【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」小蒔「大台突入の10です!」【永水】 (1000)


○このスレは所謂、京太郎スレです

○安価要素はありません

○設定の拡大解釈及び出番のない子のキャラ捏造アリ

○インターハイ後の永水女子が舞台です

○タイトル通り女装ネタメイン

○舞台の都合上、モブがちょこちょこ出ます

○たまにやたらと重くなりますが笑って許してください

○雑談はスレが埋まらない限り、歓迎です

○(本番)エロは(本編には)ガチでないです





【咲ーSski】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」【永水】
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【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」春「一周回ってその9?」【永水】
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巴「…とりあえず今すぐは無理」

巴「少なくとも『お祭り』が終わるまでは私もそっちに集中したいし…」

巴「それに……えっと、出来れば自分で服を作りたいから」

京太郎「え?」

瞬間、巴が口にした言葉は京太郎にとって予想外のものだった。
無論、今すぐ無理だと言う事くらいは彼も分かっている。
今の彼女達が普段よりも忙しいのは一緒に暮らしている京太郎も知っている事なのだ。
だからこそ、彼が驚いたのは、彼女が服を作りたいと口にした方。
巴の裁縫技術の高さは知っているが、それでもその言葉は意外なものだった。

巴「だって、京太郎君、衣装を買うつもりだったんでしょう?」

京太郎「まぁ、俺が着てもらう立場な訳ですし…」

巴「そういうのが余計だって言ってるの」

しかし、巴にとってはそうではない。
こうして自分が衣装を準備しなければ、京太郎が準備する事になるのだから。
無論、そうやって彼が買ってくれた衣装を無碍にするつもりものの、どうしても気が進まない。
日頃から自分たちに気遣ってくれている京太郎に、お金まで使わせたくはなかったのだ。


巴「後は絶対に他の人には見せないで欲しいって言うのと…」

所謂、貢ぐ女になりつつあるのをまったく自覚していない彼女から念押しの言葉が漏れる。
それは勿論、彼女にとってそれが最も重要な条件だと言っても良いものだからだ。
自身が京太郎の為にコスプレしているところなど他の誰にも見られたくはない。
特に最も親しい親友であり、家族でもある初美に知られた日には、部屋に閉じこもるしかなくなってしまう。

巴「最後は…えっとね…」モジモジ

巴「…………出来るだけ可愛く撮って欲しい…な?」

京太郎「巴さん可愛い」

巴「ふえぇ…っ」カァァァ

そう思いながら最後の条件を口にした巴に、京太郎は反射的に言葉を返してしまった。
彼女が可愛いと短くそう告げるそれに、巴の頬が鮮やかな紅潮を見せる。
恥ずかしさと嬉しさが入り混じったそれは再び彼女の耳まで真っ赤に染めた。
そんな巴から漏れる何とも言えない鳴き声に、京太郎はニコリと笑って。


京太郎「任せてください」

京太郎「巴さんの為に最高の撮影環境を整えますから」

巴「あ、あの…程々にね?」

京太郎は基本的に冗談を良く口にするタイプだ。
自身を辱める発言の九割は冗談だと巴も分かっている。
しかし、その言葉はまったく虚実を感じさせないものだった。
真剣そのものなそれに思わず巴は抑制の言葉を口にする。

京太郎「…俺、思うんですけど、やっぱり人生の一分一秒ってすっげぇ大事だと思うんですよね」

京太郎「だから、その一分一秒を永久に保存できる機材にお金を惜しんじゃダメかなって」キリッ

巴「…格好良い事言ってるけれど、目的はただの撮影会だからね…!?」

しかし、京太郎にまったく抑制をするつもりはなかった。
無論、撮影環境を本気で整えようと思えば、数百万では収まらない事くらい彼にだって分かっている。
だが、巴の美しさを存分に閉じ込めるにはスマートフォンのカメラ程度では物足りないのだ。
一眼レフとまでは言わなくても、ちゃんとしたカメラが欲しい。
京太郎がそんな言葉を思い浮かばせるほどにさっきの巴は可愛かった。


京太郎「はは。まぁ…機材に関しては俺も素人なんで後にするとして」

巴「諦めるつもりはないのね…」

京太郎「巴さんは元々、すっげぇ魅力的なんですから、俺が素人以下の腕前でも普通に可愛く撮れますよ」

巴「~~~っ♥」プシュゥ

その言葉は完全に不意打ちであった。
巴はもう京太郎が、何時もの軽い調子に戻っているとそう思っていたのだから。
まさかここで魅力的や可愛いなどと言われるとは夢にも思わず、その顔をさらに赤くする。
まるでゆでダコのようになったそれは今にも湯気が出そうなほど熱くなっていた。

京太郎「だから俺も楽しみに…っと、着きましたね」

巴「あ…」

そんな巴に京太郎が楽しみだと告げた瞬間、二人の前に稽古場が現れる。
普段、京太郎達が舞の練習をしているそこには誰の気配もない。
日中ならばまだしも、今はもう夜中と言っても良いような時刻なのだから。
この屋敷にいる殆どの少女たちはもう寝る準備を始めている。


巴「(……ちょっと…ううん、かなり残念…かな)」

無論、こんな時間から練習を始める事に、今更、巴が後悔を覚えるはずがない。
彼女自身、打倒霞の為に今のままではいけないと分かっているのだから。
霞と勝負する選考会まで、可能な限り、技を磨いておきたいとそう思っている。
それでもこうして残念さを胸中に浮かべてしまうのは、そこが二人の終着点であるからこそ。
その扉を潜るためにも手を離さなければいけないと思えば、素直に喜ぶ事は出来ない。

巴「(…でも)」

出来れば、もっと京太郎と手を繋いでおきたい。
そんな言葉を浮かばせる自分に、しかし、巴は負けたいとは思わなかった。
確かに京太郎と手を繋ぐ感覚は甘美だが、今の自分には優先するべき事がある。
それは自身の背中を押してくれた京太郎に応える事だと名残惜しげに手から力を抜いて。


京太郎「…じゃあ、開けますね」

巴「……えぇ」

そんな巴から手を離した京太郎がそっと稽古場の扉に手を掛ける。
その姿を後ろから眺める巴は、完全に後悔の感情を吹っ切る事が出来なかった。
京太郎と手を離した瞬間、その手から染み入るような冬の寒さが彼女の心を揺らしている。
さっきまではまったく感じなかったそれらが、今の巴にとってはとても辛いものだった。

巴「(だけど、私にとってそれよりもずっと辛い事は…京太郎君達の期待に応えられない事)」

自身の背中を押して、その心を救ってくれた京太郎。
自分をライバルだと認め、高みで待ってくれている霞。
その他、『家族』達の想いは彼女にとって何者にも代えがたいほど大きいものだった。
それを裏切る事を思えば、身を刺すような寒さなどまったく怖くはない。
臆病で優柔不断なはずの彼女がそう思うほど、その気持ちは大きくて ――



―― そして、その気持ちに応えるように彼女の舞は少しずつ、しかし、確実に洗練されていくのだった。




なんとなく出来に納得出来てないですが、お待たせしまくってるので投下ー(´・ω・`)
今日の投下はこれにて終わりです
何時もなら年越し前に即興で小ネタ投下してますたが、今年はちょっと無理そうです…(´・ω・`)ゴメンナサイ


どうでも良い事ですが最近、提督兼世帯主になりました
エメスたんの土色っぱいがやばい…包まれたい…
ついでに比叡の年末ボイスもやばい…思いっきりワシャワシャしてやりたい…

おつおつ
巴ちゃんもチョロインじゃったか
弟同然の京太郎に懇願されてつい流されちゃうはっちゃんのなしくずしックス……見たい

乙ー。

相談というか、京太郎がほぼ一方的に意見言うだけになってたね。
これで残るははっちゃんと姫様か...。どちらが先に墜ちるやら(はっちゃんの方を見ながら)

>>9
割りと俗世から隔離されてる環境なので、あの屋敷でチョロくない子はいません(断言)
それにまぁ好感度そのものは溜まってますし、キッカケさえあれば即落ちですよ(ゲス顔)
後、>>1000で取ってもらったんでかるーくで良ければはっちゃんのなしくずしックスも書こうかなーと(´・ω・`)あっち終わってからになりますが

>>14
まぁ、巴さん自身、キッカケ求めてただけですしね
元から引っ込み思案なのもありますし、こんなものかなーと思ったんですが(´・ω・`)出来に納得いかなかったのはその辺りが原因だったのかもしれない…



と言いつつこっちも進めてくぞオラァ


―― それからの数日間、巴の練習は日課として続けられた。

元々、巴は才能があるとは言っても、そこまで必死に舞の練習をしてきてはいない。
ある程度のレベルに達した後は、そこから下がらない程度の練習しかしてこなかった。
だが、今の彼女は霞に勝つと言う明確な目標を持っている。
今までの巴にはなかったそれは彼女を短期間の間に上達させていた。

巴「…」カチカチ

京太郎「…巴さん、大丈夫ですか?」

巴「ら、らいじょうぶ…」ガチガチ

それは間違いなく彼女の中で自信となった。
決して多くはないものの、巴を支える芯となっていったのである。
しかし、だからと言って、本番当日に平然としていられるはずがない。
控室となる霧島神宮の一室で彼女はその身体に緊張の色を浮かべていた。


巴「(…折角、京太郎君にもついてきて貰ってるのに…)」

本来であれば京太郎が巴と共に霧島神宮に降りる必要はない。
戸籍上は既に女性になっているとは言え、彼は紛れも無く男なのだから。
選考会に出る義務も資格も京太郎は持っていないはずであった。
しかし、それでも彼が『下』へと降りてきているのは巴の事が心配であるからこそ。
朝から目に見えて緊張している彼女がリラックスする為には自分が側にいた方が良いと京太郎は思ったのだ。

京太郎「(一応、霞さんもいるっちゃいるんだけどさ)」

普段ならば頼もしいその人は、しかし、今、巴の敵なのだ。
お互いに優劣を決する事を決めたライバルなのである。
そんな相手に彼女を任せても、きっとリラックスなんて出来るはずがない。
寧ろ、余計に緊張してしまう巴の姿が京太郎にはたやすく想像出来た。


京太郎「もうガッチガチじゃないですか」

京太郎「そんな様子で強がったりしなくても良いんですよ」ソッ

巴「ぅ…」

だからこそ、京太郎はそっと巴の頭を撫でる。
硬くなったその緊張を解すようなそれは彼女の口から短い声を漏らさせた。
申し訳無さと心地良さが入り混じったそこには、勿論、厭うものなど何もない。
弟のようであった京太郎に年下扱いされるのが恥ずかしいが、あくまでもそれだけ。

巴「(…京太郎君の手、暖かい…)」ニコ

それは彼女にとって京太郎が特別であったからだ。
握るだけでも安堵感が湧き上がるその手に巴はもう何度も元気づけられている。
最早、身体に染み込んだその心地良さは、決して抗えるようなものではない。
人目もあるところでこうして撫でられていると言うのに、その顔には笑みが浮かんでしまう。


京太郎「ま、巴さんなら大丈夫ですよ」

京太郎「俺は素人ですけど、それでも巴さんの舞をずっと見てきたんですから」

京太郎「この数日の間に巴さんがどれだけ上達したのかは俺が一番、良く知ってます」

そんな巴に笑みを返しながらの言葉は、彼女を励ます為のものだ。
しかし、その中には一切、嘘偽りは混ざってはいない。
練習の度、巴から見学を誘われた京太郎は、彼女の舞がどれほど洗練されたかを良く理解している。
まるで宝石が元々の輝きを取り戻すようなその上達速度は、まだまだ伸びしろが残っているはずの彼でさえ比べ物にならなかった。

京太郎「霞さんは勿論、凄い人ですし、実力もありますけど…」

京太郎「でも、巴さんだって負けちゃいません」

京太郎「いえ、巴さんなら霞さんにだって勝てるはずです」

出会った時点で驚くほど美しかった舞が、さらなる領域に到達しようとしている。
その光景を間近で見続けてきた彼にとって、巴の才能は眩しいくらいだった。
無論、自意識が男のままである彼は決して舞に対して本気で取り組んでいる訳ではない。
自身の社会的地位と直結してるが故に、手を抜くつもりはないにせよ、舞を評価される事など考えた事もなかった。
しかし、そんな彼でも眩しさを感じるほど、彼女の才能は飛び抜けている。


京太郎「(…多分、周りにいる人たちじゃ相手にもならないだろうな)」

舞はその優雅さとは裏腹に、一挙一動の全てに細心の注意を払う必要がある。
指先がほんの数センチズレてしまっただけでその舞が与えるイメージは随分と違うものになるのだから。
当然、見た目以上にハードなその動きは、並の筋肉では支える事が出来ない。
だからこそ、歩き方や筋肉のつき方だけでもその力量はおおよそ察する事が出来る。

京太郎「(…ただ、問題は…)」

「…あら、睦言だとしても聞き捨てならない言葉が聞こえましたね」

「えぇ。何やら狩宿の娘が、あの石戸霞に勝てるだとか」

「随分と身の程を知らない発言ですこと」

巴「っ」ピク

京太郎「(…やっぱ来るよなぁ)」

京太郎にとって懸念事項は、その有象無象が巴に与える心理的な影響だった。
この数日間で実力こそ伸びたものの、彼女のメンタルはあまり成長してはいない。
何処か嘲笑うようなその言葉を臆病な巴が受け流せるはずがなかった。
折角、力が抜け始めた肩を再び強張らせる彼女の姿に、京太郎は内心でため息を漏らす。


「大体、その年で付き添いアリなんて…ねぇ」

「一応、禁止されている訳ではありませんが、子どもみたいな真似をして恥ずかしいとは思わないのかしら」

「まったく…これだから狩宿は。気品がなくて嫌ですわね」

京太郎「(…いや、アンタらには言われたくないなぁ)」

そうやって巴を揶揄している女性達は主に三人。
しかし、その誰もが女性としてトゥが立っている年頃であった。
その上、顔に塗りたくられた化粧は濃く、香水の匂いもプンプンとさせている。
幾らこの選考会を勝ち抜くのが名誉な事であっても、その必死さは若干、滑稽にさえ思えた。

「その程度の覚悟しかないのであれば棄権でもなさったらどうなんです?」

「そもそも去年まではそうしていたでしょう?」

「下手に石戸の不興を買えばどうなるか、貴女でも分からない事ではないですわよね?」

京太郎「…あの、そろそろいい加減に…」

彼女達の言葉がまったくの言いがかりではないと京太郎も思う。
彼らのいる和風の控室は大きいが、その中には十人もいないのだから。
そんな中で彼女だけ付添人を伴って来ているとなれば、悪目立ちして当然だ。


京太郎「(巴さんがどんな気持ちでこれに参加しているかも知らないで…!)」

しかし、だからと言って、大事な家族を追い詰めようとする彼女達を許せはしない。
巴がこの場に立つまでの間に、一体、どれほどの葛藤があったのかを彼は良く理解しているのだから。
例え、それがどれだけ正当性のある言葉であったとしても、彼女達を放ってはおけない。
これ以上、巴の心を乱す前に立ち去れ、とそう言いたくなるのを堪えて、京太郎は反発の言葉を口にし。

巴「…良いの」

京太郎「巴さん…」

そんな京太郎に巴はそっと首を振る。
そのままポツリと漏らした短い言葉は、諦観や怯えによるものではなかった。
無論、その肩には緊張の色が浮かんでいるが、しかし、それは決して大きいものではない。
少なくとも、その目に浮かぶ決意とは比べ物にならないくらいに。


巴「お心遣い感謝します」

巴「ですが、私はもう狩宿とは縁を切るつもりでここにいますので」

「…………は?」

瞬間、彼女達が驚きに固まるのは、それがあまりにも信じがたいものだったからだ。
元々、『六女仙』はその役目を果たした後、それぞれの分家で最上位に近い地位が約束されている。
まさにエリートコースと呼ぶに相応しいその未来も、実家と縁を切ってしまえば意味がない。
それを目当てに『六女仙』になろうとしていた彼女達にとって、彼女の言葉は荒唐無稽としか思えなかった。

「…正気ですか?」

「そもそも狩宿と縁を切ってどうやって生きていくつもりです?」

巴「さぁ。そこまでは考えてはいません」

巴「…でも」チラッ

唖然とした様子で尋ねる彼女達に、巴はそっと視線を隣へと流す。
瞬間、巴の視界に入るのは気遣うように自身を見つめる京太郎の姿だった。
本来ならば決して足を踏み入れたくないであろう神代のお膝元で、自身を気遣ってくれる愛しい人。
その姿に思わず笑みが浮かびそうになった彼女はゆっくりと口を開いて。


巴「…こんな私でも受け入れてくれる人がいるのですから、家に縛られるのも馬鹿らしいと思っただけです」

安堵と信頼感が混じるその言葉は、いっそ誇らしそうでさえあった。
巴の前にいる三人だけではなく、周囲にもハッキリと伝わるそれに控室の中でざわつきが大きくなっていく。
この場に集っている巫女達は、全員、神代とは分家の関係にあるのだから。
家 ―― ひいては神代そのものの否定に繋がる言葉に、どうしても驚きを隠し切れない。

「狩宿の娘が生意気な事を…!」

「貴女はそれでも六女仙なのですか…!!」

「全ての巫女を代表する者としてあるまじき発言ですよ!!」

そんな驚きも数秒もすれば収まっていく。
その代わりに彼女達の胸を襲ったのは理解不能な怒りの感情だった。
この娘は自身が何を言っているのか分かっているのか。
そんな言葉を思い浮かばせるその源を、彼女達は理解してない。
家と言うものから解き放たれつつある巴に、嫉妬めいた感情を覚えているなど自覚出来るはずがなかった。


霞「…では、どうするおつもりです?」

「え…?」

結果、責め立てるようにして語気を荒上げる彼女達に霞がそっと口を挟む。
決して大きいものではなくても、波紋のように広がるその声に、彼女達の勢いが削がれていった。
自然、熱くなりつつあった雰囲気が急激に冷め、薄い沈黙が控室を支配する。
それは霞が六分家筆頭 ―― 石戸家の一人娘であり、毎年、この選考会で勝利しているからではない。
彼女の持つ雰囲気や仕草一つ一つから、人の心を惹きつけるものが溢れ出ているからだ。

霞「六分家の一員であり、六女仙にも選ばれた彼女を、一介の巫女でしかない貴女達が処断するとでも?」

「そ、それは…」

間違いなくカリスマと呼ぶにたる相手を前にして、彼女達の言葉は大人しくなっていく。
立場の弱い狩宿家の娘を責め立てる事は出来ても、石戸家を相手にそのような事は出来ないのだから。
ましてや、霞が口にするその言葉はぐうの音も出ないほどの正論。
六女仙と言う名誉ある称号を与えられた巴を、その選考から漏れた彼女達がどうこう出来るはずがないのだ。


霞「…分からない人達ですね」

霞「私の大事な家族に貴女達は一体、何をするつもりなのかと聞いているんですよ?」ニコ

「う……っ」

だが、そんな彼女達に対して霞は決して容赦しない。
その顔に穏やかな笑みを浮かべながら、念押しするように言葉を重ねる。
一回り近く年が離れた娘の笑みに、彼女達の表情は完全に強張ってしまった。
それは自分たちが霞の逆鱗に触れてしまったのだと今更ながらに理解したからこそ。

霞「私は貴女達の事を決して物分りの悪い人だと思っている訳ではありません」

霞「えぇ。だって、もう三十路も過ぎておられるのですから」

霞「私が何を言いたいのかくらい察してくださっているでしょう?」

「は…はい」

霞「…では、改めて聞きましょう」

霞「私と…巴ちゃんの大事な勝負に水を指すような無粋な真似はしないでくれますか?」

「分かり…ました…」フルフル

その言葉は決して強いものではない。
その声音も穏やかで、優しく言い聞かせているようなものだった。
実際に彼女の顔も微笑んでいるままで、怒りの色などまったく感じさせない。


―― だが、その目だけは別だった。

微笑みながらも真っ直ぐ彼女達を見据える瞳には、燃えたぎるような怒りの色が浮かんでいる。
まるで彼女達を処罰するのをギリギリで堪えているようなその視線に、彼女達は身体を震わせた。
目の前にいる少女は分家を率いる石戸家の一人娘でもあり、六女仙筆頭でもあるのだから。
もし、彼女の不興を買ってしまったらどうなるのかなど考えたくもない。

霞「…ふぅ」

巴「霞さん…」

だからこそ、すごすごと逃げ帰るしかない彼女達の背中を見ながら、霞は小さくため息を吐いた。
その立場上、厳しいところもあるが、決して冷酷でも自分勝手でもないのだから。
嫌いな相手とは言え、その立場を利用して処罰するような事は極力したくない。
無論、必要になれば容赦せず実行するつもりではあったとはいえ、こうして大人しく引いてくれて助かったと内心、思う。


霞「ごめんなさい。ちょっとお節介だったかしら」

巴「いいえ。そんな事はありません」

巴「私では何を言っても火に油を注ぐ結果にしかならなかったでしょうし…助かりました」ペコリ

そんな霞の名前を呼んだ巴は、彼女の前でそっと頭を下げた。
あのままではお互いの対立が決定的なものになり、下手をすれば京太郎にも迷惑を掛けてしまったかもしれない。
だからと言って、大事なものの為に引く事も出来なかった巴にとって、霞の介入はとても有り難いものだった。

巴「(…まぁ、ちょっと嫉妬する気持ちはあるけれど)」

たった一言で自分ではどうする事も出来なかった状況を収めた霞。
その溢れ出るような存在感やカリスマに、彼女はどうしても羨望を感じてしまう。
しかし、今の彼女はもうそれを自身を卑下する材料に使おうとはしなかった。
寧ろ、そんな霞に追いつこうとする前向きな気持ちが湧き上がってきている。


霞「まぁ、あの人達ももうお局様と言っても良い年頃だからね」

霞「目の前でイチャつかれて色々と腹立たしくなっちゃったんでしょう」クス

巴「い、イチャ…」カァァ

だが、そんな気持ちも霞のからかうような言葉で吹き飛んでしまう。
さっきの京太郎とのやりとりをイチャついているとそう称した彼女に、巴の内心は恥ずかしさで埋め尽くされてしまった。
当時の彼女はそのようなつもりがなかったとは言え、今の彼女はそれを自覚出来てしまう。
だからこそ、否定も出来ない巴の頬は赤く染まり、微笑む霞の前で俯いていった。

霞「私達がいるのにあんなにも優しく頭を撫でられてイチャついてないなんて言えないわよ」

冗談めかしたその言葉は一見、普通なものだった。
あくまでも家族をからかっているようなそこには、悪感情など何一つとして見当たらない。
しかし、そうやって表に出る分とは裏腹に、彼女の心は少なくない嫉妬を感じていた。
そもそもここ数日の京太郎はずっと巴に付きっきりで、霞に甘えさせてくれなかったのだから。
既にその身も心も京太郎中毒になった彼女にとって、目の前でいちゃつく二人は目に毒だった。


霞「…ちなみに京太郎君」

京太郎「あ、はい」

霞「…そうやって撫でたり励ましたりするのは巴ちゃんだけなの?」ジィ

京太郎「う…」

だからこそ、霞は上目遣いで京太郎にそう尋ねた。
冗談めかしながらも隠し切れない期待を浮かべるその姿は普段よりも彼女を幼く見せる。
しかし、それは決して彼女の持つ魅力を損なうものではない。
寧ろ、大人っぽい霞が見せる幼いその仕草に京太郎の胸はドキドキとしてしまう。

巴「……」

そんな二人を前にしても、巴は何も言わなかった。
無論、本心では京太郎にそんな事をして欲しくはない。
勝負まで自分の味方だと言ったのだから、霞ではなく自分の事を見ていて欲しかった。
しかし、今の状況を冷静に判断する彼女の一部が、それは無理だと言っている。
自身と同じ『家族』である霞がこうして強請っているのに、自分だけを特別扱い出来ないと巴は分かっていた。


巴「…っ」ギュゥ

京太郎「…すみません。今日の俺は巴さんの味方なので」

巴「え…?」

結果、胸の痛みを強めるしかない巴の前で、京太郎は首を左右に振った。
霞のオネダリを拒むその仕草に、彼女は思わず驚きの声をあげてしまう。
内心、期待していたものの、絶対に無理だと巴は諦めていたのだから。
それが目の前であっさりと叶ってしまう光景に、半ば呆然とした表情を浮かべた。

霞「…そう。残念ね」

京太郎「ホント、ごめんなさい…」

そんな巴の前で、京太郎は心底、申し訳無さそうな表情を見せる。
無論、彼としても家族である霞を応援したい気持ちはあるのだ。
しかし、巴にとって霞は乗り越えなければいけない壁であり、そして彼は巴の『味方』なのだから。
自身の側で緊張を高める巴の事を思えば、どうしても霞を励ます訳にはいかない。


霞「良いのよ。まぁ…応援して貰えなかったのは残念だけれど…」

霞「そういう義理堅いところも京太郎君らしくて素敵だと思うし」

だからこそ、謝罪するしか無い京太郎の事を霞はあっさりと許してみせた。
無論、内心のショックは決して小さいものではないが、それは予想出来ている答えだったのだから。
頑固な京太郎であればそう答えてもおかしくはないとそう思っていた彼女は、胸中に広がる痛みを表に出さない。
何時も通り、穏やかで余裕のある顔のままその答えを受け入れた。

霞「…それに私を応援出来ないのは『今日だけ』なんでしょう?」

京太郎「えぇ。勿論です」

霞「ふふ。だったら、大丈夫」

霞「この分の埋め合わせはまた今度して貰うから」チラッ

巴「…」

しかし、それだけでは終わらない。
霞にとって須賀京太郎という少年は特別と言う言葉でさえ、もの足りない相手なのだから。
表には出さないものの、内心のショックは大きく、本能も慰めを必要としていた。
だからこそ、後の埋め合わせを要求しながら、霞はそっと巴に視線を流して。


巴「(…つまり、これは宣戦布告って事よね)」

それは決して敵意に満ちている訳ではなかった。
ともすれば、何時もよりも穏やかに思えるほどその視線は暖かかったのだから。
しかし、それを受け止める巴は、その中に秘められた嫉妬と自慢を感じ取る。
こうして京太郎に特別扱いして貰えるのは今日だけ。
後日の埋め合わせで自分もまた京太郎に可愛がって貰う。
そんな意図が込められた視線に、巴はその手に握り拳を作って。

巴「…私、霞さんには…いいえ、他の誰にだって負けませんから」

霞「奇遇ね。私も同じ事を言おうとしてたの」

そのまま彼女から放たれた言葉は、狩宿巴らしからぬものであった。
普段の巴は引っ込み思案で、また霞に対しても劣等感を抱いていたのだから。
しかし、今の巴は真正面から気持ちをぶつけ、対等なライバルとして並び立っている。
その胸中にあったはずの劣等感すら感じさせない堂々としたその姿は、立派と言っても良いものだった。


京太郎「(イイハナシダナー)」

そうやって巴が霞と張り合っているのは、舞の事だけではない。
無論、目の前に差し迫った勝負も小さくはないが、それよりも彼女達にとって重要なのは京太郎の事だ。
だが、火花を散らす二人に挟まれた彼は、まったくそれを自覚していない。
こうして二人が対抗心を燃やしているのも、お互いを高め合うライバルだからだとそう思っている。

「選考会に出られる巫女の皆様、会場の準備が出来ました」

「会場の方へ移動をよろしくお願いいたします」

巴「っと」

霞「時間通りね」

ある種、修羅場にも近いその状況は、第三者による声によって中断された。
選考会の始まりを告げるそれに彼女達の思考は一瞬で切り替わる。
無論、胸中でメラメラと燃えていた対抗心がなくなった訳ではないが、もう勝負へのカウントダウンは始まっているのだから。
ここでお互いに睨み合って不戦敗になるのは、あまりにも笑えない。


巴「…それじゃあ、ちょっと行ってくるわね」

京太郎「えぇ。吉報をお待ちしています」

巴「任せて。京太郎君の献身は絶対、無駄にしないから」ニコ

だからこそ、霞から目を離した巴は、京太郎の言葉に笑みを浮かべる。
その笑みはさっきまでのものに比べて、大分、柔らかくなっていた。
緊張や気負いの色が殆ど見当たらないその笑みは、彼女の『家族』達によってリラックス出来たからこそ。
今の自分であればきっと最高のパフォーマンスを発揮する事が出来る。
そんな確信と共に巴はゆっくりと歩き始めた。

京太郎「さて…と」

その背中が霞と共に襖の向こうへと消えるのを見送ってから、京太郎は一つ声を漏らした。
今から始まった選考会が一体、どれほど掛かるのかは分からないが、巴達と再び会えるのはまだまだ先。
それまでこの控室でノンビリ待つのが一番だと分かっていても、彼はそれに従えない。
ここは霧島神宮 ―― 京太郎にとって仇敵である神代家の膝下なのだ。
正直、巴達もいない状態で、あまり長居はしていたくはない。


京太郎「(…適当に外の空気でも吸ってくるかな)」

とは言え、巴達の結果が出るまであまり遠くに行く訳にはいかない。
選考会が終わるまで巴に誠心誠意尽くすと彼は約束したのだから。
少なくとも結果が出るまでは、巴のことを最優先に行動してあげた方が良い。
そう思う彼に選べるのは、すぐ外の中庭に出て、外の空気を吸うことくらいだった。

京太郎「(…しっかし、本当に広いよなぁ…)」

京太郎がいるのは霧島神宮の中でも最奥に近い部分だ。
一般参拝者が決して踏み入れられないその場所は、彼が普段住んでいる屋敷とくらべても遜色ないほど大きい。
だが、それは霧島神宮の中ではほんの一部分に過ぎないのだ。
その全てを含めれば、並の学校くらい軽く飲み込める広大な敷地に、京太郎は内心でため息を吐く。


京太郎「(こんなにドデカイ相手に復讐とか…どうすりゃ良いんだろう)」

京太郎「(いや、まぁ…手段を選ばなければ、色々と方法はある訳だけれど…)」

しかし、京太郎は無秩序な手段に訴えるような気にはなれなかった。
一年前ならばまだしも、今の彼はもう巴達との生活に首まで浸かってしまっているのだから。
自身を家族と呼んでくれる彼女達にどうしても迷惑を掛けたくはない。
結果、選べる選択肢が大幅に減った彼にとって、神代家への復讐はとても難しいものになっていた。
こうして何度もその方法について考えてはいるが、まったくその糸口が掴めないほどに。

京太郎「(…でも、このままで済ませて良いとは思えない)」

いっそ復讐を諦められれば楽なのだろうと彼も分かっていた。
しかし、それを簡単に投げ捨てるには、京太郎の奪われたものは大きすぎる。
友人、家族、そして幼馴染。
その全てと縁を切る事になった原因を、彼は決して許す事が出来ない。
その行いが一体、どれほど非道なものであったかを思い知らせてやろう。
そう自身に告げる暗い炎は一年近くが経った今となっても消える気配がなかった。


「ですよー」

京太郎「ん…?」

結果、復讐方法を模索する事を止められない京太郎の耳に聞き慣れた声が届いた。
霞達のものよりも若干、幼いそれは、紛れも無く初美のもの。
無論、それ自体は決して驚きに値するようなものではない。
初美は神代家とも繋がりの深い六分家の出身であり、六女仙を務める才女でもあるのだから。
一般客は立ち入れない場所であっても、彼女はスルーパスで入り込む事が出来る。

京太郎「(…初美さん、困ってる?)」

しかし、京太郎の耳に届いた初美の声には困惑の色が浮かんでいた。
何処か取り繕うようなその声音に浮かぶ感情は、決して大きい訳ではない。
だが、初美と共同生活を営んできた京太郎には彼女が困っている事がハッキリと伝わってくるのだ。
だからこそ、彼は中庭へと向かおうとしていた足を反転させ、声の聞こえてきた方へ進んでいく。


「そ、そこでね、ぼ、僕は言ってやったんだ」

「あんまり強い言葉を使うなよ、弱く見えるぞってね」

初美「へぇー。格好良いですねー」

京太郎「(…誰かが一緒なのか?)」

そうやって近づく内に、京太郎の耳に初美とはまた違う声が聴こえる。
ボソボソとハッキリしないのに、耳の奥に絡みつくようなその声は間違いなく男性のモノ。
それに返事をする初美の声が聞こえるものの、京太郎はまったく安心出来なかった。
こうして近づけば近づくほど、彼女の困惑が強く感じられるのだから。
何処か不愉快にも思えるその声の主が、初美の事を困らせているのは確実だろう。

京太郎「(多分、こっち…って…おうふ…)」

「でゅふふふふ」

そう思って足を早めた京太郎が曲がり角を曲がった瞬間、信じられない光景が視界に飛び込んでくる。
一人の男性が巫女服姿の初美に詰めより、後ろの壁に腕を突いている。
一般に壁ドンと言われるその光景は、本来ならばとても絵になる光景だった事だろう。
だが、初美に詰め寄っている男は、京太郎よりも30cmほど身長が低いにも関わらず、その腹部がでっぷりと膨張しているのだ。
その上、髪はボサボサで、肌も荒れきっているのだから、絵になるどころかいっそ滑稽でさえある。


京太郎「(…なんかすげぇところに踏み込んじゃったぞ)」

瞬間、京太郎の胸中に浮かぶのは躊躇いの感情だった。
無論、困っているであろう初美を助ける為に、ここまでやって来た事を忘れてはいない。
だが、目の前に広がっているその光景は、あまりにも関り合いになりたくないものだったのだ。
こうして壁際に追い込まれているのが初美でさえなければ、見なかった事にしたいくらいに。

京太郎「(…でも、そんな事は出来ないし…)」

京太郎「えーっと…初美さん?」

初美「あ…京太郎君」

「…」ギロ

それでも初美へと話しかけた京太郎を、男は不機嫌そうに睨めつける。
まるまると膨れた頬によって普通よりも細長い目から放たれる視線は、敵意の色しか感じない。
まるで視線だけで京太郎を追い払おうとするようなそれに、しかし、京太郎が怯む事はなかった。
こうしている今も初美の顔から、迷惑そうな色が消える事はないのだから。
二人の関係は知らないが、このまま放っておく事など出来ない。


「…なんだよ、お前」ブツブツ

「今、初美たんと話してるのは僕なのに…空気読めよ…空気読め…」ブツブツ

京太郎「(…あ、これやたらと面倒くさいタイプだ)」

基本的に京太郎は人懐っこく、殆どの相手と仲良くなれる。
しかし、それでも不得手なタイプと言うのは存在するのだ。
目の前の男のように視線さえ合わせる事なく、ただただ独り言を繰り返すようなタイプはその筆頭。
単純にコミュニケーションを拒まれるよりもよほどやりにくい相手であると彼は思う。

京太郎「(…まぁ、決して仲良くするのは不可能じゃないけれど…)」

しかし、そうやって仲良くなる為には、まず男の性格と言うものを改善しなければいけない。
自己愛だけが肥大し、周囲に敵意しか巻き散らかさない今の状態ではマトモにコミュニケーションを取る事が出来ないのだから。
だが、京太郎はカウンセラーではなく、また見ず知らずの男にそこまでしてやる義理はない。
これが可愛くて巨乳の女の子ならばまだしも、出来るだけ関わり合いになりたくないというのが本音であった。


京太郎「すみません。ちょっと初美さんを呼んできてくれって言われて探してたんですが…」

「そもそも初美たんの事を下の名前で呼ぶのが慣れ慣れしいんだよ…」ボソボソ

「何様だよお前…ホント、ウザイ…死ねよ…」ボソボソ

京太郎「(やだ…とってもセメント…)」

だからこそ、早くその場を収めて逃げようとする京太郎に、男の敵意は高まっていく。
独り言の体で放たれる罵詈雑言と言っても良いその言葉に京太郎の頬はひくついた。
出来ればぶつけられる敵意に敵意で返したいが、相手は神代の関係者。
もし、自分がキレて初美たちに迷惑が掛かったら、と思うと、そう容易く素直にはなれない。

初美「そうですかー」

初美「私もお話してたかったんですけど、呼ばれてしまったなら仕方ないですねー」ニコ

京太郎「(…仕方ないって顔じゃないよな)」

京太郎「(まぁ、気持ちは分かるけど)」

結果、男の言葉をスルーし続ける京太郎の前で、初美は安堵混じりの笑みを浮かべる。
それは彼女にとっても目の前の男が決して好ましい相手ではないからだ。
諸事情あって決して蔑ろに出来ない相手ではあるが、あまり長話をしたいとは思えない。
そんな彼女にとって京太郎の言葉は、渡りに船と言っても良いものだった。


「は、初美たん…」

初美「…そんな寂しそうな顔をしないで欲しいのですよー」

初美「またお話する機会はありますから、ね?」

「う…うん…」

しかし、だからと言って、初美は相手の事を完全に突き放す事が出来ない。
目に見えてしょげかえった男に対して、そう慰めの言葉を掛けてしまう。
それに少しだけ顔を明るくする男に、初美は小さく胸の奥が痛むのを感じた。
彼女は決して目の前の男が好きではないが、さりとて憎らしい訳でもないのだから。
鬱陶しいと思うことは数えきれないが、まるで子どものようなその素直さには良心の呵責を感じてしまう。

初美「…じゃあ、行きましょうか」

京太郎「了解です」

だが、その痛みは彼女をその場に留まらせるほど大きいものではなかった。
初美は比較的優しい性格をしているとは言え、決して聖人と言う訳ではないのだから。
まったく興味のない自慢話ばかりを延々とされ続けるのは辛い。
ましてや、今日の彼女は他に用事がある身なのだ。
無下には出来ない相手であるが故に足止めを食らい続けていたが、早くこの場を離れてしまいたい。
そう思った初美は男の腕を屈みながら避け、京太郎の隣へと並び。


初美「…ふぅ」

京太郎「お疲れ様でした」

そのまま何度か角を曲がった先で深い溜息を吐いた。
それは疲労や良心の痛みなどを混ぜ込んだ複雑なもの。
普段の飄々とした初美からは思いもよらないそのため息はとても疲れきっている。
何時もは初美と憎まれ口の応酬を繰り返す京太郎でさえ、労いの言葉を口にしてしまうほどに。

初美「いやぁ、ホント、助かったのですよー」

初美「あの人の話って長い上に退屈と言うかワンパターンで…」フゥ

京太郎「まぁ、助けになれたなら良かったですけど…」

初美「…あの人の事が気になりますか?」

京太郎「…です」

その好奇心を、京太郎は隠そうとはしなかった。
無論、二人がただの顔見知りと言う訳ではない事くらいは理解している。
そもそも初美は巴とは違い、他人に対して容赦しないタイプなのだから。
普段の初美ならば、とうの昔に男の事を突き放し、あの場から逃げ出していた事だろう。
それが出来なかった事から察するに、二人の関係が決して平等ではない。


京太郎「…で、あの人、誰なんです?」

初美「まぁ…凄い端的に言えば、私の婚約者なのですよー」

京太郎「…はい?」

そう思って踏み込んだ京太郎に予想の斜め上を行く言葉が返ってくる。
無論、彼とてあの男が神代に深く関わっている事くらい想像はしていた。
そもそもここは神代本家の屋敷であり、立ち入れるのも神代の関係者だけ。
そんな屋敷の中をラフな私服姿で歩いているのだから、神代本家に近い人間としか思えない。

京太郎「…マジですか?」

初美「大マジですよー」

京太郎「いや…でも、あの……えぇぇぇ…」

薄墨家は六分家の中でも特に神代と密接に結びついている。
彼らが担当するのは神代が行う神事のサポートであるのだから。
自然、その血も石戸家に次いで二番目に近く、婚姻関係も頻繁に結ばれている。
無論、それは京太郎も理解している事ではあるが ――


京太郎「…年齢離れすぎじゃないですか?」

初美「まぁ、ざっと干支が一回り半違うですねー」

一回り半 ―― つまり最低でも35を超える男の年齢に京太郎は軽い目眩を覚えた。
無論、京太郎も現代では晩婚化が進行している事くらい知っている。
もうアラフォーと呼ばれてもおかしくない年頃とは言え、結婚する事事態がおかしいとは言えない。
だが、相手が初美 ―― 高校を卒業したばかりの少女となると話が別だ。
幾ら何でも歳の差が離れすぎじゃないかとそう思ってしまう。

京太郎「…つーか…初美さんはそれを受け入れてるんですか?」

初美「まぁ、仕方のない事ですしね」

京太郎「仕方のない事って…」

初美の言葉には諦観の色が浮かんでいた。
無論、彼女としてもそれに関して色々と悩んだ事はある。
年上と言うだけならばまだしも、相手は決して好ましいとは言えない人物なのだから。
何度か好きになろうと努力したものの、それは今まで決して実を結ぶ事はなかった。


初美「…京太郎君、冷静に考えて下さい」

初美「私の身体を見て、子どもが産めそうだって思えますか?」

京太郎「それは…」

そんな巴からの言葉に京太郎は即答出来なかった。
それは勿論、初美の身体があまりにも小さすぎるからだ。
まるで小学校低学年の時点で成長が止まってしまったような初美に、妊娠というイメージはどうしても重ならない。
既に彼女が高校を卒業した淑女であると理解していても、思わず口篭ってしまうくらいに。

初美「……まぁ、これでも生理はちゃんと来てますけどね」

初美「でも、私にとって妊娠というものが普通の子よりもずっとリスクが大きいのは事実なのですよー」

六分家にとって子どもを遺すと言うのは最低限の義務だと言っても良いものだった。
そうやって次代に血を繋げなければ、六女仙を輩出する事も難しくなってしまうのだから。
だが、初美の身体はあまりにも小さく、妊娠しても流産する可能性が高い。
ましてや、その母体すら死んでしまう可能性があるのだから、結婚相手として選ぶのにはリスクが大きすぎる。


初美「…そんな私で良いって貰ってくれるって言ってくれたのはあの人だけ」

初美「だから、私にはあの人しかいないんです」

しかし、そんな彼女を選んでくれる人がいた。
無論、それは相手が、幼児性愛者 ―― ロリコンだからと言う事を初美は理解している。
自分の小さくて凹凸のない体に興奮する変態であると彼女は分かっていた。
そんな相手に嫌悪感を感じながらも、しかし、初美には他に選択肢がない。
女としての魅力が薄い彼女を婚約者に、と言ってくれる相手など他にいないのだから。

京太郎「…」

京太郎は貧乳な彼女に性的な魅力を感じた事は殆どない。
ドキリとした事は数あれど、それは彼の中で興奮に繋がるようなものではなかった。
しかし、それでも京太郎は、初美がとても魅力的な少女である事を知っている。
一見、飄々としていながらもとても気遣い屋で、優しい性格をしている事を分かっているのだ。
そんな彼女が自分を卑下するようなその言葉に、本当は反論したい。
そんな事ないと衝動のまま口にしてやりたかった。


京太郎「(…でも、それじゃ現状は何も変わらない…)」

京太郎にとって結婚とは恋愛の先にあるものだ。
想い通わせ、お互いに理解を深めてようやく辿り着く一つの区切りなのである。
だが、その認識を初美達は共有していない。
彼女達にとって結婚とは子孫を遺す為のものなのだから。
同じ『結婚』と言う言葉でも、その前提にあるものがまったく違う以上、彼の言葉は届かない。
例え、それが届いたとしても、『他に結婚相手がいない』と言う初美の現状をなんら改善するものではないのだ。

初美「…ま、結婚してから恋愛する…なんて私たちにとっては珍しい話じゃないですし」

初美「一緒に暮らす内にいいところも見えてくると思うのですよー」

京太郎「…っ」

だからこそ、何を言えば良いのか分からない京太郎に、初美は明るい声を出す。
何時ものように明るいそれは勿論、演技であった。
これ以上、京太郎に心配させてやりたくはない。
そんな気持ちが込められたその言葉に、彼の胸は響くように傷んだ。


京太郎「(…それってつまり…今は良いところを何一つとして見つけられてないって事じゃないかよ…!)」

それは結婚相手としてあまりにも致命的だと京太郎は思う。
結婚とは一過性のものではなく、その生涯が終わるまで続くものなのだから。
一つでも良いところを見つけられない相手との結婚など永遠に続く拷問のようなもの。
ましてや、初美の場合、女であり、男に身体を開かなければいけないのだ。
その苦痛や悲嘆が一体、どれほどのものなのか、男である京太郎には想像も出来ない。

初美「それより霞ちゃん達はもう会場に行っちゃいましたか?」

京太郎「…はい」

初美「あー…やっぱりですかー」

初美「始まる前に励ましの一つでも送ってやろうと思ったんですが…これは失敗でしたね」

そんな京太郎の前で、初美は話題を変える。
このまま同じ話題を続けていても、場の雰囲気が暗くなるだけ。
ましてや、彼女にとってもそれはあまり触れて欲しくない話題なのだ。
いずれ来るであろう辛い日々は、初美をとても憂鬱な気分にさせるものなのだから。
心配させるだけだと分かっていても、京太郎についつい本当の事を漏らしてしまったのもその所為だ。


初美「(極力、軽く言ったつもりではあったんですが…)」

初美「(まぁ…京太郎君の性格からしてそれをスルー出来るはずないですし)」

初美「(ちょっと…いや、かなり悪い事しちゃいましたかねー…)」

それを後悔に繋げてしまうのは、京太郎がその問題を決して解決出来ないと分かっているからこそ。
彼と自分たちを結ぶ絆は強く、また京太郎はとても優しい性格をしている。
家族とまで呼び慕う相手が、これほど大きな問題を抱えて見過ごす事など出来るはずがない。
だが、『婚約』と言うのは個人同士で結ぶものではなく、家同士が交わす契約のようなものなのだ。
後ろ盾となる家を失っている今の彼に踏み込める領域ではない。

初美「京太郎君から見て、二人はどうでしたか?」

京太郎「…巴さんの方が若干、緊張があったと思いますが、霞さんの方は何時も通りだったと思います」

初美「まぁ、霞ちゃんはエロネタ以外ではほぼ無敵と言っても良いですからね」

初美「巴ちゃんも頑張ってたと思いますが、どうしても人前で舞うのに緊張しちゃうでしょうし」

初美「私が賭けるとしたら、やっぱり霞ちゃん一択なのですよー」

京太郎「…」

だからこそ、初美は明るい言葉を続ける。
賭けと言う言葉を交えて冗談めかして放たれるそれに、しかし、京太郎の顔は簡単に明るくなったりしなかった。
初美が決して望まぬ結婚を強いられていると言う言葉は、彼にとってとても衝撃的なものだったのだから。
話題を変えようとする初美の意図は分かっているものの、それに乗り切る事が出来ない。
自分に彼女にしてあげられる事はないのかとそんな言葉が浮かび、物思いに耽ってしまう。


初美「…まったく、もう」プニ

京太郎「ひあ」

初美「原因となってる私が言うのもアレですけど、ちょっとつれなくないですかー?」ムニムニ

京太郎「う…」

そんな京太郎の頬を初美は優しく引っ張った。
むにむにと軽く摘むようなそれに彼の思考が一気に現実へと引き戻される。
まるで強引に考え事から引き離すようなそれは京太郎に短い声を漏らさせた。
それを背伸びしながら見つめながらも、初美の手は彼の頬から離れない。
その感触を楽しむように指を動かし、彼の意頬肉を引っ張り続ける。

初美「京太郎君が悩む事じゃないのですよー」

初美「これは私の問題なんですから」

京太郎「…ひや…でも…」

初美「じゃあ、現実、京太郎君が何か出来るんですかー?」

京太郎「しょれは…」

そのまま告げられる初美の言葉は、突き放すようなものだと言っても良かった。
鋭いと言っても良いそれに京太郎は思わず口篭ってしまう。
それは勿論、彼自身、こういう問題の時、無力であると理解しているからだ。
巴から相談を受けた時にも嫌というほど感じたそれを今更、否定する事は出来ない。


初美「…出来ないでしょう?」

初美「だったら、せめて私の事を楽しませて欲しいのですよー」

初美「私がこうして皆と一緒にいられる時間もそう長くはないんですからね」

京太郎「え…?」

何処か拗ねるように言葉を結んだ初美に、京太郎は思わず聞き返してしまう。
無論、それは間近で放たれた彼女の言葉が聞こえなかったからではない。
京太郎は鈍感ではあるが突発性難聴を患っている訳ではないのだから。
その言葉はしっかりと聞こえたし、脳も理解している。

初美「姫様は卒業と同時に結婚して、私達、六女仙も解散」

初美「あのお屋敷から出て、それぞれの家に戻る事になるのですよー」

京太郎「…」ズキ

それでもそうして聞き返してしまったのは、その言葉を京太郎が信じたくなかったからだ。
彼は失ったものの代替として彼女達に強く依存してしまっているのだから。
初美達と離れ離れになってしまうと考えただけでも胸が痛む。
だが、その痛みはさっきとは違い、不安の色が強く混じったものだった。


京太郎「(…勿論、巴さんから似たような話は聞いていたけれど…)」

京太郎「(でも…もう数ヶ月しかなかったのかよ…)」

数年は先だと思っていたその日が、実はもう数ヶ月先にまで迫っている。
それを知った瞬間、彼の胸中に浮かび上がるのは、押しつぶされそうな喪失感だった。
鹿児島にやってきたばかりの頃、友人だけではなく家族との縁すら断ち切られたと嘆き悲しんでいた感覚が、京太郎の心に蘇る。
初美達の努力によって一時は消えていたはずのそれは、決して小さいものではない。
まるで胸の底にポッカリと穴が開いたように感情が流れだし、喪失感が大きくなっていく。

初美「ま、その後、どうなるかは私もまだ分かりませんけれどね」

初美「でも、私はそれまで楽しく仲良くしていたいのですよー」パッ

無論、初美としても京太郎を苦しめたい訳ではない。
だが、その情報は何時か必ず彼が知らなければいけないものなのだ。
それを知らないまま日々を過ごしていたら、一体、京太郎がどれだけ後悔するか分からない。
だからこそ、キッカケを探っていたその事実を告げながら、初美はそっと京太郎から手を離して。


初美「京太郎君としても、ウジウジ悩んで皆とお別れって言うのは嫌でしょう?」

京太郎「…えぇ。勿論です」

そのまま尋ねる初美に応えたのは、半ば条件反射のようなものだった。
彼は一度、そうやって皆と別れ、そして後に大きな後悔を抱え込む事になったのだから。
もっと色々とやっておけばよかったと取り返しのつかなさに涙するのは一度きりで良い。
そう心の底から思う彼にとって、それは躊躇う事さえ許されない問いであった。

初美「だから、その日まで面白おかしく過ごしましょう」

初美「それが私にとって一番、有り難い事なのですよー」

京太郎「……分かりました」

本当は京太郎もその言葉に否と返したい。
しかし、現実、自分が初美の抱えている問題に対して何も出来ない事が分かっているのだ。
その上、初美が面白おかしく過ごしたいと言っているのであれば、それを尊重したほうが良い。
疼く痛みにそう言い聞かせながら、京太郎はゆっくりと口を開いて。

京太郎「で、面白おかしく過ごす為にまずどうするんですか?」

初美「そうですねー。とりあえずつまみ食いでもしにいく…なんてどうですかー?」

京太郎「子どもか」

初美「誰が幼児体型ですかー!」

京太郎「その精神性の事を言ってるんだよ!!」




―― 冗談めかした言葉を交わしながら、初美と共に歩き続けるのだった。


次は初美回だと思ったか!?姫様回だよ!!!!!
正月さぼってたのでこれだけです(´・ω・`)ゴメンネ


これからちょっと休んで22~23時くらいからあっち始める予定です

典型的なNTRモノの導入で興奮すゆ!

そろそろ事態が良い方向に転がり始めても良いんじゃないの流石に
いつまで京太郎曇らせるつもりなんだ

正直今の展開だとはるるメインよりもハーレムにしたほうが平和だろこれ

むしろハーレム以外で平和に終われる方法があるのかと

明日が投下出来れば良いなって(小声)

明日任せはよくないぞ

明日とは今日だ

許嫁云々って過去に巴さんが言ってたのが記憶に薄い……はっちゃんがさらっと言ってた時の方が何故か記憶に残ってるww

>>65
相手の関係に愛がなくて、こっちに愛があるNTRって良いですよね…(ゲス顔)

>>66
なんでや!インハイの時から比べたらまだ吹っ切れとるやないか!!

>>67>>68
はるるメイン(ハーレムじゃないとは言ってない)

>>73
巴さんだっていいところの子なんですから婚約者だっていますよ猿渡さん!
原作はどうか分かりませんが、このスレでは六女仙(わっきゅん以外)は皆、婚約者がいます
血を残さないといけないからね、仕方ないね

>>71>>72
明日ちゃんは多分、引っ込み思案で強く言われたらなんでも引き受けちゃうユキみたいな子なんだよ…(震え声)
無事に見直しも終わったんで投下しまーす


………


……





初美「ヒャッハー!もう我慢出来ねぇ!」

初美「朝ごはんだー!なのですよー!!」

その日は朝から初美のテンションが高かった。
元々、高いテンションをさらに数割増しで跳ね上げるその姿は、今日から『祭り』が始まるからこそ。
勿論、ここからが本番なのだとそう分かっているが、その胸中に浮かぶ感慨深さと解放感は決して小さくない。
この日の為に何週間も掛けて準備してきたのだから、それも当然だった。

巴「はいはい、頂きますは終わってるけど、あんまり急いで食べ過ぎないようにね」

巴「慌てて掻き込んじゃうと喉に詰まっちゃうわよ」

初美「ふっ、私がそのような初歩的なミスを犯すと思ってるのですかー?」

初美「基本!丸呑み!なのですよー!!」

霞「ちゃんと噛まなきゃ美貌にも身体にも悪いわよ?」

だからこそ、何時もよりもはしゃぐ初美に巴と霞がツッコミを入れる。
しかし、そう冷静に振るまいながらも、彼女達もまた解放感を胸に抱いていた。
その大まかな進行を六女仙に任せられる『祭り』の準備はとても地味かつ大変なのだから。
それがようやく終わり、本番が始まったかと思えば、一息も吐きたくなる。


霞「(まぁ、今日から数日間が大変だけれど)」

神代家の『祭り』は一日では終わらない。
正月を除き、六女仙以外が足を踏み入れる事がない屋敷に、神代の関係者が何十人と詰めかける。
そんな大世帯を霞達はホスト側としてもてなさなければいけないのだ。
中には六女仙に対して悪意を持つ人物もいるだけに、気が重くなったりもするが ――

霞「(別に誰も彼もが私たちに対して悪意を持ってるって訳じゃないし)」

寧ろ、彼女達に要らぬ嫉妬を抱く女達以外は、概ね好意的に見られている。
六女仙は神代とその分家の中でも、一際、特別な存在なのだから。
幼い頃からその義務を背負わされ、強く生きている少女たちの事を悪しように言う者は少ない。
それは神代本家に ―― 彼らにとって権力の中枢に近くなればなるほどその傾向が強かった。


霞「(何より、私には心強い仲間がいるんだもの)」

霞「(多少のトラブルなんて簡単に乗り越えられるわ)」

霞が胸中で信頼を浮かべるのは、ホスト側として『祭り』を迎えるのがこれが初めてではないからだ。
これまで何度も乗り越えてきたその『祭り』に、今更、身構える事はない。
彼女は決して一人ではないどころか、お互いを支えあおうとする『家族』がいるのだから。
自身と同じ六女仙である彼女達がどれほど心強いかを、霞はこれまでの経験的に知っている。
その信頼と絆は容易く覆せるようなものではなかった。

初美「まぁ、冗談はさておき、今日はテンションアゲアゲでいかないときっついのですよー」

明星「アゲアゲの是非はさておき…確かに初日はお客様が沢山来られますからね」

湧「初日が正念場っ!」

数日間催される『祭り』とは言え、その全てに参加する者と言うのは少ない。
神代とそれに連なる分家は、最早、『家』と呼べるような規模をしていないのだから。
数日休んだだけでも書類や仕事が溜まり、各所に問題が発生してしまう。
無論、今日の為にある程度、仕事は前倒しされているが、神代の中枢を担う者達はあまり長居する事が出来ない。
大まかな行事が終わった後に催される宴会 ―― その勢いが弱まり始めた頃に、山を降りるのが通例だった。


京太郎「(祭り…かぁ)」

だからこそ、初日が最も大変だと気合を入れる彼女達に京太郎はテンションを合わせる事が出来なかった。
無論、彼もこれまで彼女達の仕事を手伝ってきていたのだから、ある程度の解放感は感じる。
しかし、それをまったく意識しないのは、それ以上に『祭り』に対して複雑なものを抱いているからこそ。
神代家に対して抑えきれない敵愾心を抱く京太郎にとって、『神代のお祭り』を良く思えるはずがないのだ。

春「…京太郎、おかわり要る?」

京太郎「…おう。頼むな」

そんな京太郎の隣に座る春は、彼の胸中を見抜いていた。
だが、春は決して京太郎の心を慰撫する言葉を放ったりはしない。
彼が一体、どれほど大きなものを神代家に奪われてしまったのかを彼女は良く知っているのだから。
その憎しみや怒りも当然であるのに、気易く慰撫する事など出来るはずがない。


春「(…この前は姫様の為に強がっていたけれど…やっぱり当日ともなると色々と複雑で当然)」

春「(だから、ここは何時も通り、自然体であるべき)」

何より、ここで何を言ったところで京太郎が神代家の事を許せるはずがないのだ。
こうして彼女達と一緒に食事を摂っているのも、彼が六女仙と神代家を切り離して考えているからこそ。
普段、意識と分かれている怒りと悲しみは、決して小さいものではない。
彼の抱える問題を根本的に解決出来ない春にとって、ただ時間が解決してくれるのを祈るしかなかった。

春「(…でも、やっぱり…無力)」

彼女にとって神代家とは自身の全てを捧げるに足る相手ではない。
滝見春と言う少女は、はるか昔からその相手をただ一人に決めてしまっているのだから。
それでも辛い修行を乗り越え、六女仙となったのは、その相手 ―― 須賀京太郎の為。
何時か再会すると決められていた彼の為に、彼女はずっと自身を磨き続けていた。


―― だが、今の彼女には慰めの言葉一つ口にする事が出来ない。

その半生を京太郎の為に捧げてきた彼女にとって、それはとても辛い事だった。
叶う事ならば自身の全てを使ってでも、彼の悲しみを癒やしてあげたい。
そんな言葉が胸中から浮かび上がってくるのに、自身に出来る事は、ただ側にいる事だけなのだから。
インターハイの最中よりはマシとは言え、その痛みと自己嫌悪は決して軽いものではなかった。

巴「(…でも、これは…)」

霞「(流石にちょっと…)」

湧「(どげんしざっもね)」

明星「(事ですよね…)」

そんな彼女の痛みを周りの少女達もまた共有していた。
それは勿論、彼女達の心が既に京太郎に囚われてしまっているからこそ。
こうして何時もよりも賑やかな食卓を囲んでいるとは言え、どうしても彼の事を意識してしまう。
だが、そんな彼女達でも、京太郎の悲しみはどうする事も出来ず、ズキリと胸を傷ませていた。


小蒔「…」モグモグ

例外はただ一人 ―― 彼の隣に座って食事を続ける小蒔のみ。
だが、それは決して彼女が鈍感であると言う事を意味しない。
普段ならば、小蒔は京太郎の変化に気づき、その心を明るくしようと様々な働きかけをしていただろう。
しかし、今の彼女には他人を気遣う余裕がなかった。

京太郎「…小蒔さん?」

小蒔「ひゃいっ」ビクッ

京太郎「今日、やけに静かですけど、どうかしたんですか?」

無論、京太郎も余裕に溢れている訳ではない。
だが、彼女達の細かい仕草や視線から、自身が気遣われてしまっている事を感じ取ってしまうのだ。
これから嵐のような忙しさが待ち受けているであろう彼女達にあまり心配をさせたくはない。
そう思った京太郎は普段通りを心がけながら、隣にいる小蒔へと話しかけて。


小蒔「え、えっと…その…じ、実は考え事をしていて」

京太郎「考え事?」

小蒔「…はい。今日はお父様とお母様が来られるので…」

京太郎「あ…」

お父様とお母様。
その言葉に京太郎が連想したのは、動物園での出来事だった。
もう数ヶ月は前になるそれは、未だ彼の心の中に色濃く残っている。
勿論、それは旧三年生組と一緒に行った動物園が思いの外、楽しかったと言うのも大きい。
だが、何より、京太郎の中で鮮明に残っているのは、その時、小蒔から聞いた話だった。

京太郎「(…小蒔さんはあの時に親に見捨てられてしまったとそう言っていた)」

小蒔は七歳までずっと親から引き離され、乳母達に育てられていた。
両親の顔すらマトモに知らなかった彼女は、ずっと胸の内に期待を抱き続けていたのである。
何時か両親に会えたら、自分たちはきっと絵本のような暖かい家族になれるはず。
そう思っていた彼女の前に現れたのは、自分に対してまったく興味を示さない『大人』だった。
結果、小蒔は幼い心の中に抱いていた期待を砕かれ、その心に深い傷を負ってしまったのである。


小蒔「お話したい…なんて迷惑になる事を考えてる訳じゃないんです」

小蒔「ただ、挨拶だけではなく一言二言だけでも…何か言えたら良いなってそう思って」

京太郎「っ…」

だが、小蒔はそれでも期待する事を止められはしない。
語るだけでも涙を浮かべるほどの傷を負いながらも、『両親』と言うものに対して見切りをつける事が出来なかった。
無論、小蒔は霞達の事を心から『家族』だと思ってはいるが、それはあくまでも姉としてのもの。
どれだけ仲良くなっても霞達は小蒔にとって唯一無二には ―― 親にはなれないのだ。

小蒔「だから…出来るだけ迷惑にならないような言葉を考えていたんですけど…」

小蒔「でも、中々、難しいですよね」エヘヘ

勿論、小蒔も分かっている。
自分が何かを語りかけたところで、二人にとっては迷惑でしかない。
だが、それでも小蒔は話しかけるのを止められなかった。
自分は元気でやっていると、二人の娘として頑張っていると。
一年に数えるほどしか会えない親にそう伝えたかったのだ。


霞「(…小蒔ちゃん)」

いっそいじらしいと言っても良い彼女の言葉に、賑やかであった食卓は沈黙に包まれる。
それは小蒔の言葉が彼女達の胸を強く突き刺すものだったからだ。
幾ら親に見切りをつけたとは言え、それでも彼女達は普通の親子関係と言うものを知っている。
久しぶりに会った親に話しかける言葉ひとつにさえ悩まなければいけないなどおかしいと分かっているのだ。

初美「(…でも、そんなの言えるですかー)」

小蒔がそうやって親への言葉に思い悩むのは今日が初めてではない。
両親と会う機会を得る度に、彼女は毎回、それを考え続けてきた。
最早、条件反射と言っても良いそれが、あまりにも歪であると彼女達も言いたい。
だが、その歪さを指摘したところで、小蒔がそれを正す事など出来ないのだ。
既にその親子関係が修復困難なほどボロボロになってしまった今、彼女達に出来るのは当たり障りのない言葉を口にする事だけ。


京太郎「…小蒔さんはきっと難しく考えすぎだと思いますよ」

京太郎「最近、寒くなってきましたけれど、お体大丈夫ですか?とかで良いと思います」

小蒔「そう…でしょうか?」

京太郎「えぇ」

無論、京太郎はそんな小蒔の事を放っておきたくはない。
純真な彼女の心に残る深い傷を癒やしてあげたいとそう思っている。
だが、それはもう並大抵の言葉では逆効果になってしまうほど大きいものなのだ。
ともすれば、その傷をさらに抉る事になるかもしれないと思えば、容易い気持ちでは踏み込めない。

京太郎「(何より、小蒔さんがそれを望んでない)」

巴の時に踏み込む事が出来たのは、彼女が内心、親に対して諦めていたからだ。
その心に認めて欲しいと言う言葉を思い浮かべながらも、ついぞ叶えてくれなかった親に失望していたのである。
だが、小蒔は違う。
天真爛漫と言っても良い彼女は、未だ親の事を諦めきれていないのだから。
こうして親に話しかけようとしているのも、何時かは夢見た家族関係に戻れるとそう信じているからこそ。


京太郎「(…そんな小蒔さんに無理だ…なんて突きつけられるかよ)」

小蒔は過去に一度、打ちのめされながらも、未だ親に顧みられる事を期待している。
そんな彼女に、巴の時と同じく事実を突きつけていけば、その心が傷ついてしまうだけ。
無論、それが必要な事であれば、いくらでも京太郎は悪役になるつもりではある。
しかし、ここで吹っ切らせようとしたところで、小蒔がそれを受け入れられるとは到底、思えないのだ。
だからこそ、京太郎は胸の痛みを隠しながらも、当たり障りのない言葉を口にして。

初美「…ま、実際、最近、寒くなってきましたからね」

初美「たまーにやたらと熱い時がありますけれど」チラッ

巴「…な、何の話かしら?」メソラシ

そんな彼の後を引き継ぐようにして、初美はそっと巴へと視線を流した。
意味ありげな親友のそれに巴は頬が引きつるのを感じる。
そのまま目をそらしてしまうのは、彼女に山程の心当たりがあるからこそ。
京太郎にその心を奪われてしまった時から、巴のスキンシップはその色を変えていっている。


初美「いやぁ…凄かったですねー」

初美「霞ちゃんに一歩及ばなかったからって京太郎君の胸でわんわん泣いちゃって」

巴「そ、その話はしないでって言ったでしょ!?」カァァ

堕ちる前の巴であれば、そんな過激な事は出来なかった。
幾ら努力が実らなかった悲しさに涙を浮かべても、異性の京太郎に抱きついたりはしなかっただろう。
どれだけ大きな衝動に駆られても、それ以上の理性がストップを掛け、彼女を踏みとどまらせていたはずであった。
そんな理性が働かなくなってしまったのは、巴の心がそれを拒否し始めたから。
『霞よりも評価して貰える良い子』であるよりも『京太郎に愛される女』である事に、彼女の無意識は価値を見出し始めている。

春「…ほぅ」

明星「…京太郎さんのスケベ」ジト

京太郎「な、なんでそこでスケベ呼ばわりされるんだ…」

明星「ど、どうせ自分から巴さんを呼んだんでしょう?」

京太郎「う…」

それでも京太郎がそれを拒絶するようならば、踏みとどまる事が出来た。
だが、京太郎はその目尻から今にも涙が零れそうな巴の事を放っておく事が出来なかったのである。
だからこそ、京太郎が彼女の頭を撫でた瞬間、巴の理性は決壊してしまった。
そこが控室であり、周囲には霞や初美がいると分かっていたのに、思いっきり抱きついて泣きじゃくってしまったのである。


京太郎「い、いや、でも、アレは不可抗力って言うか…」

春「…でも、役得だった?」

京太郎「当然だろ」キリリ

京太郎「…ってあ」

そんな京太郎を言い当てる明星の言葉に、彼は宥めるような言葉を口にする。
一体、どうして明星がそれほど不機嫌なのかは分からないが、自身が彼女の逆鱗に触れた事くらいは分かるのだから。
何かを言おうとする度に不機嫌さが増していく明星をまず落ち着かせなければいけない。
そう思った瞬間、ポツリと漏らされた春の言葉に、彼は反射的に応えてしまって。

巴「や、役得だなんて…そ、そんな…恥ずかしいわよ…」カァァ

明星「へー…ほーぅ」

湧「…キョンキョン?」

春「…」

霞「あらあら、大変ね」

京太郎「(あばばばば)」

瞬間、その不機嫌さは明星以外に伝播していく。
湧は拗ねるように唇を尖らせ、春は何かを言いたそうに京太郎の方を見つめていた。
霞はそんな状況を人事のように言っているが、その目はまったく笑っていない。
怒っていると言うほどではなくとも、面白くないと思っているのは確実だった。


春「これは私達も同じように慰めてもらわないとダメ…」

京太郎「な、慰めろって…」

春「京太郎の言葉で傷ついた」

春「だから、謝罪と賠償が必要、オーケー?」

京太郎「マッチポンプってレベルじゃないんだが」

他の少女が言うのであればまだ分かる。
だが、春は京太郎に役得だとそう言わせた張本人なのだ。
そんな彼女から謝罪と賠償を求められるというのはあまり納得がいかない。
マッチポンプにもほどがあると京太郎は抗議の声をあげて。

明星「…責任逃れをするつもりですか?」

湧「…男らしくなか」

霞「京太郎君はそんな無責任な子じゃないわよね?」

京太郎「うぐ」

だが、それが通るはずもない。
彼の回りにいる少女達のほとんどは京太郎とのスキンシップを望んでいるのだから。
それを得られるかもしれないとなれば、一も二もなく春の味方をしてしまう。
結果、孤立無援となった京太郎は一人言葉を詰まらせるしかなかった。


春「と言う訳で、京太郎は後で私達の事もハグするべき」

湧「さんせー!」

明星「わ、私は別にそ、そういうのどうでも良いんですけれど…」

明星「でも、京太郎さんがどうしてもって言うのであれば…う、受けてあげなくもないですよ?」

京太郎「…どうしても、なんて一言も言ってないんだけれど」

霞「でも、役得でしょ?」

京太郎「勿論です」キリリ

無論、霞の言葉が罠であると言う事くらい京太郎にも分かっていた。
ここで肯定の言葉を返してしまえば、なし崩しに賠償をさせられると頭では理解出来ているのである。
しかし、だからと言って、霞の言葉に否を返す事など彼には出来ない。
根っからのおっぱいフェチである彼にとって、回りにいる少女たちは極上と言っても良い相手なのだから。
そんな彼女達を抱きしめられるのであれば、自身の方から土下座しても良いくらいだった。

霞「ふふ。そういうところだけ素直なんだから」クス

霞「外ではもうちょっと我慢しなきゃダメよ?」

霞「『ここ』ではどれだけ素直になっても良いけれど…ね」

京太郎「は、はい…」

そんな京太郎に返ってくる霞の視線は意味ありげなものだった。
まるで彼を『屋敷』に引きとめようとするようなそれに京太郎の背筋はゾクリとする。
それは彼女の言葉にただならぬ感情が込められていたのを感じ取ったからだけではない。
一見、何時も通りのその声はとても艷やかで、寒気混じりの興奮を覚えてしまうものだったのだ。


巴「…うー」

結果、その返事をどもらせてしまう京太郎に巴は面白くなさそうな声を漏らした。
霞との直接対決を終えた今、彼女には以前ほどのコンプレックスはない。
未だライバルではあるつもりだが、霞と自分を比較して暗く沈み込む事はなくなった。
それでもこうして心を揺れ動かしてしまうのは、それ以上に彼女が京太郎に固執してしまっている所為。
例え、その相手が霞ではなく、他の誰かであろうとも、愛しい男の視線を独占されるのは面白くない。

初美「…ほら、京太郎君、巴ちゃんもなんだか寂しそうにしてるですよー?」

初美「これは巴ちゃんにも賠償が必要じゃないですかー?」

京太郎「え?」

巴「は、はっちゃん…!?」カァァ

それを誰よりも早く感じ取ったのはその隣に座る初美であった。
巴の親友であり家族でもある彼女の言葉に、京太郎の視線が移動する。
彼女の表情を確かめようとするそれに巴の頬は一瞬で真っ赤に染まった。
そんな風に反応しては自分の気持ちが丸わかりだと理解していても、その紅潮を隠す事は出来ない。


巴「え、えっと…べ、別に寂しい訳じゃないのよ?」

巴「ただ…わ、私だけ仲間はずれって言うのも寂しいかなって…」

京太郎「(…うあー…)」

だからこそ、巴は内心、腹を括って、言葉を漏らし始める。
極力、自己主張し過ぎないよう気をつけたそれは、その発端になったのが彼女だからこそ。
ここで自分まで京太郎の『賠償』を受ける事になっては、さらなる不公平感を呼びかねない。
そう思った巴が極力、京太郎が断りやすいようにと言葉を選ぶが、それは逆効果だった。

京太郎「(…こんなん断れる訳ないやん)」

京太郎にとって巴は若干、胸が物足りない相手ではある。
だが、その顔立ちが美しく、そして何より気立ての良い女性だと認めているのだ。
その上、巴が一体、どれほど霞に対してコンプレックスを抱えていたかを知っているのだからその要求を断れるはずがない。
出来るだけ自身に配慮しようとした彼女のいじらしい言葉に、京太郎も腹を括って。


京太郎「…分かりましたよ。俺も男です」

京太郎「全員、纏めて面倒見ますとも」

「「「「「……」」」」」キュン

京太郎「…あれ?」

その言葉は彼にとって冗談交じりのものであった。
勿論、ともすればプロポーズにも聞こえそうなそれは嘘ではないが、ツッコミを受けるとそう思っていたのである。
だが、彼の予想に反して、賑やかであった食卓はシィンと静まり返ってしまった。
まるでその瞬間だけ時が止まってしまったかのように全員が固まったのである。

明星「こ、この…この…っ」カァァ

湧「き、キョンキョン…っ♥」ハァハァ

巴「あ、あの…その…」プシュゥ

そんな硬直から全員が解き放たれたのは数秒後の事だった。
だが、その反応はそれぞれの少女によってまったく違う。
明星は京太郎の言葉に怒ろうとしながらも顔が緩み。
湧は今にも唇からよだれを流しそうな蕩けた顔で声をあげ。
巴は顔から湯気が出そうな勢いで顔を真っ赤にしてしまっている。


春「…………ハッ、あまりのショックで意識が…」

そして春の意識は一瞬、トんでしまっていた。
無論、それは京太郎の言葉が嫌だったからなどではない。
寧ろ、彼の幼馴染に負けないほど昔から恋心を育ててきた彼女にとって、それは万感を呼び起こすものだった。
しかし、だからこそ、彼女が目の前のそれを現実だと思えず、深い夢見心地に浸っていたのである。

霞「…もう。皆、狼狽えすぎよ」

霞「面倒を見ると言っても別にプロポーズとかそういうんじゃないんだから」

初美「(そう言いつつデッレデレな霞ちゃんなのであった)」

京太郎の一言で完全に浮き足立ってしまった家族を引き締めるのは、やはり霞の言葉であった。
その胸中に溢れんばかりの嬉しさと愛しさを詰め込みながらも、六女仙の長であり、彼女達の『姉』として振舞っている。
だが、それは何時もの彼女に比べれば、幾分、隙の多いものだった。
その顔は明星ほどではなくとも緩み、声音には嬉しさが隠しきれていない。
ここが人前でなければ、今すぐ京太郎に抱きついてしまいそうなほど全身で喜びをアピールしている。


霞「…まぁ、でも、後でそんな事言った覚えはないって言われるかもしれないしね」

霞「念のため、携帯で録音しておきましょう」イソイソ

京太郎「ちょ、そ、そんな事しませんよ!?」

霞「えぇ。私も京太郎君の事は信じてるわ」

霞「だから、これはあくまでも念のためよ」

霞「それ以外にはまったく何の意図もないから安心してね」ニコ

初美「(…あ、これ思ったよりもダメな奴ですよー)」

他の少女に比べれば、一見、普通と言っても良い霞。
だが、そんな彼女も京太郎の言葉に少なからず動揺し、そして理性を失っていた。
普段の霞であれば、そのように強硬な手段に訴えたりはしない。
もっと分かりやすく共感できる理由をでっちあげ、京太郎の声を録音していたはずだ。
だが、今の霞にはその理由を考え出せるだけの余裕が無い。
胸の中で膨れ上がりすぎた嬉しさが、彼女から思考能力を奪い、ただただ欲求だけを先走りさせている。


初美「…ついでですし、後で念書でも書かせれば良いんじゃないですかね?」

霞「そうね。それも良いかもしれないわ」

巴「じゃ、じゃあ、私、朝食を食べ終わったら念書の作成に入りますね」

明星「ついでですから全員分のコピーをとっておきましょう」

春「…音声データも全員でバックアップをとっておけば大丈夫なはず」

京太郎「どうしてそこまでガチなんだよ…」

いっそ必死と言っても良い彼女達に、京太郎は困惑混じりの声を漏らしてしまう。
彼女達を『家族』であると心から思い込んでいる彼は、彼女達の想いにまったく気づいてはいないのだから。
こうして必死になっているのが、自身が漏らしてしまった迂闊な言葉を永久保存する為だと分かるはずもない。
結果、悪乗りと言うにはあまりにも本気過ぎるその姿に、京太郎はついていく事が出来なくて。

初美「あ、ちなみに私はノーセンキューですからね」

京太郎「言われずとも初美さんには何もしませんよ」

京太郎「つーか、俺の方が償って欲しいくらいですし」

初美「とか言ってー、本当は私に構ってもらえて嬉しいんでしょー?」

京太郎「そのバストサイズを6上げてから出なおせよ、初美」

そんな京太郎の精神をフラットに戻したのは初美の一言だった。
日頃から憎まれ口を叩き合っている彼女のそれに頭で考えるよりも先に言葉を返してしまう。
半ば条件反射のようなそれは困惑を覚えていた京太郎の心を落ち着かせていく。
それに内心で感謝を感じながらも、彼は鼻で笑うような声を放った。


初美「(…うんうん。もう大体、何時も通りですね)」

徹底的に容赦のない京太郎の言葉に、初美が覚えたのは怒りではなかった。
そもそもこうして彼に胸の事で蔑まれるのはこれが初めてではないのだから。
出会った頃から積み重ねてきた関係は、彼女に嘲笑混じりの言葉を何時もの事だと受け入れさせる。
そんな初美が覚えたのは、胸中から湧き上がるような強い安堵だった。

初美「(ちょっと前はまだギクシャクしてましたけど…でも、もう吹っ切れたようで何よりなのですよー)」

つい数日前まで二人の関係は、決して普段通りとは言えないものだった。
勿論、その表面上は憎まれ口を叩き合っているが、彼の中には遠慮が存在したのである。
その発育不良によってろくに婚約者さえ見つからなかった初美の現状を知り、何時も通りに弄り続けられるほど京太郎は無神経ではない。
普段であれば、彼女の貧胸を蔑むような言葉が出てきた場面で、言葉に詰まったり、気まずそうにしていたのである。


初美「(考えすぎ…とは何度も言ってたんですけどね)」

無論、初美も自身の発育不良に関して思うところは山ほどある。
こんな体型でさえなければ、あんなロリコンと結婚させられる事はなかったのに。
そう夜中に一人考えこんだ回数は数えきれない。
だが、彼女はもうそれに思い悩んでいた時期を乗り越えたのだ。
霞を始め『家族』の助けもあって、それを受け入れる事に成功したのである。

初美「(だから、ぶっちゃけ貧乳ネタで弄られても対して気にしませんし)」

初美「(寧ろ、話の潤滑油になって有り難いとそう思ってるくらいなのですよー)」

勿論、それは幾度となく京太郎に伝えていた。
しかし、そうと知ってすぐに態度を元通りにするには、彼女の背負っているものは重すぎる。
結果、京太郎の中から気まずさが薄れるには少なくない時間が必要だった。


初美「ふふーん。良いのですか、京太郎君」

京太郎「何がです?」

初美「私がバストサイズを6もあげちゃうとロリ巨乳なのですよー。ロリきょぬー!」

初美「そんな私になってしまったら…それこそ美しすぎて世界中から虜になった男性が殺到しちゃうですよー」

京太郎「あ、なるほど。初美さんはまだ眠ってるんですね」

京太郎「起きながら夢を見れるなんてなんて器用な人なんだー」ボウヨミ

初美「ふふ…現実を直視出来ないなんて京太郎君は可哀想なのですよー」

京太郎「現実を直視出来てないのはそっちだろ、貧乳」

それに初美は決して小さくはない寂しさと悲しさ、そして申し訳無さを覚えていたのだ。
それが晴れるようなやり取りを、彼女は今、心から楽しんでいる。
だからこそ、初美は溢れんばかりの笑みで、普段以上に憎まれ口を叩いて。

明星「(…ズルイです、さっきまでこっちが話してたのに…)」

霞「(…意外と初美ちゃんも強敵よね)」

巴「(憧れるってほどじゃないけど…気の置けないやりとりが良いなぁって思う事も…)」

春「(…………やっぱり時代はツンデレ?)」

湧「(さ、さっきの熱がまだ引かんで…わっぜかムラムラする…ぅ♪)」モジモジ



―― 彼に恋い焦がれる少女たちに羨望混じりの眼差しを向けられていた事に彼女はまったく気づいてはいなかった。



………


……




ワイワイジャンジャンヤンヤヤンヤ

京太郎「(…随分と騒がしいなぁ)」フゥ

襖の向こうから聞こえてくる騒がしさに、京太郎は一つため息を吐いた。
今、彼がいるのは自室であり、宴会場となっている場所とは遠く離れている。
だが、京太郎達のいる屋敷は古く、防音設備などまったくと言って良いほど存在しないのだ。
酒が入り、テンションの上がった騒がしさは、ハッキリと耳に届いている。

京太郎「(…ホント…うっせぇ…)」

京太郎は決してそういった騒がしさは嫌いではない。
彼は比較的騒ぐのが好きな方ではあるし、また場の空気にも簡単に馴染む事が出来る。
それでもその騒がしさを煩わしいと感じてしまうのは、それが彼にとって仇敵達の声だからこそ。
自分の『家』である屋敷に乗り込んできた神代の面々に、喜ばしいと思えるはずなかった。


京太郎「(…無理にでも屋敷を出ればよかった)」フゥ

京太郎の胸中でそんな言葉が思い浮かぶものの、それはどうしようもない事だった。
そもそもこの宴会 ―― 『祭り』は決して今日だけのものではないのだから。
数日に渡って続けられるそれから逃げようとすれば、外泊するしかなくなる。
だが、夏の家出から京太郎に対する監視や制限は一気に厳しくなっているのだ。
如何ともし難い理由があっても外泊など認められるはずがない。

京太郎「(しかも…超暇だし)」

神代家の『祭り』は、主に六女仙が主導して行われる。
宴会の幹事やタイムスケジュール管理、配膳や料理の準備などなど。
その他、数えきれないほどの仕事に小蒔達は動き続けていた。
無論、京太郎もそんな彼女達を手伝わせて欲しいと提案したのだが ――


京太郎「(…やめたほうが良いってそう言われたんだよなぁ)」

須賀家の一人息子である彼は神代家にとって大きな意味を持つ存在だ。
自然、何処で働いていても、京太郎は周囲の注目を集めてしまう。
ましてや、今日、この屋敷で働いているのは、彼女達だけではないのだ。
その血筋にも重大な意味を持つ京太郎に対して不埒な真似を働く者が出てこないとは限らない。
それを防ぐ意味でも、彼女たちは京太郎の提案を受ける訳にはいかなかった。

京太郎「(代わりに適当に楽しんでくれれば良いって霞さん辺りは言ってくれていたけれど…)」

以前、小蒔が言っていた通り、この近くには出店も出ている。
有志が出資して作ったそこならば、京太郎も楽しめるだろう。
そんな霞の言葉に、しかし、彼は甘える気にはなれなかった。
無論、出店の番をしているのは、神代家とは比較的縁遠い分家だと聞いているが ―ー


京太郎「(…それでも無関係じゃないだろ)」

京太郎「(そんな風に思ってしまう辺り…きっと俺は狭量な人間なんだろうなぁ)」フゥ

京太郎は神代に関係する者は全て敵だと思っている訳ではない。
事実、共に暮らす彼女達の事を、彼は心から『家族』であるとそう思っている。
だが、それは京太郎が一番、辛く、苦しい時期から共に過ごしてきたからこそ。
まったく面識のない『神代』を前にして、先入観を捨てきる事は出来ない。

京太郎「あー…くそ…」ゴロン

その上、こうしている今も神代家の賑やかな声が聞こえてきているのだ。
自分を絶望へと引きずり込んだ連中が、楽しそうに談笑しているのである。
それに対して好意的になれるほど京太郎は聖人ではない。
その楽しさ全てをぶち壊してやりたいとそんな言葉さえ浮かんできていた。


京太郎「(…でも、それはしちゃいけない事だよな)」

京太郎「(皆、この祭りを成功させる為に今日まで頑張って来た訳だし…)」

京太郎「(何より…)」

神代家頭首が、今日、ここにやってきている。
その事実は自暴自棄になりそうな京太郎の心を強く引き止めるものだった。
無論、神代家における最高権力者の存在は、彼に怒りを強く感じさせる。
自身を呼び寄せ、両親の仲を引き裂いたのがその男だと思えば、一発殴ってやりたい気分だった。

京太郎「(それでも…相手は小蒔さんの父親なんだ)」

父親。
それは小蒔にとって、一度、自分を見捨てたはずの相手であった。
だが、それでも彼女は期待を捨てきる事が出来ない。
もしかしたら、今回こそは『家族』としての会話が出来るのではないだろうか。
そんな期待を浮かべ、朝からソワソワしていた小蒔の姿を、彼はずっと見てきたのである。


京太郎「(…そんな小蒔さんを見て、殴る事なんて出来ないよなぁ)」ハァ

父親と京太郎。
そのどちらも小蒔にとって、とても大事で見捨てられないものなのだ。
そんな二人がいがみ合うような事態になれば、確実に小蒔は気に病んでしまう。
いや、下手をすれば、泣かせてしまう事だってあり得るかもしれない。
そう思う京太郎には、胸中に浮かぶ悶々とした感覚を晴らす事は出来ず、また一つため息を吐いた。

京太郎「(…やっぱダメだな)」

京太郎「(このままずっと部屋でごろ寝なんてしてたらそれこそ気が狂っちゃいそうだ)」

京太郎「(今なら稽古場の方も開いているだろうし…)」ヨイショ

既に本日のメインイベントである奉納舞は終わっている。
何時もとは比べ物にならないほど綺麗に飾り付けられた稽古場も、既に片付けられているだろう。
『祭り』の関心は既に宴会に映っているだろうし、今、稽古場に向かっても誰かに会う可能性は低い。
そう判断した京太郎は胸中のモヤモヤを晴らす為に身体を起き上がらせて。


京太郎「(少しは身体も動かせばこのモヤモヤも晴れるだろ)」

京太郎「(それに疲れれば、早めに眠る事も出来るしな)」

京太郎「(一石二鳥と言っても良いくらいなんだからやらない理由はない…っと)」ススス

胸中でそんな言葉を浮かばせながら、京太郎は自室の襖を開いた。
瞬間、部屋とは違う寒さが肌に触れるが、彼はそれをまったく気にしてはいない。
その寒さはもう京太郎にとって慣れたものなのだから。
そして何より… ――

京太郎「(…問題は構造的に宴会場の近くを通らなきゃいけないって事なんだよな)」

彼にとって一番大きな問題は寒さではなく、屋敷の構造だった。
正直、彼としては宴会場の近くなど極力、通りたくはない。
だが、屋敷の構造がそれ以外のルートを許さないのだ。
その憂鬱さと近づく喧騒に京太郎の足は鈍りそうになる。


京太郎「(ま、でも、所詮、通るのは近くだし)」

京太郎「(さっと通り過ぎれば誰かと鉢合わせ、なんて事はないだろ)」

今にも自室に戻りそうな身体に京太郎はそう言い聞かせる。
それは部屋にいても、悶々とした気持ちをまったく解決出来ないからだ。
出来れば、宴会場の近くなど通りたくはないが、しかし、今の自分は進むしかない。
自分を見失ったりしない為にはそれが一番なのだと彼は鈍りそうに鳴る足を早めた。

京太郎「(…うっし、クリア)」

極力、誰にも出会いたくはない。
そう祈りながら足を進めた京太郎は数分後、無事に最も危険なエリアを抜ける。
宴会場からトイレへと向かう途中にあるその廊下を超えてしまえば、後はもう消化試合。
何事もなく稽古場へと行けるはずだと京太郎は安堵に肩を落とした。


京太郎「(まぁ、楽勝っすよ、楽勝)」

京太郎「(正直、ちょっとフラグかな、と自分でも思ったけれど)」

京太郎「(これはゲームや漫画じゃなくて現実だからな)」

京太郎「(フラグとかまったく意味ねぇから)」

数秒後、その安堵は嬉しさへと変わっていく。
神代家に並々ならぬ感情を抱く彼にとって、そこは自身の運命を分けかねない場所だったのだから。
それを乗り越えたという事実に、京太郎の心は調子に乗り始める。
元々、どちらかと言えばお調子者である彼はそのままスキップでもしそうな軽い足取りで角を曲がって。

京太郎「(さぁて、後は玄関の前で曲がれば稽古場まではもうすぐ…」

小蒔「あ、あのっ!」

京太郎「…え?」

瞬間、後ろから聞こえてきた声に足を止めてしまう。
勿論、それは自身の後方から聞こえてきたその声が意外だったからではない。
『祭り』の主な進行を担当しているのは六女仙だが、小蒔もまたその手伝いをしているのだから。
料理や酒を運ぶ仕事をする為に宴会場から出てくる事くらいは予想していた。


小蒔「お、お父様とお母様…もう帰られるんですか?」

それでも京太郎が足を止めたのは、その声がとても複雑な色を見せていたからだ。
悲しそうでもあり、寂しそうでもあるそれは、決して小蒔には似合わない。
しかし、そう思いながらも、京太郎は彼女の元へと向かう訳にはいかなかった。
そうして小蒔が話しかけているのは彼女の両親 ―― 神代家の頭首達なのだから。
自身が誰よりも怒りを向ける相手とここで遭遇したくはない。

京太郎「(何より…小蒔さんにとってこれは家族との語らいなんだ)」

巴と同じく ―― いや、下手をすればそれ以上に破綻してしまっている家族関係。
だが、それでも小蒔は彼らの事を、実の親だと強く思っている。
そんな相手との短い語らいの時間を邪魔してやりたくはない。
だからこそ、京太郎は一度止まった足をゆっくりと動かし、彼らの邪魔にならないようにと物陰に隠れて。


「あぁ」

小蒔「そ、そうですか。や、やっぱり…お仕事お忙しいんですね」

「そうですね」

京太郎「……」

聞こえてきた声は男女のものだった。
だが、その2つは共に硬く、まったく抑揚がない。
まるで小蒔との会話を拒むようなそれに京太郎の胸がズキリと痛む。
何処か迷惑そうにも聞こえるその声に、純真な小蒔が一体、どれほど傷ついているか。
彼女達との共同生活の長い彼にとってはそれが容易く想像出来るのだから。

小蒔「た、鯛のアラ炊きどうでしたか?」

小蒔「アレは私が作ったんですけれど…」

「そうか」

しかし、それでも小蒔は諦めない。
その声に悲しそうな色を浮かばせながらも、ポツリポツリと声を掛ける。
宴会場から玄関までの短い距離ではあるけれど、もう少しだけ話を続けていたい。
そんな小蒔の声に返ってくるのは相変わらずの硬い声。
娘の努力をまったく意にも介さないように、碌に会話をしようとしない。


小蒔「き、今日はどうでしたか?」

小蒔「私、去年よりも奉納舞を上手く踊れていましたか…?」

「さぁ」

小蒔「そ…うですか…」

京太郎「…っ」ギリ

まるで小蒔を突き放すようなその言葉が、京太郎の前を通り過ぎていく。
瞬間、隠れていた彼が歯を噛みしめるのは、小蒔の悲しそうな顔が目に入ったからだ。
今にも泣きそうなその表情を前に、彼の胸は強い衝動を覚えている。
小蒔をこんなにも悲しませている『神代』の前へと飛び出して、思いっきり罵詈雑言を投げかけてやりたい。
もう喉元まで出かかったそれを堪える為には強い自制心が必要だった。

小蒔「で、では、来年はもっと上手くなってみせますね」

小蒔「私、お父様とお母様の娘に相応しいように…」

「小蒔」

小蒔「は、はいっ」パァ

京太郎「(…小蒔さん)」

そんな京太郎の前で小蒔は顔を明るく染める。
それは父親から呼びかけられるその声が、数年ぶりのものだったからだ。
久しぶりと言うその言葉でも物足りないその声に、彼女の中で期待が高まる。
もしかしたらこれをキッカケに仲直りが出来るかもしれない。
そんな言葉が透けて見えるような小蒔の表情に、しかし、京太郎は胸の痛みを強くした。


「見送りはここまでで良い」

小蒔「…え?」

「貴女は神代の巫女…いわば、今日の主役なのですよ」

「それなのに長々と会場を空ける訳にはいかないだろう。早く戻れ」

小蒔「あ…ぅ…」

それは勿論、小蒔の望みが叶わない事が分かっているからだ。
ここまで彼女の事を拒絶し続ける彼らに小蒔の期待に応えるつもりなどあろうはずもない。
いっそ覆して欲しいと言っても良いその予想は、決して裏切られる事はなかった。
見送りの最中にあるほんの僅かな時間でさえ、許そうとはしないその言葉に小蒔が悲しそうに声を詰まらせる。

小蒔「…ごめん…なさい。私…」

小蒔「た、ただ…お父様達ともっとお話がしたくて…」

「迷惑だ」

「必要ありません」

小蒔「っ」

それは京太郎にとって胸の奥を打つほど辛い姿だった。
今すぐにでも彼女の元へと駆け出し、慰めたいとそう思うほどに。
しかし、小蒔の両親にとってはそうではない。
涙ぐんだ声でポツリポツリと漏らすその声にも、ただ拒絶しか返さなかった。


小蒔「……申し訳…ありません…」

小蒔「私…あの、また…お父様とお母様の迷惑になってしまって…」

小蒔「分かっているはずなのに…どうしても…私…」

「言い訳は良い」

「早く戻りなさい」

京太郎「…………おい、待てよ」

小蒔「…え?」

―― その瞬間まで京太郎はダメだと自分をそう抑えようとしていた。

これは小蒔の問題であり、自分がどうこう出来るものではない。
ここで自分が顔を出したところで話がややこしくなってしまうだけなのは目に見えていた。
だが、しかし、それでも京太郎は ―― 大事な『家族』を傷つけられた彼は止まれない。
その顔に激情を浮かべながら、物陰から飛び出してしまう。

「お前は…」

京太郎「須賀京太郎だ。そう言えば分かるだろ」

勿論、普段の京太郎であれば、そのような横柄な態度をとったりしない。
見た目は軽いものの、両親から躾をしっかりされてきているのだから。
初対面の、しかも、目上の相手を前に、敬語を使わなかった事など今までなかった。
だが、今の彼は怒りに我を忘れ、敬語を使う余裕すら失っている。


「貴方が…」

「…………それで何の用だ?」

京太郎「何の用だ…だって…?」

そんな京太郎に見せた反応は二者それぞれだった。
小蒔の身長を伸ばし、顔に落ち着きを加えた母親は動揺を浮かべ。
まるで巌のような大きい身体に口ひげを生やした父親は母親を庇うようにして前に立つ。
紛れも無く彼女の事を大事に思っているその仕草に、京太郎は頭へと血が集まっていくのを感じた。

京太郎「んなの決まってるだろうが!」

京太郎「さっきから見てりゃ…なんだお前ら!」

京太郎「小蒔さんが一生懸命、話しかけてるのに、碌な返事もしないで!」

「…………」

まるで滾るような血の熱を、京太郎はそのまま声にして二人へとぶつける。
瞬間、男が見せたのはまるで拍子抜けたような表情だった。
京太郎の言葉がまるで予想の斜め上を行っていたようなそれは、厳しさがオーラとなって漂う見た目にそぐわない。
いっそ、間が抜けているようにも見えるその姿に、しかし、京太郎の激情は収まるはずがなかった。
今まで彼が溜め込んだフラストレーションはそんなもので晴れるほど小さなものではない。


「…………お前には関係のない事だろう」

「そもそもこれは家族の問題だ。部外者が口出ししないで貰おうか」

京太郎「はは、家族の問題だ?」

京太郎「じゃあ、こっちもハッキリ言わせてもらうけどな!」

京太郎「先に人の家庭に手ぇ出したのはどっちなんだよ!!」

「…それは」

京太郎の言葉に母親の顔が歪む。
それは彼の家庭を壊してしまったのが自分たちであるという自覚があるからだ。
その人生を丸ごと全てぶち壊した彼女達にとって、その言葉は胸に突き刺さるほど鋭く、そして冷たい。
怒りと敵意の混じった京太郎の声に思わず声が詰まってしまうほどに。

京太郎「そっちだろうが!」

京太郎「俺を親父と母さんから引き離したそっちが先だろう!!」

「……確かにそれは道理かもしれんな」

「だが、それで、どうするつもりだ?」

「私たちに説教をすればそれで満足なのか?」

そんな母親とは裏腹に、父親の方は怯む気配を見せなかった。
京太郎の言葉に筋が通っている事を認めながらも、その硬さをまるで緩めようとはしない。
それは勿論、何を言われようと彼が自身を改めるつもりがないからこそ。
母親とは違い、彼は悪人であり、薄汚れている事を自覚しているのだ。
決して許される事のない罪から逃れるつもりのない彼にとって、どんな言葉でも動揺は誘う事は出来ない ――


京太郎「…ぶっちゃけ、まったく考えてねぇよ!!」

京太郎「勢いだけで出てきたんだ!文句あるか!!」

「…は?」

―― はずだった。

そんな彼の予想を上回ったのは、京太郎の行き当たりばったり感であった。
本来、京太郎はこのままずっと物陰に隠れ、後で小蒔のフォローをするつもりだったのだから。
飛び出して、怒りの言葉を投げかけたいと思っていても、それが現実になった時の事など考えてはいない。
それはこうして飛び出しても尚、変わらず、まったくのノープランなままだった。

京太郎「…でもな、俺は知ってる」

京太郎「小蒔さんがどれだけ頑張り屋で良い子なのか」

京太郎「今日の事をどれだけ楽しみにしていたのか」

小蒔「…京太郎…君」

それでも京太郎から言葉が途切れる事はない。
その声音を若干、落ち着かせた、ゆっくりなものにしながら、一つ一つ噛みしめるように言葉を口にする。
それに小蒔が震える声を漏らすのは、その中に込められた想いがとても大きいからこそ。
神代家にあれほど酷い仕打ちをされた京太郎は、今、他の誰でもなく、自分の為に怒ってくれている。
それが伝わってくるその声に、彼女は今にも涙を漏らしてしまいそうだった。


京太郎「なのに、お前ら…本当にそれで良いのかよ」

京太郎「こんなに優しくて、お前らの事思ってる小蒔さんに…そんな態度を取って良いのかよ」

京太郎「それで本当にまったく良心が傷まないって言えるのかよ」

「……」

静かに問い詰めるような京太郎の言葉に父親も、そして母親も何も返す事が出来ない。
無論、頭の中ではそうした方が良い、そうしなければいけないと分かっている。
しかし、その言葉が ―― その嘘がどうしても口から出てこない。
まるで京太郎の雰囲気に飲み込まれてしまったかのように彼らは沈黙を護っていた。

京太郎「…俺はそんな事はないと思う」

京太郎「勿論、さっきまでは俺もそう思ってた」

京太郎「なんて酷い奴らなんだろうって、このまま飛び出して一発殴ってやろうってそう思ってた」

京太郎「でもさ…アンタ、庇っただろ」

京太郎「反射的にか意識的にかは知らないけど、自分の伴侶の事、庇ったんだ」

瞬間、京太郎が思い出すのは自身が飛び出した瞬間の事。
あの時、父親は母親の事を庇うようにして、その身体を動かした。
京太郎の名を知り、その目的が復讐ではないかと思いながらも、その背に伴侶を隠したのである。
その立ち位置が今も変わっていないのは、きっと二人の間に確かな絆があるからこそ。
それが愛と呼べるものかどうかは彼には分からないが、少なくとも嫌い合っている訳ではない事は理解出来る。


京太郎「…アンタ達にだって情はある」

京太郎「少なくとも…俺から奥さんの事を守ろうとするくらいには」

京太郎「だったら…それを小蒔さんに向けてやれるはずだろ」

京太郎「そんなに想ってる人との娘なら愛してやれるはずだろうが」

勿論、彼は巴に語った持論を翻したつもりはない。
京太郎にとって親子関係とは積み重ねであり、絶対不変のものではないのだ。
だが、それは決して破綻の方向にばかり働くものではない。
双方に思い合う気持ちがあれば、それを修復出来ると言う事も意味する。

京太郎「俺はアンタらの事は良く知らない」

京太郎「正直、知りたくもない」

京太郎「…でも、そうやってアンタらがギクシャクしてる理由はなんとなく想像がつく」

京太郎「七年も離れてた娘にどう接して良いか分からないんだろうって事くらいはさ」

「……」

京太郎の言葉に二人は否定も肯定もしない。
ただ、気まずそうに沈黙を護るその姿は、彼にとって何よりも雄弁な肯定だ。
本当に自身の予想が的外れのものであれば、間違いなく父親の方が反論するだろうから。
それが全てであるかどうかまでは分からないが、少なくとも否定出来ないほどに事実であろう。


京太郎「だけどさ、別に遅くないんだよ」

京太郎「親子なんてその気になれば何時でも始められるんだ」

京太郎「一足飛びに何もかもを解決する事なんて出来ないけれど」

京太郎「ちゃんと一歩ずつ進んでいけば、離れていた時期なんて関係ない」

京太郎「お互いがお互いを大事に思っていれば、きっと親子に戻れるんだ」

だからこそ、京太郎は言葉を続ける。
頑なと言っても良かった相手にようやく綻びと言えるものが見えてきたのだから。
ここで手を休めれば、相手に冷静になってしまう時間を与える事になる。
そうして再び頑なな態度を取られてしまえば、もう自分にはどうする事も出来ない。
こうして物陰から出てきたのも小蒔の傷を広げただけになってしまう。

京太郎「…で、アンタ達はどうなんだよ」

京太郎「小蒔さんは、本当にアンタ達の事を慕ってる」

京太郎「こんなに冷たくされてもまだ諦めきれないくらいに…」

京太郎「親子に戻りたいってそう思ってるんだぞ」

「…それは」

静かに問う京太郎の言葉に、母親がゆっくりと口を開いた。
今までずっと沈黙を守ってきた彼女の反射的なその仕草は、しかし、途中で止まってしまう。
未だその厳しい表情を崩していない父親とは違い、彼女の顔には迷いの色が浮かんでいた。
不器用なれどひたすらに重ね続けられた京太郎の言葉に、彼女の心は揺れ動いている。


京太郎「(…なら、攻めるのはこっちの方からだ)」

京太郎「言えるのか?」

京太郎「小蒔さんの顔を見て」

京太郎「お前なんてどうでも良いって」

京太郎「神代の巫女としての価値以外は見出してないって」

京太郎「ハッキリそう言えるのかよ」

「っ!」

母親の方が与し易く、切り崩しやすい。
そう判断した京太郎は問い詰めるようにして言葉を繋げる。
それは今まで彼女達が小蒔の顔を真正面から見据えた事が一度もなかったからだ。
だからこそ、顔を見ろと告げる京太郎に、彼女の迷いが大きくなる。
その視線を京太郎にさえ向けられないほどの躊躇いに、京太郎は陥落が間近である事を悟った。

「…お前は何がしたいんだ」

京太郎「質問してるのはこっちだぞ?」

だからこそ、さらに追い込もうとする京太郎の前に、父親の方が口を開く。
今までずっと黙っていた彼の言葉は、京太郎の意図を尋ねるものだった。
無論、京太郎としてはそのような質問に答える時間はない。
彼の方はさておき、母親の方はもうすぐその本心を吐露するところまで来ているのだから。
ここで下手に話題を曲げられて、考えなおす時間を与えたくはなかった。


「なら、先にこちらの質問に答えろ」

「そうすれば…私もしっかり応えてやる」

京太郎「(…そう来るか)」

父親から齎された提案は、京太郎にとって決して不利益なだけではない。
切り崩され始めた母親の方はさておき、彼の方は未だその気配すら見えないのだから。
追い詰めているのは確かだが、まだまだその本心までは遠い。
それを感じ取る京太郎にとって、その条件は渡りに船と言って良いものだった。

「アナタ…」

京太郎「(……母親の方はまだいくらか動揺が残ってる)」

京太郎「(少なくとも…今すぐ冷静になるってほどではないはずだ)」

京太郎「(だったら…俺がここでやるべきは…)」

瞬間、母親から漏れる言葉は、とても複雑なものだった。
父親の提案に驚いたような、助かったような、困惑しているような声音だったのだから。
長年、連れ添っているであろう伴侶の言葉に揺れ動くその様からは、未だ冷静さは見て取れない。
少なくとも、自身が質問に応える間に彼女が冷静にはならないだろう。


「お前にとって神代とは恨んでも恨みきれない敵であるはずだ」

「お前の心境からすれば、今ここで私に殴りかかって当然だろう」

「なのに、どうしてこんな事をする?」

「私達の関係を取り持とうとしているんだ?」

京太郎「……そんなの決まってるだろうが」

そう判断した京太郎は父親からの言葉を決して遮らなかった。
今、ここで相対すべきは母親ではなく父親の方。
今、やるべきは彼に誠実な答えを返し、その本心を引き出す事だ。
そう思いながらも、京太郎の言葉は一拍、遅れてしまう。
それは彼の思う『誠実な答え』がどうしても痛みを伴うものだったからだ。

京太郎「俺は確かにアンタらに家族を壊された」

京太郎「いや、家族だけじゃない」

京太郎「大事な何かを根こそぎ奪われた」

京太郎「…あぁ、そうだ。はっきり言ってやるよ」

京太郎「俺は…お前達の事を滅茶苦茶にしてやりたい」

京太郎「その顔の原型が分からなくなるまで殴り続けてやりたいくらいだ」グッ

京太郎から漏れる声は決して激しいものではなかった。
少なくとも、むせ返るような暑さの中、小蒔にぶつけられた声とは比べ物にならないほどに。
しかし、それはその中に込められた激情が小さい事を意味しない。
家族として慕ってきた小蒔とは違い、目の前の相手は京太郎にとって紛れも無い敵なのだから。
その怒りと敵意をぶつけてもまったく良心が傷まない相手に、理性など働くはずもなかった。


小蒔「(…やっぱり、そうなんですね)」

小蒔「(京太郎君…全然、私達の事を許せていなくて…)」

小蒔「(押さえ込んでいるだけで…今もずっと怒って憎んで…)」

小蒔「(ずっとずっと…苦しみ続けてきているんですね…)」

そして、それは誰よりも小蒔の胸を揺さぶるものだった。
あの日からずっと小蒔は京太郎へと償う為に行動してきたのだから。
その悲しみと辛さが少しでも和らぐようにと誠心誠意尽くしてきたのである。
だが、それでも京太郎はまだこれほどの怒りと敵意をその胸中に押し込めていた。
自身にそれをぶつけた時がまだ優しく思えるほどの激情に、握りしめた手が震えている。

京太郎「……でもな、だからこそ分かるんだよ」

京太郎「奪われたからこそ…もうバラバラだからこそ…」

京太郎「家族ってモンがどれだけ大きくて、そして有り難かったか」

京太郎「俺がどれだけそれに甘えて救われていたかを…今になってようやく分かったんだ」

無論、京太郎とて最初から家族に対する有り難みと言うものを自覚していた訳ではない。
その生まれや運命からは場違いなほど、彼は普通に育てられたのだから。
親に対する敬意を感じる事はあれど、それは有り難みに繋がるほどではない。
精々、母の日や父の日に贈り物をする程度の一般的なものだった。


京太郎「…だが、俺はそれに感謝をする事すら出来ない」

京太郎「親父にも母さんにも…ありがとうの一言すら伝える事が出来ない」

しかし、京太郎はそれをまるごと全て失ってしまった。
いや、ただ失っただけではなく、両親の離婚と言う最悪の結末まで引き起こしてしまったのである。
それに何かをしようにも今の彼には何も出来ない。
奪われてから始めて、どれだけ大きかったかを知った相手に、感謝の言葉すら伝える事が出来ないのだ。

京太郎「だから……だから、せめて」

京太郎「せめて…大事な人達には…俺の事を家族だってそう言ってくれる人達には…」

京太郎「そんな風にならないで欲しいんだ」

京太郎「家族って言う掛け替えのないものと散り散りになったりしないように」

京太郎「ちゃんと想いを繋げて…ありがとうって言えるように」

京太郎「もうそれを失ってしまった俺の分まで…小蒔さんには幸せになって欲しい」

小蒔「…ぅ」ジワ

そして、京太郎はそんな痛みを小蒔達に味わわせたくはない。
京太郎にとって小蒔達は仇敵の娘ではなく、新しく出来た掛け替えのない家族なのだから。
家族に対して何も出来ない行き場のない気持ちは、今、彼女達へと向かっている。
まるで代替行為のようなそれは小蒔の目尻に涙を浮かばせた。


小蒔「(…京太郎…君…)」

例え、それが代替行為であったとしても、その優しさの価値は変わらない。
少なくとも、小蒔にとって、その言葉は胸が震えるほど有り難く、そして辛いものだった。
自身の失ったものの分まで幸せになって欲しいとそう告げる彼に対して、自分はあまりにも無力なのだから。
その怒りのはけ口にもなれないと自身を評価する彼女にとって、それは胸が押し潰されるほどの優しさだ。

京太郎「…小蒔さん」

小蒔「う…うぇえ…京太郎…君…っ」ダキッ

それに負けるようにして小蒔は京太郎の胸へと飛び込んでしまう。
その声を涙に震わせる身体を、京太郎は優しく抱きとめた。
出来れば、その涙を彼女の両親に拭いて欲しかったが、こうして彼女が自身を求めてくれるならば是非もない。
その柔らかくも魅力的な身体を抱きしめ、慰めるようにしてその背中を撫でる。


京太郎「…ま、長々と言ったけど、これが俺の理由だ」

京太郎「お前らへの憎しみよりも、小蒔さんの方がずっとずっと大事だって言う…」

京太郎「ただ、それだけの単純な話だよ」

小蒔「…っ」キュン

そのまま結論付ける京太郎の言葉に、小蒔の胸は今までにない反応を示した。
無論、その言葉はこれまでも何度か耳にしている。
自己嫌悪に沈む自身に京太郎は優しく良い聞かせてくれたそれを忘れた訳ではなかった。
しかし、その時の彼女は甘く疼くような反応を覚えた事はなく、ただ、それを噛み砕くのに必死だったのである。

京太郎「だから…アンタらが小蒔さんの事を傷つけるだけならば、容赦しない」

京太郎「俺は躊躇なくアンタ達の敵になるし…」

京太郎「小蒔さんの側にも絶対に近寄らせたりしない」

小蒔「あ…ぅぁ…」カァァ

なのに、今の彼女はそれが嘘のように動揺し、身体が反応してしまう。
自身を抱きしめながら京太郎が放つ強い言葉に顔が赤くなり、か細い声が漏れてしまった。
だが、そんな自分が彼女は決して嫌ではない。
京太郎の言葉ひとつひとつに信じられないほど翻弄されているのに、その胸には震えるほどの歓喜が詰まっていた


「…何も持たない小僧がナイト気取りか」

京太郎「滑稽だって笑うかよ」

京太郎「でもな、それはそれだけ小蒔さんが魅力的だって事でもあるんだよ」

京太郎「何も持たない俺でも守ってあげたいってそう思うくらいに、この子は良い子なんだ」

小蒔「…っ」ギュゥ

それは京太郎の言葉によってドンドンと強くなっていく。
無力な自分を過剰なほど持ち上げるようなそれに、謙遜の言葉すら出てこなかった。
ただただ、強まる一方の感情に、小蒔は自身の身体を制御出来なくなっていく。
力強くも優しいその言葉に、小蒔の腕はさらなる力を込め、京太郎の胸板に顔を埋めた。

「…………なぁ」

「どうしました?」

「……少々、疲れた」

「お気持ちは分かります」

京太郎「???」

それは最早、『家族』としてのそれではなかった。
その胸に顔を埋める小蒔の顔には幸福感すら滲み出ていたのだから。
さっきまで泣いていたのが嘘のようなその表情に、二人はそっと肩を落とす。
ここまで色々と言われたが、結局、惚気けられている気しかしなかった。


京太郎「つーか、それよりそっちの返事はまだなのかよ」

京太郎「それによって俺は今からお前を殴るか殴らないかを決めなきゃいけないんだが」

「…話には聞いていたが、お前は本当に鈍いんだな」

「先手を打っておいて正解でしたね…」

京太郎「…話を逸らすつもりなのかよ」ジト

しみじみとした二人の言葉に、しかし、京太郎は乗ったりしなかった。
京太郎にとって何より優先するべきは自身の胸にある小蒔の事なのだから。
二人からハッキリとした答えを聞きだし、小蒔の悩みに決着をつけなければいけない。
無論、『先手』と言う言葉は興味惹かれるものではあったものの、それに踏み込む訳にはいかなかった。

「…分かっている。何も逃げるつもりはない」

「それに彼女もそのつもりらしいからな」チラッ

「…宜しいのですか?」

「ここまで言われて、引き下がる方が格好悪いだろう」

通じ合うような二人の言葉に、京太郎は口を挟まなかった。
無論、こうしている間に母親の方が大分、平静に戻りつつあるのは彼も感じ取っている。
だが、その表情はさっき小蒔の事を突き放していた時ほど頑ななものではない。
まるで血の通った人間になったようなその変化は、京太郎に二人の誠実さを信じさせるのには十分なものだった。


「…まず聞こうか」

「神代の巫女にとって最も大事なのは何だと思う?」

京太郎「…そんなの知るかよ」

「神降ろしだ」

「その能力が故に神代はここまで発展してきたのだからな」

小蒔「…」ギュゥ

それでも父親の言葉は未だに冷たく、そして鋭いままだった。
まるで淡々と事実だけを述べるようなそれに小蒔の心は京太郎を強く求める。
父親の言葉は、自身を神降ろしの能力だけでしか判断していないと言う事実を連想させるものだったのだから。
ズキリと胸の奥底が痛む感覚を埋めるようにして、小蒔は京太郎へとしがみつく。

「では、神降ろしに必要な条件とはなんだと思う?」

京太郎「…やっぱり巫女だから貞操とかか?」

「確かに巫女は神の妻とも言われるが…それはあくまでも普通の巫女の場合だ」

「神代が祀る神々は女神が多く、決して貞操を求められたりはしない」

京太郎「…なら、一体、何が必要だって言うんだ?」

「喪失だ」

京太郎「…は?」

『喪失』。
音にして四文字のその言葉に、京太郎は間抜けな声を返してしまう。
勿論、京太郎もその言葉の意味は理解しているが、一体、何を指しているかまでは分からない。
その身に神を降ろす事は出来ても、その界隈に疎い京太郎にとって、主語が欠けたその言葉は理解出来るものではなかった。


「古今東西、シャーマンと呼ばれる多くの人間は、その心に隙間を持っている」

「今風に言えば…精神病を患っていると言えば分かりやすいか」

京太郎「…まさか」

だが、それでも重ねられた父親の言葉に、嫌なものを感じる。
喪失、そして精神病。
それらは小蒔の過去に照らし合わせれば、一つの答えを導き出すのだから。
無論、京太郎としてもそんなものを信じたくはない。
そんなくだらないものの為に小蒔がずっと苦しみ続けていたのだと思いたくはなかった。

「そうだ。神代の巫女が生まれてすぐに親元から離されるのは、ただ穢れを嫌っての事ではない」

「その心に二度と埋めようのない空白を作る為だ」

京太郎「~っ!」

しかし、告げられた彼の言葉が、京太郎の予想を肯定する。
何処か冷たいようにも感じるそれは京太郎から言葉を失わせた。
勿論、京太郎も神代が普通の価値観の通じる相手ではない事くらい知っている。
自身の常識からはかけ離れた理解不能な奴らだとそう思っていたのである。


京太郎「…じゃあ、何か」

京太郎「アンタらは小蒔さんが『神代の巫女』になる為に…」

京太郎「今までずっと冷たくしてたって言うのかよ…?」

「そうだ」

京太郎「ふざけんなよ!!」

それでも父親の言葉に憤りを禁じ得ない。
それはつまり神代と言う家全体で小蒔の事を虐げていたに等しいものなのだから。
自身に行われたそれにも負けない非道な答えに、京太郎は声を荒上げる。
内心から湧き上がる怒りは止まらず、頭の中が真っ赤になったようにも感じた。

「お前には理解出来ないだろうが、それが神代だ」

「『神代の巫女』と言う屋台骨がなければ、あらゆる特権も権力も失ってしまう」

京太郎「何が特権だ!何が権力だ!!」

京太郎「一人の女の子虐めなきゃ維持出来ないものなんて間違ってる!」

京太郎「んなもん捨てて、もっと健全にやり直す事くらいいくらでも出来るだろ!!」

霧島神宮の中枢を担う『神代』はとても巨大だ。
その力は経済だけではなく政治にまで食い込み、その発言は社会に多くの影響を与える。
それほどまでに大きくなった影響力を捨てるのは、決して容易い事ではない。
無論、京太郎にだって、そんな事は分かっている。


「最初から自身が持っていたものを失うのを、人は許容出来ない」

「ましてや、その方向を変えるには神代は大きくなりすぎてしまっている」

「例え、それがどれだけ正しくても、今更、後戻りなど出来ない」

「一人の少女に不幸を押し付け、そしてそれを再生産する」

「そういうシステムになってしまった」

京太郎「…だから、それを受け入れるのかよ…っ」

だからと言って、京太郎はその言葉を是として受け止める事は出来ない。
容易ではないとは思うし、困難だろうと理解もしていた。
しかし、それに膝を折るのはあまりにも情けなさすぎる。
どうしてそれを変えようとしないのか。
どうして諦めて、受け入れてしまうのか。
あまりに大きくなった怒りに、京太郎は声を震わせた。

京太郎「アンタだって本当は分かってるんだろ!」

京太郎「こんなの間違ってるんだって、おかしいって!!」

父親である彼の言葉は、ただ淡々としているだけのものではなかった。
その言葉の響きには自嘲の色が滲んでいる。
それは間違いなく、彼もそれを正しいと思ってはいないからこそ。
不幸を再生産するシステムに対して、思うところがあるのが京太郎には伝わってきている。


京太郎「アンタの横にいる人だって…昔はそんな風に傷つけられて…!」

京太郎「それで良いなんて思えるはずないだろう!!」

「…」グッ

『神代の巫女』は、神代本家の女児に継承される名前だ。
それはつまり、小蒔の母親である彼女もまた同じ仕打ちをされてきた事を意味する。
結果、彼女は親の愛情を知らず、また子どもへの接し方も分からない。
ただ、突き放す事しか知らない彼女には、自らの子を甘えさせてやる事すら出来なかった。

京太郎「…アンタは神代家の頭首…早い話、トップなんだ」

京太郎「何とかする方法なんていくらでもあったんじゃないのか?」

京太郎「アンタがその気になれば、こんなシステム壊せたんじゃないのかよ…!」

「……かもしれないな」

京太郎「~っ!」

その言葉は短く、そしてとても空虚なものだった。
自身の言葉を否定せず、ただ受け入れるだけのそれに身体の熱が限界に達したのを京太郎は感じる。
その手段があったとそう認めながらも、結局、何も行動出来なかった父親。
そんな相手に小蒔を任せる事は出来ないと京太郎は心に決めて。


京太郎「……あぁ、分かった」

京太郎「一つ…俺がやるべき事が見えた」

「……それはなんだ?」

京太郎「俺はお前らをぶっ潰す」

京太郎「そんなふざけたシステムに縋って、下らない権力に酔ってるお前達を…」

京太郎「俺が必ず…変えてやる…!」ギュ

小蒔「……ぁ」

瞬間、漏れる言葉は、硬い決意に満ちていた。
元々、敵であるとそう認識していた神代を『潰す』とそう宣言する言葉。
怒りと敵意に満ちたそれを口にしながらも、京太郎の手は優しいままだった。
その渦中にある小蒔を優しく抱き寄せるその手に小蒔の口から声が漏れる。
何処か心地良さそうな、心震えているようなそれを、京太郎はその身体で受け止めた。

京太郎「小蒔さんの子どもには…絶対に同じ思いをさせたりはしない」

京太郎「それが…それが俺の復讐だ」

京太郎「俺から大事なものを奪ったお前らから…大事な特権やら権力やらを奪ってやる…!!」

京太郎にとって、それは自分がやらなければいけない事だった。
外からやって来て、それをおかしいと指摘出来る自分でなければ、それはきっと達成出来ない。
幾ら権力があっても、間違っているのだとそう思っていても、神代の内側にいる人間にはそれは壊せないのだろう。
諦観と自嘲混じりに口にした父親から、京太郎はそう感じ取っていた。


京太郎「(勿論、俺に出来るかどうかは分からないけれど…!)」

京太郎は未だ神代家の中で何ら後ろ盾を得てはいない。
他の少女達が持っているような『家』は既になく、その立場は半ば奴隷同然だ。
彼が手を伸ばせる範囲と言うのは少なく、どうしようも出来ない問題は多い。
だが、今の彼にはもうそれに沈んでいるつもりはなかった。
例え、我武者羅であったとしても目的に向かって進んでいこう。
それが自分のやるべき復讐だと彼は心に決めた。

「…………そうか。なるほど」

「クク…そういう事だったのか」

京太郎「……なんだよ」

そんな京太郎に返ってきたのは何処か愉快そうな反応だった。
宣戦布告に近い京太郎の言葉が嬉しくて堪らないと言うような表情。
それに京太郎が拗ねるような顔を見せるのは、馬鹿にされていると思ったからだ。
無力な自分には何も出来ないのだとそう思われているからこそ、きっと今、笑われてしまっている


「…いや、何でもない」

「ただ…百年の栄光と言う言葉は、あながち嘘ではないのかもしれないと思ってな」

京太郎「…は?」

だが、それは勘違いであった。
彼にとって、京太郎は決して無力な存在ではないのだから。
寧ろ、彼らが信奉する『神』によって成功が約束されている。
そんな彼が神代家を変えると言えば、誰も逆らう事が出来ない。
神代を何よりも縛っているのは、『神』と言う超常の存在なのだから。
その予言を覆すような真似はそう簡単に出来ない。

「…興味があるなら何時か聞きに来い」

「私が話せる事は全て話してやろう」

京太郎「…なんだよ」

京太郎「随分と気前が良くなったじゃないか」

「それくらいではなければフェアではないと思っただけだ」

しかし、彼にそれを京太郎へと告げるつもりはなかった。
京太郎が全てを知るのは、『試験』が終わった時でなければいけない。
そう決められた事を覆すのは神代家の頭首と言えど、簡単な事ではなかった。
少なくとも、屋敷に集った者達が、何事かとこちらを覗いている状態で口には出来ない。


「(…俺にはまだやる事があるからな)」

京太郎が神代家を変えられるのはまだまだ先だ。
彼が成人し、正式に須賀家を継がなければ、一人前とは認めて貰えないのだから。
また一人前だと認められても、その道程は決して容易いものではない。
『神』と言う超常的存在を後ろ盾にしているとは言え、それを邪魔しようとするものは必ず出てくる。

「(…その前に幾らか釘を刺してやる奴が必要だ)」

表では恭順を示しながらも、裏ではその失脚を画策する者達。
神代と言うバケモノの中で、ずっと権力闘争を行ってきた彼らは海千山千の猛者ばかりだ。
そんな彼らに政争のせの字も知らない京太郎が太刀打ち出来るはずがない。
こうして直情に感情をぶつけてきた彼のままでは食い物にされるのは目に見えていた。


「行くぞ」

「…はい。アナタ」

小蒔「あ…」

その前に彼らを弱め、京太郎の改革をスムーズなものにしなければいけない。
そう自身に役目を課した男は、改めてその身体を玄関へと向けた。
まるでこれ以上は話す必要などないとそう告げるようなその仕草に、母親は大人しく付き従う。
一瞬、小蒔に物言いたげな視線を送りながらも、すぐさまそれを伏せた彼女に小蒔は思わず寂しげな声をあげた。

小蒔「(…仕方、ないですよね)」

小蒔「(お父様とお母様にも…事情があるんですから)」

小蒔「(私とあんまり仲良くしてはいけないんです…)」

両親から告げられた事実は、小蒔の心を幾分、慰めるものではあった。
自分は決して彼らに嫌われていた訳ではない。
今まで冷たくされていたのも、致し方ない事だったのだ。
だが、幾らそう言い聞かせても、彼女の中の寂しさは決してなくなったりしない。
寧ろ、胸の中の痛みが減った分、大きくなっているように感じられる。


「…小蒔」

小蒔「は、はい」

「…今日の鯛のアラ炊きは美味しかった」

「また今度、頼む」

小蒔「お…父様…っ」ジワ

その言葉は決して向き合ってのものではなかった。
小蒔に背を向けたままの状態で、しかし、ハッキリと告げられる。
相変わらず硬く、でも、何処かぎこちなさを感じるそれは父に出来る精一杯の言葉。
初めて父から聞かされた賛辞に小蒔の目尻には涙が浮かび。

「……去年よりも舞は上手でしたよ」

「まぁ…まだ霞ちゃんには及びませんけれど…」

「でも、もう私よりも上手になっちゃったかもしれませんね」

小蒔「お母様……」ポロポロ

京太郎「…」ナデナデ

次いで聞こえてきた声に小蒔はそれを零してしまう。
その目尻に浮かんだ大粒のそれをそのまま頬へと伝わせていた。
そんな小蒔に京太郎は何も言わない。
小蒔達はようやく親子としての第一歩を踏み出したばかりなのだから。
ここで自分が何を言っても無粋になってしまうと彼は小蒔の頭を優しく撫でる。


小蒔「わ、私、頑張ります!」

小蒔「お料理も舞も…もっともっと頑張りますから」

「…あまり頑張りすぎて身体を壊すんじゃないぞ」

「ちゃんと霞ちゃん達の言う事を聞かなきゃダメですよ」

小蒔「はい…っ」

その声に涙が滲ませる小蒔に、二人は振り返らなかった。
微かに震えた声に後髪引かれる気持ちはあるものの、それは決して表面化するものではない。
それは涙を流す小蒔の側に、須賀京太郎と言う少年がいるからだ。
娘よりも一歳年下の彼はきっと自分たち以上に小蒔の心を慰撫してくれるはず。
そんな信頼を胸に浮かばせながら、二人はそっと玄関で靴を履き、そのまま夜の闇へと消えていった。

小蒔「…う…」グス

京太郎「…良かったですね、小蒔さん」

小蒔「はい…はい…っ」ギュゥゥ

瞬間、小蒔の身体から力が抜け、京太郎の身体に顔を埋める。
涙に濡れる顔で一心に甘えようとする彼女を、彼は決して拒まなかった。
寧ろ、撫でる手を頭から背中へと動かし、小蒔の小さな身体を抱き寄せる。
まるでもっと甘えて良いのだと言うようなそれに彼女は腕に力を込めてその豊満な身体を押し付けた。


小蒔「…これも京太郎君のお陰です」

京太郎「いや、俺は大した事してませんよ」

京太郎「二人があんな風に言葉を返してくれたのは、これまで小蒔さんが頑張ってきたからです」

小蒔「…それでも、京太郎君の言葉がなければ…きっと何も変わらなかったと思います」

自分がやった事は衝動任せに飛び出して、宣戦布告した事くらい。
そう思う京太郎にとって、それは決してお礼を言われるような事ではなかった。
だが、これまで両親と碌に会話も出来なかった小蒔からすれば、京太郎は救世主も同然。
ずっと自分の心に巣食っていた傷を癒やしてくれたヒーローなのである。

小蒔「だから、ありがとうございます」

小蒔「京太郎君…大好きです…」ギュゥ

京太郎「お、おぉう…」

だからこそ、それを素直に告げようとする小蒔に、京太郎は何とも言えない声を漏らしてしまう。
無論、そうやって彼女に好意を示されるのは嬉しいが、彼は健全な男子高校生。
幾ら家族だと思っている小蒔とは言え、これほどまでにストレートに好意を示されたら意識もしてしまう。
ましてや、彼女は京太郎にとって好みのど真ん中を貫いているのだから尚の事。


小蒔「(…私、どうしちゃったんでしょう)」

小蒔「(好きってこれまで何度も言っているはずなのに…)」

小蒔「(今日の好きは…ちょっと違う気がします)」

元々、小蒔は京太郎の事が好きだった。
自身に沢山の事を教えてくれて、優しくしてくれて、そして何より護ってくれて。
何時も自分を愛してくれる京太郎の事を、小蒔もまた愛していた。
だが、それはあくまでも家族愛の延長。
霞たちに向けるそれと遜色ないものだったのである。

小蒔「…………私、京太郎君で良かった」

京太郎「え?」

小蒔「京太郎君で…私、幸せです」

だが、それはもう変わりつつある。
家族との不仲を乗り越え、少しだけ成長した小蒔の中でその感情が色を変えていく。
まるでそれは女として花開くような鮮やかで、そしてゆっくりとした変化。
その意味をまだ知らない彼女は、ただ京太郎の胸で甘い声を漏らした。


京太郎「あ、えっと…光栄…です」

小蒔「ふふ」

京太郎は小蒔の言葉が一体、何のことを指しているのか分からない。
屋敷に来てすぐの頃も、それと同じ言葉を聞いたが、その時とは響きがまったく違うのだから。
しかし、それでも小蒔が自分の事を褒めてくれているのだとそう感じ取った京太郎はぎこちなく言葉を返す。
それに小蒔は思わず顔に笑みを浮かべながら、京太郎へと顔を擦り付けた。

小蒔「(…分かります)」

小蒔「(京太郎君…とってもドキドキしてるんですね)」

小蒔「(ドックンドックンって…硬い胸板から鼓動が伝わってきます…)」

小蒔「(京太郎君の心みたいに…優しくて暖かい鼓動が)」

無論、小蒔はこれまで何度も京太郎に抱きついている。
その大きな身体に甘えようと無邪気に擦り寄っていたのだ。
だが、どれだけ抱きついても、今ほど彼の鼓動を意識した事はない。
まるでその鼓動に心惹かれるようにして嬉しくなった事など一度もなかった。


小蒔「(…これとっても良いです)」

小蒔「(嬉しくて、暖かくて、安心して…)」

小蒔「(何時もよりも…ずっとずっと幸せです…)」

元々、小蒔は甘えん坊で、京太郎に抱きつくのも大好きだった。
期を見ては自分からオネダリし、それに応えてもらってきたのである。
しかし、今の彼女はそれ以上に虜になってしまっている。
身体中で京太郎を感じるその感覚に、ズブズブと心が沈んでいくのがハッキリと分かった。

小蒔「(…私、ずっとこうしていたい…)」

小蒔「(京太郎くんと抱き合ったまま…ずっと…)」スゥ

霞「こーまーきーちゃーんー?」

小蒔「ひあっ」ビクッ

だが、そんな幸せも長くは続かない。
あまりの心地良さにそのまま眠りに堕ちてしまいそうな彼女の意識を、霞の言葉が現実へと引き戻した。
何時もよりも不機嫌そうな声音に、じっとりとした感情を滲ませるそれは小蒔にとってとても恐ろしい。
ついついその口から驚きの声をあげて、視線を霞へと向けてしまう。


霞「京太郎君とイチャイチャしているところを邪魔して悪いけれど…」

霞「でも、今日のメインは小蒔ちゃんなんだからね」

霞「あんまり長々と宴会場を開けると皆も心配するわ」

小蒔「ご、ごめんなさい…」シュン

そんな小蒔に霞は優しく言い聞かせる。
勿論、忙しいにも関わらず京太郎といちゃつく小蒔に嫉妬を禁じ得ない。
だが、それ以上に霞は小蒔の事を大事に思っているのだ。
初美達には甘いとさえ言われる彼女が、小蒔の事を本気で叱れるはずがない。
よっぽど彼女に反省を促さなければいけない時以外、霞が声を荒上げる事はなかった。

霞「今ならまだ大丈夫だから、早く戻ってあげて」

小蒔「はい…」ギュ

霞にそう答えながらも、小蒔の身体は中々、京太郎から離れようとはしなかった。
無論、霞達に迷惑を掛けた事は悪いと思っているし、早く戻らなければという想いもある。
だが、それと並び立つほどに京太郎に対する依存が彼女の中で強まっていた。
出来るだけここから離れたくはない。
そんな気持ちはもう断腸と言っても良いほどに大きいものだった。


小蒔「…じゃあ、行って来ますね」スッ

京太郎「えぇ。行ってらっしゃい、小蒔さん」

小蒔「…はい」ニコ

それでも何とか自分の未練を断ち切った小蒔を、京太郎は優しく見送る。
無論、京太郎としてもついさっき一つの壁を乗り越えた小蒔を思う存分、甘えさせてやりたい。
だが、状況がそれを許さない事を彼は理解しているのだ。
小蒔にダダ甘な霞が迎えに来た時点で、既にタイムリミットは間近に迫ってきている。
そう判断した京太郎は小蒔が後髪惹かれないように送り出して。

霞「…それで、京太郎君?」

京太郎「あー…その…」

霞「…ふふ。良いのよ」

京太郎「え?」

霞「別に怒ってないし…寧ろ、嬉しいくらいだから」

瞬間、その表情が気まずそうなものに変わるのは、色々としでかしてしまった事を自覚しているからだ。
小蒔を抱きしめるだけならばまだしも、神代家の頭首に向かって偉そうに説教をしてしまった自分。
幾ら霞が小蒔に甘く、そして自分の事を家族同然に思ってくれていても、それを窘めないといけない。
そう思った京太郎の前で、しかし、霞は優しげな笑みを浮かべる。
叱る時とは真逆と言っても良いその表情に、京太郎は首を傾げた。


霞「…小蒔ちゃんの為に怒ってくれてありがとう」

霞「ちょっと…ううん、かなり格好良かったわ」

京太郎「あ、あはは…」テレテレ

無論、霞としてはあまり京太郎のした事を褒める訳にはいかない。
彼女は京太郎の事を誰よりも特別視しているが、それでも立場と言うものがあるのだから。
自分だけならばまだしも神代とその分家の主要人物が集まる宴の側で、ああも声を張り上げられては擁護も出来ない。
本来であれば、京太郎の予想通り、窘めるような言葉一つを口にしなければいけなかっただろう。

霞「(…でも、御頭首様は喜んでおられたし)」

まるで岩から削りだされたような厳しくも冷たい上司。
だが、京太郎に真っ直ぐな言葉をぶつけられた彼はその印象を大きく覆すものだった。
その上、去り際には笑みすら浮かべそうなほど上機嫌だったのだから、京太郎が責められる理由はない。
寧ろ、よくやってくれたと彼女は内心で拍手喝采を送っていた。


霞「…だから」スッ

京太郎「…え?」

霞「…ん」チュ

そんな霞にとって、京太郎に送るのは言葉だけでは物足りない。
今、目の前で彼が覆したのは、長年、彼女が触れる事さえ躊躇っていた問題なのだから。
どうにかしたいと思いながらも、ただ時間が解決してくれるのを祈るしかなかった小蒔の傷。
それを癒やしてくれた京太郎に報いるものは、やはり最高のモノでなければいけない。
そう思った霞は京太郎へと歩み寄り、そのまま彼の頬に唇を触れさせた。

霞「…これは君へのご褒美…ね♥」

京太郎「あ…え?え…えぇぇぇ…」

一瞬。
だが、それは間違いなく霞のファーストキスであった。
本来ならば、結ばれる相手の為に大事にとっておかなければいけなかったであろうそれを霞は彼に捧げてみせた。
無論、それは京太郎にとっても、そして彼女にとっても決して嫌なものではない。
霞からすれば京太郎は世界でただ一人、甘えられる相手であり、また京太郎は霞の事を強く想っているのだから。
こんな関係でなければ土下座してでも付き合って欲しいお姉さんからの接吻を嬉しく思わないはずがなかった。


霞「じゃ、またね。京太郎君」ニコ

京太郎「は…え…あ…」

だが、その顔が真っ赤に染まってしまうのは、ただ歓喜だけではなかった。
突然の『ご褒美』についていけない京太郎は、驚きと、そして羞恥を隠し切れないのだから。
その口から漏れるのもとりとめのないものばかりで、まったく意味を成してはいない。
ただ、音を並べ立てるようなそれに霞は笑みを浮かべながら宴会場へと戻っていく。

霞「(…ふふ。やっちゃった)」

霞「(…でも、これくらいの役得は良いわよね)」スッ

彼女の唇に残る感触は、とても心地良いものだった。
愛しい人の頬と言うのは、恋する乙女にとって特別なものなのだから。
初めてのキスをそこで散らしたと言う実感に、ついつい頬が緩んでしまいそうになる。
そんな自分を制御しようとするものの、一度、蕩けた表情筋は中々、言うことを聞いてはくれない。
寧ろ、キスの余韻に浸ろうとその指先を唇に這わせてしまうような有様だった。


霞「(これからは本当に大変なんだもの)」

京太郎が神代家頭首を相手に仕掛けた舌戦は既に多くの人達が知る事となっている。
その最中、京太郎が小蒔の事を抱きしめ、そして彼女がそれを幸せそうに受け止めていた事もまた。
多くの大人達は空気を読んでそれを見守っていたものの、ここから先はそのタガも外れてしまう。
その光景を羨ましそうに見ていた自分たちも含め、からかいの対象になるのは目に見えていた。

霞「(…どうせからかわれるんだったら、こっちも負けじとやっちゃった方が良いわよね)」

霞「(その方が周りに対する牽制にもなるし)」

無論、その牽制相手は同じ六女仙の少女たちではない。
霞にとって彼女達は恋のライバルではあるが、率先して争うべき相手ではないのだから。
寧ろ、共に手を取り合う事の出来る仲間であり、何より大事な家族なのだ。
だからこそ、彼女が気にしているのはその他の方。
神代家において、さらに重要度を増した京太郎を自家に取り込もうとする人間達の方だった。


霞「(でも…思った以上に心地よかったし…)」

霞「(驚いてた京太郎君も…その、何時もよりも可愛かったから)」

霞「(…また理由をつけて、キス…しちゃおうかしら…ね)」クス

そう微笑む霞の足取りは軽い。
その先に待っているのが面倒な酔っぱらい達の相手だと分かっていても、その足が鈍くなる事はなかった。
それもこれも京太郎とキスが出来たからだと、そう自覚する彼女はとても幸せな心地で ――



―― そんな霞を京太郎は棒立ちのまま見送る事しか出来なかった。





今回、学んだ事
霞さんはラスボスにしとかないといけない(戒め)
なんで、この人勝手に動いた挙句、オチを持ってってるんだろう…(白目)

あ、後、作中でも一応、書いてますが、姫様と巴さんの対応の違いは、二人が親に対してどう思っているかです
巴さんはもう諦めててたので離縁を進めましたが、姫さまはまだ親に対して情を持っていたので
だから、京ちゃんも親子関係の修復、と言う形でSEKKYOUした感じです

と言いながら、今日の投下は終わりです
次は微妙に影が薄かった姫さまのエピローグとなりまする

このシステム親も相当苦しいと思う
乙ですー

霞さんがファーストチッスってどゆことですかぁ!

おつ

乙どす
ラブホ連れ戻し事件(仮)から向こうしばらく明確な目的意識が見当たらなくて、
すわ神代家に屈したままヌルいエンドになるかと心配して(というか個人的にそうだったら嫌だなーと思って)ましたが
そっち方面も一区切りつきそうな指標が出てきてちょっと安心しました

でも霞さん、本当のファーストは下の……いやなんでもないです

これで残るははっちゃん一人か......
あのロリコンを見るのやだなぁ
でも京ちゃんが相手しないとはっちゃん持ってかれるからなぁ
多分祭りとやらが終わる頃にははっちゃんも堕ちてるだろうけどなぁ

あと台詞で伝わることまで地の文で説明しなくていいんではと思います
持ち味といえばそれでいいんだけど

おつおつ
はっちゃんにもっとスポットライトを!(涙こらえながら)

しかしそうか。喪失が神降ろしに必要なものだとするなら、京ちゃんが親から引き離されたのも鹿児島に来てから血の力が目醒めたのもそれが理由なのか
これは京ちゃん、ぶっ壊さないとアカンですね

オッツオッツ

親父さんオモチスレよりかはマシになってんな

おつです
ここのヘイトはあのもう出番のないと断言された婆さんが引き受けたからな

壊す発言が中の人的にお家を乗っ取る未来しか見えないわww

あとはっちゃんが一人堕ちずに残ってるがおもちスレの小ネタ見たいで興奮します(小声)

姫様はラスボス枠ではっちゃんより後に堕ちると思ったら先に堕ちてた……

>>161
ハンド時に声聞こえない状態ながら無意識に降ろしてたっぽいしお上さんがそうしないと降ろせないって勘違いしてるだけなんじゃねーかな?知らんけど

明日はこっちにも投下できたらいいなって(小声)

>>154
作中じゃ言ってませんでしたが「親から引き離されるのか、死ぬような目にあわせて無理矢理、臨死体験させるのか、どっちが良い?」ニッコリ
ですしねー(´・ω・`)特に母親にとっては半狂乱になってもおかしくないんじゃないかなーと

>>155>>158
霞さん『は』初めてだって事だよ!!
尚、京ちゃんの方は既に奪われている模様
後、指標はあっても作中で目標達成出来るかどうかは…正直、ごめんなさい(´・ω・`)
ここはあくまでも女の子とイチャイチャチュッチュするスレなんでご期待に添えないと思います…

>>159
悪役として設定した身としては有り難いやら申し訳ないやら複雑な感じですが(´・ω・`)まだ出番あるんだ、ゴメンネ
アドバイスに関しては私も気にかけてはいると言うか、私のスレが敷居高い理由だと思ってるのでなんとかしたいのですが
実際に書いてる側だと、何処まで読者に伝わってるのか分からなくて(´・ω・`)ついついクドイ表現に…
結果、何時もの感じになっちゃってるので折角のアドバイスを活かすのは難しいかもしれませぬ…

>>160
まだはっちゃんは目立ってるだろ!!!!
一番、ヤバイのはメインヒロインだったはずのはるるとわっきゅんだよ…
特にはるるはここ最近ヒロイン回がないのも相まって影の薄さががががが

>>161>>>166
自身に神を満たす神降ろしと、神様の力を借り受けるのが別物なので一概には同一視出来ないです
ただ、京ちゃんが本格的に血の力に目覚めたりした理由に、コツコツ積み重ねていた精神鍛錬や
苦境に依る精神力の増大なども関係しているので、親から引き離されたのも無関係じゃないと思います
また、あくまでも喪失を抱えたほうが巫女としての能力があがるというだけで、それが必要不可欠だと言う訳でもありません

>>162
私のスレだってたまには神代が悪者じゃない事くらいありますよ、猿渡さん!

>>163
つまりココからはっちゃんハブって他の皆と毎晩、エロエロニャンニャンすれば、はっちゃんも自然と堕ちるって事か(錯乱)

>>165
なにげにこのスレのはっちゃんの攻略難易度高いですしねー
姫様はもう夏の時点でイベント待ち状態だったんで、あっさりと堕ちました


それじゃあそろそろはじめていきまーす


「ほぉぉ。あの小僧、中々、良い啖呵を切るじゃねぇか」

「嬉しそうに見てるんじゃないよ。喧嘩売られてんのはウチのトップなんだぞ」

「いやー、でもよ、アレはウチの方が悪いって」

「つーか、こん中に須賀の倅に文句言える奴いんのか?」

「…うちは無理だわ」

「俺も。…流石にありゃ哀れすぎる」

「何より、あいつは託宣の子だからなぁ…」

「っうぉ…姫様抱きついたぞ…」

「マジか。うわ、マジだ…」

「よっぽど感極まったんだろうなぁ」

「それに中々、格好良かったしねぇ。ウチの亭主とは大違いだよ」

「うっせぇよ。…しかし、まぁ、アレだな」

「…あぁ、アレだ」

「……姫様、完全に女の顔してるなぁ」

「須賀の倅の事がそんなに好きなのかねぇ」

「んー…ありゃ私が見る限り、まだ自覚までは言ってないと思うね」

「まぁ、時間の問題ではあると思うけれども」

「…マジかー」

「姫様がもう恋するような年に……」



「なーに言ってるんだい、男どもは」

「女は幼稚園の頃から、心に恋を花開かせる事が出来るんだよ」

「…お前の年頃でポエムは笑えないぞ」

「ふんっ!」ドゴオ

「き、決まったああああ!見事なアルゼンチンバックブリーカーだああああ!」

「ギブっ!ギブギブギブギブっ!!」

「…何やってんだ、お前らは」

「そんな事よりも今は姫様の方だろ」

「…いや、あっちの方はもう多分、大丈夫だろ」

「あぁ。決着はもう見えてる。頭首が折れる方に100万賭けても良いわ」

「アレで何だかんだ言って情に厚い奴だからなぁ…」

「あんだけ情に訴えるような言い方されたら心も折れるだろ」

「それに相手は須賀の倅だしなぁ」

「負い目も正当性もあるとなっちゃ、勝てる方がおかしいわ」

「…だから、あっちは問題なし」

「俺らが何かしなくても収まるべきところに収まるだろ」

「だから、問題は…だ」



明星「…あぁ、姫様…そんなにひっついて…」ジィィ

春「…京太郎…格好良い」REC

湧「…キョンキョン…♥」デレー

巴「……わ、私もあんな風に見えちゃってたのね…うわぁ…」カァァ

霞「…姫様まで目覚めちゃうなんて…いえ…喜ばしい事ではあるのだけれど…」コソコソ

「……よもや石戸の嬢ちゃん二人まで堕ちてるとはなぁ」

「どんだけ人誑しなんだよ、アイツ」

「一年足らずで六女仙壊滅じゃねぇか」

「よっぽど下半身が逞しいのかねぇ」

「下ネタは辞めろって。姫様が聞いてるかもしれないんだから」

「はぁ…これだから男って言うのは」

「分かってないねぇ。あの子がでかいのは下じゃなくて懐だよ」

「…と言うか、多分、六女仙の皆はまだそういう経験がないと見たねっ」キュピーン

「だから、下ネタはやめろって言ってるんだろぉお!」

「まぁ、少なくとも自分のためじゃなく姫様の為に怒れるってくらい良い子ではあるみたいだし」

「変な男に引っかかるよりは大分、マシ…なんかねぇ」

「そうだな。それにアイツは託宣の子だし」

「娘との間に間違いがあっても大丈夫だろうと言う安心感もある」



「一応、それぞれ婚約者はいるけれど、ほとんど面通しを済ませただけなんだろ?」

「だな。特に文通とかをやってる訳ではないようだ」

「だったら、あっちもほっといて大丈夫だろ」

「…つーか、ガキの頃から色々と痛みを強いてきているんだ」

「そんな子達が幸せに男と一緒になれるんだったら、俺としては応援してやりてぇし」

「…まぁ、嬢ちゃん達があっちに夢中の間、宴会は進まないが、別に酒や料理が足りないって訳じゃないからな」

「好きな男の正念場なんだ。まさか野次馬の邪魔しようって奴はいねぇだろうな?」チラッ

「「「ハハマサカソンナ」」」

「…………でもよ」

「ん?」

「…今まで男の影がまったくなかったあの子達が一体、どうして堕ちたとか気にならないか?」

「あー…」

「…お前、悪趣味だなぁ」ニヤニヤ

「そう言って、アンタも顔にやけまくってるじゃないのさ」ニマァ

「お前には言われたくねぇよ」

「そりゃ私は未だに女だからねぇ」

「他人の色恋沙汰はやっぱり興味があるってもんだよ」


巴「あぁぁ…姫様、そんな…大胆過ぎます…」

明星「す、スリスリ…い、良いなぁ…」

春「……私も帰ったらやって貰おう」

霞「……何とか今日明日中に二人っきりになれる時間を作れないかしら…」

湧「…あちきも欲しかよ」

「…ま、今はまだまだあっちに夢中みたいだし」

「とりあえずそれが収まるまで我慢はしといてやろうか」

「…で、あの子達が冷静になったら、そいつを肴に宴と洒落込もうじゃないか」クックック

「今年は何時もよりも楽しい宴になりそうだな」ニンマリ

「ホント、悪趣味だねぇ、アンタら」

「ま、こっちとしては面倒見なくて良いから楽だけど…ってあら」

「日本酒が切れちゃったねぇ…」

「台所にゃまだあるだろ、誰か取って来いよ」

「じゃあ、じゃんけんだな」

「最初はグー!!」

「じゃんけーん!!」


…………


……





京太郎「(…まぁ、それから数日掛けて祭りも落ち着いた訳だけれども)」

…その間は、到底、居心地が良いとは言えなかった。
いや、まぁ…神代家の喧騒とかもあったんだけれど。
それ以上にこう屋敷を歩いている時に向けられる目とか声とかが大きかったって言うか。
…何故か「色男!」って声を掛けられたり、生暖かい目で見られる事が多いんだよなぁ。

京太郎「(多分、そのどちらも初日のアレが原因…だよな、きっと)」

祭りの初日に俺は神代家頭首へ思いっきり喧嘩を売った。
そりゃもう殴り合いの喧嘩にならないのが不思議なレベルで声を投げかけた訳である。
……で、まぁ、そんな場所から宴会場まではそれほど離れていない訳で。
俺がどれだけプッツンしてたとか全部、聞こえていたらしい。
後でそれを春から教えてもらって顔が真っ赤になったけれど…でも、そんな俺に対して小言を言う人はいなくて。
何だかんだとこうして平穏に数日間を過ごせたのは良いんだが…。


京太郎「(…でも、あいつら全部、神代なんだよな)」

あの宴会場に居たって事は、神代の中でもトップクラスの偉いさんばっかりだ。
そんな連中に好意的に思われている…と言うのは後々を考えれば悪い事じゃないだろう。
『神代のシステムをぶっ壊す』と言う宣言を現実のモノにする為には、寧ろ、良い事なはずだ。
ただ、やっぱり俺は…神代の事を好きになれない。
小蒔の親父さんから真実の一端を聞いても、俺は未だ彼らに対する先入観を捨てきれなかった。

京太郎「(…悪いのはシステムで、あの人達は気のいいのかもしれないとは思うのだけれど…)」

俺に声を掛けて来た人たちは、皆、陽気な人ばかりだった。
自分たちのトップに喧嘩を売った俺ににこやかな笑顔を向けてくれていたのである。
酒の席にまで誘ってくれた彼らには、きっと悪意はないのだろう。
だが、それでも俺は彼らの事を信じきる事が出来ず、結局、宴会には一度も参加しなかった。


京太郎「(…まぁ、悪意はなくても他意があったような気はするし)」

実際、中にはちょっと変わった人もいたからなぁ。
全員、妙齢…と言うか、ちょっとトゥが立ち始めた年頃の女性だったんだけど。
何故かしきりに俺と二人きりになろうとしたり、お酒を進めようとしていた。
ぶっちゃけ、かなり信用出来なかったから全部、断ったんだが…アレは本当に何なんだろう?
まさか俺とそういう関係になって得がある訳でもないだろうに…単に若い男が食べたかっただけなのかな?

京太郎「(何にせよ、俺がそういうので今更、揺らぐはずもなく)」

突如、腕を組まれたり、胸元をチラ見させたりと色んな形で誘惑をされていた…んだと思う。
正直、こっちのパーソナルスペースにお構い無く、俺の関心を買おうとするその姿は…魅力的ではなかったとは言わない。
彼女たちは皆、春や霞さん達の親戚だって言うのもあって、年を重ねていても顔立ちは綺麗だったし。
鹿児島に来るまでの俺であれば、あっさりとホイホイされちゃったかもしれないけれども。


京太郎「(…でも、それじゃあ、まるで全然っ)」

京太郎「(霞さん達の色気には程遠いんだよねぇ!!)」

年を重ねているのが悪いとは言わない。
寧ろ、そういうところに魅力を感じる男と言うのはいるだろう。
だが、ハッキリ言って、俺にとって彼女たちよりも霞さん達の方が遥かに魅力を感じる相手なのだ。
そんな彼女たちとのスキンシップに日頃から耐えている俺がホイホイされるはずがない。
その意図に不穏なものを感じるのもあって、顔を見る度にゲンナリするのが日常だった。

京太郎「(…それもようやく終わったし)」

俺にとっては嫌な思い出ばかりの祭りも昨日で終わり。
今日からまた何時も通りの日々が始まる。
まぁ、準備期間から色々とあったが、これでようやく落ち着けるだろう。
…今朝まで俺はそう思っていた訳なんだけれども。


京太郎「……」スタスタ

小蒔「……」トテトテ

…………こうして小蒔さんと一緒に並んで歩いているのは霧島神宮の最奥部にある神代家の屋敷だ。
巴さんの付き添いで一度、踏み入れたそこを、俺はゲンナリとした顔で歩いている。
正直、俺としては二度とこんなところに踏み込みたくはなかった。
神代に対する苦手意識は薄れたものの、俺にとって未だに神代は思うところが多い相手なのだから。
少なくとも、ようやく祭りが終わったというタイミングで来るなんて想像すらしていなかった。

京太郎「(…だが、仮にもトップからの呼び出しだからなぁ)」

俺と小蒔さんを呼び出したのは、神代家頭首 ―― つまり小蒔さんの親父さんだ。
最後には訳が分からない事を言っていた相手からの呼び出しに、正直、憂鬱な気持ちで一杯である。
だが、相手は去り際に『話せる事は全て話してやる』とそう言ったのだ。
いい加減、神代と敵対する事に決めた俺にはまず情報が必要不可欠だし…ここで逃げる訳にはいかない。


京太郎「(…何より、小蒔さんと一緒だしな)」

小蒔さんはようやく自分の両親とマトモに会話出来るようになった。
だが、それは決して今までの溝を全て埋めるものではないのである。
幾ら彼女が人懐っこいと言っても、今までの仕打ち全てを忘れられるはずがない。
実際、こうして俺の横を歩く彼女の表情は、不安の色が滲み出ていた。

京太郎「(…多分、また拒絶されるんじゃないかってそう思っているんだろう)」

小蒔さんからすれば、数日前の出来事は夢のようなものなのだろう。
もしかしたら、今日の呼び出しは心変わりを告げるものなのかもしれない。
そう思っているのが彼女の表情から伺い知れた。
そんな小蒔さんを一人で屋敷に行かせる事など出来るはずがない。
俺自身、理由がなくても彼女の付き添いを申し出たいくらいだった。


京太郎「(…だから)」スッ

小蒔「あ…」

最初はその不安も微かなものだった。
だが、こうしてその時が近づく度に、その色がジワジワと大きくなっているのを感じる。
そんな彼女を前にして、何もしないなんて男らしくない。
そう思った俺は少し強引に彼女の手を取り、ギュッと握りしめた。

小蒔「…京太郎君」

京太郎「すみません。俺、ちょっと憂鬱で」

京太郎「小蒔さんの手で元気づけて貰っても良いですか?」

小蒔「はい。勿論です」ニコ

それは決して彼女に気遣った方便…と言う訳じゃない。
事実、俺は憂鬱で、今にも引き返したい気持ちと言うのはやっぱりあるのだ。
だが、男と言うのは現金なもので、こうして美少女と手を繋ぐとそんな気持ちも吹っ飛んでしまう。
少なくとも、小蒔さんの前で格好悪いところを見せたくないとそんな言葉が湧き上がってきていた。


小蒔「…でも、私の方が京太郎君に助けられちゃってますね」

小蒔「だから…」ギュ

京太郎「おうふ…」

小蒔「…これでどうですか?」テレ

まさかここで手を繋ぐだけじゃなく、腕組みに移行してくるとは…。
この海のリハクの目を持ってしても見抜けなんだわ…。
…まぁ、冗談はともかく、これは思った以上に素敵だな。
日頃から小蒔さんはスキンシップが好きな人だけど…こうして腕を組んだ経験はあまりないし。

京太郎「(何より、今の小蒔さんは若干、照れくさそうにしてるんだよな)」

京太郎「(普段、ニコニコと嬉しそうにしている彼女のはにかむような照れ顔と…)」

京太郎「(お母さんに負けないほどたわわに育った小蒔っぱいを両方楽しめるこのシチュエーションは…端的に言って…)」

京太郎「最高です」キリリ

小蒔「それは良かったです」ニコ

いやぁ…本当に素敵だ。
正直、この光景と感触だけで一週間はオカズに困らないだろう。
…まぁ、問題は相変わらず小蒔さんと春が俺の部屋に居座ってるからオナニーする隙がないって事なんだけど。
今のところは理性で何とかこらえてるけど…正直、タガがトんだ時が怖い。
今まで溜め込んだ分、ケダモノになって小蒔さんと春に襲いかかりそうなんだよなぁ。


「…チッ」

京太郎「(やだ、感じ悪い…)」

瞬間、聞こえてきたのは俺たちを案内する巫女さんからの舌打ちだった。
恐らく三十路前後であろうその人の琴線に触れてしまったのか、明らかに不機嫌さが増している。
…まぁ、考えても見れば、これ完全にイチャついてるカップルそのものだしなぁ。
小蒔さんと俺にとっては日常とは言え、あんまり他人からすれば面白いものじゃないのかもしれない。

小蒔「春ちゃんがこうすれば京太郎君が喜んでくれるって教えてくれたんです」

京太郎「そうですか。後でお礼しなきゃいけませんね」

小蒔「はい。一緒に何かお菓子でも買って帰りましょう」

京太郎「…いや、お菓子はまずいです」

京太郎「アイツは日頃から黒糖食べっぱなしでもうちょっと節制させなきゃダメですし」

小蒔「うーん…それじゃあどうしましょう?」

ま、そんな案内役のストレスよりも小蒔さんの方が大事なんですけどね!!
こうして屋敷に働いているって事は、彼女も神代関係の人間なんだろうし。
僻みで不機嫌になった事へのフォローなんざ一々してやる義理もない。
これが小蒔さん達ならば、別だが、俺にとって彼女はどうでも良いどころか敵と言っても良い人間なんだから。


京太郎「今度、一緒に黒糖のお菓子でも作りましょうか」

京太郎「勿論、カロリーと甘さ控えめでアイツが幾ら食べても太らないようなものを」

小蒔「それじゃレシピの勉強をしなきゃいけませんし…」

小蒔「帰りに本屋にでも行きませんか?」

小蒔「私、実は他にも欲しい本があって」

京太郎「えぇ。構いませんよ」

それに何より、今の俺は小蒔さんとの会話を楽しみたいんだ。
春へのお礼をどうするかを考えなきゃいけないし、思考を割いてやる余裕も必要もない。
しかし…お菓子と一言に言っても色々あるからなぁ。
黒糖メインのレシピ本でもあれば楽なんだが…そんな都合の良い本あるはずもないし。
色々と立ち読みして厳選していくしかないだろう。

「…こちらです」

っと、んな事考えてる間に目的の部屋に辿り着いたか。
しかし、頭首の部屋って言っても…その入口、つーか、襖は普通なんだな。
他の部屋と同じく上等そうな和紙に軽く模様が描かれているだけ。
上品である事に間違いはないが、ここに神代を統べる親玉がいるとは思えない。
…まぁ、RPGとかじゃないんだから、他の襖と似通ってるのは当然なのかもしれないけれど。


小蒔「…」ギュ

京太郎「大丈夫ですよ、小蒔さん」

…ただ、それはあくまでも俺にとってそう見えるってだけなんだろうな。
襖を見つめる小蒔さんには一瞬だけど、また複雑そうな色が浮かんだし。
まぁ、あくまでも垣間見える程度で、俺が話しかけたらすぐに消えたけれど…。
でも、それはきっと彼女の心が未だ揺れ動いている証なんだろう。

京太郎「いざって時は俺がぶん殴ってでも正気に戻してやりますから」

小蒔「だ、ダメですよ」

京太郎「ダメですか」

小蒔「はい。そんな事しちゃ私が怒っちゃいます」

京太郎「怒りますか?」

小蒔「も、勿論です」

小蒔「プンプンって怒っちゃいますよ!」グッ

だからこそ、こうして巫山戯たんだが…こうしてプンプンって言う小蒔さんは正直、可愛い。
握り拳を作りながら俺へと威嚇するように言うその様は、思った以上に必死だ。
正直、このまま抱きしめたいくらいだが…まぁ、それをやっちゃ流石にセクハラになるし。
そもそも俺も本気で殴り合いの喧嘩をするつもりはないから、大人しく小蒔さんに従っておくとしよう。


京太郎「…仕方ない。小蒔さんに怒られたくないですから我慢します」

小蒔「…約束ですよ?」

京太郎「はい」

小蒔「もし、破ったらメッしちゃいますからね」メッ

京太郎「可愛い」

小蒔「えっ?」

京太郎「いや、小蒔さんのメッは怖いなーと」

正直、今のメッのポーズが可愛くて、ちょっと叱られたいなと思ったけどな!
勿論、俺は被虐趣味はないけど…小蒔さんが本気で俺の事を叱れるとは思えないし。
今はこうして怒るって言っているけれど、本当に俺を叱らなきゃいけなくなったら涙目になっててもおかしくはない。
まぁ、涙目の小蒔さんとか罪悪感がヤバイからあんまり見たくはないけれど。


小蒔「そうです。怖いんです」

小蒔「…だから、絶対に暴力はいけませんよ」

京太郎「はーい」

小蒔「…………ただ」ギュ

京太郎「え?」

小蒔「こんな事言ったら本当はイケナイかもしれませんけれど」

小蒔「私…京太郎君にそう言ってもらえて…嬉しかったです」ニコ

京太郎「っ」ドキッ

…おうふ。
まさかここでそんな風にデレられるとは思わなかったわ。
お陰で胸が今、ドキってした。
心臓が胸の中で跳ねたのがハッキリと分かったわ。
お姉さんぶった表情から、何時もの甘えん坊の顔に戻るギャップが可愛すぎる。
こんな子と付き合えたらきっと毎日が幸せでラブラブなんだろうなぁ…ってそれはさておき。


小蒔「…じゃあ、そろそろ行きましょうか」

京太郎「ですね」

今の俺達の目的は決してイチャつく事じゃない。
目の前には変わらずに頭首の待っているらしい部屋があり、そこに向かうと言う目的は達成されていないんだ。
若干、話が横道にズレてしまったが、そろそろ本題に戻るべきだろう。
…頭首は見るからに厳しそうな人だったし、あんまり遅くなると機嫌を損ねてしまうかもしれないからな。
他のタイミングならまだしも、これから話を聞こうと言う時に機嫌を悪くされたくはない。

小蒔「失礼します」ススス

京太郎「…します」

それでも、失礼します、とは正直、言いたくはなかった。
俺からすれば、あいつらは礼儀を見せるに足る相手じゃないんだから。
小蒔さんと若干、歩み寄りを見せてくれたとは言え、未だに許す事は出来ない。
そのシステムをぶっ壊すと心に決めた俺にとって、表面上の服従でさえ辛い事だった。


「…良く来たな、二人とも」

「お待ちしておりました」

小蒔「お父様…それにお母様も…」

…って、まさか神代家の中でも一ニを争うレベルの重要人物が二人も揃っているなんて。
俺たちを招いた頭首の方はさておき、小蒔さんの母親までいるとは思わなかった。
まぁ、若干、意外であったけれど…でも、警戒心を覚えるほどじゃないよな。
俺たちを招き入れる二人の表情は以前に比べれば柔らかいままだし。
こうして二人一緒にいるのも娘との仲を少しずつ修復しようとする気持ちの現れなんだろう。

「そこに座れ」

「今、お茶をお出ししますからね」

小蒔「はい」ニコ

……だからこそ、大人しくしておかないとな。
俺一人ならば茶なんて要らない…と言えるけど、今は小蒔さんも一緒な訳で。
ここで俺が下手に空気を悪くすれば、きっと彼女が傷つくだろう。
そんな彼女が見たくない俺としてはここは黙って従うしかなくて… ――


京太郎「(…って、これじゃまるで小蒔さんを人質に取られてるみたいだな)」

「…」ニヤリ

京太郎「…」イラッ

…いや、みたいじゃないな。
これは確実に小蒔さん、人質扱いなんだ。
今、頭首の奴、俺に向かって勝ち誇ったような笑みを向けやがったし。
俺が雁字搦めになって動けないのを確実に楽しんでいやがる…!

「はい。どうぞ」

小蒔「ありがとうございます、お母様」ニコ

京太郎「…」ペコ

汚いな流石神代家汚い。
これで俺はさらに神代家の事が嫌いになったな。
あもりにも卑怯すぐるでしょう…。
…………ま、とは言え、お茶には罪はないからな。
思うところはあるけど受け取るだけ受け取っておこう。
もしかしたら毒が入っているかもしれないし、飲むつもりはないけれど ――


「……なんだ、茶を飲まないのか?」

「せっかく、茶菓子も用意したと言うのに」

京太郎「(ははは、この野郎…!)」

…分かってるよな!
俺がお前らに出されたものなんて食べたくないって分かってて言ってるよな!!
くっそ…!俺の立場が弱い事を見抜いて、こんな地味な嫌がらせをしやがって…!!
以前、俺にやり込められた仕返しだとしても、大人気なさすぎるぞ!!

京太郎「い、いただきまーす」パク

「どうだ?」

京太郎「と、とっても美味しいなぁ」

正直、味なんてわっかんねーよ、クソ!
中に変なもん入れられてるんじゃないかって言う不安で胸の中が一杯だからな!!
ただ、まぁ…プルプルとした水菓子は多分、不味いもんじゃないと思う。
味こそ分からないものの、不快感が湧き上がってくる訳じゃないし。
香りも優しいんだから、きっと本当に美味しいモノなんだろう      多分。


「…当然だ。それは私の妻が作ったものだからな」

「も、もう…」カァ

…あぁ、うん。
なんだろうね、この気分。
こっちが頬を引きつらせながら、目の前のお茶菓子口にしてる最中に惚気けられてるんだけど。
いや、まぁ…夫婦仲が良好なのは、小蒔さんにとっても有り難い事だから悪いとは言わないよ。
言わないけど…なんだ、この微妙な感情。
憤りとも虚しさとも言えない複雑な胸中は…!

小蒔「わぁ…本当に美味しい…」

「本当…?」

小蒔「はい!中の餡だけじゃなくて、外のプルプルまで甘くて…!」

小蒔「これどうやって作ったんですか?」

「あなた達が来るって聞いて…昨日から仕込みをしてたんです」

「材料さえあればそれほど難しくありませんし、後で教えてあげましょうか?」

小蒔「お、お願いします!」パァァ

…だが、それを表に出す訳にはいかない。
こうして俺が我慢すれば我慢するほど小蒔さんが語らう時間が増えるんだから。
母親との語らいにこうも顔を輝かせる彼女を見れば、水を刺す気持ちも失せていく。
それに何より ――


京太郎「…で、今日のお呼び出しは一体、どういう事なんだ?」

「ただ、お前に嫌がらせをしたかっただけだが?」

京太郎「…へぇえ」

まだ本題に欠片も触れられちゃいない。
そう思った俺に返ってきたのはあまりにも巫山戯た頭首の言葉だった。
無論、それは冗談の一種だと俺も頭では理解している。
コイツは、神代家にとって最も重要な祭りでさえ、途中抜けするほど忙しい身の上なのだから。
そんな下らない用事の為にわざわざ時間を取れるはずがない。
だが、そう分かっていても、頬が引きつり、声に敵意が込められていくのを止められなかった。

「冗談だ。本気で受け取るな」

「そんな狭量だと安く見られるぞ」

京太郎「だったら、変にこっちを挑発するの止めてくれませんかねぇ…」

「これも訓練の一種だ、諦めろ」

……なんの訓練なんだろう。
俺としてはそんな訓練したくないって言いたいんだけれども。
ただ…一瞬 ―― 本当に刹那と言っても良い最中、この男の目は真面目だった。
まるで先の先まで見通すような鋭いものになっていたのである。


京太郎「(……なら、ちゃんと言う事を聞いておいた方が良いのかもしれない)」

俺にとってこの男は仇敵の首魁だ。
正直なところ、今も尚、ボッコボコにしてやりたいという気持ちがある。
しかし、その一方で、コイツは俺に対して歩み寄るような姿勢を見せているのだ。
勿論、俺の味方ではないだろうし、信用も信頼もしちゃいけない相手ではあるが ――

京太郎「(…この神代って家を支えてきた奴に学ぶ事は多いはずだ)」

俺はこの家を壊そうとしている。
そりゃもう後の事なんて考えずに滅茶苦茶にぶっ壊して再生不可能なまでに叩き潰してやるつもりなのだ。
だが、俺はまだこの家で何の力もなく、知識だってほとんどないに等しい。
そんな俺がこの家を壊そうとするならば、貪欲に知識や作法を学んでいくしかないだろう。


「…まぁ、今日呼び出したのは、この前言っていた件についてだ」

京太郎「俺が知りたい事を教えてやる…って奴か」

「あぁ。そうだ」

…で、そんな機会がいきなりやって来たんだ。
一体、相手にどういう意図があるのかは知らないが…俺はそれを極力、活かすべきだろう。
…とは言え、知りたい事なんて多すぎて一体、何から言えば良いのやらって感じなんだよなぁ。
一番、知りたい事は…まぁ、恥ずかしながら、決まっているけれどさ。

京太郎「……親父と母さんはどうしてる?」

「…………」

京太郎「…なんだよ、いきなり黙りこんで」

「…いや、お前は本当に稀有な奴だと思ってな」

京太郎「…それ褒められてる気がしないんだが」

「安心しろ。ちゃんと感心はしている。呆れ半分ではあるが」

…それってやっぱり褒められてはいないよな。
まぁ、コイツに褒められても正直、気持ちが悪いだけだし。
とりあえずは馬鹿にされていないってだけで納得しておくのが良いだろう。
ここでまた一々反発しても話が進まないだけだしな。


「まぁ…君のご両親に関しては、我々は特に関与するつもりはない」

「GPSその他で行動は監視しているが、あくまでもそれだけだ」

…なるほど、俺と親父が接触したのがどうしてバレたのかと思ったが…。
俺だけじゃなくて親父にもGPSがつけられて行動が筒抜けだったんだな。
で、流石の親父も自分にGPSがつけられているとまでは予想していなかったと。
…まぁ、俺の方はともかく、自分の方に発信機がつけられてるなんて普通、思わないわな。
悔しいが神代家の方が一枚上手だったって事か。

京太郎「…俺としてはそれだけなんて到底、思えないんだがな」

京太郎「完全にプライバシーの侵害だろ」

「…一応、お前の両親を拉致して人質にするという話もあったのだ」

「それに比べれば穏便な処遇だとそう思え」

京太郎「…っ」グッ

……確かに監禁とかそういうのに比べればマシなのかもしれない。
だが、こいつらは既に一度、俺達の家庭を滅茶苦茶にしているのだ。
その上、日頃、親父達の事まで監視されています、なんて言われて納得なんて出来るはずがない。
正直、俺たちの事を道具か奴隷程度にしか思っていないその言葉に思わず握り拳を作ってしまう。


「たまに滝見の者に周辺を調べさせてはいるが、元気にはしているそうだ」

京太郎「…嘘じゃないだろうな」

「こんな下らない事で嘘を吐くほど暇ではない」

…………正直、親父達が離婚して…元気でしているとは思えない。
母さんの方はさておき、親父はもう母さんに償う事が生きる目的だ、とまで言ったんだから。
生きる屍のような顔で日々を過ごしていてもおかしくないだろう。
…でも、今の俺にコイツの言葉を疑えるほどの証拠なんて何一つとしてないんだ。
とりあえず二人とも生きていると言う情報だけ胸に留めておくとしよう。

「他になにか聞きたい事があるか?」

京太郎「じゃあ、手っ取り早く神代家をぶっ潰す方法を教えろよ」

「それを私の口から教えてもらえると本気で思っているのか?」

まぁ、無理だよなぁ。
それを教えてもらえるんならば、色々とてっとり早くもあるんだけれど。
でも、相手はあくまでも神代家のトップで、俺と敵対している奴なんだ。
幾ら協力する姿勢を見せているとは言え、そんな都合の良い情報をくれるはずがない。


京太郎「…チッ使えない奴め」ポソ

「馬鹿でも杓子でも使ってみせるのが本当に有能な奴と言うものだ」

「自身の無能さを棚に上げて、他人を罵るのだけ一人前とは…器が知れるぞ」

…ダメだ、コイツに口喧嘩で勝てる気がしない。
この前はやっぱり小蒔さんの前で色々と動揺していただけなんだろう。
今のコイツは何を言っても、ソレ以上のダメージを返してくるんだから。
やっぱり神代家のトップなだけあって、ノーガードでの殴り合いは不利だ。

「ふふ」

「…おい」

「あ、申し訳ありません」ペコリ

「ですが、随分と楽しそうなものですから、つい」

「……ふん」

……楽しそう?
俺には何時も通りの鉄面皮にしか見えないけれど…。
……まぁ、長年、この人と一緒にいるであろう彼女がそう言っているんだ。
それを否定したりもしない事から察するに事実ではあるのだろう。


京太郎「(ただ…)」

「まるであの方々がいた時のように活き活きとされていましたよ」

京太郎「…あの方々って?」

俺を虐めて楽しむなんてあまりにも倒錯し過ぎじゃないだろうか。
そうツッコミを入れる前に、彼女が口にした言葉が俺の心に引っかかる。
今のコイツはそんなに活き活きとしていたのか、とか色々と聞きたい事はあるけれど…。
やっぱり一番は『あの方々がいた時』と言う彼女の言葉だ。
まるで岩か何かで出来ているようなコイツにも友人と呼べるような存在がいたのか。
これほど倒錯した野郎と友人になるだなんてどれほどの善人だったのだろうと俺は興味惹かれたのである。

「貴方のご両親の事です」

京太郎「…え?」

「…何を驚く必要がある」

「私は神代の頭首で、彼らはその傘下にいたのだ」

「面識くらいあって当然だろう」

京太郎「いや、そりゃそうかもしれないけど…」

……俺の両親とコイツが友人?
いや、でも……そんな素振りはまったくなかったぞ。
さっきも親父たちの事を口にしていたけれど…あくまでも何時も通りだったし。
まったくその顔に揺らぎを浮かべなかったのに…友人だなんて到底、信じられない。


小蒔「お父様は京太郎君のご両親と仲良しだったんですか?」

「…仲良しと言う訳ではないが」

「仲良しでしたよ」ニコ

「…………おい」

……だが、どうやら本気で仲良しだったらしい。
少なくとも、コイツよりもよっぽど素直な伴侶にそう言われるくらいには。
正直、信じがたいし、まったく想像も出来ないが…まぁ、事実なんだろう。
それは気まずそうなコイツの顔からも窺い知れる事ではあるし…。

小蒔「そうだったんですか」ニコニコ

「…勘違いするなよ。私が一方的に彼らに絡まれていただけだ」

「でも、嫌ではなかったですよね?」

「……」

何より、コイツは否定しない。
誤魔化そうとはしながらも、『嘘』だけは吐かないんだ。
だから、こうして黙ったのが、その何よりの証拠。
俺の親父達との親交をコイツもまた楽しんでいたと…そう自覚しているんだろう。


京太郎「…じゃあ、その事をもっと聞かせてくれよ」

「…………ここぞとばかりに活き活きとしよって」ハァ

そりゃ敵の弱点が見えたら、そこを突くのは常道だろ。
つーか、そっちだって小蒔さんを半ば人質に取ってる訳だからな。
最初に卑怯なやり方をしたのはそっちである以上、俺に文句を言われる筋合いはない。
何より、親父たちがこの神代家でどう過ごしていたのかは俺も興味があるんだ。
もしかしたら、どうして親父たちが神代家から追放されたのかも分かるかもしれないとあれば、そりゃ突っ込むべきだろう。

「…ただ、あまり語る事はないぞ」

「元々、須賀家の立ち位置は特殊だったからな」

京太郎「特殊って?」

「…その歴史は古く、長らく神代家とともに寄り添ってきてはいるが…」

「神代家に関しても秘された部分が分家の中で最も多い」

「その中でお家騒動が起こっているのを神代が把握していなかった…などと言う笑えない話まであるくらいだ」

京太郎「マジで笑えねぇな…」

一応、神代って数多くの分家を束ねる頂点じゃなかったのかよ。
それがお家騒動なんて大事を把握していなかったなんて、あまりにも笑えない。
それだけ須賀の権力が大きかったか、或いは隠蔽工作が得意だったのかってところなんだろうけれども。
そのどちらであっても神代としては決して気を許す事が出来ない恐ろしい相手であったはずだ。


京太郎「つか、それだったら反逆とかそういうのはなかったのか?」

「分家同士による諍いは今まで数え切れないほどあったらしいが、神代そのものに対する反乱と言うものはなかったらしい」

「…まぁ、神代は須賀を何よりも恐れて優遇していたからな」

「神代の権威の源が、九面と言う神々であるだけに取って代わっても旨味はないとそう判断したのだろう」

…なるほど、確かに神代はほぼ霧島神宮と一体化してるようなもんだからな。
その頭になったところでその権力や支持基盤をそっくりそのまま頂く…なんて事は出来ない。
それよりも適当に服従して、優遇されていた方が良いって考えは、まぁ分からないでもないけれど。

京太郎「逆に神代が須賀を潰そうとした事は?」

小蒔「…え?」

…小蒔さんが意外そうな顔をしているけれど…でも、多分、そっちの方は沢山あったはずだ。
須賀にとって神代が居心地の良い寄生先であったと言う事は、逆に神代にとっては邪魔者であったはずなのだから。
お家騒動に関して把握すら出来ないほど不透明な『味方』など、側に置いておきたいとは思えない。
間違いなく神代は須賀と敵対した経験があるはずだ。


「…お前が考えている通りだ」

「神代にとって須賀は六分家の一つではあったが、最も身近な敵でもあるからな」

「その力は強力無比ではあったが、時が経つ毎に争いごとと言うのは減り、存在意義も薄れていった」

「しかし、それでもその力が衰える事はなかったのだから、須賀家を恐れ、或いは疎む頭首が何度も出てきた」

小蒔「で、でも…分家って事は家族なんでしょう?」

小蒔「それを潰そうとするなんて…」

「…外敵がいなくなるほど安定したシステムの中で、最も警戒しなければいけないのはその家族だ」

「世の歴史を紐解けば親兄弟で殺し合いをした例などいくらでもある」

「遠く血の繋がった親戚など言わんや…という事だ」

小蒔「そんな…」

……出来れば、その辺、もうちょっと言葉を考えて欲しかった。
無論、コイツの言っている事は紛れも無い事実で…否定しようのない現実なのだけれど…。
でも、小蒔さんは今時、珍しいほど純真で、そして家族思いでもあるんだから。
そんな彼女に『家族同士で殺し合いをするのが当然』だなんて、言って欲しくはなかった。
ましてや…コイツは小蒔さんにとって血の繋がった父親であるのだから尚の事。


京太郎「…大丈夫ですよ」

京太郎「それはもう過去の話なんですから」

「…まぁ、神代家は安定しすぎて時代の変化に鈍いところはあるが」

「それでもそのようなお家騒動とは無縁になって来ている」

「血が流れるような事は滅多にないだろう」

…そこで確実にないって言い切れないくらいに神代家は巨大になってるって事か。
まぁ、正直、未だにその全体像すら把握出来てないほど馬鹿でかい組織なんだもんなぁ…。
その中でより良い汁を吸おうと血迷う奴が出てこないとは限らない。
こればっかりは人間の怖さとして諦めるしかないんだろう。

「それに神代としても須賀と争うメリットと言うのはあまり多くはなかった」

「神代としても六分家である須賀の血が絶えるのは避けたかったし」

「須賀の力があまりにも強すぎたのもあって、痛み分けが続いていてな」

「無理をして滅ぼそうとすれば、石戸に下克上される可能性すらあったくらいだ」

京太郎「…ホント、ドロドロしてんな、神代家」

確か石戸は最も神代と血が近い分家…なんだっけか。
実際、霞さんは小蒔さん以上に能力を使いこなしているし、対外交渉とか実務的な事は石戸が担当しているらしいけれど。
でも、だからってそこで神代に取って代わろうとするなんて…ほとんど戦国時代じゃねぇか。
六女仙の皆を見てる限り、あまりそんなイメージはないけれど…神代家の中身ってそんなにギスギスしてるのかよ。


「…まぁ、そういう訳で須賀家と神代家の関係は近年、穏やかなものになっていた」

「だが、その秘匿主義は変わらなくてな」

「私は石戸出身ではあったが…お前の母親と子どもの頃に会った事がない」

「私も彼女が六女仙に決まるまでは名前しか知らなかったですね」

小蒔「…と言う事は京太郎くんのお母さんは…」

「はい。最後の須賀家出身の六女仙になります」

…って母さんって、そんなに有名な人だったのかよ。
確か六女仙って…血筋だけじゃなくて能力に優れてなきゃ選ばれないんだよな。
俺の知るお母さんは基本、のほほんとしてる割には、親父にはゾッコンって感じだったんだけど…。
アレで中々に凄い人だったのか…?

「さらに言えば、須賀家最後の生き残りだ」

京太郎「はい!?」

「…さっきこの人が言った通りです」

「彼女が生まれる少し前、須賀家の中で大規模なお家騒動が起こって…」

「神代その他の家がそれを知った頃には、もう止められないほど激化しており…」

「彼女の母親…つまり貴方からすれば祖母にあたる方以外はほぼ死にました」

須賀家の闇深すぎぃいいいいいい!?
ちょっと待ってくれ、幾らなんでも衝撃の事実過ぎるんですけど!!
まったく面識がなかったし、存在を意識した事がなかったとは言え、流石に驚くわ!!
俺の先祖が同族で殺しあって全滅してましたとか、いっそファンタジーだって思いたいくらいだっての…!


「まぁ、須賀家の信奉者はあちこちに居たからな」

「例え一人になってもお前の母親を育てる事は出来たらしい」

「…が、須賀家はもう分家としての体裁を保てなくなった」

「結果、どこかの家にお前の母親を嫁がせ、その血を吸収させる…はずだったのだが」

…あぁ、うん。
これは先を聞かなくても分かるわ。
コレ絶対、上手くいかなかったパターンだよな。
つか、俺がこうして生まれているって言う時点で、母さんが分家に嫁いだ…なんてあり得ないし。
何より、母さんは一見、のほほんとしてる割には結構、我の強いタイプなんだ。
親父以外の言う事を素直に聞くところが想像できない母さんが、素直に従うはずがない。

「……高校卒業と同時にお前の母親は逃げた」

「より正確に言えば、須賀家に僅かに残ったコネクションを使って、ある家を頼った」

「名前は龍門渕…お前も知っているあの家だ」

京太郎「…はい?」

「…須賀家と龍門渕は親戚と言っても良い関係でな」

「そのツテを使って、彼女は長野の…龍門渕が経営する大学へと進んだ」

「勿論、そこが神代家にとって安々と手出し出来ない場所だと分かっていて…だ」

でも、そこで龍門渕の名前が出てくるのは流石に予想してねぇよ!!!!
つーか、俺と龍門渕さんって親戚だったのかよ!!!
見知らぬ先祖が殺し合いをしてた以上に衝撃の事実だわ!!!
つーか、母さんも親父も親戚なら何か言っといてくれって!!!


「…まぁ、それでも強引に連れ帰ると言う方法はあったんだがな」

「だが、お前の母親は神代に対して一つ約束をした」

「このまま籠の中の鳥で終わるのは嫌だ。大学を卒業するまで自由にさせて欲しい」

「大学を卒業すればちゃんと鹿児島に戻るから、とな」

…ま、まぁ、とりあえずそれは置いておこう。
話の主題は龍門渕さんの事じゃなくて、俺の母さんの事なんだし。
ここで母さんの過去を聞き逃がせば、きっと俺は二度とそれに触れる機会と言うのがなくなってしまうかもしれない。
その辺の事を消化するのは後でも出来るんだから、今は目の前の話に集中した方が良いだろう。

京太郎「…それは通ったのか?」

「勿論、通るはずがない」

「他の六女仙たちは既に家に入って、次代の子を育てる準備をしていたのだから」

「その頃にはお前の祖母も病で死んでいた以上、早く跡継ぎを作ってもらわなければいけなかった」

「だが…」チラ

「…私達が直訴したんですよ」

「あの人に最後の自由を堪能させてあげて欲しいと」

……頭首の言葉を引き継いだ彼女の言葉は、決して意外なものではなかった。
確かに最初は冷たいとそう思ったし…巫山戯るなと言う気持ちもあったけれど…。
でも、今の彼女はとても柔らかく、そして穏やかな表情を小蒔さんに向けているんだ。
純真な小蒔さんが突然変異だとは思えないし…きっと彼女も本当は心優しい人だったんだろう。
ただ…それを神代と言うシステムに縛られ、小蒔さんに見せる事が出来なかっただけで。


小蒔「…お母様が、ですか?」

「はい。だって、その当時の彼女はとても辛そうだったんです」

「唯一の肉親であったお祖母様が亡くなられて…本当に一人ぼっちになってしまって…」

「…そのまま神代に入ってしまったら、すぐにでも死んでしまいそうでした」

「だから、私たちは必死になって彼女を庇ったんです」

「…一応、私達も長らく一緒の時を過ごした友人でしたから」

小蒔「…お母様」

……そうだよな。
六女仙と言うシステムは別に今に始まった訳じゃないんだ。
小蒔さん達がそうであるように…その母親達もあの屋敷で一緒に過ごしている。
つまり小蒔さん達がお互いに向けるその感情を、彼女達もまた共有しているという訳で。
下手な肉親よりもずっとお互いの事を大事に思っていたんだろう。

「…別に神代も冷血な人間ばかりではない」

「当時の六女仙や神代の巫女にそっぽを向かれるよりはマシだと言う打算もあって、彼女のモラトリアムが受け入れられた」

「…………が、その結果、彼女はお前の父と出会ってしまってな」フゥ

京太郎「あー…」

……何度も言うが、俺は神代の事は嫌いだ。
今も変わらず六女仙に ―― 俺の大事な人達に様々なモノを強いているそのシステムには吐き気がする。
…ただ、それでも若干、可哀想だと思ったのは、親父に対する母さんの執着はハンパじゃなかったからだ。
俺が生まれてからは落ち着いたらしいが、それでも親父への大好きオーラを止めない母さんの現役時代ともなれば…。
そりゃもうとんでもないトラブルを引き起こしたのだろうと息子の俺には容易く想像出来る。


「最初は席が隣になった程度だったらしいですよ」

「でも、その時から熱心に話しかけられて、あの人も寂しさもあってそれを受け入れて…」

「冬が来た頃にはもう同棲していたと聞きました」

京太郎「…母さん」

…いや、まぁ、変な男に騙されるよりはマシだろうけどさ!
実際、親父も母さんにゾッコンで鬱陶しいくらい仲の良い夫婦だったんだけどね!!
流石にちょっとそれはチョロ過ぎやしませんか…?
幾ら肉親が死んだばかりとは言え、コロっといきすぎだと思う。

「…まぁ、そんな二人が離れられる訳なくてな」

「大学から帰って来た頃にはもう籍を入れて…子どもまで作っていた」

小蒔「…じゃあ、その赤ちゃんが…」

「そう。京太郎君になります」

……うん、ですよね。
親父達の年齢から逆算しても、丁度、そのくらいに俺が出来ていたって言うのは分かってたし。
…しかし、こうやって時系列順に並べるとやっぱりクるものがあると言うか…。
母さんはろくな合意も得ずに結婚して…あまつさえ妊娠までしてたのかよ…。
まぁ、神代家の滅茶苦茶っぷりを考えるにそれくらいやらなきゃ引き離されそうではあるけれど…幾らなんでも力技過ぎやしないだろうか。


小蒔「でも…大丈夫だったんですか?」

「…勿論、大反対にあった」

「次代の須賀を産むはずの彼女が何処の馬の骨とも知らない奴の子を身籠っていたんだからな」

「……だが、それも少しすれば収まっていった」

京太郎「どうしてだ?」

これが親父と母さんの強い愛に心打たれて…と言う話ならば、美談なんだけれども。
しかし、神代はそんな美談を認めてくれるような連中ではなく、また神代の中で母さんの重要性は軽視出来るものではないんだ。
本当に何処の馬の骨とも分からないような親父との結婚なんてコイツラが認めるはずがない。
俺にそうしたようにその仲を無理やりにでも引き裂こうとしていたはずだ。

「…お前の父があまりにも優秀だったからだ」

「無論、それは身体能力や学歴と言った目に見える形の優秀さではない」

「神代家はそれほどガチガチな血統主義ではないが…それでもその傾向は否定出来なかった」

「だが、お前の父はあの手この手で場に馴染み、自分の立ち位置を確立していったんだ」

「…本当に、独特の存在感がある男だったよ」

その辺りは俺も分からないでもない。
親父の距離の取り方は ―― もっと砕けた言い方をすればコミュ力は本当に凄いものだったんだから。
その気になればその身ひとつで何処ででも生きていけそうな親父は、ここでもその手腕を発揮したんだろう。
…そうでなければ、この融通の効かない性悪親父と『仲良しだった』と言われたりはしないはずだ。


「無論、古い人間には煙たがられていたがな」

「彼らからすればアイツは須賀の一人娘を狂わせた悪魔のような男なのだから」

「だが、そういった古い人間達にもアイツを認める奴は少しずつ出ていた」

「……あの日が来るまではな」

…またなんか不穏な言葉が出てきたな。
まぁ、このまま親父が神代に馴染んでめでたしめでたし…で終わるはずなんてないって分かっていたけれど。
もし、そうなら俺は長野じゃなく鹿児島で暮らしていただろうしなぁ。
幼馴染である咲とだって出会う事はなく、寧ろ、小蒔さん達が俺の幼馴染であったはずだ。

小蒔「それってもしかして…」

京太郎「小蒔さんは何かご存知なんですか?」

小蒔「あ、えっと、その…」カァァ

しかも、それは小蒔さんが知っているほど重要な事件らしい。
ならば、コイツよりも小蒔さんに語ってもらう方が良いだろう。
俺はまだコイツの事を信用しちゃいないし…何より、親父と同年代の男よりも美少女の話を聞いていたほうが耳にも優しい。
そう思って小蒔さんに尋ねてみたんだけれど…どうして彼女は顔を赤くするんだろうか。
俺ってそんなに恥ずかしがるような事を聞いてしまったのかなぁ…。


「…詳しい話は聞いてやるな」

「小蒔もそれを口にしたいとは思わないだろう」

小蒔「…わ、私は別に…京太郎くんの為ならば…」

「…小蒔」

小蒔「う…」

分からん。
まったく分からないが、しかし、それは小蒔さんにとって不利益の生じるものらしい。
そうじゃなければ、多分、コイツが小蒔さんを窘めるように名前を呼んだりしないだろうし。
さっき彼女が恥ずかしそうにもしてた訳だから、ここは突っ込まない方が良いだろう。

京太郎「…分かりました」

京太郎「小蒔さんには聞きません」

小蒔「…ごめんなさい」シュン

「…ちなみに六女仙に尋ねても無駄だぞ」

「この件はお前にだけは伝えないように戒厳令が敷かれている」

「幾ら石戸の娘とは言え、それを伝える事は出来ないだろう」

その辺りは言われなくても分かっている。
小蒔さんが口に出来ないって事は、序列で言えばそれよりも下の霞さん達が言えるはずないって事だし。
無論、真剣に聞けば、教えてくれるかもしれないが、それは間違いなく彼女たちの立場を悪くするものなんだ。
別に死ぬほど気になるって訳じゃないんだから、とりあえず親父達と神代家の間で何かあったって事だけ覚えておこう。


京太郎「…って事で存在だけ匂わせといてスキップするのか?」

「焦るな。それでもさわりくらいは話してやる」

「…アナタ」

「安心しろ。いざと言う時は全力でお前を護る」

……なるほどな。
一体、神代家が何を隠しているのかは分からないが、それは彼女の ―― 先代巫女の立場を悪くするらしい。
いや、コイツに俺に対する警戒が強く浮かんでいると言う事は…ヘタすれば掴みかかりかねないほどの『何か』が隠れているのか。
…正直、さっきよりも興味が惹かれたが、しかし、今は突っ込まないとそう決めた訳だしな。
さわりは話してくれるらしいから大人しく待っておくとしよう。

「…まぁ、端的に言えばだ」

「…ある日、我々に託宣が下った」

京太郎「託宣?」

小蒔「神降ろしを使った神代の巫女は、時折、神としての言葉を口にするそうです」

小蒔「私達は意識がないので、実際にどういうものなのかはまったく覚えていませんが…」

小蒔「ただ、神代にとってそれは今後の行く末を左右するほど重要なものです」

神代神代って言ってるけれど、その権力基盤は神社だもんな。
そりゃ神様からの託宣なんてモノがあれば、全力でそれを叶えに行くのが当然だろう。
…だが、それが一体、どう話に関係してくるって言うんだ?
まさか俺が魔王の生まれ変わりか何かで、今すぐ封印しないと危ないとか?
……いや、それだったら俺はもうとっくに封印されてるだろうな。
一応、監視されながらとは言え平穏に生きていられる以上、そんな出来の悪いファンタジーめいた展開はないか。


「…詳しい内容は秘匿事項に引っかかるから聞くな」

「…だが、それに接触しない範囲で言えばだ」

「お前が神代に100年の栄光をもたらすとそう言う内容だった」

京太郎「…は?」

……俺が、神代に、100年の栄光を、もたらす?
…………え、いや、それって逆じゃね?
俺はもうとっくの昔にぷっつんして神代ぶっ潰す覚悟を決めてるんですけど。
そんな俺が神代に栄光をもたらすとか一体、何の冗談だ?
一体、お告げを下した神様が誰か知らないけど、ちょっと耄碌し過ぎじゃねぇか?

京太郎「つーか…それってあんまりにも神代家に都合良すぎじゃねぇか」

京太郎「神様の託宣ってアレだろ」

京太郎「魔王が復活しましたとかそういう世界レベルの危機を教えるもんじゃねぇのかよ」

「阿呆。これは低俗な漫画やゲームなどではないんだ」

「そう簡単に世界レベルの危機なんぞ起こらんし、それに神々が関与する事もない」

「流石に二度の世界大戦は事前に託宣が降っていたらしいが、それも戦中にどう立ち回れば良いかと言うアドバイスが主だった」

九面様、神代家の事好きすぎいいいいい!!!
いや、まぁ、現代社会においても、ここまで自分の事を信じてくれてるとかそりゃ可愛くなるのが当然かもしれないけれど。
でも、国家レベルならまだしも一家族の未来に関してアドバイスとか…ちょっとフレンドリー過ぎやしませんかね。
神様の加護だけじゃなくアドバイスまでアリとか…神代家がでかくなるのも当然ってくらいのチートだろ


「…………だが、それを差し引いても、その託宣は異常なものだった」

「そもそも神々からの託宣で個人名が出てくる事なんて殆どない」

「あくまでもふんわりとした大雑把なアドバイスで、その解釈にも幾通りかあったくらいだ」

「…だが、そんな託宣の中、ハッキリとお前の名前があがった」

「当時のお前はまだ生まれてさえいなかったにも関わらず、だ」

……あー…流石にここまで来ると俺にもなんとなく分かってくる。
そもそも神代家にとってその託宣とやらは絶対に達成しなきゃいけない課題みたいなもんなんだ。
そんな中に俺の名前が出れば…神代家がどう出てくるかなんて簡単に想像出来る。
自分でもたまに嫌になるけれど…俺はこの家に汚さや強引さを嫌というほど知っているのだから。

「解釈の余地すらないほどハッキリとした託宣に、まず神代家の中が湧いた」

「お前を手元においておくだけで100年の栄光が約束されたようなものなのだから」

「激変する社会にこれからどう対応していくかを迫られていた神代家にとって、それはまさしく福音だった」

「だからこそ…」

京太郎「…俺を親父や母さんから引き離そうとしたんだな?」

「……その通りだ」

その託宣によって、俺は小蒔さんに並ぶほど重要な人物になってしまった。
託宣成就の為に神代にとって是が非でも護り育てなければいけなくなったのである。
……そんな俺が親父達の元ですくすくと育てられるはずがない。
神代の巫女 ―― 小蒔さんと同じく、両親から引き離され、穢れのない神域とやらで育てられていたはずだ。


「…無論、そんなものお前の両親に受け入れられるはずがなかった」

「何故、まだ生まれてもいない子どもの未来を決められなければいけないのか」

「どうしてまた彼女から家族を奪おうとするのか」

「…何時も飄々としていたあの男が本気で怒りを露わにした姿を未だに良く覚えている」

……当然だよな。
親父は神代とは無関係の家で育ち、母さんは天涯孤独の身の上なんだから。
ようやく出来た一人息子が、託宣なんてものに奪われそうになっているのを黙ってみていられるはずがない。
きっとその時の親父の怒りは…俺が見てきたどんなものよりも凄まじいものだったんだろう。
本気で怒った親父なんて俺は一度も見た事がないけれど…それでも俺は親父にとても愛されていたんだから。

「だが、100年の栄光という言葉に目が眩んだ神代にその言葉を受け入れるものはいなかった」

「そもそも…我々にとって家と言う大きなものの為に犠牲になるのは当然の事」

「外で生まれ育った彼の言葉など届くはずもない」

「託宣によって子と引き離されそうになっている彼らを、祝福したものさえいたくらいだ」

京太郎「…幾らなんでも無神経過ぎやしないか」

「言葉もない」

…そこで言い訳をしないのは、きっとこの男はそれを窘める側だったからなのだろう。
そもそもコイツもまた子どもから引き離された親なのだから。
必死に訴えようとする親父の気持ちが分からないはずがない。
…しかし、それでもどうしようもないほど託宣とやらの力は大きかった。
その無神経さと盛り上がりに神代家の頭首が危機感を覚えても、どうしようもなかったほど。


「当時の我々はそれがまかり通るほど浮かれきっていた」

「そんな我々に…彼らが失望するのもまた当然の事」

「ある日、彼らは我々に何も言わず、姿を消した」

「無論、身重の妻を連れての逃亡だ」

「数ヶ月程度で見つかったが…その時にはもうお前が生まれていた」

まぁ…そりゃ見つかってしまうよなぁ。
神代家は戸籍を書き換えるほど国家権力に食い込んでいるんだ。
俺を買う為に億単位の金をポンと親父に渡したらしいし、金だって余っている。
幾ら親父がチートコミュ力の持ち主だって言っても、見つからずに隠れ続けるなんて不可能だ。

「…下界で既に穢れた子どもを神域に連れて行く訳にはいかない」

「既に神域には次代の巫女…小蒔がいて、その育成に入っていたのだから」

「下手に二人を近づければ、感受性の強い小蒔に悪影響を与えてしまう可能性があった」

「だから、そこからはもう交渉の連続だ」

「機を見てお前だけでも取り戻そうとする神代家と…そして何とかお前を護ろうとする父親のな」

京太郎「……親父」

……それでも親父は俺を護ろうとしてくれていた。
本当は生まれてすぐに俺を奪われてもおかしくないってのに…この年まで親元で育て続けてくれたんだから。
…きっとそこには俺が想像も出来ないような苦労があったんだろう。
でも、親父はそれをまったく感じさせずに…『普通の親父』であってくれて…。
俺の運命なんて感じさせないくらいに…『普通』に育ててくれたんだ。


「…まるで他人事のように言っていますが、この人が主に交渉の責任者だったんですよ」

京太郎「え…?」

「……実際に交渉にあたっていたのは滝見と石戸だったがな」

「私は後ろで総指揮をとっている…と言う形であった」

「…だからこそ、ここまで引き伸ばせたんですよね」

「…ふん」

京太郎「……まさか」

……なんだよ、それ。
神代家のトップが交渉を引き伸ばしてたって…。
確かにそれくらいじゃなきゃこの年まで親父たちと一緒にはいられなかったかもしれないけど…。
でも、そんなのいきなり言われても…納得出来るはずないだろ。
俺にとってコイツは敵で…決して信用出来ない奴だったんだから。
それが本当は親父の味方だったなんて…そんな事…。

「……私達とて子を失う辛さは分かる」

「何より…短い間だったが、私はあの男と酒を飲み交わした仲でもあるんだ」

「例え、先延ばしにしか出来なくても…力になってやりたいとそう思うのはそうおかしい事ではないだろう」

小蒔「……お父様」

…………でも、多分、嘘じゃない。
そう俺が思うのは…コイツの言葉から今までで一番、感情がにじみ出ているからこそ。
後悔や寂しさ、悲しみなどで今にも崩れそうなその声音は、聞いているだけで胸が痛くなるほどだった。
相変わらずその声は硬いが…コイツはコイツなりに、親父達の力になろうとしてくれていたんだろう。


「…だが、そのモラトリアムも去年まで」

「お前の成長とともにしびれを切らした強硬派を抑えきれなくなり…」

「結果、お前は全てを失った」

「もう神代家以外の何処にもいけないように…その全てを奪われたんだ」

それでも…俺の平穏は続かなかった。
そもそもそれは最初から延々と終わりを先延ばしにしていただけなんだから。
既に瀬戸際にまで追い詰められ、何時堕ちるかと言う平穏を護り続けられるはずがない。
いや、寧ろ、そうやって悪あがきをし続けた結果、俺は戸籍も何もかもを滅茶苦茶にされたと言う考え方だって出来るだろう。

「恨むなら私を恨め」

「生涯で唯一と言える友から子を引き離すしかなかった私が」

「誰よりもお前の事を愛していた彼らに…金と言う形でしか償う事が出来ない私が…」

「神代家の頭首である私が…全て悪いのだから」

京太郎「……」

……それでも俺はコイツの事を恨む気にはなれなかった。
勿論、親父や母さんの事も恨んではいない。
確かに結果はこうなってしまったけれど…それでも皆、俺の為に頑張ってくれたんだから。
複雑な気持ちはあるけれど、それは決して悪い方向には向かったりしない。
ただ… ――


京太郎「…わっかんねーよ」

京太郎「色々言われすぎて…頭の中、パンクしそうだ…」

京太郎「100年の栄光とか…アンタの事とか…」

京太郎「…全部、纏めて…夢であって欲しいとそう思ってる」

それはあくまでも今だけの事。
…今の俺にとって一番、大きいのは、混乱と複雑さなんだから。
こうして黙って聞いていたけれど…俺の頭はそれにまったくついていけてない。
与えられた情報を思うように消化出来ちゃいない以上、これから先もコイツを恨まないなんて言えるはずがなかった。

小蒔「……京太郎君」ギュ

京太郎「……えぇ。分かってます」ギュ

…そんな俺に小蒔さんの手が延びる。
それはきっと俺が自分でも思っている以上に混乱している所為なんだろう。
俺の手を握ってくれた彼女から優しさと暖かさを感じる。
…お陰で少し気持ちも落ち着いて、言うべき事も頭の中で纏まってきた。


京太郎「……でも、今の話が本当なんだとしたら」

京太郎「俺はアンタに…いや、貴方に感謝しなきゃいけない」

「…私がやった事はお前の傷を広げただけだったかもしれないのにか」

京太郎「それでもだ」

京太郎「それでも…俺達の為にしてくれた事には感謝を返さなきゃいけない」

京太郎「…少なくとも、俺は親にそう教わったからな」

「……そうか」

…まぁ、だからと言ってまだ敬語を使うつもりにはなれないけどな。
今までが今までだったし…そう簡単に態度を変えられるほど俺は切り替えが早い訳でもないんだ。
…ただ、こうして俺に短く言葉を返すコイツ…いや、この人の顔は安堵と申し訳無さがかすかに浮かんでいて。
……以前ほど強く怒る気持ちや憎む気持ちを向けられないのは確かだった。

「それで、お前はこれからどうするつもりだ?」

京太郎「…とりあえず頭の中が一杯だけど…」

京太郎「それでも俺の気持ちは変わってない」

京太郎「神代家は…絶対に潰す」

京太郎「これ以上、俺や小蒔さんのような人を出さない為にも」

俺のやろうとしている事は、この人に恩を仇で返す事になるのかもしれない。
いや、神代家頭首と言う立場からすれば、俺のやろうとしている事を認められなくて当然なんだ。
…しかし、それを理解しながらも、俺の目標は、目的は変わらない。
寧ろ、こうして話を聞いて…余計にこのままじゃいけないという気持ちが俺の中で強くなっていた。


「…好きにしろ」

「お前にはその権利がある」

京太郎「…あぁ、好きにさせてもらうよ」スクッ

…多分、これ以上、お互いに話をする必要はないだろう。
俺が聞きたい話は聞いたし、この人もまた一つ仕事が終わったような顔をしているんだから。
まぁ、それはあくまでも本題で、話そうと思えば雑談も色々出てくるんだろうけれど…。
でも、俺はまだ頭の中を完全に整理しきれてなくて…そんな気分にはなれないんだ。
相手も少し肩の荷が下りたような表情を浮かべているし、今日はもう解散にした方が良いだろう。

小蒔「あ…それじゃあ、私も」

「……小蒔にはまた別で話がある」

小蒔「え?」

「あんまり長話になったりしないと思いませんし…」チラッ

京太郎「…あぁ。外で待ってるよ」

小蒔「すみません」

京太郎「良いですよ。折角の親子水入らずなんですからゆっくりしてください」

…そう思って立ち上がった瞬間、小蒔さんの方にストップが入った。
良く分からないが…小蒔さんはただ俺への人質ってだけじゃなかったらしい。
それに小蒔さんは謝罪の言葉を口にするけど…でも、気にする事じゃないよな。
彼女からすれば久しぶりの家族との語らいなんだ。
一時間でも二時間でも待つ覚悟は出来ている。


京太郎「じゃ、俺は先に出ていますから」

ま、何はともあれ、お邪魔虫はとっとと退散しますか。
どんな話をするつもりなのかは知らないけど、それは俺がいちゃ出来ない類のモノらしいし。
幸い、この辺りは屋敷とは違って、電波もガンガン飛んでいるから適当にアプリで時間を潰しておこう。

「……須賀京太郎」

京太郎「ん?」

「…何かあった時は私の名前を出せ」

「お前に明確な後ろ盾が出来るまでは私が庇ってやる」

京太郎「…んな事言ったら、マジで好き放題するぞ」

「構わん。どうせ私がこの座にいれるのも長くはない」

「私が面倒を見れる限りは見てやる」

京太郎「…………ありがとうな」

面倒を見るって、果たして何処までの事なのか俺には分からない。
だが、俺に対してこうまでハッキリ口にするって事は、よほど馬鹿な事をやらかさない限りは頼っても大丈夫なんだろう。
…まぁ、実際はどうであれ、立場的には敵である訳だから、あんまり頼り過ぎるのはダメだろうけどさ。
それでもこうして後ろ盾になってくれるって言うのは有り難い。


京太郎「(…まぁ、後ろ盾になって貰わなきゃいけないような問題なんて起こすつもりはないけれど)」

今、好き勝手に動けば、俺と一緒に暮らしてる他の皆にまで迷惑が掛かってしまう可能性がある。
無論、いずれは神代の事をぶっ潰すつもりではあるが、今はまだ色々と力や知識を蓄えなければいけないだろう。
その為に、まずは座学の時間を増やしてもらおうかな。
一応、今も勉強はしているが、それはあくまでも学校で好成績を収める為のものだし。
未だ神代家の事で分かっていない事は多いから、そっち方面の勉強を始めて ――

「…お、お前は」

京太郎「…ん?」

うわ…まさか襖を開けた瞬間、初美さんの婚約者に会うなんて。
いや、コイツも確か神代の一員だし、ここはコイツの家でもあるんだろうけれど…。
でも、正直、ココで会うのは予想していなかったっていうか、会いたくなかったっていうか…。
お互いに会わない方が幸せだっただろうに…なんて間の悪い。


「……ぐふ、ぐふふふふ」

…って、なんでコイツ笑ってるんだ?
いや、笑ってるって言うか…コレ、勝ち誇ってる?
なんか、愉快で愉快で堪らないって感じみたいだが…まぁ、正直、かなり神経に障る。
こう生理的な嫌悪とともに思いっきりぶん殴ってやりたいくらいに。

京太郎「(…落ち着け)」

京太郎「(さっき問題を起こすつもりはないって自分で言っただろ)」

京太郎「(こういう手合はスルーするに限る)」

「ぷっ…」

京太郎「…」イラァ

……そうは言ったもののだ。
一発…そう、一発くらいなら誤射かもしれない。
たまたま相手の顔に蚊が留まっていたから、ついつい拳が出ちゃっただけかもしれないからな。
…まぁ、問題は今はもう冬で蚊も殆どいないって事なんだけれど。
流石にその言い訳じゃ、問題になっちゃうよなぁ…。


「お、お前、初美たんの事が好きなんだろ?」

京太郎「……は?」

…コイツ、何言ってるんだ?
言っちゃなんだが…初美さんってかなりの幼児体型なんだぞ。
確かに初美さんは良い人だとは思うけど、俺の好みとはかけ離れすぎてる。
好きではある事を否定しないが、それはあくまでも家族としてのモノだ。

「ろ、ロリコン野郎…」

「お前みたいなのを社会の屑って言うんだよ…」

京太郎「あ、あはは」

……なんで、俺、ロリコン野郎に社会のクズだとか言われなきゃいけないんだろう。
正直、ストレスがマッハで拳に力が入っちゃうんですけど!!
…でも、ここまでこっちを挑発してくるって事は、何か目的があるんだろうし…。
ここで感情に任せて殴ったら、俺が不利になる仕掛けでもあるのかもしれない。
……だから、ここはひたすら耐えるべきだ。
こんな奴の言葉に耳を貸す必要なんかない。


「お前がどれだけ初美たんの事が好きでも…彼女の婚約者は僕だ」

「お、お前なんか、初美たんに相手されるはずないのに…でゅふ…」

「社会の屑の上に、横恋慕するなんて…哀れすぎて同情するよ」

…まぁ、相手にされてないのは確かだよなぁ。
初美さんにとっては俺はただの弟程度でしかない訳だし。
でも、言っちゃ悪いが、それはそっちも同じだぞ。
お前はどっちかって言うと初美さんに嫌われちゃってる訳だし。
相手にされるされてない以前の問題なんだけど。

「ぼ、僕はヒーローなんだぞ」

「誰にも愛されなかった初美たんを救ったヒーローなんだ」

「お前が初美たんの事惑わそうとするなら…よ、容赦しない」

「ママの力で…お前なんかぶっ潰してやる…」

うわぁ…キツイ。
コイツ、ロリコンなだけじゃなくてマザコンなのかよ…。
もう40近くらしいのに…ママはねぇって。
あんまりにもキツすぎて色々と胸が痛くなるから止めて欲しい。
キツイキツイ言われるはやりん以上のキツさだぞ、コレ…。


「お、お前は初美たんが僕のモノになるのを指を咥えてみてれば良いんだ…」

京太郎「……モノ?」

…それは言葉の綾だったのかもしれない。
ただ、俺の事を挑発する為のモノだったのかもしれない。
…そうと分かっていても、俺はそれを尋ねる事を止められなかった。
なにせ…それは初美さんの事を、人間扱いしているとは思えない言葉だったのだから。
初美さんの事を家族として思っている俺としては聞き逃がせるものではない。

京太郎「おい、お前、今、モノつったのか?」

「は、はは。怒ったのか、社会の屑…!」

「で、でも…今更、怒ったってお前にはどうする事なんて出来ないぞ…!」

京太郎「…んな事聞いちゃいねぇよ」

京太郎「お前、初美さんの事、どう思ってるんだ?」

俺の事なんてどうでも良い。
あぁ、社会の屑でもなんでも好きに言えばいいさ。
ロリコンでもマザコンでも…どんな誹りであっても流してやるよ。
だけどな。
だけど…初美さんの事だけは流せない。
あの人は俺にとって返しきれないほどの恩がある人なんだ。
もし、それを少しでも蔑ろにするならば……。


「そ、そんなの決まってるだろ」

「僕が相手をしなきゃ…誰にも拾われない娘だ」

「だ、だから、僕が拾って…可愛がってやる」

「勿論、ただ、可愛がるだけじゃない」

「六女仙なのに、何処にも行き場のない不良品なんだから」

「結婚したら…絶対に逆らえないように躾けて…」



―― 瞬間、ブツリと。

―― 頭の奥で何かがキレた音が聞こえた。



ズドンッ

「ひぃっ!?」

……気がついたら、俺の拳は柱にめり込んでいた。
…出来ればそのすぐ隣にあるこの糞野郎の頭を砕いてやりたかったが…ギリギリのところで理性が働いたらしい。
何とも残念だけれど…まぁ、結果オーライって考え方もある。
流石の神代家頭首でも身内を殺されて庇ったり出来ないだろうし。


「お、おおおおおお前…」

「わ、分かってるのか?」

「僕は…僕は神代の人間なんだぞ?」

「そ、それが…お前、分家の分際で」

京太郎「あ?知った事かよ」ガシ

「ひ…っ」

……とりあえずそのまま首根っこ掴んでみたが、表情が完全に引きつってるな。
まさか、ここで俺がキれるとは思ってなかったのか?
…もし、そうなら救いようのない大馬鹿だな。
相手が何処で怒るかも知らずに、ただ立場を傘に来て偉そうにしてたんだから。
正直、こんな奴が初美さんの婚約者だなんて…思いたくもない。

京太郎「…今のは本音か?」

「な、何が…」

京太郎「初美さんの事を不良品だって…本気でそう言ったのかよ?」

…けれど、それは親同士の取り決めだ。
俺がどれだけそれを否定しても…婚約を覆す事は出来ない。
……だから、もし、ここでコイツがそれを否定するならば。
そんな事を思っていないと…そう口にするならば。
俺は…俺はまだ立ち止まれるかもしれない。


「あ、当たり前だろ」

「身体が小さくて、子どもも碌に産めないような女を…他にどう言えば良いんだよ」

京太郎「…そうかよ」

ハッキリと言い切った勇気だけは評価してやる。
あぁ、今にも膝がガクガクになって小便漏らしそうになっていても。
例え、それがやけくそ気味であっても…こうもハッキリ言ったんだ。
…あぁ、認めてやるよ。
お前は俺の敵だ。
どうあっても潰さなきゃいけない…俺の敵だよ…!

京太郎「…分かった」パッ

「…は、ははは。か、格好悪いな、お前」

「どれだけ意気がっても一発殴る事すら出来ないのか?」

「び、ビビリすぎだろ、ばーか!」

京太郎「……」

そんな相手とこれ以上、無駄話をするつもりはない。
敵を知り己を知れば…なんて言うけれど、コイツの場合、知るだけの価値すらないんだ。
それに…一番、格好悪いのはコイツだ。
俺が手を離した瞬間、腰が引けて声まで震えているんだから。
その上、支離滅裂な言葉を口にしてるとなれば、幼稚園児でも、コイツの方がビビってるって理解するだろう。


「…今の音はなんだ?」ススス

「あ…お、おじさん…」

何より、俺達のいる場所は神代家頭首がいる部屋の前。
そんなところで柱にめり込むような拳を打てば…そりゃ人も集まってくる。
まだその顔が青ざめたままの糞野郎よりも、まずはそっちへの対応を考えるべきだろう。

「こ、コイツだよ!」

「コイツがいきなり僕の事殴りかかろうとして…」

「僕はとっさに避けたけど…ほ、ほら、この柱が!」

「…ほう」

…ぶっちゃけ、そんな嘘が通るはずないと思うんだけどな。
確かに俺は神代家の事を憎んでいるが…俺達と部屋を分け隔てているのは襖だぞ。
興奮したコイツが俺の事を社会の屑呼ばわりしていたのもきっと中に伝わっているだろうし。
何より…どうやらコイツは初美さんだけじゃなく、この頭首にも嫌われているらしい。
部屋から出てきたこの人の視線は、呆れだけではなく嫌悪の色を感じさせるものだった。


「……腕力だけじゃないな」

「神の力を借りて威力まであげてある…か」

「一朝一夕で出来る技ではないな」

京太郎「…咄嗟にやっただけだ」

「そうか。咄嗟だったのならしょうがないな」

「…え?」

その上、頭首は俺の後ろ盾になってくれるとそう言ったんだ。
怪我をさせたならば流石に庇いきれないだろうが、器物破損程度で一々、問題にはしないだろう。
まぁ…ここまで軽く済ませてくれたのは俺も流石に予想外ではあるけれど。
それは目の前の糞野郎ほど大きい驚きじゃなかった。

「お、おじさん!僕は怪我しそうになったんだよ!」

「こ、これ傷害未遂事件だし…柱も歪んでるから器物破損じゃないか…!」

「警察…!警察呼ばないと!」

「怪我をしたならともかく、こんな下らないいざこざで警察を呼ぶつもりはない」

「っ!」

そこで絶句する辺り、コイツが俺をあんなに挑発してたのは、頭首の事をアテにしていたからなのかもしれない。
まぁ、分家 ―― しかも、もう滅んだ家の人間よりも、身内の方を優先すると思うのはそれほどおかしい事じゃないだろう。
実際、俺だってこの人から話を聞くまでは同じように思っただろうし。
だからと言って、予想が完全に外れたコイツの事を可哀想だとは欠片も思わんが。


「……お、覚えてろよ」

「お前のようなDQNに…!」

「チャラくて乱暴者で人生舐め腐ってるようなゆとりに、初美たんは絶対に渡さないからな…!」

…なんて見事な捨て台詞なんだ。
お子様の目も肥えている現代で、それほどテンプレな捨て台詞を吐く悪役がいるのかってレベルだぞ。
まぁ、コイツからしたら身内である自分以上に部外者の事を庇われてしまった訳だしな。
捨て台詞を吐きたくなるほど悔しい気持ちは分からないでもないが。
でも、あまりにも見事なテンプレ過ぎていらついたり凹んだりする余地すらないぞ。

「…お前も災難だったな」

「アレは殆ど部屋から出ないが、出る度に何かしら問題を起こしていてな」

「叱責はしているが、まったく改善されていないのが現状だ」

京太郎「…いっそ放逐とかした方が良いんじゃないか」

言っちゃなんだが、アレはちょっと碌でもなさすぎるぞ。
神代家そのものにあまり好意的ではない俺も、あそこまで酷い奴が神代家に多いとは思いたくないくらいだ。
正直なところ、もはや、苛立ちや敵意を超えて、生理的嫌悪すら感じ始めている。
こんな時間に私服で屋敷を歩いている辺り、何か働いている訳でもないだろうし…間違いなく穀潰し。
いや、アイツが何か問題を起こした時に幾らか責任問題が発生する事を思えば、爆弾と言っても良いくらいだ。


「それも視野に入れてはいるが…アレの母親が難物でな」

「息子の事となると眼の色を変えて庇い立てする上に…それなりに権力も持っている」

「今のようないざこざ程度で放逐と言う訳にはいかんのだ」

京太郎「…なるほど」

まぁ、神代家と一口に言っても、色々と派閥やらがあるだろうしなぁ。
幾らそのトップと言っても、そう簡単に身内の権力者を排除する事は出来ないか。
勿論、理由があれば別だろうが、今はその理由もないと。
…それを考えれば、意外とアイツも立ち回りが上手い…いや、ただ小心者なだけだな、多分。

京太郎「(でも、経験的にそういう奴が一番、怖い)」

さっき話してた感じから察するに、アイツは他人を従属させる事に満足感を得るタイプだ。
その為に他人を傷つけ、押さえつける事にまったく何の躊躇いを感じちゃいない。
今までそれは小心者が故に、ぶつけられる先がなかったが…今回はそれが出来てしまった。
薄墨初美と言う婚約者に…アイツは長年、自分の内側で溜め込んでいた衝動をぶつけるつもりなんだろう。


京太郎「(…そんなの許せるかよ)」

アイツがアイツなりに初美さんの事を大事にするならば、複雑な気持ちながらも俺は祝福しただろう。
けれど、アイツは伴侶として初美さんの事を護るどころか、その心に癒えぬ傷を作る可能性の方が大きいんだ。
……そんな結婚を俺は絶対に認めたくはない。
無論、それが初美さんにとっては大きなお世話だと分かっているけれど…。
でも、俺は彼女にどうしても幸せになって欲しいんだ。

京太郎「……ところで頼みがある…いや、あるんですが…」

その為にはまず後ろ盾が必要だ。
家同士が決めた婚約という問題に踏み込むには裸一貫では心許なさ過ぎるのだから。
無論、この人は俺の後ろ盾になってくれるとそう言ったが、今回の問題は少し大きすぎる。
下手をすればかなりの迷惑になってしまうかもしれないし、先に了承を取っておいた方が良いだろう。


「お前のやろうとしている事は大体、分かる」

「…だから、好きにしろ」

「私は小蒔との話に忙しいんだ」

……そう思ったんだが…俺の前にいる人はよっぽど器が大きいらしい。
俺が言おうとしているところに気づきながらも、そう背を押してくれるんだから。
…まぁ、決して言質を取った訳じゃないし、証文もないから、俺の事をハメる罠って可能性は否定出来ないけれど。
でも、さっき俺に後ろ盾となる事を提案してくれたこの人の表情はとても人間らしいものだったんだ。
決して信用出来ない人じゃないし…きっと心からそう言ってくれているんだろう。

「その代わり、中途半端は許さん」

「手を出すつもりなら、最後まで面倒を見てやるんだな」

京太郎「…あぁ、そのつもりだ…です」

京太郎「ありがとうございます」ペコ

「…ふん。慣れない敬語なんて使わなくても良い」

…一応、そこまで敬語が苦手って訳じゃないんだけどな。
うちはそれなりに躾はしっかりしてる方だったから、目上の相手は基本的に敬語を使うようにしてたし。
ただ、ついさっきまでタメ口で話してた相手に敬語を使おうとするとやっぱり何処か違和感を感じてしまうだけで。
まぁ、それも本人からこうしてお墨付きが出たんだから、これからは敬語を使うのは止めにしとこうか。


京太郎「(それに今は…)」

…敬語云々よりも考えなきゃいけない事がある。
なにせ、俺がやろうとしているのは間違いなく道義に反する事なんだから。
それに対する躊躇いは殆どないが、その分、計画はしっかりしとかないと後で大変な事になる。
その所為で他に人にまで迷惑がかかる事を考えれば、一つの穴も許す訳にはいかない。
そう思いながら、俺は頭首の事を見送って ――



―― そのまま二人の婚約をどう潰すかを一人で考え始めたのだった。





………



……










ってところで今日は終わりです(´・ω・`)
次回は姫様がどういう話をしていたかをちょろっとやって初美回に入れば嬉しいなーと思ってます



                     _....................._
                ,. : ´: : : : : : : : : : `: : .、

                , :´: ,. : : : : : : : : : : : : : : : :\
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            {: |: { |: ,: /' /' /イ//':-/、:': : : : :ト: : ::.

            Ⅵ : 、{/ィ=ミ、   /' / イ: :/: :,: : : | \|

             |:从::.  :.:.:.:.      _ /イ: :/: :,: :.|
             / Ⅵ      '   `ヾ / イ: :/}: /       京ちゃんの事をいぢめたい
        ______|  、 「  v    :.:. イ: :/:イ/イ
       /<_:::::::::::::::::::\_  `ーr---- =彡j/
       {¨7=ミ、< 、::::::::::::::\___〉>、
     _| ,   ∨、:` < 、:::::∧  |::::::::::ヽ
 / ̄::::::://     |  }、:.:.:.:\、::::::. |:::::::::::/〉、
 \___ 〃     | / \:.:.:.\、::Ⅵ:::::/イ ∧
     ̄¨/       ∨    `ー ≧='-´:/ ハ :.
      /      /           {二「   } |
    '      ∧         /:.:∧    ,
   /      / }       /:.:.〈:.∧  {  |
   ,       /  |      /:.:.:.:.∧:.:|   |  |



逆レスレでもうちょっと京ちゃん涙目に出来るかと思ったんですが、色々と中途半端で欲求不満なんですよねー…
こう平成仮面ライダーくらい京ちゃんをいぢめたい






     /: : : : : : : : : : : : ,ィ: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ヽ : : : : : : ヽ
    /: : : :,: : : : : : : : : ://: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ∨: : : : : : : .
 _,. :´: : : : :/: : : : : : : :/:/ ': : : : : : : : : : : : : : : : | : : : : : : : : : ∨: : : : : : :.

 `   ー /: : : : : : :-/:/-|: : : |: : : : : : : : : :|--- 、: : |: : : : : : : :V: : : : : : |
       ': : : : : : : /|/  |: : : |: : : : : : l: : : |、: :|: :`ヽ、: : : : : : :.|: : : : : : :|    
     /:,: : : : :,: / {  {∧: {: : : : : 从: : :| \{、: : :|: : : : : : ,: |: : : : : : :|

     ': |: : : :/: |       {从: : : : :'  \{    \: |: : : : : :/: |: : : : : : :       いぢめていぢめていぢめて最後には幸せにしたい
      |: |: : : ': /|    --    \: : |           V: : : : : :': .' : : : : : : |
      {八: : :|:,: :},ィ≠≠ミ     \|  --      从: : : :/}/: : : : : : ,: |
      l  、 : |: V            ィ≠≠ミ、 / |: : : イ/⌒V: : : :/:/
       \|: ,  :.:.:.:.     '             |:/ /⌒} }: : :/}/
         V{                  :.:.:.:.:.  /    ノ 人:,:' /
         人      __              _ イ:/

           `      乂 ̄   ー‐ァ      イ: :/: : :/
           rrr==≧=- `  --  ´  r_:_´/|イ{: イ
             /|.||...................../ ̄| ̄´   7......`.. ̄ ̄≧=-、
          ,イ |.||.....................{---- 、  /...............///⌒ヽ
           /  |..V、.................|     /...............///   ∧}

ちょっと持病の発作が出ただけだから…(震え声)
でも、欲求不満なのは事実なのですよねー(´・ω・`)
……………よし、オズワルド+コルネリウス+イングヴェイポジで各国の王女とイチャイチャチュッチュするオーディンスフィアスレでもやろうかしら

あ、それはさておき、もうちょっと初美編終わるまで掛かりそうなんで先に小蒔編エピローグを明日投下します

ヒャア!もう我慢出来ねぇ!投下だー!!


小蒔「……」モジモジ

「ふふ、気になりますか?」

小蒔「あ…」

…お母様の言葉に私はそこがお父さまの執務室である事を思い出しました。
いえ、より正確に言えば、ちゃんと覚えてはいたのです。
えぇ、幾ら日頃、クラスメイトに天然呼ばわりされる事が多くても、私はそれほど抜けてはいません。
ただ、お母様に微笑みながら言われるまで、まったくそれを意識していなかっただけで。

小蒔「ご、ごめんなさい…」

「いえ、良いんですよ」

「寧ろ、私としては嬉しい事ですから」

小蒔「…嬉しい、ですか?」

その気持ちは私も分かります。
さっきまであまり意識していなかったとは言え、こうしてお母様達と話せるようになったのですから。
ソレ以前まで冷たい態度しか取られなかった事を思えば、今の関係はまったくの別物。
勿論、ぎこちなさは残っていますが、それもこうして話をしている間に少しずつ薄れているように思えます。


小蒔「(…ですが、多分、お母様の言っているのはそういう意味ではないんでしょう)」

そう私が思うのは…殆ど直感のようなものでした。
でも、まったく根拠のないものではありません。
お母様の微笑みは、私との関係ではなく、私そのものに向けられているのですから。
まるで私の成長を喜ぶような表情と言葉に、私はお母様とのズレを感じていました。

「そんなに彼が…須賀君の事が気になりますか?」

小蒔「勿論です」

…私にとって京太郎君はとっても優しいヒーローさんです。
私は京太郎君にたくさん酷い事をしてしまった神代の娘なのに…何度も助けてくれて。
ついこの間は、私の代わりに怒って、お母様達との関係をとりなしてくれたのですから。
そのお陰でこうしてお母様とも話せる事を思えば、彼の事を軽視出来るはずがありません。
襖の向こうへと消えた京太郎君の事が気になってしまうのも当然でしょう。


小蒔「(…しかも、外から聞こえてくる声は不穏で…)」

…幾ら間にあるのが襖とは言え、入り口での話し声を素通りさせるものではありません。
京太郎君が誰かと話しているのは分かりますが、その相手が誰なのかは分かりませんでした。
ですが、それでも京太郎君と話しているその誰かは明らかに彼に対して敵意を持っている。
襖の向こうから聞こえてくる声からそれを感じ取るのはそれほど難しい事ではありませんでした。

小蒔「(その上、さっきは屋敷中が震えるような凄い音がしました)」

瞬間、感じた強い神性には覚えがありました。
合宿中や練習中に幾度となく感じたそれは、きっと京太郎君の手によるものでしょう。
その荒々しくも清々しい神性は須賀家に祀られた神様のもの ―― つまり神代家には絶対に発揮出来ないものなのですから。
恐らくその神性を拳に乗せて彼が周囲の壁か何かを殴ったのだろうと想像はつきました。


小蒔「(…でも、それはつまり、京太郎君がそれだけ怒っていると言う事で…)」

彼はとても温和な性格です。
私達に対しても本気で怒った事なんて一度としてありません。
夏休みのそれもただ感情をぶつけられただけで、私個人に対する怒りとはまた別物だったのです。
そんな彼が今、暴力に訴えなければいけないほど心を荒ぶらせている。
それを思えば、今すぐにでも彼のところに行きたい気持ちでした。

「大丈夫ですよ。彼のところにはあの人が行ってくれていますから」

「きっと良いように取りなして下さいます」

小蒔「それは分かっているんですけれど…」

お父様は京太郎君に対して、とても好意的です。
彼に対する負い目もあるのでしょうが、京太郎君本人もまた好いてくれているのでしょう。
そんなお父様が京太郎君を不利にするような沙汰を出すと思っている訳ではありません。
…ですが、それでも私は落ち着かないんです。
まるで心が彼を求めているようにソワソワと身体を動かしてしまうくらいに。


「ふふ。小蒔は京太郎君の事がよほど好きなのですね」

小蒔「えぇ。大好きです」ニコ

ちょっぴり照れくさいですが、それを否定するつもりは私にはありませんでした。
だって、京太郎君は私にとって家族であり、そして先生でもあるのですから。
私の知らない事をたくさん、教えてくれる彼の事を嫌いになんてなるはずがありません。
今はもう私にとって霞ちゃん達にだって負けないくらい、大事な人になっていました。

「ならば、しっかり捕まえておかなければいけませんよ」

「彼は決して悪人ではありませんが、無自覚に女性を誑し込む才能があるようですから」

小蒔「…誑し込む…ですか?」

「えぇ。実際、霞ちゃん達も須賀くんに御執心だと聞きますし…」

小蒔「……そ、それって…」カァァ

…も、もしかして霞ちゃん達って京太郎君の事が好きなんですか!?
いえ…好きって言うかその…ど、どっちかって言うと愛してるって言うか…っ!
ライクじゃなくてラヴになってるなんて…私、全然、知りませんでした…。
一体、何時から皆はそんな風に京太郎君を…。


小蒔「(…あれ?)」チク

…………なんでしょう、この胸の痛みは。
不整脈…とかじゃないですよね。
それよりももっと深くて、鋭くて…そして何より悲しいです。
…まるで悲しみで出来たハリで胸の奥を刺されてしまったような…そんな感じ…。

小蒔「(…と言うか、京太郎君はそれに気づいているんでしょうか…?)」

小蒔「(…………いえ、多分、気づいてないですよね)」

小蒔「(京太郎君はずっと私たちに対する態度が変わってないですし)」

小蒔「(私たちに対しては特に真摯な彼がそれに気づけば、きっと目に見える変化があったはずです)」

だから、京太郎君は誰かと恋仲になったりはしていません。
もし、そうなら、幾ら私が鈍感でも分かるでしょう。
……そう思った瞬間、胸の痛みが軽くなりましたが…でも、私が間抜けなのは変わらないですよね…。
日頃、家族家族と言っている霞ちゃん達が、京太郎君の事をどう思っているかも知らなかったなんて…。
あんまりにも情けなくて自己嫌悪しちゃいます…。


「…もしかして知らなかったのですか?」

小蒔「…」コクン

「なるほど…。どうやら私の娘は彼に負けず鈍感であったようですね」

「…ですが、それなら尚の事、頑張らなければいけませんよ」

「須賀君の周りにいるのはどれも魅力的な少女ばかり」

「自分の立場に浮かれて受け身でいたら奪われてしまうかもしれませんよ」

…奪われる。
それは…それは嫌です。
きっと彼の事が好きな皆なら…京太郎君の事をとても大事にしてくれるでしょう。
私よりもずっとずっと彼の事を愛して…その傷を癒やしてあげられるかもしれません。
でも…でも、それがどうしてか嫌なのです。
私は…皆の事が好きなはずなのに。
皆の幸せを考えればそれが最善なのに…軽くなったはずの胸の痛みが強くなって… ――

小蒔「そ、そんな事ありません」

小蒔「皆はとても優しい人ばっかりなんですから」

「では、小蒔はその優しい人が須賀くんと結ばれるのをただ見ているつもりですか?」

小蒔「そ、それは…」

それから逃れる為の言葉は、より強い痛みを私へと齎しました。
正直…私はその想像だけで胸の奥がギリギリと傷んでしまいます。
幸せなはずのその光景を ―― 私ではない誰かが須賀くんと結ばれるところを想像しているだけなのに。
まるで胸の奥が悲しみで押しつぶされそうなほど苦しく、息すらろくに出来ません。


「……ちゃんと自覚なさい」

「貴女の周りにいる少女は、大事な仲間かもしれませんが恋のライバルでもあるのです」

「気を抜いたら、本当に大事なものを持って行かれてしまいますよ」

小蒔「……恋?」

結果、言葉にも詰まった私に、お母様が優しく言い聞かせてくれました。
優しいそれはきっと私の事を想ってのものなのでしょう。
…しかし、私はすぐさまその言葉の意味を理解する事が出来ませんでした。
だって、それは…『恋』と言う言葉はあまりにも突拍子過ぎるのですから。
まさかここでそんな言葉が出てくるなんてまったく予想していません。

「…小蒔は彼の事が好きなんでしょう?」

小蒔「はい。当然です」

「それで自分以外の誰かが須賀くんと結ばれるのも辛い」

小蒔「…………はい」

……出来れば、そんな自分を認めたくはありません。
だって、それは大事な皆の幸せを、私が受け入れられないと言う事なのですから。
自分がそんな狭量な女だっただなんて…幾らなんでも信じたくありませんでした。
ですが、それでも…ここで認めなければ話も…そして私も先に進めません。
私が今、辛く苦しいのは事実なのですから…お母様の言葉を否定するべきではないのです。


「…なのに恋ではないと?」

小蒔「えーっと…」

…ですが、それが恋と言われると素直に受け入れられない私がいました。
勿論、私は京太郎君の事が好きですが、それが恋だとはどうしても思えません。
だって、私と彼はずっと家族として一緒にやって来たのですから。
それが今更、恋へと変わる事なんてまずないですし、何より…。

小蒔「(…神代の私が彼に恋しても…)」

「分かりました。質問を変えましょう」

小蒔「え?」

「…小蒔、一つ想像してください」

小蒔「想像…ですか?」

「えぇ」

……なんでしょう。
今、凄い嫌な気分になってしまいました。
今までのものとはまた気色が違って…でも、とても重苦しい気分。
それはお母様の言葉で散り散りになりましたが…しかし、まだ気分が優れるとは言えません。
でも、ここで気分が悪いから、と休憩を貰っても、さっきの言葉がまた浮かび上がってきそうですし…。
ここはお母様の言う通り、素直に想像しておくのが良いでしょう。


「例えばの話ですが…もし、貴女の家族の春さんが須賀くんと結ばれて…」

「貴女の話が宙に浮いてしまったとしましょう」

小蒔「っ…はい」

…正直、その光景だけで私は言葉を詰まらせてしまいます。
私にとって春ちゃんは大事な家族であり…そして彼に対してとても甲斐甲斐しいのを見ているのに。
私達の誰よりも京太郎君に尽くしているのに…私はそれを悲しみとともに受け入れてしまいます。

「それで他の殿方と結婚出来ますか?」

小蒔「え?」

「須賀くん以外の殿方に抱かれて、子どもが産めるのですか?」

小蒔「っ!!」フルフル

ですが…次の言葉は到底、受け入れられるものではありませんでした。
瞬間、湧き上がった忌避感は、到底、言葉で説明出来るものではありません。
まるで身体中の細胞全てが一気に拒絶するような…そんな感覚。
それに私が何かを考えるよりも先に、首が横へと振られていました。


「…それが答えですよ」

「貴女はもう須賀くん以外を受け入れられないようになっているんです」

「彼が他の誰かと結ばれる事は許せても、自分が彼以外の誰かに身体を許す事が出来ない」

「それを恋だと言わずに何と言うのですか?」

小蒔「……」

お母様の言葉を私は否定出来ませんでした。
勿論、頭の奥では、それを否定しなければいけないと分かっているのです。
もし…それを受け入れてしまったら、もう後戻りは出来ません。
きっと辛く苦しい道を歩かなければいけないと分かっているのです。
頭ではなく、心でもなく…もっと深い部分で…私は未来の苦しさを感じ取っていました。

小蒔「(…でも、私は…)」

……だからこそ、ずっと感情から目を背けていた自分。
しかし、それはもうお母様の言葉によって、崩されてしまっていました。
まるで突きつけるようなそれは私の殻を破り…心の弱い部分に届いてしまいます。
そんな私にとって…それはもう目を背けられるものではありません。


小蒔「……でも、私は神代なんですよ」

小蒔「自身を虐げてきた家の娘を京太郎君が愛してくれるはずありません…」

小蒔「恨まないで居てくれるだけでも幸せなのに…それ以上を望むなんて…」

…それが何時、変わってしまったのか私には分かりません。
夏休みの件が原因であったような気もしますし…ついこの間の事がキッカケであったような気もします。
ですが…それは私にとってさほど重要な事ではありませんでした。
大事なのは…私が神代で、そして彼が神代によってこれまで虐げられ続けたと言う事。
私の恋は実らず…最初から失恋が決定づけられていると言う事なのです。

「えぇ。そうですね」

「ですが、神代であるからこそ、貴女と彼は結ばれる運命にあるのです」

小蒔「……でも、それは、彼に痛みを強いる事ではないでしょうか」

「彼がそう言ったのですか?」

小蒔「それは…」

…そんな事、京太郎君が言うはずありません。
彼はひと目で分かるほど私達の事を大事にしてくれているんですから。
でも…だからと言って、それは私が愛される事を意味しないのです。
実際に京太郎くんがお父様達に対して放った言葉を思えば、楽観など出来るはずがありません。


「私はまだ須賀くんの事を良く知りません」

「ですが、彼はもう貴女と神代の事を分けて考えていると思いますよ」

「或いは神代に対する敵意よりも貴女の方がずっと大事に思っているか」

「いずれにせよ、貴女が思い悩む必要などありません」

小蒔「…そう、でしょうか」

「えぇ。貴女は彼の事が好きで良いんです」

小蒔「…っ」カァァ

…ど、どうしましょう。
お母様にそんな事言われると…私、頬が赤くなっちゃって…。
恥ずかしいのに嬉しくて…とっても複雑な感じです…。
でも…私、お母様にそんな事言われてしまったら…もう止まりません。
一度、蓋が開いてしまった好きって言う気持ちを…いっぱい、京太郎くんに知って欲しくなってしまうんです。

「それに貴女が彼の事を愛して一体、何の不利益があるというのですか」

「結ばれる事を定められた二人が仲睦まじい分には、何の問題もありません」

「寧ろ、私達からすれば夫婦生活に気を揉む必要もなくなって、有り難い話ですよ」

小蒔「…でも、私、どうすれば良いんでしょう…?」

…ですが、それは出来ません。
私の卒業まで京太郎君には一部の情報がふせられる事になっているのですから。
私がどうなっても構いませんが…下手に京太郎くんにそれを伝えて、話がややこしくなってしまうのは避けたいです。
でも、今のまま数ヶ月と言う短い間を我慢し続ける自信が私にはありません。
ようやく自分でも受け入れられるようになった気持ちは、もうそれだけ大きく育っていました。


小蒔「私、このままじゃ京太郎君の事が好きすぎて…我慢出来そうにないんです…」

「そうですか。…少し羨ましいですね」

小蒔「え?」

「私は小蒔のように誰かに強く恋い焦がれた事はありませんでしたから」

小蒔「え、でも…」

お母様とお父様はとても仲睦まじいです。
さっきも幸せそうに話をされていましたし…夫婦仲は良好なのは見て取れました。
私は鈍感な方みたいですが…しかし、二人の間にあるのは友情だけとは思えません。
なのに、恋をした事がないと言うのは…一体、どういう事なんでしょう…?

「勿論、私はあの人の事を愛しています」

「不器用ではありますが…私の事を誰よりも深く愛し、慈しんでくれた人」

「そんな人を愛さないほど私は鈍感ではないつもりです」

小蒔「じゃあ…」

「でも、それは恋ではありません」

「私は恋をする事なく、あの人を愛してしまったのですよ」

……お母様の話を聞く限り、恋と愛とはまた違うものなのでしょう。
でも、私はその2つの違いと言うものをイマイチ理解する事が出来ませんでした。
ついこの間まで、私はそれらをフィクションの中でしか見たことがないのですから。
愛が生まれるには恋が必要なのだと私はそう思っていたのです。


「ふふ。その辺りの違いは…まだ貴女には分からないかもしれませんね」

「でも、いずれきっと小蒔にも分かりますよ」

「女として愛され、そして愛する事に恋は必要ないのだと」

「本当に彼を愛し、愛されるようになった時に、実感出来るようになるでしょう」

…出来る、のでしょうか。
正直、私にはまったく自信がありません。
そもそも私にはその2つが具体的にどのような違いがあるのかさえ分かっていないのですから。
しかし…それでも私は羨ましかったのです。
お父様に愛されているのだとそう語るお母様の姿が、とても幸せそうで…。
私もそんな風に京太郎君の事を語ってみたいと、そう思いました。

「…ですから、小蒔」

小蒔「はい」

「彼の事を愛してあげなさい」

「恋ではなく、愛を持ってして彼に接してあげなさい」

「そうすれば、おのずと彼も愛を持ってして応えてくれるでしょう」

「愛を育む一番のモノはやはり愛なのですから」

そう優しくアドバイスしてくれるのは、きっとお母様の実体験に裏付けされたものなのでしょう。
きっとお母様はお父様に沢山、愛されて、そして愛を覚えてしまった。
長年、二人と離れて暮らしていた私がそんな事を思うほど、お母様の言葉は実感の篭ったものだったのです。


小蒔「…はい。頑張ります」

そんなお母様のアドバイスを私は無駄にしたくはありませんでした。
お母様からアドバイスを受けたのが初めてだった…と言うのもありますが…。
それよりも大きいのは、やはりお母様が幸せそうだった事。
誰よりも身近で、そして幸せそうな既婚者の言葉は、やはり軽視出来ません。

小蒔「(…何より、私は)」

京太郎君にそんな顔をして欲しいんです。
今のお母様と同じように…愛し、愛される喜びに満ちた顔を。
誰が見ても幸せだとそう分かるような表情を…私に見せて欲しい。
その欲求を満たす為には、私が京太郎君の事を誰よりも愛する他ないでしょう。
…ただ、一つ問題があって… ――


小蒔「でも、愛と恋ってどう違うのですか?」

「その辺りは口で言われても分からないと思いますよ」

「人に言われてそうだと思い込むのも危険ですしね」

「小蒔が自分自身で見つけると言うのがやはり一番でしょう」

小蒔「むむむ…」

…やはりそう簡単に答えにたどり着くのは難しそうです。
その違いが分かれば、すぐにでも京太郎君を幸せにする事が出来るかもしれないのに。
でも、ここで教えてくれないお母様に不平不満を漏らしたりはしません。
お母様も私の事を思って、こうして黙ってくれているのですから。
今の私がするべき事は不平不満を覚えるよりも、恋と愛の違いに自分で気づく事なのです。

ススス

「…ただいま。…っと、何の話をしていたんだ?」

「恋の話、と言うところでしょうか」クス

小蒔「あう…」カァァ

お、お母様がそんな事言うから…部屋に戻ってきたお父様におかえりなさいって言う事が出来ませんでした…。
勿論、私も恋のお話だったと言うのは自覚していますけど…でも、やっぱりそれを言葉にするのはまた別問題で…。
その、変に意識しちゃって、顔が赤くなっちゃうんです…。


「なんだ、須賀の話か」

小蒔「な、なんで分かるんですか…!?」

「この前、アレだけ見せつけられたら、幾ら父親失格だとしても分かる」

そ、そんなにバレバレだったんですか…。
じゃ、じゃあ、もしかして霞ちゃん達にもバレちゃったりとか…。
…ううん、絶対にバレちゃってますよね。
思い返せば、ここ最近の霞ちゃん達の様子ってちょっと変でしたし。
壁がある訳ではないですけれど…ちょっと何時もと雰囲気が違いました。
それはきっと私が京太郎君に恋しちゃった事に気づいて、接し方にも変化が現れていたんでしょう。

小蒔「(あううぅぅ…ど、どうしましょう…)」

小蒔「(私、これから皆にどうやって接すれば良いんですかぁ…)」

それを自覚してしまった今、私も平静ではいられません。
自分だけが京太郎君の事が好きならばまだしも…他の皆も彼の事を好きでいるのですから。
…いえ、最初っからその態度が一貫して変わってない春ちゃん辺りは、もう既に愛していると言っても良いのかもしれません。
そんな彼女達に対して、私もまた何時も通りではいられる自信がありませんでした。
正直なところ、今からでもぎこちなくなってしまうのが目に見えているのです。


「…まぁ、私から特に言う事はない」

「アレはそれなりに見所がある奴だし、小蒔の事も大事に思っている」

「きっとお前の事も大事にしてくれるだろう」

「アナタのように…ですね」

「…からかうな」プイ

…にしても、お父様は随分と京太郎君の事を評価して下さっているみたいです。
最初はちょっと仲が悪いかなって感じでしたが…どうやらそれは杞憂だったのでしょう。
でも、そういうのは私じゃなく本人に伝えてあげた方が良いと思います。
そうすれば京太郎君だって、お父様に複雑な思いを抱かずに済むのですから。

小蒔「あの…」

「…言っておくが、小蒔。私はアイツに必要以上に甘くするつもりはないぞ」

小蒔「ぅ」

…そう伝えようと思いましたが、どうやら見抜かれてしまっていたみたいです…。
さっきもそうでしたし…私ってそんなに分かりやすいタイプなんでしょうか。
勿論、自分でもあまり隠し事が得意なタイプだと思ってはいませんでしたが…。
まさかここまであっさりと見抜かれるほどだとも思ってはいなかったのです。


「本来ならばアイツは幼い頃から帝王学を学んでいたはずだった」

「だが、アレは外の世界で普通に育ち、権謀術数の類を知らないままここまで来てしまったんだ」

「それを今から数年で叩き込む為には甘やかしてなどいられない」

「スパルタ気味にやらなければ、食い物にされるだけだ」

小蒔「…お父様」

どうやらお父様は私が思っている以上に、京太郎くんの事を気にかけているみたいです。
何時も通りの表情で紡がれる言葉は、彼の行く先を気にしての事でした。
確かに今の京太郎くんの立場は複雑ですが…数カ月後にはそれもハッキリとしてしまいます。
今まで通り、私達とだけ接して神代には関わらない…と言う訳にはいかなくなるのですから。
無論、私達も極力フォローするつもりですが…常に京太郎くんの側にいられる訳ではありません。
京太郎君が必要以上に傷ついたりしない為には、どうしても特訓や練習が必要になるでしょう。

「その為には憎まれ役でも何でもやるさ。それが私の最後の仕事だ」

「後ろ盾になると言っておきながら、憎まれ役だなんて似合わないですよ?」クス

「……奴が少しでも動きやすくする為には錦の御旗が必要なんだ」

「それを他から準備出来ない以上、私がくれてやるしかないだろう」

「ふふ。そういう事にしておきましょうか」

ですが、お父様はあまりスパルタに向く人ではないようです。
お母様の言う通り、お父様は京太郎君に対して甘い部分があるのですから。
きっと憎まれ役と言っても、本気で彼に憎まれるような事はしないでしょう。
…考えても見れば、京太郎くんはお父様にとって大事な友人の一人息子な訳ですし。
彼に対する負い目もある以上、酷い事など出来るはずがありません。


「それでさっきの音は何だったんですか?」

「…何、特に気にする必要はない。下らない口喧嘩だ」

「ただ、柱が半壊した程度で誰も怪我をしていない」

小蒔「そうですか」ホッ

…良かった。
なんとなく予想はついていましたが…それでもお父様がハッキリと言葉にしてくださるとやっぱり違います。
誰も…いいえ、京太郎君が怪我をしていなかったと言うそれは私の胸を撫で下ろさせてくれました。
内心、ずっと気になっていただけに一安心です。

「それよりもだ」

小蒔「はい」

「その…………年明けの事なのだが」

小蒔「年明け…ですか?」

年明けとなると…やはり恒例の挨拶回りでしょうか。
正月の三が日は私達も祈祷や奉納で忙しくなりますが、だからと言って親戚への挨拶は欠かせません。
遠方からわざわざ来て下さる方々もいますし、どうしてもドタバタしてしまいます。
この前の『お祭り』ほどではありませんが、私達以上に多忙なお父様と話をする機会はないでしょう。


小蒔「(そして、こうしてお父様が話しづらそうにしていると言う事は…)」

私に対して何か頼み事があると思って、間違いないでしょう。
勿論、ずっとギクシャクしていたお父様の頼み事なんて、普通は想像出来ません。
ですが…私にはそれを予想出来る一つのキーワードがあったのです。
それから察するに、恐らくお父様は…。

小蒔「…分かりました」

「…分かった?」

小蒔「はい。お正月には鯛のあら炊きを準備しておけば良いんですね!」ドヤァ

「違う」

小蒔「えぇえっ!?」ビックリ

この前、また食べたいって仰られていたので…絶対に、これだと思ったのに…。
うぅぅぅ…思いっきり断言しちゃってすっごく恥ずかしい思いをしちゃいました…。
きっと今、私の顔は真っ赤になっちゃってます…。


「…まぁ、それも頼みたい事ではあったが」

小蒔「えへへ。じゃあ、一生懸命、準備しておきますね!」

「…うむ。でも、そっちに夢中になりすぎるなよ」

「お前達は年明けから忙しくなるのだから、ちゃんと英気を養っておけ」

小蒔「はいっ」

でも、お父様もそれを頼みたいって言ってくれた訳ですから。
私の推理もあながち外れだったって訳ではないでしょう。
だから、お正月は例年以上に頑張らなきゃいけませんね。
勿論、年末も決して暇している訳じゃありませんが、皆の力を借りればきっと大丈夫です。
全力以上で…鯛のあら炊きを完成させましょう!!

「それで私達の本題だが……年明けにお前の卒業式があるだろう」

小蒔「はい。ありますけど…」ハッ

小蒔「も、もしかして…来て下さるんですか…!?」

「…ごめんなさい。そこまでスケジュールが調整出来るかまだ分かりません」

小蒔「そ、そうですか…」

…てっきりお二人が卒業式に来てくれると思ったのに。
でも…仕方ないですよね。
お父様もお母様もとてもお忙しい身の上なのですから。
こうして私とお話している時間だって、本当はとても貴重なものなのでしょう。
それを分け与えてもらっているだけでも私は満足しなければいけません。


「……でも、可能な限り、出席できるよう頑張ります」

小蒔「え…?」

「娘の晴れ舞台なのだから、多少の仕事程度は後回しするさ」

小蒔「お父様…っ」パァァ

なんて言う事でしょう…っ!?
まさか…お二人からそんな言葉を頂けるなんて…!!
これは神様に…いえ、京太郎くんに重ねて感謝をしなければいけませんね。
まさかインターハイ優勝に次ぐ夢が叶うなんて…一週間前まで思ってもいなかったのですから。
その道筋を作ってくれた京太郎君には、今までの感謝では足りません。

「…ただ、私達が行っても良いのか…とな」

小蒔「え?」

「…どんな理由があっても、今まで貴女の事を蔑ろにしてきたのは事実なんですから」

「今更、親のように卒業式に出るなんて真似、貴女が喜ぶかどうかと思って…」

小蒔「……あ」

勿論、私はとっても嬉しいです。
それこそ身体が飛び上がっちゃいそうなほど素敵な提案でした。
でも、それはお父様とお母様達には分からないのでしょう。
私たちは数日前までろくな交流がなかったのですから。
内心、私が迷惑がっているのだとそう思っていても不思議ではありません。


小蒔「そんな事ありません」

小蒔「私はお二人に来てほしいです」

小蒔「高校最後の姿を…私の大事なお父様とお母様に見て欲しいんです」

「…そうか」

「では、何が何でも予定を開けておかなければいけませんね」

だからこそ、私ははっきりとそう伝えました。
一切の誤解なく伝わるようにと気持ちを込めたそれは、恐らくお二人に届いたのでしょう。
お父様はその顔に安堵めいたものを浮かべ、お母様はその頬を綻ばせてくれました。
そんなお二人の姿に私も嬉しくなってついつい頬が緩んでしまいます。

「…では、そろそろアイツのところに行ってやれ」

小蒔「良いのですか?」

「あぁ。話は終わった」

「それに…小蒔も早くアイツに会いたいだろう」

小蒔「…お、お父様は意地悪です」カァァ

…勿論、その言葉を否定する事は出来ません。
こうしてお父様達とお話している最中も私は京太郎君を気にする事を止められないのですから。
しかし、だからと言って、お父様達とのお話をすぐさま切り上げるほどではありません。
彼を待たしている事を申し訳なく思いながらも、もっと色んな話をしたいと言うのが私の本音でした。


小蒔「…私はお父様達とだって一緒に居たいんですからね」

「えぇ。分かっていますよ」

「今はそれだけで十分だ」

それを分かってくださるのであれば、これ以上、何か言う必要はないでしょう。
いえ、お父様達がどれだけ忙しいかを思えば、下手に言葉を重ねると迷惑になりかねないのです。
本題は終わったのですから、お父様達の邪魔になる前に退席するべき。
そう思いながら、私はそっと立ち上がって。

小蒔「…では、今日のところは失礼させて頂きます」ペコリ

「あぁ。…息災でな」

「季節の変わり目ですから風邪には気をつけるのですよ」

小蒔「はい。お父様とお母様も」

…出来れば、次にこうしてお話出来るのは何時なのか聞きたいです。
でも、お父様もお母様も忙しく、そう簡単にこうして私と話す時間を作れません。
ましてや、私もまた決して時間が有り余っている訳ではないのです。
神代の巫女として、我々を護り、慈しんでくれている神様達に感謝の気持ちを伝えなければいけないのですから。
その為に神代の巫女が存在する事を思えば、日課の奉納舞などに手を抜く訳にはいきません。。


小蒔「(…それに焦る必要はありません)」

お父様とお母様のお気持ちは分かりました。
『お祭り』の去り際に感じ取れた事が、今、私の中で確信に変わっているのです。
……お父様もお母様も私の事を愛してくださっているのだと。
決して私は要らない子ではなかったのだと…心からそう思えるのですから。

小蒔「(きっとお話する機会はこれからも沢山あります)」

お父様達はお忙しい身ではありますが、それは決して悲観するだけのものではありません。
私が神代の巫女として行事に参加する時は大抵、お二人も出席されておられるのですから。
数カ月後の正月にはまた会えるでしょうし、その時にもきっと少しはお話出来るはず。
だからこそ、私は軽い足取りでお父様達の部屋から出て ――


―― その外で考え事をしていた京太郎君と一緒に、皆の待つ屋敷へと戻ったのでした。




………



……





今日はここまでです(´・ω・`)殆どお母様のアグレッシヴ恋愛講座でしたが
今回ので姫様も自分の気持ちを自覚したのでちょっとは変化が出るかと思います

また次回は早い内にお届けしたいと思ってます


京太郎「(拝啓、お父様、お母様)」

京太郎「(年が明けてから急に寒さが厳しくなってきた頃ですが、如何お過ごしでしょうか)」

京太郎「(私は…)」

小蒔「えーっと…」

玄「その…」

宥「…」フルフル

美穂子「…これは」

京太郎「(…今、とっても可愛い婚約者たちに囲まれています)」

京太郎「(えぇ。全部、あんたらの所為ですよ、チクショウ)」

京太郎「(どうして誕生日だって言うのに、こんな修羅場に遭遇しなきゃいけないのか)」

京太郎「(流石に理不尽なものを感じるぞ…)」


小蒔「と、とりあえず自己紹介からはじめましょうか」

玄「そ、そうですね。そうしましょうか」

宥「…このままじゃ話が進まないですし賛成…です」

美穂子「私もそれが良いと思います」

小蒔「では、私から…」

小蒔「私、神代小蒔と言います」

小蒔「鹿児島にある永水女子の二年で…」

小蒔「えっと…京太郎様と許嫁になった経緯は…」

小蒔「お父様同士が仲が良くて、丁度、男女で別れたので結婚させてみるか、と言った感じになったそうです」

小蒔「ただ、私も京太郎様と遊んだ事は何度もありますが…」

小蒔「い、許嫁なんて話を聞いたのは、初めてで…」カァァ

小蒔「そ、その、えっと…い、嫌じゃないですけど…」

小蒔「は、恥ずかしい…です」モジモジ


玄「じゃあ、次は私とお姉ちゃんがいきます」

玄「私が松実玄で、こっちのお姉ちゃんが松実宥」

宥「…よ、よろしくお願いします」ペコリ

玄「奈良の松実館ってところの娘です」

玄「とっても良いところなんでもしよければ泊まりに来てください」ペコリ

宥「お、お待ちしてます」フルフル

玄「…で、京太郎君と許嫁になったのは…」シュン

宥「……お母さんが死ぬ時に、京太郎君のお母さんに娘を頼むってお願いしたらしくて…」

宥「それを引き受けた京太郎君のお義母様が、いっそ京太郎くんの許嫁にならないかって…」

玄「そ、その…わ、私もお姉ちゃんも色々と特殊で…」モジ

宥「…昔からいじめられる事も多かったけど、京太郎君だけは嫌なことしなかったし…」

宥「何時でも私達の事を普通の女の子として見てくれたから…」

宥「だから…京太郎君なら…玄ちゃんと一緒に大事にしてくれそうだしって思って…」ニコ

玄「お、お話を受けました」カァ


美穂子「…では、最後は私ですね」

美穂子「福路美穂子と申します」

美穂子「この中では、玄さんと宥さんとは面識がありますが…」

美穂子「神代さんとは初めてですね」

美穂子「どうぞよろしくおねがいします」ペコリ

小蒔「お、お願いします」フカブカ

美穂子「…それで、京太郎君との間柄ですが」スゥ

美穂子「えっと…あの…」モジモジ

美穂子「け、結婚を前提にお付き合いさせて貰っています」

「「「え?」」」

美穂子「ほ、本当です。嘘なんかじゃありません」

美穂子「京太郎君の方から…告白してくれて…」

美穂子「わ、私も京太郎君の事が好きだったから…」

美穂子「あの…結婚を前提としたお付き合いならと…」モジモジ


京太郎「(…そう)」

京太郎「(ここにいるのは皆、俺の婚約者か許嫁)」

京太郎「(しかも、何故か皆、俺の事を憎からず思ってくれているらしい)」

京太郎「(…正直なところ、男冥利に尽きるっていうか…)」

京太郎「(俺から告白した美穂子さんだけじゃなく、他の皆も美少女で…)」

京太郎「(その上、俺の好みにおもいっきりストレートを投げ込んでくるような体つきをしているんだ)」

京太郎「(事ココに至っても夢じゃないかって、そう思う自分がいるくらいに…)」

京太郎「(目の前の光景からは現実感を感じられない)」

京太郎「(でも…幾ら頬を抓っても…夢から覚める気配はなく)」

京太郎「(婚約者として親に会いたがっていた美穂子さんを家に連れてきたら…)」

京太郎「(…他の許嫁を紹介されるっていう頭がクラクラするような現実は変わらなくて…)」

京太郎「(…しかも、このまま一ヶ月同棲して…)」

京太郎「(誰と結婚するか決めろって言われて…)」

京太郎「(あぁ…もう…)」

京太郎「(一体、俺はどうすりゃ良いんだよ…!!)」

こんなスレ誰か立てて下さい(´・ω・`)京ちゃん誕生日おめでとう

>>309
胸がね……

>>309
おいおい、彼はスカートをはいた男だろう?(胸を見ながら)


     /: : : : : : : : : : : : ,ィ: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ヽ : : : : : : ヽ
    /: : : :,: : : : : : : : : ://: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ∨: : : : : : : .
 _,. :´: : : : :/: : : : : : : :/:/ ': : : : : : : : : : : : : : : : | : : : : : : : : : ∨: : : : : : :.

 `   ー /: : : : : : :-/:/-|: : : |: : : : : : : : : :|--- 、: : |: : : : : : : :V: : : : : : |
       ': : : : : : : /|/  |: : : |: : : : : : l: : : |、: :|: :`ヽ、: : : : : : :.|: : : : : : :|    >>311>>315
     /:,: : : : :,: / {  {∧: {: : : : : 从: : :| \{、: : :|: : : : : : ,: |: : : : : : :|    いい度胸だ、横に並べ

     ': |: : : :/: |       {从: : : : :'  \{    \: |: : : : : :/: |: : : : : : :    その首そぎ落として犬の餌にしてあげる
      |: |: : : ': /|    --    \: : |           V: : : : : :': .' : : : : : : |
      {八: : :|:,: :},ィ≠≠ミ     \|  --      从: : : :/}/: : : : : : ,: |
      l  、 : |: V            ィ≠≠ミ、 / |: : : イ/⌒V: : : :/:/
       \|: ,  :.:.:.:.     '             |:/ /⌒} }: : :/}/
         V{                  :.:.:.:.:.  /    ノ 人:,:' /
         人      __              _ イ:/

           `      乂 ̄   ー‐ァ      イ: :/: : :/
           rrr==≧=- `  --  ´  r_:_´/|イ{: イ
             /|.||...................../ ̄| ̄´   7......`.. ̄ ̄≧=-、
          ,イ |.||.....................{---- 、  /...............///⌒ヽ
           /  |..V、.................|     /...............///   ∧}

あ、恐らく明日投下します(小声)

今日も残業なく家に帰れると思ったら
何が悲しくて四時間近く上司の愚痴聞かなきゃいけないんだよおおおおおおおお
と言いたいですが、我慢して今から投下します(´・ω・`)おのれ…



初美「…はぁ」

その日の初美は朝から憂鬱だった。
それは勿論、朝食の味付けがうまくキまらなかったから、などという理由ではない。
基本的に彼女は前向きなタイプであり、その程度は発奮の材料にしてしまう。
事実、負けず嫌いな性格と相まって、彼女は屋敷でも指折りの料理上手であった。

「こら、しっかりしなさい」

初美「分かってるのですよー…」

そんな彼女を叱責するのは、初美の母親であった。
初美の前を歩くその姿は、初美を中学生程度にまで成長させたような姿をしている。
小学校低学年で成長が止まってしまった初美よりはマシだが、その姿は所謂、合法ロリと呼ばれるもの。
少なくとも、目の前の少女が一児の母である事を見抜く事は難しいと初美は思う。


初美「(…でも、しっかりなんて出来るはずないじゃないですかー)」

今、初美が纏っているのは何時もの半ば着崩したような巫女服ではない。
正月や成人式などで女の子が着る晴れ着だった。
赤い布地に花札のような刺繍がされているその服が初美は憂鬱で仕方がない。
無論、それはその服が彼女の好みとはかけ離れている、などと言う子どもっぽい理由ではなかった。
露出度が足りないと思う事はあれど、彼女はこの晴れ着を嫌ってはいないのだから。
寧ろ、自分の為にオーダーメイドされた上品な和装の事を彼女は気に入っている。

初美「(…問題はコレを着るタイミングなのですよー…)」

薄墨家は名家ではあるが、流石に七桁を超える晴れ着を普段着に出来るほどではない。
その服は正月や結婚式など重要な時にしか袖を通す事を許されなかった。
だが、そんな機会も六女仙になった後からはなくなってしまう。
全ての巫女の中から選ばれた六女仙は、巫女服を常装とするのだから。
正月や『祭り』の時でも、巫女服で過ごすのが基本だった。


初美「(…最近、これを着ると嫌な思い出しかありませんしね)」

そんな初美がその晴れ着を着るのは六女仙ではなく一個人になる時。
つまり、六女仙ではなくなった後、自らを迎え入れる婚約者と出会う時だった。
今も彼女は母親の背中を追いながら、彼らの待つ一室へと向かっている。
それを思えば上品な料亭の廊下を歩く足取りも鈍くなってしまいそうだった。

初美「(て言うか、別にもう顔合わせとか必要ないじゃないですかー)」

初美「(既にお互い顔見知りな訳ですし…結婚すれば毎日、嫌でも顔を合わせる訳ですしー…)」

初美「(自慢話はもう空で言えるほど聞かされたのですよー)」

初美は『婚約者』の事を嫌ってはいない。
だが、彼女の中に染み付いた苦手意識と言うのはとても大きいものだった。
幼い自分の身体に粘ついた視線を送って来るその目も、自慢話と臭い息しか吐き出さないその口も。
豚が可愛らしく思えるほどまるまると太っただらしのない身体も、加齢臭混じりの酸っぱいその汗の匂いも。
一人の女として番うのを避けたがるには十分過ぎるものだった。


初美「(まーた数時間ほどあっちの自慢話をハイハイ言いながら聞かなきゃいけないんでしょうし…)」

それでもまだあちらに自身を楽しませようとしてくれる気持ちがあれば、初美も我慢が出来る。
だが、『婚約者』とその母親から出てくるのは常に自慢話ばかり。
こちらの話などまったく聞こうともせず、延々と自分の好きな事を話している。
その上、彼らの望んだタイミング以外で口を開けば、すぐさま不機嫌になり、時には癇癪を起こす事もあるのだ。
そんな相手のご機嫌を取らなければいけないと思えば、ため息を抑えこむのも一苦労である。

初美「(しかも、すっごく急な話ですしねー…)」

『婚約者』との会食が決まったのは、つい昨日 ―― しかも、もう夜になってからだった。
24時間の猶予すらないそれに初美は慌てて準備をする事になったのである。
それがまだ薄墨家からの提案であれば、彼女も我慢出来ただろう。
だが、会食の日や時間などは全て『婚約者』側から指定されたものだった。
まるで部下を呼びつけるような無茶苦茶で傲慢なその態度に、上機嫌になどなろうはずもない。


初美「(お陰で朝食の準備にも集中出来ませんでしたし…)」

結果、自分でも満足していない料理を家族に出す事になってしまった。
人から見える部分はお調子者ではあっても、根が真面目な初美としては、それは軽視出来る事ではない。
霞達ほど分かりやすい形ではないものの、初美も家族の事を大事に思っているのだから。
出来れば、自分の大事な人達には美味しい食事を食べて欲しい。

初美「(…何より、もう皆で食事が出来る回数なんて数えるほどしかないのですよー)」

小蒔の卒業に合わせて、六女仙はそれぞれの家に戻る。
そこで次代の六女仙を産み育てる準備に入らなければいけないのだ。
無論、それが終われば、また皆で集まる機会も増えるが、自分たちだけで、と言う形にはならない。
その頃にはお互いにそれぞれの分家を率いる立場となってしまい、一人で身軽に動く事など出来なくなってしまうのだから。
お互いの立場や身分を考えれば、今のように『家族』として接する事は不可能だ。


初美「(だからこそ、邪魔しないで欲しいんですけどね…)」

初美にとって今の時間は砂金よりも貴重なものだった。
日々迫るタイムリミットを前に、一人明日が来ない事を祈った事も一度や二度ではない。
それでも進む日常を彼女は精一杯楽しもうとしていたのだ。
それに水を差されたと思えば、『婚約者』との会食は余計に憂鬱なものになっていく。

「…初美」

初美「はい」

とは言え、何時までもふてくされている訳にはいかない。
彼女にとって『婚約者』は自身を受け入れてくれる唯一の相手なのだから。
ましてや、その名に神代を冠するとなれば、機嫌を損ねる訳にはいかない。
せめて子どもを産むまでは、その寵愛を受けなければ。
そう思いながら初美は胸中の不満を心の奥底へと閉じ込めていく。


「…失礼致します」

初美「失礼します」

結果、先導する中居が料亭の襖を開いた時には、彼女はもう穏やかな表情をしていた。
その胸中に浮かぶ無数の不満をまったく感じさせないその姿からは気品すら漂っている。
京太郎達の前にいる時とはかけ離れたその姿は、彼女も礼儀作法を叩きこまれているからこそ。
家族を前にするつもりがないだけで、彼女もまた立派な淑女であった。

「私達を待たせるなんて良い度胸してるじゃない」

初美「申し訳ありません」

そんな彼女に真っ先に投げかけられたのは、不機嫌そうな言葉であった。
まるでその表面に棘が浮かんでいるようなそれは、先客 ―― 『婚約者』の母親のモノ。
『婚約者』と同じく、その身体をでっぷりと太らせた彼女は、その指に無数の指輪をつけていた。
まるで自身の富と権力を見せびらかしているようなその姿に、品のようなものはまったく感じられない。
だが、そんな相手に礼を尽くさねばならない初美達は顔を伏せたまま謝罪の言葉を口にした。


初美「(いや、ちゃんと十分前には到着してるんですが)」

約束の時間にはちゃんと間に合っている。
そもそも待たせる云々を気にするのであれば、もう少し早く会食の提案をしてくれても良かったのではないか。
そうであれば、こっちも朝にドタバタせず、もう少し余裕を持って来れたはずだ。
そう言いたい気持ちは決して小さいものではない。
だが、それを言ってしまえば、彼女は間違いなくヒステリーを起こしてしまうだろう。
そうなっては会食も何もなくなってしまうと、初美はグっと堪える。

「…まぁ、良いわ」

「それより早く入りなさい。マダオちゃんが冷えてしまうでしょう」

「ぐふふ」

初美「(うあー…)」ゾワゾワ

彼女がマダオ ―― 『婚約者』の名前を呼んだ瞬間、彼の口から満足気な笑みが漏れる。
これ以上の不興を買わないように頭を下げ続ける二人の姿を喜ぶようなその声に、初美の肌に鳥肌が浮かんだ。
生理的嫌悪を掻き立てられるその声音から、全力で遠ざかれと心の何処かが叫んでいる。
しかし、それに従えるはずもなく、初美はそっと頭をあげて、料亭の一室へと足を踏み入れた。


「どうぞ」

初美「ありがとうございます」

初美「(…とりあえず、お茶でも飲んで気分を落ち着かせましょう)」

そのままゆっくりと足を下ろせば、二人に対してお茶が差し出される。
微かに湯気が立ち上ったそのお茶からは、茶葉の良い匂いが立ち上っていた。
料亭らしく上等な茶葉を使っているのであろうそれは、しかし、初美の心を落ち着かせるには到らない。
その肌に浮かんだ鳥肌を抑えこむには、若干、熱いそのお茶を飲むしかなかった。

「は、初美たん」

初美「お久しぶり…と言うほど時間が空いている訳ではありませんが…」

初美「相変わらずお元気そうで安心したのですよー」ニコ

「でゅへ…」

しかし、そうやって熱い思いをしても、初美のストレスはなくならない。
お茶のお陰で鳥肌こそ消えたものの、その原因は初美のすぐ目の前にいるのだから。
その目に幼稚な期待を浮かべた婚約者に、初美は卒のない笑みを返す。
瞬間、頬を緩めて嬉しそうにする彼の表情は、可愛いと言うよりもだらしがない。
今にもその口からヨダレが零れそうな締りのなさに、初美は自身の頬が引きつりそうになるのを堪えた。


「初美たんの方こそ大丈夫だった…?」

初美「私ですか…?」

「あ、あの須賀の奴だよ」

初美「…京太郎君?」

そんな初美に帰ってくる言葉は、敵意に満ちたものだった。
その名前一つすら憎々しそうに語る姿からは、京太郎への強い恨みを感じ取る事が出来る。
しかし、初美にはその原因が思い至らない。
つい先日、自身と彼が一触即発になっていた事を、京太郎は初美に伝えてはいないのだから。
自分の知らないところで二人が出会っていたなどとは知らない初美は、内心でただ首を傾げるしかなかった。

「あ、アイツは酷い奴なんだ! 僕にもいきなり殴りかかってきたんだよ!」

「まぁ、あんまりにも情けないヘナチョコパンチだったから避けてやったけどさ」

初美「(…それ京太郎君に何かやったからですよね?)」

初美は目の前の男を決して深く知っている訳ではない。
婚約者になってから既に数年が経つが、聞かされるのは常に偽りばかりの武勇伝なのだから。
だが、しかし、京太郎がどういう人間かは良く知っている。
いっそ面倒なほどその内側に感情を溜め込みやすい京太郎がそう簡単に暴力に訴えるとは思えない。
強がる声音からは怯えがにじみ出ているが故に、まったく嘘ではないだろうが、全て事実と言う訳でもないだろう。


「あ、あんな奴に心許しちゃいけないよ」

「どれだけ初美たんに優しい顔をしていても、アイツの本性はクズ野郎だ」

「困ったらすぐに暴力に訴えるような…最低のゴミなんだよ」

初美「……」

だが、初美にはそれを指摘する事が出来ない。
そんな事をしてしまえば、『婚約者』達の不興を買ってしまうのだから。
間違いなく嘘だろうとは分かってはいるものの、ただ黙っている事しか出来ない。
弟同然の相手をクズだゴミだと罵られながらも、不快感を表す事すら出来なかった。

初美「そうなのですかー」

初美「大変だったのですね」

「ぜ、全然、大変じゃなかったさ」

「初美たんの為ならあんな奴ワンパンで倒せるからね」

「実際、ボクが本気になったらビビって逃げ出したくらいだから」

初美「マダオさんはすっごいのですねー」

「でゅへへ…」

結果、初美に出来るのは、『婚約者』の機嫌を取る事だけ。
彼がこれ以上、京太郎を悪しように言わないよう、褒めちぎる事だけだった。
そんな自分に自己嫌悪を感じるが、今は自分のためにも、彼のためにも事を荒立てる訳にはいかない。
痛みに疼く心にそう言い聞かせる初美の前で、男は再び笑顔を見せた。


「で、でも、初美たんは僕ほど強くないからね」

「あ、あいつが初美たんに欲情して襲い掛かってくるかも…」

初美「(いやぁ…そりゃないと思うのですよー)」

京太郎の好みは初美とは真逆のタイプだ。
胸が大きくお淑やかな大和撫子なのである。
そんなタイプとかけ離れた自分をわざわざ京太郎が襲うはずがない。
自分を襲うならば、まず同室で寝泊まりしている春や小蒔の方を襲うはずだと初美は思う。

初美「(でも、実際、姫様なんかは未だに彼の事を信頼しきっている訳で)」

初美「(身の危険とか感じていたら、春ちゃんはともかく姫様は一緒にはいられないでしょう)」

一見、飄々としているが、初美も女の子だ。
家族としてともに過ごしている少女たちに変化があれば、すぐに気づく。
だが、夏休みからずっと一緒に寝泊まりしている三人に大きな変化は見られなかった。
何かあってもおかしくはない環境ではあるが、ヘタレを通り越して絶食系に近い京太郎は何もしていないのだろう。


初美「大丈夫ですよー。他の子もいますし」

初美「私の力なら一瞬で逃げる事だって出来ますしね」

初美「それにいざって時にはマダオさんが護ってくれるでしょう?」ニコ

「ぐふふ、勿論…っ」

とは言え、それを初美は口にする事が出来なかった。
自身の婚約者は京太郎に対して明確な敵意を抱いているのだから。
そんな相手を前にして、京太郎を擁護するような事を言えば、不機嫌にさせてしまう。
最初に見合いをした時からその幼稚性に気づいていた初美は、笑顔のまま婚約者に頼って。

「だ、だけど、やっぱり心配なんだよ」

「初美たんの力は知ってるけど…でも、女の子な訳だし…」

「や、やっぱりあんな奴と一緒に暮らしているべきじゃないと思う」

初美「(あー…なるほど)」

初美「(…これが目的ですか)」

しかし、それでも婚約者の言葉は止まらない。
初美の事が心配だとそう頑なに訴えてきている。
それに初美が真っ先に浮かべたのは落胆だった。
無論、それが本心からのものであれば彼女も心を落ち込ませる事はない。
一人の女として心配された事など、これまで殆どないのだから。
もしかしたら、男の言葉に胸をときめかせていたかもしれない。


初美「(…でも、これは違いますよー)」

初美「(私の事が心配なんじゃなくて…京太郎君の事が憎いだけ)」

初美「(私と一緒に暮らしている彼が目障りで嫉妬してるだけですよね)」

婚約者の表情は決して穏やかなものではなかった。
必死に隠そうとしている下心や嫉妬が、透けて見えるのだから。
そんな顔で自身の事を心配などされても、嬉しくともなんともない。
無論、まったく自分の事を心配していないとまでは思わないが、それはあくまで二の次三の次。
結局のところ、自分の婚約者の側に、自分以外の男がいるのが気に食わないという幼稚な独占欲が原因だろう。
婚約者の顔からそう判断した初美は内心でため息を吐きたくなった。

初美「(…本当に私の事を見てくれているなら、そういう関係じゃないって分かるはずですしね)」

初美「(だけど、この人は完全に京太郎君憎しで固まってしまって…)」

無論、初美と京太郎は年頃の男女であり、一つ屋根の下で暮らすのには適さない。
だが、初美は京太郎の事をまったく異性として意識しておらず、京太郎もまた同じなのだ。
両者ともに相手の事を家族として受け入れている今、間違いなど起こるはずもない。
それはこれまで幾度と無く婚約者に対して説明してきた事ではあるが、それは一時の納得にしか繋がらなかった。


初美「(…せめて普通に嫉妬してくれるだけならまだ可愛げがあるんですが)」

初美とて自分の環境が特殊であり、婚約者の嫉妬を招きかねない事くらい理解している。
だが、それは彼女にはどうしようもない事なのだ。
それを放棄すると言う事は六女仙としての役目を投げ捨てる事にもなるのだから。
自身に掛かる期待や責任のことを思えば、小蒔の側から ―― ひいては京太郎の側から離れる訳にはいかない。
それを無理矢理、引き離そうとする彼の言葉には、幾ら何でも従えなかった。

初美「ですが、六女仙としてはどうしても…」

「で、でも、姫様はもう数ヶ月で卒業するんだろう?」

「そうしたら初美たんは晴れて僕のお、お嫁さんじゃないか」

「それが少し前倒しになる事の何がいけないんだよ」

普段ならば、『六女仙』の言葉は不承不承ながらでも納得させる言葉ではあった。
しかし、男の心はもうそれでは納得する事が出来ない。
無論、その気になれば瞬時にその身体を移動させられる初美に不埒な真似は出来ないと頭では分かっているのだ。
だが、京太郎から与えられた敗北感を帳消しにする事で、その胸の内は満たされている。
初美を京太郎の側から奪い去り、自身が覚えた以上の敗北感を与える事でしか、そのモヤモヤとしたものを拭い去る事は出来ない。


初美「(ホント、これどうしましょうねー…)」

婚約者に対する初美の立場は弱い。
男は神代家の人間であり、そして初美はその分家。
ましてや、彼女は自他共認める幼児体型で、貰い手がまったくいなかったのだ。
六女仙ともなれば将来的に神代の中で重要なポジションを約束されたも同然だが、それはあくまでも義務を果たしてこそ。
子どもが出来れば、その立場は逆転するが、今はまだ彼には逆らえない。

初美「(…でも、はいだなんて言えるはずないのですよー)」

他の少女たちと違い、初美はそれほど『六女仙』と言う言葉に囚われている訳ではない。
選ばれた分の責任は果たすつもりではあるが、何が何でもそうしなければいけないというほどの強迫観念はなかった。
それでもこうして躊躇うのは、男の言葉が彼女にとって死刑宣告に等しいものだからこそ。
幼稚な独占欲と対抗心から自身に無理難題を突きつけるような男との結婚を強いられている初美には、今の生活は一つの救いだったのだ。


「そ、それに僕のお嫁さんになったら六女仙なんて関係ないだろ」

初美「いえ、その流石にそういう訳には…」

「な、何でだよ!!」

「お嫁さんってのはそういうもんだろ!!」バン

初美「っ…」

だからこそ、何とか男を説得しようとする初美の前で男は腹立たし気に机を叩いた。
まるで子どもの癇癪のようなそれに机の上にあった皿と湯のみが小さく揺れる。
それに初美が言葉を詰まらせるのは事態が急速に悪化していっているからだ。
このままでは男ではなく、その母親の方が直々に何かを言い出すかもしれない。
それに強い危機感を覚えながらも、初美はどうしても今の生活を手放す事が出来なかった。

「…貴女、さっきからマダオちゃんの事を何だと思っているの?」

「夫の事を立てるのが妻として当然の役目でしょう?」

「そもそも未婚の男女がひとつ屋根の下で暮らしているだけでも汚らわしいと言うのに…」

「マダオちゃんが貴女の事を庇うから我慢してあげているのですよ」

初美「それは…感謝しています」ペコ

結果、母親の介入を許してしまう事になる。
それに内心で嫌な予感を感じながら、初美はそっと頭を下げた。
無論、本来ならば感謝などしたくはないが、今は非常時。
婚約者よりも手がつけられないこの母親にヒステリーを起こされては全てが無駄になってしまう可能性がある。


「感謝しているのであれば、これ以上マダオちゃんの事を困らせないで頂戴」

「所詮、六女仙など姫様とやらが卒業すればお払い箱なのでしょう?」

「それを拾ってくれるマダオちゃんに尽くすのが貴女のやるべき事ではなくて?」

初美「…」グ

しかし、それでも初美は彼女への反発心を抑えきる事が出来なかった。
無論、頭では彼女が外から来た人間で、六女仙の重要性など理解していないと分かっている。
成金の娘でただ金にあかせて権力を手に入れただけの彼女が、六女仙や神代の巫女を蔑視していると言う事もまた。
だが、六女仙の名は、初美だけに名乗る事を許されている訳ではないのだ。
彼女と半生を過ごした家族達もまた六女仙なのである。

初美「(霞ちゃんの足元にも及ばない豚女が…皆の事を馬鹿にして…!)」ギリ

自分の事だけを馬鹿にされるのであれば初美もまた我慢出来る。
しかし、彼女にとって大事な人達まで悪しように言われる怒りは、中々、抑えられるものではなかった。
ここで黙っていても立場が悪くなるだけだと分かっていても、歯を食いしばるしかない。
下手に口を開けば、激情に満ちた言葉を放ってしまいそうだったからだ。


「…何ですか、その反抗的な目は」

初美「…すみません」

「謝罪など求めている訳ではないのですよ」

「その目はなんですかと聞いているのです」

そんな初美に対して、彼女は容赦などしない。
贅肉で細まった目をさらに細くしながら、初美へとジっと視線を向ける。
それは一見静かながらも、その奥に込められている敵意は並大抵のものではない。
彼女にとって初美は、自分の愛しい一人息子を奪う泥棒猫なのだから。
息子がノリ気であるがゆえに引き離す事も出来ないケダモノへの敵意は些細なキッカケで爆発しそうになる。

「ま、まぁ、そのくらいにしてあげてください」

「うちの子はまだ色々と未熟なものですから」

「未熟…未熟ねぇ」チラ

それに待ったを掛けたのは初美の母親であった。
このまま場がヒートアップしていけば、折角、決まった話が台無しになりかねない。
そう思った薄墨側の言葉に、彼女は何か言いたげな視線を初美へと向ける。
心底、初美の事を下に見ているそれに初美の中で再び反発心が強くなるが、彼女はそれを何とか内側へと抑えこんだ。


「では、こうしましょう」

「これからマダオちゃんとの結婚式までの数ヶ月、貴女は家で住み込みなさい」

「私がマダオちゃんの嫁としての心得をミッチリ仕込んで差し上げます」

「流石だよ、ママ!」

「僕もそれが良いと思うな!!」

初美「…っ」

しかし、その間に齎された言葉は、当初のモノよりも明らかに悪化していた。
今、住んでいる屋敷から引き離されるだけではなく、彼らの家で住め、と言われているのだから。
しかも、その間に心得を仕込むとまで言っている彼らが、自分にろくな扱いをするとは思えない。
間違いなく人間らしい生活をさせてもらえないであろう未来に初美の背筋に寒気が走った。

初美「お、お言葉ですが…それは…」

「お黙りなさい!」バン

「そもそも、嫁入りする家の人間に口答えするとは何事ですか!!」

「そういうところが未熟だと母親に言われているのが分からないの!?」

初美「(うわー…)」

だからこそ、それを止めようとする初美に、母親がヒステリーを起こし始める。
嫁を迎えてやる立場なのだという一昔前の価値観に固まった彼女の言葉は、現代っ子の初美に受け入れられるものではない。
その口調さえ変えてヒートアップしていく彼女に初美は頭が痛くなる。
こうなっては場がややこしくなるだけだと経験的に理解しているのだ。


「大体、昔っから私は貴女が気に入らなかったんです!」

「折角、マダオちゃんが優しく話しかけてあげてるのに薄っぺらい言葉しか返さなくて!!」

「その上、マダオちゃん以外の男と一緒に暮らしているのを認めろですって!?」

「貴女、もしかしてその男と出来ているんじゃないでしょうね!!」

初美「ち、違います、私と京太郎君は…」

「いーえ!違いないわ!!」

「貴女はそういうふしだらな女なのよ!!」

それでも諦めず、釈明をしようとする初美の言葉を、彼女が聞き入れるはずがない。
彼女もまた息子と同じように自分の間違いを認められないタイプの人間なのだから。
そうだと思い込んだら、その他以外の答えを認めない彼女にとって、初美はもう尻軽以外の何者でもない。
元々、初美の事を悪しようにしか思っていなかった彼女はこれ幸いと声を荒上げていく。

「そんな貴女を野放しにしておく事自体が間違いだったわ!!」

「ど、どうかお鎮まり下さい。これもきっと何かの間違いで…」

「うるさい!私の口答えしないで!!」ガシ

「大体、貴女がちゃんと子どもの躾をしないから、こんな浮気性に育ったんでしょう!!」バシャ

初美「っ…」

瞬間、母親の手元にあった茶が、初美に対してぶち撒けられる。
運ばれてから時間の経っていたそのお茶は火傷するような温度ではない。
だが、それでも他人からいきなりお茶を掛けられるのが心地良い訳ではない。
ましてや、今、彼女が着ているのは、お気に入りの晴れ着であるのだから尚の事。


初美「(…でも、耐えるのですよー)」

初美「(ここで口答えしたら…間違いなくこの女は余計に怒るのです)」

初美「(だから…ここは穏便に…穏便に…)」グッ

「覚悟しておきなさい」

「その性根をマダオちゃんとの結婚までの間に叩きなおしてあげるわ」

「いえ、たたき直した後でも、ろくな自由などくれてはやらない」

「貴女のような尻軽女を外に出したら、すぐに男を作るでしょうからね」

「座敷牢にでも閉じ込めてやるわ」

しかし、そうやって耐えようとしても彼女の怒りはそう簡単に収まらない。
息子と初美の婚約が決まってから、彼女はずっと行き場のない嫉妬を抱え続けていたのだから。
それを初美にぶつける大義名分を得た今、そう簡単に止まれるはずなどない。
その髪からお茶の雫を滴らせる初美を見ながらも、その言葉の棘は鋭くなる一方だった。

初美「(…でも)」

初美「(ここで穏便に済ませて、それでどうなると言うのですかー…)」

胸中に浮かび上がってくるその言葉を、初美はどうしても止められなかった。
元々、初美は結婚生活に夢を抱いていた訳ではない。
婚約者が目の前の男に決まった時から、人並みの人生というものを手放したつもりであった。
しかし、それでもこうして今、突きつけられている未来はあまりにも辛すぎる。
外に出る自由すら奪われようとしている自分に涙さえ出そうだった。


「…初美」

そんな娘の姿に母親が、痛々しそうに名を呼んだ。
彼女とて決して娘の幸せを祈っていない訳ではない。
あのような男に嫁がせたくはないと内心ではずっと思っていた。
それでもただ彼らの言いなりになっていたのは偏にそれが初美にとってもっとも正しい事だと信じていたから。
結婚し、子どもも出来ればその扱いも変わるとそう思い込もうとしていたのである。

「(だけど、これはもう…)」

既に相手は初美の事をモノや動物として扱おうとしている。
まだ結婚もしていない娘に対して、こうも酷い扱いをしてみせているのだ。
そんな連中が初美の事を大事にしてくれるはずがない。
改心など最初から高望みだったのだとそう彼女は感じ取った。


「……」ソッ

だからこそ、彼女はそっと持ち込んだカバンの中に手を伸ばす。
そこにあるのは財布と化粧道具、そして携帯のみ。
その中で携帯を選びとった彼女は一つポンと画面を押した。
ほんの僅かな時間 ―― それこそ一秒にも満たないその仕草に気づいたものはその場では誰もいない。
男もその母親も歯を噛みしめて黙りこむ初美に注意を惹かれていた。

京太郎「失礼します!」スパーン

初美「…え?」

そんな部屋の襖を荒々しく開く音がする。
高級な襖が壊れても構わないのだと言うような力づく開け方。
それに初美が顔をあげた瞬間、表情に驚きの色が混じる。
なにせ、そこにいたのは彼女にとって予想外の ―― ここにいるはずのない弟だったのだから。


初美「(どうして…!?)」

今日は平日であり、本来ならば学校もある。
そもそも初美は今日、婚約者との会食がある事は言っていても、何処かまでは言っていないのだ。
それなのにどうして京太郎がこの部屋を見つける事が出来たのか。
それが自身の母による采配であると知らない彼女は、その口を驚きに開いてしまう。

「な…お前は…!?」

京太郎「お初にお目にかかります」

京太郎「私、須賀家の一人息子である須賀京太郎と申します」

そんな彼女の前で京太郎はそっと一礼をしてみせた。
初美のそれに負けない気品のあるその仕草は、あまりにも丁寧過ぎる。
突然の来訪には決してそぐわないそれは、いっそ慇懃無礼と言っても良いもの。
だからこそ、その顔を怒りで赤く染めた男は拳を振り上げながら口を開いて。


「ふ、ふざけるな!誰がお前なんて呼んだんだ!!」バン

「帰れよ!お前なんてお呼びじゃないんだ!!」

京太郎「そうは参りません」

京太郎「私は薄墨初美さんとの婚約を認めてもらいに来たのですから」

初美「…はい?」

まるで唾を吐き散らすような男の言葉に、京太郎は怯む気配を見せない。
男の事などまったく怖くもないのだと言わんばかりに、その表情をピクリともさせなかった。
代わりに彼が動かしたのはその唇。
初美と婚約したいとそう告げる彼に初美の驚きはさらに大きくなっていく。

初美「(こ、婚約って…え?えぇええ…!?)」

無論、初美はそんな話などまったく聞いてはいない。
いっそ寝耳に水と言っても良い京太郎の言葉に、頭の中が軽く混乱する。
一体、京太郎は何を言っているのか。
何より、これは夢ではないのか。
そんな言葉がグルグルと周り、自身がお茶で濡れてしまっている事さえ忘れてしまう。


「お、おおおおお前は何を言ってるんだ!?」

「初美たんは僕のモノだぞ!!」

京太郎「……」ソッ

初美「…っ」

そんな初美に京太郎はそっと近づき、その髪をハンカチで拭いた。
ポタポタと雫が滴る初美の事を精一杯労ろうとするその手に、初美は胸を震わせてしまう。
お茶を掛けられた彼女に対して、誰も手を差し伸べてはくれなかったのだから。
婚約者も、そして母親も、それが当然と受け入れていた状況の中、差し出された救いの手。
それは混乱していたはずの初美の目尻に熱いものが浮かんでくるのには十分過ぎた。

「何勝手な事をしてるんだ!」

「お前なんかが初美たんに触るんじゃない!!」

京太郎「…黙れよ、豚」

「は…っ!?」

京太郎「濡れてる初美さんをそのままにしてるような糞野郎が、婚約者面するんじゃねぇよ」

その声は決して激しいものではなかった。
対峙する男のモノに比べれば、それはいっそ平坦なものだと言っても良い。
だが、その中に込められた感情は、男のモノよりもずっと激しく、そして熱いものであった。
まるで今にも殺意へと切り替わりそうなその感情に、男は表情を強張らせる。


京太郎「初美さんの事をモノモノって…そんなにモノが欲しいならダッチワイフでも買えば良いだろ」

京太郎「この人は人間で…生きているんだ」

京太郎「それが認められないお前に誰かと一緒にいる資格はない」

京太郎「いや、そうやって相手の弱みに付け込まなきゃ結婚すら出来ないお前と一緒にいてくれる奴なんていねぇよ」

「お、お、お前ええええええっ」

瞬間、男の顔が怒りで真っ赤に染まる。
まるで茹で上がった蟹のようなそれは、彼の怒りが臨界点を突破したからこそ。
元々、短気で自分の思い通りにならない事が許せない彼に、侮辱の言葉など許せるはずがない。
ましてや、相手が腹立たしくて仕方がない男となれば、その顔が赤く染まるのも当然の事だった。

京太郎「(…でも、殴りかかっては来ない)」

しかし、それでも男は腰をあげない。
今にも殴りかかってきそうな表情をしながらも、その身体は座ったまま。
それは勿論、彼が一度、京太郎の力を見ているからだ。
殴り合いでは絶対に勝てないと理解している男は、自分から殴りかかる事が出来ない。
母親の権力以外に碌に誇れるものを持っていない男にとって、好きに出来るのは自分よりも弱い者だけなのだから。


「アナタの方こそ黙りなさい!」

「いきなり入り込んできて…マダオちゃんに酷い事を…!」

「私達を誰だと思っているの!?」

「アナタのような分家とは違って、本家の人間なのよ!!」

京太郎「知るか、そんなもん」

「知らないですってええ!?」

代わりに口を開いたのは母親の方だ。
愛する息子を馬鹿にされた怒りは既に彼女にヒステリーを起こさせている。
だが、キィキィと喚くようなそれを京太郎は碌に取り合わない。
彼にとって神代の本家や分家と言う関係はまったく興味が無い事なのだから。
そのような脅し文句が通用するはずがない。

「ふざけるんじゃないわよ!この!!」ブン

瞬間、母親が手にとったのは机の上に置いてあった灰皿だ。
透明なそれはとても分厚く、また見た目以上に重い。
そんなものを怒りに任せて投げつけようとしたのだから、思うように制御出来るはずがない。
京太郎へと向かうはずのそれはあっさりとすっぽ抜け、すぐ隣にいた初美へと飛んで行く。


京太郎「…ぐっ!」

初美「京太郎君…っ」

京太郎「だ、大丈夫ですって。これくらい」

それを止めたのは京太郎の身体であった。
自分に向かってくるならば避けられるが、初美を避けさせるのには間に合わない。
そう判断した彼は初美を庇うように身体を前へと出した。
結果、その灰皿が当たったのは京太郎の右肩の部分。
ともすれば凶器にもなりかねないそれにかなりの痛みが走るが、京太郎はそれを堪える。

初美「(…大丈夫な訳、ないじゃないですかー…っ!)」

初美を安心させようとする京太郎の言葉を、彼女は到底、信じる事が出来なかった。
強がる京太郎はその顔に笑みを浮かべようとしているが、それは引きつったものになっている。
あまりの激痛に強がる事さえ難しいその姿に、初美の中で怒りが燃え上がった。
彼らから理不尽な扱いを受けるのには慣れてはいるが、京太郎はまた別。
幾らヒステリーを起こしたとは言え、大事な弟を傷つけられて黙っていられるはずがない。


初美「なんて事を…!」

「うるわいわよ!!」

「悪いのは突然、踏み込んできたその男でしょう!!」

「そんな男を庇うって言うの!?」

「やっぱりアナタ、その男と出来ていたのね!!」

「このビッチ!淫乱女!!!」

無論、そんな初美の言葉が母親のヒステリーを止められるはずがない。
まさに火に油を注ぐような勢いで怒りの色が強くなっていく。
キィキィと叫ぶようなその高音は、もはや、初美達にとって不愉快以外の何者でもない。
まるで超音波のようなそれに内心、呆れながらも京太郎は口を開いて。

京太郎「…じゃあ、初美さんとの婚約を解消してもらっても良いよな」

「それとこれとは話が別でしょう!!」

「私の話をちゃんと聞きなさい!!!」

京太郎「あぁ、それじゃあ聞かせてもらおうじゃないか」

京太郎「そうまで言いながらも初美さんを手放そうとしない理由をな」

「そんなの説明しなくても分かっているでしょう!!」

その言葉は両者の立場を逆転させるものだった。
これまでは薄墨側の方が彼らに対して下手に出て、結婚してもらう立場だったのだから。
それが『初美を手放そうとしない理由』を説明しなければいけない側になったのは決して軽視出来ない大きな変化。
だが、それが頭に血が登った彼女には分からない。
元々、実家の財産以外には碌に取り柄もない彼女は、ただ胸に湧き上がる感情のまま言葉を放つ。


「その尻軽女が他に行き場所がないからマダオちゃんが貰ってあげると言っているんです!!」

「ならば、三指ついて奴隷のような扱いをされても笑って嫁に来るべきでしょう!!!」

京太郎「その行き場所に俺がなるって言ってるんだ」

京太郎「それじゃあ理由にならないな」

「うるさいうるさい!!」

だからこそ、それを論破するような京太郎に碌な反論も出来ない。
彼らからすれば優れているのは自分たちの方で、彼らの方が下であるのは当然の事なのだから。
それがあまりにも危ういバランスである事を自覚していなかった彼女に、理論だった反論など出来るはずもない。
京太郎の言葉を耳障りだと叫ぶのが彼女にとっての精一杯だった。

「大体、アナタ何様のつもりなのよ!!」

「いきなり料亭の部屋に入って、縁談に割って入って来るなんて!!」

「こんな失礼まかり通ると思ってるの!!!」

京太郎「料亭側には最初から話を通しているし、縁談についても許可はもらっている」

「誰によ!!!」

京太郎「神代家頭首その人にだよ」

「…………は?」

しかし、その勢いが一気に弱まっていく。
神代家頭首の名前は彼女にとって水を掛けるに等しいものだった。
彼女が神代家に嫁いだ相手は、あくまでも傍流。
本流も本流 ―― しかも、石戸の嫡男でもあった男の権力とは比較にならない。
もし争う事になれば、四方八方が敵になってしまう。


「う、嘘を吐くならもっとマトモな嘘を吐きなさい!!」

「今はもう存在しない分家ごときが神代家のトップを動かすですって!?」

「そんな事出来るはずないでしょう!!!」

京太郎「そう言うのなら確かめてみればどうだ?」

京太郎「俺はハッキリ言ってもらったぞ」

京太郎「好きにしろってな」

「っ!」

京太郎の言葉は冷たくも揺るがないものだった。
声を荒上げて嘘だと言っても、事実だとそう返してくる。
それに真実味を感じ取った彼女は、その言葉を詰まらせた。
もし、この男の言っている事が本当であれば、もう後戻りは出来ない。
神代頭首との勝ち目のない権力闘争が始まってしまう。

「う、薄墨も何か言いなさいよ!!」

「この話が破談になれば、困るのはそっちでしょう!!!」

「そうですね。私達と致しましては…正直、破談になっても宜しいかと思っていますが」

「はぁ!?」

それでも何とか抗おうとする彼女に、初美の母は平坦な言葉を返す。
一気に状況が動いているその場でまるで驚きを感じさせないその声は、彼女にとって意外なものだった。
今まで薄墨の家は、あくまでも下の立場として初美の輿入れを頼んでいた側なのだから。
それをあっさりと翻すその様に、彼女は怒りと呆れ混じりの声をあげた。


「神代家頭首のお墨付きがあるなんてこの男の嘘っぱちよ!!」

「証拠の一つも示せない以上、デタラメに決まってるわ!!」

「…えぇ。そうかもしれませんね」

「でも、それを差し引いても、私は娘の輿入れ先は彼の方が良いと思います」

「だって、彼はこれから再興していく須賀家の一人息子なんですよ?」

「神代家とは言え、傍流の方よりも私どもにとっては魅力的な相手ですし」

「それに何より」

「…一人の母親として娘を傷つけるようなところに嫁がせたいとは思えません」

初美「…お母さん」

最後の付け加えられたそれは初美にとって意外なものだった。
今まで初美は母親にまったく顧みられてはいないとそう思っていたのだから。
こうして彼との婚約を通したのも、六女仙としての義務を果たさせる為。
薄墨初美と言う個人の事などまったく見てはいない。
だからこそ、彼らの横暴にさらされる娘を見ても、碌に庇おうとしないのだろう。

「(…まぁ、今更、これで母親らしい事が出来たとは思わないけれども)」

それは決して事実から程遠いところにある訳ではなかった。
事実、彼女は初美に六女仙としての義務を果たさせる事を第一に考えてきたのだから。
それ故に、相手がどれほど横暴で、尊意の欠片も持てない相手であろうとも婚約の話を進めてきたのである。
しかし、だからと言って、彼女に母親としての情がない訳ではない。
世間一般のモノよりも薄いが、それでも彼女は腹を痛めて産んだ我が子の事を憎らしく思っている訳ではなかった。


「な、何よ…調子に乗って…!」

「分家のくせに…!!そっちから頼み込んできたくせに!!!」

「えぇ。でも、その必要はなくなりました」

「そちらとしても浮気症だの尻軽だのと罵った女が嫁入りせずに助かったでしょうし」

「皆、幸せになれる一番の形ではないでしょうか」

「こ…の…!!!」

だからこそ、話を破談に進めようとする薄墨側に、しかし、神代の側は碌な反論を出せなかった。
事実、彼らがこれまで横暴を許されてきたのは、初美を唯一、受け入れてくれる先だったと言う一点に尽きるのだから。
その前提が脆くも崩れ去った今、今まで放ってきた暴言が、全て彼らを追い詰めるものとなる。
まさに自業自得と言うに相応しい状況の変化に、彼女達は必死に思考を巡らせた。

「は、初美たんはどうなんだよ…!」

初美「え…?」

「こ、こういうのに一番大事なのは初美たんの気持ちだろ…!」

そう男が口にするのは、自身が初美のヒーローだと信じ込んでいるからだ。
何処にも行き場のなかった少女を助けだしたのは自分なのだと言う自尊心は今も彼の中で色濃く残っている。
そんな自分を初美が捨てるはずがない。
いきなり場に割り込んできた無礼な男よりも自身を選ぶはずだとそう信じていた。


「そ、そうよ。貴女はどうなの!?」

「こんな不義理を行えば…薄墨の名も地に堕ちるわ!!」

「いえ、薄墨だけではなく須賀の名前にも泥を塗る事になるのよ!!」

「貴女は本当にそれで良いの!?」

初美「…それは」

自身を追い詰めるような婚約者達の言葉に、初美は言葉を詰まらせた。
無論、普段の彼女であれば、そのような態度は取らない。
彼女は即断即決を是とし、思考力にも優れているのだから。
どんな難題であっても自身のスタンスをすぐに決め、行動出来る強さを持っている。

初美「(…でも、流石にコレは即答なんて出来ないのですよー)」

婚約者達の言葉は事実だ。
ここで自分が京太郎を選べば、母親だけではなく京太郎にも迷惑が掛かってしまう。
自分だけが悪しように言われるならばまだしも、大事な弟まで略奪者のように言われるのは我慢ならなかった。
しかし、それと同じくらいに初美は目の前の婚約者たちに嫌悪感を抱きつつある。
既に覚悟していた事とは言え、つきつけられ続けた理不尽に心が限界に近づいていたのだ。


「は、初美たんは僕のお嫁さんだよね」

「僕が初美たんの事を助けたんだって事、忘れてないだろう?」

「君はそんな恩知らずじゃないよね…?」

初美「…」

京太郎「初美さん、好きにしてください」

初美「え?」

京太郎「例え、貴女が何を選んでも俺はそれを受け入れます」

初美「…京太郎君」

そんな彼女に告げられる言葉はまったく違っていた。
恩を盾に迫る婚約者と、静かに自身を肯定しようとする家族。
そのどちらが初美の心に響いたかなど語る余地もない。
初美の天秤は一気に傾き、その胸の内を決めさせる。


初美「……マダオさん」

「な、何だい?」

初美「貴方は確かに私の事を助けてくれました」

初美「何処にも行き場のなかった私を受け入れてくれた事、本当に感謝しています」

「そ、そうだろう。だから…」

瞬間、男の表情に喜悦が浮かぶ。
それは初美の言葉に自身の勝利を確信したからだ。
やはり初美はヒーローである自分を選ぶのだと。
正義は必ず勝つのだとそんな思いが胸中に広がっていく。

初美「……それに京太郎君にこれ以上、迷惑を掛けたくありません」

初美「彼はこれから先、多くの物を背負っていかなければいけないのですから」

初美「ここで私が京太郎君のところに行けば重荷になってしまうでしょう」

初美「そんな事はしたくありません」

京太郎「……」

そんな男の感情を後押しするように、初美の口からいぢらしい言葉が紡がれていく。
誰よりも京太郎の事を深く思っているが故に彼に迷惑を掛けたくはない。
既に自分たちは京太郎に数多くの負担を背負わせているのだから。
それを引き受けるならともかく、逆に重荷になるなど以ての外。
初美の中でその気持ちは決して揺るがぬものだった。















初美「でも、そんな事関係なしにテメェとの結婚なんざ願い下げなのですよー」

「………は?」














初美「ったく…毎回毎回会う度に助けてやっただの拾ってやっただの…」

初美「それしか言えないんですかー?」

初美「サルですか?馬鹿ですか?鳥頭なんですかー?」

初美「豚顔なのに鳥頭とか笑えなさすぎるですよー」

「な、ななななななっ!?」

だが、ソレ以上に初美はもう我慢できなかった。
度重なる理不尽を前に堪忍袋の緒が切れてしまったのである。
結果、彼女から放たれるのは、今までの大人しさが嘘のような言葉。
婚約者への嘲りに満ちたそれに男はその顔を驚きに固めた。

初美「つーか、テメェが拾ってくれた恩なんざこれまでの横暴やら暴言の数々で吹っ飛んでるのですよー」

初美「さっきもお茶ぶっかけられた私を見てるだけでなーんにもしようとしませんでしたし」

初美「それでヒーロー面するんですから呆れて物が言えないのです」

初美「テメェがやってたのはヒーローじゃなくて、立場を傘にきた弱い者いじめだったって自覚もないんですからねー」

「う…うぅぅぅぅぅ…っ」

そんな顔を見ても初美の勢いは止まらない。
今までの鬱憤を晴らそうとしているが如く、言葉を放ち続ける。
それに男が漏らすのは、ただ屈辱と悔しさに満ちた唸り声だけ。
これまで自分が下だと見てきた初美の反抗に、思考がついていけていない。
ただ、感情だけが荒れ狂う彼には、意味のある言葉を紡ぐだけの余裕がなかった。


「こ、この恩知らずが!!」

「マダオちゃんの気持ちを踏みにじるつもりなの!?」

初美「そこの豚の気持ち?」

初美「こんな身体の私を奴隷扱いして一生逆らえないようにしようとしてたって事ですかー?」

初美「はっ!それなら遅いのですよー!」

初美「私はもう身も心も京太郎くんの…いえ、ご主人様のものですしね!」

京太郎「え……!?」

無論、そんな事実はまったくない。
京太郎は初美の事を手籠めにするどころか、ともに風呂に入った事さえないのだから。
ともすれば裸よりも危ない格好は日常的に見ているが、あくまでもそれだけ。
抱き合った記憶すら二度しかない。

初美「いやぁ…本当にご主人様ってば凄かったのですよー」

初美「大きくて硬くてテクも凄くて絶倫で…私、もうメロメロになっちゃったのですー」

「う、嘘だよね、初美たん…」

「そ、そんな事…」

初美「お望みならご主人様のスマホに残ってる動画を見せてあげても良いですよー?」ニッコリ

初美「そうすればテメェの租チンじゃこうも乱れさせられないってハッキリとわかると思うのですよー」

「う、嘘だああああああああああ!!」

しかし、初美の言葉は延々とエスカレートしていく。
その胸中にあるのは自身を今まで虐げていた男達への憎らしさだけ。
冷静になればそれがどれだけ危ない橋を渡っているか分かるだろうが、今の彼女は止まらない。
ずっと胸中に押さえ込んできた感情は完全に蓋から飛び出してしまっている。
理性では抑えきれないその波は、初美の頭に嗜虐的な言葉ばかりを浮かばせていた。


初美「嘘だって言いたいのはこっちの方なのですよー」

初美「ご主人様ともっと早く会えていれば…こんな豚と婚約なんて話にならなくて済んだのに」

初美「私の貴重な時間を返して欲しいくらいなのです」

「う…ううぅぅぅぅぅ」ポロポロ

初美「はぁ…ホント、情けない」

初美「この程度で泣くなんて本当に男なのですかー?」

初美「ご主人様はもっともっとたくましくて凄かったのですよー?」

京太郎「あ、あの初美さん、それくらいに…」

そこで京太郎が初美の事を止めるのは、ついに泣き出してしまった男に対する同情心が湧いて出たからではない。
京太郎にとって男は初美の事を虐げていた憎らしい相手なのだから。
正直、同情心よりもざまあみろと言う気持ちの方が遥かに強い。
だが、今、初美が振るっている言葉は、男だけではなく京太郎にもダメージを与えるものなのだ。
まったく根も葉もないものだと否定するつもりはないが、あまりそのネタは使わないで欲しい。

初美「…まぁ、ご主人様がそう言うなら」

初美「それに…こんな下らない事で時間を無駄にするよりもご主人様と一緒にいたいですしね」スリスリ

京太郎「お、おう…」

そう思った京太郎の胸に初美が頬をすり寄せた。
まるで子猫のようなその表情に流石の京太郎もドキリとする。
無論、それも演技だと分かっているが、自身に甘える初美の表情は色気さえ感じさせるものなのだ。
幼いその顔に微かに浮かぶメスのような色に、どうしてもオスとして反応してしまう。


「あ、貴方達、分かっているんでしょうね!!」

「これは立派な不貞行為よ!!」

「訴えてやりますからね!!!」

初美「好きにすれば良いのですよー」

初美「どれだけこっちが悪いと言っても、請求できる慰謝料は所詮、数百万程度」

初美「豚の餌としてはちょうど良いですし」

初美「こっちだってご主人様に怪我させた分の訴訟はきっちりさせてもらうのですよー」

「お゛おぉぉぉぉぉ」

これが恋人関係ならまだしも、初美と男は両家公認の婚約関係にある。
既に神代中が知っているその事実は、民事に於いて裁判を起こすのに十分過ぎた。
だが、そうやって奪われてしまうのは、彼女たちにとって端金。
神代家の中で評判も悪くなってしまうかもしれないが、それはもう初美に心変わりさせるものではない。
その口から放たれる言葉に、男はただ嗚咽のような声を漏らしていた。

初美「じゃ、ご主人様、行きましょうかー」ダキ

京太郎「…あぁ、もう好きにしてくださいよ」スクッ

そんな男に見せつけるようにして初美が京太郎の身体へ首を回す。
まるで婚約者への興味を失ったようなその振る舞いに、京太郎は諦めるしかなかった。
あくまでも自分が悪役になるつもりで、初美を巻き込むつもりはなかったが、ここまで場が荒れてはもうどうしようもない。
元々の予定通り、初美の事を奪わせてもらおうと、彼女の小さな身体を抱き上げた。


初美「…大丈夫ですかー?」

京太郎「これくらい平気ですって」

所謂、お姫様抱っこの形で持ち上げられた瞬間、初美は小声で京太郎へと尋ねる。
それはさっき自身を庇って灰皿が強打した右肩を心配しているからだ。
それに応える京太郎の声は決して強がりではない。
確かにまだ肩は痛むが、初美の身体は軽く、簡単に持ち上がるのだ。
日頃から身体を鍛えている彼にとっては、決して負担ではない。

「は、初美たん…い、いがないで…」

「ぼ、僕は…初美たんの事が…」

初美「…………それをもっとちゃんとした形で表してくれればまた話は違ったかもしれないですけどね」

初美「でも、貴方は常に自分が偉いから、助けてやったからって…そればっかり」

初美「結局、自分の好きになる幼児体型のお人形が欲しかっただけでしょう?」

初美も決してその言葉が嘘ではないと分かっている。
歪んだ形ではあれど、きっと自分は男に愛されていた。
だが、それは薄墨初美に向けたものではなく、【好き勝手に出来る好みの女性】と言う記号へと向けられたもの。
自分が偉そうに出来る幼児体型の女性であれば誰でも良かった。
結局のところ、それは自己愛の裏返しなのだろうと初美は思う。


初美「そんな奴にくれてやるほど私の心は安くないのですよー」

それでも何時かは本当の愛に変わるかもしれないと耐えてきた。
しかし、それは決して初美の心に愛があったからではない。
自分を受け入れてくれた男への恩義に、ずっと気持ちを沈めてきただけ。
その愛想も尽きてしまった今、初美を引き止められるものは何もなかった。
数年続いた婚約生活の間、男は恩以外の何も彼女の心に与えられなかったのだから。

初美「さようなら。もう私の前に顔を出さないで下さいね」

「うぉ…おおぉおぉぉぉぉ…」

京太郎「…」

結果、冷たく突き放された男の嗚咽が強くなる。
それを背に受けながら京太郎はそっと自身が出てきた襖から抜けだした。
その心に浮かぶ同情の色は相変わらず薄い。
これほど初美に執着していたにも関わらず、男がやっていたのはただ初美を虐げる事だけなのだから。
幾らその心にあったのが本当の愛であろうと同情など出来るはずもない。
初美に見捨てられて当然だろうと言い捨ててやりたい気分だった。


京太郎「はぁぁ…」

初美「いやぁ…スッキリしたのですよー」ツヤツヤ

京太郎「こっちはガクブルものでしたよ…」

それを堪えて廊下へと出た京太郎は思わずため息を漏らした。
色々と格好つけたりもしたが、その内心はうまくいくか不安でいっぱいだったのだから。
無論、神代家頭首の名を借りて、初美の母親や料亭側にも手を回していたが、大事なところはぶっつけ本番。
薄墨側の完全な合意も取れていなかった彼にとって、今日の修羅場はあまりにも不安要素が多いものだった。

初美「そっちだってこっちの事ビックリさせたじゃないですかー」

京太郎「…まぁ、黙って話を進めたのは悪かったと思いますけれど」

京太郎「でも、初美さんを事前に説得するのはまず無理だと思いましたし」

京太郎「何より、初美さんを悪者にはしたくなかったんですよ」

それでも初美に説明をしなかったのは、失敗した時のリスクを考えての事だった。
もし、婚約解消が出来なかった場合、自分一人であれば独断専行の結果、失敗だったで済む。
肩身の狭い思いをするのも自分一人になるだろう。
だが、ここで初美に説明し、それに巻き込む形になれば、彼女もまた誹謗からは逃れられない。
元より神代家と慣れ合うつもりはない自身ならまだしも、初美にとってそれはあまりにも辛いだろう。


初美「自分だけ悪者になってそれで全て解決だなんて本気で言ってるならぶん殴るですよー」

初美「つーか、どうあっても私は巻き込まれる訳ですし、こっちに話を通すのが筋じゃないんですかー?」ゲスゲス

京太郎「い、いててて。ご、ごめんなさい…」

しかし、それは初美にとって腹立たしい答えであった。
勿論、京太郎なりに自身の事を思っての事だったと理解はしている。
だが、それは結局のところ、自分の知らないところで大事な事をアレもコレもと決められていた言う事なのだ。
幾ら自分の為だったと言われても、そう簡単に受け入れられるはずがない。

初美「…さっきは豚野郎のメンツを潰す為にあぁ言いましたが」

初美「ぶっちゃけ、私の意思を尊重してくれてなかったって意味じゃ同じ穴の狢なのですよー」

京太郎「…それは……」

初美「それはー?」ジトー

京太郎「…いえ、すみません。その通りです…」

流石にあの男と一緒にされたくはない。
そう反射的に動いた口は、初美のジト目に逆らえなかった。
意図的に京太郎の事を悪しように言っているとは言え、その言葉は正しいのだから。
初美にそう言われても致し方無いと京太郎自身がそう思ってしまう。


「ふふ」

初美「ぁ」カァァ

そんな京太郎にさらなる言葉をぶつけようとした瞬間、初美の後ろから小さな笑い声が聞こえる。
初美のそれとは違った微笑ましそうな声に、初美の頬は赤くなった。
こうして母親が声をあげるまで、彼女はその存在をほぼ忘れていたのだから。
まるで京太郎とのやり取りに夢中になっていたような自分が妙に気恥ずかしい。

「うちの子は随分、貴方を尻に敷いているみたいね」

京太郎「初美さんは俺達の中でも特にしっかりしてる人ですから」

京太郎「まぁ、ファッションセンスは除きますけど」

初美「あの素晴らしさが理解できない京太郎君が遅れてるだけなのですよー」

自分の事を持ち上げているのか貶めているのか分からない。
そんな京太郎の言葉に初美は唇を尖らせながらそう応える。
しかし、その内心は決して本気で拗ねている訳ではなかった。
何時も通り、お互いにまったく遠慮のない言葉の応酬が心地良いとそう思っていたのである。


「でも、初美。言いたい事はちゃんと最後まで言わないとダメよ」

「夫婦生活なんて毎日がすり合わせのようなものなんだもの」

「下手に遠慮してしまったら、その間に亀裂を産む事になるわ」

初美「…別に京太郎くんと結婚するなんて決めた訳じゃないですよー」

母親の言葉にそう応えるものの、初美も内心、分かっていた。
あそこまで派手に婚約破棄した以上、他の男の結婚など認められるはずがない。
ましてや、今回の件は神代家頭首のお墨付きまであるのだ。
幾ら初美と京太郎の仲が悪くても、ソレ以外に選択肢はない。
自分は間違いなく京太郎に嫁がせられる事になるだろうという予感があった。

初美「(…まぁ、嫌じゃないですけどね)」

初美の中にあった感情は決して異性としてのそれではない。
あくまでも家族愛の延長にあるものだった。
しかし、それでも彼女にとっては十分過ぎる。
元々、初美は内心、嫌悪感を抑えきれなかった相手と結婚させられるところだったのだから。
それに比べれば、京太郎との結婚は天国のようだと断言出来る。


京太郎「…まぁ、今回はあくまでも緊急避難って形にしておきますし」

京太郎「もし、初美さんが他に結婚したい相手が出てきたら…」

初美「…京太郎君、分かってないですね」

京太郎「え?」

初美「…これだけやらかして他の相手とか選べる訳ないでしょう?」

初美「そもそも私たちは自由恋愛とは程遠い生き方をしてるんですから」

初美「どう足掻いても私と君の結婚は規定路線なのですよー」

事実、それをこうして言葉にしても、初美はまったく嫌だとは思わなかった。
京太郎ならきっと自分の事を大事に、幸せにしてくれる。
そんな予感が彼女の胸の中にあったのだから。
未来に不安しか感じなかった頃に比べれば、それは雲泥の差だ。
さっきはああいったものの、彼女は本心から京太郎に感謝している。

初美「……ま、でも」

初美「京太郎君はヘタレで、優柔不断で、向こう見ずで、私の意見を尊重してくれなくて…」

初美「正直、まったくもって褒められた婚約相手じゃないですけれどー…」

初美「あの豚野郎よりも何億倍もマシなのだって…そう思ってますから」カァァ

京太郎「…初美さん」クス

それを初美は素直に言葉にする事が出来なかった。
本当の意味で自分を助けだしてくれたヒーローへの感謝の言葉は、無意味な装飾に満ちていたのだから。
しかし、その言葉が意味するところを、京太郎は決して履き違えたりしない。
素直じゃないなりにも、自分を受け入れ感謝してくれているのだとハッキリ感じ取る事が出来る。


初美「ほ、ほら、それより何時まで私の事を抱っこしてるのですかー?」

初美「そう簡単にお姫様抱っこさせるほど私は安い女じゃないのですよー」

初美「幾ら婚約者になったとは言っても、調子に乗らないで欲しいのです」

京太郎「はいはい」ス

だからこそ京太郎が浮かべる微笑ましそうな笑みに初美は耐えられなかった。
元々、彼女は自分の事をトリックスターであるとそう自負しているのだから。
そんな初美にとって、さっきの言葉はあまりにも胸が擽ったいものだった。
こんなの自分たちらしくはない。
そう思った初美がついつい彼の胸板からの解放を要求してしまうくらいに。

「ごめんね、京太郎君」

「あんまり素直じゃない子で」

京太郎「いえいえ。そういうところが可愛らしいと思いますし」

初美「年下の癖に人の事、子供扱いしないで欲しいのですよー…」

京太郎「小学校低学年レベルの身長で何を言われてもなぁ」

初美「好きで成長止まった訳じゃないのですよー!」ゲスゲス

京太郎「い、いててて」

その間に初美の母親を入れても尚、二人のやり取りは大きく変わらなかった。
その関係が婚約者と言うモノに変わっても、二人はそれを深く意識していない。
元々、家族同然で暮らしていたのが、後に家族となるのを決められてしまっただけ。
今まで通りが続くだけなのだから、特に気負ったり身構えたりする必要はない。


「…さて、それじゃあ私はこのままタクシーを拾って帰るけど」

「貴方達はどうする?」

初美「…流石にこの服でタクシー乗ったら迷惑掛かっちゃいますしね」

初美「適当に歩いて帰るのですよー」

京太郎「じゃあ、俺はそれについている事にします」

京太郎「迷子にならないか不安ですし」

初美「ふふーん。素直に私が可愛すぎて攫われるかどうか不安だって言えば良いじゃないですかー」

初美「ほーんと、独占欲の強くてヘタレな婚約者は困るのですよー」

京太郎「…まぁ、心配なのは事実ですけどね」

初美「…っ」カァ

にも関わらず、料亭の入り口に辿り着いた京太郎の言葉に、初美の顔は赤くなる。
ポツリとした小さなものであっても、自分の事を心配してくれている男の声。
勿論、それは今までも彼の口から聞かされてきたものだった。
こうして気のおけないやり取りをしながらも、二人はお互いを強く思っているのだから。
そのように心配された経験がまったくない訳ではない。


初美「(え?い、今のなんですかー?)」

初美「(も、もしかしてキュンってしちゃったりとかしちゃったんですかー?)」

初美「(あ、あり得ない…あり得ないのですよー…!)」

初美「(だって、相手は京太郎君で…私にとって弟のような子で…)」

初美にとっての誤算は、自身にとって『婚約者』と言う鎖が思いの外、大きい事だった。
自分のような子を産めるかさえ分からないような女を受け入れてくれるのは一人だけ。
そう心の根本で思ってたが故に、彼女は今までソレ以外の男を意識してこなかった。
無意識に心の中で操を立て、愛される妻になろうとしていたのである。

―― だが、それは今、見事にひっくり返った。

ずっと苦手意識を克服出来なかった婚約者は既にいない。
いるのは自分の事を心から大事にし、慈しんでくれるであろう京太郎だけ。
それに揺れ動かないほど、初美の心は鈍感ではない。
世界で唯一、男だと認識している『婚約者』からの優しい言葉に、その胸はどうしても反応してしまう。


京太郎「あれ?もしかして照れてます?」ニヤ

初美「う、うるさいのですよー!」

初美「き、京太郎君の癖に…っ!」

それは初美がそんな優しい言葉に慣れていないと言うのも大きい。
元婚約者から投げかけられていた言葉は常に独りよがりなものだったのだから。
『男』からこうして気遣われた経験のない初美はついつい素直ではない言葉を返してしまう。
ずっと自分にとって弟であり続けた京太郎が、いきなり『男』になってしまったなど認められるはずがないのだ。

初美「(わ、私はそこまでチョロくないのですよー…)」

初美「(うん…チョロくないはず…)」

瞬間、初美の胸中に浮かんだのは、たった数日でドミノ倒しのように堕ちていった霞たちの姿であった。
自身のあずかり知らぬ僅かな間に、京太郎の事を女として見るようになってしまった親友たち。
その姿が自分に重なろうとするのを初美は必死になって否定した。
自分はそこまでチョロい女ではなく、京太郎の事を意識している訳ではない。
内心で繰り返されるその言葉はそう簡単に途切れる事はなかった。


京太郎「ま、いずれにせよ、その格好のまま一人で街中に行かせるのも可哀想ですし」

京太郎「初美さん…いえ、我が姫さえ良ければ、エスコートさせて頂きたいのですが」スッ

初美「ぅ…」キュン

そんな初美の抵抗が京太郎に分かるはずがない。
分かるのは、ただ、今の初美が何故か照れている事。
そして、普段の仕返しをするチャンスだと言う事だけ。
そんな彼が口にする甘い言葉に、初美の胸は抗えない。
またキュンと反応してしまう自分に、初美はその顔を背けて。

初美「す、好きにすれば良いじゃないですかー」

京太郎「えぇ。好きにさせて頂きます」クス

最大限、気恥ずかしさに抗ったその言葉は、京太郎の顔に笑みを浮かべさせる事しか出来なかった。
元々、初美の身体は人並みよりもずっと小さく、その顔立ちも幼く見えるものなのだから。
そんな彼女がそうして意地を張った言葉を口にすると、普段以上に子どもっぽく見える。
それは女性としての魅力に結びつくものではなかったが、京太郎にとって可愛らしいものだった。


京太郎「…と言う訳で薄墨さん、俺達はここで失礼します」

「えぇ。色々と初美の為に骨を折ってくれてありがとう」

「…でも、薄墨さんなんて他人行儀な呼び方じゃなくて、お義母さんって呼んでくれて良いのよ?」

京太郎「い、いや、流石にそれは…」

とは言え、そんな初美の姿を長らく楽しんでいる訳にはいかない。
幾らかそのハンカチで水気を拭い去ったとは言え、彼女の晴れ着は今も濡れているままなのだから。
既に季節が秋から冬に変わりつつある今、このままでは風邪を引いてしまいかねない。
それを防ぐ為にも早く初美の着替えを調達せねば。
そう思った京太郎の言葉に、初実の母親から予想外の言葉が帰って来る。
それに京太郎が躊躇いの言葉を返してしまうのは、初美との婚約という言葉が、彼にとっても気恥ずかしいからだ。

京太郎「(…勿論、俺から誘ったもんだから嫌だなんて言うつもりはないけれど)」

初美は一見、ふざけがちだが、その実、とてもしっかり者だ。
既に一年近く一緒に暮らしてきて気心も知れているし、結婚生活に対しての抵抗感はあまりない。
きっと初美とであれば、不満の少ない家庭を作る事が出来るだろうという確信が京太郎の中にもあった。
だが、それとはまた別に、京太郎はまだ高校生なのだ。
結婚という言葉に対して憧れや夢を抱いてしまう多感な年頃にとって、それを意識させる言葉はあまりにもむず痒すぎる。


初美「…言うのです」

京太郎「え?」

初美「ほら、何を躊躇っているんですかー?」

初美「私と京太郎君はもう婚約者なんですよー」

初美「私を強引に奪ったんですから、お義母さんの一言くらい言えるでしょう!」

京太郎「えぇぇぇぇ…」

無論、そんな京太郎に対して、初美が踏み込まないはずがない。
さっき自分を弄んだ分だとそう心に浮かべながら、躊躇う京太郎をせっつき始める。
それに京太郎は不服そうな声をあげるが、初美の表情は変わらない。
是が非でも京太郎に『お義母さん』と言わせる覚悟がその顔から感じ取る事が出来た。

京太郎「お、お義母さん…」カァァ

「はい。よく出来ました」クス

共同生活の経験から、こうなった初美がそう簡単に諦めたりしないのを京太郎は知っている。
結果、京太郎はその顔を赤く染めながら、初美の思い通りになるしかなかった。
そんな京太郎の前で、初美の母親が微笑ましそうな顔を見せるのは、照れる京太郎が初々しいからだけではない。
その横にいる初美が自身を『お義母さん』と呼んだ京太郎に対して、満足そうな表情を見せているからだ。


「(…この分なら心配は要らなさそうね)」

最初、彼女は京太郎の事をあまり信用してはいなかった。
初美の婚約者がまったく褒めるところがない相手だと彼女も分かっていたが、それはあくまでも薄墨と神代の話。
それとはまったく無関係な須賀家から婚約を破棄して欲しいと言われたのだから、好意的に思えるはずがない。
幾ら神代家頭首がその橋渡しをしていたとは言っても、不躾な男だと言うのが第一印象だった。

「(あの人に便宜を図ってやってくれなんて言われた時はどうしたものかと思ったけれど)」

それでもこうして隣の部屋への待機を許し、いざと言う時は踏み込む事まで許可したのは、神代頭首への義理立てが一つの理由だ。
彼女にとって神代頭首は友人の夫と言うだけではなく、昔馴染みでもあるのだから。
上司でもあり、今も友人関係にある彼からの言葉は無碍には出来ない。
ましてや、今回の会食は京太郎の出現に焦りを覚えた元婚約者側から、料亭の選定や予約などを全て丸投げされていた。
ただでさえ味にうるさい元婚約者達を満足させるような料亭を、たった一日で決めて、その予約を取らなければいけない。
その無茶振りはもう獣のマウンティングのように、自分達の方が上なのだと教えこむためのものしか彼女は思えなかった。


「(彼らの横暴を前にして切り札の一つでも持っておいた方が精神的にも安定するってそう思ったし…)」

そして何よりも、元婚約者と京太郎のスタンスは大きく違っていた。
娘を自分達を満足させるモノのように扱う元婚約者達に対して、彼はまっすぐな熱意を彼女に伝えようとしていたのだから。
偏に自分の娘の事を思い、その気持ちを語る京太郎に、彼女は一人の母親として感じ入ってしまった。
結果、こうして縁談が破談になり、薄墨家の立場は少なからず悪化したが、彼女は後悔していない。
自分に対して見せるものよりも、さらに自然な娘の笑顔に、京太郎ならば娘を任せられると心からそう思えた。

「では、お邪魔虫はそろそろ退散しましょうか」

初美「お、お邪魔虫だなんて事はないですよー」

「でも、私がいると遠慮無く京太郎くんとイチャイチャ出来ないでしょう?」

初美「お、お母さん!」カァァ

だからこその言葉に、初美は顔を赤くして吠えるように応えた。
下らない事を言っている暇があるならば、早く家に帰ってしまえ。
そんな意図を込めた声に彼女の母親は狼狽えない。
むしろ、その顔に浮かぶ微笑ましさを強めながら、そそくさとその場を去っていった。


初美「はぁ…まったくもう」

京太郎「中々、愉快な人でしたね」

京太郎「ある意味、初美さんのお母さんらしいと言うか」

しかし、それはその場にいる二人に不快感を与えるものではなかった。
婚約者と言う関係に少しずつ変わっていく娘達を微笑ましく見つめるその表情はとても嬉しそうなものだったのだから。
その上、決してしつこくからかってくる訳ではないのだから、不快になどなるはずがない。
姉の母親らしく、人と人との距離感を良く把握している人だと京太郎は婚約者と共に歩き出しながらそう思った。

初美「…言っときますけど、アレでもうちの母はガチアラフォーですからねー?」

初美「幾ら京太郎君が年上好きでもアレを口説くのはちょっとオススメしないのですよー」

京太郎「ちょ、な、なんでそんな話になるんですか…!?」

初美「だって、なんだかうちの母を褒めているみたいでしたし」

京太郎「…まぁ、確かに褒めようとしたのは事実ですけど」

初美「ほぉら、やっぱり」

初美「年上好きでロリコンとか始末に終えないのですよー」ヤレヤレ

勿論、初美はそれに嫉妬している訳ではない。
京太郎の好みが自身の母親とは大きく外れているのを、彼女は良く理解しているのだから。
その上、京太郎は基本的に理性が強く、生半可なことでは人道から逸れたりはしない。
今回の略奪婚も、相手があまりにも酷かったからであり、もし、並の相手であれば京太郎も祝福して見送ってくれていただろう。


初美「(…まぁ、これが霞ちゃんとかなら話は別なんでしょうけれど)」

しかし、だからと言って、今の彼女が面白い訳でもなかった。
彼女は自身の母親よりもさらに京太郎の好みから外れているのだから。
9歳の頃から成長を止めてしまった憎らしい身体は、その胸に何の起伏ももたらしてはいない。
まるで広大な牧草地帯のようなその平坦っぷりに、どうにも心が落ち着かなかった。
それは勿論、少しずつ恋と言うものに傾き始めた彼女が覚えた初めての嫉妬なのだが、それを初美が受け入れるはずがない。
何か胸の奥がムカムカするとそう思いながら、何時もよりも強めに軽口を叩いてしまう。

京太郎「でも、それは初美さんのお母さんだからって言うか」

初美「え?」

京太郎「…褒めるのに持ちだされてる時点で気づいてくださいよ」

京太郎「俺にとって初美さん以上に愉快で楽しい人なんてそうはいないって事」

初美「…っ」キュン

そんな可愛げのない言葉に返ってきたのは、気恥ずかしそうな京太郎の言葉であった。
何時もは小憎たらしい弟から、これまで碌に聞いた事のない褒め言葉。
記憶を探っても片手で数えるほどしかないであろうそれに、初美の胸はまた締め付けられてしまう。
『弟』に、そして『男』に褒められた記憶などまるでない彼女にとって、それは不意打ちも同然のものだった。


初美「そ、そんな事言って…か、帰りにジュースの一つでも奢らせるつもりなんでしょう?」

京太郎「はは。バレました?」

初美「バレッバレですよー」

初美「そ、そりゃもう…この初美様にかかれば、まるっとお見通しなのですー」ドキドキ

しかし、その不意打ちに初美は何時までも心囚われたりしない。
普段、京太郎を軽口の応酬をしている彼女は、何かを考える前にその口から色気のない言葉を漏らしてしまう。
京太郎はそれを素直に認めるが、しかし、初美の鼓動はそう簡単に収まらない。
実際には京太郎にそんな意図がなかったのだと分かるだけに、胸が甘く脈打ち続けている。

初美「…ま、それくらいなら奢ってやりますけどね」

京太郎「良いんですか?」

初美「不本意ながら私の為に色々と骨を折ってくれたのは事実ですし」

初美「ま、まぁ…その…えっと…婚約の前祝いって感じで…」カァァ

京太郎「う…」カァ

そんな鼓動に幾ら初美と言えど抗い続ける事は出来なかった。
さっきまでの色気のない言葉が嘘のように、ついつい京太郎へとデレてしまう。
そんな自分を自覚した初美の顔は赤くなるが、それは京太郎もまた同じだった。
婚約という言葉に未だ慣れない京太郎は、その一言でついついぎこちない声を漏らしてしまう。


初美「は、はは。照れてやがるのですよー」

京太郎「し、仕方ないでしょう。こっちは色々と多感な年頃なんですから」

京太郎「婚約とか言われたら…そりゃ意識しますって」

初美「言われるどころか、そっちから言い出した事ですけどねー」

初美「しかも、私に無断で」ジト

京太郎「…すみません。ホント、反省してます」

初美「ふふ。そう簡単には許してやらんのですよー」

自分に負けないほど照れている京太郎の姿に初美の鼓動も落ち着いていく。
結果、彼女の口から放たれるのは何時も通りの軽口だった。
少しずつまた歯車が噛み合い始めるその感覚に、初美は内心で安堵の溜息を漏らす。
お互いに照れ合うその状況は、くすぐったくて仕方がないのだ。
まるで小学生カップルのようなその雰囲気に、今の初美はまだ耐えられない。

初美「(…でも、そうやって軽口ばっかじゃいられないですよね)」

初美「…でも、どうしてですかー?」

京太郎「え?」

初美「京太郎君からすれば、私は決して好みのタイプじゃないでしょう?」

初美「そんな私と婚約者にって事になって…本当に大丈夫だったんですかー?」

そんな初美が口にしたのは普段通りの軽口ではなかった。
勿論、そうやって京太郎とノーガードで殴りあうような軽口を続けるのは楽しい。
だが、今、こうやって京太郎の心に踏み込まなければ、きっと自分は二度とそれを聞けなくなってしまうだろう。
そんな確信を抱く初美にとって軽口に興じすぎるのはあまり好ましい展開ではない。
今は勢いに任せて京太郎の本心まで攻め込むべきなのだと内心、怯える自分にそう言い聞かせる。


京太郎「そんなの気にしなくても良いですよ」

京太郎「どの道、俺には好きな人なんていませんし」

初美「はい。減点いーち」

京太郎「え?」

初美「そういう丸わかりな嘘は要らないのですよー」

初美もまた京太郎が長野でどのような生活をしてきたのか、報告書で知っている。
また一日の大半を彼の隣で過ごす春は、神代の中でも指折りの観察者なのだ。
そんな彼女が京太郎の想い人の事を報告しているのだから、騙されるはずがない。
だからこそ、初美は京太郎の嘘にスっとその指を一本立てて。

初美「ちなみに減点2になると今日のおかずを一品貰って…」

初美「減点3になると一日私の奴隷になって貰うのです」

京太郎「マジっすか…」

初美「それが嫌ならちゃんと正直に答えるのですよー」

初美「…じゃなきゃ、許しませんから」ジ

京太郎「……分かりました」

そのまま冗談めかした言葉を口にしながらも、初美の目はずっと真剣だった。
彼女にとって、これは自身の一生を左右するようなやり取りなのだから。
勿論、ここでどんな言葉が飛び出ても、京太郎の事を嫌いになったりはしない。
彼がどれだけ自分たちに尽くしてくれてきたかを思えば、感謝の気持ちが絶えないくらいなのだから。
神代家でのし上がる為に利用されるくらいならば、むしろ、喜んでその身と家を捧げたいとそう思っている。


初美「(でも、多分、そうじゃないですよね)」

初美は京太郎が神代家に対して本格的に復讐を決意した事を感じ取っている。
神代家頭首との話を経て、固まったそれは決して覆らないであろう事もまた分かっていた。
だが、京太郎がソレ以上に心優しく、甘い人間である事を彼女は何よりも理解しているのである。
もう一年近く一緒に暮らしてきた自分たちの事を、まるで成り上がりの道具のように使えるはずがない。
そう思う初美の胸には、決して少なくはない期待の色が広がっていた。

京太郎「…と言っても、大丈夫な事に変わりはないんですよ」

京太郎「俺と咲はもう生きる世界が違いますから」

京太郎「アイツと恋人になるなんて…そんな夢見がちな事思っちゃいません」

京太郎「まぁ、そう簡単に気持ちを吹っ切る事は出来てませんけれど…」

京太郎「でも、こういうのは所詮、一過性のモノじゃないですか」

京太郎「会えない間に風化していくでしょうし、それほど大事な事じゃありません」

初美「…」

その言葉はあまりにも自嘲的過ぎた。
勿論、京太郎は嘘を言っている訳ではない。
本心から咲への恋とは一過性のものだと、長続きしないものだとそう思っている。
だが、それはごく自然に、彼の心から生まれた言葉ではない。
長年、隣にいた幼なじみへの恋心はそう簡単に消え去るものではないのだから。
そう自身に言い聞かせ、心からそう思い込まなければ、時折、走る失恋の痛みに耐えられそうになかったのである。


京太郎「で、俺は初美さんの事が嫌いじゃありません」

京太郎「…って言うか、その…家族として、と言う前置きが必要になりますが」

京太郎「割りと好き…な感じ…です」カァァ

初美「へ、へぇ…」ニマー

勿論、その好きは京太郎が前置きした通り、家族としてのモノ。
初美が内心で期待しているようなものとはまた違う。
そんな事は彼女もまた分かっているが、しかし、その頬が緩むのは止められない。
好きと言う言葉の一つで、好意に飢えていた彼女の身体はあっさりと陥落してしまう。

京太郎「ま、まぁ、その、だから…」

京太郎「…俺は初美さんとの結婚生活に何かしら不安がある訳じゃないですし」

京太郎「きっとうまくやっていけるとそう思いますし」

初美「でも、結婚と今までの生活とはまったく違うですよー?」

初美「…ぶっちゃけ、私相手にエッチとか出来るんですかー?」

とは言え、それで追及の手を緩める訳にはいかない。
今の彼らの生活は擬似結婚生活と言っても良いが、それはあくまでも擬似的なものに過ぎないのだ。
結婚に纏わる生々しい話などはどうしてもその中に現れては来ない。
ましてや、初美は六女仙で、その優秀な血を次代に残す義務があるのだ。
結婚とはその前段階だと言っても良い彼女たちにとって性交渉の有無はとても重要である。


京太郎「俺、多分、初美さん相手でも余裕で勃つと思います」

初美「え?」

京太郎「…いや、だって、これでも俺、男子高校生なんですよ?」

京太郎「確かに胸の大きい女の人が好みなのは認めますが…」

京太郎「でも、ソレ以外では反応しないってほど狭量ではないですし…」

京太郎「そもそも俺が好きになった子は初美さんに負けないくらいのぺたん娘でしたしね」

京太郎「だから、その…そういう事は恐らく大丈夫かな、と」

無論、京太郎としてはその辺りの事を口にしたくはない。
良くも悪くも京太郎はデリケートな年頃であり、また相手は異性なのだから。
本来なら秘すべき性癖をこうして言葉で伝えるなど勘弁して欲しい。
だが、これは何時ものようなからかいではなく、これから結婚生活を送る上で大事な確認事項なのだ。
初美が不安がっているのは事実だろうし、ここでヘタレる訳にはいかない。

京太郎「…それに何よりですね」

初美「は、はい…」

京太郎「あんな男に…初美さんの事を渡したくありませんでした」

初美「~~~っ」

そう言い聞かせて京太郎が口にした言葉に初美は絶句してしまう。
無論、京太郎がそう思っているであろうと彼女も予想はしていた。
そうでなければこれほど大それた事をするはずがないと思っていたのである。
しかし、だからと言って、その言葉の威力はまったく弱まったりはしなかった。
予想と現実はやはり別なのだとそう訴えかけるようにその言葉は初美の身体を震わせる。


京太郎「初美さんは俺にとって恩人です」

京太郎「いえ、ただ恩人なだけじゃなくて、家族同然に暮らしてきて…」

京太郎「初美さんがどれだけ素晴らしい人なのかを俺は良く知っているんです」

初美「あ…ぅ…」カァァ

京太郎「そんな人があんなクズ男と結婚するって聞いて居ても立っても居られませんでした」

京太郎「俺よりもずっとずっと優れている男なら、笑顔で見送る事も出来たかも…」

瞬間、京太郎の胸中に浮かぶのは自身の友人の姿だった。
どんな分野においても自身が手も足も出ないその執事が、もし、初美にプロポーズしたとすればどうなるか。
無論、祝福はするだろうし、納得もするだろう。
ハギヨシも初美も自分にとっては大事な人達で、その二人が幸せになるのであれば是非もない。

京太郎「…まぁ、最初はちょっとはギクシャクするかもしれませんね」

京太郎「つまるところ俺の行動原理は…独占欲だと思いますから」

初美「ど、独占欲…?」

京太郎「えぇ。独占欲です」

京太郎「結局のところ、大好きなお姉ちゃんを他の男に渡したくなかったっていう」

京太郎「弟としての感情が一番大きかったんだと思います」

そう思いながらも、京太郎の心はすぐさまそれを受け入れる事が出来なかった。
完璧と言っても良い友人でさえ、初美を預けるに足る相手だとすぐさま納得出来なかったのである。
無論、それは数日もすれば咀嚼も終わり、また何時も通りに戻れる程度の感情ではあった。
だが、それでも理屈とはまた別のところで初美の婚約を嫌がっていた事に気づくのには十分過ぎる。


京太郎「まぁ、つまるところ、シスコンまで拗らせてここまでやっちゃったって言う…」

京太郎「滅茶苦茶、格好悪い話なんですよ」

そんな格好悪い自分を、取り繕いたいと言う気持ちは性癖の話をした時以上に大きいものだった。
もし、これがスールの契を結んだ依子相手であれば、ここまで内心を吐露する事は出来なかっただろう。
だが、こうしてその話を聞いているのは初美だ。
屋敷に来た当初から自分の格好悪いところを受け入れ、時に叱咤し、励ましてくれた家族なのである。
そんな彼女の前で自分を取り繕う必要はない。
どれほど格好悪くても嫌われる事はないのだと京太郎はそう言葉を結んだ。

初美「(う…うわぁ…うわー…)」

初美「(な、なんかもう…コレヤバイのですよー…)」

実際、初美はそんな京太郎の事を悪しように思ってはいなかった。
寧ろ、彼が格好悪いとそう言っていた言葉の一つ一つが初美の心を捉えて離さない。
気を抜けば、一瞬で頬が緩みきり、デレデレとしてしまいそうな言葉の数々。
それに反応する胸の高鳴りはもう五月蝿いほどになっていた。


初美「(でも、嫌じゃないって言うか…)」

初美「(ものすごく…嬉しくて…腹が立つくらいにキュンキュンしちゃって…っ!)」

まるで身体全部が恋する乙女になってしまったような感覚。
告白にも満たないその言葉だけで、あわや身体が堕ちそうになっている自分を、初美は嫌えなかった。
自分はそれほどチョロくないと感覚に抗おうとする気持ちすら、彼女の中で朧げになっている。
それほどまでに深く、そして大きな歓喜に初美は微かな腹立たしささえ覚えていた。

京太郎「で、初美さんの方こそ良いんですか?」

初美「え?」

京太郎「こんな理由で縁談ぶち壊された初美さんとしてはやっぱ色々と思うところがあるんじゃないかなーと」

京太郎「一応、これでも初美さんの婚約者な訳ですし…思ってる事あったら言って下さい」

そんな初美に対して京太郎が切り込んでいく。
無論、それは自分ばかりが内心を吐露して恥ずかしいから…と言う理由だけではない。
それも決して小さくはないが、ソレ以上に大きいのは初美の内心を知りたいからだ。
今の情けない告白でもまず嫌われてはいないと思うが、何かしら思うところがあって当然。
その人生を少なからず歪ませた身としては、恨み言を聞く義務があるだろう。


初美「ま、まぁ…そ、そのなんて言うか…」

初美「き、京太郎くんは仕方がない子ですね!!」

初美「そんなに私の事が大好きだなんて…だ、大好きだなんて…」テレ

初美「シスコンもいい加減にして欲しいのですよー」ニコォ

京太郎「お、おう」

そう思って尋ねた言葉に返ってきたのは、何時も通り、可愛げのない言葉だった。
だが、その声音は抑えきれない嬉しさに溢れ、顔は笑顔を形作っている。
言葉そのものとはまったくかけ離れたその様子に、京太郎はどう反応すれば良いのか分からない。
恨み言がある訳ではないのは伝わってきたが、表情と言葉がかけ離れたその様子は若干、心配になるレベルだったのだ。

初美「ま、京太郎くんが道を誤っちゃうくらいに私が魅力的なのが悪いんでしょうし…」

初美「責任くらいは…と、とってあげなくも…ないですよー」

初美「…た、ただ、その代わり…」チラ

京太郎「ん?」

京太郎をチラ身する初美の視線は期待の色が見え隠れしていた。
喜色に輝くその瞳から放たれるそれに、しかし、京太郎は初美の意図を察する事が出来ない。
その期待の色は今まで初美から感じたどんなものよりも遥かに大きいものなのだから。
自分が何かを期待されているのは分かるが、初美がどんな事をさせたがっているのかまでは分からない。


初美「も、もっと何かないんですかー?」

京太郎「もっとと言われましても…流石にこれ以上恥ずかしい話はないですよ」

初美「…流石にこのタイミングで婚約者の情けない話を聞きたがるほど私も鬼畜じゃないのですよー」

だからこそ、冗談めかして返した言葉に、初美はその頬を膨らませた。
無論、自分があまりにも迂遠で遠回しな言い方をしていた事くらい理解している。
女心に疎く、日頃、自分で鈍感呼ばわりしていた彼にそのような言い方では伝わらないであろう事もまた。
しかし、どれだけ軽口を叩き合っても、初美は女を捨てた訳ではない。
必要最低限の言葉で自身の内心を察して欲しいと言う甘えにも似た感情は、彼女の中にもあった。

初美「い、一応とは言え、こうして婚約者になった訳ですし…」

初美「エスコートするって言ったのもそっちじゃないですかー」

初美「なのに…れ、レディを手持ち無沙汰にするのは…」

初美「あ、あまりにも失礼な事だと…お、お姉ちゃんは思ったり思わなかったり…」

京太郎「…あぁ、なるほど」

とは言え、それで不機嫌になってしまうほど初美は面倒な女ではない。
まだ拗ねる気持ちは残っているものの、それは彼女の気持ちを押しとどめるほどではなかった。
結果、自身の期待をポツポツと吐露する初美の前で、京太郎は得心を得る。
どうしてここまで恥ずかしそうにしているのか分からないが、初美は手を握りたかったのだろう。


京太郎「これで良いですか?」ギュ

初美「ば、馬鹿。今、こっち見ちゃ嫌です…」

初美「…私、今すっごく恥ずかしい顔をしてるんで…」

京太郎「はいはい」

それに対する抵抗は京太郎の中にはなかった。
京太郎は日頃から春達と手を繋いで登校したりしているのだから。
これが見知らぬ女性であればまだしも、相手は家族であり、そして婚約者でもある初美。
その心に躊躇などあろうはずもなく、気軽に手を取って。

京太郎「それじゃ行きましょうか、お姫様」

初美「も、もぉ…」

そのまま優しく手を引く京太郎に初美は抵抗しない。
その唇から拗ねるような声を漏らしながらも、その顔は喜色で一杯であった。
まるでお姫様扱いされるのが嬉しくて堪らないようなその表情を京太郎は知らない。
見るなと言われて無理矢理、その顔を見るほど京太郎は下衆ではないのだから。
しかし、それでも初美から握り返された力に、喜んでいる事だけはしっかりと伝わってきて ――




―― そのまま屋敷に帰るまで、二人の手が離れる事は数えるほどしかなかった。



ってところで今日は終わります(´・ω・`)多分、はっちゃんとはこれから先、大分マイルドな喧嘩ップルっぽくなるんじゃないかなーと

おつ
はっちゃんが可愛すぎて現実世界の事を考えたくないんですがどうすればいいですか!!!???

はっちゃんのヒロインパワーがぐんぐん上がっていく
乙ですー

ヒロインスプリングさんの霊圧が感じられない…


帰ったら修羅場だなあ…

乙です

春の霊圧が・・・消えた?

とうとう特に慕ってる初美さんまで堕ちてしまってはるるのハイライト消えそう……

おつー
はっちゃんが本格参戦したら勝てる人なんて...!

今まで圏外だったはずのはっちゃんが、
他の6人すっ飛ばして婚約者の立場まで手に入れた件について

>>99からの婚約者って、他の面々にお前ら絶対前から付き合ってただろ!って言われてもおかしくないよね…

乙ー

はっちゃん瞬歩は反則やって・・・

小蒔ママの例え話がよもや半分くらい現実になるなんて......
これは小蒔さんの方から重婚言い出すかな

あと、豚のことをマダオと呼んで欲しくはなかった
本家マダオはまるでダメなおっさんだけど、愛深き人だから好きなのに
あんな豚は名無しで豚母は「うちの息子」呼びで良かったんでは?(難しいとも思うけど)

やっと追い付けた・・・徹夜しても読みきれないとかそんなん考慮しとらんよ・・・。
はっちゃんが一番良いところ持ってくとはこのリハクの(ry はっちゃんまじチョロイン。結婚ってことは当然そういうこともしなくちゃだよね(ゲス顔
・・・咲-sakiって恋愛漫画だっけ

ロリなお姉さんが落ちたんですが(こっからさらに)堕ちますか?

ロリ姉いいよね……
はるるの霊圧消えたけど、最初からヒロインですらない依子さんファンだっているから(震え声

おいおい、お前らここは健全なスレなんだぜ
そういう話題は止めてくれないかな、まったく

このスレにおけるはっちゃんはどうしようもなくムラムラしてる京ちゃんを見つけたら、まずお説教から入るんじゃないですかね
そんな風に溜め込んでたら身体に悪いと、どうしてそうなる前に自分に相談しなかったのだと
ひとしきりそんな事を言った後、強引に手を取って適当な部屋へと連れ込みます
そのまま真っ赤な顔をしながら強制的にズボンを脱がせ、京ちゃんのサイズに圧倒されたのもつかの間
慌てる京ちゃんの声に呆然となってた意識を取り戻して、手でしごき始めます
勿論、はっちゃんはそういう事なんてまったくした事がありませんが、ムラムラしてる京ちゃんがそれに耐えられるはずもなく
小さな手を一生懸命大きく動かし、訳が分からないなりに京ちゃんを興奮させようと真っ赤な顔で淫語を口にするはっちゃんに射精欲求が高まり
あっという間に欲望に陥落した身体を壁際に押し付けられながら、ハァハァと射精を堪える事しか出来ません
何時もの京ちゃんとはまったく違った可愛らしいその姿に本気になったはっちゃんは、そのまま手の勢いを強めて
真っ赤に腫れ上がった自分の握りこぶしほどの亀頭を愛おしげにペロペロと舐め始め
拙くも気持ちの篭ったロリフェラにチンポが決壊した京ちゃんは数分も保たずに射精してしまいます
無論、これまで悪友のような関係を構築していた京ちゃんに射精を素直に伝えられるはずもなく
ビュルビュルと噴火するような精液はそのまま目の前にいるはっちゃんの顔に掛かってしまいます
愛しい婚約者からのザーメンパックに驚いたはっちゃんは小さく悲鳴をあげますが、その手を離す事はありません
切っ先をビクンビクンと震わせるチンポをしっかりと掴んだまま、熱くてドロドロな精液を顔で受け止め続けて
数分後には髪から胸元まで精液でベトベトになってしまいます
まるで肌に張り付く熱いゼリーのような感覚は気持ち悪いですが、それは愛しい人が射精してくれた証
そのむせ返るようなオス臭さに頭がクラクラしたはっちゃんは自分からそれを一つ掬って口へと運んでしまいます
そのままペロリと舐めた瞬間に広がるオス臭さははっちゃんの中のメスを目覚めさせるのに十分過ぎるもので
身体をブルリと震わせながら熱いため息を漏らす婚約者の姿に、京ちゃんもまた我慢出来ず、
ムラムラが収まらないチンポをビクンビクンと震わせて、はっちゃんにおねだりしてしまいます
そんなチンポをはっちゃんが放っておけるはずがありません
唇に張り付いた精液をなめとるようにペロリと唇を動かした後、再び京ちゃんのチンポをしごき始めます
その手についた精液を潤滑油にするそれは一度目よりも早く、そして淫らなものでした
ニチュニチュと鳴り響くような音と、扱く度にその濃度を増していくようなオスの匂いにはっちゃんの身体も欲情し始めます
京ちゃんを壁に押し付けるその身体の奥からトロトロとした愛液を垂れ流して
乳首もニプレスの下から自己主張するほどビンビンになっていました
それでも婚約者でセックスする訳にはいかないと言い聞かせ、京ちゃんのチンポを扱き続けます
その欲求不満をぶつけるようにどんどんと技巧を高めるはっちゃんに京ちゃんのチンポは何度も何度も射精してしまって
四度の絶頂を迎えた時には、二人の身体はもうぶち撒けられた精液でグチョグチョのドロドロでした
部屋の中にも据えた男女の匂いが子守り、今すぐ換気しなければいけないほど
ですが、それほど射精しても京ちゃんのモンはまったく収まる気配がないどころか寧ろ、硬くなってしまいます
まるで手では満足するどころか欲求不満が強まるだけだとそう言うようなその姿に、はっちゃんも一人の女として覚悟を決めました
その身に纏う精液まみれの巫女服を肌蹴け、自分から京ちゃんに背中を向けるのです
素股ならば、生殖器をこすり合わせる擬似セックスならば大丈夫だろうと判断したはっちゃんはそのまま京ちゃんの事を誘います
その小ぶりなお尻をフリフリと振って顔や髪に自身の精液を纏わりつかせたロリっ子の誘惑にムラムラが収まらない京ちゃんが抗えるはずありません
その背中にのしかかるようにして身体を押し寄せ、ギュっと抱きしめながらチンポをはっちゃんの太ももの間に挿入するのです
未発達ながらも肉のついたはっちゃんの太ももは柔らかく、その上にあるオマンコもプニプニとしていました
その間から透明な粘液を垂れ流すはっちゃんの肉穴に京ちゃんは何度も何度もチンポをこすり付けます
上から下からまるでケダモノのようにチンポを押し付けるそれはもう射精する事しか考えていません
ですが、はっちゃんはそれでも幸せで、そして何より気持ちよくなっていました
京ちゃんが腰を振るう度に下着越しにクリトリスや陰唇が刺激され、オナニーとはまた違う快感が伝わってくるのですから
自分で弄るよりもずっと激しく無遠慮なそれにはっちゃんの口から甘い声が漏れます
嬌声と言っても過言ではないそれは京ちゃんの興奮を強める媚薬でしかありませんでした
目の前のメスが自分の肉棒で感じているという充足感を欲情に変えながら、その腰をはっちゃんの小さなお尻にぶつけ続けます
パンパンとまるで尻を叩かれているような音は、いつしかグチュグチュと水っぽい音へと変わっていきました
はっちゃんとの素股プレイに京ちゃんは幾度となく達しましたが、それでもまだ欲情は収まらないのです
まるで種付けしなければ収まらないと言わんばかりに四つん這いになったはっちゃんの身体を何度射精で穢しても腰を振り続けていました
その度に強くなる快感がはっちゃんの身体を開発し、ドンドンと身体をメスへと近づけていくのです
その身体から漏れる愛液はもう止まる事はなく、射精によって飛び散ったそれは二人の間で糸を引くほどになっていました
それを生み出す身体はもう何度もクリイキし、意識も軽い絶頂感へと突き上げられています
しかし、ケダモノになった京ちゃんはそんなはっちゃんの身体を自分の体で包むように固定し、精液溜まりの中に倒れこむ事すら許しては貰えません
まるでオナホールに対するようなその扱いが、しかし、はっちゃんにとってはとても刺激的で、そしてまた心地良いものでした
自分の愛したオスがこうも自分に夢中になり、またコンプレックスの身体でこうまで気持ちよくなってくれているのですから

しかし、だからこそはっちゃんは不満でした
既に京太郎の射精は十を超えるほど放たれているものの、その全ては空打ちなのです
本来ならばそれを受け止めるはずの場所は未だ下着で覆い隠され、挿入さえされていません
無論、はっちゃんもそれは超えてはいけない一線だと分かっていますが、二度三度とイかされた意識はもう限界でした
今すぐ京ちゃんのチンポを、射精を、自身のもっとも大事な部分で受け止めたい
そんな事しか考えられなくなったはっちゃんは今も無理矢理、貪られる身体をゆっくりと動かし始めます
その秘所を覆っていたクロッチを自らずらし、自分から京ちゃんへと腰を押し付け始めました
今までずっと受け身であった初美からの少し変わったアプローチに、ケダモノであった京ちゃんも冷静さを取り戻します
ですが、それはあくまでも一瞬の事でした
何時もは小生意気な婚約者が自身で秘所を開きながら、お尻を突き上げているのですから
言葉にせずともセックスを強請られているのだとハッキリ分かるその姿勢に童貞の冷静さなど紙くずのようなもの
あっさりとそれを吹き飛ばした京ちゃんは誘われるままその肉穴に切っ先をこすりあわせていきます
瞬間、クチュクチュと言う音と共に、肉棒にイかされ続けた粘膜が吸い付いてきました
チュルチュルとまるで肉棒を強請るようなその小さな粘膜の反応に焦らす選択肢すら京ちゃんは思い浮かべる事が出来ませんでした
その腰にグっと力を込めながら、無理矢理、亀頭をねじ込んでいきます
その感覚ははっちゃんにとって決して心地良いとはいえないものでした
幾ら京ちゃんのチンポに何度もイかされたとは言え、はっちゃんの身体は未発達なのですから
京ちゃんの大きすぎる肉棒に肉がみちみちと裂けていく感覚さえありました
しかし、はっちゃんは決して痛くはありません
快感も痛みもないその挿入は、はっちゃんにとって何より有り難いものでした
そうやって他の感覚が遠のけば遠のくほど京ちゃんのチンポをよりしっかりと感じる事が出来るのですから
自分の手がしごいた裏筋も、その舌で幾度となく舐めしゃぶった先端も、精液の味が何より濃い鈴口の部分も
手や舌で感じるのとはまったく違い、そして何より逞しいものでした
自分はこれからこの肉棒によってメスにされるのだとそう心から思わされてしまうほどのチンポ
それがはっちゃんの最奥に辿り着いた時にはもうお腹の中が圧迫感でいっぱいでした
まるで食べ放題で無理矢理、胃にものを詰め込んだ後の感覚を何倍にも苦しくしたような感覚
擬似的な妊娠にさえ届くその圧迫感に、はっちゃんはほうと一息吐きました
こんな自分でも裂けずに婚約者のモノを受け入れる事が出来た事を喜ぼうとするはっちゃんに、しかし、京ちゃんは容赦しません
完全にタガが外れた京ちゃんは挿入後すぐにその肉穴の中で動き始めるのですから
圧迫感の源が前後するその感覚は心地良さとはまったくの真逆
それが強引に奥まで突き込んでくるのですからはっちゃんの肺から潰れるような声が漏れました
しかし、それも数分の事
初めてのメス穴、しかも、極狭な肉の穴を前に京ちゃんのチンポはすぐさま限界に達してしまいました
幾ら腰を動かしてもキリキリと締め付けるようなはっちゃんの穴は童貞にとって刺激が強すぎたのです
結果、あっさりとその奥で射精した京ちゃんの精液は、はっちゃんに今までとはまったく違う感覚を与えます
自分が唯一認めたオスに種付けされているその感覚は、今までの不満足感を裏返すように幸せで満たされたものでした
自身のもっとも深い本能の部分が愛しいオスの手によって充足していくのですから
子どもが出来るリスクなどあっさりと忘れてはっちゃんはその腰を京ちゃんへと押し付けてしまいます
まるでもっともっととおねだりするようなそれに京ちゃんのチンポも応えました
ビュルビュルと今まで以上に射精を繰り返し、一滴残らずはっちゃんの子宮に精液を注ぐのです
そのあまりにもか細いウェストをがっちり掴みながらの種付けは到底、逃れられるものではありません
はっちゃんが全身をブルブルと震わせている間に、種付けは完了してしまいました

無論、その程度で収まる京ちゃんではありません
女に種付けすると言うオスのもっとも原始的な悦びは、はっちゃんだけではなく彼もまた虜にしていたのですから
はっちゃんのウェストを鷲掴みにしたまま、射精が終わったばかりのチンポをガツンと子宮口へとぶつけます
瞬間、はっちゃんの口から飛び出したのは紛れも無いメスの声
射精によって未発達であったはっちゃんの子宮は一気に熟れてしまったのです
射精一回で調教された淫らなポルチオは自身をズンズンと貫く京ちゃんのチンポにあっさりと屈してしまいました
今までの苦しさが嘘のようにはっちゃんはアクメし、子宮口がクパクパと淫らな開閉を繰り返します
まるで射精を強請っているような淫肉の扉に京ちゃんはチンポをガツンガツンとぶつけ続けました
強引にその扉を突き破ろうとするような激しい勢いに、はっちゃんはあられもない声をあげながら背筋を反らします
子宮から湧き上がる絶頂の波に、彼女の身体はあっちこっちへと揺れ動きました
まるで京ちゃんから必死に逃げようとしているようなはっちゃんを京ちゃんは逃しません
オルガズムに揺れる身体をがっちりと押さえ込み、はっちゃんの奥まで肉棒で支配するのです
初めて感じるメスイキに身体を揺らす事さえ禁じられたはっちゃんにとって、それはまさしく淫獄と言っても良いものでした
まったくの身動ぎを許されず、延々と快楽と絶頂だけを与えられるのですから
世界でもっとも残酷で、もっとも気持よく、そしてもっとも愛しい拷問に、彼女の身体は急速に変わっていきます
まるで愛の無いレイプのようなセックスに心と身体が順応し、そして歪んでいく感覚
ですが、そうやって京ちゃんに自分を変えられる事さえ今のはっちゃんは幸せでした
その目尻から涙を流し、瞳はもう絶頂によって何も移さず、その声はケダモノのようなものへ
おおよそ平静とは言いがたい今の自分に誇らしささえ感じてしまいます
京ちゃんの逞しすぎる肉棒でアクメ漬けにされ、精液を子宮で満たされる事が自分の生まれてきた意味だと思ってしまうのです
そんなはっちゃんのオマンコはもう完全に京ちゃんのチンポに慣らされてしまいました
挿入した時は肉の避ける音が聞こえた狭苦しい肉穴を、今の肉棒はスムーズに出入りしています
まるで京ちゃんだけは特別なのだとそう言うようなその肉穴に、京ちゃんは容赦しません
その強弱から距離までを自分一人で決め、まったく独りよがりなセックスを続けていました
けれど、既に京ちゃんのチンポで開発されきったマゾマンコはその独りよがりさに震えるほど感じ、絶頂へと突き上げられています
その肉ヒダをキュンキュンと唸らせながら締め付けるそれは名器と呼ぶに十分過ぎるものでした
そんなものが京ちゃんのオスだけに従うのですから興奮も快感も並大抵のものではありません
そんな肉穴を制圧しようと京ちゃんははっちゃんの身体を精液溜まりへと押し倒します
そのまま寝バックの姿勢で子宮へと振り下ろす肉棒はまさに処刑人の斧に匹敵する勢いでした
ドスドスと下の畳まで震わせるそのピストンに、アヘりきった初美が耐えられるはずがありません
その衝撃を全て子宮で受け止めながら、両足をカエルのように広げ、イキ声を撒き散らします
あまりの快楽に頭の中が真っ白になった彼女はその中に静止の言葉を浮かばせますが、今更、京ちゃんは止まれません
目の前のメスを完全に自分のモノだと認識したオスは、射精のためのラストスパートへと入ります
はっちゃんの身体を完全に堕としきるためのそれに、彼女はもう逃げられません
これまでの間に数えきれないほどイかされた身体はもうそのピストンすら悦びに変えてしまうのですから
喉から被虐的なアクメ声を垂れ流すはっちゃんに出来るのは、もう自分が死なない事を神に祈る事だけ
そんなはっちゃんの身体に京ちゃんの身体が完全にのしかかります
その小さな身体を守る意識もなく、ただただ最奥へと肉棒を押し付けるための仕草
それに子宮の壁がグググと押し込まれ、無理矢理、その扉が開きます
もう完全にメスになった子宮に、オスのたくましさを教えこむそれが二人にとってのトドメになりました
京ちゃんはそのまま射精を始め、はっちゃんは全身を震わせながらそれを受け止めます
半開きになった子宮口から直接注ぎ込まれる精液は今まででもっとも生きのいいものでした
まるで今までが前座であったかのように初美の子宮でビチビチと跳ね、壁に張り付いてきます
その内側から自分を犯すような精液のたくましさにさえ、はっちゃんはイかされてしまいました
そんな精液が何度も何度も肉棒の上下と共に放たれるのですから、溜まったものではありません
何処よりも早くメス堕ちした子宮口をこすられながらの射精に、はっちゃんの意識がボロボロになっていきます
その感覚をあっちこっちに千切れ飛ばせたはっちゃんに分かるのは、射精される子宮の熱のみ
そして何より、今の自分が幸せで幸せで堪らないと言う事でした
だからこそ、はっちゃんはその顔を涙とヨダレ、そして精液と汗でドロドロにしながらも幸せそうに微笑んでいて
結局、その顔を見られた京ちゃんにアクメ気絶するまで犯し続けられるくらいだよ!!!

私一時間も掛けて何を書いてるんだろう(´・ω・`)ねむい寝る

ここの京太郎は死ぬほど不器用だなあ
ガングレイブのブランドンを思い出す

相変わらずの長文でワラタw
初めての好きな娘→咲
初めてのキス→はるる
初めての性処理→霞さん
と来て、
初体験→はっちゃんになりそう

初めての好きな娘→咲
初めてのキス→はるる
初めての性処理→霞さん
初めての性体験→はっちゃん
初めての結婚式→姫様
初めてのアナル開通→巴
初めての調教→わっきゅん
初めての妊娠→明星

つまりこれが未来予想図か

まるでうちの京ちゃんが子ども部屋でもセクロスする見境なしの男のように言わないでもらおうか!!!
それはともかく明日投下します(´・ω・`)

最終的には見境無い気がする

理性なにそれ美味しいの状態

お母さんの子供の部屋(意味深)にお父さんミルクの匂いが篭もるだって?

京ちゃんがころも部屋でセクロス?(難聴)

ポークビッツ(小声)

じゃあイッチは巫女さんに囲まれて理性が持つって言うんですか!?(逆ギレ

>>396
そういう時は解脱して二次元の世界に行けば良いってチベット仏教の人が言ってた(風評被害)

>>398>>405>>409>>411
元々、姉さん女房キャラでヒロイン力高かったのがさらにドーンですからねー
安価次第じゃ最初にドカンと爆発して他の子を触発してた感じになってたでしょうが
トリに回ってもまぁ、悪くはなかったかなーと個人的には思ってます(´・ω・`)そしてはっちゃんはダンスやってるから瞬歩くらい余裕です

>>399>>402>>403
はるるはこれからが本気だから…OSRポイントギュンギュン溜まってるから…(震え声)
後、はるるのハイライトさんは京ちゃんに再会出来た時からバイバイしがちです

>>400
永水女子の絆は強いから血が流れたりはしないよ!とっても安心ですね><

>>410
どう見ても喧嘩ップルです、本当に(ry)
表ではこんな事言いながらも二人っきりになったらねっとりとナメクジのようなチューして離れないはっちゃんの事を誰か書いて下さい><

>>412
正直、すまんかった(´・ω・`)
ちょっと書いてる間に名前出さないとキツイなって思って、色々と考えたんですが…
丁度、オーディンスフィアやってたのもあってマダオが真っ先に出てしまい、
まるでダメな男なんで、これで良いかと軽く考えたんですが、
原作でダメでもクズじゃない男の名前を使うのは軽率でした(´・ω・`)不愉快にさせて申し訳ありません

>>417
ヒャッハー!新鮮な読者さんだー!
多分、一からこのスレ追いかけようと思ったら一週間くらい必要なんじゃないかな!!と思わなくもないです
だが、待って欲しい、堕ちるのに一番時間がかかったはっちゃんはチョロインとは呼べないのではないだろうか(錯乱)
結婚って事はそりゃエロい事もやりますが、このスレではエロい事は書きません(真顔で)
そして咲って京ちゃんがあっちこっちの学校のヒロインを堕としていく恋愛漫画じゃないんですか(虚ろな目で)

>>418>>419
(ヒロイン追加は)ないです
割りと利仙さんとかヒロイン枠にぶっこもうかと思ったんですが…
ここから突っ込もうとするともうそれ専用に一本スレ立てた方が良いレベルなので…(´・ω・`)ただでさえヒロイン七人いて持て余してるしね!!
ちなみに性的な意味で堕ちるかと言えば堕ちます
どれだけ憎まれ口叩いても京ちゃんの京ちゃんを突きつけられた瞬間、メス顔晒しながらしゃぶりつき
何もしなくても濡れちゃうレベルの京ちゃん専用ロリオナホールになります

>>433
ガングレイブ良いですよねー…
最初は若干とっつきにくい感がありますが最後まで見ると涙声崩壊するという…
もう五回は見てますが未だに泣いてます(´・ω・`)そして言われてみればこの不器用さはブランドンっぽいかもしれない

>>434>>435
このスレの性体験が誰に持っていかれるかは割りとはるるの理性に掛かってるような気がします
常にラブオーラ出しまくってるのに毎日、同じ部屋で寝泊まりしてますし(´・ω・`)理性がトんだ瞬間、逆レルート一直線である

>>438>>439>>440>>441>>442
確かに最終的には見境ない気がしますが、流石に子ども部屋でするほど理性が飛んだりはしないと思います   多分
そして>>440は上手い事言いやがって…!!(´・ω・`)赤ちゃんの為にも匂いが取れなくなるまで注いであげないといけませんね!
後、ころも部屋でセクロスで真っ先に出てきたのは透華だったんですが(´・ω・`)下手に外で羞恥プレイするよりも乱れそう
そしてころたんの事をポークビッツとかクリトリスと区別がつかないとかふたなりの意味がないとか言うのはやめたげてよぉ

>>443
ただの巫女さんならともかく殆ど巨乳以上で貧乳も完備してる巫女さんズに囲まれて理性なんて保つはずないだろ!!!!
速攻で胸にダイブして通報されてるわ!!!!(´・ω・`)まぁ、京ちゃんの場合、色々と特殊な環境ですしね
巨乳を見ればすぐさまスケベ顔をして口説きに行くオープンスケベな京ちゃんもたまには書いてみたいですが


初美「…と言う訳で、京太郎君の婚約者になっちゃったのですよー」テヘペロ

その日の夜、何時ものように一緒に風呂に入った友人たちに初美はそう打ち明けた。
勿論、初美は二人の気持ちを知っているし、極力、このような事は言いたくはない。
共に暮らす家族の中でも春と巴は特に大事に思っている相手なのだから。
しかし、あそこまで大事になった以上、いずれ彼女たちにもバレてしまう事なのだ。
その時痛くもない腹を探られてギクシャクするよりも先に言ってしまった方が良い。

春「…ギルティ」

巴「これはギルティね」

初美「うぐ」

しかし、それに返ってきたのは短い有罪判決だった。
それに初美が言葉を詰まらせるのは二人がどれほど京太郎の事を好いているか知っているからこそ。
どうしてそんな事になったのかっていう経緯は説明したものの、『婚約者』と言う立場は到底、許せるものではない。
こうして彼女たちに打ち明けた初美自身、彼女たちの反応は当然だと思ってしまう。


初美「…その、ごめんなさい」

そんな彼女たちに初美が出来るのは、ただ謝る事だけだった。
無論、単純に謝っただけで許してもらえるほど状況は簡単なものではない。
彼女たちが京太郎に向ける感情は並大抵のものではないのだから。
今まで初恋すら覚えたこともない彼女達にとって、京太郎はまさしく運命の相手。
その人以外に自身の人生を預ける事すら考えたくないほど、その心は依存しきっている。

春「……初美さんが謝る事じゃない」

巴「そうよ。はっちゃんは何も悪くないじゃない」

初美「…え?」

しかし、だからと言って、その矛先が初美に向かう事はなかった。
無論、自分以外の誰かが京太郎の『婚約者』になったと言うのは寂しい。
正直な事を言えば、二人とも少なくない嫉妬を覚えてはいた。
だが、だからと言って、それは状況に巻き込まれただけの初美に投げつけられるものではない。
春や巴にとって、初美もまた大事な家族なのだから。


春「…とりあえず初美さんの元婚約者とやらは潰す」

巴「とりあえず霞さんにも手伝ってもらいましょう」

巴「事情を聞けば、きっと石戸家も動いてくれるはずだから」

巴「幾ら神代家とは言え、石戸薄墨滝見の三家が動けば、庇いきれはしないでしょう」

初美「え、えぇっと…」

だからこそ、その矛先は初美の婚約者へと向かう。
事の発端であり、また初美の事をこれまで虐げてきた憎らしい男。
微かに胸の奥が痛む嫉妬と、そしてソレ以上の怒りを持って、二人が静かに声を漏らす。
大事な家族を傷つけた報復は確実にしてやるとそんな意図が込められたそれに初美は狼狽するように口を開いて。

初美「…怒ってないんですかー?」

春「怒ってます」

初美「え…」

巴「…そんな風にいじめられてたのずっと黙ってられてたんだもの」

巴「これでも友人のつもりだったのだし、頼りにされてなかったのかって言いたい気持ちはあるわ」

無論、春や巴も初美が婚約者のことを好いていた訳ではないと知っている。
彼女たちの婚約者は結婚まで不干渉のつもりだが、初美のそれは決してそうではない。
顔を合わせる度に、その顔に下卑た笑いを浮かべ、一時間でも二時間でも初美に対して粘着していた。
初美が迷惑しているのも気づかず、延々と一人で話し続けるその姿には彼女達もまた嫌悪感を感じていたのである。


巴「(…だから、それが原因だって思っていたんだけれど)」

春「(…まさかそれ以上の事をされているだなんて)」

あまりにも気持ち悪い外見や性根過ぎて、それ以下があるなどと想定してもいなかった自分達。
その甘さに内心、ため息を吐きたくなるのを二人はぐっと堪えた。
ここで自分を責めても、まったく何の意味はない。
その問題は既に京太郎が解決し、初美は既に解放されているのだから。
その上で自分を責めたところで、初美が申し訳なくなるだけなのを二人は分かっている。

春「…でも、ソレ以上に良かったと思ってますから」

巴「そんな男と結婚させられるよりも…京太郎君と結ばれる事を祝福したいとそう思ってるわ」

初美「二人とも…」

故にここでするべきは、初美の縁談を祝福する事。
京太郎と結ばれる初美の為に心からとは言わずとも、喜んだ方が良い。
そう思った二人の言葉に初美は声を震わせる。
間違いなく嫉妬しているはずなのに、こうして祝福の言葉をくれる大事で愛しい家族。
その姿に初美は強い感動を湧き上がらせ、その平坦な胸の内を満たしてしまう。


初美「私、二人の事、とっても愛してるのですよー」

春「…私も京太郎の次くらいに愛してます」

巴「そ、そこは京太郎くんの名前を出さなくても良いんじゃないかしら…」

初美「じゃあ、巴ちゃんは京太郎君よりも私の事愛してくれているのですかー?」ニマァ

巴「さっきまでしおらしかった癖に…」

初美「何時までもしおらしい私じゃ二人も調子狂うでしょう?」

初美「だから、何時も通りを心がけるって言う私の優しさなのですよー」

巴「それは優しさの使いどころを間違ってるわ」

瞬間、自分の口から漏れてしまった言葉に、誰よりも驚いていたのは初美だった。
愛しているとそんな言葉を口にするつもりは、彼女にはまったくなかったのだから。
しかし、それを口にしてしまった以上、致し方ない。
せめて、これも思い通りの展開なのだとそう思わせる為にも取り繕わなければ。
そう思った初美の言葉に、巴は呆れるようにして肩を落として。


巴「…そんなに恥ずかしいのなら愛してるなんて言わなきゃ良いのに」

初美「い、いや、別に恥ずかしい訳じゃ…」

春「…顔」

初美「え?」

春「さっきよりも赤くなってます」

初美「ぅ…」

そんな初美の内面は、完全に巴に見透かされていた。
元々、二人の付き合いは屋敷の中でもかなり長い方なのだ。
いじりいじられて既に半生以上の付き合いがある彼女たちは実の姉妹同然。
その上、二人の洞察力は霞に並ぶほどに優れているのだから、生半可な誤魔化しに騙されたりはしない。

巴「まぁ、どうせ意識せずにポロっと出ちゃって恥ずかしかったってところが本当のところなんでしょうけど」

初美「だ、だだだだだ誰がそんな恥ずかしい事をポロッと出ちゃったって証拠ですかー!」マッカ

春「…日本語崩壊してる」

初美「い、今のはそういうネタですし…」メソラシ

結果、自身の内面を正確に指摘する巴に、初美の顔はさらに赤くなる。
その横で日本語の崩壊を指摘する春の言葉に、初美はそっと顔を背けた。
ネタだとそう言い訳をしながらの仕草には、気恥ずかしさしか感じられない。
それがネタでも何でもなく本気で慌てていたからなのだと二人には丸わかりであった。


巴「まぁ、証拠はないけれど…これでも私ははっちゃんとの付き合いは長いほうだし」

巴「……それに私もはっちゃんの事愛してるから」

巴「も、もももも…勿論、京太郎君の次に…だけど」カァァ

初美「…巴ちゃん」

初美「…私を出汁にしてノロケですかー?」

春「…あざとい」

巴「最初に言い出したの春ちゃんでしょぉっ!」

とは言え、その攻勢は長くは続かない。
元々、彼女たち三人の中でもっともヒエラルキーが低いのは巴なのだから。
巴が口にした愛してるの返事に、初美と春からの口撃が飛ぶ。
まったく情け容赦のなく、そして何より自分の事を棚に上げたそれに巴は顔を赤くしながら異論を放った。


春「…しかし、これで京太郎は姫様と六女仙コンプリート」

巴「…あ、まったく顧みないつもりね…まぁ良いけど…」

巴「…実際、私たちにとって大事なのはそっちの方でしょうしね」

巴「これで姫様も合わせて七人…流石にちょっと数が多すぎだし…」

春「…日替りで一人ずつお相手して貰う?」

巴「多分、霞さんもそう考えている気がするわ…」

巴「我慢できなかったら相互に契約交わして、お互いの日に二人ずつとか…」

しかし、その異論は決して彼女たちに受け入れられるものではない。
あっさりとスルーされ、次の話題が持ち出される。
それに呆れるように言いながらも、巴は話を蒸し返さなかった。
春が口にしたその言葉は彼女にとっても決して他人事と言う訳ではないのだから。
寧ろ、仲間全てが京太郎に恋い焦がれている現状は、その一人である巴にとっても死活問題だったのである。


春「…でも、それが出来るのは今の人数だからこそ」

春「これ以上増えないようにしっかり監視しないと…」

巴「そうね…学校の方は春ちゃん達に任せなければいけないけど…」

巴「出来るだけ京太郎君を一人にさせて、これ以上、犠牲者を増やさないように気をつけないと」

春「…一人で外出させるのは以ての外」

春「今のうちからローテーション決めて、京太郎の監視をするのも良いかもしれません」

仲間がドンドンと京太郎に恋してしまうのを彼女たちは積極的に止めるつもりはない。
彼女たち ―― 特に春は京太郎の事を愛しているが、それに負けないほどの家族愛を仲間にも抱いているのだから。
身近に魅力的な ―― それも自分が初恋を忘れられないほど ―― 男がいれば、そっちに心が惹かれてしまうのも当然。
しかし、それは彼女たちの根底に『共有』と言う前提があるからだ。
その前提を護れない、あるいは歪みだと捉えるような女性に、本気になって貰っては困る。

巴「(…戦力的にこっちが負けるとは思わないけれど)」

春「(…こっちには色々な意味で切り札…いや鬼札の霞さんがいるし…)」

石戸霞は誰よりも冷静かつ聡明な女性だ。
海千山千の猛者が蠢く権力闘争の世界に、今すぐ飛び込んでも生き残れるくらいには。
しかし、その優秀さ故に一皮剥いた心は脆く、本心では誰かに助けてもらえる事を望んでいた。
そんな彼女が自身の全てを預けるに足る世界で唯一の男を見つけてしまったのだから、それを手放そうとするはずがない。
その言葉一つ一つから感じる執着心は、もはや、蛇や百足を連想するほどに強く、そして複雑なものになっていた。
もし、京太郎を自分達の元から奪おうとするものがいれば、霞はそれを排除するだろう。
例え、それが京太郎を傷つけるものであったとしても、彼女はその冷酷さを持って、躊躇いなく実行するはずだ。


初美「ちょ、待つですよー」

春「え?」

巴「ん?」

そのイメージを共有する二人の前で初美は声をあげた。
何処か不服そうなそれは二人に首を傾げさせる。
一体、今の話に変なところがあっただろうか。
初美にとってもメリットがある話だったはずなのに。
そんな言葉を思い浮かばせる二人の前で、初美はゆっくりと口を開いて。

初美「私 堕ちて ないです」

春「……ネタ?」

初美「いやいやいやいや、本気で」

巴「…冗談でしょう?」

初美「本気ですってば」

一つ一つ噛み砕くようなその言葉は、二人に受け入れられなかった。
彼女たちからすれば、初美が本当の意味で『仲間』になってしまったのが丸わかりであったのだから。
何時ものネタや冗談なのだろうとそう思ってしまう。
だが、初美は本気でそれを口にしており、二人に同じ言葉を重ねて返した。


巴「…京太郎君が助けに来てくれたシーンをあんなに嬉しそうに語ってたのに?」

初美「う」

春「…お姫様抱っこされてるのを語ってたところは顔が蕩けてました」

初美「うぐ」

巴「その後、お義母さんって呼ばせて、ニヤニヤしてたし」

春「京太郎にお姫様って呼ばれた時は自慢気でした…」

初美「うぅぅぅぅぅぅ…っ」

しかし、並び立てられる彼女たちの言葉に、初美は碌な反論をする事が出来なかった。
当時は二人に対する申し訳無さで頭が一杯だったが、思い返せばその片鱗くらいは自覚出来ていたのだから。
全て錯覚だとそう断じる事は出来るが、それでは二人も納得しない。
そして何よりも初美の心自体が、それを受け入れられなかった。

初美「………………そ、それでも私は堕ちてないです!」

巴「…また明星ちゃんみたいな事言って」

初美「がは…っ」

だからこそ、抗うように口にした言葉は、巴から呆れの言葉を買った。
今までに聞いた呆れの声よりも、さらにその色を濃くした巴の声は、初美の胸の深いところを突き刺す。
元々、彼女はこれまで自身の初恋をまったく認めようとしない明星の事を弄ってきたのだから。
それがどれだけ可愛らしく、また滑稽であるのかを初美は良く知っている。
それと同じ状況に自分が陥っているとなればそのショックは大きく、ついつい口から苦悶の声が漏れてしまった。


春「…別に堕ちても恥ずかしい事じゃないです」

巴「寧ろ、そうやって意地張ってる方が子どもっぽくて恥ずかしいわよ」

初美「……」

無論、それは初美に物理的な痛みが走ったからなどではない。
湯船に浸かった彼女に触れているのは心地良い温泉の感触だけなのだから。
だからこそ、この胸に走る痛さや苦さはまた錯覚。
そう思いながらも初美は中々、返事が出来なかった。

初美「………………やっぱり…そうなんですか」

春「…そうって?」

初美「私…京太郎君の事、好きなんですかね…」スッ

それでも十数秒ほど経て、初美の口はポツポツと言葉を紡ぎ始めた。
まるで年代物の糸巻き機のようなその言葉に、初美はゆっくりと膝を曲げ、三角座りをする。
同時に身体を前に倒した初美の顔が水面に波紋を生んだ。
その気持ちが揺れ動いている事を知らせるようなそれに、二人はそっと沈黙を続ける。


初美「…こーんなちんちくりんで…京太郎君の好みから一番遠いのに…」

初美「助けてもらったからって…こんな簡単に好きになっちゃって…」

初美「……好きになってもらえるはずないのに…こんなに好きになっちゃって…」

初美「…本当、大間抜けなのですよー…」

その沈黙の中、初美が口にするのは抑えきれない自嘲の言葉だった。
なんだかんだで自身の幼児体型を受け入れる事が出来たが、彼女にとってそれは未だコンプレックスである事に変わりはない。
ましてや、その身体は京太郎の心を射止めるには、あまりにも貧相過ぎる。
無論、京太郎はそんな自分でもセックスが出来るとそう言ったが、性欲と愛とはまた別だ。
セックスは出来ても、一人の女として愛されるのはまず無理だろうと彼女は思う。

春「…大丈夫です」

初美「はるる…」

春「京太郎は胸の大小だけで誰かの事を好きになったりしない」

春「愛にはちゃんと愛で返してくれる人」

巴「…そうね。はっちゃんは考えすぎよ」

巴「私達の好きになった人は女の人の事を身体だけで見たりしない」

巴「もし、そうならとっくの昔に誰かと間違いを起こしているでしょうしね」

初美「……でも」

初美も巴の言っている事が分からないでもない。
しかし、初美はその身体が故に今までろくに婚約者が見つからなかったのだ。
その経験は今も色濃く初美の中で傷として残っている。
自分は女として欠陥品で、誰からも愛される事はないのだと。
京太郎と別れてから、ずっとそんな不安が、彼女の心に付き纏っていた。


初美「(…だから、好きだなんて認めるつもりはなかったんですけど…)」

しかし、その蓋はもう完全に開いてしまった。
自身と明星の姿をダブらせてしまった時点で、否定出来なくなってしまったのである。
結果、彼女の胸に走る痛みと苦しみはそう簡単に消えるものではない。
京太郎と一緒にいれば気にならないそれも、春達の前では目立ってしまう。

巴「京太郎君の好みが自分とは違っても、ロリコンの貧乳好きに調教してやるですよー」

初美「え?」

巴「…何時ものはっちゃんならこう言うでしょ?」

巴「京太郎君が特別なのは分かるけど…そんなのはっちゃんらしくないわよ」

巴「私達も一蓮托生なんだから…もっとポジティブにいきましょう」

初美「…巴ちゃん」

何時もの自分ならば、きっとそうするであろうと言う巴の言葉。
それは初美の胸を打ち、普段の自分を意識させた。
一時はそれさえも見失っていた初美は、痛みに怯える心を少しずつ落ち着かせていく。
無論、あくまでも心が落ち着いただけで、走る痛みはあまり変わってはいない。
だが、それでも初美はもうその痛みと不安に惑わされる事はなかった。


春「…どうせですから、皆で幸せになりましょう」

春「京太郎に幸せにしてもらいましょう?」

初美「…そう、ですね」

初美「どの道、あのお節介焼きには責任取ってもらわなきゃいけないですし」

初美「責任…とってもらっちゃいますか」

巴「うん。そっちの方がはっちゃんらしいわ」

何より、初美には共にその痛みに抗おうとしてくれる仲間がいる。
恋敵である初美の背中を押し、共に一人の男に幸せにしてもらおうと言う家族がいるのだ。
彼女たちと一緒ならば、きっと自分も京太郎に愛してもらう事が出来る。
京太郎との未来をきっと彩りと幸せ豊かなものに出来るはずだ。
そんな確信が初美の心に不安や痛みに怯えないだけの強さを与えて。

初美「…それはそれとして」ジッ

巴「え?」

初美「さっきは良くも人の事をロリだの貧乳だのと好きに言ってくれたのですよー…」

巴「え、えぇぇぇぇ…」

無論、初美は本気でその事を怒っている訳ではない。
京太郎の事を意識した所為で、再びコンプレックスが強くなりつつあったが、巴は自分の事を心配して言ってくれたのだから。
それに一々、目くじらを立てるほど初美は子どもではない。
こうして巴にジト目を向けるのも、さっきの事が気恥ずかしいだけだった。


初美「私達の中じゃおっぱいヒエラルキー下位の癖にぃっ!」バッ

巴「ちょっ!?」

だからこそ、初美は悔しげに言いながら、目の前に浮かんだ巴の胸に手を伸ばす。
しかし、それはヒエラルキー下位と呼ばれるほど、決して貧相なものではない。
巴の周りにいる少女たちがあまりにも規格外過ぎるだけで、彼女も間違いなく並以上はあるのだから。
普段は巫女服に隠しているし、地味な印象から察しにくいが、環境が違えば、彼女もまた巨乳と呼ばれていてもおかしくはない。

初美「…アレ?」モミモミ

巴「あ…ん…っ」

それは初美も良く理解している事だった。
親友達とこうして一緒に風呂に入るのは、日々の日課と言っても良いくらいなのだから。
一見、地味そうに見える親友が実はそれなりに男好きする身体をしているのは良く知っていた。
しかし、だからこそ、初美は巴の胸を揉んだ瞬間に違和感を感じる。
慣れ親しんだ親友の胸から伝わってきたものは、過去の経験から作られた彼女のイメージとは少しズレていたのだ。


初美「…巴ちゃん、もしかして胸大きくなったですかー?」モミモミ

巴「う、うん。最近、胸が張ってるなって思ったら…ちょっと大きくなったみたいで…」

春「…京太郎に恋した所為?」

巴「な、なのかなぁ…やっぱり…」テレテレ

視覚的には決して大きな変化と言う訳ではない。
どれだけ大きく見積もっても、バストが1cm大きくなった程度だった。
しかし、巴は今、初恋の真っ只中にいるのである。
女性をもっとも輝かせるそれは、巴の胸にも今までにない張りと艶を与えていた。

初美「う…うぅぅぅぅ」

初美「つまりここに巴ちゃんの恋心が詰まってるって事なんですね…」モミモミ

巴「んっ…も、もう揉むの止めてよぉ」

それまで脂肪の延直線上にあったモノが、男を悩殺するためのセックスアピールへと転じる。
好きな男の目を引こうと急速に『女』として熟成しつつあるのだ。
恋と言うものが女性に与える影響の大きさをまざまざと感じた初美は巴の胸を揉みしだく。
その指をバラバラに動かし、下からゆっくりと持ち上げるその手つきは、同性のものと分かっていてもいやらしい。
ついついその口から声を漏らしてしまう巴は恥ずかしそうに拒絶の言葉を口にした。


初美「いやぁ、でも、良く考えて下さいよー」

初美「あのおっぱい大好き野郎がこの胸を前に平然としてられるはずがないじゃないですかー」

初美「きっとこぉんな風に揉まれちゃうんですから、今の間に予行練習しておいた方が良いのですよー」

巴「っ♪」キュン

瞬間、巴の中に走る感覚は、今までのものとはまったく違っていた。
初美のその手がどれだけいやらしかろうと、それはあくまでも同性のもの。
初美も本気で巴を愛撫するつもりがなく、そこから感じるのはくすぐったさに似た感覚だった。
だが、その感覚が初美の言葉で一気に裏返ってしまう。
京太郎との予行練習だと言うその言葉だけで巴の身体にスイッチが入り、くすぐったさが快感へと変わっていった。

初美「…アレ、巴ちゃん、今のもしかして…」

巴「ななななななんの事!?」

巴「そ、それよりももうダメ!もう流石にストップ!!」カクシ

初美「…まぁ、流石にここで死体蹴りする趣味はないですけど」

こうして巴の胸を揉んでいたとは言え、初美は決して同性愛者ではない。
自身がその心を預ける相手も、日頃女装はしているが立派な男だ。
それに何より、初美にとって巴は大事な親友なのである。
例え、自分の愛撫に本気で感じてしまったとしても指摘しない優しさが初美の中にはあった。


春「…巴さん、大丈夫です」

巴「え…?」

春「…京太郎の事思いながらするオナニーは凄く気持ち良いです」

巴「な、何が大丈夫なのかなぁっ!?」

そんな初美からまるで自分の胸を庇うように隠し、ジリジリと距離を取ろうとする巴。
その横から投げかけられた声はあまりにも明け透けなものだった。
幾らここが女性ばかりの屋敷であり、今は京太郎が風呂に来る時間ではないとは言え、それはあまり口にして良い言葉ではない。
女の子としては、そういう事は隠しておくべきだと思う巴は、恥ずかしさで顔を赤くしてしまう。

初美「えー…でも、巴ちゃんだってするでしょ?」

巴「そ、そんなの知らないわよ…」

初美「週五くらいで」

巴「そ、そんなにしてません!精々、週一…あ」カァァ

初美「ほーぅ」

春「ほーう」

巴「あわわわわわわわわ」フルフルフルフル

だが、今の彼女は決して冷静ではない。
さっき初美の愛撫に身体が反応してしまった衝撃から未だ立ち直れていないのだ。
結果、巴は初美の言葉に自身の頻度を素直に答えてしまう。
秘さねばならないとそう理解しながらも、身体が口走ってしまったそれに巴の顔はさらに赤くなってしまった。
まるで林檎のように真っ赤になった彼女は、あまりの恥ずかしさに湯船の中でフルフルとその身体を震わせている。


春「…ちなみに私は毎日やってます」

初美「はるるはエロエロですねー」

春「…やらないとこっちの方から京太郎の事襲っちゃいそうなので」

初美「あー…確かに京太郎君って女の子の性欲とかあんまり気にしなさそうですよね」

初美「最低限のデリカリーはあるけど、自分が襲われるまでムラムラしてたとか気づかなさそうなのですよー」

春「…はい。だから、部屋でも割りと無防備で」

春「何度、その身体押し倒して無理矢理、キスしてやろうかと思った事か」

巴「さ、流石にそれは男らしすぎるんじゃないかしら…」

そんな巴に対して二人は追撃しなかった。
三人集まるとどうしても巴に被害が集中するが、やり過ぎてはいけない。
これ以上、巴の事を弄れば流石の彼女も不愉快になると二人は分かっているのだ。
だからこそ、自分の頻度を素直に口にした春に話題は移っていく。
そのお陰で少し気恥ずかしさが紛れた巴は、男らしい春の言葉におずおずと声をあげた。


春「…でも、それくらいやらないと京太郎は気づいてくれないと思います」

巴「あー…」

初美「まぁ、京太郎君ですしねー…」

しかし、それでも巴は春の言葉を否定する事が出来なかった。
無論、京太郎は決して人の心に鈍い訳ではない。
察するべきところは察するし、時にエスパーではないかと思うほどの洞察力を発揮する。
だが、それは何故か恋心と言う艶っぽいものに働かないだけ。
まるで意識的にそれを排除しているように、未だ誰の恋心にも気づいていない。
そんな京太郎の事を見ていれば、若干、不満そうな春の言葉に否と返せるはずがなかった。

初美「ちなみにはるるオススメのシチュエーションは?」

春「最近は一緒に寝ている事が多いので夜這いが熱いです」

春「姫様が隣で寝ているところで京太郎に襲われ、声を出せない状態であちこち弄られ…」

春「我慢出来なかった京太郎に後ろから無理矢理、最後までされちゃうとか…」

春「そう想像しながら寝てる京太郎の隣でオナニーしてます」キリリ

初美「中々、通な楽しみ方をしてるですねー」

巴「わ…わぁぁ…」

幾ら男同士でも普段のオナニーに使うシチュエーションなど口にしない。
それが出来るのは彼女たちが女性同士であり、そして何よりも強い絆で結ばれているからこそ。
この二人なら多少、アブノーマルな妄想程度は笑って流してくれる。
そう理解しているからこそ、素直に口にする春の前で、初美は感心し、巴は気恥ずかしそうにしながらも聞き入っていた。


春「…初美さんの方は?」

初美「私ですかー?」

初美「そうですねー…私も週一か、二周に一回くらいだと思うのですよー」

初美「ちょっとムラムラする事があって適当に弄ったりする感じです」

初美「でも、シチュエーションを思い浮かべながらってのはあんまないですねー」

初美「あくまでもムラムラを発散する為なんで」

初美の性欲は春ほど強い訳ではない。
あくまでも人並み程度な上に、彼女はこれまで碌な男と出会ってこなかったのだから。
イメージプレイ出来るほど男と接した経験のない彼女にとって、それは単なる性欲を発散する為の作業。
気持ち良い事は気持ち良いが、サルのように夢中になったりはしなかった。

初美「(まぁ、これからはそれもちょっとは変わるかもしれませんが…)」

初美が恋に堕ちたのは今日であり、まだ24時間すら経ってはいない。
京太郎を思ってのオナニーに夢中になり、頻度も大きく上がるのではないか、と言う指摘を完全に否定は出来なかった。
だが、それでも春ほど熱心にオナニーしたりしないと思うのは、彼女の中の【須賀京太郎】が未だ甘いやり取りから程遠い所為。
こうして恋に堕ちて婚約者になった後も二人は憎まれ口を叩き合っていたのだから。
京太郎とのセックスは自然、それを元に構成されてしまう。


春「…じゃあ、今度、ムラムラした時は京太郎とのイメージプレイで」

初美「うーん…でも、個人的には京太郎君とセックスするってイメージがあんまり…」

初美「普段、憎まれ口叩き合ってますし、エッチでもそんな風になっちゃいそうな気も…」

巴「…お姫様扱いされてた時の京太郎君なら?」

初美「う…」キュン

貧乳だの貧相だの言いながら愛撫する京太郎と、彼に対して軽く手を出しながら身を委ねる自分。
その色気も何もないイメージは、巴の言葉で完全に変わってしまう。
何時も通り、憎まれ口を叩く京太郎ではなく、腹が立つほどに優しく甘い京太郎へ。
自分を悪友の一人ではなく、立派な女の子として扱おうとする京太郎の愛撫は、彼自身に負けないほど甘く、淫らなものだった。

春「…来ちゃいました?」

初美「…来ちゃったのですよー」

初美「うわー…いや、もうホント…うわー…」

初美「マジかー…私、京太郎君とそういう事イメージ出来ちゃうんですかー…」

結果、それをイメージした初美の下腹部が疼きを覚える。
京太郎との甘いセックスに期待の色を隠せないその反応は初美にとってショックだった。
無論、彼女は自分が女である事を忘れたつもりはないし、清純派のつもりもない。
それでもこうして声が落ち込むのは、相手がついこの間まで弟であった京太郎だからこそだ。


巴「…本気でショックっぽい反応ね」

初美「そりゃそうですよー…この間までガチで弟としか思ってなかった訳ですし…」

春「…でも、初美さん、元からブラコンっぽかったですよ」

初美「…え?」

巴「そうね、結構、自分から京太郎君の事構いに行ってたし」

初美「いやいやいやいやいやいやいやいや」

二人の言葉に初美は首を振るいながら否定する。
確かに自分と京太郎が仲が良かったが、ブラコンと呼ばれるほどではない。
精々、友達と絡む程度の頻度だっただろうと初美はそう思っていた。
だが、春と巴はどれだけ初美が京太郎に対して心を砕いていたのかを良く知っている。
何より、こうして三人一緒にいる時に、初美がもっとも口に出す事が多いのは京太郎の事なのだから。
もう一人の親友である霞の事よりも、さらに高いその頻度は、ブラコン呼ばわりされるのに十分過ぎるだろうと二人は思う。

巴「それになんだかんだ言って自慢の弟だったんでしょう?」

初美「まぁ、それは…」

巴「そんな人が『男』である事を示してくれたんだもの」

巴「そういう意味で意識しちゃうのは当然だと思うな」

初美「…それは自己正当化も含まれてますかー?」

巴「…うん。割りと」

勿論、巴も初美がそれを受け入れがたいのは分かる。
身近な弟に恋するなんて自分はなんてチョロいのか。
ただ、優しくしてくれた男の人への好意を勘違いしている訳ではないのか。
そんな言葉を、しかし、巴は既に乗り越えている。
元々、自分は京太郎の事が好きだったのだから、あの時得たのはあくまでもキッカケ。
その好意も家族に対するものから、一人の男としてのものへと切り替わっただけなのだから何ら恥じ入る事はない。
そんな正当化の言葉は巴の中でゆっくりと受け入れられ始めていた。


巴「それに…京太郎君って魅力的な男性じゃない?」

初美「ここで惚気勝負に持ち込むつもりですかー?」

巴「いや、そうじゃなくって…純然たる評価として」

巴「事実、こんなに多くの女の子が彼の事を慕っている訳だし」

巴「多分、一緒に暮らしていた時点で、こんな風になるのは運命づけられてたんだと思うわ」

初美「運命ねー…」

巴「気に入らない?」

初美「正直、あんまり好きじゃない言葉ですよー」

初美は神事に深く関わる薄墨家の中でもエリート中のエリートだ。
振るう力も神々から託された特殊なものが多い。
しかし、だからと言って、彼女はその言葉に対して肯定的にはなれなかった。
その体の未熟さは自分の努力ではどうにも出来ない ―― まさに【運命】の象徴のようなものなのだから。
既に一度乗り越えたとは言え、それにどれほど悩み苦しんできたかを忘れた訳ではないのだ。
幾ら、それを肯定的に使われても、そう簡単に好きだなどとは言えない。

初美「…ただ、まぁ」

初美「……京太郎君と運命で結ばれているんだって言うのは結構、悪くないですね」プイ

巴「ふふ」

しかし、だからと言って嫌かと言えば、決してそうではない。
初美がそう思うのは、それは自身と京太郎を結びつけるものだったからだ。
決して好きではない運命も、大好きな京太郎とのものならば受け入れられる。
そんな自分に内心、驚きを感じる初美の前で、巴は微笑ましそうな顔を見せた。


春「…ちなみに運命レベルで言えば、最初に会ってた私はかなり高いはず…」

初美「おぉっと、仮にも婚約者の前でそれは見過ごせない台詞なのですよー?」

巴「わ、私だって…京太郎君、一番だって言ってくれたし…」

瞬間、始まるのはお互いの惚気合戦だ。
自分の事が一番だと主張しあうそれに遠慮も容赦もない。
お互いに掴みかかる事はなくても、それは紛れも無く戦争なのだから。
共有を認めこそすれ、それ以上を譲るつもりはない少女達は視線で小さく火花を散らした。

ガララ

明星「…皆さん、何やってるんですか?」

霞「睨み合って…喧嘩でもしたの?」

初美「いや、何でもないですよー」

しかし、それはあまり長続きするものではなかった。
彼女たちは睨み合って数秒もしない内に霞と明星が浴室へと現れたのだから。
不思議そうな表情で尋ねる二人に、初美達はそっと視線を逸らす。
こうして視線で火花を散らしていたとは言え、別に相手の事が憎らしい訳ではない。
彼女たちがそう言うのであれば、彼女たちの中ではそうなのだろう。
お互いを認めるようで認めてはいないそんな言葉を浮かべながら、初美はそっと立ち上がって。


初美「ま、丁度、霞ちゃん達も来た訳ですし、私はそろそろ上がりますかー」

霞「あら、そんなの気にしなくても良いのに」

初美「いやぁ…下手に邪魔して明星ちゃんに睨まれるのは怖いですし」

明星「そ、そんな事しませんよ        多分」

冗談めかした初美の言葉を明星は完全に否定する事が出来なかった。
屋敷に来た当初、初美たちに対しても警戒心を浮かべていた自分を彼女は決して忘れた訳ではないのだから。
もしかしたら大好きな義姉の事を奪われるかもしれないという恐れは、とても強いものだった。
その頃の自分ならば初美達との混浴に良い顔はしなかっただろうと、明星自身が良く分かっている。
だからこそ、最後に多分と付け加える従姉妹に、霞は小さく笑みを浮かべた。

春「それじゃあ私達もそろそろ出ます」

巴「結構、長湯しちゃいましたし…これ以上入っていると湯あたりしそうで」

霞「そう。残念だけど仕方ないわね」

そんな霞の前で春と巴も立ち上がる。
何時も以上に話が盛り上がってしまった所為で、そろそろ浴室に入ってから一時間が経過しつつあるのだ。
その殆どを湯船に浸かって過ごしていた身体は骨まで響くような火照りを宿している。
そんな状態で湯船に浸かり続けていたら、そう遠からず目を回して倒れてしまう。
そう思った二人がそのまま浴室の向こうへ消えるのを霞は見送った。


霞「…これで明星ちゃんと二人っきりになっちゃったわね」

明星「は、はい。そうですね」ドキドキ

そのまま霞が口に言葉に、明星の胸は反応してしまう。
無論、彼女は同性愛者でもなければ、心に決めた男もいる。
その心の優先順位は既に霞よりも京太郎の方が上に来ているのだ。
しかし、だからと言って、霞に対する敬愛の気持ちがなくなった訳ではない。
今も昔も変わらず、自分を慈しんでくれる義姉の事が明星は大好きだった。

霞「まぁ、明星ちゃんは私が京太郎君じゃなくて残念かもしれないけど」クス

明星「な、なんでそこで京太郎さんが出てくるんですか…!」カァァ

霞「あら、だって、明星ちゃんは京太郎君の事大好きでしょう?」

明星「そ、そそそそそそそんな事…」

だが、幾ら大好きだとは言っても、その言葉はそう簡単に受け入れられない。
明星が恋に堕ちて既に数ヶ月が経過しているが、彼女は未だそれを完全に認めてはいないのだから。
そうかもしれないと言う気持ちと、そんな事はあり得ないと言う気持ち。
それらは明星の豊満な胸の中でぶつかり合い、今もしのぎを削っている。
どちらもまったく譲ろうとしない二つの感情は、明星の心に大きな矛盾を突き付けていた。


霞「ちなみに私は大好きよ」

霞「いいえ。愛しているとそう言っても良いわ」

明星「え…?」

そんな明星に霞は軽くそう返した。
まるで明日の天気を口にするようなそれに明星の思考はピシリと固まってしまう。
一体、今、自分の敬愛する義姉は何を言ったのか。
何時もならば彼女の言葉を一言一句聞き逃さない自分の耳が故障してしまったのではないのか。
いや、聞き間違いであって欲しいとそんな言葉が明星の胸の中から湧き上がってくる。

霞「ほら、明星ちゃん、早くシャワー浴びないと」

霞「そのままじゃ寒いでしょう?」

明星「そ、そうですね」

結果、固まってしまった明星に霞がシャワーを促す。
まだ冬とは言えない時期とは言え、少しずつ寒さが厳しくなっているのだ。
常に温泉からお湯を引いてきている特別製の浴室とは言え、裸のままでいるのは寒い。
ぼうっとしているよりは早く髪や身体を洗って、ゆっくりと湯船に浸かった方が良いだろう。
そう思った霞の言葉に明星はぎこちなく従い、その髪を湿らせ始める。


明星「(そ、そうよ。さっきのは聞き間違い)」

明星「(霞お姉さまほどの素晴らしい人が、京太郎さんみたいな人を好きになるなんてあり得ないわ)」

明星「(だって、京太郎さんはスケベだし、エッチだし、ヘタレだし、優柔不断だし…)」

その最中に明星の胸に浮かぶのは京太郎を悪しように言う言葉だった。
自身の平静を取り戻そうと必死に浮かべるその言葉は、いくつも重複している。
それは明星にとって、京太郎がその二つ以外、まったく欠点のない男だと言う証左なのだが、彼女はそれに気づいていない。
心の中に浮かんだその可能性を否定する事で明星は頭の中が一杯だったのだ。

明星「(…でも、もし霞お姉さまが本当に京太郎さんの事が好きなら…)」

明星「(私…どうしたら…)」

明星にとって霞は誰よりも慕い、敬愛している義姉だ。
今にも心が押しつぶされそうな時に霞から差し出された手の暖かさを明星は忘れてはいない。
しかし、ソレ以上に今、彼女の心にのしかかっているのは『自分では霞に勝てない』と言う事実だった。
その頭脳も身体能力も家柄も性格もスタイルも胸も料理の腕も。
何もかもが霞から劣っている自分が、はたして京太郎の寵愛を受けられるだろうか。


明星「(…嫌だ)」

明星「(こんな事…考えたくない)」

明星「(こんな嫌な事なんて二度と思い浮かべたくないって何度も思ってるのに…)」

しかし、それは明星の心から完全に消え去る事はなかった。
明星がどれだけ認めまいとしても、風邪を境に義姉は大きく変わってしまったのだから。
京太郎に向ける目が完全にメスのそれになってしまったその変化に、目敏い明星は目を逸らす事が出来ない。
結果、彼女は何度、その考えを振り払っても、霞と自分を見比べてしまう。
京太郎に愛されるのに相応しいのはどちらなのかを無意識で考えてしまうのだ。

明星「(…私は!私は霞お姉さまが好きなの!!)」

明星「(霞お姉さまさえいれば…それで良かったのに…)」

今の自分は霞に対して嫉妬してしまっている。
劣等感を感じている。
疎ましく思っている。
そんな自分を自覚させられるその思考は、彼女にとってとても重苦しいものだった。
自分がどれほど醜い生き物なのかを突きつけられているような錯覚さえ覚えてしまうのだから。
息苦しさに胸が詰まり、普段は嬉しくて仕方がない霞との入浴も心から喜ぶ事が出来ない。


霞「明星ちゃん、どうかした?」

明星「い、いえ…」

霞「でも、手が止まってるわ」

明星「ぅ…」

結果、明星の手はいつの間にか止まってしまう。
何時もならば鼻歌交じりで洗っている髪さえ、今の彼女は一人で綺麗にする事が出来なかった。
そんな自分を指摘する霞に、明星はつい言葉を詰まらせてしまう。
ここで何も言わなかったら霞を心配させるだけだとそう理解しながらも、何を言えば良いのか分からなかった。

霞「ダメよ、髪は女の子の命なんだから」

霞「しっかり綺麗にして、京太郎君に愛してもらわないと」

明星「だ、だから、私は京太郎さんの事なんて…!」

霞「嫌い?」

明星「そ…れは……」

そこで嫌いと言えれば、全ては簡単だろうと明星は思う。
だが、出会った頃ならばまだしも、明星はもう京太郎に心奪われてしまったのだ。
霞が一番であったはずの彼女を完全に虜にした男を、嫌いなどと言えるはずがない。
ここで言わなければまた誤解されるだけだと頭では分かっているものの、心が、本能が、それを拒否してしまう。


霞「そう。ハッキリ言えないほど嫌いなの」

霞「じゃあ、仕方ないわね」

明星「え…?」

霞「私も大事な明星ちゃんに無理はさせたくないし」

霞「京太郎君には今後一切、明星ちゃんに近づかないで貰いましょう」

明星「っ」

しかし、その間にも霞の言葉が止まる事はない。
迷う明星を追い詰めるようなその言葉は、彼女から声を失わせてしまう。
今までどれほど酷い言葉を投げかけても、京太郎は明星を嫌う事はなかったし、彼女のことを受け入れていた。
だが、それは明星が自分の事を嫌ってはいないという前提があってこそ。
それが崩れた時、京太郎が踏み込んでくれるはずがない。
二度と彼からの言葉が聞けないのは明星にとってとても辛い事だった。

明星「な、何もそこまでしなくても…」

霞「あら、でも、明星ちゃんは京太郎君の事が嫌いなんでしょう?」

霞「なら、この辺りでハッキリさせておかないと」

霞「私達がこうして一緒に暮らせるのはもう数ヶ月もないんだから」

改めてタイムリミットを告げる言葉に明星の胸が小さく痛む。
数ヶ月後、小蒔が卒業してしまえばこの共同生活も一旦終わりだ。
霞達卒業生はそれぞれの家に戻り、次世代の育成へと入る。
まだ高校生の明星は結婚したりはしないが、それでも今まで通りとはいかない。
何もしなければ京太郎と一緒に暮らし続けるなんて不可能だと明星も内心、分かっていた。


霞「それに私としても恋敵が減ってくれた方が有り難いしね」

明星「こ、恋敵って…」

霞「さっきも言ったでしょう?」

霞「私は京太郎君の事を愛してるって」

明星「か、霞お姉さま…」

そんな明星に告げ直す霞の言葉には強い艶が浮かんでいる。
そのままほぅと熱いため息に変わりそうなその音色は、明星のまったく知らないものだった。
彼女がこれまで見てきた非の打ち所のない【石戸霞】からは想像も出来ないそれに明星の声が思わず震える。
今の彼女の目の前にいるのは、【石戸霞】ではなく、一人の恋する乙女だったのだ。

霞「あら…そんなに意外かしら」

霞「私だって女の子なんだから恋くらいしても不思議じゃないでしょう?」

明星「それは…そうですけど…」

明星「…でも、どうして京太郎さんなんかに…」

霞「明星ちゃん」

明星「え?」

霞「次、京太郎君の事を悪く言ったら、幾ら明星ちゃんでも怒るわよ?」

明星「あ…」

そんな霞の表情に瞬間、強い怒気が浮かぶ。
勿論、それは日頃、初美にぶつけているお遊びのようなものではない。
心の底からふつふつ湧き上がるような熱い感情だ。
それを落ち着いた声音から伝えてくる霞に、明星の背筋がブルリと震える。
敬愛する義姉の本気の怒りは、明星にとって天地がひっくり返るほど恐ろしいものだった。


明星「も、申し訳ありません…」

霞「…ん。反省してるなら良いわ」

だからこそ、反射的に頭を下げた明星の前で、霞はその声音を元に戻す。
しかし、その中に僅かな不機嫌さが見え隠れしているのを明星は感じ取っていた。
それは勿論、霞にとって須賀京太郎と言う少年が、とても大事だからこそ。
例え、愛する義妹であっても悪く言うのを許せないほどに、霞は彼に心奪われているのだ。

明星「…でも、どうしてなんですか?」

明星「どうして京太郎さんにそこまで…」

霞「あの子は私が欲しくて欲しくて堪らなかったものをくれたから」

明星「え…?」

それに複雑な思いを抱きながら、明星はおずおずと尋ね直す。
そんな明星に帰って来た言葉は何処か誇らしげな笑みと簡潔な言葉だった。
しかし、明星にはその言葉の意味をすぐさま理解する事が出来ない。
明星にとって霞は何でも持っている女性だったのだから。
家柄も器量も才能も、ありとあらゆるものに恵まれた霞に欲しいものなどあるはずがない。
例え、それが愛という抽象的なものであろうと、霞はそれを簡単に手に入れるだろうと明星はそう思っていた。


霞「…私だって完全無欠と言う訳じゃないのよ」

霞「心の中には隙間だってあるし、弱い自分だっているわ」

霞「ただ、それを人には見せなかったし、見せたくはなかっただけ」

霞「でも、あの子はそれを埋めてくれた」

霞「どうしようもないと思っていた心の隙間を埋めて、弱い私を肯定してくれて」

霞「何より、誰も助けてくれなかった私の事を助けてくれた…」

結果、驚きの表情を隠せない明星に、霞は言葉を重ねていく。
その時の事を思い返しているのか、その表情はウットリとしていた。
その上、声も今まで聞いた事がないほど熱っぽいのだから、疑う余地などまったくない。
霞は本当に心の欠落を埋められ、そして恋に堕ちてしまったのだ。

霞「初恋も知らない夢見がちな女が好きになるには十分過ぎる理由じゃないかしら」

明星「それは…そうかもしれない…ですけど…」

それを頭で認めながらも明星はすぐさま肯定出来なかった。
勿論、霞が抱いているそれが恋である事を疑っている訳ではない。
時に蕩けるような甘さをくれる京太郎に同じことをされれば、自分も堕ちてしまうだろう。
そんな言葉さえ、明星の胸の中に浮かび上がってきていたのだから。


―― だが、それが義姉の話となるとそう簡単にはいかない。

明星にとって義姉は最早、人間ではない。
無自覚に自分よりも上に義姉を置いてしまう彼女にとって、霞は神仏の類に近いと言っても良かった。
そんな霞が、今、こうして京太郎に対して恋をしてしまっている。
完全無欠であった義姉がまるで一人の女になってしまっているのだ。
今まで積み重ねてきた価値観を全てひっくり返すようなその様子を、明星が今すぐ咀嚼出来るはずがない。
その頭では義姉の恋を認めてはいるが、心が納得出来るのはまだ先だった。

霞「まぁ…とは言っても、別に京太郎君の事を独占したいと思ってる訳じゃないのよね」

霞「と言うか、幾ら何でもそれは不可能だって頭で分かっちゃってる…と言うべきかしら」

そんな明星に霞はポツリと言葉を漏らす。
何処か弱音を彷彿とさせる弱々しい言葉は、彼女にとって本心だった。
霞は京太郎に心奪われた少女たちの中で間違いなく過激派と言っても良い思想の持ち主である。
だが、彼女が持ち合わせる聡明さは、現実と理想の差異を嫌というほど理解させていた。
本当は京太郎の事を独占したくて仕方がないが、それは絶対に叶わない。
彼女の家族であり、そしてライバルである少女達がどれほど手強いかを彼女は良く理解しているのだ。
そんな彼女たちが共有と言う前提を前に協力してくるのだから、幾ら霞でも勝機が見えるはずもない。


霞「(…それに例え勝機があったとしても…独占はちょっと…ね)」

霞が京太郎に堕とされたのは比較的、最近だ。
だが、その短い間に自分がどれほど変わってしまったのかを彼女は良く自覚している。
朝起きてから、昼をのんびりと過ごしながら、夜眠る前に。
京太郎の事を考え、京太郎の事を想い、京太郎への愛を深める生活。
僅かなやり取りを何度も反芻し、その頬を緩ませてしまう自分に彼女は何度も驚きを感じていた。

―― しかし、そんな彼女よりも遥か以前に恋に堕ちてしまった少女がいる。

幼い京太郎と出会い、その運命を知って、彼の為に半生を捧げてきた少女。
滝見春と呼ばれるその少女の想いを、霞は良く知っていた。
口数の少ない春は京太郎とのエピソードだけはやたらと饒舌に、そしてまるで宝物のようにその舌へとのせるのだから。
出会った時からずっと変わらないその様子に、彼女の想いが本物である事がハッキリと伝わってくる。
そして、ほんの短い間に自分をこうも変えてしまった激しい感情を、春はずっと一人で堪え続けていた事もまた。


霞「(…そんな春ちゃん達の気持ちを裏切れないわ)」

それがどれほど辛い事なのか霞には想像する事しか出来ない。
だが、その想像だけでその並桁外れた胸はズキズキと傷んでしまう。
それほどの痛みと苦しみに一人耐え続けた春から京太郎の事を奪ってやりたくはない。
霞にとって滝見春と言う少女は大事な家族なのだから。
幾ら好いた男を独占したいとは言っても、その裏で家族が泣くのは面白くない。

霞「(…その時点で私も共有を認めるしかないのよね)」

春は大丈夫で、ソレ以外の少女はダメ。
そんなハッキリとした線引が出来れば、霞も楽だっただろう。
だが、彼女にとって春とその他の少女たちにはそれほど大きな違いはないのだ。
小蒔だけは特別だが、残りの少女たちの事も全て同じように大事に想っている。
そんな彼女たちが皆、京太郎に惚れてしまったのだから、独占など出来るはずがない。
どれほどその胸に疼きを感じても、恋敵たちの存在を認めるしかなかった。


霞「(まぁ、ソレ以外の女の人にはちょっと遠慮してもらうしかないけれど)」

だが、霞が甘いのはそれまでだ。
彼女にとって本当の意味で大事なのは心の繋がった『家族』だけなのだから。
例え、京太郎が恋人として彼女たち以外の女性を連れてきても、それを認めるつもりはまったくない。
霞にとって京太郎は空気や水と同じくらいに必要不可欠な存在になってしまったのだから。
それを自分の手元から奪うような女性に容赦などするはずがない。
自分の持ちうる全てを使って、二人の仲を引き裂くつもりであった。

霞「だから、もし、明星ちゃんが京太郎君の事が好きだって言うのなら」

霞「私はそれを受け入れるし、応援するわ」

霞「あの子の事が好きになってしまった仲間としてね」

明星「…霞お姉さま」

そんな霞の言葉に明星はなんと言えば良いのか分からなかった。
無論、敬愛する義姉にそう言ってもらえるのは有り難い。
幾ら愛した人を巡ってとは言え、義姉との直接対決に自分が耐えられるとは思えないのだ。
もし、耐えられたとしても、何もかも義姉に劣っている自分ではまったく勝ち目が見えない。
そんな戦いに挑む必要がなくなったどころか、誰よりも心強い援軍が味方につくと言ってくれているのだ。
その心強さと安堵は明星が今まで感じた中でももっとも大きいものだった。


明星「(…でも、私は)」

それでもまた明星の心の中で踏ん切りがつかない。
義姉と戦う事もなく、勝機は十二分にある。
自分一人では難しくても他の少女達と共にならば京太郎に愛される事は出来るだろう。
しかし、霞ならば肯定的に受け取れるはずのそれらが、明星にとっては足を引っ張る。
自分一人で愛されなくて、一体、何の意味があるのだろうか。
他の少女達と十把一絡げに愛される事に自分は耐えられるだろうか。
義姉はこう言ってくれているが、身を引いた方が良いのではないか。
そんな言葉が後から後から浮かんできて止まらない。

霞「でも、もし、京太郎君の事が好きじゃないと言うのなら」

霞「彼に近づくのは止めて頂戴」

霞「ここで好きだとさえ言えないような子に、彼の時間を奪われたくないの」

明星「っ」

それは今まで霞から投げかけられてきた言葉とは一線を画するものだった。
今までのあった言葉とは違い、まるでむき出しの刃のように冷たく、そして鋭い。
一切の容赦なく、これが最後通告なのだと伝えるその言葉に明星の背筋は冷たくなる。
もう迷っている時間はない。
ここでの選択が自分の人生を左右するのだと彼女は本能で感じ取っていた。


霞「そんな時間があるなら、私だけを見て、愛して欲しい」

霞「…だから、選びなさい」

霞「その為の時間は十二分にあったはずだし」

霞「十二分に与えてあげたはずでしょう?」

明星「あ…ぅ…」

明星が京太郎に心奪われたのは、地方予選の時だ。
それからもう半年近くが経過している上に、こうして腹を割って話までしたのだから。
もう十分、決断を下す為の材料は揃っているだろう。
そう突きつける霞の言葉に明星は言葉を口にする事が出来ない。
その胸中から浮かび上がるのはただの音の羅列で、意味のあるものにはならなかったのだ。

明星「私…は…」

しかし、ここで答えなければ自分は霞に見放されてしまう。
いや、ただ見放されるだけではなく、京太郎にも近づく事を禁じられてしまうのだ。
それが嫌ならば、ここで霞に何かを答えなければいけない。
そう頭では分かっているものの、彼女の覚悟は中々、固まらなかった。
内心、既に答えは出ていて、それを口にするだけだと言うのに、どうしてもあと一歩を踏み出す事が出来ない。


霞「…そう。それが明星ちゃんの答えなのね」

霞「分かったわ。もう何も言わない」

明星「ま、待って!!」

霞「待たないわ」

霞「ここでハッキリと言えないようじゃ何時間待っても無駄だもの」

霞「残念だけど…縁がなかったってそう思いましょう」

そんな明星に与えられた猶予は決して長いものではなかった。
数分ほど沈黙を続けた彼女に、霞はそっと肩を落として視線を外す。
まるで目の前の少女が期待外れだったのだと言うようなそれに明星の顔から血の気が失せていった。
自分の人生の中、飛び抜けて特別であった義姉と京太郎が、一気に遠ざかっていく感覚。
自分の手から大事なものがすり抜けていく感覚に、明星の口は勝手に開いた。


明星「い、嫌…!」

明星「嫌です!私は…!!」

霞「嫌だと言われてもね」

霞「明星ちゃんはもう答えないって言う選択を選んだんでしょう?」

霞「それが一体、どういう未来をもたらすか、私は既に提示していたはずよ」

霞「つまり、貴女はそれで良いと思ったんでしょう?」

霞「京太郎君からも私からも見放されても…」

霞「自分のちっぽけな意地の方が大事なんだとそう思ったんでしょう?」

明星「そ、それ…は…」

霞のそれは極論だ。
ただ、自分はいきなり突きつけられた問いに戸惑っていただけ。
もう少し時間があれば、自分はきっと答える事が出来たはず。
胸中に浮かぶそんな言葉が言い訳だと明星自身、気づいていた。
霞の言う通り、これまで考える時間は山程あったのだから。
にも関わらず、こうして沈黙を選んでしまった自分が何を言っても無駄。
意地の方が大事だったのだろうという霞の言葉に一定の理がある事を明星自身、認めてしまっていた。


霞「私が他の子の事を認めているのはね」

霞「いざと言う時、京太郎君の事を最優先にするってそう信じているから」

霞「京太郎君の為ならば自分の気持ちを抑えて、共有と言う形を維持できると思ってるからよ」

霞「でも…貴女はそれが出来なかった」

霞「京太郎君への気持ちよりも、この一時を最小限の犠牲で切り抜ける事を優先した」

霞「ハッキリ言わせて貰うけれど…そんな子を京太郎君に近づけたくはないわ」

明星「っ…」グ

瞬間、明星の中で湧き上がるのは反発心だった。
勿論、霞の言葉には一定の正しさがある。
その一部は紛れも無く否定しようのない事実なのだろう。
しかし、それはあくまでも一部であって全てではない。
ほんの僅かな時間で自分の全てを判断した気になられるのは幾ら霞であっても我慢ならなかった。

明星「か、勝手過ぎるじゃないですか…!」

霞「何が?」

明星「いきなり人に尋ねて、それで全部、判断した気になって!!」

明星「幾ら霞お姉さまでも勝手過ぎます!!」

それを言葉にする自分が何時もとまったく違う事に明星は未だ気づいていなかった。
そもそも今までの明星は霞にこれほど強い言葉をぶつけた事はない。
明星にとって霞は神と言っても良い存在なのだから。
超常の領域にある彼女に否定の言葉を返した事さえ、京太郎と出会うまで殆どなかった。
だが、今の彼女は違う。
自身を見限った霞に対して胸を膨らませ、精一杯、強い言葉をぶつけていた。
霞を完全に一人の人間として見て、その間違いを指摘しようとしている。


霞「じゃあ、明星ちゃんはどうしたいの?」

霞「どう判断されれば満足なの?」

明星「そんなの私にだって分かりません!」

明星「分かるはずないじゃないですか!」

明星「京太郎さんの事考えると頭の中がすぐごちゃごちゃになって…」

明星「胸の中もキュゥゥって苦しくなるんですから!!」

勢い任せに口を動かす今の彼女は自分が何を言っているのかまったく分かっていない。
初めて見せる霞への反発は、彼女の胸を大きく揺るがしているのだから。
激情と呼ぶに足るそれは胸に幾つもの言葉を浮かべ、そして口はそれをそのまま声に出してしまう。
そんな自分を自覚しながらも明星はもう止まれない。
京太郎を前にしている時と同じく、感情がそのまま言葉になってしまうのだ。

明星「でも…!でも…私は嫌なんです!!」

明星「京太郎さんと離れるなんて絶対に嫌…!!」

明星「幾ら霞お姉さまにだって引き離されたくありません…!!」

明星「えぇ…認めますよ!認めてやりますとも!!」

明星「私は…京太郎さんの事が大好きです!!」

明星「だいだいだいだいだい…大好きですよおおっ!!!」

―― だからこそ、それは思いの外、あっさりと言葉になった。

大好き。
音にしてたった4つのそれは、今までどれほど理性が訴えても明星の中から出ようとはしなかった。
それを言葉にしなければいけない状況を作られても尚、躊躇いの方が上回ってしまっていたのである。
しかし、今の彼女にはもう躊躇いの感情はない。
全てを失うかもしれないと言う状況になって、自分を取り繕えるほど石戸明星と言う少女は上等な人間ではないのだ。
内心、認めていながらも中々、言葉に出来なかったそれを何度も口にしてみせる。


霞「ふふ」

明星「何ですか!私が京太郎さんの事好きで何かおかしいんですか!!」

明星「い、言っておきますけど、私もう県予選の時には堕ちちゃってたんですからね!」

明星「あの時にはもう京太郎さんの事好きで好きで…だから、意地張っちゃって…!」

明星「嫌な事も沢山言っちゃいましたし…京太郎さんに嫌われてるかもしれないですけど!!」

明星「そ、それでも恋に関しては、私の方が先輩なんですからあ!!」

そんな明星に微笑む霞に悪感情があろうはずもない。
これまでずっと素直ではなかった義妹がようやくその本音を吐露するようになったのだから。
自分にさえ秘されていたそれを真っ赤になってぶつけて来るその姿はとても可愛らしい。
心を鬼にして悪役になった甲斐があったと霞は思っていた。

霞「じゃあ、先輩の明星ちゃんはこれからどうするの?」

明星「え?」

霞「京太郎君の事がだいだいだいだいだい好きな明星ちゃんは…」

霞「勿論、今までと同じ接し方をしないでしょう?」

霞「こうして認めた以上、今までのように意地を張って酷い事とか言ったりしないわよね?」

明星「も、勿論です!」

だからこそ、先輩と言う言葉を振りかざす明星に霞はそう尋ねた。
ようやく一線を超えたとは言え、今の明星にはまだ意地が残っている。
自分の気持ちを認めたのは大きな進歩だが、それだけで許せば、きっと今までと同じ轍を踏んでしまう。
それは流石に可哀想だろうと言葉を重ねた。


明星「こ、これからは京太郎さんに優しくします!」

明星「今まで酷い事を言った分、一杯京太郎さんに尽くしますよ!!」

明星「わ、私から離れられないくらいトロットロに甘やかすんですから!」

霞「へぇ…」

それに応える明星の声には独占欲が混じっていた。
これまで京太郎に対して意地を張っていたとは言え、明星もまた女の子なのだから。
好いた男の周りに自分以外の女がいるのを面白く思うはずがない。
だからこそ、京太郎の事を独占しようとするその声に霞は興味深そうな声を漏らした。

霞「具体的には?」

明星「そ、その…食事の時に…あ、あーんとかしてあげたり…添い寝とかしてあげたり…」

霞「それ全部、春ちゃんと小蒔ちゃんがやってるわよ」

明星「つ、疲れてる時はマッサージとか差し入れとかしてあげたり…」

霞「それも基本的に巴ちゃんの仕事ね」

明星「あ、遊び相手になったりとか…!」

霞「湧ちゃんがいるから難しいんじゃないかしら」

明星「うぅぅぅぅぅぅ…っ」

その具体性に突っ込んだ義姉に明星は自分独自の立ち位置をアピールする事が出来ない。
明星が京太郎の事を好きになったのは彼女たちの中でも早いが、今までずっとそれを認めてこれなかったのだから。
他の少女達が自分の立ち位置を確保しつつあるのに対して、明星は何もない。
京太郎を甘やかすと言っても、そのポジションは既に他の少女たちに埋められていた。


霞「もうちょっと早く素直になっておけばこんな事にはならなかったかもしれないけどね」

明星「か、霞お姉さま…」グス

霞「はいはい。そんな情けない声出さないの」

霞「大事な明星ちゃんの為だもの。手伝ってあげるわよ」

明星「っ!」パァァ

それを再確認して半泣きになる義妹に、霞は優しい言葉を返した。
元々、彼女は明星の事が憎くて現実を突き付けていた訳ではない。
自身の現状があまりにも不利な事に気づいて欲しかっただけなのだ。
それをこうして明星が自覚した今、辛い言葉を投げかける必要はない。

霞「た・だ・し」

明星「はい?」

霞「独り占めはダメよ?」

霞「私もたっぷり甘い汁を吸わせて貰わなきゃ…ね」

明星「ぅ」

何より、霞自身、デメリットがある訳ではないのだ。
明星の手伝いと言う名目で、京太郎の隣に行く事が出来るのだから。
その分、自分に対するスキンシップは薄めになるが、それはあまり気にならない。
霞にとって大事なのは京太郎の側に少しでも長くいる事。
そして隙あらば、彼と二人っきりになり、身も心も蕩けるほど甘やかして貰う事だった。


明星「…それってつまり私の事出汁にしてるって事じゃ…」

霞「あら、そんな事ないわよ」

霞「私は可愛い明星ちゃんの恋路を応援してあげたいだけ」

霞「…ただ、私もそれにあやかって少し幸せになりたいのよ」

明星は決して鈍感ではなく、また以前ほど義姉に依存してはいない。
自身を見捨てようとする義姉の言葉に反論した時から、彼女の中でもう霞は絶対的な存在ではなくなっていた。
だからこそ、その真意に気づいてしまった明星に、霞はにこやかな笑みを返す。
朗らかな表情から漏れるその言葉は決して嘘ではない。
彼女が明星の幸せを願っているのは事実なのだ。

霞「大丈夫よ。私も京太郎君の事を独り占めするつもりはないから」

霞「ただ、皆で幸せになりたいのよ」

霞「明星ちゃんも含めた…皆でね」

ただ、それよりも大きいのは自分を含めた皆で幸せになりたいという想い。
明星一人の為ではなく、大事な家族、皆で幸せになれる未来の為に。
そしてその中で自分が一番になれるように行動しているだけなのだ。
利他的なようで、その実、利己的なその行動原理は明星に何を言われても揺るぐ事はない。
こうして明星の事を炊きつけたところで霞もまた恋する乙女なのだから。
自分が好きな男の一番でありたいという気持ちは何より強いものだった。


明星「…まぁ、霞お姉さまの力を借りられるのは有り難いですし」

明星「それに逆らうつもりもないですけど…」

霞「けど?」

明星「で、でも…私、負けませんから」

明星「幾ら霞お姉さまだって…京太郎さんの事は譲りません」

それは明星の方も同じだ。
以前は心から敬愛していた義姉に対して、真っ向から敵対宣言が出来るほど、その気持ちは大きい。
無論、自分の気持ちをはっきりと言葉にする気恥ずかしさはあるが、それはもう彼女の理性を呑むほどのものではなかった。
明星は自棄っぱちとは言え、既に一度、好きだと口にしてしまったのだから。
義姉との対立を避ける為、当たり障りのない言葉を選ぶほど明星は弱気ではない。

霞「そうね。私もそのつもりよ」

霞「だから、私たちは協力者でライバル」

霞「そういうつもりでお互い行動しましょう」

明星「…はい」

自身と協力しながらも、真っ向から敵対する宣言をした義妹に、霞は内心で歓喜の生まれを感じる。
今まで自分の後ろに隠れ続け、自身に対して異常なほど依存していた義妹が今、ようやく一人で立ち始めたのだから。
無論、霞は明星の事を重荷と思ったことは殆どないが、その強すぎる信頼に危うさを感じた事は一度や二度ではない。
自身の言う事であれば何でも疑わずに聞き入れてしまいそうな頃から思えば、その進歩は感動的だと霞は思う。


明星「くしゅっ」

霞「あらあら」

その瞬間、浴室に響き渡るのは大きなくしゃみだった。
話が一段落した瞬間、明星の身体に強い寒気が押し寄せてきたのである。
胡乱な思考で中途半端にシャワーを浴びた結果、その身体は冷えてしまっていた。
それについつい反応してしまう明星に、霞は小さく笑みを浮かべて。

霞「そこまで冷えちゃったらシャワーじゃ中々、暖まらないでしょう」

霞「先に少しお風呂に使って温まってきたらどうかしら?」

明星「…そうします」

優しい義姉のアドバイスに明星は素直に従った。
明星にとって霞は協力者兼ライバルにはなったが、その立ち位置はあまり変わってはいない。
霞は変わらず、もっとも信頼し、敬愛する同性として明星の心に刻まれている。
そんな霞からの言葉に明星が逆らうはずがない。
その身体に差し込む寒さから逃げるように一人浴槽へと足を運んだ。


明星「はふぅ…」

霞「あんまりゆっくりしすぎちゃダメよ」

霞「今日は何時もより長めにお風呂に入るんだから」

明星「え?」

そのまま湯船の中に身体を沈めた瞬間、明星の身体からため息が漏れる。
体の内側から温まっていくのを感じさせるその熱い吐息は、しかし、数秒後には疑問の声へと変わった。
それは勿論、まるで長湯が確定のように話す義姉の言葉に強い疑問を感じたからこそ。
一体、霞は何をするつもりなのだろうかと明星は首を傾げた。

霞「今日はこのまま京太郎君の時間までお風呂に入り続けるの」

霞「それで京太郎君に鉢合わせして、私達の事を女として意識して貰うのよ」

霞「名づけて…ラッキースケベ大作戦!」グッ

明星「む、むむむむ無理ですよ、そんなの!」

霞「そうかしら。結構、良い作戦だと思うんだけど」

霞「見られると言ってもうちの温泉はにごり湯で殆ど分からないでしょうし」

霞「後でお詫びデートなんかにも繋げられるわよ?」

明星「私が無理です!そ、そんなの死んじゃいます!!」

既に霞はほぼ全裸に近い格好を見られてしまっている。
勿論、恥ずかしい事は恥ずかしいが、それは顔を赤く染める程度。
京太郎の心を掴む作戦を躊躇うほどのものではない。
だが、明星にとって、それはあまりにもハードルが高すぎるのだ。
元々、意地っ張りで恥ずかしがり屋の彼女には、その作戦は正気のものとは思えない。
京太郎に裸を見られると言うそのイメージだけで恥ずかしくて死んでしまいそうだった。


霞「いずれ全身隈なく見られちゃうんだから、あんまり気にしすぎるのもどうかと思うわよ?」

明星「そ、そそそそそそそそそれは…っ」プシュウゥ

そんな明星が霞の言葉に耐えられるはずがない。
暗に性行為の事を示唆するそれに明星の顔は一気に真っ赤に染まった。
その耳まで茹で上がるようなそれは無論、湯当たりとは無関係。
明星の内心で繰り広げられるそのイメージが過激すぎるからだ。

明星「(ぜ、全身見られちゃうって事は…)」

明星「(縄で拘束とかされちゃって…む、無理矢理、どこも隠せないようにされた後…)」

明星「(か、カメラとかで私も見た事がないようなところをじっくり撮影されちゃったりとか…!!)」

無論、霞はそこまで言ってはいない。
彼女が口にしているのはあくまでも一般的な性行為の話だ。
そこまでアブノーマルな行為は、幾ら霞であろうと二の足を踏んでしまう。
だが、そんな事を自身の妄想に溺れる明星が気づくはずがない。
延々と胸中でエスカレートしていく淫らなイメージにその両足をモジモジと擦れ合わせた。


明星「そ、それでも未婚の男女がするにはふしだら過ぎます!!」

霞「今の間に覚悟を決めて慣れちゃった方が良いと思うんだけど…」

明星「だ、だからってSMプレイの上、撮影はやりすぎです!!」

明星「そ、そういうのはもっと段階を踏んでから…」

霞「え?」

明星「え?」

そこで明星はお互いの食い違いに気づいたが、時既に遅し。
もう彼女は勢いに任せて、自分の妄想をそのまま口にしてしまったのだ。
霞の言葉でどれだけ妄想をエスカレートさせていたかを知らせてしまった訳である。
義姉と同じ言葉を繰り返すその頭の中では、まるで歯車が狂ったかのように思考が固まり。

霞「SMプレイで撮影…ね」

霞「…さ、流石にそれはちょっと過激すぎじゃないかしら」カァ

明星「~~~~っ」プルプル

それが動き出した時には、もうおおよその事に気づかれてしまっていた。
元々、霞はとても聡明で、また明星との付き合いも長いのだから。
この状況で明星が一体、何を思い浮かべていたのか大体の察しがついてしまう。
それに全身を震わせる明星の前で、霞もまた少なくないダメージを受けていた。
年頃の少女が浮かべるにはあまりにも過激なそれは、明星と同じむっつりスケベな霞の脳裏に同じようなイメージを浮かばせていたのである。


明星「…忘れてくだしゃい」

霞「…………そうね」

結果、霞は噛み気味に懇願する明星の事をからかう事が出来なかった。
無論、日頃から自身をからかってくる初美であれば容赦なく弄る事も出来るが、目の前にいるのは自分を尊敬してくれている義妹。
ましてや、そうやって自爆した経験は霞の記憶の中にも少なからずあるのだから。
今すぐ穴を掘って埋まりたくなるほどの気恥ずかしさに共感してしまう彼女に傷跡をほじくり返すような残酷な真似は出来ない。

霞「まぁ、明星ちゃんがそう言うなら仕方ないわ」

霞「それじゃあ次善の策といきましょう」

明星「最初からそっちにしてください…」

だからこそ、霞はその話題を変えながらそっとスポンジを手にとった。
彼女が愛用するきめ細やかなそれにボディソープを伸ばしながら霞は言葉を続ける。
それに明星が拗ねるように言うものの、時間はもう戻らない。
さっきまで明星が見せてしまった醜態は全て霞の脳裏に記憶されてしまったのだ。
以前であればそれに今すぐ首を釣りたくなるほどの衝動を覚えただろうが、今の明星はそこまで深刻な心境ではない。
無論、そのダメージはかなり深いが、今はそれよりも京太郎の方が大事だと自分を誤魔化せるレベルだったのだ。


霞「とは言え、こっちは特にひねりも何もないわよ」

霞「ちょっと身体が凝ってるから京太郎くんにマッサージしてって頼むだけ」

明星「え…でも、甘やかすんじゃ…」

霞「勿論、マッサージはして貰うけれど、それで終わりじゃないわよ」

霞「今度はその御礼として私達が彼にマッサージしてあげたり、お菓子を振る舞ってあげるの」

明星「あぁ、なるほど」

京太郎の性格上、こちらから先に好意を出しても中々に受け取っては貰えない。
ましてや、甘やかすなどよっぽどこちらから頼み込まなければ許しては貰えないだろう。
だが、これが『お礼』と言う形ならば話が変わってくる。
気遣い屋の京太郎はこちらに申し訳なく思わせない為にその『お礼』を受け取ってくれるはずだ。
後はそれにかこつけて、京太郎に尽くして骨抜きにしてしまえば良い。

明星「…どうしてこっちが最善じゃなかったんですか」

霞「だって、この程度、他の子もやってるし…」

霞「さほどインパクトもないでしょう?」

明星「そういうのは追求しなくても良いと思うんです…」

そう考えた霞の案は、明星にとって十分過ぎるほどのものだった。
少なくとも意図的にラッキースケベを引き起こそうとするさっきの案よりもずっと安心し、信頼出来る。
だが、霞にとってはそれは安定感のありすぎる面白みのない作戦だった。
やっている事は他の少女たちの二番煎じな上に、特別感も何もない。
堅実に点数を稼ぐ事は出来るだろうが、自分達の関係を変化させるには間違いなく物足りないだろう。


霞「まぁ、さっきの案は今度、私一人の時に実行するから大丈夫よ」

明星「ぜ、全然、大丈夫じゃないですよ!」

しかし、明星がそれに乗ってくれないのであれば致し方無い。
自分一人でも実行しようと念入りに身体を洗う霞に、明星は大声でストップを掛ける。
普段ならば明星も霞なりの冗談だと思う事も出来るが、今の義姉の表情は本気も本気。
その胸中に根付いた京太郎への恋慕がどれほど大きいかを思えば、冗談などとは思えない。

明星「し、しっかりしてください」

明星「霞お姉さまはそういう人じゃなかったでしょう?」

霞「京太郎くんにそういう風にされちゃったのよ」

霞「それに私のライバルは手段を選んでられるほど生易しい相手じゃないし」

瞬間、霞の脳裏に浮かぶのは春の存在だった。
誰よりも早く、そして深く京太郎の事を思っているであろう彼女は、あまり手段を選ぶタイプではない。
一時は激しかった色仕掛けを控えているのも、それが京太郎にとって辛いものだと知ったから。
もし、それを控える理由を失えば、春はその全てを持って京太郎の心を奪いに行くだろう。
それを指を咥えて見送るなど霞には出来ない。
例え、同じところに堕ちてでも、京太郎の心が欲しくて欲しくて堪らないのだ。


霞「(春ちゃん以外に強敵は多いし…)」

春達にとって目下警戒するべきは霞の存在だった。
その存在全てが京太郎の心を射止める為にあるような霞は全力を持ってして抑えこまなければいけない強敵なのである。
しかし、霞にとっても彼女たちは須く警戒を怠れるような相手ではない。
春は元より、大人しい巴や小蒔も、京太郎の心を射止める可能性は十二分にあるのだから。
下手に手段を選んで彼女たちに京太郎の一番を奪われてしまったら笑うに笑えない。

霞「明星ちゃん、恋は戦争なのよ」

霞「覚悟を決めなさい」

明星「う…うぅぅぅ…」

その為に覚悟を完了させた霞とは違い、明星はそこまで開き直る事が出来ない。
頭では霞の言っている事は間違いではないと思いながらも、理性がそれにストップを掛けてしまう。
だが、霞がこのままラッキースケベ大作戦とやらを実行に移すのはどうにも許しがたい。
義姉自慢の作戦は、下手をすればその時点で、勝負がついてしまう可能性さえあるのだから。
少なくとも、京太郎争奪戦に際し、大きなアドバンテージを得るであろう霞の事を思えば放置など出来ない。


明星「じゃ、じゃあ、私も一緒にやります」

明星「やりますから…そ、その…と、とりあえず延期に…」

霞「…分かったわ」

霞「その辺りを落とし所にしましょうか」

だからと言って、未だ決心出来ない明星はどっちつかずの言葉を返した。
とりあえず一緒にやる事にして、そのタイミングは永遠と先送りにし続けよう。
そんな意図を込められた明星の言葉に霞は素直に頷いた。
無論、明星の意図には気づいているが、それを霞は指摘しない。
指摘したところで、やるやらないの水掛け論にしかならない事を霞は理解しているのだ。

霞「(…それに言質は取ったしね)」

明星は決して愚鈍なタイプではない。
寧ろ、とても聡明で、人並み以上に敏い少女である。
だが、それは義姉に及ぶほどのものではない。
石戸家の一人娘として、そして六女仙の長として、権力闘争の最前線に立つ霞の感性は、明星とは比べ物にならなかった。
こうしてやると言わせた以上、やりようは幾らでもあると、人並み以上に優秀な義妹を前にしてそう思わせるほどに。


霞「それじゃ今日から早速、次善の策の準備を始めましょうか」

明星「はいっ」

そんな義姉の心に明星は気づかない。
霞は内心を覆い隠す事にも長けている上に、今の彼女は京太郎の事で頭が一杯だったのだ。
京太郎のマッサージはどれほど心地良いものなのか。
そして、その後、京太郎の事をどうやって甘やかしてあげようか。
その思考はとても心地よく、明星はその頬を思わず緩めて。

明星「(ふふ。楽しみだなぁ…)」



―― そう胸中で言葉を浮かべる明星の頭の中には、もうさっきの返事の事はなく。

―― 自分は悪魔の契約書にサインしてしまったのだと彼女が気づくのは、もう少し後の事だった。






なんか霞さんの勢いがヒッサっぽくなってますが今日はここまでです(´・ω・`)
尚、霞さんの依存度は以前の義姉小ネタ並まであがってる模様

おつ
チベット仏教も勉強してみるかな……(大嘘)
今回で完全に全員堕ちたって感じかな

乙です
そういえば霞春巴の婚約者は今だ健在なのね

乙。

霞さんにダメ忠臣ルートのフラグが立ってるので、
明星ちゃんはいまのまま諫言の士でいてくれた方がいいんじゃなかろか。
とくに京子モードの時、京ちゃんからの明星ちゃんの評価すごく高い印象が。

乙ー

各馬揃って一斉にスタート致しました、みたいな
春ちゃん健気やなぁ

姫様とわっきゅんのイチャイチャシーンがないだ…と…

>>512
この後意図せずラッキースケベ大作戦を実行してしまったと予想

>私もたっぷり甘い汁を吸わせて貰わなきゃ
(白くて苦いけど)甘い汁?

あまりにも突然で草はえた

後は京ちゃんがあぁぁいしてるんだぁぁぁぁ君たちをぉぉぉぉ!とか言ってエンディングですね(
そして咲さんと霞さんが出会ったらどうなるの、っと

おつおつ
やっぱここの>>1は返信に気合が入ってるねww

嘆かわしい。巫女が人に執着するなどと・・・あの男、やはり邪魔だな。

少年漫画だったら絶対こんな台詞有るよね。京子ちゃん気に入られてるから無いだろうけどな!

>>516
バキュームフェラで残り汁一滴すら残さず吸い取るんですねすごくよくわかります

>>521
こらこらそんなこと言ったらリビドー刺激しちゃうでしょ(>>1の方を見ながら

明日投下しまーす(小声)

あと2時間ほどか

そろそろか…

明星ちゃんを出汁に霞さんが甘い汁を吸う……

顔面騎乗した明星ちゃんの(泉から)出(る)汁を吸いながら
霞さんに(白くて苦い)甘い汁を吸われる京太郎とな?

そろそろ全裸待機厳しいんですけど!?マダカナー

だから、お前らこのスレは健全なスレだって言ってるじゃないか
そういうシモネタはほどほどにしてくれないかな?


あくまでも私の勝手なイメージだけど霞さんは口技による奉仕は苦手だと思います
多分、それよりもパイズリとか手コキとかの方が効果的だと分かってるのでそっち重点に鍛えてる気がします
なので、京ちゃんとエッチする時は、まずは自分の胸のセックスアピールから始めるんじゃないでしょうか
出来る女の霞さんは前屈みになったり、胸を押し付けたりして男のリピドーを擽ってきます
勿論、直接エッチしたいなんて言いません
耳元で甘く囁いたり、胸元や太ももをやらしく撫で回したりするだけです
決して普通ではありえない痴女のようなそのスキンシップも、京ちゃんの事が好きだからこそ
それを分かっている京ちゃんにはもう耐える事すら考えられません
スキンシップ過剰になった霞さんの前でズボンを脱ぎ、性処理をお願いしてしまいます
愛しいオスからの要望に、霞さんが応えないはずがありません
仕方ないと言う顔をしながら、その顔をトロンと蕩けさせてしまいます
痴女めいた今までの表情とは違い、何処か夢見心地なそれは目の前に晒される肉棒に酔っているからこそ
自身を今まで何度も絶頂へと追い込み、メスとして開発した愛しいオスの象徴が、霞さんは大好きです
本当は今すぐむしゃぶりつきたいのを我慢しながら、ゆっくりと巫女服の胸元を肌蹴け、そのまま両腕をあげます
京ちゃんとエッチする時用の布地の少ない下着に包まれた豊満な胸は京ちゃんにとって誘蛾灯と言っても良いものでした
はぁはぁと声をあげながらその胸にチンポを近づけていってしまいます
何処かオネダリするようなそれに霞さんは笑みを浮かべながら、そっと肘をおろします
そのままグっと挟み込み、その深さを増した谷間に京ちゃんのチンポを迎え入れるのです
勿論、何の潤滑油もない谷間からの刺激は摩擦が強いものでした
しかし、まるでプリンのように柔らかい谷間は京ちゃんに摩擦とはまた違う心地よさを与えるのです
何処か極上の温泉を彷彿とさせるその感覚は、決して終わりではありません
京ちゃんのチンポを入れた谷間を霞さんはグニグニと動かし、両側から刺激を与えてくるのです
柔らかで亀頭に張り付くような谷間の愛撫に、チンポはあっさりと屈し、先端から先走りが漏れ始めました
トロトロとした粘液を潤滑油にしながら、霞さんのパイズリはもっと激しくなっていきます
今にも胸が下着から零れ落ちそうな勢いでその腕を振り、肉棒をズリズリと擦ってくるのです
肉穴とはまた違ったそれは、しかし、エスカレートしていく度にそれを彷彿とさせるものになっていきます
霞さんが動けば動くほど京ちゃんのカウパーは溢れでて、そして彼女の身体にも興奮で汗が浮かんでくるのですから
お互いのフェロモンを混ざり合わせるようなその淫らな愛撫に、もう霞さんも止まれません
数分もした頃には自分から谷間に唾液を流し込み、より激しく動く準備を整えてしまいます
自然、谷間からはクチュクチュと言う音が鳴り、肌の吸い付きや柔らかさはもう腰を蕩けさせるようなものになっていました
まさしくおっぱいマンコなその谷間は、それぞれまったく別の動きで京ちゃんの事を愛し始めます
リズムを違えた左右から上にこすられ、中央に寄せられ、時には真正面から飲み込まれ
谷間のアリとあらゆる場所にカウパーを求めるようなそれに京ちゃんの腰はどんどん弱まっていきます
射精の欲求ではなく、ただただ心地よさが高まっていくそれには何度味わっても抗えません
完全になすがままになった京ちゃんの前で、霞さんはペロリと唇を舐めました
おっぱいマンコとなった谷間からはビキビキになったチンポと、そしてそれがもう限界に達しつつある事が伝わってくるのですから
もうすぐ待ち望んだ瞬間が来るとそう感じた霞さんは京ちゃんに甘い言葉を投げかけます
何時射精しても良いと愛してると睦事に相応しいそれとは裏腹に、腕はもう激しく動きっぱなしです
まるで京ちゃんから精液を搾り取ろうとしているようにその柔肉を跳ねさせるパイズリに京ちゃんは射精へと追い込まれてしまいました

しかし、それは通常の射精とは違います
先端から激しく吹き出すようなものではなく、ドロドロと鈴口から滲み出るようなもの
まったく激しさを感じさせないそれは霞さんのパイズリがあまりにも心地よすぎるからです
ただ腰が蕩け、精液が垂れ流しになっていくような射精には、勿論、激しい快感は伴いません
ですが、その分、腰がなくなっていくようなじんわりとした心地よさが長く続き、京ちゃんの身体から力を奪っていきます
一分二分三分…その間、ずっと緩やかに続いていく射精に京ちゃんはもう子どものような声をあげるしかありません
言葉すら見失ったように鳴きながら射精に悶える愛しいオスの姿が、霞さんはとても好きでした
いっそ情けないと思われるようなその顔を、その声を、自分にだけ晒してくれている
そう思うだけで豊満な胸から甘い感覚が広がり、勃起した乳首が疼いてしまいます
そんな霞さんが射精したと言っても奉仕の手を緩める訳がありません
射精にいたった京太郎を優しい言葉を褒め、宥めすかしながら、その胸をゆっくりと、時に激しく動かすのです
京ちゃんの射精が少しでも長く続くようにと熱心に続けられるその愛撫は、当然、精液を霞さんの谷間に塗りつけていきます
カウパーよりもずっと粘性の強い液体が、自身の谷間を穢すその感覚に、霞さんはメスの顔を浮かべていました
自分は今、愛しいオスにマーキングされている
この人だけのメスに染められている
そう思うだけで胸の奥から軽い絶頂感が広がり、乳首がピクピクと反応してしまいます
ですが、霞さんは疼きに疼いたその乳首を自分で処理する事はありません
その耐え難いほどの疼きに耐えながら、京ちゃんの奉仕を続けます
しかし、それでも京ちゃんの足元に傅いたその腰が揺れるのを止める事は出来ませんでした
京ちゃんのチンポからドロォと精液が染み出してくるのに合わせて、右へ左へと揺れてしまう大きな尻
まるでチンポを誘っているようなそこからはもう愛液が駄々漏れになっていました
しみだした愛液はもう下着だけでは収まらず、太ももにまでしみだしています
結果、霞さんの素肌に張り付いた布地からは粘液が一本、生え落ちていました
霞さんの興奮を伝えるようなそれは床まで一直線に滴り、そこに小さな水たまりを作っています
普通の絶頂してもそうはないその愛液の量は、霞さんの愛と興奮が並大抵のものではない証でした
だからこそ、霞さんは射精を終え、その身体を崩れ落とした京太郎の前に自身の乳輪を晒します
セックスアピールのための勝負下着を脱ぎ捨てた霞の胸からは、もう親指の先端ほどに膨れ上がった乳首がありました
人並み以上に大きく、そして淫らな胸に相応しいその乳首は、京太郎の前でピクピクと震えています
まるでその視線一つにさえ感じているような淫乱乳首に、京ちゃんは我慢出来ません
精気を抜き取られたような身体に活力を漲らせながら、その乳首に吸い付いてしまいます
瞬間、霞さんに走った快感は、今までの心理的なものとは一線を画するものでした
おっぱいマイスターな京ちゃんに開発されたその乳首は、もうクリトリスに負けないほど敏感かつ淫乱なのです
パイズリで疼きに疼いていたその先端からの快感は、我慢を続けた彼女を絶頂に突き上げるのに十分なものでした
ようやく望んだそのオルガズムに下半身の粘膜がピクピクと震えるの霞は自覚します
ですが、それは決して彼女を満足させるものではありませんでした
身も心も京ちゃん専用に開発された霞さんを満足させるのは京ちゃんとのセックス以外に他なりません
愛しいオスの逞しい肉棒でしか彼女の身体を満たす事は出来ないのです
それを理解しながらも霞はセックスのオネダリをしませんでした
まずは疲れきった京ちゃんを癒やす事が先決だと京ちゃんに乳首を晒し、その手を射精を終えたチンポへと伸ばすのです
その表面に白濁した粘液をべっとりと貼り付ける肉棒を、霞さんはゆっくりと撫で始めます
手コキではなく、慈しむようなその手つきと、目の前にある愛しいメスのおっぱい
その両方を体いっぱいで受け止める京ちゃんは幸せと心地よさでいっぱいです
さっき精気を奪われたような錯覚さえ覚えた身体にメキメキと活力を与えてくれる授乳手コキは京ちゃんにとってもお気に入りのプレイでした
だからこそ、京ちゃんはちゅぱちゅぱと甘えるように霞さんの胸に吸い付きながら、また子どものような声をあげて

なんで私、投下前にこんなもの書いてるんだろう(´・ω・`)わたしは しょうきに もどった!

>>507>>511
まぁ、解脱云々は嘘ですが
確かチベット仏教には妄想を現実のように感じる奥義があったはずです(´・ω・`)チベット仏教やってた友人が言ってた
そしてある意味、今回から本当のスタートですね
…一年以上掛けてようやくヒロインレース開始ってどうなんだろうと思いますが(´・ω・`)まぁ、もう終盤に入ってますし、このまま突っ切ります
はるるに関しては今回と次がヒロイン回なのでもっと健気なところをアピールしたいです

>>508
一応、わっきゅんを除く、六女仙は全員、婚約者がいます
が、それはもう本筋には出てこないフレーバー設定なんで忘れてしまっても良いかと!
後、小蒔ちゃんにも婚約者はおるんやで…?(小声)

>>510
私の中での霞さんは久や咲ちゃんとはまた違った意味で、なりふり構わない子ですしねー
大好きな人を絡めとる為ならば、ダメ忠臣と呼ばれようと男をダメにする女と呼ばれようと突っ切ります
また、明星ちゃんの評価は京ちゃんにとってかなり高いです
と言うか、かなり立ち位置的にはいなくては困る子なので(´・ω・`)今回の投下で、その辺をアピール出来ればなーと

>>512>>513
姫様とわっきゅんはもうなんか修羅場とか云々じゃなくて、仲良くお風呂に入ってるところしか想像出来ないんで…!
でも、その二人がラッキースケベ大作戦実行するのも良いですね
わっきゅんも姫様も羞恥心が人並みにある感じなんで、幾ら京ちゃんでも見られたらパニックになりそう
その後、お詫びを申し出る京ちゃんに子どものように甘える微笑ましい光景が(´・ω・`)ただしわっきゅんは発情一歩手前である

>>516>>521>>522>>532
ここはKENZENなスレデスヨ?(´・ω・`)ちょっとヒロインが発情したり、性処理イベントが起こるだけで

>>517
とりあえず不明なデバイスを接続しなければいけませんね(錯乱)
咲さんと霞さんが出会って、もし、京ちゃんがその場におらず、他のストッパーもいなかったら
まぁ、ガチで殺し合いが始まってもおかしくはないんじゃないですかね(´・ω・`)どっちもスイッチ入っちゃってるんで

>>518
余裕がある時くらいは全レスしたいんですよねー(´・ω・`)痛いと分かってるけど…ゴメンネ

>>519
その辺の展開はもうおもちスレでやったので…
まぁ、一部ではそんな声もあるかもしれませんが、その辺は小蒔パパがメッ(権力)してくれてます

>>530>>531
お前ら早漏過ぎィ!!
後、>>533は最近、インフルエンザ警報でてるから気をつけてね(´・ω・`)ってわけで今からはじめまーす


―― 初美さんが俺の婚約者になってもさほど俺の日常は変化しなかった。

まぁ、元々、一緒に暮らしてて、気心も大分知れてる人だしなぁ。
多少、ドキリとする事はあるが、それは一日につき一回あるかないか程度。
婚約者であるという事も半ば忘れて、俺は何時も通りの日常を過ごせていた。
ただ、一つ違いをあげるとするならば。

春「…ふふ」ギュ

明星「…」ギュゥ

京子「(…どうしよう)」

今の俺の両腕は春と明星ちゃんに捕まえられていた。
俺を捉えるように両側から全身で抱きつかれているのである。
自然、俺の腕は二人の豊満な胸に押し付けられ、その柔らかな感触がハッキリと伝わってきていた。
まさに両手におっぱいと言う天国以外の何者でもない状況な訳だけれども。


京子「…なんで二人ともそんなに必死なの?」

春「…虫よけ」

明星「わ、私は…き、京子さんが心配で…」

…今までに比べて束縛が強いと言うか、思った以上にグイグイ来てると言うか。
俺の意思なんて関係なくいきなり両側からホールドアップされちゃった訳なのだけれど。
どうやら春は虫よけで、明星ちゃんは俺の事を心配してくれているらしい。
ただ、こうして街中に出てる時点で、俺は何時も通り女装している訳で。
そもそも虫 ―― 恐らく女の子的な意味で ―― なんて寄って来るはずがない。

京子「(明星ちゃんに至っては何を心配しているのか…)」

明星ちゃんはちょっと霞お姉さまが大好き過ぎるだけで他は非の打ち所のない女の子だ。
そんな明星ちゃんがこうして俺の腕に抱きついてきてるって事は、それだけ心配される要素があるのだろう。
そもそも日頃、俺は明星ちゃんに割りとボロクソに言われてる訳だし…必要じゃない限り腕を組むなんてしたくないはずだ。
でも、それほど心配される理由が俺にはまったく分からない。


京子「(強いて言えば体調くらい…か?)」

だが、俺の体調は良好だ。
そもそもこうして休日に街へと出ているのも、冬服を見繕う為なんだし。
幾ら春の誘いでも、体調が悪ければ付き合うはずがない。
そんな事は明星ちゃんだって分かっているだろう。
なのに、彼女は俺から離れるどころか、胸を押し付けるようにしてギュっと抱きついてきていた。

京子「でも、流石にこれは歩きづらくないかしら?」

春「…私は大丈夫」

明星「き、京子さんは気にせず、自分のペースで歩いてくれればそれで良いんです」

明星「私達が勝手についていきますから」

…どうやら、二人はまったく俺から離れるつもりがないらしい。
さっきから両手に女の子を侍らしている俺にジロジロと視線が突き刺さっているけれど、その辺はまったく気にしていないようだ。
正直、俺としてはあんまりにも注目を浴びすぎて辛いんだが…明星ちゃんも春も強情だしなぁ。
ここまで頑なな姿勢を見せている以上、俺が何を言っても、そう簡単に離れようとはしないだろう。
ただ…。


京子「…分かったわ」

京子「まぁ、私としても春ちゃんや明星ちゃんを両手に侍らせる状況は嫌じゃないし」

京子「このまま仲良し三人組でブティックを回りましょうか」

明星「な、仲良し…」カァァ

…うーん。
やっぱり明星ちゃんの様子がおかしい。
何時もなら「京子さんと仲良しだなんてありえないです!」くらい言ってくる子なんだけど。
今は顔を真っ赤にして気恥ずかしそうに俯いている。
勿論、明星ちゃんも普段からピリピリしてる訳じゃないし、こういう顔をする事だってない訳じゃないけれど。
でも、昨日までとはまったく違う反応を見せられるとやっぱりちょっと違和感を感じてしまうというか。

京子「…明星ちゃん、熱とかない?」

明星「え?」

京子「いや、今日はちょっと何時もと様子が違うじゃない?」

京子「だから、何か無理させているんじゃないかなって」

春が俺を外に誘うのは何時もの事だけれど、それに明星ちゃんまでついてくるのはかなり珍しいからなぁ。
普段の彼女ならば俺と一緒にいるよりも霞さんの手伝いをする事を選んだだろうに。
街中に出る準備を始めた俺達を見つけて、自分から同行を申し出た時から違和感を感じていたが…。
その小さなズレはここに来て、一気に大きくなっている。
正直、一日ごとに寒くなっていく気候の所為で、風邪でも引いてしまったんじゃないかと思うくらいに。


明星「…おかしいですか?」

京子「え?」

明星「わ、私が京子さんと一緒にいたいって思っちゃおかしいんですか…?」ジワ

え、えぇええ!?
な、なんで明星ちゃん、泣きそうになってるの!?
流石にそんな事言うつもりはないし、そもそも言ったところで明星ちゃんが泣く理由が分からないと言うか…!!
い、いや、それよりもまず目が潤んじゃった明星ちゃんの事を慰めないと…!
このままじゃ大変な誤解を生んで、俺達の関係に溝が出来てしまう…!!

京子「いえ、そんな事はないわよ」

京子「私はこうして明星ちゃんと一緒にいられて嬉しいから」

明星「…本当ですか?」

京子「えぇ。だって、明星ちゃんってとっても可愛くて、抱きしめたいくらい愛らしいんだもの」

京子「例え、同性であっても仲良くしたいって思うのは当然でしょう?」

明星「か、可愛…」カァァァ

よし、何とか涙は引っ込んだみたいだな。
まぁ、その代償としてかなりこっ恥ずかしい言葉を口にする事になったが…。
ぶっちゃけ【須賀京子】の時に恥ずかしい台詞を口にしてもあんまり気にならないしなぁ。
恥ずかしい事は恥ずかしいが、あくまでも必要経費って事で我慢出来る。


京子「ただ、何時もとちょっと様子が違ったから気になっただけなのよ」

京子「誤解させてごめんなさいね」

明星「い、いえ、別に京子さんが悪い訳じゃ…」

京子「ありがとう。明星ちゃんはやっぱり優しい子ね」

明星「は…うぅ…」マッカ

…とりあえずこれで明星ちゃんは完全に落ち着いただろう。
でも、なんか今日は何時もよりも不安定な感じだな。
いや、まぁ、明星ちゃんは何時も不安定な子ではあるけれども。
今日は何時もよりもその振れ幅が大きい気がする。

京子「でも、こうして私と一緒にお出かけなんて、何か思うところでもあったの?」

明星「そ、それはその…何というか…」

明星「し、心機一転、前向きに頑張ってみようと思ったと言うか…」

明星「ドンドンと追い抜かされちゃってて流石に危機感を覚えたと言うか…」

京子「???」

良く分からないが、明星ちゃんは危機感を覚えているらしい。
でも、明星ちゃんが危機を覚えるような事って何かあるかなぁ…。
高校一年生の明星ちゃんにとってまだまだ受験は先の事だろうし。
強いて言うならばエルダー関係くらいだろうけど、年が明けてもいない状況で焦る必要はない。
少なくとも、昨日まで普通だった彼女が、いきなりその態度を変えるほど大きな理由にはならないだろう。


明星「それで…まぁ、その…何時も京子さんに酷い事を言っている訳ですし…」

明星「たまには頑張って優しくしようかなって…」

京子「あぁ、なるほど」

正直、未だにその根本となる理由はさっぱり分からないままだけれど。
でも、こうして彼女が態度を変化させた理由は分かった。
日頃、俺の事を罵っている明星ちゃんはそれを改善しようとしてくれているんだろう。
その気持ちは俺も有り難いし、立派な心がけだとは思う。

京子「でも、そんな風に頑張らなくても良いのよ」

明星「え?」

京子「前も言ったと思うけれど、私、普段の明星ちゃんの事も好きだもの」

ただ、俺がそれを望んでいるかと言えば…まぁ、否だよな。
勿論、俺は美少女に罵られて喜ぶような趣味がある訳じゃない。
どうせなら罵られるよりも褒められる方が好きだ。
ただ、無理してそうやって優しくされると言うのは、案外、辛いものなのである。
少なくとも、家族と思っている少女に、そんな無理はさせたくはない。


明星「す、すすすす好き!?」

京子「あ、勿論、変な意味じゃないわよ」

京子「私もやっぱりダメ出しばっかりされるよりは褒められる方が嬉しいし」

京子「でも、私の周りにダメ出ししてくれる人って少ないから」

そのもっとも顕著な例が明星ちゃんとは逆側の腕にしがみついてる春だろう。
俺にとって春は親友で、また彼女も俺の事を人並み以上に親しく思ってくれているはずだ。
だが、彼女は基本的に俺の事を肯定するばかりで、悪いところを指摘してはくれない。
その心に思うところがあっても、基本的に内側へと貯めこみ、普段通りの顔で俺の事を助けてくれる。

京子「(例外は初美さんと明星ちゃんくらいなもんだよなぁ)」

他の『家族』も俺に対して負い目があるのか、あまりその辺りの指摘をしない。
精々、霞さんが釘を差してくる程度で、それも今ではまったくと言って良いほどなくなっていた。
ソレ以外の学友は俺の事を完璧超人か何かのように思っていて、悪いところを指摘するどころかグイグイ持ち上げてくるし…。
まったく欠点のない完璧な人間になど到底なれない俺にとっては、その状況はちょっと辛い。
そういうところを指摘してくれる人がいなければ、自分が間違っているのではないかという不安から開放される事はないんだから。


京子「だから、無理に自分の事を変えようとしなくても良いのよ」

京子「私は自然体の明星ちゃんが良いし」

京子「変に取り繕われちゃうと…やっぱり寂しいじゃない?」

明星「……」

そう思って言葉を付け加えたけれど…やっぱりそう簡単に納得はして貰えないよな。
自分を変えると言うその決意は当然、生半可なものじゃないのだろうし。
色々と思うところや悩むところがあった上で、彼女はその決断を下したんだから。
そこに至る葛藤を思えば、ここで明星ちゃんが沈黙を作ってしまうのも当然の事。
だから、下手に言葉を重ねずに彼女が答えを出すまで待っていてあげよう。

春「…ちなみに私は何時も自然体」

そこで春が口を挟むのはこのまま沈黙を続けるのは良くないと判断した所為だろう。
何処か自慢気に、そして軽いその口調は、沈んでいく場の雰囲気を支えてくれた。
目立たないけれど、しっかりと周りのフォローしてくれるそれは多分、初美さん譲りのもの。
春と初美さんは一見、タイプが真逆だけれど、春はあの合法ロリ婚約者の事を心から慕ってるからなぁ。


京子「春ちゃんは春ちゃんで溜め込み過ぎだと思うけれどね」

京子「もうちょっと私にぶつけてくれても良いのよ?」

出来れば、そうやってフォローしてくれた春の事を褒めてやりたい。
しかし、春は春で、俺に対して溜め込んでいるところがところどころ見受けられるのだ。
流石にそれが何なのかまでは分からないが、しかし、到底、自然体とは言えない。
やっぱり『家族』として、そういうのを思いっきり受け止めてやりたいとそう思う。

春「…じゃあ、キスして」

京子「え?」

春「ねっとりと舌を絡ませて、唾液を混ぜあわせるような最高にエッチで幸せなチューをして」ジィィ

京子「え、えぇぇっと…」

って思ったら、なんか予想の斜め上の言葉が飛び出たんですけどおおお!!!
なんで、キス…って言うか、普通のキスじゃなくてディープキス!?
そ、そりゃまぁ…インハイの時にはキスしちゃったけどさ!!
でも、アレはもうお互い話題にも出さないし、殆どノーカンだと思ってたんですけど!
つーか、アレでもドッキドキだったのに、その上、ディープキスなんて…心臓と理性が保つ訳ないだろ!!
幾ら【須賀京子】でも理性ふっ飛ばして勃起しちゃうっての…!!!


春「……冗談」

な、なんだ、冗談かー。
……の割にはなんか視線がマジだったような気がするけれど。
ま、まぁ、それはきっと気のせいだよな。
だって、それがマジって事は春が俺とそういうキスがしたかったって事で…。
……あ、ヤバイ。
なんか想像しただけでムラムラしてきた…。

京子「さ、流石にそういう冗談を女の子が口にするべきじゃないわよ」

京子「ましてや、私は同性なんだし、変な風に見られちゃうわ」

と、とりあえず、春にはちゃんとそういう事はダメだって伝えておかないとな。
今回は俺だったから良かったものの、下手な男に同じ事言ったら本気にされてしまいかねないし。
壁際まで追いつめられて無理矢理、キスされる未来だって考えられる。
それを想像しただけで何故か胸がムカムカとしてしまうんだから、しっかりと釘は差しておいて…。


春「…私は京子にさえちゃんと理解してもらえればそれで良いし」

春「それに今のは京子が悪い」

明星「えぇ。今のは京子さんが悪いですね」

京子「え、えぇぇぇ…」

って、なんで、今の話の流れで俺が悪い事になるんだ…?
まぁ、俺が100%正しいなんて言うつもりはまったくないけれども…。
でも、俺はあくまでも善意で春の気持ちをぶつけて良いって言ったのに…。
それがなんで両側の美少女から責められる結果に繋がるんだろう…。

明星「…幾ら優しくなると言った私でも今のは擁護不可能です」

明星「もうちょっと春さんの気持ちも考えてあげてください」

春「…これはお詫びにチューして貰わないと」

明星「さ、流石にそれはダメです!」

春「…頬でもダメ?」

明星「だ、ダメです!!」

春「…じゃあ、明星ちゃんも一緒にしてもらうって言う条件なら?」

明星「…………私は何も見ませんでした」メソラシ

京子「あ、明星ちゃん!?」

なんで、そんな条件でサラっと買収されてるの!?
明星ちゃんってそういう不潔なの許せない系キャラだったはずだろ!!
つーか、頬とは言え、明星ちゃんもキスされちゃうんだけど…本当にそれで良いのか!?
俺は霞お姉さまじゃないんだぞ…!!


春「…と言う訳で京子、お詫びに頬チューして」

京子「…それ私に拒否権は?」

春「拒否するなら今回の話を皆に広げて、全員にキスして貰う事になる」

明星「…これは純然たる好意で言うのですが…」

明星「湧ちゃんや霞お姉さま辺りが大変な事になっちゃいますから、大人しく従ったほうが身のためだと思います」

京子「流石に横暴過ぎじゃないかしら…」

…とは言え、何故か二人はもう覚悟完了してしまっているらしい。
そんな二人に何か言っても、説得する事は不可能だろう。
このまま抵抗を続けても、屋敷の皆にさっきの話を広げられてしまうだけ。
流石にそれでキスする相手が増えるとは思わないが…しかし、さっきの件は俺が何故か一方的に悪いらしいからなぁ。
それを知った霞さん達がどう評価を変えるかは、あんまり想像したくない。

京子「…仕方ない。また後で…」

春「今じゃないとダメ」

京子「いや、今は流石にちょっと…」

京子「ほら、注目も浴びちゃうし…」

春「私は一向に構わない」キリッ

うぐぐ…春の奴め…。
まるで自爆みたいな方法で俺の事を追い詰めて来やがって…。
まぁ、若干とは言え、春の顔は赤くなってるし…恐らくあっちも気恥ずかしさは感じているんだろうけれども…。
でも、覚悟完了しちゃってるあっちと違って、こっちはまだ覚悟も何も決まってないんだよなぁ。
頬キスに関しては諦めたが、流石に衆人環視の中でのキスはちょっとハードルが高すぎる。


明星「わ、私は後で大丈夫ですよ」

明星「そ、その…寧ろ、誰にも見られないところの方が…」モジモジ

しかも、明星ちゃんからの援護射撃も期待出来ない…!
普段なら春の暴走を止めるストッパーが積極的に見て見ぬふりをしているんだ。
……つまり俺に出来るのは春の要求に従う事。
人目の多いこの街中で春の頬にキスしなきゃ、この場はもう収まらないだろう。

春「…京子」スッ

そう思いながらも心の中で二の足を踏んでしまう俺に、春はそっと頬を向けた。
俺がキスしやすいようにとその白い首筋を晒すように顔を動かす彼女からは有無を言わさないものを感じる。
…どうやら俺が迷っていられる時間はもうこれまでらしい。
なんとなく釈然としないものは感じるが…ここは春の要求通り、その綺麗な頬にキスしよう。


京子「…後で文句言わないでね」チュ

春「ん…♥」

あ、なんか思った以上に…これやらしいかもしれん。
普段から黒糖食べてる所為か、春の頬ってすっげぇ柔らかいからなぁ…。
勿論、今までも手で触った事はあるけれど…唇から感じる女性らしさはやっぱり特別なんだ。
顔を近づけた時に微かに感じた春の匂いと相まって、胸がドキドキしてしまう。

春「ふふ…♪」

明星「……京子さん」

京子「どうかした?」

明星「……気が変わりました」

明星「私も可及的速やかに償いが欲しいです」

京子「え、えぇぇぇ…」

ちょ、なんで明星ちゃんまでそんな事を言いだすんだよ…。
明星ちゃんって恥ずかしがり屋な上に、さっきは後でって言ってたじゃないか。
なのに、今は上機嫌な春とは対照的なくらいに不機嫌になって…。
い、一体、何がそんなに気に食わなかったんだ?


明星「別に春さんの事が羨ましかった訳ではありませんけれど」

明星「でも、やはり春さんだけされて私だけ後回しと言うのは不公平だと思うんです」

明星「その格差を是正する為にも、早めにバランスを取った方が良いと私は考えました」

えっと…つまりはアレか。
春だけキスされて不公平だと思ったから、自分にも早くキスをして欲しいと。
…結局、それって羨ましかったんじゃないかってツッコミは、まぁ、野暮なんだろうなぁ。
そもそもその辺りの事を突っ込んだところで明星ちゃんがそれを認めるはずもないし。
今にも頬を膨らましそうなくらい不機嫌な彼女を、もっと拗ねさせてしまうだけだ。

京子「(…にしても、明星ちゃんがなぁ)」

幾ら鈍感呼ばわりされる俺にだって分かるぞ。
これは間違いなく、嫉妬だろう。
一人だけ特別扱いされてる春に妬いてるんだ。
まぁ、明星ちゃんが異性として俺の事を好いてくれている訳じゃないだろうけれど。
家族として自分以外の誰かを特別扱いされるのが我慢出来ないくらいには俺の事を想ってくれているんだろう。


京子「…ふふ」

明星「な、何ですか?」

京子「いえ、明星ちゃんはやっぱり可愛らしいなって思って」

明星「な、なんですか、いきなり」

明星「そ、そんな事言われても誤魔化されたりしないんですからね」ニマー

いやぁ…なんか褒め殺しにすれば、誤魔化せそうな感じはするけどな。
でも、それはちょっと可哀想というか、バレた時の反動が怖いし。
とりあえず、春にやっちゃった以上、明星ちゃんにやらない理由はない訳だしなぁ…。
流石にこの街中で…となると後で明星ちゃんの黒歴史になっちゃうだろうし、とりあえず適当な店にでも入って… ――

A「なーなー。そこの君達ぃ」

京子「ん?」

A「もしかしてレズって奴?」

B「ダメだよー。そんな非生産的な」

C「やっぱりさ、女の子は男と恋愛しないと」

…なんだ、コイツら。
もしかしてナンパか?
……いや、でも、ナンパって顔じゃないよな。
所謂、雰囲気イケメンって感じだが、その顔に浮かんでるのが下卑た表情だし。
碌でもない事を考えてるのが丸わかりだ。


京子「(…とりあえずこういう手合は無視に限る)」

A「ちょぉっと待ってよ。シカトとかありえなくない?」

B「そうそう。女の子ばっかりじゃなくてさ、男にも目を向けようよ」

C「俺達で良ければ、男の良さを教えてやるぜ」

明星「…」ギュ

普通なら逃げようとしてる女の子を囲むような真似はしないんだけどなぁ…。
こいつら思った以上に質も頭も悪い連中らしい。
街中で女の子囲んでるとかすぐさま警察呼ばれても文句が言えないと思うんだが。
その辺、まったく思い至らないまま、三人とも俺達にいやらしい目を向けてきてるし。
恐らく性欲しか詰まってないようなその頭の中で、俺達をどう弄ぶかしか考えてないんだろう。

京子「(…あ、すげぇイライラする)」

俺の事はまだ良い。
正直、同性にエロい妄想されてる事に生理的嫌悪を感じるが、それはまぁ、我慢出来ないレベルじゃないし。
…問題はその中に明星ちゃんや春の事が混じってるって事だ。
俺の大事な子達が、このサルどもの頭の中で穢されてると思うと…それだけで胸がムカムカして落ち着かない。
明星ちゃんが怯えるように俺の腕に抱きついてるのと相まって…実力でコイツらの事を排除してやりたいくらいだった。


京子「結構です」

A「まぁまぁ。そう言わないでよ」

B「ほら、まずコレ見て落ち着いてって」スッ

コレは…さっき俺が春の頬にキスしたシーンか。
後ろから取られてるけど、顔なんかはハッキリと判別出来る。
…しかし、こんなものを見せて一体、何がしたいんだろう?
街中でキスするくらい、何処のカップルでもやっている事だろうに。

C「俺さ、結構、ツイッターで結構、フォロワーとかいてさー」

A「こいつのアカウントで流出させたらすぐに広がるよ」

B「これ流出したらやばくない?」

…あぁ、なるほど。
これだけ自信満々な理由は何だと思ってたが…これが切り札のつもりなのか。
だとしたらあまりにもお粗末だよなぁ。
ぶっちゃけ、これくらいなら永水女子で皆やっている事だし。
まぁ、アレで意外と嫉妬深い依子さんの耳に入ったら大変だが、それもヤバイと言えるような理由ではない。


C「それが嫌ならさ、ほら、分かるだろ?」スッ

春「っ」

京子「山田さん」

「はい」ヌゥゥゥ

C「え……?」

…けど、あっちにとってそれは同性愛の証拠。
面白おかしく煽れば、俺たちを破滅させられるとそう思っているんだろう。
……だからこそ、気安そうに春の肩に手を伸ばそうとするクズに、俺は我慢出来なかった。
短い言葉で、俺の護衛兼監視役を呼び、その腕を無理矢理、掴んでもらう。

「ちょぉぉぉっとこっちでお話し合いしましょうか?」

B「え、いや、その…」

「大丈夫。何も痛い事をしようという訳ではありませんから」

今のクズどもは山田さんを始め、黒服の集団に囲まれていた。
その数おおよそ九人 ―― 実に三倍近い黒服の数にその表情が強張るのが見える。
山田さんの同僚である彼らは、皆、黒スーツの上からでもハッキリ分かるような筋肉をしてるからなぁ。
なんちゃってイケメンが束になったところで、この中の一人にすら勝てやしない。
こうして怯えるような表情を見せているのも、本能でそれを理解しているからなんだろう。


A「す、すみません。ただの悪戯のつもりで…」

「悪戯でやって良い範囲かどうかはあちらでじっくり話をさせて貰いましょうか」

「ちゃんと『誠意』を見せてもらえばすぐに解放しますからね」

B「ひ、ひぃい!」

黒服達に取り囲まれながら、何処かへと連れて行かれる男達に俺はまったく同情しない。
これが普通のナンパ程度であれば、俺も山田さん達の力を借りようとはしなかっただろう。
ちょっと複雑な気持ちにはなったかもしれないが、適当にあしらう方法くらいは俺も身に着けているのだ。
だが、あいつらは俺達を脅迫しようとしてきたどころか、怯える春に触れようとしていたのである。
山田さん達が何をするつもりなのかは俺は知らないが、因果応報と呼べる結果にしかならないだろう。

明星「…ふぅ」

京子「二人とも大丈夫?」

春「…うん。京子のお陰で助かった」

京子「いや、私は何もしてないわよ」

そもそも俺が山田さんの事を呼ばなくても、山田さんは助けてくれただろうしなぁ。
監視役なので積極的に手を出すつもりはないらしいが、彼は俺達の護衛役でもある訳だから。
あのまま俺が黙っていたところで、山田さん達はいずれ介入してくれただろう。
強いて言えば、俺たちの護衛が山田さん一人ではなく、黒服集団になったのは俺のお陰…というか所為と言えるかもしれないけれど。
それはまぁ…夏の脱走事件の所為なので、正直、誇れる事ではないし。
寧ろ、俺的には割りと黒歴史なので思い返したくはない。


京子「でも、これを期にもうちょっと街中であぁいう事するのは控えなきゃダメね」

京子「今回は相手がどうしようもない馬鹿な上に、山田さん達がいたから助かったけど」

京子「次も同じように行くとは限らないもの」

しかし、ちゃんと釘だけは刺しておかないとな。
あいつらは間違いなくクズ野郎だが、それがこうも調子に乗ったのは俺たちのキス画像が手元にあったからだ。
それで言う事を聞かせられると思った思考回路は理解出来ないが…しかし、そういう風に捉える馬鹿もいると今回で分かったんだし。
今回の件は教訓としてしっかりと胸に刻んでおくべきだろう。

明星「…もしかして京子さん怒ってます?」

京子「当然でしょ」

京子「あんな男どもが明星ちゃんや春ちゃんをどうこうしようとしてた事自体腹立たしいのに…」

京子「気安く触れようとするなんて、到底、許せないわよ」

明星「…それって」

春「嫉妬…?」

京子「え…?」

……嫉妬?
いやいやいやいやいや。
いやいやいやいやいや…それはないだろ。
さっきは俺の目の前で二人に危害を加えられそうになった訳なんだぞ。
…まぁ、それも山田さんが防いでただろうし、触れられる事すら許せないって言うのは過剰かもしれないけれど。
でも、これくらい友達…いや、家族としてはあくまでも普通だろう。


明星「…へー。な、なるほどぉ…」ニマァ

春「…京子…♥」スリスリ

京子「ちょ、ご、誤解!誤解だから…!」

明星「そうですね。プロテインですね」

春「…とりあえず休憩出来るホテル行こ?」

京子「話を聞いて…!!」

明星ちゃんも春も俺の話をまったく聞こうとしてくれない…!
というか、明星ちゃんはともかく、春は一体、何処に行こうとしているんだよ…!
休憩出来るホテルって、とりあえず行くような場所じゃないし!!
……いや、まぁ、俺は小蒔さんととりあえず行っちゃったけど、アレは緊急避難だった訳で!!
普通、真っ昼間から男女で行くような施設じゃないんですよ!!!

春「…大丈夫。私、優しくするから」

京子「何が!?」

明星「とりあえず予定を変更して指輪を見に行きましょうか」

明星「私達の婚約指輪…素敵なモノにしましょうね」ニコ

京子「明星ちゃんも帰ってきて…!!」

なんで、そこで婚約指輪をチョイスするんだ…!?
いや、まぁ、俺は一応、初美さんという婚約者がいる訳だし、いずれそれも必要になるかもしれないけれど!
でも、婚約指輪の前についているのは『初美さんの』ではなく、『私達の』と言う言葉な訳で!!
何がどう転んだら、明星ちゃんに婚約指輪を贈らなければいけないのかまったく分からない…!!
つか、流石に婚約者がいる身で他の女の子に指輪なんぞ贈ったら、幾ら形式上な婚約者であっても殺されても文句は言えないと思うんだが…っ!


「あらあら、なんだか楽しそうね」

京子「っ!?」ピクッ

って今の…声は…。
い、いや、きっと聞き間違いだよな。
幾ら、のほほんと通るその独特な声に聞き覚えがあると言っても…俺が連想した人物であるはずがない。
だって、その人はもう一年近く前に別れて…そしてもう二度と会えない人の声なんだから。
こんな街中でバッタリと遭遇なんてそんな事あるはずが… ――

「ほーら、京ちゃん。ママですよー」パタパタ

…あぁ、うん、ダメだ。
こっちの余韻とか緊張とかお構いなしのマイペースさは、出そうと思っても出せるもんじゃない。
…俺の後ろからゆっくりと近づいてくるこの声の主は…間違いなく母さんだ。
でも、どうしてこんなところに…。
って、今はそんな事考えている暇はないな。
とりあえずこのまま背を向けてたら何をされるか分からないし、母さんの方へと振り向いて…。


「やっほ」

京太郎「…母さん」

―― …瞬間、俺の口から漏れたのは【須賀京子】としての言葉ではなかった。

霞さんを模して作った【須賀京子】ならば、彼女らしくお母様とでも言うべきだった。
そんな言葉が脳裏に浮かんでくるものの、今の俺はそれを感情へと繋げる事が出来ない。
サラリと流れる綺麗な黒髪に、口元についた小さなほくろ。
まるで女子大生のまま時が止まったような穏やかなその顔立ちは…紛れも無く家族のものだったのだから。
もう二度と会えないとそう思っていた母さんの顔に、胸の内が一杯になって…後悔や反省を感じている余裕すら今の俺にはない。

「あら、実物は思った以上に可愛いわね」

「やっぱり元が良かったからかしら」

「器量良しに産んであげられて本当に良かったわぁ」

でも、だからって…このままじゃいけない。
ここは街中で…周りには人が沢山いるんだから。
ちゃんと【須賀京子】で居続けなきゃ…周りにいる明星ちゃんや春にまで迷惑が掛かってしまう。
今の間に何とか胸の内を整理して…【須賀京子】に戻らなければ…。


明星「あ、あの…貴女は…」

「あぁ。貴女とは初めましてね」

「私、京ちゃんのママです」ペコリ

明星「こ、ここここここれはご丁寧に…!」

明星「わ、私は石戸明星です。その日頃から京太…京子さんには色々とお世話に…」

「あらあらまぁまぁ」

「こんな可愛い子をお世話してるなんて京ちゃんも隅におけないわねぇ」

京子「…言っておきますが、あくまでも社交辞令の一種ですからね」

そもそも明星ちゃんは俺の事をフォローしてくれる側の人間だしなぁ。
明星ちゃん自身がしっかり者なのも相まって、俺の方がお世話されちゃってる。
だからこそ、明星ちゃんが言っているのは社交辞令なんだが…うちの母親は独特な人だからなぁ。
きっとその言葉も本気で言ってるんだろう。

「それでそっちの子は…確か以前、会ったわね」

春「…滝見春です。お久しぶりです、おばさま」ペコ

京子「え?」

…なんで、母さんと春が知り合いのように話をしているんだ?
まぁ、母さんは須賀家の生き残りで、滝見家との付き合いも当然あったんだろうけれど。
でも、話を聞いている限り、俺の両親が神代家の元から出奔したのは春が生まれる前か、生まれて間もない頃。
面識なんてまずないとそう思うんだけれども…。


「あら、覚えてないの?」

「昔、京ちゃん、私達と一緒に鹿児島旅行に来たでしょう?」

…言われてみればそういう気がするような…。
でも、当時の記憶ってかなりあやふやなんだよなぁ…。
正直、鹿児島に来た事があるのさえ、今の今まで忘れてたレベルだし。
親父とは別行動で…母さんと一緒に島とか色々巡ってたのはかろうじて覚えているけれど。
実際に何処に行ったかまではハッキリ思い出せない。

京子「(少なくとも、神代家には近寄らなかったはず…)」

流石に霧島神宮ほどの観光名所に近づいていれば、俺もハッキリとその時の事を覚えているだろう。
でも、俺が最初にこの地に降り立った時には、まったくなんのデジャヴを感じなかった。
その上、当時の両親は、俺の事を巡って神代家と対立していた真っ最中だろうし。
別行動だった父さんはさておき、鹿児島旅行を満喫していた俺を神代家に近寄ようとするはずがない。


「その時の帰りに迷子になったのを覚えてない?」

京子「うっすらと…ですけれど」

で、確か、親父と合流した帰りに長野駅で迷子になったんだっけ。
あんまり自信はないが、連休終盤のUターンラッシュに巻き込まれて、引き離されたって言う黄金パターンだったと思う。
ただ、当時の俺はまだ子どもで駅員に迷子になった事を伝えるなんて思いつかなかったんだよなぁ。
殆ど知らない駅の中に一人取り残されてしまったのが心細くて、どうして良いか分からなかったのをよく覚えている。
…でも、泣いた記憶まではないのはどうしてなんだろう…?
何か理由が…って。

京子「…あ」

「思い出した?」

京子「……もしかして春ちゃんってあの時の?」

春「…………うん」

そっかー、あの時、俺と一緒に迷子になってた子が春かー。
いやー懐かしいなー。
確かあの時は迷子になって内心、ビビリまくってたのを、隣に女の子がいるからって我慢してたんだっけ。
多分、俺がこの子を守らなきゃってそう思わなきゃ、きっと泣いてちゃってただろうなぁ。
……って、そうじゃなくって!!


京子「…ごめんなさい。今まで全然、気づいてなかったわ…」

春「…ううん。良い」

春「昔の事だし…それに私は名乗ってもいないから」

春「分からなくて当然の事」

春はそう言ってくれてるけど…正直、すっごく気まずい。
だって、この口ぶりから察するに…春はあの時の事覚えてたって事なんだよな。
で、俺は完全に今日までそれを忘れてた…というか、記憶の中のあの子と春を重ねあわせる事すらしなかった訳で。
正直なところ、申し訳無さで胸がズキズキする。
幾ら当時の俺が子どもで記憶もあやふやだったからって言っても、春はしっかりと覚えててくれた訳だからなぁ。
その上、母さんが一目で気づいたのだから、これはもう俺がマヌケだとしか言いようがない。

京子「(…つーか、春が最初からやたらと俺に親しく接してくれていたのは)」

多分、あの時の事を感謝してくれていたからなんだろうな。
俺にとっては初対面だったけれど、春にとっては初めてでも何でもなかったんだ。
だからこそ、最初に違和感を感じるレベルで俺に親しくしてくれていて…。
そういう子なのだろうと適当に納得せず、ちゃんと突っ込んでおけば良かった…。


春「…それよりおばさま」

「何かしら?」

春「…どうしてここに?」ギュ

…ってそうだよ。
母さんは神代家から逃れる為に長野に行ったんじゃなかったのか。
結果、俺だけがこうして鹿児島に連れてこられた訳だけれど…でも、それで全てが終わった訳じゃない。
神代家は俺だけじゃなくて、母さんの事を狙っててもおかしくないんだから。
こんなところでうろちょろしてたら、親父が下した苦渋の決断も無駄になってしまいかねない。

「んー…その辺りの事を話す前に、まずは京ちゃんと二人っきりにさせてくれないかしら?」

春「…ダメです」

「久しぶりに会った親子の再会を邪魔しようと言うの?」

「滝見は何時からそんなに偉そうになったのかしら?」ゴゴゴ

京子「っ」

な、なんだ、コレ。
確かに…母さんは怒ると怖い人だった。
そりゃもう親父なんかの比じゃないくらいに恐ろしいものだったけれど…。
でも、今の母さんはそれとはまったく違う。
親が子に向ける怒りじゃなくて…ハッキリとした敵意をその身体に纏っているんだ。
その言葉はとても静かだけれど、しかし、だからこそ恐ろしい。
気を抜けば、一瞬で叩き伏せられそうな凄みが空気から伝わってきている。


京子「(こ、これが本当に俺の母さんなのかよ…)」

…いや、俺だって分かってる。
俺のイメージする『母親』の姿と、実際の母さんはかけ離れている事くらい。
だって、俺が知っている母さんは、何処にでもいるのほほんとした主婦だったけれど…。
実際は漫画か何かかってくらいに重い過去を背負った人だったんだから。
今まで親類縁者が全滅していた事さえ知らなかった俺が知っているのはあくまでもごく一部だったんだろう。

京子「(でも、だからって、これは…)」

今の俺の目の前にいるのは猛獣だ。
今にも俺たちに向かって飛びかかろうとしている絶対的な強者なのである。
本能からして勝てないとそう思わせるその姿は、どうしても俺の中の母さんとは重ならない。
今、俺の目の前にいるのは、優しかった母ではなく、紛れも無い須賀家の生き残りだと…そう思わせるくらいに。


京子「…お母様」

「あら、お母様だなんて…ちょっと恥ずかしいわね」

「でも、まさか京ちゃんからそんな風に言われちゃうなんて…」

「…一体、貴女達は京ちゃんに何をしたのかしらね?」チラ

明星「あ…ぅ」ブル

そんな母さんを止めようと声を掛けたが、それはどうやら火に油を注ぐ結果にしかならなかったらしい。
その顔に照れるような笑みを浮かべながらも…俺達に伝わってくる凄みはその勢いを増していた。
今にもそのいらだちを攻撃へと変えてしまいそうなその姿に明星ちゃんは完全に呑まれてしまっている。
俺の腕を不安そうに抱きしめるその身体が、かすかに震えているのが伝わって来た。

京子「あまり彼女たちを怖がらせないであげてください」

京子「私にとって彼女たちは恩人なんですから」

……勿論、俺だって内心、結構、ビビってる。
初めて見る母親の姿に、気圧されている自分と言うのはどうしても否定出来ない。
でも、俺の隣で明星ちゃんが目に見えるほど怯えているんだ。
そんな彼女を護れるのが今、俺一人しかいないんだから、ヘタレてはいられない。
ハッキリと声に出して…そういうのを止めろと伝えなければ。


「…………まぁ、京ちゃんがそう言うのなら、とりあえず矛を収めましょうか」

「私としても、スイッチを入れるのは結構、疲れちゃうのよねぇ」ホワーン

…ふぅ、とりあえず何とか母さんを冷静にさせる事が出来たらしい。
その身体から出てるオーラも何時も通り、ほんわかしたものになっている。
…しかし、こうして和みすら感じるほどのほほんとした母さんが…さっきはあぁも恐ろしくて堪らなかったなんて…。
女性は幾つもの顔を使いこなす…なんて言うけれど、これはちょっと変わりすぎじゃないかと思う。

「で、京ちゃん」

京子「…悪いのですが、私はお母様と二人きりにはなれません」

「大丈夫よ。京ちゃん達を監視する為に残ってた黒服ならちょっと眠ってもらったから」

「発信機についても今は無効化してるし、神代家に知られる事はないわ」

…ホント、何者なんだ、この人。
俺達についてる護衛や監視って、そこらのチンピラじゃないんだけど。
幾らその中でも飛び抜けた実力を持つ山田さんがこの場にはいないと言っても…相手は元軍人ばかり。
特殊訓練を受けた人達を、並大抵の実力で無力化出来るはずない。
その上、発信機についても無効化したってあっさり言ってるし…ちょっとばかし俺の知らない顔が多すぎじゃないだろうか。


京子「では、さっきの男性達はもしかして…」

「あぁ、私がけしかけた訳じゃないわよ」

「幾ら私でもあのスキンヘッドの人と一戦交えるとちょっと骨が折れそうだったし」

「どうしようかと接触するタイミングを図っていたら、あの子達が京ちゃん達に粉を掛けてくれて」

「こうして私が京ちゃんに話しかけられたって訳」

…つまり全て偶然だった…と片付けられるには色々と疑問が多いよな。
そもそも、そんな都合よく物事が進まない事を俺は今までの人生でよく知っているんだ。
さっき話しかけてきたゲス共が母さんの仕込みじゃなかったのは多分、嘘じゃないだろうが…。
母さんがタイミングを図っていたのは、今日だけだったとは思えない。

京子「(そもそも、冬服を買いに街へと出ると決まったのは、ついさっきな訳だしなぁ)」

基本的に俺は休日にお屋敷の外に出る事は滅多にない。
勿論、予定があれば話は別だが、休みくらいは女装から開放されたいというのが本音だった。
そんな俺の珍しい外出にたまたま鉢合わせる可能性なんて、まぁ、まずないと言っても良いだろう。
最初からお屋敷の出入り口で俺達が出てくるのを張っていたならば、まだマシだが…。
下手をすれば盗聴器や発信機を知らない間に仕込まれてた可能性すらある。


「まぁ、余計なのが二人くっついて来ているけれど…」

「二人とも根は良い子みたいだし、親子の再会と言えば、空気を読んでくれると思ってたのよ」

春「…申し訳ありませんが、私はそれほど良い子じゃないので」

春「神代家に対する義理はさほど感じていませんが…貴女と京子を二人きりには出来ません」

明星「わ、私も…い、嫌です」

明星「…京子さんの事…連れて行かれたくありません…」ギュ

まぁ、幾らなんでも無理矢理、連れて行かれるなんて事はないだろうけれど。
しかし、こうして腕から伝わってくる二人の感情は不安の色が強いものだった。
それがさっき母さんに気圧されていたからなのか、それとも他に理由があるのかは分からない。
ただ、このまま二人っきりになるならないで揉めていては、山田さん達が戻ってくる可能性があるし。
ここはやっぱり… ――

「…京ちゃん?」

京子「…分かりました」

春「京子…」

明星「京子さん…」

二人には本当に申し訳ないと思ってる。
でも、これはもしかしたら…最後の機会かもしれないんだ。
これを逃してしまったら、俺はもう二度と母さんと話せないかもしれない。
そう考えると、どうしても気持ちが母さんの方へと傾いてしまう。


京子「ごめんなさい。でも、もうこんな機会はないかもしれないから」

春「…………京子が決めたのなら私は何も言わない」

春「でも…」

明星「…私達、待ってますから」

京子「…ありがとうね」

そんな俺の腕を二人はほぼ同時に離してくれる。
何処か未練を感じさせるゆっくりとしたその動きに、俺の胸は微かに傷んだ。
きっと俺の選択は二人の美少女を心から不安にさせているんだろう。
それが伝わってくる二人の仕草と表情に、一瞬、言葉が遅れてしまった。

「じゃあ、そこの喫茶店にでも入らない?」

「このまま立ち話をし続けるのも味気ない話でしょうし」

京子「…はい」

休日に遊ぶ約束をしていた父親が、休日出勤しなければいけなくなったのを知った子どものような表情。
それを顔一杯に浮かべる二人とは対照的に、母さんの表情はとても明るいものだった。
流石に勝ち誇るようなものではないが、きっと心から嬉しく思っているんだろう。
……そんな母さんについていく俺の背中に、二人の視線が突き刺さる。
行かないでと言葉にせずとも伝わってくるそれを振り払うように、俺は手近な喫茶店へと足を踏み入れて。


「好きなの頼んで良いわよ」

「久しぶりに会った我が子に私が奢ってあげるから」

母さんと入った喫茶店は、とても落ち着いた雰囲気だった。
シックな黒で彩られた店内と木目の晒されるマホガニー製のテーブルは、王道ゆえの調和性を見せている。
壁にかかっている絵も奇をてらうものではなく、森や川など自然の姿が優しいタッチで描かれていた。
悪く言えば無個性にも繋がりそうなその喫茶店の窓際に座った瞬間、母さんがそう優しく言ってくれる。
それは勿論、嬉しくはあるのだけれど。

京子「(…あんまり何かを頼む気にはなれないんだよな)」

勿論、俺の母親はここで何を頼んだところで、それを盾に譲歩を迫るようなセコい人じゃない。
だが、俺と母さんの関係は、一年前とは大きく変わり…そして歪んでしまったのだ。
一年前なら調子に乗ってケーキからスパゲッティまで好きなモノを頼んでいただろうが、今はそんな事出来ない。
それよりもこれから始まるであろう母さんとの会話に意識が引っ張られてしまう。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

京子「レモンティーを」

「じゃあ、私は果汁100%のアップルジュースね」

とは言え、ここで注文をしなければ、ただ席を専有するだけの嫌な客になってしまう。
そう思った俺はメニューを広げ、近づいてきた女性店員に注文を告げた。
その後に告げられる母さんの注文を確認してから、女性店員はそっと席から下がっていく。
それを視界の端で確認した俺はゆっくりとその口を開いて。

京子「…それでお母様」

「なぁに?」

京子「…その、元気でやっておられるのですか?」

…とりあえず大事なのはそれだよな。
母さんがどういう話をするつもりかは知らないが、こうしてゆっくり出来るのは山田さん達が戻ってくるまで。
その間に本題を終わらせなければいけないと頭では分かってる。
でも、その辺の話に入る前に…やっぱり近況は聞いておきたいんだ。
一応、あの人から元気にしているとは聞いたけど、正直、アレだけ親父にべったりだった母さんが元気とは思えないし…。


「えぇ。勿論、元気よ」

「この一年風邪の一つも引いていないし」

京子「…でも、お父様とは…」

「あら、聞いちゃったの」

「えぇ。あの人とはもう離婚したわよ」

……なのに、母さんから帰ってきた言葉は思いの外、あっけらかんとしたものだった。
まるで親父と離婚した事なんてなんとも思ってないようにあっさりとそう口にしている。
…その姿が正直、俺には信じられない。
だって、うちの両親は息子としては恥ずかしいくらいに仲が良かったんだから。
親父にべったりだった頃の母さんを思えば、正直、質の悪い冗談のようにしか思えなかった。

「私に何も相談せず、勝手に京ちゃんを神代家へと引き渡す手はずを整えてたんだもの」

「我が子を売られた母親としては当然でしょう?」

京子「それは…そうかもしれませんが…」

…勿論、母さんの言っている事は分かる。
勝手に息子を差し出すと言う選択を、親父一人で決められたんだから。
でも、それは母さんの事を護る為。
神代家に俺と母さんのどちらを選ぶかと突きつけられて…親父は母さんの事を見捨てられなかったんだ。
そんな親父を…泣く泣く俺の事を差し出すしかなかった親父の事をあまり悪く言って欲しくはない。
悪いのは神代家の連中であって、決して親父ではないんだから。


「大丈夫よ。ちゃんと分かってるから」

京子「え…?」

「私、これでも神代家との付き合いは、京ちゃんやあの人より長いのよ?」

「あの家がどれほど京ちゃんに執着しているかを思えば…あの人に何を突きつけたのかくらいすぐに分かるわ」

「恐らく、あの人は私を人質にされたのでしょうね」

「あの人にとって一番、大事なものは私だったから」

…母さんの言葉は、思った以上に確信に満ちていた。
まるでコレ以外に正解はないのだとそう思っているようにハッキリしていて…。
親父の苦渋も、その愛も…母さんにはちゃんと分かっているんだろう。
……でも。

京子「…そこまで分かっているのに、どうして…?」

「京ちゃんは悪いことした時に一番辛いのは何だと思う?」

京子「…え?」

「ソレは何も罰されない事」

「自分が悪いと思っているのに、何も償わせて貰えない事よ」

それならばどうして親父の事を許さないのか。
そんなにも大事にされていた親父の元から離れたのか。
そんな俺の疑問に帰ってきたのは、まるで初美さんの胸のように平坦な声だった。
ただ、事実を事実として羅列していくその声に、感情らしい感情は込められていない。


「だから、私はあの人を許さない」

「あの人がそれを望んでいないから」

「あの人が罰せられるのを望んでいるから」

「私はあの人の事を決して許しちゃいけないの」

京子「…お母様」

…でも、それはきっと母さんが何とも思ってないからじゃない。
多分…いや、間違いなく母さんも辛いんだ。
共に神代家の元から駆け落ちするほど愛した人を…息子に鬱陶しがられるほど好きな男を。
深く想えば想うほどに…許す事が出来ないのだから。
本当は…母さんも親父の側にいたいのだと…そう思っているのが、まるで言い聞かすようなその言葉から伝わって来る。

「…とは言え、もうすぐ一年よ」

「人の感情が風化し始めるのにはもう十分過ぎる時間が流れてしまったわ」

「…そもそも、私は本気であの人を憎んでいる訳でも怒っている訳でもないのだから…尚の事」

「だから、そろそろよりを戻してってお願いしようかな、と思ってるんだけれど」

京子「…そうでしたか」

正直なところ、かなり安心した。
以前、電話で話した親父は、慰謝料を払う事だけが生きている理由みたいな感じだったから。
そんな親父を癒やしてあげられるのは、間違いなく母さんしかいない。
親父もアレで母さんにベタ惚れだし、きっと二人はすぐさま元通りになれるだろう。


京子「それは良いと思います」

京子「恐らくお父様もお喜びになるでしょう」

「何を他人事のように言ってるの?」

京子「え?」

「私とあの人だけが元通りになっても何の意味もないでしょう?」

「ちゃんと京ちゃんもいて…それでようやく元通りってそう言えるんだから」

…母さんの言わんとしている事は分かる。
もし、親父と母さんが再婚できたところで、それは原状回復には程遠いのだから。
俺と言う息子がいなければ、完全に元通りになれたとは言えない。
そう思うほど愛してもらっている事には感謝の気持ちが絶えなかった。

京子「でも、私が一緒に行けば…」

…間違いなく二人の迷惑になってしまう。
何せ、俺は神代家にとってとても重要な立ち位置にいるのだから。
二人ならばまだ逃げ切る事も出来るだろうが、俺も一緒だとそうはいかない。
神代家は実力行使すら辞さず、俺の事を取り戻そうとするだろう。
それを考えれば…ここでうんと頷く事は出来ない。
母さん達と一緒にまた過ごす未来に憧憬を覚えないとは言わないが…しかし、それは決して手を伸ばしてはいけないものなのだ。


「…私はね、この一年、自分のコネを広げる事に専念してきたわ」

「その甲斐あって…いくらか海外の有力者とコネクションを繋ぐ事が出来たの」

「幾ら神代家でも手出し出来ないような大物とね」

京子「え…」

「幾ら神代家が強い影響力を持っていると言っても、それはこの国だけの話」

「海外でその影響力が働く事はないわ」

「だから、京ちゃんが何も不安がる必要はないの」

「今度こそ私が貴方の事を護ってあげるから」

京子「……」

…海外の有力者とのコネクションが一体、どういうものかは分からない。
だが、こうして俺の事を護るとそう言ってくれた母さんの言葉は決して嘘ではないのだろう。
少なくとも、母さんは俺と親父と一緒に暮らす安住の地を手に入れたとそう思っている。
そこならば神代家の事を気にする事なく…一年前のように暮らす事が出来るとそう信じているんだ。


「最初はちょっと言語や料理に慣れないかもしれないけれど…それも一年も経てば慣れるわ」

「だから…お母さんと一緒にいきましょう?」

「貴方が神代家に縛られる必要なんてもう何処にもない」

「貴方は神代家とは関係のない…自分の人生を選んで良いの」

…自分の人生、か。
確かにその言葉には心惹かれるよなぁ。
神代家にとって重要な人物であるとは言え、今の俺は籠の中の鳥同然だ。
限られた世界での自由はある程度、保証されているがあくまでもそれだけ。
そこから抜け出ようとすれば、きっとタダではすまないだろう。

京子「(…そして母さんはその籠の扉を開けようとしてくれている)」

後は…俺が一歩踏み出せば、きっと自由になれるだろう。
神代家に縛られる事なく、一人の人間として生きていけるはずだ。
こうして女装をする必要なんかもう何処にもない。
海外とは言え、一人の男子高校生として…生きていく事が出来る。


京子「……ありがとうございます、お母様」ペコリ

京子「そうやって私の為に骨を折ってくれた気持ち、本当に嬉しいです」

京子「…ですが、私は一緒には行けません」

「…京ちゃん?」

その言葉に嘘偽りはない。
俺は本気で母さんの言葉を有り難いと思っている。
決して親孝行とは言えなかった息子の為に、母さんはそんなコネクションまで作ってくれたんだから。
正直、心から感謝しているけれど…でも、俺は差し出されたその手を取る事が出来ない。

京子「この一年、お母様がそうであったように私の身にも色々とありました」

京子「当然、その中には辛い事や悲しい事も多くて…何もかも嫌になった事だってあります」

京子「自分の命さえも投げ出して、楽になろうと思った事も…あるくらいですから」

思い返すのは夏休みの事。
咲や親父の事で、心折れてしまった俺は、神代家の元から逃げ出そうとした。
それまで積み重ねてきたものから目を背け、何もかもを放り出そうとしたのである。
そんな俺に小蒔さんが必死になってついてきてくれなければ、俺は今頃、どうなっていただろうか。
正直なところ、生きた屍のようになっていたか、自分で命を絶っていたかのどちらかだろうと思う。


京子「ですが、私はそれを乗り越えました」

京子「私の周りにいる…彼女たちのお陰で」

京子「私の事を『家族』だと言ってくれた彼女たちが私の傷を癒やしてくれたんです」

そこまで追い詰められた俺の心を、彼女たちは癒やしてくれた。
きっと少なからず迷惑を掛けたであろう俺の事を責めず、皆で俺の傷を埋めようとしてくれたのである。
そんな彼女たちの事を…俺はどうしても裏切れない。
既に一度、裏切ってしまった俺にとって、その轍は二度と踏んではいけないものだったんだ。

「…京ちゃんの家族は私とあの人だけよ」

京子「そうですね。血縁上で言えば、そうだと思います」

京子「ですが、私はもう彼女たちの事を赤の他人だとは思えません」

京子「一つ屋根の下で過ごし、ずっと共同生活を営んできたんですから」

「京ちゃんは少し疲れているのよ」

「それはストックホルム症候群…京ちゃんの意思が創りだした気持ちじゃないわ」

「少し彼女たちから離れれば、それが嘘だってすぐに分かるはずよ」

京子「そうかもしれませんね」

母さんの言葉を俺は否定するつもりはなかった。
実際、俺自身、思い当たるフシがまったくない訳じゃない。
この気持ちも相手が美少女で、そして常に一緒に暮らしているからこそ。
もし、一つ屋根の下で暮らしていなければ、また違った結果になっていたはずだ。
そう言われて否定出来る要素なんて、頭の何処を見渡しても見つからなかった。


京子「でも、私はそれで良いと思っています」

京子「例え、私のこの気持ちがストックホルム症候群が生み出したものであっても…」

京子「それを感じている私にとっては、偽りではないのですから」

「…だから、ずっと虜囚の身であり続けると言うの?」

京子「いいえ。違います」

…けれど、それは違う。
俺は神代家のした事全てを許せるような聖人でも、それに折り合いをつけられるほど大人でもないのだから。
いずれ、神代の連中にはツケを払ってもらう。
俺の全てを奪った事に対して、そして今まで神代の巫女や六女仙を虐げてきた事に対して。
それらの償いは決してなあなあで済ませて良いものではない。

京子「私にとっての恩人は彼女たちだけ」

京子「それ以外の神代関係者には強い憤りを感じています」

京子「いずれ彼らには償いをさせなければいけません」

京子「自分達が強引に引きずり込んだ相手が一体、どういう人間だったのか」

京子「その骨身に染みるまで教え込んでやらなければいけないのです」

「…京ちゃんにそれが出来ると言うの?」

京子「どうやら私は神代家にとって100年の栄光を齎す存在らしいので」

京子「彼らの信じるその迷信を利用して思いっきり内側から引っ掻き回してやろうかと」

まぁ、正直、出来ると言い切れるほど自信がある訳じゃない。
俺はつい一年前まで平穏に暮らしてた男子高校生なんだから。
権力闘争のやり方なんて殆ど知らないし、下手しなくても食い物にされる可能性の方が高い。
しかし…それでも俺が立たなきゃ、神代家は変わらないままだ。
小蒔さんの子どもはまた小蒔さんから引き離され、春達にもまた同じような痛みを押し付けられる。
そんな未来を変えてやるという覚悟があるのに、出来ないだなんて言えるはずがないだろう。


京子「そう言う意味では…私とお母様の選んだ道は既に分かたれています」

京子「私が選んだのは復讐で、お母様が選んだのは逃亡なのですから」

京子「どう言葉を尽くしても、私達の道が交わる事はもうないでしょう」

「…京ちゃん」

…母さんから悲しそうな声が聴こえるが…でも、ここで仏心を出す訳にはいかない。
ここで俺が折れてしまったら、悲しませるのは母さんだけでは済まなくなってしまうのだから。
俺の事を家族だとそう呼んでくれた彼女たちは元より、母さんの傷も深くしてしまうだろう。
こうも心通わせた彼女たちを裏切って、平然としていられるほど俺は思考の切り替えが得意なタイプではないのだ。
母さん達と共に海を渡った先で、彼女たちの事を思い返し、後悔の念を抱いてしまうのは今からでも目に見えている。

「…もう決めてしまったのね」

京子「はい。申し訳ありません」

…それでも。
それでも、もし…母さんが来たのが夏休みの前だったら。
夏休みが終わる頃に…海外へと逃げようと誘われていたら。
俺は…その誘いを断れなかったかもしれない。
俺にとって彼女たちが本当に大事なものになったのは、あの夏の家出がキッカケだったんだから。
その出来事が丸々、なくなってしまっていたら、俺は彼女たちの事を裏切っていてもおかしくはない。


「…そう。残念ね」

「また京ちゃんと一緒に暮らせるのを楽しみにしていたのだけれど…」

京子「…私もです」

でも、それはあくまでも、もしもの話。
母さんが俺のところに来たのは…少しばかり遅かった。
俺はもう彼女たちと離れがたい理由が出来過ぎて、そして自分のするべき事も見つけてしまったのだから。
どう願っても時間が巻き戻らない以上、お互いに道を違えたという結果を受け入れるしかない。

京子「(…まぁ、それでも胸が痛いんだけれどさ)」

母さんや親父と再び一緒に暮らす未来って言うのは…俺にとってそれだけ魅力的なものだったんだ。
何もかもが元通りにならなくても、それだけは取り戻したいと言う気持ちは…俺の中にもある。
だけど、それは春や初美さん達の事を裏切るほどの理由にはならない。
あくまでもそれは痛みであって…衝動になるには程遠いものだった。


「じゃあ、最後に聞かせてくれる?」

京子「…何でしょう?」

『最後』。
その言葉が俺の胸に走る痛みをさらに強くする。
…俺にだって内心、分かっているのだ。
俺がここで首を縦に振らずとも、母さんの計画は止まらない。
親父と一緒に海を渡って、何処とも知れぬ土地で暮らすだろう。
…そして、それはもう二度と目の前の母親と会えないと言う事を意味していて。

京子「(…そう簡単に開き直る事なんて出来ないよな)」

俺は既に選んだ。
母さんではなく、春達の方が大事だと。
離れがたい相手であるとそう言ったのだ。
そんな俺に母さん達と二度と会えない未来を思って、胸を痛める資格などない。
それは分かっているはずなのに、痛みはなくならなかった。
寧ろ、こうしている間にも強くなっていくそれに心臓を締めあげられ、俺は一瞬、言葉が詰まってしまう。


「どの子が本命なの?」

京子「はい?」

―― その痛みが母さんの発言で全部、吹き飛んでしまった。

『本命』と言う言葉が、一体、何を示しているかくらい俺にも分かっている。
母さんはきっと彼女たちの中に俺が惚れた相手がいるとそう考えているんだろう。
勿論、それは決して突拍子もない発想じゃない。
両親と再び暮らせる未来を蹴って、俺は女の子達との生活を選んだのだから。
その誰もが方向性は違えども見目麗しい美少女揃いとなれば、邪推したくなる気持ちも分かる。

「やっぱりさっき一緒だったあの二人のどっちかかしら…?」

「滝見ちゃんの方はいじらしいし、石戸ちゃんの方は意外と従順そうだものね」

京子「あの、お母様?」

「それともオーソドックスに姫様の方?」

「或いは同じ石戸でも石戸さんの方という可能性はあるわよね」

「特に石戸さんの方は信じられないほどの巨乳だし…京ちゃん的にはストライクかしら」

「でも、あの手のタイプは一度、火が着いたら結婚まで一直線なタイプだから、ちゃんとその辺も加味して…」

京子「話を聞いてください」

だが、俺にそのつもりはまったくない。
勿論、皆が尋常ならざる美少女揃いなのは理解しているが、俺にとって彼女たちは『家族』な訳で。
さらに言えば、彼女たちだって俺の事をそんな風には見ちゃいないんだ。
そんな風に推理を披露されても正解にはたどり着く事が出来ない。


京子「あの人達とはそういう関係ではありませんよ」

「でも、アレだけ粒ぞろいの中だったらちょっとくらい味見したいと思わない?」

京子「お母様は私を何だと思っているんですか…」

京子「そのような不誠実な真似をするつもりはありませんし…」

京子「それに私にはもう婚約者がいるんですよ」

「婚約者ってもしかして神代の…?」

…どうしてそこで小蒔さんが出てくるんだろう?
うちと小蒔さんの両親は意外と良好な仲だったらしいし、許嫁にしようとしてたとか?
いや、でも、あのザ・堅物って感じの小蒔パパが、そんな微笑ましい約束をするだろうか。
……正直、俺はまだあの人の事良く知らないけど、絶対にないと断言出来る。

京子「(まぁ、それはさておき、一応、今は京子の格好だからなぁ)」

京子「(周りにも少なからず人はいる訳だし、警戒するに越した事はない)」

京子「(初美って言えば、色々と違和感を与えるだろうし、ここは上の名前で…)」

京子「いえ、神代さんではなく薄墨さんの方ですが…」

「薄墨のって…ええええええええ!?」

…そんなに驚かれるような事だろうか。
と一瞬、思ったけれど…まぁ、一年前の俺でも同じ反応をしていたかもしれない。
だって、一年前の俺と言えば、本当に巨乳以外にはまったく興味がなかった訳だしなぁ。
信じて努力を続けていれば、きっと何時か和や福路さんみたいなおっぱい美少女と結婚できると信じてたし…。
きっと当時の俺にとって、貧乳どころか膨らみすら見当たらない初美さんとの婚約は到底、信じられないだろう。


「で、でも、あの子、お世辞にもある方だとは言えないわよ…?」

「京ちゃん、本当に大丈夫なの?」

「精神汚染とかされてない?」

京子「私も薄墨さんの事が好きで婚約者になった訳ではないですが…」

京子「幾ら何でもそれは薄墨さんに失礼ではないでしょうか…」

精神汚染って…一体、初美さんを何だと思ってるんだろうか。
まぁ、神様の力を借りてる神代家とかなら十二分にあり得る事かもしれないけれど。
でも、流石に精神汚染扱いは酷いんじゃないだろうか。
まだ立場を傘に来て、無理矢理、婚約者にさせられたと言う方がマシな気がするぞ。

「だって、京ちゃんの性癖を考えると…ねぇ?」

京子「まぁ、実際、色々と状況が重なってしまったが故の婚約関係ですが」

京子「婚約関係そのものは私から言い出した事ですし」

京子「それに相手の方もとても良い人ですから、決して後悔していませんよ」

正直、昔の俺ならば巨乳にあらずんば人にあらず…なんて言ってたかもしれないけどさ。
でも、俺は人として初美さんの事をこの上なく好いている訳で。
彼女を救う為に婚約者になった事もまったく後悔しちゃいない。
その気持ちはあの豚野郎に出会って数日経った今も色褪せてはいなかった。


「…へぇ」

京子「どうかしたのですか?」

「いえ、知らない間に京ちゃんが大人になったんだなぁって思って…」

大人になった…のだろうか?
うーん…正直、まったく自覚はないんだよなぁ。
自分でも変わったと思う事はあるが、しかし、それは俺のイメージする『大人』とは繋がらない。
親父のように辛い事を飲み込んで、子どもに対して笑顔を見せる…そんな格好良い大人には程遠い気がするんだ。
少なくとも、今の俺では親父の足元にも及ばないだろう。

「きっともう初体験とかも済ませちゃったのね」

京子「…あの、お母様、ここ一応、喫茶店ですから」

「ちなみに相手は誰なの?」

「お母さんにだけこそっと教えてくれない?」

京子「聞いてください」

ほんっとマイペースだな、うちの母親は。
これが他に人がいない個室とかならまだ分からんでもないが…ここ半公共の喫茶店なんですけど。
…ただ、ここでちゃんと答えないと延々と妄想を膨らませていくタイプなのはもう今までの人生で分かってるからなぁ。
滅茶苦茶、恥ずかしいが、ここは小声で答えておこう…。


京子「と言うか、私は初体験とか何も済ませていませんよ」ヒソヒソ

「でも、キスくらいはしちゃったんでしょ?」

京子「そ、それは…」

「やっぱりお母さんの思った通りね」

「ほらほら、キリキリ吐いちゃいなさい」

い、いや、アレはノーカンだろ、とは俺も分かってるんだよ。
追い詰められた俺の背中を押す為に、春が身を呈してくれただけってのは理解出来ているんだ。
…でも、俺にとってアレはファーストキスな訳で。
何度、ノーカンだから忘れようとしても、どうしてもそれを意識してしまう。

京子「…春さんです」

「へぇ…あのぼんやりとした子が?」

「人は見かけによらないって言うけれど…結構、肉食系なのね、あの子」

京子「…あの私からしたと言う考え方はないのですか?」

「ヘタレな京ちゃんが自分からキス出来るはずないでしょ」キッパリ

酷い言われようである。
一応、初美さんをあの豚野郎から奪った辺りは、ちゃんと男らしくやってたと思うんだけどなぁ。
…まぁ、最後の方は初美さんに説教されて、主導権奪われた時点でお察しなのかもしれないけれど。
しかし、母親にこうもヘタレだと言われるほど、ヘタレてばかりではないはずだ      多分。


「それに京ちゃんはあの人と同じで、そういうところちゃんと筋を通す子だって思ってるから」

「もし、自分からキスしてればあの子が婚約者か或いは恋人になっていただろうし」

「そういう雰囲気もないって事は、それは事故か、或いはあちらから無理矢理されたパターンくらいでしょ」

…あー…くそ。
こういうところ、卑怯だよなぁ。
俺の事ちゃんと分かってるって言葉が…凄い母親らしくて。
恥ずかしいし、こそばゆい感覚が止まらないけれど…でも、少し嬉しい。
嬉しくて…でも、こんなにも俺の事を理解してくれている母さんと二度と会えないって事に胸が痛んでしまう。

「なんにせよ、あの子達には気をつけなさい」

京子「え?」

「京ちゃんには分からないかもしれないけれど、あの年頃は色々とムラムラする事も多いのよ」

「一緒に暮らしている異性となれば、色々と目も向いちゃうだろうし」

「あんまり無防備に過ごしていたら襲われちゃうかもしれないわよ」

いや、それはないだろ。
俺も春達も『家族』と言う共通認識に関してはがっちり一致している訳だし。
確かに俺達が一緒に暮らし始めたのは一年前からだが、兄や弟相手に彼女たちが欲情するとは思えない。
そもそも女の子がそんな風にムラムラしたり、性欲を覚えたりするのはエロ漫画の中だけだろ。
巫女さんも兼ねてる俺の『家族』が、逆レイプとかするはずがない。


京子「お母様は考えすぎですよ」

京子「私と一緒に暮らしている方々はとても優しい人ばかりなのですから」

京子「そんな事態にはなりません」

「…ちなみに私があの人と結ばれたのは、私から襲ったからよ」

京子「聞きたくなかったです、そんな事」

まぁ、なんとなく予想はしてたけどさ!!
今まで何度となく二人の惚気は聞かされてたし…多分、母さんからのアプローチが凄かったんだろうと予想はしていたけれど!!
でも、流石に両親が結ばれたキッカケが母さんからの逆レイプだったなんて知りとうなかった…。
二度と会えない分、色々と話を聞きたかったっていう気持ちはあるけれど、出来れば、その辺は墓場まで持ってって欲しかったぜ…。

「まぁ、警戒するに越したことはないという事よ」

「京ちゃんもあの子達も年頃なんだから」

「何時、間違いが起こってもおかしくはない環境だと肝に銘じておきなさい」

京子「…分かりました」

正直、その辺の間違いを起こすのは俺の方だと思うんだけどなぁ。
彼女たちの方は巫女だが、俺は普通の男子高校生な訳で。
日頃、美少女たちが周りにいるのもあって、ココ最近はずっと禁欲を強いられている。
恥ずかしい話、ちょっとした事でムラムラしてしまうし、何時、理性のタガが外れてもおかしくはない。
ただ、ここでその辺を口にしても母さんは納得しないだろうしなぁ。
何より、周りには少なからず人がいて、あんまりその辺を口にするのは宜しくない。
ここは大人しく頷いておくのが一番だろう。


「…さて、京ちゃんもとりあえず納得してくれた訳だし」スクッ

「今日のところは大人しく退散するわ」

京子「…今日のところは?」

まるでまた『今度』があるような話し方をしているのは、一体、どうしてなんだろうか。
まぁ、勿論、母さんだって今夜、親父を拉致って日本を発つつもりじゃないだろうし。
数日の猶予くらいはあるだろうけれども…。
でも、俺は基本的に神代家によって監視されている立場なんだ。
春達だけであれば、今日のように空気を呼んでくれるかもしれないが…そう簡単に会う事は出来ないだろう。

「大事な我が子の事なんだもの」

「そう簡単に諦めるはずないでしょう?」

「勿論、あまり京ちゃんにしつこく付き纏うつもりはないけれどね」スッ

京子「これは…」

「私達が乗る予定の船と今の私の連絡先よ」

「もし、京ちゃんの気持ちが変わったら、ここに来るか連絡して頂戴」

「私は何時でも待っているから」

京子「…お母様」

そう思った俺に差し出された紙は…正直、受け取りたくはなかった。
こうして母さんの誘いを一度、断ったとは言え、俺の中にまったく迷いがない訳じゃないんだから。
それが手元にあれば、一時の感情で母さん達に連絡してしまいかねない。
ましてや、それは母さん達の潜伏先を辿る重要な手がかりになるのだ。
手元に置いておいて、神代家に見つかれば、母さんの計画が丸つぶれになってしまう。


京子「…分かりました」

京子「でも、期待はしないでくださいね」

「一度、京ちゃんに振られてしまった身だもの」

「身の程くらいはちゃんとわきまえているわ」

…でも、ここでそれを受け取らなければ、母さんの面目も立たない。
一縷の望みを賭けて、俺に連絡先を伝えようとする母さんが…この場から去る事が出来ないんだ。
一体、山田さん達が神代家からどんな命令を受けているのかは分からないが…。
少なくとも、母さんと鉢合わせになった時に、嬉しい展開になるなんて事はないだろう。

「じゃあ……またね、京ちゃん」

京子「……お母様」

だからこそ、その紙を受け取った俺の前で、母さんが伝票を持って歩いて行く。
振り返り際に『またね』と声を掛けた母さんに俺はなんと返せば良いのか分からなかった。
下手をすれば、コレが最後の言葉になってしまう。
頭ではそう分かっているのに…俺は『また』とも『さようなら』とも返す事が出来ない。
ここで母さんに再会を告げるには、俺が背負っているものは大きすぎるし…。
別れを告げるには……母さん達との思い出が大きすぎる。


京子「お母様、私…!」

「…ん?」

京子「…お母様の子で良かったと思います」

京子「…大変な覚悟の上で、私の事を産んでくれて本当にありがとうございました」ペコリ

「……京ちゃん」

結果、俺が選んだのはそのどちらでもない言葉だった。
ただただ、心から感謝の気持ちを伝えるそれは…少しばかり震えてしまう。
まるで今にも泣きそうなその声を、俺はどうしても抑える事が出来ない。
男がこんな事でと頭では分かっているはずなのに、胸の中で荒れ狂う感情の波はあまりにも強かったんだ。

「…………私も、京ちゃんの母親になれて良かったわ」

「辛い運命の元に産んでしまった私を恨んでいるとそう思っていたのに…」

「恨むどころか、そう感謝してくれる貴方の母親であれた事が誇らしいくらいよ」ニコ

そんな俺に母さんは笑顔で応えてくれる。
…でも、その目尻に光るものが浮かんでいたのは…きっと気のせいじゃないんだろう。
母さんもまた俺との別れを前にして、感情を抑えこもうとしてくれているだけ。
…そんな母さんに俺はもう何も言う事が出来ない。
俺と同じようにその声を震わせながら笑顔を見せてくれた母さんを、俺は見送って。


京子「……はぁ」

瞬間、身体の底から湧き上がってくるのは、とても複雑な感情だった。
これで一区切りついたと頭の中ではそう分かっているのに、それは開放感には繋がらない。
一つの終わりに物寂しさと悲しさと辛さが湧き上がり、胸の中を満たしていく。
それをため息にして外へと吐き出す俺に、すぐさま気力が湧き上がるはずがない。
胸の内に空いた穴から気力がグングンと外へと漏れだしていく感覚に、そっと肩を落とした。

京子「(…二度目の別れか)」

京子「(…まぁ、でも…納得の行くものには…なったよな)」

それでも、俺は涙を浮かべたりはしなかった。
それはきっと…ただ、大事な人との別れに慣れてしまったからと言うだけじゃない。
前回の別れは碌に言葉を交わす事も出来ないほど理不尽なものだったが…今回はちゃんと言えた。
さよならはともかく…ずっと自分の中にあった『ありがとう』をはっきりと言葉に出来たんだから。
以前に比べればずっとずっとマシで…ちゃんとした別れになれたと思う。


京子「(…だから)」チラ

春「…」ジィィ

明星「…」ジィィィィ

…窓の向こうに目を向ければ、そこには春と明星ちゃんの姿がある。
俺と母さんとの会話を、外からずっと見守ってくれた二人の目は、とても心配そうだった。
このままずっとここに座り続けて、彼女たちにコレ以上の心配を掛けたくはない。
いい加減、悲劇の主人公を気取らずに…二人のところに戻るべきだろう。

京子「(…ただ、流石にこれは二人にも秘密にしないとな)」

勿論、二人は秘密を誰かれ構わず話すような人間じゃない。
俺が黙っていて欲しいと言えば、極力、秘密にしようとしてくれるはずだ。
だが、それと同時に彼女たちは神代の人間であり、柵もまた人並み以上に多い。
そんな彼女たちに母さんの話を口にすれば、きっと逆に苦しめてしまう。
どんな話をしていたんだと神代家から問いつめられた時に、知らないと言えなくなってしまうのだから。


京子「(…正直、不安を抑えて二人っきりにしてくれた二人には申し訳ないけれど)」

俺一人に迷惑が掛かるのであれば、幾らでも彼女たちに秘密を打ち明けよう。
だが、今回のコレは俺だけではなく母さん達にも被害が及びかねない重大なものなのだ。
幾ら、彼女たちの事を家族だとそう思っていても、伝える事は出来ない。
恐らく、かなり内容を気にしているだろうが…それを話す事も、俺の手の中にあるこの紙を見せる事もしちゃいけないんだ。

京子「(…とりあえず、気持ちを切り替えて)」

可能な限り早く、彼女たちの元へと戻ろう。
彼女たちの前では何時も通りの【須賀京子】になれるように、思考を組み直すんだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は遅れて運ばれてきたレモンティに手を伸ばして ――



―― それでも俺は彼女たちと合流するのに数分を必要としたのだった。



ってところで今日は終わりです(´・ω・`)はるると明星ちゃんのヒロイン回らしきものはもうちょっとだけ続くんじゃよ

乙ー
久々の春のターン!と思ったらママに全て持って行かれたでござる

唐突のはっちゃんディスに草はえたのですよー
そしてあれかな?お母さんは女装したハギヨシさんかなにかなのかな?

そしておもちか・・・
阿知賀9年まだ読みおわってないけど見てみるかな
乙でした


その海外のコネに頼めば、神代家潰すのもスムーズになるんでは......
なんかこう、「私達との15年より、あの娘達との1年を選ぶのね」みたいなのは欲しかったかなって

あ、これは私の説明力不足ですね、ごめんなさい(´・ω・`)
本編中でその辺の誤解を解くエピソードをぶち込むのは難しいのでここで説明しますと
ママンにとって神代家を潰すのは本意ではありません
神代家にはかつてパパンとの結婚を後押ししてくれた友人兼恩人がいる訳ですから
息子を護るのにその手から逃げる事は選べても、かつての友人たちと真っ向から対立する事は選べません
それに神代家にとって日本はホームグラウンドみたいなもんですし、海外からやってくるアウェイ勢がぶっ潰すのは難しいです
そこまで対立する事になれば間違いなく庇護元にも被害が出ますし、それを許容して貰えるほどのコネクションをママンはまだ作れていません

またママンが一年でコネを作れたのは主婦や母親と言う立場から開放し、また非合法な手段を使いまくったからです
神代家以外のコネなんて龍門渕しかないママンが、まったく何もないところでコネを作ろうと思ったらかなりの無茶が必要だったので
また強硬派と交渉に関しては、ママンはパパンに全幅の信頼を置いていたので、パパンの言う「大丈夫」を信じていた形です
急に鹿児島に引っ越す事になったのも、神代家との交渉の結果だと教えられており、新居でまた家族皆で暮らせるものだと信じていました
その後、裏切られていたのを知ったママンはパパンに頼りきりは宜しくないと自分で何とかしようと行動し始めた感じです

京太郎の復讐の意志を確認した上で拒否ができない形で連絡先を渡しているってことは
暗に「いざとなった時連絡してきたら加勢も吝かではない」って意図かなーと邪推してたんだけど、どうやら違ったらしい 残念

まあそんなことより今回大事なのは、ついに春がやたら好感度の高い同級生から昔フラグを立ててた旧知にランクアップしたことで
そのアドバンテージが……復讐対象の娘/おっぱい魔人/正式な婚約者とかいう面々に敵うのかなあ、本当に……



はるるの幼馴染属性が京ちゃんに認知されたぞ!
中ボス扱いでフェードアウト中の咲ちゃんの劣化版属性がどの程度足しになるのか……

なんでや!春はまだ他の子にはないエロインって言う属性が(目的達成のためには逆レも辞さない霞さんや生殖本能ギュンギュンなわっきゅん見て)
あぁ、うん…(´・ω・`)それはさておき、明日、投下します

>>601
春のターンはこれからだし、ママンは出番これで終わりですから仕方ないね…(震え声)

>>603
ママンがどうしてここまで万能かって言うと、この一年スキル習得に費やしたからです
ママンも京ちゃんと同じく須賀家なので、勝った相手のスキルや技術が自分で実現可能なら完全コピー出来るって能力持ってます
元から高いスペックをさらにスキルでブーストしてる感じなんで並大抵の相手には負けません(´・ω・`)が、それでもハギヨシさんには瞬殺されます

>>604 私達との15年より~
ママンにとって京ちゃんはただの息子ですし、子離れ出来ない親ではありませんから
京ちゃんが本気でそれを選んだならその意思は尊重します
まぁ、パパン相手だと強引にでも拉致って行くでしょうが(´・ω・`)ママンはパパン依存症なので

>>608>>610
遠回しに咲ちゃんをディスるのはやめたげてよぉ!
まぁ、それはさておき、京ちゃんからすれば、『十年以上前にほんのすこしだけ会った名前も知らない女の子』と言う立場ですし
ぶっちゃけ、これによって二人の立場が大きく変わる事はないと思います
今更、キッカケ云々でどうにかなるよりも多くのものを積み重ねてますしね


と言いつつ今からやります(´・ω・`)今日はパンツ脱いでても良いぞ!!!!!!


………


……






―― 結局、俺はそれから二人との買い物を楽しむ事が出来なかった。

俺はその少し前に母親との別れを済ませたばっかりなんだから。
【須賀京子】であり続ける事は出来ても、心から買い物を楽しむ気分になどなれない。
流石にずっと落ち込んで雰囲気を悪くした、と言うつもりはないが…まぁ、でも、春達に気を遣われてしまって。
結局、一軒回った程度で、こうして屋敷に帰って来る事になった。

京太郎「(…あー…くそ)」

京太郎「(ホント、情けないよなぁ…)」

…多分、親父ならこのくらいあっさりと切り替えてみせるんだろう。
神代家との交渉で追いつめられながらも、俺や母さんの前ではいつもどおりでいたあの親父なら。
春達に無用な心配を掛ける事なく、母さんとの会話内容だって適当に誤魔化して見せただろう。
だが、そんな親父の息子である俺は、ただでさえ不安にさせている彼女たちに気を遣わせてしまっている。
普段なら春や小蒔さんがいる俺の部屋で一人寝転んでいられるのも、きっとその一環なんだろう。


京太郎「(…母さんは俺の事、大人になった、なんて言うけれど…)」

京太郎「(正直、まだまだって感じだよなぁ)」

まぁ、勿論、『大人』と一口に言っても、色々とあるだろうけれども。
でも、俺にとって『大人』と言えば、やっぱり親父の姿が真っ先に出てくるんだ。
そんな親父と自分を比較すると…やっぱりまだまだだなって強く感じる。
自分で自分の道を選びこそしたけれど、俺は子どもの域を抜けられてないんだろう。

京太郎「(とりあえず…明日までには吹っ切らないといけない)」

京太郎「(このままじゃ何時までも春に気を遣わせてしまうし…)」

…その為にも俺の手元にあるこの紙を捨てた方が良い。
こうして神代家の監視がついている今の俺は母さんに連絡なんて出来ないんだから。
大事に残していても、きっと後々の火種になるだけだろうと…もう何回も考えてる。
けれど…その紙を修復不可能なほどに破り捨てるという…そんな簡単な作業がどうしても出来ない。
その気になれば一分も掛からないそれに、俺の心は拒否反応を示していた。


京太郎「(…これを捨てれば、もう俺と母さんを繋げるものはなくなる)」

勿論、俺は自分からその繋がりを捨てた。
母さん達じゃなくて、春達の方を自分で選んだのだから。
…しかし、唯一、母さんとの間を繋ぐ手がかりと言うのはやっぱり俺の中で特別なんだ。
母さん達と積み重ねてきた十数年が幸せだったからこそ、それと完全に決別する事が出来ない。

京太郎「ふー…」

そんな自分にため息を吐きながら、俺は一つ寝返りを打った。
平日ならば、今の時間は春と一緒に宿題でもやってるんだが…それはもう昨日終わらせたし。
フェンシングや舞の練習も、今日は朝の時点で済ませている。
神代家に関する勉強会も、今日は霞さん達が忙しいから休講。
つまり気晴らししようにもルーチンワークに勤しむ事も出来ない訳で…。


春「…京太郎」

京太郎「…春か。どうした?」

明星「私もいるんですが…その…」

春「…入って良い?」

京太郎「あぁ。大丈夫だぞ」

そんな俺が二人の来訪を歓迎しないはずがなかった。
襖の向こうから聞こえてきた声に答えながら、俺は仰向けになった身体を起こす。
未だ胸に残る未練の所為か、若干の気だるさは感じるが、それは我慢出来ないほどではないし。
ましてや、こうして俺を訪ねてきてくれた二人は屋敷に帰る前から、ずっと俺の事を心配してくれていたんだ。
そんな二人に、コレ以上の心労を掛けない為にも、せめて外見だけでも元気に振る舞わなければ。

明星「失礼します」

春「…ただいま」

明星「も、もう。春さんったら…」

京太郎「はは。良いんだよ」

京太郎「ここはもう半分、春の部屋みたいなもんだしな」

俺の声に応えるように明星ちゃんが襖を開く。
そのままおずおずと入ってくる明星ちゃんとは違い、春はまったく物怖じしなかった。
我が家であるかのように、ただいまと入ってくる彼女に俺は嫌なものを感じない。
実際、最近の春は俺の部屋に半ば入り浸っている状態なのだから。
普段からここで寝泊まりしている春にとって、ここは第二の自室と言っても良いだろう。


京太郎「さて、ちょっと待っててくれよ」

京太郎「今、お菓子出すからさ」

明星「あ、お気遣いなく…」

春「…京太郎、私、黒糖が良い」

京太郎「それは自分で用意してくれ」

お菓子のストックは幾らかあるものの、黒糖の準備などしていない。
別に黒糖が嫌いって訳じゃないが、この屋敷には黒糖のスペシャリストがいる訳で。
彼女が見出した黒糖以上なんてまずないだろうし、黒糖に関しては彼女に任せるのが一番。
そう思ったからこそ、俺のストックには黒糖の影も形もない。
まぁ、俺のストックにはなくても、最近、この部屋に増えていっている春の私物に混ざっているだろうし。
とりあえず春にはそれを摘んでもらうとして。

京太郎「で、はいこれ」トン

京太郎「適当に摘んでくれよ」

明星「ありがとうございます」ペコ

…こうしてお菓子の準備は出来た訳だけど…二人とも何しに来たんだろうか。
春と明星ちゃんって言う中々に珍しい組み合わせから察するに…やっぱり今日の事かなぁ。
出来れば、その辺はまだ完全に整理がついてないから突っ込まないで欲しいんだが…。
こうしてわざわざ足を運んでくれた二人を無碍には出来ないし…やはり突っ込まれたら応えるしかないだろう


京太郎「それで、今日は何の用だ?」

春「…京太郎とイチャイチャしに来た」

京太郎「街中でやった分じゃ足りないのか…」

最後の方はさておき、前半部分は大分、イチャイチャしてたと思うんだけどなぁ。
人前で腕を組んでた上に、頬キスまでした訳で。
正直なところ、友人や家族としては最上級に近いイチャイチャっぷりじゃないだろうか。

春「…あの程度で満足するなんて見くびって貰っては困る」

春「一流のキョウタロリストである私にとってアレはおやつのようなもの」

京太郎「何処から突っ込めば良いのか分からないけど…」

京太郎「とりあえずキョウタロリストってなんなんだよ」

春「…京太郎に心奪われた哀れな犠牲者の総称」

春「生きていくためには京太郎からスガルゲンを吸収し、奪われた心の代わりにしなければいけない…」

京太郎「馬鹿らしいネーミングな割には大分ハードな設定だな…」

流石にその馬鹿らしい名前で却下されるだろうけど、なんかそのまま漫画や小説に使えそうな設定だ、
ただ、あくまでも設定は設定であり、俺が春の心を奪ったなどという事実はない。
勿論、スガルゲンなんていう謎物質を放出してはいない俺にとって、それは相変わらず突っ込みどころが満載だった。


春「…ちなみに明星ちゃんも一級キョウタロリストだから」

明星「え、えぇ…!?」

京太郎「ランクまであるのか」

春「うん…DからSまである」

春「一級と呼ばれるのはA級からで…明星ちゃんは最近、そのA級になった期待の新人…」

京太郎「なるほど」

京太郎「マンガなんかじゃ調子に乗ってるところをボロ負けして再起するポジションだな」

明星「どうして私の関与しないところで、私の設定が増えていくんですか…」

そりゃだって春だからなぁ。
会話の主導権を春に握らせてたら、そりゃ明後日の方向にかっ飛んでいって当然だ。
それが嫌なら強制的に自分が主導権を握るべきなんだが…明星ちゃんはコレで意外と控えめな方だし。
その上、真面目で突っ込むところには突っ込むから春にとっては良い遊び相手なんだろう。

京太郎「(…ただ、何時もよりもちょっと違和感があるというか)」

若干の空元気感があるのは…多分、気のせいじゃないよな。
この屋敷で俺が一番、仲が良いのは間違いなく春なんだから。
そんな彼女に言えない秘密がまた一つ俺の中で増えてしまった事を彼女はきっと気にしている。
以前、それで手酷く泣かせてしまった俺としては、その秘密も打ち明けてしまいたい。
…だが、それでも母さん達の今後を考えれば、意図的に明るく振舞っている春にさえ、本当の事を言えなかった。


明星「と言うか、私、きょ…キョウタロリストとかじゃないです」

明星「私はどっちかって言うとカスミストですから!!」

その返しは正直、どうかと思うんだが…まぁ、明星ちゃんだしなぁ。
常に霞お姉さまに対するラブオーラ出っぱなしの彼女からすれば、カスミストの方が馴染みがあって当然だ。
語感的にもキョウタロリストと違って、無理矢理感がないしな。
まるでおっぱいが揺れる光景のように良い響きをしていると思う。

春「…ちなみにキョウタロリストの共通する見分け方がある」

京太郎「ほう。それは一体、何なんだ?」

春「…京太郎から明星ちゃんに抱きつけば分かると思う」

いやー…流石にそれはハードル高くないっすかねぇ。
まぁ、今まで何度か明星ちゃん相手にもやってきてるが、それは一応、理由あっての事で。
俺も嫌って訳じゃないし、寧ろ、おっぱい美少女への抱擁はご褒美と言っても良いんだが…。
でも、明星ちゃんにとって、それは自分のパーソナリティスペースを侵す行為だろうしなぁ。
そうそう簡単に春の口車に乗せられて、明星ちゃんに抱きつく訳にはいかないだろう。


明星「な、何ですか」

明星「何をそんなこっちに向かって気遣うような顔をしてるんですか…!」

京太郎「…いや、だってさ」

明星「べ、別に京太郎さんに抱きつかれるなんてどうって事ないです!」

明星「私は京太郎さんの事なんて何とも思ってないんですから」

明星「……で、でも、このままだと変な疑惑を払拭出来ませんし…」チラ

明星「さっさと疑惑を晴らした方がお互いに良好な結果に繋がるでしょう」モジモジ

…それはつまり抱きついても良いって事なんだろうか。
まぁ、ここまで言った以上、ダメって事はないだろうが…。
…しかし、そんな顔でこっちを見られると俺も恥ずかしくなるって言うか…。
何処か期待混じりのようにも思えるその視線に…こっちまでドキドキしてしまう。

京太郎「…じゃあ、失礼して」スッ

明星「あ…♥」

京太郎「…ん」ギュ

まぁ、しかし、明星ちゃんの言うのは決して間違いじゃない。
お互いに疑惑払拭を嫌がってないんだから、この話題を広げるにせよ終わらせるにせよ、軽く抱きしめるべきだろう。
そう思って明星ちゃんを抱きしめたが…やっぱりこの子小さいよなぁ。
まぁ、小さいと言っても初美さんやわっきゅんほどじゃないけれど…でも、やっぱりまだ発展途上って言うか。
しっかりしてるからたまに忘れそうになるけれど、こうして抱きしめると明星ちゃんが年下だって事を思い出してしまう。
…まぁ、その胸は去年まで中学生だったとは到底、思えないサイズなんだけれど…って。


明星「京太郎…さぁん…♥」ギュゥ

京太郎「お、おう…」

…俺から明星ちゃんを抱きしめて数秒だ。
数秒で…何故か明星ちゃんから腕が回ってきた。
一方的に抱きしめた俺を受け入れるようなそれは…しっかりと俺の身体をホールドする。
何処か甘くとろけているようなその声からは想像もつかないその腕の力に、ちょっとびっくりしたくらいだ。

明星「えへぇ…♪」スリスリ

京太郎「あ、あの、明星ちゃん?」

明星「んー…やぁ…♪」フルフル

ま、まぁ、多少、ビックリはしたけれど…しかし、嫌な訳じゃない。
明星ちゃんはおっぱい大きいし、美少女だし、おっぱい大きいし、家族だし、おっぱい大きいし。
寧ろ、大事な人にここまで甘えて貰えて嬉しいくらいだ。
だが、明星ちゃんは完璧に忘れてるようだが…今は一応、疑惑払拭の時間。
ここでそのような仕草を見せていれば、疑惑を深めるだけだけじゃないかなぁとお兄さんは思う訳でして…。


春「…キョウタロリストの特徴…それは…」

春「京太郎に抱きつかれると反射的に自分から抱き返す…」

春「A級以上はさらにメス顔晒して、媚びるような声をあげると言う…」

京太郎「あ、明星ちゃん、なんか好き勝手言われてるけど」

明星「ふあぁ…♥」

春「…京太郎が何を言っても無駄」

春「今の明星ちゃんはヘブン状態…」

春「京太郎の身体の事しか考えられない…エロモードだから」

京太郎「いや、エロモードって…」

まったくその通りの行動してるんだから、反論の一つもしないと。
…そう言おうとした俺に明星ちゃんは碌に返事をしてくれなかった。
まるで春の言う通りのようなその反応に、少しだけムスコが疼いてしまう。
ただ、まぁ、あくまでもこれは何時も通り、春が適当言ってるだけだしなぁ。
それを本気にして明星ちゃんの事を評価するのは危険だ。


明星「京太郎さん…♥」

京太郎「あ、明星ちゃん、正気に…」

明星「頭もぉ…♪頭もナデナデしてくださいぃ…♪」

京太郎「…はい」ナデナデ

……うん、そのはずなんだけどなぁ。
こうして俺の前で甘えん坊になってく明星ちゃんの事を見ると、あんまり否定できなくなっていくっていうか。
普段、人に甘えられてない反動だとは思うが…その、俺も男な訳で。
もしかしたら明星ちゃんに特別に想われているんじゃないかとそんな妄想が脳裏を過ぎってしまう。

京太郎「(まぁ…こうしてリクエストしてくれている訳だし…)」

今日は折角の買い物を俺の所為で台無しにしてしまった訳だからなぁ。
極力、明星ちゃんの言う事を聞くって事を、その償いにさせてもらうとしよう。
それにまぁ…俺自身、こうして明星ちゃんに甘えられるのは決して嫌な訳じゃないし。
霞さん相手もそうだったけど、俺もなんだかんだで頼られるの好きだからな。


春「…ちなみにS級である私は理性飛ばして京太郎にキスするから」

京太郎「うん。その情報は今、要らないかな」

春「…私のキスはそんなに嫌?」

京太郎「いや、嫌って訳じゃないけど…」

今の俺はつい一年前まで中学生だったとは思えない明星ちゃんと抱き合ってるんだよなぁ。
その上、中々、聞かない甘い声を垂れ流しにしながら、精一杯、甘えてもらってる訳で。
そんな状況で春の事まで聞かされたら…その、やっぱりどうしても意識してしまうというか。
ただでさえ、理性が試される状況なんだから、意識を揺さぶるのは止めて欲しい。

春「きっと…気持ち良いはず…♥」

春「ねっとりクチュクチュって舌を絡ませて…♪」

春「お互いの唾液を塗りつけるように舌を動かして…♪」

春「甘えて…♪愛して…♥融け合って…♥」

春「もう二度と離れないような…キスしてあげるから…♥」ペロ

京太郎「ぅ…」

なのに…春は俺の横でそんな事を言う。
まるで誘惑しているように淫語を並べ立てながら、そっとその舌動かすんだ。
ペロリと自分の唇を舐めるそれはやけに鮮やかで…そして色っぽい。
同い年の女の子だとは思えないその仕草に俺の意識は否応なく引き寄せられてしまう。


明星「京太郎さん…っ♥」グイ

京太郎「え?」

明星「…キスで思い出しました…♪」

明星「私、まだ…京太郎さんにチューして貰ってません…♪」

明星「お詫びのキス…ぅ♪まだですよぉ…♥」

京太郎「あー…」

瞬間、明星ちゃんの顔が俺へと迫ってくる。
まるで春に視線を奪われた事が悔しくて悔しくて堪らないと言うようなそれは、きっと気のせいなんだろう。
ただ、こうして俺にキスを強請る辺り、独占欲くらいは感じてくれているのかもしれない。
それは勿論、一人の男として嬉しく思うけれど…。

明星「んー…♥」トジ

京太郎「(これ絶対あかん奴ですやん…)」

…今の明星ちゃんは目を閉じて、その顎をあげている。
そしてその唇を微かに突き出して、キスを ―― 本物のキスを俺に強請っているんだ。
だが、幾ら負い目があっても、それに応えるのは流石に気が引けると言うか…。
春の目の前で明星ちゃんにキスをしてしまったら、間違いなく同じ事を春にも要求されてしまう。


春「…」ニヤリ

京太郎「(まさか…!!)」

春の奴、それが狙いだったのか…!?
だからこそ、こうして明星ちゃんの事を煽るような事を……!!
……いや、ねぇな。
とりあえず適当言ってたら明星ちゃんが面白そうな事になっちゃったし、予想通りみたいな顔をしてみただけなんだろう。
そもそも春だって一人の女の子なんだから、俺相手に本当のキスを強請るはずがない。
家族として、『同性』の親友として、かなり親しくしているけれども、それとこれとは話が別だしな。

京太郎「(ま、まぁ、とにかく)」

…今、大事なのは春の真意を探る事じゃない。
今もこうしておねだりポーズを取り続けてる明星ちゃんをどうするかだ。
…まぁ、でも、ここでキスをしない…なんて選択肢はまずないよなぁ。
実際、俺は後でキスをして欲しいっていう明星ちゃんの要求を一度は飲んでいる訳で。
特に理由なく、それを覆すような真似をすれば、怒られてしまうだろう。
とは言え、流石に要求通り、唇になんてしてしまえば後で冷静になった明星ちゃんが死にたくなるだろうし ――


京太郎「(それに一応とは言え…俺にも婚約者がいる訳だからなぁ)」

脳裏に浮かぶのは俺の好みからまったくかけ離れた女性。
胸はないわ、まったくこっちに対して遠慮しないわ、貧乳だわ、痴女だわ、平坦だわと散々な相手だけれど。
しかし、それが気にならないほど、魅力的で、そして、大事な人と俺は結婚の約束をしているんだ。
そんな状態で、明星ちゃんの唇を奪うなんて不誠実な真似はしたくない。
そんな事をすれば明星ちゃんにも初美さんにも顔向けが出来なくなってしまう。

京太郎「(…だから)」チュ

明星「ん…」

俺が選んだのは明星ちゃんの額だった。
確か意味的には友情…だったっけか。
正直、俺が明星ちゃんに抱いているのはそれだけじゃないけど…。
でも、今は俺の気持ちに一番近い親愛 ―― 頬へのキスをするのは難しい訳で。
ちょっと申し訳ないけれど、額で勘弁して貰おう。


明星「…京太郎さん?」ジィ

京太郎「今はこれで許してくれ」

…が、その辺の事をどう明星ちゃんに説明するかだよなぁ。
俺の目の前で瞼を開いた明星ちゃんは今、思いっきり不機嫌そうな顔をしている。
今にも頬を膨らませそうなその表情から察するに、下手な説明は火に油を注ぐ結果にしかならないだろう。
実際、俺は勇気を出して、キスを強請ってくれた明星ちゃんにちゃんと応えられたとは言えない訳だし…。
せめて説明くらいは誠実に行いたいものだけれど… ――

明星「それは私が子どもだからですか?」

京太郎「いや、明星ちゃんの事を子供扱いするつもりはねぇよ」

京太郎「つか、たった一年早く生まれた程度で、そんな扱い出来ないって」

まぁ、正直、これがわっきゅん辺りなら、その辺りも無関係ではなかったかもしれないけれども。
でも、明星ちゃんは下手をすれば俺よりもしっかり者で、またそのおっぱいは人並み以上にデカイんだ。
こうして抱き合っているだけでひしひしと女性らしさが伝わってくる明星ちゃんの事を、子供扱いなんて出来ない。
寧ろ、ムスコが大人の女性認定してスタンダップするのを堪えてるくらいだからな!


明星「…じゃあ」

―― そこで言葉を区切る明星ちゃんの表情はとても真剣なものだった。

恐らく、そこで言葉を区切ったのは迷いがあるからだろう。
一体、何を言おうとしているのかは分からないが、彼女はそれを口にしてはいけない事だと思っている。
…けれど、それは明星ちゃんの口を止めさせるものではなかった。
一瞬、その表情に躊躇いの色を浮かべた彼女は、そのまま唇を動かして。

明星「京太郎さんがあの人の誘いに乗って、この屋敷から出て行くからですか?」

京太郎「…え?」

…ど、どうしてそれを…?
確かに俺は母さんと会った後、二人に何を話していたのか聞かれたけど…。
でも、俺はそれに対して、聞かないでくれとしか答えていないし…。
その後、母さんに会ったなんて事もないから、二人がそれを知っているはずはないのに…。


春「…私は滝見の人間だから」

春「読唇術くらいは出来る」

…そうか。
確か…滝見の家は代々、観察力に優れているんだっけ。
まだ若いとは言っても、春は滝見の中から選ばれた六女仙。
読唇術くらい修めていても、おかしくはないか。

京太郎「(多分、母さんと話していた俺をジッと見ていたのも…)」

勿論、俺の事が心配だったという事も無関係ではないと思う。
だが、それとは別に読唇術で何を話しているのかを判別する為だったんだろうな。
今更、それに気付いた自分が情けないが…今は落ち込んでいる場合じゃない。
春が読唇術を修めてたって事は、俺達の会話もある程度、筒抜けだったんだろうけれども…。
しかし、それでも明星ちゃんは俺がお屋敷から出て行くんじゃないかと不安になっているんだ。
まずはその不安をなくしてあげるところから始めなければいけない。


明星「…お願いします。行かないでください…」ギュ

京太郎「…明星ちゃん」

明星「こんな事、頼めるような立場じゃないって分かってます…」

明星「でも…でも、私…どうしても京太郎さんと離れたくありません…」

明星「何でもしますから…私に出来る事ならなんだってしますから…」

明星「行かないで…ください」

……勿論、俺にお屋敷から出て行くつもりはない。
母さんの誘いを断った時に、心を決めたつもりだった。
…でも、こうして明星ちゃんが縋るように言うって事は…自分でそう思ってただけなんだろうな。
『何でもする』と明星ちゃんがそう言うくらいに…俺は迷いの色を浮かべていたんだ。

京太郎「…ごめんな」ギュウ

明星「ぅ…」

…結果、俺は明星ちゃんの事をこうも追い詰めてしまった。
今にも泣きそうな声で俺に抱きつくほど心配させてしまったんだ。
それを償おうとするのはきっと簡単な事じゃないんだと思う。
でも、俺はそれをやらなきゃいけない。
このまま明星ちゃんの不安を払拭出来ないようじゃ、何時迄もヘタレのガキから脱出出来ないんだ。


京太郎「俺が馬鹿だった所為で…不安にさせてごめん」

京太郎「最初からちゃんと素直に言っておけば良かったな」

春「…勝手に会話を覗き見たのはこっち」

春「京太郎が謝る事じゃない」

京太郎「それでも俺の選んだ事が、不安を呼んだのは事実なんだ」

京太郎「二人のことを思って黙っている事を選んだつもりだったけど…」

京太郎「それが裏目に出たのであれば、やっぱりちゃんと謝らないとさ」

…それに多分、一番、不安で…自分の事を責めているのは春の方だろうしな。
こうしてポツリと漏らした今の言葉にも、申し訳無さが現れていた。
きっと春は俺の信用を裏切ってしまったとかそんな事を考えているんだろうけれど。
でも、その原因は親友にそんな事をさせるほどの不安を与えた俺にある訳で。
彼女の事を責めるつもりはまったくない。

京太郎「たださ、俺はここから出て行くつもりはないよ」

京太郎「母さんからの誘いも俺はハッキリと断ったし」

京太郎「俺の居場所はもうここにしかない」

勿論、最初の頃は、まだ長野に対する未練も強かった。
心の中で何度も仲間や友達の事を思い浮かべたし、なんでもない日常を夢見た事は一度や二度ではない。
でも、今はもうその回数も大きく減って、俺はこの生活を受け入れ始めている。
今までのような表面上のものではなく、心の底から、俺はココの人間になりつつあるんだ。


春「…でも、京太郎…」

春「本当にそれで…良いの?」

明星「春さん…っ」

春「…だって…だって…私は…」ギュ

京太郎「…春?」

それはとても珍しい光景だった。
日頃、明星ちゃんは周りを締める役割を担ってくれるが、そのように窘めるような声を出した事は滅多にない。
ましてや、それは普段のものよりもずっと語気が強く、まるで責めるようなものさえ感じられたんだ。
そんな風に誰かの名前を口にする明星ちゃんも珍しければ…ここまで言葉を濁らせる春の姿も珍しい。
俺の知っている滝見春と言う少女は、その勢いこそなくても、ハッキリと思ったことを口にする少女だったから。

春「私は京太郎がどれだけ幸せだったか知ってる…」

春「どれほど…『普通』に暮らしてきたのかを知ってる…」

春「それを奪ってしまった私達が…どれだけ罪深いかも…」

明星「…それ…は」

そこで明星ちゃんが言葉を濁らせるのは…きっと彼女もそれを自覚しているからなんだろう。
神代家の中でも一部の連中が犯した罪を、二人は自分のことのように感じてくれている。
それを嬉しいと思うほど、俺は倒錯した趣味を持っちゃいない。
出来れば、心通わせた少女たちには負い目もなく、笑顔で接して欲しいとそう思っている。


京太郎「(…でも、それは)」

きっと簡単に引き出せるものではない。
そもそも俺はこれまで彼女たちに罪はないと、恨んではいないと何度も告げているのだから。
その言葉は一時、彼女たちの心を慰撫するものになっても…きっと根本的な解決にはなっていない。
こうしてキッカケがあればすぐにまたぶり返すほどの応急処置にしかならないんだ。

春「…私は京太郎に…ここに居て欲しい」

春「私は…ずっとずっとそれを願っていたから」

春「京太郎とまた会える事を楽しみにしていたから…」

京太郎「…春」

だから…俺は彼女の独白のような言葉を止められなかった。
一体、二人の心に巣食う不安をどうすれば払拭出来るのか。
その答えを見出せない俺に、春の言葉を止めるだけの理由はない。
ましてや…春は基本的にその内心を奥底にしまいがちな子なんだ。
そんな彼女がこうして内面を曝け出してくれているんだから…まずはそれに耳を傾けたい。


春「…私は…京太郎と会った日に…既に京太郎の運命を知っていた」

春「いずれ、どれほどの苦難がその身に降りかかるかを知っていて…」

春「どれほど苦しむかを理解していて…再会出来る日をずっと…楽しみに待っていた…」

春「…それは私が京太郎の傷を埋められるって思ってたから」

春「その為に自分を磨いて六女仙になって…京太郎を支えるんだって思ってたから」

そう思った俺に届くのは、とても嬉しい言葉だった。
たった一度、会っただけの俺に…春はこうまで心を砕いてくれている。
ともすれば、気恥ずかしくもなりそうなそれは…しかし、自嘲の色を強く感じさせるものだった。
まるでそんな自分が愚かだったのだと心からそう思っているような声音が、俺はどうしても理解出来ない。
事実、俺は春に支えてもらって、こうして笑っていられるのも彼女の力が大きいんだから。

春「…でも、それは脳天気な考えだった」

春「十年ぶりに会った京太郎は目に見えるほど落ち込んでいて…」

春「どうして良いか…最初はまったく分からなくて…」

春「…久しぶりの再会に浮かれていた自分がどれほど愚かで…京太郎の事を考えていないか…」

春「身に詰まるほど…思い知らされた…」

…ただ、それは多分、春にとっては物足りない事だったんだろう。
ポツリと続けられるその声からは、当時の春の躊躇いがハッキリと伝わってきていた。
最初に会った時から春は、俺に対して気遣う姿勢を見せてくれていたけれど…。
でも、実際に俺へと最初に働きかけてくれたのは霞さんと初美さんなんだ。
だからって、春が何もしてないとはまったく思わないけど…それはきっと彼女にとっては違うんだろう。
俺の為に頑張ってきてくれた春は、理想と現実の違いに自分が戸惑ってしまったことを許せない。
俺との再会が意味するところを軽く考え、楽しみにしてしまっていた自分に強い自己嫌悪を抱いているんだ。


春「でも、そんな京太郎も…少しずつ明るくなっていって…」

春「ここでの生活も慣れてきてくれて…」

春「笑顔も増えてきたと…そう思っていたけれど…」

春「………でも、私は…私たちは代わりにはなれなかった」

春「家族の友人の過去の…失ったものの代わりには…どうしてもなれなかった……」

春「それを私は夏のインハイと…その後の事で知って…」

京太郎「…」ズキ

…夏のインハイとその後。
その言葉に俺の胸が痛むのは、春の言葉がとても悲しそうなものだったからだ。
あの事件は既に幕を閉じたものの、未だその傷跡を春の中に残している。
一応、添い寝とによってその影を薄くしたとは言え、それは決して春の中から消えた訳じゃなかったんだろう。
俺に頼りにしてもらえなかったのだと、代わりにはなれなかったのだと言う事が、今、春の心を追い詰めている。


春「…それでも京太郎は戻ってきてくれた」

春「普通なら二度と顔を合わせたくないであろう私達のところに…」

春「だから、ずっと…考えてきた」

春「そんな京太郎に一体、どうすれば報いられるのか」

春「京太郎の傷を本当に埋める為にはどうすれば良いのか」

春「……でも、私、分からなかった」

春「私は…ずっと京太郎の為に頑張ってきたつもりだったけれど」

春「京太郎の事を誰よりもよく理解しているつもりだったけれど」

春「…どうすれば京太郎が一番、幸せなのか…私には答えを出す事が出来なくて…」

その答えは…多分、俺が思っている以上に重要なものなんだろう。
少なくとも、滝見春と言う少女にとって、それは是が非でも見つけなければいけないものだったんだ。
それさえあれば、きっと自分を許す事が出来るから。
それさえあれば、俺へと償う事が出来るから。
でも、結局、春はそれを見つける事が出来ず、そして。


春「…さっきも言った通り…私は京太郎にいなくなって欲しくない」

春「…けれど、本当にそれで良いの…?」

春「京太郎は…それで幸せ…?」

春「もう二度と…『普通』の生活に戻れないのに…」

春「このままずっとここで飼い殺しにされるかもしれないのに…」

春「それで…本当に満足なの…?」

…母さんの言った通りだ。
春は…今まで俺に責められなかった。
許されたいとそう思っている相手に…俺に罰される事がなくて…。
結果、こんなにも矛盾を抱えてしまっている。
俺に行ってほしくない気持ちと償いたいと言う気持ち。
その二つに板挟みになって…今にも泣きそうな顔をしているんだ。

春「…今ならまだ『普通』に戻れる」

春「両親と一緒に暮らす…『普通』の子になれる」

春「それが…京太郎にとっての幸せじゃ…ないの?」

春「何もかも元通りにはならないけれど…」

春「それでも取り戻せるものが…すぐそこにあるのに…」

京太郎「…春、もう良い」

…そんな春をこれ以上、放っておけなかった。
無論、彼女の気持ちはとても嬉しい。
大事に想われていると分かっていても…ここまで大きいものだとは思っていなかったから。
だけど、だからと言って、これ以上、春をそのままにはしておけない。
一言一言漏らす度に、その顔に浮かぶ悲しみと苦しさを深める親友をもう見ていられないんだ。


春「私は…京太郎の為なら身を引ける」

春「京太郎がここにいるのが嫌って言うのなら何とか皆を誤魔化して…」

春「元の生活に戻れるよう頑張るから…」ポロ

京太郎「…もう良いって」グイ

春「あ…」

それでもまだ続けようとする春を俺は強引に抱き寄せる。
勿論、普段ならこんな真似は出来ない。
いくら親友だと言っても、俺は男で春は女の子なんだから。
ましてや、今の俺は明星ちゃんに抱きしめられてる状態で、あまり空いているスペースなんてない。
…でも、今の俺にはコレ以外に春を止める方法が思いつかなかった。

京太郎「…色々と言いたいけれどさ」

京太郎「とりあえず…春は一つ勘違いをしてるよ」

春「…勘…違い?」

京太郎「あぁ。例え、ここで母さんについてったところで…俺は『普通』には戻れない」

京太郎「『普通』に戻るには、色んな物を知りすぎたし…」

京太郎「色んな物を背負いすぎたんだから」

だからこそ、胸の真ん中ではなく肩の辺りに春を引き寄せた俺は、彼女の勘違いを指摘する。
彼女が母さんと一緒に行くのが『普通』への道だと言うけれど、俺には到底、そうは思えない。
確かに俺達は未だ親元にいて当然の年齢ではあるし、そういう意味では『普通』かもしれないけれど。
でも、海外に行った先で俺達が強いられるのは、常に神代家の影に怯えて生きる生活なんだ。
いくら両親と一緒だとしても、それは決して『普通』とは言えないだろう。


春「でも、京太郎は親と一緒に居たいはず…」

春「ついこの間まで…京太郎はそうして幸せに暮らしていたんだから」

京太郎「…そうだな。まったく母さん達との生活に心惹かれないと言えば嘘になるよ」

事実、俺は母さんの誘いを前に、少なからず迷いを覚えたのだから。
…もし、何もかもを一年前に戻せるのなら。
俺の運命が狂ったあの日から何事もなく清澄で暮らせるのであれば。
何度もそう夢想をした俺にとって、それは間違いなく魅力的な提案だった。

明星「…っ」ギュ

京太郎「でもさ、あんま俺を見くびるなよ」

春「っ」ビク

…そう応えた俺に明星ちゃんがしがみついてくる。
まるで俺を何としてでもこの場に引きとめようとしているようなそれに、俺は何も言わなかった。
代わりに口にするのは、春に対する強い言葉。
見くびるなと短く告げたそれに春の表情が強張るのが分かった。


京太郎「俺はもう選んだんだよ」

京太郎「俺はここで須賀京子として生きていく」

京太郎「母さんと俺の道はもう交わる事はないってさ」

明星「…京太郎さん」

京太郎「…俺は母さんじゃなくて春達の事を選んだんだ」

京太郎「一緒に生きる相手として、側にいる相手として…」

京太郎「春達の方が良いとそう決めたのに…」

京太郎「春にそんな事言われたら…俺の立つ瀬がないじゃないか」

京太郎「俺の選択を…覚悟を軽く見るような事を言わないでくれよ」

春「あ…」

勿論、春にはそんなつもりはまったくなかっただろう。
あくまでも俺の事を慮って、本当にこれで良いのかと確認してくれているんだ。
別れがたいとそう思いながらも、俺の事を想ってくれるその優しさは勿論、有り難い。
ただ、それは実質、俺の覚悟を軽視したものなんだ。
一体、俺がどういうつもりで春達の事を選んだのか。
母さんの誘いを断る時に…どれほどの胸の痛みを覚えたのか。
それをまったく考慮してくれていない言葉の数々に、俺はハッキリと答えを返す。


京太郎「俺は母さんよりもずっと春達の事が好きだ」

明星「っ」カァァ

京太郎「だからこそ、俺は皆を選んだ。母さんを捨てた」

京太郎「それじゃ不満なのか?」

京太郎「俺は春の事が好きだから一緒にいたくて…春も同じ気持ちでいてくれている」

京太郎「それで全部、解決じゃダメなのかよ」

春「………そ、れは」

…ただ、ちょっと強く言い過ぎたかな。
別に本気で怒っている訳じゃないのだけれど…。
でも、こうして言葉を詰まらせる春を見るに、俺が怒っているのだとそう思っているのかもしれない。
なら、ここからはもうちょっと語気とトーンを抑えないと。
俺がしたいのは春の説得であって、説教じゃないんだから。


京太郎「…どうなんだ?」

京太郎「春は俺の事、好きじゃないのか?」

京太郎「今のは俺の勝手な思い込みで…ただ、同情心だけで側にいてくれたのか?」

春「…っ!」

春「好き…!好きに決まってる…!!」

春「最初に会った時から…ずっとずっと好きだった…っ!」

春「京太郎の事……ずっとずっと想ってた…!!」ギュゥ

京太郎「…ん」ナデナデ

まぁ、ここで好きじゃないなんて帰って来るはずないよな。
今まで春はずっと俺に対して好意を示し続けてくれたんだから。
最初は同情もあったかもしれないが、それは今、間違いなく好意に育っている。
…まぁ、流石に最初に会った時からと言われるとは思わなかったが…とりあえず話はこっちの想定通りに進んでいると喜ぼう。

京太郎「ありがとうな、春」

京太郎「その気持ちも優しさも全部、嬉しいよ」

京太郎「…でも、春は俺に気を遣いすぎだ」

京太郎「俺だって、もう一人の男なんだから」

京太郎「自分の選択にくらい責任は持つさ」

春「…………うん」

勿論、俺はまだまだ『大人』には程遠い。
きっと親父からすれば、まだまだ青臭さが抜けないガキなんだろう。
…でも、だからと言って、何時迄もそのままでいるつもりはないし。
何より、男である事まで否定するほど、俺はヘタレじゃないんだ。
自分で決めた事にくらいはちゃんと責任持って…最後まで貫き通す。
それくらいは出来なきゃ、皆の家族だと胸を張って言う事も出来ないんだ。


春「…………ごめんなさい」

京太郎「謝らなくて良いって」

京太郎「春に悪気がないのはわかってるし」

京太郎「こっちこそ強く言っちゃってごめんな」

とりあえず春の気持ちも一旦は落ち着いたらしい。
こうして帰って来る言葉は、何時も通り、平坦なものだった。
まぁ、その中には申し訳無さが浮かんでいるけれど、それも遠からず薄れていくだろう。
とりあえずさっきのように悲しさや辛さで声が震えるような事になっていなくて安心した。

明星「……春さん」スッ

春「…明星ちゃん?」

明星「もうちょっとこっち寄って良いですよ」

明星「…今は思いっきり京太郎さんに甘えたい気分でしょうし」

春「…うん。ありがとう」ギュゥ

とは言え、まだ完全に何時も通りって訳にはいかないんだろうな。
だからこそ、明星ちゃんはこうして自分から位置をズラして春のことを受け入れたんだろうし。
春の方は、それに甘えるようにして強く抱きついて、まったく離れようとしない。
そんな二人に俺が出来る事と言えば…まぁ、その気持ちを極力受け止める事くらいだよな。
とりあえずは二人の頭を撫でる辺りから始めて… ――


明星「…京太郎さん」

京太郎「ん?」

明星「わ…わ、私も…あの…その…」

明星「京太郎さんの事…す…す…好き…ですよ…?」

京太郎「…」ワシャワシャ

明星「も、もう…!髪くしゃくしゃにしないでください…っ!」

京太郎「あぁ。ごめん」

…いや、でも、今のはちょっと破壊力が強すぎてさ。
まさか俺の胸に抱きつきながら、明星ちゃんがそんな事を言ってくれるなんて。
まぁ、その代償は少々、大きかったみたいと言うか、耳まで真っ赤になっているのだけれど。
照れ屋な明星ちゃんがこうまで言ってくれるなんて、ちょっと感慨深いものがある。
まるで咲が最初に俺の事を「京ちゃん」って呼んだ時みたく、庇護欲と悪戯心が暴走してしまった。

京太郎「俺も明星ちゃんの事好きだよ」

明星「~~~っ♥♥♥」キュンキュンキュン

まるで免罪符みたいな形になっちゃったけど、その気持ちに嘘はない。
俺もまた明星ちゃんと同じように家族として、彼女のことを深く想っている。
まぁ、こうしてハッキリと口に出すのは恥ずかしいけれど…でも、先にあっちから言って貰った訳だしな。
ここで応えないのはあまりにも格好悪過ぎるだろう。


明星「…好き…♥」

京太郎「え?」

明星「好き好き好き好き好き好き好き好き…♥」スリスリ

明星「京太郎さん…♥大好きです…♥♥」

京太郎「お、おう…」

…と思ったら、明星ちゃんから十倍近い好きが帰ってきた訳なんだけれど。
いや、まぁ、勿論、俺も一人の男だし、美少女からの好きは嬉しいよ。
でも、これはちょっと予想外と言うか、あまりにも数が多すぎると言うか…。
普段の明星ちゃんからはちょっと想像も出来ない姿で、気圧されてしまっている。

明星「…京太郎さんももっと言ってください…♥」

明星「好きって言葉…もっと…ぉ…♪」

京太郎「い、いや、流石にそれは恥ずかしいというか…」

【須賀京子】の方ならば明星ちゃんのリクエストにも応えられたかもしれないけれど…。
でも、今の俺は【須賀京太郎】であり、さっきの好きにもそれなりの羞恥心を覚えていたんだ。
それをもっとオネダリされるのは嬉しさ以上に気恥ずかしさが勝ってしまう。
少なくとも、すぐさま明星ちゃんに応えられるほど吹っ切るのは難しい。


春「…ズルい」

春「私の方が京太郎の事、好きなのに…」

明星「いいえ。私の方が京太郎さんの事好きです」

明星「いくら春さんにだって、この気持ちは負けません!」

春「…普段、京太郎に酷い事言っている癖に」

明星「そ、それはもう控えるようにしたから良いんです」

明星「春さんの方こそ…さっき京太郎さんに叱られてたじゃないですか」

春「…アレは京太郎への愛故だからノーカン」

明星「だ、だったら私のだってノーカンです!」

…で、なんで、二人はそこで俺への好きを張り合っているんだろうか。
さっきまでは仲が良かったのに…今は視線で火花を散らしそうな感じで睨み合ってるし。
両方共、家族愛である事に間違いはないのだから、そこまで対抗心を燃やす必要はないと思うのだけれど…。
まぁ、何はともあれ、これで二人の仲が険悪になるのは後味が悪いし、仲裁に入ろう。

京太郎「あ、あの、仲良くな?」

春「…大丈夫。私と明星ちゃんは仲良し」

明星「えぇ。決して仲が悪い訳じゃないですから安心してください」

…そうは見えなかったけどなぁ。
まぁ、二人がそう言うのであれば、きっと仲良しである事に間違いはないのだろう。
俺が見ていたのはあくまでもプロレスのようなもので二人とも本気ではなかったんだな。
……その割にはなんか、今もお互いの視線がぶつかっているような気がするけれど。
ここはとりあえず気のせいだって事にして。


春「…でも、京太郎が私達の事を好きって言ってくれなきゃ、仲が悪くなっちゃうかもしれない」

明星「あ、それ良いですね…」

京太郎「いや、俺にとってはまったく良くないんですけど」

それほとんど脅迫みたいなもんじゃねぇか…!?
いや、まぁ、流石に春も明星ちゃんも本気で言ってる訳じゃないだろうけれども。
でも、春は色んな意味で何事にも全力だから…本気で険悪ムードを演出するだろうし…。
冗談から人間関係が崩壊するなんて、それほど珍しい事じゃない。
…だから、ここは二人の要求に従うのがベストなんだろうが…でも、やっぱり恥ずかしいし…。

春「…どうする?」

春「ここで京太郎を巡ってキャットファイトする私達の事…見たい?」

明星「…私は別にそれでも構いませんよ」

明星「そうすれば、京太郎さんの好きを独り占め出来ますし」

春「…へぇ。もう勝つつもりなの?」ゴゴゴ

明星「…インドア派に負けるほど貧弱ではないつもりですから」ドドド

京太郎「す、ストップストップ」

ダメだ。
これ思った以上に本気だ。
よもや春だけではなく明星ちゃんまで乗り気だとは…。
…どうやら、この状況を収めるには俺が好きだと言うしかないらしい。
何だか釈然としないものは感じるが…とりあえずこの場を収める魔法の言葉を口にしよう。


京太郎「…好きだ」

春「どっちが?」

京太郎「え、えっと…春が好きだ」

春「…♪」テレテレ

明星「京太郎さん…?」

京太郎「も、勿論、明星ちゃんの事も好きだぞ」

明星「そうじゃなくて…どうして春さんの方が先なんですか…?」ジト

な、なんで後とか先とかでこんなにも不機嫌になるんだ…。
ちゃんと好きだって言ったのに、全然、機嫌が治る気配がないんだけれど…。
よっぽど春の方を先に好きだって言った事が腹に据えかねたのか…?
まるで家族ではなく一人の女性として春に嫉妬しているような… ――

春「…所詮、明星ちゃんは二号さんだから」

明星「か、勝手に愛人扱いしないでください」

京太郎「(まぁ、それはないよな)」

いっそ気の迷いと言っても良いような思考はすぐさま明星ちゃんに否定された。
愛人扱いしないでと腹立たしげに春に返したのは、俺の事を異性として見ていないからなんだろう。
まぁ、若干、ドキリとしたが、その辺は今までの生活で良く分かっている事だからなぁ。
肩透かし感を感じるどころか、何時ものように自爆する前に誤解が解けてよかったとそう思う。


京太郎「…つーか、特に大した理由がある訳じゃないぞ」

京太郎「さっき明星ちゃんの方を好きって言ったから」

京太郎「今度は春の方だろうって思っただけで」

明星「ほ、ほーら、やっぱりそうじゃないですか」

明星「二号さんは春さんの方なんですよ」

春「…先に好きって言われたのは私だから、その理論で言えば、明星ちゃんが二号さん」

明星「ぐ…」

…そんなに一号二号に拘る事かなぁ…。
某特撮ヒーローじゃないんだから、そんな事些細な違いじゃないだろうか。
俺は博愛主義者って訳じゃないから、二人の気持ちにまったく差がないとは言わないけど…。
でも、その差は本当に微々たるもので、こうして目の前で競うほどじゃないと思う。


明星「こ、こうなったら…京太郎さん…!」

京太郎「あ、うん」

明星「…もっと私に好きって言ってください」

京太郎「え?」

明星「す、好きって言ってくれたら、わ、私も頑張りますから」

京太郎「…頑張るって?」

明星「え、えっと、その…」カァァ

…何だ、この反応。
そうまでして俺に好きだって言われたいのか。
まぁ、男としては光栄ではあるんだけれど…でも、流石になりふり構わなさすぎじゃないだろうか?
なんだか本筋を見失っていると言うか…春への対抗心で暴走しちゃってるというか…。
完全に我を忘れちゃってる明星ちゃんが頑張ろうとしてる事って一体、何なんだろう?


春「…明星ちゃんのスケベ」ポソ

明星「す、スケベじゃないです!」

春「…じゃあ、何で京太郎を釣ろうとしてたの?」

春「ベロチューとか、おっぱい見せるとか、揉ませてあげるとか…」

春「そういう事まったく考えてなかったって言える?」

明星「い、言えます!わ、私、春さんと違って清純派ですもん!」

春「…じゃあ、何しようとしてたの?」

明星「そ、それは…」

そこで言葉を詰まらせると考えてたって言ってるようなもんだと思うんだけれど…。
まぁ、でも、明星ちゃんだからなぁ。
霞さんと同じく割りとむっつりなところがあるとは言え、彼女は霞お姉さま一筋だし。
ここで春が口にしているような事を考えたりはしていないだろう。

明星「ど、ドMな京太郎さんが満足出来るように一杯、罵ってあげようかと…!!!!!!」

京太郎「…えー…」

…いや、まぁ、確かに普段通りの明星ちゃんが好きだと言ったけれども。
ただ、それは決して罵られるのが好きって言うんじゃなくて明星ちゃんそのものが好きってだけなんだけどなぁ。
いくら美少女相手だとしても、やっぱり過度に罵られるよりも、適度に褒められる方が良い。


明星「な、何不満そうな声出しているんですか!?」

明星「わ、私、もう分かってるんですよ!!」

明星「京太郎さん、何時もの私が好きって言うくらいドMなんでしょう!!」

明星「こ、この変態!スケベ!!おっぱいフェチ!!!」

…とは言ったものの…なんだかんだ言って、こうして明星ちゃんに罵られるのも慣れたからなぁ。
今日はやたらと俺に対してガードやらが甘いから、ちょっと勘違いしそうになったけれど。
こうやって顔を真っ赤にしながら言葉を叩きつけてくるところは実に明星ちゃんだと感じる。
…で、そんな明星ちゃんが嫌いではない辺り…俺もなんだかんだと調教されているのかもしれない。
流石にありがとうございますって言うほどドMじゃないけど、胸の中には若干の安心感がある。

明星「だ、だから、あの…」

明星「の、罵ってあげる為には、罵られるに足る事をしてもらわないとダメですよね…?」

京太郎「え?」

春「…そう来たか」

ただ、その安心感はすぐさまなくなった。
俺の目の前でモジモジする明星ちゃんからはトンデモ発言が飛び出したんだから。
まるでこれから俺が変態だとスケベだとそう罵られるに足る事をするのだと宣言するようなそれに俺は驚きの声を漏らしてしまう。
正直なところ、頭の中に浮かんでくる想像はエロいものばっかりで、ムスコがピクリと反応してしまいそうになっていた。


京太郎「い、いや、そういう事しなくても、ちゃんと言うからさ」

明星「い、言ってくれるだけじゃないですか…!」

明星「わ、私にだって分かってるんですから…」

明星「私は絶対に春さんよりも好かれてないって…」

明星「普段、可愛げのない事ばっかり言ってる私じゃ敵わないって分かってるんです!」

…しかし、だからと言って、このままされっぱなしになっている訳にはいかない。
今の明星ちゃんは完全に混乱して前後不感覚に近い状態なんだ。
春に煽られた所為で、きっとどれだけ自分が危険な事を口走っているのか分かっていない。
だから、せめて俺の方が冷静になってそれを止めてあげなければ。
そう思って返した言葉は明星ちゃんの強迫観念めいた返事に止められてしまう。

明星「だ、だから……あの…」スッ

京太郎「あ、明星ちゃ…」

まずいと頭では分かっている。
明星ちゃんの手が俺の頬に添えられてしまったんだから。
まるで自分以外を見る事は許さないと言うようなその仕草は、しかし、明星ちゃんの接近によってその色を変える。
両手で固定した俺の顔へとゆっくりと近づいてくる顔はもう真っ赤で…しかし、躊躇いを見せない。
まるで覚悟を決めたようにその目を閉じて、俺の唇へと近づいてくる。


京太郎「(それに抵抗しようにも…っ)」

春「…」ギュ

間違いなく魅力的だとそう言っても良い女の子が、俺の唇を奪おうとしている。
さっきお預けされた分を取り戻そうと彼女の方から迫ってきてくれているんだ。
それが齎す混乱はとても大きく、またサポートするように春が俺へと抱きついてくる。
明星ちゃんのキスを止める事など許さないのだとそんな意思を込められているような両腕は、混乱した頭では振り払えなくて。

明星「……ちゅ♥」

―― 結果、俺の唇に明星ちゃんの唇が触れた。

キス、接吻、チュー。
その他、色々と言い方はあるが…それが指し示すところは変わらない。
俺が状況に流されている間に俺たちの唇は触れ合ってしまって…。
胸とは違う柔らかな感触と甘い香りが俺の本能を擽って来る。
目の前のメスはもう据え膳状態なのだと。
食べられるのを待っているのだとそんな思考が脳裏を過ぎった。


明星「…は…ぁ♥」スッ

京太郎「あ、あの、明星ちゃん…」

明星「どう…ですか?」

京太郎「え?」

明星「こ、コレが私のファーストキスなんですよ…?」

明星「感想くらい…聞いても良いじゃないですか…」

京太郎「…」ゴク

それに何とか抗おうとする俺の前で明星ちゃんが甘い吐息を漏らす。
まるで俺とのキスに満足したような彼女からは、さらにとんでもない言葉が返って来た。
今のは自分の初めてなのだとそう告げる甘い声に、俺の脳がクラクラと揺れる。
胸の奥底に秘めた独占欲をグリグリと刺激するようなそれにオスの本能がさらに強くなった。

京太郎「そ、その…すっげぇドキドキしたよ」

京太郎「甘くて柔らかくて…なんて言えば良いのか分からないけれど」

京太郎「で、でも…素敵…だったと思う」

明星「~~~っ♪」フニャァ

それを誤魔化す為にも今は時間が必要だった。
ジリジリと追いつめられ続けている理性を立て直すには、もう一朝一夕ではどうにもならない。
だからこそ、その時間を稼ぐ為にゆっくりと言葉を口にした俺の前で、明星ちゃんの蕩けていく。
今の答えが幸せで幸せで仕方がなかったようなその表情は、俺の心を強く掴んだ。
今にも嬉し涙を漏らしてもおかしくはない明星ちゃんに、俺は興奮以外の感情を強く掻き立てられてしまう。


明星「本当に京太郎さんは変態なんですから…♥」

明星「お、女の子のファーストキス貰って、素敵だなんて…そ、そんな事言われたら…♪」

明星「もっと…もっとしてあげなくちゃいけなくなるじゃ…ないですかぁ…♪」チュッチュ

京太郎「んんっ」

その感情が一体、どういうものであるのかを判別する時間すら明星ちゃんはくれなかった。
宣言通り、俺の事を罵りながら、その唇を何度も俺に押し当ててくる。
チュッチュとリズミカルなそれに俺が驚きの声をあげても、彼女は決して離れようとしない。
自分自身がもう俺とのキスにハマってしまったのだとそう告げるように夢中になってキスを続ける。

春「ずるい…」

それにもう頭の中がごちゃごちゃになっていく俺の横で、春がポツリと声を漏らすのが聞こえた。
感情をあまり顕にしない春から漏れるその言葉は、珍しいと言っても良いほど不公平感に溢れている。
何処か嫉妬の音色さえ感じさせるそれに、俺はどうしてやれば良いのか分からない。
普段の明星ちゃんからは想像も出来ないキスの嵐で、俺のキャパシティはもう一杯一杯だったんだ。


明星「ふぁ…あぁ…♪」

明星「どうですか…♥」

明星「これだけすれば…キスフェチの京太郎さんも少しは満足出来たんじゃないですか…♪」

そうしている間に明星ちゃんの衝動も落ち着きを見せ始めたのだろう。
キスの回数が三桁を超えるか超えないかの後、ようやく彼女は俺から顔を離した。
勿論、その顔はウットリとして今にも蕩けそうなものになっている。
その手も未だ俺の頬をしっかりと包んでいる辺り、ここで下手な事を言えば、またキスされてしまうだろう。

京太郎「あ、あぁ。ありがとう、明星ちゃん」

明星「まったく…本当に…手間を掛けさせるんですからぁ…♥」

明星「少しは独り立ちしてください…♪」

明星「年上なのにこんなに手間が掛かるなんて…ドン引きですよ…ぉ♥」スリスリ

…うん、まぁ、色々と言いたい事はあるけれど。
でも、とりあえずこうして一段落はした訳だし…下手に反論するのは止めておこう。
ここでまた明星ちゃんの連続キスを喰らったら、真面目に理性がトんでしまいそうだからな。
自分でもヘタレだとは思うが、今は冷静になるのを優先したい…。


明星「それより…私はこれだけキスフェチで甘えん坊の京太郎さんの為に頑張ったんですから…♥」

明星「ちゃんとご褒美…くれますよね…♪」

ご褒美って…アレだよな。
明星ちゃんの事を好きって言うだけの簡単なお仕事で…。
正直、乙女のファーストキスとは吊り合わないと思うんだけれど。
でも、こうして明星ちゃんがそれを求めてくれている以上、否とは言えない。
まるで猫のように俺へと顔を擦り付ける明星ちゃんの目は…爛々と輝いているんだから。
何処かケダモノめいたものさえ感じさせる今の彼女の前で躊躇っては、間違いなく状況がエスカレートしていく。

京太郎「あ、あぁ。好き…」

春「…」ガシ

京太郎「ぇ?」

それを何とか防ごうと、明星ちゃんへのご褒美を口にしようとした瞬間だった。
まるで俺のご褒美を阻もうとするように春の手が俺の顔を掴む。
俺の顔に添えられていた明星ちゃんの手を強引に弾き飛ばすようなそれは、何時もの彼女らしくはない。
それに違和感を感じる間もなく、俺は強引に明星ちゃんから春の方へと向けられて ――


春「…ちゅるぅっ♪」

京太郎「(またかああああああ!!)」

…今度は春の方だった。
明星ちゃんを見習うように俺へと唇を押し付けた彼女は、そのまま離れようとしない。
まるでついばむようなバードキスを繰り返した明星ちゃんには負けないのだとそう言うように…俺の唇へと吸いついてきている。
以前、春にされたキスよりも一つ輪をかけてハードで淫らなそれに、俺の脳髄辺りがビリビリと甘く痺れた。

明星「あ、あぁぁぁぁ…」

明星「京太郎さんのキスは私のモノなのに…」

春「あむ…♥」

…何時、俺のキスは明星ちゃんのモノになったんだろうか。
呆然とした声を漏らす明星ちゃんに頭の何処かでそう突っ込むが、それはもう言葉にはならなかった。
いつの間にかその腕を俺の首へと絡みつかせた春は、ねっとりをしたキスを続けているんだから。
まるで俺を味わっているようなそれに、欲望がまた激しく燃え上がっていく。


春「れ…るぉ…♪」

京太郎「!!!!!?」

正直、俺にとっては、それだけでも十分、辛かった。
春の唇が揺れ動く度に、甘く食むように吸い付く度に、理性がゴリゴリと削れていくんだから。
だが、春はそれでは満足出来ないとそう言うように…俺の唇に生暖かいものを押し当ててくる。
少しヌルヌルとしていて、そして何よりも柔らかいそれに俺は一瞬、驚きに声を失ったけれど、

春「ちゅ…りゅ…ぅ…♪」

それが俺の口の中に入り込んできた時には…もうその正体が分かってしまった。
半ばパニックと言っても良い俺でもハッキリと分かる…粘膜の感触。
普段、俺が何気なく動かしているのと同じ舌が…春の粘膜が俺の中に入ってきている。
いや、ただ入ってきているだけじゃなく、俺の中を味わうように這いまわり、口の中に溜まった唾液を舐め取られていくんだ。


京太郎「(こ、これ…エロ過ぎる……!)」

所謂、ディープキスと言われるそれは、いくら俺でも初めてだった。
インターハイ決勝で春とキスした時でも…ここまでの事はやっちゃいない。
でも、今の彼女はまるで明星ちゃんに対抗するように舌を伸ばし、俺の粘膜をくすぐって来る。
レロレロチュルチュルと俺の口の中を愛撫するようなそれはあまりにもエロ過ぎた。
少しの擽ったさと甘い心地よさを伝える初めてのディープキスに理性がレッドシグナルを放ち始める。

京太郎「(ま、まずいってコレ…!!)」

既に下半身は理性のタガが外れ始めている。
二人と密着した下半身でムスコに血液が集まり始めているのが分かった。
それを思いっきり吸い上げる海綿体が大きくなっていくのを感じるが…もうどうしようもない。
俺の理性は現状維持を続けるのが精一杯なくらいに追い詰められているのだから。
一時でも気を抜けば、そのまま二人に襲いかかりかねない。


明星「京太郎…さん…♥」

京太郎「~~~っ!?」

…そんな俺の手のひらに何か柔らかい感触が伝わってくる。
まるでおもちのように柔らかく受け止めてくれるそれは…恐らく、明星ちゃんのおっぱいなのだろう。
俺を呼ぶ声に明星ちゃんへと視線を向ければ、いつの間にか俺の手をとった明星ちゃんが、それを自分の胸へと押し付けていた。
だが、普通ならそんな感触が返ってくる事はない。
明星ちゃんが着ているのは何時もの巫女服であり、また彼女は決して初美さんのような痴女ではないのだから。
普段はしっかりとブラをつけている明星ちゃんから、こんなおっぱいそのものの感触が伝わってくるなんてありえない。

明星「ど、どうですか…♪私の胸は…♥」

明星「は、恥ずかしいですけど…でも、今…ノーブラ…なんですよ…♪」

明星「…も、もしかしたら京太郎さんがいなくなるかもしれないって聞いて…♪」

明星「いざとなったら…か、身体を使ってでも止めようかとそう思ってたから…♪」マッカ

なのに、明星ちゃんはそれを否定してくれなかった。
寧ろ、俺の予想を肯定するように真っ赤になった顔から言葉を漏らす。
今にも掻き消えてしまいそうなそれは、恐らく明星ちゃんが本気で恥ずかしがっているからなんだろう。
実際、彼女の豊かな胸の奥から伝わってくる鼓動は、俺の自身のモノよりも幾分、激しいものだった。


明星「お、おっぱいフェチの京太郎さんには…キスよりもこっちの方が良いですよね…♥」

明星「私のおっぱい…好きにしたい…ですよね…♥♥」グニグニ

京太郎「(あうあうあうあうあうあう…)」

しかし、それほどまでにドキドキしながらも明星ちゃんの手は俺を離そうとしない。
ノーブラ宣言した胸をたっぷりと味わえるように俺の手を動かしてくれる。
その先端から縁の部分まで、俺の手で撫で回させるようなそれに俺の頭はもう追いつかない。
キスとおっぱいと言う両方の刺激は、俺の思考をオーバーフローさせるに十分させるものだった。

京太郎「(気持ち…良い…)」

そんな俺に分かるのは、今のこれがとても心地良い事だけ。
まるで天国のように心と身体が蕩け、抵抗がドンドンと弱まっていく。
もう堕ちても良いのではないかと、抵抗する必要はないんじゃないかと。
そんな思考が俺の中で強くなっていくのが分かる。


京太郎「く…ちゅぅ」

春「~~~~っ♥♥」

結果、俺は自分の舌が動き出すのを止められなかった。
ここで春に応えては、もっと自分が追いつめられるだけだと分かっているはずなのに、身体が勝手に反応してしまう。
少しずつ思考ではなく本能へと傾き始めていく自分を、俺はもうどうしようもなかった。
このままではまずいと分かっていながらも、溜まりに溜まった欲求が、淫らな方へと流れて行ってしまう。

春「ん…ふゅぅ…♪♪」

舌で感じる春の粘膜は、思った以上にヌルヌルしていた。
俺の唾液なのか、それとも春の唾液なのか判別の付かない粘液が、舌を動かす度にクチュクチュと音を鳴らす。
これが淫らな事なのだと頭ではなく本能に教えてくるようなその音に、俺の吐息は荒くなっていった。
目の前に春がいるのにも構わず、はぁはぁと繰り返されるそれに、春もまた同じような吐息で応えてくれる。


春「あ…む…ぅ…♥♥」

お互いに相手への遠慮を失ったかのように、吐息を漏らし合い、粘膜をすり合わせる。
貪るようにと言っても過言ではないそのキスはとても淫らで、そして気持ちの良いものだった。
一方的にキスされている時よりもずっとずっと春の事を近くに感じて、そして本能が沸き立ってしまう。
グツグツと俺の中で燃えたぎるそれはもうまったく抑えが効かなくなり、ムスコを完全に勃起させていた。

春「ちゅ…♪ぐちゅぅ…♥ちゅ…るるぅ♪♪」

なのに、俺は春とのキスを中断しようとはしなかった。
痛いほど張ったムスコが刺激を求めているのに、キスに没頭していたのである。
直接的な快楽よりもキスの心地良さを求める俺の前で、二人の唾液がポタポタと堕ちていった。
愛液の隠喩を思わせるそれが俺や春の服を穢すが、それはもう歯止めにもならない。
寧ろ、そうやってお互いの服を穢すほどキスに夢中になっている背徳感が、興奮を燃え上がらせていた。


京太郎「(その上、明星ちゃんも…)」

明星「はぁ…うぅ…ん…♥♥」

俺とのキスを続ける春に負けじと明星ちゃんもドンドンとエスカレートしていく。
俺の手を胸へと押し付ける彼女から漏れる声は、今までとは違う響きを見せ始めていた。
男に媚びると言うよりも、その中に快楽を混ぜ込んだような甘い声は、俺の鼓膜を淫らに揺さぶる。
俺の手を押し付ける部分が、その頂点に偏りつつある辺り、もしかしたら今の明星ちゃんは自慰でもしているのかもしれない。

京太郎「(ダメだ…もう頭の中、ドロドロで…)」

エロい事しか考える事が出来ない。
普段の明星ちゃんや春がどんな子達なのか分かっているはずなのに、今の俺は自分の勝手な妄想に否だと言えないんだ。
その上、今の俺はそんな自分に自己嫌悪すら感じる余裕さえなく、ただただ欲望に溺れている。
二人の美少女から精一杯の愛を伝えられているようなこの状況に、頭の中が蕩けていくのを感じた。


春「ぷあ…ぁ♥♥」ドロォ

そんな俺の前で春の口がゆっくりと離れていく。
その口から舌を伸ばしたままのその表情はだらしなさよりも欲求を強く感じさせるものだった。
もうかなりの時間、キスしていたはずだが、春はまったく満足してはいないらしい。
まるで中毒にでもなったかのように陶酔と物足りなさを混ぜあわせた表情を浮かべている。

春「はぁ…はぁあ…♪♪」

明星「春さん、今度は私にぃ…♥」

春「…」フルフル

春「もっと…もっとするぅ…♪」

春「京太郎とキス…ずっと…ぉ♥♥」グイ

明星「わ、私も…っ♪私もするんです…っ♥♥」グイ

京太郎「う…あ…っ」

普段、女装をしているとは言え、俺は立派な男だ。
何時もならば美少女二人の力になんて負けやしない。
だが、春とのキスで蕩けていたのは頭だけじゃなくて身体もなんだ。
まるで先を競うように俺へと身体を押し付けてくる二人に、俺は反応が遅れてしまう。
結果、俺はそのまま二人に畳へと押し倒されて、その顔を見上げる事になって… ――


春「京太郎…ぉ…♥♥」

明星「京太郎…さん…♥♥」

二人がかりとは言え、女の子に押し倒された俺へと向けられる視線は、強烈な熱を含んでいた。
突き刺さった部分から二人の興奮が伝わってくるようなそれは、空恐ろしささえ感じる。
しかし、俺は二人の目に縫い付けられてしまったかのように逃げ出す事が出来ない。
俺以外のモノなんてもう映ってもいないような二人の目に ―― ドロドロと濁りながらも恐ろしいほど輝く瞳から目を離す事が出来ないんだ。

春「好き…京太郎…♥」スッ

明星「可愛い…♥」スッ

そんな俺に二人の顔が近づいてくる。
尋常じゃない輝きを放つ二人の目に引き寄せられる俺へと堕ちてくるように。
その距離がジワジワと縮まっていく光景にさえ、今の俺は欲情を感じてしまう。
再びさっきのキスを味わえるのではないかと。
また彼女たちの胸を揉みしだけるのではないかと。
胸の内に淫らな期待を浮かばせてしまう俺に触れてしまいそうなほど二人は顔を近づけてきた。


春「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き…♥♥♥」

明星「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き…大好きです…♥♥♥」

京太郎「あ…あぁぁぁ…」ゾクゾク

そのまま両側から放たれるのは『好き』の雨だった。
まるでお互いに好きの数を競うようなそれには、一つ一つに抑えきれない感情が込められている。
それに俺が真っ先に感じるのはゾクゾクとした寒気混じりの感覚だ。
腰から脳髄へと這い上がってくるそれは、しかし、決して気持ちの悪いものではない。
寧ろ、ここまで必死に好きを伝えてくれる二人に、俺の心はどうしようもなく惹きつけられ、呑まれていく。
まるで両耳から俺の脳を犯し、洗脳するような言葉の中、理性がバキリと悲鳴のような音をあげて。

京太郎「~~~~っ!」ガバ

明星「んんっ~~~~♥♥」

その瞬間には…もう俺の身体は跳ね上がっていた。
日頃の鍛錬もあってか、二人を押し返した身体は、そのまま明星ちゃんの唇を奪う。
…勿論、それはさっき彼女がやっていたようなついばむ程度の優しいものではない。
一瞬の躊躇いもなく明星ちゃんの唇を割った俺の舌は、さっきの春と同じように彼女の口腔を貪り始める。


明星「は…♪ひゅぅ…♪♪」

それに明星ちゃんがウットリと夢見心地な表情を強めたのを、俺は頭の何処かで確認した。
だが、それは最早、俺にとって咀嚼する必要のあるものではない。
明星ちゃんが俺にキスを ―― 春としていたような淫らなキスを望んでいたのは明白なのだから。
彼女が喜ぶ事など分かりきっていた俺は、おずおずと突き出される彼女の舌に笑みを浮かべ、明星ちゃんの中で淫らな音をかき鳴らす。

春「きょ…んっくぅ…♪♪」

そんな俺達を見て春が寂しそうな声を漏らすが、俺は春の事だって忘れちゃいない。
明星ちゃんと同じく溢れんばかりの好きをくれた彼女の事を満足させようとその胸を揉みしだく。
明星ちゃんと違って、ブラの感触が伝わって来るのはこうなる事を予想してはいなかったからか。
どちらにせよ、今の俺に止まるつもりはなく、その手を春の巫女服の内側へと忍び込ませていく。


春「は…あぁ…ぁん…♥♥」

春はそれに甘い声をあげるだけだった。
強引に自分の胸元へと入り込もうとする俺の強引さにダメとも待ってとも言わない。
寧ろ、自分から胸元を広げようとしている春は、その目から手から胸から、期待の色を伝えてくれている。
理性が砕け散り、ケダモノになった俺を受け入れようとする彼女に、俺はその胸を撫でる事で応えた。

明星「ちゅ…るぅ…♪」

春「あぁ…♪夢…みたい…ぃ♥」

方や、夢見心地な表情でぎこちなく俺へと粘膜をすりあわせてくる意地っ張りな女の子。
方や、発情したようにも見える表情で、幸せそうな声を漏らす素直な女の子。
そのどちらも魅力的で堪らない俺は、そのまま二人の身体を押し倒した。
さっきのお返しだとそう言うように畳へと二人の身体を押し付け、思うがままに貪り、弄ぶ。


京太郎「ふー…ふー…っ!」

明星「ふ…あぁ…あ♪♪」

春「もっと…♪もっとぉ…♪♪」

その口を明星ちゃんから離した俺には理性の欠片も残ってはいなかった。
あるのはただケダモノじみた欲情と独占欲だけ。
これほど可愛らしく、愛らしいメスを思うがままに犯したい。
他のオスになど決して渡したくはない。
胸の内側から湧き上がるその衝動は、俺の顔を醜く歪ませているはずだ。
だが、明星ちゃんも春も…そんな俺に怯えるような表情を見せない。
一瞬でも怯えてくれれば冷静に戻る事も出来るのに…まるで今の俺が喜ばしいかのように喜悦を顔に浮かべている。

明星「京太郎…さん…♥♥」

春「…来て…♥♥」

京太郎「~~~~っ!!」

それどころか、そんな風に俺を誘惑するような言葉まで言うんだ。
俺が抱いていた二人のイメージとは違い、淫乱にオスを誘う二人に身体が湧き上がる。
まるで俺の身体を駆け巡る血液が一斉に燃え上がるような興奮は、俺に言葉どころか呼吸さえ失わせた。
そんな風に口を動かす暇があれば、二人の衣服を引きちぎり、その豊かな肢体をむしゃぶりたい。
獣欲に支配された俺にはその衝動を堪える術がなく、二人の巫女服にそっと手を掛けて。


小蒔「ただいまでーす」ススス

明星「ぴゃあああああああああああああ!!!」バッ

春「っっっっっっっっっっっ!!?」バッ

京太郎「わあああああああああああああああ!!!」バッ

―― 瞬間、聞こえてきた声に、弾かれたように離れた。

それまで盛り上がりに盛り上がり続けた雰囲気はもう俺達の間にはない。
それぞれ悲鳴のような声をあげながら離れた俺達は全員、その表情を強張らせていた。
小蒔さんのエントリーが後一分でも遅ければ、俺達は超えてはいけない一線を超えてしまうところだったのだから。
それを今更ながらに自覚した俺達に、自分を取り繕う余裕は未だ生まれては来なかった。

京太郎「(つ、つーか、下手をすれば、その光景を小蒔さんに見られてしまうところだったんだよな…)」ドキドキドキドキ

小蒔さんは今時、珍しいどころか、将来が心配になるくらいに純真な子だ。
そんな彼女が、もし俺達が一線を超えたところを見てしまったらどうなるのか。
……ショックで倒れるだけならばまだ良い方だな。
自分の家族がそういう事をしていたのだと言う事実は、小蒔さんの心にトラウマを植え付けてもおかしくはない。
それをこうして何とか回避出来たと言う事に、安堵の溜息が漏れだしてしまいそうだった。


小蒔「…あれ?皆、どうかしたんですか?」

京太郎「い、いいいいいいいや、何でもないですよ」

小蒔「…嘘は良くないです」

小蒔「私、お姉ちゃんなんですから、京太郎君の嘘だってすぐに分かっちゃうんですかね」

と、とは言え、今はまず小蒔さんの事を誤魔化さないとな。
…ただ、日頃、あっさりと騙せている小蒔さんを、誤魔化せないほど今の俺は動揺してしまっているらしい。
まぁ…俺は二人から飛び退いたままの姿勢で固まってしまっている訳だからなぁ…。
いくら小蒔さんが純真だと言っても、違和感は隠し切れないんだろう。

京太郎「え、えっと…その、何と言うか」

勿論、俺にだって、何とか取り繕わなければいけないと理解は出来ている。
ここで小蒔さんに本当の事を言ってしまえば、それこそとんでもない事になってしまうんだ。
だが、小蒔さんが部屋に戻ってきて、頭が冷えたとは言え、未だ俺の熱は完全に過ぎ去ってはいない。
一度、限界まで燃え上がった本能は未だチリチリと燻り続けているんだ。
結果、それを抑えるのにリソースを割いた脳は何時も通りに動かず、俺の口からは意味もない言葉だけが出てくる。


小蒔「…分かりました」

小蒔「京太郎君が言えないなら、春ちゃん達に聞きます」チラ

春「ぅ」

明星「そ、それは、その…」メソラシ

そんな俺から小蒔さんは視線を反らし、二人に目を向けるけど…あっちも同じ感じらしい。
何時もならば誤魔化すのも得意な春でさえ言葉を詰まらせ、明星ちゃんに至っては視線を明後日へと流してしまっている。
明らかに何かあったのだとそう分かる様子に、小蒔さんは怪訝そうな表情を強くした。
だが、その頬を今にも膨らませそうな彼女に、俺達は何も有効な言葉を返す事が出来ない。

小蒔「皆、お顔が真っ赤ですし…春ちゃんには服が崩れちゃってます」

春「…っ」ササッ

明星「明星ちゃんは顔がベタベタで」

明星「あぅ…」フキフキ

小蒔「それに何より…京太郎君のお股がまた腫れちゃってますよ」

京太郎「うぉ…」カクシ

小蒔「何か大変な事があったんじゃないですか?」

…多分、こうやって小蒔さんが質問を重ねてくれているのは心配してくれているからなんだろう。
小蒔さんが言う通り、今の俺達は何かあったのが丸わかりな状態だったのだから。
それぞれ今の自分の違和感にさえ気づけなかったのだから、何もないは通用しない。
間違いなく、尋常ならざる何かがあったのだと小蒔さんはそう思っているんだ。


小蒔「それとも…また私だけ仲間はずれなんですか…?」ショボン

京太郎「い、いや、そういう訳じゃ…」

春「…」ジィィ

明星「…」ジトー

…二人の視線がやたらと刺々しくなったのはどうしてなんだろうな。
まさか仲間外れにしないという言葉に、さっきの事を重ねあわせたとか…?
流石にそれはない…とは思うが、今は確認する術もない訳だし…。
それよりも、この場をどうにかする術を考えなければ。

京太郎「そ、その、ちょっと春にマッサージしてたんですよ」

小蒔「マッサージ…ですか?」

京太郎「えぇ。だから、春の服がちょっと崩れてて…」

小蒔「…じゃあ、明星ちゃんの顔がベタベタなのはどうしてですか?」

京太郎「明星ちゃん、今日はちょっと色々とあったみたいですから」

京太郎「ここで昼寝していて…その時にちょっと…」

明星「…っ!」

…視界の端で明星ちゃんがすっごい心外そうな顔をしている。
そりゃヨダレ垂れ流しな寝方をしているように言われたら抗議の一つもしたくなるだろうけれど。
でも、ごめん…今の俺にはこれくらいしか誤魔化す方法が思いつかないんだ。
後で幾らでも怒られるから、小蒔さんがいる時はそれで通しておいて欲しい。


小蒔「じゃあ、京太郎君のそこが腫れちゃってるのはどうしてなんですか?」

小蒔「ホテルで一緒に寝ている時にも同じようになっちゃってましたけど…」

春「…」ジィィィ

明星「…」ジトトー

あぁ!二人の目がさらに険しく…!!
刺々しいと言うか、不機嫌さを隠そうともしない状態に…!?
まぁ、彼女たちが姫様と呼び慕う小蒔さん相手に勃起していたのだとカミングアウトしているんだから当然だよな!!
で、でも、今はその辺の事をハッキリと二人に説明している余裕はないし…。

京太郎「じ、実は男ってどうしても寝起きにここが腫れちゃうんですよ」

小蒔「じゃあ、京太郎は今、起きたばっかりなんですか?」

京太郎「え、えぇ。ちょっと春のマッサージに疲れてしまって」

京太郎「ついさっきまで三人一緒で寝てたんですよ」

小蒔「…じゃあ、さっき大声をあげていたのは…」

京太郎「た、多分、皆、怖い夢でも見ていたんじゃないですかね!?」

小蒔「なるほど…」

…ふぅ、何とか誤魔化せたか。
いや…でも、今回ばかりは本当にダメだと思ったわ。
状況的には情事に至る数秒前って感じだったもんなぁ…。
もし、俺達の反応が少しでも遅れたり、小蒔さんが入ってくるのが遅かったら…きっとこんな風に誤魔化す事は不可能だったろう。
ちょっと残念な気持ちと言うか、物足りなさはあるけれど…何とかギリギリのところで入ってきてくれて助かった。


小蒔「じゃあ、それを私が鎮めてあげなければいけませんね」

京太郎「え?」

小蒔「はい」ギュ

京太郎「お…おうふ…」

って驚いてる間に、俺は小蒔さんに抱きつかれているんですが…!!
なんで、俺、股間を鎮めるって言われて、抱きつかれているんだ…!?
普通、こんな事されたら、鎮まるどころかハッスルすると思うんですけど…!!

春「あ、あの、姫様…?」

小蒔「はい?」

春「ど、どうしてそんな事を…」

小蒔「以前、京太郎君から聞いたんです」

小蒔「こうして側にいれば、この腫れも収まっていくって」

小蒔「だから、こうして早く収まるようにハグしているんですよ」エヘン

あぁ、そういや、小蒔さんとラブホに泊まった時にそんな事も言ったっけ。
心配する彼女をどうにか安心させようと口からでまかせを言った訳だけれど…小蒔さんはそれをずっと覚えていてくれたんだ。
それを心から喜べないのは…混乱していたとは言え、それを思い出せなかった申し訳無さだけじゃない。
こうして俺へとしっかりと抱きつく彼女からメスの感触がありありと伝わってきているんだ。


京太郎「(おおおおおおお、落ち着け、俺!!)」

一度、火が入った欲情はそう簡単には収まってはくれない。
特に俺は日頃、健全な男子高校生にあるまじき禁欲生活を続けているんだから。
ムスコが未だにガチ勃起しっぱなしな事から分かるように、身体はまだまだ興奮している。
そんな俺にこうも抱きつかれては…正直なところ、かなりキツイ。
まるで亀が歩くような速度とは言え、ようやく収まりつつあった欲望がまたジリジリと勢いを取り戻すのを感じる。

小蒔「…あれ?」スンスン

京太郎「ど、どうしました?」

小蒔「…何だか京太郎君から明星ちゃんと春ちゃんの匂いがするような…」

京太郎「そ、そりゃさっきまで三人一緒に寝ていたからじゃないですかね!?」

小蒔「…そう、ですよね」チクリ

ま、まぁ、さっきまで抱き合って、おっぱい揉んで、キスしまくってた訳だからなぁ。
匂いくらい移っていてもおかしくはないだろう。
…ただ、どうして小蒔さんは今の一瞬、寂しそうな顔をしたのか。
もしかして、普段、一緒に寝ている俺達が自分を除け者にしたとでも思ったのだろうか。


小蒔「…でも、どうしてでしょう?」

小蒔「何時もとちょっと違う匂いと言うか…」

小蒔「何だかドキドキしちゃう…不思議な匂いな気が…」ホゥ

その辺の事はちょっと良く分からないなー!!
そもそも俺の身体に明星ちゃんと春の匂いが染み付いてる自覚さえなかったくらいだからなー!!!
…うん、だから、変な事を考えるのは止めよう。
それは二人が発情一歩手前の状態だったとかそんな事はあり得ないから。
目の前で小蒔さんが一瞬、エロいため息を漏らしたのも二人のフェロモンに充てられたとかじゃなく眠かっただけだし!!

小蒔「……」スリスリ

京太郎「…あの、小蒔さん?」

小蒔「あ、ご、ごめんなさい」

小蒔「そ、その…特に理由はないんですけど…」

小蒔「…何故か私の匂いも京太郎君に付けたくなってしまって」

なんだ、そのわんこ理論。
まぁ、小蒔さんはかなり犬っぽい子ではあるけれども。
しかし、こうしてマーキングしたいと言い出すくらいにわんこだったとは。
つーか、マーキングしたがるって事は小蒔さんにとって俺ってもしかして自分のモノって認識なのか…?
……い、いや、今は深く考えないでおこう。
興奮の所為か、何時もよりタガが緩みがちで思考が変な方向に飛んでしまいそうだしな…。


小蒔「…ダメ、ですか?」ジィ

京太郎「いや、小蒔さんの匂いなら歓迎ですよ」

小蒔「そうですかっ」パァ

とりあえず嫌ではないのだから、小蒔さんには頷いて…。
しかし、コレからどうしようか。
正直、このまま小蒔さんと抱き合っていたら、いつまでも勃起しちゃいそうでなぁ…。
とは言え、仮にも心配してくれている彼女を口八丁手八丁で引き離すのも可哀想だし…。

京太郎「(た、助けて…)」チラッ

春「……」カァァ

明星「……」マッカ

…アレ?
なんで、春も明星ちゃんも顔を赤くしているんだろう。
明星ちゃんは、まぁ、恥ずかしがり屋だからともかく…春の方は基本、飄々としているタイプなんだけれど。
……まさか小蒔さんの不思議な匂い発言で、さっきの自分を思い返しちゃってるとか?
だ、だとしたら、ここで二人が取る行動は……。


春「…で、では、姫様、私は一旦、自分の部屋に戻ります」イソイソ

明星「わ、私も…そ、その今日は…色々とありすぎたので…」ソソクサ

小蒔「そうですか。皆でお話出来るのを楽しみにしてたから残念です」スリスリ

待ってえええええっ!
いや、その気持ちは分かるけど!!
俺も二人の顔を見て、さっきの事思い出しちゃったけどさ!!
でも、今、このタイミングで小蒔さんと二人っきりにされるのはヤバイの!!
残念って言いながら、小蒔さんは俺へのマーキングを止めようとしないし!!
このままだとまた理性がレッドシグナル点灯しちゃって大変な事に…!!!

春「じゃ、じゃあ、京太郎…ま、また後で…」

明星「さ、さようなら!」

…行ってしまった。
二人とも顔を真っ赤にしながらぎくしゃくとした仕草で襖の向こうに消えて…。
これでもう頼れるのは…一回、ぶっ壊れてしまった俺自身の理性だけ。
ついさっき復活したばかりで未だボロボロな理性に全てを託すのは正直、心許ないけど…。


小蒔「……これで二人っきりですね」

京太郎「そ、そうですね」

小蒔「春ちゃん達にはちょっと申し訳ないですけど、でも、京太郎君と二人っきりになれてちょっぴり嬉しいです」テレ

小蒔「京太郎君は皆の人気者で、基本、誰かが側にいますし」

小蒔「…でも、今は京太郎君の側にいるのは私だけですから…」

小蒔「日頃の分まで…一杯、構ってくださいね」ニコ

京太郎「も、勿論です」

―― こんなに俺の事を慕ってくれる小蒔さんの事を傷つけたくはない。

―― その一心で俺は欲望を誤魔化し、理性を保ち続けたが…。

―― 夕飯が出来たと巴さんが呼びに来るその時まで勃起が収まる事はなく。

―― 俺は膨れ上がった欲求不満を一人、持て余すのだった。






今日のところはこれで終わりです(´・ω・`)次回は春→明星ちゃんの順でフォローやって、それからまた各ヒロインのメイン回やってこうかと

尚、このスレのはるるは押し倒されたら、自分からクロスアウッしてバッチコイ状態になり
はっちゃんは押し倒されたら、強がりながらも内心、動揺しまって、視線は下半身に釘付けになり
巴さんは押し倒されたら、無言でされるがままになり
霞さんは幸せそうな顔をしながら、胸や口で自分からエロ漫画のように奉仕し
明星ちゃんは口では色々と言いながらも抵抗はせず、離れようとした瞬間にそっと袖を引いて
わっきゅんは押し倒された瞬間にはだいしゅきホールドして離そうとせず
姫さまは体調でも悪いのかと心配します

まぁ、お尻責めるなら霞さんですよねー(´・ω・`)霞さんの安産型のお尻開発して撫でられるだけで下着が濡れるくらい敏感にしたい…


本編の文章の密度もさる事ながら妄想もかなり気合入ってる>>1=サンが好きです

乙です
>>698
霞さんの大っきい(と思われる)お尻は両手で揉まないといけないけど、春や明星の小ぶり(と思われる)お尻なら二人の間に立って片手ずつで揉めばよいと思うんです

乙ー
いやーKENZENだったなー(棒

京太郎、お願いだから危機感持って! 母親の言う通り自分の周りが野獣だらけなの気付いて! 逆レ気味なのはもうお腹一杯だから!

なんつーか、やっぱ好きって言葉を軽んじ過ぎてる節があるっていうか、簡単に言い過ぎだよ。もうちょっと言葉を濁す術を知らないんだろうか

流石にここまで来てまだ気付かないんだったら、もう何やったって駄目な気がするわ

今更かもしれないんだけど完結した魔物娘のスレをwikiにまとめてもいいですか?
前も尋ねたんだけど、なぜかそこから他の人がやって荒れちゃって心残りで。

マーキングは犬より猫の方が印象が強いよ派
ここの京ちゃんも実は八頭大蛇持ってるよ派

いやしかしこのあとはかすみんとの夜が盛り上がりそうですね(直球

母親登場終わりって事は予想以上の性欲にビビって親に助けを求めようとしそうになるのを見てしおらしくなる面々とかは見れなさそう

姫様に欲求をぶつける日は来るのでしょうか?

v(`o´)vンゴwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwンゴンゴなんJ民♪L(`o´)┘
( `o´)∩ンゴンゴンゴwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww(岩嵜;) ンゴーンゴーwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
(ノ`o´)ノンーゴンゴンゴなんJ民♪( `o´  )。ンゴンゴッ!(;´岩嵜)ンゴンゴンゴンゴ~ッ ヽ( 岩嵜)ノな~んJ~♪
いかんのか(すまんな) ┏(`o´)┓ヨダ ヨダヨダヨダ 肩幅~♪ └(`o´)」ありがとうどういたしましてを忘れてる~┗(`o´)┓今の時代に終止符だ!(何をそんなに) 。・゚・(`o´)・゚・。
ゆくんだなんJ(いかんのか!?) (`o´)勝負だなんJ(いかんでしょ) o(`o´)o勝利を掴め!(お、Jか?)
┗┏┗┏┗┏(`o´)┓┛┓┛┓┛キンタマータマキーンー ワイらがなーんーJー♪
ちょwwwwwwwwなんjにもVIPPERが!?wwwwwwwwよ!なんj民ゥー!wwwwwwwwwwww
(※^。^※)VIPから出る喜びを感じるんだ!wwwwwwwwwwwwポジハメ君可愛すぎワロタやでwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
なんj語も練習中カッスwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwWWWwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww???????wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwWWWWWWwwwwwwwwwwww
(ちな男VIPPERやけどここにいては)いかんのか!?!?wwwwwwwwwwww大村「駄目だろ(享楽)」←草不可避wwwwwwwwwwwwwwww
なお、好きなスポーツはサッ川カー児ンゴwwwwwwwwwwwwマシソンですwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwぐう蓄すぎぃ!wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
嫌い選手はメンチと本田とノウミサンやでwwwwwwwwwwww好きなのはメッシとチックやさかいwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
アンチはVIPP騒ぐな!wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwンゴオオオオオオオオwwwwwwwwwwwwwwwwカッタデー(33-4)wwwwwwwwwwwwwwww
こんなあへあへVIPまんやけどよろしくニキータwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ヨロシクニキー、小並感wwwwwwwwwwwwンゴンゴニキー、ぐう震え声wwwwwwwwwwww
ンゴンゴwwwwwwwwゴンゴンwwwwwwww(ぐう畜ぐうかわ)アンド(ぐう聖)
日ハム内川「(川ンゴ児ゥ)いかんの茶~!?」wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
臭い!うんこやんけ! (その顔は優しかった)
う~んこのホッモなカッス(お、察し)(あ、察し)あっ…(迫真)
なおわいはイライラの模様・・・(ニッコリニキ
ポロチーン(大合唱) ←チーンwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
大松「お!(お客様ニキンゴ)?よろしくニキファル川GG児WWWW?????W」
お茶茶茶茶茶ッ茶wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww(オカン)
あのさぁぁ!あくホリデイ(憤怒)←(適当ニキ)
↑ああ~^^これは教育開始だろなあ^^(指圧)
ちょwwwWADAに草生える可能性がBIRESON!?www(迫真ニキ

親との面会は萌えシチュの一つだからな

このあと霞さんとしっぽりコースやろなぁ……

どうしてこのスレではKENZENな描写が挟まっただけで霞さんの名前が出てくるんですかねぇ(白目)
霞さんは普段は一緒に寝てないからそこまでしっぽりしたり、一緒の夜を過ごしたりしないよ!!
一緒だったら?そりゃアイスティーコースよ(ゲス顔)

>>706
既にもうひとつあって、あんまりwiki乱立させたりするのはどうかとも思うのですが…
確か今ある分は編集途中で終わっていたと思うので…(´・ω・`)最初に作ってくれた方には申し訳ないですが、纏めちゃっても大丈夫です
後、まさか完結からこれだけ経ってまとめてもらえるとは思ってなかったのですっごく嬉しいですし、小ネタのリクエストとかあれば可能な限り応えます
まぁ、おそらくおでんスレが終わってからになると思いますが…(´・ω・`)早く完結させないとリアルの修羅場がががが

>霞さんは(中略)一緒の夜を過ごしたりしないよ!!

つまり夜ではなく昼間、他の皆が勉学や仕事に励んでいる最中にイロイロ励むんですねww

>>700
私も投下中に合いの手くれる>>700さんが好きだぜ…///

>>702
確かに霞さんの大っきい(絶対)お尻は両手で揉まなきゃいけないけど、春や明星の小ぶり(霞さんに比べて)お尻なら二人の間に立って片手ずつで揉めますね…
その場合、お互いに物足りなくて自然とお尻振り始めそう
片方だけでは満足出来ないとオスを誘うように腰振って、自然と指を尻の谷間へと誘いこんでしまう二人の姿が見える…!(´・ω・`)

>>705>>707
美少女達に囲まれて嫌われたり幻滅されないのに必死で自分が襲われるとは思ってないんでしょう
そもそも京ちゃんちゃんとした男で性欲だってありますし(´・ω・`)自分の事野獣だと思ってると思います
ただ、草食系だと思った周りの美少女たちが自分以上の野獣揃いだと想像もしてもいないというだけで
尚、好きに関してはこれまで何度も言って来てますし、それでも気づいてなかったんで諦めてます
ただ、ここの京ちゃんは股間以外に大蛇は持っていません
つまり…(´・ω・`)確かにスリスリマーキングは猫っぽいかもしれない…

>>708>>711
むしろ、ここの霞さん達だと助けを求めようとしたのを握りつぶした挙句、京ちゃんを拘束し、
毎日、精のつく料理や夜伽の練習で強制的に性豪まで引き上げるところしか想像出来ないです(´・ω・`)まぁ、ここの京ちゃんはマジチンなんで大丈夫ですが
また今回はあんまり親との面会というシチュ活かせませんでしたが、その分、わっきゅんとかで頑張りますので許してください…

>>709
姫様に欲求ぶつけちゃった日にはもう無知ックス調教まったなし!になりそうなんでエンディングまでありません

>>704
まったくここはKENZENなスレなのにどうして>>716>>712な感想が出てくるのかさっぱり分かりませんよね!!!

春や姫様と同室な所為で性欲処理も禄に出来なくて、いつも以上にオスの匂いをプンプンさせてる京ちゃんに霞さんは我慢出来ず
神代家の事を勉強する時間に、ついつい自分の胸を押し付けちゃったり、耳元で囁いたりして
ちゃんと勉強に集中出来ているかチェックと言いながら下半身を撫でたりしたら、流石の京ちゃんも我慢出来ず
少し落ち着こうとトイレに逃げこむんだけれど、ムラムラした身体はそう簡単に落ち着かなくて
共有のスペースでこんな事するなんて、と思いながらもガチガチになったムスコを扱き始めてしまい
霞さんの極上と言っても良いメスの身体を思い返しながらのそれはとても気持ち良くて
あっという間に上り詰めていく感覚の中、ついつい口から霞さんの名前を呼んでしまったのが運の尽き
京ちゃんを逃すまいと外で待機していた霞さんが、その切なげで甘い呼声に我慢出来るはずもなく
防犯としてはあまりにも心もとないトイレの鍵をあっさりと開き、その向こうでビックリしてる京ちゃんに被さって
今にも射精しそうなくらいに腫れ上がったチンポを躊躇なく頬張った霞さんに、今の京ちゃんが我慢出来るはずもなく
初めて味わう粘膜の感覚にビュルビュルと精液を吐き出しながら、背筋をガクガクと振るわせてしまい、
そんな京ちゃんの精液を声にならない嬌声をあげながら、霞さんは口いっぱいに受け止めて
数カ月分溜まりに溜まった濃厚なザーメンが口の中から溢れてしまいそうなのを頑張って飲み込み続け
その喉に精液が塊となって張り付き、詰まりそうな感覚を覚えながらも、京ちゃんの精液の味と匂いに身体が反応し
子宮がキュンキュンしながら愛液を垂れ流しにするのを自覚しながら、じゅるじゅるじゅぽじゅぽと口を動かして
京ちゃんの精液を一滴残らず吸い取ろうとするその口に、未経験の京ちゃんは尿道に残った精液さえも絞り出されてしまい
ちゅぽんと霞さんの口が離れた時にはもう精液の残滓なんて何処にもないくらい綺麗にされていて
代わりに霞さんの唾液がべったりと残ったムスコは疼く感覚を止められず
一回の射精じゃ満足出来ないとアピールするように霞さんの前でガチガチに反り返っていて
それでも頭が冷静になったのか困惑を漏らす京ちゃんに霞さんは微笑みながらゆっくりと巫女服を脱いでいって
京ちゃんを誘惑する為にブラもつけていなかったその身体は下着だけの状態になり
その残った下着も京ちゃんの精液をごっくんした時からもうグチョグチョのドロドロになっていて
クロッチの部分から愛液が糸を引いて滴り落ちるその光景に京ちゃんは疑問も何も口にする事が出来なくなり
そんな京ちゃんの前で下着をズラした霞さんはそのまま京ちゃんの腰の上にのしかかって
そこでようやく冷静になった京ちゃんが制止の言葉を掛けるんだけど時でに遅く
ガッチガチに勃起した肉棒は意外なほど抵抗感がなく、霞さんの肉穴へと飲み込まれていってしまい
口よりも狭く、熱く、そして何より淫らなその肉の感触に京ちゃんはもう喘ぐしかなくて
まるで少女のような声をあげる京ちゃんに霞さんは笑みを浮かべながら、ゆっくりと腰を下ろし
その先端が霞さんの子宮口にたどり着いた時には、もう京ちゃんは息も絶え絶えで
膣内射精をなんとかこらえようと我慢している京ちゃんが、霞さんは愛おしくて愛おしくて堪らず
そのまま軽く腰を上下に動かして京ちゃんのチンポを扱きあげて、射精へと導こうとするんだけど、それは彼女にとっての失敗で
コツンコツンとチンポをポルチオに当てるようなその動きによって霞さんの奥は少しずつ柔らかくなり
処女からメスへと変わりつつあったそこについに我慢出来なくなった京ちゃんの精液がぶっかけられ
まるで表面を溶かすような熱くてネットリとしたそれに霞さんの子宮口は、まるで目覚めたように敏感になり
ドクンドクンと一回目と変わらず吐き出される精液の勢いに、甘い声を漏らしてしまって
自分でも知らなかった快楽になんとか耐えようと京ちゃんに抱きついたのもつかの間
今度は自分の番だと言わんばかりに射精しながら京ちゃんが動き始め、霞さんの奥をガッツンガッツンと突き上げ
自分のそれとは違う男らしい突き上げに敏感になったポルチオはどうしても耐えられなくて
一突き毎におかしくなりそうな感覚に止まってと申し出るんだけれど、完全にタガが外れた京ちゃんが止まるはずもなく
自分の上に腰掛けた霞さんを壊しそうなくらい強く抱きしめ、逃げられないようにしながらチンポを叩きつけ
その度に揺さぶられる子宮に快感が集まって行っているのを自覚した時にはもう手遅れで
耳年増ではあったけれど自分でイった事はない霞さんは京ちゃんのチンポで初アクメキめられてしまい
身体全部に響くような絶頂の快楽と肉穴が収縮し、敏感になる感覚に背筋をのけぞらせて
もう意味のない鳴き声を漏らしながら余韻に浸る霞さんの子宮に再び精液が注がれて
二度目の膣内射精に一度、陥落したポルチオが耐えられるはずもなく
アクメ初心者の子宮口をまた熱く、淫らに、敏感にされた霞さんは腰をビックンビックンと揺らして
それでも京ちゃんは満足出来ず、再び動き出そうとした時にはもう霞さんも止まってとは言わなくなって

むしろ、熟していてもメスとして目覚めていなかった身体にポルチオアクメを教えこまれた霞さんはもう京ちゃんの虜となってしまい
もっともっとと精液とセックスを求めて愛液と淫語を垂れ流しにし
それに応えるようにして京ちゃんが突き上げる度に頭の奥まで痺れるような絶頂が湧き上がり
少しずつそれがポルチオだけじゃなく、オマンコ全体から感じられつつあるのに恐ろしさを感じながらも、もう霞さんは後戻りは出来ず
何時しかその声はアクメ声になり、顔もまた涙とヨダレ垂れ流しのアヘ顔になっても、終わらないセックスに喜びしか感じなくて
メスとしての幸せを身体全体で享受していた霞さんには理性なんてなかったんだけれど、突如としてトイレの扉を叩く音が聞こえてきて
そこでようやくここがトイレで、今は真っ昼間で皆がそれぞれ勉学や仕事に励んでいる最中だと思いだした霞さんの顔が羞恥に染まり
瞬間、扉の向こうから聞こえてきた小蒔ちゃんの声に、霞さんの顔が軽く青ざめて
よりにもよってこんなところを小蒔ちゃんに見つかる訳にはいかないと霞さんはなんとかアヘ声で取り繕おうとして
でも、幾ら小蒔ちゃんが鈍感でも、アヘ声と普通の声の違いくらい分かってしまい
何かあったのかと純粋に心配し、中々去って行かない小蒔ちゃんに、しかし、今の霞さんは感謝する事が出来なくて
小蒔さんが扉のすぐ外にいるのにも構わず、ケダモノのように動き続けている京ちゃんに彼女はずっとイかされ続けていて
ビンビンになった乳首がピクンピクンと反応するほどのそれを今の霞さんは必死に堪えようとするんだけれど
でも、もう嫌と言うほどアクメの味を覚えさせられた身体はチンポにあっさりと屈して連続絶頂を始め
もう理性どころか意識すら危ない中、それでも小蒔ちゃんにこんな姿を見せられないと必死に言葉を交わし
そんな気丈な姿とは裏腹に霞さんの肉襞はチンポへと絡みつくのを止めはせず、
まるでオスに媚びるようにして肉棒を舐めしゃぶり、アクメしっぱなしな腰はもう完全にガクガクと砕ける寸前で
クリトリスも勝手に皮が剥けちゃうほどド淫乱になった身体はもう暴走する一歩手前で
それでもなんとか小蒔ちゃんの事を納得させ、去っていってもらった事に安心したのもつかの間
小蒔ちゃんがいなくなった事で霞さんを繋いでいた糸がぷっつりと切れ、理性ももう紙切れのように千切れ飛び
限界だった腰からふっと力が抜けた瞬間、体重が全てチンポへと掛かって
今まで以上に子宮口を押し上げるその勢いに霞さんはアヘ声さえ忘れて全身を震わせ
その尿道から潮ともおしっこともつかない液体を垂れ流しにしながら、両手両足をピンと伸ばし
トイレ中に淫らな粘液を撒き散らす恥ずかしさや申し訳なさすらなく、ただただ排泄と絶頂の気持ちよさに顔を蕩けさせて
そんな霞さんがも理性を取り戻すはずもなく、そこがトイレだと言う事も忘れて、延々とアクメ声を喚き散らし
結果、小蒔ちゃん以外の全員にそれを聞かれて、翌日からもう死にたい気持ちで一杯になるんだけれど
でも、ソレ以上に京ちゃんのチンポの虜になってしまった霞さんはどうしても我慢出来ず、
昼間っから京ちゃんの事を誘惑し、人に見られかねないところでエッチするのがくせになったなんてそういう話はKENZENなこのスレでは書きません><

あ、それはさておき今から投下します(真顔で)


―― それからの俺も到底、冷静とは言えない状態だった。

そもそも俺は一歩間違えなくても、二人の事を襲うところだったのだから。
完全に理性をぶっ飛ばし、最後までヤっちゃう気満々だったのである。
性欲に流され、女の子を襲うところだった自分に自己嫌悪を止まらない。
そして、ソレ以上に俺の心を乱しているのは、そんな俺を受け入れる仕草を二人が見せてくれていた事だった。

京太郎「(…アレ、ホント、どういう意味だったんだろうか)」

春達も俺と同じく一時の欲求に流されてしまった…ならまだ良い。
いや、良くはないが、エスカレートしていくスキンシップにタガを外してしまったと理解出来なくはないのだ。
しかし、俺の知る彼女達は決して、それだけで男に身を委ねようとする子ではない。
特に明星ちゃんは貞操観念が人並み以上にしっかりしている以上、状況に流されただけ…とは思えなかった。


京太郎「(…となると、真っ先に出てくるのは)」

二人が俺の事を…その、家族以上に好いてくれているという可能性だ。
…でも、果たして、それはあり得るだろうか?
……正直、俺としてはあまり考えづらい。
人生=彼女いない歴の非モテ男が、突然、彼女たちのような美少女に同時に好かれるなんて何処のマンガかゲームだよって話だし。
人生には三度、モテ期があると言うが、俺はそんなの無縁だと咲にもずっと言われてた訳だからなぁ。

京太郎「(だけど、二人はあんなにも俺に好きと言ってくれた訳で…)」

まるで俺を洗脳しようとするような好きの雨。
その瞬間の二人の顔は…濁った瞳を信じられないほど輝かせていた二人の顔は、到底、忘れられるものではない。
是が非でも俺を自分達のモノにしようとする歪んだ独占欲さえ感じさせるそれは、俺に『もしかしたら』なんて言葉を浮かばせる。
自意識過剰だと、俺達はお互いに家族だとしか思っていないと言っても…その言葉は俺の中から薄れる事はなかった。


京太郎「(それに…もし、二人が俺の事をそういう意味で好いてくれているとなれば)」

京太郎「(色々と説明が済んでしまうんだよなぁ…)」

どうして明星ちゃんが自分の身を差し出してでも、俺をこの屋敷に引きとめようとしたのか。
一時、春からのスキンシップが異常なほど過激だったのは、どうしてだったのか。
その他、数えきれないほどの要素が、俺の思い違いで説明がついてしまう。
勿論、たまたま歯車が噛み合っただけの偶然なのかもしれないけれど…。
でも、それら全てを気のせいだと断ずるには、さっきの二人はあまりにも印象的過ぎた。

京太郎「(まぁ…これらの疑問を解決するのは簡単だ)」

京太郎「(ただ、春に俺への気持ちを聞けば良い)」

恐らく春は素直に俺へと答えてくれるだろう。
これまで春が俺に誤魔化した事など数えるほどしかないからな。
既に何度も俺に好きだと言っている以上、ここで隠し通そうとはしない。
素直に自分の気持ちを伝え、俺の疑問を解消してくれるはずだ。


京太郎「(…だが、果たして言えるだろうか…!!)」

京太郎「(お前って俺の事好きなのか?なんて…自意識過剰なセリフを!!!!)」

正直、そんなセリフを口走って許されるのはよっぽどのイケメンのみだと思う。
学校の中でファンクラブが出来るくらい格好良くて、なおかつ成績も運動もトップレベルの男だけだ。
…が、【須賀京子】はさておき、俺はそこいらに幾らでもいるような男子高校生な訳で。
俺がそんなセリフを口にした日にはドン引きされてもおかしくはない。

京太郎「(…無理だ)」

京太郎「(なんつーか、ヘタレ云々以前に…キャラとして無理)」

京太郎「(俺はどっちかって言うと三枚目の方なんだよ…!!)」

無論、胸の中に広がるモヤモヤとした問題を解決するにはソレが一番、手っ取り早い事は理解している。
だが、それを口にするのに必要な代償はあまりにも大きすぎるのだ。
例え、春にドン引きされなかったとしても、口にした瞬間の精神ダメージは壊滅的なものになるだろう。
正直、それを口にするのには親父や母さんと決別するのと同等の覚悟が必要だった。


京太郎「(…ただ)」チラッ

春「……」

…今、俺がいるのは自分の部屋だ。
夕食と入浴を終えた俺は、何時ものように部屋でのんびりとしている。
それは小蒔さんも…そして春もまた同じなんだよな。
勿論、今更、二人が俺の部屋に居座るのが嫌って訳じゃないけれど。

京太郎「(き、気まずい…!!)」

俺達はつい数時間前に超えてはいけない一線を超えてしまうところだったのだ。
そのまま碌に会話せず、こうして同じ部屋にいるのだから、正直、居心地が良いとは言えない。
しかし、ここは俺の部屋だし…それにこうして春が一緒にいるという事は、彼女はそれを望んでくれているんだ。
なら、俺は一人の男として、彼女から逃げまわるべきではないだろう。


京太郎「(…しかし、どうすりゃ良いんだろうな、コレ)」

…俺と春との間の気まずさは今、最高潮に達している。
正直、誰よりも長く一緒にいる彼女と、ここまで気まずくなった事はない。
俺がエルダー選挙に出て、依子さんとスールになった時以上に関係がギクシャクしている。
だが、それを理解していても、俺はその関係をどう改善すれば良いのか分からない。
改善したいという気持ちはあるし、春の気持ちに応えたいとも思っているが…それをどう行動に移せば良いのかまったく見えてこなかった。

小蒔「え、えっと…」

…でも、何時迄もそういう状態でいる訳にはいかないよなぁ。
そんな俺達の間に挟まれている小蒔さんは、まるで板挟みになっているような可哀想な顔をしているし。
俺達に何かあったのだと分かっているが、下手に立ち入って良い事なのか、悩んでいるんだろう。
そんな心優しい彼女にこれ以上、心配させない為にも、可及的速やかにこのぎこちなさをどうにかしなければ。


小蒔「と、とりあえず…そろそろ時間ですし、寝ましょうか」

京太郎「そ、そうですね」

春「…」コクン

ただ、ちょっと申し訳ないけど、それは明日に回させてもらおう。
今はまだ数時間前からの混乱も完全に収まってない状況なんだ。
その上、身体もまだ火照って、ちょっとした刺激があれば即座に勃起しそうになってる。
そんな俺が冷静に対策を打ち出す事なんて出来るはずないんだから、とりあえず寝よう…。

京太郎「(まぁ…多分、すぐには眠れないだろうけれどさ)」

一回、その気になってスイッチが入った身体はそう簡単に静まってはくれない。
下手をすれば今夜は眠れない可能性だって考えられた。
でも、そうやって時間が経過すれば経過するほど、身体も落ち着いていくだろうし。
寝ている間に何かトラブルでもない限り、明日の朝には少しはマシになっているはずだ。


小蒔「…それじゃ、そろそろ電気消しますね」スッ

京太郎「ん。何時もありがとうございます」

小蒔「いえいえ。それじゃあ…パチンです」パチン

そんな事を考えている間に、寝る前の準備も整った。
何時も通り、3つ並べた布団の中、俺は真ん中へと潜りこむ。
その右側に春、左側に小蒔さんが潜り込めば、もう後は消灯するだけ。
小蒔さんが手元に垂れ下がった紐をパチンと下ろせば、電灯から力が失せ、部屋を暗闇が満たした。

小蒔「では、おやすみなさい」

京太郎「おやすみなさい」

春「…おやすみ…なさい」

そう挨拶を交わすものの…まぁ、眠気なんてやってくるはずもなく。
とは言え、左右に目を向ければ、二人の寝顔が目に入るかもしれないからなぁ。
幾ら家族でも寝顔は中々、見られたくないものだろうし…。
とりあえず俺に出来る事と言えば、何時も通り、天井を見上げる事くらいか。


小蒔「…あの、京太郎君、まだ起きていますか…?」コソコソ

…と思ったら、隣の小蒔さんから小声で話しかけられた。
まぁ、それ自体は決して珍しい訳じゃない。
誰かと一緒に眠ると言うシチュエーションが楽しいのか、小蒔さんは消灯後に結構、話しかけてくるタイプだし。
それも数十分もすればすぐに寝息に変わるのだから、俺も決して嫌じゃない。
寧ろ、消灯後にこうして話をするのを楽しんでいるくらいだった。

京太郎「あぁ。起きてますよ」

小蒔「そうですか。良かったです」ニコ

だからこそ、俺は返事をしながら小蒔さんの方へと向き直った俺に、彼女が笑顔を見せてくれた。
枕に頭を預けた彼女の表情は明るくて、小蒔さんの嬉しさが伝わってくるようだけれど。
…でも、そこに少し遠慮の色が見え隠れしているんだよな。
それは多分、眠るところを邪魔したからってだけじゃない。
まるで春に聞かれたくないとばかりに小声で尋ねてくる辺り、むしろ、小蒔さんの目的は… ――


小蒔「…それで、一つ聞きたいんですけど…」

京太郎「何でしょう?」

小蒔「春ちゃんと何かありましたか…?」

…やっぱりそれだよなぁ。
今までずっと小蒔さんは俺達のギクシャクした関係を取り持とうとしてくれていた訳だから。
何かあったのか聞かず、何時も通りに振る舞ってくれてはいたけれど、やっぱり原因が気になるのだろう。
勿論、俺はそんな小蒔さんに感謝しているし、極力、答えてあげたいと思っている。

京太郎「あー…その」

小蒔「……私には言えない事ですか?」

京太郎「い、言えないと言う訳じゃありません」

京太郎「ただ…ちょっと複雑なものですから…」

ただ、馬鹿正直に全てを伝える訳にはいかない。
巻き込まれた形となった小蒔さんには悪いが…これは俺だけの恥部と言う訳じゃないし。
下手をすれば春や明星ちゃんの名誉にだって関わるほどの問題なんだ。
俺に対して、とても心砕いてくれているのは分かっているが、どうしても明け透けにはなれない。


京太郎「…まぁ、ちょっとぼかした言い方になりますが…」

京太郎「ちょっと…ものの見方が変わったと言うか…」

京太郎「俺はもしかしたら春に対して、誤解してたのかもしれないって…そう思いまして…」

小蒔「誤解…ですか?」

京太郎「はい。勿論、それは悪い意味じゃないんですけど…」

京太郎「でも、面と向かって尋ねるのも憚られるものですから…」

だから…まぁ、この辺が限界だよな。
大分、状況やら理由やらをボカしてはいるけれど、ちゃんと核心には触れているし。
全てが伝わる事はなくても、俺が戸惑っていると言う大事なところは伝えられるだろう。
後は、まぁ、小蒔さんがそれで納得してくれるか…なのだけれど。

小蒔「じゃあ、私が代わりに聞きましょうか?」

京太郎「い、いえ。大丈夫です」

勿論、小蒔さんのその言葉が優しさなのだと俺も分かっている。
俺が尋ねられないのであれば、代わりに自分が聞こうとするそれに他意はない。
しかし、それに甘えようとすれば、今以上の情報を彼女に開示しなければいけなくなるのだ。
それによって広がるダメージが、自分以外にも波及しかねない事を思えば、ここは断るしかない。


小蒔「…でも」

京太郎「ごめんなさい。これは…俺がどうにかしなきゃいけない問題ですから」

京太郎「小蒔さんを巻き込む事は出来ません」

小蒔「……そう、ですか」ショボン

…とは言え、目に見えて落ち込む小蒔さんの顔を見ると、やっぱり心も揺らぐ。
彼女は出歯亀精神なんてまったくなく、ただただ俺達を心配して申し出てくれたのだから。
家族二人がギクシャクしているのを早めにどうにかしようとしてくれていたその気持ちは…きっととても大きい。
全身から悲しそうなオーラを放つ小蒔さんの様子から、それが痛いほど伝わってくる。

小蒔「…もし、私に出来る事があったら言ってくださいね」

小蒔「私は何時もの仲良しな京太郎君と春ちゃんが大好きですし」

小蒔「それに私は京太郎君のお姉ちゃんなんですから、何でも頑張っちゃいます」グッ

京太郎「えぇ。ありがとうございます」ナデナデ

小蒔「えへー…♪」

しかし、小蒔さんは何時までもそれに囚われてはいない。
その表情に悲しそうな、寂しそうなものを浮かべながらも、俺に握りこぶしを作ってくれる。
グっと頑張る気持ちをアピールするようなそれは相変わらずとても微笑ましい。
ついつい手が動いて、彼女の頭を撫でてしまうくらいに。


小蒔「…こうやって寝転びながら撫でてもらうと夏の事を思い出しますね」

京太郎「…あー」

瞬間、小蒔さんからポツリと漏れた言葉は俺の胸をチクリと刺す。
それは小蒔さんの言う『夏の事』が俺にとって、決して良い思い出ではないからだ。
小蒔さんを傷つけ、春を泣かせて、他の皆にも多大な心配と迷惑を掛けてしまった事件。
それは必要がない限り、思い出したくはない俺の黒歴史になっている。

小蒔「…京太郎君がどう思っているかは、私もなんとなく分かってます」

小蒔「でも、私はアレがあってよかったと思ってるんですよ」

小蒔「私は…あの事件がなければ、きっと何も知らないままでした」

小蒔「ずっと霞ちゃん達の嘘を信じて…京太郎君がどう思っているのか思い至らなかったと思います」

京太郎「…小蒔さん」

だけど、小蒔さんにとってはきっとそうじゃないのだろう。
ポツリポツリと漏れるその声から感じ取れるのは辛さや苦しさだけではない。
勿論、それらも決して小さいものではないが、それ以上に伝わってくるのは小蒔さんの強さだ。
未だ夏の事を自分の中で咀嚼しきれていない俺とは違って…小蒔さんはそれを受け止めているんだろう。


小蒔「それに…アレがなければ私はこうして一緒に京太郎君と眠る事はありませんでした」

小蒔「いえ…きっとこうして一緒に京太郎君と眠る事が、どれだけ心地良いかも分かっていなかったはずです」

瞬間、小蒔さんは、その可愛らしい顔に笑みを浮かべた。
ニコリと花が咲くようなその表情は、一瞬、胸が締め付けられるほど愛らしい。
その内側に一体、どれほどピュアな感情を詰め込んでいるのかがハッキリと伝わってくるからこそ。
小蒔さんがどれほど俺の事を思っているかが分かるからこそ。
俺は気恥ずかしさを感じながらも、その顔から目を逸らす事が出来ない。

小蒔「…私、今、とても幸せです」

小蒔「京太郎君とこうして一緒に眠れて…側にいる事が出来て…」

小蒔「京太郎君の優しさを…感じる事が出来て…」

小蒔「心から毎日が楽しくて…嬉しくて…」

小蒔「こんな日が永遠に続けば良いなってそう思ってます」

それは何処か空恐ろしささえ感じさせる魅力によって視線を惹きつけていた春達とはまた違う。
だが、ただただ心が暖かくなるような小蒔さんの表情は春達のそれと甲乙つけがたいほど俺の心を惹きつけた。
結果、半ば見惚れるような形になってしまった俺の前で、ぽつりぽつりと小蒔さんは言葉を漏らす。
本当に心から今の生活を幸せに思ってくれているのだとそう感じる言葉に、俺はなんと返せば良いのか分からない。
俺が気軽に返すには…彼女の言葉に詰まった感情はあまりにも大きすぎるんだ。


小蒔「…それも全部、京太郎君のお陰」

小蒔「京太郎君が私の事を許してくれましたから」

小蒔「どれだけひどい事をされても文句を言えない私に…こうも優しくしてくれましたから」

小蒔「私に…数えきれないほどの暖かいものをくれましたから…」

…それは違う。
俺が彼女たちを許して優しく出来たのは…先に優しさを受け取っていたからこそ。
小蒔さん達がどれほど俺に対して心砕き、支えようとしてくれていたのが伝わっていたからだ。
それがなければ、俺は小蒔さん達に怒りや憎しみを向けていてもおかしくはない。
聖人には到底なれない俺がやったのは、彼女たちから受け取った好意や優しさを返す事だけだ。

小蒔「…京太郎君は強い人です」

小蒔「私はそれを誰よりも知っています」

小蒔「…だから、きっと春ちゃんとの仲直りもすぐに出来ますよ」

小蒔「私がそれを保証します」

京太郎「…えぇ。ありがとうございます」

…でも、それを口にしたところで小蒔さんは首を横に振るうだけだろう。
彼女は心から俺の事を強いとそう言ってくれているんだから。
ならば、ここで俺がするべきは、彼女の言葉を一々、否定する事ではない。
彼女の言う『強い人』になれるよう努力する事だろう。


小蒔「どういたしまして。…ってそうです」

京太郎「どうかしました?」

小蒔「はい。私に出来る事、一つ思いついたんです」モゾモゾ

京太郎「えっ」

って思った瞬間に小蒔さんがずずいとこっちに近寄ってきてるんですがっ!
ピッタリとくっついてる布団から出ないよう器用に肘や足で移動してきて…!
あっという間に俺の布団の中へと潜りこまれてしまった…!!

小蒔「ギュー♥」ダキッ

京太郎「お、おうふ」

そのまま俺へと抱きつく小蒔さんには躊躇いがなかった。
まるで最初からそれが目的であったかのように、その女の子らしい身体を押し付けてくる。
その中でもっとも密着感が強いのは、勿論、胸の部分だ。
和に負けないその胸を、ノーブラでグイグイと押し付けてくる彼女に、思わず声が漏れてしまう。


小蒔「えへへ。京太郎くんに…パワー注入です…♪」スリスリ

小蒔「春ちゃんとの仲直りを頑張れるよう今日はお姉ちゃんが一杯、添い寝してあげますからね…♥」デレー

京太郎「あ、ありがとうございます」

ただ、それは決して欲求に繋げて良いものではない。
何せ、こうして俺に抱きついてくる小蒔さんには決して他意はないのだから。
春との仲直りで役に立てないなら、せめて俺の事を元気づけてあげたいと、その身体を押し付けてくれているだけ。
かつて俺が言った言葉を心から信じてくれている彼女に欲情するようなゲスにはなりたくない。

京太郎「(た、ただ、ムスコがががががっ)」

何時の俺ならば、小蒔さんとの抱擁くらいならまだ耐えられる。
欲望との激しい戦いが必要となるが、それは決して絶望的なものではなかった。
だが、今の俺は数時間前のスキンシップから未だ立ち直れきれてはいない。
最初よりもその勢いを幾分、弱めたとは言え、理性を焦がすような激しい欲求は俺の中に残っている。
そんな俺にこうして美味しそうな身体を押し付けられたら、下半身が疼くのも当然だろう。


京太郎「(だからと言って、彼女を引き離すのも…)」

今の俺達がやっているのは所謂、同衾と言う奴で、決して好ましいものではありません。
そんな言葉は、恐らく小蒔さんの心には届かないだろう。
俺のことを慮ってくれている彼女の気持ちは本物だし、そもそも俺達はこれまでに何度も同衾してしまっているのだから。
ここで小蒔さんに離れてもらおうと思ったら、以前、俺が口にした言葉が嘘だと説明するしかない。
しかし、その真実は間違いなく小蒔さんを悲しませるものなのだ。
これまで俺の為を思ってやってくれていた事全てが無意味だったなんて事、俺にはどうしても言えない。

小蒔「どうですか、京太郎君」

小蒔「お姉ちゃんパワー、補給出来てますか?」

京太郎「は、はい。ギュンギュン来てますよ」

小蒔「えへへ。良かった…」

小蒔「今日は京太郎君の腫れを治せなかったからちょっと不調かな?って思ったんです」

京太郎「そ、そんな事ないですよ。お姉ちゃんパワーは偉大ですから」

京太郎「小蒔さんの助けがなかったら腫れどころか破裂してたかもしれません」

小蒔「あわわ…そ、それは大変ですね…!」

結果、こうして嘘を重ねてしまうが…まぁ、こればっかりは仕方がない。
小蒔さんが悲しむ事に比べれば、俺の理性が削れていくなど些細な問題よ。
それにまぁ、一度、嘘を吐いた以上、それを突き通すのが責任の取り方の一つだろうし。
俺がとち狂ったりしなければ、小蒔さんが本当の事を知る事も、それによって傷つく事もない。


京太郎「…でも、こういう事、他の男にやっちゃダメですよ」

小蒔「え?」

京太郎「お、お姉ちゃんパワーが通用するのは俺だけですから」

京太郎「他に人にやっちゃうと逆に悪い影響が出ちゃうかもしれません」

ただ、しっかりと釘だけは刺しておかないとな。
小蒔さんは俺の穢れっぷりが浮き彫りになってしまうくらいに純真な人なんだから。
今のところ、俺以外の男との接点なんて禄にないが、これからはそうじゃないかもしれないし。
普段は俺や山田さん達が側にいるから大丈夫だとは思うが、何かの拍子に悪い男に騙されないとも限らない。

小蒔「なるほど…良かれと思ってやった事で悪化させちゃうと申し訳ないですもんね」

小蒔「元からそんなつもりはありませんでしたけど、心に留めておく事にします」

小蒔「ただ」ジッ

京太郎「え?」

小蒔「……いえ、何でもありません」

京太郎「えっと…小蒔さん…?」

…なんでもないって顔じゃないと思うんですが。
その頬を軽く膨らませて顔全体に面白く無いのをアピールしてるし…。
俺の不用意な発言が、彼女を不機嫌にさせたのは間違いないだろう。
…ただ、それに謝ろうにも何が小蒔さんの心に触れてしまったのか分からないんだよな…。
こうして素直に受け止めてくれた辺り、俺の言葉そのものが不適切だとそう思っている訳じゃないんだろうけれど…。


京太郎「もしかして、俺、失礼な事を…」

小蒔「そんな事ありません」

小蒔「京太郎君は私の事しっかりと考えてくれているのは分かってます」

小蒔「………………でも」

小蒔「でも、今の私は…少し…複雑な気持ちです」

小蒔「京太郎くんが心配してくれたのは嬉しいですけど…でも、ソレ以上に…」

小蒔「…誰かれ構わずこんな事をすると思われていた事が…ショックかもしれません」

京太郎「あー…」

…分かってたけど、これは完全に俺のミスだな。
何時もの小蒔さんなら、こういう言い方で問題なかったなんて言い訳にもならない。
彼女は俺と同じ生きている人間で、そして今も精神的に、肉体的に成長している真っ最中なんだから。
俺の言葉に自身の貞操観念を疑われているとそう思うようになったとしても、何もおかしくはないだろう。


京太郎「すみません。今のは不適切な言葉でした」

京太郎「小蒔さんの事を心配していたから…なんて言い訳にもなりません」

京太郎「小蒔さんが不機嫌になるのも当然だと思います」

小蒔「……」

京太郎「…ただ、言い訳になりますが」

京太郎「俺は決して小蒔さんの気持ちを軽んじている訳じゃありませんし」

京太郎「誰かれ構わずにこんな事をするような人だとも思っていません」

京太郎「それでも、俺があんな事を言ったのは…何と言うか…」

京太郎「小蒔さんに他の男の人とこういう事をして欲しくなかったからです」

小蒔「え…?」

も、勿論、それは嫉妬じゃない。
俺は別に小蒔さん達の事をそういう意味で好いている訳じゃないんだから。
春達は嫉妬だと騒ぎ立てるかもしれないが、これはただの庇護欲。
小蒔さんの事を大事に思っているからこそ、我慢出来なかっただけだ。


京太郎「俺は小蒔さんの事が大事です」

京太郎「出来れば、ずっと側にいて、貴女の事を護りたい」

小蒔「っ♥」キュン

京太郎「でも、現実的にそれは不可能です」

京太郎「俺と小蒔さんはそれぞれ別の人間で…何時までもこうして一緒に暮らせる訳じゃない」

京太郎「いずれお互いに離れ離れにならなければいけない時が来るでしょう」

瞬間、俺の心に浮かぶのは、初美さんの言葉だった。
小蒔さんの卒業後は皆、離れ離れになるというそれは…きっと俺も例外じゃない。
そもそも小蒔さんは神代にとって大事な巫女であり、婚約者が決まっていないはずがないのだ。
いずれ俺とは違う男と結婚する事が決められているであろう彼女と、ずっと一緒にはいられない。

京太郎「だから、ついその時の事を考えて口うるさくなってしまったと言うか…」

京太郎「大事に思っている気持ちが暴走してしまったと言うか…」

京太郎「その…なんとなくなんですが、面白くなくてですね…」

小蒔「ふふ…♪」

京太郎「え?」

だが、その辺の俺の気持ちをどう彼女に説明すれば良いのか分からなくて…。
結果、あまりにも複雑すぎて自分でも咀嚼しきれていないそれをポツポツと漏らすしかなかった。
そんな俺に小蒔さんが見せてくれる笑みは、さっきの不機嫌さが嘘のように明るく上機嫌なもの。
それは有り難いけれど…でも、今の説明にもなっていない言葉の羅列にそれほど上機嫌になる要素があったのだろうか。
勿論、俺は小蒔さんがどれほど素直な良い子なのか良く理解しているが、それでもその変化には驚きを隠せなかった。


小蒔「…大丈夫ですよ、京太郎君♥」

小蒔「私達はずぅっと一緒ですから…♥」

小蒔「京太郎君が心配する必要はありません…♪」ギュゥ

京太郎「こ、小蒔さん?」

そうやって躊躇う俺の前で、小蒔さんはさらに激しくその身体を押し付けてくる。
俺の胸板で自身の胸が変形するのも厭わないそれは彼女の強い感情を感じさせた。
だが、それが一体、何処から湧き出てきているものなのか、俺にはさっぱり分からない。
これほどまでに喜んでくれるのは嬉しいが…それでも微かに困惑を覚えてしまうのは否定出来なかった。

小蒔「…ごめんなさい、自分でも良く分からないんですけど…」

小蒔「今の京太郎君の言葉が、ちょっと嬉しすぎて…♪」

小蒔「このままギュゥって…させてください…♥」スリスリ

京太郎「お、俺は構いませんけれど…」

その困惑に小蒔さんは謝りながらも、離れる気配を見せなかった。
寧ろ、その顔に浮かぶ嬉しそうな色を強めながら、スリスリと身体をすり寄せてくる。
お互いに寝転がっている今、それは身体全体でマーキングするような激しいものではない。
しかし、それでもその身体を止めない彼女から溢れんばかりの感情が伝わってくる。


小蒔「京太郎くぅん…♥」

京太郎「どうしました?」

小蒔「えへへ…呼んでみたかっただけです…♪」

…まぁ、相変わらず訳が分からない状態ではあるけれど…それは小蒔さんも同じみたいだし。
とりあえずは小蒔さんがこうして上機嫌になってくれたんだから、良しとしよう。
…それに何より、こうして俺の名前を呼んで嬉しそうにする小蒔さんは可愛いしな。
その辺の疑問に解決をつけようとするよりは、今は彼女と向き合った方が良い。

京太郎「…じゃあ、小蒔さん」

小蒔「はい?」

京太郎「呼んでみたかっただけです」

小蒔「ふふ。これでお揃いですね♪」ニコニコ

小蒔「じゃあ、お揃いになってくれた京太郎君に…」

小蒔「いえ、京太郎君だけに…特別なナデナデをしてあげます♪」

小蒔「勿論、お姉ちゃんパワーを一杯、込めたナデナデですよ…♥」ナデナデ

京太郎「わーい」

さっきの事で学習したのか、『俺だけに』と訂正する小蒔さん。
そんな彼女の手が、俺の髪にそっと触れて、優しく頭を撫でてくれる。
正直、子ども扱いされているようなそれはこそばゆいが…しかし、それは小蒔さんの厚意な訳で。
お姉ちゃんパワーとやらがどういうものなのか、未だに良く分からないが、とりあえず受けておこう。


京太郎「でも、小蒔さん、布団から手を出して寒くないですか?」

小蒔「大丈夫ですよ。こうしてハグすると百人力なのは、京太郎君だけじゃありませんから…♪」

小蒔「私もこうして抱き合っていると…胸の奥がキュゥゥンってして不思議な力が湧いてくるんです…♥」

小蒔「その力の所為か、京太郎君の身体が暖かくて心地良い所為かは分かりませんけれど…♪」

小蒔「私の身体も熱くなっちゃってますし…これくらいの寒さならへっちゃらです…♪」

京太郎「そ、そうですか」

…正直、小蒔さんの言葉から真っ先に欲情だの好意だのを連想してしまった。
それはないと分かっているが…その、俺だって健全な男子高校生な訳で。
エロい事には人並み以上に興味はあるし、自意識過剰な面はどうしてもなくならない。
そんな自分の汚さに内心、自己嫌悪を感じるが…まずは冷静さを保つのを優先して。

小蒔「多分、これが春ちゃんの良く言ってるスガルゲンとかキョウコサミンの力なんでしょうね♪」クス

京太郎「小蒔さんもその謎物質の力を感じちゃいますか」

小蒔「はい。体中いっぱいに…幸せなくらいに感じます…♪」フワァ

なんて事だ…。
まさか春の提唱した謎物質が、小蒔さんにまで影響を及ぼしているだなんて…!!
…まぁ、そうやって喜んでくれる分には問題はないし、俺も嬉しいけれど。
ただ、そんなに幸せなのは小蒔さんが眠気を覚えてきてるのも大きいような気がしないでもない。
小蒔さんは本当に寝るのが好きな人で、幸せそうに昼寝をしてるからなぁ…と、それはさておき。


京太郎「…もう眠くなってません?」

小蒔「…はい。そろそろ限界みたいです…」ウトウト

京太郎「じゃあ、もう無理しないで眠っちゃってください」

京太郎「明日も早い訳ですから」

明日も一応、休日ではあるが、小蒔さんにとってはあまり関係ない。
神代の巫女である彼女は、日の出の時間には起きて禊を始めるのだから。
年中無休で続けなければいけない巫女としての仕事を考えれば、あまり夜更かしは出来ない。
正直、小蒔さんにこうして撫でられるのは嬉しくない訳じゃないけど、今は休むのを優先して欲しい。

小蒔「…もうちょっとだけダメですか…?」

京太郎「ダメです」

小蒔「ぅー…」

京太郎「…大丈夫ですよ。明日もこうして付き合ってあげますから」

小蒔「本当ですか…?」

京太郎「えぇ」

明日になればこの行き場のない欲求不満も少しはマシになっているだろうしな。
そうなれば小蒔さんのハグを受け止める事はそう難しくない。
まぁ、だからと言って、理性と欲望の不毛な戦いがなくなる訳じゃないが、大事なのは俺よりも小蒔さんの方だし。
ここはご褒美を用意してでも、小蒔さんが早く眠れるよう尽力した方が良い。


小蒔「…じゃあ、ちょっと寂しいですけど、もうお休みします」

京太郎「はい。お休みなさい、小蒔さん」ナデナデ

小蒔「ん…にゃぁ…♪」スヤァ

…相変わらず寝付きの良さは驚異的だなぁ。
ほんの数回、頭を撫でただけでもう眠ってしまったぞ。
まぁ、それ自体はとても微笑ましくて良いんだが…問題は小蒔さんの今の状態なんだよな。
俺の布団に入りこんだ彼女はそのまま幸せそうに眠りについてしまった訳で。
今も小蒔さんの胸がグイグイと俺に押し付けられているままだ。

京太郎「(と、とりあえず距離をとろう…)」

このままの状態じゃ落ち着くに落ち着けない。
流石にとち狂う事はないが、朝まで眠れない可能性がグッと上がるんだ。
一応、明日は休日で、のんびりしてても問題はないが、だからと言って寝坊するのはどうかと思うし。
ここは小蒔さんを起こさないように細心の注意を払いながら離れて… ――


春「…京太郎」ギュ

京太郎「うぇ…!?」

って思ったらすぐ後ろになんかやわこいものが…!?
こ、これ、もしかして春の身体なのか…!?
だ、だけど、一体、いつの間に、俺の布団の中に!?
今までずっと小蒔さんと向き合ってたとは言っても、全然、そんな気配を感じなかったぞ…!!

