレラだ。
「…可愛さってのは、魅力ってのはさ、外面だけじゃないんだよ」
「?」
「そういったものは、内側から出てくるもんだ。それにただ顔が可愛いだけなら3時間で飽きる。一生、触れていたいと思わせる女になってほしいんだ」
「…で、どうして私?」
「…キスしたくなったからかな」
「…帰る」
「………それと、僕なりの勘…かな」
「………そっか」
「ありがとな。また行くよ」
「…好きにすれば」
好きにするさ。
僕は恐竜系男子だからな。
「おはよう。卯月」
「おはようございますGACKTさん!今日は何をすればいいですか!?」
「……そうだなぁ。……なぁ、卯月」
「はい!」
「デートしよっか」
「はい!頑張ります!……ってええええええ!!!?」
あの子には悪いけど、ズルい手を使わせてもらうか。
「今日は、花屋に行くんだ」
「お花屋さんですか?…あれ?ここって…」
「あ」
「あ」
卯月と彼女が顔を合わせた瞬間、止まった。
どうやら初対面ではないようだ。
これは運が良いな。
「卯月、もしかして知り合いだった?」
「はい!私がどれにするか迷ってたら選んでくれたんです!」
「へー」
…花屋の人なら至極当然の事だと思うけど。
「…ねえ、何だか近いんだけど」
「近い方が話がしやすいだろ?」
「…いや、あのさ、これ…なんなの?」
今、僕と卯月が彼女を挟んで座っている。
どうにも彼女には堪え難いらしい。
犬も困惑しているようだ。
「えっと…これから一緒にアイドルやるんですよね!よろしくお願いします!」
卯月が彼女に手を差し出す。
すると彼女は首を横に振り、否定する。
そういえば卯月には断られ続けてる事言ってなかったな。
「そんなぁ…折角仲間が出来たと思ったのにぃ」
シクシクと泣く卯月に彼女の犬が近づく。
小さくて、可愛らしい犬だ。
「可愛いなぁ…!じゃなくて、その、お名前聞いてもいいですか!?」
「?ハナコだけど…」
「ハナコさんですね!よろしくお願いします!島村卯月です!」
「え?あ、いや…犬の名前…」
「ええっ!?」
「…ふふっ」
「…えへへっ」・
僕も一瞬ハナコって呼びそうになったよ。
危ない所だった。
…でも、今ので何が伝わったんだろうか。
僕には、分からないな。
だけど、収穫が一つ増えたよ。
「お前の魅力、また一つ見つけたよ」
「え?」
「…その笑顔がさ、本当に純粋だったんだよ。純粋に笑える人間って、心がもう、すっ…ごく綺麗な証拠なんだぜ?」
「……凛」
「?」
「お前、じゃなくて…渋谷、凛。私の名前」
凛、か。
似合ってる、いい名前だ。
「僕はGACKT。神威 楽斗」
「GACKT…そっか。分かったよ」
「来てくれる気になった?」
「…」
僕の質問に、凛は答えない。
悩んでいるのか、それとも断る理由を探しているか。
…いや、この場合は前者だろうな。
「悩むのは、答えを導く材料がまだ揃ってないから。… だったら、その材料を探しに前に進んでみたらどうかな」
「前に、進む…」
「そうだよ!一緒に進もうよ!…ええと、渋谷、さん?」
「…凛でいいよ」
「!うん!よろしくね!凛ちゃん!…私は、卯月ね!」
「でも、アイドルになってもさ、私、売れるのかな…」
売れるか、どうか。
そんなものはやってみなくちゃわからない。
でも自信が無いのは当たり前だ。
「自信ってのはさ、自分の中から振り絞るもので、人から与えられるモノじゃないんだよ。…卯月を見てみろよ」
「…?」
「私、ですか?」
島村 卯月。
彼女から自信があるだなんて言葉は聞いていない。
だけど彼女から自信が無いだなんて言葉も聞いてない。
「ただ、アイドルが好きなだけだ。輝く自分を見たいだけだ。自信とか、そんなのは考えてすらない」
「わ、私そんなに自信過剰じゃないですよぉ…?」
「夢は、見るものじゃくて、叶えるものだ。そして、夢を叶えるということ、それは強い意志を貫くこと。卯月にはその強い意志がある」
「えっと…えへへ」
「そしてそれは勿論、僕にもある。僕の夢は、お前達をトップアイドルにすること。…だから、僕の手を、卯月の手を取ってほしい。…僕達を、信じてほしい」
「……一晩だけ、考えさせて」
「最後に、これだけは言わせてくれ」
「?」
「夢を見ろよ。寝てる間じゃなく、起きてるうちにさ」
「…じゃ。行くから。…………またね」
「凛ちゃん、来てくれるかなあ…」
卯月が不安気な顔をしている。
やっと来た仲間なのだから、当然か。
「凛次第だよ。これ以上は僕も何も言わない」
……またね、か。
「あはは。じゃ、帰ろうか」
「?…はい!」
凛。
またねってのはな。
今の僕にとって最高の言葉だよ。
「…」
…。
『夢を見ろ。寝てる間じゃなく、起きてるうちにさ』
…。
「夢…か」
「渋谷 凛。15歳、高校生」
「知ってる」
「自己紹介しろって言ったのアンタじゃんか…」
「そうだっけ?あはは。もう嬉しくってさぁ」
「凛ちゃん!本当に、本当によろしくね!一緒に頑張ろうね!」
「う、うん。宜しく」
「堅いなぁ」
「…そっちが卯月で、……ふーん。アンタが私のプロデューサー?」
「そうだよ…いや前から言ってるじゃん」
内心イラっとしたけれど。
あはは。
何だかこれデジャヴだな。
「じゃあ、これから一緒に頑張っていこうな。凛」
「…うん。GACKTさん。…後さ」
「?」
「あの後GACKTさんの香水でハナコの鼻がいかれそうになったから、あんまりハナコに近づかないでね」
「…あはは…」
…さて、後一人か。
次は誰をナンパしようかな。
またすぐに見つかれば良いけど。
…。
『シンデレラガールズオーディション会場』
…。
「…ま、いっか」
……何なんだろうな。
聞いてないんだけど、こんなの。
「はい、じゃあ真ん中の子、自己紹介よろしく」
「はーい!!エントリーナンバー5番!本田 未央です!!」
…。
…さて。
選ぶ必要も無いか。
もう準備は整ったかな。
僕達の、快進撃といこうか。卯月、凛、……そして、未央。
「……YOU、元気でやってるかな」
元の世界に帰ったら自慢してやるか。
…。
……。
「どうやったら戻れるの?」
第一話 終
また明日から続き書いていきます
前に別のとこでGACKTスレやってた人?
>>42
そう
乙
面白かったよ。次の投下も期待してる
さくさく進むし雰囲気もすごい好み。
期待して待ってますぜ、おつおつ
乙
おもしろい
自分が学生の頃、GACKTは20㎏加重して、懸垂できるって
噂を聞いたけどマジなんだろうか
ここに一分間の深イイ話でGACKTの謝りかたが取り上げられてたのを覚えてる人はいるだろうか
オープンでやってた人か。アイマス、プチマスシリーズも面白かったよ。
アイマスとプチますもやってたのか
どこかで見れる?
>>49
エレファントで三つはまとめられてました
Pが自分で歌ったほうが売れそうなんですがそれは
Pがアイドル達に歌ってあげることで信頼される展開とか?
あれから僕は元の世界に戻る事なく、あの小さな家で目を覚ました。
そして昨日携帯電話のアドレス帳を確認した所、やはり連絡先は3件だけだった。
「千川ちひろ……誰?」
せめて、この世界のマニュアル本でも置いといてほしい。
「うわっと…」
偶然か必然か、僕の携帯電話が鳴り出した。
そこに表示されていたのは。
「千川ちひろ」
…。
だから誰だよと思ったけど、そういえば…。
「GACKTさん!おはようございます!」
シンデレラガールズプロジェクト、346プロ事務所のビルで待ち合わせ、というか…出勤。
まだ道のりすら覚えてない僕にとっては待ち合わせといった方が正しいのだけれど。
彼女、千川ちひろからすればいつものように、いつも通りの時間にやってきたということなのだろう。
緑スーツ、というか彼女を探す事に必死になっていた僕に笑顔で話しかけてきたことからそれは伺える。
カーナビで道のりを調べながら来る僕の苦労など知る由も無い筈だ。
…前から思ってたけど、随分大きなビルだ。
人も多い。
ここは無名プロダクションじゃないのか?
……本当、全く、訳が分からない。
「GACKTさん?」
「うん。おはよう」
色々考えても仕方ないか。
とりあえず目の前の事を一つずつ片付けていこう。
…それに、一度任されたからには逃げたくないしな。
「で、今日は何だっけ?」
「え!!?……その、シンデレラガールズプロジェクトのアイドル達の顔合わせですよ?」
「…そうだった…よね」
知らないよ。
それに顔合わせならしてるんじゃないの?
…あ、未央はまだだっけ?
「じゃ、これが名簿ですからね!」
ちひろはそう言って一枚の紙を僕に渡す。
そこにはシンデレラガールズプロジェクトのメンバーの名前が書かれていた。
…。
……。
………は?
「14人?」
「はい!……GACKTさんが選んだんですよ?」
選び過ぎだよ。
…僕。
「面接という訳ではないですが、一人ずつ条件等の確認もしますので、話し合いをして頂きますね!」
…。
「え、僕と?」
「はい!と言っても一人5分程度だと思いますからそれ程時間はかかりませんよ?」
全員やったら一時間以上はかかるぞ。
簡単に言うんじゃないよ。
「あ、でも…あの三人は特別ですかね?」
ですかね?って何?
「彼女達はまだまだ新人ですし、空気に慣れてもらわなくてはなりませんから、レッスンから始めてもらうんです!」
「そっか。……え?そうなの?」
「はい!…そういえば、そろそろ来る時間ですね」
「へー」
僕の知らない所で何時の間にか色々進んでいるみたいだ。
いや、僕が把握してないだけかな。
「ですが、その前に!」
そう言うとちひろは僕に向かって右手を突き出した。
小さい手の中には、栄養ドリンクのような物が握られている。
蓋が星の形をしている、変わったドリンクだ。
「…何これ」
ちひろはそれを僕に渡すと、にぱっと聞こえてきそうな笑顔で。
「私からの差し入れです!これで朝の眠気を吹き飛ばして頑張って下さいね!」
「…いらないよ?」
「ええっ!?」
栄養ドリンクなんて、飲まないし、好きじゃない。
「そ、そんなあ…」
そんな絶望の顔をされてもなあ。
「…とりあえず貰うよ。ありがとう」
こういうのより、野菜スムージーの方が良いと思うんだけどな。
…ま、貰うだけで喜んでくれるなら貰うしかないか。
…しかし事務員、か。
「?」
YOUに伝えてやりたいな。
346プロは事務員もアイドル級だって。
「へー…ここが事務所なんだねえ」
「一人もいないね…」
「おおっ!何かかっこ良いじゃん!」
「「!」」
「あの、さっきの…?」
「うん!私はねぇ…」
入り口の方から声が聞こえた。
どうやら、来たみたい。
「おはよう」
3人は振り向くと、僕を見て少しだけ綻んだ笑顔を見せた。
もしかしたら場所を間違えたかもしれないと思ったのかな。
「「「おはようございます!」」」
元気だなあ。若い証拠だ。
あ、まだ子供か。あはは。
「えっと…そちらの方は?」
「千川 ちひろ。事務員だよ」
「はじめまして皆さん。私、千川ちひろです!ここの事務員をさせてもらっています」
…そういえば、この子はいくつになるんだろう。
20代前半か、その辺りだろうか。
雰囲気は落ち着いていて、でも元気がある。
さっきも思ったけど、この子がアイドルになってたとしても不思議じゃない。
「…GACKTさん?」
「ん…なんでもないよ」
僕の視線に気付いたのか、僕の顔を見上げるちひろ。
身体が小さいからなのか、自然と上目遣いになる。
…ちょっと、くるよな。・
…というか、そのジュースどこに売ってるの?
「お前達にはこれからレッスンを受けてもらうからさ。それからはアイドルの触り程度のお仕事もするから」
「本当ですか!」
どうやら初顔合わせは何の問題もなく進んだらしい。
年齢もそんなに変わらないし、すぐに友達になれたみたいだ。
安堵していると、未央が僕の前に立ってにこやかに質問してくる。
「ね!そういえば何で私がアイドルになれたのかな!…やっぱり超絶可愛いスポーツ万能だから?」
「…雰囲気、だね」
「雰囲気?」
このあっけらかんとした感じ。
ムードメーカーというやつだろうか。
そんな感じがする。
彼女、本田 未央は一度は落ちてしまったものの、欠員補充のオーディションで補欠合格した子、らしい。
…あのオーディションにはそういう意味があったのか。
未央を選ぶのは、僕の意思なのか、そうなる運命だったのか。
…前者であってほしいものだ。
「じゃあ僕は他のアイドル達と顔合わせてくるから」
「え?他の人達もいるの?」
「いるよ。後…11人」
「11人!?ど、どんな人達!?会ってみたい会ってみたい!」
自分と共に歩んでいく仲間達がいる事が嬉しかったのか、興奮気味に食いつく三人。
だけど、お前達は特別らしいからな。
「とりあえずレッスン行ってきなよ。それからはしばらく自由だから」
「えー?じゃあ皆にはまだ会えないの?」
「ちゃんと会えるよ。僕の方が先だけどな」
しかし僕一人で14人か。
…全く信じられない程むちゃくちゃだな。
レッスン会場で彼女達と別れ、僕も自分の仕事をする事にした。
「戻ったよ」
「はい!もうアイドルの子達の準備も出来てますよ!」
「準備って何を準備するの?」
「女の子にも色々あるという事です!…という訳で、あちらの部屋に用意してありますので…」
行けって事?
…この子、割とズケズケ来るなあ。
「…」
結局言われるがまま部屋に入れられ、椅子に座らされた。
まあ仕方ないよね。
自分が何をするのかすら分からないんだし。
「…」
…。
柄にも無く緊張してる。
僕、人見知りだし。
「最初、誰来るんだろ…」
名簿には一応目は通した。
顔写真も見た。
…はっきり言って、何で選んだのか分からない子ばっかりだ。
正直、怖い。
そしてそんな事を思っていた折、部屋の扉がノックされた。
どうやら来たようだ。
「失礼します」
入ってきたのは、お菓子作りが好きなアイドル。
「三村 かな子です!趣味はお菓子作りです!」
…体重は、普通。
…着太りするのか?
「おはよう。…よろしくな」
「はい!よろしくお願いします!」
握手をすると、物凄く柔らかい感触が伝わってきた。
あはは。子犬でも触ってるみたい。
「今日から本格的に活動していくけど、何か聞きたい事はある?」
「え、えっとお…う~ん…その、わ、私…」
「?」
かな子が自身の身体を見る。
「私、アイドルに相応しい体型なのかなって…」
言うと思ったけどね。
でも、ここまで来てそれって今更だよね。
「アイドルになるならさ、持ってる物を武器にするくらいの器量が無いと駄目だよ。それがどんなものであれさ」
「ぶ、武器に?」
「当たり前だよ」
テレビに出るなら、それ相応の度胸はなきゃ駄目だよ。
芸能人ってのはそんなもんだ。
「失礼しまーす」
「はい」
……。
iPodをいじりながら入ってきて、ヘッドホンを外し椅子に座る。
何だろう、この非常識人は。
「ねえ、そのヘッドホン何?」
「?これですか?…私、ロックなアイドル目指してますので!」
多田 李衣菜。
ロックなアイドル、か。
ふーん。
いいね。
ロック。
…良いじゃない。
「あのさ、ちょっといいかな?」
「はい!」
「楽器はどれくらい弾けるの?」
「あっ…」
…。
「とにかく、私はロックでクールに…」
「……そっか」
…ロックなアイドルじゃなくて、ロックになりたいアイドルだったか。
…知識はこれから頑張ればいいよ。
「ちなみにだけどさ、何聴いてたの?」
「あ、これですか?え、ええとですね…よ、洋楽の…何だったっけ…」
あはは。
…ロックをバカにするんじゃないよ。
「し、失礼…します」
控えめなノックから現れたのは、ツインテールの女の子。
「緒方 智絵里です…」
オドオドしててるのが目に見えて分かる。
「…座りなよ」
「は、はいぃ」
あっちを見たり、こっちを見たり。
大丈夫なのだろうか。
迷いこんだ子供じゃないんだから、もっとドッシリ構えてくれないかなあ。
「…智絵里で、いいんだよね?」
「は、はい…」
「何か聞きたい事とかある?」
「え、えっと、私、その…」
「?」
「…頑張ります…から」
「うん?」
「す、捨てないでください…ね」
「は?」
…。
あの3人にも言える事だけど、変わってるよなあ。皆。
こんなのが後8人も続くのか。
…捨てないでって、何だよ。
僕はお前の旦那じゃないぞ。
「…あ、あのお…」
「あ、ごめん。よろしくな」
制服姿、というか、何だろうか。
鞄一つと、ラクロスで使うラケット。
聞いてくれと言わんばかりにそれを分かりやすく椅子の横に置いている。
「…そのラケットは?いつも持ち歩いてるの?」
僕も気になったので、それの用途について聞いてみた。
「あ、これは…今日の撮影で使えるかな、って…」
ラケットを大事そうに抱えて笑顔になる彼女、新田 美波。
…。
「…ど、どうでしょうか?」
「…変わってるね」
「えっ!!?」
…いけないな。
つい本音が出た。
「年齢は19、ね…」
シンデレラガールズプロジェクトの中では一番年上か。
「はい!少しだけですけど、皆の中で一番お姉さんですから…」
そっか。
確かに、大人びて見える所はあるからね。
この子は皆のまとめ役として、期待するとしようかな。
次は誰なんだろう。
…いや、何となくだけど誰かが来るのは分かってる。
耳を澄ますとパタパタ、でもカツンカツンでもない。
形容し難いけど、女の子の足音には聴こえない。
今までの子よりも大きく、何か口ずさんでいる。
そしてノックの音も大きい。
「……はい」
「やっほーい!!諸星 きらりだにぃ!!」
「双葉 杏…」
…。
顔は、子供。
体は、世紀末。
小脇にぬいぐるみ…のような奴。
「…よろしくな」
「うきゃー☆いきなり握手なんて照れゆー!」
近付いて、いや近づかなくても気づくけど。
……この子、僕より大きいな。
自分より大きな女の子を見るのなんて、小学生以来だよ。
「…で、これは?」
きらりの抱えた人形を指差す。
いや、分かってる。
決して無機物ではないだろう。
「あー…極楽」
「ねえ、それ降ろしてもらっていいかな?」
「?…ほい!」
「うぇー」
…。
「あのさ、何してるの?」
「?…誘拐された」
「…」
そういう意味じゃねえよ。
「いや、とりあえず立とうよ」
「…じゃ、起こして…」
「……」
どうしてやろうか。
いや、ここまで無気力だと一周回って清々しいな。
もう、むしろ、こき使ってやりたくなるな。
「…何だよう…口がニヤついてるぞぉ…」
この見るからに無気力そうなのが双葉 杏か。
こんなの採用するくらいなら未央を5人くらい採るよ。
…いや無理だけど。
とりあえずあの人形はきらりに任せておくことにした。
…それに、無気力とは言いながらもちゃんと事務所には来てくれている。
アイドルの仕事を絶対やらないという事はないだろう。
「…はい、どうぞ」
…普通の子、来るといいな。
「闇に飲まれよ!!」
「」
「…何?」
「…我が名は神崎 蘭子。紅き満月の夜より…」
「何て?」
「…い、いえ…」
「お願いだから、普通にしてくれないかな」
「…ふぇ…」
銀髪という珍しい髪色の女の子。
…多分だけど、染めてる。
この服装は…。
ゴシック系というのかな?
「何というかさ、面接じゃないけど、一応これから一緒に頑張っていくんだからさ。あんまりふざけられると困るんだよね」
「…ずびま゛ぜん゛でじだ…」
「…ごめん。とりあえず泣き止んでよ。はいティッシュ」
「ぶぇ…」
…14歳、か。
あからさま、だよな。
…何だか、胃が痛いよ。
これくらいの年齢なら誰しもある事なのだろうか。
…伊集院さんの言葉。
中二病だったっけ?
…どうやって接すればいいんだよ。
僕も昔はああいう時期があったのかな。
…いや、親父にボコボコにされて終わるよ、あんな事してたら。
「…」
頭を抱えて悩んでいる暇もなく、間髪入れずに扉がノックされる。
「…はい」
「Вы грубо」
「え?」
「Доброе утро」
「あ?」
「…あ、すいません。私、アナスタシア、ロシアから、来ました」
……ロシアか。
一体この子とどうやって会って、どうやってこうなったのか知りたいもんだな。
「名前は、えっと…アナスタシア、だね」
「アーニャ。そう呼んで下さい」
そう言うと彼女は深々とお辞儀した。
アーニャか。
可愛らしいじゃないか。
日本語能力は後回しとして、礼儀正しくて良いな。
…良い機会だし、ロシア語、覚えようかな。
次の子が来るまでの間に携帯で何となくロシア語を見てみたけど。
ロシア語って、発音が難しいんだよなあ。
…音声聴いても分からないや。
けど、今は携帯電話でも勉強出来る時代なんだよな。
便利な世の中になったものだよ。
「失礼しまーす!」
「はい」
城ヶ崎 莉嘉。
金髪の、…ちびギャルか。
「ねえねえ知ってる!?」
「何?」
「実はね!私のお姉ちゃんもアイドルなんだよ!」
「へー」
「も」って…。
どこに行ってもアイドルアイドル…。
…アイドル乱立状態だな。
…アイドル戦国時代、か?
なんてな、あはは。
「へーって…もしかして知らないの?」
「興味無いんだよねぇ」
「えー!!?」
興味が無いというか、だから何だという話。
姉は姉。
妹は妹じゃないか。
「僕が興味あるのは、これからアイドルとして活躍していく君らだからさ」
「!何かかっこ良いね!えへへ!」
……我ながら、取って付けたような台詞だ。
この子にあだ名をつけるとしたらなんだろう。
アゲ嬢、小悪魔。あはは。
「失礼しまーす!赤城みりあだよー!」
「赤城みりあ、です。だろ?」
「んー?」
赤城 みりあ。
美波とは逆に最年少のアイドル。
小学生だから仕方ないけど、ノックもしない勝手に座る声がうるさいの三拍子が揃っている。
しかし小学生からアイドルか。
…将来はどうなることやら。
しかし、莉嘉もこの子も本当に元気だ。
見てるとこっちも元気になれるな。
あはは。こんな台詞、まるでおじいちゃんだな。
…41、か。
「?…どーしたの?」
「…何でもないよ」
まだまだ若いよ、僕は。
あの3人とは対照的に変わった子が多い。
もしこれを全員世話するとなったらどれだけ大変なのだろうか。
…鬱になりそうだな。
感受性豊かな思春期の子達を14人も相手にしなきゃいけないなんて。
もうちょっと大人な方が、僕にはいいかな。
本当、個性豊かな子達が揃ったものだよな。
僕はこの事務所を見世物小屋にするつもりは無いんだけどなあ。
これ以上変なのが来ないことを祈りたい。
が。
神様は僕の事を嫌っているようだ。
「失礼しますにゃ!」
「あ?」
「前川 みくだにゃ!ガクちゃんよろしくにゃ!」
「ガクちゃん…?」
「GACKT、だからガクちゃんにゃ!」
「…にゃって何?」
「?みくは猫キャラだから、こうしているんだにゃ!」
「えええ…」
こういう人、いるんだなあ。
これって来年も再来年も続けるつもりなのかな。
…そこまで出来たら、尊敬できるな。
「とゆー訳で、改めてよろしく、にゃっ!」
「イタっ」
「イタって言うにゃー!!!」
疲れた。
人と話すのは嫌いじゃないけど、相手が普通じゃない。
何で僕があれらを選んだのか、未だに分からないよ…。
「…そろそろあの3人も来る頃、かな」
ビル一階フロントで待ち合わせ、だったかな。
……。
……。
遅い。
もう5分は過ぎてる。
…忘れてるのかな?
僕も時間にはルーズだから、気持ちは分かるけどさ。
新人のうちからそれは駄目だよな。
そう考えていると、一人の長身の女の子が歩いてきて、僕の前で立ち止まった。
「GACKTさん…こんにちは」
「ん?…ああ、うん」
「…?どうかされましたか?」
「いや、何でもないよ」
…。
ボブヘアーにオッドアイ。
そういえばこのビルで温泉街のポスターがあった。
それにはこの子が起用されてたな。
名前は確か…。
「楓、だよね」
「?…え、ええ…」
良かった、何とか思い出せたかな。
…もしかしたら僕は、このビルにいるアイドル達全員と面識があるのか?
…それはそれで嬉しいような、困るような、気がする。
「GACKTさん!あの、さっきの高垣 楓さんですよね!?」
「うん。そうだね」
楓と別れた瞬間、入口から卯月達が走ってきた。
…いや、もっと前から走りなよ。
「すっごーい!!楓さんと知り合いだなんて、もしかしてGACKTさんって敏腕プロデューサーなの!?」
敏腕どころか、まだ駆け出しなんだよ…。
「…そんな事よりさ、遅刻だよ?」
「あ……つい楽しくて…」
「ごめんなさい…」
あはは。女の子らしいじゃない。
「だけど仕事だからさ。友達と待ち合わせしてるんじゃないんだよ?」
「…すいませんでした…」
そんな落ち込まなくてもいいのに。
…これが普通の子、だよな。
「…」
「わっ!」
「じゃ、行こっか」
「あ、頭撫でられちゃった…えへへ」
「……卯月、行くよ」
「ほほー…GACKTさん、やりますなあ…」
「ねえGACKTさん、私達の最初の仕事って?」
「これからお前達を宣伝するための写真撮影だよ」
「わー!見て見て!すっごい可愛いい!」
「GACKTさん!あれで撮影するんですか!?」
「あれじゃないなあ。多分、こっちだよ」
…あのハート形の台座、何だろう。
I ・ MIKA?
…どう考えてもウチじゃないよ。
シンデレラガールズプロジェクト 様と書かれたプレートがある控え室。
辺りを見渡すとさっきの所とは対象的に、スタッフも少なく台座も無い。
僕らはまだまだ駆け出しだということを痛感させられる。
気を引き締めて行かなきゃな。
「入るよ」
中に入ると、先程顔を合わせた子達がいっせいにこっちを振り向き、卯月達に近づいてきた。
そういえばこの子達はこの三人と初顔合わせだったか。
「…!あ、もしかして、シンデレラガールズプロジェクトの人達!?」
「あ、はい!そうです!」
「わぁ!って事は、ねえねえGACKTさん!」
莉嘉が嬉しそうに僕の手を握る。
…全員集合、か。
まあ。
「そういう事になるね。これで全員揃ったからさ」
シンデレラガールズプロジェクトが始まるのか。
でも皆。
はしゃぐのは写真撮影終わってからにしてくれないかな。
「お、何か賑やかだと思ったら…」
後ろから声が聞こえたので振り向くと、そこにいたのは。
…。
「…誰?」
「………………えっ?」
際どい格好をしたギャル風のピンク髪の女の子だった。
「ああ、莉嘉のお姉さんか」
「びっくりしたよ…いつも普通に顔合わせてるのに忘れられたかと思ったじゃんかぁ…」
本当に知らないんだよなあ。
でも彼女、城ヶ崎 美嘉はこの世界では有名なアイドルらしい。
…確かに、魅力的な感じだ。
モデルとしても、アイドルとしても良いと思う。
この挑発的な服装も…悪くない。
すると僕の視線に気がついたのか、美嘉の顔が赤く染まりだした。
「あ、あの…そそそその、ああああんまり見ないでぇ…はは恥ずかしいから……」////
…見られるのが嫌なら、そんな格好しなきゃいいのにな。
皆それなりにポーズを取れているようで、滞りなく宣材撮影が進んだ。
…途中までは。
「島村さん!表情固いよ!もっと柔らかく!」
「渋谷さん!目線こっちに!…笑って笑って!」
「本田さん!もっと普通に!!!」
……この三人は、世話が焼けるなあ。
ついこの間まで撮られる側よりかは撮る側だったんだしな。
仕方ないといえば仕方ないか。
「んー…どうしましょう?」
スタッフがあの三人を撮った写真を僕に見せる。
卯月は口角がつり上がったぎこちない笑顔。
凛は無表情。
未央は………何だこれ?
「……撮り直し」
一旦休憩を挟み撮影に戻ると、カメラマンが青いボールを未央に向かって優しく放っていた。
彼曰く、いつも通りの彼女達を見せてくれという。
……それ、簡単そうで結構難しいよね。
だけど彼女達は僕の予想外の行動を取り出した。
「しまむー!パス!」
「ぶぇっ!…し、しまむー?」
「しぶりん!投げて投げて!」
「…しぶりん?…まあいいけど」
…。
未央を選んだのは、正解だったみたいだな。
この三人、力を合わせれば、もしかしたら。
「しぶりん!決めちゃって!」
「はっ!」
……もしかするのかもしれないな。
「…うん。これなら良いかな」
可愛く撮れてるじゃないか。
そりゃあ、僕が選んだアイドルだからな。
「写真撮れたのー?」
「何とか終わったよ」
美嘉が僕らの所にやってきた。
自分の仕事は良いのだろうか?
「んー…ちょっと提案したい事があってさ」
「?」
何か含みのある感じだ。
聞こうと思ったが、それは未央の声にかき消された。
「ガクちん!一緒に撮ろうよ!」
…。
「ガクちん…」
あはは。久しぶりに呼ばれたなあ。
相手は自分の半分も生きてない子供だけど。
そういえば、元の世界では中々皆僕に対して踏み込んできたり、くだけてきたりはしなかったな。
スタッフも、知り合いも。
くだけてくれるのなんて、ごくごくわずか。
だけど、子供はそういうのが無いんだな。
…元の世界に居た時は、ちょっと怒ったかもしれないけれど。
これはこれで、悪くないか。
「あっ…ちょっとGACKTさん?…出来れば真ん中ではなくて、後ろとかで…」
後ろかあ。
隣にきらりがいるからなあ。
…自分より大きな女の子の隣って、嫌だよな。
「ガクちゃんおっつおっつ!」
しかしこの子はこの子で、別次元だな。
「…ま、いっか」
じゃ、美波とアーニャの間にお邪魔しよっか。
「きゃっ…あ、あのお…が、GACKTさん…?」
「Смущенный…は、恥ずかし、です…」
「むぇー…きらりもハグハグしてほしいにぃ」
あはは。
「…これから一緒にやっていくんだ。頑張っていこうぜ」
「良いですねえ…じゃ、撮りますよ!はい目線こっちに!……渋谷さん!GACKTさんを睨まないで!」
撮影も終わり、事務所へ戻ると美嘉が待っていた。
そういえばさっき何かを話したがっていたっけな。
「で、何だったの?」
「うん。それでね、この三人を私のLIVEに参加させられないかなってさ!」
「「「ええっ!?」」」
…は?
「私のLIVEのバックダンサーに空きが出来ちゃってさ!ね?良いと思うんだけど!」
だけど、ついこの間まで素人だったんだしなぁ。
「良いじゃないか。遅かれ早かれLIVEはするんだからねぇ」
そう言ったのは初老の男性。
…誰だろうか?
エレベーターに常駐してた気がするけど。
「じゃあ…部長の許しも出た事だしさ!ね?」
「「「ぶ、部長!!?」」」
「……うーん」
…僕の上司だったんだ、あれ。
警備員か何かと思ってた。
しかしLIVEか。
確かに、いつかはやらなきゃならないんだ。
この三人も、残りの皆も。
「…いいよ。やろっか」
「GACKTさん!?」
卯月が目を見開く。
「…お前達にはいずれ、一流のアイドルになってもらうんだ。こんなもんでビビってちゃあ、ダメだよ」
そう、こんなもんだ。
アイドルのバックダンサー。
その程度出来なきゃ、この先どうなるか分からない。
「…えっと…じゃあ、オッケーってことだね!やったぁ!」
美嘉が可愛らしくピースをしている。
彼女にとっては嬉しい事でも、あの三人にとってはプレッシャーなんだけどな。
「えー!?なになに?アイドルデビューしちゃうの!?いいなー!」
勢いよく入ってきたのは莉嘉とみりあ。
まだまだ幼い彼女達には事の重要さが分かっていないのだろう。
卯月達は今、二つの岐路に立っているのだという事が。
成功すれば御の字。
失敗すれば…。
先輩アイドルの舞台で失敗でもすれば赤っ恥では済まない、よな。
…あれだけ緊張するのも無理もないか。
「僕はちょっと外に出るから、後はちひろに任せたよ」
「…?は、はい」
…この世界の僕は、歌手でも、俳優でも無い。
ただの、サラリーマン。
…ああやって、チャンスが来るのを待つしかないのか?
・ちょっと、悔しいな。
「…初心に、帰る、か…」
これは、今の地位に甘んじていた僕への試練とでも言うのか。
…あはは。
いいよ。悪くない。
なら、受けて立つさ。
一流プロデューサー、GACKTとしてな。
第二話 終
また明日書きます
乙
yasuとかhydeさんとかでは書かないの?
>>89
思いつかないんです
>>90
把握
yasuは是非見てみたいですね
乙
アニメと大筋は変わってないけど、そこにGACKT視点が加わるとやっぱ違ったものが見えるな
乙
李衣菜がんばれ。
だりーはにわかだけど光るものはあるしな音感とか
今後に期待。
がっくんプロデュースとか現実なら結構なニュースだろうな
ガックンはガンコレのが似合いそう
>>89
hydeさんはきらりと並んじゃったら大変なことになるぞ
「…」
城ヶ崎美嘉のライブバックダンサーとしての仕事を貰った翌日。
僕はちひろから電話を受けトレーナーとビル内のレッスン会場にいた。
「まだ負けてないにゃ!つ、次はこれにゃ!」
…そこには何故か前川みくと対峙する卯月達がいた。
「お前は他にやる事があるだろ?」
トレーナーに凄まれ萎縮するみくを尻目に、僕は三人に挨拶をする事にした。
「おはよう」
「「「おはようございまーす!」」」
元気だなあ。
昨日のビビってたあの顔は何処に行ったのやら。
「んー?一日寝たらさ!もうやれるだけやっちゃえ!って感じでさ!」
未央が笑顔で応える。
肝が据わってるのか、ただのアホなのか。
でも、これくらいのがアイドルとしては良いのかもしれない。
「おっ!揃ってるみたいだね!」
後ろを見ると、美嘉が大きめのバッグを持って立っていた。
待ち合わせの時間より、ちょっとだけ遅れてる。
…重役出勤だこと。
いや、それくらいの位置にいると考えるべきか。
「ちひろから聞いてるよ。三人を指導してくれるんだって?」
「それもあるけど、一番はまず合わせる事かな?」
「そっか。任せるよ」
そういえばこのビルって色んなプロデューサーがいて、色んなアイドルがいるんだよな。
…凄いとこ来ちゃったもんだ。
運が良いのか悪いのか。
これが何も武器が無いプロダクションだったらもっと大変だったかもな。
「〜♪」
美嘉を中心にした四人のダンス。
激しい動きはさほど無いけど、細部の動きがかなり多い。
僕も学園祭ライブでアイドルの振り付けやってみたけど、結構大変だったなあ。
「…んっ!ここでポーズ決められるとカッコ良いよ!」
美嘉はそう言っているけど、後ろの三人はそんな余裕が無いみたいだ。
息を切らし、膝に手をついている。
それもそうか。
慣れてない事をやるのはいつだって難しい。
まあ今はいくらでも失敗すればいい。
本番で成功すればいいんだから。
「GACKTさん!お菓子どうですか?」
かな子が僕に駆け寄ってくる。
この子はトレーナーにお菓子の事をよく注意されているけど、いいのだろうか?
「でもGACKTさん、何だか難しい顔してたので…」
?
そんな顔してたかな…。
「お腹が空いたら貰うよ、ありがとう」
…サングラスかけてるのに、分かるもんなのか?
美嘉が帰り、残された卯月達は再び振り付けの練習をしていた。
いいね。
真面目、いいじゃないか。
出来るまで反復練習する。
素敵だよ。
ただ何もする事が無いってのはキツいものがあるな。
喋り辛いし。
…仕方ない。
僕は自分の部屋に戻るとしよう。
…自分の部屋、か。
あの部屋、ちひろに言われるまで誰のか分からなかったよ。
しかしこのビルは何処を見渡してもアイドルばかりだ。
皆僕を知ってるみたいだし。
…今みたいに。
「GACKTさん、今度のLIVE、シンデレラガールズから三人手伝いに来てくれるみたいですね」
彼女は川島 瑞樹というらしい。
エレベーターに乗りこむと、そこには彼女がいて、僕の顔を見た瞬間に楽しげに話しかけてきたのだ。
元アナウンサーともあり、ハキハキした話し方だ。
「そうだよ。…勿論、実力もある」
「ええ。美嘉ちゃんが選んだんですからね」
「違うよ。僕が、選んだからだよ」
「…ふふっ。やっぱりGACKTさんですね」
どういう意味なんだろう。
意味がありそうで無さそうだけど。
「だって、GACKTさんったら……あら?どうやら着いたみたいですよ?」
「…」
嫌味ではないみたいだけど、今の僕には挑発にしか聞こえないな。
「…とりあえず、期待しててよ」
「はい、勿論」
それから数日間、卯月達はレッスンに励んでいた。
全く、一生懸命頑張る子供達の姿はいつ見ても微笑ましいものだよ。
自分で選んだアイドルが、有名になっていく。
まるで親子みたいな関係だな。あはは。
親子、か。
…でも、家に帰れば一人、なんだよなあ。
ふと時計に目をやると、もうすぐ夜の8時。
もう事務所内には誰一人いない。
ちひろも、今日は定時で帰ってしまった。
外はもうすでに暗く、中も暗い。
電気を点けていても一人でいると暗く感じるんだよ。
…こうして一人で座っていると、寂しくて泣きそうになる。
「…」
携帯電話を見る。
これは一応僕の携帯だけど、そこに映っているものはほとんど何も無い。
まあ初期設定の画面という事だ。
アプリも無いし、今までに撮った画像も消えてる。
…暇つぶしくらいさせてよ。
というか、後3台は何処へ行ったのか。
…まあ、いっか。
「…」
携帯電話のアドレス帳。
連絡先は増えたけど、まだ30人もいない。
元の世界でも、友達だと呼べる存在は結構少ないけど、ね。
「うわっ…と」
この間と同じく、狙ったかのように携帯電話が鳴る。
「誰だろ…卯月?」
相手は卯月。
何か話し忘れたことでもあったのかな。
「もりもり」
『もし…もりもり!GACKTさん!夜分遅くにすいません!お仕事お疲れ様です!』
「お疲れ。何かあった?」
『!…えっとぉ…あの、その、特に無いんですけど…』
「?」
用が無いのなら、何だろう。
『で、でも!その…仕事だけの関係って、何かドライな感じで…』
「あはは。そんなことあるわけないだろ?僕とお前達は仲間、だろ?」
『!…はい!頑張ります!』
「で、他に何か話したい事はあるの?」
『えっと、ですね…じゃ、じゃあ…』
『ありがとうございました!GACKTさん!』
「うん」
『…あ、後、…その』
…?
どうしたんだろう。
『えっと、…美嘉さんのLIVE…凄く緊張しちゃって…』
後、とは言っていたけど、多分それが本題だったのかな。
「初めては誰だってそうだよ」
『えっと…もうちょっとだけ、もうちょっとだけいいですか?』
「うん。いいよ」
…僕は良いけど、向こうの電話代大丈夫かな?
でも、寂しさが少しは和らいだかな。
単純な男だよ、僕も。
美嘉とのLIVE当日。
そのLIVEを見にきた客でごった返しになった会場外を抜けて中に入ると、既にそこはピリピリした空気に包まれていた。
「「「…」」」
卯月も凛も未央も流石に初めての光景に息を飲んでいるようだ。
一応ホームなのに、アウェイ感が物凄い。
今からこの空気の中で、自分らがLIVEの参加者となるのだ。
初仕事でこんな息苦しい思いをするとは思わなかっただろうな。
…でも、今更後には引けない。
「さ、行こっか」
三人の背中を軽く押して、楽屋へと入っていく。
そこには346プロビルで見た有名アイドル達がメイクをしていた。
和やかな雰囲気で、これから大規模のLIVEに向かうなどこれっぽっちも思えない。
これがベテランアイドルというものなんだな。
そう思って三人に目をやると、やはり緊張気味。
今、目の前にテレビに出ているアイドルが何人もいるもんな。
もしかしたら夢ではないか。
そんな事を思っているのだろう。
最も、僕もまだこの世界を夢だと思っているけれど。
「ほら、挨拶しなくちゃ」
僕の声で我に返った三人は、挨拶をし、たどたどしく自己紹介をしていた。
…本当に大丈夫かな…。
「あら、貴方達はこの前見た…」
「覚えててくれたんですか!?」
瑞樹が未央と卯月に話しかけている。
そりゃあ、あのビルの中で行動してるんだから一人や二人は目にするよな。
「それに、GACKTさんも」
「おはよ。皆万全みたいだね」
…そういえばまだ一人来てないな。
時間には間に合ってるから良いけど、こうして皆が揃ってるんだから…。
ま、僕が言える事じゃないか。
「皆、おっはよー!」
噂をすれば、かな。
しかしどうしてこの子は僕の後ろに来るんだろう。
「美嘉、おはよう」
「ん!おはよ★」
だけどこうして見ると…。
「随分仕上げてきたんだね」
「分かる?めっちゃトレーニングしてきたからさ★」
ストイックな事だ。
「そういうの、僕は大好きかな」
「へ?……え、えええっ!!?」///
赤くなる美嘉をよそに、卯月達にゆったりと歩み寄る女の子がいた。
「うふふ。今日は頑張りましょうねぇ」
「あの、LIVE前って緊張しますよね!私も初めての時はすっごく緊張して…!」
あれは確か、佐久間 まゆと…小日向、美穂…だったかな?
何だか、個性的…なのかな?
「GACKTさんも!おっはようございまーっす!!!!」
「…うるさいよ」
「ハッ!?ご、ごめんなさい!私、どうしても声が大きくなってしまうんです!こう、何か…燃えてくるというか…!!」
つんざくような大声。
火野 茜、だったかな。
名前通り、暑苦しそう。
…まあ、いいんじゃないかな。
美嘉とも気が合ってるみたいだし。
…一人だけ、一人だけ年齢差がある子もいるけどさ。
「…GACKTさん?私がどうかしましたか?」
あはは。
何でもないよ。
「はい一回通し入りまーす!」
スタッフの声とともに美嘉がステージの上に立ち、最終調整に入る。
これは僕も見慣れた光景だ。
自分のLIVEでは殆ど僕が仕切ってたけどな。
そしてこの後、バックダンサーとなった三人を見て僕の胃は痛くなることとなった。
「うわわっ!」
「おっとと…」
「……」
舞台下からせり上がる装置にスタンバイして勢いよく飛び出す。
…つんくも紅白でやってたなあ。
失敗してたけどさ。
勿論、不慣れな彼女達はバランスを崩し、何度も何度もやり直しをしていた。
次第に顔も強張っていき、美嘉の顔も心なしか不安の色を覗かせてきた。
…でも、一番怖いのは。
「…」
つい昨日まで明るく元気に振舞っていた未央。
そんな彼女は今は何処にもなく、失敗すればする程口数を減らしていき、終いには喋らなくなってしまっていた。
「もう一度、もう一度だけ練習させてくれませんか!?」
卯月がスタッフに懇願するが、もう限界だろう。
時間も押してきている。
結局、数々の不安要素を抱えたまま衣装に着替える事になってしまった。
…。
着替えが終了したのか、楽屋から女性スタッフが出ていった。
…さて、中はどんな様子だろうか。
「…」
覗いてみるが、想像通り、いや想像以上に。
空気は重たかった。
「入るよ」
「…GACKTさん…」
一番はじめに反応したのは凛。
緊張からか、不安からか、はたまた両方かは分からないけどその顔からは血の気が引いていた。
卯月もまた、これから始まるであろうLIVEが生で流れてくる液晶画面を見ようとしない。
そして、未央に至っては俯き、縮こまっていた。
…これが本来の彼女の姿なのだろうか。
それとも、こういった空気に慣れておらず、それらをナメていたのか。
どちらかは知らないけれど、普段の未央からは想像出来ない借りてきた猫のように大人しく、弱々しい少女の姿がそこにあった。
「…どうやら始まったみたいだね」
舞台に明かりが灯され、それと同時に観客の歓声が湧き上がる。
それはLIVEの始まりでもあり、卯月達のスタンバイの始まりでもあった。
「島村さん!渋谷さん!本田さん!スタンバイお願いします!」
「「!?」」
スタッフが呼びにきた事でいよいよ逃げ場が無くなり、わかりやすい程に焦りの色を見せる卯月と凛。
…だけど。
「…」
未央を見ると、まだ立つどころかスタッフの声すら耳に入ってないようだった。
「…未央!」
「!」
「…行くよ。卯月も」
「う、うん!」
凛の声を皮切りに二人とも立ち上がり舞台に向かうが、その足取りはおぼつかなかった。
「…」
「…」
「…」
参ったなあ。
僕も初めての時はこんな感じだっただろうか。
…覚えてないや。
20年くらい前の事だしなぁ。
「随分震えてるね」
あまりにも心配なので声をかける。
しかし今の三人には僕の声すらもスタッフからの指示のように聞こえてしまうらしい。
ビクっとして僕の方を一斉に振り向いた。
逆にビックリするよ、もう。
「何がそんなに心配なの?」
「だって…ダンスもまだギリギリだし、舞台の演出も成功してないし、あんな空気の中で…」
凛から出る言葉は最早マイナスの言葉ばかり。
努力は裏切らないって言葉もあるのにな。
今の凛には気休めにもならないか。
「あのさ、こういう時は考えちゃダメだよ」
「…だって…」
「あれだけやったとか、出来なかったとかさ、過程の事は良いんだよ」
「…」
「それまでの過程ではなくて、結果を見ていれば、何でも成し遂げられるよ」
「…結果?」
「抱き合うお前達や、お前達を祝福する観客や先輩アイドル達」
「…」
「それと、最後に感極まってキスしちゃう僕とかさ」
「何でそうなるの!」///
「あはは。口より先に唇が出ちゃうからな」
「…ぷっ」
「…ふ、あははっ。何それGACKTさん!」
「…」
凛の後ろで笑い声が聞こえる。
それの主は、卯月に未央。
「…二人とも…ふふっ」
そんなおかしな事言ったかなあ。
…ま、緊張がほぐれたなら結果オーライ、だな。
「そ、そろそろ出番だね…」
「う、うん…」
卯月と凛、少しはマシになった未央。
緊張が解れた訳ではなく、また元の萎縮した姿に戻りつつあった。
…僕はこういう時、どうしてたかな。
「あ」
…そうだ。
「ねえ、緊張した時の良い方法、教えるよ」
「!それ、何ですか!?」
「逆ギレすればいいんだよ」
「ぎゃ、逆ギレ?」
「そうそう。もう観客と美嘉に威嚇するくらい」
「それ返って逆効果になるよ…」
…ダメ、か。
良い方法だと思うんだけどなあ。
どうしようかと迷っている時、茜が舞台裏から走ってきた。
緊張した卯月達を見兼ねたのか、ただノリで来たのか。
…彼女の場合は、後者だろうな。
「頑張って下さい!あ、それとこういう時は!好きな食べ物を思い浮かべるといいですよ!」
先輩といっても、年は同じくらい。
年上に言われるより、効果はあるのかもしれないな。
どんな形であれ、激励に来てくれたのは嬉しい事だよ。
「好きな、食べ物を…」
しかし何で好きな食べ物なんだろう…。
でもこういう時はとりあえず何でもいいからノリやすい何かを見つけるのが一番だ。
茜にとっては、それがアッツアッツのご飯なだけであって。
僕は…。
しかし僕が言うよりも先に、彼女らがその火蓋を切って落とした。
「ちょ、チョコレート!」
「な、生ハムメロン!」
「フライドチキン!」
「…みよしのラーメン」
「ジャン!」
「ケン!」
「ポン!」
「じゃ、行ってらっしゃい」
さっきまでの不安は全て無くなったようで、どうやらもう心配する事は無いみたい。
…後は、彼女らに任せるしかないしね。
「行くよ…!」
「せーのっ!」
「ラ!」
「アー!」
「「「メーン!!!」」」
…心配無い、か。
美嘉達にとっては年に何回もやるLIVEの一つでしかない今日も、卯月達には最高の思い出になったようだ。
初めて味わう感動。
初めて味わう興奮。
…初心、忘るるべからず、か。
僕も勉強させてもらったよ。全く。
「ありがとうございました!GACKTさん!」
「?」
「GACKTさんが出してくれたから…私達…!」
卯月が僕の手を握り、嗚咽の混じった声で礼を述べている。
「…美嘉にも、お礼は言わなきゃな」
「はい!」
あまりにも泣きすぎて若干メイクが崩れてたけど、まあ…いっか。
「GACKTさん、私達どうだった!?」
興奮冷めやらぬ感じで未央が僕に感想を聞いてくる。
そうだなあ。
一言で済ませるなら。
「…頑張ったね」
「えー!?そんだけー?」
バカ言うんじゃないよ。
「バックダンサーくらいで感動してたら、この先トップになった後泣き過ぎてミイラになるよ」
「!」
「大きく出ましたね。でも、それがGACKTさんらしいですよ」
瑞樹が僕にウインクをしてきた。
…中々セクシーじゃないか。
だけどそれは、勝者の余裕というやつか。
あはは。
…上等だよ。
「え?うわわっ!!」
「ちょ、ちょっと!?」
「おおっ!?だ、抱きしめられ…!」
「僕はこの子達を必ずトップにするつもりだから。やるからには一番だしね」
「うふふ。…凛ちゃん達が羨ましいですねぇ」
まゆが何やら光の無い瞳で僕達を見つめる。
「…うふふ」
その瞳が何を訴えているのか。
僕には判断出来なかった、いや、…しなかった。
少し寒気が走ったが、それもすぐに後ろからの声によって消えてしまった。
「ま、まぁ今回は譲ってあげるにゃ!…でもどうしてみくがこの子達よりもぉ…」
「にゃっほーい!ばっちし決まってたよ☆」
「皆…!」
来てくれたんだな。
仲間の活躍を素直に祝える。
良い仲間達に出会えたもんだね。
アイドルはプロデューサーの子供、みたいなもん、なのかな。
今日は、本当にほっこりしたよ。
「…?」
その時だった。
ふと、スーツのポケットが不意に重くなり、一瞬にして膨らんだ。
まるで初めからそこにあったかのように。
…何だろうか?
手を当てると、入っているのは何か硬い物。
プラスチック製だろうか?
厚さからして…。
「…CDケース?」
自然に声が出てしまっていたけど、皆LIVEの余韻に浸っているようで気づいていないみたいだった。
ポケットにギリギリ入る大きさなようで、少々取るのに手間取ったけど。
何とか手に取って見てみると、それは。
…これって…。
…僕の曲じゃないか。
「…」
おまけに、随分懐かしい曲だ。
でも僕は曲を作るとき、10年後、20年後聴いても良いと言われるようにやってきたつもりだ。
…だとしたら。
通じるということだろうか。
僕の昔の曲は。
…あはは。
そっか。
そういう事か。
なら、やってみようか。
…だけど、それをやるのは今じゃなくて良い。
今は、とりあえず。
「凛」
「ん?」
「キスしよっか」
「だから何でなの!!?」/////
…お疲れ。
第三話 終
ちょっと風呂入ってきます
「おはよ」
もうここに来てかれこれ一ヶ月、か。
「…それと、あの家も」
あれだけ狭い狭いと言っていたけれど、やっぱり住めば都という事なのかな。
というより、慣れ、だよな。この場合。
改装しようにも何があるか分からない怖さがあるし、普通のサラリーマンとなり月収制となった今ではあまりしたくない。
先週、卯月達がデビューを果たして、シンデレラガールズプロジェクトというチームがほんの少しだけ知られる事となった。
ま、ほんの少しだけなんだけどさ。
客観的に見てしまえば、まだ誰がいて、何人いるのかさえも知られていない。
だから、今回はそれらを払拭する為に。
「はいこれ」
「…か、カメラ?」
「…GACKTさん。これ何?」
「お前達でシンデレラガールズプロジェクトのPRをしてもらいたいんだ」
「…わ、私達で、ですか?」
「こういうのは、誰かプロを雇うより身内でやって手作り感出した方が可愛らしいと思うんだ」
…ま、部長から言われただけなんだけどね。
「GACKTさんは、やらないの?」
「僕は用事があるからさ」
「ふむふむ…ならこの未央ちゃんにお任せ!全員余すところなく撮っちゃうよ~?」
…お前も、一応撮られる側だからな。
ビデオカメラが物珍しいのか、はしゃぎながら出ていった三人。
…まだまだ子供なんだよな。
あの純粋さ、忘れないでいてほしいものだよ。
さて、僕も自分の仕事をこなすとしようかな。
「え!?」
「何だよその反応…」
事務所にやってきたちひろを捕まえ、僕のやりたい事を話すとかなり驚かれた。
いつもテンションの浮き沈みが無いから、結構レアな瞬間だったな。
「い、いえでも、ですよ?…冷静に考えてください。GACKTさんはプロデューサー、ですよね?」
「そうだよ」
この世界ではね。
…何かデジャヴ。
「…で、そのですね…ン、ンン!!」
ちひろが大きくわざとらしい咳払いをして、何かを決心したかのように僕の目を真っすぐ見据えた。
…告白でもされるのかな?
「何?」
「まずGACKTさんが曲を作ったとして、それが売れるなんて保証はありません!…そうですね?」
「…」
「そして346プロはちゃんとクリエイターに曲を依頼するくらいの費用はあります!」
「…」
「ですから、その…GACKTさんの趣味で、彼女達の仕事を決めるのは……あ、す、すいません!言い過ぎました!!」
「…」
…また忘れてたなあ。
この世界での僕は、プロデューサーなんだよな。
作詞家でも、作曲家でもない。
…ましてや、歌手でもない。
ちひろにとっては、今の僕は自分の趣味の延長を押し売りしてるだけにしか見えないんだろうな。
「…いや、僕が悪かったよ。ごめんな」
「い、いえ、そんな…」
…なら、簡単な事だよ。
「じゃあ、僕の歌、聴いてくれるよな?」
「……へ?」
僕の態度が気に食わないなら、証明するだけ。
まずは、聴いて、感じて、それからなら文句も言えばいい。
「悪いけど、聴いてもないのに、売れないと言われるのは気に食わないんだ」
僕はこれでもロックスターだからな。
さっきのちひろの言葉は社会人として当然の事なんだろうけど、僕のプライドを著しく傷つけた。
なら、聴けばいい。
「聴かないで過ごす人生と、聴いてから過ごす人生。全然違ってくると思うからさ」
「あ、あの?GACKTさん!引きずらないで!私、仕事がぁぁぁ…」
あれからちひろに曲を強引に聴かせ、一応部長に掛け合ってくるとCDを持たせた。
…第三者から見たら洗脳みたいに思われたかな。
それでも彼女の聴いた後の顔は信じられないといった感じだった。
それが本業なんだからな。当たり前だよ。
「がーくちゃーん!!」
フロントを歩いていると、後ろからきらりの声が聞こえた。
彼女の声や喋り方は特徴的だからか、すぐに分かる。
けれど、後ろを振り向いた時、僕は一瞬目を疑ってしまった。
「がーくちゃーん!おっすおっす!」
「…」
怪獣の着ぐるみだろうけれど、小さい子が見たら確実に泣くんじゃないかな。
…彼女の身長と合わさって、かなり迫力がある。
約187cm…か。
流石に少しビビるよ。
「…何それ」
「着ぐるみだにぃ☆杏ちゃんと一緒に撮影だよ!」
「杏と?」
…どこ?
着ぐるみの中?
「うゆ…さっき杏ちゃんが逃げちゃったんだにぃ…」
「…」
何だろうなあ。
何であんなの採用したんだ?
というか、何であれでアイドルのオーディションに来たんだ?
…僕がこの世界に来る前の「僕」は一体どんな基準で選んでいたんだろうか。
僕なら死んでも採用しないけどなぁ。
これがババ抜きだったら、あれがババなのか?
「あっ、いっけない!きらり、杏ちゃん探してくるにぃ!」
着ぐるみのせいなのか知らないけど、歩く度にドシン、と音がする…ような気がする。
…正直、きらりみたいなのも苦手だ。
あの子は僕には明るすぎるよ。
…それと、デカ過ぎ。
外に出ると、施設内とは違った新鮮な空気が入ってくる。
今日は雲一つ無い快晴。
散歩するには丁度いい日だ。
辺りを見渡すと、スタッフやアイドル達が自由気ままに束の間の休息を楽しんでいるのが分かる。
缶コーヒーを飲みながら日常会話をしたり、ギターの練習をしたり。
ここに来れば、いつでもアイドルに会えるということか。
…警備とか大丈夫なのかな、このプロダクション。
「…あ!GACKTさーん!」
声のする方へ視線を移すと、そこには智絵里とかな子が仲良くシートを広げてお茶会を開いていた。
こうして見ると、ただの大人しい女子高生だよな。
改めて、アイドルって凄い。
彼女らを、一流アイドルにするプロデューサーも。
…あ、僕もその一人か。あはは。
「はい!GACKTさんも良かったらお一つどうぞ?」
自動的に二人のお茶会に参加する事になってしまった。
何を話すでもなく、ただただかな子お手製のお菓子をつまむだけ。
…でも、それが今の僕にとっては安らぎなんだよな。
「美味しいね、ありがとな」
「えへへ…そう言って貰えると作った甲斐がありますね!」
「GACKTさん、…お、お茶をどうぞ…」
「うん。…これ美味しいね」
「あ…は、はい…ありがとうございます♪」
あはは。
……すっごい落ち着く。
良いなあ、こういうの。
子供染みた光景かもしれないけれど、本当に良い。
ゆったりと時間を感じる事がほとんど無くなってしまった僕には、これが至福のひと時なんだ。
時間をお金で買う事なんて出来ないからね。
…元の世界に帰ったら、YOU達を誘ってピクニックにでも行ってみようかな。
それが次の修Gack旅行。
おっさん達で、ピクニック。
あはは。
「…ありがと。じゃあまた後でな」
さて、ちひろからの返答を聞きにいくかな。
「GACKTさん!GACKTさん!」
今日はよく名前を呼ばれるなあ。
まあ、それが普通なんだろうけど。
「何?」
ちひろの所まで行こうかと思っていた矢先、彼女の方から僕に向かって走ってきた。
めちゃくちゃ遅かったけど。
僕の前までやってきたちひろは呼吸を整え、深呼吸をして、僕の目を再び真っすぐ見据え、大きく頷いた。
その顔は、とても可愛らしい笑顔で。
それだけで、僕は思わずガッツポーズをしてしまった。
嬉しい時は誰だってこうなるさ、あはは。
「GACKTさーん!プロモーション撮影終わりました!」
卯月がビデオカメラを両手で差し出してくる。
十分な物が出来たと言わんばかりだ。
「お疲れ」
どれどれ。
…。
ざっと観たけど。
手作り感、満載。
まあ、子供らしくていいんじゃないかな。
…色々とツッコミたいけど、まあ、いっか。
今の僕にとって、本題はこれじゃないんだ。
…未央は僕のモノマネをするなら、もうちょっとカッコ良くやらないとな。
「うん。良いんじゃないかな」
卯月、凛、未央が互いに手を取り合って喜んでいる。
まるで試験に合格したみたいだな。
…ほっこり。
翌日、シンデレラガールズの皆を事務所に呼び出すと、朝一番で集合していた。
この間の美嘉のLIVEを見た事で皆デビューへの気持ちが一層高まったのだろう。
期待と不安の面持ちで僕に注目してくる。
…何だかゾクゾクするよ。
「とりあえず、PR撮影お疲れ」
とりあえず、という事は本題があるという事。
それは流石に理解できたようで、みくをはじめ、莉嘉やみりあ達がついにアイドルデビューが決まったのかと息巻いている。
まあそれもそうだよな。
事務所に入ったからには、デビューしなくちゃならないからな。
「で、卯月、凛、未央…アーニャ、美波」
5人の顔が強張る。
それと同時に、残りの皆が彼女達に注目する。
「お前達に、CDを出してもらう事になったから」
5人のCDデビューが決まった瞬間、事務所に凄まじい程の騒音が響いた。
自分の出番はまだかという不満。
5人を祝う歓喜の声。
本当、賑やかな所だよ、ここは。
でも、僕が伝えたいのはこれだけじゃないんだ。
「もう一つ、発表があるんだよね」
こんなにうるさくても僕の声にはすぐに反応してくれる。
それも当然、だよな。
「お前達の曲を作るのは、僕だから」
次の瞬間、事務所は今日一番の騒音に包まれることになった。
あはは。
…うるせぇよ。
第四話 終
明日また書きます
期待しつつ火野ちゃんではなく日野ちゃんだとさらっと言っとこう
乙ー
>>134
ごめんマジで火野だと思ってた
日野にしといてください
過去アイマス×ガクトと若干コラボを期待しつつ乙
乙ー
乙
GACKTにアイマスやらしたらどういう反応すんだろw
>>138
ゴールデンタイムズに本人の可能性2%のコメントがありました
「CD…デビュー…ですか?」
「うん。卯月と凛と未央、美波とアーニャ。二つのユニット」
「で、でもガクちんが歌作るの?そ、それって大丈夫なの!?」
失礼だなあ。
…いや、まあしょうがないんだけどさ。
「安心してよ。絶対に売れるから」
「どこからそんな自信湧いてくるの…」
何処から湧いてくる、か。
こればっかりは、経験としか言えないけど。
…言えないのがもどかしい。
「とにかく僕を信じてくれ」
だけどさっきから外野が凄まじくうるさい。
莉嘉に至っては今にも掴みかかってきそうな雰囲気だ。
姉があれだけ売れてるんだ。
劣等感を感じてるのかもしれない。
みくもみりあも、かなり不満気な様子だ。
杏に関しては何もいう事は無いけれどさ。
何なのかな、嫌な予感しかしないよ。
「GACKTさん。彼女達の曲、書いてきてくれたんですよね」
「うん。後はあの子達次第かな」
僕の歌は決してアイドルが歌うような感じじゃない。
だからある程度崩したり、変えてみたりする必要があった。
「だけど、少し早すぎる気もします」
「そうなんだよなあ。まだ僕の歌を歌えるレベルじゃないんだよ」
「あ…は、はい…」
そう。それが問題なんだよ。
じゃあ何でデビューなんかさせたんだって話になるけどさ。
でも、ちゃんと考えはあるんだ。
「だからさ、部長に頼みがあるんだよね」
企画書を嬉しそうに見ていた部長が僕の方に向き直る。
「?…私にかい?」
「うん。企画書、見たんだよね?」
「まあ、まだ触りだけなんだけどねぇ。嬉しくて嬉しくて…」
あはは。プロデューサー冥利に尽きるよ。
「その2ページ目、見てくれる?」
だけど、ちゃんと目を通してくれないと困るな。
「?……なになに、神威 楽斗、プロデューサー、兼……ボイストレーナー!?」
「ええっ!?」
部長とちひろが僕の名前が書いてあるページを凝視している。
見間違いじゃあないよ。
僕がボーカルトレーナーを引き受けるんだ。
「で、でもこういうのは正規のトレーナーさんが…」
「嫌。それに僕の歌を歌うなら、僕が教えた方がいい、だろ?」
「…ん?…まさか……!…ちょっとGACKTさん?それに関して、なんですけど…」
ちひろが何かを思い出したかのように自分の机に行き、引き出しを開けて一枚の紙を持ってきた。
いや、紙というか、領収書なんだけど。
「20万のチューナー、これ無断で頼んだのGACKTさんでしょ!!」
「無断じゃないよ。ちゃんと声掛けたもん」
ちひろが珍しく眉をつりあげている。
これ、結構怒ってるな。
「ちなみに、誰に声掛けたんですか?私も部長も聞いてませんよ!?」
「あれ」
「あれ?………杏ちゃんに聞いてどうするんですか!!」
「でもそれがあれば自分の声の質が分かるし、高音を出せるコツも分かりやすいんだ。歌を上手くする為の出費なら安いもんだろ?」
「ぐっ…けど、これからはちゃんと私にちゃんと聞いてからにしてください!危うくクレーム出しそうになったんですからね!頼んでないのが届いたって!」
「ちひろに聞くの~?」
「事務員なんだから当たり前でしょ!?」
何だかなあ。
ケチ臭そうだもんなあ。
「分かったよ。一言断ってからやるよ」
「意見も聞いて下さい…」
「…じゃあ、GACKTさんが直接教えてくれるんだ」
「うん。その代わり僕は妥協しないからさ。結構厳しい事も言うからね」
卯月と未央は今の言葉で多少怖気づいてるようだけど、凛だけは笑っていた。
1ヶ月以上過ごして分かったけど、凛はかなりストイックな面を持つ。
スパルタ教育、どんと恋、か。
頼りになるよ、この子は。
「もしかしたら泣いて帰る日もあるだろうし、まあ期待しててよ」
「ええっ!?そ、そんなあ…」
あはは。卯月はからかいがいがあるなあ。
「…でも、GACKTさんが真剣にやってくれるなら私達も真剣にやるよ」
…そっか。
「凛は本当に僕が大好きなんだなあ」
「さっきまでの話の流れで何でそうなったの!?」
この子も本当にいじりがいがある。
思わず笑っていると、後ろからやかましい声が聞こえてきた。
「ちょーっと待つにゃ!!」
にゃ、というだけで誰だか分かってしまう。
キャラ作りって、めんどくさくないのかな。
目の前に陣取っていたのは、みくとみりあと莉嘉。
卯月達のデビューが決まった時に僕に突っかかってきた三人だ。
「今日こそ勝たせてもらうにゃ!デビューを賭けて勝負にゃ!」
彼女の中では、僕に決定権は無いようだ。
未央も何だか乗り気だし、レクリエーションの一つとして見てればいいの、かな?
