久川凪「7人が行く・EX2・トクベツなフツウ」 (205)

あらすじ
夏休みの暇を持て余した夢見りあむは、あかりが見たという人魂を調べ始めました。

前話
夢見りあむ「7人が行く・EX1・エクストライニング」
夢見りあむ「7人が行く・EX1・エクストライニング」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1558865876/)


7人が行くシリーズの後日譚、その2。
設定はドラマ内のものです。

それでは投下していきます


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1607170950

メインキャスト

SDsメンバー
1・久川凪
2・夢見りあむ
3・白雪千夜
4・辻野あかり
5・砂塚あきら
6・江上椿
7・日下部若葉

クラリス
柳瀬美由紀
松永涼

水野翠

黒埼ちとせ
関裕美
高垣楓

久川颯


・oxymoron

名詞
・矛盾話法、撞着語法
例:急がば回れ・生ける屍・自由の強要



ねぇ、知ってる?

毒を持つ生物は、毒を作れるとは限れないんだよ~。

自然界にある毒を少しづつ集めて……自分の毒にする。

人間は30兆個の細胞で出来てる。

30兆個から集めたら、どんな毒になるのかな?



9月初旬のとある水曜日



N公園前

N公園
あかりがお手伝いしているアンテナショップ近くにある公園。芝生がキレイ。

辻野あかり「……お手伝い疲れた」

辻野あかり
S大学付属高校に転校してきた1年生。S大学付属高校の制服はお古が手に入った。放課後はアンテナショップのお手伝いをしている。

あかり「なしてや……」

あかり「学校、まだ緊張してるのかな。山形とは違うから……」

あかり「公園に人魂が浮いてる、疲れて幻覚が……」

あかり「……ん?」

あかり「人魂が浮いてるんご!」

あかり「あれ?消えた?」

あかり「……」

あかり「幻覚見るほど疲れてない、気のせいじゃないんご!」



深夜

某民家・中庭

某民家
前の所有者が手放してから空き家となっている。とある事情で獣臭い。

黒埼ちとせ「ねぇ、裕美ちゃん?」

関裕美「なに、ちとせさん?」

黒埼ちとせ
吸血鬼。裕美に噛まれて、夜を生きることになった。千夜を除いた親しい人物には暗示をかけ終わった。

関裕美
吸血鬼。魔法使い特製マイディアヴァンパイアの衣装を着ている。

ちとせ「楓さん、一人で大丈夫なの?」

裕美「大丈夫だと思うよ。強い気配はしないし」

ちとせ「気配?」

裕美「うん。ちとせさんはわかる?」

ちとせ「よくわかんない。変な感覚はあるかな、ちょっとだけ」

裕美「よかった。私も最初は分からなかったから」

ちとせ「どうすればいいの?」

裕美「慣れればわかるよ。これは本能だから」

ちとせ「本能かぁ……」

裕美「体の使い方は慣れた?」

ちとせ「全然。裕美ちゃんみたいに動かせないの」

裕美「元の体が弱かったからかな。無理しないでいいよ」

ちとせ「元気になっても運動するタイプじゃないんだけどなー」

裕美「ダメだよ、弱気は。変わるって決めたんだから」

ちとせ「……うん、そうだね」

裕美「あっ、戻ってきた」

高垣楓「戻りました」

高垣楓
捕食者。人間としての外見は痩せた美女。最近、食事以外の時間は寝ていることが多い。

裕美「どうだった?」

楓「獣霊でした。猫のような」

裕美「綺麗になる前は猫が多頭飼育崩壊してたらしいから、そうかも」

楓「20頭ほどでしたか」

裕美「100匹くらいだったかな。死骸を合わせたら、もっと」

楓「獣霊になったのが少ない……のでしょうか」

ちとせ「お腹いっぱい?」

楓「『捕食者』は、1ヶ月は大丈夫かと」

ちとせ「これで、新しい人住めるかな?」

裕美「難しいと思う。ここからでもニオイがするし」

ちとせ「そっか」

楓「……そう、ですか」

裕美「ん?何か気になることある?」

楓「いいえ。この辺りには何もいません」

裕美「楓さん、帰る?」

楓「はい」

ちとせ「夜が明ける前に帰ろっか」



9月初旬のとある木曜日

昼休み

S大学付属高校・あかりとあきらの教室

S大学付属高校
あかり達が通う高校。S大学はもちろん、付属小学校、付属中学校も併設している。

砂塚あきら「ヒトダマ?」

砂塚あきら
S大学付属高校の1年生。あかりが同じクラスになった。放課後はバイトやゲームをして過ごしている。

あかり「N公園で見たんです。ふわふわって漂って赤く光ってて」

あきら「フーン……」

あかり「あきらちゃん、信じてない?」

あきら「信じてないとは言ってないデス」

あかり「信じてください、本当に見たんです!」

あきら「まー、丁度いいんじゃないデスか」

あかり「丁度いい?」

あきら「部室、いこ。りあむサンが待ちぼうけてるはず」



放課後

S大学・部室棟

S大学・部室棟
S大学のサークルは多くがこの部室棟に部室を構える。財前時子によって色々と整理がなされ、警備員も夏休みの初めから常駐するようになった。

あかり「あきらちゃん、前はいつ来ました?」

あきら「夏休みの終わりくらいデス。あかりは?」

あかり「私も……」

あきら「あかり、行き過ぎ」

あかり「あれ?前はドアに何もなかったのに、表札がついてます」

あきら「『SDs』?……ってサークルの名前?あかり、知ってる?」

あかり「ううん、知らないです」

あきら「ネットで調べたら、製品安全データシートがSDS、だって」

あかり「違うような気がする」

あきら「そうデスね」

あかり「誰かいるみたいだから、中で聞いてみるんご!」



S大学・部室棟・SDs部室

SDs部室
最初はテーブルとイスだけだったが、家具が着々と増えつつある。サークル名は夢見りあむが決めた。

久川凪「凪は、眺めています」

久川凪
なー。久川颯の双子の姉。りあむがサークル会員に加えてくれたので、堂々とS大学に出入りするようになった。

白雪千夜「こちらはいかがでしょう。7歳の時です」

夢見りあむ「幼女じゃなくて既に美少女だ、すげぇ……」

白雪千夜
S大学付属高校の3年生。独り暮らしになったので暇を持て余しているらしい。

夢見りあむ
S大学看護学科の1年生。財前時子の命により、サークルSDsの代表となった。大学はまだ夏休み。

凪「アルバムを見ている2人を」

千夜「お嬢さまの美しさは既に際立っていました。見てください、これを」

りあむ「神社で、七五三の衣装!この和洋折衷さ、もはや芸術だよ!」

千夜「そうでしょうそうでしょう」

凪「ここは黒埼ちとせ大好きクラブのようです。連日アルバムを見ているだけとは」

千夜「久川さん、何か仰いましたか」

凪「はーちゃんもいますので、凪と呼んでください」

千夜「それでは改めて、凪さん。お嬢さまに危害を加えた人物を見つけるため、それが私達は集まるきっかけでした」

凪「その通りです。異議はありません」

千夜「つまり、お嬢さまが好きな人々の集団といっても過言はない」

凪「そう言われれば、そんな気がしてきました」

千夜「それでは、こちらに来てアルバムを一緒に見ましょう」

りあむ「いや、違うからね?みんなで校外学習して、ウワサを調査するサークルだから」

凪「危ない、千夜さんの口車に乗る所でした。メイド殺法恐るべし」

千夜「メイド殺法……凪さんは珍妙な物言いをしますね」

凪「りあむ、ウワサの調査は進んでいるのですか?」

りあむ「やってるよ!?誰も協力してくれないだけで!というか凪ちゃんはぼくのこと呼び捨てなの?」

千夜「おや、そうなのですか?」

りあむ「りあむちゃんのスケジュールは常に白紙だからね!」

千夜「自慢することでは……私が言えた義理もありませんが」

凪「面白そうなことは見つかりましたか」

りあむ「ない!時子サマのファイルを調べたけど、ほとんど作り話か酔っ払いが発生源!」

千夜「そんなものですか」

りあむ「時子サマはそんなものよ、って言ってた。幽霊なんか見える人もほとんどいないし、見える人でも幽霊なんてそうそうに会わないって」

千夜「凪さんは、見える人でしたね。どうですか」

凪「はーちゃんと一緒でなければ見えません。つまり、凪は見える人とは言い切れない」

千夜「それでは、妹さんと最近何か見ましたか」

凪「最近見たのは『捕食者』だけです。心霊スポットに行けば会えるかもしれません」

千夜「心霊スポット……お前、どう思いますか」

りあむ「自分からそんな危ない所いかないよ!?安全第一!健康第一!ストレス回避!」

凪「一理ある。はーちゃんも行きたがりませんでした」

千夜「行きたかったのですか、その口振りだと」

凪「いいえ。はーちゃんの姉が凪ですから。姉らしくゆーこちゃんの言いつけは守ります」

あかり「こんにちはっ!」

あきら「お邪魔します」

りあむ「あかりんご!あきらちゃん!さびしかったよ、りあむちゃんに会いに来てくれたの!?」

あきら「やっぱり……帰りますか」

あかり「え?あきらちゃんがそう言うなら」

凪「こんにちは。そして、さようなら」

りあむ「うぇーん、ウザ絡みは謝るよぉ!りあむちゃんとお話してよう」

千夜「砂塚さんも本気ではないでしょう。冷たいお茶を淹れますよ、座ってください」

あきら「お茶、貰います。いつの間にかイスが増えましたね」

あかり「えっと、色々なイスが6個と同じイスが5個。あっ、若葉さんのためですねっ」

りあむ「そうそう。時子サマが押収した備品をくれたんだ。冷蔵庫も持ってきてくれた」

あきら「押収……どこから?」

凪「どれどれ冷蔵庫を拝見します……冷凍庫に冷凍餃子がたくさん」

りあむ「暇だったから作ってみた。自由に持ってくなり食べるとするといい」

千夜「麦茶と緑茶、どちらがよろしいですか」

あかり「それじゃあ、緑茶がいいんご!」

あきら「あかりと同じで」

千夜「かしこまりました。どうぞ」

あかり「千夜さん、ありがとうございます!」

千夜「構いません。凪さん、冷蔵庫を閉める前にお茶を戻してください」

凪「りょ」

千夜「今日は何かご用事ですか」

あきら「あかりが、話があるって」

りあむ「あかりんごが話?……ん?ちょっと待って」

あかり「何かありました?」

コンコン!

りあむ「どうぞ!入るといいよ!」

財前時子「お邪魔するわ」

財前時子
S大学の職員、学生支援総合センターに勤務している。丸めたポスターを肩に担いで登場した。

りあむ「時子サマ!りあむちゃんを褒めにくれたの?」

時子「そんなものね。これをあげるわ」

りあむ「ポスター?」

時子「恵磨のポスターよ、飾りなさい」

りあむ「CGプロの仙崎恵磨?時子サマ、芸能事務所ともコネあり?」

時子「コネというか、単純に友人なだけよ」

凪「ほうほう。見ているとシャウトが聞こえてきそうです。きっと胸の奥でその声が響き続けているのです」

時子「サインも貰ったわ。大切になさい」

凪「凪は把握しました。陽の当らない、だけど目立つ壁に貼りましょう」

あきら「あかり、知ってる?」

あかり「知ってるんご、ネットでS大学在学中にデビューしたって書いてありました」

あきら「そういうのは調べてるよね、あかりは」

大和亜季「時子殿、お待たせしたであります」

江上椿「こんにちは。あら、皆さんお揃いですね」

大和亜季
S大学工学部の修士課程1年生。時子とは学部時代に同じサークル、SWOWに所属していた。

江上椿
S大学の学生。裁縫部からSDsに移籍してきた。部室のビデオカメラと三脚は彼女によって設置された。

時子「亜季、椿、運んでくれてありがとう。また備品を持って来たわ」

凪「捨てる費用を節約できます」

時子「あなたは察しがいいのね。その通りだから、自由に使いなさい」

亜季「運び込むであります。椿殿、お手伝いを」

椿「わかりました。皆さんも、手伝ってくださいな」

千夜「わかりました。ちょうど本棚が欲しかったのです、アルバムを置くための」

りあむ「そうだ、あかりんごの話を時子サマにも聞いてもらおう。ねぇねぇ、時子サマいいでしょ?」

時子「……」

亜季「私は問題ないでありますが、どうするでありますか?」

時子「りあむ達で何とかしなさい。行き詰まったら相談に乗るわ。亜季も、それでいいかしら」

亜季「もちろんであります。さぁ、運ぶでありますよ」



S大学・部室棟・SDs部室

日下部若葉「お待たせしました~」

日下部若葉
S大学の学生。5体で1人の生き物。椿の提案と提供によって、赤・青・緑・黄・白のアクセサリーで判別できるようになった。部室に現れたのは赤いリボンをつけた1人だけ。

椿「若葉さん、お待ちしてました」

あかり「赤のアクセサリー、しばらく逢ってないから、でも情報共有してて……えっと?」

あきら「つまり、何も気にしなくていいデス」

若葉「わー、部室が立派になりましたね~」

凪「テレビ、テレビ台、DVDプレイヤー、CDラジカセ」

あきら「本棚、ホワイトボード、冷蔵庫」

りあむ「学校にありそうな鉄のロッカーも2つ貰った」

椿「まだ季節は早いですが、コート掛けもいただきました」

あかり「仙崎先輩のサイン入りのポスターとCDもあります」

千夜「食器類もいただきました。簡易キッチンは元から使えます」

若葉「サークルの部室らしくなりましたね~」

凪「大学生は部室で一晩を明かすと聞いています。ソファーを備えましょう」

椿「若葉さん、座ってください」

若葉「はい~」

あきら「これで7人、揃った」

りあむ「若葉ちゃん、待ってたよ!」

若葉「りあむちゃんが、私をですか?」

りあむ「あかりんごが!」

あかり「え、あっ、はいっ!ここっぽい話題だから相談しようって!」

若葉「もしかして、何かと会いましたか」

凪「もしくは見た」

あかり「そうなんです、見たんです」

りあむ「何を?」

あかり「夜の公園で人魂を見たんです!」



S大学・部室棟・SDs部室

りあむ「あかりんごが、見た?人魂を?あの光ってるやつ?」

凪「場所はN公園」

千夜「N公園ですか。幽霊が出るようには思えませんね」

あきら「昼は親子連れで賑わってる。お店の多い通り沿い」

あかり「アンテナショップから家までの帰り道なんです」

若葉「大学とアンテナショップの間にありますね~」

椿「向かい側のカフェが人気なんですよ」

凪「時はバイト終わり」

千夜「夜更けとは言えません。N公園は電灯も白色で明るいかと」

りあむ「なんか、人魂出なさそうだな」

椿「写真は撮りました?」

あかり「すぐに消えちゃったから……撮れなかったんご」

凪「見間違いという可能性はありますが」

椿「決めつけたら、集まった意味がありません」

千夜「お前、どうするか決めてください」

りあむ「決まってる、あかりんごを信じるよ!調べよう!調べるしかない!」

あかり「りあむさん、ありがとうございます?」

りあむ「なんで、疑問形なの?そこは元気よく行くところじゃない?」

あかり「今更ですけど、調べる必要もない気がしてきました」

あきら「見ただけ」

あかり「あの時はびっくりしたけど、怖くなかった気がします」

若葉「身の危険を感じるのは、人間の優れた力なんですよ~」

凪「そうなのですか?後で詳しく」

りあむ「いや!ここまで来たから調べようよ!あかりんごも、次は見たくないよね?ね?」

あきら「りあむサンもこう言ってる」

あかり「わかりました、みんなで調べるんご!」

りあむ「やっとサークルっぽくなった!SDs始動だよ!」

あきら「りあむサン、本題に入る前に質問」

りあむ「あきらちゃん、なになに?ぼくのこと気になる?」

あきら「えす、でぃー、えす、ってどういう意味ですか?」

あかり「みんな、知ってるんですか?」

千夜「今日来たら決まっていました。私はどうでもいいか、と」

凪「凪は推理中です。しかし、答えにたどり着かない」

若葉「サークル名決まったんですか~?」

椿「りあむさん、教えてくれませんか?」

りあむ「えっと……その前に……」

千夜「何か」

りあむ「ぼくが決めちゃったけど……許してくれる?」

あかり「りあむさんが代表だから、もちろんです!」

あきら「あかりに賛成」

千夜「私はどちらでも。皆さんは」

凪「賛成のようです。凪も構いません」

りあむ「優しい、優しすぎる……罠か?」

あきら「違う」

椿「それで、どういう意味なんですか?」

りあむ「……7人の小人」

千夜「大きい声で言いなさい」

りあむ「7人の小人!セブン、ドワーフ、ズの頭文字からSDs!」

凪「その心は」

りあむ「時子サマのサークルは、世界7不思議からとってた」

椿「SWOWでしたね」

凪「セブン・ワンダー・オブ・ワールド。マチュピチュといった観光名所7つを現代版としている」

りあむ「セブンのSはつけたかった!それで、白雪ちゃん!」

千夜「人に向かって、指をさすな」

りあむ「それと、あかりんご!」

あかり「わ、私ですか?」

凪「話はわかりました。白雪姫と毒リンゴ」

あかり「や、山形りんごは毒じゃないんご!」

あきら「そこからの連想で7人の小人」

若葉「人を助ける働き者、素敵な名前だと思いますよ~」

りあむ「そ、そう?」

椿「私は良いと思いますよ」

りあむ「よかった!」

椿「白雪姫風の衣装はどうでしょうか。りあむさんピッタリに作ってきますね」

りあむ「よくない!隙あらば着せようとしてくる!」

あきら「いいんじゃないデスか」

凪「一理ある」

りあむ「その返事は、衣装のことじゃないよね?ね?」

あかり「そうなると、千夜さんはやっぱりお姫様なんですか?」

若葉「白雪姫だから?」

千夜「いいえ、私も小人側です。そちらのほうが性にあいますし」

あかり「千夜さんは自信を持っていいんご!こんなにめんごい、白い肌、料理上手で働き者!まさに白雪姫!」

椿「なるほど、小人もいいですね」

若葉「椿ちゃんはほどほどにしてくださいね~」

あきら「あかり、千夜サンの評価高いよね」

あかり「……千夜さんには山形にお嫁に来てもらうんご」

あきら「それ、冗談じゃなかったんデスか」



S大学・部室棟・SDs部室

りあむ「SDsにちゃんと決定した!ということで!」

千夜「本題に入りましょうか」

りあむ「あかりんごが見た人魂を探すよ!」

若葉「でも、どうやって探すんでしょう?」

りあむ「うっ、ノープランが早々にバレたぞ……公園に見に行くとか」

あかり「朝も見に行ったけど、何もなかったです」

あきら「無暗に探しても見つからない」

千夜「ええ。お嬢さまも同じでした」

若葉「簡単に見つかったら困りますよ~」

りあむ「りあむちゃんを責めるなよう!だから、時子サマに話を聞いてもらおうと思ったんじゃないか!」

凪「ほうほう。それでは、これを真似てみましょう」

若葉「凪ちゃんは、何を読んでるんですか?」

凪「卒業論文です。先ほど時子様からいただきました。何冊かあります」

千夜「どうも。教育学部持田亜里沙さんが筆者のようです」

椿「持田さんの卒業論文なのですね。SWOWの副代表をしていたんですよ、今は地元に戻って小学校の先生をしています」

千夜「タイトルは……」

凪「『初等教育におけるウワサと恐怖の実態、伝搬メカニズム、またその対策』」

あかり「本当に小学校の先生が書いたんですか?」

りあむ「卒業論文とは思えない厚さだよ……博士号でも取れそう」

椿「持田さん、とても優秀だったそうですから」

凪「りあむ、手をあげろ」

りあむ「え!?はい!」

凪「厚さが違います。別物か」

りあむ「先に言ってよ!手をあげる必要なかったじゃないか!」

若葉「あら、表紙に何か付箋がついてますよ~」

りあむ「本当だ。見たことある……時子サマの字だな、『部室外に持ち出さないこと。部員以外に見せないこと。取り扱いに注意すること。財前時子』」

あきら「おどろおどろしいデス……」

あかり「財前さんを怒らせたくないです」

凪「しかし、凪達は見ることができます」

りあむ「おっ、最初はウワサの真偽を見極めるには、だ」

若葉「りあむちゃん、少し貸してくれますか?」

りあむ「うん。はい、若葉お姉さん」

若葉「ありがとうございます~。ふむふむ……」

あかり「どんな内容ですか?」

若葉「やっぱり……思った通りでした」

りあむ「やっぱり?」

若葉「大学には出せない内容ですよ~」

あきら「つまり……」

あかり「怪奇現象とか、ですか?」

若葉「はい。前にいた日下部若葉についても書いてあります、名前まで書いてありませんけれど。だから、今回の役に立つと思いますよ」

凪「では、若葉お姉さん、凪にそれを渡してください」

若葉「どうぞ~」

凪「中身は後でりあむに熟読してもらうとして」

りあむ「ぼくなの!?暇だからいいけどさ!」

凪「最初を真似ましょう。ずばり……」

あかり「ずばり、なんでしょう?」

凪「情報を整理すること。真実は虚構の中にも存在する」



S大学・部室棟・SDs部室

千夜「凪さん、言っている意味がわかりません」

凪「情報や言い伝えを最初に出しておく、と」

あきら「具体的に何を?」

凪「集まって、知識を出し合うと書いてあります」

りあむ「それ大切かも。だって、若葉お姉さんもいるくらいだし」

若葉「あまり他種族とは関わらないので、あんまり詳しくないですよ~」

千夜「私ですら吸血鬼と会っています。辻野さんは民間伝承等を知りませんか」

あかり「……」

千夜「辻野さん?」

あかり「……えっと、山形の話なら少しだけ!」

あきら「自分はネットロアとか」

椿「ネットロア?」

りあむ「ネットのウワサ話とか怖い話とか都市伝説だよ!ネットサーフィンで腐るほどコピーされていっぱいあるよ。夜更かしのお供!」

千夜「無駄に起きていないで、お前は寝ろ」

りあむ「千夜ちゃん、ぼくの心配してくれてる?やさしさ?」

千夜「凪さんも、この手の話に詳しいようですから」

りあむ「スルーされた!」

凪「不思議は楽しい。なんなら、はーちゃんと一緒なら幽霊も見えます」

椿「どんな人でも、3人寄れば文殊の知恵と言いますから」

りあむ「うん、それじゃあ始めよう!みんな知恵を出すんだよ!」

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S大学・部室棟・SDs部室

椿「りあむさん、進行をお願いしますね」

りあむ「え?ぼくが?向いてないよ。椿さん、やらない?」

椿「代表がやるものですよ。がんばってください」

りあむ「しまった、変な服を着る羽目になるところだった、セーフ……それじゃあ、あかりんご!」

あかり「はいっ!」

りあむ「見たのは、何?」

千夜「先ほども言っていました。人魂と」

りあむ「人魂かもしれないけど、そうじゃなくて」

あきら「どういう意味デスか?」

りあむ「どんな人魂?色とか動きとか」

あかり「赤く光ってました。動きはふらふらって感じで」

りあむ「何で人魂だと思ったの?」

あかり「それは、縦長だったから?あれ?」

あきら「あかり、何か思い出した?」

あかり「縦長じゃなくて、2つ浮いてたのかも」

凪「ということは、人魂の形をしていたのでありません」

あかり「そう、ぽわっと丸い赤い光で……どっちも消えちゃいました」

千夜「……話が逸れた気がします」

若葉「りあむちゃんが聞きたいことは何ですか?」

りあむ「人魂が思い込みかもしれない!何でもいいから可能性を上げるんだよ!」

椿「なるほど。持田さんの方法通りですね」

りあむ「あかりんごは思い出したら、いつでも言って。何でもいいから」

あかり「わかりました!」

りあむ「若葉お姉さん、心当たりない?知り合いとか」

若葉「うーん……見間違いとか?光るものなんていくらでもありますから~」

あきら「意外」

若葉「そうですよぉ、幽霊なんていませんよ~」

あきら「更にオカルト否定派」

若葉「自動車のライトが偏光して木のくぼみを照らしていたとか、どうでしょう~」

椿「それならすぐに消えるのも分かります」

凪「正体見たり枯れ尾花」

あかり「じゃあ、見間違い?」

りあむ「白雪ちゃん、どう思う?あってる?」

千夜「何故、私に……まぁ、いいでしょう」

りあむ「どっち?」

千夜「確かめるまではわかりません」

りあむ「うんうん、りあむちゃんもそう思うよ!」

千夜「お前、私を試しましたか?」

りあむ「違うよ!?りあむちゃんはわからないから、白雪ちゃんに聞いたんだよ!」

あきら「自動車のライトなら、試してみる、とか」

あかり「やってみたら、わかりやすいですねっ」

千夜「どなたか、免許とお車はお持ちですか?」

りあむ「りあむちゃんは免許はないよ!車は家にあるけどね!」

若葉「私はありますよ~」

あきら「え、あるんデスか?」

若葉「小さくても大人ですから。地元では必須なので~」

椿「若葉さん、協力いただいてもよいですか?」

若葉「もちろんですよ~」

りあむ「よし、今日の夜にでもやってみよう!」

凪「枯れ尾花を見るのは構いません。しかし、凪は諦められない」

あかり「凪ちゃんも都会風のクールな喋り方でかっこいいんご」

あきら「あかり、都会風でもクールでもないから」

椿「凪ちゃんは、何を諦めないんですか?」

凪「あかりさんが、幽霊や人知を離れた存在を見た説です」

11

S大学・部室棟・SDs部室

若葉「そんな簡単にいませんよ~」

千夜「なんと説得力のない……」

若葉「漁火とかキレイですよね~。群馬の人は海が好きなんですよ~」

りあむ「でもさ、光ものって怪談話でいっぱいない?」

凪「凪はりあむに同意します」

あかり「例えば?」

椿「お墓に人魂が出る、とか」

凪「有名です。燐が燃えている説を唱えた学者もいます」

あかり「燐って、化学物質のリンですよね。中学の時習いました!」

あきら「燐……ネットで調べたら人魂とか光虫の意味もあるんデスね」

りあむ「根高公園には光る妖精が居たんだって。時子サマが言ってた」

千夜「教会の人なら何か知っていそうですね」

あかり「プラズマが光るとかインターネットで見ました!」

りあむ「あかりんご、怪しいサイト見てるんだ。プラズマが光るのは間違いないけど」

若葉「自然に見えるプラズマはオーロラと雷くらいですね」

あかり「人魂はプラズマじゃないですか?」

りあむ「うん。違う。地上は真空にならないから光りもしない」

あきら「単純に幽霊はどうなんデスか?」

あかり「幽霊!?」

椿「あかりちゃんは、霊感はありますか?」

あかり「ないない、あかりんごは普通の女の子です!」

あきら「普通かな……?」

りあむ「そうだ、凪ちゃんは?」

凪「はーちゃんと一緒なら。違うチャネルのものが見えます」

あかり「チャネル、テレビとかのですか?」

凪「はい。世界は重ねあわせです」

千夜「凪さんの感覚は難解です」

りあむ「そりゃあ、違う感覚があるからね」

椿「私達にも教えてくれませんか?」

凪「人間が見える世界だけが全てではありません」

千夜「科学では解明できない、ということでしょうか」

若葉「うーん、ちょっと違います~」

りあむ「若葉お姉さん、違う科学で動いてるイメージ?」

若葉「そんな感じですね~。例えば、人の血を飲んだら人間はお腹を壊すだけ、ですけど」

千夜「……違う反応が起こる存在がいる。お嬢さまのように」

凪「入力と出力があべこべになることは珍しい」

りあむ「途中経過は理解しなくていい、というか、したくてもムリ……な気がする」

椿「人は原子の動きまで理解してませんよ」

りあむ「神経の動きなんか意識しなくても筋肉は動かせる」

あきら「よくわからないのに原因と結果は調べられる、ということデスね」

凪「はい」

りあむ「あかりんごに見えた理由もきっとある!」

あかり「それなら、いつもは見えない妖精や幽霊が私にも見えた?あの時だけ?」

千夜「凪さんがチャネルをあわせるように」

椿「あかりちゃんにも出来たとか?」

凪「偶然チャネルがあうことはあります」

あきら「虫の知らせ、というやつデスね」

りあむ「あかりんご、何か原因ある?いつもと違うこととか」

あかり「あの時は、ちょっとだけ疲れてました」

凪「しかし、偶然よりも必然を優先」

千夜「必然とは」

凪「チャネルにいないものは、チャネルをあわせないと影響を与えられません。つまり、現れた」

あきら「こっちの世界に」

凪「イエス」

椿「心霊写真みたいなものでしょうか」

凪「心霊写真はメッセージを与えるため」

りあむ「公園の人魂は、何のため?」

凪「わかりません。今は」

あかり「公園で何かをしてた……うーん?」

あきら「#意味不明 #動機不明 #正体不明」

りあむ「この話は置いておこう!次だよ次!」

12

S大学・部室棟・SDs部室

千夜「……こんな所でしょうか」

凪「ホワイトボードに乱雑な発言がまとまった」

りあむ「白雪ちゃん、ありがとう!字もキレイだね!」

千夜「どうも」

椿「色んな意見が出ましたね。やることは、大きく分けて3つですか?」

りあむ「そう!1つは若葉お姉さんとライトの反射とかの見間違いを調べること」

若葉「今日やってしまいましょう~」

あかり「2つ目は他の目撃情報を集めることですね」

あきら「何かわかるかも。皆見てたら、偶然じゃない」

千夜「地道な調査ということですか」

りあむ「地道な聞き込みは大切!りあむちゃんは苦手だから助けてよ!」

あかり「それと、凪ちゃんにお願いするんご」

あきら「違うチャネルを調べる」

凪「はい。はーちゃんと一緒にN公園を調べます」

りあむ「よろしく!やっと、それっぽくなったぞ!時子サマに褒めてもらわないと!」

凪「おや、こんな時間です。今日は帰ります、はーちゃんと一緒にご飯を食べねばなりません。では」

りあむ「え?帰っちゃうの?」

凪「はい。結果は後日。さようなら」

千夜「マイペースな方ですね。私も、これで失礼します」

りあむ「え……白雪ちゃんも?夜まで一緒にいてくれないの」

千夜「お嬢さまが起きる時間です。今日は夕食を一緒にとりますので」

りあむ「そっか。ちとせによろしく!」

千夜「失礼します。調査には協力しますから」

あかり「あっ、私も今から品出しなんですっ!千夜さん、待ってくださーい。途中まで一緒に帰りましょう!」

あきら「オンゲの約束があるので。バイバイ。あかりも待って」

りあむ「えー、みんな薄情だよ!代表へのリスペクトがないよ!」

椿「皆さん、未成年ですから」

若葉「夜の調査は危ないですよ~」

りあむ「それもそうか」

若葉「私も一旦帰りますね~。お夕飯の買い出しをしないとなんです~」

椿「りあむさん、何時集合にしますか?」

りあむ「それじゃあ、夜10時!N公園で!」

若葉「わかりました~、車で行きますね~」

椿「はい、待ってます」

りあむ「5人帰ってしまった。椿さんと2人きり。椿さんは用事あるの?」

椿「出かける用事はありません。やりたいことがあって」

りあむ「なんでメジャーをカバンから出したの?」

椿「今のうちに採寸をしておこうかと思いまして。後々便利ですから♪」

りあむ「便利の意味が分からないよ!?」

椿「ちゃんとしたサイズを知っておくとショッピングに便利じゃないですか?」

りあむ「あ、普通の理由だ」

椿「私の好奇心も満たされますし」

りあむ「やっぱりダメだ!拒否!りあむちゃんはガードが硬いよ!」

椿「遮光カーテンも用意してくださいましたし、平気ですよ」

りあむ「何が平気なの!?貞操の危機としか思えないよ!」

椿「さ、こちらへどうぞ♪」

13

久川家・玄関

久川家
住宅街の一角にある。無人の隣家はようやく取り壊しが始まった。

凪「ただいま。凪が帰りました」

久川颯「なー、おかえりー」

久川颯
はーちゃん。久川凪の双子の妹。今から大学に出入りするのはうーん、ということでSDsには参加していない。

凪「はーちゃん、お元気ですか」

颯「放課後に会ったばっかりでしょ」

凪「そうですか?」

颯「りあむさん達、元気にしてた?」

凪「はい、とてもとても」

颯「そうなんだー」

凪「そうだ、はーちゃん」

颯「なに?ご飯だから着替えた方がいいよ」

凪「明日の放課後、一緒にでかけましょう」

颯「なー、どこか行きたいの?」

凪「人魂を見に行きましょう」

颯「人魂?」

凪「N公園に出たそうです。あかりんごが言ってました」

颯「へー、そう呼ぶようになったんだ」

凪「よいでしょうか?」

颯「いいよ、明日ね!」

凪「はい。それでは、手洗いうがいに着替えをしてきます。覗いてもよいですよ」

颯「いつも見てるし。ゆーこちゃん、待ってるから早くねー」

14

午後10時頃

N公園

りあむ「アクリル板セットよし。若葉お姉さんに伝えてよ」

椿「はーい。聞こえますかー若葉さん、ライトつけてくださーい」

りあむ「うーん……これもダメだ」

椿「どうします?」

りあむ「やめよう!これより大掛かりなやつがあったら、あかりんごも気づくよ。あかりんご、思ったより色んなところ見てるし」

椿「そうですね、せっかく集めたのに」

りあむ「……ふぅ、何とか採寸を避ける口実だってバレなさそうだぞ」

椿「若葉さん、こっちに集合しましょう」

りあむ「ねぇ、椿さん」

椿「なんですか?」

りあむ「女子大生の車ってさ、カワイイ軽自動車でキャピキャピしてるんじゃないの?若葉お姉さんの車、どうみても8人乗りのワゴン車だよ?最大手企業の」

椿「大きい車の方が便利だって言ってました」

若葉「お待たせしました~。収穫はありました?」

りあむ「緑の若葉お姉さんだ。ごめん、何にもない」

若葉「そうですか~」

椿「昼は子供連れも多いですが、この時間になると誰もいません」

りあむ「子供に危なそうなものは何にもなし。あるのは公園の脇にベンチがあるくらい」

若葉「遊具もないなんて、世知辛いですね~」

りあむ「あんなの危ないだけだよ……りあむちゃんは遊ばなくて良かったよ、あっ、友達が少ないとかそういうわけじゃな……いや、それが理由か?」

椿「若葉さんが来る前に、公園内を調べてみましたけれど」

りあむ「変なところはなし。善良な人間が集まる場所だよ」

若葉「昼に多くの人が集まるのに、人魂が?」

りあむ「わかる。りあむちゃんも人が集まる場所に行かないよ、たとえ夜でも」

椿「えっと?詳しく話してくれますか」

りあむ「幽霊とか妖精とか天使とか、人目につかないところを選ぶから幻なんだよ」

椿「なるほど。でも、ここに居たのはどうしてなんでしょう?」

りあむ「それはわからない。若葉お姉さん、何か気になることある?」

若葉「ありません~、木と芝のお手入れが行き届いてる良い公園です~」

椿「良い公園だから遊びに来たとか?」

りあむ「真実なんてつまらないことあるよね。アイドルだって聖人じゃなくて人間だからこそ、その中で尊いアイドルに惹かれるんだよ」

若葉「例えはよくわかりませんけど、気まぐれで飛んできたのかもしれませんね~」

りあむ「飛んでくる、ってことは近くにいる」

椿「近くにいるなら」

りあむ「あかりんごが見えたなら、目撃情報もあるはず……いや、あるかも?」

椿「調べてみましょうか」

りあむ「昼に」

若葉「この辺りは公園も多いですから~」

りあむ「よし!今日は解散!家で動画でも見る!」

若葉「時間も遅いですから送りますよ~」

椿「それでは、お言葉に甘えて」

りあむ「助かる!」

若葉「4人分シートの空きはありますから~」

りあむ「あっ、わかった。若葉お姉さんがゆったり乗るには大きい車が必要なんだ」

15

9月初旬のとある木曜日

お昼休み

S大学付属高校購買

S大学付属高校購買
古い付き合いのある弁当屋さんとパン屋さんの商品が売られている。パンは安くて美味しいデス、とのこと。

あきら「あかり、買えた?」

あかり「しゃけ弁を買えました!あきらちゃんはサンドウィッチにしたんですね」

あきら「あー、パンにすればいいの言い忘れた」

あかり「え?なして?」

あきら「美味しくないデス。特にお米が」

あかり「食べられるくらいですよね?」

あきら「多分。親戚から送られてくるお米と違い過ぎて、私はムリ」

あかり「それなら、残さず食べます!山形も米所だけど、残すのはお米の神様に怒られるんご!」

あきら「そう。あっ、千夜サン」

あかり「千夜さん、こんにちは!」

千夜「辻野さんに、砂塚さん、こんにちは」

あきら「千夜サンもお昼買いに来た?お弁当を持ってくると思ってた」

千夜「お嬢さまもおりませんから、起きるのが遅くなり過ぎました。今日はこれをお昼にしようかと」

あかり「ま、まさか……それは、そんな……」

千夜「購買でお湯がもらえますので。お嬢さまのために白湯は時々貰っていました」

あかり「インスタントラーメンですか……?」

千夜「はい。大学の前にあるコンビニで買いました」

あきら「千夜サンもそういうもの食べるんデスね」

千夜「お嬢サマには食べさせませんが、私はキライではありません。いや、今ならお嬢さまも平気でしょうか」

あきら「あー、そうっぽい」

千夜「実際のところ、油の多い物は用意しても一口しか食べませんでしたから」

あきら「本当に体、弱かったんデスね」

千夜「ええ。そろそろ出来上がりの時間です。教室に持って行くわけにもいきませんので、中庭でご一緒しませんか」

あきら「自分はオーケー。あかりは?」

あかり「ダメですっ!」

千夜「臭いますものね、仕方がありません」

あかり「千夜さんの栄養が偏っちゃうんご!リンゴを剥きますから、一緒に食べましょう!」

あきら「お昼とは別に、リンゴはあるんだ」

千夜「それでは、ご馳走になります。中庭に行きましょう」

16

放課後

N公園

凪「到着です」

颯「ここが人魂のいた公園?」

凪「はい。はーちゃんは理解が早い流石です」

颯「なんかお墓とかある公園だと思ってた。幽霊でなそう」

凪「同感です。はーちゃん、チューニングをしましょう」

颯「うん。なー、手を出して」

凪「目をつぶり」

颯「カチリ」

凪「カチリ」

颯「カチッ、ピュイ」

凪「ハロー。こんにちは。ニーハオ」

颯「……」

凪「……」

颯「何もいないよー?」

凪「そのようです。回ってみましょう。くるくるくる」

颯「くるくると……あれ?」

凪「おや?」

颯「なー、透明なちょうちょみたいなのが木にくっついてる」

凪「そのようです。近づきましょう」

颯「うん……小さいね」

凪「光りましたが弱い」

颯「人魂には見えなそうだよね」

凪「羽のような形がありますね」

颯「動きが止まった?」

凪「発光も止まりました」

颯「あっ!待って待って」

凪「……粉の様に崩れ落ちてしまいました」

颯「死んじゃったのかな」

凪「ひとまずチャネルを戻しましょう」

颯「なー、手出して」

凪「はい。どーぞ」

颯「カチっとな」

凪「戻ったようです」

颯「辻野さんが見た正体はこれ?」

凪「うーむ。遠くからは見えない」

颯「たくさんいたとか」

凪「それだ」

颯「そういえば、光ったの見えた?」

凪「この目で。つまり、あかりんごにも見える」

颯「なんで光ったのかな」

凪「観察が大切です。どれどれ……」

颯「うーん。普通の木だよ?」

凪「いえ、良く見てください」

颯「良く見てもわかんない」

凪「ここに傷があります。正確には傷の端だけが」

颯「ないよ、直ったみたい」

凪「木の傷はこのようには治りません。伸びて上に行く過程で飲み込まれたりはしますが」

颯「なー、どういうこと?」

凪「あの妖精が影響を及ぼした可能性がある」

颯「植物の妖精さんなの?」

凪「芝の状態も良さそうです。その影響かもしれません」

颯「なるほどー。人がいない時にお手入れしてくれてたんだ」

凪「まだ仮説です。りあむ達と調べます。教会にも聞きにいきたいところです」

颯「それなら、はーが教会は行ってこようか?」

凪「はーちゃんが望むのなら」

颯「それじゃあ、行ってくるね。シスターとか美由紀ちゃんとかいつも暇そうにしてるし、遊びにいこっと」

凪「ええ。凪は大学へと行きます」

颯「わかった。遅くならないでねー」

17

S大学・部室棟・SDs部室

凪「なにやら珍妙なものがあります。丸く赤く、そして大きい」

椿「凪ちゃん、こんにちは」

凪「こんにちは。他のお方はどちらに?」

椿「人魂の目撃情報を調べに行きました。りあむさんとあかりさん組と千夜さんとあきらさん組で二手に別れて」

凪「1人いません。若葉お姉さんはどちらでしょう」

椿「お家でお勉強中だそうです」

凪「もしや、5色揃うと5倍勉強できるのでは?」

椿「そんなことを言っていたような、気もします」

凪「フムン。興味深い」

椿「凪さんは双子の妹さんの……」

凪「はーちゃんです。久川颯です。かわいいです」

椿「それじゃ、颯さんと公園に行くと聞いていたのですが」

凪「光る何かを見つけました。結果が出たので言いに来たのです」

椿「まぁ、りあむさんも喜びますよ。颯さんは一緒じゃないのですか?」

凪「教会へ行ってもらいました。仲間は多い方が良い」

椿「そうですか、残念です」

凪「残念、とは?」

椿「あら……教会ということは?」

凪「はい。人間の世界とは別の何かです」

椿「なるほど。戻ってきてから詳しい話を。お茶を淹れますよ、いかがですか?」

凪「いただきます」

椿「はーい。座っててくださいね」

凪「ひとつ質問があります」

椿「質問?」

凪「この赤いキグルミはなんでしょうか。独特な魅力を放っている」

椿「これは、りんごろうさん、だそうです」

凪「りんごろう……聞きなれない響きだな」

椿「あかりさんのお父様が、山形物産展の販促で使っていたそうです。ただ、粗雑な作りであかりさんは不満があったそうで、お直しをお受けしました」

凪「ほう」

椿「こいつがかわいくないのはいいけどぼろくて暑いのに入るのはイヤです、とあかりさんがおっしゃられたので、綿抜きをして薄い布を張り直してます」

凪「実物はあかりんごいり、と。そそる」

椿「今度駅のイベントで客引きをするそうですから応援に行きましょう?」

凪「はーちゃんが興味ありそうなら行きます」

椿「キグルミを手直しするのは初めてじゃないですけど、やっぱり大仕事ですね。私も一緒に休憩します」

18

T公園

T公園
住宅街の行き止まりにある小さな公園。小さな丘と一面のシロツメクサが特長。

あかり「わぁ、クローバーがたくさんですね!」

緒方智絵里「はい……四葉のクローバーもたくさんあって」

緒方智絵里
近所に住んでいる女子高生。カワイイ。T公園の隅でクローバーを探していた時に声をかけられた。

あかり「四葉のクローバー、見つけると嬉しいですよね」

智絵里「普段はあまり見つからないんですけど……最近は多くて。今日も2本見つけました」

あかり「へぇー、ついてるんご!」

智絵里「ラッキーなのかな……?」

あかり「あれ、ラッキーじゃない?」

智絵里「えっと……上手く言えないんですけど……」

あかり「りあむさん、どう思いますか……あれ?」

智絵里「りあむさんって……あの、柱に隠れてる人ですか?」

あかり「そうです!隠れてないでこっちに来てください!」

りあむ「いや、りあむちゃんがこんな天使みたいな良い子と関わっちゃいけないよね。ごめん。土下座と謝罪が必要だよね」

あかり「りあむさん、ちょっと変わってるけど良い人なんですよ、多分!話してもいいですよね?」

智絵里「はい、私は大丈夫……です」

あかり「ほら、こっちに来るんご!」

りあむ「うぅ……優しさが更に惨めにさせる!」

あかり「そういうの、どうでもいいです!緒方さんの話を聞いてください!」

りあむ「あかりんご、意外と辛辣だよね」

あかり「緒方さん、四葉のクローバーについて話してくださいっ」

りあむ「本当にどうでもいいんだ……」

智絵里「はい……不自然に増えたり成長したりしてる気がして」

りあむ「不自然に増えてる?どういうこと?」

智絵里「理由は……わからないです」

あかり「りあむさん、何かわかりますか?」

りあむ「わかんない!誰かが植えたとか、成長促進剤?あるか知らないけど使ったとか」

智絵里「うーん……」

りあむ「そんなことしても意味ないよね。罰当たりだよ!」

智絵里「はい……幸運のお守りなのに」

りあむ「清い……ただその言葉しか出てこない。オタクはなんて無力」

あかり「他に何か気になることはありませんか?イヤな感じがするとか」

智絵里「いえ……イヤな感じはしないです」

あかり「それなら、りあむさん、本題に入るんご!」

りあむ「え?あかりんごが聞いてよ」

あかり「ダメです。りあむさんが聞いてください」

りあむ「わかったよ……ねぇ、人魂見なかった?」

智絵里「ひ、人魂……ですか?」

りあむ「怖がってる……カワイイ。うわぁ、なんて感想を、ぼくは罪深い……」

あかり「ということは、見たことないですか?夜とか」

智絵里「夜は……歩かないから」

りあむ「うんうん。それが一番だよ!安全は自衛からだよ!」

あかり「お話、ありがとうございました!」

智絵里「いえ……何も知らなくてごめんなさい」

りあむ「謝る必要なんてないよ!そんなことしたら、ぼくは土下座しながら生きて行かないとだからね!」

あかり「その通りです!りあむさんは謝り続けないとですから!」

りあむ「あかりんご、そこは元気に肯定するところじゃなくない?」

19

M公園

M公園
もみの木が目印の公園。もみの木は季節になるとクリスマスの飾り付けがされるとか。

千夜「このあたりの公園を散歩しているのですか?」

高森藍子「はいっ。このあたりは公園が多いですから」

高森藍子
近所の公園を散歩するのが趣味の高校生。#ガーリー #ゆるふわ #緑が似合う #公園の美少女。

あきら「良く行く公園が何個かある?」

藍子「はいっ、その公園にはその公園の良さがありますから。ここはもみの木がカワイイですよね」

あきら「これはチャンス?」

千夜「好都合です。お聞きしたいことがあります」

藍子「聞きたいこと、ですか?」

千夜「ええ、ひ……失礼。妖精を見ませんでしたか?」

あきら「……なんで言い換えたんデスか?」

千夜「……私は無駄な混乱は好みませんから」

あきら「確かに、この人に言う必要ない」

千夜「いかがですか、この公園でなくてもかまいません」

藍子「……妖精ですか?」

あきら「夜に光ってる。妖精とは限らない」

藍子「えっと……どんな妖精さんなんですか?」

あきら「どんな……」

千夜「赤く光り、ゆらゆらと漂っていたと聞いています。直ぐに消えてしまったそうです。私も直接見たわけではありませんが」

藍子「うーん……見たことありません。このあたりは家族連れの多い小さな公園ばかりですから」

あきら「まー、そうデスよね」

千夜「それでは、他に気になることはありませんか。最近変わったことなどです」

藍子「えっと、そう言えば、お昼にベンチとかで寝てる女の人がいるみたいです」

あきら「女の人?」

藍子「私も見たことがあります。近所の人じゃないみたいで」

あきら「千夜サン、どんな人かな?」

千夜「わかりませんが、調べてみましょうか」

藍子「お願いできますか?不安がってるお母さんもいるみたいで」

あきら「わかった」

千夜「詳しいようですので、連絡先を渡しておきます。夢見りあむという人が出るかと」

あきら「何か情報あったら、連絡して」

藍子「はい、わかりました」

千夜「ご協力ありがとうございます。私達は次の公園へ」

あきら「当番分は次が最後デスね」

20

出渕教会付近の路上

颯「ここを左に曲がって、あれ?」

水野翠「……」

水野翠
威圧感のある全身黒ずくめのスーツ姿で登場し視聴者を驚かせた。独特な発言でもう一度驚くことになる。

颯「スーツ姿カッコイイなー、時計見てるけど待ち合わせかな?」

翠「……」

颯「あっ、こっち見た。こんにちは」

翠「こんにちは。健康状態は悪くありません、寿命も長そうです。事故には気をつけくださいね、お嬢さん」

颯「へっ……?」

翠「ふぅむ、素晴らしい将来性です。私は肌が黒い方が好みなのですが、手心を加えても良いかと。天命でない死を回避したかったら、来てください。助けて差し上げます」

颯「えっと、よくわからないから、いらないです」

翠「かっかっか、気に入りました。賢いですね。ああ、なるほど。『こちら側』なのですが、お嬢さん?」

颯「……」

翠「これは渡りに船。この辺りに教会はありませんか?」

颯「あるよ。お姉さんも、そういう人なの?」

翠「答えが出ているものに回答することも求めることも無粋です。ご案内願います」

颯「えっと……いいのかな」

翠「問題ありません。問題なのは私が迷ったことだけです」

颯「ケータイとか、持ってないの?」

翠「電子機器は好みません。時計は必需品なのですが、機械仕掛けに勝るものはありません」

颯「そうなんだ。こだわりがあるんだね」

翠「仕事柄、時計には。それでは、久川颯さん。ご案内していただけますか」

颯「名前、言ってないよね。どうして知ってるの?」

翠「私にはわかります」

颯「どういうこと?」

翠「わかるものはわかるのです。さぁ、行きましょう」

21

出渕教会・1階・礼拝堂

出渕教会
シスタークラリスが所有する教会。地下室が大きいことを知っている人物はほとんどいない。

颯「こんにちはー!誰かいますかー?」

翠「……フムン」

颯「何か気になる?」

翠「いいえ、普通の建物です。呪術の類もありません。人を入れるなら当然のこと」

柳瀬美由紀「颯ちゃん、こんにちは!」

柳瀬美由紀
クラリスのアシスタント。生活で視覚を使うことができないクラリスを手伝っている。教会の家事も一通りは出来るとのこと。

颯「美由紀ちゃん。お客さんを連れて来たんだ」

美由紀「お客さん?」

翠「あら、美由紀さんがいたのですね」

美由紀「あっ、翠ちゃん!久しぶりー」

翠「翠ちゃんはやめてください。ジェードか、ちゃん付けを辞めるかどちらかで」

颯「美由紀ちゃんの知り合いなの?」

美由紀「うん。でも、翠ちゃんと今日は約束してないよ?」

颯「じゃあ、えっと、翠さんは別の誰かに用事?」

美由紀「シスタークラリスじゃないよね」

翠「ええ」

松永涼「颯の声がするな。良く来た……げっ」

松永涼
死神から死を遠ざける条件と引き換えに、死神の仕事をしている。ドクロのアクセサリー好きなのはそれとは無関係。

颯「げっ?」

翠「あぁん、涼!会えて嬉しいです!」

涼「美由紀、止めてくれ。アタシは逃げる」

翠「そんなこと言わないでくださいな!恥ずかしがる必要はありません」

颯「2人は、どんな関係?」

美由紀「それはねー」

涼「美由紀、話してるな!そいつを止めろ!」

颯「あっ、抱きしめられた」

翠「涼~、うふふん♪」

涼「抱き付くな!変な所触るな!」

美由紀「涼さんは、翠ちゃんの使いだよ」

颯「使い……?」

美由紀「翠ちゃんは本当の死神なんだよー」

22

出渕教会・裏庭

出渕教会・裏庭
礼拝堂の奥、懺悔室から出入りできる裏庭。プランターにバーベナが咲いている。

楓「……すぅすぅ」

翠「あら……寝ているのですね」

楓「起きて、いますよ……こんにちは」

翠「お久しぶりです、楓」

楓「翠さん、私にご用ですか」

翠「様子を見に来たのです、あなたの時計を」

楓「終わりなのですか」

翠「いいえ。状況は変わっていません。『捕食者』はどちらに?」

楓「あなたには見えませんでしたね。そのあたりに」

翠「そうですか。これからもよろしくお願いしますわ」

楓「……」

翠「涼が憐憫から間違いを犯しているわけではないのですね」

楓「死について、ですか」

翠「死神ですから。死を奪うか与えるかしかないのです」

楓「……」

翠「ですが、状況は変わってしました。頼みましたよ」

楓「私に、ですか」

翠「高垣楓に言っておりません。『捕食者』にです。つまり、オマエに言っています」

楓「……」

翠「楓の時計はもはや止まってます。残り時間は一晩もありませんが、私の管轄下でもないので」

楓「そう……」

翠「ええ。これは前にも説明しましたよね?」

楓「そう、ですか……」

翠「そういえば、菓子を買って来たのです。食べますか?」

楓「……」

翠「高垣楓、聞いてますか?」

楓「聞いています。いただきます」

翠「どうぞ。私もいただきますね。この花、楓が育てているのですか?」

楓「いただきます……いえ、その花は涼さんと奏さんが」

翠「花を育てるのは悪くありません。死神には花が必要ですから」

楓「ええ」

翠「花は優しさ、涼らしく優しい感じがします」

楓「……」

翠「美味しいですか、その煎餅。あまり美味しそうに見えませんが」

楓「美味しいです……おそらく」

翠「それは良かったです。話の礼なので、好きなだけ食べてください」

23

出渕教会・1階・礼拝堂

涼「まったく……酷い目にあった」

美由紀「翠ちゃんと仲良くすればいいのにー」

涼「そう簡単じゃないんだよ……人間の常識がありそうでないんだ」

颯「連れてきちゃダメだった……?」

美由紀「大丈夫だよー。翠ちゃんは悪い神様じゃないから」

涼「颯は悪くない」

颯「あの人、本当に神様なの?」

美由紀「うん。生きてる人の死を司る神様だよ」

颯「お迎えにくる、とかそういう感じなのかな」

涼「滅多には行かない。人間は死神が訪れる前に肉体が損傷して死ぬからだ」

美由紀「死神に会える方が珍しいんだよ。翠ちゃんは3つのルールって言ってた」

颯「3つのルール?」

涼「1つは天命を迎える場合。肉体が生きていても人間としては死ぬからだ。魂の死と翠は呼んでいる」

美由紀「2つ目はね、死んでるはずなのに違う時」

涼「肉体が死と同等に損傷していても何らかの理由で生き延びる時がある。強い意志や呪術の類でだ」

美由紀「京都の子供がそうだったんだよね。ネコの幽霊と一緒だった」

涼「ああ。肉体の死は苦痛だ、その苦痛に耐えること自体が罰に等しい。申し訳ないが、他の人間と同じように死んでもらう」

颯「えっと、魂と体のどちらだけが死んじゃったら死神が来るってこと?」

涼「基本的にはそうだ、魂か肉体に死を与える。最後の、3つ目は死神のイメージ通りだ」

颯「イメージ通りって?」

涼「罰として死を与える。時計を回し天命を迎えさせる。本当の死神でないと出来ないことだ」

颯「こわっ。失礼じゃなかったかな」

涼「颯は……そうだな、大丈夫だ。翠が罰を与えるタイプじゃない」

美由紀「翠ちゃんは優しいから平気だよ。そうだよね?」

涼「……ああ」

美由紀「本当は死神のルールに従わないといけないのに、見逃してくれたりするんだよ」

颯「えっと、どういうことかな?」

美由紀「お別れの挨拶を待ってくれたり。目的を果たすまで待ってくれたり」

颯「へー。優しいんだ」

涼「死神の中では異端だ。変わり者かもしれない……だから、アタシもここにいる」

美由紀「……」

涼「死神に出来ることは死を与えることだが、もう1つ出来ることがある」

颯「出来ること、あの世と話すとか?」

涼「あの世は管轄外だ。死を奪うこと、だよ」

颯「死を奪う……」

涼「死ねなくさせるのさ。魂の時計を止め、肉体の損傷で起こる死すら上書きする」

颯「それっていいの?」

美由紀「ダメ」

颯「だよね、やっぱり」

涼「神話には罰として出てくるな。牢獄に永遠に閉じ込められるような」

颯「酷い」

涼「酷い、か。はは、確かにそうかもな」

颯「あれ、何かおかしいこと言った?」

美由紀「うん、だって……あっ、言わない方がいい?」

涼「いいさ。死を奪われた人物に会える、簡単に」

颯「いるんだ。どんな人なの?」

涼「アタシだ」

颯「え……ごめんなさい」

涼「いいさ。アタシも感謝してる」

颯「……涼さんは何かしたの?神様に怒られちゃうような」

翠「涼がそんなことするわけないでしょうに。お嬢さん、ちゃんと見ていまして?」

颯「聞かれてた……ごめんなさい」

美由紀「翠ちゃん、おかえりー。楓さんと話せた?」

翠「要件は済みました。涼は死ぬのには惜しい女です。だから、生かしました。死神の使いという役割も与えました。私の慈悲……慈悲なんて傲慢な神の言い訳をするところでした、私のワガママです」

涼「語弊がある。死神は生かしたんじゃない、死んでないだけだ」

翠「傍から見れば同じですよ。気持ちを死なせてはいけません、生きなさい」

涼「……前にも聞いたよ」

翠「本当は私の傍にいて欲しいのに。しかし、涼の意思は無視できません。ここで生きてくれるなら、私はいいのですよ」

美由紀「ほら、優しいでしょ?」

翠「美由紀さん……その言い方はやめてください」

颯「……あの、神様」

翠「なんでしょう?」

颯「聞いてもいいですか」

翠「あらあら、畏まる必要はありません。大した神でもありません、お地蔵さんの方がよっぽど偉いのですよ」

颯「涼さんは……」

涼「颯、言わなくていい。翠が死を奪い続けなければ、アタシは死ぬ」

翠「ですが、媚びる必要はありません。涼らしくいてください。私が出来るかぎり」

涼「……出来る限り、な」

颯「そっか、だからあんな態度もできるんだ」

翠「涼、今まで通りにここは任せます。また会いましょう」

美由紀「またねー」

颯「神様、帰る前に質問が」

翠「なんでしょう?それと神様と呼ばなくてもよいです」

颯「それじゃあ翠さん。人魂について知ってますか?」

翠「人魂?人間が死んだ後は管轄外なので、さては勘違いしていませんか?」

颯「勘違い?」

翠「幽霊の類は見えないのです。涼も同じく」

涼「ああ」

颯「そうなんだ、幽霊を従えてると思ってた」

翠「冥界の神様やネクロマンサーとは、私は違います。答えはこれでいいですか?」

颯「うん。ありがとう」

翠「案内の礼はこれでいいでしょう。それでは、健康には気をつけて。人間の行動でも時計は回せるのですから」

涼「次に来るときは連絡してくれ」

翠「しばらくは近郊にいます。涼、一緒に来てもいいのですよ?」

涼「ここにいたい。仲間もいる」

翠「涼は良い女ですね。それでは」

涼「……ああ」

美由紀「ばいばーい」

涼「……」

颯「ふぅ、緊張しちゃった」

美由紀「緊張することないよ、翠ちゃんは天然だし」

颯「美由紀ちゃんにはどう見えてるの……?」

涼「颯、もしかして教会に用事があったのか?」

美由紀「人魂のこと?」

颯「うん。人魂というか不思議な蝶というか」

涼「フムン……アタシではわからなそうだな」

美由紀「クラリスさんに聞いてみる?」

颯「そうしようかな。大丈夫?」

美由紀「大丈夫だよー」

涼「アタシも聞こうか。後で奏にも聞いておくよ。根高公園では妖精を従えてたからな」

颯「天使って妖精さんを従えられるんだ……」

24

S大学・部室棟・SDs部室

千夜「こちらは出来ました。辻野さんはいかがですか」

あかり「こっちもできました!」

千夜「地図は出来ました。お前、意見は」

りあむ「えっと、うーん?」

椿「千夜さん、説明してもらっても良いですか?」

千夜「江上さんがそう言うのなら。この左上がS大学となります」

あかり「部室はここですっ」

あきら「あかりが手伝ってるアンテナショップは、ここ」

椿「N公園は?」

千夜「こちらです」

椿「赤い点は何ですか?」

千夜「人魂の目撃情報です」

凪「いえ、蝶々でした」

千夜「その話は後です。残念ながら、辻野さん以外の情報はありません」

あきら「昼に聞き込みしたのが悪かったかも」

千夜「その可能性はあります。夜の聞き込みも必要かと」

椿「ピンク色は?」

千夜「見慣れない女性の目撃情報です。幾つかの公園で目撃されています」

椿「それじゃあ、緑色はなんでしょう?」

千夜「これは……」

凪「植物がよく育ってる場所です」

千夜「その通りです。辻野さんの見た人魂について、凪さんが能力を教えてくださいました」

凪「植物に影響を及ぼしています。原理はわかりません」

あきら「わかんないけど、あかりが見た何かがいた痕跡かも」

千夜「言われた通りに作ったのですが、お前、考えはまとまりましたか?」

りあむ「うーん……うん?」

あきら「何か引っかかってるみたいデスね」

りあむ「そうなんだよ、椿さんは、どう見える?地図に点を書いたやつは」

椿「そうですね、S大学とアンテナショップの周辺にまとまってます」

あかり「四角形に見えます」

凪「はい。ここより外を探す必要はありません、きっと。十中八九。たぶん」

あきら「自信あるんだかないんだか」

りあむ「うんうん。ぼくも同意見だよ」

椿「私には、あかりさんが見た蝶々を使って、植物に影響を与えている、見慣れない女性が、この辺りに住み着いた、ように見えますよ」

りあむ「そう思ったから、千夜ちゃんに作ってもらった」

千夜「仮説があるのなら、作業する前に教えればいいものを」

りあむ「……」

あきら「まさかの無言」

あかり「珍しいですね」

凪「凪も同じ考えに辿り着きます」

椿「こうやって、目に見えるようになりましたから」

あかり「私にもわかりますっ」

千夜「納得していないのですか、自分の答えに」

りあむ「うん」

椿「どうしてですか?」

りあむ「だってさ、都合が良すぎない?そうだ、こんなに都合よく行くわけないよ!絶対に違う!」

凪「自らの考えを疑う。夢見りあむはストイック」

あきら「いや、ストイックは違う」

あかり「りあむさんは自信を持っていいんご!胸をはりましょう。大きいですし!」

あきら「えっ、そこ?」

千夜「辻野さん、甘やかす必要はありません」

りあむ「う、白雪ちゃんは厳しいよ!褒めてよ!チヤホヤしよう!」

千夜「お断りします」

りあむ「ぴえん!誰か、ぼくをなぐさめ……」

椿「うふふ……りあむさん、こちらへどうぞ♪」

りあむ「うん。甘える人を間違えないぞ、決めた」

千夜「しかし、お前の言うこともわからなくはありません」

凪「凪もそう思います」

あかり「どういうことですか?」

凪「結びついているかはわかりません。今はまだ」

千夜「こう見ると、植物が育っていること、凪さんが見た蝶々、辻野さんが見た人魂、見知らぬ女性、全て関係があるように見えますが」

りあむ「そう!そう言いたかったんだよ、白雪ちゃん!」

千夜「ちゃんと言葉にしないと伝わりませんよ。どんな間柄でも」

あきら「……」

椿「つまり、別のこと?」

りあむ「うん!いや、ごめん、別かもしれないし同じかもしれない」

凪「答えは未だない」

あかり「もう少し調べないとですか?」

あきら「そういうことみたいデス」

りあむ「何がわからないかを、まずは考えよう!それからだよ!」

椿「この事件でわからないのは……」

凪「ずばり、動機」

あかり「動機……サスペンスドラマっぽいです!」

凪「例えば、先ほどの例。真偽はともかく」

りあむ「蝶々を使って植物を急激に育てている女がいる、目的は何?」

あかり「植物が好きとか?」

あきら「植物を育てる必要がある?」

千夜「辻野さんの方が納得できます。砂塚さんの意見は、更に理由が必要かと」

あきら「育てる必要……」

椿「植物は育ちますから」

凪「待っていれば」

椿「季節を変える方法もあります。世界レベルで移動すればいいんです」

りあむ「そこら辺にある植物を育てても、得なんてしないよ」

あかり「なるほど」

千夜「つまり、お前の結論は」

りあむ「やっぱわかんない!近くで何かが起こってるのは確か!」

凪「起こっている場所が問題です」

あきら「あかりの学校とアルバイト先の間」

あかり「え、もしかして結構危険?」

千夜「別に被害者が出ているわけではありませんが……」

椿「用心に越したことはありません」

あかり「わかりましたっ、父ちゃんと一緒に帰るようにします」

りあむ「あかりんごのためにも、もっと調べよう!正体は多分凪ちゃんが見つけた蝶々だけど、それがわかっても意味ないよ!」

千夜「賛成です」

凪「調べましょう。はーちゃんが教会にも情報を伝えてくれています」

あかり「そうなると、夜の聞き込みも必要ですね」

椿「先ほども言った通り、危ないのでやめましょう」

りあむ「むぅ、誰か良い人はいない?」

凪「ええ。夜を歩いても危険でなく、怪奇現象に耐性があり、知り合いで、協力的な」

あかり「若葉お姉さんはどうですか?」

椿「若葉さん、夜更かしも夜歩きも得意じゃないですよ。早寝早起きですから」

凪「全色揃えば強力です。しかし」

りあむ「揃ってたら疑われるから、若葉お姉さんのためにならないよ!」

椿「なので、別の人を。りあむさんと一緒に夜の聞き込みをしてくれるような」

千夜「そんな人物がいるでしょうか。お前と仲良くやれそうな、力を持っている人物」

あきら「あっ」

あかり「あきらちゃん?」

あきら「いるじゃないデスか。絶対に協力してくれる人」

りあむ「誰?りあむちゃんの夜間徘徊に付き合ってくれるお人好しがいるの?いや、いるわけないよ。うん、そうだよ」

あきら「ちとせサン、デスよ」

25

出渕教会・地下1階

出渕教会・地下1階
住人達の居間。全体的に落ち着いた雰囲気の家具で揃えられている。

クラリス「お話はわかりました」

クラリス
『シスター』。普段は何も見ることはないため、ラジオを聞いていることが多い。本や手紙は美由紀に読み上げてもらうとか。

颯「あの説明でわかったかな」

涼「心あたりがあるのか?」

美由紀「美由紀はわからないよ」

クラリス「残念ながら、私にもありません。しかし、植物を急成長させる能力の例がないわけではありません」

涼「あるのか?」

クラリス「緑の手、そう呼ばれる触れた植物を蘇らせる能力は各地に伝わります。自身を遺伝子操作し細胞を植物に近づけ、緑の手を人為的に手に入れた狂信的な科学者がいますが、彼女が太陽を浴びることは二度とないでしょう」

颯「緑の手、なーが言ってような」

クラリス「超人的な力ではありますが、それらはこの世界の範囲内です。霊的な世界にいるとなると話は違います」

涼「待て、トラベラーのホールがあるのか?」

美由紀「探したからないと思うよ?」

クラリス「美由紀さんの言う通り、この時代のこの地域にはありません」

颯「また、トラベラーの話になった」

涼「それなら、別の時と場所から移動してきた。この世界に潜伏して、か」

クラリス「可能性はありますが、別の推測をしています。久川颯さん?」

颯「は、はい!」

クラリス「ご緊張なさらずに。聞いてよいでしょうか」

颯「もちろんです、シスタークラリス!」

クラリス「別のチャネルが見えるのですね」

颯「そうだよ」

クラリス「別のチャネルを動かす人物はいますか」

颯「霊能力者とか?会ったことないけど」

クラリス「はい。どなたかが使役している可能性があります」

美由紀「ちょうちょを?」

クラリス「何者かはわかりません。その人物がどこから来たか、も」

涼「フムン……」

クラリス「故に『チアー』の可能性があります」

颯「『チアー』……それって前に聞いたやつ?」

クラリス「ええ。『チアー』がどなたかに能力を付加した、その可能性を覚えておいてください」

涼「『チアー』か、それが本当なら困ったな」

颯「どうして?」

クラリス「全てとは言いませんが、私達はこちら側の存在はある程度は把握しています。特に危険な能力を持つ存在は」

美由紀「もし『チアー』から力を貰ったらね、探さないといけないんだ」

涼「そういうことだ。昨日まで普通の人間だった、その人をな」

颯「そういうことなんだ。それは難しいよね、だって隠すもん」

クラリス「その通りです。能力を秘匿するのが人間の防衛反応というものです」

美由紀「クラリスさん、どうしたらいいの?」

クラリス「こちらでも調べましょう」

涼「了解だ」

クラリス「しかし、能力を隠匿する人を探すのは難しいことです。特に私達のような存在を避けると思いますから」

颯「それなら、手伝ってもらわないとだね」

クラリス「はい。お伝えいただけますか。既に調べているようですが」

颯「わかった。はーから伝えてもらうね」

クラリス「ご協力感謝します」

美由紀「気をつけてね」

涼「ああ。どんな存在かはわからない。深追いはするな」

颯「うん」

クラリス「どなたか調査に同行していただきましょう」

涼「なら、アタシが行くか?」

クラリス「いいえ。夢見りあむさんと行動を共にできますか」

涼「やれないことはないと思うが、気は合わないかもな」

クラリス「候補者は考えています」

美由紀「だれ?」

クラリス「ちとせさんに、今回は同行してもらいます」

颯「それがいいかも。りあむさんは会いたそうだし」

クラリス「颯さんもご協力くだされば」

颯「大丈夫。危なくないようにするから。はーにも怒られちゃうし」

涼「決まりだな」

クラリス「ええ。皆様に神のご加護があらんことを」

26



S大学・構内

りあむ「き、緊張する……」

ちとせ「りあむ」

りあむ「ち、ちとせ!こ、こんばんは!ごきげんうるわしゅう!」

ちとせ「あはっ、緊張してるの?」

りあむ「だ、だって……久しぶりだし」

ちとせ「あの時以来?」

りあむ「うん、教会にも行ってないし。ちとせとも会ってない」

ちとせ「連絡してくれればいいのに」

りあむ「で、でも、その、ダメな気がして」

ちとせ「千夜ちゃんは来てくれるし、連絡もくれるよ」

りあむ「白雪ちゃんとぼくは違うよ?付き合いの長さが段違い」

ちとせ「……」

りあむ「ちとせ、心配なの?白雪ちゃんのこと」

ちとせ「そうね、ずっと心配。でも、私は夜の世界にいるから。待ってあげるしかない」

りあむ「……」

ちとせ「それで、どうするの?」

りあむ「SDsは夜も調べないといけない。時子サマにも聞いたけど、賛成だって」

ちとせ「シスタークラリスも同意見」

りあむ「で……なんだけど」

ちとせ「SDsも教会も、りあむと私で調べて欲しいんだって。どうする?」

りあむ「どうする、って、なに?」

ちとせ「調べるのかどうか。勝手に決められちゃったけど」

りあむ「ちとせがいいなら、ぼくは大歓迎だけど……いいの?」

ちとせ「もちろん」

りあむ「や、やった!ちとせ、ありがとう!本当に顔も性格も良いよね!」

ちとせ「性格はどうかなー」

りあむ「そんなことないよ!ぼくは知ってる!」

ちとせ「……」

りあむ「……ぼくは知ってるから安心して。皆が見れないちとせを、ぼくは知ってる」

ちとせ「ありがと。それで、どこで何をするの?」

りあむ「はい、これ。公園のリストだよ」

ちとせ「これを千夜ちゃん達と調べてたのね。結構たくさん」

りあむ「夜にいる人に聞きこむ。昼間に公園にいるような健全な人はあてにならない」

ちとせ「公園の近くの家とかに聞いたり?」

りあむ「それは昼にやった。このあたり住宅街だし、1階お店でも2階はアパートだし、昼も夜も家にいる人は変わんないから」

ちとせ「変わるかも」

りあむ「変わる?」

ちとせ「夜だけにやってるお店とか」

りあむ「それは駅より東側、あっ、夜のお店って意味じゃないか。あんまないと思うけど調べてみよう」

ちとせ「りあむ、正直に」

りあむ「え?」

ちとせ「聞き込みが目的じゃないでしょ」

りあむ「あー、それは……うん、考えてたことがある」

ちとせ「考えてたのは、なに?」

りあむ「見つけちゃうのが一番だって」

ちとせ「あははっ、確実だね」

りあむ「安全な時に。だから、ごめん」

ちとせ「吸血鬼だから平気だよ」

りあむ「ここで会ってる理由が吸血鬼だからなの?いいの?ぼくはちとせが吸血鬼でなくても会いたいよ」

ちとせ「そう言ってくれるなら、何も考えずに会いに来ればいいのに」

りあむ「う……そういうわけにはいかないんだよぉ!りあむちゃんの心はナイーブなんだよ!」

ちとせ「りあむ、吸血鬼であることを否定するのもよくないよ。吸血鬼としての私でもいさせて」

りあむ「わかった。ちとせが望むならそうする。そういれるように、ぼくもがんばる」

ちとせ「それじゃあ、りあむ」

りあむ「なに、ちとせ?」

ちとせ「身体能力は裕美ちゃんの半分どころか1割くらいだけど、こっちは強いよ」

りあむ「目……暗示のこと?」

ちとせ「そう。手の平をだして」

りあむ「手の平?はい、これでいい?」

ちとせ「おまじないをするの。こうやって、相手の手の平にルーンを書く」

りあむ「それは吸血鬼のルール?ちとせの習慣?」

ちとせ「これは私が知ってるおまじない。気まぐれな女の子の気分が変わらないようにするための」

りあむ「小さい頃のちとせはそうだったの?」

ちとせ「今は私。最後は両手を握って、ルーンを封じ込める」

りあむ「握られた……恥ずかしい」

ちとせ「はい。絶対に守ってあげる。吸血鬼として。黒埼ちとせとして」

りあむ「ぼくもちとせのために出来ることはするよ」

ちとせ「じゃあ、2人の約束は握られて刻まれた。これでおしまい」

りあむ「……」

ちとせ「りあむ?」

りあむ「ちとせの手、あったかい。肌の調子よさそう。ちとせ、本当に体が悪かったんだ」

ちとせ「変わる前はね。今は健康そのもの。それじゃ、行こっか♪2人で夜のお散歩に」

りあむ「ちとせ、待ってよぅ!」

27

S公園付近

S公園
ブランコと鉄棒、そして老いた枝垂桜のある小さな公園。郵便ポストが入口にあることが特長。

りあむ「むぅ~」

ちとせ「ぜんぜーん、収穫ないね」

りあむ「せっかく、ちとせに来てもらったのに!影も形も何にもない!収穫ゼロ!」

ちとせ「平和な夜。あちら側の気配もない」

りあむ「むしろ、なさすぎる。ちとせがいるから隠れた?そんなことないか。気づく能力があるかもわかんないし」

ちとせ「公園についたね。S公園だって……」

りあむ「ちとせ、何か見つけた?」

ちとせ「あの桜、不思議な感じがする」

りあむ「もしかして、何か見つけた?」

ちとせ「ううん。雰囲気が良いだけみたい。もしも咲いたなら、綺麗なのかな」

りあむ「あっ、郵便ポストがある」

ちとせ「ポストが必要なの?りあむ、手紙とか出すんだ」

りあむ「郵便でファンレターは送らないよ、今時。集配時間は2時間ごとなんだ」

ちとせ「つまり?」

りあむ「郵便局の人が何か見てるかも」

ちとせ「それなら、郵便局に行かないとだね。集配担当の郵便局は、あかりちゃんのアンテナショップの近くかな」

りあむ「あきらちゃんが昼に聞いてくれてる。何も見てないって。変なウワサ話もない」

ちとせ「なら、やることは簡単だね」

りあむ「うん。そこにいるお姉さんに話を聞けば、昼も夜も様子がわかる」

ちとせ「お姉さんというよりは同い年くらいに見えるけどね」

りあむ「……」

ちとせ「りあむ、どうしたの?」

りあむ「絶対に仲良くなるタイプじゃないけど……話しかけないと」

ちとせ「じゃあ、私から声かけよっか。すみませーん」

りあむ「ああ!心の準備が!」

28

S公園

りあむ「要するに」

ちとせ「何にもないってこと?」

小松伊吹「うん。そういうこと」

小松伊吹
ダンサーを目指している少女。夜の公園で自主練していることも多いらしい。

りあむ「人魂は?見てない?」

伊吹「ないない。それだったら、ここで練習しないよ。せっかく移動したのに」

ちとせ「移動した、ってどういうこと?」

伊吹「前は別の公園使ってたんだけどさ。居心地が悪くなって」

りあむ「幽霊がでた?そうでしょ!?」

ちとせ「りあむ、違うみたい」

伊吹「妖精とかなら良かったけどね……」

ちとせ「何があったの?」

伊吹「そのさ、変な奴らが居座っちゃって」

りあむ「変な奴?宗教系?浮浪者系?家出系?」

伊吹「ナンパ系かな。アタシ、ああいうタイプ苦手で」

りあむ「そうなの?得意そうな見た目のに」

伊吹「違うから。そういうのはさ、もっとロマンティックにというか……」

ちとせ「へぇ、そうなんだ♪」

伊吹「楽しそうにならないでよ。いいでしょ、少しくらい夢は持っても」

りあむ「どんな感じだった?どのあたりが変だった?」

伊吹「変というよりイヤな感じ。年齢は高校生か大学生かくらい、家に帰ってないみたいで夜とかたむろしてる。大抵1人じゃなくて何人かといる」

ちとせ「その人達、どこで寝てるの?」

伊吹「公園で寝てた時もあるけど、カラオケとか。アタシも声かけられた。ナンパした人の所に転がり込んでるのかも」

りあむ「今のご時世に珍しいね!時代遅れにもほどがある!近寄りたくない!」

伊吹「アタシも同感。アイツらさ、今時歩きタバコして地面で火を消したりするんだよ」

りあむ「むしろ、絶滅危惧種として保護すべきかもしれん」

ちとせ「質問していい?」

伊吹「いいけど、詳しくは知らないよ。すぐに公園変えたから。そいつらと会ったのはN公園だったかな」

りあむ「あかりんごが人魂を見た公園だ」

ちとせ「木に傷つけてなかった?」

伊吹「木に傷……何かやってたような。タバコの火は消してたのははっきり見たけど」

ちとせ「ありがと。りあむ、どう思う?」

りあむ「人魂が出たのはその後だ。じゃあ、不届き者を追う?」

ちとせ「ねぇ、最近はどこにいるか知ってる?」

伊吹「知りたくない。けど、最近は見ないかな。寝床、見つけたとか」

ちとせ「そうかも。この辺りを回ってみたけど」

りあむ「そんな人いなかった!昼も夜も平和!それに!」

伊吹「それに?」

りあむ「ぼくたちが見つけたい人じゃない!原因なんていらないよ!」

伊吹「ごめん。言ってることがよくわからない」

ちとせ「りあむは省略しすぎ。私達は友達が見つけた妖精さんを探してるの」

伊吹「ナンパ系グループじゃなくて」

りあむ「そう!そいつらは重要じゃない!大切なのは結果!行動の結果!」

ちとせ「植物が傷つけられたから、妖精さんが出て来たの。誰がは関係ない、ってことでいい?」

りあむ「さすが、ちとせ!わかりやすい!」

伊吹「アンタら、仲いいね」

りあむ「そ、そうかな?まだ、親友とかそういうんじゃないよね?ね?」

ちとせ「最近知り合ったばっかりだもの。まだ、きっと、全部わかってない」

伊吹「そっか。それじゃ、植物を傷つければ妖精が出てくるの?」

りあむ「罰当たりだよ!やめよう!真っ当に生きられるなら生きるべきだよ!」

ちとせ「傷つけるのはダメ。何が起こるか分からないから」

伊吹「わかった」

りあむ「人に被害が出てないから、大丈夫だと思うけど」

ちとせ「平和に見えるけど、危険があるかも。気をつけてね」

伊吹「気をつけるようにする。あんまり遅くまではいないように」

りあむ「それがいいよ!どうせなら朝練とかの方が安全だよ!」

ちとせ「カワイイから吸血鬼に食べられちゃうかも♪」

伊吹「カ、カワイイ……えっ?吸血鬼?」

りあむ「ち、ちとせ!」

ちとせ「冗談だよ♪またね」

りあむ「ちとせ、待ってよう!あっ、さっきのちとせ特有の東欧ジョークだから!忘れて!」

伊吹「いいけど……金髪の人、行っちゃうよ?」

りあむ「うわっ!なんで駆け足!?元気になったから?とにかく話してくれてありがとう!気をつけてね!がんばる姿が美しい!何だったら舞台も見に行く!それじゃ!」

伊吹「行っちゃった……妖精なら会ってみたいかも。幽霊はイヤだけどさ」

29

S大学・部室棟・SDs部室

ちとせ「まだ部室としては殺風景ね。何か持ってきてあげようかな」

りあむ「あー、うー、こうでもない?ちがう?うぇーん、時子サマにお知らせできないよぅ!」

ちとせ「ねぇ、りあむ?」

りあむ「うぅ……なに、ちとせ?何か言った?」

ちとせ「千夜ちゃんの字が書かれたホワイトボードとケータイを互いに眺めるの楽しい?」

りあむ「楽しくないよ!見ればわかるでしょ!?」

ちとせ「ちゃんと聞かないと本当はわからないから。聞いてみただけ」

りあむ「夜に調べればわかると思ったのに、何にもわからないよう!どうして!?ちとせ、助けて!」

ちとせ「それは黒埼ちとせとしての意見?それとも……吸血鬼としての意見?」

りあむ「えっと、両方!まずはちとせとして!」

ちとせ「高校生を辞めちゃった19歳の黒埼ちとせにはわからないかな。昼よりも夜の収穫が少ないからりあむが困ってるのはわかるよ」

りあむ「そうなんだよ!どうして、あかりんごが人魂を見た夜なのに、なんで!?」

ちとせ「吸血鬼の赤ん坊として。裕美ちゃんは言ってた、人に非ざるモノがわかるって。それは本能だから」

りあむ「……わかるの?」

ちとせ「完璧じゃないけどね。りあむと夜の散歩は何も感じなかったの」

りあむ「何も感じない?それって、何もないってこと?」

ちとせ「そう、何にもないの。きっといないのね」

りあむ「いない?どうして?」

ちとせ「みんないなくなっちゃったみたい。夜は隠れる、ある存在を恐れて」

りあむ「幽霊にも縄張り争いがあるの?あっ、幽霊とは限らないか」

ちとせ「芸能事務所の幽霊はより強大なモノに追いだされた、って裕美ちゃんから聞いた。今回もそうかも。妖精さんは強いのかもね」

りあむ「この辺りに、何か来た?どこから何かが」

ちとせ「それは間違いないと思う。でも、良い存在か悪い存在かはわからない」

りあむ「植物を治してるから良い奴だと思いたいよ」

ちとせ「りあむは優しいね」

りあむ「ぼくに優しくしてる人は大歓迎だからね!絶賛募集中だよ!」

ちとせ「私から言えるのはこのくらい。何かわかった?」

りあむ「うーん……喉くらいまで答えは出てる気もする。実は全部勘違いの気もする」

ちとせ「焦る必要はないよ。相手は朝まで動かない」

りあむ「危ないわけでもないか。よく考えたら時子サマのお願いでもないや」

ちとせ「それじゃあ、帰るね。裕美ちゃんと古いテレビゲームが日課なの」

りあむ「え、もう帰っちゃうの?」

ちとせ「うん、裕美ちゃんは姿が中学生だから出歩けないし。今は夜が短いから」

りあむ「そっか。吸血鬼も大変だ」

ちとせ「りあむもゆっくり寝てね?夜更かししてない?」

りあむ「ちょっとだけ。夏休み序盤よりはマシになったから!」

ちとせ「送っていくね」

りあむ「うん。ありがと、ちとせ」

ちとせ「そうだ、聞いておくことがあったんだ」

りあむ「なに?今聞かないといけないこと?」

ちとせ「忘れちゃう前に聞いておくの」

りあむ「うんうん。いざ人と話すとなるとテンパるよね」

ちとせ「千夜ちゃん、ちゃんと食べてちゃんと寝てる?」

りあむ「……ちとせ、お母さんみたいなこと聞くんだね。独り暮らしの大学生の親かよ。りあむちゃんの親はそんなこと言わないよ」

ちとせ「私の前だと大丈夫としか言わないから、千夜ちゃんは」

りあむ「よく寝てるみたいだよ。夜更かしする趣味もないし。お弁当作らなくなったから、朝も遅くなったって。そうだ!今日なんか、カップラーメンを食べてたって!購買でお湯もらってさ!」

ちとせ「……」

りあむ「あかりんごと一緒に庭で食べたって、教室に持ち込めないから。ちとせ、聞いてる?」

ちとせ「聞いてる。ジャンクフードはほどほどにね。カップラーメンは塩分が多いから」

りあむ「ぼくに言っても仕方ないよ。ジャンクフードそこまで食べてない……はずだし」

ちとせ「りあむ、お願いね」

りあむ「わかってる。けど、ぼくに期待し過ぎないでよ」

ちとせ「りあむは大丈夫。それじゃあ、帰ろっか」

りあむ「また勝手に行った!りあむちゃんを置いて行くなよぅ、泣くぞ!」

30

幕間

9月初旬のとある金曜日

早朝

C公園
タイル張りの水遊び場が特長の公園。晴れた夏の日には子供連れが集まる公園も、今はブルーシートで囲まれていて道からは中が見えない。

藤原肇「警部。お疲れ様です」

東郷あい「早くからすまないな」

東郷あい
刑事課の警部。署内でも一目置かれる存在でもあるが、同時に爪弾きものでもあるらしい。

藤原肇
刑事課の巡査。あいの部下。冷静で自分を出さないタイプとのこと。

肇「構いません。これが私の仕事ですから」

あい「そうか。状況を教えてくれ」

肇「30分ほど前、ランニングをしていた人物がC公園の東屋下に放置された遺体を発見し、通報。現場はその時の状態で保存されています」

あい「これが今回の仏さんか……フムン、死因はわかるかい?」

肇「外傷はありません。死因は不明です」

あい「干からびているな、何故だ?」

肇「わかりません」

あい「原因はプロに任せるとしよう。身元は」

肇「所持品はありませんでした」

あい「わかっていない、と」

肇「名前や職業はわかりませんが、最近たむろしているグループの1人だということです」

あい「あまり好印象ではないようだな。つまり、厄介者の遺体が出ただけか」

肇「遺体は運ばれてきたと思われます。遺留物はありません」

あい「死んだ後にか」

肇「近隣住民からは早く遺体とブルーシートをはずせ、と言われています」

あい「警察官も公僕だ、市民の意見には従うとしよう。調査することもないようだからな」

肇「それでは、撤収をしますか」

あい「ああ。遺体は検死へ」

肇「わかりました、連絡をしておきます」

あい「私達の事件のようだな、肇君?」

肇「どういう意味でしょうか」

あい「誰も悲しんでいない、奇妙な遺体だ。刑事を奮い立たせる事件じゃない。呼ばれなくても現場に訪れるような正義の刑事もいない」

肇「事件に貴賤はないと思いますが」

あい「そうはいかないのさ。君もわかっているはずだ」

肇「……はい」

あい「さて、私も公園を一通り見てくるとしよう。肇君は撤収の準備だ。頼んだよ」

肇「了解です、警部」

幕間 了

31

午前8時頃

S大学・構内

りあむ「あっ!時子サマ!おはよう!こっちこっち!」

時子「おはよう。妙に元気ね」

りあむ「3時間くらいしか寝てないのに、時子サマからモーニングコールだからね!元気いっぱいにもなるよ!」

時子「寝不足で逆にテンションが高いわけね。授業が始まる前に生活習慣を改めなさい」

りあむ「だって、夕方にならないとみんな集まらないし。暇してるくらいなら寝てるのがいいよ」

時子「経験則からすると、訳がなくても朝に起きて部室に居た方が健康的よ。大学生に孤独は危険だわ」

りあむ「それでそれで!時子サマは何の用事なの?りあむちゃんに会いたかった?」

時子「寝る前にメールを見たわ。深夜に送ってこないでちょうだい。頭が冴えてしまうから」

りあむ「時子サマ、すぐに見てくれたの?りあむちゃんのメールを?」

時子「内容は精読してない。調査は任せるわ、言った通り」

りあむ「じゃあ、なんで起こしたの?ラジオ体操か!違うな!」

時子「ひとつ解決してあげるわ」

りあむ「時子サマ、何か知ってるの?」

時子「見慣れない女性、心当たりがあるわ」

りあむ「え!本当!?さすが、時子サマ!」

時子「だから手伝いなさい」

りあむ「手伝う?何を?」

時子「捕まえるのよ、ドクターを」

32

S大学・構内

時子「いたわ。ベンチで寝ている、チャンスよ」

りあむ「博士って聞いたからずっと年上かと思った。同い年くらいじゃん」

時子「海外で博士号を取ってるわ。専攻は化学、大学は飛び級だそうよ」

りあむ「ほえー、天才だ。オタクが使う意味じゃない本当の天才だ。S大学の先生になったの?」

時子「違うわ。別の博士号を取るために、医学研究科の博士課程に入学したの」

りあむ「変人だ!複数博士号なんてフィクションキャラだよ!日本人なら尚更!」

時子「変人だけど学生なのよ」

りあむ「あー、時子サマの管轄なのか。災難だね」

時子「野宿くらいならカワイイものだわ。失踪癖が厄介。りあむ、捕まえなさい」

りあむ「え?ぼくが?」

時子「いいから。行きなさい」

りあむ「あーもう!行ってくるよぅ!」

時子「……」

りあむ「ちゃんと寝てるぞ……捕まえた!」

時子「よろしい。上半身を起こしなさい」

りあむ「この子……」

時子「どうしたのかしら?」

りあむ「長い髪から不思議なニオイがする。香水かな、変なの」

時子「おはよう、ドクター一ノ瀬」

一ノ瀬志希「なにー?志希ちゃん、まだおねむなんだけどー」

一ノ瀬志希
S大学医学研究科博士課程所属。大学構内のベンチで寝ている所を学生に発見され、時子に連絡が来た。

時子「ベンチで寝ていたら起こされるのも当然」

志希「なんか腕に引っ付いてるし。だれ?時子ちゃんの家来?」

時子「家来じゃないわ」

りあむ「家来でもいいよ!りあむちゃんは大歓迎だよ!」

志希「じゃあ、家来だ~。志希ちゃんの家来にもなる?」

りあむ「えっと、やめとく。時子サマみたいに飴と鞭は使い分けてくれなそう」

志希「にゃはは、ばれたか~。甘やかしてムチムチに太らせてチューチューしようと思ったのに」

りあむ「うぇぇ……これ以上不健康になるのは危ないよぅ」

時子「話は終わりかしら」

りあむ「ごめんなさい!いいよ!時子サマからお話だよ!」

志希「なに?また入学書類に不備があった?」

時子「それは解決したわ。ドクター、前にも言ったでしょう」

志希「野宿はやめろ、って話?日本は平和だからいいでしょ~」

時子「あなたが良くても誰もが良いわけではない。近隣の公園にいたこともあるのよね」

志希「久しぶりの日本だからね~。植物と空気を楽しんでる、存分に」

時子「辞めなさい。大学に苦情が来ても困るわ」

志希「そっかー、ならここはいいでしょ~?大学の中は治外法権!」

りあむ「そんな時代じゃないよ?学生闘争なんて残党もいないよ!」

時子「ダメよ。他の学生のために居座らないように」

志希「ケチ~」

時子「女性用の仮眠室も幾つか案内したでしょう」

志希「あんまり好みじゃないんだよね~。開放感がない」

りあむ「そりゃあ、開放感あったら困らない?違う?」

時子「自宅に帰ればいいでしょう。住所があることは知ってるわ」

志希「毎日同じ所で寝る気分じゃないんだよね~。今はニオイが気に入らない」

りあむ「ニオイ?」

志希「ん、そういえば君?」

りあむ「え?りあむちゃん?もしかして、臭い?」

志希「Tシャツからくたびれたニオイがする。複数の洗剤が生乾きで絡み合ってる。物持ちいいんだね~」

りあむ「それは事実だけど、面と向かって言う?」

志希「うん、悪くない。もっとクンカクンカさせろ!」

りあむ「うわぁ!りあむちゃんを嗅いだっていいことないよう!人生諦め気味なニオイしかしないよぅ!時子サマ、助けて!」

時子「ドクター一ノ瀬、言いたいことは伝わったかしら」

志希「わかった。今何時?」

りあむ「朝の8時。早朝だよ。大学生なんて起きてない時間だよ」

志希「それじゃあ、研究室にいこっと」

時子「りあむ、離してあげなさい」

りあむ「わかった。もう公園で野宿はやめよう。ぼくにも迷惑だし」

志希「よくわかんないけど、わかった。またね~」

時子「……大丈夫かしら」

りあむ「まぁ、飛び級で博士号取るくらいで海外でも生き残ってるから平気だよ。根拠はない」

時子「それもそうね」

りあむ「それにしても、時子サマも大変だね。変な学生が多くて」

時子「S大学はマシな方よ。最近わかったわ」

りあむ「そうなの?いや、そうか。内部進学のボンボンも多いし」

時子「それで、夢見りあむ?」

りあむ「わかった!公園の見知らぬ女性は一ノ瀬博士だ!」

時子「そうよ、おそらく」

りあむ「でも、うーん?りあむちゃん達が調べてるのと関係あるかな?」

時子「その判断は任せるわ。りあむ、手伝ってくれてありがとう」

りあむ「感謝することなんてないよ!博士の変な香水嗅いでただけだし!」

時子「朝食をご馳走するわ。どうかしら」

りあむ「え?いいの?時子サマとモーニングをご一緒できるの?ご褒美が過ぎる」

時子「勤務時間前に一仕事終えたもの。始業時間にいなくても許されるわ」

りあむ「許されるの、それ?」

時子「問題ないわ」

りあむ「やっぱり、時子サマだけだよね?時子サマだからだよね?」

時子「行きましょう。ほら、立ちなさい」

りあむ「あ……そうだよね、そうするのが普通だよね?うん、そうだよ」

時子「どうしたのかしら。立たないなら置いていくわよ」

りあむ「ちとせは、待ってくれないから」

時子「へぇ?私も見習おうかしら。あなたを動かすには、その方がいいのなら」

りあむ「そういうのはちとせだけでいいよぅ!一緒に行こうよ、時子サマ!」

33

昼休み

S大学付属高校・空き教室

空き教室
ちとせ達の部室になるはずだった教室。頼子が利用申請を撤回していないので、千夜達は自由に使える。

あかり「千夜さん、今日はお弁当なんですね」

千夜「はい。簡単なものですが」

あきら「朝起きて作るだけで凄いデス」

千夜「辻野さんもお弁当のようですが」

あかり「今日はお母ちゃんが作ってくれました!山形のお野菜たくさんですっ!」

千夜「お手製で地元産ですか。良いことです」

あかり「廃棄するより良いんご!火を通せば大丈夫ですから」

あきら「売れ残りなんデスね」

あかり「あきらちゃんも食べますか?おすそ分けです」

あきら「ありがと」

あかり「はい、どうぞ。千夜さんも食べながら情報共有しましょう!」

千夜「いただきます。お嬢さまから明け方に電話がありました」

あきら「りあむサンからもメールが。深夜とついさっき」

あかり「そうなんですか?あっ、本当にりあむさんからメール来てました!」

千夜「私も見ています。くどい文章ですが、理解できない文章ではありません」

あきら「りあむさんのメールは要約すると」

あかり「夜には何も見つからなかった?」

あきら「そう」

千夜「不審な人物も正体がわかった、と。S大学の学生だったのですね」

あかり「ちとせさんの電話はどうだったんですか?」

千夜「内容は同じです。夜には何もいない、と」

あきら「夜の調査は不発。あかりが見たこと自体がイレギュラーだった」

千夜「夜が例外ということであれば」

あきら「妖精を使って植物を治したりしてるのは」

あかり「夜じゃなくて昼間?」

千夜「素直に考えれば、そういうことでしょう」

あきら「夜に探さなくて良くなった」

あかり「みんなで探せるんご!」

千夜「ええ。夕方、探してみるのもいいかもしれません」

あかり「ちょっと待ってください、手帳を確認して、っと」

あきら「今日はバイト。近くに公園があった気がするから見ておく。あかり、その手帳イイね」

あかり「えへへ、雑貨屋さんからいただいたんですっ。あっ、今日はお手伝いの日でしたっ、ごめんなさい」

千夜「そうですか。それなら、一人で部室に行ってみます」

あかり「そうだ!明日はどうですか?」

あきら「大丈夫。あかりも?」

あかり「はい、手帳の予定を確認しました!千夜さんはどうですか?」

千夜「構いません」

あかり「それじゃあ、朝から調べてみるんご!」

あきら「時間は、りあむさんと相談かな」

あかり「確かに、朝は起きてなさそうですね」

千夜「今日は起きていたようですが」

あきら「そうデスね。今、なにしてるんだろ?」

千夜「大方、昼寝でもしているのでしょう」

あかり「それにしても、気になるんご」

あきら「りあむさんが今何してるか?」

あかり「全然違うんご!人魂を見た原因ですっ」

千夜「気になるところではあります」

あきら「何故か夜に出た」

千夜「お嬢さまが言うには、夜はそのような気配すらないと」

あかり「何故でしょう?夜じゃないといけなかった?」

千夜「理由があるのかどうかもわかりません。相手は人ではないのですから」

あかり「ウーン……」

あきら「理由があるなら……時間?場所?」

あかり「あきらちゃん、何か思いついた?」

あきら「思いついたわけじゃ……ん?」

千夜「どなたかいらっしゃったようです」

木場真奈美「おや、先客がいるようだ」

古澤頼子「部活の生徒です。空いていることを知っていますから」

古澤頼子
S大学付属高校の教師。担当科目は国語。部活は解散したわけではなく、顧問手当てが出るらしい。

木場真奈美
S大学付属高校に9月から勤務。英語授業のアシスタントをしている。その前はアラスカにいたというウワサ。

あかり「古澤先生と木場先生!こんにちは!」

真奈美「先生じゃないんだ。変えてくれ」

あかり「それじゃあ、木場さん」

真奈美「よろしい。集まって、お昼かい?」

あきら「そう」

千夜「お邪魔でしたら、移動しますが」

頼子「構いません。私達も昼食を取りに来ただけですから」

あきら「職員室で食べない?」

頼子「うるさいので。会話もそこまでしたくありませんし」

あかり「木場さんも同じ理由ですか?」

真奈美「ま、そんなところかな。古澤先生の大学での専攻に興味があってね、話を聞きたいと思っていたのさ」

頼子「そういうわけなので、お気になさらず」

あきら「気にしないわけにもいかない」

千夜「ええ、この話はまた明日に」

あきら「わかった」

真奈美「……」

あかり「木場さん?木場さんも山形野菜を食べますか?」

真奈美「遠慮しておこう。だが、後でアンテナショップに寄ってみるよ」

あかり「本当ですか!?たくさん買って欲しいんご!」

真奈美「ははっ、そうするとしよう。古澤先生、端にでも行くとしようか」

頼子「はい。授業には遅れないでくださいね。ゴミも持ち替えるように」

あかり「わかりました!」

あきら「……仲いいのかな、意外」

千夜「ええ」

あきら「実行委員タイプと帰宅部タイプ」

あかり「私達もそう見えるでしょうか?」

千夜「私達……」

あきら「あー、そうかも」

あかり「あれ?変なこと言いました?」

あきら「全然。他愛もない話をしないと。あかり、何かある?」

あかり「えぇ!急に言われても!」

34

S大学・部室棟・SDs部室

椿「こんにちは」

りあむ「はっ!起きた方が良い気がするぞ」

椿「あら、お休み中でした?」

りあむ「椿さんだ!そうだよ、時子サマとモーニングに行ってから昼寝してたよ!時子サマがソファーをくれたおかげで快眠!」

椿「それは良かったです」

りあむ「椿さんは何しに来たの?暇?」

椿「暇なのは確かですけど、カメラのお手入れをしようと思って」

りあむ「凄い重そう。手伝う……のはやめとく。高そうだし」

椿「高いのは正解です。まだスペースがあるので有効活用と」

りあむ「へー。何か縫ったりしてるの見たぞ。裁縫部狭いの?」

椿「そういうわけではありませんが」

りあむ「ま、ここより物がない部室なんてないよね!この大学、歴史は古いし!」

椿「お邪魔にならないようにします。りあむさんは何か用事が?」

りあむ「別にそういうわけじゃない。部室の方が寂しくなくていいかも。いや、待てよ?」

椿「調べものは進みました?」

りあむ「そうだよ!昼寝する前に付け加えないといけなかったのに!椿さん、ありがとう!変な服は着ないけど作業に部室は使っていいよ!」

椿「ありがとうございます。りあむさんもがんばってくださいね」

35

放課後

S大学近郊・C公園付近

凪「りあむのためにも公園巡りをするとしましょう。はーちゃんと一緒に来れば良かったという言葉は聞きません」

凪「C公園で今朝事件があったとネットで見ました。まずはそこから」

凪「……C公園は普通過ぎる」

凪「しかし、マンションポエムが書かれたチラシが自動販売機に。わーお。盲点でした、ポエム狩りに適しているとは。探さねばならぬ」

36

S大学・部室棟・SDs部室

千夜「こんにちは」

りあむ「白雪ちゃん!待ってたよ!」

千夜「はて……私に用事ですか」

りあむ「別に用事はない。いや、用事がないから待ってた。りあむちゃんが寂しいから」

千夜「お前の言ってることはよくわかりません」

りあむ「とにかく!歓迎するってこと!」

千夜「私も一員です。歓迎する必要はありません」

りあむ「あっ、それもそうか。あかりんごとあきらちゃんは?一緒じゃないの?」

千夜「お2人ともアルバイトです」

りあむ「うちの高校生は働き者だね!白雪ちゃんも含めて」

千夜「いえ、私は違います。お嬢さまもおりませんので」

りあむ「そんなことないよ!りあむちゃんなんか家事ほとんどしないからね!」

千夜「お前と比べたら誰でも。それなら私も働き者に決まっています」

りあむ「ちょっと虚しくなった。自分で言っておいて難だけどさ」

千夜「他にどなたかいらっしゃるのですか?」

りあむ「いるよ!椿さんと若葉お姉さん黄色!」

椿「千夜さん、こんにちは」

若葉「一緒にお茶しませんか~?」

椿「座ってください。りあむさんも」

千夜「何か進展はありましたか。朝のメールは見ました」

りあむ「ないよ!部室にいただけ!」

千夜「そうなのですか、椿さん」

りあむ「なんで、椿さんに確認するの?」

椿「はい。部室に来てから、それについては何も」

千夜「明日、辻野さんと砂塚さんと調査の約束をしました」

若葉「そうなんですか~?」

りあむ「それなら、今日はお休みだ!がんばり過ぎはよくない!明日!」

椿「りあむさんの言う通りですね。今日はお休みしましょう」

千夜「ええ。今日はお茶だけいただきます」

若葉「はい、どうぞ~。ゆっくりお話しましょう~」

千夜「ありがとうございます。お付き合いします」

37

T公園

凪「むっ。本懐を忘れるところでした。ここがT公園か」

智絵里「うーん……えっと、どうしようかな……」

凪「これはグッドタイミング、いえ、グッドではコンボが続かない。グレイトかパーフェクトというやつです」

智絵里「そうだ、電話……!」

凪「こんにちは。それはりあむの電話番号が記載されたカードではありませんか」

智絵里「ひゃあ!びっくりした……ごめんなさい」

凪「驚かせてすみません。私は凪です。夢見りあむと同じことをしています」

智絵里「あのっ、知り合いなんですか?」

凪「人魂と植物を調べています」

智絵里「よかった……見てもらいたいものがあるんです」

凪「ほう。見ましょう」

智絵里「こっちですっ」

38

S大学・部室棟・SDs部室

若葉「地下アイドルも面白そうですね~」

りあむ「そうでしょ!そうでしょ!若葉お姉さんならわかってくれると思ってたよ!」

千夜「何故ここでアイドルの話をしているのでしょう……しかも、マニアックな……」

コンコン!

りあむ「ん?ノックの音した?」

椿「誰でしょうか?」

りあむ「凪ちゃん?そういえば今日はまだ来てないな」

千夜「見てきます」

若葉「お客さんですか?」

りあむ「そんな予定ないけど。そもそもここに訪ねてくるような人はいないよ。時子サマは、今日は来ないだろうし」

千夜「皆さん、お客様をお連れしました」

椿「あら」

颯「こんにちは!」

若葉「はじめまして~」

椿「こんにちは。もしかして、凪ちゃんの妹さんですか?」

颯「はい!久川颯です!なーがいつもお世話になってます」

椿「可愛らしいですねぇ。私は江上椿です」

若葉「日下部若葉です~。仲良くしてくださいね~」

颯「なーから聞いてます!頼れるお姉さんだって」

椿「まぁ、これはおもてなししないといけませんね。千夜さん、お茶とお菓子を!」

千夜「はい。颯さん、座ってください」

颯「いえ、ちょっとなーを探しに来ただけなので」

りあむ「うんうん。凪ちゃんがカワイイカワイイ妹いうのもわかる。りあむちゃんは妹属性だけど姉の気持ちが芽生える。いや、姉になってしまう」

千夜「おもてなしを受けてください。私は、あなたに余り良い態度ではなかったので」

若葉「そうですよ~」

颯「なーもいつもこんな感じなんですか?」

りあむ「え?違うよ?もっと雑。気が付くといる」

千夜「お前は言い方が悪い」

椿「もう私達の一員という感じです。お客様ではなく」

りあむ「最初から凄い馴染んでた。自然体すぎる」

颯「だって、なーだもん」

りあむ「凪ちゃん、今日は来てないよ。行方不明なの?」

颯「ケータイにでなくて。返信もないし」

椿「何か言ってました?」

颯「公園巡りするとか、言ってたかな。どこの公園か分からないけど」

りあむ「それなら公園はわかるよ!」

若葉「終わったらここに来るかもしれませんね~」

千夜「その通りです、待つのが良いかと。こちらはいかがですか」

颯「クッキー?美味しそうだし、オシャレ!」

千夜「お気にいりいただき何よりです」

りあむ「それ、ちとせのために買った余りだよね」

千夜「事実でも、そういうことは言う必要はありません」

颯「残りでも何でも大丈夫だよ!」

若葉「ふふっ」

椿「凪さんを待つまでおやつにしましょう」

千夜「これには紅茶があうかと。颯さん、好きな所に座ってください」

颯「えっと、どのイス使っていいの?」

りあむ「凪ちゃんのイスはそれ」

颯「やっぱり、なーっぽいイスだと思った」

りあむ「そうなの?やっぱり双子だとわかる?ぼくなんか姉のことは全くわかんないよ!」

千夜「こいつがうるさいかもしれませんが、黙らせてしまっても構いません」

りあむ「その言い方だと映画で良く見る脅しの文句だよ……」

千夜「準備をしてきますので、ごゆるりと」

39

T公園

凪「これは……」

智絵里「どうかな……?」

凪「焦る理由を理解しました。これは異常だ」

智絵里「やっぱり、そうだよね」

凪「クローバーが育っています。この一角だけ。しかし、これがオカシイ」

智絵里「うん。育つ時間はなかったと思う」

凪「更にこの痕跡。薬品のようなものが撒かれた」

智絵里「枯れそうになった痕跡とかもあるのに」

凪「何故か育っている」

智絵里「なんでだろう……人魂のせいかな?」

凪「それはわかりません。不審な人物を見ませんでしたか」

智絵里「ううん。夜はあまり来ないから」

凪「夜ではありません。太陽が照らす日中です」

智絵里「日中、ですか?」

凪「見慣れない人はいたりいなかったり?」

智絵里「いないと思います……たぶん」

凪「なるほど。ご心配はいりません」

智絵里「大丈夫?」

凪「凪達が引き継ぎます。危険には近寄らないように」

智絵里「うん。何かあったら連絡するね」

凪「よろしくお願いします。凪は別の公園も調べてみましょう」

40

S大学・部室棟・SDs部室

若葉「凪ちゃんは来ませんでしたね」

りあむ「颯ちゃんも探しに行っちゃったし」

椿「そうですねぇ。残念」

千夜「静かになりましたね。お前を除いて」

りあむ「えっ!?りあむちゃんはそんなにうるさくないよ!」

若葉「言葉数が多いだけですよね~」

りあむ「そう!その通り!」

若葉「肝心なところが足りないのに、余計な一言が多いんですよ~」

りあむ「若葉お姉さん、ぜんぜん庇ってくれてないじゃん!」

千夜「甘やかさなくてもいいかと。椿さん、お手入れは終わりましたか」

椿「はい、おかげさまで」

千夜「私もお暇します」

りあむ「白雪ちゃん、帰っちゃうの?」

千夜「いつも誰かいるのなら、今日を惜しむ必要もありません」

りあむ「そっか。それじゃあ、また明日ね!絶対来るんだよ!」

千夜「そちらこそ遅刻しないように。今日は失礼します」

椿「また明日」

若葉「お休みなさーい」

椿「私も荷物を回収しないと」

若葉「お夕飯の買い物をしないとでした」

りあむ「それじゃあ、今日は解散だ!りあむちゃんも寝なおすよ!ご飯でも食べてからね!」

41

C公園

颯「あれ?全然人がいない。なーもいないし」

颯「事件があったからかな。あの人に聞いてみよ。すみませーん!」

藍子「こんにちは。どうしました?」

颯「あの、似てる人見ませんでした?」

藍子「似てる人?」

颯「あっ、双子のお姉ちゃんを探してるんです!」

藍子「そうなんですね。ごめんなさい、見てないです」

颯「そっか。お姉さんは何をしてるんですか?」

藍子「私、ですか?」

颯「うん」

藍子「何もしてないですよ。何もなくて平和だな、って。そう、思ってただけです」

颯「事件があったのに」

藍子「それなのに、何にも変わらない」

颯「うんうん。それが大切だよね」

藍子「はいっ。そうなんです。だから……あっ!見てください!あの子がお姉さんですか?」

颯「なーだ!もう、どこ行ってたんだろう?」

藍子「見つかって良かったですね。また、会いましょう」

颯「ありがとう!ばいばい!」

凪「おや、はーちゃん。探検ですか?」

颯「違うよ、なーを探しに来たの。ケータイでないから」

凪「まさか。はーちゃんのコールを見逃すとは一生の不覚」

颯「大袈裟だなー。心配したから帰ろ?」

凪「ええ。やっとケータイを見ました。明日調査をするようです。今日は帰りましょう。見つかったものは電子で共有」

颯「何か見つかった?」

凪「復活したクローバーです。この辺りには、緑の味方がいるようです」

42

深夜

出渕教会・地下1階

楓「……」

裕美「楓さん、ここに居たんだ。先に起きたの?」

楓「いいえ。今日は朝から起きていました」

ちとせ「ふわぁ、おはよう」

楓「おはようございます。あの、裕美ちゃん」

裕美「なに?」

楓「今夜は、ちとせさんもいるので寂しくはありませんね」

裕美「え?うん、寂しくはないけど」

楓「それでは、私は寝ます。おやすみなさい」

裕美「おやすみなさい」

ちとせ「行っちゃった。楓さん、裕美ちゃんのために昼夜逆転してくれてたの?」

裕美「違うと思う……『捕食者』の食べ物は夜の方が多いから。前から夜に起きてたよ」

ちとせ「ふーん、そっか」

裕美「ちとせさん、ご飯食べる?準備するよ」

ちとせ「うん。ありがと」

裕美「オーケー、わかった」

涼「起きたか」

裕美「涼さん、どうしたの?」

ちとせ「お腹空いた?裕美ちゃんと一緒に食べる?」

涼「食事前か。話があってな」

ちとせ「何か起きたっぽいね」

涼「不審な遺体が出た。干からびた遺体だそうだ」

ちとせ「干からびた、どういうこと?」

裕美「もしかして、吸血の類なの」

涼「わからない。遺体も警察が早々に回収した」

裕美「私達が対応しないといけないこと、かもしれない」

涼「アタシも見回ってみたが、怪しいところは見つからなかった」

裕美「見て回ろうか」

ちとせ「わかった」

裕美「その前にご飯かな。涼さんも食べる?」

涼「アタシはいい。またな」

裕美「わかった。何かあったら伝えるね」

43

幕間

S大学・医学部附属病院・廊下

あい「……」

肇「警部。お待たせしました」

あい「結果は出たか」

肇「終了しました。こんな時間にねじ込むなとおかんむりでしたが」

あい「口だけさ。こんなに待たされたんだ、熱心に仕事をしてくれたようだ」

肇「常識外れなことが多いと嘆いていました」

あい「それはさぞ知的好奇心を刺激されただろう。では、常識外れな見解を聞こうじゃないか」

肇「まずは死因ですが、多臓器不全です」

あい「多臓器不全か。病死ではないのか」

肇「違うのではないか、とのことです」

あい「そうなると薬物かな」

肇「不明です。薬物を特定する症状も物質も出ていません」

あい「フムン。死亡推定時刻は」

肇「昨日です。内蔵の温度からして」

あい「昨晩か。それは奇妙だな」

肇「はい。遺体は干からびていました。ミイラの様に」

あい「長い時間放置されたわけではないと」

肇「体液が蒸発したには少なすぎると言っていました」

あい「何らかの方法で抜いたのか。方法については」

肇「分からないとのことです」

あい「自殺とは考えにくいな。遺体を運ぶしかない」

肇「他の誰かを示す痕跡は見つかりませんでした」

あい「ないないづくしだな」

肇「その通りですが、不自然な残留物もありました」

あい「不自然な残留物とは何かな」

肇「鱗です。爬虫類らしき」

あい「鱗か」

肇「体内からも見つかりました。理由は不明です」

あい「見つかりなさそうな場所からだな。肇君はどう思う?」

肇「遺体からの情報は少ないです」

あい「異常なことはわかるさ」

肇「被害者の身元は判明しましたが、こちらも犯人の手掛かりはありません」

あい「そうだな。身元は有効な情報ではなかった」

肇「はい」

あい「さて、それならどうする?」

肇「鱗を追います。爬虫類が近隣に多いと思えません」

あい「その提案に乗るとしよう。資料は」

肇「データは貰ってきました」

あい「よし、今日は撤収としよう。お疲れ様」

肇「お疲れ様でした、警部」

幕間 了

44

深夜

夢見りあむの自室

りあむ「むにゃむにゃ……はっ、で、電話?こんな時間に?誰?」

りあむ「ちとせだ、出てあげないと。もしもし、ちとせ?」

ちとせ『出た。寝てた?』

りあむ「寝てた。珍しく。どうしたの?」

ちとせ『昨日の夜について、聞きたいことがあるの。いい?』

りあむ「うん。どうしたの?急用?」

ちとせ『長くはならないから。何も見つからなかったよね?』

りあむ「そうだよ。ちとせと折角調べたのに」

ちとせ『もっと深夜……いや、どこかに隠れてたのかも』

りあむ「ちとせ、何の話してる?」

ちとせ『こっちは任せて。気配はないの』

りあむ「そう?本当に?」

ちとせ『うん。大丈夫。おやすみ、りあむ』

りあむ「いや気にする。待って……ねむく……すぅ……」

ちとせ『眠らせるくらいなら電話越しでも出来るんだ。簡単な暗示の実験台にしてごめんね』

45

翌日

9月初旬のとある土曜日

午前中

久川家・玄関

颯「なー、もう出かけるの?」

凪「はい。お昼はサークルのお姉様方にごちそうになります。ゆーこちゃんには言ってあります」

颯「そうなんだ。美味しいもの食べれるといいね」

凪「はーちゃんこそ、お散歩ですか」

颯「うん。教会に行ってくるね。植物のことわかるかも」

凪「りょ。行ってきます。お気をつけて」

颯「なーも気をつけてね!」

46

S大学・部室棟・SDs部室

凪「おはようございます」

千夜「凪さん、おはようございます。時間通りですね」

凪「お揃いですか」

千夜「5人だけです」

凪「りあむは寝坊ですか。おや、いました」

りあむ「昨日は爆睡だったからね!こんな時間にも起きられる!ぼくは凄い!奇跡的!」

あかり「あきらちゃんは今起きたって連絡が来ました。後で合流します」

椿「若葉さんは、今日はお車です。先に行ってますよ」

りあむ「何があってもいいようにね!全色待機してもらえるよ!」

凪「これで始められる」

千夜「お前、どうするのですか」

りあむ「凪ちゃんが言ってた植物を調べよう!そして、見つける!」

あかり「何をですか?」

りあむ「昼間に植物を治してる人だよ!人じゃないかもしれないけど!」

千夜「最近の騒動を起こしている元凶」

椿「騒動、と言うほどじゃないかもしれないですけれど」

あきら「平常じゃない」

りあむ「そう言えば、公園で死体が見つかった話もあるよね。知ってる?」

あかり「昨日アンテナショップで聞きました!」

凪「既に片づけられていました。C公園には何もありません」

あかり「身元もわかったみたいです。でも」

千夜「でも?」

あかり「変死体だったみたいです。ミイラみたいだったとか」

りあむ「ミイラ?カラカラ?」

あかり「詳しい話はわからないです。警察の人がすぐに対応したみたいで」

りあむ「思い出した!ちとせが電話してきたのはこれか!」

千夜「お嬢さまが?」

りあむ「でも、何にもないって言ってた。夜はいないのかも」

椿「そちらも調べてみますか?」

りあむ「えー、警察に乗り込む?それは辞めようよ。怖いし」

千夜「同感です。おそらく、聞くべき人物もわかっていますが」

あかり「あー、あの刑事さん達」

千夜「関わりたくはありません」

りあむ「やれることだけやろう!ぼくたちのやることは、あかりんごの疑問を解決すること!それと時子サマに褒められること!」

凪「凪の興味を満たしましょう」

千夜「ええ。それで良いかと」

凪「それでは出発しましょう。善は急げです」

47

出渕教会・周辺

楓「……」

颯「あれ?楓さん、どこか出かけるの?」

楓「颯さん。こんにちは」

颯「もしかして『捕食者』さんのお腹空いてる?」

楓「いいえ。数週間は問題ないかと」

颯「それじゃ、ただのお散歩?」

楓「……」

颯「楓さん?」

楓「少し、お話しませんか」

颯「お話?いいよっ。教会に戻る?」

楓「いいえ。歩いて行きましょう」

颯「うん。どこに?」

楓「風の通る場所へ。あなたが暑くないように」

48

T公園

若葉「これですか?」

椿「そうみたいですね。写真を撮っておきましょう」

千夜「手伝います。根本も見ましょうか……これは」

凪「凪は枯れたのと成長がどちらも見えます」

千夜「私には良い状態に見えません」

りあむ「明らかに地面の色がおかしいよ。何が撒かれたんだろ?農薬?除草剤?」

あかり「農薬は地面が焼けたりしないです」

若葉「……」

りあむ「白い若葉お姉さん、難しい顔してる。何かわかる?感じる?」

若葉「これだと、ダメです」

凪「やはり」

りあむ「ダメ?あかりんご、言ってる意味わかる?」

あかり「そのうち枯れちゃう……とか」

若葉「はい。無理矢理成長させたから、見た目は良く見えます」

あかり「凪ちゃん、これは何時頃なんですか?」

凪「お話を聞いたところだと、昨日か一昨日」

あかり「日光も夜も植物には大切です」

りあむ「人間にも大切。やっぱり人間は太陽と共に行動すべきだね!」

椿「たまに早起きできると言うことが変わるんですね」

若葉「土も変えないと。根も」

凪「つまり、変えないといけない」

あかり「可哀そうだけど、刈らないといけないです」

りあむ「むぅ……どっちも結果が悪いのか」

凪「善意と悪意」

若葉「そんなものですよ~。世の中、思う通り上手くいかないんです」

あかり「……」

りあむ「凪ちゃん、確認!時間のこと!もう1回!」

凪「はい。先ほどと同じ回答を。昨日か一昨日です」

りあむ「夜じゃないなら、昼!聞き込み!」

千夜「お前の言うことは分かりにくい」

椿「昼にいる人に情報を集めましょう。見慣れない人物ではなく、最初からいた人物が緑の手を手に入れた可能性があります。これでいいですか?」

りあむ「そう!翻訳ありがとう!」

凪「りょ」

千夜「各自聞き込みを」

あかり「わかったんご!」

りあむ「周辺含めて調べよう!C公園集合でいいよね!あきらちゃんは近くの誰か合流して!」

凪「異議はありません」

千夜「はじめるとしましょう」

49

丘の上にある公園

楓「飲み物を買ってきました。どうぞ」

颯「ありがと。楓さんは……お水?」

楓「はい。教会から持って来た水道水です」

颯「隣の家にいた時も水だったよね。甘い飲み物は飲まないようにしてるの?」

楓「……聞いて良いですか」

颯「なに?どうしたの?」

楓「ここは涼しいですか」

颯「うん。涼しいよ。風が気持ちいい。このベンチも木陰にあるし」

楓「そうですか」

颯「……」

楓「それなら良かったです」

颯「あのね、楓さん。聞いてもいいのかな」

楓「……どうぞ」

颯「もしかして、なんだけど……」

楓「考えている通りですよ」

颯「……もう、限界なの?」

楓「……」

颯「……ごめんなさい」

楓「いいえ、構いません。最初に結論を聞かれると思わなかっただけです」

颯「……」

楓「水なのは、ほとんど味覚がないからです。気づいていましたか」

颯「……そうだったら、イヤだなって」

楓「味覚だけではありません。色々な感覚が衰えています。暑さも今は感じていません。あれだけ好きだったお酒の味もわかりません。酔うことはとうの昔に出来なくなりました」

颯「……」

楓「颯さん、お時間はありますか」

颯「うん。時間は大丈夫」

楓「高垣楓の話を聞いてください」

颯「……いいの?裕美ちゃんじゃないの、あんなに心配してたのに」

楓「私が裕美ちゃんに話せるように、聞いてもらえませんか」

颯「……わかった」

楓「ありがとうございます。これは、ずっとずっと前の話です」

50

丘の上にある公園

楓「和歌山で産まれた彼女はモデルを目指して、上京しました」

颯「なれたの、モデルさんに?」

楓「はい。華々しいランウェイを闊歩するスーパーモデルではありませんでしたが、細々と」

颯「そうなんだ」

楓「もっと華やかな舞台に立つ……そうなるには身長が足らない、と」

颯「えー、楓さんで足りないの?凄い世界だなぁ」

楓「彼女には不満は多くありませんでした。全てを手に入れたわけではないけれど、きっと幸福だったと思います。だけれど、それは奪われてしまいました」

颯「何があったの?」

楓「詳細には覚えていません。私は死の直前で『捕食者』と一体化し、生き延びました」

颯「覚えていないんだ」

楓「『捕食者』が記憶を消したのだと思っています。一体化した直後は覚えていたような気が、します」

颯「そんなことできるの?」

楓「ええ。『捕食者』は人のことを理解してはいませんから、不完全ですから」

颯「『捕食者』さんはそっちの方がいいと思ったんだよね、たぶん」

楓「きっと。人と同じではありませんが、何らかの知性と感情はあります」

颯「楓さんにはわかるよね。ずっと一緒にいたから」

楓「いいえ。わかりません」

颯「……」

楓「私は『捕食者』とほぼ同一化していますが、わかりません。颯さん、質問していいですか?」

颯「……うん。いいよ」

楓「感情を共有したとして……既にしている状態だと思いますが、双子のお姉さんと同じですか」

颯「ううん。はーとなーは違うよ。似てるところは多いよ、でもたくさん違うところもたくさん」

楓「日下部若葉のような存在でなければ、同じになることはできません。同じになる必要もありません」

颯「同じになる必要は、ない……」

楓「人ですら混じり合えません。人と『捕食者』は違います。生きる世界も目指すべき所も違う」

颯「……」

楓「同じになる必要はありません。だけれど……」

颯「……」

楓「私は、天に許されるよりも長くこの世に居過ぎました。人間としての時計は残り少ないと死神は言っています」

颯「……あの死神さん」

楓「私ではなく『捕食者』が解決方法を実行していました。私を生き延びさせるために」

颯「感覚がなくなってるのは、そのせい?」

楓「人間の部分を減らして、『捕食者』の力で肉体を保っています」

颯「……」

楓「今の私は……人として生きる必要もありません。おそらく、食事をしなくても死ぬこともありません」

颯「そうなんだ……」

楓「去年あたりから『捕食者』の状態に左右されることも多くなっていました。ここ半年で更に症状は進みました。解決しようとはしたのですが」

颯「出来なかったの……?」

楓「はい。私も『捕食者』も消えたいわけではありませんが、このままでは高垣楓がいなくなってしまう」

颯「……」

楓「静かに消えようと思いました。理由も告げずに」

颯「だから、隠れてた」

楓「ええ。裕美ちゃん達は探していました。理由にも気づいているかもしれません」

颯「何も言わずにいなくなっちゃったら、悲しむと思う」

楓「……それなら」

颯「あっ……結論って……」

楓「私、人間の、理性と感情のある、高垣楓はもう限界です」

颯「……」

楓「『捕食者』から離れます。最後は人間として……」

颯「……」

楓「死のうと思います」

51

お昼前

C公園

あかり「あっ、あきらちゃん!」

凪「おはよう、いや、こんにちは」

あきら「おはよ。遅くなったけど、ここは調べておいたから」

凪「おや、何かありましたか?」

あきら「なんにも。調べなくても同じ」

凪「凪も同じくです。昨日も見ましたが、やはり何もありません」

あかり「事件があったのに?」

あきら「そう」

凪「因果があるのかないのか」

あかり「事件があったから近寄ってない?」

凪「逆かもしれません。目的の人物がいないから、事件が起こった」

あきら「そういう考えもあるんデスね」

千夜「お待たせしました」

あきら「千夜サン達、おはよ」

椿「あきらさん、こんにちは。よく眠れましたか?」

あきら「たっぷり。りあむサンは?」

千夜「日下部さんと一緒にお昼のお店を確保してもらってます」

椿「ごちそうしますよ、行きましょうか」

あかり「はいっ」

52

出渕教会前

楓「美由紀さん、ただいま帰りました」

美由紀「おかえりなさーい。あっ、颯ちゃんと一緒だったんだ」

楓「私は部屋に戻ります。颯さん、お付き合いいただきありがとうございました」

美由紀「うん」

颯「……」

美由紀「颯ちゃんも寄っていく?」

颯「……」

美由紀「颯ちゃん?」

颯「え、ううん、今日は帰るね!」

美由紀「えー、遠慮しなくていいのに」

颯「ばいばい!」

美由紀「ばいばーい、また来てねー」

53

路地裏の中華料理店

路地裏の中華料理店
民家を改造した古き良き中華料理店。一行は回転テーブルが置かれた和室に案内された。

りあむ「……」

若葉「美味しい~」

あきら「若葉お姉さん、お腹は共有してるんデスか?」

若葉「してないですよ。味覚とかは共有できるんですけど、後でお持ち帰りを貰います~」

千夜「凪さん、チャーハンをどうぞ」

凪「チャーハンの小分け、かたじけない」

千夜「辻野さんもどうぞ」

あかり「ありがとうございますっ。でも、千夜さんも食べてください!」

千夜「お構いなく。ちゃんと食べています」

椿「本当ですよ。凪ちゃんの倍は既に食べてます」

凪「なんといつの間に」

りあむ「……」

あきら「りあむサン、考えごとデスか?」

りあむ「いや、そうじゃなくて」

あかり「何か食べたいものがありますか?」

りあむ「いや、そうでもない。すでにテーブルに盛りだくさんだし」

凪「それでは何でしょう」

りあむ「よく考えたらさ。おかしくない?」

千夜「おかしい、とは」

椿「何かわかりましたか?」

りあむ「ぼくがこんなに人に囲まれてご飯食べてるとかおかしくない?非常事態だよ!いつもぼっちめしなのに」

若葉「おかしくはないと思いますよ~」

千夜「ええ。お前を代表とした集まりですから」

りあむ「だって、いつも独りだったし。家でも。ぼくの寂しさが生んだ幻想なんじゃないか?」

椿「違いますよ」

あきら「ちゃんと現実デス」

凪「別にいいんじゃないですかね。りあむの願望が叶っても」

あかり「そうですっ。だから、遠慮なく食べるんご!」

りあむ「そうだよね!食べよう!ぼくとお話しながら!」

54

路地裏の中華料理店・店先

凪「凪は満足しました」

あかり「美味しかったですっ」

あきら「いっぱい頼んじゃったけど、大丈夫?」

椿「問題ないですよ」

若葉「とってもリーズナブルでした~」

あきら「それなら遠慮なく、ごちそうさまデス」

りあむ「食べた!りあむちゃんは幸せになったよ!色々と!」

千夜「腹ごしらえも済みました」

凪「次はどうしましょうか」

あかり「やれそうなことはやった気がします」

りあむ「そうだよねー。でも、もう少し聞き込みしよう。何かもう少しな気がする!」

若葉「天気が良いから人も多そうですから~」

あきら「決まりデス。自分もやります」

凪「やりましょう。分担は」

千夜「お前、決めてください」

りあむ「それじゃ、えっと」

あかり「あれ?誰か来ました」

あきら「刑事……」

千夜「ウワサをすれば」

凪「何とやら」

あかり「りあむさん、何かしでかしました?」

りあむ「しでかしてないよ!?あかりんごはぼくのことどう思ってるのさ!?」

あい「食事終わりには、間に合ったみたいだな」

肇「はい、警部」

あかり「杏仁豆腐を頼んだから間に合ったんですね……」

あい「刑事の東郷だ」

肇「藤原です」

千夜「知っています。何か」

あい「夢見りあむ、に会いに来た」

りあむ「え?ぼく?本当に身に覚えないよ?」

あかり「やっぱり……」

りあむ「あかりんご、違うからね」

肇「一昨日の夜、出歩いていたと聞きました」

椿「それなら本当ですね」

あい「疑っているわけではない。捜査に手間取っていてな」

肇「ご同行をお願いしに来ました」

あきら「同行って……」

りあむ「警察に連れてかれるの?それはイヤだよぅ」

肇「警察に行くわけではありません」

あい「幾つかの場所に付き合ってもらうだけだ」

肇「徒歩圏内です」

りあむ「えー……でもでも」

あきら「りあむサン、ちょっと。近くに」

りあむ「何?秘密のお話?」

千夜「チャンスかもしれません」ヒソヒソ

あかり「向こうから来ました」ヒソヒソ

あきら「情報収集のチャンス」ヒソヒソ

千夜「おそらくはC公園の事件のことです」ヒソヒソ

りあむ「つまり、付いて行けってこと?ぼくに?」

あかり「その通りっ!刑事さん、りあむさんは協力するんご!」

りあむ「待って!心の準備ができてない!」

肇「ありがとうございます。行きましょうか」

あい「まずは公園からだ。行くぞ」

あかり「りあむさん、がんばってくださいっ!」

りあむ「あー、わかったよぅ!また明日部室集合だからな!来いよ!来ないと拗ねるぞ!」

あかり「わかりました!」

凪「りあむ、がんばれ」

千夜「……」

あきら「別の情報ゲット……出来るはず」

凪「きっと。りあむはやらされればやる奴です」

若葉「私達はどうしましょうか?」

千夜「先ほど言っていました」

椿「もう少し聞き込みをするんですね」

千夜「はい。2組に分かれて、範囲も広げましょう」

あかり「わかりましたっ!」

千夜「江上さん、凪さん、それと私で東の方を」

凪「りょ」

千夜「辻野さん、砂塚さん、日下部さんで西を」

あきら「りょーかい」

千夜「日下部さん、お願いします」

若葉「任されました~」

千夜「情報共有は明日にでも」

椿「部室でいいですね」

千夜「ええ。はじめましょう」

55

夕方

C公園近傍・某アパート

時子「……」

りあむ「今度はどこ?連れまわされて疲れたよう。ぼくが知ってることなんてないよ?」

肇「こちらで最後です」

りあむ「あれ?時子サマ?」

時子「時間通りね」

りあむ「うぇーん、時子サマ!心細かったよぅ!」

肇「……」

あい「休日にご用立てしてすまないな」

時子「心からそう思ってるなら呼ばないでちょうだい」

あい「それなら時間を無駄にしないことにしよう」

時子「案内するわ。管理者に話は済んでる」

りあむ「時子サマ、このアパートに何かあるの?」

時子「ないでしょうね」

りあむ「どういうこと?っていうか誰が住んでるの?りあむちゃんがいる必要ある?なくない?」

時子「関係はあるわ。ドクター一ノ瀬のアパートだからよ」

56

某アパート・一ノ瀬志希の部屋

りあむ「ねぇ、時子サマ?聞いていい?」

時子「どうぞ」

りあむ「この部屋、何もなくない?」

時子「ええ。無さすぎるわね」

りあむ「布団すらないし。生活してなさそう。帰ってないね」

時子「その通り」

りあむ「一ノ瀬博士が事件に関係してるの?うーん?」

時子「それを調べに来たのでしょう」

りあむ「わかった。不審者で心当たりのある人間を探してたら行きあたった!捜査も行き詰ったからダメ元で調べてる!」

時子「正解だけれど、大きな声で言う必要はないわ」

あい「その通りだな。良い後釜がいるじゃないか」

時子「別に後釜ではないわ。収穫は」

あい「残念ながら。藤原君、どうかな」

肇「いいえ。生活しているような形跡もほとんどありません」

りあむ「本当に帰ってないんだ。どこで寝てるんだろ?お部屋が嫌いなんてぼくには考えられないよ」

時子「どこにいるかはわからないわ。昼夜問わず大学の研究室にいることは多いようだけれど」

あい「1つ、質問をしていいか」

時子「どうぞ」

あい「彼女は、爬虫類を飼っているか?」

肇「あるいは、研究室などにいますか」

あい「しかも大型のものだ」

りあむ「爬虫類?博士は生物の博士じゃなかったような?なんかペット飼えなさそうな性格だったし。モルモットは世話できそう」

時子「どちらもノーよ」

あい「そうか。夢見りあむ、ここからC公園は見えるか?」

りあむ「見えないよね。ぼくの背が低いだけかもしれないけど。時子サマはどう?」

時子「前の建物がある以上は背の高さは関係ないわ」

肇「付近の道路は辛うじて見えますが」

あい「一昨日の夜、C公園は調べたか?」

りあむ「うん。ちとせと一緒に散歩した」

あい「ここから見える道を通ったか?」

りあむ「うーん、よく覚えてないけど、たぶん違う。大きな通りから入って、出る時も一緒だった。ような気がする。たぶん」

あい「一昨日の晩、ここから遺体を運んだ予想はハズレか」

肇「見つからずに遺体を遺棄できるということは、見ている場所があったと思ったのですが」

りあむ「ねぇねぇ、その事件ってどんなだったの?ぼくにも知る権利がある!はず、きっと!」

あい「どうしてかな」

りあむ「情報収集するように送り出されたからだよ!ぼくから情報吸いだしてポイ捨てはダメだぞ!」

あい「正直なことは美徳ではあるが」

肇「どうしましょうか」

あい「情報提供するとしよう。心の準備はいいか?」

りあむ「え?心の準備がいるようなものなの?どうしよう?時子サマ、辞めた方がいいかな?」

時子「好きになさい」

りあむ「わかった。聞く」

あい「それはいい。ただし条件がある、新情報があれば知らせてくれ。良いかな?」

りあむ「それぐらい楽勝だよ。ぼくだって、こんな事件に関わりたくないもん」

肇「関わりたくないのに、聞くのですか」

りあむ「この事件は。ぼくはあかりんごの見たことを解明するのと皆が危険じゃないってわかればいいんだよ」

肇「なるほど、意図はわかりました。お話します」

57

某アパート・一ノ瀬志希の部屋

肇「私からは以上です」

時子「……」

あい「遺体が発見された、爬虫類らしき鱗が見つかった、遺体は干からびていた、それだけの事件さ」

りあむ「明らかにそれだけじゃないよね?わかってないこと多すぎない?」

あい「ああ。だから、犯人を捜しているのさ」

肇「全て推論するよりも手早いかと」

あい「君の意見はどうかな?」

時子「私に聞いてるのかしら」

あい「ああ。実績もあるからな」

時子「私は退いたわ。今は仕事で暇じゃないもの」

あい「そうか」

時子「りあむ、どうかしら」

りあむ「……」

時子「りあむ?」

りあむ「うーん?よくわかんないぞ?関係ないと思うけど、本当に関係ないのか?本当に?若葉お姉さんあたりに相談しないと」

あい「意外と冷静だな」

肇「同感です」

あい「悪くはない」

肇「そう思います、警部」

あい「私からお願いしたいことは終わりだ」

肇「お疲れ様でした」

時子「りあむは帰って良いわ。戸締りはしておくから」

りあむ「皆も解散したみたいだし、ぼくもお家に帰る!明日に備える!ばいばい!」

時子「……」

あい「逃げ足は速いな」

時子「むしろ遅い方だったけれど。よほど帰りたかったのでしょう」

あい「避けられるのは慣れてるさ。藤原君、私達も撤収するぞ」

肇「了解です、警部」

58

久川家・凪の部屋

颯「なー!」

凪「おや、はーちゃん。どうされましたか?教会に収穫ないことは聞きました」

颯「おなかすいたー。ゆーこちゃんが準備してくれたから、ご飯にしようよー」

凪「カワイイはーちゃんは空腹のようです」

颯「なーはお腹空いてないの?」

凪「まだ早いかと。それと、お昼をたくさんごちそうになりました。町中華の盛り合わせ」

颯「いいなー」

凪「はーちゃんも次は一緒に来ませんか。りあむあたりが喜んで貢いでくれる」

颯「いや、それはいいかな」

凪「凪ははーちゃんと一緒なら嬉しい。明日も活動です。いかがでしょう」

颯「ううん、やめとく。りあむさん達と一緒で楽しくない?」

凪「そんなことはありません。思った以上に愉快な人達です」

颯「愉快なんだ……うん、きっとその方が良いよね」

凪「さて、カワイイ妹がお腹を空かせてはいけません。ゆーこちゃんの夕ご飯を食べましょう」

59



出渕教会・地下1階

楓「裕美ちゃん」

裕美「あっ、楓さん。今日も昼間に起きてたんだね」

楓「はい」

裕美「何かあったの?」

楓「え?」

裕美「そんな雰囲気と表情してたから」

楓「わかりますか。昔から無表情だと言われていたので」

裕美「うん。最初はそうかと思ったけど違うよね」

楓「……そうですか」

裕美「今は、ご飯のことを考えてないのもわかるよ」

楓「裕美ちゃん、お話があります」

裕美「いいよ、どうしたの?」

楓「場所を変えましょう。ここではいけません」

60

出渕教会・裏庭

楓「……良い夜ですね」

裕美「うん。星がキレイ」

楓「夜の世界に来て、どのくらいになりますか」

裕美「1年経ったかな」

楓「慣れましたか」

裕美「慣れたのかなぁ、わからない」

楓「それでいいと思います。私はこちら側に寄り過ぎました」

裕美「……」

楓「長い時間でした。どんな存在をどれだけ喰らってきたのか覚えていません」

裕美「うん。でも、覚えてることもあるよね」

楓「……何をですか」

裕美「自分のこと、皆のこと」

楓「……」

裕美「何とかなるよ。『捕食者』さんも暴れるような存在じゃないから、大丈夫」

楓「……」

裕美「皆もいるから。だから、安心して」

楓「……」

裕美「楓さんは、ここにいていいんだよ」

楓「……わかっています。だから……」

裕美「楓さん?」

楓「裕美ちゃん」

裕美「なに?」

楓「もうわかっていると思います」

裕美「何を?」

楓「雰囲気の違いが何から来るか」

裕美「ごめんなさい、わからない」

楓「『捕食者』は、ここには、もういません」

裕美「え?」

楓「遠くには行っていないようですが。微かに感じます」

裕美「……それって」

楓「私であることもいつか忘れます。その前に」

裕美「ま、待って!」

楓「はい」

裕美「それはダメだよ、だって」

楓「決めなければいけませんでした。何時か来る日のことを」

裕美「だって、生きてるのに」

楓「……」

裕美「楓さんは選んだんだよね、それでも生きていたいって」

楓「はい。ずっと昔に」

裕美「悪いことがあっても、不便なことがあっても、ここで生きていることが幸せだって」

楓「言いました」

裕美「それなら……!」

楓「裕美ちゃんの選択を傷つけるわけではありません。これは私の選択です。叶うのであれば、私もこのままでいたいです」

裕美「なら諦めないで考えよう?」

楓「私も『捕食者』と繋がって長く生きてきました。結論はわかります」

裕美「それなら……そうだ、私が噛めば」

楓「……それはできません」

裕美「吸血鬼の変質は人間以外も変えられるから。洋子さんが血を吸う怪物を変えたみたいに」

楓「違います。それが理由では、ありません」

裕美「それじゃ……」

楓「私にもう変質に耐える意思が……ありません」

裕美「……」

楓「まだ『捕食者』とは繋がっています。死神の力を借りれば完全に切ることができるはずです」

裕美「……」

楓「繋がりを切れば長くはありませんが……終わりにさせてください」

裕美「何で……」

楓「私でいるためです。『捕食者』の一部でなく高垣楓でいさせてください」

裕美「何で決めちゃうの、どうして私に言ってくれないの……」

楓「あなたに背負って欲しくありませんでした」

裕美「そんなのいらないよ!」

楓「……」

裕美「私は、楓さんの……」

楓「ごめんなさい」

裕美「……私、見回りに行かないと」

楓「……裕美ちゃん」

裕美「ちょっと考えさせて。ちゃんと帰ってくるから」

楓「……はい、待ってますから」

61

出渕教会・裏庭

楓「……」

ちとせ「こんばんは、楓さん」

楓「……聞いていましたか」

ちとせ「聞いちゃった」

楓「そうですか……あなたはどう思いますか」

ちとせ「ずっと、それについては考えてたから、アドバイスできるよ」

楓「それとは……終わりについて、ですか」

ちとせ「そう。何時どうやって棺に収まるのがいいか」

楓「私の選択は間違いでしょうか。自我がなくなるまで、生き続けるべきでしょうか」

ちとせ「私も考えてた。もしも終わりの前に、意識がなくなったら。病院のベッドで呼吸器につながれたまま寝ている私。会話も出来ないけど、カタチは残ってる。きっと、あの子は毎日来てくれる。傍で寝てくれるかも。ねぇ、質問していい?」

楓「……どうぞ」

ちとせ「そうしてもらいたいの?」

楓「いいえ」

ちとせ「あはっ、一緒だね」

楓「きっとワガママなのだと思います」

ちとせ「そうだよ。ワガママ。そんな甘美な時間を意識なく過ごす未来の自分を許せない」

楓「……そこまでは思っていませんが」

ちとせ「大切な人の想いを踏みにじるんだよ。そんな自分勝手なことないの」

楓「ああ……そうなのですね……」

ちとせ「わかった?」

楓「誰かに迷惑をかけたくないことも……自分の希望なのですか」

ちとせ「そう。誰かのためじゃない。苦労を誰かにさせたくないからでもない」

楓「私が……」

ちとせ「本当はね、強くないだけ」

楓「……」

ちとせ「消える恐怖と戦いながら、1日でも長く居続けることに耐えられないの。誰かと1日でも居続けることを願い事に、耐えられない」

楓「残酷なことを言いますね、あなたは」

ちとせ「私のカワイイご主人様を困らせるからイジワルしちゃった。私も強くないから、わかるよ。人が、どんな人でもそんなに強くないことも私は知ってる」

楓「……はい」

ちとせ「後悔はない?会いたい人とか」

楓「ここに来る前のことは思い出せません。後悔も思い浮かびません。見送ってくだされば、それで十分です」

ちとせ「……そっか」

楓「後は任せました。行く末を、見守っていてください」

ちとせ「言われる側になると思わなかったな」

楓「お願いします」

ちとせ「言われてみてわかるな。私に言わせたくないことなんだ、って」

楓「……どちらに」

ちとせ「お散歩をしてくるね。少し時間が経ったら、裕美ちゃんを迎えに。行くところは予想がついてるから」

楓「……はい」

ちとせ「楓さん、かなり我慢してるでしょ。『捕食者』が離れたから」

楓「わかります、か」

ちとせ「小児科の病室で良く見たもの。家族の前では虚勢をはる、元気なフリをするの」

楓「伝えないといけませんでしたから」

ちとせ「休んでて。あなたはもう一度元気なフリをして、あの子の気持ちを聞くの」

楓「……はい」

ちとせ「行ってくるね」

62

幕間

深夜

M公園

志希「あれ、おかしいな~」

藍子「……」

志希「ニオイがしなかった。誰もいないはずなのに。シスターも吸血鬼も北東から来た奴も避けたのにな~。もちろん、人間も」

藍子「何を、しているのですか」

志希「キミ、何者?」

藍子「何をしているのか、聞いているんです」

志希「意外と頑固だね。この通り、植物を集めてる」

藍子「そちらの方は」

志希「コレ?食料兼実験体。志希ちゃんは人の体液が栄養だからね」

藍子「これ、ですか……」

志希「安心して。死んでるから見られることもないよ?キミがどんな存在でも」

藍子「……」

志希「人間から集めた人間の毒、上手く行ったみたいだよ?警察は毒殺かどうかもわかってないみたいだからね~、にゃははは~」

藍子「この辺りの植物に何をしましたか」

志希「ちょっとした実験だよ?うーん、あ、そういうことか!」

藍子「あなた、なのですね」

志希「志希ちゃんの実験に協力してくれてありがとう!良質な植物が取り放題!にゃははは!毒の実験体も増えて一石二鳥!」

藍子「……」

志希「なに、その顔?まさか、自分が正義のミカタだと思ってた?違うよ?キミはこちら側だっ!」

藍子「私の、平穏な日常を返してもらいます」

志希「にゃははは!面白いジョークだよ!キミは乱す側だよ?」

藍子「黙ってください」

志希「フーン?志希ちゃんと戦う気なんだ。えいっ、隙あり!」

藍子「これは……注射器ですか」

志希「人間から作った人間の毒。意識は速攻で混濁、多臓器不全でオダブツ……あれ?」

藍子「……」

志希「あれ、効いてない?なんで?人だよね、前見た時は……今は違う?」

藍子「わかりました……燃えてください」

志希「燃える?志希ちゃんは火に強いよ、龍でも呼んでくる気なら話は別だけど?」

藍子「見えませんか、蝶々さん達が」

志希「見える?何も見えないよ?」

藍子「蝶々さん達、準備はできましたよ」

志希「へっ?光った蝶々に囲まれてる?なんで?どこから出て来たの?」

藍子「さぁ、こちらですよ」

志希「やっば!人間に擬態してたら耐え切れない!確実に!」

藍子「はい、どうぞ」

志希「なにこれ、なにこれ、なにこれ!自然法則に反してるよ!熱い熱い、熱い!」

藍子「あなたはこの平穏な日常には」

志希「細胞が壊れる、なに、ドクター、そんなのできない!」

藍子「いりません」

志希「気管が燃えてない、喋れるのに、熱い……助け……」

藍子「毒蛇さん、さようなら」

幕間 了

63

数時間後

M公園

肇「警部、お待ちしておりました」

あい「藤原君、お疲れ様。体調に問題は」

肇「ありません」

あい「それなら結構だ。状況は」

肇「お伝えした通りです。先日と似たような死体と、焼死体が1つ」

あい「今度は焼死体か。その割には」

肇「ええ。遺体以外は燃えていません」

あい「持ち込まれたのか」

肇「いいえ、ここで燃えたようなのですが」

あい「フムン。まずは遺体の特定かな」

肇「残念ですが遺体の状態が悪く。おそらく、私達が探していた人物だと思うのですが」

あい「ドクター一ノ瀬か」

肇「いえ、その……」

あい「君にしては歯切れが悪いな。どうした?」

肇「ドクター一ノ瀬は人間、ですよね」

あい「そういうことか。遺体は後だ。第一発見者を待たせているな」

肇「はい。こちらです」

64

M公園

肇「こちらです」

亜季「警部殿が担当でありますか。助かったであります」

あい「君が第一発見者か」

亜季「いいえ。警部殿以外が来た場合はそのフリをしようかと」

あい「なるほどな、そういうことか」

亜季「ご察しの通りであります」

あい「本当の発見者に会わせてもらえるか」

亜季「問題ないであります。裕美殿、お連れするであります!」

裕美「わかった。翠さん、こっちだよ」

あい「君が第一発見者か」

翠「私は水野翠と名乗ります。どうぞお見知りおきを」

あい「これはご丁寧に。警部の東郷だ。こちらは藤原君」

肇「藤原です」

翠「大和さん、聞いてよいでしょうか」

亜季「なんでありますか?この2人はあちら側にも動じないかと」

翠「いいえ。人間としての質問です」

亜季「はて、人間としてとは?」

翠「この方々は人を殺めたことがありますか?」

亜季「……なんと?」

裕美「え……」

翠「警察の方ですから、罪に問われるようなやり方ではないのでしょう。ですが、人を死に至らしめている」

亜季「いや、それは幾らなんでも」

肇「……警部」

あい「今は関係ないことだ。事件のことを聞かせてくれ」

翠「肝の据わった人間だこと、気に入りました」

あい「話してくれるか」

翠「ええ、構いません」

亜季「……大丈夫でありましょうか」ボソボソ

裕美「……涼さんが言うには優しいらしいから」コソコソ

あい「発見したのは何時だ?」

翠「数刻前。この辺りは人の気配が消えていました、不自然なほどに」

肇「誰もいないから、訪れたということでしょうか」

翠「はい。結果として遺体を見つけ、彼女に周囲を調べてもらいました」

あい「君にか?」

裕美「うん。でも、何も見つからなかった」

翠「死体は2つ。1つは干からびた遺体です」

肇「これで2人目です」

翠「時計が止まったのは今日の夕方。毒を盛られ死への速度が上がったのはおそらくは今朝。体液を奪われたのは死後。その後、ここに運ばれたのでしょう」

肇「毒?」

あい「毒殺なのか」

翠「死因は多臓器不全、かなり苦しみました。惨いことを」

あい「待て、何故わかる?」

肇「毒は検死では見つかりませんでした」

翠「わかるものはわかるのです」

あい「……」

翠「さて、もう1つの死体ですが」

あい「焼死体の方も、わかる、のか」

翠「いいえ。わかりません。何故なら」

裕美「……」

翠「人間ではありませんから。人間以外は管轄外なのです」

65

M公園

肇「人間じゃない……」

翠「はい。種族はラミアでしょう」

亜季「ラミア?裕美殿、聞いたことはあるでありますか?」

裕美「ううん、聞いたことない。シスタークラリスなら知ってるかな」

翠「古来から存在する種族なのですよ。人の体液で生き、狡猾で色を好みます。人に紛れることも得意かと。そこのお方」

肇「私でしょうか」

翠「死体を見てください。あなたが探している鱗がそこにあります」

肇「……焼けていますが、確かに」

あい「つまり、だ」

翠「人間のご遺体は、ラミアの仕業でしょう」

あい「警察の仕事は終わりだな」

裕美「それなら……ラミアを殺したのは」

あい「見当はついているのか」

翠「いいえ。ラミアを燃やす炎となれば、龍や雷を操る神の類かと思いましたが」

亜季「龍、いるのでありますか?」

裕美「さぁ……?」

翠「それなら辺り一帯焼失しているでしょう」

肇「つまり」

あい「分からないということか」

翠「ええ。気に入りました。先ほどの殺めた件は不問とします。長生きできますよ、警察官として命を無駄にしないのであれば」

肇「……」

亜季「何か分かることはないでありますか?」

翠「私も長く存在していますが、思い当たる存在はありません。ですが、言えることはありますよ」

あい「それは、なんだ?」

翠「相手は人間ではないのでしょう」

66

M公園

亜季「あっという間に元通りでありますな。日常が返ってきたであります」

裕美「そうだね」

亜季「しかし……どなたでありましょうか」

裕美「でも、気配は全くない。あんなことができるのに」

亜季「消えられるのでありますか」

裕美「わからない。翠さんは、わかる?」

翠「私が見えないなら、死後の世界。霊を使うのかもしれませんね」

裕美「それなら、小梅ちゃんかな……今はお休み中だけど」

亜季「どこにいるのか、わかるでありますか?」

裕美「ううん、涼さんも知らないって」

亜季「そうでありますか。でも、見える人なら探せるでありますな。惠は見えたでありましょうか」

ちとせ「あっ、いたいた」

裕美「ちとせさん、どうだった?」

ちとせ「影も形もなし」

裕美「そっか」

ちとせ「落ち着いた?」

亜季「……」

裕美「そっちは大丈夫」

ちとせ「そっか」

裕美「ちとせさん、亜季さんを送っていって」

亜季「私は大丈夫でありますが、ご厚意に甘えるであります」

ちとせ「わかった。裕美ちゃんはどうするの?」

裕美「翠さん」

翠「ご相談ですか。お聞きしますよ」

裕美「ありがとう。教会に戻りながらでいい?」

翠「構いません。今宵は死神の仕事もないでしょうから」

裕美「亜季さん、またね」

亜季「ええ。何時でも来るでありますよ」

67

早朝

出渕教会・地下2階

楓「ふぅ……やはり、体調が悪いのでしょうか……」

裕美「楓さん」

楓「裕美ちゃん、それは」

裕美「朝ごはんのお粥。食べれる?」

楓「食べれると、思いますが」

裕美「一緒に食べよう。私は食べたら寝ようかな」

楓「……」

裕美「体の栄養が足りてないよ。気づいてないかもしれないけど」

楓「そうなの、ですね」

裕美「あのね、楓さん」

楓「……はい」

裕美「死神さんに聞いてきた。『捕食者』を離す方法」

楓「……」

裕美「一度止まればいいって。時計が止まれば、離れるから」

楓「知っています」

裕美「それなら、その後も知ってるよね」

楓「人としての時が戻ります」

裕美「……でも」

楓「私に、もう時間は残されてません」

裕美「……違うよ」

楓「どういうこと……ですか」

裕美「元に戻れる、その時間がもらえるんだよ」

楓「……はい」

裕美「楓さんは戻りたいの?」

楓「……今すぐに、でも」

裕美「そっか……死神さん、夜には来てくれるから」

楓「ありがとう、ございます」

裕美「お酒も、亜季さんが用意してくれるって」

楓「お酒……?」

裕美「味覚、戻るはず」

楓「……そう言えば、そうですね」

裕美「お粥、食べよ。ちとせさんが作ってくれたんだ」

楓「……知っていると思いますが、味覚がなくて」

裕美「大丈夫。元々味がないから。ちとせさん、全然家事出来ないんだよ」

楓「火を通し過ぎ、ですね」

裕美「一緒に食べよう。きっと飲み込みやすいから」

楓「はい」

裕美「いただきます」

楓「……いただきます」

68

9月初旬のとある日曜日

昼食後

久川家・玄関

凪「はーちゃん、行って参ります」

颯「あれ?アイス食べないの?」

凪「オヤツの時間には早いですよ、はーちゃん」

颯「そうかな?じゃあ、なーの分も食べていい?」

凪「構わない。お腹を冷やしてはいけませんよ」

颯「わかってるよー」

凪「やはり、はーちゃんも行きませんか」

颯「そっちは、なーだけで行くのがいいと思うな」

凪「そうですか。一緒が良いと思うのです。たぶん」

颯「ううん。違う気がする。昨日も言ったけど」

凪「わかりました。それでは、行ってきます」

69

S大学・部室棟・SDs部室

りあむ「あきらちゃん、どうどう?見つかった?」

あきら「ナシ。この辺りのSNSとか調べてるけど」

りあむ「若葉お姉さんは?5人でやってるんだよね?」

若葉「うーん、昨晩のはないです~」

あきら「見つけたと思うと、この前の情報だし」

りあむ「情報が遅い奴がいるんだな!」

若葉「りあむさんはどうですか?」

りあむ「ないよ!そもそもぼくの情報網なんて偏り過ぎてる!」

凪「こんにちは。凪が参りました」

若葉「凪ちゃん、こんにちは~」

あきら「んー、もうちょっと別の角度かな」

凪「みな、ケータイを見ている。じっくりと。何をしているのか。リズムゲームか?」

あきら「それは手元見てるとわかる」

凪「違うようです」

千夜「昨晩、また事件があったのですが」

凪「千夜さん、こんにちは。ごきげんよう」

千夜「しかし、妙に情報が少ないのです」

りあむ「そうなんだよ!だから、ネットに頼ってる!」

若葉「目撃者もいないんですよ~」

あきら「警察は何にも答えてくれないし」

凪「話を聞く人物もいない、と」

椿「ただいま、戻りました」

りあむ「椿さん!一ノ瀬博士はいた?」

椿「研究室にはいませんでした。行方もわかりませんし、電話などにも出ないと」

りあむ「やっぱり!明らかにネコ科の生き物と同じ性質だもんね!」

椿「昨日の夜11時くらいに研究室を出たことはわかりました」

千夜「その直後のことは、わかりませんか」

椿「いいえ」

りあむ「そもそも土曜日だよ?土曜の深夜に人がいるのがおかしくない?」

凪「りあむ、聞きたいことがある」

りあむ「せっかく、時子サマに頼まれたのに!凪ちゃん、何か言った?」

凪「一ノ瀬博士を何故探しているのでしょう?」

りあむ「時子サマに頼まれたからだよ!」

凪「その事件に関係があるのですか」

千夜「わかりません」

りあむ「無事じゃないと安心できないからね!何もないを証明するんだよ!」

凪「なるほど」

若葉「何もないを証明するのは難しいですね~」

千夜「同感です」

あきら「あかりが帰ってきたら」

りあむ「良い感じだったら続ける!」

凪「そうではなかったら?」

りあむ「ぼくたちの予定を優先しよう!正直、見つからなそうだし」

千夜「それで良いかと」

りあむ「あかりんご、そろそろ来る気がする」

あかり「ただいま、帰りました!山形の薄焼き煎餅をもらったんご!」

あきら「あかり、お帰り」

あかり「酒田市の会社が作ったお煎餅でとっても美味しいんですっ」

千夜「辻野さん」

あかり「パッケージも味があるんご。あっ、千夜さん、食べたいんですか?どうぞどうぞ!」

千夜「聞き込みの件、いかがですか」

あかり「全く何もさっぱりわかりませんでした!」

凪「心地よく断言」

千夜「わかりました。お煎餅もいただきます」

りあむ「こっちはおしまい!ぼくたちの疑問を解決しよう!」

70

S大学・部室棟・SDs部室

千夜「書けました。昨日の調べものはこの通りです」

りあむ「白雪ちゃん、ありがとう!最高かよ!」

凪「持田氏の手順書にありました。今こそ時系列を思い出すのです」

千夜「凪さんに賛成です。先に振り返りましょう」

凪「よし。それでは、何が始まりでしょうか」

りあむ「あかりんごが人魂を見たこと!ん、違うか?」

凪「半分は正解です」

椿「私達から見れば、ですね」

あきら「あかりがN公園で見たのは、時間的には最初じゃない」

あかり「凪ちゃんが見つけてくれた蝶々はその前からいたんですね」

りあむ「そうそう!T公園にいたクローバーのエンジェルが言ってた!」

凪「緒方智絵里さんのことのようです。彼女はもう少し後にも登場する」

あかり「蝶々は植物を治していたんですよね?」

あきら「そうだと思う。N公園であかりが見たのは、特別」

凪「昼間は人に見つかってしまう」

椿「N公園は見渡しもいいですから」

あきら「夜まで待って、見えない蝶々を動かした」

りあむ「それをあかりんごが目撃した!」

凪「運が良い。いや、悪いのか」

千夜「その蝶々により、影響を受けた植物を探しました。結果、幾つかの公園で見つかりました」

りあむ「前にまとめた、この範囲内だね!大学とアンテナショップを結んだ四角のエリア!」

凪「それでは、何故治す必要があったのでしょう」

若葉「植物が傷んでしまう理由は幾らでもありますよ~」

凪「ええ。その通りです」

あきら「今年、猛暑日も結構あったから」

椿「人が多いと踏まれたりしてしまうこともありますから」

りあむ「それならいいけど、それだけじゃない!明らかに蝶々の敵がいた!」

千夜「敵は言い過ぎだと思いますが」

若葉「あまり気の利かない人達がいたみたいですね~」

りあむ「そう!それがダンサー見習いの言ってたナンパ系!何人かで徒党を組んでる!」

凪「その通りです」

あきら「でも、その人達……」

あかり「事件に巻き込まれてますよね?」

りあむ「うん。刑事が言ってたから、その通りだと思う」

千夜「ここ数日は目撃情報もないようです」

あかり「もしかして、昨日の事件も?」

あきら「たぶん、そう」

あかり「あれ?それって、まさか」

あきら「蝶々の持ち主と」

千夜「殺人犯が同じ、ということですか」

凪「いいえ、凪はそう思いません」

若葉「私も賛成です、そうじゃないと思いますよ」

椿「私もそんな気はしますけど、どうしてですか?」

凪「目的です」

りあむ「目的?植物を治すことは手段?」

千夜「それならば目的は、何でしょうか」

あきら「植物……平穏とか」

あかり「あきらちゃん、それですっ!」

凪「イエス。平和ないつも通りに戻しているのに、公園で事件を起こすとは思えません」

りあむ「そっちは警察に任せる!蝶々の持ち主だよ、見つけたいのは!」

凪「りあむと珍しく意見が合いました」

あきら「りあむサンの言う、敵がまだ別にいる」

りあむ「T公園だね!」

凪「これも緒方智絵里さんが見つけてくれました。シーイズクローバーエンジェル」

あかり「毒とか薬品が撒かれて、枯れそうな植物が」

あきら「治ってた。明らかにおかしいスピードで」

椿「これも幾つかの場所で見つかりました」

若葉「残念なんですけど……」

千夜「……善意は思う結果をもたらすとは限りません」

椿「蝶々のお仕事は、将来的には毒になってしまうかもしれません」

若葉「T公園のクローバーは、枯れちゃうと思います」

りあむ「むぅ……世の中善人が報われるべきだよ。そうでしょ?」

あかり「性格が良いだけで報われるなら苦労なんてしないんご」

あきら「……そうデスね」

りあむ「あれ?こっちの毒を撒いた犯人わかる?りあむちゃんには全然わかんないぞ?」

椿「うーん、確かに。わかりませんね」

りあむ「ナンパ系と入れ替わってそうなタイミングになってる?気のせいか!」

千夜「本当に偶然、でしょうか」

あきら「確かめる方法あるかな」

凪「手段は簡単です。凪には考えがあります」

りあむ「凪ちゃん、その考えって?簡単にできる?」

凪「聞けばいい。蝶々の持ち主に」

71

S大学・部室棟・SDs部室

凪「りあむ、凪達はできますか?」

りあむ「出来るよ!さっき白雪ちゃんがまとめてくれたし!」

千夜「昨日の調査結果、役に立ちそうですか」

凪「はい。りあむ、蝶々の持ち主の能力は」

りあむ「植物を治すこと!自然法則を無視するくらいに!」

若葉「蝶々を消したり配置したりもできるみたいです~」

椿「蝶々の能力なんでしょうか」

若葉「能力のある蝶々を作る力なのかもしれませんね~」

凪「りあむ、蝶々の持ち主の目的は」

りあむ「想像だけど、平和な公園が好きとか?だから元通りにしたい」

あきら「それなら公園好き、がヒント」

あかり「公園好きなら、よく公園にいる?」

凪「はい」

千夜「蝶々の持ち主は公園にいる人物」

椿「この近所では知り合いも多いかもしれませんね」

凪「それがポイントです」

りあむ「そうか!わかったぞ!ぼくも冴えてるな!」

凪「りあむ、蝶々の持ち主が見つからない理由は?」

りあむ「あれ?みんな分かってる感じ?ぬか喜び?」

千夜「凪さんとお前が誘導してくれた結果です」

あきら「チームプレイとしてはいいカンジ」

りあむ「よし!自信を持って良さそうだな!」

凪「それでは、質問の答えを」

りあむ「疑われてないから!知り合いなんだよ!」

あかり「昼に堂々と出入りしてるんですねっ」

あきら「夜は逆に疑われるから」

千夜「蝶々は、普通の人には見えません」

若葉「力を発揮するのも一瞬みたいですから」

椿「範囲も狭そうですし」

りあむ「人の目に見えるのは一瞬だけ!更に効果は速攻!バレそうにないよ!」

凪「疑われない理由はわかりました」

千夜「スーパーレッドの件がありました。これから考えるに」

若葉「知り合いが能力を得た、そう考えられますね」

凪「それでは、その人物は誰か」

りあむ「それで、昨日の調査結果だよ!」

千夜「はい。誰もが知った人物であればいい」

あかり「何人か有名人がいましたっ」

千夜「その方々は名前をホワイトボードに書きました」

あきら「そこから、どう特定するか」

凪「凪もそうであるように、能力は秘匿します。それは人間の防衛反応です」

りあむ「うん。忌み嫌われて村八分からの大虐殺は昔話のバッドエンドパターンだし」

千夜「辻野さんが目撃したのは例外ですが」

凪「植物に異変が起きていることに気づけるはずです」

りあむ「ぼくでもわかるくらいにね!いつもいるなら気づくよ!」

凪「その通り。わからないはずがない」

あかり「悪い異変も、良い異変も、両方調べたらわかりましたっ」

千夜「私達は何人かに話を聞きました。時には同じ人物に」

あきら「意見は変わってきてる」

りあむ「クローバーのエンジェルなんて最初から気づいてた!」

椿「昨日で意見が変わった人もいましたね」

若葉「蝶々の力が分かりやすくなっていましたから」

あかり「気づいた人が増えて当然なんです」

凪「能力を隠すのは防衛反応、それが薄れてきている」

千夜「公園の手入れや草むしりをしているはずの彼女が」

りあむ「一人だけ意見を変えてないのは、おかしい。最初だけだったら、ゆるふわの天然さんだねっ、めっちゃカワイイ、ズルい!って思うけど」

凪「それどころか、答えもほぼ同じ。用意していたようだ」

あかり「本当にずっと意見が同じ人がいますっ……え、この人?本当に?」

りあむ「性格も、公園の平和を望んでそうな気がする」

あきら「どんな人でも仲良し。それに、まず疑われるような人じゃない」

千夜「はい。私も驚きですが、結果として出ています」

りあむ「蝶々の持ち主は……」

千夜「高森藍子さん、でしょう」

あかり「偶に見かける優しそうな人なのに。見るだけで疲れが取れるのに」

凪「結論はでました。緒方智絵里さんにいる場所は教えてもらいました」

若葉「行きましょう。強い能力ですから、辞めさせないと」

凪「相談できる人もいないのかもしれません。いや、ほぼ確実にいない」

りあむ「よし!説得しにいこう!やめさせよう!若葉お姉さん、全色集合で!」

若葉「はい」

りあむ「人払いもしないと!みんな協力して、役割分担しよう!」

千夜「はい。分担を決めましょう。凪さん、意見は」

凪「凪は話をします。他に説得役は」

りあむ「若葉お姉さんはいて!1人以外は近くに待機で!」

若葉「わかりました~。説得もがんばります~」

千夜「凪さんに、日下部さん、もう1人は……」

りあむ「えっ?ぼく?どう見てもキャスティングミスじゃない?」

あきら「ちょっと自信ないデス」

あかり「あかりんご、がんばるんご!」

千夜「……」

椿「私が行きましょうか?」

千夜「いえ、江上さんは人払いをお願いします」

椿「わかりました」

千夜「私も凪さんと日下部と一緒に行きます。辻野さん、砂塚さんは江上さんの手伝いを」

あきら「了解」

りあむ「あれ?白雪ちゃん、ぼくは?ぼくは何すればいいかな?」

千夜「好きにしてください」

りあむ「え!まさかの蚊帳の外!?酷いよ!代表だぞ!?」

千夜「言い方が悪かったです。自分の判断で動いてください」

若葉「りあむちゃんなら判断を任せられるってことですよ~」

椿「信頼されてますね。さすが、代表です」

りあむ「そ、そうかな?いや、騙されてる気もするぞ?」

凪「話は決まった。一刻も早く行きましょう。りあむ、号令を」

りあむ「ま、いいか!それじゃ、SDs出発する!日曜日が終わる前に人魂事件を解決しちゃおう!」

本日はここまで、続きは明日にでも。

それでは。

72

M公園・入口付近

凪「目標はベンチにいます」

千夜「準備は」

りあむ「椿さんが人払いしてくれた。問題なし。若葉お姉さんも、あそこに、そこに、あっちに、向こうにいるから」

若葉「はい。いつでも大丈夫ですよ」

りあむ「白雪ちゃん、お願い。ぼくは説得できそうもないし。だって、良いことしてるつもりなんだよ?善人はぼくには扱えないよ」

千夜「善処します」

りあむ「ぼくは若葉お姉さん黄色のところにいるから。通話聞いてるから頼るんだぞ、若葉お姉さんを」

凪「通話よし。お話の時間です」

73

M公園

千夜「こんにちは」

藍子「こんにちは。良いお天気ですね」

千夜「ええ。高森藍子さん、お話があるのですが」

藍子「お話ですか?はいっ、ベンチにどうぞ♪」

千夜「おかまいなく」

藍子「そうですか?私、お喋りが長くなっちゃうので」

凪「ほう、時間操作系か」

若葉「……」

千夜「お聞きしたいことがあります」

藍子「なんですか?」

千夜「改めてお聞きします。何か変わったことはありますか」

藍子「ありませんよ。とっても平和です」

千夜「それでは、人魂を……いえ、違いますね」

凪「蝶々を見ませんでしたか?」

藍子「蝶々ですか?見てません」

若葉「……」

千夜「植物が育っているのを見ませんでしたか」

藍子「今年は晴れの日が多かったですから、キレイですよね」

千夜「そうでは、ありません」

若葉「よく見てる、あなたなら分かると思います」

凪「フツウでない成長をしているものがある」

藍子「ありませんよ。そんなこと、ありません」

千夜「試すような物言いをして、申し訳ありません」

若葉「……間違いないです」

凪「お話に来ました」

藍子「なんですか?」

千夜「私達でもわかるほどに、異変は起きています」

凪「植物を治す緑の手。平和を守る蝶々。その持ち主は」

千夜「あなたです、高森藍子さん」

74

M公園

藍子「違いますよ」

凪「肯定はしないようです」

千夜「私達は肯定の言葉を聞きたいわけではありません……日下部さん、お願いします」

若葉「聞いてください。その力はとっても強いです」

藍子「なんの話ですか?」

若葉「植物が育つには時間が必要です。昼と夜を繰り返さないと、元気にはなりません」

藍子「……」

若葉「気持ちはわかります。でも……あなたの力で一時的に強くなっても枯れてしまう」

千夜「……」

若葉「お願いだから、辞めてください。強い力を使ってるので、あなたも消耗してるはずです」

藍子「……」

千夜「私からもお願いします。凪さんも、お願いしてください」

凪「公園の保全活動は手伝います」

若葉「どうですか……?」

藍子「私には、何のことだか……わからな……」

若葉「……」

凪「若葉お姉さんをじっと見ている」

藍子「だって……あの人、毒を撒いたんですよ」

凪「……あの人とは」

藍子「言ったのに。怪しい女の人がいるって」

千夜「聞きました。彼女が誰かもわかっています」

藍子「わかりました、何もしてくれなかった理由が」

凪「手を伸ばした。若葉お姉さんの方に」

千夜「……凪さん!」

凪「凪は、見ました」

千夜「指が、消えた……?」

藍子「仲間だったんですね。あなたも」

凪「話がわからない」

千夜「申し訳ありません、一体何を……」

藍子「同じようにここで燃やしたりしません、だけど怯えてもらいます」

若葉「えっ、光る蝶々が首に」

藍子「もしも平和を乱すようだったら。蛇の妖怪みたいに、こうですよ」

若葉「きゃあ!」

千夜「日下部さん!」

凪「凪は見ました。蝶々を。光る蝶々を」

藍子「あれ?おかしいですね」

千夜「よかった、無事の様です」

りあむ「ダメだ!若葉お姉さん!突撃!」

若葉「捕まえますよ!」

若葉「隙あり!」

若葉「大変です~」

若葉「逃がしませんよ~」

藍子「忠告はしましたよ?サヨナラ」

若葉「きゃっ!」

若葉「おっとっと、危ないですよ~」

若葉「衝突しちゃいました~」

若葉「消えた……?」

凪「凪は、見ました」

千夜「私も……見ました」

凪「蝶々になって、消えてしまいました」

千夜「日下部さんが抱き合う格好に」

りあむ「そんなことより若葉お姉さん!大丈夫!?息が荒いよ!何されたのさ!?」

凪「わかりませんが」

千夜「殺意があった……そんな人物ではないはずですが……」

りあむ「外傷はない!喋れる!?というか、聞けばいいんだ!黄色の若葉お姉さん!緑の若葉お姉さんの状態は!?」

若葉「元気過ぎて調子を崩してます~。しばらく安静にしたら前より元気になると思いますよ~」

りあむ「よく意味わかんないけど、帰ろう!赤の若葉お姉さん、車持ってきて!部室に運ぶよ!今なら誰にも見られてないし!」

若葉「わかりました!」

凪「千夜さん、凪はわかりました」

千夜「私もわかりました。蝶々を使うのではなく……」

凪「あの人が蝶々の集合体でした。いや、なったと言うべきか」

75

夕方

S大学・部室棟・SDs部室

あかり「若葉お姉さん、大丈夫ですか?お水をどうぞ」

若葉「ふぅ、ありがとうございます~」

あかり「うん、熱も下がったんご!」

あきら「何か、肌がつやつやしてる?」

あかり「本当ですね!でも、何ででしょう?」

若葉「それは、私が植物の性質も持つからだと思いますよ~」

あきら「植物の性質?」

千夜「日下部さん、大丈夫でしょうか」

若葉「おかげさまで~」

千夜「言っていた通りでした。安心しました」

若葉「私は私ですから、私のことはわかるんですよ~」

千夜「そのようですね」

りあむ「ただいま!あぁー、めっちゃ緊張した!怖かった!」

あかり「りあむさん、警察の人から情報聞き出せましたか?」

あきら「ここが重要」

りあむ「聞き出してやったよ!嘘じゃない!光る蝶々に一ノ瀬博士が倒されてた!」

若葉「……やっぱり」

りあむ「アジトも見つけたって!行方不明のナンパ系が監禁されてたのも見つけた!犠牲者一人減らせた!」

千夜「これで話が繋がります」

若葉「どうにかしないと、行けませんね」

りあむ「うん。緑の若葉お姉さん、会議に参加できる?」

若葉「はい」

りあむ「何か話が大きくなっちゃったけど、対処法を考えるよ!あかりんごの安全のために」

あかり「あれ、私ですか?」

あきら「最初からずっとそう」

千夜「残念ですが、ここまで来て本当に危険なことがわかりました」

凪「皆さん、始められますか。椿さんがコーヒーの準備をしてくれました。凪にはソーダを」

千夜「ええ。皆さん、テーブルへ」

76

S大学・部室棟・SDs部室

りあむ「結果的にだけどさ、もしかして、全部の疑問が解決した?」

椿「そうみたいです」

千夜「ええ、結果的に」

あきら「毒を撒いた犯人、わかった」

千夜「私が高森藍子さんから聞いた、不審な女性と同じ人物です」

りあむ「それは一ノ瀬博士だった!毒を撒く前から良い印象なかった、これはりあむちゃんの妬み入りだけど!」

凪「そして、彼女はそれだけではありません」

あきら「昨日の事件で、被害者だった」

あかり「被害者だけど、干からびた遺体を放置した犯人だったんですよね?」

若葉「しかも、人間ではありませんでした」

千夜「蛇の妖怪、と言っていました」

凪「盛りだくさんです」

りあむ「まさかだよ!役割乗せ乗せ過ぎて大混乱だよ!」

凪「しかし、わかることが増えた」

千夜「時系列的にも説明がつきます」

凪「蝶々が出現することになった原因を作っていたのは」

りあむ「ナンパ系から毒を使う博士に入れ替わった!」

あかり「入れ替わった理由は」

あきら「声をかけてはいけない存在に触れてしまったから」

あかり「都会は怖いんご……」

りあむ「博士のアジトには植物も一杯あったらしいよ!」

椿「毒を撒く前から、公園のお尋ね者だったんですね」

千夜「私達に忠告していたのですから、高森藍子さんは気づいていたのでしょう」

あきら「すぐに捕まえてたら、何も起こらなかった、のかな」

千夜「いいえ。財前さんが警告に言っていますが」

りあむ「何も止まってなかった!だって、その後遺体が2つ見つかってる!」

若葉「相手は人ではありませんから」

あきら「……人でないことを明らかにして、教会の人達に突き出さないといけなかった」

千夜「このような事態を起こさないためには、それが必要でした。しかも、数日中に」

あかり「それは、難しいです。自分の力を越えちゃうことは、直ぐには出来ないんです」

若葉「もしも、その道があったとしたら。それは、高森さんが言ってくれた時だけだと思います」

あきら「……自分が変わったこと?」

若葉「はい。日下部若葉として、とってもわかります」

千夜「……」

凪「それも難しいことです。人は隠します」

若葉「そうですね~。私はラッキーでした」

りあむ「あきらちゃん、気になった!さっきなんて言ったの!?」

あきら「さっき……自分が変わった」

りあむ「蝶々の持ち主は、変わったの?」

あきら「あ、勝手にそうだと思ってた」

りあむ「いや!正解だと思う!そんな気がする!」

若葉「私もそう思いますよ~」

凪「同感です。疑われない理由からしても」

あかり「顔馴染みだったから、ですねっ」

千夜「それと、スーパーレッドの話もあります。変えてしまう存在もいます」

りあむ「いきなり変わっちゃったから、相談相手がいないってこと」

椿「はい。それと、気になることも幾つか」

若葉「自分の能力を把握してない気がします」

凪「しかし、能力は強力です。生命を操る能力は、若葉お姉さん、いかがでしょうか」

若葉「とっても凄い力ですよ」

凪「そういうものには反動がつきもの」

若葉「どこからエネルギーを得ているんでしょう……心配です」

千夜「凪さんは見たと思いますが、高森藍子さんは自分の肉体を蝶々に変えていました」

りあむ「気づかれない理由もわかった。消えれる、というか変われる」

凪「別のチャネルを移動しています。蝶々となって」

千夜「気配がないと、お嬢さまが言っていた通りです」

あかり「えっと、はい!」

りあむ「あかりんご、手を挙げてどうしたの?質問?」

あかり「その、大丈夫なんでしょうか。体調とか」

りあむ「うーん、直接見たわけじゃわからないけどさ、マズイ気がする。若葉お姉さん、どう思う?」

若葉「蝶々を使う能力なら良かったんですけどね~」

あきら「やっぱり、問題か」

若葉「人間は、別のチャネルにはいけないはずです」

椿「……」

若葉「もう人じゃないのかも、しれません」

凪「蝶々の集合体ということ、ですか」

若葉「はい……そうじゃないかもしれないですけど」

あきら「それなら、どうやって人間に化けてる?」

凪「それはわかりません」

千夜「ですが、様子がおかしいです。時間の問題かと」

あかり「高森藍子ちゃんでいられなくなっちゃう」

あきら「……もう1体倒してる。誰にも気づかれずに。しかも圧倒してる」

あかり「……」

椿「私達の力では対処できません」

若葉「教会の人達に助けてもらいましょう」

凪「相手は強敵ですが、凪には対策があります」

りあむ「対策?相手、消えるんだよ?幽霊みたいに」

凪「若葉お姉さん、蝶々の個体は格が高いでしょうか」

若葉「集まれば強いと思いますけど、一匹一匹はそこまでじゃないですよ」

凪「それならば問題ありません」

りあむ「どういうこと?凪ちゃんが捕まえられるとか?」

凪「教会には『捕食者』がいます」

若葉「『捕食者』……もしも最悪の事態になったら、絶対に倒せます」

凪「あれは掃除屋です。間違いありません。人間の窓口があって助かりました」

千夜「最悪を避けるために、動きましょう」

りあむ「すぐに!若葉お姉さん、車出してくれる!?」

若葉「どうぞ~。準備できてますから」

りあむ「白雪ちゃん、行こう!」

あきら「高森サンの場所、調べとく」

千夜「わかりました、急ぎましょう」

77

出渕教会・地下1階

クラリス「……」

千夜「……」

美由紀「クラリスさん、どうするの?」

クラリス「お話はわかりました。涼さん、おりますか」

美由紀「斜め後ろにいるよ」

涼「ああ」

クラリス「高森藍子さんの様子を見て来てください」

涼「わかった。居場所については」

りあむ「あきらちゃんが調べてくれた!自宅にいるみたいだよ!」

涼「ありがとな、行ってくる」

美由紀「気をつけてねー」

クラリス「報告が来るまでに、お話を」

千夜「わかるのでしょうか」

りあむ「昔もいたとか?」

クラリス「完全に一致する存在は私の記憶ではおりません。お二人にご質問を」

りあむ「質問?」

クラリス「人間の心は、どこにありますか?」

千夜「……難しい質問ですね」

りあむ「昔の人は胸にあるって言ってた。心の臓器だから心臓だって」

千夜「心臓ではないとしても。全てが脳の中、とは言い切れません」

りあむ「うん。人間は脊髄反射もするからね。脳に必要な物質は別の所から来るし、気分も知性もどこにあるかは決められない」

クラリス「心と体は不可分です。高性能な計算機は心を演算できるかもしれませんが、計算機で演算していること自体が違いを生みます」

りあむ「ぼくの心は白雪ちゃんには宿らない、ってことだね!白雪ちゃんだったら、ぼくも落ち着いた性格になるかも」

千夜「こちらから願い下げです。おぞましい妄想をするな」

クラリス「白雪さんには申し訳ありませんが、黒埼さんも人間の時と心は変わっています」

千夜「……それは、わかっています」

りあむ「でもでも、ちとせは変わってないよ。性格もだけど、体もそんなに」

クラリス「吸血鬼の特性でしょう。人間が変質した存在ですから、人間らしさを保っています」

りあむ「なんだ……イヤな感じがするぞ。悪い点と点が繋がった気がする」

千夜「それならば、高森藍子さんはどうなのですか」

クラリス「どのように、人間としての姿を維持しているのか理屈はわかりません」

りあむ「まさか、外側がそう見えるだけ?中身は蝶々の大群とか」

クラリス「気になることがあります。どのように蝶々を操り植物を育てるエネルギーを得ているか」

千夜「日下部さんも同じことを言っていました」

クラリス「私達の協力者に、ネクロマンサーの白坂小梅さんがおります。彼女といえども、能力の強大さと引き換えにリスクを伴います」

りあむ「ネクロマンサーって死体とか幽霊とか操る人だよね、ヤバイ奴じゃん」

クラリス「物質世界とは別の場所から力を得ますが、開けることは肉体と精神の消耗を招きます」

りあむ「今いないよね?そのせいで休んでるの?」

クラリス「はい」

美由紀「涼さんがとっても心配しちゃうから、平和なところで休んでるんだよ」

クラリス「そのような能力を持つ人物は消耗を補うために過食をしたり、飢餓状態に強くなるように修行をしているのが常です」

千夜「修行僧のようなもの、でしょうか」

クラリス「修行を経ているならば問題はありません。問題なのは違う場合です」

りあむ「修行してない時?」

クラリス「偶発的にそのような能力を得た場合、多くは不幸な結末を迎えます」

千夜「不幸な結末……」

クラリス「肉体の欠損です。こちらの事情など分かってはくれませんから」

りあむ「なんか、マンガで見た気がする。腕持ってかれた、ってやつ」

クラリス「時には死や、完全な消滅を招きます」

千夜「……」

クラリス「前置きが長くなりました。開けることにエネルギーを使いますが、効率の良い方法があります」

りあむ「わかったぞ。貯めるとか?」

クラリス「その通りです。別の場所から得た力を貯め込むのです」

千夜「危険なように聞こえますが」

クラリス「器がなければ水は溜まりません。肉体を代償に変質を行った例は存在します」

りあむ「それって、幽霊になるってことだよね?人間じゃなくて」

クラリス「イメージとしては正しいかと」

千夜「今回も、そうなのですか」

クラリス「何かを犠牲にしなければ、強大な力は得られません。高森藍子さんは、蝶々を産み出す代償を払っています」

りあむ「ん?ちゃんと食べればいいんじゃないの?さっき、過食とか断食修行とか言ってたし」

クラリス「力を使う量や頻度が小さいのであれば、それで良かったでしょう」

千夜「……違うと」

クラリス「ラミアの毒を打ち消し、ラミアそのものを葬るような力です。多くの肉体を変異させることで結果を得たと考えています」

りあむ「え?今はどうなってんの?りあむちゃんには理解不能だよ!」

クラリス「蝶を増やせば、力を保つことは容易です」

りあむ「開けるための肉体もいらなくなった、ってこと?何もしなくても、緑の手をいつも使える?」

クラリス「そうなります」

千夜「つまり……彼女が願ったからですか」

りあむ「力を使って平穏な日常を保とうとしたから。辞めなくちゃいけなかった、関係ない関係ないって、ジコチューの方が良かったんだよ。ラミアだか何だか無視してさ」

千夜「ままならぬものですね」

クラリス「今は願いましょう。彼女が残っていることを」

78

出渕教会・地下1階

涼「ただいま」

千夜「お早いですね」

涼「ああ。シスターから状況は聞いたか」

りあむ「聞いた!それで、どうだったの?」

涼「死神は人間の時計が見える。高森藍子には時計がない」

千夜「既に人間である部分はない、ということですか」

クラリス「願いは届きませんでした」

千夜「ならば、進む道は1つしかありませんか」

りあむ「いや!でもでも!人間じゃなくても、善い存在の可能性はあるよ!どう見たって性格良さそうでしょ!」

美由紀「うーん、難しいと思うよー」

りあむ「そこから反対意見が出るのか。どうして?」

美由紀「女王様がいないんだもん」

クラリス「群体だけで共通意識を持つことは難しいのです」

美由紀「若葉ちゃんに聞いてみて、大変だって言うよ」

クラリス「今は形を保っているようですが、高森藍子さんの善意を保てなくなるのは時間の問題でしょう」

涼「美由紀の言う女王様、人間の高森藍子がいない」

りあむ「う……実際、明らかに敵意むき出しだったけどさ……」

涼「それと、もう1つ」

クラリス「悪い知らせでしょうか」

涼「千夜サン、S公園の老桜は知ってるか?」

千夜「知っています」

りあむ「ちとせと見た!枝垂桜だよね!」

千夜「ここ数年、咲いているのは見たことがありませんが」

りあむ「ちとせが咲いたらキレイかな、とか言ってた」

涼「それが、咲いてる」

りあむ「全く時期じゃないよ!おかしいでしょ!ていうか、咲けるような状態じゃなかった!」

クラリス「平穏とは程遠い出来事です」

りあむ「桜の時期を考えられなかった、ってことか?」

千夜「高森藍子さんの考えとは違います」

りあむ「ごめん、白雪ちゃん。やっぱり奇跡は起きないと思う」

千夜「お前が謝ることなどありません。望んだものではありませんが、結論は出ました」

クラリス「『蝶』への対処が必要です」

美由紀「でも、見えなくなっちゃうんだよねー」

クラリス「私の力では対処できません。見えるのならば問題はありませんが」

涼「アタシも領域外だな」

クラリス「ネクロマンサーもおりません」

千夜「その結論は出ています」

りあむ「そう!若葉お姉さんからも教えてもらった!それぞれは小さいから、何とかなる!」

千夜「高垣楓さんに対処をお願いしたいのです」

りあむ「凪ちゃんが言ってた『捕食者』なら天敵!一網打尽!」

美由紀「あー……」

クラリス「……」

涼「……」

りあむ「あれ?変なこと言った?」

涼「考え方はあってる。『捕食者』が正解だ」

美由紀「『捕食者』さんのお腹も一杯になると思うよ」

クラリス「今この時でなければ、当然の帰結です」

りあむ「……どういうこと?」

クラリス「『捕食者』はここにはおりません」

79

S大学・部室棟・SDs部室

凪「ふむふむ」

千夜「話は以上です」

若葉「……あちら側じゃなくなる選択をしたんですね」

椿「私は悪い選択ではないと思います」

千夜「ええ……しかし、タイミングは良くありません」

あきら「状況は想定外に悪い方向」

あかり「うーん……どうしたらいいんでしょう……」

りあむ「若葉お姉さんも全色集合で頭抱えてるし」

若葉「このままだと更に悪いことが起こりそうです……」

椿「悪いこと、とは」

若葉「力を使うために何かを食べ始めるかもしれません。もしかしたらラミアも燃えたんじゃなくて……」

りあむ「動物から力を吸って、植物に与えてるってことか」

あきら「ただ生き延びるためにそれをするかも」

あかり「早く止めないと!りあむさん、方法はあるんですか!?」

りあむ「『捕食者』を見つけて連れてく。それしかないと思う」

あかり「でも、見えないんですよね?」

あきら「違うチャネルの存在デスから」

凪「いいえ。ここは凪の出番です」

あかり「そっか!見えるようになるんですねっ!」

椿「妹さんと2人なら」

凪「はい。はーちゃんを部室にお呼びしました。急用と伝えたら来てくれます」

千夜「教会の人々が言うには、遠くには行ってはいないそうですが」

りあむ「居場所はわからない!そもそも行動原理なんてないみたいだし!」

若葉「『捕食者』は食べるため以外の能力はほぼありませんから」

千夜「お前、財前さんからの連絡はありましたか」

りあむ「あったよ!霊感がある人が部室に来てくれるって!」

凪「それは心強い」

りあむ「久川姉妹とその人で『捕食者』を見つけて!ぼくたちは『蝶』の監視しておこう!」

あきら「今は自宅にいるっぽい」

りあむ「おっ、流石あきらちゃん!でも、消えられるけど平気なの?」

あきら「それも対策してる。あかり、大丈夫?」

あかり「はい!公園の近所にいる人達から連絡がもらえます!」

千夜「準備はできました」

りあむ「そう!まずは颯ちゃんと霊感がある人を待とう!」

80

S大学・部室棟・SDs部室

千夜「颯さんがいらっしゃいました」

颯「こんにちは!」

りあむ「待ってたよ!」

颯「なー、急に来てって何があったの?」

凪「実は、探し物をしたいのです」

颯「探し物?みんなで見つけられなかったの?」

凪「はい。はーちゃんとでなければ見つけられません」

颯「そうなの?早く見つけて帰ろうよ、ゆーこちゃんがお夕飯作り始めてるよー」

若葉「……あれ?」

凪「ええ。見つけたいものは『捕食者』です」

颯「え?」

凪「『捕食者』です。食べねばならない相手がいます」

颯「どこかに行っちゃったんでしょ?美味しそうな相手なら出てくるから大丈夫だよ」

りあむ「む?んー?なんで知ってるのかな?」

コンコン!

凪「ノックの音がしました」

千夜「財前さんが連絡してくれた人でしょうか」

あきら「入ってきた」

伊集院惠「お邪魔するわ。時子ちゃんから言われてきたのだけれど」

伊集院惠
S大学工学部の修士課程1年生。時子とは学部時代に同じサークル、SWOWに所属していた。科学的な目も非科学的な目も兼ね備えるとか。

あかり「すっごい長髪のめっちゃ凛々しい美人が来たんご、財前さんのお友達はレベルが高いです」

惠「へぇ、時子ちゃんから聞いている以上にバラエティ豊かなのね」

あかり「えっ?あきらちゃん、見ましたか」

あきら「うん……何もないスペースを避けた」

あかり「まさか、何かいるんじゃ……」

あきら「そうだとしたら、本当に見える人なんデスかね」

あかり「財前さんが言うんだから本当に決まってますよっ」

惠「夢見りあむさんは?」

りあむ「ぼくだよ!時子サマが呼んでくれた人だよね!」

惠「伊集院惠よ、よろしく。時子ちゃんからは詳しく聞いてないのだけど、私に何を手伝って欲しいのかしら」

あきら「平気なのはわかってるけど……」

あかり「時子ちゃん呼びはこっちが緊張するんご……」

颯「えっと、この人が来たからもう平気かな?」

凪「いえ。2倍速の方が良い」

りあむ「『捕食者』を探して欲しいんだ!幽霊とか見えるんでしょ!?」

惠「えっ?」

あかり「驚いた顔も美しいんご……都会の大学生は凄いんですね……」

あきら「あかりは何に注目してるの?」

颯「……」

惠「ごめんなさい、確認していいかしら。何を探すのかしら?」

凪「『捕食者』です。大きな口です」

りあむ「おねーさん、気になることがあるの?探したくないとか?」

惠「いえ、『捕食者』ならそこにいるから驚いて。高垣さんが近くにいるのかしら」

若葉「やっぱり……」

りあむ「え?本当に!?」

あきら「さっき避けたの……『捕食者』がいたから」

凪「何と。確認するしかない。はーちゃん、チューニングを」

颯「……」

凪「はーちゃん?何故手を隠すのです……か」

颯「えっと、このお姉さんが見つけてくれたから大丈夫だよ」

凪「はーちゃんは凪の妹です。わかります。ごまかさないでください」

颯「……」

凪「はーちゃん、凪は許しません。そんなことは許しません」

りあむ「凪ちゃん?どうしたの?落ち着いた方が良くない?」

凪「はーちゃんは、フツウの幸せになって欲しい。あちら側ではないフツウの」

惠「ごめんなさい、言わない方が良かったのね」

凪「『捕食者』と契約しているのですか、はーちゃん」

りあむ「へっ?どういうこと?凪ちゃん、ぼくに説明してよ」

椿「……」

凪「何故相談してくれなかったのですか。その後でも良かったはずです。それより、どうして『捕食者』と契約できたのか。まさか。高垣楓に唆されたのですか」

颯「そんなことしてない……楓さんはそんな人じゃないから」

千夜「凪さん、落ち着いてください。颯さんも、まずはお話を」

颯「わからないよ、なーには」

凪「はーちゃん?」

颯「なーといなくても見える時があって、ここじゃなくて教会の方が居場所のような気がして……本当は一緒じゃ決められないことがたくさんあるのに」

凪「……」

颯「これは自分で決めたことだから!なーには関係ない!」

凪「はーちゃん……」

颯「これからも関係ない!なーは、そっちにいた方が良いんだから!」

椿「颯ちゃん、待ってください!」

あかり「行っちゃいました……」

千夜「『捕食者』の場所は分かりましたが……」

あきら「問題はこっちかな……」

凪「……」

椿「凪さん?」

凪「追いかけます。凪ははーちゃんの姉なので。前にいて、導いてあげないといけません。それでは」

あかり「凪ちゃん、そっちは逆です!」

あきら「いや……あえて逆に行ったんでしょ」

椿「それは困りましたね……」

りあむ「問題発生だよ!こんなことになるなんて!」

あきら「『捕食者』がせっかく見つかったのに」

りあむ「あきらちゃん、そんなのどーでもいい!双子だぞ?いつも一緒にいたのに、っていうか、夜は同じ家に帰んないといけないんだぞ!?即解決しないとまずいよ!」

あかり「うんっ!りあむさんの言う通りですっ!」

りあむ「姉妹でギクシャクすると辛いのはぼくがよーくわかってるからね!能力差があったりすると、特に……あ、そっか」

あきら「急に黙って、どうかしましたか」

りあむ「この話は後!追っかけるよ!どっちかを説得にしにいく!同じ思いをさせる必要はない!」

あかり「珍しくやる気があるみたいですけど、りあむさんだと難しいと思います」

りあむ「えっ……まぁ、らしくないことはしようとしたけどさ。自信がなくなること言うなよう」

千夜「辻野さんに賛成です。江上さん、日下部さん」

椿「はい」

千夜「颯さんをお願いできますか。日下部さんは1色だけで」

椿「わかりました。行ってきます」

千夜「どうやら教会の方々も把握していないようです。教会へお連れください」

若葉「はい~。椿さん、行きましょう」

千夜「私は、凪さんと話をしてきます」

あきら「千夜サン、独りデスか?」

千夜「はい、私はこちら側に残された気持ちがわかりますから」

りあむ「……わかった。白雪ちゃん、信じていい?」

千夜「ええ。代表の仕事は信じて送り出すことです。お前はそれでいい」

りあむ「いいぞ!白雪ちゃん、頼んだ!行ってこい!ここで待ってるから!」

千夜「行ってきます。すぐに戻ります」

あかり「千夜さんに任せましょう」

あきら「うん」

惠「……夢見さん、ごめんなさいね」

りあむ「おねーさんが謝ることはないよ。うん。いつか絶対にバレるし。久川姉妹は互いの変化ずっと気づかないほど鈍感じゃないから」

惠「そういうことにしておくわ。私からも、お願いしていいかしら」

りあむ「任せて!うちの白雪ちゃんと先輩達がなんとかしてくれる!」

惠「信じるわ。時子ちゃんには伝えておくから、がんばってね」

あかり「はいっ。がんばりますっ」

81

S大学・構内

凪「……」

千夜「凪さん。遠くには行っていなかったのですね」

凪「凪は中学生です。行動範囲は狭く、逃げる場所もありません。なので、キャンパスのベンチに座っている」

千夜「隣に、座ってもよいでしょうか」

凪「凪は気にしません」

千夜「ありがとうございます。失礼します」

凪「凪と同じように、はーちゃんも中学生です。遠くには行っていません」

千夜「江上さん達に探してもらっています」

凪「それなら安心です」

千夜「凪さん、最初に聞きたいことがあるのですが」

凪「本当は、凪がはーちゃんを追いかけるべきなのです。わかります」

千夜「聞くまでもありませんでした。動転していますね、凪さん」

凪「そんなことはありません。凪はこの通りです、いつも」

千夜「いいえ。あなたの心持ちを判別するのは難しいとは思いません。凪さんは無表情ではありませんから」

凪「……わかってしまうのですか。わかるのですか」

千夜「お嬢さまのほうがよほど、お考えがわかりません」

凪「千夜さんは凪が考えていることがわかるのですか」

千夜「わかります、今は」

凪「それは何でしょうか」

千夜「自分が、何に憤っているのかわからないのでしょう」

凪「……」

千夜「いかがでしょうか」

凪「そうか。わかりました。そうなのです」

千夜「私達で、この問題を解決しましょう。力になります」

凪「……」

千夜「お話いただけませんか」

凪「そうすべきとわかります。でも、話せません。今は。時間をください。待っていてほしい」

千夜「待ちます。凪さんが話してくれるまで」

82

S大学・部室棟・SDs部室

りあむ「うー、あー、むー」

あきら「りあむサン」

りあむ「大丈夫かな?白雪ちゃんとケンカになってないかな?口滑らせて変なこと言ってたり……うーん、心配だよ」

あかり「心配そうにウロウロしてますね」

あきら「立派な態度で送り出したのに」

りあむ「心配なものは心配なんだよ!親心ってのがわかったよ!」

あきら「りあむサンが焦っても意味ないデス」

あかり「りあむさん、座ってください。ほらほら!」

りあむ「あかりんご、わかったから押さなくていいから。うん、座る。任せたのはぼくだもん。信じる」

あきら「それでいいんデス」

りあむ「ふー、ふぅー、ふぅぅー」

あかり「必死に落ち着こうとしてるんご」

あきら「りあむサン、さっきは見直しました。良いコト言うんデスね」

りあむ「えっ?りあむちゃん、何か言った?」

あきら「無意識デスか」

あかり「『蝶』の話があるのに、凪ちゃんのことを心配してました」

あきら「うん。それで皆が同じ方向見れた」

あかり「さすが代表ですっ!」

あきら「一番大切なコト、間違えなかった」

りあむ「そうかな?うん、これは自信持って良い気がする。そうする」

あきら「そう言えば、りあむサン、何か言い淀んだことがあったような」

りあむ「そっちは覚えてるよ。あのさ、ぼくのお姉ちゃんってさ」

あかり「りあむさん、お姉さんいるんですか?」

りあむ「渡米して画家とかいって。あんな奴に勝てるわけないよ。マウント取られまくりなんだよ」

あきら「アメリカでアーティストの姉……りあむサンも大変デスね」

あかり「気にするものなんですか?」

あきら「少しは。たぶん、りあむサンは気にし過ぎだと思うけど」

りあむ「ぼくもそう思うけど、仕方がないんだよ!ずっと傍にいる人間をどうしても比較しちゃうんだよう!」

あかり「気にし過ぎはよくありません!りあむさんはりあむさん以上でも以下でもないですよ」

りあむ「以上にも以下にもなれないから、やむんだよ。やめやめ、前置きが長い。それでさ」

あきら「前置きだったんデスか」

りあむ「双子だけど同じなわけない。若葉お姉さんみたいな存在じゃないでしょ」

あかり「凪ちゃんと颯ちゃんのこと、ですか?」

りあむ「うん」

あかり「確かに、性格とか話し方は違います」

あきら「服装とか趣味も」

あかり「ずっと一緒で仲も良いのに不思議ですね」

あきら「りあむサンが言った通り、二人は別人です。若葉サンとは違う」

りあむ「頭も心も一緒じゃなくて、それぞれなんだよ」

あかり「一緒だったら、楽しくないと思います」

りあむ「たぶん、違うんだよ」

あきら「違う?」

あかり「何が違うんですか?」

りあむ「能力」

あきら「……能力」

あかり「運動神経とか、勉強とか、じゃないですよね」

りあむ「うん。勉強は凪ちゃんの方が出来るらしいけど、そっちじゃない」

あきら「チャネルを変える力デスか」

りあむ「凪ちゃんは2人なら見えるって言ってたけど、たぶん、違う。本人が気づいてるかどうか、わからないけど」

あかり「どういうことですか?何が違うんでしょう?」

あきら「違うのは……2人なら、かな」

りあむ「うん。颯ちゃんの言ってたことが気になった」

あかり「凪ちゃんがいなくても見える、ですか」

りあむ「もしかしたら、颯ちゃんだけが特別な力を持ってた」

あきら「凪チャンは持ってない。本当は、分けてもらってるだけ」

りあむ「ねぇ、あかりんご、あきらちゃん」

あかり「何ですか?」

りあむ「双子の妹が、あちら側に行っちゃうなら止めるよね」

あきら「……止める」

あかり「あっ、りあむさんの言いたいことがわかりました」

あきら「……」

あかり「凪ちゃんが、2人なら、見えるを強調するのは、颯ちゃんが1人で見えなくするため」

りあむ「2人でチャネルをあわせる儀式がないと見えないと思い込ませてる。凪ちゃんが理解してるかどうかわからないけど。自分でどういう意味があるか、わかってないかも」

あきら「2人には凄い差があるかも」

りあむ「凪ちゃん、知識はあるけど、能力はほとんどないとか。霊感皆無」

あきら「颯チャンの方は、興味はないけど」

りあむ「分かっちゃうから興味ないんだと思うよ。好奇心がないと勉強なんてしないもん」

あかり「凪ちゃんは、颯ちゃんから離れたくなかったのかな」

りあむ「そりゃあ、あんなにカワイイ妹だもん。イヤに決まってるよ」

あきら「でも……あちら側に行っちゃった」

あかり「相談もなく」

りあむ「勝手に自分の力で。情けなくなるよ。だって、こっちにはそんな能力ないのに」

あきら「……」

あかり「千夜さん達、大丈夫でしょうか」

りあむ「ぼくは信じる。喋ってたら何か落ち着いてきた。ちとせを見送った白雪ちゃんなら凪ちゃんも説得できる。はず」

あきら「椿サンの方は」

りあむ「笑顔で変なこと言うけど、立派なお姉さんだから。変な時があるけど」

あきら「まぁ、確かに」

りあむ「それに若葉お姉さんもいるし。颯ちゃんは完全にあちら側に行ったわけじゃないから、ぼくたちの方にいてくれる若葉お姉さんなら何とかできる」

あかり「わかりました。りあむさんの言うことも信じます」

あきら「待ってよう。『蝶』の様子を見ながら」

りあむ「うん。ぼくたちは待つ。そんで、仲良く家に帰るのを見送る」

83

丘の上にある公園

颯「……」

椿「颯さん」

若葉「ここにいたんですね~」

颯「サークルのお姉さん達……心配させちゃったかな」

椿「少しだけ」

颯「なー、怒ってる……?」

椿「うーん、難しい質問です」

若葉「怒ってるだけじゃないと思いますよ」

椿「色々と考えちゃってるみたいです」

若葉「カワイイ妹さんが悪いと決めつけられませんから」

颯「……」

椿「凪さんは任せてください。夜には仲直りしましょうね」

若葉「そうですよ~」

椿「颯さん、お聞きしたいことが」

若葉「『捕食者』と繋がっていることを知っている人はいますか?」

颯「ううん、誰も。なーが知らないくらいだもん」

若葉「高垣楓さんも、ですか?」

颯「……そう。楓さんは知らないよ」

椿「颯さんが選んだこと、なんですね」

颯「……間違いだったかな」

椿「颯さんが自分の心に従ったなら、今は間違いではありません」

若葉「でも、間違えちゃうかもしれません。誰の手も借りなければ、いつか」

椿「女の子が独りで隠し続けるには大きすぎます」

若葉「前の日下部若葉みたいに、悪い結末にならないように」

颯「……前?」

椿「教会へ行きましょう。今後のために」

若葉「教会はすぐそこですから」

椿「どう過ごしていくのか相談しましょう」

若葉「凪ちゃんを説得しないといけませんから」

椿「私は、凪さんとこれまで通り暮らす方がいいと思ってます」

颯「……うん」

椿「行きましょうか」

颯「あの、ちょっと待って」

若葉「どうぞ~」

颯「おやつとか持ってませんか?お腹空いちゃった」

椿「若葉さん」

若葉「成長期だから、じゃないみたいですね~」

椿「飴がありますから、今はこれをどうぞ」

颯「ありがとー。うん、美味しい」

若葉「おやつを買ってくるので、先に教会へ行っててください~」

84

S大学・構内

凪「……」

千夜「江上さんから連絡がありました。颯さんを教会へお連れしたそうです」

凪「はーちゃんの様子はどうですか」

千夜「落ち着いています。ご安心を」

凪「……そうですか」

千夜「『捕食者』についての情報を得ています」

凪「千夜さん、聞いてください」

千夜「なんでしょうか、凪さん」

凪「はーちゃんよりも、凪はほんの少しだけ早く産まれました。なので凪は姉です」

千夜「聞いています、続けてください」

凪「はーちゃんというカワイイ妹がいる姉として凪は過ごしてきました。同じ時間を過ごし、同じ食事をしてきた」

千夜「……」

凪「凪はいつも願っています。はーちゃんが幸せになれるように」

千夜「……」

凪「家族の幸せを願うことはフツウのことです。違うでしょうか」

千夜「そう願うことは、珍しいことではありません」

凪「はーちゃんはお勉強も運動も天才的ではありません。流行に敏感ですが、郊外に住む中学生相応の敏感さです」

千夜「……」

凪「はーちゃんは、フツウです。フツウの幸せを手に入れて欲しい」

千夜「普通ですか……」

凪「ある日、はーちゃんが1人で眠れなくなりました。幽霊が怖いというのです」

千夜「幽霊?話が飛んだようですが」

凪「続きです。凪は勉強しました、あちら側について。双子という特性があったので、昔の事例は幾らでも見つかりました」

千夜「……あちら側」

凪「過去の事例を真似して、はーちゃんと凪の力をリンクさせることができました。はーちゃんと凪は幽霊が見えるようになりました。それと、大切な力を手に入れました」

千夜「大切な力、ですか」

凪「2人揃わなければ、チャネルを合わせることができなくなりました。はーちゃんは1人で眠れるようになりました。めでたしめでたし」

千夜「……」

凪「凪は姉です。妹が怖がらないように未知の世界を先に歩みます。それが姉の務めです、フツウの妹が幸せでいられるように」

千夜「務め……か」

凪「千夜さん、質問があります」

千夜「なんでしょうか」

凪「凪は、はーちゃんに何をしてあげるべきでしょうか」

千夜「……」

凪「……」

千夜「申し訳ありませんが、私はそれに対する答えを持っていません」

凪「そうですか。それなら凪が考えます。『捕食者』、厄介だな」

千夜「いえ、そちらは問題ありません」

凪「どういうこと、でしょうか」

千夜「教会に協力者がいます。そちらはどのようにでも対処できます」

凪「では、どちらが問題なのでしょう」

千夜「……あなたです、凪さん」

85

S大学・構内

凪「凪、ですか」

千夜「はい」

凪「……」

千夜「何に憤っているか、わかりましたか」

凪「それは、はい。はーちゃんがフツウから外れたことです」

千夜「しかも、あちら側に行く選択です。受け入れがたい気持ちは察します」

凪「怒り慌てる必要はなかった。はーちゃんに謝らないといけません」

千夜「凪さんは、颯さんの選択を認められますか」

凪「……即答はできない」

千夜「何故ですか」

凪「何故?何故とはどういう意味でしょうか」

千夜「双子だからといって、ずっと一緒にはいられません。いつか別の道を行くしかないのです」

凪「……」

千夜「残念ですが、凪さんではなく颯さんに特別な力があったように聞こえました。颯さんにしか見えない世界が多くあるはずです、あなたの先回りできない世界が」

凪「理解しています。はーちゃんと一緒じゃなければ、凪は見えません。勘のようなものが少しあるだけです」

千夜「凪さん」

凪「凪は、あちら側には行くことができません。凪だけでは、あちら側には行けません。凪は、はーちゃんの隣に本当の意味では立てません」

千夜「本当は、何が怖いのですか」

凪「怖い、何が」

千夜「私も怖いものが多くあります」

凪「……」

千夜「家族を失った私に、お嬢さまは役割を与えてくれました。家族の名前を消したくないのに、何もできない私に」

凪「役割……メイドですか」

千夜「しかし、お嬢さまはあちら側へ。凪さん、私は何者ですか。お嬢さまが与えた役割をお嬢さま自身に奪われた私は何者ですか」

凪「夢見りあむの集めた集団の1人。S大学付属高校の生徒。料理上手の健啖家。お茶を淹れるのが上手い」

千夜「それなら、私ではなく誰でも良いのではありませんか」

凪「いいえ。千夜さんは、仲間です。きっと、りあむもそう言います。千夜さんだから、仲間なのです」

千夜「そんなことは、誰が来ても言えます」

凪「千夜さんは強情だ」

千夜「だから、それでいいのです。何も出来なくても。何も成し遂げられずに、このまま消えていく運命でも……白雪ちゃんはそれでもいい、と言ってくれるでしょう」

凪「……」

千夜「私は恐れていたことは、失うことです。何かを得たら失うことが怖いから、何も欲しくない」

凪「本心とは思えません。それなら、ここにいないのでは」

千夜「私もまだわかりません。でも、それでいいのです。生きていて、ここにいて、いい」

凪「それでいい……」

千夜「凪さん」

凪「凪は不安でした。幼い頃のはーちゃんが見ていない所で転ぶのが」

千夜「……」

凪「はーちゃんのことがわからないと、転ぶのを防げない。はーちゃんがどこにいるかわからないと、転ぶのを止められない。はーちゃんが転んで、泣くのが怖い。はーちゃんが泣いて、変な目で見られるのが怖い」

千夜「……」

凪「凪は、凪として、姉だから、はーちゃんに……フツウに……フツウに笑っていて欲しくて……」

千夜「凪さん」

凪「変わっているのは凪でいい。はーちゃんは、元気で明るいカワイイ妹でいて欲しい」

千夜「颯さんに普通でいて欲しい理由は何ですか。特別ではなく普通である理由は」

凪「トクベツ……」

千夜「あなたは……自分が特別ではないことが、怖いのですか」

86

S大学・構内

凪「……」

千夜「……」

凪「凪は、変わってはいませんか?」

千夜「言動は不思議ですが、常人の域を出ません。あちら側の住人からすれば、私達は所詮唯の人です」

凪「力もない人間です。凪は、特別ではないのか」

千夜「凪さんの行動は、一般的な良識に支えられています。私に兄弟はいませんが、きっと姉としての感情は異質なものではありません」

凪「……」

千夜「颯さんに望む普通の幸せの条件を定義できますか」

凪「それは、言葉にするのは難しい」

千夜「きっと条件が多すぎます。わかることは、私にはもう手に入れられないということ」

凪「……」

千夜「家族はおりません。両親もセンスが独特な双子の姉もいません。普通の幸せは、幾ら願っても白雪千夜の未来では手に入りません」

凪「そんなに悲観することはないと」

千夜「これからなんて、どうでもいいのです。これまで、幸せでいたかった」

凪「……いいえ、違う。違います、千夜さん」

千夜「私も普通でいたかった。家族がいて、素直な目を持って、未来に不安が少なくて、朗らかに笑っていたかった」

凪「……」

千夜「辻野さんは郷土が好きなのに今は私達と共にいます。夢見りあむの両親は近くにいない。日下部さんは異種族の中で過ごさなければいけません。私も、黒埼の家から支援を受けて生きる身です」

凪「千夜さん」

千夜「凪さんが望むような、そんな、特別な普通の幸せは手に入りません。どんなに努力しても、それは手に入らない。そう思うと……」

凪「千夜さん!」

千夜「……珍しいですね、声を張るなんて」

凪「嫉妬ですか。凪への」

千夜「……嫉妬、ですか」

凪「フツウの幸せをつかむチャンスがあるから、凪にそうして欲しいと」

千夜「颯さんが、そうあなたに望んでいてもですか」

凪「それでも、そうではいられない。凪は凪だから、です……あっ」

千夜「……」

凪「はーちゃんははーちゃん、そのはーちゃんが決めたこと。はーちゃんであるから、決められたこと」

千夜「その選択は、普通とは程遠いことです」

凪「トクベツなフツウを選ばなくても、はーちゃんは幸せになるべきです。そうか、そうなのだな」

千夜「ええ」

凪「凪がはーちゃんを本当のはーちゃんを認めてなかった。ゴクリ」

千夜「わざとらしい声を出して、どうしましたか」

凪「飲み込めた。凪は姉です、はーちゃんが選んだ道で幸せになれるように願います。凪の空想ではなくて、はーちゃんの現実で」

千夜「凪さんは、颯さんの選択を認められたのですね」

凪「凪の行けないあちら側の世界でも、はーちゃんは歩いて行ける。凪は行けなくても、はーちゃんの幸せは願えるし手伝うこともできる。それだ」

千夜「……はい」

凪「千夜さんも、です」

千夜「私、ですか」

凪「トクベツなフツウを選べなくても、幸せになろう」

千夜「なれるのですか」

凪「残念ながら、凪には保障できません」

千夜「そこは断言しないのですか。根拠がなくても、言葉は勇気にはなります」

凪「がんばりましょう、共に」

千夜「共にですか……魅力ある提案かもしれません」

凪「凪と千夜さんは置いて行かれた者同士です」

千夜「ええ。近くにいた大切な人物はあちら側へ」

凪「能力もありません。唯の人間です」

千夜「はい。人間としての個性は、凪さんにはありますが」

凪「フム。はたして、これでいいのだろうか」

千夜「どういう意味でしょうか」

凪「もはや一般人の凪でも、集まりにいていいのですか」

千夜「それは、聞いてみればよいのではありませんか」

凪「りあむに、ですか」

千夜「きっと望む答えをくれるはずです。帰りましょう、部室へ」

凪「はい。凪は帰ります。千夜さんと一緒に。りあむがいる部屋へ」

千夜「立てますか。お手をどうぞ」

凪「はい。ありがとうございます。立てました」

千夜「……何故、手を握ったままなのでしょう」

凪「いけませんか」

千夜「構いません。あなたが、そう望むのであれば」

87

S大学・部室棟・SDs部室

あきら「帰って来た」

千夜「ただいま、帰りました」

凪「凪も戻りました」

りあむ「おかえり!待ってたよ!白雪ちゃん、信じてたよ!ぼくの思った通りだ!」

あきら「かなり不安そうだったのに」

りあむ「あきらちゃん、言わなくていいよ!」

あかり「手をつないで、どうしたんですか?」

りあむ「仲良くなった?いいことか?いや、ずるいぞ?嫉妬する、ぼくも後で!」

千夜「そんな所です。凪さん、行ってください」

凪「はい」

りあむ「……凪ちゃん、どうしたのさ」

凪「凪はハグをします。りあむを。むっ、思ったより肉付きがいいな」

りあむ「手をつないだ白雪ちゃんより良い思いしてる、夢か?」

凪「りあむ、質問です」

りあむ「どうしたの?りあむちゃんはりあむちゃんがわかる狭い範囲しか分からないよ」

凪「凪は普通の人間のようです」

りあむ「え?最初からずっとそうじゃん」

凪「そうか。ここにいていいですか、幽霊も見えない、ちょっとオカルト好きなだけで、いいですか」

りあむ「当たり前だろ。そんなこと言ったら、りあむちゃんが一番先にいなくならないといけない!凪ちゃんのほうが全然いるべきだよ!」

凪「千夜さん」

千夜「言葉遣いはともかく、望む答えでしょう」

凪「はい。ぎゅー」

りあむ「あわわ!むむむっ、女子中学生にハグされた経験がなさ過ぎてどうしたらいいかわからない。白雪ちゃん!ヘルプ!」

千夜「ご自由にどうぞ。辻野さん、飲み物をもらえますか」

あかり「はいっ。麦茶をいれますね」

りあむ「自由って……それじゃあ、こうか」

凪「抱き返された。りあむ、やっぱり無駄な贅肉がついてるな」

あきら「運動不足。抱き返すだけデスか?」

凪「凪はおねだりします。ダウンロードコンテンツを」

りあむ「えっと、颯ちゃんのこと、色々あると思うけどさ、力がなくなったとか、うん、上手く言えない。ぼくには凪ちゃんがここにいるだけで嬉しいよ。だって、傍に誰もいなかったのに、今は居てくれるから」

千夜「……」

あかり「千夜さん、麦茶をどうぞ」

千夜「ありがとうございます」

りあむ「……何言えばいいんだろう。りあむちゃんにはわかんない」

千夜「いいえ。もう十分です」

あきら「うん」

凪「りあむ、感謝する。すりすり」

りあむ「ぼくがありがとうって、言わないと。めっちゃ嬉しい。ぼくたちと居たいなんて、言ってくれるなんて、夢みたいだよ」

あきら「落ち着いたし、説得できたみたいデス」

あかり「千夜さん、何を言ったんですか?」

千夜「今思えば、上手い説得をしたとは思えません。ただ……」

あきら「ただ?」

千夜「醜い本音を共有できたのかもしれません」

あかり「本音……」

凪「りあむ」

りあむ「なに?ぼくの体なら好きにしていいよ。心ゆくまで」

あきら「言い方」

凪「抱き心地は悪くないが、洗濯は苦手だな?ぱっ、とな」

りあむ「また同じこと言われて、凪ちゃんが離れた!仕方ないだろ、オタクは服に拘らない生き物なんだよ!」

凪「千夜さん、教えてあげてはいかがですか」

千夜「大方、服のバリエーションが少ないので1回あたりの洗濯量が少ない、昼夜逆転気味なので部屋干しが多い、同じ服をずっと着ている、あたりが問題でしょう。晴れた日に服を洗濯すればいい」

りあむ「うっ、まぁ、正解なんだけどさ」

あきら「つまり、服を増やせばいい?」

あかり「きっと椿さんがたくさん作ってくれますよっ」

りあむ「いや、それは、ねぇ」

凪「りあむの部屋か。気になるな。一度お宅訪問しよう」

りあむ「オタクのお宅訪問とか誰も幸せにならないよ!」

あかり「あはっ、凪ちゃんも元通りですねっ」

千夜「ええ」

あきら「ゴメン。凪チャンと颯チャンの今後が重要だけど、こっちも」

千夜「『蝶』ですか」

りあむ「何か進展あったの?」

あきら「まだ。でも、自宅にいたはずなのに遠い所で目撃アリ」

千夜「時間の問題、ということでしょう」

あきら「今は自宅にいるみたい」

りあむ「自宅にいるフリが出来てるなら、いいけど」

あきら「それすら出来なくなるのも、すぐ」

凪「群体は人間のフリはできません」

りあむ「……うん。まともな人間のフリなんて人間でも難しいのに。ましてや、あの温厚そうな女の子のフリだぞ?ムリでしょ」

凪「はーちゃんは、教会にいるのですね」

あかり「はい」

千夜「もう行けますか」

凪「はい。はーちゃんと共同戦線をはってみせます」

あきら「大丈夫そうデスね」

あかり「はいっ」

りあむ「よしっ、行こう!白雪ちゃん、凪ちゃん!」

千夜「はい。辻野さんと砂塚さんは『蝶』を引き続きお願いします」

あきら「わかった」

りあむ「遅くなるかもしれないけど、大丈夫かな?家族が心配しない?」

あかり「連絡しておきます!」

あきら「こっちも平気」

千夜「無事に終わったら、一緒に食事をしましょう。私が準備します」

凪「メイド料理、楽しみです」

あかり「本当ですか?ごちそうになりますっ!」

あきら「量は多いけど……」

凪「それは問題ありません。『捕食者』との契約者がいます。やはり、お腹が空くようです」

りあむ「ご褒美も決まったし、凪ちゃん、行こう!」

凪「りょ。双子パワーをみせつけましょう」

88

出渕教会・地下2階

裕美「ん……もう夜かな……」

ちとせ「裕美ちゃん」

裕美「ちとせさん。もう日は沈んだ?」

ちとせ「ううん。もう少し寝てていいよ」

裕美「早起きなんだね」

ちとせ「やることがあるみたいだから」

裕美「やること?」

ちとせ「後で話すから、楓さんとここにいて。上には来ないで」

裕美「……わかった」

ちとせ「ありがと。待っててね」

89

出渕教会・1階・礼拝堂

クラリス「いらっしゃいましたか」

千夜「お邪魔します、シスタークラリス」

凪「凪が来ました。りあむもいます」

クラリス「美由紀さん」

美由紀「はーい。颯ちゃんを呼んでくるよー」

椿「凪さん、来てくれたんですね」

凪「はい。椿さん、ありがとうございました」

りあむ「あれ?若葉お姉さんは?」

クラリス「日下部若葉さんには見回りをお願いしています」

千夜「颯さんとは、お話していますか」

クラリス「はい。『捕食者』の知識は私にも蓄積されています」

りあむ「颯ちゃんはどこにいるの?楓さんと話してる?」

クラリス「いいえ。ひとつ、お願いがあるのですが」

千夜「お願い、ですか」

椿「……」

クラリス「『捕食者』の行方は楓さんには伏せてください」

千夜「それは、行く末を変えないためですか」

クラリス「その通りです」

りあむ「ん?もしかして、契約者を変えられる?それなら」

凪「りあむ、その想定は不要です」

りあむ「いらない?楓さんがこれからもいてくれるかもしれないのに?」

凪「はーちゃんは、決めたことは曲げません。凪は知っています」

美由紀「颯ちゃん、連れて来たよー」

凪「……」

颯「なー……えっ?」

90

出渕教会・1階・礼拝堂

千夜「抱き付きましたね。真正面から」

りあむ「さっきとは違う気がする。ぼくの時と逆?」

千夜「ええ。年長者として、抱き留めるように」

凪「はーちゃんは捕まえられるところにいます。今も」

颯「……うん。くっついてる」

凪「同じモノが見れるのが間違いでした。私達はそもそも別人で、楽しみも趣味も違い、頭の中も心の中もソレゾレなんです。そうあるべき」

千夜「……」

凪「凪は、はーちゃんの選択は賢いとは思いません。それでも、そんな選択をしたはーちゃんを誇らしく思います」

颯「なー……」

凪「立場が変わろうが双子として産まれた縁は切れません。ちゃんと見ています、はーちゃんがはーちゃんでいられるように」

颯「うん」

凪「はーちゃんは、凪のカワイイ妹です。これからも手と手を取り合って、世界を変えるような凄いことをするのです」

颯「大袈裟だなぁ、そんな凄いことしてたっけ?」

凪「それは、これからということで」

千夜「お前、満足ですか」

りあむ「うん。カワイイ双子が抱き合ってるの、尊いよね」

千夜「……今は、言い方は不問にします」

椿「……」

千夜「椿さんも当然のように写真を撮らないでください……」

凪「はーちゃん、指切りをしましょう。約束です、ホントのはーちゃんでいてください」

颯「あー、えっとね」

クラリス「小指が『捕食者』と繋がっているそうです」

りあむ「小指だけなの?それだけ?」

クラリス「はい。楓さんの全身と比べれば小さいものです」

美由紀「影響は受けちゃうみたいだよー」

千夜「小指に、何か問題があるのですか」

颯「たぶん大丈夫だけど、『捕食者』の力を使えそうなんだ」

クラリス「楓さんは捕食対象の動きを止める力や異常な身体修復能力を引き出していました。参考までに」

りあむ「食べるだけだと思ってたけど、結構強力じゃん」

美由紀「『捕食者』さんはいっぱいたべて、美食力を高めてるんだよ。美食力はとーっても強い力なんだー」

千夜「はて、美食力とは……」

美由紀「美味しいものが持ってる力だよ!邪な料理人だと暗黒美食力に飲み込まれちゃうから気をつけないといけないんだ」

千夜「そうなのですか……?」

クラリス「美食力かどうかはわかりませんが、強大な存在であることは間違いありません」

凪「それでは、握手にしましょう」

颯「はい、なー。何を約束するの?」

凪「はーちゃん、凪はどんなことがあっても味方です。忘れないでください、頼ってください。凪はいつまでもはーちゃんの姉です」

颯「約束する。はーも、なーを守るよ」

凪「約束です」

颯「うん、約束」

クラリス「見届けました。あなた方のこれからに光りあらんことを」

凪「シスター、お願いがあります」

クラリス「承知しています。これまで通りの生活を保障します」

凪「ありがとうございます。代わりに」

颯「協力する。フツウの日々は、誰かが必死に守ってるんだよね」

凪「なので、はーちゃんと一緒に『蝶』を倒します」

颯「あの人、何もなくて平和が好きだったみたい」

凪「本当は平穏が欲しかったのに、間違えてしまった存在を」

颯「見送ってあげないと、だから」

凪「はーちゃんと凪で」

颯「日常を取り返そう。あの人が、願ったように」

91



出渕教会・1階・礼拝堂

ちとせ「シスター、双子ちゃんとか皆は?」

クラリス「出発しました。高森藍子さんが自宅から消え戻りません」

ちとせ「終わらせに行ったんだね」

クラリス「はい。ちとせさん、出発の準備はできましたか」

ちとせ「陽は沈んだ。私の時間になってる」

クラリス「参りましょう。私共の仕事です」

ちとせ「陽の当らない仕事。あはっ、吸血鬼っぽい」

クラリス「美由紀さん、ここはお任せします。ご来客をお迎えください」

美由紀「わかった、翠ちゃん達を待ってるね」

ちとせ「お手をどうぞ、シスター」

美由紀「いってらっしゃーい」

92

T公園

藍子「どうして……」

若葉「こんばんは~」

藍子「あれ?どこから来ましたか、お姉さん」

若葉「覚えていませんか?」

藍子「えっと、どなたでしょうか」

若葉「私ではなく、植物が枯れる理由です。あなたが力を使ったにもかかわらず」

藍子「どうして、知っているんですか?」

若葉「私が高森藍子さんに、言ったからですよ~」

藍子「私に?」

若葉「アナタ、ではありません」

藍子「……」

凪「若葉お姉さん、アラームです。『蝶』が出てきました」

若葉「大丈夫ですよ~、私は倒せないので」

藍子「見えてるんですか?」

凪「凪には見えていません。見えているのは、はーちゃんです」

颯「こんばんは」

凪「どうですか、はーちゃん」

颯「どんどん増えてるよ」

藍子「……」

颯「とっても上質で美味しいみたい」

若葉「怖いですね~」

藍子「減ってるのは、あなたのせいなんですね」

颯「そうだよ」

凪「問題は『蝶』を見つけることでした」

若葉「消えちゃいますから。どちらにとっても」

凪「しかし、人の知恵は侮れない」

若葉「そして、あなた達は大切なモノを手放してしまいました」

凪「それは記憶。それは善性」

颯「大切なのは、ホントの自分」

若葉「アナタ達が奪った高森藍子さんがいれば、こんなことはしませんでした」

凪「はーちゃん、いかがですか」

颯「まだ塊かな。飛んできたのは、全部食べてるよ」

凪「対策は考えていた。若葉お姉さん、一押しです」

若葉「はーい。せいやぁー」

藍子「……」

凪「小石をたくさん投げました」

颯「全部後ろに飛んで行った」

凪「人間なら当たります。しかし、当たらない」

若葉「もう一度。今度はくっつき虫ですよ~」

凪「同じ結果です。はーちゃん」

颯「もっと別れさせる。『捕食者』さん、来て」

藍子「……!」

颯「何で怖がってるの。だって、そういう世界を選んじゃったのに」

凪「消えた。遂に置かれた状態を本能で分かったようです」

若葉「選択ミスですよ~」

凪「個体としての格を下げたら、『捕食者』の思うつぼです」

若葉「あわわ、気持ち悪い咀嚼音が聞こえます。凪ちゃん、撤収です~」

凪「凪には聞こえません。はーちゃん、後は任せました」

颯「任せて、なー」

凪「良いお返事です。若葉お姉さん、頼んだ」

若葉「それじゃあ、凪ちゃん、捕まっててくださいね~」

凪「はい。おっと、素晴らしい浮遊感」

颯「さよなら、蝶々さん。いただきます」

93

出渕教会・地下2階

楓「ん……」

翠「お目覚めですか。おはようございます」

楓「……おはようございます」

翠「私の顔に何かついているでしょうか?」

楓「枕元に死神が立っている。いまわの際に死神を見るのは本当だったのですね」

翠「あら、落語がお好きだったとは知りませんでした」

楓「違います。お迎えに来ると人は言い、天井を見上げ、手を伸ばすと聞きませんか」

翠「全ての人に私達は会うことはありません。心臓と脳が止まりかけ、出来ることがその2つになるのではありませんか」

楓「そうなの、ですか」

翠「昔々に死が近づいた時、死神を見ましたか」

楓「いいえ。あの時、私は何もいないはずの空を見上げ、手を伸ばした時……『捕食者』が見えました。見えないはずなのに。通じないはずなのに」

翠「話は聞いています。裕美さん、こちらに」

裕美「うん」

翠「死は、人間には必要なモノです。肉体と魂の死を強引に止めることは、代償を伴うことが定めです」

楓「……はい」

翠「あなたに人としての死を授けます。よろしいでしょうか」

楓「裕美ちゃん……」

裕美「……」

楓「ありがとう。お願いします」

翠「わかりました。目を閉じてください」

楓「……はい」

翠「命の時計を止めました。『捕食者』は、あなたが死んだと判断して繋がりを放棄したでしょう」

楓「……」

翠「時計を動かしました。目を開けてください」

楓「……」

裕美「楓さん……?」

楓「あぁ、体はこんなに重くて……熱いんですね……」

翠「人間としての感覚が戻っているなら幸運です。裕美さん」

裕美「うん」

翠「時計は明日の朝までしか示していません。長くても、昼まで」

裕美「わかってる」

翠「後悔はなさらぬように。後は涼に任せます。さようなら」

楓「……ありがとう」

翠「死神に感謝するものではありませんよ。命を授けられない神なんて、怨まれていればいいのですから」

楓「それでも……ありがとう」

翠「……失礼します」

裕美「うん。死神じゃなくて、遊びに来て」

楓「……裕美ちゃん、お願いがあるのですが」

裕美「楓さん、何でも言って」

楓「上着を持ってきてくれませんか。少し肌寒くて」

裕美「……わかった。すぐに持ってくるから」

94

黒埼ちとせの自宅
今は千夜の1人暮らし。ちとせが帰ってくる時や来客への備えは万全。

あかり「千夜さん、お買い物班戻りましたっ」

りあむ「おー……これがちとせの家か……広いな……」

椿「おかえりなさい。まぁ、沢山ですねぇ」

あかり「賞味期限近いものをいっぱい貰いました。もりもり食べるんご」

千夜「辻野さん、お疲れ様です」

りあむ「おっ、エプロン姿だ。似合ってるよ、白雪ちゃん!」

椿「写真はバッチリです」

りあむ「いや、そこは頼んでない」

千夜「色々とありますね。お肉、お野菜、ラーメンも」

あかり「はいっ!全部山形産ですよっ」

千夜「おや乳製品が豊富ですね、ありがたく使わせていただきます」

椿「キッチンまで運びます」

千夜「お願いします。お2人はリビングで待っていてください」

あかり「はいっ。りあむさん、突っ立ってないで行きますよ!」

りあむ「いや、想像の3倍ぐらい金持ち住宅だからビックリして。あかりんご、してないの?」

あかり「1度来てますから。さぁさぁ、行くんご!」

りあむ「押さなくてもいくよぅ。うわっ、リビングもくっそ広くてゴージャスだ」

あきら「りあむサン、おかえり」

りあむ「あれっ?もう料理がある。オサレオードブルとサラダだ」

あきら「千夜サンが作ってくれました。つまむといいデスよ」

あかり「わぁ、いただきます!千夜さんは盛り付けも素晴らしいんご!」

あきら「りあむサンも座ってください。千夜サンに邪魔だから座ってろ、って言われますよ」

りあむ「白雪ちゃんはそんなこと言わな……言うか。ぼくにはそのままの文言で」

あかり「おいしいんご!このドレッシング手作りなんでしょうか?」

あきら「そうだって。りあむサンも食べる?」

りあむ「うん。ねぇ、若葉お姉さんは?」

あきら「お部屋探検してる。若葉サン、自室狭いんだって」

あかり「5人もいると大変そうですね」

りあむ「気とか遣うから?いや、5色で1人だから、そこはいいのか。なんで?」

あきら「物理的に。あんまりお金ないから古い平屋に住んでるらしい」

りあむ「あー、それは狭い。仕方がない」

あかり「颯ちゃんと凪ちゃんも、若葉さんと一緒ですか?」

あきら「ううん。帰った」

りあむ「か、帰った!?なんで!?主役なのに!食べ物買い過ぎたよう!」

千夜「中学生ですから、長居をさせるわけにはいけません」

椿「はい。でも、ご心配なく」

千夜「お土産を持たせました。ご満足いただけるように」

あきら「凄かったデス。手際の良さが神」

千夜「元からあった食材はほぼなくなりましたので、ご心配は不要です」

椿「今日は、山形産の食材フルコースです」

千夜「ご料理は順次お持ちしますので、お待ちください。とりあえず、こちらを」

あかり「お手頃価格のチーズが高級レストランのように盛り付けられてます、さすが千夜さん」

椿「乾杯しましょう。若葉さーん、来てくださいー」

若葉「はーい」

若葉「乾杯ですか~」

若葉「わぁ、美味しそうなチーズです~」

若葉「りあむちゃん、あかりちゃん、お帰りなさい~」

若葉「それはワインですか?」

千夜「いいえ。ぶどうジュースです。頂き物です、開けてしまいましょう」

あきら「高そう」

椿「せっかくなので、ワイングラスです」

りあむ「めっちゃいい。ぼくがリア充なら映え映えでいいね稼ぎする。そんなアカウントあるわけないけど!どうせ、オタクアカウントしかないよ!」

あきら「あっ、あれホンモノか」

りあむ「あきらちゃん、まさか特定した?本当に?」

あきら「……」

りあむ「黙るなよう!心配になるじゃないか!さては、幻滅してるな!」

あきら「堂々とやればいいんデス。教えてあげます」

あかり「私も教えて欲しいんご!アンテナショップも宣伝もしたいですっ」

あきら「わかった。というか、教えておかないと怖い」

千夜「若葉さんは、アルコールにしますか。ワインとウィスキーならあります」

若葉「私もぶどうジュースにします~」

若葉「美味しそうですから~」

若葉「皆と同じがいいですよね~」

千夜「それでは、そうします」

あきら「椿サン、SNSに良い写真とか撮れる?」

椿「もちろん♪何千枚でも撮らせてくださいな♡」

あかり「何千枚……」

りあむ「本気で撮るよ、時代が時代だったらフィルム代で破産してるよ。デジタル時代で良かったね、椿さん」

若葉「飲み物ありがとうございます~」

千夜「どういたしまして」

椿「写真の前に、乾杯しましょうか。りあむさん」

りあむ「えっ、ぼく?」

椿「はい。無事に解決したことについて、乾杯の挨拶を代表から」

りあむ「代表だけどさ、えっと、白雪ちゃん!」

千夜「私に何かご用ですか」

りあむ「今回の件、どう思ったか。聞かせて」

千夜「……そうですね。最初は些細なことでした」

あきら「最初はあかりが人魂を見かけたから、だった」

千夜「私は、望むような結末になったとは思えません」

りあむ「……そうだ。ここにいるぼくたちはいいけど、さ」

千夜「幾つかの命が失われ、平穏は乱され、高森藍子さんはいなくなり、凪さんと颯さんには決定的な違いが生まれてしまった」

椿「……」

千夜「思う通りに、理想通りには、物事は進んだりしません。平凡で普通な幸せは、手に入れられるとは限りません」

あかり「そう、ですよね……」

千夜「凪さんに言われました。私達は普通でなくても、私達に普通でいられる権利はなくても、幸せになりましょう。共に」

若葉「共に、ですか」

椿「凪ちゃんは、そうやって颯ちゃんの選択を尊重してあげたんですね」

千夜「こうやって、お集まりいただきありがとうございます」

りあむ「そうだよ!こうやって集まってくれて、白雪ちゃんが美味しい料理を作ってくれる!たぶん、普通の中学生も高校生も大学生もこんな集まりしないけど、でも、ぼくは好きだよ!」

あきら「うん。りあむサンに同じ」

あかり「わ、私もですっ」

りあむ「どうせ、普通なんてぼくにはなれないし!」

若葉「一緒にいてくれて、ありがとうございます~」

若葉「ずっと、思ってました」

若葉「きっと、願ってました」

若葉「前の日下部若葉も」

若葉「こうしたかったんですよ~」

椿「はい。私達は全てを解決できるわけではありません」

千夜「高森藍子さんを助けられたら、良かったのですが」

りあむ「ぼくたちは、やれることはやったよ。そんなに遅くなかった」

若葉「『チアー』という存在は厄介です、やはり」

千夜「……ええ」

あきら「でも、あかりの安全は取り戻した。あと、久川姉妹の仲直りも」

りあむ「そうだよ!それだけでいいじゃないか!それだけでお腹いっぱい食べる権利がある!」

あかり「そ、そうですねっ!お腹空いて来ちゃいました!」

椿「それでは、改めて。りあむさん、乾杯を」

りあむ「ぼくのために集まってくれてありがとう!」

あきら「それは違うような?」

りあむ「ぼくの言葉なんてどうでもいいんだよう!とにかく、みんながんばったよ!褒めよう!褒めろ!それじゃ、乾杯!」

若葉「かんぱ~い」

95

出渕教会・地下2階

ちとせ「ただいま」

裕美「お帰りなさい、ちとせさん。用事は終わったの?」

ちとせ「一時しのぎは出来た。想像より難しいかな、後で仕上げをしないと」

裕美「一時しのぎ……?」

ちとせ「楓さん、起きた?」

裕美「うん」

楓「おかえりなさい」

ちとせ「聞かなくてもわかるよ。生きてるんだね、人間として」

楓「はい。死神は訪れ、捕食者はいません」

ちとせ「人間の体に戻った気分はどう?体調は、よくないみたい」

楓「微熱と体の節々が痛んでいます。原因はわかりますか」

ちとせ「聞きたい?がっかりする答えだけど」

楓「お願いします」

ちとせ「どこか一か所でも健康じゃないから。人は、小さな均衡の崩れにも反応してしまうの」

裕美「……」

ちとせ「長くはなさそう」

楓「明日の朝まで、と」

ちとせ「そう」

楓「裕美ちゃんを、お願いします」

ちとせ「私の力なんていらないと思うよ。だから、あなたは選べた」

楓「……はい」

裕美「……」

ちとせ「気分はどう?」

楓「良い気分です、とっても」

ちとせ「最後の晩餐は出来るみたい。お客さんがいるから、呼んでくるね」

裕美「お客さん?」

楓「どなたでしょうか……」

ちとせ「どうぞ」

仙崎恵磨「よっす」

仙崎恵磨
CGプロ所属のアイドル。楓に事務所の怪現象を調査してもらった縁がある。

裕美「恵磨さん、来てくれたんだ」

恵磨「楓さんと約束してたからさ。間に合って良かった」

楓「約束ですか……何か約束したでしょうか」

恵磨「飲みに行く約束」

ちとせ「裕美ちゃん、私は上にいるから。何かあったら呼んでね」

裕美「うん。ありがとう、ちとせさん」

楓「ごめんなさい、覚えていません。でも、嬉しいです」

恵磨「それは良かった。柊酒店っていう酒屋さんを時子ちゃんが紹介してくれたから、店員さんのオススメを買ってきた」

楓「それは……」

恵磨「日本酒、和歌山のやつにしてみた」

楓「恵磨さんに、出身を言ったでしょうか」

恵磨「あれ?和歌山出身なんだ、ラッキー。お猪口でいい?」

楓「ええ。あまり、飲めなさそうですから」

恵磨「そっか。裕美ちゃん、大丈夫かな、体調とか」

裕美「ここでお酒控えても、何にもならないから」

恵磨「よしっ。飲もう」

楓「裕美ちゃん」

裕美「なに?」

恵磨「うん。良い匂いがする」

楓「零すと勿体ないですから、飲ませてくれませんか」

裕美「……わかった」

恵磨「裕美ちゃん、このお猪口を。アタシはこっち」

裕美「うん。楓さん」

楓「はい、いただきます」

恵磨「乾杯」

裕美「……」

楓「……」

恵磨「……」

楓「もう少し、いただけますか」

裕美「うん」

恵磨「うまい。カンパ集めた甲斐があった」

裕美「楓さん、味わかる……あっ」

恵磨「顔、赤らんでる。もしかして、酔えてる?」

楓「あ、あぁ……」

恵磨「味はどう?好みにあった?」

楓「自分の好みは思い出せません……でも……」

裕美「楓さん、涙……」

楓「なんて、美味しい……」

恵磨「……泣くほど美味しいなら、良かったよ」

楓「裕美さん、もう少しだけ……いただけますか」

裕美「うん。ちょっとずつ、だよ」

楓「もちろんです。お猪口でちょこっと、ですね。ふふっ」

裕美「どうぞ……え?」

恵磨「安直なダジャレだ、なかなか口にしないぞ」

裕美「酔ってるの、かな?」

楓「……はぁー……」

裕美「楓さん?」

楓「酒あわせ……!」

裕美「お酒を飲んで、幸せだからしゅあわせ、かな?」

恵磨「それなら、おいしいものも食べようっ。裕美ちゃんも一緒にさ」

裕美「うん。これ、あけていい?」

恵磨「もちろん!ジュースも買ってきたから。しゅがはがそろそろ来るから、良いツマミと一緒に」

楓「ありがとう、ございます。私は……」

裕美「……」

楓「これで、良かったと思います」

96

深夜

久川家・凪の部屋

凪「めるめる。ごちそうさまでした。ゆーこちゃんも大絶賛。明日も部室へ」

颯「なー」

凪「おや、はーちゃん。おやすみの言い直しでしょうか」

颯「何してるの?」

凪「おやすみなさい、送信。千夜さんにメールをしました。またおねだりに行きましょう。はーちゃんのおねだりなら効果はバツグン」

颯「おねだりはいいけど、お礼に行かないとだね」

凪「部室で会えるはずです。一緒に行きましょう」

颯「うん」

凪「はーちゃん、その枕は何でしょうか」

颯「思い出したんだ。一人が怖くて、なーと一緒に寝たこと」

凪「はい。もう怖いことはありません。幽霊は見えても、対処法がある」

颯「ううん、違うよ。不安なことはいっぱい。ねぇ、なー?」

凪「なんでしょうか、はーちゃん」

颯「本当はね、見えるだけなら怖くなかったんだ」

凪「……」

颯「でも、何か怖くて。なーと違うのが怖かったのかな」

凪「その頃から違います。でも、凪は知っています」

颯「知ってる?」

凪「説明できない怖さを人は抱きます。隣にいて、はーちゃんのそれが和らぐなら、凪は一緒にいます」

颯「うん。なー、一緒に寝ていい?今日だけ」

凪「はい。昔と違って狭いですが、どうぞ」

颯「ありがと、なー」

凪「はーちゃん、おやすみなさい」

颯「おやすみ、なー」

97

黒埼ちとせの自宅

りあむ「よし、テーブルはピカピカだ。ていうか、なんでこんなピカピカになんの?超高級家具だから?桁の違う金持ちは半端ねぇな」

千夜「洗い物は終わりました。申し訳ありません。残っていただいて」

りあむ「ぼくは休みだから、好きなだけ働かせるといい!白雪ちゃんも学校なんだから、早く休むんだよ!」

千夜「わかっています。お風呂の準備をしていますので、お先にどうぞ」

りあむ「え?ぼくがこの家のお風呂入るの?」

千夜「洗濯もしましょう。その服、気に入っているようですからニオイが取れるように善処します」

りあむ「服まで取られるの?りあむちゃん、帰れないよ?」

千夜「お泊りにならないのですか?」

りあむ「え……あっ!あきらちゃんが言ってたやつだ!あかりんご、あきらちゃん、ぼくも同じ気持ちを体感してるよ……」

千夜「何をブツブツ言ってるのですか」

りあむ「もちろん、泊ってくよ!家帰っても誰もいないから!お布団もたくさんありそうだし!着替えもあるといい!」

千夜「かしこまりました。お召し物は準備しておきます」

りあむ「白雪ちゃん、ありがとう!」

千夜「この家の客人をもてなすことは、私の役割ですから。ごゆるりと」

りあむ「……ねぇ、白雪ちゃん」

千夜「何か?」

りあむ「寂しくない?ここに独り暮らしだとさ。りあむちゃんも家だとほとんど自分の部屋にいるし」

千夜「お嬢さまはいませんが、寂しくはありません。お前も、皆もいますから」

りあむ「ここに居る必要あるの?引っ越せば?ちとせの実家、家事する人を雇うくらい余裕あるでしょ?」

千夜「お嬢さまも黒埼の方々も私には大切です。しばらくは、ここに居ます。広い分には悪いことはありませんから」

りあむ「そっか。じゃあ、どうしようかな?たまに来るとか、ご飯食べに!」

千夜「不要です。部室で会えるなら、十分ですよ」

りあむ「わかった。でも、寂しくなったら言うんだぞ?やるせなさは急にやってくるんだから」

千夜「心得ます。そうだ、思い出しました」

りあむ「何を?」

千夜「ルーマニアにある黒埼の家で撮った写真があるのです。見ませんか?」

りあむ「家というより城ってウワサの?」

千夜「ええ。お嬢さまのドレス姿もありますよ」

りあむ「みる!みよう!部室に持ってこないのが正解のお宝だよ!」

千夜「おや、お風呂の準備ができたようです。その後で」

りあむ「わかった!お風呂場は?トイレの奥だよね?」

千夜「はい。洗濯物は洗濯籠へ。置いてあるものは自由にお使いください」

りあむ「うん!行ってくる!お先に!」

千夜「ごゆっくり。汗をかく程度まで浸かってください」

りあむ「うわっ!広っ!マンションにあるレベルじゃないぞ!姿見もデカすぎる!」

千夜「相変わらず、騒がしい。それくらいが、私には良いのかもしれませんが」

りあむ「何だ、この良い匂いがしそうなシャンプーは!?ボトルで分かる高級品だよっ!」

千夜「……口だけは慎んでもらうことにしよう。さて、湯上りの飲み物でも用意しておきましょうか」

98

出渕教会・地下2階

裕美「静かになっちゃったね」

楓「2人きり、ですね」

裕美「体調は平気?」

楓「少し眠くなってきました」

裕美「ムリしない方がいいよ」

楓「ええ。裕美ちゃん」

裕美「なに?」

楓「近くに来てください。そんなに遠くだとトークができませんから」

裕美「……うん」

楓「お隣にどうぞ」

裕美「添い寝はちょっと恥ずかしいかも」

楓「恥ずかしがる必要はありません。もう誰も見ていませんから」

裕美「じゃあ、えいっ」

楓「ふふっ、なでなで」

裕美「楓さん、汗ばんでる」

楓「熱があるみたいです。気になりますか?」

裕美「ううん、平気」

楓「裕美ちゃん」

裕美「なに、楓さん」

楓「今日を用意してくれて、ありがとうございました」

裕美「ううん、私は何もしてないよ」

楓「恵磨さんとの約束も果たせました。涼さんとの約束は果たせませんでしたけれど」

裕美「カラオケは行けなかったね。でも、涼さんが歌をくれた」

楓「お上手でした」

裕美「ギターもピアノも上手なんだね、知らなかった」

楓「良い歌でした。今後も歌ってもらってくださいね。例えこちら側でも、歌を奪う必要などないのですから」

裕美「うん。恵磨さんに、心さんに、シスタークラリスも歌ってくれた」

楓「少し贅沢過ぎましたね」

裕美「ちとせさんは、あれから降りてこないけど」

楓「彼女とは、お話をしました。優しくて、そして、臆病な人だと思います。見送る場所にいるべきではない、と身を引いたのでしょう」

裕美「……そうかな」

楓「裕美ちゃん、聞いてください」

裕美「うん」

楓「ちとせさんに、怒られました。あなたを思うのなら、高垣楓がいなくなるその日まで耐えるべきだと」

裕美「私は、そんなことして欲しくない」

楓「あなたは吸血鬼です。人間よりも何よりも長い長い時を過ごします」

裕美「……わかってるよ。洋子さんも、言ってた」

楓「たくさんの人を見送ることになります。苦しむ様子も見ることになるでしょう」

裕美「こんなに、すぐだとは思ってなかった」

楓「幾つもの別れがあっても、あなたらしく笑顔でいてください」

裕美「……私、笑顔なんて得意じゃないよ。目つきがきつい、ってよく言われるし」

楓「そんなことはありません。裕美ちゃんは、可愛らしい女の子ですよ」

裕美「ずっと、このまま」

楓「そして、未来を生きてください。別れを重荷のように背負うことなく」

裕美「……」

楓「……私がお願いできる立場ではありませんでした」

裕美「そんなことない。楓さんの言う通りに、するから」

楓「裕美ちゃんのご厚意に甘えて、最後のお願いをしてもいいですか」

裕美「いいよ。何でも言って」

楓「私を、高垣楓を、見送ってください」

裕美「ここにいるから安心して」

楓「裕美ちゃん、私は人間として産まれ、『捕食者』と繋がり、こちら側へと来ました」

裕美「うん」

楓「昔から多くの人と交わるタイプではありませんでした。でも、大切な縁は周囲の人が紡いでくれました」

裕美「……」

楓「神様が、といっても死神ですけど、最後の時間をくれました。人間としての時間と……お別れを言う時間を」

裕美「……うん」

楓「『捕食者』に生きることを願ったことも、こちら側に来たことも、死神に死を願ったことも、吸血鬼に隣にいて欲しいと願ったことも、全て含めて……」

裕美「……」

楓「裕美ちゃん」

裕美「言って」

楓「高垣楓は、幸せでした」

裕美「……うん、きっとそうだよ」

楓「あなたも、そうあってください」

裕美「約束する」

楓「ありがとう……眠っていいでしょうか」

裕美「うん。ゆっくり、休んで。ここにいるから」

楓「もしも、目が覚めた時は、もう少し思い出話をしましょう」

裕美「わかった。思い出しておくね」

楓「はい……おやすみなさい、裕美ちゃん」

裕美「楓さん、おやすみ」

99

夜明け前

出渕教会・地下1階

涼「もうすぐ、日が昇る時間だな」

ちとせ「そうみたい」

涼「……!」

ちとせ「死神さん、ダメだよ。行っちゃダメ」

涼「ダメって、どういう意味だ?」

ちとせ「あの子は、ちゃんと言いに来るから。それまでは、行かないで」

涼「……」

ちとせ「お願い」

涼「わかったよ」

ちとせ「ありがと。優しいのね」

涼「アタシだって、楓とは短い付き合いじゃない」

ちとせ「そっか。そうだよね、わかってなかった」

涼「いいさ。それでも、裕美のためなのはわかってるよ」

ちとせ「……」

涼「……」

ちとせ「……来たよ」

涼「……ああ」

裕美「……」

ちとせ「……」

裕美「涼、さん……涼さん!」

涼「聞こえてるよ」

裕美「楓さん、楓さんが……」

涼「最後まで言わなくていい。裕美、がんばったな。後は任せておけ」

裕美「……お願い」

ちとせ「裕美ちゃん」

裕美「……ぐすっ」

ちとせ「貴方に大変な選択をさせた。永遠を与えること、終わりを与えること、そのどちらも。貴方は少女としての時しか過ごしてないのに」

裕美「ねぇ……ちとせさん」

ちとせ「感情は川だよ。抑えても流れ続けて、自分を傷つける。自分の形を変える必要なんてないの」

裕美「もう……いいかな。楓さんの前では、ちゃんと泣かなかったから」

ちとせ「貴方の望むように。私は楓さんに託されたから、貴方の行く末を見届けることを」

裕美「……」

ちとせ「私のカワイイご主人様、おいで」

EDテーマ
Twilight Sky


フォー・ピース

100

エピローグ

後日

S大学・部室棟・SDs部室

千夜「お嬢さまからお聞きした、後始末はこんなところです」

りあむ「さらっと言ってるけど、とんでもないことしてる?ちとせはセンスがあるみたいとはいえ、凄すぎない?」

千夜「黒埼の方々に暗示をかけていた時はそこまでとは思いませんでしたが」

凪「フムン。秘められた才能が開花した、といったところでしょうか」

りあむ「うーん、開花じゃなくて成長とかのほうじゃない?」

千夜「そうかもしれません。お嬢さまの才覚は一朝一夕で手に入るものではないかと」

凪「時代が違えば一国一城の主」

りあむ「時代がここで助かった!ちとせにそんなことさせる必要ないし!ていうか、バッドエンドしかみえない。なんでだろ?とにかく、今の方がいい!」

千夜「ええ。お嬢さまの能力はともかく、高森藍子さんの存在は次第に薄れます」

りあむ「両親にだけ真実を告げるとか、残酷だよ」

千夜「そこはシスターの提案だそうです」

凪「記憶は抑え込めない。勝手な連想ゲームが誰しも得意です」

りあむ「抑え込んだらボロが出るから、そういうことか。もっともらしい理由をちとせが植え付け得て、勝手に納得して、自分で忘れていく」

凪「しかし、深い縁を持つなら別」

りあむ「もっともらしい理由も通用しないから、真実を告げるのか。ますます救いがない」

千夜「いいえ。全ての真実は告げていないそうです」

凪「噓も方便」

千夜「高森藍子さんは優しい人でした。悪人により怪物に変異してしまった。それだけです」

凪「止まることもできた」

千夜「相談することもできたでしょう」

りあむ「そうしたら、結末は変わってた?うん、きっと変わってた。あんな穏やかゆるふわガールを助けようとしない人はいないよ」

凪「誰かが異変に気付けば、変わった」

千夜「そんな可能性を夢想し、己を苛む必要はありません。どなたであっても」

りあむ「真実はぼくたちが知っていればいい。うん、そうしよう」

凪「だが、真実を知りたくなるのが人情です」

りあむ「それをちとせが誘導してるんじゃないの?納得させてる」

凪「なるほど。りあむ、冴えてるな」

りあむ「冴えてる……」

千夜「どうしましたか。普段通りなら無駄に喜ぶところですよ」

りあむ「冴えてるついでに言っとくか。これは解決したけどさ、本当は解決してないよね」

千夜「ええ。堀裕子さんの件も、高森藍子さんの件も、元を辿れば同じです」

凪「能力をつけた存在が悪人です。教会の方々は『チアー』と呼んでいます」

りあむ「誰だか知らないけど、ヤバイ奴なのは間違いない。なんか手掛かりないかな?ないか!」

千夜「いえ、あります」

りあむ「あるの!?さすが、白雪ちゃん!」

千夜「公園です」

りあむ「そうか!スーパーレッドも言ってた!」

千夜「公園で誰かに会い、力を得たと」

凪「高森さんは公園を散歩することが趣味です」

りあむ「うーん、でも、それっぽい人見つかった?」

凪「凪の答えはノーです。いませんでした」

千夜「どなたからも、そのような人物には辿り着きません」

りあむ「誰かはわからないけど、わかることはあるはず!凪ちゃん、何かある!?」

凪「一ノ瀬志希ことラミアは、人を避けることが得意でした」

千夜「『チアー』もそのような能力を持つということでしょうか」

凪「あるいは、公園にいても目立たない人物なのか」

りあむ「めっちゃ普通の人とか?例えば、誰にでも話しかけるお喋りなオバチャンとか!」

凪「遭遇している可能性もある」

りあむ「いやいや、そんな都合よくはいかないよ。会ってたって、覚えてるわけないし」

凪「近くにいることは確実です」

千夜「逃げたりはしていません、残念なことに」

凪「『チアー』は分かっているはずです」

千夜「自身が影響を及ぼした人々に起こったことを」

凪「能力と行動が把握され、存在も明らかです」

りあむ「ぼくたちとか教会の人がいるの、わかってる?わかってるのに、こんなこと続けてるの?」

千夜「そうなります。何か考えがあるのか、あるいは」

凪「教会を甘くみているか」

りあむ「もしかして、状況を全然わかってない?逃げればいいのに、それを判断できないとか」

凪「フムン、むしろ厄介です」

りあむ「目的があるほうがわかりやすいもんね!」

千夜「しかし、悪意があることは間違いありません」

凪「目的はわからない」

りあむ「むしろあるのかな?適当に使ってるだけじゃない?ほら、才能があったら使うよね、ぼくだったらひけらかすように使うよ!そんな才能ないけど!」

千夜「目的がないか……勘弁して欲しいものです」

凪「凪は『あちら側』に送り出しました。しかし、はーちゃんにスリリングな生活を楽しんで欲しいわけではない」

りあむ「ぼくもちとせにそう思うよ。静かな夜が一番だよ!『チアー』なんて、どこか行っちゃえばいいんだ!」

千夜「ええ。気が変わってくれることを祈ります」

りあむ「なんか辛気臭くなってきた!この話はやめよう!ぼくたちは、解決したんだ!それでいいよね!?」

凪「はい。これはこれ、それはそれです」

りあむ「そういえば、高垣さんはどうなったの?」

凪「葬儀は行われ、埋葬されたそうです」

りあむ「シスターが教会で?教会って、確かお墓あったよね?」

凪「りあむ、残念。不正解です」

千夜「お嬢さまからお聞きしました。葬儀はお寺だったそうです」

凪「シスターが和装で取り仕切ったと聞いています」

りあむ「金髪美女の喪服?椿さんが興奮しそうな光景だな……ん?思考が椿さんに侵されてないか?」

凪「りあむ、静かになると笑うタイプだったのか。不謹慎だな」

りあむ「違うよ!りあむちゃんはそういうとこではちゃんとするよぅ!」

凪「椿さんは立派な女性です。りあむは脳内設定を更新してください」

りあむ「まさか、面白お姉さんに見えてるのは、ぼくだけなのか?」

千夜「葬儀は夜間に行われ、荼毘に付されました。教会にも墓地はあるそうですが、そこには埋葬されていません」

凪「和歌山、先祖代々のお寺とお墓です」

千夜「退魔師と呼ばれる人物が探してくれたようですね」

りあむ「そっか。近くにいなくて、裕美ちゃんとか寂しくないかな?」

凪「足があります。生きているなら会いたい時に会いにいけばいい。だから、一番良い所にいるべきです」

りあむ「凪ちゃん、良いこと言うね。ぼくは感激したよ!会いに来ないりあむちゃんの家族にも言って欲しいよ!」

千夜「……会いたい時、でいいのか」

りあむ「白雪ちゃん、どうしたの?あっ、和歌山に行きたい?一緒に行こうか!椿さんが保護者になってくれるはず!被写体として献上すればいける!」

凪「和歌山ですか。パンダが有名ですね、はーちゃんにも見せたいです。レッツアドベンチャー」

千夜「いいえ、和歌山ではなく……」

りあむ「じゃあ、どこ?宮崎、長崎、滋賀、大阪、神奈川、山形、北海道?海外は個人的にちょっと……あっ、コンプレックスがあるわけじゃないからな!学生連れて行くのは危ないだけだよ!」

凪「りあむ、めんどくさいな。気持ちは理解しますが」

千夜「どういう理屈で選んだのか知りませんが、その中にあります。北海道です」

凪「北海道。クマ牧場と木彫りのクマは欠かせません」

りあむ「邪魔になるだけなのに、みんな買ってくるんだよね。なんで?」

千夜「その理由は知りませんが……旅行に行きたいわけではありません」

りあむ「あっ、もしかして……お墓参り?」

千夜「はい。私が行きたい時に行けば、良かったのですね。生きているから、私が行けばいいのです」

りあむ「それでもいいよ、付き合うよ」

千夜「ええ、その時は」

凪「凪もいきます。挨拶は大切」

千夜「辻野さんが見た人魂については、これで解決でしょうか」

凪「凪はそう思います」

りあむ「ぼくも賛成!」

千夜「記録もしておきました」

りあむ「白雪ちゃん、ありがとう!本棚にしまっておくよ!持ち出さないにしておかないと!どうしたらいいかな?」

凪「本棚にカギをつけましょう」

千夜「もしくは金庫などがあれば良いのですが」

りあむ「わかった!時子サマに後で相談しておく!」

凪「いつも通りの活動に戻るとしよう。りあむ、何かありますか?」

りあむ「ないよ!大学も夏休みだから時子サマ情報もあんまりないし!」

凪「堂々とした宣言。ここまで言われるとぐうの音も出ない」

りあむ「じゃあ、凪ちゃんを先生にして話を聞こう!聞きたいことがある!それでいい?」

千夜「私はかまいません。何について聞きましょうか」

りあむ「双子の超能力を調べてたんだよね?それを聞いてみたい!生活環境なのか医学的なのか興味ある!」

凪「ほう、面白い。医学的と来ましたか、看護学科らしい視点です。お話しましょう」

千夜「どなたか、参られました」

あきら「どうも。今日は3人なんだ」

凪「あきらさん、こんにちは。お疲れ様です」

あきら「あかり、まだ来てない?教室にはいなかったから、先に来たんだけど」

千夜「いえ、いらっしゃっていません」

あきら「待ってればいいか。今日は何かしてた?」

りあむ「凪ちゃんから双子の話を聞こうとしてたとこ!つまり、予定はない!」

あきら「良かった。お客さんがいるんデス、入れても?」

凪「秘密の話は終わりました」

千夜「お招きしても構いません」

あきら「わかった。奏サン、いいデスよ」

101

速水奏「お邪魔するわ」

速水奏
N高校に通う高校生。両親の影響で映画鑑賞が趣味。最近も両親と一緒に、とある低予算ドラマを配信で見たとか。

凪「天使様降臨。いらっしゃいませ」

千夜「こんにちは。お好きな所へお座りください」

奏「ありがとう、ここにしようかしら」

りあむ「若葉お姉さん赤の席だ。どしたの?そういや今回は見なかったけど、別のことでもあった?」

奏「学校と家族を優先したら、会う機会がなかっただけよ。話は聞いてるわ、お疲れ様」

りあむ「高校生やってるんだね、普通に」

奏「ええ。幸運ね、私は」

凪「お悩み相談でしょうか?学校生活も色々あることでしょう」

奏「お願いというか、おねだりにきたの」

りあむ「おねだり?りあむちゃんをカツアゲしても何も出ないぞ?」

あきら「あかりがいるといいんデスけど」

りあむ「あかりんご?どうして?リンゴでも欲しいの?」

あかり「こんにちはっ!さっき十時愛梨ちゃんを見ちゃいました!めっちゃかわいかったんご~」

あきら「あ、来た」

奏「辻野さん、こんにちは」

あかり「奏さんっ、こんにちは!何かご用ですか?」

奏「あなたに会いに来たの」

あかり「わ、私ですかっ?何かしでかしたのかな……」

りあむ「いや、何もやってないよ。それ口癖なの?」

あきら「うん。あかりなら平気」

奏「山形に映画セットを見学できる場所があるでしょう。最近見たドラマのロケ地なの」

あかり「はいっ、ありますっ!でも、車じゃないと行くのが大変ですよ?」

奏「だから、連れて行ってくれないかしら」

凪「旅行の話をしていたら」

千夜「旅行に行きたい人が来ましたね」

凪「ええ。そういえば、りあむが提案した旅行先にも山形があった」

りあむ「車か。若葉お姉さんがいるからいけそうだね!あっ、車の席が足らないか!?」

凪「行けると思います。若葉お姉さんが運転する車は増やせる」

りあむ「なるほど!別の車を運転してもらえばいいのか!白雪ちゃんは予定あえば行ける?」

千夜「休日であれば、ご一緒します」

奏「せっかくだから、案内してもらいたいの。どうかしら?」

あきら「あかり、どうかな。山形を宣伝するなら、こういうとこから」

あかり「……」

あきら「あかり?」

あかり「えっと、その……」

りあむ「どうしたの、あかりんご?天界にも山形をアピールするチャンスとか言う所だよ!」

あかり「……」

千夜「辻野さん、どうされましたか」

あかり「今は、その、山形に行きたくないかな……って」

あきら「え……?」

あかり「あっ、すっごく良いところですよ!奏さんが行きたい、映画のセットも良い所ですから見て来てくださいっ!オススメの観光スポットとか直売所とかも紹介しますっ!」

あきら「あかり、ほんとに、どうしたの?」

凪「りあむ」

りあむ「うん。白雪ちゃん、凪ちゃん、フォローは頼んだ。ちょっと突っ込む」

千夜「申し訳ありません、お願いします」

あかり「みんなで行ってきてくださいっ!私はお土産話で十分ですっ」

りあむ「あかりんご、質問がある。どうし……」

あきら「嫌デス。あかりと一緒に行きたい。あかりは違うんデスか?」

あかり「……」

あきら「……」

りあむ「あわわ、りあむちゃんが変なこと聞くつもりだったのに想定してないよ。どうしたらいいんだろう!」

あかり「えっと、あきらちゃんと一緒にお出かけはしたいです。でも、その」

あきら「あんなに山形が好きなのに、どうしてデスか」

あかり「それは、その……山形出身ですから、山形は旅行にいくところじゃないんですっ!」

あきら「山形も広いデス。住んでるところ以外に遊びにいかないわけない」

奏「2人共、落ち着いてちょうだい。おねだりしにきた私を置いてけぼりにしないでくれないかしら」

あかり「奏さん、ごめんなさいっ!お客さんの前なのにダメですよね、えへへっ」

あきら「あかり」

りあむ「あきらちゃん!ステイ!ステイ!あーもうっ!」

あきら「なんで……」

りあむ「あかりんご!なんで山形から出て来たの!?ずっとあっちにいたかったんじゃないの!?」

あかり「え……」

あきら「聞きたいこと言われた。あかり、どうして言ってくれないんデスか」

あかり「だって……」

りあむ「ぼくは決めたぞ!白雪ちゃん!あきらちゃんを強制退場!」

千夜「かしこまりました。砂塚さん、廊下へ行きましょう」

あきら「まだあかりと話が……千夜サンの力が強いっ」

奏「連れていかれたわ」

凪「さすがメイドパワー」

奏「その気になれば持ち上げられそうね……」

りあむ「あかりんご、ぼくは気になってたけど聞かなかった。たぶん、白雪ちゃんもあきらちゃんもそう」

あかり「……山形から引っ越した理由ですか」

りあむ「うん。だって、理由なんてどうでもいいもん。聞く必要なかったけど、今は聞いた方がいいから聞いてる。あかりんごは、ぼくの仲間なの変えないから。だから、何でもいいよ!何かあるんだよね」

あかり「……りあむさん」

りあむ「うんうん、りあむちゃんは何でも話してくれる後輩がいるのが夢だったんだよ」

あかり「ありがとうございますっ。何でもないんですよ、父ちゃんの仕事の関係で引っ越してきました」

りあむ「え?何でもない、って言ったの?」

凪「凪には、そう聞こえました」

奏「……」

あかり「アンテナショップの看板娘ですから、山形の案内もがんばりますねっ!旅行、楽しみにしてますっ」

凪「旅行の許可はでました。奏さん、いかがでしょうか」

奏「お願いに来た甲斐はあったけれど」

あかり「あっ!お店のお手伝いがあるんでしたっ!今日は帰りますっ。凪ちゃん、またね!」

凪「さようなら。またお会いしましょう。しかし、なぜ凪だけに挨拶を?」

あかり「あきらちゃん、千夜さん!今日は失礼しますっ!」

あきら「あかり、待ちなよ。ん、んぐぐ……」

凪「千夜さんに取り押さえられたようです」

奏「噛みつきそうな勢いね……白雪さんは上手く抑えてるわ」

りあむ「あかりんご……絶対嘘だ……」

奏「嘘ね」

凪「嘘です」

りあむ「何でもない、は嘘だよ、あかりんご。りあむちゃんでもわかっちゃうよ。りんご農家が理由もなく突然引っ越してくるわけないんだよ……」

凪「旅行については同意しました」

奏「約束は守るでしょう。心の奥底まで同意していないくても」

凪「お店のお手伝いはどうでしょう。忘れていたのか」

千夜「辻野さんは手帳にお手伝いの予定を書いています。忘れることはなく、思い出すなら見た時です」

凪「千夜さん、戻られましたか」

あきら「千夜サン、離してくれないデスか」

りあむ「白雪ちゃん、ありがと。噛まれる前にその猛獣を離した方がいいよ」

あきら「だれが、猛獣デスか」

千夜「落ち着くまでは捉えておきます。砂塚さん、ソファーに座りましょう」

あきら「逃げないから、大丈夫だって」

りあむ「あきらちゃん、いつも落ち着いてるのにどしたの?お腹空いてる?」

あきら「そういうわけじゃないし、自分はそんな単純じゃないデス」

奏「友人に壁があることを今更気づいた自分に怒っているだけよね。深い付き合いだけど、長い時間は過ごしてないもの。ちゃん付けで呼ぶくらいの距離、その勘違い。仕方がないわ」

あきら「……」

りあむ「天使サマ、人は正論で傷つく生き物なんだ。優しくしてよぅ」

奏「ごめんなさい、言葉を選ぶべきだったわね。まだ高校生だもの」

凪「はて、高校生なのは同じでは?」

あきら「りあむサン、お願いがあります」

りあむ「わかってる!あかりんごの悩みを解決するぞ!お節介だろうが関係ない!ぼくは疎まれるのは慣れてるからね!図々しく行くぞ!」

千夜「砂塚さん、あなたが嫌われ役をする必要はありません」

凪「りあむの役目」

あきら「……うん」

りあむ「山形旅行の計画を立てるぞ!大学生の夏休みっぽくなってきた!奇跡だ!」

あきら「旅行、デスか……?」

千夜「砂塚さん、落ち着いてください。無駄に喋ってるくせに言葉足らずなのは、わかり始めたはずです」

りあむ「そう!理由は故郷にあるのは明らかだよ!」

凪「旅行とかこつけて、あかりんごを連れ出す。りあむ、狡猾だな」

りあむ「そこまで考えてないから!天使サマ、協力してくれない?旅行も一緒に行こう!」

奏「ええ、構わないわ。私も学生旅行には憧れもあるもの」

りあむ「白雪ちゃん、椿さんと若葉お姉さんを招集して!」

千夜「わかりました。まずは作戦会議です」

りあむ「あきらちゃんも、いいよね?あかりんご、このままにはしておけないし!」

あきら「きっと明日は平気な顔していつも通りだと思うんデス。でも、それじゃいけないし。あかりは、もっと自然に笑っててほしいから」

りあむ「決まりだ!いくぞ、山形!さくらんぼ県!ラ・フランス!」

千夜「辻野さんのご実家はりんご農家ですから、そのあたりを気にしているのでは」

凪「フムン、あかりんごは見かけより攻略が難しいな」

りあむ「そんなのわかってるよ!わかりやすいなら、こんな所にいないだろ!それでもいてくれないとぼくが寂しいんだよ!」

凪「りあむ、その自分勝手さと断定、素晴らしい」

千夜「江上さんと日下部さんに連絡が取れました」

りあむ「準備するよ!お茶も淹れよう!ホワイトボードも!」

千夜「お茶は担当します。他は任せました」

あきら「はじめよ。このままじゃ、納得できないから」

第3話に続く。


製作・ブーブーエス

次回予告

依田芳乃「この地には悪しき気配がするのでしてー」

次回
辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」

オマケ

撮影中の一幕

翠「……」ジーッ

涼「翠サン?どうしたんだ、じっと見られると気になる」

翠「役の設定資料をいただきましたので、確認をしています」

涼「翠サンは真面目だな」

翠「ふむふむ、涼さんはスタイルがよろしいですのね」

涼「翠サンこそ。真っ黒のスーツ似合ってるぜ」

CoP「こちらでしたか。水野さん、参考になりましたか」

翠「はい。涼さん、また撮影時に」

涼「ああ」

撮影後……

涼「Coサン?」

CoP「松永さん。お疲れ様でした」

涼「翠サンに渡された資料、何が書いてあったんだ?」

CoP「たしか、死神は松永涼のどこがお気に入りなのか、だったかと」

涼「それか……そういうの翠サンに渡したら、結果は予想できないか?」

P達の視聴後

PaP「よしよし、凪ちゃんはがんばったな。後でご褒美をあげよう。何が良いと思う?」

CoP「久川さんのお姉さんですか。どんなものが好みなのでしょうか」

PaP「スイーツは幾らでも紹介できるんだが」

CuP「買い物ついでにご馳走すればいいと思いますよ」

PaP「そうするか。もう一捻り欲しい気もするが」

CuP「いいんですよ、それで。凪ちゃん、喜んでくれると思いますよ」

PaP「そうだな。雑貨屋巡りでもしてみるか」

CuP「Paさんが一捻りすると本当に捻り過ぎるし……」ボソッ

CoP「さて、食事にしますか」

PaP「よし、出前でも取るか」

CuP「お腹すきましたね、中華にしましょう。劇中にも出てきましたし」

CoP「賛成です」

おしまい

あとがき

お待たせしました。
ゆっくり書いたのもありますが、単純に長い。短く収めようとする気もない。

千夜とちとせ、凪と颯の立ち位置が2話にして、あちらとこちらに離れるという。

楓さんについては予定もないのに布石はあったので。
最後はお酒と駄洒落、自分らしく。今後も後継者の名前を見るたびに思い出してもらう。

次回は、
辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」
です。

気長にお待ちください。次は読み切りを書く予定。
更新情報は、ツイッター@AtarukaPで。

それでは。

7人が行く・EXシリーズリスト

第1話 夢見りあむ「7人が行く・EX1・エクストライニング」
夢見りあむ「7人が行く・EX1・エクストライニング」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1558865876/)
第2話 久川凪「7人が行く・EX2・トクベツなフツウ」
久川凪「7人が行く・EX2・トクベツなフツウ」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1607170950/)
第3話 辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」
(題名は仮題)
第4話 久川颯「7人が行く・EX4・天上の調」
(題名は仮題)
第5話 白雪千夜「7人が行く・EX5・燃えよ銀刃」
(題名は仮題)
第6話 黒埼ちとせ「7人が行く・EX6・オマエのせいだ」
(題名は仮題)
第7話 砂塚あきら「7人が行く・EX7・鬼」
(題名は仮題)
第8話 白雪千夜「7人が行く・EX8・もしもあの日に戻れたら」
(題名は仮題)
最終話 夢見りあむ「7人が行く・EX9・だからぼくらは夢を見る」
(題名は仮題)


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