あらすじ
夢見りあむは財前時子にウワサの真相究明を押し付けられました。
注
7人が行くシリーズの後日譚、その1。
設定はドラマ内のものです。
それでは投下していきます。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1558865876
過去話リスト
第1話
松山久美子「7人が行く・吸血令嬢」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1403002283
第2話
伊集院惠「7人が行く・狐憑き」
伊集院惠「7人が行く・狐憑き」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1406552681/)
第3話
持田亜里沙「7人が行く・真鍋先生の罪」
持田亜里沙「7人が行く・真鍋先生の罪」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1407499766/)
第4話
大和亜季「7人が行く・ハッピーエンド」
大和亜季「7人が行く・ハッピーエンド」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1410009024/)
第5話
太田優「7人が行く・公園の花の満開の下」
太田優「7人が行く・公園の花の満開の下」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1418202792/)
第6話
仙崎恵磨「7人が行く・偶像怪奇夜話」
仙崎恵磨「7人が行く・偶像怪奇夜話」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1421753841/)
第7話
財前時子「7人が行く・トマル聖ヤ」
財前時子「7人が行く・トマル聖ヤ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1424947286/)
最終話
並木芽衣子「7人が行く・この旅の終わりに」(終)
並木芽衣子「7人が行く・この旅の終わりに」(終) - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1426071344/)
メインキャスト
1・夢見りあむ
2・白雪千夜
3・辻野あかり
4・砂塚あきら
5・久川凪
6・久川颯
7・黒埼ちとせ
古澤頼子
関裕美
高垣楓
財前時子
・inning
名詞
・(野球) 回、イニング
用例:Extra inning (野球の)延長戦
・一生
用例:She’s had a good innings. 彼女は良い人生を過ごしました。
序
ケラケラ……
夢を聞かれたような?
ケラケラ……
笑い声で目を覚まして。
あれ、どうして寝ていたのでしょう?
あれ?
もしかして、これは?
そう、目覚めると!
なんと、私は!
正義の力を手に入れていたのです!
序 了
1
8月中旬のとある金曜日
S大学・学生支援総合センター・学生相談室
S大学
由緒ある総合大学。歴史的に名家の御子息子息御息女が多いとか。
学生支援総合センター
煩雑な学生の手続きを簡略化するためにS大学が近年設置。悩みごとがあるなら、まずはここへ。
夢見りあむ「……」
財前時子「……」
夢見りあむ
S大学看護学科の1年生。目の前にいる人物の印象はドエスお嬢様、やむ。
財前時子
S大学の職員。見るからに厄介そうな学生が来たので、対応を押し付けられた。学生時代はSWOWというサークルの代表をしていた。
時子「はじめまして」
りあむ「は、はじめまして」
時子「大学職員の財前時子よ、今日はどうしたのかしら」
りあむ「大学職員……?」
時子「何故そこで首をかしげるのかしら」
りあむ「ぼくはスクールカウンセラーに会いに来たんだよ!やむちゃんのぼくを救って欲しいから!」
時子「そう」
りあむ「めっちゃ冷静!人間としての出来の差が大ダメージだよ、やむ……」
時子「後ろにポスターが貼ってあるわ、見てもらえるかしら」
りあむ「後ろ?」
時子「スクールカウンセラーのポスターよ、学内の掲示板に貼ってあるでしょう」
りあむ「もう見てるよ!これを見て縋りに来たんだから」
時子「スクールカウンセラーの勤務日が書いてあるから、読みあげなさい」
りあむ「スクールカウンセラーは予約不要、毎週火曜と木曜日!ん、火曜と木曜?」
時子「今日は何曜日かしら」
りあむ「……」
時子「そう、金曜日よ」
りあむ「お家で壁に向かって体育座り反省会ばっかりで曜日感覚がおかしくなった、わーん」
時子「それに、スクールカウンセラーは今週夏休みなのだけれど」
りあむ「知らない、連絡不行き届きだよ!」
時子「4月からこのポスターの横に貼ってあるわ。ホームページにも掲載している」
りあむ「まるで、ぼくはバカってこと?」
時子「でしょうね」
りあむ「わーん!職員さんもきっと思ってるんだ、脳と身長に行くべき栄養が胸に行ってるって!脳に行く栄養が胸に行ってる奴は絶滅すればいい、本当に、って!」
時子「そんなこと思わないし、言わないわよ。失礼ね」
りあむ「うわーん、もうダメだ……このまま大学からドロップアウトで、暗い部屋の中で一生を過ごすんだ……」
時子「そっちで勝手に話を進めないでちょうだい。話なら私が聞くわ」
りあむ「え?」
時子「スクールカウンセラーでなくても、話は聞けるでしょうに。それくらいで、あなたは満足しそうだもの」
りあむ「本当に?お悩み相談だよ?」
時子「いいわよ。どうにもならないようなら私からスクールカウンセラーに引き渡すわ」
りあむ「ぼくはクソザコメンタルのヘンテコリン野郎だよ、いいの?いけるの?」
時子「ヘンテコリンには慣れてるわ。あなたが人間なら驚くに値しないわ」
りあむ「……」
時子「学生を助けることが大学職員の仕事でしょう……何かしら、じっとこっちを見て。変なことでも言ったかしら」
りあむ「この大学職員、よく見たら……顔がいい」
時子「ハァ?」
りあむ「スタイルもいい、服装のセンスもいい、育ちもいい、若い、そんな大学職員さんがぼくを味方してくれる!生きれる!」
時子「ハァ……?」
りあむ「名前、名前をもう一回教えて」
時子「財前時子だけれど」
りあむ「財前さん、財前教授、時子さん、いや、時子サマ!」
時子「様付けで呼ぶつもりのようね、この子は……」
りあむ「ぼくを救ってよ!」
時子「……まぁ、呼び方は好きにすればいいわ。ただし、あなたのことを話しなさい」
2
S大学・学生支援総合センター・相談室
時子「大体状況はわかったわ、確認するわ」
りあむ「うん」
時子「名前は夢見りあむ、看護学科の1年生、その髪は染めてる、であってるわね」
りあむ「うんうん」
時子「ここに来た理由は、もう学校続かなさそう、だから」
りあむ「そうそう!」
時子「そんなに元気に肯定されても困るわ。私も大学職員だから、退学者を増やしたくないの」
りあむ「でも、ぼくが辞めそうなのは事実!対応しないとマズイでしょ!」
時子「あなたが言うことではないわね。本題に入る前に」
りあむ「入らないの?」
時子「体の調子に異常はあるかしら」
りあむ「体?健康だよ?体だけね!代わりに脳も心もダメ!」
時子「あなたの好きな食べ物は」
りあむ「飲茶!大学の近くにある楊さんのお店よい」
時子「楊さんのお店はいいわね。私がご馳走するとしたら、食べるかしら?」
りあむ「もちろん!ご馳走してくれるの?時子サマ、神!?」
時子「食欲は問題なさそうね。検討してあげましょう」
りあむ「おごるは嘘?飲茶がないとやむよ?」
時子「脅迫ならもっと上手くやりなさい。今は独り暮らしかしら」
りあむ「実質独り暮らしだよ!」
時子「実質ね、どういう意味なのか教えなさい」
りあむ「おうちに誰も帰ってこないもん。だから実質独り暮らし!自由!自由万歳!」
時子「羨ましいとは思えない自由ね、私は自由ではなかったから」
りあむ「時子サマ、やっぱり良い家の出?お嬢様?ホンモノ?」
時子「今は私の話をする必要はない。さて、夢見りあむ?」
りあむ「なに、時子サマ、答えるよ、何でも!」
時子「大学に友達はいるかしら」
りあむ「……」
時子「無言は回答とするわ。何かサークルに所属してるかしら」
りあむ「わかってるでしょ、所属してたらこんなことにならないよ!」
時子「そんなものでしょうね、本題に入りましょう」
りあむ「うう、時子サマ、見かけ通りのエスだよ、エス!ガラスのハートにはハードだよ!」
時子「どうして、大学が続かないと思ったのかしら」
3
S大学・学生支援総合センター・相談室
りあむ「どうして?」
時子「ええ、何故かしら」
りあむ「どうして、どうして……どうして?」
時子「……」
りあむ「そんなのわからないよ!わからないから、ここにいるんだよ!」
時子「フムン……」
りあむ「時子サマはなかったの?」
時子「何が」
りあむ「大学辞めたい、とか」
時子「幸運なことになかったわ」
りあむ「やっぱり、ぼくの気持ちなんてわからないんだ……」
時子「ええ、わからないわ」
りあむ「やむ……」
時子「あなたがわかるべきよ、どうしたいのかを」
りあむ「どうしたいとか、そんなのないよう」
時子「ないの?」
りあむ「やりたいことがないと怒られる世の中は間違ってる!」
時子「それなら、何故看護学科に入学したのかしら」
りあむ「……チヤホヤ」
時子「何を言ってもいいから、ちゃんと言ってちょうだい。聞こえないわ」
りあむ「チヤホヤされたい!白衣の天使のタマゴはチヤホヤされるべき!」
時子「白衣の天使になりたいわけでもないのね。就職したいわけでもなさげ、と」
りあむ「時子サマ、ぼくはどうしたらいい?」
時子「……少し待ちなさい。二言三言飲み込むわ」
りあむ「それ、どういう意味かな?」
時子「大学の授業を受けて卒業しなさい、というのが色々な人が言う意見でしょうね」
りあむ「そうなの?」
時子「薄々気づいていたけど、私が初めての相談相手なわけね」
りあむ「あっ、頼れる人がいない哀れな奴だって思ったな!」
時子「別の意見を聞いていないなら、好都合」
りあむ「ぼくは都合のいい女……」
時子「人聞きの悪い。あなた、やりたいことはあるのかしら」
りあむ「やりたいこと?」
時子「後期の授業が始まるまでしばらく夏休みは続くわ。何かしたいことはあるかしら」
りあむ「うーん、推しに会いに行きたい!」
時子「推し?」
りあむ「推しはぼくの推しだよ!アイドルだよ!生が一番!」
時子「それを栄養にして生きているタイプなのね」
りあむ「栄養、そう必須栄養素!時子サマ、理解度が高いよ!」
時子「夏休み中はそれをしていたのかしら」
りあむ「してないよ、毎日できないよ!お財布が足らないよう、わーん」
時子「自分で言っていたでしょう、曜日感覚が狂うほどに家にいた、と」
りあむ「そうだよ、金なし友達なしやる気なしのぼくがりあむちゃんだよ……」
時子「大学の夏休みは長いわ。他に予定は」
りあむ「ない、真っ白だよう」
時子「あなたにやりたいことがないのなら、私が命令するわ」
りあむ「命令、ゾクゾクする響き!」
時子「ちょっとだけ待っていなさい。宿題をあげるわ」
4
S大学・学生支援総合センター・相談室
りあむ「時子サマ、このファイルは何?」
時子「ここには色々なことを学生が言ってくるわ、その一部。俗にいうウワサよ」
りあむ「群馬県出身の学生が増えてる、って何?」
時子「あなたに調べてもらうのよ」
りあむ「調べる……ぼくが?」
時子「ええ」
りあむ「ムリだよ!」
時子「別に出来なくてもいいわ」
りあむ「へ?」
時子「解決なんて望んでいないわ。嘘か真かわからないもので、採点するなんて愚かなことはしない」
りあむ「それなら、安心……?」
時子「私が調べて欲しいウワサは、3つ」
りあむ「出来なくていい、うん、それならいい」
時子「一つ目は、群馬県出身の学生が『増えて』いること」
りあむ「それはどういう意味?」
時子「あなたが調べて意味を付けなさい。調べていけば、わかるわ」
りあむ「むぅ……」
時子「二つ目は、夜に人探しをしている少女が現れること」
りあむ「夜に少女?危なくない?」
時子「だから、話がこっちに来たのでしょう」
りあむ「なる」
時子「三つ目は」
りあむ「三つ目は?」
時子「吸血鬼の末裔がいるらしいわね」
りあむ「吸血鬼、フィクションだよ?」
時子「……」
りあむ「時子サマ?」
時子「あなたが見つけたことが真実よ、答えを自分で出すことがあなたの為ね」
りあむ「時子サマ、雰囲気の良さげなことを言って騙そうとしてない?」
時子「あなたを騙す価値なんてないわよ」
りあむ「か、価値なし宣言!?」
時子「騙す価値がないだけ。夢見りあむ、確認よ」
りあむ「ぼくは、時子サマの宿題をやる。ウワサを調べる」
時子「よろしい。片言なのが気になるけど」
りあむ「出来なくても良い、出来たら褒めてくれる?」
時子「ええ、何もわからなくていいわ。月曜日にもう一度ここに来なさい」
りあむ「わかった!」
時子「夕方の5時までに。いいわね?」
りあむ「5時……」
時子「自身なさげね。もしかして、昼夜逆転してるのかしら」
りあむ「してない!ちょっと、遅寝遅起きなだけ!月曜日もこれぐらいの時間でいい!?」
時子「問題ないわ」
りあむ「絶対に向いてないけど、やるしかない!時子サマに捨てられたら、ぼくは本当におしまい!人生ゲームセット、人生バッドエンド!」
時子「脅迫が少し上手くなったわ。最初に調べるといいものを教えてあげるわ」
りあむ「あるの?」
時子「吸血鬼の末裔はS大学付属高校の前で待っていれば会えるわ、おそらく」
りあむ「え、そんなに簡単に会えていいもの?」
時子「別にいいわ、苦しむことに価値はないでしょう」
りあむ「その通り、苦労努力、ムダ!」
時子「それで、調べてもらえるかしら」
りあむ「うん!今日からやるよ!米粒ほどのやる気が消えないうちに!」
時子「それがいいでしょう、がんばりなさい」
りあむ「行ってくるよ、時子サマ!」
時子「ええ、行ってらっしゃい。曜日は間違えないように」
りあむ「わかってる、月曜日!」
時子「……」
時子「任せるべきでしょうけど……手は回しておきましょう。亜季なら上手くやってくれるわね」
5
S大学付属高校・玄関前
S大学付属高校
S大学の敷地内に併設されている付属高校。大学と同じく由緒ある高校とのこと。
りあむ「時子サマのメモ、吸血鬼の末裔は補習を受けてるってなに?おバカちゃんなの?」
多田李衣菜「凄い髪の人がいるけど……何だろう」
多田李衣菜
S大学付属高校の3年生。フォー・ピースのリーダーでGt&Vo。自主練の帰り道に厄介事を見つけてしまった。
りあむ「あ」
李衣菜「目があった」
りあむ「まずい、りあむちゃんは女子高生の出待ちをしてる不審者じゃん!」
李衣菜「しかも、独り言が大きいし……よし、声かけちゃおう。防犯には声かけだよね」
りあむ「ヘッドフォン外した!近づいてくる!」
李衣菜「こんにちはー、誰か待ってるんですか?」
りあむ「えっと……」
李衣菜「……」
りあむ「ここで聞かないと一生そのまま!ぼくは探してる!」
李衣菜「あはは……えっと、何を?」
りあむ「吸血鬼……吸血鬼の末裔を探してる!」
李衣菜「あー、吸血鬼の末裔か」
りあむ「知ってるの?」
李衣菜「うん。金髪で紅い眼で見ればわかるから、ここで待ってるといいよ」
りあむ「ホント?嘘ついてない?ぼくをあしらおうとしてない?」
李衣菜「嘘はついてないかな、うん」
りあむ「こんなぼくに話しかけてくれる、天使……エンジェルドリームだ……」
李衣菜「あはは……そういうわけだから、きっと会えると思うよ。それじゃ!」
りあむ「あ、えっと……ありがとう、ございます」
李衣菜「気にしないで!ばいばい!」
りあむ「話しかけてくれなかったらムリだった……1日で2人もぼくにかまってくれる聖人に会えるなんて良い日だ。よし、待とう。待つのは得意だもん!」
6
S大学付属高校・玄関前
りあむ「流石にそろそろ飽きてきて……あっ、いた!」
黒埼ちとせ「あら?」
白雪千夜「お嬢さま、どうされましたか」
黒埼ちとせ
S大学付属高校の3年生。今年も出席日数不足で補習を受けていた。
白雪千夜
S大学付属高校の2年生。補習を受ける必要はないが、ちとせと一緒に登校し下校も一緒。
りあむ「話を聞きたい!そこの顔が良い金髪に!」
ちとせ「ちっちゃいのに、ぷにぷにそうな子が話しかけてくれた」
りあむ「じゃあ、ぼくと話してくれる……?」
千夜「なりません」
りあむ「なんで!?」
ちとせ「いいじゃない、減るものでもないし」
りあむ「ほら、こう言って……」
千夜「近寄るな。お嬢さまと一言たりとも話すべきでない存在であることは説明するまでもありません」
りあむ「え……ひどくない?」
千夜「お帰りください」
りあむ「間違いだった……時子サマとヘッドフォンのエンジェルが奇跡だったんだ……ぼくに優しくしてくれる人なんて幻だったんだ……」
千夜「面倒な人ですね。行きましょう、お嬢さま」
ちとせ「まぁまぁ、千夜ちゃん。せっかく、声をかけてくれたんだから、ちょっとお話してあげましょ?」
りあむ「え、いいの?」
千夜「仕方がありません……お嬢さまの寛大なる心に感謝するのですよ、お前は」
りあむ「お前呼ばわり……やむやむ言ってられない、時子サマに褒められるためにも!」
千夜「そこから近寄るな。話してもいいが、それより近寄ることは許していない」
ちとせ「この子も強引だから、ごめんね」
りあむ「優しい……でも、なんか……」
ちとせ「私の顔に何かついてる?」
千夜「早く終わらせましょう。お嬢さまに聞きに来たことはなんですか」
りあむ「聞きたいことはね……」
ちとせ「なーに?ふふっ♪」
りあむ「吸血鬼の末裔なの?」
千夜「何を言って……」
ちとせ「そうだよ」
りあむ「そう……だよ?」
ちとせ「バレちゃった。私、吸血鬼の末裔なの♪」
7
S大学付属高校・玄関前
りあむ「本当にきゅうけ……」
堀裕子「きゅ、吸血鬼ですか!」
堀裕子
S大学付属高校2年。千夜のクラスメイト。彼女は補習を受けていた。
りあむ「……誰?」
千夜「冗談ですよ、お嬢さまが幼い頃から言っているものです。堀さん、ご安心ください」
裕子「そうですか!そうですよね!それではまた会いましょう!」
千夜「さようなら、お気をつけて」
ちとせ「賑やかな子ね、千夜ちゃんのクラスメイト?」
千夜「はい。堀さんです。補習を受けているようですので、会えるかと」
ちとせ「そうね。次は千夜ちゃんがお世話になってます、って挨拶しておかないと」
千夜「そこまで気をつかわないでも結構ですよ、お嬢さま」
りあむ「あの……」
千夜「まだいたのですか。どこかに行ってくれればよかったのに」
りあむ「辛辣だよぉ……こんな口調でいいの?」
ちとせ「可愛いでしょ」
りあむ「あっ、ダメ親になるタイプだ!」
千夜「話は終わりです。しっし」
りあむ「いつもだったら逃げかえるところだけど、今日は逃げないよ!バックに味方がいるからね、無敵だよ!」
千夜「厄介な思考です」
りあむ「吸血鬼の末裔って本当なのか、聞きたい」
ちとせ「本当かもしれないし、嘘かもしれないよ?」
りあむ「自分でわからないの?」
ちとせ「それは秘密の方がステキでしょ?」
りあむ「そうかなぁ……」
千夜「真偽のほどは不明です。私は冗談だと思っていますが、この美しさです。更に人を魅了するカリスマ性とあわせて、吸血鬼の末裔というウワサになるもの仕方がありません」
りあむ「きみ、実はぼくと近い人種?」
千夜「はっ、御冗談を」
りあむ「鼻で笑うってこういうことか……やむ」
ちとせ「そういうわけだから、質問の回答はこれでいい?」
りあむ「吸血鬼の末裔じゃないけど、ウワサになりそうな美人がいた」
ちとせ「ありがと♪」
りあむ「そのはず、でも、なんか、あれ?」
ちとせ「あはっ、私のこと好きになっちゃった?」
りあむ「うん、多分そうなんだよ……?」
千夜「お前は危険ですね」
りあむ「危険じゃないよ!人畜無害!人を傷つける能力があればぼくはこんなに苦しまないよ!」
古澤頼子「こちらにいましたか。黒埼ちとせさん、白雪千夜さん」
古澤頼子
S大学付属高校の女性教師。担当科目は国語。いわゆる教師としての情熱はないタイプ。
千夜「古澤先生でしたね、どうしましたか」
ちとせ「そういえば、呼びだされていたの忘れてた」
千夜「そういうことは言ってください。待っていますから」
ちとせ「千夜ちゃんも一緒だよ?」
千夜「何故私が呼び出されるのですか?」
頼子「他の生徒が待っていますし、私も早く帰りたいので。こちらへどうぞ」
ちとせ「そういうことだから、一緒に行こう?」
千夜「意味がわかりませんが、そうします」
頼子「そちらの方は……」
りあむ「なに?」
頼子「いいえ、なんでもありません。名前も事情も聞く気はありません。お邪魔しました」
ちとせ「ばいばーい、調べ物がんばってね」
りあむ「あっ……ばいばい」
りあむ「……」
りあむ「一つ解決した!時子サマ、褒めてくれる!もしかして、りあむちゃんは向いてる!?」
頼子「申し訳ありませんが、校内ではお静かに」
りあむ「あ、すみません……うるさかったです……失礼します……」
りあむ「……」
りあむ「他のも調べてみようかな、行ける気がする。がんばれ、りあむちゃん、時子サマとヘッドフォンのエンジェルがついてる!」
8
S大学付属高校・空き教室
頼子「4人、揃いましたね」
千夜「要件は何でしょう」
頼子「その前に点呼をします、顔と名前が一致していませんので。黒埼ちとせさん」
ちとせ「はぁい」
頼子「白雪千夜さん」
千夜「はい」
頼子「砂塚あきらさん、でしたか」
あきら「はい、そーデス……」
砂塚あきら
S大学付属高校の1年生。返答はマスクによって小声になっている。
頼子「それと」
辻野あかり「山形から来ました、辻野あかりです!はじめまして!」
辻野あかり
S大学付属高校に9月から転校してくる1年生。転校の理由は親の仕事の都合らしい。
ちとせ「可愛い♪はじめまして、あかりちゃん」
あかり「黒埼さん、よろしくお願いします!」
ちとせ「ちとせでいいよ♪」
あかり「はい、ちとせさん!」
あきら「制服違う、転校生?」
あかり「はい、9月から」
あきら「ふーん……」
頼子「私は古澤です。担当は国語です」
千夜「お嬢さまに、マスクさんに、転校生と私。呼ばれる理由がわかりません」
頼子「部活に所属していたことはありますか」
千夜「部活?」
あきら「ないデス。バイトで忙しいので」
あかり「転校前は帰宅部でした!」
ちとせ「私は……参加しても、ね?」
千夜「……」
あかり「あっ、古澤先生の部活にお誘いですか?」
頼子「違います。私は顧問をしていません」
千夜「では、なんでしょうか」
頼子「黒崎さん、白雪さん、砂塚さんは学校に馴染めているのか、探りを入れてこいと。部活に入れさせればいいだろう、と」
あきら「余計なお世話デス」
頼子「私もそう思いますが、面倒なことです」
あかり「私は、どうなんでしょうか」
頼子「転校生なので面倒を見ろと。2学期からはあかりさんのクラスで授業もしますから」
ちとせ「なるほど、先生は押し付けられちゃったのね」
千夜「フム……」
頼子「私も面倒は避けたいので。特に土日に駆り出されるのは嫌です」
あきら「やる気のない先生デスね」
頼子「先生として崇められることは望みませんが、人としての権利を望みます」
あかり「でも、せっかくなので、仲良くしたいです!」
頼子「ご自由にどうぞ。あきらさんは同学年なのでいかがでしょうか」
あきら「まー、少しくらいなら」
ちとせ「ふーん、古澤先生はどうしたら褒められるの?」
頼子「明日にでも、どこだろうが幽霊部員でもいいので、部活に所属してくだされば」
あきら「絶対デスか?」
頼子「強制なんて古臭いことはしません。古臭い上司の命令に従っていますが」
千夜「教師も大変ですね」
あかり「部活かぁ」
ちとせ「あかりちゃん、何か心配事でもあるの?」
あかり「せっかく引っ越してきたので、山形で出来ない部活がしたいです!」
あきら「あるんですか?」
千夜「わかりません」
頼子「自分で探してください。私からは以上です、何かご質問は」
あかり「はい!」
頼子「どうぞ。辻野さんは後で連絡先を教えてください」
あかり「先生は、お休みの日は何をしてるんですか?」
頼子「お休み、ですか」
あかり「土日は部活に出たくないって言ってたので気になって」
頼子「美術館や博物館を巡っています。首都圏は数も多く、企画展も数が多いですから」
あかり「へぇー、素敵ですね!」
あきら「そうデスかね……」
千夜「美術館……」
ちとせ「千夜ちゃん、美術館にそんなに反応しちゃって。どうしたの?」
千夜「そんなに反応はしていません」
ちとせ「千夜ちゃん、美術館が好きだもんね」
千夜「それは否定しませんが」
頼子「……」
ちとせ「そうだなぁ……ねぇ、あかりちゃん?」
あかり「はい?」
ちとせ「皆とお出かけ興味がある?色々なところに行くの」
あかり「お出かけ……興味あります!」
千夜「お嬢さま、何か企んでいませんか」
ちとせ「せっかくだから、皆が幸せになる答えが欲しいでしょ?ねぇ、古澤先生」
頼子「何でしょうか、黒埼さん」
ちとせ「部活を作っちゃえばいいと思うの」
9
S大学付属高校・空き教室
ちとせ「というわけ」
頼子「フム……美術館、博物館や史跡巡りの部活ですか」
ちとせ「そうそう。良い考えでしょ?」
あきら「なるほど」
ちとせ「先生の趣味を邪魔しないし、私達は部活に入るから、古澤先生は高評価!」
頼子「確かに、私には得ですね」
ちとせ「あきらちゃんは、バイトをしてても何も言われなくなるよ?」
頼子「私は何も言う気はありませんけれど」
あきら「これから色々言われなくて済むなら、ありデスね」
ちとせ「あかりちゃんは一緒にお出かけできるし」
あかり「わぁ、ぜひ行きたいです」
ちとせ「千夜ちゃんは、付き合ってくれるわよね?」
千夜「お嬢さまがそう言うならば従うのみです。美術館には興味もありますし」
ちとせ「決まりね。部活の顧問をしてない先生と生徒4人で、設立できるわよね?」
頼子「生徒は3人いれば、問題なかったと思いますが」
ちとせ「じゃあ、オッケー?」
頼子「はい、少し手間は増えますが、美術品に興味を持ってくれるなら許容しましょう」
あかり「それじゃあ……」
頼子「設立届を持ってきます。しばらく、待っていてください」
10
S大学付属高校・空き教室
頼子「代表は年齢順で、黒埼さんでよろしいですね」
ちとせ「いいよ、1年多く高校生もやってるから最適」
あかり「そうなんだ、だから……」
ちとせ「あかりちゃん、だから何?」
あかり「な、なんでもないです!」
ちとせ「真っ赤になっちゃって可愛い♪」
あかり「ほっぺが赤くなりやすいんですー」
頼子「副代表は白雪さんで、よいでしょうか」
千夜「構いません」
頼子「顧問は古澤頼子と。部活名はどうしますか」
あきら「お出かけ部?」
あかり「美術館・博物館巡り部?」
ちとせ「頼子先生を囲む会とか?」
千夜「真面目にした方が目に着けられにくいかと」
あきら「先生が言い訳は考えてくれますよね?」
頼子「はい。面倒な部活の顧問を押し付けられたくないので」
あかり「うーん、それだと……うーん?」
千夜「文化部はありますか」
頼子「文化部は運動部の対義語です。文化部にするのは難しいかと」
ちとせ「もう少し、お出かけ感が欲しいわね」
千夜「フィールドワーク部は……胡散臭いですね」
頼子「学芸調査部とでもしておきましょう。美術館の職員を学芸員と言いますし」
あきら「先生にお任せで」
千夜「私も異論はありません」
頼子「部室はこことしておきます。使いたければ使ってください」
ちとせ「だって」
千夜「使うつもりはありませんが」
頼子「書類はこれでよいでしょう。皆様にはこちらを」
あかり「プリントですか?」
あきら「道案内デスね」
頼子「明後日、日曜日、行く予定だった美術館を教えておきます。参加はご自由にどうぞ。私はその時間のバスに乗りますので」
あかり「わかりました!楽しみです!」
ちとせ「先生、ここオススメなの?」
頼子「はい。現代美術が豊富です、併設されている公園も綺麗ですよ」
ちとせ「じゃあ、千夜ちゃん、いこっか?」
千夜「わかりました。お弁当の準備もします」
ちとせ「やった♪」
あかり「砂塚さんはどうですか?」
あきら「あきらでいいデス」
あかり「それじゃあ、あきらちゃん、一緒に行きませんか?」
あきら「……ちょっと考える」
頼子「次回からは金曜日に土日の予定を伝えることにしましょう。その気があるなら、放課後にこの教室に来てください」
ちとせ「はぁい」
頼子「これで終わりにします。私の手間が増える行動は謹んでください」
あかり「手間が増える行動って?」
あきら「飲酒喫煙デスよ」
頼子「本当に面倒なので辞めてください」
あきら「冗談デス」
千夜「そんなことはしません」
ちとせ「ねー」
頼子「結構です。それでは、来られる方はまた日曜日にお会いしましょう」
11
夜
S大学構内
りあむ「はー、そんなに簡単じゃなかった……増えるって意味がわからないよう……おうちかえる……」
関裕美「あっ……いた」
関裕美
紅い瞳をした少女。彼女は夜に生きるホンモノ。
りあむ「ひっ!」
裕美「……怯えられちゃった」
りあむ「あれ?女の子だ、そんなに怯える必要ないな」
裕美「そうだよ、危なくないから」
りあむ「いや、あれ、どっちかな?」
裕美「大丈夫」
りあむ「そう言う大丈夫……じゃない!」
裕美「じゃない?」
りあむ「こんな時間に危ないよ!可愛い女の子はお家にいないと!」
裕美「そっちこそ」
りあむ「背は小さくても18歳以上だから!」
裕美「そういう意味じゃないんだけど……」
りあむ「うん、ぼくも帰るから帰ろう」
裕美「帰らないよ。目的があるから」
りあむ「目的?」
裕美「この人、知らないかな?」
りあむ「めっちゃ美人なオッドアイのお姉さんだ……」
裕美「探してるの」
りあむ「しらな……あっ!」
裕美「知ってる?」
りあむ「君だ!」
裕美「私?」
りあむ「ウワサの正体だ、夜に人探しをしている少女!」
裕美「……」
りあむ「えっと、名前は?」
裕美「……」
りあむ「え、変なこときいた?」
裕美「名前は必要ないよ。私が正体だから、そう伝えれば平気」
りあむ「……でも」
裕美「いいから」
りあむ「強い眼力!むり!勝てない!」
裕美「それで、この人見たことある?」
りあむ「ない。この人見てたら、ぼくは絶対に覚えるよ!」
裕美「そっか。ありがとう」
りあむ「どういたしまして!」
裕美「ねぇ、向こうを見て」
りあむ「え?」
裕美「ばいばい」
りあむ「何もないけど……あれ?」
りあむ「いない……つまり……」
りあむ「……」
りあむ「りあむちゃんも怪奇現象はごめんだよ!やっぱり、おうちにかえる!すぐに!」
12
黒埼ちとせの自宅
黒埼ちとせの自宅
黒埼ちとせの両親は海外におり、ちとせは千夜と二人暮らし。千夜の料理は絶品らしい。
千夜「お嬢さま、どちらに……メモが机の上に」
メモ『少しお散歩してくるね』
千夜「いつもの、ですね。お早いお帰りを、お嬢さま」
13
小さな公園
小さな公園
今日はラーメンの屋台が出ている日で、醤油の香りがする。CG事務所の女子寮から近い。
佐藤心「よいしょー」
仙崎恵磨「よっ」
佐藤心
CGプロ所属のアイドル。愛称は名前からしゅがーはぁと♡。只今自主トレ中。
仙崎恵磨
CGプロ所属のアイドル。無事にCDデビューを果たし、インストアライブは盛況だったらしい。
ちとせ「ふー……ちょっと、疲れちゃった」
心「アイドルに必要なのは」
恵磨「柔軟性、心も体も口も」
心「いえーす☆」
ちとせ「ラーメンも美味しそうね……食べきれないから頼めないけど」
心「年齢一桁からいるアイドル業界、同じレッスンをこなしてもメンテの必要性が段違いなわけ」
恵磨「うんうん。でも、はぁとほど年取ってないし」
心「そこまで年寄りじゃないぞ☆」
ちとせ「あの人達なにしてるんだろう……あっ、逆立ちした」
恵磨「それ、ただのジャージだよね」
心「もち、これは鍛錬の成果」
恵磨「よし、アタシも!はぁと、ちょっと見てて……よっと!」
ちとせ「わぁ、凄い、ダンサーさんなのかしら?」
心「やるー」
恵磨「ダンスも一個上を目指したいんだよね」
心「うんうん、よい心がけだぞ☆はぁとにはムリ?年とか言うなよ?」
恵磨「何も言ってないんだけど」
ちとせ「お邪魔ね……千夜ちゃんも心配するから帰ろう」
恵磨「はぁと、もう少し柔軟体操してから帰ろっ」
心「そうする……ん?」
恵磨「どうしたん?」
ちとせ「目があった、よく見たら凄い髪型……テレビで見たような?」
心「……」
恵磨「あの子がどうしたの?綺麗だからスカウトする?」
心「いや、そういうわけじゃないけど」
恵磨「じゃあ、なに?」
心「話を聞いてみよう。こんばんは~」
ちとせ「こんばんは」
心「まどろっこしいのも難だし聞くけど」
ちとせ「なぁに?私に魅了されちゃった?」
心「その自覚ある?」
ちとせ「自覚って?」
心「あなた、チャーム持ちじゃない?」
ちとせ「チャーム?」
恵磨「チャームって何さ?」
心「わからないなら、この話はナシで!でも、お姉さんからのアドバイスだぞ、聞けよ☆」
ちとせ「よく話がわからないけれど、聞いてあげる」
心「あなたの周りには人が集まるわ、でも、望まない人も近づいてくるかも。気をつけて」
ちとせ「あなた、嘘はついてなさそう」
心「いい?」
ちとせ「ええ。だから、遅くならないうちに帰ることにする。またね」
心「気をつけて帰るんだぞ、ばいばい☆」
恵磨「じゃあねー」
心「……ふう、恵磨ちゃんはわかった?」
恵磨「何が?」
心「彼女、チャーム持ちよ、たぶん」
恵磨「さっきから言ってるけど、チャームって何さ?」
心「人に好かれる力、無意識のうちに相手に好意をすりこむ。好意なんて、主観的なものを変えちゃうわけ」
恵磨「アタシにはわからないけど、別に問題ないんでしょ?」
心「普通はねー。でも、好きの感情でおかしくなっちゃう人もいるから、さ」
恵磨「……そっか」
心「ま、忠告したから大丈夫のはず」
恵磨「フーン……でも、さ」
心「なに?」
恵磨「あの子、体が弱いんじゃない?裕美ちゃんみたいに」
心「……」
恵磨「ん、なんか変なこと言った?いや、思いつくままに言っただけなんだから当然か」
心「うん、恵磨ちゃんは思い付きは大切にした方が良いタイプ☆さ、柔軟やって寝よう!」
恵磨「オッケー。終わったら、ラーメン食べない?良い匂いするし」
心「アイドル的にはノーセンキュー!我慢する精神力がアイドル力だぞ☆」
14
深夜
夢見りあむの自室
りあむ「かきかき……」
ノート『吸血鬼の末裔とウワサになってたのは、黒埼ちとせ!S大学付属高校の学生!金髪、紅い眼、顔よし、スタイルよし!』
りあむ「むふむふ……」
ノート『深夜に人探しをする少女は実在した!でも、幽霊の可能性あり!知らないといえば去っていくから思わせぶりは禁物!』
りあむ「でも、写真はホンモノだった?」
ノート『探してる人の写真はオッドアイの凄い美人でした。この世にいないような』
りあむ「いいよ、これで時子サマ、喜んでくれる……はず……」
ノート『明日からもう一つのウワサ探しーーーー』
りあむ「すぅすぅ……むにゃむにゃ……」
15
翌日・8月中旬のとある土曜日
タコ公園
タコ公園
タコの形をした滑り台がおかれた公園。住宅街の真ん中にあり、子供の遊び場であり近隣住民の憩いの場。
りあむ「……」
姫川友紀「うーん、わからない!」
姫川友紀
公園で挙動不審だったりあむに声をかけたフリーター。バックから野球観戦グッズがはみ出ている。
りあむ「そっか……」
友紀「増えるなんて意味わからないよー」
りあむ「ぼくもそう思うけど……」
友紀「増えるなら人間じゃないよね!」
りあむ「……」
友紀「キャッツも勝ったし、人助けも出来た!美味しいお酒が飲める、それじゃ!」
りあむ「えっと、ありがとう、ばいばい……」
りあむ「上手くいかない!S大学から調べる範囲を広げてみたのに!やっぱり昨日が奇跡だったんだ……」
りあむ「……」
りあむ「でも、せっかく家から出て来たから夕ご飯まではがんばる。夕ご飯は楊さんのお店にするんだ。りあむちゃん、がんばりやでしょ……がんばりやじゃないな。惰性で動く……」
16
久川家・前庭
久川家
タコ公園の近くにあることを、夢見りあむはまだ知らない。
コンコン!