「かっ…勝ったにゃー!!これでアイドルデビューできるにゃ!」
「…」
僕の方に目を向ける。
みく達三人の目は期待に満ち溢れていた。
…後ろからトレーナーに話しかけられるまでは。
「こら!休憩はもう終わりだろ!」
「にゃっ!!?」
…若気の至り、だな。
「はいまた外した。もう一回最初から」
「は、はい!」
「Трудно…難しい、です」
美波とアーニャの二人にボイスレッスンをしていた時、ふと思った。
そういえば僕はこんな本格的に人に歌を教えるのは初めてだったかな。
割と難しいな。いやアーニャじゃないけど。
僕が覚えてる事をそのまま伝えればいいんだけど、理屈どうこうじゃなくて感覚で覚えたからなあ。
言葉で表すのは、割と難しい。
「やっていけば必ず出来るよ。僕もそうだった」
「GACKTさんが…?でも、何だか初めから凄く出来てそうな感じだったんですが…」
「そんなわけないじゃん。あのね、僕は人よりかなり不器用なんだから」
「GACKTさんが、ですか?…Это невероятно…」
何言ってるのか分からないけど、疑ってるみたいなのは分かった。
「本当そうだったんだよ。だから死にものぐるいで努力したしさ。…だから今があるんだ」
「そ、そうだったんですか…」
あ。
「…休憩の時間だね。じゃ、10分後にまた来て」
「あ、はい…ありがとうございました」
「ありがとうございました」
僕も少し外に出るかな。
二人の曲も考えなきゃだし。
こういう時はゆっくりできるところで考えるのが一番だからね。
「…GACKTさん、今があるって言ってたけど…今、プロデューサー、だよね?」
「…Удивляться」
美波、アーニャ。
二人とも落ち着いていて、かなり大人びた印象を持っている。
それに事務所内でも仲が良いみたいだし。
この二人に合う曲は…。
「…あ」
ヤバイな。
もうレッスン再開の時間じゃないか。
いけないな。集中すると周りが見えなくなる。
卯月達の事叱れないな、あはは。
「ごめんよ、遅れちゃった」
少し急ぎ足で戻ると、美波とアーニャの間に何か異物が紛れ込んでいたのは一瞬で分かった。
「何してんの?」
「うう…」
「肉球、気持ち良い…にゃ?」
みくが二人の間に陣取って立っている。
「見ての通り、新ユニットにゃ!」
「あ?」
「あのね!GACKTさん!卯月ちゃん達は三人でしょ?だから二人ユニットの美波ちゃん達に空きがあるかなって!」
みりあが小学生並の質問をしてくる。
いや、小学生か。
「どうにゃガクちゃん!割と良い線行って……ふにゃああああ!!!耳が千切れたにゃああああ!!!!」
「これつけ耳じゃないか」
「猫キャラにとって猫耳は命の次に大事なんだにゃ!」
知らないよ…。
「あのさ、もう美波とアーニャは二人ユニットって決まってるんだから、そんな事できるわけないじゃない」
若干ムカつく。
昔の僕だったらどうしてたんだろうか。
…ひん剥いて放り出したかな。
「でも、みく達はいつになったらデビューできるんだにゃ!?」
「そんな急ぐ事ないと思うけどなあ…」
だけど、僕は後に後悔する事になる。
若さをナメてると、面倒くさいことになるのだという事だ。
一日の仕事が終わり、卯月達と軽いミーティングをしていた時、ふいに凛が質問をしてきた。
「ねえ、どうして私達を選んだの?」
「いきなり何?」
「いや、何でなのかなって…」
「あら~?しぶりん、私達とは嫌なの~?」
横で聞いていた未央が凛を軽く突つきながらからかいだした。
「違うよ…けど、ほら、みくとかさ…」
みくか。
今僕が聞きたくないキーワードその1だな。
「んー…確かにそうだよねぇ。…私達を選んだ理由って、何なんでしょう?」
卯月も疑問に思ったのだろう。
書類から目を離して同じ質問をする。
「どうしてって…」
「?」
「そりゃ…お前達が1番まともだから、かな」
「……ガクちん。それみく達の前で言っちゃダメだよ?」
……。
「…まあそんな話は置いといてさ、皆に宿題があるんだよね」
「宿題?」
「そう。重大な宿題」
宿題、というキーワードだけで拒絶反応を起こすのは今の若者らしい。
特に、未央。
「簡単な宿題だけど、難しい宿題でもあるよ」
「…どういう宿題なの?」
勿体ぶらないでくれと言わんばかりに凛が僕を見る。
「…ユニット名を、決めてもらう事かな」
ユニット名。
それって結構大事なんだよな。
わけ分からんやつなら引かれるし、テキトーすぎると嫌がられるし、あんまり凝りすぎるのもダメ。
「重要なのは、覚えやすくて、お前達らしい名前。頼んだよ」
…それと、もう一つ忘れてた。
「はいこれ。お前達の曲だから」
「「「!」」」
欲しかった物が通販で届いた時みたいにすぐさま梱包を乱雑に開けて一心不乱に聴いている。
聴けば聴く程、三人は笑顔になっていく。
歌詞を見ながら、段々とリズムを取っている。
凛は目を瞑りながら鼻歌交じりに。
未央は人差し指を振りながら口ずさんで。
卯月はひたすら一生懸命に。
三者三様だけど、嬉しそうに。
僕の歌は、まだまだ通じるようだな。あはは。
http://www.youtube.com/watch?v=ZqIb6wL4mbk
翌日。
事務所に入ると、一番最初に目に入ったのは、転がる筆記用具。くしゃくしゃに丸められた画用紙。
楽しそうに絵を描くみく達。
…きらりや、蘭子達も。
…言葉が出ないや。
「ねえ、何これ」
僕が入ってきた事に気付いたのか、画用紙に描いた絵を見せびらかしてきた。
別に上手くないし、ここは保育園じゃない。
ついに精神が壊れてしまったというのか。
「ふふふふふ。これはみく達がデビューした時のCDパッケージデザインにゃ!」
あ、これダメなやつだ。
少しからかい過ぎたかもしれない。
…いや、でもそれだけデビューしたいという事か。
…そんな必死にならなくても、デビューさせるのになあ。
「…まあ、とりあえず考えとくよ」
「……本当かにゃ?」
「まあ、うん」
何だか事務所に居辛いな。
………逃げよ。
この絵とか、どうしようか。
…武道館でゲリラライブ?
…アホだ。
「ふむ。じゃあ…この順番で行くんだね?」
「うん。だっていきなり全員デビューさせたらそれこそ過密スケジュールになって無理だしさ」
全く部長には驚いた。
全員仲良く一緒にデビューしましょうだなんて無理だって。
僕はもとより、ちひろやスタッフの体力がもたない。
それに色々と過密どころの騒ぎじゃなくなる。
1人デビューさせるのも大変なのに。
1番いいのはユニットを組ませて、一期二期とデビューさせていくことだ。
彼女達の中では優劣をつけられていると感じてしまうかもしれないけど。
その時、ポケットの中で携帯が震えてる事に気づいた。
「…?電話?」
マナーモードにしておいて良かった。
一応会議中だしな。
部長に断りを入れて、電話を掛け直す。
相手は、かな子だった。
「…もりもり」
『もりm…いえ、えっと、何と言ったらいいのか…』
「どうしたの?」
『あの…みくちゃんと莉嘉ちゃんとみりあちゃんと杏さんが、えっとお…』
「あの四人が?」
…嫌な予感。
『喫茶店を占拠してストライキを起こしてるんですううう!!!』
…。
……。
………。
「……あ゛?」
「みくちゃん!こんな事しちゃダメだにぃ!」
「うるさいにゃ!みく達はもう我慢の限界だにゃ!」
「無駄な抵抗は辞めるんだー!君達は完全に包囲されているぞー!」
「やかましいにゃ!デビュー出来たからってぇ!!」
「…!」
……。
僕は昔、すぐに殴ってくる教師の車を何人かで壁に立て掛けた事がある。
その他には、近所のうるさいおっさんを嵌めるため落とし穴を掘ったり。
今、僕はまさにそれをやられてる気分かな。
やるのは良いけど、やられるのはこんなに嫌なことなのか。
…元の世界に帰ったら、少しTAKUMIに美味い物を奢ってやろう。
「GACKTさん!何とかして下さいいい!」
かな子と智絵里が僕の腕を掴んで振り回している。
両手に花だな、なんて冗談は通じないようだ。
…そうだよなあ。
まだ子供だしなあ。
そういえば、僕は必要最低限の事しか言わなかった。
みくはきっと、確定した情報が欲しかったんだろうな。
ふわっとした情報じゃなくて、確固たるものが。
「みく、ちょっといい?」
「……今更何だにゃ」
「お前達の事を放ってる訳じゃないんだよ」
「…だって、みくはいつまで経っても…」
「全員一斉にデビューなんて出来るわけないじゃない。ちゃんと順番があるんだから」
「……えっ?」
「シンデレラガールズに採用したのに、デビューさせない訳ないじゃない」
「……じゃ、じゃあ、みく達もデビュー出来るの?」
「させるよ、そりゃ……まあ、こんな事する奴はさせたくないけど」
「す、すいませんでしたにゃ!今すぐ片付けますにゃ!!」
それからは大変だった。
店の責任者やイタそうな店員に平謝りし、346プロの役員に謝り、部長に謝り。
これもプロデューサーの仕事だと自分に言い聞かせてはいたけど、人に頭を下げるのはいつだってキツイ。
「だからってみく達を1時間以上正座させるのは酷いと思…」
「それくらいで済んで良かったよねえ」
「…すいません…にゃ」
「本当だよ。これから美波とアーニャとミーティングなのにさ」
「……じゃあなんで杏達は正座してるの?」
「あんまり文句言うと今日ずっとそのままだよ」
「ふえぇ…足が痺れるよう…」
「お姉ちゃん助けてぇ…」
「ラブライカ…」
「あ、はい…一応二人で相談して…」
ライカ…聞き覚えがあるなあ。
…宇宙に行った犬だっけ?
「うん。良いんじゃないかな」
そういえば、アーニャは星を見るのが好きだったっけ。
…関連性があるのかどうかは知らないけどさ。
「これが、私達の歌…」
「Прохладно…とても、クールです」
彼女達の歌を考えている時、またもやスーツのポケットからCDが出てきた、というか生えてきた。
まるで誰かが僕の手助けをするように。
この歌が良いんじゃないか、というような感じで。
これもまた、懐かしい曲だ。
そうして今彼女達はそれを聴いている。
美波とアーニャは大人しい雰囲気だ。
だけど、それはあくまで普段の彼女達。
彼女達には、ライブで新しい自分を見つけてほしい。
僕の予想ではあるけれど、この二人は何だか化けそうだ。
だから少しキメてもらうとしよう。
頼むよ。
僕の好きなアニメに使ってもらえた曲なんだからさ。
http://www.youtube.com/watch?v=c_ERJKaTVEA
冬になると、朝が遅く、夜が早い。
だから学校が終わる頃にはもう真っ暗だ。
ちょうどそれくらいの時に事務所に入ると、卯月達が何やら楽しそうに話していた。
どうやらユニット名を決めあぐねているらしい。
そして凛の提案したプリンセスブルーが面白いようで、卯月と未央が笑っていた。
…でも豚汁よりマシじゃないかな。
「ガクちんも考えてよ。私達だけじゃどうにも…」
「僕が?」
「そうそう!ガクちん得意そうだしさ!」
うーん。
いきなり言われてもなあ。
「じゃあ、僕が犬につけた名前でいい?」
「えっ?あー…しぶりん、どうする?」
「…一応、聞くけど」
「アンジー」
「「「却下!」」」
酷いな。
愛犬は喜んでたんだぞ。
可愛い名前じゃないか。
「可愛いの基準は人それぞれですからなー…」
未央のコメントから察するに、どうやら僕に聞くのはやめたらしい。
まだ時間はあるしな。
気長にやればいいよ。
「…ねえ、GACKTさんってさ」
「何?」
凛がソファにゆったりと腰掛けながら話してくる。
態度が悪いよ、態度が。
「ごめんごめん。…あのさ、今日、みく達にあまり怒ってなったよね」
「僕?」
「うん。てっきり怒鳴り散らすかなって…」
凛は僕をどんな目で見てるんだろうか。
昔の僕ならそれもあったかもしれないけれど。
「僕は本当は[たぬき]みたいな優しい人なんだよ。…出せるものは全部ポケットから出しちゃうけどね」
「…いらないものまで出してくるけどね。今みたいに」
「隣に座っただけじゃない」
「ち、近いよ…もう…バカ」
最近ようやく気づいたんだよ。
プロデューサーって、面白いんだって事にな。
「え?私にですか?」
二日後、良い案が浮かばず期日が来そうだったのでちひろに聞いてみる事にした。
「んー…シンデレラガールズプロジェクトの切り込み隊長を務めてもらう訳ですからねえ…」
切り込み隊長。
それ、いいね。
その感じで考えてみよう。
「今までのアイドル達をなぎ倒すくらいインパクトのある名前…」
第三子から見れば今の僕とちひろはコンビみたいに見えるのかな。
気づいたら二人とも腕組みして考えていた。
「…あ」
やがてちひろが閃いた、といった顔をする。
「そのドヤ顔ムカつくなあ…」
「待って下さいよ!まずは聞いて下さい!」
この後ちひろから聞いた提案は、僕の頭の中がすっきりする程的中していて、それでいて僕の嫉妬心を刺激する要因にもなった。
「と、いう訳で」
「これ、すっごく良いです!私達のユニット名、これが良いです!」
「うん!かっこいいし、まさに私達に相応しいよねぇ!」
「…ニュージェネレーションズ、かぁ。うん、良いと思う」
「うん。良かった良かった」
「あり?ガクちん何だかつまらなさそうだね?」
「そんな事無いよー」
「……ちひろさんに嫉妬したんだ」
「してなーい」
「きゃー!ガクちん可愛い!」
……ま、いっか。
まだ問題は色々と山積みだしな。
…まずはとにかく。
…デビュー、おめでとう。
第五話 終
「いやー…ついに私達もCDデビュー…たまらないねぇ!」
レコーディングスタジオに来たのは初めてで、そして今から自分達が歌う歌が収録され、販売される事に興奮を隠せないようで。
「恥ずかしいから静かにしててくれる?」
周りのスタッフが苦笑し始めたくらいでぼくは未央を静止した。
ここには仕事で来たのであって、見学に来たのではないのだから。
今回の僕の仕事は卯月達と美波達5人のCD作り。
紆余曲折あって何とかデビューまでこぎつけ、こうしてそれが形として現れ、何だか嬉しい。
自分が育てた子供が有名になるって、凄く嬉しい事なんだなあ。
「で、でも上手く出来るかどうか心配です…」
未央とは逆に、卯月はかなり心配しているようだ。
この子はまだまだ緊張しいなんだな。
「大丈夫だよしまむー!……あれだけガクちんに泣かされたんだから…」
「うう…」
「あのさあ…」
僕は最初に言ったはずなんだけどなあ。
厳しくイくよって。
「あの時のGACKTさん、正直怖かったです…」
「Крики…毎日怒られて、泣いてしまいました…」
それ僕がただのヒステリックな奴みたいに聞こえるんだけどなあ。
「…練習の時は、いくらでも泣けばいいんだよ」
「『泣いてる暇があるなら練習しろ!出来ないんじゃなくて、どうすれば出来るか考えろ!』…って怒鳴ってたよね~?」
……この子をリーダーにしたのは間違いだったかな?
まだ年頃の女の子達という事もあり、何から何までが初めての事で、慣れてないのは当然と言えば当然。
そして僕も、まだ子供である彼女達にどう接していいのか分らなかった。
結局途中で開き直って、いつもの仲間に接するくらいの気持ちで接する事にした。
だから包み隠さず言うし、怒鳴る。
美波は運動部で慣れていたのか、一度も泣く事なくついてきていたけれど。
残りの子達は怒られた日には俯き、鼻をすすりながら帰っていた。
凛は涙こそ見せなかったけど、トイレから出てこなかった時もあった…らしい。
…それがプラスに働いたのか、マイナスに働いたのか。
レコーディングを卒なくこなしてくれた5人を見れば、どちらかは明白だったようだ。
レコーディングが終わってからは、デビューする新人アイドルという事で取材を受けていた。
相手は吉澤という人で、こういった仕事は慣れっこのようで。
緊張してガチガチな卯月に対してそれとなく助言をしながら質問していた。
「それじゃあ、これからどんなアイドルになっていきたいとかあるかな?」
「やっぱりですねぇ…ドラマとか、バラエティとか!えっとそれとそれと〜」
…未央は、心配する必要無さそうだよな。
いや、これだけビックマウスやられると、何か心配…かな。
…この間みたいに本番で怖じけづいたりしなきゃいいんだけど。
「今日はありがとうございました。いい記事にしてください」
「ええ。本当に明るい良い子達で、将来が楽しみです」
それが取り柄ってのもあるからね。
「…これから、辛い事もたくさん経験するでしょうが、どうか頑張って下さい」
「…ありがとうございます」
…辛い事、か。
それは、彼女達に向けて言ったのか、僕に向けて言ったのか。
…何があろうと僕は諦めるつもりはないけどね。
レッスンに行った卯月達と別れてこれから彼女達がやる仕事を見直した。
今日の仕事は、ラジオのゲスト。
そのラジオというのは、勿論アイドルがパーソナリティを勤めていて、そのラジオの魅力というのが…。
「…ゆるふわ…」
高森 藍子。
何気なく視線を回すと、一瞬で目に入ってきた。
一枚の大きめのアイドルのポスター。
茶髪の、大人しめの女の子。
何をもってゆるふわなのか僕には分からないけれど。
「……ちっちゃ…」
…いけないな。人を見た目で判断しちゃ。
「高森 藍子のゆるふわタイム!本日のゲストは…デビューを間近に控えたこの方達です!」
「どーもー!ニュージェネレーションズ、本田未央です!!」
「し、島村、卯月です…」
「渋谷、凛です」
三者三様。
彼女達を見た藍子はこう感じただろうな。
しかしこれで三人と変わらない歳か。
随分落ち着いてるよなあ。
これがベテランアイドルなのかな。
好き勝手喋ってる未央を見てニコニコ笑ってる。
こっちは恥ずかしくて外に出たいというのに。
…まだ15歳、だもんなあ。
うん。元気で、いいんだよ。あはは。
夜、振り付けや歌詞を見直していると未央から電話がかかってきた。
もうすぐライブという事で、かなりはりきってる様子が伺える。
…リーダーだもんね。
「もう私友達沢山呼んじゃったもん!絶対に良いライブにしようね!しぶりん!」
「…うん。じゃあまた、明日ね」
…。
GACKTさんの歌、か。
この歌は、私達の為に書いてくれたのかな。
…それとも、自分に置き換えていたのかな。
正直、驚いてる。
突然現れて、アイドルに誘われて、歌をくれて。
「…実は魔法使い、だったりして…」
……何言ってんのかな、私。
恥ずかし。
本格的に5人のデビューへの準備が進められてきた。
雑誌への売り込みや、CD。
…CD。
こんなにも、笑顔がキマってる。
これから輝く自分達を想像したんだろう。
とっても、良い笑顔だ。
事務所に戻ると、ジャージ姿の三人が何やら紙に書きなぐっている。
何してるんだろ?
覗いてみると、ああそういう事か、と。
「サイン考えてるんだ?僕にも見せてよ」
卯月は、結構それっぽい。
恐らく研究生時代から考えてたんだろうな、と考えるとちょっと泣けてくる。
未央は…。
「何これ?ミミズ?」
「違うよー!練習中なんだよ!」
「あはは。出来たら僕にも書いてよ」
「うん!絶対書くね!」
…で、凛は。
「…見せてよ」
「嫌」
「何で?」
「嫌」
「…」
「あ!取り上げないで!」
「…」
あはは。
ただ名前書いてあるだけじゃん。
「…だって、分かんないし」
まあ、そうだよなあ。
…じゃあ。
「…はい。僕のサイン、あげるよ」
「…貰っても、どうしたら良いのかな、これ…」
…これでも、ロックスターだよ。一応。
ここじゃ、無名だけどさ。
「えっと、君が追いかけた夢、なら〜……うーん…」
「どうしたのしまむー?」
「うん…ちょっとどうしても分からないところがあって」
「?どこどこ!?」
…。
夕暮れ時、廊下を歩いていると、外で一生懸命踊ってる三人組がいた。
言うまでもなく、卯月達。
…こうして見ていると、まだまだ素人の女の子達だ。
でも、どんどん上達してきている。
あれならビビったりしない限り、失敗する事はないだろうな。
これからのLIVEが楽しみだよ。
…。
「…あー…」
もう夜の11時、か。
なんだかんだでこんな時間になってたのか。
…どうりで周りが静かだと思ったよ。
「GACKTさん、お疲れ様です」
軽めのノックがされた方向へ顔を向けると、そこにはちひろがにこやかな笑顔で立っていた。
「あれ?ちひろまだいたんだ」
「それ、私の台詞ですよ?…ふふっ」
「いけないなあ。女の子がこんな夜遅くまでいちゃあ」
「…こんな夜遅くまで、彼女達の事を考えているんですね」
しょうがないよ。プロデューサーなんだから。
自然に謎の栄養ドリンクを僕の机に置こうとする彼女の手を制止して再び作業に戻る。
「…彼女達は、まだ階段を上り始めたばかりですからね」
「…そうだよ。でもその階段に終わりはないんだよ」
「…?」
「こういうことに終わりなんてあっちゃならないんだよ」
「…そう…ですよね」
「じゃ、まだ仕事あるから」
「…後どれくらいですか?」
「…もう少し、かな」
「…お腹、空きました」
…。
「…じゃ、手伝ってよ」
「はい!」
あはは。積極的な女の子は好きだよ。
…。
「…あー…」
もう夜の11時、か。
なんだかんだでこんな時間になってたのか。
…どうりで周りが静かだと思ったよ。
「GACKTさん、お疲れ様です」
軽めのノックがされた方向へ顔を向けると、そこにはちひろがにこやかな笑顔で立っていた。
「あれ?ちひろまだいたんだ」
「それ、私の台詞ですよ?…ふふっ」
「いけないなあ。女の子がこんな夜遅くまでいちゃあ」
「…こんな夜遅くまで、彼女達の事を考えているんですね」
しょうがないよ。プロデューサーなんだから。
自然に謎の栄養ドリンクを僕の机に置こうとする彼女の手を制止して再び作業に戻る。
「…彼女達は、まだ階段を上り始めたばかりですからね」
「…そうだよ。でもその階段に終わりはないんだよ」
「…?」
「こういうことに終わりなんてあっちゃならないんだよ」
「…そう…ですよね」
「じゃ、まだ仕事あるから」
「…後どれくらいですか?」
「…もう少し、かな」
「…お腹、空きました」
…。
「…じゃ、手伝ってよ」
「はい!」
あはは。積極的な女の子は好きだよ。
いまだにモバマスなんて呼ぶやついたのか
あれから数日後、ついに初LIVE当日となった。
デパートの中央広場という小さい会場ではあるけれど。
ちゃんと控室も用意してもらっている。
「少しくらい体温めておきなよ」
座って黙ってばかりの5人。
ラブライカ、ニュージェネレーションズ。
…まさか、また不安になってきたなんて…ね。
「ね、ねえガクちん!」
「何?」
「ちょっと会場見てきていいかな?」
「いいけど…」
何だろ。
何か心配事かな。
「んー…思ったより狭いんだねぇ」
「そういうこと言うんじゃないよ」
「あはは…ねえ、でもここにたくさん人が入ったら、買い物に来たお客さんが通れなくなるんじゃないかな?」
「たくさん?」
「うん。そうなったらどうなるのかなって…」
…。
「それ、僕に言ってるのか、自分に言い聞かせてるのかどっち?」
「…両方」
「…頼むよ。ここまで来てビビられたら困るんだ」
「ち、違うよ!…楽しみだから、だよ」
「ならいいけど…」
…たくさん?
…お客さんが通れなくなるくらい?
…何か、嫌な予感。
控室に戻ると、みく達が応援に駆けつけてきてくれていた。
同時に、自分達の番が来た時の予行練習でもあったようだけど。
それでも、今の5人にはとても助かったらしい。
いいね。
こういうの、好きだよ。
でも、携帯の映像で応援してくるってさ。
…杏は一辺シメた方が良いのかな?
「じゃあ、ラブライカが終わってからお前達3人だから」
「…あ、はい…」
「…まだ緊張してんの?」
「き、緊張というか、出来るかなって…自信が…」
卯月がぼそぼそと呟く。
デビュー前はあんなに張り切ってたのにな。
デビューしてからは違うもんなのかな。
「……前にも言ったけど、自信ってのは人から与えられるもんじゃあ、ないよ」
「…?」
「自分の中から振り絞るもんだから」
言葉だけで自信がつくなら、いくらでも喋るけどさ。
「…でも、あの、何かさ、送り出す言葉、とか…」
凛がぶつぶつ喋っている。
気恥ずかしいのか、緊張してるのか。
そうだなあ。
「頑張るってのは当たり前なんだよ」
「…」
「…だから、何があっても後悔だけはしちゃダメだ。これだけは言っておくよ」
「…うん。分かった」
…じゃ、頑張ってな。
ラブライカの初LIVEがはじまった。
見た感じだけど、アーニャも、美波も、もう開き直ったようだ。
精一杯、自分が持っている全てを出している。
そうそう。それがいいんだよ。
…とっても、カッコ良いじゃないか。
ニュージェネレーションズの番になり、ラブライカが戻ってきた。
「お疲れ」
「はい!ありがとうございます!」
「Счастливый…!とっても、嬉しかった、です!」
よく見ると、二人とも足と手が震えている。
…プレッシャーに負けずに、よくやってくれたものだ。
…頑張ったな。お疲れ様。
「あ!ガクちゃん!未央ちゃん達が来たにぃ!」
そうだったな。
まだ終わってないんだ。
さて、彼女達はどれくらい開き直ってくれたのかな。
…ん?
「…あ」
上の階に何人かがまとまって垂れ幕をおろしている。
手作り感満載の垂れ幕だ。
そこにはローマ字で「MIO」と書かれていた。
あはは。
良い友達じゃないか。
こんな所でも、ちゃんと見にきてくれているんだな。
これなら未央も頑張れるよな。
「…?」
…あれ?
振り付けはちゃんと出来てるのに。
何か、未央の声と顔に覇気が無い。
それを見る卯月にも。
何でだろう。
冷や汗が出てくる。
何やってんだよ、お前ら。
…こりゃ、後で叱らなきゃな。
ニュージェネレーションズの初LIVEが終わって、控室に戻ってきた3人。
いや、未央は何やら様子がおかしい。
先輩アイドルである美嘉に挨拶もせずに足早に戻ろうとする。
「未央、ちょっと」
「…」
「…さっきのあれ、何なの?」
「…」
「あれで、お客さんが満足すると思ってる?」
「…ぜん……いじゃんか…」
「は?」
「全然!お客さんいないじゃんか!」
「あ?」
何を言ってるのかさっぱり分からない。
地力の無い新人アイドルの初LIVEに大勢の観客が押し寄せる訳がないだろうに。
「何言ってんの?」
「私…みんなに、友達に…いっぱい客来ちゃうから早く来ないと入れないよって…言っちゃったのに……!バカみたいじゃん!」
「バカなんじゃないの?」
「!?」
「え?」
「…だって…この間のライブの時は、あんなに、いっぱい…」
「え、それってアタシのLIVEの、事…?」
「そりゃあ、美嘉のLIVEなんだから、人が来て当たり前じゃないの?…有名アイドルだし」
「…でも、ガクちん、絶対売れるって…絶対一流アイドルになるって…!!」
…まあ、アイドルが何なのかまだ分かってないだろうしなあ。
…でも、一つだけ許せない事があるな。
「って事はさ、お前は客が少ないからヤル気が無くなったって訳?」
「…」
「…どんな時でも、手を抜かずに本気で仕事に打ち込むのがプロなんだよ」
「…」
「お前みたいな奴がいると、周りにも迷惑だよ」
「…!!?」
「ちょっ……GACKTさん!言い過ぎだよ!!」
良いんだよ。
それに、僕の気が済まない。
「僕は妥協ってのが嫌いだ。諦めるのも嫌いだ。でも、一番嫌いなのは…」
「…」
「今の、お前みたいな奴かな」
「…もういいよ。…アイドル、辞める!」
「!…未央ちゃん!」
「未央!!……アンタ…!!」
走っていってしまった未央を追いかけて凛も卯月も行ってしまった。
…さて、どうしようかな。
「が、GACKTさん…流石に今のは…」
美嘉が遠慮がちではあるが、僕を諭そうとする。
「良いよ。ああいうのは一度は叱っておかなきゃダメだ。甘やかせば甘やかしただけ今日みたいな事をするから」
「…」
美嘉だって正直、僕と同じ事を思った筈だ。
それを言うか、言わないかの違いだ。
僕は絶対に包み隠さずに言う。
プロデューサーだしな。
「ガクちゃん…」
「お前達は先に帰ってて。後は何とかするからさ」
「何とかするって…どうするにゃ?」
「…さあ?」
これで未央が辞めるなら、僕はそれで構わない。
一度躓いただけでヤル気が無くなる奴に用は無い。
「…とりあえず、アイツ次第だよ」
ちょっと早いけど、躓くなら早いうちの方が良いと思うからな。
…これからどうなる事やら。
第六話 終
また明日書きます
乙です
ガクトが熱くて良いキャラだなー
そのうち甲本ヒロトとか椎名林檎がPをやる
SSが生まれるかもしれないな
乙です
乙です
この手のジャンルだと桑田佳祐がけいおんの世界に来て顧問の先生になるSSが印象に残ってるなあ
乙ー
乙乙、俺は未央が好きで、
だからこそ、ここでガツンと言って欲しかったからこういうの嬉しい
面白い
期待
意外な組み合わせだけどなかなか面白い
ぜひ蘭子には月下の夜想曲を歌わせてほしい
死の舞踏でもええんやで(マリス並みの願望)
がっくんの指導は厳しいらしい
堂本兄弟でがっくんが家庭教師のバイトしてた時のエピソードでそう言ってた
シンデレラ。
魔法によりドレスを羽織り、ガラスの靴を履き、生まれ変わった女の子。
「…」
今思えば、魔法は解けてしまったのかもしれない。
いや、僕が解いてしまったのか。
『アイドル辞める!』
間違った事は言っていないと思うんだけどな。
あの子には酷な言い方だったかな。
…だけど、このままなあなあにしておくのは好きじゃないな。
「…さて」
未央の退職手続きの書類を作ってはいる。
作ってはいるけれど。
「…」
どうしてか、進まない。
手が勝手に打つ文字を消していく。
…いや、勝手にじゃないな。
打っては消して、打っては消して。
これ、僕の、意思なのかな。
…あれから未央はしばらく事務所に来ていない。
来ようにもばつが悪くて来れないだろうし。
…何だか、面倒臭い。
躓いたのは、どうやら彼女達だけではないようだ。
「あ、GACKTさん。おはようございます!」
「おはよ」
「…ねえ、未央が来てないみたいなんだけど」
卯月と違い、挨拶する前に未央が来ていない事を確認してくる凛。
そりゃあ、仲間だしな。
「知ってるよ」
「…ねえ、未央の家の住所、教えてよ」
「何で?」
「私達も未央ちゃんの家に行ってみようと思うんです!」
私達も、か。
僕は行ってないんだけどな。
「…今の未央が一番会いたくないのは、お前達だと思うんだけどな」
「…どうして?」
「ばつが悪いから」
「…でも、このままじゃ、ダメだよ」
「そうだね。辞めるって言ってたからな」
「…!!アンタ、まだそんな事…!」
「友達ならまだ許されたかもしれないけどさ、仕事をしている以上はプロだよ。未央がやった事はそれを全て裏切る行為なんだよ」
「…」
凛も何となくは分かっていると思う。
ストイックな彼女の事だ。
未央のやった事がどれだけ失礼極まりないか、よく分かるだろう。
「とりあえず、今はまだ会わせられない」
まずは、話だけでもしてみるとするかな。
未央の家はマンションの一室にある。
入るにはまず一階ロビーで未央の家の番号を鳴らして開けてもらわなければならない。
つまり、そんな簡単には入れない。
『…帰って』
…さっきからこんな調子だ。
「帰るとかじゃなくてさ、これからお前がどうするのか聞きたいだけだから」
『…』
「辞めたくて仕方ないなら辞めればいいよ」
『…』
「それは仕方ない事だから。凛と卯月には僕から言っておくからさ」
『…』
「…とりあえずさ、顔くらい見せようよ」
『…帰って!』
…堂々巡りだなあ、これじゃ。
346プロに戻ると、既に夕方だという事に気付いた。
随分長い時間あそこにいたんだなあ。
「…あ、GACKTさん」
声の先には、凛と卯月。
偶然なのか、それとも待っていたのか。
「…未央の家に、行ってきたの?」
「そうだよ。…帰ってコールがハンパなかったけどな」
「…追い返されてきたの?」
「随分嫌われちゃったみたい」
「そんな、冗談言ってる余裕があんの?」
「冗談言ってるつもりはないよ?」
「じゃあ、私達も行けば…!」
「お互い傷つきたいなら、止めないよ」
「「…!」」
あんな調子じゃ、凛も卯月も肩を落として帰ってくるのが関の山だ。
…普段明るく振舞っていたのは、メンタルの弱さを隠す為のものでもあったのか。
翌日、作業をしていると、部屋に凛が押し入ってきた。
「ノックくらいしたら?」
「…卯月も、来てないよ」
「風邪だってさ」
「…未央は?」
「…相変わらず」
「……なんで、何もしないの?」
「何かしようにも、向こうが全部嫌がるんだよね」
「…」
「…子供だから」
「…なら、…」
「そんな言い訳は通用しないよ。美嘉だってデビューした時は同じくらいだったみたいだしさ」
「…」
「お前は利口な方だと思ってるから言うよ」
「…なに?」
「デビューしたてで客が満員だなんて奴はそうそういないよ。ましてや、アイドルでさ」
「…」
「客がいないなんて、皆一度は経験する事なんだよ。それを乗り越えるかどうかが問題なんだ」
「…」
「未央はそれが出来なかっただけの事だよ」
「…」
「…何か、言いたげな感じだけど?」
「…アンタは、逃げてる」
「あ?」
「未央や私達から、逃げてる!問題を解決しようとしてる風に見せてるだけじゃん!」
逃げてる?
僕が?
「…それ、どういう事?」
「未央の事辞めてもらうって言っておきながら、何もしないで、そこに座ってるだけ!…アンタが何を考えてるか、全然分かんないよ!!」
…。
凛の言う通りといえば、そうなるよな。
「…」
「…アンタなら、信じてもいいかなって思ってたのに…」
…ぐうの音も出ないな、これ。
凛もあれから姿を現さなくなった。
そしてラブライカの二人に次の仕事を任せる為、呼びたしたけど。
この二人も、何だか重苦しい雰囲気。
「じゃ、宜しく頼むよ」
「はい」
「分かりました」
正直、この二人は本当、手間のかからない良い子達だ。
礼儀もしっかりしてるし、おとなしい。
あの二人にここまでやれとは言わないけど、せめて卯月くらいにはなってほしいものだ。
…戻ってくるならの話だけどさ。
「…あの、二人とも」
・・「「…?」」
それまで沈黙を保っていたちひろが美波とアーニャに声をかける。
「…この間のLIVE、どうでしたか?」
「この間の、ライブ…」
「…えっと、最初から最後まで、頭の中が真っ白で…ね?」
「はい。でも、終わった時、拍手、いっぱい貰いました」
「…その時、やって良かったなって…嬉しいなって、思いました」
「…」
そっか。
見る観点が違っただけの事か。
この子達はあれが初LIVEだったけど。
あの子達にとっては、美嘉のバックダンサーが初LIVEだったもんな。
…僕にも、責任はある、か。
「…」
風邪、引いちゃったなあ。
みんなに迷惑かけちゃった。
明日までには治ると思う。
…きっと、明日には、みんなが揃って。
また、一緒に笑い合えると思う。
そうであってほしい。
…そうなるよ、きっと。
「卯月、具合良くなってきたかしら?」
「うん。ありがとうママ」
…。
「…明日からは、もっと頑張らなきゃ!」
「…」コンコン
「?…ママ?」
「入るよ」
「え!?ちょっ…GACKTさん!?」
具合が悪いと聞いていたけど、どうやら本当みたいだ。
…パジャマ姿、何か良いな。
「心配で来ちゃった」
「えへへ…ありがとうございます」
卯月の家へ、見舞いに行く事にした。
悩み事があり過ぎて、倒れたのだろうか。
まだ顔は赤みがかって、本調子ではなさそうだけど。
「ここの所色々問題があるもんな。しょうがないよ」
問題って、言っていいのか分からないけどさ。
「…あの、未央ちゃんは、どうですか?」
「どうって?」
「ちゃんと、戻って来てくれました?」
「今の所は、その気は無いみたいだよ」
「…で、でも!絶対戻ってきますよ!」
「…そうだといいね…ん?」
ふと、テレビへ目をやる。
そこには、彼女達のデビューシングルや、この間の美嘉のLIVEDVDが綺麗に、いくつも置かれていた。
「…私、嬉しいんです。憧れだったアイドルになれて」
「…それからは?」
「え?えっと…CDを出して、ライブもやって…ラジオも出て…後は、テレビ出演ですね!」
「…」
能天気、じゃないみたいだな。
…ただ、まっすぐなだけだ。
ひたむきで、純粋だ。
「…じゃあ、もっと楽しませてやらなきゃな」
「え?」
「こんな所で立ち止まってる暇なんて、無い、だろ?」
「…はい!」
…王子は、ガラスの靴でも届けに行くとするよ。
…二人分、な。
「ガクちゃん!」
「?」
事務所へ戻り、ある写真数枚を持って、彼女達の元へ行こうとした時、みく達に捕まった。
「どうしたの?」
「どうしたの?じゃないにゃ!…これからみく達はどうなるにゃ!?」
「…」
「デビューさせてくれるって言ったのに、いきなりこれで…!もう終わっちゃうにゃ?」
つくづく思う。
この子は、心配性だな。
…それと、ブレない。
「終わるわけないじゃん」
「で、でも…ニュージェネレーションズ、解散しちゃうんじゃないかって…」
「これから始まるのに、終わりも何も無いよ」
まだ彼女達は、階段を上がってすらいない。
それではニュージェネレーションズとは言えない。
新世代を作るには、動かなきゃならない。
だけど彼女達はまだ動いてすらいない。
動かすのは誰か。
それは、彼女達自身。
だけど、それを助けるのは。
シンデレラを助けるのは…。
「…王子様は、僕だよ」
僕の役目だから。
「…」ピロリーン
『未央ちゃん!皆待ってるから、明日からまた一緒に頑張りましょうね!』
「…」ピロリーン
『未央、大丈夫?楽斗さんに言われた事、気にしなくていいからね』
「…」ピロリーン
『今からお前の部屋にイくからな』
「!!!!?」ガタッ
「まぁ…本田さんの娘さんの…」
「そうなんですよ。…入れてもらってもいいですか?」
「え、ええ…はい…」
「GACKTさん!!管理人さんに何してんの!!?」
「未央、久しぶり」
「あっ…」
未央と数日ぶりに再会したけど、まあそこまで変化があるわけじゃあなかった。
あくまで、外見には、だけど。
「…今更、何しに来たの?」
「とりあえず、僕の役目を果たしにきたんだよ」
「…辞めるって、言ったじゃん」
「僕の目を見て言えないのに?」
「…」
「正直、未央が何で怒ってるのか分からないよ。怒りたいのは僕の方なのに」
「…」
「でも、最近気付いたんだよ」
「…」
「姫のワガママを聞くのが、王子の役目って事」
「…姫?」
とりあえず話を聞いてくれる気にはなったようで、一階フロアのエレベーター付近で二人座る事にした。
「これ、見てみなよ」
「…これ…」
僕が見せたのは、この間の初LIVEの写真。
そこに写っているのは、勿論笑っていない未央や卯月、凛。
「何これ…全然笑ってないじゃん…」
「そうだよな。よろしくない写真だ…でもさ」
でも、それだけじゃない。
「…お客さんは、笑ってる、だろ?」
「…」
「お前達のLIVEがあるのを知ってる子達なら分かるけど、この人達は、お前達の事なんか知る訳もない。だけど、こうやって足を止めてお前達を笑顔で見守ってくれている」
本当はラブライカの二人に気づかされたんだけどね。
まだまだ僕も未熟って事だな。
「僕がお前に怒ったのはこういう事だよ。こうやって純粋な好意でお前達のLIVEを見てくれていた人達の想いを裏切った事だ」
「…皆、拍手までしてくれてたんだね」
「お前の友達を見てみろ。嬉しそうに、これからのお前を送り出す為に、一生懸命拍手してる」
無論彼らは観客がいない事なんて気にしていないだろう。
「…私、こんなに優しい人達に囲まれてたんだね」
「…」
「…私、最低だよ…!!」
「…泣きたい時は、泣けばいいよ」
「…」
「だけど大切なのは、泣き終わった後のお前の行動だ」
「………〜〜!」
「…後さ、女の武器は涙じゃなくて、笑顔だよ」
「……うん!」
「君が、追いかけた夢なら…傷つく事に恐れないで…♪」
…。
良い歌だな、と思う。
今の私達に、よく合ってると思う。
大切な物が何か、気付いた時にはもう遅くて。
…このままアイドル辞めたら、凄く後悔する事になる…のかな?
「…ハナコ、私、どうしよっか…?」
「…?」
ハナコに聞いても、分かるはずもなく。
一人俯いて、ベンチに佇んでいた。
ここに座って、もうどれくらい経ったのか。
ハナコも私を心配して顔を見上げてきてる。
…GACKTさん、怒ってるかな。
…どう、なのかな。
「…」
「…」
「…」
「悲しそうな顔は辞めて、君の笑顔を見せておくれ…♪」
「…GACKTさん?」
「二度目まして」
「…何それ…てか自然に隣に来たね…」
「誰よりも素敵なお前の笑顔、見たいからさ」
「……よくそんな台詞言えるね……あ」
「僕がこの歌をお前達にあげたのは、気まぐれじゃないよ」
…そっか。
そう、だよね。
私達の関係性とか、思いとか。
そういうの全部ひっくるめて、作ってくれたんだよね。
「…前に、ここでお前に言ったよな?」
「…」
夢は、寝てる時じゃなくて、起きてる時に見る…だっけ?
「…もう一つ言ったよな」
「…?」
「夢は、叶えるもの。夢を叶える事、それは強い意志を貫く事」
「…」
「まだ、お前の強い意志を僕は見ていない」
「私の、意志…」
「未央も、卯月も、僕に見せてくれたよ。アイドルになりたいって意志を、さ」
…。
私は、どうなんだろう。
今思えば、私だけアイドルへの想いが違う気がする。
誘われて、何となくやってみて、何か楽しくて…。
「…」
「僕も、お前達を育て上げる意志は見せたつもりだよ」
「…」
…。
「…まだ、分かんないや」
「分からない?」
「うん」
「…うん。お前らしいや」
「うん。…だから、見つけに行く」
「…」
「迷ってるから、前に進んで、探してみるよ」
「…それで、いいと思うよ」
GACKTさんが手を差し出す。
未央も、GACKTさんの後ろで、待っている。
そんな不安気にならなくてもいいよ。
「…これからも、宜しくね。GACKTさん、未央」
それから私は平謝りする未央を制止して、明日からまた事務所に戻る事を決めた。
「「迷惑かけてごめんなさい!!」」
凛と未央が皆に頭を下げている。
流石にみく達も複雑なようだけどさ。
「うぅ〜…凛ちゃん!未央ちゃん!お帰りなさい!!」
卯月は全く、変わらないや。あはは。
「じゃ、改めてシンデレラガールズプロジェクト、始めるよ」
「「「はい!!!」」」
「…ねえ、その前に一つ気になってる事があるにゃ」
「…何?」
折角良い空気なのに水をささないでくれるかな。
「何か辛辣だにゃ……あの、何でガクちゃんはいつもサングラスかけてるにゃ?」
「え?」
「そうだよ!いつもサングラスかけてたら目が悪くなっちゃうよ!」
知らないよ。
何を言い出したかと思ったら、僕のチャームポイントを否定か。
「これはお前の猫耳みたいなもんだよ」
「むー…外してほしいにゃ」
「恥ずかしいもん」
後眩しい。
あれ、本当眩しくなってきた。
…というか、サングラスが無い。
「みくちゃんの猫耳毟ったんですから、これでお、あ、い、こ、です!」
卯月が僕のサングラスを手に取り、後ろに隠す。
「本当に眩しいんだけど」
「えへへー♪」
「ほほー…良い男すぎますなぁ…」
「……これが、GACKTさんの素顔…」
あはは。
参ったなあ。
「もう帰っていい?」
「「「ダメ!!!」」」
こりゃ、敵いそうもないや。
何しろ、彼女達はお姫様で、僕は王子様だからな。
とりあえず。
…おかえり。
第七話 終
「…私物持ち込み?」
「そっ!」
冬の寒さはとっくの昔に消え去り、日差しが強くなってきた夏のある日、未央が僕に提案をしてきた。
「…それ、良いけどなんの意味があるの?」
「みんなが私物持ち込んだらさ、ここがみんなのお城って感じになりそうなんだよね!」
…ゴミ屋敷になりそうな予感しかしないんだけど。
「あれ、未央の?」
「そだよー」
あれ、というのはハンバーガーを模したクッション。
それと、携帯扇風機と涼感スプレー。
あれくらいならまあ、許容範囲と言えるけど。
「みくは反対だにゃ。仕事場に私物持ち込むなんて…」
「でもみくにゃんも猫耳…」
「猫耳は仕事着なんだにゃ!」
…あれ仕事着なんだ。
「きらりは賛成だにぃ。楽しくなりそうだから!」
「お前の私物って何か想像できて嫌なんだよなあ…」
「酷いにぃ…」
でも私物か。
…悪くはないかもな。
話し合いの結果、一人一つずつという事で決定した。
一つかぁ。
…足りるのかなあ。
「ガクちん!ありがとね!」
あれからCDの売り上げも伸びて、それなりにLIVEに客が集まるようになったニュージェネレーションズ。
あの時は、今思えばかなり苦労した。
でも、今はこうしてまたいつもの未央に戻ってる。
この子はやっぱり、笑っているのが一番良い。
…そして今また面倒な問題に直面している訳だけど。
「おやおや…何だか賑やかだねぇ」
後ろからゆったりとした声が聞こえる。
振り向くと、そこには部長の姿。
それと、ちひろ。
「「おはようございます!!」」
…僕にはそんな礼儀正しく挨拶してくれないよな。
まあそれはそれでいいんだけどさ、あはは。
「…GACKTさん?あの話は…」
「今からするとこ」
あの話。
そう、それが問題なんだ。
「CDデビュー!?」
やっと来たかと息を巻く数人と、次は自分だと嬉しがるもの数人。
それと、ヤル気の無さそうな奴一人。
「そ、それで?今回は誰と誰がデビューするんだにゃ?」
みくが緊張の面持ちで聞いてくる。
今回は誰と誰が、じゃない。
「ソロだよ。一人だけ。……蘭子の」
自分の名前が呼ばれた蘭子はしばし放心していた。
そこは年相応な所だと言える。
でも、皆から賞賛された直後。
「…ふふ。良かろう、今こそ我が力を示す時が来た!!!」
ほら、こうなるんだ。
「…」
「…で、とりあえずこんな感じになったから」
「…は、はい」
蘭子と初めて会話した時、僕は彼女にお願いをした。
まず、僕の前では普通の口調でいること。
というより、基本的に僕が近くにいる時はそれはやらない事。
…いや、それ自体人前でやらない事。
理由は、言わなくても分かるだろうけど。
きらりの言葉がようやく理解出来る僕には蘭子の言葉なんて一つも理解出来ない。
いや、出来てもしない。
そのせいかどうか知らないけど。
「…」
蘭子は、僕の前では借りてきた猫のように大人しくなってしまっていた。
「僕が曲作るとさ、どうしても激しい感じにしちゃうから、少し直さなきゃならないんだ。…このままでいいならいいけど」
それでも自分が歌うであろう曲を聴いてる時は真剣そのもので、ここだけ見れば真面目な女の子に見える。
いや、この子は元来真面目なんだろうな。
そんな感じがする。
自分のデビューまでを事細かに纏めたファイルを一生懸命読んでいることからも何となく分かる。
「…」
そして、新たにページを捲ると。
「…」
そこには超絶ホラーチックな絵がデザインのCDパッケージの写真が貼ってあった。
…僕、正直こういうの苦手なんだよ。
というか、この曲はホラーじゃない。
これはちひろに文句を言わなきゃならないなと思い、ふと蘭子に目を移すと。
「……!!??」
僕以上にリアクションを取っていた。
「…ホラー、嫌いなの?」
「…」
無言で頷く。
「ふーん…何かお前っぽいと思うけど…」
まあ、変えたいと言うのには僕も賛成だしな。
「…」
しかし蘭子の顔は何処か優れない。
何か言いたい事があるのだろうか。
…聞かなくてもいいかな。
「…」
事務所から帰る時、最寄りの電気屋に立ち寄った。
折角持ち込みOKになったんだしな。
良いの買わなきゃ。
「…あ、GACKTさん!こんばんは!」
声がしたので振り向くと、そこにはヘッドホンを数本手にした李衣菜が立っていた。
「…何してんの?」
「私物ですよ!やっぱこれぞロックって感じで…!」
…この子は参考書をたくさん持ってれば東大合格出来るとか思ってるんじゃないだろうか?
「あのさ、何か楽器弾けるようにしたら?」
「うっ…」
形から入るのには賛成だけど、こいつのはボクシングでいったらカエルパンチ並だ。
「そ、それはとりあえず将来的に…」
「あんまりロックロック言ってるとそのうち痛い目にあうと思うよ?」
「う…頑張ります…」
卯月とは180°違う頑張りますだな。
あの子はちゃんとやる事はやるからな。
「…そういえばGACKTさんは何か買いにきたんですか?」
「うん。私物」
「…へー…これも、ロックですか?」
「…………喉使う奴なら大体持ってるんじゃないかな?」
…せめてこの子が痛い目にあわないように願おう。
家路を行く車の中で考えていた。
はっきり言って、僕は蘭子とは相性が合わないと思う。
恐らく向こうもそう感じているだろうし。
今日の打ち合わせなんか、早く逃げたい帰りたいってのが顔に出てた。
…僕もちょっと大人気ないかな。
多少合わせてみても…無理だな。
蘭子リンガルでもあればまだマシなんだけどさ。
…よく考えたら、子供自体相性合わないや。
美波がギリギリかな。
嫌いじゃないんだけど、向こうから遠ざかっていく。
そう考えたら、僕はプロデューサーには向いてないんじゃないかとひしひしと感じる。
ああいうのを全て受け止めて、優しくしてやれる奴なんているのだろうか。
だとしたら、そいつは仏の生まれ変わりかもしれない。
…僕が嫌な奴なだけか?
「はあ…」
軽く自己嫌悪に陥る。
いけないな。僕らしくない。
後悔だけはしちゃいけない。
卯月達にそう言ったのは自分だ。
明日からも顔張るさ。
「…」
あれから少しだけ蘭子に歩み寄ってみようかと考え、机に向かって何か必死に描いている彼女に近づいてみた。
「蘭子ー」
「!?……が、がが…」
「?」
何だろうか。
顎でも外れた?
「が、ガク…」
「何?」
「……!!」
…逃げちゃった。
別に睨みつけてた訳じゃないんだけどなあ。
逃げられると追いたくなる。
何故かそうなってしまう僕は、彼女を探して、逃げられて探して逃げられてを繰り返していた。
…そして近づく度に何か描くスピードが上がっていく。
いいかげん飽きたので最終的には自分の机に向かっていったけどね。
あれは避けているのか何なのか。
「おはよ、GACKTさん」
「おはよ」
久しぶりに凛の私服を見た。
クールなパンツスタイル。
これは新鮮だな。
「やっぱお前はそういう格好が似合うよな」
「…スケベ」
「それは僕にとっては褒め言葉にしかならないよ」
「…そんな事よりさ、蘭子の事だよ」
蘭子。
それなら昨日磁石の同極みたいな事してたけど。
「蘭子がどうかした?」
「うん…何というかさ、GACKTさんって蘭子の事、苦手でしょ?」
「すっごい苦手」
「少しは否定しなよ…そういうの、蘭子にも伝わってるんじゃないかな?」
「知ってるよ」
「…GACKTさん、私達にあんなに歩み寄ってくれたじゃん」
「まあ、ね」
歩み寄った、か。
結構前の話だけど、凛には昨日の事のように感じられるのかな。
「蘭子だって、きっとGACKTさんといっぱい話したいと思ってるんじゃないかな」
「話が通じないじゃない」
「まあ、うん…」
「でも、蘭子はGACKTさんの事嫌いになったりはしないよ」
「うーん…」
「少しだけ、受け入れてあげたら?」
そうは言ってもなあ。
会話出来なきゃ意味が無いし。
「まぁ…やってはみるよ」
…何だかなあ。
私物持ち込みとなってから、事務所が人の家みたいになってきた。
クッションやら、可愛らしいデザインの急須やら変な飾りやら。
「おはよ」
「「おはよーございまーす!」」
「何これ」
「何って…花だよ?」
「店のやつ持ってきたら駄目なんじゃないの?」
「まあ、これくらいなら良いって言ってたから…」
凛は花か。
らしいといえば、らしいよな。
「…」
皆一様に凛の花を見ている。
その時だった。
「…綺麗」
そう呟いたのは、卯月でも美波でもなく。
「…えっ?」
蘭子だった。
いやおかしくはないけど。
彼女だって普通の女の子だ。
花を愛でるくらいの事はあるだろう。
だけど、何か違和感。
「…あ」
蘭子が綺麗と言ったその花は、真っ白い花。
僕は彼女が好きそうなのはてっきり黒い薔薇とかかと思っていた。
それが違和感の正体か。
合点がいった。
「そういえば、あの飾りってなあに?」
みりあが指差した方向にあったのは、壁にかけてあった奇妙な飾り。
…釘で留めてなくて良かった。
「馬の蹄だね。何の意味があるのか分からないけど」
変な飾りだなあとは思う。
誰が持ってきたかなんて一目瞭然だ。
「蘭子ちゃんっぽいよね!」
いわゆるダークっぽい物、黒魔術にでも使われそうな物。
確かに蘭子っぽい。
「んー…蘭子ちゃんはもっとホラーな感じだと思うなあ」
「ホラー?」
「!」
ホラー、と聞いて蘭子が少し目を見開く。
「例えば、血とか…幽霊とか!!!」
「ひうっ!!」
莉嘉の言葉を聞いて蘭子の顔が青白くなる。
そういえば、打ち合わせの時も嫌がってたもんな。
じゃあ何であんな誤解されるような服着てるんだろ…。
突っ込んじゃいけないよな。あはは。
それから僕は、凛のアドバイスに従って蘭子を半ば無理矢理連れ出し、彼女が休憩に使う噴水広場に腰掛けた。
日が当たるから嫌なんだけど、まあ彼女のためだ。
しかし蘭子も嫌がるかと思ったけど、普通についてきた。
スケッチブックを大事そうに抱えてきた辺り、何か伝えたいことでもあるんだろう。
…さて、何から話そうかな。
「…日が照ってるね」
「……」
無意識に日差しの強さを口にすると、彼女は黙って僕の上に傘を止めた。
気を遣ってくれたのは言うまでもない。
「ありがとな。…でも、こうした方が効率が良いよ」
「……!」
14歳の女の子と相合傘か。
まあ良いかな、あはは。
「…正直さ、僕はお前が苦手なんだ」
「…」
「勿論嫌いとかそんなんじゃないよ。でも僕はこういう人間だからさ。嘘ついても仕方ないし」
「…あの、が、ガク…」
「何?」
「が……GACKTさん!!」
「何?」
「い、言えたぁ…」
「は?」
「ずっと、言えなくて…」
「…ああ、そう…」
まさか名前を呼ぶくらいであんなに渋ってたのか。
どれだけ僕を恐れているのか。
それともシャイなのか。
どちらかは分からないけど、どうやらやはり彼女はスケッチブックを僕に渡したくてたまらなかったようだ。
「…これ、お前のだよな?」
スケッチブックを僕に手渡し、一仕事終えたような顔になった蘭子は、それきりまた黙ってしまった。
…いや、このスケッチブックに彼女の言葉が詰まっているんだろうな。
僕なりに彼女の気持ちを察して、スケッチブックを見てみる事にした。
「…」
「…」
「…」
見たには、見た。
黒いドレスと、白いドレスを着て、次のページにはそれの半々を着た女の子が描かれていた。
「…これを、撮影に使いたいの?」
「…」
黙って頷く彼女。
しかし僕にはもう案があったんだけど。
というか、僕のPVと同じやつをやろうと思ってた。
…この案とは、全く違うけど。
「うーん…」
「…」
どうしよっかな。
「…」
隣を見ると、目を潤ませて子犬のように懇願する表情になっている彼女。
…ゾクゾクしてしまうな。
まあ、折角考えてくれたんだしな。
「…うん、分かったよ。お前のデビューだもんな」
やれるだけやってみればいいさ。
僕は、精一杯応援するだけだよ。
「あ、…ありがとうございます!」
…なかなかどうして、この子の笑顔も、悪くない。
「神崎さーん!撮影入りまーす!」
PV撮影スタッフの掛け声で蘭子のスイッチがONになった。
彼女の衣装は希望通り、白と黒の衣装。
天使と悪魔、二つを兼ね備えた衣装、らしい。
「じゃ、顔張って恋」
「ふふ…いざ参るぞ!我が下僕よ!」
「あ゛?」
「…行ってきます」
…ま、多少は良いけどさ。
それに、あんなに楽しそうに仕事してる。
今の僕にとっては、これ以上無いプレゼントだな。
これからの彼女に、期待しよう。
http://www.youtube.com/watch?v=amXKQ351QBw
「神崎さーん!撮影入りまーす!」
PV撮影スタッフの掛け声で蘭子のスイッチがONになった。
彼女の衣装は希望通り、白と黒の衣装。
天使と悪魔、二つを兼ね備えた衣装、らしい。
「じゃ、顔張って恋」
「ふふ…いざ参るぞ!我が下僕よ!」
「あ゛?」
「…行ってきます」
…ま、多少は良いけどさ。
それに、あんなに楽しそうに仕事してる。
今の僕にとっては、これ以上無いプレゼントだな。
これからの彼女に、期待しよう。
http://www.youtube.com/watch?v=amXKQ351QBw
蘭子のCDも売れ出し、LIVEも好調になってきたある日、事務所に入るとシンデレラガールズの皆が仁王立ちで待っていた。
「何?」
きらりの仁王立ち、迫力あるようで無いな。
「何?じゃないよ!見て分からない!?」
皆の一歩前を陣取っていた未央が頬を膨らませて僕の目の前に立つ。
見て分かるかと言われると、まあ何となくは察することが出来る。
「いいじゃない。これでも皆に気を遣ったんだよ」
「良くないよ!」
「事務所の中がビチャビチャじゃんか!!」
>>237
ミスってしまった…
とりあえず見なかった事に
ビチャビチャ。
杏の座椅子と、きらりのタオルケット、未央や子供達のクッション、かな子のお菓子。
原因は言わずもがな。
「加湿器置いたのガクちんでしょ!!それも5つも!!」
「うん」
「少しは悪びれなよ!!」
「好きなもの置いていいって…」
「一つ!!!一つだけって決まってたでしょ!!」
「…喉が潤うよねえ」
「潤うどころじゃないよ!限度ってあるじゃん!」
こうして、加湿器を4つ持ち帰る事になった。
重いなあ。
やだなあ。
でももっと嫌なのは。
「……GACKTさん?」
僕の後ろでふやけた書類を持ってこめかみ辺りに青筋を浮かべるちひろだった。
…。
……。
「…あはは」
「あははじゃありません!!!」
第八話 終
また明日書きます
ミスったところは脳内修正お願いします
乙
リターナ―とかまたなついの持ってきたね
乙です
前三作の記憶を継承してないようだが、デジャヴを感じているシーンもある事だし
デレマスアニメの世界観自体もアニマスとリンクしてるからあとは…わかるな?
>>245
前三作はモバマス編ラストで現実選んで記憶消去したから継承しようがないんじゃ…
というか事務所とかアイドルとの出会い方とか諸々違うから別のものとして読むべきじゃね
乙ー
ガックンの自室には噴水があるらしいな
>>245
ゲームのモバマスとアニメのモバマスって感じで…
前ってこれ過去作か何かあるの?
蘭子のデビューから数週間後。
僕はまた一つの事件に遭っていた。
それを事件と呼んでいいのかどうかは分からないけどさ。
何というか、僕の中では事件なんだ。
「キャンディアイランドです!よろしくお願いします!」
「よ、よろしくお願いします…」
「頑張って歌いましたー!キャンディアイランドでーす!よろしくお願いしまーす!」
かな子、智絵里、杏の三人ユニット、CANDY ISLAND。
僕はてっきり杏ときらりが組むのかと思っていたけど。
問題はそこじゃない。
僕が言いたいのは。
「杏が、頑張って働いてる…?」
あの双葉 杏が笑顔で仕事してるのが信じられないという事だ。
ユニットの面子を決めるのはどうやら僕個人の意思だけではないようだった。
ちひろや今西部長、346プロのスタッフ達の多数決で決められている。
ちなみに、最近部長の名前を知った。
皆部長部長って呼ぶんだもん。
分かるわけないよ。
僕は嫌がる杏に無理矢理仕事をさせる予定で、その為にきらりと組ませてやるつもりだったのだけれど。
アイドル達を見る目は彼らの方が上だろうし、彼らに従う事にした。
…まあ、仕方ないってやつだ。
「はー…疲れた」
「CD、売れるといいですね!」
「たくさん売れるように、四葉のクローバーたくさん集めましたから…」
楽屋に戻り、いつもの皆に戻る。
気弱な智絵里に、温和なかな子に、グータラな杏。
内心本当に大丈夫なのかと思っていた。
僕の中では放送事故になりかねない事をされるんじゃないかとヒヤヒヤしていたけど。
杏はどうやら楽をする為の努力は惜しまない子のようだ。
…少し、見直したかな。
「GACKTさん。素敵な歌をありがとうございました!」
「…まあ、ね」
…僕の歌は、本当にアイドル寄りじゃない。
今回それをかなり痛感させられた。
見るからにロックとはかけ離れた三人組。
ユニット名もそうだ。
今回は曲をアレンジというよりもう別物にしてしまった感じだ。
この世界のアイドル達の曲を聴いて勉強して、とりあえずそれっぽくしてみた。
マジで苦労したんだよ、マジで。
…主に、耳がね。
彼女達のCD発売イベント後、なんとクイズ番組のオファーが飛び込んできた。
これには少し驚いたかな。
今までこんな順調な事は無かったからな。
…シンデレラガールズも、多少は知られてきたって事かな。
つまり僕の手腕だな、あはは。
事務所の中。
クイズ番組で出されるであろう例題本を隅々まで読み進めるかな子と智絵里。
それと自前の座椅子に身体を預ける杏を事務所に置いてきて、僕は自分の部屋へと戻った。
スケジュールの確認もしたいからな。
…それと、アイドルのお勉強。
「…本当この世界はアイドルで溢れてるんだなあ…」
それも、純粋無垢な子供達で。
…元の世界とは大違いだ。
そう思っていると、部屋の扉を軽くノックしてそれと同時に未央が入ってきた。
「ノックしながら入るならノックの意味ないじゃん」
「あはは、ごめんごめん!…ね、ガクちん!どうしても頼みたい事があるんだけど…」
「何?」
こいつの頼み事か。
…なーんか、嫌な予感。
「…」
未央に言われるがままされるがままやってきた。
案内されたのは、杏達がいる所。
つまり事務所だ。
というか、一つ部屋を過ぎただけだ。
いや、問題はそこじゃない。
「…これ何?」
「…か、カエルの着ぐるみ?」
着ぐるみの微妙に空いた穴から彼女達を視界に入れる。
みくや李衣菜、かな子や智絵里に杏。
それぞれなんと言っていいか分からなさそうな顔だ。
僕もどうしていいか分からない。
未央なりに気を遣ったんだろうけど。
「…クスッ」
突っ立っていると、かな子が吹き出す。
失礼な奴め。
「ご、ごめんなさい。でも普段が普段だから、おかしくって…」
「普段からめちゃくちゃラブリーなのに?」
「ラブリーな人はみくの猫耳千切ったりしないにゃ」
「かーわーいーいー」
「どこにもそんな要素ないにゃ!!」
…まあ、これもプロデューサーの仕事の一環、だよな。
着ぐるみのせいか暑くなってきたので、外に涼みに行く事にした。
クーラーの効いた部屋も恋しいけど、体感がおかしくなるからな。
なるべくなら、いつも自然に身を任せたい。
…全く、そんな訳にはいかないみたいだけどさ。
「GACKTさん、明日はシンデレラガールズの子達が私達の番組に来てくれるそうですね」
「そうみたいだね」
外に向かう途中、瑞樹と普通に鉢合わせしてしまった。
別に悪い事じゃないけど。
というか、彼女の言葉にはいちいち鼻に付く所がある。
正直苦手だ。
けど、恐らくオファーを送ってきたのは…。
「瑞樹さ、もしかしたら何か番組側に言った?」
「とんでもない。ちょっぴり思い出話しただけです」
「…ありがとな」
「あら、嬉しい…」
この子なりに激励してくれてるという事か。
…そこは、感謝しなきゃな。
そして息つく暇もないまま生放送当日を迎えてしまった。
一日という短い時間だったけど、果たしてかな子と智絵里はどれくらい知識を身につけたのか。
…という不安は杞憂に終わった。
「…」
これはクイズ番組のはずだけど。
僕の目には、どう見ても肉体を駆使する番組に変わっているように見える。
頭脳は筋肉に変わり、ブレインはマッスルに変わってる。
…聞いてないぞ、これ。
「…?」
…舞台上で瑞樹が僕にウインクしている。
…食えない女の子だね、全く。
舞台袖から両チームが出てくる。
この番組は本来チーム頭脳対抗戦のクイズ番組だったようだ。
しかしアイドル達の頭脳は番組スタッフ達の予想を遥かに下回っていたようで、ならば体力ならどうかとこのような仕様になったらしい。
かな子、智絵里、杏。
…一番向いてない奴らだぞ。
やっぱりきらりを入れておくべきだったか。
彼女が入ったら…いけない、想像出来るな。・
両者のマイクパフォーマンスが終わり、こちらに点数が入ってきた。
どういうことなのか、基準が分からない。
といっても10点。
こんなのすぐに逆転される点数だ。
たかだか短めの番組での勝負だけど、負けるのは嫌だな。
そんな事を思っていると、後ろの観客席から聞き覚えのある声がした。
「ガクちん!」
…声というか、僕の事をそんな風に呼ぶ女の子なんて一人しかいない。
「…」
振り向くと、やはり未央。
そして、凛と卯月。
仲間の為に駆けつけてくれたのか。
三人とも僕に手を振り、何かを喋ろうとしている。
静かにしておくようにとジェスチャーしてから視線を元の位置に戻し、次のゲームを待つ事にした。
次のゲームは、自転車の空気入れで相手の風船を割るというシンプル且つ金のかからなさそうなものだった。
が、力も体力も少ない彼女達にとっては凄まじくキツいゲームだったようで。
開始1分くらいで相手に風船を割られていた。
きらりがいたら…やめとこう。
「負けちゃいました…」
「まあいいよ。お前達向けじゃなかったしさ」
「次は、ええと…ファッションを競うゲーム?」
ファッション。
これは譲れないな。
「で、誰が出るの?」
「はいはーい。杏でーす」
「…えぇ…」
「なんで嫌がるのさ」
「想像出来るから」
「分かんないじゃん。もしかしたら意外といけるかもよ」
意外とって、負ける事前提で考えてるのかよ。
…とは言ってももう変更は出来ないから、もう祈るしかないよな。
相手のアイドルは、輿水 幸子、小早川 紗枝、姫川 友希。
恐らくあの腹立つ目をした幸子というのがリーダーだろう。
こういったゲームに慣れているのか、はたまたベテランなのか知らないけど。
今の時点で点差はかなり開いている。
そして次のファッションショーにはあの紗枝という京都娘が来るようだ。
どんな服を着てくるのか。
京都ということもあるし、着物だろうか。
…短絡すぎかな?
杏が着替える時、僕は楽屋から追い出されたので仕方なく先に現場で待つ事にした。
かな子ならともかく、あれの裸を見た所で特に何とも思わないのだけど。
そこはまあ、思春期だからということなのだろう。
で、つまり、杏がどんな服を着てくるのか分からない。
あの子の隠されたポテンシャルが発揮されるのかされないのか。
瑞樹ともう片方の司会者、十時 愛梨が杏を呼び、彼女の待ち構えるカーテンの向こう側が明らかになる。
…。
シン、と会場が静まり返る。
未央達も言葉が出ないようだ。
それもそうだ。
カーテンを捲られて出てきたのは。
今日、というかいつも着てるあのグータラファッションだったから。
おまけに汚いぬいぐるみを脇に抱えて。
「…JESUS」
…微妙にヤル気を出してる所は評価してあげたいけどさ。
紗枝の方は、予想に反して学校の制服を着てきていた。
あちらはどうやら、どうすればアピール出来るか熟知しているようだ。
…喋り方に似合わずしたたかなんだね。
さすが、京都の女の子だ。
結果は予想どおり、向こうに軍配が上がった。
「次、どんなゲームかなぁ…はむっ」
負けてストレスが溜まるのは分かるけど。
休憩の度にお菓子を頬張るかな子がどうにも心配でならないな。
小リスというか、ハムスターというか、モルモットというか。
…彼女には本能的に「食べない」というキーワードが無いのかもしれない。
次のマシュマロキャッチというゲームにも誰よりも早くキャッチ側を立候補していたから。
…本当、醜態を晒すのだけは勘弁してほしいものだ。
僕の胃が痛くなるだけなんだからいいけどさ。
何だか結果が予想出来たので、僕は一度持ち場を離れて未央達に話しかけに行く事にした。
「ありがとな。お前達のおかげで少しはあいつらも緊張せずにすんだみたい」
「えへへー。まあ先輩ですから?」
「うるさいよ」
「冗談だよ…。ねえガクちん、かな子ちゃん達大丈夫かな?」
「まあこういうのは最後に勝てばいいんだから」
「…そういえばGACKTさん、言ってたもんね」
凛や未央はもう僕が後ろから覆いかぶさっても何もリアクションを取らなくなっていた。
恥ずかしそうにしてくれるのは卯月くらいだ。
ちょっぴり寂しい。
「何か言ってた?」
「結果だけ見てればいいって」
「そういえば言ったね。そう、最後に勝てばいいんだよ」
過程なんかいいんだ。
…そう、いいんだよ。
「あ!かな子ちゃんが転んじゃってます!」
「ああ!お腹丸出しに!!」
…やっぱダメな気がしてきた。
というか、醜態を晒すのとは違うんだよ。
参ったなあ。
「ふいまひぇん…」
残ったマシュマロすら食べながら喋るかな子はもうアイドルに見えなくなっていた。
色気より食い気ってやつだな。
まあ標準体重みたいだからまだいいけどさ。
…まだね。
「次が最後だけど…やっとクイズだね」
というか元々そういう番組だろうに。
ようやく逆転のチャンスが巡ってきた。
これで一安心、かなと思っていると。
なんと智絵里が倒れていた。
「調子は?」
「…何とか」
「それじゃ困るなあ」
「…すいません。私がこんなだから…」
どうやらプレッシャーに押し潰されたらしい。
気が弱いというか、これではアイドルとして話にならないんじゃないだろうか。
「罰ゲームはバンジージャンプだってね」
「うう…」
もう罰ゲームは受けるだろうという体になってる。
「…まだ逆転はできるよ」
智絵里次第だけどさ。
皆が沈黙する中、一人がそれを破った。
「…はいはーい。杏は逆転を希望しまーす」
「?」
「何とかなる、と杏は思うよ」
…。
あはは。
「今日だけは、褒めてあげようかな」
「酷いなあ…」
「最後に笑える事が出来ればそれでいいんだ。今から勝ちに行こうぜ」
「…私、みんなに迷惑かけちゃうかもしれません」
「過程なんか気にしなくていいんだよ」
「…私」
「勝ちとか負けるとか考えるからダメなんだよ。勝つ事だけでいい。選択肢がひとつの方が、明らかに前に進むスピードは速いんだから」
「………私、勝ちたい」
「智絵里ちゃん…」
「勝って、みんなと、歌を歌いたいです!」
そう、それでいいんだよ。
これなら、心配はいらない、よな。
「さて!最後のゲームとなります!」
このゲームは、クイズに答えて相手の滑り台の傾斜を上げていき、どちらか全員落とした方の勝ちとなるバトルロワイアルだ。
見ている側としては面白いけど、ひ弱な彼女達には地獄以外の何物でもないだろう。
さて、勝ちに行くと言ったはいいけど。
「この度全国ツアーを果たす男性三人組ユニットといえば!?」
「ジュピター!」
「正解!どすえチーム20ポイント!」
…今の所その様子は無いみたい。
力の無い杏はもう限界を迎えたようで、ずるずると滑り落ちていっている。
でも、その時だった。
「杏ちゃん!」
「!」
智絵里があの細い腕で杏を掴み助けていた。
さっき倒れて弱音を吐いていたあの智絵里がだ。
…何だ。
やれば出来る子達なんだな。
…ちょっと安心したよ。
「徳川三代目の将軍は?」
「と、徳川家光!」
「正解!」
…それからかな子のファインプレーを皮切りに、各々が得意分野で光を見せた。
そして相手を全て薙ぎ倒し、最後には仲良く芸人のように落ちていった。
あはは。ここは笑いどころだな。
でもさ。
いやあ、まさか。
僕にも難しい問題をパッと答えちゃうなんてな。
科学というか、物理?かな?
ただの計算かな。
…杏め。
「さて!結果発表となります!」
結果発表の時間はすぐにやってきた。
前半は向こう側。
後半は僕達がリード。
さて、どうなるか。
…いや、どうもこうもないか。
そりゃ、同点だよな。
ま、御の字だよな、あはは。
「本当は勝ちたかったけど、まあいいよ」
「ありがとうございます!これでまたみんなとお仕事が出来ますね!」
「お仕事っていうのかな…」
…バンジージャンプって、どちらかと言えば芸人枠だよな。
「あー…やっと仕事しなくていいって思ったのに…」
「たかがちょっと売れたくらいじゃ印税生活は出来ないよ」
「うぇー…」
杏は納税額やCDで自分に入るお金とかについて考えていないのだろうか。
まあ、どうでもいいけどさ。
結果が発表された瞬間に肩の力を抜いている。
結局こいつはいつも通りという事だ。
本当なら杏一人にやらせてやりたいけど、皆やりたがってるし、今回はこの子のおかげでもあるからな。
見逃してやるとしよう。
僕が杏と同じく肩の力を少しだけ抜いていた時、瑞樹が少し上機嫌でこちらに向かってきた。
「何かムカつくんだけど」
「うふふ。結果オーライって事でいいじゃないですか」
ムカつくなあ。
「…ま、それはそれとして、貴方のアイドルの宣伝なんですから、貴方にも来てもらわなくちゃ」
「え?」
何を言ってるのかと思ったけど、杏達のポスターを手渡された時にああ、そっかと思った。
…これもプロデューサーの仕事の一環だな。
「ええと、皆さん!私達キャンディアイランドをよろしくお願いします!」
「デビューシングル、marmalade!どうか聴いて下さい!」
「…私達、今日限りで引退します」
「「なんでやねん!」」
「えー…こにゃにゃちわ…GACKT、です」
「「GACKTさん!!!」」
ちょっとくらいいいじゃない、ケチ。
http://www.youtube.com/watch?v=MWPiBW2XayI
「じゃ、罰ゲーム顔張って恋」
「嫌だなあ。しんどいなあ」
「ほら杏ちゃん!一番手だよ!」
「うー…」
仲良く落ちていく杏と幸子を見下げながら思った。
この子達、本当良いトリオになりそうだな、と。
しかし、もう一つ思う事がある。
罰ゲーム二番手のかな子と、向こうの紗枝を見比べて。
あちらとこちら、どう見ても…。
「…かな子さ」
「はい?」
「そろそろお菓子控えよっか?」
「はうっ!!?」
第九話 終
また明日書きます
marmaladeも名曲なんだよな
乙
乙です
乙
かな子がGACKT式食生活でダイエットするようです?(スレタイ
……ww
宣伝用ポスターを持っているだけなのに異彩を放ちまくるGACKTに、視聴者騒然
あんな顔キラキラさせた奴がスーツ姿でアイドルの宣伝ポスター持つためだけにいきなり出てきたら絶対ネットで騒がれるよな
「うわー出来てる出来てる!」
うん。
出来てるね。
「あー!これってピカピカポップにゃ!?…で、何でそれ見てるにゃ?」
「コラボするんだよ。グッズも出るんだってさ」
「えー!いいにゃー…」
杏達のユニットも少し落ち着いてきたので、次のユニットの「凸(デコ)レーション」をデビューさせる事にした。
今回はいつものように売り込みに行くのではなく、ピカピカポップというネットを中心としたものとコラボさせる事で売り出すという特殊な方法を取った。
インターネットサイトとのコラボレーション。
新しい売り込み方だよな。
昔では出来ないやり方だ。
今の御時世ネット社会となりつつある傾向にある中、これは丁度良い。
「結構人気があるらしいからね。それとコラボするという事は自動的にきらり達も注目されるって事にもなるんだよ」
おまけにこのピカピカポップ、テレビ局からも注目されているらしい。
「じゃあじゃあ!これからいっぱいいーっぱいお仕事出来るの!?」
みりあが瞳を輝かせて詰め寄る。
売れない事は無いだろうね。
「これからお前達を色んな所で露出させてくからさ。任せてよ」
「いや〜ん。露出だなんて、ガックンのエッチ…」
あはは。
「今更気付いた?」
「えー!GACKTさんエッチなの!?」
「みりあちゃん。エッチってのはね、ガクちゃんみたいな怖~い大人の事にゃ」
「?…ん〜?そ、そうなの…?」
みくがみりあの知識を書き換えようとしている。
どうせいつか覚える事なのにな。
…しかし好き勝手言ってくれるなあ。
「GACKTさんって怖いの?じゃあ露出すると怖い事になるの?」
「みりあちゃん。露出ってのはメディアとかだと思うにぃ?」
「めでぃあ?そーなんだ!」
…分かってないだろこいつ。
まあいいんだけどさ。
「そっかー…ガックン大胆だねぇ…」
「恐竜系男子だからな」
全く、僕をからかおうだなんて100年早いよ。
…というか、このメンツは本当苦手だ。
きらり、みりあ、莉嘉の三人ユニット、デコレーション。
凸レーションというのが正しいらしいけど。
…確かに合ってるよな。
二人はまだ小さな子供だけど、一人は僕より大きな高校生だ。
しかし性格的にはデコボコどころか平らなんだけどな。
…きらりが普段、どんな生活をしてるのか気になる。
「で、このイベント用移動車に乗って仕事してもらうんだけどさ」
「うんうん!じゃあ歌の練習しなきゃいけないよね!」
「今回はトークオンリーだよ」
「ええー!?」
彼女たちには可哀想だけど、今回のイベントは歌うのに適した環境じゃない。
というか、狭過ぎて踊れないだろうし。
「ガクちゃんはぁ、どんな事喋ったらいいと思うにぃ?」
…この子の喋り方、作ってるのか本心なのか。
出来れば後者であった方がいいんだろうけど、そうだとしたら17歳とはもう思えない。
「ガクちゃん?」
「ん…まあ、喋りたい事喋ったら良いんじゃないの?」
「むぇー…アバウトだにぃ」
こういうのに台本作ったって仕方ないじゃない。
というか、台本作るならまずこの喋り方から矯正する必要がある。
需要はあるだろうけど、僕には無いんだよ。
「でもでも、話題が無くなったらどうすればいいの?」
莉嘉はいつもベラベラマシンガントークをかましてくるくせにそんな事を心配してるのか。
「そうだなあ…」
この子達がどんな事を話すのか。
まあアイドルデビューの話とか、身の上話くらいなのかな。
「…放送事故にならなけりゃいいかな」
「えー?例えばどんなの?」
うーん…。
「処女です、とかかな」
「「…………」」
途端にみくときらりが黙り込む。
顔を真っ赤にして、俯きながら僕を睨み出す。
え?
「違うの?」
「「ガクちゃんのバカ!!!」」
あはは。
面白い。
「ねー処女って何?」
「何?」
「二人は知らなくていいにゃ!」
何も恥ずかしがる事は無いだろうに。
…きらりも意味は知ってるんだな。
意外。
イベント当日。
思ったよりも観客が集まっている。
まだまだ美嘉のLIVEに比べれば寂しいものだけど。
新人にしては上出来と言えるだろうな。
…ネット社会も意外と悪くない。
「ねえねえ!ポーズはこれでいいよね!」
「うーん、もっとセクシーにいきたいなあ」
「きらりはぁ、みんなで楽しくいきたいにぃ☆」
この子達には緊張感というものがないのだろうか。
まあ返って頼りになるからいいけどさ。
「そろそろ時間だよ。イって恋」
「「「はい!!」」」
…変な事言わないか心配ではあるけどね。
「それでは登場していただきましょう!デコレーションの皆さんです!!」
本番が始まって舞台袖から走って出ていくきらり達。
莉嘉、きらり、みりあの順番で上がっていくのだけど。
観客や野次馬の視線は明らかにきらりへ集中している。
それもそうだ。
僕も彼女達を見ているとお母さんといっしょでも見てる気分になる。
「凸レーションというと、デコボコという事ですね?」
「そうだよー!あたし達デコボコしてるでしょ?」
「年も私が11歳と、莉嘉ちゃんが12歳で、きらりちゃんが17歳なんだよねー?」
「おっつおっつ☆」
あの子達を纏めるのは年長者でもあるきらりの役目だ。
精神的にも恐らく一番上、だと思う。たぶん。
そう思っていると、莉嘉が客席ではなく、舞台袖の僕に向かって手を振ってるのが見えた。
みりあですら仕事に徹してるというのにな。
とりあえず僕も手を振っておいたけどね。
「カワイイー!!」
「えへへー★」
…受け入れてもらえたようで何より。
「お疲れー」
トークだけのイベントだったけど、3人にとってはとても貴重で忘れられない事だったようだ。
楽屋代わりのテントの中でまだ余韻に浸っている。
自分達がただ喋っただけで観客が湧き上がってくれるなんて。
そんなの、普通の日常生活じゃ無いもんな。
「ガックン!次は何処の会場なの?」
「原宿」
原宿と聞いてきらりの顔がにぱっと明るくなる。
何だろうか。
「えへへ…原宿は良く行くんだぁ♪」
「あ…そう」
….ああ、そうなんだくらいしか感想無いよ。
「…」
「入るよー」
しばしの沈黙の後、僕の後ろで誰かの声がした。
振り向くと、そこにいたのは。
「…とりあえずお疲れ様!三人とも。…四人かな?」
…。
帽子を深く被って、眼鏡をかけて変装しているようだけど。
「…美嘉さ、バレバレなんじゃないの?」
「えー!?でも野次馬に混じってた時は何とも無かったよ?」
…という事は。
オーラってやつか?
…アイドルオーラ?
…やっぱり分からないや。
「でも良く分かったね!それ程目に焼き付いてるのかな?」
「あれだけ了承も得ずに堂々と入ってくる奴なんてお前か未央くらいだよ」
「てへ★顔パスってやつで勘弁してよ」
…毎回後ろに来られるから、どうにも覚えちゃうんだよ。
「んー…えっとねぇ…莉嘉はGACKTさん見過ぎ!」
「えっ?ホントー?」
「きらりちゃんは……ちゃんと、出来てたね!」
「ばっちし?やったにぃ☆」
「で…みりあちゃんは頑張りすぎじゃないかな?」
「頑張りすぎちゃダメなのー?」
変な事考えてたら美嘉がトレーナーかと言いたくなる程に三人を評価しだした。
「あのさ…」
「それとGACKTさん、ちょっといい?」
それとなく注意を呼びかけようとした僕の声に被せるように美嘉が声を発する。
「何?」
そしてちょっといいかと言う割には僕の服を掴み引きずる勢いで歩き出した。
一応お前よりかなり歳上なんだけど。
「何なの?」
きらり達のいるテントから少し離れた所で止まり、僕の方に向き直った彼女。
ちょっと怒り気味で美嘉に質問すると、美嘉もまた眉間に少しだけ皺を寄せていた。
何が言いたいのか。
「GACKTさん。…あえて直接的に聞くけどさ、あの三人の事ちゃんと考えてあげてるの?」
「考えてるよ」
「…はあ」
何かムカつくな、この上から目線。
「ねえ、例えばみりあちゃん。あんな小さい子があんなに仕事に徹しててさ、偉いと思わない?」
「プロって呼ばれたいんじゃないの?」
前から憧れてたんだしな。
「違うよ。今みたいに他人事みたいにみりあちゃんの事考えてるから、そういうのが伝わるんだよ?…だからあれだけ必死に頑張ってる姿を見せたんじゃないの?」
「…何が言いたいわけ?」
「莉嘉だってそう。あの子寂しがりやで、GACKTさんからあまり話しかけてもらえないって言ってたよ。だからイベント中もチラチラGACKTさんの事見てたんじゃないの?」
「…それ、話しかけたくなかったんじゃなくて、話す事が無いだけなんだけど」
共通の話題がほとんど見つからないし。
「莉嘉はまだそういうのが分からないの!みりあちゃんもそう!……ねえ、さっきは言わなかったけどさ…」
「何?」
「きらりちゃん、時折すっごい悲しそうな顔してたよ」
…。
「あれが?」
「…あのね、もうこの際だから言うよ」
「…」
「GACKTさん、好き嫌いはっきりしすぎ。顔に出てるよ」
…。
……。
「…僕が?」
「正直、あたしの事そこまで好きじゃないでしょ?」
「どっちでもないかな」
「顔、物凄い嫌そうな顔してるよ」
「そんな顔してるか?」
「…あたしはとりあえず置いといて、きらりちゃんはああ見えて弱い子なんだよ」
「それと僕の関係は?」
「分かるでしょ!?GACKTさんがぶっきらぼうに接するから、あんな…」
…。
うーん。
自覚無いんだよなあ。
そんな風にしてたのかな…。
「…あ」
そういえば、蘭子の時も無意識に敬遠してたっけな。
かな子の時もそうだっけ?
…サングラス越しでも伝わるのか。
幼心には伝わりやすい、ということなのかな。
…幼い?
「…うーん」
「自分で選んだアイドルでしょ?ちゃんとコミュニケーション取ってあげなきゃダメだよ!」
拾ってきた犬みたいな扱いだよね、それ。
しかし選んだのは僕じゃない、というのは言い訳になるのかな。
「今日はおNEWの靴なんだにぃ!」
「わー!可愛い可愛い!!」
…。
蘭子程ではないけど、僕はどうにもきらりや小さい子供達も苦手なようだ。
きらりは僕とは正反対の性質だし、みりあや莉嘉も眩しすぎる。
おまけに彼女達は僕という男に遠慮なく抱きついてくる。
子供二人はまだどうでもいいけど、きらりの場合は少しだけ気にして欲しくもなる。
こうやって車に同乗してもそうだ。
前の座席にいる僕に向かって沢山話しかけてくる。
それだけ懐いたということなのか、はたまた先程美嘉に言われた事のように寂しがっているのか。
これ17歳なんだよな?
…参ったなあ。
「ねーねーガックン!お腹空いたー!」
「ええ…?」
赤信号で捕まっていた時、まさに原宿のど真ん中で莉嘉がぐずり出した。
まだ時間はあるけど、ゆっくりご飯を食べるような時間も無い。
かなり中途半端な時間だ。
「ならこの商店街にあるクレープ屋さんが良いと思うにぃ!」
「クレープ?」
食べに行くかこのまま進むか迷っていると、きらりが折衷案を出してきた。
というか、彼女が食べたいのだろう。
しかし原宿は本当にきらりの庭なんだな。
「それくらいなら良いよ。行こっか」
僕は食べてる姿でも愛でるとするよ。
「美味しー!」
「んまーい!」
きらりの言う通り商店街にあったクレープ専門店でしばしの休息を取ることにした。
周囲は僕らをどう見てるのだろうか。
にこやかに視線を送っている道ゆく人達。
子供三人を連れた保護者か、子供二人を連れた夫婦か。
出来れば前者がいいな。
「ガクちゃん!はいあーん!」
「「あーん!」」
きらり達が食べかけのクレープを僕に差し出してくる。
何も頼まなかった僕に気を遣ったのかな。
甘いのは微妙に苦手なだけなんだけど。
「ありがとな。一口だけ貰うよ」
うん…うん。
…まあまあ美味い。
しかしきらりのこの笑顔、確かに17歳には見えないな。
顔だけ見たら10歳かと思うくらいのベビーフェイスだ。
でも立ち上がったら僕より大きい身長。
そのギャップが逆にウケたのかもしれない。
「んしょ…」
少しすると、莉嘉が携帯を取り出し、僕らをバックに写真を撮っていた。
「?」
今流行りのSNSサイトへの日記だろうか。
「ううん、これシンデレラガールズのブログにアップしたら良いかなって!」
ああ、良いね。
「なら僕が撮るよ。メインはお前達だから」
「ダメ!ガックンも写るの!」
「そう?なら…」
周囲を見渡すと、一人の警察官と目が合う。
訝しげに僕を見ているようだけど。
まあ丁度良いや。
「あのお仕事中すいません。一枚写真をお願い出来ませんか?」
変に疑われるより堂々とした方が良いだろうしな。
「あの、まさにお仕事中なんですが…」
「そこを何とか」
「……まあ一枚だけなら…」
あはは、ごめんよ。
お姫様からご指名入っちゃったからさ。
「じゃーいきますよ…はいチーズ」
警察官が嫌々ながらも莉嘉の携帯で写真を撮る。
前に莉嘉、きらり、みりあ。
後ろに僕が三人を囲う形で入る。
これで少しは彼女達も機嫌が晴れたかな。
でもこうしていると、本当に家族みたいだな。
…あはは。
「ねーねー!この服可愛いよ!」
「これ蘭子ちゃんの着てる服っぽい!」
軽めの食事で終わるはずが、今度は初めて来た原宿に興奮気味の子供二人がどうしても服屋に寄りたいとぐずり出した。
おまけにきらりまでもが洋服を楽しそうに選んでいる。
休日にでも行けばいいと思うのだけど。
「…」
時間を確認すると、もうすぐ現地に行かなければならなくなっている。
…勘弁してよ。
「ガックン!似合う似合う?」
「いや、もう時間なんだけど」
「えー!?もう時間なの?」
「まだ早いよー!」
「向こうに着いても着替えとか軽い打ち合わせとかもあるから、これくらいで締めなきゃ」
「うー…せっかくみんなと一緒なのにー…」
「また休みの日にでも来ればいいじゃない」
と言っても、不定期になっちゃうけどね。
「でもでも、GACKTさんがいないよ!」
「僕?」
何で?
「何でって…」
みりあと莉嘉が互いの顔を見る。
「察しろ」みたいな感じだけど、分かんないよ、それじゃ。
「みりあちゃんも、莉嘉ちゃんも、この前のこと気にしてるんだにぃ」
きらりが僕の隣に来て話す。
この前?
「うーん、みくちゃんの、ほら…」
…ああ、あれね。
「別に気にしてないよ。ってか忘れてたし」
「でも、ガクちゃん何だかきらり達といると静かだにぃ」
静かなのはいつもなんだけどなあ。
「僕ってそんなにいつもはうるさいの?」
「そういうことじゃないよ?」
きらりが少しだけムッとした顔で詰めよってきた。
迫力あるようで無さ過ぎじゃないだろうか。
「ガクちゃんはぁ、いつもきらり達と話そうとしないにぃ…。だから、すっごく寂しいんだよ!」
美嘉に言われた事を再び思い出す。
つまり、あまり話しかけられないから自分達が好かれていないと思っていたのか。
凛のように構いすぎると嫌がる子もいれば、構って構ってな子もいる、か。
…女心って、難しいなあ。
「まあ、うーん…そうなの、かなあ?」
だからといってどうしろと言うのか分からないけど。
「「「…」」」
三人がじーっと僕を見つめる。
こんなにドキドキしない視線は初めて味わうな。
…仕方ない、か。
「…まあ、たまには一緒に何処か行こうか」
「わあい!ガックンとデート!」
「デートだあ!デートって何?」
「デートってのはぁ、男の子と女の子が一緒にお出掛けする事だにぃ!」
…嵌められたな、これ。
まあ、うん。
悪くないよ、そういうの。
「とりあえず、もう行こうよ。本気で時間無いよ?」
「「「はーい!」」」
GACKTデビューフラグがビンビンになってきてる
目的の全てを果たした三人は改めて仕事場に向かおうとする。
「ほらガックン走って走って!」
…好き勝手言うよなあ。
誰かさんに似てるよ。
あ、姉妹だもんな。あはは。
「早くしないと遅れちゃうにぃ!」
「前見てないと…」
「…あっ!」
あーあ、転んじゃった。
…きらりはピンクのストライプか。
予想通りというか、なんというか。
「痛いにぃ…」
外傷は特に無かったものの、どうやら足を挫いてしまったようだ。
足首が赤くなっている。
大した怪我ではないようだけど、走るのは無理そうだな。
「きらりちゃん大丈夫?」
「ごめんね。私が走ろうだなんて言っちゃったから…」
みりあがきらりに涙ぐみながら謝っている。
莉嘉も時間を気にする事なくきらりの心配をして、必死に彼女の足を治そうとしている。
…この子達、素直だなあ。
しかしきらりは俯いたまま、全く応答しない。
いや、してはいるが。
「ごめんね。きらりは一番年上なのに、こんなみんなの足引っ張るような事してごめんね…」
本気で泣いてしまっている。
…年上は僕なんだけどな。
どうやら本当にメンタルが弱いようだ。
そういえば、歌のレッスンの時も一番泣いてたよなあ。
…いつもこういう所に気づいてやれない。
…僕も、まだまだ未熟者だ。
「きらり、アイドルなんて向いてないのかなあ…」
「そんな事ないよ!きらりちゃんがいるから凸レーションなんだよ!」
「こんなのタクシー捕まえたらすぐ行けるもんね!」
「きらり」
「…?…どうしたの、ガクちゃん…?」
「きらりは「北風と太陽」の話、知ってる?」
「…?」
頑なに閉じた心を開くのは、強引な方法ではダメだ。
まずは相手の心をゆっくりと温めていかなきゃならない。
「きゃっ…が、ガクちゃん…?」
「タクシー乗り場まで、こうしてやるからさ」
「おお!お姫様抱っこ!!」
「GACKTさんすごーい!!」
僕ときらりは正反対の性質。
彼女を太陽とするなら、僕は月なのかもしれない。
だけどきらりは人間だ。
太陽のようにずっと輝いてるわけじゃない。
いつかはバテる時もある。
そんな時は、陰から支えてやらなきゃならない。
倒れかかったら、後ろから支えてやるまで。
つまりは、僕はきらりの「影」、という事か。
いや、アイドル全体の影、か。
「ガクちゃん…」
「自分より小さなオトコにこんな事されるなんて思わなかったろ?」
「…ううん。すっごく嬉しいにぃ☆」
涙目ながらも精一杯、もしかしたら今までで一番のかもしれない笑顔を見せたきらり。
…おかしいな。
…ちょっと、ドキッとした。
あれから周囲の奇異な視線を無視しながらタクシーまで歩き、何とかギリギリの時間で向こうに着いた。
一応ちひろに遅れるかもしれないという連絡をしておいたからか、現場のテントではちひろが凛と美波と蘭子を引き連れて待っていてくれていた。
…でも。
「あははは。何その格好」
「衣装がこれしか無かったの!!」
http://livedoor.blogimg.jp/syutarutsu/imgs/4/3/43274f27.jpg
そりゃアイドル以上に目を引くイケメンがアイドルをお姫様抱っこで歩いてたら注目するわな・・・
きらり達が着いた事でホッとしたのかすぐさま私服に着替えた凛と美波。
蘭子は衣装が気に入ったようで暫く着ていたけれど。
凛のツインテール、イケてるのかどうなのか…。
「お、始まるみたいだね!」
先に現場に入っていた美嘉が声を上げる。
舞台を見ると、きらり達が楽しげに自己紹介していた。
「「「こんにちはー!凸レーションでーす!!」」」
…今ならはっきり言える。
良い笑顔だってな。
http://www.youtube.com/watch?v=qV7-FJvj_T0
「ねえ、GACKTさんもきらりちゃんみたいに笑ってみたら?」
仕事も終わり、後片付けをしているスタッフ達を見ているとふいに美嘉が喋る。
「笑顔ならいつも見せてるけどなあ」
「いつもの悪どい笑顔じゃなくてさ」
失礼な奴め。
こうしてやる。
「あー!変装バレちゃうでしょ!!」
…けど今回は美嘉のおかげかもしれないな。
彼女達の良さを発見、いや再確認させてもらった。・
アイドルとしては美嘉の方が一枚も二枚も上手という事だったか。
でももう大丈夫だ。
もしもう一度彼女達の事を聞かれたらこう言ってやるからな。
彼女達は、「僕が」見つけたアイドルで。
「僕の」育てた最高にイケてるアイドルだってな。
第十話 終
また明日書きます
乙やで
GACKTのGACKTらしさが存分に出ていて素敵だと思いました(小並感)
しかしやっぱりコミュ力に欠けるあたりがモバPらしいっすね
乙です
乙ー
乙ニョワー☆
逮捕フラグをその方法で折るとはさすがGACKT
その日は朝イチで部長とちひろに呼び出された。
何でも大きなプロジェクトをやりたいらしい。
何だろうか。
そして朝が早すぎるからか、周囲に人がいない。
通勤ラッシュとは都市伝説じゃないのかと疑いたくなる程だ。
サラリーマンとしては有り難いけどさ。
…そろそろシンデレラガールズもまとまってきた。
つまりは、そういう事…なんだろうか。
「おはよう。ちひろ」
「GACKTさん!おはようございます!」
いつもの緑スーツで僕を迎え入れるちひろ。
小さな手には紙が数枚。
それを僕に手渡し、にこやかに笑う。
「…これなに?」
「それは…」
…。
…ああ、やっぱそう来るか。
「ええー!?みくと!?」
「私が!?」
「「ユニットを組む!?」」
朝からよく声が出るなあ。
元気な証拠だ。
シンデレラガールズ最後のデビュー。
それは李衣菜とみくのコンビ。
実はこのコンビ、言い合いしてるけどよく一緒にいる所を見る。
あながち組ませたのも間違いではないと思うのだけど。
「なんでにゃ!みくは可愛くネコキャラで行きたいんだにゃ!」
「私だって!クールでロックに行きたいんです!」
そういえばみくは僕の前であまり猫耳をつけなくなった。
引き千切られる恐れがあるからかな。
誰にって?あはは。
というか李衣菜はクールではないし、ロックでも無いと思うけどな。
「いいじゃん。猫ロック」
「一緒にしないでほしいにゃ!」
「こっちだって!」
僕の前でいがみ合う彼女達。
何とも迫力の無いいがみ合いだ。
「この際キャットファイトでもしたら?」
「上手い事言ったつもりかにゃ!」
周りからは心配の声が上がっている。
無理もない。
会話すれば5分で喧嘩になり、しまいにはお互いの服装をけなしあっている。
はたから見れば犬猿の仲と言わざるを得ないものだろうな。
「あの二人大丈夫なの?今日も言い合いしてたけど…」
見るに見兼ねた凛が僕の部屋にやってきた。
おせっかいというか、何というか。
「ほっときなよ。殴り合いでもしてるなら別だけど」
「いやそれは未然に防がなきゃ…」
言い合いなんていくらでもあるさ。
僕だってバンド時代はそうだった。
「仲が悪いなら一緒に話したりしないだろ?」
「仲が悪いっていうか、方向性が合わない?って感じでさ…」
方向性か。
猫耳とロック。
合わせちゃえばいいのにな。
「もし本気で嫌なら変えるよ」
その辺は本人達の問題点だしな。
凛達が関与する事じゃない。
U+Kと聞いて飛んで来ました
ニュージェネレーションズ、ラブライカ、キャンディアイランド、凸レーション。
…蘭子。
ユニットを組ませる時に考えた事。
それはバランスだったり、性格だったり。
はたまた上の判断だったり。
みくと李衣菜はその辺の事が不一致だ。
しかしそうじゃない。
ユニットを組むにはもう一つ理由がある。
それはお互いに足りないものを補わせるということだ。
バランスではなく、差を埋める。
最後には完璧な平らにすることが目標なんだ。
ただ仲が良いから趣味が合うからのユニットなんていくらでもいる。
ならこの二人はどうか。
「どうもこうもないにゃ!ねえお願い!ソロで出してほしいにゃ!」
「わたしもお願いします!」
…。
うーん。
「あのさ、僕がプロデューサーやってて何か不満ってある?」
唐突な質問に戸惑う二人。
何を言ってるんだこいつはって顔だな。
「いいから答えてよ」
「んー…仕事熱心、だけど…バイオレンスにゃ!Sだにゃ!ウルトラSだにゃ!」
「クールって感じですね。それでいてロックで…でもちょっととっつきにくい…です?」
「…まあとりあえず、良い所も悪い所もあるってことだよ」
「良い所と…」
「悪い所…」
「それは他の皆も、お前達にもある」
顔を合わせる両者。
まだ納得がいってないようだけど。
「つまり、お前達は別に仲が悪いとかじゃなくて、ありふれたコンビって事だよ」
「…余った二人の寄せ集めとかじゃないのにゃ?」
だったらまず組ませたりしないよ。
・
「どうしても嫌ならやめるけど、どっちかがまたレッスン漬けの日々になるよ」
それを聞いてビクッとしている。
そして二人でコソコソ会話して、結局ユニットを組む事をしぶしぶながらも承諾した。
あはは。
こんな仲の良いコンビなら大丈夫だよ。
事務仕事を一段落させ、自分の部屋から出る。
事務所内に行くと、アーニャが珍しくソファにだべっていた。
腕を力無くだらけさせ、虚空を見つめている。
一人でいたからか、気を抜いたようだ。
暑さには人一倍弱そうだもんな。
「…」
コソコソと後ろから近づく。
どうやら全く僕に気づいてないらしい。
「…アーニャー」
「…Что!!?」
流暢なロシア語で驚くアーニャ。
ロシア人だからな。そりゃそうか。
…北海道から来たってのは最近知ったよ。
「驚いた?」
「は、はい…どう、しました?」
「あはは。特に理由なんてないよ。こうしたかったからかな」
仕方ない奴だ。
そんな感じで肩をオーバーにすくめながら苦笑する彼女。
…この仕草、本当可愛らしいな。
「アーニャはさ、みくと李衣菜のユニット、どう思う?」
「アーニャと、みく、ですか?…とても、賑やか?だと、思います」
賑やかか。
確かにそうだよな。
あんなモンキーパーク中々いない。
「私と、美波は、静か、です」
「…あー。そうだよね」
なるほど。
うるさい同士丁度良いって事か。
「…お前やっぱ良いオンナになるよ」
「…?」
「可愛い系にゃ!!」
「ロック!!」
レッスン場外の休憩所で猫耳を押し付けるみくとそれを拒む李衣菜。
ニュージェネレーションズがそれを心配そうに見ている。
「あれ何してんの?」
見れば何があったのかは大体把握できるけど、とりあえず聞く事にした。
「あー…ユニットの方向性で揉めてるみたい…」
未央が耳打ちするように答える。
凛に至ってはあからさまに面倒なものを見る目だ。
心配そうにしてるのは卯月くらいか。
「んー…」
僕なら可愛さもロックにしちゃうんだけどな。
…いやまずロックってそういう風に使うもんじゃないだろ。
僕が入った所で何か変わるとか思わないけど、プロデューサーとしてとりあえず仲裁に入る事にした。
「カッコ可愛いって言葉もあるだろ?少しはお互い受け入れてみろよ」
「「むー…」」
…子供だよなあ。
翌日、再び僕の部屋に入ってきたみくと李衣菜。
ソロで同時デビューは無理かと聞いてきている。
…相手を蹴落とすような仲じゃないって事か。
ちゃんと相手を思いやってるじゃないか。
…そう言っても否定されて終わりか。
「一緒に住んでみたら?」
二人にどう声をかけようか悩んでいると、何時の間にか入ってきていた莉嘉が面白い提案をした。
「私もお姉ちゃんと一緒に住んでるけど、すっごい仲良いよ?」
なるほどな。
同じ釜の飯を食えと。
その案、気に入ったよ。
「じゃあ、みくの寮に李衣菜が住むって事にしよっか」
しかし予想通りめちゃくちゃ嫌がる両者。
だけどもう決定事項だからさ。
「強引だにゃあ…」
そしてまた翌日。
今日から李衣菜はみくの家にお邪魔する。
ある程度は業者に頼んだらしいけど、自分で持てる物は持つらしい。
「あれ?ギター持ってたんだ」
凛が李衣菜のギターケースを見て呟いた。
その台詞で凛が彼女をどう思っているか分かってしまう。
というか、もう周知の事実なんだな。
「ま、まだ練習中だから…」
「…ちょっと貸して」
そう言うと、ケースからギターを出して、軽くチューニングしてからおぼつかないながらも弾き始めた凛。
これには僕も驚いた。
「すごーい!凛ちゃんギター弾けるんだね!」
「昔ベース弾いた事があって、それで何となくギターもいけるのかなって…」
卯月の声で我に帰った凛は少し赤くなりながら李衣菜にギターを返した。
全く。
「凛はどれだけ僕にアピールすれば気が済むの?」
「何言ってんの!!!?」///
…しかしチラッと見たけど。
「李衣菜さ、ギターの練習してる?」
「うっ…」
それは安物のそれだし、長い間手入れしてないのか音が悪い。
触ってない証拠だろう。
「持ってるなら練習しなきゃ。こいつがかわいそうだろ?」
凛が弾いたなら、僕も見せてやらなきゃな。
こういう時くらいしかプロの腕を見せられないってのが辛いけど。
「…」
音は悪いけど、このギターに出せる最高の音を出したと思う。
しばらくギターには触ってなかったけど、そうそう衰えるものではないらしい。
「GACKTさん、何かバンドやってたの?凄く上手かったけど」
「あはは。秘密にしておこうかな」
「何それ…」
だって言った所で信じてもらえないしな。
「…」
そして僕の演奏を誰よりも真剣に聞いていた人物がいた。
…李衣菜だ。
「練習すればこれくらいは出来るよ」
僕の言葉に大きく何度も頷いたけど、果たして彼女はこのギターを使い始めるのか否か。
少しは本当にロックと向きあってくれればいいけど。
…だからロックってそういう使い方しないって…。
李衣菜がみくのいる寮に泊まって一日。
その翌朝、早くも不機嫌な二人がいた。
「何があったの?」
「ありすぎるにゃ!まずいらない物が多すぎるにゃ!」
「いらない物!?いるよ!全部!」
「ヘッドホンは一つで十分にゃ!それに壁に画鋲刺しちゃダメにゃ!」
「えー…」
…。
何だか、若いカップルを見てる気分だ。
「ガクちゃん何で笑ってるにゃ!」
「いやあ、ラブラブみたいだからさ」
「ラ…心外だにゃ!!みくは可愛いのが好きなのにゃ!」
「こっちだって!」
ふと気付くと、彼女らを眺める女の子が一人。
未央が中々終わらない言い合いをすぐ後ろで腕を組みながら見ている。
ディレクターか、お前は。
「んー…だってこのまま二人にしても平行線でしょ?」
「本当は譲りあえばいいだけなんだけどね」
「まあそういうキャラで売り出してるし、意地なんだろうね。ここまで来ると」
随分冷静に言ってるな。
ちょっと前のお前にも言ってやりなよって思うけど。
「…で、どうするの?」
「…間にワンクッション入れて、バランス取ってみるとか?」
気付けば何時の間にか一部屋言い合いしているみくと李衣菜、雑談する僕と未央の奇妙な絵図が出来上がっている。
「あー…」
誰かが仲裁役に入るって事かな。
でも流石に寮に三人は狭いんじゃなかろうか。
「ってかそれやったら折角コンビ組ませた意味無いもんね…」
…あ。
閃いた。
「未央さ」
「何さ?」
「つまりさ、アイドルの誰かじゃなければいいんだよな?」
「え?…うーん…そう、なのかなあ?」
「あはは。なら簡単だよ」
「…ダメだよ?」
「え?」
「いやあの、流石にダメだよ?」
…。
「…僕じゃダメ?」
「…ダメ」
「…絶対にダメ?」
「…ダメ」
「…何でダメ?」
「…ダメなんだもん」
あはは。何かこの未央可愛いな。
「そこで、私ですか?」
「うん」
議論の末、ちひろが二人の家にお邪魔する事で決着がついた。
しかし三人があの部屋に入るのか。
…狭すぎじゃないか?
「でもGACKTさんだとどうしてダメなんです?」
「だってガクちんだとねぇ…」
「ああ…」
ああ…って何だよ。
「いや、間違いがあると困りますし…」
失礼な奴だな。
僕は節操あるオトコだぞ。
「でもさ、実際問題狭過ぎやしないか?」
「うーん。でも女の子同士で雑魚寝って、何か修学旅行みたいじゃないですか!」
僕の頭の中に、三人寝苦しそうにしている姿が目に浮かぶ。
「でもさ、元々二人に同じ釜の飯を食わせて仲良くさせようって事だったんだよな?」
「だけどそれじゃ平行線だって…」
「もう少し、二人に任せてみようよ」
こういうのって、あまり誰かが出しゃばると余計に混乱しかねない。
「あ、でもGACKTさん」
ちひろが何かを思い出したかのようにポン、と手を叩く。
「どうしたの?」
「みくちゃんと李衣菜ちゃん。このままだと本当にどちらかが降ろされるかもしれませんよ?仕事先でも言い合いしてるらしいですし…」
惨い言い方するなよ。
最終的にはデビュー出来るんだから。
「…まあ、あの二人もそこまでバカじゃないと思うよ」
心配だけど、仕方ない。
見守るのもプロデューサーの仕事だ。
「…あれ?じゃあ私何の為に呼ばれたんでしょうか…」
その日の夕方。
もうすぐアイドル達も帰っていく時間だ。
僕はとある大きなプロジェクトの為に一人事務仕事に打ち込んでいた。
…だけど。
「前川みく、多田李衣菜。…ユニット名…曲も…いやそれ以前かな…」
まずはこの二人をどうにかしなくてはならない。
何にしても課題が多い。
もしかしたら、今までで一番苦労させられるかもしれない。
改めて、自分が相手をしているのは思春期真っ盛りの子供達だという事を再認識させられた。
「あ゛ー…」
「何これー!」
目を閉じて気の抜けた声を出していると、莉嘉の声で我に返る。
「何って…フェスの事?」
「みんなでライブ出来るの!?」
「そうだね。じゃないとシンデレラプロジェクトを作った意味が無い」
「わー!すごいすごい!早速みんなに言ってくるね!」
「ダメだよ。まだみくと李衣菜のユニットの問題が残ってるじゃない」
「?分かったー!」
アイドルフェス。
シンデレラガールズプロジェクトの皆での合同LIVE。
これが成功すれば、恐らく第一線で活躍するアイドル達にも匹敵する知名度を得る事が出来るだろう。
しかしまずあの二人がちゃんとやってくれないとこのフェスは崩れる。
だから僕ら大人も少し焦り気味だ。
莉嘉には言わないようにそれとなく伝えておいたけど。
『ええええ!?私達でアイドルフェスやれるの!?』
『そうだよ!楽しみだね!』
…相手はまだ子供の中の子供だったな。
忘れてたよ。
しかし莉嘉の口の軽さが意外と吉と出たようだった。
その翌日から、みくと李衣菜は全く喧嘩をしなくなって仕事に打ち込み始めた。
お互い全く別々の衣装を着てる時点で心中お察しだけどな。
うーん。
こうじゃ、ないんだよなあ。
これはお互いが我慢をしたというより、今だけ我慢してやるみたいな感じがする。
こんなんじゃ、いつフラストレーションが爆発してもおかしくない。
彼女らは心では通じ合ってる筈だ。
それを理解しようとしない。
それも子供染みた意地で。
プロだなんだ言うならそんなものはかなぐり捨てればいいと思うのだけど。
でもそれを言ったらおしまいだよな。
仕方ないな。
僕も少しだけアクティブになるとしよう。
それから僕は、彼女らのどちらかが一人きりになる機会を狙って話しかけていく事にした。
二人いる時だと言い合いになりそうだしな。
「みくはさ、可愛く行きたいんだよな?」
「そうだにゃ!クールでロックだなんて…」
「…とりあえずさ、李衣菜がロックかっていったら、違うよな?」
「…うん」
「それにクールっていうのも、違うよな?」
「…あ、…うん」
「そう考えたら、楽じゃないか?」
「それ何か李衣菜ちゃんが可哀想だにゃ…」
やっぱり、心の中では受け入れてるんだよな。
相手の思いまで否定はしたくない、か。
思いは違えど立場的には同じなんだもんな。
「それが分かってるなら、アイツの事、受け入れてやれるよな?」
「…にゃ」
大丈夫だ。
組み始めは皆色々あるものだから。
「ガクちゃん、みくレッスン行く途中だったんだけど…」
「…あっ」
みくの方向50m先に複雑な顔で立っているトレーナー発見。
「…じゃあ、任せたよ」
「ふにゃああ…」
元はと言えば、お前達が悪いんだぞ。
この日、みくはどうやらオーディションが長引くようで、先に李衣菜を帰らせたようだ。
事務所に寄った李衣菜を捕まえて話してみる事にした。
「李衣菜、これからご飯でもどう?」
「あー…行きたいのは山々なんですけど…今日、晩御飯作るつもりなんですよ…」
右手に持ったスーパーのビニール袋を見せる彼女。
若干中身が透かされて見える。
「…魚?」
「はい!今日はカレイの煮付けにするんです!…食べたいですか?」
…シブすぎじゃないか?
「骨取るの面倒臭いんだよねぇ…」
「えー…子供っぽい…」
「かーわーいーいー」
「…くすっ。何かGACKTさんって、クールなイメージなのに、子供っぽかったり、不思議ですね」
「…ロックだからな」
「…えっ?」
「お前のロックは知らないけど、僕のロックはひたすらバカやって生きていくって事だから。クールとかそんなんじゃなくてさ」
「…ひたすら、バカに…」
「自分も楽しむ。相手も楽しませる。その為に日々血の滲むような努力をする」
「…それ、楽しいんですか?」
「他人から見たら地獄、自分から見たら至福」
「…楽しいと思えという事ですね!分かりました!多田 李衣菜!ロックに行きます!」
単純だなあ。あはは。
…そういえばみくの自己紹介文に「魚嫌い」って無かったか?
「…」
「「…」」
…。
どーしよっかな。
「お願いします!このイベント、みく達にやらせてほしいにゃ!」
あくる日、僕にアイドルの誰かをサマーイベントに出してくれないかとオファーが来た。
当日空いてる者達はそれなりにいるものの、隣の部屋で聞いていたみくが突如自分達に任せてくれと大見得を切ってみせたのだ。
これには李衣菜も困惑気味で、理由をみくに問いただしていた。
「どうしてそんな事言っちゃったの?まだ曲もユニット名も決まってないのに…」
「…チャンスを無駄にしたくないんだにゃ」
チャンス、か。
確かに、偶然というか、奇跡というか。
「でもちゃんとまとまってくれないとチャンスもへったくれもないよ」
「分かってるにゃ!…だから、李衣菜ちゃん!」
「…!…うん!」
…何?
何か僕に向き直ったけど。
「「私達に、歌詞を書かせてください!!」」
「嫌」
「ええええええええ!?何でにゃ!!」
「今絶対によし頑張れって言う所じゃないですか!!」
「嫌だよ。…まあ、多少の案なら受け入れるけどさ」
「う…まあ、この際それでいいにゃ!」
…さて、どんな案が来るのやら。
いや、もう何となく分かってる。
スーツのポケットにある違和感と、この二人の事である程度分かったよ。
二日後。
衣装も決まり、歌も決まった。
後は二人の団結力がどこまで高まったのか、だ。
「相変わらず衣装はバラバラなんだね」
「もう開き直る事にしたにゃ」
「バラバラなのが私達のユニットの良い所でもあるって!」
まあ統一しなきゃいけないなんて決まりは無いもんな。
「今日は事務所からも駆けつけてきてくれたからさ。イイ所見せつけてやれよ」
「「はい!!」」
観客席を見る。
夏の日差しが照りつける外会場というのに、わざわざ見にきてくれた人達。
中には物珍しさから来た者達もいるだろう。
「…お」
後ろを見ると、未央達が汗を拭いながら手をこっちに振っている。
アイドルに日焼けはマズイと思うけど、まあ、いいよな。
「みんなー!今日は集まってくれてありがと…にゃっ!!」
みくの挨拶。
初対面の人間には戸惑いしか感じられない。
僕もそうだったからな。
けど、あの子達はそんな事でたじろぐ様な弱さは持っていない。
ちゃんと教えたからな。
バカになれって。
…本当はもっと伝えたい事があったけど。
今の彼女らには、一つでも伝わってればいい。
「「にゃーっ!!!」」
『『にゃーっ!』』
「それじゃ行くにゃー!」
「激しくイくよー!!」
この歌が彼女達に相応しい物なのか分からない。
だけど、どんな曲でも自分の物にするのがプロってもんだ。
可愛く、激しく。
あはは。
結構いいじゃない。
http://www.youtube.com/watch?v=gvjToU3MfBY
LIVEも無事に終わり、もう一つの宿題に差し掛かっていた。
「結局お前たちのユニット名まだ決まってないんだよね」
週刊誌に取り上げられたのはいいが、謎の2人組として処理されたみくと李衣菜には同情せざるを得ない。
どうしようかと迷っている時、ちひろが入ってきた。
ちょうど良いや。
「ちひろ、この二人のユニット名なんだけどさ…」
「?…アスタリスクじゃないんですか?」
「アスタリスク?」
ちひろがこれでしょう?とシンデレラガールズプロジェクトの紙を見せてみく達の所を指差す。
指先には*印。
…アスタリスク。
そうだよね。
アスタリスクだよね。
…あはは。
「…ああ、いいねそれ」
「それ何かカッコ良くていいですね!」
「何か可愛い感じにゃ!」
みくも李衣菜も気に入っているようだ。
だけどその記号一文字はマズイ。
「じゃ、カタカナでアスタリスクだな」
「?別にこのマークでもいいにゃ」
「いや、ダメだよ」
「…?わ、分かったにゃ…」
それ、変に連想する奴いるからな。
…純粋って、たまに怖いよな。
「…」
我ながらパソコンのキーボードを打つ速度が速くなったと思う。
ここに来て大体の仕事はこれだからな。
元々打つのは速い方だけど。
「…」
ENTERキーをターンッなんてやった事一度も無かったけど、ついやってしまった。
それだけこのイベントに期待しているという事なんだろうな。
「アイドルフェス、シンデレラガールズプロジェクト…」
僕の育てた14人のアイドル達による大規模なLIVE。
「ガクちんお疲れー」
「お疲れ。帰り?」
「そだよー」
未央がいつものように僕の部屋に現れる。
本当によく来るよなこいつは。
「他の奴らは?」
「しぶりんは犬の散歩とかで、しまむーは親御さんの用事だって」
…犬の散歩。
あいつらしいや、全く。
「…じゃ、お前一人?」
「…どーかなー?」
未央が僕を見ながら含みのある言い方をする。
そして今、未央の周りには誰かがいる気配はない。
未央を見ると、わざとらしく下手くそなウィンクを投げかけている。
…。
はいはい。
「…一緒に、晩御飯どう?」
「…にひひ♪」
デートに誘うのは、いつだってオトコの方からじゃないとな。
…さて、シンデレラガールズもやっと一段落終えた。
…いや、今やっとスタート地点に立ったという方が正しいな。
これからどうやって、どうなっていくのか。
そして僕は元の世界に帰れるのか。
それは全く分からないけど。
…今は。
「…どしたのガクちん?」
「何でもないよ、行こっか」
「…うん!」
…このひとときを楽しむとしよう。
積もる話はこれが終わってからだ。
第十一話 終
また明日書きます
乙
動画見れないけど?
乙です
おつ
乙です。
ついに来た。
…うん、ついに。
「346プロ合同LIVE、アイドルフェスがやっと来ましたね!」
ちひろと部長、僕の三人。
会議室で中年と高翌齢のおじさん二人と年齢不詳の女の子が大人とは思えないウキウキ感を醸し出している。
こんなにも分厚い冊子を見てるとそんな気にもなるさ、あはは。
「…で、まずは合宿、と」
冊子で一番はじめに注目したのはシンデレラガールズ達の合宿。
個々で練習していては全員で歌う新曲なんて到底覚えられない。
…新曲か。
「GACKTさん!気合の入った曲期待してますからね!」
気合か。
僕は気愛だけどな。
全く、ちひろも無茶を要求するものだ。
僕への曲作りは良いとして、このアイドルフェス。
当日までの時間があまりにも短い。
果たして彼女らは無事にこのフェスを終えられるのだろうか。
…いや、僕の育てた子達だ。
これくらいやってのけなきゃダメだよ。
「…私が、ですか?」
「そうだよ」
そしてこの合宿。
僕は諸事情で途中までしか参加出来ない。
つまり、誰かが子供達の面倒を見てやらなきゃならないということだ。
子供達の面倒を見るのは年長者の役目。
シンデレラガールズで年長者といえば。
「美波には辛いかもしれないけどさ」
この子だ。
新田 美波。
おしとやかで穏やかな外見とは裏腹に、ラクロスで鍛え上げた足腰とスタミナ、精神力。
内も外も出来た奴ってのはそうそういない。
この子に関しては僕も絶対に
選んだと思う。
「辛いなんて事は…ちゃんと務まるのかなって」
「出来るよ。僕はそう思ってる」
しかし美波の顔は心配でならないといった顔だ。
初LIVEの時はあんなに頑張ってたのにな。
「…あの、GACKTさんの諸事情って?」
「…色々だね。スタッフとの打ち合わせとか、衣装とか、…後は…」
…。
いけないいけない。
これ以上は今は禁句だ。
「…後は?」
「…ナイショ」
気になるって顔だな。
あはは、可愛い。
「ねえねえ!ご飯とか何が出るのかな?」
みりあと莉嘉は楽しそうだな。
恐らくこの子達は修学旅行にでも行く気分になってるんだろうな。
…合宿ってのがどれだけキツいか知らないみたいだね。
「ガクちゃん、本当に大丈夫にゃ?」
みくが僕に寄ってくる。
何が心配なのか。
「だってまだみくと李衣菜ちゃんは曲も完全じゃないにゃ」
完全か。
…完全ねぇ。
「なら大丈夫かな」
「え、何でにゃ?」
「まだシンデレラガールズは僕の目標の10%にも達してないよ」
「…鬼畜だにゃあ…」
彼女達のレベルは僕に言わせればまだまだ低いと思う。
素人に毛が生えたくらいと言っても良い。
「…でもそんなんで当日大丈夫にゃ?」
「当日までに100%にすればいいってだけだよ」
むちゃくちゃを要求してると思うか?
大丈夫だよ。
1ヶ月で舞台を仕上げた奴がここにいるんだから。
合宿に向かう日の朝。
向こうに行くまでの時間にはまだかなり早いというのに皆既に集合している。
よっぽど楽しくて仕方ないんだな。
事務所の中を見回すと、まだまだ空気は明るい。
女の子らしく、互いの荷物を見せ合ったりしてる。
「やっぱ携帯扇風機と冷感スプレーは外せないよね!」
「私も持ってきました!」
「私も…後タオルかな」
…。
この子達も大概だな。
「ねえガクちん!合宿すぐ抜けちゃうって本当なの?」
「ギリギリまではいるつもりだよ」
「…そっかあ…」
未央の顔が少しだけ暗くなる。
あはは。寂しがっちゃって。
「…良いとこ、見せようと思ったのにな」
良いとこ?
…ああ、そういえば初めのLIVEはボロボロだったもんな。
「良いとこってのは、見せようと思ってやっちゃダメだよ」
「え、あ、うん。ごめん」
…随分懐いたもんだよなあ。
何となく彼女達のバッグを見てみる。
花火や浮き輪まで持ち込んでる奴もいる。
…お気楽だなあ。
向こうに行って落胆しなきゃいいけど。
「…」
凛や卯月のバッグはきちんと整理されているというのに、未央のは割と乱雑だ。
「ってか未央さ、服くらいもうちょっと綺麗にたたみなよ。シワつくよこれ」
「え?あ、ご、ごめん…あはは」
無理矢理閉めたのか蓋部分が膨らんでる。
乱雑に入れた証拠だ。
こういう事からちゃんとやらないといけないよ。リーダーなんだから。
…ん?
「カバンからはみ出してるよ。何これ」
「え?…あっ…ちょっ…見ちゃダメ!!!」
「…へえ」
白か。
…予想通り。
346プロはそれなりに大きなプロダクションだ。
こういった大人数を乗せるバスも出してくれるんだからな。
「快適だなあ」
「快適じゃないよ!」
未央が僕の前の席でぷんすか怒っている。
見られるのが嫌ならはみ出させるなよ。
「ふーんだ」
「…」
だけど本当に旅行にでも行くみたいだ。
これから覚える事はかなりキツいというのにな。
…いや、ちゃんと分かってる奴がいるな。
「…」
事務所に来た時からほとんど口を開かず、外を見ている美波。
13人もの子達にどうやって指導してけばいいのか。
恐らくそんな事を考えているのだろう。
生真面目な子だよ、全く。
「着いたみたいだね」
「わーい!」
「早く早くー!」
我先にとバスから降りていく面々。
「はしゃぎ回るなよ…」
最後にゆっくりと降りていった美波を見て思った。
…確かにこれらをまとめるのはまだ若い美波にはキツそうだな。
…。
これから泊まる合宿所。
長い階段を上がり、見えてきたのは海を一望できる日当たりの良い民宿。
広い体育館もついている。
「…?」
…うーん。
どっかで見たっけ?
…いや、知らないな。
「とりあえず着替えて体育館に集合。話もあるから」
着替えというキーワードに未央がびくりと反応したのは見逃さなかった。
「…で、まあそういう事だからさ」
僕がしばらく離れるということはニュージェネレーションズやアーニャは知っていたようだけど、他の面子はまだ知らなかったようだ。
多少なりとも嫌がる子供達がしがみついてくる。
「えー!やだやだガックンと一緒がいい!」
「GACKTさんもう行っちゃうの!?」
「きらりも寂しいにぃ!」
…重い。
「その間のリーダーは美波に任せるからさ」
自分の名前が呼ばれた事でびくっとしたが、何とか笑顔で皆の前に立つ美波。
「…私頑張るから、宜しくね!みんな!」
僕がいなくなるのは本当だと察したきらりやみりあや莉嘉は手を離し、美波に声援を送った。
だけどなあ。
言う事聞くのかなあ、こいつら。
「…まあ、うん。言う事聞かない奴は美波がラケットで殴りにいくからさ」
「ええー!!?」
「GACKTさん!そんな事しませんから!!!」
「じゃ、頼んだよ美波」
「はい!全力であの子達をサポートします!」
頼りになるんだかならないんだか。
「…もし困ったら電話くれればいいからさ」
「は、はい!」
シンデレラガールズを向こうに置いてきて、僕一人バスに乗る。
さっきまであんなに賑やかだったのになあ。
あればうるさいけど、無いと寂しい。
僕って本当にワガママだ。
「…」
何となく一番後ろの席から外を見る。
『~!』
『~!』
杏以外の面子は僕を見送りに来てくれたようだった。
何言ってるか聞こえないけど。
…これドナドナじゃないよな?
「…あー…」
海沿いの道を走るバス。
一人貸切状態だ。
とても快適で、気持ち良い。
かなり安らげる。
…わけないな。
一人はいつだって寂しいよ。
…前はこんな事無かったのにな。
「…?」
あれ、前?
前って、なんだ?
「…」
うーん…。
全然分からないや。
多分、元の世界の事だろうな。
2、3ヶ月缶詰め状態の時もあったしな。
…んん??
事務所に戻るとやはり賑やかだ。
近々大きなフェスをやるという事で、いろんな奴から質問攻めにあう。
そして。
「GACKTさぁん。久しぶりに二人っきりですねぇ」
この眠くなるような声。
346プロに帰ってからずっと後ろをついてまわってくる。
「…そうだね」
久しぶりってのは恐らく過去の僕の事を言っているんだろうな。
つまり、僕は知らない。
「…うふふ。GACKTさぁん、嘘はいけませんよ?」
「え?」
「まゆはぁ、GACKTさんのどんな表情でも見抜けるんですよぉ?」
…おお怖い怖い。
「…もう昔の事ですからねぇ。今はあの子達につきっきりで…」
僕はこの子に何をしたんだろうか。
さすがに自分の半分も生きてない子に手は出さないけど。
「しょうがないよ。つきっきりで見てやらなきゃならないんだから」
「でも今はいませんよねぇ?」
「…残念だけど満員なんだよなあ」
シンデレラガールズ達の事務所の扉の前で向き直る。
改めてまゆの瞳を見る。
…何で光が無いのだろう。
「お帰りなさいGACKTさん!…あら、佐久間さん?」
「うふふ。美嘉ちゃんも入れたんですからいいですよね?」
「え、ええ…」
何だろうなこの子は。
僕の意見など聞く耳持たないようだ。
…それにしてもこの世界に僕が来る前の「僕」ってどういう感じだったんだ?
誰かに聞くわけにもいかないし。
前はああだったとか、こうだったとかいう感じでもないし。
どちらかといえばそんなに変わってはないようだけど。
瑞樹もそう言っていたからな。
「…まゆ」
事務所内のソファに座り、自然な動作で隣に座ったまゆに話しかける。
「はぁい。何ですかぁ?」
話しかけられたのが嬉しかったのかニコニコしながら返事をするまゆ。
彼女なら、どうだろう。
「僕って、変わった?」
「…そうですねぇ。私以外の女の子達に…」
「そうじゃなくてさ、客観的に見てだよ」
「…」
まゆフィルターを介するとわけが分からなくなる。
出来れば第三者視点で答えて欲しいな。
「…随分、優しくなりました」
…。
優しくなった?
「前のGACKTさんは、こう、凄く気難しくて、…すいません。こんな事言っちゃいけないのに」
…。
ああ、なるほどな。
それは、昔の僕そっくりだ。
…そんなに気難しくなかったと思うけど。
「はい。お茶が入りましたよ。佐久間さんも」
話を遮るようにちひろがお茶を二人分、机の上に置いた。
まるで今の話を終わらせたいかのように。
「ちひろ、あのさ…」
「GACKTさん?もうすぐ打ち合わせですよ?」
…あ、そうだった。
ここにお茶を飲みにきたわけじゃなかったな。
「…じゃあ、行こうか」
「はい!」
「じゃあまたな、まゆ」
「…はい」
いけないな。
また自分の事でいっぱいになってた。
ここに来てからの僕の悪い癖だ。
打ち合わせの為の会議室に行くまでの間、珍しくちひろは無口だった。
いつもならあの怪しいドリンクを僕に押し付けようとするのに。
「ちひろさ、何かあった?」
「いいえ、何も?」
…これは嘘だ。
僕でも分かる。
何もという割には僕に顔を見せようとしない。
声のトーンも低い。
…何を隠してるんだろう。
気になるけど、今は答えてくれそうにないな。
「…着いたよ」
「…あ!はい!」
…戸惑ってるのが丸わかりだ。
会議室って書いてあるのに素通りしてる。
…これは、気になる。
「…で、衣装はこういった感じで…」
会議の内容の一つ、衣装デザインの決定。
スタッフ達が提案した物を絵にしてある。
シンデレラガールズ達の衣装。
まるでお姫様のような衣装だ。
まあシンデレラって銘打ってるからな。
…きらりと杏はサイズまで特注しなきゃならないけどな。
「今西部長、これで良いよな?」
「うんうん。可愛らしい衣装だ。…舞台の方も素晴らしいねえ」
孫を可愛がるおじいちゃんか。
…少しは部長としての意見を言って欲しいものだ。
「当日は恐らくお客さん達の渋滞も予想されますので、現地スタッフの増員もしたいのですが…」
スタッフからも色々な意見が出る。
良いねえ。
これぞプロダクションのあるべき姿だ。
無意識に笑みがこぼれてしまうよ。
結果3時間にも及ぶ会議が終了し、やっと休みになった。
まだ事務仕事が残っているけど、ここでゴールデンタイムとしても良いだろう。
「…お」
部長が先に休憩している。
彼もまた男のゴールデンタイム中という事か。
「僕も休憩する事にしたよ」
「おや、GACKT君」
「ちょっと疲れちゃってさ」
「…そうか。君も随分と変わったね…」
変わった。
確かに彼はそう言った。
…彼にも聞いてみようかな。
「あのさ、僕ってそんなに変わったかな?」
「変わったねえ…。昔は、何というか、若かった、と言わせてもらおうかな」
若かった。
彼は恐らく僕にかなり気を使っているのだろう。
彼の言わんとした事、何となく察する事が出来た。
…まだガキだったという事か。
…。
え?
「…僕ってここに来て何年経つんだっけ?」
「ん?…そうだねえ。もう3年は経つんじゃあ、ないか?」
3年て。
そこまで前じゃないのか。
「君はこのプロダクションが出来た当初からいる唯一のプロデューサーだからね」
…成る程。
初期メンバーって事ね。
…そりゃあ、いろんな奴から話しかけられるわけだ。
というか、まさか僕って本当に他のアイドルもプロデュースしてたのか?
「今でも覚えてるよ。まだ出来たてで、無名だった頃に人手が足りなくて困っていた時に君が来たんだ。…君はもう覚えてないかな?」
「…ほとんど覚えてないね」
…覚えてない、というか知らない。
「あの時は驚いたよ。一応会社の面接だというのに長髪にピアスに着崩したスーツ。それと人を威嚇する様な目。おまけにサングラス。…正直困ったよ」
ただのチンピラじゃないか。
僕ってそんな性格だったっけ?
「しかし猫の手も借りたい私達には雇う以外の選択肢が無くてね。…いざ雇ってみたら、一日たりとも遅刻はしない、休まない、愚直に仕事に向かう。…見た目とのギャップに思わず驚いたものだ」
「へぇ」
「ただ、アイドル達からはとても怖がられていたね。無口で、何を考えているか分からないと」
…ボロクソ言われてるなあ。
そりゃ今でもピアスは空けてるけどさ。
「その上一言も弱音は言わないからか、アイドル達も自然に君に気を使って意見を言ったりする事が無かったんだ」
「へぇ…」
「…そんな中、一人だけ君に真っ直ぐ向かい合ってたアイドルがいたのも、覚えてないかな?」
真っ直ぐぶつかってくるオンナか。
悪くないよな。
でもなあ。
知らないんだよなあ。
「…あー…ごめんよ。あんまり思い出せないや。あの時は仕事でいっぱいいっぱいだったからさ」
「ははは。そうかもしれないね。…千川君だよ?」
「え?」
…千川。
僕はその名字に聞き覚えがある。
だって、いつも僕の近くにいるじゃないか。
「…あ、あー。ちひろ、うん」
まずいな。
内心かなり動揺してる。
思わずどもってしまった。
「勿論千川君だけじゃない。他にも色んなアイドル達を手がけていた…そんな中でも一番熱心にプロデュースしていたのが、千川君だったんだ」
「あ、うん…」
「あえて今はちひろ君と呼ぼうかな。…ちひろ君は君に対していつも真っ正面から向かい合っていた。そして君もまた彼女に真っ正面からぶつかっていた」
それが僕の性格だからな。
「君とちひろ君はまあまあ順調だったよ。彼女も色んな仕事をこなしていた。…だけど、それはある事件をきっかけに崩れてしまったね」
ある事件、か。
言い合いでの喧嘩とは思えないけど。
「あの時は私も…」
「部長、GACKTさん」
何だよ。
今僕は真剣に彼の話を…。
「…あ」
彼女は椅子に座る僕と部長を悲しげな顔で見つめていた。
「…ちひろ」
今までの彼女の反応から察するに、この話は聞きたくないという事だろう。
「…あの」
「GACKTさん。もう終わった事ですから」
「…」
「これからは、私は事務員ですから」
…何だろ。
ほっといたらダメな気がする。
多分この件に関しては解決しきってないのだろう。
この件といっても何の事か分からないけどさ。
…次から次へと問題が訪れるな。
その日の夜。いつもより遅めの帰宅だ。
少し疲れたかな。
…お腹空いた。
「…何処に行こうかな」
今日は何だかモヤモヤする。
飲みたい日だ。
何処か適当なバーとか無いかな。
「…ん?」
ちょうどその時だった。
携帯が鳴っている。
「美波?」
…そういえば、悩み事があったら電話くれって言ったよな。
あの時はこんな風になるなんて思いもしなかったなあ。
「…もりもり」
『もりm…もしもし、GACKTさん』
声色から察するに合宿に向かう時よりもさらに元気が無くなっている。
こりゃ何かあったな。
「…とりあえず、話してみなよ」
『あの…新曲の振り付けがバラバラで、新しい曲を覚えるのを嫌がってる子もいて…』
嫌がってる?
ずいぶん偉くなったな。
…まあ、それどころじゃないってことだろうけどさ。
それは僕も同じだよ。
「ちゃんとラケットで脅した?」
『そんな事出来ませんよお…。どうしたらまとまってくれるのかなって…』
まとまる、ねえ。
…うーん。
…あ。
そうだ。
「じゃあさ、何かゲームやりなよ。皆で出来るやつ」
『みんなで、ですか?』
「リーダーのお前への下克上ゲームでさ、レクリエーションだよ」
『…レクリエーション…』
そうそう。
簡単な話だ。
修gack旅行、いや、ある意味雪板苦羅武だ。
「まとめる為には言葉じゃダメだ。行動で示さなきゃ」
『…はい!分かりました!美波…キメます!』
「あはは。そのセリフ良いな」
『あっ…』
電話の向こうで恥ずかしがっているのが分かる。
「顔張れよ。僕が行く頃には最高にイケてるチームにしてくれ」
『はいっ!』
…さて、これで解決したかどうか知らないけど。
次は、僕の番だな。
「…」
駅前に来ると色んな店がある。明日も平日だからか、あまり人はいない。
いるとしたら、チャラそうな若者達だ。
学生諸君は夏休みだっけ。
羨ましいものだ。
…しかしこうして歩いていても、誰も僕に振り向かない。
それもそうだ。僕はしがないサラリーマンだしな。
スーツ着て、1人で飯屋を探すおっさん。
…今の僕は井之頭GACKT。あはは。
「…あ」
訂正だ。
僕は井之頭じゃない。
何故なら孤独じゃないから。
立ち並ぶ店から外れた隠れ家のような店に入っていった緑色のスーツの女の子を見てそう思った。
…小料理屋か。
洒落てるな、あの子。
「…」
ちょっといい感じだ。
狭くもなく、広くもない。
店内は静かで、和の空間が広がっている。
良いねえ。
今の僕らにぴったりだ。
こちらを振り向き、顔を真っ赤にしたちひろにそう目で訴えた。
いつもならなんてことない笑顔で迎え入れるのにな。
…あんな事があった後だしな。
「ご飯食べに行くなら誘ってくれれば良いのに」
「…あ、あの、GACKTさん、どうして…」
「偶然見かけちゃってさ」
…タイミングが良いのか悪いのか。
「今日は僕も飲もうと思ってたんだ」
「…も…って。私は、そんな…」
「…お前とは、最近腹割って話してなかったよな」
「…」
「どうかな。たまには」
「…少しだけですよ」
あはは。
そういう時に限って飲んじゃうんだ。
「…」
少し、どころじゃないな。
かれこれ2時間は飲んでる。
隣を見ると、舟を漕いでるちひろ。
「…ヤバそうだね」
「そんな事ないですよぉ…」
まゆみたいな喋り方だな。
酔ってる証拠だ。
彼女なりにストレスが溜まっているんだろうな。
…もしくは、忘れたいのか。
でも、何となく思う。
「…」
この世界に来て誰かとこうして飲んだ事は無かったからかな。
久しぶりの感覚だ、と。
「GACKTさんはぁ、楽しそうですねぇ…」
「そうだね。1人の時より楽しいよ」
「…違いますよぉ。シンデレラガールズのみんなといる時すっごい楽しそうなんです」
「…それも、そうだね」
「…私の時は…」
…ん?
「…それって…」
「私がアイドルで、GACKTさんは私のプロデューサーで…」
…まさか本人から聞くとは思ってなかったな。
「GACKTさん、私が他のプロダクションの人からいじめられた時の事覚えてますかぁ?」
「…何だっけ?」
「とぼけないでくださいよぉ。今でも忘れてませんよぉ。…あの時、相手は大手のプロダクションだったのに、私の事凄く庇ってくれて…」
「…」
「相手のプロデューサーに脅された時も、思いっきり…こう、ぐわーんっ!て!」
「…えぇ…?」
「…でも、逆に相手のプロデューサーさんに苦情出されて…」
「…」
「GACKTさんはそれでプロデューサーを辞めるって言って…」
「…」
…。
『GACKTさん!プロデューサー辞めるって…』
『辞めるよ。あんな奴らが堂々としていられる今の業界なんていたくない』
『…私のせいです。私がもっとしっかりしてれば…』
『違うよ。僕がこの業界を嫌いになったんだ。お前のせいじゃない』
『…嫌です。私、GACKTさん以外の人がプロデューサーなんて嫌です!』
『お前は絶対一流になれるよ。大丈夫だから』
『…だったら、変えていきましょう…?』
『え?』
『私達二人で、この業界を変えましょうよ!』
『…』
『…私達で、最高のプロダクションを作るんです。だから…』
『…!』
『…これからは、私は、アイドルではなく、貴方の同僚です』
『…ちひろ…』
『私が、サポートしますから、だから…辞めないで下さい!』
『…』
…。
なるほどねえ。
この世界の僕はそんな感じだったんだなあ。
それであんなに大きなプロダクションになったのか。
…まるでドラマだな。
…でもそれ、「僕」じゃないよな。
…良いのかな、「僕」で。
「…」
隣でついに撃沈したちひろを見てそう思う。
仮に僕が元からこの世界にいたら、同じ事をしていただろうか。
もしかしたら、今もちひろがアイドルとして輝いていたかもしれない。
いや、最悪な展開になっていたかもしれない。
…僕が、この世界に来た理由って何だ?
何で、僕は…。
…。
「…GACKTさぁん…えへへぇ…」
…僕にはこの子やあの子達に接する権利があるのか?
…もう、わけが分からない。
ちひろを無理矢理起こし、タクシーで帰らせた後、僕は鬱屈した気分のまま家に帰った。
考えれば考えるほど嫌になる。
僕は、この世界の僕から彼女達を奪おうとしていると。
この世界の僕の生きがいを奪い去ろうとしていると。
…僕は、この世界の僕は、僕の事を許してくれるのか?
僕だったら、どう思う?
…。
「…分からない」
僕は何故この世界に連れてこられたのか。
こんな思いを味わわせる為にか?
…だとしたらそいつはよっぽど趣味が悪いな。
一人悩んでいると、既に時間は深夜になろうという所。
そんな時、携帯に着信が入ってきた。
こんな時間にだれだよと思ったけど、その相手は…。
「…凛?」
「…もしもし?」
『もしもし、GACKTさん?…何となく、電話しちゃった』
「あはは、そっか。…でも夜更かしは良くないな」
『GACKTさんだって夜更かしだよ。…何か、元気無いね』
「え?あはは、ちょっと疲れててさ」
『……本当に?』
「本当だよ」
『…嘘。もう付き合い長いんだから分かるよ。…いつもならもっと変な感じで出るもん』
「…あはは」
『何があったの?』
「色々、かな…」
『…』
「…」
『…ねえ、私に言ってくれたよね?』
「?」
『悩むのは材料が足りないからだって、その材料を探す為に前に進めって』
「…」
『GACKTさんがそんな事じゃ困るよ。私達のプロデューサーなんだから』
「…」
…何だろうな。
今、僕の足を掴む枷が、外れたような気がする。
「…あはは。そうだよな。僕らしくない事しちゃったな」
『そうだよ。…ね、GACKTさん?』
「ん?」
『…ごめん。何でもない。…また明日ね』
「…そうだね。お休み」
『……お休み』
「…」
…また明日、か。
…あはは。
そうだったな。
悩んでどうする。
僕は恐竜系男子だぞ?
あの子達が誰かのだなんて、関係無いよ。
選択肢は一つ。
前に進むだけだよ。
これまでも、これからも、な。
…。
最近購入したソファで目が覚めた。
時計もセットしてないけど、いつも通りの時間だ。
「…」
いや、代わりがあったからかな。
外は本当、うるさいよな。
…夏だもんな。
蝉の鳴き声くらい聞こえるよ。
元の世界じゃ地下で寝てたから味わえなかった。
何だか新鮮だなあ。
「…朝かあ」
ここに来てから随分規則正しい生活を送るようになった。
おかげさまで二日酔いも無い。
そんな気分も悪くない。
むしろ今までにないくらい清々しいや。
なんせ、僕は姫のお墨付きだからな。
「…じゃあ、行こうか。GACKT」
立ち止まってる暇なんてない。
僕は一度決めたら最後までやり抜く主義なんだ。
…最後、か。
http://www.youtube.com/watch?v=oflbCSxjSVU
「GACKTさーーん!!」
「ガクちゃーーん!!」
「ガックーーン!!」
「ガクチーーン!!」
…呼び方統一しない?
「あはは。そんな寂しかった?」
合宿最終日。
というか今日の午後までには帰らなきゃならない。
…けど。
まずは、これだよな。
「はい、皆のTシャツ。イケてるだろ?」
「おお…何かガクちんっぽい」
黒い色を基調とし、胸にはシンデレラガールズのマーク。
そして背中には…。
「ねえGACKTさん。これどう見てもヤンキーの集団だよね…」
『嬢』。
凛はどうやらそこが気になって仕方ないらしい。
「あのさ、せめて姫にならない?」
「姫より嬢のが強そうじゃない?」
「喧嘩しにいくわけじゃないんだから…」
あはは。
そのうち着慣れるよ。
そういうもんだ。
「良いですね!ロックって感じ!」
「みくはこんなの反対にゃー!」
…これこそ僕だ。
間違いない。他の誰でもない僕だよ。
「さ、バスに乗って。午後から使う奴らもいるんだから」
「「「はーい!」」」
皆より先に玄関で靴を履いていると、下駄箱の上に一つの色紙が置いてあった。
その色紙にはアイドル達のサインが書かれている。
「765プロ…へえ」
765ってあれだよな。凄い有名プロダクション。
この子達もここを使ってたんだな。
…成る程。
もしかしたらここで合宿すると何かあるのかもしれないな。
運頼みは大嫌いだけど、ここはあやかるとしよう。
そんな事を考えている時、後ろから美波の声が聞こえた。
「GACKTさん!」
「ん?」
「あの、ありがとうございました!」
「何が?」
「GACKTさんのおかげで、みんなをまとめる事が出来たんです!」
…ああ、そんな事言ってたっけ。
色々あったから忘れてた。
「じゃ、これからもリーダー任せたよ」
「へ?」
「年長者のお前がリーダーじゃないとな」
「え、ええええ!?」
また名曲じゃないか
「姉さん!」
「わっ!」
美波の後ろをコソコソついてきた未央が驚かせるように美波に話しかける。
「みなみん姉さん!…じゃなかった。これからはリーダーだね!」
「み、未央ちゃん…その姉さんはやめて…」
姉さん。
…姐さん?
何があったのだろうか。
…いや、何となく何があったか分かった。
若干ふざけながらも美波に対し真っ直ぐ爪先を揃えて立つ未央を見て確信した。
美波…キメたな。
「あ、あの…まだやれるかどうか分かりませんけど、頑張ります!」
それに、シンデレラガールズの皆の顔を見て思う。
ここに着いた時のバラバラ感は微塵も無く。
皆がこれからのフェスに想いを馳せている。
ようやく、一致団結したようだ。
…良くやってくれたよ、美波は。
「じゃ、行くよ」
「「「はい!!!」」」
しかし横一列に並んだこの子達の背中。
…面白すぎ。
http://www.youtube.com/watch?v=kUgYZhFrpMI
「皆さんお帰りなさい!」
事務所に帰ると、いつものように笑顔で僕達を迎え入れたちひろがいた。
「ちひろ、二日酔いしてない?」
「大丈夫です!このドリンクを飲めば!」
「…いやいらないって……いやごめん。ひとつだけ貰うよ」
久しぶりに受け取ってもらえたのが余程嬉しかったのか飛び上がって喜んでいる。
中身はいらないけど。
…まあ、これくらいはね?
解決策も見つかったことだしな。
しかし後ろからの黒いオーラはなんだろうな。あはは。
「…GACKTさん。二日酔いって?」
「ん?」
振り向くと、そこには。
凛…いや、シンデレラガールズの皆が。
「…もしかして、きらり達が合宿してる時にぃ…」
「二人で、一緒に、デート、ですか?」
「…ガクちん?」
「…私の事、リーダーにしてくれたのに…」
…。
あー。
そう来るか。
こういう一致団結も来るのか。
だけど今日くらいは、いいかな。
このやかましい騒音は、僕の、今の生きがいだからな。
それに、約束しちゃってるもんな。
こいつらをトップアイドルにする事を。
ちひろと、…姫達とな。
第十二話 終
休憩します
乙
とある夢を見た。
いや、あれは夢なのかどうか。
とても鮮明で、リアルだった。
親友のYOUから、ゲームをやらされて、気付いたらとても狭い事務所で置きた。
そして、そこにはアイドル達がいて。
…何故か顔が分からない、というか見えない。
この子達の名前も。
ほとんどおぼろげにしか見えない。
まるで紙芝居のようだ。
…でも、そういった事なら今までとさほど変わらない。
違うとすれば、何だろう。
顔が分からないとか、紙芝居みたいとかじゃなくて。
そこには、元からアイドル達がいて。
でも、全く無名で。
でもひとつのチャンスを掴み取って。
挫折もたくさん経験して。
後輩アイドル達も出来て。
…そして。
『GACKTさん!行っちゃダメ!!』
『GACKTさん!!』
…あれは。
……凛?
その隣にいるのは…。
…。
「…ハッ!?」
…。
…まさか僕が机に突っ伏して寝る日が来るとはな。
…ああ、JESUS。
「…今、何時だろ…」
こういう時って、何故か腕時計よりも先に壁にかけてある時計を見てしまう。
…昼か。
あれ、僕昨日なにしてたっけ?
…ああ、そうだ。
確か、合宿が終わったんだっけ?
「…おはよ。GACKTさん」
凛の声がする。
割と近くで。
「…ん、おはよう」
声のする方を振り向くと。
「…え?」
そこには。
「どうしたの?ガ・ク・ト・さん♪」
ウエディングドレスを着た凛がいた。
え?
あれ?
「…」
そして何故か、タキシードを着ている、僕。
…。
「…アアアアアアッ!!?」
…。
……。
「…夢、か…」
…何だ、今のは?
今のはどう見ても凛だけど、凛じゃない。
凛はあんな事絶対に言わない。
言うわけがないよな。
…ここは。
…自宅か。
「どしたのガクちん?凄い叫び声あげて…」
未央の声がする。
良かった。いつも通りだ。
…。
「………あ?」
いつも通り?
いや、自宅に未央が来るわけないだろ。
住所も教えてないんだぞ。
「ガクちん?どーしたの?」
…ゆっくりと、緊張の面持ちで未央の方を向く。
そこには。
「ねーパパが調子悪いみたいでちゅねー…」
膨らんだ腹を愛おしそうに撫でている未央がいた。
…。
「…ァァアアアアアアッ!!?」
…。
……。
…夢か。
…ヤバイ。
凛よりもヤバイ。
何だ、何だこの夢は。
結婚どころかゴールインしてるじゃないか。
僕はあんな年下に手を出す様な奴じゃないぞ。
「……」
周囲を見渡す。
良し。ここは事務所だ。
僕はスーツ。
時刻は昼。
何も怖くない。
大丈夫、ただの夢だ。
その時、ドアを乱暴に開ける奴がいた。
誰だ?
僕はそんなヤンキー育てた覚えはないぞ。
…これは叱ってやらないとな。
「ダメだろ。そういう開け方したら…」
ドアから出てきたのは。
「ハ?うるせえよジジイ!!!」
木刀を持ったツナギ姿の卯月だった。
「……ァァアアアアアアッ!!!?」
…。
「…ハアッ…ハアッ…夢か…」
…勘弁してくれ。
未央や凛はもとより、卯月は勘弁してくれ。
卯月はいけない。
あの子は一番真面目で純粋な華の女子高生なんだ。
思わず顔を両手で覆ってしまう。
…さっきから冷や汗が止まらない。
…何だ?
僕はニュージェネレーションズに何かしてしまったのか?
あの子達は僕に恨みとかあるのか?
「…さすがに、もう無いよな…?」
…。
うん。
無いか。
…良かった。
「ああ、良かっ……」
…。
冷静に考えよう。
今、僕はスーツを着ている筈だ。
ここは事務所だもんな?
じゃあ。
何で。
僕はシンデレラガールズ達の衣装を着ているんだ?
冷静に焦っていると、ドアが大きな音を立てて開く。
今の姿を誰にも見せるわけにはいなかないというのに。
「GACKTちゃん!」
「あ!?」
ドアを開けて入ってきたのは卯月、凛、未央。
てかGACKTちゃんって何だ。
「あ?じゃないよ!もうこんな所で何やってるの!?」
彼女達はそう言うと僕を引っ張り連れていこうとする。
何だ、僕は今から何をするんだ?
「今からLIVEでしょ!?プロデューサーが待ってるよ!」
「プロデューサーは僕だろ!」
「何寝ぼけてるの!?」
こっちの台詞だ。
何で女装したおっさんがアイドルデビューしてるんだ。
…頼む。
誰か僕を助けてくれ。
「ほら着いたよ!ガクちゃん準備して!プロデューサーも来るんだから!」
「準備!?」
いきなりなんだ。
準備ってなんだ?
焦っていると、向こうからゆっくりと歩いてくる奴が一人。
「…」
「あ!プロデューサー!ガクちゃん連れてきたよ!」
…。
…プロデューサー。
…。
…プロデューサー?
「GACKTちゃん!今日も頑張っていきましょうね!」
そいつは黒スーツを着たちひろだった。
「…ァァアアアアアアッ!!?」
…。
……。
何度目だよこれ。
まさか無限ループってやつじゃないよな。
「ガクちんどーしたの?」
「!!?」
びっくりした。
…未央か。
「…」
「…ガクちん?」
…腹、膨らんでないよな?
「…?が、ガクちん?そんな真剣な目で見つめられても…」///
良かった。
僕はそこまで堕ちてなかったか。
「凄い叫び声だったよ?よっぽど嫌な夢見たんだね…」
次は凛か。
…ウエディングドレス着てないよな?
「…な、何?」///
…着てないか。
良し。
「もしかしたら疲れてるのかもしれませんよ?大丈夫ですか?」
…卯月も、大丈夫だな。
声だけ聞けば分かるからいいや。
「…いや、かなり酷い夢見ちゃってさ…始めの頃は結構…」
「…結構?」
…あれ?
どんな夢だっけ?
…後半からどんどんひどくなっていったから忘れちゃったよ。
せっかく良い夢だったのに。
「…ちなみに、酷い夢って?」
凛が聞いてくる。
かなり心配そうな顔だ。
「…お前達が出てきて、それだけなら良かったけど…」
「…それから?」
「…絶対にあり得ない事をしてきたんだ」
凛、未央、卯月が顔を見合わせる。
「…私達が」
「絶対に」
「…あり得ない事を?」
…これ以上は言いたくない。
というか、思い出したくない。
個人的には卯月が一番酷かったけどな。
「…でも、悪い夢って意外と良い事の前兆だったりしますよね!」
卯月がせめてものフォローを入れてくれた。
そうだよな。
僕もそれは聞いた事がある。
「…良い事かあ」
何だろうな。
「…しまむーは何だと思う?」
「えっ?…私は、その、みんなで…トップアイドル!…かな?…えへへ」
「…もー!可愛いなあー!」
「えへへ…」
卯月はこういうキャラだよな。
間違いない。
木刀持って殴り込みに行くような奴じゃない。
…でも。
「それはダメだよ」
「え?」
「トップアイドルになる事を運任せにしちゃダメだ。なれたら良いんじゃなくて、なるんだよ」
そうだ。
トップアイドルに、なるんだよ。
じゃなければシンデレラガールズを作った意味が無い。
「…そう、ですね!じゃあ…えっと…」
何か何時の間にか願い事をお祈りする会みたいになってるぞ。
…僕にとっての話じゃなかったの?
「…あっ……」
卯月はそれっきり顔を赤くして口を閉じてしまった。
まあ、何となく察した。
…女の子らしいや、あはは。
「未央とか凛は?」
二人にも質問してみるが、彼女らも赤くなって押し黙っていた。
…アイドルだもんな。
そういう事に憧れる気持ちも分かる。
「…ね、ねえ、ガクちん。ガクちんは?」
未央が上目遣いで僕に聞いてくる。
両手の人差し指をツンツンしながらとか、少女漫画みたいだな。
「…僕ねぇ…」
今の僕にとって良い事。
…たくさんあるなあ。
それを聞いた途端、三人の頭上に?が浮かんだ…ように見えた。
彼女らにはどうやら忙しいおじさんの気持ちは分からないようだ。
「ゆっくり出来る時間が欲しいんだよ」
ゆっくりゆったり。
確かに睡眠で無駄な時間を過ごすのは嫌だけど。
…実は、たまにはゆったりしたい。
温泉につかってみたりさ。
「んー…じゃあさ、ねえしぶりん!しまむー!」
未央が凛と卯月を引き連れ何やらコソコソ話している。
気になるけど、聞かせてはくれなさそうだ。
「「「……」」」
そして、三人ともこちらを振り向く。
「…GACKTさん」
凛がソファに座り、未央のハンバーガークッションを敷き、それをポンと叩く。
未央と卯月はソファの近くで待機。
…ああ、成る程ね。
「お客さんこってますねー」
凝ってないよ。
僕の体内年齢は15歳なんだぞ。
身体も柔らかいんだ。
「言ってみただけー」
「えっと…こう、かなぁ?」
「…」
凛と未央と卯月が一生懸命僕の体をマッサージしている。
良いなこれ。
くすぐったいけど。
足と、腰と、首。
とりあえず全部くすぐったい。
下手くそめ。
「…」
…でも、悪くない。
これはこれで良いや。
…夢とか、気にならなくなるな。
例え僕の過去に何があったとしても、それは過去だ。
変えられない昨日より、今、そして未来だ。
忘れちゃダメな事もあるかもしれない。
時折振り向く事もあるかもしれないけどさ。
でも今こうして仲間がいる。
…今は、それでいいや。
さて、明日からも顔張るかな。
…。
「んしょ…んしょ」
「よっと…」
「…こうですか?」
「…ああ、うん。そんな、感じ…いやちょっと痛い…」
「え?じゃ、じゃあ…こうですか?」ゴリッ
「コノヤロー!!!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
…これ、いつまでやるんだろうか?
第十二.五話 終
明々後日書きます
乙です
記憶を引き継いでない、あるいは引き継いでる
わた春香さんの出番またかかりそうですかねぇ…
GACKTシリーズ読んでるとニコ動にある春香のサウダージが頭のなかに流れてくる
いやあれポルノの曲なんだけど
乙ー
誰か過去作下さい
>>439
適当なまとめサイトに行ってGACKTで検索しろ
>>439
GACKT ss で検索すれば全部でるよ
「じゃあ、こんな感じでいい?」
「んー…まだみんながまとまりきってない感じがするにゃ…」
「じゃあ、上手くはけられるようにスタッフさん達に話してきますね!」
あー…。
本番だ。
「じゃあ…行ってくるね!」
皆が意見を出し合っている。
いらない事まで言ってくる奴もいるけど。
「…GACKTさん?」
「何?」
「…あの、何か意見は…?」
まとめ役の美波が僕に意見を求めてきている。
そうだねえ…。
「とりあえず楽しんでよ」
「え、ええ…?」
「そ、それだけ?」
それだけ。
僕からは以上。
あはは。これじゃくりぃむしちゅーさんだな。
「でもガクちん、あれをこうしろとかは無いの?」
「無いよ。合宿でお前達がイケてる奴らになったってのは分かったから」
後は…。
「楽しむ、それが僕からの課題だよ」
今日は、僕も楽しむからな。
…あはは。
「何かガクちん今日はずっと笑ってるねぇ…何か隠してる?」
「何だろうなあ…」
「あー!絶対何か隠してるなー!?」
「みんな!今日は楽しもうね!」
会議から雑談に変わりかけていた時、美嘉が入ってきた。
いつも通り、僕の後ろを陣取って。
「美嘉姉!」
どうにもこの子はシンデレラガールズに関わりたいらしい。
まあ、後輩だもんなあ。
…でもそれは、彼女達にも言える事なのかな。
「美嘉さん!」
「お姉ちゃーん!」
…間違いないな。
でも一番顕著に表れてるのは…。
「美嘉姉!今日は絶対、この前みたいな事はしないから!一歩進んだ私たちの事、見ててね!」
「未央ちゃん…」
一歩進んだ、か。
たかだか一歩。
されど一歩。
踏み出した事事態に意義がある。
未央もようやく一流に近づきだしたな。
「GACKTさん。こうして一緒にお仕事するのって久しぶりですね」
「…そうだね」
知らないけどな。
彼女、高垣 楓にとっては久しぶりなんだよな。
「今日の仕事、とってもワークワークします」
「…今ので少しヤル気が下がったかな」
「…ひどいです」
…この子こんなキャラだったのか…。
「き、緊張してきましたあ…」
「智絵里ちゃん大丈夫?お水持ってくるね!」
「何か暑いねえ…」
「?じゃあスタッフさん達に話してくるね!」
…。
本番直前。
美波が何故かハムスターのように走り回っている。
リーダーをやれとは言ったけど、パシリになれとは言ってないぞ。
「美波、僕が行くからさ、お前は体力温存しときなよ」
「いえ、こうしてないと落ち着かなくて…」
お前はお母さんか。
「…お前絶対無理してるよな」
「そ、そんな事はないです!大丈夫ですよ!」
そう言って美波は走っていった。
…目のクマはナチュラルメイクじゃ隠せないよ。
「はいはーい!みんな注目!」
そろそろLIVEが始まるといったところで参加者の一人、瑞樹が声を上げる。
何だかんだで年長者だな。
まとめ役としては最適だ。
「とにかく、ケガが無いように!安全で楽しいLIVEにしましょう!」
「「「はい!」」」
「…じゃ、円陣組みましょ!そして…楓ちゃんから一言」
「じゃあ…円陣くんで、エンジンかけましょ!」
「「「…」」」
「分かるわ…先輩のボケってツッコミづらいものね…」
…。
何だこれ。
「はいはーい!みんな注目!」
そろそろLIVEが始まるといったところで参加者の一人、瑞樹が声を上げる。
何だかんだで年長者だな。
まとめ役としては最適だ。
「とにかく、ケガが無いように!安全で楽しいLIVEにしましょう!」
「「「はい!」」」
「…じゃ、円陣組みましょ!そして…楓ちゃんから一言」
「じゃあ…円陣くんで、エンジンかけましょ!」
「「「…」」」
「分かるわ…先輩のボケってツッコミづらいものね…」
…。
何だこれ。
「僕も入っていいよな?」
「あ、あらGACKTさん…そんな強引な…」///
楓と瑞樹の間に割って入る。
バカ言うんじゃないよ。
本物の円陣ってのを見せてやるだけだ。
「じゃ、皆手じゃなくて肩組もうか」
「え…あ、…はい…」
背中が露出しているのか少し恥ずかしがる彼女達。
正直今はそんなのどうでもいい。
「…今日、皆の日々の努力が試される日が来る」
「「「……」」」
「努力は裏切らない。だけどそれを証明するのはお前達自身だ」
「「「…」」」
「…行くぞお前ら」
「「「…」」」
「このLIVE、最高のものにするぞよろしいかお前ら!!!!」
「「「はい!!!」」」
僕にできる事はここまでだ。
さて、後は…。
http://www.youtube.com/watch?v=bHTWNGRPqvA
「さて、始まったね」
楓を中心とした曲でスタート。
何ともアイドルらしい歌だな。
夢を叶えて、か。
あはは。
叶えるのは、お前達自身だって。
こんなに心の底から楽しさが湧き上がってくるのも久しぶりだ。
…さて、そろそろネタバラシでもするかな。
…なんて、思ってた僕はバカだったかな。
「GACKTさん!あっ…は、早く着替えて下さい!」
ちひろが僕の裸を見て顔を覆い隠す。
指の間から見てるくせにな。
というか、僕が今から何をするのか知っているくせに。
「まだ僕の出番じゃないだろ?」
もうちょっとゆっくり着替えさせてくれと言おうとした時だった。
「美波ちゃんが、美波ちゃんが倒れてしまったんです!」
…。
……。
「…JESUS」
…参ったなあ。
「…」
枕に顔を埋め、頑なに顔を見せない美波。
不甲斐なさ、情けなさ。
まだ自分はいける。
こんな熱は辛くない。
そんな複雑な思いからの行動だろう。
「…美波、いつも、夜遅くまで練習、してました」
アーニャが泣きそうな顔でぽつりぽつりと呟く。
…仮に二人の出番が最後だとしても。
「…」
枕から出ている部分、耳や頬。
…真っ赤だ。
知恵熱ってやつかもしれないな。
これじゃ、無理だよな。
ましてや出番は最初へんだ。
…。
まただ。
また、僕は彼女達の辛さに気づいてやれなかった。
いや、気付いてはいたのかもしれない。
だけど止める事はしなかった。
…自分につきっきりだったからだ。
…自分の事ばかり考えていた僕への罰か。
「美波、ごめんな」
たまらず美波を抱きしめる。
熱で弱っているからか、普段より筋肉が弛緩して柔らかい。
こんなんじゃ出せるわけがない。
「GACKTさん、私…」
「ごめんな…ごめん」
僕の言葉で察したのか、嗚咽をあげながら泣きじゃくる。
僕の背中に爪が食い込むほどに。
…ごめんな。
ここまで来て、僕は一人を犠牲にしてしまった。
「代役…ですか?」
「…でも、今からだと時間が…」
…。
皆が沈黙する。
今まで一緒にやってきた、それもリーダーが参加出来なくなったのだ。
はいそうですかで納得するとは思えない。
けど美波に無理はさせられない。
…仕方ない、か。
ちょっと早いけどさ。
GACKTさんの出番!!出番!!
「…代役ならいるよ」
「え?」
皆、まさか自分が呼ばれるなんて思ってるんじゃないだろうな。
あはは。
そんなわけないだろ。
「…ここにいるよ」
「…が、ガクちん?」
「誰がお前達の歌を作ったと思ってんだ?」
「…まさか?」
「アーニャ、一緒にイこうか」
「「「………ええええええええ!!!!!?」」」
…うるせぇよ。
「が、GACKTさん!それは無理ですって!」
李衣菜が僕の肩を掴み揺らす。
僕の気が狂ったとでも思っているのだろうか。
残念ながら、シラフで正気だ。
「ダンスは悪いけど、アーニャ。僕に合わせてくれるか?」
「あ、…は、はい!」
心配そうに僕を見つめるシンデレラガールズ達。
40超えたおっさんが何言ってるんだって事だろうな。
出来るって言葉で言うなら簡単だけどな。
それでは証明は出来ない。
ならどうするか。
…見せつけてやるだけだ。
「イくよアーニャ。他の皆も準備してくれ」
…一番手は蘭子。
その次に僕達。
アスタリスク達がMCで時間を稼ぐと言っているが、せいぜい10分かそこらが限界だろう。
だけど、それだけあれば十分だ。
なんせ、シンデレラガールズの歌は僕が提供したものだからだな。
この世界の僕じゃない。他の誰でもない、僕のものだからだ。
「…」
先輩アイドル達の番が終わる。
それは前半戦が終わった事を知らせるものでもあった。
「…」
僕の隣で目を閉じて心を落ち着かせている蘭子。
両拳をぐっと握りしめ、瞑想している。
「…蘭子、イケるよな?」
「…はい!」
僕の問いかけに対してもどもる事もなく。
彼女の目は、今真っ直ぐ僕を見つめている。
今までこんな事無かったのに。
…強くなったよな、本当。
http://www.youtube.com/watch?v=amXKQ351QBw
トップバッター、蘭子の出番が終わった。
曲の終わりで分かるけど、それ以上に観客の湧き上がる歓声でも理解できる。
もうこの子達は先輩アイドルの力などなくても客を集められるという証拠だ。
「GACKTさん!」
もう普通の喋り方になってるな。
いやそれが普通なんだけどさ。
「よく顔張ったね。鼻が高いや」
それを聞いた時、彼女が僕の手を掴み振り回してきた。
よっぽど嬉しかったんだな。
あはは。
離してくれないと行けないんだけど。
みくと李衣菜にMCをやらせてかれこれ10分。
その10分が彼女達に出来る精一杯のアシストだ。
自分の番もあるというのに、な。
「…GACKT、さん」
「ん?」
「…あの、私、重く、ない…ですか?」
今僕はアーニャをお姫様抱っこしている状況。
上目遣いでおそるおそる聞いてくるけど。
ここまで来てそっちの心配か。
ダンスに関してはちょっと不慣れだったから、悪いけど僕なりの演出でイカせてもらうとしよう。
重いかどうか?
んー…。
「ちゃんと食べてるか心配になるかな」
「あっ…ゆ、揺らさないで、下さい…」
緊張か。
それなら全く無いよ。
むしろヤル気しか無い。
「じゃあ!今回は特別verなんだね!」
「そうにゃ!…みく達の歌を作ってくれて、プロデュースもしてくれて、そんな超人がいるんだにゃ!」
「その人が歌ってくれるの!?」
「ついにそのベールを脱ぐんだにゃ!」
「じゃあ!そろそろイきましょう!…アナスタシアfeaturing…!」
「「GACKT!!!」」
…観客達が唖然としているのが分かる。
舞台上に自分がファンとしているアイドルをお姫様抱っこして現れた男がいるんだからな。
「…」
久しぶりに舞台に立つ。
いや、彼等にとっては初めてか。
アーニャを下ろし、マイクに手をかける。
「…えー…今回、特別verとして、このフェスに参加する事になりました、GACKT…です」
『…』
「まずは、この場を借りて、君達に感謝します」
『…』
「彼女達がここまで来れたのは、彼女達自身の力でもありますが、その実君達ファンの応援があったからです」
『…』
「そして、僕にプロデューサーとしての機会を与えてくれた346プロや…僕と共に歩んできたアイドル達」
『…』
「アーニャをはじめとするシンデレラガールズプロジェクトの皆」
『…』
「本当に、ありがとう」
『…』
「これからも、全力でぶつかっていきます」
『…』
「…!!!」
隣を見ると、一生懸命拍手しているアーニャが。
舞台袖でも皆が拍手している。
そして、それらは伝染し、観客達も拍手しだした。
『いいぞー!!』
『GACKTさーん!!』
『カッコ良いよー!!!』
…。
良かった。
アーニャがいなかったら。
「…?」
もしもアーニャがいなかったら、泣いてたな。
http://www.youtube.com/watch?v=AxL60k7diio
約4分間。
とても短く感じた。
いや、短過ぎるな。
湧き上がる歓声を聞き、そう感じる。
もっと歌いたいな、と。
アーニャを見ると、今にも飛びついてきそうな雰囲気だ。
良かった良かった。
…美波がいれば、もっと良かったのかな。
でも、後悔なんてしている暇は無いよ。
次が待ってるんだから。
…その時だった。
「…雨?」
ポツポツ、いや、ザーッと。
これじゃスコールだ。
聞いてないぞ。
これだから気象予報士はアテにならないんだ。
あー…雷も落ちてき…。
「あ」
ブツん。
そう音がした。
かなり嫌な音だ。
何故ならその音は。
…停電の音だったからだ。
「あー…参ったね」
誰だ雨を呼んだ奴は。
あれか、キノ子か。
「フヒ…?」
…まあいいや。
「GACKTさん、どうなっちゃうの?」
みりあが心配そうに聞いてくる。
「中止にはしないよ。させないし」
たかが通り雨だ。
へのツッパリにもならんですよ。
「…」
しかし思ったより雨量が多く、客席はドロドロ、野外テントも水浸し。
「ガクちん!私達も頑張るから見ててね!」
最悪のコンディションだけど、気愛は十分。
次はニュージェネレーションズの番だ。
…いや、本来僕とアーニャの次なんだけどさ。
こうなるとは予測してないもんなあ。
「…あのさ、未央」
「…?」
「雨、凄かったろ?」
「うん…」
今日は晴れと聞いていた人達ばかり。
傘や合羽なんて持ってるわけがない。
そういった人達は避難所に行ってしまった。
その大半はまだ戻ってきていない。
つまりだ。
客席はがらんどうなんだ。
「…」
初LIVEの事を思い出しているのか、少し俯く。
そんな未央を、横から助ける者達がいた。
「…でも、やるしかないよね?」
「最高のステージにしましょう!」
凛、卯月。
この半年間お互い切磋琢磨して、共に歩んできた仲間。
…僕の助言は、必要ないな。
「じゃあ、行って恋」
「「「はい!」」」
「チョ!」
「コー!」
「「「レート!!!」」」
http://www.youtube.com/watch?v=609VYpPHSjg
観客は、まばら。
けど、そんな事は関係無い。
やれる事を精一杯やるだけ。
今の彼女達なら分かるだろう。
…良い、笑顔だ。
名曲中の名曲じゃないですか―
ニュージェネレーションズの次、CANDY ISLANDの三人組。
もうすぐ自分の出番という時に智絵里がボソボソと語りだした。
「私、美波さんが倒れた時、何も出来ませんでした」
「それなら僕もだよ」
「…その、私、本当に気が利かなくて…」
「それが言えるってのは、自分の悪い所を知ってるって事だよな」
「…え?」
「自分の悪い所を言える奴って、良い人間って証拠なんだぜ?」
「…あ…」
それに、智絵里は気が利かないような奴じゃないよ。
今でも、あの美味しかったお茶の味を覚えてるんだからな。
「出来る事をやるだけだよね。杏もそれで精一杯だもん」
無気力キャラ丸つぶれだな、それ。
「だってさすがにここでやりたくないとか言えないでしょ。そこまで杏もひどい奴じゃないよ」
「あはは。酷いってのは自覚してるんだな」
「うー…あー言えばこー言う…」
「…じゃ、かな子もイケるか?」
「はい!大丈夫です!」
今日はお菓子食べてないもんな。
それだけ代わりになるものがあったんだろう。
何かって?
言わなくても分かる、だろ?
http://www.youtube.com/watch?v=tBywvyryzGo
「GACKTさん!どうかな?決まってる?」
「キマってるキマってる」
何のポーズか知らないけどさ。
莉嘉に教えられたというポーズをLIVEで使いたいらしく、今になって練習している。
子供らしくていいや。あはは。
「ガッくん!私、お姉ちゃん驚かせるくらいやってくるからね!」
頼りにしてるよ、この子も。
…色々、まだまだ未熟だけどな。
「ねえガクちゃん」
「ん?」
「きらりはね、ガクちゃんに抱っこしてもらった時、すっごく嬉しかったにぃ」
「…そっか」
「もう、こう…うきゃーってなっちゃったにぃ。…だからね」
「…」
「今日は、きらりがガクちゃんをうきゃーってさせるから、見ててね!」
「…あはは」
うきゃーってのが何なのか分からないけど、驚きの意味だとしたら…出会った瞬間にうきゃーってなってるよ。
http://www.youtube.com/watch?v=1B6XnUMo6wE
「みくも李衣菜もありがとな」
今回ばかりは感謝しなければならない。
彼女達が場をもたせなかったら正直まずかった。
「ま、日々のプロデュースのお返しってやつですね!」
「それに、ガクちゃんの為だけじゃないにゃ。みんなの為でもあるんだにゃ」
…この子が喫茶店を占拠したとは思えないな。
「それでも、嬉しいよ」
「…あ、あのGACKTさん」
「ん?」
「じゃ、じゃあ、…私にギター教えてください。それでチャラって事で…」
「何調子に乗ってんの?」
「うぇぇ…」
あはは。
うそうそ。
「教えてあげるよ。その代わりかなり厳しくやるけどな」
「は、はい!ありがとうございます!」
じゃ。
…頼んだよ。
http://www.youtube.com/watch?v=tXQukBRbhac
アスタリスクがLIVEをしている時、僕の袖を引くものがいた。
それは…。
「…美嘉?」
「ねえ、GACKTさん…ちょっと…」
彼女はそう言って前よりも優しく、それでいて強く僕の手を握って何処かに連れていった。
いや、何となくどこに行くか分かったけどさ。
「…」
「お願いします!一曲だけなら何とか出来ますから!」
やはりというかなんというか。
美嘉が連れてきたのは、美波が寝ている救護室。
いや、寝てないな。
起きてる…というか準備してる。
しかしなあ。
…うーん。
「その言い方、嫌だなあ」
「えっ…」
美波の言い方はこうだ。
熱はあるけど、とりあえず出られる。
…それは良くないな。
「妥協してLIVEに出るくらいなら出ない方が良い。それじゃ全力は出せない」
「…」
ここまで準備してたみたいだけどさ。
「…ねえ、GACKTさん」
「ん?」
「…前に、アタシのプロデューサーだった時の事、覚えてる?」
「あ?」
ここに来てそうくるか。
ちひろや楓だけじゃないと。
「…こんな感じのLIVEでさ、アタシも美波ちゃんみたいになってて…」
「…」
「その時も、今みたいな事言ってたね」
「…一日でも妥協して良いと思ったらどんどん崩れてくよ」
「うん。…だから、ああ言ったんだよね?」
…何て言ったのかな。
いや、分かるよ。
今なら分かる。
だって僕はGACKTだからな。
「「死ぬ気でやって恋」」
美嘉と僕がハモる。
それが嬉しかったのか、僕に強烈なウィンクを投げかけてくる。
あはは。一語一句違ってないだろ?
…この世界の僕も、やはり一流だな。
美波はというと、呆気にとられていた。
「美波ちゃん。厳しい事言っちゃってるかもしれないけどね…」
「…いえ、良いんです。私、忘れてました」
「忘れてた?」
「…GACKTさんとの約束です」
約束、か。
そうだな。
「最高にイケてるチームにしろって」
「…僕はもう一つ、約束したつもりだよ」
「…?」
「『キメる』ってな」
「あっ…え、えっと…それは…」
顔を赤くして俯く。
元気が戻ってきたのは本当らしいな。
「…GACKTさん?」
隣でジト目をする美嘉の事は気にしないでおくよ。
みくと李衣菜が戻ってきた時、既に美波は衣装に着替えていた。
顔色も大分良い。
他メンバーから心配されていたけれど、これならもう大丈夫だな。
…奇跡ってのも案外あるのかもしれないね。
「…ねえ、円陣、組も?」
皆が衣装に着替え、舞台袖でスタンバイしていた時、未央が口を開いた。
円陣か。
さっきの先輩アイドル達を参考にしたのかな。
どうかは分からないけど、美波も皆もヤル気満々みたいだ。
「ほらガクちんも早く早く!」
未央が自分の隣を空けて手招きをしてくる。
あはは。
分かった分かった。
「じゃあ、美波。気愛の入ったやつ頼むよ」
「え?…でも、私は…」
「主役は遅れてくるもの、だろ?」
「…」
それに、僕だけじゃない。
蘭子やアーニャ。
シンデレラガールズの皆が僕と同じ事を思ってるよ。
皆の視線を受け止め、やがて美波の顔も引き締まってきた。
さあ、行こうか。
「…ラスト2曲、シンデレラガールズ、最高にイケてるLIVEにしましょう!!!」
「「「おおおおおおお!!!!」」」
…さあ。
僕も準備するとしようか。
でも少しくらい。
…少しくらい、見ててもいいよな。
http://www.youtube.com/watch?v=JPA8tTUNCbg
「…」
一曲目が終わった。
熱はもう気にならないみたい。
むしろ力が湧いてきてる。
GACKTさんが言った通りだった。
…LIVEが終わった後の事は考えなくても良いかな。
私の事を、リーダーにしてくれて。
自信がない私の背中を何度も何度も押してくれて。
「美波…!」
アーニャちゃんが私の手を握る。
手は震えていて、緊張していた事を感じさせる。
私の手も震えている。
だけど怖くない。
アーニャちゃんや、みんながいるから。
仲間がいて、助けてくれるから。
…その時だった。
「…え?」
私達の後ろにある電飾が開く。
ゴゴゴゴゴ…と。
…これ、聞いてないよ?
私も、アーニャちゃんも、みんなが困惑する。
勿論観客の方々も。
そして、開いた向こう側から一人。
その人はゆっくりと、それでいて激しく。
挑発的で、妖艶な笑みを浮かべ歩いてきた。
「…嘘…」
ニュージェネレーションズの三人が口に手を当てている。
だけど、何となく私には予想出来た。
この人はただのプロデューサーじゃない。
きっと何か特別な力がある。
前奏を聴くだけで、それも始めて聴いた曲なのに。
こんな心の底から何かが湧き上がってくるなんて。
「…ガクちん!?」
http://www.youtube.com/watch?v=3aBChrgoXgQ
GACKTさんのパフォーマンスにみんな圧倒されている。
観客の人達なんてGACKTさんを知ってるはずもないのに、両手を上げて声援を送っている。
そして、曲が終わると同時に凄まじい歓声に包まれている。
はじめは混乱していた私達も我に返りGACKTさんの元へ駆け寄った。
「が、GACKTさん!これは…?」
「こんなの聞いてないよ!?」
「あはは。言ってないもん」
「もう…むちゃくちゃだよ…」
「ごめんな。どうしてもやりたくなっちゃって」
やりたくなった。
たったそれだけの理由なのに、ここまでのパフォーマンスが出来てしまうなんて。
…この人は一体…何なの?
結構久しぶりにやってみたけど、まだまだ衰えてないな。
凛や未央はまだ混乱してるみたいだ。
今回、今西部長に頼んでこのサプライズを用意してもらった。
受け入れてもらえるかどうかは賭けだったけどね。
…うん。
アイドルってのも案外悪くないな。
「ほら、まだ一曲残ってる、だろ?」
僕の周りで固まるシンデレラガールズ達を所定の位置へと戻す。
ここまで来たらもう後は勢いだけなんだから。
「…も、もう、しょうがないなぁ…後でちゃんと説明してよねガクちん!」
分かった分かった。
「じゃあ、みく頼んだよ」
「ふえぇ!?…わ、分かったにゃ!も、もうヤケクソだからね!」
しかしアイドル達と一緒に歌うのか。
初めてだなあ。
…まあ、やってみるか。
「これが最後の曲にゃ!『情熱のイナズマ』!!」
http://www.youtube.com/watch?v=TfYn3hNjp0U
「…で、私達に用意したサプライズだった、って事…?」
「そうそう」
…ダメ?
「ダメっていうか、びっくりしたよ!いきなり現れて!」
あはは。
まるで僕と凛の出会いみたいだな。
「!…も、もう…そうやっていつも…」
「いつも?」
「何でもない!」
分かりやすくて良いなあ。
「でも、あんな凄いパフォーマンス見たの初めてです!」
「だよね!もう何かまさしくこれぞロック!!って感じでしたよ!」
「だろ?」
凛とは対象的にパフォーマンスを教えてくれとか何とか言ってくる卯月や李衣菜。
…李衣菜は置いといて卯月はこういうキャラじゃなくないか?
他にもきらりや子供達、みくや未央や杏達。
皆それぞれの反応を見せていたけど。
ちょっと分からないのは…。
「…」
僕をいつもの垂れ目で見つめてくる美波、それの隣にいるアーニャ。
「どうしたの?」
「…いえ、その…GACKTさんは、本当にプロデューサーだけ…なのかなって…」
「どういう事?」
「…前に、凄い努力をしたから今があるって言ってたのを思い出しまして…」
言ったっけ?
「…その、もしかしたら、GACKTさんは、実は凄い人なんじゃないかって…あ!こ、こんなこと…すいません…」
「…いや、良いよ。むしろ嬉しいからさ」
あはは。
ロックスター冥利に尽きるな。
まあ、ここではアイドルなんだろうけどな。
…いやプロデューサーだよ。
「…いやあ、彼は本当に凄いねえ。前よりもさらに輝いてるよ」
「…」
「千川君?入らなくていいのかい?」
「…いえ、ちょっと…トイレに…」
「あ、ああ…」
「…!」
「……千川君…どうしたのかねえ…」
「…」
『心の準備は宜しいか!?』
『宜しー!!』
『…イきまぁす!!!』
…。
……。
「……違う」
…。
「あれは……私の知ってる、GACKTさんじゃ、ない…?」
…。
「…考え過ぎ…なのかしら…」
「凄かったな加蓮!特に最後のGACKTって人も!」
「本当だよね。とてもじゃないけど、絶対素人の人なんかじゃないよ」
「でもプロデューサーって話みたいだけどな」
「…あ、後知ってる?あの渋谷凛って子、私達と同じ中学だったんだって」
「へー!それ知らなかったなあ…………!!!?」
「な、何?どうしたの奈緒?」
「…あ、あれ…!!」
「あれ?……えっ…?あれ…765プロの、天海…春香?…えっ?」
「で、でも…まさかこんな所にいるわけ…無い…よな?」
「…そ、そうだね!あははは!…まさかね…?」
「…」
…。
「…」
…。
『…でも、僕は見てみたい。
心と心が、本当の意味で繋がったアイドル達を…もう一度、来てくれないか。僕と共に』
「…」
『お前の純粋な心が、僕の心を癒してくれた。
ありがとう、春香』
「…」
『…さようなら』
「…」
あの時、視界が光に包まれて。
気がついたらそこは2年以上前の765プロ。
そこにはGACKTさんはおらず、また違うプロデューサーさんがいた。
プロデューサーさんは私の為に何度も汗を流し、それに…。
色々あり過ぎて、とても良い思い出だ。
だから、夢かと思ってた。
あれを、夢だと思うようにした。
あの3年間は夢だったと、そう思うようにした。
でも、夢じゃなかった。
どちらも現実で、本当の出来事。
「…GACKTさん。お久し振りです。天海 春香。また会えました…」
私の独り言は、誰に聞かれるでもなく夏の夜空に消えていった。
「…あー…終わったねぇ…」
「終わりましたねえ…」
「…そうだね」
LIVEも終わり、スタッフ達が後片付けをしている。
シンデレラガールズ達は舞台に座り込み、夜空を見上げて余韻に浸っている。
色々ドタバタしちゃったけど、ま、悪くないかな。
あはは。凛みたい。
「ねえGACKTさん。さっき持ってきたあのダンボール箱何?」
目が合ったからなのか、凛が先程僕が持ってきた二つの大きめのダンボール箱について聞いてくる。
「ファンレターだよ。お前達の」
「「「…」」」
「何?」
ファンレターという言葉を聞いて皆が僕を見る。
口を開けて。
鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔ってこういうのを言うんだな。
…。
あれ?
「「「…ええええええええ!!?」」」
もうちょっと冷静になれないのか。
僕はプロデューサーだぞ。
押し退けるんじゃないよ。
…聞こえてないか。
皆食い入るようにファンレターを読み漁ってる。
…アイドルとしての自分達の立場がようやく分かってきたみたいだね。
未央なんか泣いちゃってるよ。
「GACKTさん…私、アイドル続けてて良かった…良かったよお!!」
抱きついてくる未央を引き剥がし、一人舞台の隅でファンレターを一枚一枚じっくりと見つめる凛の元へと歩く。
>>499
呼称ミスった
GACKTさん→ガクちんで…
「そんな嬉しかった?」
「…当たり前だよ。持ってきた時に言ってよね」
「これもサプライズの一つだからさ」
「…忘れてただけでしょ」
「…いや~今日はまあ、ギリギリ合格点かな」
「誤魔化して…でも、ありがと」
「…何が?」
「私達のプロデュースしてくれて」
「プロデューサーだからね」
「…ね、今ならさ…」
「?」
「…ごめん。忘れて…」///
「滅多な事言うもんじゃないよ。本気にするだろ?」
「…な、何勘違いしてるんだか…」///
…さて。
これからどうなるのか。
まだまだトップアイドルへの道は長い。
…親友の元へ帰るのはいつになるのやら。
だけど、ひとまず今は…。
今の僕は…。
「凛」
「何?」
「…おめでとう」
「…ありがと」
この小さな手を、小さな存在を。
「あー!!凛ちゃんとガッくんが手繋いでるー!!!」
「!!?こ、これはち、違うから!!」
守る王子様、だな。
…これからも、宜しくな。
http://www.youtube.com/watch?v=Zri3hksI2_g
前編 終
乙
ライヴの締めでも再会流れるからここに持って来てくれて嬉しいよ
おつおつ
違和感に気付いたちひろ、世界線の繋がり…また一悶着ありそうな
前編ということで終わり
7月17日が待ち遠しい…
過去作
Gackt「THE IDOL M@STER?」 - SSまとめ速報
(http://hayabusa5.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1399994138/)
GACKT「輝きの向こうへ?」 - SSまとめ速報
(http://hayabusa5.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1400311804/)
GACKT「シンデレラガールズ…か」 - SSまとめ速報
(http://hayabusa5.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1400408566/)
GACKT「シンデレラガールズ…か」 - SSまとめ速報
(http://hayabusa5.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1400408566/)
おーぷんのやつで何かごめん
乙です
乙ー
乙乙
アニマス再放送の
二週目書けばええんやで?ニッコリ
乙カーレ
過去作のキャラ(春香)の登場、世界の嘘に気付きかけたちひろ、雨女疑惑の輝子…
こりゃ後編も一波乱ありそうだな
後編はいつ来るんだ…
楽しみに待ってます!
後編は2クール目が来てからでしょ
乙です
のあ神さんの気まぐれで
またこの作品が見れるとは感激です
久々の良SSあげ
2カ月がどうのこうの
武内くんがデレラジでGACKTが好きって言ってて好感度上がった
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません