城ヶ崎美嘉「いつまでも」 (115)
――楽屋 ライブ後
城ヶ崎美嘉「お疲れさまでーす!」
スタッフ「お疲れさま!」
アイドル「おつかれー!」
美嘉「ん、あれ、プロデューサー!」
モバP(以下P)「おう、お疲れさま」
美嘉「お疲れさま。楽屋来てたんだ」
P「どうだった、初のステージライブ」
美嘉「緊張したよ。でも、めっちゃ楽しかった」
P「いい返事だ。初めての店舗ライブでガチガチだったときより、だいぶ慣れたな」
美嘉「い、いつの時の話してんのさ。アタシだってちゃんと成長してるんだから」
美嘉「……って言ったけど、ちょっと嘘。お客さんが目の前に、あんなにたくさんいるなんて初めてだった」
美嘉「ステージに立っているとね、照明が自分に当たるから、顔とかほとんど見えないじゃん?」
美嘉「でも、見えた。サイリウムが波のように揺れているのが、あのひとつひとつがいま私を見てくれている光なんだって、はっきりわかった」
美嘉「イントロくるまでちょっと意識飛んじゃってたよ」
P「おいおい」
美嘉「ジョーダンジョーダン★ やり切ったの見ててくれたでしょ」
P「まあな」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1570104329
美嘉「……すごかったぁ。完璧……じゃなかったかもしれないけど、今できることをやってきたと思うな」
P「それでいい、いまはそれで十分だ」
P「この調子で、これからも頑張っていってくれよ」
美嘉「うん。……プロデューサー」
スッ
P「ん? ああ」
パシッ
美嘉「へへ……ちょっと手のひら痛い」
P「えっ、あっ、すまん!」
美嘉「大丈夫。プロデューサーもテンションアゲちゃったカンジ?★」
P「そんな……いや、そうかもな」
美嘉「あははっ、プロデューサーも楽しんでくれたなら嬉しいよ」
美嘉「ま、アタシに目ぇつけたプロデューサーだもん。アタシの輝くところ、一番近くで見ててよね」
P「ああ」
P(やっぱり、パッションにして正解だったな)
P「……」
美嘉「?」
P「なんでもない。打ち上げはするのか?」
美嘉「うん。他の子何人かと……」
P「今日のステージのか」
美嘉「そう。年近い子たちで」
P「ん、それじゃあ気を付けてな」
美嘉「あ。あのさ、プロデューサーは?」
P「え?」
美嘉「えと……打ち上げ」
P「ああ、裏方組のやつ行くけど」
美嘉「そっか」
P「未成年組が来てもいいけど、ちょっとお酒は飲ませらんないな」
美嘉「そこはキチンとしてるし! でも、んー……」
P「なんだ」
美嘉「ううん、プロデューサーとも打ち上げしたかったかなーとか」
P「んー……担当ばかりが固まっているってんなら考えるけどさ……その集まり、俺の担当美嘉だけじゃないか。アウェーすぎるよ」
美嘉「あはは、だよねー。仕方ない、諦めるか」
P「まぁ、ライブ成功で何か連れてってやるくらいは」
美嘉「ほんとっ?」
P「行きたい店あったら教えといてな」
美嘉「うん!」
P「じゃあな。お疲れ、美嘉」
美嘉「お疲れさま、プロデューサー」
---
P(城ヶ崎美嘉は、割と最初から優秀なアイドルだった)
P(宣材写真で「城ヶ崎美嘉らしく」なんて注文を付けてもこなせて見せた)
P(自分らしく、なんて普通なら難しい要求なのに)
P(元読者モデルとしての場慣れはプラスの方向に働いたし、派手な見た目はファンの目を惹いた)
P(なにより彼女の一番の才能だと思ったのは、その見た目に反して地道な努力というものを知っていることだった)
P(お陰で彼女を育てるのに苦労はしなかったし、表に出せばすぐに人気が出ていった)
P「カリスマって言うが、本当、その通りだよな」
美嘉「え、何々? いきなり褒められたけど?」
P「いや、別に。次でデザートだな」
美嘉「ん~、なんだろ。楽しみ♪」
P「定番ならジェラートとかか」
美嘉「いいね~。メインのパスタも、普段うちで作るのと全然違うし、美味しかったなぁ」
P「それはなにより。そんな高級ってわけじゃないイタリアンだけど」
美嘉「いーよいーよ。フレンチとか堅苦しそうだし。緊張しないで食べられる方が美味しいじゃん」
P「一理ある」
美嘉「それにー、プロデューサーのお財布にも優しいし?★」
P「ありがたいけど心配されるほどじゃないよ」
美嘉「ふふ……お願い聞いてくれてありがとうね、プロデューサー」
P「まあ、約束だったしな」
美嘉「……こうしてゆっくり話せたのも嬉しかったな」
P「話くらいなら、事務所でいつも聞くぞ」
美嘉「んー、そういうんじゃなくて」
P「どういう?」
美嘉「んと……んー……」
店員「お待たせしました。シチリアレモンのジェラートです」
P「あ、はい」
美嘉「やっぱりジェラートだった」
P「定番だよな」
シャク
美嘉「わっ、なにこれ。レモンの皮入ってる」
P「おー……噛み潰すと香りが広がるな。市販のアイスでも似たようなのあるけど、全然違う」
美嘉「触感にも違い出て面白いねー」
P「えーと、それで何の話をしたいんだったっけ」
美嘉「んっ…… そんな話してたっけ★」
P「そうか? まあいいや」
美嘉「ん~、さっぱりしてるのに満足感あるってイイね」
P「ああ」
店員「ありがとうございました」
美嘉「ごちそうさまでした」
P「ごちそうさま」
美嘉「プロデューサーにも、ごちになりまーす」
P「おー、良きにはからえ」
美嘉「……じゃあ」
P「駅まで歩くか」
美嘉「うん」
コツ コツ スタスタ
美嘉「陽が落ちても暑いよねー」
P「嫌んなるよな」
美嘉「歩いているだけで汗出るし、そのくせ電車は寒いし」
P「家でのクーラーもな、かけっぱなしにすると朝だるくなるし」
美嘉「だよね! 朝起きるの辛くてびっくりしたよ」
P「かけっぱなしは喉にもよくないぞ」
美嘉「うん、それ以降はやってない」
P「喉によくないといえば……レストランの水が炭酸だったな。ガス無しにしてもらえばよかったか」
美嘉「そこまではいいよ。明日ライブがあるわけじゃないんだし」
P「まあ、炭酸なにも飲めないのも辛いか」
美嘉「そうそう。あ、でも甘くない炭酸って新鮮だったなー」
P「あー、慣れると悪くはないけど、やっぱり味がないと寂しく感じるよな」
美嘉「だよねー。せめてちょっとくらいね」
コツ コツ コツ
スタスタスタ
美嘉(あ……)
美嘉(……ふぅん)
P「この先の通りから人増えるな。なんか、髪隠せないか」
美嘉「あ、うん。帽子持ってるから……オッケー」
P「おう」
美嘉「あーあ、せっかく髪セットしてきたのに」
P「すまないが、目立つからなぁ……」
美嘉「あっ、でもめっちゃ芸能人っぽいねコレ★」
P「芸能人だけどな……しかし、それでも見た目気にするっていうのはさすがだよ」
美嘉「そりゃもう。見た目で業界わたっていくわけだし?」
美嘉「それに、レッスンの最初の頃に言われたんだ。『見られることが仕事なんだから、常に見られているという意識を持て』って」
P「何人かのアイドルに聞かせてやりたい」
美嘉「あはは★ まあ、それはそれでそういうトコが魅力だったりするじゃん」
P「そうかもしれないけど。やっぱりそういうところはポイント高いだろ」
美嘉「ふふふ、ありがと。……プロデューサーもね」
P「ん?」
美嘉「ちゃんと歩調合せてくれてるの、ポイント高いよー?」
P「……」
美嘉「んふふふっ」
P「……」
コツコツコツコツ
美嘉「あっ、ちょっと! わざと早歩きとか、もー!」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――駅前の書店
美嘉「あ」
P「ん?」
美嘉「プロデューサーはっけーん★」
P「外で会うのは珍しいな」
美嘉「どしたの、サボり?」
P「事務所に戻る途中にさっと寄っただけだよ。ちひろさんには黙っておいて下さい」
美嘉「あはは、おっけ。どうして本屋に?」
P「芸能雑誌のパラ見」
美嘉「ふーん。でも、アイドル誌とかなら事務所にも置いてあるじゃん」
P「うちのアイドルが載っている本ならな。この業界、狭いようで広いから、店頭に並んだ本を見るだけでもいつの間にか、知らないアイドルがデビューしてる。アンテナは常に張っておいた方がいいだろ」
美嘉「市場調査ってやつだ」
P「そういうこと。例えば……このユニットはCDデビューしたから、単独ライブも遠からず発表があるし、ファン層と規模からするとハコが絞りこめてくる」
美嘉「そういうのも分かるの?」
P「うちだってCD出すならライブも織り込んでるだろ」
美嘉「そういえばそうだね」
P「事務所ごとに特色はあるけど、売り出し方はそんな大きくは変わらないよ」
美嘉「へー……あ。この表紙、うちの事務所の子だよね」
P「あー、速水さんか。そうだな」
美嘉「事務所で見かけた気がしたんだ。……わ、オフと印象変わらないってすごいなー」
P「確か同い年じゃなかったか」
美嘉「えっ、マジ? フツーに年上だと思った」
P「わかる」
美嘉「えー……17? えー」
P「今度話してみたらどうだ。何か共通の話題でもみつかるかもよ」
美嘉「考えとく」
P「もしかしたら、ユニット組むなんてこともあるかもな」
美嘉「どうだろうねー」
パラパラ
P「お。……へぇ」
美嘉「なに?」
P「身長体重、美嘉と同じだ」
美嘉「もっ……もーっ、何見てんの!」バシバシ
P「悪い悪い、仕事の癖で」
美嘉「プロフ見るのはともかく、アタシにそれ言う? フツー」
P「悪かったって」
美嘉「……っていうか、数字覚えてるの」
P「ん、まぁ。なんなら本当の数字も把握してる」
美嘉「えー、やらしくなーい?」ニヤニヤ
P「仕事だから仕方ないだろう」
美嘉「だよね★ まあでも、ちゃんと知っててくれているのは悪くないかも」
P「……そんじゃぁ、そろそろ事務所戻るか」
美嘉「はーい、アタシもご一緒するよー」
P「あ、じゃあちひろさんへの言い訳立ったな」
美嘉「おっと、アタシをダシにする気?」
P「んー……タダじゃなんだよな。じゃあ、途中にあるスタバでなんか頼め」
美嘉「やった★ んー……バニラクリームフラペチーノをモカシロップにして……チョコレートソース、チョコレートチップ、エクストラパウダー!」
P「よく分かんないけど、カロリー凄そうなのは分かる」
美嘉「にひひっ。一口あげてもいーよ?」
P「うーん、遠慮しておく」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――事務所
美嘉「あ、プロデューサー! お疲れ、いま帰るとこ?」
P「ああ、そっちもあがりか」
美嘉「うん。ラジオ終わって帰ってきたトコ」
P「直帰しなかったのか」
美嘉「えっ」
P「え、って」
美嘉「あそっか、あははは★ そうね、うん、直帰ね」
P「お疲れさん。じゃあ」
美嘉「えーっ、送ってってくれないの? せめて駅までとかさ」
P「まあ、構わないけど」
美嘉「やった」
P「飯でもたかる気か?」
美嘉「んー……それもいいけど、今日はお母さんがご飯作ってるし」
P「そりゃあ帰った方がいい」
美嘉「プロデューサーもまた、うちに来てよ。莉嘉も喜ぶし」
P「まあ、いずれな」
美嘉「それじゃあ……」
P「駅まで行くか」
美嘉「うん」
---
コツ コツ コツ
スタスタスタ
美嘉「さっきまで夕暮れだったのに」
P「日が短くなったよな」
美嘉「毎年同じように秋になっていってるのに、なんでいつもしみじみ思うんだろね」
P「だな。俺の歳でも思うよ」
美嘉「プロデューサーの歳でも変わらないんだ」
P「まぁ……っていうほど離れてねーって」
美嘉「あっははは」
P「……」
美嘉「……」
P「どうした?」
美嘉「あ……ううん」
コツ コツ コツ
スタスタスタ
美嘉「プロデューサー」
P「ん」
美嘉「すぅ、はぁ……手、繋いでほしいなー、なんて」
P「深呼吸が気にはなったが……どうした」
美嘉「えーと、その、暗いから?」
P「……」
美嘉「……」
P「なんていうか、雑」
美嘉「ひどっ」
P「いくら変装してるとはいえなぁ」
美嘉「まあ、確かにプロデューサーはそう言うかもね」
P「分かってるんじゃないか」
美嘉「でもさ。莉嘉なら?」
P「うん?」
美嘉「プロデューサー、莉嘉に言われたら、OKしてると思うんだよね」
P「……つまり?」
美嘉「莉嘉はOKで、アタシがダメな理由があるんだなーって」
P「んー……いや、年頃なわけだろ」
美嘉「莉嘉は、そういう対象外なんだ」
P「……」
美嘉「アタシは、そういう対象ってコトでいーのかな?」
P「あーもう、わかったよ。駅前の、明るいところまでな」
美嘉「う、うんっ」
キュッ
美嘉「♪」ニコニコ
P「いくぞ」
美嘉「うん」
P「……」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――控室
P「トークショーはまぁ、いつもの感じでいいか。放っといても延々喋れるだろ君ら」
セクギャル「そーだね」「うんうん」「ぽよ~」
P「長めに時間とっているけど、あんまり脱線するようなら修正利かせてな。まぁ……美嘉がやることになるだろうが」
大槻唯「美嘉ちゃんよろしくね~」
藤本里奈「頼りにしてるぽよ☆」
美嘉「はいはい……まぁ、任せておきなさいって」
唯「よっ、日本一!」
P「なんのだよ。時間が来たらそのままサイン・握手会。まぁ、こっちもそんな緊張することもないだろ」
美嘉「はーい」
P「終了したらそれで解散でいいぞ」
唯「えー、Pちゃん、ごはんたべにいこーよー」
P「終わっても15時だよ、まだ仕事あんだから」
唯「ちぇー」
P「じゃあ、あとは時間まで待機。トークで新曲の告知は抑えといて」
里奈「りょーかーい」
P「俺は打合せと挨拶回りいってくる。それじゃあ」
バタン
里奈「プロデューサー、マジ忙しそうだよねー」
唯「ねー。まぁ、唯たちのためにやってくれてるんだし」
美嘉「そうそう、仕事取ってくるのもつなげていくのも大変だもん」
唯「けどさー、Pちゃんって唯たちにそっけないよねー」
美嘉「あーうん、ちょっとわかる」
里奈「アタシらせくちーよ? セクシーギャルズよ? もっとなんか、こー、ねぇ?」
唯「変な視線感じないよねー」
美嘉里奈「「あはははっ」」
里奈「やだー、変な目で見られてもマジヤバじゃーん?」
美嘉「ま、大事にしてくれてるのは分かるけど」
唯「……」
里奈「……」
唯里奈「「ふーん」」ニマニマ
美嘉「えっ、な、なにさ」
里奈「唯っち唯っち、これはミカちゃん、なにがあったっぽー?」
唯「いやいや、あれは彼女ポジションの主張っぽいしょ~」
美嘉「なっ、にゃっ……!」
里奈「わぉ、美嘉ちゃん顔真っ赤っかー♪」
唯「Pちゃんも、これくらい分かりやすいといいのにねー」
里奈「やっぱー、分かりやすい方がイイカンジ?」
唯「何考えてるか分かんないよりマシぢゃん?」
美嘉「……まぁ、唯はそういう方がいいのかもしんないけどさ」
唯「あ、ナンパ男とかは、ちょっちどーかなーって思うよ」
里奈「でもプロデューサー、ナンパはできそーじゃん? スカウトみたっちゃん?」
美嘉「えー……できるかなぁ」
唯「そんなんしなくても、美嘉ちゃんめろめろっしょ」
美嘉「むぐぐっ」
里奈「寄ってくるんならぁ、ナンパとかしそーににゃーね。よかったね☆」
美嘉「ちょっと、あんたたちね……」
唯「でも、Pちゃんだいぶお堅いから、逆に大変かも」
里奈「知ってーの?」
唯「まえに抱きついたら引き剥がされた」
美嘉「抱きっ!?」
唯「唯には、ふつーじゃん? なんかその時はライブ後で楽しかったから抱きついたんだけどー」
里奈「どー?」
唯「ふつーにお説教されちゃった」
里奈「あーねー」
美嘉「……」フゥ
唯里奈「「ほっとしてるー」」
美嘉「うっ、うるさいうるさい!」
唯「必要以上には接触してこないよね」
里奈「レッスンはよく見ててくれるけど」
美嘉「……どこまでの仕事できるか見てるんだよ」
唯「あくまでアイドルとプロデューサーかー」
コンコンコン
セクギャル「「「はーい」」」
スタッフ「そろそろ出番でーす。よろしくお願いしまーす」
セクギャル「「「はーい!」」」
美嘉「……やばっ、宣伝内容チェックしてないっ」
唯「美嘉ちゃんの恋バナ付き合ってたから忘れちゃってたね」
里奈「しゃーないぽよ~」
美嘉「アタシのせいじゃないっ! えーと……」ガサガサ
美嘉「繋げて振るから、唯がこっち、里奈がこっち読み上げ!」
唯里奈「はーい」「ぽよー」
---
唯「セクシーギャルズ~」
美嘉里奈「「トークショー! いぇーい☆」」
唯「みんなー、この前のライブ、観てくれたかなー?」
美嘉「やっぱりアタシ達の目玉は、新曲初披露! だったね!」
「――」「――」
美嘉(……あー)
美嘉(やっぱりなぁ。他の子達も扱いは同じか)
美嘉(特別扱いはされていない。だからって別に)
美嘉(別に……)
---
P「お疲れ。難なく終わったな」
美嘉「お疲れさま……結構必死だったよ」
P「ん、そうか?」
唯「直前までわたわたしてたもんねー」
里奈「話が別の方向に盛り上がっちゃーしー」
美嘉「ちょ、ちょちょちょっとぉ!」
唯「Pちゃん、唯たちがぁ、何の話してたかキョーミない?」
美嘉「あっ、待って、唯っ!」
P「いや特に」
里奈「えー。おもしろくないぽよー」
P「君らに面白がられるためのプロデューサーじゃないだろ……そんじゃぁ、解散。お疲れさんでした」
セクギャル「「「お疲れさまでしたー」」」
P「気を付けて帰れよ」
美嘉「あ……うん」
唯里奈「「……」」
里奈「プロデューサー、事務所戻るーん?」
P「ん? ああ」
里奈「お仕事だからごはんとかはむりむりだけどぉ」
唯「代わりに美嘉ちゃんも事務所に連れてってねー」
美嘉「へっ」
P「なんか用あるのか」
美嘉「ぇあー、っとー……」
唯「次のライブ資料、持ってきてもらおうかなって」
里奈「このあとで打ち上げするしー、ちょーどいいぽよ?」
P「まだだいぶ先だけど……なんだ、取りに来るか」
美嘉「へっ、あ……う、うん」
P「ふたりは?」
唯「先にお店抑えてるね♪」
里奈「そーそー♪」
P「じゃあ、あまりゆっくりはしてないからさっさと準備してくれよ。外にいるから」
美嘉「わかった」
パタン
美嘉「……」
唯里奈「「ふぁいとー♪」」グッ
美嘉「……ぁりがと」
---
ガタンゴトン ガタンゴトン
美嘉「……」
P「……」スッスッスッ
美嘉「……そのタブレットって、仕事用?」
P「ああ。ノートPCだけど、折り返すとタブみたいになる」
美嘉「立ちながらキーボードはちょっと無理だよね」
P「まあな。……」スッスットン
美嘉「何か確認してるの?」
P「タスクを登録しているだけ……戻ってからの仕事の順番付けな」
美嘉「ふぅん」
P「……」
美嘉「……」
ガタンゴトン ガタンゴトン
美嘉「今日のトークさ、危なげなかったって言うけど、実は直前までヤバかったんだよね」
P「そうなのか?」
美嘉「里奈と唯が話脱線させていくからさー、スタッフさんから声かかるまで告知確認ギリだったよ」
P「それにしちゃ、つつがなく進行してたな」
美嘉「そりゃ、アタシが引っ張ったし?★」
P「頼もしいな。また、よろしく頼むよ」
美嘉「任せといてよ」
P「……」
美嘉「……えーと、あとね!」
P「わかった、話付き合うから、声のトーンは少し抑えてな」
美嘉「あっ、うん。……へへ」
美嘉「それでね……」
美嘉(……)
美嘉(ちょっとずつ)
美嘉(ちょっとずつ、近づいているよね)
美嘉(それで……どこまで近づいたら、どうする?)
美嘉(いける、って思ったら言えばいい?)
美嘉(言うの? 告るの? プロデューサーに伝えるの?)
美嘉(……)
美嘉(そりゃぁ……いつかはそれっきゃないっしょ)
美嘉(なんか、いい雰囲気になった時に……)
美嘉(い、いますぐなんて、それはムリだけど)
美嘉(でも、いつかは)
---
――事務所
北条加蓮「それダメなヤツだよね」
美嘉「は?」
加蓮「だってそーでしょ。いつかって、いつ来るのさ」
美嘉「それは……」
加蓮「コクって落としにかかった方が早いって」
美嘉「……人事だと思ってぇ」
加蓮「人事だけどさ……あ、ちょっと指先動かさないで」
美嘉「うー……じゃあ加蓮は好きって思ったらすぐ言うワケ?」
加蓮「さぁ。アタシ初恋らしい初恋もしてないしなー」
美嘉「それってアタシに何か言えるほどの経験ある?」
加蓮「そりゃ無いけどね、でも『いつかは~』なんてやってたらダメだってことくらいわかるよ」
美嘉「…………やっぱそーだよねぇ」
加蓮「……ねぇ、やっぱり恋っていいもん?」
美嘉「えっ。……いいとかそういうのは考えてなかったけど」
美嘉「気づいたら、とか。いつの間にか、とか……そういう感じだったし」
加蓮「幸せになる?」
美嘉「ん? ん……その人のこと考えていると、ほわって身体が温かくなるし」
美嘉「会えたら嬉しい。声かけてくれたら嬉しい。……近づきすぎるとちょっとテンパるけど」
加蓮「やっぱ幸せなんだろうね」
美嘉「うん……うん、たぶん」
加蓮「ちょっとネイルはみ出させよ」
美嘉「あっ、ちょっと!」
加蓮「冗談、やらないよ。……恋はいいものって言うのは見ていてわかる気はするな」
美嘉「えへへ、そう?」
加蓮「でも、それ成就しなかったら失恋になっちゃうじゃん」
美嘉「そーかもしんないけどぉ……」
加蓮「はい、左手」
美嘉「ん」
加蓮「……歳の差もあるけど、立場がきついよね」
美嘉「障害多い……」
加蓮「だから攻めないと勝ち目がないって。あのプロデューサーさん、環境いいでしょ」
美嘉「環境?」
加蓮「女の子はいっぱいだし、アイドルならまず可愛いし、歳の近いアイドルまで……なんなら障害のない同僚とかも」
美嘉「ぐむ」
加蓮「美嘉のプロデューサーさんが美嘉にぞっこんなら心配しなくてもいいかもしれないけど、その塩対応じゃねぇ。やっぱり攻めるしか無くない?」
美嘉「うん…… ……どうアピールしたもんかなぁ」
加蓮「そういった話となると、アタシじゃ経験不足かなー」
美嘉「そこをさ、なんかヒントになりそうなことでもいいから」
加蓮「んー…… 話を聞く限り、拒否られてないから脈なしってことは無いと思うけど」
美嘉「うんうん」
加蓮「やっぱり一緒にいる時間が長いって有利だと思うんだ。できるだけ一緒に帰るとか」
美嘉「割とやってるんだけどなぁ」
加蓮「もっとだよ。攻めて攻めて、美嘉がいないときに寂しさを覚えさせるような感じでさー」
美嘉「んん、それは悪くないかも……」
加蓮「まぁ、手始めに」ポン
美嘉「このネイル見せに行ったら?」
加蓮「ん……ありがと」
---
コンコンコン
美嘉「プロデューサー?」
ガチャ
P「……」
美嘉「あ、いるじゃん。ねぇ」
P「ええ、イメージは伝えた通りで」マテマテ
美嘉(あ、電話中だ)
美嘉「メンゴ」コソッ
P「じゃあ作詞さんとのミーティングで会議室取っておきます。ええ、自分も顔出しますんで」
P「はい、ではお願いします」ピ
P「すまんな、ちょっと立て込んでた」
美嘉「ううん、話しかけちゃってごめん」
P「で、なんか用か?」
美嘉「あ、あー……」
P「美嘉?」
美嘉「う、ううん、特に大事な用があるわけじゃなくってさ。暇だったらいいなーくらいでしかなくて」
P「はぁ。さすがに遊んではいられないけど、話くらいなら」
美嘉「いや、うん……たいしたことじゃないよ」
美嘉「ちょっと見てほしかっただけ……どーお?」ヒラヒラ
P「ん? ネイルか?」
美嘉「へへ、そう。加蓮にやってもらったんだ」
P「トラプリの? へぇ、ぱっと見じゃ分かんないけど、上手いのか」
美嘉「自分でも塗れるけど、加蓮は塗りムラが無くてキレイなんだよね」
P「ふぅん……」
美嘉「どお?」
P「ああ、いいと思う」
美嘉「ほんとっ?」
P「ああ。北条さんか……トラプリのプロデューサーとはそんなに話さないが、なんか新しい組み合わせができそうだな」
美嘉「……」
P「上手いこと商品企画に乗せられないかな。そういうCMが来たら声かけてみて……」
美嘉「……」
P「どうした?」
美嘉「……ううん。なんでもない」
美嘉「さ、ネイルも褒めてもらったし、レッスン行きますか」
P「なんだ、自慢しに来ただけか」
美嘉「男の人に自慢もないっしょ。またね」
P「ああ。レッスン頑張れよ」
美嘉「もち★」
パタン
美嘉「……」
美嘉「……はぁー」
――別の日 休憩所
美嘉(今日は、新しいピアス……)
美嘉(ネイル見せるよりもきちんと気づかせるには……目の前で髪でもかきあげちゃおうかな)
美嘉「……よしっ」
城ヶ崎莉嘉「えー、それほんとーっ!?」
美嘉(ん……莉嘉? と、プロデューサー……)
P「ああ。まだ全部は言えない段階だけど、大きな仕事控えているからな」
莉嘉「大きな仕事? それってライブ!?」
P「それもある」
莉嘉「わーい、やった! 誰とかな、セクシーパンサーズとかでやるのもいいなぁ」
P「具体的に誰かという話は後々だけど、確定していることなら」
莉嘉「ん?」
P「美嘉にも同じ話していいぞ」
莉嘉「おっ、えっ、お姉ちゃんと!?」
P「やっぱりファミリアツインは人気あるからな。推せるところは推していきたいし」
莉嘉「わーい、ありがとPくん!」ガバッ
P「おっと。おいこら急にはやめろっての危ない」
莉嘉「はーい☆」グリグリ
美嘉(……莉嘉ぁ……ハグから頭グリグリとかアタシでもやったことないんだけど……!?)
美嘉(できるかって言ったらできないケド!)
美嘉(……)
美嘉(はぁ、なにやってんだろアタシ)
美嘉「……すぅ、はぁ」
スタスタ
美嘉「おっす、お疲れー★」
P「ん? ああ、お疲れ」
莉嘉「お姉ちゃん! お疲れさまー!」
ピョンッ
美嘉「わっ、ちょっともーなによ」
莉嘉「あのねあのね、またお姉ちゃんとお仕事だって!」
美嘉「ほんと? 前のライブからまた引き続きかー、ま、気楽でいいけどね」
莉嘉「えー、アタシは嬉しいよ!」
美嘉「わかってる、アタシもだよ。ね、プロデューサー、今度のってどんなの?」
P「んー、もうちょっと待っててな。企画段階だからまだ全部は無理だけど、いい仕事もってくるから」
美嘉「おっけー」
莉嘉「ライブもあるんだって!」
美嘉「お、いいじゃん」
莉嘉「楽しみだよね!」
美嘉「でも莉嘉、もうカブトムシはライブに連れてこないでよ」
莉嘉「えぇー」
P「美嘉が逃げ出してからの『お姉ちゃん歌詞わすれないで』は傑作だったなぁ」
美嘉「もーっ、プロデューサーまで。必死だったんだからさ」
P「いいんだよそれで」
美嘉「いいの?」
P「ライブの度に完成度あがってるだろ。だからそんなコミカルなシーンでも、ファンは安心してついてきた」
莉嘉「……ふぅん?」
美嘉「ん、なんかわかる気するな」
P「自信もってやっていってくれ。この先もまだまだ仕事が待っている」
莉嘉「えへへー、もちろん!」
美嘉「任せといてよ」ファサッ
美嘉(決まった……!)キラン
P「ああ」
莉嘉「おー……」
莉嘉「あっ、お姉ちゃんそのピアス、765℃の新作!?」
美嘉「え、あ、うん」
莉嘉「カッコいい~! ね、Pくんもみてよ、すごいでしょ!」
P「ん、あー、すごいかは分からないが、いいな」
美嘉「ふふ、そお?」
P「ああ、ジュエリー系の仕事は競争もあるけど需要も高い。美嘉とのターゲット層を考えるならハイブランドとはいかないが」
美嘉「あ……」
莉嘉「いいな~、アタシもそろそろピアスあけたい~」
美嘉「……莉嘉にはまだちょっと早いかなー。成長期だからすぐふさがっちゃうよ」
莉嘉「えー」
美嘉「ね、プロデューサー」
P「まぁそうだな。あと、莉嘉の年代だからこその魅力もある。もうちょっと待ってくれた方がありがたいな」
莉嘉「うー……」
美嘉「そのままでも可愛いんだから。もうちょっとしてからの方がいいよ」
莉嘉「……うん。Pくんとお姉ちゃんが言うなら」
美嘉「よろしい★ さてと……それじゃあ莉嘉、そろそろレッスン行こうか」
莉嘉「うん! Pくん、行ってくるね!」
P「おお、しっかりしごいてもらえ」
莉嘉「お仕事楽しみにしてるねー!」ブンブン
美嘉「ほらいくよー」
美嘉「……」チラ
P「……ん?」
美嘉「ううん」
P「……」
美嘉「……」
美嘉(気づいてしまった)
美嘉(どんなオシャレをしてもそれは、プロデューサーの為だと思ってくれない)
美嘉(プロデューサーはアタシ達にそっけないんじゃない)
美嘉(この人にとって……アタシにアイドル以上の価値が、ないんだ)
美嘉(大切にしてくれている? 商品だから、当然なんだって)
美嘉(気づいてしまった)
今日はここまで
大体でき上がっているんで
週末にかけて更新していきます
>>25
訂正
加蓮「まぁ、手始めに」ポン
加蓮「このネイル見せに行ったら?」
美嘉「ん……ありがと」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――ファミレス
里奈「美嘉ちゃん、それでそれで、あっちの方はどうなってるぽよ?」
美嘉「あっち?」
里奈「ぷろでゅうさぁ♪」
美嘉「あ、あぁ、うん。うん……」
唯「うーん?」
里奈「なんかあった?」
美嘉「あったっていうか……なんもないっていうか」
唯「なんもないの?」
美嘉「あはは、ちょっとしたアピールじゃ、特に気づかれないみたい」
唯「直帰しないでわざわざ事務所に戻ったりしてるんだよね?」
里奈「ひゃー! なにそれ乙女ー! アタシ、ネイル見せたりしたって聞いたよぉ?」
美嘉「うん、そういうのもやった……」
唯「えっ、まさか気づかれなかったとか」
美嘉「ううん。しっかり見せたから、そんなことは無かったけど」
里奈「あー。じゃあ、希望通りの答えが出てこなかったんだ」
美嘉「……そうっなのよ。やっぱ分かるー?」
里奈「うんうん。男の人って素直にほめにゃーよねー」
唯「フツーに、似合ってるよ可愛いよ、で満足なのにね」
美嘉「ほんと、そうだよねー……」
唯「よーっし、ぐちってけぐちってけ」
里奈「いくらでもきーちゃうぽよ」
美嘉「愚痴ってわけじゃないけどさぁ……」
美嘉「やっぱり、見られてないのはヘコむなーって」
唯「見られてない?」
美嘉「ネイル見せに行ったら、企画にあげられないかどうかってことばかり」
里奈「それサガるわー、オトメゴコロなんだと思ってーのさー」
唯「これ、美嘉ちゃんの気持ちにも気づいてないのあるよ」
美嘉「んー……どーなんだろ」
唯「えー?」
里奈「気づいてて、スルーしてっとかとか?」
唯「それマジありえなくない? そっちの方が酷いよぉ」
里奈「……あー……プロデューサーにワケあるってんなら、アタシほんのちょーっぴりわかる気するぽよ」
唯「え?」
里奈「いちおーはアタシらアイドル、恋愛はNGっしょ」
唯「ん、まぁ、そうだけど……」
里奈「だから、わざと気づかないフリするってのはぁ、プロデューサーならやるかもって」
唯「むむむ……」
美嘉「……そうかもね」
唯「美嘉ちゃん……?」
美嘉「アハハ、アタシって自分のことばかりだね。……プロデューサーにだって立場あるんだから」
唯「でも」
美嘉「仕方ないよ、唯。仕方ない……」
唯「……美嘉ちゃん、どうしたい?」
里奈「アタシらは、美嘉ちゃんの味方ぽよ」
唯「いくらだってサポートする!」
里奈「伝えるならセッティングだって根回しだって」
唯「Pちゃんに意識させるよう仕向けるし」
美嘉「……」
里奈「でも、動くのは美嘉ちゃんから」
美嘉「あ……」
唯「そだね。勝手に唯たちが動いて立場悪くしちゃいけないし」
里奈「なにより、自分の言葉でしっかり伝えにゃーとね☆」
美嘉「……うん……」
美嘉「どうしたいのかは、わかんない」
美嘉「反応薄いのは悔しいけど、でも、期待には応えたいし」
美嘉「仕事はきちんとこなさないとさ。プロデューサーのことで集中できないなんて、シャレにもなんないし……」
美嘉「アタシを見てほしいって思う……でも、プロデューサーって立場を考えると、簡単にはいかないよね……」
美嘉「それでも、やっぱり……」
美嘉(顔を見ただけで胸いっぱいになって……声が聞けただけで嬉しくて)
美嘉(プロデューサーのことを考えるだけでドキドキが止まらない)
美嘉(……)
美嘉「アタシは、このままで十分」
唯「……このままで?」
美嘉「…………うん」
里奈「ん……」
唯「そっか……」
---
唯「大丈夫かな、美嘉ちゃん……」
里奈「大丈夫、じゃないってー。辛いよ、つらたんだよ」
唯「……このままでいいなんて言ってたけど」
里奈「ホンネなんかじゃないよね」
唯「うん…… ……里奈ちゃん」
里奈「ん?」
唯「つらいだけの気持ちって、恋なのかな」
里奈「……ん……美嘉ちゃんがしてるのは、ぜったい恋だよね」
唯「うん、ホントの恋だと思う」
里奈「でも、近づくほど辛いのもホントのこと」
唯「それじゃあ美嘉ちゃんかわいそーじゃん……」
里奈「しゃーわせじゃないよね」
唯「幸せかぁ」
里奈「……い~っぱい応援したげよ!」
唯「うんうん。それで、ふたりがくっついたら、めいっぱいPちゃんからかおう!」
里奈「アハ、イイねそれ☆ たのちみ~、このグチぜーんぶ聞かせちゃお」
唯「あははは、それ美嘉ちゃんもいっしょにまっかになるやつ~☆」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――事務所
美嘉「えーっ、マジ!?」
P「マジもマジ。前々から企画は進めていたんだ。共有できる段階になったから立ち消えもないぞ」
美嘉「そっか……本当に……」
P「ああ。おめでとう、ソロ2曲目だ」
美嘉「やった! ありがとう、プロデューサー!」バッ
P「おっと、ちょいちょい、落ち着けっての」グイ
美嘉「むぇ。……あはは、テンションアガっちゃったよ」
P「まったく、唯といい莉嘉といい、パッションは感情がすぐに行動に出るなぁ」
美嘉「う……落ち着きないって?」
P「場合による。感情を素直に表現できるのは、アイドルには長所だよ」
美嘉「んー、褒められたと思っておく」
P「そうしてくれ。これから忙しくなるからな、頼むよ」
美嘉「OK、任せてよ」
P「ほい、音源と歌詞カード。トレーナーさんにも渡してあるから、しばらくレッスンはボイトレ多くなると思って」
美嘉「わかった。……ベテトレさん?」
P「3回に2回マストレさん」
美嘉「わぁ…… ……ふー、やってやろーじゃん」
P「その意気だ。歌詞はそれでほぼ最終稿だけど、なんか希望があったら教えてくれ」
美嘉「わかった。ちょっと聴いちゃうね」
P「ここでか? まあいいけど。ほら、ヘッドホン」
美嘉「ありがと。……曲を貰ったときって、この瞬間が一番わくわくするんだ」
P「そうかもな」
美嘉「どんな曲が私に託されて、どんな風に歌い上げるんだろうってね」
---
シャカシャカ
美嘉「フンフーン……」♪
美嘉「素直にキス……」
美嘉「ハダカのマイハート」
美嘉「全部あげたいの」
P「……」
美嘉「……」
美嘉(こんな言葉が言えたら……どんなに楽かなぁ)
P「どうだ?」
美嘉「ひぁっ!?」
P「えっ、どうした」
美嘉「な、なんでも! アハハ★ うんっ、いい曲、カッコよくて、それで歌詞がステキ」
P「だよな。発注以上のものができて、俺も嬉しいよ」
美嘉「いままで元気な曲が多かったけど、こーゆー方向のアタシも見たくなったカンジ?」
P「ん? ああ、そうだな。前の化粧品CMの時からも思っていたが、無理にギャル面を推さなくてもいいなと思っている」
美嘉「へぇ。意外な一面ってやつ?」
P「それもあるといえばある。でも、ギャップを推そうってわけじゃないんだ」
美嘉「アタシからギャル成分減らすのに?」
P「そう。新たな魅力ではあるけど、ギャルに真っ向から対する清楚さじゃなくて、ギャルの素直さからくる一面を引き出したい」
美嘉「ホントは普通の女の子ってところ?」
P「普通じゃない。男女問わず憧れる、とびきりの女の子」
美嘉「……フフッ。いいね、まさにカリスマじゃん★」
P「これまで培ってきた、カリスマギャルっていうブランドがあるから活きる一面だと思うよ」
美嘉「まいったなぁ。そこまで褒められると、やらない訳にはいかないじゃん」
P「頼んだぞ」
美嘉「任せといて。きついレッスンもこなしていくよ~」
P「うん、いい仕事取ってきた甲斐がある」
美嘉「ん、仕事?」
P「CD出すだけじゃないだろ」
美嘉「あ」
P「ラジオにライブ、SNSでも告知な。CD発売したらサイン会と握手会、歌番も依頼かけてる」
美嘉「わお……あ~、だからの褒めまくりか~。褒め殺しって言うやつだよねこれ」
P「頼んだぞ」
美嘉「はぁ…… ま、忙しいのは嬉しい悲鳴ってやつだよね。頑張るよ」
P「ああ。美嘉ならいけると思っている」
美嘉「まぁ、任せて」
美嘉「パッションだからね」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――レッスン場
美嘉「~~♪」
ベテラントレーナー「よし。まあ、朝一番なのを考えると、声は出ているか。音程も取れてはいる」
美嘉「はい」
ベテトレ「曲を貰ってまだ2日だったか。この完成度は、気合入っているな」
美嘉「ふふっ、でしょでしょ」
ベテトレ「となると、演出プランとの相談になってくるな。プロデューサーから聞いているか?」
美嘉「ううん、それはまだ」
ベテトレ「そうか。じゃあまずはよく読みこんでおくといい。解釈と表現の擦り合わせだな」
美嘉「分かった」
ベテトレ「早い段階でこれなら、完成は遠くないだろう。ん……もう時間か」
美嘉「おっと」
ガサガサ
美嘉「ありがとうございました、失礼します!」
タタッ
ベテトレ「急いでいるな、なんか予定でも?」
美嘉「あ、このあとラジオです」
ベテトレ「精力的だな。ん? 城ヶ崎、夕方からもレッスン入っていなかったか?」
美嘉「終わった後また戻ってきまーす」
ベテトレ「おお、そうか……飛ばし過ぎるなよ。休息も大事だ」
美嘉「はーい」
---
――ラジオ収録
スタッフ「はいOK」
美嘉凛卯月「「「お疲れさまでしたー」」」
島村卯月「お疲れさまでした美嘉ちゃん、凛ちゃん!」
渋谷凛「おつかれ。私、今日はこれでアガリだけど、このあとどうする?」
卯月「私もです。どこか喫茶店でも行きますか?」
凛「いいね」
卯月「美嘉ちゃんもどうです?」
美嘉「あーごめん、この後レッスン」
凛「ああ、そう言えば聞いたよ。セカンドソロだよね」
美嘉「うん」
卯月「えっ、そうだったんですか!?」
美嘉「にひひ、まだ公開情報じゃないけどね。曲貰ったのも一昨日だし」
卯月「わぁ、おめでとうございます!」
美嘉「ありがと。またライブやるかもだし」
凛「それ、私たちも出るやつかもね」
卯月「じゃあ裏から聞けますね」
美嘉「その前にCDでるっしょ」
卯月「あそっか」
美嘉「CD出たらコレの収録の時に持ってくるからね」
凛「楽しみにしてるよ」
卯月「頑張ってください!」
美嘉「うん★」
---
――レッスン場
美嘉「城ヶ崎美嘉、はいります。おはようございまーす!」
マスタートレーナー「ああ、おはよう。城ヶ崎、レッスン仕事と続いてへばっていないか」
美嘉「OKOK、大丈夫。よろしくお願いします!」
マストレ「よろしい。P殿から聞いているが、ボイトレ中心だったな。そのあと新曲の練習だ。発声だけやっておくか」
美嘉「はーい」
マストレ「すまないが、私は先ほど音源と歌詞を貰ったんでな。確認しながらさせてもらう」
美嘉「あ、うん。……えと、ピアノ伴奏は?」
マストレ「確認しながらやると言っただろう」
テーン
美嘉「へっ あ、あーーー」
テーン
美嘉「あーーー」
マストレ「……」シャカシャカ
テーン
美嘉「あーー……」
美嘉(片手で伴奏やりながら、片耳で聴きながら、歌詞確認してる……)
マストレ「集中を乱さないように」
美嘉「はいっ」
美嘉(しかもこっちの様子もちゃんと見てる……)
マストレ「さて。割とストレートなラブソングだな」
美嘉「そうなんだよ……ですよね」
マストレ「口調など気にするな」
美嘉「あ、あはは」
マストレ「P殿からのオーダーは、城ヶ崎の意外ではない別の一面と聞いた」
美嘉「うん、言ってた」
マストレ「つまり無理に創り上げる必要はないということだな。城ヶ崎のもっている魅力の中に、それはもうあるということらしい」
美嘉「は、ぁ」
マストレ「まずは思うままに歌ってみるか。音程は不安なしと妹から聞いている。好きにやってみてくれ」
美嘉「はい」
~♪
マストレ「よし」
マストレ「さて、歌ってみてまずどうだったか」
美嘉「ん~……なんかちょっと違う気がする」
マストレ「TOKIMEKIから変えようとしているのは分かるな」
美嘉「ちょっと元気なさすぎ?」
マストレ「しっとり歌おうとしすぎている感はある。ともすれば悲しそう、になりそうだ」
美嘉「それはマズいね……悲恋モノじゃないんだから」
マストレ「恋が良いものと思わせたい歌だな。その中でも我がままにも振る舞いたいというところが、城ヶ崎の魅力として押し出しやすいと思うが、どうかな」
美嘉「えーと……うん、うん…… あの、これ結構ムズくない?」
マストレ「そうだな。だがそれが表現者だ。聴いた人すべてにココが伝わるようやっていくぞ」
美嘉「うひ~…… ……よろしくお願いします!」
マストレ「ではそれを踏まえてもう一度」
美嘉「はいっ」
~♪
ガチャ
P「……」
マストレ「……」ペコ
P「……」ペコ
~♪
マストレ「ふむ。力が入りすぎだな」
美嘉「あ、あははは★ ギャラリー増えて緊張したかも?」
マストレ「いまさらか? 全体の方向性はそれでいいだろう。だが、対象が不明確だな」
美嘉「対象?」
マストレ「神話でもないから、一人で恋愛をするわけにも行かないだろう。となれば相手が要るわけだ」
美嘉「うーんと……ファンを対象にする感じかな」
マストレ「王道のやり方だ。逆に一人をイメージしてしまうやりかたもある。その方が具体性が明確になるな」
美嘉「具体的な相手……」
マストレ「試しに、P殿を相手にしてみるか?」
美嘉「え、ちょ、ちょっと! それは……」
マストレ「よく言うだろう、プロデューサーが一番最初のファンだと」
美嘉「あ、あはは……ファンの一人としてね、あくまでも……」
マストレ「都合が悪いなら別の誰かでも構わないが」
美嘉「あ…… ……ううん、一回それでやってみる」
マストレ「わかった」
~♪
美嘉(プロデューサー)
美嘉(まだ、まだ完成にはほど遠いけど。いまだけ)
美嘉(いまだけ、プロデューサーを想って歌わせて)
美嘉(収録とかライブの時には、こんな事しないから)
美嘉(だから)
美嘉(届いて)
~♪
美嘉「…………」
マストレ「よし」
美嘉「あれ……?」
マストレ「ん? ああ、P殿か。アウトロあたりで出ていったよ」
美嘉「……そう、ですか」
美嘉(最後までは、聴いてくれたんだ……)
マストレ「いままでの中では一番マシだな。力はこもりすぎだが、想いの込め方は強かった」
マストレ「さて。それだけ想いは込められるが、感情がコントロールできていない。言ってしまえば我武者羅だ」
マストレ「まずは城ヶ崎が表現したいものをフレーズごとに考え直して来い。その上で使える技術を学ばせる」
美嘉「はい」
美嘉「……」
美嘉(この気持ちは伝わったのかな)
美嘉(プロデューサーは受け取ってくれたかな)
美嘉(少しは心を……動かせたかな)
---
(そしてアタシ達の関係は)
美嘉「お疲れさま、プロデューサー! どう? 今日の出来は!」
美嘉「ああ、いいライブだった」
美嘉「でしょ! アタシもパーフェクトだと思ったんだ!」
(アタシ達の関係は)
美嘉「あ、ねえ……」
美嘉「打ち上げ……どうする?」
P「ん? ああ、俺は向こうのお偉いさんたちの方だな」
美嘉「えー、そうなのー」
P「まあ、またの機会にな」
(変わらなかった)
P「次の撮影は慣れたもんだろ。よろしくな」
(変わらない)
P「お疲れ。いまアガリか、気を付けて帰れよ」
(変わらない)
P「またよろしく頼むよ」
(変わらない)
(変わらない)
(変わらない)
(それは告白しても変わらない?)
(想いだけが、募っていく)
(それでもやっぱりあの人は)
(仕事以外でアタシのことを見てはくれなかった)
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――撮影現場
スタッフ「美嘉さん撮影終了です」
スタッフ「お疲れさまでした!」
美嘉「お疲れさまでした、ありがとうございましたー!」
パチパチパチ
カメラマン「じゃ、次の子スタンバイよろしくー」
美嘉「……よし。ふぅ……」
P「お疲れさま」
美嘉「プロデューサー。お疲れさま、見ててくれたー?★」
P「ん、まぁ最後の方な。ちょっと打合せはいっていたから」
美嘉「えぇ~、もーっ」
P「悪かったよ。とはいえ心配もしてなかったからな」
美嘉「ん?」
P「雑誌モデルの撮影なんて、手慣れたもんだろ」
美嘉「まぁね。アイドルより長くやってるし」
P「だから安心して任せられたわけだ」
美嘉「……んー、もう一声」
P「えー…… 持ってきた仕事、全部こなしてくれているのは感謝しかない、ありがとうな」
美嘉「ふふっ。ま、いいでしょ」
P「トレーナーさんとも少し話したけど、曲も順調だって?」
美嘉「どうかな。音と歌詞はもう大丈夫って言われたけどね」
P「じゃあ安心だな。この後はどうするんだ」
美嘉「レッスンで事務所戻り。プロデューサーは?」
P「俺も事務所だ。行くか?」
美嘉「う、うんっ」
P「じゃあ着替えたらロビーで」
美嘉「おっけー★ あ、レッスン終わったらさー、どこかご飯連れていってよ」
P「んー? ……まぁいいけど、値段はほどほどの場所にしてくれよ」
美嘉「そんな、アタシが誘ったんだからアタシだすし」
P「はは、俺に奢るのなんて10年早いだろ」
美嘉「むっ……」
P「それに一応の立場もあるしな。こう言う時は素直に」
美嘉「……」
P「ん、拗ねてるのか? まあ、そういってもまだ未成年じゃ」
美嘉「そんなんじゃない!」バンッ
P「おっと……どうした」
美嘉「あっ、ご、ごめん……なさい……」
P「……手、痛めてないよな」
美嘉「ん……」
P「悪い、癇に障ったな。ギャラで言えば美嘉の方が稼いでるかもな」
美嘉「違う……そういうことじゃ、ないの……」
P「……」
美嘉「ごめん。ちょっとさ、CD収録近くなってナーバスになってるのかも、あはは」
P「そうか……」
美嘉「求められるレベルが高くなってきてるからね、多少の壁はぶつかるってもんじゃん? こういうの、いままでも超えてきたし、今回も大丈夫だよ」
P「……」
美嘉「ちょっとさ…… 今日はプロデューサー、先に行ってて」
P「……わかった。気を付けて来いよ」
美嘉「うん」
美嘉(何やってんのアタシ……フツーあんなに当たり散らす?)
美嘉(こんな面見せたって、好きになってくれるワケないのに……)
美嘉(なんであんなこと)
美嘉(なんで)
美嘉(なんで、プロデューサーの近くにいるのが辛いんだろう)
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――事務所
美嘉「……」スゥ スゥ
加蓮「……か。美嘉」
美嘉「ん……えぅっ」ビクッ
加蓮「うわ、姿勢悪く寝てるとなるやつ。久しぶりに見た」
美嘉「…………ん」
加蓮「こんな所で寝てると風邪ひくよー」
美嘉「あー……加蓮、おはよ」
加蓮「おはよ、じゃないよ」
美嘉「ん……やだ、寝落ちてた?」
加蓮「いつからかは知らないけど、マジ寝だったよ。夜寝てないの?」
美嘉「あー……いや、単純に忙しくて、かな」
加蓮「忙しいって」
美嘉「ソロ曲の収録も近づいてきたから、仕事合間のレッスン増やしてるし……ふわぁ……」ノビー
加蓮「根詰め過ぎだよ」
美嘉「でもさ、やっぱり完成度上げたいじゃん?」
加蓮「プロデューサーさんに言った? 仕事多いって」
美嘉「多いわけじゃないよ。ソロ出すならこれくらい増えるっしょ」
加蓮「さらにレッスン増やしてるんでしょ。結局オーバーワークじゃん」
美嘉「そうかも★ ま、体調は大丈夫だよ」
加蓮「体調は」
美嘉「おっと……」
加蓮「じゃあ余計なストレス抱え込んでるわけね」
美嘉「……あはは」
加蓮「プロデューサーさん関連?」
美嘉「……」
加蓮「進展してない……どころかこじれてきてるんじゃないの」
美嘉「……まぁなんてゆーかさぁ? ガード固くてさぁ!」
加蓮「その無理に笑うのやめてよ。痛々しいったらない」
美嘉「け、結構シンラツだね……」
加蓮「言う相手は選んでるよ」
美嘉「…………ふぅ。……コクったところでダメだの一言で追い返される気しかしない……」
加蓮「……はぁ ……どこが好きなの?」
美嘉「えっ、なに急に」
加蓮「急じゃないよ。そんな対応されて、好きでいられる理由って何なの」
美嘉「理由……」
加蓮「顔がいいとか、声が素敵とか、背が高いとか」
美嘉「んー、まぁどれもそれなり?」
加蓮「優しくされたとか」
美嘉「……そう思ったこともあった」
加蓮「でもそれ、美嘉にだけに特別優しかったとか、そう言うんじゃないんでしょ」イライラ
美嘉「うん。アタシだけに優しいわけじゃない」
加蓮「おかしいよ。ちゃんとわかってるのに。特別じゃないって! それなのに、なんで!」
美嘉「加蓮」
加蓮「……」
美嘉「それが分かったら、恋ってもっと簡単だよ」
加蓮「……」
美嘉「なんで加蓮が怒るのさ」
加蓮「美嘉が怒らないからだよ……」
美嘉「……怒ったんだよね」
加蓮「え?」
美嘉「いや、あれは八つ当たりかな」
加蓮「それで……?」
美嘉「それがさ、なにもないの」
加蓮「なにも?」
美嘉「なんにも。何もなかったみたいに」
加蓮「……それはそれでなんかヤだ」
美嘉「でしょ。子どもの駄々でしかなかったなんてさ、悔しいじゃん」
美嘉「……っても、その通りなのかもしれないけど」
加蓮「……」
美嘉「結局、たぶんそんなところ。どれだけわがまま言っても許してくれそうだし、でも仕事にはきちんと厳しい。アタシたちみたいな子どもじゃなくて、大人なところ」
美嘉「そんな人が身近にいればさ。アタシのこと見ててくれるならさ。意識しちゃっても、仕方ないと思わない?」
加蓮「……伊達に恋愛相談やってるわけじゃないんだね」
美嘉「ひどっ」
加蓮「ふふっ…… ……大丈夫なんだね?」
美嘉「……ん。無理そうだったらさ、またグチ聞いてよ」
加蓮「わかった……ハンバーガーついでに聞いてあげる」
美嘉「ついでかー★ っていうか、バーガー目当てじゃないでしょ」
加蓮「もちろん。じゃあ、しっかり食べて、寝て。元気な顔見せてよ」
美嘉「おっけー。……ありがとね」
加蓮「べっつにー。まぁ、やっぱりいろいろ気になるし……参考になればいいな、とか……」ゴニョゴニョ
美嘉「……? えっ」
加蓮「あーまってまって、いまの無し!」
美嘉「いやいやいや、それは無理っしょー★ マジで、マジで?」
加蓮「もー、だから待ってって……」
美嘉「やだー、顔赤い加蓮とかマジカワじゃん。これだけで男落ちるって」
加蓮「うー」
美嘉(信じていた)
美嘉(恋ってこういう、楽しいもの。切ないもの、苦しいもの。大切なもの)
美嘉(でもきちんと幸せなものなんだって)
美嘉(この時のアタシたちは信じていた)
美嘉(いや)
美嘉(信じたかった)
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――レッスン場
~♪
マストレ「……うん。伸び悩んだな」
美嘉「……」
マストレ「技術ではなく表現の問題だな。歌詞の解釈に、そう間違いはないはずだが」
マストレ「直接的に言うと、城ヶ崎が歌っていない。歌詞を本心から思っていない」
美嘉「……」
マストレ「と、私が言うまでもなく感じてはいるようだな」
美嘉「すいません」
マストレ「謝られる理由はない。これは私の仕事だ」
マストレ「それより城ヶ崎は、自分との戦いだ。これは私のレッスンよりも過酷だぞ」
マストレ「やるべきことも、表現したいことも頭で理解しているのだろう。だがそれができないのは、心がついていっていないからだ」
美嘉「心……」
マストレ「分かりやすく言うなら。城ヶ崎、君は」
マストレ「この歌詞が好きじゃないんだ」
美嘉「……!」
マストレ「分かるだろう」
美嘉「……」
マストレ「それが城ヶ崎の経験から来るものなのか、それとも現在進行で経験していることなのかは知らない」
マストレ「だが、それを越えなければこの歌は歌えないと、私は見ている」
美嘉「そうかもしれません……」
マストレ「……少しゆっくり時間を取るといい。最近根を詰め過ぎたからな」
美嘉「……」
マストレ「今日は終了だ。……プライベートなことにはあまり口出ししないが……私で良ければ話を聞くことくらいはできる。と、言っておこう」
美嘉「……ありがとうございます」ペコ
マストレ「気にするな、とは言えないが……その歳で背負うにしては少々、荷が勝ちすぎるとも思う」
マストレ「確かにこれは仕事だ。だが仕事ばかりに根を詰めてもな、気晴らしは必要だよ」
美嘉「でも……」
マストレ「うん?」
美嘉「……でもアタシには、これしかできないから」
マストレ「そうか? 城ヶ崎ができることはアイドルの中でも多い方だが」
美嘉「自分のことじゃ……」
マストレ「自分の……誰かのためにできること、ということか」
美嘉「! いえっ、あの……すいません、失礼します」ダッ
マストレ「あ、おいっ」
ガチャ
P「あ」
美嘉「え」
P「……」
美嘉「……」
P「休憩だったか?」
美嘉「……ごめん」
ダッ
P「おっと」
タタタ…
マストレ「……」
P「……あー、なにかありましたか」
マストレ「まあなんだ。間が悪いというか、これ以上ないというか……」
P「なんです」
マストレ「いやぁ、なんでもない」
P「……なんか言いたげですね」
マストレ「それはP殿もではないか?」
P「俺が?」
マストレ「余計なことを言うなと、言いたげのようだ」
P「……ハァ。美嘉、どうなんです」
マストレ「ふむ…… すべきことは本人も分かっている。だがそれは、彼女にとってとてつもなく高いハードルのようだ」
P「このままじゃ歌えないと?」
マストレ「結論を急がないでくれ。……そしてできるなら、もう少し彼女に寄り添ってあげてほしい」
---
美嘉(……またミスった…… プロデューサーに見られたくないところばかり見せちゃってる)
美嘉(こんなんじゃ…… ん?)
美嘉「げっ……マジでー……」
美嘉(レッスン室にタオル忘れた…… はぁ。もう明日で……)
美嘉(いや、汗すったタオル放置とかムリだし)
美嘉(さっと取って戻ろ)
ソッ
美嘉(意識したくないけど、忍び足になるよねぇ……)
美嘉(部屋にはまだ……あ、ドア開けっぱなし。マストレさんもプロデューサーもいる?)
マストレ「……そしてできるなら、もう少し彼女に寄り添ってあげてほしい」
P「……」
美嘉(いる…… っていうか何の話を……)
マストレ「城ヶ崎の想いに応えるとまでは言わないが」
P「どう言うことです」
マストレ「どうもこうも。P殿自身気づいていない訳じゃないんだろう」
美嘉(これ……聞いてちゃまずいヤツじゃ)
P「……知っていたんですか」
マストレ「さっきのやり取りを見て気づかないという方が無理だろう」
P「……」
P「……ふぅ……まあ、気づいてはいました」
美嘉(あ……)
P「ですが、できません」
美嘉(!)
マストレ「P殿なら上手くやれると思うんだがな」
P「そんな甲斐性はないですし……そう言うことじゃないんです」
P「職業倫理とか大層なことは言いません」
P「俺は、美嘉には応えられないんです」
ギィッ
Pマストレ「「!?」」
美嘉(やばっ)
ダッ
P「美嘉か!? おい!」
美嘉(後ろでプロデューサーが呼んでいる)
美嘉(だからって、こんなの……どう振り向けって言うの……!)
美嘉「はっ、ハッ、はっ……!」タッタッタッ
美嘉(プロデューサー、アタシの気持ち気づいて……)
美嘉「……はっ、はぁっ…… はっ……」
美嘉(気づいていて……アタシに……)
美嘉「……はぁっ……はぁ……」スタ スタ
美嘉「はぁ…………」
美嘉「……」
美嘉(もう……)
美嘉(今日は帰ろう)
---
美嘉(正面玄関は……無理かな。裏口から帰れば誰もいないかも)
スタスタ
美嘉(うん、暗いし誰もいなさそう……)
コツコツコツ
美嘉(!)ビクッ
P「美嘉」
美嘉「……」ダッ
P「正面玄関はマストレさんに行ってもらっている」
ピタ
美嘉「…………そう。そっちのがマシ……」
P「行ったら送ってもらうようにお願いしてある」
美嘉「……」
P「その前に、聞いてほしい」
美嘉「……なにを? アタシがみじめにフラれるってことを!?」
P「……」
美嘉「……」
P「わかっていたよ。一緒に帰ろうとするのも、ネイル見せに来たのも」
P「いつも美嘉から声を掛けていたことも」
美嘉「……分かってたの」
P「ああ」
美嘉「分かってて!」
P「そうだ。仕事だけの関係に徹した。それが美嘉にバレても問題なかった」
美嘉「……!」
P「それで諦めてくれればと思っていたよ」
美嘉「……もうやめてよ。これ以上みじめにさせないでよ……!」ブルブル
P「じゃあ、最後に」
美嘉「……」
P「レコーディングの予定日を伸ばす」
美嘉「……」
P「仕事が動いて、人が働いている以上、お蔵入りにはできない。だから、俺のできる限りレコーディングを遅らせる」
P「それを最後に、担当を辞める」
美嘉「…………え」
P「こうなるかもしれないという気はしていた」
P「そしてこうなった以上、もう無理だろ。俺も、美嘉も」
P「俺にできることはない。気持ちに応えることも」
美嘉「……無理って……なんで?」
美嘉「応えられないって、なんで?」フルッ
美嘉「プロデューサーを好きになっちゃいけない理由ってあるの!?」
P「美嘉がアイドルだからだ。……まあ、そう割り切れるならスキャンダル何てこの世に出ないか」
P「美嘉にはそんな面倒なことにならないで欲しい」
美嘉「それで……諦めろって……?」
P「そうだな」
美嘉「だから、担当を外れるって? アタシの気持ちは?」
P「……すまない」
P「こんな状況でも、俺の一番の心配は」
P「そんなんでCDの収録ができるか、なんだ」
美嘉「……ぐ……うっ……」ペタン
美嘉「なんで……?」
美嘉「なんで……」
ピ ピ
P「マストレさん。すいませんが……」
美嘉(なんで)
美嘉(担当をはずされたくなくて仕事こなしてきたのに)
美嘉(なんでこうなるの……!)
---
P「本来ならちひろさんとかにお願いするべきことなんでしょうが」
マストレ「気にするな。事情が事情だ」
P「……お手数おかけします」
ガチャ
マストレ「……乗ってくれ」
美嘉「……」フラ
バタン
マストレ「では」
P「お願いします」
ブロロロ…
美嘉(マストレさんが車を走らせはじめる)
美嘉(プロデューサーの顔は見れなかった)
美嘉「……」
マストレ「……すまない」
美嘉「え……」
マストレ「あの場でP殿に問い詰めるべきではなかった。軽々しく扱っていい話題じゃなかった」
美嘉「……いえ……」
マストレ「彼にも立場はあるが……そんなもので割り切ることはできまい」
マストレ「私のミスだ。私が」
美嘉「プロデューサー……」
マストレ「……」
美嘉「……気づいていたんだね」
マストレ「……」
美嘉「ちゃんと……気づいていたんだ……」
マストレ「……城ヶ崎?」
美嘉(プロデューサーは、ちゃんとアタシを見ていた)
美嘉(アタシはフラれるより今のままがまだマシだからって、それに気づかないふりをした)
美嘉(アタシの理想じゃなかったけど、プロデューサーはいつも見ていてくれていた)
美嘉(裏切ったのはあの人じゃない、自分自身だ)
美嘉(言うなら言ってしまえばよかったんだ)
美嘉(言って、フラれて)
美嘉(せめてそうしていれば)
美嘉(ここまで惨めな気持ちにならなかったのに)
美嘉(私のこの恋は)
美嘉(告白もできないままに終わった)
---
――城ヶ崎家前
キッ
マストレ「到着だ」
美嘉「……どうも」カチ
マストレ「……今回のことは私に責がある。トレーナーを替えるのであればちひろさんに」
美嘉「ううん、大丈夫。……マストレさんの技術は……アタシに必要だから」
マストレ「……」
美嘉「別にね、今回のこともマストレさんに怒ってはいないよ」
美嘉「……ただ、自分が情けなくて」
マストレ「……」
美嘉「しばらく落ち込むかもしれないけど……大丈夫」
マストレ「城ヶ崎……」
ギュッ
美嘉「…………あ」
マストレ「大丈夫だ」
美嘉「……ぅ」
マストレ「大丈夫」
美嘉「うあ……」
美嘉「ああああぁ……!」
美嘉「っく、ひっ……ぐ、うあ、ああぁぁ……!」
マストレ「……」
美嘉「……」
マストレ「……落ち着いたか」
美嘉「……ん……」
マストレ「私にもそういう経験くらいある。あまり大っぴらに言うことでもないが」
美嘉「そうなの?」
マストレ「1日目は動くのも嫌だったし、3日目まで食欲も回復しなかった」
美嘉「……」
マストレ「さすがに聖に心配かけたものだ」
美嘉「……お姉さんがいたら、こんなかな」
マストレ「ああ……姉歴は、私の方が長いものな」
美嘉「だね……」
マストレ「少し休め。いまは時間が必要だ」
美嘉「……ん」コク
マストレ「レッスンはいつでも再開できるようにしておく。休むなら連絡をくれ。私にじゃなくていい」
マストレ「それだけで安心する」
美嘉「……うん」
ガチャ
美嘉「……ありがとう。お疲れさまです」
マストレ「お疲れさま」
バタン
マストレ(……礼を言われる筋合いではないのに……)
マストレ(あんなにいい子だというのに……)
---
ガチャ
美嘉「ただいま……」
パタン
母ヶ崎『おかえり。ごはんできてるわよ』
美嘉「……あぁ、大丈夫。食べてきたから」
母ヶ崎『え? それなら連絡してって……』
ガチャ
母ヶ崎「美嘉?」
美嘉「ごめん」
タッタッタッ…
ガチャ バタン カチ
美嘉「……」
ボフッ
美嘉(……メイク落とし……ダメだ、なにもできる気しない)
美嘉(何か考えると)
美嘉(プロデューサーの言葉が浮かんでくるみたいで……)
美嘉(無理)
美嘉(このまま寝ていたい)
美嘉(ずっと)
美嘉(ずっと……)
---
ズトズトイイタイコトガー
美嘉「……」
デモデモデモデモイエナ ピッ
美嘉(……朝)
美嘉(身体重い……)
美嘉「……」クゥー
美嘉(食べる気にならないのに、身体はご飯を食べたがる)
ギシッ
美嘉(……顔に膜貼ってるみたい。まずメイク落とそう……)
美嘉(っていうかシャワー浴びたいな……)
美嘉(……鏡)
パチ
美嘉「うわ、ひどい顔」
美嘉(せめてシートだけでも使っておけばよかった)
美嘉(この崩れ具合……枕どうなってる?)
美嘉「うわ……」
美嘉「っていうか制服もシワだらけじゃん……」
美嘉「……」
美嘉「……やめやめ、無理」
ゴロン
美嘉「……」
美嘉(カワイクないかも、いまのアタシ…… その通りだなぁ)
美嘉「……」
コンコンコン
母ヶ崎『起きてる? 朝ごはんできてるわよ』
美嘉「ん……お母さん、今日は……ちょっと休む」
母ヶ崎『どうしたの?』
美嘉「…………重くて」
母ヶ崎『わかった。じゃあ軽いものがいいわね。後でスープ持ってくるから』
美嘉「ん……」
母ヶ崎『あと、昨日……ううん、ちゃんと食べてね』
美嘉「え……うん。……ありがと」
美嘉「……」
美嘉(嘘だってバレてんのかな……)
パタパタパタ トントントン パタン
美嘉(家の音……)
莉嘉『おねーちゃんは?』
母ヶ崎『今日は休むって』
莉嘉『あれ、そーなの?』
母ヶ崎『身体重いって。そっとしといてあげよ』
莉嘉『うん』
美嘉(……敵わないなぁ)
美嘉(学校、ズル休みなんてしたことなかったな……)
美嘉(今日はレッスンもあるけど……)
美嘉(マストレさんはああ言っていた……でも、行けば多少は気がまぎれるかな)
美嘉(プロデューサーには……会いたくないなぁ)
---
――お昼ごろ
ガチャ パタン
美嘉「……ふぅ……」
美嘉(シャワー、気持ちよかった……)
美嘉(お母さんも特に深くは訊いてこなかったし)
美嘉(……心配はされてるんだろうな)
ヴーヴヴ
美嘉「ん?」
ピコ[唯☆]<そろそろカラオケいこーよ!
ピコ[りな]<アタシもうたいたーい☆
美嘉「……」
ごめん、今回はパス>
[唯☆]<えー? むしろメインなのにー
[りな]<そのあと聞きたいこの頃なんだケドー?
美嘉「……」
美嘉「……ふぅ」
ちょっとそっちの話はいまムリだわ>
[りな]<なんかあった?
[唯☆]<えっ、なになに?
ごめん 応援してくれたけど>
ちょっとムリみたい>
ピコピコ
美嘉「ん……?」
[唯☆]<美嘉ちゃん!
[りな]<グル通はいってきてー!
美嘉「……あーもー……」
ピ
美嘉「唯、あんた学校でしょ。あんまり」
唯『美嘉ちゃんだって学校……あ、もしかしておやすみした?』
美嘉「したけど……」
里奈『仕事どころじゃないってー。どゆこと、なにあったん?』
美嘉「……あのね…… ……ハァ……」
美嘉「……フラれただけ。昨日の今日な」
唯里奈『『ええーーっ!!』』
美嘉「……んだから勘弁してよ……」
唯『コクったの?』
美嘉「いや、そこは……」
里奈『ねえねえ、プロデューサーにカチコミかけっちゃおー』
唯『美嘉ちゃん振るような男、唯が許さないー!』
美嘉「ちょっ……やめてよ。迷惑かけたいわけじゃないんだから」
唯『う~、でもー』
里奈『美嘉ちゃん……だいじょーぶ?』
美嘉「……ん。昨日適切に処置してくれた人がいるから……」
美嘉「時間はかかるかもだけど」
里奈『でもあれだね、やっぱりプロデューサーには聞きたいよね』
唯『ねー。美嘉ちゃんふるとかなくない?』
美嘉「あの、ちょっと」
里奈『あ、アタシちょっとこれから行くから』
美嘉「は!?」
唯『唯も学校終わったらいく!』
里奈『あ、美嘉ちゃんもテキトーに準備しててね!』
美嘉「アタシも行くの!?」
里奈『え、行こーよ?』
美嘉「いや、さすがに無理だって……」
里奈『じゃ、あとでねー☆』
唯『あーん、お昼休み終わっちゃう~。美嘉ちゃんあとでね!』
プツ
美嘉「……」
美嘉「……」プルプル
美嘉「ああもう、傷心だってのに!」
美嘉(髪乾かして、着替えて、移動で……事務所まで2時間くらいかかるか)
美嘉「もー、変な事しないでよ、ふたりとも……」
---
美嘉「お母さん。事務所行ってくる」
母ヶ崎「あら。レッスンは行くの?」
美嘉「うん。休んで少し楽になったし。ちょっとやらないといけないことが」
母ヶ崎「体調は?」
美嘉「今日はダンスとかじゃないから」
母ヶ崎「そう? まだ元気なさそうだけど」
美嘉「大丈夫。帰りは莉嘉と一緒にするよ」
母ヶ崎「わかった。……痛み止めはいらないわね?」
美嘉「あ、あははは」
母ヶ崎「相談できることがあったら言ってね」
美嘉「……うん。行ってきます」
母ヶ崎「行ってらっしゃい」
ガチャ
ヴィーーン…キッ
里奈「あ、美嘉ちゃんちょりーっす☆」
美嘉「え…… ……里奈」
里奈「んふふ。おはよー」
美嘉「おはよう…… え、原付でここまで?」
里奈「えー、だって、シンパイだったぽよ?」
里奈「ぐーぜん現場近かったし、原チャだったし、裏道使いながらすいーっとね」
美嘉「……そう。え、事務所行くってのは?」
里奈「え? そんなん言った?」
美嘉「これから行くって」
里奈「うん、来たケド?」
美嘉「え……あ、アタシのとこに?」
里奈「そーだよ。プロデューサーのとこいくとか、そんなより美嘉ちゃんの方が大事っしょ」
美嘉「…………はぁ。なんだ、カチコミとか言ってたからてっきり……」
里奈「それよりさ、まずは思いっきり遊ぽよ! カラオケ? ボウリング? ネズミーいっちゃう?」
美嘉「……」
里奈「唯っちもあとでごーりゅーぽよ」
美嘉「……ふふっ。いまから千葉はキツイっしょ。カラオケいこ」
里奈「りょーかーい」
美嘉「あ、帰り莉嘉と一緒って言っちゃった」
里奈「じゃー莉嘉ちゃんも呼んじゃおー!」
美嘉「……そうだね」
美嘉「あ、ちょっとだけ待って」
美嘉「んーと……」
ピ
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
マストレ「ちひろさん」
千川ちひろ「マストレさん。お疲れさまです」
マストレ「お疲れ。城ヶ崎美嘉から連絡はあったか?」
ちひろ「いいえ? 今日はレッスン入っていましたよね」
マストレ「ああ。……連絡があったら教えてくれ」
ちひろ「珍しいですね、マストレさんが直接そういうのを聞きに来るの」
マストレ「まあな」
ヴーー ヴーー
マストレ「ん……」
[スイマセン。今日だけ休みます。城ヶ崎美嘉]
マストレ「……そうか」
マストレ(明日には出てくる気か……強いな)
マストレ「城ヶ崎は休みだ」
ちひろ「そうですか。……直接トレーナーさんの方にっていうのも珍しいです」
ピコ
ちひろ「あ、こっちにも来ましたね」
マストレ「……ちひろさん」
ちひろ「はい」
マストレ「頼みがある」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
美嘉(結局、カラオケではプロデューサーの事なんか話題にもしないで)
美嘉(ふたりはただ、一緒にいてくれた)
美嘉(莉嘉がついてからは、もう本当にいつも通りで)
美嘉(少しでも、少しでも。アタシが一人でいないように)
美嘉(放っておいてほしくても無理矢理にでも。一緒にいてくれた)
――美嘉部屋
ガチャ パタン
美嘉「はーー……」
美嘉(落ち込ませる暇がないくらいに引っ張ってくれる……)
美嘉(そういうときに駆けつけてくれる友人って言うのは……うん、嬉しいな)
カチャリ
美嘉「ん?」
莉嘉「お姉ちゃん?」
美嘉「どしたー」
莉嘉「……あのね」
パタン
莉嘉「どうしたのって、訊いていい?」
美嘉「どう、って?」
莉嘉「今日急にカラオケだったし、お姉ちゃん学校も、レッスンも休んだでしょ」
美嘉「んー、まあね」
莉嘉「カラオケでもノリ切れてなかったし……」
莉嘉「唯ちゃんと里奈ちゃんもなんかお姉ちゃんに優しかった」
美嘉「……よく見てるね」
莉嘉「でも、お姉ちゃんが……その……」
美嘉「うん。ね、ちょっとこっちきて」
莉嘉「ん?」
ギュゥ
莉嘉「わっ」
美嘉「……プロデューサーがね、担当外れるんだって」
莉嘉「Pくんが、お姉ちゃんの担当じゃなくなるの?」
美嘉「うん」
莉嘉「それで、落ち込んでたの?」
美嘉「……」
莉嘉「それだけじゃない、よね」
美嘉「敵わないなぁ、莉嘉には」
莉嘉「…………」
美嘉「お姉ちゃんさー……フラれちゃった」
莉嘉「えっ! ……Pくんに告ったの?」
美嘉「ううん……告る前に、ダメだって言われた」
美嘉「なんとなくわかってたんだけどね」
莉嘉「わかってた……?」
美嘉「アイドルとプロデューサーだからムリ、応えることはできないって」
美嘉「そりゃそうだよね。歳の差だってあるし」
莉嘉「……」ググッ
美嘉「……莉嘉?」
莉嘉「Pくんバカだよ」
美嘉「……」
莉嘉「こんなカッコいいお姉ちゃん振るなんて、絶対バカ」
美嘉「……だよねー」
莉嘉「それで、お姉ちゃんもバカ!」
美嘉「アタシが?」
莉嘉「だって、お姉ちゃん言ってないじゃん!」
美嘉「……」
莉嘉「告白してないよ! Pくんに言ってない!」
美嘉「その前に諦めさせてたもんね……」
莉嘉「だからなにさ!」
美嘉「……え?」
莉嘉「お姉ちゃんは……!」
莉嘉「お姉ちゃんは! 告白できなくたって、フラれたって諦めたりしない!」
美嘉「……」
莉嘉「それが! ひぐっ……アタシのお姉ちゃんなんだからぁ……!」
美嘉「なんであんたが泣くのよ」
莉嘉「わかんないよぉ…… !」グズッ
美嘉(加蓮も代わりに怒ってくれたな……)ナデナデ
美嘉「そうだよね」
ギュウッ
美嘉「……諦めたくないよね……」
莉嘉「お姉ちゃんは……スゴいんだから……」
美嘉「うん……莉嘉……」
美嘉「ありがとう…… 明日は普通に、学校にもレッスンにもいくから……」
莉嘉「うん……」
美嘉「今日は一緒に寝よっか」
莉嘉「うん…… ま、枕とってくる」ズビッ
美嘉「ゆっくりでいいよ」
ガチャ タタタ…
美嘉「……アンタのほうがパッションかもね」
美嘉「ふふっ」
美嘉(友達に、家族に……トレーナーさんに)
美嘉(いろんな人が、優しくしてくれるんだな)
美嘉(プロデューサーも、優しかったな……)
美嘉(それは……本当にアタシに優しかったのかな……)
美嘉「……あ」グスッ
美嘉(……待って。莉嘉)
美嘉(もうちょっと待ってね……)
美嘉(そしたら、カッコ悪いお姉ちゃん、見せないから……)
今日はここまで
次で完結します
---
――翌日 事務室
P「お疲れさまです」
ちひろ「お帰りなさい。皆レッスン始まってますよ」
P「……美嘉は、レッスンに来ているんですね」
ちひろ「ええ。ちょっと、疲れたような雰囲気はしていましたが」
P「そうですか……」
ちひろ「昨日は休んでいましたし。何か御存じなんですか?」
P「……いいえ」
ちひろ「もう。プロデューサーさんは、嘘が下手です」
P「……はぁ…… 察していただけると」
ちひろ「仕方ないですね」
P「時間が解決する類のことだと思いますので。ちひろさん」
ちひろ「はい」
ガサ
P「異動願いです。普通こんなの出しませんが、事情が事情なんで。聞き取りやらなんやらありますが、受理されるでしょう」
ちひろ「……本当にいいんですか」
P「察していただけると、と」
ちひろ「察したうえで、私が何をするかまでは自由ですよ」
P「……」
ちひろ「これを受け取る前に、聞いておきたいことがあるんですが……いいですか?」
P「ダメだといったら、受け取らない気ですか」
ちひろ「とんでもない、ちゃんと受けとります。でも、納得はしないでしょう」
P「わかりました…… どうぞ」
ちひろ「では」
ちひろ「美嘉ちゃんとの関係です」
P「……別に何もありませんよ」
ちひろ「そうでしょう。プロデューサーさんがそう言う線引きをしているのは分かります」
ちひろ「これでいいんですか、ということです」
P「いいもなにも……待ってください、何を知っているんです」
ちひろ「何も知らないから聞いているんです。……まあ、状況だけはいろいろ揃っていますが」
P「状況?」
ちひろ「美嘉ちゃんのレッスンお休み、レコーディングの延期……あと、マストレさんの勤退とか」
P「……」
ちひろ「何かあったと思うには十分じゃないでしょうか」
P「……ふぅ。美嘉との間に行き違いがあって、関係が悪くなりまして」
ちひろ「プロデューサーさんが? 美嘉ちゃんとの関係を悪く?」
P「そうですね」
ちひろ「どれだけプロデューサーさんが美嘉ちゃんに接していたか知ってますよ。担当の子の中でも、コミュニケーションの機会は多かったですよね」
P「関係が悪くなったのは事実です。反りが合わないこともあるでしょう」
ちひろ「真実を隠すには事実の一部を明かすのがいい、と言いますね」
P「……」ギリッ
P「何が言いたいんです、さっきから」
ちひろ「美嘉ちゃんとのその“行き違い”、プロデューサーさんならその予兆は感じ取っていたはずです」
P「……」
ちひろ「その軌道修正をしなかった。いえ、できなかった。自分が止められる範疇じゃなかったんですね」
ちひろ「美嘉ちゃんの気づかないうちに悪化していく“行き違い”に、それでもプロデューサーさんは」
ちひろ「一度も美嘉ちゃんのプロデュースをやめたいとは、言いませんでしたね」
P「……それで?」
ちひろ「ギリギリまで粘っていましたよね」
ちひろ「最後まで。いえ、いまでも、本当はプロデュースを続けたいと思っているんじゃないですか?」
P「……そりゃ、あんな楽に人気出るアイドル、プロデュースしたくない方がどうかしているでしょう」
ちひろ「本当に、嘘が下手です。いえ、本心を隠すのが下手ですかね。……」スッ
---
――レッスン室
マストレ「……」チラ
美嘉「……?」
マストレ「そろそろか」
美嘉「珍しいね、マストレさんがレッスン中にスマホ見るなんて」
マストレ「ああ。ちょっと連絡待ちでな」
美嘉「ふーん」
マストレ「城ヶ崎。先に説明しておこう」
美嘉「え、はい」
マストレ「これから電話がかかってきた場合、それは君宛てだ」
美嘉「? え、意味が良くわかんないんだけど」
マストレ「城ヶ崎に悪い内容なら連絡はこないことになっている」
マストレ「だいぶ反則だが……これぐらいしないと彼の本音は出まい」
美嘉「……どういう」
マストレ「あの堅物を少し柔らかくしようと思ってな。ちひろさんに無理を言った」
美嘉「堅物って……え、まさか」
美嘉「……プロデューサーになにかしてるの?」
マストレ「彼の本音を暴く」
美嘉「……」
マストレ「そして私は、これがこの歌を歌うのに最も近道だと考えている」
美嘉「でも、電話って」
マストレ「ちひろさんに彼を詰めてもらっている。そして、音声だけ繋いでもらう」
マストレ「そ、そんなこと……」
ヴーー ヴーー
マストレ「む」
美嘉「!」
マストレ「強制ではない、罪悪感も抱えるだろう。……だが聞いて損はない」
美嘉「……罪悪感」
マストレ「本音を一方的に握ることになるからだ」
ヴーー ヴーー
マストレ「いまこうしている間にも話は進んでいる。チャンスはいまだけだ」
美嘉(どうする)ドキ ドキ
美嘉(アタシにも言わなかった本音が聞けるなら)
美嘉(「お姉ちゃんは、諦めたりしない」)
美嘉(いいや、莉嘉の言葉を言い訳にしない)
美嘉(汚れたことしても、潔白じゃなくっても。アタシは諦めたくない……!)
美嘉「……イヤホンでいい?」
マストレ「ああ。私が聞く必要はない。いいのだな」
美嘉「もう、これ以上壊れないところまで来たから……どんなだってもいい」
マストレ「……無理そうならすぐ言ってくれ」
美嘉「うん……」
ピ
P『美嘉とは、もうそんなところには戻れないくらいになったんです』
美嘉(……!)ドキッ
ちひろ『逃げた分だけ、追い込まれますよ』
美嘉(ちひろさんの声……)
P『逃げるなと言いたいんですか』
ちひろ『言いたくないのなら、さっさと私を押しのけて出ていっても大丈夫です』
P『……』
ちひろ『美嘉ちゃんと何があったんですか』
P『…………言いません』
ちひろ『彼女のために言えない、と?』
P『自分のためでもあります。これは話すことじゃない』
ちひろ『それだけプライベートなことなんですね』
P『……想像するのは自由です』
ちひろ『本当にこれしか選択できなかったんですか』
P『ですね。美嘉の負担が一番少ないと思ったんで』
ちひろ『レッスン休むくらいの負担を?』
P『一時的なもんです。幸い美嘉の周りには友人も多い。1ヵ月も引きずらないでしょう』
ちひろ『……やっぱり、美嘉ちゃんの想いに気づいていたんですね』
ちひろ『それで、プロデューサーさんも悪くは思ってなかった』
美嘉「……!?」
P『……』
ちひろ『否定しないんですね』
P『……これ以上近づいたらどっちもダメになる。だから』
ちひろ『だから、妥協して担当を降りると』
P『妥協だって……!?』
ちひろ『そうじゃないんですか』
P『なんです、アイドルやめて俺と一緒になれとでも言えばよかったって?』
ちひろ『それも、美嘉ちゃんのひとつの幸せかもしれません』
P『……』
ちひろ『そう言うのが出てくるってことは、考えたことあるんじゃないですか』
P『嫌な聞き方しますね』
ちひろ『一人の女の子として認めようとはしなかった。それが行き違いの原因なんですね』
P『それを認めたら俺は……!』
P『俺は…… 俺の感情で美嘉を振り回したりできない』
ちひろ『それが妥協なのでは。妥協じゃなかったら問題を放り投げただけでしょう』
P『ちひろさん、いい加減にして下さいよ。いくら何でも言葉が過ぎる』
ちひろ『城ヶ崎美嘉をプロデュースできるのは俺だけだ、くらい言ったらどうですか』
ガタッ
P『いまだってそう思ってるよ!』
美嘉「……!」
P『俺が、一番近くで見てきたんだ!』
P『惚れた腫れたで渡っていくような業界じゃないだろ?』
P『アイドルにファンを裏切れなんて言えない』
P『醜聞だのスキャンダルだの、そんな面倒なものを経験させたいわけじゃない!』
P『新曲に心躍らせたり、後輩たちの努力に涙したり、レッスンで何度も打ちのめされながら……最後に笑ってステージに立つ……!』
P『美嘉にそんな景色を見せたい!』
P『俺はそんな美嘉を見ていたかったんだ!』
美嘉「……」ヘタリ
ちひろ『ありがとうございます』
P『……は?』
ちひろ『とっても素敵なことが聞けました』
ちひろ『美嘉ちゃんにはキラキラしたシンデレラでいて欲しい。本当にアイドルなんですね』
P『……まさか、いまの美嘉に言うつもりじゃ』
ちひろ『何も言いません。ただ、納得してこれを受け取りたかったんです』
P『それにしちゃ随分と…… ……いえ、いいでしょう』
P『俺も感情のぶつけどころがなかった……』
P『だいぶ不快な思いもしましたが』
ちひろ『いまのままよりはいいかなと』
P『……感謝はしません。謝罪もいりません。ただ、あなたのことは……』
ちひろ『まあ、そうですよね。でも、必要なことでしたから』
P『必要……? 興味本位じゃないって?』
ちひろ『ふふっ』ニコッ
P『……』
ちひろ『異動届け、お預かりします』
P『……お願いします』
ピ
美嘉「……」ブルブル
美嘉「……ハッ、ハァッ……」
マストレ「大丈夫か」
美嘉「はは…… なんか、悪い事しちゃった気分」ガタガタ
マストレ「そうだな……泣かされた代償と思えばいい」
美嘉「震え、とまんない」ガクガク
マストレ「緊張と興奮だな……水を持ってこよう」
ギュッ
美嘉「……いい……少し、こうさせて……」
マストレ「ああ」
美嘉「プロデューサー……」
美嘉「アタシに興味ないんじゃなかった……」
美嘉「……こんなに、アタシのこと……」
美嘉「アタシ……」
美嘉「……」ブルブル
マストレ「……城ヶ崎」
美嘉「……はぁ、はぁ……」
マストレ「このことは、さすがにP殿には話せんな」
美嘉「だね……」
美嘉「……みんな」
マストレ「うん?」
美嘉「家族も友達も、みんな優しかった……ちひろさんだって、マストレさんだって……なんで、ここまでしてくれるの……?」
マストレ「応援したいから、だろう」
美嘉「応援……」
マストレ「それに、私も女だからかな」
美嘉「…………そっか」
美嘉「女の子はみんな……恋の話、好きだもんね」
マストレ「子と言うにはつらい歳かな」
美嘉「そんなことないよ」
マストレ「ふふ。気の持ちようか」
美嘉「うん……ありがと。もう大丈夫」
キュッ
美嘉「……すぅ、はぁ……」
美嘉「……うん」
美嘉「マストレさん」
マストレ「うん?」
美嘉「まだちょっち身体震えてる。でも、いまはできる気がする。だから」
美嘉「歌わせて」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――夜 美嘉部屋
美嘉「んー……」
美嘉(これまでだって手ぇ抜いてたわけじゃないけど。なんだろう)
美嘉(確実に、違った。アタシの中で気持ちが変わった)
美嘉(あんなに集中してレッスンしたのはじめてかも……)
美嘉「おかげで……ねむ……ふぁ」
ヴ--ヴヴ
美嘉「……ん……」
美嘉(誰?)スッ
[唯☆]<昨日のカラオケまぢおもしろかったー! またいこー! 莉嘉ちゃんもつれて!
[りな]<あ、それともダーツとかにしちゃおーか?
美嘉「……ふふ」
行くけどね そろそろ寝るんだから、明日はなそ>
ヴ--ヴヴ
美嘉「? 別の人……ん、加蓮?」
[加蓮]<攻めろって言いすぎた? そのせいでダメにしちゃったかな……
美嘉「……へ?」
……何で知ってんの?>
[加蓮]<え、唯と里奈が
美嘉「はぁっ!?」
ヴ--ヴヴ
ピコ[未央]
ピコ[フレちゃん]
ピコ[唯☆]
ピコ[奏]
ピコ[うづきちゃん]
ピコ[りな]
美嘉「わ、ちょっ…… ……もー、みんな、寝かせてよー」
美嘉「……えーと」
ダイジョーブ。確かに攻めてたんだけど、やりかた間違っていたみたい>
今度は間違えずに。きちんと攻めるから>
[加蓮]<そう? っていうか諦めてないんだ
ちょっとねー 諦めらんないことを聞いちゃったから>
[加蓮]<よく分かんないけど…… うん、応援してる
美嘉「……そっちもねー、と……:」
ピコ
ピコ ピコ ピコ
美嘉「わわっ。……もー」
美嘉「返せないよ、こんなのー…… ……あははっ」
今日はもう終わり! 明日全部返信するから! 夜更かしは美容の敵!>
<<<はーい わかったよぉ じゃあ、またね
美嘉「よし、と」
美嘉(……ああ)
美嘉(私、みんなに愛されてるんだな)
美嘉「……」ゴロン
美嘉(愛された分だけ、いっぱい返したい)
美嘉(それで、目いっぱい誰かを愛したい)
美嘉(ううん、誰かじゃない)
美嘉(あの人を、愛したい)
美嘉「……」
美嘉「諦めない、か」
美嘉(プロデューサー……)
美嘉(あれが本心だって……それなら、アタシは……)
美嘉「……うん」
美嘉(今日はしっかり眠れそう)
美嘉(目の腫れがしっかり引くまで、しっかり寝よう)
美嘉(そしたら)
美嘉(プロデューサーのこと、ちゃんと見られると思うんだ)
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――事務所
マストレ「P殿」
P「ああ、マストレさん。おはようございます」
マストレ「おはよう。城ヶ崎美嘉のことで相談がある」
P「あー、じゃあ場所を変えますか」
マストレ「不要だ」
P「……込み入った話じゃないんですか」
マストレ「ああ。レコーディング日はいつになっていたかな」
P「まだ調整中です。伸ばせてひと月ぐらいかと」
マストレ「いや、元の予定日だ」
P「元のは……明後日でしたが」
マストレ「そうか。そのまま進めることはできるかな」
P「進めるって……え、レコーディングを、ですか」
マストレ「他に何が?」
P「いや、でも」
マストレ「大丈夫だ」
P「大丈夫……?」
マストレ「P殿のアイドルは完璧だよ」
P「……じき、俺のじゃなくなりますが」
マストレ「そうか? そんなことは言っていられないと思うぞ」
P「……はい?」
美嘉「あーっ、いたいた!」
P「……美嘉」
美嘉「何? 単にレッスンきてるだけだって」
P「あ、ああ」
美嘉「マストレさん、今日のレッスンでやってみたいことがあるんだけど」
マストレ「分かった、見せてもらう。先に行って喉を温めておくといい」
美嘉「はーい、先行ってます」
マストレ「ああ、今日で仕上げよう」
美嘉「じゃね、プロデューサー。レコーディングはマストレさんと合わせといて~★」
P「は……」
スタスタスタ…
P「……マストレさん」
マストレ「なんだ?」
P「美嘉は、どうなんです。いくら空元気と言っても」
マストレ「あれが空元気に見えたか?」
P「いや、けど……あれからまだ3日しか」
マストレ「だから歌えないと? 自分の担当アイドルを見くびらないほうがいいぞ」
P「……」
マストレ「むしろ、いまが一番いい」
P「……そう言うなら……人は集め直せるとは思いますが」
マストレ「ああ、それなら頼んだ。こっちは任せておきたまえ」
P「……はぁ…… わかりました……」コツコツ…
マストレ「……」
マストレ「ふ、ふふ」
ちひろ「あら。朝から楽しそう」
マストレ「ふふふ、おはよう」
ちひろ「おはようございます。どうしたんですか」
マストレ「いや。鳩が豆鉄砲とは、まさにアレのことだなと」
ちひろ「Pさんですか?」
マストレ「ああ……感謝するよ、ちひろさん。あなたじゃないとできない仕事だった」
ちひろ「そうかもしれませんね。でも、結構怖かったんですよ?」
マストレ「そうかい? 汗ひとつかかなかったと思っていたが」
ちひろ「そんな鉄の女じゃありません。でも、教えてくれた情報のおかげで、追い込むのはちょっと楽しかったかも」
マストレ「敵わないな」
ちひろ「うふふ。この貸しは高いですよ」
マストレ「いやぁ、厳しい。損な仕事だったな。大した仕事もできなかった」
ちひろ「そうですか?」
マストレ「結局、恋する女の子のエネルギーには勝てないということさ」
ちひろ「プロデューサーさんも勝てないか、賭けません?」
マストレ「いや、成立しないだろう、それは」
ちひろ「うふふ」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――レコーディング当日
(確かに、プロデューサーはアタシを遠ざけようとした)
(そうなる前に、やろうと思えばアタシの想いが膨らむのを止めることができたのかもしれない)
(でもそれをしなかった)
美嘉『キミの全部が見たくなって』
美嘉『ワガママ言って困らせた』
(一度壊れかけた想いを、たくさんの人が繋げてくれた)
(諦めるなと言ってくれた)
(これは、あなたが託してくれた恋の歌)
美嘉『ごめんね 欲しいモノは たった一つ』
美嘉『only you 独占欲』
(そう、だから)
(悲しそうに歌っていちゃダメ)
(辛そうでもない。泣きそうでもない)
(アタシらしく歌うの)
(いつでも)
(いつまでも!)
https://youtu.be/se0ddhdUYe0
スタッフ「差し替え部分、こんなもんですかね」
ディレクター「うん、良かったよ」
スタッフ「OK。どうです?」
P「問題ないです。これでお願いします」
カチ
スタッフ『城ヶ崎さん、OKです。お疲れさまでしたー』
美嘉『はいっ、ありがとうございました! お疲れさまでしたー!』
P「では、後の作業よろしくお願いします」
ディレクター「おー。また飲みに行きましょうや」
---
――控室
P「……」
P(……空元気じゃない。マストレさんの言う通り、完璧だった)
P(そうか、もう立ち直ったのか……)
P(まぁ……引きずるよりはいいよな)
prrrrrr prrrrrr
P「ん?」ピツ
P「はい、お疲れさまです」
P「ええ、順調に終わりました。このあと戻ります」
P「? ええ、そうですが……」
P「……はい?」
P「いやあの、どう言うつもりです。しっかりと渡しましたよね」
P「そうじゃなくてですね。あの、ちょっと。あっ……」ツーー
P「……」
美嘉「プロデューサー?」
P「あ、ああ……お疲れ」
美嘉「お疲れさま」
P「あー……完璧だったな」
美嘉「そりゃもう。カンペキに仕上げてきたもん」
P「そうか……」
美嘉「んふふっ」
P「……なんか、さっぱりしてるな」
美嘉「そうだねー。髪でも切りたい気分」
P「いや、ちょっとそれは」
美嘉「ウソウソ、切らないよ。切る理由、ないもん」
P「……そうか」
美嘉「切る理由になりたかった?」
P「んなわけ無いだろ」
美嘉「だよね」
美嘉「プロデューサー」
P「ん」
美嘉「この曲を歌うのに、すっごく、いろんな事を考えた」
美嘉「ファンに、友達に、家族に……トレーナーさんに、プロデューサー」
美嘉「たくさんの人に支えられて、愛されて、アタシはまた曲を歌っている」
美嘉「そして、これがプロデューサーからの、最後の仕事かもって」
P「……」
美嘉「だからね」
美嘉「プロデューサーを想って歌ったよ」
美嘉「そんなこと、アイドルがしちゃだめかもしれないけど」
美嘉「でも、最高だったでしょ」
P「……そうだな」
美嘉「いままでありがとう。プロデューサー」
P「ああ」
美嘉「最後は、ちょっと変な感じになっちゃったケド」
美嘉「……キレイに仕事が終われてよかった」
P「……ああ。いい仕事ができてよかった」
美嘉「最後にさ」
美嘉「一発、ひっぱたいていい?」
P「えっ? ……ああ……わかった。いいぞ」
美嘉「じゃあ……キツいのいくよ。目つぶって」
P「……」グッ
美嘉「……」
美嘉「ん……」スッ
P「……え?」
美嘉「……ほっぺだから大したことじゃないっしょ?」
P「そうじゃなくて……えっ、何の真似だよ」
美嘉「んー。素直なキス、ってとこかな★」
P「素直なって……どういうつもりだ?」
美嘉「どういうって。アタシ、別にフラれたわけじゃないし?」
P「……ん?」
美嘉「プロデューサーが担当じゃなくなるだけ、でしょ」
美嘉「プロデュースしてもらえなくなるのは残念だけど……」
美嘉「……それはアタシが自分に嘘をついた罰、かな」
美嘉「そこは、受け入れる。でもね」
美嘉「そっちだって、振ったわけじゃないんだよ?」
P「……」
美嘉「むしろ火つけたかも」
P「一度、はっきり言ったと思ったんだけど」
美嘉「無理とか、応えられない、とか?」
P「……」
美嘉「まぁそれ自体はね。……でも、前に同じようなことあったなって」
P「前に?」
美嘉「いつか、アタシが手を繋ぎたいって言った時のこと」
P「はぁ」
美嘉「莉嘉だったらすんなりOKしてたでしょ、ってハナシ」
P「ああ」
美嘉「莉嘉には抱きつかせたけど、アタシにはさせなかった」
P「……」
美嘉「同じことかなって」
美嘉「アタシを遠ざけたい理由があるんじゃないかな、って」
P「いや……そっちだって顔合わせづらいだろ」
美嘉「うん。もっともらしい理由だよね」
P「……」
美嘉「ちょっとは、自分で考えたよ」
美嘉「なんでアタシの担当を外れたかったのかな……とか」
美嘉「莉嘉なら……そのまま担当から外れなかったんじゃないかな」
美嘉「まっ、莉嘉にはゴメンな話かもしんないけどね」
美嘉「全部アタシのためで、それでいて全部自分のため」
美嘉「アタシを遠ざけないといけなかった」
美嘉「アタシがダメになる前に」
美嘉「プロデューサーが、できなくなる前に」
美嘉「それってさ。アタシのこと」
P「まて」
P「それ以上言うな」
美嘉「……にひっ」
美嘉「ね、担当やめるのやめない?」
P「は?」
美嘉「アタシの輝くところ、一番近くで見ててって言ったでしょ」
美嘉「いまでも、アタシのプロデュースしたい……でしょ?」
美嘉「後悔するよ? 一番近くでって特権、逃しちゃダメだと思うな」
P「……」
P「あっ……」
ドサッ
美嘉「どしたの? 急に座って」
P「……ここまで見越して……いや……」ブツブツ
美嘉「な、なに?」
P「さっき電話していただろ」
美嘉「うん」
P「ちひろさん」
美嘉「うん」
P「…………俺の異動願いまだ出してないって」
美嘉「え」
P「預かってくれと言ったが、出してくれって頼まれていませんとかなんとか」
美嘉「……やるぅー……」
美嘉「……」
美嘉「うん、やっぱり言わないといけないね」
P「?」
美嘉「ちひろさん」
P「え、ああ」
美嘉「ちひろさんに問い詰められた時の会話」
P「…………は?」
美嘉「ほとんど聞いてた。ごめん!」
P「…………」
美嘉「…………」
P「ほとんど、って……」
美嘉「プロデューサーの感情でアタシを振り回せない、とか」
P「……」
美嘉「俺が一番近くで見てきた、とか」
P「あ……」
美嘉「アイドルやめて俺と一緒になれ、とか」
P「え」
美嘉「城ヶ崎美嘉をプロデュースできるのは俺だけだ?」
P「まって、後半ほとんど俺が言ったんじゃない!」
美嘉「あ、そうだっけ」
P「……え、ちょっと待ってくれよ……全員グルかよ!」
美嘉「アタシもいきなりだったけど……うん、共犯だね」
P「だからちひろさん、あれだけ炊きつけたのか……」
美嘉「うん……あ、やば。やっぱこれ、だいぶマズいよね。嫌われるレベルで」
P「……」ジロ
美嘉「う……ご、ごめんなさい……」
P「はぁ…… ……あー、いい、身から出た錆だ」
美嘉「……ほっ…… さっすがプロデューサー、懐が広い」
P「あぁー、もう!」
美嘉「な、なに?」
P「切り替えらんねえの。全部覚悟決めて、蓋開けたら元通りなんて」
P「元通りならまだマシだ。美嘉は吹っ切れてるし、周りは囲ってくるし」
P「俺にどうさせたいんだよ」
美嘉「仕方ないよ。女の子は恋バナ好きだもん」
P「言ってろ」
美嘉「あんな嫌われ役引き受けてくれるなんて、ちひろさん、最高のアシスタントじゃない?」
P「……」
美嘉「アタシだったら惚れちゃうけどな」
P「……惚れない」
美嘉「どうして?」
P「……」
P「……目の前に、もっと夢中になれるアイドルがいる」
美嘉「……あ」ドキッ
P「全部無駄だったなぁ、異動願いもレコーディング日変更も、無駄に突っぱねたことも……」
美嘉「プロデューサー」
P「うん?」
グイッ
美嘉「んっ」
P「ん……!?」
美嘉「……ふ」
P「はぁ……」
美嘉「……へへ、ごめん。止まんなかった」
P「……俺も止めなかった」
美嘉「そっかぁ。ふふ」
P「断っておくけど……恋人関係とか、そういうのにはならないぞ」
美嘉「えっ、なんで」
P「あくまでアイドルとプロデューサー。そこの線引きが俺の最終防衛線だ」
美嘉「じゃあいまのは?」
P「…………手だされたの俺だし」
美嘉「そういうスタンスにするの?」
P「……」
美嘉「え、なにそれ。攻め放題じゃん。いいの?」
P「いや、なんていうか……」
P「応えるのは、せめて成人してからとかにしてくれないかって」
美嘉「えー。JKのうちに手ぇだしちゃわない? もったいなくない?」
P「もったいないとかさ……いやちょっとはあるけど」
美嘉「あ、でもあと1年かぁ」
P「そっちで数えるのか」
美嘉「ねー、どうせなら後も今も一緒じゃん?」
P「一緒じゃねえよ」
美嘉「そっか……」
P「せめて1年。すぐだよ」
美嘉「……わかった」
美嘉「ホントはつらいケド……」
P「こっちも同じ気持ちだって言ったら、わかるか」
美嘉「! ……うん!」
美嘉「まぁ、攻めるところは攻めるけどね」
P「おい」
美嘉「だって、アタシの輝くところ、一番近くで見ててって言ったでしょ」
P「……ん? ああ……」
美嘉「女の子は恋をするの」
美嘉「恋を諦めて、アイドルが……女の子が輝くと思う?」
美嘉「我慢しなくていいって言うんだったら、どこまでも頑張るから」
美嘉「だから」
美嘉「アタシが輝くの、一番近くで見せてあげる」
P「……わかった。楽しみにしてる」
美嘉「にひっ」
美嘉「パッションでしょ」
P「そうだな……」
P「本当に、最高だよ」
美嘉「プロデューサー……!」
ギュッ
美嘉「アタシらしく愛してあげる」
美嘉「いつまでも」
おわり
なんだよ……結構純愛似合うじゃねえか……
やっぱすげぇよ美嘉は……
セクギャルの新曲ネタを入れたかったから時間軸とかもういいやってなった。
新曲おめでとうございます。
次はサクッと短めにニュージェネでコメディとか書こうと思います。
よければこちらもどうぞ。
速水奏「はー……」モバP「はー……」
速水奏「はー……」モバP「はー……」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1546751465/)
渋谷凛「連れていってほしい」
渋谷凛「連れていってほしい」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1547822704/)
一ノ瀬志希「失踪しちゃおうか」
一ノ瀬志希「失踪しちゃおうか」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1552181742/)
速水奏「とびきりの、キスをあげる」
速水奏「とびきりの、キスをあげる」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1555420447/)
塩見周子「どっちがいーい?」
塩見周子「どっちがいーい?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1559372967/)
速水奏「特別な、プレゼント」
速水奏「特別な、プレゼント」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1561907176/)
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません