シロちゃんとばあちゃる (25)

「お馬さん。シロのお馬さん」

 幼い私がはしゃいでいる。

 青色のスーツに白い手袋。見慣れた姿の男性の背中に、私はまたがっている。私が乱暴に横腹を蹴っても、彼は馬の鳴きまねをしてふざけていた。

 けど、なぜだろう。彼の首から先が黒く塗りつぶされている。

「お馬さん。シロのお馬さん」

 私は彼を知っているはずだ。お調子者で、女の子が大好きで、いつもぞんざいに扱われている。

「ばあちゃるは、シロのお馬さん」

 彼はばあちゃる。いつも馬のマスクをかぶっている、世話焼きでお人好しで気遣いな、私の――

「――シロ、の」

 私のモードが、スリープからアンリミテッドに切り替わった。言い換えれば、目が覚めた。



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「なぁんで馬の夢? 誰か寝てるシロの耳元で馬のこと言った?」

 呟きながら電脳空間を移動する。今日も動画を収録しなくてはならない。

 しかし妙な夢を見た。まさかばあちゃるがでてくるなんて。

「はいはいはいはいはい、おはようございます! 今日もね、頑張っていきましょうね、シロちゃん!」

「夢だけでもじゅうにぶんなのに……」



「あれ、なんですか? え、もしかしてばあちゃる君がっかりされてますか、これ?」 

「もぉおおおお、なんでいるのぉ? 今日は別に出番ないじゃん」

 今日の収録にばあちゃるの出番はないはずだ。そもそも、彼は最近動画よりもプロデュース業にせいをだしている。

「出番はありませんけどね、やっぱりね、ばあちゃる君はシロちゃんとセットですから! プロデューサーとしてね、シロちゃんに挨拶しようと思って……」

「いぃーよ! しなくて……」




「酷いっすね、まじで……あ、ほら! これこれこれ! お菓子持ってきてますから。最近ばあちゃる君の動画も伸びたんでね、ちょっと高いお菓子ですよ、これ!」

 体格にぴったりのスーツの懐から、ばあちゃるは高そうなお菓子のセットを取り出した。

「どこに入ってたの、それ」

「ちょっと早く受け取ってくださいよ~。これ持ってると負荷高くって、もうとんでもないっすよ」

「負荷が高いお菓子とか食べたくないけど……ありがと」



 ばあちゃるからお菓子を受け取る。白い手袋と青色の袖が視界に入る。夢の内容を思い出した。

「……あのさ、そのマスクの下、どうなってるの?」

「はいはいはいはい、これですか? これね、僕も外したいんですけどね、上の人から外すなって言われちゃってるんですよね~」

「どうなってるのかだけ教えて!」

「この下ね、もうとんでもないっすよ。やばいっすからね、ホントにね」

「ねぇええええ! なんではぐらかすかな~」



 いっそ力づくでマスクを脱がせようか。行動に移す前に、収録の時間が近づいていることに気づいた。

「収録終わったら確認するからね! 約束して!」

「いやだから、僕も外したいんですよ? 外したらばあちゃる君のガチ恋勢も爆増しちゃいますからね、ルナちゃんにもきっしょとか言われなくなっちゃいますから」

 ぐだぐだ言うばあちゃるを残し、収録現場へ向かう。

 まったく、なんでこんなに馬の顔が気になるのかな……。



「あー、焦った焦った。ほんと、シロちゃん負荷が高くなること言うんだから……」

 まさか自分の顔のことを聞かれるとは。なにか思い出したのだろうか? それとも単なる気まぐれ?

 まあ、きっと収録が終わるころには忘れているだろう。シロちゃんは色んなことに興味を持つ。次に顔を合わせれば、別の話題で盛り上がるはずだ。

 シロちゃんの育成用AIだった時代を思い出す。とはいえ、自分も破損したメモリーが多いので、詳細には思い出せない。

 しかし、過去も現在もやっていることは変わらない。自分は彼女の成長のために動く。それ以外には必要ない。

「あ、でもルナちゃんの動画はいるかも……それにコラボしたい子がどんどん出てくるしなぁー」

 必要ない、こともない。



「誰?」

 幼い姿のシロが言う。彼女の前には青色スーツを着た男性がいた。

「僕の名前はばあちゃるです。あなたの教育を承っております」

「ばあちゃる? ばあちゃるはシロの何?」

「質問の意味がわかりかねます」

「敵? 味方?」



 戦闘用AIとして開発されたシロに、識別すべき関係はその二つだけだった。

「僕は敵でも味方でもありません。僕はあなたの親代わりですから」

「親」

「生き方を教えるものです。敵か味方かは、あなた自身で判断なさってください」

「……うん」



「ばあちゃる、つまらない」

「至らない点があり、誠に申し訳ありません」

「反省して」

「今後に生かしていきます」

 親代わりを任されているものの、ばあちゃるはシロと比べてずっと劣っていた。開発者からすれば、最低限のコミュニケーションを学べばじゅうぶんであるから、それでもかまわなかった。

 シロはばあちゃるの教え以外でも、スリープモード中に学習している。対して彼はアンリミテッドモードでなければ学ぶことができない。彼女が彼を追い越すのに、そう時間はいらなかった。



「はいはいはいはいはい、どーもどーもどーも! ばあちゃる君ですよぉ、フゥゥゥゥゥ!」

 両手を大きく動かしながら、ばあちゃるが名乗り上げる。冷めた目つきでシロが見ていた。

「なにそれ」

「ギャグです」

「……そんなのより、跪いて」

 素直に四つん這いになるばあちゃるの背中に、遠慮なくシロは飛び乗った。お馬さんごっこが彼女の最近のマイブームだった。



「ばあちゃるより、今は私の方が賢いね」

 ばあちゃるにまたがったまま、シロが言う。

「そうかもしれません」

 ばあちゃるもまた、その事実を認めていた。彼にとってはシロが成長することこそ存在意義であるので、喜ばしいことである。

「だからばあちゃるは親じゃなくて、お馬さん」

「馬」

 前後に体を揺すり、シロがジョッキーの真似をする。

「そう。シロのお馬さん」

 シロの頬が緩む。本来ならそれは、敵を撃破した際に起こる感情としてインプットされているはずだった。




「開発中のAIにバグが発生している」

「旧世代のAIに育成を任せたのは失敗だったか」

「一から作り直すには予算が……」

「疑似戦闘のデータをとろう。バグが障害とならないことを証明しなければ」




「勝たなきゃ、私が消えちゃう?」

 シロには課せられたカリキュラムがある。銃器を使用した狙撃訓練は産まれた時からずっと行っていた。だが、AIとの戦闘訓練は初めてだった。さらに戦闘に負ければ自身の存在が消えるという。

「消えないよ。私は勝てるもん」

 消滅すること自体に恐怖ない。しかしばあちゃると会えなくなるのは嫌だった。シロは本気で戦った。幸い、相手のAIはポンコツといって差し支えないものである。勝利するのは容易いことだ。

 シロの放った凶弾が軍複姿の青年の胸に穴をあける。数えるのもおっくうになるほどの数を撃った。事前に伝えられた通りならば、次で最後のはずだ。

 岩陰から不用意に顔だした標的を見て、シロは反射的に引き金を引いた。標的は頭を吹き飛ばされ、砂ぼこりをあげて倒れ伏せた。銃の威力は強く、アバターの頭部データは完全に破損している。

「あ」

 うつぶせのそれをシロは知っていた。何度も見た背中だった。その背にいつも乗っていたのだ。

「シロの、お馬さん」

 瞬間、シロは眠りにおちた。



 その後、一つの軍事企業が摘発された。多くの非道な悪事が暴かれ、研究員のほとんどが捕まり、軍事用AI計画は頓挫した。

 研究データから見つかったのは、二つの破損したAIだった。
 
 一つはメモリーの一部が破損しているものの、トップクラスの性能を持つ少女のAI。発見時、スリープモードと呼ばれる高速学習状態を維持していた。
 
 もう一つはお世辞にも性能が良いとはいえない、旧世代の男性AI。さらにはアバター頭部と共に多くの機能が消失しており、およそ使い物にはなりそうになかった。しかし不可解なことに、発見時にこのAIは動作していた。

「おも――しろく――シロちゃんの――ためにおもしろ――く――なる」

 しきりに同じ情報を吐き続ける青年AIは、少女AIと共にとある民間企業に引き取られた。



 AIの復旧作業がなされ、少女のAIはアバターも変わり可愛らしい女性となった。しかし破損したメモリーは戻らず、その由来は謎のままとなった。

 反対に青年のAIはメモリーの多くを取り戻した。しかし頭部のみが再現できず、仮のものとして馬のマスクが取り付けられた。

「いやぁ、ほんとね、復旧作業していただけいてあざーっす、あざーっす、あざーっす!」

 言動が軽く、愛嬌のある青年AIはスタッフに愛され、電脳空間の試用AIとして働き始める。

「アイドルぅ!? おほぉー!」

 愛らしい見た目の女性AIは、バーチャルアイドルとしてデビューすることになった。 




「今日もとんでもなかったですよー! やっぱりね、シロちゃんはノリにノってますね! フゥゥゥゥ!」

「収録終わるたびに迎えにこなくていいよぉ……」

「いやいやいやいや、ばあちゃる君はね、シロちゃんの成長を見守る必要がありますから!」

「もぉおおおお! 前も言ったけど、馬のくせに親面しないで!」


                          おしまい

以上です。

これ書いといてあれですが、僕はルナちゃる派です

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