旅人「死者に会える湖」 (11)
旅人「……」ザッ
旅人(暗い暗い森の中、手にした灯りだけを頼りに、僕は一人歩く)
旅人(灯りにしているのは、小さな瓶だ。内部の土に混ざった色とりどりの鉱石は、それ自体が魔力を宿している)
旅人(そして、その中には、蛍光色に発光するキノコが生えている)
旅人(「月蛍茸」と呼ばれるキノコだ。魔力に反応して、強く光る性質を持つ)
旅人(時刻は……深夜だろうか。満月の月明かりが仄かに森を照らしている。どこからか梟の鳴き声も聞こえる)
旅人(それなりに歩いた。羽織っている服は、汗ですこし湿ってきている。足も随分と疲労が蓄積しているようだ)
旅人(僕は何故この場所に居るんだろう。記憶が定かではない)
旅人(しかし、この先に、どうしても会いたい人がいる……そんな気がするんだ)
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旅人「!」
旅人「……小屋?」
旅人(一つの小屋が目に付いた。御世辞にも綺麗とは思えないが、明かりがついている)
旅人(……怪しい……しかし、少し休みたいと思っていたところだ)
旅人(僕は意を決してドアを叩いた)
男「……珍しい、人がここに来るなんてな」
旅人「旅の者です。少し脚を休ませたいのですが……構いませんか?」
男「ああ……ほら、薬草を調合した茶だ。苦ェが効くぞ。干し肉も喰いたきゃ喰え」
旅人「ありがとうございます」
旅人(……毒は入っていないようだ。いただこう)
旅人(ぐっ……すこぶる苦いっ、肉も……なんだこれは、一日放置したパンのようだ……と言うより、肉の方は味がしない?)
男「へえ、マズいか。そりゃ良いね、生身が機能してる証拠だ」
旅人「……?」
男「何故ここに?」
旅人「分かりません……ですが、この先に居る誰かに会いに行く、という事を覚えています」
男「だろうな」
旅人「あなたは……どうしてここに?」
男「俺ァとある夜の街に居たんだがな」
男「まぁ……そこから色々あってな。探し物をしてたんだが、途中で諦めちまって、身体が此処に留まっちまった」
旅人「?」
男「……もう行きな、「お前は」まだ間に合うぜ、日の出まで時間がある」
旅人「はい……ありがとうございました」
男「……これを持って行け、俺には適合しなかったが、役に立つかもしれない。じゃあな」
旅人(妙な人だったなぁ……手に何握らされたんだ?)
旅人(この深いブランデー色は……琥珀か。随分と質の高そうなものだ)
旅人(……月が雲に隠れた。キノコの光だけでは厳しくなってきたな)
旅人(此処から先は松明を使おう、魔力も温存してられない)ボッ
旅人「ハァ、ハァ……」
旅人(……魔力の消費量が大きい。そこまでコントロールが下手な覚えはないが……)
旅人(足を一歩踏みしめるごとに、疲労がじわりと重みを増やしていく)
旅人(先ほど休んだばかりだと言うのに……どうしてこんなに疲れているんだ)
旅人(まずい、感覚が無くなってきた……)フラ
旅人「!」
旅人(何だ? 琥珀が熱を……力が湧いてくる!)
旅人「僕の魔力を引き出してくれてるのか……? 何にせよ、まだ進めるぞ」
旅人(……しかし、この森……魔物に出くわさないな)
旅人(いや、居るのかもしれないが……殺気を一度も感じない)
旅人(……まるで僕に関心が無いみたいだ)
旅人「!」
旅人(奥の暗闇で……何かが光っている……誰かいるのか?)
旅人「……違う、これは」
旅人(すごい……辺り一面に、月蛍茸が群生してる!)
旅人(しかも、全部が一斉に胞子を放ってる……薄い翡翠色のカーテンが揺らいでるみたいだ)
旅人(先ほどの疲れは何処へやら、僕は誘い込まれるように奥へ進む)
旅人「……」
旅人「……これは……」
旅人(そこは、翡翠色のオーロラが棚引く湖だった)
旅人「あれは……孔雀?」
旅人(中央の水面には、真っ白な孔雀がこちらを見ている)
旅人(湖の上には、無数の小さな炎のようなものが、ふわふわと浮遊している)
旅人(あれは、きっと……魂)
旅人(光を奪っていた雲も消え、月の光が湖を照らす。まるで月光の橋のようだ)
旅人「あ……」
旅人(奥の方から、その橋を渡るかのように、水色の魂がこちらへやってきた)
旅人(そうだ、僕はこの人を探していたんだ)
旅人「……父さん」
(……立派になったな)
旅人「……はいっ……!!」
(……お前の顔が見れて満足だよ、まだ帰りは間に合う。早く帰りなさい)
旅人「間に合う……どういう事ですか?」
(この死の森は、生者が夜が明けるまでいると、魂が囚われてしまう)
旅人「え?」
(この湖は、死者の魂が辿り着く場所……本来、我々が会う事は出来ない)
(お前が此処までたどり着けたのは、森に生命力を吸われ、こちら側へ近づいているからだ)
男『へえ、マズいか。そりゃ良いね、生身が機能してる証拠だ』
旅人「あ……だから……」
(……分かったな、今すぐ出るんだ)
旅人「……わかりました。あの白い孔雀は一体?)
(彼女はこの森の神だ。未練を残した魂を呼び寄せている)
旅人「そうなんですか……」
(旅人、達者でな)
旅人「……はい、父さんもお元気で」
(彼を送ってくれないか?)
白孔雀「……」コクリ
旅人(……何だ? 急に眠く……)
(お前と会えて良かったよ、もう私も思い残す事はない)
旅人「……父さん」
(愛しているよ、我が息子よ)
旅人「……」
旅人(目が覚めると、滝の目の前に居た。そうか、僕は此処から落ちて、あちらの世界へ……)
旅人「……」
旅人「……小屋の彼は、辿り着けなかったのかな」
旅人(僕だってそうだ。彼がくれた琥珀が無ければ、途中で力尽きていた)
旅人(彼は今も一人で、あの森に居るのだろうか)
旅人(……彼も、誰かを探していたのかな)
旅人「……行こう」
旅人(今度家に帰ったら、あの湖の事を母さんに話そう)
旅人(ホラ話だって笑われるかもしれないけれど……あっ)
旅人「……残ってたんだ。ありがとう」
旅人(ポーチに入っている琥珀を、ぎゅっと握りしめ)
旅人(僕はまた、見知らぬ土地へ歩き出した)
終わりです。ありがとうございました。
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