久川颯「なー、ちょっと来て!」
久川凪「はーが庭から窓を叩いて呼んでいます。何でしょうか」
久川颯
はー。久川凪の双子の妹。明るく元気な周りの人を巻き込めるリズムの持ち主。
久川凪
なー。久川颯の双子の姉。独特なリズムと感性で生きているタイプ。
颯「一緒に来て、隣の家に」
凪「なんと、スタイル抜群のJCに空き家にお誘いされてしまいました。双子の妹ですが」
颯「おっけ、静かにね」
凪「静かにしているのは自信があります」
颯「ゆーこちゃんにも言わないで、いい?」
凪「いいです。だけど、ちょっと待ってください」
颯「なに?」
凪「玄関で靴を履きます。待っていてください」
17
久川家隣の空き家・リビングダイニング
隣の空き家
持ち主不明の空き家。地元の不動産業者が持ち主を必死に探しているらしい。
凪「おー、入れるとは知りませんでした」
颯「怒られるから秘密だよ、いい?」
凪「秘密は蜜の味です、もちろん」
颯「しー、起きちゃうから静かに」
凪「起きる?起きることができるというと、動物でしょうか」
颯「まだ寝てる……ほら」
凪「なるほど、これは大物ですね」
高垣楓「……すー」
高垣楓
銀髪の美女は水の入ったペットボトルを抱きしめながら、台所で眠っている。
凪「生きてますか?人形のようです」
颯「うん、息はしてる」
凪「空き家に美女と美少女と一緒。たまらないシチュエーションかもしれません」
颯「凪もカワイイよ?」
凪「なるほど。自給自足というやつですね。パシャリ」
颯「なー、何してるの?」
凪「写真をスマホで撮りました。後で役に立つかもしれません」
颯「そうかなー」
凪「半分は趣味です。美少女を撮るチャンスはありますが、美女を撮るチャンスは少ないですから」
颯「どうしたらいいのかな、お腹とか空いてないかな?」
凪「満腹そうな顔をしています」
颯「あれ?確かにそうかも」
凪「はーちゃん」
颯「なー、どうしたの?」
凪「何かいるような気がしています」
颯「どこに?」
凪「この美女の後ろに、です。チューニングをしましょう」
颯「うん。はい、なー、両手を出して」
凪「はーちゃん、これでよいです。あっちが見えるチャンネルにあわせましょう」
颯「目をつぶって……」
凪「カチリ」
颯「カチリ」
凪「カチカチカチ」
颯「カチッ、ピュイ」
凪「ハロー。こんにちは。ニーハオ」
颯「わっ!大きな口が浮いてる!」
凪「あっちも驚いているようです」
颯「ごめん、驚かせる気はなかったんだ」
凪「可愛いはーちゃんに免じて赦してください」
颯「私は久川颯、こっちは久川凪」
凪「よろしくお願いします」
颯「あなたはどなた?」
凪「口はあるようですが、話は出来ないようです。クチアリのクチナシです。クシナシの花言葉はとても幸せです」
颯「喋れないんだー、残念」
凪「しかし、このお口の正体はわかります」
颯「なー、わかるの?」
凪「ネットで読みました。この口は、なんとー」
颯「なー、もったいぶらないで教えて?」
凪「これは『捕食者』です」
18
久川家隣の空き家・リビングダイニング
颯「『捕食者』って、食べられちゃうの?」
凪「いいえ。この通り、人間がいるチャンネルにはあっていませんので人間や私達の食べているものは食べません」
颯「へー、じゃあ何を食べてるの?」
凪「妖怪や幽霊を食べています。人間に害をなすものを食べてくれる良い存在とされています、と書いてありました」
颯「うーん、でもここで満腹そうに寝てるってことは?」
凪「ここに食べ物がいたのでしょう」
颯「あ、口をパクパクしてる!そうだよ、ってことかな?」
凪「そのようです。何が居たのかもうわかりませんね」
颯「ありがと!正義の味方だったんだ」
凪「しかし、気になります」
颯「気になる?」
凪「『捕食者』は人間と一緒になる必要はないです」
颯「そうなの?……うん、って動いたかな」
凪「普通の人や動物からは見えませんし、必要性はないかと」
颯「この人は、あなたの分身?」
凪「違うと思います、おそらく」
颯「はー達と同じ人間かな」
凪「そうだったみたいです」
颯「そうだった?」
凪「なんとなくですが、今の方がはっきりと見える気がします」
颯「人間から『捕食者』さんになってるってこと?」
凪「自分で言ったのですが、わかりません」
颯「うーん、『捕食者』さんも困った口してる」
凪「凪に名案があります」
颯「なになに?思いついた?」
凪「この人が起きるのを待ちましょう」
颯「そうだね、二人で分担して見にこよっか」
凪「はい。それでは、失礼します」
颯「またねー」
凪「はーちゃん」
颯「なー、手出して?」
凪「はい。どーぞ」
颯「カチっとな」
凪「見えなくなりました」
颯「また見に来るね、ばいばい」
凪「また会いましょう」
楓「すぅ……すぅ……」
19
楊さんの中華料理店
りあむ「疲れた……やむちゃが待ち遠しい……」
楊菲菲「お待たせ、飲茶セットダヨー」
楊菲菲
中華料理屋を営む楊さんの娘。S大学なら出前にも行くらしい。
りあむ「やむちゃ!ありがとう!」
フェイフェイ「いつもありがとうダヨー、今日は大学?」
りあむ「違うよ!調べ物をしてた、りあむちゃん偉い」
フェイフェイ「調べモノ?」
りあむ「ウワサを調べてる、でも、今日は収穫なし……やむちゃで回復しないと」
フェイフェイ「大学生はウワサが大好きネー」
りあむ「そうなのかな?」
フェイフェイ「前も調べてる人達がいたヨー」
りあむ「ふぅん、そんな変わった人達もいるんだ」
フェイフェイ「ガンバリ過ぎはダメ、やむちゃはお腹いっぱい食べて休むといいネ」
りあむ「うん、休む!日曜日は神様が休むと決めた日、休まないと」
フェイフェイ「追加があったら呼んでネ、ごゆっくりダヨー」
りあむ「いただきます、モグモグ。美味しい、勤労にこの味はきく……」
20
夜
久川家隣の空き家・リビングダイニング
楓「すぅすぅ……」
颯「起きないね」
凪「はい、やはり普通の人ではないようです」
颯「パンとお菓子を持って来たけど、食べるかな?」
凪「置いておきましょう。寝ていてもお腹は空きますか?」
颯「うん、お腹は空く」
凪「凪は戻ります」
颯「ここに置いておくからね、良かったら食べてね」
凪「おやすみなさい……既に寝ていますか」
21
幕間
みんなが眠った夜。
こんな夜こそ、私の出番です。
さぁ、怪物に名乗りをあげましょう!
「我が名はスーパーレッド!」
おやおや、キョトンとされてしまいました。
ふっふっふっ、このスーパーレッドに恐れをなしているようですね!
さぁ、正義の力をお見舞いしましょう!
再びこの地に現れた、この怪物達に!
幕間 了
22
翌日・8月中旬のとある日曜日
某ターミナル駅・バス停前
あかり「おはようございます!」
頼子「おはようございます」
あかり「あきらちゃんも、挨拶するんご!」
あきら「おはようございまス……」
頼子「揃ってしまいましたね、想定外です」
あかり「あっ!ちとせさん、千夜さん!」
ちとせ「おはよう、あかりちゃん」
千夜「辻野さんでしたか、朝からお元気ですね」
頼子「まぁ……悪いことではありませんか」
ちとせ「先生、号令とかないの?」
頼子「到着後にしましょう。バスが来たら教えますので、バス停から離れないでください」
23
久川家隣の空き家・リビングダイニング
凪「まだ寝ていますね」
楓「すぅすぅ……」
颯「なー、ここ見て」
凪「ゴミが落ちています。不法侵入でしょうか、私達もですね」
颯「違うって。昨日、はーが持って来たの食べたみたい」
凪「起きたということですね」
颯「うん」
凪「水も減っています。食事をしたのでしょう」
颯「でも、寝てるね」
凪「『捕食者』さんはまだお腹いっぱいのようですね、動いていないということは」
颯「寝かせてあげようか。また、見にこよう」
凪「はーちゃんのいう通りにします」
颯「またね」
楓「……」
24
興梠美術館・バス乗り場
興梠美術館
都心からバスで1時間。親子3代で集めたコレクションは評価が高いらしい。
頼子「改めまして、おはようございます」
あかり「古澤先生、よろしくお願いします!」
千夜「この美術館はどのような美術館なのですか」
頼子「私は職員ではないので、説明はしません。自由に調べ、自由な感性で見てください」
千夜「そう言うのなら、そうさせていただきます」
頼子「私からは食事場所と帰りのバスについてだけ教えておきます」
ちとせ「私は千夜ちゃんが作ってくれたお弁当♪」
頼子「食事はそちらに併設のレストランがあります。少し行けば小さな食堂もありますのでご自由に」
あかり「あきらちゃん、どうする?」
あきら「来る前にコンビニで買ってきました。お店が周りになかったので」
あかり「え!どうしよう!?」
ちとせ「一緒に食べる?分けてあげようか?」
あかり「いいんですか……?」
ちとせ「千夜ちゃん、いいよね?」
千夜「私は構いません。作りすぎてしまったので」
あかり「わーい」
あきら「……」
ちとせ「あきらちゃんも一緒に、ね?」
あきら「ご一緒します。独りよりは良いデスから」
千夜「古澤先生はどうされますか」
頼子「私にはお構いなく。帰りのバスは一昨日配ったビラに書いています。本数が少ないので」
千夜「この路線は、往復1本しかないのですね」
ちとせ「行きはさっき乗って来たやつね」
あきら「別ルートで帰るのは大変デス、調べました」
あかり「乗り遅れないように覚えておかないと……」
頼子「私からは以上です。私も自由にしますので、ご自由に」
ちとせ「はーい」
頼子「……何故、ついてくるのですか」
ちとせ「ご自由に、って言ったから」
千夜「不慣れですので。参考にと」
あかり「せっかくだから、一緒がいいんご」
あきら「まずは真似デス」
頼子「わかりました、少しは案内します。まずは入場券を買いましょう、こちらです」
25
興梠美術館・2階・広い展示室の真ん中・休憩用のソファ
千夜「お嬢さま、お体の様子は」
ちとせ「千夜ちゃんは大袈裟、ちょっと座りたくなっただけ」
千夜「ですが……」
あかり「ちとせさん、大丈夫ですか」
ちとせ「ありがと、あかりちゃん。じゃあ、お願いしていい?」
あかり「はい、何でも言ってください!」
ちとせ「それじゃあ、血を吸わせて」
あかり「はい……血?えええ!」
千夜「お嬢さま、冗談はほどほどにしてください」
ちとせ「ごめんね。でも、素直な子は好きよ」
あかり「す、すきって」
ちとせ「あはっ、可愛いー」
千夜「美術館はお静かに」
あきら「見てきました」
あかり「あきらちゃん、古澤先生はどうだったんご?」
千夜「あの真っ赤な絵の前から、動きませんか?」
あきら「#動かない #銅像 #聞いてない #まるで恋する乙女」
ちとせ「恋する乙女ね、それ以外に何も見えて無さそう♪」
あかり「どうしましょう?」
あきら「……お手上げデス」
千夜「思ったよりは、案内してもらいました。これからは自由行動でも良いでしょう」
ちとせ「そうね。千夜ちゃん達も自由に見て来ていいわよ?」
千夜「いえ、お嬢さまから離れるわけには」
ちとせ「あきらちゃんが一緒にいてくれるから、ね?」
あきら「急デスね……まー、疲れて来たのでちょうど良いデス」
ちとせ「だって」
千夜「では、お言葉に甘えて」
あかり「千夜さん、ご一緒していいですか?」
千夜「構いません」
あかり「はいっ」
ちとせ「いってらっしゃい~」
あきら「……」
ちとせ「ふぅ、千夜ちゃんも自由にすればいいのに」
あきら「あの……」
ちとせ「なに?何でも聞いていいよ?」
あきら「じゃあ、聞きます。なんでお嬢さまと呼ばれてるのデスか?」
ちとせ「ああ、千夜ちゃんは私の僕ちゃんだから」
あきら「しもべちゃん……意味がわからない」
ちとせ「ちょっと理由があって、身の回りのお世話をしてもらってる。そういう建前で一緒に住んでるから、千夜ちゃんはお嬢さまって呼ぶようになったの」
あきら「……聞かない方が良かったデスか」
ちとせ「気をつかってくれてありがとう。大丈夫、恥ずかしいことや秘密にしたら千夜ちゃんを傷つけることになるから」
あきら「……」
ちとせ「私が体も弱いから、千夜ちゃんが一緒にいてくれて嬉しいの」
あきら「……重いデス」
ちとせ「ごめんね、話したいのは私の方」
あきら「聞いてしまったから、少しは助けます」
ちとせ「ありがと、優しいのね」
あきら「……急に倒れられたら面倒デス」
ちとせ「……そうね」
あきら「一緒に座ってます、いいデスか?」
ちとせ「うん、ここからでも展示物は見えるし」
あきら「それにしても……」
ちとせ「どうしたの?」
あきら「現代芸術は凄い大きいデスけど、#意味不明」
ちとせ「古澤先生は言ってたでしょう、意味はなくて自分から引き出された気持ちが全てだって」
あきら「言ってましたけど、わからない」
ちとせ「あはっ、私も。一緒に、あの黒い正方形の絵を眺めてみよっか」
あきら「そうします、黒い正方形が9つあるだけ……じゃないんデスよね」
ちとせ「きっとね。自分の中から何かが出てくるか試してみよっか」
26
興梠美術館・2階・順路一番奥の展示室
千夜「私がお嬢さまにお仕えすることになった経緯はこんな所です」
あかり「えっと……」
千夜「秘密ではありません。お嬢さまと砂塚さんも同じ話をしているでしょう」
あかり「……」
千夜「私にはお嬢さまが全てです。それ以上の価値は……ありません」
あかり「そうかな……」
千夜「少し話し過ぎました。今は美術館をお楽しみください」
あかり「そう、楽しむんご!」
千夜「ただし、お静かに」
あかり「千夜さんは楽しくないですか?」
千夜「美術館ですか。お嬢さまは楽しそうなので、良いかと」
あかり「違います!千夜さんはどうですか?」
千夜「……」
あかり「楽しくないですか?」
千夜「興味深くはあります」
あかり「千夜さんにも楽しいこととか、やりたいことが見つかるかも」
千夜「やりたいことですか」
あかり「ないんですか?」
千夜「お聞きしますが、あなたにはありますか」
あかり「え、えっと……」
千夜「私は私が何かをなすことはないと思います……ですが、お嬢さまのためならそれは違うかもしれません」
あかり「でも」
千夜「展示はこれで終わりのようですね。お嬢さまの元に戻りましょう」
あかり「……はい」
27
興梠美術館・庭園にある休憩所
あきら「#冷房最高 #外は灼熱 #ピクニックじゃなくて苦行」
ちとせ「ここでお昼にしよっか。食事していいみたいだし」
千夜「はい。机と椅子もありますので良いかと」
ちとせ「それじゃあ、あかりちゃんとあきらちゃんも座って」
あきら「そうしま……」
あかり「私、飲み物を買ってきます!あきらちゃんも行くんご!」
あきら「ちょっと待って、ひっぱらないで……」
あかり「いってきまーす!古澤先生も呼んでくるんご!」
ちとせ「あきらちゃん、連れて行かれちゃった」
千夜「行ってしまいました。食後の紅茶は水筒で用意しているのですが」
ちとせ「可愛い後輩が気をつかってくれたんだから、楽しみに待ってましょう」
千夜「お嬢さまが言うならそうします。準備をしますので、お待ちください」
ちとせ「はぁい」
千夜「あの、お嬢さま」
ちとせ「千夜ちゃん、なに?」
千夜「砂塚さんと何かお話しになりましたか?」
ちとせ「体が弱いからちょっとだけ助けてね、って」
千夜「……そうですか」
ちとせ「千夜ちゃんはあかりちゃんと仲良くなれた?」
千夜「わかりません」
ちとせ「いいえ、じゃなくてわからないなんだ?」
千夜「……」
ちとせ「わかったら聞かせてね」
千夜「……はい」
ちとせ「千夜ちゃんは何か気になる美術品はあった?」
千夜「そうですね、私は屏風が気になりました。ムーランが題材のようでした」
ちとせ「へぇ、どうして?」
千夜「それはですね……」
28
興梠美術館・バス停近くの自動販売機前
あきら「両親は海外、病弱なお嬢さま、一浪して高校3年生、僕ちゃんは可愛い、けど」
あかり「火事、お嬢さまと二人暮らし、お料理が得意、私は何もしない、って言ってましたけど」
あきら「つまりデスよ」
あかり「うん」
あきら「お嬢さまは僕ちゃんにやりたいことを見つけて欲しいのデス」
あかり「だよね、やっぱり」
あきら「ちとせサン、そんなにお世話が必要デスかね?」
あかり「ちょっと体は弱いけど、千夜さんがずっと傍にいなくてもいいですよね」
あきら「同感デス」
あかり「千夜さんが、ずっと近くに居たいんですよね。多分」
あきら「好きというか……」
あかり「うーん……」
あきら「あかりはどうしたらいいと思う?」
あかり「わからないんご……」
あきら「自分も同じ」
あかり「出来ることは……」
あきら「出来ることデスか……」
あかり「この部活に出ること、とか?」
あきら「ちとせサンが作ったような部活デスから」
あかり「そうしましょう!千夜さんは美術館が好きみたいだし、あきらちゃん、協力してください!」
あきら「バイトが入ってなければ。ちとせサンから事情も聞いたし」
あかり「えへへ、決まりですね!」
あきら「まー、良いデス。部活に入ることを何故か兄ぃも喜んでたし」
あかり「飲み物はこれでいいですか?」
あきら「トマトジュースも買いました、千夜サンは何が好きなんでしょう?」
あかり「後で聞いてみましょう!」
あきら「そーデスね。次は好きな物を買えます」
あかり「それじゃあ、古澤先生を探しにいきませんか」
あきら「どこにいるんデスかね?」
あかり「まだ美術館の中かな、それと聞きたいこともあるので」
あきら「聞きたいこと、デスか?」
あかり「古澤先生は事情を知ってるんでしょうか?」
あきら「どうなんデスかね。興味なさげデス」
あかり「でも、協力してもらわないと」
あきら「正直、この作戦は先生次第デス」
あかり「行きましょう!」
29
興梠美術館・庭園にある休憩所
あきら「飲み物を買ってきました」
ちとせ「おかえりー」
千夜「古澤先生もいらっしゃったのですね」
頼子「はい。昼食は自分で用意していますが、ご一緒します」
あかり「ちとせさん、トマトジュースをどうぞ!」
ちとせ「あかりちゃん、ありがと」
あきら「千夜さんは、この中だとどれが好きデスか?」
千夜「それでは、リンゴジュースを頂きます」
あかり「んご?」
千夜「辻野さん、どうしましたか」
あかり「いいえ、何でもないです!」
千夜「そうですか」
ちとせ「じゃあ、ご飯にしよっか。いただきます♪」
30
興梠美術館・庭園にある休憩所
あきら「アンテナショップ、デスか?」
あかり「うん。山形の物をいつも買えるんですよ」
頼子「学校から歩いて行ける距離にありましたね、そちらですか」
あかり「はい!いつでも来て欲しいんご!」
ちとせ「今度、千夜ちゃんと一緒に……あれ」
千夜「……」
頼子「お休みのようですね」
ちとせ「お弁当作るのに早起きしたから、寝ちゃったみたい」
あかり「静かにしないとですね」
あきら「#寝息小さい #動かない #美形 #人形」
頼子「ごちそうさまでした。私は美術館の方に戻ります」
ちとせ「あかりちゃんとあきらちゃんも行ってきていいよ?」
あかり「はい。古澤先生、一緒に行きませんか?」
あきら「ここの作品はちょっと難しいデス」
頼子「構いませんが」
ちとせ「千夜ちゃんの可愛い寝顔は独占しておくから、楽しんできてね」
あかり「はい、行ってきます!」
31
夕方
久川家隣の空き家・リビングダイニング
颯「起きてるかな?」
凪「どうでしょうか」
楓「こんにちは」
颯「わっ、本当に起きてた!」
凪「おー、予想外です」
楓「お邪魔でしたか」
凪「いえ、ここは空き家です」
楓「そうですね、あれだけいたら人が住むには大変でしょうから」
颯「あれだけ、いた?」
楓「もういませんから、安心してください」
颯「そうだ、パンとお菓子食べた?」
楓「いただきました」
颯「美味しかった?好きな物だった?」
楓「……ええ。ありがとうございます」
凪「名乗っていませんでした。久川凪です、はーちゃんの姉です」
颯「久川颯だよ。なーの双子の妹!」
楓「双子ちゃんでしたか」
凪「お姉さんのお名前をお聞かせください」
楓「名前……ですか」
颯「うん」
楓「高垣楓です」
颯「楓さん、よろしくね!」
凪「颯と楓ですか。字面にすると紛らわしいですね」
颯「ねぇ、聞きたいことがあるんだ。楓さん、聞いてもいい?」
楓「私に、ですか?」
颯「うん」
楓「何かお困りごとでも?」
颯「困ってないよ、聞きたいだけ」
凪「よいでしょうか」
楓「ええ、私に答えられることなら」
凪「あなたは『捕食者』ですか、それとも人間ですか」
32
久川家隣の空き家・リビングダイニング
楓「見えるのですか」
颯「うん。昔から、こうするとね」
凪「チャンネルが別になります」
楓「フム……こちら側に来れるということですね」
凪「こちら側とはどういう意味でしょうか」
楓「『シスター』にお会いしたことは」
颯「シスター?会ったことないよ?」
凪「クリスマスは祝いますが」
楓「……」
颯「楓さん?」
楓「質問にお答えしていませんでしたね。お答えします」
凪「……」
楓「私は人間です、ほとんど」
凪「ほとんど、ということは」
楓「少しだけ人間ではありません」
颯「……そうなんだ」
楓「『捕食者』に力をいただき、この体を維持しています。人間であるために、少しだけ人間でなくなりました」
颯「……」
凪「気になることは色々ありますが」
楓「私が選び、与えられた在り方です。そこに悔いはありません」
颯「帰るところはあるの?」
凪「不法侵入です。私達もですが」
楓「いいえ、ありません」
凪「その答えはオカシイです」
颯「うん、違うと思う。帰る所あるよね?」
凪「人間としての身なりがキレイです」
颯「服も幾つか持ってて、お風呂にも入ってそう」
凪「つまり、生活環境もしくはお金があります」
楓「嘘はつけませんね。帰る所はありますが、帰りません」
颯「なんで?ケンカしちゃった?」
楓「……」
凪「事情があることはわかります」
颯「一緒に住んでる人はいるの?心配してると思うよ」
楓「ええ……だから、です」
凪「……」
楓「大丈夫ですよ、あなた方よりも大人ですから」
颯「そうかな」
凪「凪にはそうとは思えません」
楓「……」
凪「……」
楓「わかりました。お使いをお願いできます、か」
颯「お使い?」
楓「出渕教会という所に住んでいました。そこに、私の無事を伝えていただけますか……ふぁ……」
颯「楓さんは帰らないの?」
楓「まだ満腹です、もう少し休もうかと……」
凪「そんなに、たくさんいたのですか」
楓「はい、とっても……」
颯「うち、凄い所に家を建てちゃったんだね……」
凪「ラッキーです、助かりました」
楓「今日はもう遅いですから、明日にでも訪ねてください……いいでしょうか」
颯「わかった」
楓「それでは、おやすみなさい……」
凪「眠ってしまいました」
颯「途中から眠そうだったね」
凪「はい。少しだけ人間でないのは本当のようです」
颯「うん。明日、出渕教会だっけ、に行ってみようか」
凪「ええ。戻ることにしましょう」
颯「ゆーこちゃんのお手伝いしよう」
凪「はい。狙うはおかず一品追加です、ゆーこちゃんをその気にさせましょう」
33
某ターミナル駅・バス停前
頼子「それでは解散します、また金曜日に」
あかり「古澤先生、ありがとうございました!」
頼子「お気をつけてお帰りください」
あきら「相変わらず素っ気ない人デスね」
あかり「でも、良い先生かもしれないです」
あきら「そーデスね」
千夜「お嬢さま、帰りましょうか」
ちとせ「はぁい。みんな、バイバイ♪」
あかり「さようなら!あきらちゃん、途中まで一緒に帰るんご!」
あきら「はい、そーします」
あかり「駅の改札は」
あきら「あっちデス。それと、言いたいことが」
あかり「あきらちゃん、なんですか?」
あきら「語尾に、「んご」は初めて聞きました」
あかり「えっ……都会で流行ってるハズじゃ!」
あきら「ないデス」
あかり「んごぉぉ!恥ずかしいんご!」
あきら「あかりらしくて良いデス、たぶん」
あかり「そうかな?あきらちゃんが言うならそうするんご!」
あきら「まー、どっちでもいいデス。帰りましょう、一日いると疲れました」
あかり「うんっ。でも、次も楽しみだね」
あきら「……そーデスね」
あかり「帰ったらりんごを食べて休みましょう、電車に乗って帰るんご♪」
あきら「あかり、帰り道はそっちじゃないデス」
34
夜
久川家隣の空き家・リビングダイニング
颯「あっ!」
凪「これは、一本取られましたね」
颯「楓さん、いなくなっちゃった」
凪「逃げられました」
颯「教会も嘘なのかな……」
凪「先ほど調べました、出渕教会は存在しています」
颯「無事は伝えて欲しいのに」
凪「本人は帰る気はない」
颯「うーん、素直に帰ればいいのに。ね?」
凪「しかし、凪は決まりました」
颯「なー、何を決めたの?」
凪「明日、出渕教会へ行きましょう。興味があります」
颯「うん、一緒に行こう」
35
夜
楊さんの中華料理店
フェイフェイ「やむちゃ、今日も調べてた?」
りあむ「そんなにしてたら疲れるよ、昨日言った通り休み!おうちでダラダラ!料理も自分でしない!」
フェイフェイ「そうなのかー。やむちゃ、幸せネ」
りあむ「ねぇ、ぼくの名前知ってる?」
フェイフェイ「常連さんの名前は憶えてるネ!あなたは夢見やむちゃ!飲茶が大好き!」
りあむ「違うよ!?」
フェイフェイ「違ったカ?いつもやむやむ言ってる」
りあむ「いや、フェイフェイちゃんは自分の名前を語尾につけるの?」
フェイフェイ「つけるフェイフェイ。やむちゃはつけないフェイフェイ?」
りあむ「乗ってきた!全然語呂がよくない!」
フェイフェイ「冗談ネ、やむちゃも冗談はやめ」
りあむ「冗談じゃないから!ぼくは夢見りあむ!覚えて」
フェイフェイ「りあむ?りあむ、りあむ、覚えたヨー」
りあむ「うんうん、明日は時子サマに褒めてもらう!そうしたらここでご馳走してもらう!」
フェイフェイ「よくわかんないけど、がんばるといいヨー。やむちゃ、ごゆっくりダヨー」
りあむ「やむちゃじゃない!いや、呼んでくれるならやむちゃでもいいけど!」
36
翌日・8月中旬のとある月曜日
午前
出渕教会・玄関前
出渕教会
神戸在住のシスターが所有する小さな教会。シスターが滞在中の場合のみ、礼拝等が行われる。
颯「なー、ここであってる?」
凪「あっているはずです。ここを見てください」
颯「掲示板かな、出渕教会って書いてある」
凪「ここが出渕教会です」
颯「でも、シスター不在のため閉館中だって」
凪「住んでいると言っていました。シスター以外の誰かがいるはずです」
颯「うん、楓さんのことを伝えないとね」
凪「何が待ち受けているのでしょう」
颯「なー、そんなに怖がらなくても。楓さんも良い人そうだったよ」
凪「なるほど」
颯「何がなるほど、なの?」
凪「人とは限らないのかもしれません」
颯「人じゃなくても、大丈夫だって」
凪「心配していても仕方がないですね。行ってみましょう、藪をつついて蛇を出すのが得意です」
颯「うん。玄関の扉は開いてるよ」
凪「失礼します」
颯「お邪魔しまーす」
凪「祭壇があります。礼拝をする部屋のようです」
颯「あっ、人がいるよ!こんにちは!」
凪「こんにちは」
速水奏「あら、可愛らしい双子のお客様。天使の加護が欲しいのかしら?」
速水奏
N高校に通う高校生。去年は出席日数不足で留年してしまったらしい。
37
出渕教会・1階・礼拝堂
颯「え……?」
凪「おや……?」
奏「驚かせちゃったかしら。私は速水奏。出渕教会に何かご用事?」
颯「なー」
凪「はい、はーちゃん」
颯「手を出して」
凪「どーぞ。チャンネルをあわせます」
颯「カチ」
凪「カチ」
颯「はい、おっけ」
凪「見て見ましょう……おや」
颯「何も変わらないね」
凪「そんなことはないと思うのですが」
颯「うーん」
奏「2人で手を繋いだり離したりして、どうしたのかしら」
颯「あの、変なことを聞くかもしれませんけど」
奏「変なこと?何かしら?」
凪「あなたは人間ではないのですか」
奏「ふふっ。そうかもしれないわね」
颯「でも、何も見えないから……」
凪「正体がわかりません」
颯「教えてもらえませんか」
奏「それなら、何だと思うのかしら?」
凪「実体はあるようです」
颯「チャンネルをあわせても何も見えない」
凪「幽霊か人間以外の存在……妖精?」
颯「上手く隠してるとか?」
奏「残念。正解じゃないわね」
颯「うーん……」
凪「正体はわかりませんが、お姉様は凄い存在だと思います」
颯「女神様とか」
奏「口がお上手ね。でも、不正解」
松永涼「奏、その辺で辞めておけ」
松永涼
教会の奥から出て来たドクロのアクセサリーが目立つ女性。出渕教会に住んでいるとのこと。
奏「ここからが楽しみなのに」
涼「中学生くらいの女の子を惑わせても困るだけだ。しかも、出入りしているとはいえ奏は教会の住人じゃない」
奏「あら、せっかく仲間にしてもらったのに。酷い言い方ね」
涼「そこまで求めてはいないってことさ。アンタはアンタの生活を優先しろ」
奏「そこまで言うなら、カワイイ双子ちゃんの対応はお譲りするわ」
涼「そうしてくれ。さて、どうした?」
颯「なー、まただよ?」
凪「はーちゃん、私もそう思います」
涼「どうした?」
颯「あなたも、あちら側なの?」
涼「……」
奏「あなた達がこちら側、と言うのが正しいかしらね」
涼「なるほどな、奏」
奏「なにかしら」
涼「地下で話を聞こう。いいか?」
奏「私は構わないけれど、あなた達はどうかしら」
凪「凪は問題ありません」
颯「はーも話したいことがあって」
涼「決まりだな、こっちだ」
38
出渕教会・地下1階
出渕教会・地下1階
住人達の居間。涼の私物であるプロジェクターが備え付けられており、奏の目的はこのプロジェクター。
奏「へぇ、見えるのね」
涼「ラジオのようにチャンネルを変えるか。いつから見えるようになった?」
凪「生まれた頃からです」
颯「赤ちゃんの頃は何もしなくても見えてた、ような」
凪「今の方法は小学生になった頃に覚えました」
奏「自力で?」
凪「図書館で調べました」
颯「なーは頭がいいんだよ」
涼「普通は調べられないし、わかっても実践できない」
奏「生まれながらにこちら側と」
涼「そうみたいだな」
颯「お姉さん達は?」
涼「何か見えるか?」
凪「見えません、何も」
涼「アタシはそうだろうな。こっちは」
颯「ううん、何も見えないよ」
涼「羽は見えないか?」
颯「羽?」
凪「見えません、どのチャンネルでも」
奏「私は隠せるもの、誰にも見えないように」
涼「そうなのか?」
奏「そうじゃなかったら、狐の結界に入れないでしょう?」
涼「へぇ、そんな理屈だったのか」
颯「お姉さん、羽があるの?」
奏「ヒミツよ、大人になったら教えてあげる」
凪「おー、オトナですね」
涼「もう見せる必要もないだけだ。それで、楓の件だが」
凪「昨日までは隣の空き家にいました」
颯「うん、いなくなっちゃった」
涼「昨日の夜にはいなかったんだな?」
凪「イエス」
奏「遠くには行ってなさそうね」
涼「どこをふらついているんだか」
颯「楓さん、ここに住んでたの?」
涼「ああ」
颯「家出してる理由もわかる?」
奏「涼、どうなのかしら」
涼「理由に検討はついてる」
奏「それは、涼だからわかることなのかしら」
涼「……そういう部分もある」
凪「少し変でした」
涼「変?」
凪「ずれてました」
颯「その、楓さんがよく見えるチャンネルがね……」
凪「『捕食者』に近いほうでした」
奏「……そういうことね」
涼「それで、何を伝えに来てくれたんだ?」
凪「楓さんの無事を伝えに来ました」
涼「楓は帰ると言ってたか」
颯「ううん、帰らない、って」
涼「そうか……」
颯「はーにはね、それが良いとは思えないんだ」
凪「凪も同感です。わからなくてもすぐ近くにいる方が良いかと」
颯「なんで、楓さんは帰らないのかな」
涼「その理由もわかるよ」
奏「へぇ、そうなの?」
涼「奏にもわかるはずだ」
奏「私に?私は人間の気持ちなんて」
涼「速水奏の気持ちなら、わかるだろ」
奏「……そうね」
涼「理由もわかるからこそ、こことしては連れ戻したい。協力してくれるか?」
颯「うん!」
凪「やぶさかではない」
涼「夜は裕美が探してくれる」
颯「裕美?」
涼「今は下で寝てる。楓を、昼に探してもらえないか」
颯「いいよ。なーもいいよね?」
凪「夏休みの課題を探していました」
涼「お礼もしよう」
凪「凪は教えて欲しいことがあります」
涼「なんだ?」
凪「こちら側、そう言っていますが、興味があります」
奏「こちら側にいることが良いとは思えないけれど」
凪「興味です。それだけです」
涼「……まぁ、いい。楓を連れ戻してくれたら、アタシと奏の答え合わせをしよう」
奏「巻き込まれちゃった」
涼「別にいいだろ?」
奏「嫌とは言ってないわ」
凪「決まりですね」
奏「あなたが言うセリフかしら」
涼「どうにしても、こちらとしても楓を探す手掛かりが欲しい。可能な限り、早く連れ戻したい」
颯「なにか、理由があるの?」
涼「スーパーレッド、って知ってるか?」
39
出渕教会・地下1階
颯「スーパーレッド?戦隊ヒーロー?」
凪「今年の戦隊ヒーローにレッドはいません。色ではなく1号と呼ばれています。ジャスティスVならジャスティスレッドです」
奏「もちろん、そんな話じゃないけれど」
涼「スーパーレッドは自称さ。ソイツが自分で名乗ってる」
颯「あんまりカッコよくないね」
凪「同感です」
颯「何をしてる人なの?」
涼「わかると思うが、ここには人間じゃない存在もそれなりにいる」
凪「わかります。見てきました」
涼「厄介なことがあってさ、この辺りにそういう存在は増えていた」
奏「ええ……困ったものね」
颯「何があったの?」
涼「機会があったら教えるよ」
凪「増えた……?」
颯「そうかな?」
凪「増えているようには思えません」
涼「対処はした。普通にしていれば、気づくことはないさ」
奏「私は家に帰ることを許された。消されなくてよかったわ」
凪「消される?」
涼「そんなわけだ、スーパーレッドの出番はない」
颯「ごめん、わからなかった」
凪「スーパーレッドは、人間ではないものを狙っている」
涼「その通り」
奏「でも、もう敵はいないの」
涼「だが、昨日も被害者が出てる」
颯「正義の味方じゃないの?」
涼「正義の味方だよ、少なくともそいつの中では」
奏「人間ではないものを全て悪とするなら、ね」
颯「はー、スーパーレッドは正義の味方じゃないと思うな」
凪「凪達は見てきました」
颯「悪いものもあったけど」
凪「悪くないものがたくさんです」
涼「気持ちは同じだ。アタシ達の望まない争いが吹っ掛けられてる」
凪「まさか、凪とはーちゃんも狙われるのですか」
奏「残念だけど、可能性はあるわね」
颯「でも、はー達は人間だよ?ちょっと霊感みたいのがあるけど」
涼「それなんだが、スーパーレッドがどうやって対象を決めているかがわからない」
奏「あなた達も敵だと思われたら、狙われちゃうかも」
凪「迂闊に正体を明かすと危ないということですね。お約束です」
涼「スーパーレッドの能力は怪力とパイロキネシス、みたいだな」
奏「今、わかってるところではね」
颯「ぱいろきねしす?」
凪「発火能力です。何もないところから火をつけます」
颯「凄いパワーを持ってて炎を使える……ヒーローっぽいけど」
奏「正体は不明。ただの人間がやるトリックか」
涼「特殊な力に目覚めた、この世界の人間か」
奏「妖怪の類か」
涼「別の世界から紛れ込んだ存在か、わかってはいない」
凪「フム……スーパーレッド、実に面白い」
颯「あっ、わかった」
凪「はーちゃん、何がわかりましたか」
颯「楓さん、スーパーレッド知ってるの?」
涼「知らないはずだ」
颯「それじゃあ、危ない!」
奏「そういうこと。捕食者が次のターゲットかも」
涼「楓を見つけたい。意味は幾つかあるが、差し迫った理由はそれだ」
凪「話は読めた」
颯「探さないと」
凪「はい。写真を撮っていました」
奏「写真?」
涼「楓の写真があるのか?」
凪「はい。この通り。綺麗に撮れています」
涼「少し見せてくれ……まだ大丈夫そうだな」
凪「まだ、とは」
涼「スーパーレッドにやられても、そう簡単にくたばってしまうことはないさ。慌てずに探してもらえるか」
颯「どういう意味?」
涼「捕食者のおかげで回復力が上がってる。食べることさえできれば、楓は問題ない」
凪「食べることができない場合は」
奏「肉体が維持できないわ。でも、安心して」
颯「全然安心できない!」
奏「頭がバラバラになっていない限り平気よ」
颯「うえー。なーみたいなイヤなこという」
凪「はて?はーちゃんを困らせるようなことはしませんが」
颯「無自覚なの……薄々気づいてたけど」
涼「アタシ達は楓を探して欲しい。協力してくれるか」
凪「りょ」
颯「了解って意味だよ。はーも手伝うよ」
涼「ありがとよ。ただし、スーパーレッドの標的にならないように」
凪「もち」
奏「双子ちゃんのカワイイ顔に傷がついたらイヤだものね」
涼「さて、ここまで話を聞いてもらった。お礼をするよ」
颯「お礼なんて」
凪「受け取っておきましょう」
涼「受け取ってくれないとアタシが困るのさ。紅茶とお菓子を用意するよ」
凪「紅茶、好物です」
颯「いいの?」
涼「ああ」
奏「あら、私の分もお願いね」
涼「奏は準備に付き合え」
奏「はいはい、わかってるわ」
涼「待っててくれ」
凪「あの、凪は本を見たいです」
涼「本?ここにあるのなら自由にしてくれ。準備をしてくる」
凪「では、遠慮なく。珍しそうな本がたくさんあります」
颯「なー、はーも見る!」
40
午後
S大学構内
りあむ「壊れてる理由はわからない?」
江上椿「一昨日の夜に何かあったらしいですよ、何かが暴れたのでしょうか」
江上椿
S大学の学生。裁縫部所属。声がけができずにウロチョロピョンピョンしていた、りあむの写真を満足するまで撮ってから、声をかけた。
りあむ「暴れる!?怪獣でも暴れてないとこんなのにならないよ?2階の壁が壊れるなんて!」
椿「その通りですね。でも、建築機械とか使えば出来たりしないでしょうか」
りあむ「運んで来たらわかるよ、たぶんだけど!」
椿「なるほど。何かに役立つかもしれないので、写真を撮っておきましょう」
りあむ「……うーん」
椿「そう言えば、自己紹介を忘れていました。江上椿です、よろしくお願いします」
りあむ「……夢見りあむ」
椿「夢見りあむ、さんですね。裁縫部に興味はありませんか?」
りあむ「裁縫部?ぼくは裁縫に興味ないよ」
椿「裁縫に興味はなくてもいいのです、私のおも……」
りあむ「おも?」
椿「ゴホン。自分のサイズにあう服装を着せたいなぁ、と思いまして」
りあむ「えーん、へんちくりんな体形していると言われた!」
椿「へんちくりんだなんて!もっと自信を持ってください!」
りあむ「ほんと?」
椿「綺麗に写真を撮るのは得意です!裁縫部に来てぜひ写真を撮らせてください!」
りあむ「これは褒めてない!」
椿「それはさておき、夏休み中ですがどうしてこちらに?」
りあむ「さておかれた……時子サマに会いにきたんだ。ちょっと時間が早いけど」
椿「時子サマ?」
りあむ「相談センターにいる時子サマ。顔も良いし性格も良い……はず」
椿「ああ、財前さんですね。私も在学中にお世話になりました」
りあむ「お姉さんも?時子サマ、やっぱりいい人?」
椿「振袖を着せたかったです」
りあむ「はい?」
椿「セーラー服とかも似合うと思います。思いませんか?」
りあむ「え、同意するけど……この人、やばい人なんじゃ……」
椿「りあむさん」
りあむ「は、はい!」
椿「チャイルドスモックに興味はありませんか?採寸させていただければ、私が作ります。被写体のために衣装を作るのも悪くありません」
りあむ「ダメだ!ダメな人だ!チャイルドスモックを18歳以上に着せるなんてロクな人間がいない!」
椿「写真を撮るだけでいいんです。人に見せるのが嫌なら、私が個人的に楽しむだけにしますから。ね?」
りあむ「ますますダメだよ!あ、そうそう!時子サマと約束の時間だから、バイバイ!」
椿「足元に気をつけてくださいねー」
41
S大学・学生支援総合センター・学生相談室
りあむ「どうかな!?りあむちゃん、ちゃんとできてた?合格?」
時子「合格の基準がないわ。強いて言うなら、この報告を聞けているだけでいいわ。ご丁寧にレポート付きで、大学生レベルの」
りあむ「やった!時子サマ、褒めてくれた!」
時子「……フムン」
りあむ「時子サマ、他にはないの?ぼくは時子サマの言うことなら聞くよ!」
時子「幾つか質問させてちょうだい、いいわね」
りあむ「もちろん!」
時子「黒埼ちとせというS大学付属高校の生徒が吸血鬼の末裔と呼ばれている理由は」
りあむ「外見!ヨーロッパ系のハーフかクオーターだと思う!」
時子「本当にそれだけかしら」
りあむ「うん、そうだよ!」
時子「10秒数えるから、もう一度だけ思い出しなさい」
りあむ「思い出す…」
時子「……」
りあむ「……」
時子「10秒。どうかしら」
りあむ「理由は外見だよ、やっぱり。それと、自分で冗談として昔から言ってたから?」
時子「あるじゃない。他には」
りあむ「後はね、あれ、えっと」
時子「言ってみなさい。何でもいいわ」
りあむ「すこ」
時子「すこ?」
りあむ「好きになった!顔も良いし、優しいし、それと!」
時子「それと?」
りあむ「それと……わからない。けど、すこなものはすこ!」
時子「……そう。調べてもらってありがとう。あなたの結論は」
りあむ「吸血鬼の末裔はいない!」
時子「そうでしょうね。吸血鬼は生殖で増えないもの」
りあむ「ん?時子サマ、今なんて?」
時子「次の質問を良いかしら」
りあむ「いいよ!時子サマ!」
時子「探す対象はわかったわ。探している側の特徴を教えてちょうだい」
りあむ「女の子だった、でも、いきなりいなくなった!幽霊だったかも!」
時子「どんな髪型をしてたかしら?」
りあむ「髪型、髪型、そう、でこちゃん!おでこを出してて、ウェーブがかかってた!」
時子「服装は」
りあむ「うーん、思い出す……」
時子「特徴的な服装だったかしら」
りあむ「違うよ!パステルカラーの服だった!ブランドとかわからない!」
時子「マイディアヴァンパイアではないと」
りあむ「ぼくの専門じゃないけど、それじゃコスプレだよ!そんな人いないよ!」
時子「ありがとう。最後の群馬出身の学生については」
りあむ「わからなかった!土曜日1日中調べたのに!」
時子「日曜日は」
りあむ「お休みした!がんばりすぎ、よくない!働き方改革!」
時子「まぁ、辿りつかないことを望んでいたから良いわ」
りあむ「時子サマ、それどういう意味?」
時子「夢見りあむ、ありがとう。思った以上だったわ」
りあむ「ほんと?嘘じゃないよね?」
時子「ええ」
りあむ「生きれる!もっと褒められたい、求められたい!時子サマ、頼む!」
時子「だから、ひとまずはこれで終わりよ」
りあむ「えっ!酷いよ!期待を持たせてから落とすなんて!時子サマの鬼!悪魔!」
時子「鬼にも悪魔にも会ったことはないから、悪口とは取らないでおくわ。申し訳ないけれど、危ないわ」
りあむ「危ない?なにが?」
時子「状況は週末で変わった。それだけよ」
りあむ「説明不足だよ!教えてよ!匿名掲示板のS大学スレに悪口雑言書くよ!いいの?」
時子「……」
りあむ「う……」
時子「ハァ、巻き込んだのはこっちね。知りたいかしら」
りあむ「うん!」
時子「良くも悪くも変わるわよ、これからの学生生活が」
りあむ「何言ってるの?変えるために来たんだよ!」
時子「駒を増やすのも手ね……ひとつ、聞いていいかしら」
りあむ「なに?まさか、りあむちゃんを試そうとしてる!?時子サマのお眼鏡にかからなかったら……即闇落ち!」
時子「前期の単位は取れたのかしら」
りあむ「必要な分はね!実習ないから!実習始まったらアウトだよ!」
時子「どうしてかしら」
りあむ「どうして?何が?」
時子「夢見りあむ」
りあむ「なに?」
時子「私の仕事が終わる頃にまた来てちょうだい。あなたの世界を広げるわ」
42
タコ公園
凪「見つかりませんね」
颯「なんでだろー?」
凪「まさに雲隠れ。ニンジャインヤブ」
南条光「どうしたんだ、二人とも!」
南条光
タコの形をした滑り台の上から凪と颯に声をかけた。久川姉妹とは同い年。
颯「光ちゃんだ、やっほー」
凪「やほー」
光「そっちに行くから待ってて!」
凪「はい、凪は待ちます」
光「待たせたな!」
凪「ほぼ待っていません」
光「困ったように見えた、何かあったのか?」
颯「人を探してるんだ。でも、見つからなくて」
光「人探し?」
凪「はい。この写真の美女を探しています」
颯「見なかった?」
光「この公園で見た!」
凪「本当ですか」
光「もちろん!ベンチで寝ているのを見たぞ!」
凪「いつでしょうか」
光「うーん、3日前とか?」
颯「3日前?」
光「うん。昨日とか一昨日じゃなかった」
颯「それだと」
凪「隣の空き家に来る前です」
颯「ねぇ、昨日とか今日で見てないんだよね?」
光「ああ!ヒーローは嘘をつかないからな!」
凪「残念です」
光「少し遅かったか」
凪「いいえ。近くにいないことがわかること、素晴らしい」
颯「教えてくれて、ありがとう!」
光「どういたしまして!」
颯「もう少し探してみようか?近くにはいないみたいだから、ちょっと遠くで」
凪「はい」
颯「光ちゃん、またね」
光「またなっ!困ったことがあったら呼んでくれ!」
43
S大学付属病院
S大学付属病院
名前の通り、S大学医学部付属の病院。時子の職場からはすぐ近く。
りあむ「付属病院に用事があるの?」
時子「ええ。対処をしてくれたのが看護師だったから、助かったわ」
りあむ「どういうこと?」
望月聖「あ……時子」
望月聖
S大学病院の入院患者。体調が良ければ外出もできるほどに回復したらしい。
時子「聖。どうしたのかしら」
聖「時子……呼びに来た……」
りあむ「時子サマ、この子誰?知り合い?」
時子「知ってるわ。とても」
聖「うん……知ってる。深く」
りあむ「?」
時子「体調は良さそうで安心したわ。柳清良からお使いを頼まれたのね」
聖「そう……部屋はこっち……ついてきて」
時子「案内してちょうだい。着いてきなさい、夢見りあむ」
44
S大学付属病院・某個室前
聖「清良さん、連れて来たよ……」
柳清良「ありがとう、聖ちゃん」
柳清良
S大学付属病院に勤務する看護師。S大学医学部看護学科卒、つまり、りあむの先輩。
聖「わたしは戻るね……」
時子「またお見舞いにいくわ」
聖「時子、またね……」
清良「こちらは?」
時子「夢見りあむよ」
りあむ「えっと、はじめまして……?」
清良「そう、あの……」
りあむ「あの?まさか変なところで有名になってないよね?」
時子「私が話しただけよ」
清良「夢見さん、よろしく」
時子「S大学の卒業生だから、頼るといいわ。参考にもなるでしょう」
りあむ「……」
時子「どうしたのかしら?」
りあむ「いやいやいや、こんな見るからに白衣の天使は参考にならないよ!?」
清良「あらあら」
りあむ「スタート地点が違うよ、もっと低い所を用意してくれないと!」
時子「終始こんな感じだから、相手してもらえるかしら」
清良「もちろん、何でも相談してちょうだい」
りあむ「ううう……逆に優しさがぼくを傷つける!」
時子「柳清良、中にいるのかしら」
清良「ええ。大人しくしてるみたい」
時子「何人かしら」
清良「本人曰く、1人よ」
時子「本人はそう言うでしょうね」
清良「ええ」
時子「夢見りあむ、準備は出来たかしら」
りあむ「……はっ、時子サマに呼ばれた!落ち込んでる場合じゃない!」
清良「大丈夫そうね」
時子「ええ。見ればわかるでしょうから、入りましょう」
45
S大学付属病院・某個室
りあむ「へ?」
時子「こんにちは。はじめまして……かしら?」
日下部若葉「うぅ、どなたですかぁ?」
日下部若葉
S大学の学生。時子と知り合いの日下部若葉ではないらしい。
時子「はじめまして。財前時子よ」
清良「先ほど、お話した協力してくれる人よ」
若葉「『私』を追い出したりしないですかぁ?」
りあむ「むぅ……」
時子「追い出したりなんてしないわ」
若葉「本当?」
若葉「本当に?」
若葉「都会は怖いです~」
若葉「騙されないようにしないと」
時子「信じてちょうだい。あなたは悪いことをしていないようだし」
若葉「もちろん、前の若葉さんとは違います!」
若葉「品行方正ですよ~」
りあむ「ねぇねぇ、時子サマ!」
時子「疑問があるなら本人に聞きなさい」
りあむ「う……白衣の天使サマは驚かないの?」
清良「傷ついた人を見捨てるわけにはいけませんから」
りあむ「微妙に回答をはぐらかされた!」
時子「聞かないのかしら」
りあむ「聞くよ!どうして、5人いるの!?」
若葉「5人?」
若葉「5人じゃありません!」
りあむ「もっと、いるの!?」
若葉「違います~」
若葉「私は1人です」
若葉「そうです!」
りあむ「ひとり……わかった!」
時子「何がわかったのかしら?」
りあむ「群馬出身?そうでしょ?」
若葉「はい~」
若葉「良い所ですよ~」
若葉「ちょっと山奥ですけど」
若葉「私達が歓迎します~」
若葉「追い払わないでくださいねぇ~」
りあむ「増える群馬の学生だ!そうでしょ、時子サマ!」
時子「それは正解ね。ひとりでいるなら簡単にはわからない」
りあむ「5人じゃなくて1人なんだよ!」
時子「どういう意味かしら」
りあむ「分裂してるけど、1人なんだよ!」
時子「……」
りあむ「時子サマ、ぼくは変なこと言った?」
時子「勘がいいのか、それとも。それは、どういうことかしら」
りあむ「5つ子がここまで似るなんてあり得ない!」
清良「ええ。人間ならば」
りあむ「うん。でも、人間じゃないなら……え?」
清良「……」
時子「先に結論に到達するタイプなのね、あなた」
りあむ「君達……じゃなかった、君は人間じゃないの?」
若葉「……」
時子「答えてあげてくれないかしら」
若葉「……そうです」
りあむ「時子サマ」
時子「なに?」
りあむ「世界を広げるってこういう意味!?聞いてないよ!」
時子「言ってないもの」
りあむ「りあむちゃんは怪奇現象はダメだよ!ムリだよ!耐え切れないよ!向いてないよ!」
若葉「怪奇現象……」
若葉「ムリ……」
若葉「耐え切れない……」
若葉「向いてない……」
若葉「やっぱり……」
若葉「ここにいちゃいけないんだ……」
りあむ「あ、えっと、その!違うよ!違うから!ぼくの口が悪いだけ!」
清良「あらあら、泣かせちゃった」
若葉「うわーん」
若葉「うわーん」
若葉「うわーん」
りあむ「ぼくも泣きたいよ!うわーん!」
時子「あなたは泣かないでちょうだい」
りあむ「時子サマ、ぼくに何をさせたいの!?答えてよ!」
時子「私の望みは、学生が安心して学生生活を送ることだけよ」
りあむ「それとこれと何の関係があるの?」
時子「彼女もあなたもS大学の学生だからよ。どんな形であれ」
清良「……」
時子「学生生活が停滞してそうなあなたを変えるのには良いと思ったわ」
りあむ「時子サマ……」
時子「それに、扱いやすそうだったもの」
りあむ「時子サマ!」
時子「日下部若葉、話を聞いていいかしら」
若葉「話?」
若葉「話すだけ?」
若葉「追い出しませんか?」
時子「ええ。夢見りあむ、あなたも決心はついたかしら」
りあむ「いいよ!この場を自分の意思で逃げ出せるほど、りあむちゃんは強メンタルじゃない!」
清良「逃げ出さないのは、看護師向きかもしれないわね」
時子「いいでしょう、始めましょうか」
46
S大学付属病院・某個室
若葉「こんなところです~」
若葉「聞きたいことはありますか~?」
若葉「スーパーレッドは誰かわかりません~」
若葉「お願いですから、ここに住ませてください~」
若葉「私は退治されたくないです~」
時子「フム。夢見りあむ、つまりどういうことかしら」
りあむ「えっと、えーっと……」
清良「大丈夫?」
りあむ「うん、わかってる!ただ話すのが苦手なだけ!」
清良「それなら、ゆっくりと少しずつ」
りあむ「うん。日下部若葉はここにいる全員で1人」
若葉「そうですよ~」
りあむ「でも、別の人もいる!その人はオイタをして退治されちゃった」
若葉「はい~」
若葉「私はしてませんよ~」
若葉「人間を襲ったりしてません~」
時子「わかってるわ」
りあむ「人間に退治されないように、人間と同じように暮らしてる」
若葉「はい」
りあむ「でも、本当は一緒にお出かけしたい」
若葉「はい~」
若葉「私は1人なんです~」
若葉「一緒にいないと不安なんですよぉ~」
りあむ「ちょっといいかと思って、真夜中にお散歩したら……」
時子「スーパーレッド、と名乗る人物に襲われた」
若葉「……はい」
若葉「怖かったです~」
若葉「建物を少し壊しちゃいました~」
時子「S大学の建物が破損していたのは、そのため」
りあむ「スーパーレッドってなに?知ってる?」
若葉「わかりません~」
若葉「見たことないマスクをしてました~」
りあむ「清良サマは?」
時子「柳清良に様は付けなくてもいいのに。私にもいらないけど」
清良「私も聞いたことはありません」
りあむ「悪いことしてない?」
若葉「してません~」
若葉「品行方正です~」
りあむ「それじゃあ、なんで襲われちゃったの?おかしいよ?」
若葉「それは……」
若葉「私が」
若葉「妖怪……だから」
清良「……」
りあむ「違う、そっちじゃないよ!」
時子「そっちじゃない?」
りあむ「スーパーレッドが悪い!自分で自分を悪く言うと生きて行けない!」
若葉「どういう意味ですか?」
時子「そうね、スーパーレッド側の理由でしょう」
りあむ「言ってたんでしょ、目的!」
時子「目的は人間でないものを退治すること」
りあむ「たまたま見かけたから、戦いに来ただけ!ただの乱暴な奴だよ!」
若葉「そうですか……?」
若葉「私、いてもいいですか?」
時子「あなたならいいでしょう」
りあむ「変な奴でも生きていい!生きて良くなかったらりあむちゃんがまず襲われる対象だよ!即死だよ!」
時子「夢見りあむも、こう言ってるわ」
りあむ「あっ!」
時子「どうしたのかしら」
りあむ「もしかして、ぼくも妖怪に思われる?そうしたら、退治される!」
時子「言ったじゃない。だから、辞めさせようとしたのに」
りあむ「時子サマ……」
時子「なにかしら」
りあむ「優しい!神!こんなぼくの身を案じてくれる!」
清良「ですって」
時子「ハァ……そんなことで感謝されなくてもいいけど」
りあむ「よし!隠れよう!夜中は歩かない!」
若葉「そうします~」
時子「そうするのがいいわね。柳清良、この部屋は借りられるかしら」
清良「ええ。この部屋じゃなくても、どこかに」
時子「日下部若葉はしばらくここにいなさい。いいかしら」
若葉「はい~」
若葉「そうします~」
りあむ「時子サマ、どうするの?」
時子「まずはスーパーレッドに出会わないこと」
りあむ「うん!得意!」
時子「出来れば、スーパーレッドの犯行を止めたい所だけれど」
清良「話を聞く限りは危険ね」
時子「ええ。こちらが仲間だと思われるのは避けたい」
若葉「それじゃあ……」
時子「直接探すのは危険でしょうね」
りあむ「うーん、打つ手なし?」
時子「私達には。でも、方法はあるわ」
りあむ「方法?」
時子「スーパーレッドに狙われる側なら、調べられるわ」
りあむ「えっ、いるの?」
時子「いるわよ。あなたも会ったでしょう」
りあむ「あの……人探ししてた子がそうなの?」
時子「ええ」
りあむ「時子サマ、もしかして、全部知ってた?」
時子「白状すると、察しはついていたわ」
りあむ「やっぱり!それならぼくに調べさせる必要あった!?」
時子「あるわ、欲しいのは答えとは限らない」
清良「そうね、理由は色々と」
りあむ「わからない……大人の会話はわからないよ!」
時子「いずれわかるわ、嫌でも」
清良「ええ」
時子「日下部若葉、大人しくしていなさい」
若葉「はい~」
若葉「スーパーレッド捕まえてくださいねぇ~」
時子「夢見りあむ、今日は帰りましょう」
りあむ「うん、お腹も空いたし帰る!時子サマ、ご馳走して欲しい!」
時子「今日は大人しく帰りなさい。また後にしましょう」
りあむ「むー、時子サマがそういうなら帰る!」
若葉「さようなら~」
若葉「また来てくださいね~」
りあむ「若葉ちゃん、また来るよ!ぼくの相手をしてよ!」
47
夜
出渕教会・地下1階
涼「気をつけて帰るんだぞ。ああ、いつでも遊びに来てくれ。またな」
裕美「涼さん、誰から電話?」
涼「裕美、起きたのか。おはよう」
裕美「おはよう」
涼「まだ日は落ち切ってない。今日は早いな」
裕美「そうなんだ。夏だもんね」
涼「電話の相手は楓を見つけてくれた双子の、妹の方だったかな。裕美と同い年くらいの」
裕美「楓さん、見つかったの?」
涼「ああ。どこかの民家で食事後に眠っていたらしい」
裕美「そうなんだ、迎えに行かないと」
涼「残念だが、どこかに行ってしまったそうだ。無事らしいが」
裕美「……帰ってくればいいのに」
涼「ああ。探すのにも協力してもらったんだが、どこに行ったかはわからない」
裕美「どこかに隠れてるのかな」
涼「おそらくな。捕食者も食事を探している状態じゃなさそうだ」
裕美「わかった、探してみるね」
涼「ああ。楓がいた場所を教えるよ」
裕美「うん」
涼「その前に」
裕美「ご飯にする?」
涼「ああ。アタシも裕美も本当は必要じゃないけどな」
裕美「楽しみは大切だもんね。味覚もあるし……私達は」
涼「……そうだな」
裕美「今日は他に誰かいないの?奏さんは?」
涼「来てたが帰ったよ。夕ご飯の手伝いをしないとだと、嬉しそうに言ってたよ」
裕美「奏さんも変わったね」
涼「本当にな」
裕美「芳乃さんは島で修行中だし、小梅ちゃんは?」
涼「小梅はしばらくお休みだ。家族旅行らしい」
裕美「家族ってどういう意味かな」
涼「それは聞いてない」
裕美「シスタークラリスも美由紀ちゃんもいないし、はぁとさんは全然来ないしちょっと寂しい」
涼「寂しい、か」
裕美「今は皆が居てくれるから大丈夫。亜季さんも来てくれるし、洋子さんみたいにはならないよ」
涼「今はいいが」
裕美「涼さん、大丈夫だよ。私は強いから」
涼「……ああ、そうだな」
裕美「うん。涼さん、今日は私が作るよ。何かリクエストある?」
涼「残り物を片付けるとしよう。アタシも手伝うよ」
48
S大学近くのアンテナショップ
あかり「ありがとうございました!いらっしゃいませ……あ!千夜さん!」
千夜「近くを通りましたので、寄ってみました」
あかり「ちとせさんは一緒じゃないんですか?」
千夜「お嬢さまは家にいらっしゃいます。私は買い忘れたものがありましたので」
あかり「そうなんですね!」
千夜「夜遅くまでアルバイトとは精が出ますね」
あかり「私の出来る少ないことだし、山形が好きですから。平気です!」
千夜「なら……」
あかり「千夜さん?」
千夜「聞くのは野暮でした。お嬢さまと後でゆっくりと来ます。辻野さん、がんばってください」
あかり「あっ、そうだ!千夜さん、ちょっと待っててください!」
千夜「行ってしまいました……戻って来ましたね」
あかり「これ、ちとせさんと食べてください!よもぎ餅です!」
千夜「いいえ、受け取るわけには」
あかり「いいんです、賞味期限が近くて廃棄しちゃうので。栄養もいっぱいあるんご!」
千夜「それなら、お嬢さまといただきます。ありがたく受け取ります」
あかり「おいしいんですよ、山形に住んでいた時は近くに住んでたおばあちゃんがよく作ってくれました」
千夜「お嬢さまも喜ぶでしょう」
あかり「千夜さんは嫌いですか?」
千夜「いいえ。私も食べさせていただきます」
あかり「ふふっ」
千夜「なぜ、笑うのですか」
あかり「なんでもないんご!」
千夜「そうですか。それでは、失礼します」
あかり「千夜さん、また金曜日に!」
千夜「はい。また金曜日に、辻野さん」
49
夢見りあむの自室
りあむ「りあむちゃんは咳をしてもひとり……」
りあむ「若葉ちゃんみたいにりあむちゃんも5人いたら……」
りあむ「……」
りあむ「大惨事だよ!厄介事5倍だよ!ムリムリ!ぼくは1人で限界!1人で充分!」
りあむ「……」
りあむ「ぼくは1人でいいけど……近くに人がいるといいな、人じゃなくてもいい……」
りあむ「……」
りあむ「ちょっと早いけど、寝よう。若葉ちゃんには、明日も会いに行くんだ」
りあむ「時子サマが会わせてくれたから、行くんだよ……」
50
黒埼ちとせの自宅
千夜「ただいま戻りました。お嬢さま、辻野さんからよもぎ餅を頂きました」
千夜「……お嬢さま?」
メモ『ちょっと夜風をあびてくるね』
千夜「最近は多いですね。お茶を用意して待っています、お早いお帰りを」
51
夜には散歩をする。
眠るのが怖かったから始めたことだけれど。
今は、夜は私のもの。
夜は私を自由にしてくれる。
夏のお日様は散歩も自由にさせてくれない。
人の目は私を自由にしてくれない。
私の体も、私を自由にはしてくれない。
だから、夜は私のもの。
夜がつくあの子は、私のものじゃないけどね。
私のものになりたがっているけど。
夏の夜風は心地がいい。
お月様は眩しすぎない。
大きく息を吸って、伸びをして。
だけど、今日は。
夜は、私のものじゃないことを思い知る。
「見つけましたよ!吸血鬼!」
変なマスク。そのマスクに変成器が入ってるみたいで、歪んだ高い声。
「我が名はスーパーレッド!」
スーパーレッド。確か熱帯魚の名前だったような。
「人の世界にいないもの!成敗します!」
私は吸血鬼じゃないよ、というワンフレーズ。
「はっ!」
言う暇もなかった。
「ウワサほどではありませんね!」
強烈な胸の痛み。息が止まる。
「吸血鬼、スーパーレッドの敵ではありません!」
戻った息をすると、血が混じった。そんな私を見ていない。
「これに懲りたら、人間の世界に出てこないことです!さらば!」
ねぇ、違うでしょ、どう見たって病弱な人間……怪物なんかじゃないでしょ。
違うよ、違うの、本当は、特別でもなんでもないの。
私、死んじゃうかな、思ったより早かったな。
そんなことを考えられるから……まだ平気。
殺す気はなかったのかな……でもね。
私は……この傷で命を減らしてしまう。
月が助けてくれないかな、と思って顔をあげると。
月は誰かの影に隠れた。
前髪をあげていて、紅い瞳が良く見えた。
ああ、血の匂いにつられてきたのかな。
「大丈夫!?」
うん……大丈夫。
「救急車を呼んで……それだと間に合わないかな、私が病院に運ぶね」
平気……だから、落ち着いて。
「でも!」
ねぇ、私の目を見て。
「目……」
さぁ、私を好きになって、なんて。
「あなた、はぁとさんが言ってたチャーム持ちの人?」
効かなかった。だから、正直に話す。この傷が私の命を削ることを。
そんなことをしなくても、私の短い命だということを。
「でも、それなら少しでも長く生きないと」
あはっ、優しい。優しいから、お願いを聞いて。
「お願い?」
噛んで、吸血鬼さん。
53
吸血鬼の路地裏
裕美「あなた、私の正体がわかるの……?」
ちとせ「話を聞いてきたから……こんなに可愛い子だったんだ」
裕美「……」
ちとせ「血を吸っていいよ、お腹がすいてそうな……顔してる」
裕美「私は噛まない、病院に連れて行く」
ちとせ「ちょっと待って。ねぇ、あなたの名前は?」
裕美「……関裕美」
ちとせ「裕美ちゃんね、あのね……」
裕美「話すの辛いよね、後で聞くから……」
ちとせ「私……変わりたいの」
裕美「……え」
ちとせ「やっぱり……私ね、生きていたい」
裕美「……」
ちとせ「自由にならないこの体も、イヤ」
裕美「……」
ちとせ「長生きもできないのに、千歳なんて名前は嫌い」
裕美「……」
ちとせ「魔のものにしか見えないこの瞳も、そんなに好きじゃない」
裕美「そんなこと……」
ちとせ「今が楽しければいいなんて言い訳、本当はキライ」
裕美「……」
ちとせ「生きていたい、あの子を独り置いてないんていけない……」
裕美「……」
ちとせ「あの子の行く末を見届けて、また……」
裕美「また……」
ちとせ「太陽の下でお日様に負けないくらい笑うあの子を見たいのに……」
裕美「……!」
ちとせ「あは……どうしたの、目尻を釣り上げてちゃって。誰か思い出した……?」
裕美「そうだよ……」
ちとせ「吸血鬼に関係する人……みたいだね」
裕美「……」
ちとせ「ねぇ……私、美味しいと思うよ。不健康だけど」
裕美「そんなこと……」
ちとせ「わかってる……裕美ちゃんは強いね……でもね……」
裕美「……聞いていいかな」
ちとせ「うん……いいよ」
裕美「吸血鬼になったら、きっと色んなものを失うよ」
ちとせ「……ええ」
裕美「夜は長くて寂しいよ」
ちとせ「……知ってる」
裕美「それでも、あなたは」
ちとせ「怪物になったとしても……私は生きていたい」
裕美「私も同じだったよ。生きていたかった」
ちとせ「このままなんて……イヤなの」
裕美「わかった……人を噛んだことはないけど」
ちとせ「あはっ……はじめてになれて嬉しい」
裕美「……」
ちとせ「……吸血鬼の目になった。私を食べ物としか思ってない」
裕美「……」
ちとせ「首筋とか胸がいいよ……柔らかいから」
裕美「本当にいいの?」
ちとせ「うん……おいで」
裕美「……」カプリ
ちとせ「あは……不意打ちは……」
裕美「……」
ちとせ「あ……ふふ……はぁ……私の血は吸われて……あなたの血がこっちに入ってくる…わかるよ……」
裕美「……」チュウチュウ
ちとせ「ああん……必死に吸ってる……可愛い……」
裕美「……ごちそうさま」
ちとせ「……美味しかった?」
裕美「あんまり。やっぱり不健康みたい」
ちとせ「酷いなぁ……あ、なんか気分が」
裕美「あれ、顔が赤い……もう熱があるの?」
ちとせ「そんな感じ……でも、体が痛くなくなった」
裕美「もう変質が始まってる?私の時は潜伏期間があったのに」
ちとせ「……そっか。もう、人間としては……いなくなりかけてたんだ」
裕美「大丈夫?」
ちとせ「ごめん……ちょっと眠らせて……お願い」
裕美「うん。私の目を見て」
ちとせ「キレイ……」
裕美「眠れ」
ちとせ「……」
裕美「変えちゃった……とりあえず、出渕教会に連れて帰ろう。変質までは見届けないと」
裕美「……」
裕美「こんな綺麗な人に噛みついたの恥ずかしいな……」
54
翌日・8月中旬のとある火曜日
早朝
黒埼ちとせの自宅
千夜「……はっ」
千夜「ソファで寝てしまいました」
千夜「もうこんな時間ですか……うたた寝という程度ではありませんね……お嬢さまも起こしてくださればいいのに」
千夜「お嬢さま……?」
千夜「お嬢さま!どちらにいらっしゃいますか!」
千夜「帰ってきていない……まさか」
千夜「そうだ、ケータイに連絡は……ありません」
千夜「……電話をかけましょう」
千夜「お嬢さま……出てください」
『もしもし?』
千夜「出ました!お嬢さま、どちらにいらっしゃいますか!?」
『お嬢さま……家の人かな』
千夜「お前、何者ですか」
『お嬢さまは無事だよ、今は寝てる。でもね』
千夜「そこはどこですか。向かいます」
『必ず帰るから、少しだけ任せて。また連絡するから』
千夜「待て!電話を切るな!」
『ツーツー……』
千夜「無事のようですが……探さないと、一刻も早く」
55
S大学付属高校・空き教室
あきら「眠いデス……」
あかり「千夜さん!」
千夜「お呼びたてして申し訳ありません」
あきら「ちとせサン、見つかってないデスか」
千夜「はい……ケータイは繋がりません」
あきら「警察には連絡しましたか」
千夜「はい。しかし、あまり真剣には……」
あかり「千夜さん、大丈夫です!私達で探しましょう!ね、あきらちゃん!」
あきら「そうするしかない」
千夜「ありがとうございます」
東郷あい「失礼するよ」
藤原肇「白雪千夜さんは、いらっしゃいますか」
東郷あい
刑事課の警部。美貌の女刑事だが、署内では敬遠される存在らしい。
藤原肇
刑事課の巡査。東郷あいのバディ。少なくとも外見は落ち着いている。
千夜「私ですが……どちら様でしょう」
あい「刑事の東郷だ。こちらは藤原君」
肇「通報があったということですので、お訪ねしました」
あきら「ケーサツの人が来ました」
あかり「ちとせさん、探してくれるんですか?」
あい「私達は、な」
千夜「つまり……警察は取り合ってないのですか」
肇「その通りです」
あい「だが、好ましい事実もある」
あきら「回りくどい言い方デスね」
あい「本来刑事が来るタイミングではないということさ」
肇「はい」
あかり「……?」
あきら「事件に巻き込まれた、とは違う?」
あい「そういうことだ。誘拐の類ではなさそうだよ」
千夜「それならば、何故ここに」
あい「厄介事がはみ出し者に流れて来たのさ。慣れたものだよ」
肇「黒埼ちとせさんを探すにあたって、お話を聞かせてください」
千夜「わかりました。協力します」
あい「黒埼ちとせさんに恋人はいないな」
千夜「おりません」
あい「衝動的に一夜を共にするような性格かな」
千夜「ム……お嬢さまはそのような方ではありません」
あい「電話に見知らぬ他人が出たそうだが」
肇「心当たりはありますか」
千夜「ありません」
あい「口調はどうだったかな」
千夜「落ち着いていました。年齢は中学生くらいの女の子かと」
あい「さて、聞くとしよう」
肇「何故、その相手は電話に出たのでしょう」
千夜「何故……?」
あきら「無事と伝えたかったから、デスか?」
あかり「悪いことはしてないとか?」
あい「おそらくな」
千夜「それならば、隠す必要はないはずです」
あい「別の理由がある」
肇「あなたに隠しておきたい事情」
千夜「私に隠し事など……」
あい「同居人にも秘密はある」
肇「戸籍上は姉妹となっていてもおかしくないとはいえ」
あい「そういうものさ」
あきら「姉妹……?」
千夜「……何故、知っているのですか」
あい「調べたてるのが私の仕事だからさ。火元の心配が少ない住居を選んでくれたそうじゃないか」
千夜「お前……それ以上話すな」
あかり「ち、千夜さん……」
あい「おやおや。撤退するとしようか」
肇「はい。知人や親族は私達の方で調べてあります。黒埼ちとせさんのご両親に連絡は不要です」
千夜「それは、どうも」
あい「話すなと言われてしまったが、一つだけアドバイスだ。この世に突発的な事件なんてそうは起こらない」
肇「そのような事件は痕跡が残るものです」
あい「何か兆候があるはずだ」
あきら「兆候……」
あい「さて、自由に調べさせてもらおう。藤原君、連絡先を渡しておいてくれ」
肇「何かありましたら、ご連絡ください」
あい「失礼するよ」
肇「お邪魔しました」
千夜「……」
あかり「あ、ありがとうございました!」
あきら「失礼な人達デスね」
千夜「いいえ……構いません。事実ですので」
あかり「……」
千夜「しかし、これでわかりました」
あきら「何がデスか?」
千夜「警察は頼れません。まともでない刑事二人に押し付けたのですから」
あきら「感想は同じデス」
千夜「あかりさん、あきらさん、ご協力ください」
あかり「はい!もちろんです!」
あきら「でも、あの刑事凄そうデス」
千夜「それはわかりますが」
あきら「兆候って言ってた」
あかり「前触れ……」
あきら「検討もつかないけど」
千夜「兆候……」
あきら「……」
千夜「そういえば……」
あかり「何かありましたかか」
千夜「変な奴が会いに来ました、お嬢さまに」
あきら「変な奴……」
千夜「お嬢さまが吸血鬼の末裔かどうかを聞きに来ました」
あかり「何か関係があるかも!」
あきら「どうでしょうかね……」
あかり「でも、このままだと何も始まりません!」
千夜「期待は薄いですが……探してみましょう」
あきら「どんな人デスか」
千夜「ピンクに髪を染めていました。毛先だけ水色。背が低いのに胸だけは大きかったです。変なTシャツを着ていました」
あきら「……とんでもない奴デスね」
あかり「私でも見つけられそうです!」
千夜「探しに行きましょう。静かに終わりを待つのは……今ではありません」
56
出渕教会・地下1階
颯「こんにちは!」
涼「よう、今日も来たんだな。姉はどうした?」
颯「今は別行動!大学の図書館に行くって。楓さん、見つかった?」
涼「いいや」
颯「そっか。楓さん、夜は寝てるの?」
涼「夜に起きている時もある……いや、夜に起きている時がほとんどだった。最近は」
颯「昼間は寝てるなら、寝ている所を見つけられるかな」
涼「まったく……どこに行ったんだか」
颯「……!」
涼「どうした?」
颯「うめき声みたいのが聞こえたよ、凄く苦しそうな」
涼「病人、とは言わないか、いずれにせよ昨日から看病してる」
颯「苦しそう……大丈夫かな」
涼「ああ。時計の針は止まった、死を恐れることはない」
颯「はー、やっぱり心配。見に行ってもいい?」
涼「優しいな。でもな」
颯「でも、何?」
涼「こちら側に関わるのか、これ以上」
颯「奏さんが言ってたでしょ、産まれからずっとこちら側なんだって。楓さんも心配だし、はーはね、皆の味方だよ」
涼「わかったよ。水とタオルを持って行こう。それと」
颯「それと?何かお買い物に行ってこようか?」
涼「血が必要だ」
57
出渕教会・地下2階
颯「暗いね、この部屋。誰が住んでるの?」
涼「楓と裕美だ」
颯「裕美?」
涼「そこにいるだろ。裕美、大丈夫か」
裕美「うん、平気だよ。硬化も起こってない」
颯「硬化?」
涼「いいや、裕美のことだ。眠らなくていいか?」
裕美「大丈夫、大人しい時は寝てるから」
ちとせ「は……ああ……」
涼「少し飲め。血が入ってる」
ちとせ「あはは……本当に怪物みたい……美味しい……」
裕美「……」
ちとせ「私……なれる……?」
涼「ああ。アンタの命はこれからだ」
ちとせ「ないはずの延長戦……良い響ね……はぁ…」
涼「良い子だ。裕美、体を拭いてやろう。手伝ってくれ」
裕美「うん」
颯「……」
涼「颯も手伝ってくれるか」
颯「う、うん!」
裕美「涼さん、この子は」
涼「久川颯だ。見えないものが見える、霊能力者といったところか」
裕美「そうなんだ、よろしくね。私は関裕美」
颯「こちら側の人……なんだよね」
裕美「私は、吸血鬼だよ」
颯「吸血鬼……」
ちとせ「私も……すぐに……」
涼「ムリするな、いいか」
ちとせ「はぁい……」
裕美「……怖い?」
颯「ううん!ちょっとびっくりしただけ!同い年くらいかな?お友達になれる?」
裕美「うん」
颯「良かった!久川颯だよ!後でなーも連れてくるからね」
裕美「なー?」
涼「双子の姉だ。こちら側の知識もありそうだった」
ちとせ「双子ちゃんね……うふふ……楽しみ……」
颯「ねぇ、お姉さんは吸血鬼になるの……?」
ちとせ「……そうだよ」
颯「怖くないの?」
ちとせ「怖くないよ……この可愛い吸血鬼さんが私を変えてくれる……自分で選んだことだから……怖くない」
颯「わかった、応援するね」
ちとせ「ありがと……」
颯「涼さん、タオルかして」
涼「ああ」
颯「お背中失礼しまーす。うわぁ、背中綺麗すぎ……すべすべ……」
ちとせ「触った……?」
颯「うん。くすぐったかった?」
ちとせ「ううん……」
裕美「まだ感覚が鈍いだけだと思う。ちゃんと変質できれば直るよ」
颯「はい。おしまい」
ちとせ「ねぇ……聞いていい?」
裕美「なに?」
ちとせ「味覚も……なくなっちゃうの……?」
涼「……」
颯「味がしなくなる……」
裕美「ううん、すぐには無くならないと思うよ」
ちとせ「そっか……ちょっと安心した……」
涼「少し落ち着いたか」
颯「しっかり休んでね」
ちとせ「うん……そうする」
涼「裕美、頼む」
裕美「わかってる」
ちとせ「ねぇ……千夜ちゃんに連絡した……?」
裕美「してないよ。朝の電話以降は何も」
ちとせ「良かった……今の私を見たら心配しすぎで死んじゃうかも……」
涼「……」
ちとせ「……見ててね……おねがい」
裕美「うん、見届けるよ」
ちとせ「私のご主人様は優しい……」
裕美「眷族にはならないよ。ちとせさんは自由だよ……吸血鬼として」
ちとせ「あはっ……やっぱり私は人間だったんだ……おやすみ……」
裕美「おやすみなさい」
颯「……」
涼「颯」
颯「あっ、なに?」
涼「戻ろうか。ゆっくり寝させてやろう」
58
午後
S大学構内
あかり「あっ!」
あきら「千夜サン、あれ!」
りあむ「あれだけ行きたくなかったのに……今日も学校にいる……不思議!」
千夜「見つけた!そこのお前!」
りあむ「ひぃ!」
千夜「待て、逃げるな!」
りあむ「わーん、高校生にカツアゲされる!いやだよう!」
千夜「バカなことを言うな!」
りあむ「バカって言った!どうせ、ぼくはバカだよ、大バカだよ!」
千夜「お前……面倒な奴だな」
りあむ「面倒な奴って言われた!初対面で……あれ。初対面じゃない?」
あきら「まーまー、落ち着いて」
あかり「そうですよ!はい、リンゴジュースをどうぞ!」
りあむ「え、なに?優しくされた?詐欺の手口?」
千夜「違います。妄想力たくましいですね、お前は」
りあむ「リンゴジュースはおいちい……」
あかり「当たり前です!なんていっても山形産ですから!」
千夜「お前に聞きたいことがある」
りあむ「リンゴジュースに免じて聞いてあげよう!」
千夜「何故上から目線……」
あきら「落ち着いて。こういうヤツとは正面衝突はムダ」
千夜「確かにそうですね。お嬢さまについて聞きたい」
りあむ「お嬢さま!思い出した!お嬢さまの失礼なメイドだ!」
あかり「メイド……」
あきら「正解?」
千夜「間違ってはいませんが、お前に言った覚えはない。言われる筋合いもない」
りあむ「口を開けば失礼!やっぱり、りあむちゃんをバカにしてるんだ!」
千夜「ちっ……」
あかり「二人とも落ち着きましょう!」
あきら「それが良いデス」
あかり「お外は暑いですから、中に行きましょう!ね!」
59
S大学・食堂
あきら「そういうわけデス」
あかり「何か知りませんか?」
りあむ「話は分かったけど……何も知らないよ?」
千夜「何でもいい。探す手掛かりが欲しい」
りあむ「知らないものは知らないよ!」
千夜「なら、どうしてお嬢さまについて調べていたのですか」
りあむ「頼まれたから!ウワサが本当かどうか知りたかっただけ!行方不明なのとは何も関係ないよう!」
あかり「知らないみたいです」
あきら「振り出しに戻る」
りあむ「そうだよ!りあむちゃんは無実!」
千夜「別に、お前が犯人だとは思っていません」
りあむ「きっと平気だよ!そのうち、ひょっこり出てくるよ!」
千夜「何も知らないくせに、適当なことを言うな」
あかり「……」
りあむ「だって、無事って」
千夜「名前も知らない相手が言っていただけです。信用しろと?」
りあむ「お嬢さまが無事じゃないことを望んでる?」
千夜「そんなこと、あるわけないでしょう!お嬢さまの無事が私の全てです!」
あきら「……全て」
りあむ「そんなにお嬢さまのことが好きなの?」
千夜「おかしいですか」
りあむ「お嬢さまに褒められたいの?チヤホヤされたい?りあむちゃんと一緒?」
千夜「違います。お前と一緒にするな」
りあむ「それなら、どうしてそんなに必死なの?」
千夜「必死ですか……ええ、そうです」
あきら「……」
千夜「私にはもうお嬢さましか、いないのです。何もなすことができないなら、せめて、あの、美しい人のために捧げます。それが、私です」
りあむ「はぇー」
千夜「なんですか、その気の抜けた声は」
りあむ「凄いよ!滅私奉公だよ!善性!りあむちゃんとは大違い!」
あかり「……」
りあむ「推しのために生きる!自分のためじゃない!」
千夜「お前は何を言っているのですか」
りあむ「やっぱり、同じ人種だよ!」
千夜「聞きますが、誰がですか」
りあむ「ぼくときみが」
千夜「……」
りあむ「ちょっとだけ、りあむちゃんの方が自己愛強いけど!」
千夜「ちょっとではありません」
りあむ「ひどい!」
あきら「自分で言ってたのに……」
千夜「お前がどう思おうがかまいません……今はお嬢さまを探してください。お願いします」
りあむ「りあむちゃんに頭を下げる価値ないよ!過剰評価だよ!」
あきら「言い方が悪いデス」
あかり「夢見さんにも協力してもらいましょう!いいですよね?」
りあむ「うん!ぼくもあのお嬢さますこだし!」
千夜「お前に好かれるのはいいのか悪いのか……まぁ、礼を言っておきます。ありがとうございます」
あきら「探しにいきますか」
あかり「でも、どこを?」
千夜「お前は何も知らないのですね」
りあむ「うん」
千夜「吸血鬼の末裔がヒントにはなりませんか」
りあむ「うーん、知らない!お嬢さまのことしか知らない!」
千夜「仕方がありません。地道に探しましょう」
60
S大学構内
りあむ「……」
千夜「なぜ、付いてくるのですか」
りあむ「りあむちゃん一人で何か出来ると思った!?ムダな期待だよ!」
あきら「堂々ということではないような……」
あかり「人は多い方がいいんご!」
千夜「……そう思うことにします」
りあむ「そうだよ!ぼくは役に立たな……」
凪「隠れられる場所ですか」
颯「そう。それを探せばいいと思うんだ」
凪「お昼を食べて潜入調査しましょう」
颯「うん!何にしよう……」
千夜「急に黙って。どうかしてしまったのか」
凪「はーちゃん、何か見つけましたか?」
颯「あの人と目があった」
りあむ「あれ?」
凪「凄い髪です。只者ではありません」
颯「ずっと、こっちを見てる。なんでだろ?」
凪「まさか、可愛い子供に目がないのでは。危険です、離れましょう」
あかり「似てますね、双子でしょうか?」
あきら「確かに、似てる」
千夜「お前は小さい子供が好きなのですか。気持ち悪い」
りあむ「ぼくも女の子なのに、子供好きで気持ち悪いって感想はおかしいよ!そうじゃなくて!」
千夜「そうじゃないなら、なんでしょうか」
りあむ「話しかけて!」
千夜「は?」
あかり「わかりましたっ!こんにちは!」
凪「話しかけられました。明るいお姉さんですね」
颯「こんにちは!大学生?」
あきら「これは大学生。他は付属高校の高校生」
りあむ「これ呼ばわり!?わーん、今時の子供は年上への敬意がないよう!」
凪「何かご用でしょうか?」
千夜「ほら、呼び止めましたよ。何かあるのですか」
りあむ「えっと、君!」
凪「はーちゃんを指ささないでください」
颯「なに?」
りあむ「この人から話があるって!」
千夜「は?お前の行動は意味がわからない」
りあむ「いいから、聞いて。たぶん、えっと、そんな気がする!」
千夜「こいつが怖がらせて申し訳ございません。人を探しています」
凪「おお、この人は信用できそうです」
りあむ「りあむちゃんは信用できない?」
凪「信用できないのではありません。面白そう、と」
りあむ「面白がられた!?」
千夜「この方を探しています。見かけませんでしたか」
凪「パツキンのちゃんねーです。美しい。凪は知りません」
颯「……」
千夜「私の顔に何かついていますか」
颯「あなたが千夜ちゃん?」
千夜「なぜ、私の名前を知ってるのですか」
颯「……」
千夜「まさか、電話の相手ですか」
颯「ち、違うよ。はーは、その……」
千夜「答えてください。何か知っているのですか」
凪「はーちゃん、凪にも教えてください」
颯「えっとね、ちとせさんは無事だよ」
あかり「本当ですか!?」
颯「うん。ちゃんと眠ってるから平気」
千夜「どこにいるのですか」
颯「それは教えない。後でちゃんと連絡するって」
千夜「私はそんなことは望んでいません!」
颯「ちとせさんが、そう言ってたから」
千夜「お嬢さまが、ですか」
颯「心配しすぎちゃうから……って」
千夜「お気遣いは無用です、無事を確認できない今よりも不安になることはありません」
颯「……でも」
凪「はーちゃん、この人は引かないと思います」
あきら「たぶん、その通り」
りあむ「お嬢さま、だいだいだいすこ人間だからね!」
あかり「気持ちはわかるけど、見て安心したいんご!」
颯「……」
千夜「お願いします。お嬢さまはどちらにいるのですか」
凪「はーちゃん」
颯「……わかった。案内するね」
61
出渕教会・1階・礼拝堂
あきら「#教会 #静寂 #雰囲気ある」
凪「ここに運び込まれた、と」
颯「うん。ちとせさんは地下2階にいるよ」
千夜「案内してください。早く」
あかり「千夜さん、そんなに焦らなくても」
奏「あら、今度は大勢なのね」
りあむ「む!シスター?シスターでしょ!?」
凪「違います」
りあむ「この貫禄!絶対に聖職者だよ!顔も良い!」
千夜「少し大人しくしていろ。お嬢さまをお前の声で起こすなどあってはならない」
りあむ「ただの感想を言っただけなのに……やむ」
奏「この愉快な人達はどうしたのかしら」
颯「ちとせさんに会いに来たんだ」
奏「ちとせ……あの子に?」
千夜「はい。お嬢さまのお世話をしている者です。保護されたそうなので、確認に参りました」
奏「ふーん……」
千夜「お嬢さまは、どちらですか」
奏「あなた」
りあむ「えっ、ぼく?」
奏「あなたは地下に行ってもいいわ。彼女に無事を確認してもらうのでいいかしら?」
りあむ「え?意味がわからないよ!」
あきら「……意味不明デス」
あかり「どういうことでしょう?」
奏「双子ちゃんはもちろんいいわ」
凪「話がわかる。はーちゃん、行きましょう」
颯「あっ、行っちゃった」
奏「どうかしら」
千夜「意味がわからない。なぜ、そこまで私をお嬢さまに会わせないのですか」
颯「それは……」
千夜「それは、何ですか」
颯「その」
奏「あらあら、年下の子を怖がらせるのはダメよ?」
千夜「それならば、お前が答えろ」
奏「お望み通り、答えてあげようかしら。教会の地下はあなたの世界じゃない」
千夜「お嬢さまがいるのなら、私の場所です」
颯「……」
奏「あなたは太陽の下にいた方がいいわ。ここで引き返しなさい」
千夜「引き返しません」
奏「強情ね、あなた」
千夜「それしかありませんから」
奏「そうかしら……まぁ、忠告はしたわ。涼?」
涼「凪に言われて来た。フム……健康そうで何よりだ。アタシの仕事は増えない」
あきら「タイプの違う感じの人が出て来た」
あかり「えっと、こんにちは!」
千夜「責任者ですか」
涼「シスター不在の間はそうだ。アンタが白雪千夜か?」
千夜「はい」
涼「アンタのお嬢さまは、階段を降りてこないことをご所望だ」
千夜「何度も同じことを聞くな。お嬢さまに会わせてください」
涼「いつまでも会わせないわけじゃない。今日は戻らないか」
千夜「それも聞きました。戻りません」
涼「そうか。アンタらはどうする?」
あきら「大人数で押しかけると迷惑」
あかり「そうですね、ここで待ってます!」
涼「夢見りあむはどうする?」
りあむ「あれ、りあむちゃんの名前知ってる?」
涼「経緯は後で話すさ。回答は」
りあむ「ぼくは、見ないといけない気がする」
涼「そうか。颯」
颯「なに?」
涼「2人とここで待っててくれ。いいか」
颯「うん」
奏「私もそうしようかしら。よろしく」
あかり「はい、自己紹介しないとですね!」
涼「2人は行こうか。心の準備は出来ているか?」
千夜「準備も何もありません」
涼「こちら側を覗く準備だ」
千夜「は?」
涼「そっちは……出来てるみたいだな」
りあむ「え……どういうこと?吸血鬼の末裔じゃないんでしょ?なんで?」
千夜「お前、どういうことかわかっているのか?」
りあむ「りあむちゃんにはわからないよう!でも、普通じゃない!」
千夜「わかりません。お嬢さまから直接お伺いします」
涼「答えられる状態ならいいが……そうだ、確認していいか」
千夜「まだ条件があるのですか」
涼「銀を身に着けていないな?そうなら、地下に案内するよ」
62
出渕教会・地下2階
裕美「すぅ……すぅ……」
りあむ「あ……美女を探してた女の子がいる……」
千夜「お嬢さま!」
凪「お静かに。寝ています……寝苦しそうですが」
涼「凪は馴染み過ぎだ」
凪「よく言われます」
千夜「……ご無事で安心しました。何もしてませんね」
凪「凪は何もしてません。はーちゃんはどこでしょう」
涼「1階にいる」
凪「挨拶は改めて。それでは」
涼「マイペースだな」
千夜「お嬢さま、熱があるようですね……」
りあむ「熱発……体の痛みもある……かな?」
千夜「丁寧に扱われているようで感謝します。医者には見せましたか」
涼「医者には見せていない」
千夜「一刻も早く病院へ」
涼「それはできない」
りあむ「動かせない?脳卒中のおそれ?」
涼「違う。起き上がれるし、会話もできる」
りあむ「せん妄は?」
涼「ない」
りあむ「病院行こう。保険証ある?」
千夜「もちろんです。熱がある時にかかる医者も決まっています……が」
りあむ「が?」
千夜「違和感があります」
りあむ「違和感?なに?」
千夜「わかりませんが……どこか違うような……」
りあむ「いつも見てるお医者サマならわかるはず」
千夜「タクシーを呼びましょう」
涼「会話が進んでいるところ悪いが」
千夜「何でしょうか」
涼「医者に見せてもムダだ。それに、この症状にもっとも詳しい人間はここにいる」
千夜「どういう意味でしょうか」
りあむ「誰?上にいた美人?」
涼「そこで寝てる裕美だ」
千夜「この少女に何がわかるのですか」
裕美「……わかるよ、全部」
りあむ「あっ、起きた」
千夜「……おはようございます」
裕美「微熱が続くのが潜伏期間、その後に強い発熱があるの。その時に、声がするの。それでも生きていたいかって」
りあむ「なにその病気?そもそも病気……?」
千夜「微熱?お嬢さまの体調は悪くありませんでした。少なくとも最近は」
裕美「うん、ちょっと特殊なの。最後に言った問いかけもないから、高熱が出てて息苦しいだけ」
りあむ「熱は何時下がるの?」
裕美「早ければ今晩には。明日の夜には必ず」
千夜「話はわかりました。あなたも眠そうですし、後はこちらで」
裕美「日光はもうダメだから、動かさないで」
千夜「日光?」
りあむ「日光アレルギーって、1日か2日でなるものだった?」
裕美「だから、病院に行っても意味はないよ」
りあむ「急激に体質が変わる……なに?魔法?」
涼「……」
裕美「魔法じゃないよ。私は素敵な魔法使いじゃない」
千夜「まどろっこしい。お嬢さまに何があったのですか」
裕美「……」
りあむ「言いにくいことだよ、この流れだし」
千夜「そんなことはお前に言われずともわかっています。それでも、教えなさい」
涼「……」
ちとせ「……話してあげて」
千夜「お嬢さま!」
ちとせ「来ちゃったんだ、千夜ちゃん」
千夜「当たり前です。どれだけ心配したと思ってますか」
ちとせ「……」
千夜「お嬢さま?」
りあむ「熱で大変?寝てた方がいいよ?」
ちとせ「そうね……千夜ちゃん、もう少し寝かせて。大丈夫だから」
千夜「……はい。お望みとあれば」
ちとせ「裕美ちゃんも寝かせてあげて……だから、あなた、千夜ちゃんに話してあげて」
涼「アタシでいいのか」
ちとせ「前の私がどうだったかもわかる、でしょ」
涼「……ああ」
ちとせ「話を聞いてきて、千夜ちゃん」
千夜「はい、お嬢さま」
りあむ「ねぇ、ぼくがお嬢サマを見てようか?」
千夜「お前が?」
りあむ「その子も安心して寝れる!お嬢サマの寝顔を眺められる!一石二鳥!」
千夜「不安な言い方ですね」
ちとせ「見るだけなら……許してあげる」
りあむ「だって!褒めてくれる?」
ちとせ「良ければね……」
涼「任せていいか」
りあむ「うん!」
涼「頼んだ。白雪千夜は上に行こう」
千夜「ええ。全てお話くださるのであれば」
涼「ああ。本人の望みならな」
ちとせ「おやすみ、千夜ちゃん」
千夜「おやすみなさいませ、お嬢さま」
涼「行くぞ」
千夜「わかりました」
裕美「ふわぁ……おやすみ……」
ちとせ「おやすみ……えっと……あなた、お名前は」
りあむ「夢見りあむ、覚えて」
ちとせ「あはっ、りあむ、ね……見ててね」
りあむ「うん、ずっと見てる」
ちとせ「ありがとう……おやすみ」
りあむ「おやすみ、いっぱいねるんだよ」
63
出渕教会・地下1階
千夜「は?」
涼「まぁ、そういう反応になるよな」
千夜「お嬢さまと協力し、私をたばかっているのですか」
涼「アンタのお嬢さまは、そんなことをする性格か」
千夜「違います……ですが」
涼「信じろとは言ってない」
千夜「……」
涼「信じたくないのなら、アンタが知ったことを忘れさせることもできる。真実なんて、なかったことにできる」
千夜「忘れたら、お嬢さまは帰ってきますか。昨日までと元通りに、なりますか」
涼「太陽が嫌いなお嬢さまとの生活が始まるさ、昨日までそうだったかのように」
千夜「……あなたの話は本当ですか」
涼「アタシ?」
千夜「お嬢さまの命は……短かったのですか」
涼「信じるのか」
千夜「信じるかどうかは……聞いてから考えます」
涼「ああ。その通りだよ」
千夜「それはわかっています……お体が弱いのは、昔からですから」
涼「だが、ここ数ヶ月というわけじゃない。十数年といったところか」
千夜「つまり、襲われたのが原因ですか」
涼「ああ、命は奪われなかったが終わりまでは近づいた」
千夜「お嬢さまが、選んだのですね」
涼「裕美の意思は人間としての治療を受けることだった」
千夜「変質は……お嬢さまが選んだこと」
涼「選んだから、今も生きている。黒埼ちとせは吸血鬼に変わる。短かった人間の命ではなく、吸血鬼の命を生きる。そう、選んだ」
千夜「……はい」
涼「吸血鬼の末裔ではなく、ホンモノになる。それで、だ」
千夜「……」
涼「アンタはどうする?」
千夜「私は……」
涼「……」
千夜「少し考えてもよいですか」
涼「それがいい。時間は、出来た」
千夜「お嬢さまを、見ていてくださいますか」
涼「わかった」
千夜「……また来ます」
涼「待て。話を聞いてくれた礼だ、これを」
千夜「お気遣いは結構です」
涼「受け取ってくれないとアタシが困る。受け取ってくれ、ほら」
千夜「投げないでください……これは」
涼「スーパーの商品券だ。たまには、お腹いっぱい食べるのもいいだろ?」
千夜「……受け取っておきます。失礼します」
65
出渕教会・1階・礼拝堂
奏「へぇ、動画配信……」
颯「はーも興味ある!」
凪「凪もやぶさかではありません」
奏「顔も出すのかしら」
あきら「出さない。マスクはしたまま」
奏「不思議な文化もあるのね。顔を見せないで大丈夫だなんて」
あかり「奏さん、動画は見ないんですか?」
奏「私はお父さんと同じで映画だけ。インターネットの動画って面白いの?」
あきら「はい。たぶん」
奏「そう、私も見てみようかしら。お母さんも最近見てるみたいだし」
千夜「……随分と仲良くなっていますね」
あかり「千夜さん、お帰りなさい!」
あきら「ちとせサン、どうでしたか」
千夜「無事でした。安心してください」
颯「……」
あきら「なんか、あった?」
あかり「千夜さん、あんまり嬉しくみえません……」
凪「それはですね」
颯「なー、しー」
凪「もごもご」
千夜「すみません」
あかり「えええ!謝らないでください!」
千夜「……お嬢さまはこちらのお世話になります。よろしくお願いします」
奏「お世話はしないけれど、お願いは聞くつもりよ。忘れたいのなら、そうしてあげる」
千夜「考えます。今日は、家に帰ります」
あきら「あ……千夜サン、待ってください」
あかり「私達も帰ります!お話できて楽しかったんご!さようなら!」
凪「さようなら」
颯「ばいばい」
奏「悩めるお年頃ね」
颯「奏さんは余裕だね。はー、千夜さんのこと心配」
凪「凪は逆です。きっと答えを出します」
奏「ええ」
凪「ところで、忘れさせられるのですか」
奏「あなた達にはまだヒミツ」
凪「残念。捕食者を見つけて教えてもらいましょう」
颯「うん。楓さん、早く見つけないとだね」
66
出渕教会近くの路上
千夜「……」
あきら「……」
あかり「……」
あきら「あの、千夜サン」
千夜「自宅に帰るだけです。着いてこなくてかまいません」
あきら「そうじゃなくて……」
あかり「何があったんですか?」
千夜「……心配はありません。お嬢さまは無事です」
あきら「それじゃ一緒デス、あの人達と」
千夜「一緒ですか……その通りですね、あなた達には何も話していない」
あかり「話してくれませんか」
あきら「お願いします」
千夜「これは私の問題です。少し、時間をください」
あかり「違います!」
あきら「そーデスよ」
あかり「私達の部長ですから」
あきら「千夜サンが頼んできたのはそういう意味かと」
千夜「……」
あかり「付き合いの長さは違いますけど」
あきら「せっかくなので悩みます」
あかり「一緒に」
千夜「……お節介ですね、あなた達は」
あかり「そうですか?」
あきら「そうかもしれないデス」
千夜「わかりました、ただ私も飲み込めていません。少し待ってくれませんか」
あかり「あきらちゃん、いいですか?」
あきら「はい」
千夜「ありがとうございます」
あかり「そうだ!」
あきら「はい?」
あかり「千夜さん、一緒にお家に行っていいですか?」
あきら「家庭訪問」
あかり「一人は寂しいかと思って」
千夜「寂しくはありません。お嬢さまがいない時もありましたから」
あきら「……」
千夜「来てくださるのならば、歓迎します。いかがでしょう」
あかり「はい!あきらちゃんもどうですか?」
あきら「行く。豪邸気になる」
千夜「マンションの一室ですし、豪邸というほどでもありませんが」
あきら「意外と質素?」
千夜「海外の黒埼邸はまごうことなき大豪邸ですよ。家というよりは城です」
あきら「イメージ通り」
あかり「はえ~、お城は凄いんご!」
千夜「ご案内します。こちらです」
67
出渕教会・1階・礼拝堂
りあむ「あれ?」
奏「どうしたのかしら」
りあむ「みんなは?」
奏「帰ったけれど」
りあむ「置いてかれた?」
奏「置いてかれたというよりは、誰も気にしてなかったわね」
りあむ「ひどい!巻き込んでおいて薄情者ども!」
奏「ふふっ」
りあむ「なんで笑うの!?」
奏「面白い人ね、あなた」
りあむ「面白い?笑わせるのと笑われるのは違うよ!笑われる側は辛いよ!」
奏「お嬢さまがいるから、また戻ってくるわ」
りあむ「そうだけど、一言くらい!」
奏「ワガママね」
りあむ「りあむちゃんはワガママだよ!チヤホヤされたい!しろ!」
奏「あなたが、私が望むものをくれるのであれば」
りあむ「何で近寄ってくるの?近いよ?」
奏「うふ……」
りあむ「あわわわ!あごクイはマズイ!あらぬ気持ちが湧きあがる!」
奏「……」
りあむ「このまま唇を差し出すしか……」
奏「なんてね」
りあむ「りあむちゃんの純情は守られたよ……」
奏「上に来たのだから、何か用事があるのかしら」
りあむ「そうだよ!りあむちゃんもノドが渇いた!飲み物!」
奏「キッチンは地下よ。案内しましょうか」
りあむ「うん!ところで、お姉さんは何してたの?」
奏「速水奏」
りあむ「速水さんは何してるの?」
奏「奏でいいわ。高校生だから年下でしょう」
りあむ「JKなの!?」
奏「高校に通ってるからそうね。少し掃除をしてたの、出入りさせてもらっているから」
りあむ「なんと……りあむちゃんより百倍オトナ……やむ……」
奏「……そうかしら」
りあむ「なに?」
奏「何でもないわ。私も何か飲もうかしらね、用意してくれるかしら」
りあむ「もちろんだよ!りあむちゃんは尽くすオンナだから!」
68
黒埼ちとせの自宅・玄関前
あかり「ほー」
あきら「へー」
千夜「そこまで物珍しいでしょうか」
あかり「都会のマンションはオシャレだなって!」
千夜「防音に問題ないと思いますが、お静かに」
あきら「はい」
千夜「……先客がいるようです」
あい「待っていたよ。君のお嬢さまは見つかったかい?」
千夜「見つかりました」
あい「それは良かった。連絡が欲しかったよ」
あきら「連絡先……そっちも知ってるはず」
千夜「申し訳ありません。ご無事でしたのでご安心ください」
あい「それなら、何故帰ってこないのかな」
あきら「……」
千夜「体調を崩しています」
あい「近隣の病院には運ばれていないようだ」
千夜「調べているのですか」
あい「ああ。どうしたのかな」
千夜「信頼できる方に見てもらっています。心配は無用です」
あい「そうか。では、質問を変えよう」
千夜「まだあるのですか」
あい「1つだけにしよう。いいかい?」
千夜「どうぞ」
あい「何故体調を崩した?病院にいないような体調不良とは何だ?」
千夜「……お前もあちら側か」
あい「違うさ。私は犯人を捕らえて罰を与えたい、警察官だからな」
あかり「それでいいのかな……」
千夜「……」
あい「どうかな、事件性があるなら協力しよう。例え、怪物の類でもだ」
あかり「えっと……」
あきら「うーん……」
千夜「その提案はお断りします。お嬢さまの件にご協力いただきありがとうございました」
あい「そうか」
肇「警部」
あい「やぁ、藤原君。追いついたね」
肇「これからどうなさいますか」
あい「事件性はなかったようだ。署に戻るとしよう」
肇「わかりました」
あい「失礼するよ。何かあったら相談してくれ」
肇「失礼いたします」
あきら「……ありがとうございました」
あかり「あ、ありがとうございました!」
千夜「……」
あきら「感じは良くないデスね」
あかり「良い人には思えないんご!」
千夜「ええ……」
あきら「千夜サン、何か気になる?」
千夜「あの刑事、どこから来ましたか」
あかり「私達と同じ入り口から」
千夜「追いついたと言ってました」
あきら「あ……」
あかり「あきらちゃん、どうしたの?」
あきら「あの若い方の刑事、つけてた」
あかり「つけてた?」
千夜「尾行されていたようです、私達は」
あきら「どこにいるか聞かなかった」
千夜「お嬢さまもどこにいるか、わかっているはずです」
あかり「それなら、どうしてここに?」
千夜「調査を進めるかどうか聞きに来ただけでしょう」
あきら「一応警察デスから」
千夜「忘れましょう。お嬢さまは無事でした、あの二人に頼むことはありません」
あきら「……そーデスね」
あかり「わかりました」
千夜「こちらです。どうぞ」
69
夕方
久川家隣の空き家・リビングダイニング
颯「帰ってないか」
凪「現場に戻る、刑事の掟です」
颯「刑事じゃないし、犯人じゃないけどね」
凪「近所で隠れられそうな場所は訪ねました」
颯「でも、いない」
凪「フム、凪は考えました」
颯「なに?」
凪「考えましょう」
颯「考えることを考えた?」
凪「はい」
颯「楓さんの行きそうなところを考えるってこと?」
凪「はーちゃん、流石です」
颯「わかった。地図でも見て考えてみよっか」
凪「そうしましょう」
颯「なー、帰ろっか」
凪「帰りましょう。遠い我が家に」
颯「隣だよ?」
凪「冗談です。口が勝手に」
颯「口が勝手に?」
凪「凪の顔に何かついていますか?」
颯「ううん、なんでもない!いこっ!」
凪「置いて行かないでください。すねますよ」
70
夜
出渕教会・地下1階
涼「何してるんだ?」
りあむ「ご飯の準備だよ!吸血鬼ちゃんが起きてくるから!」
涼「そうか。ありがとな」
りあむ「一緒に作る?一緒に食べる?」
涼「少し出かけてくる。残しておいてくれたら、いただくよ」
りあむ「わかった!」
涼「ところで、作ってるのは」
りあむ「餃子だよ!ぼくが上手に作れる数少ないものだよ!ニンニクも入れるよ!」
涼「ははっ、吸血鬼に餃子を作るのか。ニンニク入りの」
りあむ「あっ!」
涼「というか、吸血鬼の話は聞いてるのか?」
りあむ「聞いた、お嬢さまから聞いちゃった!まさかニンニクはダメだった?」
涼「平気だよ、食べ物は。ニンニクがダメなら色々なものがダメだろう」
りあむ「よかった!ダメなのは?」
涼「日光と銀だな。理由はよくわからない」
りあむ「アレルギーとか?過敏症だよね?」
涼「過剰なアレルギー反応かもしれないな。燃えるというか溶ける感覚らしい」
りあむ「こわっ……気をつけないと」
涼「そういうことだから、餃子を振る舞ってあげてくれ。喜ぶよ、一緒の食事は」
りあむ「そうだよね!誰かとご飯するの美味しい!」
涼「ああ。出かけてくる、2人は任せたよ」
りあむ「うん!ここはりあむちゃんに任せて!いってくるといい!」
涼「まっ、頼もしいということにしておこうか」
りあむ「何しにいくの?」
涼「仕事さ。今日は長引いたりしないといいが」
りあむ「仕事?」
涼「アタシのことも後で話すよ。今は、お嬢さまだけ気にしててくれ」
71
黒埼ちとせの自宅
千夜「こちらもどうぞ。冷製スープです」
あかり「あ、ありがとうございます!」
あきら「美味しいデスが……」
あかり「まだ出てくる……フルコース……」
あきら「今日はちとせサンをお世話したりないのかな……」
あかり「そうだと思います……」
千夜「私もいただきます。フム……狙い通り上手く出来ました」
あきら「思ったより一杯食べる人デスね……」
あかり「はい……こんなに細身なのに」
千夜「お二人はいかがでしょうか?」
あかり「とっても美味しいです!」
あきら「本当に料理上手デス。ちとせサンが羨ましい」
千夜「それは良かった。締めに素麺の小鉢とデザートをお持ちしますので、お待ちください」
あきら「助かった……」
あかり「食べきれるんご!」
あきら「あの、あかり」
あかり「なに?」
あきら「千夜サンの私物、ある?」
あかり「ううん、やっぱりないよ」
あきら「趣味とかないんデスかね……」
あかり「お料理と寝ることが好きって」
あきら「趣味かな、それ」
あかり「うーん……」
千夜「深刻そうな顔をしてどうしましたか」
あかり「いいえ、なんでもありません!」
千夜「そうですか。締めの素麺とデザートの」
あきら「アップルパイ……」
あかり「一人、3分の1切れ……」
千夜「アップルパイは嫌いでしたか?辻野さんは好きかと」
あかり「そんなわけないんご!大好物んご!」
あきら「完食します」
千夜「そうですか。コーヒーかお茶はいかがですか、ご用意します」
あかり「それじゃあ、紅茶がいいんご!」
あきら「コーヒーで、ミルクと砂糖ありで」
千夜「かしこまりました。お待ちください」
あかり「このアップルパイは……」
あきら「お腹いっぱいですが……別腹を動かす」
あかり「すごい!」
あきら「あかり?」
あかり「丁寧に煮て柔らかそうなコンポート。皮の赤を残して綺麗な色どりに。焼き上がりを食後にあわせて、一番柔らかい時に食べられるんご!」
あきら「突然口が達者に……」
あかり「素麺も、だし!だし!」
あきら「出汁がどうかした?」
あかり「山形県のだしは夏野菜が入ってるつけ汁のこと!美味しい!千夜さんは凄いんご!」
あきら「この山形愛はあかりのどこから出てくるんデスかね……うん、美味しい」
あかり「お食事はごちそうさまでした!」
あきら「お腹いっぱいなのに入ってしまった……」
あかり「千夜さんにいつもお世話されたら真ん丸になっちゃう!」
あきら「本当デスね、でも」
あかり「あ……」
あきら「ちとせサンはあんまり食べられないみたいデス」
あかり「でも、かえって良かった?」
あきら「ムチムチぷくぷくなちとせサンは見たくないデス……雪だるま……」
あかり「あはっ、そうだね」
千夜「何の話をしてるのですか」
あかり「お素麺美味しかったです!」
千夜「山形風にしてみました。喜んでいただきなによりです。お飲み物をどうぞ」
あかり「ありがとうございます」
千夜「私もご一緒します」
あかり「はい!」
あきら「いつもこんなに作るのデスか?」
千夜「いいえ。お嬢さまが残してしまうことも考慮した分しか作りません」
あかり「今日は?」
千夜「久しぶりの来客ですので、はりきりすぎました。無理して食べていませんか」
あかり「してないんご!」
あきら「美味しいから苦痛じゃない」
千夜「ありがとうございます」
あかり「いつもはちとせさんと一緒に食べてるんですか?」
千夜「ええ。一人なら適当に済ませてしまいますから」
あきら「……」
あかり「千夜さんの好きな物はなんですか?」
千夜「なんでしょうね……あかりさんはりんごですか?」
あかり「どうして、わかるんですか!?」
あきら「むしろ違ったらびっくり……」
千夜「お嬢さまは美味しいものがお好きですよ……量は食べられませんが」
あきら「セレブは美食」
あかり「マナーとかも完璧そう!」
千夜「ええ。そう言えば、お聞きしておきたいのですが」
あかり「なんですか?」
千夜「今晩はお泊りになられますか」
あかり「え?」
あきら「あかり、ちょっと耳かして」
あかり「うん……」
千夜「?」
あきら「思ったより、ちとせロスが大きいみたいデス……」
あかり「そうみたい……」
あきら「あかり、泊っていける?」
あかり「家族にちゃんと連絡すれば大丈夫。あきらちゃんは?」
あきら「ちとせサンに頼まれたし、泊る」
あかり「決まりんご!」
千夜「何を相談してるのですか」
あかり「千夜さん、ぜひ泊まらせてください!」
あきら「よろしくお願いします」
千夜「わかりました」
あきら「でも、着替えを取りに一回帰る」
あかり「私もそうします」
千夜「はい。お待ちしております」
あかり「まずは、アップルパイを食べるんご!う~ん、おいしい~」
あきら「おいしい……ホントに」
千夜「我ながら美味しくできました」
あかり「千夜さん、体力ありそうだし山形のお嫁に欲しいんご!」
千夜「お断りします」
あかり「なしてや!何も言ってないし、冗談なのに!」
あきら「へへー、断られてる」
千夜「……」
あかり「千夜さん?」
千夜「冷める前に食べましょうか、一緒に」
72
出渕教会・地下2階
りあむ「吸血鬼がニンニク多めの餃子を食べてる……」
裕美「どうしたの?」
りあむ「いや!お口にあったかなって!」
裕美「美味しいよ。りあむさん、料理上手だね」
りあむ「そうでもない!自分の好きな物だけ!」
ちとせ「いいな、私も食べたい」
りあむ「病人はダメだよ!体温測れた?」
ちとせ「ええ。はい、体温計」
りあむ「39℃、よく話せるね?凄いよ?」
ちとせ「慣れてるから、かな。りあむは?」
りあむ「りあむちゃんは健康優良児だよ!体は健康そのもの!心はズタズタ!」
裕美「ちとせさん、ご飯食べれる?」
りあむ「もうスルーされるように!」
ちとせ「少しだけ、食べようかな。りあむがお粥を作ってくれたから」
りあむ「食べれる?食べさせてあげようか?いや、ぼくにあーんをさせろ!」
ちとせ「それじゃあ、お願いしようかな」
りあむ「よしよし、はい、あーん」
ちとせ「あむ……」
りあむ「どうどう?もう一口、はい」
ちとせ「あむあむ……あれ?」
りあむ「どうしたの?」
ちとせ「味がないの」
裕美「私も味見……薄味だね」
りあむ「薄味だよ!塩分過多だからね!」
ちとせ「そう?」
裕美「このスポーツドリンクのせい?」
りあむ「そう!だから、安心して食べるんだよ!はい、あーん!」
ちとせ「あーん……」
りあむ「どう?美味しい?褒める?」
ちとせ「千夜ちゃんのご飯の方が美味しい」
りあむ「そこは美味しいって言っておくところ!」
ちとせ「あはっ……」
裕美「まだ熱があるから無理しちゃダメだよ」
ちとせ「うん……りあむ、もう少しだけ食べさせて」
りあむ「もちろんだよ!ご奉仕得意だよ!」
裕美「言い方……」
73
出渕教会・地下2階
ちとせ「ねぇ」
裕美「なに?寝てなくて平気?」
ちとせ「寝飽きちゃった」
裕美「ちょっと熱も下がったかな、少し起きてる?」
ちとせ「そうする」
りあむ「お嬢サマ!あかりちゃんから電話がきたよ!」
ちとせ「ちとせでいいよ」
りあむ「なんか恐れ多い!」
ちとせ「同い年みたいだから、いいよ」
りあむ「同い年なの?高校生じゃないの?」
ちとせ「出席日数が足らなくて高校3年生が2回目なんだ」
りあむ「同い年だ!大学は内部進学のつもりだった?」
ちとせ「そう。本当は同級生になれたの」
りあむ「ずるいよ!それならりあむちゃんも寂しくなかったかも!」
裕美「寂しいの?」
りあむ「友達もあんまりいないし!これからが不安だよう!」
ちとせ「大丈夫だと思うよ、りあむは」
りあむ「え?」
ちとせ「あかりちゃんから電話があったんでしょ?なんて言ってた?」
りあむ「お嬢サ……」
ちとせ「ちとせ」
りあむ「あー、うー……ちとせ……」
ちとせ「よし」
りあむ「ちとせ、の家に泊まるって、3人で」
ちとせ「あきらちゃんと千夜ちゃんで?」
りあむ「そう言ってた!メイドちゃんがお腹パンパンになるほど料理を出してくれたって!」
ちとせ「メイドじゃない。白雪千夜、そう呼んであげて」
りあむ「白雪ちゃん、でいい?」
ちとせ「いいよ。苗字で呼ばれるのもキライじゃないから、あの子」
りあむ「なんで?」
ちとせ「そっか。りあむはまだ聞いてないんだ、裕美ちゃんも詳しくは話してないよね?」
裕美「うん。聞いていいのかな」
ちとせ「夜も長いから聞いてほしいな、いいでしょ?」
りあむ「聞くよ!りあむちゃんは夜更かしは特技だからね!」
74
黒埼ちとせの自宅
あかり「あきらちゃん……」
あきら「しー……」
千夜「……」
あかり「千夜さん、寝ちゃった?」
あきら「うん……朝から起きてたみたいだから」
あかり「疲れちゃったのかな。お布団かけてあげましょう」
あきら「そうだと思う」
あかり「結局、何があったか聞けなかった」
あきら「話してくれる……かな」
あかり「話してくれますよ……多分」
あきら「……うん」
あかり「私達も寝ましょうか。来客用のお布団、ふかふかで気持ちよさそう」
あきら「同感デス。おやすみ、あかり」
あかり「おやすみなさい、あきらちゃん、千夜さん」
75
深夜
出渕教会・地下2階
ちとせ「すぅすぅ……」
裕美「気持ちよさそうに寝てる……もうお日様のもとには絶対に出れないかな」
りあむ「うぅ……眠いよぅ」
裕美「寝ればいいのに」
りあむ「ちとせが見ろって言ってたから、見てる。夜は寂しいから」
裕美「そうだね。ご両親も海外らしいし」
りあむ「ぼくも一緒。親は海外。風邪を引くと、本当に絶望だから」
裕美「そうなんだ。ねぇ、りあむさん?」
りあむ「なに……」
裕美「どうして、看護学科を選んだの?」
りあむ「……」
裕美「りあむさん?」
りあむ「……」
裕美「寝ちゃった。意地でもベッドから離れなさそうだから、このままにしておこうかな」
76
翌日・とある水曜日
早朝
黒埼ちとせの自宅
千夜「おはようございます」
あかり「千夜さん、早いですね。まだ朝焼けの時間ですよ?」
千夜「辻野さんもお早いですね」
あかり「農家の習慣が残ってるからかな?」
千夜「砂塚さんは……まだお休みのようです」
あきら「くーくー……」
千夜「私は出渕教会へ行ってきます」
あかり「また、教会に?」
千夜「今のうちに話を聞いておこうかと思います」
あかり「誰に、ですか?」
千夜「……吸血鬼ですよ」
あかり「へ?」
千夜「行ってきます。留守番をお願いします」
77
出渕教会・地下1階
裕美「あ、白雪さん。おはよう……かな?私は寝るところだけど」
千夜「おはようございます」
裕美「ちとせさんを見にきたの?熱も下がり始めたよ、安心して」
千夜「いいえ。あなたに話を聞きに来ました」
裕美「私?」
千夜「はい。あなたが眠る前に」
裕美「いいよ、そこに座って」
千夜「はい。失礼します」
裕美「何が聞きたいの?」
千夜「単刀直入に聞きますが」
裕美「うん」
千夜「私は吸血鬼になれるでしょうか」
78
出渕教会・地下1階
裕美「……」
千夜「あなたかお嬢さまに噛まれることで、私は吸血鬼になれますか」
裕美「……」
千夜「それならば、お嬢さまと一緒に居られます。ずっと」
裕美「……」
千夜「お答えください」
裕美「質問をしていい?」
千夜「どうぞ」
裕美「変わりたくないから、だよね」
千夜「……はい。私にはもうお嬢さましかいませんから」
裕美「わかった。あなたは変われないよ、だから噛まない」
千夜「やってみなければわかりません」
裕美「変質できないと死んじゃうから。私は噛まない」
千夜「変質の条件を満たせばいいのですね」
裕美「そうだけど……」
千夜「変質の条件は何ですか」
裕美「……」
千夜「答えてください」
裕美「執着と願望だよ」
千夜「執着と願望?」
裕美「怪物と化しても生きていたい、生きることへの執着と」
千夜「……」
裕美「自分を変えてしまいたい、変身への願いだよ」
千夜「……」
裕美「ある人は、復讐のために変質を選んだ」
千夜「……」
裕美「ある人は、大切な人と同じ世界を生きるために望んでいた」
千夜「……」
裕美「ある人は、胸に秘めていた変身への思いで変わった」
千夜「……」
裕美「ある人は……大切な人の人生を見届けるために変わった」
千夜「……」
裕美「肉体的な条件はないんだ、誰も知らなかったけどね。たまたま、私を変えた人も、私も、ちとせさんも瞳が紅いけど」
千夜「……」
裕美「あなたは変われないよ。目的が自分であることだから。健康だから生きることに疑問もなさそう。永い時間を生きたいとも思っていない」
千夜「……」
裕美「あなたの目的が変わらないと、変質はできないと思う」
千夜「それならば、私が変わる時は」
裕美「その時は、吸血鬼になる必要がない。変質の理由がなくなるから」
千夜「そういうこと……ですか」
裕美「ちとせさん、言ってたよ」
千夜「お嬢さまが、何か」
裕美「夜更かしが苦手で、本当は早起きも苦手。夜に眠ることが大好きなあなたを、吸血鬼にはしたくないって」
千夜「……」
裕美「私の僕ちゃんだったけど、吸血鬼の僕ちゃんにはしない、って」
千夜「……」
裕美「質問の答えはこれでいいかな」
千夜「お答えいただき、ありがとうございます。そんな気は……していました」
裕美「うん。でも、ちとせさんはいなくなったわけじゃないよ」
千夜「ええ。私の大切なお嬢さまであることは変わりません」
裕美「これからどうするか、考えないとだね」
千夜「はい。だからこそ、決めました」
裕美「何を?」
千夜「吸血鬼を守る騎士の役目をします。それぐらいは許されるでしょう、今なら」
79
黒埼ちとせの自宅
千夜「ただいま戻りました」
あかり「千夜さん、お帰りなさい!」
千夜「砂塚さんは起きましたか」
あかり「今さっき起きたんご!」
千夜「そうですか。朝食は取りましたか」
あかり「ううん、あきらちゃんが着替えたらと思って」
千夜「朝食にしましょうか。軽めにしておきます」
あかり「はい」
千夜「その時にお話します」
あかり「話?」
千夜「何があったか。それと私がどうしたいかを」
80
黒埼ちとせの自宅
あかり「……」
あきら「非科学的デスね……」
千夜「その通りですが」
あきら「でも、千夜サンは信じてそうデス」
千夜「お嬢さまに何かあったのは間違いないでしょう」
あきら「確信ある?」
千夜「お嬢さまは発熱がありますが、お体の状態はむしろ良いかと」
あきら「ずっと見てる千夜サンが言ってるから、そうなのかな」
千夜「私に黙っていたのも、対処を間違えないためでしょう」
あきら「吸血鬼の対処なんてわからない」
千夜「相手はあちら側の人々ですが、お嬢さまに危害を与えようとはしていません」
あきら「教会の方は」
千夜「その通りです。問題は」
あきら「スーパーレッド?とかいう方」
千夜「ええ」
あきら「千夜サンは見つけておきたい」
千夜「行動理由からしても、再びお嬢さまの前に現れる可能性があります」
あきら「自分もそう思う」
千夜「そこだけは解決しましょう。お嬢さまが、あちら側に完全に行ってしまう前に」
あきら「うん。あかりはどう思う?」
あかり「……」
あきら「あかり?」
あかり「あっ、ちょっとボーっとしてました!」
あきら「話、聞いてた?」
あかり「はい。良かったり悪かったり色々ですけど、ちとせさんはきっと良い方になると思います」
あきら「……」
あかり「千夜さん、私もお手伝いします!」
あきら「一緒に」
千夜「ありがとうございます」
あかり「でも、どうしましょう?」
あきら「普通の人間には敵じゃないみたいデスが」
千夜「協力を頼みましょう」
あかり「あの刑事さんにですか?」
あきら「やれそうだけど……」
千夜「警察にはこちら側にいてもらいましょう。頼むのは」
あきら「教会の方デスね」
千夜「はい。例え見つけたとしても、私達では対処もできませんから」
あかり「助けてもらうってことですね」
千夜「私達はあちら側ではありませんから」
あかり「でも、同じ世界で暮らしてます!仲良くするんご!」
千夜「教会にもう一度行きましょう。準備を」
81
出渕教会・1階・礼拝堂
千夜「お邪魔します」
りあむ「白雪ちゃん!お見舞い!?」
千夜「相変わらず騒がしい奴ですね、お前は」
りあむ「相変わらず口調が強いよ!やさしくしよう!」
千夜「お嬢さまをずっと見ていてくれたことは聞いています……ありがとうございます」
りあむ「で……デレだ……耐性がなくて受け取めきれないよう……」
あきら「意味のわからないことを言ってますね」
あかり「りあむさんの言葉遣いは都会で流行ってるんですよね?参考にするんご!」
あきら「違う……あかり、今度よく話そう」
千夜「夢見りあむ、教会の人は誰かいますか」
りあむ「裕美ちゃんとちとせは寝ちゃったよ!」
千夜「は?」
あきら「ちとせ……」
りあむ「え……何で白雪ちゃんに睨まれてるの?なんで?なんか悪いこと言った?」
千夜「今は不問とします……」
りあむ「あと、涼さんがさっき帰って来た。何してたんだろ?」
颯「おはよー!」
凪「おはようございます」
奏「あら、皆お揃いで。暇なのかしら」
千夜「そちらこそ」
あかり「でも、仲間が増えたんご!」
あきら「一人でも多い方がいいデス」
奏「何の話かしら?」
千夜「松永涼でしたか、呼んできてください。話があります」
りあむ「ぼくに言ってる?」
千夜「早く」
りあむ「わかったよう!地下1階で集合だよ!」
82
出渕教会・地下1階
涼「待ってますよ、失礼します」
りあむ「涼さん!」
涼「どうした?」
りあむ「誰と電話してたの?黒電話とか使い方わかるの?」
涼「『シスター』から電話だ。こっちに来るらしい」
りあむ「シスター?」
涼「教会の持ち主だよ。りあむ、何か用事か?」
りあむ「白雪ちゃんから話があるって!」
涼「白雪千夜か。ちょうどいい、案内してくれ」
83
出渕教会・地下1階
千夜「私からの話は以上です」
涼「フム」
千夜「私はお嬢さまの安全を望んでいます」
奏「あなたの私怨もあるでしょう?」
千夜「否定はしません」
奏「怨みと愛は近い場所にいる感情。私は責めないわ」
凪「つまり、話をまとめると」
あかり「スーパーレッドを見つけて」
あきら「何とかする」
颯「そっちを見つければ、楓さんも安心だよね」
千夜「しかし、普通の人間ではありません」
りあむ「ちとせのために、ぼくも手伝うよ!」
颯「でも、どうするの?」
あかり「見つけないとですね!」
あきら「どうやって?」
凪「おびき出すのはどうでしょう。囮を使って」
奏「私に囮を頼んでるのかしら」
凪「一案です」
奏「まぁ、既にやってるのだけれど」
あきら「収穫は」
奏「なしね。裕美も涼も私にも釣られてこない」
涼「闇雲にやっても見つかる相手じゃない」
りあむ「うーん?あれ?むむむ?」
千夜「変な声を出して、どうしましたか」
りあむ「ちょっと考える!みんなで情報交換しよう!」
凪「賛成です」
涼「考えるのはそれからだ」
84
出渕教会・地下1階
涼「日下部若葉の話は私も聞いてる」
あかり「5人で1人?」
颯「5つ子じゃなくて?」
凪「はーちゃんと凪は別人です。その人は5人が同一人物なのですね」
りあむ「うーん?」
奏「スーパーレッドの狙いは明確にこちら側の存在」
りあむ「そう、それだ!」
あきら「それってなに?」
りあむ「おかしいよ!おかしい!」
あかり「何がおかしいんですか?」
千夜「このままだとお前がおかしいということに」
りあむ「ちとせが狙われる理由がない!襲われるはずないのに!」
凪「フム」
りあむ「ちとせ、普通の人だったでしょ?」
千夜「おそらく、そのはずです」
奏「私が見る限りもそうね。チャーム持ちだけど、人間の範疇」
涼「アタシも同意見だ」
りあむ「それなのに何でちとせが狙われるの?どうして?」
凪「これまでにスーパーレッドに襲われた履歴を見せてください」
涼「ほら」
凪「ありがとうございます。やはり」
颯「なー、やはり何?」
涼「凪に言われるまでもない。スーパーレッドの能力がわかった」
凪「正確にいえば逆です」
颯「逆?」
りあむ「ない能力がわかった?」
凪「そういうことです。必要な力がない」
涼「スーパーレッドには、こちら側を見分ける力がない」
奏「人でないものと」
りあむ「人が見分けられない……?」
あきら「つまり……」
あかり「ちとせさんは」
千夜「狙われたこと自体が、間違いだった」
奏「そういうことね。今なら正解だけど」
颯「それじゃあ、楓さんも狙われない?」
凪「捕食者は見えません。急ぐ必要はないと凪は思います」
颯「良かった。でも、早めに見つけようね。どっちも」
凪「同感です」
あきら「囮作戦も意味ないわけデスね」
あかり「勘違いなんて、そんなの酷いんご!」
千夜「つまり……相手は」
凪「怪力とパイロキネシスを使える……」
颯「超能力者?」
凪「凄い力持ちな人くらいかもしれません。つまり、ただの人間」
奏「こちら側とは言えない存在なのね」
りあむ「味方を襲う?りあむちゃんは現場のオタクは襲わないよ!いや、仲違いすることもあるけど!ネット上でね!」
あきら「確かに。あちら側だと思ってるなら、襲う必要ない」
涼「なるほどな……シスターの話とも整合がとれる」
奏「シスターから連絡があったの?」
千夜「シスター?」
颯「誰?」
涼「その話は本人から聞いてくれ。人間にも特殊な能力を持つ人間がいる」
颯「はーとなー?」
凪「そういうことでしょう」
涼「霊感が強いとか、驚異的な勘だ。あるいは魔術の類」
凪「お二人は」
奏「私は人間じゃないけど」
涼「アタシも人間とは言えないな、もう」
あかり「そうなんだ……」
あきら「へー……」
りあむ「そうじゃないかと思ってた!」
凪「地下の吸血鬼も人間ではありません」
千夜「スーパーレッドは違うと言いたいのですが」
涼「そうだ」
りあむ「スーパーレッドは人間?変な能力を持った?」
涼「ああ」
あきら「怪力と」
凪「パイロキネシスを持ってしまった」
奏「ただの人間」
あかり「だから、わからない?」
千夜「私達があなた方の正体がわからないように」
涼「ああ」
りあむ「でも、いきなり能力に目覚めたりしないよ?」
涼「普通はな」
凪「普通じゃない、と」
颯「普通じゃない?」
奏「双子ちゃんは産まれつきだと思うわ。偶にいるみたいよ、心配しないで」
千夜「つまり……何か要因があるということですか」
涼「ああ。シスターの要件はそれだ」
千夜「スーパーレッドは普通の人……」
あかり「普通の人だった?」
あきら「目的はあるのに能力がないということデス」
千夜「いずれにせよ、お嬢さまを間違えて襲撃したことに変わりはありません」
涼「つい先日まで普通の人間がスーパーレッドの正体という可能性がある」
颯「それじゃあ、スーパーレッドが誰かわからない?」
凪「候補者が多すぎます。人間全ては難しい」
涼「襲われたちとせからもあまり情報は得られていない」
りあむ「……いや、わかる」
千夜「何か言いましたか?」
りあむ「わかるよ!ぼくと白雪ちゃんはわかる!」
千夜「どういう意味でしょう?」
りあむ「狙ったのは見てわかる存在だけ。見なくてもわかるには、どうしたらいい?」
颯「本人に教えてもらう?」
凪「変な行動を取ってた?」
あきら「もっと単純に、知ってるから。知ってればいいだけ」
りあむ「そうだよ!」
千夜「お嬢さまは吸血鬼ではありませんでしたが」
凪「話は読めました。スーパーレッドの情報が間違ってました」
りあむ「そういうことだよ!吸血鬼と勘違いした!」
千夜「……」
りあむ「ちとせを吸血鬼だと思って退治しないといけないと思ってた!スーパーレッドの時にちとせを見つけたから行動に移した!」
千夜「夜の散歩は最近始まった習慣ではありません……つまり」
あきら「最近、知った」
千夜「言っていることがわかりました。ですが、一言だけ」
りあむ「そうでしょ!あの子しかいないよ!」
千夜「お前の……お前が来なかったら起こらなかったことですか」
凪「話が読めません」
りあむ「……」
千夜「……」
りあむ「そうだよ……たぶん……ごめん」
涼「……」
千夜「……すみません。お前の責任ではありません」
りあむ「八つ当たり必要!幾らでも八つ当たりするといい!」
千夜「それは不要です。スーパーレッドを止めに行きましょう。居場所はわかっています」
涼「わかってるのか?」
千夜「ええ。能力を封じる術はありますか」
涼「おそらくただの人間だ。暗示で記憶ごと封じ込めればいい、奏行けるか」
奏「協力してもいいわ。でも、私の暗示は問題があるのだけれど」
涼「知ってる。最適な奴もわかっているが、今は行けない。体調が良くなったら行かせるよ」
奏「それならいいわ。さて、案内してくれるかしら」
千夜「はい。夢見りあむも着いてきてください」
りあむ「え?ご指名?いいよ!いくよ!」
凪「凪は」
奏「待っていて。すぐに終わるわ」
凪「はーちゃん、どうしますか?」
颯「そっちは任せる!楓さん、探そう?」
凪「わかりました」
あかり「私達はちとせさんの様子を見てますね」
あきら「お気をつけて」
涼「任せた」
奏「ええ。さて、どこに行くのかしら」
千夜「S大学付属高校です」
85
S大学付属高校・校庭
りあむ「……」
奏「……」
千夜「来ました」
裕子「お待たせしました!いやー、補習が長引きました!」
奏「本当にこの子?」
りあむ「多分……」
裕子「白雪さん、何かご用ですか?」
千夜「はい。お聞きしたいことがありまして」
裕子「なんでしょう!正直が取り柄ですから、お答えしますよ!」
千夜「では単刀直入に。あなたが、スーパーレッドですか」
りあむ「本当に単刀直入だ……」
奏「答えるのかしらね……」
裕子「……ふっふっふ!」
千夜「どちらでしょうか」
裕子「世を忍び正義を行ってきましたが、バレては仕方がありません!」
千夜「あなたがスーパーレッドなのですね」
裕子「いかにも!私が正義のサイキック美少女、エスパーユッコです!」
りあむ「白状したよ?正気なの?」
奏「私に聞かれても」
千夜「そうでしたか」
りあむ「白雪ちゃんは冷静だ……」
奏「慌てても仕方がないもの」
裕子「いやー、ばれてしまいましたか!」
千夜「スーパーレッドではないのですか?」
裕子「それは世を忍ぶ仮の名前!」
千夜「なぜ、仮の名前を」
裕子「正義はひけらかすものではありませんからね!偽名、ヒーローネームです!」
千夜「そうですか。サイキックとは何ですか」
裕子「ふっふっふ、正体もバレてますし、見せてあげましょう!」
奏「見せるのね……」
りあむ「見せるんだ……」
裕子「ここに鉄のスプーンが!これを、へい!」
りあむ「曲がった!」
裕子「更にこうで、こうで、こう!」
りあむ「ぐにゃぐにゃだ……けど」
奏「どう見ても腕の力で曲げてるわね」
千夜「凄いですね」
裕子「そうでしょう!他にもありますよ!」
千夜「パイロキネシスがあると聞いております」
裕子「パイロキネシスですか!これはこうです!」
奏「小石を手に取ったわ」
りあむ「小石で火花がついたよ!」
裕子「学校に火をつけるわけ行きませんからね!ここまでです!」
りあむ「……ただの火打石だ。凄い指の力だけどさ……」
奏「パイロキネシスはないということね、安心したわ」
りあむ「つまり……」
奏「全部、力技ね」
千夜「どこで、この力を身に着けたのですか」
裕子「わかりません!気づいたら、正義の力に目覚めていたのですよ!」
りあむ「えっと……厄介ってやつだ」
奏「流行り言葉には疎いけれど、なんとなく意味がわかったわ」
千夜「どうして、スーパーレッドとして活動していたのですか」
裕子「目覚めたサイキックパワーを人のために使おうかと!この世には、人非ざるものが多いようですから!」
奏「……」
千夜「それをどうやって知ったのですか」
裕子「天のお告げです!力に目覚めた直後でしょうか?」
りあむ「入れ知恵した人がいる?」
奏「そういうことでしょうね」
千夜「どうやって、相手を探していたのですか」
裕子「夜回りです!正義のサイキック美少女は地道な作業も得意ですから!」
千夜「……」
りあむ「あれ?」
奏「流石にちょっと冷静じゃなくなってきたかしら」
りあむ「白雪ちゃん、落ち着いて!」
千夜「吸血鬼については」
裕子「吸血鬼については知っていました!去年も事件がありましたから!」
千夜「見分ける方法はあるのですか」
裕子「ありません。地道に目撃情報を合わせていきました!紅い眼の夜中に出回る吸血鬼!」
奏「人違いね」
りあむ「裕美ちゃんの方だ……」
千夜「私との会話を聞き、夜の散歩をしているお嬢さまを見かけたのですね」
裕子「私は悪を滅ぼす圧倒的な正義は好きではありません!ちょっと警告しただけです!」
千夜「……」
りあむ「白雪ちゃん……ステイステイ……」
千夜「残念ですが、お嬢さまは吸血鬼ではありません」
奏「下がっていて」
りあむ「うん、お願い」
奏「お願い、聞いたわ」
裕子「吸血鬼ではない?どういうことですか!?」
千夜「所詮はウワサです。お嬢さまは人間です……体の弱い私の大切な人です」
裕子「ははーん、私を騙そうとしていますね!吸血鬼の使いですか!?」
千夜「違います。私は、ただの……」
りあむ「……」
千夜「ただの白雪千夜です。堀裕子さん、あなたは間違えました」
裕子「何をです?」
千夜「正義の名のもとに間違った標的を狙いました。それを悪事以外の何だというのですか」
裕子「間違えた?そんなはずは!」
千夜「話は終わりです。その力ごと、忘れてください」
裕子「忘れるわけにはいきません!目覚めた力、活用してみせます!」
りあむ「あっ!危ない!」
千夜「くっ……」
裕子「え、なんですか!なにが起こってますか!体が動きません!」
奏「お疲れ様。聞きたいことは聞けたかしら?」
千夜「助かりました。お願いします」
りあむ「白雪ちゃん、こっちこっち!」
裕子「どういうことですか!何かに抑えつけられてる?体が言うことを聞かない?わかりません!」
奏「何が起こったかも理解できないなんて、人間は弱いわね」
裕子「ひっ、何者ですか!」
千夜「……」
りあむ「白雪ちゃん、あれ見える……?」
千夜「見えました……背中に羽?」
りあむ「真っ白……」
奏「最後に聞くわ。あなたの力を目覚めさせて、人非ざる者について教えたのは誰かしら?」
裕子「は、離してください!」
奏「真実を話しなさい」
裕子「知りません!何も覚えてないんです!公園で誰かにあって、ケラケラ笑い声が聞こえて!そうしたら、正義の力を得て……」
奏「そう。それじゃあ、忘れて」
裕子「うっ……」
りあむ「羽が……」
千夜「消えましたね」
奏「起きて」
裕子「はっ!何を話していたんでしたっけ?」
奏「他愛もない話よ。補習、がんばって」
裕子「そうでした!」
千夜「最後に聞いていいですか」
裕子「なんです?」
千夜「吸血鬼の末裔がいるというウワサを聞いたことがありますか?」
裕子「いるんですか!?初耳です!」
千夜「冗談ですよ。忘れてください」
裕子「そうですよね、吸血鬼なんていません!白雪さん、また新学期で!」
千夜「はい、また新学期に」
りあむ「……」
奏「これでいいかしら。犯した罪を覚えていないということは、償いの気持ちもないということ」
千夜「構いません。償いの気持ちで、お嬢さまは帰って来ません」
奏「そうね」
千夜「……」
りあむ「白雪ちゃん、これからどうする?」
千夜「お嬢さまの身を危ぶむ存在はいなくなりました。これまでです、ご協力感謝します」
りあむ「そうじゃなくて……」
奏「お嬢さまとこれからどうするの、って聞きたいみたいよ」
りあむ「そうだけど……」
千夜「時間はできました。お嬢さまの体調が良くなったら……決めます」
奏「明日にはその時が来そうよ。大丈夫かしら」
千夜「問題ありません。私は帰ります、お嬢さまによろしくお伝えください」
りあむ「うん、伝えておく!」
千夜「失礼します。辻野さんと砂塚さんにも伝えておいてください」
りあむ「白雪ちゃん、ばいばい!」
奏「あなたはどうするの?」
りあむ「うーん、まずは時子サマに伝えにいく!褒めてもらおう!」
奏「そう」
りあむ「そうしたら、ちとせを見に行く!白雪ちゃんのこともちゃんと話さないと!」
奏「ええ、それがいいわ。私は教会に先に戻るわ、また会いましょう」
86
S大学・学生支援総合センター・相談室
りあむ「っていうことだったんだよ!」
時子「……そう」
りあむ「これで、時子サマの課題は全部解決!褒めて!」
時子「……」
りあむ「時子サマ、何か不満だった?りあむちゃん、時子サマにも見捨てられちゃう?」
時子「いいえ。あなたはよくやってくれたわ、夢見りあむ」
りあむ「ホント?嘘じゃないよね?」
時子「本当よ。楊さんのお店でご馳走もするわ」
りあむ「やった!時子サマにご馳走してもらえるなんて最高すぎる!」
時子「名前を確認していいかしら、黒埼ちとせと白雪千夜、であってるわね」
りあむ「うん。そうだよ!」
時子「私の方からも会うわ」
りあむ「会いたいの?」
時子「会っておかないと示しがつかないでしょう。今となれば」
りあむ「時子サマ、白雪ちゃんが言ったこと気にしてる?」
時子「そうね。大元は私が作ったことだもの」
りあむ「ちとせも白雪ちゃんも気にしてないと思うよ!スーパーレッドを止めない限り、いつか起こったと思うから!」
時子「私の気分が晴れないから行くのよ。それだけよ」
りあむ「……そっか」
時子「夢見りあむ」
りあむ「なに?」
時子「あなたの世界は広がったわ。何か見えたかしら」
りあむ「思い出した!学校どうしよう!?」
時子「少し考えてみなさい。夏休み中には食事に誘うわ。その時に聞かせてちょうだい」
りあむ「……うん」
時子「それと」
りあむ「なに?」
時子「明後日に頼みたいことがあるのだけれど、いいかしら」
りあむ「もちろんだよ!なに?またウワサについて調べる?りあむちゃん、チヤホヤされちゃう?」
時子「そんなところね。約束よ」
87
夕方
某空きビル
楓「……」
颯「見つけた!」
凪「はーちゃん、お手柄です」
楓「あなた達は……」
颯「楓さん、心配したんだよ?」
凪「はい」
楓「どうして、ここに?」
颯「涼さんに手伝って貰ったんだ」
凪「捕食者が食事の対象としうるものがいそうなところを」
颯「たぶん、無意識のうちに動いてると思ったから」
凪「久川家から通りそうなところを辿り、見つけました」
颯「うん」
楓「……そうですか」
颯「楓さん、帰ろう?」
凪「教会の皆が心配していました」
楓「ですが……」
颯「楓さんが気を使ってるのかもしれないけど」
凪「そっちの方が心配を増やします」
颯「帰ろうよ。裕美ちゃんも寂しそうだよ」
楓「……」
凪「同居人も一人増えましたし」
楓「そうなの……ですか」
颯「うん。ちとせさんって言ってね、凄い綺麗なんだよ!」
凪「はい。一見の価値はあるかと」
颯「帰ろう、一緒にご飯を食べようよ?」
楓「食事……ですか」
颯「うん」
楓「……」
颯「楓さん、ご飯に何かあるの?」
凪「食べれない、ということはなさそうですね」
楓「いえ……そういうわけでは」
颯「一緒に食べると寂しくないよ!楓さん、帰ろう」
凪「はーちゃんは頑固ですよ。今日は絶対に連れて帰ります」
楓「きっと悲しい思いをさせてしまいます。私の事で」
颯「よくわからないけど、黙っていなくなるよりも悲しいことじゃないと思うな」
凪「はーちゃんの言う通りです。たぶん。あまり理解してませんが」
颯「はい、楓さん。手をつなご」
凪「ずるい。凪ともつなぎましょう」
颯「一緒に行こうよ、ね?」
凪「かわいい、いえ可愛すぎる妹のお願いを聞いてください」
楓「……はい。案内してくださいね」
88
夜
出渕教会・地下1階
りあむ「来たよ!ちとせはまだ地下かな?」
楓「こんばんは」
りあむ「わっ、裕美ちゃんが探してた美女だ!思ったよりデカい!」
楓「こちらの方はどなたでしょう?」
裕美「夢見りあむさん。紹介するね、高垣楓さんだよ」
楓「よろしくお願いします」
りあむ「こちらこそ!教会に通う理由が増えるよ!」
裕美「ちとせさんは地下2階にいるよ」
りあむ「うん。あかりんごとかは?」
裕美「帰ったよ。千夜さんは、明日来ると思う」
りあむ「明日?」
楓「変質が終わるでしょうから」
裕美「ちとせさんは起きてるよ、様子を見て来てあげて」
りあむ「うん!またね!」
裕美「お願い」
楓「……」
裕美「ねぇ、楓さん」
楓「なんでしょう」
裕美「亜季さんが映画をレンタルしてきてくれたんだ。一緒にみる?」
楓「……ええ、お供します」
89
出渕教会・地下2階
ちとせ「どう?」
りあむ「熱は下がった。他に症状ある?」
ちとせ「ほとんどないけど、手先が冷えるかな」
りあむ「手とか足ちゃんと動く?」
ちとせ「動くよ。実はね……」
りあむ「噛まれる前よりいい?」
ちとせ「うん。肌の調子とかも良いかな」
りあむ「吸血鬼になる途中の症状?裕美ちゃんにも聞いた?」
ちとせ「そうかも、って。人間の時に体が弱かったから、そのせいかも」
りあむ「運動しよう!これからは心配もいらないし!」
ちとせ「そうする。夜の街を飛び回るのは楽しそう」
りあむ「ちとせ、他に吸血鬼の症状でてる?」
ちとせ「わからない、けどね」
りあむ「けど?」
ちとせ「もう太陽の元には出ない方が良いって」
りあむ「そうなんだ……」
ちとせ「千夜ちゃんと一緒に犯人、見つけてくれたんでしょ?」
りあむ「うん。もう夜に散歩しても大丈夫だよ」
ちとせ「そっか」
りあむ「ちとせ、これからどうするの?」
ちとせ「これから?」
りあむ「家に帰る?白雪ちゃんと一緒に暮らす?」
ちとせ「……」
りあむ「ちとせ?」
ちとせ「帰らないつもり。ここの方が安心だから」
りあむ「白雪ちゃん、寂しがるよ?」
ちとせ「あの部屋ね、日当たりがいいの。千夜ちゃんはカーテンを開けて、私を目覚めさせてくれた」
りあむ「……」
ちとせ「あの子、寝ることが好きなの。本当は早起きも苦手。だから……夜の世界には連れていけない」
りあむ「そっか……」
ちとせ「りあむ、お願いがあるの」
りあむ「なに?食べたいものある?」
ちとせ「火事で何もかも失ってしまって、独りにしたら、このまま手を差し伸べなかったら、消えてしまいそうだったの」
りあむ「……白雪ちゃんの話?」
ちとせ「だから、役割をあげた。私の傍にいることを命じて、千夜ちゃんは役割を必死に演じた」
りあむ「演じてないよ……たぶん」
ちとせ「わかってる。今の千夜ちゃんがニセモノだとは思ってない、千夜ちゃんの気持ちを否定したりしない」
りあむ「……」
ちとせ「私はずっと千夜ちゃんに役割を与えられない。遅かれ早かれ、変えないといけなかった」
りあむ「ちとせの体が弱くて……長くないから」
ちとせ「そう」
りあむ「でもでも!ちとせはもう生きてられるよ……ずっと」
ちとせ「私は千夜ちゃんの行く末は見れるけど、一緒にはいられない。あの子は、人間の世界を生きるの」
りあむ「……」
ちとせ「だから、りあむ、お願いがあるの」
りあむ「……聞くだけなら」
ちとせ「千夜ちゃんをお願い。独りで沈んでいくまえに、あなたが可能性を引き出して」
りあむ「……」
ちとせ「あの子には色々な可能性がある。吸血鬼の使いはもったいない。だから、私の僕ちゃんじゃなくしてあげて」
りあむ「……」
ちとせ「あの子を、あの子らしくしてあげてほしいの」
りあむ「……」
ちとせ「それが何か、私にもまだわからないけどね」
りあむ「ねぇ、ちとせ」
ちとせ「なに?」
りあむ「間違ってるよ!人違いだよ!りあむちゃんに頼むことじゃない!」
ちとせ「え?」
りあむ「あかりんごの方がよっぽど頼りになるよ!そもそも!ぼくがぼくらしくなってない気がする!そうでしょ!?」
ちとせ「ふ……」
りあむ「むしろ、ぼくを白雪ちゃんに面倒見てもらいたいよ!」
ちとせ「あはは♪確かにその通りね、りあむに頼むことじゃないかった!あはは、熱のせいかな」
りあむ「う、自分で言ったことを人に言われるのは……やむ」
ちとせ「だから、りあむが良い」
りあむ「ちとせ、さっきの話聞いてた?」
ちとせ「うん。りあむ、あなたが良い。あなたがあなたを千夜ちゃんより先に見つけて。そうしたら、千夜ちゃんも自分で見つけられる」
りあむ「……」
ちとせ「私は一緒にいられない。私は吸血鬼にならなくても、見つける手本を示せなかったかも。でもね、りあむならできるよ」
りあむ「本当かなぁ……?」
ちとせ「私は信じてる……そうじゃなかったら……」
りあむ「ちとせ……?大丈夫?どこか痛むの?」
ちとせ「千夜ちゃんの近くから離れた意味がないから……だから……」
りあむ「えぇ……いきなり、泣くなよう……」
ちとせ「私は……こちら側で……千夜ちゃんの無事を祈るだけにしないと……」
りあむ「ちとせ、怖かったんだ。自分が死ぬのも、白雪ちゃんと別れるのも」
ちとせ「……うん」
りあむ「うん。さっきの約束もがんばる。ちとせが信じてくれるなら、ぼくは出来る。たぶん。きっと。おそらく」
ちとせ「ありがと……」
りあむ「ぼくは泣くのを止められないよ。それに、ここで泣かないと……人間のちとせはいなくなっちゃうよ」
ちとせ「うん……」
りあむ「出てくね、泣いてるのを見られるの恥ずかしいよね」
ちとせ「ううん、いて……そうじゃないといつまでも振り切れなそうだから」
りあむ「……うん。ちとせがそう言うなら、そうする」
90
翌日・とある木曜日
出渕教会・地下1階
りあむ「ぐーぐー……」
颯「なんで、りあむさんがソファで寝てるの?」
凪「口を開けて寝ています。何かを入れたくなりますね」
奏「それは同感ね」
颯「だめだよ!りあむさんは年上なんだから」
涼「昨日、ちとせと一緒に朝まで起きてたみたいだからな。寝かせてやれ」
颯「そうなんだ。りあむさん、結構優しいよね」
凪「本人に言ってあげると喜びますよ、ましてや、はーちゃんに言われたら」
涼「それで約束の件だったか」
颯「はーはどっちでもいいけど、凪が聞きたいって」
凪「はい。お2人の答え合わせを」
涼「奏は大丈夫か」
奏「私は問題ないわ。涼こそ、どうなのかしら」
涼「アタシも問題はない。いつか協力してもらうことになる、知っていて損はない」
奏「そうね」
凪「教えてくれますか?」
奏「ええ」
凪「はーちゃん、どっちから聞きましょう」
颯「どっちでも。なーが決めて」
凪「そうします。では、速水奏さんから聞かせてください」
涼「奏、選ばれたぞ」
奏「そうみたい。約束だし、教えてあげるわ」
颯「奏さんは、人間じゃないの?」
奏「それは正解。何だと思うかしら」
颯「なー、わかる?」
凪「皆目見当もつきません」
颯「女神様でもないし、なんだろう?」
涼「あながち間違ってもいないよ、それは」
凪「そうなのですか」
奏「高い所から降りて来たわ。名前はお父さんとお母さんがくれたの」
颯「高いところから?」
凪「降りて来た?」
奏「私は天使よ」
颯「天使?」
凪「天使?」
りあむ「天使!?」
颯「あっ、起きた」
凪「天使ですか?にわかには信じがたい」
りあむ「聖職者は当たりだったんだ……聖職者よりも上?でもなんか……」
奏「神様達に仕えていたのよ。とても美しくて、愛に溢れていて……とても退屈な世界だった」
りあむ「どちらかといえば……」
凪「魔王ですね」
りあむ「それだ!羽は真っ白で綺麗だったけど」
奏「まぁ、失礼ね」
涼「実際、この世界じゃ魔王に近い序列だからな。本来の天使の加護は使えないらしいが」
奏「だから、今はただの速水奏。映画好きの両親のもとに遅れて来た一人娘」
りあむ「いいなぁ」
奏「いいでしょう。手荒だったけれど魔法使いが目を覚ませてくれたおかげ」
りあむ「天使だからそんなに顔がいいの?」
奏「私がいた世界では並だったかしら。羽には自信があるけれど。女神様には叶わない」
颯「行ってみたいような」
りあむ「行くのが躊躇われる……恐れ多いよ!」
凪「フム。凪は好奇心が抑えられません。涼さんは何者でしょう」
涼「アタシか?」
凪「特に能力があるようには見えません、凪には」
りあむ「仕事には行ってたよ!何かわからないけど!」
颯「仕事?」
涼「アタシは死神だ」
りあむ「今度は神様だ……」
颯「奏さんと同じ世界から来たの?」
奏「違うわ。涼はこの世界で産まれた人間だった」
凪「だった、とは」
涼「正確には死神じゃない。死神の使いをしている人間だった何かだよ」
奏「死神も私の世界の神様じゃないわね。この世界に元々いたんじゃないかしら」
りあむ「どういうこと?」
涼「死神の小間使いにされてんのさ。死なない代わりにな」
りあむ「死なない代わりに?」
凪「具体的に何をしているのですか」
涼「基本的にはお見送りだ。命の時計に抗う奴は一定数いるからな」
颯「涼さんが来たら、死んじゃうの?」
涼「忠告にもいくさ。無駄にはするなよ」
颯「うん、そうする」
涼「アタシはそんなに能力はないが……」
りあむ「ないが?」
涼「本当の死神は時計を回すこともできる。会うことはないと思うが、無礼はないようにな」
りあむ「ねぇ、ちとせの時計も見えてたの?」
涼「ああ。答えは想像通りだよ」
りあむ「……そっか」
凪「天使、死神の使い、捕食者、吸血鬼が2人ですか」
颯「より取り見取り?」
凪「それに見える双子が仲間入りです」
涼「ネクロマンサーと退魔師もいる、今は不在だが」
奏「魔法使いもいるわね。あまり協力はしてくれないけど」
りあむ「あれ?聞いていい?」
颯「りあむさん、なに?」
りあむ「ぼく、ここにいてよかったの?ここで寝てたのが悪いんだけどさ!」
凪「うーん、いいんじゃないでしょうか」
颯「だって、普通じゃなさそう」
りあむ「普通じゃないのは理解してるよ!でも、ぼくは人間だよう!」
奏「実際のところ、あなたは何か能力がありそうね」
涼「同感だ」
りあむ「え?本当に?」
涼「残念だが、能力の詳細はわからない」
奏「意図的に出せるものでもなさそうね」
涼「役に立つかもよくわからないな」
凪「ピンチの時に能力が目覚めるというヤツですか」
颯「へー、カッコイイ!」
りあむ「ポーズを決めたら使える方が便利だよう!なんだよう、そのほわほわした能力は!」
颯「りあむさん、これからも仲良くしようね」
りあむ「え?うん!もちろんだよ!カワイイ女の子に言われたら断らない!」
凪「はーちゃんに近寄るな。もう少し害虫かどうか見極めたい」
りあむ「言い方がひどい!それに、なんか最近同じこと言われた気がする!?」
涼「それともう1人」
凪「もう1人ですか」
涼「この教会の持ち主がいる」
奏「シスターね」
りあむ「シスター?電話の相手の?」
涼「ああ。シスタークラリスと呼ばれている」
颯「どんな人なの?」
奏「優しい人よ、とても」
涼「知識も能力も格別だ。金髪のキレイな人だよ」
りあむ「見たい!凄く見たい!」
涼「目を見ることはできないけどな」
りあむ「……なんで?」
涼「明日の夜には来るそうだ。後で、挨拶にくるといい」
颯「わかった。挨拶にくるね」
凪「凪もそうします」
涼「楓を連れ戻してくれてありがとう。感謝するよ」
凪「どういたしまして」
颯「……」
凪「はーちゃん、何か言いたいことがありますか」
颯「え?ううん、何でもないよ。また来るね、涼さん、奏さん。楓さん、よろしくね」
涼「ああ」
凪「失礼します」
颯「またね!」
りあむ「りあむちゃんも帰るよ!ばいばい!」
涼「これから、白雪千夜が来るんじゃないのか」
奏「いなくていいの?」
りあむ「うん。2人の方がいいから」
涼「そうか」
りあむ「うん!ちとせが寂しがるからまた来るよ!りあむちゃんにも構って!」
涼「ああ」
奏「少しなら遊んであげる」
りあむ「やった!ばいばーい!」
91
夜
出渕教会・玄関前
千夜「……」
あきら「ここまでのつもりでしたけど」
あかり「やっぱり、一緒に行きましょうか」
千夜「……」
あきら「千夜サン?」
千夜「いいえ。着いてきてくださり、ありがとうございました」
あかり「……はい」
千夜「お嬢さまと話してきます」
あきら「……うん」
千夜「明日は部活の日ですね」
あきら「え?」
あかり「はい、そうです!」
千夜「また明日お会いしましょう。行ってきます」
あかり「いってらっしゃい!」
あきら「……」
あかり「……」
あきら「あかり、帰ろう。千夜サン、多分平気」
あかり「うん……あきらちゃん、都会の買い食いがしてみたいんご!案内して!」
あきら「詳しくないデスけどね……案内するよ」
92
出渕教会・地下2階
千夜「こんばんは。お邪魔します」
裕美「こんばんは」
楓「こんばんは」
千夜「お嬢さま、会いに来ました」
ちとせ「千夜ちゃん」
裕美「出て行こうか?」
ちとせ「うん、2人にさせて」
裕美「わかった。楓さん、行こう」
楓「はい。ごゆっくり」
ちとせ「ありがとう」
千夜「……」
ちとせ「千夜ちゃん、元気だった?」
千夜「会わなかったのは昨日だけです。変わりはしません」
ちとせ「私は変わった」
千夜「……もうお熱はありませんか」
ちとせ「ないよ。だから、私はもう吸血鬼。末裔ではなくて本物の」
千夜「お嬢さまが言っていた吸血鬼の末裔というのは全て嘘だったのですね」
ちとせ「吸血鬼は繁殖しないから。でも、全てが嘘じゃない」
千夜「そうなのですか」
ちとせ「吸血鬼との関わりがあったんじゃないかな、ご先祖様は」
千夜「なるほど。何時しか混同、いえ、あえて混同したのかもしれませんね」
ちとせ「そうだったら、末裔が吸血鬼になったら喜ぶかも♪」
千夜「……ええ。お嬢さま、お手を」
ちとせ「手?」
千夜「温かいですね。冷たいものだとばかり」
ちとせ「そうね。身も心も血が通ったまま。凍ったりしてないよ」
千夜「お顔に触れてもよろしいですか」
ちとせ「うん」
千夜「熱は下がりましたね。肌の調子も良さそうです……」
ちとせ「千夜ちゃん……?」
千夜「お嬢さまは生まれ変わったのですね」
ちとせ「そう。人間の人生は終わって、なかったはずの延長戦。少しだけ終わるのが早かったけれど」
千夜「こんなに体調の良さそうなお嬢さまを初めて見ました。私にも誰にも与えられなかったのに」
ちとせ「そうね。予想しなかった、贈り物」
千夜「お嬢さま、家に戻りますか」
ちとせ「どっち?」
千夜「それは、どのような意味でしょうか」
ちとせ「私の希望を聞いている?それとも、千夜ちゃんが帰って来てほしいの?」
千夜「……」
ちとせ「どっち?」
千夜「戻っていただけませんか。私には……」
ちとせ「……」
千夜「お嬢さましか、いませんから」
ちとせ「ねぇ、千夜ちゃん」
千夜「お願いします、お嬢さま」
ちとせ「本当かな」
千夜「本当……」
ちとせ「千夜ちゃんにはいるよ、孤独じゃない」
千夜「違います、私には」
ちとせ「ずっと、吸血鬼の僕として生きて行くの?」
千夜「生きて行けます。お嬢さまがいる限り」
ちとせ「ねぇ、千夜ちゃん、お願いがあるの」
千夜「なんでしょうか、お嬢さま」
ちとせ「私の人生はずっとずっと長くなった。見ないことが出来る世界が見えるようになったの。千夜ちゃんが、私の所から離れて生きる所をずっと見届けられる」
千夜「……」
ちとせ「千夜ちゃん、私が死んじゃったら、その後はどうするつもりだったの?」
千夜「……考えてもいません」
ちとせ「とっても悲しいお別れはなくなった。千夜ちゃんを泣かせずに済んだの。この世に置いていかなくて済んだ」
千夜「……」
ちとせ「千夜ちゃん、聞いて」
千夜「はい、お嬢さま」
ちとせ「スーパーレッドを見つけてくれてありがとう。安心して、私は夜の世界を生きていられる」
千夜「はい」
ちとせ「千夜ちゃんは、お日様の世界を生きて」
千夜「それは……」
ちとせ「ここに残るわ。夜、話相手になってくれる子もいるし」
千夜「……」
ちとせ「千夜ちゃんの生活は何とかするから。吸血鬼の最初の仕事は、身内に暗示をかけることなんだって」
千夜「お嬢さま……それは」
ちとせ「私ね、もとから魅了の魔力を少し持っていたみたい。暗示も強いのが使える可能性が高いって。だから……」
千夜「……」
ちとせ「千夜ちゃんの頭の中から、私を忘れさせることもできる」
千夜「やめてください」
ちとせ「……わかってる」
千夜「どうして、私から奪おうとするのですか」
ちとせ「……」
千夜「どうして、世界は私の持つものを失わせようとするのですか」
ちとせ「……」
千夜「もう何も失いたくありません……」
ちとせ「わかってる。記憶を失わせたりしない。千夜ちゃんとの記憶は私にも大切な記憶だから」
千夜「それなら……」
ちとせ「失うだけじゃない。手に入れて。失うことを恐れずに」
千夜「……」
ちとせ「千夜ちゃんが手に入れたもの、私に見せて」
千夜「……イヤです」
ちとせ「千夜ちゃん、急に抱き付いてどうしたの?」
千夜「置いて行かないで……ちとせちゃん」
ちとせ「元気なあなたに置いて行かれるのは、いつも私の方だったよ」
千夜「お願い……」
ちとせ「良かった」
千夜「何がです……か」
ちとせ「やっぱり、あなたを置いてあの世にはいけない。死ななくて良かった」
千夜「……」
ちとせ「ずっと見守ってるから。寂しかったら、会いに来て。夜更け前か太陽が沈んだ後に」
千夜「昔から……あなたはワガママでした。私の意見なんて聞かない」
ちとせ「そう。私はワガママなお嬢さまだから」
千夜「はい……」
ちとせ「もう抱き付かなくて平気?もう少し抱きしめてあげようか?」
千夜「いつでも機会はあります。お嬢さまが選んでくれたおかげです」
ちとせ「そっか」
千夜「お嬢さま」
ちとせ「なに?」
千夜「吸血鬼のことはわかりませんが、お大事に。欲しいものがあったら、ご連絡ください」
ちとせ「うん。いつでも遊びに来てね、夜なら私からも遊びに行ける」
千夜「それで……」
ちとせ「なに?」
千夜「私は、何かになれますか。何かをなし遂げられますか」
ちとせ「わからない」
千夜「そこは、嘘でもいいから肯定することころではありませんか」
ちとせ「お料理も得意で、勉強も運動も出来るし、気も利くから何でも出来るよ。きっと」
千夜「今更付け加えなくても構いません」
ちとせ「私が決めることじゃないのは確か。千夜ちゃんが決めるの、いい?」
千夜「……はい」
ちとせ「そうだ、伝言があるの」
千夜「伝言?」
ちとせ「ここに行ってみて。お願い」
千夜「わかりました。お嬢さまの頼みであれば」
ちとせ「うん。千夜ちゃん、寂しくない?」
千夜「家は寂しいですが、今生の別れではありませんから」
ちとせ「そうね、そのために選んだんだから。後悔したくない」
千夜「お嬢さま、おやすみなさい……は違いますね」
ちとせ「これからは私の時間だから」
千夜「そうですね……お嬢さま、良い夜を」
ちとせ「千夜ちゃんは、いってらっしゃい」
千夜「……はい。いってきます」
ちとせ「おやすみなさい、千夜ちゃん」
93
翌日・とある金曜日
S大学・部室棟・空き部室
空き部室
活動実績のないサークルが数年にわたり占拠していたが、財前時子が職員となって半年で跡形もなく綺麗になった。今はどこからか持って来た椅子が7つ、テーブルが1つだけある。
千夜「……先客がいますね」
凪「こんにちは」
千夜「こんにちは。久川凪さん、でしたか」
凪「そうです。私が凪です」
千夜「どうして、こちらに」
凪「凪は興味があるので参加しようと思いました」
千夜「意味がわかりません」
凪「千夜さんは、ここに来た理由は」
千夜「お嬢さまに頼まれましたので。理由は聞いていません」
凪「そうですか」
千夜「部活がありますので、またの機会に」
凪「いえ、ここにいればよいです。問題ありません」
千夜「私に、ここにいろと?」
凪「はい」
千夜「意味がわかりません」
りあむ「時子サマが言うには、ここに協力してくれる人がいるって……部屋も使っていいとか……あ!」
千夜「……こいつは」
凪「夢見りあむです。スリーサイズはでっかい、ふつう、たぶんふつう、凪調べ」
千夜「名前は知っています。なぜ、お前がここに来るのですか」
りあむ「色々と扱いが雑だよ!ぼくに協力してくれるんじゃないの!?」
千夜「私はお嬢さまに言われて来ただけです」
凪「凪はそのつもりです」
りあむ「ほら!白雪ちゃんはどうなの?りあむちゃんを助けてくれる?調べものはりあむちゃんひとりじゃ無理だよ?」
千夜「つまり、お前の調査に協力することを誰かが約束したわけですね」
凪「そういうことです」
りあむ「白雪ちゃん、一緒にやろう!やるべき!」
千夜「誰の意思ですか」
りあむ「ぼくの意思だよ!なんならS大学に進学しろ!知り合いの後輩を確保したい!勉強もみよう!かてきょもする!」
凪「無料ならはーちゃんにお願いしたいが、こいつは危険か」
千夜「お嬢さま、ではないのですか」
りあむ「え?ちとせが知ってるの?」
千夜「お嬢さまに紹介されましたから、当然です」
りあむ「わかった!決まりだよ!ちとせが言うなら一緒にやろう!」
千夜「何をするかも聞いていませんし、部活があるので失礼します」
凪「それは問題ないです。だって」
あきら「あかり、千夜サンいた」
あかり「ここだったんですね!千夜さん、こんにちは!」
凪「ほら」
千夜「久川さんの言うことはわかりましたが、どうしてお二人がこちらに」
あきら「古澤先生に言われました」
あかり「学外の人と交流を持つようにするって言ってました!」
あきら「大学生と大学職員の方が、面倒を見てくれるそうデス」
りあむ「職員?時子サマかな?」
千夜「時子……そういえばそう名乗っていました。要するに古澤先生が誰かに押し付けた、ということですか」
あきら「違います。そんな面倒な交渉する人じゃないデス」
あかり「今日の資料と明日の計画は建ててたみたいですよ?」
凪「その先生に、むしろ凪は会ってみたくなりました」
りあむ「時子サマから頼まれた?きっとそうだよ!あかりんごとあきらんらんも協力してよ!」
あきら「何デスか、その呼び方……」
千夜「どなた様かが介入して、古澤先生の望み通りになった。しかし、何をするつもりなのでしょうか。聞いていますか」
あきら「聞いてないデス」
あかり「何かを調べるとかお出かけするのには変わらない、って」
千夜「フム……」
若葉「こんにちは~。はじめまして~」
りあむ「若葉ちゃんだ!今日は1人なの?」
若葉「1人?あっ、わかりました、そういう意味なら1人です~」
あかり「こんにちは!どこから来たの?」
若葉「ここの大学生ですよ~。最近の高校生は大きいですね~」
あかり「先輩だったんご!ごめんなさい!」
若葉「いいですよ~。仲良くしましょうね~」
千夜「面倒を見てくれる大学生とは、あなたですか」
椿「はい。こんにちは」
りあむ「ぐえぇ!どうしてここに!?」
凪「面白い鳴き声ですね」
椿「また会いましたね。りあむさん♪」
千夜「うぅ……面倒見は良さげなお姉さんなんだけど……その」
椿「財前さんと古澤先生からお話は聞いてます。はじめまして、江上椿です。こちらは」
若葉「日下部若葉です~。よろしくお願いします~」
あきら「はじめまして」
椿「皆さんのお世話をしますので、よろしくお願いしますね」
あかり「江上さん、日下部さん、よろしくお願いします!」
りあむ「待った!聞いていい?」
椿「りあむさん、なんでしょう?」
りあむ「若葉ちゃんが5人いることは知ってるの?」
千夜「5人?」
凪「興味深いことを口走りました」
椿「付き合いは長いのですが、最近初めて知りました」
りあむ「知ってるんだ……いいの?非現実を認めて良いの?」
椿「もちろんですよ。なぜなら」
若葉「皆さんには後で私を紹介しますね~」
あかり「私が5人……?」
椿「この通り可愛らしい若葉さんが5人もいるんですよ。最高だと思いませんか」
あきら「……愉快な人みたいデスね」
椿「あれこれ着せたことも覚えていないみたいですし、都合がいい……ゴホン、なんでもありません」
りあむ「ほら、ヤバイ人だよ。この人」
千夜「どんな人であれ、大学の先輩です。先輩には敬意を持つべきです」
りあむ「りあむちゃんも先輩だよ?ぼくに敬意はないの!?」
千夜「……」
りあむ「黙るなよう!沈黙は肯定、白紙委任!」
椿「写真を撮るのが趣味ですので、活動の記録を撮らせてくださいね」
あかり「はい!写真くらいならいくらでも」
あきら「あかり……安請け合いしない方が」
椿「ファッションに興味はありませんか、裁縫部所属なのでツテがあるんです」
あきら「魅力的な提案デスね……」
りあむ「さっそく買収されてる!チョロいよ!」
若葉「椿さん、本題に入りましょうか~」
椿「そうですね、活動内容をお教えします」
若葉「みなさん、座ってくださいね~」
94
S大学・部室棟・空き部室
千夜「活動内容は、郊外学習と調査ですか」
あきら「あまり変わりませんね」
あかり「皆とお出かけできて嬉しいんご!」
若葉「はい~。私も自由にできそうです~」
りあむ「若葉ちゃんが自由にできるように考えないと……」
千夜「しかし、調査する対象が問題です」
凪「凪はそちらに興味があるので来ました」
あかり「不思議なことを調査するんですね!」
千夜「大学生の先輩方はわかりませんが、集められた人選からしても妥当です。ああ、お前は違いますよ、先輩方に入っていません」
りあむ「そこは言う必要ないよ!そもそもなんでそんなにつらくあたるのさ!」
千夜「……私だって気が置けない同級生になってみたいですよ」
りあむ「え?なんて言ったの?」
若葉「聞こえちゃいましたけど、秘密にします~」
りあむ「いいよ!白雪ちゃんから直接聞きだして見せる!親愛度ボーナス狙い!」
凪「おお。凪もデレを狙います、親愛度アップです。キュートクッキーです」
千夜「言っている意味がわかりませんが、ご自由にどうぞ」
りあむ「あれ?許可がでた?」
凪「結果的に。ハートドリンクかもしれません」
あきら「あかりはどう思いますか」
あかり「良いと思います!ちとせさんのためにもなりますし!」
千夜「お嬢さまのために、ですか」
若葉「私みたいな立場で安心して暮らすためには大切ですよ~」
千夜「なるほど……」
凪「調べるアテはあるのですか」
りあむ「あるよ!時子サマからファイルを貰って来たからね!大学に連絡されるウワサをまとめたものだって!」
あきら「分厚いデス」
椿「真偽不明、色々な情報がありますから」
りあむ「ぼく達で調べよう!そして、時子サマにチヤホヤされよう!」
凪「チヤホヤも魅力的ですが、それ以上に好奇心があります」
あかり「私は賛成です。皆、幸せに暮らせるといいですから」
あきら「まー、いいデスよ。ゲームクリアがあるほうが好みだし」
椿「私は面白い写真が取れそうなので」
若葉「私は今度こそ人間の世界で幸せに暮らします~」
千夜「……」
あきら「千夜サンはどうする?」
千夜「お嬢さまには自分の道を探せと言われましたが、そう簡単には変われません」
りあむ「……」
千夜「だから、まずはお嬢さまの世界を守ります。私も参加させてください」
椿「はい。よろしくお願いしますね」
千夜「私もそろそろ進路を考える時期です。先輩方、ご相談にのってくだされば。内部進学を考えていますので」
若葉「もちろんです~」
椿「ええ。頼ってくださいね」
りあむ「白雪ちゃん……」
千夜「なんですか、その目は」
りあむ「うん!そうしよう!ぼくを頼るといい!」
千夜「……」
りあむ「そこはお世辞でもいいから、肯定しておこうよ……やむ」
あかり「やむ?」
凪「飲茶が好きなので、語尾にやむとつけるそうです。中華料理屋の娘さんから聞きました、凪調べ」
りあむ「まちがいだよ!その子、りあむちゃんで遊んでるよ!」
あかり「カワイイ響きですね……かわいいやむ!真似するやむ!」
あきら「いや……あかり、それはやめよう。んごのほうがマシ」
りあむ「それに!やっぱり、白雪ちゃんはりあむちゃんと似てるよ!ぼくを頼れ!」
千夜「意味がわかりません」
りあむ「他人に褒められたいのは一緒!特にちとせに!」
千夜「……そうなんでしょうか」
椿「自分のためじゃないのは、素晴らしいと思いますよ」
若葉「そうですよ~、椿ちゃんなんて優しそうに見えて自分の欲望最優先ですから~」
椿「あらー、褒めないでいいですよ。当然ですから」
あきら「全く褒めてないデス……」
凪「むしろ逆。ただ、凪は面白いお姉さまは大好きです」
りあむ「白雪ちゃん、一緒にチヤホヤを目指そう!」
千夜「ああ、そうか……そういうことですか」
りあむ「ん?どうしたの?」
千夜「お前とは似ていますね、確かに」
あきら「似てますか?」
あかり「似てないと思います!中身も外見も!」
椿「私は似ていると思いますよ、少しだけ」
若葉「私もそう思います~」
千夜「お嬢さまとの約束を守るために、お前が必要かもしれません。これも何かの縁です……私に縁が手に入るなんて思いませんでしたが」
あきら「……千夜サン」
千夜「よろしくお願いします。皆さん」
あかり「はい!」
あきら「はい」
凪「中学生ですが、力になります」
椿「ええ」
若葉「がんばりましょう~」
りあむ「うん!よろしく、白雪ちゃん!」
千夜「今日は私も暇です。活動をはじめましょうか」
椿「はい。サークル名はおいおい考えましょう」
若葉「SWOWにしないんですか?」
椿「それは時子さんが代表じゃないといけませんから。7人から増えるかもしれませんし」
若葉「少し考えてみます~」
凪「凪も考えます」
りあむ「それじゃあ、りあむちゃんがファイルから最初の調べ物を見つけるよ!」
椿「りあむさん、慌てずに」
りあむ「なにかすることがあるの?」
椿「せっかくなのでお話しましょう、ゲームでもしながら」
あきら「ゲーム?」
椿「ツイスターゲーム……」
りあむ「ダメだよ!煩悩まみれすぎるよ!暑いし!」
椿「冗談ですよ。ちゃんと準備をしました」
若葉「オセロです~」
椿「統計学的に差が出るまでやると仲が深まるそうです」
あきら「そうなんデスかね……?」
凪「凪は受けて立ちましょう。はーちゃんよりは強いですよ」
あかり「私もがんばるんご!」
りあむ「りあむちゃんも1人オセロは得意だったよ!」
椿「それでは、やりましょうか」
若葉「お茶でも飲みながらゆっくりと」
千夜「それでは、お茶の準備をします。キッチンはありますが、お茶道具はありませんね」
椿「お茶の葉と一緒にお茶道具も買ってきてもらえますか?」
りあむ「白雪ちゃん、ぼくも着いて行くよ!」
千夜「お前ですか……まぁ、いいでしょう」
若葉「お願いします~」
凪「凪とどなたかやりましょう」
あきら「なら、自分が」
千夜「行って参ります」
95
S大学構内
千夜「夢見りあむ」
りあむ「え!お前と呼ばれてない!ちょっとビックリした!」
千夜「いちいち大袈裟ですね……聞きたいことがあります」
りあむ「なに?趣味?特技?家族構成?」
千夜「そんなことは聞きません」
りあむ「じゃあ、なに?」
千夜「お嬢さまに、何か言われましたか」
りあむ「……」
千夜「構いません。おそらく、同じことを言われています」
りあむ「……簡単にいうと、ちとせ離れできるように面倒を見ろって」
千夜「お前は要約が下手過ぎる……」
りあむ「それは出来るかわからない!期待しないほうが精神衛生上いい!」
千夜「自分で言わなくても。実際期待などしていませんが」
りあむ「それも言わなくていいよ!やさしい世界で生きたいよ!」
千夜「私はゆっくりとやります。お前は、お嬢さまと仲良くしてください」
りあむ「うん。ねぇ、白雪ちゃん」
千夜「なんでしょう?」
りあむ「寂しくない?ぼくはこれから寂しくなさそうだよ!」
千夜「……ええ」
りあむ「チヤホヤされたいコンビでがんばろう!」
千夜「それは拒否しますが、お前も学生生活をがんばってください。お前が留年して、同級生になるのはイヤですよ」
りあむ「え!?誰から聞いたの!?」
千夜「財前時子さんに決まってるでしょう」
りあむ「新学期……思い出すだけでやむ……」
千夜「何故、お前はそんなに自信がないのですか」
りあむ「だってそうだよう……看護師なんてホントは向いてないよう……」
千夜「私は、そうは思いませんが……」
りあむ「え!?本当に!?どこが?詳しく!」
千夜「暑苦しい。くっつくな、無駄にデカい乳を当ててくるな!」
りあむ「白雪ちゃん!教えろ!頼む!」
千夜「せっかく教えたのに損しました……ふふっ」
りあむ「ふふ?なんで笑ってるの?」
千夜「やっと離れた。なんでもありません。行きますよ」
りあむ「白雪ちゃん!おいてかないで!りあむちゃんは保護が必要な生物なんだよ!」
EDテーマ
Twilight Sky
歌
フォー・ピース
96
エピローグ
出渕教会・地下1階
ちとせ「……ねぇ、聞いていい」
裕美「なに?」
ちとせ「何故、シスターは眼帯をしてるのかしら」
裕美「時期にわかるよ」
柳瀬美由紀「クラリスさん、来たみたいだよ」
涼「こっちは揃った」
奏「ええ」
美由紀「楓さんは?」
涼「捕食者が食事後だ。下で眠ってる」
クラリス「お揃いのようですね」
クラリス
『シスター』。出渕教会の持ち主であり、あちら側の有力者。
柳瀬美由紀
クラリスのアシスタント。生活で視覚を使うことができないクラリスを手伝っている。
クラリス「先ほどのお声は、黒埼ちとせさんですか」
ちとせ「はい。シスター、はじめまして」
クラリス「触れさせていただけますか」
ちとせ「うん、いいよ」
美由紀「ちとせさん、こっちに来て」
ちとせ「ここでいい?」
美由紀「クラリスさん、ここだよ」
クラリス「失礼します……」
ちとせ「ちょっとくすぐったい」
クラリス「前髪は目を隠すようにしているのですね」
ちとせ「そうだけど……」
クラリス「裕美さんとは違いますね。美しい瞳をしていると聞いています」
裕美「うん、すっごくきれい。ちとせさんもおでこを出そうよ」
ちとせ「うーん、私の趣味じゃないかな」
裕美「おでこもきれいだよ、大丈夫」
ちとせ「そういう意味じゃないんだけどなー」
クラリス「迷い悩み苦しんだでしょう。その決断が報われるよう祈ります」
ちとせ「……はい、シスター」
クラリス「ありがとうございました」
美由紀「ありがとー」
ちとせ「どういたしまして」
クラリス「もう1人、いらっしゃるようですが」
涼「颯、そんなに隠れなくていい」
颯「なんか思ったより凄そうだし……はーが会っていいの?」
クラリス「もちろん、構いません。お話は聞いています、久川颯さん」
颯「は、はい!久川颯です!」
クラリス「こちら側の世界が見えるそうですね」
颯「うん」
クラリス「必ずしも恐ろしいものではありません」
颯「知ってるよ。優しいものがいることも、恐ろしいものがいることも」
クラリス「黒埼ちとせさん、久川颯さん、ようこそこちら側へ。歓迎しますよ」
ちとせ「こちら側かぁ。遠くに来ちゃった気分」
クラリス「今日はご挨拶までといきたいところですが、被害者もいますので集まっていただきました。ここでお話を」
ちとせ「被害者って、私のこと?」
奏「話はスーパーレッドのことかしら」
クラリス「違います。彼女は人間です、怪力に目覚めただけの」
裕美「目覚めた、ということは」
クラリス「先日まではただの人間でした」
ちとせ「変身もしてないし、最初からこちら側でもなかった」
クラリス「はい。昔から特殊な力を得る人物は一定数います」
颯「はーとなーみたいに?」
クラリス「はい。元を辿れば私も同じです」
涼「トラベラーも、か」
クラリス「はい。類のない異質な能力ですから、本人の意思と素質によって得たものでしょう、突発的に」
奏「他にいたら困るわ」
涼「いたら、わかるはずだ」
颯「トラベラー、って何?」
裕美「えっと……知らなくていいかな」
クラリス「しかし、今回は違います」
ちとせ「違う?」
クラリス「能力は先天的なものを自覚するか、あるいは人でない者に付加されることがほとんどです」
ちとせ「私は後の方かな」
裕美「ちとせさんは両方だよ」
涼「……」
クラリス「スーパーレッド含め、突如として能力を得た人間がこの地域で増えています」
裕美「能力を目覚めさせることが出来るから」
奏「スーパーレッドは力を得る前に誰かに会ったと言っていたわ」
涼「誰か、か」
ちとせ「……」
クラリス「私達は『チアー』と呼んでいます」
裕美「チアー?チアリーディングのチアー?」
クラリス「歴史を紐解けば、複数の存在が確認されています」
颯「前にもいたの?」
クラリス「はい。この能力により、時の指導者となった人物もいます」
奏「へぇ……」
クラリス「能力の強度は様々です。自他共に気づかない程度の場合もあります」
涼「例えば、どんな感じなんだ?」
クラリス「才能を伸ばす程度の場合もあります」
裕美「それなら、先生とかにもいるのかな」
クラリス「そうかもしれませんね。勉学の才能を少しだけ伸ばすなら気づかれません」
涼「だが、今回の相手はそういう類ではないな」
クラリス「ええ」
ちとせ「スーパーレッドは怪力だった」
裕美「人の才能を伸ばす、だけじゃないよね」
涼「人の枠を外れるまでに能力を高めるのか」
奏「それとも、能力を付加しているのかしら」
ちとせ「あるいは、眠っている力を目覚めさせるとか?」
クラリス「詳細はわかりませんが、こちら側に対抗できるような『チアー』の能力であることは間違いありません」
ちとせ「シスター、聞いていい?」
クラリス「どうぞ」
ちとせ「その『チアー』はどうして私達を狙うの?」
涼「問題はそこだな」
奏「そこまでの能力があるのなら使いようは幾らでもあるわ」
ちとせ「今の世でも教祖様になれる」
颯「どうしてなんだろう……」
裕美「でも、こちら側を敵視しているのは間違いない」
クラリス「ええ。『チアー』は普通の人間を目覚めさせ、こちら側を脅かしています」
颯「でも、能力を手に入れた人は」
奏「むしろ、こちら側じゃないのかしら」
颯「そうだよね……」
裕美「動機がわからないね」
奏「ええ、シスターの立場を奪いたいようには思えないし」
涼「そもそも、その知識があるとも思えない」
クラリス「そうであれば、接触してくるでしょう」
奏「真実はまだ闇の中」
裕美「ただ、わかってることがある」
ちとせ「私達が狙われていること」
涼「アタシらだけじゃない」
颯「はーみたいな人も狙われるかも」
クラリス「ええ。だから、ご協力ください」
裕美「うん」
クラリス「今回の『チアー』の脅威は2つです」
颯「2つ……」
クラリス「1つ目は、望まない人が望まない能力を得て巻き込まれること」
ちとせ「普通の人が巻き込まれちゃう、ってことね」
クラリス「2つ目は、こちら側が脅かされること」
奏「私達はまだいいけれど」
涼「隠れて暮らす存在も危ないってことか」
クラリス「『チアー』と共に脅威を排除し、この地に平穏をもたらしましょう」
ちとせ「わかった。千夜ちゃんに近づかれたらイヤだもの」
颯「はーも協力する」
奏「私も静かに暮らしたいわ」
クラリス「よろしいでしょうか」
涼「ああ」
裕美「わかってるよ。夜なら負けないから」
クラリス「吸血鬼が2人いる場で祝詞を唱えるのも不思議なものですが。美由紀さん、お手伝いを」
美由紀「はーい、立てる?」
クラリス「ありがとうございます。夜に生きていても、私達は神に疎まれし存在ではありません」
ちとせ「……」
クラリス「孤独に飲まれぬように。あなた方のこれからに光あらんことを」
97
幕間
タコ公園
友紀「おっ、良いボール投げるね!」
光「そうか?」
友紀「うんうん!将来有望だよ!よしっ、力一杯投げてみよう!」
光「よし!いくぞっ!」
友紀「ナイスボール!」
光「へへっ」
友紀「あたしもいくよ!腰落して!」
光「いいぞ!」
友紀「ピッチャー姫川、投げた!」
光「おお!100キロは出てたぞ!たぶん!」
友紀「……そんなもんだよね」
光「どうした?」
友紀「ねぇ、何か憧れはある?」
光「憧れ?」
友紀「そう、憧れ」
光「アタシはヒーローになりたい!」
友紀「ヒーロー?日曜日の朝にやってるような?」
光「ああ!」
友紀「憧れのためには何でもできる?」
光「ん?」
友紀「どんな状況でも強く願える?絶望的な状況でも?」
光「ヒーローは諦めないものだ!絶対に悪には負けない!」
友紀「悪じゃないよ、勝つのは」
光「どういうことだ?」
友紀「ま、いっか!こっち来て」
光「ああ、どうしたんだ?」
友紀「願うんだよ、自分が得たい力を。人間には可能性があるんだ、どんな可能性でも」
光「え、なんか……意識が」
友紀「がんばれ。夢はきっと叶うから」
光「……」
友紀「あれ?」
光「ちょっと、ボーっとしてた。なんだったんだ?」
友紀「あー、そっか。力は要らないんだ、必要なのはハート、結構リアリストなんだね」
光「ぶつぶつ言って、どうした?疲れたのか?」
友紀「もう大丈夫。なんでもない」
光「そうか?」
友紀「……補強できそうだったのに残念」
光「何か言ったか?」
友紀「何も言ってないよ!もう少しだけキャッチボールに付き合ってよ!」
光「ああ!」
友紀「君のヒーローの魂はホンモノだよ!小さな正義の味方、これからもがんばって!」
幕間 了
終
製作・ブーブーエス
次回予告
凪「はーちゃん、凪は許しません」
次回
久川颯「7人が行く・EX2・涙酒」
オマケ
P達の視聴後
CoP「ちとせさんはヴァンパイアのイメージですよね」
PaP「直球だな、珍しく」
CuP「そうですか?」
PaP「そうだろ、丸一日太陽を浴びせなくても暴れない感じだし」
CoP「はい。太陽が苦手そうですよね」
PaP「水と深夜の食事は平気か?」
CoP「アイドルなので深夜の食事は避けましょう。さすがに水で変身することはないと思います、たぶん」
CuP「なんですか、うちのアイドルをグレムリンみたいに」
PaP「お前が言いだしたことだぞ?」
おしまい
あとがき
せっかく7人が新登場しましたので、7人が行くの延長戦です。
2015年3月以来の続編です。この機会に読み返していただくと嬉しい。
時子を大学に残した時点でこの展開は頭にあったのだけれど、アイドル新登場を機に書いてみた。実は亜季と惠も在学中なので裏で色々動いていたりする。
既に予定の倍の長さですが、書きたいことも書ききれないので続きます。
次回は、
久川颯「7人が行く・EX2・涙酒」
です。
高峯のあの事件簿優先ですので、気長にお待ちください。
更新情報は、ツイッター@AtarukaPで。
それでは。
それと、7人が行くはフォー・ピースを応援しています。
復刻ロックスター アイチャレをぜひ。
資料
7人が行く・登場人物紹介
夢見りあむ
S大学看護学科の1年生。勉強はできるが、学校を続ける自信がない。何やら能力があるらしいが、今のところ詳細不明。
白雪千夜
S大学付属高校の2年生。家族を火事で亡くしたため、黒埼家に引き取られた。文武両道でお料理上手の秀英。
辻野あかり
S大学付属高校の1年生。父親が都内で働くことになったので、9月から転校してきた。いつでも明るく元気に振る舞える。
砂塚あきら
S大学付属高校の1年生。バイトとゲームに明け暮れている。やや冷めた性格だが、気遣いもできるタイプ。
久川凪
颯の双子の姉。幼い頃からあちら側の世界について調べていた。つかみどころのない性格。
久川颯
凪の双子の妹。幼い頃からあちら側の世界を受け入れて来た。素直で壁を作らない性格。
黒埼ちとせ
S大学付属高校の3年生。1年留年しているため、学年はりあむと同い年だった。吸血鬼に変質し、一足早く人生の延長戦に入った。
過去作からの引き続きの登場人物
財前時子
S大学の職員。同級生曰く、大学入学当初から性格はかなり軟化したとのこと。就任1年目ながら、強烈な手腕を発揮している。
学生時代はSWOW代表。全話に登場。第7話は彼女のメインストーリー。
江上椿
S大学の学生。カメラも好きだが、可愛い被写体はもっと好き。
裁縫部所属。第1話では若葉と同時に初登場した。第1話からあまり変わっていない。最終話ではSWOW解散時の写真も撮っている。
日下部若葉
S大学の学生。5体で1人の血を吸う怪物。実は植物としての特性も持つらしい。
第1話・第4話・第7話で登場した日下部若葉とは別人。故郷にはまだ別の日下部若葉がいるようだ。
ちなみに、あの美食公演は7人が行くより後。
多田李衣菜
S大学付属高校の3年生。フォー・ピースのリーダー。
第5話に登場。瞳子との出会いと別れを乗り越え、最終話ではEDテーマを披露。
望月聖
S大学付属病院に入院している患者。容態は劇的に回復しているとのこと。
第7話に登場。巻き戻る時間から時子と共に脱却し、前に進み始めた。
佐藤心
CGプロ所属のアイドルであり、魔法使い。自身の作った衣装に魔力を込められる。
第6話に登場。裕美にも衣装を提供しているが、それがマイディアヴァンパイアだったのは彼女の趣味。
仙崎恵磨
CGプロ所属のアイドル。CDデビューも果たし、上々なスタートを切った。
元SWOWのメンバー。全話に登場。鋭い勘と行動力で活躍していた。
クラリス
『シスター』。豊富な知識とアバドンと呼ばれる強力な能力であちら側の安定を保っている。
第4話以降で登場。視認したものを全て消滅させるというシンプルかつ強大な能力を持つ。
柳瀬美由紀
クラリスのアシスタント。子供のような見かけと言動をしている。
クラリスと共に第4話以降で登場。
松永涼
死神。死神から死を遠ざける条件と引き換えに、死神の仕事をしている。
第2話から登場。第4話では若葉に首を飛ばされても復活していた通り、死ねないようだ。
速水奏
天使。芽衣子によってこの世界に連れてこられたが、改心したようで人間の夫婦の元で穏やかに暮らしている。
第2話では殺人鬼を眺める傍観者、第5話では魂を奪う黒幕、最終話ではトラベラーへの復讐を狙っていた異世界の天使様として登場。
高垣楓
捕食者。自分より格下の相手は問答無用で捕食できる、あちら側の掃除屋。
第1話から登場。食べているか寝ているかのどちらかといった様子。
関裕美
吸血鬼。この世界に土着で存在する中では最高クラスの存在。
第4話に登場し、吸血鬼に変質した。家族には暗示をかけ、自分だけは夜の世界で暮らしている。
柳清良
S大学付属病院の看護師。内科病棟勤務。S大学看護学科卒なのでりあむの先輩にあたる。
第1話から登場。優と知り合いだったために、あちら側への関わりが増えて行った。
楊菲菲
中華料理屋を営む楊さんの娘さん。りあむには妙に懐いている。
楊さんのお店については第1話から言及がある。S大学には出前に来てくれる。
東郷あい
刑事課の警部。歪なほどに刑事としての使命に燃える美貌の女刑事。
第4話から登場。悪人ではないが、敵に回してはいけない人物。優からは初対面で嫌われていたりする。
藤原肇
刑事課の巡査。東郷あいのバディ。東郷あいと長く続く珍しい存在とのこと。
第4話から登場。あいとツーカーで時には強引に調査をすすめていく。
宣伝:
藤居朋「占い師探偵!」
藤居朋「占い師探偵!」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1515500359/)
東郷あいと藤原肇は同様な役柄でこちらの短編にも登場。全く同じ役柄ですが、7人が行くと同一世界ではありません。
資料 終わり
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません