ダイヤ「催眠術で千歌さんの妹になる……?」 (53)

ラブライブ!サンシャイン!!SS
ダイちか

作中催眠暗示の描写があります。
大丈夫だとは思いますが、外出しながら閲覧される方は少し注意して見ていただけると幸いです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1493405366

千歌「んー……」


休日の昼下がり、いつも通り千歌さんと過ごしていたのですが


千歌「……暇」

ダイヤ「……ですわね」

千歌「……何かやることないかな……」


のんびり過ごすのも悪くないのですが、あまりにやることがないせいか千歌さんがそろそろダース単位でみかんを食べ終えてしまいそうです。


ダイヤ「それくらにしないと、手がオレンジになりますわよ?」

千歌「みかん色って言ってよ!……うーん、何か……」



ごそごそと四つん這いになって本棚を漁る千歌さん。

お尻を可愛らしくふりふりとしているのがやや目に毒なのですが――


千歌「……あ、これ」

ダイヤ「……何かありましたの?」

千歌「前、善子ちゃんに借りた本だ……」


千歌さんが本棚から件の本を取り出す。


ダイヤ「『これで貴方も普通から脱却!~完全催眠自己暗示マニュアル~』……なんですか、これ」

千歌「前にチカの普通星人なところを治したいって言ったら貸してくれたんだけど……返すのすっかり忘れてた」

ダイヤ「……」



なんで、善子さんはこんなもの持っていたのでしょうか。

……まあ、いいでしょう。


ダイヤ「それで……効果のほどはあったのですか?」

千歌「うーん……正直内容は読んでもよくわからなかったというか……効果はなかったというか……」


……良くも悪くも自己啓発本の一種と言うところだったのでしょう。


千歌「まあ今はチカ、自分に自信持ててるからダイジョブだよ!」

ダイヤ「あら、それはいいことですわね」

千歌「えへへっ だって、ダイヤさんが恋人なんだもんっ 自信も出るよ」

ダイヤ「……///……もう、おだてたって何も出ませんわよ……///」

千歌「ホントにそう思ってるんだけどなー」

ダイヤ「……もう……///」


……しかし、催眠術……ですか

思案顔で本を見つめるわたくしに


千歌「……?ダイヤさん、これ興味あるの?」

ダイヤ「いえ……その本というか……」


ついこの間、とある人に言われた言葉が頭をよぎる


『催眠術、かけてみたら?ちかっちとあーんなことやこーんなことし放題かもよ?』


……あーんなことやこーんなことはともかく、暇つぶしの余興としてはちょうど良いかもしれませんわね。


ダイヤ「催眠術……」

千歌「え……?」

ダイヤ「催眠術――やってみませんか?」



    *    *    *





――さて、催眠術の実践の前に件の発言をした人物との会話について、お話しておかねばなりませんね。


鞠莉「ちかっちに甘えたい?」

ダイヤ「……えぇ」


理事長室で鞠莉さんと紅茶を頂きながら、相談をしていたのですが――


鞠莉「……えーと、わたしタイマンでダイヤの惚気話聞かなきゃいけない感じなの?」

ダイヤ「の、惚気話ではありませんっ!!///」



正直、鞠莉さんはめんどくさそう


鞠莉「だって、今更甘えるも甘えられるもないでしょ……ラブラブカップルじゃない。たまにはダイヤからも甘えたいって素直に言えばいいじゃない」

ダイヤ「それは……その……///……年上として、言い出しづらいというか……///」

鞠莉「……うわ、めんどくさ」


……この人、臆面も無く口の出しましたわ


ダイヤ「わ、わたくしは真剣に悩んで相談しているのですわ!!」

鞠莉「えー……じゃあ、何も言わずに突然甘えてみるとか……」

ダイヤ「そ、そんな恥ずかしいことできませんわっ!!///」

鞠莉「……今日のダイヤはVeryめんどくさいよ……」



鞠莉さんははぁと一息ついて思案する。


鞠莉「でも、どうしようもなくない?……甘えたいけど、自分から言うのも嫌だし、やるのも嫌って」

ダイヤ「……そ、それは……はい……。……別に甘えられるのは嫌ではないのですが……こういうときは千歌さんが年上だったら違ったのかななんて思ってしまいますわね……。」

鞠莉「……あっ」


わたくしの言葉に鞠莉さんが何か思いついたようで――


ダイヤ「……な、なにかいい案が!?」

鞠莉「それだよ!ダイヤ!」

ダイヤ「……え?」

鞠莉「ちかっちに年上になってもらえばいいんだよ!」

ダイヤ「……は?」

鞠莉「ちかっちを年上……ううん、もっとわかりやすく、ダイヤをちかっちの妹なんだと思い込ませればいいんだよ!!」

ダイヤ「……???」



    *    *    *





ダイヤ「――催眠術?」

鞠莉「そう!催眠誘導でちかっちにはお姉さんになってもらいます!……って何その顔」


……鞠莉さんがわたくしの表情を見て、小首を傾げます。


ダイヤ「……いや、その……そういうオカルトは善子さんだけでお腹いっぱいなので……」


せっかく、考えてくれた案ですが、ちょっとそういうのは……



鞠莉「No!!ダイヤ!!」

ダイヤ「……!?」


突然、鞠莉さんが声をあげる。


鞠莉「催眠術はオカルトじゃなくてれっきとした科学だよ!!」

ダイヤ「は、はぁ……」

鞠莉「催眠術って言うのは暗示で人の潜在的な意識を呼び起こすだけでオカルトみたいな超常的なものとは全然違うんだヨ!!」

ダイヤ「……」

鞠莉「納得してないって顔ね」

ダイヤ「……正味なところ」

鞠莉「仕方ないなぁ……じゃあ、ダイヤにかいつまんで催眠術を解説するわね」



……別に無理にしなくてもいいのですが


鞠莉「単純に催眠術って言っちゃうと意味が広いけど……この場合だと意識の狭窄を意図的に引き起こすものだと考えてくれればいいわ」

ダイヤ「……意識の狭窄を意図的に引き起こすもの……ですか」

鞠莉「例えば、そうだなぁ……ダイヤはこのクッキー見て、どう思う?」


鞠莉さんは紅茶のお茶請けにと出された、まだ手付かずのわたくしのクッキーを指差す。


ダイヤ「……甘くておいしそうだな……でしょうか」

鞠莉「だよね。……でも、これ実はかなり辛いのよ」

ダイヤ「え……?」

鞠莉「……この前、これ食べて果南が悶絶してた。たぶんヨハネくらいしかまともに食べれないと思うわ」

ダイヤ「な、なんでそんなものお茶請けに出してるのですか!!」

鞠莉「まあまあ、でもせっかく出したんだし、食べてみてよ」

ダイヤ「嫌ですわ!そんな風に言われて食べるわけないでしょう!?」

鞠莉「……そう、そういうことよ」

ダイヤ「……え?」



鞠莉さんはクッキーを一つまみして口に運ぶ


鞠莉「ん~Delicious!!」

ダイヤ「え、普通に食べてるじゃないですか」

鞠莉「ん?ああうんあれ嘘だし」

ダイヤ「はい?」


クッキーをおいしそうに食べながら鞠莉さんは言葉を続ける。


鞠莉「なんで、ダイヤはこのクッキーがおいしそうって思ったの?」

ダイヤ「なんでって……経験上……でしょうか」

鞠莉「だよね。じゃあ、なんでわたしが辛いって言ったら辛いものだと思ったの?」

ダイヤ「……それは、鞠莉さんが用意したものだからですわ。」

鞠莉「うん、そうだネ。……つまり、人間は経験や知識から目の前にあるものがどういうものなのかを類推することによって自分の行動を決めてるんだよ。」

ダイヤ「……なるほど」


鞠莉「今、ダイヤはわたしの言葉で『このクッキーは辛いもの』だと思い込まされていたってことよね?」

ダイヤ「そうなりますわね」

鞠莉「意図的な意識の狭窄ってのはつまり、こうやって思い込ませること……んで、催眠による意識の狭窄ってのはこれをやりやすい状態にすることから始まるの」

ダイヤ「やりやすい状態とは?」

鞠莉「えーと、そうね。寝ぼけてるときに相手の言ってることがよくわからなくて適当に返事しちゃう感じかしら。」

ダイヤ「……相手が寝起きのときにやれってことですか?」

鞠莉「まあ、それでもいいけど……もっといろんな状況でも出来る他の方法を説明するわね。

人の意識って大きく分けると気を張ってる状態とリラックスした状態――それぞれ『交感神経』『副交感神経』って言う二つの神経のバランスで成立してるんだけど……」

ダイヤ「はい」

鞠莉「緊張したり、真剣に考えているときは『交感神経』が強くなる。逆に落ち着いたり、安心したりすると『副交感神経』が優勢になる。程度に考えておけばいいわ。

それを踏まえた上で質問するネ。――意識が寝起きみたいにぼーっとしてるときってどっちの神経が優位だと思う?」

ダイヤ「……副交感神経でしょうか」


イメージではありますが……落ち着いている状態の方が近い気がします。


鞠莉「Yes!つまり、副交感神経が優位になるほど、相手の言うことの真偽を理解する能力が下がる傾向にあるってのはわかる?」

ダイヤ「まあ……確かにそうなるのでしょうか」

鞠莉「うんうん、となると副交感神経が優位な状態を作り出せれば相手の意識を狭窄しやすくなるってことよね」

ダイヤ「……そう言われれば、そうかもしれませんが……。……そんなことできるのですか?」

鞠莉「そんなの簡単よ」

ダイヤ「……え?」

鞠莉「例えば、ルビィが酷く慌てていたら、ダイヤはどうする?」

ダイヤ「どうするって……まず、深呼吸をするように促して……あ、なるほど」

鞠莉「ふふ、わかった?」


ダイヤ「相手をリラックスさせるような行動を取らせればいいのですね。」

鞠莉「そういうこと。……でも、これは逆に一緒に居てリラックスできない相手だったりすると成立しないんだけど……それに関してはダイヤと千歌だったら問題ないかな?」

ダイヤ「は、はい……///」

鞠莉「あともう一つ問題があるとすれば……催眠術をかけたい相手がそもそも人の言葉に対して疑り深かったり、根本的に他人を信用してなかったりすると思い込ませるのが難しくなるってことかな。」

ダイヤ「……なるほど、それが所謂『催眠術にかかりやすい人とかかりにくい人がいる』という所以なのですね?」

鞠莉「Yes!!そういうことだネ!……まあ、それこそ、ちかっちなんかはかかりやすい人だろうから、その点はNo problemだけどネ」

ダイヤ「……でしょうね」


たまに心配になるくらい、人の言葉を疑わないですからね。……そこが魅力でもあるのですが


鞠莉「それじゃ、こっからは具体的にどうやってリラックスさせるかの口上とか、もろもろの諸注意について説明するネ――」


……最初は話半分のつもりだったのですが、わたくしはこうして、なんだかんだで鞠莉さんから催眠術講義を受けたのでした。



    *    *    *





――チカ的には、ダイヤさんが『催眠術をかけよう』なんて言い出すのは意外だったんだけど……

少し面白そうだなと思って、ダイヤさんの言うとおりやってみようと思ったんだけど……


ダイヤ「――リラックスは出来そうですか?」

千歌「う、うん……」


――自室のベッドの上でダイヤさんに膝枕をしてもらった状態で、仰向けになってます。

ダイヤさんの横には日舞で使う、鈴が置いてあります。――いつでも千歌に舞が見せられるように、千歌の家に来るときはいつも持ってきてくれてるものです。



千歌「ねぇ、ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「催眠術ってホントにかかるものなの??」

ダイヤ「そうね……わたくしも実際にやったことがあるわけではないから……なんとも言えないけれど……」

千歌「うん」

ダイヤ「理屈は一応わかっていますから……その理屈が正しければ大丈夫だと思います。」


……ダイヤさんが理屈が通ってるって言うんだったら、たぶんそうなのかな?って思う


ダイヤ「あ、そうですわ……前置きとして」

千歌「前置き?」

ダイヤ「今からわたくしが言うことには基本的には従って欲しいのですけれど……嫌だと思ったら、いつでもやめていいですからね」

千歌「そうなの?」


ダイヤ「えぇ、もともと催眠術はやりたくないことを無理にさせることは出来ないので」

千歌「なるほど、でもその辺はダイジョブかな」

ダイヤ「?」

千歌「だって、ダイヤさんはチカが嫌がるようなことはしないもん」

ダイヤ「……ふふ、ありがと。それじゃ、目を瞑って」


言われた通りに目を瞑る。――視界が暗くなる。


千歌「ちょ、ちょっと緊張してきたかも……」

ダイヤ「――じゃあ、その緊張を少しずつ解していきましょうか。手と足は楽にしていていいですよ。」

千歌「楽に――」


脱力すればいいのかな?手足をだらんと放りだす。



ダイヤ「ええ、いい子ね……」


瞼越しにわずかに透かされる光が何かに遮られて暗くなる。


ダイヤ「今……わたくしが手で千歌さんの目に蓋をしましたわ。……さっきより暗くなったのはわかりますか?」

千歌「うん……真っ暗」

ダイヤ「……じゃあ、貴女の目を塞いでいる手の感覚を温もりを……意識してみてください」

千歌「はい……」


ダイヤさんの手の温度を感じる。

少しだけひんやりとした手が私の顔から熱を奪っていくのが心地いい。



ダイヤ「……それじゃあ、深呼吸をしましょうか。

……ゆっくり……吸って……吐いてを……わたくしと一緒に」


ダイヤさんがゆっくりと語りかけてくる。


ダイヤ「……吸って――スゥー……」

千歌「すぅー……」


息を吸い込む。

自分の肺に空気が入り込んでくるのがわかる。



ダイヤ「自分のペースでいいから……ゆっくりと息を思いっきり吸い込んで――

…………。……吐いて――ハァー……。」

千歌「はぁー……」

ダイヤ「息を吐くときは一本の細長い糸を紡ぐように……細く……長く吐いてください」


言われたとおり、細く……長く……息を吐く……

吸ったときに膨らんだ肺から空気が抜けていくのがわかる。


ダイヤ「……ふふ、普段こんなに深い深呼吸をすることってないから、新鮮ですわよね?……肩とか力が抜けて、少し楽になった気がしませんか?」


……言われてみれば、少しすっきりしたかもしれない。



ダイヤ「……深呼吸すると気持ちいいですわよね。……気持ちのいい深呼吸を繰り返してみましょうか――

……吸って――」


すーっ…………


ダイヤ「……吐いて――」


はーっ…………


ダイヤ「……身体から悪いものを全部吐き出すように……そうすると、だんだん自然と身体から力が抜けていきますわ……吸って――」


すーっ……


ダイヤ「吐いて――」


はーっ……


ダイヤ「……その調子、いい子ね……」


すーっ……

はーっ……


すーっ……


はーっ……



すーっ……



はーっ……



――。



ダイヤ「ふふ……チカさんの心臓の音……トクン……トクン……という鼓動が……ゆっくりになってきたのを……感じますか?」


チカの心臓の……音……トクン……トクン……

深呼吸をして、落ち着いた心臓から……ダイヤさんの言うとおり、ゆっくりになったのがわかる。


ダイヤ「それじゃ……他の場所の力も……ゆっくりと抜いていきましょう……」


ダイヤさんの優しくゆったりとした声が耳を撫でる。


ダイヤ「――まず右手から力を抜きましょうか……右手に意識を集中してください」


言われたとおり、右手を意識する。



ダイヤ「千歌さんの右手は今お布団の上にあります。――わたくしがゆっくり10から0まで数える間にその手はだんだん重くなって……お布団に沈みこんでいきます。」


「――じゅう……やわらかいお布団に包まれて、右手が重い……

――きゅう……

――はち……でも、その重さが……心地いい

――なな……

――ろく……だんだん動かすのもめんどうくさくなって……

――ごー……

――よん……お布団に……沈み込んでいく……

――さん……ゆっくり……ゆっくりと……

――にー……ふふ……もうほとんどうごかないわね……

――いち……もう……すこし……

――ゼロ。」

――

右手が……重い……重くて――動かない……



「……ふふ、右手……動かなくなってしまいましたね……。……でもそれが心地いい……わたくしにはわかりますわ。」


――力が抜ける……。


「――次は左手……同様に……10から0まで数えますわよ。……今度はもう力の抜き方もわかっているだろうから……大丈夫」


――じゅう

――きゅう

――はち

――なな

――ろく

――ごー……左手がずーん……と重く……

――よん

――さん

――にー……もう両手……動かせませんね……

――いち……でも、わたくしがいるから……大丈夫……

――ゼロ。


――両手が重い。

布団に沈み込んでいく……



「――だんだん体中の力が抜けてきたわね……いい子ね……。……次は足の力……今度は両足一緒に……力を抜いてみましょうか……」


――じゅう

――きゅう

――はち

――なな

――ろく

――ごー

――よん

――さん

――にー

――いち

――ゼロ。


「……ふふ、両手両足……動かなくなってしまいましたわね……」



全身が脱力している。


「……それでは最後に……全身に残った余分な力を抜きましょう……頭の中でわたくしと一緒に……ゆーっくり……数字を数えてくださいませね……?」


――じゅう

――きゅう

――はち

――なな

――ろく

――ごー

――よん

――さん

――にー

――いち

――ゼロ。


――チカの身体が布団に沈み込むのを感じる……

重い……動かない……。……でも、それが心地いい……



「……千歌さん……今、貴女は催眠術にかかっています……。……だから、身体が動かせない……」


……ホントだ……動かない……すごい……チカ、ホントに催眠術に……かかってる……


「……わたくしの言葉で……貴女は動けない……わたくしの声を聞くのが……心地いい……」


ダイヤさんの声が……心地いい……なんだか頭がふわふわする……


「……わたくしの言うことに従っていると……もっともっと……心地よくなれますのよ……」


――しゃん……


「この鈴の音……わかりますか……?……貴女の大好きな……日舞の鈴……」



――しゃん……


「この音には魔法をかけてありますの……この音を聞いてると……千歌さんは心地よくなって……もっともっとリラックスして……脱力していく……」


――しゃん……


「この鈴の音を……聞けば聞くほど……身体から……全身から……力が抜けていく……」


――しゃん……

――しゃん……


「力……入らないですわね……」


――しゃん……



「もう……頭の中も空っぽで……鈴の音が……頭の中に響いて……心地いい……」


――しゃん……


「その空白に響く音を聞いてるだけで……幸せな気持ちに包まれる……」


――しゃん……。

……。


――


「……いい子ね……。……それじゃ、わたくしの言葉に……耳を傾けて……」



――


「……貴女はわたくしが……これから言うことが……事実だと知っている……」


知っている――


「……わたくしは……貴女にとって……愛おしい……最愛の妹であることを……」


妹であることを……知っている――。


「……」


――。



「……」


――。


「……これから、この暗示がかかったまま……貴女を一旦……覚醒させます。目を覚ましても、貴女はそのことには気付きません。」


――。


「――それでは……わたくしが10から0まで数えて……手を叩いたら……貴女は目を覚まします」



――じゅう……意識が戻ってくるのがわかる。

――きゅう……すーっと表側に

――はち……

――なな……ゆっくり……ゆっくりと……

――ろく……

――ごー……あと半分……

――よん……

――さん……あと少し……

――にー……もう……目が……覚めますわ……

――いち……次の数字を言ったら……手を叩きます……それで千歌さんは……目を覚まします。

…………

――ゼロ。


パンッ



千歌「――っ!!」


パチリと目が覚める。すると目の前にダイヤちゃんの顔があった。


ダイヤ「……おはよう」

千歌「……お、おはよう……?」

ダイヤ「……催眠術はどうでしたか?」

千歌「え、あ……うん……なんか、すごかった……」

ダイヤ「正直……わたくしもここまでうまく行くとは思ってなかったので驚いていますわ……」

千歌「……私も正直、ここまで催眠術にかかったって感じになるとは思わなかった……」

ダイヤ「ふふ……でも、千歌さんかかりやすそうですものね」

千歌「……ダイヤちゃん」

ダイヤ「……っ?!///……え、は、はいっ……!?///」



ダイヤちゃんが何故か顔を紅くして目を見開いている。……どうしたんだろ?


千歌「千歌さん……なんて……他人行儀な呼び方しないでよ。私はダイヤちゃんのお姉ちゃんなんだから」

ダイヤ「――。……そ、そうでしたわ。ごめんなさい、お姉様……」

千歌「それにしても千歌"さん"だなんて……変なダイヤちゃん。」

ダイヤ「……」



    *    *    *





さて、先日の鞠莉さんとの会話に戻ります。


ダイヤ「え、一度起こしてしまうのですか?」

鞠莉「そうよ。……というか、起こさないと目的が達成できないでしょ」

ダイヤ「あ……言われてみれば。」

鞠莉「うまく行っていれば……この時点で千歌はダイヤのことを妹と認識してるはず」

ダイヤ「うまく行っていれば……うまく行くのでしょうか……?」

鞠莉「何か不安でも?」


ダイヤ「……催眠術は本人がしたくないことを出来ないのでしょ?」

鞠莉「そう言ったわね」

ダイヤ「千歌さんがわたくしの姉になりたくないと思っていた場合は……」

鞠莉「……まあ、その場合はその催眠術にはかからないわね。」

ダイヤ「じゃ、じゃあ……」

鞠莉「その場合は催眠を掛けなおして、その部分だけでも忘れてもらうように暗示すればいいだけなんだけど……。たぶん、その心配もないと思うけど」

ダイヤ「……どういうことですの?」

鞠莉「……ダイヤはちかっちの妹になりたいって微塵も思ったことがないの?」

ダイヤ「……え……微塵も……ということはありませんが……」

鞠莉「というか、むしろ今回は甘えたいってことだからどっちかと言うと思ってるくらいよね」

ダイヤ「……ま、まあ誤解を恐れずに言うなら、そういうことにもなると思いますけど……」

鞠莉「人って結構Ifの関係に憧れるものよ。もし、この人と家族だったら……この人と姉妹だったら……この人が妹だったら……とかね。

さっきも言ったけど、催眠術は本人がしたくないことはさせられないけど、逆に心のどこかでそうしたいって気持ちがあったらそれを言葉で後押ししてあげる術でもあるのよ」

ダイヤ「……なるほど」

鞠莉「ただ、事実そのものを思い込ませることは出来ても、そこから先はちかっちの妄想の世界だからね。その世界の妹ダイヤがどういう振る舞いをしてるかはわからないから、必ずしも甘えられるとは限らないけど。」


    *    *    *





……さて、わたくしは千歌さんの世界の中でどんな妹なのでしょうか


千歌「ダイヤちゃん?どうしたの?」


鞠莉さんに言われた注意事項を思い出す。


『術中は基本的に外出はさせちゃダメよ?理由は……まあ、言わなくてもわかるだろうけど。単純に危ないから』


つまり、千歌さんの部屋の中が安全範囲――



千歌「ダイヤちゃんっ!!」

ダイヤ「ピギャッ!?」


千歌さん――お姉様の声で我に返る。


千歌「もう、さっきからぼーっとしてどうしたの?」

ダイヤ「い、いえ……」

千歌「あーさてはダイヤちゃん……」

ダイヤ「な、なんですか……お姉様……」

千歌「チカお姉ちゃんにお膝枕してたら自分もして欲しくなっちゃったのかな?……ダイヤちゃん、あまえんぼさんだもんね」



……千歌さんの世界のわたくし、ナイスですわ。


ダイヤ「え、えっと……///」

千歌「ほーら……恥ずかしがらなくていいから、おひざにおいでー」


……お姉様はぽんぽんと膝と叩く。


ダイヤ「……し、失礼します……///」


先ほどとは立場逆転状態で千歌さんの顔を見上げる……



千歌「あはは、そんなこっち見上げなくてもいいんだけど……」

ダイヤ「え!?あ、ご、ごめんなさい……っ///」

千歌「ま、うん。ダイヤちゃんがその姿勢がいいなら、そのままでいっか」

ダイヤ「……は、はい……お姉様……」


……お姉様にぽんぽんと頭を撫でられる・


ダイヤ「……///」

千歌「ほら、肩の力抜いてよ~?リラックス、リラックス~」

ダイヤ「……は、はい……///」

千歌「……もうさっきからどうしたの、ダイヤちゃん?……私の顔に何か付いてるかな?」


ダイヤ「あ、いえ……その……」

千歌「んー……?」

ダイヤ「普段……お姉様から見て……わたくしはどう映っているのかなって……思って……」

千歌「どう……かー……。……うーん、真面目で頑張り屋さんな妹……かなぁ」

ダイヤ「……そ、そうですか」

千歌「そんでもって、甘えるのが下手」

ダイヤ「……うっ」

千歌「……まあ、それでもダイヤちゃんが私に甘えたいときってなんとなくわかるんだけどね」

ダイヤ「……そうなのですか?」

千歌「……長い時間一緒にいるからなのかな?……なんとなくだけど……。……ついでに言うなら自分からなかなか言い出せないこともね。」


ダイヤ「……」

千歌「だから、こうして無理やり呼び込むんだよ」

ダイヤ「……妹特権ですわね……」

千歌「あはは、そうかも。……でも」

ダイヤ「……でも?」

千歌「ダイヤちゃんがそうして欲しいって素直に言ってくれたら……妹とか関係なく、甘えさせてあげると思うけどなぁ」

ダイヤ「……」


……お姉様の口からその言葉を聞いて。

わたくしはこんなまどろっこしいことをしなくてもよかったのではと改めて思い直す。

鞠莉さんの言ったとおり……最初から素直に言えばよかっただけだったのでは?



千歌「……ダイヤちゃん、また難しい顔してる」

ダイヤ「……お姉様」

千歌「……ダイヤちゃん、目瞑って」

ダイヤ「……え?」

千歌「……いーから」

ダイヤ「は、はい……」


言われた通りに目を瞑る。


千歌「……あのね、私はダイヤちゃんが悩んでるのはわかっても、何をどうして、どこまで悩んでるかはわからない。」

ダイヤ「……」

千歌「……別に必ずしも言ってくれればいいとも思わないし。私よりもダイヤちゃんの方が頭がいいだろうしいろんなこと考えてるだろうから。……だから、無理に言わなくてもいい。だけど、無理はして欲しくないかな。」

ダイヤ「……お姉様……」

千歌「……理由とか別に言わなくてもいいからさ……悲しくなったり……寂しくなったら……言ってくれればぎゅってしてあげるから……ね?」



――わたくしはお姉様の膝の上で思わず背を向けた。


ダイヤ「……っ……」


今の顔は……見せられない……


千歌「……いろんなところで人よりも頑張らなくちゃいけない……ダイヤちゃんはそういう立場の人間だもんね。そうやって自分を律して……だから、甘えるのがちょっぴりへたっぴなのもわかってるから」

ダイヤ「……っ……ぅっ……」

千歌「……私の前では……無理しなくていいんだよ……」

ダイヤ「……っ……ぅぅっ……」

千歌「悲しいときとか……寂しいときとか……辛いときは……私の前では弱くなってもいいんだからね?」



わたくしはもう一度仰向けになって……"千歌さん"と目を合わせた

熱い水がわたくしの顔をすべり落ちる。


千歌「……いつもお疲れ様……。今日はお姉ちゃんのおひざの上でいっぱい休んでいいからね。」

ダイヤ「ぅ……っ……ぅぅ……っ……」


わたくしは今度は千歌さんのお腹に顔を埋めて……嗚咽をあげた。

――わたくしはルビィが生まれたあの日から、ずっとお姉ちゃんで……ずっとずっと一人で歩き続けていかなくてはいけないんだと勘違いしていた。

……でも、本当はそんなことはなくて。

『甘えたい』……なんて言葉に自分の感情を押し込めてしまっていけれど……

本当は寂しさとの向き合い方がわかってなかっただけだったのかもしれない。


ダイヤ「……っ……」

千歌「よしよし……」


わたくしは泣き付かれて眠るまで……千歌さんのお腹に顔を埋めて、声を殺しながら泣き続けたのでした。


    *    *    *





目が覚めたのは日もとっぷり暮れた時間。


千歌「すぅ……すぅ……」


わたくし……気付いたら寝入ってしまって……

って、千歌さんも寝てしまったのですね……。


ダイヤ「……あら……?」



酸素が行き渡って次第に冷静になる頭で状況を把握する。


ダイヤ「……そ、そうですわ……!!」


わたくし、千歌さんの暗示を解かないまま寝てしまった……

一瞬焦りましたが……鞠莉さんに言われたことを思い出します。


鞠莉『催眠術は最後に暗示解除をしなくちゃいけないんだけど……基本的には寝て起きれば大体の催眠術は解けるから、日常生活に引きずることはほぼないから、基本的には安全なものだと思って大丈夫だと思うわ。

ただ、あんまり常習的に繰り返してると何かのきっかけで暗示にかかっちゃったりするから、やるとしてもこれ1回だけにするのよ?』


千歌さんは静かに寝息を立てている。

つまり、起きる頃には完全に暗示は解けていると言うことだろう。

ふぅ……と一息ついて

千歌さんの横に再びごろりと転がった。



ダイヤ「……いつも、ありがとう……これからも……お願い致しますわ……」

千歌「……むにゃ……」


千歌さんの寝顔に向かって一人呟く。

次からはきっと前よりは素直な気持ちで甘えるようになれる。

そんな気持ちを胸に抱いて……今はまだ、千歌さんの隣で幸せな時間を過ごそう……そう思って目を瞑りました。

……その先は暗闇だけど、とても安心したことを眠りに落ちていく意識の中で確かに感じました。





<終>

終わりです。お目汚し失礼しました。


蛇足ですが、催眠術の諸注意です

まず、著者は別に催眠術師ではないので理屈も素人知識です。

おかしなことを言ってるかもしれませんが演出上の都合ということでお願いします……

作中でも言っている通り、催眠行為のあとそのまま睡眠に移行しない場合は危険ですので、必ず解除まで行ってください。


またダイちか書きたくなったら来ます。

よしなに。


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