辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」 (117)
あらすじ
この因果が終わるのは、縁が結ばれし時。さぁ、歴史ごと吹き飛ばしましょう。
前話
久川凪「7人が行く・EX2・トクベツなフツウ」
久川凪「7人が行く・EX2・トクベツなフツウ」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1607170950/)
注
7人が行くシリーズの後日譚、その3。
設定はドラマ内のものです。
それでは投下していきます
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1629804897
メインキャスト
SDsメンバー
1・辻野あかり
2・砂塚あきら
3・夢見りあむ
4・日下部若葉
5・久川凪
6・白雪千夜
7・江上椿
速水奏
依田芳乃
クラリス
柳瀬美由紀
久川颯
持田亜里沙
・Apple
名詞
リンゴ
イディオム:Apple of Discord;争い火種と同義。ギリシャ神話に由来する。
序
久方ぶりに感じた地上には、見知らぬ赤い果実。
重たい砂の色と比して、なんと生命力にあふれた灯り色。
ああ、忌々しい。
だが、枯れた地としなかったことが隙。
その赤ごと、復活の礎に喰らい尽くそうぞ。
1
9月下旬のとある火曜日(祝日)
お昼前
S大学近くのアンテナショップ
S大学近くのアンテナショップ
あかりが手伝っている山形の物産品を扱うアンテナショップ。ライバル、というわけではないが、通り沿いには別のアンテナショップも複数あるとか。
砂塚あきら「あかり、掃除終わった」
砂塚あきら
SDsメンバー。新潟県にルーツがある。お米にうるさい家族にも山形米は好評だったらしい。
辻野あかり「あきらちゃん、ありがとうございます!掃除までやってもらって、助かりましたっ」
辻野あかり
SDsメンバー。最近山形県から引っ越してきた。父親が任されているアンテナショップの手伝いをしている。
あきら「どうも。隣、工事してるからホコリとか気になって」
あかり「猫カフェができるみたいですよ」
あきら「普通の建物じゃなさそうだし、納得」
あかり「それで、お給料は出せないんですけど……」
あきら「それは約束通りだから平気」
あかり「それじゃあ、これをどうぞ!今日入れ替えの冷凍食品一袋ですっ」
あきら「へー、色々あるな。お肉系が多い?」
あかり「山形の牧場で育った牛さん豚さんを使ってます、賞味期限近いから早めに食べて欲しいんご」
あきら「あっ、冷凍餃子がある。りあむサンに焼いてもらって、お昼にしようかな」
あかり「りあむさん?アピールしてたくさん買ってもらえば……いや、変なこだわりがあって自作してるから冷凍餃子はいらないかな?」
あきら「これから部室に行くけど、あかりは?」
あかり「これからレジ当番だから、夕方に行きます、旅行の打合せの時間に」
あきら「わかった。待ってるから」
あかり「はいっ。財前さんのお友達が考えてくれたプランでいいと思うんご!」
あきら「伝えとく」
テレビ『ニュースです。日曜日から行方不明の成宮由愛ちゃんは以前として……』
あきら「あれ、このニュース……」
あかり「あきらちゃん、どうしました?」
あきら「そのテレビ、録画?」
あかり「うん、山形のローカルニュースを録画したデータを貰ってるんです。都会のアナウンサーより訛ってて安心するんご」
あきら「ヒーリングミュージックみたいな使い方なんだ」
あかり「でも、昨日から中学生が行方不明の話題で持ち切りです……あっ、いらっしゃいませっ!中も見て行ってください!」
あきら「あかり、がんばってね」
2
S大学・部室棟・SDs部室
SDs部室
夢見りあむが代表を務めるサークル、SDsの部室。スペース的には余裕がある、美容室代わりになるくらいに。
あきら「どーも」
白雪千夜「砂塚さん、こんにちは」
白雪千夜
SDsメンバー。出身は北海道。幼少の頃はよく牧場に遊びに行ったらしい。
あきら「千夜サン、膝の上の子は?」
千夜「アッキーさんです」
アッキー「……♪」
アッキー
太田優の飼い犬。抱かれるのは苦手だが、千夜のブラッシングテクニックで大人しくなった。
あきら「もこもこでカワイイデスね」
太田優「そーでしょ!トリミングもこの前はすっごく上手にできたんだー」
太田優
ペット関係の専門学生。出身は千葉県。人のヘアカット、ヘアカラーも得意とする。大学生時代は時子と同じサークルに所属していた。
あきら「こんにちは。はじめまして?」
千夜「ご紹介が遅れました。太田優さん、財前さんのご友人です」
あきら「財前サンの、なるほど」
優「こんにちはー。あきらちゃんであってる?」
あきら「はい。千夜サン、紹介した?」
千夜「いいえ。そこのてるてる坊主がペラペラと喋ったのでしょう」
夢見りあむ「白雪ちゃん、ぼくのことを言ったな?悪い風に!振り向けないけど、わかるぞ!」
夢見りあむ
SDsの代表。あきらによると、何故か出身を教えてくれないらしい。餃子好きだが宇都宮でも浜松の出身ではなさそう。
あきら「あれ、りあむサンだったんデスか」
りあむ「そうだよ!何だと思ってたのさ!」
あきら「誰かが持ち込んだ人形かと」
りあむ「人と認識されてないとは思わなかったよっ!」
優「あはっ、仲良しだねー♪」
あきら「優サン、でいいかな」
優「いいよー」
あきら「優サンはりあむサンに何してるんデスか?」
りあむ「あきらちゃん。それには深い事情が……」
あきら「千夜サン、お願いします」
千夜「もうすぐに看護実習も始まります」
あきら「わかった、染めてるんだ。あの髪色はヤバイし」
千夜「財前さんとも相談しまして、このような対応をとることにしました。実習中くらいは誤魔化せるように」
あきら「このタイミングで変えるつもりは?」
千夜「ないようです。私には分からないこだわり、無駄なこだわりがあるのでしょう」
あきら「りあむサンのワガママにつきあってくれてありがとうございます」
優「そんなことないよぉ、人の髪もいじるの楽しいからぁ」
千夜「そう言っていただけると、幸いです」
りあむ「ぼくのいないところで話がまとまり過ぎてるよ!置いてけぼりかよ!」
千夜「何か間違いでも?」
りあむ「ないけどさ!優さん、ありがとう!こんなぼくに付き合ってくれて神かよ!」
優「毛先もすっごく痛んでたからメンテしちゃった」
あきら「そんなカラーしてるのに、美容室サボってたんデスか?」
りあむ「う……美容師さんって怖いじゃん。ぼくとは対極の世界に生きてるんだよ、眩しすぎて消えちゃうよ」
千夜「そんなことだろうとは思いましたが」
あきら「あかりから貰った冷凍餃子を焼いて欲しいけど、りあむサンは動けない?」
優「動き回るのは良くないかなぁ。仕上がりは出来てからのお楽しみ♪」
あきら「楽しみにしてます」
千夜「冷凍餃子なら私が焼きます。私も昼食にします。太田さんもいかがですか」
優「いいの?それじゃあ、お言葉に甘えちゃうー」
千夜「アッキーさん、良い子でした。太田さんの元へお戻りください」
優「アッキー、おいでぇ。アッキーもご飯にしようねぇ」
アッキー「わん!」
千夜「砂塚さん、その袋を受け取ります」
あきら「どーぞ。山形県産の素材を使ったものらしいデス」
りあむ「あかりんごのアンテナショップの餃子!?気になる!もしかして、あーんしてくれる?」
千夜「しません。別に終わったあとでいいでしょう」
りあむ「うぇーん、メイドなのに優しくないよっ!メイドはどんな時でも優しくあるべきだよ!」
千夜「別にお前のメイドではありませんので。太田さん、砂塚さん、こいつは気にせずにお待ちください」
あきら「わかった」
3
S大学・部室棟・SDs部室
あきら「うん、美味しい」
千夜「……」
りあむ「ねぇ、白雪千夜ちゃん?なんで、ぼくの目の前で餃子を食べてるの?嫌がらせか!?」
千夜「はい」
りあむ「即答かよ!そういうのは隠すものだぞ!」
千夜「我ながら素晴らしい出来栄えです。よく焼けているのが見えるでしょう?」
りあむ「うぇーん!追い打ちをかけるように見せつけてくるよぉ!」
あきら「優サン、後どれくらいデスか?」
優「15分くらいかなぁ。仕上がりが気になるから動かないでねぇ」
千夜「お前の分がないわけではありません。大人しくしていればいい」
コンコン!
あきら「お客サン?」
優「あっ、どうぞー♪」
千夜「太田さんが呼んだのですか?」
優「りあむちゃんに用事があるんだって」
佐藤心「こんちはー」
佐藤心
CGプロ所属のアイドル。愛称は名前からしゅがーはぁと♡。丸めたポスターを担いで来た。
優「はぁとちゃん、やっほー♪」
あきら「あっ、見たことある」
千夜「砂塚さんのお知り合いですか」
あきら「ううん、アイドル。テレビで見た」
心「はぁとを見てくれてた?有名になって嬉しいな♡お礼にポスターをプレゼント♡」
あきら「グリーンランドでサンタを探すやつ見たよ。ポスターは部室にはります」
心「あー、よりによってそれかぁ、行かなくていいのわかってたのに。まっ、今は売れっ子なんでなるはやで!優ちゃん、対象は?」
優「そこでカラー待ち。良いタイミングで来たよぉ」
心「よしっ。ゆっくりと立ち上がれ!」
りあむ「えっ!?なになに!?そもそも誰なのさ!?」
千夜「言われたことには従うのですね」
心「教会から頼まれてる。すぐ終わるから」
あきら「教会?」
りあむ「……断りにくいこと言うなよぉ。そういう人なんだ」
千夜「つまり、人間ではないのですか」
心「ちがーう。はぁとは人間だぞ?優ちゃん、言っても良い系?」
優「大丈夫だよぉ、ここなら」
心「はぁとは魔法使い」
りあむ「魔法使い!聞いたことある!裕美ちゃんの衣装作った人だ!」
あきら「衣装デスか?」
心「そーいうこと。唯一使える魔法は自分で作った衣装に魔力を込めること」
りあむ「ん?ということは?」
心「採寸するから大人しくしてろ☆」
りあむ「え、ヤバイ!」
優「動いちゃダメだよぉ」
りあむ「逃げられない!罠だっ!」
千夜「どうして、採寸をそんなに嫌がるのですか?」
りあむ「ねぇ、椿さんと採寸情報のやり取りしてないよね?ね?」
心「してないしてない。はい、腕あげてー」
りあむ「それなら、いっか……って、ことはりあむちゃんに何か作るの?」
心「そーいうこと。万が一のためにね」
りあむ「……わかった」
あきら「意外と受け入れるのが早いデスね」
千夜「……」
心「わー、結構マニアックな体形してるな☆」
りあむ「言わなくていいよう!ぼくが一番良く分かってるよ!」
4
S大学・部室棟・SDs部室
千夜「佐藤心さんは行ってしまいましたね」
あきら「忙しいのは本当みたいデス」
千夜「ええ」
久川凪「こんにちは。凪が参りました」
久川凪
SDsメンバー。出生地は徳島県。阿波女は働き者、だそうです。
千夜「凪さん、こんにちは。お早いですね」
凪「はーちゃんをS大学付属病院にご案内しました」
あきら「病院?体調悪い?」
凪「いいえ、はーちゃんは元気です。病院にいる人物に用事があると」
千夜「病院にいる人物ですか?」
凪「ヒミツということなので聞いていません」
あきら「教会の関係かな」
千夜「おそらく」
凪「りあむは、何をされてるのですか?」
千夜「カラーの仕上げで髪を洗われています」
優「ふふふーん♪」
あきら「流し台なくても洗えるんデスね」
凪「まるで宇宙飛行士のヘルメット」
優「水が嫌いな子とかいるからねぇ、最小限の水で洗えるように練習してるんだー」
あきら「へー」
千夜「災害時にもいいかもしれませんね」
りあむ「ぼくを犬みたいに!」
優「りあむちゃんは、カワイイから大丈夫だよぉ」
りあむ「飼ってるわんちゃんに言う時と同じ言い方だよ、それは!」
凪「おや?」
アッキー「わん!」
凪「もこもこの犬が凪に近づいてきた。カワイイ。この子はどなたでしょうか」
千夜「アッキーさんです。そちらにいる太田優さんが飼われています」
あきら「大人しいから撫でても平気」
凪「フムン、それでは。これは、ふかふかです」
千夜「このように撫でると喜びますよ」
アッキー「♪」
凪「ほうほう。はーちゃんにも見せましょう。ぱしゃり」
あきら「優サン、アッキーさんの写真取っていい?」
優「もちろん!たくさん撮ってぇ。ドライヤー使うからコンセント借りるよぉ」
千夜「ご自由にどうぞ」
あきら「アッキーさん、カメラ慣れしてるね」
凪「ぱしゃりぱしゃり」
あきら「うん、上手く撮れた。どうかな?」
凪「どれどれ」
千夜「良いと思います」
あきら「椿さんに習っておけばよかったかな」
凪「どうでしょうか。オスは専門外かもしれません」
千夜「江上さんは、そんな人ではないと思います。おそらく」
あきら「断定はしないんデスね……」
優「できた!みんな、見て見て~」
5
S大学・部室棟・SDs部室
りあむ「待って、ぼくがどうなってるか見てないよ!というか、1回たりとも見てないからね!」
千夜「お任せと言ったのはお前です」
凪「今の流行りはフリースタイルです。構いません」
りあむ「凪ちゃんが決めることじゃないよね!って、3人共もう並んでるし、さては仲良しだな!」
優「それじゃあ、おひろめ~」
千夜「……」
凪「ほう」
あきら「なるほど」
優「ふっふーん♪」
りあむ「その薄い反応はなんだよぉ。笑い飛ばしてくれた方が精神的に楽だぞ?ああ、りあむちゃんはもう地べたを這いつくばる虫ぐらいの存在感しかないんだ……」
あきら「なんでそういう考えになるんデスかね……」
凪「ぱしゃぱしゃ」
りあむ「凪ちゃん、ネットで拡散はダメだぞ!S大学のブランドがりあむちゃんによって地に堕ちるぞ!」
千夜「お前にそこまで影響力はありません」
りあむ「そっか!いや、それはそれで寂しい!」
凪「第一印象は感心です」
あきら「同じく。優サン、センス良いね」
優「ありがとー」
あきら「真っ黒になってたら爆笑してたけど、そうじゃないから」
りあむ「えっ、そうなの?黒髪乙女になってないの?」
千夜「はい」
優「りあむちゃんは真っ黒は似合わなそうだからぁ、清良ちゃんみたいにしてみたんだー」
りあむ「え、あの看護師さんと一緒なの?恐れ多いよ!」
凪「どうみても看護学生です」
りあむ「鏡、鏡を!白雪ちゃん!」
千夜「姿見を……どうぞ」
りあむ「お、おおお……」
優「こうやって、シニョンにするといいよ~」
千夜「フムン、実習中でも邪魔にならなそうですね」
あきら「おー、りあむサンも女子大生だったんデスね」
りあむ「それ以外の何者でもないぞ!何だと思ってたのさ!」
あきら「それは、答えるのは辞めておく」
りあむ「そんな深刻なことにされても困る!」
優「千夜ちゃん、どうかな?」
千夜「良いと思います」
あきら「来月からの実習は何とかなりそうデスね」
千夜「ええ。これで門前払いはなさそうです」
りあむ「うーん……」
千夜「何か気になることでもあるのですか」
りあむ「やっぱり地味じゃない?」
凪「確かに物足りない。りあむ感が足らない」
りあむ「凪ちゃん、やっぱりそうだよね!ぼくもそう思うよ!」
千夜「……」
りあむ「うわっ!思いっきり冷たい視線が刺さる!」
千夜「はぁ……こいつは本当にどう性根を治せばいいものか。太田さん、申し訳ありません」
りあむ「ため息が深すぎるよぅ。これでちゃんと実習は受けるからさ、ね?」
あきら「というか、それが当然」
凪「りあむ感は別のところで補うか」
優「謝らなくていいよぉ。今は色々やってみるべきだと思うから」
りあむ「すげぇ優しい……名前通りだ。名は体を表すんだ、って、りあむちゃんは何を表すんだ?ヤバイ奴じゃん」
優「しつけはちゃんとしないとだもんねぇ。あたしもアッキーのしつけはちゃんとしたもんねー」
りあむ「あれ?本当に優しいか分からなくなってきたぞ?」
千夜「なるほど、かしこまりました」
りあむ「白雪ちゃんも凄く納得した表情やめない?これから不安だよ?」
千夜「待ても出来ましたし、餃子を焼きますよ。手でも洗っていてください」
りあむ「色々気になるけど、やったー!白雪ちゃん、最高かよ!」
優「お片付けするねぇ。手伝ってくれる?」
凪「もち」
優「そうだ、あきらちゃんがいいかな?」
あきら「自分デスか?」
優「りあむちゃんの髪、お手入れと簡単なカラーはやってみる?」
あきら「うん。興味もあるし。りあむサンなら気兼ねないから」
りあむ「あきらちゃん、ぼくをカットマネキン代わりにするとか言った?」
あきら「そこまでは言ってないデス」
6
S大学・部室棟・SDs部室
あきら「ふむ……りあむサン、右向いて」
凪「はい。ぐるり」
りあむ「なんで凪ちゃんが答えるのさ。まぁ、向くけど」
あきら「椿サン、写真お願い」
江上椿「はーい」
江上椿
SDsメンバー。出身は新潟県。柿の種にこだわりがあるらしい。
りあむ「椿さん、そんなに撮らなくて良くない?」
椿「資料ですから。多めに」
りあむ「何の?何の資料なの?」
椿「もちろん、あきらさんのためですよ。どうですか?」
あきら「うん。優サンの資料分かりやすいし、できそう」
椿「それは良かったです。写真は何枚か印刷しておきますね」
あきら「椿サン、ありがと」
りあむ「次からはあきらちゃんがやってくれるの?それだと気が楽になる!シャレオツお姉さんはぼくにはハードルが高い!」
あきら「すぐにはムリ。来てもらいながら教わらないと」
椿「次来た時はお礼をしないとですね、考えておきます」
千夜「お茶を淹れました。はじめますか」
りあむ「あれ?もうそんな時間なのか。休み明けが近づいてる……やむ」
凪「時は午後3時。予定通り、あかりんごと若葉お姉さんはいません」
りあむ「よーし、集合!椿さん、ファイルは持って来た?」
椿「はい。こちらに」
千夜「先ほど太田さんから資料も受け取りました」
凪「さすが社会の先生、興味深い内容です」
りあむ「あきらちゃん、あかりんごは!?」
あきら「まだアンテナショップにいる」
りあむ「よーし、凪ちゃんは天使サマを招集しておいて!」
凪「うむ。ぽちぽち、送信」
りあむ「白雪ちゃん、今日のお茶は!?」
千夜「伊集院さんから頂いた紅茶です。氷を入れてレモンでお楽しみください」
りあむ「それめっちゃ美味いやつだよ!それじゃ、はじめるよ!手短に!」
7
夕方
S大学・部室棟・SDs部室
あかり「ちょっと遅れちゃいました!」
凪「あかりんごが到着です。お待ちはしていません」
速水奏「辻野さん、こんにちは」
速水奏
N高校に通う高校生。山形旅行の発案者。出身地はとても美しくて本当に退屈だったとのこと。
あかり「凪ちゃん、奏さん、こんにちは!何してるんご?」
凪「ドラマの上映会です。予習です」
あかり「映画セットを使ってるドラマですねっ。山形でも話題だったんご」
奏「そういうことだから、急いではいないわ」
あかり「あきらちゃん達は、どこに行ったんですか?」
凪「写真を印刷しに行きました。千夜さんはキッチンに」
あかり「写真?」
千夜「辻野さん、いらっしゃったのですね。餃子いただきました、美味しかったです」
あかり「千夜さん、喜んでもらって嬉しいんご」
日下部若葉「こんにちは~」
日下部若葉
SDsメンバー。出身は群馬県。地元には仲間がそこそこいる、らしい。
凪「赤の若葉お姉さんです。ごきげんよう」
若葉「間に合いましたね~」
千夜「ええ。凪さん、地図の準備を」
凪「りょ」
奏「上映会も終わりね。片づけてしまいましょうか」
あかり「手伝います」
奏「大丈夫よ」
千夜「戻られたようです」
あきら「りあむサンは気にし過ぎデスよ」
椿「はい、自信を持ってくださいな」
りあむ「うー、りあむちゃんが突然地味色になってたら怪しくない?ひそひそ陰口叩かれない?いや、絶対そうだ!騙されないぞ!」
あきら「これ、逆に自信過剰?」
椿「そもそも、りあむさんを知ってる人もそんなにいませんから」
りあむ「そうかぁ?そうかな、プリンターまでの行きかえりだったけど大丈夫だったかな?」
あきら「大丈夫デスよ、あ、あかり来てたんだ」
あかり「はいっ。あっ!りあむさん、それ!ふふっ」
りあむ「笑うなようあかりんご!ぼくだってコスプレ感漂うのは分かってるよぉ!」
あかり「そんなことないんご!似合ってます、前と違ってまともな女子大生に見えるんご!」
りあむ「前はまともじゃなかったみたいに!」
あきら「それは仕方ない。ピンクと青はまともじゃないし」
りあむ「あきらちゃん、ひどい!」
椿「前のりあむさんも今のりあむさんもカワイイですよ」
りあむ「椿さんの言葉は信じて良いのかな、悩むよぅ」
あきら「信じておけばいいデス。椿サン、写真ありがと」
椿「どういたしまして」
りあむ「あかりんごに、若葉お姉さんもいる!時間にみんな正確だね!真人間っぷりに、りあむちゃんは感心しちゃうよ!」
あかり「りあむさんも遅れたりしないですよね?」
りあむ「りあむちゃんは、大体ここにいるからね!いつもいれば遅れないのは当然だよ!」
あきら「授業とかはどうしてたんデスか?りあむサン、夜型だし」
りあむ「朝の授業は寝ないで行ってた!」
若葉「頭に入りませんからダメですよ~。実習もありますから、直していきましょうねぇ」
りあむ「若葉お姉さん、来てたんだ。うん、ぼくもそうしたい。というか、ちょっと治ってるよね?ね?」
椿「ちょっとどころか、この前は早寝早起きでしたよ」
あかり「それじゃ、りあむさんのためにモーニングコールするんご!」
りあむ「いや、そこまではいいから。うん、多分、きっと」
あきら「学校行ってるし、いいかもね」
凪「地図とホワイトボードの準備ができました。凪は山形旅行への興味で満ちています」
りあむ「凪ちゃん、ありがとう!ぼくの中学生時代の百億倍くらいしっかりしてるよ!」
あかり「りあむさんの中学生時代……どんな子だったんだろう?」
りあむ「あー!黒歴史だから聞くな!聞いても話さない!想像もするなよ!」
あきら「だそうデス」
千夜「速水さんもいらっしゃっていますから、はじめますか。お茶も用意してあります」
りあむ「えっと、白雪ちゃん!今日のお茶は!?」
千夜「伊集院さんから頂いた紅茶です。氷を入れてレモンでお楽しみください」
あかり「財前さんのお友達の、とっても美味しそうですっ」
りあむ「集合!週末の山形旅行プランを発表するぞ!」
8
S大学・部室棟・SDs部室
りあむ「発表は白雪ちゃんから!」
千夜「かしこまりました。辻野さん、気になるところがあったら言ってください」
あかり「わかりました」
千夜「今週末の山形旅行は1泊2日です。主な目的地は、こちらです」
奏「私が行きたい映画のオープンセット」
千夜「はい。辻野さんは色々と案内したいところがあると思いますが、あまり詰め込みないようにしました」
りあむ「別に日本だし、山形は逃げないからね。それに、出不精なりあむちゃんはリア充のノリで動かれたら疲れちゃうよ!」
奏「ワガママを聞いてくれてありがたいわ」
千夜「オープンセットは公共交通機関で行くのは不便ですので、日下部さんに車を出していただきます」
若葉「はい~」
あかり「山形市まで4時間くらいかかると思いますけど、大丈夫ですか?」
若葉「運転は得意です~。交代もできるし、これくらいなら1人でも大丈夫ですよ~」
千夜「日下部さんの車では座席が足りませんので、レンタカーも使います」
椿「レンタカーは予約しておきました」
千夜「出発は早朝となります。ここに集合としましょう」
りあむ「深夜も考えたけど、JCJKもいるから朝に出発することにしたよ!」
あきら「りあむサンは起きられるんデスか?」
りあむ「前日はここに泊まるからね!たたき起こせばいいだけ!家に帰っても独りだし、一緒だよ!」
あきら「強引な解決策。さっき言ってた、寝ないと同じくらいの」
若葉「私は早起きなので任せてください~。車で寝ててもいいですから~」
りあむ「優しい!さすが若葉お姉さん!年上のかがみ!」
千夜「早朝ですので、凪さんはご自宅までお迎えに行きます」
凪「りょ。ゆーこちゃんはどちらでもよいと言っていましたが」
椿「そうはいきませんから。凪さんのお母様には私の方からご挨拶しておきました」
凪「椿さんなら任せられると」
りあむ「うん、椿さんはぱっと見はちゃんとしてるからね。さすがだよ」
千夜「車の分け方も決めました。この通りです」
りあむ「若葉お姉さんの車には、若葉お姉さん赤白、あかりんご、あきらちゃん、白雪ちゃん、ぼくと天使サマ!」
奏「お世話になるわ」
りあむ「りあむちゃんと一緒はいやだ、とか言うなよ?泣くぞ?」
若葉「そんなこと言いませんよ~」
あかり「1台に7人ですか?」
りあむ「若葉お姉さんの車は8人乗りのワゴン車だからね!広々だよ!」
若葉「それに、私が別れるので~」
あかり「なるほど」
りあむ「別れた若葉お姉さんと、椿さん、凪ちゃんはレンタカーで!」
凪「凪はお姉さま方にお迎えされます」
千夜「高速道路の休憩場所で合流しましょう。伊集院さんと相談して、こちらのパーキングエリアに決めました」
若葉「わかりました~」
千夜「辻野さん、ここまでは大丈夫ですか」
あかり「大丈夫だと思うんご」
千夜「山形市内には10時頃の到着予定です」
椿「予定は予定ですから、焦らずに行きましょう」
りあむ「急に行きたいところができたら行くのもいい?のか?りあむちゃんは友達と旅行したことがないからわからないぞ?」
あかり「初日は辞めた方がいいかも」
奏「オープンセットは、もう少し先だもの」
千夜「はい。11時頃、道の駅でゆっくりと昼食としましょう」
あかり「ここは広くて、月山も綺麗に見えるし、ご飯も美味しいですっ。フルーツ販売もたくさんあるんご!」
あきら「うん、楽しみ」
千夜「その後は月山を越えて行きます。休憩もかねて、物産館に寄るスケジュールです」
りあむ「これは椿さんのリクエスト!渓谷と吊り橋がキレイらしい!」
椿「ここで写真を撮りたいので、良いですか?」
あかり「もちろんですっ」
千夜「13時頃にオープンセットに到着予定です。速水さん、問題は」
奏「十分に楽しめると思うわ。晴れると良いのだけれど」
あきら「天気予報は晴れ。降水確率10パーセント」
凪「それは良い知らせ」
千夜「帰りの時間は決めていませんが、宿泊先は寒河江方面ですので戻ります」
椿「日本海側も良い所ですけど、また別の機会ですね」
千夜「夕食は決めてあります」
あかり「ラーメンですっ!」
千夜「そういうわけですので、辻野さんオススメの冷やしラーメンを食べに行きましょう」
りあむ「山形の名物だっけ?あかりんごが言うなら間違いないよ!ラーメン良く食べてるし」
あかり「山形は家庭でのラーメン消費量日本一なんですっ。みんなにも食べて欲しいんご」
千夜「1日目はここまでです。2日目に関してはあまり決めていません」
りあむ「そのくらいでいいよ!計画通りはりあむちゃんは一番苦手なことだからね!」
奏「そうね。美味しいご飯とスイーツでも食べるくらいかしら」
あかり「今なら梨とか桃がオススメですっ。定番のサクランボ狩りは時期じゃないですけど」
凪「りん……ごほん。凪は梨も好きです」
あきら「当日決めるのも面白いかも。何か発見があるかもしれないし」
千夜「翌日も学校ですから、遅くならないうちに山形を出発しましょう」
凪「ゆーこちゃんが心配する前に帰宅。久川家も安心」
千夜「計画は以上です。辻野さん、いかがでしょうか?」
あかり「良いと思いますっ!山形を堪能して欲しいんご!」
若葉「伊集院さんが考えてくれたから、運転時間も大丈夫そうですよ~」
千夜「速水さんも良いでしょうか?」
奏「ええ。私のワガママに付き合ってくれてありがたいわ」
りあむ「決まりだ!旅行の計画が決まるなんて凄いぞ!夢見家の旅行だったら……うん、疲れるんだよ、本当にさ……」
千夜「計画通りに行くことが目的ではありませんから、要望ありましたら言ってください」
あかり「えっと、質問がありますっ」
千夜「辻野さん、どうぞ」
あかり「費用はどれくらいですか?」
りあむ「お小遣いは使い過ぎない程度に!おやつ代も制限ナシ!」
凪「わーお、なんと贅沢な。これでは、バナナおやつ問題もありません」
あかり「いいえ、お小遣いは気にしてないです。ガソリン代とか宿泊費とか」
りあむ「あー、それな、うん、それは問題ないよ。あかりんごは自分で使うお金だけ持って来ればいいから」
あかり「はい?」
りあむ「急に連絡きたと思ったら、旅行の話は聞かれるし、直ぐにお金は振り込まれるし。別にりあむちゃんが望んでるのはそうじゃないんだけど。うーん、本当にさ……」
千夜「つまり、旅費をいただきました」
椿「りあむさんのご家族から」
あかり「いいんですか?」
りあむ「いいよ。使う以外に方法ないじゃん?ぼくが他に使うのもアレだし」
千夜「ご厚意に甘えても良いかと思います。私もお嬢さまからお小遣いをいただきました」
あかり「じゃあ、遠慮しないんご」
りあむ「うんうん。ぼくはみんなが楽しんでくれればそれで幸せだよ」
あきら「りあむサンは保護者ポジションじゃないデスから。それっぽいこと言ってるけど」
りあむ「えっ!そうなの!?そんなに信頼感ない!?」
あきら「いや、りあむサンもふつーに楽しめばいいから」
椿「そうですよ」
りあむ「そっか。うん、そうする!旅行楽しい!行って良かった、って思えるようにするぞ!絶対に」
あきら「うん、絶対に」
凪「凪も賛成です」
千夜「旅行の計画も決まりました。お前、この場をしめてください」
りあむ「え、えっと、とにかく無事に終われるように!楽しみ過ぎて熱ださないように!交通安全!山形楽しみだな!えーっと?」
あきら「もう十分デス」
りあむ「じゃあ、土曜日の朝!レッツゴー山形!あかりんごのふるさとに行くぞー!おー!」
凪「おー」
あかり「……」
あきら「……大丈夫だから、あかり」
あかり「あきらちゃん、何か言いました?」
あきら「何でもない。あかりも力抜いていいから」
あかり「はいっ。久しぶりの山形、楽しみにしてますっ」
千夜「それでは、これで終わりとします。紅茶は飲み終えてください」
りあむ「それじゃ土曜日に!りあむちゃんは部室にいるからそこまででも会えるけどね!大学生にあるまじき暇さだよなとか言うなよ!」
あきら「言ってないデス」
9
出渕教会・1階・礼拝堂
出渕教会
シスタークラリスが所有する教会。礼拝堂にはオルガンが備えられている。
凪「オルガンの音が聞こえる」
奏「シスタークラリスね。歌の方は、妹さんかしら」
凪「そのようです。はーちゃんの歌声です。軽快で楽しい」
柳瀬美由紀「凪ちゃん、奏さん、こんにちはー」
柳瀬美由紀
クラリスのアシスタント。生活で視覚を使うことができないクラリスを手伝っている。出身は冷たい土地らしい。
凪「こんにちは。凪がはーちゃんを迎えにきました」
奏「私は凪ちゃんの付き添い。何かあったかしら?」
美由紀「今日は何もないよー。クラリスさん、凪ちゃんが来たよ」
クラリス「そろそろ時間ですね。颯さん、終わりにしましょうか」
クラリス
『シスター』。出身は兵庫県。今も自宅は兵庫県にあり、目的のために出渕教会に滞在している。
久川颯「はいっ。ありがとうございました!」
久川颯
『捕食者』を楓から受け継いだ。久川凪の双子の妹、なので徳島県出身。徳島ラーメンがたまに食べたくなるらしい。
凪「はーちゃん、お歌のレッスンですか」
颯「シスタークラリスに習ってるんだ。シスターもとっても上手なんだよ」
クラリス「それほどでもありません」
美由紀「美由紀もクラリスさんと歌うの好きなんだー。颯ちゃんも今度は一緒に歌おうね!」
颯「うん。練習しないとね」
クラリス「颯さん、今日はありがとうございました。病院の件も、助かりました」
颯「やっぱり病院は集まりやすいのかな、増える前に見つけられてよかった」
凪「集まりやすい?」
奏「悪いものがいたのね」
颯「ついでだったけど、『捕食者』さんも満足できたみたい」
凪「流石はーちゃん、お手柄です。凪は聞きたいのですが、何故歌の練習を?」
クラリス「歌に宗教的は意味合いもありますが、気を静める効果もあります。変わったばかりの颯さんには重要なことです」
颯「おかしな感じはしないけど、何かあったらいけないもんね」
クラリス「『捕食者』は人ではありません。だからこそ、言葉以外での意思疎通手段を持っておくべきでしょう」
奏「どこの世界でもそれは同じなのかしら。ま、どこまで効果があるかはわからないけれど」
凪「フムン。聖歌の目的も違うのか」
クラリス「他にも目的はあるのですが、後でお話しましょう」
颯「なー、帰ろっか。お腹すいちゃった」
凪「はい。それでは、さようなら。また会う日まで」
美由紀「ばいばーい」
クラリス「奏さんは、少しお時間を。地下でお待ちください」
奏「わかったわ。みんな、週末はよろしくね」
凪「りょ。計画は順調です」
10
9月下旬のとある木曜日・旅行まであと2日
S大学付属高校・空き教室
空き教室
ちとせ達の部室になるはずだった教室。相変わらず頼子が利用申請を撤回していない。
千夜「辻野さん」
あかり「ごちそうさまでした、お母ちゃんのお弁当は美味しいんご。千夜さん、どうしました?」
千夜「昼食の量が少ないように思えますが、平気でしょうか」
あきら「ダイエット?」
あかり「違います、今日はリンゴをたくさん食べるんご!はい、はい、はいっ」
あきら「カバンからリンゴが3つ出て来た」
あかり「父ちゃんの知り合いが出荷できなかったリンゴを送ってきてくれました」
千夜「そうなのですか。何も問題はなさそうに見えますが」
あかり「傷があったり定形外だったりするんです。ブランドリンゴじゃないから大変で。千夜さん、あきらちゃん、私がむくので食べてください!」
千夜「いただきます」
あきら「ゼロ円だし、もらう」
あかり「わかりましたっ、よいしょっと」
あきら「ナイフと一緒にカバンからリンゴが更に出て来た……」
あかり「サークルの方は何かありました?」
千夜「いいえ、これと言ったものはありません」
あかり「財前さんから情報とかはないんですか?」
あきら「まだ大学が夏休みだから、りあむサンがせっせと調べてるみたいデス」
千夜「これまで通り、怪異が原因なものはないようです」
あかり「それなら安心して旅行に行けますね。千夜さん、リンゴをどうぞ!」
あきら「まるごと1個分……」
千夜「ありがとうございます。食後にいただきます」
あかり「あきらちゃんの分もちゃんとむきますから、待っててください」
あきら「待って。そんなに要らないから」
あかり「わかってます。2切れにします」
千夜「美味しいですよ」
あきら「千夜サン、いつの間にか食べ終わってるし」
千夜「売り物にならないのは残念ですね」
あかり「仕方がないんです。お隣さんに渡すわけじゃないですから、厳しくしないと」
あきら「……」
あかり「あきらちゃん、やっぱりもっとリンゴ欲しいですか?」
あきら「いや、違うから」
あかり「旬だからいつもより美味しいはずです。あきらちゃんのもむけました、どうぞっ」
あきら「ありがと。そう言えば、優サンが部室に来るって」
千夜「そうなのですか。辻野さん、リンゴをむきましょうか」
あかり「大丈夫です。お料理もできるようにならないといけないですから」
あきら「放課後すぐに行こうと思うけど、2人は」
千夜「私もお伺いします」
あかり「アンテナショップのお手伝いしてから行きます。お夕飯、家だと1人か遅くなるから、りあむさんと一緒に食べるんご」
あきら「わかった。自分もそうしようかな」
あかり「自分のもむけました。お昼はリンゴをたくさん食べてお腹を満たすんご」
あきら「あかり、栄養には気をつけなよ」
11
18時半頃
S大学・部室棟・SDs部室
あかり「こんばんはー」
あきら「あかり、お疲れ様」
りあむ「あかりんご!待ってたよ!」
あかり「り、りあむさんっ!どうしたんですか!」
りあむ「えっ?どうもしてないけど?お腹が空いてるくらいだよ!」
あかり「毛の色が戻っちゃったんご……」
りあむ「やっぱり、これだよ!こうでもしないと消えそうだからね!ザコメンタルを支えてくれないと!」
あきら「優サンに教えてもらって、やってみた」
りあむ「あきらちゃん、たすかる!」
あかり「またすれ違ったら目を背ける存在になっちゃいました、どうしましょう」
りあむ「あかりんご、ぼくのことそんなふうに見てたの?」
あきら「それは平気。ヘアスプレーだから、よく洗えば落ちるから」
あかり「そうなんですか?えっと、ホースはありましたか?」
りあむ「洗車するみたいに!それに、まだ授業始まらないから平気だよぅ」
千夜「辻野さん、いらっしゃいましたか」
あかり「おぉ、黒髪乙女は美しいんご。ピンクと水色を見た後だと特に」
りあむ「そんな感嘆が漏れるほどか。いや、白雪ちゃんはカワイイよ?最高だからな?りあむちゃんと比べたらそうなるよな!」
千夜「辻野さん、夕食としますか」
りあむ「もはや反応しないのか。でも、それがいい!」
あかり「はい、お腹が空いて来ましたっ」
千夜「準備はできています。手を洗ってお待ちください」
りあむ「わかったっ!ぼくも一緒に行こう!あれ、あかりんご、どうしたの?」
あかり「準備?」
あきら「千夜サンが夕ご飯を作ってくれた」
りあむ「ごはん、味噌汁、煮物、つまり和食!」
千夜「砂塚さんも食べて行かれますよね」
あきら「うん。手伝うから」
千夜「ありがとうございます」
あかり「いいんですか?」
千夜「構いません」
あかり「いつもごちそうになったりしてます、いいのかな」
りあむ「いいんだよ!あかりんご、気にし過ぎだよ!白雪ちゃんの手料理だぞ、食べない理由がない!」
あきら「うん、りあむサンほど図々しくなくていいけど」
あかり「……」
りあむ「さ、あかりんご!正しい手洗いの仕方を教えるから、行くよ!」
あかり「わっ、りあむさん、引っ張らないで欲しいんご!」
あきら「……」
千夜「砂塚さん。気持ちはわかりますが、悩むのは今ではありません」
あきら「わかった。キッチンでいいかな」
千夜「はい、お手伝いください。人は誰かがいなければ生きるための食事もできませんから」
12
S大学・部室棟・SDs部室
千夜「食後のお茶を淹れました。どうぞ」
あかり「ごちそうさまでしたっ、千夜さんのご飯はいつも美味しいんご!」
りあむ「一家に一人白雪ちゃんが必要だよ!白雪ちゃん、うちに来ない?」
千夜「お断りです」
あかり「普通のお野菜なのに何でこんなに美味しいんだろう?」
りあむ「愛情、愛情なのか!」
千夜「違います。おそらく出汁かと。少しだけ奮発しました」
あきら「ぱぱっと料理したとは思えない深み」
あかり「はぇー、千夜さんは凄いんご」
あきら「千夜サン、お茶、いただきマス」
りあむ「はぁー、ほっとするよ。そういや、旅行の準備できた?」
千夜「はい。旅行道具は常に揃えてありますから」
りあむ「メイドだ、お嬢さまが突然旅行に行っても追いかけられるように準備してるメイドだ」
あかり「私は今日しようかな。あきらちゃんは?」
あきら「大丈夫。1泊の国内だしそんなに持って行くものないから」
あかり「りあむさんは?」
りあむ「ぼくも準備してるよ!あそこに!家に忘れるといけないからね!」
あきら「ソファーに散乱している服、りあむサンのだったんデスね」
千夜「1泊2日ですから、あんなに要らないでしょう」
りあむ「同年代と旅行なんて行ったことないからね!わかんないんだよ!」
あきら「正直、りあむサンが持ってる服なら似たり寄ったり」
りあむ「え、そうなの?やっぱり、おかしい?」
千夜「私からは言いかねます」
りあむ「そこは言ってよ!白雪ちゃん、頼む!何だったらコーディネートしてくれ!」
あきら「別に気をつかうメンバーでもないから。いつも通りでいいデス」
あかり「変に気にしたら、ますますアレになりそう」
りあむ「あかりんご、アレってなにさ?」
あかり「私の帰省旅行ですから、リラックスしてください。りあむさんは、それでいいんご」
