妹「にいちゃん! 潮干狩りにいくぞ!」 (29)

妹がそんな突拍子もないことを言い出した。

僕「はあ? いま何月だと思ってるんだよ」

妹「10月だけど?」

僕「無理だろ。暦の上ではもう冬だぞ」

妹「いやいや、行く前から無理とか言わない方がいいと思うよ?」

僕「うるせーよ。一人で行けよ」

僕「はあ? いま何月だと思ってるんだよ」

僕「10月だけど?」

僕「無理だろ。暦の上ではもう冬だぞ」

僕「いやいや、行く前から無理とか言わない方がいいと思うよ?」

僕「うるせーよ。一人で行けよ」

妹「はあ? 潮干狩りに一人で行けって言うの? 女子高生一人で?」

僕「一人で行くのが嫌なら行かなきゃいいだろ。第一、潮干狩りにと言ったら、春って相場が決まってんだよ」

妹「貝の限界をお前が決まるなよ」

僕「そんな精神論的な話は全くしてねーよ。貝は春の方が栄養溜め込んでてうめーんだよ」

妹「はっ、その程度の知識で勝ったつもりか?」

僕「何しに来たんだよ、お前は……」

妹「わかった。じゃあ潮干狩りはなしにして、トモエちゃんちに遊びに行きます」

僕「……なんであいつが出てくるんだよ」

妹「にいちゃんトモエちゃんのこと好きでしょ? 告りにいこうぜ」

僕「一人で行けって。僕、ちょっとウイイレやってっから」

妹「あのさあ、ただでさえ球蹴りなんてつまんないのに、それを更にゲームの中でやるってヤバいよね。虚しくなって来ないの?」

僕「うるせえよ! ウイイレだけならまだしもサッカー馬鹿にすんな!」

妹「いいから着替えて、トモエちゃんに連絡しちゃったから」

僕「はあ??? なに勝手なことしてんだよ」

妹「トモエちゃん迎えに行って、潮干狩りいくぞ」

僕「結局、潮干狩りすんのかよ……」

僕は結局、妹に押し負けて、トモエの家に向かうことになった。
トモエは同い年の幼馴染であり、小学校から高校を卒業するまではずっと一緒だった。
今は大学が違うけど、妹とトモエが仲がいいので、頻繁に会う機会もある。
気心の知れた相手だから、会うのはいいんだが、厄介なのは妹の存在で、妹は事あるごとに僕とトモエをくっつけようとしている節がある。
僕にとってトモエは幼馴染であり、親友であり、家族だ。大切な存在だが、それが恋情かというとイマイチはっきりしないのだ。

車を走らせ、ものの数分。トモエの家に到着した。

妹「よっしゃ! 到着! ご苦労だったな、にいちゃん」

僕「うるせ、さっさとトモエ呼んでこい」

妹「なにツンケンしちゃってんの」

僕「ったく」

僕(これだからあいつに連れ回されるのはゴメンなんだよ)

僕(トモエも迷惑がってるんだろうな。あいつは優しいから妹の誘いを断れないんだろ)

僕(そもそもあいつは僕よりもいい大学に行ったんだ。ただでさえ忙しいだろう)

僕「

僕「遅いな…」

妹「にいちゃんー」

僕「なにしてんだよ、トモエは?」

妹「いやあ、おかしいなあ。さっきまで連絡ついてたのに」

僕「は? いねえの?」

妹「いや、いると思うんだけど、ウンコかな?」

僕「いや、俺に聞くなよ…」

僕(珍しいな。あいつがパッと出て来ないなんて)

妹「死んでないといいけど」

僕「やめろや」

妹「トモエちゃーん」

僕「あ、おい。勝手に人ん家の敷地内に入るなよ」

妹「堅いこと言うなよブラザー。殺すぞ?」

僕「アメリカだったら死んでんのはお前だ」

妹「ここは日本です」

妹「トモエちゃーん」

僕「トモエ!」

妹「なになに、大っきな声出しちゃって、トモエちゃんが心配?」

僕「……」

妹「素直じゃないなあ」

僕「あのな、僕はお前が思ってるように、トモエのことを思ってるわけじゃ……」

妹「?」

僕「……」

妹「なに?」

僕「なんだよこれ」

カーテンが中途半端に開いていて、その隙間から、僕はトモエの姿を見つけた。
相変わらず綺麗な髪に、真っ白で透き通った肌。
紛れも無いトモエの姿だった。
そういえば、昔もこんなことあったっけ。
あの時はトモエを驚かそうと思って、庭に入って、勝手に家に上がり込んで、あいつを驚かせたんだっけ。
妹のことを言えないな。
だけど、今度驚かされたのは、紛れもなく僕で。
何故なら。


そこからは血まみれで横たわるトモエが見えたから。

一目で彼女が絶命していることは見て取れた。
開き切った目には、生命のともしびは微塵もなく、完全に生気を失っていた。
だらりとぶら下がった両の腕は、血が滴っていて、それが目に入った瞬間に、血の匂いを微かに感じた。

僕「トモエ…」

妹「は? なに? うわあ!!」

一拍遅れて気がついた妹が、驚きの声をあげる。

妹「は? なに? これ」

僕「どういうことだよ」

妹「トモエちゃん? 死んでるの? マジで?」

僕「け、警察……」

妹「いや、待ってよ」

僕「待つって……なにをだよ」

妹「ほんとに死んでるの? トモエちゃんは」

僕「……どういうことだ」

妹「いや、単にイタズラじゃない? 昔さ、にいちゃんが庭から入ってってトモエちゃん驚かして泣かしちゃったことあったじゃん」

僕「……」

妹「その意趣返しかもよ」

100パーセントあり得ない。今にして思えば、トモエがそんな趣味の悪いイタズラをするわけがなかった。
けど、僕はそんな1パーセントもない希望にでも、しがみつきたい気分だった。

僕「けど、確認する術がねーよ」

妹「いやいや、どっか開いてる扉があるかもよ」

僕「……わかった。確認する」

妹「ん、じゃあ、にいちゃんは左から回って、わたしは右から回って開いてる扉がないか確認する」

僕「いや、それはダメだ。同じ方向から一緒に回る」

妹「? なんで」

僕「いいから、いくぞ」

妹「空いてないね」

僕「だな」

僕(さすがに杞憂だったか?)

妹「にいちゃん?」

僕「警察を呼ぼう。もう僕らにできることはなにもない」

妹「いや、まだ確かめてない扉が一つあるよ」

僕「……玄関か」

妹「そうそう」

玄関の扉は容易く開いた。
まるで最初から僕らがやってくるのを待っていたかのようだった。

妹「トモエちゃん!」

妹が玄関が開いた瞬間に飛び込もうとする。
僕はそれを右手で制した。

妹「なに!?」

僕「僕が先に入る」

妹「いまはそんなことどうでもいいでしょ」

僕「よくねーよ。黙って僕の後に入れ」

妹「……」

僕は慎重にその中に足を踏み入れた。

僕「トモエ! 入るぞ! 生きてるなら出てこい!」

妹「返事ないね」

僕「靴は脱ぐな。そのまま入れ」

妹「なんで?」

僕「トモエの遺体を見たろ。出血していた。他殺の可能性がある」

妹「他殺……」

僕「お前がトモエと最後に連絡を取ったのはいつだ」

妹「少し前だよ」

僕「正確には?」

妹「えっと……15分前かな。私たちが迎えにいくよっていうのに対して、了解ですってきてる」

僕「つまり、少なくとも他殺だと仮定した場合、トモエは15分以内に殺されたってことになる。十分に犯人がこの家の中に潜伏している可能性はある」

妹「……」

僕「お前は入るな。ぼくが確認する」

妹「いや、待って。にいちゃんだけ行かせるわけにはいかない」

僕「危ないんだぞ。わかってんのか」

妹「犯人はいないよ。中から物音はしない」

僕「不確定要素が多すぎる。それだけで判断できない」

妹「それにそもそも他殺だって決まったわけじゃないでしょ」

僕「ならなんだ? 自殺だっていうのか」

妹「可能性は否定できないよ。なにか悩んでたのかもしれない」

僕「……わかった。けど、僕の後から入ってくれ」

妹「わかった」

僕「トモエ!! 入るぞ!! 靴のまま入っちゃうからな!!」

僕らはそのまま上がり、リビングに向かった。
そこで、僕らの希望は完全に打ち砕かれた。
まず、目に飛び込んできたのは、やはりトモエの遺体だった。
血に塗れ、まだ新鮮な臭いがした。

妹「にいちゃん。アレ」

僕「ああ」

血に塗れた包丁だ。

妹「これって、そういうことでいいよね」

僕「間違いなさそうだ」

妹「なんでこんなことに……」

僕「トモエは殺された。15分以内に」

妹「許せない。誰がこんなことをしたの」

僕「ああ……」

トモエは恨まれるような奴じゃなかった。
誰にでも優しくて、綺麗で、みんながトモエのことが好きだったはずだ。
僕だって……トモエが好きだった。

妹「殺してやる」

僕「……」

妹「犯人!!!! いるんなら出てこい!!!! わたしがお前を殺してやる!!!!!」

僕「……落ち着け」

妹「落ち着け!? あたま沸いてんのか、このクソ兄貴!!! トモエちゃんが殺されたんだぞ!!!」

妹「トモエちゃんはな!! お前のことが好きだったんだぞ!!! ずっとだ!! お前がトモエちゃんにどれだけ興味がないって素ぶりしても!!! トモエちゃんはお前だけ想ってたんだぞ!!!」

僕「妹……」

妹「それなのに……なんでだよ……」

僕「……お前の言う通りだよ。トモエは殺されていいような人間じゃない」

妹「そんな人間いない!!!」

僕「いや、いるよ」

僕「トモエを殺した奴さ」

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