阿良々木暦「ななルナ」 (39)
・化物語×アイドルマスターシンデレラガールズのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・ネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です
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おっ、新作か
001
僕と安部菜々とを巡る物語を語る前に、唐突ではあるが神について少々言及することにしよう。
まず、僕は無神教であることを前提に置いて欲しい。
この国では大半の人間が無神教だとは思うが、これは現代においても世界視点で俯瞰するとかなり珍しい方だ。
神なんてものは地域ごとの文化、歴史、風土的特徴など様々な要素を組み合わせた上で長い時間をかけ醸成されるものだから一概には言えないのだが、日本はその中でも異色を放っている。
日本では無神教と言うよりは八百万の神という記述が古事記に見られるように、あらゆる全てに神が宿る、という考えが根付いている為、どちらかと言えば超多神教に近い。
神は崇めるものではなく、身近にあるものということだ。
それが現代になるにつれ、機械やテクノロジーの導入により人工物が氾濫したことで身近な神への意識が薄れて行った結果、無神教に繋がったのだろう。
絶対神がいないため、いつの間にか濃度が薄れて霧散してしまったのだ。
クリスマスやバレンタインなんかが最たる例だ。
騒げれば何でもいい、なんて国民性が良く出ている。
敬虔なクリスチャンからしたら怒られても致し方あるまい。
そも神とは、敬い畏れられる絶対的存在でありながら人によって作られた、人がいなければ存在すら許されない、ある意味矛盾を孕んだ存在だ。
彼らは全知全能とまでは行かずとも、明らかに人よりも優れたキャパシティを持ちながらも人に依存している。
とはいえ、人も神に依存することは少なくとも有象無象の願いや祈りを一方的に託したりしているから、その辺りはお互い様ということで済ませてしまおう。
先程僕は無神教と言ったが、無神教と神を信じないことは別だ。
なんせ僕には知人に神が、過去形も含めれば三人もいる。
実在するものを信じないも何もない。
あの口達者な小学生・八九寺でさえ今や一廉の神様だ。
知人から神が輩出したことについては鼻が高い……というわけではないのだが、知人が三人も神様だという人間は世界広しと言えども僕くらいではないだろうか。
文字通り身近に神様がいるから僕には信仰心がないのかも知れないが、例えそうでなくても僕は神なんて信じない。
いや、散々に怪異という超常存在に行き遭ってきた身としては、述懐した通り知り合いにもいることだし、存在自体を否定している訳ではない。
どんな神を信仰しようと馬鹿にするつもりはないし、どんな神だって崇拝されている以上、いないなんてことはあり得ない。
こんなもの、単純に考え方の違いというだけであって、こんな風に仰々しく語るまでもないことだ。
ただ、そんな都合のいい存在がいるのならば、人類はとっくの昔に衰退している、とだけは言いたい。
ピンチの時に現れて、全てのものを救う。
まるでヒーローか正義の味方だ。
結局のところ、正義の味方だろうが神様だろうが、全てのものを救うなんてことは不可能なのだ。
そして、そんな何でも思い通りに行く世界ならば、人間なんて弱い生き物は飽食と怠惰に塗れて間も無く滅びるだろう。
だから、彼等神様は頑張りすぎてはいけないのだ。
百回くらい祈ったら一回くらいは叶えてくれる、その程度でいい。
そういう意味では八九寺くらいの、人間臭さの残ったいい加減な神様くらいが丁度いいのかも知れない。
もし、願い事が全て叶う世界なんてものがあったとしたら、その世界を席巻する種族は間違いなく神だ。
そして、僕ら人類はあたかも飼い猫のようにひたすら可愛がられるだけの愛玩存在だろう。
良くも悪くも、現在この惑星を支配しているのは人間と言っていい。
そうなれたのは、弱い個体でありながら数と知識で食物連鎖の上に立ったからだ。
それを放棄し神に全てを委ねる世界は、一体僕らにとって幸せなのかどうかは、わからないけれど。
安部菜々。
僕の担当するアイドルであり、シンデレラプロダクションにおいて『最も神に近い』アイドルだ。
これは冗談でも何でもない。
そもそも、アイドルの成り立ちは大元を辿れば宗教を根源としている。
齢を取らない。
人々に崇められる。
そして挙句の果てには人間ですらない。
そんな彼女を、神と言わずして何と呼ぶべきなのか、僕には言葉が見付からない。
今回僕が語るのは、そんな自ら人間を逸脱した彼女との話。
繰り返ししつこいのだが、僕は全知全能の神を信じない。
人間が人生の岐路に立たされた時に、その都度都合のいい奇跡を起こす存在なんていない。
もしそんなものがいたのなら、きっと僕は、今の僕ではいられていないだろうから。
002
「皆さん元気ですかー! 元気ですねー!? それでは乾杯の音頭を不肖、わたくし日野が……って杏ちゃーん!」
「日野、もう少しボリュームを落とせ」
「私のステージがー!!」
日野茜、十七歳。
向こう見ずで常に全力疾走なパワフル乙女。
花より団子より身体を動かすことが好きな猪突猛進な子で、僕の話を微塵も聞いちゃいないことからわかるように、火憐ちゃんとある意味同類のアイドルである。
愛情表現なのだろうが、挨拶代わりに鋭角タックルを決めるのはやめて欲しいところだ。
「んぁ? あぁ、ごめんごめん……むぐ、ウマいねこれ。かな子ちゃんが作ったの?」
「ああもう、口周り汚れてるぞ双葉」
「ふいてー」
日野の言葉は何処へやら、常時リラックスモードで口の周りをチョコクリームで彩りながらケーキを頬張る一際小さな彼女の名は双葉杏、十七歳。
どう見ても十七歳には見えないが、僕が直々に戸籍謄本まで引っ張り出して確認したのだから間違いはない。
汚れた口周りをティッシュで拭いてやるその様は、どう考えても小学生にしか見えないのだけれど。
「うん、最近チョコケーキ作るのに凝ってるんだ♪」
「あんまりつまみ食いし過ぎてリバウンドするなよ、三村」
「し、してませんよ!」
反論しつつもケーキを一口、幸せそうに顔を綻ばせるのは三村かな子、十七歳。
あの様子だとまた体重が増えたのだろう。
今度、体重計に乗せてやるのは確定として、ケーキとダイエットというメビウスの輪に囚われた蜂蜜メレンゲの妖精だ。
周りのアイドル達が細すぎるせいで自分の体型を気にしているようだが、僕から見たら三村は普通の体型と言わざるを得ない。
それに僕は痩せている三村なんて三村とは認めない。
「あ……美味しい。フォションのセイロンなんて久し振りだわ」
「凄いな古澤、紅茶の銘柄なんて香りだけでわかるものなのか?」
「はい、好きな銘柄ですし」
古澤頼子、十七歳。
その年齢に驚くほどの知性的な外見と色気を持ち、それでいて掴み所を露わにしない、何処か羽川を思い出させる少女である。
古澤に対して失礼ではあるが、初めて会った時は年上だと思った程だ。
「雪乃さんからもらって来たんだにぃ☆ ほらほら唯ちゃーん、もっと食べないと大きくなれないょー?」
「諸星、一つ言っておくがそれは僕の分だ」
「あーん☆」
手ずから大槻にケーキをあーんさせるのやは諸星きらり、十七歳。
持ち前の底抜けな明るさとその身長からのインパクトは他のアイドルの追随を物理的にも許さない。
僕にもあーんして欲しいところだが、古澤あたりに白い目で見られそうなのでやめておこう。
「やー、ゆいはもう充分大きいからいいよきらりん。それより菜々ちゃんにあげなよ」
「いや大槻、それ僕の……」
「んもー、細かいこと言わないの」
大槻唯、十七歳。
今時の女の子、という形容がぴったりな、何に対しても緩くて力を抜いてくれるアイドルの筆頭だ。
かと言って不真面目でもないので、これが彼女のスタンスなのだろう。
美嘉ちゃんとは同い年で性格も合うようなので仲がいいのだが、生憎城々崎姉妹は揃ってお仕事だ。
「いえいえ、ナナはもうおなかいっぱいだから、きらりちゃんが食べていいよ」
「安部さんまで……」
安部菜々さんじゅうななさい。
タイプミスで変換と句読点を付け忘れたが大事ないだろう。
安部さんは事務所から電車で一時間くらいの場所にあるウサミン星からやって来たウサミン星人である。
ウサミン星は正確には何処にあるのか、とかウサミン星人の詳細については僕の口から話すことは憚られる。
事務所SSSクラスの機密事項なのだ。
うっかり口を滑らせたが最期、千川さんによるウシジマくんも裸足で逃げ出す、身に覚えのない取り立てに追われる事となるらしい。
このクラスの機密事項には他にも、千川さんの詳細プロフィールや双葉のスリーサイズなどが挙げられる。
今更ながら何をしているのかと言うと、諸星が双葉に『杏ちゃんは十七歳に見えないよね』と言ったのを皮切りに、事務所にいた十七歳をかき集めてのお茶会に至ったのだ。
集まったのは双葉に諸星、日野、古澤、三村、大槻、安部さんの七人だけだったが人数的には申し分ない。
なんでその場に僕がいるのかと問われれば、僕が参加したかったから以外の理由などない。
十七歳。
素晴らしい響きだ。
女の子の紹介欄に『十七歳』と記載されているだけで心が踊る。
それは恐らく、十七歳という年齢が人間の人生において最も多感な時期だからだろう。
僕も十七歳の時に本当に色々あった。
キスショットと出会ったのも誕生日を迎える前月の三月だから、十七歳の時だ。
言い換えると、僕の人間としての人生は十七歳で終わっている。
ある意味、享年とも言っていい。
それくらい、十七歳とは重要な時期だ。
話を戻すが、スリーサイズと言えば、かなり小柄な安部さんだが、身体は相当のグラマーである。
双葉とそこまで変わらない身長でこれは凄い。
きっと身長に行く分の栄養がお胸様に行ってしまったのだろう。
素晴らしいじゃないか。
ロリ巨乳って史上最強だよね。
ロリってだけで心ときめくのに、その上巨乳だなんて。
八九寺とか神の力で巨乳にならないかな……。
いや待て、八九寺の魅力はあのちょっと背伸びしてる感満載のボディにあると言っても過言ではない。
何より資本主義のこの世は需要と供給によって成り立っている。
羽川という巨乳キャラがいる以上、供給過多はバランスを崩すんじゃないか?
それに巨乳の八九寺なんて八九寺じゃない……いや、でも巨乳……!
「僕はどうしたらいいんだ……!」
「はい! はいはいはーい!」
「はい、なんですか安部さん」
ここにはいない八九寺の体型について本気で葛藤していると、安部さんが片手を挙げて迫ってくる。
ここに八九寺がいたら『死んだらいいんじゃないですか』くらいは言われそうだった。
「プロデューサーさんに質問があります!」
「なんでしょう。この不肖阿良々木、安部さんの為ならば知る限りのことをお話ししますよ」
「ナナは何歳でしょうか?」
「十七歳に決まっているじゃないですか」
安部さんは永遠の十七歳だ。
十年後も十七歳だし、五十年経とうが例え千年経とうが十七歳なのだ。
もっと言えば原始時代だろうが紀元前だろうが銀河系誕生の瞬間だろうが安部さんは十七歳に違いない。
僕が全身全霊をもって断定しよう。
「正解ですっ。それを踏まえた上で何かおかしいとは思いませんか?」
「何か……? ううん、思い付きませんね。とんちですか?」
「それです! プロデューサーさんは年下の女の子に対し苗字で呼び捨てにするのに、ナナだけさん付けで敬語なのはなんでですか!」
「はっはっは、そんな馬鹿な。気のせいですよ安部さん」
「ちょっとプロデューサーさん!」
安部さんは、アイドルだ。
その小さな身体には不相応とまで言えるプロポーションに加え、ウサミン星人というステータスを上手く扱い、一種の安部菜々とも言える新ジャンルを開拓した。
誤解されがちではあるが、安部さんは一時期流行った電波系、不思議系アイドルとはまた違う。
彼女のやっていることは事務所の意向でも何でもなく、彼女の夢そのものなのだから。
「もうっ、うそつきはウサミン星では有罪ですよ?」
ここが地球で良かったですね、と膨れっ面で拗ねる安部さんは可愛かった。
どうやら電車で一時間の場所にあるウサミン星に地球の法律は適用されないらしい。
「それは地球人で良かった。ちなみに罪状は?」
「死刑です」
「重過ぎる!」
そんな星ならば是非とも貝木でも連れて行ってやって欲しいものだ。
「きらりんもウサミン星行きたいにょわー☆」
「あ、ゆいも行きたーい」
「ごめんねー、ウサミン星は今、観光用に整備中なの」
「随分とインフラの行き届いた星なんですね……」
僕もいずれ行ってみたいな、ウサミン星。
きっとバニー姿の安部さんやバニー姿のウサミン星人の皆さんが迎えてくれるんだ。
バニースーツって非現実的な衣装なんだけど、その分出会えた時の感動は素晴らしいと思う。
何を隠そう、僕も将来お嫁さんに着てもらうために家に用意してあるくらいだ。
「あ、暦ちゃんがやらしーこと考えてるー」
「ぎるてぃー☆」
「ふべっ!?」
「き、きらりちゃん……」
諸星の鉄拳制裁をつむじに受け、苦笑いをしながら頭をさする。
こうして偶然にも行われた十七歳の会は、恙無く進行したのだった。
003
翌日。
おはようございます。
昨夜、ロリ巨乳の八九寺が忘れられず、本人に相談したら前置きも装飾もなくただ一言、死ねと言われました、阿良々木暦です。
それはさておき、いつもの時間に事務所に着く。
ごく稀にある早朝の生放送などを除けば、基本的に出勤時間はこの時間帯だ。
勤務時間の安定しない業種柄、タイムカードもないが時間は守らねばなるまい。
先に出勤していた千川さんに挨拶を交わす。
なんだか妙に目が座っているような……。
「おはようございまーす」
「……もう朝……? 今、何時ですか?」
「……徹夜でしたか。八時半です」
お疲れ様です、と常備されている栄養ドリンクを渡す。
ちなみにスタドリではありませんよ。
ありがとうございます、と蓋を開けてマイストローを突っ込む千川さん。
千川さんは明確には事務員ではないのだが、このような事態はたまにあることだ。
事務員さんは事務員さんでちゃんといるのだが、急に休んだりなど何か問題があると事務仕事の処理が異様に速い千川さんにお鉢が回ってくる。
「出勤早々すいませんがプロデューサーさん……お願いがあるんですが……」
「お願い?」
千川さんのお願い。
響きだけでもう嫌な予感しかしないのは千川さんの人徳の為すところだ。
スタドリ買ってください。
休日にサービス出勤してください。
アイドルのために死んでください。
どれを言われても違和感がない辺り流石千川さんだ。
が、その内容は予想に反して至って普通のものであった。
「菜々ちゃんが何かあったらしくて……様子を見て来て欲しいんですよ」
「安部さんが?」
「ええ、最近レッスンにもまったく顔を出さないらしくて……電話しても出ませんし……私が行きたいところなんですが……」
この通り、と書類の山に視線を向ける千川さん。
それは確かにおかしい。
安部さんは誰よりもアイドルに対しての情熱が厚い人だ。
小さな頃からずっと夢見て来た憧れのアイドルだ、と言っていたし、何よりそれを行動で示している。
仕事に対してもいい意味で貪欲だし、オフの日は自主的なレッスンも欠かさない。
双葉に見習って欲しいくらいだ。
その安部さんが詳細も話さずにレッスンを休むとなると、千川さんが何かあったと推量するのも頷ける。
「わかりました。拝承します」
「ではこれ、ウサミン星の住所です」
千川さんが直筆で書いたらしきメモを手渡される。
アイドルの個人情報は極秘情報だ。
プロデューサーである僕でもおいそれと知ることのできない代物で、実際にも僕が知っているのは迎えに行く必要がある引きこもりの双葉くらいのものである。
個人情報の秘匿という面は勿論、万が一、一般人に知れ渡ったら大変どころの騒ぎではない。
受け取ったメモに視線を走らせる。
『⚪︎⚪︎県⚪︎⚪︎市⚪︎⚪︎町三丁目 メゾン・ウサミン 202号室』
「…………」
これは、何処から突っ込んだらいいのだろうか。
すげえなウサミン星。
惑星でも恒星でもなく建物に収まるサイズだとは。
安部さんもコンパクトな人だし、きっとウサミン星では物質の大きさを自由に変えられる技術が発達しているのだろう。
でなければ安部さんのトランジスタグラマーぶりは説明出来まい。
メモの内容を携帯に移すと、業務用シュレッダーにかける。
「じゃあ、とりあえず様子見て来ますね」
「お願いしますね……弱ってるからって襲ったりしちゃダメですよ?」
ちゅるちゅると栄養ドリンクを吸いながら虚ろな眼で笑う千川さん、超怖い。
ライブの時の星と同じ眼をしていた。
思わず背筋に冷たい汗が流れる。
「ぼ、僕を誰だと思ってるんですか?」
「そうでしたね。プロデューサーさんは紳士と言う名のへたれでしたね」
「…………」
「一応褒め言葉ですよ?」
男として信頼している、と言いたいのだろうか。
とは言え同時に男として馬鹿にされているのも間違いない。
……反論したいのはやまやまだが弱っているとは言え相手は千川さん。
勝ち目なんてある筈もないし、勝ったところで後が怖すぎるので無言で事務所を出る。
事務所の最寄り駅から東へ約一時間。
乗り換えを二回行ったところに、ウサミン星はあった。
アパートの名前こそメゾン・ウサミンではなかったが、住所は間違っていない。
その建物を形容するのならば、良く言えば味のある、悪く言えば古い木造アパートだった。
所々に補修の跡が見られることからも、かなり古い建築物のようである。
ひたぎの住む民倉荘といい勝負だ。
横付けの歩く度に軋む階段を登り202号室まで行くと、表札にはきちんと『安部』と明記されていた。
十年前くらいに友人宅で見た型のインターホンを押す。
が、うんともすんとも言わない。
中の人だけに聞こえるタイプには見えないし、壊れているのだろうか。
よく見ると、インターホンの横側に『壊れています。ノックしてください』と紙片が貼られていた。
「…………」
なんと言うか、安部さんのイメージとはかけ離れた住まいだ。
実年齢はともかく、苦労して小さな頃からの夢を叶えたのだろうな、と考えると余計に切ない。
頑張っている人は、好きだ。
頑張っている人は報われるべきなのだ。
とはいえ世の中、いくら全力を尽くそうが上手く行かないことは多い。
青臭い理想かも知れないが、今はせめて安部さんの力になりたいと、この住まいを見て尚強く感じた。
「安部さーん、阿良々木でーす。貴女の阿良々木でーす」
色も剥げかけたスチール製の扉を叩く。
そのまま静寂が流れること数秒、もう一度呼びかけようと思った瞬間、ドアノブがゆっくりと回った。
小さく開いた扉の隙間から、安部さんがちょこんと顔を出す。
「……プロデューサーさん?」
「ああ、良かった。無事で……」
「プロデューサーさぁん!」
扉を勢い良く開け、抱きついてくる安部さん。
ああ、やばいやばいやばい、胸、胸がががガガガ。
いかん、バグっている場合ではない。
「な…………!?」
僕は自分の目を疑った。
「な、なんなんですかこれぇ!?」
安部さんの『身体が薄くなっていた』のだ。
決して痩せた等の比喩ではない。
言葉通り、背景が薄っすら見える程に存在自体が希薄になっている。
今現在、抱きつかれた時の嬉しい感触はあるので、体積は残っているようだけれど。
「と、とにかく落ち着いて」
錯乱する安部さんを落ち着かせ、とりあえず軒先で騒ぐのもよろしくないので、安部さん宅……じゃなかった、ウサミン星に上げてもらった。
ウサミン星はレトロを基調とした文化なのだろう、和風の装いに溢れた古き良き内装をしている。
この季節だと言うのに炬燵があるのは、ウサミン星人独特の文化なのだろうか。
関係ないが部屋着なのか、安部さんはジャージ姿だった。
胸元に『安部』と印字されているあたり、学生時代のものと推測される。
「すいません、散らかってて」
2Lペットボトルに入った水出し麦茶を机に出しながら、苦笑いを浮かべる安部さん。
立ったままも何なので、炬燵の外側に座る。
散らかっている、というのは突然の来客に対するテンプレートだが、ウサミン星は謙遜ではなく本当に散らかっていた。
魔境とも呼べる双葉や神原の部屋ほどではないが、そこかしこに脱ぎ散らかした靴下や空のスナック菓子の袋、ペットボトルが何本か転がっている。
缶ビールの空き缶も何本か落ちていたが、未成年の安部さんが飲酒をする訳がないのでノンアルコールに違いない。
ああ、掃除したい。
こうも雑然とした部屋を見ていると掃除がしたくなる。
しかも安部さんの部屋だ。
神原に鍛えられているので掃除は得意だし。
「いえ、お構いなく……なんでこんな夏に炬燵が?」
「あ、あはは……片付けよう片付けようと思ってたらいつの間にか夏になっちゃいまして」
どうやら安部さんはいつもの真面目なアイドル生活に対し、私生活は割と適当らしい。
……呆れるというよりは、実際のところ生活臭溢れる安部さんは貴重なので素直に楽しい、というのが本音だけれど。
「本題に入りますけど……どうしたんですか、それ?」
「どうしたもこうしたも……朝起きたらこんなのになっちゃって……」
「心当たりとかはないんですか?」
「身体が透ける心当たりなんてありませんよ……」
それはそうだ。
数多くの怪異と関わってきた身としては怪異の仕業かとも思うのだが、ウサミン星人とはいえ一般人の安部さんに理解しろという方が酷だ。
身体が透ける、なんて十中八九怪異が原因だと思うのだけれど。
本人に自覚はないようだし、巻き込まれたか、無意識の内かはまだわからないな……。
「安部さん、僕はこう見えてもこういう超常現象には割と詳しいんです。何でもいいですから、気が付いたこととか、いつもと違うことはありませんか?」
「気が付いたこと……あ、そうだ。何だか身体もちょっといつもと違うんですよ」
「いつもと違う……とは?」
「ちょっと見てください」
安部さんは立ち上がると窓を全開まで開け、外に向かって手をかざす。
「?」
何をするのかと見ていると、大真面目な顔で手のひらを外に向けていた安部さんの身体が、神々しくも光り出した。
「いっ!?」
「ウサミン☆ビ――――――ム!」
「――――――――――」
安部さんの手のひらから発射された光の束は、高速で空へと向かうと、某魔法少女の弓のように曇り空を割って空模様を快晴に変える。
あり得ない。
ビームの物理的な衝撃の余韻で風が起こり、僕の髪を強く棚引かせる。
しばし茫然自失としてしまったが、ただでさえ古い木造アパートが軋む音で我に返った。
頬がひくつく。
言葉が出ないどころの騒ぎじゃない。
呼吸をするのも忘れそうなほどのインパクトだった。
ちょっと待ってよ安部さん。
ビームって。
ビームって。
二回も思ってしまったじゃないか。
「う、ウサミン星の方々は手からビームが出せるんですね……」
あたかもアニメのような光景を目の前にして数秒、やっと出たのはそんな間抜けな言葉だった。
「出せる訳ないでしょう! いや今は出ますけど、やってみたら何故か出たんですよ! やたら身体の調子もいいですし!」
何故かビームが出るって言うのも凄い台詞だ。
もし僕が同じ立場ならばかめはめ波を出すだろう。
と言うか、やってみたのか安部さん……。
ビームを出そうと構えを取る安部さんを想像する。
「なんじゃ、やかましいの……」
「忍……」
と、ビームの轟音か、もしくはエネルギー的な何かを感じ取ったのか、忍が昼間だと言うのに眠そうに影から出て来た。
顔を手首でこすりつつ、不機嫌な視線を向ける忍。
と、安部さんが忍を見て固まっていた。
「し、忍ちゃんが何もないところから……」
「あ…………」
しまった、忍自体は僕の親戚ということで事務所公認の存在だが、影から出るところを見られたのは少々まずい。
……仕方ない、この際だ。
誤魔化すよりも正直に話した方が真実味も増すだろうし、何より今は忍の手も借りたい。
その為には安部さんの理解が必要だ。
「安部さん……さっき、僕がこういう状況に慣れている、って言いましたよね」
「え? え、ええ、はい」
「実は僕は人間じゃありません。忍もそうです。二人とも、限りなく人間に近くはあるけど、違う。だから、多少なりとも今の安部さんの力にもなれると思います」
「吸、血、鬼……?」
「信じて、くれますか」
ごくり、と嚥下の音が安部さんの喉から聞こえた。
「…………はい」
……良かった。
場の雰囲気とは言え、吹聴して回る事でもない。
ことが全て済んだら、もう一度きちんと話そう。
可愛くあくびをしている忍に向き直る。
「で、だ。忍」
「なんじゃい」
相当眠いのか、忍はかなり不機嫌のようだった。
「え、っと……その、安部さんの身体が透けて、手からビームが出るようになったんだけどさ……多分怪異関連だとは思うんだ。心当たり、あるか?」
「なんじゃお前様、いい年してビームのひとつも出せんのか」
「えっお前、出せるの!?」
「当たり前じゃろ、儂を誰だと思うておる。手どころか目や鼻や耳から出すことも出来るぞ」
「マジでっ!?」
思わず身を乗り出してしまった。
目からビーム。
素晴らしい。
男の夢と言い換えてもいい。
「その代わり、目から出したら目が灼け爛れるし、鼻から出したら鼻血が止まらんがの」
「意味ねえ!」
「あ、あの……プロデューサーさん?」
しまった、心躍るキーワードに思わず浮かれてしまった。
僕もまだ子供だな。
でも童心を忘れないって大事なことだと思うんだ。
「で、何か心当たりあるのか?」
「心当たりも何もお前様、こんなものは怪異の仕業などではないわ」
「え?」
怪異が原因じゃ……ない?
「じ、じゃあなんだって言うんだ」
「喜べよお前様、儂らは神の誕生の瞬間を目の当たりにしておるのだぞ?」
ウミガメの産卵よりもレアじゃ、と冗談なのか良くわからない事を口走る忍。
「神って、忍」
「月神。その名の通り月を信仰する人間たちから産まれた神の類じゃ。日本ではツキヨミやツクヨミと呼ばれておる奴がおるの。他にもメソポタミアの月神をシンと呼ぶんじゃが、シュメール語にするとナンナとなる。名前も似ておるし、更に言えばナンナは月神でありながら暦を司る神じゃ。お前様とも関わりがある。ここまで重なるともう偶然ではないのう」
月は、古来よりも神秘的で尊いものとされてきた。
宗教観の違う各国でもその認識はほぼ変わらない。
否定的に受け取られることもあるが、基本的な畏れられている、という点に関しては他の追随を許さない。
何せ、遠すぎる。
人の手が及ばない、それでいて万人の認識の下、空に浮かぶ何よりも目立つ月と太陽は、よく一対の喩えとして持ち出されることも多い。
今でこそ月面に触れることが出来るようになった人類だが、暦を定めてから二千年もの歳月を要している。
「ちょっと……待ってくれ忍。って言うことは、安部さんが、神になろうとしているってことなのか?」
「応。昨夜は満月だったしの、そこのロリ乳娘は月によって『神に選ばれた』のよ。神ならビームくらいお茶の子さいさいじゃろ?」
「わ、私が……神様?」
安部菜々、永遠の十七歳。
彼女は、月に見出された。
004
神は、人によって選ばれ、人ならざるものによって形を成す。
世界には、特にこの国においては、神は掃いて捨てるほどに存在する。
ひたぎが行き遭ったおもし蟹も神だし、述懐した通り八九寺も神になり、キスショットも千石もかつて神だった。
神原を苦しめたレイニー・デヴィルですら、時代と場所が違えば神になっていた可能性だってある。
極論を言ってしまえば鰯の頭も信心から、との言葉通り、僕ですら神になり得る可能性はある。
詰まる所、神はその程度のものであり、取り分け有り難がるものでもない、というのが忍の言だ。
とは言え、人間にとって特別な存在であるのも確かだ。
人外のものを認識出来ない普通の人間も、神という架空の存在がいなければここまで繁栄していなかっただろう。
正しく生きれば死後報われる。
神を信じて崇拝さえしていれば、次の人生は幸せなものになる。
その信仰は、過酷な時代を生きねばならなかった人達にとって、どれだけの救いになったことだろうか。
現代を生きる僕には到底理解出来ないし、理解しようとすることすら彼らにとって失礼だ。
かと言って、神を全肯定するのも僕には憚られる。
何しろ、ひたぎは母親を神によって失ったと言ってもいい。
ひたぎの場合は神そのものではなく、神という象徴を利用した悪徳宗教家によるものだが、ひたぎの身からしてみたらどちらでも同じようなものだろう。
神は、人を殺す毒にも、人を生かす薬にもなるのだ。
「ヒトが生きたまま神となる条件はみっつ。ひとつ、多数の人間に信仰されていること。ひとつ、相応しい逸話を持つこと。ひとつ、背景となる力の出処を持つこと。今回の場合は月じゃな」
多数の人間、というのは間違いなくファンのことだろう。
相応しい逸話は、神や英雄、伝説と呼ばれる存在には必要不可欠な要素だ。
その内容は凡そ人並ではない、常識を超えたものでなければならない。
その点において安部さんは歳を取らない、永遠の十七歳だ。
しかも人間ではない、ウサミン星人でもある。
逸話としては充分なのだろう。
そして、背景としての、月。
「月が多くの人間に畏れられているのはわかるけど、どうして月なんだ?」
「うさみん星人とやらは月の民なのじゃろう? 現代においてはアイドルも宗教に近い。月が勘違いするのも無理ないわ」
アイドルの語源は偶像崇拝から来ている。
偶像とは神や仏を象った像のことで、信仰や盲信の対象、象徴という意味を持つ。
アイドルの場合、実際に存在するがその在り方が人ではなく、象徴に近いことからそう呼ばれたのだろう。
……ということは、それって。
「……月が勘違いで安部さんを神にしようとしてるってことか?」
「まあ、そうなるのう」
「な、なんですかそれ……」
「このままだとロリ乳娘はもはや人間の括りを越えて、ひとつの上位存在として生まれ変わることになるじゃろうな」
「忍ちゃん、その呼び方やめてもらえないかな……」
確かに呼び方はどうかと思うが、忍が人の名前を覚えないのは今更だし、今はそれどころではない。
「上位存在?」
「誰もがロリ乳娘の存在を知っておる。どんな時代、どんな場所、どんな瞬間であろうとそいつはそこにいる。だが誰もその姿を認識することが出来ん」
いつでもそこにいて、その実どこにもいない。
それはもう、
「概念……だな」
「そんな……!」
「なんとか元の状態に戻せないか?」
「知らんわ。せっかく神になれると言うのに自分から拒否する奴なんぞ見たことも聞いたこともないしの。そうじゃの……あるとすれば、月は人の言葉なんぞ解さん。態度で示すしかないじゃろうな」
先程から僕らの話を聞き、言葉も満足に紡げず狼狽する安部さんに向き直る。
安部さんが神様なら全力で信仰するところだが、今はふざけている場合ではない。
後は、安部さん次第だ。
「安部さん。率直に聞きます。神様になりたいですか?」
「…………」
自分で問うておきながら、分からないことがある。
もし、安部さんがなりたい、と言ったのなら。
僕は、どうするべきなのだろうか。
そのまま見届けるのか、それとも僕の我儘で留まってもらうのか。
僕は、安部さんにいなくなって欲しくない。
担当アイドルだから、なんて理由じゃない。
『神様なんて損な役割』、安部さんに背負って欲しくないんだ。
当の彼女は何を思うのか、数秒、目を伏せていたかと思うと、顔を上げる。
「まっぴら御免です」
にこり、といつものように笑い、安部さんは続けた。
「神様って、要するにずっと変わらない、ってことでしょう? ナナには身体がある。その内側に血が流れていて、中心には骨がある。それは、生きてる証です」
人間もどきの僕ですら、血は流れ、心臓は鼓動を続けている。
神とは、成長しないものだ。
何しろ成長する必要がない。
もう神と成った時点で完成している。
神である以上は完璧でなければならないからだ。
完璧であるならば、何かを変える必要もない。
「ずっと変わらないものになるなんて、絶対にイヤです。どんなものでも、変わるから面白いんですよ」
思わず頬が緩む。
ああ、流石は安部さんだ。
老いない、朽ちない、死なない。
そんな時間の括りを外された存在は、前進することが出来ない。
いつか忍も言っていた。
不死身の身体を持ったところで、得るべきものなど何もないと。
友を作っても一緒に朽ちることは出来ず、何かを成しても最後には退屈に殺される。
神様なんてものは結局のところ、人間によって作られた都合のいい存在でしかない。
人間が困った時に一方的に願いを押し付けられ、祀り上げられるだけの存在だ。
八九寺のような例外中の例外はともかく、人が人であることを捨てるなんて、勿体無いにも程がある。
「それに、神様になっちゃったらトップアイドルになれませんもんね!」
「ええ、それは安部さんが安部さんでなければ出来ない事です。神様ごときに、出来る事じゃない」
そう、安部さんを含むアイドル達が目指す場所は、神様なんかじゃ到底辿り着けない地点だ。
人の身でなければ叶わない。
そんな夢だ。
「ナナ、これからも頑張りますね!」
可愛くガッツポーズを決める安部さんは、何よりも頼もしく見えた。
アイドルに神々しさなんて必要ない。
必要なのは、人を惹きつける力。
それは外見だけではない、一個の人間としての総合的な魅力だ。
そして安部さんは、それを十二分に備えている。
小さな頃からの夢を諦めずに追い続けるその姿は、何よりも尊く美しい。
貴女をプロデュース出来ることを、嬉しく思う。
口には出さないけれど、そう、強く思い至った。
「さて、じゃあ早いところ元に戻れるよう対策をしましょう」
「そうですね。どうすればいいんでしょうか?」
そうだった。
忍は神になりたくないなら態度で示せ、と言ったが具体的に何をすればいいのかは聞いていない。
態度で示すって……なんだ?
「なあ忍、何をしたらいいんだ?」
「ぶっちゃけりゃよかろうよ」
「え?」
「え?」
005
後日談と言うか、今回のオチ。
僕と安部さんは再度、炬燵を挟んで向かい合っていた。
「まさか……安部さんにあんな凄い秘密があったなんて……」
「う、ううぅ……」
「安部さんの実年齢がよもや……」
「ストーップ!! それ以上言ったらナナ、本気で怒りますよ!!」
安部さんの目は本気だ。
これ以上はやめておこう。
忍の提案した対策は、『おおよそ神らしくない振舞いをして選考基準から自ら外れる』というものであった。
要は安部さんの黒歴史大発表会である。
その内容は僕の口からはとても言えるものではないが、ファンが聞けば卒倒どころか発狂しかねないものであった、とだけ表現しておこう。
「プロデューサーさん、吸血鬼だったんですね」
「まぁ……色々、紆余曲折ありまして」
人生、どんな紆余曲折があれば人間吸血鬼になるんだよ、と自分でも突っ込みを入れたくなるが、事実は事実なのだから仕方がない。
「……失望しましたか?」
「いいえ、ナナだってウサミン星人なんですからおあいこですよ」
何がおあいこなのかよく分からないが、安部さんなりの気遣いだろう。
謹んで受け取っておこう。
「ナナも吸血鬼になっちゃおうかなぁ」
「へ?」
「だって吸血鬼って年取らないんでしょう?」
「ああ……まあ、そうですね」
「永遠の若さは女せ……女の子の夢ですからね!」
それは女の子の夢と言うよりはアラサーの希望な気もするけれど……。
まぁ、僕も命が惜しいし深くは突っ込むまい。
僕の場合、年齢云々辺りは曖昧だ。
吸血鬼もどきになってから五年あまりが経ったが、元々成長も止まりかけていたので歳を取っているのか微妙なところだ。
大体、毎日付き合っている自分の身体なんて成長しているかどうかわからないものだ。
三十あたりを越えないとわかりそうもない気もする。
しかし、吸血鬼の安部さんか……血を吸われたらウサミン星人になる訳か。
ネズミ算式に増えるウサミン星人。
ちょっといいかも。
ファン共々喜んで噛まれてしまいそうだ。
「なんて、冗談です。羨ましいなんて言ったら忍ちゃんに失礼ですよね」
忍のことについても、僕の過去と共に安部さんには伝えてある。
歳を取らない、すなわち不老不死を求めるのは人間の性なのかも知れない。
死は恐ろしい。
得体が知れないからだ。
だから人に限らず、生物は本能的に死を拒む。
死が甘美なものであれば、これまでも死ぬことに抵抗を覚えないだろう。
そして、その抵抗の最たるものが不老不死の追求だ。
その欲自体を否定する気はさらさら無い。
けれども、死なずに永遠を生きることに果たして意味があるのか、その問いに答えられる相手もこの世にはいない。
それに、不老不死の身体を持った生物は――――いや、それを生物と呼べるのかは些か疑問だが、ともかく彼等は悉く寿命を待たずに死ぬ。
不老不死に寿命があるのか、不死身なのに死ぬのか、という疑問は最もだが、そもそも『絶対に死なない』という前提が間違っている。
生きているからには、どんな形であろうと死はある。
不老不死なんてものは結局幻想であり、『とても死ににくい』程度でしかない。
半永久的な命を持った最強の吸血鬼キスショットでさえ、日の光に焼かれ続ければ死ぬし、最期には僕と半身を共有するという形で死んだ。
死という概念がない神でさえ、人に忘れ去られれば跡形もなく消える。
絶対に死にたくないのなら、命を持たぬ存在になる必要がある。
先程、安部さんがなろうとしていた、概念や現象といったものに、だ。
「ナナはずっと変わらないのに、周りのみんなは年老いて死んでいく……そんなの、自分が死ぬよりもイヤです」
退屈で死んじゃいますよ、と笑いながら安部さんは言った。
いつしか忍も言っていた。
不死は死と同義だ。
孤独という名の死。
退屈という名の死。
死ねない者に変化はない。
あっても、それは流れる川に小石を投げ込む程度の変化でしかないだろう。
キスショットも、変わろうとして変われなかった。
それはきっと、不死というコンプレックスが根底にあったからだ。
だから、変わるために死ぬしかなかった。
人間はいい意味でも、悪い意味でも変われるから強い。
逆を言えば、変われるからこその人間だ。
僕は高校三年生の春休み、大きく変わった。
それはもう、文字通り一度死ぬレベルの改変だ。
阿良々木暦という人間があそこで終わったのか、今もまだ続いているのかは、僕自身にはわからない。
わかる筈もない。
あれから僕は変われたのだろうか。
これからも、変わってゆけるのだろうか。
「一緒に変わって行きましょうね、プロデューサーさん!」
「ええ……そうですね」
僕は一度終わった人間だ。
その後に化物としても一度死んでいる。
それでもなお生き汚なくこの世界にしがみ付いている。
それならそれでもいい。
死も不死も噛み締めた僕だからこそ、出来ることもあるだろう。
それに、彼女たちとなら、例え今の僕が不死でも、化物だろうと、変わって行ける気がするのだ。
「とりあえず、ついでに今後の安部さんの方針について話しましょうか」
「はいっ!」
「……と、その前に部屋の片付けをしましょう」
この部屋に入った時から気になってはいたのだ。
こんなに散らかっていると掃除の虫が騒ぐ。
「え、ええっ!?」
「任せてください、掃除は得意なんです」
「そういう問題じゃありません! レディの一人暮らしの部屋は未開の地なんですよ!? そ、それに下手にウサミン星のものに触ったら怪我して火傷して爆発して地獄を見ますよ!?」
「地獄はもう一回見てるので大丈夫です」
「だからそういう問題ではなくてですね!」
「問答無用です。諦めて普段から片付けておかなかったことを後悔してください」
「お願いですプロデューサーさん、勘弁してください! 何でもしますから!」
「何でも!?」
「あ、ごめんなさい嘘です。なんでもはしません」
「じゃあ始めましょうか」
ネクタイを外し壁に掛け、腕をまくる。
慌てふためく安部さんだが、これくらいは役得だ。
このアイドル時とのギャップも安部さんの魅力だな……今度、そっちの方向で売り出してみよう。
寝起きドッキリ的な企画で。
安部さんの言う通り、完璧なんてつまらない。
人でもない吸血鬼でもない中途半端な僕にとって、それだけが唯一の救いであり希望だ。
「あ、そ、そうだ! ウサミン星には一人暮らしの女性の部屋を掃除すると呪われてウサギになってしまうという呪いが……」
「また不定期に見に来ますから、その時また汚れていたら掃除です」
「人の話を聞いてくださいよ!」
「……あ」
とりあえず手当たり次第にものをかき集めようとした鼻先に、ピンク色の布が現れた。
一般的には女性の胸部を保護することを目的とする服の下に着用するもの。
人それをブラと呼ぶ。
「ぎゃ――――――――!?」
いつかひたぎとの初対面、民倉荘で見たひたぎのそれとは明らかに一回りは大きい。
猫が身に着けていた羽川の下着と同じくらい……?
いや、それ以上……?
……マジで?
「本当にトランジスタグラマーなんですね、安部さん……」
「ウサミン☆チョーップ!!」
中途半端な化物として、何回でも変わろう。
僕も彼女たちも、それが出来る生き物なのだから。
阿良々木暦「ななルナ」 END
このSSのシリーズでモバマスのアイドルにかんして色んな解釈ができるようになった
拙文失礼いたしました。
やたらスラスラと書けた安部さん。
次は他作品とのクロスor茜or小梅です。
ちなみに私は本家モバマスでは小梅P。
読んで下さった方、ありがとうございました。
乙ー
今回もおもしろかったです
乙?
文字化けしてるし…
ちなみに3択ならまず茜を…
>>28
ちなみに現在の二次創作状況
きの子……七割完成(オチが思いつかず凍結)
小梅、茜……タイトルと話の内容確定(書くだけ)
橘、楓さん、だりーな、夕美さん、城ヶ崎姉妹……タイトルと大まかなネタだけ(書く気はあるレベル)
わくわくさん、雫、南条、荒木さん、こずえ……タイトルだけ(思いつきレベル)
あとクロスでないモバマス、クロスで各二つほどネタが。
他にも創作で色々遊んでるので、アイマスの時みたく集中して書けないためモバマス版は書くの遅いです。
やっぱり創作と違ってキャラが最初から歩いているのは楽ですし、書いてて楽しくていいですねえ。
その作品のリンクを貼って下さいお願いしますウサミンが何でもしますから。
とりあえず名前が出た分だけでも楽しみにしてますぜ
乙です
のあにゃんはいつ登場するんですか?
のあぴょんでもいいのよ
>>30
創作はボイスドラマやゲームシナリオがほとんどなので投稿はしてないんです。
ごめんなさい。
>>31
ありがとう。
趣味で書いてるものを楽しみにしているって言ってもらえると超嬉しいです。
>>32.33
何故か本家モバマスでのあにゃんとは絶望的に縁がないCoPの私。
やたら縁があるのは何故か小春ちゃん。
>>30
創作はほとんどボイスドラマやゲームのシナリオなので投稿はしてないんですよ。
すいません。
>>31
趣味で書いてるものを楽しみにしているって言ってもらえると超嬉しいです。
ありがとう。
>>32.33
のあにゃんとは絶望的に縁がない無課金クールPの私。
逆にSRでやたら縁があるのは何故か小春ちゃん。
乙です
アラララィラライさんの言い回しが相変わらず面白いww
いい年こいてビームの出せない自分を恥じるばかりです
ななじゃなくナナだろ?
ルナって月を意味してるんだっけ?
マンガ版遊戯王ZEXALで知った
>>14 「吸、血、鬼……?」
この段階では人間じゃないこと以外教えてないのでは?
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