りあむ「気になることはあるけど、そうする。変なことは考えない!」
あきら「1番の目的が果たせればいいデス」
千夜「はい」
あかり「映画のセットを見て、ラーメンを食べるんご!」
あきら「あ、ラーメンは重要なんだ」
あかり「山形県民にはラーメンが必要なんですっ」
りあむ「あかりんごには、の間違いじゃない?」
千夜「お前、服の片付けを手伝います。どうせ、旅行の準備も苦手でしょうから」
りあむ「白雪ちゃん、ぼくのこと良く分かってるね!たすかる!」
あきら「自分も。服の扱いはバイトで慣れてるから」
13
深夜
根高公園・東地区
根高公園
河川敷近くにある大きな公園。晴れた日には東地区の芝生エリアで、ピクニックを楽しむ人も多い。
関裕美「……」
関裕美
吸血鬼。夜の存在になってから遠出はしていない。ご両親は富山出身とのこと。
黒埼ちとせ「裕美ちゃん、どこを見てるの?」
黒埼ちとせ
裕美が変質させた吸血鬼。出身は東京都。幼少の頃は北海道の牧場によく連れていかれたとか。
裕美「あっ、また目つき悪くなってたかな」
ちとせ「ううん。遠くて見えないものじゃなくて、そこにないものを見ようとしてた」
裕美「どういうこと?」
ちとせ「何か、想像してたの?」
裕美「ここでピクニックしたのを覚えてるんだ。とっても良い天気で、見上げると真っ青な空だけ見えた」
ちとせ「今は、夜の曇り空」
裕美「太陽は見えない。ピクニックを楽しんでる家族もいない」
ちとせ「私達にはもう見えない景色。寂しい?」
裕美「ううん。家族もいるし、私は覚えてるから」
ちとせ「そうだね」
裕美「ちとせさんには、そういう思い出ある?」
ちとせ「あるよ、牧場の景色。広い空へ、あの子が走っていく思い出」
裕美「目を閉じてみたら思い出せるかな?」
ちとせ「それじゃ、閉じてみようか」
裕美「うん」
ちとせ「……」
裕美「……」
ちとせ「私には見えた」
裕美「私も。でも、ね」
ちとせ「私達には眩しすぎた」
裕美「そう。私達は変わったから」
ちとせ「今は夜空が見守ってくれる。だから、記憶の中だけでいい」
裕美「次がなくても平気」
ちとせ「ええ」
裕美「ちとせさん、何か見つけた?」
ちとせ「なーんにも。静かな夜だよ」
裕美「こっちも」
ちとせ「『チアー』の姿は見えない」
裕美「あのウワサ、本当なのかな」
ちとせ「確かめてみるまではわからない」
裕美「亜季さんも同じこと言ってた。ちとせさん、教会に帰ろう」
ちとせ「ええ」
裕美「月曜日まで何もないといいけど」
14
9月下旬のとある金曜日
S大学・部室棟・SDs部室
椿「……」
りあむ「ねぇ、椿さん、聞いても良い?」
椿「りあむさん、なんでしょうか?」
りあむ「いつも以上に真剣に手入れしてるけど、そのレンズ全部持ってくの?」
椿「はい」
りあむ「まじで!?凄い重そうだよ!数もあるし!」
椿「今回は車もありますし、平気ですよ」
りあむ「そうか、いや、騙されないぞ!普段の旅行の時は肩にかけてるってこと?凄くない?」
椿「普通ですよ?」
りあむ「わかるぞ。椿さんの言う普通は信じない方がいいことは」
若葉「こんにちは~」
りあむ「若葉お姉さんブルーだ。ということは、レンタカー?」
若葉「はい~。椿ちゃんの荷物を回収しに来ましたよ~」
椿「ありがとうございます。もう少し待ってくださいね」
りあむ「若葉お姉さん、何か飲む?白雪ちゃん特製の水出しコーヒーくらいしかないけど」
若葉「椿ちゃんも時間がかかりそうですし、いただきます~」
椿「外はまだ暑いですか?」
若葉「はい、冷たい飲み物が欲しいです~」
りあむ「若葉お姉さんのカップは、どれだっけ?」
若葉「自分でやりますよ~」
りあむ「せめて砂糖とミルクは、これだ。甘くするほうが美味しいって、白雪ちゃんは言ってた!」
若葉「りあむちゃん、ありがとうございます」
りあむ「ふふーん、りあむちゃんも出来ることが増えてきたぞ!凄い?」
椿「凄いですよ」
若葉「椿ちゃん、あかりちゃんのご両親に挨拶に行きました?」
椿「はい。今日改めて行ってきました」
りあむ「許してくれたけど、今日はどんな感じだった?」
椿「どう説明するかは迷いますね。旅行はぜひ、とのことでした」
若葉「仕方ありませんよ~」
りあむ「うーむ、やっぱりそうか。あかりんごについては、何か言ってた?」
椿「お友達も出来て、今の暮らしに慣れたみたいで安心した、とは言ってましたけど」
りあむ「まー、椿さんでもそこまでは聞き出せないか。あかりんご、ぱっと見は元気だし」
若葉「それはお姉さんの仕事ですね」
椿「りあむさんもですよ?」
りあむ「りあむちゃんも?あかりんごよりは年上だけど、そんな能力なくない?」
椿「そんなことありません。一緒に力になってあげましょう?」
りあむ「うん。できることなら、そうしたい。できないけど、誰か助けたい、って気持ちはぼくにもある。気持ちだけで、諦め気味だけど」
椿「できました」
若葉「レンタカーに積むのを手伝いましょうか?」
椿「私も水出しコーヒーを飲んでからにします」
りあむ「椿さんのカップは、これだっけ?」
椿「はい」
りあむ「お、当たったぞ!りあむちゃんをほめて!」
椿「りあむさん、えらいえらい」
若葉「なんだかいけない感じもしますね~」
りあむ「自分で言っておいてなんだけど、うん、そう思う。夜のお店感だ」
椿「りあむさんは、旅行の準備はできました?」
りあむ「もちろん!あそこにあきらちゃんが詰めてくれたリュックサックがあるよ!」
椿「あら、カワイイペガサスさん」
若葉「小学生が使ってそうなリュックですね~」
りあむ「うっ、事実小学生の頃に使っていたやつだし。だって、後はデカいトランクしかなくて。海外旅行に行くようなさ。ぼくは別にインドで人生変えられるタイプじゃないんだよ……」
椿「そのリュック、お気に入りなんですか?」
りあむ「昔は、そうだった気がする。今は、どうなんだろ?」
若葉「好きでいいじゃないですか~」
椿「キライになる必要はありませんから」
りあむ「キライになる必要はないか、うん、そうかな。そうする。白雪ちゃんもあきらちゃんも丁寧にしてくれたから、それでいいんだ」
椿「部室に泊まるみたいですけど、お風呂は大丈夫ですか?」
若葉「もしかしてお風呂抜きですか~、めっですよ~」
りあむ「違うよ!時子サマから、使えるシャワー室は確認済みだよ!どうだ!」
椿「それはそれで心配ですね」
若葉「はい~、今日はいいですけど、ちゃんと家に帰ってくださいね~」
りあむ「お姉さま方にちゃんと心配されてる。これは居心地がいいぞ!」
椿「あらあら……」
りあむ「いつもと違ってただただ怖い!家に帰るから安心してよ!掃除もするから!」
15
夜
某アパート・あかりの部屋
某アパート
辻野家が暮らす小さなアパート。あかりの部屋は山形の家と比べると半分以下の広さだとか。
あかり「旅行の準備はこれでいいかな、寝る前に確認したけど……」
あかり「……」
あかり「山形なんだから、そんなに気張らなくていいですよね。あっ、あきらちゃんから着信だ。もしもし?」
あきら『あかり、今いい?』
あかり「はいっ。旅行の準備も出来たんご」
あきら『そう。聞きたいことがあって、山形って寒い?』
あかり「峠道は少し肌寒いかもしれませんけど、昼間は大丈夫です。あっ、夜は冷えるかも」
あきら『わかった。上着だけ持って行く』
あかり「そこまで寒くない、はずだから安心してください」
あきら『うん……』
あかり「あきらちゃん?」
あきら『それだけ。あかり、朝早いから気をつけてね』
あかり「早起きは得意ですっ。あきらちゃん、おやすみなさい」
あきら『おやすみ、あかり』
あかり「……」
あかり「色々考えちゃうから、寝よう」
16
9月下旬のとある土曜日・旅行当日
早朝
S大学・部室棟・SDs部室
あきら「ふわぁ、おはよ」
あかり「あきらちゃん、おはようございます」
あきら「あかりは元気そう。他の人は?」
奏「おはよう。早起きしちゃったわ」
あきら「奏サン、どーも」
奏「どうやら朝弱い人がいるみたいね」
あきら「りあむサン?」
りあむ「おはよう!ぼくは元気だよ!部室でやることないからさっさと寝たからね!しかもあかりんごに起こされるまで寝てた!」
あきら「無駄に元気デス。ということは」
千夜「おはようございます……」
あきら「千夜サン、すぐにでも寝たそうデス」
千夜「申し訳ありません……お嬢さまがおらず、最近は早起きしないので……」
あかり「千夜さん、やっぱり寝起きが弱かったんですね」
若葉「お待たせしました、車の準備ができました~」
りあむ「ありがとう!若葉お姉さん、おねむの人は車で寝て良い?」
若葉「もちろんですよ、気にしないでください。運転は好きなので」
りあむ「よし、出発しよう!レッツゴー、山形!おー!」
若葉「おー」
千夜「おー……」
あかり「弱ってる千夜さんもめんごい。いや、農家の嫁としては……いやいや慣れれば平気ですから」
あきら「千夜サン、あかりに変なこと言われないうちに行こう」
17
久川家付近
久川家
住宅街の一角にある。凪と颯には別々の部屋が与えられている。
凪「7人乗りのレンタカーが凪を迎えに来ました。後部座席のスライドドアが開く」
椿「凪ちゃん、おはようございます」
凪「凪は朝の挨拶をします。おーはー」
椿「時間通りですね。お家まで迎えでも良かったんですよ」
凪「凪は起きて一人でいけます。ゆーこちゃんもはーちゃんも休みの日くらいお寝坊でよいのです」
椿「さ、乗ってくださいな」
凪「広々です。りあむ達はもう出発しましたか」
椿「はい。こちらも揃ってます」
凪「では、合流地点のパーキングエリアへ」
椿「若葉さん、出発してくださーい」
18
某パーキングエリア・自動販売機前のベンチ
凪「若葉お姉さま号が見えました。ちょうど前に止まった」
椿「降りてきましたね」
凪「りあむが駆け足で来ました」
りあむ「あれ?早いぞ!ごめん、先にトイレ!待ってて!」
あきら「大声で言う必要ないデス」
あかり「途中でラーメン食べたから遅れちゃった?」
あきら「別に競争してるわけじゃないから」
椿「時間はありますよ」
凪「はて、夕飯にラーメンを食べる予定なのにラーメンを食べたと?」
あきら「同じラーメンじゃないから平気、だって」
千夜「凪さん達が先に到着していたのですね」
凪「はい。快適な車の旅です」
椿「売店に行こうと思いますが、行きますか?」
千夜「はい。辻野さんはどうされますか」
あかり「外の空気を吸って休憩してます。りあむさんがどっかに行く前に捕まえておくんご」
あきら「わかった。何か欲しいものある?」
あかり「飲み物も前に買ったし大丈夫です」
千夜「わかりました」
凪「それでは売店へ」
椿「凪さん、お土産はそんな急いで買わないでも平気ですよ?」
凪「確かに。はーちゃんの顔が浮かぶと手が伸びてしまう。気をつけないと」
千夜「辻野さん、お待ちください」
あかり「わかったんご」
19
某パーキングエリア・自動販売機前のベンチ
あかり「すー、やっぱり空気が綺麗になりました。それにしても、りあむさんはトイレが長いです」
依田芳乃「そなたー」
依田芳乃
和服に身を包んだ謎の少女。なんとなく神々しい。南の方の島で産まれ育ちまして、とのこと。
あかり「あっ、はい?私ですか?」
芳乃「はいー。ご気分は悪くありませんかー」
あかり「車酔いは休んだから平気ですけど」
芳乃「悪しき気がするのでしてー」
あかり「……悪い気、ですか」
芳乃「わたくし依田は芳乃ともうしますー」
あかり「依田は芳乃、ちゃんですか?」
芳乃「目を閉じてくださいませー。一時しのぎはなるかとー」
あかり「へっ?私のおでこに何かついてますか?」
芳乃「あくしーおー。これでよいかとー」
あかり「何か変わった、のかな?」
芳乃「それでは良い旅をー。ご縁があったら会えるでしょうー」
あかり「不思議な人ですね、田舎には神々しい人が残ってるのかな」
りあむ「あー!スッキリしたー!あかりんご、どしたの?」
あかり「りあむさん、和服の巫女さんみたいな人に話しかけられてて」
りあむ「えっ!どこどこ?まさか美少女だった!?それなら見たい!」
あかり「まだ、あそこに、あれ?」
りあむ「いないじゃん。あかりんご、夢でも見てた?」
あかり「確かに一方的に話しかけられたのに、足が速いのかな?」
りあむ「まっ、いっか。あかりんご、休憩できた?」
あかり「はい、空気が美味しいんご。庄内あたりはもっと美味しいはずです」
りあむ「りあむちゃんも何か甘い物を買おうかなー。あかりんご、一緒に行こ?」
あかり「わかりました、あの、りあむさん?」
りあむ「なに?ぼくはスッキリしたし、皆と旅行も何か楽しくなってるよ?」
あかり「私、何か悪いものでも憑いてますか?」
りあむ「あかりんごが?そんなわけないよ、気のせい気のせい。少なくとも今は問題ない!さ、行くよ!次降りる時は山形だ!」
あかり「そうなのかな、あっ、りあむさん、待ってください!」
20
山形市内・某所
椿「……♪」
凪「ここは趣ある建物の前。今の状況を一言で表すのなら」
あきら「修学旅行の記念撮影」
奏「言い得て妙ね。カメラマンさんは楽しそうよ」
若葉「椿ちゃんは映らないんですか~?」
椿「入ります、スイッチ撮影の準備はバッチリです」
りあむ「あるよね、何故か写真のためだけに降ろされるの。あかりんごは来たことある?」
あかり「はい。修学旅行じゃなくて校外学習でした」
あきら「あかりの実家から近い……んだっけ?」
あかり「バスに乗ったらすぐでした」
凪「かきかき、スケッチブックにかきかき」
千夜「凪さん、何をされてるのですか」
りあむ「あかりんご、中に入ったことある?」
あかり「はい。何度も来ました」
りあむ「じゃあ、入らないことを決めた!お昼の時間も近いし!」
凪「凪は今日の日付を書きました」
奏「ふふっ、本当に修学旅行の記念撮影みたいね」
千夜「凪さん、名前を書きましょう。SDs、山形旅行記念としておきますか」
あきら「あはっ、それいいね。ぜんぜんクールじゃなくて」
若葉「カッコつけないぐらいいいですよ~」
椿「立ち位置を調整しますね。りあむさんは真ん中に」
りあむ「え、ええ、ぼくは端っこでいいよぅ」
あきら「こういう時に真ん中に行かないでどうするんデスか」
あかり「そうです!どうせこれまでの修学旅行の写真は端にいるんですから!」
りあむ「どうして知ってるのさ!言ったことないぞ!」
若葉「さっき自白してみたいなものですよ~」
椿「奏さん、もう少し右に。凪さん、スケッチブックは頭の上でもいいですよ」
凪「なるほど。では」
あかり「あはっ、凪ちゃんかわいいんご♪」
凪「ほめられた。悪くない」
りあむ「若葉お姉さん、全員集合出来なくてごめんね」
若葉「いいんですよ、こうしてるのが奇跡みたいですから」
あきら「何時か撮ろう、全員一緒に」
椿「いいですよ、私も入りますね」
奏「椿さん、どうぞこちらに」
椿「ありがとうございます。それじゃあ、撮りますよ。はい、ポーズ」
あきら「ニッ」
あかり「んご!」
りあむ「凄いシャッター音がしたな……連射か」
椿「何回か撮りましょうね」
りあむ「椿さん、後1回だけにしよう!好き放題させるには時間がない気がする!」
21
プランにあった道の駅・特設会場のベンチ
看板『山形出身!榊原里美さんによる甘々トークショー!』
あかり「榊原さん、って誰でしょう?」
奏「辻野さん、隣いいかしら」
あかり「奏さん、どうぞ。ソフトクリーム買ったんですね、サクランボ味ですか?」
奏「ええ。アドバイスどおり旬じゃないから加工品にしたわ」
あかり「それがいいんご。今なら、ぶどうとか」
奏「誰か買ってたわね。辻野さんも何か食べるかしら」
あかり「お昼をちゃんと食べたから大丈夫です」
奏「うん、美味しいわ。お昼も満足したわ」
あかり「舌、ピンク、色気……」
奏「どうしたの?」
あかり「そ、そう言えば!榊原里美ちゃんって知ってますか?これからトークショーが始まるみたいですっ」
奏「名前は聞いたことがあるわ。魔法使いと同じ事務所だったかしら」
あかり「あまり人がいないですね」
奏「でも、ゼロじゃない。接触まではしてこない」
あかり「はい?」
奏「辻野さん、ヒミツは守れるかしら」
あかり「ヒミツ?守れると思いますけど……そんなに知りたいわけじゃないです」
奏「もしもの時の切り札。敵を欺くには味方から。持っていて」
あかり「小さな箱、ですね」
奏「開けてちょうだい。私は触らない方がいいの」
あかり「シルバーの丸い……なんでしょう、模様が描いてあります」
奏「退魔の武器。当たっても当たらなくても人以外に効くわ」
あかり「……」
奏「しまって。砂塚さんが来たわ」
あきら「あかり、ぶどうを買ってみた。食べる?」
あかり「はい、ありがとうございますっ」
あきら「奏サン、隣失礼します」
奏「どうぞ。あら、始まりそうよ」
22
プランにあった道の駅・隣接した公園
凪「椿さん、聞いてください」
椿「凪さん、どうしました?」
凪「写真を撮りました。どや」
椿「川の風景が上手に撮れてますね」
凪「こちらもどうでしょう」
椿「いいですね、レンズが足らないのでボケてるのは仕方ありません」
凪「効果テキメン。有識者へのヒアリングは重要」
椿「やはり近くでしたか」
りあむ「あっ、2人ともいた!なんかアイドルのトークショーがあるんだって!あかりんご達が見てるから行こうよ!」
凪「それではりあむの言う通りに」
23
プランにあった道の駅・特設会場
榊原里美「みなさん~こんにちは~」
榊原里美
CGプロ所属アイドル。甘々妹系。出身は山形県。
あかり「あれが山形に育まれた、ぼんきゅぼん……山形のポテンシャルを感じるんご」
あきら「最初がそこなの?」
里美「今日はトークショーを同じ事務所の忍ちゃんとやります~忍ちゃん、どうぞ~」
工藤忍「みなさん、こんにちは!工藤忍です!よろしくお願いしまっす!」
工藤忍
CGプロに最近所属した新人アイドル。北国出身のがんばり屋、とホームページに書かれている。
奏「ふふっ、緊張してるわね」
里美「忍ちゃん、リラックスですよ~のんびりした場所だからのんびりやりましょう~」
忍「は、はい!」
あかり「うんうん、がんばる姿は美しいんご。きっと田舎から上京してきた新人さんなんです、北国生まれの」
あきら「それはどうだろ」
里美「同じ東北出身なのでお手伝いしてもらいます~」
あきら「あってた」
あかり「どこなのかな?」
奏「聞いてみたら?」
あかり「はいっ!忍ちゃんはどこ出身なんですか!」
あきら「あかり、変なところで思い切るよね」
忍「え、アタシ?」
里美「答えてあげてください、大丈夫ですよ~」
忍「そうだよね。客席にも降りていくんだから、交流しないと」
里美「忍ちゃんはどこの出身なんですか~」
忍「青森県です!えっと、りんごどころの」
あかり「青森、りんご、ふーん……」
忍「あれ?アタシ、変なこと言った?」
あきら「言ってないデス!ありがとうございます!続けてください!」
里美「はい~、それじゃあスタートです~」
忍「デザートの試食もあるから、楽しんで行ってください!」
24
プランにあった道の駅・駐車場
千夜「帰られました。時間通りです」
りあむ「白雪ちゃん!待った!?ご飯にスイーツも食べた!?暇してない!?」
千夜「日下部さんとおやつの時間にしていました」
あかり「千夜さん、お待たせしましたっ」
千夜「構いません。トークショーはどうでしたか」
あかり「楽しかったですっ、山形スイーツの未来は明るいんご!」
奏「最初はあんな感じだったのにね」
あきら「同じ東北からの上京仲間だし、直ぐに心変わり」
あかり「スケジュール帳に、サインも貰っちゃいました!」
りあむ「里美ちゃんのCDも買ったぞ!握手券はあかりんごにあげた!」
千夜「よくわかりませんが、楽しんでいるなら何よりです」
りあむ「凪ちゃん達は?もう出発した?」
千夜「はい。私達も参りましょうか」
奏「次の目的地は、あの山」
あきら「綺麗に見えてる。晴れて良かった」
あかり「はいっ!行きましょう!」
25
山の物産館・近くの吊り橋
りあむ「ふぅー、空気が美味しいなぁ」
あかり「りあむさん、車酔いしましたか?お水いりますか?」
りあむ「へいきへいき、もう直ってきた。車で映画を見たからテンションあがってきたけど、酔うとは予想外だよ。あきらちゃんは良く平気だよね、一番真剣に見てたのに」
あきら「なんでだろ、ゲームで慣れてるから?」
りあむ「りあむちゃんは平気だと思ってたけど、刺客がばっさばっさ人を斬る映画は酔うんだな。初めて知った」
あかり「でも、爽快だったんごっ!セットが見れるの楽しみですっ」
あきら「あかりのそういうとこ、キライじゃないよ」
奏「綺麗なところね。風が気持ちいいわ」
あきら「これが椿サンの見たかった景色。うん、椿サンはやっぱりセンスある」
りあむ「うーん、良い眺めだ!椿さんは、あそこか!」
若葉「あっ、みんな~」
りあむ「青の若葉お姉さん!元気!?運転疲れてない?」
若葉「ぜんぜんへっちゃらですよ~」
あかり「全員一度に休めないのは不便ですね」
奏「もっと人気のないところならいいけど」
あきら「ここはだめデスね」
りあむ「椿さんと凪ちゃんは、あそこか!」
若葉「もう写真はたくさん撮ってますよ~」
凪「椿さん、椿さん、どうでしょう」
椿「あっ、野鳥がいたんですね。ベストタイミングです」
凪「いえいえ、椿さんのカメラが良いのです」
りあむ「何か師弟関係位になってる?凪ちゃんに悪影響ない?」
あきら「ないと思うけど。師弟というよりは姉妹感」
あかり「凪ちゃんも偶には妹キャラになりたいんご」
あきら「そうかも。まっ、写真に興味あるからだよね」
凪「おや、ご到着のようです」
椿「はい。みなさんの写真を撮っていいですか?」
りあむ「いいよ!見返す予定もない写真を撮るのも旅の醍醐味だからね!」
凪「おや、千夜さんの姿が見えません」
あかり「千夜さんはソフトクリームを買いに行きました!山ぶどう味があるみたいですっ」
りあむ「相変わらずよく食べるね、白雪ちゃんは。でも、山ぶどうソフトは気になる!1個は多いけど!」
あきら「自分も。あかり、後でシェアして食べよっか」
りあむ「その手があったか!女子っぽいぞ!」
あきら「凪チャンは、風景写真は満足した?千夜サンが来るまでもう少しありそうだけど」
凪「満足です。そして、凪達は初心を忘れません。撮りたいのは風景ではありません」
椿「やはり、女の子です」
凪「はい。はーちゃんいずべすと」
りあむ「やっぱり悪影響受けてない?いや、元からか?」
26
映画のオープンセット・エントランスエリア
凪「待っていたぞ、勇者達よ」
椿「5分も待ってませんよ」
りあむ「到着!りあむちゃん達は目的地に降り立ったぞ!というわけでー!」
あかり「というわけで?」
りあむ「解散!2時間後にここ集合だよ!外には出て行くなよ!迷子はりあむちゃんが困るぞ!」
あかり「え、解散なんですか?」
奏「ペースは人それぞれだもの。私は勇者の剣があった神社を見に行くわ、すぐそこなの。またね」
凪「奏さん、凪も付いて行きます。一緒に予習した仲、断れないはずです」
奏「来たいならどうぞ。独りに今はなりたいわけじゃないから」
りあむ「暑いから熱中症には気をつけるんだぞ!水分補給は喉が渇く前に!30分に1回座れよ!」
あかり「本当に行っちゃいました」
若葉「私は交替しながら見るので、ご自由に~」
あかり「若葉お姉さんも行っちゃいました。あんなにカワイイ日傘を持ってたんですね」
りあむ「あれにあわせるゴシック衣装もあるらしいよ」
あきら「へー、似合いそう」
椿「主に右回りか左回りか、ですね」
千夜「速水さんと凪さんは左へ」
椿「千夜さん、貸衣装がありますよ。左側です」
千夜「わかりました。行きましょうか」
りあむ「白雪ちゃん!?進んで着せ替え人形になるの!?」
千夜「お嬢さまからリクエストされているので。江上さん、良い写真をお願いします」
椿「はーい♡」
りあむ「ちとせと椿さんが繋がってたのか……これは大変だぞ」
あきら「さっきまで見てた映画のセットは右側にあるんだ。あかり、最初に行く?」
あかり「はいっ、大立ち回りして色白の暴君を倒す気分になるんご」
りあむ「りあむちゃんも付いてくぞ!断られてもな!」
あきら「いや、断らないから」
27
映画のオープンセット・左側のエリア
凪「見てください、何度となく登場した舟屋です」
奏「見過ぎて馴染みがあるわね」
凪「キャラバンはいつもここに逃げ込みます。ぱしゃぱしゃ」
奏「本当にあるものしか、使ってないのね」
凪「奏さん、ピースです」
奏「ふふっ、はい、ピース」
凪「眩しい青空が似合う。凪も成長するだろうか、いや希望を捨ててはいけない」
奏「そう?私は青空よりも夜のイメージだけれど」
凪「そんなことはありません、お似合いです」
奏「ありがとう。疲れてないかしら?」
凪「はーちゃんが準備してくれた帽子が守ってくれています。ですが、ここで水分を取ります。ごくごく」
奏「楽しいかしら?」
凪「はい、凪は楽しいです。ところが、あまり楽しそうでないと言われるのもしばしば」
奏「やっぱり、私も同じ。ちゃんと楽しいわ」
凪「わかります。きっと同じようにする人が近くにいるから似てくる。例え天使様でも」
奏「それが本当なら、嬉しいわね」
凪「次は何があるでしょう」
奏「さぁ、行ってみればわかるわ」
凪「のどかな場所です」
奏「観光シーズンからは少し外れてるようね」
凪「奏さん、聞きたいことがあります」
奏「どうぞ。映画のことなら少しくらい出てくるわ」
凪「人に紛れて学生として過ごす、とはどういうことなのですか」
奏「それを聞くために、私についてきたの?」
凪「いえ、そう言うわけではありません。一緒に回るのが一番の目的です」
奏「でも、どこかで聞こうとは思ってたのでしょう?」
凪「それは認めます」
奏「意地悪な言い方だったわね。最初から答えるつもりだったの」
凪「それでは、お聞きしたい」
奏「颯ちゃんは独りじゃないから大丈夫よ。あなたがいるもの、産まれた時からずっと」
凪「はーちゃんのことは聞いていませんが」
奏「自分が線を引かなければ世界は広がるわ。だけれど、その線は孤独だと消せない」
凪「……」
奏「本当は言ってしまいたいわ、誰にでも正体を。普通の人には重すぎるから、私が秘密として背負わないといけない。その秘密も1人でも一緒に背負ってくれれば軽くなる。だから、大丈夫よ」
凪「訂正します。はーちゃんのことを念頭に聞きました」
奏「そう、正直なのはいいことよ。答えになった?」
凪「はい。奏さんは、10年以上この世界にいますか」
奏「いいえ、そこまではいないと思うわ」
凪「それでは、凪がお姉さんです。お手をどうぞ、姉は妹の手を引くものです」
奏「ちょっと考え方が私には理解できないわ」
凪「凪も、はーちゃんにそうするように、あなたの秘密を背負う1人になります」
奏「……そう。ありがとう、凪ちゃん」
凪「握り返された手はひんやりしている。暑さにも強いのか」
奏「おそらく、考えてる以上にずっとずっと私は人から離れているわ」
凪「他にも秘密はありませんか。花ざかりのJKにはたくさんあるはず」
奏「お姉ちゃんに隠し事はできない、か。でも、片側だけは不平等よね」
凪「凪は凪についても話します。一緒に映画を思い出しながら」
28
映画のオープンセット・左側のエリア・貧しい民家のセット
椿「ここは、有名なドラマの家を移設したそうですよ」
千夜「見たことはありませんが、あらすじは知っています。実際に住んでいてもないのに苦労が染み込んでいるようです」
椿「そうですね、セットの作り込みが凄いんでしょうか」
千夜「江上さん、先ほどはお写真ありがとうございました」
椿「気にしないでください、私の趣味ですから。後でちとせさんにも送っておきますね」
千夜「……」
椿「あっ、送る写真は自分で選びますか?」
千夜「このドラマの主人公のように、苦労しなくてはならないはずだったのに、そうはなっていません」
椿「ちとせさんがいたから、ですか」
千夜「はい。だから、お嬢さまは私の全てです」
椿「急にどうしたんですか?」
千夜「いえ、江上さんにはちゃんと言ってないような気がしたので。もう既にお聞きかもしれませんが」
椿「お礼とは言いませんが、1つだけ教えてあげます」
千夜「何を、でしょうか」
椿「財前さんからの頼まれごとに、それは、入ってません」
千夜「……どういうことですか」
椿「旅行、ここまでは楽しいですか?」
千夜「わかりません」
椿「お嬢さまに聞かれたら、楽しかったと答えますよね?」
千夜「おそらく」
椿「そうなるようにしないといけませんね」
千夜「しかし、目的は」
椿「私の目的は旅行ですよ?」
千夜「……きっと、私もです」
椿「それなら、次に行きましょうか」
29
映画のオープンセット・右側のエリア・一番奥の高台
あかり「わっ、遠くの景色まで見えるんご!りあむさん、あきらちゃん、こっちです……別の建物に入っちゃった」
あかり「……ふぅ。座れそうな所があったから、お茶でも飲んで待つんご」
芳乃「また、会いましてー」
あかり「わわっ!いつの間に!って、ええ!」
芳乃「お座りになられると良いかとー」
あかり「色々気になるけど、座ります」
芳乃「お飲み物はありましてー?」
あかり「はい。途中で買ってきたのが。りあむさんが言ってたから、喉が渇く前に飲みます」
芳乃「わたくしもいただくのでしてー」
あかり「……」
芳乃「気分は晴れましてー?」
あかり「えっ?」
芳乃「故郷を訪れる躊躇いは、先ほどより弱くなっていましょうー」
あかり「あれ?山形出身って言いましたか?」
芳乃「人は産まれ育ちし土地の匂いをまとうゆえー、そなたはこの地に似た匂いなのでしてー」
あかり「私、匂いますか?」
芳乃「匂いというのは鼻からだけではなくー、全てから感じるものですー」
あかり「そうなんですか?」
芳乃「ここは良き場所でしてー」
あかり「はい、そう思います」
芳乃「このおせんべいも美味なのでしてー、1枚お裾分けをー」
あかり「ありがとうございます。あっ、これ、アンテナショップで売ってるのと同じだ」
芳乃「地、空、食、気に触れ、隣人の喜びは出立前の戸惑いを上回り、そなたの気分も前向きになったのです」
あかり「そうですね、やっぱり山形は良い所ですっ!」
芳乃「この旅の終わりに、そなたの迷いが消えることを祈りましてー」
あかり「迷い?」
芳乃「ご友人が参られますー」
あかり「あきらちゃんが出てきました!せっかくだから、紹介します……あれ?」
あかり「また、どこかに行っちゃった……不思議な子です」
あきら「あかり、ここにいたんだ」
あかり「あきらちゃん、和服の女の子見ませんでした?」
あきら「見てないけど。でも、ここコスプレOKだって」
あかり「うーん、誰なんだろう……」
りあむ「何か見覚えある小屋だな?凪ちゃんが見てたドラマかな?わっ、凄い景色いいじゃん!そうなら早く呼んでよ、あかりんご!ずるいぞ!」
あかり「ふっ、あはは。りあむさんは大げさです」
りあむ「どうしたの、あかりんご。急に楽しそうになったよ?ここまでもそこそこ楽しそうだったけど、更に」
あかり「皆が山形で楽しそうで、私は嬉しいですっ」
30
集合時間
映画のオープンセット・エントランスエリア
千夜「多少遅れても問題ないとは思いましたが」
椿「みんな、時間通りに集合しましたね」
凪「これは奏さんを時間通りに導いた凪の手腕といっても過言ありません」
奏「ええ、凪のおかげ」
りあむ「そこは凄く仲良くなってるな、予想外。さっき一緒に自撮りしてたのも見たし」
若葉「仲の良いことはいいことです~」
りあむ「みんな、体調悪くない?山道に戻るけど平気?」
あきら「問題ない。歩いてたのに疲れが取れた気がする」
あかり「それは気のせいです、歩いたら疲れるんご!車で足を休めましょう」
あきら「気分の問題なんだけど、まっ、いいか」
千夜「十分に楽しめましたか」
あかり「はいっ、私も楽しかったんご!」
千夜「速水さんはいかがでしょうか」
奏「ええ、十分に。私の目的は果たされたわ」
凪「つまり、これからは欲望の時間」
りあむ「欲望の中でも食欲だね!日に当たったから、食べたいものがある!」
あかり「そう、冷やしラーメンですっ!日が落ちて気温が下がる前に行くんご!山形は気温差がありますからっ」
奏「辻野さん、今日一番で元気な気がするわ」
あきら「奏サン、気がするじゃなくて正解」
31
冷やしラーメン後
若葉の自家用車・車内
あかり「ぐぅぐぅ……」
りあむ「あれ、あかりんご、寝ちゃってる?」
奏「思ったよりも緊張して疲れてたのかも」
あきら「ラーメン大盛を食べてお腹いっぱいだから、だと思う」
りあむ「あれは良い食べっぷりだった。あかりんご、朝もラーメン食べてたのを思い出した。それなのに大盛を?ラーメンに対する情熱が高すぎる」
千夜「日下部さん、ここを右です」
若葉「わかりました~」
千夜「山道ですのでお気をつけください」
りあむ「そろそろ話しておこうと思ったけど、起こす?」
千夜「寝かせておきましょう」
あきら「泊まるところ、聞いてこなかったし」
りあむ「うん、ここまで来たら最後までだよ。行っちゃおう」
あきら「うん。はじめちゃったから、止まれない」
32
山形県内某所・本日の宿泊先・駐車場
奏「畑の隣に家があるのね」
千夜「月も星も綺麗に見えます」
凪「これが空が近いということか。凪はわかりました」
椿「きっと陽当りがいいんでしょうね」
若葉「果物が美味しく育ちそうです~」
りあむ「りあむちゃんは車の移動で疲れた!若葉お姉さんもここなら人の目は平気だよ!」
若葉「はい~」
若葉「風が気持ちいいです~」
若葉「椿ちゃん、荷物を運びますよ~」
椿「ありがとうございます、レンズをお願いします」
あかり「え?寝ている間に来たのがここですか?」
若葉「みなさーん、お茶の準備が出来てますよ~。お風呂ももう少しで準備できますからね~」
りあむ「若葉お姉さん黄色!お出迎えありがとう!めっちゃ割烹着似合ってるよ!萌え萌えだよ!」
あきら「凄い似合ってる。借りたんデスか?」
若葉「はい~、あきらちゃんも荷物を持ちますよ~」
あかり「あ、あきらちゃん!聞きたいことがあります、ここはどこですか!?」
りあむ「どこって、あかりんごの実家だよ」
あかり「あきらちゃんは知ってたんですか!?」
あきら「……知ってる。黙っててごめん」
りあむ「隠してたんじゃないぞ!聞かれなかっただけ!ちゃんとあかりんごのご両親には許可は取ってるよ!旅行の日程は全て伝えてあるし!」
あかり「なして私に言わないんですか!?」
千夜「改めて聞いても良い言い訳とは思えません」
あかり「まさか、千夜さんも知ってたんですか。千夜さんまでりあむ面におちるなんてこの世の終わりです」
りあむ「なんだよ、りあむ面って!ぼくはダークサイドかよ!その通りだな!」
あかり「それに、そうなると……つまり」
千夜「辻野さん、まずは落ち着いてください。荷物をまずは置きましょう」
あかり「……」
りあむ「あかりんご、若葉お姉さんが用意したお茶を飲もう!みんな、集めるから!」
あかり「千夜さんが言うなら、そうします」
りあむ「そこはぼくじゃないのかよ!いいけどさ!」
33
辻野家・リビング
辻野家
辻野家が所有するりんご畑の片隅に建てられた平凡な一軒家。リビングは掘りごたつ式。
椿「あかりさん、来ませんね」
奏「着替えると言って、2階の自室に戻り」
若葉「茶碗のお茶が冷めちゃいました~」
奏「拗ねてるのかしら」
りあむ「怒って引きこもり!?どうしよう、りあむちゃんのせいかな!?だよな!どうやって土下座すればいいかな!?」
千夜「土下座しても変わりはしません」
あきら「そうじゃない、と思う」
千夜「階段を降りる音がしました」
あかり「みんな、いますか」
りあむ「いるよ!良かった天照大御神にならなくて!というか、着替えなかったの?」
凪「りあむはネットで何か調べたと思われます」
あかり「若葉お姉さんは、5色……今はいるんご」
若葉「はい、やっとリラックスできます~」
あかり「あかりんご、わかったんご!」
34
辻野家・リビング
千夜「辻野さん、全てお話しましょうか」
あかり「せっかく考えたから話しますっ」
千夜「わかりました。どうぞ」
あかり「とりあえず、私以外はみんな知ってるんですよね?」
凪「はい。凪は色々と知っています」
りあむ「正直、あきらちゃんは色々とあぶなかった。隠し事してもばれるぞ!これは自信がある!あきらちゃんは嘘つかないで生きよう!」
奏「私も同感。隠し事なんてないのが良いわね」
あきら「そうなんだ、気づかなかった」
椿「例えば、あかりさんが来る前に別の打合せをしています」
あかり「あの時、みんな揃ってたのは遅れたからじゃなかったんですね」
奏「そういうことね。私は遅れていくことが多いもの」
凪「余った時間は鑑賞タイム」
あかり「次は、りあむさん!」
りあむ「ぼく?ぼくは何もして、してなくはないけど」
あかり「駐車場に車は何台ありますか?」
りあむ「そりゃあもちろん、3台だよ!あっ、あかりんご家のものは除くよ!」
あかり「隠す気が全然ないんご!2台で旅行してたのに!」
千夜「隠す気はないですから」
あきら「ここまで来たら、さ」
あかり「運転できるのは」
椿「私は出来ますよ。でも、今日は若葉さんにお任せしています」
りあむ「りあむちゃんは出来ない!他は未成年!ドライバーも雇ってないよ!」
あかり「さっき、若葉お姉さんが2色うちから出てきました」
若葉「お掃除をしてたんですよ~」
若葉「あかりちゃんのお父さんお母さんに頼まれました~」
あかり「3台目で最初からこっちに来たんですね。若葉お姉さんは1人でも運転は平気って言ってたので、凪ちゃん達が乗ってた車には若葉お姉さんは青色さんしかいなかった?」
凪「正解です」
若葉「運転は得意なので~」
奏「見直したわ。頭が回るのね」
あかり「公園の事件でちょっと慣れました」
りあむ「うんうん、成長するのはいいことだ!りあむちゃんが楽になる!」
あかり「そうなると、レンタカーが気になるんご」
凪「その心は」
あかり「レンタカーは7人乗りでした。3人しか乗ってないはずなのに」
椿「広々でした」
奏「……来たみたい」
りあむ「凄いな、ホンモノなの確信したよ……」
あかり「先に来てた若葉お姉さん含めても5人で、余ります。だから、答えてください」
あきら「あかりの思ってるとおりデス」
あかり「和服の女の子、一緒に来てますか」
りあむ「そうだよ。りあむちゃんは何回か見えないふりした」
千夜「同じ時間に同じ経路を辿るのは良く出来た偶然です。しかし、今回は私達の意思です」
りあむ「でもでも、必要なんだよ。何に必要かはちゃんと話すから。もう1回会いに行ってよ」
奏「りんご畑の奥、裏山の方にいるわ」
あかり「誰、なんですか」
奏「名は依田芳乃、退魔師よ」
あかり「……」
あきら「あかり、お願い」
あかり「わかりました。行ってくるんご」
35
辻野家・山の目の前のりんご畑
あかり「……いました」
芳乃「また会えましてー」
あかり「それは、会うつもりだったから」
芳乃「はいー。そなたー、お名前をお聞きしてよいでしょうかー」
あかり「辻野あかり、です」
芳乃「わたくし依田は芳乃、生業は」
あかり「退魔師さんって聞きました。ここは、やっぱり、そういうところなんですか」
芳乃「この地には悪しき気配がするのでしてー」
あかり「退魔師さんじゃなくても、見ればわかりますよね。だって……」
芳乃「後ろへ。悪しき者が現れました」
あかり「え……」
成宮由愛「……」
成宮由愛
学習旅行先で行方不明になった中学生。無表情のまま、あかりを見つめている。
あかり「ニュースで見た子、なんでここに」
由愛「あなたが辻野さんの娘ですか?」
芳乃「言葉を学んだようでして。騙されぬよう」
あかり「なんで知って」
由愛「見てたから。りんご畑を育てる夫婦とその子供」
あかり「会ったことない、何かに憑りつかれてる……?」
芳乃「その通り。故に、離れよ」
由愛「見慣れない護符です。でも、力不足」
芳乃「ばばさまの護符をはねのけるとはー、認識を改めましてー」
あかり「手から羽根が見えたような、気のせい……?」
由愛「封印がなければ、あなたなんて敵じゃありません。2度と東洋の魔術に不覚などとりませんよ。あの憎たらしい坊主のように」
あかり「封印、東洋の魔術……?」
由愛「りんご、ありがとうございました」
あかり「……あげてません」
芳乃「すぅー……」
由愛「南国の退魔師さんが何かしそうなので、消えます。再び会いましょう、辻野の娘さん」
あかり「退魔師さん、逃げちゃいますよ!」
芳乃「かまいませぬー、そのつもりでしてー」
あかり「大丈夫なのかな……」
芳乃「少女の健康は守られているようでしてー」
あかり「あの、あれの原因って」
芳乃「その話はわたくしには不要でして、話すべき人は別におるでしょうー」
あかり「……はい」
芳乃「今日は休みましょうー、わたくしも辻野の家で休むのでしてー」
36
辻野家・玄関前
奏「お疲れ様」
あかり「奏さん」
奏「接触は出来たかしら」
芳乃「はいー。しかし、離すことには失敗しましてー」
奏「あら、予想より強力ね。憑かれている子、平気なの?」
芳乃「問題ないようでしてー。封印前は供物を求めていたのかもしれませぬー」
奏「封印、そう言ってたのかしら」
あかり「はい、言ってました。封印がなければ、退魔師さんは敵じゃないって」
奏「つまり、今は違うということ。力量を見極めるくらいは出来るでしょう」
芳乃「ええー」
奏「今夜は私が見張るわ。ここには近づかせない」
芳乃「白き羽のそなたを信じましてー。わたくしはお休みを」
奏「ええ、ゆっくり休んでちょうだい。辻野さんも、ね」
あかり「大丈夫ですか、奏さんだって疲れてるのに」
奏「この世界に降りて来た存在なの、よほどの存在でなければ負けないわ。疲れ方も人間とは違う」
芳乃「まことの言葉でしてー」
奏「旅行のお礼よ。任せて」
あかり「お礼が大きすぎます、たぶん……」
奏「辻野さん」
あかり「なんでしょうか。飲み物とか持ってきますか?」
奏「あの子達は多くのことを既に知っているわ。だけれど、全てではない。あなたから聞かなければいけないことは、調べていない」
芳乃「わたくしもそれは同じでしてー」
あかり「……それなら、どうすればいいんでしょう」
奏「心に従うの。どんなことでも、受け入れてくれるはずよ」
37
辻野家・リビング
芳乃「ただいま戻りましてー」
凪「これからは自由です。羽を伸ばしてください」
千夜「お飲み物を準備しました。おくつろぎを」
芳乃「お気遣い、感謝しますー」
りあむ「あかりんご、おかえり」
あかり「はい、りあむさん」
りあむ「えーっと、こういう時どうしたらいい?りあむちゃんにはわからない」
あきら「そう言われても」
あかり「あ、あの、皆に聞いて欲しいことがあるんです。いいですか……?」
あきら「もちろん、と言いたいけど」
千夜「申し訳ありません、全員は揃いません」
りあむ「若葉お姉さんはもうおねむだから寝てるよ!場所は、和式の客間ね!」
あきら「椿サンは今お風呂タイム」
千夜「依田様はお次を。僭越ながら寝間着の準備をさせていただきました」
芳乃「感謝しますー。わたくしも車には慣れていないのでして」
千夜「はい。ゆっくりとお休みください」
りあむ「天使サマには見張りと威嚇を頼んでるし」
凪「中学生には夜更かしはいけません。ゆーこちゃんを安心させるためにおやすみコールをします」
あかり「それじゃあ、明日にします。何にもない普通の家ですけど、ゆっくりしてください」
りあむ「あかりんご、それ本当なの?」
あかり「えっ?」
りあむ「今すぐ言いたいことがあるんでしょ!りあむちゃんの勘違いかもしれないけど!」
あきら「聞くから。あの時、聞けなかったこと、聞きたい。あかりから、じゃないといけないから」
あかり「りあむさん、あきらちゃん……」
千夜「こちらはお任せください。何かあればご用命を」
りあむ「白雪ちゃん、ありがと!退魔師サマのおもてなしは任せたよ!凪ちゃんのお世話も!」
凪「千夜さんにお世話を受ける。役得が過ぎる。やはりJCは正義」
りあむ「あかりんご、ぼくとあきらちゃんが聞くよ。それでいい?」
あかり「はい。何があったか、話したいんです。私から、ちゃんと」
38
辻野家・あかりの自室
りあむ「ねぇ、あきらちゃん」
あきら「何ですか、りあむサン」
りあむ「ぼくたちはあかりんごを待ってる。2人で。あかりんごの部屋で」
あきら「そうデス。座布団は客間から借りたやつ」
りあむ「あかりんごの部屋のって、普通?りあむちゃんはわかんない」
あきら「普通でしょ。少し広い気がする。姉妹がいたら半分で分けたのかも」
りあむ「あかりんご、編み物好きだっけ?言ってた?」
あきら「クラスの自己紹介で言ってたような」
りあむ「かごにたくさん入ってる。部屋は綺麗なのに、捨てられないのかな?他の物はあんまりない」
あきら「本棚は、ほとんど教科書。雑誌が幾つか」
りあむ「ラーメン雑誌だ、食べ歩きとかしてたのか?いや、食べ歩きするには不便か」
あきら「車とか、ないから」
りあむ「まだJKだもんな。おっ、クリアファイルがあるぞ」
あきら「りあむサン、そういうの怒られるから辞めなよ」
りあむ「どれどれ、袋ラーメンのパッケージだ……これは怒られないな」
あきら「それなら、編み物の山より喜んで見せてくれそう」
りあむ「お土産をコレクションしてるんだな、古いのもあるぞ」
あきら「物産展とかで買ったのかな。あるいは」
りあむ「アンテナショップ、か。あかりんご、前から知ってたのか?」
あきら「そうなのかな」
コンコン
あかり「お待たせしました。千夜さんから冷たいお茶を貰いました」
りあむ「あかりんご、ありがと」
あかり「りあむさん、いつもより声小さいですね」
あきら「一応遠慮してるんデスよ。というか緊張かな」
りあむ「皆休んでるから、人とコミュニケーションに慣れないオタクは慎まないと」
あきら「でも、地下アイドル仲間はいるんじゃないデスか?」
りあむ「アレは人じゃないから。鳥の鳴き声と変わらないよ」
あきら「そういう言い方が誤解されるんデスよ」
あかり「そこまで防音がしっかりしてないですから、そうしてください」
りあむ「わかった。大人しくするぞ。いつも一言多いのに、必要な言葉は足らないのがりあむちゃんだからね」
あきら「自覚してたんデスか」
あかり「……よし。聞いてくれますか」
りあむ「うん。好きなところから話すといいよ」
あきら「聞いてるから」
39
辻野家・あかりの自室
あかり「えっと、最初は、辻野あかり高校1年生です。知ってますか?」
あきら「知ってる」
あかり「父ちゃんとお母ちゃんはりんご農家です。山形の、小さな畑で、ブランドじゃないりんごを作っています」
りあむ「それも知ってる。山形はフルーツ王国だけど、りんごはそこまで生産量が多くないのも」
あかり「去年、りんごが取れなかったことは、知ってますか」
りあむ「……りあむちゃんはここは答えない。あきらちゃん、任せた。代表なのに責任をとらないとかそういうんじゃなくて、さ、その」
あきら「りあむサン、ありがと。自分があかりのこと知りたくて、聞いた」
あかり「父ちゃん、話しちゃいましたか」
あきら「うん」
あかり「椿さんが丁寧に頼んだらきっと話しちゃいます。お母ちゃんじゃなくて、父ちゃんが自分で」
りあむ「親のことわかってていいね。そうあるべきだよ」
あかり「父ちゃんは来年も実らないことがわかっちゃいました。木を見たら、多くの人がわかると思います」
りあむ「ぼくはわからなかったけど、若葉お姉さんはそんなこと言っていた」
あかり「父ちゃんは前から都内での物産展を手伝ってました。だから、お仕事はちゃんと見つかりました。都内のアンテナショップです。山形のことをよく知ってる働き者、父ちゃんにぴったりです」
りあむ「あ、あかりんご」
あかり「何ですか、りあむさん?」
りあむ「……タイミングが違う気がする。続けて。ぼくは黙ってる」
あかり「ご厚意で近くに部屋も借りれました。この家よりずっと狭いけど、良い部屋です」
りあむ「……」
あかり「アンテナショップはお手頃価格で提供したいから利益はそんなにないんです。でも、お母ちゃんと私でがんばるんご」
りあむ「うぅ……」
あきら「これも知ってるでしょ、りあむサン」
りあむ「……そうだよ」
あかり「通っていた高校は3ヶ月で辞めて、転校しました。S大学付属高校だった理由は、わかってますか」
あきら「知ってる、古澤先生がこっそり教えてくれた」
りあむ「転入試験が簡単、手続きが早い、ちゃんとある学費免除。それにアンテナショップから近いよ」
あきら「あかりが付属高の制服じゃなかったのは、新品で買わなかったから」
あかり「はい。新品で買えば間に合ったんですけど、少しでも節約したいですから」
りあむ「それは……いや、黙る」
あかり「私は諦めません、ここにもう一度、赤いりんごが実ることを」
あきら「……」
あかり「どんな理由でもお金は必要ですから。あかりんご、がんばるんご」
あきら「あかりは、SDsが出来る前から、原因を探してた」
あかり「はい。ちょっと調べたんです、だって……」
あきら「だって……」
あかり「ありえないじゃないですか、こんなの」
りあむ「……」
あかり「農業には何でも時間がかかります。直すのも、です。だから、傷つかないようにしてるんです。父ちゃんは、それくらい知ってます」
あきら「……」
あかり「突然、収穫量が半分になって、次の年にゼロになるわけないんです。しかも、畑全部が」
りあむ「……あかりんごは、ぼくたちといる理由があった。偶然かもしれないけど、もしかしたらが、あるかもしれない。そんなことをやってた」
あきら「理由、か」
あかり「もう、原因は分かってるんですね」
あきら「もう少し。正体はわかった」
りあむ「時間がなかったから色んな人に手伝ってもらった。おびき寄せるのに、あかりんごを使ったのは謝る。黙ってたのも、ごめん」
あかり「原因は、人でも自然でもなかったんですよね?父ちゃんが間違ったわけでもないんですよね?」
あきら「そうだよ、あかり」
あかり「良かった~、安心しました。父ちゃんも喜びます、それに……そう、良かった……」
あきら「あかり……?」
あかり「何時か家を出ていくかもしれない、って、考えてました。もしかしたら、山形からも。だけど」
りあむ「……」
あかり「この場所に嫌われてなくて良かった。そんな理由で出て行きたくなかったから」
あきら「あかり……」
あかり「えへへ、りあむさんもあきらちゃんも言ってくれればいいのに。秘密だなんて、ずるいですよ」
りあむ「だって、あかりんごは、えっと、あきらちゃんに任せた」
あきら「あかりは、それだと言ってくれないから……さっきのこととか」
あかり「え……?」
あきら「あかり、辛いことがあっても平気そうにしてるから。でも、そういうことも共有したい。まだ過ごした時間は少ないけど、仲間……友達だから」
あかり「えへへ、あきらちゃん、ありがとうございますっ」
りあむ「ぶえええん、これが友情、りあむちゃんは感動だよ」
あかり「りあむさんが泣く場面じゃないんご。泣き方が汚くて感動できません」
りあむ「りあむちゃんは汚いのか……むしろ、あかりんごは平気なのさ。あきらちゃんの友情に感極まる場面だよ?」
あかり「そういうタイプじゃないんで。本音を言ってスッキリしましたっ」
あきら「うん、あかりらしい」
あかり「りあむさん、きっと色々隠したりしてくれたんですよね?ありがとうございます」
りあむ「うん。あきらちゃんもあかりんごも、何かギクシャクするのはいやだからね。絶対に解決する。ぼくがするわけじゃないけど」
あきら「りあむサン、そこは自分のおかげにしてもいいデスよ」
あかり「奏さんから銀のアクセサリーを貰ったんですけど、これも知ってますか?」
あきら「うん。もしものために、渡してもらった」
りあむ「このことを話す前に何かあると困るからね。ぼくたちに秘密にするなら相手にも気づかれないから」
コンコン
あかり「はい、どうぞ」
千夜「失礼します。お話は終わりましたか」
りあむ「白雪ちゃん、ベストタイミングだよ」
あかり「千夜さんもありがとうございます」
千夜「何を、でしょうか」
あかり「私のこと、心配してくれて」
千夜「最善の手ではなかったかもしれません。許してくださるのなら、幸いです」
りあむ「それで、白雪ちゃんは何しに来たの?」
千夜「辻野さん、どなたか自室にお泊りさせてもよいでしょうか?」
あかり「大丈夫ですっ、人が居ても寝れますから。何人ですか?」
千夜「お2人のどちらか1人で」
あかり「あきらちゃん、一緒に寝るんご」
りあむ「即答なのか。りあむちゃんはショック、でもないか。先輩と同級生なら同級生だ」
あきら「それじゃ、お邪魔する」
千夜「かしこまりました。お布団は準備します」
りあむ「白雪ちゃん、ぼくは?まさか車とか言わないよね?」
あかり「そこまでうちは狭くないんご」
千夜「お前は私と同じく客間です」
りあむ「ザコ寝ってやつだ。ザコメンタルなりあむちゃんにはぴったりだよ」
あきら「そういう意味じゃないデス」
千夜「それでは、ごゆるりと。気のすむまでお話ください」
りあむ「いや、夜更かしはだめだな。明日が本番だから」
あかり「……はい。詳しい結果は明日聞きます」
りあむ「白雪ちゃんも寝るんだよ、早めに。お世話とかいいから」
千夜「お前が言うことではありません。ですが、そうします」
あきら「自分もそうする。お風呂、入ろうかな」
40
辻野家・あかりの自室
あきら「あかり、お風呂あがった……寝てる」
あかり「ぐーぐー」
あきら「意外と寝息が大きい……まっ、いいけど」
あかり「うーん、りんごの精よ、私に力を、うわぁ、こっちに寄ってこなくてください……」
あきら「凄い寝言……電気消そう」
あかり「ぐぅぐぅ」
あきら「お休み、あかり」
41
9月下旬のとある日曜日・旅行2日目
早朝
辻野家・台所
あかり「おはようございます」
若葉「おはようございます~、よく寝れましたか~?」
あかり「はい、黄色の若葉お姉さん。くんくん、炊き立てのご飯の匂いがするんご」
若葉「朝ごはんですよ~、色々勝手に使ってるのは許してください」
あかり「もちろんです、たまに使ってくれると長持ちしますから。わぁ、小さなおにぎりがたくさんです、若葉お姉さんの手のサイズでカワイイんご」
若葉「いつでも食べられるように、おにぎりにしました~。握りたて、どうですか?」
あかり「いただきますっ。お味噌が塗ったおにぎりなんですね、珍しい」
若葉「群馬以外だと珍しいみたいですね、お茶とお味噌汁も準備しておきました~」
あかり「若葉お姉さん、料理出来るんですね」
若葉「独り暮らしの大人ですから、当然です」
あかり「美味しいですっ、他のは何ですか?」
若葉「左の列から、卵焼き、豚の焼肉、道の駅で買った佃煮、とかですよ~」
あかり「独特なラインナップです、群馬の文化は興味深いんご」
若葉「群馬じゃなくて私の趣味です~」
あかり「卵焼きのおにぎりを貰いますっ。千夜さんは担当じゃないんですか?」
若葉「まだ早朝も早朝ですから。あかりちゃんは早起きなんですね」
あかり「この家にいた時はいつも早起きだったから。うん、醤油味の卵焼きがおにぎりにあうんご」
若葉「せっかくなので、飲み物を畑に持って行ってくれますか?」
あかり「畑に?誰か農作業してるんですか?」
若葉「私が穴を掘ってるんですよ~」
あかり「穴を掘る?入るためですか?」
若葉「調べてるんです~、真ん中くらいにいるので話を聞いてみてください」
あかり「わかったんご。この麦茶とカップですか?」
若葉「はい、お願いします~」
42
辻野家・りんご畑の中央
奏「辻野さん、おはよう」
あかり「奏さん、おはようございますっ。体調に問題ありませんか?」
奏「問題ないわ。その麦茶、もらっていいかしら」
あかり「美しいお顔が変わらないから平気みたいですね。はいっ、どうぞ」
奏「ありがと。日下部さんは、そこよ」
あかり「こんなに深い穴掘ったんですか?いつの間に」
奏「私達は人じゃないもの。日下部さん、一旦戻ってきて。水分補給しましょう」
あかり「それ糸電話なんですね。ロープもあるんご」
若葉「はい~」
あかり「戻ってくるのが早いです。麦茶を、どうぞ、どうぞ、どうぞ」
若葉「ありがとうございます~」
若葉「汗かいちゃいました」
若葉「色々わかりましたよ~」
若葉「深さごとに土を分けてみました」
若葉「私から説明します。続けてください」
若葉「麦茶、ありがとうございました~」
あかり「緑の若葉お姉さん以外穴に戻っちゃいました」
奏「植物のことは植物がわかる人物に聞くのがいいわ。日下部さん、何がわかったのかしら」
若葉「穴を掘ったのは土地を調べるためです、まずは表面です~」
奏「この山ね。ガーデニングには詳しくないけど、良い土に見えるわ」
若葉「それだけ、ですか?」
奏「私が一晩警戒していたものと似た気配がする」
あかり「封印されてる……何か」
若葉「あかりさんのお父さんは緑の手の人なんですね、健康なりんごが育つと思います~」
あかり「でも、育ってないのは」
奏「相手の影響ね。正体は、まだわからないけれど」
あかり「やっぱり」
若葉「あかりちゃん、りんごは弱いと思いますか?」
あかり「え?そうは思わないんご。台風で落ちちゃうことはあるけど」
若葉「木は丈夫です。今も枯れてません、弱っているけれど」
奏「土も根こそぎ力を奪われているわけではない」
若葉「なのに実らないのは理由があるんです。奏ちゃん、2つ目の山はどうですか?」
奏「もう少し深いところね。悪い感じはしないけれど、豊かさも感じない」
あかり「うーん、確かにそんな気がするんご」
若葉「リンゴ畑を初めて何年ですか?」
あかり「おじいちゃんが土地を見つけて来て、父ちゃんが若い頃に始めたから、20年くらいです」
奏「そこまで歴史はないのね」
若葉「土に理解がある人が無茶なことをしていないのに、土地は痩せてます」
あかり「この土地、そんなに良くないんですか?」
若葉「悪くないですけど、周りのりんご農家さんよりは良くないかも」
あかり「新参者だから、そこは仕方がないです」
若葉「あかりちゃん、もっと深いところは次です」
あかり「良い土な気がするんご」
奏「だけれど、同じ気配がするわ」
あかり「りんごが実らない、理由」
奏「昔も同じことがあったのかしら」
若葉「あかりちゃん、言ってもいいですか?」
奏「言いにくいことみたい。辻野さんには悪いこと」
あかり「言ってください」
若葉「アレがいなくなっても、戻らないと思います。数年か、それ以上にもっと」
奏「そうでなければ、耐えられたかもしれないように聞こえるわね」
若葉「はい。もう1度やり直しです」
あかり「若葉お姉さん、ありがとうございます。父ちゃんは、はじめた人だし、きっと大丈夫ですっ」
奏「そう言ってたわね」
若葉「今の所はこんなところです~」
あかり「ありがとうございます、変に期待しちゃって裏切られなくて良かったんご」
若葉「もう少し調べてみます。奏ちゃん、後で山の方も調べてみましょう」
奏「わかったわ。辻野さん、飲み物ごちそうさま」
44
辻野家・駐車場
あかり「直売所の軽トラです。あの車ですか?」
千夜「はい」
あかり「あれ?思ったより若い、しかも女の人です」
千夜「お待ちしておりました。小室千奈美さん、ですか」
小室千奈美「ええ。おはよう」
小室千奈美
愛知県出身の大学生。夏休みを利用して山形に来ている。麦わら帽子が似合う。
千奈美「紹介するわ。及川雫ちゃん、岩手から来てるの」
及川雫「おはようございますー」
及川雫
岩手県から学校の実習で滞在中。ツナギ姿。力持ちらしい。
千夜「私は白雪千夜です」
雫「電話の人ですねー、はじめましてー」
千夜「こちらは、辻野あかりさん。辻野さんの娘さんです」
あかり「はじめまして。若い人で驚きました」
千奈美「あなたがそう、大変だったわね」
あかり「いえ、そんなことないですっ。千夜さん達も良くしてくれるし、都会も楽しいですから。畑のお世話してくれて、ありがとうございますっ」
千奈美「雫も私もアルバイトよ、色んな人がお世話してくれてるの」
あかり「アルバイトなんですか?」
千奈美「大学の勉強とも関わるから一石二鳥よ。旅行も兼ねてるから、それ以上」
雫「私も実家は牧場ですけど、農業も楽しいですよー」
あかり「……若い人が増えたと思ったのに残念です。やっぱり、千夜さんをお嫁に……」
千夜「辻野さん、何か言いましたか」
あかり「なんでもないですっ」
千奈美「いつも通り掃除していくわ」
千夜「お願いします。家の方はこちらで」
千奈美「わかったわ。資料も持って来たわ、ちょっと持ってき過ぎたかも」
千夜「ありがとうございます」
千奈美「雫、家に運んであげて」
雫「わかりましたー、任せてくださいっ」
千夜「私達も資料を運びましょうか」
あかり「千夜さん、若葉お姉さんが畑にいるような」
千夜「移動してもらいました。事情はお2人には話していません」
あかり「安心しました」
雫「どうしたんですかー?」
あかり「いえ、何でも……わっ!本当に力持ちですっ」
千夜「充分な量の資料ですね、これならいけるでしょうか」
千奈美「そういえば」
千夜「何か」
千奈美「行方不明の成宮由愛ちゃん、だったかしら。目撃情報があったらしいの。見たりしてない?」
千夜「いいえ、見ておりません」
千奈美「そうよね、地理感のない子供が1人で移動するには不便だもの。いちおう見回りはしておいた方がいいかしら?」
あかり「わ、私もそう思います」
千奈美「畑に行くわ。雫、後で合流ね」
45
辻野家・駐車場
凪「ありがとうございました」
あかり「ありがとうございましたっ」
凪「美麗な実習生は帰ってしまいました。残念」
あかり「作業着も似合ってました。本当に山形に定住してくれたり、しないか」
凪「凪は気に入りましたよ」
あかり「わかってます、旅行と定住は別ですから。凪ちゃん、朝ごはん食べましたか?」
凪「凪は食べました。お米がとても美味しい」
あかり「山形もお米どころなので、たくさん食べるんご」
凪「はい。凪も成長中。はーちゃんは更に」
あかり「凪ちゃんも、ありがとうございます」
凪「凪は凪が思う通りにしているだけです。ついでに褒められるのは悪くない」
あかり「たくさん資料があったから、整理しないとですね」
凪「ええ。せんせいが来る前に」
あかり「先生?」
凪「せんせいは先生です。昨日は温泉旅館で1泊しています」
あかり「その先生も協力してくれてる?」
凪「時子様は言いました。忙しい人物に頼むのが1番早い、癪だけど納得いかない事実だ、と」
あかり「はい?財前さんも協力してくれてるんですか?」
凪「せんせいは、ゆったり朝風呂。凪達は準備をして待ちます」
46
辻野家・山の目の前のりんご畑
芳乃「……ご用がありましてー?」
奏「見るだけで、邪魔をするつもりはなかったの。せっかくだから聞くわ、準備はどうかしら」
芳乃「地の加護は受けられそうにありませぬ。大樹もなきゆえー」
奏「日下部さんから聞いたわ。それなら何を頼るのかしら」
芳乃「人の縁と、そなたを」
奏「なるほどね。少しだけよ」
芳乃「四方にヒトガタがありまして、お授けくださいませー」
奏「これね。さぁ、退魔師さんを助けてあげて」
芳乃「白き力を感じますー」
奏「4つとも出来たわ。昨日は出来なかったけど、引きはがすことは出来るかしら」
芳乃「最善はつくします」
奏「あの子の隠れ場所だけれど」
芳乃「奥の山に洞穴があるようですー」
奏「あら、知ってるのね」
芳乃「こちらのものとは思えませぬ」
奏「意図的に用意されたものかしら」
芳乃「はい、封印と故意につなげたと思われまして。今は近づかぬよう、引き込まれるゆえ」
奏「つまり、近くにいるのね」
芳乃「はい。強力な封印でして場所は特定できませぬー」
奏「わかったわ。日下部さんにも伝えておくわ」
芳乃「ひとつ、お伝えくださいませー」
奏「何をかしら」
芳乃「これまでの難敵、記録が残らぬ訳がありませぬ。きっと辿り付けましょうー」
47
辻野家・リビング
椿「りあむさん、古い農地図みたいです」
りあむ「農地図は大事!あそこ!可能な限り年代順に並べて!若葉お姉さん、山形駅の時間な気がする!若葉お姉さんレッドとホワイトで迎えに行って!」
若葉「もうこんな時間に~、わかりましたっ」
あかり「えっ、山形駅に誰か来るんですか?」
凪「これは民間伝承、古い怪談本です。明治かそれ以前か」
りあむ「凪ちゃん、読めるそれ?全部読まなくていいけど、関係しそうなページにメモ紙でも挟んでおいて!」
凪「りょ。全部は読めませんが、挿絵があります。凪アイで見つけられるはず」
千夜「先行した日下部さんの資料をお持ちしました」
りあむ「それもあったか、忘れてた!あかりんごに任せた!」
あかり「は、はいっ、わかりました!」
千夜「いいえ、小室さんが持って来た資料を見てもらうのが良いかと」
りあむ「それもそうだな、この土地のことだもんな。白雪ちゃん最高だよ!あきらちゃんと交替して!」
あきら「わかった。りあむさん、これは」
りあむ「それはあそこ!」
あきら「まだ何も言ってないデス。土地の譲渡契約書の多分コピー」
りあむ「結果的にあってるからオッケー!あかりんご、頼んだ!」
あかり「わかったんご!」
椿「この写真は50年前くらいでしょうか。でも、何の写真なんでしょう?」
りあむ「椿さん、わかんないなら年代別で!」
奏「てんやわんや、って言葉通りね」
りあむ「こういう時は猫の手も、天使サマの力も借りたい!けど、ここじゃないな!天使サマ、休んでていいよ!」
奏「その考えに従うわ。お礼をどうぞ、郵便よ」
りあむ「うわっ、また紙が増えた!分厚い封筒だよ!」
奏「残念、もう2つ封筒があるわ。ダンボールも2つ玄関に」
凪「せんせいはウワサ以上。凪が運びますか」
りあむ「若葉お姉さんに力仕事はやってもらって!白雪ちゃんでもいいよ!」
若葉「まかせてください~」
若葉「わかりました~」
千夜「速水さん、客間でお休みください」
奏「それじゃあ、おやすみ。必要な時に起こして」
あかり「それにしてもたくさんです」
りあむ「たくさんなのはまとめた1冊がないから!あえて残さなかった可能性もある!」
芳乃「わたくしをお呼びでしてー?」
りあむ「退魔師サマ、待ってた!白雪ちゃん、あれを!」
千夜「依田様、こちらです」
あかり「すごく古い木箱です」
あきら「神社に保管されてた。中身を知ってる人は見つかってない、もういないのかも」
あかり「漢字が書いてあります、緑?」
千夜「緑ではなく縁。えん、あるいは、えにし、と読むのでしょう」
あかり「書いてあるから重要なのかな」
あきら「あるいは呪文かも」
りあむ「たぶん呪いも何もないんだろうけど、さすがに気が引ける!りあむちゃんも日本人だからね!祟られたくないんだ!」
あきら「だから、開けて欲しい」
芳乃「ご用命は承知いたしましてー。土間をお借りします」
あかり「はい、どうぞ!コンテナが邪魔だったらどかしてくださいっ」
芳乃「白雪さまー、お手をお貸しくださいませー」
千夜「かしこまりました。お運びします」
椿「連絡きました、あと30分くらいで到着するみたいです」
りあむ「よし、出来る限りやるぞ!あかりんご、覚悟するんだぞ!」
あかり「覚悟、ですか!?」
あきら「言い方が悪い。期待してて。きっと、ううん、絶対に解決するから」
48
辻野家・玄関前
あかり「あのスポーツカーは、伊集院さんの車ですっ」
千夜「ご到着されたようです」
あかり「千夜さんは、持田さんにあったことはあるんですか?」
千夜「いいえ。お会いするのは初めてです」
あかり「財前さんのお友達です、きっとスーツが似合う美人です」
千夜「小学校や幼稚園の先生が天職そうな見た目らしいので、違うかと」
あかり「降りてきました。こっちに来るんご」
千夜「伊集院さんと」
あかり「あれが、せんせい?イメージと違うんご」
千夜「確かに、あの論文を書く人物とは思えません。小学1年生を担当している、そのイメージに近いですね」
伊集院惠「おはよう。紹介するわ、亜里沙よ」
伊集院惠
S大学の大学院生。出身は東京都。相変わらず実家暮らしとのこと。
持田亜里沙「持田亜里沙です、はじめまして♪」
持田亜里沙
故郷の長野県で小学校教諭となった。S大学教育学部出身。久しぶりにお出かけしたのでご機嫌なよう。
千夜「はじめまして。私は白雪千夜と申します。こちらは」
あかり「辻野あかりですっ」
亜里沙「あなたが、あかりちゃん?」
あかり「はい、あの私のことで協力してくれて……」
亜里沙「がんばりました。よしよし」
あかり「……ありがとうございます。抱きしめられて頭を撫でられるのは恥ずかしいんご」
亜里沙「ありさせんせいに任せて。惠ちゃん、行きましょう」
惠「ええ。資料は?」
千夜「リビングに。可能な限り分類しました」
惠「さすが。神社の箱は」
あかり「はい、退魔師さんが調べてます」
亜里沙「ばっちりね。はじめちゃいましょう」
惠「ええ、温泉で充分に休んだもの」
亜里沙「昨日は連れまわしてごめんね、惠ちゃん」
惠「あれくらいなら問題ないわ。時子ちゃんの方が大変だったわ」
千夜「よろしくお願いします」
あかり「財前さんのお友達は行動が早いです」
千夜「ええ、見習うのは難しいですが……」
あかり「えへへ、撫でられちゃいました。あれ、おかしいな、私のキャラじゃないんご」
千夜「辻野さん、もしかして泣いてますか」
あかり「泣いてないです、あきらちゃんの前でも泣かなかったのに。違うんご」
千夜「……財前さんの言う通り、只者ではありませんか」
あかり「小学生だったら絶対好きになるんご。優しいしカワイイし良い匂いで神です」
千夜「あいつの悪影響が辻野さんに……気をつけねば」
あかり「何とかなる気がしてきました、千夜さん、私達も行きましょうっ」
千夜「はい」
49
辻野家・リビング
亜里沙「ふむふむ。惠ちゃん、明治頃の地図ある?」
惠「これかしら。何がわかるの?」
亜里沙「ありがと、それはお楽しみ♪」
りあむ「ぼくたちは眺めている、凄い勢いで資料に目を通すお姉さま方を」
あかり「ノートとペンがカワイイんご」
あきら「ヒヨコのボールペン、どこで売ってるんだろ?」
亜里沙「(欲しいならあげるウサー!)」
あきら「聞かれてた。うさちゃんもいつの間に」
あかり「欲しいんご!」
亜里沙「(あかりちゃんにプレゼントウサー!)」
あかり「ありがとうございます、メモ帳に使いますっ」
凪「あかりんごに構いつつも手も目も止めない。もはや左利きです」
千夜「お前、日下部さんからご連絡ありました」
りあむ「若葉お姉さん、駅で合流した?白雪ちゃんは何してたの?」
千夜「合流しました。私は家の掃除を」
亜里沙「よしっ」
惠「わかったかしら」
亜里沙「もう少し。あかりちゃん、お話を聞いていい?」
あかり「もちろんですっ、何でも話すんご」
亜里沙「りあむちゃん、皆を呼んでもらっていい?」
りあむ「わかった!せんせいの言うことはきちんと聞かないとね!やっとわかったよ!」
亜里沙「あかりちゃんに質問です」
あかり「はいっ」
亜里沙「お腹が減る夢、見てましたか?」
あかり「はい?」
50
辻野家・リビング
あきら「あかりの家は狭くないけど」
凪「りあむ、椿さん、あかりんご、あきらさん、若葉お姉さん緑、奏さん、依田様に伊集院さんと亜里沙せんせい。たくさんだ」
あかり「親戚の集まりより多いかも」
亜里沙「みんな、揃いましたか?」
りあむ「うん!若葉お姉さん緑以外は外だけど、他は全員集合!」
亜里沙「惠ちゃん、準備はできた?」
惠「ええ。年表を作る準備はできてる」
あかり「年表?」
亜里沙「りあむちゃん、まずはあかりちゃんに何があったか説明してね」
りあむ「わかった!あかりんご、黙っててごめん!」
あかり「昨日聞いたから謝らなくていいんご」
りあむ「でも、話してないことはいっぱいある。例えば、何でこの部屋にこんなにいるのかとか」
芳乃「そうでしてー」
凪「山形は辻野邸のリビングに、11人。わーお、摩訶不思議」
惠「隠し通せたのも凄いわね」
りあむ「天使サマが部室に来て、あかりんごが山形に行きたくないって言った日から、ぼくたちは調べ始めた。だけど、時間が足りない!」
奏「まずは旅行の日程が決まったわ」
あきら「りあむサンが大学に通うのがまず優先」
椿「大学の夏休みが終わる前にしました」
りあむ「ぼくのことはいいんだよ!って言ったけど、時子サマも同じ意見だった!」
凪「時子様に逆らうこと、それは出来ない」
椿「財前さんに相談に行きました」
あきら「すぐに」
凪「正しくは、最初の話し合いをした直後です」
あかり「最初の話し合い、何時だったんですか?」
椿「奏さんが旅行の相談に来た日ですよ」
あかり「動き出しが早いんご」
椿「私は同時に別の事も」
りあむ「あかりんごの家がりんご農家なのは知ってる!家を出た理由はそこにあるに決まってる!だから、椿さんにお願いした!」
椿「はい。あかりさんのご両親に、お許しをいただきました」
凪「調べること、それと」
あきら「事情を、聞くこと」
あかり「父ちゃんに挨拶に来るのが早かったわけです」
りあむ「事情を聞いたから、これはただ事じゃないと思った!」
若葉「見切り発車でしたけど~」
りあむ「時間もないなら人を使うしかない!時子サマも言ってた!それで、紹介してくれた!」
凪「それが、ありさせんせい。こちらではウワサの人物です」
亜里沙「はい♪」
椿「お忙しいところ、すみません。持田さん」
亜里沙「悩んでいる子がいたら放ってはおけませんから」
りあむ「神かよ。優しいしカワイイしイイ匂いもする、神だな」
千夜「やはり、お前の影響か。辻野さんがやむやむ言い始めないように気をつけないと……」
椿「伊集院さんもありがとうございます」
惠「気にしなくてもいいわ。私は大したことはしてないから」
りあむ「資料集めとか手伝ってもらったよ!それと教会にも声をかけた!」
凪「凪からもお願いしました」
奏「大体は私から。退魔師さんには予定を繰り上げてもらったわ」
芳乃「構いませぬー。修行の成果を見せる時でしてー」
あかり「退魔師さんが一緒にいたのはどうしてですか?」
芳乃「土地の物は力をくれましてー」
奏「つまり、旅行がしたかったということよ」
あかり「そこはそんな理由なんですね」
亜里沙「私達も温泉を満喫しましたから」
あかり「いいえ、山形を満喫してくれたらなら嬉しいんご!」
りあむ「下調べも前乗りもしてるよ!若葉お姉さんが広範囲活動をしてくれた!」
あかり「え、そうなんですか?気づきませんでした」
あきら「意識してないと気づけないと思う」
椿「以前も若葉さんの正体に気づけた人はいませんでした」
惠「私達を除いて」
若葉「山形に1番いたのは私ですよ~」
りあむ「移動費は夢見家持ちだよ!宿泊先は辻野家を使った!掃除も少しずつやってもらったよ!」
あかり「掃除が行き届いてるわけです。でも、若葉お姉さんは大丈夫なんですか?」
若葉「何がですか?」
あかり「自分の1部が、そんなに遠く長く離れて」
若葉「平気ですよ。前の日下部若葉は、東京にいたのは人間でいう1人でしたから」
惠「だから、間違ってしまったのかも」
亜里沙「一緒にいれて、せんせいも安心しました」
若葉「はい。それに今は寂しくありませんから~」
あかり「りあむさん達に、教会に、山形に滞在してた若葉お姉さん、それと財前さんと一緒に不思議なことを調べてたお友達……もしかして、もう全部わかってるんですか?」
りあむ「ううん、わかってない!でも、一気に近づく手がかりが山形にいた若葉お姉さんから聞けた!」
亜里沙「あかりちゃん、わかる?」
あかり「もしかして、行方不明の女の子?」
あきら「そう」
りあむ「行方不明になった場所はここから遠いけど、影響を及ぼすのは距離じゃないって、ちとせが言ってた!」
凪「距離ではなく、共振。あるいは共鳴。いや、チューニングというべきか」
千夜「久川姉妹の手法と同じです」
芳乃「偶然にも彼女と波長があったのでしょうー」
あきら「ラジオをあわせるように」
亜里沙「あかりちゃんもご家族も影響はなかったみたいですから」
あかり「お腹が空く夢は見てないんご」
凪「やはり重要なのは距離ではない。理由は、奏さん、どうでしょうか」
奏「理由はわからない。相性かあるいは、非現実に逃避したかったのかしらね。その思いが届いてしまった」
芳乃「届いてしまった者の言葉は重いのでしてー」
奏「……そうね」
あきら「行方不明の女の子、この辺りで目撃情報があった」
千夜「この土地へ執着はあるようでした」
芳乃「それを用いて導きましてー」
千夜「それに辻野さんを使わせていただきました」
あかり「私、ですか」
芳乃「少々見つけやすいようにしましてー」
あきら「理屈はわからないけど、本当に寄ってきた」
芳乃「必要な言葉は得られましてー」
あかり「何か、言ってましたっけ?あれ、いや、言ってたような?」
あきら「ヒントは、これまでにあった。あかりが言ったこと、気にしてること、思ってること……隠してること」
りあむ「何があったかはこんな感じだよ!ありさせんせい、これでいいかな!」
ありさ「はい、良く出来ました♪」
りあむ「ほめられた!りあむちゃんも小学生に戻りたい!ありさせんせいが担任で!」
千夜「また……お前は世迷い事を」
りあむ「ありさせんせい、お願いしていい?何があって、どうしたらいいか」
亜里沙「まかせて。それじゃあ、はじめましょ」
51
辻野家・リビング
亜里沙「先に答えを言ってもいいけれど、丁寧に進めましょう。惠ちゃん?」
惠「ええ、準備はいいわ」
亜里沙「あかりちゃん、もう1度聞かせて。りんご畑を始めたのは何時?」
あかり「父ちゃんが学生の時です」
惠「ええ。これは土地を借りる契約書。辻野さんのおじい様の名前よ」
亜里沙「あかりちゃんの聞いてた通りね。おじいさんが探してきた土地でした」
あかり「父ちゃんが働き始めたくらいで本格的にりんごが取れ始めた、って聞いてます」
惠「年表だと、このあたり」
凪「おやおや随分と右寄りに貼られました。左、つまり過去に何があるのか」
あきら「歴史ある農園とかじゃなかったんだ」
あかり「ずっと農家ですよ?りんご農家になったのは父ちゃんからですけど」
亜里沙「その通りです。あかりちゃんのお父さんが学生時代から手をつけはじめ、自ら軌道に乗せたんです。惠ちゃん、これを」
惠「土地の借用書から譲渡書へ」
亜里沙「それまでにお嫁さんが来たり家が建ったり色々ありました。これはあかりちゃんのご両親の結婚式写真です」
あかり「いつの間に」
椿「まぁ、素敵です」
亜里沙「カワイイ女の子にも恵まれました♪」
あかり「いつの間に!」
凪「わーお、オールヌード」
千夜「産まれてまもない写真でしょうか」
椿「ちょっとピントがずれてて、撮った人の感情がわかる良い写真です♪」
亜里沙「お写真はたくさん見せてもらいました」
りあむ「髪型昔から変わってない!全然変わってないね!ロりんごもカワイイぞ!」
あきら「その呼び方は、ちょっと」
あかり「父ちゃんもお母ちゃんも娘の情報を渡しすぎです」
亜里沙「幸せなりんご農家の転機は去年でした」
惠「亜里沙ちゃん」
亜里沙「そうね、ここからは皆で話してね。私が話すのは」
奏「過去」
りあむ「なんで、りんご農園の一家が東京に出て来たのか」
あきら「りんごが実らなくなった理由」
52
辻野家・リビング
あかり「成宮由愛ちゃんに憑いてる存在が原因なんですか」
亜里沙「焦らないで。惠ちゃん、地図を」
惠「ええ」
亜里沙「今の地図はこれ。地図記号は何でしょう?」
凪「凪は学校で習いました。果樹園です」
亜里沙「よくできました。それじゃあ、少し前は」
惠「これよ」
りあむ「何もない?ただの雑草畑だった?そういうことか?」
あかり「父ちゃんはそう言ってました」
惠「何もなかった場所。だけれど、土地の所有者が変わるわ」
りあむ「あかりんごのお父さん、その前はあかりんごのおじいちゃん、その前は?」
あかり「この辺では地主さんと呼ばれてる人、だった気がするんご。もう少し平地でお米を育ててる、とか聞いたような」
亜里沙「そう。お米農家の地主さん」
あきら「お米を育てる、のは向かない気がする。ここは果物向きの土地だよね」
若葉「そう思いますよ~」
凪「それならば、譲り受けた理由は別にある」
亜里沙「前の地主さんが手放したから、ですね。譲り受けることをお願いしたんです」
惠「更に前の地主は、神社よ」
あかり「あれ、いつも行く近所の神社じゃない?」
惠「その通り。別の神社よ」
あかり「こんな神社あったかな……?」
奏「辻野家が氏子となっている神社に、残ってるわ」
芳乃「土地や建物はありませぬが、意思は受け継がれていましてー」
りあむ「農家の前は神社が持ってたのか、どれくらい?」
亜里沙「150年前くらいです」
あかり「一気に昔になりました」
凪「時は江戸時代か」
惠「幕末から明治にかけて。神社が出来た日付はわかるけど、土地を収めた時期はわからない」
あきら「むしろ、そこはわかるんだ」
芳乃「設立の碑が残っていましてー」
あかり「設立の碑?見たことないです」
凪「どこにあるのですか?」
亜里沙「惠ちゃん、明治時代の地図を見せてあげて」
惠「ええ。どこかわかるかしら」
千夜「土地の形は変わっていませんね」
りあむ「ここが入口、この辺があかりんごの農園、ここが裏山」
あかり「この辺りの地図です」
惠「神社があるのは、ここよ」
りあむ「え、そんなところにあんの?裏山の更に裏の山の中腹より上じゃん!」
亜里沙「ええ、不便だからもっと行きやすいところに移動したの」
りあむ「なくなった神社は移動した方か」
惠「設立の碑は山の中腹に残されたまま」
あきら「知ってる人、いるのかな」
芳乃「ほぼ知らぬようでしてー」
凪「不思議だ。何故そのような場所に」
りあむ「まだりんご畑もないし家もあんまない。なんでだろ?」
亜里沙「惠ちゃん」
惠「ええ。更に古い地図よ」
りあむ「大雑把になった。でも、ここなのはわかる」
あかり「あれ……?」
惠「変化した場所があるわ」
亜里沙「あかりちゃん、わかる?」
あかり「わかります……裏山が、ない」
53
辻野家・リビング
りあむ「あれ、畑だったの?野菜?」
惠「ええ。何を育てていたかはわからないけれど」
凪「しかし、裏山が出来た地図では何もない。はて?」
あかり「もしかして……同じことがあった、から」
亜里沙「はい」
千夜「同じ相手ですか」
亜里沙「その通りです。当然現れた怪物が地の恵を奪っていきました」
りあむ「ん?怪物?そんなこと書いてあるの見てないよ!」
奏「それを見たのは退魔師さんよ」
あきら「ということは、神社から」
りあむ「あの開けたらいけなさそうな箱か!縁って書いてあいたやつ!」
惠「悪い気配はなかったから平気よ」
凪「怪物の資料は神社。土地は神社のものに。裏山を見るような位置の神社。凪はわかりました」
千夜「ええ、関係はありそうです」
あかり「言ってました、東洋の魔術って」
亜里沙「とっても重要な人が1人」
凪「東洋の魔術を操る」
惠「かつてあった神社を建てた人物」
奏「土地も預かったみたいね」
芳乃「封印した人物でしてー」
亜里沙「怪物を」
りあむ「めちゃくちゃ重要な人物が出て来た!割と都合の良い人物だぞ!」
惠「残念だけど、都合よく通りがかった人物ではないみたい」
亜里沙「必死に探した人が私を使命へと導いてくれた、そうよ」
芳乃「神宿る山で厳しい修行を行っていた人物のようでしてー」
りあむ「神宿る山?白神山地とか?」
惠「ええ。真偽は不明だけれど、山の神々とも拳を交わしたらしいわ」
凪「もののけ。鹿の姿をしていそうだ」
りあむ「交わすのは拳かよ。割と武闘派なの、その人?いや、武闘派か。怪物と戦ってんだもんな」
亜里沙「身長は6尺、体重は22貫を越していた立派な人物だそうですよ」
りあむ「ろくしゃく?にじゅうにかん?どれくらいなの?」
芳乃「身長は185せんちめーとる、体重は85きろぐらむ、といったところでしょうー」
りあむ「その時代にBMI25越え!アスリートかよ!修行僧とは思えないぞ!その時代なら幕内力士でもいける!間違いなく山の神々をタンパク源にしてるだろ!」
凪「ネットで調べると、スペインの有名なテニス選手が出てきました。これです」
あかり「凄いマッチョです。動く金剛力士像んご」
亜里沙「ふふっ、ほとんど同じことが書いてありましたよ」
惠「決着は早かった、そうよ」
芳乃「彼の方は、山籠もりで備えた技術、鍛えられた肉体、そして強力な法術で打ち破りましてー」
りあむ「やっぱり野生動物を捕まえてるじゃないか!」
芳乃「しかしながら、現実は想像を越えるのが常でしてー」
亜里沙「相手の油断もあったのか、あっという間に怪物は捉えられ衰弱しました」
奏「捉えられたけど、そこから先」
芳乃「断ち消すことはできぬ存在」
りあむ「殺せなかったってこと?どれだけ怪物なんだよ」
惠「少しでもエネルギーを吸収できれば体が再生した、ようね」
凪「フムン、凪は聞き覚えがあります。そんな存在を」
芳乃「故に彼の方は対策を変え、封じ込めることにしたのでしてー。石の中へ法術と共に封じ込めたのですー」
亜里沙「更に封じ込めるために土地から隔絶し重く重く土と砂と石を盛りました」
あかり「それが、あの裏山」
惠「記録を見てると、その後の50年くらいは徐々に土を盛っていたようね」
あきら「今は、引き継がれてない?」
芳乃「ごくわずかな1部の方のみが口伝していたようでして」
りあむ「怪物の話なんか信じないもんな。知ってたら来ないし、引っ越してきた後に知ったらどうしようもない」
千夜「神社は、そこを見守るためのものということですね」
亜里沙「神社の土地として、畑を作らなかったのも、そのためかな」
あかり「それじゃあ、りんご畑を作ったから復活したんじゃ……」
りあむ「いや、石に詰められて、山を上に盛られて、魔法で封印されて、それで今更復活する奴がオカシイだけだよ!どんな執念だよ!食欲旺盛すぎだろ!」
芳乃「その通りでしてー」
奏「微かな隙が積み重なって復活しただけ。正直、偶然だと思うわ」
亜里沙「でも、復活はしていません。間に合いました」
凪「ありさせんせい、凪は質問があります」
亜里沙「凪ちゃん、どうしました?」
凪「ヒントはありました。ただ、どんな怪物だったのでしょう。凪は気になります」
亜里沙「そうね、正体について記録してるものもあるわ」
芳乃「こちらでしてー。当て字で書かれておりますー」
りあむ「達筆すぎてよめない!なんて書いてあるのさ!?」
亜里沙「破、阿、非、伊。怪物の名前はおそらく」
芳乃「はあぴい、でしてー」
54
辻野家・リビング
あかり「はあぴい?」
椿「ハーピー、でしょうか」
凪「そっち方面だとは。予想外」
りあむ「え?ハーピーってさ、鳥みたいな怪物だよね?」
芳乃「はい、こちらに覚書もありましてー」
凪「作風は浮世絵風」
惠「醜い頭部を持ち、腕は羽根が生え、下半身は鷹のような怪物、だそうよ」
あきら「ネットで調べたのと同じだ。食欲旺盛で不浄な存在、か」
凪「主な登場はギリシャ神話」
あかり「なんで、そんなものが山形に?」
亜里沙「ギリシャと山形は緯度が同じくらいですから」
凪「ギリシャ神話イコール山形昔話。完璧な公式だ」
りあむ「なるほど!いや、そうはならない!ガバガバにもほどがあるよ!」
芳乃「はぁぴぃの生命力は侮れませぬ、幾つもの理由が考えられましてー」
りあむ「小さい状態で運ばれてきて、ここで育ったとか?そもそも別の物に封印されてたとかもあるか」
凪「まるで召喚獣」
奏「あるいは、突然現れたのかもしれない。誰かに導かれて」
芳乃「ほーるはありませぬー、少なくとも現在には」
奏「……それならいいのだけれど」
亜里沙「どうやって来たか、それはわかりません」
芳乃「書のほとんどは彼の方によって綴られたものゆえ」
あきら「理由はわからない、か」
あかり「でも、原因ははっきりしました!ハーピーをもう1度封印すれば、りんご畑も戻るんご」
亜里沙「……」
りあむ「あれ、違う?封印するのは厳しい?退魔師サマ!」
芳乃「言葉を発すべきはわたくしではありませぬ」
若葉「えっと……」
奏「日下部さんからよ」
あかり「若葉お姉さん?」
亜里沙「どうぞ、言ってください」
若葉「それだけでは、戻らないと思います」
55
辻野家・リビング
あかり「さっきも聞きました。来年じゃなくても実るまでがんばります」
若葉「更にわかったことがあるんです。裏山は人の手で盛られました」
あきら「それは記録通り」
りあむ「今考えると良く見たら気づけるような感じもする。やたらに綺麗だし」
若葉「裏山は土というよりは砂利と石がたくさんでした」
千夜「封印のための重りだから、でしょうか」
若葉「草は生えていますけど、木は生えていません」
亜里沙「時間は多くあったのに」
奏「本当は、崩れていてもおかしくないくらい」
芳乃「封印がつなぎとめているようでしてー」
あかり「根がはってるわけではないんですね」
りあむ「つなぎとめてるのはおまじないか。しめ縄とかお札とかたくさん埋まってそう。うん、気持ち悪いな」
若葉「根がつなぎとめてるのは、土だけじゃありません」
あかり「わかります」
若葉「森は実りです。水を貯め、空を形に変え、落ちた葉が次の葉を育てます」
りあむ「空を形に変える……光合成のことかな」
若葉「土地はそんなに弱くないはずなんです、封印も解けてない怪物なんかに負けません」
千夜「……けれど、そうではない」
あきら「弱い理由がある」
若葉「封印は土地の力も使ってるみたいです」
椿「農地として使わせなかったのは、そのためでしょうか」
奏「そうかもしれないわ」
亜里沙「どこまで考えていたのでしょう、聞いてみたいわね♪」
あきら「いずれにせよ結論は」
あかり「封印してるだけじゃ、だめです」
あきら「それじゃ、変わらない。何時かまた起きる」
若葉「畑も戻らないかもしれません」
りあむ「人間の命は短いんだよ!そんな解決策はだめだよ!そもそも、封印すら引き継がれてないじゃないか!」
亜里沙「その通りです」
あかり「……だから、別の方法が必要です」
亜里沙「あかりちゃん、どうぞ」
あかり「ハーピーを倒して、封印もなくさないといけないです」
亜里沙「どうして?」
あかり「父ちゃんとお母ちゃんと、ここに戻るためです」
亜里沙「よくできました♪惠ちゃん~」
惠「亜里沙ちゃん、何かしら」
亜里沙「帰りましょう」
りあむ「えっ!もう帰っちゃうの!?」
惠「わかったわ」
りあむ「そこはすぐに同意するんだ!ツーカーだな!」
亜里沙「私達に出来るのはここまで」
惠「ええ」
亜里沙「美味しいものを食べて帰りましょ♪」
惠「退魔師さん、任せたわ」
芳乃「任せれましたー」
あかり「本当に行っちゃいました。山形の美味しいもの食べてくださーい!」
凪「むっ!むむ?むーむ……?」
あかり「凪ちゃん、どうしました?」
凪「凪の数少ないスキルが発揮されたような。名付けてとてもすごい凪のチカラ。言い過ぎました。そして、気のせいでしょうか」
奏「助っ人は去ってしまったけれど」
あきら「終わらせるしかない」
りあむ「あかりんご、それに必要なことは!?」
あかり「憑かれてる成宮由愛ちゃんを助けることですっ!」
芳乃「素晴らしき心がけでしてー」
りあむ「あかりんごの実は冷静なところいいぞ!ぼくも同意する!」
あきら「うん。優先しないといけないのはそれ」
凪「車の音がしたような。来客でしょうか」
若葉「山形駅まで迎えが帰ってきました~」
りあむ「準備は出来た!退魔師サマ、行けるよね!」
芳乃「ええー、昨夜のりべんじを果たす時でしてー」
りあむ「おっけー、やるぞ!リンゴ畑を助けて、150年分の宿題も終わらせる!」
56
辻野家・裏山の目の前のりんご畑
芳乃「……」
奏「……」
りあむ「あかりんご、平気?りあむちゃんは吐きそうだよ……」
あかり「平気です、父ちゃんの代わりをするんご」
りあむ「天使サマと退魔師サマ、あかりんごとぼくだけ!緊張するよ!」
奏「不安なら離れてもいいわよ。問題ないわ」
りあむ「今さら逃げないよ!逃げないのは言いって清良さんも言ってたし!ぼくは代表だから、いないと」
あかり「ふー……よしっ」
奏「来たわ」
芳乃「呼びかけに応じてくれたことに、感謝を」
由愛「こんにちは」
りあむ「目の動きに違和感がある、人間の目に慣れてない感じだぞ」
由愛「南国の退魔師さんは手のお札を降ろしてください」
芳乃「かまいませぬー」
あかり「小さな手のどこにそんな数を」
由愛「銀のアクセサリーもです」
あかり「ばれてました。わかりました、ポケットにしまいます」
由愛「呼び出したからには用事があるんですよね?坊主の仲間もいないので」
奏「ええ、まずはプレゼントを。夢見さん」
りあむ「これだ、えいっ!」
由愛「食べ物を投げるとお母さんに怒られますよ。りんご、ですか?」
りあむ「辻野家で作ったやつじゃないけど!剝いてくれたから食べるといいよ!」
由愛「遠慮なくいただきます。うん、美味しいです」
奏「食べ方は、憑いている側なのね。むいておいてよかったわ」
りあむ「あかりんご、任せた。この権利があるのは、あかりんごだけだから」
あかり「はい。聞いてください、ハーピーさん」
由愛「ハーピーはそちらが決めた種族の名です。今この時にその名で呼ばれるとは」
あかり「それなら、何と呼びましょうか」
由愛「名前は……ないですけど」
あかり「わかりました。あなたと交渉したいんです」
由愛「交渉ですか、辻野の娘」
りあむ「あかりんご、落ち着いて、ゆっくり……」
あかり「りあむさんは心配し過ぎです。そう、交渉です」
芳乃「りんごを駄賃として聞いて欲しくー」
奏「欲しいのならもう少し持ってくるけれど。日下部さんのお手製おにぎりでも」
あかり「そんなに長い話じゃありません」
りあむ「交渉が上手くいけば、お腹いっぱい食べられるかもしれないよ!」
由愛「それなら聞きます」
あかり「私は辻野あかり、このりんご畑を営む辻野家の娘です。私の願いは、もう一度父ちゃんとお母ちゃんがここでりんご農家として暮らすことです」
奏「あなたの願いは?」
由愛「私の願いは、復活です。それと、満足するまでの食事を」
りあむ「そのどっちもの障害になってる、あの裏山が」
あかり「私の願いは、あなたの願いが叶えば叶います」
芳乃「その通りでしてー」
あかり「私からは封印の解放と食事を。あなたへのお願いは……」
りあむ「……」
あかり「ここから去ってください」
由愛「なるほど」
あかり「調べました、あなたは倒せません」
由愛「その通りです。坊主の書き物でも残ってましたか?」
あかり「あなたを出します。どうですか?」
芳乃「……」
由愛「賢いですね。いいでしょう、私もこんな土地にはいたくありませんから」
あかり「……」
由愛「温かい土地。かつていた、あの海辺のような場所がいい」
あかり「でも、山を壊すのは大変です。色々と聞いていいですか?」
芳乃「こちらも労力は使いたくないゆえ」
あかり「どこから、どうやって来たんですか?」
由愛「どこかは覚えていません。どうやってもわからない。石と鉄に押し込められ、何時の間にかここにいました」
あかり「どうして、押し込められちゃったんですか?」
由愛「私はたくさん食べて暮らしていただけなのに。酷いです」
りあむ「思いっきり前科があるじゃん……」
あかり「小さくなっても、大丈夫なんですか?」
由愛「うん。私たる核から復活できるから」
りあむ「実体はあるのか、コアみたいなので動いてる?本当に地球の生き物的じゃないな」
由愛「その核も石の中。息苦しい」
あかり「ふー……あの、どの辺りにいますか」
由愛「あの山、左右だと真ん中です。そうですね、目線の高さくらいです」
りあむ「地下じゃないのか?なんでだ?」
由愛「私の足元は強い結界があるので。結界を崩すなら上斜めがいいです、できますよね?南国の退魔師さん?」
芳乃「可能でしてー」
奏「それを崩すとどうなるの?」
由愛「私の力を広げます」
りあむ「どういうこと?」
奏「実体でない部分を広げられる、ということかしら」
由愛「はい。私の羽根、足が、体が戻れば、それは私になります」
りあむ「結界を解けば何か出てくるって、ことか。今でも畑に影響があったり、女の子に憑いてたりするのに」
あかり「……」
りあむ「あかりんご」
あかり「お話はわかりました。あなたは、あそこにいるんですね」
由愛「はい」
あかり「あなたは食欲旺盛です」
由愛「1つだけ特徴をあげるなら、そうかな」
あかり「世界は繋がってるはずなんです。牛さんが草を食べたらお肉ができて、糞は肥料になります。肥料で育った植物は、空の二酸化炭素を形にしてあるべきところに。枯れた植物は土になります」
由愛「何が言いたいんですか?」
あかり「あなたがいると止まっちゃうんです。あなたは奪うだけ。地を不浄にしてしまうだけ。今の時代ならすぐに調べられます。あなたが、昔々いた場所の行く末も。だから……」
由愛「誰ですか!」
りあむ「たくさん食べる存在だよ。そっちと違って、あるべき場所に戻してくれる存在」
颯「こんにちは」
あかり「颯ちゃん、来てくれてありがとう」
颯「平気、選んだから。楓さんと約束したから。『捕食者』さん、準備して」
由愛「『捕食者』、傲慢な名前じゃないですか。みんな捕食者なのに」
あかり「……だから」
由愛「だから、何ですか」
芳乃「そなたを封印し彼の方は書き残しておりましてー、何時か『縁』の力があまねく光をもたらすと」
あかり「あなたのせいでここにいれなくなりました。私には何もできませんでした。でも、だから、辻野あかりを見つけてくれた、私の代わりに悩んでくれる、私の大切な人達に会えました」
りあむ「あかりんごが来てくれただけだよ。全部あかりんごのおかげ。きっとそう、ぼくのおかげじゃない」
奏「もう歴史は残らない。あなたの話はここでは伝わらない」
あかり「誰にも同じ思いはさせません、歴史ごと消えてください」
芳乃「さて、成宮様のお体をお返しくださいませー」
由愛「騙したんですか!」
奏「あら、騙してなんかいないわ。封印は解くし、あなたをどこかに行かせるわ。その先が、虚無なだけよ」
芳乃「お力をお貸しください」
奏「ええ、ヒトガタにも込めたけど助力を」
芳乃「我が名は依田は芳乃。我が命に応じ、離せ」
由愛「なっ、まだ余力……を……」
芳乃「わたくし、様々な方策を修行していまして。成果を見せましょう」
奏「この子は返してもらうわ。じゃあね、ハーピー」
由愛「……」
りあむ「倒れた!その子、大丈夫!?」
奏「意識はないわ。家で寝かせるから、颯さん、お願い」
颯「わかった。何か、漂ってるの『捕食者』さんが捉えたよ」
りあむ「動きが早いな!有能なのはいいぞ!ハーピーは分身が寄生してる感じだったのか!」
あかり「退魔師さん!」
芳乃「辻野家を囲いし守りは動かしましたゆえー。存分にどうぞー」
りあむ「颯ちゃん、準備できた!?這い出てくるかも!」
颯「うん、任せて」
芳乃「光に飲まれぬように下がりましょうー」
りあむ「みんな、視界から離れたな!あかりんご!」
あかり「お願いします、シスタークラリス!」
57
辻野家・かつて裏山があった場所
あかり「りあむさん、裏山が消えたんご」
りあむ「あかりんご、見ればわかる。説明は聞いてた。能力はわかってた。ちょっと、想像以上だっただけ。ヤバイ能力だな、本当に見たものを消すのか。比喩じゃなくて」
あかり「シスターは怒らせないようにしないと」
美由紀「颯ちゃん、もう大丈夫かな?」
颯「うん。ふわふわしてたのは『捕食者』さんが食べたよ。すっごい苦かったって」
美由紀「おっけー、クラリスさん、待っててねー」
りあむ「あかりんご、笛!」
あかり「はいっ」ピー!
りあむ「若葉お姉さん、集合だよ!シスターを任せた!」
若葉「わかりました~」
若葉「穴からシスターを引き上げます~」
若葉「残った地面が気になりますね~」
芳乃「わたくしは残された結界をほどきましょうー」
颯「あっ、なー!」
凪「はーちゃん、無事ですね。よしよし」
颯「うん。急いでどうしたの?」
凪「姉に秘密でお出かけとは。不良になってしまいましたか」
颯「あれ、言ってなかった?」
凪「はい。凪は許しますが、ゆーこちゃんはどうでしょうか。言っていますか?」
颯「うん。それに、シスターがお願いしてくれたよ」
凪「ならば安心です。はーちゃん、ここはお任せしましょう。あかりんご邸でお茶をごちそうします」
颯「わかった。お腹すいたー」
凪「おにぎりもあります。りあむ、ここは任せた」
りあむ「任せるようなこともない!凪ちゃん、妹は大事にするんだぞ!」
あかり「あっ、シスターが穴から救出されたんご」
りあむ「いつもの眼帯もしてる。もう平気かな?」
あかり「お礼をしないと」
美由紀「クラリスさん、手をどうぞ」
クラリス「美由紀さん、ありがとうございます」
美由紀「穴の中、平気だった?狭くなかった?」
クラリス「暗い世界には慣れていますから」
あかり「あ、あの」
クラリス「辻野さん、どうされましたか」
あかり「ありがとうございました!それと、穴の中にいてもらってすみませんでした!」
クラリス「感謝の言葉はお受け取りします。しかし、謝罪の言葉は不要です。空へと視線が動かせないと他を傷つけてしまいますから」
りあむ「裏山だけ消えて、更に奥の山は無傷!メガ粒子砲が炸裂したみたいに!いや、それよりもキレイだな!」
クラリス「日下部さんもありがとうございました」
若葉「穴掘りなら任せてください~」
若葉「裏山の残りも平らにしちゃいます」
若葉「お姉さんは力持ちですから~」
クラリス「心強いことです」
あかり「シスタークラリス、ハーピーのコアを見ましたか」
クラリス「はい。幾重の封印の先、石像の奥に確かに。辻野さん、お手を」
美由紀「あかりちゃん、手を出して。クラリスさん、ここだよ」
クラリス「やはり力強さを感じます。されど、自然と戦うのにはか細い」
あかり「……」
クラリス「私の視線は導かれるようにハーピーへと辿り着きました。まるで、このことを予見したかのように。辻野さん」
あかり「はい」
クラリス「偉大な僧に見守られた土地です。耐え忍ばずとも、時が流れれば必ず幸運が訪れることでしょう。あなたとあなたのご家族に光あらんことを」
あかり「神頼みは好きじゃないけど、信じます」
クラリス「少しお休みします。美由紀さん」
美由紀「うん、あかりちゃんの家に案内するねー」
りあむ「ありがとう、シスタークラリス!ゆっくりしていって!」
あかり「……」
りあむ「あかりんご?」
あかり「あの、りあむさん」
りあむ「どうしたの?言いたいことがあるなら言った方がいいよ。たぶん。りあむちゃんは聞くだけならできるから」
あかり「ハーピーは一瞬で倒せたけど、これからが長いんです。そう思うと、何か、そんなに嬉しくなくて」
りあむ「ぼくはりんごのことがわからないから、その、あかりんごはわかるからそうなんだと思う!えっと、つまり、あかりんごが凄い!」
あかり「りあむさんの言うことはよくわかんないです」
若葉「あかりちゃん~、こっちに来てください~」
りあむ「若葉お姉さん?どうしたの?シスターが作ったクレーターになんかあった?」
あかり「待っててください、今行きますっ」
りあむ「躊躇せずに降りて行った!あかりんご、意外と身軽なんだな。初めて知った!待ってよ!おいてくなようぅ!結構深い!」
若葉「私が降ろしますよ~」
りあむ「若葉お姉さんレッド、ありがと!運動不足のりあむちゃんには厳しかった!」
若葉「実習も始まるから運動しないとですね~、お姉さんも付き合いますよ~」
あかり「若葉お姉さん、座り込んでどうしたんですか?」
若葉「あかりちゃん、ハーピーが言ってたことで気になったことがあったんです~」
あかり「あれ、聞こえてたんですか?耳もいいんですね」
若葉「結界の位置です」
りあむ「追いついた!結界がどうしたの?」
若葉「りあむちゃん、ハーピーの下に封印があると言ってましたよね?」
りあむ「言ってた!足元に強い結界があるって!ん?確かに気になるな」
若葉「地面しかないのに不思議ですよね~」
りあむ「地面の方向に行っても仕方がない、土しかない、ん?そうか、土か!」
若葉「その通りです~、土を守ってたんですよ~」
あかり「土……」
若葉「ハーピーに汚されてないで、ずっと、ここに保存されてました」
りあむ「シスタークラリスに上側だけ吹き飛ばされて、出て来た」
若葉「こうなった時に、再び始められるように」
りあむ「うん、やっぱりあの坊さんヤバイよ。打つ手が先を行きすぎてる!」
若葉「すっごく力も感じます。あかりちゃん、わかりますか?」
あかり「うーん、それもわからないんご。普通の人間だから」
若葉「そうですよね~」
あかり「力は、若葉お姉さんの言うことだから信じるんご。でも、わからないことは他にも」
りあむ「わからないこと?」
あかり「この土がりんごに良い土なのかも、わからない」
りあむ「そりゃそうでしょ、あかりんご、まだJKだし。家のお手伝いしたことがあるくらいの。しかたない」
あかり「りあむさん……」
りあむ「あれ、ぼくまた失言した!?まずいよ!あかりんごに嫌われるなんかりんごにつく害虫レベルってことじゃん!」
あかり「あはっ、その通りですっ」
りあむ「りあむちゃんは害虫ってこと!?」
若葉「違いますよ~」
あかり「そうですよ、お勉強すればいいんご!」
りあむ「へっ、お勉強?なんの?とりあえずぼくは嫌われてない?」
あかり「りあむさんは良いところもあるから好きですよ。えへへ、緊張したから喉が渇いちゃいました。若葉お姉さん、りあむさん、戻るんご♪」
58
辻野家・あかりの自室
あかり「これでよしっ」
あきら「あかり、ここにいたんだ」
あかり「あきらちゃん、帰り支度はできました?」
あきら「自分は出来た。もう少しゆっくりしてもいいのに」
あかり「食べ物がなくなっちゃったから仕方ないです。それに、学校もありますし」
あきら「颯ちゃんもだけど、シスターも結構食べるのは予想外」
あかり「シスター達は帰りましたか?」
あきら「うん。若葉お姉さん、白だったかな、が送って行った」
あかり「落ち着いたら相談に行かないと、どう今日のことを父ちゃんに話せばいいのかわからないんご」
あきら「確かに、難しいね」
あかり「他の人はどうですか?」
あきら「出発する準備はできてる。裏山も事故が起こらないようにした、らしいから」
あかり「シスターが何とかする、ってどういう意味なんでしょう?」
あきら「いきなり裏山が消える理由はつけてくれるみたい」
あかり「うん、あまり考えないようにしますっ」
あきら「あかりは何をしてたの?」
あかり「お部屋の整理をしてました。帰れないかもって、適当だったから」
あきら「……山形に、帰っちゃうの」
あかり「すぐじゃないですよ。アンテナショップも困っちゃうんご。制服も勿体ないですから」
あきら「そっか」
あかり「それに、せっかく都会に出れたから楽しまないと。エンジョイするんご」
あきら「うん、あかりはそうでないと」
あかり「お勉強もして、今度は女子大生になろうかな。S大学に進学すればりあむさんの後輩になれますから」
あきら「りあむサンの後輩、そんなに価値あるかな」
あかり「学部は農学部にするんご」
あきら「あー、S大学に農学部ないよ」
あかり「あれ?そうでしたっけ?人生設計をやり直すんご……」
あきら「農学部のある大学は近くにあるから。決めるの手伝うよ」
あかり「あきらちゃん、ありがとう!持つべきものはハイソな友達ですねっ」
あきら「ハイソって、そういうわけじゃないから」
あかり「色々と知らないと。テストにでるお勉強だけが重要じゃないのも、わかりましたから」
あきら「あかりなら大丈夫。どんな道でも応援してる」
あかり「あきらちゃんは、何か決めてますか?」
あきら「ううん、何にも」
あかり「まだ高校1年生ですから当然ですっ。私も気が変わって帰らないかもしれないですから」
あきら「あっ、それでいいんだ」
あかり「自然と同じで何が起こるかわかりませんから。あかりんごは、しなやかに生きるんご」
あきら「そうだね、あかり」
あかり「あきらちゃん、もう1度言います。ありがとうございます」
あきら「りあむサン風に言うなら、何もしてない」
あかり「山形から出てきて不安でした。友達になってくれて、そうしたら今日がありました。感謝しきれないです」
あきら「恥ずかしいけど……あかりの、友達のためなら当然だから」
あかり「私もあきらちゃんのために何かします、きっと大事な時に」
あきら「うん。ありがと、あかり」
あかり「それで、あきらちゃん」
あきら「なに?」
あかり「そこのクリアファイルを見ましたか……?」
あきら「ごめん、りあむサンと見た。ラーメンコレクションのやつ」
あかり「およよ、袋を集めるほどラーメン好きがばれてしまいました……お嫁に行けないんご」
あきら「今更だし、今時ラーメン好きに偏見ないでしょ」
あかり「はっ、嫁に行けないなら嫁を貰えばいいのでは?」
あきら「え、お婿さんじゃなくて、そっち?」
あかり「うん、やっぱり千夜さんがいいんご。山形に来てくれるかな?」
あきら「冗談だよね、あかり?」
凪「凪がノックをします。こんこん。お腹が空く前に出発です。どうでしょうか」
あかり「はい、あきらちゃん、行きましょう」
あきら「うん」
あかり「先のことは考え過ぎても仕方ないんご。まずはお昼を食べて幸せになるんご、お店は決めてあります」
凪「それは心強い」
あかり「行きたかったラーメン屋さんがあるんです」
あきら「わかった。お嫁に行けないから全部冗談だ」
59
辻野家・玄関前
りあむ「みんな、いるな!いるよね?」
椿「点呼でも取りますか?」
あきら「とりあえず、退魔師さんがいないデス」
凪「やることがあるので別行動、だそうです」
あかり「お気遣いなく、だそうです。護符をもらいました」
りあむ「退魔師サマはどこに行ったの?修行?」
奏「巡礼だからそんなところね。見た目は華奢だけど、心配ないわ」
あきら「あかり、その護符はどうする?」
あかり「手帳に挟んでおきます。畑を守るのと同じ護符だって言ってました」
りあむ「シスターは?大丈夫かな?」
若葉「美由紀ちゃんと颯ちゃんと一緒に駅まで送り届けました~」
若葉「どこかで合流しましょう~」
あかり「凪ちゃんは颯ちゃんと一緒じゃなくて良かったんですか?」
凪「同じ場所に帰りますが別の道、これも一興かと」
千夜「成宮由愛さんについては」
奏「私が暗示をかけて、最近のことは忘れてもらったわ」
あかり「今どこにいるんですか?」
奏「バス停の東屋に。そろそろ、あの実習生が見つける頃かしら」
千夜「見回りをすると言っていましたから、おそらく」
あかり「あの人なら上手くやってくれる気がするんご」
りあむ「天使サマの暗示って、とけちゃうんじゃなかった?平気?」
奏「いつか思い出した方がいいことだもの。とけるような状況であれば、その方がいいわ」
千夜「結局、ハーピーに憑りつかれた理由はわかりませんが」
あかり「逃げるとか、押し込められるとか、そういう感情があったのかな」
りあむ「あれこれ想像できるけど、してもしょうがない!ぼくたちが出来るのはここまで!」
椿「はい。時には自分で解決しないといけませんから」
りあむ「それじゃあ帰るぞ!白雪ちゃん、確認!」
千夜「お前、辻野さん、砂塚さん、凪さん、椿さん」
あかり「若葉お姉さんはここには4色。駅で合流するんでした」
奏「それと私」
千夜「揃いました。お腹が空いて来ましたので出発しましょう」
あかり「千夜さんを腹ペコにするわけにはいかないんご!ラーメン屋さんへ急ぎましょう!」
りあむ「あかりんご、本当にラーメン好きだな。ぼくも好きだからいいけど。あかりんご、戸締りもよろしく!」
凪「それでは出発。凪は奏さんと同じ車に乗ります」
あきら「それじゃ、自分も違う車に乗ろうかな」
あかり「戸締りしました。今は帰ってくると言えるから……行ってきます」
EDテーマ
Twilight Sky
歌
フォー・ピース
60
後日
出渕教会・地下1階
芳乃「これが今回の顛末でしてー」
松永涼「フムン。何時か誰かなら、今で良かったのかもな」
松永涼
死神。出身は東京都。家族は平穏に暮らしているらしい。
芳乃「わたくしも同じ気持ちでして。修行の成果を活かすことができて満足ですー」
涼「それにしても、裏山を吹き飛ばすのはド派手だな。ニュースにならないか?」
クラリス「ニュースになっているのは行方不明の女の子が見つかったことだけです」
奏「少しだけ農業実習生が有名になったくらい」
クラリス「気づいた時に何らかの理由がつけられるでしょう」
美由紀「あっ、ちとせさん達来たよー」
ちとせ「おはよ」
裕美「シスタークラリス、おはよう」
クラリス「おはようございます。お揃いですね」
美由紀「皆揃ってるよー。颯ちゃんもいる」
颯「うん、聞いてるよ」
クラリス「それと、望月聖さん」
望月聖「……うん」
望月聖
S大学病院の入院患者だったが先日退院した。産まれは長野の雪深く静かなところだとか。
クラリス「ご協力ありがとうございます」
聖「大丈夫……時子と約束もしたから」
クラリス「涼さん、調査に進展は」
涼「残念だが、ない。わかっていること以上は、見つけられなかった」
颯「凄い音楽プロデューサーがいるんだよね」
奏「短時間の間に多くの才能が育った」
ちとせ「CDもたくさん出てる」
芳乃「業界内での評価は更に高いようでしてー」
聖「確かに……素敵な歌だと思う……」
ちとせ「だけど、ちょっと異常かな」
奏「涼はどう思うかしら」
涼「優秀な指導者で見違えるように変わるのは良くあることだ。だが、ここまでは変わらない」
ちとせ「練習とかでは変えられないものってあるでしょ、そういうものが変化している」
涼「売れたり評価されるのは更に大変なはずだ。ましてや、頭の固いお偉いさんの意見を変えてる。この雑誌とかな」
奏「絶賛が多数。多数に入らない人物も次々と意見を変えてるわ」
涼「どんな力を使ったのやら」
聖「歌に何かしてる……?」
涼「そことは言い切れないが」
奏「作為があるのは間違いない」
クラリス「ええ。それ故に、関与を疑っています」
裕美「『チアー』の能力を持った人間の」
クラリス「はい。『チアー』が何故関与しているかの理由は未だ見当もつきません」
涼「だが、『チアー』はアタシ達と敵対するような行動はこれまでしてる」
裕美「用心に越したことはないよね」
ちとせ「望まずに、私みたいになっちゃう人を増やしたくはないもの」
颯「……うん」
クラリス「そして、チャンスでもあります」
裕美「先に動いて、捕まえる」
クラリス「正体も所在も未だにわかっておりません」
ちとせ「そんな相手を待ってられないね」
奏「私は賛成。でも、その方法は?」
聖「……それで、来たの」
涼「聖と颯に協力してもらう」
クラリス「渦中の音楽プロデューサーが人を集めています。新たな才能をお披露目するために」
ちとせ「演奏会があるんだっけ?」
クラリス「はい。その中で中学生のコーラスを募集していました、利用させていただきます」
ちとせ「潜入捜査ね、楽しそう♪」
裕美「危険はあるけど」
涼「先に動かなければ、大きな危険に襲われる未来になるだけだ」
芳乃「備えは万全にご協力しましょうー」
クラリス「聖さんはオーディションに合格しています」
涼「聖、凄いじゃないか」
聖「歌は好きだから……」
涼「颯もか?」
颯「そんなに凄くないよ、オーディション通るなんてムリだよー」
クラリス「地元枠がありましたので、颯さんだけを推薦し受理されました。ちとせさん、ご協力ありがとうございます」
ちとせ「推薦者は『チアー』と関係ないみたい。簡単に意見を変えられたよ」
颯「歌の練習もしてるし、聖ちゃんと一緒にがんばるよ」
奏「嘘の基本は、本当を混ぜること」
美由紀「お歌もがんばってねー」
聖「うん……がんばる」
クラリス「私達のわかっていることは多くはありません」
裕美「『チアー』が本当に関係してるか、まだわからない」
ちとせ「『チアー』と関係なく誰が不思議な力をつかっているかも」
涼「音楽プロデューサーが、その人物とは限らないな」
芳乃「何が起こるかもわかりませぬー」
涼「颯も聖も力を頼り過ぎるな。普通の中学生だと思って、自分を守るんだ」
颯「わかってる」
クラリス「お話は以上です。ご協力を」
聖「……はい」
颯「やってみる。なーに心配かけないように」
……第4話に続く
終
製作・ブーブーエス
次回
久川颯「7人が行く・EX4・天上の調」
オマケ
P達の視聴後
PaP「山形ロケ羨ましいな。僕も行きたかったよ」
CoP「辻野家以外は山形ロケでしたが、仕事ですから。旅行ではないので」
PaP「むしろ、そこは山形じゃないのか」
CuP「ちょうど良い場所がなかったので。あかりちゃんには文句を言われました」
PaP「そこはオール山形ロケと言いたいよなぁ。まっ、里帰りかねてで許してもらおう」
CuP「ところで、お2人はどちら出身なんですか?」
CoP「東京です」
PaP「僕は神奈川、高校も大学も所在地は東京だったけど」
CuP「何とも面白くない回答ですね」
PaP「そっちも千葉だろ、五十歩百歩だ」
CoP「ずっと東京在住ですが、望郷はわかります。昔の居場所を懐かしむことは私にもあります」
CuP「……何かあったんですか?」
CoP「要するに、夢破れて会社員になっただけです。お気遣いなく」
おしまい
あとがき
こんなご時世なので山形に取材は行ってないのであしからず。
行ったことがある場所をモデルにしてるけど記憶が古い……。
オープンセットネタは勇者ヨシヒコだけで結構書けると思うけど、これくらいで。
あかりんごの立ち振る舞いは、絶妙なバランスだと思う。故郷も何も絶対的な寄る辺にしてないけど、素直な愛情も持ってる。
ゲーム中と7人が行くでは状況も気持ちも違うけど、上手く書けた、かもしれない。
次回は、
久川颯「7人が行く・EX4・天上の調」
です。はーちゃん回は潜入捜査ミステリーもの。
次回も気長にお待ちください。
更新情報は、ツイッター@AtarukaPで。
それでは。
7人が行く・EXシリーズリスト
第1話 夢見りあむ「7人が行く・EX1・エクストライニング」
夢見りあむ「7人が行く・EX1・エクストライニング」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1558865876/)
第2話 久川凪「7人が行く・EX2・トクベツなフツウ」
久川凪「7人が行く・EX2・トクベツなフツウ」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1607170950/)
第3話 辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」
辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1629804897/)
第4話 久川颯「7人が行く・EX4・天上の調」
(題名は仮題)
第5話 白雪千夜「7人が行く・EX5・燃えよ銀刃」
(題名は仮題)
第6話 黒埼ちとせ「7人が行く・EX6・ぼくじゃだめなんだ」
(題名は仮題)
第7話 砂塚あきら「7人が行く・EX7・鬼」
(題名は仮題)
第8話 白雪千夜「7人が行く・EX8・もしもあの日に戻れたら」
(題名は仮題)
最終話 夢見りあむ「7人が行く・EX9・だからぼくらは夢を見る」
(題名は仮題)
このSSまとめへのコメント
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