【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」湧「そん8っ」【永水】 (1000)


○このスレは所謂、京太郎スレです

○安価要素はありません

○設定の拡大解釈及び出番のない子のキャラ捏造アリ

○インターハイ後の永水女子が舞台です

○タイトル通り女装ネタメイン

○舞台の都合上、モブがちょこちょこ出ます

○たまにやたらと重くなりますが笑って許してください

○雑談はスレが埋まらない限り、歓迎です

○エロは(本編には)ガチでないです





【咲ーSski】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」【永水】
【咲―Sski―】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」【永水】 - SSまとめ速報
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【咲―Sakj】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」春「そのに」ポリポリ【永水】
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【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」小蒔「その3ですね!」【永水】
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【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」初美「その4なのですよー」【永水】
【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」初美「その4なのですよー」【永水】 - SSまとめ速報
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【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」巴「その5ね」【永水】
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【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」霞「その6ね」【永水】
【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」霞「その6よ」【永水】 - SSまとめ速報
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【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」明星「その7まで来ましたね」【永水】
【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」明星「その7まで来ましたね」【永水】 - SSまとめ速報
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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1439534918

酉外れてた…(´・ω・`)恥ずかしい

あちらでも言いましたが、クリスマススレにお付き合いしてくださった方々、本当にありがとうございました
お陰様で一ヶ月間楽しい時間が過ごせて、息抜きも十分出来たと思います

京子スレの更新意欲もムクムクと出てきたので、今日からこっちの更新に戻ります
まだちょっとしか書けていないので投下そのものはもう少し先になると思いますが、もう少しだけお待ちくださいませ(´・ω・`)極力早めに投下出来るよう頑張ります

ぶっちゃけ私ももっと色んな子のエンディング書きたかったんですけどね
ユキとか初めて書いたけど思いの外書きやすかったし、あっちの聖母美穂子のエンディングとかもう色んな意味でどうしてやろうかとぐへへと考えてました
他のリーチ掛かってたヒロインも最終コミュの内容からエンディングまでちゃんと考えてたんですが…まぁ、スレの残りには勝てなかったよって事で
多分、京子スレが完結するまでにもう一回くらい息抜きしたくなると思うんで、その時、また違うスレで書けなかった分のアイデアをぶん投げたいと思ってます

またこっちの投下ですが、多分、今のペースだと土曜日には投下出来るんじゃないかなーと…
もしかしたら金曜日になる可能性もありますが、一応、予告としては土曜日としておきます(´・ω・`) Qつまり? → A短い

社畜ってましたよ(白目)
今帰ってきたのでちょっと今から見直しして投下出来るようにします…(´・ω・`)待たせてごめんなさい…

今回は短くて本当に良かったでござる(´・ω・`)ちょっと突貫だけど見直し終わりましたの
今から投下していきまーす


………


……






―― 久しぶりに腕を通した永水女子の制服は思ったよりも違和感があった。

夏休み前はほぼ毎日、着てたとは言え、ここ一ヶ月は触れさえしていない。
インターハイの最中も巫女服で過ごしてきた俺は、制服をずっとタンスの中に放置していたのだ。
その所為か、久しぶりに外を通した制服からは、微かな違和感を感じる。
居心地の悪さとはまた違うその感覚は、今まで一度も感じた事のない独特なものだった。

京子「(まぁ、それも一週間もすればなくなるだろうけれどさ)」

多分、それは俺の制服が巴さんに洗濯されたからだ。
シワ1つ許さないほど丁寧なアイロン掛けと糊付で、今の俺の制服は新品同然になっている。
買った時と殆ど変わらないそのコンディションも、一週間もすればなくなるはずだ。
その頃には制服を着ると言う事にも慣れているはずだし、違和感が長続きするという事はない。


湧「…いてなぁー」

小蒔「ですねー…太陽さんも頑張り過ぎです…」

明星「まぁ、夏休みが終わっただけで、まだ夏が終わった訳ではありませんし」

春「残暑はまだまだ続く…」

……そんな事を考える間にも夏の強い日差しが俺達に降り注ぐ。
ギラギラとしたその激しさは道路に生えた木々が生み出す木陰の中でも、はっきりと伝わってくるほどだった。
夏休みが終わった時に、この道を通った時よりも、今の方が遥かに暑くなっている。
こうして歩いているだけでもジットリとした汗が背筋から流れていくくらいだ。

京子「(でも、顔だけは涼し気なものにしとかないと)」

しかし、俺はそれを顔を出す訳にはいかない。
俺の顔は化粧によってその雰囲気を大きく変えているのだから。
ここで顔から汗を流せば、どうしても化粧が崩れ、素の顔が露出してしまう。
それを防ぐ為にも汗で崩れにくい化粧品を選んではいるが、影響を完全に遮断出来る程じゃない。
俺の正体が周りにバレないようにするには、やっぱり汗を流さないという根本的な対策が一番だった。


春「…京子、大丈夫?」

京子「心配してくれてありがとう。私は大丈夫よ」

そこで春が俺の事を心配してくれるのは俺の装備が彼女たちよりも多いからだろう。
身体の線を女性寄りにする特別製の下着は俺の身体を普通以上にムシムシとさせるのだから。
出来れば今すぐこれを脱ぎ捨てたいくらいだが、お屋敷の外でそれは出来ない。
俺に出来るのは汗でさらに蒸れていく感覚を我慢しながら、永水女子へと急ぐ事だけだ。

湧「げんにゃあ?」

京子「えぇ。まぁ、ちょっとは暑いけれど…」

湧「じゃっどん、キョンキョンはひとっも、暑そうに見えんよ」

小蒔「そうですね。全然、暑くなんてありませんって感じです」

明星「…ホント、良くそこまで顔を涼し気に出来ますね」

京子「ふふ。やせ我慢だけれど、ちょっとしたコツがあるのよ」

その辺のコントロールなんかも、俺はハギヨシさんに教わっている。
彼曰く、真の執事は何時如何なる状況でも、混乱や蝋梅を覚えてはいけないらしい。
主人の為、常に最高のパフォーマンスを発揮する為には高いレベルのセルフコントロールが必要だ。
俺にそう教えてくれたハギヨシさんにはまだまだ及ばないけれど、こうして顔汗を抑える事くらいは俺にも出来る。


依子「ごきげんよう、京子さん達」

京子「あ、依子お姉さま」

そこで俺達に近づいてくるのは俺とスールの契を結んでくれた依子お姉さまだった。
こうして皆と話している間に永水女子にも大分、近づいたからだろう。
周りには俺達と同じ制服姿の女の子達がちらほらと増え始め、あちこちで挨拶の声が聴こえる。
特に依子さんの人気は凄まじく、こうして俺達に近づいてくる間にも何人もの女生徒と挨拶を交わしていた。

依子「一応、電話でもお伝えしましたが、インターハイ準優勝おめでとうございます」

依子「生徒会長として、そして何より京子さんのシスターとして私も鼻が高いですわ」ニコ

京子「ありがとうございます、依子お姉さま」

京子「依子お姉さまに少しでも喜んでもらえたなら私も嬉しいです」ニコ

残念でしたわね、と依子さんは言わない。
その辺りの事は東京にいた頃、もう聞いているのだから。
代わりに今の彼女は俺達が掴み取った成果を心から喜んでくれている。
まるで我が事のように誇らしそうな笑顔を見せてくれる彼女に俺もまた笑みを返した。


依子「…本当にそう思ってくれていますの?」ジィ

京子「えぇ。勿論です」

京子「相手を思う気持ちは私、依子お姉さまにだって負けるつもりはありません」

依子「…それなら良いのですけれど」

京子「どうかしました?」

何処となく歯切れの悪い依子さんに、俺はそう踏み込む。
俺の知る彼女は冗談を言う事も少なからずあるが、もっとハッキリとした言葉を好む人なのだから。
ジャブのような言葉から、こうして相手を探るようなやり方なんて殆どしない。
特にスールと言う絆で結ばれた俺にとっては、もっと直接的で積極的な接し方をするはずなんだけれど…。

依子「…最近、京子さんは電話を掛けても、かけ直してくれないんですもの」

依子「忙しいのは分かりますが、そうやって蔑ろにされるとやっぱり傷つきますわ」

依子「京子さんは私の事なんか忘れてしまったんだと枕を濡らした回数は一度や二度ではありません」

京子「それは…」

…そうか、依子さん、アレからも色々と連絡くれていたのか。
彼女と話してた時の俺は色々と沈み込んでいたし…きっと心配してくれていたんだろう。
でも、結局、アレから俺のところに携帯は戻ってこなくて…当然、依子さんの連絡も届いてないんだよな。
アレから霞さん達と新しいのを買いに行ったけれど、前のアドレスや番号はまったく無関係なモノになってしまったし…。
依子さんだけじゃなくて他の友人達にも携帯を変えた事を俺はまだ伝えられてはいなかった。


小蒔「ち、違うんです、お姉さま」

小蒔「京子ちゃんは決してお姉さまの事が嫌いになったんじゃなくって…」

小蒔「その、京子ちゃんは全然、悪くなくて、悪いのは私達で…」

でも、それを依子さんにどう伝えれば良いだろうか。
そう思って言葉を詰まらせる俺の前で小蒔さんが必死に擁護してくれる。
一生懸命、誤解を解こうとする彼女の声は辿々しく、そして、強い気持ちが篭ったものだった。
そんな彼女の姿に俺も嬉しくなるが、さりとて、ここで小蒔さん任せにしている訳にはいかない。
依子さんがこうして疑問を投げかけているのが俺である以上、誤解を解くのも俺でなければいけないのだから。

京子「…すみません。実はその…色々と理由があって携帯を突然、手放す事になってしまって」

京子「データやその他を移す暇もなく新しい携帯になったので、連絡も出来なかったんです」

依子「…本当ですの?嘘じゃありません?」

依子「私の事が嫌いになって適当な事を言っている…なんて事はないんですの?」ジィ

京子「そんな事あるはずないじゃないですか」

京子「依子お姉さまは私にとって唯一無二の人ですよ」

京子「適当な事など言えるはずがありません」

春「…」ムッ

明星「…」ジトー

……何故か、俺の背中からすっげええええ不機嫌そうな視線が突き刺さっている気がする。
まぁ、唯一無二はちょっと言い過ぎかもしれないけれど、それでも俺にとって依子さんは大事な人なんだ。
理由があるとは言え、そんな彼女に対して盛大な不義理を行ったのは事実であるし、恥ずかしいと躊躇してはいられない。
こうして疑念を口にしている依子さんの信頼は、俺の羞恥心よりもよっぽど得難いものなのだから。


依子「では、京子さんはどうやってそれを私に証明してくれますか?」

京子「え?」

依子「勿論、私の事を大事に思ってくれているんだと証明してくださいますわね?」ジィ

京子「え、えぇ。勿論です」

……まさかそんな話になるとは。
でも、逆に考えれば、これはチャンスだ。
こうして俺を試そうとしているって言う事は、依子さんの中で、俺を信じたいっていう気持ちが芽生え始めている事でもあるんだから。
ここで依子さんの眼鏡にかなうような証明をすれば、彼女と何時も通りの関係に戻る事が出来る。
それは俺の躊躇いよりもずっと大きく、頭の中で思考をグルグルと動き始めた。

京子「(ただ…問題はそれをどうするかだよな)」

京子「(幾つか方法が思い浮かぶけれど…でも、それは今の状況にはあまり適しているとは言えない)」

京子「(今、俺たちがいるのは、永水女子への通学路なんだから)」

京子「(周りに人が…しかも、同じ学校の生徒がいる中であまり大胆な事は出来ない)」

京子「(その中で依子さんの信頼を取り戻せるような行動…それは…!)」グッ

依子「………ふふ。なんちゃって」ニコ

京子「え?」

そう結論を出した俺の前で依子さんはニコリと花咲くような笑顔を浮かべた。
何処かイタズラっぽいその笑みの中には、さっき俺に漏らしていたような疑念はない。
あるのはただしてやったと言わんばかりの満足感と微笑ましさのみ。
まるで今までの事が依子さんの思い通りであるようなその表情に、俺は彼女のイタズラにまんまと引っかかった事を悟った。


依子「京子さんとスールの契を交わしたのはつい最近ですが…これまで私は貴女と濃厚な時間を過ごしてきたつもりですわ」

依子「特に理由もなくそのような不義理を行う人だとは到底、思えませんし、何かしらあった事くらい察しています」

小蒔「えっと…つまり?」

依子「さっきまでのは京子さんをからかっていただけで、本気ではなかったって言う事ですわ」クス

その言葉に偽りはないと俺も思う。
でも、それだけではない、と感じるのはさっきの彼女があまりにも真に迫った演技をしていた所為か。
勿論、演技であった事は嘘ではないだろうが、少なくとも、その心の中に拗ねるような感情はあったはず。
そうでなければ、誰よりも立派な淑女たろうとしている依子さんが、こんな場所で仲の良さを証明して欲しいなどと言うはずがない。
彼女は永水女子の生徒達から敬意を向けられるエルダーシスターであり、またそれに相応しい淑女になろうとしている人なのだから。

京子「…まったく。肝が冷えましたよ」

依子「あら、それはこっちのセリフですわ」

依子「京子さんの事は信じていましたが、決して不安がなかった訳ではありませんもの」

依子「連絡がとれなくなって、何かあったのかと日々、悶々として過ごしてきたのです」

依子「その分、ちょっぴり仕返ししたくらい許してくれますわよね?」チラッ

まぁ、元から怒るつもりはなかったとは言え、こんな事を言われるとなぁ。
実際、少なからず心配させてしまったのは事実だろうし、許さないなどとはどうしても言えない。
さっきの演技には色々と驚かされたが、別に実害があった訳ではないし、それくらいで許してくれるなら御の字だとさえ思う。


京子「えぇ。大事な依子お姉さまのイタズラですもの」

京子「心配させたのは事実ですし、それくらいで許してもらえるなら有難いくらいですわ」

依子「あら、私、別に許すとは言っていませんよ?」

京子「え?」

依子「許すのは京子さんの言っていた『色々な事情』を聞いてからです」

依子「それまではあくまでも判断保留と言う形ですわ」

京子「な、中々、手厳しいですね」

依子「それだけ今回の件に関しては私も拗ねているのだと理解してくださいまし」ツーン

…どうやら俺は依子さんの事を想った以上に拗ねさせていたらしい。
ツーンと俺から顔を背ける彼女の顔は冗談めかしてはいるものの、何処か心配そうな色を含んでいた。
幾らか納得はしてくれたのだろうが、やはりこれだけでは気持ちも収まらないのだろう。
しかし、こうして心配してくれているとは言え、依子さんに全部、正直に言う訳にはいかないし…。


依子「と言う訳で、今日のHRがひと通り終わったら生徒会室に顔を出してくださいな」

依子「そこで京子さんに色々と聞かせて貰いますから」

京子「色々と…ですか?」

依子「えぇ。色々と、です」クス

依子「最近は京子さんも私も忙しくてあんまりお喋り出来なかったんですもの」

依子「その分の埋め合わせはしっかりとして貰いますから…覚悟して下さいまし」ニコ

京子「ふふ。分かりました」

京子「依子お姉さまとお話出来るの楽しみにしています」

…とは言え、ここで彼女のお誘いを断る理由はないよな。
俺自身、依子さんと話す時間を、とても好ましく思っているのだから。
夏休み前から昼休みですら一緒に過ごす事が出来なかったし、今日は彼女とゆっくりするとしよう。
…まぁ、その前に携帯の件をどうするか考えておかなきゃいけないけどさ。
話すところと隠すところをハッキリさせておいて、出来るだけ依子さんに疑念を抱かせないようにしないと。

小蒔「あ、あの…それ私もご一緒して良いですか?」

依子「え?小蒔さんも…ですの?」

小蒔「は、はい。あの…えっと…」チラ

そこで小蒔さんが俺を見るのはきっと俺の事を心配してくれているからなんだろう。
さっきの彼女を見る限り、俺が携帯を失った事の責任を感じてくれているみたいだし。
俺一人に事情の説明を任せたくはないとそう思ってくれているのかもしれない。
しかし、小蒔さんも同席するとなると、隠さなきゃいけないところで口裏を合わせるのが難しくなる。
心配してくれている小蒔さんには悪いけれど、ここは… ――


依子「構いませんわ」

京子「え…?よ、依子お姉さま?」

依子「事情は分かりませんが、小蒔さんは京子さんの事を気にかけているのでしょう?」

依子「私としては小蒔さんがいて特に困るものではないですし、是非来てくださいまし」ニコ

……流石にこの流れじゃ小蒔さんの同席は断れないよなぁ。
他ならぬ依子さん自身が、小蒔さんの事を受け入れている訳だし。
…仕方が無い、生徒会室での諸々は小蒔さんのアドリブ力に期待するとしよう。
……まぁ、彼女の中でも一番、期待出来ないところかもしれないが、その辺りは俺がフォローをするとして。

依子「それはさておき…夏休みも明けたと言う事は、もう少しで永誕祭ですわね」

京子「永誕祭…ですか?」

小蒔「あ、京子ちゃんは転校生だから知らないんですね」

依子「もう大分、永水女子にも馴染んでいますから、てっきり昔ながらの生徒だと思い込んでいましたわ」クス

京子「ふふ。それだけ依子さんに親しく思ってもらえているんだと前向きに捉える事にします」ニコ

依子さんはもう三年生な訳で、何よりずっとエルダーになるべく努力し続けていたんだ。
全校生徒の顔と名前も記憶している彼女がそう思い込んでいるって事は、それだけ俺と彼女の距離が近くなった証拠。
昔ながらの友人と思われるくらいに俺の事を快く思ってくれているのだろう。
まぁ…実際、俺と依子さんはスールの関係で結ばれている訳で。
ある意味、全校生徒の中で一番仲が良いと言える関係なのだから当然なのかもしれないけれど。


京子「…それで永誕祭って言うのは…結局、学園祭の事で良いのかしら?」

明星「そうですね。大体、その認識で合っています」

明星「違うのは他の学校で言う文化祭と体育祭を同時に行う事と」

明星「そして、姉妹校と連携して行われる事ですね」

京子「連携?」

文化祭と体育祭を同時に…って言うのは珍しいけれど聞いたことがない訳じゃない。
その二つを一ヶ月の間に纏めて行うと言うのは俺の周りでもあったし、何となくイメージは出来る。
ただ…姉妹校と連携と言うのはどういう事なのかまったく想像出来ない。
そもそも永水女子に姉妹校があった事すら知らない俺は、明星ちゃんの説明に首を傾げた。

春「…永水女子の生徒数はあまり多くはないから」

春「学校内でチーム分けをしても、生徒の数が足りなくて出場競技が多くなる…」

春「結果一人ひとりの負担が大きくなるのを防ぐ為に…同じようなコンセプトで設立された姉妹校と一緒に体育祭を行う事になってる…」

依子「だから、永水女子の中でチーム分けなどはありませんの」

依子「そういう意味では京子さんと敵にならなくて安心ですわね」

京子「えぇ。私も依子さんを敵にしないで良いと聞いて安心しました」

まぁ、敵と言っても体育祭で点数を競う程度だし、本気で彼女を傷つけたりはしない訳だけれども。
しかし、もし、俺と戦った結果、依子さんの評価を貶めてしまったら…と思うと、中々、本気にはなれない。
無論、そういう考えが依子さんにとっても失礼な事だと分かっているが…それ以上に俺は依子さんの事を大事に思っているし。
ようやく手に入れたエルダーと言う座に相応しくなろうと今も努力を続けている彼女の足を引っ張るような真似はしたくはなかった。


湧「…でも、あちきやあんまい楽しんじゃねかも…」ポソ

京子「え…?」

……今、なんだかわっきゅんらしくないセリフが聞こえたような…?
湧ちゃんは方言が抜け切らない所為か、割りと人見知りなところはあるけれど、根はとても活発で明るい子だし。
身体を動かすのも大好きだから、文化祭はともかく体育祭はとても楽しみにしていると思っていたけれども…。
そんなわっきゅんがこうして楽しみじゃないって漏らすって事は…何かあったんだろうか?

明星「…去年の体育祭は少々、酷かったですから」

京子「酷い?」

春「…反則ルール違反のオンパレード」

明星「気弱そうな一年の子は脅されてたって話もありましたね」

京子「そ、そこまでするの…?」

…そこまで行くと殆どエルダー選挙みたいなもんじゃないか。
いや、他校の生徒を相手に脅しや反則を仕掛ける辺り、エルダー選挙よりも酷いんじゃなかろうか。
少なくとも、お嬢様校同士のほのぼのとした体育祭を想像していた俺としては、かなりショックなのだけれど。
仮にも学校別対抗戦とは言え…そんなところでまでドロドロとしなくても良いんじゃないかな…?


依子「普通はそこまでしませんわ」

依子「私達はそれぞれの学校別に別れて戦うと言っても、敵対関係にある訳ではありません」

依子「永誕祭はあくまでも姉妹校同士の友好を深めるイベントです」

依子「実際、今まではもっと和気藹々として…楽しいお祭でしたわ」

依子「…ですが、相手校…星誕女子のエルダーを去年から務めている方は…その…とても負けず嫌いな方で」

こうして依子さんが言葉を選んでいるって事は…恐らく、そのエルダーはただの負けず嫌いじゃないんだろうな。
依子さんはエルダーに選ばれただけあって、結構、ストレートに物事を口にするタイプだし、それだけだったら依子さんもハッキリと言っていたはずだ。
そんな彼女がこうして一瞬、言い淀んだと言う事は、恐らく依子さんが口に出来ないような悪い評価を抱いているって事なんだろう。

依子「無論、私もエルダーですから、所属する学校に負けて欲しくはないという気持ちはあります」

依子「ですが…あの方の強引なやり方に関しては、決して共感出来るものではありません」

明星「…そもそも件のエルダーが選挙に当選したのもかなり周りに圧力を掛けていたからって言う話もありますし」

明星「ただ負けず嫌いなんじゃなくて、名誉欲が強いタイプなのは確実でしょうね」

……明星ちゃんまでそこまで言うとはなぁ…。
どうやらそのエルダーが永水女子でかなり嫌われているのは確実らしい。
まぁ、彼女たちの言葉が正しければ、星誕女子とやらが卑怯な手段を使ってまで勝とうとするのはそのエルダーが原因みたいだし。
その所為で実害を被ったであろう依子さんや、実害を被った霞さんを見ていたであろう明星ちゃんからすれば、嫌うのが当然だろう。


小蒔「で、でも、ほら、去年は何とか勝てましたし…ね?」

依子「えぇ。でも…それは去年のエルダーがあの石戸霞さんだったからこそ」

依子「私ではあの方ほど見事に永水女子を纏められるとは思いませんし…」

依子「何より…去年と違って、今年は相手のホームで体育祭を行う事になります」

……つまり、去年よりもさらに何でもアリになってる可能性が高いって事か。
そりゃわっきゅんが楽しみに出来ないのも当然だよなぁ…。
ただ、スポーツを楽しみにしているのに…相手の卑怯なやり口を警戒しなきゃいけないなんて。
友好を深めるイベントとしても、体育祭そのものとしても大失敗が目に見えているじゃないか…。

京子「(…しかも、問題なのはそれだけじゃなくって…)」

依子さんと同じように分析している生徒はきっと永水女子の中に沢山いる。
その中で今年も目にもの見せてやると奮起してくれる子が多ければエルダーである依子さんとしてもやりやすいだろう。
だが、そうやって苦境をバネに出来るような子は決して多い訳ではないのだ。
元々、この永水女子はおっとりとした子が多いし、わっきゅんのように憂鬱になっている子は決して少なくはないだろう。
そんな子達を何とかやる気に持っていかなければいけないのだから、依子さんが弱音を口から漏らすのは責められない。


京子「…大丈夫ですよ」

依子「…京子さん?」

京子「確かに相手は卑怯かもしれませんし、場所も相手の方が有利なのかもしれません」

京子「ですが…依子お姉さまには私がいるじゃないですか」ニコ

依子「あ…」

…ただ、そんな依子さんを放っておくつもりは俺にはない。
確かに聞いているだけでも、目の前のイベントが憂鬱になってくるし…具体的に依子さんに何が出来るか俺はまだ見えてこない。
でも、俺にとって彼女は、血の繋がらない唯一の姉と言っても良い存在なんだ。
そんな依子さんがこうして弱音を口にしたのであれば、多少、格好つけてでも支えてあげたいとそう思う。

京子「霞さんは確かに凄い人で…比較対象にすると不安になる弱気になる気持ちは分かります」

京子「でも、霞さんはどれだけ凄くてもたった一人」

京子「依子お姉さまのように誰かとスールの契を交わしたりはしませんでした」

京子「それは…とても大きな違いだと思いませんか?」

京子「少なくとも、私は依子お姉さまが辛い時は何時だってお支えします」

京子「依子お姉さまの為に私に出来る事があれば、何でも手伝います」

京子「だから、そんな風に弱気になったりしないでください」

京子「一人では厳しいかもしれませんが…二人ならきっと霞さんだって超えられるはずですから」ニギ

明星「…」ムスー

…そんな俺の視界の端で明星ちゃんがすっげえええええええ不機嫌そうな顔をしているけれど…。
まぁ、やっぱり、二人でなら霞さんを超えられる発言が気に食わないんだろうなぁ。
ただ、依子さんが先代エルダーである霞さんと比較してどうしても自分の事を卑下してしまっているのは事実だし。
彼女を少しでも勇気づける為にも、ここは霞さんの名前を出す事を許して欲しい。


依子「…京子さん」

京子「二人で…いえ、皆で頑張りましょう?」

依子「…えぇ。そうですわね」ニコ

依子「私らしくない愚痴を聞かせてしまいましたわ。申し訳ありません」

京子「いいえ。謝る事なんてありませんよ」

京子「さっきも言ったでしょう?私が依子お姉さまの事をお支えしますと」

京子「むしろ、そうやって甘えてくれる方が、私は嬉しいですよ」

…その甲斐あってか、何とか依子さんも立ち直ってくれたらしい。
さっきまでは表情も自信なさげなものだったけれど…今は少し照れくさそうに笑っているし。
明星ちゃんが空気読んで黙っててくれた分の効果はあったって事だろう。
とりあえず一安心だけれど、後で明星ちゃんには謝っとかないとな。


依子「…もう。本当に…」

依子「京子さんってば人の心の中に入り込んでくるのが上手なんですから」ギュ

京子「ふふ。例えそうでも…私が入り込みたいと思うほど魅力的な依子お姉さまが悪いのですよ」

依子「まぁ。私の所為にするなんて…イケナイ子ですわね」

依子「そんな子にはご褒美の依子ポイントあげませんわよ?」

京子「……それはちょっと寂しいですね」

依子「ふふ。冗談ですわ」

依子「ちゃぁんと20ポイントほど加算しておきます」クス

20ポイントヤッター。
まぁ、一体、今の依子さんポイントがどれだけたまっているのか俺も知らない訳だけれど。
確か20ポイントで膝枕で、50ポイントで添い寝、80でお泊り会で、100貯めれば依子さんから告白してもらえるんだったっけか。
…流石に告白までは冗談だろうけれど、今ので膝枕確定まで溜まったのは大きいよなぁ。
まぁ、その分、さっきまで依子さんも不安だったって事だろうから素直に喜ぶ気にはなれないのだけれど。

京子「(それに…ご褒美って意味じゃもうしっかり貰ってるしな)」

さっき依子さんの事を励まそうと彼女の手を握った俺に彼女は握り返してくれている。
いや、ただ握り返しているだけじゃなくて、微かに指を絡めてくれているんだよな。
ちょっとイタズラっぽい言葉とは裏腹に甘えるようなそれがとても可愛らしい。
不器用なその甘え方に思わず笑みが浮かんでしまうくらいに。


明星「ゴホン」

京子「あ、えっと…」

明星「…周りには私達もいるのに、ちょっと二人だけ仲良くしすぎじゃないですか?」ジトト

…しまった、そんな事をしている間に明星ちゃんの不機嫌ゲージが溜まっていたらしい。
こうして依子さんと微笑み合う俺にすっげええええジト目を向けてくる。
若干、半眼気味になったその顔は可愛いけれど、妙な迫力があるというか…。
こう下手に刺激してはまずい感が俺の中から浮かび上がってくる。

依子「ごめんなさい。石戸さんも京子さんと仲良くしたいでしょうに…少し独占しすぎてしまいましたわ」

明星「…べ、別に私は京子さんとなんて…」チラッ

京子「…え?」

明星「…何でもないです」ムスー

…何でもないような顔には見えないけどなぁ。
少なくとも、さっきみたいに拗ねているのは確実だと思う。
ただ、その理由までは分からないと言うか…何か察して欲しがった事くらいは伝わってくるのだけれど。
でも、今の流し見のような視線だけで明星ちゃんの言いたいことを正確に理解するのは少しハードルが高いと思う。


春「…そう言いながらお姉さま、京子の手離してない…」

依子「だって、これは京子さんが繋いでくれたものなんですから」

依子「そう簡単に手放せるはずがありませんわ」ニコ

明星「…京子さん?」ジトトト

京子「ふ、不可抗力よ」

そもそもここで依子さんと手を離したら、それこそヘタレじゃないか。
未だ彼女が俺の手と指を絡めてくれているんだから…それを周りの圧力に負けて手放したくはない。
まぁ、明星ちゃんが俺にジト目を送る理由は分かるけど…でも、それで依子さんと気まずくなったら最悪だしさ。
もう校舎も見えてきているんだから、後ほんの数分だけ我慢して欲しい。

依子「まぁ、京子さんが離して欲しいと言うのであれば…私も手を離します」

依子「えぇ。折角の夏休みだったのに一度も京子さんとお出かけしたり出来なかった寂しさも…」

依子「何度も電話したのに出てくれなかった時の不安も…」

依子「さっき私の事を励ましてくれた嬉しさも全部…全部、頑張って忘れますわ」

京子「……もしかして依子お姉さま、結構、根に持ってます…?」

依子「ふふ。後、一ヶ月はこのネタで京子さんに甘えるつもりですわよ」

つまり根に持ってるって事ですよね!!!
まぁ、電話を完全にシカトしてたのは簡単に忘れられる事じゃないだろうし…ネタにされた方が俺も気持ちがマシだけれどさ。
でも、夏休みに遊びに行けなかったのは流石にどうしようもなかったと思うんだ。
俺も忙しかったけれど…依子さんの方も大学受験の準備やらで色々と忙しかった訳だし。
何度か遊びに誘われたけれど、予定が合わなかったのは決して俺だけの所為じゃないと主張したい。


依子「まぁ、冗談はさておき、ご迷惑ではないのであれば、別れるところまでこうして一緒にいたいですわ」

依子「久しぶりに京子さんに会えて、出来るだけ一緒にいたいと思っているのは本当ですもの」ニコ

京子「…依子さん」

…ただ、それでもこんな事言われると断れないよなぁ…。
まぁ、元々、俺に依子さんの手を手放すつもりはなかったけどさ。
でも、こうして俺の手を繋ぎながら、ちょっと恥ずかしそうに笑われると…余計に手放しがたい。
むしろ、そのあまりの可愛さに手だけじゃ我慢出来なくて抱きしめたくなるくらいだ。

京子「大丈夫ですよ。私から依子お姉さまの手を手放すつもりなんてありませんから」

京子「私も依子お姉さまといたいですから、このまま校舎まで一緒に行きましょう」

明星「…もう。本当に京子さんはお姉さまに甘いんですから…」ポソ

ま、まぁ、確かにちょっと甘いかもしれないけどさ。
でも、俺と依子さんは仮にもスールの絆で結ばれている訳だし。
生徒全員の模範でもある依子さんと俺が仲良くしていないっていうのも問題だろう。
あんまり仲良くしすぎるのも逆に問題だけど…今は手を繋いでいるだけだし。
仮にもエルダーとその妹なんだから、これくらい当然だとそう思う。


京子「ま、まぁ、ともかく永誕祭の話に戻りましょう」

依子「あら、私としてはもうちょっと京子さんとイチャイチャしたいのですけれど?」クス

春「…」ジィ

明星「…」ジト

京子「よ、依子お姉さま…」

さ、流石にそれはちょっと針の筵が過ぎると言うか…。
いや、俺としても依子さんとイチャイチャしたい気持ちはあるんですけどね!?
でも、他の皆もいるところでそういう事言われると、さっきから妙に厳しい視線がさらに刺を増すというか…!!
明星ちゃんなんかもう無言で俺に釘を刺すレベルになってきてるから許して欲しい…。

依子「ふふ。そんな可愛い声を出してはいけませんわよ」

依子「そのような声を聞かされると私も我を忘れて京子さんに意地悪したくなりますわ」

京子「…もう既に意地悪されているような気がするのですけれど」

依子「あらあら、まさか私の事をそんな風に思っているだなんて…」

依子「これは私の気持ちをちゃんと理解して貰えるように…もっと愛情表現をしなければいけませんわね」ススス

京子「…」ドキ

く、くそう…完全に依子さんに手球に取られてしまっている…。
こうして俺に身体を寄せてくるその仕草一つにさえもこんなにドキドキさせられてしまうなんて。
…悔しいけれど…依子さんはエルダーに選ばれるだけあって、かなりの美少女だしなぁ。
その胸は若干、物足りないけれど、イタズラっぽく笑いながら近寄ってくるその姿はかなり魅力的だ。


小蒔「あの…お姉さま、あんまり京子ちゃんを困らせてあげないでください」

小蒔「明星ちゃんもです。京子ちゃんは何も悪くないんですから、そんな風に見ちゃいけませんよ」

明星「ひ、姫様…」

そこでさらに厳しくなった俺への視線に、小蒔さんがそっと声をあげた。
おずおずとしたそれは、しかし、ハッキリと俺の周りにいる彼女達を諌める。
普段、ポワポワとしている小蒔さんらしからぬその言葉に、驚きを感じているのは明星ちゃんだけじゃない。
俺自身、小蒔さんが明星ちゃんを諌めてまで俺の事を庇ってくれるなんて思っていなかったんだから。

依子「…まさか小蒔さんにそう言われるとは思ってませんでしたわ」

小蒔「あ、ご、ごめんなさい…」ペコリ

依子「いえ、謝らないでくださいな」

依子「私は決して不快になった訳ではありませんし…」

依子「むしろ、こちらの方こそ悪乗りしてしまって申し訳ないくらいですわ」ペコリ

そこで謝り合う二人の様子を見る限り、根本的な部分で小蒔さんは変わっていないのだと思う。
俺が会った時の穏やかでちょっと天然気味で、そして何より可愛らしい女の子のままだ。
ただ、やっぱり表面的な部分では、色々と変化が生まれつつあるのだろう。
正直、それが良い変化なのか悪い変化なのか、俺にはまだ分からないけれど。


京子「(…一つ確かなのは小蒔さんは未だ俺の事を気に病んでいるって事なんだろうな)」

そうじゃなかったら、きっと彼女はこんな風に周りを諌めたりしない。
最早、睨むの領域に入りつつあった明星ちゃんに疑問をぶつける事はあっても、それを止めたりはしなかっただろう。
だが、小蒔さんは気心の知れた明星ちゃんだけじゃなくて、依子さんのイタズラまでも諌めてくれた。
その源が俺が彼女につけてしまった傷が原因だと思えば、例え良い変化だとしても素直に喜ぶ気にはなれない。

依子「……さて、それでは謝り合うのはここまでにして、少し話を戻しますが」

依子「皆さんも永誕祭の日は気をつけてくださいな」

依子「去年を見る感じ、つつがなく友好的なムードで終わる…と言う事はまずないでしょう」

依子「特に京子さんと十曽さんは我が校の誇る2大エースですから、最悪、実力行使…と言う事も考えられます」

…それを馬鹿げた事…と言えるほど俺はお花畑にはなれなかった。
そもそも全校生徒の模範であるエルダーを決める選挙さえ、家同士の格や力関係が関わってくるのである。
それが学校レベルにまで拡大して勝ち負けを決めるとなれば、最悪のケースがあり得ないとはどうしても言い切れなかった。
特にこうして話を聞いている限り、あっちのエルダーはかなりの問題人物で、なおかつ周りに圧力を掛けられるだけの権力を持っているようだし…。
その指示で永水女子の生徒に嫌がらせをされる事くらいは依子さんも普通に予想しているのだろう。


依子「極力一人にはならず誰かと一緒に行動するのを心掛けてください」

依子「私も出来るだけ京子さんや皆さんといるつもりですが…永誕祭運営の仕事がありますし」

依子「一緒に居る事が出来ない時間と言うのはやっぱりどうしても出てくると思いますから」

京子「えぇ。気をつけますね」

依子「……それと…こんな事を頼むのは心苦しいのですが…」

京子「今の件、他の生徒にも周知して貰えるように、ですね」

依子「…分かりますか?」

京子「えぇ。依子お姉さまの立場が色々と難しい事も」

俺は星誕女子のエルダーがどれだけ問題人物なのか知らない。
だが、生徒会長でもあり、永水女子のエルダーでもある依子さんとしては、警戒しろと不用意に口にする訳にいかないのは分かる。
そんな事をしてしまえば、ただでさえ、去年を知る生徒達の間でうっすら流れる敵対的な感情が表へと吹き出してしまうだろうし。
元々、姉妹校同士の友好を目的とした永誕祭が一気に友好とは無縁のものになってしまう。
それだけならばまだしも、依子さんが生徒達を扇動したと難癖をつけられる事だってあり得るんだ。


依子「出来れば文書などで正式に生徒達に警告出来れば良いのですけれど…」

京子「そんな事をしてしまえば流石に問題でしょうしね」

つまり生徒会長兼エルダーと言う全校生徒の中で最も影響力を持つ依子さんは表立っては動けない。
動いてしまえば相手に付け入られる大きな隙となってしまうのだから。
…ならば、その分は裏エルダーなどと呼ばれて、全校生徒にもそれなりに知られている俺が、いや、俺達が動いてフォローするしかないだろう。
幸いにも、こうして依子さんと一緒に歩いている俺達はそれぞれ学年がバラけている訳で。
それぞれ手分けして動けば、全校生徒にそれとなく警戒させるのもそれほど難しくはないはずだ。

明星「では、一年の方は私に任せて下さい」

春「…二年は私と京子が手分けしてやる」

小蒔「では、三年は私が頑張りますね!」フンス

依子「…皆さん、本当にありがとうございます」

実際、それぞれの担当箇所はあっさりと決まった。
まぁ、三年の担当を申し出た小蒔さんがちょっぴり不安だけれど…しかし、永水女子はそれほど人数の多い学校じゃないし。
体育などで三年のお姉さま達と話す機会は多いから、俺達がフォローする事は出来る。
何より、小蒔さんが折角やる気になっているのに水を差すのも悪いから、ここは小蒔さんに任せておこう。


明星「お礼なんて必要ありませんよ」

明星「正直、去年はあっちの卑怯なやり方に参加者でない事が悔しく思ったくらいですから」

明星「それを晴らす機会がやってきたのですから、こっちから協力させて欲しいくらいですよ」

湧「あち…私も頑張…ります」グッ

そう星誕女子に怒りを露わにする明星ちゃんとは裏腹にわっきゅんの声は大人しいものだった。
普段の明るさが何処に言ったのかと思うほど小さなそれは、きっと目の前の依子さんがいるからだろう。
しかし、それでも明星ちゃんと気持ちは同じなのか、その小さな手にはとても気合が入っていた。
生徒への周知では役に立てない分、当日は頑張ろうと言う気持ちが今の彼女からはとても伝わってくる。

京子「(まぁ、丁度、校舎にもついた訳だし)」

ここから先は下駄箱で履き替えてそれぞれの教室に行く時間だ。
まぁ、今日は登校初日で、一時間もしない内に全校集会があるからすぐに再会出来るのだけれど。
しかし、こうして仲良く話していた皆と離れなきゃいけないというのはやっぱり寂しい。
特に今日は依子さんとしっかり手を握っているのだから尚の事。


依子「…では、名残惜しいですが、ここまで、ですわね」

京子「えぇ。まぁ、すぐに全校集会で会えると思いますけれど」

依子「あら、壇上から見下ろすのと側にいるのとではやっぱり違いますわ」

依子「ましてや、今はこうして京子さんと手を繋いでいるんですもの」

依子「ここまで、とそう約束していたのは分かっていますが、やっぱり離れがたく思いますわね…」

…どうやら依子さんも俺と同じ風に思ってくれていたらしい。
ハッキリと俺に伝えてくれるその言葉は恥ずかしそうなものではあれど、茶化したものは感じなかった。
恐らく本気で俺と手を離す事に抵抗感を覚えてくれているのだろう。
…正直な話、そこまで素直に好意を示された事って滅多にないから気恥ずかしい気持ちはある。
ただ、それ以上に嬉しく思ってしまうのはやっぱり男の性なんだろうな。

依子「ですが、京子さんはお昼からは私に付き合ってくれるとそう言ってくれていましたし…」

依子「今は素直にお別れすると致しますわ」スッ

京子「…はい」スッ

とは言え、何時までもそうやって手を繋いではいられない。
依子さんは全校生徒の模範であるべきエルダーで、そして周りには人の目も沢山あるのだから。
情に流されて何時までも俺と一緒にいては、エルダー失格だと彼女自身が誰よりも強く思うだろう。
だからこそ、ここで俺がするべきは寂しさに負けて依子さんを引き止める事じゃない。
自分の手から力を抜き、手を離そうとする彼女を優しく見送る事だ。


依子「…その代わり、お昼の約束、忘れちゃ嫌ですわよ?」

京子「勿論ですよ。私だって依子お姉さまとお話出来るのを楽しみにしているんですから」

依子「ふふ。その言葉、信じさせてもらいますわ」

依子「では、皆様、ごきげんよう」

小蒔「じゃあ、私もまた後で、です」ニコ

そのまま依子さんはペコリと一礼して三年の下駄箱の方へと歩いて行く。
それにトテトテとついていくのは彼女と同級生の小蒔さんだ。
二人はそのまま一緒に並んで、にこやかに会話しながら俺の視界から消えていく。
依子さんとスールの関係にある俺は勿論の事、小蒔さんも彼女とかなり仲が良いからな。
さっきまで依子さんと話していたのは俺がメインだったし色々と話したい事も残っていたんだろう。

明星「…じゃあ、私達もそろそろ行きましょうか」

湧「ん」

京子「あ、あの…明星ちゃん…?」

しかし、そんな二人とは違って、明星ちゃんの方には幾つかお詫びを入れなきゃいけないところがある。
特に致し方ない事とは言え、依子さんを励ます事に霞さんの名前を出汁に使った事は念入りに謝罪しなければいけないだろう。
明星ちゃんにとって石戸霞と言う姉は世界で一番だとそう断言するほど大事な相手であるのだから。
それを出汁に使われたら良い気がしない事くらい俺にだって分かる。


明星「…別に構いませんよ」

京子「え?」

明星「…さっき姫様が言った通りです」

明星「私には京子さんとお姉さまが仲良くするのを止める権利なんてありませんし…」

明星「…変に嫉妬…い、いえ、気を回した私が空回りしていただけなんですから、京子さんが謝る必要はありません」

明星「むしろ、こっちの方が申し訳ありませんでした」ペコリ

京子「え、えぇっと…」

…あれ?なんで、俺は明星ちゃんに謝られているんだろう?
しかも、彼女が謝罪しているのは空回りしていた事についてらしいんだけれど…。
でも、俺の正体を知る彼女からすれば、仲良くなりすぎて俺の正体がバレないように気を揉むのは当然の事だろうし。
少なくとも、俺が彼女に要らぬ心労を掛けたのは事実なんだから、特に謝られるような事ではないと思うのだよなぁ…。

京子「明星ちゃんの立場からすれば色々と心配だったのは分かるし、明星ちゃんの方こそ謝らなくても良いのよ」

明星「…でも、あんまり嫉妬して嫌われたりしたら嫌ですし…」ポソ

京子「…嫉妬?」

明星「あっ…い、いえ、ち、違います…!」カァァ

明星「し、嫉妬ではなくて…そ、そうSHIT!です!!え、英語の方の!!!」

京子「そ、そうなの…」

……何時から明星ちゃんはルー○柴的なキャラになったんだろうか。
流石にそれは苦しいと思うんだけれど…でも、こうして明星ちゃんが誤魔化そうとしている訳だし。
ここはとりあえずスルーして、彼女が嫉妬した理由は後で考えるとしよう。
どうしてかは分からないけれど、明星ちゃんが嫉妬してモヤモヤしていたのは事実みたいだからな。
俺が再犯しないように状況分析はしっかりとしておいた方が良い。


明星「…と、ともかく、私はもう行きますから!!」

明星「ごきげんよう!!!」ダッ

湧「キョンキョン、春さあ、またね」フリフリ

京子「えぇ。また後で」

……そのまま明星ちゃんの方は赤くなって去っていったけれど…まぁ、ここはわっきゅんに任せておいた方が良いよな。
ここで俺が彼女のことを追いかけても状況が悪化する未来しか見えないし。
わっきゅんと明星ちゃんは唯一無二の親友と言っても良いくらいに仲が良いのだから、彼女のことはわっきゅんに任せよう。
それよりも今は… ――

春「…じゃあ、私達も行こう?」

京子「そうね。そうしましょうか」

まだ最初のHRが始まるまでそれなりに時間があるとは言え、ここでダラダラしていても意味はないしな。
特に俺は携帯を失ってしまって、友人たちの連絡先すら分からない状態なんだ。
先生が来るよりも先にその辺りの説明と、そして連絡をくれた子達にお詫びをしなきゃいけない。
それを考えるとゆっくりはしていられず、俺は春と一緒に下駄箱で靴を履き替えて。




―― そして一ヶ月ぶりとなる永水女子の校舎の中へ足を踏み入れたのだった。




ってところで今日は終わりです(´・ω・`)短くてごめんなさい
新学期って事でオリキャラの依子が出張ってますが、体育祭が終わればもう出番は殆どないはずなので許してください…

そしてクリスマススレに関してですが、あの後のエンディングなどを書くつもりはありません
あくまでもボツネタを次の息抜きに流用したいって言うだけなので、あの続きを書いたりはしないと思います
誤解させるような事を言ってしまって申し訳ありません(´・ω・`)

支援~~~

https://i.imgur.com/NyZ4EtG.jpg

>>94
また支援絵…しかも今度はカラーで来た…だと…!?
あまりの驚きにたった今帰ってきた疲れとか全部吹っ飛びました…!!
ありがとうございますありがとうございます

何というかもう京ちゃんのイケメンっぷりがヤバい
これは原作の女顔京ちゃんじゃなくて、神代家に色々と翻弄された後、覚醒した後のキョンキョンですわ(確信)
個人的には露出した腕や胸板の辺りから感じる色気が危ないレベルに到達してると思います
こんな身体に抱きしめられたら、どんな女の子も即メス堕ちしそう
後、書いてくれた人のこだわりを感じるなぁって思ったところは京ちゃん状態でもハッキリと分かる腕の細さや腰のくびれですね
女装しなきゃいけないが故に引き絞られた京ちゃんの身体が良く表現してあるなーと思いました

それに対して京子ちゃんモードはもうなんつーか、これ絶対悪女だ…!
顔立ちそのものはあまり変わってないのに、表情や肌の色から色気がムンムンしてますし
巫女服姿も相まって、狐が擬人化して男を誑かしてる最中だって言われても信じられるレベルですね…
美少女と言うよりも美女オーラが出まくってますし、ヘタすれば上級生にさえお姉さま呼ばわりされてそうな気さえします
個人的に一番、良いなと思ったのは胸元をそっと隠すような手ですね
穏やかそうでちょっとイタズラっぽい表情と相まって、「おさわりは禁止です」って言われてるような気がしてもうグヘヘヘ^q^

最後になりましたが、右下のわっきゅんは反則だと思いますwwwwww
こんなに色気がある二人が並んでるのに真っ先に目がいったのわっきゅんでした
しかも、原作で一コマしか出てきてない上、こんなにデフォルメされてるのに一目でわっきゅんだって分かるのは凄いなぁと
京ちゃんに対して無邪気に好意を示しているんで、ひたすらナデナデしてあげたい可愛さに溢れてますね

そしてお陰様でテンションがバク上げになったので、もし見たい小ネタとかあったらリクエストしてくださいな
絶対とは言いませんが極力、希望に添えるように頑張ります(´・ω・`)

>>96
うっはーご感想ありがとうございますー!
いろんなとこまで見てくれて嬉しいです

リクエスト…って程でもないですが、このSSのわっきゅんが大好きなんでいつも通り可愛く書いてくれたらそれだけで充分です!

そういや依子ってどんな外見してんだろ。
お嬢様的なのと胸が残念らしいことはわかってんだが。

>>98
そこまでうちのわっきゅんを気に入っていただき本当に嬉しいです
そして可愛いわっきゅん、了解です
今、頑張って本編書いていますが、それ以上に気合を入れて頑張っていこうと思います

>>99
あくまでも本編には直接関わりのないサブキャラなんでそこまで詳しく設定してはいませんが
外見のイメージで一番近いのは透華です
ただ、髪の毛はセミロング程度になってストレートに
癖っ毛やアホ毛はなくなって、顔つきも穏やかになっています
お嬢様と言うよりもお嬢さんになった透華と言えば、イメージしやすいかもしれません
胸のサイズはBからCに掛けてで決してない訳じゃないですが物足りない感じ
実はフェンシングが得意なので、身体は大分、引き絞られていてくびれのラインなんかは独特の色気を感じるレベルです
ただ、足回りはちょっと太めで、本人もコンプレックスに思っており、毎日、体操してシェイプアップしようとしていますが中々、上手くはいっていません
また趣味は寝る前に文学作品を読む事で、ついつい夜更かししそうになる事もままあるようです
そんな生活をずっと続けているので、実はあんまり視力は良くなく、勉強する時はメガネを掛けています
得意教科は語学系で、理系はあまり得意とは言えませんが、それでも学年一桁程度の学力があります
ただ、そんな学力を持ってしても昔飛びつかれて怖い思いをした犬だけはどうしても苦手です
小型犬などは大丈夫ですが、大型犬などを見ると今でも身体が緊張してしまいます
女の子らしく甘いものは好きですが、エルダーになる為に努力してきた彼女は寄り道の経験もあまりありません
なので、友人と一緒にクレープなどを食べると言う事に、微かな憧れを持っています
逆に辛いものは苦手で、今でもカレーは甘口でなければ食べる事が出来ません
家事全般は花嫁修業として人並みに出来ますが、去年エルダーを務めた霞が完璧すぎた故にまだ足りないとそう思っているようです
また顔も知らない許嫁がいますが、本人は特に結婚するつもりはなく、大学で好きな勉強を思いっきりしたいと思っています
しかし、最近は夢であったエルダーに選ばれ、京子と言うパートナーが出来た為、刻一刻と近づく卒業の時期にノスタルジックな感情を抱く事もあるようです
最近の悩みは、ここ最近、京子と擬似恋愛のようなイチャイチャをするのが楽しくて楽しくて仕方が無くて、ついついやり過ぎてしまう事
京子に嫌われたくないと言う事と、あまりの居心地の良さに実は自分は自覚がなかっただけで同性愛者だったのかと悩んでいるようです


※尚、これらの設定が本編中に出る事はまずありません

まぁ、好感度としては
京子が男だとバレてしまったら一ヶ月ほどギクシャクした後、何とか仲直りするもののそれまでと同じようには出来なくてついつい意識しちゃう程度にはあります
ただ、逆に言えばその程度なので、まだ本気で京子の事が好きと言う訳ではありません
なので、私としては別に今回の依子はそこまで依存してたり、病ませてたつもりはないんですが…そんな風に見えてたんでしょうか…?(´・ω・`)あるぇ


明星「はぁ…胸を大きくしたい?」

湧「…ぅん」カァァ

うららかな休日の昼下がり。
縁側でのんびりしていた明星は親友の言葉に思わず聞き返してしまう。
瞬間、顔を赤くしてモジモジと身体を揺らす親友の姿は同性から見ても可愛らしい。
頭の後ろで小さく結んだ髪がゆらゆらと揺れる姿はそのまま抱きしめたいくらいだった。

明星「…まぁ、理由は聞かなくても分かるけど」

湧「…わ、分かっちゃう?」

明星「どう考えても京太郎さん絡みでしょ」

湧「はぅ」マッカ

そう呆れたように明星が言うのは、湧が口にした悩みが今までの彼女からすれば無縁なものだったからだ。
方言を気にする湧は一見、人見知りで大人しく見えるが、その実、とても元気で明るい性格をしている。
特に武道家である両親の事はとても尊敬しており、二人と共に鍛錬する時間をとても楽しみにしていた。
そんな湧が恋愛に興味など持つ訳もなく、今まで殆ど化粧すらした事がなかったのである。


明星「(…それが京太郎さんが来てから随分と変わっちゃって)」

まず湧が覚えたのは今まで殆ど気にしていなかった指先や髪のケアだった。
その次は服で、三番目が化粧。
それで終わりかと思いきや、今度は胸の悩みまでこうして口にするようになったのである。
京太郎と出会ってから、あっという間に女の子に目覚めていくような親友の姿が、明星には若干、眩しく思えた。

明星「まぁ…そう言われても、正直、私だって特に何かしている訳じゃないわよ」

明星「食べてるものだって湧ちゃんと同じだしね」

明星「多少の運動はバストアップにも良いって聞くけど…そっちは湧ちゃんの方がよっぽどやっているだろうし」

湧「うぅ…」

勿論、出来れば明星もそんな親友の力になってあげたい。
しかし、現実、明星には自分の胸を育てた覚えなどまったくないのだ。
ごく普通に生活しているだけで自然と大きくなったのだからアドバイスなど出来たりしない。
寧ろ、食べているものもほぼおなじ、運動量は湧の方が上となれば、考えられる事は一つだけしかなくて。


湧「…やっぱい遺伝…?」

明星「じゃないかしら?」

湧「だよね…」

石戸家は霞を含めてバストサイズが大きめの女性が多い。
それに対して十曽家は、代々、あまり胸が大きくならない事で有名だった。
実際、湧の母親も微かに胸の膨らみがある程度で、谷間すら作る事が出来ない。
そんな母親のサイズを小学生の頃から上回っていた明星の言葉に湧はそっと肩を落とした。

明星「あ、で、でも、気落ちする事はないんじゃない?」

明星「ほら、男の人に揉んでもらうと胸も大きくなるって言うし…」

湧「…じちゃ毎日してもろてるんじゃっどん、ひとっも、ふとーならなくて…」

明星「そ、そうなの…」

…出来ればそういう話は聞きたくなかったかしら。
明星の内心に浮かんだその言葉は、湧の言葉が性事情に直結するモノだったからだ。
無論、二人が既に付き合っている事くらいは知っているが、やはり毎日、そういう事をしていると聞かされると恥ずかしい。
ついつい二人が睦み合っているところを想像して頬が熱を持ってしまう。


湧「こんままじゃあちきキョンキョンにえそ尽かされちゃう…」

明星「正直、それはないと思うけど…」

京太郎と湧は年がら年中発情期のようにイチャイチャし続けている。
時に近づく事さえ躊躇うほどのそのイチャイチャっぷりは、二人の気持ちが未だ激しく燃えている証拠だと明星は思う。
しかし、恋する乙女となってから盲目になってしまった湧にはそれが見えない。
愛する恋人と一緒にいる時はさておき、こうして彼と離れていると妙な不安を覚えてしまう。

湧「だって、キョンキョン、今も皆んおっぱい見ちょるし…」

明星「ま、まぁ…そうだけれど…」

それは京太郎自身、胸の大きな女性が好みだったという事も無関係ではない。
事実、彼は出会ってからずっと明星や霞達の胸を目で追い続けていたのだから。
時折、面と向かって注意されるその目の動きは、湧と恋人同士になっても収まる気配がなかった。
それが元々、少ない湧の女性としての自信をゴリゴリと削り、こうして不安にさせている。


明星「(…まったく、しっかりしてよね)」

無論、明星や湧も、それが男性として致し方ない事くらいは理解している。
だからこそ、明星はそれをあまり注意したりしないし、湧も目に見えて嫉妬を表したりはしなかった。
だが、そうやって頭でどうにか出来る部分はさておき、どうしても根っこの部分では色々と考えてしまう。
特に明星にとって京太郎は親友を女にした最初の恋人なのだから、もっとしっかりして欲しい強く感じた。

湧「じゃっどん、あちきのおっぱいふてーなれば、キョンキョンもあちきの事見てくれるようになるはずだし…」

明星「…」ナデナデ

湧「ど、どげんしたの?」

明星「ううん。何となく、ね」

そんな明星と違って、湧は京太郎の事をまったく責めようとはしていない。
寧ろ、悪いのは胸の小さい自分だとそう思い込み、湧は自分の胸のサイズを改善しようとしている。
そうなればきっと京太郎も自分を見てくれるのだと健気にそう漏らす親友に明星の手は勝手に動き出した。
その頭をナデナデと優しく撫でるそれに明星は不思議そうな顔をしながらも抵抗しない。
それどころか少し嬉しそうに頬を染める湧のその姿に明星は内心、京太郎への苛立ちを強めた。


湧「そいで…何か方法ある?」

明星「うーん…何かと言われても…」

明星「あ、そうだ。そう言えば、友達が最近、胸を大きくする機械を買ったって言ってたような…」

湧「そやげんにゃあ!?」ガバッ

明星「う、うん。本当よ」

思いっきり食いついた湧の勢いに若干、引きながらも明星は小さく頷いた。
元々、明星は記憶力の良い子で、他人との会話はまず忘れない。
ましてや、それは胸を大きくする機械という普段、聞き慣れないフレーズが混じったものだったのだ。
興味がなかったので商品名までは聞いていないが、そういうものがあるのは確実だと明星は自信を持って応える事が出来る。
ただし ――

湧「あいがと!さしつけ調べてくるね!!」ダッ

明星「あ、湧ちゃん!?」

その効果には個人差があるらしい。
とても重要なそのフレーズを明星が口にする前に湧の身体は駆け出していた。
まるで短距離走を走り切るようなその加速に流石の明星は追いつけない。
待ちきれないのだと身体全体でアピールするように視界の端から去っていった親友に明星は一つため息を吐いて。

明星「(…とりあえずこの責任は京太郎さんに取ってもらおう)」

全ての責任を原因である京太郎にぶん投げる事を心に決めたのだった。


………

……



湧「ふんふんふんふーん♪」

数日後、湧が両手で抱えるのは中サイズのダンボールだった。
その表面に吸引器と書かれたそれを彼女はスキップしそうな様子で運んでいく。
勿論、それはダンボールの中に入っているのが、湧待望のバストアップマシーンだからだ。

湧「(こいであちきのおっぱいもふてーなるはず…!)」

少なくとも湧が見たネット上の広告は劇的と言って良いほどの差があった。
一ヶ月でバストサイズが10cmは増えるそれがあれば、揉む胸すらない状態からは脱出出来る。
いや、もしかしたら愛する京太郎に胸を使った奉仕までしてあげられるかもしれないのだ。
その時、京太郎がどれほど喜んでくれるかと考えてくれるだけで、湧の顔はクニャリと崩れ、だらしない笑みを浮かべてしまう。


小蒔「あれ、湧ちゃん?」

小蒔「どうしたんですか、その荷物」

湧「あ、姫さあ」

そこで湧と出会ったのはこの屋敷の主である神代小蒔であった。
しかし、主と言っても、彼女はとても気さくで、本来なら分家の湧達にも分け隔てなく接してくれている。
ただ、その胸のサイズに天と地ほどの差があった事を湧はずっと気にしていたが、今はあまり気にならない。
自分ももうすぐ小蒔と同じサイズになれるのだと彼女は心からそう信じていたのだ。

湧「えへへ、今はひみっです♪」

小蒔「えー…そう言われるとすっごく気になっちゃうんですけれど…」プルン

湧「効果が出たらいっかせっあげますねっ」ニコー

小蒔「はい。それじゃあその時を楽しみに待ってます」

故に箱を覗き込んだ時に微かに揺れた小蒔の胸にも彼女は嫉妬を覚えたりしない。
今までは自分にもそんな胸があったら、何度も胸の中に浮かんできた羨望は完全になくなっている。
寧ろ、今の彼女はもうすぐその揺れを自分も手に入れられるのだと内心、喜びを強めていた。
だからこそ、満面の笑みを浮かべながら、彼女は自分の部屋へと急いで。


湧「よいしょっと…」

そのまま自室でダンボールを開いた湧は真剣な眼差しで説明書を読み始める。
無論、普段の彼女はフィーリングを大事にする方で、あまり説明書を真剣に読んだりしない。
しかし、目の前の機械には自分と京太郎の夢が詰まっているのだ。
もし万が一間違えて使用し、効果が出ないなんて事になってはいけない。
そう思う湧は何度も何度も説明書を読み続け、細心の注意を払いながら、機械を組み上げていく。

湧「ん。出来たっ」

湧の前に出来上がったのは人用の搾乳機のようなものだった。
胸に貼り付けるカップの先にホースが繋がり、電源を入れた瞬間からグイグイと引っ張る構造になっている。
特殊な軟膏との相乗効果により、胸の乳腺を刺激して胸の成長を促すと説明されていたそれに湧はもう我慢出来ない。
一刻も早く試してみたいと着ていた巫女服を肌蹴させる。


湧「…」ペターン

湧「…………はぁ」

瞬間、湧の目に映るのはまったく何の起伏もない身体だった。
僅かな胸の膨らみすらないそれは貧乳を超えてナイチチと呼ばれるレベルである。
あまりにも女性として貧相なその身体に、湧は思わずため息を漏らしてしまった。

湧「(じゃっどん…こげなごてとはきゅでおさらばだもん)」

見ているだけで悲しくなってくる自身の身体に湧はそう言い聞かせる。
彼女にとって目の前の機械はその悲しさを取り払ってくれる救世主なのだから。
無論、彼女が見ていた広告が完全に嘘であり、吸引しても何の効果もないだなどと欠片も考えてはいない。
昔からある詐欺の手口に引っかかってしまったなど今の湧は露ほども思ってはいなかったのだ。


湧「ん…っ♪」

だからこそ、湧は躊躇いなく自身の胸に軟膏を広げ始める。
瞬間、冷たい軟膏の感覚に小さく声が漏れてしまったが、それもすぐさま消えていった。
代わりに湧の胸に広がっていくのは、ジンジンとした熱。
何処か疼きにも似たそれに何度か声を漏らしながらも、湧は胸全体に広げ終わって。

湧「(よし。そいじゃあ…)」

京太郎「おーい、わっきゅんー」

湧「あ、はーい………あ゛っ」

瞬間、聞こえてきた恋人の声に湧は反射的に答えてしまう。
しかし、今の彼女は到底、京太郎に見せられるような姿ではない。
巫女服の前を肌蹴させ、その小さな乳首までぷっくりと膨れ上がらせているのだから。
ともすれば痴女のように思われかねないその格好を、湧は京太郎に見せたくはなかった。


京太郎「部屋にいるのか?」

湧「ち、ちちちちちっと待って!!」

京太郎「??? おう」

必死な恋人のその声に、湧の部屋のすぐ前まで来た京太郎は小さく首を傾げた。
何度もお互いの部屋に出入りしているのに、今更、隠すようなものなどあるのだろうか。
内心、そう思いながらも、京太郎はここで踏み込むほど空気の読めない男ではない。
恋人が待ってと言っているのだから極力待とうと襖の前で足を止めて。

湧「…き、キョンキョン?」スス

京太郎「もう大丈夫か?」

湧「う、うん。待たせてこらいやったらもし」

京太郎「いや、急に来たのは俺の方だし、気にしてねぇよ」

数分ほど後に部屋の襖を開いた湧は巫女服をしっかりと着直していた。
軟膏を拭き取る暇がなかったので胸のあたりに巫女服が張り付いて不快感を覚えるが、今はそれを気にしている暇はない。
彼女にとって京太郎はただの恋人であるだけではなく、女性としての魅力に乏しい自分を恋人にしてくれた恩人でもあるのだから。
初めての恋人と言う事もあって、何においても、彼の事を優先したがる湧にとって、ほんの数分待たせただけでも申し訳なく思うには十分過ぎた。



京太郎「それより、ちょっと話があるんだ」

京太郎「折角だし、部屋に入っても良いか?」

湧「うん。どうぞ」

そんな京太郎が部屋に入りたいと言っているのを拒む理由はない。
そもそも両親との鍛錬が趣味である湧にとって、私物はあまり必要ないものなのだから。
最近は色々とオシャレを覚えて物も増えてきたが、それらは綺麗に整理整頓されている。
何時、京太郎が部屋に来ても大丈夫なように湧はちゃんとそれらを片付けるようにしているのだ。

京太郎「お邪魔しま…あー…」

湧「??」

だからこそ、そこで京太郎が何とも言えない声を漏らした理由が湧には分からなかった。
朝からずっと鍛錬をしており、ついさっき部屋に帰ってきたばかりの湧の部屋は何時もと同じのはずなのだから。
昨日も寝る前にしっかりと指や髪をケアした後、片付けをしたし、そんな風に京太郎が声をあげる理由などないはず。
そう思って首を傾げた湧は数秒後、さっきまで自分が持っていたダンボールの事を思い出した。


湧「(し、しもた…!機械の方は片付けたけど、ダンボールは忘れちょった…!!)」

それは湧にとって不覚と言っても良いものだった。
日頃から整理整頓をキッチリしているのは、ちゃんと片付けが出来る女の子だと京太郎にそう思って欲しかったからである。
しかし、突然の来訪に気持ちが焦ってしまった所為で、ダンボールの事をすっかり忘れていたのだ。
結果、部屋の中で開きっぱなしになっているダンボールに一体、京太郎が何を思うかを湧は考えたくすらない。

湧「(…きっとほんのこちゃ整理整頓でけんダメなおなごじゃったんだって思われちょっ…)」

京太郎「えーっと…」

湧「うぅぅ…」

そんな湧の心境を京太郎は正確に察した訳ではない。
しかし、今の彼女が穴を掘って埋まりたいくらいに後悔しているのは縮こまる姿から簡単に想像がついた。
何処か申し訳なく思っているのすら感じるその姿に、京太郎はフォローの言葉を必死で探す。
だが、混乱しているのは京太郎の方もまた同じであり、中々、良い言葉が見つからなかった。





京太郎「…その、ごめんな」

湧「え?」

だからこそ、京太郎はフォローの方を諦める。
代わりに彼が口にしたのは、湧の事を探していた本題の方だ。
しかし、湧にはそうやって彼が謝る理由がまったく分からない。
そもそも京太郎はスケベではあるが、恋人として自分の事を心から愛してくれている事を湧は身体と心の両方で感じているのだから。
謝るのは自分の方であり、彼にはまったく非がないと彼女はそう思っていた。

京太郎「俺の所為で、こんなもの買わせちゃったんだろ?」

湧「い、いや、キョンキョンの所為じゃ…」

京太郎「じゃあ、どうしてこんな豊胸グッズなんて買ったんだ?」

湧「それは…」

そこで湧が口ごもるのは、その大元が、京太郎に自分の事を見て欲しいと言う感情だからだ。
勿論、京太郎は毎日、湧に愛を囁き、また彼女も愛の言葉を返すが、それでも嫉妬や不安と言った感情はなくならない。
それはある種、恋する乙女としては当然の感情なのだが、これまで恋をした事がない湧にはそれを理解してはいなかった。
結果、ふつふつと湧き上がるそれを京太郎への不信感だと取られたくて彼女は黙りこんでしまう。

流石に眠いので寝ます(´・ω・`)この支援絵とは実際無関係な小ネタは明日には終わる予定です


京太郎「まぁ…そうじゃないならそうじゃないで良いんだけどさ」

京太郎「でも、その上で言わせて貰えれば、こんなもの本当は必要ないんだよ」

湧「え…?」

そんな湧を京太郎は問い詰めたりはしない。
彼女が一体、何を考えてこのバストアップマシーンを購入したかは今は問題ではないのだから。
それよりも大事なのは今、京太郎が何を考えているかという事。
自分の為に頑張ってバストアップしようとしてくれている恋人に何を言うかだった。

京太郎「確かに俺の好きな女の子のタイプはおっぱいの大きな子だけどさ」

京太郎「でも、俺の好きな女の子は今のわっきゅんなんだから」ナデナデ

湧「~~~っ♥」カァァ

その言葉は京太郎にとって本心だった。
確かに彼も男であり、理想の女性像と言うのは胸の内に存在する。
しかし、それは決して譲れないような絶対的なものではないのだ。
そうであるに越した事はないが、それ以外の女性に心奪われない訳じゃない。
事実、京太郎が好きになったのは巨乳の明星や小蒔ではなく、貧乳を超えてナイチチ呼ばわりされてもおかしくはない湧だった。


京太郎「なのに、明星ちゃんとかにデレデレしちゃって…不安にさせてたからこんなものまで買わせちゃったんだよな」

京太郎「ごめんな。これからはそういう事がないようにするから」

湧「き、キョンキョン…♥」

その言葉は決して簡単な口約束ではなかった。
明星から自分の恋人が悩んでいる事を告げられてから、京太郎も心から猛省したのである。
おっぱいに対する情熱は簡単には捨てられないが、しかし、献身的で可愛らしい恋人は離れがたいものなのだ。
彼女に嫌われるとそう思っただけで軽く目眩を覚える京太郎にとって、どっちが大事かなど考えるまでもない。

湧「ほ、ほんのこて良かの…?」

無論、京太郎の言葉は湧にとって飛び上がりたくなるくらい嬉しいものだった。
事実、今の彼女の胸は初めて京太郎の事を意識した時のようにドキドキキュンキュンと激しく鳴り続けている。
また一つ自分が京太郎の事を好きになったのだと自覚するときめきに、しかし、湧は素直に身を委ねられなかった。
自他共に認めるおっぱいスキーの恋人に我慢させてしまうとなれば、どうしても二の足を踏んでしまう。


京太郎「おう。良か良か」

京太郎「俺にとっておっぱいよりもわっきゅんの方がずっとずっと大事なんだからさ」ギュゥ

湧「ふあぁ…♪」

だが、そんな湧に京太郎は一切、容赦しなかった。
彼女に向かって一歩踏み込んだ京太郎は恋人の小さな身体をギュッと抱き寄せる。
有無を言わさず胸の中に閉じ込めようとするそれに湧は抗えない。
今の彼女に出来る事と言えば、身体全体から伝わってくる京太郎の熱と愛しさに、その口から甘い声を漏らすだけだ。

湧「キョンキョン…っ♥大好き…っ♥」スリスリ

京太郎「あぁ。俺もわっきゅんの事、愛してる」ギュゥ

湧「はぁ…ぁ♪」ブル

そのまま小型犬のように身体をすり寄せる湧に、京太郎の身体はさらに力を込めていく。
湧を取り込むように丸まったその身体に、彼女は胸の鼓動がその色を変えつつあるのを悟った。
さっきまでの嬉しさと愛しさがごちゃまぜになったものではなく、情欲混じりのドキドキ。
このまま京太郎と愛の営みを始められる事を心の何処かで期待してしまう淫らな自分に湧は小さく身体を震わせた。


京太郎「ま、とりあえずわっきゅん監修の元、エロ本でも捨てるところから始めようと思ってるんだけど」

湧「ん…♪」ギュゥ

京太郎「…なんかちょっとスイッチ入っちゃった?」

湧「し、知たんもん…♪」

しかし、それをそのまま口にするのはいくらなんでも恥ずかしい。
既に湧は何度も京太郎と身体を重ねているとは言え、元々、恥ずかしがり屋なのだ。
素直に好意を伝えられても、自身の欲情は伝えられない。
あまりはしたなくなりすぎてしまえば京太郎に嫌われてしまうのではないかと思って、ついつい素直ではない言葉を口にしてしまう。

京太郎「ホント、わっきゅんは素直でエロい子だよな」

湧「…キョンキョンがそうしたんだよ?」

京太郎「分かってる。ちゃんと責任取るって」チュ

湧「んへぇ…♪」

少しだけ唇を尖らせる湧の額に京太郎は優しく口付けを落とした。
恋人同士がするものではなく、親から子にするような暖かなそれに湧は顔をトロリと蕩けさせる。
まるで今が幸せで幸せで仕方が無いと言う緩んだその笑みはとても無防備だ。
家族や親友相手にも決して見せない、恋人である京太郎にだけ見せるそれに彼自身も我慢出来なくなる。


京太郎「…で、俺はわっきゅんを超えるエロい奴な訳でさ」

京太郎「折角だし、そこの吸引器使いながらエッチなんてどうだ?」

湧「え、えぇぇ…流石にそや変態過ぎるとおも…」

突然の京太郎の提案に、湧は恥ずかしげな声をあげる。
既に口での奉仕に抵抗がなくなりつつあるとは言え、まだ湧は初心者なのだ。
そんな風に器具を使った睦み合いなどやった事はないし、どうしても抵抗感を感じてしまう。
実際、始まれば本能に流されてそんな事まったく気になってしまうのだが、まだ今の彼女の中では理性の方が強いのだ。

京太郎「ダメか?」

湧「…じゃっどん、キョンキョンがしたいならやっみっ」

京太郎「理解のある恋人がいて、俺は幸せだよ」ナデナデ

湧「んー…♪」

しかし、それでもそうやって聞かれるとついつい京太郎の要求を鵜呑みにしてしまう。
無論、本気で嫌なら彼女も譲歩したりしないが、本当は湧自身も興味があったのだ。
日々、性欲抜群の恋人に開発されている幼い身体は心にも影響を与え始めているのである。
抵抗感を感じる以上に惹かれてしまう淫らなその成長は、しかし、恋人に適合した結果。
そう思うと恥ずかしい以上に誇らしく、京太郎の愛撫を受けながら、心地よさそうな声を漏らしてしまう。


京太郎「さて、それじゃあ…」

湧「…脱がして欲しな♪」

京太郎「お安い御用ですよ、お姫様」

お互いの合意を得られた以上、二人を止めるものは何もない。
恥ずかし気にリクエストをする湧の瞳にさえも少なくない期待と欲情が浮かび上がっていた。
それは京太郎の手で一枚一枚、服を脱がされていく間にも強くなり、ゆっくりと口から吐息が漏れ始める。
情欲混じりの熱っぽいそれはまるで感染するように京太郎にも移って。

―― そして露出した恋人の胸が怪しげな軟膏によって艶を放っているところを見た瞬間、京太郎は完全に本能に負け、湧の身体を貪り始めるのだった。


Qやっぱりエロオチかよ!!!

Aハロウィン世界線と同じだから仕方ないだろ!!!!



まぁ、セクロス済みの恋人が貧乳気にしてバストアップマシーンとか買っちゃったら、私じゃなくてもこんなオチしかつけられないような気がします
後、湧ちゃんって穏乃と同じく一端、性欲に目覚めた後がヤバそうですし(偏見)
それに私の中での湧ちゃんって結構、恋人限定で押しに弱くなっちゃう子なんで、つい何でも言うこと聞いちゃうというか
一度、ダメ男に引っかかっちゃうと人生全部ぶっ壊れちゃいそうなイメージがあります(´・ω・`)あくまでもこのスレでの設定ですが



後、少し遅レスになりますが依子の設定はあくまでもスレで使いそうな分にしか設定してないので…(´・ω・`)ただ、プロットほぼ完成して、この辺、まるっとボツになりました
お風呂入った時は何処から洗うとか、動物は何が好きとか、オナニーの頻度や何処が弱いかとかそういうのまで設定してたら詳しくって言っても良いと思います

乙でーす。
揉んでるだけじゃ逆にダイエット効果で胸が痩せちゃうから、京ちゃんもツボを刺激するような揉み方を覚えないとね。


京太郎「聞いてくれ、わっきゅん!」バーン

湧「きゃう!?」ビックリ

湧「び、びっくいしたぁ…。いきなり部屋の扉開けんでよ」

京太郎「悪い。でも、俺達の今後に関わるとても大事な話なんだ!!」

湧「こ、今後に関わるでしな話…」ゴクッ

湧「(はっ…そ、そいちかった…プロポーズ!?)」

湧「(そげな…早すぎっよ。あちきたっまだ学生じゃって)」

湧「(じゃっどん、キョンキョンがプロポーズしてくるっならあちきだって…)」

湧「(うん、あちきだってキョンキョンの事、運命の人だっておもてるし…)」

湧「(プロポーズしてくるっならわぜうれしけれど…)」

京太郎「あぁ…わっきゅん。落ち着いて聞いてくれ…」

湧「う、うん…」ドキドキ

京太郎「実は…ただ揉んでるだけじゃダイエット効果で胸が痩せてしまうらしいんだよ!!!!」

湧「…え?」


京太郎「それどころか運動しすぎも胸が大きくなるのには良くないらしいんだ!!」

湧「そ、そいなん…?」

湧「(プロポーズじゃねんだ…)」

湧「(ちっと…いや、じょじょい残念…かな)」フゥ

京太郎「だから、すまない…!わっきゅんの胸が大きくならなかったのはきっと俺の揉み方がダメだったんだ!!」

湧「いや、キョンキョンの所為じゃねよ」

湧「そいにキョンキョンが今のあちきでも愛してくるっってゆたから、もうあんまい気にしちょっ訳じゃ…」モジモジ

京太郎「ありがとう!」ガシッ

湧「きゃぅっ♪」ダキシメラレ

京太郎「…だけど、俺はやっぱり自分のミスは自分で償うべきだと思うんだ」

湧「…つまい?」

京太郎「今回はちゃんとツボを押す揉み方覚えてきたんで、揉ませて下さい」キリッ

湧「……キョンキョン?」ムニー

京太郎「い、いひゃいいひゃい。い、いにゃ、マジれ」

京太郎「しゅけべナシで真剣に言ってりゅよ」

湧「…むぅぅぅ」プクー


湧「…………まぁ、キョンキョンがしたいってゆなら、断るじゆはないけれど」パッ

湧「一応、もう何回もやってもろてるし…あんまい抵抗感もないし…」

湧「(…でも、プロポーズかとともたて、胸を揉ませてってゆのは…やっぱいとぜんねかなぁ)」

湧「(ていうかキョンキョン、ひとっも、ふてー胸の事諦めてないし…)」

湧「(…やっぱいすっぺ、エッチな本うっすいんじゃねじ…一部はのこせっあぐっべきじゃったのかも…?)」

湧「(でも…頭では分かっていてもちっと納得でけんあちきがいて…)」ムムム

京太郎「ありがとう、わっきゅん!!」

京太郎「俺、わっきゅんの為にも全力で揉むよ!!」キラキラ

湧「(…まぁ、やる気になってるみたいだし良っか)」

湧「そいじゃ、あちき、どげんすれば良い?」

京太郎「とりあえず立ってるままじゃ辛いだろうし、布団敷いて横になってくれ」

京太郎「その上から俺がマッサージするって形で」

湧「うん。わかった」


京太郎「さて、準備も出来たし、そろそろ行くぞ」

湧「う、うん…」ドキドキ

京太郎「…あの、そんな赤い顔しないで欲しいんだけど」

湧「だ、だ、だって…こん体勢ドキドキしちゃうよ」

湧「いっもエッチしちょっのとおんなし体勢だもん…」カァァ

京太郎「う…た、確かに同じだけどさ」

京太郎「でも、今回はそういうのなしでやるから」

京太郎「これはあくまでもトレーニングであって…今の俺に不埒な感情はまったくないんだ」

湧「…恋人ん胸ふてーしたかって言うのは?」

京太郎「男として当然の感情です」キリリ

湧「そ、そいなんだ…」

京太郎「だから、まぁ…あんまりそういう顔しないでくれると嬉しいかな」

京太郎「そんな可愛いわっきゅん見ると、俺も我慢出来なくなるし」

湧「はわぁ…」カァァ

京太郎「だから、そういうのがダメなんだって」

京太郎「…そんな顔を見せてるとマッサージの前に襲っちまうぞ?」


湧「だ、ダメだよ…まだおひいまえだもん…」

湧「流石にわっぜかげんね…」

京太郎「分かってる。流石に俺も昼前に盛るほどサルにはなりたくないしな」

京太郎「だから、お互い我慢。オーケー?」

湧「…うん。オッケー」

京太郎「よし。じゃあ…行くぞ」フニ

湧「ふあ…♪」

京太郎「…わっきゅん?」

湧「だ、だって…キョンキョンの手、きもっ良くて…」

湧「いっもあちきの事、いっぺ、イかせてくるっキョンキョンが触れてくれたってだけで…ごてが勝手に…」カァァ

京太郎「一体、どれだけ敏感になってるんだよ…」フニ

湧「き、キョンキョンがじょし過ぎる所為…んあぁっ♪」ピクン

京太郎「…わっきゅんで童貞卒業した男が上手な訳ないだろ」

京太郎「つーか…これ無理だから、ちょっと服の端噛んでてくれ」

京太郎「俺の理性が絶対保たない」

湧「ぅ、うん。わかった…」カミ

京太郎「よし。じゃあ改めて行くぞ」フニ

湧「ぅ…ん♪」


京太郎「」フニフニ

湧「ふ…うぅ…♪」

京太郎「」フニフニ

湧「ふあ…ぁ…♪」モゾ

京太郎「」フニフニ

湧「あふぁ……♪」ピクン

京太郎「」フニフニ

湧「くぅ…っ♪」ビビクン

京太郎「…」ピタ

湧「ふぅ…ふぅぅぅっ♪」

京太郎「」フニフニ

湧「んぅっ♪」ピン

京太郎「」フニフニ

湧「ふぁ♪ふぁぁ…っ♪」ブルブル

京太郎「」フニフニ

湧「んっくぅ♪きゅ…うぅぅぅぅうぅううっ♪」アシピーン


湧「ふぁぁ…♪んぁぁ…♪」トローン

湧「(…わっぜか…きもっ良かったぁ…ぁ♪)」

湧「(ツボを押す為のやり方なんに…何時もよりもきもっ良くて…♪)」

湧「(あ、あちき…も、もう一回…お、おっぱいでイっちゃってぇ…♥)」

湧「(こ、こげなマッサージ…絶対…ダメぇ…♪)」

湧「(癖に…癖に…なっちょ…♪)」

湧「(ただでさえ…キョンキョンにいっぺ、エッチな事教えてもろたあちきのごてがぁ…♪)」

湧「(もっともっと…エッチくなってぇ…♪)」

湧「(キョンキョンなしじゃ生きられんごてにされちゃうう…ぅ♥)」ハァハァ

湧「(じゃっどん…これはマッサージじゃっで…耐えんと…♪)」

湧「(少なくともキョンキョンはあちきん為にエッチな事我慢してくれてる訳だし…♥)」

湧「(せめてマッサージが終わるまでは…我慢…ぅ♪)」

湧「(あちきもまたイくん我慢したい…のに…ぃいっ♪♪)」

湧「ふきゅぅううっ♪♪」ビクンビクン


~五分後~

湧「はぁー…ふあぁぁ…♪」クテー

京太郎「えーっと…大丈夫か?」

湧「ひとっも、だいじょっじゃね…ぇ♪」

京太郎「…まぁ、六回はイッてたもんな」

湧「…」フルフル

京太郎「え?じゃあ、何回?」

湧「…」スッ

京太郎「八回だったかー…」

京太郎「まぁ、そんだけイったらクタクタになるのも当然だな」

京太郎「とりあえずマッサージは終わったし、とりあえず休憩を…」

湧「…」ガシ

京太郎「あ、あの…わっきゅん?」


湧「キョンキョン…せっね…せっねよぉ…♥」

湧「あちきずばっ、イきすぎて…もうダメなの…ぉ♪」

湧「ごてがキョンキョンの事欲しがってる…っ♪」

湧「おっぱいじゃねじ…ちんの部屋までキョンキョンに揉んでほすなったのぉ♥」

湧「じゃっで…お願い、キョンキョン」

湧「あちきとエッチ…ぃ♪エッチしてぇ♥」

湧「いっもみたいにグチョグチョドロドロになるよなアクメセックスしてぇ♪」トロォ

京太郎「…ッ」ゴクッ

京太郎「い、いや、でも、ほら、まだ昼前だし落ち着いて…」

湧「やだぁっ♪おちつくなんて無理ぃ♥」

湧「ほら…見てキョンキョンっ♪」クパァ

湧「あちきもぉこんなにトロトロになっちょっよぉ…♪」

湧「キョンキョン欲し過ぎて、ヒクヒクしちょぉアソコ見せるくらい発情してるぅぅ…♥」ゾクゾク

湧「じゃっで…無理ぃっ♪我慢なんてでけんもんぅっ♥」

湧「今すぐキョンキョンのオチンポ欲しくて欲しくて…♪」

湧「あちきもぉダメになっちょるぅぅっ♪♪」

京太郎「…わ、わっきゅん!」ガバッ

湧「ひゃうぅん♪」

湧「そ、そぉっ♪それが良いのぉ…っ♥」

湧「いっもみたか犯してぇ…♪」

湧「あちきの小さなアソコをキョンキョンのオチンポでグリグリして…あひぃいいぃいいっ♪♪♪」


~二時間後~

湧「は…あぁ…♪」ピクン

湧「ふあ…あ…ふおぉ…ぉお♥」ハァハァ

京太郎「えーと…とりあえず落ち着いたか?」

湧「んぁぁ…♪♪」トローン

京太郎「(…うん。まだ帰って来れないみたいだな)」

京太郎「(まぁ…流石に二時間ぶっ通しで抜かずに連戦はアレだったか…)」

京太郎「(わっきゅんの身体は小さいし、こっちでコントールしなきゃって毎回思ってるんだけどなぁ…)」

京太郎「(でも実際始まる度にその辺トんじゃって…こうしてアヘ顔晒して気絶するわっきゅん見る度に思い出して…)」

湧「ん…うぅぅ…♥」モゾ

京太郎「お、起きたか?」

湧「く…うぅ…ん…♪」コク

京太郎「そっか。良かった」

京太郎「とりあえずそのまままで休憩しようぜ」

京太郎「まだ身体も敏感で辛いだろうしさ」ギュゥ

湧「~~~っ♥♥」


湧「…はぁうぅん♪」スリスリ

京太郎「落ち着いたか?」

湧「うん。あいがと…♥」

湧「…じゃっどん、今日もキョンキョンのエッチ激しすぐっよ…ぉ♪」

京太郎「ごめんな。毎回…その」

湧「あ、あちきは良かよ♥」

湧「その…あちきもエッチなのは嫌いじゃねし…♪」

湧「それにあちきに思いっきり欲望ぶつけてくれるキョンキョンは好きじゃっで…♥」ニコ

京太郎「(…天使だ。天使がここにいる)」ナデナデ

湧「あふぅ…♥」フニャァ

湧「……あ、じゃっどん…」

京太郎「ん?」

湧「…あちきの胸ふてーするんなら、カロリー消費するエッチは禁物じゃ…」

京太郎「あっ…………」


京太郎「(し、しまった…!そこまで考えてなかった…!!)」

京太郎「(くそ…!って事は俺は選ばなきゃいけないのか…!!)」

京太郎「(わっきゅんの胸が大きくなるのか…わっきゅんとのセックスか…!!)」

京太郎「(ぐ…世界はなんて残酷な選択を俺に強いるんだ…!!)」

京太郎「(だが、これが運命ならば…俺は…!!)」

湧「…キョンキョン?」キョトン

京太郎「…わっきゅん、当分、エッチは我慢しよう」

湧「えっ!?」ビックリ

京太郎「勿論…俺もわっきゅんとエッチはしたい…!」

京太郎「正直、今もわっきゅんと密着してビンビンになってる!!」

湧「そ、そげな事言わんでも分かっちょるよぉっ♥」カァァ

京太郎「でも…ここで欲望に流されちゃ何時までたってもわっきゅんの悩みは根本的な部分で解決しないままなんだ…!」

湧「…キョンキョン」

京太郎「だから…俺はわっきゅんとのエッチを封印する!!」

京太郎「少なくともわっきゅんの豊胸に効果が現れるまでは…禁欲だ!!!」グググッ


湧「あ、あの、キョンキョン…?」

湧「気持ちはわっぜか嬉しいけど…じゃっどん…」

京太郎「大丈夫。俺の事は心配しなくて良い」サワヤカ

京太郎「俺は確かにスケベだが、恋人の為に自制心は持てる男だ」

京太郎「幾ら禁欲生活を続けても、絶対に他の女の子と浮気しないって約束する!!」キラキラ

湧「う、うん。あちきもそいは気になっちょったじゃっで…で、でも…」

京太郎「その分、代わりに一日二回さっきのマッサージな!!」

湧「に、二回も…!?」

京太郎「あぁ。朝と夜と分けてやった方が効果が高いらしい」

湧「じゃ、じゃっどん…あ、あちき、毎日二回もされてお預けなんて…」モジモジ

京太郎「よーし…!やるぞー!!」スクッ

京太郎「わっきゅんの豊胸作戦開始だ!!!」オー

湧「あうぅぅぅぅ」マッカ



―― 3日後、焦らされすぎて我慢できなくなった湧に襲われる事などこの時の京太郎は知るよしもなかった。


>>131を見て電波が突然やってきたからね、仕方ないね
尚、ここはKENZENなスレなので続きを書く予定はありません
と言うかこれもう一ヶ月後のゆうたんイェイ~前倒しで良いんじゃないかな…?

後、確かに依子のその辺りの設定は重要ですね…!!!
と言う訳で軽く考えて見ましたが、やっぱり依子はエルダーなんであんまりオナニーしたりはしないと思います
多分、週一くらいのペースなんじゃないでしょうか
ただし、一回のオナニーはかなり激しくて、声とか色々な汁が漏れてしまうと思います
だから、両親がいない時間などを見計らって、ベッドにバスタオルとか敷きながらやってるんじゃないでしょうか
で、羞恥心が強いので多分、仰向けじゃなくてうつ伏せでオナニーするタイプ
もし突然の乱入者が来た時に誤魔化せるよう布団をかぶりながら、まずはブラを外してマッサージを
気分が盛り上がってきたらゆっくりと乳輪の方へと移動して谷間を作ったりするんじゃないでしょうか
そうして吐息が荒くなってきた辺りでもう乳首がビンビンになってるので、ゆっくりと指で弄り始める
最初は指で摘む程度だったのが段々、強くなっていき、ベッドに押し付けたり、しごいたりすると思います
その辺りになってきたらもうアソコが濡れ剏めるので、胸は左手にまかせて、右手を秘所の方へ
とは言え、いきなり直接触れるのは怖く、閉じた大陰唇の上からスリスリと刺激する程度になるでしょう
その間に溜まった快楽で大陰唇から愛液が染み出すようになったら、もう我慢出来ません
快楽で小さく割れた陰唇の中に指を入れ、ピンク色の粘膜をいじり始めます
特にお気に入りなのは人並みよりも大きな淫核
小指の先くらいのサイズに育ったそれに愛液を塗りたくるようにしてクリクリを弄ります
その度に噛み締めたシーツの間から「ふー♪ふーっ♪」と声が出ますが、ここまで来るとエルダーもメスと変わりありません
頭の中にはイクことしかなくなり、クリトリスの皮を剥いてしまいます
瞬間、頭の中まで届くビリビリとした快感に身体が跳ねますが、依子の手は止まりません
まるで意識とは別のモノに支配されているように露出したクリトリスを摘み、イジリ始めます
自身の愛液でドロドロになったクリトリスは弄る度に奥からあふれた愛液が内股を滴り落ちていきます
それを拭うように腰をベッドに押し付け始めたら、もうフィニッシュは目前です
床オナする男のように身体を揺らし、ベッドをきしませながらクリと乳首をこすりつけます
発情したオス犬も裸足で逃げ出すようなその激しい動きは一分もした頃には全身の硬直と共に終わるでしょう
足をピーンと伸ばし、両手で性感帯を摘む依子はシーツを思いっきり噛み締めながら絶頂へと至るのです
その後、ベッドにくたりと落ちた身体は十分後、倦怠感を纏わせながら片付けに入り、また何事もなかったかのように『家鷹依子』に戻ります


あ、後、明日には本編投下出来れば良いなって思ってます
ダメだったら社畜ってるんだと思って下さい

リクエストした者です!
わっきゅんありがとうございます!わっきゅんカワイイです!わっきゅんエロいです!!ありがとうございます!!
わっきゅんエロいです!!

ほんとありがとうございました
まさかここまでのクオリティのもの書いていただけるとは思ってなかったです
いつも以上のイチャラブド甘展開ほんと美味しくいただきました。
もちろん本編の方も楽しみにしてるんでこれからも無理せず頑張ってください!応援してます!

寧ろ、こっちこそエロネタばっかりで申し訳ないです
貧乳の女の子ってなるとやっぱり豊胸ネタだろと条件反射的に書いたけど今から思い返すと他にもネタは思いついたりしたというか…(´・ω・`)
エロ苦手な人もいるでしょうし、もうちょっとライトなネタでいくべきだったと後悔していました
なので、少しでも気に入って頂けたのであれば、本当に幸いです

で、でも、上の小ネタは支援絵とはまったく関係ないわ!!
リクエストとか別にされてないし、>>152の為に書いた訳じゃないんだから!!
か、勝手に勘違いしないでよね!!!///////

姉さん!明日って今さ!!!!(今から投下しますの意)


………

……






―― 星誕女子の外観は永水女子とかなり似通っていた。

確か、今でこそ別の団体が経営しているけれど、元々、星誕女子と永水女子の経営者は同じだったらしいからな。
多分、創設者が永水女子の設計者と懇意で、星誕女子の設計にも似た雰囲気を求めたのだろう。
少なくとも、こうして駐車場から見た校舎の景色は、殆ど永水女子と変わりがなかった。

祭「んー…ここが星誕女子かー」

舞「思ったよりもずっと長い旅でしたわね」

明佳「そうですね。あんまり疲れてはいませんけれど…」

星誕女子まで俺達を運んでくれたバスはかなり快適なものだった。
座席同士の距離も適度にあり、狭さはまったく感じない。
フットレストやリクライニング機能は座席の柔らかさとの相乗効果を発揮し、俺達の身体に疲労をあまり溜め込ませなかった。
その上、車内にはトイレまで用意されているのだから、このバスを一日借り切るだけで一体、どれだけの費用が掛かっている事か。
少なくとも、俺は今まで学校行事でこんなに良いバスに乗った記憶なんてなかった。


京子「まぁ、まだあくまでも移動してきただけだものね」

京子「本番はこれからなんだから、気を引き締めていかないと」

しかし、そんなバスによる快適な旅ももう終わり。
俺達は既に星誕女子の駐車場へと降り立っているんだ。
周りを見れば、同じようなバスから一年の子や三年のお姉さま方も降りているし…。
そろそろ星誕女子との挨拶をしに行かなければいけない。

明佳「…穏便に終われば良いんですけれど」

祭「まー…私もそう思いたいけど、まず無理じゃないかな」

舞「…そうですわね。少なくとも、去年からエルダーは変わっていないそうですし…」

明佳「…ですよね」フゥ

…まぁ、明佳ちゃんはあんまり人と競ったりするのが好きなタイプではないからなぁ。
どちらかと言えば、穏やかで引っ込み思案なところがあるから、やっぱり色々と憂鬱なのだろう。
新学期が始まってからこれまでの間、体育祭に関して沢山の人と話をしてきたけれど…その中には信じられないようなエピソードもあったしな。
流石にいくらか話は盛られているとは思うけれど、こうして彼女がため息を漏らすくらいに酷かったのは確実だろう。


祭「あんまり不安にならなくても大丈夫だって」

祭「いざって時は京子ちゃんが護ってくれるでしょ」チラ

京子「えぇ。皆が変な事されないよう極力、側にいるつもりよ」

明佳「京子さん…」ジィン

勿論、そんな明佳ちゃんの事を放っておくつもりはない。
そもそも俺は今日まで体育祭の時には気をつけろとそう周りに声を掛けてきた側の人間だからな。
そんな俺の友人が害されるなんて間抜けも良いところだ。
こうして彼女が不安がっている事もあるし、今日は出来るだけ明佳ちゃんと一緒に行動した方が良いのかもしれない。

舞「…ちなみに春さん、今の点数は?」

春「…20点」

京子「き、厳しいわね」

春「…やっぱり皆とひとくくりで扱われるのは大幅な減点対象…」

春「女の子としては自分だけを見て欲しいし…」

春「それに側にいるじゃなくて護ると断言してあげるべきだったと思う…」

祭「つまり…?」

春「…口説き文句としては下の下。赤点確実で補修が必要なレベル」

べ、別に口説いてた訳じゃないんだけどなぁ。
しかし、さっきのセリフにそこまでひどい点数がつけられるとちょっと考えるところもあるというか…。
あくまでも冗談めかしているとは言っても、女の子の忌憚ない意見である事に間違いはない訳だし。
女の子を口説く機会が来た時に参考にさせてもらうとしよう。
…………まぁ、こうして女装して女子校に混ざっている今、そんな機会が来るとは正直、思えないけれども。


春「…でも、私は京子が口説いてくれてるってだけで100点をあげちゃう」テレ

舞「おぉっと、これは熱い手のひら返しだー!」

祭「京子さんの贈賄疑惑が生まれるレベルですわね」クス

京子「…なんだか私のまったく関与していないところで風評被害が生まれたのを見た気がするわ」

…と言うか、冗談でもそういう事言うなよな。
ちょっと照れくさそうにしながらそんな事言われたら、幾ら俺でもドキっとしてしまうだろうが。
元々、俺にとって春はとても好みな女の子なんだし、ついつい口説き文句が口から漏れてしまいそうになる。
まぁ、流石に今は人目があるし…ましてや冗談だから本気で口説いたりはしないけれども。

明佳「わ、私は賄賂とかなくても、相手が京子さんってだけで100点つけちゃいます…よ?」ジィ

京子「…ありがとう、明佳ちゃん」

京子「私にとって貴女が一番の癒やしだわ」ナデナデ

明佳「えへぇ…♪」デレ

俺の周りには隙あらば、こっちを弄ってこようとする連中がうじゃうじゃいるからなぁ…。
そんな連中のように人をからかったりしない彼女の存在は俺にとって一種の清涼剤だ。
少なくとも、こうして下からこっちを伺ってくる彼女の言葉に嘘は一片たりとも混ざっていないだろうし。
何ら構える事なく、その言葉を素直に受け止める事が出来る。


祭「あーぁ…明佳っちってば、京子に撫でられてるだけでメスの顔しちゃってさ」

明佳「し、してません!失礼な事言わないで下さい!!」

明佳「そ、そもそも私と京子さんは同性なんですから、そういうんじゃないんです!!!」

舞「あら、そういうのって何ですの?」ニヤ

明佳「あ…うぅ…」カァァァ

…ただ、それはあくまでも俺にとっては、の話なんだよなぁ。
祭ちゃんは誰に対してもフレンドリーである分、こうして結構、弄ってくるタイプだし。
舞ちゃんの方は外面は完璧だが、身内には結構、鬼畜なネタ振りをする傾向にある。
結果、その二人と一年の時からトリオを組んでいた明佳ちゃんは完全にいじられキャラが定着してしまっていた。
…まぁ、こうして自分から墓穴を掘ってしまうところも無関係ではないのだろうけれど。

春「…明佳ちゃんはむっつりスケベ」

明佳「うぅぅ…京子さぁんっ」ダキッ

祭「あら、奥様。あの子ってば自分の立場が悪くなった途端、京子に抱きつきましたわよ」

舞「アレは間違いなく計算出来る女の行動ですわね」

春「…きっと私達もこの流れにする為に利用されていたはず…」

明佳「ち、違いますよ。絶対、違いますからね!!」

京子「大丈夫よ。ちゃんと分かってるから」ナデナデ

俺と明佳ちゃんの付き合いはそう長い訳でも深い訳でもない。
きっと俺の知らない彼女というのは数えきれないほどいるんだろう。
それでも、こうして俺の胸の中で弁明する彼女にそんな計算が出来るとは思えない。
…つーか、そんな風に計算出来るならもっとスマートに俺へと甘える方法があっただろうしな。
普段から弄られまくっている彼女のことを思えば、ここで全てが計算だったという祭ちゃん達の冗談を信じる気には到底、なれない。


京子「皆もそろそろ止めにしておかないと明佳ちゃんが本気で拗ねちゃうわよ?」

明佳「…と言うかもう拗ねてます」ムスー

舞「でも、少しは役得だって思ってるんでしょう?」

明佳「そ、それは…まぁ…って、な、何を言わせるんですか!?」カァァ

……うん、思ったよりも明佳ちゃんってちゃっかり者なのかもな。
舞ちゃんの言葉にうっかり乗せられたとは言え、まさかそんな言葉が出てくるなんて。
春を除いたクラスメイトの中でも特に好意的に思ってくれているのは分かってたけど…正直、ここまでとは思っていなかった。
だからと言って幻滅したりはしないけど…そんな風に思われてたって知ってしまうとちょっと恥ずかしくなってきたというか…。

依子「皆さん、そろそろクラスごとに整列して集まって下さい」

依子「これから星誕女子の皆様に挨拶に向かいますわ」

流石、依子さん…!
丁度、良いタイミングで皆に声掛けしてくれるなんて…!!
まぁ、エルダーであり生徒会長でもある彼女は生徒全員を見る必要があるし、俺の様子に気づいてたって訳でもないんだろうけれど。
しかし、ちょっと照れくさいこの気持ちを一掃するにはかなり良いキッカケになる。


明佳「……」ギュゥ

春「…京子と抱きつけなくなって寂しい?」

明佳「そ、そんな事ないですよ」

明佳「ほ、ほら!こんな風にすぐ離れられますもん!!」パッ

明佳「………………」チラ

…ホント、明佳ちゃんは嘘が吐けない子だな。
そんな風にチラチラ見てたら、寂しいって思ってるって言ってるようなもんじゃないか。
まぁ、ただ寂しいってだけじゃなくて不安な気持ちも大きいんだろうけれどさ。
今から俺達が挨拶しに行く星誕女子は、決して友好的な人たちではない訳だし。
実際、去年、競技中に突き飛ばされた彼女からすれば、極力、安心できる人の側にいたいとそう思うのが普通だろう。

京子「…恥ずかしいからまた後で二人っきりの時にね」

明佳「あ…」マッカ

今はクラスごとの整列とかがあるから側にはいられないけれどな。
ただ、今日はほぼ明佳ちゃん達と一緒に行動する事になるんだ。
彼女と二人っきりになる機会はまた訪れるだろうし、そういう時に彼女の希望を叶えてあげれば良い。
まぁ、正直、女の子に抱きつかれるのはちょっと恥ずかしいけれど…でも、明佳ちゃんの不安はどうにかしてあげたい気持ちの方が強いし。
俺自身、美少女に抱きついて貰えるって役得もあるんだから、ここは口約束を交わしておくのが良いだろう。


祭「…あぁいう事さらっと言うから卑怯だよねー」

舞「たまにわざとやっていると思う時がありますわ…」

春「…私も良くされるから分かるけど…アレは100%天然」

まるで俺が明佳ちゃんの事を口説いているようじゃないか。
……い、いや、まぁ、確かに思い返すと口説いてるみたいな事言っているけれど…。
で、でも、人前で抱きつかれるのは恥ずかしいってだけで、何も人に見られたら困るような事するつもりはないし。
同性同士でハグするくらいなら普通だよな、うん。
…………まぁ、実際、俺は男で明佳ちゃんとは異性になるんだけれど、それはさておき。

京子「そ、それよりも早く整列しないと皆の迷惑になっちゃうわ」

祭「…誤魔化したね」

舞「…誤魔化しましたわね」

春「…誤魔化した」

仕方ないだろおおおお!!!
このまま同じ話題を続けていたら、俺の立場がどんどんと悪くなる一方なんだし!!
ここは所謂、戦略的撤退を行うのが最善だと誰でも判断する場面だ。
一応、あんまりダラダラしてると依子さんを始め、他の皆にも迷惑を掛けるという大義名分もあるし、許して欲しい。


舞「まぁ、でも、京子さんが言う事も一理ありますしね」

祭「だね。あんまりノンビリしてあっちに永水女子は纏まりがないって思われるのも癪な話だし」

春「…大丈夫。私達、京子親衛隊は鉄の絆で結ばれてるから」

明佳「……私、さっきその鉄の絆で結ばれてる人たちに悪女扱いされてたんですけど」

春「…皆の共有財産である京子に抱きついてたからしょうがない」

明佳「そう言う割には春さんも結構、抱きついたりしてるじゃないですか」

春「私は親衛隊長だから特別…」グッ

明佳「お、横暴です。職権乱用も良いところですよ!」

明佳「副隊長としてはそのような職権乱用を認める訳にはいきません!!」

いつの間にか俺が皆の共有財産になってたでござるの巻。
まぁ、美少女達に共有されるっていうのは正直、悪い気分じゃないけどさ。
ただ、鉄の絆で結ばれているはずの親衛隊に早くも不穏な空気が漂い始めているんですが。
…というか明佳ちゃん、知らない間に親衛隊の副隊長やってたんだな…初めて知った。


明佳「私は京子さんを独占しようとする春さんに辞任を要求…」

祭「はい。皆、待ってるからそろそろ行くよー」ガシ

明佳「あぁっ!き、京子さん!!」ズルズル

京子「え、えぇっと…また後でね」

舞「はい。また後で」ニコ

…どうやら親衛隊分裂の危機は祭ちゃんの強引な介入によって去ったらしい。
まぁ、俺としては親衛隊そのものがどうなろうと構わないんだけれど…でも、その構成員は俺の友人たちな訳で。
冗談めかしたものであったとしても、喧嘩するような事にならなくてちょっと安心した。
ホント、今回に関しては祭ちゃんに感謝しないとな。

春「…愛は必ず勝つ」ドヤァ

京子「もう。またそんな風に巫山戯てたら、明佳ちゃんにリコールされるわよ」

春「…大丈夫。そもそも親衛隊に辞任やリコールなんて制度はないから」

京子「私の知らないところで親衛隊が独裁めいたものになっているんだけれど…」

まぁ、何はともあれ、今は整列が先だな。
永水女子はお嬢様校だけあって、もう大部分の二年生が整列をし終えているし。
バスの影になって他の学年は見えないが、恐らくそっちも同じだろう。
こうして春と馬鹿な話を続けるのは楽しいけれど、周りの足並みを乱す訳にはいかないよな。


依子「皆様、整列ありがとうございます」

依子「では、これから星誕女子の皆様に挨拶しに向かいますわ」

依子「荷物を抱えて少し疲れているとは思いますが、今しばし我慢してくださいませ」

そうして整列した俺達の前に生徒会のメンバーが出てくる。
その中で俺達に声を掛けてくれるのは勿論、生徒会長兼エルダーの依子さんだ。
まさしく俺達の代表と言っても良い彼女に率いられながら、俺達は星誕女子の中を歩いて行く。
流石にパレードのように一糸乱れぬ行軍…と言う訳ではないが、その歩みはそれなりに揃っていて。
小声で話したりするような子さえ、俺達の中にはいなかった。

京子「(…やっぱり色々と対抗心を燃やしているんだろうな)」

星誕女子が生まれた時から永水女子との姉妹校の関係は続いている。
…けれど、今の俺達は姉妹校に向かう生徒と言うよりも敵地へと向かう軍人のような緊張感が漂っていた。
それは多分、今年の永誕祭が無事で終わる訳がないと皆が予想しているからだけじゃない。
あんな卑怯な真似をする連中に淑女として負けたくはないという気持ちが俺達の中で広がっているのを感じる。


「永水女子の皆様、ごきげんよう」

「あまりにも遅いので、何かトラブルでもあったと心配しておりましたわ」

「まさか栄えある永水女子の皆様が談笑して時間に遅れるだなんて事ありませんものねぇ?」

…そんな俺達の前に現れたのは永水女子とよく似た制服を着た一人の女生徒だった。
長い黒髪に泣きぼくろを備えたその姿は、紛れも無く美少女とそう呼べるものだった。
ただ、その顔立ちはかなりキツく、目線にも人を見下したようなものがアリアリと浮かんでいる。
……自己紹介なんて必要ないよな。
遠路はるばるやってきた俺達に開口一番、嫌味をぶつけるこの人こそ… ――

「あぁ。そうそう。自己紹介がまだでしたわね」

「私は星誕女子生徒会会長兼エルダーの月極輝夜と申しますわ」ニコ

―― 日本の駐車場の七割を所有する月極(げっきょく)グループの一人娘…!!

焼け野原となり、土地の所有権すら有耶無耶となった戦後の日本。
その中で非合法な手段で土地を占領しようとした一つのグループがあった。
それは復興が進む中で会社となり、手に入れた土地で様々な商売を始めたのである。
その中でも戦後復興の中で大量に必要となった車を預かる駐車場業務が大成功し、その創業者は駐車場王として教科書に名前を残していた。


輝夜「大体の方がお察しだとは思いますが、私はあの月極グループ会長の孫娘ですわ」

輝夜「つまり私に逆らうと言う事は…分かっていますわね?」

その影響力は今も根強く残っている。
急激に増えたコインパーキングに押されているものの、やはり今でも駐車場業界において月極グループは一強状態なのだから。
下手に彼女に逆らえば、その背後にいる月極グループの不興を買って、駐車場を貸して貰えなくなるかもしれない。
無論、個人程度であれば問題はないが…お嬢様校の永水女子や星誕女子には会社の経営者も多いんだ。
社用車を置く場所がなくなったとなれば、その負担はかなり大きいだろう。

京子「(…嫌なやり口だな)」

……恐らくこの人はこうして他人に圧力を掛ける事で周りを仕切ってきたのだろう。
こうして俺達に釘を刺すような言葉には一切の躊躇いがなかった。
いっそ清々しいまでに親の七光りに頼るその姿勢は、しかし、まったく好感を呼んだりはしない。
むしろ、その美しさからはかけ離れた内面の醜さに、反吐が出そうになる。


依子「…月極さん」

輝夜「あら、どうかしましたの、家鷹さん」

輝夜「あぁ、そうそう。どうかしたかで思い出しましたが、今年の全国模試、風邪でも引いていたのですか?」

輝夜「私は34位でしたけれど…確か家鷹さんは全国102位でしたわね」

輝夜「あんなに簡単な問題だったのに三桁だなんて…永水女子のエルダーとしてはあり得ない成績でしょう?」

輝夜「貴女の成績を知ってから、私ずっと心配しておりましたのよ?」

…しかし、この人はその醜さとは裏腹に優秀な人ではあるらしい。
全国の高校生の中で102位の依子さんも十分すごいが、彼女はさらに上を行っているんだから。
ただ、それを凄いと欠片も思えないのは、その優秀さを他人を小馬鹿にする事にしか使っていないからだろう。
正直、どれだけ優秀であろうともこんな風に人を見下すような人と仲良くなりたいとは到底、思えない。

依子「ご心配ありがとうございます」

依子「ですが、私はこうして支えてくれる皆様のお陰で元気でやっていますから大丈夫ですわ」ペコ

輝夜「…ふん」

しかし、そんな人に対しても依子さんは卒なく対応してみせる。
やっぱりこういうところは流石、エルダーに選ばれるだけはあるって感じだよなぁ。
俺なんかは正直、嫌味を返したくなるけれど…こうして依子さんはそれをグっと堪えてあくまでも友好的に接している。
一見、それはヘタレているように見えるものの、しかし、こっちを挑発してきた彼女にはとても面白くないものだったんだろう。
小さく息を漏らすその姿は、目に見えるほどの肩透かし感を漂わせていた。


依子「それよりもあまり我が校の生徒を萎縮させるような事を言わないで下さいませ」

依子「私達の中には新入生も居て、月極さんの優しさを理解出来る子は少ないのですから」

依子「あんな言葉遣いでは脅されているとそう思う子が出てくるかもしれません」

輝夜「…それは申し訳ありませんでしたわ」

輝夜「えぇ。この炎天下の中、ずっと待ちぼうけを食らって少し気が立っていましたの」

輝夜「許して下さいまし」

…許してください、なんて態度じゃないけどな。
頭一つ下げる様子もなければ、相変わらず人の事を小馬鹿にした目をし続けているし。
そもそも…待ちぼうけを喰らっていたと言っても、彼女の額には汗一つすら浮かんでいない訳で。
この人の性格上、本当に炎天下の中、待ちわびていたのならばこれみよがしに汗を浮かべていただろうし、到底、待っていたとは思えない。

輝夜「それより皆様が荷物を置く場所に案内しなければいけませんわね」

輝夜「どうぞこちらへ」

依子「…えぇ。では、皆様、行きましょう」

…正直な事を言えば、あんまり行きたくはない。
酷い酷いとは聞いていたが…まさか星誕女子のエルダーがここまで酷いとは思ってなかったからな。
淑女とは対極の位置にいるこの人が率いる学校と友好など不可能だと今の時点でさえ思う。
…しかし、学校同士のイベントともなれば、幾らエルダーである依子さんでも拒否権はない訳だし…ここはついていくしかない。


輝夜「こちらになりますわ」

依子「ここは…」

輝夜「えぇ。見ての通り、物置ですの」

依子「……」

……ただ、ここまで徹底して嫌がらせをしてこられると流石に回れ右して帰りたくなるよな。
いや、まぁ…俺達の目の前にあるのは物置代わりに使っている空き教室だって言うのは良いんだ。
ただ、そこにはまだ机や椅子といった中身が丸ごと詰まったままになっていて。
しかも、ろくに掃除していないのか、扉近くの位置でさえもホコリが舞っているのが分かる。

輝夜「あら、ちょっとホコリっぽいですわね」

輝夜「一応、事前に掃除をするように言っていたのですけれど…どうやら手を抜いた子がいるみたいですわ」

輝夜「その子に関しては後でこちらから叱っておきますから、今回のところはこれで我慢して貰えません?」

依子「……他の教室を使わせて貰うと言う選択肢はないのですか?」

輝夜「他の教室は教室で、今日の体育祭の為に使用しておりますから」

輝夜「荷物を置いて着替えが終わったら、すぐに開会式を始めなければ時間的にも間に合いませんし」

輝夜「永水女子の皆様にはここを使ってもらうしかありませんわね」クス

…ここまであからさまだといっそ笑いたくなってくるレベルだな。
そもそも今回の不手際は掃除をしなかったあっちにあるのに、まったくこっちに対して譲歩しようとしないんだから。
普通なら他の教室にある荷物をどかしてでも、こっちの荷物を置くスペースを作るべきだろう。
にも関わらず、こうして俺達にここを使わせようとするって事は、最初から嫌がらせ目的で掃除をしなかったのだとしか考えられない。


依子「…今回の件は星誕女子側の不手際として学校側に報告させて貰いますわ」

輝夜「えぇ。どうぞご勝手に」

輝夜「幾ら抗議したところで生徒一人が処分されるだけでしょうけれど」

つまりスケープゴートの準備は出来てるって事か。
どうやら、相手の性格は最悪に近いが…こういうやり方に関しては一枚上手らしい。
正直、色々と言いたい事はあるが、ここで何を言っても無駄な事くらい俺にだって分かる。
嫌がらせが目的だろうと彼女に言ったところで、ノラリクラリと躱されるだけなのは目に見えているし。
下手をすれば言いがかりをつけているとこっちの方が糾弾される可能性だってある。
こっちを迎え入れる準備を怠った相手に非があるのは確かだが、ここで何をしてもその主犯であろう彼女には何のダメージもない。

輝夜「では、また後ほど準備が出来たらお会いしましょう」

輝夜「ごきげんよう。永水女子の皆様」

依子「…えぇ。ごきげんよう。月極さん」グッ

……ただ、やっぱり依子さんとしては辛いよな。
彼女は勝ち誇ったように去っていく月極さんとは違って、生徒達からの信任を得てエルダーになった人だから。
星誕女子の嫌がらせにに対してろくに反撃できなかったときっと彼女は自分の事を責めている。
…そうでなければ彼女の手がギュっと握り締められたまま、小さく震えたりはしない。


依子「…それでは」

京子「まずは掃除からですね」

依子「え…?」

そんな依子さんの言葉を遮ったのは、決して考えなしの事じゃない。
きっと誰よりも悔しく思っている彼女の心を何とか立ち直らせてあげたいと言うのがまず一つあったし。
あの他人を見下す事しか知らないような彼女に目に物を見せてやりたいと言う気持ちも強い。
そして、何よりも、俺達にはそれを実行に移せるだけの人数がいるんだ。
ここで汚い物置をそのままにしておく理由がないとそう言っても良いくらいだろう。

京子「依子お姉さま、お忘れですか?」

京子「ここにいるのはエルダーである依子お姉さまだけではないのですよ?」

京子「皆で掃除すればこんな空き教室くらいすぐにピカピカになります」

依子「でも、時間が…」

明星「星誕女子は永水女子と殆ど同じデザインで作られています」

明星「更衣室の数も殆ど同じでしょう」

明星「一度に着替えられる人数には限界がありますし、待ち時間の間に掃除していけば大丈夫だと思います」

…どうやら明星ちゃんも俺と同じ事を考えてくれていたらしい。
補足するように口を開いた彼女の言葉は、俺が考えていた事と殆ど同じだった。
ただ、それを俺が口にするのと明星ちゃんが口にするのとでは大きな違いがある。
彼女は一年生の中心人物であり、そして俺は裏エルダーなんて呼ばれる程度には影響力があるのだから。
その二人がこうして嫌がらせに対する抵抗を口にすれば、一気に趨勢はこっちへと傾く。


「…やりましょう、お姉さま」

「そうですわ。このままだなんてあまりにも酷すぎます」

「星誕女子が唖然とするような掃除っぷりをみせてやりましょう」

依子「…皆様」

そんな俺の考え通り、俺達に同意する声が幾つもあがる。
そのどれもがやる気に満ちているのは、やっぱりさっきの彼女に怒りを覚えた人が多いからだろう。
あくまでも淑女として生徒代表同士の会話に口は挟まなかったものの、あまりにも酷すぎる対応に声をあげたかった。
そう思っていた人が一人や二人ではないのだとそう思わせる皆の反応を見渡した後、依子さんは小さく頷く。

依子「…分かりましたわ」

依子「確かにこのままではホコリが多すぎて荷物を置く事すら躊躇してしまいそうになりますもの」

依子「それを何とかする為にも…皆様の力、お貸しください」ペコ

京子「勿論です。依子お姉さま」ニコ

…さて、お許しが出たな。
なら、ここで長々と感動のシーンを続けている理由はない。
今回の件は相手の不手際なだけに多少、遅くなっても非にはならないだろうが…しかし、嫌味は間違いなく言われるだろうし。
その時に覚えるであろうイライラを思えば、ここから先はあまりノンビリはしていられない。


京子「では、依子お姉さま」

依子「…えぇ。まず荷物を置くのは後回しです」

依子「着替えは一年生から、二年生は掃除器具を借りてきて下さい」

依子「三年生は今の間に机や椅子をひとまとめにしてスペースを作りましょう」

そう思う俺達に依子さんはガンガン指示を飛ばしてくれる。
無論、幾ら依子さんでもすぐさま詳細な指示を飛ばせるはずがなく、学年ごとに動きを指示するそれはかなり大雑把だ。
しかし、こうして周りを纏められる人材と言うのは別に彼女だけに限らないのである。
全体を見なければいけない依子さんでは手が届かない部分はこっちで何とかすれば良い。
そう判断しながら俺達は機敏に動いていって… ――


―― そして数十分後、俺達は物置の中を見間違えるほど綺麗にして見せたのだった。





………

……



―― 永誕祭は永水女子と星誕女子が合同で行うものである。

長らく姉妹校として並び立ってきた二校の親交を深めるそれは、しかし、それだけではない。
他の学校と同じく生徒の連帯感を高めたり、生徒たちが努力する姿を関係者にアピールする事も目的としている。
故に幾ら星誕女子に悪意があろうと、表立って永水女子に対して嫌がらせを行う訳にはいかない。
そのような事をすれば今年の永水女子だけではなく、そのOG全てを敵に回してしまう事になる。
月極輝夜は傲慢ではあり、またその背後にいる月極グループは強大ではあるが、しかし、政経共に強大な影響力を誇る永水女子OG連と敵対するほど愚かではなかった。

依子「…京子さん、どう思いますか?」

京子「思った以上に穏やか、と言うのが正直なところですね」

しかし、それを差し引いても、星誕女子からの妨害はあまりにも少なかった。
無論、細々とした嫌がらせはあるが、最初に警戒していたような妨害は多くはない。
出来るだけ一人にならないよう、関係者の前にいるように周知していたとは言え、その少なさは多くの少女達にとって予想外だった。
だからこそ、永水女子を率いる依子はグラウンドに設置された仮設テントの中、疑問を漏らしてしまう。


小蒔「でも、それは良い事なんじゃ…」

祭「それだけで終われば良い事だと私も思うんですけれどね」

春「…まず間違いなく何かを企んでる」

その仮設テントの中にいるのは依子と京子だけではない。
小蒔を中心とした神代の関係者や京子の友人たちも集まっている。
だが、その中でこの状況を素直に喜んでいるのは小蒔だけだった。
その他の生徒達は星誕女子の静けさに不気味なものを感じている。

小蒔「星誕女子の人達も改心したとか…」

依子「残念ながらそれはないと思いますわ」

依子「もし、そうでしたら、今頃、私達はもっと快適に永誕祭を行えているはずですし」

依子「何より…あの方は去年と殆ど変わっていませんでしたから」チラッ

そこで依子がチラリと視線を向けるのは、丁度、向かい合うように設置された仮設テントの方だった。
そこに設置された椅子に座りながら、星誕女子のエルダーである月極輝夜はニヤニヤとした笑みを浮かべている。
不気味な静けさに警戒心を強める依子達を楽しんでいるようなそれに改心の色はまったく見えない。
去年と同じく自分以外を見下す下卑た性格のままだと依子は思う。


京子「…ただ、相手が何を考えているのかまったく分からないのが困りますね」

明星「えぇ…。出来ればその一端でも掴めれば、こちらも対策のしようがあるのですけれど…」

無論、こうして仮設テントに集まっている面々も星誕女子の企みがどういうものなのか考えていた。
しかし、未だ昼も迎えていない時間で集まる証拠と言うのはあまりにも少なすぎる。
今の京子達にとって確実なのは、星誕女子は去年からまったく変わっておらず、そして今も相手が何かを企んでいると言う事だけだった。

舞「そもそもこの点差自体、個人的には不気味ですわ」

そこで舞が口にするのは、すぐ目の前にあるスコアボードの点数だった。
もうすぐ競技も折り返しという時間に来ているものの、二校の点数はまったく差がない。
まるで計算されているように一進一退を繰り返し、競技の結果一つ一つで生徒達から声があがる。
ある意味、盛り上がっているとそう言える状況ではあるが、しかし、だからこそ、彼女には理解出来なかった。


舞「…私はエルダーではなく一生徒ですからハッキリと言わせて貰いますが…あの月極輝夜は勝つ事が全て、と言うタイプですわ」

舞「いえ、勝って相手に屈辱を与える事を楽しむタイプ…と言った方が正しいかもしれません」

舞「そんな彼女からすれば…この状況は本来、苛立ってもおかしくはないもの…」

舞「ですが、今の月極輝夜はああやって余裕を持って構えて、笑みさえ浮かべています」

舞「私はこのギリギリの点差も相手の思い通り…としか思えません」

依子「…だとするなら少々、厄介な事になりそうですね」

舞のその言葉に依子が漏らすのは、今にもため息に変わりそうな声だった。
何せ、それは星誕女子が意図的に点数調整出来るほどの実力を持っている、と言う事なのだから。
永水女子は星誕女子憎しの一念で本気を出しているにも関わらず、相手にはまだまだ余裕がある。
それが生徒たちに知れ渡った場合、高い状態で維持出来ている士気が一気に下がる可能性が高い。

明佳「あえて希望を与えてから叩き潰す…確かにあの方のやりそうな事ではありますけど…」

舞「…明佳さん?」

明佳「…何となく…あくまで何となくですけれど…」

明佳「それだけじゃなくて…もっと酷い事を考えている気がします」

春「…同感」

明佳や春はあまり社交的な性格をしていない。
どちらかと言えば、人の集まりの中でも何処か一歩引いてしまうタイプだ。
しかし、だからこそ、他人がどういう事を考えているのかを察する力に優れている。
特に春の場合は家系からして《視る》力に特化しており、向かいに座る月極輝夜のどす黒い性根まで透けて見えていた。


―― ピンポンパンポーン

「50m走参加者はグラウンド東側に集合してください」

「繰り返します。50m走参加者は~」

京子「…では、相手の出方を伺いに行きますね」スクッ

そこで京子が立ち上がるのは、次に始まる50m走に参加しているからだ。
午前に行われる競技の中でも、花形と言っても良いそれに集まるのは運動自慢ばかり。
その中には星誕女子のエルダーである月極輝夜も入っているのは既に確認していた。
しかも、丁度良い事に共に最終レースを走る事になるのだから、相手の腹を探るのにコレ以上の機会はないと京子は思う。

依子「…京子さん」

京子「大丈夫ですよ。私はそう簡単に負けるつもりはありません」

依子「負けるだなんて思ってはいませんわ」

依子「京子さんの身体能力には私だって何度も泣かされてますもの」

明星「な、鳴かされて…!?」カァァ

湧「明星ちゃ…」

冗談めかしながらも強い信頼を伝える依子の言葉に、明星はその顔を赤くする。
石戸霞の妹として、恥ずかしくない振る舞いを心がけている彼女はしっかり者として認識される事が多い。
しかし、その本質は耳年増で、尚且つ恋する乙女でもあるのだ。
常日頃から怪しんでいる二人から意味深な言葉が出て来れば、どうしてもその裏に何かあるのではないかと思ってしまう。
結果、隣にいる親友に呆れたような顔をされるが、しかし、明星の脳内に広がる淫らな妄想はそう簡単には止まらなかった。


依子「…ですが、だからこそ心配なのです」

依子「京子さんが走るのは月極さんと同じ最終レース」

依子「そこで勝ってしまえば恐らく京子さんは…」

京子「…月極さんに目をつけられる…ですか?」

京子「それならば望むところですよ」

月極輝夜は明らかに自分以外の殆どを見下している。
事実、それだけ優秀ではあるが、しかし、だからこそ、敗北というものを許容出来ないだろうと京子は思う。
だからこそ、ここで自分が勝てば、輝夜からの敵意を一身に集める事が出来る。
結果、依子や他の皆が傷つけられる可能性が減るのであれば、京子にとって望むところであった。

京子「(…まぁ、これでも男の子な訳だしな)」

こうして女装して女言葉を使っているとは言え、心まで女になったつもりはない。
女の子を護れるのであれば、多少、身体を張るのが男の義務だと京子は思っている。
ましてや、自分の周りにいるのは京子にとって、とても大事な友人ばかりなのだ。
自身の正体こそ知らずとも、こうして仲良くしてくれている彼女達の事を護ってあげたいと京子は強く思っている。


京子「それにそうやって揺さぶりを掛ければ、幾らかボロも出すかもしれません」

京子「点差的にも今は負けられませんから、やはり勝つしかないと思います」

依子「……分かりましたわ」

依子「でも、十分、注意してくださいね?」

京子「えぇ。分かっています」

だからと言って、京子は捨て石になるつもりはない。
自身が永水女子で重要なスコアラーであるという事を京子は強く意識しているのだから。
輝夜が何を考えているのかは分からないが、この永誕祭で星誕女子に勝つには自身と湧が重要になる。
だからこそ、ようやく前半も終わったと言う今の時期に怪我などする訳にはいかず、京子は力強く依子に向かって頷いた。

京子「さて、では、改めて行ってきます」

春「…気をつけて」

小蒔「あ、あんまり無茶はしないでくださいね…?」

明星「…京子さんなら大丈夫だろうと思いますが…怪我だけはないようにしてくださいね」

湧「ん。あち…私は…キョンキョンの事…信じ…てる」グッ

京子「ありがとう、皆」

そんな仲間たちの声に見送られながら、京子はグラウンドの東側に近づいていく。
放送を聞いてすぐに動き出したのか、そこには既に少なくない数の生徒が集まっていた。
その中には輝夜の姿もあり、星誕女子の生徒を背に控えさせるようにして永水女子と相対している。
まるで何処かの国の女王様のようなその立ち振舞は、永水女子を見下すその視線と相まって妙に似合うものだと京子は思った。


京子「(…まぁ、似合うっつっても全然、良い意味じゃないんだけどさ)」

背後に兵隊を侍らせる輝夜の姿に永水女子の生徒は怯えの色を浮かべていた。
遠くからでもハッキリと分かるその色は、輝夜が彼女達の事を萎縮させようとしているが為。
まだ前の競技をやっている最中で、周囲には雑音が多く、この位置からでは輝夜が何をしているのかまでは分からないが、それは間違いなく褒められるものではない。
そう判断した京子は足早にその集団へと近づいていき。

京子「あら、一体、何をされているんですか?」

輝夜「…貴女は」

「き、京子さん…!」

そこで声を掛けた京子に輝夜は一瞬、興を削がれたような表情を浮かべた。
それと対照的に永水女子の中で安堵の色が広がるのは、彼女たちがそれだけ京子に強い信頼を向けているからである。
京子の身体能力に関しては既に生徒たち全員の知る所ではあるし、何より、京子はエルダー選挙の際に全校生徒の前で堂々とした立ち振舞を見せていたのだから。
エルダーの座を依子に譲ったものの、今でも裏エルダーと呼ばれ、支持者も多い京子の登場に永水女子の生徒たちは内心、胸を撫で下ろした。


輝夜「貴女も50m走を走るんですの?」

京子「えぇ。光栄にも月極さんと同じ最終レースです」ニコ

輝夜「へぇ…なるほどなるほど」

輝夜「貴女が…ねぇ?」

そう言って京子を舐め回すその視線は決して性的な興奮混じりのものではなかった。
むしろ、嫁を見る姑のように悪意を持って値踏みするその視線に京子は嫌なものしか感じない。
視線でもって悪意を伝えてくるような彼女のそれを今すぐにでも止めさせたいが、しかし、相手は星誕女子のエルダー。
ここで自分が問題を起こしてはいけないと京子は笑顔を浮かべたまま、その視線を受け止めた。

輝夜「…どうやら随分と自信がおありのようですわね」

輝夜「まぁ、そのゴリラのような身体であれば、当然かもしれませんけれど」

「なっ…!?」

侮蔑を込めた輝夜の言葉に永水女子の中から怒りの声があがる。
彼女達にとって京子は既に半年、同じ学校に通っており、大体の人となりも分かっている大事な仲間なのだ。
その上、京子は依子と並び立つ永水女子の象徴であるだけに、そのような侮蔑は到底、我慢出来ない。
自身に向けられるのであればまだ怖いで済むが、京子や依子に対する侮辱はそれでは済まないのだ。


京子「えぇ。おっしゃる通り、体格に恵まれたお陰で運動は得意です」

京子「それでも輝夜さんには勝てないかもしれませんが、一生懸命、頑張りますね」

しかし、その侮辱に対して京子は心揺れ動かされる事はない。
そもそも京子は男であり、周りの少女たちに比べれば、その体格がガッチリしているのは当然なのだから。
明らかにこっちを挑発してくる輝夜が不愉快ではあるが、それは自身の後ろに控える生徒達のように怒りには繋がらない。
寧ろ、よりにもよって身体の事を侮辱の対象に選んだ輝夜に哀れみさえ覚えるレベルだった。

輝夜「…どうやら頭の中までゴリラ並らしいですわね」

輝夜「貴女、言われている事の半分も理解出来ていないのではなくって?」

京子「いえ、勿論、ちゃんと理解していますよ」

京子「ただ…あんまり競技前に色々と言うのが好きではないだけです」

京子「だって、それって小物っぽいではありませんか」ニコ

輝夜「…」ヒク

だからと言って、京子の中に躊躇や手心などまったく生まれない。
京子は輝夜と直接会話したのはこれが初めてだが、だからと言って、相手が尊敬出来る相手ではない事くらい分かっているのだから。
大事な依子に対しても色々と嫌味を口にし、既に少なくない数の嫌がらせを行った彼女にあるのはただ敵意の感情のみ。
故に京子はにこやかな笑顔で輝夜の言葉に切り返し、彼女の頬をひくつかせた。


輝夜「…私が、この月極輝夜が小物だと…そう仰りたいのですか?」

京子「あぁ、誤解させてしまいましたか」

京子「申し訳ございません。別にそういうつもりはないんです」

京子「だって、月極さんはエルダー選挙で皆さんに支持されてエルダーになった方ですものね」

京子「少なくとも星誕女子の75%の方が月極さんをエルダーに相応しいとそう思ったのですから、小物であるはずありません」

京子「…もし、そうでないのであれば私からは何とも申し上げられない訳ですけれど」

それは無論、輝夜が合法的な手段で、エルダーになった訳ではないと理解しての言葉だ。
そもそもエルダー ―― エルダーシスターとは全校生徒の模範となるべき、最高の淑女なのである。
その候補に選出される事でさえ名誉と呼ばれる座に、月極輝夜が相応しいと京子は到底、思えない。
寧ろ、彼女のような女性がエルダーの座に居座っている事こそ、輝夜が淑女ではない証だとさえ思えた。

輝夜「…貴女、確か須賀京子さん…でしたか?」

輝夜「中々、面白い方のようですね」

京子「ふふ。月極さんにそう言ってもらえると光栄です」

京子「でも、そんなに持ち上げないでくれると嬉しいです」

京子「だって、私よりも月極さんの方がとても面白い方ですから」

面白いと言う言葉の裏側を理解しての返答に、輝夜はそっと笑みを浮かべた。
一見、にこやかなその表情の裏側には、しかし、ドス黒いまでの敵意が渦巻いている。
その性根まで透けて見えるようなそれに、しかし、京子が怯む事はない。
輝夜の敵意を真正面から受け止めるように笑みを返し、無言で彼女と対峙し続ける。


「あ、あの…そろそろ50m走が始まるので…」

輝夜「…貴女、私に意見するつもりなんですの?」キッ

「ひっ…」ビク

そのまま数十秒ほど一触即発の雰囲気で睨み合った二人の間に一人の女生徒が入り込んでくる。
体育祭の実行委員でもある彼女は、あくまでも職務の一貫として声を掛けたつもりであった。
だが、京子に挑発を返された輝夜は今、虫の居所が悪く、そのような雑音一つすら許せない。
もう少しであの憎らしい笑顔を凍らせてやれたはずなのに、とそんな怒りを込めて同じ星誕女子の女生徒を睨みつけた。

京子「あら、違いますよ、月極さん」

京子「今のは月極さんの事を心配して声を掛けてくれただけです」

京子「だって、今年の永誕祭実行委員は殆どが星誕女子の方々でしょう?」

京子「このままここで和やかにお話して進行に差し支える事になったら、運営にも携わる月極さんの素質が疑われてしまう」

京子「そう思って声を掛けて下さったのですよね?」

「は、はい…」

そんな女生徒に対して京子が助け舟を出すのは、ただ哀れだっただけではない。
無論、真面目そうな彼女が八つ当たりされている事に同情する気持ちはあったが、京子にとって彼女もまた敵なのだ。
どんな理由があろうとも輝夜に与して、永水女子の仲間に嫌がらせをしている彼女たちの事を好意的には見られない。
それでもこうして京子が彼女の事を庇ったのは、少しでも永水女子を好意的に見て欲しかったからだ。


京子「(少なくとも、それで心が鈍ってくれれば儲けものだしな)」

星誕女子で月極輝夜が敷いているのは恐怖政治だ。
誰も彼も逆らえないように、輝夜はその権力で人を絡めとり、他者を抑えつけている。
そんな中、圧制者の不興を買った彼女を敵であるはずの京子が庇ったのだから、どちらが好意的に見えるかは自明の理だ。
無論、それだけでは何も変わらないだろうが、しかし、細かく積み重ねていけば、永水女子に対する彼女たちの心も鈍っていくかもしれない。
こうして助け舟を出して京子が損をする事は何一つとしてないし、ここは後々の布石の為にも彼女を庇うべきだと京子は思う。

輝夜「……まぁ、良いですわ」

輝夜「これから須賀さんとはじっくりとお話出来る時間があるでしょうし」

「え、えっと…」

輝夜「…何をしているんですの?早く整列しなさい」

「は、はい!」

そんな京子の考えを輝夜も見抜いていた訳ではない。
しかし、彼女はこれまで小・中と同じように自分以外の他者を抑えつけて、頂点に立ち続けてきたのだ。
その間に磨かれた彼女の嗅覚が、この状況はまずいとそう彼女に教える。
だからこそ、輝夜は面白くなさそうな顔をしながらも周りに指示を飛ばし、緩みかけた周囲の気持ちを引き締めさせた。


京子「では、こちらも整列しましょうか」

「はい。京子さん」

これ以上、輝夜を不機嫌にはしたくない。
そんな一念で俊敏に動く星誕女子と比べれば、永水女子の動きは穏やかなものだった。
無論、無意味にのんびりとしている訳ではないが、かと言って急いでいる訳でもない。
何時も通りの自然体と言う動きで京子の指示に従う彼女達には、焦る気持ちなどまったくなかったのだから。

京子「(…少なくともさっきのような萎縮する雰囲気はなくなっている)」

長らく永水女子の価値観に浸った彼女たちにとってエルダーは自分たちよりも上位の存在なのだ。
その口から放たれる嫌味の数々に抵抗を覚えていても、中々、それを声にはし辛い。
しかし、京子はそんな彼女達の代わりに声をあげ、そして輝夜と互角以上に渡り合ったのである。
幾らか溜飲も下がった京子の仲間達の中には萎縮の色が去り、まるで早くも勝ったような雰囲気が流れていた。


輝夜「相変わらず、永水女子はルーズですのね」

輝夜「そのように時間にルーズですと淑女らしからぬと思われてしまいますわよ?」

京子「あら、これは淑女の余裕と言うものですよ」

京子「時間には遅れていませんし、問題はないでしょう?」

京子「それにあんまり時間に追われてセカセカするのもなんだか貧乏くさくはありませんか?」

輝夜「…へぇ」ヒク

無論、そんな永水女子の変化を輝夜が面白く思うはずがない。
最初に彼女が心の中に思い浮かべていた予定では、今頃、萎縮させた生徒達に対して、思うがままに振る舞えていたはずなのだから。
しかし、その予定は京子によって粉々に砕かれ、完全に白紙に戻ってしまった。
その苛立ちを嫌味にした輝夜に、さっきと同じような京子のカウンターが返り、彼女は再びその頬をひくつかせてしまう。

京子「(さて、これで大分、イライラしてきてくれてはいるだろうけれど…)」

京子「(でも、まだこの人が何を考えているのか見えないままだな)」

京子がそうして挑発に挑発を返しているのは、何も輝夜の事が嫌いだからだけではない。
そうやって精神的に揺さぶりを掛ければ、星誕女子が一体、何を企んでいるかのを漏らしてくれるのではないかと期待していたからだ。
だが、既に苛立ちを隠し切れない様子の輝夜からは、そのヒントとなるような一言さえも出てこない。
京子への怒りはふつふつと煮えたぎっているのに、肝心なところは冷静なままだった。


京子「(…だから、ここは)」

京子「それに点数もまだまだ拮抗している状態ですしね」

京子「ここで下手に焦った方が勝機を逃すでしょう」

輝夜「勝機…ねぇ」ニヤ

京子「(…食いついたか)」

瞬間、輝夜の顔に浮かんだのは粘ついた笑みだった。
さっきのように憎しみ混じりのものとは違い、相手を見下すだけの笑み。
互角と告げる京子を心から馬鹿にするようなそれに京子は内心、ガッツポーズを取った。

輝夜「…ねぇ、貴女、本当に互角のつもりですの?」

輝夜「だとしたら、本当にお間抜けですのね」

京子「どういう事ですか?」

輝夜「だって、普通に考えれば、こんなに点数が拮抗しているだなんておかしいでしょう?」

輝夜「ましてや、今回の運営側は殆ど私達が占めているのですから」

輝夜「その気になれば、永水女子など引き離せるとそう考えたことはありません?」

とは言え、輝夜もまた愚物ではない。
内心、強い苛立ちを感じていた京子を馬鹿に出来るチャンスに心が沸き立つのを感じながらも肝心な言葉を口にはしなかった。
代わりにクスクスとした笑みを京子に向けながら、『もしも』の話で揺さぶりを掛けてくる。
無論、それを予想していた京子は、輝夜の揺さぶりに全く驚きを感じたりはしない。
だが、京子は意図的に驚いたような表情を作りながら、ゆっくりとその唇を動かす。


京子「まさか星誕女子の皆様は手を抜いていると仰りたいのですか?」

京子「…正直、信じられませんね」

京子「そのような事をする利点などあるようには思えませんし」

輝夜「まぁ、貴女程度の頭ではそうでしょうね」

京子「…では、月極さんにとってはこの拮抗状態に何か利点があると?」

輝夜「あるかもしれませんし、ないかもしれませんわ」ニコ

京子「(…流石にそこまで甘くないか)」

京子としては出来れば、ドラマの悪役のようにこのままベラベラと悪事の事を話して欲しかった。
だが、輝夜の目的はネタばらしではなく、京子に対して揺さぶりを掛ける事なのである。
敢えてモヤモヤとしたところで言葉を区切った方が効果も高い。
そう考えた輝夜の勝ち誇ったような笑みに、京子は内心で小さく肩を落とした。

京子「(…ただ、収穫がない訳じゃなかったな)」

間違いなく星誕女子は何かを企んでいる。
その疑惑は既に京子達の中で共通認識であったものの、やはり輝夜本人の言葉によって確定したのは大きい。
これで確定的な情報として、依子の周囲だけではなく、他の生徒達にも警戒を促す事が出来るのだから。
無論、そうやって右往左往する永水女子を楽しむためのデマである事は否定出来ないが、輝夜の性格上、それはないと京子は思う。


京子「(…少なくとも自身にメリットがある事を否定しなかった)」

もし、それがまったく的はずれな意見であれば、輝夜は京子をさらにあげつらっていた事だろう。
少なくとも、今までの輝夜は他者を小馬鹿にするチャンスを見逃さなかったのだから。
そんな彼女がこうして煙に巻くような返答をしたと言う事から察するに、さっきの自分の言葉はそれほど的外れではなかった。
寧ろ、事実に近いところを突いていたからこそ、輝夜はあんな風に解答するしかなかったのだろう。
今まで積み重ねてきた輝夜の情報から、そう判断した京子は彼女から視線を反らし、思考に耽り始める。

京子「(…そう考えれば、少しはこの人の考えも見えてくるよな)」

この拮抗状態の果てに月極輝夜本人に発生するメリット。
その条件で真っ先に京子の中でヒットしたのは、ヒーロー願望だった。
この拮抗状態を自身の活躍で打ち破り、周囲からの賞賛を受け取りたい。
事実、輝夜は体育祭最後の競技であるリレー走のアンカーとしてエントリーしているのだ。
強引な手段でエルダーになった経歴からも承認欲求の高さが伺えるし、自身の活躍で星誕女子の勝利を決定的なものにしたいと思っていてもおかしくはない。


京子「(…ただ、何か見落としてるような気がしてならないんだけれど……)」

そう判断する一方で京子は何かズレのようなものを感じていた。
それはあまり大きなものではないものの、気のせいだと無視出来るほど小さなものでもない。
自身の考えが当たらずとも遠からずだとそう思いながらも、心から納得出来ない感覚に京子は内心、首を捻る。
自分が見落としているものは一体、何なのか。
それを京子が思考の中から見つけ出そうとしている間に、ドンドンと生徒達がゴールしていって。

京子「(…次が俺達の番か)」

その答えが出るよりも先に、京子達に順番が回ってくる。
出来れば、もう少し時間が欲しかったが、出番が来た以上は仕方が無い。
未だ答えの出しきれない思考をそう打ち切りながら、京子はゆっくりと立ち上がる。
瞬間、京子の目の前で走者が駆け出し、スタート台が空いた。


京子「(さて、それじゃあ…)」スッ

そのまま京子はスタート台まで進み、ゆっくりとクラウチングスタートの姿勢を取った。
屈んだその身体にはさっき答えを見出せなかったモヤモヤは既に無い。
今の京子の頭には50m先にあるゴールテープだけ。
その他の事は今は考えなくても良いと身体にぐっと力を込めてその瞬間を待ち続ける。

「位置について」

輝夜「そうそう。さっきの話ですけれど」

「よーい」

輝夜「私の目的は…」

京子「ぇ」

だが、その臨戦態勢は長くは続かなかった。
京子の隣で同じようにクラウチングスタートの体勢を取った輝夜から聞こえてきた一言。
それは出走の準備を促す実行委員のものよりも大分、小さなものだった。
すぐ隣にいる京子にしか聞こえないであろうそれに、京子は意識を揺るがせ、一瞬、集中力を途切れさせてしまう。


パーン

輝夜「ふっ!」ダッ

京子「あっ」

―― そして、その一瞬はあまりにも致命的だった。

時間にして一秒にも満たない僅かな時間。
しかし、その間に空に向かって引き金を引かれたスターターピストルに京子は完全に出遅れてしまう。
それは無論、出走前からずっと京子に揺さぶりを掛けていた輝夜が思い描いていた通りの展開だ。
最初から自身の目的を話すつもりなどなかった輝夜は、出遅れた京子の前で力強く息を吐きながら、身体を大きく動かして加速していく。

輝夜「(ふふ…やっぱり頭の中までゴリラでしたわね…!)」

短距離走はその短さとは裏腹に、機械のような正確さを要求する。
ただ、腕を振り、足をあげれば速度が出ると言う訳ではない。
身体を加速させる時の走り方と加速しきった身体を維持する走り方はまた別なのだ。
それを切り替えるタイミングを一歩でも間違えてしまえば、タイムが大幅に落ちてしまう。
50mと言う短い距離で優劣をつけるその競技は、人類がこれまで積み重ねてきた人間学の叡智が詰め込まれていると言っても過言ではない。


輝夜「(完全に出遅れた状態でそんな事出来るはずありませんわ…!!)」

京子の反応が遅れたのは一瞬だった。
だが、その一瞬はゴールまでの間に大きな差となって現れる。
コンマ一秒でも早く最高速度にたどり着かなければいけない短距離走で、スタートの遅れは何倍にも膨れ上がるのだから。
ましてや、出遅れたと言う焦りは身体のコントロールを完全に狂わせ、要求されている正確さとは程遠い走り方になってしまう。
それはプロの短距離走者であっても、決して逃れられない呪いのようなものだ。

輝夜「(私の…勝ちです!!)」

そう輝夜が勝ち誇るのは、ただ傲慢さが原因ではない。
スタートして二秒が経過した今、彼女に並び立つ者は誰一人としていないのだから。
輝夜が学業だけではなく、スポーツに関しても一流なのだ。
輝夜と共に走る生徒達の中、彼女よりもタイムの早い者は京子しかいない。
そしてその京子がスタートで出遅れた今、輝夜の勝利は盤石になった。


京子「っ!」ダッ

輝夜「(なぁ…!?)」

―― その隣にいるのが須賀京子でさえなければ。

それは本来ならばあり得ない光景だった。
短距離走において一度、決定した順位が入れ替わる事などほぼない。
あるとすれば、それは先頭走者が走り方に失敗し、減速してしまった時だけ。
だが、今の輝夜は勝ちを確信こそすれ、手を抜いたり失敗などしていない。
このままゴールまで全力で叩き潰すのだと身体に力を込めていた。

輝夜「(なのに…どうして!?)」

今の輝夜の前を走っているのは、さっきスタートで出遅れた京子だった。
その髪を風に流すようにして走る背中は輝夜を追い抜いて尚も加速し続けている。
一歩踏み出す毎に二人の距離が大きく離れ、身体能力においても一流である輝夜でさえ追いつく事が出来ない。
まるで時間の流れが異なるようにさえ錯覚するような京子の速度に輝夜は理不尽なものさえ感じる。


輝夜「(ふざけるんじゃ…ないですわ…!!)」

その理不尽さに輝夜は必死で抗おうとする。
今まで以上に腕や足に力を込め、必死で京子を抜かし返そうとしていた。
だが、そうやってがむしゃらに手足を動かしたところで、逆に遅くなってしまうだけ。
奇しくも、京子に対して仕掛けたように自分の中の歯車をズラしてしまった輝夜は失速し始めていた。

京子「(…っ!)」

そんな輝夜を置き去りにしていまだ加速を続ける京子。
その中にあるのは、すぐ目の前に広がるゴールテープだけだった。
無論、幾らこの一年間で精神的にタフになった京子とは言え、スタートダッシュで出遅れるのは辛い。
本来ならば今の輝夜と同じように焦りに歯車を狂わせ、彼女に追いつく事すら出来なかっただろう。


―― それを可能にしたのが京子の持つ能力だ。

京子は『制する者』と呼ばれる須賀家の最終血統であり、自身が敗北させた相手から能力を模倣する事が出来る。
そんな京子が今、発動させているのはかつて後輩であった夢野マホの能力、そしてそこから繋がる原村和の能力だった。
心理的状況に左右されず、機械的に最高のポテンシャルを発揮するその能力は、その他の異能に決して劣るものではない。
少なくとも、コンマの遅れを取り戻さなければいけない今の京子にとって、それは最適と言っても良いものだった。

京子「ふ…うぅ…!」

月極輝夜は一流と呼べるだけの身体能力を持っている。
だが、同年代の男性の中でもずば抜けた能力を誇る京子はまさに超一流の選手だった。
最高速度でも、一足毎の加速力でも、心肺能力でも、体幹でも、身体の柔らかさでも輝夜は京子に遠く及ばない。
輝夜は生まれてからずっと勝利こそ全てだと教えこまれて来たが、京子は生まれる遥か以前からその血に勝利を刻み込まれている。
外敵を制する為だけに特化し、その血を濃くしてきた一族が、たかだが20年にも満たない少女に負けるはずがない。
そのポテンシャルを全て発揮した京子は肺の中身を全て吐きりながら輝夜を大きく引き離し、誰よりも早くゴールテープを切った。


輝夜「はぁ…はぁ…」

京子「あら、月極さん、大丈夫ですか?」

それから少しして輝夜がゴールラインを割った時、涼しい顔をした京子が待っていた。
輝夜がゴールするまでの僅かな間に呼吸を整えた京子はにこやかな笑顔で輝夜の事を心配してみせる。
まるでさっきの事など自分にとって大した事ではないのだとそう言うような表情。
ついさっき肺から全ての空気を吐ききったとは到底、思えないその姿に、彼女はグっと握り拳を作った。

輝夜「(この…ゴリラ女…!!)」

輝夜は事前に自分と戦う相手のデータはおおよそ頭の中に入れている。
その中には勿論、京子のデータもあり、強敵だと言う事くらいは予想していた。
だが、完全に術中にハマった状態から自身を追い抜き、そのまま涼しい顔でゴールするなど幾ら輝夜でも考慮していない。
今まで生きてきた常識がまったく通用しなかった京子を輝夜は荒く上下する胸中で口汚く罵った。


輝夜「(いえ…きっとドーピングをやっているんですわ)」

輝夜「(そうに…そうに決まってます)」

輝夜「(でなければ、あんな加速出来るはずがありません…!)」

輝夜「(なんて卑怯な女…!恥を知りなさい…!!)」ギリィ

無論、京子はドーピングなどしてはいない。
いっそ暴力的と言っても良いその加速力は全て生まれ持った才能から生まれたモノだった。
だが、自身に敗北の二文字がのしかかった輝夜にはそれを信じる事など出来ない。
自分が負けたのは相手が卑怯な行いをした所為だと荒れる心にそう言い聞かせ、湧き上がる悔しさに歯噛みする。

京子「まさか風邪でも引いていたのですか?」

京子「短距離走で私程度に追い抜かれるなんて…とても心配です」

京子「星誕女子のエルダーとしてはあり得ない順位ですものね」

京子「走っている最中もずっと月極さんの事を心配していたんですよ?」

輝夜「(良くも…抜け抜けと…!!)」

それは到着後すぐに輝夜が依子に向けた嫌味への意趣返しだ。
依子の事を友人以上に思っている京子が輝夜の事を心配などするはずがないのだから。
それを輝夜もまた理解しているが、しかし、それに返事をする事が出来ない。
ついさっき呼吸を吐き切った彼女は未だ肺の中身が荒れており、そして何より胸中では感情が煮えたぎっているのだから。
ここで下手に口を開けば、関係者も見ている中で、汚い言葉を口走ってしまいかねない。
それだけは堪えなければと輝夜は荒く息を繰り返していた。


京子「あぁ、でも、老婆心ながら一つ忠告させて頂きますと」

代わりに怒りを込めて自身を睨みつける輝夜に、しかし、京子は飄々とした様子を崩さない。
元々、京子はエルダーに対する思い入れも薄ければ、月極グループに対する恐れもないのだから。
もし、自分が一生、駐車場を借りられなくなったとしても、困るのはその身柄を預かっている神代家のみ。
これがキッカケで神代と月極の間で抗争が起きるのであれば、寧ろ、嫌がらせになって好都合だとさえ思っている。

京子「……そろそろ本気でやらなければ、月極さん、次もまた負けてしまいますよ」ニコ

輝夜「~~~っ!!!」カァァ

だからこそ、放たれた容赦のないその言葉に輝夜は自身の顔を真っ赤に染めた。
それは無論、好意や羞恥と言ったものではない。
心の底から湧き上がる悔しさに火をつけるような京子の言葉に、彼女の胸は怒りで爆発していたのだ。
全力疾走を経て疲れきっていなければ暴力に訴えてもおかしくはない強烈な衝動に、輝夜は言葉を失う。
あまりの怒りに何を言えば良いのかさえ分からなくなった彼女に出来る事と言えば、その感情を視線に込める事だけだった。


京子「ふふ。では、また後ほど」

京子「ごきげんよう、月極さん」ペコリ

既に殺気の領域にすら達している強い敵意に、しかし、京子は笑みを返した。
輝夜がどれだけ怒りを覚えても、まったく恐ろしくとも何ともない。
そう輝夜に伝えるような明るい表情のまま、京子は一礼して去っていく。
まさしく淑女と呼ぶべきその背中を輝夜はずっと睨みつけて ――



―― 不穏な空気漂う体育祭は永水女子がリードした状態で午前の部を終えたのだった。





………

……




Qつきぎ月極(げっきょく)輝夜の敗因は?

Aテニヌ世界の住人じゃなかった事




と言うところで今日の投下はここで終わります(´・ω・`)
オリキャラ出張りまくりの体育祭は、もうちょっと続く予定です(´・ω・`)ゴメンネ

京子「目障りだ、退がれ」
輝夜「京子お姉様...!」ゾクゾク

こうなるんですね。いえ、戯言です。

しかし麻雀以外でも能力使えるとなると、マホ経由で穏乃の錯覚現象とか使えるんじゃねーの?
そうなると無敵だな京子。

……夢乃(ボソッ
月(極)だから名前が輝夜(かぐや)なのか

京子がいれば安心ということは、京子がいなくなったらキツイというのと同義なんだよな。
いや、真面目な話ラフプレーによる怪我で退場させられようものならどうすんだろう。怒りブーストかかった永水が圧倒するのも熱いかもしれないが。


イベント中主人公の姉でメインヒロインっぽい子がガチでひどい目に合う → くそがああああ!ぶっ倒してやんよおおおお!!!

→ 実は偽物だったから大丈夫^^ → 今までまったく気づかなかった主人公のアレっぷりとオチの酷さに引退を考える

→ 次のイベントで昔から好きだった子がイベント報酬になる → くそがあああああ!!やるしかねぇ!!!

→ 報酬ゲットするも燃え尽きる → 次のイベント次第で引退しようと考える → 次のイベントでメインヒロインっぽい姉が報酬になる

→ くそがああああああ!!!!とりにいくしかないだろおおおおおお!! → 取ってレベルマックスにする

→ 服普通だ!!セリフも変じゃない!!これはイチャラブクるか…!?(ワクワク) → エロシーンポチー

→ 汚いオッサンによる陵辱プレイでした^q^


うん。普段からクスリ貯めてたら課金しなくてもそこそこやれるゲームだったから惰性でやってたけど、もう辞めました(´・ω・`)愚痴ってゴメンネ
後、シルバーウィーク中はちょっと友達と旅行行ったりする予定なんで、更新速度ちょこっと堕ちるとおもいます(´・ω・`)
そして、マホちゃんお名前間違いも申し訳ないです…(´・ω・`)完全に見逃してました…

偽者の姉だったからって酷いな。文字通り、紛いものなりにも一緒に過ごした時間があるキャラ(プレイヤーと主人公にとって
が悲惨な目にあってそんな理由で割り切れる訳ないよね。萎える感じが目に浮かぶ
 

で、なんのゲームなんです?

そりゃ、ダルマ&串刺しなんてイベントやるしかなくなるよな 親方様

>>233>>240
まぁ、ぶっちゃけ何処から偽物になっていたかは分からないままなんですけどね
一時、イベント(メインシナリオ)でまったく出てこなくなった時期があったので、その時に攫われたのかな、と思ったりするのですが確証はないですし
プレイヤーとして接していたかすら分からないのですが、だからと言って、>>241の光景描写させられた上での偽物バレはかなり萎えました…
それ以前からイベント報酬として手に入る子のエロシーンとイベントでの展開がまったく違う事にモヤモヤしてたりもしていましたし辞めどきかなーって(´・ω・`)若紫のは酷すぎて笑うしかなかったですしね…

ただ、一応、フォローのような事はしておくと課金ガチャを引けるチケットなどは割りとイベントで気前よく配布される事が多いです
毎日小まめにボスを倒してクスリの貯金しておけば無課金でもランカー報酬取るのは難しくないですし、エロシーンの出来が良い子も結構います
気になる人はDMMの対魔忍アサギ決戦アリーナを検索してください(ステマ)


そしてようやく昨日帰ってきたのでキャップの誕生日SSとかは書けませんでした…(´・ω・`)ゴメンネ
今日からまた更新に戻りますのでもうしばしお待ち下さい


流石に私もNTR展開やりまくってるゲームでそれに関して文句言ったりするほど馬鹿じゃないです
つーか、んな事言いだしたら件のゲーム、主人公がNTRまくってるしな!!!!!
なので、萎えたのはNTRそのものよりも、ひっどい詐欺みたいな展開連発されてる事に関してでして…(´・ω・`)
意外性出したかったのかもしれないですが、私はモチベーションがガクっと堕ちました…
元々、友人に誘われて始めたゲームで、その友人が既に引退してるので萎えた以上続ける理由はないかなーって
目標だった最初の若紫も取りましたしね…(´・ω・`)まさかエロシーンがふたなりレズレイプとは思ってませんでしたが


咲「ふんふふーん♪」

咲「(今日から待ちに待った連休…!)」

咲「(まぁ…麻雀部の活動なんかがあるから完全にお休みって訳じゃないけれど…)」

咲「(でも、溜まってた本をガッツリ読む時間が出来たのは確かだし)」

咲「(何より…昨日から京ちゃんのお義父さん達は旅行に出かけてるんだよね)」

咲「(…い、いや、まぁ、私は別に京ちゃんのお世話とかしたい訳じゃないけどさ)」

咲「(でも、お義父さん達が出かける前に京ちゃんの事、よろしくって頼まれたんだもん)」

咲「(折角の言い訳…ううん、頼みごとをお隣さんとしては断る事が出来ないし)」

咲「(せめてご飯と掃除と洗濯くらいはやってあげないといけないよね)」

咲「(後は…よ、夜のお世話…とか)」カァァ

咲「(わ、私は勿論、嫌だよ!?嫌だけど…)」

咲「(でも、京ちゃんスケベだし…お義父さん達がいなくなったってなったら絶対、我慢出来なくなると思うし…)」

咲「(も、もし…もしもだけど、京ちゃんがレイプなんてしちゃったら麻雀部そのものがなくなっちゃうもんね)」

咲「(だ、だから、京ちゃんがしたいっていうなら私だって…その…)」プシュゥ


咲「(と、ともかく!!!)」

咲「(ともかく…京ちゃんのお世話はしっかりしないとね)」

咲「(こういうところでアピールすれば普段、鈍感な京ちゃんも私の気持ちに気づいて…)」

咲「(じゃなくて、私の大事さに気づいて、もっと優しくしてくれるかもしれないし)」

咲「(まぁ、京ちゃん本人にアポは取ってないんだけど…京ちゃんが私以外にお世話してくれる人がいるとは思えないもん)

咲「(きっと飛び上がって喜んだ後、私の事を抱きしめて愛を囁いてくれたり…)」エヘヘヘ

ピンポーン

咲「………あれ?」

咲「(…インターフォン鳴らしたけど何の反応もないや)」

咲「(もしかして今、出かけてるのかな?)」

咲「(仕方が無い。今日のところは京ちゃんに出迎えて貰うのは諦めよう)」

咲「(代わりに…)」スッ

咲「(幼馴染特権として貰ったこの合鍵で勝手にお邪魔させて貰おうかな)」ガチャ


咲「お邪魔しまーす」

咲「(…やっぱり反応がない)」

咲「(これは京ちゃんがお出かけ中なのは確実かな)」

咲「(まぁ、それならそれでいいや)」

咲「(京ちゃんに出迎えてもらえなかったのは残念だけど…)」

咲「(でも、その分、帰ってきた京ちゃんがびっくりする顔を楽しみに出来るもんね)」

咲「(だから、とりあえず先に買ってきた食材を冷蔵庫の中にいれて…)」

咲「(どうせお腹空かしてるだろうし、晩ごはんの準備から始めてあげようかな)」

ドタドタ

咲「…ん?」

咲「(…アレ?上から何か物音がする…)」

咲「(でも、さっき京ちゃんの返事はなかったし…)」

咲「(も、もしかして…泥棒…!?)」ビックリ


咲「(ど、どどどどどどどどどどうしよう…!?)」

咲「(流石に幼馴染の家に遊びに来て泥棒が来るなんて想像してなかったよ!?)」

咲「(と、ともかく119番…い、いや、114番だっけ…?)」

咲「(だ、駄目だ、今の私って全然、冷静じゃない…!)」

咲「(とりあえず深呼吸…深呼吸…!!)」ヒッヒッフー

咲「(…よし。少し落ち着いた)」

咲「(とりあえず…通報するにしても確かめないと…だよね)」

咲「(もしかしたら何かの拍子で本が落ちただけって可能性もあるし)」

咲「(大騒ぎになったら旅行に出かけてるお義父さん達だって心配させるもん)」

咲「(下手したら、そのまま旅行を取りやめて返ってくるかもしれない)」

咲「(そうなったら私と京ちゃんのラブラブイチャイチャ計画が全部台無しになっちゃう…)」

咲「(だ、だから、ここは怖いけど…勇気を出して…)」グッ

咲「(に、二階に…行こう…!)」ソローリソローリ


ン…アッ

咲「(…やっぱり誰かいる)」

咲「(こうしてゆっくりと階段あがっていくと…声が聞こえるようになるし…)」

咲「(しかも…それ京ちゃんの部屋から聞こえてくる…)」

咲「(ただ…それが一人なのか二人なのか分からない)」

咲「(京ちゃんの家ってかなり立派で部屋ごとの防音性がかなり高いんだよね…)」

咲「(流石にインターフォンは聞こえるけど、玄関の扉が開いた音とかは届かないくらいに)」

咲「(だから、こうして二階の廊下にあがって聞き耳を立てても…)」

咲「(京ちゃんの部屋にいるのが誰なのか分からなくて…)」

咲「(で、でも、ここで棒立ちしてたら…きっと何時か相手と鉢合わせしちゃう…)」

咲「(相手が京ちゃんなら良いけど…も、もし本当に泥棒だったら酷い事されちゃうかも…)」

咲「(い、嫌だよ…わ、私の初めては京ちゃんのものなのに…)」ブル

咲「(だ、だから…だから…お願い…京ちゃん…)」

咲「(私にもうちょっと…もうちょっとだけ勇気を頂戴…!)」

咲「(京ちゃんの部屋の扉を開けて…中を覗く勇気を…)」

咲「(私に…ください…!!)」ギュッ


咲「……」ゴクッ

ガチャ

照「な、何するの…京ちゃん…!?」

京太郎「照さんが…照さんが悪いんですよ」

咲「(…え?)」

咲「(いや、ちょっと待って)」

咲「(京ちゃんがいるのは良いよ)」

咲「(だって、ここ京ちゃんの部屋だし…いるのは普通だもん)」

咲「(でも、なんで京ちゃんの部屋にお姉ちゃんがいるの!?)」

咲「(しかも、縄で完全にベッドの上に縛られて…両手両足とも動けなくなってる…)」

咲「(あ、あれってもしかして…)」

京太郎「親がいないから男の家に遊びに来るだなんて襲ってくれって言ってるようなものじゃないですか」

咲「(い、いやいやいやいや、違うよ!?ぜ、全然違うよ!?)」

咲「(た、確かにそういう展開ちょこっと期待したけど、でも、初めてはやっぱり優しいのが良いし!!)」

咲「(こ、こんな風に無理やり、エッチされるなんて流石に怖いっていうか…京ちゃんがしたいなら我慢するけど最初は優しくが…)」

咲「(って、そ、そうじゃなくって…!!)」


照「ち、違う…わ、私は別に…」

京太郎「…そう言いながらも照さんのこっちは…」ピラ

照「きゃあ」カァァ

京太郎「ほら、やっぱりピンク色のやらしい下着つけてるじゃないですか」

京太郎「これ、勝負下着って奴ですよね?」

京太郎「やっぱり本当はこういうの期待してたんでしょ?」

照「そ、そんな事ない…っ」モゾモゾ

咲「(わ、わぁ…お姉ちゃん凄い…)」

咲「(普段、キャラものパンツなのに…あんな下着も持ってたんだ…)」

咲「(シースルーで大事なところの手前までスケスケ…)」

咲「(私も、今日のために下ろした下着履いてきたけど…流石に負けちゃうかも…)」ゴク

咲「(って見とれてる場合じゃない…!!)」

咲「(こ、これ、絶対、レイプの現場だよ!!)」

咲「(幸い京ちゃんはまだお姉ちゃんに何もしてなくて未遂止まりみたいだし…)」

咲「(ここは幼馴染である私が止めないと…!!)」

咲「な、何してるの京ちゃん!」バーン

京太郎「え?」

照「…ん?」


京太郎「さ、咲!?こ、これはえっと…」

咲「ダメだよ、京ちゃん!!」

咲「幾らお義父さん達がいなくてムラムラしてても、お姉ちゃんの事レイプするなんて人として絶対にやっちゃいけない行為なんだから!!」

咲「と言うか、お姉ちゃんみたいに貧乳で将来性のない身体の人よりも私の方が良いと思うな!!!」

咲「私だったらお姉ちゃんよりも若いし、ちゃんと育ててくれば大きくなる可能性があるよ!!!!」

照「…へぇ」ギュルル

咲「…あ、あれ、お姉ちゃん…?」

咲「な、なんで…?さっきまで縛られてたんじゃ…」

照「縛られてたよ」

照「…ただ、それは私でも簡単に解けるような縛り方だったってだけで」

咲「え、えっと…つまり…?」

照「…全部、同意の上のプレイ」

咲「はぃ?」

照「…ちゃんと言わなきゃ分からない?」

照「京ちゃんと私は…貧乳で将来性のない扱いされた私は付き合ってるって事」ニコ

咲「ええええええええええええええ!?」


咲「な、なんで!?って言うか何時から!?」

照「…付き合ったのは一年くらい前から」

照「告白したのは私で、キッカケは咲と仲直りしたインハイ」

照「あの後、京ちゃんとも再会して…まぁ、色々と連絡取ってる間に初恋を完全に思い出したから」

照「それで玉砕覚悟で告白したら…京ちゃんからオッケー貰って今に至る」

咲「わ、私、全然、聞いてないんだけど!?」

照「…私は別に咲に言っても良かったんだけど」

京太郎「さ、流石に俺が無理かなって…」

京太郎「お前のお姉さんと付き合ってます…なんてシラフじゃ恥ずかしくて言えねぇよ」

咲「そ、それは…そうかもしれないけど…で、でも…」

照「…つまり今の咲はおじゃま虫」ニッコリ

咲「うっ…」

照「私と京ちゃんのエッチ邪魔した上に…酷い事も言ってくれたよね?」

咲「そ、それは…え、えぇっと…」メソラシ

照「…これはオシオキが必要」

咲「お、オシオキって…え、ちょ、お、お姉ちゃん待っ…!?」


咲「な、なんで私まで縛られてるの!?」

照「…咲が邪魔してくれた所為で最初からやり直しになったし」

照「ついでだから大幅にシナリオを書きなおそうかなって」

咲「し、シナリオって…」

照「最初は京ちゃんのお世話しに来た私が京ちゃんの事を無意識に誘惑してしまって」

照「そのままレイプされちゃうんだけどその最中に自分の気持ちを伝えて、恋人同士になるって言う筋書きだったんだけど」

咲「(私と考えてた事が殆ど一緒だ…!)」ガーン

照「…でも、折角だから咲にもエキストラになって貰おうかなと」

咲「わ、私も…!?」

照「ん。主な筋書きはこう」

照「まず京ちゃんは近所でも美人な私を目当てに押し入った強盗で、まずどんくさい咲を人質にとる」

咲「ど、どんくさくないもん!」

照「で、そこに私が帰ってきて、どんくさい妹を護る為、強盗の京ちゃんにエッチな事されちゃう」

照「最初は嫌がってるんだけど、後の方はドンドン感じちゃって、妹の前でトロトロアヘアヘになってく」

咲「…え、えっと…つまり私は…舞台装置って事?」

照「ん」ニッコリ


京太郎「って、本気ですか…?」

京太郎「幾ら何でもそりゃやりすぎだと思うんですけど…」

照「…大丈夫。咲だし、お菓子をあげればすぐ忘れる」

咲「それはお姉ちゃんでしょ!?」

照「それに…京ちゃんのココはそうは言ってない…♪」ススス

京太郎「う…」

照「ふふ…♪今日の為に一杯、溜め込んでくれてたんだよね…♥」

照「ズボン越しなのに…京ちゃんがもうしたくてしたくて堪らないのが分かるよ…♪」

照「咲の前だって言うのに…こんなにギンギンにしちゃって…いけないオチンポ…♪」ペロ

照「でも、今日の私は京ちゃんにレイプされちゃう方なんだから…エッチな事はしてあげられないよ…♥」ナデナデ

照「精々、こうして京ちゃんのオチンポをナデナデしてあげる事だけ…♪」スリスリ

京太郎「て、照さん…っ」ゴク

照「だから…エッチな事したかったら…京ちゃんからするしかないんだよ…♪」

照「咲に見せつけるように…私の事、レイプするしかないの…♥」


京太郎「お、俺は…」

咲「京ちゃん、気持ちを強く持って!!」

咲「お姉ちゃんの誘惑になんか負けちゃダメだよ!!」

咲「そ、それに…ほ、ほら、お姉ちゃんは胸小さいし、京ちゃんの好みじゃないでしょ!!」

咲「ちゃんと良く考えれば、すぐに冷静に…」

照「咲は何も分かってない…」

咲「…どういう事?」

照「…京ちゃんはね、私に一杯、エッチな事してくれたよ…?」

照「咲が素直にならなかった間、一杯一杯、仲良くなって…♥」

照「二人で気持ちよくなってたんだから…♪」

咲「…っ!」グッ

照「…私と京ちゃんの身体の相性は最高…♥」

照「それを京ちゃんも良く分かってくれてるんだよ…♪」

照「だから…そんな事言っても、まったくの無意味…♪」

照「京ちゃんは…私の事を絶対にレイプしてくれる…♥」

照「咲はそこで…それを見てれば良い…♪」チュゥ

京太郎「ん!?」



咲「(う、うわ…お、お姉ちゃん、京ちゃんの頭を抱き寄せてキスしてる…)」

咲「(結構、身長差あるのに…あぁすれば自分から京ちゃんとキスできるんだ…)」

咲「(というか…し、舌使いがすっごいよ…)」

咲「(ここからでも分かるくらい舌が大きく…そしてねっとりと動いて…)」

咲「(二人の間で…絡みついてる…)」

咲「(お、お姉ちゃん…本気だ…)」

咲「(クチュクチュペロペロって…そんな音まで聞こえてきそうな…ほ、本気のチューしてる…)」

京太郎「…っ」ギュゥ

照「ふ…ぅぅ…♪」

咲「(あぁ…!だ、ダメだよ、京ちゃん…!!)」

咲「(幾らお姉ちゃんにすっごくエッチなキスされてても…そ、そんな風にお尻揉んだりしちゃったら…)」

咲「(絶対にエッチな気分…止められなく…なる…)」

咲「(お姉ちゃんの目論見通り…レイプしちゃう事になるよぉ…)」ゴクッ


照「んぅ…♥」チラッ

咲「(ぐぬぬぬぬ…お、お姉ちゃんってば思いっきり勝ち誇った顔をして…!!)」

咲「(べ、別に私、そんなの羨ましくないし…悔しい訳じゃないもん…!!)」

咲「(そもそも…悪いのは京ちゃんがスケベな事にあるんだから…!)」

咲「(女の子からあんな事されちゃ止まれなくなっちゃうのも当然だよ)」

咲「(…お姉ちゃんが特別って訳じゃない)」

咲「(私だって…私だってあんなキスすれば…京ちゃんにお尻揉んで貰えるもん)」

咲「(モミモミグニグニって…スカートの上から味わうような手つきで…)」

咲「(お尻の間に指入れて…隅から隅まで弄ばれて…)」

照「ふあ…っ♪」ビクン

咲「(お、お姉ちゃん…気持ちよさそう…)」

咲「(あんなエッチな声まであげて…腰ぴくんって揺らしてるし…)」

咲「(お尻なのに…そんなに感じちゃうの…?)」

咲「(ただ揉まれてるだけなのに…そんなにエッチになっちゃうの…?)」


京太郎「…照さん」

照「ふぁぁ…♪京ちゃ…ぁん…♥」トローン

照「お願い…♪咲には…手を出さない…でぇ…♥」

照「私には…何をしても…良いからぁ…♪」

照「エッチな事…何でもしてあげるから…♪」

照「だから…妹だけは…妹だけは見逃してあげて…ぇ♥」

京太郎「…………分かりましたよ」

京太郎「まったく…完全に根負けしました」

京太郎「照さんが…いや、照がそう言うなら望み通り…」

京太郎「咲の分まで、犯してやるよ」グッ

照「ひぃ…んっ♪」

京太郎「あれ?おかしいな?」

京太郎「…妹の為に…なんて言ってる割にはもう乳首はビンビンになってるじゃないか」クニ

照「くふゅぅっ♪」ビクン

京太郎「小さい胸だってのに…乳首だけは一丁前に育てやがって」

京太郎「これは間違いなく淫乱女の乳首だな」


照「ち、違…うぅ♪私…淫乱なんかじゃ…っ♪」

京太郎「違うって言うなら、この乳首は何なんだよ?」スッ

京太郎「ほらみろ、もう服の上でも浮かびあがるくらい大きくなってるじゃねぇか」

京太郎「これからレイプされるってのにこんなにエロ乳首勃起させてて何が淫乱じゃないだよ」

京太郎「ドラフト一位に指名された若手ナンバーワンプロとして脚光を浴びてる中でも、本当はこういうの期待してたんだろ?」

京太郎「誰もが賞賛する自分を犯して、穢して欲しくて堪らなかったんだろ?」

照「ち、違…うきゅぅっ♪」

京太郎「まぁ、いいさ」

京太郎「照の大事な妹は俺の手の中なんだ」

京太郎「これからその淫乱な本性をむき出しにしてやる時間はたっぷりある」

京太郎「終わった後、さっきと同じセリフが吐けるかどうか楽しみにしてるよ」

照「あ…あぁぁぁ…っ♪」ブルル

咲「(…京ちゃんもお姉ちゃんもキャラ変わりすぎだよ…)」

咲「(って言うか…もう殆ど二人の世界に入っちゃってるし…)」

咲「(さっきお姉ちゃんが言ってたように…私なんてほぼ舞台装置なのだね…)」

咲「(正直…かなり腹立たしいし…悔しいけど…でも…)」


京太郎「ほらほらほらほらっ」グチュグチュ

照「や、やめっ♪もぉやめてえっ♥」

照「アソコグチュグチュしないでっ♪そこダメなのおっ♪」

照「またすぐイっちゃううっ♪イきすぎちゃうううっ♪」

照「Gスポゴリゴリされるとダメになるのぉおっ♥」

京太郎「はは。何がダメになるだよ」

京太郎「大股開きで俺の指受け入れてる時点でダメもクソもあるか」

京太郎「もうとっくの昔に照の身体は堕ちてるんだよ」

照「お、堕ちてないいっ♪れ、レイプされて堕ちるはず…ないぃいっ♪」

京太郎「本当に強情な奴だな」

京太郎「じゃあ…ハッキリと身にしみて分かるまでイかせてやるよっ」ジュポジュポ

照「ひうぅううぅううううっ♪」

京太郎「ほら!イけ!!またイっちまえ!!」

照「だ、ダメえええっ♪ま、また出るうううっ♪♪」

照「そんな激しくされたら、お潮出るぅううっ♪潮吹きアクメしちゃっ…♪♪」ビクンビクン

照「ああぁああぁああああああ」プッシャアァ


咲「(…目をそらせない)」

咲「(二人はもう完全に二人の世界に入ってて…私の事なんてまったく意識してないのに…)」

咲「(完全にエッチな事しか頭にない二人を見ている理由なんてないのに…)」

咲「(でも、二人の事を意識から切り離すどころか、目を閉じる事すら出来なくて)」

咲「(まるで魅入られたように…レイプされるお姉ちゃんを見続けている…)」

咲「(こんなの…こんなのおかしい)」

咲「(幾らそういうプレイでも…妹の前でこんな事するなんて普通じゃない)」

咲「(そう思う気持ちは私の中にも確かにあるのに…でも、私は声すらあげられかった)」

咲「(勿論…さっき一回、邪魔したとは言え、私に二人のプレイを尊重する理由なんてないし)」

咲「(悔しい気持ちは間違いなくあるから…幾ら邪魔しても問題ないはずなのに…)」

咲「(ここで自分が声をあげてしまったら、二人のエッチが終わってしまうかもしれない)」

咲「(そう思ったら…私の唇は動く事をやめてしまって)」

咲「(ただただ…姉と幼馴染のセックスを見ている事しか出来なかった)」


照「はー…♪はぁ…あぁぁ…♪」ピクン

京太郎「どうだ?少しは自分の淫乱さ加減が分かったか?」

照「く…うぅぅ…ん…っ♥」フルフル

京太郎「そうか。じゃあ…やっぱりコレが必要みたいだな」ボロン

照「あぁ…っ♥♥」

咲「ひあ…っ」ビク

咲「(え、ちょ…な、何あの大きいの!?)」

咲「(京ちゃんのへそに届くくらい大きい上に、私の手首くらい太いんだけれど…!!)」

咲「(あ、あんなの本当に女の子の中に入るの…!?)」

咲「(あんなの挿入れようとしたら絶対に避けちゃうよ…!!!)」ビクビク

照「や…止めて…ぇ♪そ、そんな大きいの…絶対に…入らない…♥」チラッ

照「私…き、きっと壊れちゃう…から…♪」ドキドキ

京太郎「そう言う割りにはさっきからチンポチラチラ見てるじゃないか」

京太郎「…本当はもう待ちきれないんだろ?」

京太郎「指じゃもう物足りなくなって、チンポが欲しくなってたんじゃないのか?」

照「そんな事…な、ない…ぃ♪」フルフル


京太郎「じゃあ、仕方ないな」

照「…え?」

京太郎「照が要らないって言ってるのに押し売りするのも可哀想だからな」

京太郎「コイツは妹の方に慰めてもらうとするよ」

咲「…ふぇ!?」ビックリ

咲「(こ、ここここここで私に話がクるの…!?)」

咲「(い、いや…べ、別に嫌って訳じゃないけれど…や、やっぱり怖いというか…)」

咲「(私と殆ど体格変わらないお姉ちゃんでも、京ちゃんと何度もエッチしてるらしいし…)」

咲「(それに何だかんだで私も結構濡れちゃってるから…挿入出来なくはないと思うけど…)」トロォ

咲「(で、でも、もう少し心の準備が欲しいって言うか…わ、私、キスもまだだし…)」

咲「(出来れば、エッチする前にファーストキスだけでも奪って貰えれば…そ、その抵抗する理由はなくなるんだけれど…)」モジモジ

照「だ、ダメ…!い、妹には手を出さない約束…っ!!」

京太郎「…だったら分かるよな?」

照「あ…うぅぅぅ…♥」カァァ

咲「(…ですよねー)」

咲「(まぁ…分かってたけど…予想の範疇だったけれども…)」

咲「(でも、一瞬、期待させてのそれは酷いと思うな…)」


咲「(というか…さっきお姉ちゃん一瞬、マジで焦ってたし…)」

咲「(本気で私と京ちゃんをエッチさせたくないんだ…)」

咲「(まぁ…そりゃお姉ちゃんは京ちゃんと付き合ってる訳だし…こんなイメージプレイするくらい惚れ込んでるんだろうけれども…)」

咲「(…でも、完全に巻き込まれてる私の気持ちも考えて欲しい)」

咲「(さっきからあんなに激しいエッチ見せられて…私だって興奮してるんだもん…)」

咲「(ちょっとくらいおこぼれくれても良いと思うな…)」ムスー

照「く…くだ…さい…♪」フルフル

京太郎「何をだ?」

照「お、オチンポ…ぉ♪京ちゃんの…オチンポです…っ♪」

照「京ちゃんの指で連続アクメさせられて…潮吹きまでしちゃった私のトロトロオマンコにぃ♥」

照「京ちゃんのオチンポ待ちきれなくて、キュンキュン疼いてる私の子宮にっ♪」

照「私の大好きな京ちゃんチンポねじこんでくださいいっ♥♥」クパァ

京太郎「…いや、素に戻りすぎじゃないっすかね?」

照「だ、だって…もう…我慢出来なかった…♥」

照「京ちゃんに手マンされてる最中も、ずっとオチンポの事考えてたんだもん…♥」

照「我慢できるはず…ないぃ…♪♪」フルフル


京太郎「…まったく、本当に照さんはエロいんですから」

照「…エッチなお姉さんは嫌い?」

京太郎「勿論、大好きですよ」

京太郎「だから…」グッ

照「あ…ぁ…っ♪」ドキッ

京太郎「お望み通り…奥まで一気にチンポくれてやります…よ!!」ジュプゥ

照「ひぃい゛いいいいいいいいいっ♪♪♪」ビククン

京太郎「すっげ…マジトロトロですね…」

京太郎「何時もは挿入れた時、キツイって感じなのに、もう滑るように奥まで入りましたし」

京太郎「よっぽど俺のチンポ欲しかったんですね、照さん」

照「ほ…お゛おぉおおっ♪♪お゛おぉおぉおおっ♪♪♪」

京太郎「って、イきすぎて聞こえてないか」

京太郎「相変わらずホント、チンポに弱い身体してますよね」

京太郎「でも…そんなところ見せられると…男としては我慢出来なくなるんです…よ!」グチュゥ

照「~~~~~~~~っ♥♥♥」


照「あ゛っ♪あ゛っ♪♪あ゛ぁぁぁあっ♪♪♪」

京太郎「ほら、妹の前でレイプされる気分はどうだ…!?」

照「や、やめええっ♪い、今、イってりゅうぅううっ♥♥」

照「イっへるのおおっ♪♪オマンコがチンポアクメしてりゅかりゃあっ♪♪♪」

照「てかへ…っ♪手加減しへえっ♪♪」

照「しょんな激しくジュポジュポしにゃいでえええっ♥♥」

京太郎「だったら、今、どういう気分か言えるよな…!?」

照「は…はひぃっ♪♪」

照「は、恥ずかしい…けど…っ♪気持ち良ひれすうううっ♪♪」

照「妹の前でチンポハメハメしゃれるの興奮すりゅうううっ♥♥」

照「チン負けしてアクメ顔しゃらすの良いのぉおっ♪♪」

照「わ、わらひ…い、淫乱女りゃからぁあっ♥♥」

照「京ちゃんのオチンポに絶対勝てにゃいチン弱女にゃのおおっ♪♪♪」

照「オチンポ奥ちゅかれる度にイッてるううううっ♥♥」

照「もう子宮堕ちひゃったああっ♪♪♪」

照「レイプチンポで一突きしゃれただけで…私、ダメににゃったのぉっ♥♥♥」

咲「…っ」ゴクッ


咲「(…す、凄い…)」

咲「(お、お姉ちゃんの顔…一瞬で変わっちゃった…)」

咲「(京ちゃんがあ、アレを挿入れた瞬間、顔がもうドロォってなって…)」

咲「(一目で分かるくらいエッチな顔に…発情した顔に…染まっていっちゃった)」

咲「(お姉ちゃん…あんまり表情が豊かな方じゃなかったのに…)」

咲「(でも、今はそんな事何処かに置き忘れたように…思いっきり気持ちよくなって…)」

咲「(恥ずかしい事も…一杯…一杯言ってる…)」

咲「(あんなの…もう人間の姿じゃないよ)」

咲「(これ…もう…メスになってる…)」

咲「(理性も何もなくして…本能だけが残った…ホモサピエンスのメスだよ…)」ハァハァ

京太郎「はは。やっぱり照は淫乱女だったんだな」

京太郎「しかも、妹にアクメ顔見られて喜ぶ露出狂だった訳だ」

京太郎「だったら…こういうのはどうだ…!?」グイッ

照「ひああああっ♪♪」

咲「ふあ…っ!?」ビックリ


咲「(こ、ここここここれは流石にやり過ぎじゃない…!?)」

咲「(お姉ちゃんのエッチな顔とか…ビンビンになった乳首とかメじゃないレベルで過激なんだけど…!!)」

咲「(あの大きな京ちゃんのオチ……ンチンがジュポジュポってお姉ちゃんの中に入っていくのが至近距離で見えて…っ)」

咲「(時々、お姉ちゃんのエッチなお汁が飛んできちゃってるよ…!?)」

照「や…らああっ♪これ咲の上ぇえっ♥上…えぇええっ♥♥」

照「見えりゅうぅっ♥♥これ…私の恥ずかしひとこりょ見られひゃうううっ♪♪♪」

照「ジュポジュポしゃれてイくところ全部…っ♪♪全部…ぅぅううっ♥♥」

京太郎「遠慮すんなよ。本当はそういうのが好きなんだろ?」

京太郎「実際…さっきから照のここはキュンキュン締まって、気持ち良いって言ってるぞ」

京太郎「それに…ほら…っ」グリィ

照「はお゛おぉおぉおおおぉおおおっ♪♪♪」

京太郎「もうポルチオじゃなくて、普通に膣壁にチンポ押し当てられるだけでもアクメしてるじゃねぇか」

京太郎「本当はあっちもこっちもイきまくりでもう理性なんて吹っ飛んでるんだろ?」

京太郎「ちょっとチンポで強めに擦っただけでこんなアクメ声出すのに、人間ぶっても滑稽なだけだ」

京太郎「淫乱女は淫乱女らしく淫語漏らしてアヘってりゃ良いんだよ!!」グッチュゥゥゥ

照「ひぐううぅううぅうううううっ♪♪♪」


照「い゛ひぃいっ♪♪ひぃ…あ゛あぁあ゛っ♥♥」ビチャビチャ

咲「はぁ…はぁ…っ」ゴク

京太郎「ほら、妹に自前のアクメ汁がぶっ掛かってんぞ?」

京太郎「人間振るなら何か言う事があるんじゃないか?」

照「あぁ…あぁあっ♪♪ごめ…ごめんね…咲ぃっ♥♥」

照「お、お姉ちゃんの愛液…ぃっ♪本気汁…垂らしちゃって…ぇえ♥♥」

照「で、でも…もぉ…もう無理…ぃい♪無理にゃの…おぉおっ♥♥」

照「アクメ汁止めらんにゃいいっ♪♪オチンポしゃま強すぎるのぉおっ♥♥」

照「オマンコがもぉ何処でもイっへるうぅうっ♪♪オチンポこしゅれるとすぐオマンコがアヘりゅのおおっ♥♥♥」

照「わらひのご主人様は京ちゃんれ…もぉ身体が言う事聞いてくれにゃ…ひからぁあっ♪♪」

照「だから…っ♪だか…りゃぁあ♥♥」グリィ

京太郎「はは。おい、どうしたよ?」

京太郎「あの宮永照がレイプされてるってのに自分から腰動かすなんてさぁ」

照「も、もっとぉおっ♪♪もっとオチンポくだしゃいいいっ♥♥♥」

照「わらひは淫乱にゃんですううっ♪♪京ちゃんとのエッチらいしゅきなのおおっ♥♥♥」

照「らから…ぁ♪オチンポぉっ♪♪オチンポもっとぉ♪♪♪」

照「壊れりゅくらいジュポジュポ欲しいのぉおっ♪♪」

照「妹の上とか関係にゃいいいっ♪♪♪」

照「妹よりもオチンポの方が大好きなんですううっ♥♥♥」

咲「お、お姉ちゃん…っ」


京太郎「仕方ないな」

京太郎「そんなにオネダリされちゃ…俺としても本気にならざるを得ない…し!」パンパン

照「あ゛あ゛ぁぁあああああっ♪♪♪」

照「う、嬉ひいいいっ♪♪オチンポ嬉ひいですうううっ♥♥♥」

照「京ちゃんの本気ピストンぅううっ♪♪種付けエッチぃいいっ♪♪♪」

照「らいしゅきいいっ♥♥これホントらいしゅきなのぉおっ♥♥♥」

照「お菓子よりもずっとずっと甘くて気持ち良ひいぃっ♪♪♪」

照「これしゃえあればお菓子要らにゃいのぉおっ♥♥」

照「京ちゃんらけで良いっ♪♪」

照「京ちゃんらけでわらひ幸しぇええっ♥♥♥」

京太郎「…俺も照さんがいてくれるだけで幸せですよ」

咲「…っ」ズキ

照「あぁああっ♪京ちゃんっ♥♥京ひゃあぁああんっ♥♥♥」

照「今、しょんな事言ったららめえっ♪♪♪」

照「幸せイキしゅるううっ♥♥」

照「レイプしゃれてるのにラブラブアクメしひゃうのぉおおっ♪♪♪」


京太郎「もう完全、素じゃないっすか」

京太郎「そもそもこれ合意の上の偽レイプなんで、ラブラブアクメして良いんです…よ!」

照「良い…のぉっ♪♪本当に良いのぉおっ♥♥♥」

照「わらひ…しゅるよぉおっ♪♪京ちゃんの事らいしゅきだからしひゃううっ♥♥」

照「しゅきって言われるらけでラブラブアクメぇっ♪♪幸せアクメになりゅうぅう♪♪♪」

京太郎「えぇ。良いですよ」

京太郎「俺は大好きな照さんに一杯、幸せになってもらいたいですから」

京太郎「幾らでも好きって言います」

照「~~~~~~っ♥♥♥」キュゥゥゥン

京太郎「ちょ、て、照さん…締めすぎ…」

照「む、無…りいぃいいっ♪♪♪」

照「京ちゃんが好きって言う前かりゃ、わらひアクメ漬けなんらよおおおっ♥♥」

照「い、イキっぱにゃしいいっ♪♪アクメ天国うぅううっ♥♥♥」

照「にゃのに好きなんて言われたら…か、身体が止まりゅはずないぃっ♪♪♪」

照「子宮が京ちゃんのザーメン欲しがってりゅぅうう♥♥♥」

照「京ちゃんの赤ひゃん欲しくて、オマンコがラブラブモードににゃったのぉおっ♪♪♪」


京太郎「で、でも、照さん、このままじゃ俺、本当に…!」

照「らいじょうぶぅうっ♪らひてええっ♥♥」

照「このままわらひに種付けひてええっ♪♪♪」

照「良いのぉっ♥♥京ひゃんなら何時でも何処でもらいじょうぶぅうっ♪♪♪」

照「わらひの子宮はいちゅだって京ちゃんの赤ちゃん孕み頃だかりゃあっ♥♥」

照「らからぁっ♪射精ぃいっ♥♥膣内射精ひてええっ♪♪♪」

照「京ちゃんのザーメンで…私をママにして欲しいのぉおっ♥♥♥」

京太郎「…っ!照…さん…!」パンパン

照「ほお゛お゛おぉっ♪♪♪」

照「らしゅとおおっ♪♪ラストスパートぉおっ♥♥♥」

照「分かりゅうぅっ♪♪お、オチンポ大きくにゃって…射精したいひたいって言ってりゅぅうっ♥♥♥」

照「わらひの事はらませたがってりゅのが京ちゃんの身体じぇんぶから伝わってくりゅのぉおっ♪♪♪」

照「しあわ…しぇえっ♥♥わらひ…今、とっても幸へええっ♥♥♥」

照「幸せしゅぎて…まらアクメすりゅうううっ♪♪♪」

照「幸せアクメぇえっ♥♥オマンコとは違う絶頂ぉおおっ♪♪♪」

照「京ちゃんのオチンポで心も身体もイくぅううっ♪♪」

照「イくイくイくイくイくイくイっぐううぅううううぅうううううううう♥♥♥」

京太郎「う…あぁ」ドッピュゥゥウ


照「~~~~~~~~~~~~~っっっ♥♥♥」ブルルルルル

咲「(…あぁぁ…本当に…京ちゃんイっちゃったんだ…)」

咲「(多分、お姉ちゃん危険日なのに…お、思いっきり射精して…)」

咲「(おくまでねじ込んだオチンチンをビクビク…ううん、ドックンドックンってさせながら射精してるのが分かる…)」

咲「(こ、こんなの…本当に…お姉ちゃん妊娠しちゃうよ…)」

咲「(まだプロになって一年目で…周りの期待も大きいのに…)」

咲「(赤ちゃん産む為に…休暇とらなくちゃいけなくなる…)」

咲「(…でも…)」

照「ふぁ…あぁぁぁ…♪♪♪あ゛あぁ゛あ゛あ゛っ♥♥♥」プシャアア

咲「(…お姉ちゃん、とても幸せそう…)」

咲「(今、自分の人生が大きく狂ってしまったかもしれないのに…)」

咲「(あんなに大好きな麻雀を止めなきゃいけなくなるかもしれないのに…)」

咲「(心の底から幸せそうで…そして気持ちよさそう…)」

咲「(まるで今が人生の絶頂期なんだってそう言うような…蕩けた顔をしてる…)」

咲「(…まぁ、蕩けすぎて私の顔の上でまた潮吹きなんてしてるわけだけど…でも…)」

咲「(…羨まし……い…)」ゴク


咲「(…なんで?なんで…お姉ちゃんなの…?)」

咲「(私は…京ちゃんの側にずっといたのに…)」

咲「(お姉ちゃんは…ついこの間、京ちゃんと再会したばっかりなのに…)」

咲「(なんで…今、京ちゃんにエッチして貰ってるのが私じゃないの…?)」

咲「(私は…どうして京ちゃんに種付けされて貰ってないの…?)」

咲「(…変…こんなの…変だよ…)」

咲「(絶対に…絶対に…おかしい)」

咲「(こんなの夢に…夢に決まってる…)」

咲「(なのに…)」キュゥゥゥン

咲「(この夢は…全然…覚める気配がない…)」

咲「(私のアソコ…もうおかしくなりそうに疼いてるのに…)」

咲「(両手が自由になっていたら…今すぐオナニーしちゃいそうなくらいウズウズしてるのに…)」

咲「(私はずっと夢の中にい続けていて…)」

咲「(でも、これは現実な訳なくって…でも…私は…っ)」


照「は…ぁ゛ぁ…♪」フラ

京太郎「っと」ガシ

照「き、京ひゃ…あぁ…♥♥」クタァ

京太郎「大丈夫。分かってますよ」

京太郎「また腰抜けたんだしょう?」

京太郎「ちゃんと照さんが回復するまで一緒にいますから安心してください」ナデナデ

照「ん…ぅ…♥♥」トローン

照「ありがと…京ちゃ…ん…♪」

照「でも…ちが…違う…の…♥」

京太郎「違う?」

照「わらひ…まだ当分…エッチ無理りゃからぁ…♪」

照「らから…今度はしゃきに…ひてあげて…♥」

照「エッチにゃ事ぉ…♪わらひにしれくれたみたいにゃ…事ぉ…♪♪」

京太郎「え?」

咲「えっ!?」


京太郎「ちょ、な、何を言ってるんですか」

照「らって…しゃきは…京ちゃんの事…しゅきなんらよぉ…♥♥」

咲「ちょっ!?お、お姉ちゃん…!?」

照「らからね…♪わらひ、一回諦めらのぉ…♪♪」

照「しゃきに悪いって思って…京ひゃんに告白しにゃかっらぁ…♪」

京太郎「照さん…」

照「れもね…♪わらひ…もう我慢出来にゃくなってぇ…♪♪」

照「京ちゃんに告白して…恋人ににゃれてぇ…♥」

照「一杯エッチもひて貰へて…種付けされて…幸せらけどぉ…♪」

照「れも…やっぱりしゃきに悪いって気持ちは…にゃくなら…ないの…ぉ♥」

京太郎「で、でも、だからって、それは浮気でしょ」

京太郎「俺が照さんの事好きだって言うのは決して軽い気持ちじゃないですよ」

京太郎「それに咲は幼馴染ですし…エッチしろって言われてはいそうですかなんて言えません」

咲「……」


咲「…ダメなの?」

京太郎「え?」

咲「お姉ちゃんでは興奮しても…私では興奮出来ない?」

咲「そんなに…私、魅力ないかな…?」

京太郎「い、いや、そういうんじゃないって」

京太郎「てか、お前、この状況、どういう事か分かってるのか?」

咲「分かってるよ。分かってるに決まってる」

咲「私は京ちゃんとお姉ちゃんがエッチする為の道具にさせられて」

咲「目の前でお姉ちゃんが犯されるところを魅せつけられちゃって」

咲「あまつさえ膣内射精してるところまでハッキリと見せられたんだよ」

京太郎「そ、その件に関しては本当に申し訳なく思っています」ダラダラ

咲「本当に悪いと思ってる?」

京太郎「はい。最中の俺は冷静じゃありませんでした」

京太郎「何でもするのでどうか許してください…」

咲「ふ、ふーん…何でもしてくれるんだ…」ゴクッ

咲「だ、だったら………その…ね」モジ


咲「(お、落ち着いて、私)」

咲「(これは間違いなく私にとって一生を左右する選択肢…)」

咲「(ここで私がどう応えるかによって…きっと京ちゃんとの関係性も変わる)」

咲「(だから、ここは一時の感情に流されたりしちゃダメ)」

咲「(折角、最高の形で京ちゃんの弱みを握ったんだから、ここは冷静に考えなきゃ…)」チラッ

京太郎「…」ビンビン

咲「…わ、私ともエッチして欲しいな」

京太郎「さ、咲…?」

咲「(ハッ…し、しまったあああああああああ!!!)」

咲「(京ちゃんのおちんちんがいまだガチガチなのを見てたらつい…)」

咲「(私もお姉ちゃんみたいに幸せにして貰えるかもってそう思っちゃって…)」

咲「(うぅぅ…こ、これも全部、お姉ちゃんが悪いんだよ…!)」

咲「(お姉ちゃんが私の目の前であんなに気持ちよさそうにするから…私も完全にスイッチ入っちゃって…)」

咲「(もう…もうこんなの絶対に我慢できるはず…ないもん…)」グッ

咲「(だから…!)」


咲「…あんな激しいエッチ見せられて我慢できるはず…ないよ」

咲「そ、それに…わ、私…私…」グッ

京太郎「…咲?」

咲「き、き…京ちゃんの事す…す………」カァァァァ

咲「スケベだって知ってるから!!!!!!!」

京太郎「……え?」

咲「(私の馬鹿ーーーーー!!!意気地なしいいいいいぃいい!!!!)」

咲「(で、でもでも…一度、言っちゃった以上は取り消せないし…)」

咲「(こ、このまま押し通すしかない…!!!)」

咲「お、お姉ちゃんもう腰砕けなのに、京ちゃんまだまだエッチしたいんでしょ?」

咲「そ、そんな状態で放っといたら…お姉ちゃん以外の人を本当にレイプしちゃうかもしれないじゃない?」

咲「そうなったら…ほ、ほら、未来の義妹としては色々と体面も悪いし…」

咲「そ、それに、もし、これでお姉ちゃんが妊娠したら京ちゃんはずっと我慢し続けなきゃいけなくなるもんね」

咲「でも、この状況でもガチガチになってる京ちゃんが我慢できるはずないし…浮気とか絶対するに決まってる」

咲「だから…わ、私がその分を受け止めてあげる」

咲「お姉ちゃん公認の浮気相手として…き、京ちゃんとエッチ…する…よ」カァァァァ


照「…咲の意気地なし」ポソ

咲「う…うぅぅう!お姉ちゃんは黙ってて!!」

京太郎「い、いや…つか…え?…いや、えぇ…!?」

咲「…もう。まだそんなに狼狽えてる…」ムスー

咲「……じゃあ、シナリオ変更で良いよ」

京太郎「シナリオ変更って…?」

咲「さっき京ちゃんとお姉ちゃんがやってた奴の続き」

咲「…お姉ちゃんをレイプしても飽きたらなかった京ちゃんは今度はお姉ちゃんの前で私をレイプするの」

咲「そもそも京ちゃんは見境ない強姦魔なんだから、縄で縛り付けてる美人な妹を放っておけるはずないし」

京太郎「酷い言われようなんだけど」

咲「…私の前でお姉ちゃんとエッチしてた時点で反論の余地はないと思うな」ジト

京太郎「お、おっしゃるとおりで…」ダラダラ

咲「…まぁ、別にその程度で私は京ちゃんの事嫌いになったりしないけどさ」

咲「ならないけど…でも、その…私だって女の子…なんだよ?」カァァ

咲「こういう事言うのがどれだけ恥ずかしいかくらい…分かってくれるでしょ?」プイ

京太郎「…咲」

咲「………だから、私もお姉ちゃんみたいに…して?」

咲「お姉ちゃんみたいに…京ちゃんのおちんちんに逆らえない…女に…して欲しいな」モジモジ







































(省略されました。続きを読むにはワッフルワッフルと書き込んで下さい)

全然イメージが浮かばないのは俺の妄想力が足らないからだろうか。

どうせ書くなら本編で登場したキャラで置き換えてif形式で書いて欲しかったな
脈絡無く照が出てきてストーリー始まったからファッ!?てなったわ

あ、それはそれとしてエロはすごく良かったです(小並感)
ホモサピエンスのメスとかいう表現を思いつく>>1はやっぱりどこかおかしい(誉め言葉)

ところでなんで誰も咲のお義父さん呼びに突っ込まないんですかねェ…

>>299
正直、ワッフルオチにすると決めて、一回の投下で最後までいかなきゃ(使命感)と思った所為で、色々と描写が薄い部分があるなーとは私も思います
エロ部分も大分端折っちゃって大分、想像力に任せる形になっちゃってるのは申し訳ありませぬ(´・ω・`)ゴメンナサイ

>>316
そんな事言われたら、このスレで
以前付き合っていた怜と同窓会で再会して、竜華と結婚したのを知りつつも一夜の過ちを犯してしまい、
完全に当時の気持ちを思い出した怜から竜華の事を調教するように頼まれる京ちゃんとか
ふたなりなんだけど色々あって京ちゃんと付き合ったのどっちが初めてのセクロスでマジカル☆チンポに堕とされてしまい、
もう射精出来なくなるくらいオマンコでアヘらされ、本当の男の逞しさを子宮に叩きこまれたのどっちが自分はふたなりじゃなくて女の子だったんだと思い知らされるところとか
仕事に疲れて帰ってきた京ちゃんをほぼ通い妻状態のキャップが出迎えて、食事からマッサージから甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、
気持ち良くて身体がリラックスした京ちゃんの上にまたがって優しく性欲処理までしてくれるところとか
シルバーウィークと言う事で思いっきり食材や消耗品を買い込み、完全に引きこもりの準備を整えた後、
同棲中の憧と一緒に全裸になって食事中もお風呂も寝る時もずっとセクロスしっぱなしの爛れた休日を過ごす大学生京ちゃんとか
ミーハーな豊音と一緒にラブホテルに行ったら、まるでお城のような内装が気に入って週末のデートの終わりは大抵、ラブホに行く事になり、
その大きくて豊満な身体に精一杯のご奉仕をされながら、イチャイチャセックスする京ちゃんとか書けないじゃないか!!!

まぁ、そういうファッ!?って言う反応を期待したんですが、確かに咲を出した以上、ややこしかったですね(´・ω・`)ゴメンナサイ
次からは本編関係ない小ネタの時はちゃんと告知するようにします


そして多分、明日には投下出来れば良いかなって…(´・ω・`)正直、ちょっと展開的に迷ってるので伸びる可能性も少なからずありますが


京太郎「ふぁぁぁ…ねっみ…」

京太郎「(昨日、殆ど眠れなかったからなぁ)」

京太郎「(このままだと授業中にちょっと眠っちゃいそうだ…)」

京太郎「(でも、流石にそれは…なぁ)」

京太郎「(別に成績なんてどうでも良いけど…でも、俺は昨日、ユキに告白してOKを貰えた訳で)」

京太郎「(折角、彼氏彼女の関係になれたユキの前で情けない姿を見せたくはない)」

京太郎「(幾らテンション上がりすぎて眠れなくなってたって言っても、やっぱり幾らか幻滅されちゃうだろうしなぁ)」

京太郎「(だから、せめて昼まではこの眠気に抗わないと…ってアレは…)」

由暉子「…」スタスタ

京太郎「(あそこにいるのはラブリーマイエンジェルユキたんじゃないか)」

京太郎「(特に約束なんてしてないのに通学路で出会えるなんて…これはやはり運命だな!!)」

京太郎「(…ってそれはさておき、何か真剣な顔で雑誌読んでるけど…何を読んでるんだろ?)」

京太郎「(まぁ、いいや。とりあえず話しかけて聞いてみよう)」

京太郎「おっす、ユキ。おはよう」

由暉子「あ、京太郎君、おはようございます」


京太郎「まさかこんなところで会えるなんて奇遇だな」

由暉子「そうですね。運命を感じます」ニコ

京太郎「お、おう」カァ

京太郎「(…こういう事、真顔で言ってみせるんだから卑怯だよなぁ)」

京太郎「(いや、まぁ、俺も同じこと思ってたけどさ)」

京太郎「(でも、やっぱり彼女から運命だなんて聞かされるとやっぱり照れくさいし恥ずかしくなる)」

京太郎「でも、そんな風に本を読みながら歩いてると危ないぞ」

由暉子「ごめんなさい。興味深い本だったのでつい…」

京太郎「へぇ。そんなに面白いのか」

由暉子「面白い…と言うよりも勉強になります」

由暉子「京太郎君も読みますか?」スッ

京太郎「えーっと…なになに…」

つ【ゼクシィ】

京太郎「…………え?」


京太郎「(…あれ?おかしいな)」

京太郎「(俺とユキってつい昨日、付き合ったばかりじゃなかったっけ?)」

京太郎「(それなのに、なんでゼクシィなんて読んでるんだ…!?)」

京太郎「(い、いや、まぁ、俺もユキとの結婚は嫌じゃないけど、流石に早すぎるって言うか…)」

京太郎「(一足飛びどころかロケットレベルでかっ飛んでいる気がするんだけど!!?)」

由暉子「やっぱりキリスト系の学校に通っている以上、やっぱり結婚式は教会がいいと思いますが…」

由暉子「こうして見ていると白無垢姿にも惹かれます」

京太郎「ゆ、ユキならどっちも似合うと思うぞ」

由暉子「ありがとうございます」テレ

由暉子「でも…それならどっちにするか余計に迷ってしまいますね…」

由暉子「あ、そうだ。この辺りにもオススメの結婚式場があるみたいなんで週末一緒にいきませんか?」

京太郎「お、おう。大丈夫だぞ」

由暉子「ふふ。では、楽しみにしていますね」ニコ

京太郎「(…何故か初デートが結婚式場見学になった件について)」

京太郎「(いや、もうなんでこんな事になったのか不思議で不思議で仕方ないけど…)」

京太郎「(まぁ、ユキが喜んでくれてるなら良いか)」




~また別の日~

由暉子「…」ヨミヨミ

京太郎「ちーっす。ってアレ?」

由暉子「あ、京太郎君。こんにちは」

京太郎「おう。今日はまだユキだけか?」

由暉子「はい。皆さん、今日はちょっと遅れるみたいです」

京太郎「そっか。…なんか気を遣わせちゃったかな?」

由暉子「そんな事ないと思いますよ」

由暉子「きっとたまたまだと思います」

京太郎「(…たまたまで俺達以外の部員皆が遅刻したりなんかするかなぁ…)」

京太郎「(まぁ…若干、天然入ってるユキにその辺、言ってもきっと理解はして貰えないだろうし)」

京太郎「(最近、部活動で忙しくて中々二人っきりになれなかった俺達へのご褒美だって思うようにしよう)」

京太郎「ところでまた真剣な顔で本を読んでたけれど、何を読んでたんだ?」

由暉子「はい。これです」スッ

つ【リプラン】:北海道の住宅情報誌

京太郎「……え?」


由暉子「やはり北海道でも一軒家を建てると言うのはかなりの金額が必要みたいですね」

由暉子「この辺りは下手に安く済ませようとすると隙間風で文字通り凍えてしまいますし…」

由暉子「断熱材その他には手を抜けません」

京太郎「お、おう」

由暉子「それに建てるならやっぱり子ども部屋なんかもあった方が良いでしょうしね」

由暉子「出来れば二人は欲しいので、後々の為に三部屋…欲を言えば四部屋欲しいです」

由暉子「京太郎君との寝室は一つで良いにせよ、子宝に恵まれるかもしれませんし」

由暉子「なので、最低でもこのクラス…欲を言えばこれくらいの家は建てたいですね」

京太郎「(…ユキが指差してるの数千万とか言う俺の知らない桁の家なんだけれどな)」

京太郎「(いや、まぁ、いずれ俺も自分の家は持ちたいし、ローンで支払っていく事になるんだろうけれども…)」

京太郎「(しかし、目の前で結婚を前提とした家の話をされるとは思ってなかった…)」

由暉子「あ、でも、京太郎君も書斎とかあった方が良いですよね」

由暉子「となると…もう一つクラスが上がってしまいそうですが…」ムムム

京太郎「…とりあえず子どもが出来るまで子ども部屋を書斎にすれば良いんじゃないか?」

由暉子「なるほど。京太郎君は賢いですね」ニコ

京太郎「お、おう」

由暉子「やはり北海道でも一軒家を建てると言うのはかなりの金額が必要みたいですね」

由暉子「この辺りは下手に安く済ませようとすると隙間風で文字通り凍えてしまいますし…」

由暉子「断熱材その他には手を抜けません」

京太郎「お、おう」

由暉子「それに建てるならやっぱり子ども部屋なんかもあった方が良いでしょうしね」

由暉子「出来れば二人は欲しいので、後々の為に三部屋…欲を言えば四部屋欲しいです」

由暉子「京太郎君との寝室は一つで良いにせよ、子宝に恵まれるかもしれませんし」

由暉子「なので、最低でもこのクラス…欲を言えばこれくらいの家は建てたいですね」

京太郎「(…ユキが指差してるの数千万とか言う俺の知らない桁の家なんだけれどな)」

京太郎「(いや、まぁ、いずれ俺も自分の家は持ちたいし、ローンで支払っていく事になるんだろうけれども…)」

京太郎「(しかし、付き合って一ヶ月で結婚を前提とした家の話をされるとは思ってなかった…)」

由暉子「あ、でも、京太郎君も書斎とかあった方が良いですよね」

由暉子「となると…もう一つクラスが上がってしまいそうですが…」ムムム

京太郎「…とりあえず子どもが出来るまで子ども部屋を書斎にすれば良いんじゃないか?」

由暉子「なるほど。京太郎君は賢いですね」ニコ

京太郎「お、おう」


由暉子「でも、こうやって見取り図だけでは中々、イメージが湧きませんね…」

京太郎「……じゃあ、今週末、ショールームでも見に行くか?」

由暉子「良いんですか?」

京太郎「あぁ。今週は俺も特にやる事ないしな」

京太郎「(…このままほっとくと逆にエスカレートしそうだしな)」

京太郎「(それにまぁ…俺との事をユキが真剣に考えてくれているのは事実なんだ)」

京太郎「(ちょっと早い…というか早すぎるけれど、でも、嫌な気はしない)」

京太郎「(学生という事で白い目で見られそうだけど、ここは一つ冷やかしにでもいってみよう)」

由暉子「ありがとうございます、京太郎君」ニコ

由暉子「私、精一杯、おめかししていきますね」

京太郎「あんまり張り切り過ぎないでくれよ」

京太郎「ユキが張り切って可愛くなりすぎると周りの男どもの視線が怖くなる」

由暉子「…でも、京太郎君が護ってくれるんでしょう?」

京太郎「まぁ、これでも一応、彼氏だからな」

由暉子「…これでも、じゃないです」

由暉子「京太郎君は私にとって自慢の…いえ、最高の恋人なんですから」ニコ

京太郎「お、おう」テレ


~また別の日~

由暉子「…」ヨミヨミ

京太郎「(…また部室でユキが本を読んでる…)」

京太郎「(しかも、今まで見たことがないくらい真剣な表情だ)」

京太郎「(…もうこの時点で何となく予想はつくけれど…)」

京太郎「(でも、こんなに真剣なユキを放っておく事は出来ないよなぁ…)」

京太郎「ユキ」

由暉子「あ、京太郎君」

京太郎「何読んでるんだ?」

由暉子「…えっと…これです」スッ

つ【たまごクラブ】

京太郎「(…ついに来ちゃったかー…)」


由暉子「…京太郎君、私は愚かでした」

京太郎「え?急にどうしたんだ?」

由暉子「だって…まだ生まれてもいない赤ちゃんの事を考えて家の方を真っ先に考えていたなんて…」

由暉子「こんなの京太郎君の恋人失格です…」

京太郎「いや、別にそこまで重く考えなくても…」

由暉子「…いいえ。これは重く考えなきゃいけない問題です」

由暉子「だって、これは私達の未来だけじゃなくて、赤ちゃんにも関わってくるものなんですから」

京太郎「(…ユキの中では俺と結婚して子どもを産むのは既定路線なのか)」

京太郎「(いや、俺も決して嫌って訳じゃないけど…嫌じゃないんだけどさ)」

京太郎「(ただ、俺達、まだ二ヶ月しか付き合ってなくて、最近、キスしたばっかりなんだけど…)」

由暉子「…ですから、私は深く反省し、まずは赤ちゃんと向き合う事にしました」

京太郎「…そ、そうだな。とりあえず改善しようとするその姿勢はとっても良いと思うぞ」

由暉子「ありがとうございます」テレ

由暉子「あ、それで、京太郎君に聞きたい事があるんですが…」

京太郎「(…嫌な予感しかシないけれど)」

京太郎「なんだ…?」


由暉子「京太郎君は男の子の名前は何が良いと思いますか?」

京太郎「え、えっと…ま、まぁ、そうだな」

京太郎「とりあえず元気そうな名前が良いと思うな、うん」

由暉子「元気…なるほど…」

由暉子「では、これなんてどうでしょう?」スッ

京太郎「…照太郎?」

由暉子「はい。私にとっての京太郎君がそうであるように、周りを照らす暖かで優しい人になって欲しいと思って考えました」

京太郎「お、俺が?」

由暉子「はい。京太郎君は何時も私の心を優しく照らしてくれています」ニコ

京太郎「そ、そうか。それは嬉しいな」

京太郎「でも、ユキだって、俺の心を何時だって明るくしてくれてるんだぞ」

由暉子「…本当ですか?」

京太郎「あぁ。少なくとも、俺はユキといると退屈しないよ」

京太郎「(…色んな意味でな、うん)」


由暉子「嬉しいです…京太郎君…」ギュゥ

京太郎「お、おぉ…」ドキドキ

京太郎「(む、胸が…おもちなユキっぱいがぁああ!!)」

京太郎「(こ、これは…良いのか?)」

京太郎「(雰囲気的にキスしちゃってオッケーな奴か…!?)」

京太郎「(いや…良いに決まってる!!)」

京太郎「(ユキもきっとそれを期待してこうして俺に抱きついてくれたんだ…!)」

京太郎「(行け!行くんだ京太郎…!!)」

京太郎「…ユキ」スッ

由暉子「ぁ…♪」ウワムキ      ドサ

京太郎「ん?」

由暉子「あ…ごめんなさい…メモを落としちゃいました」

京太郎「(…いや、メモが落ちたって音じゃなかったんだけど…)」

京太郎「…メモ?」

由暉子「はい。京太郎君との子どもの名前を考えたメモです」

京太郎「…え?」


由暉子「とりあえず男の子100の女の子100で200パターンほど考えてみました」

由暉子「それぞれ由来や思いを書き込んだので大分、かさばってしまって…」

京太郎「…200?…20の間違いじゃなくって?」

由暉子「流石に20ぽっちじゃ赤ちゃんが可哀想だと思います」

京太郎「(…いや、20でも十分多いと思うんだけど)」

由暉子「あ、後で京太郎君も見てくださいね」

由暉子「二人の子どもなんですから京太郎くんの意見も聞かせて欲しいです」

京太郎「お、おう…」

京太郎「(…まぁ、ユキが真剣に考えてくれた名前だしな)」

京太郎「(ちょっと早すぎるとは思うけど、でも、家を見に行くよりはマシだし)」

京太郎「(いずれ来る事になるかもしれないものなんだから、真剣に考えるとしよう)」

由暉子「それで…今週末なんですが…」モジ

京太郎「ん?」

京太郎「(…珍しいな、ユキがこんなに恥ずかしそうにするなんて)」


京太郎「(ユキは天然だけれど、あんまり恥ずかしがったりしないイメージがあったんだけどな)」

京太郎「(初めてキスした時も頬こそ赤くなってたけど、あんまり気恥ずかしそうにはしていなかったし)」

京太郎「(寧ろ、すかさず二回目をオネダリされた時はそのまま押し倒してやろうかと…ってそうじゃなくて…)」

由暉子「…実は今週末、両親が旅行していないんです」

京太郎「え?」

由暉子「なので…京太郎君さえ良ければ、泊まりに来ませんか?」

由暉子「私、京太郎君と色々とお話したいです」

由暉子「いえ、ただお話するだけじゃなくって…」

由暉子「今よりももっと仲良くなりたいとそう思っているんですけれど…」モジモジ

京太郎「い、良いのか?」

由暉子「…ダメならこんな事、女の子から言ったりしませんよ」

由暉子「私だって、これがどういう事を意味するのか分かっています」

由暉子「分かってこうしてお誘いしているんですから…その…」

京太郎「お、おう。行くよ!絶対行く!!」コクコク

由暉子「…はい。お待ちしていますね」ニコ

ユキは私の中で何となく愛が重い系天然なイメージがあります(´・ω・`)ネムイ寝る

乙ー
……まぁお墓のカタログに行く前に止まって良かったじゃん

多分 新築の書斎には来世の予言書(自作 が 何世代分も蔵書になってるんだろうな (果てしなくトオイメ

姉さん!明日って今さ!!!(今から投下しますの意)


………

……





―― その姿はあまりにも印象的過ぎた。

50mと言うあまりにも短い距離の中、他の走者を抜き去って一位でゴールしたのだから。
その上、スタート時に一瞬、反応が遅れていたともなれば、その身体能力がどうしても浮き彫りになってしまう。
いっそ場違いにも思えるその身体能力に会場が沈黙したのは数秒の事。
すぐさま永水女子より歓声が湧き上がり、星誕女子からはどよめきの声があがった。

「凄いです、京子さん!」

「ビュンって全員抜いてゴールなんて格好良いです!」

「あ、あの…さっきの見惚れちゃいました…」ポー

京子「えぇ。皆、ありがとう」ニコ

そうして会場が沸き立っている間にも、京子は星誕女子のエルダーである月極輝夜と対等に話していたのである。
相手がエルダーである事をまったく意にも介していない堂々とした立ち振舞は、永水女子の生徒たちが感嘆するには十分過ぎた。
元々、女子校育ちで夢見がちな子が多い事も相まって、熱っぽい視線を向ける子まで現れている。
まるでファンがアイドルに向けるようなその視線に、京子は笑みを浮かべながら、応えていった。


京子「(…しかし、これ、どうしようか)」

今の京子は輝夜の元から去った瞬間、永水女子の仲間達に囲まれてしまっていた。
まるでアイドルのようなその扱いはこそばゆいものを感じるが、内心、嬉しく思う。
だが、京子と輝夜は決して対等な条件で戦っていた訳ではないのだ。
自分が男であるという事を今も強く意識してしまう京子にとって、詰めかけるような仲間たちの姿に内心、戸惑いを覚えてしまう。

京子「(み、皆、結構、汗だくだから服が…)」

9月も中旬の今、夜は大分、涼しくなってきてはいる。
しかし、昼はまだ太陽の勢いは強く、日向にいればジリジリと照らされているのを感じるのだ。
そんな状況で体育祭を行っている彼女達は一様に汗を流し、そしてその服を身体に張り付かせている。
運動する為の服であるが故に透けたりはしていないが、しかし、身体の線が浮き彫りになった少女達の姿を真正面から見据えるのは抵抗感があった。


京子「(何より…匂いが…)」

汗を流す少女たちの弊害は決してその姿だけではない。
開いた汗腺からは汗だけではなく、鼻の奥をくすぐるようなフェロモンの匂いも出ているのだから。
もう熟れているのだとオスに伝えるような甘い香りは、周りに女性ばかりの環境で過ごしている京子でさえたじろがせるものだった。
嗅いでいるだけで胸の底から淫らな考えが浮かび上がってくるようなそれに、しかし、京子は逃げる訳にはいかない。
エルダーとスールの契を結んでいる京子は、その立ち振舞一つ一つが義理の姉である依子の評価にも繋がってしまうのだから。
自分の不用意な行動で依子の顔に泥を塗るような事態を避けたいと思う京子にとって、どれだけ辛い状況でも、逃げる事など出来なかった。

「京子さんがいれば、星誕女子なんて怖くありませんね!」

京子「ふふ。そう言ってくれると嬉しいです」

京子「でも、私は所詮、一人でしかありません」

京子「永水女子がこのまま勝つには、皆さんの力が必要です」

京子「どうか午後も皆さんの力をお貸し下さい」ペコ

「えぇ。勿論です!」エイオー

「このまま一気に引き離してやりましょう!!」オー

元々、星誕女子に到着してからずっと嫌がらせを続けられてきた少女達の士気は高い。
だが、こうして京子がハッキリと目に見える形で輝夜を打ち破った今、その士気はさらに高まっている。
まるで格の違いを見せつけるようにして一位を奪い取った京子がいれば、輝夜でさえ恐れる必要はない。
そんな気持ちと共に高まった士気を表現するように、少女達は拳をあげて応えた。


依子「皆さん、少し良いかしら…?」

「あ、お姉さまがいらっしゃいましたわ」ササ

「皆さん、道をお開けしてあげて」ササ

依子「ありがとうございますわ」ニコ

そうして士気を高めている最中でも、依子の存在感というのは大きかった。
無論、それは彼女が輝夜のように周囲を抑えつけて生きてきたからではない。
依子は幼い頃、母から聞かせてもらったエルダーに憧れ、それに相応しい淑女になる為にずっと努力し続けてきたのだ。
エルダーになった後も自身の才覚を今も磨き続けている彼女は、選挙後もジリジリと支持者を増やしている。
今や全校生徒にエルダーに相応しいとそう認められるようになった依子に、彼女達はそっと道を開けた。

依子「京子さん」

京子「依子お姉さま、どうしました?」

依子「どうしたもこうしたもないですわ…もう」

生徒達に作ってもらった道を歩く依子に、京子は疑問の声を向けた。
元々、京子は一段落した後、依子達の元に戻るつもりだったのだから。
伝える事は色々とあるし、何より50m走が終わった後は昼休みだ。
親しい友人たちは大体、一纏めになっているのだから、そのまま昼食に入る為にも仮設テントに戻った方が良い。
そう考えていた京子の前で依子が浮かべるのは、若干、頬を膨らませた顔だった。


依子「スタートした瞬間、出遅れているのを見て、やっぱり何かされたのではないかと不安になってみれば…」

依子「そんな不安を吹き飛ばすようにして圧倒的な差でゴールしてみせるし…人をやきもきさせるのが上手過ぎますわ」

京子「ご、ごめんなさい…」

そのまま拗ねたような表情で依子が漏らすのは、率直な言葉だった。
無論、彼女とて京子が好きでそんな事をした訳ではない事くらい分かっている。
京子はとても真面目で、勝負事で自分から手を抜く事はまずない。
スタートダッシュに遅れた事も、何か事情があったのだと外から見ていた依子には分かる。

依子「…でも、無事で良かったです」ギュ

京子「依子お姉さま…」

依子「…何処か怪我などしてはいませんか?」

依子「何か違和感を感じる部分があれば、無理せず言うんですのよ?」

依子「…いえ、やっぱり何かなくても、まず保健室に行って異常を調べてもらいましょう」

依子「えぇ。それが良いですわ」

それでもそうして拗ねた表情を作ってしまうのは、彼女が京子の事をとても心配していたからだ。
意図的に拗ねたような顔をしなければ、生徒達の前でオロオロとみっともない姿を晒してしまう。
そう思って必死に堪えていた感情は、しかし、京子の手を握った瞬間、溢れだしてしまった。
流石にオロオロとはしていないものの、矢継ぎ早に告げられる言葉は普段の彼女らしくはないものだった。


京子「もう。依子お姉さまったら過保護過ぎですよ」

依子「…過保護になるような事をしたのは京子さんですわ」プイ

京子「その事に関して反省はしていますけれど…でも、大丈夫ですよ」ギュゥ

京子「私は怪我もなく無事に依子お姉さまのところに戻ってきましたから…ね?」ニコ

依子「…京子さん」

そんな依子を安心させるように手を握りながら、京子は優しく微笑んだ。
明るく屈託のないその笑みに依子の中で膨れ上がった心配がゆっくりと溶けていく。
まるで春を迎えた雪のように不安が消え、胸中で安堵が広がる心地よさ。
それに依子が京子の名前を呼んだ時にはもう京子達の周りから永水女子の生徒はいなくなっていた。

依子「(…や、やってしまいましたわ…)」

代わりに二人に向けられているのは、何処か微笑ましそうな視線だった。
まるで往来でイチャつく恋人に向けられるようなそれは、誤解を多く含んでいる。
確かに依子は京子の事を大事に思っているものの、それは性的なものとは無関係だ。
強いて言えば家族愛のようなものであり、異性愛のようなものはまったく混じってはいないと依子は断言出来る。


依子「(…でも、ここでそれを主張しても逆効果ですわね)」

依子の周りにいるのは女子校かつお嬢様育ちの少女達だ。
異性との接点など殆どない彼女達にとって、スールの契とは擬似恋愛の始まりに近い。
そんな彼女たちに今の自分の気持ちを訴えても、ただ意地を張っていると思われるだけ。
それを覆す証拠もない以上、ここで潔白を訴えても、疑惑を深めるだけだと依子は思う。

依子「(まぁ…確かに殿方であれば、身も心も預けられる人ではありますけれども…)」

依子にとって京子は自身の窮地を何度も救ってくれた恩人だ。
尊敬出来る部分も多く、京子の事を格好良いと思ったことは一度や二度ではない。
その上、普段、話している時間も楽しく、心からの笑みを浮かべる事が出来るのだから、相性も良いだろう。
もし、京子が男性であったのであれば、好きになっていたかもしれない。


依子「(でも、私と京子さんはあくまでも同性で…)」

依子「(そして二人とも同性愛のような嗜好は持っていませんわ)」

依子「(だから、どう転んでもそういう風にはなったりしませんし…それに)」チラ

春「…」ムムム

明星「…」スネー

何より、京子にはそういった愛を向けられる人がいる。
それはまだ京子達との付き合いが短い依子にも感じ取る事が出来た。
依子の遥か後方、仮説テントの中に座る二人は依子と京子が仲良くする度に嫉妬の表情を浮かべるのだから。
こうしてまるで公認カップルのように扱われる二人に不機嫌そうになる春と明星に、依子は内心、申し訳無さを覚えた。

京子「どうかしましたか?」

依子「…本当、京子さんは鈍いですのね」フゥ

京子「え…?」

今も強い嫉妬の視線を送る二人にまるで気づいていない京子。
それに依子が思わずため息を漏らしてしまうのは、彼女もまた少女だからだ。
同性であるが故に致し方無い事だとしても、好きだと言う気持ちに気づいて貰えないのは辛い。
未だ恋を知らないものの、読書が趣味である彼女にとって、それは容易く共感出来るものだった。


依子「何でもありませんわ」

依子「それよりも早く皆さんのところに戻りましょう?」

依子「もうお昼休みに入っていますし、午後に備えなければいけませんもの」

京子「そうですね」

元々、依子がやってきたのは、ただ京子の事が心配だったからだけではない。
無論、それも大きいが、しかし、それだけならば、春や明星と共に京子の事を迎えに来ただろう。
故に、依子が一人でやってきたのは、京子が永水女子の生徒達に囲まれているからこそ。
その活躍でまたファンを増やした京子のところへ大人数で押しかければ、上がった士気に水を掛ける事になると分かっているからだ。

依子「(まぁ、私であればあまり角も立ちませんし)」

元々のキッカケは依子の強引な宣言であったとは言え、二人はスールの契を結んだ関係だ。
多くの生徒にとって擬似恋愛に近い関係となった二人の逢瀬を邪魔するほど彼女達は野暮ではない。
無論、もっと話したいとそう思う生徒は少なからずいたが、同じ学校に通う以上、話すチャンスは幾らでもある。
そう思って道を開けてくれる生徒が多い事を、依子もまた予想していたのだ。


依子「(…ただ)」ムゥ

それを面白くない、と思う依子も心の何処かに存在していた。
無論、京子の活躍は飛び上がるほど嬉しいし、格好良かったと思う。
事を荒立てられない自分に変わって、輝夜に対して強気に出たその姿には胸が震えた。
しかし、依子もまた一人の少女である以上、それだけでは終わらない。
胸の奥で芽生え始めた独占欲がジリジリと刺激され、一瞬、表情が曇ってしまう。

京子「…依子お姉さま?」

依子「…いえ、何でもないですわ」

独占欲とは言っても、それは決して恋人に対するものではない。
それは自分が贔屓にしていたアイドルににわかファンが増えた古参ファンのものに近かった。
自分の方がもっと早くに目をつけていたのに、と何処か子ども染みたそれを依子は口にする事が出来ない。
流石にそれは幼稚過ぎると心の奥底へと仕舞いこみながら、依子は仮設テントの元へと戻って。


京子「ただいま、皆」

春「…おかえりなさい、京子」ポソ

明星「随分と人気者でしたね」ジト

京子「え、えっと…」

依子「(…うん。やっぱり表に出さなくて正解でしたわね)」

瞬間、京子を迎えた二人から漏れるのはとても不機嫌そうな声だった。
明星の方はそれに加えて、ジト目まで向けている。
自身が不機嫌である事をこれでもかとアピールしているその姿に京子はタジタジになっていた。
どうして不機嫌そうに出迎えられるのかまるで分かっておらず、ただ戸惑いを覚える京子に、依子は自身の選択が間違っていなかった事を悟る。

依子「(京子さんって鈍感ですし…独占欲なんて口に出しても困らせるだけですもの)」

依子「(まぁ…それは二人も分かっているんでしょうけれども…)」

しかし、頭では分かっていても、心はどうしても納得する事が出来ない。
そんな後輩二人の様子に依子は微笑ましいものを感じた。
同性同士、と言う事を除けば、京子を含んだこの三人はまるで漫画の中のような恋愛をやっているのだから。
それに憧れる一人の少女としては、二人を手助けをしてあげたい気持ちもあった。


依子「(…でも、ここで手助けして、京子さんと恋人になってしまうと困りますし…)」

無論、依子は京子だけじゃなく、春や明星の事も好ましく思っている。
世間の目は未だ同性愛には厳しいが、二人の愛が成就すれば良いと思う気持ちは嘘ではない。
だが、京子に対する独占欲の方が、彼女の中ではずっと大きかった。
せめて自分が卒業するまでは誰かと恋仲にならないで欲しい。
そう願う自分をワガママだと思いながらも、独占欲はそう簡単に消せるものではなかった。

祭「嫉妬するのも良いけど、先にお昼にしない?」

祭「私もうお腹ペコペコでさ」

舞「はしたないですわよ。…まぁ、同感ですけれど」

明佳「午後の事考えれば、食休みは長めに欲しいですもんね」

小蒔「私もお腹空いちゃったから、賛成です!」バッ

湧「あち…私も」ハーイ

そんな相反する気持ちに傍観を決めた依子に代わって、祭が京子への助け舟を出す。
勿論、祭も京子を取り巻く三角関係に興味津々ではあるが、今はもう昼休み。
未だ星誕女子との戦いは終わってはいない以上、午後の部の為にも早めに昼食を取っておいた方が良い。
そう考えた祭の言葉に舞と明佳が同意し、小蒔と湧が大きく手をあげた。


明星「べ、別に嫉妬してる訳じゃないですけれど…確かにそうですね」

春「…私も賛成」

そんな小蒔達に明星と春も同意を返す。
無論、まだ感情が納得した訳ではないが、今は昼食を優先するべきなのは彼女達も分かっているのだ。
何より、彼女達の気持ちを知らない京子に不機嫌さをぶつけても、状況が改善される訳ではない。
悪いのは気持ちを素直に伝えられない自分たちの方だと分かっているだけに、明星や春も頷いた。

依子「じゃあ、人数が人数ですし、ちょっとここから移動しましょうか」

京子「そうですね。それじゃあ…」ハッ

初美「ヒャッハー!もう我慢出来ねぇ!突撃ですよー!」バッ

京子「っと!?」

初美「ひあ!?」

その訪れは全員の同意を見て、移動を促す依子に京子が頷いた瞬間だった。
ジリジリと京子達のテントへと近づいていた初美は一気に加速し、京子の背中から飛びかかる。
完全な死角から襲いかかろうとした初美は、しかし、京子の能力を侮りすぎていた。
京子に飛びかかる為のほんの僅かな加速を気取られ、その場を飛び退かれてしまう。
結果、勝利を確信していた初美はそのバランスを若干、崩し、口から小さな悲鳴を漏らした。


初美「ちょっと…どうして避けるですかー?」

初美「折角、私が京子ちゃんに愛の篭ったハグをしてあげようとしているのに!!」

京子「お断りします」キッパリ

拗ねるような声をあげる初美に京子がキッパリと断り文句を返すのは、何も彼女の事を警戒している訳ではない。
ひとつ屋根の下でほぼ毎日一緒に暮らしている初美は、京子にとって大事な家族なのだから。
冗談めかしながらも常に周りを見て気配りをしている彼女の事を京子はとても信頼している。
しかし、だからと言って、初美の悪戯に付き合う道理はなく、京子は初美に対して身体を身構えさせた。

初美「うわーん、霞ちゃーん!」

初美「京子ちゃんが私の愛を要らないって言うのですよー」ダキッ

霞「…ぶっちゃけ要らなくて当然じゃないかしら?」

初美「ちょ、それ酷くないですか―!?」

巴「普段から京子ちゃんにイタズラばっかりしてるものね」

そんな京子に対して初美が取ったのは後ろについてきた霞に泣きつく事だった。
その豊満な胸の下から飛び込むような初美を、霞は決して拒んだりしない。
代わりにその美しい唇から漏れ出る言葉は容赦なく、初美は思わず抗議の声をあげた。
しかし、そんな彼女に同意するものはなく、隣にいた巴からも容赦のないツッコミを受けてしまう。


明星「か、霞お姉さま!?」

霞「ふふ。今朝ぶりね、明星ちゃん」

明星「はいっ。霞お姉さまは今朝と変わらずお美しいですっ!」パァァ

そんな三人の姿に誰よりも早く声をあげたのは明星だった。
霞の事を誰よりも心酔している明星は、その顔に嬉しさを浮かばせながら、霞の元へと近寄っていく。
トテトテとまるで子犬のように近寄るその姿には、普段のしっかりした石戸明星はまったく感じられない。
その精神年齢が一気に小学校低学年まで引き下がったかのように、幼い喜びを顔一杯に浮かべていた。

小蒔「もうお仕事は終わったんですか?」

巴「はい。皆で応援したくて早めに終わらせて来ました」

巴を含んだ三人は既に永水女子を卒業しており、今の職業は巫女となっている。
だが、彼女たちの仕事は神事だけではなく、小蒔達が暮らす屋敷の雑事まで含まれているのだ。
幾ら開会式から応援に駆けつけたくても、洗濯や掃除、夕食の準備などを放り出す訳にはいかない。
しかし、小蒔達の晴れ舞台に駆け付けない訳にもいかないと、急いで家事を終わらせ、こうして昼休み前に到着したのだ。


湧「…って言う事は…午後から…皆の応援ある…?」

初美「えぇ。力一杯応援するですよー!」

湧「…ん」ニコー

星誕女子に来る為に仕事や移動を急いだ結果、初美達も少し疲れてはいる。
しかし、今日はインターハイほどではなくても小蒔達の晴れ舞台なのだ。
ましてや、その相手が仇敵である星誕女子ともなれば、体力を惜しむつもりはない。
体力を使い果たす勢いで応援するのだとそうアピールするような初美に、湧は明るい笑みを浮かべた。

巴「でも、さっきの50m走凄かったわね」

霞「そうね。本当にビュンって感じで駆け抜けていっちゃったし」

初美「個人的にはあの月極輝夜の顔がさいっこうでしたよー」

初美「もうあの顔を直接、見られただけでも今日、来た甲斐があるってなもんですー」

たった今、到着したばかりの巴達が見られたのはついさっきの50m走だけだ。
しかし、それだけでも十分、元は取れたと初美が口にするのは、それだけ輝夜の事を憎く思っているからこそ。
普段、冗談めかしてからかう事が多いものの、初美は霞達の事をとても大事に想っているのだ。
昨年、永水女子の柱である霞の事を害そうとした輝夜の事を許せるはずなどない。
京子に完全敗北し、屈辱と怒りに顔を赤く染めたその姿を見ても、彼女はいい気味だとそう思っていた。


小蒔「あんまりそういう事言っちゃダメですよ?」メッ

初美「はーい、です」

そんな初美に小蒔からの注意が飛ぶが、彼女は軽く返事をしただけだった。
それは勿論、初美が小蒔の事を軽んじているからではない。
彼女は小蒔の事も大事に思っているが、しかし、それ以上に自分の気持ちに嘘がつけないのだ。
幾ら姫様と仰ぐ小蒔に注意されても、輝夜への同情心は浮かび上がっては来ない。
流石にいい気味だと口にする事は控えるつもりだが、それ以上に何かを改善するつもりはなかった。

京子「でも、凄かったのは私だけじゃないですよ」

京子「わっきゅんは勿論、他の皆も頑張ってくれていましたし」

巴「やっぱり湧ちゃんも活躍してたのね」

湧「えへへ♪」テレテレ

京子の言葉に気恥ずかしそうにする姿とは裏腹に、湧の活躍は凄まじいものだった。
人見知りの彼女は集団競技を苦手とするが、個人競技に関しては京子にも並ぶのだから。
九州赤山との合宿でも京子と死闘を演じた湧を止めるのは普通の生徒ではほぼ不可能に近い。
事実、彼女は出場競技全てで一位をもぎ取り、永水女子の点数に大きく貢献していた。


霞「まぁ、その辺りは先に到着してる山田さんがカメラで録画してくれているでしょう」

初美「帰ったら鑑賞会しなきゃいけませんね」

春「…正直、ちょっと恥ずかしい」

小蒔「わ、私もちょっと…」

そんな湧達の活躍は山田が全て記録している。
雑事のある霞達と違って、小蒔達の護衛兼京子の監視役である彼は、開会式からずっと関係者席でカメラを回していたのだから。
最新鋭の機材と追加報酬を渡され、黙々と仕事をこなしていた山田が、春や小蒔が出場する競技を撮り忘れると言うミスをするはずがない。
きっと自分たちが良い成績を残せなかったところまで録画されてしまっている。
そんな風に思う二人にとって、体育祭の鑑賞会は恥ずかしいものだった。

祭「ちなみに私、一回、一位になりましたよ!!」

明佳「パン食い競走ですけどね」

祭「いいじゃん、パン食い競争でも!!」

祭達にとって、目の前にいる霞は、どんな有名人よりも憧れを覚える相手だった。
たった一度、エルダーに選ばれるだけでも称賛に足るものなのに、霞は三年連続エルダーに選ばれているのだから。
前人未到であるその記録は、祭達をはしゃがせるには十分過ぎる。
何処か子どものように自身の活躍をアピールする祭に霞は微笑ましそうな笑みを浮かべた。


霞「ふふ。では、その活躍のお話は昼食を食べながら聞かせて貰えませんか?」

舞「え?宜しいんですの?」

巴「寧ろ、こっちの方がお願いしなきゃいけない立場ですよ」

初美「京子ちゃん達とのお食事タイムにお邪魔させて欲しいって言ってる訳ですからねー」

まさしくレジェンドとそう呼ぶに足る人物からのお昼のお誘い。
それに思わず聞き返してしまった舞に巴と初美が声を重ねた。
幾ら卒業して一年しか経っておらず、舞達とも多少は面識があるとは言え、自分たちは部外者。
友人との楽しい昼食に割って入っては、お邪魔するになるかもしれないとそう思う。

祭「はいはい!私は是非とも霞さん達と一緒したいです!」

舞「はしゃぎすぎですわよ、祭さん」

舞「…まぁ、私も気持ちが分からないでもないですけれども」

明佳「せ、折角ですし、私もご一緒して良いでしょうか?」

霞「えぇ。勿論」ニコ

しかし、そんな巴達を邪魔者だと思う者などこの場には存在しない。
つい一年前には霞たちとお近づきになる事すら出来なかった彼女たちにとって、そのお誘いは振って湧いた幸運のようなものなのだから。
生ける伝説と言っても良い最高の淑女と一緒に食事が出来る。
そんなチャンスに興奮するのは祭だけではなかった。
舞は勿論の事、若干、人見知りの気がある明佳でさえ興奮の浮かんだ声をあげ、霞達の事を受け入れる。


小蒔「お姉さまはどうですか?」

依子「えぇ。私も色々とお話を聞いてみたくはありますし、喜んでお受けしたいです」チラッ

そして、それは依子にとっても同じ事だった。
彼女にとって霞は昨年、エルダーの座を賭けて戦ったライバルではあるが、それに対して思うところはまったくない。
元々、依子はそういうのを引きずるタイプではないし、何より、彼女は人並み以上にエルダーと言うものに対して思い入れを持っているのだから。
永水女子そのものを背負う象徴の名はそれに相応しい淑女の元になければいけない。
そんな思いを他の生徒よりも強く抱く依子にとって、霞はまさしく理想の淑女と言っても良い相手だった。

依子「(…今もなお、石戸さんに勝てる気がしませんもの)」

無論、依子とてこの一年間、遊んで過ごしていた訳ではない。
エルダー選挙に敗れてからずっと理想の淑女になる為の努力を続けてきていた。
しかし、そうやって一年が経過して尚、自分が霞に追いつけたとは到底、思えない。
縁に恵まれ、こうしてエルダーの座に就く事が出来たが、それは京子の手助けがあってこそ。
少なくとも、京子がいない自分をエルダーとして相応しい淑女であるだなどと依子は決して言えなかった。


霞「家鷹さんは良くやっているわ」ニコ

依子「え?」

そんな依子がチラリと流す視線に、霞は微笑みと共に応える。
それは勿論、依子の中に混ざる小さな劣等感を霞が見抜いたからだった。
一年の頃からエルダーに選ばれ続け、上級生にまでお姉さまと呼ばれていた霞の洞察力は並大抵のものではない。
何より、依子は三年間エルダーに選ばれ続け、生ける伝説のように扱われていた霞の後継者なのだ。
例え、周りが気にしなくても、依子自身が見比べて劣等感を感じてしまう事くらい容易く想像が出来る。

霞「私がこうして永水女子に顔を出したのは久しぶりだけれど…」

霞「それでも皆が一つの目標に向かって力を合わせて、頑張っている事が伝わってくるわ」

霞「それは勿論、家鷹さんがエルダーとして周りをしっかり纏めている証拠よ」

依子「…石戸さん」

しかし、そうして劣等感を感じる必要などないと霞は思う。
彼女自身、自分が卒業した後の永水女子がどうなるか心配であったが、グラウンドに来た瞬間に杞憂だったとそう悟ったのだから。
最早、姉妹校ではなくライバルと言っても良い星誕女子との勝負に勝とうと全校生徒が燃え、努力しようとしている。
依子がエルダー兼生徒会長として生徒の隅々まで統率出来ていなければ、それは実現不可能な一体感だ。


霞「だから、家鷹さんはもっと自信を持って良いと思うわ」

依子「そう…でしょうか?」

霞「えぇ。貴女は私の後を立派に継いでくれている」

霞「先代エルダーである私が保証するわ」ニコ

依子「……ありがとうございます」ペコ

依子にとって石戸霞と言うのは特別な相手だ。
自身の理想を体現したその姿に、並々ならぬ憧れを抱いている。
劣等感を覚えた回数も少なくはない依子は、ある意味では明星に負けないほど霞の事を意識していた。
それほどまでに特別な相手からの保証に、依子が心動かされないはずがない。
その言葉に霞の優しさが混じっているとそう分かっていても、心の中で凝り固まった劣等感が軽くなっていくのが分かる。
それと表現しようと依子は軽く頭を下げながら、霞へと感謝の気持ちを伝えた。

初美「さーて。それじゃあ、話も決まりましたし、昼食の準備をするですよー」

巴「こっちも追加で色々と持ってきたから、遠慮無く摘んでね」

祭「やった!ゴチになります!!」バンザーイ

舞「まったくもう…祭さんったら」

明佳「ふふ。でも、私もちょこっと楽しみです」

そう言って巴が取り出したのは重箱と言っても良いサイズのお弁当なのだ。
その中に何が入っているかは分からないが、間違いなく彼女達の手作り。
霞は元より他の三人も料理上手だと聞いていただけに、どうしても期待を覚えてしまう。
それは両手をあげて喜びを表現する祭も、そして祭に対して呆れた表情を向ける舞も同じだった。


春「…黒糖は?」

初美「勿論、準備してるですよー」

春「…やった」グッ

巴「他にも皆の好物一杯作ってきたから遠慮なく食べてね」

明星「えぇ。頂きます」

湧「…楽しみ」

京子「ふふ。でも、午後もあるんだから食べ過ぎないようにね」

小蒔「霞ちゃん達の料理は美味しいですし、頑張って我慢しなきゃいけませんね」グッ

無論、昼に合流出来るか分からなかったが故に、京子達はそれぞれ昼食を持たせて貰っている。
しかし、それはあくまでも弁当であり、炎天下の中で劣化しないように作られたものなのだ。
それに対して巴が取り出した重箱にはそのような縛りはなく、小蒔達の好物が沢山、詰められている。
午後からまた頑張れるように、と霞達が準備してくれたその重箱に、京子達は笑みを浮かべて。

輝夜「(あのドーピング女め…!!)」ギリィ

「…」ブルブル

そんな風に和やかな食事を楽しもうとする京子達とは違い、輝夜の周りの雰囲気は暗かった。
無論、その原因は星誕女子の中心人物である輝夜が完膚なきまでに敗れてしまったからである。
しかも、その敗北は必勝と言っても良い策を完全に打ち破られてのもの。
後ほんの少しで掴む事が出来た勝利を文字通り力づく奪われてしまった輝夜からは周囲が怯えるほどの怒気が漏れていた。


輝夜「(私を負けさせただけでも腹立たしくて仕方が無いのに…馬鹿にするなんて…!!)」

無論、輝夜はそれ以上に他者を貶めているのだが、それは彼女にとって重要なものではなかった。
月極家は巨大企業の経営者一族であり、生まれた時から人の上に立つ事を宿命づけられているのだから。
物心つく前から勝つために手段を選ばない月極のやり方を教えこまれてきた彼女にとって、自分以外の他人は全て駒。
自分自身を引き立てる舞台装置にしか過ぎず、幾ら侮蔑を口にしても心など痛みはしない。
寧ろ、月極に生まれた自分は、他者を見下して当然なのだと彼女は本気で思っている。

輝夜「(許しません…絶対に許しませんわ…!!)」

そんな舞台装置に負けてしまったままなど輝夜のプライドが許さない。
例え、どんな手段を使ってでも、必ず京子に敗北を与えてやる。
胸中をそんな怨嗟で埋め尽くしている最中も、輝夜の脳は動き続けていた。
その性根はさておいても、輝夜は星誕女子で最も優秀な生徒である事に間違いはない。
特に嫌がらせをする事に関して超一流と言っても良い能力を誇っている輝夜は、その心が憎しみに捕らわれていても、思考を止まらせる事はなかった。


「あ、あの…お姉さま…」

輝夜「なんですの?」ギロッ

「ひっ…」ビクッ

勝利する為以外に自分の心を抑えこむなど力の足りない弱者がやる事だ。
そう教えこまれた輝夜が、胸の底から休みなく湧き続ける憎しみを隠すはずがない。
おずおずと話しかけてきた星誕女子の生徒に、憎しみをぶつけるような強い視線を向ける。
瞬間、その小さい肩を跳ねさせるようにして怯える少女に、しかし、八つ当たりした輝夜の溜飲が下がったりしない。
寧ろ、そうやって怯えている間に自分の貴重な時間を無駄にされたと輝夜は思いっきり怒鳴りつけてやりたかった。

輝夜「…おかしいですわね」

輝夜「幾らブスの貴女でも、口がないくらい奇形ではないでしょう?」

輝夜「私が何だと尋ねたのですから、早く答えなさい」

「ご、ごめんなさい…」ジワ

しかし、今は体育祭の真っ最中であり、星誕女子以外の目も多い。
特についさっき衆人環視の前で印象的な負け方をした輝夜は注目を集めやすい立場にあるのだ。
ここで怒鳴ったりしてしまえば、恥の上塗りになってしまうだけ。
そう自分を戒めようとする一方で、京子によって荒れた心がさらにイライラとするのは抑えられない。
結果、嫌味に塗れた言葉で問い詰める輝夜に、少女は目尻に小さな涙粒を浮かべた。


「い、言われた通り、あの方の情報を集めてきました…」

輝夜「話しなさい」

「は、はい…」

「どうやらあの方…須賀さんは元々、永水女子の生徒ではなかったようです」

それでも少女がその場から逃げる事が出来ないのは、輝夜から直々に『頼まれ事』をしているからだ。
星誕女子において絶対的な権力を誇る輝夜のそれを一生徒である彼女が断れるはずがない。
ここで逃げてしまっては自身が孤立し、輝夜の指示を受けた他の生徒にいじめられてしまうだけ。
泣きそうになる心にそう言い聞かせながら、少女は集めてきた情報を口にする。

輝夜「…私は馬鹿にされているのかしら?」

輝夜「貴女は私が去年の事さえ思い出せないほど間抜けだと言いたいの?」

「い、いえ、そういう訳では…」フルフル

しかし、それは輝夜にとって決して望んでいる情報ではなかった。
今年、二年生となった輝夜は、昨年もエルダーとして永誕祭に参加しているのだから。
つい一年前、石戸霞率いる永水女子に敗北を喫したその日の事を彼女は良く覚えている。
自分と同い年である京子が去年いなかった事から、この一年の間に京子が転校してきた事くらい言われずとも分かっていた。


輝夜「馬鹿な貴女には理解出来ていないかもしれませんが…私が欲しいのはもっと核心に迫る情報です」

輝夜「どうすればあのゴリラ女に…ドーピングなんて卑怯な真似をした女に吠え面を掻かせられるかと言う事なのですよ」

「わ、分かっています」

「だ、だから、あの方と仲良くしている人たちの情報を集めて来ました」

輝夜「…へぇ」

無論、そんな事は少女の方も良く分かっている。
彼女がこうして便利屋のように働かされるのは今回だけではないのだから。
寧ろ、輝夜が他人を陥れる為に今まで何度も情報を集めさせられていた。
その度に輝夜が満足するような情報を持ち帰ってきているからこそ、輝夜の『友人』として側にいる事を許されている。
それに不本意なものを感じながらも、しかし、逆らう事の出来ない彼女はおずおずと集めてきた情報を口にした。

「ま、まずエルダーである家鷹依子です」

「どうやら彼女とはスールの契を結んでいるようで、ほぼ学校公認のカップルのような扱いだとか…」

「流石に幾らか話を盛られているとは思いますが、少なくとも親友以上に仲が良いのは確実でしょう」

そうやって輝夜の企みに加担する良心の呵責は彼女にも存在する。
しかし、父親が中小企業の社長をしている彼女に、輝夜から逃げる術は存在しなかった。
ここで自分が逆らっては父の迷惑になり、社員達全てが露頭に迷う可能性だってある。
それを防ぐ為には仕方ない事なのだとそう言い聞かせながら、彼女は依子と京子の仲の良さを輝夜へ伝えた。


輝夜「ふん。仮にもエルダーがスールだなどと…生ぬるい事ですわね」

それに輝夜が面白くなさそうに声をあげるのは、彼女にとってそれが弱さとしか思えないからだ。
輝夜はエルダーシスターと言うものを、絶対的な王冠として捉えている。
事実、実効的な権力はなくても、エルダーの言葉は大きな影響力を持つのだから。
生徒会長などよりも遥かに生徒たちの心を揺れ動かすその称号は、まさしく女王と呼ぶに相応しいと輝夜は思う。

輝夜「(そして私は生まれながらにして女王になる事を約束された女)」

輝夜「(勉学においても運動においても、私に並ぶものはなく、また私以上に孤高の存在はいませんでしたもの)」

輝夜「(私がエルダーになるのも当然の事だったのですわ)」

月極という一族に生まれ、将来、経営者としてグループを引っ張る事を約束された輝夜は幼い頃から帝王学を学んでいる。
そんな彼女にとって、そのように配下と慣れ合いを演じる王など唾棄すべき存在だった。
王に必要なのは優秀さだけであり、情や想いは何一つとして必要ない。
心の底からそう信じこむ輝夜にとって、他者と思いを通わせるエルダーなど到底、認められるはずがなかった。


「つ…次に出てくるのは、神代小蒔、滝見春、石戸明星に十曽湧と言った人々ですね…」

輝夜「ちょっと待ちなさい。それは…」

「はい。昨年、永水女子でエルダーを務めた石戸霞の関係者達です」

石戸霞の名前は輝夜にとっても特別なものだった。
何せ、去年、彼女が永誕祭で苦渋を舐めさせられたのは、霞の力によるところが大きいのだから。
度重なる星誕女子の妨害にバラバラになりそうだった永水女子を纏め上げ、生徒たちの実力以上を引き出した稀代のエルダー。
京子と並んで輝夜の復讐リスト上位に書き込まれている彼女の名前に、輝夜は暗い笑みを浮かべた。

輝夜「…………ふふふふ」

「お、お姉さま…?」

輝夜「これは中々、面白い展開ですわね」

思いもよらぬ京子と霞の繋がりに、輝夜が思うのは一石二鳥という言葉だった。
二人に強い復讐の念を抱く輝夜にとって、それは到底、見逃せるものではない。
一度の復讐で二人に深い傷を負わせられると言う暗い喜悦に、輝夜は顔を歪ませる。
彼女の端正な顔に独特の迫力を浮かばせるその歪みに、周囲にいる少女達は嫌な予感を感じた。


輝夜「…そう言えば、丁度、うってつけの競技が午後一番にありましたわね」

「もしかして…」

輝夜「えぇ。今まで手を抜いていましたが…そろそろ鬱陶しくなって来ましたから」

輝夜「午後からは手加減抜きで潰しなさい」

「っ…!」

そんな予感を的中させるような輝夜の言葉に、何人かの少女達は息を呑んだ。
こうして輝夜の周りにいる彼女達も決してサイコパスと言う訳ではない。
色々と理由をつけて誤魔化しているだけで良心と言うものは持ち合わせている。
そんな彼女たちは去年よりも生ぬるい午前の嫌がらせに内心、胸を撫で下ろしていたのだ。
だが、京子によって敗北を味わった輝夜には、もう憎しみの感情しかない。
まず何よりも京子に復讐するのが先だと少女達に無慈悲な命令を下した。

輝夜「…何ですの?」

輝夜「まさか私の指示に従えない…などと腑抜けた事は言わないでしょね?」

「い、いえ…」

しかし、どれだけ抵抗感を覚えても、輝夜の指示に従わないという選択肢はなかった。
昼食時にこうして輝夜の側にいる少女達は、謂わば彼女の側近である。
保身の為、既に何度もその手を汚した彼女たちにとって、胸中の抵抗感はさほど問題ではなかった。
普段からそれを乗り越え、輝夜の命令に従い続けている少女達は周囲を睨めつけるような輝夜の視線に首を振る。


輝夜「…では、皆さん、午後は特に張り切って行きましょう」ニコ

そんな少女たちの様子に輝夜が浮かべるのは明るい笑顔だった。
さっきのように暗く歪んだものではなく底抜けに明るい表情。
まるでお気に入りの玩具を買ってもらった子どものようなそこには不機嫌さなどまったくない。
しかし、周囲に居る彼女達は知っている。
輝夜が上機嫌になったのは、京子と霞に復讐するのを楽しみにしているからなのだと。
もし、それが失敗すれば、さっき以上に不機嫌になった輝夜が自分たちへと牙を剥く。
その恐ろしさに背筋を冷たくする少女達の中、輝夜は上機嫌に自分の弁当箱を取り出して ――

―― 復讐を果たした時、京子や霞がどんな顔を見せてくれるのか楽しみにしながら昼食を摂り始めたのだった。


………

……






明星「まったくもう…京子さんったら…」

小蒔「ふふ。でも、京子ちゃんらしいですけどね」

初美「ただ、あんまりワンパターンだとマンネリ化しちゃうですよー」

巴「ま、マンネリって…は、初美ちゃんは何を言っているのよ…」カァァ

霞「うふふ。まぁ、皆、そういう京子ちゃんが好きなんでしょうしね」

春「…はい。大好きです」ニコ

湧「あち…私も」ニコッ

霞達OGを加えた食事会はとても和やかなものだった。
総勢12人にもなる集団はかなり大きいが、しかし、殆どが顔見知りなのである。
永水女子関係者という分かりやすい話題もあって、彼女達から話が途切れる事はなかった。
人見知りな湧や明佳でさえも積極的に話へと参加し、楽しそうな雰囲気がずっと彼女たちの間で流れている。

ピンポンパンポーン

「ただいまより午後の部が始まります」

「二人三脚参加者はグラウンド東側に集まって下さい。繰り返します」

京子「っと、そろそろ時間ね」

春「ん…」

しかし、そんな時間もあまり長くは続かない。
昼食が終わって数十分もすれば、そろそろ次の競技の準備が始まるのだから。
午後一番目となる二人三脚には京子と春もエントリーしているだけにあまりノンビリとはしていられない。
まるでピクニックさながらの和やかな雰囲気には心惹かれるものがあるが、そろそろ集合場所に向かわなければ。


京子「それではお先に戻りますね」

初美「今度もまたあいつらの事を思いっきり、ぶっ飛ばして来るのですよー」グッ

巴「初美ちゃんったら…あんまりそういう事言うと角が立つでしょ?」

巴「…あ、私は京子ちゃん達なら大丈夫だって信じてるから」

そう思って中庭のベンチから立ち上がった京子に初美と巴が声を掛ける。
若干、過激なものが混じっていながらも、心から応援するその声は、京子の勝利をまったく疑ってはいなかった。
彼女たちは日頃から京子と一緒に生活し、その身体能力がどれ程のものかも良く分かっている。
ましてや、京子と共に二人三脚を走るのは、この場にいる誰よりも京子の事を理解している春なのだ。
負けるところなど想像すら出来ず、その声に強い信頼を浮かべている。

霞「…」

京子「…霞さん?」

霞「いえ…ごめんなさい」

しかし、霞は二人ほど楽観的にはなれなかった。
無論、彼女も同世代の中でもズバ抜けた京子の身体能力は良く分かっている。
特に今の京子はインターハイを経て自身の力を自覚し、そのポテンシャルを常に最大まで引き上げる事が出来るのだ。
真っ向勝負で今の京子に勝てる女子など両校合わせてもいないとさえ思う。


霞「(…でも、相手が得意なのはそういうクリーンな勝負じゃないもの)」

これが和やかにお互いの健闘を讃え合う例年通りの永誕祭ならば、霞も不安を覚えたりはしない。
しかし、今の星誕女子を率いるエルダーは月極輝夜であるのだ。
昨年、彼女の卑怯なやり口に幾度となく怒りを覚えた霞は、このまま輝夜が傍観し続けるなど到底、思えない。
寧ろ、先ほど敗北の味を教えた京子に復讐を誓っていると断言出来る。

霞「……京子ちゃん、春ちゃん」

霞「きっと相手はここから本気になってくると思うわ」

霞「二人なら大丈夫だと思うけれど…念のため、警戒しておいて」

春「…分かりました」

だからこそ、霞が口にする忠告に、春はコクリと頷いた。
京子はほぼ無敵に近いが、それはあくまでも一人の話。
二人三脚は二人で走る競技であり、どうしてもパートナーと協力する必要がある。
だが、今回、京子のパートナーを務める春はあまり運動が得意ではないのだ。
自分が足を引っ張り過ぎた場合、幾ら京子でも負けてしまう事だってあり得る。
そう思う春に慢心はなく、京子の足手まといにならないよう尽くすつもりであった。


京子「大丈夫ですよ」

京子「星誕女子の実力はおおよそ把握していますし」

京子「何より、私のパートナーは春ちゃんなんですから負ける気がしません」

無論、京子は星誕女子の事を見くびってなどいない。
幾らダーティなやり方をしているとは言え、京子と湧がいる永水女子と未だ互角に戦っているのだから。
ここからさらにダーティさを増して来る事を思えば、決して慢心など出来ない。
それでもこうして力強く応えたのは霞や依子達の中で微かに蠢く不安を見過ごせなかったからこそ。
輝夜の事を良く知るが故に陰りを浮かべる彼女達が少しでも明るさを取り戻せるようにと、京子は強気な言葉を口にした。

春「…ん」テレ

明星「むぅ」スネー

霞「ふふ」

そんな京子の言葉に強く反応したのは、霞でも依子でもなかった。
強気な言葉の中に自分への確かな信頼を感じ取った春は気恥ずかしそうに唇を釣り上げ、明星は不機嫌そうに眉を引き下げる。
対照的と言う言葉が相応しい二人の変化に、霞は微笑ましそうな笑みを浮かべた。
霞と血の繋がりがあるのは明星の方ではあるが、彼女は春の方もまた家族同然に思っているのだから。
可愛い妹二人が京子の言葉一つに分かりやすく心動かす光景は、とても微笑ましいものだった。


春「…それじゃ京子、行こ?」スッ

京子「えぇ」ギュ

そう言って差し出された春の手を京子は自然な動作で握りしめる。
まるでそうするのが当たり前なのだと周りにアピールするようなそれに春は内心で笑みを浮かべた。
こうして京子と手を繋いだのは一度や二度ではないが、そのドキドキは色褪せない。
未だ初恋を続けている彼女にとって、それは胸の内がとろけるような甘い交わりだった。

春「(…でも、しっかりしないと)」

だが、幾ら甘くても、それに溺れる訳にはいかない。
京子と手を繋いだ瞬間、零れそうになる笑みに春がそう言い聞かせるのは、今から二人が向かうのが敵地も同然だからだ。
春の胸に広がる甘いときめきは決して小さいものではないが、それにかまけて京子に怪我などさせてしまったら目も当てられない。
京子は春にとって何よりも愛しい想い人と言うだけではなく、星誕女子との勝負を左右する切り札なのだから。
その損失がどれだけ大きなものになるかを思えば、ここで気を抜く訳にはいかなかった。


春「(何かあった時、京子は私の事を絶対に護ろうとするだろうし)」

京子は諸事情によって女装しているだけであり、その心まで女性になっている訳ではない。
春の危険を察知した場合、男として春の事を庇おうとするのは今からでも目に見えていた。
無論、春としてもそうやって愛しい男性に護られると言うのは憧れのシチュエーションではある。
しかし、春の中で自分と京子の優先順位には大きな差があるのだ。
何においても京子の事を第一に思う彼女にとって、京子に庇われると言うのは無条件に肯定出来るものではない。
寧ろ、今回の場合、絶対にそれだけは避けなければいけないと春は警戒を心に強く浮かべた。

京子「…はーるちゃん」スッ

春「ひぁ…っ」ビク

そんな春が肩をビクンと跳ねさせるのは繋いだ京子の指が動いたからだ。
しっかりと繋がれた春の手をくすぐるようなその愛撫に、彼女の口から可愛らしい声が漏れる。
驚きを強く浮かべたそれは、しかし、それだけが原因で放たれたものではない。
京子の指が動き出した瞬間、春が最も強く感じたのはくすぐったさ混じりの快感だった。


春「き、京子…」

京子「ふふ。びっくりした?」

春「…びっくりしたと言うか気持ちよかった」カァァ

京子「え?」

それを素直に告げる春に京子の方が逆に驚いてしまう。
そもそもさっきの愛撫は、目に見えて緊張している春から力を抜く為のものだったのだから。
多少、驚くだろうな、とは思っていたが、まさか感じるだなんて思ってはいない。
ましてや、それを女の子の口から聞かされるなど考慮しているはずがなく、驚きを顔に浮かべたまま固まってしまう。

春「…京子のスケベ」モジ

京子「ご、誤解よ。いえ…誤解じゃないけれど…」

京子「わ、私にはそういうつもりはなかったから」

無論、春とてそうやって快感を得ていた自分を開けっぴろげにするのは恥ずかしい。
あまり表情の変化がなく誤解されがちではあるが、彼女にも人並みの羞恥心はあるのだから。
しかし、それ以上に京子に対して嘘を吐きたくないとそう思う春は、京子の前でモジモジと身体を揺らす。
普段、春が滅多に見せない恥じらい混じりのその動きに京子は驚きを狼狽に変えながら、言い訳を口にした。


京子「そ、そもそもそんなに春ちゃんが敏感だなんて私、知らなかったし…」

春「…私は京子限定の敏感肌だから」

京子「流石にそれは特殊体質過ぎるんじゃないかしら…」

春「…そうでもないと思う」

京子「え?」

その狼狽のまま京子が口にする言葉を春は短く否定する。
それは自身がこんなにも敏感になった理由が、十年以上抱き続けている恋心にあると理解しているからだ。
そもそも、男性に比べて、女性は精神による身体への影響がとても大きい。
例え、同じ男性に同じ事をされても、その時の気分によって、反応が大きく異なるのは珍しい話ではなかった。
そして春は京子に対して並々ならぬ愛情を向けているのである。
初めて出会った時から初恋をずっと大事に育ててきた春にとって、京子に触れられていると言うだけで身体が艶を帯びてしまうのだ。

春「…多分、明星ちゃんでも同じ風になってた」

京子「そ、そうなの…?」

そんな春にとって目下のライバルは後輩である石戸明星だ。
地方予選からずっと京子に対して熱い視線を向ける彼女も、日々、その想いを育ててきている。
急速に膨れ上がった所為で中々、本人にも制御出来ない想いは春のそれと比べても遜色のないものになってきていた。
そんな明星であれば、きっと自分と同じように甘い声をあげていたはず。
本人の知らないところでそう断言する春に、京子は戸惑いと疑問を覚えた。


京子「(…なんで、そこで明星ちゃんが出てくるんだ…???)」

京子は決して人の気持ちに鈍感なタイプではない。
寧ろ、気難しい文学少女と幼い頃から付き合ってきた彼は人の内心を察するのが上手な方であった。
しかし、昔からお調子者であった為にフラれる事が多く、また彼のいる特異な状況の所為で、異性からの好意に鈍くなっている。
元々、男性としての自信が薄かった京子は女装によってさらにそれを失ってしまい、二人の気持ちにも気づく事が出来なかった。

京子「ともかく…ごめんなさいね」

京子「まさかそんな風になるとは思ってなかった…なんて言い訳にもならないけれど…」

京子「でも、次からは絶対にこんな事しないから」

代わりに京子が口にするのは反省の色を強く浮かべた言葉だった。
無論、京子がこうして春の手を撫で擦ったのは、彼女がそれを嫌がらないと分かっていたからである。
多少、びっくりしたり、拗ねさせたりするかもしれないが、それは二人の仲が険悪になるほどじゃない。
そう思っていたからこそのセクハラめいた愛撫は、しかし、予想外の結果を生んでしまったのだ。
ただビックリさせるだけならばともかく、不必要なものまで春に覚えさせてしまったそれを再び実行するほどの度胸は京子にはない。


春「…え?」

京子「え?」

しかし、そんな京子に帰ってきたのは、残念そうな春の声だった。
まるで目の前にあるご馳走が幻であった事に気づいてしまったようなそれに京子は再び驚きを覚えてしまう。
無論、京子とて春が本気で嫌がっている訳ではないと分かっていたが、しかし、さっき彼女が覚えてしまったのは快感なのだ。
ともすれば性的なものに繋がりかねないそれを好きでもなんでもない男性に与えられて喜ぶはずがない。
実際、自己主張が得意ではない春としては珍しいくらいに大好きアピールをしているのだが、それに気づいていない京子にとってそれは予想外の返答だった。

春「…してくれないの?」

京子「だって、セクハラになってしまうでしょう?」

春「…大丈夫。相手が嫌がってなければ、それはセクハラじゃなくて愛撫だから」

京子「あ、愛撫って…」カァ

京子の計算を狂わせたのは、決して彼女の好意だけが原因ではない。
寧ろ、それよりも大きいのは、さっき春の身体に走った快感が強かった事だろう。
複雑な作業を行う為、神経の集中した指先はとても敏感だ。
そんな指先をほんの一秒程度とは言え、愛する男性に愛撫して貰ったのである。
彼女が覚えた快感が小さいはずがなく、その豊満な胸には微かな期待さえ宿っていた


春「(…もし、これが手じゃなくて他の部分だったら…)」

春は元々、性欲が強いタイプだ。
女性として熟れていく身体に比例するように強まるその淫らな欲求は、京子と出会ってからさらに大きくなっている。
週に数度、京子の事を想って、部屋で自分の身体を慰めるのが日課な彼女は、しかし、指先で感じた事など一度もない。
春が快感を得る事が出来るのはごく普通の性感帯だけで、それ以外の部分はまったく未開発なままだった。
しかし、さっきの一瞬で得た快感はそれが嘘のように大きく、そして感じた事のないほど甘いものだったのである。
もし、その快感が自分が育ててきた性感帯から入り込んできたらどうなるのか。
性欲の強い春がそんな期待を覚えるのも当然の事だろう。

春「…正直、さっきのはとても気持ち良かった」

春「だから、私は京子にまた愛撫して欲しい…」

春「京子さえ良ければ、手以外の部分も…」チラ

京子「…ッ」ゴク

ましてや、そうやって自分に愛撫をくれていた京子は普段、とても受け身なタイプなのだ。
女性ばかりの環境でたった一人の例外として暮らす京子はあまり積極的にスキンシップを取ろうとしない。
京子が自分から女の子に触れようとするのは、その相手を励ましたいとそう思っている時。
例外は春を始め、極端に仲の良い少女を相手にする時くらいだった。


春「(…ここで待ってたら次が何時になるか分からない)」

京子は鈍感であり、そして春は自身の気持ちを京子に伝える事が出来ない。
そんな中で京子に愛撫して貰えたと言うのは、春にとって千載一遇のチャンスだった。
もしかしたらこれをキッカケに、京子とより深く、そして気持ち良い仲になれるかもしれない。
そう思う春は京子を誘惑するように流し目を送った。

春「勿論、京子が大好きなところでも大丈夫…」フルン

春「京子が相手なら…きっとすぐ気持ち良くなれると思うし」ギュ

春「私も…もっと色んなところを京子に触って欲しいから」カァァ

京子「は、春ちゃん…」

それだけでも京子にとっては胸がドキドキする魅力的な仕草だった。
しかし、この状況に天運の訪れを感じた春の誘惑はそれだけでは終わらない。
足先に力を込め、普段よりも強く踏み出して、その豊満な胸を柔らかく震えさせる。
その上、京子と繋いでいない腕をそっと動かし、胸の谷間を強調させた。
不用意に透けたりしないようにと厚手の体操服を着ていても尚、ハッキリと分かる柔肉の間に京子の心がグラグラと揺れる。


春「(…さ、流石にこれは恥ずかしい…でも…っ)」

まるで痴女さながらの誘惑に、流石の春の顔色も赤くなる。
しかし、だからと言って、ここでヘタレるなどという選択肢は彼女の中にはなかった。
今の春にとって、ここは天下分け目の決戦とそう言っても良いものだったのだから。
京子との関係をより良いものにする為にも、ここは決して譲れない。
そう思う春の頭にはふつふつと湧き上がる羞恥心も、色仕掛けに対する自制もなかった。

京子「…お、女の子がそんなはしたない事言っちゃダメよ」フイ

京子「そ、それよりも…ほ、ほら、あ、アレよ」

京子「こうすれば少しは緊張も解れるんじゃないかなって…そ、そう思ったんだけど、どうだったかしら?」

春「……」ムゥ

しかし、そうして踏み込んだ春とは違い、京子の方がヘタレてしまう。
瞬間、春が不機嫌そうな顔になるのは、少なからず勇気を振り絞ったからだ。
無論、春とて、今の状況で京子から望んでいるような返事が返ってくるとは思っていない。
望外の愛撫によって完全に忘れていたが、ここは彼女たちが暮らす屋敷ではないのだから。
寧ろ、敵地とも言っても良い状況で、ヘタレの京子が誘惑に応えてくれるとは思えない。
しかし、そうと分かっていても、勇気を振り絞り、羞恥心をねじ伏せた自分への返答がコレではあんまりだとそう思ってしまう。


京子「は、春ちゃん…?」

春「…京子のヘタレ」ギュゥ

京子「う…」

とは言え、春はその理不尽さを口にするつもりはなかった。
自分が状況を忘れてはしゃいでいた事は事実だし、何より緊張している自分を気遣おうとしてくれた京子の気持ちも有難いのだから。
胸中にあるのもメラメラと燃え上がるような強い怒りではなく、子どもが拗ねるような幼い感情のみ。
だからこそ、春はそれをアピールするように京子へと擦り寄り、その肩に頭を預けるようにして身体を密着させた。

京子「(流石に拗ねさせちゃったかー…)」

京子「(いや、でもアレは仕方ないだろ…うん…)」

そんな春を見ながら、京子が胸中に浮かべるのは、強い後悔の念だった。
それは大事な親友である春の機嫌を損ねてしまったからだけではない。
京子とて男性であり、そして、春はとても魅力的な女性であるのだから。
恥ずかしそうに自身を誘惑しようとする春の提案に乗ってしまいたい気持ちは決して小さいものではなかった。


京子「(春はそういう距離感が分かってないだけなんだし…)

それでも京子が春の誘惑を断ったのは、彼女との距離感があまりにも近すぎた所為だ。
出会った当初から異性とは思えないほど親しく、そして近くにいてくれる春に京子はとても感謝している。
だが、その一方で、この半年以上の間、ほぼ変わる事がなかった彼女との距離感に京子は誤解を深めていたのだ。
自分は春にとって異性ではなく、こうして誘惑されているように感じるのも彼女が女子校育ちだからこそ。
同性ばかりの環境で異性との接し方を知らないだけなのだと京子は思い込んでいた。

京子「(何より、春は俺の境遇に対して、とても気に病んでいる節があるんだ)」

京子「(ここで手を出したら絶対に後悔してしまう)」

何より、京子が気にしているのは、春達に時折、垣間見える負い目の感情だった。
彼女たちの事を恨んではいないと京子は何度も口にしているが、しかし、春達の心情はまた別なのである。
京子に対して無理無茶を強いていると言う意識は京子が女装に慣れた今も変わらなかった。
寧ろ、神代家の横暴に耐えかねて京子が屋敷を飛び出した頃から、それはより強く現れるようになっている。
そんな春達に誘惑されても、負い目の所為で無理をさせているとしか思えなかった。


京子「そ、それよりも、ほら、そろそろグラウンドよ」

春「…ん」

しかし、その結果、春を不愉快にさせてしまった事への後悔と言うのは決して小さいものではなかった。
例え、そのキッカケがなんであれ、春が自分のことを慮ってくれたのは事実なのだから。
実際は千載一遇のチャンスに童貞ばりの食いつきを見せていただけなのだが、京子はそれに気づけない。
だが、今の雰囲気があまり良くない事を肌で感じる京子は言葉を詰まらせながらも話題を変えようとした。

春「…」ギュゥ

京子「っ」ドキ

そんな京子に対して帰ってきたのは、春からの強いアプローチだった。
繋いだ手を胸の谷間に挟み込むようなそれは、最早、友人同士のものではない。
恋人同士であっても滅多にしないであろうセックスアピールに、京子の胸が興奮する。
こうして外見だけは取り繕っているものの、京子は健全な男子高校生。
所謂、下心を抱く事もあれば、本能に身体が反応してしまう事もある。


京子「え、えっと…春ちゃん?」

それを京子は何とかオブラートに包んで告げようとするもののいい方法が思いつかない。
さっきまでならいざしらず、今の京子達は既にグラウンドに足を踏み入れているのだから。
色々な意味で注目されている京子の帰還に生徒たちの視線が集まっているのをハッキリと感じる。
そんな状況で自身の胸中を洗いざらい口にする訳にもいかず、京子は気まずそうに春の名前を呼んで。

春「…ちゃんと虫除けはしとかないと」

京子「む、虫除けって…気にし過ぎじゃないかしら」

京子「そもそも、私が慕われてるのはそういう理由じゃないと思うし…」

それに短く言葉を返した春が何を気にしているのかくらい京子にだって分かっている。
しかし、京子は春が気にしているような理由で、自分が好かれているとは到底、思えなかった。
無論、多くの少女たちに好ましく思ってもらっているのは自覚しているが、それは所謂、異性愛ではない。
どちらかと言えばアイドルに向けるような憧れ混じりの好意であり、自分と彼女達がそんな事になるのはあり得ないと京子は思っている。


春「…京子は女の子の事を甘く見ている…」

春「女の子は何時、心変わりするのか分からない生き物」

春「しっかりと予防はしておいた方が良い」

しかし、春に言わせれば、それはあまりにも楽観的過ぎる考えだった。
例え憧れ混じりのものであったとしても、永水女子の生徒達は京子へと強い好意を向けている。
そして、それはキッカケさえあれば、あっさりと異性愛へと書き換わってしまうものなのだ。
例え、今はそうでなかったとしても、これからもそのままだなどと言う保証はない。

春「(…寧ろ、絶対にそういう子が出てくると思う…)」

春「(京子はとても一生懸命で…そして誰よりも格好良いんだから)」

京子はその秘密から、これまであまり積極的に表に出ようとはしなかった。
エルダー選挙によって一躍、時の人にまでなってしまったが、基本的には依子を立てるよう控えめな動きを心がけている。
しかし、星誕女子と言う決して負けられない相手を前にしては、流石にそんな風には動けない。
持ち前の身体能力の高さからどうしても活躍してしまい、注目を集めてしまう。
こうして京子に視線を送る少女達の中には熱っぽい目をしている子もいるだけに、油断は出来ない。
未だ初恋に溺れる乙女の欲目を込みでそう思う春にとって、虫除けは決して譲れないものだった。


春「…それに永水女子はお嬢様校で…色恋に飢えている子が多いし」

春「例え、同性でも良いって言う子がいるのは京子も良く分かってるはず」

京子「それは…」

そこで京子が言葉を詰まらせるのは、スールの契を思い出したからだ。
自身も依子と結んでいるその契は、多くの生徒達にとって擬似恋愛のそれに近い。
手を繋いだり、腕を組む少女達の姿はよく見かけるし、時折、隠れてキスをしているところを見かけたりもする。
無論、キスまでするのは少数派ではあるが、しかし、愛の範囲が通常よりも広い生徒が目につく程度存在するのは事実だった。

春「万が一、京子がそういう子に目をつけられると大変」

春「だから、そういう人が京子に手を出さないようにしっかりとアピールしとかないといけない」

とは言え、そのアピールが本当に必要不可欠なものなのかと聞かれれば、春は応える事が出来ない。
そもそも京子は既に依子と言う学内最高の淑女とスールの契を結んでいるのだから。
仮に京子に懸想する少女が出てきても、依子を押しのけるようにして告白しようとはしない。
京子争奪戦が激化するのは依子が卒業してからだと春は睨んでいた。


春「(…でも、お姉さまが卒業するまでずっと蚊帳の外にされるのは寂しい)」

春は家鷹依子と言うエルダーの事をとても好ましく思っている。
エルダーと言う目標を見据えて努力してきたまっすぐなその性根は好きだし、目標を達成しても努力し続けるそのストイックさは立派だ。
永水女子に決して追いぬくことが出来ない伝説を打ち立てた石戸霞の後任としては十分過ぎるほど良くやっていると春は思う。
だが、その一方で京子とスールの契を無理やり結んだ事に関しては、モヤモヤとしたものを胸中に残していた。
いずれ自分がそうなろうと思っていた場所を奪われて尚、平静でいられるほど滝見春の愛は軽いものではない。

春「(お姉さまが卒業しても、他の誰かが入る余地なんてないって皆に教えておかないといけないと)」

表情の変化に乏しいその外見とは裏腹に、春はとても嫉妬深い少女だ。
自分と同じく京子に恋慕を向けている明星の存在を許してはいるが、やはり独占欲と言うものは抑えきれない。
自分が誰よりも先に目をつけていたのに、と春が思った回数は一度や二度ではなかった。
だが、彼女を取り巻く環境が、京子の独占どころか告白さえ許してはくれず、また春自身、明星の事を家族同然に思っている。
結果、焦れったい明星の背中を押す事もあるが、それは明星が ―― より正確に言えば明星達が特別だからこそ。
それ以外の少女たちに対して譲るつもりなど春にはまったくなかった。


春「(…それに京子が皆と仲良くなって…私でないと出来ない事って言うのは少なくなっている…)」

そう春が思うのは、インターハイからずっと京子に対して後手後手に回っているからだった。
思い悩む京子に対して、ただ側にいるだけで自分は何も出来てはいない。
結果、春は京子が一人で立ち直ったり、自分以外の誰かに立ち直らさせて貰っているところを見ていただけ。
無論、そうやって京子が元気になるのは嬉しいが、しかし、嫉妬深い心が危機感を覚えるのはどうしても否定しきれなかった。

春「(だから、この辺りで私に出来る事を…)」

春「(ううん。私じゃないとダメな事を増やしておきたい…)」

京子の虫除けになるという事は、来年、京子と人前で睦み合う権利を手に入れるも同義だ。
今の依子が人前でしている事を全て独占出来ると思えば、ここで彼女が尻込みする理由はない。
人に注目されるのはあまり好きではないが、しかし、それ以上に京子の恋人役と言うのは魅力的なポジションなのだ。


京子「でも、春ちゃんはあんまりそういうの好きじゃないでしょう?」

京子「あんまり無理しなくても良いのよ?」

無論、そんな春の性格を京子も良く分かっている。
慣れた相手には強引なところを見せたりもするが、基本的に春はあまり積極的な方ではない。
人見知りと言うほどではないが、人前で目立つのは苦手な方だ。
そんな春が自分の為にこうして目立ってしまっているのだから、どうしても申し訳なく思ってしまう。

春「私は大丈夫…」フルフル

春「それよりもほら、もう集合場所についてるから」

京子「…そうね。そろそろ準備しないと」

小さく首を振る春の言葉に嘘はないと京子は思う。
しかし、次いで彼女から放たれたのは、それ以上の追求を避けるような言葉だったのだ。
本心から安堵する事はどうしても出来ず、春への返事が一瞬、遅れてしまう。
だが、二人がこれから参加するのは二人三脚であり、走る前には色々と準備や呼吸合わせが必要なのだ。
食後の腹ごなしも兼ねてゆっくりと歩いてきただけに時間の余裕もあまりない。
そう判断した京子は春の真意を追求するのを止め、彼女と共に運営委員の元へと向かう。


京子「永水女子二年の須賀京子です。二人三脚用の紐を受け取りに来ました」

「は、はい。こちらになります…」スッ

京子「ありがとうございます」

参加者の足を縛る帯を配布していたのは、先ほど京子が助けた星誕女子の生徒だった。
メガネに三つ編みと見るからに真面目そうな彼女から京子は白い紐を受け取る。
星誕女子が使う青色の紐とは違い、永水女子の走者である事を知らせるそれで足を縛れば準備は完了。
後は軽くリハーサルでもやって競技に備えようと京子はお礼を口にしながらその場を去ろうとして。

「あ、あの…」

京子「え?」

「…………いえ、何でもありません」

京子「そう…ですか」

その背中に小さな声が掛けられたのを京子は聞き逃さなかった。
まるで何か伝え忘れがあるようなそれに京子は振り返るが、彼女は何も言わない。
言いたいけれど言えない事があるのだとハッキリ見て取れる様子で、小さく顔を俯かせる。
そのまま彼女から漏れる誤魔化しの言葉に京子は深く追求はせず、その場を離れた。


春「…また女の子を誑かした?」

京子「もう。そういうんじゃないって分かってる癖に」

春に京子がそう応えるのは、持ち前の鈍感さが原因ではない。
そもそもさっきの彼女と京子がこうして顔を合わせたのはまだ二回目なのだから。
見るからに恋も知らなさそうな少女ではあったが、しかし、数分にも届かない邂逅で恋に堕ちたりはしないだろう。
そもそも彼女と京子は敵同士であり、そして外見上は同性同士なのだ。
さっき輝夜から庇ったとは言え、それだけで恋愛へと発展するには障害が多すぎる。

京子「(…きっとさっきのは警告だったんだろうな)」

だからこそ、あそこで彼女が言いかけたのはきっと警告だ。
星誕女子である彼女がわざわざ呼び止めてまで言いたいけれど言えない事など京子にはそれくらいしか思いつかない。
ましてや、今の京子を取り巻くのはその雰囲気をピリピリとさせた星誕女子の生徒達なのだ。
午前の部よりも目に見えて緊張し、一部、ナーバスになっている彼女達を見て、何もないと思うほど京子は楽観的にはなれない。


京子「(霞さんの言う通り、午後から本気出すつもりなのか)」

無論、その本気は決して実力だけを意味しない。
月極輝夜にとっての本気とはまさしくなりふり構わない手段を含むのだから。
勝つ為には相手選手を潰す事だって躊躇しないその本性が少しずつ露わになっていっている。
それを場の雰囲気から感じ取った京子は人知れずため息を吐きたくなった。

京子「(…でも、ここで俺が暗くなってちゃダメだ)」

京子「(裏エルダーなんてものになった所為で、普段から依子さんの妹として相応しい振る舞いが求められているけれど…)」

京子「(今はその上に皆の信頼まで乗っかってしまっているんだから)」

午前の部を衝撃的な逆転劇で飾った京子は永水女子にとって一種の精神的柱になっていた。
京子さえいれば月極輝夜など恐れるに足らない。
そんな認識が一気に広がった仲間達の視線は信頼と期待を強く浮かべるものだった。
エルダー選挙の時にも感じたそれに、しかし、今度の京子は逃げる訳にはいかない。
こういう時、柱となった自分がヘタレてしまったら、仲間たちも総崩れになってしまう。
中学の頃の苦々しい経験からそう悟った京子は努めて自信に溢れた表情を作った。


春「じゃあ、私が紐を結ぶ」

京子「え、でも…」

春「京子は皆の事を励ましてあげて」スッ

今の京子はまだ個の力が戦局を左右していた時代の武将が如く、その存在だけで周りを勇気づける事が出来る。
ずば抜けたその存在感は、永水女子の少女たちにとっては希望と言っても良いものだった。
そんな京子が地面に対して膝をつき、紐を結ぼうとしているところなど誰も見たくはない。
今の京子の仕事は自信満々な顔で周りを勢いづかせる事だと春は思う。

春「(…それに流石に足に顔を近づけられるのは恥ずかしい)」

春は比較的、ムダ毛の多い少女だ。
無論、京子の視線を常に意識している彼女は日頃からしっかりとケアしているし、昨夜は念入りに処理している。
しかし、どれだけ完璧だとそう思っても、やはり、万が一がないとは言い切れないのだ。
もし、足からほんの少しでも顔を出しているムダ毛を見られてしまったら生きてはいけない。
心の底からそう思う春にとって、京子に顔を近づけられるのは絶対に避けなければいけない事態だった。


春「…こうしてみるとやっぱり京子ってスタイル良い」

京子「こ、これから走るって時にあんまり恥ずかしい事言わないでくれるかしら…?」

だからこそ、代わりにしゃがみこんだ春の目の前にあるのはスラリとした京子の足だった。
無論、ジャージ生地のズボンにすっぽりと覆い隠されてはいるが、シルエットからでもその長さは良く分かる。
流石に同世代の少女達と比べれば太いと言わざるを得ないが、それでも筋肉質には見えない。
少なくとも、つい一時間ほど前に驚異的な加速力で輝夜を抜き去った足だとは思えなかった。

春「(…流石に頬ずりしたいなんて言えないけれど)」

春にとって京子は自身の全てを捧げたいとさえ思っている相手だ。
その足が目の前にあると思うだけで、若干、アブノーマルな衝動が湧き上がってくる。
京子への愛情からふつふつと浮かびあがってきたそれに、しかし、春は従う訳にはいかなかった。
幾ら恋は人を盲目にさせるとは言え、春はまだ多少の分別は残している。
その衝動が幾ら京子でも引いてしまうくらいにアブノーマルなものである事を春は理解していた


春「…終わった」

京子「ありがとうね、春ちゃん」ニコ

春「…ん」スッ

だからこそ、春は自身の衝動を抑えこみながらお互いの足を紐で結ぶ。
そんな彼女にお礼の言葉を口にする京子は、顔に小さな笑みを浮かべた。
自身の足に急接近している間、春が何を考えていたのか、まるで知らないが故の優しい表情。
それに小さな疚しさを覚えた春はそっと京子から視線を反らした。

京子「どうかしたの?」

春「…なんでもない」フルフル

そんな春に京子が疑問の声を向けるが、しかし、それに対して正直に答える訳にはいかなかった。
春は極力、京子に嘘を吐きたくないと思っているが、全てを曝け出せるほど綺麗ではない。
その胸中はいっそ重苦しいと言えるほどの愛に満ち溢れ、嫉妬や独占欲が渦巻いている。
そんな自分を口にしても、京子は嫌ったりはしないと思うが、さりとて、積極的に汚い自分を見せたいとは思えない。
ましてや、春がさっき覚えたのはアブノーマルな衝動だったのだ。
これから密着して一緒に走るパートナーからそんな告白をされれば、誰だって動揺してしまう。


春「それより…時間もないから軽く動きを合わせておいた方が良いと思う」

京子「そうね。そうしましょうか」

そう思った春が口にするのは決して誤魔化しだけが目的のものではなかった。
二人三脚は二人の息が合わなければ、ゴールする事すら困難な競技である。
無論、二人三脚への出場が決まった時からずっと練習を続けてきたが、その成果を本番で発揮できるとは限らない。
何より、京子達の隣を走る事になるのは、害意を持った星誕女子の生徒達なのだ。
彼女達が間違いなく妨害してくるであろう事を思えば、事前に少しでも不安要素は潰しておきたい。
そう思う春の言葉に京子は小さく頷き返しながら、そっと春に手を伸ばして。

京子「じゃあ、ちょっと肩を借りるわね」

春「…幾らでも借りて行って良い」

そのまま肩に手を置く京子に、春は自分の顔がそっと綻ぶのを感じる。
ついさっき星誕女子の妨害に対して不安に思っていたとは思えないほどリラックスした表情。
まるで自室で寝転んでいるようなそれは勿論、京子の手がとても暖かく、そして安心出来るものだからだ。
この手が自分の事を支えてくれている間はきっと大丈夫。
心からそう思わせてくれる京子に春は小さく胸をときめかせながら、自身の手を京子の肩へと伸ばした。


京子「それじゃ何時も通りで行くわよ」

春「…ん。大丈夫」

京子「それじゃ…いっちにーいっちにー」

京子の言葉に従って、春は大きく足を出す。
普段、走る時よりも若干、大きなその歩幅は無論、体格の大きい京子に合わせたものだ。
二人の相性は良く、その付き合いも決して短くないとは言え、身長の違いだけはどうにもならない。
30cm近くある二人の差を埋める為には、どうしても若干の無理が生じてくる。

春「(でも…私が頑張らないと文字通り京子の足を引っ張ってしまう…)」

京子は永水女子にとってまさにエースと言っても良い存在だ。
どんな競技においても大活躍が見込めるその身体能力を、打倒星誕女子に燃える生徒達が放っておくはずがない。
京子自身も依子達への手助けが少しでも出来るなら、と積極的に高得点を狙える競技にエントリーしていた。
無論、あまり他人と接触できない京子は騎馬戦や棒倒しといった接触の多い団体競技には出れない。
だが、二人の足を括る以外は普通の100m走とほぼ同じ二人三脚だけは別だ。
パートナー以外と接触する事がないその競技であれば、京子も参加する事が出来る。


春「(…そして、そのパートナーになれるのは私達だけ)」

春が思い浮かべるのは京子と同じ屋敷で暮らし、その秘密を知っている三人の顔だった。
その中で最も身体能力が高いのは湧ではあるが、あまりにも体格差がありすぎる。
体格的にはそれよりもマシな小蒔だが、何もないところでも転ぶ小蒔に二人三脚を走らせる訳にはいかない。
残るは明星と春はほぼ身長も同じだが、運動能力的には明星の方が優れている。

春「(…でも、私以外の誰かが京子と一緒に走るところなんて見たくなかった)」

春も頭では京子と明星のペアがベストだったと分かっているのだ。
しかし、彼女の女としての部分が、それを決して良しとはしない。
ずっと恋い焦がれてきた初恋の相手が、自分以外の誰かと呼吸を合わせるところなど想像しただけでも胸が痛くなってしまう。
だからこそ、春は様々な理由をつけて京子のパートナーの座に収まり、これまで一緒に練習してきたのである。


春「(…そのお陰で息はしっかり合ってる)」

精一杯、京子の歩幅についていこうとする春の事を京子もしっかりとフォローしていた。
春が決して無理し過ぎない程度の歩幅に止め、足も無理に動かしたりしない。
あくまでも彼女の事をリードしようとするその動きは、京子に合わせようとする春としっかり噛み合っている。
先ほどの京子が見せた爆発的な加速力こそないものの、足を結んだ二人は二人三脚とは思えないほどスムーズに進んでいった。

京子「ふぅ。これなら大丈夫かしらね」ニコ

春「…ん」コク

夏休みが明けてすぐから今日までずっと練習し続けてきた成果。
それがしっかりと出ている事に満足した京子は春に明るい笑みを向けた。
無論、練習の成果が出ているとは言え、星誕女子の妨害と言う不安要素はまだ残っている。
しかし、それをパートナーの前で晒すような格好悪い真似はしたくない。
だからこそ、自分たちなら大丈夫だとそう告げる京子の笑みに春も力強く頷き返した。


「二人三脚参加者の方は整列をお願いします」

京子「あら、丁度良いタイミング」

春「…きっと幸先が良い証拠」

京子「ふふ。そうだと良いわね」

瞬間、京子の耳に届いたのは競技開始が間近に迫る事を知らせる運営委員の声だった。
京子達と同じように周りで軽く息合わせをしていた少女たちはその声に引かれるようにして四列に並んでいく。
永水女子と星誕女子が交互に並ぶその列の中、二人が目指すのは先頭だ。
午後の部が始まってすぐに走る事となるその位置に、しかし、二人が緊張を覚える事はない。
パートナーに強い信頼を抱く二人はごく自然体のまま腰を下し、競技の開始を待ち始める。

「そろそろ二人三脚が始まりますが、先頭の方、紐の準備などは大丈夫でしょうか?」

京子「はい」

春「…大丈夫です」

数分後、運営委員から掛けられた声に二人は肯定の言葉を返した。
既に二人の足は紐で結ばれ、軽いリハーサルも済んでいる。
その心の準備も終わり、何時、始まっても構わないくらいだった。
事実、運営委員に答えながら立ち上がるその動作にはまったく危なげがない。
周りの少女達がよたよたとしている中であっさりと立ち上がってみせた。


京子「さて、それじゃあ」

春「…ん」

そのまま二人はお互いの存在を確かめ合う肩を組む。
リハーサルとまったく同じその手には、しかし、さっきよりも力が入っていた。
二人がつい数分前に行っていたのは、あくまでも本番前のリハーサル。
ここからが本番であり、そして一種の修羅場でもあるのだから、どうしても気持ちが手に表れてしまう。

春「(…だけど、そういうのも悪く無い)」

春の隣に立っている京子の顔は何時もと同じ涼し気なものだった。
まるですぐ目の前に迫っている修羅場などどうともないのだと言うようなそれは無論、演技である。
その内心は左右を挟む星誕女子への警戒心と不安で疼き、身体にも気合が入っていた。
強気な立ち振舞とはかけ離れた京子の本心を唯一、伝えてくれるその手を春が嫌うはずがない。
京子も自身と同じなのだとそう思うだけで、胸の内から愛しさと嬉しさが混ざり合ったような感情が湧き上がってくる。


「…それじゃあ位置について…よーい…」

春「…」グッ

そんな感情に頬が緩みそうになるのを春は必死に堪えた。
今の彼女がいるのは今にも二人三脚が始まりそうなグラウンドの中なのだから。
これから星誕女子との勝負があるというのにニヤニヤなどしてしまえば、勝てる勝負も勝てなくなってしまう。
そう自分に言い聞かせる春は京子と共に若干、前のめりになる。
一歩目から大きく加速出来るよう、重心を前へと出す二人の前で運営委員がスターターピストルを上空へと向けて。

パーン

京子「ふっ!」

瞬間、引き金を引いた運営委員の元から発砲音が鳴り響く。
鼓膜を軽く叩くような激しいその音に、京子は足に込めた力を一気に解放した。
グラウンドを蹴り抜くようなそれは京子と春の足を前へと大きく進めさせる。
持ち前の反応速度を持って他のどの組よりも早く、そして大きく前へと出た二人はそのまま加速 ――


「…!」ガシ

春「え?」

―― する事が出来なかった。

二人を阻んだのは春の側に立つ星誕女子の生徒だった。
ついさっきまで春達と同じくスタンディングスタートの準備をしていたその手は、春の服をガッチリと掴んでいる。
まるで行くな、とそう言うような彼女の手にスタート直後で少しでも加速しようとしていた春の身体は反応できない。
元々、不安定であったバランスはあっさりと崩れ、制御下にあったはずの重心がバラバラになっていく。

春「(しま…っ!?)」

勿論、春も決して油断していた訳ではなかった。
輝夜の顔に泥を塗った京子に対して報復がある事は分かっていたし、その対象に自分が含まれている事くらい予想していたのである。
しかし、幾ら何でも関係者の目がある中でこれほど危険で分かりやすい『攻撃』をしてくるとは流石に思ってはいない。


「(ごめん…!)」

春の服を引っ張りながら胸中で謝る彼女も、スタート直後に相手を転ばせるのがとても危険な事である事くらい理解していた。
だが、彼女たちにとって月極輝夜と言うのは逆らう事すら考えられない絶対的な支配者なのである。
幾ら危険で、そして関係者からも分かりやすい方法であろうと、彼女に拒否権はない。
躊躇いを覚えながらも、輝夜の命令通りに動いたその身体は春の事を思いっきり引っ張っていく。

京子「く…!」

そして、その影響は春のパートナーである京子にも波及していく。
京子と春は今、その足を一つも紐で結んでいる状態なのだから。
その歩みを合わせなければいけない状態でパートナーが崩れれば、自然と自分の身体も崩れていってしまう。
京子一人であればまだ立て直しも図れる範囲であったが、足を結んでバランスが不安定になっている状態ではそれも難しい。
結果、この状況で京子が出来るのは倒れ込んでいく最中に春が怪我しないように自身の身体を下敷きにする事だけだった。


輝夜「ふふ…っ」

しかし、それは輝夜にとって目論見通りのものであった。
輝夜は自分以外の殆どを見下してはいるものの、敵と認めた相手の事を過小評価などしない。
自身の持つ全ての力とあらゆる手段を持ってして叩き潰し、敵に対して屈辱を与えるのが輝夜の流儀であった。
そんな彼女にとって須賀京子とは、今まででも一、二を争うほどの強敵なのである。
生半可なやり方では怪我一つさせられない事くらい彼女も良く理解していたのだ。

―― だが、そんな京子であっても、二人三脚だけは別だ。

京子は反応速度も身体能力もズバ抜けてはいるが、あくまでもそれだけだ。
二人三脚という競技の都合上、どうしても能力を低い方へと合わせなければいけず、その能力の高さを活かす事が出来ない。
ましてや、今回、輝夜が狙ったのは京子そのものではなく、そのパートナーである春の方なのだ。
幾ら反応速度に優れていても自身の死角からパートナーを狙う攻撃には対応出来ない。


―― そして何より、京子は春を見捨てられないかった。

京子が永水女子で裏エルダーなどと呼ばれ、生徒たちの評価が高い事を輝夜は既に調べている。
永水女子に転校してまだ半年程度であるのにも関わらず、そこまで人気の高い生徒が人前で親友を見捨てられるはずがない。
事実、京子はその並外れた反射神経で身体を動かし、何とか春の事を護ろうとしている。
それは全てを企てた輝夜にとって、京子が破滅へと足を踏み出した前兆だった。

輝夜「(さぁ…潰れなさい…!!)」

輝夜の目的は二人三脚で京子達を最下位にする事ではない。
彼女の狙いは後の競技に出る事に支障が出るほどの怪我を京子に負わせる事だった。
そんな輝夜がその両脇を走る星誕女子の生徒へと命じたのは、ただ京子と春を転ばせる事だけではない。
確実にリタイアさせる為に偶然を装ってそのまま二人を下敷きにしろとそう命じてある。
幾ら京子の身体が頑丈だと言っても、逃げる事の出来ない状況で複数人の転倒を受けて無事で済むはずがない。
昼休みの間、彼女の中で創りだされたその策が今度こそ成就する。
もつれ合うように後ろへ倒れこむ京子と春の姿に輝夜はそんな確信を強めながら笑みを浮かべて。


京子「つぅ…っ」

輝夜「あはぁ…っ♪」

そのままドシンと頭から地面に叩きつけられる京子は苦悶の声を漏らした。
幾ら京子が男であっても上に春の分の衝撃まで引き受ければ、痛みに声が漏れてしまう。
まるで肺の中身を吐き出すようなそれは遠く離れた輝夜には聞こえない。
しかし、京子に並々ならぬ憎悪を向ける彼女にとって、京子が痛みに顔を歪める姿だけでも声を漏らすには十分過ぎた。
何処か熱っぽい響きを伴ったそれはいっそ扇情的にも聞こえるが、そこに込められているのは暗い情念である。
その熱っぽさとは裏腹に聞くものの背筋を冷たくさせるそれに周りの少女たちは怯えを浮かべた。

輝夜「(だけど…これで終わりじゃありませんわよ…!)」

だが、輝夜はその程度で満足したりはしない。
彼女本来の目的はここで京子を完膚なきまでに叩き潰す事なのだから。
もう二度と競技に参加できないほど傷めつけなければ、輝夜の望む勝利とは言えない。
だからこそ、胸中で暗い喜悦の叫びをあげる輝夜の前で、星誕女子の生徒二組が動き始める。
転んだ二人に対して突っ込むその動きは若干、ぎこちないものの、京子たちは未だ起き上がる事すら出来ていない。
それに勝利の確信を深める輝夜の前で、星誕女子は勢い良く二人に倒れこんでいく。


春「(来た…!)」

―― しかし、春はその追撃を読んでいた。

滝見春は神代を取り巻く分家の中でも観察力や洞察力に特化し【識る者】と呼ばれる滝見家の一人娘だ。
その身体能力や反射神経は京子達には及ばずとも、物事を視る事についてはそう簡単に負けはしない。
そう自負する春は自身の背中に迫るような少女たちの姿をハッキリと捉えていた。

春「(狙いは京子!!)」

無論、それが自身を狙ったものではない事を彼女を良く理解していた。
京子が永水女子にとって重要人物という事は、星誕女子においても最優先で倒さなければいけない相手と言う事なのだから。
こうして自分が狙われたのも京子を転倒させる為。
自身はあくまでもオマケである事を理解している春は狙われている京子を庇おうとその身体を京子に覆いかぶせる。


京子「春!」

春「ダメ!!」

京子「わぷっ!?」

―― 京子にとっての不幸は春の身体が死角を増やしていた事だ。

上に覆いかぶさった春の方に意識を気取られすぎて、引き寄せられるように倒れこむ星誕女子の生徒たちに気づくのが遅れてしまう。
それでも京子の反射速度なら回避は無理でも、春を庇う事くらいは出来たはずだった。
だが、春はそれを拒むようにして声をあげながら京子へとしがみつく。
まるで自分が京子を護るのだとそう主張するようなその動きに流石の京子も反応出来ない。
彼女の豊満な胸に自身の顔が埋まったのも相まって、抵抗の手が止まり。

春「う゛ぐっ」

そのまま倒れこんでくる星誕女子は春の身体に強い衝撃を与えた。
京子をリタイアさせる為、肘や膝などで極力、痛めつけようとするそれに、春の口から声が漏れる。
聞いている側の胸が痛むほど苦悶に満ちた声をあげながらも、しかし、春は京子の事を手放す事はなかった。
ここで京子の事を護れるのは自分だけだとギュっと腕に力を込め、星誕女子からの攻撃に必死に耐えようとする。


「あ…あぁ…なんて事…っ」

「京子さん!?滝見さん!!」

京子「くっ…!退きなさい!!」

数秒後、左右から生徒達の下敷きになった二人に永水女子から悲鳴のような声があがる。
スタートの合図が鳴ってから僅か数秒のアクシデントは、彼女たちの予想を遥かに超えるものだった。
そんな中、響き渡るのは京子の強く、そして怒りに満ちた声。
いっそ怒声にも聞こえるそれに、星誕女子の生徒たちは戸惑いを覚える。
このまま退いてしまって輝夜の怒りを買ったりしないだろうか。
春が身を挺して庇った事で思ったよりも元気な京子の声にどうしてもそう思ってしまう。

「京子さん!?」

「保健委員早く!こっちです!!」

「貴女達も早くお退きなさいな!!」

「そ、その、紐や身体が絡まって中々、動けなくて…」

そんな京子の声に冷静に戻った永水女子の生徒達が、下敷きになった春と京子と助けようと動き始める。
だが、星誕女子側がそれを許せるはずがなく、言い訳を口にして救援を引き延ばそうとした。
瞬間、永水女子の中で怒りが広がるのは、それが見え透いた言い訳であったからこそ。
やはり、これは出走時のトラブルではなく、京子と春を狙った星誕女子の攻撃だった。
内心、予想していたその答えを裏付けるような星誕女子に、永水女子の生徒達は強引な救助活動に出始める。


「なら、こっちで無理やりにでも退かせてさしあげますわよ…!!」ガシ

「きゃあっ!?」

折り重なった星誕女子を無理やり引き離すようなそれは淑女である事を心がける彼女たちにとって決して好ましいものではなかった。
だが、そうやって躊躇っている間に春や京子が苦しんでいるのである。
星誕女子とは違って、身内意識の強い彼女たちにとって、それは決して許容出来るものではない。
普段、心がけている淑女らしさなど投げ捨てながら、少女たちは必死に二人を助けようと手を延ばす。

京子「こ…の…!!」ググ

「…え?」

そんな永水女子の生徒達よりも京子の怒りは強かった。
京子にとって春は誰よりも身近な少女であり、そして自身を幾度となく助けてくれた恩人なのである。
そんな春が未だ下敷きになって苦しんでいるとあれば、幾ら温厚な京子であれど強い怒りを覚えてしまう。
腹の底を熱くさせるほど激しいそれは京子の全身に力を込めさせ、下敷きとなっていたその身体をゆっくりと浮かせ始めた。


京子「退きなさいと…言っているでしょう…!!」ガバ

「ひ…っ!?」

そのまま強引に起き上がろうとする京子から残った二人の星誕女子生徒が押しのけられてしまう。
腹筋と背筋だけで起き上がったとは思えないその力強さだけでも、星誕女子の生徒達にとっては恐ろしい。
だが、今の京子はその背中からメラメラと燃え上がるような怒りを湧き上がらせているのだ。
キッカケさえあれば殺気にすら変わりそうな強烈なそれに本来、お嬢様育ちであった彼女たちがそれに恐怖を覚えないはずがない。
死と言う輝夜に対するそれよりも大きな恐怖に悲鳴が漏れ、身体が自然と後ずさっていく。

京子「春ちゃん…!?」

春「…大…丈夫」

京子「大丈夫なはずないでしょう…!?」

そのまま春の事を気遣う京子に彼女は自身の無事を伝える。
しかし、今の彼女の姿は何処をどう見ても大丈夫そうには見えなかった。
京子の事を庇おうとしたその身体は星誕女子生徒たちに打ち据えられ、複数の痣が出来ている。
特に京子と結んでいた左足は酷く、痛ましいほど真っ赤に腫れ上がっていた。
その上、京子に応える声も弱々しく、身体もグッタリとしているとあれば、安心出来るはずがない。


春「…京子が大丈夫なら…私は大丈…夫」

京子「…えぇ。大丈夫よ」

京子「私は春ちゃんのお陰で傷一つないわ」

京子「本当に…本当にありがとう」

春「…良か…った」

無論、その言葉は嘘だ。
幾ら春が必死に庇おうとしたところで京子の身体全てをカバー出来るはずがない。
悪意を持って攻撃を仕掛けてきた彼女たちの手足に踏まれ、叩きつけられた身体はキリキリとした痛みを訴えていた。
しかし、大怪我を負うのを覚悟して、自身を庇ってくれた春の前でそれを口にする訳にはいかない。
その選択は間違いではなかったとそう告げる京子の前で春は力なく笑みを浮かべた。

春「っくぅ…」

京子「春ちゃん…!」

瞬間、走る痛みに春はその顔を歪ませる。
笑みすら浮かべられないそれは真っ赤に腫れ上がった左足が原因だった。
最早、捻挫ではなく折れている疑いすらあるその大怪我に、しかし、京子は何も出来ない。
京子は医療に関しては素人に毛が生えた程度の知識しかないのだから。
今、必死にこっちへと近寄ってきている保険医に全てを任せるしかない。


京子「……ごめんね、春ちゃん」

京子「私の問題だったのに…巻き込んでしまって」

春「謝らなくても…良い」

春「悪いのは…避けられなくて…京子の事を巻き込んだ私…だから…」

その無力感に謝罪の声を漏らす京子に、春は否定の言葉を返す。
確かに今回、狙われたのは京子だが、それも自分さえ避けられればまったく問題はなかった。
きっと湧や明星ならば、そんな攻撃も躱し、一位でゴールする事が出来ただろう。
そう思う春にとって、京子を庇うのは当然だった。

京子「春ちゃんは悪くなんてないわよ」

京子「悪いのは…」

輝夜「あら、星誕女子の生徒が悪いとでも言うつもりですの?」

京子「…っ!」

そんな春の事をフォローしようとする京子の前に、一人の少女が歩み寄る。
その黒髪を風に流しながらのその歩みは、非の打ち所のない美しいものだった。
しかし、京子は知っている。
その本性は美しくないどころか、類を見ないほど醜く歪んでいる事を。
そして、何より、今回のトラブルの主犯格が彼女である事を、京子は嫌というほど理解していた。


京子「(こいつの…こいつの所為で春が…!)」

輝夜「今のはスタート時に良くある事故ですわ。そうでしょう?」

「は、はい…」

だからこそ、強い敵意を浮かべる京子の前で、しかし、輝夜は涼し気な表情を崩さない。
それどころか挑発するように事故だと断言し、隣の運営委員へと話題を振る。
無論、それは運営委員が自分に対して異論を挟む事が出来ないと分かっているからだ。
運営委員を自身の手駒で埋めている輝夜は永誕祭におけるほぼ全ての決定権を握っているも同義なのである。
さきほどの攻撃に対する運営委員会の見解を事故だと纏めるのはそう難しい事ではない。

京子「良くも…抜け抜けと…!!」ギリ

輝夜「(ふふ。良い顔ですわね)」

輝夜「(私はそういう顔を見たかったのですわ…!)」

そんな輝夜に向けるのは、怒りに目を見開いた顔だった。
自身の身体の上に春さえいなければ、今にも輝夜に殴りかかりそうなその怒りに、しかし、彼女は何ら恐ろしい物を感じない。
彼女にとって悔しさと怒りに満ちたそれは心待ちにしていたものなのだから。
先ほど星誕女子の生徒たちを怯えさせたものよりも遥かに強いその怒りは、彼女にとってとても心地良いものだった。


輝夜「あら、怖いですわね」

輝夜「ですが、怒っているのは貴女だけではありませんのよ?」

輝夜「今回のトラブルに際して、永水女子の皆様は淑女らしからぬ手つきで我が校の生徒に乱暴を働いてくれましたし…」

輝夜「後日、正式な形で抗議させて頂きますわね」

「なっ…!?」

しかし、だからと言って輝夜はその手を緩めたりはしない。
物事には時流のようなものがあり、それに乗る事が成功の秘訣であると彼女は幼い頃から教えこまれているのだから。
ここはただ勝ち誇るよりも、最前線で永水女子へと嫌がらせを続けた方が良い。
そう判断した輝夜の言葉に永水女子から怒りの声があがる。

「ふざけないでくださいまし!」

「さっきのはどう見ても星誕女子に悪意と原因がありましたわ!!」

「そもそも私、あちらの方が滝見さんの事を引っ張ったのを見ていましたわよ!!」

輝夜「あらあら…どうやら永水女子の皆様は冷静ではないようですわね」

輝夜「例え、トラブルの原因が彼女にあったとしても、それは一個人によるものでしょうし…」

輝夜「何より、だからと言って皆様が我が校の生徒に乱暴した事実は消えませんわよ?」

「アレは救助活動の一環でしょう!乱暴などしていませんわ!!」

輝夜「あら、でも、そっちの子はとても恐ろしい思いをしたようですわね」チラ

「…っ」ビク

そこで輝夜に視線を向けられるのは、一番最初に永水女子の生徒達に引き離された少女だった。
一触即発と言っても良い状況の引き金であった彼女にとって、そこは到底、居心地の良い空間とは言えない。
今にも永水女子の生徒達に怒りを向けられるのではないかとビクビクしている彼女は今すぐにでもそこから逃げ出したかった。
だが、こうして輝夜に話題を振られた以上、黙っている訳にはいかない。


輝夜「寄ってたかって無理やり、引き離されるなんてとても恐ろしい思いをしたでしょう?」

「は、はい…」

輝夜「…と本人は言っていますわよ?」

「く…!!」

その顔に怯えと気まずさを浮かべながらも彼女は輝夜の言葉を肯定する。
それに永水女子を見回す輝夜の顔には勝ち誇るものさえ浮かんでいた。
明確に反証できる材料がない以上、本人が怖い思いをしたと証言した事実は覆らない。
実際、先ほどの自分たちが決して淑女らしからぬ行動をしたと自覚している少女達は悔しそうに歯噛みした。

輝夜「大体、永水女子の皆様は分かっているのですか?」

輝夜「永誕祭はあくまでも姉妹校の友誼を深める為のものですわよ?」

輝夜「それなのに姉妹校の生徒を怖がらせるような乱暴まで働くだなんて…」

輝夜「到底、淑女とは思えない野蛮な行いだとは思いませんの?」

「…っ」ギリィ

そんな永水女子に対して輝夜はさらなる言葉を紡ぐ。
その言葉だけは諌めるように、しかし、その実、嘲るように。
嫌味と侮蔑をたっぷり込めたそれに少女たちの中で怒りがさらに高まっていく。
仲間を傷つけられた挙句、必死に救助しようとしていた自分たちを野蛮扱いされたのだ。
その場に集う永水女子生徒の中には輝夜の事を憎しみを込めて睨みつける者さえ出始めている。


依子「…月極さん」

輝夜「あら、家鷹さん。今回はとても大変な事になりましたわね」

輝夜「私も心を痛めていますわ。えぇ、とっても」ニッコリ

加速度的に修羅場の様相を強めつつあるその状況に踏み込んできたのは永水女子のエルダーである依子だった。
未だ挑発し続ける輝夜を諌めるように呼ぶ依子に、彼女はにこやかな笑みを返す。
しかし、そこには本来あるはずの温かみはまるでなく、また心を痛めている様子など欠片も感じられない。
ただただ、他人に対する侮蔑だけが込められたそれに、依子は握りしめた拳を微かに震わせた。

輝夜「歴史ある永誕祭で怪我人が出ただけでも辛いのに、永水女子の方々は事実無根の内容で疑って来るんですもの」

輝夜「その上、怪我をしているかもしれない我が校の生徒に乱暴を働いたとなれば、私としても抗議せざるを得ませんわ」

輝夜「私も今回の件で長らく姉妹校としての歴史を重ねてきた関係が終わるかもしれないのは心苦しいですが…」

輝夜「しかし、私はエルダー兼生徒会長であり、星誕女子の代表でもあるのです」

輝夜「このような事が二度と起こらないようにきちんと報告する必要がありますわ」

輝夜「依子さんも同じエルダー兼生徒会長であるのですから、この辛さを分かってくださいますわよね?」ニヤニヤ

無論、この状況に輝夜は辛いものなどまったく感じてはいない。
決して狙い通り結果とは言えないが、しかし、京子にダメージを与えられたのは確かだ。
先ほど到着した保険医に治療を受ける春から決して離れようとしないその姿からは強い屈辱が感じられる。
さっき自分が受けた屈辱を、そのまま返す事の出来た実感に、輝夜は満足していた。


依子「えぇ。お好きになさってください」

依子「抗議しても救助の為致し方なかったのだとそう判断されるとは思いますが」

輝夜「あらあら、家鷹さんったら随分と冷静ですのね」

輝夜「お友達が大怪我をしたと言うのにそんな反応をしては冷酷だと思われてしまいますわよ」

しかし、そんな輝夜に依子は淡々とした声を返す。
ここで自分が声を荒上げる事が輝夜の狙いである事を依子は理解しているのだ。
だからこそ、依子が放つ言葉に激情は一切、混じってはいない。
あくまでも何時も通りの声音で怒りを露わにする永水女子生徒達のフォローを口にした。

依子「冷静?それは勘違いですわ」

依子「…今の私は腸が煮え返るような気持ちで一杯ですもの」グッ

しかし、その内心まで穏やかなものであるかと言えば、決してそうではない。
無論、彼女とて京子が真っ先に狙われてもおかしくない事くらい理解していた。
だが、頭の中で理解しているのと、実際に目にするのはやはり違う。
幾度となく助け、人前では常にエルダーである自分を立てるように動いてくれている愛しい妹。
そんな京子が今にも泣きそうな顔で春の側についているとなれば、激情が止まる事はない。
本音を言えば目の前で憎らしい笑みを浮かべる輝夜に掴みかかり、気が済むまで傷めつけてやりたい気持ちで一杯だった。


依子「ですが、私は永水女子のエルダーとしてこの永誕祭を無事に終わらせる義務があります」

依子「それは月極さんも同じ事だと思っていますが、どうでしょう?」

輝夜「えぇ。勿論、その通りですわ」

輝夜「ここで乱闘騒ぎなど起こしては両校の評判に傷をつけるだけになりますものね」

輝夜「私としてもそれは決して望んではいません」

無論、永水女子や星誕女子の評判など輝夜はまったく気にしてはいない。
彼女にとって星誕女子はあくまでも一時、腰掛けている場所に過ぎないのだから。
卒業してすぐにすっぱりと縁が切るつもりである彼女からすれば、そんなもの塵芥に等しい。
だからこそ、こうして永水女子を思うがままからかい、楽しんでいるのだが、流石にそんな本音を口には出来ない。

依子「それは安心いたしました」

依子「では、これからは一つ特殊ルールを設けませんか?」

輝夜「特殊ルール…ですの?」

依子「えぇ。今回のように一人の生徒による暴走が永誕祭の目的を見失わせるような事になってはいけませんから」

依子「どちらかにトラブルの原因があるか明白な場合は減点という罰則を設ける、と言うのはどうでしょう?」

そして、それは依子にとって予想通りのものであった。
幾ら我が物顔で振舞っている輝夜とは言え、世の柵とまったく無関係と言う事はない。
少なくとも、永水女子に対してはエルダーとしての態度を極力、崩すまいとしている。
そんな輝夜の反応を予測するのは依子にとって難しいものではなく、我が意を得たりと言った風に釘を刺した。


輝夜「…つまり今回のトラブルの原因は星誕女子の方にあるから減点と言う形で責任を取れ、と言いますの?」

依子「いいえ。流石に遡及法のように愚かな事は口に致しませんわ」

依子「あくまでも両校の信頼関係をこれ以上損なわない為に次のレースからこうしましょう、と言う提案です」ニコ

輝夜「(チッ…面倒な事を…)」

ニコリと微笑む依子の言葉は、輝夜にとって決して面白いものではなかった。
つい先程の輝夜は、自身の関与を否定した上で、依子と同じ気持ちであると口にしたのだから。
ここで彼女の提案を断るのは難しく、また断った上で同じような妨害を続けるのも厳しい。
幾ら輝夜の関与を否定しても、実際に生徒の暴走を見過ごしている以上、非難の対象となるのは輝夜なのだ。

輝夜「(…まぁ、幾ら非難されても所詮は有象無象の集まり)」

輝夜「(正直なところ、痛くも痒くもありませんが)」

しかし、それが学校の経営陣の耳に入るのは流石の輝夜も避けたい事態であった。
殆ど生徒の事情にはタッチしてこない経営陣ではあるが、それでも永誕祭における不手際は無視出来るものではない。
これ以上、怪しまれるような真似を続ければ、流石の月極グループと言えど圧力を掛けるのが難しくなる。
そうなれば唯一、エルダーのリコール提案権限を持つ理事長が動き、全校生徒の投票によってエルダーから降ろされる、と言う事になりかねない。


輝夜「(そうなったら…私の輝かしい経歴にも傷がつきますし…)」

無論、エルダーの解任など両校の歴史の中でも一度も起こった事はない。
エルダーとはそもそも学内で最も模範となるべき淑女であり、その栄光を受ける生徒は投票によって決まるのだから。
幾ら理事長がリコールを提案したところで生徒達が応えるはずがなく、今まで完全に形骸化していた制度だった。
そんな制度によって解任された唯一のエルダー、と言う汚名は、これから長らく彼女の人生に付き纏う。

輝夜「(何より、お父様にも何とお叱りを受ける事か…)」

世の中の他人全てを見下す輝夜とは言え、実の父だけは恐ろしく思っている。
まだ年端もいかない頃から帝王学を叩きこんだ父が怒った姿は、想像するだだけでも背筋が震えるものだった。
無論、輝夜の父であるだけあって汚い手段などには寛容だが、しかし、敗北だけは別。
常々、どんな手段を使ってでも勝て、敗者など無価値だと口にする父に見向きもされなくなってしまう。


輝夜「…分かりましたわ」

その恐ろしさに輝夜が口にしたのは受諾の言葉だった。
無論、そうやって相手の思い通りに動いてしまうなど彼女にとって耐え難い屈辱である。
しかし、既に包囲は完成し、そこから抜け出すのにもデメリットしかないのだ。
ここは頷くしかないと輝夜は内心、歯噛みしながら言葉を返す。

輝夜「ただし、こちらからも一つ宜しいですの?」

依子「えぇ。どうぞ」

輝夜「今回トラブルで、三組の走者がリタイア、と言う事になりましたわ」

輝夜「流石にそれを点数に反映するのはフェアではないでしょう?」

輝夜「第一レースは無効試合と言う事にしてくださいません?」

だからと言って輝夜はただで起きるつもりはない。
彼女が口にするのは、唯一、難を逃れた永水女子の生徒がゴールした結果をなくせと言うものだ。
京子の巻き込まれたトラブルに驚きながらも100mを走り切った彼女たちが持ち帰った点数は決して少なくはない。
元々、二人で走る二人三脚は個人競技よりも高めに点数が設定されているのだから。
星誕女子の二組がゴール出来なかった事も考えれば、第一レースで生まれた点差は決して軽視出来るものではなかった。


「なんて強欲な…」

輝夜「あら、ご不満でしたら、さっきの話はなかった事にしても構いませんのよ?」

輝夜「私としてもまるで永水女子の皆様から疑われているようで面白くありませんもの」

輝夜「幾らエルダーでも聞き分けのない子どものように振る舞いたい時くらいありますわ」

「く…っ」

そんな輝夜に永水女子から漏れる声は、憎々しげなものであった。
最早、姉妹校の代表に対する敬意はそこにはなく、ただただ敵意だけが浮かんでいる。
しかし、それに輝夜が返すのは、楽しそうな笑みと試すような言葉。
話の主導権は自分にあるのだとそう示すようなそれに永水女子の生徒達は歯噛みする。
実際、それは淑女にはあるまじき子どもっぽさではあるが、しかし、輝夜が淑女とは程遠い人物である事を彼女たちは良く知っているのだ。
この月極輝夜と言う少女がやると言えば、きっと本気でやってみせる。
そんな認識を共有する彼女達は、未だ我が物顔で振る舞う輝夜に反論する事が出来なかった。

依子「…分かりましたわ」

「お姉さま…」

輝夜「ふふ。家鷹さんであれば、そう言ってくれると思っていましたわ」ニコ

そして、それは依子も同じだ。
本心を言えば、そのような提案を受けたくはない。
京子がトラブルに巻き込まれたからとは言え、一位でゴールした少女たちが頑張ったのは事実なのだから。
幾ら致し方無いとはいえ、彼女たちの頑張りをなかった事にするなど仲間として認めがたいものだった。


依子「(…ですが、ここで断れば、交渉が始まってしまいますわ)」

しかし、今の依子はエルダーで、そして何より、目の前にいるのは月極輝夜なのだ。
こと謀略の類に関しては自身よりも一枚上手な彼女と交渉のテーブルにつきたくはない。
そんな事をすればあの手この手で話を引き伸ばされ、そして交渉は決裂したのだとさっきの提案をなかった事にされてしまうのは目に見えていた。
これ以上、他の生徒達が犠牲にならぬよう絶対に通さなければいけないルールを前に、そんなリスクは背負えない。
結果、依子が出来るのは不敵に微笑む輝夜の案を丸呑みする事だけだった。

輝夜「では、話も纏まった事ですし、私はそろそろテントの方へと戻らせて頂きますわ」

輝夜「あんまりここにいると永水女子の皆様に乱暴されてしまいそうですものね」

「な…っ!?」

輝夜「ふふ。では、ごきげんよう。永水女子の皆様?」

依子「……えぇ。ごきげんよう」

そんな依子の前で最後まで永水女子を挑発しながら、輝夜はそっと背を向けた。
そのままスタスタと歩いて行くその姿にはあまり苛立ちのようなものは見えない。
相手の思い通りになったのは事実ではあるが、その分、相手に対する嫌がらせは出来た。
それに幾分、溜飲を下げた輝夜はそのまま言葉通りテントの方へと戻っていく。


「あの…お姉さま」

依子「…ごめんなさい。貴女達の頑張りを無駄にしてしまいましたわね」

「いいえ。私達の事は良いんです」

「寧ろ、私達が頑張ったから、お姉さまが案を通す事が出来たのでしょう?」

「点数以上にお役に立てて、光栄に思っていますわ」ニコ

依子「…二人とも、本当にありがとうございます」ペコ

そこで依子に話しかけてきた二人に、まったく思うところがない訳ではなかった。
他の競争相手がいなかったとは言え、足を縛った状態で100mを走り切るのは中々に大変なのだから。
スタート時、星誕女子から攻撃を受けた京子達がきになる気持ちを抑えながらもゴールした事をなかった事にされるのはやっぱり悔しかった。
しかし、それは星誕女子の横暴に立ち向かおうとしている依子ではなく、輝夜に対して向けるもの。
依子に対して含むものなどなく、二人はこうして笑顔で接する事が出来る。
勝手に物事を推し進めた依子に気にしないでと告げるようなそれに依子は肩の荷が降りるのを感じた。

「それより…京子さんの方が…」

依子「…えぇ。分かっていますわ」

けれど、それはあくまでも一部分。
輝夜との話が一段落ついて一息つきたいが、未だ多くの問題が残っている。
そう彼女が思うのは、治療を終えた春が担架に乗せられていく姿を京子がずっと見ているからだ。
その瞳に心配そうなものを浮かべながらも親友を見送る事しか出来ない京子の傷ついた姿に依子の胸がズキリと痛む。


依子「…京子さん」

京子「…ごめんなさい。依子お姉さま…」

京子「私がついていながら、こんな結果になってしまって…」

依子「京子さんが謝る必要はありませんわ」

京子「…でも」

そんな痛みに惹かれるようにして近づいた依子に、京子はそっと首を振った。
無論、京子とて、一番、悪いのが裏で糸を引いている輝夜であると理解している。
しかし、理解しているからこそ、京子は自分の事を許す事が出来なかった。
自分が輝夜の事を挑発した以上、狙われる事は分かっていたのに、どうしてもっと警戒しておかなかったのか。
そんな自責が胸の奥から止まず、京子はギュっと手を握りしめる。

依子「さっきのは京子さんじゃなくてもどうにもなりませんでしたわ」

依子「悔しいですが、相手のほうが一枚上手であったのです」

依子「京子さんが自分のことを責める必要などありません」

依子「少なくとも…春さんは京子さんの事を責めなかったのでしょう?」

京子「……はい」

依子「なら、こうして項垂れていても、貴女を庇った春さんが悲しむだけですわ」

依子「それは京子さん自身が良く分かっているでしょう?」

京子「…」コクン

そのまま微かに震える京子の手を依子は癒やすように包み込む。
何処か母性めいたものさえ交じるその手と言い聞かせるような優しい声に京子の中の自責も軽くなっていった。
無論、庇うはずが、庇われてしまった自分の事は完全に許す事は出来ないが、それでも心が囚われる事はない。
その胸の内から怒りを原動力にしたやる気がふつふつと湧き上がってくる。


依子「春さんの気持ちを無駄にしない為にも、京子さんにはこれから沢山、働いてもらわなければいけませんわ」

依子「だから、元気を出してくださいまし」

依子「貴女が落ち込むと、皆、暗くなってしまいます」

京子「…はい。ありがとうございます」

依子の冗談めかしながらも暖かな依子の声に京子は力強く頷いた。
幾ら依子が慰めてくれたとは言え、自分のミスで得られるはずだった点数さえもなくなったのは変わらない。
ここで自分がするべきはミスを嘆く事ではなく、それを自身の活躍で挽回する事。
そう心を固めた京子は、依子に短く言葉を返しながら、周りの少女たちを見渡して。

京子「…皆さんにも大変、ご迷惑とご心配をお掛けいたしました」ペコ

「もう。さっきお姉さまが言っていたでしょう?」

「須賀さんが謝る必要なんてありませんよ」

「これからが本番です。頑張っていきましょう!」

京子「…はい」グッ

そのまま頭を下げる京子を責める声はない。
彼女たちも依子と完全にその気持ちを一致させているのだから。
寧ろ、親友を怪我させられた京子に対する同情心が強く、皆でこうして暖かい言葉を返す。
そんな彼女達に頷きながら、京子は再び握り拳に力を込めて。

京子「(…待ってろよ、月極輝夜)」

京子「(この借りは…必ず返させて貰うからな…!!)」



―― 心の中に湧き上がる感情を強い決意へと変えるのだった。


ってところで今日の投下は終わりです
多分、来週か再来週くらいには体育祭の話も一段落つくと思います(´・ω・`)

乙です。
はるるがメインヒロインをやったのに、輝夜さんの印象が強すぎる……。
これパートナーが姫様じゃなくて良かったよね、姫様怪我させてたら……。

乙でした
はるるのヒロイン度が高いよやったーとか思っていたら輝夜さんのクズっぷりに全部もっていかれるとは・・・

はるるわええ

乙です
依子さん可愛すぎ

馬鹿だねー、山田さんが証拠映像バッチリ撮ってるだろうに。
小物さん勝ち目が薄れたの無自覚だろうね。

まーた京子が女の子を落としていくんか……

>>440
指示した証拠はないだろうし実行犯が責任を負うだけだろうね

>>362
>霞は元より他の三人も料理上手だと聞いていただけに
読み違えてたら申し訳ないけど、重箱料理作ってきた永水卒業組3人に対する説明だよね? 他三人?

>>443
ギャグ的に解釈するなら

(モノローグを見て)京子「(ん?三人?)」

途中送信すまん。

>>443
ギャグ的に解釈するなら

(モノローグを見て)京子「(ん?三人?)」

霞「さ、召し上がれ」

小蒔「頂きます!」ワーイ

京子「では私も」パクリ モグモグ

霞「お味の方はどうかしら?」

京子「ええ。素晴らしいお味ですわ」ニコ

京子「なんだか、力が湧き上がるような不思議な感覚です」


山田「ふふふ、当然です......。自分の腕によりをかけて精のつく料理を提供させていただいてますからね...」


京子「邪悪な気配!」バッ

山田「」サッ

小蒔「?」

京子「.........気のせいでしたか」

みたいな?

動物園の時も一人増えてたマンソンの呪いかもしれない?(すっとぼけ)

月島さんに決まってるだろ
いい加減にしろ!

ウォーズマン「コーホー」

>>京子は決して人の気持ちに鈍感なタイプではない
その後で注釈されてるけど要するに鈍感ってことだよね

>>450
あれだよ、こう、人の内心の変化を見逃しているわけじゃないってことだよ。
自分に圧倒的に自信がないから、自分に恋愛感情が向けられているとは決して思わないだけで。

向こうからちゅーされてまだ恋愛感情が無いものだと思うって、異国人かなんかだと思うけどね。

京子の時ってやっぱり金髪なんかね?
永水の制服や巫女服だと上手く想像できないんだが...
誰かアニメキャラで誰似か教えておくれ

>>452
前に贈られてた支援絵、>>1がイメージにぴったりはまったとかなんとか言ってなかったっけ?

一応、書き終わってはいるんですが、若干、見直しに詰まっていまして…
既に二週間待たせているので頑張って明日には投下したいと思ってます(´・ω・`)ゴメンネ

わ、私がまだ寝てないから明日はまだ終わってないし…(震え声)
今から投下します(´・ω・`)お待たせしてごめんなさい


―― そんな京子のやる気とは裏腹に永水女子と星誕女子の差は中々、離れなかった。

無論、永水女子の士気は未だ高く、怪我をしてリタイアした春の分まで頑張ろうとしている。
しかし、生徒たちの平均的な能力は星誕女子の方が高いのだ。
その上、運営委員が完全に星誕女子の味方であり、僅かな差は判定で覆されてしまう。
少女たちは奮戦しているものの、星誕女子との差は一向に開かないままだった。

湧「ふ…ぅっ!!」

初美「行くのですよー!湧ちゃんー!!」

そんな状況で誰よりも活躍しているのは湧だった。
まるで怪我をした春の分まで鬱憤を晴らそうとしているように、その小さな身体を大きく動かす。
天性のしなやかさとバランス感覚が生み出すその加速力は、彼女よりも身体の大きな生徒達でも追いつく事は出来ない。
京子ほど圧倒的なものではなくても、ぐんぐん伸びていくその身体は、二位に大きく差をつけて200mを走り切った。


湧「ん…!」ガッツポーズ

「流石ですわ。十曽さん!!」

「お見事です!」

湧「…」テレテレ

「十曽さん可愛いです!」

「とっても素敵でしたわ!」

「こっち向いてくださいまし!!」

湧「あ…ぅ」カァ

そんな湧に向けられる賞賛の声に、彼女は照れを浮かべる。
方言の所為で人見知りではあるが、湧は決して暗い性格ではないのだ。
寧ろ、本来はとても人懐っこく、そうやって褒める声にも素直に喜びを浮かべてしまう。
ついさっき圧倒的な速度で200mを走り切ったとは思えないその幼くも可愛らしい姿。
それに周りの少女たちがあげる歓声が強くなり、湧はさらにその気恥ずかしさを強くする。


湧「っ!」ダッ

「あっ、逃げられてしまいましたわ…」

「仕方ありませんわ。そっとしておいてあげましょう」

「そうですわね。十曽さんはザ・小動物と言われているような方ですし、距離感が大事ですもの」

「…でも、あの髪を一度、思う存分、ナデナデしてあげたいですわね…」

「私は一回、ハグしてあげたいですわ」

「私は頬にキスして反応を楽しんでみたいな、なんて」

結果、その場から逃げ出してしまった湧を彼女たちが追いかける事はない。
附属中学からあがってきた湧の噂は彼女たちも良く知る所なのだから。
その身体能力とは裏腹に控えめで恥ずかしがり屋な湧を追いかけても、余計に恥ずかしがらせるだけ。
そう思って追い駆けたい気持ちを抑えこむ事は出来ても、湧の可愛らしい仕草に湧き上がる庇護欲は止められない。
その会話は女子校であると言う事を守しても若干、不穏なものになりつつあった。


湧「(えへへ、皆に褒めてもらっちゃった)」

湧「(いっぺこっぺ、きばった甲斐があったな)」

湧「(まぁ、わざとスタートを遅らせるのはちっとわっぜえじゃったけど)」

彼女たちから離れた湧がそう思うのは、無論、星誕女子の妨害を気にしているからだ。
実際、スタートの合図と同時に飛び出した結果、後でフライングだったとゴールを取り消される生徒もいるのだから。
依子が提案した特別ルールにより直接的な妨害は減ったが、その分、星誕女子は絡め手を多用してきている。
それに腹立たしさは覚えるものの、運営委員が完全に星誕女子の味方である以上、言いがかりをつけられないような戦い方をするしかなかった。

湧「(…じゃっどん、まだまだこぎゃん程度じゃ足っしらん…)」

あの二人三脚で怪我をしたのは春だけではない。
京子もまた少なからず身体を痛めている事を湧だけは気づいていた。
だからこそ、二人の分まで頑張ろうとしているものの、戦況は未だ硬直しているまま。
どちらに天秤が傾いてもおかしくないその点差に湧はそっとため息を漏らした。


湧「(あちきがもちっと色んな競技に出ていれば…)」

そうやってもしもの事を考えるのは湧はあまり好きではない。
彼女は基本、単純な性格であまり思い悩むのは苦手な方なのだから。
しかし、大事な家族達を傷つけた相手が、未だにニヤニヤとした笑みを浮かべているのはやはり気に入らない。
自分がもっと色々な競技に出ていれば、その顔を蒼白にしてやれるのに、とそんなもどかしさを覚えてしまう。

京子「わっきゅん、おかえりなさい」

京子「さっきの200m走、流石の結果だったわね」ニコ

湧「あ…」

そんな湧を真っ先に迎えたのは京子だった。
テントの中で椅子に座りながら彼女に微笑むその姿は何時もと変わりがない。
しかし、京子と家族同然にして毎日を過ごしている湧には分かる。
自分よりも京子の方がずっと強いもどかしさを覚えているという事が。


湧「(…キョンキョン、焦っちょる)」

京子はその性格的にはさておき、基本的に落ち着いているタイプだ。
少なくとも、午前中に味方を応援していた時は手の指を絡ませたりはしない。
だが、今の京子は湧に対して話しかけている最中もその指を組み合わせ、微かに動かしている。
まるでそうしなければ落ち着く事も出来ないのだという京子の心理が伝わってくるその仕草に湧は小さな痛みを覚えた。

湧「キョンキョン…」

京子「ん?どうかした?」

しかし、京子はそれを表に出す事が出来ない。
京子はエルダーである家鷹依子とスールの契を交わし、今や永水女子の中心人物であるのだから。
少女らの精神的柱でもある京子が人前で焦っている姿など見せる訳にはいかない。
ただでさえ、星誕女子の嫌がらせが激化している今、生徒たちの士気を下げるのは危険だ。
ともすれば、厭戦ムードが広がりかねないギリギリのところで少女たちは踏みとどまっているのだから。


湧「(…じゃっで、そうやってキョンキョンがきばっのはわかっし、仕方ないとおも)」

湧「(でも…やっぱいとぜんねし…ちっとつれな)」

無論、そんな京子の事情を湧も良く分かっている。
しかし、だからと言って、仕草に現れるほど焦りを覚えている京子が、何とか体面だけ取り繕うのを見るのはやはり辛い。
それが致し方無い事なのだと頭の奥では分かっていても、どうにかして解消してあげたくなってしまう。
だが、近くに人がいる状況で京子の焦りを指摘する訳にもいかず、また指摘したところで解決出来る見込みもない。
結果、湧は京子の焦りに気づき、寂しさを覚えながらも、それをどうにかする事が出来なかった。

湧「……んーん。何でもない」フルフル

京子「…そう。ごめんなさいね」

首を振る湧に京子が小さく謝罪を口にするのは、気を遣わせている事を理解したからだ。
湧が京子の細かい仕草からその内心を察したように、京子もまた湧の沈黙と視線から彼女の内心を察したのである。
そんな京子の内心に湧き上がるのは、自身を心配しながらも口を噤むしかなかった湧への申し訳無さだ。
気を遣わせてしまってごめんなさい、とそう口から漏らす京子に、湧はそっと微笑みながら近づいていく。


湧「キョンキョンが謝る事じゃね…ないよ」

湧「そいよっか…皆を応援しよ?」

京子「…えぇ。そうね」

そのまま京子の隣に座った湧はグラウンドの方へと視線を向ける。
瞬間、聞き慣れた発砲音と共にスタートラインから明星が飛び出した。
均整の取れた身体で勢い良く駆け出した彼女はぐんぐんと加速し、徐々に二位と差をつけはじめる。
無論、その加速力は湧や京子に並べるほど圧倒的なものではないが、それでも陸上部のいないレースでは十分だ。
数十秒後、明星は二位との間に数メートル近い差を作りながらゴールテープを切ってみせる。

京子「やっぱり明星ちゃんも凄いわね」

湧「ん。自慢の親友」ニコ

石戸霞の妹と言うネームバリューもあれど、一年生代表としてエルダー候補に選ばれたその実力は決して偽りのものではない。
勉学、運動ともに一流と言っても良い領域にあり、人当たりも良い明星は湧にとってまさに自慢の友人であった。
無論、霞や京子が絡むと完全にタガが外れ、やり過ぎてしまう事もままあるが、そういうところも湧は決して嫌いではない。
寧ろ、普段の自分を忘れてしまうほど二人に対して強い想いを抱く明星をとても好ましく思っていた。


湧「(勿論、あちきも霞さあやキョンキョンの事は好きじゃっどん…)」

しかし、それは明星のように我を忘れてしまうようなレベルではない。
その好意の方向性も異性としてのものではなく、家族に向けるものに近かった。
だからこそ、京子とも一緒に混浴出来る湧とは違い、明星は完全に京子を異性として認識している。
それもただの異性ではなく、いずれ心身ともに結ばれ、共に一生を過ごしたいと夢見るほど強い恋慕を向けていた。

湧「(…どげな感じなたろかい?)」

そんな親友の心境が湧には分からない。
彼女は小蒔と並ぶほどに箱入りであり、今まで『外』との接点と言うのが極端に少なかった。
そのトラウマから相手とろくに会話出来ない彼女にとって、気兼ねなく話せる異性と言うのは父親と京子、そして山田くらいしかいない。
そんな環境で恋など出来るはずもなく、彼女は未だその言葉を少女漫画の中や友人たちの話でしか知らない。
現状に対して満足している湧は初恋もまだな自分に焦りを覚えたりしないものの、京子に恋する親友の姿に若干の好奇心が疼くのも事実だった。


湧「(すっのとも、そやわっぜつぇーものなんじゃろね)」

湧の知る限り、明星は自制心の強い少女だ。
常日頃から石戸霞の妹として恥ずかしくないように振る舞う明星は、その表面をかなりの割合で制御下に置いている。
時折、湧が仮面をつけているようにも思うほど強靭なその自制心は、多少、苛立った程度の感情を表に出す事はない。
実際、親友である湧には苦手だとそう漏らしている相手と、笑顔で会話しているところを見たのは一度や二度ではなかった。
だが、明星はそれほどの自制心を何処かへと置き忘れてしまったように、京子の前でつい意地を張った姿を見せてしまう。
義姉である霞とはまた別の意味で甘えるようなその姿は、湧でさえ今まで見たことがない。
親友が思わず『石戸霞の妹』と言う仮面を外してしまうほどの感情は、恋を知らない湧にとって大きさを想像する事すら出来ないものだった。

湧「(あちきも何時かそなるのかな…)」

現代日本とはかけ離れた特殊な環境である神代分家の中でも、十曽家はさらに特殊な家系だ。
他の少女たちはそれぞれ婚約者がいるものの、湧にだけはそのような相手がいない。
その他の分家達と違い、十曽家の役目は神代家の護衛であり、その評価は強さに大きく左右される。
須賀家とはまた別の意味で強くあろうとする武家にとって、大事なのは血筋ではなくフィーリング。
この相手となら子どもを作りたいとそう思う気持ちを十曽家はとても大事にしていた。


―― だが、湧はそのような感情を今まで感じた事はない。

かつて米国の特殊部隊に所属し、歴代でも数人しか受賞者のいないプロフェッサーの称号を手に入れた稀代の兵士。
かつてありとあらゆる道場を荒らしまわり、最後には猟師でさえ逃げ出す化物熊さえ討ち取ってみせた拳士。
かつてその身体能力だけで、天才と呼ばれた湧と互角の戦いを繰り広げた高校生。
その誰もが一流から超一流と言っても良いほどの実力や才覚を有している。
だが、湧はその誰と一緒にいても、母親が口にするような感覚と言うのを覚えた事がない。
次代の子を残す相手としてはどれも申し分のない相手のはずなのに、湧の女は未だ目覚めていないままだった。

湧「(じゃっどん、ならなくても良かかも…)」

その明るさや強さとは裏腹に、湧はとても臆病な少女だ。
幼い頃のトラウマは未だ彼女の中で根強く、どうしても他人に対して積極的にはなれない。
そんな彼女にとって、異性と親しくなるというのはとても辛く、そして何より躊躇を覚えてしまうものだった。
自分の事を理解し、受け入れてくれた京子が運命の相手でないのであれば、一生、独身でも良い。
いっそ逃避とも言えるようなその思いを情けないと思いながらも、湧は恋愛に対して前向きになれなかった。


明星「ふぅ。ただいまです」

京子「おかえり明星ちゃん」

湧「明星ちゃ、おかえり」ニコ

そんな湧の前に見事、200mを一位で走り切った明星が帰ってくる。
その額に軽く汗を浮かべ、疲れに頬を上気させる姿は、同性である湧が見ても艶を感じるものだった。
未だ成長期が来ていないような湧の身体とは違い、明星は女としての魅力に溢れている。
本人は決して認めようとしないが、その心で花開いた恋の感情は、彼女をより艶やかに、そして美しく見せていた。
日に日に女としての魅力を増していくような親友の姿が、自分の臆病さに拍車を掛けている事に湧は気づいていない。
心の奥で微かに覚える劣等感を胸の大きさによるものだとそう判断した湧は明るい笑顔で彼女を迎え入れた。

明星「す、ストップです、京子さん」ビシ

明星「良いですか、それ以上、近づいたらいけませんよ」

明星「近づく素振りを見せた瞬間、悲鳴をあげますからね」

京子「分かってるわよ」

しかし、そんな湧達の言葉に、明星はテントの中にすぐさま戻って来ない。
寧ろ、その中に座る京子と一定の距離を保つようにして大きく迂回する。
その目的地は彼女がグラウンドに持ち込んだ手提げ鞄だ。
タオルや飲み物などを入れたそれを手に入れる為、明星はジリジリと足を動かす。
その間、京子から決して視線を外すまいとするその姿には、まるで天敵に出会った小動物のような緊張感が浮かんでいた。


京子「(やっぱ女の子としては汗とか匂いとか気になるんだろうしな)」

そうやって明星が京子の事を警戒するのは今回が初めてではない。
少しでも自分の体が汗ばんでいる事を感じた明星はこれまで何度も京子から距離を取ろうとしていた。
以前から見られたその傾向は、体育祭の最中であっても収まる事はない。
寧ろ、星誕女子との勝負に勝つ為、一戦ごとに全力を出し切る明星は、拒絶にも近いその反応を強めていた。
無論、京子とて心を持つ生き物である以上、競技が終わる度にまるで痴漢か何かのように言われるのはちょっと傷つきもする。
だが、明星は女の子であり、男だと分かっている相手に、汗臭いと思われたくはないのだろう。

明星「(…べ、別に京子さんの事なんてどうでも良いんだけれど…)」

明星「(でも、仮にも異性の人に汗臭いとかそんな事思われたら、やっぱりショックなのが当然よね)」

明星「(だから、私が汗とか匂いとかを気にするのは仕方のない事)」

明星「(あくまでも普通の事であって、京子さんの事を意識している訳じゃないし…)」

そう思う京子の予想は、しかし、若干、外れていた。
そもそも本来の明星は汗ケアに対して熱心な方ではない。
京子達と体育の時間で一緒になった時も、すぐさま汗ケアに走ったりしなかった。
無論、授業が終わった後は幾らかケアもするが、それはあくまでも人並み程度。
幾ら京子が男であると分かっていても、ここまで神経質になったりした事は一度もない。


―― それが変わってしまったのは明星が恋に堕ちたからだ。

無論、明星は未だそれを認めてはいない。
京子の事を目で追う時間も脳内にその姿が浮かびあがる回数も日々、ジリジリと増えていっている。
今や明星にとって最愛の姉であり、自身の柱であった霞よりも意識している時間が長いくらいだった。
だが、それでも尚、明星は自身が霞以外の誰かに心奪われた事を認めようとはしない。
つい一年前からは想像すら出来なかった自身の変化を、あくまでもたまたまだと言い聞かせている。

―― だが、そうやって自身に言い訳を続けても、心の変化を止められはしない。

ずっと眠り続けてきた明星の『女』は既に目覚めてしまったのだから。
どれだけ意地を張っても京子を思う気持ちはなくならず、また心と身体は自然と京子へと傾いていく。
まさしく堕ちるとそう表現するしかないそれを、恋を知らない明星が止められるはずがない。
幾ら自制心に優れていたとしても、京子に対して開かれていく心と身体は本能的なものなのだ。
愛する人に自分を知ってほしい、甘えたい、好きになって欲しい。
そんな胸の奥から湧き上がる衝動めいた感情を明星はコントロール出来なかった。


明星「(…と言うか、京子さんももうちょっと気にして欲しいくらいなんだけど)」

明星「(いや、別に臭いとかそういうんじゃなくて…とっても良い匂いではあるし…)」

明星「(私ももっと嗅いでいたいんだけど…でも、だからこそ毒って言うか…)」

無論、京子も自身が男であり、周りが異性ばかりの環境である事を理解している。
もし、汗の匂いなど違和感を覚えられたら大変だとケアしていた。
だが、それはあくまでも以前の明星と同じく人並みレベルで、今の彼女ほど熱心なものでも、神経質なものでもない。
残暑の日差しが照りつけるグラウンドの中、体操服の中でジリジリと浮かぶ汗を一々、拭き取ったりはしなかった。

明星「(ドキドキ…しちゃう…)」

そんな京子の身体に明星が感じるのは色気であった。
しかし、それは霞から感じるような艷やかで女性的なものではない。
今の京子は女の園にいても違和感がないレベルで女装しているが、あくまでも男なのだ。
その身体から汗と一緒に染み出すようなフェロモンも、メスのものではなくオスのもの。
それを春に負けないくらいに強く感じ取ってしまう明星にとって、今の京子の姿はとても男性的な魅力を感じるものだった。


明星「(い、いや、ほら、京子さんって男の人だし…ドキドキするのは当然だよね)」

明星「(寧ろ、平然と京子さんの側にいる湧ちゃんの方がおかしいっていうか…羨ましいって言うか…)」

明星「(私とかあんなに近くにいたら絶対にドキドキしすぎておかしくなっちゃうのに…)」

その興奮はさっき200mを走りきり、見事、一位に輝いた時のそれとはまったく違う。
ドクドクと心臓が高鳴るのは同じだが、そこから広がる感覚は熱っぽく、そして甘い。
否応なく自分が女である事を思い知らされるようなそれは、霞に対してさえ覚えた事がなかった。
今すぐ京子を抱きしめて、そして、それ以上に力強く抱きしめ返して欲しい。
そんな欲求さえ覚えてしまう京子の姿に恥ずかしさを覚えた明星はプイっと視線を逸らした。

明星「(…うぅぅ…私、何考えてるんだろ)」

明星「(そりゃ…まぁ、京子さんは顔立ちは悪くないし…)」

明星「(今日の活躍は本当に格好良いものだったけれど…)」

瞬間、明星の脳裏に浮かぶのは、先ほどの競技で大活躍した京子の姿だった。
午後一番の二人三脚で星誕女子からの攻撃を受けたとは思えないその活躍っぷりは午前から見劣りするものではない。
寧ろ、リタイアした春の分まで頑張ろうと気合の入ったその動きは、今まで以上に際立つものだ。
そんな京子の活躍を、とうの昔に堕ちている明星が無視出来るはずがない。
競技に参加している京子へと向けるその目は、本人が自覚出来ないほど熱っぽく、そして夢中になっているものだった。


明星「(でも、相手は京子さん…もっと言えば京太郎さんなのよ)」

明星「(お屋敷に来て元気が出てきたと思った途端、霞お姉様の胸をチラチラ見て…)」

明星「(だらしないくらいデレデレしてた人が格好良いなんてあり得ない)」

明星「(…………まぁ、最近はそういうのもまったくなくなったし…)」

明星「(この前なんか姫様と一緒にそういうホテルに行っても何もなかったくらい紳士的な人ではあるんだけれど…)」

そうやって無意識にフォローを入れてしまう自分が、どれだけ手遅れなのか明星は未だ気づいてはいない。
意識的に京子の評価を下げようとしているはずなのに、無意識がそれに抗ってしまうのだから。
既にその心は完全に京子へと囚われ、他の男になど見向きも出来ない。
そんな自分を女子校育ちの明星が自覚出来るはずもなく、日々、京子の事が好きになっていっている自分から目を逸らし続けてしまう。

明星「(……と、ともかく、さっきのは全部、気の迷い)」

明星「(私が好きなのは霞お姉様なんだし)」

明星「(京子さんに対してドキドキしたのもただの不可抗力よ)」チラッ

京子「あ、ほら、わっきゅん。次、舞ちゃんが走るわよ」

湧「き…頑張って応援…しなきゃ」グッ

明星「(……私だって二人っきりなら…)」ムゥ

気の迷いだと自分に言い聞かせる一方で、京子の隣に座る湧への羨望は消えない。
そんな明星の脳裏に浮かぶのはインターハイの時、京子に思いっきり甘えた時間だ。
霞よりも遥かに強く心を預けてしまったそれがどれだけ心踊るものだったのか、明星は鮮明に覚えている。
羞恥心に顔を合わせる事すら出来なくなりながらも、終ぞ京子から離れたいと思うことがなかった甘い一時。
意地を張った以上に甘える事が出来たその時間がまた来ないかと明星はずっと心待ちにしていた。


明星「(…でも、京子さんって意外なほど人気者で…基本的に春さんか姫様が側にいるし…)」

しかし、明星が待ち望むチャンスと言うのは中々、やっては来ない。
インターハイが終わってすぐに京子が自暴自棄になり、屋敷から飛び出した事件と言うのは彼女たちの中で大きいのだから。
小蒔が京子の真実を知り、明星を含む誰もが京子の辛さを再確認したそれは未だ尾を引いている。
元々、セットであった春は元より、小蒔も京子の後をついていくようになったのだから。
その他の少女達も以前より京子の事を気にかけている現状で、二人っきりになる時間などどれだけ待っていてもやってくるはずがない。

明星「(…そ、そもそも私、二人っきりになりたいなんて思ってる訳じゃないしね)」

明星「(なってしまったら…まぁ、色々とやりたい事がない訳じゃないけど…)」

明星「(でも、自分から言い出すほどしたがってる訳でもないし…)」

明星「(何より、その…あんまり女の子からそういう事言って、がっついてるって思われるのも恥ずかしいもの…)」

夜も小蒔や春と一緒に眠るようになった京子と二人っきりになるのは難しい。
そんな事は夏休みが明けた頃にはもう嫌というほど分かっていた。
だが、だからと言って、明星は京子に二人っきりになりたいとはどうしても言えない。
そんな事が出来るのであれば、明星はとうの昔に自分の気持ちを認めているのだから。
色々と理由をつけて動き出さない自分を正当化してしまう明星は、京子に隠れるようにしてそっと汗ケアを進めて。


祭「あー疲れたー」

舞「ただいま戻りましたわ」

明佳「二人ともおかえりなさい」

京子「お疲れ様。流石の活躍だったわね」

祭「ふふーん。パン食い競走一位は伊達じゃないって事だよ!」

舞「…ですから、それはあまり威張れる事ではありませんわよ…?」

そうしている間にも永誕祭は進んでいった。
京子の友人である彼女たちもこうして仮設テントへと戻り、雑談を始める。
お互い気心が知れているが故のそれに明星も今すぐ参加したいが、彼女が心を砕く汗ケアはまだ終わっていない。
意中の相手に近づく事など出来るはずもなく、友人たちに笑顔を向ける京子を離れたところで見つめる事しか出来なかった。

舞「…ただ、戦況はやはり芳しくないですわね」

そんな明星の視線を受けながら、舞がポツリと漏らした言葉はとても真剣なものだった。
無論、舞とてこのまま和やかな会話を続けたいが、状況がそれを許してはくれない。
午後の競技も殆ど終わってしまった今、彼女らの前に掲げられた点数は永水女子の劣勢を示すものなのだから。
今の200m走が終われば、最後の競技が始まるだけに、作戦会議を優先した方が良い。


明佳「…ごめんなさい」ペコリ

舞「あ、いえ、明佳さんを責めている訳ではありませんわ」

舞「こういうのには向き不向きがありますし、それに明佳さんが頑張ってくれているのは分かっていますから」

そう思った舞の言葉に、明佳はそっと頭を下げた。
元々、あまり積極的ではない彼女は運動もあまり得意とは言えない。
これまで幾つか競技に参加してきたが、その成績はあまり振るわなかった。
他の友人たちが多かれ少なかれ活躍している中、ろくに点数を稼げなかったを彼女は心から悔やんでいる。

舞「それに悪いのはどう考えても星誕女子の方ですわ」

舞「彼女たちが卑怯な行いさえしなければ、今頃、こっちが圧勝だったはずですもの」

そんな明佳をフォローしながら舞が漏らすのは悔しさに満ちた言葉だった。
午後に入って生まれた特殊ルールのお陰で永水女子の生徒たちに怪我人が出る事はグッと少なくなっている。
だが、それを補うように細かい部分での嫌がらせはエスカレートしていっているのだ。
ゴールの取り消しや順位の書き換えなどが横行する状況で、永水女子が点数を稼げるはずもない。
寧ろ、ここまで追いすがれている事の方が驚異的だと舞は思っている。


舞「(…でも、それだけでは何の慰めにもなりません)」

無論、舞は輝夜のように勝つことが全てだとは思っていない。
だが、今の星誕女子は勝つ為だけにホストとしての権限をフル活用している状態なのだ。
淑女らしからぬその行いに、このまま終わって良いとはどうしても思えない。
月極輝夜が何を考えているのか分からないが、このまま勝ってその企みを粉々にしてやりたかった。

祭「まぁ、こっちには京子や十曽ちゃんがいるしね」

祭「多分、真っ向勝負だったら、かなり点差が開いてたと思うよ」

その気持ちは祭も同じだ。
彼女はあまり物事を深く考えるのが苦手なタイプであり、どちらかと言えば感情を優先してしまう方なのだから。
細かい嫌がらせだけでもイライラとしていたのに、大事な友人まで傷つけられてはどうしても強い怒りを覚えてしまう。
もし、何の咎めも受けない状態であったとしたら躊躇う事なく輝夜の事を傷つけに行っただろうとそう思うくらいには。


祭「だから、そんな風に明佳が自分を責める必要なんてないって」ナデナデ

明佳「…祭さん」

祭「あ、惚れた?」

祭「ダメだよ。私、好きな人いるから」

しかし、今の彼女はそれを表に出さなかった。
代わりに祭が漏らすのは落ち込む明佳を慰めるような暖かい声。
普段の彼女が口にするよりも幾分、優しいそれは、しかし一瞬の事だった。
明佳が祭の名前を呼んだ時には、彼女はもう何時も通りのお調子者の声へと戻り、その顔に笑みを浮かべる。

明佳「もう…そこまで惚れっぽくありませんよ」

京子「あら、でも、明佳ちゃんみたいなタイプって結構、危ないと思うわ」

舞「分かりますわ。こう下手に優しくされるとチョロっといきそうなイメージが…」

明佳「チョロっとってなんですか、チョロっとって…」

祭「それは勿論、チョロインのチョロじゃない?」

明佳「とっても不本意です…」

そんな祭に明佳が拗ねるように返すものの、誰にも信じては貰えなかった。
無論、京子達が口にするのは冗談交じりのものではあるが、しかし、完全に嘘と言う訳でもない。
人見知りしがちで寂しがり屋な彼女はキッカケさえあればすぐに恋に堕ちてしまいそう。
一年の頃から付き合いのある舞は祭だけでなく、京子にさえもそう思われてしまうくらいに、明佳がチョロいと言うイメージは強かった。


祭「まぁ、明佳がチョロいのはさておいといてさ」

祭「問題はこの点差をどうするかだけれど…」

明星「…恐らくこの競技中に何とかするのは無理でしょうね」

京子「あ、明星ちゃん。もう良いの?」

明星「えぇ。大丈夫です」

そこで話を元に戻そうとする祭の言葉を引き継いだのは明星だった。
ようやく汗ケアを終え、京子の側に近づけるようになった彼女はそのまま湧の隣に立つ。
若干、京子との距離があるその位置は、彼女の乙女心が産んだもの。
汗ケアを終え、もう大丈夫だと思いながらも一抹の不安を消しきれない彼女にとって、もう一歩踏み込んで京子の隣に立つ事が出来なかった。

明星「私も出来れば、このまま逆転まで頑張ってくれると信じたいですが…」

明星「しかし、残りのレースで走る我が校の生徒は足の速さも平均的です」

明星「順位の入れ替えが出来ない程度の差をつけて一位でゴールするのは難しいでしょう」

祭「だね。実際、走る子には申し訳ないけれど…私もこの点差が広がると思う」

舞「…やっぱりそうですわね」

そのまま予想を口にする明星に、舞と祭も同意の声を返す。
無論、二人とて勝つつもりであの場に残っているであろう仲間達の事を信じたい。
まだ始まってもいないレースの結果に落胆を覚えるのは失礼だという気持ちもあった。
しかし、生徒数が極端に少ない永水女子は仲間の実力と言うのをおおよそ把握出来る環境なのである。
信じたい気持ちはあれど、逆転は無理だと言うのが彼女たちの本音だった。


明佳「…となると勝負は最後のリレーに掛かって来ますよね」

依子「ただいま戻りましたわ、皆さん」

小蒔「ただいま戻りました」

京子「二人ともおかえりなさい」

そこで仮設テントへと戻ってきた二人は競技に参加していた訳ではなかった。
最後の競技を前にトイレへと行きたいと言った小蒔に依子が付き合っていたのである。
それはつまり永水女子と星誕女子の決着をつける最後のリレーに小蒔が参加するという事で ――

明佳「(…だ、大丈夫なんでしょうか…?)」

無論、明佳とて自分が他人の事を心配出来るほど立派な成績を残せてはいない事を自覚している。
だが、小蒔の成績はそんな自分と殆ど変わらないのだ。
頑張っているのは分かるが、いまいち、結果が伴わない。
そんな小蒔に勝負の行く末を託すという事に明佳はどうしても不安を覚えてしまう。


明佳「(…勿論、リレー形式な上に走るのは神代さんだけじゃありませんけれど…)」

最後のリレーは現在、行われている200m走とは違って、一レースのみ。
両校からそれぞれ二組の走者を出し合うそれは、他校のものとは少しルールが違っている。
第一走者が一年生、第二走者は二年生、そしてアンカーは三年生だと明確に決められていた。
三年間、淑女として活躍してきた最上級生が後輩たちの思いを受け取ってゴールする姿を体育祭の幕引きとしよう。
そんな想いによって作られたルールは、小蒔を自動的にアンカーへと固定してしまっていた。

ピンポンパンポーン

「本日最後の競技となるリレーの準備を開始します」

「参加者の方々は集合場所に集まって下さい」

小蒔「あ、そろそろです…ふにゃ!?」グラ

最後の競技が近い事を知らせるアナウンスがグラウンド内に響き渡った瞬間、小蒔はそのバランスを崩してしまう。
無論、グラウンドに段差などあろうはずもなく、何かに躓く事はない。
それでも小蒔がバランスを崩したのは、自分の足に引っかかってしまったからだ。
それに小蒔の身体が驚きの声をあげるが、しかし、立て直しは間に合わない。
そのままゆっくりと地面に倒れこんでいく自分に小蒔は痛みを覚悟して。


京子「小蒔ちゃんっ」ガシ

小蒔「はわ…た、助かりました…」カァァ

そんな小蒔を助けたのは京子の腕だった。
今にも地面にぶつかりそうであった小蒔に手を伸ばし、そのまま力強く引っ張る。
完全に崩れたバランスを元に戻そうとする京子に、小蒔は顔を赤く染めながら感謝の言葉を口にした。
そうやって京子に助けて貰ったのは一度や二度ではないが、やはり何もないところで転びそうになったところを見られるのは恥ずかしいのである。

明星「(こう言っては失礼なんだろうけれど…)」

舞「(不安ですわ…)」

祭「(…不安かなぁ…)」

明佳「(やっぱり不安かも…)」

明星達も頬を赤く染める小蒔を可愛らしいと思っている。
だが、それ以上に胸の内を過るのは、こんなにもドジな小蒔に最後を任せても良いのだろうかという不安だった。
無論、他の競技枠が一杯で、生徒毎に決められた最低参加数を満たすにはそこしかなかったと言う事情は彼女たちも知っている。
本来ならもっと点差が離れており、アンカーが小蒔であっても安心して任せられたはずだったのだと頭では分かっているのだ。
しかし、その目論見が根底から覆されてしまった以上、どうしてもっと別の人に任せられなかったのだとそう思ってしまう。


京子「(…まぁ、俺と湧ちゃんが一緒だしなんとかなる…とは思いたいけれど)」

京子「(…ただ、この足がどれだけ持ってくれるか…だな)」

そんな小蒔と一緒に走るのは京子と湧だ。
両校合わせて見ても身体能力で一二を争うガチガチの武闘派がリードを作れば小蒔が勝つ事も不可能ではない。
そう思う京子の中で一抹の不安を消しきれないのは、やはりその足に抱えた痛みが原因だった。
二人三脚で下敷きにされた足は時を経る毎にジリジリと痛みを増していきている。
春の分まで頑張ろうと競技で酷使する度に強くなるそれは、もう無視出来るようなものではなくなっていた。

湧「…キョンキョン、だいじょっ…うぶ?」

京子「えぇ。大丈夫よ」

京子「私はこの通り、バッチリ準備出来てるからね」ニコ

それに気づいているのは少女たちの中では湧だけだった。
その中に春がいれば彼女も気づく事が出来ただろうが、春は現在、病院で治療中である。
競技に参加するどころか、体育祭中に帰って来れるかさえ分からない今の彼女が京子の様子に気づく事など出来るはずがない。
だからこそ、また無理を重ねようとする京子を止められるのは自分だけなのだと湧も分かっている。


湧「(…じゃっどん、あちきじゃキョンキョンは止められない…)」

今の京子は保険医からの治療すら受けてはいない。
そのような事をすれば色々と理由をつけて競技に参加させて貰えなくなるのは目に見えているのだから。
無論、そんな京子に湧もそれとなく治療を勧めたりもしたが、京子は頑なに首を縦には振らなかった。
自分の事を何とか庇おうとしてくれた春の分まで頑張らなければ。
そう強く思う京子にとって、ドクターストップなど認められるはずがなかった。

湧「(…なら、ここであちきがすっべきはキョンキョンがむいしすぎんでよかように思いっきりリードをつくっ事っ)」

それは湧にとって決して難しい事ではなかった。
足の速さで彼女に勝つ事が出来るのは京子くらいなものなのだから。
自分と共に走る一年生がどれだけ俊足であろうとも負けるつもりなどない。
小蒔の為、京子の為、そして何より皆の為に必ず大きなリードを作ってみせると湧は心の中で気持ちを固めた。


依子「(皆さん、気合十分ですわね)」

依子「(無論、それは私も同じですけれど)」

体育祭の締めとなる最終競技に向けて気合を浮かべるのは湧や京子だけではない。
小蒔と共にアンカーを走る依子もまた、胸中から強い気持ちが湧き上がってくるのを感じる。
胸の内が熱くなるようなそれは怒り混じりの激しいもの。
普段の彼女らしからぬそれは星誕女子のアンカーに月極輝夜が含まれているからだった。

依子「(…京子さんや滝見さんの分の借りは必ず私が返しますわ…!)」

輝夜の卑怯な行いに誰よりも怒りを覚えているのは京子ではなく、依子だった。
依子は全校生徒の顔と名前を完全に記憶している上に、永水女子の誰からもお姉様と慕われる立場にいるのだ。
その一人一人に強い仲間意識を抱く依子が輝夜の事を許す事など出来るはずがない。
京子や春が受けた屈辱は必ず自分が返してやる。
普段の依子であれば絶対に思わないであろうその気持ちを彼女はグっと握り拳に込めた。


依子「それじゃそろそろ行きましょうか」

小蒔「はい」

京子「そうですね」

そのまま友人たちに声を掛ける依子の表情はとても真剣なものだった。
彼女にとってこれから行う競技は天下分け目のそれと言っても良いものなのだから。
その上、相手が隙あらば仲間を害そうとする月極輝夜ともなれば、油断や慢心など出来るはずがない。
一瞬たりとも隙を見せたりしないようにしようと、その意識を集中させていた。

輝夜「ふふ。御機嫌よう、永水女子の皆様」

輝夜「また会いましたわね」

依子「…えぇ。御機嫌よう」

そんな依子達に真っ先に話しかけてきたのは輝夜だった。
依子達よりも早く集合場所にやってきた彼女は余裕のある態度で、永水女子の生徒たちを迎える。
その仕草だけ見れば淑女らしいものではあるものの、そこに浮かんでいるのは嘲るような笑みだった。
まるでこれから依子達が無駄な努力をするのだとそう言うような表情に、依子は硬い表情で挨拶を返す。


小蒔「……」ススス

輝夜「あら」

最低限の愛想しか見せない依子の後ろで小蒔の身体がそっと動いた。
自己主張の激しいその身体をそっと動かす小蒔が、輝夜の視界の中で京子と重なる。
まるで輝夜から京子の事を護ろうとしているようなその動きは、輝夜にとって滑稽にしか映らなかった。

輝夜「(…本当、見た目通り、馬鹿でドン臭い子ですのね)」

二人三脚で幾らか溜飲が下がったとは言え、未だ京子の事を憎む気持ちは輝夜の中から消えてはいない。
ここで完膚なきまでに京子の事を叩きのめし、二度と這い上がれないほどの傷を負わせてやりたくはあった。
だが、王とは成果を食む生き物だと教えこまれた輝夜は基本的に自らの手を汚そうとしない。
相手選手に怪我をさせるというリスクある方法など有象無象がやれば良いとそう思っている。


輝夜「(あの憎らしいルールの所為で、もう怪我をさせるような事は出来ませんわ)」

輝夜「(そもそも…出来たとしても、貴女如きが止められるようなやり方は取らないつもりですわよ))」

その上、依子から提案された特殊ルールが彼女の行動を縛っている。
リスクだけが急激に跳ね上がった直接的手段を選ぶほど、今の輝夜は冷静さを失ってはいない。
京子に負けた当初ならばともかく、幾らか溜飲が下がった今、無理に京子を害するつもりはなかった。
そんな輝夜にとって京子の事を護ろうと動く小蒔の姿は、道化そのもの。
相手の状況や自身の力量すら図る事も出来ない大馬鹿だと教えるように見下すような視線を小蒔へと向けた。

小蒔「(京子ちゃんは私が護らないと…!)」

しかし、そんな輝夜の視線に小蒔は決して怯んだりはしなかった。
無論、これまでずっと護られた環境にいた彼女は、輝夜ほど悪意に満ちた相手に出会った事がない。
自身が今まで積み重ねてきた常識では決して測れない『悪者』の姿に怖いと思う自分は確かにいる。
しかし、小蒔にはそれよりもずっと恐ろしいものを知っているのだ。
心から大事だとそう言える相手に憎まれているのではないかという恐怖。
それに比べれば、目の前の輝夜から感じる恐ろしさなど、大したものではない。


小蒔「(それに…京子ちゃんを護ってあげられるのは私達しかいないんです)」

瞬間、小蒔の胸に痛みが走るのは、そうしてしまったのが自分の家だからだ。
京子から家族や故郷、友人だけでなく、戸籍や性別まで奪い取った神代家。
ある種、輝夜よりもずっと辛い思いを京子に強いている実家を、小蒔はどうにも出来ない。
神代の巫女はあくまでも象徴であり、実権は何一つとして握っていないのだから。
どれだけ声をあげてもそれは小娘の我儘の域は出ず、京子に故郷を見せてやる事すら出来なかった。

小蒔「(…だから、私は…その分を一生掛けて京子ちゃんにお返ししなきゃいけません…!)」

無論、京子はそんな事はもう気にしなくても良いと何度も言っている。
だが、今まで友人以上に思っていた相手が、実は実家に無理強いされ、辛い目に合っていたのだ。
ショッキングと言う言葉では物足りないその事実は、既に小蒔の心を歪めてしまっている。
自分は一生を掛けて京子の為に償いを続けなければいけない。
贖罪の念によって生まれた想いは、決して小さいものではなく、何度も小蒔の心に鈍痛を走らせた。


輝夜「しかし、今年の永誕祭は随分と盛り上がっていますわね」

輝夜「お互い切磋琢磨する姉妹校らしい展開ではありませんか」

京子「(一体、どの口が言うんだ…っ)」

そんな小蒔から興味なさげに視線を外し、輝夜が口にした言葉。
それは両校の溝がドンドンと深くなっていく今の状況を高く評価したものだった。
それに京子が内心で強い反発を覚えるが、しかし、それを言葉には出さない。
一度、口を開けば、輝夜に対する罵詈雑言が出てきてしまいそうなのだ。

京子「(ここでコイツの挑発に乗ったらこっちの負けだもんな…)」グッ

京子は普段から依子の妹として相応しい振る舞いを心がけている。
その一挙一動がエルダーである依子の評価にも繋がるとなれば、気が抜けない。
しかし、今、胸の底から湧き上がるドロドロとした怒りの感情はそんな京子でさえ抑えがたいものだった。
本音を言えば、そんな感情を思いっきりぶちまけたいが、それをやってしまったらこうして矢面に立つ依子の立場が悪くなる。
少なくとも、相手の嫌味が加速するだけなのは目に見えているのだから、簡単に挑発には乗れない。
そう自分に言い聞かせる京子はまるで煮えたぎった鉄のような怒りを胸中に沸かせながらも、すんでのところで冷静さを失わずにいた。


依子「…私としてはこの盛り上がり方はあまり好ましいものではありませんが」

輝夜「あら、家鷹さんは永水女子の皆様が頑張っているのを否定されるつもりですの?」

輝夜「エルダーとして周囲に水を掛けるような言葉は控えた方が宜しいと思いますわよ」

依子「否定などするつもりはありません」

依子「…ただ、このようにギスギスした雰囲気が苦手だというだけですわ」

無論、依子とて輝夜の所業に強い怒りを覚えているし、星誕女子そのものに対するイメージも最悪なものになっている。
京子や春を始め、大事な仲間たちに行われた数々の嫌がらせを許すつもりはまったくない。
だが、本来の依子は心優しく、他人に対して怒りを覚える事が得意とは言えない少女なのである。
出来れば、こんなギスギスとした競争ではなく、もっと和やかに永誕祭を楽しみたかった。
最上級生となり、数カ月後には卒業が決まっている彼女はどうしてもそう思ってしまう。

依子「(…それにこれではあんまりではありませんか…)」

そう思う依子が胸中に浮かべるのは京子の姿だ。
ここまで永水女子の柱として周りを鼓舞し続けてくれた大事な友人には感謝の念が絶えない。
その存在がなければ、既に皆の心は折れ、今よりももっと酷い状況になっていたかもしれないと思う。


依子「(そもそも、永誕祭はもっと楽しいものでしたのに…)」

だが、そうやってしのぎを削るように点数を競い合うのは本来の永誕祭ではない。
彼女が一年の頃に経験したそれはとても和やかで楽しいものだったのである。
そして、今年はそんな永誕祭を京子と一緒に楽しむ事が出来る最初で最後の年なのだ。
それが始終、ギスギスとしたまま最後の競技を迎える事に、依子は強い残念さを感じている。

輝夜「あらあら、家鷹さんは、もしかしてお手手繋いで全員で一緒にゴール…なんてのをお望みですの?」

輝夜「出来ればあまりそのような発言はしないで欲しいものですわね」

輝夜「所謂、ゆとり教育と言うものは終わりましたが、未だそのレッテルを私達の世代に貼ろうとする老人は多いのですから」

依子「…私は別にそのような事を望んでいる訳ではありません」

依子「お互いの点数を競うと言うやり方でも、もっとのんびりとした楽しいやり方と言うのが出来たのではないかと思っているだけです」

輝夜「…ふぅ。話になりませんわね」

しかし、そんな依子に輝夜は共感出来ない。
彼女からすれば、競争と言うのは常に生きるか死ぬかの二択なのだ。
一歩足を踏み外せば、そのまま奈落へと堕ちていきかねないものに楽しさなど必要ない。
寧ろ、そんな事を言っている連中こそ真っ先に引きずり降ろされ、潰れていく。
それを親類縁者の権力闘争から学んだ彼女にとって、依子の言葉は度し難いほど愚かで生温いものだった。


輝夜「そもそも貴女も周りの人間を蹴落としてエルダーになったのでしょう?」

輝夜「その影で涙を呑んだ者もいる事くらい分かっているはずですわ」

輝夜「にも関わらず、楽しい競争?ノンビリとしたやり方?」

輝夜「家鷹さんが心の中で善人振ろうとする事までは止めませんが、言葉にはしないで欲しいですわね」

輝夜「正直、その偽善者っぷりはとても不愉快に思いますわ」

それは今まで輝夜が口にしてきた言葉の中でも特別、棘が多い。
元々、輝夜は好きなものとは比べ物にならないほど嫌いなものが多いが、偽善者はその中でも一二を争うほどのものなのだ。
その言葉を聞くだけで、まるで自分が自慰に使われたような強烈な不快感と反発を覚えてしまう。

依子「…そもそもエルダー選挙は競争ではありませんし、私は周りの人間を蹴落としてエルダーになったつもりはありません」

依子「私は周りの方々に支えられ、辛うじてエルダーと言う座に収まっただけの女に過ぎないのですから」

輝夜「そう。家鷹さんがそう言うのでしたらそうなのでしょうね」

輝夜「家鷹さんの中では」

だからこそ、依子からの反論を輝夜は聞く耳を持たなかった。
彼女にとってエルダー選挙とは王冠を奪い合う権力闘争であり、実際に彼女は自分の持ちうる全ての能力を使ってその座を奪い取ったのだから。
その影で何人もの少女たちが涙し、屈辱に塗れているのを上から眺めて楽しんできた輝夜にとって和やかなエルダー選挙などあり得ない。
全校生徒の75%と言う支持率は、しっかりとした広告戦略や根回しがなければ達成不可能な数字だ。
こうして澄まし顔でエルダーをやっている依子も、自分と同じく汚い手を使ったに違いない。
そう思い込む輝夜にとって、依子の言葉は到底、信じるに値しないものだった。


輝夜「まぁ、家鷹さんとの見解の違いはとりあえずおいておきましょう」

輝夜「それよりも私が言いたいのはこの点数の事ですわ」スッ

そこで輝夜が指を差すのは大きく掲げられた両校の点数差だった。
依子達が話している間も進んでいた競技によって、その中身は今も書き換わっていっている。
しかし、その差は殆ど変わらず、未だ星誕女子側が僅かにリードしているような状態だった。

輝夜「永水女子の皆様が一位と二位を取れば、ギリギリ逆転出来ますわね」

どちらが勝ってもおかしくはない僅差。
それに輝夜が浮かべるのは明るい笑みだった。
無論、短気な輝夜がこの状況で笑みを浮かべるはずがない。
相手の逆転の目を残すなど何をやっているのかと激怒し、周りに当たり散らしていたはずであった。


輝夜「私、立場上、皆様の事を応援出来ませんが、頑張ってくださいまし」

輝夜「ホスト校のエルダーとしてはどんな結果になるにせよ、最後まで良い勝負にしたいですものねぇ?」

依子「(…一体、何をするつもりなのかは分かりませんが)」

そんな輝夜が上機嫌であると言うだけで、何か企んでいるのは一目瞭然だった。
その上、依子は昼休みにその一端を掴んだ京子の話を聞いているのである。
輝夜が本心からそう言っているなどと到底、思えず、こうして胸中で声を漏らしてしまう。
怒りの色が強いそれを今の彼女は抑えるつもりはまったくない。
寧ろ、その企みを絶対に成就させてなるものかと怒りの勢いを強くして。

依子「…えぇ。月極さんの方も頑張ってくださいませ」ニッコリ

輝夜「ふふ。ありがとうございますわ」

それでも表面上は笑みを浮かべる依子に輝夜もまた笑みを返す。
一見、和やかなそれは、しかし、両者の間で火花が散るほど激しいものだった。
隠し切れないお互いの敵意を燃料にするようにしてバチバチと弾けるそれは中々、収まる気配がない。
その顔に笑みを浮かべたまま睨み合うようにして両者は対峙し続ける。


「あ、あの…そ、そろそろ準備を…」

そんな二人の間に割って入ったのは運営委員だった。
先ほど輝夜が点数を指差した時点で、200m走の点数反映は全て終了している。
本来ならば、とうの昔に依子達の準備も終わり、開始の合図が鳴っていたはずであった。
にも関わらず、彼女が輝夜達に準備を促せなかったのは50m走で輝夜に睨まれた記憶が鮮明だからこそ。
今度は京子にも助けては貰えない事を理解している彼女は何とか競技の開始を先延ばしにし続けていた。

輝夜「あぁ。もうですの」

「う…」ビク

だが、それももう限界に近い。
最後のリレーは文字通り両校の決着をつける競技なのだから。
生徒や関係者の注目度も高く、何時迄も開始を先延ばしにはしていられない。
200m走最後のリザルトが点数に反映された今、今すぐにでも準備をして貰わなければ。
そう思っておずおずと話しかけた彼女に、輝夜は鬱陶しそうな声を返す。
瞬間、少女はその肩を強張らせ、また八つ当たりされるのではないかと怯えを浮かべた。


輝夜「では、永水女子の皆様、また勝負の後に」ニコ

しかし、今度の輝夜は彼女に八つ当たりしたりはしなかった。
無論、輝夜にとって理由なく悪意を振りまくのは趣味だと言っても良い。
他人が屈辱に塗れ、怒りや怯えを目に浮かばせる姿は、彼女に喜悦を覚えさせるものだった。
だが、今の彼女は目の前のリレー ―― ひいては永水女子を屈辱のどん底に突き落とす瞬間を心待ちにしている。
こうして運営委員と話している時間すら勿体無く、輝夜はあっさりと依子達に背を向けた。

依子「…ふぅ」

京子「依子お姉様」

依子「…大丈夫ですわ。それよりこっちも準備しましょう」

瞬間、ため息を漏らしてしまう依子に京子が気遣うような声を掛ける。
本来の依子はとても温和な性格で、このように他人と敵意をぶつけあうような状況には慣れていない。
相手が目の前にいた時は怒りであまり感じなかったが、輝夜が離れた途端に微かな疲れを感じてしまう。
それを見て取ってくれた京子に内心、有り難く思っているが、しかし、今はもうすぐ最後の競技が始まるという状況なのだ。
和やかに京子と会話している余裕などはないと依子達も準備を始めて。


「長らくお待たせいたしました」

「これより永誕祭一日目の最後となる競技、学年リレーを始めます」

初美「いよいよですかー」

巴「…そうね」

それを見た放送係のアナウンスに、関係者席に座った初美と巴が声を漏らす。
まるで独り言のようなそれは様々な感情が入り混じった複雑なものだ。
午後一番の二人三脚で怪我をした春が心配ではあるし、それを指示したであろう輝夜に対する怒りもある。
何より、リレーに参加する京子達が何かされたりしないだろうかと言う心配はとても大きい。

霞「…大丈夫よ。小蒔ちゃんには京子ちゃん達がついてるんだもの」

それらが折り重なった友人たちの声に霞は明るく応える。
無論、この状況に不安を感じているのは彼女も同じだ。
出来れば今すぐ小蒔の元へと駆け出して、代わってあげたいとさえ思っている。
そんな気持ちを霞が努めて抑えこもうとするのは、二人の前で弱気になれないからだ。


霞「(ここで私が弱気になったら、雰囲気がもっと暗くなっちゃうだけだし…)」

霞「(それに…私は石戸家の女なんだもの)」

霞「(幾ら初美ちゃん達相手でもあまり情けないところは見せられないわ)」

石戸家は神代を取り巻く分家の中で政治的な部分を強く担う一族だ。
内外共に強い影響力を持つ石戸家は分家の中でも、一段上として扱われる事が多い。
そんな石戸家から六女仙に選ばれた霞は、初美達に対しても心の何処かで線引してしまうところがあった。
無論、共に屋敷で暮らす彼女たちの事を霞はとても大事な友人兼家族だと本心から思っている。
だが、祖母と同じように石戸家を纏めていく事を運命づけられた彼女にとって、彼女たちは決してそれだけではなかった。

霞「(…いずれ初美ちゃん達もそれぞれの家で代表となるのでしょうし…)」

六女仙に選ばれると言う事は、それぞれの分家の中で最高の巫女である事を意味しているのだから。
神代家ほどではなくても巫女としての素養を重要視される分家の中で、六女仙に選ばれるほどの少女が軽視されるはずがない。
いずれ役目が終わり、分家に戻った時には強い発言力を得る事くらい容易に想像がつく。
そして石戸家は分家の纏め役であり、時に彼女たちへと指示を出さなければいけない立場にあるのだ。
まだまだ遠い、けれど、確実に来るであろうその時の事を思えば、どうしても情けないところを見せられない。
自分の指示ならば信じられると未来の彼女たちにそう思ってもらう為にも、霞はあまり弱音を出せなかった。


巴「…そう、ですね」

初美「まぁ、私も多分、大丈夫だと思ってるのですよー」

そんな霞の言葉に二人は微かに安堵の色を浮かべる。
無論、それは半生を共に過ごしている霞への信頼がとても大きいからだ。
永水女子で三年間エルダーを務めると言う伝説を残した彼女の優秀さを巴たちはずっと間近で見ているのである。
普段、憎まれ口を叩く事の多い初美でさえ、彼女がそう言ってくれるならば大丈夫だろうと思っていた。

初美「…それにどの道、私たちに出来るのはここから応援する事だけなのです」

それでもポツリと初美が漏らしてしまうのは寂しさと辛さが入り混じった言葉だった。
元々、初美はあまりジッとしているのが得意ではないタイプである。
暇さえあれば泳いだり動いたりして、その小さな身体からカロリーを消費していた。
そんな彼女にとって、汗を流して頑張る小蒔達の事をただ見ているしかないというのは辛い。
後、一年遅く生まれていれば、とそんな事を思ったのは一度や二度ではなかった。


巴「…慣れたつもりだったけれどちょっと辛いわね」

無論、それはインターハイの時にもう嫌と言うほど感じたものだ。
かつて自分たちが立っていた舞台で、大事な家族が必死になって頑張っている。
そんな姿を遠く離れた控室で応援する事しか出来ない時間はとても苦しいものだった。
どれだけ声を張り上げても最前線で頑張っている選手たちの辛さを1/10を引き受けられないのだから。
自分の努力で戦況を改善出来た現役時代よりも遥かに辛いその感覚は、何度味わっても慣れるものではなかった。

霞「でも、だからって逃げる訳にはいかないわ」

霞「だって、私たちは小蒔ちゃん達の先輩であり、そしてお姉さんなんだもの」

霞「私達が見てるんだって、応援しているんだって、ちゃんと皆に伝えてあげなきゃ」

初美「…ん。分かってるのですよー」

とは言え、彼女たちにその辛さから逃げるという選択肢はない。
霞達にとってそんな辛さよりも小蒔達を大事に想う気持ちの方がよっぽど強いのだから。
寂しさと辛さに胸が痛む分は、声を張り上げて応援する事で発散しよう。
そう告げる霞の言葉に初美は大きく頷いてから、思いっきり息を吸い込んで。


初美「湧ちゃーん!京子ちゃーん!!姫様ー!!!頑張ってですよーーーー!!!!」

小蒔「…」ニコ

瞬間、響き渡った初美の声は放送係のアナウンスにも負けない大きなものだった。
その小さな身体からは考えられないほどの肺活量を全て使い切った応援に小蒔が照れくさそうな笑みを浮かべる。
まるで親に応援してもらった小学生のような笑みのまま、小蒔は初美に向かって小さく手を振って応えた。
初美の言葉は届いたのだとそうアピールするようなその手に初美は小さくガッツポーズを取る。

初美「ほら、巴ちゃんと霞ちゃんも応援するのですよー」

巴「さ、流石にそのレベルの大声を出すのは恥ずかしいかしら…?」

霞「うるさくしてすみませんっ」ペコペコ

そのまま友人たちに向かって振り返った初美に、しかし、二人は付き合う事が出来ない。
巴は引っ込み思案でさっきの初美のように目立つのが苦手な方だ。
小蒔達を応援したいと言う気持ちはあれど、周りを驚かせるほどの大声など出せない。
霞の方は、周囲へと謝罪するのに忙しく、それどころではなかった。


霞「まったくもう…小蒔ちゃん達の事が心配なのは分かるけどやりすぎよ」

初美「テヘペロ」

霞「……反省してるのかしら?」ムニー

初美「はんしぇいしてまふゅ」ノビー

そんな霞の咎めるような声に、初美は小さく舌を出して応える。
まったく反省の意図が見えないその姿に、霞の手は容赦なく彼女の頬を引っ張った。
まるで餅のように伸びたその頬の中、初美が漏らすのは反省の声。
悪い事をやったとは欠片も思っていないが、それでも周りをびっくりさせてしまったのは事実なのだから。
初美はイタズラ好きではあるが、無関係の相手を巻き込んで善しとするような性格ではない。
頬を引っ張る霞へと答えるその言葉は決して嘘ではなかった。

霞「じゃあ、周りの方にごめんなさいは?」

初美「ご、ごめんなひゃい」

元々、霞の目的は初美の事を傷めつける事ではない。
小蒔よりも長い付き合いである彼女が、内心、反省している事くらい分かっていた。
だが、初美の大声で驚いたのは、決して自分たちだけではないのである。
周りへのアピールの為にも少し強めに反省を促さなければいけない。
そう思う霞の促しに初美も素直に応えた。


巴「ま、まぁまぁ。今はとりあえずその辺にしておきましょう」

巴「そろそろリレーも始まるみたいですしね」

霞「…そうね」パッ

初美「はぅ…」スリスリ

そこで巴が二人の間に割り込むのは霞の意図が分かっているからだ。
初美の立場があまり悪くならないよう強めに反省を促すそれは中々、自分で止める事が出来ない。
第三者からのとりなしで致し方なく、と言う体でなければ、周りも納得しないだろう。
そんな霞の考えを感じ取った巴の言葉に、霞は仕方なさそうに初美の頬を手放す。
瞬間、微かに痛みを残す頬を初美が撫でるが、中々、熱は引かなかった。

湧「(…初美さあ達、楽しそう)」クス

そんな三人の姿に小さく笑みを浮かべるのは、水色のタスキを肩に通した湧だった。
もうすぐ最後の競技が始まるというのに何時も通りじゃれあうようなやり取りを見せる大事な家族達。
それにふっと肩の力が抜けていくのを感じるのは、湧の気負いが自覚以上に大きいものだったからだ。
あまり運動が得意ではない小蒔と負傷を隠している京子を支えなければ、と言う気持ちは、彼女の身体を普段よりもずっと硬くしていたのである。


湧「(後で初美さあ達にごれ言わなきゃ)」

本当は緊張を取り払ってくれた初美達へ今すぐお礼を言いに行きたい。
だが、今の彼女はもうすぐリレーが始まるという状況にいるのだ。
その第一走者として大きくリードを作らなければいけない湧に他の事を考えている余裕はない。
今は目の前の競技で結果を出さなければと湧はグラウンドに手を添え、クラウチングスタートの姿勢を取った。

「それでは位置について」

湧「…」スッ

そんな湧以外の第一走者もそれぞれ出走の準備を整えた。
それを確認した係員が声をあげながら、ゆっくりとスターターピストルを上空へと向ける。
瞬間、湧の中で急激に高まっていくのは、その一挙一動までコントロールするような集中力。
身体と思考を一気に戦闘モードへと切り替えるそれに湧はすっと腰をあげて。


「よーい……」バンッ

湧「…………!!」ダッ

瞬間、鳴り響く発砲音。
しかし、湧はそれにすぐさま反応しようとする身体を必死になって抑えこんだ。
その気になれば合図と同時に飛び出す事など造作もないが、後でフライングだったと抗議される可能性がある。
ここは我慢のしどころだと自分の身体に言い聞かせた湧は、他の少女たちからワンテンポ遅れて駆け出した。
結果、先にスタートした少女たちの身体は全て湧の前へと並び、その順位は最下位になる。

―― だが、その程度の差など湧にとって、あってないようなものだった。

湧「ふ…ぅ!!」グン

肺の中身を絞るような呼吸と共に地面を大きく蹴る。
その反発で前へと進む身体は他の少女達よりもとても柔らかく、そして精密だった。
ともすれば空中に霧散してしまいそうな反発力を全て加速力へと変えていく。
湧の並桁外れたバランス感覚と身体の柔らかさだからこそ出来るそれは、類まれな身体能力から生み出される京子の加速とは別物だ。


―― だが、その強さは京子と比べても決して見劣りするようなものではない。

まるで身体が羽になったような軽い加速。
今にも風に乗って何処かへと飛んでいきそうなその早さは初動の遅れをあっという間に取り戻す。
そんな湧に観客側から感嘆の声があがるのは、それがとても美しいものだったからだ。
力強く大地を踏み抜くような京子とは違い、跳ねるようなその動きには無駄な力が一切、入っていない。
走っていると言うよりはスキップしているようにさえ見えるその姿は、人々の注目を集めるのには十分過ぎるものだった。

「(だけど…!!)」

「(こっちだってそう簡単にやらせはしないよ…!)」

そんな湧の前を阻むのは先頭を走る星誕女子の背中だ。
スタート時に一拍遅れた湧とは違い、星誕女子の二人はベストと言っても良いタイミングでのスタートを決めている。
スターターピストルを引く係員との間で通しを決めていたが故のそれは、ただタイムを縮める為のものではない。
こうして二人でコースを塞ぎ、湧がリードを作れないようにする為のものだった。


湧「(…そいくらいこっちだって予想済ん…!!)」

今まで湧は星誕女子の言いがかりを警戒し、一拍遅れて走り続けてきたのだから。
輝夜がそれに目をつけて妨害を命じている事くらい湧にだって予想がついていた。
だからこそ、彼女は目の前に立ちふさがるような星誕女子の背中に怯んだりはしない。
寧ろ、先頭を走る三人にぶつかる事さえも厭わないような加速を続けて。

湧「肩借りる!」

「えっ!?」

湧「っ!」トン

―― 前を走る味方の肩に触れた瞬間、その身体がふわりと浮き上がった。

例えるならばそれは跳び箱だ。
味方の肩へと置いた両手を支点にして、湧は身体を宙へと飛び上がらせている。
まるで新体操のようなそれは、しかし、台となった少女に殆ど負担を与えない。
異常と言っても良いバランス感覚は湧の体重と加速力をそのまま飛翔力へと変えていた。
無論、幾ら少女に重さを感じさせないとは言っても、星誕女子のグラウンドが無重力になった訳ではない。
空へと飛び出したその身体は地球の重力に引かれて緩やかに落ち始めて。


―― そして、そのまま湧は滑るようにして星誕女子二人の前に着地した。

「「……は?」」

瞬間、星誕女子の少女達が声を漏らすのは、それがあまりにも現実味のない光景だったからだ。
無論、彼女たちとて、湧の事を軽んじていた訳ではない。
寧ろ、これまで見せた彼女の活躍から最もマークしなければいけない相手だと思っていた。
だからこそ、二人はより早く走るのではなく、歩調を合わせて、抜かせない事を優先していたのである。
幾ら永水女子側のエースとは言え、インコースを塞ぎ、アウトコースにも細心の注意を払われてはそう簡単に突破は出来まい。

―― しかし、それは彼女たちの常識が創りだした思い込みだった。

湧からすれば、その跳躍は決して自慢出来るものではない。
父ならば力技でそのまま飛び超えただろうし、母ならば肩を借りずとも飛翔力を生み出す事が出来ただろう。
しかし、湧にとって未熟な跳躍であっても、その状況を打開するのは十分過ぎた。
その高さも速さも少女たちを大きく超え、こうして追い抜く事が出来たのだから。
無論、着地の瞬間に走った衝撃は決して小さいものではなかったが、湧の柔らかな身体はそれをあっさりと吸収して。


湧「お先っ!」ダッ

「あ…っ」

そのまま足から地面へと放つ反発力へと変えた湧は少女たちの再び加速していく。
宙へと浮いていた瞬間、微かに散った加速力を取り戻そうとするそれに星誕女子の二人は反応出来ない。
もしかしなくてもこれは夢ではないのか。
空から追い抜かされたという状況に現実感を失った二人の心はそんな言葉を思い浮かばせる。
結果、その集中力は散漫になり、足の動きが緩まってしまった。

輝夜「何をしているんですの!?」

輝夜「早く走りなさい!!」

「は、はい…!」

そんな二人の姿に輝夜からの檄が飛ぶものの、もう湧との差は取り返しのつかないものになっていた。
二人が半ば呆然としている最中も彼女はグングンと加速し、最高速に乗ってしまったのだから。
陸上部でさえ引き離されるであろうその速度を前に、今更、加速を始めても遅い。
かろうじてもう一人の永水女子に追い抜かされる事はなかったものの、湧との差は縮まるどころか離れていく一方だった。


輝夜「(く…!ドーピング女の次はサル女ですか…!!)」

無論、輝夜もこれまで競技に参加してきた湧の姿を見て、その身体能力が飛び抜けている事くらい理解していた。
だからこそ、湧がその能力を完全に発揮出来ないように、最優先でコースを塞げとそう指示していたのである。
だが、湧はその二人の上を文字通りの意味で飛び越え、あっさりと追い抜いてみせた。
憎らしいあの京子と同じように力技で自身の作戦を滅茶苦茶にされる感覚に、輝夜はグッと歯を噛みしめる。

輝夜「(せめてうちの生徒と接触していれば、ルール違反として抗議出来ますのに…!!)」

湧の跳躍は二人の身体を大きく飛び越えるものだった。
まるで一人だけ重力の鎖から解き放たれたようなそれは前を走る星誕女子の生徒とまったく接近してはいない。
最もその距離が近づいた頭上付近でさえ数十センチは離れていた圧倒的な跳躍能力は、輝夜の抗議を完璧に封じる。
結果、今の彼女に出来るのは自身の策を突破した湧を憎らしそうに睨みつける事だけだった。


湧「キョンキョン!」

京子「えぇ…!」

そんな輝夜の視線を受けながら、湧はスタート地点に戻って来る。
二位と大きく差をつけた彼女は、走りながら肩に掛けていたタスキを外した。
それを見た京子は後ろに手を伸ばしながら、足をスタートラインから離れさせる。
そのまま緩やかに加速を始める京子に、湧はすぐに追いついた。

湧「(気張って!キョンキョン…!!)」ギュッ

だが、湧の目的はここで京子を追い越す事ではない。
走者の証であるタスキを手渡す為に、ここまで戻ってきた湧は京子の事を追い抜かさないように速度を緩めた。
それに合わせてジリジリと加速していく京子の手に湧はそっとタスキを置く。
しかし、彼女はそれをすぐさま手放したりしなかった。
激励を込めるようにギュっと力を込めてから京子へとタスキを託す。


京子「…」コク

湧「…ん」ニコ

後ろを振り返りながら走っていた京子は、湧の仕草を全て見ていた。
そんな京子にとって、彼女が一体、どんな思いをタスキに託してくれたのか、考えるまでもない。
間違いなく自分を応援するものなのだとそう受け取った京子は、タスキを肩に掛けながら小さく頷く。
まるでちゃんと気持ちは受け取ったとそう言うような仕草に、減速していく湧は安堵の笑顔を浮かべた。

京子「…っ!」ダッ

しかし、京子がその笑みを見る事はなかった。
頷いた後、すぐに前へと向いた京子は、そのまま足に溜めていた力を爆発させたのだから。
アクセルを踏み込んだ車のような加速力は、湧のものとはまったく違う。
余裕めいたものさえ感じられた湧に比べれば、それはとても我武者羅なものだった。


「須賀さん…凄い」

「流石ですわ、京子さん!」

「そのまま行っちゃってくださいまし!!」

だが、それが不格好かと言えば、決してそうではない。
京子の走り方は人間工学が創りだした理想の走法を再現するものなのだから。
無駄を省かれ、ただただ最適な走り方を続けるその姿にはいっそ機能美すら感じられる。
それでも、京子の走り方が我武者羅に見えるのはその反復速度が並のものとは比べ物にならないからこそ。
常人が右足を上げてから再び右足をあげるまでの動作を京子は数倍の速度で実現しているのだ。

―― 無論、そんな身体が生み出す加速力は単純に常人の数倍とはいかない。

しかし、それでもそこから生まれる力は圧倒的なものだった。
湧が作ったリードをさらに広げようとするその速さはタスキの受け渡し時に近づいてきた星誕女子を再び引き離す。
そんな京子に永水女子の少女たちがあげる声は感嘆と賞賛に満ちたものだった。
二人三脚で生徒たちの下敷きになったとは思えないほど頼もしい姿に、少女たちは熱い声援を送る。


京子「(く…そ…!)」

そんな声援を受け取る京子の身体は、決して平常通りとはいかなかった。
普通に歩いているだけでも軽く痛むその足を、京子は今、全力で酷使しているのだから。
地面を足が蹴り抜く度、そして、足が地面へと降りる度に、歯噛みするほど強い痛みが身体の中で暴れる。
だが、この競技の結果で勝敗が決まる以上、痛みに負ける訳にはいかない。
そう自分に言い聞かせる京子は、痛みに関係なくポテンシャルを発揮出来るマホの能力を再び発動した。

輝夜「(あの女…!!)」

元々の能力が並桁外れている京子にとって、自身のポテンシャルを最大限発揮するその能力はとても使い勝手が良いものだった。
今も周りに怪我をしている事を悟られずに済んでいるのは間違いなくその能力のお陰である。
しかし、それはあくまでもポテンシャルを最大限発揮するものであって、自身の傷を治すものではない。
怪我よって低下してしまった能力まではどうしようもなく、その姿は午前に比べれば見劣りしてしまう。


輝夜「(手負いなはずなのに…なんであそこまで走れますの…!?)」

無論、それは多くの少女たちに違和感を与えない程度だ。
しかし、京子の横で走り、その背中を追いかけていた輝夜には分かる。
二人三脚での攻撃は大成功とは言えるものではなかったが、成果を得られていた。
間違いなく京子は怪我をしており、その能力が低下している。
だが、星誕女子を引き離すその速度はまるで緩む気配がない。
この後、一生、走れなくなっても良いと思っているような走り方には鬼気迫るものさえ感じられた。

輝夜「(一体、どこまで私の予定を狂わせれば気が済むのかしら…!!)」ギリィ

輝夜の予定では、そろそろ京子の痛みも限界に達しているはずであった。
普通に考えれば走る事など出来るはずもなく、また走れたとしてもそれは精彩を欠いたもの。
そう思っていた輝夜の予想を裏切る京子の姿に、彼女は再び怒りと憎しみを燃え上がらせる。
メラメラと胸中から湧き上がるそれをぶつけるようにして京子を睨みつける輝夜の前で、星誕女子の二人はようやくゴールへと到着し。


輝夜「早く追いかけなさい!!」

「は、はい…!!」

苛々を込めて放たれた輝夜の言葉に、星誕女子の第二走者がスタートする。
京子のスタートから数十秒遅れてのそれは、致命的と言っても良いものだった。
最終競技であるリレーに出場している彼女たちは星誕女子でも指折りの俊足だが、京子はさらにその上を行くのだから。
怪我によって幾分、その能力が落ちていたとしても追いつくのはかなり難しい。
それを理解しながらも手を抜く訳にもいかない彼女達は輝夜の声に怯えながらも走り始める。

「ご、ごめんなさい…!」

依子「大丈夫です!まだ追いつけますわ!!」

瞬間、最下位となった永水女子の少女がスタート地点へと戻ってくる。
彼女も運動には多少、自信があったが、運動部の二人にインコースを塞がれて強引に追い抜けるほどではない。
何度かアウトコースから追い抜こうとはしていたものの、その度に、動きを読まれ、完全にブロックされていた。
結果、最下位から脱出出来ずに交代となってしまった彼女を、依子は決して責めたりしない。
彼女が何とか星誕女子を追い抜こうとしていた事は、スタート地点からでも良く見えていたのだから。
それでも尚、結果を出せなかった事に顔いっぱいの無念を浮かべる彼女を責められるはずがなかった。


依子「京子さんがトップにいるのですから、安心して走ってくださいまし!」

「…!」コク

代わりに依子が口にするのは第二走者の緊張を解そうとする言葉だった。
京子に対して全幅の信頼を置いているが故のそれに、タスキを受け取った少女は力強く頷く。
京子の事を信頼しているのは彼女もまた同じなのだ。
そのタスキがトップにある以上、一人でも追い抜けば引き分けに持ち込む事が出来る。
焦る身体にそう言い聞かせた彼女はタスキを肩に掛けながら、勢い良くスタートしていった。

輝夜「…随分と人気取りにご執心ですのね」

輝夜「ですが、そのような余裕を見せて本当に大丈夫ですの?」

輝夜「確かにあのゴリ…須賀さんは俊足を誇っているようですが、最後の一人はそうではない訳でしょう?」チラッ

依子へ悪意混じりの言葉を口にしながら、輝夜はそっと小蒔へと視線を送る。
それは勿論、これまでの成績から小蒔が運動音痴である事を見抜いているからだ。
どの競技でも間違いなく最下位である彼女は、お世辞にもリレーでアンカーを務められるような能力はしていない。
少なくとも、輝夜は小蒔が相手であるならば、湧や京子がどれだけリードを作ろうとも抜き去る自信があった。
そんな彼女にとって、安心して走って良いと口にする依子は到底、理解出来ない。


依子「……月極さん、貴女は可哀想な人ですのね」

輝夜「は?」

だが、それも依子から放たれた同情の言葉に比べれば、まだ易しいものだった。
今まで彼女が生きてきた中で、そんな風に言われた事は一度もないのだから。
無論、憎まれた事や羨まれた事は数えきれないほどあるし、それに足る事をしてきた自覚もある。
しかし、才能や環境にも恵まれ、他者を押さえつけてきた自分が同情されるなど彼女は想像すらしていなかった。
だからこそ、輝夜は依子のその言葉が自身に向けられているものだと理解出来ず、つい間抜けな声を返してしまう。

依子「そうやって他人を蔑んで、抑えつけて…怯えさせるような生き方しか知らないのですのね」

依子「…それはきっととても孤独で苦しい生き方だと思いますわ」

依子がそう思ったのは輝夜がさっき仲間であるはずの少女に怒声を浴びせていたからだ。
思い通りにいかなくて苛立つ輝夜の気持ちは分かるものの、あそこは怒声を浴びせる場面ではない。
例え、仲間を思う気持ちがなかったとしても、その能力を思う存分、発揮できるようリラックスさせてあげるべきだった。
しかし、輝夜が口にしたのは優しさからは程遠く、また逆効果しか生まないであろう怒声。
それが必要な場面でさえ優しい言葉を掛けられないその独りよがりな生き方はとても窮屈だと依子は思う。


依子「貴女、本当に心を許せる相手などいないのでしょう?」

依子「いいえ、その気持ちを託せるほど信頼している人だっていないはずですわ」

輝夜「……一体、何を言っているんですの?」

輝夜「心を許す?信頼…?馬鹿じゃありませんの?」

輝夜「そんなが一体、何の得になるというのですか?」

依子に反論する輝夜の言葉は、怒りに満ちていた。
輝夜にとって父から叩きこまれたその生き方は、誇りに近いものなのだから。
自身のこれまでの人生に反省するべきところはあれど、恥ずべきところなどないと思っている。
そんな彼女にとって、依子の言葉は自身のこれまでを全否定するものだったのだ。
同情されるだけでも腹立たしいのに、その上、自身の生き方を否定までした依子の事を許せるはずがない。

小蒔「…少なくとも、苦しい時に助けてくれます」

小蒔「心の中を暖かくして、優しい気持ちにさせてくれます」

小蒔「弱い自分をとても強くしてくれます」

小蒔「……今の私みたいに」

そんな輝夜の疑問に応えたのは依子ではなく、小蒔の方だった。
それは小蒔自身、自分が場違いな場所にいると自覚しているからである。
本来ならばここはもっと運動が得意な人がいるべきだった。
少なくとも自分のような運動音痴が居て良い場所ではない。
そう自覚する小蒔の心には強い緊張と不安があった。


小蒔「(…でも、怖くはありません)」

小蒔「(不安だけれど…私で本当に勝てるのか分かりませんけれど…)」

小蒔「(だけど、私にタスキを託してくれるのは京子ちゃんで…)」

小蒔「(そしてその前には湧ちゃんが走ってくれていたんですから)」

小蒔にとって京子達はただの友人と言う枠では収まらない。
ここまで大活躍してきた二人は誰にだって自慢出来る最高の家族だ。
そんな二人がタスキと共に託してくれるであろう気持ちにどうしても応えたい。
その想いは、目の前に迫ってきた大勝負に怯えを覚えてしまいそうな小蒔を支えてくれる。

小蒔「私もお姉様と同じ意見です」

小蒔「誰かを信じる事の出来ない貴女はとても脆くて弱い」

小蒔「その心を支えているものがなくなれば、すぐさま崩れ落ちてしまうと思います」

小蒔「だから…その、もうちょっと他の人へ優しくした方が…」

暖かくも力強いそれがなけれれば、もしかしたら自分は緊張で泣きそうになっていたかもしれない。
そう思う小蒔にとって、他者を利用はすれど、まったく信じようとしない輝夜の姿はとても哀れなものだった。
無論、彼女の大事な家族や友人を傷つけたその行いを許すつもりはまったくない。
だが、他人全てを見下し、頑なに一人であろうとするようなその姿に、心優しい小蒔はどうしても痛ましさを感じてしまう。


輝夜「確か神代さん…でしたか」

輝夜「競技の直前でそんな事を言って…揺さぶりのつもりですか?」

輝夜「汚い事など何も知らないなんて顔をしながら、随分と卑怯なやり方を使うんですのね」

小蒔「そんなつもりじゃ…」

しかし、小蒔の言葉が輝夜に届くはずがなかった。
彼女は幼い頃からずっと権謀術数の中で生きてきたのだから。
家族にさえ心を許す事の出来ない環境に今もいる輝夜にとって、小蒔のそれは綺麗事ですらない。
その価値観の基準を自分に置いている彼女は、小蒔の言葉をただの揺さぶりにしか思えなかった。

輝夜「お生憎ですが、私は自分の事を脆いとも弱いとも思っていませんわ」

輝夜「少なくとも、貴女達よりもずっと強いと自負しております」

輝夜「…大体、そのように偉そうな事は私に勝ってから口にするべきでしょう?」

輝夜「私の事を何も知らない人に説教などされても不愉快なだけですわ」

小蒔「…」

勝つために相手へ揺さぶりを掛けるなど輝夜にとっては日常茶飯事だ。
だからこそ、小蒔の言葉もきっとそうなのだとそう思い込む輝夜に、彼女の言葉が届くはずがない。
それが本心から輝夜の事を心配しての言葉なのだと予想すらしておらず、硬い言葉を小蒔へと返す。
そのまま話は終わりだと言わんばかりに顔を背ける輝夜に、小蒔は何も言えなかった。
ここで何を口にしても輝夜の態度が頑なになるだけなのは彼女も良く分かっているし、何より ――


小蒔「(…少なくとも、月極さんの言葉は正しいです)」

小蒔「(私は月極さんの事をまだ良く知りませんし…何より言葉に説得力をもたせられるほど何かをした訳じゃないんですから)」

小蒔「(そんな私から生き方を変えろなんて言われて従えるはずありません)」

輝夜の言葉は小蒔にとって決して否定出来るものではなかった。
小蒔は世間知らずで天然と言われる事が多いが、その頭は決して悪い訳ではないのだから。
その感情は別にして、輝夜の言葉が正しい事くらい彼女にだって分かっている。
そして、他人の好意に対してあまりにも鈍感である輝夜の生き方が変えられない事もまた。

輝夜「ほら、そろそろ須賀さんが戻ってきますわよ」

輝夜「準備した方が良いのではないですか?」

小蒔「…はい」

だからこそ、小蒔は輝夜の言葉に頷きながら前へと出た。
その心には後ろ髪引かれるようなものが残っているが、今は永誕祭の最後を締めくくる競技の真っ最中。
もうすぐ京子がスタート地点に戻ってくると言う状況で、何時までも輝夜に構ってはいられない。
彼女に同情する気持ちはあるが、今は心を鬼にするべきだ。
そう自分に言い聞かせながら、小蒔はトラックへと踏み出して。


京子「(…小蒔さん、あの女に何か言われたのか…?)」

しかし、小蒔はそれで完全に心を切り替えられるような少女ではない。
京子の視界に入った表情は決して明るいものではなく、胸中に強い心配の色を浮かべさせた。
出来ればこのまま駆け寄って、何があったのか聞きたいが、湧から託されたタスキは決して軽いものではない。
今は永水女子が逆転出来るかどうかの瀬戸際である以上、多くの人の思いが詰まったそれを小蒔へと繋ぐべきだ。

京子「(…依子さんが、ずっと側にいたんだ)」

京子「(何か言われたにしてもきっと依子さんがフォローしてくれているはず)」

京子「(だから、今は…!)」

そう思いながらも、小蒔を心配してしまう自分に、京子はそう言い聞かせる。
信頼する依子の名前を出したその言葉はざわついた心の中を一旦、落ち着かせてくれた。
それを感覚で理解した京子は自身の肩からタスキを外す。
瞬間、小蒔はさっきの京子と同じように緩やかに加速を始め、後ろに向かって手を伸ばした。
そんな彼女に応えるようにして、京子もまた手を前へと出して。


京子「っつぅ…」

依子「京子さん!?」

だが、その途中で京子の身体が減速する。
それは勿論、怪我をした足を無理に動かし続けた代償がやってきたからだ。
全身を酷使するような京子の走り方は、特に足首への負担がかなり大きい。
そこを痛めている今の京子にとって、小蒔への心配から集中力を切らしてしまったのは致命的なものだった。
ダメだと分かっていても、表情を歪ませ、足の動きが遅くなる。

小蒔「え…?」

京子「大丈夫…!」

そんな京子を心配するような依子の声に、加速しようとしていた小蒔の身体が減速していく。
そのまま興この安否を確認しようとするような彼女に、京子は力強い声を返す。
今の小蒔はリレーどころか永水女子の勝敗を決めるアンカーであり、下手に集中を乱すような事があってはいけない。
足から走る痛みは既に激痛を通り越しているが、ここが正念場だと京子は自分の足に最後の力を込めた。


京子「小蒔ちゃん…!」

小蒔「…はい!」

そのまま小蒔に近づいた京子は、今度こそ彼女にタスキを託す。
その瞬間、京子が小蒔の名前を呼ぶのは、彼女の事を励ます為だ。
小蒔ならきっと大丈夫だとそう告げるようなその声に、彼女は力強く応える。
ここまでタスキを運んでくれた二人の気持ちはしっかりと受け取った。
そんな気持ちを込めた返事と共に、小蒔は力いっぱい足を踏み出す。

小蒔「…」トテトテ

しかし、その速度はお世辞にも早いと言えないようなものだった。
幾ら小蒔が京子達の気持ちを受け取っても、その身体能力が変わるはずがない。
本人は必死に走ろうとしているものの、その走り方は京子や湧のようなものにはならなかった。
寧ろ、それまでの二人が凄まじかっただけに、豊満な胸を揺らしてトテトテ走るその姿が滑稽に見える。


「頑張って!神代さん!!」

「大丈夫!!まだリードは沢山ありますわ!!」

「そのまま逃げ切ってしまいましょう!!」

「転んじゃいけませんわ!焦らずに行って!!」

そんな小蒔に、永水女子から落胆の声があがる事はない。
永水女子はその生徒数が極端に少なく、殆どの生徒が顔見知りだ。
星誕女子と言う仇敵が目の前にいる今、その仲間意識は普段以上に高まっている。
そんな彼女たちが、今の小蒔を見て手を抜いているなどと思うはずがない。
彼女もまた必死で頑張っているのだろうから、こっちも声を張り上げて応援しよう。
そう気持ちを一致させた仲間たちの声の中、小蒔は必死に身体を動かしていた。

輝夜「あはは。何ですの、アレは」

輝夜「ご大層な事を言っておいて、あんなに滑稽な走り方しか出来ないなんて」

輝夜「やっぱりさっきのはただの揺さぶりでしたのね」

依子「…っ」

それでも成果には繋がらない小蒔の姿に、輝夜は侮蔑の笑い声をあげる。
心から小蒔を馬鹿にしたその声は、無論、さっきの事を根に持っているからだ。
自身の事を弱いと言った癖に、その走り方は弱いを通り越して滑稽ではないか。
そんな感情を隠そうともしない輝夜の声に、依子は横で握り拳を作った。


輝夜「卑怯な上に口だけだなんて…本当に救いようのない人ですわ」

輝夜「家鷹さんもそうは思いません事?」

依子「…いいえ。まったくそうは思いません」

輝夜「あら、家鷹さんは神代さんの事を庇われますの?」

輝夜「そう言えば、家鷹さんも私に色々と酷い事を言ってくださいましたし…」

輝夜「卑怯な上に口だけなのは神代さんだけではなく永水女子そのものだった…と言う事ですのね」

無論、輝夜とて本気でそう思っている訳ではない。
永水女子そのものの作戦だとすれば、さっきの揺さぶりはあまりにもお粗末が過ぎる。
自分ならばもっとえげつなく、また効果的にやる自信があるだけに、小蒔の暴走であると輝夜も思っていた。
しかし、だからと言って、ここで小蒔の事を庇おうとした依子に手を抜いてやるつもりはない。
さっき自分がされた以上の揺さぶりを彼女に掛けてやろう。

依子「…好きに言えば宜しいですわ」

そう思ったが故の輝夜の言葉に、しかし、依子はその表情を崩さなかった。
無論、輝夜の事を心から心配していた小蒔を悪しように言われている事は決して許せる事ではない。
本音を言えば、一つ一つ反論して、小蒔の名誉を守りたいとそう思っている。
しかし、輝夜はその心に強い悪意を抱いて生きている少女なのだ。
ここでどれだけ小蒔の善性を訴えても、輝夜がそれを聞き入れるはずがない。


依子「貴女が神代さんの事を悪しように言えば言うほど、彼女の言葉を肯定しているようなものですから」

輝夜「…は?」

小蒔は敵であるのにも関わらず、輝夜の事を心配していた。
だが、そんな小蒔に対して輝夜が返しているのは、悪意の塊のような言葉なのである。
まるで自分の事を悪く言う人は要らないのだと、そんな癇癪すら感じさせる姿に、依子はもう同情心すら消え失せた。
小蒔へと悪意をぶつける言葉が、彼女を肯定している事すら今の輝夜は気づいてはいない。
心の中が幼く、そして歪んだまま成長してしまった彼女と会話しても時間の無駄。
そう思考を打ち切った依子は、輝夜から視線を外し、前へと向き直る。

依子「そろそろ京子さん以外の生徒が帰ってきますし、準備しなきゃいけませんわ」

輝夜「……えぇ。そうさせて頂きますわ」ギリィ

まるで自分を相手にすらしていないような依子の言葉。
それに輝夜が感じるのは強い屈辱の念だった。
彼女にとって他人とは悪意をぶつけてくるか、媚びへつらうかのどちらかだったのだから。
今の依子のように無関心になられた事などなく、心の中に強い怒りが湧き上がってくる。


―― 輝夜は決して家族に顧みられて育ってきた訳ではない。

物心ついた時から権謀術数の中にいた彼女にとって、家族とは身近な脅威だったのだから。
親兄弟ですら常にピリピリとしていた環境で幼い輝夜が顧みられるはずもなく、母親の愛情を受けた記憶すら彼女は持っていなかった。
そんな彼女にとって、他人に対して敵意をぶつけるのは構って欲しい気持ちの裏返しでもある。
優しさを与えるよりも敵意をぶつける事を先に知ってしまった彼女は、そのようなやり方でしか他人に見てもらう方法を知らなかった。

輝夜「…では、お先に失礼させて頂きます」

無論、それを輝夜は自覚してはいない。
その胸中で燃える理解不能な怒りも、自分が侮辱された所為なのだとそう判断していた。
そんな輝夜から依子に向けられた言葉は、嫌味混じりの短いもの。
普段よりも若干、大人しいその言葉は、しかし、彼女が依子の事を許したからなどではない。


輝夜「(ぜっっ…ったいに…潰してやりますわ…!)」

今の輝夜はただの言葉では物足りなかった。
その胸中に湧き上がる怒りは今まで彼女が覚えてきたそれとは一線を画するものだったのだから。
本能に近い部分から湧き上がるそれはどれほどの嫌味を口にしても発散出来るとは思えない。
依子に絶対的な敗北を与えて尚、晴れるか分からないそれに輝夜は苛立ちを全身に浮かべながらトラックへと足を踏み入れて。

輝夜「(早く来なさい…!早く…早く…!!)」キッ

「…っ」ビク

そのまま第二走者を睨めつける輝夜の隣で、星誕女子の少女が怯えを浮かべる。
輝夜と共にアンカーに選ばれた彼女の目には、輝夜の身体から立ち上るドス黒い感情がはっきりと目に見えるようだった。
50m走で京子に敗北した時よりも遥かに強いその色に、ただでさえ緊張している身体がさらに硬くなってしまう。
しかし、そんな隣の少女に、今の輝夜は気づく事はなく、自身にタスキを運んでくる第二走者を睨めつけ続ける。


依子「…」

輝夜とは対照的に、依子の胸中は静かだった。
無論、自分の大事な人達を傷つけた輝夜に対する怒りや敵意はなくなってはいない。
しかし、それは意識の下へと沈み込み、依子の心を騒がせる事はなかった。
代わりに彼女の心を満たしているのは強い集中力。
地底湖を彷彿とさせるその澄んだ心のまま、依子もまたスタート地点で準備を始める。

「あ、あの…」

輝夜「早くよこしなさい…!!」

「は、はい…!」

輝夜「ちっ…!」

瞬間、スタート地点へと戻ってきた星誕女子の二人を輝夜は苛立ち混じりに急かせる。
しかし、そんな彼女の言葉とは裏腹に、タスキの受け渡しは決してスムーズにはいかない。
彼女達は見たこともないくらいに怒りを滾らせている今の輝夜が恐ろしくて仕方が無いのだ。
まるで今の輝夜に近づくのを拒むようにして、身体が強張ってしまう。
結果、受け渡しでもたついてしまう彼女達に輝夜は舌打ちを返しながらタスキを奪い取った。


輝夜「ふ…っ!」

「お姉様、ごめんなさい…!」

依子「…」フルフル

そのまま力強く輝夜が加速した瞬間、最後となった永水女子の走者がスタート地点へと帰ってくる。
京子の代わりに星誕女子に前を塞がれ続けていた彼女は、どうしても最下位から脱出する事が出来なかった。
それを誰よりも責める彼女に依子はそっと首を振ってみせる。
そんな事気にしなくても良いのだとそう告げるような仕草のまま、依子もまた緩やかに加速へと入り、彼女の手からタスキを受け取った。

依子「(…やっぱり追いつくのは厳しそうですわね)」

瞬間、彼女の胸中に浮かぶのは、加速し続ける輝夜の背中だった。
タスキを受け取ってすぐに依子も本気の加速に入ったが、輝夜にはジリジリと引き離されていっている。
先に相手の方がスタートしたからだとそんな言い訳さえ許されない明確な差に依子は内心、歯噛みした。
エルダー兼生徒会長であり、名実共に永水女子の代表を務める依子はここで自分が仲間たちの無念を晴らしてあげたいとそう思っていたのである。
それが自分の力不足で叶わないとなれば、その胸中が揺れるのも当然の事だった。


依子「(…ですが、それならそれで出来る事はあります)」

そう依子が思うのは既に永水女子への包囲網が崩れているからだ。
先行する小蒔を追いかける為、全力で走り続ける輝夜に、もう一人のアンカーは完全に置いて行かれている。
結果、依子の目の前を走っている少女は一人になり、その背中もゆっくりと迫りつつあった。
一流の中でも上位に位置する輝夜には及ばないとは言え、依子もエルダーに選ばれるほどの淑女。
その身体能力は一流と呼ばれるに足る領域にあり、人並みよりも優秀程度の生徒ではすぐに追いつく事が出来る。

依子「(3…2…1…今…っ!)」ダッ

「あ…」

その上、今の依子は輝夜に追いつく事を諦め、目の前の少女を追い抜くことに全神経を注いでいるのだ。
彼女がコーナーに入ろうと減速した瞬間を見計らって、依子は走り方を切り替える。
リレーのような中距離向けの走り方ではなく、短距離用の走り方へ。
足に貯めていた力を爆発させるようなそれは依子の身体を一気に加速させていく。
背中にぴったりとつかれていた上に、減速しようとしていた彼女はその動きに対応出来ない。
あっさりとアウトコースから追い抜かれ、そのまま距離を開けられてしまう。


「お姉様ー!」

「素敵です!!」

輝夜「(ふん。呑気なものですわね)」

まるでお手本のようなコーナーでの追い抜きに、永水女子からの歓声があがる。
依子の活躍を心から喜ぶようなそれに輝夜が浮かべるのは冷めた感想だった。
輝夜は依子の事を心底、嫌ってはいるものの、その能力はそれなりに評価しているのである。
ここでもう一人のアンカーが追い抜かれる事くらい彼女は最初から予想していた。

輝夜「(元より、私以外の誰かに期待してはいませんもの)」

輝夜「(故に、ここで大事なのは、私がどれだけ活躍出来るかと言う事)」

輝夜「(…そしてその時間はもうすぐそこまでやってきていますわ)」

小蒔「はぁ…はぁ…」

そんな輝夜の目の前に小蒔の背中が迫ってくる。
スタート時はかなりあったはずのリードはもう殆どなくなっていた。
どれだけ小蒔が必死に走り続けても、彼女と輝夜ではあまりにも運動能力が違い過ぎるのである。
その速度は湧達ほどではないものの、京子と同じ走法を続ける輝夜から逃げ切るのは困難だった。


「神代さん!!」

「頑張って!もうちょっとですわ!!」

「ファイト!ファイトです!!」

瞬間、小蒔に向かって送られるのは応援の声。
だが、それは依子に向けられた声に比べて、必死さを強く感じさせるものだった。
レースは既に後半戦に入っているとは言え、まだまだゴールは遠いのだから。
今のペースならば追い抜かされてしまうと腹の底から少女達は声をあげて。

輝夜「っ!!」

小蒔「ぅ…っ」

そんな少女たちの想いをねじ伏せるようにして輝夜は直線で小蒔の事を追い抜いていく。
力強く大地を踏みしめて加速を維持するその背中に、小蒔は必死で追いつこうとする。
既に一杯一杯だった身体からさらに力を捻出し、僅かでも加速しようとしていた。
だが、元々の能力が違いすぎる以上、そうやって加速しようとしても追いつく事など出来ない。
追い抜いた勢いをそのままにグングンと引き離されるその背中に、小蒔は悲痛な声を漏らした。


輝夜「(あははっ!やりましたわ!!)」

輝夜「(これで…これで私の勝利は確定です…!!)」

輝夜にとって不安要素は前半で追いつけないほどのリードを作られる事だった。
だが、湧への妨害や京子の怪我と言う要素が重なり、思った以上の差が生まれなかったのである。
結果、輝夜は悠々と小蒔の事を追い抜き、こうして一位に立つ事が出来た。
そんな輝夜を追い抜けるものは、このレースには出ていない。
後はそのままゴールするだけだと輝夜は内心で喜悦の声をあげながら身体を動かし続ける。

輝夜「(何が脆いですか、何が弱いですか)」

輝夜「(脆くて弱いのはそっちの方でしょう?)」

輝夜「(ホント、お話にさえならないレベルでしたわね)」

京子からタスキを渡されたのが小蒔ではなく依子であれば、輝夜でさえ追いつく事が出来なかっただろう。
だが、永水女子は仲間意識が強いが故に、どうしても捨て駒になる生徒を作りたくはなかったのだ。
結果、リレーの編成はバランスを重視したものとなったが、それでは輝夜を抑えきれない。
強い仲間意識が産んだ編成の欠点を嘲笑うようにして彼女は一気にゴールへと近づき。


輝夜「…」ピタ

「え…?」

しかし、その手前で輝夜は急に立ち止まった。
すぐ目の前にゴールテープがあるのにも関わらず、そこへと進もうとしない輝夜の姿。
それに疑問の声があがるのは永水女子の少女たちからだった。
星誕女子の方は何処か諦観の浮かんだ表情で、輝夜の事を見つめている。

輝夜「(このままゴールするのは容易いですけれど…それでは面白くないですものね)」

無論、輝夜が立ち止まったのは怪我やアクシデントの類ではない。
ここまで全力で走り続けたとは言え、その身体が痛むような事は一度としてなかったのだから。
多少、息があがってはいるものの、後数歩踏み出す程度の力は十二分に残っている。
そんな彼女がこうして足を止めたのは、ここで彼女がゴールすれば星誕女子の勝利が確定してしまうからだった。


輝夜「(私はもうそんなのでは足りませんもの)」

輝夜にとって永水女子は去年、自身に煮え湯を飲ませた憎らしい相手だ。
そんな相手を敗北させる事など輝夜にとって最低条件に過ぎないのである。
大事なのは敗北そのものではなく、どれだけ屈辱的な敗北を味わわせるか。
それを一年間掛けてずっと考え続けてきた輝夜にとって、目の前の勝利は決して手にしてはいけないものだった。

小蒔「はぁ…ぁ…」トテトテ

輝夜「ふふ」

そんな輝夜の前で小蒔の身体がゴールへと走りこむ。
最後の力まで振り絞ってゴールへとたどり着いた彼女はそのままがっくりと頭を落とした。
もう立っている事さえ困難だとそう訴えるような姿に、輝夜は嘲るような笑みを浮かべる。
最後の最後まで諦めずに頑張った小蒔を無様で滑稽だと言うような表情のまま、輝夜はゆっくりとゴールラインを超えた。


輝夜「随分と苦しそうですけれど大丈夫ですの?」

小蒔「はぁ…ふぅ…」

そのまま小蒔に近づく輝夜が口にするのは、彼女を心配する言葉ではない。
輝夜にとって小蒔はただ大嫌いな偽善者と言うだけではなく、清純ぶった卑怯者なのだから。
この世で最も嫌いな人種と言っても良い彼女に、輝夜が心配などするはずがない。
そう言って小蒔に心配しているような声を掛けるのは、自身の余裕を見せつける為と。

輝夜「あら、応える事も出来ないくらい疲れているのですか?」

輝夜「おかしいですわね。神代さんを追い抜いた私にはこんなにも余裕がありますのに」

輝夜「本来ならば私の方が疲れているべきなのに…不思議ですわ」

こうして小蒔に対して嫌味をぶつける為だ。
無論、それは今の小蒔が疲れで何も言えないと分かっているが故のものである。
無関心になられるのは腹立たしいが、輝夜は無抵抗の相手を甚振るのも嫌いではない。
その口調にたっぷりと余裕と嫌味を込めた輝夜は、小蒔が返事をする暇も与えずに一人で延々と話し続ける。


輝夜「あぁ、それとお礼を言わなければいけませんわね」

輝夜「ありがとうございます、神代さん」

輝夜「貴女がゆっくりと走ってくれたお陰で須賀さん達が作った差を何とか詰める事が出来ましたわ」

輝夜「正直、途中でもうダメかもしれないと思ったりもしたのですが、アンカーが神代さんで助かりました」

小蒔「っ」

瞬間、小蒔の顔が歪むのは息苦しさが故ではない。
輝夜の言葉に、自分が皆の努力を無駄にしてしまった事を思い出したからだ。
無論、その成績は一位ではあるものの、それは輝夜がゴール前で立ち止まったからこそ。
京子や湧が作ってくれたリードを完全に溶かしてしまった事に代わりはない。

京子「…月極さん、そこまでにしてください」

輝夜「あら、須賀さん」

そう自分を責める小蒔の側に京子が近づいていく。
普段は言わない感謝にたっぷりの嫌味を込めた輝夜の言葉は到底、聞き捨てならないものだった。
小蒔が今にも倒れ込みそうなくらい力を振り絞った事を、京子達は良く理解しているのだから。
全力を尽くそうとした小蒔に、誰の目にも分かるような手加減をした輝夜が嫌味を口にするなど許せるはずがない。


輝夜「そこまで…とはどういう事ですの?」

輝夜「まるで私が神代さんの事をいじめているような言い方ではありませんか」

輝夜「ですが、それは誤解ですわ。私は本当に心から感謝していますし…」

輝夜「何より、最後まで頑張って一位でゴールした彼女の健闘を讃えようとしていたのですよ?」

京子「…そんな風には見えませんでしたけれど」

輝夜「ふふ。それは須賀さんの思い込みではなくって?」

輝夜「どうやら須賀さんは私の事を随分と嫌っているようですもの」

輝夜「思い込みで真実が歪んでしまう事はままありますわ」

そんな京子が顔に思い浮かべるのは強い敵意だ。
京子の目の前にいるのは春に大怪我を負わせた相手なのだから。
その上、こうして小蒔を追い詰めるような言葉まで口にされれば、感情を抑えきれない。
女に手をあげるなど最低だと思っている京子でさえ、その手に力が入ってしまうくらいには。


依子「…月極さんっ」

輝夜「あら、家鷹さんもゴールされましたの?」

輝夜「3位おめでとうございますわ」ニコ

そこで依子が駆け寄ってくるのは、一触即発の雰囲気を察したからだ。
輝夜の事はどうでも良いが、依子にとって京子は最愛の妹と言っても良い相手である。
そんな京子が今にも輝夜に殴りかかりそうな姿に、見て見ぬふりなど出来ない。
さっきの事故と違い、目に見える形での刑事事件を起こしてしまえば、京子の立場も悪くなってしまうのだから。
姉妹校のエルダーに手をあげたとあっては、退学処分も十分考えられるだけに、ここで自分が抑止力にならなければいけない。

輝夜「ですが、これは少々、困った事になりましたわね」

輝夜「永水女子が一位と三位と言う事は…両校の点数が完全に並んでしまいますわ」

そう思って声を掛けた依子の前で輝夜は手をそっと自身の頬に当てる。
自身が困っている事を積極的にアピールしようとするそれは無論、演技だ。
輝夜にとってその結果は狙い通りのものだったのだから。
生徒達に手加減を命じたのも、目の前の勝利を拒んで足を止めたのも、全てはこの為だったのである。


輝夜「引き分け…と言う結果では両校共に納得しないでしょう?」

輝夜「永水女子も白黒ハッキリつけたいとそう思っていられる方も多いのではないですか?」

瞬間、輝夜が声を張り上げるのは、それが目の前に居る依子だけに向けたものではないからだ。
グラウンドに集う全ての者に対して語りかけるようなそれはとても強い。
周りの雑音を飲み込んで大きくなっていくようなその声音は、カリスマさえ感じさせる天性のもの。
だが、そこに込められた敵意は隠しきれるものではなく、依子に嫌な予感を感じさせた。

依子「…何が言いたいのですか?」

輝夜「簡単ですわ」

輝夜「完全に完璧に完膚なきまでに決着をつける為に…延長戦を行おうと言うのです」

輝夜「まぁ、長々とやっても退屈なだけですし、何より、お互いエルダー兼生徒会長と言う分かりやすい代表者がいる訳ですから」

輝夜「私達二人の勝負で幕引き…とするのはどうですか?」ニヤリ

依子「(それが目的ですか…!)」

瞬間、ニヤリと笑う表情に、依子は彼女の企みを理解した。
輝夜にとって星誕女子としての勝利になど何の意味もない。
彼女は自身の事を何よりも優先するタイプであり、また星誕女子など一時の腰掛けに過ぎないのだから。
有象無象や学校の名誉などよりも大事なのは昨年、自身が味わった屈辱を数倍返しで永水女子に返す事だった。


輝夜「(…既に学校としての勝敗は決していますわ)」

輝夜「(ゴール前で私が足を止めなければ、勝っていたのはこっちの方ですもの)」

輝夜「(実際、永水女子の連中はとても腹立たしそうにしていますし)」

ここまでの永水女子は星誕女子との勝負に勝つために全力を出し切って戦ってきた。
それでも輝夜の企みを打ち破れなかったと言うだけでも腹立たしくて仕方が無いのに、最後に手加減までされてしまったのである。
これまで頑張ってきた全ての者を馬鹿にするようなそれに永水女子が覚えた怒りは決して小さいものではない。
ただでさえ大きかった輝夜への敵意がさらに膨れ上がっていくのを今の彼女は肌で感じていた。

―― だが、輝夜はそれに怯んだりしない。

輝夜は常に敵意の中で生きてきたと言っても過言ではない少女だ。
兄弟からさえ憎まれている彼女にとって、その程度の敵意や日常茶飯事である。
だからこそ、輝夜は平然とその敵意を受け止めるだけではなく、エルダー同士の直接対決を口にした。
今度は学校同士の対決ではなく、エルダー同士の勝負で敗北と屈辱と劣等感を味わわせてやる。
そう思った輝夜はさらに言葉を重ねようと口を開いて。


輝夜「競技は…そうですわね。淑女らしくフェンシングなどどうですか?」

輝夜「お互いそれは得意な方ですものね?」

依子「…」

淑女らしさを求める両校では、その教育の一環としてフェンシングを取り入れている。
その中で二人は優秀な成績を収め、公式大会にも出場した事があった。
だが、全国大会で上位の成績を残した輝夜とは違い、依子は下位止まり。
地方予選こそ突破出来たものの、部活として真剣に打ち込んでいる少女達に勝てるほどではなかった。

依子「(…つまり自身の得意なフィールドで私を負かそうと言う訳ですのね)」

そんな実力差を依子は誰よりも良く理解していた。
そもそも輝夜がここで自分にとって不利な勝負を仕掛けてくるはずがないのだから。
相手に屈辱を与えるのが何よりも好きな彼女は、絶対に負ける勝負などしない。
勝つ確率が100%に近いからこそ、ここまで強気に出ているのだ。


依子「(…冷静に考えれば、ここは頷くべきところではありませんわ)」

依子「(私と彼女の実力差は大きいですが…100%勝てると言えるほどではありませんもの)」

依子「(まだ一つや二つ、保険があってもおかしくありません)」

さっきの輝夜は誰の目にも分かるレベルの手加減をしてわざと負けたのだ。
その上で提案した勝負に負けてしまったら大恥を掻くだけでは済まない。
間違いなくエルダーとしての求心力は落ち、関係者達の記憶にもその滑稽さが残ってしまう。
相手に屈辱を与えるのが好きでも、その逆は大嫌いな輝夜が、その可能性を僅かにでも残しているはずがない。
あの手この手で自身から勝ち目を奪おうとするのは今からでも目に見えていた。

依子「(…でも、逃げたくはありません)」

無論、依子とて頭の中では、これが輝夜の罠である事を理解している。
しかし、その一方でさっきの手加減を許せない気持ちと言うのは強い。
それはさっき輝夜が見せた手加減が、永水女子だけではなく、星誕女子すら侮辱するものだったからだ。
エルダーをエルダーたらしめる周りの信頼を大きく裏切るその行為を、同じエルダーとして許す事は出来ない。


輝夜「さぁ、どうします?」

依子「……お受けいたしましょう」

京子「依子お姉様!?」

だからこそ、輝夜へと頷き返す依子に京子は思わず声をあげてしまう。
無論、それが両校の代表同士の会話であり、自身が口を挟むべきものではない事を京子も良く分かっていた。
だが、その勝負を受けるという事は手ぐすねを引いて待っている輝夜の罠に飛び込む事も同義なのだ。
不完全燃焼感は京子の中にもあるが、それは決して受けて良いものではない。

依子「…ただし、得物や細かいルールなどはこちらに決めさせて頂けませんか?」

輝夜「ふふ。それくらい構いませんわ」

京子「っ」

そう思う京子の声に、しかし、依子は応えない。
代わりに彼女が口にするのは勝負の具体性をより高めるものだった。
極力、輝夜が介入出来る余地を減らそうとするその言葉に、彼女は笑みを浮かべて頷く。
何処か勝利の確信さえ感じさせるそれに京子の背筋は嫌な予感を感じた。


依子「(…ごめんなさい、京子さん)」

そんな京子に依子は内心で謝罪の言葉を浮かべる。
彼女とて自分の選択が京子に心配させている事くらい分かっているのだ。
それに対する申し訳無さは決して小さいものではないが、だからと言って、ここで引き下がる事は出来ない。
例え、罠であったとしても輝夜に一矢報いなければ気が済まなかったのだ。

輝夜「では、こちらは準備がありますので失礼させて頂きますわ」

輝夜「その間に家鷹さんは防具などを見繕っていてくださいまし」

輝夜「予備の備品が置いてある場所は、彼女が知っているはずですから」

「あ…」

そこで輝夜が視線を送るのは星誕女子ではなく永水女子の制服に身を包んだ少女だった。
見るからに気弱そうな彼女は数少ない永水女子側の永誕祭運営委員である。
打ち合わせの為に星誕女子に足を運んだ事もある彼女は、きっと永誕祭をスムーズに進行する為、地図を頭に入れているはず。
下手に星誕女子の生徒に案内して貰えば妨害される事も考えられるだけに、ここは土地勘のある味方に案内して貰うのが一番だ。


依子「(…ですが、何かおかしいような…)」

そう思う一方で、依子は心の中で何か引っかかるものを感じる。
それが一体、何なのかを考えるものの、答えは中々、見つからない。
そもそも今の状況は違和感を覚えてしまうほど異常なものではないのだから。
防具の予備があるのは永水女子も同じであるし、その場所を運営委員である彼女が知っているのも不思議ではない。
だが、何処かズレているような気がして、依子は内心、首を傾げた。

輝夜「では、また後ほど試合の会場でお会いいたしましょう」ニッコリ

依子「…えぇ。ありがとうございます」

その答えが出るよりも先に輝夜が依子に背を向けて歩き始めた。
ついさっき中距離を全力疾走していたとは思えない優雅なその歩みは、いっそ上機嫌にも思える。
それがまた悪巧みをしている証なのだと理解する依子は疑問の追求を一旦、止めた。
どうにもスッキリしない感覚は未だ胸の中に残っているものの、今、大事なのは輝夜との勝負。
余計な事を考えている暇はないと依子は思考を打ち切って。


依子「京子さん…」

京子「…深く言わなくても結構です」

京子「依子お姉様の気持ちは私も良く分かりますから」

そこで真っ先に依子が視線を送るのは京子の方だった。
控えるようにしてずっと自身の横に立っていた京子は、依子の言葉に小さく首を振る。
それは勿論、勝手に輝夜との勝負を受けた依子に対して失望しているからではない。
エルダーに強い思い入れを持つ依子が、輝夜の事を許すことが出来ない事など、スールの契を結ぶ前の京子でさえ簡単に予想がつくのだから。

京子「(…まぁ、本音を言えば、依子さんの事を止めたいけれどさ)」

京子「(けれど…既に依子さんは勝負を受けてしまったんだ)」

京子「(ここでやっぱりなしにしてください、なんて言えるはずがない)」

これから始まるのは、個人の誇りや名誉を賭けた勝負ではない。
そこにはここまで理不尽を耐えてきた永水女子の鬱憤や勝敗までもが乗っているのだから。
今日一日を締めくくると言っても良いその大勝負に、依子が背を向けるなど京子には到底、思えない。
彼女がどれだけ責任感が強く、また仲間の事を想っているかを京子は良く知っているのだから。
ここで自分が説得の言葉を重ねても、依子の決意を揺るがす事さえ出来ないだろう。


京子「…でも、私、どうしても嫌な予感がするんです」

京子「胸の内側がざわざわするような…そんな感覚が止まりません」

京子「…だから、気をつけて下さい」

京子「きっとあの人は何かを企んでいますから」

依子「えぇ。分かっていますわ」

そう思う一方で、彼女に向ける心配の念は途絶える事はない。
それは京子の胸の内で嫌な予感が今も湧き上がり続けているからだ。
焦燥感混じりの感覚は依子の力強い返事を聞いて尚、なくなる事はない。
寧ろ、肌の内側に張り付くような嫌な予感が強くなっていくのを京子は感じる。

依子「…もう。大丈夫ですわ」ギュッ

京子「よ、依子お姉様…!?」

そんな京子に依子はゆっくりと手を伸ばす。
そのまま優しく京子の身体を抱きしめるその手は、とても優しいものだった。
他の誰よりも心を砕いてくれている最愛の妹を少しでも安心させよう。
そんな気持ちを込めて抱擁する依子に、京子は驚きの声をあげた。
よもや、依子に、しかも、人前でこんな風に抱きしめられるなど、流石の京子も予想してはいない。
時に恋人めいた軽口を叩く事はあれど、二人の関係はとても健全なものであり、そのようなスキンシップは一度もしていなかったのだから。


依子「私、これでもフェンシングは結構、得意なんですのよ?」

依子「月極さん相手だってそう簡単に負けたりしませんわ」

幾ら同性とは言え、依子は誰かれ構わずこんなスキンシップを選んだりはしない。
こうして抱擁している最中も、周りからの視線に気恥ずかしさを覚える自分というのはいる。
しかし、それに彼女が怯んだりしないのは、それ以上に京子の事が大事だからだ。
人前で抱きしめるのは恥ずかしいが、それで京子が安心出来るならば安いもの。
疼くような自身の羞恥心にそう言い聞かせながら、依子はそっと力強い言葉を漏らす。

依子「だから、安心して見送ってくださいな」ナデナデ

京子「…流石にこれは卑怯ですよ」

そのまま自身の背中を撫でる依子に、京子は拗ねるような声を返した。
無論、今の京子は女らしさを感じさせる柔らかな依子の肢体にドキドキしている。
嫌な予感は未だ色濃く残っており、安心するなど到底、不可能だ。
だが、こんなにも暖かな抱擁された上で、未だ心配だなど言えるはずがない。
例え、その胸中でどれだけ心配していても、笑みを浮かべて見送る他ないのだ。


依子「でも、京子さんはそういう卑怯な私を許してくれるでしょう?」

依子「だからこそ、私も安心して、卑怯な家鷹依子になる事が出来るのですわ」クス

京子「…もう」

そんな京子に帰ってくるのは強い信頼を浮かべた依子の言葉だった。
何処か甘えさえ感じさせるそれに京子は本格的に何も言えなくなってしまう。
ここで許さないと言えば、ただ器の小ささを露呈するだけ。
ましてや、京子自身、こうも美少女に甘えられて嫌な気と言うのはしないのだ。
依子の事を卑怯だと思う気持ちはさっきよりも強いが、それを口にする気にならないくらいに。

依子「…それに私は京子さんにだけは大丈夫と言って欲しいんですの」

京子「…依子お姉様」

瞬間、ポツリと漏れたそれは密着している京子以外には聞こえないくらい小さなものだった。
独白にも似たその声はさっき依子が見せた力強さとはかけ離れている。
それはさっきの言葉があくまでも周りの生徒たちを安心させる為の強がりであったからだ。
ただでさえ格上である輝夜が、罠を仕掛けて待っているであろう勝負。
それを受けて良かったのだろうかという不安は、決して小さいものではなかった。


京子「大丈夫ですよ、依子お姉様ならきっと大丈夫です」ギュッ

依子「…えぇ」

しかし、それも京子の力強い言葉でゆっくりと溶けていく。
依子が望んだ通り、大丈夫だと口にするそれは決して根拠のあるものではない。
輝夜の腕前を知らない京子とて、今から依子が挑むのが勝ち目の薄い勝負であると分かっているのだから。
だが、こうして自分にだけこっそりと弱音を漏らしてくれた依子の事を放っておけるはずがない。
自身の胸に顔を埋めさせるようにして抱きしめ返しながら、何度も大丈夫だという言葉を重ねた。

依子「(…やっぱり京子さんはとても暖かくて…不思議な方ですのね)」ギュゥ

京子に大丈夫だと言われる度、不安がドロリと消えていく感覚。
それに思わず表情を綻ばせた依子は、そのままギュっと指先に力を込めた。
まるでこんなにも安心させてくれる京子から離れたくないというそれは、しかし、長続きしない。
数秒後、気持ちを完全に切り替えた依子はそっと指先から力を抜き、京子から顔を離した。


依子「…ありがとうございますわ」

京子「いえいえ。これくらいお安い御用ですよ」

そのままお礼を口にする京子から依子はそっと離れる。
無論、彼女も本当はもっと京子と抱き合っていたい。
しかし、ここは人前であり、そして何より、勝ち目の薄い戦いがもうすぐ始まるのだ。
京子とイチャイチャする時間は楽しいが、だからと言って、全校生徒の期待と想いからは逃げられない。
名残惜しい気持ちはあれど、ここまでにしておくべきだと、後ろ髪引かれる自分にそう言い聞かせる。

依子「(…にしても、京子さんの胸の中、とても良い匂いでしたわね)」

依子「(普段、京子さんから感じるシャンプーやボディソープとはまた違った香りというか…)」

依子「(妙にドキドキして切なくなるような香りだったような…)」

しかし、だからと言って、さっきの抱擁はそう簡単に忘れられるものではなかった。
今の京子は痛めた足を酷使し、体操服の内側に幾つもの脂汗を浮かべている。
結果、制汗剤では抑えきれないほどになった匂いとフェロモンに、依子の身体が反応しない訳がない。
初めて嗅いだ濃厚なオスフェロモンにお嬢様育ちの身体は心臓を高鳴らせ、微かな疼きを覚えていた。


依子「(って、こんな事考えている場合ではありませんわね)」

依子「(今はとりあえず…)」

依子「では、そろそろ行って来ますわ」

京子「…はい。どうかお気をつけて」

依子にとって須賀京子と言う少女は最愛の妹である。
まさかその相手が男であるなどと想像してはおらず、その高鳴りも興奮とは別物だとそう思っていた。
だからこそ、彼女はさっきの不思議な感覚に囚われる事なく、京子に向かって背を向ける。
瞬間、自身の背中に掛けられた京子の声に依子は小さく頷いて。



―― そのまま案内役の少女と共にフェンシングの防具が置いてあるという教室を目指し始めるのだった。





>>434>>435>>436
はるるはこのスレのメインヒロインですしね!!!!111
姫様に怪我でもさせてたら霞辺りがガチでヒットマン雇ってたんじゃないでしょうか
このスレの霞は姫様に関して割りと抑えが聞かない子ですし
また、輝夜が出張り過ぎている事にストレスを感じている人も少なからずいると思いますがもうしばしお待ち下さい(´・ω・`)

>>439
流石にちょっとオリキャラ出張りすぎかなぁと思ってたので、そう言って貰えると助かります
まぁ、体育祭が終わったらもうプロットに顔を出すシーンはないので、このままフェードアウト一直線なのですが

>>441
このスレで京子が女の子落としたケースなんてまだ一回なんで…(目そらし)

>>440
>>442さんの言ってくれている通り、指示した証拠がないんで実行犯が責任を負うだけですね
まぁ、責任を負うとは言っても、精々、反省文を書かされる程度のレベルですが
刑事事件で起訴されるようにはならないと輝夜も計算して指示しています

>>444>>447>>448>>449
そりゃ勿論、マンソンと月島さんとウォーズマンの三人に決まっているじゃないですかー(棒読み)
…ごめんなさい、完全に見逃していました…!(´・ω・`)巴と初美の二人ですね…

>>450
大体、>>451さんが説明してくれている通りですね
内心の変化に気づいてはいるのですが、異性として自分が好かれていると繋がらないのです
流石に真正面から告白すれば、それもなくなるのですが(´・ω・`)それが出来ないので鈍感さも泥沼一直線という

>>452>>443>>455
>>94に支援絵があるじゃろ?
ぶっちゃけ私も金髪巫女と言われても狐耳キャラくらいしか思いつかなくて具体的な例が出せませんでしたが
>>94は京子らしい金髪巫女を書いてくださっているので、私の中のイメージが完全に>>94で固まりました(´・ω・`)本当に感謝です

久しぶりに全レスしようと思ったら眠くて時間がすっごく掛かったでござる(´・ω・`)ごめんなさい、今日の投下は終わりです
最近、忙しくてあんまり返信とか出来ていませんが、みなさんの感想とても楽しく拝見させて頂いています
何時も本当にありがとうございます


と言いつつもう眠気もマッハなので寝ます(´・ω・`)おやすみなさい


「京太郎くん、大丈夫?」

「かなり疲れてるように見えるよ」

「だーめ。そんなんじゃ誤魔化されません」

「これでも私は京太郎くんよりもお姉さんで…」

「な、何より、その…京太郎くんのお嫁さんでもあるんだからね」

「も、もう。良いでしょ、別に」

「お嫁さんって言うのは女の子にとって特別なんだから」

「言葉にするだけでもドキドキしちゃうものなの」

「…と言うか、未だに京太郎くんと一緒にいるとドキドキしちゃうんだけど」

「し、仕方ないでしょ。だって、私の初めて、全部、京太郎くんなんだもん」

「恋もキスもエッチなのも…全部全部、君のものになったんだよ?」

「そんな人と一緒にいて、倦怠期なんて来るはずないでしょ」

「何時だって私は京太郎くんに恋してるんだよ」

「…だから、疲れてるならはっきりそう言って欲しいな」

「言われなくてもお嫁さんとして気遣うし、癒やしてあげるつもりだけど…」

「でも、京太郎くんに隠し事されるのってやっぱり辛いもん」


「…うん。そっか」

「ううん。謝らなくてもいいよ」

「それより…辛いならお仕事辞めちゃう?」

「一応、私の稼ぎだけでもちゃんとやってけると思うし…」

「…本当に良いの?大丈夫?」

「私は別に京太郎くんがヒモになっちゃっても良いんだけどな」

「え?だって、ヒモって事は家に帰ったらすぐに京太郎くんと会えるって事だし」

「それに疲れてる君を見るのは結構、辛いもん」

「だから、そんなに頑張らなくても良いんだよ?」

「辛かったら、私が一生、養ってあげるから」

「…ダメ?」

「まぁ…男の意地って言われたら私も引くしかないんだけど…」

「だけど、意地張って潰れちゃう君を見るなんて絶対、嫌だから…限界だって判断したら無理にでも休ませるからね」

「え?そりゃ料理にお薬入れて眠ってる間に縛り付けちゃうの」

「大丈夫だよ。京太郎くんなら下の世話をするのは苦じゃないし」

「京太郎くんが元通りになるまでしっかり癒やしてあげるから」

「…あれ?どうしたの、急に青い顔して」

「もしかして風邪?」

「やっぱりお仕事がんばり過ぎで…え?違う?」


「本当に大丈夫なの…?」

「確かに体温計で熱がないのは確認したけれど…でも、やっぱり心配」

「…………うん。今日のところは京太郎くんの言う事信じてあげる」

「でも…その代わり」シュル

「ふふ。そっちだって初心のままじゃない」

「ちーがーいーまーすー」

「キスしようとしたんじゃなくて、ただネクタイ結んであげようと思っただけ」

「実は昔から夢だったんだよね」

「こうして旦那様のネクタイを締めてあげる事」

「もぉ。笑わないでよ」

「あんまりそうやって笑ってると思いっきり締めちゃうよ?」

「……ん。宜しい」

「それじゃ、そのまま大人しくしててね」

「すぐに終わるから」

「…んっしょっと…あ、アレ?」

「い、いや、ちょっと待って。練習じゃちゃんと出来たのに…」

「も、もう一回!もう一回やらせて!ね!?」


「よ、よし。出来た」

「…ごめんね。朝、忙しいのに手間取っちゃって」

「練習だとちゃんと出来たんだけど…ほら、この体勢って結構、近いし…」

「ちょっとドキドキしすぎちゃって…手順飛ばしちゃった」

「そ、そりゃそうでしょ」

「この姿勢だと…今にもキス出来ちゃいそうなんだもん」

「最近、京太郎くんが忙しくてご無沙汰だし…ドキドキしちゃうに決まってる」

「…え?ち、違っ!そ、そういう意味じゃなくって…!」

「も、もぉ。馬鹿馬鹿!スケベ!エッチ!!」

「…………い、いや、別に嫌じゃないけど…」

「わ、私をそういう風にしたの京太郎くんじゃない」

「私はエッチじゃないですー!京太郎くんが全部悪いんですー!」

「……だから、えっと、その……そ、そのまま気をつけ!!」

「ん。そのまま動いちゃダメだよ」

「…………」チュッ

「…………えへへ♪」

「ネクタイ結んでる間、大人しくしててくれた良い子にご褒美…かな♥」


「ち、違うよ。別に私がしたかった訳じゃ……」

「い、いや、したくないとは言ってないけど…」

「も、もぉ。本当に私に意地悪する時はいきいきとするんだから…」

「だーめ。もう許しません」プイッ

「私は今ので本当に怒ったんだからね」

「……だから、今日こそ早く帰ってきてね、アナタ」

「毎日、一人でご飯食べるのって結構、寂しいんだから」

「私の人生はこれからずっと京太郎くんと一緒だけど…」

「でも、私が京太郎くんとしたい事は絶対に尽きたりしないんだよ」

「勿論、京太郎くんが頑張っているのはわかってるし、応援もするけれども…」

「でも、だからってあんまり奥さんの事蔑ろにすると後が怖いんだからね?」

「…ん。宜しい」

「それじゃ…はい。カバン」

「今日も1日、程々に頑張ってきてね」

「行ってらっしゃい、アナタ」

京ちゃんに話しかけているのが誰なのか各々、好きにイメージしてください(´・ω・`)ちなみに私はすこやんのイメージで書いてました

一応、キリの良いところまで書き上がったのですが、出来れば星誕女子でのアレコレが終わり切るまで一気に投下したいのでもうちょっとお待ち下さい
後、本筋から離れているようで、割りとこの話は大事なんで、もうしばらく我慢してください
一応、どうしてこの話が避けられないのかは次回の投下で分かる予定です(´・ω・`)


「きりーつれーい」

由暉子「…ふぅ」

由暉子「(…ようやくHRも終わりましたか)」ガタッ

由暉子「(今日は掃除当番はないですし、部活もお休み)」シュババ

由暉子「(このまま京太郎くんのクラスに行けば、一緒に帰る事が出来るはず…)」ゴソゴソ

由暉子「(…でも、折角のお休みなんですし、帰るだけと言うのも寂しいですよね)」パタン

由暉子「(私も京太郎くんと帰り道が一緒なだけでは物足りないですし…)」スタスタ

由暉子「(本当はイケナイ事ですけど…途中で寄り道とかしちゃいましょうか)」ガラガラ

由暉子「(そういえば近くのハンバーガーショップで新しい商品が始まったと先輩達が言っていましたし…)」スタスタ

由暉子「(それを京太郎くんと一緒に食べてみるのもいいかもしれません)」ピタ

由暉子「(さて、それじゃ京太郎くんのクラスについた訳ですし…)」ヒョコ

京太郎「あ、ゆ、由暉子」ギクシャク

由暉子「(…あれ?)」


由暉子「(…おかしいです)」

由暉子「(何時もなら京太郎くんは笑顔で私の事を迎えてくれるはず…)」

由暉子「(なのに、今日は表情がぎこちないですし…)」

由暉子「(…ハッ)」

由暉子「(まさか…今日のお昼のお弁当があんまり美味しくなかったのでは…)」

由暉子「(何時も万全を期しているつもりですが…最近、この辺りも熱くなってきましたし…)」

由暉子「(目に見えない食材の痛みなんかがあったのかもしれません…!)」

由暉子「ごめんなさい」ペコ

京太郎「…え?なんでユキが謝るんだ?」

由暉子「え?」

京太郎「寧ろ、謝らなければいけないのは俺の方なんだけど…」

由暉子「(…京太郎くんの方?)」キョトン

由暉子「(いえ、それはおかしいです)」

由暉子「(だって、京太郎くんは私に沢山の幸せをくれた人なんですから)」

由暉子「(そんな人が私に酷い事をするはずがないですし…)」

由暉子「(例え、されたとしても私はそれを全て受け入れる覚悟くらいはできています)」


「おーい、須賀ー!早く行かないとまずいんじゃないか?」

京太郎「あ、あぁ」

由暉子「行くって…京太郎くん?」

京太郎「悪い、ユキ」

京太郎「ちょっとこの一週間、一緒に帰れそうにない」

由暉子「…………え?」

由暉子「(そんな…京太郎くんと一緒に帰れないなんて…)」

由暉子「(クラスが別な私にとって、帰り道は京太郎くんと一緒にいれる貴重な時間なのに…)」

由暉子「(…でも、きっと何か理由があるんですよね)」シュン

由暉子「(それなら…頑張って我慢しなければ)」

由暉子「分かり…ました…」ドヨーン

京太郎「…後、今日の週末はデート出来そうにない」

由暉子「…………」ピシリ


由暉子「(……デート不可?)」

由暉子「(…流石にそれは嘘…ですよね)」

由暉子「(だって…恋人になってから、予定のない日は何時も一緒にデートしてたのに…)」

由暉子「(一緒に帰れないだけでも辛いのにデートもなしだなんて…そんなの私…死んじゃいます…)」

由暉子「京太郎くん、私、何か悪い事しましたか…?」フルフル

京太郎「えっ!?」ビックリ

由暉子「お願いします。悪いところは頑張って全部、治しますから…!」

由暉子「だから…見捨てないでください…!」ヒシ

ザワザワ

京太郎「ちょ、待って!ストップ!!ストップ!!」

京太郎「おもちが当たってる!後、周りの目もヤバイから!!」アセアセ

由暉子「京太郎くん…っ」ギュゥゥゥ

京太郎「(…あ、これ話聞いてない奴だな)」


京太郎「だ、大丈夫だって。俺がユキの事嫌いになるはずないだろ」

京太郎「ユキも全然、悪い事してないからそんな不安にならなくても良いんだよ」ナデナデ

由暉子「…でも」

京太郎「一緒に帰れないのも、週末デート出来ないのも完全にこっちの都合だからさ」

京太郎「来週からはちゃんと何時も通りに戻るから」

由暉子「……約束してくれますか?」

京太郎「あぁ。約束する」

由暉子「指切りげんまんしてくれますか?」

京太郎「幾らでもするよ」

由暉子「婚姻届にサインくれますか?」

京太郎「そ、それはもう後、数年待って欲しいかな…」

由暉子「数年経ったらサインしてくれます…?」

京太郎「お、おう。ちゃんとする」

京太郎「だから、出来ればそろそろ離してくれないか?」

京太郎「俺ももうちょっとユキとイチャイチャしてたいけど…その時間がヤバイんで…」

由暉子「……分かりました」スッ


「須賀ー!急がないとバス来るって!」

京太郎「分かってる!!」

京太郎「それじゃ…俺はもう行くけど、ユキも気をつけて帰れよ」

京太郎「絶対に寄り道とかしちゃダメだからな」

由暉子「…はい」

京太郎「後、変な人なんかにもついてっちゃダメだぞ」

由暉子「はい…」

京太郎「つーか、先輩達にユキの送り迎えを頼んでおいた方が…」

「すーがー!」

京太郎「く…!そ、それじゃあまた明日な!」

由暉子「……はい。京太郎くんも気をつけて」ショボン


~どよーび~

揺杏「…で、今回、ユキのデート相手を務めるのは私になったって訳かー」

由暉子「デートじゃないです」

由暉子「私がデートするのは京太郎くんだけですから」

揺杏「お、おう。相変わらずマジレスしかしないね、ユキ」

揺杏「まぁ、それはさておき、相変わらずアツアツだね、二人とも」

揺杏「確かもうすぐ一年だったっけ?」

由暉子「正確に言えば後5日と13時間で一年です」

揺杏「…私、ユキとの付き合い結構長いつもりだったけどさ」

揺杏「流石に時間単位で返事が来るとは思ってなかったわ」

由暉子「私にとって京太郎くんに告白された瞬間はとても幸せな時間でしたから」ホゥ

由暉子「…欲を言えば分までしっかり記憶したかったんですけれど、幸せ過ぎて何分だったか思い出せません」

揺杏「普通は時間覚えてりゃ十分じゃないかなー…」


由暉子「そんな事ありません」フルフル

由暉子「あの時間は私と京太郎くんにとって最高の記念日だったんですから」

由暉子「本来であれば分や秒数までしっかりと覚えておくべきなんです」

揺杏「い、いや、でもさ、男の子ってそういうの鈍感って聞くよ?」

揺杏「あんまりその基準を京太郎に求めるのは酷だと思うな」

由暉子「大丈夫です。流石にそこまで求めるつもりはありません」

由暉子「…ただ、やっぱり記念日ですし、何かしらのお祝いは欲しいと思っていますけれど」

揺杏「まぁ、そうだよね」

揺杏「付き合って一年くらいは特別な何かが欲しいよね」

由暉子「はい。婚姻届へのサインとかサインとかサインとか…」

揺杏「…私、ユキの事、嫌いじゃないけど、たまにちょっと怖くなるな」

由暉子「そう…ですか?」

揺杏「うん…まぁ、京太郎はそういうのが良いから付き合ったんだろうし、特に変えなくても良いかもしれないけどさ」


由暉子「…でも」ドヨォ

揺杏「あー…だ、大丈夫だって」

揺杏「あの京太郎がユキに飽きたりするはずないだろうし」

揺杏「こうして週末一緒に過ごせなかったのも、事情があるって言ってたんだろ?」

由暉子「そう…なんですけれど…」

揺杏「だいじょーぶだいじょーぶ」

揺杏「二人の事をもう二年近く見てきたお姉さんが保証してあげるって」

揺杏「京太郎は未だにユキにゾッコンだからさ」

揺杏「つーか、もう付き合って一年経ってるってのに、余計に惚れ込んでいるのが分かるくらいだし」

由暉子「…本当ですか?」

揺杏「あぁ。ホントホント」

揺杏「お姉さん嘘つかないから安心しなって」

揺杏「ありゃ一生、ユキの虜だよ」

揺杏「私が保証したげる」

由暉子「そうですか」ホッ


揺杏「しっかし、こんな可愛い恋人放っておいて京太郎は何をやっているんだろうね」

由暉子「…多分、京太郎くんの事ですから止むに止まれぬ事情があったんです」

由暉子「そう…例えば、道端で行き倒れた女の子にご飯を食べさせてあげたり…」

由暉子「その女の子を護る為、追手の秘密結社と死闘を繰り広げたり…」

由暉子「ボロボロになりながらも、正義の為に戦おうとしているんだと思います」キラキラ

揺杏「…………うん。そうだね!

揺杏「(聞いてる限り、普通に記念日に向けた資金稼ぎじゃないかなーと思うんだけど黙っておこう)」

揺杏「まぁ、少なくともユキ以外の女の子とデートしてるなんて事はないだろうし安心…」

由暉子「…」ピタ

揺杏「…あれ?ユキ?」

揺杏「どうしたんだよ、いきなり立ち止まって」

由暉子「……」フルフル

揺杏「ん?あっちに何かあるのか?」ジィィィ

成香「キャッキャ」

京太郎「フフフ」

揺杏「…………あ゛」サァァァァ


由暉子「どうかしましたか?」

揺杏「今の


揺杏「(ちょ、おまっ!よ、よりにもよって人がフラグ立てた時に…!!)」

揺杏「(つーか、もうちょっと人目を憚れよ!一応、彼女持ちだろ、京太郎!!)」

揺杏「(ていうか、成香も何やってんの!?)」

揺杏「(そんな楽しそうな顔してたら完全にユキが勘違い…)」

由暉子「…京太郎…くん」ポソ

揺杏「ひぃ…!?」

揺杏「(な、なんだ、今の冷たい声…!?)」

揺杏「(あんまり感情をストレートに表現しないユキとは思えないほど底冷えしてる声だったんだけど…!!」

揺杏「(つーか…こ、これやばい!絶対、ヤバイって…!!)」

揺杏「(完全にユキの身体、黒く染まってるし!!)」

揺杏「(もう愛憎入り混じって訳分かんなくなってるのが外から分かるくらいだし!!)」

揺杏「(こ、これは下手に刺激したら…間違いなく刀傷沙汰になる…!!)」

揺杏「(絶対に血が流れてちゃう……!!)」ガクガク


揺杏「ゆ、ゆゆゆゆゆゆユキ、と、とにかく落ち着くんだ」

揺杏「ほ、ほら、止むに止まれぬ事情があるってユキ自身言ってただろ?」

揺杏「成香とデートしてるのもきっと何か理由が…」

由暉子「デート…」ピクッ

揺杏「(あ゛あぁぁぁぁぁ!!)」

揺杏「(や、やっちゃった!!)」

揺杏「(私のバカ!超おバカ!!!!)」

揺杏「(この状況で火に油を注いでどうするんだよ!!)」

揺杏「(こんなにやらかしたの去年のインハイの時以来だぞ…!!)」

由暉子「成香先輩とデート…」

由暉子「私を放っておいて成香先輩と…」

由暉子「私じゃなくて成香先輩と……」ブツブツ

揺杏「(って自分を責めてる場合じゃない…!)」

揺杏「(な、何とかリカバリーしないと…!!)」


揺杏「あ、あの、ゆ、ユキ」

由暉子「…ごめんなさい。揺杏先輩」ニッコリ

由暉子「…ちょっとやる事が出来たので失礼しますね」

揺杏「…え?」

揺杏「(い、いやいやいやいや、ち、ちょっと待って!!)」

揺杏「(殺る事!?殺る事なのか!!?)」

揺杏「(このままあの二人のところに突っ込んで修羅場を演じるつもりなのか!?)」

揺杏「(だ、ダメだ。それだけは…それだけは何とか止めないと…!!)」

揺杏「(私の所為で大事な後輩が殺人犯になるなんて夢見が悪いなんてレベルじゃない…!!)」

揺杏「ゆ、ユキ、ちょっと待っ…」

由暉子「何か?」ゴォォォォォォォ

揺杏「…イエナンデモナイデス」ブルブル

由暉子「そうですか。では、失礼します」スタスタ

揺杏「…………あぁぁ…」ペタン


揺杏「(…は、迫力に負けてしまった…)」

揺杏「(ユキの笑顔なんて超レアなものを前にして完全に呑まれちゃったよ…)」

揺杏「(つーか、後、一秒でもユキの前にいたらもうマジでちびりそうだったし…)」

揺杏「(冬眠明けの熊に睨まれた気分ってきっとあぁいう感じなんだろうね…)」

揺杏「(つーか、今だって腰が抜けて立てる気がしないし…)」

揺杏「(京太郎達とは逆方向に進んだユキを追いかける事すら出来ない…)」

揺杏「(すまない…成香、京太郎…)」

揺杏「(不甲斐ない私を許してくれ…)」

揺杏「(…………にしても、ユキの奴、一体、何をするつもりなんだろう?)」

揺杏「(出来ればややこしい事にはならないで欲しいんだけれど…)」

揺杏「(い、いや、ならないで欲しいなんて消極的な姿勢はダメだ!)」

揺杏「(ユキがあぁなっちゃった責任の一部は私にもあるんだから!!)」

揺杏「(何とかnice boatな展開だけは回避しないと!!)」


~ ここが京ちゃんのハウスね! ~

京太郎「ふぅ」

京太郎「(成香先輩のお陰で何とか来週の記念日に向けたプレゼントもゲット出来た)」

京太郎「(ユキと趣味が近い成香先輩と一緒に考えたこのプレゼントならきっとユキも喜んでくれるはず)」

京太郎「(まぁ、ユキの事だから何を送っても喜んでくれるだろうけどさ)」

京太郎「(でも、やっぱ一年っていう節目を前にして恋人に贈るプレゼントな訳だし)」

京太郎「(普段、不甲斐ない恋人としてはやっぱり心から喜んで欲しい)」

京太郎「(しかし、あの店員さんにはびっくりしたなぁ)」

京太郎「(まさか俺と成香先輩を恋人同士だと見間違うなんて)」

京太郎「(まぁ、二人で一緒にそういうコーナーをみてればそれも当然なのかもしれないけれど…)」

京太郎「(ただ、俺はユキって言う恋人がいるし、成香先輩も俺の事なんてただの後輩としか見てない訳で)」

京太郎「(似合いの恋人なんて言われたら、ちょっとギクシャクもしてしまう)」

京太郎「(まぁ、それも乗り越えた後では、ただの笑い話なんだけどさ)」

京太郎「(でも、流石にこの話をユキの前でする訳にはいかないよな)」

京太郎「(あぁ見えてユキは結構、愛が重いタイプだし)」

京太郎「(自分を放っておいて他の女の子と出かけてたってだけでもきっと我慢出来ないだろう)」


京太郎「(だから、まぁ、このプレゼントは俺が選んだって事にして)」

京太郎「(とりあえずその日が来るまでユキが見つけられない部屋の引き出しなんかに仕舞って…)」パチ

由暉子「…………」

京太郎「うぉお!?」ビックゥゥ

京太郎「(ナンデ!?ユキ、ナンデ!?)」

京太郎「(い、いや、勿論、ユキには俺の部屋の合鍵を渡してる訳だけれど…)」

京太郎「(で、でも、人の気配どころか電気の一つもついてなかったんだぞ…!)」

京太郎「(そんな状況で恋人が自室にいるとかそんなん考慮しとらんよ…!!)」

由暉子「…あ、京太郎くん」フラ

京太郎「(その上、こっちを見るユキの目が何処か虚ろなんですけれど!!)」

京太郎「(完全に俺だけしか見てないっていうか…その他は眼中にないっていうか…!)」

京太郎「(割りと何時もそんな感じだけど、今日は一段とその傾向が強いぞ…!?)」

京太郎「(正直、ちょっと空恐ろしいくらいだ…)」ブル


京太郎「ど、どうしたんだ、ユキ」

京太郎「もう夜だって言うのに、電気もつけないで」

由暉子「…夜?」

由暉子「…あぁ、そうですね」

由暉子「ちょっと夢中になって本を読んでいたら時間を忘れてしまいました」

京太郎「ほ、本…?」

由暉子「はい。これです」  っ【お墓のカタログ】

京太郎「…………え?」

由暉子「これから二人で一緒に入る場所なんですからしっかり相談して決めないといけません」

由暉子「京太郎くんはどれが良いですか?」

由暉子「私としてはこの300万の奴が良いと思うんですけれど」

京太郎「あ、あの…ユキさん?流石にそれは気が早過ぎるんじゃないかなって…」

由暉子「…そんな事はありませんよ」

由暉子「だって…私と京太郎くんは今日、ここで共に天に召されるのですから」フフ

京太郎「(アカン)」


由暉子「成香先輩に邪魔されないあっちで…二人一緒に幸せになりましょうね…」スラァ

京太郎「(やったぜ!修羅場のオトモ、包丁さんのエントリーだ!!)」

京太郎「(…って言ってる場合じゃねえええええええええ!!!)」

京太郎「(ユキの奴、これ本気だ…!!)」

京太郎「(本気で俺と心中する気で、今日ここに来てる…!!)」

京太郎「(わざわざお墓のカタログまで持ち出してきてる上に…目が完全にマジだからな!!!)」

京太郎「(俺と結ばれる為ならば倫理観とか道徳心とかどうでも良いってのが全身から伝わってくる…!!)」

京太郎「(完全にぷっつんしたユキってこんなに怖いのかよ…)」ガクブル

由暉子「さぁ、京太郎くん、暴れないでくださいね」

由暉子「大丈夫。ちゃんと人体の急所については学んできましたから」

由暉子「抵抗しなければ痛くしませんし…私もすぐ同じ場所にいきます」

京太郎「ま、待て。落ち着いてくれ、ユキ」

京太郎「誤解だ。ユキは今、間違いなく誤解している」

由暉子「…五回?」

由暉子「五回も成香先輩とデートしたのですか…?」ゴゴゴ

京太郎「(アカン…っ)」


由暉子「私に隠れて…こそこそとそんな事を…」

由暉子「そんなに私の事が嫌いになったんだったら…さっさと振ってくれれば良いじゃないですか…」

由暉子「それだったら…私だって…私だって素直に二人の事を祝福……」

由暉子「…………出来そうにないですから京太郎くんを奪い返す為に監禁だけで済ませるのに…」

京太郎「(いや、監禁だけでも十分過ぎるほどおかしいと思うんだけど)」

京太郎「(だが、それをここで口に出したところで完全に頭に血が登ってるユキを下手に刺激するだけ…!)」

京太郎「(ここはまずユキの誤解を解く事を優先しなければ…!!)」

京太郎「と、とりあえずユキ!やめろとは言わない!」

京太郎「俺は逃げたり、暴れたりもしない!」

京太郎「だが、少し…ほんの少し俺に時間をくれ!」

由暉子「…どれくらいですか?」

京太郎「五分…いや、三分あればそれで良い」

京太郎「ユキも何があったのか分からないまま心中するのは嫌だろう?」

由暉子「…分かりました」スッ

京太郎「(な、なんとか首の皮一枚つながったか…)」フゥ


京太郎「とりあえず…」ゴソゴソ

京太郎「これを見てくれ」スッ パカ

由暉子「…それは」

京太郎「その…まぁ、なんつーか…アレだ」

京太郎「エンゲージリング…的な?」

由暉子「…え?」

京太郎「ほ、ほら、もう五日後には俺達が付き合って一年経つ訳だしさ」

京太郎「何時迄も婚姻届にサインして欲しいって言うユキの事を袖にするのも可哀想だし…」

京太郎「少しは目に見える形でユキを安心させてあげたいなって思ったんだよ」

京太郎「まぁ、友人のところで日雇いで雇ってもらっただけだし、あんまり金は掛かってないけれど…」

由暉子「…じゃあ、この一週間、部活を休んで、私と一緒に帰ってくれなかったのも…」

京太郎「あぁ。その…バイトの方優先してた」

由暉子「さっき成香先輩と一緒にいたのも…」

京太郎「指輪のデザインとか分からないし…それに指のサイズとかもあるからさ」

京太郎「やっぱ女の子一人いたほうが良いかなって成香先輩についてきてもらったんだよ」


由暉子「じゃあ、本当に…」

京太郎「あぁ。俺は誓って浮気なんかしてない」

京太郎「俺は何時だってユキ一筋だよ」

由暉子「…………あ」カラン

由暉子「あ……あ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」ブルブル

京太郎「お、落ち着け、ユキ!」ダキッ

由暉子「あ…ぅ…あぁうぅあ…っ」ポロ

由暉子「ごめんなさい…京太郎くん…」

由暉子「お願いします…嫌いに…嫌いにならないで…」

由暉子「疑った事も包丁を向けた事も謝りますから…お願いします…」

由暉子「私の事、捨てないでください…」ギュゥ

京太郎「そんなの気にしてねぇよ」ギュッ

京太郎「まぁ…ちょっと怖かったのは事実だけどさ」

京太郎「でも、それだけユキの事を不安にさせたのは俺がサプライズで指輪を贈ろうなんてした所為だし」

京太郎「何より、それくらい俺の事を好きでいてくれて嬉しい気持ちもあるからさ」ナデナデ

由暉子「…京太…郎…くん…」


京太郎「ま、そういう訳でちょっと早くなったけれど、もうバレちゃった訳だしさ」

京太郎「婚約指輪受け取って貰えないか?」

由暉子「…受け取れません」

京太郎「ユキ…」

由暉子「私…そんな資格ありません」

由暉子「京太郎くんの事を疑って…傷つけようとして…」

由暉子「そんな私に京太郎くんと結婚する資格なんて…」シュン

京太郎「(…ホント、ユキは真面目だなぁ)」

京太郎「(でも…こんなに自分を責めてるユキへ無理に手渡しても逆効果だろうし…)」

京太郎「(やっぱりここは理由作りの方から先に入った方が良いか)」

京太郎「じゃあ、お仕置きだな」

由暉子「…え?」


京太郎「悪い事したユキはそれを償う必要があるだろ」

京太郎「だから、俺は今からユキに酷い事をする」

由暉子「酷い事…ですか?」

京太郎「あぁ。そりゃもうぐっちょんぐっちょんのエロエロな事しまくるから」

由暉子「…あ」ゾクゥ

京太郎「ユキが何度イッたって許さないし、俺が満足するまで気絶したってセックスするから」

由暉子「……は、ぃ♪」キュゥゥゥン

京太郎「だから、それが終わったらもう自分を責めるのはなしな」

京太郎「確か聖書でも罪を憎んで人を憎まず的な事書いてあるだろ」

京太郎「お仕置きが終わったら、由暉子はまた俺の恋人」

京太郎「成人したら俺が結婚したいってそう思うような最高の彼女に戻ってくれるよな?」ナデナデ

由暉子「戻り…ます…♪」

由暉子「私は…京太郎くんの彼女にまた戻りますから…♥」

由暉子「だから…今は私に一杯、エッチな事してください…♪」

由暉子「私が自分を許せるように…意地悪で酷くて…優しい事を一杯…♥」

京太郎「おう。任せろ」ガバッ

由暉子「んあ…っ♪」


由暉子「ひあああぁああっ♪♪」

由暉子「しょこらめえええっ♥クリしゅごいんれすううっ♪♪」

由暉子「由暉子のおっきなクリチンポしごかにゃいれえええっ♥♥」

由暉子「しょれされるとすぐにイくんれすううっ♪」

由暉子「クリイキするうううっ♥♥クリアクメしゅるううぅうう♪♪♪」

由暉子「ひぐううぅうっ♪ごめ…ごめんなしゃいいいっ♥♥」

由暉子「今日の由暉子は奴隷れすううっ♪♪」

由暉子「ご主人様に絶対服従のエロ穴奴隷ですぅううっ♥♥」

由暉子「れもぉっ♪でもぉおぉっ♪♪」

由暉子「あひぃいいっ♥♥あにゃるはあっ♪あにゃるはもっとダメええぇえっ♪♪」

由暉子「しょこ敏感過ぎるんですううっ♪クリちゃん以上に敏感になっひゃったんですよおぉぉおっ♥♥」

由暉子「ご主人しゃまのオチンポで一杯しつけられひゃからぁあっ♪♪」

由暉子「ご主人様のオチンポで立派なメス穴ににゃったからぁあっ♥♥」

由暉子「オマンコパコパコしにゃがら、いじられるとも、もう立ってられにゃいいいぃっ♪♪♪」

由暉子「ご主人さまにご奉仕出来にゃぁ…ぁ♪♪」

由暉子「あ、アクメばっかりれ動けなくなりまひゅぅうっ♪♪♪」


揺杏「(う…うわぁぁ…)」

揺杏「(なにこれ…なにこれ)」

揺杏「(ホントマジでなんなのこれ…)」

揺杏「(後輩の命が危ないと思って可能な限りの防具身につけてやってきたら…)」

揺杏「(もうユキが到着してた上に、え、え…エッチまで始めてるなんて…)」カァァ

揺杏「(ってか…い、幾らなんでも…激しすぎない…?)」

揺杏「(もう扉から思いっきり声漏れちゃってるんだけど…)」

揺杏「(あのおとなしいユキがこんなになっちゃうなんて…)」

揺杏「(京太郎のセックスってそんな凄いのかな……)」ゴク

揺杏「(…正直、ちょっと…いや、かなり興味あるけれど…)」

揺杏「(でも、後輩がエッチしてるところに踏み込むのもアレだし…)」

揺杏「(…それに今、邪魔したら、間違いなくあの恐ろしい由暉子に戻っちゃう)」

揺杏「(流石におしっこちびりそうな由暉子を前にして、京太郎貸してとか言えないし…)」

揺杏「(何より、エッチに興味あるからって付き合ってもいない男に処女捧げちゃうのもなぁ…)」

揺杏「(…とりあえず元鞘に無事に収まったって事で、今日は退散しておこう)」

揺杏「(……た、ただ、明日、根掘り葉掘りエッチの感想聞くくらいは…良いよね)」モジモジ

ユキがヤンデレになった理由?
>>332>>333の所為です(丸投げ)


それはさておき、エロが書きたいです(´・ω・`)おまたせしてごめんなさい
ヒロインがもうメス堕ちして戻れなくなるような濃厚な奴(´・ω・`)まだ目標としてたところまで書けてませんが
上の由暉子程度じゃまだまだ満足出来ません(´・ω・`)思いっきりお待たせして申し訳ないので
たまったリピドーを解放したい(´・ω・`)明日、土曜日にとりあえず切りの良いところまで投下する予定です
という訳で下3でエロみたいヒロイン書いてってください(´・ω・`)それが終わったらまた書き進めて
ちょっと今、仕事が忙しいので何時書けるかは分かりませんが出来るだけ頑張ります(´・ω・`)残りの分も可能な限り早くお届け出来るよう頑張ります


ハオ了解です
なんか見たいシチュエーションとかあったら書いてってくだされば拾うかもしれませぬ
私に任せるとひたすらアナル責めされるハオになりますので(´・ω・`)なんかハオってお尻が弱いイメージがあります

乙です
刃傷(にんじょう)沙汰…(小声)

乙ー
揺杏さんもかわいいな

京太郎のアソコを見てちっちぇえなって言うドSな姿が浮かぶ

ハオかー...。
分身逆ハーレム多人数プレイ、は難しいから。
匂いフェチのハオがある日偶然発見した京太郎の脱ぎたてホヤホヤのワイシャツを発見してそれをオカズに自慰してたところを京太郎に見つかり、誰にも言わないと紳士を発揮する京太郎だが、それじゃあ信用ならないので秘密を共有するためと言ってハオが生の京太郎の様々な匂いを嗅ぐだけで悦に入りながら途中でやる気になった京太郎と生ハメガン突きセックス...とか?

乙です
ユキは重いけどかわいい

>>1
ついに禁断症状が出たか…まったく…(いいぞもっとやれ)

>>653
朝起きたばっかで眠い時に書くもんじゃないですね!!(吐血)
つーか、前もどっかで同じことツッコまれた気がします
ごめんなさい

>>654>>658
尚、どれだけ可愛くてもこの京ユキ世界線では京ユキ以外にあり得ないんや…(入り込もうとした瞬間、ユキが排除するので)
後、個人的にはユキの恋敵になるのは成香が似合う気がします(´・ω・`)完全に某スレの影響ですが
まぁ、大抵、成香が負けるイメージなんですけど(´・ω・`)重くて若干、ポンコツで巨乳美少女って絶対勝てる訳ないやん…
同じ理由で姫様が負けるところがあんまり想像出来ないです

>>655
セツコ、それハオやない、葉王や

>>657
やっぱりハオは変態クンカーなイメージなのか…!
でも、私は臨海だとハオよりも明華の方がクンカーイメージ強いんですよね(´・ω・`)多分、ハンドボールが好きと言う二次設定の所為
これはやはりハオだけじゃなく明華も京ちゃんの足元に侍らせてWフェラさせるべきか(錯乱)

>>659
私、今回、我慢した方だと思うんだ…(プルプルしながら)


あ、それはさておき、キリのいいところまで見直し終わったんでそろそろ投下始めます


………


……





依子「(…さて、果たして鬼が出るか蛇が出るか…と言うところですわね)」

依子がそう思うのは星誕女子の階段だった。
グラウンドから離れ、予備の防具を見繕いに行った彼女はその胸に強い警戒心を浮かべている。
さっき輝夜が見せた自信満々な姿からも、勝利を確実にする何かしらの策があるのは分かっているのだから。
こうして永水女子の少女に先導されている最中も、まったく気を抜く事が出来ない。

依子「(正直、怪我をさせられるくらいは十二分にあるでしょうし…)」

実際、春は輝夜によって怪我をさせられたも同然なのだ。
特殊ルールの縛りもあってさっきまで大人しくしていたが、今はその適用外。
もしかしたらこっそりと体育館から抜けだした星誕女子が物陰に潜んでいるかもしれない。
いや、輝夜ならばそれくらい命じていて当然だと依子は思う。


依子「(…そんなところに京子さんを連れてくる訳にはいきませんものね)」

そんな依子の胸中に浮かぶのは、強い不安だった。
さっき京子に倒してもらったそれが再び蘇るような感覚に、彼女は内心でため息を漏らす。
一体、自分は何時からこんなにも弱く、そして京子に依存するようになってしまったのか。
何処か自嘲気味に思い浮かべながらも、依子は引き返そうとはしなかった。

依子「(恐らく京子さんも怪我をしているのでしょうし…)」

あと一歩踏み込めば小蒔へタスキを手渡せると言う距離。
そこで突如として減速した京子の姿から、依子は京子が足に怪我を抱えている事を感じ取った。
きっと二人三脚の時、春だけではなく、京子もまた怪我をしていたのだろう。
それでも尚、痛みを堪えて戦い続けた京子に、コレ以上の負担を掛けたくはない。
胸中の不安は決して小さいものではないが、だからと言って、ここで京子に頼るような情けないエルダーにはなりたくはなかったのだ。


依子「(それに、私は一人ではありませんし)」

「…」ギクシャク

その不安を依子は決して表には出さない。
それは星誕女子の階段を登る依子の前に、一人の少女がいるからだ。
未だ星誕女子の構造をちゃんと把握していない依子の為、案内役を務める彼女の身体はとても強張っている。
一段ずつ上がっていく歩みも一歩一歩踏みしめるように遅い。
その上、体操服から露出した首筋に脂汗が浮かんでいるとあれば、不安など表に出してはいられなかった。

依子「…大丈夫ですわ」

「え…?」

警戒心を最大にまで引き上げている依子よりも、さらに緊張している少女。
そんな彼女を前にしてエルダーである自分が不安がってなどいられない。
寧ろ、自分が彼女の緊張を解してあげなければ。
そう思った依子の口から空元気混じりの言葉が飛び出す。


―― 無論、今の彼女にとって、会話に割く思考や神経と言うのは惜しい。

いつ何時、物陰から星誕女子が飛び出してくるのか分からないのだから。
しかし、依子は全校生徒の模範となるべきエルダーなのだ。
ここで彼女のことを気遣え無いようでは、輝夜と殆ど変わらない。
そう思った依子の言葉に、少女はそっと振り返って。

依子「私はこれでも永水女子のエルダーですから」

依子「月極さんが何を企んでいようと必ず乗り越えてみせます」

「お、お姉様…」

そんな彼女に依子は力強い言葉を放つ。
それは彼女の浮かべる緊張が、星誕女子の妨害を気にしているからだとそう思ったからだ。
今の依子の周りにいるのは、彼女一人。
これから最終決戦に挑む永水女子の代表を護るには些か心許ない数だ。
だからこそ、万が一がないように、彼女は周囲を警戒しようとしてくれている。


「わ、私は…」

依子「…?」

そう思っての輝夜の言葉に、しかし、少女は顔を歪めた。
無論、依子とて自分の言葉が少女の緊張を根絶出来ると思い込んでいた訳ではない。
しかし、今の彼女が顔に浮かべているのは、悲嘆と苦痛に満ちた表情だったのである。
もし、少女が内心、自身の事を嫌っていたとしても、そんな表情を見せたりはしない。
そう思う依子は、まるで絶望の淵に追い込まれたような少女の顔に強い疑問を抱いた。

依子「(…何かあるのかしら…?)」

しかし、依子はその理由までたどり着く事が出来なかった。
依子は永水女子の生徒たちを全て記憶しているが、目の前にいる彼女との付き合いは殆どないに等しい。
知っているのは彼女が運営委員である事と、そしてあまり自己主張をするのが得意ではないという事。
その他、彼女のパーソナリティに関わるような情報は一切、持ってはおらず、内心、首を傾げるしかない。


「……」

だが、そうやって首をかしげている間も事態が好転するような事にはならない。
私は、と口にしてから、少女は完全に口を噤んでしまっているのだから。
その上、依子から逃げるようにして視線を伏せ、口からはハァハァと荒い吐息を漏らし始めていた。
まるで緊張が限界を超えたようなその姿に、依子は尋常ではないものを感じる。

依子「何かあるんですの?」

「……っ」フルフル

依子「…そうですか」

だが、そうやって疑問の声を投げかけても、少女は首を左右に振るだけでろくに答えすらしなかった。
無論、それは彼女が依子と口を聞きたくすらないと思っているからではない。
今の少女には自身の中から言葉を浮かべる余裕すらなかったのだ。


依子「もし、気が変わったら何時でも言ってくださいな」

依子「生徒の悩み解消もエルダーの仕事の一つですから」ニコ

「ぁ…」

出来れば依子もそんな彼女の悩みを聞き出してあげたい。
だが、今の彼女がいるのは敵地のど真ん中も良いところなのだ。
一瞬たりとも周囲への警戒を切らす事が出来ない状況で悩み相談などしてはいられない。
その上、目的地に到着した後も防具のチェックや、着替えなど細々とした作業が待っているのだ。
そうやって作業している間に、輝夜が京子達へと嫌味を口にしているかもしれないと思えば、あまりノンビリしてはいられない。

依子「それでは、そろそろ先に進みましょうか」

「…っ」ビク

依子「(…まさか、この先に何かありますの…?)」

だからこそ、先を促した依子の言葉に、少女の顔はさらに歪む。
まるでここから先に進みたくないのだと言うようなそれに、依子は一つの答えを思い浮かべた。
元々、少女は運営委員であり、この学校にも何度か足を踏み入れた事がある。
自然、運営委員長である輝夜と接する時間も、決して短くはなかったはずだ。
そんな彼女が、輝夜の罠に巻き込まれていてもおかしくはない。
きっとこの先に何があるのかを彼女は知っているのだ。


依子「(…さっき感じた違和感の正体がようやく掴めましたわ)」

依子「(あの月極さんが自発的に私達への配慮をしてくれるなんてあり得ませんもの)」

依子「(にも関わらず、案内役に我が校の生徒を指名したと言う事は、既に彼女への根回しが終わっているからこそなのでしょう)」

その答えは彼女が見せた不可解な様子や先ほどの違和感を全て説明付けるものだった。
仲間である彼女が脂汗を浮かべるほど緊張しているのも、言葉すら出てこないほど悲嘆を浮かべているのも、全て輝夜の所為。
それを思うと依子の中でまた怒りが強くなるが、しかし、それを表に出す訳にはいかなかった。
ここで自分が怒りを露わにしても、彼女がただ怯えるだけ。
彼女の後ろでほくそ笑っているであろう輝夜にぶつける為にも、今は怒りを抑えなければ。

依子「…大丈夫ですわ。いざと言う時は私が必ず護って差し上げますから」

そう自分に言い聞かせながら、依子は優しい言葉を口にする。
それは彼女の苦しい立場を考えたが故のものだった。
依子の想像が正しければ、少女は今、永水女子と星誕女子の間で板挟みの状況にあるのだから。
その重圧は気弱な少女が胃を痛めてもおかしくはないほど大きいだろう。


「……護って…くれるんですか?」

依子「えぇ。絶対に見捨てたりしませんわ」

依子の言葉に、少女は震える言葉を返した。
まるで凍えているようなそれに、依子は力強く頷く。
悪いのは嫌々ながら従っているであろう彼女ではなく、その後ろにいる輝夜の方。
この先、何かあっても、彼女の事を絶対に責めたり、見捨てたりはしない。

「だったら…」グイッ

依子「……え?」

―― そう依子が心を固めた瞬間、少女の手が伸びた。

そのまま依子の手首を掴むようなそれは、グイっと依子の身体を引っ張る。
その方向は今まで階段を上がってきた二人とは逆方向だった。
まるで自分から堕ちていこうとするような彼女に、依子の反応が遅れてしまう。
それは勿論、仲間であるはずの少女がこんな凶行に出ると思っていなかったからだ。


依子「(しまっ――)」

お人好しと言っても良い性格をしている依子は、基本的に誰かを疑ったりしない。
そんな彼女にとって、少女は同じ永水女子に所属する『仲間』であるのだ。
そんな彼女が嫌々ながら罠へと案内する可能性は考えていても、自分を害する『実行犯』だと予想出来るはずがない。

―― 無論、それは輝夜の計算通りであった。

輝夜は依子がエルダーに決まった時から、ずっと彼女の情報を集めてきたのだから。
その性格がお人好しであり、滅多に仲間を疑えないものだと理解している。
だからこそ、輝夜は永水女子からやってきた運営委員達の中でも特に気弱そうな少女を脅しつけた。
依子を突き落とさなければ、少女だけではなく、その数少ない友人達の人生も滅茶苦茶にしてやる。
そんな理不尽と言っても良い輝夜の言葉に、少女は屈してしまったのだ。


「(ごめん…なさい…!)」

無論、輝夜の言葉に屈したからと言って、少女の中から依子や仲間たちに対する申し訳無さが消える事はない。
これまで永水女子は一丸となって星誕女子と戦ってきたのだから。
その最終決戦を前にして裏切る自分が、どれほど酷い事をしているかを彼女は理解していた。
だからこそ、少女が選んだのは、依子を突き落とす事ではない。
悪い自分も一緒に罰しようと共に階段を転がり落ちる事で。

依子「(京子さ…!)」

その身体が少女と一緒に角ばった階段の縁に叩きつけられる直前、依子が思い浮かべたのは愛しい義妹の姿だった。
こんな絶望的な状況でも、京子ならばきっとどうにかしてくれる。
依子がそう心から信頼する京子は、しかし、今の彼女の側にはいなかった。
結果、彼女の身体は重力に引かれて、頭から堕ちていき ――


―― 瞬間、星誕女子の校内に依子の悲鳴が響き渡った。




………


……





輝夜「(…さて、そろそろですか)」

輝夜がそう思うのはフェンシングの準備に関してではない。
最初からエルダー同士のフェンシング対決へと持ち込むつもりだった輝夜は、既に準備を整えているのだから。
昨日から閉鎖されていたはずの体育館には既に機材一式が揃えられている。
役者二人が揃えば、何時でも始められる状態に、輝夜は心動かされたりはしない。

輝夜「(出来れば、あのいけ好かない家鷹依子が絶望した顔を間近で見たかったですが…)」

輝夜「(でも、それで私が怪我をさせた…なんて言いがかりをつけられたら困りますものねぇ)」

代わりに彼女の心に浮かぶのは依子の事。
だが、それは決して好意的なものではなかった。
彼女にとって依子は永水女子のエルダー ―― 去年、勝つ事が出来なかった霞の代わりと言うだけではないのだから。
誰よりも優れている自身を馬鹿にした彼女を輝夜は決して許す事が出来ない。


―― しかし、だからと言って、そこで不必要なリスクを背負うほど輝夜は愚かではなかった。

輝夜ははっきりと目に見える形で、小蒔に一位を譲ったのだ。
スポーツマンシップからは程遠いその行いは、生徒だけではなく関係者達にも悪印象を抱かせている。
その信用も底を打っている現状で、周囲に疑念を抱かせるような行動をするのは適切ではない。
少なくとも、依子が自分に突き落とされたのだと嘘を吐いた場合、自分の立場は急激に悪くなってしまう。
そう冷静な判断を下した輝夜は、不必要なリスクを回避する為、ずっと人目のあるところに居続けていた。

輝夜「(まぁ、突き落とされるのは私ではなく、貴女の信じていた仲間に、ですけれども)」クス

それでも内心の暗い喜悦はどうしても抑える事が出来ない。
彼女にとって、他人の絶望と言うのは特別なものなのだから。
自身に優越感だけではなく、勝利の実感をくれるその感情を、輝夜は愛している。
ましてや、それを抱いているであろう相手は、輝夜が忌み嫌う依子なのだ。
その胸中から湧き上がるドス黒い喜悦は、格別と言っても良い。
未だ作戦の成否すら伝わってきていないのにも関わらず、ついつい笑みを浮かべてしまうほどに。


「随分と楽しそうだな、輝夜よ」

輝夜「…え?」

そんな輝夜に話しかけてきた声に、彼女は一瞬、思考を立ち止まらせてしまう。
それは相手の声が、まるで部下に話しかけるような威厳のあるものだったからではない。
格下のように扱われる反発よりも、聞き覚えのあるその声の方が、彼女にとっては重要だった。

輝夜「(ま、まさか…!?)」

その胸中に驚きを浮かべながら、輝夜は弾かれたように振り返る。
瞬間、彼女の視界に入ってきたのは純白のスーツに身を包んだ大柄な男だった。
180を優に超えるその身体は、スーツの上からでもはっきりと分かるほどの筋肉が張り付いている。
武術家のような実用的な筋肉と観賞用の筋肉が入り混じったその身体は、データよりも遥かに大きい印象を周囲に与えた。
少なくとも、下から見上げる輝夜は、その男が3m近い身長を持つ大男に思える。


輝夜「お、お父様…?」

「どうした。まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」

輝夜「だ、だって…」

その男はただ輝夜の父親というだけではない。
一分に数百万を稼ぐと言われ、多忙を極める月極グループの社長を務めているのだから。
今日も分単位でスケジュールが組まれているであろう彼が、ここにいる事そのものがおかしい。
輝夜の知る限り、この鋼のような男には家族の情などまったくないのだから。
娘の活躍を見る為だけにわざわざ星誕女子に足を運んだとは到底、思えない。

「はは。私とて人の親だ」

「娘がリベンジの為に張り切っているとなれば、足も運んで応援したくなるものだ」

輝夜「そ、そう…ですの」

そんな輝夜を笑い飛ばすような男の笑みに、しかし、彼女はまったく安心出来なかった。
自分以外の他人を見下す輝夜にとって、目の前の男は唯一の例外なのだから。
幼い頃からその脅威を精神に叩きこまれた彼女は、どうしても萎縮してしまう。
それが娘の反抗を抑えこむ為の楔だと理解していても、身体が固くなり、声も上ずってしまった。


「しかし、また随分と派手にやったものだな」

輝夜「この程度ならばどうにかなると思いましたので」

しかし、何時迄もそのままでいる訳にはいかない。
そう輝夜が思うのは、目の前の男が、月極グループの中で絶大な権力を誇るからだ。
祖父であった男を追放し、月極のトップになった彼は、優秀さと冷酷さを併せ持っている。
ここで自分が情けない姿を見せてしまえば、容赦なく切り捨てるだろう。
だからこそ、輝夜は突然の邂逅に騒ぐ心臓を抑えつけ、冷静に振る舞おうとしていた。

「あぁ。これくらいならば、少し声を掛ければすぐに鎮火出来るだろう」

「だが…分かっているだろうな?」

そこで父親が念を押すのは、輝夜とほぼ同じ価値観を有しているからだ。
彼にとって汚い手段を使ったなどという過程はどうでも良い。
海千山千の猛者がひしめき合う経済界で、卑怯卑劣は褒め言葉にしかならないのだから。
どんな方法を使おうとも最終的に勝つ事が出来れば、それまでの全てが敏腕と言う言葉で肯定される。
だが、それはあくまでも勝つ事が出来れば、の話だ。
負けてしまった時点で、敗者は全てを失う事になる。
少なくとも、月極という大企業を統べる彼には、例え肉親と言えど、負け犬に掛ける情などなかった。


輝夜「勿論ですわ」

そんな父親の言葉に、輝夜は自身を持って答える。
微かに胸を張るその姿は、自身が負ける事など100%あり得ないと思っているからだ。
リベンジの為、一年掛けて練りに練ったこの舞台に、不備などまったくない。
例え、相手が京子や湧であろうとも完勝する自信が輝夜にはあった。

輝夜「(…それに)」チラッ

依子「…」スタスタ

「お姉様っ」

瞬間、体育館に現れた依子に永水女子から声があがる。
期待と不安が入り混じったその声に、普段の依子であれば笑顔で返していた事だろう。
だが、防具を身につけた今の彼女に、そのような柔らかさや余裕はまったくない。
その表情を硬く強張らせ、真剣な眼差しでゆっくりと歩いていた。


「ダメよ。今のお姉様は集中しておられるんだから」

「…そうですわね。あんなお姉様、初めて見ましたし…」

輝夜「(…ふふ。どうやらあの子はやってくれたようですわね)」

永水女子の少女たちは、それを輝夜との決戦が近いからだと判断した。
だが、裏で全ての絵を描いていた彼女は分かっている。
そうやって依子が表情を硬くしているのは、集中しているからではない。
輝夜が脅しつけた少女が、命令通りに依子の事を突き落とし、怪我をさせたからなのだ。

輝夜「(あぁ…本当にこの瞬間は素晴らしいですわ)」ゾクゾク

輝夜は月極グループと言う強大な後ろ盾を持っている。
その権力を活用すれば、敵である永水女子でさえ、思い通りに動かすのは難しくない。
それを今まで控えてきたのは、依子を強い絶望に叩き落とす為だ。
裏切り者がいる事を事前に知っているよりも、土壇場で信じていた仲間に裏切られる方が傷は深い。
ましてや、今の依子はその状態で、元々、勝ち目の薄い勝負に挑まなければいけないのだから。
必死に取り繕っている依子の胸中で、どれほどの絶望感が渦巻いているのか。
それを考えるだけで輝夜の背筋に暗い快感が這い上がってくる。


「そうか。なら、私は何も言うまい」

「お前が勝つ姿を楽しみにさせて貰おうとしよう」

輝夜「…えぇ。ありがとうございます」

そんな輝夜に向けられる言葉には家族としての情などまったく込められてはいない。
やっぱり父は自身の後継を担うかもしれない輝夜が、どう戦うのかを観察しに来ただけなのだ。
胸中に浮かぶそんな言葉に微かな落胆を覚えてしまうものの、しかし、それ以上に父親が見てくれていると言うのは大きい。
そんな姿を見られれば、幻滅されるかもしれないと思いながらも、ついつい頬が緩みそうになってしまうくらいに。

依子「(…やっぱり辛いですわね)」

珍しく浮かれている輝夜とは裏腹に、依子の胸中は最悪に近かった。
階段の一番上から一番下まで引きずり落とされた身体はあちこちが傷んでいる。
特に右手は酷く、こうして歩いているだけでも弾けるような痛みが内部に走っていた。
流石に骨折まではしていないだろうが、これからフェンシングなど出来る状態ではない。


依子「(…でも、逃げる訳には参りません)」

それでも依子の心が折れたりしないのは、彼女を引きずり落とした少女がずっと謝り続けていたからである。
ごめんなさいと大粒の涙を零しながら、幾度となく謝る彼女に、依子もまた何度も許しの言葉を返した。
無論、彼女に対して思うところはあるが、元凶は彼女を脅しつけた輝夜なのだから。
大丈夫だとそう返した言葉はまったく嘘と言う訳ではない。

依子「(…それでも彼女は泣き止みませんでしたわ)」

自分が取り返しのつかない事をしてしまったのだと少女は良く分かっているのだ。
例え、それが致し方なかった事ではあっても、後悔や申し訳無さは消えたりはしない。
だからこそ、何度、許しても謝りつづける彼女に、依子は何もしてはやれなかった。
間違いなく心の中に深い傷を負ったであろう少女を、カウンセラーを兼ねる保険医に任せるしかなかったのである。


依子「(絶対に…絶対に許すものですか…!!)」グッ

心身共に深い傷を負わされた仲間の姿に、依子の怒りは限界に達していた。
かつてないほどに猛り狂ったその感情は、彼女の身体に走る痛みを大きく緩めている。
ともすれば痛みで動けなくなってしまいそうな依子が、こうして体育館まで戻ってこれたのもその激情のお陰。
そんな感情を絶対に輝夜へと返してやらなければと、依子はぐっと身体に力を込めて。

京子「(…何か変だ)」

そんな依子の違和感に、京子が気づかないはずがなかった。
元々、京子はとても観察力に優れている上に、依子との付き合いも長いのだから。
幾ら輝夜との戦いに集中していると言っても、その足の遅さには違和感を覚える。
ましてや、歩く度に依子の右手が微かに強張りを見せるとなれば、何かあったとしか思えない。


京子「依子お姉様」

依子「…京子さん」ニコ

だからこそ、依子に話しかけた京子に、彼女は笑みを返した。
ニコリと浮かべるその表情は、しかし、京子の知っているものよりもぎこちない。
まるで意図的に作っているようなそれに、京子の胸はズキリと痛む。
後悔混じりのその痛みは、京子が依子の怪我に気づいたからだ。

京子「(くそ…俺がついていれば…!)」

嫌な予感を感じながらも、京子が依子についていく事をしなかったのは、防具を身につける際に着替えが必要になるからだ。
もし、不安だから着替えまで一緒にいてくれと言われた時、京子に断る理由はない。
きっと間近で依子の生着替えを見る事になるだろう。
それを役得だと思う気持ち以上に、依子に対する申し訳無さというのが強かった。
自分が男である事を知らず、同性として最上に近い信頼と好意を向けてくれる彼女の事を裏切りたくなかったのである。


京子「(甘かった…っ)」グッ

これが依子一人であれば、京子とて一緒についていっただろう。
例え、そうでなくても依子が一緒に来て欲しいと言えば、京子は喜んで一緒に行ったはずだ。
だが、お互いがお互いを思い合う気持ちがすれ違い、こうして彼女は怪我をして帰ってきたのである。
それを自分の甘さが原因だと責めながら、京子はぐっと握り拳を作った。

京子「…依子お姉様、怪我をしているのではありませんか?」

依子「何の事ですか?私は別に…」

京子「では、右手を見せてください」

依子「っ…」

普段であれば京子は依子の言葉を遮るような真似はしない。
あまり目立つ訳にはいかない京子は、依子の引き立て役であり続けていたのだから。
だが、依子が怪我を押し隠して、輝夜との戦いに挑もうとしている状況で、何時も通りでいる訳にはいかない。
絶対にそんな無理を許してはいけないのだと強い口調で、依子の事を問い詰める。


京子「怪我をしていないのであれば、見せられるはずですよね?」

依子「き、京子さん…なんだか怖いですわよ」

京子「…そりゃ大事な依子お姉様の危機ともなれば、怖くもなりますよ」

京子「それより…見せていただけないのであればこちらから強引に脱がす事になりますが」

話題を逸らそうとする依子の言葉も今の京子には意味を成さない。
無論、依子から怖いと言われる事に多少のショックはあるものの、それよりも彼女の怪我を確かめるほうが遥かに重要なのだから。
こうして話している間に、輝夜がしびれを切らして近づいてきてしまったら、もう二人の対決を止める事は出来ない。
もう時間との勝負は始まっているのだとそう理解する京子は強引な言葉を口にする。

依子「そんなの淑女のやることではないですわよ」

京子「えぇ。そうですね」

京子「だからこそ、依子お姉様は私にそんな事をさせないよう自主的に右手を見せてくれると信じています」ニコ

依子「ぅ」

そんな京子を諌めようとする依子の言葉は、決して本心からのものではない。
彼女の知る限り、京子はとても心優しく、そして穏やかな少女なのだから。
こうして強引なやり方も辞さないのは、自身の事を心配しているが故。
そんな京子を愛しく思う依子にとって、自身を盾にするよう京子の言葉に反論出来ない。
ここで黙ってしまっては負けなのだとそう理解しながらも、決して小さくはない京子への思いが、言葉を阻んでいた。


京子「依子お姉様」

そうして依子が沈黙して数秒。
その間、同じように沈黙を続けていた京子から、依子はその名前を呼ばれてしまう。
ただの呼びかけではなく促しの意味を込めたそれに、彼女はもう逃げる言葉が思いつかない。
そもそも強引に脱がすと言う京子の言葉は、牽制ではあれど、決して嘘ではないのだから。
ここで自分が沈黙を続けたところで京子は間違いなく実力行使に出る。

依子「…ふぅ。本当に…卑怯な人ですのね」

京子「一応、褒め言葉として受け取っておきます」

そして京子の言葉通り、依子はそのような真似をさせたくはなかった。
彼女にとって京子は血の繋がらない妹同然なのだから。
人前で京子がそのような真似をして、事情を知らない周囲から悪しように言われるのは我慢出来ない。
結果、京子への想いから八方塞がりになった依子はため息を漏らしながら、京子に従うしかなかった。


依子「…」スッ

「まぁ…っ」

「お、お姉様…どうなさいましたの…!?」

依子「…少し色々とありまして」

グローブを脱いだ依子の右手は赤く腫れ上がっていた。
一目で怪我をしている事がハッキリと分かるその様子に、京子達を見守っていた周囲から声があがる。
しかし、そんな彼女たちに依子は細々とした事情を説明出来なかった。
自身を引きずり落とした少女が輝夜に追いつめられていた事くらい依子も分かっているのだから。
ここで少女の名前を出してしまえば、彼女の今後に大きな影響を与えてしまう。
それを許容出来ない依子は、心配して尋ねる仲間たちに言葉を濁すしかなかった。

「…お姉様、そんな状態で勝負するのは危険です」

「私も同意見です。棄権致しましょう」

「勝敗よりも、お姉さまの方が大事ですわ」

依子「ですが…」

無論、自身の事を心配して棄権を勧めてくれる彼女たちの事は嬉しい。
しかし、依子にとって、目の前の勝負は決して逃げてはいけないものなのだ。
こうしている今もにやついた笑みを自分たちに向けている輝夜に、どうしても一矢報いてやりたい。
最悪に近いコンディションの中でも、怒りに滾った依子の心はそう思ってしまう。


京子「…勝負を諦める必要はありません」

京子「だって、相手のご指名はエルダーなのですから」

依子「え…?」

そんな彼女の横で京子がニコリと笑みを浮かべる。
依子に対して心配と悔しさを浮かべる仲間達を安心させるような笑みに、しかし、依子は疑問の声を漏らしてしまう。
彼女は未だ自身の事をエルダーに相応しい淑女だと心の底から思う事が出来てはいない。
周囲に助けられ、支えられている事に、感謝の気持ちが絶えないくらいだった。
しかし、そんな自身でも、永水女子のエルダーである事に違いはない。

京子「皆さんにお尋ね致します」

京子「永水女子のエルダーとは依子お姉様だけでしょうか?」

そう思う依子の前で、京子が周囲へと呼びかける。
先ほどの輝夜と同じく胸を膨らませて声を張り上げるそれは、決して荒々しいものではなかった。
肺の中身を絞り出すような肺活量とは裏腹に、その言葉はとても落ち着き、そして聴きやすい。


「…っ!いいえ!」

「違いますわ!!京子さん!」

「京子さんがいます!!」

「そうですわ…!裏エルダーの須賀京子さんがいますもの…!!」

そんな声に力強く応える少女たちは、京子が何を主張したいのかを既に感じ取っていた。
無論、永水女子のエルダーは依子ではあるが、その裏にはもう一人エルダーと呼ばれる京子がいる。
輝夜の望みがエルダー同士の対決であるならば、負傷した依子に代わって、京子が相手をしても良いのではないか。
そう話を持って行こうとする京子の声に、沈んでいた少女たちが少しずつ熱狂し始める。

京子「えぇ。そうです。私がいます」

京子「エルダー選挙で敗れても尚、エルダーの名で呼ばれる私が」

京子「そして皆さんに改めてお聞きしましょう」

京子「選挙に敗れた私はエルダーには相応しくない女でしょうか?」

京子「この一時だけでも裏ではなく、表のエルダーになってはいけない女でしょうか?」

「そんな事ありませんわ!!」

「須賀さんが素晴らしい淑女である事は私達は皆、知っていますもの!!」

「わ、私は最初から須賀さんの方を支持していました…!!」

扇動するような京子を悪しように言う生徒は永水女子の中にいなかった。
無論、それは謂わば下克上と呼ばれるものであるが、彼女達はそれを気にしない。
京子はこれまでずっと影に徹し、依子との仲睦まじさを見せつけてきたのだから。
そんな京子が好き好んで依子をエルダーから引きずり落とすはずがない。


「京子さん!」

「須賀さん!!」

それでも尚、京子が下克上を企んだのは依子を護る為。
これ以上、エルダーである義姉の名誉を傷つけない為に、京子はエルダーになろうとしている。
まさしく裏エルダーと言っても良いその行いに、生徒たちの熱は強くなっていく一方だった。
賞賛や激励を込めて京子を呼ぶ声が、中々、収まらないほどに。

依子「京子さん…」

京子「…申し訳ありません。依子お姉様」

京子「今だけ…ほんの一時間だけ下克上を許してください」

そんな状況の中、京子はそっと依子に向かって頭を下げた。
さっきの京子が口にしたのは、一時とは言え、依子からエルダーの名を奪おうとするものなのだから。
無理をしようとする依子を止めるにはそれしかなかったとは言え、いきなりの下克上は嫌われても仕方が無い。


依子「…許すも許さないもありませんわよ」

依子「ただ、私は京子さんの方が心配で…」

しかし、依子は京子の事を嫌ったりしてはいなかった。
強い驚きこそ覚えたものの、それが自身の事を慮ってのものだと彼女は良く理解している。
だからこそ、胸中で感謝を覚える依子は、しかし、それを口にする事が出来なかった。
依子もまたスールの契を結んだ相手が足首に怪我を抱えている事に気づいているのだから。
怪我を押して競技に出続けたその身体はもう限界なのかもしれない。
そう思うと感謝よりも心配の方が遥かに強くなってしまう。

京子「…依子お姉様」スッ

依子「あ…」

京子「それは依子お姉さまの胸に閉まっておいてください」

京子「私は必ず勝ってきますから」

そんな依子の唇に京子がそっと指を添えた。
まるでそれ以上を口にしないで欲しいと言うようなその仕草に、彼女の言葉が途切れてしまう。
それはただ唇に京子の指先が触れる感覚が心地良かっただけではない。
ここで京子の怪我を指摘しても、盛り上がりに盛り上がった周囲に水を掛けるだけだと遅まきながら理解したからだ。


依子「(…既に大勢は決していますものね)」

永水女子の生徒達は既に京子の参戦を信じて盛り上がっている。
依子が怪我をさせられて絶望的だった状況に、もう一人、エルダーと呼ばれた京子が立ったのだから。
依子や永水女子の名誉を護る為、参戦しようとする京子に異を唱える生徒はいなかった。
今、この場でどちらがエルダーに相応しいか尋ねれば、間違いなく京子の方が優勢だろうと依子は思う。

依子「(そして…エルダーとは役職や称号ではないのです)」

それは象徴だ。
幾らエルダー選挙で選ばれたとしても、それを認めない生徒が大多数であれば、その名は何の意味も持たない。
選挙で選ばれたからエルダーではなく、選挙で選ばれるほどの支持があるからこそエルダーなのだから。
だが、今の自分にエルダーに足るだけの支持があると依子は到底、思えない。
扇動があったとは言え、エルダーの名は今、間違いなく京子の方にある。


依子「…卑怯ですわ」

無論、依子にとってエルダーの名はとても思い入れのあるものだった。
しかし、それを奪ったのが愛しい義妹であるならば、恨む気持ちなど浮かぶはずがない。
それでもこうして卑怯だと告げたのは、心配する言葉さえ口にさせてはくれないからだ。
胸中では行かないで欲しいと思いながらも、それが出来ないジレンマに依子は唇を尖らせるしかない。

京子「ふふ。でも、依子お姉さまは卑怯な私を許してくれるでしょう?」

依子「…えぇ。そう言われたら許すしかありませんわ」

そんな依子に帰ってきたのはイタズラめいた京子の言葉だった。
さっき彼女に言われた言葉をそのまま返そうとするようなそれに、依子はもう何も言えなくなってしまう。
因果応報と言わんばかりのその言葉に、依子は小さく頷いて。


京子「…と言う訳で、私が相手になりますが、宜しいですか?」

輝夜「宜しい訳ありませんわ」

瞬間、京子が口にした言葉は目の前の依子に向けたものではなかった。
その後ろで怒りを浮かべながら近づいてくる輝夜への言葉である。
ここまでお膳立てした状況を、京子の一言でひっくり返りそうになっているのだから。
突然にもほどがあるエルダーの交代など認められるはずがない。

京子「あら、何かご不満でも?」

輝夜「不満がないと思っているその愚かさが羨ましいくらいですわね」

京子「ですが、月極さんが戦いたいのはエルダーなのでしょう?」

輝夜「裏エルダーなどと言う訳の分からないものを指名したつもりはありません!」

無論、輝夜とて、京子が裏エルダーの名で呼ばれている事は知っている。
確かにそういう意味では京子もまた輝夜にとって相手となる資格は持っているのだろう。
だが、輝夜にとって叩き潰すべきは正真正銘、永水女子のエルダーなのだ。
それを倒さなければ、去年の雪辱を晴らす事が出来ないのである。


京子「なるほど。つまりどうしても依子お姉様と戦いたいという事ですか」

京子「それもついさっき怪我をした依子お姉様と」

輝夜「…何が言いたいんですの?」

輝夜「まさか彼女が怪我をしたのは私の所為だとでも?」

輝夜「彼女自身の愚かさが原因なのに責任転嫁も甚だしいですわよ」

京子「いいえ。そこまでは言っていませんよ」

京子「…でも、おかしいですよね」

輝夜「何がですの?」

それに声を荒上げる輝夜に京子はそっと首を傾げる。
何処か余裕を感じさせるその仕草は輝夜の心を苛つかせるものだった。
彼女からすれば、これは無駄話も良いところなのだから。
自身の将来を握る父親が見ている前で、こんな風に時間を無駄にしている訳にはいかない。


京子「だって、依子お姉さまは怪我した時の事を何も言っていないのですよ?」

京子「なのに、月極さんの言葉はまるで怪我をした状況を知っているみたいじゃないですか」

京子「月極さんはずっとここにいたはずなのに、原因まで知っているなんておかしくありません?」

京子「それこそ月極さんが依子お姉様に怪我をさせるよう命じていなければ、そんな事あり得ないと思うんです」

輝夜「っ…!」

その焦りがさっき輝夜が口にした不用意な言葉を気づかせなかった。
無論、普段の輝夜であれば、そのような言葉を口にしたりはしない。
心を怒りで燃やしながらも、常に冷静な部分がストップを掛けていただろう。
だが、突然、現れた父親の姿に彼女は少なくないプレッシャーを感じていた。
決して無様な姿は見せられないと言うその気負いが、輝夜の中から余裕と冷静さを失わせる。

京子「…まぁ、それはひとまず置いておくとしましょう」

京子「今、重要なのは私が永水女子のエルダーだと認めてもらう事ですしね」

輝夜「(この女…!!)」

そんな輝夜に生まれた隙を京子は突いたりはしなかった。
ここで輝夜の事を責め立てても、まったく何の成果を得られない事を京子も良く分かっている。
精々、実行犯が処罰されるだけで、輝夜本人が罰せられる事はないだろう。
ならば、さっきの件はカードの一種として手元に置いておいた方が良い。
そう思った京子の口から放たれるのは牽制の一言。
もし、エルダーの交代が認められなければ、何時でも交渉材料として使ってやる。
そんな意味を込めた京子の言葉に、輝夜は内心で歯噛みした。


輝夜「まだそんな寝言を言っていますの?」

輝夜「そもそもエルダーのリコール提案権限があるのは理事長だけでしょう?」

京子「あら、私は依子お姉様をリコールするつもりはありませんよ」

京子「だって、エルダーが一人だけという決まりはありませんから」

京子「依子お姉さまに退いてもらわなくても、私がエルダーになる事は出来ます」

輝夜「(また屁理屈を…!)」

エルダー選挙に巻き込まれるに当たって、京子はエルダーの事を良く調べている。
どうにかしてそこから逃げる手段はないかと何度も選挙規約などを見直していた。
そんな京子だからこそ口に出来る言葉に、輝夜の苛立ちは強くなる。
実際、永水女子は生徒たちの自主性を重んじる校風と言う事もあって、エルダーに関する規約は殆どないに等しい。

京子「そもそもエルダーとは選挙がなければなれないものではありません」

京子「あくまでも全校生徒が模範にしたいとそう思う生徒をエルダーと呼ぶのです」

京子「そして今の私は依子お姉様の代理として永水女子のエルダーに選ばれた身」

京子「それを疑うのであれば、ここで簡略式のエルダー選挙を行いましょうか?」

京子「そうすれば、今の永水女子のエルダーが誰なのかはっきりと分かるはずです」

輝夜「(本当に腹立たしい…!!)」

あくまでも最低限のルールだけ整え、選挙回数や開催日時すら決められていないガバガバの規約。
その穴を突いた京子の言葉に、さしもの輝夜も難癖をつけられない。
理屈の上ではまったく問題がない事を彼女も良く分かっているのだから。
校則と言う方向からどれだけ責め立てても、京子の論理を崩す事は出来ない。


輝夜「…ですが、突然、エルダーを交代するなんて騙し討にも程があるのではないですか?」

輝夜「到底、淑女らしい振るまいとは思えませんわよ?」

京子「では、月極さんは怪我をした家鷹さんに戦えと言うのですか?」

輝夜「ただ棄権すれば良いだけの話でしょう」

京子「あら、では、輝夜さんは家鷹さんが棄権して納得が出来るのですか?」

京子「あれほど盛大に呼びかけておいて、それが不完全燃焼のまま終わっても良いと?」

京子「それよりも後日、依子お姉さまの怪我が癒えてから改めて決着、と言う方がよろしくはありませんか?」

輝夜はフェンシングの全国大会で上位に入るほどの実力者だ。
依子も全国大会に出場した経験こそあるが、その実力には開きがある。
しかし、一瞬を競うフェンシングの競技に絶対はないのだ。
依子の体調が万全であっても早々、負けるつもりはないが、絶対に勝てるとは言えない。

輝夜「(何より…この自身と話の進め方は…!)」

輝夜にとって自分以外の人間は須く信用出来るものではない。
人間は卑怯でずる賢い生き物なのだと彼女は本心からそう思っているのだから。
そんな輝夜にとって、後日の再戦は京子の罠としか思えない。
それ以外の選択肢を断ってから持ちだされたそれはあまりにも怪しすぎるのだから。


京子「そうですね。移動による負担なども考えて両校の中間点辺りで、と言うのはどうでしょう?」

輝夜「勝手に話を進めないでくださいまし」

輝夜「そもそも、私、貴女とは違って忙しい身の上なんですのよ」

輝夜「そのような暇はありませんわ」

その上、逸るようにして勝手に話を進められれば、その疑念は強くなっていく。
間違いなく相手は何かを企んでいるであろうと輝夜はそう思い込んでいた。
それは決して間違いではないが、しかし、輝夜の考えているものとは少しズレている。

京子「(…依子さんには悪いけど、ここで決着をつけるのが一番だ)」

元々、輝夜から勝負を挑まれたのは依子の方なのだ。
星誕女子との決着をつけるのはエルダーであり生徒会長でもある彼女が相応しい。
そう思いながらも、輝夜が後日の再戦という選択肢を選べなくしたのは、これ以上、依子に重荷を背負わせたくなかったからだ。
元々、責任感の強い依子はエルダーと言う立場に気負っている節がある。
その上、星誕女子との決着を後日つけるという話になれば、絶対にプレッシャーを感じてしまう。
今は激情によって自覚してはいないだろうが、それも時間の経過と共にジワジワと薄れていくだろう。
その時、依子がどれだけの重圧と不安を覚えるかを思えば、ここで完膚なきまでに輝夜のことを叩き潰しておきたい。


京子「なるほど、では、困りましたね」

京子「私とも戦いたくない、後日、再戦という形も無理」

京子「…では、やはり勝負そのものを白紙にするのが一番ですね」

輝夜「は?」

京子「だって、そうでしょう?」

京子「お互いの話が平行線である以上、決着にこだわる理由はありませんから」

京子「今年は引き分けと言う形で終わりにしましょう」

そう思いながらも、京子が口にするのはまったく正反対な言葉だった。
無論、それは京子のブラフだ。
京子は関係者が見ている前で輝夜の企みを打ち破り、大恥を掻かせてやりたいとそう思っている。
しかし、このまま話を続けていても、輝夜からの譲歩は絶対に引き出す事は出来ないだろう。
ならば、このまま平行線を続けるよりも、攻め方を変えた方が良い。


京子「(去年、霞さん達に負けた所為か、コイツは完全決着に拘ってる)」

京子「(わざわざリレーを引き分けにまで持ち込んで、エルダー同士の勝負を挑んできた事からもそれは明らかだ)」

京子「(なら、こっちはそれを最大限、利用させて貰うだけ…!)」

相手が最低限、譲れないラインが分かっていると言うのは、交渉において大きなアドバンテージになる。
交渉の打ち切りと言う最悪にして最後の手段でさえ、こうしてカードの一つとして扱えるようになるのだから。
無論、元々がお人好しの京子は相手の足元を見るような交渉術をあまり好ましいとは思っていない。
だが、相手はこれまで多くの嫌がらせを行い、そして今も依子に怪我をさせたであろう月極輝夜なのだ。
その報いを受けさせる為ならば、どんな事でもやってやる。
そう思いながら京子は輝夜の前でそっと肩を落とした。

京子「それにしても…残念ですね」

京子「私としては全国上位の腕前を持つ月極さんと勝負したかったのですけれど…」

京子「ですが、50m走で私は月極さんに大差をつけて勝ってしまいましたし…」

京子「苦手意識と言うのがあってもおかしくはありませんね」

輝夜「(こ…の…っ!!)」ギリィ

それが挑発である事くらい輝夜には分かっていた。
ここで交渉を打ち切る事を京子もまた望んでいないからこそ、こんな挑発を口にしている。
それを頭では理解しているものの、だからと言って、笑って流す事など出来ない。
その言葉が一部正しい事もあり、一気に燃え上がった怒りの感情は敵意を京子に集中させた。


輝夜「(このまま交渉が打ち切りになっては、お父様に私が逃げたように思われるではありませんか…!!)」

無論、交渉の打ち切りを言い出したのは京子の方だ。
だが、エルダー同士の決着は輝夜が言い出した事であり、そして京子はそんな輝夜に一度、勝っているのである。
ここで交渉を打ち切れば、苦手意識を持っているのだという京子の言葉に裏付けを与えてしまう。
少なくとも、有象無象や父に、勝負から逃げたと思われてもおかしくはない。
前者の方はともかく、後者にそう思われるのは絶対に避けたい輝夜にとって、これ以上、ゴネ続けるのは悪手にしか思えなかった。

輝夜「(…良いでしょう。その挑発に乗って差し上げますわ)」

輝夜「(どの道…手負いの貴女に勝てるはずがないのですから)」

無論、京子の思い通りに話が進むのは嫌だ。
他人に従うなど屈辱以外の何物でもないと輝夜は思っている。
だが、現実問題、これ以上、ゴネたところで、当初の予定通りに話が進むはずがない。
ならば、この憎らしい女を叩き潰すのを優先しよう。
既にその為の準備を整えている輝夜は、怒りの中でそう気持ちを切り替えて。


輝夜「……そこまで言うのであれば、貴女が家鷹さんの代理であると認めても宜しいですわ」

京子「つまり…私を相手に勝負してくださると?」

輝夜「えぇ。誰が相手であっても私が負ける訳がないのですから」

京子「(…やっぱりまだ何かあるのか)」

相手が依子から京子に代わって尚も揺らぐ事のない輝夜の自信。
それを見て京子が真っ先に浮かべるのは、彼女がまだ何かを隠しているのだと言う確信だった。
無論、最初からこれで輝夜の罠が終わりだと思ってはいなかったが、その裏付けを取れるとやはりげんなりする。
仇敵である輝夜の目の前でなければ、ため息の一つも漏らしたいくらいだった。

京子「(ま、でも、こうして俺との勝負は飲んでもらえたんだ)」

京子「(例え、ここで俺が負けても依子さん本人の名誉は傷つかない)」

京子「(俺は本来のエルダーではないから永水女子の名誉も無事だ)」

だが、輝夜が勝負を受けた時点で、京子の目的は9割方達成されている。
少なくとも、これで依子がこれ以上無理をしたり、プレッシャーを感じる必要はなくなった。
まず何より最優先でもぎ取らなければいけない成果を手に入れた以上、ここから先は自己満足。
どんな結果に転んでも問題はない。


京子「(…ま、絶対に勝つけどな)」

そう思いながらも、京子の内心は落ち着いたりしなかった。
その胸の内側では燃えたぎるような怒りが今か今かと解放の時を待っている。
輝夜は京子にとって、心から大事であると言える人を二人も傷つけたのだから。
例え、何が待っていようともその報いは必ず受けさせてやる。

輝夜「ただ、私は一方的に約束を反故にされた立場なのです」

輝夜「武器や細かいルールの指定などはこちらが貰っても宜しいですわね?」

京子「えぇ。どうぞご随意に」

そう思う京子の前で輝夜が要求するのは、先ほど依子が要求したのと同じ内容だった。
転んでもただでは起きまいとするその言葉に、京子はすんなりと頷く。
例え、輝夜がどんな指定をしてきたところで、自分のやるべき事は変わらない。
仲間たち ―― 特に依子の無念を晴らすだけだと両手にぐっと力を込めた。


輝夜「では、使用武器はエペに致しましょう」

輝夜「また色々とトラブルもあって時間も伸びてしまっていますから、早めに決着をつける為に1ピリオド三分を五分に延長でどうですか?」

京子「(…完全にこっちを潰しに来てるな)」

輝夜から提案されたそれは京子を大きく不利にするものだった。
こうして平静を装ってはいるものの、京子の身体は細かい怪我で一杯なのだから。
その中でも特に酷い右足は、今もギリギリと引きつるような痛みを訴えている。
そんな状態でフェンシングを行うだけでも辛いのに、輝夜が指定した武器はエペ。
フェンシングの中でも最も重い武器と、そして競技時間の延長指定は自身の身体に大きな負担を掛ける事が京子には容易く想像出来た。

京子「はい。私はそれで構いません」

しかし、その提案を拒絶する理由は京子にはなかった。
無論、怪我をした右足を庇う為に、もっと軽い武器で戦いたいという気持ちは京子の中にもある。
しかし、武器の指定権は、交渉の結果、輝夜の方へと渡ってしまったのだ。
誰の目から見ても永水女子が不利であると分かるような指定ならばともかく、一見フェアなその指定を前に異を唱える事など出来ない。


京子「では、私も準備してきますね」

輝夜「えぇ。またお会い出来るのを楽しみにしていますわ」

そう言葉を交わしながら去っていく輝夜の背中からは強い敵意が溢れていた。
輝夜にとって京子は一度、自身に土をつけた憎らしい相手なのだから。
その上、父の前で多少の恥を掻かされたともなれば、許す事など出来ない。
準備が出来次第、その澄ました顔をめちゃくちゃに歪めてやる。
嗜虐心に満ちた言葉を浮かばせながら、輝夜は星誕女子の方へと戻っていった。

京子「…それで依子お姉様」

依子「えぇ。防具置き場の場所ですのね」

その背中から目を離した京子に、依子が小さく頷きを返した。
怪我をしたとは言え、彼女は目的地まで辿り着いていたのだから。
未だ帰ってこない案内役に代わって、京子を導くくらいは出来る。


依子「…ですが、気をつけてくださいまし」

湧「あ、あち…私もついていくからだいじょっ…です」グッ

依子「十曽さん…」

だが、あくまでも出来るのは案内だけでいざと言う時に京子を庇えるか分からない。
そんな申し訳無さ混じりの依子に応えたのは京子ではなく、湧だった。
それまでずっと沈黙していた彼女の小さく、吃りも混じっている。
その声だけを聞けば、お世辞にも頼もしいと思えるものではない。
だが、彼女はその小さな身体からは想像できないほどの身体能力を持っているのだ。
京子にさえ並ぶ湧がいてくれれば、きっと大事な義妹は大丈夫。
そんな言葉を思い浮かべた胸中から、不安がゆっくりと霧散していくのを依子は感じた。

京子「わっきゅん、良いの?」

湧「ん。護るのは私の仕事…だから」ニコ

無論、京子とて湧についてきてもらえるのは嬉しい。
依子は知らない事ではあるが、湧は護衛のエキスパートであるのだから。
こうして小蒔と同じ学校に通っているのも姫様と呼ばれる彼女を護る為。
そんな湧が側にいてくれるのは安心だが、小蒔から離れてしまって本当に良いのだろうか。


明星「大丈夫ですよ。こっちは別に一人じゃないんですから」

巴「それより京子ちゃんには大事なお仕事があるでしょう?」

初美「あそこまで言っておいて負けたら承知しないのですよー」

京子「…皆」

そんな疑問に応えたのは湧ではなく、明星達だった。
小蒔の周りに集まった彼女たちはそれぞれ自分の言葉で京子の背中を押す。
湧が小蒔から離れても大丈夫なのだとそう告げるような彼女たちの言葉に、京子は小さく頷いた。
大事な仲間にこうまで言われて、遠慮する方が失礼だろう。

小蒔「…京子ちゃん、頑張ってください」

小蒔「私、一杯一杯、応援していますから」グッ

京子「えぇ。ありがとう」

そう思った京子の前で、小蒔は小さく握り拳を作る。
その豊満な胸を微かに揺らしながらの仕草は、それだけ小蒔の気合が入っている証だ。
これから京子が挑むのは、大事な友人と仲間の雪辱を晴らす戦いなのだから。
さっき自分が不甲斐なかった分まで精一杯、応援しよう。
そんな気持ちを身体一杯で表現しようとする小蒔達に京子は見送られて。


湧「あの…キョンキョン」

京子「ん?」

湧「…本当にだいじょ…っ?」

三人が体育館から出た瞬間、口を開いたのは湧だった。
無論、湧は人見知りで、あまり良く知らない人達の前で率先して話題を振ったりはしない。
京子の側には今、依子もいるのだから、何時もであれば口を噤んでいるはずであった。
そんな湧がこうして口を開いたのは、それだけ京子の右足首を心配しているからこそ。
これまでの競技で何度も酷使されているそれをそのまま放置しても大丈夫なのかと彼女はどうしてもそう思ってしまう。

京子「もう。湧ちゃんったら心配症ね」ナデナデ

湧「ん…」

そんな湧の頭を京子はそっと撫でた。
その不安を吹き飛ばそうとする優しい手は、何時も通り湧に心地よさを与える。
しかし、今の彼女はどうしてもそれに浸ってはいられない。
その心地よさは決して弱いものではないが、しかし、それ以上に京子の事が心配だったのだ。


湧「…キョンキョン」

京子「…分かったわ」

だからこそ、心配の声音が引かない湧の前で、京子は小さく肩を落とした。
無論、京子とて、これで誤魔化せると本気で思っていた訳ではない。
しかし、自身のコンディションは不安要素の塊でしかないのだ。
それを正直に口にしたところで、彼女たちの不安を掻き立てるだけ。
だが、そうやって誤魔化しても、湧の心配が強くなるだけならば、正直になるしかない。

京子「…やっぱり、あんまりコンディションは良くないかしら」

京子「もうバレてると思うから正直に言うけど…こうして歩いてるだけでもズキズキ来るわ」

依子「…京子さん」

そう思った京子の言葉に依子の表情が曇る。
それは痛みを口にする京子に自身の重荷を背負わせてしまったからだ。
責任感の強い依子にとって、それは到底、是と言えるものではない。
だが、既にエルダーの座を京子に奪われてしまった以上、ここで自分が出来るのは案内する事だけ。
それに胸中が疼く感覚は決して小さくはなかった。


京子「大丈夫ですよ、依子お姉様」

京子「私、これでも結構、我慢強い子ですから」

京子「依子お姉様達の事を思えば、これくらいの痛みへっちゃらです」

やせ我慢混じりのそれは、しかし、決して嘘ではなかった。
能力によってそのポテンシャルを最大まで発揮できる京子にとって、痛みの影響は最小限に近い。
無論、能力を使用する度に、脳や身体に負担を掛けるが、それも依子達のことを思えば耐えられないほどではなかった。
少なくとも、3ピリオド15分と言う通常よりも長丁場となる戦いを乗り切る自信があるくらいに。

京子「…それに私、この状況が役得だと思っている面もあるんですよ」

依子「役得…ですの?」

京子「えぇ。…だって、私の手であの人を倒す事が出来るんですから」

依子「っ!?」ゾッ

瞬間、京子が見せた表情は依子が知らないものだった。
彼女の知る須賀京子はお人好しで、とても暖かい人間なのだから。
だが、今の京子の表情は氷のように冷たく、そしてナイフのように鋭いものだった。
まるで触れれば切れてしまいそうなその顔は、間違いなく輝夜に対する敵意が作り上げたもの。


湧「…ぁ」ゾクッ

それに息を呑む依子とは裏腹に、湧の背筋は寒気を湧き上がらせる。
しかし、そこにはただ冷たさだけではなく、微かな快感も混じっていた。
だが、鍛錬に情熱を傾けてきた彼女は、自慰どころか性的な経験をまったく持ってはいない。
その寒気が快感混じりのものであると理解出来るはずもなく、感じた事のない感覚に小さく声を漏らして。

湧「(…あちき、気圧されちょる…?)」

地方予選決勝の時、京子はその身体全体に闘志を行き渡らせている状態だった。
カメラ越しに見たその姿は、とても格好良かった事を湧は良く覚えている。
だが、今の京子を満たしているのは闘志ではなく、輝夜への敵意。
その姿も地方予選決勝のように激しさを感じさせるものではなく、噴火直前の火山を彷彿とさせる静かなものだった。
しかし、だからこそ、その内心にどれだけの激情が渦巻いているのが伝わってくる。
こうして自身が寒気を思い浮かべるのは、そんな京子に呑まれてしまっているからなのだろう。


湧「(…じゃって、ないごて目が離せなかと…?)」

不可解な自身の感覚をそう判断しながらも、湧は京子から目を逸らす事が出来ない。
チリチリと疼きを残す身体がまたあの感覚を味わいたいのだと言うように京子に視線を集めてしまう。
それが一体、何の始まりであるのか、湧は分からない。
今の彼女に理解出来るのは、まるで本能から湧き上がるような感覚に、身体がどうしても抗えないという事だけ。

京子「…どうかしたんですか?」

依子「い、いえ…」

湧「だ、だいじょ…ぶ…」フルフル

だが、湧はそれを素直に京子へと伝える事が出来なかった。
彼女は心を許した相手には比較的、素直な少女ではあるが、言って良い事と悪い事の区別はつくのだから。
ここで京子が怖いなんて口にすれば、きっと傷つけてしまう。
心優しい湧にとって、それは決して許容出来るものではない。


湧「(…そいに…こや口にしちゃいかん気がする)」

何より、それは湧も意識した事のない部分から湧き上がる衝動に近い感情だ。
今まで生きてきた中で無縁と言っても良いその正体が、彼女には未だ分からない。
だが、それでもそれがあまり人に知られて良いものではない事くらい何となく分かるのだ。
だからこそ、湧は心配そうに尋ねる京子へ誤魔化しの言葉を返してしまう。

京子「そう…。それなら良いんですけれど…」

無論、京子とて二人が平静からは程遠い状態にある事を理解している。
だが、自分に帰ってきた二人の声には微かな硬さが残っていたのだ。
具体的な原因までは分からないが、二人が緊張しているのはきっと自分の所為。
二人の様子からそう理解する京子が、ここで踏み込めるはずがない。
内心、好奇心と申し訳無さが疼くものの、話題を打ち切るしかなかった。


京子「(…それに今、俺が考えなきゃいけないのはあの輝夜を倒す方法だ)」ゴッ

湧「…っ」ゴク

そんな京子に湧達は新しい話題を提供する事が出来なかった。
今まで見た事がない京子の姿に彼女達は共に魅入られてしまったのだから。
自然、沈黙が続く中、京子の心に浮かぶのは、輝夜の事。
まさしく仇敵と言っても良い相手がどう出てくるか、そしてそれをどう打ち破れば良いのか。
それを幾通りものシナリオとして頭の中で思い浮かべる京子に湧は思わず息を飲んでしまう。

湧「(…キョン…キョン…)」

沈黙の中、少しずつ身体中の細胞を臨戦態勢へと変え、内側で敵意を研ぎ澄ましていく京子の姿。
それに湧の身体が感じるのはさっきよりも強い寒気だった。
ゾクゾクと背筋を這い上がってくるそれに心臓の鼓動もまた強くなっていく。
ドクドクではなくドキドキと脈打つそれは、まるであと一歩で何かが目覚めるのだとそう伝えるようなもので ――



―― だが、そのあと一歩が分からないまま、湧はずっと小さな胸を震わせ続けた。



………


……



ってところで今日は終わりです
残りもキリの良いところまで終わってますが、今回のより長いのと修正点が多いのでちょっと時間掛かりそうです(´・ω・`)
一応、投下予定日としては月曜日を予定していますが(´・ω・`)ダメだったらごめんなさい

ヒャッハー!投下再開だー!


―― 輝夜が待ち構える体育館は静かであった。

無論、微かな囁き程度は混じっているものの、それは喧騒と呼べるものではない。
少なくとも、これから最終決戦を始めるとは思えないほどの静けさ。
盛り上がりとはかけ離れたその様子は、既にその勝負がフェアとは言えなくなっているからだ。
間違いなく、輝夜はまた何か卑怯な手段を持ってして、勝利を奪いに行くのだろう。
生徒達だけでなく関係者までもがそう思う状況で、盛り上がるはずなどない。

「(…でも)」

「(それでも…須賀さんなら…)」

「(悪逆非道の月極さんにだって勝ってくれますわ)」

そんな中、永水女子の少女たちに浮かぶのは微かな希望であった。
勿論、彼女たちも輝夜がどれだけ卑劣で、また狡猾であるかを理解している。
そんな輝夜が、京子との勝負を請けたのは、確実に勝てる見込みがあるからこそ。
だが、彼女たちは、京子の身体能力がどれほど優れているかも良く知っているのだ。
輝夜がどれほど狡猾な罠を用意しようとも、京子ならばきっと打ち破ってくれる。
そんな期待と希望は彼女たちの中からなくなる事はなかった。


輝夜「(ふふ。良い塩梅ですわね)」

輝夜にとって、それは最高のシチュエーションと言っても良いものだった。
永水女子にとって精神的な柱であった依子が怪我をさせられ、そしてまた代わりとなる京子すらその場にはいないのだから。
エルダー交代の際、彼女たちを包んでいた熱気はゆっくりと冷め、その士気はジリジリと下がりつつある。
少なくとも、リレー以前の勢いは既に彼女たちにはなく、その胸中に不安の色が広がっていった。

輝夜「(これからその顔がどんな風に歪むのかと思ったら…ゾクゾクしますわ)」

それでも尚、彼女たちに宿る希望を、自分はこれから踏み潰す。
踏みにじり、陵辱し、砕き、再起不能にしてやるのだ。
その瞬間に彼女たちの顔に浮かぶであろう絶望の表情を想像するだけで輝夜は倒錯した快感を覚えてしまう。
背筋を這い上がる寒気にも似たゾクゾクとした感覚に、彼女は暗い喜悦を広げながら、その時を待っていた。


京子「……」

「あ…」

「須賀さん…」

そんな輝夜に応えるように、防具を身に着けた京子が体育館へと足を踏み入れる。
その両脇に湧と依子を従えるようなその姿は、威風堂々と言っても良いものだった。
淑女ではなく、何処か女王を彷彿とさせる京子に、しかし、歓声は湧き上がらない。
待ち望んだ京子の帰還に彼女たちは喜びながらも、その口は完全に固まっていた。

明星「(…なんて表情…)」

明星「(アレが…本当に京子さんなんですか?)」

それは今の京子がただ堂々としているだけではないからだ。
何時もは朗らかな表情を浮かべる京子は、今、まるで能面のような顔をしている。
冷たく硬いその表情から伝わってくるのは、京子の集中だけではない。
その胸中で渦巻いているであろう強い怒りが、京子の周りに硬い壁を作っているように錯覚させた。


巴「(自分が傷つけられる事は我慢出来ても…自分の大事な人が傷つけられるのは我慢出来ない)」

巴「(京太郎くんは…そういう子だものね)」

巴「(春ちゃんに引き続いて家鷹さんにまで怪我をさせられたら、こうなっちゃうのが当然なんだと思う)」

今の京子は完全に胸中で蓋が開いている状態だった。
さっき湧達に垣間見せた輝夜への怒りが、完全に外へと漏れだしてしまっている。
下手に声を掛けてしまえば、その怒りの一端が自分へと向いてしまうかもしれない。
絶対にあり得ないと分かっていても、そんな言葉を彷彿とさせる姿に、巴でさえ声を掛ける事が出来なかった。

巴「(…でも、私はそんな君の姿は見たくなかったわ…)」

そんな巴の胸中に浮かぶのは、重い痛みだった。
ズシンと胸の奥にのしかかるようなそれは、彼女が京子の事を強く想っているからこそ。
家族として、そして神代に人生を壊された被害者として、巴は京子に平穏な日常を送って欲しいとそう思っている。
だが、そんな願いとは裏腹に、今の京子には穏やかさなど欠片もない。
解放の瞬間を迎えた激情が全身から迸るようなその姿に、巴は止めてとそう言いたかった。


巴「(…けれど…きっと京太郎くんは止まってはくれない)」

巴「(いいえ。止まれるはずがないわ)」

巴「(…だって…京太郎くんはずっとずっと我慢してたんだもの)」

巴がそう思うのは、その激情がついさっき生まれたものではないからだ。
それが芽生えたのは、輝夜によって親友である春が怪我をさせられた時。
それからずっと胸中で暴れ狂っていたであろうそれを、京子はずっと抑えこみ続けていたのだ。
輝夜に復讐したいという気持ちを依子の為、仲間の為に抑えこもうとしていた京子はもういない。
寧ろ、輝夜に激情をぶつける機会を得た京子は、それを存分に燃やしつくそうとしているのだ。
そんな京子に言葉を尽くしても、ただ迷いを浮かばせるだけ。
それを理解する巴は、その後姿に痛みを覚えながらも、ただ、見送る事しか出来なかった。

小蒔「京子ちゃん、頑張ってください!!」

初美「ひ、姫様…!?」

そんな状況でたった一人だけ声をあげた少女がいる。
それは巴達に姫様と呼ばれる小蒔だった。
無論、それは彼女がかなり天然で京子の空気が読めていないからではない。
今の京子が一体、どれだけ怒っているのかを、小蒔も良く理解しているのだ。


小蒔「(…だって、今の京子ちゃんはあの時と同じなんです)」

小蒔「(私に本当の事を全部、言ってくれたあの時と)」

小蒔と彼女たちの違いは、その姿を一度、見ているかいないかだった。
インターハイの後、京子は屋敷から抜け出し、その後をついてきた小蒔に激情をぶつけている。
今まで抑えに抑え続けた感情に完全に支配されたその姿は、小蒔の胸を未だに傷ませるものだった。
思い返すだけで涙が浮かび、申し訳無さに頭が下がってしまいそうになる。

小蒔「(でも、だからって怯んではいられません)」

小蒔「(だって、京子ちゃんは、これからとっても大変なんですから)」

それでもこうして小蒔が声をあげたのは、それ以上に京子の事が大事だからだ。
無論、人を疑う事を知らない小蒔は、輝夜が罠を仕掛けている事さえ想像してはいない。
だが、それでも胸中に浮かぶ嫌な予感は決して止まらないのだ。
きっと京子はこれから大変な戦いを強いられる事になる。
思考ではなく本能でそう感じた小蒔は、沈黙を護る他の少女たちに代わって声を張り上げて。


京子「…」グ

小蒔「ぁ…」

そんな小蒔に向かって、京子は小さく握りこぶしを見せる。
小蒔の言葉はちゃんと届いているのだと言葉に代わって伝えるようなその仕草。
それに彼女の胸が広げるのは、安堵の感情だった。
京子はあの時のように激情に呑まれきってはいない。
ちゃんと理性は残しているのだと、小蒔は胸を撫で下ろした。

輝夜「言っても無駄かもしれませんが、少し周りを省みてはどうですの?」

輝夜「そのような怖い顔をしては、周りを怖がらせてしまいますわ」

輝夜「少なくとも、今の貴女は淑女らしからぬ顔をしていますわよ」

瞬間、京子に話しかける輝夜の言葉は嫌味に満ちたものだった。
自分の事を完全に棚にあげるそれは、嫌がらせだけを目的としたものではない。
これから始まる勝負は、彼女にとっても決して負けらないものなのだから。
少しでも勝利を確実へと近づける為、京子の集中を乱そうとしていた。


京子「つまり月極さんも私を恐れていると言う事ですか」

京子「それは大変、申し訳ない事を致しました」ペコリ

輝夜「…は?」

だが、それは徒労と言っても良いものだった。
その全身から吹き出すような怒りとは裏腹に、京子の頭は冷えている。
それは京子がマホの ―― ひいては原村和の能力を使いこなしているからだ。
完全に感情と思考を別物として扱う今の京子に、挑発など何の意味もなさない。
その胸中では怒りが湧き上がるものの、それは京子の思考を鈍らせるものではなかった。

京子「ですが、私にとってこれから始まる勝負は決して負けられないもの」

京子「これも真剣さの表れだと思って許して下さると幸いです」

輝夜「(誰が誰を恐れているですって……!)」ギリ

そんな京子から帰って来た言葉に輝夜は強い怒りを浮かべる。
自身が怯えている事を前提として話を進めるそれは、彼女にとって到底、許容出来るものではなかった。
自分は決して京子の事を恐れたりはしていない。
だからこそ、こうして交代だって飲んだのではないか。
そうヒステリックに叫びたい気持ちを、輝夜は歯噛みしながら堪えた。


京子「…あら、月極さんも怖い顔をしていますよ」

京子「ほら、もっとリラックスしてください」

京子「さっき私に忠告して下さった月極さんがその様子では、周りに呆れられてしまいますから」

輝夜「っ…!」グッ

しかし、次いで京子から放たれるその言葉に、輝夜の思考は一瞬、赤く染まった。
さっき自分が口にしたそれを返すようなそれに、怒りがオーバーフローしそうになる。
輝夜は人の揚げ足を取るのが大好きだが、されるのは大嫌いなのだから。
忠告と言う形をとってはいても、自身を小馬鹿にするような京子の言葉に、輝夜はもう限界を迎えた。

輝夜「…そう。つまりもうやる気十分という事ですのね」

輝夜「えぇ。分かりました。分かりましたとも」

輝夜「ならば、早く勝負を始めましょう」

京子「えぇ。望むところです」

今すぐ、この女を叩き潰してやらなければ気が済まない。
そう思った輝夜の言葉に、京子もまた頷きながら応えた。
早く勝負をしたいとそう思っているのは、京子もまた同じなのだから。
幾ら言葉を交わしたところで相互理解など不可能なのだから、とっとと後腐れなく決着をつけたい。
そう気持ちを一致させた二人は、主審となる体育教師に装備を預ける。


霞「…どうなると思いますか?」

「そうですね…」

二人の装備に異常がないかをチェックする教師を見ながら、霞はそっと声を漏らした。
彼女にしては珍しく微かに心配の色を混じらせるそれに、隣に立つ山田が応える。
それはこの中で、最も京子の身体能力を熟知しているのが彼だからだ。
京子の師であり、プロフェッサーと呼ばれた兵士である山田は、誰よりも正確に京子の事を評価出来る。

「師匠としての欲目を込みで言えば…まぁ、九割と言ったところでしょうか」

明星「九割…ですか」ホッ

初美「なーんだ。じゃあ、大丈夫ですね」

そう思って話題を振った霞に、山田は九割と応える。
それに明星は胸を撫で下ろし、初美は明るい声をあげた。
山田は決してリップサービスをするような性格ではない。
彼が九割と言ってくれているのであれば、大丈夫だと安堵して。


湧「…何(ない)の話をしちょっの?」

巴「あぁ。山田さんが九割で京子ちゃんが勝てるって保証してくれて」

「いいえ。逆です」

小蒔「え?」

「フェンシングならば九割で京子お嬢様が負けるでしょう」

明星「っ!?」

しかし、その安堵は他ならぬ山田の言葉によって粉々に打ち砕かれる。
先ほどの言葉が勝てる確率ではなく敗北する確率なのだと告げるそれに明星は思わず息を呑んだ。
九割はあくまでも師匠である山田の欲目込みのものなのだから。
それを抜けば100%に届いてもおかしくない数字に、どうしてもショックを禁じ得ない。

初美「だ、だけど、身体能力では京子ちゃんの方が上なのですよー」

巴「え、えぇ。それに京子ちゃんは毎日、山田さんとフェンシングの練習頑張っているし…」

そんな山田に異を唱える二人も動揺が大きかった。
そもそも彼女たちは京子の並桁外れた身体能力を良く知っているのだから。
50m走でも輝夜を圧倒した京子が九割で負けるなど信じられない。
ましてや、山田自らフェンシングを教えこんだ京子は、ただの素人と言う訳ではないのである。
幾ら旗色が悪かったとしても、九割は言い過ぎではないだろうか。


「…誤解があるようなので訂正しておきますが、私が京子お嬢様に教えているのはフェンシングではありませんよ」

「そもそも私はフェンシングなんてやった事がありませんし、ズブの素人も良いところなんですから」

「幾ら頼み込まれたところで教えられるはずありません」

―― 山田は文字通り、現場で叩き上げられた歴戦の勇士だ。

その身に宿る技は数えきれないほどあるが、それらは全て人を殺す為のもの。
決闘から派生したフェンシングなど一度もやった事はない彼が、誰かにそれを教えられるはずがない。
そんな彼を師事する京子もフェンシングは完全に素人。
どれだけ身体能力の差で底上げしたところで、その実力は全国上位の実力者である輝夜に及ぶものではない。

小蒔「…じゃあ、京子ちゃんは負けちゃうんですか…?」

霞「小蒔ちゃん…」

瞬間、ポツリと漏れた小蒔の言葉は強い悲しみを湛えたものだった。
京子がこの戦いに、どれだけの覚悟をもって臨んでいるかを彼女は良く知っているのだから。
そんな京子が、春や依子に沢山、酷いことをした輝夜に負けてしまうなんてあんまりだ。


「いいえ。それもあり得ません」

巴「…え?」

そんな小蒔の疑問に再び山田が応えた。
それはさっき京子の敗北を告げた時よりも幾分、暖かで、何より、力強いもの。
京子が負ける事はないのだと心から信じきっているであろうその声に、巴は思わず疑問の声を漏らしてしまった。
何せ、さっき山田自身が京子に敗北の烙印を押したも同然なのだから。
にも関わらず、負ける事はあり得ないなど一体、どういう事なのか。

巴「それってどういう…」

ビー

「…その辺りの解説は始まってからに致しましょうか」

そう思った巴の言葉に、山田はすぐに答えようとはしなかった。
無論、彼の中の確信は決して揺らぐものではなく、今すぐ答えても何の問題はない。
だが、巴の声に重なるようにして鳴ったブザーは装備の点検が終わった証なのだ。
もうすぐ二人の戦いが始まるであろう今の状況は、自身の確信を説明するに向いてはいない。
落ち着いて自分の話を聞くのは難しいだろうし、何より、実際に見てもらった方が早いのだから。


「私が細々と説明するよりも実際に見た方が早いでしょう」

小蒔「…分かりました」

無論、本当は小蒔も山田の言葉がどういう意味だったのか聞きたい。
しかし、今の彼女はピストの上に足を踏み入れた京子に、心を奪われてしまっているのだ。
今にも二人の戦いが始まってもおかしくはないその光景に、目を離す事すら出来ない。
だからこそ、小蒔は山田に小さく頷き返しながら、不安に疼く大きな胸をそっと抑えて。

輝夜「それで、貴女、エペを使ったフェンシングのルールは理解していますの?」

輝夜「少なくともその顔を見る限り、フェンシングなど無縁そうに見えますけれど」

京子「…優先権はなし。有効打は突きのみ。有効範囲はほぼ全身」

京子「ポイントが認められればそこのライトが点灯し、先に15ポイント取った方が勝ち」

京子「15ポイントに届かなかった場合でも3ピリオドが終わった時点でポイント数の多いほうが勝ち…で宜しいですか?」

そのまま視線を送る彼女の前で、京子は淡々と輝夜の声に応えた。
京子は確かに素人ではあるが、永水女子ではフェンシングの名手のように言われているのである。
その化けの皮が剥がれたりしないよう、最低限のルールや知識くらいは身に着けていた。
無論、実践が伴っていないそれは、ただの知識でしかないが、輝夜の馬鹿にした声に応えるのには十分過ぎる。


輝夜「どうやらまったくの素人と言う訳ではないようですわね」

輝夜「安心しましたわ。サルのようにエペを投げつけられてしまったらどうしようかと思っていましたの」

京子「……」

だからと言って、輝夜の嫌味が緩む事はない。
検査の終わった装備を受け取り、準備を進める最中にも、敵意を込めた言葉を漏らす。
しかし、全身の神経を目の前の戦いに向けている京子の心に、それはなんの波紋も生まなかった。
まるで最初から聞こえていないかのように沈黙を返す。

輝夜「(本当に腹の立つ女ですわね…)」

輝夜「(…まぁ、そうやって澄まし顔をしていられるのは今の間だけですけれどね)」

輝夜「(何せ、私が負けるはずないのですから)」

現在、フェンシングの判定は殆ど電気審判機によって行われる。
めまぐるしく変わる試合展開に人の目で正確な判定を下すのはかなり困難だからだ。
無論、装備のチェックや試合進行を行う主審はいるものの、機械判定に異議を唱える事は滅多にない。
だからこそ、公式戦では電気審判機の整備やエラーチェックなどは入念に行われる。


輝夜「(どれだけ私が突かれようが、全て無効打になる上に主審も買収済み)」

輝夜「(そして競技は何処に当てても有効となるエペ)」

輝夜「(ここまでお膳立てしておけば、負ける方が難しいくらいですわ)」

しかし、これは公式戦ではない。
あくまでも輝夜の提案によって突如行われる事になったイレギュラーな試合なのだ。
そんな中、半年ぶりに引っ張りだされた電気審判機の整備や点検などしてはいられない。
輝夜が仕込んだ仕掛けは発見されるはずもなく、また主審を務める体育教師も自分側だ。
まさしく必勝と言っても良い状況に輝夜はそっと笑みを浮かべる。

「ラッサンブレ・サリュー」

輝夜「…」

京子「…」

『気をつけ』と『礼』を意味する主審の言葉に二人は無言で礼を交わした。
無論、二人とも相手に欠片も敬意を持ってはおらず、礼を交わしたくはない。
だが、フェンシングはお互いの名誉を掛けて行われた決闘が元になっているのだ。
幾ら相手の事が憎くても、最低限の礼儀は払わなければいけない。


「アンガルド」

相反しながらも、その気持ちだけは一致させた二人の礼。
それを確認した主審は二人にマスクをつける合図を送った。
それに二人はマスクを身につけ、喉元までしっかりと保護する。
そのまま二人はピスト上に引かれた線に足の爪先を合わせて。

輝夜「(一応、知識はあるみたいですが…どうやらそれだけのようですわね)」

瞬間、京子が見せた構えは輝夜にとってあまりにも不格好が過ぎるものだった。
格好そのものはそれっぽくしているものの、重心や剣先の位置などが非効率過ぎる。
ほんの少しでもフェンシングをやっていれば、すぐに修正されるであろうその構えに輝夜はつい笑みを零しそうになった。
しかし、こうして二人がピスト上で構えを取った以上、もう今にも試合が始まってもおかしくはない。
その不格好な構えを指差して笑いたい気持ちは強いが、ここは我慢のしどころだと輝夜はぐっと堪える。


「エドプレ?」

輝夜「ウィ」

京子「…ウィ」

そんな二人に主審が向けるのは確認の言葉だ。
準備は出来たのかとそんな意味を込められたそれに二人は是と応える。
こうしてピスト上に現れる前から、二人は決着をつける瞬間を心待ちにしていたのだから。
今更、ここで準備が出来ていないと返すはずがない。
寧ろ、早く開始の合図をしろと輝夜は主審に視線を送って。

「アレ!」

輝夜「(さて、まずは一発…!)」

瞬間、力強く宣言された開始の合図に、輝夜は大きく踏み出そうとした。
その有効面が全身に及ぶエペにおいて、攻撃とは最大の防御である。
相手が責める暇さえ与えないような一気呵成の攻撃。
それを得意とする輝夜は、まず先制攻撃を加えようと前へと動く ――


―― ズドン!!

輝夜「(は?)」

ーー 事が出来なかった。

それは輝夜が動き出すよりも先に京子の身体が踏み込んできたからだ。
その力の差を見せつけるような早く、強く、そして鋭い踏み込み。
受け止める鋼鉄製のピストすら震わせるようなそれに輝夜は反応出来ない。
一瞬で目の前にまで迫る京子の身体と剣先に呆然としてしまう。

輝夜「っづぅ…!」

それは時間にしてコンマにも満たない僅かな間だった。
しかし、その僅かな間に繰り出された京子の突きは輝夜の胸部へと突き刺さる。
心臓を狙いすましたようなその一撃は、無論、防具をつけた輝夜に傷をつける事はない。
だが、幾ら防具を身につけ、刃を殺されているとは言っても、京子が持っているのは鉄の棒なのだ。
それが真正面から突き刺さる衝撃に、輝夜の口から思わず息が漏れてしまう。


輝夜「(なんて…馬鹿力していますのよ…!!)」

無論、輝夜とて、完全に油断していた訳ではない。
京子が素人である事を見抜いていたとは言え、その身体能力の高さは良く知っているのだから。
負ける事は絶対にないとは言え、決して気を抜けない相手であると思っていたのだ。
だが、そんな輝夜でさえ、今の京子が見せた踏み込みには反応出来ない。

輝夜「(一瞬で4mを詰めてくるなんて誰が思うものですか!!)」

それは二人の間にあった距離が到底、一足で踏み越えられないものだったからだ。
4mと言う距離は星誕女子では負け知らずの輝夜でさえ、一気に詰められるものではない。
しかも、その踏み込みは、まったく何の予備動作もなかったのだ。
助走もなく、ただただ足の力だけで跳んでくるなど流石の輝夜も予想してはいない。


輝夜「(です…が…!)」

だが、そうして繰り出された京子の突きは決して有効打にはならない。
既に起動している電気審判機はランプを点灯させず、主審も無言を保ったまま。
多少、驚きこそしたものの、自分の優位は変わらない。
動揺を浮かべる心にそう言い聞かせながら、輝夜はグっとエペを握って。

京子「ふ…ぅっ!」

輝夜「(ちょ…!?)」

そうして輝夜が立ち直ろうとしている間にも京子の攻撃は続く。
まるでランプの不調など気にしていないというように輝夜の身体を突いた。
彼女の喉を狙ったそれを防護用の垂れ布が受け止めるが、衝撃全てを殺せるはずがない。
喉から感じる強い圧迫感と痛みに輝夜の息が詰まってしまう。
しかし、それ以上に彼女の心を強くかき乱しているのは、京子が狙った場所だった。


輝夜「(こ、この女、何を考えてますの…!?)」

それは自身が突かれているのが全て人体において急所であるからだ。
もし、京子の持っているエペが本物であるならば、自分はもうとうの昔に死んでいる。
それを感じさせるような京子の激しい攻撃に、輝夜の身体がたじろいだ。
無論、彼女はこれまで数えきれないほどの人に敵意を向けられた事はある。
だが、今の京子から感じるそれは既に敵意の領域を超えていた。

―― そこにあるのは絶対に相手を殺すのだという冷たい覚悟。

幾ら他人を見下して生きてきたとは言っても、所詮、輝夜は安全な日本で生まれ育ったお嬢様。
その周りもまた同じお嬢様で固めてきた彼女は、どれだけわがまま放題に振る舞っても殺されると思った事はない。
しかし、今の京子は自分を殺すつもりで剣を振っている。
ひたすらに急所を狙われる感覚に、輝夜の身体が竦みそうになった。


輝夜「(こ…の…ぉ!!)」

しかし、そんな自分を輝夜は決して許そうとはしなかった。
自分はあくまでも恐れられる側であり、何かを恐れるなどあってはならない。
ましてや、敵を恐れるなど月極一族の名折れだと強張りそうになる身体に言い聞かせる。
それに幾分、冷静さを取り戻した輝夜の身体は握りしめたエペを京子へと突き出して。

輝夜「つっ!!」

京子「…」ヒュ

輝夜「(はぁあ!?)」

それをあっさりと京子は回避して見せた。
無論、それだけであれば輝夜は胸中で驚きの声をあげたりはしない。
その一撃は京子からポイントを奪う為のものではなく、仕切り直しにする為のものだったのだから。
あくまでも京子に距離を取らせるだけの牽制だったのである。


―― だが、京子はまったく輝夜から離れなかった。

勿論、それは輝夜の突きがまったく的を外していたからではない。
その一撃は攻撃を続ける京子の真芯を正確に狙ったものだったのだから。
しかし、京子はカウンター気味に繰り出されたその一撃を、左へと動く事で回避して見せる。
ピストの横幅は2mあり、それは決して不可能な回避方法ではないが ――

輝夜「(この女、馬鹿ですの!?)」

それは決して効率的な回避の仕方ではなかった。
細長いピストから出てしまった場合、反則として即座にイエローカードが出されてしまうのだから。
イエロー二枚でレッドカード、すなわち相手に1点を献上してしまう事を考えれば、横の回避 ―― エスキーヴはあまり実用的とは言えない。
回避をしたり間合いをとる場合でも、2mしかない左右ではなく14mある前後に動くのがフェンシングの基本だ。


―― だが、京子にフェンシングは分からない。

無論、最低限のルールくらいは理解しているものの、セオリーなどはまったく分かっていない。
京子にそれを教えられる師はいなければ、自分で学ぶ時間さえなかったのだから。
そんな京子にとって、分かるのはただ一つ。

―― 「良いですか。京子お嬢様」

―― 「ナイフや剣を使った近接戦闘に絶対なんて言葉はありません」

―― 「一瞬の油断で形勢が逆転してしまうのが、この近接という間合いです」

師である山田の教え。
それは京子にとって心から信じられるものだった。
京子の知る限り、山田ほど戦闘に秀でた人物はいない。
自身の能力を知り、その力を存分に振るえるようになった今でさえ京子は山田から一本取れてはいないのだから。
経験や才覚のみで、自身の能力を越えていく師の教えが信じられないはずがない。


―― 「ですが、それでも、どんな相手にでも一定の効果をあげられる戦術というものはあります」

―― 「相手が格上であろうとも互角であろうとも」

―― 「最初に一発どでかいのをぶちかまして、驚かせてやれば、こちらが戦闘における主導権を握る事が出来ます」

京子と輝夜の技量差は本来、絶望的なくらいにかけ離れている。
本来であれば京子の方が防戦一方となっていただろう。
にも関わらず、こうして京子のペースで進んでいるのは、輝夜は未だ混乱しているからこそ。
届くはずのない最初の一撃から、輝夜はずっとそのペースを乱され続けていた。

「す、須賀さん…何か変ではありませんの?」

「なんだか…試合が始まってからさらに恐ろしくなっているような…」

「見ているだけで…背筋が冷たくなりますわ」

そんな輝夜を攻め続ける京子の姿は最早、圧倒的と言っても過言ではないものだった。
一時足りとも攻撃を緩めようとしないそれに高慢な輝夜が完全に余裕を失っているのだから。
かつて全国大会で上位入賞した実力者が、防戦一方になりながらも、防ぎきれていない。
そんな苛烈と言っても良い攻撃は、見るものに恐れを伝えるものだった。


「と言うか…アレ変じゃありませんの?」

「そ、そうですわ。須賀さんの攻撃は当たっているはずですもの」

「なのにポイントにならないなんて絶対、おかしいですわよ…!」

無論、その恐れは決して小さいものではなかった。
輝夜が怯えるほどの殺気は今、ピストの内部から漏れ出ている状態なのだから。
平和な国で過ごしてきた彼女達とは無縁のその感情は、少女たちの本能を刺激している。
だが、それだけではないのは、そうやって戦っている京子に対する仲間意識が強いからだ。

「今すぐにでも抗議を…」

依子「…止めなさい」

「お姉様。でも…っ」

依子「止めなさいと言っているのです…っ」グッ

だが、そんな京子がどれだけ攻撃しても、ポイントには繋がらない。
もうポイントを複数奪ってもおかしくはないのに、未だランプが点灯する気配がないのだ。
間違いなく輝夜が電気審判機に何かを仕掛けている。
それに抗議をしようとする少女たちを依子の言葉が制した。


依子「(ここで私達が騒いだところであっちの思う壺なのですから…!)」

無論、本来ならば依子はいの一番に抗議の声をあげたい。
愛しい義妹の頑張りを無駄にするような仕掛けなどすぐにでも壊してやりたかった。
だが、目に見えて分かるほどの不備があるというのに主審はまったく試合を止める気配がないのである。
間違いなく主審は輝夜に買収されている。
そんな状況で周囲が騒げば、京子を不利にするだけだ。

依子「…フェンシングはあくまでも決闘を元にした競技」

依子「試合中にあまり周囲が騒げば、選手に対してイエローカードが出されてしまいます」

「そんな…」

勿論、応援に熱が入る事は誰でもあり、その反則が取られる事は滅多にない。
だが、今の主審は完全に輝夜へと肩入れしている状態なのだ。
試合が今も続いている状況で、抗議に声を張り上げてしまえば、京子にカードを出されかねない。
一枚だけであればポイントには繋がらないとは言え、今の京子は1ポイントを争う状態なのだ。
通るかどうかさえ分からない抗議でカードを出されてしまったら、京子が一気に不利になってしまう。


依子「(…悔しい…!本当に口惜しいですわ…!)」

自分の代わりに不利な戦いに臨む事となった京子。
その援護をしたくても、今の自分に出来る事は何もない。
ただ、京子が絶対に勝てない戦いを続ける姿を見る事しか出来ないのだ。
それに強い悔しさを感じる依子は、腕を震わせながら、京子の姿をじっと見つめる。

依子「(…見ることしか出来ないのであれば、一瞬たりとも目を離さないでいましょう)」

依子「(そして…誰よりも京子さんの勝利を信じるんです)」

無論、今は京子が輝夜の事を圧倒している。
だが、その状態が何時迄も続くはずがなかった。
今の京子が優勢なのは、輝夜が気圧されてしまっているというのが大きいのだから。
そこから完全に立ち直られてしまったら負傷している京子がどうしても不利になってしまう。


依子「(そうすれば…きっと京子さんは…私の妹は応えてくれるはずですわ)」スッ

絶望的と言っても良い状況はまったく変わってはいない。
だが、依子はそれでも京子の勝利を信じていた。
今まで京子は常に依子が期待していた以上の結果を出し続けてきたのだから。
今回もきっと京子は期待以上に応えてくれるはず。
不安に歪む心にそう何度もそう言い聞かせながら、依子はそっと自身の胸を抑えた。

「…わ、私、フェンシングは良く分からないけれど…あぁいうものなんですか…?」

祭「ううん。違うよ」

祭「そもそも最初の一突きの時点でポイントになっていたし、ポイントになった時点で試合は一旦、中断するはず」

そんな中、下級生が口にする疑問に祭が首を振って応える。
そもそもフェンシングは血が流れた時点で終了となる決闘が源流だ。
有効打が認められた時点で両者は離れ、再びスタートラインから試合が再開される。
だが、輝夜の細工によって京子の攻撃はポイントにはならず、試合は中断されないまま。
結果、彼女は一方的に攻撃され続けている。


小蒔「…山田さんはこうなるのが分かってたんですか?」

「えぇ。勿論です」

それは山田にとって驚くようなものではなかった。
師として常に京子と対峙し続けた彼は、誰よりも京子の実力を良く理解しているのだから。
幾らフェンサーとして優れていようとも、ぬくぬくと育ったお嬢様に京子の剣は受けられない。
京子が今、振るっているのはフェンシングの技ではなく、彼が教え込んだ殺人剣なのだから。

「(…しかし、こんな晴れ舞台でそれを見れると微かに感動すら覚えるな)」

「(これほどまでに心動かされたのは、彼に師事を頼まれた時くらいだろうか)」

瞬間、山田の脳裏に思い浮かぶのは、京子に教えを乞われた時の事。
彼は神代家の護衛ではあるが、京子に対して何か義理がある訳ではない。
報酬以上の仕事をするつもりなどない彼は、最初、京子に何かを教えるつもりなどなかった。
そもそも彼にとって、その身に秘めた幾千の技は飯の種。
頼み込まれたからと言って簡単に披露出来るものではない。


―― だが、京子は簡単に諦めなかった。

無論、京子とて山田が渋る理由くらいは理解している。
女子高生の護衛と言う難しい依頼の後に、鍛錬に付き合ってくれ、なんて迷惑以外の何者でもない。
しかし、鹿児島に来て友人たちとの接点がなくなった彼にとって、頼れるのは山田だけだったのである。
だからこそ、京子は迷惑だと理解しながらも、何度も何度も頼み込んだ。

―― 「そこまで言うならば、一つテストをしましょう」

無論、そのテストは最初から合格させるつもりなどないものだった。
諦めが悪い京子の心を折る為の無理難題とさえ言っても良い。
けれど、京子はチャンスを得られた事に顔を輝かせて喜んで。


―― 「簡単です。ただ、私のナイフを避けてくれれば良いのですから」

瞬間、振るったナイフは彼にとって必殺と言っても良いものだった。
無論、京子もまた護衛対象である以上、本気で殺すつもりなどない。
だが、中々に諦めない京子に山田も流石に苛ついていたのだ。
殺したりはしないが、その薄皮一枚くらいは裂いて心を折ってやろう。
そんな意図を込めたそれは一切、手加減のないものだった。

―― だが、それを京子は回避した。

それは山田にとってあり得ないものだった。
その瞬間の京子は喜びを顔に浮かべ、完全に油断していたのだから。
同業者であっても三回は殺せるであろうタイミングで、素人に回避されるなどあり得ない。
だが、現実、京子は山田のナイフを避け、彼のテストに合格してしまった。
不意打ちかつ本気で京子の事を試した山田にやり直しなど要求出来るはずがなく、彼は京子の師匠となってしまったのである。


「(…そして実際に教え込んでみると…これが意外なほど面白かった)」

京子は『制する者』と呼ばれる須賀家の集大成であり、その身体は敵対者をねじ伏せる為にある。
そんな京子は山田の教えをグングンと吸収し、急激に成長していった。
その中にはフェンシングとはまったく無関係なものもあったが、それは京子も了承済み。
山田に教えられるものは全て取り込もうとするその真摯な姿に、彼は誰かを育てる喜びと言うものを感じ始めていた。

「…つくづく惜しいな」

湧「…え?」

京子の才覚は山田ですら追い抜くものだった。
彼が十数年掛けて積み重ねてきた技術を、京子ならば数年でマスターする事が出来る。
だが、それはあくまでも何の柵もなく、京子に技術を教えこんだ場合の話だ。
事実上、京子が神代家に囚われている今、その身に実戦経験を積ませてやる事は出来ない。
どれだけ才能に溢れていたとしても、それを完全に開花させてやる事が出来ないのが口惜しくて仕方がなかった。


「いえ、何でもありません」

「それよりも、これで分かったでしょう」

「京子お嬢様は決して負けたり致しません」

巴「…でも」

改めて重ねられた山田の太鼓判に、安心したい気持ちは巴の中にもある。
だが、幾ら負けたりしないとは言え、電気審判機が反応しない以上、勝つ事も出来ないのだ。
普段よりも試合が長丁場という事もあり、何時かは必ず輝夜にポイントを奪われてしまう。
幾ら京子でも怪我をしている状態で、延々と輝夜の攻撃を避け続けるなんて出来るはずがない。

「大丈夫ですよ」

「あそこにいるのは彼女が侮っていたような素人フェンサーではなく…私手ずから育て上げたプロフェッショナルなのです」

「あの程度の剣士では京子お嬢様に傷一つつける事は出来ません」

しかし、巴のそれは山田にとって杞憂だった。
無論、京子が幾ら才覚に溢れていようとも半年程度では自身の全てを教える事は出来ない。
ましてや、京子は山田との鍛錬だけで一日を終えられる立場ではないのだ。
学生やインターハイ出場選手としての一面を持つ京子に教えられたのはまだ一割にも満たない。
だが、それでも輝夜程度の攻撃を避け続けるのには十分過ぎる。


「唯一、京子お嬢様が負けるとするならば、彼女がフェアな人間であった場合でしょう」

「京子お嬢様はお優しい方ですから、そのような相手に私が教え込んだ技を使えるとは思えません」

「きっと素直に素人丸出しのフェンシングで勝負をしたでしょう」

「ですが、相手はこれまで友人を傷つけてきた仇敵」

「…となれば、京子お嬢様が躊躇などするはずがありません」

京子は所謂、お人好しやヘタレと呼ばれるタイプだ。
あまり人を傷つけるのは得意ではないし、怒りも極力、内側に抑えこもうとする。
しかし、だからと言って、何をされても平然としているという訳ではないのだ。
怒るべきところは怒るし、敵と認めた相手には一切、容赦しようとしない。
その心を完全に折るまでは絶対に止まらないだろう。
そう思いながら試合を見つめる山田の前で、再び京子の剣が輝夜の身体に届いて。

―― 「逆にしてはいけないのは中途半端な手心を加える事です」

―― 「近接戦闘とは常に殺るか殺されるか」

―― 「確実に、完膚なきまでに、息の根を止める」

―― 「刃が殺されているから相手に怪我をさせないだとか、そんな御託は必要ありません」

―― 「相手を絶対に殺すという覚悟がなければ、どれだけ素晴らしい技を持ってしても鈍ってしまうのですから」

京子にとってその教えは、決して受け入れやすいものではなかった。
無論、それが有効なのは分かっているが、殺すつもりでやるのは流石にやりすぎなのではないか。
根がお人好しな京子はどうしてもそう思っていたのである。
だが、今の京子には手心や容赦など一欠片もなかった。
信頼する師の教えを堅実に護るようにして、その剣に殺意を込める。


輝夜「(本当に…何なんですの…!?)」

そんな剣にもう十数回貫かれた輝夜は到底、冷静ではいられない。
それは京子に突かれる度に、自身が殺されるイメージが強くなっていくからだ。
山田からすればまだまだ未熟ではあるが、その剣には輝夜が感じたことがないほどの殺意が乗っているのだから。
刃が殺されているなんて何の気休めにも感じないほどに、京子の覚悟は強く、そして硬いものだった。

輝夜「(喉、目、口、肺…!!)」

何より、これまで京子が攻撃してきた箇所は全て、人体において急所と呼ばれる場所ばかり。
一撃で相手を死に至らしめる事も可能なその場所に、殺意の乗った攻撃が繰り出されているのだ。
例え、防具などあっても関係ない。
このまま殺してやるのだと言う京子の攻撃に輝夜の身体は再び怯えを覚え始める。


輝夜「(もし、これが真剣なら私はもう三回は…)」

輝夜「(くっ…月極の娘が何を弱気になっていますの…!!)」

輝夜「(幾ら攻撃されてもポイントにならない以上、この女の攻撃は全て徒労!)」

輝夜「(こっちが一撃あてればそれで終わるだけですわ…!!)」

そんな自分を何とか奮い立たせようとする言葉はさっきよりも強いものだった。
だが、それは彼女の心がさっきよりも遥かに弱気になっている裏返しである。
もしかしたら、自分はこのまま殺されてしまうのではないか。
そんな荒唐無稽な想像が、一秒ごとに強くなっていくのだから。

輝夜「(そもそも…近すぎるんですのよ!!)」

攻防を続ける二人の距離は、1mにも満たなかった。
最早、近接ではなく至近と呼んでも良いその距離は、フェンシングの間合いではない。
フェンシングにおいて最適と呼ばれる間合いは、2m前後。
エペの全長が110cm前後ある事を思えば、それはあまりにも近すぎる距離だった。
無論、フェンシングで全国大会に出たとは言っても、輝夜はそんな距離で戦った経験などない。
そもそも、その間合いは両者ともに嫌がるものではあるし、そんな距離に入る前に突きで迎撃されるのだから。
接触などが起こった場合、イエローカードが出される事を考えれば、1m未満の殴り合いなどまず起こるはずがない。


京子「っ!」

しかし、京子にとってそれはまさしく最適と言っても良い距離だった。
京子は山田と言う師の元でフェンシングの弱点を幾度となく突かれているのだから。
最適とは到底、言えない至近距離でどう立ち回れば良いのかが身体にしっかりと染み込んでいる。
その経験の差は、本来、絶望的にある二人の技量差を覆すのには十分過ぎるものだった。

京子「(何より、至近戦闘に置いて重要なのは…身体能力の差…!!)」

殺るか殺られるかである近接戦闘の中でも特に近い距離。
後一歩踏み込めば相手と接触しかねないその位置でモノを言うのは何よりも身体能力だ。
幾ら経験や技量があろうと、反射や速度が追いつかなければ回避も防御も出来ない。
相手の有利性を強引に押しつぶすその距離は、無論、京子が山田に教えこまれたものだった。


京子「(まぁ…問題は未だこっちにポイントが入らない事だけれど…)」

京子「(それだって、俺は予想してる…!)」

競技に使われている電気審判機が星誕女子のものだ。
元々、フェンシングでの決着をつける気だった輝夜がそこに細工をしていないはずがない。
競技が始まる直前まで自信満々だった輝夜の様子からもそれは簡単に予想出来ていた事だった。
故に、京子は自身にポイントが入らなくても、動揺したりしない。
その気持ちを殺意に固めたまま、攻撃を続ける。

輝夜「(調子に…っ!乗って…!!)」

無論、その間、輝夜も棒立ちになっている訳ではない。
京子ほど得意な距離ではなくても、攻撃して引き離そうとしていた。
だが、幾ら攻撃を繰り返してもそれが京子に当たる事はない。
お互いに後一歩踏み込めばぶつかってもおかしくないギリギリの距離にいるのに全てエスキーヴに躱されてしまう。
結果、二人の距離は変わらず、輝夜は一方的に殴られ続けるだけだった。


輝夜「(ふざけるんじゃ…ないですわよ!!)」

京子の攻撃はフェンシングと言うよりもナイフを用いたものに近い。
鋭く、細かく、小刻みに、ひたすら攻撃を繰り返すそれは輝夜の常識外のモノだった。
2m前後の距離で戦うフェンシングにおいて、そのような攻撃はあまりにも無駄が多すぎる。
だが、その無駄だらけの攻撃は今、この場では最適なものであった。

―― それに対して輝夜の攻撃はあくまでもフェンシングの技術の延長戦にある。

1ポイントを奪えばそこで中断するフェンシングにおいて、勝負の決め手は常に最速の突き。
だが、今の輝夜は前へと踏み込む事を完全に封じられてしまった状態だった。
そのような状態では彼女が積み重ねてきた経験や技術を活かしきる事は出来ない。
しかし、幾らそうであったとしても、ここまで回避され続けるのはおかしい。
間違いなく京子はイカサマをしている。
そう思いながらも、輝夜にはその種が分からない。
幾らドーピングしたとしても、ここまで圧倒的な運動能力を発揮できるはずがないのだから。


輝夜「(良いですわ…!そっちがその気ならば、こっちにも考えがありますもの…!!)」

何より、輝夜にはもうそれを深く考え込んでいるような余裕はなかった。
彼女がこの世で唯一、恐れる父親がこの試合を見ているのだから。
このまま一方的に攻め続けられれば、間違いなく父は失望を覚えてしまう。
一般的な家族の温かみとはかけ離れた環境にいる輝夜でも、それは寒気を覚えるものだった。
絶対に、なんとしてでも逆転しなければ。
心の底からそう思う輝夜にとって手段を選ぶつもりはない。

輝夜「(その足…貰いますわよ!!)」

そこで輝夜が狙ったのは京子の足だった。
二人三脚の際、負傷したその部分は、京子にとって間違いなくウィークポイント。
リレーの時、減速してしまった事から分かるように、その足はもう限界を迎えている。
ならば、そのトドメを自身で刺してやれば良い。
そう思った輝夜の足が交差する京子の足へと伸びて。


京子「っ~~~~~~っ!!!」

輝夜「(あははっ!やりましたわ!!)」

攻撃するタイミングを狙った一撃は見事、京子の足首へと届いた。
瞬間、京子の口から声なき声が漏れるのは、激痛が走ったからこそ。
輝夜が予想している通り、その足首は既に限界ギリギリだったのだから。
酷使に酷使を重ねたそこへの攻撃に、さしもの京子も身体を固めてしまう。
今までずっと動き続けていた京子が初めて見せた隙に、輝夜は内心で笑みを浮かべて。

京子「…っ!」ギロ

輝夜「……あ」ゾクッ

―― だが、それは次の瞬間に固まってしまう。

それはマスクの奥で京子が晒す表情が、まったく戦意を失ってはいなかったからだ。
寧ろ、燃えたぎるような怒りと憎しみがさらに強くなり、顔全体から噴き出している
目を見開き、歯を噛み締め、輝夜の事を睨みつけているその表情は何処か般若を彷彿とさせた。
ただただ、輝夜を叩き潰す事だけを考えているような京子の姿に、輝夜は自身が虎の尾を踏んでしまった事を悟る。


輝夜「(ふ、ふん!どうせ虚勢ですわ!!)」

輝夜「(そ、それよりも…距離を取らなくては)」

輝夜「(戦略的にも戦術的にもそれが正しいはず…!)」

そう胸中で言い訳を漏らす自分の方こそ虚勢を張っているのだと輝夜は気づかない。
今の一瞬、父親以上に京子の事が恐ろしくて仕方がなかったのだと彼女が認められるはずないのだから。
本来ならば、京子が足を止めた今、攻撃に転じてしまった方が良い。
それを頭の中で理解しながらも、本能的に後退ろうとする身体を止められなかった。
結果、彼女は京子から逃げようとする身体に理由を与えながら、ぎこちないステップで数歩下がる。
京子が動けない現状、二人の間に出来るのはフェンシングにとって最適な距離。
輝夜が培ってきた技術や経験が最も活きる状況だった。

輝夜「ふー…ふー…」

しかし、そんな状況になっても京子は未だ動かなかった。
その身体を棒立ちにさせたままずっと輝夜の事を睨みつけている。
まるで離れていても殺意を叩きつけてくるようなその姿に、輝夜の中の怯えは消えない。
それどころかこうして離れている今も、飛びかかってこられるのではないかとビクビクしていた。
その怯えはもう呼吸にさえ現れ始め、まだ疲れていない輝夜の胸を大きく上下させる。


「…何をやっている」

輝夜「(お、お父様…!)」

そんな輝夜に声を掛けたのは彼女の父親だった。
二人が対峙するピストのすぐ側で静かに声をあげるそれに輝夜の心はさらにかき乱される。
その声は静かであるものの、微かに苛立ちの色が混じっているのだから。
今の自分が父親から失望される瀬戸際にいる事が伝わってくる。

「相手は足を止めているんだぞ」

「早くトドメを刺さんか」

輝夜「は、はい…!」

無論、輝夜としては傷ついた猛獣のような今の京子に近寄りたくはない。
本音を言えば、今すぐにでも試合を中止したい気分で一杯だった。
だが、父親の前でそのような弱音を見せる訳にはいかない。
隠し切れない怯えを何とか心の奥底へと押し込みながら、輝夜は呼吸を整えて。


輝夜「(だ、大丈夫ですわ)」

輝夜「(本当にそんな余裕があるのならば、もっと早くにやっていますもの)」

輝夜「(こうしてあの女が動かないのが、余裕が無い証拠!!)」

輝夜「(お父様の言う通り…今こそ攻勢に転じるべき…!)」

そのまま自分に言い聞かせた輝夜は攻勢に転じる。
本物のフェンシングを見せてやろうと全身に力を溜め、そして爆発させた。
瞬間、輝夜の身体が大きく踏み込み、その腕が一気に伸ばされる。
それはまるでお手本のようなフェンシングのフォーム。
教科書に乗っていてもおかしくはないほど見事で速い一撃だった。

―― フェンシングの突きは時速60kmを超える。

足から手まで全ての筋肉を完全に使い尽くした輝夜にとって最高最速の一撃。
それはその剣先を一瞬で自動車の世界にまで追い上げる。
2m前後と言う最適な距離で繰り出されるそれを素人は避けられない。
それを回避出来るのは技術と経験を積み重ねた熟練のフェンサーのみ。
最早、完全に足を止めた京子がそれを避けられるはずがない。


京子「…」スッ

輝夜「(…え?)」

―― 尚、ハンドボールのシュートは時速100kmを優に超える。

そんな世界で最も重要視されるのはゴールキーパーだ。
総合能力が同じチームであれば、ゴールキーパーが優れている方が勝つ。
そんな風に言われるほどハンドボールのゴールキーパーと言うのは重要なポジションだ。
そしてそんなゴールキーパーを京子はずっと務めてきた。
それもただの一度もゴールネットを揺らされた事がない鉄壁の守護神として。

―― 当時の京子は20年に一度の天才と持て囃されていた。

ハンドボールの中、最も重要で最も難しいゴールキーパーというポジション。
そこで常に無失点を記録していた京子は将来有望だと国外からの注目すら浴びていた。
だが、20年に一度の天才と言われていても同世代に天才がいなかった訳ではない。
寧ろ、京子を上回るほどの天才 ―― 江藤と言う名の少年がいたのである。


―― そして京子はその江藤に為す術もなく負けてしまった。

自身を天才と持て囃す周りに、知らず知らず京子は天狗になっていた。
自分ならば負けるはずがないと、絶対にチームを全国に連れていけるのだとそう信じていたのである。
だが、京子は自身を上回る才能を持つ相手にゴールを許してしまう。
その瞬間から崩れ始めたプライドが、京子にその優れたポテンシャルを発揮させなかった。
結果、何時もならば止められるはずのシュートでさえ止められなくなった京子はプライドを取り戻す間もなく敗北してしまったのである。

京子「(…今のコイツはあの時の俺と同じだ)」

傷ついたプライドを取り戻そうと必死になっている。
我武者羅に足掻こうとするようなそれに京子の内心で共感が湧き上がった。
だが、だからと言って、それは決して同情心になったりはしない。
輝夜がやってきたのはそんなものが浮かぶほど生易しいものではないのだから。
内心で強い憎悪を燃やす京子が今更、輝夜に対して同情するはずもなければ、手心を加えるはずもない。


京子「ふっ!」

輝夜「ぐ…っ」

だからこそ、京子はあっさりと輝夜の攻撃を躱してみせた。
それは無論、今まで止め続けていた足を使っての回避。
さっき輝夜が弱点を狙った事など何でもなかったのだというような動きは、しかし、それだけでは終わらない。
それに合わせて繰り出された一撃がカウンター気味に輝夜の喉へと吸い込まれ、彼女の口からくぐもった声を漏らさせる。

輝夜「(な、何でですの!?どうして動けるんですの!?)」

輝夜「(さっき私の足は完全にあたったはずじゃありませんか!!!)」

瞬間、輝夜の胸中に浮かぶのは痛みや苦しさではなく、強い疑問だった。
さっきの一撃は輝夜にとって、必殺と言っても良いものだったのである。
その一撃を持ってして全国上位にまでのし上がった彼女にとって、それはプライドの拠り所でさえあった。
しかし、それはあっさりと回避されただけではなく、反撃さえ許してしまう。
それもさっき足を狙って動けなくしたはずの相手に、だ。


輝夜「(ど、どうすれば…どうすれば良いんですの…!?)」

輝夜「(どうすればこの女から1ポイントを取れると言うんですか…!?)」

唯一の弱点を狙った上で、自身の最高と言っても良い一撃を回避されてしまった。
そんな状況で輝夜の心に浮かぶのは完全な手詰まり感である。
これまで幾度となく京子に攻撃を続けてきたものの、それらは一つたりとも結実には至らないものだったのだから。
このまま延々と剣を交わしていても、京子からポイントを奪えるビジョンが、輝夜の中には思い浮かばない。

京子「は…ぁっ!」

輝夜「ひ…っ」

それどころか、今の輝夜の内心では京子に殺されるイメージが殊更、強くなっていた。
さっき足首を狙われた時から京子の剣筋に乗る殺意はさらに膨れ上がっているのだから。
それに比例するようにして苛烈さを増していく攻撃に輝夜の口から小さな悲鳴が漏れる。
怖い、恐ろしい、逃げたい、メゲたい。
そんな気持ちが篭ったそれと共に輝夜の身体は大きく後退していく。


湧「(…キョンキョン)」

その姿を遠くから見つめる湧には分かった。
さっき京子が輝夜の蹴りを受けたのは回避に失敗したからではない。
幾ら不意を打ったところで、京子ならば容易く回避出来ただろう。
しかし、京子は回避を選ばなかったどころか、自分から足を進めてわざわざ当たりにいった。
それは単純に自分から輝夜の足を出迎える事でその威力を弱めようと言う狙いもある。
だが、それ以上に ――

湧「(心を折いにいっちょっ…)」

京子にとってこの戦いは既にフェンシングではない。
輝夜が電気審判機に細工した時点で、フェンシングにおける京子の勝利はなくなったも同然なのだから。
だからこそ、京子はそれ以外の方法で勝利を得ようとしている。
つまり、輝夜の心を完膚なきまでに叩き折り、彼女自身に敗北を認めさせる方向で。


湧「(じゃっで、あげん攻め立てて…)」

どれだけ攻撃してもポイントに繋がらない以上、京子が攻撃をする理由がない。
寧ろ、そこには少なからず隙が出来てしまう以上、攻撃しない方がマシだろう。
だが、そんな事お構いなしだと言わんばかりに京子は攻撃を続ける。
まるで輝夜を殺し続けるようなそれは、その心を折る為。
何をしても、何を企んでもお前はもう負ける以外に無い。
それを輝夜に思い知らせる為に京子は敢えて攻撃を受け、そしてその上で無意味な反撃を続けている。

湧「(…あちき、変…)」

苛烈と言う言葉では物足りないほど激しい京子の姿。
普段、穏やかでヘタレ気味な京子とは思えないそれに湧の身体は変調を訴えていた。
さっきから心臓の高鳴りはずっと止まらず、顔も強い熱を灯らせている。
視線は嵐のような京子の姿から離れなくなり、そして ―― 


湧「(お腹の奥が…キュンキュンしちょっ…)」ソッ

何より大きいのは下腹部の疼きだった。
丁度、子宮に当たる位置が感じるそれは彼女の人生で初めてのもの。
今まで恋をした事がない彼女にとって、その感覚はずっと無縁だったものなのだから。
しかし、今の子宮はその分を取り戻すように甘くも淫らな疼きを走らせている。
何処か本能めいたその感覚は、湧が上から手を添えても止まる事はなかった。

湧「(…あちき、もしかして…)」

その感覚を彼女は知らない。
だが、そのようなものがあると聞いた事はあった。
お腹の奥から疼いて、その人が欲しくなってしまう感覚。
身体の中から女ではなくメスに変わっていくようなそれを湧は母と父の馴れ初め話から聞いていた。


湧「(うわーっうわーっうわーーーっ!!!)」カァァ

自分は今、メスとして京子に惹かれている。
それを自覚した瞬間、湧の顔は真っ赤に染め上がった。
まるでゆでダコのようなそれは、さっき彼女が見せていた紅潮とは比べ物にならないほど強い。
元々、湧は羞恥心の強い方であり、自分がそんな本能的な生き物だと思っていた訳ではないのだ。
まさしく本能から恋に堕ちるような感覚を覚えて、気恥ずかしくない訳がない。

湧「(…じゃっどん)」

しかし、それは決して嫌なものではなかった。
元々、コンプレックスであった自身を受け入れ、それに合わせようとしてくれている優しい京子に湧は惹かれていたのだから。
もし、恋をするならば京子であって欲しいと思うほど好意を寄せていた湧が、今の自分を厭うはずがない。
寧ろ、ようやく収まるべきところに収まったような、そんな感覚さえ覚えていた。


湧「(多分、キョンキョンは優しすぎたんだよね)」

それほどまでに好意を寄せる京子とずっと一緒にいながらも恋に目覚められなかった理由。
それは湧に流れる血が十曽 ――武門のものであり、そしてまたその本能もそれに特化している為だ。
幾ら好意を寄せていたとしても、穏やかで優しいだけの男には惹かれない。
無論、湧は九州赤山との合宿で京子と戦いこそしたが、あれはあくまでも枕投げ。
今のように敵意と殺意をむき出しにした姿など一瞬たりとも見てはいない。
それでは幾ら好意を持っていようとも十曽の血が京子を認めるはずがなかった。

湧「(…じゃっどん、キョンキョンもやっぱい男…ううん、オスで…)」

その内側にはこれほど強く、そして激しいものを秘めている。
無論、それは普段、京子の優しさや穏やかさに隠され、まったく出てこない。
しかし、こうして幾度となく大事な人を傷つけられても尚、隠し通さなければいけないものではないのだ。
今の京子は本能から湧き上がる怒りに任せ、その獰猛さをむき出しにしている。
今までの京子からは想像も出来ないその姿に驚き、怯えている少女も少なくはないが ――


湧「(さっきあちきが感じてたのもただの怯えじゃねじ…)」

湧「(ただ…オスとしての顔を見すいキョンキョンに惹かれてたんだ…)」

これまでまったく恋と無縁であった少女を強制的に目覚めさせるようなオスの姿。
それを最初に見た時、湧は自分が京子の事を怯えているとそう思い込んでいた。
だが、それは彼女の完全な思い違い。
実際は否応なく目覚めつつあった身体に、心がついていけなかっただけ。
心ではなく本能が先に堕ちてしまうような感覚を、彼女は知らなかっただけなのだ。

湧「(すっごく格好良か…)」ポー

湧の視線はもう熱っぽいと言う言葉では物足りないくらいだった。
隠された獣性をむき出しにして戦う京子の姿に、彼女は強い欲情を覚えている。
子宮の奥から湧き上がるその疼きを、今まで性的なものとは無縁だった彼女が抑えられるはずがない。
本能の求めに抗えない湧はその身体をモジモジと揺らしながら、劣情交じりの視線を京子に送り続ける。


京子「はぁっ!」

輝夜「く…うぅ…!」

そんな湧の先で、京子は輝夜をピストの端にまで追い詰めていた。
無論、普通のフェンシングで片方がこれほどまでに追いつめられる事と言うのは滅多にない。
フェンシングはまさに一瞬の攻防で決着がつくものなのだから。
最初から誘い込むのが目的ならばともかく、攻防の果てに選手がここまで追いつめられるなどまずあり得ないものだった。

輝夜「(この!この!!このぉ!!!)」

勿論、輝夜とてただ気圧され、ジリジリと下がっていただけではない。
下がっている最中、自身へと踏み込んでくる京子に向かって剣先をしならせ死角から攻撃をしたりもしている。
だが、京子はまるで全て見えているかのようにそれを回避して見せた。
どんなフェイントを織り交ぜても、どれほど早く鋭い攻撃を繰り返してもその身体に掠る事すらない。


輝夜「(この女、未来でも見えているって言うんですの…!?)」

―― 見えている。

京子の反射神経は並桁外れたものであり、また神経の命令にすぐさま反応出来る強靭さも併せ持っている。
しかし、だからと言って、ここまで繰り出された50を超える攻撃を全て回避し続けられるはずがない。
輝夜の実力は嘘偽りのないものであるし、また京子の身体も負傷しているのだから。
普通ならばここまで追い詰める前に一撃を貰って、輝夜を冷静にする時間を与えてしまっただろう。

―― その不可能を可能にしているのは東京で手に入れた園城寺怜の能力。

麻雀における一巡先 ―― 無理をすれば数巡先を見通すその能力を京子は完全に使いこなす事が出来ていない。
汎用性が高く、自身との相性も良い原村和の能力と違い、それを習熟させるだけの機会も時間もなかったのだ。
インターハイ以外で使ったのは師である山田との鍛錬だけ。
日常ではまったく無縁だとそう判断した京子にとって、それは決して馴染むものではなかったが ――


京子「(だが、十分だ…!!)」

今の京子に見えているのはほんの数秒先の未来だった。
それは麻雀において殆どアドバンテージにもならない。
分かるのは精々、次の相手が何を河へと打ち出すかくらいだろう。
だが、今、京子がやっているのは麻雀ではなくフェンシング。
攻防も決着も一瞬でついてしまう競技なのである。
そんな競技において数秒先が分かると言うアドバンテージは麻雀とは比べ物にならないほど大きい。

―― 何より、京子にとってそれは決して限界点ではない。

園城寺怜がそうであるように、体力をつぎ込めば、さらに先を見る事が出来る。
輝夜がこれから何をするつもりなのか、どう攻めれば有効なのか。
数十秒先を見据えながら京子が組み立てていく戦術や輝夜にとって空恐ろしいものだった。
無論、今の京子にとって体力はとても貴重なものであり、あまり無駄遣いは出来ない。


京子「(けれど…!!)」ズダンッ

輝夜「っ」

既にギリギリにまで追い詰められた輝夜をさらに追い込むような鋭い踏み込み。
それは再び反撃に転じようとした彼女の機先を制するものだった。
硬いピストを微かに揺らすようなそれは京子へと剣先を伸ばそうとした輝夜の胸に再び吸い込まれていく。
肋骨の隙間から心臓を狙い撃つそれに彼女は反応出来ない。
胸から背中へと突き抜けるような衝撃に怯えを刷り込まれた輝夜は再び下がって。

輝夜「…あ」ストン

―― その先にはもうピストはなかった。

場外。
それはフェンシングにおいてイエローカードが出される反則だ。
だが、カードを出されるとは言っても、それは即座に輝夜の不利を意味しない。
フェンシングにおけるイエローカードは、一枚だけならば何の効果も発揮しないものなのだから。
このまま引き分けにもつれ込んだとしても京子が勝ったりはしない。


輝夜「(だ、大丈夫ですわ。まだ私はカード一枚目)」

輝夜「(次にさえ気をつければ、この女のポイントになる事はありません)」

そう自分に言い聞かせても輝夜の中の動揺は完全に消えきったりしなかった。
無論、これが戦術や嫌がらせの為、自分からピストの外に出たのであれば良い。
だが、輝夜は完全に攻め続ける京子に怯え、それから逃げる為に外へと出てしまったのだ。
しかも、後ろへと踏み出した足が落ちるまで自身が場外ギリギリにいる事さえ気づかなかったのである。

霞「審判。宜しいですか?」

輝夜「…え?」

自分自身で思っていたよりも遥かに追い詰められている。
それに内心の動揺を隠し切れない輝夜の前で、霞がそっと主審へと近づいていった。
彼女の場外によって中断した試合を見計らってのそれは無論、輝夜を落ち着かせる為のものではない。
ついさっきまで山田の手にあったビデオを主審に見せる為だ。


霞「先程の月極さんが、京子ちゃんに行った接触の動画です」

霞「これは明らかに悪質な接触だと思うのですが」

輝夜「っ」

そのまま霞が主審に見せたのは先程、輝夜が行った反則の動画だった。
自ら京子の足を蹴りにいったその姿は競技中によくある接触事故では済まされない。
何度も繰り返されるそのシーンからは悪意のある攻撃であった事がはっきりと見て取れるのだから。
幾ら輝夜に買収されているとは言え、主審がカードを出さざるを得ないくらいに。

「え…っと」

輝夜「そ、そんなの捏造ですわ!」

輝夜「私はそんな事していません!!」

言葉を詰まらせる主審に代わって、輝夜が声を張り上げるのは、それが致命的なものだからだ。
既に場外によってイエローカードが確定している輝夜にとって二枚目はどうしても避けたい。
二枚重なったイエローはそのままレッドカードとなり、京子に1点を与える事になってしまうのだから。
圧倒的有利な状況でも1点すら奪えない輝夜にとって、その1点はあまりにも大きすぎる。


霞「…では、教えて頂けますか」

霞「どうすればこの短期間で私が捏造動画など準備出来たのかを」

輝夜「そ、それは…」

しかし、そうやって声を張り上げたものの、輝夜は霞に対して有効的な反論を思いつく事が出来なかった。
そもそもそれが捏造でもなんでもない事を輝夜自身、良く分かっているのだから。
実際にそうして京子を攻撃した以上、イエローカードが与えられるのは当たり前。
それを主審は見過ごしたのはあくまでも輝夜が買収し、自分の側につけていたからだ。

霞「私は構いませんよ」

霞「他の方も撮っているであろう動画と照らしあわせて確認してみても」

霞「そうすればこの動画が決して捏造でもなく、事実を映している事が分かるでしょう」

「わ、私は…」

だが、こうして霞に物言いをつけられた時点で、それも危うくなっている。
この場に集っている学生以外の者達は、皆、社会的に大きな影響力を持っているのだから。
そんな彼らが注目している中、明らかに不正を行った輝夜の肩を持てば、これからの人生そのものが危うい。
輝夜と同じく、主審もまた霞によってギリギリのラインに立たされているのだ。


霞「それで月極さんは何か自身の潔白を証明出来るものはありますか?」

霞「そうやって声を張り上げたのですから、勿論、挙証責任くらいは果たしてくれますよね?」

輝夜「ぐ……!」

勿論、霞はそのようなものがあり得るはずがないと理解している。
輝夜はとても周到で、また用心深い性格ではあるが、逆に言えばそれだけなのだから。
神算鬼謀と言うにはまだまだ物足りない彼女は、自身がここまで追いつめられるなど想像していない。
結果、霞の言葉に反論する証拠など準備出来るはずもなく、ただ悔しげに言葉を詰まらせる。

霞「(…どんなものでも持ちだして来れば良いわ)」

霞「(全て私が論破してあげるから)」

そんな輝夜を見つめる霞の瞳は一見、穏やかなものだった。
だが、その内心は穏やかさとはかけ離れている。
その心のなかに壁を作る事はあっても、霞もまた京子の事をとても大事に思っているのだから。
血の繋がっている肉親以上に親愛の情を抱く京子が、こうまで傷つけられているのを見て、黙っているなど出来ない。


霞「(…何より、これはあの子が身を挺して作ってくれたチャンスなんだもの)」

霞「(絶対にモノにして見せるわ)」

先ほど京子が輝夜の蹴りを甘んじて受けたのは、ただそれが無意味だと教えこむ為だけではない。
双方共にギリギリの戦いを続ける現状、1点と言うのは黄金よりも遥かに貴重なものなのだから。
それを先に手に入れたともなれば、輝夜に与える精神的なダメージは計り知れない。
既にヒビが入りつつあるその心を打ち砕く為にも、その1点は必要不可欠なものだった。

「け、警告二枚で月極選手にレッドカードです」スッ

輝夜「あ、貴方…!!」

そう思う霞の前で主審はついにレッドカードを出した。
それに輝夜が怒りの声をあげるが、主審はそれを戻すつもりはない。
ここで輝夜が反論すればまだ肩を持つ余地があったが、彼女は完全に黙りこんでしまったのだから。
霞の持ちだした動画が事実なのだとそう認めるような姿に、自分だけ異を唱える事は出来ない。
あくまでも買収されただけである主審にとって、最も大事なのは自分の立場なのだから。


霞「…懸命な判断です」

霞「ですが、これからは迅速かつフェアな判定をお願いしますね」

霞「また月極さんが反則なさった時、ビデオを持って出張るのは私も心苦しいですから」

「ぜ、善処します…」

それにニコリと満足気な笑みを浮かべながらも、霞は釘を刺す事を忘れない。
霞の内心で燃え上がる怒りを向けられているのは、決して輝夜だけではないのだから。
輝夜に加担する主審や星誕女子も同罪。
心からそう思う彼女にとって、主審もまた許しがたい相手であった。

霞「(…さて、後は…)」チラ

完全に霞の笑みに呑まれ、その頬肉を引きつらせる主審。
その姿に若干の溜飲が下がるものの、霞は未だ満足してはいなかった。
そもそもここまで試合が長引いているのは、電気審判機が明らかな異常を見せている所為。
それがなければ、既に京子の勝利で試合は決着していただろう。


京子「…」フルフル

霞「(……なるほど。このままで良いって事なのかしら)」

霞「(だとしたら私が出張る必要はないわね)」

霞「(ちょっと不安だけど…でも、京子ちゃんがそう言うのであれば私も信じましょう)」

今ならばそれを改善させる事も出来る。
そんな気持ちを込めて京子へと送った視線は、しかし、拒絶の意を返される。
言外にこのままで良いのだとそんな意味を込めたその仕草に、霞は喉元まで出かかった言葉を引っ込めた。
無論、本心を口にすればこれ以上、京子に無理をして欲しくはない。
本来ならば今すぐにでも信頼できる医者を呼んでその身体を治療させたいくらいだった。
だが、修羅場に身を置く京子自身が必要ないと言うのであれば、それはただのお節介。
京子にも考えがあるのだろうと霞は主審達に背を向けて、小蒔たちの元へと戻る。

輝夜「(…これで二点…)」

輝夜「(あの女に勝つのに二回ポイントを奪わなければいけない…)」

普段の輝夜であれば、そんな霞の背中を憎々しそうに睨めつけていたはずだった。
だが、今の輝夜の視線は自身の足元へと堕ち、その背中をまったく追ってはいない。
それは勿論、彼女の中にそのような余裕がまったくなかったからだ。
ここまで繰り広げた数分の攻防でもう嫌というほど京子との力の差を思い知らされてしまったのだから。
その心が半ば折れかけている彼女にとって勝つために必要な二点はあまりにも絶望的な数字だった。


輝夜「(でも…やらなければ…!)」

輝夜「(やらなければ…負けてしまう…!)」

輝夜「(お父様にも見捨てられてしまいますわ…!!)」

それでも輝夜は逃げる訳にはいかなかった。
その心にはもう月極の娘としての矜持など欠片も残ってはいない。
あるのはただ唯一、肉親と認める父に見捨てられたくないという子ども染みた意地だけ。
だが、それは既に折れかけている心を何とか支えるだけの力しかない。
元から絶望的にある実力差を覆せるものではなくて ―― 

輝夜「はぁ…はぁ…っ!」

―― 3ピリオド目も終わりに近づいた時、輝夜の息は完全にあがっていた。

生徒の自治が広く認められている星誕女子では生徒会長の仕事と言うのは決して少なくはない。
その上、今も帝王学やその他を習い続けている彼女に運動部に入る余裕などなかった。
無論、元々の能力が優れているが故に、普通の試合であればスタミナを枯渇させたりはしない。
最後の最後まで全力を出し切り、相手を完膚なきまでに打ちのめすはずであった。


―― だが、その試合は到底、普通とは言えないものだった。

本来、フェンシングの試合はポイントが加算される度に一端、中断が入る。
だが、二人の試合はこれまでたった一度しか中断されてはいない。
1ピリオド五分と言う通常以上の長丁場をずっと全力で戦い続けているのだ。
幾ら輝夜の能力が人並み以上であったとしても、体力が追いつかない。

京子「疾…っ!!」グンッ

輝夜「(ひっ)」ビク

その上、輝夜は京子の剣筋に怯えていた。
3ピリオド目がもう終わりに近づいているというのに、未だ濃厚な殺意を込めた鋭い剣先。
それに殺されるイメージは軽く200を超えていた。
結果、輝夜の身体は怯えに強張り、またまったく勝ち目の見えない戦いに精神的な疲労も積み重なっている。


輝夜「(この…この…っ!)」ブン

京子「っ!」トン

通常以上に消費させられたスタミナは、輝夜の身体から精彩を失わせている。
こうして京子に反撃しようとする動きも最早、素人同然のものだった。
無駄な力ばかりが入り、速度も堕ちたそれに今更、京子が当たるはずがない。
トンと静かなステップで回避し、再び攻撃へと入り始める。

輝夜「(どうしてなんですの!?)」

輝夜「(普通に考えれば、そっちの体力が先に尽きるはずでしょう!!)」

そんな京子にはスタミナ切れの気配というものがまったくなかった。
多少、疲れてはいるものの、それが輝夜のように精彩を欠くほどのものではない。
最初から殆ど変わらないパフォーマンスを発揮するその姿に輝夜の内心は叫んだ。
間違いなく怪我をしているはずなのに、どうしてここまで動き続ける事が出来るのか。


輝夜「(私とこの女で一体、何が違うと言うんですか!!)」

無論、普段から屋敷前の大階段を昇り降りし、山田に鍛えてもらっている京子が体力的に優れているというのは大きい。
だが、今の京子はそれ以上に大きな怪我というハンデを背負っている状態なのだ。
通常であれば輝夜の思い通り、先に京子のスタミナが切れ、一方的にやられる展開になっていただろう。

京子「(足がヤバイとかそんな事知った事じゃない…!)」

京子「(ここでコイツは必ず潰す……!!)」

―― それを覆しているのは覚悟だ。

京子も自身の足が限界をとうに超えている事を理解している。
こうして動いている最中に走る激痛は、もう熱や痺れのようにしか処理されないのだから。
あまりにも強すぎて脳が処理を拒否し始めたそれに、もう二度と歩けないかもしれないという最悪の予想さえ脳裏に浮かぶ。
だが、京子にとってそんなものは大した代償ではなかった。
依子や春を始め、多くの仲間を傷つけた輝夜が潰せるのであれば、喜んで捧げてみせよう。
その覚悟は身体に限界を超えさせ、剣筋に凄みを与えていた。


京子「は…ぁあっ!」

輝夜「くうぅ…!」

そんな剣が再び輝夜に向かって五度、突き出される。
至近距離から振るわれるそれは全て正確に輝夜の急所を貫いていた。
輝夜の背筋が寒くなるほどの精密さは原村和の能力によるもの。
ほぼ完璧なセルフ・コントロールを可能にするそれは京子の疲労も痛みも無視して完璧なパフォーマンスを発揮させ続けている。

輝夜「(まずい…このままでは…!)」

輝夜にとって唯一の希望は京子のスタミナ切れだった。
幾ら化け物じみた能力をしていたところで今の京子は手負い。
長く試合を続けていれば、先にあっちの体力が尽きるはず。
だが、3ピリオドも残り十三秒となった段階でも京子の動きはまったく精彩を失ったりはしない。
最初と変わらずに自身を圧倒し続けるその姿に輝夜の焦りは一気に膨れ上がる。


輝夜「(何とか…何とかしなければ…!)」

―― 13

輝夜「(でも…一体、この女に何が通用するって言うんですの…!?)」

―― 11

輝夜「(出来る事は全部やりました!私の手札は全部切ったんですのよ!!)」

―― 9

輝夜「(それも全部、回避されて…何とか負けないでいられるって状況…!!)」

―― 7

輝夜「(それを覆すだけの何かなんて…今更思いつくはずがありませんわ!!)」

―― 5

輝夜「(でも…嫌…!負けるのだけは絶対に嫌…!!)」

―― 3

輝夜「(勝ち続けたい!見捨てられたくない!!失望されたくない!!!)

―― 1

輝夜「(だから…!!)」














―― ピー












輝夜「……あ」

そんな輝夜の願いも虚しく試合終了を告げるブザーが鳴る。
瞬間、彼女の心から湧き上がるのはとても複雑な感情だった。
やっと死の恐怖から逃れる事が出来るのだと言う解放感と、実父の前で敗北するという絶望感。
それらが幾層にも折り重なっていく心が、強張った輝夜の身体から力を奪っていく。

―― 無論、輝夜はこれまで決して一度も負けなかった訳ではない。

輝夜はフェンシングで全国屈指の実力を持っている。
だが、逆に言えば、あくまでもそれだけでしかないのだ。
公式戦でも全国上位と呼べるだけの成績を残したが、決して優勝した訳ではない。
幾ら天才と呼ぶに足る輝夜でさえ敗北とまったく無縁であるとは言えなかった。


―― だが、それらは全て言い訳がつけられるものである。

自分は真剣にフェンシングをやっていないのだから仕方が無い。
自分の本文は月極の娘としてグループを導いていく事なのだから。
今まではそんな言い訳を敗北の理由にする事が出来たが、今回は違う。
絶対に負けるはずのない状況を整えた上での敗北。
月極の娘としてありとあらゆる手を尽くした上でのそれは輝夜に強い敗北感を与えた。

京子「…ふぅ」

そんな輝夜の前で京子はゆっくりとマスクを脱ぐ。
瞬間、晒された顔には脂汗一つ浮かんではいなかった。
無論、京子の身体は限界に近いが、ここで輝夜に対して弱みを見せる訳にはいかない。
その心を完全に折る為に、その顔へ涼し気な表情を浮かべながら輝夜へと近づいていって。


京子「お疲れ様でした、月極さん」ニッコリ

そのまま京子が輝夜に手を伸ばすのは、決して友好を結ぶ為ではない。
こうして彼女に勝つ事が出来たとは言え、京子の内心で燃え上がる怒りは未だ衰えてはいないのだから。
それでもこうして輝夜を握手をしようとするのは、それがフェンシングのルールだからこそ。
ここで礼を失すれば、折角得た勝ち星を奪われてしまうと京子は笑みを浮かべた。

輝夜「~~~~っ!!!」ギリィ

それは勿論、ただの笑顔ではない。
輝夜に敗北を思い知らせるような勝ち誇ったようなものだった。
一切の屈辱が見当たらないその表情に、輝夜はマスクの奥で歯を噛みしめる。


輝夜「…認めません」

「…え?」

輝夜「こんなの無効…!無効ですわ!!」

瞬間、輝夜の内心で浮かんでくるのは強い怒りの衝動だった。
ふつふつと煮えたぎるようなそれは輝夜にマスクを投げ捨てさせながら、強い言葉を放たせる。
さっきの試合が無効であると声高に叫ぶようなそれに周囲はついていけない。
既に試合は決着し、輝夜は敗北してしまったのだから。
誰の目から見ても分かるような仕掛けに翻弄されていた京子ならばともかく、輝夜がそんな事を言うなんて理解が出来ない。

「…何を言っているんですの!?」

「どう見ても貴女の負けではありませんか!」

「負けを認めないなんて淑女らしくありませんわよ!!」

輝夜「黙りなさい!!」

無論、そんな輝夜に永水女子から怒りの声があがるが、彼女はそれを聞き入れようとはしなかった。
輝夜にとってその敗北は、自身のアイデンティティとプライドをズタズタにするものだったのだから。
受け入れれば二度と起き上がれなくなりそうなそれを彼女が認めるはずがない。
自分はまだ負けていないという言葉だけが、今の輝夜を支える唯一のものだったのだから。


輝夜「だって、こんなのあり得るはずがありませんもの…!」

輝夜「私が負けるなんて…きっと何かインチキをしたに決まっています!!」

輝夜「そうですわ…!私は何度も攻撃を当てていたはずです!!」

輝夜「それがポイントにならないだなんて…きっと何か仕掛けをしていたのですわ!!」

「お、お姉様…」

そうやって輝夜が口にする言葉を、星誕女子の彼女たちでさえ信じる事が出来なかった。
確かにフェンシングは一瞬の攻防で決着がつく競技ではあるが、京子の攻撃はあまりにも苛烈で圧倒的だったのだから。
それらがたったひとつもポイントにならなかった時点で、京子がインチキをしていたなどあり得ない。
そもそも電気審判機が星誕女子の倉庫に収められていた以上、京子が何かを仕掛けられるはずがないのだから。
どれだけ輝夜が声高に京子の卑劣さを訴えようとも、それを信じるものは誰一人としていなかった。

輝夜「大体、変だと思ったんです!」

輝夜「最初は家鷹さんが戦うはずだったのに途中で、出しゃばってくるなんて…!」

輝夜「最初からあんなに強気でしたし、間違いなく勝てるとそう思っていたんでしょう…!!」

輝夜「家鷹さんが怪我をしたのも貴女の差金ではないのではないんですの!?」

依子「んな…!!」

だが、だからと言って、我を忘れた輝夜の言葉を見過ごせる訳ではない。
自身の悪事を京子になすりつけようとするそれに依子を含む永水女子から怒りの声があがった。
輝夜の企みを真正面から打ち破り、見事勝利をもぎ取った京子は彼女たちにとって英雄同然なのだから。
殺意を全身から湧き上がらせるその姿に怯えは残るが、さりとてその名誉を傷つけられて黙ってはいられない。


「いい加減になさいな!」

「流石に見苦しいにも程がありますわよ!!」

「これ以上、須賀さんを貶めるのは許しませんわ!!」

輝夜「そっちこそ冷静になって考えてみなさい!」

輝夜「この状況で最も得をしたのは誰なのか!!」

輝夜「それはそこの須賀京子ではありませんか!!」

自然、より熱が加わっていく永水女子の声に、しかし、輝夜は怯まない。
彼女にとって今は自身がこれまで積み重ねてきた全てを失うか失わないかの瀬戸際なのだ。
自身の拠り所全てを失う恐怖に比べれば、孤立無援のまま何十人もの少女たちから怒りを向けられる事など恐ろしくはない。
だからこそ、輝夜は何十人もの怒声に真っ向から歯向かい、声高に京子の罪を訴える。

京子「…」スッ

「き、京子さん」

それに再び怒りを膨れ上がらせる永水女子を、京子の手が諌める。
後ろの彼女たちを止めるようなその手に、永水女子の勢いが一気に弱まっていった。
良くも悪くもさっきの京子は人の目を惹きつけていたのだから。
京子が何かを言おうとしているのであれば、黙らなければいけない。
さっきの試合は見る人全てにそう思わせる十分過ぎるものだった。


京子「…なるほど。月極さんのお話も尤もだと思います」

京子「エルダー同士の戦いに横槍を入れたのは私ですから」

京子「さっきの戦いが不誠実なものであった事は認めましょう」

輝夜「ほら、見なさい!」

輝夜「須賀京子自身がそう言っているではありませんか!!」

そんな彼女たちの前で京子が静かに言葉を漏らす。
輝夜の言い分を一部認めるその言葉に、輝夜は荒々しい声をあげた。
永水女子の少女たちに勝ち誇るようなそれは、ただただ感情任せのもの。
何時もの彼女であれば、その言葉に疑問を覚えただろうが、今の輝夜にはそのような余裕はなかった。

京子「…ですから、私から一つ提案があるのですが」

輝夜「提案?」

京子「えぇ。何も難しい事はありません」

京子「ただ、このまま延長戦を行おうというだけです」

輝夜「…え?」

―― だからこそ、輝夜は京子の提案にその顔を強張らせてしまう。

京子が仇敵である輝夜を庇うような言葉を口にした理由。
それは京子自身、このままではまだまだ物足りないからであった。
今の輝夜は心が折れるギリギリだが、それでは春や依子に怪我をさせられた代償には程遠い。
完全に心が折れ、再起不能になるまで追い込まなければ、今の京子の感情は収まらなかった。


京子「ルールは今までと同じで構いません」

京子「ただ、お互いの勝利条件を変更致しましょう」

京子「私は先程の不誠実のお詫びに1ポイントを奪われたら負け」

京子「逆に月極さんは私に負けたとそう思えば負け、でどうでしょう?」

輝夜「(…この女ともう一回戦えって言うんですの…!?)」

その条件は輝夜にとって残酷以外の何者でもなかった。
そもそも輝夜は既に京子に呑まれ、勝てる気などまったくしないのだから。
どれだけ強気に振る舞ったところで、既にその身体と本能には恐怖が刻み込まれている。
まるで身体中の細胞全てが京子と戦うことを拒否するような感覚はそう簡単には抗いがたい。

輝夜「(しかも…私が負けを認めるまで…!?)」ブル

その上、京子の提示する条件は、まったく終わりの見えないものだった。
輝夜の心が完全に折れ、自身から敗北を認めるまで延々と続いていく。
崖っぷちの心を絶対に突き落としてやるのだとそう宣言する京子の言葉に輝夜は寒気を感じる。
まるで首筋にナイフを突きつけられたようなそれは輝夜の顔に冷や汗を浮かばさせた。


輝夜「(でも…ここでこの条件を呑まなかったら…!)」

京子が口にする条件は圧倒的に自分が有利なものだ。
にも関わらず、ここで自分が条件を呑まなければ、逃げたと受け止められてもおかしくはない
そうなれば恐怖政治によって保ってきた強制力は完全に霧散し、父からも周りからも顧みられなくなってしまう。
そうなった時、自分に何も残らないのは輝夜自身、良く分かっている事であった。
思うがままに振るまい、恐怖の象徴として君臨し続けてきた彼女には、心通わせる仲間や友人など一人もいないのだから。

京子「…さぁ、どうしますか?」

京子「私と戦うか、或いはここで負けを認めるか」

京子「私はどちらでも構いませんよ」

京子「月極さんの仰らられていた通り、体力には少し自信があるものですから」

京子「まだまだ付き合う事は可能です」

輝夜「う…く…!」

輝夜を追い詰めるようなその言葉は偽りだ
とうの昔にその身体は限界を迎え、何とかやせ我慢を続けている状態なのだから。
本当にこのまま延長戦に入ってしまったら、京子の方だって苦しい。
だが、京子にとって輝夜は到底、許す事の出来ない相手なのだ。
輝夜の心を折る為であれば足を犠牲にする事だって厭わない今の京子にとって、その言葉はまったくの嘘と言う訳でもない。
だからこそ、京子はとうに限界を超えている事をおくびにも出さず、輝夜にそう選択をつきつける事が出来た。


輝夜「(何をやっているんですの…!?)」

輝夜「(私が…星誕女子の女王であるこの私が追い詰められているんですのよ…!!)」

輝夜「(誰か助け舟の一つでも出そうと言う者はいませんの…!?)」

輝夜「(このままじゃ私だけでなく星誕女子そのものが負けると言うのに…!!)」

どれだけ胸中で叫んでも、彼女の窮地を助けようとするものなど誰もいない。
星誕女子の生徒達にとって月極輝夜とは決して自分たちの代表ではないのだから。
エルダーと言う座に居座り、好き勝手する彼女のことを多くの少女たちが疎ましがっている。
そんな彼女が京子に負けたところで、屈辱感などまるでない。
寧ろ、その敗北に喜んでいる少女たちのほうが多いくらいだった。

「(…それにあっちの方が格好良いしね)」

「(私も永水女子に入れば良かった…)」

「(須賀京子…さん)」ポー

何より、彼女たちにとって、圧制者を追い詰めた京子はヒーロー同然だった。
輝夜が幾重にも張り巡らせた策略を全て突破し、見事、勝利をもぎ取ったのだから。
そんなヒーローと圧制者のどちらに味方したいかなど今更、聞くまでもない。
元々、嫌々ながら輝夜に付き従っていた彼女たちは皆、一様に口を閉ざし、言葉を発する事すらなかった。


依子「(……京子さん)」

憧れや熱っぽいものが混じり始める星誕女子の視線。
けれど、依子は彼女たちと同じように興奮へと興じる事出来なかった。
絶望的と言っても良い状況で、たった一発も被弾せず闘いぬいた京子の事を凄いと彼女は思っている。
自身の誇りを護ってくれただけではなく、胸中の不安を覆してくれた京子は間違いなくヒーローだった。
殺気混じりのその姿に怯えを覚えはしたものの、視線はどうしても惹きつけられ、心臓はドクドクと脈打っている。
本能めいたそのときめきは甘く、衝動のまま京子の胸に飛び込みたいとさえ依子に思わさせていた。

依子「(私は貴女にそんな顔をさせたかった訳ではないのに…)」

しかし、それに彼女が溺れる事が出来ないのは普段の京子を良く知っているからだ。
何時も自分の一歩後をついて歩き、極力、目立つまいとする愛しい義妹。
穏やかで優しく、正義感も強い京子の事が依子は大好きだった。
だが、今の京子の姿にそのような影は一切、見えない。
無慈悲に、冷たく、恐ろしく。
絶対に許す事を出来ない敵を前にして、京子は須賀としての本性を露わにしているのだから。


依子「(それに…京子さんはもう限界ですわ)」

元々、京子は今すぐにでも治療が必要な身体を無理矢理、動かしている状態なのだ。
そんな状態で15分もの間、輝夜の猛攻を避けきった足が無事であるはずがない。
本来ならば一礼が終わった後、すぐさま救急車を呼びたいくらいだった。
だが、こうして京子が輝夜を追い詰めている今、ここで自分が騒いでも逆効果。
絶望と敗北感の中、余裕を失った輝夜が再びそれを取り戻してしまう。

依子「(でも、私だってもう我慢出来ません…!)」

京子の戦いは依子にとっても衝撃的なものだった。
自身の本能を揺さぶり、強制的に目覚めさせるようなそれに身体が熱く火照っている。
同性に向けるのにはふさわしくない欲情混じりの感覚は、しかし、今、京子に対する心配で完全に上書きされていた。
そんな彼女にとってコレ以上の戦いは到底、許容出来るものではない。
京子の身体を治療する為にも、ここで二人の勝負を終わらせるべきだ。


依子「…皆さん」

そう思った瞬間、依子の口から静かな声が漏れる。
誰も彼もが京子と輝夜に注目している中でポツリと流すそれは決して自己主張が激しいものではない。
だが、勝負がどうなるのか固唾を呑んで見守っていた周囲は、ざわめき一つ起こらないほど静かなものだった。
決して強くも激しくもない依子の声は静まり返った体育館の中で良く通り、人々の視線が彼女の方へと集まっていく。

依子「私は間違っていました」

依子「このような戦い、本来はあってはいけないものなのです」

依子「思い出してください」

依子「永誕祭が持つ本来の意味を」

依子「私達は友好の為にこの場所に来たのではありませんか?」

「そ、それは…」

依子の静かな言葉に、永水女子の少女たちの中でバツの悪さが広がっていく。
無論、お嬢様育ちで基本的に温厚な彼女たちは、もっと穏やかで楽しい永誕祭を楽しみたいと思っていた。
だが、星誕女子 ―― 特に輝夜によって強い怒りを覚えた彼女達からそのような意識はどんどんと薄れていったのである。
少なくとも、依子が呼びかけるまで彼女達の心の中にそのような意識は殆ど残ってはいなかった。


依子「少なくともこのように学校同士の優劣をつける為にある訳ではありません」

依子「いいえ。このように憎しみをぶつけあうような戦いなど本来、あってはいけないのです」

依子「…だから、もう止めましょう」

依子「私たちは争う為にここにいる訳ではないのですから」

あくまでも永誕祭は姉妹校同士の友好を深める為のもの。
それを周囲に再び呼びかける依子の言葉に、何人かの少女が視線を逸らす。
それは彼女達が永誕祭が持つ本来の意味を完全に忘れていたからではない。
アレほど用意周到であった輝夜が惨めに敗北した姿を楽しんでいた自覚があるからだった。

依子「それでもまだ決着に拘る方がいらっしゃるのであれば、私は永水女子の負けで構いません」

輝夜「……は?」

依子のその言葉を輝夜は到底、信じる事が出来なかった。
何せ、それはもう収穫間近の勝利を自分から手放し、腐らせるものだったのだから。
勝利こそ絶対と教えこまれた彼女にとって、それは価値観の真逆にあると言っても良い言葉だった。
何故、自身を追い詰めた京子の背中を思いっきり撃ちぬくような言葉を口にするのか。
それがどうしても理解出来ない彼女は間抜けな声を漏らしてしまう。


依子「私は虚しい勝利よりも、誇りある敗北を選びたい」

依子「皆さんはどうですか?」

舞「…宜しいと思います」

祭「うん。私もそれが良いかな」

明佳「さ、賛成…です」

だが、輝夜の驚きとは裏腹に、依子の言葉は広く受け入れられていく。
それは勿論、依子の呼びかけによってその頭の中が幾分、冷静に戻ったからだ。
これ以上、勝負を続けても得られるものは虚しい勝利。
既に京子の勝ちで決着がついている今、勝利を重ねても何の意味もない。
ただ、輝夜を追い詰め、醜態を晒させるだけだ。

舞「(だったら…これ以上、京子さんに働かせるのは可哀想ですわ)」

祭「(まぁ、私はまだあの人の事は許せないけれど)」

明佳「(京子さん京子さん京子さん)」

冷静に京子の体調を気遣うもの。
輝夜に対する怒りが未だ収まりきらないもの。
京子への熱情を抑えきれないもの。
大きく分けて3つのタイプに別れた永水女子だが、その中で依子の提案を拒むものは一人としていない。
依子の言葉と京子の勝利によって高まっていた戦意が鎮まり、そこに隠れていた厭戦ムードが一気に広がっていったのだから。
もう決着はついてしまったのだから終わりにしよう。
そんな共通認識を持って彼女達は頷きの声を返していった。


輝夜「(馬鹿ですの!?いえ…大馬鹿なんですのね…!!!)」

無論、輝夜にとってそれは天の助けと言っても良いものだった。
どっちに転んでも地獄と言う状況を、敵である依子の声が救ってくれたのだから。
無能な敵は最高の味方だと言うに相応しい状況に、その頬が釣り上がった。
無論、そうして輝夜が見せる笑みの中には依子に対する感謝など欠片もない。
降って湧いた勝利を喜ぶ気持ちと絶望から逃れた安堵で一杯だった。

―― パチパチ

輝夜「…え?」

―― パチパチパチパチパチ

そんな輝夜の耳に拍手の音が届く。
それは最初、輝夜が漏らした声よりも小さなものだった。
だが、その拍手の音に応えるようにして一人、また一人を依子に向かって拍手を送り始める。
賞賛の意図を込められたそれはあっという間に体育館を埋め尽くし、輝夜の心に疑問と困惑を浮かべさせた。


輝夜「(な、なんでですの…?)」

輝夜「(あの女は自分から負けたんですのよ…!)」

輝夜「(味方が勝利する直前、横槍を入れて負けさせたって言うのに…!)」

輝夜「(なんであの女が拍手を送られているんですの…!?)」

輝夜にとって依子の提案は愚かしい以外の何者でもなかった。
彼女はありとあらゆる手段で勝利をもぎ取る事が正義なのだと教えこまれているのだから。
敵に勝利を譲るなど気が狂っているとしか思えない。
だが、そんな狂気が今、この場に集った関係者全てに賞賛され、そして認められているのだ。
勝った自分ではなく、敗者に送られるその音が、輝夜はどうしても信じられない。

京子「お姉様」

依子「…京子、さん」

そんな輝夜に背を向けた京子は、ゆっくりと依子の元へと戻っていく。
マスクを脇に抱え、エペと手に持ちながら歩く姿は、依子の目を否応なく惹きつけた。
それは勿論、輝夜のように恐怖混じりのものではない。
戦いを終えた英雄のような凛とした立ち振舞に彼女の中の女がざわついてしまうのだ。


依子「…ごめんなさい」ペコリ

京子「お姉様が謝る事ではありませんよ」フルフル

京子「他ならぬお姉様が考えて決めたものなんですから」

京子「私もお姉様のお考えを支持します」

無論、だからと言って、ざわざわと腹の底で騒ぐような自分を解き放つ事は出来ない。
京子の胸に飛び込みたい衝動は強くなっているが、それ以上に今は人の目があるのだから。
二人っきりならばまだしも今は事後処理を優先しなければいけない。
そう考えた依子が頭を下げる姿に京子はそっと首を振った。

京子「(まぁ、予定とはちょっと違った訳だけれど)」

京子「(でも、これはこれで悪い結果じゃないよな)」

他の誰よりも物足りないと思っているのは実際に輝夜を追い詰めた京子だった。
出来ればあのまま二度と立ち上がれないくらいその心を折りきってしまいたい。
そんな言葉が胸中に浮かぶものの、自身を慮ってくれている依子の言葉を否定するほどではなかった。
とりあえず最低限の目的は達成したのだから、これで良しとしよう。
そう思いながら京子はそっと前へと足を踏み出して。


初美「はーい。京子ちゃんが行くのはそっちじゃないですよー」ガシ

瞬間、横から近づいてきた初美の手が京子の右腕を引っ張った。
無論、本来であれば初美も京子の邪魔はしたくない。
その人生に強い制限が付き纏っている京子を極力、自由にさせてやりたいとそう思っている。
だが、今の京子は手負いの身体を何とか動かしている状態なのだ。
ヒーローを待ちわびている永水女子の生徒達の中へこのまま混じらせる訳にはいかない。

初美「(それよりも治療の方が大事でしょう…!)」

多くの生徒たちは京子の負傷に未だ気づいてはいない。
気づいているのは依子を含む特別敏い少女達だけ。
そんな生徒達の中に京子が混ざれば、また当分、手放して貰えなくなる。
既に伸び伸びとなってしまった治療を京子に受けさせる為、ここは無理矢理にでも引き離さなければ。


初美「ちょぉぉぉぉっと色々とお話がありますからね」ニッコリ

京子「ぅ」

そう胸中で思い浮かべながら、初美が見せる笑みはとても明るいものだった。
だが、その奥に燃えたぎるような怒りがあるのを京子は感じ取る。
それは勿論、京子が自身の怪我を自分たちにさえ隠し続けていたからだ。
その上、怪我をした身体で輝夜に一騎打ちを挑んだともなれば、心配を通り越して怒りを覚えてしまう。

初美「(本当にこの子は自分のことを二の次三の次にして…!)」

初美「(危なっかしくて目を離していられないのですよー…!!)」

あの場で輝夜と戦えるのは京子しかいなかった事くらい初美も分かっている。
そして、その状況で京子が尻込みするような性格ではない事もまた。
だが、だからと言って、自身の健康を代償にするようなそのやり方を受け入れられる訳ではないのだ。
もし、今回の怪我が尾を引いて障害など残ったらどうするつもりなのか。
普段、悪ふざけをする事があっても京子の事を大事に想っている彼女が、そんな言葉を思い浮かばせるのは当然だった。


依子「薄墨さん、その…」

霞「大丈夫よ。何もお説教をする訳じゃないから」

霞「ただ、ちょっと…ね」

メラメラと怒りを立ち上らせる初美の姿に依子は京子のフォローを入れようとした。
だが、それが言葉になる前に、初美と共に近づいてきた霞が口を開く。
依子の不安を解きほぐしながら最後に言葉を濁すのは、それが決して人前で口には出来ない理由だからこそ。
怪我を知っている依子だけならばまだしも、他の生徒や輝夜までいる場所で、京子が心配だなど口には出来ない。

依子「……分かりました」

霞「ありがとう。家鷹さん」

「いえ、その代わり、京子さんの事、お願いしますわ」ペコリ

そんな霞の意図を依子は正確に汲みとった。
それは彼女もまた京子の体調に心を砕いていたからだ。
その為に勝負を打ち切った彼女にとって、京子を連れ去ろうとする初美達は渡りに船。
京子と家族同然に付き合う彼女達ならば悪いようにはしないだろうと頭を下げた。


巴「さて、それじゃあ京子ちゃんはこっちに来てね」ガシ

京子「え…?」

初美「ほら、きびきび歩くですよー」

その間に巴の手が京子の左腕を捕まえる。
それに京子が疑問の声をあげるが、それで二人は足を止めたりはしなかった。
今の京子は何時、その場に崩れ落ちてもおかしくはない状態なのだから。
ここまで京子が積み重ねてきた努力を無駄にしない為にも、可及的速やかに人気のない場所に連れ込まなければ。

巴「(正直、こうやって京子ちゃんの腕を捕まえるのは恥ずかしいけれど…)」

元々、巴は羞恥心の強いタイプだ。
あまり目立ちたがる方ではないし、ひっそりと影にいる方が安心感を覚える。
そんな彼女が仮にも男である京子の腕を抱いているのだから、恥ずかしくない訳がない。
自分は今、人前で大胆な事をしてしまっている。
そう思っただけで彼女の頬は熱を灯し、微かな紅潮を見せ始めた。


巴「(それに…さっきの京子ちゃん…本当に凄かったんだもの)」

巴にとって須賀京子はあまり男を意識した事がない相手だった。
無論、屋敷では京子ではなく京太郎の姿でいる事が多いが、それでも尚、出来の良い弟と言う印象の方が強い。
だが、さっきの戦いは、その出来の良い弟が、紛れも無くオスである事を証明するような激しいものだったのだ。
長らく共同生活を営んでいる中であまり意識してこなかったそれに、巴の身体はどうしても反応してしまう。
京子が男であると認識した身体はこうして京子の腕を捕まえている最中にも鼓動を強めていった。

初美「さーて…そろそろ良いですかね」

巴「そ、そうね」パッ

そんな巴が長らく京子の腕を捕まえていられるはずがない。
京子を先導している間にも高まり続けていた羞恥心と興奮は既に彼女の心を追い込んでいたのだから。
そのまま京子を体育館の外へと連れだした時には、もうその顔は真っ赤になってしまっている。
京子の腕を離す速度も、まるで磁石同士が反発するような強いものになっていた。


小蒔「京子ちゃん、大丈夫ですか?」

瞬間、京子に話しかけてきたのは小蒔だった。
その両脇に明星と湧を控えさせる彼女はその顔一杯に心配そうな色を浮かべている。
幾ら小蒔が天然で若干、鈍感気味であるとは言え、京子との付き合いはもう一年近くにもなるのだから。
輝夜との戦いが続いている中で、京子の異常に気づくくらい簡単だった。

小蒔「(…あの時だってきっとそうだったんです…)」

小蒔の脳裏に浮かぶのは、リレーでバトンを受け取った時の事。
ほんの一瞬ではあるものの、一気に減速した京子の姿を彼女は見ていない。
だが、周りの反応や声から京子に異常があった事くらい分かっていたのだ。
その後があまりにも普通であったが故に、大丈夫だろうと思い込んでしまった自分。
それを誰よりも責める小蒔の顔に、自責の色が浮かび始める。


小蒔「(本当なら私が止めてあげなきゃいけなかったんです…)」

小蒔「(神代の娘である私が…)」

輝夜が『月極の娘』という言葉に囚われているのと同じように、小蒔もまた『神代の娘』と言う言葉に囚われている。
それは無論、彼女自身が自分とそして神代家を完全に許す事が出来ていないからだ。
京子に対して数えきれないほどの非道を行った償いは、まだまだ終わってはいない。
にも関わらず、ここでまた京子に対して何も出来なかった自分を小蒔は誰よりも責めていた。

京子「…そうね。やっぱりちょっと辛いかしら」

小蒔「…っ」グス

京子「だから、ちょっと手を貸してくれる?」

京子「正直、今、防具を脱ぐのすら大変なくらいだから」

小蒔「あ…」

そんな小蒔を前にして、強がるという選択肢を京子は選べない。
無論、好みの美少女を前にして強がりたい本能めいた気持ちは決して小さいものではなかった。
だが、彼女が自分を強く責めているのが、その表情からありありと分かるのである。
ここは小蒔が少しでも自分を許せるように働きかけるのが一番。
そう思った京子の言葉にうつむき加減になっていた小蒔の顔はすっと上がって。


小蒔「…はいっ」パァ

明星「(…良いなぁ)」

そのまま満面の笑みを見せる小蒔に、明星は微かな嫉妬を覚えた。
勿論、明星にとって小蒔は他ならぬ『姫様』であり、一個人としても好ましく思っている。
だが、明星は他人に対して中々、自分と言うものを見せられない少女なのだ。
京子に対しても上手に甘える事が出来ない彼女は、ストレートに感情を露わに出来る小蒔に羨ましさを感じてしまう。

明星「(い、いや、べ、別に京子さんの着替えを手伝える事が羨ましい訳じゃないけれど…)」

明星「(そ、そもそも、怪我してる状態であれだけ動いてるだから、中とか絶対、汗だくだし…)」

明星「(京子さんの匂いもきっと一杯で…ぜ、絶対、臭いに決まってる)」

明星「(だ、だから、そんなの姫様だけにさせる訳にはいかないよね)」

明星「(ここはやっぱり六女仙として私も京子さんの着替えを楽し…いえ、手伝わなきゃ…)」

京子「…明星ちゃん」

明星「ひゃぃっ!?」ビックゥゥ

その羨ましさに邪なものが混じり始めた瞬間、明星に京子の声が掛かった。
無論、それは突如、その瞳を濁らせ、胡乱なものにした彼女のことが心配だったからである。
もしかして輝夜と戦っている最中に、明星にも何かあったのだろうか。
そんな風に思う京子の前で、明星は肩を跳ねさせながら声を返した。


京子「驚かせてごめんなさいね」

明星「べ、別にそんな事で謝らなくても良いんですよ」

明星「それよりも京子さんが謝るべきはさっきの件です」

明星「元々、京子さんは色々と貯めこんで無茶する傾向にありましたが…今回はちょっとやりすぎですよ」

明星「ホント…どれだけこっちの肝を冷やせば気が済むんですか」ムスー

そこで明星が頬を膨らませるのは、妄想していた誤魔化す為だけではない。
春が病院送りになった今、この中で最も京子を気にかけているのは明星なのだから。
日々、心と身体が惹きつけられてしまう男に強がられてしまうというのは面白くない。
何もかもあけすけになど不可能だと分かっているものの、もっと頼ってほしいとそう思ってしまう。

明星「この際ですから、ハッキリ言いますけど…私たちにとって京子さんはとても大事なんですよ」

明星「永水女子やお姉様…家鷹さんの名誉とは比較にならないくらいに」

明星「だから、もっと自分を労ってください」

明星「自分の事をもっともっと大事にしてください」

明星「私達の事を本当に家族だと思っているのであれば、私達の気持ちも大事にして欲しいです」

京子「……ごめんなさい」

そんな明星の口から漏れるのはとても不機嫌そうな声だった。
自身が怒っている事をまったく隠そうともしないそれは、しかし、決してそれだけではない。
一言一言に力を込めるその言葉は、京子の事を想ってのものなのだから。
不機嫌さよりも京子の事を心配している事が強く伝わってくるその声に、自然と京子の口から謝罪の声が漏れ出る。


初美「…」ニヤニヤ

霞「…」ニコニコ

明星「な、何ですか。どうしてニヤニヤしてるんですか…!」カァァ

初美「さぁ、どうしてでしょうねー?」ニマー

霞「ねー?」クス

さっきの言葉は明星にとって普段から積み重なった不満を口にしただけのものだった。
だが、それ故に彼女の本音も多分に含まれていたのである。
自分は京子の事を大事に思っているのだとハッキリと告げるその言葉は、今までとは比較にならないほどの進歩。
それを心から喜ぶ二人の笑みは、しかし、何処かにやついたものになっていた。
それに明星が顔を赤く染めて声を張り上げるものの、初美たちはマトモに応えない。
代わりに、微笑ましさと隠し切れない愉悦を浮かべた顔を申し合わせたように傾げてみせる。

京子「ふふ」

―― プツン

京子「(…あ)」

仲の良い初美たちの姿に笑みを浮かべた瞬間、京子が感じたのは自身の中で糸が切れる感覚だった。
その体を支えていた闘争心が鎮まっていく今、後に残るのは疲労困憊となった身体だけ。
能力を維持する事すら出来なくなったその身体は今、鉛のように重くなっていた。
まだ大丈夫だと思い込んでいた意識ととうの昔に限界に達していた身体。
その二つが反発する自分を京子は制御出来ない。


湧「キョンキョンっ」ダキ

そのまま地面に倒れていきそうな京子を湧の身体が受け止める。
京子ほどではないものの、湧もまた並桁外れた反射神経を持っているのだ。
いきなり膝から崩れ落ちていくような京子に対して反応するのは決して難しい事ではない。
無論、見た目以上に大きく、そして逞しい京子の身体を支えるのは簡単ではないが ――

湧「(…あ、これ…ダメかも…)」

湧「(あちきの中で…また騒いでる…)」

湧「(お腹の奥がキュンキュングルグルって…キョンキョンに反応しちょっよ…ぉ)」ブル

それよりも湧の心を揺さぶっていたのは、子宮から湧き上がる欲情だった。
自身に寄りかかる京子の身体から感じる逞しさに、彼女の身体は落ち着かない。
このまま京子に押し倒され、本能の赴くままに貪られたいという衝動が背筋を這い上がってくる。
ゾクゾクとした快感混じりのそれに、湧は従う事が出来ない。
ここで自分が折れてしまったら、京子の身体も倒れ伏してしまうのだから。
自分の中から湧き上がる衝動よりも、京子の方が大事だとグッとその身体に力を込める。


京子「…ありがとう、わっきゅん」

京子「ホント、今のは助かったわ…」

そんな湧へと向ける京子の声は覇気を欠いたか細いものだった。
常に最高のポテンシャルを発揮する原村和の能力を、京子は完全に使い尽くしたのだから。
それが切れてしまうという事は、気力も体力も完全に底をついてしまったと言う事。
やせ我慢を続ける余裕すらなくなった京子の額からどっと脂汗が流れ始めた。

湧「(…ぁ)」トクン

自身の前で限界に達したオスの身体。
それに湧が感じるのは衝動ではなく、甘いときめきだった。
あれほどまでに強く逞しかったオスが自分の前でこんなにも弱いところを見せてくれている。
メスとしてではなく、女としての部分が充足していくそれは湧が知らない感覚だった。
だが、それはさっきの衝動とは違い、彼女に驚きや躊躇いを覚えさせたりはしない。
胸の内側が満たされるようなその甘い感覚はとても幸せなものだったのだから。


小蒔「き、京子ちゃん…!?」アワワ

明星「もう…!ほ、本当に無茶しすぎなんですから…!!」フキフキ

そんな湧とは違い、小蒔や明星は強い焦りを覚えていた。
ついさっきまで平然としていたはずの京子がいきなり崩れ落ちたのだから。
湧に支えてもらわなければ頭から地面に突っ込んでいたであろうその姿を見て平静でなどいられない。
小蒔は何か自分に出来る事はないかと左右を見渡し、明星は急いでハンカチを取り出して京子の額を拭いた。

霞「(これは…思っていたよりもまずい状態かしら)」

だが、そうやって明星が幾ら額を拭いても京子の汗は収まらない。
まるで全身の汗腺が一気に開いたように後から後から汗が流れ続けていた。
完全に今までの無茶が祟った今の京子に、流石の霞も冷静ではいられない。
何せ、京子はその身体に幾つもの秘密を抱えている身なのだから。
このまま救急車を呼んで病院で診てもらうと言う手段を取る事が出来ないのだ。


巴「私、車回して来ますね!」

初美「じゃあ、私は今の間に神代関係のお医者さんに連絡しとくですよー」

霞「私は先生に京子ちゃんだけ一緒に帰らさせてもらえるようにお願いしてみるわ」

小蒔「あ、あの…」モジ

だからこそ、今すぐにでも信用出来る医者に診てもらわなければいけない。
それを強く意識して動き始める霞達に、小蒔は小さく声をあげた。
その身体を小さく揺する彼女も、勿論、今が緊急事態なのだと理解している。
京子を可能な限り早く医者に連れて行きたいのは小蒔もまた同じだった。

霞「……もう。仕方ないわね」

霞「小蒔ちゃん達も一緒に帰らせて貰えるように言っておくわ」

小蒔「霞ちゃんっ」パァァ

だが、どうしても京子の事を霞達に任せっきりには出来ない。
無論、自分が一緒についていっても京子にしてあげられる事はそう多くない事を小蒔も良く分かっていた。
何をするにしても、きっと霞達の方が上手く、そして手際よくやって見せるだろう。
心の中の冷静な部分がそう言うものの、しかし、感情は納得しない。
京子に対して誰よりも強い負い目を持つ小蒔にとって、何か一つでも出来る事があるのであれば、それで十分だった。


霞「その代わり、京子ちゃんにこれを呑ませてあげておいて」

霞「このままだと一気に脱水症状まで行くかもしれないから」

小蒔「はいっ」

そんな小蒔に霞はスポーツドリンクを手渡す。
その直前まで持ち込んだクーラーボックスで冷やしておいたそれは、元々、京子に渡す為のものだった。
だが、その前に京子が限界を迎えた今、誰かが飲ませてあげるしかない。
その役目を小蒔に譲った霞は巴達と同じように駆け出していった。

明星「湧ちゃん、京子さんを楽な姿勢にしてあげて!」

湧「う、うん…っ」

普段の明星ならばそんな霞に見送りの言葉を口にしていただろう。
だが、今の彼女は全ての神経を京子へと集中させており、そのような余裕は一切ない。
京子の事を支えたまま微動だにしない親友へと向ける言葉も、若干、語気が強いものになっていた。
そんな明星に頷きながら、湧はその身体を動かし、京子の身体をゆっくりと地面へと下ろしていく。


小蒔「京子ちゃん、お水ですよ」

小蒔「ゆっくり飲んでくださいね」

明星「ちょっと頭をあげさせて貰いますね…っと」

湧「(…うぅ)」ズキン

瞬間、それを待っていたかのように小蒔が京子の口へとスポーツドリンクを運び、明星が京子の頭を持ち上げる。
そのまま自身の膝に京子の頭を導く親友の姿に、さっきまで満たされていたはずの湧の胸が微かに傷んだ。
さっきまで京子は自分だけに甘えてくれていたはずなのに。
そんな独占欲と嫉妬混じりの言葉を浮かばせる自分に、湧は内心でため息を漏らした。

湧「(ちっと残念じゃっどん…仕方ないよね)」

湧「(今はキョンキョンの一大事なんだもん)」

湧「(皆と協力するのがいっばんだよ)」

無論、そんな事は改めて言葉にせずとも分かっている。
自分一人では京子の世話を完全に看れない以上、二人の手助けは必要不可欠なのだから。
しかし、京子を世界で唯一の男だとそう認めてしまった湧の心は簡単には納得出来ない。
自分よりも魅力的な二人に献身的な世話をされる京子に、どうしても心の中がざわついてしまう。


湧「(…あちき、嫌な子になってる…)」

湧は女としての自信に乏しいタイプだ。
これまで殆ど武術一本で生きてきた彼女はまともな化粧の仕方すら知らない。
そんな自分よりも女としての魅力を振りまくような親友たちの方が優れているのだと湧は良く理解している。
その上、京子の一大事にこうして嫉妬を禁じ得ないのだから、間違いなく今の自分は嫌な子だろう。

湧「(でも…諦めたく…ない…)」

湧「(こげなちんちくりんなあちきじゃっどん…)」

湧「(でも…そいでも、キョンキョンの事…大好っなんだもん)」

しかし、それは湧の中で、京子の事を諦める理由にはならない。
彼女にとって京子はようやく見つけた運命の相手なのだから。
自身の全て預けられる最高のオスを前にして、そう簡単に諦められるはずがなかった。
恋愛なんて無縁だと思っていた自分の中から好きと言う気持ちを引き出してくれた京子とずっと一緒にいたい。
その気持ちは彼女が内心、抱いていた劣等感と同じくらい強いものだった。
だからこそ、湧は京子の事を諦める事も、親友と恋敵になれるまで吹っ切る事も出来なくて ――

明星「湧ちゃん!」

湧「あ…う、うん…!」



―― 自身の中で答えを先送りにしながら、湧は再び京子の世話に戻っていった。



………

……




Qで、結局、なんでこのエピソードこんなに長くなったんだよ

Aわっきゅんを堕とす為には本気で戦っている姿が必要
          ↓
 正直、ここの京ちゃんが多少、嫌なやつくらいで本気で戦うとは思えない
          ↓
 どうせだから思いっきり叩きのめしても心が傷まないやつを準備しよう
          ↓
 嫌な奴っぷりをアピール…いや、でも、折角だし春もヒロインアピールの為に怪我して貰って…
          ↓
 ついでだしわっきゅんの活躍をアピールする為にリレー形式にしよう
          ↓
 あれ?本筋のフェンシング対決に行く前にすっげええ長くなっちゃったぞ…?


ホント、ごめんなさい(土下座)
元々のプロットではもっとあっさり行くはずだったんですが、せっかくだからと色々エピソードつぎ込みすぎました…
結果、輝夜やら依子やらに興味が無い人にとって中々に辛い展開になってしまって申し訳ないです(´・ω・`)
後、一応、フェンサーやってた友人に話を聞いたり、銀色のパラディンで勉強したり、ネットで色々情報漁ったり、実際の試合観に行ったりしましたが
恐らく作中のフェンシング描写は思いっきり間違ってると思うので、それも合わせてフェンシング経験者の方々に謝っておきます(´・ω・`)ゴメンナサイ



という訳で体育祭におけるゴタゴタはこれにて終了です
後はエピローグ的なものをちょこっと書いて、次のエピソードに移る予定です
ただ、輝夜の件、どうしましょうか…?
一応、頭の中には京子が連れさらわれた後、輝夜がどうなったかはあるんですが…即興でそれも書いた方が良いですかね…(´・ω・`)ぶっちゃけ蛇足感ハンパないですけれど

気になるって人が半分以上いてくれてるみたいなんでさらっとですが書いていきますねー
イラネって人は名前欄の輝夜アフターをNGに放り込んでおいてくださいな


輝夜「(な…なんなんですの…本当に…!)」

輝夜「(訳が…訳が分かりませんわよ…!)」

輝夜「(私は勝った…!勝ったはずですわ…!)」

輝夜「(なのに…どうして私の心の中が屈辱で一杯になっているんですの…!!)」

「輝夜よ。派手に負けたな」

輝夜「っ!?」ビク

輝夜「お…お父様…!違いますわ!」

輝夜「私は負けてなんておりません!」

輝夜「そ、その証拠にあの家鷹依子は敗北宣言をしたではありませんか!」

輝夜「私は勝ちました!月極の娘として立派に…」

「……そうか」フゥ

輝夜「…あ」

輝夜「(…お父様の目が急に冷たくなった)」

輝夜「(今まではまだ私に対して興味があったのに…)」

輝夜「(まるでそれすら失ってしまったような冷たい目に…)」


輝夜「お、お父様…」

「輝夜よ。どうやらお前は勘違いしているようだがな」

「私は別に負ける事そのものを非難するつもりはない」

「私とて敗北とは決して無縁の人生を送ってきた訳ではないのだから」

「人間、一度や二度、負けてしまう事はあるだろう」

「…だがな」ギロ

輝夜「ひ…っ」

「…譲られた勝利に甘んじるなど仮にも月極に名を連ねる女のやる事か!」

「敗北すら認められず、リベンジの気概もないお前はただの負け犬だ!」

「そのようなものに月極を名乗らせるつもりはない!」

「今日限りで荷物を纏めて屋敷から出て行け!!」

輝夜「そ、そんな……っ」


「まったく…無駄な時間を過ごしたものだ」

「行くぞ、磯野」

輝夜「ま、待ってください、お父様!」ガシ

「えぇい。縋り付くな!」

輝夜「お、お願いします…!今一度チャンスを…」

輝夜「今度はもっと上手くやってみせますから…!」

「負け犬に与えるチャンスなどない!」

「大体、そのように他人に縋り付くなど…お前にはもう月極の娘としてのプライドすらないのか!!」

輝夜「っ!」ビク

「……ふぅ。これでもお前には目を掛けていたつもりだったがな」

「まさか最後の最後に、ここまでの醜態を見せられるとは思わなかったぞ」

輝夜「お、お父…」

「体面の問題もある」

「高校卒業までは面倒を見てやろう」

「だが、その後は知らん」

「お前の好きに生き、好きに死ぬが良い」

「その人生に月極はまったく関与しないと肝に命じながらな」スタスタ

輝夜「あ…あぁぁ…」ドサ


輝夜「(ど、どうして…)」

輝夜「(私は勝った…勝ったはずなのに…)」

輝夜「(どうしてお父様に見捨てられるんですの…?)」

輝夜「(分からない…分からない分からない分からない…っ)」

輝夜「(今日の朝までは何時も通りだったのに…!)」

輝夜「(全部全部、思い通りだったのに…どうして…)」

「「「「…」」」」ジィィ

輝夜「(…なんで、有象無象にさえ私は憐れむように見られているのですか…!)」

輝夜「(まるで馬鹿にするように…見下すようにして…!)」

輝夜「(こんなの…こんなのあり得ませんわ…!)」

輝夜「(私を見る目は全て恐怖と羨望、そして怒り混じりのものであったはずなのに…!!)」

輝夜「(どうしてこの私が…月極輝夜がそんな目で見られなければいけませんのよ…!!)」


輝夜「や、止めなさい…!」

輝夜「そのような目で私を見る事は許しませんよ!!」

輝夜「わ、私は星誕女子のエルダーなのですから!!」

「…えぇ。グループの後ろ盾で無理矢理奪ったエルダーですけれど」

輝夜「あ、貴女…!」ギリ

「あ、すごんだって怖くありませんよ」

「さっき月極さんにもうグループは関与しないとそうお墨付きがありましたから」

輝夜「…っ」グッ

「…今まで随分と好き放題されて楽しかったでしょう」

「…えぇ。その分のツケはそろそろ支払ってもらわなければいけませんわね」

「覚えてますか?私、月極さんに…いいえ、輝夜さんに一杯酷い事されたんですよ」

「あら、それは私も同じですわ」

「まぁまぁ。焦らなくても大丈夫ですよ」

「そうですね…輝夜さんはもうどこにも行き場がないんですから」

「…これからとっても楽しくなりそうですね、『お姉様』」ニッコリ

輝夜「うう…ぅ…」

まぁ、こんな感じで転落してって全校生徒から割りとえげつない仕返しをされた挙句、不登校になり、
街を当てもなく彷徨っているところで街の不良たちと知り合い、自身を昔のようにチヤホヤしてくれる彼らと付き合っている間に薦められるままクスリに手を出して
心も身体もボロボロになって人生を終えるんじゃないでしょうかね(´・ω・`)

敢えて京ちゃんに絡めるとしたら街をあてもなく彷徨っているところで京太郎状態の京ちゃんに拾われ、
改めて、その身の上話や境遇を聞いている間に、京ちゃんの中で同情心が沸き起こり、
父親を見返す為、高校を休学して起業し、それを京ちゃんとの二人三脚で大きくしていく…みたいな展開になると思いますが
ぶっちゃけもう輝夜の出番はないので(´・ω・`)転落一直線である


―― 小学校の頃、麻雀における私は無敵と言っても良いくらいでした。

大人ですら一蹴してしまうほどの実力。
ほぼ負けなしと言っても良いそれは自然と人の注目を集めました。
天才、神童、次代の星、キセキの世代。
そんな恥ずかしくなるような言葉で褒め称えられたのは一度や二度ではありません。

―― ですが、それは中国麻雀に限っての話。

麻雀発祥の地である中国と国際戦のルールには、大きな違いがあります。
無論、私もそれは良く理解していましたし、国際戦のルールについても勉強してきました。
ですが、やはりそれは上辺のみの話だったのでしょう。
いざ始まってみると戸惑いは隠せず、私は銀メダルと言う不十分な結果に終わってしまったのです。


―― 両親はそんな私を褒めてくれましたが…。

ですが、私にとってそれは決して満足の行く結果ではありませんでした。
中国麻雀ならば。
そんな言葉がずっと胸中に浮かび、私の集中をかき乱していたのです。
結果、生まれた隙を突かれて敗北したのですから、その内容はほぼ最悪と言っても良いものでしょう。

―― だから、私は日本に行く事に決めました。

香港ともほど近い小さな島国。
そこはまだ麻雀において後進国と言っても良い場所です。
ですが、それでもインターハイなど公式戦は国際戦に合わせて整備されていっている。
丁度、中国麻雀と国際戦の間にあるようなその場所は、国際戦に慣れる為にも、自分を鍛え直す為にも最適。
そう思った私は以前からオファーが来ていた日本への留学を受け入れたのです。


―― ですが、両親はそれを中々、認めてはくれませんでした。

両親にとって私は一人娘です。
そんな私が数年単位で目の届かない場所にいってしまうとなれば、やはり抵抗を覚えてしまうのでしょう。
ましてや、私は既に中国麻雀ではほぼ敵なしと言っても良いくらいなのです。
このまま中国限定の麻雀プロとして居続ければ、必ず成功出来る。
そんな風に説得された回数は一度や二度ではありませんでした。

―― でも、私だって譲れません。

無論、中国と言う国はとても広く、また人口も多いです。
ですが、世界と言うのは決して、中国だけで出来ている訳ではありません。
その周りには日本を含め、無数の国があるのです。
そんな中、世界に出ず、中国にだけ引きこもる事に一体、誰に誇れるでしょうか。
結局のところ、世界と言う大きな敵を前にして、逃げた事には変わりがない。
一人の雀士として生まれたからには、やはり世界を相手にして戦ってみたいとそう思うのが当然でしょう。


―― そんな風にお互いの主張をぶつけて…結局、折れたのは両親の方でした。

何だかんだで二人とも私に対して甘いところがありますから。
愛娘の希望を叶えてあげたいとそう思う気持ちはあったのでしょう。
それ以上に心配だったからこそこうして反対していただけで、決して私に対して悪意があった訳ではない。
我儘を押し通そうとする私と違い、二人が折れるのはある種、当然だったのでしょう。

―― ただ、日本への留学に関して色々と条件をつけられてしまいました。

まず一ヶ月に一回は必ず連絡をいれる事。
これを忘れた時にはすぐさま留学を取りやめさせるという念書まで書かされてしまいました。
まぁ、私も何だかんだ言って両親の事が好きですから、特に問題はありません。
言われずとも連絡はするつもりでしたし、年に数回の里帰りも予定に入っていました。


―― 問題はもう一つの方で…。

無論、両親も日本という国がとても平和である事くらい知っています。
しかし、だからと言って何も知らない学校に娘を預ける気にはなれなかったのでしょう。
それならば、まだ信頼出来る相手に預けてしまった方が良い。
そう思った両親が私に提示した条件は、日本にいる友人のところへ下宿させて貰う事でした。

ハオ「(…さて、どうしましょうか)」

そして今。
私はその下宿先となる家の前にいました。
こうして門構えなどを見る限り、他の家よりも大きく、またかなり雰囲気も良いです。
この辺りは高級住宅街なのか比較的豪華な家が立ち並んでいますが、その中でもひときわ目立つくらいに。
貿易商である父と昔から取引を続けてきている相手…と言うのはやはり伊達ではないようです。


ハオ「(…とあんまり現実逃避している訳にはいきませんよね)」

…正直なところ、私は今、気後れしていました。
日本への留学が決まってから麻雀だけではなく、日本語の勉強も頑張ったつもりです。
ですが、それはまだまだ付け焼き刃で、自分の日本語が正しいかどうか自身が持てません。
無論、それがほんの一瞬、邂逅するだけの相手ならば別にそれでも構わないのですが… ――

ハオ「(相手はこれから最低3年以上は一緒に付き合う人たちですし…)」

日本人は礼儀正しいと聞きます。
ですが、それは逆に言えば礼儀にうるさいと言う事でもあるのでしょう。
もし、私が不慣れな日本語で失礼があっては、これからの三年間に問題が生じかねない。
そう思うとどうしても扉の前で足を止め、中々、チャイムを鳴らす事も出来ません。


「あー…そこの人」

ハオ「…え?」クル

瞬間、私へと話しかける声が聞こえます。
日本人は親切な人も多いから、きっと困っている私を見かねて話しかけてくれたのでしょう。
ですが、私はまだまだ日本語が不慣れで、また自身の困惑をどう説明して良いか分かりません。
それでも話しかけてくれた相手を無視する訳にはいかず、ゆっくりと振り返って。

ハオ「っ!?」ビックリ

目の前にいたのは金髪でした。
い、いえ、別に金髪くらい物珍しいものではありません。
一時イギリス領であった香港では金髪は比較的良く見るものでしたから。
でも、ここは香港ではなく日本であり、また相手は完全にアジア人独特の顔つきをしているのです。


ハオ「(も、もしかして、これが不良と言う奴ですか…!?)」

聞いた事があります。
日本のカラーギャングは若者がメインだと。
わざわざ髪の色を染めている彼も、きっと黄色いカラーギャングの一人。
そんな彼がわざわざ話しかけてきたという事は…その、私に不埒な真似をするつもりで…!

ハオ「(ぼ、防犯ブザー…!そうです…防犯ブザーの用意をしないと…!!)」

香港を出る前に父に渡された幾つもの防犯グッズ。
その中で最も人の注意を引く防犯ブザーならば、この不良を退散させられるかもしれない。
一瞬、そう思いましたが、しかし、そのブザーはカバンの中にしまいこんでしまったのです。
既にこうして話しかけられている状況で、それを出す事は不可能に近いでしょう。
つまり、私はもう詰みの状態であって… ――


「もしかしてホェイユーさん?」

ハオ「…え?」

し、しかも、名前まで知られてしまっています…!
な…なんという事でしょう…!まさかそこまで下調べしているとは…。
ジャパニーズギャング ―― 893は驚異的な情報網を持っていると聞きましたが…。
まさかカラーギャングである彼が、まだ日本に到着してから数時間しか経ってない私の名前を知っているだなんて…。
もしかしたら…彼はただのカラーギャングではなく、893にも繋がりのある危険な人物なのかもしれません…!!

「…あ、もしかして違った?」

「家の前で立ち止まってるからもしかしたら、と思ったんだけど」

ハオ「…………はい?」

……家の前?
つまりこれが彼の縄張り ―― 所謂シマと言う奴なのでしょうか…?
…………うん、どう考えても違いますよね。
幾ら私が日本語にまだ慣れていないとは言っても、そんな表現をしない事くらい分かります。
きっと彼はこの家に住んでいて ―― そして名前は須賀京太郎と言うのでしょう。


ハオ「あうあうあうあう」カァァァ

京太郎「ちょっ、だ、大丈夫か!?」

…止めてください、そんな風に気遣わないで。
だって、私はこんなに優しい人をカラーギャングだと勘違いしたのですから。
あんまりにもあんまりな間違いにもう恥ずかしさと羞恥心で胸の中が溢れかえってしまいそう。
漏れ出る言葉ももう脈絡のないもので、もうホント、どうしようもありません…。

京太郎「え、えっと…とりあえずハオ・ホェイユーさんで良い…んだよな?」

ハオ「…」コクン

それでも改めて尋ねてくれる彼に、何も応えない訳にはいきません。
頭の中までもう一杯いっぱいですが、ここで何も応えなければ彼が困ってしまうのですから。
僅かに残った理性と冷静さでそう判断した私は、小さく首を傾けました。
本来ならばちゃんと応えるのが一番だとは私も分かっていますが、今の私にはそのような余裕はなかったのです…。


京太郎「良かった。間違ってたら恥ずかしいしどうしようかと思ったよ」ニコ

ハオ「…ぁ」

……さっきはカラーギャングのように思いましたが、彼はあんまり怖い顔をしていませんでした。
確かにその髪の色こそ特異ではありますが、その顔立ちは人懐っこいもの。
こうして笑顔を見る限り、何処か愛らしさや可愛さのようなものさえ感じます。
きっと彼はとても良い人なんでしょう。
まだ彼の事なんてまったく知らない私が思わずそう思ってしまうくらいに。

京太郎「で、本来ならば自己紹介から入るべきなんだろうけど…」

京太郎「まぁ、家の前でダラダラするのもアレだし、とっとと中に入ろうか」ヒョイ

ハオ「は…ハイ」

…そう思ってる間に、私のトランクケースが奪われてしまいました。
私に荷物など持たせないと言うようなその姿はとても自然体です。
きっと彼にとって、お客様に荷物を持たせないなんて言うのはごくごく当たり前な事なのでしょう。
流石は日本人…。
こういった礼儀作法に関しては、速い内に私も学ばなければいけません。


京太郎「ここがリビングだから、適当にくつろいでいてくれ」

…リビングも外見から負けず劣らずお洒落な空間でした。
私も香港ではそこそこお嬢様なつもりでしたが、この家には負けます。
これが香港と日本の差なのか、或いは須賀家とホェイユー家の差なのかは分かりませんが。
しかし、彼の言う通り適当にくつろぐつもりにはなれないのは確実です。

京太郎「さて、それじゃ改めて自己紹介しようか」

京太郎「俺は須賀京太郎。一応、ここの息子…って事になるのかな」

ハオ「は、初めマシて」ペコリ

初めまして。
初めて会った人への挨拶の言葉。
まぁ…厳密に言えば初めて会った訳ではないのですが…。
でも、今はこの挨拶できっと間違いはないはずです       多分。


ハオ「ハオ・ホェイユーでス」

ハオ「これからお世話ニなりマス」ペコペコ

京太郎「あぁ。そんなに頭下げなくても良いって」

京太郎「そもそもこれから長い間、一緒にやってく訳だしさ」

京太郎「俺もそういうかたっ苦しいの苦手だし、もっとフランクにやろうぜ」

…どうやら彼はその顔立ちと同じく人懐っこいタイプみたいです。
初めて会った女の子相手にも、ここまでグイグイ距離を詰めてくるなんて。
…ただ、あんまり嫌ではない…と感じるのは彼に下心があまり感じられないからでしょうか。
純粋に私と仲良くなりたいとそう思ってくれている。
それが伝わってくる笑みに私は… ――

ハオ「…ハイ」ニコ

…つい笑みを返してしまいました。
正直、下宿先に同い年の男の子がいるという事で内心、警戒していましたが…。
でも、彼に不埒な事をされるとかそういう事を考えなくても良さそうです。


京太郎「…で、自己紹介も済んだところで…まずは部屋に荷物を運ぼうか」

京太郎「ついでにもう一人の家族も紹介したいしな」

ハオ「家族…デすか?」

京太郎「あぁ。カピーって言うカピバラがいるんだよ」

カピバラ…?
確か世界最大のげっ歯類…でしたっけ?
でも、アレって確か環境の変化に敏感で、季節の移り変わりですぐ体調を崩してしまうので飼育にはかなりの額が必要だった気が…。
それをこうして飼っているだなんて…やはり須賀家、恐るべし…ですね。

京太郎「或いは、先にシャワーでも浴びるか?」

京太郎「こっちの夏は香港よりもキツイだろうし」

ハオ「そう…ですネ」

…まぁ、何より恐ろしいのは日本の夏なんですが。
何ですか、この蒸し暑さ、湿気、不快指数。
正直、空港から降りた瞬間、軽く目眩がしたくらいです。
空港からここまではタクシーだったので汗も少し引きましたが…家の前で迷ってる間にまた汗が浮かんできましたし。
確かにちょっぴりシャワーを浴びたいかもしれません。


ハオ「でハ、先にシャワーを頂けマスか?」

京太郎「ん。じゃあ、着替え準備出来たらこっちについてきてくれるか?」

そう言って彼は先にリビングから出てくれます。
それはきっと私に気遣ってくれているからなのでしょう。
着替えを準備するという事は、下着その他も出す事になるのですから。
フランクにやる…と言いつつ、最低限の気遣いを忘れたりはしない。
もしかしたら彼は軽いように見えて、中々の紳士なのかもしれません。

ハオ「(…あまり私の周りにはいなかったタイプですね)」

私はこれまで麻雀一筋で生きてきました。
その所為か、どうにも堅物で真面目なイメージと言うのが強かったみたいです。
学校でもあまり話しかけられる事はなく、同じ麻雀繋がりでしか友人も出来ませんでした。
そんな私にとって、彼は若干の新鮮さを与えてくれるのです。


ハオ「(まぁ、そもそも異性と仲良くするという事自体、あまりなかった訳ですけれど)」

周りが思っているほど私は堅物ではありませんが、しかし、やっぱりそういう傾向はあるのでしょう。
クラスメイトが騒ぐようなアイドルに興味はありませんでしたし、恋愛に関しても心惹かれる事はありませんでした。
そんな事よりもまず麻雀を強くなりたい。
そう思う私は、これまで異性の友人と言うものを持たなかったのです。

ハオ「(…少し楽しみかもしれませんね)」

彼が与えてくれるのは新鮮さだけではありません。
その何気ない優しさに有り難く思った回数は一度や二度ではないのですから。
そんな彼とこれから仲良くなっていくであろう生活は、正直、ちょっとだけ楽しみでした。
一体、何が待っているのかというそんな好奇心をどうにも抑えきれません。
無論、それは彼に惚れたとかそういう訳ではないのですが。


ハオ「(でも、人として好ましい相手である事に間違いはないと思います)」

…さて、そんな事を考えている間に着替えの準備も終わりましたし。
彼がリビングの前で待ってくれているのに、あんまりダラダラしている訳にはいきません。
まだ私はここに到着したばかりで間取りも良く分かっていない状態なんですから。
早くこの家に慣れる為にもやる事は山積みなのです。

ハオ「オ待たせシマした」

京太郎「んや、大丈夫」

京太郎「それじゃこっちについてきてくれ」

ハオ「ハい」

そうしてついていく最中も彼は幾つか場所を案内してくれました。
トイレに物置、客人用の寝室など。
お風呂にたどり着くまでに並ぶそれらは私が想像していたよりも大きいものでした。
家の大きさは私の実家とほぼ変わりませんが、内部はこっちの方が広々としているかもしれません。
これも狭い土地を有効に活用しようとする日本人の知恵…なのでしょうか。


京太郎「で、ここが脱衣所と洗面所」

京太郎「その先には風呂があるから適当に使っちゃってくれ」

ハオ「あリがトウござイマス」ペコリ

そんな事を考えている間に無事にお風呂場へと到着したみたいです。
それが少し残念に思えたのは、色々と彼に聞きたい事があるからでしょう。
ここまで案内して貰った中にも、私の興味を引くものは幾つもあったのですから。
しかし、今はあくまでもお風呂場に案内して貰う時間であり、あまり寄り道をしてる暇はありません。
こうして廊下を歩いている最中もムシムシするのですから、彼の足を止めるのも可哀想です。

京太郎「いえいえ」

京太郎「んじゃ、俺は適当にリビングでゆっくりしてるから」

京太郎「何かあったら呼んでくれ」

ハオ「はイ」

そう言って去っていく彼に、私は背を向けました。
そのまま脱衣所の扉を開けば、そこにはカゴや洗濯機、洗面台などが並んでいます。
恐らくこのカゴの中に脱いだ服を入れると思うのですが…どうにも自信がありません。
…先に内部の使い方を教えてもらえばよかったと後悔が湧き上がります。


ハオ「(でも、今から彼を呼び止めるのも心苦しいですし)」

…致し方ありません。
ここはとりあえず床に脱いだ服を置いておきましょう。
こうして見る限り、綺麗に掃除してありますし、特に不潔という事はないはずです。
既に着替えも準備してありますから、多少、不潔でも問題はないでしょう。

ハオ「(で、その後、彼に改めて脱いだ服をどこに入れれば良いのか聞きましょうか)」ヌギヌギ

…しかし、こう…何というか他人の家で服を脱ぐと言うのは、ちょっと気まずいですね。
別にこれから何かその…み、淫らな事をするという訳ではないのですけれども。
服を脱いだ瞬間、ここには私と彼しかいないって言う事を妙に意識してしまって…。


ハオ「…ぅ」カァァ

…自分の顔が赤くなっていくのが洗面台の鏡から見て取れました。
幾ら異性に対して免疫がないとは言え…これはちょっと深刻です。
これから三年間、私はこの家で暮らす事になっているのですから。
彼と二人っきりと言う状況も、これから幾度となくやってくるでしょう。

ハオ「(…そういうのにも早く慣れないといけませんね)」ガチャ

…ってお風呂場も凄いですね…。
これ二人どころか三人くらい余裕で入れそうじゃないですか。
事前に調べた日本のお風呂は狭いイメージがありましたが…全然、そんな事ありません。
洗い場だけでもキングスサイズベッドが悠々と入っちゃいそうなくらいあります。


ハオ「(バスタブも洗い場と同じくらいありますし…)」

ジャグジーや私の知らない機能が沢山。
その上、壁には大きなテレビまで嵌めこまれています。
日本人はケチだと聞いた事がありますが、ことお風呂に関しては当てはまらないのかもしれません。
このお風呂場だけで一体、どれだけのお金を掛けているのか、若干、気になるくらいです。

ハオ「(…実際に使う時は気をつけましょう)」

今回はシャワーだけとは言っても、いずれ私もこのバスタブに浸かる時が来るでしょう。
その時、下手にお風呂を壊してしまったら、私を受け入れてくれた須賀家の人たちにも、実家の両親にも顔向け出来ません。
慣れない間は極力、慎重にお風呂を扱わなければ。
そう思いながら私はおずおずとシャワーの方へと向かって。


ハオ「(えっと…多分、この辺りは私の家と同じだと思いますが…)」クイ

…あ、出ました。
正直、不安でしたが…何とか上手くいったようで良かったです。
しかし…やはり夏の暑い日にシャワーを浴びて汗を思いっきり流すのは気持ち良いですね。
身体の外に張り付いてた不快感がなくなっていくのは、何度味わっても筆舌に尽くしがたいです。

ハオ「(…ついでですし、髪や身体も洗っておきましょうか)」

私はお洒落とかにはめっぽう疎い方ですし…香水なんかも持ってきてはいません。
そんな状態で汗を流せば、やっぱり匂いと言うのも出てくるでしょう。
普段ならばあまりそれも気にしませんが、ここは実家ではありません。
同い年の男の子がいるという状況では、やっぱり体臭がきになるのです。


ハオ「(さて、それじゃ…)」ポシュ

…………あれ?
恐らくこのボトルがシャンプー…ですよね。
…うん、ちゃんと銘柄にカタカナでシャンプーって書いてありますし。
でも、何度、押してもシャンプーが出てくる気配がありません。
…と言う事は… ――

ハオ「(…切れちゃってますか)」

…どうしましょう。
これから居候する身でシャンプーを要求するというのは図々しくはないでしょうか。
でも、逆にシャンプーが切れている事に気づきながら報告しないとズボラだと思われてしまったり…。
うぅぅぅ…ど、どうすれば良いのでしょうか…?


ハオ「(…と、とりあえず彼に報告しましょう)」

…やっぱりシャワーだけ浴びて髪を洗えないと言うのは気になります。
特に頭部は髪の毛もあって皮脂が溜まりやすい環境ですし。
これから彼のお父さんやお母さんにも会うのに、そのような状態ではいられません。
やはり、ここは家主に会う前に心も身体もすっきりし、万全の態勢を整えなければ。

ハオ「(では、まずはタオルで身体を拭いて…)」ガチャ

トタトタトタトタ

…あれ?何か足音が聞こえます。
これは彼の足音…でしょうか?
でも、さっき私を案内した時と違ってちょっと騒がしい感じです。
どうにも急いでいるようなイメージを感じるのですが、一体、何かあったのでしょうか?


コンコン

ハオ「っ!?」ビクッ

ってノック…!?
え、えぇぇぇぇ、ど、どういう事なんですか!?
い、いえ…そ、そんな事考えている場合じゃありません!
ここで彼が入ってきてしまったら…わ、私は完全に裸を見られる事に…!!
そ、そんな事になったらもう責任を取ってもらうしか…!!

ハオ「(と、とにかくお風呂場に戻 ――)」ツル

ってしま…!
床に置いていた服に滑って…。
ダメ…これリカバリー…無理…。
倒れ……っ!!


ガチャ

ハオ「…え?」

京太郎「え?」

………………あれ?
なんで私の目の前に彼がいるんですか?
…………あ、なるほど。
さっき転んだ時に私の手が脱衣所のドアに引っかかってしまったんですね。
それで倒れた勢いのまま扉が開いてしまったと。

ハオ「(………………)」

ハオ「(はわわわわわわわわわわわわっ!?)」

あわわわわわわわわわわ。
どどどどどどどどどうしてこんな事に!?
というか、私、これじゃ完全に痴女じゃないですか!!
裸なのに自分から扉開けるとかもう言い訳しようもない変態女ですよ!!!!!!


京太郎「あ…ぅ…」カァァ プイッ

あああああああっ!
しかも、彼の顔真っ赤になってますし!!
これ絶対に見られちゃってますよね…!
私の裸バッチリ見られちゃいましたよねっ!!!
まぁ…倒れこんだのが前に向かってですから、胸とか本当に危ないところは見られてないですけれど…!!
で、でもお尻とかそういうところはもう全部見られて…!
お、男の人に…彼に…みら…見られ…っ!!

京太郎「ご、ごごごごごごごごごごめん!!」

京太郎「お、俺、シャンプー切れてるの思い出して…そ、それ言おうとしたんだけど…」

京太郎「な、何も見てない!俺は何も見てないから…!!」

…………う…うぅぅ。
そんな風に言われても、全然、信じられないですよ…!
だって、貴方の顔、もう真っ赤になってますし…それに私の身体にチラチラ視線送ってるのが分かります!!
目をそむけようとしながらもバッチリチラ見しちゃってるじゃないですか…っ!!!


ハオ「(で、でも、悪いのは私ですし…な、何とかしないと…!)」

私があんな風に転ばなければ、彼だって私の裸を見る事がなかったんです。
だから、ここは私がこの状況を何とか収めなければ…収め………。
られる訳…ないじゃいですか……!!
と言うか、一体、どうすれば収まるって言うんですか!!
もう恥ずかしさと情けなさで頭一杯なんですけれど…!!

ハオ「…ぅ」ジワ

京太郎「あ…ぅ…と、とにかく…その…ご、ごめん…!」ダッ

瞬間、浮かんだ涙に彼も幾分、冷静になったんでしょうか。
…ごめんと言いながらその場を去っていく彼に…私は何も言えませんでした。
自分の失態を取り繕う事も、スケベ心を出した彼を責める事も出来ず。
ただ、洗面所の中で倒れ伏していたままで… ――


―― 共同生活が始まって一時間も経たない間のそのトラブルは私の心に深い傷を残したのでした。

ハオとのエロは書く・・・・・!
書くが…今回まだその時と場所の指定まではしていない
そのことをどうか諸君らにも思い出していただきたい
つまり・・・・私がその気になればハオのエロは10年20年後ということも可能だと言う事を・・・・・っ!


あ、そろそろ時間もヤバイんで寝ます(´・ω・`)おやすみなさーい

久しぶりのエロなんでじっくりねっとり(意味深)に行きたいですしね(ゲス顔)
まぁ、割りとマジでじっくり書いてったら1スレいけそうなネタなのですが、あくまでもここは京子スレなのでさっくりいきます    多分(´・ω・`)後、エロはまだ書けてないんや…


―― 私が日本で暮らし始めて一ヶ月が経ちました。

一ヶ月も経てば、大体、日本での暮らし方と言うものも分かってきます。
最初は戸惑ったお風呂やトイレでさえ、私は慣れた手つきでこなす事が出来るようになっていました。
不安だった食事に関しても特に問題はありませんし、何より私を受け入れてくれた須賀夫妻はとても良い人です。
私の留学生活は順調な滑り出しを見せた…と言っても良いでしょう。

―― ただひとつ彼の事を除いては。

…彼 ―― 須賀京太郎君との関係は未だにギクシャクしていました。
無論、私もこのままで良いとは思っていません。
彼は須賀家の一人息子であり、円滑な日常を送る為にも仲良くしなければいけない相手なのですから。
彼自身、決して悪い人ではないのですから、仲良くなっておくに越したことはないと分かっているのです。


―― でも…。

京太郎「ただいまー」ガチャ

ハオ「っ!」ビックゥ

京太郎「ふぅ。今日も疲れ………ぁ」

……どうしても顔を合わせる度に気まずくなってしまいます。
それは…やっぱり初日に裸を見られた…と言うのが尾を引いているのでしょう。
堅物扱いされる事は多くても、私だって女の子なんですから。
ほぼ初対面に近い異性に裸を見られた事をそう簡単に消化出来ません。
彼の顔を見る度に身体を強張らせてしまうのも間違いなくそれが原因なのでしょう。

京太郎「え、えっと…お、俺、部屋に行くから…」

ハオ「…あ」

…そしてそれはどうやら彼も同じなようでした。
私と顔を合わせる度に、彼はすぐさま逃げようとします。
彼としてもあのトラブルはあまり好ましいものではなかったのでしょう。
……そう思うとなんとなく女としてのプライドが傷つくような気がしますが…まぁ、それも致し方無い事。
いきなり異性の裸を見せられたも同然なのですから、彼が戸惑うのも分かります。


ハオ「…ふぅ」

しかし、だからと言って、このままで良い訳ではありません。
何だかんだで私が来てからもう一ヶ月も経っているのですから。
その間、ギクシャクし続けている私たちに須賀夫妻も心配な顔を良く見せます。
生活全般において面倒を見てくれている彼らに不必要な心労を掛けたくはありません。
もう一ヶ月も経つのですから、いい加減、彼と仲直りするべきなのです。

ハオ「(…そう分かっているんですが…キッカケがないんですよね)」

そもそも顔を合わせる度に、彼はすぐさま逃げようとするのですから。
例外と言えば、須賀夫妻と揃って食事を摂る時のみ。
ですが、それも自分の分をすぐさま口に運んでさっさと部屋に戻ってしまうのです。
常に口にものを運んでいるような彼を前にして、あまり話題を振る事なんて出来ません。
……結局のところ、日常生活を送る中で仲直りなんてほぼ不可能に近いのです。


ハオ「(…つまりキッカケを待つのではなく作らなければいけません)」

…ですが、それはつまり基本的に部屋へと閉じこもっている彼のところへ行く事を意味するのです。
異性の友人というものをこれまで持たなかった私にとって、それはとてもハードルの高いものでした。
無論、私が部屋にお邪魔したところで、彼が何か不埒な真似をされると思っている訳ではありません。
ですが、初日に裸で倒れている私をチラチラ見ていた彼の姿は、鮮明に焼き付いているのです。
もしもの事があってしまったらどうしよう。
未だ生娘である私の中からそんな不安がなくなる事はありませんでした。

ハオ「(…とりあえず私も部屋に戻りましょう)」

このままリビングにいたところで、何かする事がある訳でもありません。
ただ、ちょっと喉が渇いたと思って下に降りてきただけなのですから。
私がここにいては彼もゆっくりとリビングでくつろぐ事も出来ません。
ここは早く飲み物を取って、部屋に戻るべきでしょう。


「……」

ハオ「(…アレ?)」

そう思いながら部屋へと戻る途中、私の耳は微かな話し声を感じ取りました。
ですが、それはおかしいです。
この家は防音設備もしっかりしていて、ちゃんと部屋の扉を閉めていれば音が漏れる事などないのですから。
その上、須賀夫妻は今日も仕事で家を留守にしているのです。
ここにいるのは私とさっき帰ってきた彼しかいません。

京太郎「…でさ。………だし」

階段を登る度にその話し声はどんどんと大きくなっていました。
それから判断する限り、その声の主は、彼なのでしょう。
ですが、こうして階段を登り切っても、未だ相手の声は聞こえません。
恐らくですが、携帯か何かで誰かと話しているのでしょう。
それに少し興味が惹かれますが、盗み聞きするのも失礼な話です。
ここは聞かなかった事にして、さっさと立ち去るのが良いでしょう。


京太郎「ホェイユーさん…かぁ」

ハオ「(…え?)」ピタ

ですが、瞬間、聞こえてきた声に私の足も止まってしまいます。
だって、彼の言葉の中には私の名前が混じっていたのですから。
しかも、その中には複雑な感情が込められているとなれば、どうしてもその場から離れがたく思ってしまいます。
無論、理性ではそれが礼儀を失する事だと分かっていますが…私と彼の間は到底、健全なものではありません。
一体、彼が私の事をどう思っているのか知る事が出来れば、関係改善の糸口にもなる。
そんな誘惑に私は負けてしまったのです。

京太郎「お前は…思う?」

ハオ「(…ちょっとだけ…ちょっとだけ…失礼しますね)」コソコソ

ですが、階段を登り切った位置では、彼の声を正確に聞き取る事が出来ませんでした。
それにもどかしさを感じた私の足はゆっくりと声の方へと近づいていきます。
まるで声に惹かれるようなその足は、彼の部屋ではなくその向こうの突き当りまで進んで ――


キュー

ハオ「(…ぁ)」

そこはカピーちゃんの飼育部屋でした。
空調によって常に気温を一定に保たれているその場所は扉がかすかに開いています。
恐らく私と鉢合わせしてしまったことに焦った彼が、扉を締め切るのを忘れてしまったのでしょう。
かすかに開いた隙間から、見慣れた茶色い生き物と戯れる彼の姿が見えました。

京太郎「…やっぱそうだよなぁ…」

京太郎「仲直り…しなきゃダメだよなぁ…」

キュー

無論、カピーちゃんには人間の言葉は分かりません。
カピバラは賢い生き物ではありますが、複雑な日本語を理解するほどではないのですから。
さっきからキューキューと鳴いているのも、大好きな彼に構ってもらえるのが嬉しいからなのでしょう。
その大きな身体をこすりつけるようにして甘えている姿が、ここからでも良く分かります。


京太郎「でもさ、やっぱどうしても気まずいって言うかさ…」

京太郎「どう言えば良いのか分かんないんだよなぁ…」

ですが、それでも彼は構わないのでしょう。
ぽつりぽつりと漏らすそれはきっと誰かに聞いてもらいたいだけ。
アレはきっとカピーちゃんに相談している…と言う体で、その胸中を整理しようとする彼なりの儀式なのでしょう。

京太郎「何もなかったように接するのが一番なのかもしれないけど…」

京太郎「アレだけのもの見ちゃった上で何もなかったのもちょっと変な気がするし…」

京太郎「だからと言って、謝っちゃうと掘り返して傷つけちゃいそうで…」

ハオ「(…やっぱり彼も悩んでいたんですね)」

相手に対する対応に困窮していたのは私だけではない。
それに微かな安堵を覚えるのは、彼に嫌われていないとハッキリしたからでしょう。
私のドジに彼を巻き込んだのにも関わらず、私からまったく改善に向けての働きかけが出来ていないのですから。
嫌われていたり、苦手意識を持たれていてもおかしくないと内心、不安に思っていたのです。


京太郎「こういう時、男としてはどうするのが正解なんだと思う?」

キュー

京太郎「…とりあえずプレゼントでも持って詫びに行け…か」

京太郎「そうだよな。一番、傷ついているのは俺じゃなくてホェイユーさんの方だろうし…」

ハオ「(ぷ、プレゼントですか…!?)」

…まさかそんな話になるなんて思ってもいませんよ!?
と言うか、今の鳴き声に一体、どんな意味を見出したんですか、彼は…!
まさか本当にカピーちゃんと意思疎通…いや、流石にそれはないですよね。
アジア大会で様々な打ち手と出会った私はオカルトを否定したりはしませんが…流石にそれはあり得なさすぎます。

京太郎「でも、プレゼントなんて言ってもどういうのが良いのか分かんないぞ…」

京太郎「…あ、日本語の辞書とかどうだ?」

京太郎「ホェイユーさんはまだ日本語不慣れだろうしきっと喜んで…」

キュー

京太郎「あー…そっか。普通はそんなのもう持ってるよな」

京太郎「被った時のきつさが半端ないし…大人しく食べ物とかが無難なのかな…」

…ですが、こうして見る限り、完全に彼はカピーちゃんと意思疎通をしています。
少なくとも、自分の考えを整理する為の儀式とはあまり思えなくなってきました。
まさか本当に二人は相手の言っている事を理解しているのでは。
一旦はあり得ないと却下したその考えが私の中で大きくなっていくのを感じます。


京太郎「うし。そうと決まれば、ケーキでも買ってくるか」

京太郎「カピーは何が良い?」

キュー

京太郎「ショートケーキ?お前、またそんなの食ったら獣医さんに注意されるぞー」

ハオ「(…っとそろそろ限界ですね)」

…過程には色々と疑問が残りますが、どうやら彼の中で結論は出たみたいです。
カピーちゃんのお腹を撫でる表情も幾分、晴れていました。
恐らくもうそろそろ彼はカピーちゃんの部屋から出てくるでしょう。
その姿をのぞき見している私としては、もうこの場に留まる事は出来ません。
彼と鉢合わせしない為にも早く離れるべきでしょう。

ハオ「(…にしても、ケーキ…ですか)」

…日本のケーキは好きです。
香港のものよりも若干、甘さは控えめですが、その分、優しい感じがして。
ふわふわと口の中で溶けるそれは最初、雪か何かで出来ているのかと思ったくらいです。


ハオ「(…そんなものを贈られるのであれば、こっちも応えなければいけませんね)」

無論、彼は学生であり、それほど高いケーキを買う事なんて出来ないでしょう。
ですが、逆に言えば、その少ないお小遣いから私の為にケーキを買う事を決心してくれたのです。
その優しさに対して受け身でいいと思うほど、私は思い上がってはいません。
彼が優しくしてくれる分は、返さなくてはいけない。
そんな言葉が私の胸中に浮かび上がって来ます。

ハオ「(まぁ…私はまだまだこの辺りの地理がようやくわかりはじめたばかりですけれど…)」

だからと言って、それは二の足を踏む理由にはなりません。
そのうろ覚えな地理の中から、彼が喜んでくれるものを見つけなければ。
そう思う私にとって、今はもうのんびりしている暇はありませんでした。
その場を離れる足ですぐさま部屋へと戻り、出かける準備をして… ――




ハオ「(…迷いました)」

……いえ、途中までは普通に道も分かっていたのですよ?
そうそう迷子になるほど私はポンコツではありません。
少なくとも数分前までは来た道をハッキリと記憶していたはずなのです。
……ですが、その…目の前にかわいい黒猫がいたら興味もそそられるではないですか。
その上、その子がこっちに近づいて足に擦り寄ってきたら、帰り道なんて忘れてしまうのが当然でしょう。

ハオ「(…自分で言ってて情けなくなってきました…)」

やはり土地勘のない場所を一人で出歩くのは危険だったでしょうか…。
でも、目的が目的であるだけに彼に頼る訳にはいきませんし…。
ましてや仕事中である須賀夫妻に頼るなど私のプライドが許しません。
…でも、私は完全にここから須賀家へと帰る方法を見失ってしまって… ――


ハオ「(…どうしましょう)」

…いえ、どうするもこうするもありません。
彼にも須賀夫妻にも頼れない以上、自分でどうにかするしかないのです。
幸い、私の手元には父から託された須賀家の住所がありますし。
それを人に伝えればおおまかな方向だけでも分かるでしょう。

「ねぇ、そこの彼女ー?」

「もしかして今、暇?」

瞬間、私に話しかけてきたのは二人組の男でした。
髪の色を染めた彼らはその格好からしてどうにも『チャラい』感じです。
そんな彼らがこうして私に話しかけてきた…と言う事はおそらくナンパなのでしょう。
それ自体は香港でも頻繁にありましたし戸惑う事はないのですが…。


ハオ「(…なんと断れば良いのでしょう…?)」

広東語であれば、いくらでも断り文句が出てきます。
ですが、ここは日本であり、広東語など通じるはずがありません。
無論、私も日本語はそれなりに勉強していますが、ナンパの断り文句など知らないのです。

ハオ「(もし、不慣れな日本語で断って、失礼があったら…)」

日本にはムラハチと言う風習があるのだと聞きます。
失礼があった相手を地域住民全てが無視するそれは、礼儀と言うものを重視する日本ならではのものでしょう。
無論、私にとってもそれは恐ろしいものではありますが、特に怖いのは須賀家の皆さんが巻き込まれる事。
快く私を受け入れてくれた彼らまでムラハチの対象になってしまったらどうしよう。
そう思うと私の口は中々に動かず、彼らの前で身体を強張らせてしまいます。


「お、もしかして緊張してる?」

「そんな可愛いのにナンパとかされるの初めてなのかな?」

「だいじょーぶだって。俺ら紳士的だから」

「ホント、お茶だけ。ちょっとお話してくれればそれで良いからさ」

ハオ「ゥ…」

ですが、その間にも彼らは言葉を投げかけてきます。
恐らく、私が気弱で流されやすい相手に見えたのでしょう。
矢継ぎ早に投げかけてくる言葉は、私を押し切ろうとするものでした。
ですが、私は彼らに興味はなく、また簡単にナンパについていくほど軽い性格でもありません。
こうして悩んでいるのも断り文句をどうにかして考え出そうとしているから。

ハオ「(でも…もしも…)」

ただ、それはあまり芳しいとは言えませんでした。
香港人である私が考える礼儀と、日本人の礼儀はまったく違う。
それはこの一ヶ月の間、身にしみて感じてきたものなのですから。
「いいえ。今は忙しいです」
たったそれだけの言葉でさえ、中々、口に出来ないくらいに。


「とりあえずさ、そこのスタバとかどうかな?」

「俺らこの間、給料日だったからなんでも奢っちゃうよ」

「ほら、行こうって」スッ

ハオ「っ!?」

そうやって私が口を噤んでいる間に、彼らの手が私の腕に伸びました。
強引に私を連れて行こうとするその手に紳士らしさなど欠片もありません。
間違いなく強引と言っても良いそれに私は強い拒否反応を覚えました。
こんな人達に触れられるなんて絶対に嫌。
そんな言葉が私にその手を振り払おうとさせて。

「あー…そこのお兄さん達、ちょっと良いですかね?」

ハオ「……ア」

瞬間、私と彼らの間に入りこんだのは見慣れた金髪でした。
くすんで見える彼らとは違って、キラキラと煌く金色。
何処かライオンのたてがみを彷彿とさせるその色に、私は思わず言葉を漏らしてしまいます。
だって、それは…本来、ここにあるはずのない色なのですから。
家ならばともかく…こんなところ…しかも、こんな状況で会えるはずないのです。


京太郎「この子、まだ日本語不慣れなんでその辺で勘弁してあげてくれないっすか?」

―― でも、その色も声も、彼のものでした。

私が下宿している須賀家の一人息子…須賀京太郎君。
私の窮地を救ってくれた彼の登場は私の胸をドキリとさせました。
だって…それはお伽話のようなタイミングの良さだったのですから。
女の子ならば誰もが憧れるようなその登場は…正直、格好良いです。

「え?って事はこの子、外人さんなの?」

京太郎「えぇ。つい最近、留学してきたばっかなんで」

「そっかー…じゃあ悪いことしちゃったかな」

「ごめんね、彼女」ペコ

ハオ「…い、イイエ」フルフル

そんな彼の言葉に彼らは心底気まずそうな顔を見せました。
ちょっと強引ではありますが、彼らも悪い人ではないのでしょう。
正直、あんまりにも印象が悪くて好意的にはなれませんが、さりとて許さないほど憎んでいる訳でもありません。
特に酷い事をされたと言う訳ではないですし、ここは穏便に済ませるのが一番でしょう。


「じゃあ、俺らもう行くけど…」

「ホント、ごめんね。でも、また今度、遊んでくれたら嬉しいな」

京太郎「いえいえ、こちらこそすみませんでした」ペコリ

…それでも最後までナンパを諦め切らないのは呆れを通り越して感心してしまいます。
最近は日本では草食系男子…と言うのが増えているそうですが、まだまだバイタリティを持っている人達もいるのでしょう。
まぁ、一人の女としては、そういうバイタリティは何処かに投げ捨てて欲しいくらいですが。
幾らなんでもいきなり腕をつかもうとするのはやり過ぎだと思いますし…って今はそれよりも…。

京太郎「…ふぅ」

ハオ「あ、アノ…」

京太郎「…ホェイユーさん?」ニッコリ

ハオ「…ゥ」

彼にお礼を言わなければ。
そう思って声をあげた私に彼は笑みを浮かべながら振り向きました。
しかし、それは出会った時、私に見せてくれた可愛らしいものではありません。
それは謂わば威嚇の笑み。
その奥底で強い怒りが燃え上がっているのを感じさせるものでした。


京太郎「…俺の事信用出来ないのは分かるけどさ」

京太郎「何も言わずに家からいなくなるのは止めてくれよ」

京太郎「せめて行き先くらい告げてくれないと、こっちも心配になる」

ハオ「……ハイ」

…元々、私はあまり長い間、外に出ているつもりはありませんでした。
ちょっと街に出て彼の喜んでくれそうなものを見繕うだけのつもりだったのです。
しかし、不慣れな街中で彷徨っている間に、思いの外、時間も経っていたのでしょう。
彼の後ろに見える大時計はもう夕飯前と言っても良い時刻を差していました。

ハオ「(…多分、必死になって私の事を探してくれていたんでしょう)」

彼の声は静かに叱るような落ち着いたものでした。
ですが、その中には強い心配の色が現れているのです。
その上、額にはかすかに脂汗が浮かんでいるのですから、きっと彼は私の事を探しまわってくれていた。
それほどまでに彼へと心配を掛けてしまった事にズキリと胸の奥が痛みます。


京太郎「…まぁ、今回の件はホェイユーさんの電話番号もLINEも知らなかった俺が悪いんだけどさ」

ハオ「い、イえ、そんな事は…」

…そもそも私達にアドレスを教え合うような時間はありませんでした。
出会ってから一時間も経たない間に、私は彼に裸を見られてしまったのですから。
それからずっとお互いを避けあっていた私達が連絡先の交換などしているはずがありません。
今回、ここまで彼に心配を掛けてしまったのは、そうやって避けていた私にも原因があるでしょう。

京太郎「いや、一応、俺の方が男なんだから、もっとちゃんと向き合うべきだったんだよ」

京太郎「ホェイユーさんに悪い事したからって、何時迄も逃げてるべきじゃなかった」

…でも、どうやら彼はとても頑固な人みたいです。
背負い込まなくても良い責任の一端を、自分から背負い込んで手放そうとしません。
…そんな彼に悪くないと言っても、きっと聞き入れては貰えないでしょう。
私も所謂、頑固者ですから、譲れない彼の気持ちは分かります。


京太郎「だから、ごめん」ペコ

京太郎「ずっと逃げ続けた事も…そのキッカケになった事も」

京太郎「本当に…ごめんなさい」

…だからと言って、一人で先に話を進める彼の事を簡単に許す事は出来ません。
だって、それは本来ならば私が謝らなければいけない事なのですから。
それを奪われてしまったら、私は一体、どうすれば良いのか。
そんな拗ねるような気持ちが内心から湧き上がってきます。

ハオ「…許しマせン」

京太郎「…っ」ビク

だからこそ、その言葉は自然と私の口から出てきました。
人通りのある広場の中、ペコリと頭を下げる彼を拒絶する言葉が。
それに彼の身体が強張りを見せましたが…そんな事、私の知った事ではないのです。
だって、悪いのは責任を全部、背負い込もうとする彼なんですから。
私が謝る余地すら許してくれなかった彼に容赦などするはずありません。


ハオ「…だかラ、罰とシテ、こレカら日本語教えてクダさい」

京太郎「え?」

…だから、これは罰。
私の背負うべきものまで全部、背負ってしまった優しくて意地悪な人に私は罰を与えなければいけないのです。
…それに微かな良心の痛みを覚えますが…それもまた致し方無い事。
それが彼に先手を打たれてしまった私への罰なのです。

京太郎「ホェイユーさん…」

ハオ「ハオ、でイイですよ。京太郎クン」

無論、私はまだ彼に思うところはちょこっとだけ残っています。
乙女の柔肌を見られたと言うのはそう簡単に消えるものではありません。
ですが、だからと言って、それは彼に対する態度を頑なにするほどではないのです。
…こうしてお互い向き合ったのだから、もうきっと大丈夫。
良心が痛む胸の中、そんな言葉が浮かんできて ――

ハオ「そレヨり早く帰りまショう」

ハオ「ケーキが待っていルンでスよね?」

京太郎「あぁ。そうだな」

京太郎「…ってあれ?俺、言ったっけ?」

ハオ「ふふ。秘密でス」ニコ


―― その証拠に夕暮れの中、彼と交わす会話は、一ヶ月前よりもずっと楽しくて穏やかなものになっていました。



真面目キャラ同士の恋愛は絶対に面倒くさい(確信)
と言いつつ寝ます(´・ω・`)おやすみなさーい

香港系の人の名前ってややこしいのですよねー…
ジャッキー・チェンさんなんかが良い例ですが、中国語表記ではジャッキー・チェンは「陳港生」となります
この内、「陳」が苗字になのですが、これはジャッキー・チェンのチェンにあたる部分ですし
だから、カタカナ表記で書いてあるって事はてっきり英語表記の方かと思ったんですが…
今ぐーぐる先生に聞いてみたところ?慧宇ってそのままハオ・ホェイユーなんですね
って事は漢字表記になるので、ハオは苗字の方って事に…(´・ω・`)ゴメンナサイ

咲の作中でも仲が良いっぽい智葉さんからハオ呼びされてたからそっちが下の名前だと思い込んでましたの(´・ω・`)
が、もうホェイユーが苗字だと言わせちゃったのでこの小ネタの中では修正せず、そのままいこうと思います…

いっそ適当に愛称で呼ぶようにするとか。ホェイユーから取って「ユー」とか。ある日突然日焼けして垢抜けた性格になり
愛称も何故か「ロー」に変化してピースビデオレターを実家に送ったりするかもしれないがまあ些細な問題だな。(白目)

あ、起きたばっかで説明不足でしたね、ごめんなさい
ハオ・ホェイユーは中国名をそのままカタカナ表記したものみたいなんですよね
なので、やっぱりハオが苗字の方になるんじゃないかなーと
ただ、ホェイユーちゃんって可愛い名前ではあるんですが、どうにも日本人には馴染みがなくまた力が抜ける名前でもあるような気がしますし
>>927さんの言う通り、次からは適用に愛称考えた方が良いのかなーとか思ってます(´・ω・`)ユーちゃんは普通にありだと思う


―― 私が日本で暮らし始めてからもう三ヶ月が経過しました。

その間、私の生活は怖いくらいに順調でした。
今の私は須賀夫妻だけではなく、京太郎君とも仲良く出来ているのですから。
その上、毎日、彼から日本語を教わっている私は、グングンと日本語に慣れ始めていました。
今ではもう殆ど日本人と変わらないとそう京太郎くんに褒めてもらえるくらいです。

ハオ「…ふぅ」

しかし、それと反比例するように麻雀の実力は中々、上がりませんでした。
日本では色々とルールが違って、戸惑っている部分は少なからずあります。
ですが、それ以上になんだか最近はドツボにハマっている気がして。
…元々あったはずの実力すら見失っている感すらあります。


ハオ「(…完全にスランプですね)」

ここ最近は臨海女子 ―― 春から私が通う学校にも顔を出せるようになりました。
早くから部活に馴染めるようにという監督の配慮です。
そのお陰で麻雀を打つ相手には事欠きませんが、どうにも成績が振るわないのです。
アジア大会で勝てた相手にさえ、今の私は追いつく事が出来ない有様でした。

ハオ「(…どうしましょう)」

そんな自分に私は強い焦りを感じていました。
私が日本にやってきたのは、あくまでも麻雀が強くなるのが目的なのですから。
須賀家の皆さんと仲良く出来るのは嬉しいですが、本題はそこではありません。
このスランプを乗り越えなければ、留学しに来た理由すら失うのです。


ハオ「(こんなにもどかしいのは初めてですね…)」

こと麻雀において、私は自分の才覚を疑った事はありません。
それだけの実績は残してきたつもりではありますし、またそれ以上に努力もしてきているのですから。
そんな私にとってこれほどまで深いスランプは初めての経験でした。
何をやってもひたすら勝てないそれは私の胸をモヤモヤとさせるのです。

ハオ「(…とりあえず牌譜の見直しをやっていますが…)」

ハオ「(成果らしい成果なんてまったく出てきませんし…)」

私の心を蝕んでいるスランプはあくまでも精神的なものなのです。
幾ら牌譜の整理をしたところで、それが解消につながったりはしないでしょう。
ですが、だからと言って私は牌譜整理をする手を止める気にはなれませんでした。
何か麻雀に関する事をやっていなければ落ち着かないほどに今の私は追い詰められていたのです。


ハオ「ん……んぅ」ノビー

……って気づけばもう六時ですか。
もう二時間は机と向かい合っていますし…そろそろ休憩でも入れましょうか。
……いえ、こういう気の緩みが、私のスランプにつながっているのかもしれません。
成果は感じられませんが、しかし、今はやるべき事を続けるべきでしょう。

コンコン

ハオ「…?」

瞬間、私の部屋に小さなノックの音が響きました。
何処か遠慮しがちなそれに私は牌譜整理の手を止めます。
目の前の譜面に集中したい気持ちはありますが、折角、誰かが訪ねてきてくれたのですから。
今の私は居候の身でありますし、余計に居留守など使う訳にはいきません。


ガチャ

京太郎「よっす」

ハオ「あ、京太郎君」

そう思って部屋を開けた私の前に立っていたのは京太郎君でした。
この数カ月の間、急激に仲良くなった彼は、控えめなノックとは裏腹に気軽な声を返してくれます。
もう完全に友人として扱われるそれに私は内心で微かな嬉しさを浮かばてしまいました。
だって、私にとって彼は初めてと言っても良い異性の友人なのですから。
私に日本の事を ―― 例えばムラハチなんてもう存在しない事を ―― 教えてくれた彼を私はとても好意的に思っているのです。

京太郎「今、暇あるか?」

ハオ「そう…ですね」

そんな彼の言葉に、しかし、私は返事を濁らせてしまいました。
無論、今の私は暇と言えば暇です。
こうして牌譜整理をしているのも、必ずやらなければいけないという訳ではありません。
あくまでも私の心がそれを欲しているだけであり、課題として課せられている訳ではないのですから。
別に後回しにしたところで誰に責められる訳ではないでしょう。


ハオ「(…でも)」

…ここ最近の私はあり大抵に言えば弛んでいる状態でした。
これまで麻雀だけが趣味であった私にとって海外旅行など初めての経験なのですから。
ましてや、下宿先の人たちがとても穏やかで暖かい人達ともなれば、日々の生活も楽しくなります。
事実、私は日本にやってきたから麻雀に割いていた時間が大きく減ってしまったのを自覚していました。

ハオ「(…きっとだからスランプになんて陥ってしまったのです…)」

無論、日本に来てからも麻雀の練習を欠かした日は一日としてありません。
早く日本のルールに慣れられるようネト麻などは頻繁にやっていました。
ですが、こうして私がスランプに陥っているという事は、やはりそれでは足りなかったという事なのでしょう。
自分がまだ日本のルールに適応できていないという事を私はもっと深刻に考えるべきだったのです。


ハオ「…ごめんなさい」

京太郎「あー…そっか」

だからこそ、断り文句を口にした私に、京太郎くんは気まずそうな表情を見せました。
きっと心優しい彼は私の邪魔をしてしまったのだと心苦しく思っているのでしょう。
…出来れば、そんな事はないと言いたいですが…しかし、一度、断り文句を口にした私が何を言っても無駄。
その顔に浮かぶ微かな痛みも私ではどうする事も出来ないのです。

京太郎「まぁ、大した用事じゃないから良いんだ」

京太郎「最近、今詰めてるみたいだったからちょっと息抜きでもどうかなって思っただけだし」

そんな私に京太郎くんは明るい声で言葉を返してくれます。
自身の中の気まずさを隠そうとするそれは、彼の表情もまた明るいものに変えました。
…ですが、それはきっと…いえ、間違いなく京太郎君の演技なのでしょう。
ここ数ヶ月ほど一緒に暮らしてきて、外見からは想像できないほど彼が真面目なタイプである事を知ったのですから。
根が真面目な彼としては、未だ気まずさが胸中に残っているのでしょう。


京太郎「そんな訳でハオを釣る為のケーキは冷蔵庫の中に置いとくから後で食べてくれ」

ハオ「け、ケーキなんかで釣られたりしません」

……いや、まぁ、ちょっと今、気持ちが傾いたのは事実ですけどね。
でも、それは今の私は夕飯前で若干の空腹感を覚えているからです。
決してケーキの魅力に負けた訳ではなく、あくまでも生物の本能めいた働きが原因。
その二つを決して混同しないように私は声を張り上げて主張したいくらいです。

京太郎「はは。ま、ともかく、根を詰めるのもほどほどにな」

京太郎「最近のハオはちょっと心配なくらいだし」

ハオ「…でも」

…京太郎君はそう言ってくれますが、今の私は根を詰めないとどうにもならない状態なのです。
少なくとも、私はスランプを打ち破る方法をそれだけしか知りません。
例え無駄でも無謀であっても、ひたすら真正面から挑戦し続ける。
それを止めてしまったら、私はここにいる意味さえ失ってしまうでしょう。


ハオ「(…それは嫌です)」

私にとって最初、須賀家の皆はただの下宿先の人たちでした。
ですが、彼らと共同生活を営んでいる間に、私は強い愛着を感じるようになったのです。
ここでなら三年間、きっと楽しく、安心して暮らす事が出来る。
そう思ってしまうほど心安らぐ彼らの元から離れたくありません。
ましてや、自分自身に負けてしまった所為で離れるなんて…想像しただけで胸が痛むくらいでした。

京太郎「でも?」

ハオ「…私は今、完全にスランプですから」

ハオ「これを打ち破らなければ…私はこの国に来た意味がないんです」

京太郎「あー…なるほどな」

ハオ「え?」

そんな私に帰ってきたのは、彼の意外な言葉でした。
私の言葉に何か得心を得たようなその反応に、私は思わず疑問の声を返してしまいます。
だって、さっきの言葉には、そのように納得するような要素なんて何一つとしてなかったのですから。
一体、彼は何に対してなるほどな、と言ったのか。
そんな疑問が私の脳裏に浮かび上がってきていたのです。


京太郎「まぁ、俺も運動部だったからスランプの辛さは分かるよ」

京太郎「でもさ、あんまりそうやって自分を追い込むのは良くないと思うぞ」

ハオ「…良くない…ですか?」

京太郎「あぁ。まぁ…そういうプレッシャーからスランプを打ち破るタイプの人もいるかもしれないけどさ」

京太郎「でも、それは自分の中にあるプレッシャーを力に出来る人じゃないと無理だろうし」

京太郎「普通の人は出来ない事に自分を追い込んで、追い込む事でさらに出来なくなってって」

京太郎「そんな無限ループに陥ると思うぞ」

ハオ「…むぅ」

…彼の言葉はおそらく実体験混じりのものなのでしょう。
しみじみと語るその言葉には、とても強い感情が込められていました。
私はあまりハンドボールには興味ありませんでしたが…彼は中々、有名な選手だったみたいですし。
その中でもどかしい思いをしたのはきっと一度や二度ではないのでしょう。


ハオ「…京太郎君はそういう時、どうやって乗り越えてましたか?」

京太郎「俺?俺の場合は…そうだな」

京太郎「とりあえず一端、ハンドボールの事を忘れて数日くらい遊び倒したかなぁ…」

ハオ「…え?」

…………いや、それはどうなんでしょう。
私がやっている麻雀ならばともかく、彼がやっているのはハンドボール。
一日練習をサボった分は数日掛けて取り戻さなければいけないと言われる分野なのです。
それを数日もハンドボールの事を忘れるくらいに遊んでしまって本当に大丈夫だったのでしょうか。

京太郎「…でもさ、そうやって遊んでる間に、少しずつハンドボールの事が気になってくるんだよ」

京太郎「忘れなきゃいけないっていうのに、それはドンドンと大きくなって…」

京太郎「んで、最後にはハンドボールの事をやりたくてやりたくて仕方がなくなった」ニコ

…ですが、それでもきっと何とかなったのでしょう。
私がそう思ったのは照れくさそうな京太郎くんの顔に暗いものが何一つとして見えないからです。
実際に彼はそうしてスランプを乗り越える事が出来た。
結論を聞かなくても分かるようなその笑みに、私もつい穏やかなものを感じてしまって。


京太郎「で、まぁ、戻ってみればやっぱり辛いんだけどさ」

京太郎「でも、辛いだけじゃなくて楽しいんだよ」

京太郎「やっぱり俺はハンドボールの事が好きだったんだってそんな事を思うくらいに」

ハオ「…あ」

そんな私の前で、京太郎くんは一瞬、遠い目を見せました。
…詳しい事は知りませんが、彼はハンドボールの試合で酷い怪我をしてしまったそうです。
県予選から全国にいけるかどうかの瀬戸際での怪我は、彼のハンドボール選手としての人生を終わらせてしまいました。
無論、これからもハンドボールは出来るでしょうが、決して選手として大成出来ない。
…その事実がきっと彼に悲しい目をさせたのでしょう。

京太郎「で、辛いのより楽しいのが上回った頃には、スランプも殆どなくなってたかな」

京太郎「寧ろ、何時も以上にパフォーマンスが発揮できて絶好調と言っても良いくらいだったよ」

ハオ「…そう…ですか」

しかし、それ以上に彼の心を傷つけているのは、私の不用意な質問。
自分の事ばかりで彼の事をまったく考えていなかった私のせいで彼は傷ついてしまったのです。
それに胸中の痛みが大きくなりますが…だからと言ってそれを表には出せません。
ここで私が自分を責めるのはきっと彼にとっても本意ではない事なのですから。
辛くても最後まで語ってくれた彼に、私は謝罪よりも先にお礼を口にしなければいけないのです。


ハオ「…ありがとうございます、京太郎君」ペコリ

京太郎「いや、まぁ…あくまでも俺の場合はそうだったってだけだからさ」

京太郎「ハオの参考になるか分かんないけど…」テレ

ハオ「いえ、とても助かりました」ニコ

今までスランプなんて殆ど経験したことのない私にとって、彼の言葉はとても貴重なものでした。
実際にそれを乗り越えた先達の言葉に、倣ってみたいと言う気持ちが私の中で湧き上がってきます。
無論、そうやって休んで逆にダメになってしまったらどうしようという不安は決して小さいものではありません。
ですが、このまま無駄な努力を続けていても彼に心配をさせるだけなのです。
これ以上、京太郎くんに余計な心労を掛けない為にも数日くらいは麻雀を忘れるのも良いでしょう。

ハオ「(ただ…遊び倒すと言っても…どうすれば良いでしょう…)」

正直なところ、私はつまらない女です。
麻雀以外の趣味などなく、日々の生活の大半を麻雀に費やしているのですから。
そんな私が麻雀を忘れて遊ぼうとしても、どうすれば良いのか分かりません。
麻雀以外の遊び方なんて私は殆ど知らないままここまで来てしまったのです。


京太郎「あー…それで、さ」

京太郎「もし…その、もし良かったら…なんだけど」

ハオ「はい?」クビカシゲ

そんな私の前で京太郎君がポツリポツリと言葉を漏らします。
それに私が疑問を覚えてしまうのは、そんな彼の姿を殆ど見たことがないからでしょう。
京太郎君はあまり男らしいタイプではありませんが、言うべき事はハッキリ口にするのですから。
さっき遠い目をしながらも私にスランプ解消法を話してくれたように、多少、言いづらい程度で彼が躊躇いを言葉に浮かべる事はありません。

ハオ「(…となれば、よっぽど言い難い事なのでしょうけれども…)」

しかし、私にはその内容が予想出来ませんでした。
無論、私とて馬鹿ではありませんから、彼が何かを提案しようとしてくれている事くらいは分かります。
ですが、どんな提案ならば、ここまで躊躇いを顔に浮かべるのかまったく予想がつきません。
そんな私に出来る事と言えば、目に見えて言いづらそうな彼の言葉を待つ事で ――


京太郎「明日、一緒に遊びに行かないか?」

京太郎「ほ、ほら、ハオはまだこの辺りで遊ぶところとか知らないだろうしさ」

京太郎「それに面白そうな映画とかも最近あって…えっと…その、だから…」

へぇ…映画ですか。
確かに最近、映画とか見に行っていませんね。
…と言うより、以前見に行ったのはまだ小学校にあがる前だったではなかったでしょうか。
確かアレは母の好きな俳優が出てるアクション映画だったような……ってアレ、これってもしかして…。

京太郎「つ、つまるところ…デートなんてどうでしょうか?」

ハオ「…は…ぅぁ」カァァ

で、ででででで…デート…!?
い、いえ…ち、ちょっと…ちょっと待って下さい。
あんまりにも予想外過ぎて頭の中がパンクしそうなんですけれど…!
と言うか…わ、私なんで京太郎君にデートなんて誘われているんですか…!!
い、いや、別に嫌という訳ではないですけれど…でも、私は彼の事をそんな風に見てないですし…。
ナンパ男にデートに誘われるよりはずっとずっとマシですけれど、それでも戸惑いと恥ずかしさの方が大きくて…!


京太郎「あ、で、デートって言っても邪な気持ちはまったくないから!」

京太郎「どっちかって言うとハオの息抜きが優先だし!!」

京太郎「ハオが肩の力を抜いて遊べる手助けをしたいってだけなんだよ!」

…い、いや、大丈夫です。
それは…それは私にもちゃんと伝わってきています。
京太郎君は今更、私に不埒な事をしたりしません。
そんな事をするのであればとうの昔に私はこの家を出てますから。
だから、そんなに焦って弁解しなくても、彼に不信感を抱く事はありません。

ハオ「(も、問題は…どっちかといえば私の方ですよね…)」カァァ

無論、私は戸惑いを覚えていますし、気恥ずかしさも大きいです。
ですが…それは決して京太郎くんの提案を断らせるほどではありませんでした。
京太郎くんは信頼出来る人ではありますし、そして何より、私のために提案してくれているのですから。
ここで彼の提案を断る理由がないとさえ言っても良いでしょう。


ハオ「(で、ででででも…デートなんて…!)」

そう冷静に結論付ける思考とは違い、私の胸は騒ぎ続けていました。
それは京太郎君から提案されたそれが、私にとって初めての経験だからでしょう。
これまで麻雀以外に興味を持たなかった私に、デートの経験などあろうはずもありません。
自然、初めてのデートを男友達と行くと言うシチュエーションに強い気恥ずかしさを覚えてしまいます。

京太郎「……」

ハオ「(…京太郎…君)」

結果、相反する思考と感情に、私は黙りこんでしまいました。
ですが、京太郎君はその間、何も言ったりしません。
まるで言うべき事は言ったのだとそう言うようにジッと私の顔を見つめてきます。
とても真剣なその視線は…強い気持ちを感じるものでした。
きっと彼も並々ならぬ覚悟をもってしてこうして私を誘ってくれている。
……ならば、ここで私がまごついている事自体が、彼に対する失礼になってしまうでしょう。


ハオ「………」コクン

…ですが、私の口から京太郎君への返事が出る事はありませんでした。
自分の中で覚悟も決まったとはいえ、やっぱり気恥ずかしさや戸惑いは私の中でまだまだ大きいのですから。
結果、首肯という形でしか返事を返せない自分に、微かな自己嫌悪を感じます。
彼はこんなにもはっきりと向き合ってくれているのに、私は何をやっているのか。
そんな言葉が思い浮かびますが…それは私にとっての精一杯でもあったのです。

京太郎「そ、それって…Okって事だよな?」

ハオ「…っ」カァァ  コクン

京太郎「…っしゃあっ」グッ

そんな私の前で、京太郎君は大きくガッツポーズをとりました。
まるで受験にでも合格したような喜びっぷりに私は微笑ましいものを感じます。
どれだけ真剣であったとしても、やはり緊張とは無縁でいられなかったのでしょう。
その顔に安堵と喜びを浮かべる彼は何時もよりも数歳、幼く見えました。


京太郎「ありがとう、ハオ!」

京太郎「俺、明日のデート、絶対、楽しいものにしてみせるからさ!!」

ハオ「…はい。期待しています」ニコ

まるで子どものように嬉しさを表現する彼に私の中の気恥ずかしさや戸惑いが薄れていきました。
無論、私の中で大きかったそれらは完全に消え去る事はありません。
ですが、こうして彼に対して笑みを返せる程度には小さくなっているのです。
私の口から漏れる声も、決して大きいものではありませんでしたが、しっかりと彼に届いていたのでしょう。
私の前で京太郎君の笑みがより明るくなったのが見て取れました。

京太郎「あぁ。その期待に俺は必ず応えてみせるよ!」

京太郎「絶対に忘れられないデートにするからな!!」

ハオ「あ、あんまり張り切り過ぎなくても良いんですよ?」

京太郎「これが張り切らずにいられるかってんだ!」

京太郎「人生で初めてのデートに気合を入れなきゃ男じゃないだろ!!」

…そ、そうなんですか。
へー…京太郎君も初めて…。
……こう言っては失礼かもしれませんが、ちょっと意外ですね。
京太郎君は確かに真面目ではありますが、人懐っこいタイプでもありますし。
例え異性が相手でもすぐ仲良くなる彼ならば、デートの経験も豊富だと思いましたが…。
どうやら彼も私と同じく初めてのデートみたいです。


ハオ「(…となれば、彼ばっかりに任せるのも失礼ですね)」

この張り切り具合から察するに、きっと彼はとても気合を入れたデートをしてくれるでしょう。
どれだけつまらないなどと言いながらも、私もまた一人の女な訳ですし…それは嬉しくあります。
ですが、こうして見る限り、京太郎君は少し気合を入れすぎているようにも思えるのです。
下手に彼に任せっきりにしては空回りさせる事になりかねません。
…ここはこっちの方でもフォロー出来るよう、幾らか知識を仕入れておくべきでしょう。

ハオ「(人生初めてのデートを成功させたいのは彼だけではありませんし…)」

女にとって初めて、と言うのはどれも特別なものなのです。
間違いなく明日のデートは私の一生に残るものになるでしょう。
そんなデートを失敗させたくはない、と言うのは私もまた同じでした。
無論、今から知識を仕入れたところで付け焼き刃でしょうが…それでも何もやらないよりはマシでしょう。


京太郎「じゃあ、俺、今から気合入れてデートプランの見直ししてくるから!」

京太郎「また明日な!!」ダッ

ハオ「…あ」

そう言って私に背を向ける京太郎くんに躊躇はまったくありませんでした。
きっと彼の頭の中は明日のデートの事で一杯なのでしょう。
……これから夕飯もあるのに、また明日は相応しくないのでは。
そんなツッコミすら出来ないまま、彼は部屋に戻ってしまいました。

ハオ「…もう」クス

ちょっと慌てん坊な京太郎くんの姿。
ですが、私はそれに不安や格好悪さなんて感じたりしませんでした。
寧ろ、そこまで明日のデートを成功させようとしてくれる彼に女冥利に尽きるようなものを感じます。
無論、彼と私はあくまでも友人であり、そこには艶っぽいものはありませんが… ――


ハオ「(…でも、せっかくのデートなんですから楽しまなきゃ損ですよね)」

彼がこうして私をデートに誘ってくれたのはスランプ解消の為。
それに応える為にも明日は思いっきりデートを楽しむべきでしょう。
いえ、より正確に言えば、彼にも楽しんでもらえるよう努力するべきなのです。
…それを考えれば、今はもう牌譜整理なんてやっている場合ではありません。

ハオ「(私が明日臨むのは世界戦以上に初めてと言っても良い分野ですし…)」

慌ただしく部屋に戻った彼は明日、何時に出発かさえ伝えるのを忘れていました。
ですが、どれだけ好意的に見積もったとしても、半日ちょっとの猶予しかないでしょう。
その間にデートの成功率をあげようとするのは大変ですが、だからと言って尻込みしている時間はありません。
初めてのデートを楽しいものにする事を考えれば、今の私は一分一秒を争う状況にいるのですから。

ハオ「(…とりあえず明日の服装から考えましょうか)」

―― そう思いながら衣装棚に近づいた私は、帰ってきた須賀夫妻に夕飯を呼ばれるまで夢中になって自身の服をにらめっこを続けていたのでした。

何故にデートに誘うだけの話で、二時間使わなければいけないのか(´・ω・`)これが分からない
それはさておき、今日はもう時間もやばいんで寝ます(´・ω・`)明日も多分、ハオの話は進められると思いまする

んーむ…しかし、ハオが苗字だって指摘はありましたし、
実際、仲良くなってってるのに苗字呼びはちょっとなーって言う気が私の中であるのですよねー(´・ω・`)
日本で言うならずっと池田ァ呼びしてるようなもんですし……どことなくもやもや感が
まぁ、この小ネタではハオ呼びで通すって言いましたし、次にハオを書くなんて当分先でしょうからとりあえず思考の向こうへ投げ捨てときます(´・ω・`)

あ、それはともかく、明日の予定次第ですが、もしかしたら投下出来るやもしれません


―― 彼のエスコートは思いの外、卒のないものでした。

きっと私をデートに誘うまで色々と頑張ってくれたのでしょう。
次から次へと色んなところへ連れて行くそのデートは、決して私に退屈さを与えませんでした。
でも、ただ連れ回すだけじゃなく、ところどころでちゃんと休憩も取ってくれて。
正直、私が勉強する必要なんてなかったと思うくらいです。

京太郎「やっぱ話題になるだけはあったよなぁ」

ハオ「ふふ。そうですね」

そんな私達がいるのは映画館近くの喫茶店でした。
そこで私たちはさっき見ていた映画の感想を話し合っています。
映画そのものも楽しいですが、その時間もとても楽しいものでした。
どうやら私と彼の感性は近いらしく、共感出来る事も多いのですから。
こうして話しているだけでもついつい時間を忘れてしまいそうになります。


京太郎「ハオはどの場面が印象的だった?」

ハオ「…そうですね」

瞬間、脳裏に浮かぶのは主人公が城を抜けだした部分でした。
王女である主人公はその戴冠の際、とんでもない失敗をしてしまったのです。
隣国の王族なども参列する中でのそれは到底、リカバリー出来るものではありません。
それに耐え切れずつい逃げ出してしまった主人公は、そのまま森の中へ。
そこで自分を偽るのを止めて、自分らしく生きていこうとするのですが ――

ハオ「(ありのままの自分…ですか)」

無論、最後まで見れば、その映画が伝えたかった事が真逆である事が分かります。
ですが、それでも尚、自分を肯定する優しくも甘い言葉が私の中で残っていました。
…それはきっと、私が今、世界と自分のギャップに苦しんでいるからでしょう。


京太郎「…ハオ?」

ハオ「あ…ごめんなさい」

…いけない、今日は麻雀の事を考えてはいけないのです。
あくまでも今日のデートは麻雀から離れる為の息抜きなのですから。
ここで映画の主人公に自分を重ね合わせてしまったら、デートに誘ってくれた彼の気持ちを台無しにしてしまう。
それは私にとって、到底、許せるものではありませんでした。

ハオ「…そうですね。やっぱり最後の愛は身近にあったっていうところが…」

京太郎「…嘘だな」

ハオ「…っ」ビク

だからこそ、別のシーンを口にした私に京太郎からの指摘が返ってきました。
まるで私の内心を見透かしたようなそれに私の肩は小さく跳ねてしまいます。
これでは、まるで彼の指摘が図星であると言っているようなもの。
そう分かりながらも、私の胸の鼓動は収まりません。
麻雀の時には簡単にポーカーフェイスになれるのに、彼の前では中々、自分を偽る事が出来ないんです。


ハオ「な、何を根拠にそんな…」

京太郎「知ってるか、ハオって嘘吐く時、一瞬、右に視線を流すんだよ」

ハオ「…ぅ」

いや、まさかそんな……。
いえ…でも、確かにさっきも私の視線は右にずれていったような気が…。
思い返せば、他にも心当たりのようなものはありますし…もしかしたら本当にブラフではないのかもしれません…。

京太郎「これでも毎日、ハオの事見てるんだ」

京太郎「素直になっちまえよ」

ハオ「…でも」

そう思う私に京太郎君は確信めいた言葉を向けました。
突きつけるようなそれに、しかし、私は素直になどなる事は出来ません。
無論、私とてデートに誘ってくれた彼の言葉を極力、尊重したいです。
でも、それは同時に彼の優しさを踏みにじる事でもあるのですから。
そのどちらもどちらも蔑ろにしたくない私にとって、それは二律背反をつきつけるものでした。


京太郎「…じゃあ、俺から聞くけど…」

京太郎「ハオの心に引っかかったのは、ありのままのって部分じゃないか?」

ハオ「…え?」

…どうして。
どうして…そんなに私の事が分かるんですか?
勿論、私と彼の感じ方が近いことくらい、今回のデートで良く分かりました。
日頃から一緒に暮らしてストレスを感じないという事は、相性だって良いのでしょう。
でも、だからってここまで正確に私の事を感じ取る事が出来るなんて、それこそオカルトではないでしょうか。
まるで心を読まれてしまったような、そんな驚きさえ感じます。

京太郎「はは。驚いてるな」

京太郎「…まぁ、あんまり引っ張ってもアレだからさっさとネタばらしするけれど」

京太郎「俺もさ、あの主人公が今のハオに良く似てると思ったんだよ」

ハオ「…京太郎君」

世界と自分のギャップに苦しみながらも、なんとか世界を向きあおうとしていた彼女。
ですが、それに失敗した彼女は世界を拒絶し、逃げ出してしまいました。
無論、私はまだ逃げたりせず、なんとかこの国に踏みとどまっています。
…ですが、今の状態がずっと続いて、踏みとどまり続けられるとは言い切れません。


ハオ「(…ですが)」

私が来年の春から入学する予定の臨海女子。
そこは麻雀の特待生を世界中から集める強豪校なのです。
そんな場所で結果を残せなければ、いずれ私は特待生ではなくなってしまう。
少なくとも、今の実力では遠からず、見放されてしまうでしょう。

ハオ「(…映画では最後にはハッピーエンドで終わりましたが…)」

しかし、私がいるのは小説や映画の中の世界ではありません。
これは紛れも無く現実なのです。
どれだけ自分を主人公に重ねあわせても、周りの理不尽や状況は変わりません。
それを変える為には彼女のように座して待つのではなく、自分を変える努力を続けなければいけないのです。


京太郎「俺はさ、多分、あの映画は、親しい人がいれば自分を変える事は出来るって事が趣旨だと感じたんだけど…」

京太郎「でも、それってちょっと違うと思うんだよな」

ハオ「…え?」

ですが、それに芳しい結果が得られているとは言えない自分。
それに顔がうつむき加減になる私に、京太郎君が否と唱えました。
映画から伝わってくるテーマを否定しようとするそれに私の顔はあがります。
一体、どうしてそこで映画の主題に話が飛ぶのか。
未だ光明すら見えない今の私にとって、それはあまりにも意外でした。

京太郎「少なくとも、あの主人公の力は凄いものだった」

京太郎「アレだけできっと色々なものが変えられるくらいに」

京太郎「でも、あの映画は結局、それを否定したまま終わってしまった」

京太郎「俺はそれが凄い勿体無いと思うんだよな」

…勿体無い。
日本人特有のその感覚は、私も理解出来なくはありません。
主人公が持っていたその力は一国の季節を書き換えるほど強大なものなのですから。
無論、映画の趣旨がそれとはズレているが故に、舞台装置であるその力にフォーカスがいかないのは当然でしょう。
ですが、その力をもっと使いこなせれば、あの国はもっと豊かになれるのに。
ラストシーンの中、そんな風に思ったのは、私も同じなのです。


京太郎「ハンドボールでもそうだけど、突き抜けた何かってのは個性に…そして武器になる」

京太郎「勿論、そこまで突き抜けるのは大変だし、障害も多いと思う」

京太郎「多分、矯正した方が簡単だろうとは俺も分かってるんだ」

京太郎「…でもさ、そうやって自分を枠にはめてしまうのって凄い勿体無いと思うんだよ」

……枠に嵌める。
その言葉は意外なほど私の胸の中にストンと落ちてきました。
それはきっと私の中で、日本式の麻雀に対して窮屈なものを感じているからでしょう。
中国式のものとはまったく違うそれに私は少なくないストレスを感じていたのです。

京太郎「勿論、何もかもを自分勝手にやって良いって訳じゃない」

京太郎「最低限の基礎や効率化は必要なんだと俺も思う」

京太郎「でもさ、そうやって窮屈な思いをして上達しても、きっと楽しさは薄れていくんじゃないかな」

ハオ「…楽しさ」

京太郎「ハオは今、麻雀の事が楽しいか?」

ハオ「…………いいえ」

…そのストレスは決して小さくはないものでした。
今まで出来ていた事がまったく出来なくなってしまっている。
それに私の心は強いもどかしさを感じていたのです。
勿論、麻雀の事が好きだという気持ちは私の中でまったく変わっていません。
ですが、それが楽しく思える時間と言うのは私の中から完全に消え失せてしまっていました。


京太郎「そっか」

京太郎「まぁ…ハオは俺とは違って麻雀でプロを目指してる訳だから意識が違うのも当然なんだろうけどさ」

京太郎「でも、やっぱり一生、付き合っていくものなんだから楽しい気持ちって言うのは大事だと思うんだよ」

ハオ「……」

…京太郎君の言葉は甘いです。
プロの世界はとても非情な場所なのですから。
結果が残せなければすぐに支援を打ち切られてしまう。
そうして生活出来なくなった話と言うのは私も幾度となく聞いていました。
既にプロの世界に片足を踏み入れている私にとって、それが現実を知らないが故の言葉としか思えません。

京太郎「だからさ、もっとハオはもっと好き勝手やって見ても良いと思うんだ」

京太郎「自分を変えるのはそれでダメだった時でも良いんじゃないかな」

……でも、どうしてでしょうか。
彼の優しい言葉は、私の心の中にスルリと入り込んできます。
あの映画のように…いえ、あの映画よりもずっと巧みに。
私の心の奥底までストンと堕ちて、すぐに根を張ろうとしているのです。
まるで猛毒のようなそれを…私はどうしても拒めません。
まったく成果の出ていない今の自分を肯定してくれる。
それは…私にとって初めてのものだったのですから。


京太郎「…ま、ハオが何を選ぶにせよ、俺はハオの事応援するし」

京太郎「俺に出来る事があれば、なんだってする」

京太郎「まぁ、俺に出来る事なんてこうして息抜きに付き合うくらいだけどさ」テレ

……その上、こうして背中を押されてしまっては、もう何も言えません。
心の中にあったもやもや感がすっと晴れていくのを感じてしまうのです。
勿論、それが正しい事かどうかは私もまだ分かりません。
いえ…プロの世界を見てきた私にとって、間違いだろうとは思うのです。

ハオ「(…でも)」

そうやって間違っているであろう私を肯定してくれる人がいる。
私は私のままで良いと言ってくれる人が…最低でも一人ここにいるのですから。
そんな彼からの応援を受けて…迷ってなどいられません。
京太郎君の言う通り…自分らしい麻雀を目指してみよう。
そんな気持ちが私の中で固まっていました。



ハオ「…京太郎君、ありがとうございます」ペコ

京太郎「あ、いや、俺は何も出来てないっつーか…」

京太郎「そもそも、頭を下げられるような事してないって」

ハオ「…そんな事ないです」

今日一日、私は麻雀の事を忘れる事が出来ました。
そしてその最後で、私は世界ではなく自分と向き合う事を決められたのです。
それは京太郎君の後押しがなければ決して出来ないものだったでしょう。
少なくともそれで内心、救われた気がする私にとって彼は恩人同然でした。

ハオ「京太郎君には何かお礼をしなきゃいけませんね」

そう言いながらも私は特に思いつきませんでした。
だって、私がこれまで異性にお礼をした事なんて一度としてないのです。
例外は父親くらいですが…流石に父親と同じものを京太郎くんに贈るのは失礼でしょう。
父と彼では人種も年齢も好みもまったく違うのですから。


ハオ「京太郎君は何か私にして欲しい事はないですか?」

ハオ「私、何でもします」

結果、私の口から出てきたのは「何でも」と言う言葉でした。
彼に全ての責任を投げるそれは、若干、卑怯だと言う気もします。
ですが、私はまだ彼の事を良く知っているとは言えません。
彼の欲しいものさえ知らない私にとって、やはりベストなのは、彼に解答を求める事でしょう。

京太郎「な、何でも…?」

ハオ「はい」

…そう思ったのですが、彼の様子がちょっと変です。
まるで私の言葉に驚いたように目を見開き、ジッと私の顔を見つめるのですから。
無論、物怖じしない彼は基本的に人の顔を見て話をしますが、ここまで見つめられた事は一度としてありません。
一体、どうして彼がそんな風になってしまったのか。
それに疑問を覚えながらも、私は小さく頷きました。


京太郎「い、いやいやいやいやいや…」フルフル

ハオ「…どうかしましたか?」

そんな私の前で京太郎君が首を左右に振ります。
フルフルと何かを否定するようなそれは何処か自己嫌悪混じりなものでした。
まるで邪な自分を追いだそうとするようなそれに私は思わず心配になってしまいます。
一体、彼の中で何が起こっているのか分かりませんが、そのキッカケは間違いなく私の言葉なのですから。
もし、彼を不快にしていたらどうしようとそんな風に思ってしまうのです。

京太郎「ごめん、こっちの話」

京太郎「つーか、ハオ。男に何でもとか軽く言っちゃダメだから」

ハオ「ダメ…ですか?」

京太郎「ダメ」

…むぅ。
どうやら本当にダメらしいです。
…でも、私だって何も軽い気持ちで京太郎君に言った訳ではありません。
彼に恩返しをしたいという気持ちはとても大きいものなのですから。


ハオ「…軽くなんてありませんよ」

ハオ「私は本気で京太郎君の事を想っています」

京太郎「…え?」

ハオ「私は心から京太郎くんに恩返しをしたいなって……あれ、京太郎君?」

京太郎「…あぁ、うん。そんな事だろうと思った…」

…どうしてでしょう。
一瞬、嬉しそうな顔を見せた京太郎くんが一気に落ち込みました。
まるで垣間見えたオアシスが蜃気楼だったかのようにげっそりしています。
一体、何をそこまで京太郎君を失望させたのかは分かりませんが…ともかく今の彼には癒やしが必要でしょう。

ハオ「えっと…元気出してください」ナデナデ

京太郎「ちょ…は、ハオ…!?」

手を伸ばして彼の頭を撫でる私に、京太郎君は真っ赤な顔を見せました。
多分、今の彼は羞恥心を覚えているのでしょう。
…なんとかしなければ、と思って手を伸ばしましたが、ここは公共の場なのですから。
周囲には少なからず人がいる喫茶店で、いきなり頭を撫でられては、気恥ずかしさを覚えるのも当然です。


ハオ「(…やってしまいました)」シュン

…なんとか京太郎くんを励ましたいと思って手を伸ばしたはずなのに逆効果になってしまっている。
それを今更ながら自覚した私の肩がそっと堕ちてしまいました。
これでは彼に恩返しするどころではない。
そんな言葉が自己嫌悪と共に胸中から浮かび上がってきます。

京太郎「あー…も、もうちょっと頼む」

ハオ「え?」

京太郎「い、嫌じゃなかったら…その、もうちょっと…さ」カァァ

……多分、京太郎くんは私に気を使ってくれているのでしょう。
だって、今の京太郎君はその頬が赤く染まっているのですから。
私が撫で始めた時よりも激しいそれは、彼の羞恥が強まっている事を私に教えます。
ですが、彼はそれから逃れようとするのではなく、寧ろ、私に請うてくれました。
…それは落ち込んでしまった私を励ます為…だと言うのはきっと的はずれな予想ではないはずです。


ハオ「…はい」ニコ

そうやってまた彼に気を遣わせてしまっている自分。
それに私の胸中で自己嫌悪の感情が大きくなるのを感じます。
ですが、それ以上に私の中で大きいのは、彼への感謝でした。
自分の気恥ずかしさにも構わず、私の事を思ってくれている。
そんな彼の優しさに報いようと私は細心の注意を払って、自身の手を動かしました。

京太郎「…まぁ、その…アレだ」

京太郎「幾ら感謝の気持ちが強くても、あんまり何でもとか言っちゃダメだぞ」

京太郎「相手がもし悪い奴だったらそれを言質にとって何要求してくるか分からないんだからさ」

ハオ「大丈夫ですよ」

…無論、私だってそれくらい分かっています。
だから、普通は「何でも」なんて言いません。
こうしてそれを口にしたのは、相手が京太郎君だからです。
数ヶ月一緒に暮らしてきて、幾度と無く私に暖かいものをくれた彼だからこそ、私はそんな言葉を口にしたのですから。


京太郎「いや、大丈夫じゃねぇよ」

京太郎「だって、ハオ、可愛いし…綺麗だし…」

ハオ「…ぇ?」

…や、ちょ…な、何を言っているんですか、いきなり。
か、可愛いとか綺麗とか…そ、そんなのいきなり過ぎますよ。
も、もうちょっと心の準備をさせて欲しいというか…いえ、別に嫌と言う訳じゃないですけれど。
そ、そんな事言われたら私の顔だって赤くなっちゃうじゃないですか…。

ハオ「(うぅ…何時もならこんな事ないのに…)」

私だってこれまで何度かナンパくらいされた事があります。
広東語ではありますが、可愛いや綺麗に類する言葉は幾度となく聞かされました。
…ですが、どうしてでしょう。
何時もならば心動かされないその言葉が、今の私にはとても気恥ずかしいのです。
まるで心の奥底を擽られているようなその感覚に、思わず撫でる手が止まってしまいそうになるくらいに。


ハオ「も、もう。そんなお世辞を言って…」

京太郎「お、お世辞なんかじゃねぇよ」

京太郎「俺は本気でハオの事可愛いって思ってる」

ハオ「~~~っ」マッカ

…な、なのに、どうして冗談で済ませてくれないんですか。
こ、これ以上、可愛いとか言われたら…わ、私の顔、どうにかなっちゃいそうです…。
ただでさえ、気恥ずかしさで一杯なのに…なんだか妙な嬉しさまで浮かび上がってきて…。
こ、こんなの…もう耐えられません…!

ハオ「も、もう冗談もほどほどにしてください」

ハオ「そ、それよりさっきのお礼の話に戻りましょう」

京太郎「…………そうだな」シュン

…あ、京太郎君、落ち込んでます。
やっぱりさっきの可愛いは彼なりに本気だったって事なんでしょうか…?
い、いえ、まぁ…京太郎君は決して見た目通りに軽いタイプではないですし…。
本気で私の事を…えっとあの…可愛いって思ってくれてるのは分かっているのですけれど…。


ハオ「(…だからこそ、余計に恥ずかしいんですよ…)」

ナンパ男とは違って、彼の言葉はストレートで真剣です。
誤解する事すら許さないようなそれは…その一人の女の子として喜ばしくはありました。
でも、今の私はそれを真正面から受け止めるような勇気も度量も持ちあわせてはいないのです。
このまま京太郎君と向き合い続けていたら変な気持ちになっちゃいそうなだけに…冗談で済ませて欲しい。
そんな気持ちが私の中で大きかったのです。

京太郎「まぁ…俺に恩返しとかそんなの考えなくても良いんだよ」

京太郎「つーか、ハオとデート出来てるって時点で、こっちの方が山ほど貰ってるようなもんだし」

ハオ「はぅ…」カァァ

…なのに、京太郎くんはまったく容赦してくれません。
私の事を持ち上げるような言葉を返して、一時は落ち着きを見せ始めた私の顔を再び赤く染めるのです。
いっそ意地悪と言っても良いそれに、しかし、私は何も言えません。
口から漏れるのは羞恥心を示すものであり、特に何か意味を持ったものではなかったのです。


ハオ「…で、でも、そんなのいけません」

ハオ「私はやっぱり京太郎くんに恩返しがしたいです」

京太郎「んー…と言われてもなぁ…」

その次に私が言葉を口にしたのは、それから数秒が経過した後でした。
その間になんとか思考を立て直した私の前で、京太郎君が思い悩む仕草を見せます。
おそらくさっきの言葉は決してお世辞だけのものではないのでしょう。
…そ、それはそれで恥ずかしい気もしますから、とにかくあまり考えないようにして ――

京太郎「あ、じゃあ、一つ頼みがあるんだけど」

ハオ「なんでしょう?」

京太郎「また俺とデートしてくれないか?」

ハオ「…え?」

……京太郎君とデート?
いえ、勿論、それは決して嫌な事ではありません。
今日のデートはとても楽しいものでしたし、何より、私は彼の事をとても好意的に見ているのですから。
次のデートは寧ろ、こっちからお願いしたいくらいでした。


ハオ「…良いのですか?」

京太郎「あぁ。つか、さっきも言っただろ」

京太郎「ハオとのデートは俺にとって十分、ご褒美足りえるものだから」

京太郎「今日だって、俺、ハオの為だとか思いつつもすっげぇ楽しんでたんだぜ?」ニコ

ハオ「…ぅ」カァァ

だからこそ、尋ね返した私に、京太郎君はまた恥ずかしい言葉を返します。
そのまま照れくさそうな笑みを浮かべる彼の事を私は直視出来ません。
だって…彼の表情はまったく陰りが見当たらないほど明るいものだったのですから。
心から私とのデートを楽しんでくれたのだとそう分かる表情に、私の顔は紅潮を強めました。

ハオ「も、もう…いい加減にしないと恥ずかしい事言うの禁止しますよ…!」

京太郎「えー」

ハオ「えーじゃありません…まったく」

これ以上、恥ずかしくされてしまったら、またおかしくなってしまう。
そう思った私の口からそれを禁止する言葉が飛び出しました。
それに京太郎君が不満そうな顔を見せますが、私はそれを撤回するつもりはありません。
私がこのままおかしくなってしまったら、困るのは彼も一緒なのですから。
ここは京太郎君の為にも厳しくNOを突き付けておかなければいけません。


京太郎「じゃあ、デートの方は?」

ハオ「……そっちはまぁ……えっと…」

ハオ「私としても嬉しい申し出ではありますから…」モジモジ

京太郎「っし…っ」グッ

ま、まったくもう…。
恥ずかしい事禁止って言った途端、そんなガッツポーズするなんて…。
…またそこまで喜ばれたら、私も勘違いしそうになるじゃないですか。
もしかしたら…京太郎君は私の事が好きでデートに誘ってくれているんじゃないかって。
こうして喜んでいるのも私だからで…デートだけが原因じゃないんだって。

ハオ「(…でも、勘違いしてはいけません)」

彼はとても優しくて責任感のある人です。
それはこの数ヶ月、ほぼ毎日感じている事でした。
そんな彼がこうして私をデートに誘ってくれているのも、私のスランプ解消の為。
それを京太郎君も楽しんでくれているだけであって、決して他意はありません。
……他意などあってはいけないのです。


京太郎「ま、つっても当分、デートは先になるだろうけれどな」

京太郎「ハオとしてはまず麻雀を優先したいだろうし」

ハオ「そうですね」

…京太郎君の言った通りでした。
彼の言葉で胸中に掛かっていた霧が晴れた私からは麻雀をしたいという欲求が湧き上がってきています。
無論、今は京太郎君とのデートを楽しみたいという気持ちが強いですが、それはあくまでも今だけ。
デートが終われば、きっと私はまた麻雀漬けの日々を送る事になるでしょう。
それも、今までよりも辛く、けれど楽しい日々を。

ハオ「(…まぁ、私は何時でも良いのですけれど…)」

京太郎君とのデートは麻雀にも負けない…いえ、それ以上に楽しい時間でした。
そんな時間を早く楽しみたいという気持ちは、決して小さいものではありません。
ですが、私はあくまでも日本に麻雀の練習に来ているのです。
その主題を見失ってデートばかりしていたら本国に居る両親だけでなく、彼にも呆れられてしまうでしょう。


ハオ「(…それは嫌です)」

両親に呆れられるのも嫌ですが…それと同じくらい彼に悪しように思われるのが我慢出来ません。
それはきっと私の中で、京太郎君が頼れる兄貴分になりつつあるからなのでしょう。
若干、ヘタレではありますが、どんな時でも頼りになって優しい人。
そんな彼に私は両親と同じくらい心を許し始めているのです。

京太郎「んじゃ、そろそろ夕飯時だし帰るか」

ハオ「…そうですね」

そんな彼とのデートが終わりに近づいている。
それに私は決して小さくはない物寂しさを覚えました。
出来れば、もうちょっとこのままデートを楽しんでいたい。
そんな言葉に、私の返事が若干、遅れてしまいます。


ハオ「(…ですが、このまま長々と遊んでいても須賀夫妻に心配を掛けるだけですし…)」

何よりデートと言うのは比較的、お金の掛かるものなのです。
今日は所謂、割り勘デートではありましたが、それでも彼に金銭的負担が掛かっていますし。
ここで終わりだとそう言う彼にも、この先のプランなどないでしょうから、我儘を言ってはいけません。
そんな事を口にしても迷惑がられるだけでしょう。

ハオ「(…それに次もあるのです)」

京太郎君はとても誠実な男の人です。
そんな彼が自分から口にした約束を違えるとは思えません。
きっと彼はまた私をデートに誘ってくれるでしょう。
この物足りなさを発散するのはその時で良い。
未だ寂しさに疼く自分の胸に私はそう言い聞かせて ――


―― そのまま私と彼は二人並んで家路につくのでした。

ヒャッハー!新鮮な次スレだー!!
【咲】京太郎「今日から俺が須賀京子ちゃん?」春「一周回ってその9?」【永水】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1447521606/)


でそろそろ時間もアレなんで寝ます(´・ω・`)話あんまり進まなくてゴメンネ

乙ー。

分からんでもないけど、制御出来なきゃ他人を容易く傷付けてしまう力と、麻雀やハンドボールの才能を一緒くたにすんのはどうなん...?

>>988
なんでや!麻雀だって容易く人を傷つけるやないか!!(原作のころたん見つつ)
まぁ、自分のコンプレックスを受け入れるか受け入れないかの話でしたが、ちょっと例えば微妙でしたね、ゴメンナサイ(´・ω・`)


後、今日はハオの小ネタはないです(見直しに集中したいので)
また残りも数少ないので本編の投下はあっちにするつもりですが、
次のエピソードはわりかし誰から消化してっても良い感じなんで、こっちは本編の安価でも出してみます
とりあえず>>1000で見たいヒロインのエピソードを選んでくださいな(※ただし、湧と明星は除く)

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