男「とある街の小さな店」 (80)
人が忙しなく動く街の一角に、ひっそりと立つ小さな店がある。
「あれ、今日もここ閉まってるよね」
「あ、この前開いてる所見たよ。良い匂いだったな」
「ふーん」
開店時間は不定期。ドアには【Closed】の文字。
「これって何て読むんだっけ? し、しえん……?」
「しおんだよ、紫苑」
「そうそう、それそれ。いつか行ってみたいなぁ」
「そうだな。……急ごう、バスに遅れる」
「あっ、うん!」
これは、人知れず営業する店、【紫苑】のお話。
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【春の嵐とクラムチャウダーの話】
ザアアァアアァァ……
青年(……寒い)
青年(最近暖かくなったと聞いたが……今日はなんて寒いんだ)
青年(……)
青年(……こんな所に店が……開いてる。お金は……ある)
青年(入ってみようかな)ガチャ
少女「!」
男「いらっしゃいませ」ニコ
青年(へえ、中はこじんまりとしてるな。でも狭いってわけじゃない)
青年(アンティークな感じで統一されてるな。とにかく座ろう)
青年(今日のメニューは……悩むな……)
青年「……珈琲を一つ。とりあえずそれで」
男「かしこまりました」ニコ
コポポ……カチャカチャ……
青年(……はぁ)
少女「……」スッ
青年「ん……温かいおしぼりか。ありがとう」
少女「……」コク
青年(静かな子だな)
男「ああ、その子は口がきけないんですよ。申し訳ありません」
青年「へえ、そうなんですか」
男「お待たせしました。今日の珈琲です」コト
青年(……良い香りだ、鼻をすーっと通っていく)ゴク
青年「……あ、うまい」
男「それは良かった」ニコ
青年(何だろう……苦みと酸味のバランスが絶妙だ。舌にじんわりと広がる……)
青年(喉を通った瞬間、香ばしい香りが口内を満たしていく)
青年「……」
男「今日は寒いですね。ですが、この調子だと、もう春は目の前ですね」
青年「春、ですか」
男「……おや、春は嫌いでしたか?」
青年「……僕は田舎出身ですが」
青年「故郷の小さな村には、毎年綺麗な桜が咲くんです。僕はそれを見るのが大好きでした」
青年「……でも、巨大な嵐が直撃して……村が壊滅したんです」
青年「……随分前の話ですが。毎年この季節になると……どうしても、思い出すんです……」
青年「だから、春は嫌いです……桜がすぐ散ってしまうのも、故郷を思い出してしまうから」
男「そうでしたか……」
青年「……」
男「お客様、少しお時間を頂けますか?」
青年「? はい」
男「ありがとうございます」
男「お待たせしました」
青年「これは……」
青年(白い器に、スプーン。そして、大きく膨らんだ……パイ生地?)
男「私からのサービスです、冷めないうちにどうぞ」
青年「あ、ありがとうございます」
青年(この匂いの正体は……一体)サクッ
ホワッ!
青年(……これは、シチュー……いや、あさりが入ってる。クラムチャウダーか!)
青年(すごい熱気だ……)スッ
青年「! うまい……!」
青年(とろみがある熱々のスープは、バターのコクが良く出ていて)
青年(とろとろに煮込まれた玉ねぎ、ほくほくのじゃがいも、そしてあさりの旨みが溶けこんで)
青年「……暖かい……」
男「……形あるものは、いつか壊れてしまいます」
男「しかし、別れとは同時に「思い出」が芽吹く瞬間でもあります」
男「桜が咲くのは一瞬です……しかし、それは散った後、生き生きとした葉桜になります」
男「人生の移ろい、そして成長……桜はそれらを教えてくれます」
男「私は、そんな桜が好きです」ニコ
青年「……」
男「……差し出がましい事をしてしまいましたね、お代は結構ですから――」
青年「……いえ、そうですよね」
青年「過去に縛られてるだけじゃ、何も変わらない」
青年「このクラムチャウダーだって、パイ生地が壊れても、中から暖かいスープが見えてくる」
青年「そう言いたくて、これを出してくれたんですよね」
男「……」ニコ
青年「すみません。どうもこの季節はセンチメンタルになっていけないや」
青年「ずっと籠ってた思いが出てすっきりしました……今度、故郷に行ってみようと思います。もう何年も戻ってないし」
男「ええ、それが良いかと」
青年「……ごちそう様でした、また来ます!」
男「ありがとうございました」ニコ
少女「……」ガチャ
青年「ああ、ありがとうね」
少女「……」フリフリ
青年「ばいばい」フリフリ
青年(……雨も止んだな)
青年「よし、頑張ろう!」
少女「……」
男「ああ、元気になったようで良かったよ」
少女「……」
男「はは、彼が気に入ったのか……きっと、また来るよ」
少女「!」ニコ
男「……雨も止んだようだしね」クス
こんな感じで進めて行こうと思います。
【母の思い出と香ばしいプリンの話】
男「ふむ……今日はあまりお客様が来ないね」
若者「良い事じゃないですかー」
男「……ほう、なかなか言うようになったね。今日の賄いは楽しみだ」
若者「ちょ、ちょっとタイム! 今の無しで!」アセアセ
少女「……」クスクス
若者「お、おい、少女も何とか言ってくれよ!」
若者(お師匠さん、一度賄いに目を付けたら、死ぬほど長いアドバイスしてくるんだよなぁ)ブルブル
男「昨日風邪で休んでた分、しっかり働きなさい」
若者「うぃーっす……」
ガチャ
男「いらっしゃいませ」
老人「……ふむ、この店はプリンを出すのですかな?」
男「ええ」
老人「それを一つ、後は紅茶を頂きます」
男「かしこまりました」ニコ
若者「はいよー、持ってってね」
少女「……」コク
少女「……」コト
老人「どうもありがとう、では――」スッ
老人「……ふむ」
男(! あまり良く無いリアクションだ)チラ
老人「……ううむ……」
男「……お客様、何か至らぬ点がありましたか?」
老人「! いえいえ、とんでもない。ただ……」
男「ただ?」
老人「私の探しているプリンでは無かったようなので……」
男「探している、プリン」
老人「亡くなった母が、子供の頃よく作ってくれたものなのですが……最近になって、また食べたいと思いましてな」
老人「なにやら香ばしかった記憶があるのですが……覚えているのはそれだけで」
老人「焼きプリンなるものも買ってみたのですが、何か違う気がして……」
若者「!」
男「……お客様、少しお時間を頂けますか?」
老人「はい、構いませんが」
男「ありがとうございます」ニコ
男「若者、卵と――」
若者「そう来ると思ってました。準備済んでますよー」
男「おお、やるじゃないか」
若者「オーブンっすか? それとも鍋で?」
男「……鍋だね」
若者「了解っすー」
男「……よし、綺麗に蒸せたね」
若者「……どうします? さっさと冷ました方が良いですよね」
男「そうだね、器を氷水につけて、それから冷凍庫で一気に冷たくしてしまおう」
若者「了解っす」パタン
老人「……あれは、プリンですかな?」
男「ええ、お客様のお母様は、料理がご上手だったのですか?」
老人「そうでしたな、昔外国にも行っていたようなので、特に洋食に詳しかったです」
男「なるほど、それはすごいですね……料理上手な家庭が羨ましいです」ハハ
老人「おや、それではご主人のお母様は?」
男「随分昔に亡くなりまして、私が料理を担当していました」
老人「ああ、これは失礼を……まだお若いのに」
男「気にしていませんよ。しかし、思い出の味ですか……」
老人「はい、私も、もう長くないですし……死ぬ前に一度、と思っていまして」
男「ふむ……表面の色は、黄色でしたか?」
老人「ううむ……確か……焼きプリンのような……?」
若者(さすがはお師匠さんだな、時間を感じさせないトーク……ああ言うのも必要になってくるんだろうな)
若者(よし、冷えたな。グラニュー糖を敷き詰めてと)サラララ
若者(3……2……1……ファイア!!)ボッ
ヂヂヂヂ……ヂヂ……
老人「……!」
若者(よっし、こんがり焼けたな)ドヤァ
老人「この甘い香り……」
男「おそらく、お母様が作っていたのは、「クレームブリュレ」だと思われます」
老人「クレーム、ブリュレ……?」
男「フランス語で「焦がしたクリーム」と言う意味でして、普通のプリンと比べると、生クリームなどを使っているので、とろけるような舌触りとコクがあります」
男「そして、表面にお砂糖を敷き、バーナーなどで香ばしくカリカリに仕上げるのが特徴です」
老人「お、おお……」スッ
パリッ!
老人「この香り、この感触……」スッ
老人「……!」
『お母さん、お腹すいたー、おやつ何かない?』
『仕方ないね、作ってあげるから、しばらく外で遊んできな』
『はーい!』
老人「……こ、これだ!」
老人「この甘さ、舌に絡む濃厚なコク、香ばしいカラメルの風味……母さんの味だ!!」
男「良かった」ニコ
老人「実にうまい! ああ、満足です!! 大満足です!! もう死んでも構いません!」
若者(いやそれは駄目だろ)
男「ご満足いただけたようで」ニコニコ
老人「ご主人、ありがとうございます! 心なしか十年若返ったようだ!」バッ
男「あはは」
老人「この店、ご贔屓にさせていただきます!」ペコ
男「ありがとうございます」ニコ
老人「では御会計を……」
男「少女」
少女【640円です】カキカキ スッ
老人「はいはい」チャリン
少女「……」コク
老人「はは、これは可愛いお嬢さんだ」
老人「では、失礼します」
男「ありがとうございました!」
若者「良かったっすね、思い出の味が分かって」
男「ああ、そうだね」
少女「……?」
男「……うん、やっぱり、人にとって一番の味は「思い出の味」なんだなぁって」
少女「……」
男「ありがとう」
若者(どうやって意思疎通取ってんだよこの人……)
若者「さて、そろそろお昼にしたい所っすねー」グー
男「ああ、君の賄いが楽しみで仕方ないよ」
若者「げっ……覚えてやがった……」
少女【ふぁいと】スッ
若者「クソ、他人事だと思いやがって……やってやりますよ! とびきりの親子丼を作ってやりますよ!」
男「はっはっは、頑張りたまえ」
少女【スープパスタが良いなぁ】スッ
若者「うるせえ! 自分で作りやがれ!」
男「はいはい、早く作っておいで」
若者「はいよ!!」
※この後駄目出しされました
【そんな気分とカツサンドの話】
ガチャッ
男「おや、先日振りです。いらっしゃいませ」
青年「以前はどうも……」ポリポリ
少女「……」
青年「やあ、こんにちは」ニコ
少女「!」ニコ
若者「ん? 知り合いですか?」
男「ああ、君は休んでいたからね。当店の見習いの若者です」
青年「初めまして、青年です」
若者「初めまして……別にタメっぽいですし、敬語使わなくていいっすよ」
青年「あ、どうもありがとう、君も……」
若者「あー、俺はこの口調が素なんっすわ」
青年「そうなんだ」
青年「んー、何にしようかなぁ……とりあえず珈琲で」
男「はい。ごゆっくり」
ガチャッ
大男「おーっす!」ヌゥッ
青年(うお、でかいっ)
男「いらっしゃいませ」
大男「そうだなー、今日は……カツサンドって気分だわ! カツサンドいっちょ!」
少女「……」スッ
大男「おお、あんがとよ嬢ちゃん! 喉が渇いててな!」ガッハッハ
大男「あんちゃんは見ない顔だな、この辺に住んでんのか?」クル
青年「え、ええ。最近ここを見つけまして」
大男「そりゃ良いな。大将の飯は絶品だからな!」
若者「俺も手伝ってるんすけどね」ボソ
男「お待たせしました」
少女「……」コト
大男「おほぅ! きたきた!」ザクッ!
大男「うんめえー!! たまらんな!」
若者(相変わらず騒がしい人だなー、確かプロレスラーだったっけ?)
