太田優「7人が行く・公園の花の満開の下」 (167)

あらすじ
孤独と悪意の狭間に生まれた偶然が、少女と彼女を夜明け前の公園で引き合わせた。


7人が行く、の第5話。
各個人の設定は全てドラマ内のものです。

それでは、投下していきます。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1418202792

7人が行く・シリーズリスト

第1話
松山久美子「7人が行く・吸血令嬢」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1403002283

第2話
伊集院惠「7人が行く・狐憑き」
伊集院惠「7人が行く・狐憑き」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1406552681/)

第3話
持田亜里沙「7人が行く・真鍋先生の罪」
持田亜里沙「7人が行く・真鍋先生の罪」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1407499766/)

第4話
大和亜季「7人が行く・ハッピーエンド」
大和亜季「7人が行く・ハッピーエンド」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1410009024/)

メインキャスト

多田李衣菜

服部瞳子

SWOWメンバー

1・太田優
2・持田亜里沙
3・伊集院惠
4・大和亜季
5・財前時子
6・松山久美子
7・仙崎恵磨



花の満開の下

今年の藤棚は見事だった。

だが、私が眺めていたのは妻の横顔だった。ぽつりと「不気味ね」と言った口の動きが良く見えた。

「どうしてだい?今年の藤は見事だろう」率直な感想を返すと、あなたはいつも表面しか見ないのね、と言いたげな表情で妻が見て来た。

「花の下から何か出てきそうで」不安げに妻が言う。

「映画の見過ぎだよ」と、我ながら気の利かない返事だ。25年以上も子供もなくただ二人でいたのに。

「あら、あなただって思ってるでしょう。さっきから藤の花を見てないもの」同時に自分ですら気付かないことを相手に当てられる。

そう、やっと自分が感じているものを自覚する。不気味さ、だ。

藤棚の下には特に何もない。ベンチも置かれておらず、花と地面の間には何もない。

しかしながら、そこには空間がある。何も無い満開の下が存在する。

私と妻はそこに気づいていた。だからこそ。

空からひらりひらりと舞い落ちた白い羽根に目を取られた。その直後に。

誰もいなかった満開の下に。

美しい少女が立っていても、それが現実だと受け入れられた。

白い衣装に身を包んだ少女は、ぼんやりと頭上の藤の花を眺めていた。

その透き通るような瞳から涙が一筋落ちて、頬を伝い、滑らかな首筋へと落ちて行った。

感嘆した、隣にいる妻も同じことを思っていたに違いない。

それは孤独だった、なんと美しいカタチをした……

故に、私と妻は手を差し伸べて、この記憶は彼方へと消える。

「さぁ、帰ろうか。冷えてしまうよ」

「はい、お父さん」美しく育った娘の返事は明瞭だった。

序 了

多田李衣菜・1

多田李衣菜の自室

多田李衣菜「……まだ、こんな時間だ」

多田李衣菜
S大学付属高校の生徒。音楽が好きな女の子だが、最近悩みをかかえている。

まだ日も登っていない時間に起きた理由はわかってる。

早く寝たから。ギターの練習も、音楽を聴く気にもならなくて。

それと、気分が悪いから。

不貞寝はこの気持ちを楽にしてくれない。わかってるけど、そんなの。

音楽プレイヤーの電源を入れようとして、やめた。

どんな陽気な、音楽、では気分が落ち込みそうな気がした。

カーテンと窓を開けて、秋の冷たい空気を吸う。

散歩に行こう。冷たい空気があたしを落ち着かせてくれると、思って。

多田李衣菜・2

河川敷

川沿いにある公園は静かだった。

花壇の花が咲いていた。ちょっと暗くて、色鮮やかには見えない。

なんだか、疲れてきて、あたしは土手に座りこんだ。

空も気持ちも晴れない夜明け前。

ため息を吐いて俯いた私に、声はかけられた。

多田李衣菜・3

服部瞳子「おはよう」

服部瞳子
李衣菜が夜明け前の公園で出会った女性。長身の美女。

李衣菜「……おはようございます」

瞳子「隣、座ってもいいかしら」

李衣菜「……どうぞ」

瞳子「ありがとう。それじゃ失礼するわね」

李衣菜「……」

瞳子「……」

李衣菜「……あの」

瞳子「話したくないなら、無理に話さなくてもいいのよ」

李衣菜「……なら、そうします」

瞳子「ええ」

多田李衣菜・4

瞳子「そろそろ時間だから帰るわね」

李衣菜「あの……何をしに来たんですか、こんな時間に」

瞳子「何も。私はこの時間のこの場所が好きなだけ」

李衣菜「……変な人」

瞳子「そっちはそうじゃないみたいね」

李衣菜「……」

瞳子「またね」

李衣菜「……さようなら」

瞳子「ちゃんと、帰るのよ」

李衣菜「わかってま……あれっ?」

李衣菜「もういない……誰なんだろ、あの人」

李衣菜「……またね、か」

太田優・1

夕方

SWOW部室

SWOW
セブン・ワンダーズ・オブ・ワールドの略称で、名目上旅行サークル。おかしなことを調べるのが最近の活動内容。

太田優「はいっ、完成☆どうかなぁ?」

太田優
SWOWメンバー。メイク、カットなどを得意とする愛犬家。

仙崎恵磨「おっしゃ!バッチリだよ!」

仙崎恵磨
SWOWメンバー。白く染めた短髪がトレードマークのパワフル女子。

優「良かった☆人の髪を切るの久しぶりだったから緊張しちゃったぁ♪」

松山久美子「あら、終わったのね」

松山久美子
SWOWメンバー。髪も美しい。

恵磨「久美子ちゃん、これ、バッチリっしょ!」

久美子「ええ。カットもカラーもお店レベルじゃない?」

優「ホント?」

久美子「嘘をついてもしょうがないでしょ」

財前時子「ただいま」

財前時子
SWOW代表。滑らかな長髪をしているが、本人は特にどうとも思っていない。

恵磨「おかえりー!」

時子「無駄に元気ね、恵磨」

恵磨「優ちゃんに切ってもらったんだ、似合う?」

時子「似合うって、いつもと同じじゃない」

恵磨「それはそうだけどさ」

時子「美容院と同じに出来るレベルなのね。やるわね、優」

優「あはっ、褒められちゃったぁ♪」

時子「次はお願いしようかしら」

優「任せて☆アッキーとお揃いにしてあげるからぁ」

久美子「アッキーとお揃いの時子ちゃん……」

恵磨「いいよっ!ロックじゃん!」

時子「……」

優「冗談だってぇー」

時子「冗談以外は洒落にならないわよ、まったく」

優「毛先とか切ってあげるねぇ」

時子「ええ」

久美子「ところで、そのファイルは何?」

優「なんかの資料?」

時子「大学がくれたわ」

恵磨「大学が?」

時子「ええ。変な訴えがあった時のメモらしいわ」

優「変な、ってどんな?」

時子「幽霊を見たとか、そんな話よ」

久美子「ということは」

優「知られてるってこと?」

恵磨「変なことに首突っ込んでるのを?」

時子「そうなんじゃないの。亜里沙と適当に丸めこむ理由は考えておくわ」

恵磨「よろしくっ」

時子「まぁ、暇つぶしにでもなるわ」

久美子「そうね。本物が紛れてる可能性はあるものね」

優「うん」

恵磨「あんなの見せられちゃうとね」

優「ねぇー」

伊集院惠「ただいま」

大和亜季「ただいまであります!」

伊集院惠
SWOWメンバー。メンバーで一番の長髪。

大和亜季
SWOWメンバー。たまに洗いざらしで登校する。

恵磨「おかえりー。院試の結果はどうだった?」

惠「つつがなく」

亜季「二人とも無事に合格であります」

時子「それは良かったわ」

優「来年からも頑張ってねぇ」

惠「ええ。私達はこれからが本番だもの」

時子「……」

久美子「どうしたの、時子ちゃん?」

時子「いいえ。何でもないわ」

恵磨「めでたいね!よっしゃっ!」

亜季「おお、恵磨殿、気合いが入っておりますな」

時子「うるさいだけよ」

恵磨「せっかくだし、お祝いに行こうよ!そろそろ夜だしさ!」

久美子「そうね」

優「どこがいいかなぁー」

恵磨「あそこにしよう、ほら、前に言ってたじゃん」

優「あのお鍋のお店?うん、いいねー」

久美子「奥の座敷席借りれるかな?」

恵磨「電話で聞いてみようか」

惠「なんか勝手に決まってるわ」

亜季「行かないでありますか?」

惠「もちろん行くけど」

時子「よろしい。ファイルは置いといて、行くとしましょう」

優「でも、待ってぇ」

恵磨「優ちゃん、何か問題でもあるん?」

優「亜里沙ちゃんを忘れちゃだめでしょー」

恵磨「あっ、そう言えばいないね」

久美子「心なしか、そこのウサコが怖いんだけど」

ウサコ
持田亜里沙が愛用しているパペット。養護施設などの慰問で利用しているとのこと。

惠「生きてるかもしれないわ」

亜季「……冗談でありますよね?」

惠「……」

恵磨「ホントなの?」

惠「冗談よ、もちろん」

時子「あなたが冗談を言うと怖いわ。控えなさい」

惠「ええ。そうするわ」

久美子「亜里沙ちゃんは来るって?」

優「うん。用事が終わったらここに来るって言ってたよー」

時子「なら、待つわ」

恵磨「早く来ないかなー」

久美子「もしかして、恵磨ちゃんは髪お披露目したいだけ……?」

太田優・2

某居酒屋の座敷個室

持田亜里沙「もう一杯ウサー!」

持田亜里沙
SWOWメンバー。小学校教諭のタマゴ。未来予想図は落ち着いた優しいせんせい……アルコールが入ってなければ。

恵磨「おっ!今日はいくね!ささ、どーぞ」

亜里沙「うふふん♪いただきまーす♪」

久美子「今日はまた随分と……」

亜季「……何があったでありますか?」

時子「まだ教員採用試験の結果が出てないのよ」

優「うんうん。亜里沙ちゃんだからぁ、絶対に大丈夫って皆言ってるんだけどね」

亜里沙「信頼ならないウサー!人間は嘘つきウサ」

優「大丈夫だってぇ。試験出来たんでしょー?」

亜里沙「……うん」

優「自信持って、亜里沙ちゃんは、ぜっーたい先生に向いてるからぁ♪」

時子「そうよ。自信を持ちなさい。あなたもそう思うでしょう、惠?」

惠「うふふ……」

時子「惠?」

惠「……はっ、何か言った?」

時子「ねむたそうね」

亜季「顔が真っ赤であります。少しペースが速かったでありますか?」

亜里沙「大和亜季!」

亜季「はい!って、突然名前を呼ばないで欲しいであります」

亜里沙「貴官はウサコの酒が飲めないのか!」ドン!

優「あ、ちょっとこぼれた」

亜季「なんでそんな口調でありますか!?」

亜里沙「グスン……飲んでくれないんですかぁ?」

時子「また変わったわ」

亜季「いや、そういうわけじゃ……」

亜里沙「えええーん、誰もこの不安をわかってくれないの……」

亜季「不安なのでありますな。わかりました、付き合うでありますよ」

亜里沙「それじゃ、飲みましょ。かんぱーい!」ゴッゴッゴ

亜季「はやいであります……」

恵磨「ちなみに言っておくけど、これに付き合って惠ちゃんはつぶれたから」

惠「……すーすー」

時子「惠、寝るのは構わないけど私にもたれかかるのはやめなさい」

惠「……」ダキッ

優「あはっ、らぶらぶだー」

時子「ちょっと、惠!離しなさい」

惠「……やだー」

久美子「そんな声出せるんだ、惠ちゃん」

恵磨「だって、時子ちゃん」

亜里沙「仲良くて羨ましいウサ」

時子「あなたが元凶でしょう、亜里沙!自重しなさい」

亜里沙「はーい♪次はぁ、梅酒にするー!」

惠「むにゃむにゃ……」

時子「久美子、優、恵磨、亜季」

久美子「なに?」

時子「亜里沙をとめなさい。亜里沙が私達の唯一の良心なんだから、なくすわけにはいかないわ」

恵磨「何気に酷いこと言ってるよね」

優「うん」

久美子「でも、確かにそろそろ止めましょうか」

亜里沙「ウサコちゃん、私、私……」

亜季「泣きはじめるのはまずいでありますな」

優「よしよし、亜里沙ちゃん、お水で落ち着こうねぇ」

亜里沙「そもそも!」タン!

久美子「急に立ち上がると危ないわよ」

恵磨「座って座って」

亜里沙「そもそも、優ちゃんが悪いんですっ」スタッ

優「え、あたし?」

亜里沙「もぉ、なんで先生にならないとかぁ、もう!一緒になろう、って言ってたのに!」

恵磨「あ、結構寂しかったんだ」

優「ごめんね、亜里沙ちゃん」

亜里沙「でも、わかってるの。好きなことやってね、優ちゃん……」

優「ありがとー。亜里沙ちゃんもね」

亜里沙「だから、愚痴ぐらい聞いてね」

優「うん、いっぱい話して」

亜里沙「優ちゃん!」

優「亜里沙ちゃん!」ダキッ

久美子「抱き合ってる」

時子「見ればわかるわよ」

優「よしよし、亜里沙ちゃん……亜里沙ちゃん?」

亜季「おや、ついに停止したようでありますな」

恵磨「スイッチ入ると凄いよね、亜里沙ちゃん」

亜季「スイッチというかアルコールであります」

時子「お手柄ね、優」

亜里沙「スースー……」

優「大丈夫だよ、亜里沙ちゃんはずっと頑張って来たから……」ポンポン

時子「だいぶ遅くなったわね」

久美子「二人は寝てるし、そろそろお開きにしましょうか」

多田李衣菜・5

李衣菜「……おはようございます」

瞳子「あら、今日も来たのね」

李衣菜「隣、座っていいですか」

瞳子「どうぞ」

李衣菜「いつもいるんですか?」

瞳子「最近はこの時間にはいるわ。秘密よ」

李衣菜「秘密?」

瞳子「なんでもない。好きだから来る、それだけなの」

李衣菜「好きだから……」

瞳子「花って夜寝てるのは知ってる?」

李衣菜「寝るんですか?」

瞳子「花は閉じて、この時間に開くのよ。少しずつ花開いて行くこの時間が私は好きなの」

李衣菜「……そうですか」

瞳子「あなたは、何か好き?」

李衣菜「私は、お……」

瞳子「お?」

李衣菜「……なんでもないです。好きなものは、特にはなくて」

瞳子「嘘」

李衣菜「……」

瞳子「楽器の練習してるでしょう?」

李衣菜「……え?」

瞳子「当たったみたいね」

李衣菜「……はい」

瞳子「指に傷をつけてまでやってるなら、それは好きなんじゃないかしら」

李衣菜「でも、上手くならなくて」

瞳子「そう。上手くないとやっちゃいけないの?」

李衣菜「……」

瞳子「よいしょ。戻らないと、またね」

李衣菜「……さようなら」

太田優・3

翌日

SWOW部室

惠「それじゃ、行ってきます」

優「いってらっしゃーい♪」

久美子「研究、がんばってね」

惠「ええ」

時子「潰れてたわりには元気にしてるわね」

恵磨「前から回復は早いタイプだもん」

久美子「そうね。でも、今日から研究室に行くなんて真面目だよね」

優「まだ夏休み終わってないのにねぇー」

時子「やりたいことをやるだけなのよ。辛いことでもなんでもないんでしょう」

恵磨「うんうん。前から言ってたしさ」

亜里沙「……うう」

時子「それで、こっちはアルコールが残ってるみたいね」

久美子「お水、飲んでね」

亜里沙「ありがとう……」

優「大丈夫?」

亜里沙「うん。吐き気はしない、かな……」

恵磨「明らかに覇気がないね」

久美子「いつも元気なのにね」

時子「今日はゆっくりしてなさい。いいわね?」

亜里沙「はい、時子ちゃん」

時子「よろしい。恵磨も騒ぐんじゃないわよ」

恵磨「なんで、アタシ指定なのさ?」

久美子「だって、ね」

優「ねぇー」

恵磨「わかった、静かにしてるよっ」

久美子「亜里沙ちゃん、今日は予定ないの?」

亜里沙「うん……ないよね?」

優「大学関係のはないよー」

時子「そう。なら、気がねなく休んでなさい」

亜季「ただいまであります」

久美子「おかえり。なに、その荷物?」

恵磨「リュックサック?」

亜季「ええ。これで気兼ねなく夏休みを満喫出来るであります。あとは、これを持って、と」

優「サバゲーに行くの?」

亜季「はい。久々なので血沸き肉踊る気分であります」

久美子「気をつけてね」

亜季「ええ。それでは、行ってくるであります!」

恵磨「いってらっしゃーい」

久美子「天気も良いし、お出かけびよりかもね」

時子「そうね」

久美子「……亜里沙ちゃん、今日は行かないから裾つかまなくても大丈夫よ」

多田李衣菜・6

李衣菜「おはようございます」

瞳子「おはよう。よく眠れた?」

李衣菜「……」フルフル

瞳子「はやく起きるの?」

李衣菜「はい」

瞳子「そう……だから、この時間にいるのね」

李衣菜「……そうです」

瞳子「悩み事でもあるのかしら」

李衣菜「……」

瞳子「ねぇ、音楽は好き?」

李衣菜「私は……」

瞳子「他の誰も聞いてないわ。いいのよ、本音で」

李衣菜「……好きです」

瞳子「なら、それでいいんじゃないかしら」

李衣菜「それでいい、ってどういうことですか」

瞳子「それだけでいいんじゃない。好きなだけで」

李衣菜「それじゃ、嫌なんです!」

瞳子「……」

李衣菜「……ごめんなさい」

瞳子「謝ることはないのよ。私こそごめんなさい、真剣だったのね」

李衣菜「……真剣なんかじゃ」

瞳子「本気で見つめてないものには悩まない。あなたは本当に音楽が好き、でしょう?」

李衣菜「……そうなんでしょうか」

瞳子「私は知らない。あなたが知ってるはず」

李衣菜「……」

瞳子「名前を聞いてもいいかしら」

李衣菜「私の、ですか」

瞳子「ええ。私は服部瞳子。目の瞳でトウでコは子供の子」

李衣菜「私は、多田李衣菜って言います。リは李白とかの李で、イは衣服の衣、ナは安部菜々さんの菜です」

瞳子「アベナナ?」

李衣菜「あっと、知らなかったか、えっと、菜っ葉の菜です」

瞳子「李衣菜ちゃん、ね」

李衣菜「あの、服部さん」

瞳子「瞳子でいいわよ」

李衣菜「じゃあ、瞳子さん」

瞳子「なに?」

李衣菜「また、明日来てもいいですか」

瞳子「ええ。待ってる」

李衣菜「ありがとうございます。明日には、ちゃんと……」

瞳子「ちゃんと?」

李衣菜「なんでもないです。また、明日」

瞳子「ええ。また明日」

太田優・4

翌日

SWOW部室

時子「あら、他の人は?」

久美子「優ちゃんはさっき出かけて行ったよ」

恵磨「アッキーと公園で遊ぶんだって」

久美子「亜季ちゃんは泊まりがけだし、惠ちゃんは研究室かな」

時子「亜里沙は?」

恵磨「図書館にいるよ。何か調べ事があるって」

久美子「何を調べてるのかしら?」

恵磨「なんか、妖怪がどうたらこうたら」

時子「妖怪?」

久美子「何か、変な噂でも聞いたのかしら」

恵磨「違うと思うよ。たんなる興味だと思う」

時子「そう」

コンコン

涼宮星花「失礼いたします」

涼宮星花
S大学の学生。クラシック研究会所属。好奇心旺盛なお嬢様。

久美子「こんにちは」

時子「何かご用かしら」

星花「大学からの連絡ですわ。こちらをどうぞ」

時子「恵磨、受け取りなさい」

恵磨「ほいほい……不審者?」

星花「はい。後をつけられたりするそうですので、お気をつけてくださいな」

時子「物騒ね」

久美子「ありがとう、星花さん」

星花「いえいえ。千秋さんに大学が配りなさい、と押しつけられたものをお手伝いしているだけですわ」

時子「……大学職員が配りなさいよ」

恵磨「遅くまでいることも多いし、気をつけないとね」

星花「ええ。皆様もお気をつけて。それでは、失礼いたします」

ガチャン

久美子「……」

時子「で、これはどうなのかしら」

恵磨「人間じゃない可能性はあるの?」

久美子「とりあえず、千秋さんではないわ」

時子「涼宮星花には隠せているようね」

恵磨「うん。ますます大学内の人気は上昇中だし。ミスコンに出てくれ出てくれ、うるさいらしいよ」

時子「出ないでしょうね」

久美子「うん、音葉さんもそう言ってた」

時子「梅木音葉からは何か聞いてるのかしら」

久美子「何もないそうよ。最近忙しいから会えてないみたいだけど」

時子「芸能活動は順調のようね」

恵磨「CD出したもんね。半年も経ってないのに」

久美子「ええ。でも、音葉さんなら当然かも」

時子「梅木音葉は思った通りだわ。話を戻しなさい」

恵磨「千秋ちゃんの件だけど、そもそも元凶いなくなったじゃん」

時子「それもそうね。なら、この不審者の正体は?」

久美子「ただの人間じゃないかしら。どこにでもいる中肉中背の男性みたいだし」

恵磨「吸血鬼ではない……よね?」

時子「夕方にも出てる。違うわ」

久美子「本物は凄い太陽光に反応するらしいもの」

恵磨「それじゃ、どうする?」

久美子「どうもしない。皆に気をつけるように、メールだけ送っておきましょう」

時子「頼むわ。でも、そうねぇ」

恵磨「どうしたん?」

時子「ファイルを放置してたわ。少しずつ調べることにしましょう。久美子、ファイルを取って」

久美子「はーい。この大学からもらったやつね」

太田優・5

根高緑地公園・ドッグラン

根高緑地公園
河岸にある公園。河川敷のグラウンドや、ドッグラン、遊具、バーベキュー場など備える。

優「アッキー♪」

アッキー「わん!」トトトト

アッキー
太田優が溺愛している愛犬。品種はビション・フリーゼ。その中でも小さい方。優によっておなじみのカットがされている。

優「うふふ♪元気だねぇー」

水木聖來「やっほー、アッキーのお姉さん」

水木聖來
優の愛犬家仲間。わんこ、という名前の大型犬の飼い主。

優「あ、わんこのおねえさん、やっほー♪」

聖來「よしっ、行って来いわんこ!」

わんこ「はっはっ」タッタッタ

わんこ
聖來が拾って来たわんこ。

優「わんこのおねえさん、今日はお休み?」

聖來「そうだよ。そっちは?」

優「まだ、夏休みー」

聖來「そっか、大学生だもんね」

優「うん♪最後の夏休みだから、楽しまなくちゃ」

聖來「あ、アッキーだ!こんにちはー」

アッキー「……」

聖來「こっちおいでー……行っちゃった」

優「あはっ、照れてるかのもー」

聖來「わんこなら飛びついてくるのに」

優「そうなの?呼んでみよー、わんこー!」

わんこ「ばうっ!」

優「うふふ、くすぐったいよ♪」

聖來「わんこ、そんなにひっつかない!」

わんこ「?」

聖來「とぼけた顔して、このー。ほら、ボールあげるからアッキーと遊んでおいで!」ポーイ

わんこ「わん!」

優「わんこはなつっこいよねー。アッキーてばシャイだからぁ☆」

聖來「うんうん。でも、あったかくていいねー」

優「ねー。最近、人も多いしぃー」

聖來「土日とか来ると、ピクニックしてる子とか多いよ」

優「そうなんだぁ」

聖來「今度来て見れば?お友達が増えるかも」

優「うん、来て見るねぇ。大学の友達と来ようかなぁー」

並木芽衣子「こんにちはー!」

並木芽衣子
大きな帽子がトレードマークの女性。古ぼけた大きなパラソルとトランクを所持。

聖來「こんにちは!」

優「こんにちはー。はじめまして、かなぁ?」

芽衣子「はい。はじめまして」

優「うーん、どこかで会ったようなぁ」

芽衣子「気のせいですよっ。あの、私はこういう、あれっ?」ゴソゴソ

聖來「なんか、一杯入ってるね」

優「なんか、落ちたよー。なんか、凄い色したトカゲみたいのが」

芽衣子「おかしいなぁ、このカバンに入れたんだけど……あ、あったあった!」

優「このトカゲなぁに?」

芽衣子「それはスペインで買ったガウディリスペクトの偽物。いる?」

優「うーん……いらない」

芽衣子「だよねー。はい、私はこういうものです」

聖來「頂戴いたします。えっと、並木芽衣子さんでございますね?」

芽衣子「はい、並木芽衣子です。よろしくお願いしまーす」

優「職業は旅人?」

芽衣子「その通り」

聖來「旅人?旅費とかはどうしてるの?」

芽衣子「ああ、それはね……これこれ」

優「トランク?」

聖來「何が入ってるの?」

芽衣子「雑貨とかだよ。これを売ってるんだ」

優「へぇー」

芽衣子「それで、聞いていい?」

優「なにかなぁ?」

芽衣子「ここって、人が一杯来るの?」

聖來「うん。土日とか凄いよ」

優「お天気もいいしぃ、次の土日とかいるんじゃないかなぁ?」

聖來「後は、ホームレスのおじさんとかもいるよ」

芽衣子「ふーん。ふむふむ」

優「何か気になることでもあるの?」

芽衣子「ないよ。ありがとう。あのわんちゃん達は二人の?」

優「そうだよぉー。小さい方がアッキー」

聖來「大きい方がわんこ」

芽衣子「それじゃ、お礼にこれをあげるね」

優「なんかブチャイクな緑の人形だねぇ」

聖來「うん、ブサイク」

芽衣子「犬が噛んでも簡単には壊れないんだー」

聖來「ほんとだ。適度に弾力があって頑丈」

優「こんなのどこで買ってくるの?」

芽衣子「それは空の上で取って来たんだ」

聖來「空の上?」

芽衣子「冗談冗談。それは日本のメーカーが作った売れ残りだよ」

優「あ、アッキー、興味ある?」

アッキー「わん!」

優「はいどーぞ。大切に遊んでねぇ」

アッキー「……」ガブガブ

芽衣子「気にいったみたいだね!それじゃ、またね~」

聖來「ばいばーい」

優「ばいばーい」

聖來「ねぇ、アッキーのお姉さん」

優「なに?」

聖來「あれ、そんなに噛み心地いいのかな?」

わんこ「……」ブンブン

優「そうみたいだねぇ。面白いもの持ってそうだし、土曜日にでも来てみようかなぁー」

太田優・6



SWOW部室

優「ただいまぁー!」

時子「お帰り」

亜季「お帰りであります」

優「あ、帰って来たんだねぇ。サバゲーはどうだった?」

亜季「負け越しであります。強豪相手に良い所まで行ったのでありますが」

恵磨「おっす。優ちゃん、お帰りー」

優「ただいま。それ、なーに?」

恵磨「煮物。亜里沙ちゃんが作ってくれたんだ」

亜季「図書館で本を眺めていたら作りたくなったとか言っておりました」

時子「いいニオイがするわね。ご飯も炊けたのね」

亜里沙「おまたせっ!ご飯にしましょうね」

優「そのご飯、炊きたて?」

恵磨「そうだよ、土鍋で炊いてたんだよ」

亜里沙「優ちゃん、お帰り!ご飯食べる?」

優「うん♪」

亜里沙「準備するから待っててね!」

太田優・7

SWOW部室

亜里沙「ごちそうさまでした!」

時子「ごちそうさま」

亜里沙「さて、お片づけしましょうか♪」

時子「もう少し休んでなさい。恵磨」

恵磨「お茶淹れてくるっ。ほら、亜里沙ちゃんは座ってて」

亜里沙「うん。お願いね」

亜季「そういえばお土産を買って来たであります。準備をしてきます」

優「なにかなぁ?」

時子「さぁね。出てきてからのお楽しみよ」

亜里沙「そうですね」

時子「亜里沙、だいぶ落ち着いたかしら?」

亜里沙「試験は終わりましたから。後は、信じます」

時子「それがいいわ」

優「ねぇねぇ、今日は何かしてたの?」

時子「なんでそう思うのかしら」

優「貰ったファイルの上に紙が増えてるよねぇ」

時子「ええ。少しだけ調べてみたのよ」

亜里沙「調べ始めてるの?」

時子「そうね。簡単に解決にしそうなところから」

優「成果はあった?」

亜里沙「ニセモノは省けた?」

時子「昼に何もしてないのに良くわかるわね。そうよ、ニセモノを消していったわ」

亜里沙「どんなものですか?」

時子「あからさまな嘘と酔っぱらいの証言を消しただけよ」

優「ふーん」

亜里沙「調査はこれから?」

時子「そうよ」

亜里沙「気になった事件とかある?」

時子「そうねぇ……失語症の噂とか」

優「失語症?」

時子「ある日、急に話せなくなるとか」

亜里沙「それが気になってるの?」

時子「恵磨がそう言うのよ、気になるって」

恵磨「お茶入ったよー」

亜季「お煎餅も持ってきたであります」

亜里沙「ありがとっ♪」

恵磨「テレビつけていい?」

時子「好きになさい」

恵磨「ありがと。ポチッとな」

テレビ『安部菜々さんでしたー』

安部菜々『はぁはぁ、あ、ありがとうございましたー!』

安部菜々
ウサミン。ウサミン星人で永遠の17歳。CGプロ所属。

恵磨「あらら、ウサミンの番は終わっちゃったか」

時子「ねぇ、恵磨」

恵磨「なに?」

時子「なんで、失語症の噂が気になるのかしら」

恵磨「さっきも言ったじゃん、なんとなくだよ」

亜里沙「特に理由はないんだ。あ、このお煎餅美味しい」パリパリ

亜季「お口にあって良かったであります」

優「でも、恵磨ちゃんのカンって当たるよねぇ」

時子「そうかしら?」

恵磨「アタシはそう思わないけど」

亜里沙「そうなの?」

恵磨「当たるなら、もっと色々当ててるよ」

亜季「それもそうでありますな」

テレビ『続いて、今日のスペシャルゲスト、我那覇響ちゃんです!』

我那覇響『はいさーい!』

我那覇響
765プロ所属のアイドル。動物好きで有名。

恵磨「今日のゲストは響ちゃんかぁ」

優「今日は可愛い衣装着てるねぇ」

亜里沙「あら、ほんと」

恵磨「マイディアヴァンパイアって衣装だねっ!評判いいよ!」

時子「へぇ」

響『なになに、ハム蔵?ふむふむ』

亜季「恵磨殿聞きたいことがあるでありますが」

恵磨「なに?」

亜季「この我那覇響殿は動物と本当に話しているでありますか?」

亜里沙「うーん、どうなの?」

恵磨「直接会ったことがないからわかんない」

優「あたしもアッキーと話せたらいいのにねぇー」

恵磨「いいかもね!響ちゃんは本当に話せるんじゃないかな?」

時子「どっちでもいいわ。動物と話せるぐらいじゃ驚かないわよ」

亜里沙「うん、そうね」

響『それじゃ、聞くさー!我那覇響で、きゅんっ!ヴァンバイアガール!』

恵磨「たったったたたた……」

優「あっ、そうだ」

時子「なによ、優」

優「ねぇ、ピクニックに行こうよー」

亜里沙「ピクニック?」

亜季「暖かいでありますからな」

時子「いいわよ」

優「ホント?」

時子「嘘ついてどうするのよ」

亜里沙「ここにはいないけど、久美子ちゃんと惠ちゃんの予定があう日に行きましょうね」

優「うん♪アッキー連れてくるからねぇ」

恵磨「ルビーの瞳、濡れたまつ毛の……」フンフン

時子「ええ。予定ぐらい聞いておいてあげるわ」

優「うふふ。楽しみー♪」

多田李衣菜・7

瞳子「おはよう」

李衣菜「おはようございます、瞳子さん」

瞳子「今日は良く眠れた?」

李衣菜「うん。ちゃんと早く寝て、起きて来ました」

瞳子「そう」

李衣菜「瞳子さんも早寝なんですか?」

瞳子「ええ」

李衣菜「お仕事の関係ですか?朝早いとか、あっ、お花屋さんとかですか?」

瞳子「……そうね」

李衣菜「どうかしましたか?」

瞳子「なんでもないわ。それより、今日はいい表情をしてるわ」

李衣菜「私がですか?」

瞳子「ええ」

李衣菜「あの、瞳子さん」

瞳子「なにかしら」

李衣菜「私、音楽が好きです」

瞳子「ふふ」

李衣菜「あの、おかしかったですか?」

瞳子「いいえ……羨ましい」

李衣菜「羨ましい……?」

瞳子「好きなものは好きでいてね。好きでい続けて、諦めなければ、きっと報いてくれるはずよ」

李衣菜「そう、ですよね」

瞳子「あなたの話を聞かせてもらえる?」

李衣菜「はい!」

多田李衣菜・8

李衣菜「えっ、瞳子さんって歌手だったんですか?」

瞳子「昔の話よ」

李衣菜「すごい!」

瞳子「……でもやめたの」

李衣菜「美人でスタイルもよくて、声も魅力的なのに……」

瞳子「私に才能も努力も足りなかったの。それだけ」

李衣菜「あの、歌手の仕事は好きでしたか?」

瞳子「……きっと、好きじゃなかったのね。だから、辞めたのだと思うわ」

李衣菜「本当、ですか」

瞳子「そうよ。だから、あなたはそうならないでね」

李衣菜「違うと、思います。だって」

瞳子「いいえ。これは本当よ。本当なの」

李衣菜「……」

瞳子「いつか、あなたの歌を聞かせて」

李衣菜「はい」

瞳子「今日って何曜日?」

李衣菜「金曜日です」

瞳子「それだと、21日ね。もう9月21日なのね……」

李衣菜「21日……?」

瞳子「そろそろ、戻るわ。またね、李衣菜さん」

李衣菜「はい、また明日。あの、瞳子さん」

瞳子「なに?」

李衣菜「もっと、話を聞かせてもらっていいですか?」

瞳子「……ええ、もちろん。また明日」

李衣菜「また、明日」

太田優・8

SWOW部室



時子「優」

優「なーにぃ?」

時子「昨日の話だけど」

優「昨日?えっと、大学に押し付けられたファイルの話だっけ?」

時子「違うわ」

優「それじゃ、響ちゃんが動物と話せるかどうか?」

時子「そんなことじゃないわよ。ピクニックの話よ」

優「あっ、ピクニック!予定聞いてくれたー?」

時子「ええ。天気が良ければ明日、土曜日にしましょう」

優「うん♪準備をしなくちゃ☆」

時子「そうね。シートはあったわね?」

優「あるよー。パラソルとかもあるよ」

時子「なら、買いに行くのは食べ物くらいかしらね」

優「どうしようか?」

時子「そのうち、久美子と亜里沙が来るわ。相談するとしましょう」

優「わかった。美味しいパン屋さんがあるから、紹介するねぇ」

時子「それで」

優「ん?何かあるのぉ?」

時子「アッキーは連れてくるのかしら?」

優「連れてくよー。そんなに会いたい?」

時子「そんなんじゃないわ。聞いてみただけ」

優「ふーん」

時子「何よ、その顔は」

優「なんでもなーい♪」

多田李衣菜・10

S大学付属高校・李衣菜の教室

李衣菜「うーん?」

冴島清美「難しい顔してどうしたんですか?」

冴島清美
李衣菜のクラスの委員長。清く正しい学生生活を!がモットー。

李衣菜「あっ、委員長」

清美「今日は顔色は良いですね。授業中も寝てないみたいですし」

李衣菜「あはは……」

清美「大方、音楽でも聞いて夜更かししていたんです。ほどほどに」

李衣菜「……」

清美「それで、なんで難しい顔してたんですか」

李衣菜「え?」

清美「難しい顔してるのは、なんでかって聞いてるんです」

李衣菜「そんな顔してた?」

清美「はい」

李衣菜「なんでもないよ、なんでも」

清美「悩みを解決するのも委員長の仕事です。言ってみてください」

李衣菜「……それじゃ、聞いていい?」

清美「どうぞ!」

李衣菜「今日って、何月何日の何曜日?」

清美「9月20日金曜日です。ついでに2013年、明日から3連休です」

李衣菜「やっぱり間違えたのかな」

清美「何がですか?」

李衣菜「ねぇ、委員長、日付を間違えるのってどんな時?」

清美「曜日だけを意識してると忘れがちですね。さっきもカレンダーを見ないと言えませんでした」

李衣菜「そうだよね。日付って覚えてないよね」

清美「何事も確認が大切なんです」

李衣菜「ありがと、委員長」

キーンコーンカンコーン……

清美「授業が始まりますね。今日は居眠りしないように!」

李衣菜「わかってるって」

太田優・9

SWOW部室



亜里沙「よしっ!」

恵磨「亜里沙ちゃん、お弁当の下拵え、これで終わり?」

亜里沙「うん。後は、朝に仕上げをしてから行きましょうね」

時子「惠は?」

久美子「あれ、部室にいない?」

優「いないよぉ。どこに行ったのかなぁ?」

恵磨「帰った?」

亜季「帰ってはないであります。トイレでありましょうか」

時子「乗せられるものは乗せておくわよ」

亜季「了解であります」

ガチャ

惠「車、下につけてきたわ」

時子「あら、気が利くじゃない」

久美子「パラソルとか持ってきましょうか」

恵磨「アタシがやるよっ!これだけだよね?」

優「うん、そうだよー」

時子「一人で運ぶには多いわね。亜季と惠も手伝いなさい」

惠「わかったわ」

亜季「さて、どれを運ぶでありますか」

亜里沙「ねぇ、優ちゃん」

優「なーにー?」

亜里沙「バスケットの準備を手伝ってもらっていい?」

優「うん。バスケットはどこだっけ?」

久美子「あの棚、だったかな?」

時子「私に聞かれても覚えてないわよ。探してみなさい」

優「はぁーい」

久美子「ふー。これで準備はひと段落かな?」

時子「そうね。なら、久美子」

久美子「なに?」

時子「お湯でもわかして、お茶の準備でもしなさい」

亜里沙「明日は紅茶を持っていくから、それ以外でねー」

時子「だそうだから、コーヒーでも淹れて」

久美子「ええ」

多田李衣菜・11

根高公園

夜明け前

李衣菜「休みの日に早起きすると、得した気になるなー」

李衣菜「そうだ、明日はギターを持ってこよう」

李衣菜「瞳子さん、ロックとか歌えるのかな」

李衣菜「今日、聞いてみよう」

李衣菜「まぶしい……もう日の出かぁ」

李衣菜「……あれ?」

李衣菜「瞳子さん、なんで来ないんだろ……」

李衣菜「……また明日って言ってたのに」

多田李衣菜・12

根高公園

日野茜「おはようございます!」

日野茜
近くの交番勤務の巡査。ただいま早めの土曜日出勤途中。

李衣菜「お、おはようございます、警察官さん」

茜「何かお困りですか!?」

李衣菜「え、別に大丈夫かな」

茜「いえいえ、何かお探しではありませんか?」

李衣菜「……人を待ってたんだけど」

茜「人、誰ですか?」

李衣菜「服部瞳子さん、っていう背が高くて綺麗な人なんだけど見かけませんでしたか?」

茜「うーん、見ておりません!」

李衣菜「そうですか……」

茜「探しましょうか?」

李衣菜「いいえ、今日は都合が悪くて来れなくなったんだと思う。この時間が好きな人だから」

茜「そうですか、わかりましたっ。本官は交番へ急ぎます!今日も一日お元気で!」タッタッタ!

李衣菜「元気だなぁ……」

李衣菜「……冷えちゃったし、今日は帰ろう」

太田優・10

根高公園

優「晴れてよかったねぇー」

久美子「そうね。良い秋晴れ」

恵磨「それにしても、結構人がいるんだね」

時子「ふむ。場所を取りに急ぎましょうか」

亜里沙「そうしましょう。惠ちゃんと亜季ちゃんは?」

久美子「亜季ちゃんは少し遅れて、自転車で来るって」

優「惠ちゃんは?」

恵磨「あっ、連絡来た。駐車場に着いたって」

久美子「荷物を取りに行こうか」

亜里沙「行ってくるわねー」

時子「いってらっしゃい」

優「ねぇ、時子ちゃん」

時子「なに?」

優「アッキーが遊びたがってるから、少しだけドックランに行ってきていい?」

恵磨「抱かれたがってないね」

時子「いいわ。場所は恵磨が探しておくわ」

恵磨「時子ちゃんも探してよ」

時子「冗談よ」

優「おねがいねぇー」

時子「……」

恵磨「時子ちゃんも遊んでくる?」

時子「後にするわ。行きましょう」

太田優・11

根高公園・ドッグラン

優「アッキー、ちょっと遊んでおいでぇー」

アッキー「……」タッタッタ

相川千夏「こんにちは」

相川千夏
優の公園仲間。メガネが似合うレディ。今日は片手に厚手の本と肩にショルダーバック。

優「こんにちはー」

千夏「今日もアッキーのお散歩かしら?」

優「それもそうだけど、今日はみんなでピクニック♪」

千夏「あら」

優「千夏ちゃんは?」

千夏「私もよ。一人もいいけれど、たまにはね」

優「へぇー。あたしも知ってる人?」

千夏「いいえ。来てくれたら紹介するわ」

優「わかった。探してみるねぇ」

千夏「とてもいい子よ。来てるはずなのに、見つからないけど」

優「どんな子?探してみよっか?」

千夏「どんな子……そうねぇ」

優「?」

千夏「ギャルね」

優「……ギャル?」

千夏「ええ。意外?」

優「そんなに意外じゃないよ。大学時代の友達?」

千夏「まだ高校生なのよ。何が縁かはわからないものね」

優「へぇー」

千夏「電話が来たわ。行くわね、なに、唯ちゃん、いまどこ……迷ったの?仕方ないわね、迎えに行くから待ってて」

優「千夏ちゃんと仲良しの高校生のギャル……どんな子なんだろ?」

アッキー「……」

優「あれ、アッキーどうしたのぉ?」

アッキー「……」タッタッタ

優「なーんにもいない、よね?うん、いない」

太田優・12

根高公園・ドッグラン

時子「優」

優「あっ、時子ちゃん」

惠「アッキーの運動は済んだ?」

優「うん、おいでー!」

アッキー「わん!」

優「だっこだっこ。スリスリもしちゃーう」

時子「後でやりなさい。移動するわよ」

亜里沙「優ちゃんに荷物持ってもらわなくて大丈夫?」

亜季「大丈夫であります」

恵磨「それじゃ、行こっか!」

久美子「あっちだっけ?」

時子「こっちよ。着いてきなさい」

太田優・13

根高公園・中央

芽衣子「こんにちはー!」

久美子「こんにちは、フリーマーケットですか?」

芽衣子「はい♪」

優「芽衣子ちゃんだ、お久しぶりー」

芽衣子「アッキーのお姉さん、こんにちはー。アッキーもこんにちは」

アッキー「……」プイ

亜季「あらら、アッキーはシャイでありますな」

優「もぉー、アッキーってば」

芽衣子「……残念」

時子「ポストカードが多いわね」

芽衣子「一点ものとかあるんですよ、路上画家に描いてもらったやつとか」

時子「へぇ」

惠「ねぇ、これとか、どこから持ってきたの?」

芽衣子「いろんな場所から。詳しくは覚えてないかな……これはシエラレオネだったような」

惠「私も多く行ってるつもりだけど、上には上がいるのね……」

時子「惠、張り合わないで。安易にそこには行かないように」

恵磨「革の小物とかある?」

芽衣子「ちょっと待ってねー」

亜里沙「奥にあるパペットを見てもいい?」

芽衣子「どうぞー」ゴソゴソ

亜季「なんというか、味があるパペットでありますなぁ」

惠「ええ。でも、いい感じがする」

亜里沙「丁寧に長く使われてきたのかな……」

久美子「ふーん」

芽衣子「革の小物はこれくらいです」

恵磨「お、いい色してる。何の革だろ、触っていい?」

惠「それはダメよ」

芽衣子「……ダメ?普通の革ですよ?」

恵磨「やっぱりやめとく」

芽衣子「そうですか……パペットはいりますか?」

亜里沙「私もやめておきますね。もっと、いい人が見つかると思うの」

時子「そろそろ、行きましょうか」

優「芽衣子ちゃん、またねー」

芽衣子「はーい。またお見かけしたらごひいきにー」

太田優・14

根高公園・東地区

亜里沙「ごちそうさまでした!」

時子「ごちそうさま」

亜里沙「おなか一杯になった?」

恵磨「うん。張り切って作りすぎたくらいかなっ」

時子「優がいいパン屋を紹介してくれたおかげね」

久美子「今度はお店に行ってみましょうか」

優「うん、みちるちゃんに言っておくねぇ」

惠「おなかいっぱい。暖かいし、よかったわ」

久美子「ほんと、いいお天気ね……」

亜季「パラソルがあってよかったであります」

アッキー「zzz……」

亜里沙「アッキーちゃんはもうお休みみたいね」

惠「私も寝ようかしら……」

恵磨「そうだねっ、たまには時間を忘れ、て」

優「どうしたの?」

惠「あら、お久しぶり。今日はお散歩かしら?」

水本ゆかり「お久しぶりですって、響子さん」

五十嵐響子「そうだね、ゆかりちゃん」

水本ゆかり
N高校1-Bの学生。穏やかな口調の女生徒。

五十嵐響子
N高校1-Bの女生徒。お弁当箱を手に持っている。

亜季「お元気でありましたか?」

ゆかり「お元気ですか、響子さん?」

響子「元気だよ、ゆかりちゃん」

久美子「どなた?」

亜季「N高校の生徒であります」

時子「……ああ、あの」

ゆかり「響子さん、お天気が良くてよかったですね」

響子「そうだね、ゆかりちゃん。私達もお弁当を食べよ!」

ゆかり「ええ、響子さん。奏さんを待たせてます」

響子「大変だね、ゆかりちゃん」

ゆかり「最後はご挨拶をしていきましょう、響子さん」

響子「この前はお世話になりました、ね、ゆかりちゃん?」

ゆかり「ええ、響子さん」

惠「変わってないようで安心したわ」

ゆかり「それでは行きましょう、響子さん」

響子「行こう、ゆかりちゃん」

亜季「……相変わらずでありますな」

惠「そうね……」

亜里沙「すごいなぁ、一回もこちらと会話してくれなかった」

恵磨「あっ、やっぱりそうだよね。アタシが間違ってるのかと思った」

時子「聞いてはいるし、聞こえさせてもいるわ。ただ、明らかにこっちと会話してない」

亜里沙「ふーむ、不思議な関係ねぇ」

優「あの二人もピクニックかなぁ?」

亜季「そのようでありますな」

惠「話に出てた、奏さんもN高校の生徒よ」

時子「そう」

亜季「事件の影響は少ないようでありますな」

惠「よかったわ。せめてもの、救いよ」

亜里沙「……」

時子「辛気臭いわよ。優、紅茶を入れて」

優「はぁーい」

亜里沙「今、カップを配りますねー」

太田優・15

根高公園・東地区

恵磨「zzz……」

惠「zzz……」

亜里沙「……」ペラペラ

時子「亜里沙は何を読んでるのかしら」

亜里沙「民俗学、地元のものを見つけたから、読んでみようかなって」

久美子「へー」

優「あれ、亜季ちゃんは?」

時子「散歩に行ったわよ」

優「あたしも行ってこようかなぁ」

久美子「私も行こうかな」

時子「いってらっしゃい」

亜里沙「待ってるね」

優「アッキーも行こうねぇー」

多田李衣菜・13

根高公園・河川敷

李衣菜「来てみたけど……いるわけないか」

有浦柑奈「お悩みですか?」

有浦柑奈
公園のギター奏者。ギターでラブアンドピースを伝えたいらしい。

李衣菜「悩みとか、じゃなくて……」

柑奈「一曲歌いましょう、あなたの悩みが消えるように」

李衣菜「あっ、いいです!大丈夫ですから!」

柑奈「そうですか?」

李衣菜「はいっ!友達と会う約束があるので、これで」

柑奈「それではまたの機会に。ところで」

李衣菜「なにか?」

柑奈「あなたも音楽をたしなむのでしょうか」

李衣菜「え?」

柑奈「そのケースは?」

李衣菜「そうです。いけない、いかないと」

柑奈「あなたの心に愛と平和のあらんことを!また会いましょう」

太田優・16

根高公園・南地区

優「亜季ちゃん」

亜季「優殿、久美子殿、ご紹介するであります」

久美子「どちら様?二人とはさっき会ったけど」

亜季「水本ゆかり殿と五十嵐響子殿、それと」

速水奏「はじめまして」

速水奏
N高校の生徒。視聴覚室のお姫様。

亜季「速水奏殿であります」

優「奏ちゃんね、はじめましてー。太田優です」

久美子「松山です。はじめまして」

亜季「お二人は、大学の同期であります」

奏「そうですか。今日は伊集院さんはどちらに?」

響子「さっきは居たよね、ゆかりちゃん?」

ゆかり「そうですね、響子さん」

久美子「惠ちゃんはお昼寝中よ」

奏「大和さん、お礼を伝えておいてくださいね」

亜季「もちろんであります。奏殿にもお変わりはありませんか?」

奏「ええ」

ゆかり「あら、可愛らしい子犬ですね、響子さん」

響子「うん、可愛いね、ゆかりちゃん」

優「あはっ、アッキー褒められてるよ♪」

アッキー「……」

久美子「いつも通りの困り顔ね」

奏「こっち向いて」

亜季「向いてくれないでありますな」

奏「そう……」

優「また会いに来てね、この公園のドッグランによくいるから」

奏「ええ、またの機会に」

太田優・17

根高公園・ドッグラン

久美子「何か、騒がしくないかしら」

優「ん、何かあったのかなぁ?」

亜季「人が集まってるでありますな」

久美子「なんか悪いことな気がする」

聖來「あっ、アッキーのお姉さん!」

優「わんこのお姉さん、どうしたの?」

聖來「ちょっとこっち来て!」

亜季「何事でありますか?」

聖來「人が倒れてるの!とりあえず、来て!」

太田優・18

根高公園・ドッグラン

久美子「警察に連絡は?」

聖來「見つけてすぐにした。近くの交番に直接電話したから、すぐに来ると思う」

亜季「救急車は?」

聖來「それより前に」

久美子「なら、大丈夫よね」

亜季「倒れてる男性に意識はありませんが、呼吸に問題はありません」

久美子「問題は、この人が誰かってことよね?」

聖來「うん。アッキーのお姉さん、見たことある?」

優「うーん、見たことないなぁ」

聖來「だよね。私もわからないし」

亜季「ホームレスでありますか?」

久美子「そうみたいね」

亜季「何か身に着けておりませんでしたか?」

聖來「さっき調べたけど、何にも。サイフとか持ってなかった」

久美子「参ったわね……」

亜季「意識を戻るのを待つ?」

聖來「それだと病院に押し付けることになるし……」

久美子「少しでも情報を集めましょうか」

優「見つけたのは、わんこのお姉さん?」

聖來「ううん、違う。警察と救急車を呼んだのは私だけど」

久美子「なら、誰が?」

聖來「あそこにいる二人。アッキーのお姉さんは知ってるよね?」

優「うん。話を聞いてみるねぇ」

聖來「お願い。ここでこの人を見てるから」

太田優・19

根高公園・ドッグラン

優「倒れてる人を見つけたのは、晴ちゃん、それとも琴歌ちゃん?」

結城晴「どっちかじゃなくてさ、どっちも」

西園寺琴歌「そうですわ」

結城晴
サッカー好きな少女。平日夕方と休日に根高公園に来ることが多い。

西園寺琴歌
押し花が趣味のお嬢様。暖かい花の季節に野花を探しにくる。

久美子「どういうこと?」

晴「同時に見つけたからだよ」

琴歌「そうなんですの。びっくりしてしまって……」

亜季「同時なのはどうしてでありますか?」

琴歌「茂みで花を探していたら、ボールが飛んできたのです」

晴「オレが変なところ蹴っちまってさ。奥の方に飛んでいった」

久美子「それで、ボールを探してる時に見つけたの?」

琴歌「そういうことですわ」

亜季「ふむ」

晴「ホント、びっくりしたぜ。死んでるかと思った」

優「見つけた後はどうしたの?」

晴「なにすればいいか、わかんなくてさ」

琴歌「晴さんに人を呼びに行ってもらいましたの」

晴「わんこのお姉さんが近くにいてくれてよかった」

優「その後は、聖來ちゃんが全部?」

琴歌「ええ。救急車と警察を呼んでもらいました」

優「ねぇ、二人はあの人を知らないの?」

晴「知らないな。琴歌ねーちゃんは?」

琴歌「私もわかりませんわ。聖來さんと優さんが知らないのでは、私たちも知らないかと」

優「うーん、そうだよねぇ……」

茜「通報した方はどなたですか!?」

亜季「日野巡査!お疲れ様であります!」

茜「話はあとです!どちらですか!」

亜季「こちらです」

茜「急ぎましょう!」

久美子「他に何か知ってることはある?」

晴「他のこと、ってなんだ?」

優「気づいたこととかない?」

琴歌「気づいたこと……」

晴「といってもなぁ」

琴歌「そういえば」

久美子「何かあるの?」

琴歌「最近、この公園で増えてるらしいですわ」

優「何が?」

琴歌「動物の……遺体ですわ」

太田優・20

亜季「男性は病院に運ばれました。水木聖來殿が念のため、付き添っているであります」

久美子「発見者の二人は、日野巡査に聴取を受けてから帰宅したわ」

優「大きな問題になってはないけど……」

久美子「変な話よね」

亜季「日野巡査が男性の身元を調べてくれているでありますが」

優「大変そうだねぇ」

久美子「ホームレスよね、たぶん」

亜季「おそらく」

優「だとすると、やっぱおかしいよねぇ」

久美子「ええ。そうならば、むしろすぐにわかるはず」

亜季「目撃例が少ないのはおかしいでありますな」

優「うん。それと、琴歌ちゃんが変な話をしてた」

久美子「動物の遺体の話よね」

亜季「ふーむ。何か、起こってるでありましょうか?」

久美子「わからないけど……」

亜季「優殿は見つけたことがあるでありますか?」

優「ううん」

久美子「でも、噂としては出てる」

亜季「少し、調べてみるでありますか」

久美子「そうね」

優「それで、問題があるんだけどぉ」

わんこ「わん!」

優「聖來ちゃんにお願いされたの。見ててね、って」

亜季「お安いごようであります」

久美子「私達で見てるわ。優ちゃんは調べてみて」

優「あたし?」

亜季「ええ。知人も多いようでありますから」

久美子「時子ちゃん達に連絡しておきましょう」

優「会ってくるね。アッキーもお願いねぇー」

太田優・21

根高公園・東地区

時子「ご苦労だったわね、優」

優「びっくりしたー」

恵磨「何があったん?」

優「なんだかよくわからないけど、人が倒れてた」

時子「そうみたいね。だけれど、身分が不明」

恵磨「調べに行くの?」

優「うん。知り合いに話を聞いてみようかなって」

時子「それでいいわ」

恵磨「アタシも行くよ」

優「恵磨ちゃん、よろしくねぇ」

時子「久美子がさっき言ってたけど、動物の死体についてだけど」

優「それも聞いてみる」

時子「いいえ、それはいいわ」

優「なんで?」

恵磨「亜里沙ちゃんと惠ちゃんが公園の管理室に聞きに行ったから」

時子「そういうこと。優、あなたが調べることは二つ」

優「一つは倒れてた人について調べること?」

時子「そうね」

優「二つ目は?」

時子「不審な人物について」

恵磨「時子ちゃんは誰かの仕業だと思ってる?」

時子「どうせなら犯人がいたほうがわかりやすいわ。それだけよ」

優「わかった。聞いてみるねぇ」

時子「気温が落ちてくる前に調べてきて帰ってきなさい」

恵磨「なんで?」

時子「冷えたくないからに決まってるでしょう。行ってきなさい」

太田優・22

根高公園・南地区

千夏「人が倒れてた?」

優「うん」

大槻唯「ちなったん、それって、ヤバくない?」

大槻唯
千夏のお友達。千夏とは真逆のタイプに見えるが、仲良し。

千夏「ええ……」

唯「まさか、事件とか?」

優「うーん、そうじゃないと思う」

千夏「病気とかが原因で倒れてただけ?」

唯「よかったー、それなら安心?」

優「でも、誰かがわからないの。写真を撮ってもらったんだけど、知ってる?」

唯「しらなーい」

千夏「唯ちゃんはほとんど来たことがないもの」

優「千夏ちゃんはわかる?」

千夏「ごめんなさい、わからないわ。でも一つだけ」

恵磨「なにかな?」

千夏「この公園、ホームレスはほとんどいないわ」

優「そうだね。じゃあ、動物の死体を見つけたことある?」

唯「この公園で?」

優「うん」

唯「ううん、見たことない」

千夏「私もよ」

恵磨「それじゃ、変なウワサとかは聞いたことある?」

千夏「噂?」

恵磨「そうウワサ」

千夏「ふーむ。ごめんなさい、思い当たらないわ」

唯「唯は知ってるよー」

優「どんなウワサなの?」

唯「フリフリな衣装を着た女の人が妖怪を殴り倒してるんだって」

恵磨「……なにそれ?」

唯「詳しくはしらなーい。でも、すごい速さで走ってるのを見た人がいるって」

優「妖怪がいるの?」

千夏「そうなの、唯ちゃん?」

唯「アタシは見たことないよ。妖怪もその人も」

千夏「そうよね」

恵磨「ふむ。ありがと」

優「ありがとー。またね」

太田優・23

根高公園・南地区

奏「……この人ですか」

ゆかり「ご存じですか、響子さん?」

響子「わからないね、ゆかりちゃん」

恵磨「奏さんは知ってる?」

奏「いいえ。見たことはありません」

優「そうだよね……」

恵磨「それじゃ、動物の死体は見たことある?」

奏「動物……」

響子「動物の死体を見たことある、ゆかりちゃん?」

ゆかり「ここではありませんね、響子さん」

優「ないんだ?」

ゆかり「いつも一緒にいますもの、ね、響子さん?」

響子「うん、ゆかりちゃん」

恵磨「うーん、それじゃウワサとかは?」

奏「ウワサ?」

ゆかり「響子さん、知っていますね?」

響子「知ってるよ、ゆかりちゃん」

奏「それは、死体のウワサかしら?」

優「死体?」

響子「この公園にはお花がいっぱいあるんだよね?」

ゆかり「ええ」

響子「なんでその花は綺麗に咲いているんだろ?」

ゆかり「なんででしょうね」

響子「なんでだろうね、ゆかりちゃん」

ゆかり「それは、ね?」

響子「ふふ、そうだね」

恵磨「……なんでなん?」

響子「その花の下にはね」

ゆかり「死体が埋まってるのですよ」

太田優・24

根高公園・南地区

優「死体……」

ゆかり「その花の美しさは」

響子「血の色」

ゆかり「誰も花の下に埋まった女性の」

響子「無念なんかしらないで」

ゆかり「せめて花として咲いていたいと」

響子「思ったんだよね、ゆかりちゃん?」

ゆかり「ええ、響子さん」

響子「夢と命を奪われた女の人の無念の花なんだよね、ゆかりちゃん?」

ゆかり「悲しいですわ、響子さん」

恵磨「死体ねぇ……」

優「その、埋まってるのは女の人なの?」

ゆかり「知っていますか、響子さん?」

響子「女の人、だけじゃないんだよね?」

ゆかり「ええ。でも、それもウワサですから」

恵磨「うーん、本当だと思う?」

優「そうとは思えないけどぉ……」

奏「映画の見すぎよ」

優「映画?」

奏「映画じゃなくてもよくある話」

恵磨「桜の花の下には死体が埋まってる、ってやつだよね」

奏「そうね」

優「それじゃ、デタラメ?」

ゆかり「まぁ、ひどいですね、響子さん」

響子「映画ばっかり見てるのは奏さんなのにね、ゆかりちゃん」

ゆかり「ええ。視聴覚室のお姫様も日に当たらなすぎはよくありませんよね、響子さん」

響子「そうだね、ゆかりちゃん」

優「確かに、色白だねぇ」

ゆかり「こんなにも天気が良くて、美味しいお弁当もあるのに」

響子「美味しかった、ゆかりちゃん?」

ゆかり「ええ、いつも美味しいですよ、響子さん」

響子「嬉しいな、あっ、デザートもあるんだ、食べる、ゆかりちゃん?」

ゆかり「はい、いただきますね」

響子「待っててね、ゆかりちゃん」

ゆかり「はい、響子さん」

恵磨「……あれ、完全に蚊帳の外になった?」

優「お話は終わりみたい。奏ちゃんも何か知ってる?」

奏「なにを?」

優「死体のウワサ」

奏「いいえ」

恵磨「ふーむ」

優「ありがと、お邪魔しましたー」

太田優・25

根高公園・東地区

優「あ、春菜ちゃーん!」

上条春菜「アッキーのお姉さん、こんにちは!」

上条春菜
優の公園仲間。猫派。趣味は縁側でお昼寝。

時子「知り合いかしら?」

優「うん。紹介するね、上条春菜ちゃん」

春菜「この、尖ったメガネが似合いそうな女性はどなたですか?」

恵磨「メガネ?」

春菜「これです!」

時子「なぜか声をかけられたのよ」

春菜「いやー、手持無沙汰にしていたメガネが似合いそうな人がいたら話かけます!」

恵磨「そうなの?」

春菜「はい!」

時子「……優の友人だから大目に見るわ。私は財前時子よ」

春菜「財前時子、さん?」

時子「ええ。なによ、じろじろ見て」

春菜「あの財前時子さんですか!ウワサはアッキーのお姉さんから聞いてます!」

時子「……優」

優「なにー?」

時子「変なこと話してないわよね?」

優「もちろん♪見た目と口はきついけど、可愛いところあるくらいしか話してないよ♪」

恵磨「かわいい……?」

春菜「やはり、これは悩みますね……外見だけではメガネとの相性は……ブツブツ」

時子「優」

優「大丈夫だよー。春菜ちゃんにはよくあることだからぁ」

時子「そうじゃないわ。口は慎みなさい、そう言いたいだけよ」

優「ムリ!」

恵磨「だよね」

時子「……そうね、私が悪かったわ。上条春菜」

春菜「ここは一度うちに帰って……」

優「春菜ちゃん、呼んでるよ」

春菜「はっ、どうしましたか?」

時子「聞きたいことがあるわ」

春菜「メガネのことですか?」

時子「違うわ。優、写真を見せなさい」

優「りょーかい、この人、見たことある?」

春菜「誰ですか?」

時子「知らないようね。動物の死体が公園に転がってるらしいけど、本当かしら?」

春菜「えっ?」

恵磨「これも違うみたいだね」

春菜「死体はないです。この公園に住み着いてたノラネコちゃんはいなくなったくらいですね」

優「じゃあ、花の下に死体が埋まってるってウワサは?」

時子「私も初耳なのだけれど」

恵磨「そりゃ、さっき聞いてきたばっかりだし」

春菜「うーん……うん?」

時子「ありがちな話ね」

春菜「聞いたこと、ありますよ」

優「ホント?」

春菜「何年か前に、神隠しがあったとか。神隠しじゃなくて本当は……って話です」

時子「神隠し、ね」

春菜「ウワサですよ?」

恵磨「えっと、2191?」

時子「急になにかしら、恵磨」

恵磨「いや、思いついただけ」

春菜「2191ってなんですか?」

恵磨「うん、ごめん、忘れて」

時子「恵磨の話はおいておきましょう。ありがとう、上条春菜。手掛かりは得たわ」

優「神隠し、のこと?」

時子「そうよ。神隠しなら、絶対に記録に残る。人が消えることに、人間はそれほど鈍感じゃないわ」

太田優・26

根高公園・東地区

惠「ただいま」

時子「惠、亜里沙、収穫は?」

亜里沙「あると思うならある、という感じかな」

優「どういうこと?」

惠「結論から言うわ、動物の死体は増えてない」

恵磨「やっぱりか」

亜里沙「聞き取りの結果も同じ?」

優「うん」

惠「野生動物とかペットの死骸とか見つかることはあるわ」

亜里沙「見つかっても、公園の管理会社が掃除してるの。あそこの看板とか、注意書きにも書いてあるの」

惠「数も記録してあるの」

時子「その数が変わっていないと?」

亜里沙「ええ、ここ半年の数はいつも通りなの」

惠「5年前まで記録が残ってるけど、そこまでに異常はないわ」

恵磨「それより前は?」

亜里沙「データなし。管理会社も3年前に変わったから、それ以前のことはわからないって」

優「でも、成果なしじゃないんでしょ?」

惠「そうね。明らかに少ない時があったわ」

時子「少ない?」

優「増えてるんじゃなくて?」

亜里沙「うん。減ってるわ」

恵磨「それはいつ?」

惠「ここ、1ヶ月」

優「本当に最近だねぇ」

亜里沙「ここ1週間に関していえば、ゼロ」

恵磨「どういう意味なんだろ?」

優「死体が増えてる、ってウワサ。でも、現状は逆なんだ」

時子「どう思うかしら、亜里沙?」

亜里沙「可能性の、一つはデータの改ざん」

惠「どうも違うようね。一人でデータを管理しているわけではないし」

亜里沙「なら、可能性はもう一つ」

優「……」

亜里沙「誰かが回収してる」

太田優・27

根高公園・東地区

恵磨「回収してる?」

惠「ええ。連絡はあるのよ、死骸を見つけたというものは」

亜里沙「でも、死骸が消えるの」

時子「ふむ」

惠「だから、回収実績はゼロになる」

優「……なんで、そんなことするの?」

惠「わからないわ」

優「……そうだよねぇ」

亜里沙「私達からはこれくらい。他になにかある?」

時子「神隠しの話は聞いたかしら?」

惠「神隠し?」

優「神隠しとか誘拐事件とか、全然聞かないよ?」

時子「更にさかのぼれば存在する可能性はあるわ」

亜里沙「誘拐ね……」

恵磨「亜里沙ちゃん、何かあるの?」

亜季「お疲れ様であります」

時子「あら、亜季。何かあったのかしら」

亜季「特にはありません。搬送された男性の身元はやはりわかっておりません」

優「そうなんだぁ……」

亜季「あと、通行人に話を聞いてみたであります」

惠「収穫はあったの?」

亜季「いいえ。何も」

時子「花の下に死体が埋まってる話とかしてなかったかしら?」

惠「……」

亜季「物騒な話でありますな。なかったであります」

優「……なんにもないんだ」

亜里沙「そう、何にもないのね」

惠「なにも、ない」

亜里沙「何もなくしてる、のかしら。逆だった、ってこと」

時子「逆?」

優「見つかったのが、逆?」

恵磨「つまり、倒れていたのが正しいことじゃなくて」

亜里沙「この公園から、消えるのが本当に起こってること。動物の死骸とか含めて」

優「見つからなかったら、倒れてた人も消えてたってこと……?」

時子「そっちの方が納得はいくわね、少しだけ」

惠「ある日、何かが消える」

時子「倒れていたホームレスも結局は身元もわからない。消えてしまっても、誰も気にしない」

恵磨「なんだかなぁ……」

優「消えちゃうの?」

亜里沙「まだ、そうと決まったわけじゃないけど……」

時子「わからないことが多すぎるわ」

惠「結論を出すのにはまだ早いわね」

亜季「まずは、何でありましょうか?」

時子「消える、という話かしらね。誘拐じゃなくてもいいわ、人がいなくなった話を調べるとかね」

亜季「それは、日野巡査にご協力をお願いするであります」

優「あたしたちはなにする?」

時子「そうね……」

恵磨「うーん」

時子「帰りましょう。冷える前に」

優「でも……」

時子「顔つき合わせて悩んでてもしかたないわ。久美子は?」

亜季「まだ、わんことアッキーを見ているであります」

時子「飼い主が帰り次第、私達も戻るわよ」

太田優・28

SWOW部室



優「……」

時子「優」

優「……」

時子「優」

優「なにか、言った?」

時子「やっと気づいたわね。帰らないのかしら」

優「そろそろ帰ろうかな。時子ちゃんは?」

時子「私も帰るわよ」

優「アッキー、おいでぇ。よしよし」

時子「行きましょう」

優「ねぇ、時子ちゃん」

時子「なによ」

優「なんで、時子ちゃんは待っててくれたの?」

時子「理由なんてないわ」

優「でもぉ、待っててくれたんでしょ?」

時子「……不審者の話があったでしょう」

優「そうだっけ?」

時子「そうよ。少しは警戒心を持ちなさい」

優「大丈夫、だってぇ、アッキーが守ってくれるもんねぇ♪」

時子「……」

優「時子ちゃん?」

時子「家に帰る理由も見つからないわ。それなら、ここの方がいいわ」

優「時子ちゃんもペット飼う?」

時子「考えておくわ」

優「それじゃ、帰ろっか」

太田優・29

夜道

優「でねぇ、今度出たアイペンシルがねぇ」

時子「そう……待ちなさい」

優「待つ?」

時子「参ったわ」

優「どうしたの、時子ちゃん?」

時子「優、聞きなさい」

アッキー「わん!」

優「どうしたの、アッキー?」

時子「お手柄ね」

優「ねぇ、何の話?」

時子「そこに電灯があるわ。そこまで行きなさい」プルルル……

優「アッキー、さっきからグルグル言ってるけどどうかしたのー?」

時子「ええ、お願いするわ」ピッ

優「アッキー、よしよし」

時子「タクシーを呼んだわ。帰りましょう」

優「あれっ?歩いて帰るんじゃないの?」

時子「気が変わったわ」

優「ふーん」

時子「しくじったわ。どう理由をつけようかしら」

優「さっきから何を言ってるの?」

時子「なんでもないわ。ただ、どうしようもなく自分にイラついているだけ」

多田李衣菜・14

翌朝

根高公園・河川敷

李衣菜「また、朝日だ……」

李衣菜「今日も瞳子さん、来なかったな」

李衣菜「……」

李衣菜「何か、起こってるのかな?」

芽衣子「おはよう!」

李衣菜「お、おはようございます」

芽衣子「ランニングですか?」

李衣菜「いいえ、違います」

芽衣子「なら、なんで?」

李衣菜「……なんでもないです」

芽衣子「いいことを教えてあげますね」

李衣菜「何でしょう?」

芽衣子「人には聞いた方がいいですよ」

李衣菜「……」

芽衣子「聞きにくいかもしれないけどね」

李衣菜「……」

芽衣子「次の場所に行きます。また、どこかで会いましょう」

李衣菜「ま、待って」

芽衣子「なにかな?」

李衣菜「あの、服部瞳子さんって人知ってますか?この時間によくいるんですけど……」

芽衣子「よく聞けました。答えは、知りません」

李衣菜「そうですか……」

芽衣子「ばいばーい。きっと、楽しいことが起こるよ」

太田優・30

SWOW部室

亜季「不審者……でありますか?」

時子「ええ。優と帰ってる時につけられたわ」

久美子「何時ごろ?」

時子「11時頃よ。亜季が帰ってからそう時間は経ってないわ」

亜季「そうでありますか、実は私も何か視線を感じたであります」

時子「警告は出てたわ。私のミスよ」

久美子「悪いのは犯人だし、何もなくてよかった」

時子「……」

亜季「そう気負うものではないであります、時子殿」

時子「……ええ、わかってるわよ」

恵磨「ちわーっす」

亜季「おや、恵磨殿」

恵磨「おっす、亜季ちゃん。そうそう、聞いてよ」

久美子「なに?」

恵磨「不審者の話があったじゃん?」

時子「その話をしてたところだけど」

恵磨「捕まったって」

久美子「え?」

時子「待ちなさい、いつの話よ」

恵磨「昨日の夜だってさ。交番の近くで簀巻きにされてたみたい」

亜季「ずいぶんと解決が早いでありますな」

時子「恵磨、正確な時間はわかるかしら?」

恵磨「交番の警察官が見つけたのが、12時前だったかな」

久美子「となると……」

時子「私と優がつけられた直後ね」

恵磨「えっ!大丈夫だった?」

亜季「見た通りであります」

恵磨「不審者を鞭でしばきあげたりしてないよね?」

久美子「そっちの心配……?」

時子「私も不審者に鞭を振るほどサービス良くないわ」

亜季「サービス……サービスなのでありますか」

恵磨「まっ、無事ならいっか!」

亜季「ですが、そうなると疑問が残るであります」

久美子「誰が不審者を捕まえたんだろ?」

時子「私か優か、不審者をつけていたのは間違いないでしょうね」

亜季「なんのためでありますか?」

時子「それがわかったら苦労しないわよ」

恵磨「ま、そうだよね。公園の話もそうだし」

久美子「そういえば、公園の話は進展したの?」

亜季「日野巡査からは連絡はないであります」

時子「今日も優と亜里沙が公園に行ってるわ。何かしら、聞いてくるわよ」

亜季「私は日野巡査を訪ねてみるであります」

時子「お願い。恵磨と久美子は大学内で聞き取りでもなさい」

恵磨「いいけど、なんで?」

久美子「根高公園は近いもの。コンパとかバーベキューで使ってる人も多いから?」

時子「そういうこと。気張らずに行ってきなさい」

太田優・31

根高公園・ドッグラン

優「お仕事が忙しいのにごめんねー」

聖來「ううん、大丈夫、気にしなくていいよー」

亜里沙「それで、どうだったの?」

聖來「結局、意識も戻らないし、身元もわからない」

優「そうなんだ……」

亜里沙「本当に何もわからないの?」

聖來「うん。警察の人が捜索願とかも見てくれたんだけど、なんにも」

亜里沙「変な話ね……」

優「ねぇ、聖來ちゃん」

聖來「なに?」

優「誰なら、その人のこと知ってそう?」

聖來「うーん、私と優ちゃんを除くと……あっ」

亜里沙「心当たりが?」

聖來「あの子なら知ってるかも」

太田優・32

根高公園・南地区

優「あの子だったはず」

亜里沙「あの、ベンチでパンを食べてる子?」

優「うん」

亜里沙「二人いるけど、どっち?」

優「ライラちゃんは、外国人の方。もう一人は、おおはらベーカリーの娘さん」

亜里沙「まぁ♪お礼をしないと」

優「そうだねー、みちるちゃーん、ライラちゃーん」

ライラ「こんにちは、です」

大原みちる「フゴフゴ、ゴックン、こんにちは!」

ライラ
S大学付属高校の高校生。遠い祖国を離れ、一人で日本で学んでいる褐色の少女。

大原みちる
おおはらベーカリーの娘さん。パンが大好き、いくらでも食べるほど。

優「こんにちはー」

亜里沙「こんにちは!」

みちる「いやー、いい天気ですね、お姉さんたちもパンをいかがでしょうか?」

ライラ「おいしーです」

優「いっぱいあるねぇ。今朝の焼きたて?」

みちる「モグモグ、もちろんです。さぁ、どうぞ!」

亜里沙「いただきます、みちるちゃん……でも、フランスパン丸々一つはいらないかなぁ」

みちる「丸かじりするとおいしいですよ!えっと、どなたでしたっけ?」

優「紹介するねぇ、亜里沙ちゃん」

亜里沙「持田亜里沙です。よろしくね」

優「来年から小学校の先生なんだよー」

ライラ「そーでございますか。ライラさんは、いいと思うです」

亜里沙「ありがとう。それでね、聞いてもいいかな?」

ライラ「なんでございますか?」

優「この人、知ってるかなぁ?」

みちる「おじさんですね」

ライラ「この人は……」

優「知ってる?」

ライラ「見たことないでございます」

亜里沙「やっぱり知らないのね……」

みちる「この人を探してるんですか?」

優「ううん、この人は見つかってるの」

亜里沙「この人が誰かを知りたいの」

ライラ「聞けばいいと思うです」

優「聞けないの、意識がなくて」

みちる「……モグモグ」

ライラ「それは悲しいでございますね」

優「それじゃあ、この公園のウワサを聞かない?」

ライラ「ウワサですか?」

亜里沙「この公園、何かがなくなってない?」

みちる「銅像とか、はなくなってませんね」

ライラ「……あの」

優「なに?」

ライラ「ここ最近、見てない人がいるであります」

亜里沙「どなたがいないの?」

ライラ「名前はわからないでございます。この公園にいた、人であります」

亜里沙「言葉は悪いけど、ホームレス?」

ライラ「そういうのでございますね」

優「人が消える……」

みちる「物騒ですね」

亜里沙「でも、事件性になってないわよね?」

みちる「平和です。ハトもいっぱい」

ライラ「そうでございます。パンをおすそわけしましょう」

みちる「ほらー、美味しいパンですよ……あれ?」

優「どうしたの?」

ライラ「……これしかいなかったでございますか?」

太田優・33

根高公園・河川敷

優「亜里沙ちゃん、コーヒー買ってきたよぉ」

亜里沙「ありがと。優ちゃんも座る?」

優「うん」

亜里沙「……平和そうなのにね」

優「そうだね……」

亜里沙「でも、この公園から何かが消えてる」

優「名もない動物たちと」

亜里沙「誰にも心配されない人たち」

優「……ねぇ、亜里沙ちゃん」

亜里沙「どうしたの?」

優「あたし、そんなの、イヤ」

亜里沙「……」

優「だってぇ、今まで誰も気づかなかった」

亜里沙「そうね……」

優「何が起こってるかわからないけど……明らかに狙ってるもん」

亜里沙「……」

優「アッキーとかわんこも狙われちゃうのかな……」

亜里沙「大丈夫よ、見ていれば」

優「うん……」

亜里沙「でも……もしかしたら、今も誰にも心配されないで、誰にも気づかれないで、静かに消えていってるのかも」

優「それでいいの?」

亜里沙「いいえ、違う」

優「何が、起こってるんだろ……」

亜里沙「……優ちゃん、聞いていい?」

優「うん」

亜里沙「もし……犯人がいるとしたら、目的は何かな」

優「……その人と動物に思い入れはないと思うかな」

亜里沙「恨みじゃない、のかな」

優「怖いね……」

亜里沙「そうね……」

多田李衣菜・15

根高公園・河川敷

プルルルル……

李衣菜「ごめん、なつきち!」

李衣菜「うん、明日でも大丈夫?」

李衣菜「ありがと」

李衣菜「なんでもないって!またね」ピッ

李衣菜「……よし、聞こう」

李衣菜「あの二人でいいかな」

李衣菜「あ、あの……」

優「こんにちはー。なーにぃ?」

李衣菜「聞きたいことがあるんです!」

亜里沙「何かな?」

李衣菜「服部瞳子さんを知りませんか?」

公園の花・1

根高公園・河川敷

亜里沙「ハットリトウコさん?」

李衣菜「はい、瞳と子供の子で瞳子さんです」

亜里沙「私は知らないな、優ちゃんは知ってる?」

優「ごめんねー、わたしも知らない」

李衣菜「明け方にここによくいる人なんです、知りませんか?」

優「朝はあんまり来ないからぁ……」

李衣菜「……そうですか、他の人に当たってみます」

亜里沙「待って。その、服部さんをなんで探してるの?」

李衣菜「連絡先を知らなくて……」

優「どこに来るかはわかるの?」

李衣菜「毎朝ここに来てて、昨日来る約束をしてたけど」

亜里沙「来なかった」

李衣菜「……はい」

優「ねぇ、それって」

亜里沙「消えたってこと?」

李衣菜「消えた?」

優「調べてみるね」

亜里沙「ええ。日野巡査を呼んでみましょう」

李衣菜「あの、協力してくれるんですか?」

優「うん、任せておいて!」

李衣菜「ありがとうございます!」

亜里沙「亜季ちゃんに電話してみるね」

公園の花・2

根高公園・河川敷

李衣菜「人が消えてる……?」

優「うん。ほとんどがホームレスの人たち」

亜里沙「名前がわかった人は初めてなの」

李衣菜「瞳子さんも……誰かに連れ去られた?」

優「わかんない」

亜里沙「でも、名前がわかったから次に進みやすいと思うの」

亜季「優殿、亜里沙殿!」

優「亜季ちゃん、こっちこっち」

亜季「お待たせしたであります」

優「紹介するね、多田李衣菜ちゃん。服部瞳子さんを探してるの」

李衣菜「多田李衣案です」

亜季「大和亜季であります」

亜里沙「亜季ちゃん、日野巡査は?」

亜季「今日は交番から離れられないそうであります。日曜日ですので」

優「それじゃ、李衣菜ちゃんを連れて行ってもらえる?」

亜季「了解であります」

李衣菜「お願いします」

亜季「ええ。こちらへ」

亜里沙「いってらっしゃい」

優「あたしたちは瞳子さんのことを聞いてみるね」

公園の花・3

根高公園・河川敷

柑奈「服部瞳子さん、ですか?」

優「うん、柑奈ちゃんは何か知ってる?」

柑奈「服部瞳子、服部瞳子……」

亜里沙「早朝に来てるらしいの」

柑奈「早朝はどれくらいですか?」

優「夜明け前くらい」

柑奈「そこまで早いとわかりませんね。なんで、そんな人を探しているのですか?」

優「この公園でね、人と動物が消えてるの」

柑奈「……どういうことです?」

亜里沙「身寄りがない人だったり、ペットじゃない生物を狙ってるの。気づいてない?」

柑奈「そうですか……そんな変化が」

優「だから、知ってることを教えて。気になってることを何でも」

柑奈「徐々に消えていく。だけど、心配はありません」

亜里沙「心配はない?」

柑奈「ならば、つなぎましょう、愛の輪を。奪われないように」

優「つなぐ?」

柑奈「ええ。強固につながった魂は奪われたりしません。ね?」

亜里沙「……確かにそうかもね。消えてるのは、誰とも繋がりがないからかも」

柑奈「ということで、私の歌を聞いていきませんか?」

優「うーん。それだと、服部瞳子さんは違うような気がするなぁ」

柑奈「どういうことですか?」

優「だって、李衣菜ちゃんは本気で心配して探してたよ?」

亜里沙「そうね」

柑奈「なら、違うとか」

亜里沙「違う、どういう意味かな?」

柑奈「例えば、ですけど。その人、早朝にしかいないんですよね?」

優「うん」

柑奈「犯行を見てしまった、とか?」

亜里沙「可能性は無きにしも非ず、ってとこかしら」

優「見られたから、消された?」

亜里沙「ドラマみたい」

柑奈「あの、閃いたことを言ってるだけですからね?」

優「ありがと。他に知ってること、ない?」

柑奈「そうですね……そういえば」

亜里沙「なにか心当たりが?」

柑奈「小さい女の子を連れた、二十歳ぐらいの女の人が私の歌を聞いてました」

優「うん。その人がどうしたの?」

柑奈「すごく真剣な……違います、複雑な表情で聞いてたので覚えてます」

亜里沙「複雑な表情ね」

柑奈「歌の後に聞いたんです、どうかしましたか、って」

優「なんて言ってたの?」

柑奈「いや、なんでもないさ、としか」

亜里沙「そう……」

柑奈「たぶんですけど。音楽の道を諦めたような気がします」

優「なんで?」

柑奈「手が動いてました。ギターかベースかはわかりませんけど」

亜里沙「ふーん。他に何かあるかな?」

柑奈「いいえ、特には」

優「ありがとー」

柑奈「つないでみます。次が起こらぬように」

亜里沙「お願いね」

公園の花・4

根高公園・北地区

優「ここは花があんまりないねぇー」

亜里沙「あそこにあるのは藤棚みたい」

優「季節っていつだっけぇ?」

亜里沙「春だったかなぁ?」

優「この花壇とかいつごろ出来たっけ?」

亜里沙「看板があるわね、なになに、5年前ね」

優「この看板、ボロボロだねー」

亜里沙「管理会社が変わっちゃって、放置してるのも多いみたい」

優「へぇ、個人の寄付で作られてるんだ」

亜里沙「きちんと設計したみたいで、この花壇は管理会社が変わってもよく咲いてるんだって」

優「そうなんだぁ。この花壇の見ごろも、春」

亜里沙「春になったら来てみましょう」

優「来年には卒業しちゃうよ?」

亜里沙「大丈夫、ここには来れるもの」

優「そうだねぇ」

亜里沙「ええ」

優「なら、来れなくなる理由ってなんだろ?」

亜里沙「うーん、遠くにいるとか」

優「約束したのに?」

亜里沙「来れなくなった理由……風邪とか」

優「そうかもねぇ」

亜里沙「亜季ちゃんの方はどうなったかしら?」

優「交番に行ってみよっか。公園に知ってる人はいないみたいだし」

公園の花・5

交番・日野茜の勤務先

優「李衣菜ちゃん、どう?」

李衣菜「それが……」

亜里沙「どうしたの?亜季ちゃんまでパソコンの前で難しい顔して」

亜季「おかしいでありますなぁ」

茜「こんにちは!お茶を淹れましたので、一息つきましょう!お二人さんにも湯呑をもってきます!」

優「ありがと、巡査さん」

茜「いえいえ!どうぞ、適当なところにおかけください!」

亜里沙「それじゃ、失礼して、っと」

優「それで、どうなったの?」

李衣菜「それが、変なんです」

亜季「うーむ、やはりありませんな」カチカチ

茜「ちょっとリラックスしましょう!報告はそれからです!」

亜季「そうでありますな、お茶をいただくであります」

李衣菜「……いただきます」

公園の花・6

交番

優「いない……?」

茜「結論から言うと、服部瞳子さんはこの近くにいません」

李衣菜「……」

亜里沙「ごめんなさい、意味がわからないから教えて?」

亜季「教えるも何もその通りなのであります」

優「何を調べたの?」

茜「まずは住所録と役所の利用履歴です。この近くにはいませんでした」

亜里沙「別の場所から来てたとか?」

李衣菜「あの時間に、来れないと思う」

優「そっか、じゃあ、近くにいるんだ」

亜季「ええ。そう思ったのでありますが……」

茜「いませんでした」

李衣菜「……」

優「亜季ちゃんは何を調べてるの?警察の資料?」

亜季「それはさすがにダメであります」

亜里沙「捜索願は?」

茜「該当者はいません」

亜季「私はインターネット検索をしてるであります」

優「なんでぇ?」

亜季「李衣菜殿のお話によると、歌手として活動していたそうであります」

亜里沙「歌手?」

李衣菜「はい、そう言ってて」

亜季「それで調べてるのでありますが……」

茜「こっちも出てこないです。本名以外で活動していたと思います」

亜季「特に情報として当たるものはありません。探し方があまい可能性はありますが」

李衣菜「瞳子さん、長く活動してたわけじゃないみたいだから……」

優「あんまり有名じゃない、ってこと?」

李衣菜「……はい」

亜里沙「有名になれるのは一握りだもの。でも、確かにいた」

優「何か他に言ってたことはないの?」

李衣菜「歌手の仕事続けたかったんじゃないかなぁ。でも、今は別の仕事をしてるらしくて」

茜「早朝に仕事があるとの話でして、花屋や市場に連絡しました」

亜季「まぁ、結果は芳しくなかったであります」

李衣菜「お花に関わる仕事をしてるって言ってたのに……」

茜「現状はそのようなところです」

李衣菜「どこにいるんだろ……瞳子さん」

亜里沙「住んでないけど、近くにいる、としたらどんな所かしら」

亜季「ホテルとかでありますか?」

茜「お金がかかりすぎます。親戚の家はいかがでしょうか」

優「その服部瞳子さん、って背の高い美人さんなんだよねぇ?」

李衣菜「はい、綺麗な人です」

優「歌手をやってたくらいなんでしょー?誰か見たことあってもおかしくないのに」

茜「うーむ、確かに話は聞きません」

亜季「あまり出歩かない人なのかもしれませんな」

李衣菜「出歩かないような所?」

亜里沙「それでいて、長期に滞在できるところ」

亜季「朝早起きできるような環境」

茜「そんなところはこの周辺にありますか?」

優「うーん……」

李衣菜「うーん」

優「あっ!」

亜季「どうしたでありますか?」

優「お願い、地図を見せてー」

茜「これです。ここが根高公園です」

優「ここは?」

亜里沙「病院!」

亜季「病院、入院患者でありますか!」

李衣菜「……時間って、そういうこと?起床時間前に抜け出してきたから?」

茜「わかりました!片っ端から電話をかけます!皆様はお待ちください!」

公園の花・7

交番

李衣菜「……」

優「……」

亜里沙「……」

亜季「……」

茜「わかりました。お忙しいところ、ありがとうございました!」ガチャン

李衣菜「どうでしたか……?」

茜「いませんでした!服部瞳子さんという入院患者はいません」

優「これで近隣の病院は全部当たったね」

亜里沙「ええ……」

亜季「S大学付属病院と市立病院と赤十字にいなかった時点で予想はしていたであります」

李衣菜「名前が嘘だったのかなぁ……」

亜里沙「そう思う?」

李衣菜「……ううん、そんな人じゃない」

亜季「なら、本当であります」

亜里沙「私も信じていいと思うな」

茜「じゃあ、なんでいないのでしょう?」

優「……いないから?」

亜季「どういう意味でありますか?」

優「その、幽霊とか」

公園の花・8

交番

李衣菜「幽霊……?」

茜「幽霊ですか……?」

亜季「否定が出来ないのが困るであります」

亜里沙「優ちゃんは、なんでそう思ったの?」

優「昨日、N高校の生徒が言ってたウワサがあってぇ」

亜里沙「花の下に死体があるって、ウワサ?」

優「うん。だから、なんとなく」

李衣菜「……そうとは、思わないです」

茜「信じられないというか、そうなると警察ではどうしようもありません!」

亜季「そうでありますな。餅屋は餅屋、であります」

亜里沙「餅は餅屋じゃないかしら……」

亜季「相談してみるであります。夜に根高公園に来てもらっても良いでありますか?」

李衣菜「夜ですか?」

亜季「はい。ちょっと諸事情あるであります」

李衣菜「わかりました」

茜「時間があれば引き続き調べておきます」

李衣菜「ありがとうございます」

優「お邪魔しましたー」

公園の花・9

SWOW部室

夕方

恵磨「ただいまっ!」

久美子「ただいま」

時子「おかえりなさい。何か進展はあったかしら」

久美子「変な話は聞けたわ」

時子「変な話?」

恵磨「失語症の話、覚えてる?」

時子「ええ。それがどうかしたのかしら?」

久美子「ウワサどころか被害者も見つかったの」

時子「へぇ。被害者は?」

久美子「失語症になったのはうちの学生。聖書研究会所属のクリスチャン」

恵磨「失語症自体は、突然治ったらしいよ」

時子「フムン、的外れなウワサじゃなくて、事実に即したものだったのね」

恵磨「で、これからが重要なんだけど」

時子「そうでしょうね、私が調べろ、と言ったことは違うわ」

久美子「その人が、失語症になった場所は根高公園だって」

時子「何か関係はあるのかしらね」

恵磨「わかんない」

時子「調べればわかるでしょう」

久美子「優ちゃんからは連絡あった?」

時子「ええ。別の行方不明者が見つかったから、探しているらしいわ」

恵磨「その人は見つかりそう?」

時子「見つかるどころか、幽霊説まで出てたわよ」

久美子「……それは大変ね」

時子「結果は明日にでも聞きましょう」

久美子「何かが起こってることは間違いないものね」

公園の花・10

根高公園・河川敷



亜季「来たでありますな」

優「あの子が裕美ちゃんなんだ」

関裕美「亜季さん!」

関裕美
吸血鬼。亜季と縁のある少女。オデコがチャーミングな14歳。

亜季「裕美殿、こんばんはであります」

裕美「こんばんは。えっと……」

亜季「紹介するであります。持田亜里沙殿と太田優殿であります」

亜里沙「こんばんは」

優「こんばんはー」

裕美「……」ジッ

優「あたしに何かついてる?」

裕美「あの、亜季さん」

亜季「なんでありますか?」

裕美「……えっと」

亜季「どうしたでありますか?」

裕美「ううん、なんでもない。そう、芳乃さんに来てもらったんだ。芳乃さん、こっち」

依田芳乃「失せものをお探しの方はどなたでしてー?」

依田芳乃
退魔師。和装の少女。特技は失せもの探し。

李衣菜「私です」

芳乃「悩みはありませんかー?」

李衣菜「えっ?」

芳乃「忘れてくださいー。何をお探しでしょうー?」

優「なんだか、ゆっくりとした子だねぇ」

亜季「常にこんな感じであります」

李衣菜「人を探しているんです」

芳乃「どなたでしょうかー?」

李衣菜「服部瞳子さん、です」

芳乃「良い響ですー」

裕美「なにかわかる?」

芳乃「少しだけお待ちくださいー」

亜季「目をつぶったであります」

亜里沙「何かわかるのかしら?」

李衣菜「……」

芳乃「お待たせしましたー」パチッ

李衣菜「どうなんですか?」

芳乃「簡単には見つかりそうもないですー」

李衣菜「そうですか……」

亜季「……何故でありますか?」

芳乃「何も感じられないのでしてー」

優「何もない?」

芳乃「もしも、物の怪の類でしたらー見つかるのでありましてー」

裕美「それも、ないの?」

芳乃「ええー」

亜里沙「綺麗さっぱりいなくなってる……?」

芳乃「何かが大きく動いたように思えるのでしてー」

優「痕跡ごと連れ去られた?」

芳乃「ごめんなさいですー」

李衣菜「……でも、それなら」

亜季「それなら?」

李衣菜「生きてる可能性もあるってことだよね?」

優「うん、そうだね」

李衣菜「なら、探してみる」

芳乃「お気をつけくださいませー。加護を受けし者が力となってくれるでしょうー」

亜季「ええ」

裕美「亜季さん、この公園も見回ってみるね」

亜里沙「……あら?」

亜季「お願いするであります」

李衣菜「あの、明日からもよろしくお願いします!」

優「任せてー。明日の夜明け前はあたしも公園に行ってみるねぇ」

公園の花・11

幕間

次は枯れない花になりたい。

いいえ、枯れてもいい。また、来年咲けるのならば。

花になれなくてもいい。

せめて、次の春に誰かを喜ばせられるものを残したい。

何も叶わなかったから、せめてあの子の夢がかなうと信じてる。

その気持ちだけは残したい。

幕間 了

公園の花・12

翌朝

太田優の自室

優「ふあああ、夜明け前だとやっぱり眠いねぇ」

アッキー「……」

優「アッキーも眠いよねぇ。あたし一人で行ってくるねぇ」

アッキー「……」トテトテ

優「もう、無理して起きなくていいのにー」

アッキー「くぅーん」

優「アッキーったら寂しがりなんだからぁ♪一緒に行こうねー」

アッキー「わん!」

公園の花・13

根高公園・河川敷

夜明け前

優「アッキー、誰もいないねぇー」

アッキー「……くぅん」

優「ちょっとお散歩する?遠くにいかないでねぇ」

アッキー「わん!」トテトテ

優「服部さん、いますかー?いないよねぇ」

アッキー「……」タッタッタ

優「ねぇ、アッキー……アッキー?」

優「あれ、アッキー、どこ?アッキー!」

優「あの子じゃ、そんなにすぐに遠くにいけないのに……アッキー、アッキー!」

公園の花・14

根高公園・河川敷

夜明け前

李衣菜「……今日もいないか」

李衣菜「あれ、なんだろ、これ」

李衣菜「黒い羽根?カラスかな……」

李衣菜「あれ、この子……優さんが写真見せてくれた犬だ」

李衣菜「倒れてる……?大丈夫?」

李衣菜「息苦しそう……なんでこんなところにいるんだろ?」

李衣菜「優さん、近くにいるのかな……」

公園の花・15

根高公園・河川敷

優「アッキー!アッキー!」

優「どうしよ……、アッキー、どこいったの!」

優「アッキー……」

李衣菜「優さん!」

優「わっ、びっくりした……アッキー!よかったぁ……」

李衣菜「あの、優さん……」

優「アッキー……?」

李衣菜「見つけた時からぐったりしてるんです」

優「アッキー、大丈夫……アッキー!」

李衣菜「……優さん」

優「アッキー、アッキーが……なんで」

李衣菜「人を呼びましょう、優さん!」

優「アッキー……」

李衣菜「うう、ショックが大きすぎてるかな。えっと、亜里沙さんでいいかな」

優「ごめんね、アッキー……あたしが目を離さなければ……」

李衣菜「もしもし!ごめんなさい!早く来てください!」

公園の花・16

根高公園・河川敷

惠「優ちゃん!」タッタッタ

優「惠ちゃん……アッキーが……」

惠「ちょっと見せて……大丈夫よ、命には別状ないわ」

優「でもぉ……」

惠「大丈夫。あなた達は勝手に離れたりしないでしょう?」

優「……ううん、違う、あたしなんて」

惠「優ちゃん……?」

優「アッキー……」

惠「……」

李衣菜「あの」

惠「連絡してくれた、多田さんね。伊集院です」

李衣菜「多田李衣菜です」

惠「優ちゃんとアッキーは任せて」

李衣菜「お願いします」

惠「あなたは心配しなくていいわ」

李衣菜「なんだか、不気味で……」

惠「何がかしら?」

李衣菜「キツネとかに化かされてるんじゃないかって」

惠「……キツネに関しては否定しておくわ。そんな生易しいものじゃないの」

李衣菜「あと……これが落ちてました」

惠「大きな黒い羽根ね……何かしら……わかる?わからないわよね」

李衣菜「……アッキー元気になるといいですね」

惠「絶対に元気になるわよ……わかった、言っておくわ。多田さん?」

李衣菜「何ですか?」

惠「あなたが探している人は、幽霊ではないと思うわ。ちゃんと、どこかにいる人のはず」

李衣菜「え?」

惠「行くわ。優ちゃん、車まで走れる?」

優「……うん」

惠「急ぎましょう。またね」

李衣菜「連絡くださいね!」

李衣菜「……行っちゃった」

李衣菜「どこかにいる人か、瞳子さん……」

公園の花・17

SWOW部室

優「大丈夫だからねぇ、アッキー……」ナデナデ

アッキー「ゥゥ……」

時子「優から説明させるのも酷ね。惠、状況を」

惠「アッキーの命に別状はないわ」

久美子「獣医さんの見解は?」

惠「理由不明。少なくとも体調の異常ではない」

恵磨「それじゃ、なんなの?」

惠「ストレスとか」

時子「かまい過ぎなところはあるけど、優がアッキーに過度なストレスを与えるとは思わないわ」

亜里沙「同感」

亜季「なら、なんでありますか?」

惠「わからないわ……状況もよくわからないし」

恵磨「急に姿が見えなくなって、李衣菜ちゃんがアッキーを見つけてきた」

久美子「河川敷で急に見えなくなるかしら?」

亜季「優殿が見てない隙というと、かなり短時間であります」

恵磨「うーん、いなくなったは置いとくとして、何があったん?」

亜里沙「それもよくわからないところね」

時子「何があったら、あの状態になるのかしらね」

惠「……さぁ」

恵磨「夜明け前の公園で何があるんだろ?」

惠「そういえば、多田さんがこれをくれたわ」

亜季「羽根でありますか?」

亜里沙「ん……?」

時子「黒い羽根のようね」

恵磨「なんだろ、カラス……じゃないよね」

久美子「アッキーについてたの?」

惠「そうみたい。何か、怪しいものだとは思うのだけど……」

亜里沙「ねぇ、惠ちゃん」

惠「何かしら?」

亜里沙「これ、鳥じゃないよね」

亜季「鳥じゃないなら、なんでありますか?」

亜里沙「それは……わからないけど」

優「……」

時子「優、大丈夫?」

優「……うん、アッキーは大丈夫」

時子「あなたもよ」

優「大丈夫、アッキーを助けないと」

久美子「ムリはダメよ」

優「ううん、大丈夫。あたしがやらないと」

惠「……」

時子「止めないわ。それで、何か案でも?」

優「……」

亜里沙「特にないのね……」

優「……アッキーがね」

恵磨「アッキーが?」

優「何か話しそうにしてるの……でもぉ」

亜季「アッキーの言葉は理解できないでありますな」

久美子「被害者に意識がなかったり、動物だったり、大変ね」

優「動物と話せる人なんて……いないもんね」

時子「……」

亜季「日野巡査から良い進展は聞けていませんし、さて……」

恵磨「どうしよっか」

時子「いるじゃない」

亜里沙「なに、時子ちゃん?」

時子「動物と話せればいいわけよね?」

優「……うん」

時子「呼ぶわよ」

恵磨「動物と話せる……え?響ちゃん?」

時子「我那覇響を呼べばいいんでしょう」

惠「……アイドルよね?」

時子「父親のツテでなんとかなるわよ」

久美子「でも、お父さんの力借りたくないんじゃ……」

時子「そんなのどうでもいいわ。優とアッキーが優先よ」

優「時子ちゃん……」

時子「連絡を取るわ。ちょっと待ってなさい」

公園の花・18

S大学付属高校・食堂

木村夏樹「よ、だりー」

木村夏樹
李衣菜の音楽仲間。来春に高校を卒業する。

李衣菜「なつきち」

夏樹「昨日は何があったんだ?」

李衣菜「ちょっと、うん」

夏樹「肝心なことを隠すよな、だりー」

李衣菜「そう?」

夏樹「そうそう。普段は正直なのにさ」

李衣菜「そうかなぁ……?」

夏樹「先週くらいは落ち込んでたのに、復活してるしさ」

李衣菜「気づいてたんだ」

夏樹「気づくって。よし、それじゃ練習すっか」

李衣菜「うんうん」

夏樹「そういえば、曲作るとか言ってたよな。あれ、どうなったんだ?」

李衣菜「あはは、それは……」

夏樹「ま、ある日ふとできたりするさ」

李衣菜「間に合うかなぁ」

夏樹「ん、発表するのか?」

李衣菜「なんでもない。さっさといこう!」

夏樹「……だりー、やっぱり何か隠してないか?」

李衣菜「もー、私にも一つや二つプライベートがあるの!」

夏樹「昨日もデートだったのか?」

李衣菜「違う!」

夏樹「冗談だって、せっかくの3連休中日だしさ」

李衣菜「……あっ、思い出した」

夏樹「どうした?」

李衣菜「今日って、何日?」

夏樹「9月23日、秋分の日だろ」

李衣菜「……まさか、そんなことないか」

夏樹「どうした?」

李衣菜「ううん、なんでもない」

夏樹「変な奴。さ、行こうぜ」

李衣菜「うん」

公園の花・19

SWOW部室

時子「ここが部室よ」

響「はいさーい!」

恵磨「765プロのアイドルが本当に来た……」

久美子「連絡してから半日も経ってないわよ……」

惠「えっと、我那覇響さんですよね?」

響「うん。突然呼ばれてびっくりしたぞ」

亜里沙「どうやってきたの?」

響「えーっと、事務所に帰ってきたら社長に呼ばれて、降りて行ったらベンツが停まってて、それでここまで」

久美子「時子ちゃんが同行したんだよね?」

時子「そうよ」

響「自分、リムジンなんて初めてだったから落ち着かなかったさ」

亜里沙「うん、そうよね」

恵磨「サイン、もらっていいかな……」

時子「後になさい。とりあえず、お茶でも出すわ」

亜季「淹れるであります」

響「お茶もあとで」

久美子「話は聞いてる?」

響「うん、アッキーはどこ?」

時子「向こうよ」

響「お邪魔するぞ」

優「……あっ」

時子「我那覇響さんよ」

優「来てくれたんだ……」

響「困ってるなら放っておけないさ!」

優「……ありがとう。アッキー、何か話したがってると思うの」

響「うん、何か言いたげにしてる。傍に行っていい?」

優「どうぞ」

響「アッキー、こんにちは……」

惠「……話始めたけど」

亜季「本当に話してるのでありますか?」

時子「本人曰く話せるわ。話してもらえないと困る」

亜里沙「ええ、信じるわ」

響「……」

優「……何か、言ってる?」

響「もうちょっと待って」

公園の花・20

SWOW部室

恵磨「……話してる?」

惠「わからない……」

亜季「お茶入れたであります」

久美子「ありがと」

響「わかった。大丈夫だからな、アッキー」ナデナデ

時子「終わったようね」

優「どうだったの……?」

響「話せない」

亜季「なんと、キャラ造りでありましたか」

亜里沙「芸能界って大変ねぇ」

響「ちがーう!話せないのは自分じゃないさ!」

優「……どういう意味?」

響「話せないのは、アッキーの方」

久美子「話せない……?」

時子「フムン、お茶も入ったことだし、席に案内してあげて」

惠「ええ。響さん、こっちにどうぞ」

公園の花・21

SWOW部室

優「……アッキーは話せない」

響「話したくても話せない、なんだろ……」

時子「ストレスかしら」

響「違うと思うさ。カットも毛並みも綺麗だし、飼い主さんが大切にしてるのが良くわかる」

惠「でしょうね。私たちが良く知ってるわ」

響「純粋に話せなくなってるから、こういうのは……なんていう言うんだっけ?」

恵磨「失語症?」

響「そう、それ!」

久美子「失語症、また根高公園ね」

響「でも、病気じゃない。ストレスとかじゃなくて……」

優「なら、なに?」

響「催眠術、強い暗示だと思う」

惠「……強い暗示」

亜季「強い暗示でありますか」

響「こんなことするなんて信じられないぞ」

時子「待って」

優「時子ちゃん、なに?」

時子「催眠術を知ってるわね?」

響「知ってるさ。前に撮影で見たぞ」

時子「どうやってたかしら」

響「ゆっくりと言葉をかけて……」

時子「ストップ。質問を変えるわ。アッキーは人の言葉を理解してる?」

響「たぶん、ある程度は通じてると思うけど……」

恵磨「あ、そういうことか!」

時子「催眠術でもなんでもいいわ。どうして、アッキーを対象にできるのかしら」

響「動物と話せないといけない……?」

亜里沙「なるほど」

亜季「もしくは、でありますが」

惠「亜季ちゃん」

亜季「……後にするであります」

時子「ありがとう、我那覇響」

響「お役に立てた?」

優「うん、ありがと」

時子「次の仕事があるんでしょう、送るわ」

響「お願いするさー。元気出すんだぞ、アッキーのお姉さん」

優「うん……」

公園の花・22

SWOW部室

時子「失語症ねぇ」

恵磨「動物まで失語症にさせられる存在か」

久美子「失語症だけど、前例だと突然治るらしい……」

優「……」

久美子「突然なんて信じないわよね。何かの方法で治ると思う」

恵磨「それも調べないとだよね」

時子「あとは暗示ね」

亜季「先ほど、裕美殿に聞いてみたでありますが」

亜里沙「寝てたでしょうにね」

亜季「そんな高度な暗示はかけられないらしいであります。いくらなんでも、言葉の通じない獣に対しては」

恵磨「吸血鬼でそれなら、他は?」

惠「……ムリでしょうね」

時子「動物と話せる人物は?」

優「……いないと思う」

惠「獣に暗示をかけられる存在か……」

亜季「……惠?」

惠「……ちょっと、出てくるわ」

亜里沙「どこに?」

惠「ずっと考えてるの。少しだけ、気になってることがあって」

亜季「何でありますか?」

惠「……今は聞かないで」

時子「信じるわ。行ってきなさい」

惠「ありがとう」

優「犯人につながること……?」

惠「まったく見当はずれかもしれない。でも、可能性はある」

優「じゃあ、あたしもいく」

時子「優、あなたはダメよ」

優「なんで、じゃあ、あたしはどうしたらいいの!?」

久美子「優ちゃん……」

時子「……それでもダメよ」

優「あたしは、あたしは戦うの」

時子「だから、ダメよ。少なくとも落ち着きなさい」

亜季「……」

優「時子ちゃんのわからずや!」

時子「でも、出ていけないでしょう」

優「……わかってて聞いてるのは、ずるいよ」

時子「……」

亜里沙「優ちゃん、落ち着いて」

優「……落ち着いてる」

亜里沙「落ち着いてない」

優「……落ち着いてないといけないの」

亜里沙「……わかった。時子ちゃんもわかってる?」

時子「わかるわよ」

優「……」

時子「惠と行ってきなさい」

優「……いいの?」

亜里沙「アッキーも心配しないでね。見てるから」

優「うん」

惠「行きましょうか、その……」

亜季「……」

惠「優ちゃん、少しだけ覚悟して」

優「大丈夫、あたしは戦えるよ」

時子「……」

公園の花・23

SWOW部室

亜里沙「アッキーちゃん、よしよし」

恵磨「大丈夫かな?」

久美子「優ちゃんのこと?」

恵磨「うん」

亜里沙「優ちゃんもスイッチが入る時があるのね」

時子「常時お気楽だと思っていたけど、事態が事態のようね」

亜季「……」

時子「亜季、惠が言っていたことに心当たりは?」

亜季「おそらく、キツネの事件に関することだと思うでありますが……」

亜里沙「詳しくはわからないのね」

恵磨「失語症の話ともつながったね」

久美子「行方不明にならない場合は、失語症を患って発見される?」

時子「どうもそのようね」

亜季「あとは、服部瞳子殿のことでありますな」

亜里沙「うーん、何か手がかりでもあればいいんだけど……」

コンコン!

時子「来客ね、お通しなさい」

亜季「了解であります」

公園の花・24

S大学駐車場

惠「ええ、お願いします。それでは」

優「……連絡取れた?」

惠「ええ。準備してくれるわ」

優「どこに行くの?」

惠「留置所よ」

優「留置所……」

惠「ごめんなさい、ね」

優「ううん、ちょっとびっくりしただけ」

惠「……」

優「惠ちゃん?」

惠「ありがと。行きましょう」

公園の花・25

SWOW部室

李衣菜「えっと、こんにちは!」

亜里沙「こんにちは、李衣菜ちゃん」

李衣菜「あっ、亜里沙さん、よかった、合ってた」

時子「どなたかしら?」

亜季「昨日話していた多田李衣菜殿であります。服部瞳子殿を探していた」

恵磨「アッキーを見つけてくれた子だね」

時子「そう。はじめまして、財前時子よ。おかけなさい」

李衣菜「は、はい」

亜里沙「そんなに緊張しなくていいのよ」

時子「それで、何かごようかしら?」

李衣菜「気になっちゃって……同じキャンパスにいるからいてもたってもいられなくて」

恵磨「同じキャンパス?」

亜里沙「付属高校の生徒なんだって」

時子「へぇ。それで、気になることはなにかしら?」

李衣菜「まずは、アッキーは無事ですか?」

亜季「無事であります。状況は良くなっておりませんが……」

李衣菜「……そうですか」

久美子「でも、進展はしてる」

時子「その通り。だから心配はいらないわ。なんとかするわ、必ず」

亜里沙「他にも気になることがあるんでしょ?」

李衣菜「はい、瞳子さんが言ってたことが気になって」

亜季「何か言ってたでありますか?」

李衣菜「先週の金曜日って、何日ですか?」

恵磨「えっと、20日」

李衣菜「でも、瞳子さん、21日だって言ってたんです」

亜季「間違えた、わけではないと?」

李衣菜「21日の金曜日だって、確かに」

恵磨「どういうことかな?」

時子「亜里沙」

亜里沙「はーい」

時子「考えられることは?」

亜里沙「単純に間違えた」

李衣菜「でも、それは違うと思うんです。日にちを気にしてたから」

亜里沙「それなら、本当に彼女のその日は21日だった」

李衣菜「……」

時子「多田李衣菜、あなたは答えを持っているから来たのでしょう」

久美子「21日の意味は?」

李衣菜「……別のところとつながってる。瞳子さんは21日が金曜日になる日に生きてる」

亜里沙「……」

恵磨「別の場所とつながってる……そうか、それだとアッキーの話もつながるね」

亜季「目を離した隙に違うところに迷い込んだでありますか?」

李衣菜「うん、そうだと思う。アッキーも瞳子さんも、私の前にいきなり現れてた」

時子「亜里沙」

亜里沙「うん、21日が金曜日になる日を調べてみるね」

時子「多田李衣菜、彼女はどっちから来たと思うかしら」

李衣菜「あの、疑わないんですか?」

時子「疑うだけムダよ。私は解決して、アッキーと優が元気になればそれでいいのよ。私の質問に答えなさい、多田李衣菜」

亜里沙「うん、直近だと2007年か2018年のどっちか」

李衣菜「公園は同じみたいだし……あ、ウサミンを知りませんでした」

恵磨「ウサミンを知らない、か。そろそろブレイクが来る気がするんだよなぁー」

久美子「恵磨ちゃんの勘だと過去?」

亜季「いや、それが核心じゃないであります。河川敷で会っていたでありますな?」

李衣菜「はい」

久美子「そうか。再開発がそろそろよね?」

時子「2016年に工事開始よ。2018年には終わってるはず」

亜里沙「それなら、2007年。6年前ですね」

恵磨「本当なら、見つかるはずないね」

亜季「6年前でありますか……公園の資料の保存期限より前かつ管理会社が変わる前であります」

亜里沙「もっと前の可能性もあるけど」

李衣菜「うーん、そんな昔の人には思えませんでした」

時子「外れてから考えなさい。亜季」

亜季「はい」

時子「多田さんを連れて、日野巡査のところへ」

亜季「了解であります!行きましょう、李衣菜殿!」

李衣菜「あっ、待ってください!」

時子「亜里沙、久美子」

久美子「なに?」

時子「公園の管理会社、前の管理会社を当たってきなさい」

亜里沙「わかった。いってきます」

久美子「6年前ね、まずは」

時子「ええ」

恵磨「アタシは?」

時子「公園へ。6年前だと優はもちろん、優の公園仲間でも知らない。新しい話を仕入れてきなさい」

恵磨「オッケー!時子ちゃんはアッキー見ててね!」

時子「もとよりそのつもりよ。行ってきなさい」

恵磨「いってきまーす!」

公園の花・26

某留置所

惠「青木警部補」

青木聖「久しぶりだな」

青木聖
刑事一課の警部補。N高校の事件では惠と協力して捜査にあたった。

惠「……いかがですか」

青木「順調なら、彼女はここにはいないさ」

惠「問題が?」

青木「責任能力の有無だ。かなり弁護側にごねられてる」

惠「……」

青木「それは司法側の仕事だ。君が気に病むことじゃない」

惠「ええ……」

青木「そちらの方は?」

惠「私に協力してくれる人よ。太田優さん」

優「太田です」

青木「青木だ」

惠「警部補、そろそろ」

青木「ああ、私は外で待ってる。何かあったら、いや、ないだろうが、呼びたまえ」

惠「感謝します」

公園の花・27

某留置所・面会室

惠「お久しぶりね、小早川紗枝」

小早川紗枝「……伊集院はんか」

小早川紗枝
N高校の事件の犯人。そして、狐憑き。彼女の被害者は延べ12人。

優「……この子が」

惠「……」

紗枝「会いにきやはったんに酷い表情……当たり前どすなぁ」

惠「……聞きたいことがあるの」

紗枝「今も夢見てはるよう。あの人、ここにいはるよう」

優「……」

紗枝「質問、ええどすか?」

惠「どうぞ」

紗枝「うち、狐に化かされてとったんやろか」

惠「あなたは、どっちの答えが聞きたいの?」

優「どっち……?」

惠「救われたいの、それとも逆かしら」

紗枝「さぁ……どっちやろうなぁ」

惠「狐に憑かれていたのは本当よ。でも、それ以上は答えない」

紗枝「……そう」

惠「本題に戻るわ。あなたの事件について答えて」

紗枝「警察に、医者に、何度も何度も話したんや。もう、あらしまへん」

惠「凶器を教えなさい」

優「凶器……」

紗枝「……知っとるやろ。脇差どす」

惠「違うわ。まずは村松さくら」

紗枝「ああ、使こうてまへん」

惠「ええ、彼女は違うからよ。次は杉坂海」

紗枝「血を集めるにはあれが良かったんどす」

惠「質問するわ」

紗枝「……」

惠「なぜ、杉坂海さんのケータイで彼女の名前を使ったの?」

紗枝「……覚えてまへん」

惠「そうね。では、次。喜多見柚さん」

紗枝「……」

惠「なんで、突き落としたの?」

紗枝「……串刺しのため」

惠「だけど、あなたにとっては無意味よ」

紗枝「どういうことどすか」

惠「あなたの心情からして、脇差を使わない理由がない。そして、狐憑きとしては血を無為にする意味がない」

紗枝「何が、言いたいんどす……?」

優「……暗示」

惠「もう、あなたに狐は憑いていない。だから、無駄なことだけど言うわ」

紗枝「……」

惠「あそこには、狐より上の存在がいたのよ」

優「獣に暗示をかけられる存在……」

紗枝「なら……うちに聞いても無駄やろ」

惠「犯行を実行したのはあなたよ。だから、あなたに聞くわ」

紗枝「……」

惠「どうやって、どうして、視聴覚室に入ったの?」

紗枝「覚えてまへん……なんで、やろ」

惠「理由がないのよ。犯行の場所を選んだ理由も、使える理由もない」

紗枝「……」

惠「あなたは操作されたの。獣すら操る存在に」

優「……誰」

惠「物理的に視聴覚室のカギを持ち、あなたに接触できる人物」

紗枝「へぇ……もう、どうでもいいことどす」

優「あたしたちにはそうじゃないの!」

惠「抑えて、優ちゃん。犯人の検討もついてる」

紗枝「そうやなぁ……不気味なところ、ありましたなぁ」

惠「犯人は、視聴覚室のお姫様よ」

公園の花・28

SWOW部室

時子「わかったわ、惠。無理はしないように」

プルルル……

時子「亜里沙、私よ。何かわかったしら」

時子「上々ね。すぐに帰ってきなさい」

時子「次は……」

バターン!

恵磨「時子ちゃん!」

時子「あら、恵磨。早かったわね」

恵磨「聞いてよっ!」

時子「落ち着きなさい。要点を一言で」

恵磨「次の失語症患者を連れてきた」

時子「わかった。すぐに入れなさい」

恵磨「うん。入って」

響子「……」

時子「あら、というか」

響子「……」

恵磨「五十嵐響子さん。知ってるよね?」

時子「ええ。N高校の生徒ね」

ゆかり「響子さん……」

響子「……」フルフル

恵磨「とりあえず、座って」

響子「……」コクリ

時子「筆談は?」

恵磨「ダメだった。手が震えて書けない」

時子「相手も周到ね」

ゆかり「響子さんなら……話さなくても通じると思っていたのに……」

時子「そこまで通じ合わなくていいから、言葉があるのよ」

恵磨「そういえば、犯人はわかったの?」

時子「おそらくは。だから、話を聞くわ」

ゆかり「……」

時子「どんな状況だったのかしら?」

ゆかり「一緒に歩いていたんですよね、響子さん」

響子「……」

恵磨「歩いてたのは根高公園の北側」

時子「失語症になったのはどんな時?」

ゆかり「急に見失ってしまいまして……直後に、倒れてる響子さんを見つけて……響子さん、ごめんなさい……」

恵磨「優ちゃんとアッキーと同じだね」

時子「そうね。だから、同一犯」

ゆかり「響子さん……何を見たんですか」

響子「……」パクパク

時子「首を振ることはできるのね。なら、聞けるわ」

恵磨「何を?」

時子「何を見たかは私たちが突き止めるわ」

ゆかり「……」

時子「見たのは、速水奏」

響子「……!」

時子「ビンゴ。連絡先を教えなさい」

公園の花・29

交番

茜「はい!ありがとうございます!」ガチャン

亜季「どうでありましたか?」

茜「見つかりました!服部瞳子さんは6年前に赤十字病院に入院してました!」

李衣菜「ホント!?」

茜「ええ!綺麗な人なので、ベテランの看護師が覚えていたようです!」

亜季「今はどこにいらっしゃるでありますか?」

李衣菜「良かった……お礼を言わなくちゃ」

茜「……」

亜季「日野巡査……?」

茜「亡くなっております……彼女は26歳の誕生日を迎えられなかったようで……」

李衣菜「え……?」

亜季「そうでありますか……」

茜「今探してもいないわけです。入院していた時も別の住所でした」

李衣菜「え……それじゃ、何も、私は何もできないの?」

亜季「……」

李衣菜「そんな……そんな、瞳子さん」

茜「行きましょう」

李衣菜「はい?」

茜「何個か遺品を預かってるそうです。看護師さんが彼女のことを覚えてるそうです」

李衣菜「……うん」

亜季「善は急げ、であります!」

メーデーメーデーメデメデメ-デー

李衣菜「誰のケータイ?」

亜季「エマージェンシーコールでありますな……もしもし、時子殿、お疲れ様であります」

茜「何かわかりましたか?」

亜季「わかったであります。戻るであります」ピッ

李衣菜「何か、進展が?」

亜季「犯人がわかったようであります」

茜「本当ですか!?」

亜季「日野巡査、調べ物をお願いできますか?」

茜「お任せください!」

李衣菜「私も何か……」

亜季「李衣菜殿は病院へ。服部瞳子さんのこと、聞いてくるであります」

李衣菜「でも……」

亜季「李衣菜殿は犯人を追う理由はいりません。その縁だけ追ってください」

李衣菜「わかった……ありがとう」

亜季「いえいえ。こちらこそ、ありがとうであります。仲間が助けられるであります」

公園の花・30

SWOW部室



亜季「お待たせしたであります!」

時子「来たわね」

亜季「状況はどうでありますか?」

惠「速水奏が見つからないわ」

優「……公園にはいると思うのだけど」

久美子「動物も消えてる、犯人は焦ってる可能性があるわ」

亜里沙「その理由は、わからないけど」

恵磨「失語症の被害者も増えた」

時子「久美子、6年前に何か起こっていたのかしら?」

久美子「ええ。まずは、焼却炉にハトの死骸」

亜里沙「どこから持ってきたかわからないほどの量」

優「……過去へ持って帰ってる」

亜季「服部瞳子さんも6年前にはいました。今は亡くなっておりますが……」

優「そうなんだ……」

亜里沙「身元不明の遺体も6年前のこの時期に何人か見つかってるの」

久美子「理由も原理も全くわからないけれど」

優「ちょっと、トイレに行ってくるね……」

時子「ええ。これで6年前につながっていることは確かよ」

恵磨「動物にも暗示をかけられる存在も見つかった」

惠「……狐憑きに影響を与えられる」

時子「だから、速水奏が犯人で間違いない」

亜季「日野巡査に調べてもらったでありますが、どうやら書類は偽造でありますな」

亜里沙「いつごろから、速水奏になったの?」

惠「……3年前の藤の時期よ」

久美子「それ、誰から聞いたの?」

惠「……びっくりすると思うけど」

亜季「誰でありますか?」

惠「彼女の両親よ」

亜里沙「……本当の両親じゃないわよね?」

惠「ええ。気づいてた、というか……」

久美子「なんなの?」

惠「暗示が解けた、みたい」

恵磨「暗示が解けた……?」

久美子「やっぱり、何かキーがあるってことね」

時子「何か、心当たりはあるのかしら?」

惠「ないわ……残念だけど」

亜里沙「失語症と行方不明はどうやって分けられるのかしら」

恵磨「程度の問題じゃないかな。軽いなら言葉だけ奪われる」

時子「酷い時は命ごと」

亜里沙「それをわけるのは……何かしら?」

亜季「考えても答えは出ないであります」

時子「……速水奏を見つけるしかないわ。彼女が何者で何を目的としているかも」

亜里沙「ええ」

久美子「でも、どうやって見つけるの?」

惠「特定の時間、特定の場所で6年前とつながる。彼女はそれを利用できる」

亜里沙「それを特定するのは苦難の技だけど、私たちは知ってる」

恵磨「それが、李衣菜ちゃんと服部瞳子さん」

時子「それは偶然だった。でも、それがこの事件を解決するわ」

久美子「時間は朝」

亜季「場所は河川敷」

惠「多田さんと優ちゃんが詳細な場所と時間を特定できる」

亜季「そこしかないであります」

時子「ええ、次の朝に行くわよ」

惠「……あら?」

久美子「待って……優ちゃん、トイレ?」

恵磨「えっ?待って、見てくる!」バタン

亜里沙「……もう」

時子「気持ちはわかるわ。でも、まずいわ」

恵磨「いない!」

亜季「本当に緊急事態であります!!」

時子「声が大きいわ、亜季。アッキーは見てるから、探してきなさ……」

バターン!

裕美「亜季さん!何か、あったの!?」

時子「あら、可愛い服装じゃない」

恵磨「マイディアヴァンパイアだ。すごいっ!」

亜里沙「いや……そこは問題じゃないかなぁ」

久美子「ええ。でも、色々わかった。そういうことね……」

亜季「すぐに来た理由はおいておくであります。裕美殿、ご協力ください!」

裕美「……何かあったの?」

亜季「優殿を探すであります!」

満開の下・1

幕間

まるでシャンデリアのように、紫色の淡い光が天にはじけては消えた。

現れて、またたいて、消える。

紫の光点達は、まるで満開の藤の花。

小さな水滴が聞こえてくる。

地面に満たされた水に落ちては広がって、やがて消える。

彼女は佇む。背中の羽根を、奇異の目で見る人間どもはここにはいない。

彼女はそっと手を伸ばす。ぽっかりと空中に空いた穴に。

彼女は投げ入れる。ぼんやりと光る球体が穴に吸い込まれて消えた。

彼女には時間がなかった。約束の時間まではもう少し。逃したら、ここもこの穴も消えてしまう。

でも、これで終わりと。彼女は安堵の息をつこうとしていた。

だから、隙があった。

ぴちゃりぴちゃりと水を踏む音が聞こえて、彼女は振り返る。

どこにでもいそうで、どこにもいない、思いつめた目をした女性が立っていた。

幕間 了

満開の下・2

優「速水奏……さんだよね?」

奏「……違う」

優「じゃあ、なに?」

奏「名前は私が隠れ蓑として使った夫婦が、授からなかった子供のために用意していたもの」

優「……」

奏「私の名前は、こんな世界で価値はないの」

優「だから、酷いことだって出来るの?」

奏「帰るの。ここより上の世界へ」

パッ!

優「明るくなった……なに、これ……」

奏「魂を集めろと、それなら帰してあげると」

優「誰、これ、この動物たち、なに?あなたがやったの?」

奏「ええ……それが?」

優「あなたは……何者なの?」

奏「この地獄にいるべきではない、それだけです」

優「羽根が……」

奏「見えてるかしら、白い羽根が。私の自慢なの」

優「え……」

奏「驚いても仕方がないと思う」

優「違う、あなた、見えてないの?」

奏「何か?」

優「……公園で魂を集めていたのは、あなた」

奏「ええ。私」

優「あなたには、それができる……」

奏「はい。私は、あなた達と違うから」

優「失語症も……あなたの仕業?」

奏「ええ。強固に結びついた魂は奪えなかった……だから、口を閉じた」

優「返して」

奏「人間なんかに返すものなんてありません」

優「アッキーを返してよ!」

奏「ペットの名前ですか……強固なつながりを持っているとは、所詮は畜生同士ということ」

優「違う!あなたが天使なんだか、悪魔なのか知らないけど、ここであたし達も動物も生きてる……」

奏「見てました」

優「見てた……?」

奏「この世界を。雑多で争いが絶えなくて。少しだけ、興味を持った」

優「……」

奏「愚かで、愛を知らないものに」

優「……」

奏「だから、変な誘いに乗ったのね。私はここに墜ちてきた。でも、それで今日も終わり」

優「……!」

奏「あなたの魂もこちらへ。一緒に連れて行ってあげる」

満開の下・3

SWOW部室

アッキー「……」

時子「立ち上がってはダメよ」

アッキー「……」

時子「ご主人様の気持ちがわかるのかしらね。それとも……」

アッキー「……」

時子「守りたいのかしら、優を」

満開の下・4

優「魂は奪え、なかったでしょ……?」

奏「何故……何故?」

優「だって、あるもの。あたしにはあるもん」

奏「この墜ちた世界に、そんなものがあるの……」

優「3年もいて、そんなことにも気付けなかったんだ」

奏「3年……なんで、それを」

優「聞いたんだ」

奏「誰に……」

優「あなたが、支配できると思ってたお父さんとお母さんに」

奏「え……?そんなはずは……」

優「自分たちの子供じゃないって、知ってたよ」

奏「……なぜ、そんなことを」


優「あなたが、孤独だったから」

奏「……」

優「この世界で、自分たちが手を伸ばしてあげないと、って」

奏「……映画の見過ぎよ」

優「あなたが、お父さんとお母さんを理解するために見続けた映画みたい」

奏「何が、わかるの……」

優「それなのに、どうして……孤独な魂を奪い続けたの?」

奏「この世界が、醜いから、私のいる清浄な世界に帰りたいから」

優「……本当に?」

奏「……」

優「この世界って、愛もない地獄だったの?」

奏「そうよ!そうなの!そうじゃなかったら、この手を血に染めてきた意味がないじゃない!」

優「なかった……ないの」

奏「あなたも落ちて。魂が奪えなくても、生きてるままここに落とせば魂は集められるの」

優「どうして、気づいてたのに……変えられなかったの?」

奏「黙って……」ピシピシピシ

優「弓と羽根が宙に……」

奏「浮かせた羽根はあなたを貫くわ。ここには弓もある。今すぐ、消えて」

優「行かない。アッキーを助けるまではいかない」

奏「なら、死ねばいいわ」

満開の花・5

ピュン!

奏「入り込まれた……何者?」

優「銃弾……?」

奏「入り口が開いてる……不安定になってる……?」

亜季「優殿!」

惠「優ちゃん!」

優「亜季ちゃん、惠ちゃん!」

亜季「おっと、なかなか物騒でありますな」

奏「銃を構えておいて、酷い言いぐさね」

惠「弓を構えてるあなたとはお相子だと思うわ」

奏「勝てるとでも?」

亜季「人間3人なら危ないところでありますが」

スタン!

裕美「優さん、私の後ろに」

優「裕美ちゃん……」

奏「へぇ、何者?」

裕美「ヴァンパイア」

奏「下品なこと」

裕美「あなたには言われたくない、堕天使さん」

奏「上と下がいることを思い出しましょう。さぁ、食らいなさい」ヒュン!

優「羽根が……裕美ちゃん!?」

裕美「大丈夫。この服ね、お裁縫上手な魔法使いが編んでくれたんだ。可愛いし、強いんだ」

奏「へぇ……」

裕美「私が……相手になるよ」

惠「優ちゃん、こっちへ」

優「惠ちゃん……」

惠「大丈夫。とりあえず、しゃがんで」

ヒュン!

亜季「危ないであります!」

奏「それが?そんな顔で睨まないで、吸血鬼さん?」

裕美「強い存在なんだね」

奏「さっきから目を合わせているのに、こちらの暗示も効かない。そちらこそ」

裕美「みんな、下がってて。行くよ」

奏「どうぞ」

満開の花・6

裕美「……はぁはぁ」

奏「終わりですか?」

亜季「くっ、銀の銃弾も効かないでありますか」

惠「まぁ、あの人たちがあまり会いたくないと言っただけあるわね」

優「裕美ちゃん……」

裕美「大丈夫」

奏「所詮は、この下の世界の存在。勝てはしません」

カチャン。

奏「開いた……」

裕美「なに……天井が開いた」

奏「やった……これで、やっと」

亜季「何が起こってるでありますか……?」

優「どこかに移動するの……?」

惠「……地面!」

裕美「……!ごめんなさい、掴んで飛びます!」

優「え、ひゃあ!」

奏「あははは……」

亜季「助かったであります」

惠「地面のあれ、なに……?」

裕美「上よりもまずいと思う……」

奏「え……なにこれ……待って」

優「沈んでる……?」

奏「待って、なに、私は上に行きたいの!約束が違う……」

バラバラバラ!

亜季「何か振ってきたであります」

裕美「大量のポストカード……?」

優「文字が書いてあるね……なになに」

『お疲れ様でした』

惠「なに、これ」

『必死にあがく姿、滑稽でした』

奏「や、やめて!」

優「羽根が……地面から伸びた手に掴まれてる……」

『魂なんか集められても使えないんです』

『そんな存在じゃないので』

亜季「……」

『楽しい世界だったでしょう?』

『愛は見つかりましたか?』

『哀れな堕天使さん』

優「沈んでる……」

裕美「近づいちゃ、だめ」

惠「……」

『約束なんですけどね、全部嘘です』

奏「嘘……?」

『違うところに連れていくことなんて簡単にできるんですよ』

惠「まさか……全部、必要なかった」

奏「そんな……それなら」

『とっても綺麗な黒い羽根』

亜季「起こしていた事件も意味がないと」

『あなたがやったことはすべてムダです』

『ムダムダ』

『出まかせを正直に信じるなんて、正直な天使さん』

奏「助けて!これより、下の世界なんてもういや!」

『世間知らずな天使さん。もっともっと地獄に行ってみる?』

優「……誰なの」

『6年前につなげたのも何の意味もありません』

裕美「……李衣菜さんと瞳子さんの出会いにも意味がないの?」

惠「それは……あると信じたいわ」

『ばいばい。少しは面白かったです』

『ばいばい』

『ばいばい』

『ばいばい』

奏「やめて!助けて、お父さん!お母さん!誰か……助け……」

ズボン

優「沈んじゃった……」
惠「……」

『更なる地獄へいってらっしゃい、孤独な堕天使さん』

公園の花・31

根高公園・北地区

亜季「空間が消えたでありますな……」

優「こんなことしたくないって、言ってた」

惠「……意味がないことだった」

裕美「……」

亜季「裕美殿、何か知ってるでありますか?」

裕美「ううん。でも……」

惠「でも……?」

裕美「クラリスさんが、言ってた。別の所から何かを持ってきてる人がいるんじゃないかって」

優「何かって……」

裕美「わからないけど……不思議なものとか」

惠「追及は後にしましょう」

亜季「ええ。アッキーの様子が気になるであります」

優「うん!早く、帰ろう……でも、ちょっと待って」

亜季「なんでありますか?」

優「ここ。汚れて見えないから、拭くとね……」

惠「あっ……」

裕美「この名前……」

亜季「6年前、寄贈したのは服部瞳子殿でありましたか」

優「……悪いことが起こったけど、意味がないわけじゃないよ」

惠「そうね。こうやって、彼女の思いは私たちに伝わった」

亜季「たとえ、それが誰かの悪意が生んだ偶然であっても、でありますな」

優「うん。それにね……」

亜季「なにでありますか?」

優「あたしね、アッキーを救えてた。行こっ!」

公園の花・32

SWOW部室

優「……」

時子「そう……」

久美子「時間をつなげることができる人がいる……?」

恵磨「話を聞く限りだと、別世界にも行けそうだよね」

亜季「ええ」

惠「不思議なことが起こっているのも、原因があった」

時子「おかしな存在を招き入れている、そう言いたいわけね」

亜里沙「否定はできないよね……」

久美子「うん」

時子「事件はこれで終りね」

惠「根高公園に関しては、ね」

優「……アッキー」

亜季「暗示の張本人は消えてしまいましたが……」

亜里沙「暗示そのものは残ってる」

久美子「……」

恵磨「大丈夫だって」

時子「なんでかしら?」

恵磨「暗示は解けるんでしょ?なら、優ちゃんとアタシ達が見つけられないわけないじゃん!」

亜里沙「ええ」

時子「お疲れ様。今日は休みなさい、明日から平日よ」

優「ありがと、時子ちゃん」

時子「ええ。アッキーの傍にいてあげるのよ」

優「うん」

公園の花・33

翌朝

多田李衣菜の自室

夜明け前に起きてしまった。

昨日の話を思い返しながら、もらった日記に目を通す。

確かに瞳子さんはこの世にいた。

それで、私と会った。

本当に単なる偶然で。

李衣菜「……生きてたら、お礼が言えたのに」

瞳子さんが、歌手の仕事を辞めた理由は病気だった。

でも、瞳子さんは自分の力不足だと言った。

それって、プライドだったのかな、と思う。

李衣菜「こっちには正直に言いいなさい、って」

歌うこと、好きだったんじゃないかな。

私のことが書いてある病床日記をめくる。

公園の花を咲かせたい、その願いは、亡くなった後に保険が実現してくれた。

李衣菜「2007年9月21日。病状が悪化……」

来れなかったのだ。来たくても、彼女の体がそれを許してくれなかった。

李衣菜「2007年9月24日。だいぶ楽になった。明日が最後のチャンスかもしれないから」

から?

李衣菜「朝の公園へ……」

李衣菜「今日は、2013年9月24日。だから瞳子さんがこっちに来るのは……」

李衣菜「今日だ!」

李衣菜「しまった!夜があけちゃう!」

公園の花・34

根高公園・河川敷

全身全霊で走った。

いろんな気持ちがないまぜになって心臓が大きく大きく跳ねている。

李衣菜「はぁはぁ……瞳子さん!」

河川敷で私を迎えていたのは。

オレンジ色から瑠璃色へとグラデーションする、綺麗な朝焼けだった。

李衣菜「間に合わなかった……」

前を見て。自分の気持ちに正直になって。音楽が好きだと思い出させてくれた人に。

李衣菜「なんで、ありがとうの一言、言っておかなかったんだろ……」

李衣菜「ああ、もう!」

李衣菜「わかった!この気持ちを隠してちゃダメなんだ!」

李衣菜「届けるよ、瞳子さん!」

李衣菜「この気持ちは、届けなくちゃいけないんだ!」

それに。

李衣菜「待ってて、私、心をこめて歌うから!」

あなたが持たせてくれた音楽が、私にはある。

公園の花・35

SWOW部室

優「ん……」

アッキー「……」

優「まだ、元気にならないんだね……アッキー」

アッキー「……」

優「うん、ずっといるからねぇ」

アッキー「……」

優「アッキー、あたしを守ってくれたの?」ナデナデ

アッキー「……」

優「ありがとアッキー……大好き」チュッ

アッキー「……」

優「キスしちゃった。あはっ、これで治ってくれないかな……」

アッキー「……」

優「朝ごはん、買ってくるねぇ。待ってて、アッキー」

アッキー「……」

優「いってきま……」

アッキー「わん!」

優「……!アッキー!」

アッキー「わん!」

優「良かったぁ……」ダキッ

優「ずっと一緒にいようね……私を守って」

優「アッキーがずーっと幸せな所を見てるからね……」

優「今度はあなたを置いて、先にどこかへ行ったりしないからねぇ、アッキー……」

エンディングテーマ

YOu

歌 太田優

エピローグ・1

夏樹「バンド?」

李衣菜「うん!曲のコンセプトは決まったし、始めるなら今だよ!」

夏樹「完全に復活したな、だりー」

李衣菜「それで、お願いがあるんだ」

夏樹「なんだ、そんなにやる気ならアタシも……」

李衣菜「これ、配ってくれない?」

夏樹「バンドメンバー募集?」

李衣菜「善は急げだよ、なつきち」

夏樹「アタシに助けを求めに来たわけじゃないのか?」

李衣菜「なつきちをメンバーにいれたらダメなんだよ。だって、なつきちとかに送る歌なんだから。楽しみにしてて!」

夏樹「え……?」

李衣菜「お願い、S大学付属高校の生徒だけでいいから!またね、なつきち!」

夏樹「急だし、恥ずかしいぞ、だりー……」

エピローグ・2

ライラ「カンカンカーン……こうで、ございますか?」

李衣菜「いいよ、ライラちゃん!」

ライラ「李衣菜さん、バンドとは何なのでしょう」

李衣菜「やってみればわかるよ!一緒にやろう!」

ライラ「そういうものでございますか?」

李衣菜「そうそう、それがロックなんだよ!」

エピローグ・3

清美「誰ですかー!?バンド募集のチラシをばらまいているのは!?」

李衣菜「あっ、委員長」

清美「犯人は知ってます!李衣菜さんですね!いったいどういうつもりですか!?」

李衣菜「委員長、聞いて」

かくかくしかじか喧々諤々……

清美「感動しました!ぜひ、協力させてください!」

李衣菜「ありがとう!意外とノリが良くて大好き、委員長!」

エピローグ・4

李衣菜「うう……もう一人くらい集まるといいんだけどなぁ」

李衣菜「最悪、スリーピースバンドでも……」

李衣菜「あわわ、チラシが!」

星花「大丈夫ですか?はい、どうぞ」

李衣菜「ありがとうございます」

星花「あら……付属高校の生徒さんですのね?」

李衣菜「はい。大学生ですか?」

星花「ええ。涼宮星花と申します」

李衣菜「多田李衣菜です」

星花「こんな寒い中、何をなさってたのですの?」

李衣菜「チラシを配ってて」

星花「見せてくださいます?」

李衣菜「バンド募集のチラシですよ?」

星花「わかっております。うーん、これも縁ですね」

李衣菜「はい?」

星花「私が参加したら、だめでしょうか?」

エピローグ・5

李衣菜「なつきち!」

夏樹「よ、だりー」

李衣菜「バンドメンバー集まったよ!バンド名も決めてないし、まだ曲もできてないけど」

夏樹「大丈夫なのか?」

李衣菜「やってみせるよ!これから練習なんだ、またね!」

夏樹「おう、がんばれよ。期待してるからな」

李衣菜「うん、そうだ、なつきち」

夏樹「なんだ?」

李衣菜「音楽は好き?」

夏樹「急だな、ああ、好きだよ」

李衣菜「私も大好き。だから、全力でやるよ!この気持ちをちゃんと歌にするから!」

エピローグ・6

ゆかり「響子さん……」

響子「……」

ゆかり「強固な結びつきを持った人の、キスで暗示は解けるそうです」

響子「……」

ゆかり「だから、お手を借りますね」

響子「……」コクリ

ゆかり「……では」ドキドキ

響子「……」

ゆかり「え……あっ……」

チュパッ

響子「ありがと、ゆかりちゃん」

ゆかり「……」カーッ

エピローグ・7

SWOW部室

亜里沙「はい!N県の教員採用試験に合格しました!」ニコニコ

優「あはっ☆亜里沙ちゃん、おめでとー!」

亜里沙「ありがと、優ちゃん」

時子「これで進路は決定ね。安心したわ」

亜季「ええ、めでたいでありますな」

恵磨「よーっし、飲みにいくぞー!」

エピローグ・8

某教会・地下室

柳瀬美由紀「クラリスさん、足元に気をつけてー。はい、イスはここ」

クラリス「ありがとうございます、美由紀さん」

美由紀「どういたしましてー」

クラリス
『シスター』。とある事情から神戸から東京に来た。

柳瀬美由紀
クラリスのアシスタント。視界が塞がれているクラリスの日常生活をサポートしている。

クラリス「皆様、お集まりですか?」

裕美「はい」

芳乃「いるのでしてー」

松永涼「アタシと小梅もいる」

白坂小梅「いるよ……」

松永涼
死神。ロッキンな服装をした女性。音楽とは決別した。
白坂小梅
ネクロマンサー。非常に痩せた小柄な少女。

高垣楓「私もいます」

高垣楓
捕食者。人間としての外見はミステリアスな美女。

クラリス「集まっているようですね」

涼「魔法使いはどうすんだ?」

クラリス「おって連絡しましょう。話は聞いていますね?」

楓「敵のお話ですか?」

裕美「敵……」

クラリス「敵はこちら側の存在をこの周辺に招きいれています」

芳乃「時間や空間をつなげられることによってでしてー」

涼「しかも、害を及ぼすような存在を、だ」

小梅「どこから……?」

裕美「根高公園にいたのは、天使だった。違う世界から、来た……」

クラリス「例え、どこから来ようが私達は変わりません。なすことをなすだけ、です」

芳乃「わかったのでしてー」

楓「それで、何をしたらよいのでしょう?」

クラリス「敵を捕捉することから。この場所とこの時にある意味で執着しているのは間違いないでしょう」

裕美「地道に探すって、こと?」

涼「ま、そういうことだろうよ」

クラリス「連絡は以上です。光あれ。この世界に幸あらんことを」


制作 ブーブーエス

オマケ

PaP「誰だ、響子ちゃんに唇へキスするのを唆したのは」

CuP「ええ……びっくりしましたよ。ゆかりちゃんが手にキスするだけのシーンだったのに」

CoP「そりゃ、わかってるでしょう。たまたま撮影を見に来てた、奏ですよ」

PaP「やっぱりか」

CuP「あの後、しばらくゆかりちゃん真っ赤だったんですよ」

CoP「奏はしてやったりな顔してましたよ」

PaP「まぁ、グッジョブだ。衣装のチョイスも演技も奏ちゃん様様だ」

CoP「ですね」

CuP「瞳子さんも良かったですね」

CoP「伝えておきますよ、喜びます」

PaP「瞳子ちゃんはスタイルも演技もいいし、女優路線もいいんじゃないか?」

CoP「はぁ?アイドル全力で頑張ってもらいます、瞳子さんには」

PaP「すまん、僕が悪かった」

CuP「そんなにガチな反応はこっちが困りますよ……」

おしまい

次回予告

卯月「私、島村卯月、17歳!CGプロダクションで明日のトップアイドルを目指してがんばってます!最近は、ハロウィンの大きなイベントを前にみんな忙しそう。それなのに、事務所で幽霊騒ぎが起きて大変なんです!新しく来た恵磨さんと音葉さんが調べてくれてるけど、不思議なことが次々と!イベントを成功させるために、私もがんばります!次回、
仙崎恵磨「7人が行く・偶像怪奇夜話」
みんな、見てくださいね!」

あとがき

嫁にガラスの靴を渡したら、王子様に見えたとか言われたので当分がんばれます。

奏CDデビューおめでとー。

今回プロフィールネタないけど、デレマスでやらないと説得力はない話になってるはず。

こんなところで、フォー・ピース結成してるとは誰も思うまい。

時子様回はクリスマスの話なんだけど、間に合いそうもないわ。残念。

次回は、
仙崎恵磨「7人が行く・偶像怪奇夜話」です。
それでは。

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