京太郎「え、えっと…は、春さん?」

春「……」ギュゥゥ

…しかも、なんか不機嫌っぽい?
俺の逃げ場を塞ぐようにして後ろから抱きつくだけで…何も応えてはくれないし。
その顔を見れば少しは判断もつくんだが…俺は今、小蒔さんと春にサンドイッチにされてる状態なんだよなぁ。
下手に寝返りを打てば、小蒔さんを起こしてしまうかもしれないし、春へと振り返る事が出来ない。


京太郎「(それに何より…今の俺が春の顔を見るのは…)」

色々と答えを先延ばしにしていた所為で、俺はまだ自分の中で答えを出せていない。
春の好きが一体、どういう意味だったのか…そんな今更な疑問を彼女にぶつける勇気が持てないんだ。
そんな俺に春の顔を真正面から見据える事など出来るはずもない。
下手に顔を見合わせれば、お互いに気まずくなるのが目に見えていた。

京太郎「(だからってずっとこのままなのは…)」

正直なところ、かなり辛い。
今の俺は前後をおっぱいで挟まれてしまっているのだから。
前門の小蒔さん、後門の春と言う状況に、燻り続けている欲求不満がどうしても反応してしまう。
何より、こうして春が俺の背中に張り付いているのは、何か伝えたい事があるからだと思うし…。
……気まずいからと何もせずに居ては、大事なものを取り零してしまうかもしれない。


京太郎「(でも、一体、何を言えば…)」

春「……ごめん」

京太郎「え?」

その具体的な行動まで思いつかない俺の背中から春の謝罪が聞こえてくる。
ごめんと短く告げるそれに、俺はつい驚きの声をあげてしまった。
何せ、それはこれから寝ようとしているのを邪魔して…とかそういう軽い響きではないのだから。
つい数時間前にずっと秘めていた内心を吐露してくれた時のようにその声音は重苦しい。

春「今日の私は…ちょっと調子に乗りすぎた」

春「思った以上に過激だった明星ちゃんに触発されて…こっちもエスカレートして…」

春「京太郎は以前、こういう事は控えて欲しいって言ってたのに…」

春「我慢…出来なかった…」

あー…なるほど。
俺が以前、春に過激なスキンシップを控えてくれって言ったのを彼女は覚えていたんだ。
いや、覚えていた…と言うよりはかなり意識していた、と言うべきかな。
実際、アレからも抱きついたり、身体をすり寄せたりするのはなくならなかったけれど…。
でも、俺が本気で我慢出来なくなるほど過激なものは、殆どなくなったし。
多分、春は俺が思っていた以上に自重を自身に命じていたのだろう。


京太郎「(だけど、それって自重を命じなければいけないほど春が俺とのスキンシップを望んでくれていたって事で…)」

京太郎「(つまり…春は俺の事…)」

春「本当に…本当にごめんなさい」

春「もう二度としないから…嫌いにならないで欲しい…」

京太郎「…馬鹿だな」

春「…え?」

…それも気になるけれど、今は目の前の春の方が大事だよな。
マイペースそうに見えるし、実際、俺が振り回される事は多いけれど…。
しかし、春は春で俺の事をとても大事に思って、尊重しようとしてくれているんだから。
そんな彼女がたった一回の失敗でこんなにも落ち込んでいるのを見て、好意の意味に囚われている訳にはいかない。
まず何より優先すべきは、間違いなく俺の事を好きで居てくれている春に誠実である事なんだ。

京太郎「そんな事で春の事を嫌いになるはずないだろ」

春「でも…」

京太郎「そりゃ…まぁ、確かに控えて欲しいとは言ったけれども」

京太郎「それはあくまで春の事が魅力的だからこそだしさ」

京太郎「可愛い女の子があぁもスキンシップを求めてくれて嫌いになる男がいるはずないだろ」

春「~~っ♥♥」カァァ

…未だ春と向き合えていない今の俺には春の表情は分からない。
ただ、俺の背中に添えられたその腕が軽く震えて、熱くなった事から察するに…。
案外、俺の言葉に喜んでくれているのかもしれない。
まぁ、今の俺にはそれを確かめる術も勇気もないから、一旦、思考の脇へと置いておいて。


京太郎「つか、それだったら、こっちの方も謝らなきゃいけないし」

春「謝るって…」

京太郎「まぁ、その…なんつーか、途中から俺も理性トんじゃったと言うか…」

京太郎「調子に乗って自分から色々としちゃった訳じゃん?」

春「…違う」

京太郎「え?」

春「しちゃったじゃない」

春「…京太郎はしてくれた」

春「私達が望んでいた事を…してくれただけ」

とりあえず、ケダモノのように二人に襲いかかってしまった事を謝ろう。
そう思った俺に返ってきたのは、それを望んでいたという春の言葉だった。
…それはつまり春が…そして、もしかしたら、明星ちゃんも俺とそういう関係になりたいと思ってくれていた訳で。
やっぱり…その…そういう…事…なんだろうか?


春「…だから、京太郎は悪く思う必要はない」

春「悪いのは…京太郎を誘惑した私達の方だから」

京太郎「…そうやって自分で色々背負い込むなよ」

京太郎「んな風に背負い込まれたら、謝った俺の方が申し訳なくなるだろ」

春「…京太郎が何時もやっている事」

京太郎「うぐ」

た、確かに、俺はそういう風な傾向があるかもしれないけれど。
でも、今回に限っては、春が背負い込みすぎなんだと思うなぁ。
そもそも、春だって…誰かれ構わず誘惑する訳じゃないだろうし。
そういう行動に出させてしまったのは…多分、少なからず俺にも責任があるんだと思う。

春「…でも、安心した」

春「あんな事までやって恥ずかしかったし…」

春「京太郎とは目も合わせられない状態だったから…」

春「嫌われているじゃないかって内心、心配してた…」

京太郎「…春」

…ただ、春は本気で心配してたんだろうな。
背中から聞こえて来る声は、安堵の色がにじみ出るようなものだし。
衝動に任せてやってしまった事に対して、心から後悔していたのを感じ取る事が出来た。
だが、それもこうして話す事で少しは晴れたようだし、俺の方も安心したのだけれど。


京太郎「(…代わりにあの疑問が浮かんでくるんだよなぁ)」

…いや、疑問というのは…もう正しくはないかもしれない。
春の好きを俺が勘違いしていたというそれは、半ば、俺の中で確信めいたものになってきている。
胸中に生まれた疑惑の所為か、春と話している間にもドンドンと深まっていったそれを俺はもう無視出来ない。
話も一段落した今、勢いに任せて尋ねるのが一番だと…そんな言葉が俺の中から浮かんでいる。
何より、今は幸か不幸かお互い顔を合わせていない状況で。
今ならば、言いづらい話も普段よりはしやすいはずだ。

京太郎「あのさ…一つ質問良いか?」

春「何…?」

京太郎「…春って…その…」

しかし、それでも俺の中で踏ん切りがつかない。
俺は、これまで幾度と無く自意識過剰による撃沈を経験してきたのだから。
その上、これまで家族だと思っていた相手に…そういう事を尋ねるのは抵抗感がある。
だが、こうして気付いてしまった以上、それはずっと目を背ける事は出来ない。
どれだけ恥ずかしくても、確かめるのが怖くても…それはなあなあのまま放置してはいけない問題なんだ。


京太郎「(だから…勇気を出せ…!)」スー

京太郎「(確信があるってのにヘタレたら…それこそ鈍感装って女の子を弄ぶ最低のクズ野郎じゃないか…!)」ハー

俺はそんな男にはなりたくない。
元から決して立派な奴じゃないが…だからと言って、自分からクズに落ちたいと思ってる訳じゃないんだ。
だからこそ、俺は踏ん切りをつける為、大きく胸を膨らませる。
そのまま深呼吸をする俺の目の前には小蒔さんの寝顔があって、中々、新鮮な酸素を取り込めないけれど。
正直、小蒔さんの何処か甘ったるい匂い混じりの空気に少し胸がドキドキするけれども!!

京太郎「俺の事を…か、家族以上に思ってくれてる……とか?」

それでも……肺へと取り込んだ新鮮な空気は俺の背中を押してくれた。
ヘタレな俺が最後の一歩を踏み出す勇気をくれたのである。
…まぁ、それでもそのセリフは思いっきり震えまくっていた訳だけれども。
ちゃんとこうして言葉に出来た自分を今は褒めてやりたい。


春「……」

…………で、今はこうして返事を待っている最中なのだけれど。
春はずっと沈黙を続けてるんだよなぁ…。
しかも、後ろから伝わってくる気配は、ちょっと困ってる感じだし…。
これは…もしかしてやらかしちゃったか…?
また俺は自意識過剰で盛大に自爆しちゃったのか…!!?

春「…………驚いた」

京太郎「え?」

春「…まさかそんな事言われるとは思っていなかったから」

…あー、これはもう確定…か?
やっぱり春にまったくそういう気がなかったパターンなのか…!?
……なんかそう思うと気分が急に憂鬱になってきたな…。
勿論、今までだってハッピーだった訳じゃないけど…中学時代のトラウマが急に蘇ってきて…胸が苦しくなってくる…。


春「でも…今はダメ」

京太郎「え?」

春「今は…それに答えられない…」

……それはどういう事なんだろう?
イエスでもノーでもないって…そういう事なんだろうか?
いや、それなら答えられないなんて言わないだろうし…。
そもそも今は、なんてつけないはずだと思うのだけれど…。

春「…姫様が卒業したら」

春「姫様が卒業して、この生活が終わりを迎えたら…」

春「…今の疑問にも…応えるから」

…ただ、春は有耶無耶にするつもりでそういう事を言っているんじゃないらしい。
こうしてハッキリと期限を区切って、俺に応えるとそう返してくれている。
…なら、ここで俺がするべきは下手に答えを追求する事じゃない。
彼女の意思を尊重し、数カ月後の卒業式まで疑問をしまっておく事だろう。


春「…だから、それまで…今日の事は忘れないで欲しい…」

京太郎「…普通、逆じゃないか?」

春「…折角、勇気を出したのに忘れられるのは嫌」

春「それに私も…今日の事を忘れるつもりはないから」

春「京太郎と大人のキス出来た記念日なんだし…きっと一生覚えてる…」

…ただ、それに打算がまったくないかと聞かれたら…正直、即答は出来ない。
勢い任せに聞いてみたけれど、そもそも俺は、ここで答えを貰ったってどうしようも出来ないんだから。
俺の心にはまだ咲って言う特別な人が居て、初美さんと言う婚約者だっている。
そんな状況で春の気持ちに…記念日とまで口にしてくれる彼女の気持ちに応えられるはずがない。
俺は春の事が大事だし、好きでもあるけれど…それで全てを台無しには出来ないんだ。

春「…大丈夫」

京太郎「え?」

春「私は…京太郎の気持ちが分かってるから」

春「まだ好きな人がいるのも…初美さんの事を裏切れないのも…」

春「…ちゃんと分かってる」

…なんでそこでピタリと俺の内心を言い当てられるんだろうか。
未だに俺は春に背中を向けている状態だし、碌に判断材料もないはずだ。
例え、春が読唇術だけじゃなく、読心術まで心得ているとしても、こうまで的確に指摘出来るとは思えない。
…それともオカルト的な何かで俺の心が読めるとか…そういう事なんだろうか?


春「…だから、京太郎は下手に気に病まなくて良い」

春「ただ、待っていてくれるだけで良いの」

春「そうすれば…全てが解決するから」

京太郎「でも、それって情けなさすぎやしないか…?」

ただ、まぁ、何にせよ…だ。
俺の心を読み取ったにせよ、そうじゃないにせよ、春は俺にとって都合の良い言葉をくれる。
気に病まず、ただ待っているだけで良いと言うそれは…正直、とても有り難い。
…でも、有り難すぎるというか、こっちに対して都合が良すぎるんだよなぁ…。
正直、有り難い気持ちよりも、そんな情けない解決方法で良いのだろうかと思う気持ちの方が遥かに強い。

春「…この件に関しては誰も男らしい京太郎を望んでない」

春「何時も通り、鈍感で優しくて明るい京太郎でいてくれた方が…きっと皆も喜ぶ」

…ここで言う皆って多分、霞さん達の事なんだろうな。
恐らく、彼女達もこのまま何事もなく、小蒔さんの卒業を迎える事を望んでいるんだろう。
その後に一体、何があるのかは気になるけれど…でも、それを春に聞いたところで答えては貰えないだろうし。
とりあえず何時も通りで良いと言う春のアドバイスに従おう。


京太郎「…分かった。ちょっと男としては情けなさすぎる気がするけど…」

京太郎「春の言う通り、何時も通り、鈍感でいるよ」

春「…ごめん」

京太郎「いや、良いよ。春だって好きで秘密にしてる訳じゃないだろうし」

京太郎「それに時期がくればちゃんと全部教えてくれるんだろう?」

春「…うん」

京太郎「なら、何も問題はないよ」

京太郎「数ヶ月くらい我慢出来ないほど子どもじゃないしさ」

まぁ、とは言え、流石に春との関係は変わってくるだろうけどさ。
遠回しであるとは言え、俺に好きと言ってくれた彼女を、今まで通り、親友とは見れないし。
恐らく今まで以上に魅力的な美少女として認識してしまうはずだ。
…だから、これからはより欲望を理性で制御しとかないとな。
もし、また今回みたいな事が起こったら…それこそ歯止めが効かなくなってしまう可能性だってあるし。
春は俺の事が好きなんだからと、そんな言葉を免罪符にしないとはどうしても言い切れない。

春「……確かに子どもじゃなかった」ポッ

京太郎「…今、なんか俺の意図してたものとニュアンスが違ったような気がするんだが」

春「予想以上に大きくて…硬くて…たくましかった…♪」スリスリ

京太郎「せ、背中の事だよな?そうだよな?」

…うん、そうであって欲しい。
さっき理性に引き締めを言い渡したとは言え、俺の身体は未だ欲求不満が続いている訳で。
ムラムラが収まらない今の俺にそんな事言われると、やっぱりどうしても下半身が反応してしまう。
流石に俺の目の前で寝息を立てる小蒔さんにムスコがイタズラしてしまうなんて事態は絶対に回避しなきゃいけないし。
春の真意はさておいても、そうやって自分に言い聞かせないと。


春「…どっちもだけど」

京太郎「あーあー聞こえない」

春「…意地悪」

京太郎「お前、この状況で俺がどれだけ我慢してるか分かってて、それ言ってるんだよな…?」

言っとくが、こっちだって割りと辛いんだぞ。
前後に素敵なおっぱいがあるってのに、どっちも俺から触っちゃいけないんだから。
間違いなく天国ではあるが、だからこそ生殺し感がハンパじゃない。
正直なところ、良く我慢出来てると自分で自分を褒めてやりたい気分だった。

春「…私は大丈夫…♪」

春「京太郎がしたいなら全部受け止めてあげるから…♥」

京太郎「…流石にそんな真似出来ないっての」

正直、ちょっと心惹かれたけれどさ!!
内心でアレやコレやとエロい妄想が脳裏に浮かんで生唾飲み込みそうになったけれども!!!
……でも、そうやって欲望に流されるには、今の俺は冷静過ぎるし。
何より、責任も取れないのにたやすく手を出せるほど、春の事を軽んじている訳じゃないんだ。
ここでホイホイと春の事を襲って、いざその時になったらポイ捨て…なんて酷い事は絶対にしたくない。


京太郎「それよりもう寝ろよ」

京太郎「明日も小蒔さんと付き合って、禊するんだろ」

京太郎「下手に寝坊すると霞さんに叱られるぞ」

春「…うん」ムニィ

京太郎「おうふ…」

…で、なんで春は俺の布団の中から離れようとしないんですかねぇ。
寧ろ、俺の方へとグイグイ胸を押し付けてきてるし…。
さっき誘惑断ったのがそんなに不満なんだろうか…?
正直、このままじゃ俺がマジで眠れなくなりそうだし、勘弁して欲しいのだけれど…。

春「…姫様だけズルい」

京太郎「で、ですよねー…」

…ここで大人しく納得してくれるような子じゃないよな。
いや、まぁ、俺が本気で嫌って言えば、恐らく春も従ってくれるだろうけれど。
でも、その時、彼女は少なからず傷つくだろう事を考えれば、どうしても本気で嫌とは言えない。
これまで幾度となく俺の所為で悲しませてしまった訳だし…これくらいの我儘ならば許してあげようとそう思ってしまう。


春「それに…自業自得とは言え、私も数カ月間、お預けを喰らう訳だから」

春「これくらいの役得がないと…最後まで我慢出来ない」

京太郎「役得…なのか?」

春「…好きな人の背中を感じながら眠るのが役得じゃないなんておかしいと思う」

京太郎「あ、あの、春…?」

春「…大丈夫。『コレ』は家族としての好きだから」

お、俺にはそうじゃない方の好きも感じるんだけどなぁ…。
と言うか…俺が今まで意識してなかっただけで、本当は春はずっとそういう『好き』を口にしてくれていたのかもしれない。
…まぁ、その辺、これまでまったく気づかなかった俺がどうこう言う事じゃないよな。
春の言う通り、鈍感男として気づかないフリをしておこう。

春「それでも京太郎が嫌なら離れるけど……」

京太郎「…家族としてのスキンシップなんだろ?」

京太郎「なら、何も問題はないよ」

春「…本当?」

京太郎「あぁ。一々、家族としてのスキンシップに目くじらを立てるほど俺は古臭い価値観持ってる訳じゃないし」

春「…じゃあ」スッ

京太郎「ちょ…っ」

って言った途端に、春の足が俺を挟んでくるんですけど!?
まるで俺を捕食しようとしているようにあの綺麗な足で下半身をホールドされるとどうしてもドキドキが強くなるというか…。
正直、今にも逆レイプされてしまいそうな気配さえ感じてしまうんだよな…。
まぁ、流石に春もそこまで過激な事をやるつもりはないだろうと信じてはいるけれども…。


春「…ふふ♪」

京太郎「…えっと、これはその…どういう家族的な理由があるんだ?」

春「…京太郎が寝ている間に逃げないようにって言う家族愛…♥」

京太郎「そ、それって家族愛って言うのかなぁ…」

春「…私はそのつもりだから問題はない…♪」ギュゥ

…コレ完全に今の俺は抱き枕だよな…。
手と足の両方で身体をガッチリ捕まえられてしまっているし…。
まぁ、それで春が安らかに眠れるなら、俺も吝かではない。
正直、こうして春に捕まった時点で、もう寝るのは諦めてるしな…。

春「京太郎のお陰で…グッスリ眠れそう…♪」スリスリ

京太郎「まぁ、それなら俺も嬉しいけどさ…」

春「京太郎が眠れそうにない?」

京太郎「流石にこんな状態ですぐさま眠れるほど男捨ててないって」

春「…眠ってる私の身体でスッキリするという方法も…」

京太郎「ば、馬鹿な事言ってないで寝ろって」

流石に初めてが睡姦とかレベルが高すぎるわ。
俺は自他共に認める巨乳フェチではあるが、それ以外に特筆するような性癖を持ってる訳じゃないんだ。
出来れば、筆下ろしをする時は愛を交わすようなイチャイチャセックスが良い。
エス寄りではあれどレイプ願望とかまったくない俺にとって、それは据え膳として差し出されても食べてはいけないものだった。


春「それじゃあ、お休み、京太郎…♥」

京太郎「…ん」

…それに恐らく春も本気で俺が襲うとそう思っていた訳じゃないんだろう。
寝ろと告げる俺に従うようにして、お休みの言葉を返してくれた。
だからと言って、すぐさま寝息が聞こえてきたりはしないが、とりあえず春は眠るつもりになったのだろうし。
下手に身動ぎなどをして彼女の眠りを妨げない方が良い。

京太郎「(…まぁ、そもそも身動ぎなんか出来ないんだけどな)」

勿論、小蒔さんと春の間にまったくスペースがない訳じゃない。
少なくとも、身体の位置を調整するだけの余裕は用意されていた。
だが、それに甘えて身体を動かせば、二人の身体のどちらかに触れてしまう。
ムラムラを内側に抱えているとは言え、すぐさま暴発…なんて事にはならないだろうが、それでも勃起は避けられない。
つい数時間前の欲求不満を晴らそうとガチガチになったムスコが、小蒔さんの腹部を押し込む光景がありありと想像出来てしまう。


京太郎「(…それだけは何としてでも避けないと)」

きっと小蒔さんのお腹はぷにぷにしてて気持ち良い…なんて言ったら失礼だけれど。
少なくとも、欲求不満が強まり続けている今の俺がそう容易く我慢出来るような心地良さではないだろう。
下手をすれば今も摩耗している理性がはじけ飛び、またこの前のようにケダモノになってしまうかもしれない。
まぁ、春はそんな俺を受け止めてくれるかもしれないが…。

京太郎「(そんな関係になっても、俺は春に対して責任を取ってやれない)」

京太郎「(それに、最中に小蒔さんが起きてしまう事だって十分過ぎるほどあり得るんだ)」

京太郎「(それらのリスクを加味すれば、ここで俺がするべきは…やはり我慢する事)」

京太郎「(例え、理性を鑢で削られるような時間であろうと…朝までずっと耐え忍んで…)」



―― そう自分に言い聞かせる俺は、悶々とした感情と半勃起したムスコを抱え続けて。

―― 結局、二人が起きだす朝まで眠るどころか、碌に身動きさえ取れなかったのだった。




………


……





ってところで今日は終わります(´・ω・`)次回は明星ちゃんのフォロー回やってその次はわっきゅんのお宅訪問になるかと

乙ー

相変わらずエロに妥協しねぇなぁwwww

乙です

>>718-719で霞さんと向かい合わせになっているのに全く胸に対して行動が及んでいないのは
京太郎が繋がっているほうに意識を集中しすぎて忘れてしまっていたのか、
霞さんが下からの刺激が強すぎて上を弄られているのにも気づけないほどだったのか、
さてどっちだ?

おつ
俺たち……相思相愛だったんだな……///
筆が乗る時まで待つんで前スレ>>1000を忘れないでくださいね(小声)



>>722
>人生には三度、モテ期があると言うが、俺はそんなの無縁だと咲にもずっと言われてた訳だからなぁ。

咲「私がずっと側にいるからそんなの必要ないよねっ!(意訳)」

咲ちゃんかわいい!

追いついた。ハギヨシから貰ったノートにあるメッセージの場面が一番好きだ。泣いた。

乙ー
過去作からだがイッチがハート使い出すの見ると「あ、エロいの始まる」って思ちゃうわ

おつよー
同じくハートを見る度にエロ来たかって思っちゃうわ…

乙です
このままじゃ京ちゃんの理性が持たない
霞さんの出番が待たれる


―― 神代小蒔の朝は早い。

神代の巫女と言う特集な役職にいる小蒔にとって朝の禊は決して欠かせない行事だ。
物心ついた頃から続けて来たそれは半ば習慣として彼女の身体に刻み込まれている。
無論、夏はともかく冬場になるとその冷たさは凍えるほどになるが、小蒔にとってそれはもう気になるものではない。
それはただ彼女が禊に慣れているからという理由だけではなく、その後にあるもう一つの行事を楽しみにしているからだ。

小蒔「失礼しまーす」

そう断って小蒔が入ってくるのは、彼女と、そして彼女の婚約者の部屋だった。
今時珍しい和室の中には今も布団の中で心地よさそうに寝息を立てている婚約者がいる。
自身が起きだしてもう一時間にもなると言うのに、未だ眠ったままの彼に、小蒔はまったく腹立たしさを覚えなかった。
寧ろ、そうやって幸せそうな寝顔を晒してくれる婚約者に、ついつい頬が緩んでしまう。


小蒔「京太郎くぅん…♥」エヘー

そんな口から漏れる声は当然、甘く蕩けたものだった。
その中にたっぷりの愛情を込めたその言葉に婚約者 ―― 京太郎は未だ起きない。
寝付きが良い彼を起こすのにはその程度では物足りないと小蒔は良く知っているのだ。
だからこそ、普段は滅多に見せない甘い顔のまま、彼の布団に潜り込む事が出来る。

小蒔「んー…♪」

京太郎の体温で満たされた布団は小蒔にとって極楽と呼ぶに相応しい場所だった。
禊を終えたばかりの身体を心地よく包んでくれるその熱に思わず口から声が漏れてしまう。
誰が聞いても上機嫌だとそう分かるようなその声と共に小蒔はその頬を京太郎へとすり寄せた。
まるで子犬が飼い主に甘えるようなその仕草を、彼女は飽きる事なくずっと続ける。


ブルルル

小蒔「ぅー…」

しかし、それも永遠とはいかない。
事前にセットしていたアラーム機能に従って、スマホがバイブレーションを起こし始めたのだから。
ブルブルと予定時刻を告げるそれを無視したい気持ちは小蒔にとって大きいが、しかし、それに負ける訳にはいかない。
だからこそ、小蒔は寂しそうに声を漏らしながらも、ゆっくりと京太郎の布団から這い出して。

小蒔「京太郎君、朝ですよ」ユサユサ

京太郎「んー…」モゾモゾ

小蒔「…もう。ちゃんと起きなきゃだーめーでーす」ユサユサユサ

京太郎「んあー…」パチ

そのまま婚約者の身体を揺する小蒔の前で、京太郎がゆっくり瞼を開いた。
しかし、その顔はまだ胡乱でハッキリとしていない。
ぼんやりと宙を眺めるようなその視線に、しかし、小蒔は言葉を重ねる事はなかった。
一旦、こうして瞼を開けば、すぐさま京太郎が意識を覚醒させる事を彼女は良く知っているのだから。


京太郎「…よし。小蒔姉ちゃん、おはよう」

小蒔「おはようございます」ニッコリ

そんな小蒔の前で一分ほどぼんやりとした頃には京太郎はもうシャキっとしていた。
さっき寝ぼけていたのが嘘のようなそのしっかりとした言葉に小蒔はつい笑みを浮かべてしまう。
ぼんやりとした京太郎も可愛いが、小蒔はしっかり者の婚約者も大好きなのだ。
そのシャキっとした顔立ちを見るとついつい甘えたくなってしまう。

小蒔「それじゃお顔から拭きましょうか」

京太郎「ん」

しかし、それを小蒔は堪える。
その根底にあるのは自分は京太郎のお姉ちゃんなのだからという意識だ。
無論、幼い頃からずっと一緒に居た婚約者の事を小蒔は誰よりも愛している。
生まれた頃より結婚する事を決められていた彼の事を異性だと理解もしていた。
だが、彼女達はあまりにも長い時間を一緒に過ごしすぎたのである。
その愛情もまた家族としての延直線上にあるものであり、恋愛を経て生まれたものではない。


小蒔「はい。それじゃあフキフキしますね」

小蒔はそれを決しておかしい事だと思ってはいない。
長年、京太郎と一緒にいた彼女にとって、自分の伴侶は京太郎以外に考えられなかった。
恋愛漫画のような恋を経て生まれたものではなくても、自分の愛情は偽りでも何でもない。
確固たるものなのだと自信を持って言えるからこそ、彼女は毎朝、こうして献身的に京太郎へと尽くしてみせる。

小蒔「はい。今日も格好良くなりましたね」ニコ

京太郎「惚れなおしてくれたか?」

小蒔「ふふ。お姉ちゃんは何時でも京太郎君の事が大好きですから」

小蒔「毎日、惚れ直しちゃってますよ」

そして、京太郎はそんな小蒔の奉仕を拒もうとしなかった。
それは幼い頃から婚約者に世話を焼かれて、もう逃れられなくなっているから、と言うだけではない。
無論、それも無関係ではないが、それよりも大きいのは小蒔がこうして婚約者に奉仕する事を望んでいると言う事。
自分の事をお姉ちゃんだとそう捉える小蒔からソレを取り上げようとすれば泣きそうな顔をするのを彼は良く知っていた。


小蒔「じゃあ、次はお着替えして…」

小蒔「それが終わったら朝ごはんですね」

京太郎「おう。楽しみにしてる」

京太郎にとって小蒔はただの姉ではない。
幼い頃から一緒に居た彼女の事を、婚約者である彼女の事を異性として意識している。
気づいた時には自身を初恋へと陥れた年上の婚約者を京太郎は決して泣かせたくはない。
だからこそ、着替えまでさせようとする彼女の事を受け入れるようにされるがままになり ――

―― 神代小蒔の昼は忙しく。

朝の時間に用意したお弁当は、既に京太郎へと持たせている。
自分が側にいなくても、それを彼が食べる事くらい彼女にも良く分かっていた。
しかし、だからと言って、婚約者の昼食を一人で済まさせる訳にはいかない。
姉としても婚約者としても、側にいれる時にはずっといてあげたいと彼女はそう思っている。


小蒔「失礼しまーす」

「あ、神代さん」

「おーい、須賀。嫁さんが来たぞー」

京太郎「分かってるって」

だからこそ、彼女が昼休みに必ず京太郎の元へと尋ねる。
その手に自分の分のお弁当と魔法瓶を持った彼女の目的は、無論、一緒に昼食を摂る事だ。
普通ならば珍しい上級生の来訪を、他の生徒がまったく気にしないのも完全に慣れてしまったからこそ。
無論、胸が大きいのに庇護欲を擽られる年上の巫女さんと言う属性盛りすぎな婚約者を持った京太郎に対する僻みは少なからずある。
だが、おおまかに二人の関係は受け入れられ、こうしてごく当然のように迎え入れられる。

小蒔「まだお嫁さんじゃありませんよ?」

「でも、高校卒業したら結婚するんでしょう?」

小蒔「はい。その為に花嫁修業も頑張ってます」ニコ

「良いなー…須賀の奴」

「愛されてるなーチクショウ…」

小蒔「えぇ。一杯一杯、愛してます」ニコー

そんな彼らの言葉に少しズレた返事を返している間に京太郎がその手に小さな包を持って近づいてくる。
小蒔とお揃いのその包は無論、彼女のお手製だ。
自分と同じものを京太郎にも持ってほしいとそう思った彼女からのプレゼントを京太郎は愛用している。
小蒔の趣味に合わせたそれは若干、年頃の男が持つにはそぐわないが、それでも彼にとってそれは宝物だった。


京太郎「んじゃ、行こっか」

小蒔「はい」

「お幸せになー」

京太郎「もう十分、幸せだっての」

友人たちの軽口に見送られながら、二人はそっと手を繋ぐ。
どちらからと言う訳でもなく、ほぼ同時にお互いを求めたそれは二人の気持ちが重なっている事を人々に感じさせた。
そのまま肩を並べて歩く二人はまったくその距離が離れたりしない。
長い付き合いの中で、歩く速度から間隔までを完全に把握しているからこそ、彼らは一定の距離を保ち続ける。

京太郎「そう言えば、今日の昼飯のメニューは?」

小蒔「ふふ。開けてからのお楽しみです」

京太郎「…って言う事は俺の好物が入ってるんだな」

小蒔「な、なんで分かるんですか?」

京太郎「小蒔がそう言って誤魔化す時は、大抵、俺の好物の時だからな」

小蒔「ふふ。流石は京太郎君ですね」

京太郎「おう。小蒔の事なら大抵、分かるぜ」

その光景に独り身の生徒達の嫉妬や羨望を集めながら、二人が廊下を歩いて行く。
向かう先は中庭に置いてあるベンチだ。
園芸部が世話する花壇のすぐ側にあるそのベンチが小蒔にとってのお気に入りの場所。
よっぽど風が強くて外に出るのが辛かったり、或いは雨が降っている時以外は、二人は大抵、そこで昼食を摂っている。


小蒔「とーちゃくですっ」

京太郎「おーう」

それが分かっているからこそ、昼休みは殆どの生徒がそこに近寄ろうとしない。
下手に近寄れば、その糖分溢れる光景に心削られるのが分かっているからだ。
ある種、学校内の危険地帯として扱われているなど露程にも知らない小蒔は、にこやかな顔で弁当を広げ始める。
朝から手間ひまかけて作ったそれが今日も崩れたりしていないのに一つ心の中でガッツポーズした彼女は、そのまま手に持っていた魔法瓶を開いて。

小蒔「はい。どうぞ」トポトポ

京太郎「ありがとな」

そのまま持ってきた紙皿に注がれるのは味噌汁だ。
朝に作ったものをそのまま魔法瓶へと注いだそれは数時間が経過した今でも暖かい。
それを手渡された京太郎はお礼を言いながら、紙皿を口へと運ぶ。
瞬間、口の中に広がる味は朝のものとまったく変わらない。
驚くほど美味しい訳ではないが、優しくて安心する家庭の味に彼はほぅと一息吐いて。


小蒔「はい。あーん♪」

京太郎「あーん」

その間に箸を取り出した小蒔は自分の分の弁当箱から唐揚げを京太郎の口へと運ぶ。
万が一、それがこぼれた時の為にと下に手の受け皿を作る小蒔のそれを京太郎は躊躇なく食いついた。
瞬間、口の中に広がるのは程よい醤油とにんにくの風味。
京太郎が最もベストだと思う唐揚げの味付けが、完璧に再現されていた。

小蒔「どうですか?」

京太郎「ん。今日もバッチリ決まってる」

京太郎「流石は小蒔だな」

京太郎「もう俺の母さんよりも料理が上手いんじゃないか?」

その味付けは元々、京太郎の母親が得意としていたものだった。
花嫁修業の一環として、小蒔はソレを習っていた立場だったのである。
しかし、今やそれは逆転しつつあるのではないか。
そんな事を思うほどに小蒔はそれを自分のものにしつつあった。


小蒔「いえ、私なんてまだまだですよ」

小蒔「京太郎君のお母様の方がまだまだずっと料理が上手です」

小蒔「ただ、一つだけ違うとすれば」

京太郎「違うとすれば?」

小蒔「私の料理は京太郎君の為だけのものだからですよ」ニコ

京太郎の母親の料理は、京太郎の為に作られたものではない。
彼の父 ―― 京太郎の母にとっては愛しい男に合わせて研磨を重ねた料理なのだ。
その方向性の違いは、両者の技量を補って余るほど大きい。
そう告げる小蒔の表情には照れの色などまったくなかった。

京太郎「…」ナデナデ

小蒔「も、もう。いきなり何をするんですか?」

小蒔「お姉ちゃんにいきなりナデナデだなんて失礼ですよ」

そんな小蒔に京太郎の手が伸びるのは決して意識しての事ではなかった。
あまりにも殊勝で可愛らしいセリフに身体が勝手に動いてしまったのである。
それに小蒔が失礼だと言うものの、その顔には嬉しそうなものしか浮かんでいない。
自身をお姉ちゃんと定義する小蒔にとって、それはただ失礼なものではないのだから。
愛しい弟からの愛情篭ったその手に、どうしても身体が喜んでしまう。


京太郎「じゃあ、やめた方が良いか?」

小蒔「…も、もうちょっとだけお願いします」

京太郎「よしよし」ナデナデ

小蒔「えへぇ…♪」

だからこそ、小蒔は少し意地悪な京太郎の言葉にも素直にそう返してしまう。
少しだけとそう言いながら撫でやすいように頭を傾ける彼女に、京太郎はゆっくりと手を動かした。
その髪の一本一本まで愛でるような優しい撫で方に、小蒔は笑みを抑えきれない。
その口から満足気な声を漏らしながら、そっと目を閉じて。

夕方編と夜編はまた明日な!!(´・ω・`)時間足りなかった…

いきなりの投下は心臓と股間に悪いわ・・・

ちょっと残業があったのと思った以上に筆が進まなかったので書けませんでしたの(´・ω・`)明日、本編と一緒に続き投下出来るよう頑張ります


―― 夕方の神代小蒔は真剣で。

小蒔「うーん…」

婚約者が口に運ぶものは大抵、小蒔が作っている。
それは花嫁修業の一環だから、と言う理由ではない。
何より、大きいのは京太郎に健康であり続けて欲しいと言う小蒔の強い想いである。
だからこそ、日も暮れて、京太郎と共に下校した小蒔は、今、とても悩んでいた。

小蒔「(今日は何にしましょうか…)」

日頃から家事を一手に引き受けている小蒔には、冷蔵庫の中身もしっかり把握している。
その中身を早く使いきろうとすれば、案外、料理のラインナップと言うのはそう多くはならない。
事実、小蒔の脳裏には冷蔵庫に残っている数多くの野菜を使い切る為の幾つかのプランが浮かんでいた。
その中の幾つかは彼女にとって得意料理と呼べるものであるだけに、つい思考がそちらに流れやすくはあるが。


小蒔「(…でも、これは一週間前にも作っちゃいましたし…)」

しかし、だからと言って、小蒔は安易な道へと走りたくはない。
極力、婚約者には美味しいものを食べて欲しいと彼女はそう思っているのだから。
幾ら得意料理とは言っても、こうも短い期間で食卓に並べば舌も慣れてしまう。
最悪、愛しい婚約者にまたかと思われる事を考えれば、得意料理には頼れない。

小蒔「…京太郎君は何か食べたいものはありますか?」

京太郎「そうだなー…」

京太郎「今、冷蔵庫には何があるっけ?」

無論、京太郎にとって小蒔の料理は全て絶品だ。
そのどれもが自分を満足させる為に作ってあるのだから、美味しくないはずがない。
料理は愛情という言葉を何よりも体現する彼女ならば、きっと何を作っても美味しいはず。
そう思いながらも、こうして言葉を返すのは、『何でも良い』が一番、困ると理解しているのと。


小蒔「もう。京太郎君は男の人なんですから、冷蔵庫の中身なんて気にしなくても良いんですよ」

京太郎「でも、腐らせちゃったりしたら勿体無いしさ」

京太郎「それに小蒔がそういうの気にするだろ」

そして何より、小蒔は『素敵なお嫁さん』を目指している事を知っているからだ。
冷蔵庫の中身を綺麗さっぱり使い切れるようなやりくり上手で料理自慢。
そんな理想を追い求める小蒔にとって、冷蔵庫の中身と言うのは重要な要素だ。
ここで下手に案を出して、それから外れるような事になれば、後々、小蒔の迷惑になりかねない。

京太郎「俺としてはやっぱり小蒔に楽しく料理して貰うのが一番だしさ」

京太郎「気にしなくても良いと言われても気になるよ」

小蒔「気にしすぎですよ」

小蒔「そもそも私は京太郎君の為ってだけで楽しく料理が出来るんですから」

小蒔「私の事は気にせず、食べたいものを言ってください」

京太郎「んー…それじゃ」

そこで京太郎が言葉を区切るのは、ここ数日の料理を思い返す為だ。
こうして毎日、小蒔と一緒に学校帰りに買い物をしてる京太郎にとって、そのラインナップを思い出すのはそれほど難しくはない。
そもそも京太郎は下校時のこの買物を一種のデートとして捉え、特別な記憶として胸の奥に仕舞い込んでいた。
その上、婚約者が作ってくれた美味しい料理に舌鼓を打っているのだから、冷蔵庫の中身もおおよそ予想がつく。


「おや、小蒔ちゃん達。今日も買い物かい?」

小蒔「あ、おばさま」

瞬間、声を掛けてきたのは彼らのすぐ近くにある肉屋だった。
真っ白なエプロンを身につけ、コロッケを店先に並べるふくよかな彼女はニコリと人好きのする笑みを浮かべる。
それに小蒔も釣られて笑みを浮かべた瞬間、鼻先をコロッケの匂いが擽った。
売れ残った肉の再利用として作られているそれは、作り手の腕もあってかなりのものである事を小蒔は知っている。
幼い頃から慣れ親しんだその味を求めるように身体が食欲を覚えてしまうのを小蒔は自覚した。

「でも、もうこの時間だし、そろそろお腹が空いただろう?」

「どうだい。買い物前にうち自慢の特製コロッケを買っていくのは」

「丁度、揚げたてで美味しいよ」

小蒔「……」

しかし、今は夕飯前。
ここで下手にものを食べてしまえば、夕飯を美味しく食べて貰えないかもしれない。
ただ、肉屋の彼女の言う通り、そろそろお腹が空いてきたのも事実。
食べ盛りの婚約者が夕飯前に少し間食をしたいと思っていてもおかしくはないだろう。


小蒔「…京太郎君?」

京太郎「そうだな。じゃあ、2つ貰おうか」

「毎度ー♪」

そんな思考を京太郎の名前一つに凝縮した小蒔の言葉に、京太郎は躊躇いなく頷く。
勿論、それはその短い言葉にどれだけの想いが篭っているか理解した上での返事だ。
二人の付き合いは結婚したての夫婦よりもずっと長いものなのだから。
例え、ハッキリと言葉にされずともお互いに言いたい事を感じ取る事が出来る。
そんな二人の仲睦まじい姿に肉屋は笑みを浮かべながら、並べかけたコロッケを包装していった。

京太郎「ま、コロッケ一つくらいで夕飯が入らなくなるなんて事はないよ」

京太郎「小蒔の料理は何時だって最高だしさ」

小蒔「えへぇ♪」ニマー

「相変わらず仲が良いねぇ」

京太郎「そりゃまぁ、婚約者だしな」

小蒔「はい。とっても仲良しさんです」ニコ

まるで熟練した夫婦のような以心伝心っぷりを見せながらも、しっかりとフォローの言葉を付け加える京太郎。
それに小蒔が幸せそうな笑みを浮かべた頃にはコロッケはもう包装され終わっていた。
あっという間に値札まで貼ってみせた彼女は二人にコロッケを差し出しながら、しみじみと言葉を漏らす。
一緒にこの商店街を歩く小蒔達をもう十何年と見てきているが、その仲の良さは深まる事はあっても色褪せる事はない。
結婚という一つの契機が近づけば近づくほど、よりおしどり夫婦らしさを二人は増していた。


「良いねぇ、小蒔ちゃんは」

「うちの宿六と来たら、幾ら改心の出来だって料理を作ってもこんな風に褒めてくれないよ」

小蒔「きっと照れ屋なんですよ」

小蒔「私はおばさまの料理がとっても美味しいの知ってますから」

「本当に良い子だね、小蒔ちゃんは」クス

「私は女だけど、たまに京太郎の事が羨ましくなるよ」

京太郎「言っとくが、あげねぇぞ」ギュ

小蒔「わわ」

無論、彼女のそれが冗談だと京太郎も分かっている。
たまに愚痴を零す事はあれど、肉屋の夫婦が一体、どれだけお互いを想い合いっているのかを彼も良く知っている事なのだから。
しかし、だからと言って、婚約者を欲しがる相手に、はい、どうぞ、なんて風には言えない。
自身の初めてを何もかも小蒔に捧げた京太郎は独占欲をむき出しにするようにして小蒔の事を抱き寄せて。

京太郎「小蒔は俺のだからな」

小蒔「…はい♪」ニコ

自分の所有物だとそう宣言する婚約者の姿に、小蒔は厭う気持ちを持たなかった。
そもそも彼女自身、そうやって所有されるのを望んでいるのだから。
京太郎以外の男との面識など殆どないが、しかし、それでも彼は間違いなく最高の旦那様。
自分は一人の女として、とても幸せなのだと彼女は心からそう思っている。

そして何より ――

小蒔「お姉ちゃんは身も心も全て京太郎君のものですよぉ」ナデナデ

京太郎「…」テレ

幼い頃から一緒にいて、もう家族同然の京太郎だからこそ、自分はこうも心と身体を預けられる。
例え、所有物扱いされても嬉しいくらいに、京太郎と過ごす日々が小蒔は幸せだった。
だからこそ、彼女は独占欲を浮かべる京太郎の頭を慰めるようにしてゆっくりと撫でる。
その心を慰撫するような優しい手つきに京太郎の顔にもて照れが広がるが、決して止めてとは口にしない。
もう年頃の男だからと言う意識はあるが、子どもの頃から自分をずっと慰めてくれた小蒔の手には逆らえないのだ。

「はいはい。ご馳走様」

「まったく…見てるこっちが熱くなっちゃいそうだよ」

京太郎「俺の事羨ましいなんて言ったのが悪いと思うぞ」

「んじゃ、小蒔ちゃんが羨ましいって言ったら良いのかい?」

小蒔「え?」

そう言いながらも肉屋の夫人は相変わらず、そんな二人の姿を微笑ましそうに見ていた。
まったく知らないカップルが店先でイチャつくのは抵抗感があるが、彼女にとって二人は我が子同然。
二人が小学校に入る前から知っている彼女には、微笑ましい気持ちはあれど、鬱陶しさなどまったくない。
出来れば、何時までもそうやって仲睦まじいままで居て欲しいと心からそう思っている。


「京太郎は若いし、健康だし、家柄も良いしねぇ」

「愛してるも碌に言ってくれない宿六捨てて、若いツバメに乗り換えるのも良いかなぁって」

小蒔「そ、そそそそそそれはダメです!!」バッ

だからこそ、こうして口にするのは二人の間に波乱を巻き起こしたいからではない。
幼い頃から順当に気持ちと情を育て続け、立派な夫婦に近づいている二人の邪魔をしたいとは欠片も思っていないのだ。
しかし、それでも冗談めかして過激な事を口にするのは小蒔の反応が面白いからこそ。
事実、小蒔は彼女の言葉を真に受けて、京太郎の前に立ちふさがるようにして身体を翻した。

「おや、どうしてだい?」

小蒔「そ、それは…それは…その…」

しかし、そこから先を口ごもってしまう。
半ば、反射的にダメだと応えたものの、自分に誰かの気持ちを否定するだけの理由はない。
初恋など知らずとも、好きと言う気持ちがどれだけ尊いかを理解している彼女はそう思ってしまう。
ましてや、相手は幼い頃から自分たちに良くしてくれている女性なのだから、尚の事、心の躊躇いは強かった。


小蒔「(…でも、黙っていたら京太郎君が取られちゃうかも…)」

実際はそんな事はまずあり得ない。
そもそも彼女の言葉は100%冗談な上に、京太郎は小蒔に対してゾッコンなのだから。
これまで何度か他の女性に告白されても、ハッキリNOと断っている京太郎が今更、小蒔以外に靡くはずがない。
しかし、そんな事を露程も知らない小蒔は心の中に悶々とした気持ちを貯めこんでしまう。
生まれる前から結ばれる事が決められ、ずっと一緒にいた京太郎が他の誰かに取られてしまう想像は、彼女にとってそれほど辛いものだった。

小蒔「…き、京太郎君はわ、私のもの…だから…です」マッカ

「へー」ニマニマ

小蒔「うぅぅぅ」プシュゥ

結果、小蒔は躊躇いがちに、さっきの京太郎と同じ言葉を口にする。
自分が京太郎のモノだと言うだけではなく、京太郎もまた自分のモノなのだと。
はっきりと独占欲と所有欲を示すその言葉に夫人はその顔をにやにやとさせた。
完全に小蒔の言葉を面白がっている彼女の顔を、小蒔は直視出来ない。
自分は今、勢い任せにとんでもない事を口にしてしまったのではないかと真っ赤になった顔を俯かせている。


「だってさ。良かったね、京太郎」チラ

京太郎「…まぁ、別にそれくらい最初から分かりきってる事だし良いけどさ」

瞬間、流し目を送られる京太郎の顔は、小蒔程分かりやすいものではなかった。
しかし、それはあくまでも小蒔と比べての話。
その唇の端がピクピクと動いているのは、嬉しく思っているのを堪えているから。
愛しい相手が自分に対して、こうも一生懸命な独占欲を示してくれていると思えばどうしても嬉しくなってしまう。

京太郎「それより、ほら、お会計」スッ

「はいはい。ちょっと待っとくれ」

京太郎「…ん」ギュ

小蒔「あ…」

とは言え、ここで素直に嬉しいなどと言えば、彼女の策略を分かっていて見逃した事が小蒔にバレてしまうかもしれない。
幾ら嫉妬する小蒔が見たかったとは言っても、それがバレたら小蒔も少し拗ねるだろう
そう思った京太郎は京太郎は、この話題を早めに終わらせてしまおうと夫人に黄金色に輝く硬貨を出した。
コロッケふたつ分の値段から実に十数倍近いそれを受け取った夫人はレジの方へと歩き出す。
そのままガチャガチャとレジを打ち、お釣りを取り出す彼女を見ながら京太郎は小蒔の腕を取って。


京太郎「…その、ありがとうな」

京太郎「そんな風に言ってくれてすげぇ嬉しかった」

小蒔「本当ですか?」

京太郎「あぁ」

小蒔「迷惑とかじゃ…なかったですか?」

京太郎「俺が先にあんな事言ってるのに迷惑だなんて事あるはずないだろ」

京太郎「そもそも、俺も…まぁ…身も心も小蒔のものって奴なんだしさ」

小蒔「…京太郎君」

それが小蒔が口にしたものと少しズレている事を京太郎は自覚していた。
恋から愛へと変わった自分と、変わらず愛であり続ける小蒔。
そこから漏れ出る言葉は同じ『好き』ではあれど、完全に一致はしない。
幼い頃から一緒に居た彼女と大事な一点だけでズレるその感覚は少し寂しいが、しかし、京太郎はそれに囚われる事はなかった。
幾らその気持ちに少しズレがあったとしても、自分が小蒔のもので、小蒔が自分のものである事に代わりはない。
こうして共同生活を営んでいく内に、その差も自然と埋まっていくだろうと彼はそう思っている。


「はい。お釣りとコロッケ」スッ

京太郎「あいよ」

「後、ついでだから一個おまけしといてあげたよ」

小蒔「良いんですか?」

「あぁ。良いもの見せてくれたお礼にね」

「二人で仲良く分けて食べるんだよ」

小蒔「ありがとうございます」ニコ

京太郎「ありがとうな」

そうしている内に夫人がお釣りとコロッケを持って戻ってくる。
最初の注文とは違い、おまけのコロッケを手渡してくれる彼女に小蒔は満面の笑みでお礼を告げた。
それに追従するようにお礼を告げた京太郎にもコロッケを手渡しながら、夫人はにこやかに笑って。

「良いって事よ。それより今後共ご贔屓にね」

小蒔「はい。また寄らせていただきますね」

京太郎「またな」

そう言葉を交わしながら、二人はそっと歩いて行く。
そのまま包を開き、コロッケを食べようとする仕草に躊躇いがない。
無論、買い食いが一般的にははしたないと見られる行為であると小蒔も京太郎も良く分かっている。
しかし、目の前で食欲をそそる匂いを垂れ流しにするようなコロッケを前にして我慢など出来ない。
躊躇っていれば熱も去り、味が落ちるだけだと分かっているだけに二人は同時に齧り付いて。


小蒔「はふはふ」

京太郎「あっふぁいっ」

瞬間、舌から伝わってくる熱にそれぞれ反応しながらも二人は口を動かすのを止めようとはしない。
口の中に広がるコロッケの味とその魅力は、揚げたての熱さよりもずっと強いものだったからだ。
舌を火傷してしまいそうなその熱に気をつけながら、少しずつ齧るようにして食べていく。
その度に広がる風味に二人は自然と笑みを浮かべて。

小蒔「やっぱりおばさまのコロッケは美味しいですね」スッ

京太郎「この味は中々、家庭じゃ出せないよなぁ」ギュ

そのままお互いを求める手には躊躇がなかった。
コロッケの包を開いたのだから、もう離れる必要はない。
そうお互いが思っているように自然と結びついていく。
それに小蒔も京太郎も一々、反応したりはしない。
それを当然と受け止めている二人から漏れるのは、コロッケへの感想ばかりだ。


小蒔「あ、そうだ。京太郎君」

京太郎「ん?」

小蒔「はい。あーん」

京太郎「あーん」パク

そんな二人が今更、間接キスなど気にするはずがない。
少食な小蒔が差し出したそれを、京太郎は何も言わずに齧りついた。
瞬間、京太郎の口の中に、さっきと同じ風味と味が広がっていく。
けれど、小蒔からそれを食べさせてもらった京太郎にとって、それはさっきとはまた違う特別な物に思えた。

小蒔「どうですか?」

京太郎「小蒔が食べさせてくれたから100点かな」

小蒔「ふふ。京太郎君の採点はアマアマですね」ニコニコ

京太郎「アマアマなのは小蒔だけだけどな」

勿論、小蒔もそんな京太郎の言葉は嫌ではない。
現金な婚約者の言葉にその頬を綻ばせてしまう。
愛した相手の特別という言葉は、初恋を知らぬ小蒔にとって嬉しいものなのだから。
京太郎の側にいるだけで胸の奥から湧き上がってくる幸せな気持ちがまた強くなって。


―― 夜の小蒔は甘えん坊だ。

小蒔「京太郎君、髪の毛をお願いします」

京太郎「ん」

小蒔がそう告げたのは、もう夜が深まってきた頃だった。
夕飯の後片付けだけでなく、明日の為の仕込みを終わらせた彼女は、つい先程入浴を済ませたばかり。
その髪も何時も以上に艶が浮かび、上気した肌が色っぽさを見せている。
その上、その身体を包んでいるのは純和風な寝間着なのだ。
奥ゆかしさとはかけ離れた豊満な身体を包む大人しいその衣装に、京太郎は内心、ドキドキしていた。

京太郎「おいで」ポンポン

小蒔「はい。お邪魔します」

しかし、京太郎はそれを表に出したりはしない。
自分の恋心を京太郎が意識したのはつい最近の話ではないのだから。
小学校にあがった頃には薄々と小蒔を特別視している事に気付いていたのである。
そんな彼にとって、内心を覆い隠すのはそれほど難しい事ではない。
京太郎は人並み以上に人懐っこい小蒔からの純粋なアプローチに、一線を超えないよう我慢を続けてきた猛者なのだ。
その理性と平常心は鋼と言っても良いほどに鍛え上げられている。


京太郎「じゃ、何時も通りやってくけど、熱かったら言ってくれよ」

小蒔「大丈夫ですよ。京太郎君はもう私よりも上手ですから」

京太郎「それでもプロじゃないし、不安っちゃ不安なんだよっと」カチ ブォォォ

とは言え、自分が組んだあぐらの上に、小蒔がちょこんと座っている状況は、決して軽視出来るものではない。
京太郎に対して後ろを向いているとは言え、その安産型のお尻は滅多にないほど密着しているのだから。
もう自分が子どもを産める年頃であると感触から伝えてくるそれに内心の興奮が大きくなる。
それを理性で心の奥底に沈めながら、京太郎は既に準備しておいたドライヤーの電源を入れた。

京太郎「どうだ?」

小蒔「はい。問題ありません」

京太郎「そっか。んじゃ…」

何時も通り、設定温度とは言え、女性の髪は敏感かつ大事なものだ。
下手に熱風を浴びせて小蒔の髪を傷ませる訳にはいかない。
そう思って尋ねた京太郎の言葉に、小蒔は小さく頷いた。
それに一つ安心した京太郎は、小蒔の髪に手櫛を入れていく。


小蒔「…ふふ」

京太郎「どうかしたか?」

小蒔「いえ、京太郎君はプロじゃないって言いましたけど…」

小蒔「私の髪に関しては、京太郎君が一番だなってそう思います」

その仕草はとても真剣かつ心地良いものだった。
その指先一つ一つから自分のことを大事に思ってくれているのが伝わってくるようなのだから。
いっそ愛撫と言っても良いそれに小蒔は目を細めて心地よさそうな声をあげる。
元々はこうした髪のケアは自分でやっていたけれど、今はもうそれで満足出来そうにない。
毎晩、京太郎にして貰わなければダメなくらいに、彼女は虜になっていた。

京太郎「まぁ、これでも色々と勉強したり練習したりしたからな」

小蒔「練習の成果ですね」

京太郎「後は小蒔への愛かな」

小蒔「えへへ…♪」

無論、京太郎とて最初から今のレベルにあった訳ではない。
あまり髪の美しさには頓着しない京太郎は、入浴後のドライヤーがどれほど大事なのかさえ理解していなかったのだから。
そんな京太郎が一番と呼ばれるほどの練習や勉強を重ねたのは、小蒔に少しでも恩返しがしたかったからこそ。
そして何よりも彼女の事を心から愛しているからだ。


小蒔「確かに…これは京太郎君の愛を一杯、感じますね」

京太郎「そりゃもうラブパワー注ぎまくってるからな」

小蒔「そんなに注がれちゃってるんですか?」

京太郎「あぁ。今日一日、小蒔から貰った分を全部お返しする勢いでな」

基本的に、小蒔は京太郎の世話を焼きたがる。
正式な婚約者になっても、何処か弟気分が抜けない小蒔にとって、それは決して譲れない事だった。
しかし、夜のこの時間だけは違う。
寝る前のほんの僅かな時間だけは、小蒔も姉としての仮面を外し、一人の少女として京太郎に甘えてしまう。

小蒔「ふふ。じゃあ、明日も一杯、ラブパワーをあげなきゃいけませんね」

京太郎「これ以上、小蒔の事を好きにさせるつもりか?」

小蒔「はい。だって、私は京太郎君の奥さんですから」

小蒔「一生、好きで居てもらわないと困ります」スッ

京太郎「っと」

だからこそ、小蒔はこうして京太郎に背中を預けてしまう。
あぐらを組んだ京太郎の上に座るだけではなく、まるで身体を委ねるようにして力を抜いていた。
しかし、それは決して彼女が意図した変化ではない。
京太郎の愛撫のようなケアとその言葉に、心も身体もリラックスしていった。


京太郎「…ま、心配しなくても俺は何時までも小蒔の事を愛してるから大丈夫だよ」

京太郎「こんなに可愛くて献身的なお嫁さんを手放したりするもんか」カチッ

小蒔「はい。その言葉、信じています」ニコ

そう言いながら、京太郎はドライヤーを止めた。
あまり髪の毛に水気が残ると雑菌が繁殖するが、さりとて暖めすぎると髪を痛めてしまう。
本人以外でそのバランスを感じ取るのは難しいものの、長年、小蒔の髪をケアしてきた京太郎はベテランだ。
その絶妙なタイミングを感じ取り、ドライヤーの代わりに目の詰まったブラシへと持ち替える。

小蒔「京太郎君…」

京太郎「はいはい」スッ

瞬間、甘えるように小蒔が呼ぶのは京太郎の手が空いたことを察したからだ。
ブラシだけならば片手でも大丈夫だろうとそう思った小蒔の呼声に京太郎はすぐさま応える。
その手をそっと前へと出し、手持ち無沙汰な小蒔と指を絡ませた。
それは今まで外でやっていたような普通の繋ぎ方ではない。
その指先一つから気持ちを伝えるような恋人繋ぎだった。


小蒔「…京太郎君の手、やっぱり良いですね」

京太郎「そうか?」

小蒔「はい。私、お姉ちゃんだけど、とっても安心します…」

それは小蒔にとって、とても特別なものだった。
繋いだ指先から自分を姉ではなく一人の少女にしていくようなそれを、彼女はとても気に入っている。
だが、あまりにも気に入りすぎて、その繋ぎ方は人前では中々、出来ないものだった。
けれど、今の彼女たちの周りには誰もいない。
二人がいるのは自分たちの寝室で、そして布団の準備も出来ているのだから。

京太郎「別に四六時中お姉ちゃんでいなきゃいけないって訳じゃないんだ」

京太郎「たっぷり安心してくれて良いんだぞ」

小蒔「…もう。お姉ちゃんにそんな事言っちゃうなんて悪い子なんですから」

京太郎「悪いのか?」

小蒔「はい。お姉ちゃんを誑かしちゃう悪い弟です」

そう拗ねるように言いながらも、小蒔は決して悪い気分ではなかった。
元々、小蒔はそれほど自立心が強いと言う訳でもない。
こうして過度に京太郎を甘やかそうとしているのも、一人っ子で弟が欲しかったからこそ。
そんな彼女に突然出来た年下の男の子に対して、お姉ちゃんぶっているだけ。
その仮面さえ剥がれてしまえば、甘えん坊な本性がすぐさま顔を出してしまう。


京太郎「って事は誑かされちゃったのか?」

小蒔「ま、まだ誑かされてません」

京太郎「じゃあ、この次のハグはなしで良いのか?」

小蒔「ひ、卑怯ですよ、それは…」

だからこそ、小蒔は京太郎の言葉に頷く事が出来ない。
ブラッシングが終えた後に、京太郎から抱きしめて貰う時間を、小蒔は楽しみにしているのだから。
それをなしでも良いのかと意地悪に尋ねてくる彼に、ついつい唇を尖らせてしまう。
しかし、京太郎はその言葉を撤回する事はなく、ブラッシングもピタリと止めてしまって。

小蒔「…してくれなきゃやです」

京太郎「お姉ちゃんも今日は休業?」

小蒔「京太郎君が意地悪するから休業です…」ムー

京太郎「よしよし」ギュゥ

小蒔「ん…っ♥」

そこまでされた小蒔が京太郎に屈しないはずがなかった。
その頬を小さく膨らませながら、休業宣言をしてしまう。
まるで不機嫌さを隠さないその仕草は、しかし、長くは続かない。
拗ねる小蒔へ償うように京太郎はブラシを持った手でギュっと小蒔を抱きしめる。


京太郎「…小蒔。愛してる」

小蒔「ふぁ…あぁ…♥」

そのまま耳元で囁かれる声は小蒔にとって、とても心地良いものだった。
お腹の底からゾクゾクとした感覚が湧き上がって来た小蒔は、ついついその口から吐息を漏らしてしまう。
普段のものとはまったく違う熱っぽいそれに、後ろから抱きしめる京太郎の興奮も強くなった。
好きで好きで仕方がない人が今、自分の愛の言葉で感じているような仕草を見せているのだから。
一人の男として、小蒔を布団へと組み伏せてしまいたくなるのも当然の事だろう。

小蒔「…京太郎…君…」

京太郎「…ごめん。俺、もう我慢出来ない」スッ

小蒔「ぁ…♥」

その衝動を京太郎は我慢出来なかった。
既にブラッシングを殆ど終えている今、彼が踏みとどまる理由はないに等しい。
そもそもわざわざ仰向けに組み伏せた小蒔は、京太郎にとって唯一、貪る事を許されたメスなのだから。
その肢体がどれほど魅力的なのか何度も思い知っている彼が我慢を続けられるはずがない。


京太郎「…良いか?」

小蒔「はい。今日は大丈夫な日ですから…♪」

小蒔「一杯…お姉ちゃんの膣内に一杯、射精しても大丈夫ですよ…♥」

京太郎「お姉ちゃんは休業なんじゃなかったのか…?」

小蒔「京太郎君が可愛らしいから、また開店です…♪」クス

京太郎「…まったく」

無論、小蒔が自分を受け入れようとしてくれているのは嬉しい。
ゴムなしでの膣内射精を認めてくれるほど、心も身体を許してくれている彼女に征服欲が充足していく。
しかし、その結果、小蒔は再びお姉ちゃんの仮面を身につけてしまったのだ。
嬉しいのと寂しいのがそれぞれ半分ずつ締める胸中に、京太郎は一つ声を漏らす。

京太郎「まぁ…でも、すぐにまたお姉ちゃんを休業させてやるよ」チュ

小蒔「あ…ん…っ♪」ピクン

そう宣言するのは決して自意識過剰ではない。
これまで何度も肌を重ねてきた小蒔の弱点を、京太郎は完全に把握しているのだから。
身体の相性そのものも抜群に良いのも相まって、小蒔を再び一人の女の子にするのは難しい事ではない。
そう自分に言い聞かせた京太郎がキスをすれば、小蒔の口から甘い声が漏れる。
何度も自分のことを気持ちよくしてくれたその唇に条件付けられたようにして、身体の中に快感が走って。



―― それから三十分ほど念入りにキスされた頃には小蒔はもう完全に出来上がってしまい。

―― 心も身体も一人の女の子どころか一匹のメスにまで堕とされてしまうのだった。



誰かセックスの存在も意味もまったく知らない小蒔ちゃんにセックスを教えこみ
意味も分からない小蒔ちゃんに膣内射精しまくって、純真だった小蒔ちゃんの身体をメスに開発し
もう後戻りできなくなったところで、セックスの本当の意味を告げて
何時ものように膣内射精される寸前で顔が真っ青になった小蒔ちゃんの事を焦らしに焦らし
子どもが出来ちゃったら大変なのにと分かっているのに、チンポに負けて膣内射精をオネダリしちゃう小蒔ちゃんに
膣内射精する瞬間、プロポーズする京ちゃん書いてください(´・ω・`)

あ、それはさておきちょっと今日も残業だったので見直しまだ出来てませぬ…
今から頑張って見直し初めて、日付変わる頃くらいには投下出来れば良いかもって(願望)



―― その日の朝食は京太郎さん抜きだった。

その理由を京太郎さんが朝寝坊をしたからだと春さんは説明していたけれど…。
多分、あの食卓にいた全員が ―― 勿論、姫様は除いて ―― おおよその理由を察していたと思う。
そもそも京太郎さんは普段、寝坊なんてしないんだから。
寝起きも良く、自制心も強いあの人が、早々、眠気に負けるとは思えないわ。
多少の夜更かしでも、きっと京太郎さんはすっぱりと起きて、食卓についていたはず。

明星「(…それがなかったって事は)」

明星「(まず間違いなく春さんが何かをやってたって事よね…)」

疑うようにそう思うのは、今日の春さんが嬉しそうにしていたから。
つい半日前は私と同じように、混乱と羞恥の中にいたはずなのに…朝の彼女はとても晴れ晴れとした顔を見せていた。
春さんの中での問題が一つ解決したのが一目で分かるその表情を、勿論、家族として喜ばしく思っている。
私だってこの屋敷に長年居て、霞お姉さま以外にも愛着を覚えているし。
幾ら恋のライバルとは言え、不幸のどん底に落ちて欲しいとは思っていない。


明星「(…でも、それが京太郎さんとの間に何かあったからだと思うと…)」

明星「(途端に面白くなくなってしまって…)」

…私は今、京太郎さんと何かした春さんに…あの人を寝坊させるほどの何かがあった春さんに嫉妬している。
それは家族としての喜ばしさ以上に私の心へのしかかり、憂鬱な気分にさせていた。
今にもため息が出そうなほど深刻なそれは…春さんの底が色々な意味で知れないからよね…。
一応…そ、そういう事を禁止されている訳じゃないとは言え、そういうのを控えようって言うムードみたいなものはあって…。
皆、一線を超えるのを躊躇っている感じなのだけれど、でも、春さんは平然とそれを破って京太郎さんと結ばれかねないし…。
今日の朝食の不参加だって…一晩中エッチな事をしていたのかも…。

明星「(う…うぅぅぅぅ…)」

…ダメだ、考えれば考えるほどドツボにハマっている気がする…。
でも…流石に本人に面と向かって聞く事なんて出来ないよね…。
もし、私が思っている通りなら、春さんは一人抜け駆けした訳だもの。
同調圧力めいた不文律を破った彼女が素直に教えてくれるはずがないわ。
一応、京太郎さんの情報を共有しようって事にはなっているけれど、それは決して義務じゃないし…。
極力、頑張ろうと言う努力目標のような曖昧なもので春さんの口を開けさせられるとは思えない。


明星「(…とは言え、京太郎さんの方に探りを入れるのは…)」カァァ

…無理だ。
うん、そんなの絶対に無理だわ。
だって…わ、私、昨日、あんな事やっちゃったんだもの。
も、勿論、本意ではなかったし…い、幾分、状況に流されちゃった訳だけれど。
自分からノーブラになって京太郎さんの部屋に乗り込んでしまったのは事実だし…。
春さんとひっくるめて淫乱だとそう思われていてもおかしくはないわ…。

明星「(そんな状態で会いに行くなんて気まずすぎるわよね…)」

も、勿論、実際は違う。
潔癖ってほどじゃないけど私は元々、そういうのが苦手なタイプだったし。
最初から京太郎さんに対して、バッチ来いだった春さんならまだしも、私が淫乱だなんて風評被害も甚だしいわ。
ま、まぁ、春さんから京太郎さんに探りを入れにいくと誘われて…そういう関係になれるんじゃないかと期待したのは認めるけれど。
色々と考えた結果、勝負下着じゃなくてノーブラを選んだのは私の意思だけど、それは淫乱か清純かには関係ないと思う。
…てっきり春さんもノーブラだと思ってたのに、普通にブラつけてて内心、ちょっとショックだったけど、それで私が淫乱なんて事にはならないはず。


明星「(で、でも、その辺、説明しようにも…)」

あ、あの時の私はちょっとおかしかった。
春さんに流され、京太郎さんに溺れるようにして、ドンドン、エッチな事をエスカレートさせていって…。
さ、最後には…もう京太郎さんとエッチする事しか考えられなかった。
アソコはもうびしょびしょで…ケダモノみたいな目で私を見下ろす京太郎さんに信じられないほど興奮したのを覚えてる。
…そんな私が、幾ら違うのだと繰り返しても、きっと信じては貰えない。
実際に起きた出来事を払拭出来るほど説得力のある言葉を私は用意出来なくて…。

明星「(…それに何より、私自身が耐えられない…!)」

今はまだ幾分、頭も冷えたからマシだけれど…。
でも、昨日はアレからずっと部屋の中に引きこもって、布団の中でのたうち回ったりしていたんだから。
頭の中に浮かぶ自分の醜態やチャンスをものに出来なかった事への悔しさ、姫様への八つ当たりめいた感情などなど…。
無数に浮かび上がるそれに私は頭を抱えて…碌に寝る事も出来なかった。
代わりに一人火照った身体を慰めてしまって…また欲求に流されてしまった自分に自己嫌悪を感じて…。
今もそれを忘れられない私が、京太郎さんの前に立てるはずがない。
もし、会ってしまったら気まずさに思考が固まってしまうでしょう。


明星「…はぁ」

瞬間、漏れるため息は私が思っていたよりもずっと大きいものだった。
屋敷の廊下にふわりと溶けていくそれは…もう今日、何度目だったっけ。
五回目くらいまでは覚えてたけれど、そこから先は面倒で覚えてないわ。
…それにまぁ、覚えてても何の意味もないものね。
ため息の回数なんて数えている暇があったらもっと建設的な事を考えた方が良いんだから。
問題は…その建設的な事を、私がまったく思いつかない事なんだけど。

明星「…会いたいなぁ」

あー…どうやら私、思った以上に参っちゃってるのかも…。
そんなに春さんが京太郎さんとエッチしちゃったかもしれないって言うのがショックなのかしら…。
会ったら絶対に気まずさで固まってしまうって分かってるのに…口からそんな言葉が出てしまう。
京太郎さんと会いたいって…この胸の内のムラムラとモヤモヤをどうにかして欲しいって…。
昨日みたいに思いっきり甘えてしまいたいって…心とは別に身体がそう思っちゃう。


明星「…京太郎さん」

京太郎「どうかしたのか?」ヒョコ

明星「ぴゃあああああああああああああっ!?」ビックゥゥ

え、ちょ、い、今の声って京太郎さんの…!?
も、もしかして聞かれてた!?
私が京太郎さんに会いたいって恋する乙女全開のセリフを口にしてたところ!!
よりにもよって本人に聞かれるなんて…そ、そんな…恥ずかしすぎる…ぅ!!

京太郎「あー…ごめんな。驚かすつもりはなかったんだけど」

明星「い、いいいいいいえ、大丈夫です!!」

だ、大丈夫じゃないけど…ほ、本当は今のセリフ聞こえたか確かめたいけれど!!
で、でも、今の私にそんな余裕まったくないわよ…っ!
まさかこんなところで京太郎さんに会うなんてまったく予想してなかったんだもん…!!
ま、まぁ、一緒の家で暮らしてる訳だから、別に何処で会っても不思議じゃないんだけど…。
で、でも、まさか、ふと呟いたら、後ろからひょっこり出てくるなんて予想出来るはずないじゃない…!


京太郎「そっか。それは良かった」

京太郎「それで…なんか俺の事呼んでなかったか?」

明星「そ、それは…」

京太郎「それは?」

明星「き、気のせいじゃないですか!わ、私が京太郎さんの事、呼ぶ訳ないですし!」

明星「会いたくてついつい名前を呼んだとか天地がひっくり返ってもあり得ないですから誤解しないでください!」

明星「わ、私が言ったのは…そ、そう!今日タオルです!!」

明星「新しいタオルをそろそろおろそうかなぁってそう思っただけですから!!」

京太郎「お、おう」

あぁああああああ…っ!私のバカぁああああ……!!
幾ら予想外だと言っても、この誤魔化しはないわよ…。
自分から自爆してる上に、あまりにも可愛げがないし…。
な、何より……言い訳が雑過ぎる…!
幾ら何でも京太郎と今日タオルを聞き間違えたって言うのは苦しすぎるわ…。
そんなの間違える人いるはずないじゃない…。


京太郎「そうか…」

明星「そ、そうです…」

…なのに、京太郎さんは私の事、嫌ったりしないのよね。
今もちょっと気まずそうにしてるけど…嫌悪や面倒くささなんてまったく感じさせなくて。
自分でも面倒くさいと思う私に、気遣いを絶やした事はない。
さっき私に話しかけてきてくれたのも素直に私の事を気にかけてくれているからでしょうし…本当に優しくて器の大きい人。
…私もそんな京太郎さんに相応しいような女に…霞お姉様みたいになりたいと思っているのだけれど…。

京太郎「じゃあ…その…今、時間…とかって大丈夫そうか?」

京太郎「少し話が出来ると嬉しいんだけど…」

そ、それってやっぱり…昨日の事…よね。
私が京太郎さんに辛く当たっちゃうのは今に始まった事じゃないし…。
気まずい話題でもなければ、ここまで躊躇い混じりに会話に誘ったりはしないはず。
そこまでは私も分かるんだけれど…。


明星「(い、一体、何を言われちゃうのかしら…?)」

も、もし、幻滅した…とかそういうネガティブな話だったら…どうすれば良いのかしら…?
そんな事ない…って私も思いたいけれど…でも、現実、私はそれだけの事をしちゃってる訳で…。
幾ら京太郎さんが優しい人だと言っても、この前のエッチっぷりには引かれちゃったのかも…。
うああぁぁぁぁぁ…!
じ、自業自得とは言え、考えれば考えるだけどうすれば良いのか分からなくなるぅぅ…!!

京太郎「あー…ごめんな。やっぱ忙しかったか」

京太郎「じゃあ、また今度、暇のある時に改めて…」クル

明星「ま、待って!」ガシ

って、私、何、反射的に京太郎さんの腕を掴んでるの…!?
折角、私が躊躇っているのを感じ取った京太郎さんが、気を遣って忙しかった事にしてくれたのに…。
これじゃあ、京太郎さんの優しさを台無しにしてしまうし…な、何より、逃げられなくなっちゃうわ。
京太郎さんのお話を…内心、怖くて聞きたくないそれと向き合わなきゃいけなくなるのに…。


明星「(でも…このまま京太郎さんの事を見送るのは抵抗感があって…)」

…勿論、京太郎さんと私は普段、まったく会話しないって訳じゃない。
春さん達ほどベタベタはしないけど…まぁ、それなりに良好な関係を保てているとそう思っているわ。
でも、私は昨日…その色々とやらかしちゃったし…京太郎さんと会うのも気まずくて…。
なのに…会いたいなんて思っちゃう我儘な私に、こうして話しかけてきてくれたんだもの。
こんな碌に進展もないままお別れなんて悲しいし…。

明星「(何より、もし、これから京太郎さんが春さんのところに行くと思ったら…)」

一瞬で胸の中が嫉妬と寂しさでいっぱいになっちゃった…。
まるで春さんのところにだけは行かせてはいけないって本能が訴えるみたいに嫌な気持ちがして…。
先の展望なんてまったくないのに、頭ではここで見送った方が一番だって分かっているのに…。
ついつい京太郎さんの腕を掴んで引き止めてしまったのよね…。


京太郎「明星ちゃん?」

明星「あ…ぅ…そ、その…」

正直、それに私はどうしたら良いのかまったく分からなかった。
衝動のまま京太郎さんの事を引き止めたなんて、絶対言える訳ない。
けれど、その代替となる理由は幾ら待っても私の中から出てこなくて。
私の口からはそのだとかあのだとか…意味のない言葉ばかり。

京太郎「…無理しなくても良いんだぞ」

京太郎「昨日の今日で気まずいのは俺も分かってるしさ」

明星「む、無理なんてしていません!」ギュ

…あ、勢い任せでかなり強く掴んじゃったのに、京太郎さんの全然ビクともしない…。
やっぱり硬くて、逞しくて…手首一つからでも男の人なんだって分かっ…ってそうじゃなくて!!
い、勢いでも、こう言ってしまった以上、もう私に逃げ場はないわよね。
…もう京太郎さんと向き合う以外に道はなくなってしまったんだから…。


明星「お、お話の件、お受けします」

京太郎「良いのか?」

明星「当然です。わ、私が京太郎さんから逃げまわる理由なんて何もないんですから」

それでも内心、すっごくドキドキしちゃう…。
自分で自分の逃げ道を塞いじゃった以上、先に進むしかないと分かっていても、すっごく怖いし、不安な気持ちで一杯よ…。
でも、ここでやっぱりなしで、なんて格好悪い真似は出来ないわ。
それに…私と京太郎さんは一つ屋根の下で一緒に暮らしているんだもの。
どの道、逃げ続ける事なんて出来ないんだから…早い内に向き合った方が傷もまた浅く済むかもしれないし…。

京太郎「それじゃあ…何処で話をしようか」

明星「わ、私の部屋で良いんじゃないですか?」

京太郎「そりゃここからだと明星ちゃんの部屋の方が近いけど…」

明星「へ、変に遠慮しないでください」

明星「私は普段から部綺麗にしてますから別に見られて恥ずかしいものはありませんし…」

明星「そ、それに京太郎さんは何度も私の部屋に来ているじゃないですか」

…ただ、やっぱり自分の部屋に京太郎さんを招くとなると…胸のドキドキが強くなっちゃう。
私にとって京太郎さんは…その、色々な意味で特別な人だもの。
もう好きだって気持ちを認めちゃった私にとって、それは恥ずかしさと興奮が入り混じるシチュエーション。
恋愛漫画では王道なその展開を恥ずかしがり屋の私が耐え切れるとはあまり思えないけど…。
でも、私はこれまで霞お姉様自慢をする為に何回も京太郎さんを部屋に招き入れているし。
…………何より、京太郎さんの部屋にお邪魔するよりも、私の部屋の方がずっとずっとマシって言うのが大きくて…。


明星「(だ、だって、私、昨日、京太郎さんの部屋であんな事…っ)」ボッ

ささささささ流石に今日もまた同じ失敗を繰り返すほど愚かじゃないわ。
えぇ、石戸霞の妹である私はちゃんと失敗から学べる女なんだもの。
…………で、でも、だからと言って、昨日の今日で京太郎さんの部屋に踏み込むのは抵抗が強すぎるのよね…。
未だ昨日の出来事が色濃く残っている私にとって、あそこは自身の失敗を思い出させるトラウマの地でもある訳だから…。
頑張って踏み込んだとしても碌に話も出来ないし…下手をすれば逃げ出しちゃうかもしれないわ。
自分でも情けないけれど…その可能性が決して少なくない高い以上、やっぱり幾らか落ち着ける自分の部屋が一番だと思う。

明星「だ、だから…その…い、行きましょう」グイグイ

京太郎「お、おう」

とそう結論づけて京太郎さんを引っ張っていくんだけれど…。
……これ自分でも悲しくなるくらいに色気がないわね…。
せめて手を繋いでるならまだしも…私が掴んでいるのは京太郎さんの手首。
まるで手錠みたいにガッチリを掴み掴まれしている今の私達には…まったくムードらしきものが存在しない。
本当にただ移動をしているだけって言う…悲しくなるような状況だった。


明星「(折角、こうして二人で歩いているのに…)」

普段、京太郎さんの周りには必ず誰かしらいるのよね。
…正直、腹立たしいくらいに…この人は人気者だもの。
春さん以外にもライバルが多い彼の側から女の子が消える事はない。
このお屋敷にいる時だって…大抵、春さんや姫様、湧ちゃんがその側にいて…。

明星「(私が碌に話しかけられないのよね…!)」ゴゴゴ

別に話しかけたくない…なんて今更、言わないわ。
霞お姉さまに発破をかけられた今…私はもう自分の気持ちを認めちゃった訳だし。
出来れば、二人っきりになりたいし…もっと色々な事を話したい。
湧ちゃんや姫様のように甘えたいし…スキンシップだってもっともっとして欲しい。
でも、そんな気持ちを京太郎さんにぶつけるには、私はちょっと意地っ張り過ぎて…。
内心、面白く無いと思いながらも、その輪の中に入る事が中々、出来なかった。


明星「(そんな私にとって…これは間違いなくチャンスなのに…)」ググググッ

京太郎「明星ちゃん」

明星「え?」

京太郎「行き過ぎてるよ。明星ちゃんの部屋、ココだろ?」

明星「あ…っ」カァァ

こうして二人一緒に歩くというシチュエーションにさえ色っぽいものに出来ない自分に自己嫌悪を感じすぎちゃった所為かしら。
京太郎さんに言われるまで、私は自分の部屋を通り過ぎそうになっている事に全然、気づけなくて。
そんな自分をよりにもよって京太郎さんに見られてしまった気恥ずかしさに頬が赤く染まっちゃった…。

京太郎「それと…その、さっきからやたらと俺の手首をきつく握ってるけど…」

京太郎「そんなに強く握らなくても、俺、逃げたりしないからさ」

明星「~~~っ」マッカ

そ、その上、京太郎さんに力が入りすぎだって指摘されちゃうと…も、もう何も言えないわ…。
幾ら今の私が冷静じゃないとは言っても…流石にこれは酷すぎる…。
ムードとかそういうの以前の問題じゃないの…。
こと京太郎さん関係で、自分の事を評価出来た事はないけれど、これはあんまりにもポンコツ過ぎるわ…。


明星「あ、あの…ごめん…なさい…」

京太郎「いや、謝る事じゃないって」

京太郎「ちょっと驚いたけど、別に痛いって程じゃなかったし」

京太郎「明星ちゃんの手柔らかいから役得感もあったしさ」

明星「う…うぅぅぅぅ…っ」モジモジ

も、勿論、それはフォローよね。
うん…け、決して本気で言ってくれている訳じゃないのは私にだって分かってるわよ。
で、でも…そうやって私の手を役得だって言ってくれるのは…やっぱりどうしても嬉しくて。
頭とは別に心が反応して…胸の奥から気恥ずかしさと甘い感覚が湧き上がって来ちゃう…。

明星「そ、そんな事、一々、言わなくても良いんです!」

明星「そんなの…ほ、他の人に言ったらセクハラで訴えられますよ!!」

なのに、私はどうしてこんな事言っちゃうのかしら…。
ここで素直に嬉しいって言えれば…もっと京太郎さんとの関係も進展するだろうに…。
まぁ…ここで私が京太郎さんをセクハラで訴える…って言わなくなった時点で、少しはマシにはなっているんでしょうけど。
…ソレにしたってあまりにも天邪鬼すぎて我が事ながら悲しくなっちゃう…。


京太郎「…それってつまり明星ちゃんならオッケーって事か?」

明星「そ、それは…」

…でも、京太郎さんはそんな私の気持ちを汲みとってくれて…。
私ではなく、他の人だと言った私の真意を…こうして言い当ててくれるの。
ただ…あまりにも正確すぎて即答出来ないのよね…。
勿論、答えはイエスなんだけど…で、でも、幾ら何でもそれをそのまま口にするのは恥ずかしいし…。

明星「ま、まぁ…だ、ダメとは言いませんよ」

明星「私は京太郎さんと…そ、それなりに親しくしている訳ですし…」

明星「い、今更、そんなセクハラ発言一つで…ど、どうこうなったりしませんから」

だから…その、とりあえずこの辺が限界かしら…。
本当はダメじゃないどころか、積極的にやってくれても構わないのだけれど…。
でも、そんな事言えるほど勇気があるなら、元々、こんな事にはなっていないし…。
変にまた意地を張ったりしなかったんだから、とりあえず及第点レベルではあると思う。
…まぁ、この程度で及第点つけてたら春さん達にドンドン置いて行かれちゃうんだけれど。


京太郎「そっか。良かった」

京太郎「明星ちゃんに嫌われていないようで安心したぜ」

明星「…今更、私が京太郎さんの事嫌うはずないじゃないですか」

…それが不安で不安で仕方がないのはこっちの方ですよ。
京太郎さんの周りには私よりもずっと素直で、可愛くて、そして何よりおっぱい大きい女の子が沢山いるんですから
まったく可愛げのない私が、こうして一定以上の好意を寄せてもらっている方がまずおかしい話ですし…。
今だって、これからどんな話をされるのか…怖くて足が竦んじゃいそうなんですからね。

明星「…そ、それよりほら、入りますよ」

明星「あんまりこういうところ他の人に見られるのも困りますし…」

京太郎「そうだな」

まぁ、そんな弱音めいた事は言えないし…それに少しは気持ちも固まったわ。
いえ、固まったと言うよりも…少しだけ希望が見えてきたと言うべきかしら。
さっきの言葉は京太郎さんが私に向ける好意が未だ変わっていない証拠だと思うし…。
私が予想しているように悪い話題じゃないのかもしれないって、そう思えたから…。


明星「(…我ながら現金よね)」

京太郎さんに嫌われてしまったんじゃないかって恐怖が薄れた時から、気まずさも軽くなった。
勿論、まったく元通りって訳じゃないけれど…それでも、それは彼から逃げたいと思うほどのものじゃなくて。
少なくとも…京太郎さんと向き合うだけの勇気は出てきたんだとそう思うわ。
…だから、何時迄もここで立ち話を続けないで、京太郎さんを部屋に招き入れないと。
…こんなところ、霞お姉様にでも見られたら大変な事になっちゃいそうだし。

京太郎「失礼しまーす」イソイソ

明星「どうぞ」

…さて、こうして京太郎さんと一緒に部屋に帰って来た訳だし、とりあえずお茶菓子の一つも出さないとダメよね。
ここでちゃんとおもてなしせず、躾もちゃんと出来ていない女の子だって思われるのは悲しいし。
普段、憎まれ口ばっかり叩いてるんだから、ここは行動で少しでも京太郎さんにアピールしましょう。


明星「では、こちらの座布団をどうぞ」

明星「今、お茶菓子もお出ししますから待っていてくださいね」

京太郎「ありがとうな」ニコ

明星「お、お礼を言われるような事ではありません」

明星「これくらい当然の事ですから」

そんな邪な気持ちもあるから…その、そう心から感謝の気持ちを伝えられると…ね。
ちょっと申し訳なっちゃうと言うか、自分が汚れてるのを自覚しちゃうというか…。
沢山、お茶菓子を出せば、それだけ京太郎さんも長居してくれるんじゃないかってそんな事を考えちゃってた私もいるのよね。
ま、まぁ、あくまでもちょっと…!ほんのちょっぴりだけなんだけれども…!!
…でも、自分の下心から目を背けられない私は、それを隠す為につい言葉が強くなっていっちゃって…。

明星「そ、それに昨日は私が京太郎さんにお茶菓子を出してもらった訳ですし」

明星「その返礼も出来ないような娘だと思われるのは癪ですから」

京太郎「じゃあ、俺は明星ちゃんの好意に感謝しない男だと思われるのが嫌だから」

京太郎「こうしてお礼を言ったって形じゃダメか?」

明星「…む、むぅ」

…こういうところ、京太郎さんって意外とスマートよね。
見た目は結構、軽そうで、でも、その実、真面目で…だからと言って口が拙い訳でもなくて。
女の子に対しても、ちゃんと気遣い出来るし、冗談を良く口にするけどその時の顔は可愛いし…。
…正直なところ、これでどうしてモテなかったのか、まったく理解出来ないわ。
私達みたいに京太郎さんの事好きになっていた女の子なんて絶対、一人や二人じゃないと思うんだけど。


明星「ま、まぁ、好きにすれば良いんじゃないですか」

明星「私も…別に京太郎さんの感謝の言葉が嫌だって訳じゃありませんし…」

京太郎「おう。いつも感謝してるぜ、明星ちゃん」

明星「も、もう調子に乗りすぎですよ」クル

…でも、京太郎さんが他の女の子と恋仲になっていたなんて…想像するだけでも胸が苦しくなるし。
とりあえずこの人がまだ誰の手つきじゃないって事に安心しましょう。
…それに今はこうして京太郎さんから感謝を告げられて、にやけそうな顔を抑えるので大変だものね。
なんとかギリギリで後ろを向いたから見られてはないと思うけど…気を抜いたら、京太郎さんの前でもだらしない顔を見せちゃいそう…。

京太郎「まぁ、取ってつけた風になっちゃったのは悪いけど、俺は本気で明星ちゃんに感謝してるんだぜ」

明星「はいはい。分かりましたから、適当に座って大人しくしててください」

そんなの一々、言葉にしてくれなくても分かってますよ。
私と京太郎さんはなんだかんだでもう一年近い付き合いなんですからね。
…でも、分かってても、好きな人からの感謝の言葉に、顔がにやけそうになっちゃうんです。
だから、今は大人しくしててください。
…にやけ顔見られて幻滅されたりでもしたら、一人の女の子として死んでも死にきれないですから。


明星「(で、お菓子はこの辺りに置いてあるんですけど…)」ゴソゴソ

今はそれよりもお茶菓子の方よね。
このままダラダラとしてたら何時まで経っても本題が始まらないし。
あんまりゆっくりしすぎて、日頃から部屋の整理整頓ができてない女の子だって思われるのもショックだもの。
…だからと言って、あんまり急ぐとにやけ顔が見られちゃうかもしれないから、タイミングは慎重に図らないと。

明星「はい。どうぞ」

京太郎「あぁ。ありがとうな」

明星「いえいえ」

…うん、とりあえずは大丈夫かしら。
表情筋もしっかり気合入れてるからポーカーフェイスは維持出来ているはず
事実、こうして京太郎さんの前に戻っても、特に何も言われないんだもの。
私の顔を見ても特に反応がないって事は、表面上は平静なんでしょう。
…まぁ、実際、さっきの言葉はまだ私の心に残っていて、気を抜くと頬がにやけそうになってしまうのだけれど。


京太郎「…でも、ちょっと量多くね?」

明星「そ、それは…」

…うん、私もちょっと調子に乗りすぎたかなって思ったわ。
時間稼ぎついでとは言え、私がテーブルに広げたお菓子はほぼ備蓄の全てなんだもの。
話のついでに摘んでもらう量としては明らかにちょっと多すぎる。
これじゃあ出来るだけ長居して欲しいって言う私の気持ちがバレちゃうかも…。

明星「べ、別に要らないなら食べなくても良いですし…」

明星「それに京太郎さん、朝食抜いてますからお腹も減ってるでしょう?」

京太郎「まぁ…確かにそうだけど」

明星「だから、昼まで保たす為にもちょっと量が多いほうが良いかなって思っただけで…」

明星「決して他に理由がある訳じゃありませんから、あ、安心して食べてください」

京太郎「お、おう。ありがとうな」

ふぅ…ちょっと強引っぽい感じだったけれども、でも、どうやら今の説明で京太郎さんも納得してくれたみたい。
まぁ、さっきのも決して口からデマカセって訳じゃないものね。
一番は京太郎さんの足止めになればいいなって下心だけど、でも、京太郎さんの事だってちゃんと考えてるわ。
それを言い訳のように伝える事しか出来ない自分にちょっと自己嫌悪も感じるけれど…でも、今はそれより…。


明星「それでお話とは一体、何ですか?」

京太郎「いきなりそれに突っ込むのか」

明星「ま、まぁ、京太郎さんが言いたくないのであれば、言わなくても良いですけど…」

…正直なところ、早めに本題を終わらせてくれないとゆっくり出来ないってのもあるのよね。
多分、悪い話題ではないと思ってるけれど、だからと言って、もしもの考えはなくなったりはしないわ。
悪い意味でも内心、ドキドキなんだから、早く本題を済ませて欲しい。
ふ、二人っきりで他愛もない話をするのは別にその後でも出来る訳だし…。

明星「でも、こういうのは本題を片付けてからの方がお互いスッキリすると思います」

京太郎「まぁ…確かにそうだな」

京太郎「…じゃあ」

明星「…」ゴク

瞬間、私の前で京太郎さんが表情をキュっと引き締めた。
これから大事な話をするのだとそう言うようなその顔に、私は思わず生唾を飲み込んでしまう。
その真剣な眼差しに少しドキドキするけれど、でも、今の私はソレ以上に緊張していて…。
心の中で感情と言う名の圧力がゆっくり高まっていくのを感じる。
そんな私の前で京太郎さんは一旦、閉じたその口を改めて開き直して ――


京太郎「昨日の事なんだけど…」

霞「明星ちゃん、いる?」

明星「ひゃあっ!!!!!!」ビックゥ

―― その言葉が霞お姉様の呼びかけによって中断されてしまった。

って、か、霞お姉様がどうして私の部屋に…!?
い、いえ、勿論、それは嬉しいのだけれど、今はちょっとタイミングが悪いと言うか…!
これから京太郎さんと真剣なお話をすると言うタイミングで、どうしてよりにもよって霞お姉さまが…!!!
他の人ならまだ何とかなったかもしれないのに…!!

明星「(し、しかも、驚きすぎて変な声あげちゃったし…!!)」

ここで黙っていれば、まだやり過ごす事も出来たのにいいいい!
あぁぁ…私の馬鹿…!本当に大馬鹿よ…!!
これじゃあ霞お姉様を部屋に招き入れるしかないじゃないの…!!
で、でも、下手に招き入れて、京太郎さんが私と二人っきりだったのがバレちゃったら…!!!


明星「(ぜ、絶対に碌でもない事にはならないわよね…)」

霞お姉様は京太郎さんに対して並々ならぬ執着心と愛情を抱いているんだもの。
それでもこうして今の状況を許容し、私と同盟を結んでくれているのは私達の事も愛してくれているからこそ。
でも、そんな私が…よりにもよって霞お姉様と同盟を結んだ私が、抜け駆けしようとしていたのを知ったらどうなるか。
…怒髪天を衝くと言うような状態になればまだ良いわ。
下手をすれば…冷酷に、事務的に、抜け駆けしようとした私の事を制裁…いや、排除する事だって考えられる…!!

霞「明星ちゃん?」

明星「い、いいいいいえ、ちょっと待っていてください」スク

京太郎「あー…出直そうか?」コゴエ

明星「か、構いません。それより…」グイ

京太郎「え…?」

も、勿論、私にとって霞お姉様は特別な人だけれど…でも、やっぱり命は惜しい。
人の身であるからこそ、いずれは死ぬと分かっているけれど、だからと言って、家族に殺されたい訳じゃないんだもの。
だから、最悪の事態だけは避けたいのだけれど…で、でも、名案なんて思いつかなくて…。
とりあえず時間もないし…京太郎さんには押し入れにでも隠れて貰いましょう。
その存在さえ見つからなければどうとでも誤魔化す事が出来るんだから、今は強引にでも手を引いて…。


明星「す、少しの間、ここでジッとしててください」

京太郎「え?い、いや、でも」

明星「良いですか。絶対に声をあげちゃいけませんよ…!」パタン

…ふ、ふぅ、とりあえずはこれでオッケーね。
強引に押入れに押し込んだ京太郎さんには後で頭を下げて謝意を示す必要があるけれど…。
でも、これで霞お姉様との関係が必要以上にギクシャクする事は避けられるはず。

明星「(ただ、それでもまったく一安心なんて出来ないわよね…)」

霞お姉様が一体、どれほど聡明な人なのかを私は良く知っているんだもの。
だから、念入りに京太郎さんの痕跡が消えたのかチェックしたいけれど…。
でも、待たせれば待たせるほど霞お姉様に疑念を抱かせてしまうわ。
正直、何か忘れている気がして怖いけど、これ以上のリスク増大はメリットに見合わないし…。
不安の種が尽きない事には目を瞑って、霞お姉様を招き入れましょう。


明星「も、もう入っちゃって大丈夫ですよ」

霞「…そう?」ススス

あう…ちょっと声が上擦っちゃった…。
で、でも、これくらいならまだ大丈夫よね。
霞お姉様にも見られたくない事をしていたと言えば、きっと必要以上に追求はされないはず。
ま、まぁ、それは霞お姉様に変な風に思われるかもしれないってのを意味しているのだけれど…。
でも、絶体絶命に近い今の状況で、背に腹は変えられないわ…!
多少のダメージを覚悟してでも…今を載り切らないと…!!

霞「あら」

明星「ど、どうしました?」

霞「座布団とお茶菓子が出てるけど、誰か来てたの?」

明星「あ゛っ」

ああああああああああっ!!!
し、しまった…!お茶菓子の存在をすっかり忘れてたわ…っ!!
京太郎さんが食べやすいようテーブルの上に広げてたそれが霞お姉さまの目に止まらないはずがないのに…!
な、なんで私はこんな大事な事を見落としてしまっていたのよおぉお…!!
こ、これじゃあうっかり扱いされても文句が言えないじゃないの…!!


明星「じ、実は、ちょっと小腹がすいてちょっと摘もうかと」

霞「…へぇ。ついさっき朝食を食べたばっかりなのに?」

明星「え、えぇ。何だか今日はいつもよりお腹が空いてしまって…」

霞「…京太郎君がいないのが気に入らないのか、朝食ではやけ食いしてたように思えたけれど」

霞「…それにこの量、間食って呼べるものじゃないわよ」

霞「…まるでお腹が空いてる誰かの為に奮発して出したような量をしてるし…」

霞「何より、座布団を2つ出す理由にはならないでしょう?」

明星「あうぅ…」

さ、流石、霞お姉様、鋭い……。
まるでサスペンスの探偵のように淡々と証拠を突きつけるその姿は正直、素敵なくらいよ。
…でも、今の私はそれを外野から見ているんじゃなく、犯人役として追い詰められている訳で…。
名探偵のような霞お姉様を誤魔化さなきゃいけないんだけど…その為の理屈がまったく出てこない…!
でも、そうしている間に…霞お姉様の目はどんどんと鋭くなっていって…ど、どうしたら良いの…!?


明星「べ、別に疚しい事なんてありませんよ」

霞「本当?」ジィ

明星「え、えぇ。勿論」メソラシ

霞「…誓ってそう言えるかしら?」

明星「と、当然です」

あうあう…せ、背中に冷や汗が浮かんできちゃったわ…。
正直、こうしてジッと霞お姉様に見つめられると蛇に睨まれたカエルのような気分に…。
で、でも、ここでヘタレたら、芋づる式に私の隠し事がバレてしまうんだもの。
例え、どれだけ恐ろしくても、口でだけは肯定しておかないとダメよね。

霞「………分かったわ」

霞「そこまで言うなら私も明星ちゃんの事を信じてあげる」

霞「ここでは特に何もなかった。そういう事よね?」

明星「は、はい」

霞「なら、私はこれ以上何も言わないわ」

霞「今回の件はこれで終わりにしましょう」

明星「…ふぅ」

……よ、よし、何とか霞お姉様からこれで終わりって言葉を引き出せたわ。
流石にこれがブラフって事はないでしょうし、今度こそ本当に安堵しても大丈夫なはず。
そう思った瞬間、ついつい私の口からため息が出ちゃったけど、霞お姉様は本当にそれを追求しなかった。
叩けば山程、埃が出るのを理解しながらも、私の事を慮って飲み込んでくれたんでしょう。


明星「(…やっぱり霞お姉様は素敵な人よね)」

最近はちょっと恐ろしく思える事も増えたけれど、やっぱり根本的な部分では変わってない。
優しくて、美人で、スタイルも良くて、文武両道で、料理も気遣いも出来て、家柄も良いと言う完璧な人。
…今ではそれに憧れだけじゃなく、ちょっぴりの劣等感も感じるけれど。
でも、私の目標としている人は素敵なんだって、今でも素直にそう思える。

霞「それより明星ちゃんは今、暇かしら?」

明星「え、えぇ。特に予定はありませんけれど」

霞「そう。それじゃあちょっとお話でもしない?」

霞「私もお昼まで時間出来ちゃったから、そろそろ作戦会議をしようかなって」

明星「さ、作戦会議ですか?」

霞「えぇ。この前言ってたラッキースケベ大作戦のよ」ニコ

明星「………え゛」

な、なんでこのタイミングでそんな話を…!?
い、いや、確かに私も作戦に参加するとはそう言いましたけど…!
でも、私はあくまでも霞お姉様にそんなはしたない事をさせない為に参加しただけであって…!!
決してその無茶苦茶な作戦に乗り気だった訳ではないのに…!!


霞「まぁ、明星ちゃんは何もなかったようだし…」

霞「こうして一人お菓子を摘むくらい余裕があったみたいだから」

霞「このまま、ここでお話しても良いわよね?」

明星「え、い、いや、その…」

霞「良いわよね?」ニッコリ

明星「……はい」

…で、でも、ここでNOとは言えないわよね…。
ここで断ったら、何もなかったと言ったさっきの言葉が嘘になってしまうし…。
そうなると私の言葉を信じて、追求を止めた霞お姉さまがそれを再開する事になるんだもの…。
最悪、それによって血の雨が降る事を考えれば、ここで私に出来るのは霞お姉さまの言葉に頷く事だけ。
それと霞お姉さまが変な事を言って、京太郎さんの耳に入らない事を祈る事かしら…。

霞「良かったわ。明星ちゃんの賛同を得られて」

霞「やっぱり明星ちゃんもラッキースケベ大作戦にノリ気だったのね」

明星「い、いえ、別にそういう訳では…」

霞「恥ずかしがらなくても良いわ」

霞「私は義理とは言え、明星ちゃんのお姉さんなのだし」

霞「貴女がどれほど京太郎君の事を想っているか」

霞「そして、ラッキースケベを起こしてでも、京太郎君に振り向いて欲しい気持ちは良く分かっているから」

な、何ですか、その説明するような話の持って行き方は…!?
まるで押入れの中にいる京太郎さんに大まかな前提を説明しているようなセリフだったんですけれど…!!
も、もしかして霞お姉様、実は結構、怒ってます…?
私が隠している事にも内心、気付いちゃってて…それでこんな事を…?


霞「大丈夫よ。別に怒ってる訳じゃないから」

霞「私はただ明星ちゃんと一緒に幸せになりたいだけよ」

明星「そ、それなら良いんですけど…」

わ、私、今、何も言ってないわよね…?
内心ではビクビクしてたものの、それは一言も言葉にしていないはず…なんだけれど。
それをこうして言い当てられるって事は…や、やっぱり霞お姉様は幾らか不機嫌ではあるのかしら…?

明星「(普段の霞お姉様はこういう話し方なんて滅多にしないものね…)」

霞お姉様の優秀さは私も良く知っているし、心の中を読まれた事自体はそれほど驚きに値する事ではないわ。
でも、こうして相手の心を読み取っているのを知らせるような会話の仕方を、霞お姉様はあまりしない。
そうやって内心を悟られる事が、人にとってどれだけのストレスであり、萎縮させるかを霞お姉様は良くご存知なんだもの。
普段の霞お姉様なら得た情報をそのままこうして口に出さず、もっとふんわりとした気遣いという形で私に伝えてくれたはず。
それをこうして直接、ぶつけられていると言う事は…やっぱり何か思うところがあるとしか思えないわ…。


霞「それより大事なのは作戦の内容よね」

霞「ラッキースケベを起こすと言う話はしてたけれど、具体的にどうするかまでは詰められてはいなかったし」

霞「明星ちゃんはどういうのが良いと思う?」

明星「そ、そうですね。あまり思いつきません」

霞「そう。やっぱり中々、難しいわよね」

霞「一つ屋根の下で暮らしているとは言っても、京太郎君はこっちに対してとても気遣ってくれるし」

霞「多少、強引でもなければ、明星ちゃん待望のラッキースケベ大作戦は発動出来ないかしら」

明星「べ、別に待ち望んでいる訳では…」

霞「ふふ。ここには私達二人だけで、京太郎君はいないんだから照れなくても良いのに」

うぅぅ…これもう絶対にバレちゃってるわよね…。
私が隠している事も…全部、霞お姉様に見通されちゃってて…。
その上でこうしてジリジリとこっちを追い詰めてくるその手腕に、再び背筋が冷や汗を浮かべるのが分かっちゃう…。
正直、今すぐにでもここから逃げ出したいほどのプレッシャーを感じるけど…。
でも、京太郎さんを押し入れに閉じ込めた以上、私だけ逃げる訳にはいかないし…。
それに霞お姉様がここで私の事を逃がしてくれるとも思えないもの…。
だから、ここで私に出来る事は…。


明星「そ、それよりも、霞お姉様、喉が乾いていませんか?」

明星「カルピスジュースなんてどうでしょう?」

霞「そうね。折角だから頂こうかしら」

とりあえず何が何でも話題を逸らす事…!
そう思って提案したのは間違いじゃなかったみたい。
今だけかもしれないけれど、とりあえず矛先は反らせたわ。
お陰で少しは冷静になる事も出来たし、早く次の事も考えておかないと。
部屋に置いてある紙コップにカルピスを注ぐ…なんてどれだけゆっくりやっても一分もかからないものね。

明星「(とりあえず…分かっているのは受け身じゃまずいという事)」

明星「(会話の主導権を霞お姉様に握られたままじゃ一方的にやられてしまうわ)」

明星「(だから、今度はこっち側から責めていかないと…!)」

京太郎さんがいるから…なんて思って手加減はしていられない。
勿論、あんまりエスカレートさせすぎるのは色々と問題だけれど…。
でも、手加減や手心を加えてどうにかなるほど霞お姉様は容易い相手ではないんだから。
こっちも全力でいくつもりでないと主導権を取り戻す事なんて出来ない。
だから、これ以上、京太郎さんの前で恥ずかしい思いをさせられない為にも…!!


明星「はい。どうぞ」コトン

霞「えぇ、ありがと…」カタン

明星「わ…っ」バシャ

霞「ごめんなさい。少し手が滑ってしまって…」

霞「明星ちゃん、大丈夫?」

あ、あんまり大丈夫じゃないかもしれません…。
紙コップからこぼれたカルピスが思いっきりテーブルの縁からこぼれ落ちちゃってますし…。
紅袴が思いっきりそれを吸い込んでしまって…太ももの方からカルピスの匂いがするくらいです。
その上、紅袴でも吸いきれなかったカルピスが肌に張り付いて、ベタベタとした感覚が広がっていきますし…。

霞「…これはダメね」

霞「とりあえず着替えてしまった方が良いわ」

明星「ぅ」

霞お姉様の言葉は決して的はずれなものじゃないわ。
事実、太ももからは不快感が湧き上がってきていてる私も、可能な限り、早く着替えたいと思っている。
で、でも…今のこの部屋には京太郎さんがいるのよ…。
京太郎さんはアレで紳士な人だから、着替えを覗いたりしないと思うけれど。
だからと言って、好きな人が押入れにいる状況で着替えをしたいとは思えない。


霞「零してしまった私が言うのも変な話だけれど…早く着替えないと服が台無しになってしまうわよ?」

明星「そ、それは…わ、分かっているんですけれど…」

…でも、あまりにもこの状況は霞お姉様にとって都合が良すぎるのよね。
そもそも霞お姉様が目の前に置いた紙コップを掴む事に失敗するって事自体がまずあり得ない事なんだもの。
よほど疲れているならばまだしも、『お祭り』の前後から霞お姉様は常にウキウキツヤツヤとしている感じだし…。
目の前にあるものを掴む事に失敗するほど疲れているだなんて事は考えられないわ。

明星「(…何より、霞お姉様はここに京太郎さんがいる事にまず勘付いている様子だし…)」

さっきご自身で口にしていた通り、ラッキースケベ大作戦とやらに霞お姉様はご執心の様子。
そして京太郎さんがいるすぐ側で着替えなければいけないこの状況は、絶好の好機と言っても良いわ。
…まさかそれを実現する為に、最初から会話の流れを掌握されていたとは思いたくないけれど。
でも、霞お姉様ならばそれくらい出来ていても、何らおかしくないとも思うし…。


霞「…もう。強情ね」

霞「でも、私にも零してしまった責任と言うものがあるし」

霞「昔みたいに着替えさせてあげましょうか」スッ

明星「えっ」

って、な、なんで霞お姉様、立ち上がってこっちに来るんですか?
え、ちょ…ま、まさか本気で私の事を着替えさせに…?
い、いや、それは嬉しいですけど…で、でも、ちょっとこの状況はまずいって言うか…!!
確かに昔は良くされていましたが、私ももう立派な大人ですし、そんな気を遣っていただかなくても…!!

霞「えいっ」ヌガセ

明星「ひゃああああっ!?」

霞「明星ちゃんったら驚きすぎよ」

霞「まるで京太郎君でもここにいるような反応じゃない」

い、いるんですよっ!
すぐそこの押し入れの中に京太郎さんがいるんです!!
ってもう霞お姉様もそれ気付いてますよね!!
黙ってる私も悪いですけど、気付いてた上でこんなのするのもちょっと意地が悪いと思います!!!


霞「…にしても、明星ちゃんったら肌がきめ細やかよね」

霞「これが若さ…とは思いたくないけれど」サワ

明星「きゃぅっ」

霞「あら、可愛い声」クス

明星「い、いきなりそんなところ撫でられたんですから…と、当然じゃないですか…」

霞「あら、そんなところってどんなところ?」

明星「そ、それは…」

ふ、太もも…なんて言えないわよね。
京太郎さんが覗いたりしなくても、声は聞こえてしまう訳だし…。
そんなところを同性に撫でられて、変な声出しちゃうような女の子だって思われたくないわ。
…でも、ここで黙ってたら、京太郎さんに変な風に誤解されちゃうかもしれないし…。
うぅぅぅ…私、どうしたら良いの…?


霞「なるほど。黙ってるって事は明星ちゃんはここが恥ずかしいところなのね」サワサワ

明星「あん…っ」

霞「肉付きも良いし、とっても柔らかいから恥ずかしがる事はないと思うけれど」

霞「これなら京太郎君も喜んでくれるわ」チラッ

明星「き、京太郎さんは今、関係ないじゃないですか…」

霞「今は関係なくても、新年があけて少ししたら関係があるかもしれないでしょう?」

明星「そ、それは…私も理解していますけど…」

で、でも、絶対にそういう意味で言ってるんじゃないですよね…?
後ろにある押入れに一瞬とは言え、流し目送ってましたし…!!
この会話全部、そこにいるであろう京太郎さんに聞かれるつもり満々じゃないですかああっ!!

霞「そ・れ・に」モミ

明星「んぅっ」ピクン

霞「…明星ちゃんのここも結構、大きくなったわよね」モミモミ

霞「ううん。ただ大きくなっただけじゃなくて、こう色気のようなものが増したと言うか」

霞「やっぱり特別な人が出来ると違うのかしら?」モミモミ

明星「は…うぅ…っ」

た、確かに…この半年くらいでバストサイズは1つ上がりましたけれど…!
でも、その理由までは知らないし、興味もないですよ…!
と言うか、そもそも、どうして私、こうして霞お姉様に胸揉まれているのかまったく理解出来ないですし…!!
目的はもう嫌ってほど分かってますけど、どうしてこんな話の流れになっちゃったのかさっぱりですよぉっ!!!


霞「昔はあんなに可愛かった明星ちゃんが…こんなにも男の人を誘惑するようなやらしいおっぱいに育っちゃって…」

霞「私は誇らしいわ」

明星「そ、そこは恥ずかしがるのが普通じゃ…ぁっ」

霞「あら、どうして?」

霞「これだけおっぱいが大きくなったって言うのはメスとして成熟してる証でしょう?」

霞「これならきっと京太郎君も一杯、愛してくれるわ」ポソ

明星「~~っ♥」ゾクゾクッ

そ、それ…それ…反則…ぅうっ…。
こうして胸揉まれながら、そんな事囁かれたら…ど、どうしても意識しちゃうんですよ…ぉ。
京太郎さんに…私の大好きな人にエッチな事されちゃうところ想像しちゃって…っ。
昨日、姫様に邪魔されなかったらどうなってたか…頭の中に浮かんじゃうぅ…。

霞「それに感度も良いみたいだし…男の人としては最高のおっぱいなんじゃないかしら」

霞「ちょっと嫉妬しちゃうわ」

明星「そ、それは私のセリフ…ですよ…」

幾ら私の胸が大きくなったとは言っても、霞お姉様はさらにその上にいる訳だもの。
このお屋敷で誰が最も京太郎さんの好みに適しているかと言えば、それはやっぱり霞お姉様だわ。
私や姫様…春さん辺りは誰から見ても巨乳だと言われると思うけれど、霞お姉様はその上の爆乳クラスだもの。
おっぱいフェチな京太郎さんが、霞お姉様のおっぱいを目で追って、デレデレしてた光景は、もう嫌になる程見てきたと言っても良いくらいよ。


霞「ふふ。じゃあ、私と明星ちゃんが組めば、無敵ね」

霞「どれだけ鈍感で、エッチだけど理性が強くて、私達の事を家族としか思ってくれていない男の子であっても…」

霞「私達なら…虜にして骨抜きにしてあげる事が出来るわ」クリクリ

明星「ひんっ」

そ、そう言ってくれるのは嬉しいんですけど…っ!
でも、さ、流石にちょっとエスカレートしすぎですよ…!
ブラ越しとは言え、乳首の周りで指をクリクリされたら…誰だってビリビリって感じちゃうと思いますし…!!
わ、私は淫乱とかじゃないですけど、やっぱりそこは性感帯な訳で…同性にあまり触られたい場所じゃありません…!

明星「(そ、それに何より…)」

これは…ちょっとアプローチし過ぎだと思います。
確かに京太郎さんは鈍感でかなりハッキリと言わなければ、気付いてくれない可能性が高いですけど。
でも、ここまで言ってしまったら…幾ら京太郎さんでも気付いてしまいますよ。
幾ら直接告白するのがNGだと言っても…こんな形で想いを伝えるのはちょっと卑怯だと思いますし…。
一番、私達の中で辛いであろう春さんだって我慢してるんだから…これ以上、霞お姉様に好き勝手させる訳にはいきません。


明星「と、言うか…わ、私、自分で着替えられますから…!」バッ

霞「ダメよ。明星ちゃんはさっき自分で着替えようとしなかったし」

霞「それに私もカルピスを零したお詫びがしたいから」

霞「ばっちりしっかり着付けてあげるわ」

明星「お、お詫びがしたいと言うなら、少し離れてください」

明星「幾ら霞お姉様でも、これはちょっとやり過ぎですよ」

…昔の私なら寧ろ、喜んで身を委ねていたのかもしれない。
でも、今の私は霞お姉様の事を尊敬していても、心酔まではしていないんでしょう。
何をされても嬉しいなんて事はなくて…こうしてハッキリとNOを突きつける事も出来る。
そんな姉離れをした自分にちょっと寂しさは感じるけれど…でも、それで判断を間違う事はないわ。
霞お姉様の為にも、他の皆の為にも…そして何より、私自身の為にも。
ここで霞お姉様の事を止めなければいけないっていう気持ちはまったく変わっていない。

霞「…そうね。確かにちょっと強引だったわ」

霞「最近、明星ちゃんとゆっくり話す機会がなかったから…少しはしゃぎ過ぎちゃったみたい」

霞「ごめんなさい」ペコリ

明星「…いえ、分かってくだされば良いんです」

ただ…問題は霞お姉様がそれを本当に分かってくださっているか…よね。
確かに霞お姉様は子どもっぽいところを残す魅力的な人だけれど、でも、今回は全て計算づくだったんだもの。
押し入れに京太郎さんがいる事に気付いた上で、私に恥ずかしい事を言わせた霞お姉様の事をどうしても信用出来ないわ。
勿論、根本的には味方であると思っているし、信頼もしているけれど…その過激な思想にはちょっぴりついていけない時もあるし…。


明星「(…もう少しの間、警戒しておかないといけないわよね)」

こうして謝ったとは言っても、霞お姉様が私に対して何かを仕掛けてくる可能性はまだまだ残っているんだもの。
下手に気を抜いて、またアドバンテージをとられるような事になってしまえば、さっきの二の舞いに…。
いえ、霞お姉様の事だから、より過激な形で京太郎さんへのアピールをする事だって考えられるわ。
それを止められるのは現状、私しかいないんだから、警戒心は絶やさないようにして…。

明星「…」ヌギヌギ

霞「じゃあ、私は明星ちゃんが脱いだこれを洗濯して来るわね」

明星「…お願いします」

…でも、それからの霞お姉様は特に何も仕掛けてこなかった。
私が脱いだ服を霞お姉様は綺麗に纏めてくれたくらいで、特に変な事は言って来ないし…。
寧ろ、ごく当たり前の話ばかりで…少し肩透かし感を感じるくらい。
もしかして…本当にさっきので反省してくれたのかしら…?
だとしたら、こっちも有り難いのだけれど…。


霞「あ、そうだ。ついでだし、予備のお布団のシーツなんかも洗っちゃいましょうか」

明星「え?」

霞「お布団は確か…押入れだったわよね」スス

明星「ま、待っ…っ!」

京太郎「……」ダラダラダラダラ

明星「ぴゃああああああああああああああああ!!!!!?」マッカ

ちょ、えっ、霞お姉様ああああああああああっ!?
な、なんで、そこで押し入れを開いて…き、ききき京太郎さんがいるの分かってるのにぃっ!!
そもそも私、今、下着姿なのに…!ブラとショーツくらいしかつけてるものないのにっ!!
そんな風に思いっきり開けられたら、見ら…見られ…っ!!!!!

霞「あら、京太郎君。こんなところにいたの」

霞「盗み聞きなんて感心しないわよ」

京太郎「い、いえ、あの…その…」

霞「…ふふ。なーんてね」クス

霞「大丈夫。私はちゃんと分かっているわ」

霞「大方、恥ずかしがった明星ちゃんに押し入れにつめ込まれてしまったんでしょう?」

京太郎「い、いえ…俺が勝手に…」

霞「あら、京太郎くんは私の嘘を吐くの?」

霞「私と明星ちゃんのガールズトークを聞いた上でそんな事をするなんて…イケナイ子ね」ソッ

京太郎「え、えっと…」

霞「そんな子にはお仕置きが必要だとは思わないかしら?」

って、ダメダメダメダメ!!
京太郎さんも完全に霞お姉様のペースに捕まっちゃってる…!!
こ、このままじゃ京太郎さんが霞お姉様の毒牙に掛かってしまうわ…!
で、でも、言葉で霞お姉様の事を止めようにも頭の中が一杯で何を言えば良いのか分からないし…。
両手でブラとショーツを隠してる今、強引に二人の事を引き離す事も出来なくて…。


霞「えいっ♥」ギュゥ

京太郎「むぎゅぅっ!?」

ああああああっ!き、京太郎さんが…。
私の京太郎さんが霞お姉様の胸に思いっきり抱き寄せられて…。
ず、ズルい…。
私の前で…魅せつけるようにそんな事するなんてズルいですよ…。
私が邪魔出来ないのを分かってるのに…京太郎さんを独り占めするなんて…酷すぎます…。

霞「…分かるかしら、私のドキドキ」

霞「私だって…色々と過激な事言ったけれど…」

霞「恥ずかしくなかった訳じゃないんだからね」ギュゥ

あ、あざとい…!あざと過ぎますよ、霞お姉様…!
全部、計算づくだった癖に…そ、そんな弱々しい声を出して…。
お人好しの京太郎さんが、そんな事言われたら信じないはずないじゃないですか…!
アレだけ凄い事やりながら、実は恥ずかしがってたなんて…男の人からすれば可愛くて可愛くて仕方がないじゃないですかあっ!!


霞「お願いだから、誤解しないでくれるかしら…?」

京太郎「も、勿論です…」

霞「ん…♪ちょっとくすぐったいけど…」

霞「でも…京太郎君の気持ちはしっかりと私の胸に伝わったわ」ギュゥ

京太郎「おふぅ…」

き、京太郎さんすっごい気持ちよさそうな声を出してる…。
顔は見えないけど、多分、今の京太郎さんはきっととっても幸せそうな顔をしてるはず…。
…勿論、私も共有には納得してるけど…でも、目の前でそんなところを見せられると流石に面白くないわ。
霞お姉様だけに独占させたくはないってそんな気持ちが湧き上がってしまってしまう…。

明星「か、霞お姉様!」

霞「ふふ。残念。明星ちゃんに怒られちゃった」

霞「ちょっと勿体無いけど…今日の主役は明星ちゃんだし、私は大人しく退散する事にするわ」

霞「でも…」

…そう言いながらも霞お姉様は京太郎さんから離れない。
まるで別れを惜しむようにして、その一言一言を遅くしているのが分かる。
実際、霞お姉様にとって京太郎さんは特別という言葉でも物足りない人だから…離れたくはないんでしょう。
でも、今日の主役は私だって言う言葉に嘘はないのか、その唇を止める事だけじゃしなくて。


霞「私はともかく、明星ちゃんのお着替えシーンを見たんだから」

霞「しっかりバッチリ…その分の償いをしてくれなきゃダメよ?」チラッ

京太郎「ふぁい…」

霞「よし。良い子良い子」ナデナデ

明星「ぅー…」

そこで私に視線を流したのは…きっと有無を言わせない為。
その真意はさておき、私は霞お姉様に賛同し、ラッキースケベ大作戦とやらに参加している事になっているんだもの。
意図せずこんな形になってしまったが、賛同した以上、文句は言わせない。
そんな意図が京太郎さんの頭を撫でる霞お姉さまの視線から伝わってきている。

霞「じゃあ、良い子の京太郎君には額にご褒美のキスを…」

明星「霞お姉様っ」

霞「…したいところだけれど、明星ちゃんはもう京太郎君が欲しくて欲しくて堪らないみたいだし」

霞「可哀想だけど、ここは譲ってあげようかしら」スッ

明星「ひ、人の事を淫乱みたいに言わないでください…っ!」

…ちょっと往生際が悪い霞お姉様に声をあげれば、そのまま笑って京太郎さんの事を離してくれた。
それは有り難いけれど…でも、だからと言って、その言葉は受け入れられないわ。
そんな誤解を招く言い方をされたら、京太郎さんに私がエッチだって思われてしまうかもしれないし…。
…まぁ、京太郎さんが欲しいと言うのは嘘じゃないけれど…でも、そ、それはあくまでも独占欲というか…。
霞お姉様が目の前であんな事するからどうしても嫉妬の気持ちを抑えきれないだけよ。


霞「そうね。明星ちゃんは別に淫乱じゃないわ」

霞「…ただ、京太郎君にだけはその身体を見られたいってだけよね」

明星「べ、別にそういう訳でも…」

霞「あら、でも…これまで時間は結構あったはずなのに、明星ちゃん未だに下着姿のままじゃない?」

明星「あ…」カァアアアアアア

ああああああああ、そうよ…!
なんで、私、今の間に、着替えなかったの…!?
さっきまで霞お姉様が京太郎さんを胸の谷間に押し込んでたんだから、チャンスはあったはずなのに…!!
さっきならこれ以上、傷を深くしなくても済んだはずなのに!!
幾ら、霞お姉様が京太郎さんに見過ごせないレベルのアプローチをしていたとは言っても…ずっと下着姿のまま棒立ちだったのはちょっと間抜け過ぎるわよ…。

京太郎「…っ」

明星「(し、しかも、今…っ)」

め、目が合っちゃった…。
霞お姉様と離れた京太郎さんが一瞬とは言え、視線を交わして…。
い、一応、ブラとショーツだけは隠した姿勢のままだけど…全部は隠せないし…。
これ絶対に…見られちゃった…!
私の下着姿を完全に京太郎さんに見られて……!!
一端は嫉妬に負けて大人しくなってた羞恥心がまた心の中で強くなって…もう京太郎さんの事を見る事すら出来ない…!!。


霞「ふふ。じゃあ、またね、明星ちゃん」

霞「折角、チャンスをあげたんだから、京太郎君と仲良くして、早く元の明星ちゃんに戻ってね」パタン

明星「あうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあう」プッシュゥ

な、仲良くなんて出来るはずないじゃないですかぁああああ!!
今となっては霞お姉様も決して意地悪だけでこんな事をやっていたんじゃないって分かってますけど…!
寧ろ、朝食時にやけ食いなんかしちゃった私に気を遣ってくれたんだろうなって思いますけど!!
でも、こうして火種だけ用意されて、まったく責任取らずに出て行かれたらちょっとどうしたら良いのか分からないですよ…!
いや、まぁ、霞お姉様が責任取ろうとすると間違いなくエスカレート一直線だから、ある種、安心ではあるんですけれども…!!

京太郎「えっと…明星ちゃん」

明星「ひゃ、ひゃいっ」ビク

京太郎「と、とにかく服を着てくれ」

京太郎「このままじゃ目に毒…あ、いや、勿論、見てないけど!!」

京太郎「まったく見てないけど…このままじゃ話も出来ないし…」

明星「……」

…えぇ、分かってるわ。
そうやって私に言ってくれるのは、京太郎さんの優しさだって事。
一瞬とは言え、目が合ったのははっきりと覚えてるし、見ていないと言うのは嘘なんでしょうけれど。
でも、精一杯、私の事を見まいとしてくれているのは、これ以上、私を辱めない為なんでしょう


明星「(…しかし、それが面白くなくって…)」

も、勿論、私だって京太郎さんに見られたいという訳じゃないわ。
霞お姉様はあぁ言ったけど、私はそこまで露出狂じゃないもの。
こうして下着姿なままなのも、混乱して着替える事に思い至らなかったから。
決して、京太郎さんに…す、好きな人に見られたかったからなんかじゃない。

明星「(…霞お姉様にはあんなにデレデレしていたのに)」

混乱した私でも分かるくらいに幸せそうな声を出して…その上、身体から力を抜いて…。
もう霞お姉様に何もかもを委ねそうなその姿を私は決して忘れる事が出来ない。
他の人ならだらしないって言うだけで済むけど…でも、それは京太郎さんだったんだもの。
霞お姉様にも負けないくらい…私の特別になった人が、私以外にデレデレしていたのは…今も私の胸をムカムカとさせていて。


明星「……」スタスタ

京太郎「え?あ、あの…明星ちゃん?」

そのムカつきを抑えようと近づく私に京太郎さんが落ち着かない声を漏らした。
多分、この状況で下着を隠すのを止めたどころか、自分から近づいていこうとする私に理解が及ばないんでしょう。
実際、私自身、自分が何をしようとしているのかあんまり分かってないんだもの。
…でも、このままでは気持ちの収まりがつかない事だけはハッキリと分かっているわ。
だからこそ、私の足は竦む事なく進み続け、そのまま押し入れの中にいる京太郎さんの前で止まった。

京太郎「あ、明星ちゃ…」

明星「……っ」ギュ

京太郎「ほあ…っ!?」

…そのまま膝を追って抱きしめた京太郎さんの身体は思ったよりも熱かったわ。
もう冬も間近とは言え、狭い押し入れに突然、押し込まれた事も関係しているのかもしれないけれど…。
でも、多分、それ以上に大きいのは、霞お姉様の抱擁で少なからず興奮していた事。
…そう思うと私はその熱が心地良い反面、面白くなくなってしまう。


明星「(私の身体は羞恥と興奮で…京太郎さんの所為で、もう真っ赤になりそうなのに…!)」

私とは違って、京太郎さんは霞お姉様の残滓を残している。
二人っきりになった私ではなく、もういなくなった霞お姉さまの影響を感じさせるんだもの。
それに強い嫉妬を覚えた私の身体は…もう止まろうとしなかった。
その胸中にどれほどの羞恥心が暴れているかが分かっているはずなのに、京太郎さんの事を強く抱きしめてしまうの。

京太郎「ちょ、こ、コレ、ヤバいって」

明星「な、何が…ヤバイって言うんですか…?」

京太郎「だ、だって、明星ちゃん、もう殆ど裸みたいなもので…」

明星「そ、それくらい私にだって分かってます!」

明星「わ、分かってるけど…と、止められないんじゃないですか…!」

それが一体、どれほど過激な事かくらい私にだって分かってるわ。
格好としては霞お姉様と殆ど同じだけど…でも、今の私は下着姿で…。
肌の九割を晒している状態でこんな風に抱擁したら…京太郎さんだって我慢が出来なくなっちゃう。
それが分かっていても…私はどうしても京太郎さんを手放す事が出来ない。
また昨日みたいに襲われても良いと。
それよりも霞お姉様の残滓を自分で上書きしてしまいたいと。
そんな気持ちが私の背中を押していて…。


明星「…そ、それに京太郎さんだって本当はこういう事期待してたんでしょう?」

京太郎「ち、違…っ」

明星「嘘つき。私…分かってるんですから」

明星「ほ、本当に私の事に興味ないなら押入れを閉めれば良かったんですよ」

明星「それをしなかったって事は…私の下着姿が見たかったんですよね」

それは私が口にしているほど立派な証拠になったりしない。
この状況を作ったのは京太郎さんじゃなくて霞お姉様と私なんだから。
ただ状況の変化に流されるしかなかった京太郎さんが、冷静であれるはずがない。
そもそも京太郎さんは私と春さんがアレだけアプローチしてようやくその気になってくれたくらいの人だし…。
きっと混乱していて、押入れの襖を閉めると言う方法が思いつかなかったんだろうと頭では分かっている。

明星「え、エッチです…」

明星「京太郎さんは本当にスケベで…」

明星「し、信じられないほど…へ、変態なんですから」

明星「色々と自己正当化してでも私の着替えが見たかったなんて…ど、ドン引きですよ」ギュゥゥ

でも、それは私にとって免罪符だった。
自分は嫉妬だけでこんな事をしている訳じゃない。
京太郎さんの為にもこれは必要不可欠な事。
そう自分の心を納得させるのに、罵り混じりになってしまう自分が可愛げがないと思うわ。
…だから、その分、京太郎さんへの気持ちを伝えるように腕の力を強めて…さっきの霞お姉様のように彼の頭を胸の間に挟み込んだ。


明星「そ、そんな京太郎さんに襲われない為にはこれが一番なんです」

明星「こ、これなら…私の裸も見れないでしょう?」

京太郎「いや、その」

明星「み、見えないんです!見ちゃいけないんです!!」

京太郎「お、おう」

…うん、とりあえずは京太郎さんも納得してくれた…かな?
でも…霞お姉様の言う通り…胸の谷間で声をあげられるとちょっとくすぐったいわ。
勿論、それも京太郎さんの所為だって思うと嫌じゃないし…寧ろ、ドキドキするけれど。
なんというか…その2つが合わさって…ちょっぴり気持ち良い感じ…かも…。

京太郎「でも…その…なんつーか」

明星「こ、今度は一体、どんなスケベな事を言うつもりなんですか…?」

京太郎「そんなつもりはないけど…」

京太郎「でも、コレ明星ちゃんの良い匂いがして…柔らかくて…」

京太郎「すっげぇ気持ち良いから…」

京太郎「ちょっとマジで我慢出来ないかも…」

明星「~~~~~っ」マッカ

あ…あぁあぁあああああっ!
も、もう…な、なんて事言うんですか!
こ、こんな時に…私がこんなにもドキドキしてる時にぃっ!
そんな…そんな事言われちゃ…わ、私も変な気分になっちゃうじゃないですかぁ!!
ドキドキが…少しずつ昨日と同じエッチなのに変わってしまって…私…!!


京太郎「だ、だから、もう離して…」

明星「…っ!」ギュゥゥゥ

京太郎「ちょ、明星ちゃ…!?」

明星「し、知りませんっ」

これも全部、京太郎さんが悪いのよ。
私に無理矢理、抱き締められてるのに…いい匂いだとか気持ち良いなんて言うから…。
免罪符が欲しくて欲しくて堪らなかった私に…そんな事言ったら…エスカレートしちゃうに決まってるわ。
…絶対に京太郎さんの事を離してなんかあげない。
霞お姉様の事を忘れるまでずっとずっと…私の胸の間で飼ってあげるんだから…!

明星「こ、ここで離したら、エッチな事するつもりなんでしょう?」

明星「わ、私はちゃんと分かってますからね」

明星「絶対に…騙されたりしませんから…!」ストン

京太郎「んお!?」

その為にも拘束を強めようと思って、京太郎さんの上に腰掛けて見たけれど…。
場所が押入れな所為か、これ思った以上に狭苦しいかも…。
京太郎さんの身動ぎ次第で頭がコツンって仕切りの部分に当たっちゃうわ。
でも、胸だけじゃなくて身体全体で密着するのはさっきよりも心地良いし。
ここは逃げるよりも…。


明星「こ、これならエッチな事出来ないでしょう?」ガシ

京太郎「それは誤解…」

明星「聞く耳持ちません…っ」

より密着感を求めて京太郎さんの背中に足を伸ばしてみたけれど。
…これは思ってた以上に心地良くて…そしてエッチかも…。
両手両足で京太郎さんを捕まえる今の状況に…私の身体、すっごく興奮してる。
まるでエッチのオネダリしているようなポーズをしてるって分かってるから…ドキドキがさらにエッチな方向に傾いていっちゃうわ。

明星「す、スケベな京太郎さんは当分、このままです」

明星「お仕置きなんですから逃げちゃダメですよ」

京太郎「いや…でも、これは逆にスケベになっちゃうって…」

明星「な、なっても…良いんですよ」ポソ

…ホント、鈍感な人よね。
私がなんの覚悟もなく、ここまでしているはずないじゃないの。
そ、そもそも、昨日だって…まぁ、状況に流された面は否定しないけれど…。
でも、京太郎さんを特別に思ってなかったら、あんな事なんて絶対にしない。
今、こうして京太郎さんに身体全てで抱きついているのも…私が内心、それを願っているから


明星「わ、分かってると思いますが…私、これでも貞操観念は硬い方なんですよ」

明星「で、でも…京太郎さんは私の家族で…」

明星「…その…男の人はその気になったら、我慢し続けるのが大変だって聞きますし…」

明星「あの…だから…その…」

明星「ち、ちょっとだけなら…霞お姉様にも黙っててあげますから…」

明星「霞お姉様達に変な事しないよう…わ、私にエッチな事をしても…」

京太郎「…ん」ナデナデ

明星「あ…ふあ…♪」

な、なんで…?
どうして…そこでそんなに優しく撫でるんですか…?
う、嬉しいですし、心地良いですけど…でも、違うでしょう?
今は二人っきりで…そしてここは押し入れの中…。
襖を閉めれば、中に私達がいる事に気づく人なんてまずいません。
昨日みたいに邪魔が入る事なんてまずないんですから、またケダモノのようになってくれた方が嬉しいのに…。


京太郎「よい…しょっと」ズポ

明星「きゃぅ…」

って嬉しすぎて手を緩め過ぎちゃったのかしら…。
京太郎さんの顔が私の胸の間から飛び出して…真正面から視線が行き交っちゃう…。
しかも、キス出来そうな至近距離から…私の真っ赤になった顔を見られちゃって…!!
さ、さっきまであれだけ過激な事やってたとは言え…は、恥ずかしすぎるわよぉ…っ!

京太郎「明星ちゃん」

明星「あ…そ、その…」モジ

京太郎「それはやっちゃって良い事なのか?」

明星「…ぅ」

…なのに、京太郎さんは私の顔を真正面から見据えてくれる。
身体は間違いなく興奮し、心臓もドックンドックンって力強く鳴ってるのが伝わってくるのに…。
その真剣な目はしっかりと私の顔を見つめて、まったく逸らそうともしないの。
その上で尋ねられる短い言葉に…私は返事をする事が出来なかった。
真剣な視線と言葉に疚しさを隠し切れない私は、胸を鷲掴みにされたような感覚さえ覚えてしまう。


京太郎「俺だって男だ」

京太郎「明星ちゃんほどの美少女にそんな事言われちゃ我慢も出来ない」

京太郎「でも、俺は明星ちゃん達に責任を取れるなんて言えない立場だ」

京太郎「そういう事をする男に相応しくはないだろう」

…でも、それはきっと私の事を真剣に考えてくれているから。
ううん…より正確に言えば、きっと私たちの事を真剣に考えてくれているから…よね。
多分、今、京太郎さんの心の中には私や春さん、初美さんの姿がある。
目の前にいる私だけじゃないのは…少し…と言うか、かなり悔しいけれど。
けれど、これほどの熱と興奮を抑えるほど、私達の事を考えてくれているのは嫌じゃないわ。

京太郎「一応、こういう風になるのは二回目で」

京太郎「その…俺にだって一時の感情に流されての事じゃないって事くらい予想はついてる」

京太郎「昨日も…えっと、色々と言ってくれた訳だしさ」

明星「~~~っ!!!」マッカ

こ、これって…やっぱりそういう事よね。
京太郎さんが言ってるのって…つまり、私の気持ちに気付いてるって事で…。
やっぱり昨日のはちょっとやり過ぎだったかしら…。
それともさっきの霞お姉様とのやり取りのお陰…いや、所為…?
……いえ、どっちにしろ、これはチャンスよ、明星。
私達から告白する分にはダメだけど、京太郎さんが気付いてくれる分には大丈夫なんだし…。
ここでの返答次第では皆よりも先駆けて、イチャイチャする機会が来るかも… ――


京太郎「でも、俺はそれに気付いちゃいけないんだよな?」

明星「……」

京太郎「って明星ちゃん?」

明星「…えぇ。はい、そうですね…」シュン

…って、そう美味しい話が早々、あるはずないわよね。
一瞬、かなり期待しちゃったけど…どうやら春さんは大分、踏み込んだ話をしていたみたいで。
思いっきり希望を砕かれてしまった私の声も…思わず気落ちした感じになっちゃったわ。
でも、その半面、霞お姉様達を裏切るような結果にならずに良かったって言う気持ちもあって…。

明星「(…何より、春さんへの尊敬の念を感じるわ)」

きっと京太郎さんが気付いちゃったのは私の気持ちだけじゃない。
春さんは私よりもずっとずっと身近にいて、ストレートに好意を示して、昨日も一緒にいたんだもの。
彼女の気持ちにだって、間違いなく気付いているでしょう。
でも、こうして京太郎さんが気遣うように確かめるのは…多分、春さんがそれにNOと応えたから。
誰よりも京太郎さんの事を深く愛しているのに、彼女は私達の事を思って、答えを先延ばしにしてくれたんでしょう。


京太郎「そうなると俺は明星ちゃんの気持ちに気づかず、その身体に情欲をぶつけるクズになる訳だ」

京太郎「責任を取るつもりも、気持ちに応えるつもりもないのに」

京太郎「明星ちゃんの気持ちを利用するだけの最低な男になっちまう」

京太郎「…明星ちゃんはそれで良いのか?」

京太郎「そんな男に抱かれるような事になって…本当に良いのか?」

…その時に春さんが感じた苦悩や躊躇いを思えば、これ以上、暴走する気にはなれないわよね。
勿論、私にとって京太郎さんは最低どころか最高の人で、良いに決まっているじゃないですかと返したいけれど。
でも、誰よりも辛いであろう春さんが我慢しているって言うのに、そんな答えは返せないわ。
正直、千載一遇のチャンスだとそう思う気持ちはあるけれど…ここは断腸の思いで断りましょう…。

明星「…いえ、少し頭が冷静になりました」

明星「さっきの言葉は忘れてください」

京太郎「…ん。分かった」ナデナデ

明星「~…♪」

瞬間、私の頭を撫でてくれるのは、きっと私がその決断を下すのにどれだけ苦しい思いをしたか分かってくれているからでしょう。
京太郎さんや自分の事だけじゃなくて、春さんの事まで考えて下した決断をこの人は尊重してくれている。
それが興奮した身体を自分の理性だけで抑え続けなければいけないという事を京太郎さんも分かっているでしょうに。
暴走した私や霞お姉様に責任を取らせる事なく…彼にとって苦しい決断を受け入れてくれる。
そんな京太郎さんの優しい手に私はつい頬を緩ませてしまって。


明星「た、ただ…一つだけ言っておきますけれど!」

京太郎「ん?」

明星「…私にとって京太郎さんは最低なんかじゃありません」

明星「た、例え、今、劣情に負けて襲いかかってきたとしてもですね…」

明星「えっと…私もそれを望んで…い、いや、いませんけれど!!」

明星「で、でも、原因となったのは私ですし…まったく嫌って訳じゃなかったですし…」モジモジ

でも、それに甘えてばっかりじゃいられないわ。
さっきの京太郎さんは自分のことを最低とまで卑下していたんだもの。
一体、春さんに何処までの話を聞いたか分からないけれど、きっと色々と思うところがあるんでしょう。
この人はスケベで変態でエッチなところが良く目につくけれど、でも、ソレ以上に優しくて真面目な人なんだから。
そんな京太郎さんが私達の気持ちや制約を知ってしまったんだから、思い悩まないはずがないわ。

明星「と、ともかくです!」クワッ

京太郎「お、おう」

明星「…そんな風に自分を追い詰めなくても良いんですよ」

明星「どんな事になっても、私の気持ちは変わらないですから」

明星「きっと私は一生…京太郎さんの事を…最高の男性だと思ってます」

京太郎「…明星ちゃん」

……あれ、これ私、かなり過激な事言ってないかしら?
い、勢いに任せてちょっと言い過ぎた…?
う、うぅぅぅぅ…でも、今更、言葉を引っ込める事なんて出来ないし…。
一生、愛してる宣言みたいな事しちゃったけど…と、とりあえずアピール出来てよかったと前向きに考えましょう。


明星「…今、顔見ないでください」ギュ

明星「私、今、すっごく恥ずかしい顔してますから…」

京太郎「…恥ずかしいどころか可愛かったけど」

明星「も、もう…馬鹿…」ギュゥゥ

そ、そんな事言われても顔を見せたりしませんよ。
まぁ…京太郎さんになら良いかなって一瞬、思っちゃいましたけど。
でも、今の私、絶対に顔真っ赤にしながらにやついてますもん。
そんな顔を見られたら乙女として一生の恥ですし、絶対に顔なんて見せません。
…ついでにまだまだ京太郎さんから離れてなんてあげないんですから。

京太郎「まぁ、でも、良かったよ」

京太郎「明星ちゃんの気持ちには気付いてないけれど」

京太郎「俺の事を深く想ってくれてる明星ちゃんを傷つけずに済んだ」

明星「…むー」ツネ

京太郎「いてっ」

…本当にこの人は。
何時もは鋭すぎるくらい鋭いのに、女心にはこうまで疎いなんてね…。
ここまで言っても分かってくれないなんて…そっちの方が傷つくわよ。
私の気持ちがその程度だと思われているみたいだし…ついつい脇腹辺りを抓っちゃう。


明星「…さっき言った事、もう忘れちゃったんですか?」

明星「私はどうなっても傷ついたりしません」

京太郎「で、でも、そういう事しちゃダメなんだろう?」

明星「…あぁ。なるほど」

明星「その辺りに誤解があるんですね」

京太郎「…誤解?」

この反応から察するに、きっと春さんも一から十までしっかり説明をした訳じゃないんでしょう。
まぁ、その辺りの事を説明しようとすれば、色々と禁則事項にも引っかかるでしょうし、春さんは悪くないわ。
それに京太郎さんは私達と違って、外の世界で生きて来た人だものね。
見えてくるものだって考え方だって違うんだから、掻い摘んだ説明じゃ誤解が生まれて当然。
…つまり、さっき脇腹を抓っちゃったのが完全に私の勇み足って事になっちゃうんだけど…。
と、とりあえずその分のお詫びは後でするとして。


明星「…別にそういう事をするのが禁止されてる訳じゃありませんよ」

明星「ただ、告白するのがNGと言うだけです」

京太郎「…つまり肉体関係はアリだけど恋人になるのはダメって事?」

明星「折角、ボカしてるのに生々しい言い方をしないでくださいよ…」

京太郎「悪い。…でもさ」

明星「…言いたい事はなんとなくわかりますよ」

明星「ちょっとおかしいとそう言いたいんですよね」

京太郎「…あぁ」

正直、この辺りは私もおかしいと感じているわ。
元々、自分が恋愛するどころか、霞お姉様以外の人に心奪われる事になると思わなかったし。
最初に聞いた時は、「春さんが大変ね」としか思わなかったけれども。
でも、私達だって世間とは少しズレているかもしれないけど、貞操観念はしっかり持ってるんだもの。
そういう事をするのは婚約者なり夫婦なりの関係になって、決して逃げ出せない状態になってからするべきだって思ってるわ。


明星「…ただ、京太郎さんの立場は色々と特殊なんです」

明星「一体、どう特殊なのかまでは言えませんけれど」

明星「でも、どの家も京太郎さんの事を欲しがっていて…」

京太郎「俺の事を?」

明星「えぇ。だって、京太郎さんは次代の希望ですから」

明星「どの家も自分たちの味方にしようと画策していますよ」

…それは石戸の家も同じ。
京太郎さんに対しては比較的、辛く当たるイメージがあるけれど、でも、その利用価値は認めているんだもの。
可能ならば籠絡しなさいと遠回しにそう言われた事は一度や二度じゃないわ。
まぁ、私は霞お姉様以外の石戸家の人間はあまり好きじゃないし、最初から従うつもりはなかったけれど。
きっと姫様以外の他の皆も同じように言われた経験はあると思う。

明星「こうして私達と共同生活をしているのもその辺りの事情が深く食い込んでくるんです」

京太郎「…つまりアレか」

京太郎「ひとつ屋根の下で年頃の娘と一緒に暮らせば、間違いも起こるだろうと」

京太郎「そして、それを盾に俺から譲歩を引き出してやろうって事か」

明星「それだけじゃありませんが…そう考えている人たちが多いのも事実です」

京太郎「…なんてこった」

…苦しそうに京太郎さんが声を漏らす気持ちも分かる。
私が今、口にしたのは、彼の周りにあるのがハニートラップだらけだったって事なんだもの。
今までの生活に対して抱いていたイメージが、少なからず壊れてしまうのが当然。
…でも、それで他の皆とギクシャクしたりするのも申し訳ないし、ちゃんとフォローは入れておかないと。


明星「ただ、私達はそれに従うつもりはありませんでしたよ」

明星「最初から私達は皆、京太郎さんに対して同情的でしたし…」

明星「下手に関係を結んでも、苦しめるだけなのは分かっていましたから」

明星「春さんだって、決して間違いを起こすつもりで近づいた訳じゃありません」

京太郎「あぁ。それは分かってる」

京太郎「今も昔も…俺は皆の好意に甘えて続けてるんだ」

京太郎「その辺、誤解したりはしねぇよ」

京太郎「…でも、ここの連中は本当に何を考えてるんだ」

京太郎「明星ちゃん達をそんな風に道具に使うような真似をして…!」グッ

…多分、その憤りは並大抵のものじゃないんでしょう。
言葉を区切りながら、身体にグっと力を込める京太郎さんは興奮とはまた違う熱を感じるんだもの。
京太郎さんの胸板に顔を埋めている私には分からないけれど…握り拳くらいは作ってくれているのかもしれない。
……それが嬉しいとそう感じちゃう辺り、私もかなり末期に近づいちゃってるわよね。
一時は京太郎さんの仕草や言葉に、一喜一憂する春さんに驚いたりもしたけれど…今の私はきっと同じ状態なんだと思うわ。

明星「ふふ」ギュ

京太郎「って明星ちゃん…?」

明星「私達の為にそんなに怒ってくれてありがとうございます」

明星「私、とっても嬉しいです」

京太郎「感謝されるような事じゃねぇよ」

京太郎「家族として当然の事だろ」

…家族として…か。
いや、まぁ…ここで好きな女の子なんだから…なんて言葉が帰って来るはずないって私も分かっているけれど。
でも、やっぱりどことなく肩透かし感があるというか、残念な感じで…。
どことなく胸の内がスッキリしないし、ここは…。


明星「…ところで京太郎さん」

京太郎「どうした?」

明星「…私の裸を見ちゃったお詫び、まだでしたよね」

京太郎「こ、これがお詫びじゃなかったのか…?」

明星「ば、馬鹿な事言わないでください」

明星「こうやって抱きついてるのはあくまでも緊急避難です」

明星「そ、そもそも…京太郎さんにとってはご褒美じゃないですか」

京太郎「まぁ、その通りだけどさ」

えへへ…そ、その通りだって…。
やっぱり私の事も女の子として、それなりに意識してくれているのかしら…?
それともやっぱりおっぱいが大きいからってだけ…?
う、うーん…ちょっと気になるけど…でも、流石にそれを踏み込むのは怖いわね…。
まず間違いなく後者って事はないだろうけれど、もし、そう言われたら、私は当分、立ち直れそうにないし…。
とりあえず今は話の方を進めていきましょう。

明星「…だから、今日はこれから私の買い物に付き合って貰います」

明星「勿論…春さんも抜きでの二人っきりですよ」

明星「最低でもディナーまで一緒ですからね」

京太郎「…本当にそんなので良いのか?」

明星「…京太郎さんの言うそんなのが私にとっては最高に嬉しいプレゼントなんですよ」

勿論、私が一番、欲しいのは京太郎さんそのもの。
今も私の事を優しく抱きとめてくれるこの暖かな身体を独り占めしたいって言うのが一番、強い。
…でも、それは諸々の事情で叶わないし、また私達の勝手な都合で告白する事も出来ないんだから。
今の私に手に入れられるもので一番のモノと言ったら、やっぱり京太郎さんとのデートになるわ。


明星「ただし、並大抵のデートじゃ許しませんよ」

明星「私のし…下着姿まで見ちゃったんですから」

明星「思い出に残るような最高のデートにしてくれないと何回だってリテイクしちゃいます」

京太郎「な、中々、厳しいな」

明星「そうですよ。女の子の下着姿は安くないんです」

…まぁ、京太郎さんだって決して見ようと思って見ちゃった訳じゃないしね。
幾ら私がデートを望んでいるとは言っても、そう何度もリテイクしたりはしないわ。
デートの口実になるとは言え、あんまり何度もリテイクし過ぎると京太郎さんも困っちゃうだろうし。
……何より、調子に乗った時の霞お姉様の報復が怖いから。

明星「…ま、まぁ…でも、私だけが一方的にエスコートされるのもデートらしくないですし」

明星「やっぱり最高のデートって言うのはお互いに想い合う気持ちがあって事だと思いますから…」

明星「えっと、その…つまり…」

京太郎「…つまり?」

明星「わ、私も頑張って、恋人らしい事とか…」

明星「京太郎さんを甘やかす事とかやりますから…」

明星「期待してくれても…良い…ですよ」ギュゥ

それが霞お姉様の策略に乗ってしまったも同然の言葉だって私も自覚はしているわ。
でも、ここまで来てしまった以上、私はもう引き返せないんだもの。
元々、霞お姉様が口にしたプランに心惹かれる私もいたし…このまま最後まで実行しちゃいましょう。
計画段階とは違って、私一人での実行になるのが少し不安だけれど…でも…。


明星「(…きっと大丈夫よね)」

自分の気持ちに向き合うようになってから私は少し素直になる事が出来た。
京太郎さんへの気持ちも…まぁ、正攻法ではないけれど、気付いて貰う事が出来て…。
少しずつだけど、でも、確実に、前へと進んでいるとは思う。
…なのに、自分一人じゃ何も出来ないなんて恥ずかしい事は言えないわ。
霞お姉様のフォローがなくても、デートくらい出来るはずって…そんな気持ちが私の中で強かった。

京太郎「おう。思いっきり期待してる」

明星「や、やっぱりちょっとだけに…」

京太郎「だーめ。そこまで言われて期待しない訳ないだろ」

明星「うぅ…い、意地悪なんですから…」

…でも、その意地悪も正直、嫌な感じじゃないのよね。
何だかんだ言って、京太郎さんって心を許した相手には結構、意地悪な事も言うから。
初美さんとのやり取りを見ていて、嫉妬する事もある私にとって、それはちょっとだけ嬉しい。
…ただ、あくまでもちょっとだけであって、別に私が意地悪されるのが好きな性癖だって訳じゃないわ。


京太郎「ま、それならとりあえず離れないといけない訳だけど…」

明星「そ、そう…ですね」

少なくとも、私自身、京太郎さんに甘えたりする方がずっと好きなんだってそう感じる。
今だって、京太郎さんに促すように言われても、中々、離れる気にはなれないんだもの。
そうしなければデートも出来ないって分かっているのに、その別離をどうしても受け入れる事が出来なくて。
身体がそれを拒むようにして腕に力を入れてしまう。

明星「……」ギュ

京太郎「明星ちゃん?」

明星「…ごめんなさい。離れる決心がつくまでもう少しこのままでいさせてください」

京太郎「…おう。好きなだけ甘えてくれて良いぞ」

京太郎「甘えん坊の明星ちゃんも可愛いしな」ナデナデ

明星「…も、もぅ」

…そう拗ねるように言いながらも、私は決して嫌な気分じゃなかったわ。
だって、それは私の我儘を京太郎さんが受け入れてくれた証なんだもの。
その上、優しく頭の事を撫でられたら、不機嫌にさえなる事が出来ない。
寧ろ、胸の奥から湧き上がってくる甘い感情に、頬がまたにんまりとした形を作って ――




―― 結局、そうして甘やかされた私がそう簡単に京太郎さんから離れられるはずもなく

―― 太陽が真上に来るまで私は京太郎さんとぴったりくっつき続けていたのだった。





このスレの霞さんのイメージが私の中で自重しない上にヘタレない久のようになってきましたが、今日はここで終わりです
誰か明星ちゃんに逆レイプされる京ちゃんの話を書いてください(´・ω・`)変態変態言いながら自分の変態性欲に負けて逆レする女の子って良いと思うんだ…


ヘタレないヒッサわろた

乙です
つまり、ここの霞さんは悪女属性持ちということか……

京タオルと気体して舞ってるは京太郎スレで見た個人的二大誤字だわ

>>768
時間以外でエロに妥協した時、心の老化が始まりますからね…(いいこといったつもり)

>>769
多分、霞さんに逆レイプされるなんて思ってなかったから最初は京ちゃんのほうが動けなくて
後半、主導権が移ってからは霞さんがそれどころじゃなかったんじゃないですかね
多分、トイレの扉に手を着かされてガン突きされていたでしょうし

>>771
別に忘れてる訳やないんやで(小声)
ただ、おでんスレがまだ終わってないからこっちの小ネタにあんまり時間割けなくて…(´・ω・`)姫様誕生日ネタみたく多少短いのであれば頑張れるんですが

>>772
割りとマジでそんな感じだと思います
まぁ、京ちゃんにはその裏側は届いてないんですけれども!

>>773
もうご新規さんなんて望めないと思ってたのに…追いついてくれてありがとうございます
私もあのシーンはかなり好きです(´・ω・`)女の子とのイチャイチャだけじゃなく野郎との友情もまた大事ですよねー

>>775>>776
ちょっと調教されすぎじゃないですかね…?
ここはKENZENなスレだって何度も言ってるじゃないですかーやだなー(実際にエロ一歩手前まで言った事からは目を逸らしながら)

>>777
どうして京ちゃんの理性が危なかったら霞さんが呼ばれるのか(錯乱)
ここの霞さんはちょっと耳年増だけど完璧なお姉様じゃないですかーやだなー
京ちゃんが一緒に寝てスッキリしてたのも、お姉様オーラで浄化されてただけですよ…?

>>796
心臓はともかく股間に悪いとはどういう事なのか
まさか私が小蒔ちゃんの誕生日を祝うSSでエロなんか書くわけないだろ!!
ここは健全なスレなんだぜ(´・ω・`)…最近エロ書いてないから時間あれば書きたかったんですけどね

>>904>>905
割りとマジでヘタレない久は最強だと思うんです(´・ω・`)まぁ、ヘタレない久とか違和感ありますが
そして今回は周りの皆が家族同然で育ってきていて、かつ共有を前提に動けるからまだ大人しいですが
実際、既に誰かのお手つきだった場合、ガチで寝取りに走るところしか浮かんでこないですからねー…
多分、身体だけじゃなくて金や地位まで総動員して別れさせるか、恋人の排除に向かいます
なので悪女と言うよりはスイッチ入ってないヤンデレって言った方が正しいかもしれませぬ
なので絶対に諦めない咲さんと出会ったら文字通り血の雨が降ります

>>909
京タオルなんて打ち間違えないだろwwwwwwwwそう思っていた時期が私にもありました

股間に悪いといえば睾丸攻め
霞さんと婚約してたけどグイグイ押してくる春ちゃんの熱意に負けてつい手を出しちゃった京ちゃんへ霞さんからのお仕置きかな

目のハイライトさんがお出かけしちゃった明星ちゃんがスタンガンで背後から京ちゃんを感電させて京ちゃんが動けない間に手足を縛ってごめんなさいごめんなさいってうわ言のように呟きつつ逆レして一通り終わった瞬間初めてを逆レで散らしてしまった後悔と好きな人の心と体を傷つけてしまった自己嫌悪と嫌われてしまったと言う思い込みで泣き崩れる展開はまだですか?

咲さんといえば京ちゃんと再会して愛の逃避行に誘うけど京ちゃんに拒絶されてなんでなんでと問い糾すけど他に好きな人が出来たと言ってすっぱり未練を断ち切る展開ありますかね
病みかけたところを霞さんに抑えてもらうのもいいけど、咲さん側にも後腐れ無いようにするのがいいが


―― 姉帯豊音の半生は灰色と呼んでも良いものだった。

山奥の中のさらに山奥。
未だ携帯の電波すら届かぬ秘境にぽつんとある限界集落で豊音は生まれた。
当然のように豊音以外に子どもはおらず、また周りは年老いた老人ばかり。
自身を産んだ母も早くに死んだ後は、周囲の助けを借りて生きて来たが、それは子どもらしいとは言えないものになった。
母親が巫女であった豊音は老人たちに可愛がられる反面、次代の巫女として一線を引かれていたのだから。
超えてはいけないそのラインを前に、幼くも敏い少女が躊躇いを覚えるのは当然の流れであった。

―― だからこそ、豊音はテレビと言うものに熱中した。

携帯の電波が入らなくても、衛星通信は見る事が出来る。
母親が少しでも子の孤独を和らげるようにと契約したそれは豊音の心を幾度と無く慰めてくれた。
だが、その結果、豊音の心に外界への憧れと言うものが現れ始めたのである。
一体、この村の外はどうなっているのだろうか。
テレビのように信じられないほどの人が出歩いているのだろうか。
そんな疑問が彼女の中で大きくなっていたのである。


―― しかし、豊音は表に出す事が出来なかった。

その半生は灰色と呼べるものだったものの、豊音は今時、珍しいほど純真に育った。
そして彼女は敏い子であり、老人たちが自分を外に出したくはないと思っていた事を感じ取っていたのである。
そんな老人たちに気を遣った彼女は、外に行きたいという気持ちを抑え、村の中で暮らし続けていた。
巫女として、そして村唯一の若者として、多くの期待に応え続けていたのである。

―― 豊音に転機が訪れたのは10歳の頃。

ある日、河原で一人遊んでいた豊音はある雑誌を見つけた。
それは恐らく釣り人が忘れていったのであろうそれを豊音は迷わず拾ったのである。
その本は彼女にとってテレビ以外に初めて得た『外』との繋がりだったのだから。
その一文字一文字に真剣な眼差しを注ぎ、昼も夜も読み耽っていたのである。


―― 結論から言えば、それは未だに続く文通文化を纏めたものだった。

文通のやり方だけではなく、文通相手の募集が乗っているそれに豊音は飛び上がりそうなほど喜んだ。
これなら『外』に行かなくても『外』と繋がる事が出来る。
テレビや本のように一方向から情報が与えられるのではない。
双方にやりとりが出来る『交流』が生まれる喜びを、豊音は抑えきれなかった。
だからこそ、彼女は文通のハウトゥーを述べる本と睨めっこしながら、自身の思いを綴った手紙を書き上げたのである。

―― 豊音がその送り先に選んだのは自身と最も年齢の近い少年だった。

天真爛漫に育ったとは言え、豊音は決して物怖じをしないタイプではない。
寧ろ、その世間知らずさにコンプレックスを抱いている彼女にとって、『外』を良く知る年上の人間はどうしても二の足を踏んでしまう。
何より、豊音が求めていたのはただの文通相手ではなく、同い年の友人。
周囲に小学校すらなく初等教育を通信教育で済ませている彼女にとって、それはとても切実なものだった。


―― そんな豊音の元に返事が返ってきたのは数週間ほど後の事。

それは彼女が書き綴ったものよりも、幾分、乱暴で下手なものだった。
まさに男の子と言ったその文字に、豊音は喜びを抑えきれなかったのも当然の事だろう。
その返事は決して長いものではなかったものの、しかし、豊音の想いに必死に応えようとしてくれているのが分かったから。
数週間もの間、毎日、朝昼晩とポストを確認していた彼女にとって、それは涙するほど嬉しい事だった。
とは言え、何時までも喜びに身を任せてはいられない。
折角出来た文通相手を待たせてはいけないと、彼女はすぐさま目尻を拭い、その一言一句にどう返すか考え始めた。

―― そうして始まった文通は途切れる事はなかった。

無論、豊音にとっては『外』との交流が得られるのはその文通しかなかった。
だが、『外』で暮らす少年の周りには、数多くの娯楽が溢れていたのである。
ある種、誘惑が多いその状況で少年が長々と文通を続けられたのは豊音との相性が良かったからこそ。
話題が少ない豊音をあの手この手で楽しませ、話題を引き出し、時に尋ねるその手腕はまさに天性のコミュ力の賜物。
日頃、人見知りの少女と一緒にいる彼にとって、それは決して難しい事ではなかった。


―― そんな相手に豊音が会いたいと言う想いを強めるのは決しておかしな話ではなかっただろう。

豊音にとって、その少年は自分の世界に現れた唯一の『異性』だった。
自分の周りにいる老人たちとは違い、自分を一人の人間としてみてくれて、年も近い男の子。
知らず知らずのうちに豊音はそんな少年に恋をし、その心に会いたいという気持ちを募らせていく。
だが、自分は村の巫女であり、外に出る訳にはいかないのだと我慢を続けて。

―― それが崩れたのは文通相手からの一言だった。

日頃、少年は学校での事をあまり手紙に書く事をしなかった。
豊音が学校に行く事が出来ない身の上であり、友人らしい友人がいない事もまた知っていたのだから。
だからこそ、その話題には注意していたのだが、しかし、週ごとにやり取りされる手紙に学校の事をまったく出さずにいられない。
時にその手紙が遅れる事があった理由を部活の為、だとか、大会のため、だと書き綴る必要がどうしても出てきたのである。

―― 無論、豊音も最初はそれに仕方がないとそう思っていた。

相変わらず学校に通っていない豊音とは違い、少年はもう中学生。
部活動には入らなければいけないし、その活動をサボる訳にもいかない。
彼がとても活発な反面、真面目な良い子だと豊音も良く分かっているのだから。
だからこそ、最初は彼女も堪えられたが、何度も続くとそれが難しくなっていく。
文通相手の少年と会いたい気持ち、そして、学校に行きたい気持ちと言うのがどんどん膨れ上がっていったのだ。

折角、とよねぇの誕生日だから何か書こうと思ったけど書き溜め終わらせてからってなると時間的にこれが限界でしたの(´・ω・`)
あっちのスレも進めなきゃダメですし、とりあえず出来た分だけ投下していくスタイル(´・ω・`)明日も多分、何か書きます

まってる
他にスレあったっけ?

おつ
あれもしかしてあのスレってここのイッチ?

開くスレ間違えたかと思った

……間違ってない、よね?

他にスレ持ってたのか…
どのスレか知ってる人教えてくれ

おでんスレ

トリで調べりゃすぐわかんだろ
おでんスレ


―― 結果、豊音はそれを手紙の中に認めて。

それはほんの僅かなものだった。
十枚近い手紙の中、羨ましいと言うたった五文字の言葉にそれを込めてしまったのである。
そして、長年、文通を続けていた少年はそれを敏感に感じ取った。
顔も知らない少女の気持ちに応え、知り合いや親戚へと話を回し…そして、豊音のところに熊倉トシと言う女性がやって来たのである。

―― トシはやり手のスカウトだった。

スカウトにとって、最も大きな障害となるのは本人の意志ではなく、向こうにいる親類達だ。
本人に接触して、その希望進路を自分たちの方へと引き寄せるのはそれほど難しい事ではない。
だが、親類に関しては下手に接触する事は出来ず、また息子や娘の事を考えて頑なである事が多かった。
そして、高校を卒業したばかりの少年少女にとって親と言うのは、未だ大きな影響力を持っている。
どれだけ本人が乗り気でも、親の希望に則って、マイナーチームの一軍ではなく、有名チームの二軍三軍を目指すもの達は少なくなかった。


―― そんなスカウト業界の中で、トシは抜群の成功率を誇る。

あの手この手で村の老人たちへと取り入ったトシは、結果、豊音の高校進学を勝ち取った。
それは勿論、ボランティアと言う訳ではない。
長らくスカウトとして活動していたトシは、所属チームの経営不振により解雇。
その後、縁故により、宮守高校麻雀部の顧問として就任した。
しかし、宮守高校麻雀部の部員は四人しかおらず、団体戦にも出られない状態。
その残りの穴埋めをどうにかしてやりたいとトシが思っていた最中に、少年からの話が舞い込んできたのである。
長年、手紙のやり取りをしていて、彼女が麻雀を得手としている事を知った少年はトシならばと頼ってきたのだ。

―― 結果としてそれは大成功だった。

姉帯豊音はあらゆる意味で特徴的な少女だ。
幼い頃から恵体だった彼女は、既に2m近い長身にまで育っている。
その上、学校生活というものを経験したことがなく、自分と同じ年頃の少女達にも馴染みが薄い。
だが、宮守高校麻雀部の少女たちは豊音の事を暖かく迎え入れた。
最初は驚きの表情を見せていたものの、すぐに仲間として笑顔を見せ合うようになったのである。
周りの老人たちがまた一人また一人と死んでいく村の中では中々、見れないその笑みは彼女が憧れを現実に出来たこそだ。


―― 豊音にとって嬉しかったのはそれだけではない。

自分を憧れの世界へと連れだしてくれた少年もまた麻雀を始めたのだ。
少年が住んでいるのは長野、豊音が住んでいるのは岩手であり、その距離は高校生にとって少々、離れすぎている。
だが、共にインターハイへと出場すれば、距離の問題は解決出来るのだ。
東京で豊音に会う為に自分も麻雀を頑張るとそう書かれた手紙に豊音は何度、頬を緩ませたか分からない。
少年からの手紙は全て彼女にとって宝物ではあるが、それは豊音の中でも一段飛び抜けて大事なものだった。

―― だからこそ、研鑽を重ねた豊音達は無事にインターハイへの出場を決めて。

しかし、少年はインターハイへの切符を手に入れる事が出来なかった。
始めて数ヶ月で県上位陣に手が届くほど、麻雀というのは底が浅い競技ではない。
そんな事は豊音も分かっていたものの、その報告には内心、肩を落とした。
夢見がちな彼女はこれまで何度も少年と共にインターハイの頂点を取る事を妄想していたのである。


―― 豊音にとって救いは、少年以外の女性部員達が団体戦で勝ち上がった事だった。

お陰で雑用としてではあるが、東京に、インターハイに行く事が出来る。
そう書かれた手紙に、絶望に沈みそうになっていた豊音は心の中で顔も知らない少女達に感謝を告げた。
無論、同じく女子団体戦でインターハイに進んだ豊音にとって、彼女達はライバルである。
いずれは雌雄を決し、仲間たちの為にも勝たなければならないであろう。
そうと分かっていても、何度も心の中で感謝を繰り返してしまうくらいに、豊音は少年と会いたかった。

―― そして運命の日。

それはインターハイが始まる前日だった。
東京について一段落したその日に豊音は少年と出会う約束を取り付けたのである。
無論、その服は仲間達と共に精一杯着飾られ、今までとは比べ物にならないほど華やかになっていた。
その長身から忌避される以上に、人の目を惹きつけ、魅力的と思わせる彼女は予定の二時間前から待ち合わせ場所にやって来ていて。


―― それから一時間もした頃には待ち人が現れた。

豊音にとって、ソレは初対面と言っても良いものだった。
これまで何度かトシに彼の写真を見せて貰ったとは言え、直接、会った事など一度もない。
だが、豊音は近づいてくる少年の気配をすぐさま察知する事が出来た。
人混みの向こうから近寄ってくる少年が顔を見せるよりも先に、『そこにいる』と分かったのである。
それに期待の色を膨らませた彼女の前に現れたのは、イメージしていた通りの少年 ―― 須賀京太郎だった。

―― 京太郎はあまり物怖じしないタイプであり、そして豊音も人懐っこい性格をしている。

その上、二人が文通を続けてきたのは一年や二年などではないのだ。
下手な親友よりも気心が知れている二人がぎこちなさを残していたのは数分の事。
まるで春の雪解けのように二人はすぐさま打ち解けた。
そんな二人から言葉が途切れる事はなく、これまでの分を埋め尽くすように他愛無い会話を続けて。


―― だが、その楽しい時間もそう長くは続かない。

京太郎と豊音は泊まっている場所が別々なのだ。
あまり遅くまで遊んでいては仲間にも心配を掛けてしまう。
それを考えれば、二人がこうして出会ったのは昼前だが、夕飯後にはもう解散しなければいけない。
そう分かっていても、豊音は中々にそれを受け入れがたかった。
手紙の中の少年はイメージしていた以上に魅力的で、また彼と話したい事も山程あるのだから。
半日程度の邂逅では、彼女は到底、満足出来なかった。

―― そんな豊音に京太郎は『次』の約束をしてくれた。

豊音はさておき、京太郎の方はインターハイで試合がある訳ではない。
雑用として連れて来てもらったが故に、あまりそっちを疎かにする訳にはいかないが、会う時間は幾らでも捻出出来る。
だからこそ、豊音の都合の良い時に、と提案されたそれに豊音も頷いた。
ようやく出会えた京太郎と離れがたい気持ちは未だ大きかったが、それは我儘だと彼女は良く理解していたのである。


―― そうして彼女は勝ち進み。

そして、京太郎のいる清澄と当たって敗北した。
無論、それは彼女の持つ全力であり、手加減などはしていない。
だが、そこに躊躇いがなかったかと言えば、即答出来なかった。
相手は京太郎をインターハイへと連れて来てくれた恩人であり、また大事な彼の仲間でもあるのだから。
それにまったくの躊躇いを覚えずに戦うには豊音はあまりにも優しすぎた。
全力ではあれど、心の中に何処か悔いが残る結果になってしまったのである。

―― それでも前を向いた豊音は色紙を持って。

豊音にとってテレビや雑誌の中を一種、神聖なものだった。
『内側』から出て、もう数ヶ月が経過していたが、それは今も変わっていない。
結果、『外』の象徴でもある雑誌に特集を組まれていた少女たちのサインを彼女が欲しがった。
特にインターミドルチャンプと言う華やかな経歴を誇る原村和のサインを貰おうと彼女は清澄の控室へと足を進めて。


―― そこで仲間たちと歓談する京太郎の姿を見た。

瞬間、豊音の心の中に浮かんだのは、暗いものだった。
そこにあったのは、彼女が内心、ずっと求めていたものだったのだから。
京太郎の側にいて、京太郎と笑って、京太郎に触れてもらって。
ただ、それだけの幸せが、そこにはあまりにも当然のようにある。
始めて彼と出会った日に断腸の思いで諦めたものが、『清澄』の中にはありふれたものとして受け入れられているのだ。

―― 豊音はこれまで誰かを恨んだり、嫉妬する事はなかった。

彼女の半生は村の中に軟禁されるようなものであったが、彼女はそれを恨んだりしなかった。
老人たちがどれほど豊音の事を大事に思っているかを、彼女は良く分かっていたのだから。
『外』の世界に出た後も、周りの少女たちが善人ばかりであった為に、落ち込む事はあっても悪感情は生まれなかった。
だが、この瞬間、豊音に生まれた衝動はそれが嘘のように強い。
まるで肺の内側から炎が湧き上がったかのように豊音の身体は熱くなっていた。


―― だが、豊音はそれを何とか理性で押し留めた。

大事に育てられた豊音の性質は善へと大きく傾いている。
そんな彼女の人生が、始めて覚えた嫉妬を表に出す事を許さない。
だからこそ、彼女はぎこちないながらも色紙にサインを貰い、清澄の部室から退散した。
その最中に目が合った京太郎と何も言葉を交わす事なく、逃げるように去っていったのである。

―― しかし、それで全てが終わるほど容易いものではなかった。

宮守の敗退が決まってから、彼女達は夏をエンジョイする方向へと切り替えた。
仲良くなった永水女子のプライベートビーチへと招待されたり、仲間たちと一緒に東京の街を遊んでみたり。
高校最後の夏を思うがままに楽しみつくそうとする彼女たちとは違って、豊音は心から楽しむ事が出来なかった。
こうしている今も京太郎は清澄の誰かと一緒にいるのだから。
自分ではない誰かにその笑みを向け、その手を差し伸べている。
そう思うだけで豊音の内側にチリチリと焼き焦がすような焦燥感が蘇って来た。


―― それが爆発したのは完全に偶然の賜物だった。

敗退からずっと暗さを残す豊音の事を、宮守高校麻雀部の仲間は放っておけない。
その日もまた彼女の気晴らしになれば、と豊音を外へと連れだしていた。
そんな仲間たちの好意に応えようと豊音も明るく振る舞うが、それは空元気混じりのもの。
どうしても以前のような自然な明るさにはならず、仲間たちの心に痛々しさを募らせて。

―― その最中に豊音は京太郎の事を感じ取った。

そこで豊音が目を背ければ、きっと未来は変わっただろう。
以前、碌に話もせず逃げ出してきたことへの気まずさが優れば、きっと豊音は道を踏み外す事はなかった。
だが、その時の彼女は気まずさよりも、京太郎を求める気持ちの方がずっとずっと強かったのである。
ほんの一言でも京太郎と会話出来れば、この気持ちもなくなり、仲間にも心配を掛けずに済む。
そう思った豊音は仲間に一言断ってから、京太郎の気配へと近づき。


―― そしてそこで一人の少女と腕を組んで歩く京太郎の姿を見た。

瞬間、豊音が感じたのは頭を鈍器で思いっきり殴られたような衝撃だった。
頭がクラリと揺れそうになり、足元がグニャグニャと揺れ動いているような錯覚さえ覚える。
それはその場に蹲りたくなるほど辛いものだったが、しかし、豊音の身体は微動だにしなかった。
まるでそんな余裕などないと言わんばかりに、目の前の光景から目が離せなかったのである。

―― それは二人の姿があまりにも自然で、幸せそうなものだったからだ。

まるで二人で一つなのだと言うようなその光景に、豊音は声を掛ける事すら出来ない。
下手に声を掛ければ、その幸せを壊してしまいそうで、京太郎に恨まれてしまいそうで。
しかし、あまりにも彼女にとって辛いその光景に、豊音は目を背ける事が出来なかった。
そこにあったのは豊音が理想とする世界だったのだから。
京太郎と真に心を通わせて、ようやくたどり着けるであろう理想の関係に、彼女は完全に魅入られていた。


―― そんな豊音に二人は気づかなかった。

元々、豊音が二人を見つけたのは何十メートルも向こうからだった。
幾ら、彼女が目立つ格好をしているとは言っても、視界の外では気づけない。
結果、幸せそうに笑顔を見せる二人はそのまま豊音の視界から消えていく。
だが、彼女はそれを呆然と見つめるだけで、何の行動を起こす事も出来ない。
追いかける事も仲間のところに戻る事も出来ない豊音はそのまま不審に思った仲間が探しに来るまで立ち尽くして。

―― それからの豊音は緩やかにおかしくなり始めた。

インターハイの最中に見たその光景は、豊音にとってあまりにも衝撃的なものだった。
起きていても寝ていても、何度も脳裏にその光景が浮かび上がり、心の中が押し潰れそうになる。
どれほど辛いとそう思っても止まないそのリフレインは、ある時から少しずつその色を変え始めた。
京太郎の隣にいたのは自分なのだと。
彼と幸せな時間を過ごしていたのは他ならぬ姉帯豊音だったのだと言い聞かせるように。


―― それは一種の逃避行動だと豊音にだって分かっていた。

どれだけ妄想の中で少女を自分に置き換えても、現実が変わる訳ではない。
今の自分ではどうしても彼女に及ばないであろう事もまたちゃんと理解できていた。
だが、あまりにも衝撃的だったその光景を豊音はどうしても受け止める事が出来ない。
心の中の弱い部分が、現実を認めまいと暴れ、そして静かに狂っていく。

―― その頃には豊音はもう自分の気持ちに気づいていた。

幼い頃から文通を繰り返していただけの相手。
だが、豊音にとってそれは決して『だけ』ではなかった。
自分にとって初めての『友達』であり、自分を救ってくれた『恩人』であり、そして何より『初恋の人』であるのだから。
知らず知らずの内に恋に堕ちていた自分を豊音はもう受け入れるしかなかった。
あまりにも自然に恋へと堕ちていて気づくのが遅れたが、自分はもう彼なしでは生きていけない。
自身の半生と共にあった京太郎が、自分以外の女性を恋仲になっているのを彼女は認められなかった。


―― もし、インターハイで宮守が敗退していなければ、それもまだ堪えられたかもしれない。

だが、豊音は躊躇いが後悔にしか繋がらない事を経験的に知っているのだ。
きっとここで躊躇っては、団体戦の時のように深い後悔として心に残ってしまう。
そう自分に言い聞かせた豊音は深く静かに行動を開始した。
自分にとって最も大事なものを手に入れる為に。
理性よりも未来よりも仲間よりも遥かに得難い『人生』そのものを手に入れる為に。

―― そして今。

豊音と京太郎の距離は今、0になっていた。
粘膜同士が深く結びつき、決して離れようとしない。
無論、それは決して京太郎が望んだからではなかった。
彼は豊音に無理矢理、連れ去られ、この山奥の村に ―― 彼ら以外誰もいなくなった村に囚われているのだから。
その四肢が柱に括りつけられている今、彼には何の抵抗も出来ない。
目の前の大きくも愛らしく…そして何よりも恐ろしい少女に貪り食われるだけ。


―― 本来であれば、少女の杜撰な拉致監禁などすぐさま見つけられてしまう。

だが、豊音に限っては、その心配はなかった。
彼女に流れる血の中には、山姫と言う妖怪のモノが混じっているのだから。
人里に降りて、男を攫うその血は今、狂気の中で完全に目覚めてしまっている。
隔世遺伝と呼ぶに相応しいそれを、村の老人たちは何よりも恐れていた。
だからこそ、彼らは豊音を『外』に出そうとせず、『巫女』として穏便に人生を過ごさせてやろうとしていたのである。

―― しかし、彼らはもういない。

元々、限界集落であった村にはもう老人達は誰一人として存在しなかった。
その全てが寿命を迎え、ここは公的には誰も住んでいない事になっている。
隣近所どころか周囲数十キロが無人と化したその場所は、絶好の監禁場所だった。
京太郎が何を言っても誰かに届く事はなく、また逃げ出しても人里に辿り着く事はない。
それよりも先に豊音の人並み外れた感覚が京太郎を見つけ出し、連れ戻してしまうからだ。


―― 無論、それは京太郎にとって不幸と呼ぶ以外にない状況だ。

だが、豊音は京太郎の事を厚遇していた。
逃れられぬようその身体を縛り付けはすれど、ソレ以上に苦痛を与えたりはしない。
逃げる以外の希望には極力添うように、手を尽くしてくれている。
代わりにキスやセックスを望まれるが、それは一人の男として決して嫌とは言えなかった。
自身を換金しているとは言え、豊音は見目麗しい美少女なのだから。
狂気に堕ちてからは純真さの代わりに艶めいた色気を手に入れた彼女の事をどうしても拒めない。
自身の前に肌を晒し、誘惑を口にする彼女についつい下半身が反応してしまう。

―― そうして繰り返される肉欲の宴に京太郎もまた狂い始めていた。

豊音の性交はひたすらに甘いものだった。
騎乗位の形で京太郎に跨った彼女はその口から嬌声を漏らしながら、愛の言葉を告げ続ける。
まるでそうしなければさらに狂ってしまうのだとそう言わんばかりの仕草に京太郎の脳も汚染されていった。
これほどまでに愛を伝えてくれる少女を自分は嫌えるのか。
どの道、自分が逃げる術がないのだから、心まで譲り渡したほうが楽になるのではないか。
そんな言葉に京太郎の心は負け始めていた。

―― そしてそれが豊音には手に取るように分かる。

今の豊音はその全てを京太郎へと捧げた状態だ。
仲間や未来も何もかもを犠牲にして手に入れた彼の心の変化が分からないはずがない。
キスする自分に応えてくれる仕草や、射精時の肉棒の蠢きなど、細かい仕草から彼の心を読み取っていった。
自然、狂気に陥った豊音の心はそれに喜び狂い、さらに深くへと堕ちていく。
狂った自分へと傾く京太郎を二度と手放さぬようその狂愛の色を強めて。

―― そうして繰り返される肉欲の宴の中、豊音はあの時の少女に負けない幸せな笑みを浮かべ続けるのだった。

誕生日SSで止ませていくスタイル(´・ω・`)幸せなとよねぇは他の人が多分、書いてくれてるから良いよね…?
あ、後、多分、次の本編投下は土曜日になりまする

病んでるなぁ・・・(棒)

いつものことだからね、仕方ないね。

乙です。他の子も待っております。

乙。
山の女神様は嫉妬深いから仕方ないね。
豊音はおっきい体を絡みつかせてねっとりするのが似合うなぁ。

乙であります
うん…まあ…途中から雲行きが怪しくなったとこからそうなることは予想出来た
そして換金の誤字には笑った

金で京太郎の人生買ったのかな?

体を換金…アコチャーかな?

諌めようとして逆に虜になる塞ぐさんとシロはいないんですか(憤怒)

>>914>>915>>916
つまり咲ちゃんと再会した京ちゃんが、愛の逃避行に誘われるんだけれど
とりあえず答えを保留している間に、明星ちゃんのハイライトさんがバイバイしちゃって
そのまま逆レし始める明星ちゃんを何とか慰めたのもつかの間
今度は明星ちゃんに同定を奪われた霞さんに縛られてしまい、竿にノータッチでも睾丸攻めだけでイくくらいに開発され
身も心も霞さん達から離れられなくなった京ちゃんが、咲ちゃんを拒絶する話を書けば良いんですね(錯乱)

>>924>>925>>927
>>925さんがあげてくれているのがどのスレか分かりませんが、>>928>>929の二人があげてくれてるおでんスレですねー
まぁ、もうおでんとは名ばかりのスレになってる気もしますが(´・ω・`)京ちゃんが活躍しすぎてプロットさんが…

>>926
大丈夫!ここは健全な京子スレだよ><

>>949
本編は健全だから病ませられませんしね!!!
咲さん?なんの事ですかね…?(目そらし)

>>950
豊音は色んな意味で思い入れがあるので書きましたが…
恐らく他の子の誕生日ネタを書く事は当分ないと思います(´・ω・`)それよりも京子スレ完結が優先なので
1、2レスで収まるような短い話が書ければ良いんですが、どうやらそういうのは私には向かないみたいなので…

>>952
山繋がりで穏乃をぶつけてみるのも面白そうですよね(ゲス顔)
豊音は普段のちょーかわいいモードだと完全に受け身なイメージがありますが
山姫覚醒したエロいモードは逆レイプ気味に騎乗位で思いっきり腰振って
病んじゃったモードだと身体全部を絡めるようななめくじのようなセックスが似合と思います(´・ω・`)

>>953>>954>>956
京太郎を換金、なので、きっと京太郎との愛の記録(逆レイプ)をyoutubeか何かにアップして再生数稼いでるんですよ…(目そらし)
すみません、ちょっとドタバタして見直す余裕がなかったので誤字がががが

>>958
ここでその二人が出ちゃうとガチで血の雨が降っちゃうので…(小声)
宮守ハーレムは分割が印象強いですが、仲良し共有やギスギス修羅場も書けそうで美味しい題材だと思います(´・ω・`)私も両方書きたいですし


―― それからも春や明星ちゃんとの関係はそれほど大きく変わったりしなかった

まぁ、春は最近、小蒔さんに内緒で俺の布団に潜り込んでくるようになったし。
明星ちゃんの方も色々と吹っ切れたのか、二人っきりの時は素直に甘えてくれるようになった。
ただ、それは俺達の関係を激変させるほどではない。
元々、春はスキンシップが好きだったし、明星ちゃんもたまにだけど甘えてくれていたんだから。
少しその頻度が変わった程度で、俺は変わらず日常というものを過ごしていた。

京太郎「(…まぁ、少し艶っぽいと言うか色っぽい事が増えたような気がするけれど)」

流石にこの前みたいに二人から逆レイプ寸前な事はされてはいない。
だが、二人とも吹っ切れてしまったのか、どんどんアプローチが激しくなってきている。
明星ちゃんは好きとは言わないでも、それに近い事を良く口にするし。
春に至ってはわざと服を着崩して、俺にブラを見せつけてくるなんて日常茶飯事。
耳元で今日の下着の色や形 ―― 時には履いてないと告げられる事もある ―― を囁かれる事だって珍しくなかった。


京太郎「(…ホント、良く持ってるよな、俺の理性)」

正直なところ、それらは健全な男子高校生にとっては猛毒も良いところだ。
女としての魅力をプンプンさせてる女の子達が俺に好意を示してくれているだけでドキドキするし。
その上、他の女の子に嫉妬を露わにしながらスキンシップしようとしてくれているんだから。
きっと昔の俺なら即座に据え膳頂いてしまって、後で猛烈に後悔していただろう。

京太郎「(…良くも悪くも、禁欲生活に慣れちゃったって事か)」

俺がこの屋敷に来てからもう少しで一年。
その間、俺はずっと美少女たちの中で暮らしてきたんだ。
その中で極力、嫌われないようにしようと、日課だった自家発電の頻度は自然と下がり、今ではほぼしなくなっている。
代わりにスイッチが入っちゃうとどうしようもないが、欲情をコントロールする術はある程度、確立出来ていた。
春達のスキンシップにも興奮するし、正直、ムラムラしているが、勃起するには至らないほどに。


京太郎「(とは言え、やっぱり気を抜けば勃起しちゃうし…)」

俺は決して精神性の勃起不全を患っている訳じゃない
その全身から好きオーラを出し始めた春達に耐えられているのも、理性で興奮を押さえ込んでいるだけ。
気を抜けば、すぐさま勃起し、下手をすれば、彼女たちを襲ってしまうかもしれない。
そう思うと気を緩める訳にはいかず、結果として俺は二人といる時に疲れを感じるようになった。

京太郎「(勿論、嫌いになった訳じゃないし)」

京太郎「(二人から距離を取りたいって訳でもない)」

京太郎「(そもそも、こうして我慢している事自体、俺の我儘だしな)」

ちょっと自意識過剰かもしれないが、きっと二人は俺に『そういう事』を望んでくれている。
俺がこの前みたいにケダモノになって襲っても良いとそう思っているからこそ、身体全てで俺を誘惑してくれているんだろう。
下手に禁欲などせずとも、二人に甘えてしまえば全部、楽になる。
勿論、俺もそれは分かっているが…答えを先延ばしにしている状態ではどうしても二の足を踏んでしまう。
二人がそれを望んでいてくれているとは言え、結局、俺が好意に気づかない振りをしてるクズ男って事に変わりはない訳だし。
これ以上、自分のことを嫌いにならない為にも、彼女たちと一線を超える訳にはいかない。


京太郎「(…でも、そうやって耐え続けるには二人の身体はあまりにも魅力的で)」

京太郎「(なんつーか、たまに気晴らしが欲しくなるんだよな)」

我ながら贅沢な悩みだと思う。
つーか、多分、これを真顔で言ってしまったら、殴られても文句は言えない。
おっぱい大きい美少女二人にこうも好意を示されて、自分で勝手に耐えてるだけなのに。
それに疲れるから気晴らしが欲しいだなんて言われても、自虐風自慢にしか聞こえない。
一年前の俺だったら間違いなく助走をつけて右ストレートでその顔をぶちぬいているはずだ。

京太郎「(でも…現実、今の俺は癒やしを求めていて…)」

湧「ー♪」

…だから、わっきゅんと出掛けているこの時間は、正直、結構、有り難かった。
屋敷にいる間は、大抵、吹っ切れた春か明星ちゃんからのアプローチ攻撃喰らってるからな…。
だが、二人の気持ちも分かっていると言うのに、理由なく逃げ回るなんて残酷な真似はしたくない。
きっと彼女が俺の事を誘ってくれなかったら、この週末も魅力的だが苦行のような時間で埋め尽くされていただろう。


京太郎「(…ただ、わっきゅんはやけに上機嫌なんだよなぁ)」

京太郎「(何かあったんだろうか?)」

今の俺達はわっきゅんの実家に向かっている真っ最中だ。
彼女の実家に挨拶に行くと言うのは、体育祭の夜に約束したけれど。
でも、俺も先方も忙しく、中々、時間が合わなかったんだよな。
結果、12月も目前に迫る時期にまでズレこんでしまったが、こうして約束を果たそうとしている訳だし…。
それが嬉しいって言うのは、まぁ、分からないでもない。

京太郎「(…でも、それだけでここまで嬉しそうになるだろうか?)」

京太郎「(元々、わっきゅんはストレートに感情を表に出す子ではあるし…)」

京太郎「(彼女の笑顔もこれまでに何度も見てきたけれど…)」

京太郎「(これほど上機嫌なわっきゅんはあまり記憶にないぞ)」

今のわっきゅんは俺と腕を組んで歩いてるんだよなぁ。
手だけでは物足りないと言うようなそれに、今更、気恥ずかしさを感じたりしない。
俺にとってわっきゅんは妹みたいな子だし、手を繋ぐのは日常茶飯事なんだ。
でも、こうして恋人のように腕を絡めて歩いた経験というのは、この一年を思い返しても殆どない。
そんな腕組みを自分から求めてきた時点で、今のわっきゅんは何時も以上に浮かれているのが分かる。


京太郎「(実家に帰る事そのものがそんなに楽しみって訳じゃないよな)」

京太郎「(わっきゅんは皆の中で唯一と言っても良い両親大好きっ子だけれど…)」

京太郎「(でも、その分、毎日、実家の道場で訓練をつけて貰ったりしているんだ)」

京太郎「(だから、恐らくここまでわっきゅんが嬉しそうなのは他に理由がある)」

京太郎「(例えば、久しぶりに俺と二人っきりなのが嬉しいとか)」

京太郎「(彼女の実家にお邪魔するのを、俺が予想している以上に喜んでくれているとか)」

…消去法で出てきたその言葉は、やっぱ自意識過剰が故なんだろうな。
今の俺は咲が来ないと断言していたモテ期が到来しているのかもしれない。
しかし、だからと言って、俺が特別、格好良くなったり、凄くなったりした訳ではないのだ。
今まで幾度となく告白しても、棒にも端にも引っかからなかった俺が、一度に美少女三人から好意を寄せられるなどあり得ない。
そんな美味しい展開があり得るのならば、俺はもっと以前からモテモテだっただろう。

京太郎「(…でも)」

そう自分に言い聞かせるものの…この前のわっきゅんの様子が脳裏に浮かんでしまうんだよな。
あの時、俺はわっきゅんが初恋に思い悩んで、暴走したからだと思っていたけれど。
…でも、もしかしたら、アレは春達と同じく、本当は俺の事を異性として好きになっていて…。
思い通わせたとそう勘違いしたからこそ、あんな事までやっちゃったんじゃないか…ってさ。


湧「キョンキョン?」キョトン

京太郎「あ、いや、何でもない」

…でも、そこまで突っ込む事なんて出来ないよな。
あの時のわっきゅんは俺に対して忘れないでって言っていたけれど。
それと同時に忘れて欲しいという気持ちを口にしていたんだから。
それを掘り返すのはきっと彼女にとっても本意ではないだろうし…。
それに何より… ――

京太郎「(もう到着しちゃってるんだよな)」

…俺の目の前にあるのは、漫画やアニメにでも出てきそうな木製の大きな門だった。
車が横に並んで2つは余裕で入れそうなそこには『十曽』と言う無骨な看板だけが掛かっている。
その門から左右に広がる白い塀は、首の限界まで顔を動かさなければ、その曲がり角さえ見えないくらいに広がっていて。。
こうして前に立つだけで十曽家の並々ならぬ歴史と広大な敷地が伝わってきている。


京太郎「(まぁ、正直、ヤのつく自営業さん達の屋敷にも見えるけれど)」

京太郎「(こうして看板が掛かっている以上、わっきゅんの実家はここなんだろう)」

「きええええええい!」

「しゃああああああ!!!」

京太郎「(…うん。なんか凄い声聞こえてくるしな)」

小さく見積もって俺の身長の二倍近くある門からは中の様子は伺えない。
だが、その向こうから聞こえてくる声は尋常ならざるものだった。
その一つ一つに怒気が混じっているようにも思える力強い声に、背筋に嫌な汗が浮かぶ。
……なにせ、これから俺が会うのはわっきゅんのお父さん ―― つまり熊殺しの異名を持つ生きた伝説なのだから。
こうして塀の向こうから聞こえてくる凄まじい声も、恐らく彼の門下生達なんだろう。

湧「かったキョンキョン、緊張しちょっ?」

京太郎「い、いや、緊張なんかしてねぇよ」

京太郎「なーに、ちょっと挨拶に来ただけなんだ」

京太郎「怖がったり緊張する理由なんてまったくないっての」

…ごめんなさい、本当はちょっとビビってます。
ある意味、熊殺しよりも恐ろしいかもしれない山田さんとは普通に話すし、鍛えてもらう事も出来ているけど…。
でも、それは山田さんが俺に対して敵意を持っていないどころか、好意 ―― 多分、きっと、変な意味ではないと信じたい ―― を持ってくれているからで。
わっきゅんから話を聞いている限り、彼女は両親から大分、溺愛されて育ったみたいだしなぁ。
致し方ない理由があるとは言え、わっきゅんとひとつ屋根の下で一緒に暮らしてる俺に対して、敵意を持っていてもおかしくはない。


京太郎「(…少なくとも、門の向こうからすっげぇ気迫が伝わってきてるんだよな)」

…それはさっきの声のようにハッキリとしたものじゃない。
刺激しているのも俺の鼓膜ではなく、第六感というオカルティックなものだった。
だが、気のせいだと一蹴するには、門の向こうから感じる気配は圧倒的過ぎる。
まるで向こうに敵意を持った猛獣が待ち構えているようなそれは俺の生存本能をビリビリと震わせていた。
一歩でも踏み込めば、命を落とす事も覚悟しなければいけないのだとそう訴えかけるようなそれに思わず頬が引きつるのが分かる。

湧「だいじょっだよ。もしもの時はあちきが守ってあぐっから」

京太郎「も、もしもの時って…」

湧「聞こごたっ?」

京太郎「…ううん。やめておくわ」

下手にここで踏み込んでしまったら、足が竦んで動けなくなってしまうかもしれない。
既に緊張を見抜かれているとは言え、これ以上、格好悪いところを見せるのはちょっとな…。
そもそも、さっき俺が思い浮かべたのは、あくまでも想像なんだ。
一度、会いたいと言ったのはあっちの方なんだから、思いの外、フレンドリーに接してくれるかもしれない。
こうして門の向こうから伝わってくるのも、会いたい気持ちが暴走しすぎた結果だとそう思うべきだろう。
…………そうしないと本能に負けて、足が前に進むのを拒否しそうだしな。


湧「まぁ、心配せんじもだいじょっだよ」ニコ

湧「あちきから離れなかや、命の危険はないから」

…多分、そう言ってくれるのは、わっきゅんの優しさなんだろうけれどさ。
でも、それって逆に言えば、わっきゅんから離れるとヤバイって事じゃないのかな!?
正直、その言葉を聞いても、心配が尽きないどころか、さらに強くなったんですが!!
現地をよく知るわっきゅんから離れるとヤバイって、ここはアフリカのサバンナか何かなのかな!?

湧「じゃっで…あの、もちっとギュってしてくれて良かんだよ…?」

京太郎「…流石にそんな格好悪い事出来ねぇよ」

湧「そげなのあちきは気にせんよ」

京太郎「そう言ってくれるのは嬉しいけど…やっぱり俺も男だしさ」

京太郎「可愛い女の子の前であんまり格好悪いところ見せたくないし」

勿論…俺はかなりビビってる。
わっきゅんの言葉一つ一つに今すぐ帰ってしまいたい気持ちが強まっていた。
…でも、それに流されてしまえば、俺を誘ってくれたわっきゅんの立場がなくなってしまうんだ。
それが理解出来ている以上、一時の衝動に身を任せる訳にもいかず…さりとて、彼女に甘える事も出来ない。
ここで怖いからと言って、わっきゅんに抱きついてしまえば、俺の命が物理的になくなりかねないからなー…。


京太郎「(…少なくとも、相手は門の向こうからこれほどの不機嫌オーラ叩きつけてきている訳だし)」

京太郎「(わっきゅんが溺愛されて育ったっていうのは多分、間違いない)」

少なくとも、この向こうで待っているであろう人はわっきゅんの事を心から愛しているのだろう。
そんな人にとって、わっきゅんに抱きついている男がどんな風に見えるのかなんて…考えるまでもないよな。
俺はまだ娘もいないどころか結婚さえしていない身の上けれど、それでも娘の側にいるのに相応しく無いと判断されるのは分かる。
つーか、俺自身、そんな風にわっきゅんに抱きつく情けない男がいたら、怒鳴り散らしてでも引き離してやりたくなるしな。
わっきゅんとの付き合いが一年程度の俺でさえそう思うんだから、それより遥かに長く彼女を見守ってきた人たちが、許してくれるはずがない。

京太郎「それより早く入ろうぜ」

京太郎「あんまり待たすのも失礼な話だしさ」

湧「…そうだね」シュン

…ただ、わっきゅんがちょっと残念そうだったのは気になるかな。
こうして繋いでいる手からも、彼女が気落ちしている様子が伝わってくるし…。
もしかしたら、わっきゅんは俺にもっと頼られたいとそう思っているのかもしれない。
まぁ、実際、俺は今に限らず、彼女のことを頼りにしてるんだけど…まぁ、もうわっきゅんの手は門に掛かっているし。
ゆっくりとその扉が開き始めているんだから、今はそれを胸に見ておくとして。


「……」ゴゴゴゴ

京太郎「(ひええええええええ)」

門の間から見えたのは純和風な屋敷と…そしてその入口に仁王立ちする一人の男だ。
灰色の道着を身に纏ったその身体は目算で2mを超えている。
それだけでも威圧感を感じると言うのに、道着の上からでもはっきりと分かる筋肉がさらにそれを増している。
その筋肉密度はボディビルダーを彷彿とさせるが、しかし、それは彼らのように魅せる為の筋肉ではない。
ただひたすら実用性を求めて積み重ねられたものだと言う事が、こうして離れている俺にも伝わってきている。

京太郎「(やっべー…)」

…正直、熊殺しの話を聞いた時から、並大抵の相手ではないと予想していたつもりだった。
少なくとも、どんな化物が出てきても驚かないと自分ではそう思っていたのである。
だが、こうして実際に彼を目の当たりにすると…それがあまりにも甘い考えであった事を自覚させられてしまう。
黒い口ひげを蓄えたその顔の作りも穏やかさとは程遠いが…その身体は獰猛な熊同然。
幾ら、山田さんが強いと言っても、なんの準備もなく、この人の前に立てば、かなり不利な闘いを強いられるだろう。


湧「ただいま、おとっはん」

「…おう。おかえりニコ

少なくとも、俺が彼の怒りを買ってしまえば、為す術もなく殺されてしまう。
本能がそう訴えるほどの男は、娘の言葉にニコリと嬉しそうに笑った。
迫力はあるものの、決して恐ろしくはないその笑みに、わっきゅんもまた朗らかな笑みを返す。
それだけで終われば…何処にでもある親子の会話だけで終われば、きっと俺も胸を撫で下ろす事が出来たんだろうが…。

京太郎「(…プレッシャーが減るどころか増してってるんですけど)」

この熊のような男 ―― わっきゅんのパパさんは…どうやら娘の事を本当に愛しているらしい。
俺とわっきゅんが手を繋いで現れた瞬間、不機嫌オーラがその勢いを増した。
最早、叩きつけるのではなく、気で殺す勢いのそれに心臓がバクバクと脈打ってしまう。
…正直なところ、俺は今、腹を空かせた猛獣の檻に入れられた気分だった。


「で、そっちのなよなよっとしたのが…」ギロ

京太郎「は、初めまして。須賀京太郎です」ペコ

それでもちゃんと挨拶が出来た俺を褒めてやりたい。
いや、まぁ、その声は上擦って、掠れる一歩手前のような状態だったけれど。
でも、その視線だけで心臓が麻痺しそうなくらいの迫力があるんだ。
多分、本当にちゃんと覚悟を固めておかなかったら、俺は何も応えられなかっただろう。

「…ほーぅ」ジロジロ

京太郎「え、えっと…」

「…身体の筋肉はあくまでもないよりはマシってレベルだな」

京太郎「は、はぁ…」

ないよりはマシ…かぁ。
まぁ、わっきゅんのように身体を鍛えるのが楽しいって訳じゃないからな。
山田さんとの鍛錬なんかも続けているが、それは経験を積むのが目的で、身体を鍛える為のものじゃない。
…ただ、一応、俺はわっきゅんよりも足が早かったりするんだが…それでないよりはマシレベルなのか。
筋力で俺がこの人に負けているのは素人目にも分かるから、物足りなさそうに言われても反論は出来ないのだけれど…。
でも、一体、この人が必要十分と感じるレベルって果たしてどれくらいからなのか、ちょっと気になる。


「だが、その程度でここの敷居を跨いで貰う訳にはいかないな!」

湧「もう…おとっはん。わがで呼んどいて…」

「例え、こっちから呼んだとしても、ルールはルールだ」

「俺は家長として、ここの敷居を跨ぐだけの資格があるのか試さなければならない!」

京太郎「…資格?」

「そうだ!これを見ろ!!」バーン

…なんか自信満々でわっきゅんパパが取り出したのは…蝋燭のついた燭台か?
それを少し前に出てから石畳の上に置いているけど…。
一体、これで何をしろって言うんだろうか。
まさかその蝋燭が消えるまで待てって楽な話じゃないだろうし…。

「丁度、その敷居からここまでおおよそ10mある」

「そこから拳圧のみでこれを吹き消す事が出来なければ…!」

「この屋敷に一歩足りとも踏み入れる事は許されん!」

湧「おとっはん、そげなルールないでしょ?」

湧「あちきもそげなん初めっ知ったよ?」

「今朝決めたルールだからな!」

「湧が知らないのも当然の事だ!!」

って、それ完全に俺対策じゃないですかーやだー!
…まぁ、俺としても、それは有り難いっちゃ有り難い話なんだけどさ。
相手から難題を押し付けられている以上、「出来ませんから帰ります」が通る訳だし。
わっきゅんのメンツも潰す事なく、この恐ろしい男から逃げる事が出来る。


「ほぉら、どうした?」

「出来ないなら尻尾巻いて逃げ帰っても良いんだぞ?」

「いや、湧の前で情けない姿を晒して嫌われてしまうが良い」フフーン

…ただ、ここまで言われて尻尾巻いて逃げ出すのはな。
これも娘可愛さの現れだと思うが、やはりイラっとするのは事実だし。
それにまぁ、幾ら何でもチャレンジせずに帰ると言うのは格好悪い。
流石にそれだけで嫌われるとは思わないが、こうも俺の事を慕ってくれるわっきゅんにそんな姿は見せたくないんだ。

湧「…あちき、今のおとっはんの方が情けなくてきれーかな」

「そんな!?」ガーン

京太郎「まぁまぁ。男親なんてあんなもんだって」

京太郎「これもわっきゅんが大事からなんだし、情けないなんて思わないであげてくれよ」

…ま、とりあえず、今はフォローが先だよな。
正直、イラっとしているのは事実だが、それもこれもわっきゅんへの愛情の裏返しなのだし。
その結果、娘から嫌われると言うのは、他人事ながらあまりにも哀れ過ぎる。
点数稼ぎって訳じゃないが、ここはわっきゅんパパへのフォローを入れて…。


「わ、わっきゅんだとおおおおおおお!?」

京太郎「うぉ!?」ビクッ

「貴様ぁ!まだ婚約もしていない年頃の娘を愛称で呼ぶとは一体、どういう了見だ!!」

「最近の若者は乱れているとは聞くが、この俺の娘に対して、そのようなふしだらな真似は決して許さん!!」

京太郎「え、えぇぇぇ…」

なんで、俺、そこでキレられてるんだろう。
幾ら娘が可愛いからと言っても、フォローしたのに怒られるのは理不尽だと思うぞ…。
そもそも、昔から男女が愛称で呼び合うなんて、割りと何処でもある訳で。
それだけでふしだら呼ばわりされるのは、流石にちょっと理解出来ないわ。

湧「おとっはん」ジィィ

「う…」

湧「おっかはんに言いつけるよ?」

「そ、それだけは勘弁を…!!」

どうやら、十曽家では亭主関白という訳にはいかないらしい。
わっきゅんが母親の名前を出した瞬間、まるで水を被ったようにその勢いが弱まった。
さっきまで激昂していたのが嘘のように顔を青ざめる彼は、恐らく恐妻家と言う奴なのだろう。
…しかし、その強さが視覚からハッキリと伝わってくるようなわっきゅんパパが恐れるほどの母親って…。
一体、どれほど恐ろしい化物なのか、正直、想像もつかないぞ…。


「し、仕方がない。湧が…いや、わっきゅんが、こうも言っているんだ」

「こっちも譲歩してやろうじゃないか!」

湧「…あちき、おとっはんにそげな呼び方許したつもいはなかどん」

「さ、さっきからこっちに対してセメント過ぎないか、湧…!」

「お父さんよりもそっちのなよなよした男の方が良いって言うのか!?」

湧「うん」キッパリ

「っ!!!?」ガーン

あ、ガチショック受けてるな、アレ。
わっきゅんがこうして言っているのも、俺に対する理不尽な仕打ちが原因であって…。
普段は両親の事を嬉しそうに語るわっきゅんが、この人の事を嫌ってるって訳じゃないんだろうけれど。
でも、わっきゅんが俺に向ける感情を否定すれば否定するほど、自分の地位も一緒に下がっていく訳だし…。
今の発言はやっぱり男親としてはショックだよなぁ。

「そ、そんな…信じて送り出した俺の娘が、金髪不良との同棲生活にドハマリして…」

「パパよりも金髪不良が良いなんて言葉を送ってくるなんて…!」フルフル

「やはり貴様と俺は相容れないようだな!」ビシ

京太郎「俺としては仲良くしたいんですけどね」

「なんだと…!つまりホモか!!」

京太郎「分かった。アンタ、馬鹿なんだな」

…一応、仲良くしたいってのは嘘じゃないんだけどなぁ。
わっきゅんとしても父親と兄のような俺が険悪なのは嫌だろうし。
だが、まぁ、理不尽さに耐えて、折角、歩み寄ろうとしているのにホモ扱いされたら、流石の俺もキレるわ。
少なくとも、この人の恐ろしさとか半ば忘れて、反射的に馬鹿なんて言ってしまうくらいには。


「湧!あいつ、パパに馬鹿って言ったぞ!!」

湧「実際、おとっはん馬鹿だし」キッパリ

「ゆ、湧…!」

湧「せっかっ、キョンキョンが庇てくれたり、歩み寄ろうとしてくれてるのに…」

湧「悪りようにしか受け取らへんおとっはんの何処が賢けゆーの?」

「うぐ…」

…そこでわっきゅんに反論出来ない辺り、割りと自覚はあるんだろうな。
娘可愛さに自分がめちゃくちゃを言っている事くらい分かっていて…それでも止まれないんだろう。
そんな彼に同情する気持ちがまったくない訳じゃないが…ここで俺がフォローするとまたややこしい事になりかねないし。
ここは黙ってことの成り行きを見つめておこう。

「ええい!だが、前言は撤回しないぞ!」

「他の門下生達も皆、そのテストに合格して敷居を跨いできたのだ!」

「お前だけ特別扱いなんて事は出来ん!!」

湧「もー…おとっはん…」

京太郎「いや、良いよ、わっきゅん」

湧「じゃっどん…」

つまるところ、それが譲歩出来るギリギリのラインって事なんだろう。
ならば、ここでグダグダ言葉を重ねているのも時間の無駄だ。
出来ないなら出来ない、出来るなら出来るでとっとと決断を下してしまった方が良い。
今日一日はわっきゅんの為に空けてるし、ダメだったら町中に繰り出して一緒に遊べば良いだけの話だしな


京太郎「ちなみにわっきゅんはアレ出来るのか?」

湧「うん。出来っよ」

湧「一回、お手本としてやって見せようか?」

京太郎「あぁ。頼む」

湧「じゃあ…」グッ

俺と手を離したわっきゅんが見せるのは腰を深く落として、腰だめに右手を構えるような姿勢だった。
左手を開いて前に置くその姿勢は、驚くほど様になっている。
俺の身長から比べると三回り以上、小さいその身体が、今はとても大きく、そして頼もしく見えた。
普段、どれだけ可愛くて、天真爛漫な笑顔を見せていても、やっぱり彼女は根っからの拳法家なんだろう。

湧「すー…はー…………」グググッ

湧「はあああああああああっ」      パァン

フッ

京太郎「おぉぉぉ…」

そう思った瞬間、わっきゅんは呼吸を整え、引き絞った拳を一気に放った。
その最中に空気が弾けるような音を伴った一撃は蝋燭の火を見事に消してみせる。
フィクションの世界に迷い込んでしまったようなその光景に、俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
わっきゅんが言った言葉を信じていなかった訳じゃないが、それでも目の前で実際に起こると感動に近いものを覚える。


湧「えへへ。どう?」

「素晴らしいぞ、湧!流石は俺の娘だ!」

京太郎「真剣なわっきゅんが格好良かったよ」ナデナデ

湧「~~っ♪」ニマー

「貴様ああああああああああ!!!!」

何処かで悲鳴のような声が聞こえるが俺にはもう関係はない。
まぁ、あんまり挑発し過ぎて、ガチキレされると即死なので、今も恐ろしい気持ちはあるけれど。
さりとて、あっちに怯えて、何時もと違う対応をするってのも、負けたようで悔しいからな。
わっきゅんが頑張った時にはこうして何時も褒めてあげてる訳だし、とりあえず優しくその髪を撫でてあげて。

湧「ちなみにコツとかは…」

京太郎「いや、良いよ」

湧「え?」

京太郎「今ので大体、覚えた」

…あの体育祭の時にギリギリまで能力を使い続けたからかな。
自分の能力って奴の使い方が大分、分かってきた。
山田さんとの鍛錬でも意識して使うようにしてる今の俺にとって、一度、見せてもらえば十分。
既に50m走で、彼女に勝っている俺は、能力の発動条件を満たしているんだ。


京太郎「(ま、基本的に俺の能力は劣化模倣だ)」

京太郎「(条件を満たしさえすれば、何でも使えるが、それは決して『本物』は超えられない)」

京太郎「(どれだけ相性が良く、使い込んで馴染んだとしても、それは本人に限りなく近づくだけなんだ)」

恐らく努力次第で90%くらいまでは『本物』に近づく事が出来る。
だが、残りの10%は恐らく努力では埋められない。
そこを埋めようと思えば、それこそそれに最適化した才能か身体が必要になるんだろう。
…しかし、今の俺にとってはそれで十分。
さっきわっきゅんが見せてくれた技は、その90%で足りるほど凄まじいものだったのだから。

京太郎「(…それに俺の中にある能力のストックは、わっきゅんのものだけじゃない)」

例えば、それは和の能力。
例えば、それは小蒔さんの能力。
例えば、それは園城寺さんの能力。
その他、様々なオカルトや技術が俺の中に取り込まれている。
能力単体で『本物』を超える事は出来なくても、それらの組み合わせ次第じゃ『本物』にだって負けはしない。
そう自分に言い聞かせながら、俺はわっきゅんを見習うようにして腰を落として。


京太郎「(…イメージするのは無数の加速だ)」

基本、人体における加速は関節によって行われる。
縮まったそれが伸びたり突き出される事によって、人は前へと進むのだ。
だが、さっきのわっきゅんの加速数は、全身の関節を合わせてもまだ足りない。
まるでその足の先から肩、そして手の先まで無数の関節があるようにその速度は早くなり続けていた。

京太郎「(その身体を腕を鞭のように撓らせて繰り出す鞭打って打法を極めれば、音速は超えられるらしいけれど)」

京太郎「(少なくとも、普通の正拳突きじゃ音速は超えられない)」スー

京太郎「(…でも、さっきのわっきゅんは完全に音の壁を叩いていた)」ハー

女の身で…なんて馬鹿にするつもりはない。
わっきゅんの身体能力の高さは俺も良く知っているものなのだから。
だが、彼女の身体の柔らかさやバランス感覚は天性のモノでも、残りは俺が優っている。
つまり…彼女が出来るのであれば、俺もまた音の壁を超えられると言う事。。
彼女の見せた動きを完璧に再現すれば、俺もまたあの蝋燭を消す事が出来る。
そして、その為の情報や能力は既に俺の中に揃っているのだ。
かなりの難題ではあるが、出来ないとは思えない。


京太郎「…蝋燭、お願いします」

「…………おう」スッ

構えながら、呼吸を整える俺の前で再び蝋燭に火が灯される。
瞬間、風に撫でられ、ゆらゆらと揺れる灯火に俺は全神経を集中させた。
発動させるのは勿論、和の能力。
限界ギリギリまで研ぎ澄まされた集中力によって、自身のやるべき事以外を脳から排除した。
自然、余裕が出来た脳の中に、幾度となくさっきのわっきゅんを思い描く。
その一挙一動全てを復習するように再生した俺は、少しずつそれを自分の身体と重ねて。

京太郎「疾っっっっっっ!!!!!」      ズドンッ

フッ

―― それが完全に重なった瞬間、繰り出した拳はわっきゅんと同等の衝撃を生み出した。

本来、あり得ざる無数の加速。
その身体を蠢くエネルギーを一本の線に纏め、拳の先に集中させたそれは、俺に音の壁を突き破らせてくれたらしい。
まるでコンクリートを叩くような音と感触が手に伝わった瞬間、衝撃が蝋燭へと流れていくのが分かる。
結果、さっき着けられたばかりの蝋燭はフッと消え、再び沈黙へと戻った。
丁度、風が止み、灯火が止まったところを狙ったし、幾ら親馬鹿のわっきゅんパパでもこれで文句は言えないはず…。


京太郎「ぐおおおおおお!!!!」ブッシャアア

湧「キョンキョン!?」

って、なにこれ!?
すっげえええええ痛い!!!
つーか、腕!腕の皮膚が避けて、そこから血が出てるしいい!!!
なんか凄惨な事になっちゃってるんですけどおおおお!!!
しかも、痛い!!
血が出てるから当然だけど、筋肉痛みたいに全身がキリキリ鳴ってる!!!

「バカが。加減も知らず、全力で音の壁突き破るからだ」

「そんな無理したら、毛細血管が破裂するに決まってるだろ」

湧「おとっはん!」キッ

「…分かってる。条件は満たした」

「その敷居跨いで入って来い。手当くらいはしてやる」

京太郎「うぐぐ…」

不承不承って感じだけど、とりあえず認めてはくれたらしい。
それはそれで嬉しいし有り難いのだけれど…でも、今はそれを表す余裕がないっていうか…!
まるで全身が吊ってしまったように痛む現状、碌に身動きがとれない…!
ひょこひょこと情けなく動くのが精一杯だ…。


湧「…キョンキョン」スッ

京太郎「ぅ」

そんな俺の事をわっきゅんが支えてくれるのは嬉しいけど…でも、ソレ以上に申し訳ない。
俺の身体を右側から支えてくれているから、右腕から流れだした俺の血が掛かっちゃってるんだよな。
結果、折角の可愛い服を台無しにしてしまっているんだが…でも、今の俺はアヒルに負けるレベルの歩き方しか出来ないし…。
ほんの十数メートルを進むだけでも、何分掛かるか分からないから、ここは彼女に甘えるしかない…。

京太郎「…悪い。後で弁償するから」

湧「そげなの気にせんじも良かの」

湧「…悪りのはちゃんと手加減する事伝えなかったあちきだし」

湧「もちっと言えば、あげな無茶させたおとっはんの方じゃっで」ゴゴゴ

「ぅ」

…あー、これはさっきまでの怒り方とはちょっと違うな。
さっきのはわっきゅんパパを止めようとするような怒り方だったけど…これはマジおこって奴だ。
その矛先が向いていない俺でさえ若干怖いほどの怒りは、今、目の前を先導して歩くわっきゅんパパに向かってる。
…それに小さく呻き声をあげる辺り、やはり娘が本気で怒っている様はこの人にとっても恐ろしいものなんだろう。


京太郎「まぁ…その、あの程度で筋肉痛になった俺も悪いしさ」

湧「…そもそもアレが出来るだけでも凄いと思う」

京太郎「そうなのか…?」

湧「うん。十曽の家でもアレが出来るのはほんの一握りだし」

なるほど…そんなに難しいのか。
その辺、あまり分からないのがこの能力の難儀なところでもあるよな。
人の成果だけを奪い取るチート能力なんだが、その所為で本来、過程で得られるノウハウや加減ってのがまったく分からないし。
漫画とかだと間違いなく奪い取ってきた能力に飲み込まれるか、使い方誤って自滅するキャラになるだろう。

京太郎「って、でも、ここに通ってる皆はそれが出来るんだろ?」

湧「と言か、そん一握りしか通うのを許されてないってゆーたほうが正確なの」

湧「基本、あちきの家の武術は門外不出じゃっで」

湧「同族ってだけでホイホイ教えられるよなものじゃねし」

京太郎「へー…」

って事はここに通ってるのは十曽の中でもエリート中のエリートって事か。
そんな中に普通に通ってるわっきゅんってやっぱ凄いんだな。
正直、今まであんまりその凄さを意識してなかったけど…。
実際にあの技を見て、こうして改めて十曽家の事を聞いた今は心からそう思える。


湧「…じゃっで、きっとおとっはんも無理難題を吹っかけたつもいなんじゃろけれど」ジトー

「い、いや、俺は見どころがあると思ってだな…」

湧「…あちき、おとっはんにかたって良かってゆーたつもいはないよ?」

「ゆ、湧…!?」ガーン

湧「あちき、最低でもキョンキョンが落て着っまで、おとっはんの事許すつもいないから」

湧「おっかはんにも絶対に言いつけてやるもん」スネー

「そ、そんな…!ゆ、許してくれ…湧…!!」

湧「知たんっ」プイッ

まぁ、そりゃわっきゅんもマジギレしてる訳だもんなぁ。
許してくれ…なんて言葉一つで許せるようなら、ここまでキレちゃいない。
元々、わっきゅんは明るくて、あまり悪感情を抱いたりしない子なのだから。
そんな子がここまで怒ってくれているのは…まぁ、俺の為なんだろうな。
それが少しこそばゆいけれど…でも、ソレ以上に嬉しい。


湧「そいよっかおとっはんどっか行って」

「え?」

湧「あちき、今、おとっはんの顔見ろごちゃねし、かたったくもないもん」

湧「キョンキョンの治療はこっちでやるし、おとっはんは邪魔なだけ」

「お、お前、実の父親を邪魔だなんて…」

湧「あちき、今、おとっはんの娘じゃい事がげんねくらいだよ」ツーン

「……」ショボン

…ただ、正直、ちょっと哀れだとは思う。
俺が怪我したのは、俺が能力の使い方を間違えた所為だし。
キッカケとなったのはこの人の無茶振りだけど、俺にも原因がない訳じゃないんだ。
流石に今にも自殺しそうなほど鬱オーラを纏っているのを放っておけないし…。


京太郎「まぁまぁ。さっきのは俺にも原因がある訳だしさ」

湧「…キョンキョンは優しすぎっよ」

湧「おとっはんはキョンキョンにやまほど失礼な事しちょっのに…」

京太郎「まぁ、ぶっちゃけ、その辺の事忘れた訳じゃないけどさ」

京太郎「でも、わっきゅんは日頃、お父さんの事を尊敬してるって言ってるじゃん」

京太郎「そんな相手と険悪になって、後で後悔するのはわっきゅんだろうしさ」

湧「あちきは別に…」

京太郎「じゃあ、後悔しないって断言出来るか?」

湧「…そや」

ここで出来るなんて断言出来たら、望み薄だけれど…。
でも、何とかわっきゅんは口篭ってくれた。
幾ら、本気で怒っているとは言っても、それは敵意になったりはしていないんだろう。
その心の中にはまだ父親に対する尊敬の気持ちなんかがちゃんと残ってる。


京太郎「だったら、そんな風に邪険にしてあげない方が良いって」

京太郎「別に命に関わる大怪我をしたって訳でもないんだしさ」

京太郎「この程度で家族と険悪になる方が馬鹿らしいだろ」

湧「……」チラ

「……っ」ビク

だから、多分、これ以上は俺が何も言わなくても大丈夫だろう。
わっきゅんは優しくて敏い子だから、きっと自分で答えを出す事が出来る。
そう信じて、俺は事の成り行きを見守っておこう。

湧「…行って」

「湧…?」

湧「これ以上、おとっはんと居ても嫌れになるだけじゃっで行って」

湧「…あちきも別におとっはんの事嫌れになりたか訳じゃねし」

湧「今はまだ頭も冷静じゃねから、あちきのいないとこいに行って」

「…分かった」イソイソ

わっきゅんの言葉にわっきゅんパパは肩を落としながら去っていった。
…まぁ、肩を落としてると言っても、さっきみたいに絶望してる訳じゃないし。
少しは希望を持てる言葉が出てきたって事で、気持ちも楽になったんだろう。
まぁ、その希望がこの後、どうなるかってところはまだ分からないが…きっと悪いようにはならないはずだ。
わっきゅんが嫌いになりたくないって言った所為か、あっちも反省オーラが出てたしな。


湧「…キョンキョン、こらいやったらもし」

京太郎「え?」

湧「…あちき、キョンキョンにあぁゆーて貰えたのにおとっはんの事許せなくて…」

京太郎「いや、そんなの謝らなくて良いんだよ」

京太郎「つか、人に言われて無理に許すってのもおかしい話だし」

京太郎「あの辺が落とし所だって俺も思うよ」

わっきゅんの立場からすれば、一回家に呼べと言われた友達を連れてきたら無理難題吹っかけられた訳だからなぁ。
下手すればそれをキッカケに俺達の仲がギクシャクするかもしれなかった以上、そう簡単に許せなくて当然だ。
それをこうして譲歩する姿勢を見せただけでも、わっきゅんは大分、優しい子だと思うし。
そもそも俺があぁやって口を挟んだのは、彼女の事を思っての事なんだ。
わっきゅんが決めた事にまで口出しするほど、俺は偉い人間じゃない。

京太郎「それよりさ。俺、ここまでで良いから」

湧「え?」

わっきゅんパパの言葉が正しければ、今の俺は腕の毛細血管が破裂して、腕から血がダラダラ流れてる状態なんだよな。
まぁ、細かい血管が破裂した程度だし、もう塞がりつつあるっぽいけれど。。
でも、このまま屋敷の中にお邪魔してしまったら、わっきゅんの家が血で汚れてしまうんだ。
玄関までは到着して腰を下ろせるようになったんだから、とりあえずここで良いだろう。


京太郎「これ以上、屋敷の中に入ったら、色々と血で汚しちゃうかもしれないしさ」

京太郎「俺、ここで待ってるから包帯とかタオルとか頼んで良いか?」

湧「キョンキョンは気を遣いすぎだよ」

湧「今回の事はこっちが悪りんじゃっで…」

京太郎「だからって畳に血とかつくと後で大変だしさ」

京太郎「それに一応、そっちの方が治療も早いかもって言う下心もあったりするし」

湧「……分かった」

湧「そいじゃすぐ戻ってくるから…むいせんでね」

京太郎「おう。頼んだ」

大分、後ろ髪引かれてる感じだけど…とりあえずわっきゅんは行ってくれたか。
なら、今の間に式台に腰掛けて…って、それだけでもやっぱ痛ぇ…。
あっちこっちの関節から悲鳴のような痛みが筋肉を伝ってやってきて…つい顰めっ面を浮かべてしまった。
さっきまでとは比べ物にならない痛みから察するに…俺は身体を支えてくれてたわっきゅんに大分、助けられてたんだな…。

「あら」

京太郎「ん?」

「あらあらあらあら」トテトテ

えーっと…この子、誰なんだろう?
見たところ、わっきゅんと殆ど同じ…いや、彼女よりも少し大きいくらいかな。
比較対象のわっきゅんが割りとロリロリしい子だから、下手をすれば小学生くらいかもしれない。
ただ、何処となく年上っぽい雰囲気を感じるし、その顔立ちも彼女と良く似ているような気がするから…。


京太郎「(年上の従兄弟か何かかな?)」

「どうしちゃったの?こんなに血塗れで」

京太郎「あ、えっと…実はちょっと無茶しすぎまして」

京太郎「血管が切れちゃったんです」

「あぁ、それは大変ねー」

「じゃあ、お手当してあげないとー」

京太郎「あぁ、いえ、大丈夫ですよ。わっきゅんが…」

京太郎「えっと、湧ちゃんが今、救急箱とか取りに行ってくれているはずなんで」

「そーなのー」

そーなんですよー。
…と思わず返したくなるほどポワポワオーラが出ているなぁ。
まだほんの少ししか会話してないけど、なんつーか独特のペースを持ってるって感じが凄くする。
でも、ここにいるって事はその雰囲気や見た目とは裏腹にかなりの実力者なんだろう。


京太郎「あ、それで俺、須賀京太郎です」

京太郎「今日はわっきゅんのご両親に招かれてやってきたんですが…」

「えぇ。知ってるわー」ニコニコ

「噂通り、格好良い子よねー」

京太郎「あ、ありがとうございます」テレ

ただ、相手が誰なのか分からないままって言うのは、何処と無く収まりも悪い。
そう思って、先に自己紹介をしたのだが…褒められてしまった。
まぁ、煙に巻こうとしているんじゃなく、ただただ、感想を口にしてくれているだけだと思うんだけど…。
でも、だからこそ、心から格好良いなんて言って貰えているのが伝わってきて少し照れてしまう。

「それに良い人そうだし…良かったわー」

「十曽の血もあるからあんまり心配はしてなかったんだけど…湧ちゃんって人見知りだしー」

「ちゃんと男の人を捕まえてこられるか心配だったのよねー」

京太郎「…あの、俺、別にわっきゅんとそういう関係って訳じゃないですよ」

両親から招かれた…と聞いたら、そりゃまぁ誤解するかもしれないけれど。
でも、俺は別にわっきゅんと付き合ったりしてるって訳でもないんだ。
恐らくこの人も門下生の一人なんだろうし、下手に誤解されると大変な事になる。
人の口に戸は立てられないって言うし、この人から誤解が広まれば、わっきゅんも困ってしまうだろうしな。

続きは次スレでー
こっちは適当に埋めてくださいな

ウメーウメー

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