男「とある平日、春の夜に」 (9)

男「……やっちゃったなぁ」

男(今日は午後が開いたからって、昼寝をするんじゃなかった)

男(特にやる事もないし……どうしよう)

男(……うん、どうせしばらくは眠れないんだ)

男(よし)

男「散歩にでも行こうかな」

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男(もうすっかり春だなぁ)テクテク

男(冬が終わって、緩やかに包み込んでくる、春の夜の空気だ)

男(そう言えば、夜に散歩するなんて初めてだな)

男(お、駐車場に猫が)

男「……おお、もう一匹」

男(なんだなんだ? 次々と遭遇するじゃないか)

男(夜は猫の時間って訳か……目が光ってて怖い)

男(……そう言えば、こんなに静かな道も珍しいな)

男(僕の足音だけが響く、真っ暗な世界)

男(まるで僕だけがそこに存在しているようだ)

グウゥウウゥ……

男「……」

男(……とりあえず、何か食べたい)

アリガトウゴザイマシターッ

男(さて、どこで食べようかな)

男(……お、丁度良い公園がある。ベンチに座らせてもらおう)

男(通報されたら困るけど)ヨイショッ

男「いただきます」パン

男「うまっ……焼き鳥うまっ……」

男(ふう、おでんも美味しい……ちくわがあって良かった)

男(身体の芯に沁みるねえ)

男「へえ、ドーナツも思ったよりちゃんとしてる」モサモサ

男(最近のコンビニは、こんなものも置いてるんだなぁ)

男(……あれは北斗七星? よくわかんないけど)

男(……昔は、友人達と夏の夜、旅行先で星空を眺めたりしたなぁ)

男(彼らは今、どうしているんだろう)

男(……また会いたいな)

男「……ごちそうさま。さて、行くか」スッ

たん たん たん たん

男(春の朧月がほのかに照らす夜、一人僕の足が奏でる音)

男(辺りには誰も居ないけれど、それが何だか妙に居心地が良い)

男(「他者」に介入されない、僕の夜)

男(たまには、そんな夜があっても良いんじゃないか)

男(ああ、でも桜がもう散りそうだな)

男(緑が大分混ざってきてる。葉桜に世代交代はもうすぐだろうな)

男「……ん」

男(普通に通り過ぎる所だった。こんな所に……!?)

男「――おぉ……」

男(それは小さな公園だった)

男(遊具はブランコと埋まったタイヤだけ、後は小さなベンチが一つ)

男(しかし、そこには見事な桜が咲き誇っていた)

男「夜桜、か……」

男(ぼろぼろの灯りが、その夜桜をより幻想的なものにしていて)

男「……良いなぁ」

男(きっと、この公園はあまり使われていないだろう)

男(今じゃなければ、誰にも見向きもされないかもしれない)

男(その「今」に巡り合えた事に感謝しなくては)

男(さて、そろそろ出ようかな)

男「バイバイ、また来るよ」

男(静かだなぁ)テクテク

男(……お、木に植物の蔓がびっしり絡まってる。すごい生命力だなぁ)

男(ッ……ああ、この音は猫除けの機械か。この超音波みたいなの)キーッキーッ

男(ん、あれは?)

男(あ……池だ)

男「おお、これは良い……」

男(静かな池に、ぷかりと浮かぶ大きな満月)

男(水面に映る風景というのは、どうしてこんなにも心に響くのだろう)

男(今この緩やかな月を見れているのは、僕だけだ。何だか申し訳ない)

男「……静かだなあ……落ち着く……」

男(良い所を見つけてしまった。また暇な時は来てみよう)

男「……満足だ。さて、次はあっちへ行こうかな」

たん たん たん たん

男(散歩は好きだ)

男(普段は見えない部分が、のんびりと歩いていると突如見えてくる)

男(僕らが忙しさに追われ、見えていない部分。それが浮き彫りになるから不思議なものだ)

男(それが夜だと、一層景色が違って見える)

男(いつからだろう? 夜が平気になったのは)

男(子供の頃は、真っ暗な景色が、ひどく怖かった)

男(見知った道でさえ、未知の世界のように感じていた)

男(友人と行った知らない場所。夕方になり、陽が暮れかけるだけで、不安に心を掻き毟られていた)

男(家にたどり着き、家族の顔を見るだけで、ほっとしたものだ)

男(あの時から、どれだけの時が経ったんだろう)

男(勿体ないな、あの学生時代。やる気が起きなくて、ただぼんやりと日々を過ごしていた)

男(何をするにも自由だったあの時代。あの時に、何か大切な事を忘れてきてしまった気がする)

男(子供から大人になるその隙間。僕らは、その隙間に何かを置いてきてしまうのではないか)

男(……だけど、きっと、それでいいんだろう)

男(そうして失ったものを、僕らは時折懐かしむ)

男(それが出来ているうちは、僕らの心には余裕があるはずだ)

男「……さて、そろそろ戻るか」

男(静かな世界。春の夜の暖かさに包まれながら、僕は一人、歩き出した)

相変わらず短いですが、終わりです。ありがとうございました。

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