青年(……うまそう)ゴクリ
大男「お、あんちゃんも気になるか? 一切れ分けてやんよ」スッ
青年「え、いいんですか!?」
大男「おう、ぱくっといきな、ぱくっと」
青年「……いただきます!」
ザクッ!
青年(おお、表面はこんがりトーストされていて、香ばしい歯ごたえ!)
青年(そしてカリカリの衣に歯を立てると、熱々の肉汁が飛び出してくる!)ジュワ
青年(それが芳醇なソースと混ざって、口の中で肉の旨みが爆発する! こいつは――)
青年「うまい!」
青年(そして千切りキャベツのシャキシャキした歯ごたえ、そして……これは柚子の皮が忍ばされてるのか? しつこくないうまさだ!)
若者「うまそうに喰うなあ、二人とも」
男「料理人冥利に尽きるね」ニコニコ
大男「おお、良い食べっぷりだねえ、気に入った! あんちゃんに此処の裏メニューを教えてやろう!」
青年「裏メニュー?」
大男「おう、これが絶品でな……」ブーッ ブーッ
大男「あん? ちょっと失礼」
大男「何だ? 今……何、そいつは驚いた、今すぐ向かう!」
大男「悪いね、急用が出来た! 嬢ちゃん、お勘定!」チャリリン
少女【またどうぞ】スッ
大男「ごっそさん! じゃーな!」バタン
若者「……嵐みてーな人だな」
青年「結局、裏メニューって何なんですか?」
男「……あはは、何か期待させてしまったようで……大したものではありません。気にしないで下さい」
青年「えー、余計気になりますよ!」
男「それに、今日は材料がありませんし……またの機会、と言う事で」
青年「……まあ、それなら仕方ないか」
少女「……」スッ
青年「ん? 飴玉?」
少女【これあげるから、元気だして】カキカキ
青年「ああ、ありがとう」ニコ
少女「♪」
若者(あの……いつのまに、あんな空間が出来てんすか……)ボソ
男(さあね)
若者(クソッ! リア充クッソ!!)
【売れない手品師とガトーショコラの話】
青年(ふう、今日も良い天気だなぁ……いつの間にか、暇な時はここで読書をするのが、日常になりつつある)パラ
少女「……」コト
青年「あ、ありがとう」
男「お待たせしました、ジェノベーゼパスタです」
少女【ごゆっくり】スッ
青年「いただきます!」パクッ
青年「うーん、やっぱり美味いです!」
若者「青年君は、仕事何してんすか?」
青年「僕? まだ大学生だよ」ハハ
若者「ああ、なるほど」
男「お喋りも良いけど、洗い物は?」
若者「終わってますよ、ほら」
男「……」スッ
男「これ、どう思う?」
若者「あっ」(やべっ、皿の裏側に、ほんの少し洗剤の泡が)
男「どう思う? ん?」
若者「はいすみませんでした次は絶対にしません気を付けます」ペコペコ
青年(早っ)
男「まったく……」
青年「そう言えば、「紫苑」って開店時間決まってないんですか?」
男「はい、食材の仕入れや、全体の準備具合によって変わってきますね」
若者(うっ、遠回しに自分の力不足を咎められてる気がする)
ガチャ
男「いらっしゃいませ」
手品師「うーん……ご主人、何か面白い品はございやせんか?」
男「面白い、品……ですか」
青年(すごい口調だなぁ)ペラッ
手品師「ええ、あっしは手品をかじってるんですが、どうも客のノリが悪くて」ヒュッ ポン
若者「おお、棒が花に変わった!」
男「それでしたら、本日のスイーツがおすすめですよ」
手品師「ほう、じゃあそれで」
男「かしこまりました」
青年(あの男さんが言う面白い料理……どんなのだろう?)
青年(カウンターだと、男さんが料理してるのを見ながら待てるんだよなぁ。僕はテーブル派だけど)
男「お待たせしました」コト
手品師「ほう、美味そうだ」
青年(この香りは……ミルクティーに、ホイップクリームを添えたガトーショコラか)
手品師「では、いただきやす」スッ
手品師(うん、良い香りだ……マイルドな味わいと甘さが良い感じでやんす。良い茶葉使ってるでやんすね)ゴク
手品師(さて、それではガトーショコラを……)スッ
手品師「……んん!?」
男「……」ニコ
手品師「こ、これ……ちっとも甘くないでやんすよ!?」
男「はい、それは砂糖を一切使っていないガトーショコラなんです」ニコ
青年「へえ!」
手品師(し、しかし……中に香ばしいアーモンドが入っていて、カカオの味にさらなる深みが!)
手品師(それをホイップクリームが包み込んで……な、なんだか不思議な味わいでやんす!)ゴク
手品師「あ、うまい……!」
手品師「そうか、これは甘いミルクティーと共に味わう事によって、何層にも深い味わいが……!」
青年(なるほど、僕も注文しようかなぁ)
男「お気に召されましたか?」
手品師「こりゃ面白いでやんす! ご主人、あんた何者でやんすか!」
男「はは、ただの料理人ですよ」
手品師「うううう……何だかどんどん頭に芸のイメージが湧いてきたでやんす! 負けてられないでやんす!」
若者(やんすやんす言うなよ、頭に残るんだよそれ)
手品師「それではこれにて失礼、でやんす!」スッ
少女「……」チャリン
男「ありがとうございました」
ガチャッ
若者「これまた変わったお客さんでしたねー」
男「ああ、そうだね。気に入ってもらえて良かったよ」
少女「……」
男「ブフォッ!」
青年「!?」
若者「お、お師匠さん!? どうしたでやんすか!? あ、移っちまった」
男「だ、だって……少女が「今の人面白かったでやんす」って言うから……」プルプル
青年「」ブフォッ
若者「お、おま……そんなキャラじゃねえだろ……ブフフッ」
青年(そもそもなんで分かるんだろう……)プルプル
【ふと気になった話】
青年(……しかし)
男「違うね、もう少し火の入りを優しくするんだ」ススススッ トトトッ
若者「う、すいません」
男「ああ、駄目だ駄目だ。遅い遅い。丁寧かつスピードを意識して」
若者「すいません!」アアァァァ
青年(すごい勢いで野菜を処理しながら、若者君に教えてる……)
青年(なんて無駄の無い動きだ。男さんって一体何者……?)
青年「ねえ、男さんって一体どこで修業を積んでたんだい?」
少女「……」フルフル
青年「分かんないかぁ」
青年(よく考えたら、まだ「紫苑」の事を何も知らないんだなぁ)
男「よし、とりあえず休憩にしようか。在庫の確認をしてくる。少しの間頼むよ」
若者「うっす……」ゼェゼェ
青年「ねえ、男さんって一体何者……?」ボソ
若者「……実は俺もあんまり知らないんす。あの人完璧超人ですけど、何処で修業したとか教えてくれなくて……」
青年「へえ……あ、じゃあ君はどうしてこの店で?」
若者「知り合いの紹介でね。思ってたよりも充実してるっすわ」
青年「なるほど……あの子は? どういった関係なんだろう?」
若者「少女っすか? あいつは……ううん……」
青年「?」
若者「……俺もよく知りません、すんません」
青年「ええっ、知らないの?」
若者「なんか二人に独特の空間があって、聞き辛いんすよね……」
青年「ううん……」
若者「俺、実は働き始めて、まだ一年ちょっとなんすよねぇ」
青年「ああ、そうなんだ……そう言えば、裏メニューって結局なんなの?」
若者「あー、あれ今は売ってないんすよ。でも、もう少しで多分出るんじゃないっすかね」
青年「期間限定なんだ……」
若者「なんか、裏メニューの準備をしてるお師匠さん、少し寂しそうな……「こら」」
男「……」ゴゴゴゴ
若者「げっ」
男「五分でこれ全部やって。完璧にね」ドササササ
若者「は、ちょっ……五分でこれは無理が「やれ」はいっ!」バッ
男「あれが余計な事言ってすみませんね」ニコ
青年「あ、僕もっと「紫苑」の事が知りたくて……」
男「ありがとうございます、もうすっかり顔なじみですからね」
青年「ははは……」
青年(……気になるな、この店の事が)
【腐れ縁とサーモンのハーブソテーの話】
ガチャ
男「いらっしゃいませ……あ」
眼帯「クク……久方振りだな、我がライバルよ」
青年(また濃い人が来たなぁ)ズズー
男「……君か」フゥ
眼帯「さて……そうだな、今日は「サーモンのハーブソテー」を頂こうか。とびきり美味いのを、な」ニヤ
男「はいはい」
青年(我がライバルって……どういう事だろう。この人も店を持ってるのかな?)
眼帯「……そこの小僧、見慣れない顔だな。ここは初めてか?」クル
青年「い、いえ。最近はよく来ています」(小僧……)
眼帯「そうか。では一つアドバイスをしてやろう。あまり人をじろじろ見ない方が良い。君にそんな性癖があるのなら別だがね」
青年(あれ!? こっち見て無かったよな!?)
眼帯「返事は?」
青年「は、はいっ!」
眼帯「よろしい。素直な奴は嫌いじゃないぞ」
眼帯「褒美をやろう。私が何者か気になっていたな? 私は奴と以前から切磋琢磨してきた仲でな」
若者「実際はただこうやって喰いに来て、感想言うだけ言って帰ってるだけっす」
眼帯「お前は黙っていろ!」
男「しかもフリーターですし。今はコンビニでバイトしてます」
青年「えっ」
眼帯「き、貴様ァ……!」
男「ただの昔からの知人ですよ。こんな面倒な性格になったのは、中学生の時ですかね」
青年「あー、なるほど」
眼帯「フッ……まだ「世界」が私に追いついてないだけさ。なんならお前にも聞か――」
男「お待たせしました。サーモンのハーブソテーです」コト
眼帯「……ふむ」キッ
男「……」
若者「……」
ピリッ
青年(な、なんだ……? 雰囲気が変わったぞ? それに、空気が急に真剣に……)
眼帯「……頂こう」スッ
ツツーッ
眼帯(ふむ、身はナイフを入れるとすっと切れる……美しい断面だ)
眼帯(ハーブの香りがふわっと香る。素晴らしい火加減だ)
眼帯「……」スッ
眼帯(オリーブオイルでしっとり仕上げられたサーモンは、口に入れるとほろりと解ける。瑞々しいサーモンの旨みを、十分に生かしているな)
眼帯「使ったのは岩塩……ヒマラヤ産だな」
男「正解」
青年「!?」
眼帯「しかし、それだけではないな……このハーブに紛れた香しい香り。これはただのレモンではない――塩レモンだな」
男「……さすが」
眼帯「なるほどな。このまろやかな酸味が、ハーブと見事に調和し、このサーモンを一層美しいものとしている」
眼帯「見事」
若者「っふぅ~……」ホッ
青年(な、なんだ……何が起こってたんだ?)
少女【あの人、色々とアレだけど、品を見る舌は超一流で、本当にすごい人なんです。言いませんけど。絶対。】スッ
青年「へえ、そうなんだ……」
青年(って言うより、高校生くらいの子に「色々とアレ」って言われてるんだな)
眼帯「では、私はここで失礼しよう。また会うだろうな、小僧」
青年「あ……はい、どうも……僕は青年です」
眼帯「では、さらば」
ガシ
眼帯「!?」
少女【お会計】スッ
眼帯「あっ!」
男「……」
若者「……」
青年「……」
眼帯「クク……やるな、私の隠密歩行を見破るとは」スッ
青年(……今絶対素の声出てたよな?)
眼帯「では、さらばだ」ガン!
男「そのドア、引くんじゃないよ……押して」
眼帯「……で、ではさらばだ!」ダッ バタン
若者「あー緊張した……」
青年「締まらない人ですねー」
男「舌は本当にすごいんですけどね。性格がどうもアレなんです」ハハ
若者「まじで品を見てる時はくっそ怖いんすよ……あの厨二病」
青年(はっきり言っちゃったよ)
【春の嵐とポトフの話】
青年「……」ザッ
青年(初めてだな、嵐が来てから……故郷に戻るのは)
青年(お、ここからはバスに乗り換えないと)
プシューッ
青年(一応バスは通ってくれるんだな、他のお客さんが行く訳ないけど)
ゴトンゴトン……
青年「……」
プシューッ……
青年(……着いた。ここからは歩かないとな)
青年「静かだなぁ……」テクテク
青年(今日は随分と暖かいなぁ。長袖じゃ少し暑いくらいだ)
青年(そろそろ見えてくるかな?)
青年「……ああ」
雑草が生い茂る道。
ぼろぼろに崩れてしまった家々。
以前とは変わってしまった、景色。
青年「……ここから先は進めないな」
青年(家があった場所、見たかったけどな……こっちに行くか)スタスタ
青年(桜の木は、なんとか全滅は防げたみたいだ)
青年(ああ、この辺りはまだ家の原型が残ってるな。……と言っても、もう引っ越してるだろうけど)
青年(あの嵐で、何人が生き延びたんだろう)
青年(ニュースを見た時は、本当に目を疑ったなぁ)
青年「……」
青年「!」バッ
青年(奥の方に見えた、あれは――)ダッ
青年「……!!」
青年「は、はは……」
青年(一本だけ、桜が咲いてる……!)
青年「……父さん、母さん、みんな……」
青年「……」
青年「ただいま」
青年(……僕はもう大丈夫です。これからは、またここに顔を出しに来るよ)
青年(だから、ゆっくり……花見でもして、のんびりしててくれ)
青年(……もう戻るね。次はまた、大好きだったあの景色を見に)
青年(この桜みたいに、強く生きるよ)
青年(それじゃ)
青年「行ってきます」
若者「今日は青年君来ないっすねー」
男「ああ、そうだね」
少女「……」シュン
男「残念だったね、まぁそんな日も――」
ガチャ
少女「!」
青年「どうも」
男「おや、噂をすれば」
若者「ちょうど今、来ないなーって言ってたんすよ」
青年「そうだったんだ」
少女「……」パタパタ コト
青年「ん?」
少女「!」ニコッ
青年「えーっと、これは」
男「少女が今日、練習用に作ったポトフです、よろしければ」
青年「おお、ありがたい! いただきます」
青年「……」スッ
少女「……」ソワソワ
青年「あー……優しい味だ。ほっとする」
少女「!」パァァァ
青年(カブは優しくとろけて甘みが広がる。人参はほっくりした風味で、ブロッコリーもしっかり味が染みてる)ハフハフ
青年(肉は鶏肉だな。スプーンでも切れるほろほろ食感だ。うまい)
青年「……」ズズー
青年「……おかわり、良いですか?」
男「ええ、もちろん」
少女「……」ニコニコ
青年(今日は、何だかとても暖かい日だ)ニコ
【売れる○○とコロッケの話】
子供「……」ガチャ
男「いらっしゃいませ」ニコ
子供「あ、えっと」
男「お一人様ですか? それともお連れの方が?」
子供「ひ、一人です」
男「はい、失礼しました。お席へどうぞ」スッ
青年(珍しいな、小学生が来るなんて)
子供「ええと、一番安いごはんって何ですか?」
男「そうですね……今日はコロッケ定食なんかがおすすめですよ」
子供「あ、じゃあそれで」
男「はい。少々お待ちください」
子供「……」ソワソワ
ジュワァアアァア パチパチパチッ
子供(良い匂いだ!)クン
男「おまたせしました」
子供「……ごくり」
子供「……おいしい!」
男「やっと笑顔を見せてくれましたね。そう緊張しなくても大丈夫ですよ」ニコ
子供「あ、えへへ……一度、こういう店に入ってみたくて」
男「どんな方でも、いつでも大歓迎ですよ。お味はどうですか?」
子供「すごいおいしいです! 肉屋さんよりも味が、なんか……おいしい!」
男「それは良かった」
子供「味噌汁もおいしい……」ズズ
子供「……ごちそうさまでした!」ペラ
青年(? 何かカバンから飛んできたぞ?)スッ
子供「あ、ごめんなさい」
青年「いえいえ……これは、サーカスかな?」
子供「うん! おこづかいが貯まったから、今度見に行くんだ!」
青年「へえ、楽しそ……んん!?」バッ
若者「どうかしたんすか?」
青年「……」スッ
【新しく鬼才マジシャンが仲間に! 彼の手品をとくと見よ! ドキドキサーカス!】
若者「こ、このでかでかと乗ってるニヤケ顔……」
男「……以前の手品師の方ですね」ハハ
子供「?」
青年「う、売れるようになったみたいですね……」
少女「……」
男「ブフォッ!!」
若者「お、お師匠さん!? 今度は何て!?」
男「~ッ!! がっふ……!!」プルプル
若者「な、何て言ったんすか!? ねぇ!? お師匠さん!?」
男(知らぬが仏だな。うん)ジー
少女「?」ニコ
【休業日といわしの和風ハンバーグの話】
青年「あれ、今日も閉まってる。残念」チラ
青年(スーパーで何か買って帰るか)
青年「……ん?」
若者「お、青年君じゃん。仕事以外で会うのは初めてっすね」
少女「……」ペコ
青年「あれ、二人ともどうしたの?」
少女【男さんが風邪で寝てて、具合が良くなってきたからご飯を作るんです】スッ
青年「うわ、それは大変だ」
若者「何にしようかなー、栄養あるもんがいいよなぁ」
青年「……僕も作っていいかな」
若者「!」
青年「やっぱ駄目だよね、林檎買うから渡してくれないかな」
若者「いや、全然オッケーっすよ」
青年「迷惑じゃないかな?」
若者「良いんすよ、今は客じゃなくて友人として行くんすから」
少女「……」コクッ
青年「あ、ありがとう……」
若者「何作ります?」
青年「うーん……よし、いわしの和風ハンバーグにしよう」
若者「了解です、そんじゃ行きましょ」
青年(ここに住んでるのか)
若者「……あ、頼むわ」
少女「……」ガチャ
青年(!? 鍵持ってるの!?)
男「ああ、二人とも……おや、青年さんも」
青年「偶然会って。体調はどうですか?」
男「ああ、すみませんね、もう大丈夫です。明日からまた復帰しますよ」
若者「お師匠さんはまだ寝てて下さい、今日は俺らが作りますよ」
若者(おお、キッチンやっぱ広いな!)
若者「俺は今回はサポートするっす。青年君がメインでよろしくおなしゃす。お粥作るんで」
青年「分かった。じゃあ豆腐の水切りと、葱と生姜を刻んでくれるかな」
若者「あいよっ」テキパキ
少女「……」ジー
青年「えーっと……そうだね、大根をおろしてくれる?」
少女「……」コクッ
青年(いわしは開いて、小骨等を取って刻んでっと)タタタタ
若者「どうぞー」スッ
青年「ありがとう。お粥に卵って入れる?」
若者「使うっすけど」
青年「白身貰っていいかな?」
若者「白身だけ? 良いっすよ」
青年「助かるよ」ニコ
青年(葱、生姜、豆腐、それに味噌、醤油、酒、片栗粉を加えて)パパッ
青年(むらなく白身をまぶして)ペトペト
青年(サラダ油を敷いたフライパンで、まず表面を強火で焼く)ジュウゥウゥ
青年(焼き色が付いたら、弱火にして蓋をしてっと)カポッ
若者「手際良いっすねー、料理出来たんですね」
青年「暇な時にするくらいだけどね。そんなにいっぱい作れないよ」
少女「……」スッ
青年「ありがとう、じゃあ――」カポッ
若者「おおー、良い匂い」ホワッ
青年(手早く盛り付けて、大葉……は好みがあるからな。大根おろしを添えて、ポン酢を少し垂らして)チョコン
青年「お口に合うと良いですけど……」
若者「お粥も出来たっす」
男「いただきます!」スッ
青年(よく考えたらプロに出すなんて馬鹿じゃないのか僕、何してんだよマジで)ドキドキドキドキ
男「……美味しいです!」
青年「! ああ良かった……」ホッ
男(ふっくらと焼かれたハンバーグは、噛むほどに豊かないわしの旨みが口に広がる)
男(生姜が良く効いて臭みはまったく無く、大根おろしが一層爽やかな味にしている!)
男「すごくジューシーですね、驚きました」
青年「白身をまぶして焼くときに旨みが流れないようにしているんです」
若者「へえ! よく思いつきましたね!」
青年「実は、母から教えてもらったんだ。あれはれんこんとひじきのハンバーグだったけど……」
男「なるほど……お母様に感謝ですね」モグモグ
若者「俺も腹減ってきたなぁ」
男「あ、良かったらまだ残ってるよ」
若者「っしゃ! いただきまーっす!」
若者「おおー、確かにこりゃジューシーだ! うめえ!」
少女「!」ニコッ
男「喜んでもらえて嬉しいよ、僕も食べよう」モグ
若者「こりゃ忙しい時は「紫苑」の新たな戦力になるっすね!」
男「はは、そうだね。この二日間お粥ばかりだったから身に沁みるよ」
青年「あまり無理しないで下さいね?」
男「はい、お恥ずかしいです」ポリポリ
若者「お師匠さんでも風邪にやられるんすねー」
男「君は私を何だと思ってるんだ……」
青年「あはは」
男(……こんなに騒がしい食卓も、随分と久しぶりだ)
う、梅干しも付けてるから……(震え声)
【風邪のお礼といわしの洋風ハンバーグの話】
青年「おお、今日は開いてる」ガチャ
男「ああ、お待ちしておりました。先日はすみません」
青年「いえいえ、僕が勝手にやった事ですから」
男「お礼として、本日のランチをご馳走したいのですが」
青年「い、良いんですか!?」
男「はい。少しお待ちください」
ジュウウゥウゥ……
青年「おお、良い匂い」
男「お待たせしました。本日のランチです」
青年「……これ、いわしの?」
男「はい。いわしのハンバーグです。「紫苑」風にアレンジしてみました」
青年「おお、美味しそう……いただきます!」スッ
青年(ニンニクの香りがふわっと広がって、いわしの風味が凝縮されてる! 僕のとは全然違う!)
青年「うーん、うまいっ! ニンニクを使ってるんですね!」
男「はい。ガーリックとパセリを効かせ、粉チーズもプラスしました。パン粉で表面をカリッとさせています」
青年「すごい洋風な味だ、さすがです!」
青年(うん、フランスパンとポテト、コンソメスープもおいしい! 相性もばっちりだ)モグ
青年「うう、僕のとは格が違う……」
若者「青年君のも十分美味しいっすよ、優しい味っつーか」
男「そうですよ。それぞれの味があるんです。自信を持って下さい」
若者「そうそう。お師匠さんの気取った感じよりも、家庭的な感じがするっす」
男「……「気取った」、ね」
若者(あ、やっべ)
男「……」
若者「……?」
青年「……男さん? 大丈夫ですか?」
男「! あ、ああ。すみません。少しぼーっとして」
青年「病み上がりなんですから、気を付けて下さい」
男「すみません、はは……」
少女「……」チラ
若者「……なんか知ってんの? 俺何かやっちまった?」コソ
少女「……」
青年「さて、今日はよろしくね」
若者「任せて下さい。良い飯屋知ってんすよ」
青年「……あっ。あれ」
若者「厨二……眼帯さんっすね。おーい」
眼帯「む、貴様ら」
若者「どこ行くんすか? そんな季節はずれな黒いマント羽織って」
眼帯「墓参りにな。てっきり男もいるものだと思ったが」
若者「? お師匠さんも?」
眼帯「……そうだな。どうせ奴は話すまい。少し話でもしようか。着いて来い」クルッ
若者「……とりあえず、行きますか」
青年「そうだね」
【男と「紫苑」の話】
カランカラーン……
眼帯「ここの紅茶は絶品でな」
青年(落ち着いた雰囲気だな。「紫苑」に似てるかも)
眼帯「さて、何から話そうか」
青年「男さんはすごい完璧な人ですけど、昔はどんな人だったんですか? それと、少女ちゃんとの関係も」
眼帯「……そうだな。まずは「紫苑」のルーツでも聞かせてやろう」
眼帯「男はもともと、料理が苦手だった。しかし、一人の女性と出会い、料理をするようになった」
青年「へえ、意外……」
眼帯「昔の奴はこいつのような性格でな。紹介しておいてなんだが、ひどく緊張していてなかなか滑稽だったぞ」クク
若者「えっ、俺!? マジ!?」
眼帯「その女性――女が、非常に料理が上手くてな。奴の料理は、彼女の影響を大いに受けている」
眼帯「……まあ、そして彼らは結ばれた訳だ。男は就職、女は料理研究家になろうとしていた」
眼帯「しかし、運命とは酷なものだ。女は重い病気にかかり――そして息を引きとった」
眼帯「……」スッ
男『眼帯。俺さ……弟子入りして、料理の修行をして、自分の店を立てようと思う』
眼帯『!』
男『どんなに辛くても、ボロクソになっても良い……このまま、彼女が居た証が無くなるのなんて、嫌だ……嫌なんだよ』
眼帯『……ああ、そうだな』
眼帯「――「紫苑」は、男が彼女の味を引き継ぎ、広めるために作ったものなのだよ」
若者「……お師匠さん」
眼帯「さて、少女の事だったな。あれは奴の義理の妹だ。よく懐いていてな」
青年「ああ、だから鍵持ってたのか……何で言ってる事分かるんですかね?」
眼帯「――「感じる」ものがあるからだろうな」
若者「いやそういうの良いですから」
眼帯「……知らん、私に分かる訳ないだろう!」
若者「えぇ……」
眼帯「しかし、あのやんちゃ坊主が、随分と紳士になったものだ……クク」
青年「想像できないなぁ」
眼帯「傑作だ。まるで乙女のようだぞ? 店の名の理由だが、紫苑の花言葉は――」ブーッ
眼帯「ん? 失礼」ピッ
「あー、眼帯さん? 今日インのはずですけど?」
眼帯「……! そ、そうでしたっけ!? すみません、すぐ行きます!」
青年「」
眼帯「……」ハッ
眼帯「きゅ、急用が出来た。お代は置いておく。ではさらばだ!」バッ
若者「うっそだろあの人……でも、お師匠さんの事が知れて良かったっすよね」
青年「……うん、そうだね。そう言えば、結局どんな意味なんだろ? 後で調べてみようか」
【珍しい一面とアップルパイの話】
青年「どうも」ガチャ
若者「あ、青年君……マジ助けて……」
男「……」ゴゴゴゴ
青年「失礼しました」
若者「待ってー! 待ってくれぇ!!」
青年「……えっと、これはどういう状況?」
若者「お師匠さんが俺に八つ当たりしてくるんす!」
男「全く、眼帯め……次会った時はチリペッパーを盛ってやる……」ブツブツ
若者「だ、だから、俺は別に悪くな――」
男「うるさい、とにかく忘れるんだ! 良いね!!」カアァァ
青年(男さん、顔真っ赤だ。あんなに取り乱してるの初めて見る)
少女【あんなに余裕が無い男さん、久しぶりです。ちょっと面白いかも】
青年「ああ、ごめんね? 勝手に身内の話を聞いて」
少女【別に、気にしてない……って言うか、むしろ知ってもらえて嬉しかったですよ?】
青年「そっか」ニコ
少女「……」ニコ
若者「ちょっ! 青年君! そんな空間作らないで!! なんか頼んで! はよ!」
青年「ええと……じゃあ今日のスイーツで」
男「か、かしこまりました……少々お待ち下さい」
青年(はは、確かに面白い。あんな男さん初めてだ)
男「うわっ」グラ
若者「おっと! 何落としかけてんすか! しっかりして下さいよ」パシッ
男「す、すまない」
若者「全く……」
男「お待たせしました。アップルパイとアプリコットティーになります」
青年「い、いただきます」
青年「……ああ、でも美味しい。安心した」
青年(どっしりしたパイは、ほんのりとシナモンが香るフィリングを受け止め、外はさくさく、中はしっとりとしている)
青年(それが崩れて、優しい甘さが口を幸せで満たしていく……うまい)モグモグ
青年(……ん、でも紅茶はあの店の方が確かに上かな?)ゴク
男「そのアップルパイ、少女の大好物なんですよ」
青年「あ、そうなんですか」
少女「……」コク
青年「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」
男「ぐっ……青年さんも知ってしまった事です。あまり人に言わないで下さいね」
青年「はい。でも素敵ですね、亡くなった彼女の味を守り続けるなんて」
男「くっ……知られたくなかった……」
若者「まーまー、良いじゃないっすか」
少女「……」クスクス
若者「お師匠さんの弱点、見つけちまったし」ニヤッ
男「あ、一分以内にテーブルとカウンターぴかぴかにして。塵ひとつ残さずね」
若者「!?」
今日は終わりです。
次で終わらせるつもりです。
【初心の桜と裏メニューの話】
男「……」カチャカチャ
若者(あ、あれは……そうか、もうそんな時期なんだな)
男「……よし、もう良いかな。開けようか」
若者「お師匠さん」
男「ん?」
若者「……すいませんでした。気取った感じ、なんて軽々しく言って」
男「……ふふ、その事か。気にしなくて良いよ」
男「そもそも、「紫苑」の料理は、彼女の教えてくれた事を、僕なりにアレンジしているんだから」
男「別に彼女自身の味が否定された訳じゃない……それどころか、感謝してるんだ」
若者「え?」
男「この狭い店は、私の思う「居心地の良さ」を全て詰め込んだ世界だ」
男『……どう?』
女『あはは、見た目は気取ってる感じなのに、何だか暖かい味だね!』
男『そ、そうかな?』
男「……いつの間にか、ただ「気取っている」だけになっているのかもしれない」
男「初心を忘れないように、彼女が亡くなった季節に、この料理を作る事にしてるんだけどね」
男「君のおかげで、一層気が引き締まったよ。……ありがとう」
若者「あ……」
若者(くそ、こっちが負い目を感じないように……ああもう、上手く言葉が出てこねえ!)
若者「……ふー」
若者「全く……敵わねえぜ、うちのシェフには」
男「……」ニコ
男「……」カチャカチャ
若者(あ、あれは……そうか、もうそんな時期なんだな)
男「……よし、もう良いかな。開けようか」
若者「お師匠さん」
男「ん?」
若者「……すいませんでした。気取った感じ、なんて軽々しく言って」
男「……ふふ、その事か。気にしなくて良いよ」
男「そもそも、「紫苑」の料理は、彼女の教えてくれた事を、私なりにアレンジしているんだから」
男「別に彼女自身の味が否定された訳じゃない……それどころか、感謝してるんだ」
若者「え?」
男「この狭い店は、私の思う「居心地の良さ」を全て詰め込んだ世界だ」
男『……どう?』
女『あはは、見た目は気取ってる感じなのに、何だか暖かい味だね!』
男『そ、そうかな?』
男「……いつの間にか、ただ「気取っている」だけになっているのかもしれない」
男「初心を忘れないように、彼女が亡くなった季節に、この料理を作る事にしてるんだけどね」
男「君のおかげで、一層気が引き締まったよ。……ありがとう」
若者「あ……」
若者(くそ、こっちが負い目を感じないように……ああもう、上手く言葉が出てこねえ!)
若者「……ふー」
若者「全く……敵わねえぜ、うちのシェフには」
男「……」ニコ
青年(……ああ、もう桜が咲いている)
青年(優しい匂いだなぁ……僕の好きな、春の匂いだ)
青年「さて、何を食べますかなっと」ガチャ
若者「お!」
男「いらっしゃいませ」ニコ
少女「……」グイグイ
青年「? どうしたの?」
若者「まあまあ、良いから良いから」
男「青年さん。桜が咲きましたね」
青年「そうですね」
男「……今日から桜が散るまで、裏メニューをお出しする事が出来ますが」
青年「!」
青年「ぜひ……いただきます!」
男「はい。少々お待ち下さい」ニコ
少女「……」カキカキ
少女【男さん、なんだか溜まってたものが飛んで、吹っ切れたみたいです。まるで前の青年さんみたいに】
青年「ああ、そうだね……良かったよ」ニコ
男「お待たせしました。「紫苑」裏メニュー」
青年「……!?」
男「――「蛸の桜煮」です」コト
青年(……此処って洋食店だよな?)
青年(でも、この鮮やかな色合い……「桜煮」とはよく言ったもんだ)
青年「……」ゴクッ
青年「……いただき、ます」スッ
青年(!? 蛸が箸で切れた!? なんて柔らかさだ!)
青年「……あ」
青年「……おいしい……!」
男「良かった」ニコ
青年(ほっくりふるふるに煮込まれた蛸は……口に入れると、ほとんど抵抗無く噛みきれる!)
青年(鮮やかな見た目とは違って、味はすごく繊細だ。噛むごとに、蛸の甘みと出汁の風味がじわじわと溢れだす!)
青年「何だか……とっても、暖かい味です」
男「!」
男「……ありがとうございます、これ以上ない褒め言葉です!」
青年「確かにこれは絶品ですね。毎日食べたいくらいだ」モグモグ
男「それは、初めて彼女の味を完全に再現して、褒めてもらった品なんです」
青年「ああ、だから和食」
男「彼女の大好物でして……喜んでいただけて何よりです」
若者「……うう、俺も腹減ってきた」
少女「……」コクコク
男「……そうだね。休憩にしようか。君たちも食べてくれ」ニコ
若者「ッシャー!! キター!」
少女「!」
男「はい、お待たせ」
若者「……おお、すっげぇ柔らかい!」モグモグ
少女「……♪」モグモグ
男「ははは、喉に詰めないようにね」ニコニコ
青年(……ああ)
「おかわり下さい!!」
「駄目だよ、そんなにがっつくものじゃない」
「……」
「ほら、少女も言ってるよ?」
「いや分かる訳ないでしょ!」
「ははは……」
青年(やっぱり此処は、良いなぁ)ニコ
男(……女)
男(君が居なくなって、私はちゃんと、君の分まで頑張れているだろうか)
男(時々、私は君の「思い出の味」にしがみついたままで、成長できていないんじゃないかと思う時がある)
男(……それでも)
男(君が好きだった味を、美味しいと感じて笑ってくれる人たちがいる)
男(ただそれだけの事が、何よりも幸せな事なんじゃないだろうか)
男(だから――これからも、私は頑張るよ)
男(この「紫苑」の中で……君の味を覚えてくれる人達と、共に)ニコ
人が忙しなく動く街の一角に、ひっそりと立つ小さな店がある。
「あーあ、もうすぐ春休みも終わるね」
「そうだね。また君と一緒のクラスになれたらいいなぁ」
「な」
開店時間は不定期。ドアには【Open】の文字。
「あ、あれ? 今って……開いてるよな? しえ……しおん」
「あ、ほんとだね」
「何かすごい良い匂いもするよな」
「……行ってみる?」
「……うん! 行こう!」
これは、人知れず営業する店、【紫苑】のお話。
終わりです。
>>63の男の一人称が僕になっていたので訂正しました!
あ、書き忘れてた……
前作です。
男「夏の通り雨、神社にて」
男「夏の通り雨、神社にて」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1437922627/)
少年「鯨の歌が響く夜」
少年「鯨の歌が響く夜」 - SSまとめ速報
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男「慚愧の雨と山椒魚」 - SSまとめ速報
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このSSまとめへのコメント
良作