千歌「――私はある日、恋をした。」 (125)

ラブライブ!サンシャイン!!SS

ダイチカです。

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放課後の体育館

――しゃなり

――しゃなりと

その舞は、まるでそこにはないはずの鈴の音が聞こえてくるようで


「――」


――私はその美しさに思わず言葉を失った。

今、思えば……これがきっかけだったんだと思う。

――西日差す初夏の体育館で私――高海千歌は恋をした。





    *    *    *





最初はそんな特別な感情だなんて、思ってもなくて

ただ、すごい人と同じグループで活動できるなーって

ただ、それだけで――


千歌「ダーイヤさん♪」

ダイヤ「……千歌さん?」


お昼休み、生徒会室で書類と睨めっこしていたダイヤさんが私の声に顔をあげる。


ダイヤ「……なんですの、ノックもしないで」

千歌「……あっ!ごめんなさい……普段ダイヤさんしかいないから忘れてた……」

ダイヤ「はぁ、全く……千歌さんは」


あははと頭を掻く私に向かってため息を吐きながら。


ダイヤ「いくら同じグループ――Aqoursで活動することになったとは言え、生徒会は生徒会。公私混同は関心しませんわよ?」


と、お小言を言う――でも、ダイヤさんっぽいな。


千歌「……あ、でも生徒会の仕事も皆で手伝うって言ったし……」

ダイヤ「生徒会の人間でも入るときにノックくらいはするでしょう……」


一本取ってやった!……と思ったんだけど、すぱっと返される。……うぅ、ごめんなさい……


ダイヤ「……それでなにかありましたの――?」


と言って、ダイヤさんは私に視線を投げかけてくる。

……でも、その表情は声音に反して柔らかくて、前みたいな「困った生徒」への顔ではなく「一人の仲間」に向けられたものだった。

えへへ……なんだか、嬉しくなる。でも、なにかあったわけじゃないんだよね


千歌「んー……ダイヤさん何してるかなーって」

ダイヤ「何って……見ての通りですわ」


書類の山と私の顔を交互に見る。


千歌「うわ……これ全部、生徒会の仕事……?」

ダイヤ「そうですわ。片付けないと、練習にも参加できませんし……」

千歌「果南ちゃんたちは?」

ダイヤ「放課後には手伝ってもらうつもりですけど……お昼休みくらいゆっくり休憩して欲しいじゃないですか。」


……きっと、二人には言わずに出てきたんだろうなぁ

そんなことを考えながら、私は制服の袖をまくる。


ダイヤ「……?何してますの?」

千歌「何か手伝えることないかなーって……」


ダイヤさんはチカの提案に少しだけ考えてから


ダイヤ「今日も放課後は練習があるのですから……ちゃんと休息を取ってくださいな。」


まあ、ダイヤさんならそう言うよね


千歌「放課後に練習があるのはダイヤさんも同じでしょ?」

ダイヤ「ですが……」


もう、頑固なんだから……


千歌「それに大丈夫!私は授業中にたくさん休憩してるから!」

ダイヤ「……もう、授業はちゃんと受けなさいとあれほど……」


少し飽きれてから


ダイヤ「――書類の仕分けだけ、お願いしてもいいですか……?」

千歌「はーい!」


やっと折れてくれる。

果南ちゃんがよく言ってることだけど、ダイヤさんはなかなか人を頼ろうとしない。

――だいぶマシになったとも言ってたけど


千歌「……ダイヤさんお昼ご飯は食べたの?」

ダイヤ「えぇ、サンドイッチを頂きましたわ。」


確かに足元のゴミ箱の中にコンビニで買ったであろう、サンドイッチの袋が入ってた


千歌「……1個だけ?」

ダイヤ「……まあ、その……時間もないですし」


少し言葉を濁すダイヤさん。


千歌「ダイヤさん」

ダイヤ「……」


あ、目逸らした。


千歌「もう……ちゃんと食べないと倒れちゃいますよ?」

ダイヤ「し、仕事が終わったら……他に何か頂こうと……」

千歌「こんな量、昼休みの間に終わらないでしょ!……やっぱり、果南ちゃんたち呼んで……」

ダイヤ「いえ……いいんですのよ」

千歌「でも……」

ダイヤ「鞠莉さんにも理事長の仕事がありますから……果南さんはそちらの手伝いに行って貰ってます。――お気持ちは嬉しいですが、生徒会の仕事はあくまでわたくしの仕事なので……」


付け加えるように「その代わり放課後には二人にも手伝って貰うから大丈夫ですわ」なんて言う……

もう……果南ちゃんの言うとおりだよ……


ダイヤ「……そもそも、上級生が引退してからはずっとこうして一人で仕事をこなしてきたわけですし。慣れっこですわ。」


なんて、強がる。


千歌「わかりました」

ダイヤ「そう……わかって頂けたなら――」

千歌「私が出来るだけ、手伝いに来ます」

ダイヤ「そうそう……千歌さんが手伝いに――え?」


チカの提案にダイヤさんが少しだけ抜けた声を出す。


ダイヤ「いや、だからこれはわたくしの仕事であって……」

千歌「むー……強情だなぁ。……じゃあ、Aqoursのリーダーとしてメンバーの仕事を手伝いに毎日来るから、それならいいでしょ?」

ダイヤ「……」


ダイヤさんが黙る。あと一押し


千歌「チカに出来ることってあんまないかもしれないけど……いないよりマシでしょ?……それにやっとAqoursとして一つになれたのにダイヤさんに何かあったら嫌だから……ダメですか……?」

ダイヤ「……はぁ。……わかりました。」


やっと了承を得る。

ただお手伝いを申し出てるだけなのに、一苦労だよ……もう

――でも、こういうところもある意味ダイヤさんらしいかな


ダイヤ「ただし」


キッとチカの方を見て


ダイヤ「勉学が疎かになったら活動を控えるように言われかねません。授業中居眠りなど、しないようにしてくださいね?Aqoursのリーダーさん――」

千歌「――」


……う、うん。ダイヤさんらしい……ね

私はダイヤさんに叱られないように頭の中で午後の居眠りスケジュールを訂正するのだった。



    *    *    *





――コンコン


千歌「こんにちは、ダイヤさん」

ダイヤ「ごきげんよう、千歌さん」


あれから数週間。

私はこうして出来るだけ、お昼休みは生徒会室に手伝いに来るようになった。

挨拶もほどほどにとりあえず、机の下にあるゴミ箱を見る。


千歌「――あ、またお昼抜いてる!」

ダイヤ「……うっ……きょ、今日はちょっと朝買いに行く暇がなくて……」

千歌「だったら、学食行けばいいじゃないですか」

ダイヤ「学食じゃ仕事が出来ないじゃないですか」

千歌「……もう」


最初はなんとなーく心配で来てみただけだったんだけど

ダイヤさんは思ったより以上に無理をしようとする人だった。

今日みたいにお昼ご飯抜きなんてことも少なくなくて……


千歌「……これ、サンドイッチです」

ダイヤ「また持ってきたんですか……?いいと言っているのに……」


家で作ってきたサンドイッチを入れたバスケットを取り出す。


千歌「そうは言っても、こーんなに仕事して、放課後には練習もあるんですよ?食べないと倒れちゃうよ」

ダイヤ「……平気ですわよ。これしきのこと、これまでだって――」


キュゥゥゥ――可愛い音が鳴る。

……ダイヤさんのお腹の辺りから


千歌「……」

ダイヤ「……。……きょ、今日のところはチカさんの御厚意に甘えさせて頂きますわ……///」


ダイヤさんは机に置かれたサンドイッチを食べ始めた。

キッチリカッチリしてるダイヤさんだから、私生活とか食生活もしっかりしているんだと思ってたけど

考えてみれば、一人で生徒会の仕事もやって、Aqoursのトレーニングメニューを考えて、更にそれをこなして……

その上、私生活まで完璧!なんて無理があるよね。

だから、最近はたまにこうしてお昼ご飯を差し入れしている――あ、もちろんチカも一緒に食べるけどね。


ダイヤ「それにしても……よくもまぁ、毎回お昼ご飯がないときに限って持ってきますわね……」

千歌「んー……なんとなく前の日に見た書類の量とかダイヤさんの態度見てたら、明日はちょっと忙しいのかなーとか……わかる気がして――な、なんですか?」


ダイヤさんが唖然としていた。


ダイヤ「あ……いえ、その……千歌さん、そういうのに気付くタイプだったんだなと思って……」

千歌「むぅ……どういう意味ですかそれ」


失礼しちゃうなっ――まあ、梨子ちゃんにも同じようなこと言われたことあるけど……


千歌「これでも旅館の娘ですから!お客様の何気ないところに気を配れってよくお姉ちゃんに注意されるし……」

ダイヤ「あぁ……なるほど」


チカって何故かイメージで『字が汚い』『朝に弱い』『部屋が散らかってそう』とか思われがちだけど

全然そんなことないんだからねっ

これでも特技は習字だし、朝は大体梨子ちゃんよりも早く起きてるし――その分、授業中に寝てる気がしなくもないけど……


ダイヤ「家業があるとお互い大変ですわね……。」


少し納得してくれたようだ。


千歌「それでも、ダイヤさんほどじゃないけどね。別に自分がやらなきゃいけない仕事があるわけじゃないし……」


たまに突然手伝うように言われるだけだし。いや、あれが結構、困るんだけど


ダイヤ「……家業の大変さはわたくしも理解しているつもりですわ。逆にわたくしの場合は祭事では忙しいですが、普段から何か業務を手伝うわけではないので……」

千歌「……その分、お昼もロクに食べずに生徒会の仕事してるじゃないですか」

ダイヤ「……ぅっ……」


図星を差されてダイヤさんが軽くうめき声を上げた。


千歌「でも、言っても止めないのはわかったんで――」


さすがにしばらく通って観察してると嫌でもわかる。


千歌「だから、またお昼ご飯持ってきますね。」

ダイヤ「……そ、そうですか……」


多少強引なくらいじゃないとダイヤさんの健康が心配になっちゃうからね

なんて思いながら、サンドイッチを二人で食べ、二人で仕事をする。

やがて、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴って……教室に戻ろうとしたとき


ダイヤ「千歌さん――」


ダイヤさんに呼び止められた


千歌「……?なんですか……?……あ、ちゃんと午後の授業は起きてますよ!?ホントですよ!?」

ダイヤ「……いや、そうじゃなくて」


珍しくダイヤさんが指で髪をいじりながら、言葉を詰まらせる


千歌「……?」


少し待ってると、こっちを真っ直ぐ見て


ダイヤ「サ、サンドイッチおいしかったです……あ、ありがとうございます……///」


少し照れながら……そういった。


千歌「――い、いや、その……ど、どういたしましてっ」


チカはバスケットを片手に生徒会室から出て、教室に駆け足で戻る。

――もう、突然あんな顔しながらあんなこと言うなんて……反則だよっ……

……また、サンドイッチ作ってこよう。





    *    *    *





梨子「――サンドイッチの作り方?」

千歌「……うん、梨子ちゃんサンドイッチ好きだし……料理も結構するって言ってたから」


夜、自室のベランダ越しに向かいの家の梨子ちゃんに尋ねる。


梨子「別にいいけど……そんな特別なことはしてないよ?……というか、最近サンドイッチよく食べてるよね?あれって自分で作ってるんでしょ?」

千歌「そうなんだけど……もうちょっと凝ったの作ってみたい?……みたいな」

梨子「んー……凝ったの……ねぇ……」


梨子ちゃんが不思議そうにチカを見つめている


千歌「な、なに……?」

梨子「千歌ちゃんが突然そんなこと言い出すなんて……誰かにあげるためとかかなーって?」

千歌「ん……ま、まあ……そんな感じかな……」


別に後ろめたいことがあるわけでもないのに何故か緊張する。


梨子「ん、そっか」


でも、梨子ちゃんはそれ以上は特に聞いてこなかった。


梨子「そうねぇ……凝ったサンドイッチ……あ、そうだ」

千歌「何かあった?」

梨子「パンっていろんなものに合うから……その"あげたい人"が好きなものとか挟んでみるといいんじゃない?」

千歌「……な、なるほど、いいかも」


やっぱり、梨子ちゃんに聞いてみて正解だった――


梨子「――ってことはやっぱりあげたい誰かがいるんだね」


――正解じゃなかった!!


千歌「えぇ!?い、いやあの……その……」

梨子「別に恥ずかしがることないじゃない。……あ、もしかして最近お昼休みに教室にいないのってそういうこと?」


うぅ……鋭い……


梨子「果南さんとか……?いや、でも……千歌ちゃんが今更そんな恥ずかしがるような相手じゃないか……」

千歌「ダ、ダイヤさん……だよ」

梨子「え?」


梨子ちゃんは少し意外そうに


梨子「ダイヤさんにあげるの?」



そう言った


千歌「その……ダイヤさん放っておくと、全然ご飯とか食べずに生徒会の仕事するから……」

梨子「ああ、なるほど……」


梨子ちゃんは納得したあと何故かくすくすと笑う


千歌「こ、今度はなに……?」

梨子「千歌ちゃん、前はダイヤさんとは正面からぶつかってたのに、Aqoursの仲間になってから、そういうこと悩んでるなんてちょっと可笑しくて」

千歌「い、いいじゃんっ別にっ」

梨子「あはは、ごめんごめん……千歌ちゃんって友達の懐に入り込んでいくのとか上手だから、そういうことで悩むのが意外で……」


そんなことを梨子ちゃんに言われて、自分でも思う。

――私、普段こんな風に悩むっけ?


梨子「まあ、とりあえず……事情はわかったよ。明日休みだし、うちでサンドイッチの研究してみようか?」

千歌「ほ、ほんと?」

梨子「うん。私もダイヤさんがご飯食べないで仕事してるっていうのはちょっと心配だし……ね」

千歌「だよねだよね!ありがとっ梨子ちゃん!!」


やっぱり梨子ちゃんに相談してよかった!

明日はサンドイッチ研究会だ!

なんて、約束してから、いつも通り適当に話して

なんとなく、区切りがついたところでお互い部屋に戻った。

――ふと思う。

私……いつの間にこんなにダイヤさんのこと考えるようになったんだろう……?




    *    *    *





ダイヤ「……なんですのこれ?」


ダイヤさんが黄色い何かが挟まれたサンドイッチを見て言う


千歌「ふふふ……とっておきです!」

ダイヤ「とっておき……ねぇ……」


見たことのないサンドイッチの具に少々ためらい気味のダイヤさん。


千歌「いいからいいから、騙されたと思って食べちゃってください!」

ダイヤ「……まあ、せっかく作ってきてくれたのですし……」


半ば渋々とサンドイッチを口に運ぶ。


ダイヤ「あむ……。…………!!」


不審そうにしていた顔がみるみる変わっていく


ダイヤ「――お、おいしい……!!こ、これはプリンですか!?」

千歌「はい!……あ、正確にはプリンっぽい味の卵焼きですけど……ダイヤさんプリン好きでしたよね。」

ダイヤ「んなっ……!?///……な、なんで千歌さんがそんなこと知ってるんですか……///」


ダイヤさんが恥ずかしそうに言う。

プリンが好きってことは内緒のつもりだったのかな?



千歌「よくルビィちゃんとプリンを取ったとか取られたとか言い合ってるから、プリン好きなのかなーって……」

ダイヤ「……よ、よく見てますわね……」

千歌「いや、それに関しては皆気付いてると思うけど」

ダイヤ「そ、そうなのですか……?///」


紅くなって俯くダイヤさん。

なんか普段とギャップがあって可愛いな。……なんて口に出したらまた怒られちゃいそうだから、心にしまっておこう


ダイヤ「……でも、よくプリンサンドなんて考えつきましたわね」

千歌「んー……せっかく作るならダイヤさんがおいしいって言ってくれる方がいいかなって思って……」

ダイヤ「……千歌さん」


ダイヤさんがこっちをじっと見つめてくる。


千歌「……え、えと……」


目が合ってなんだか気恥ずかしくなる。


ダイヤ「千歌さん……いつも、ありがとう――」


ダイヤさんがにこっと笑って御礼を言う

――その笑顔は


千歌「……!?///……い、いや、その!!ダイヤさんのためなら頑張れちゃうかな私って……!!なーんて、あはは……///」


――今まで見たどんな笑顔よりも優しくて、可愛らしい笑顔で

その笑顔を見ただけで動悸が激しくなるのがわかった。


ダイヤ「ふふ……なんですか、それ……」


ああなんかすごい嬉しい……頑張って作ってきてよかった……梨子ちゃんありがとっ

この笑顔のためならもっともっと頑張れそうだな……って思う。



ダイヤ「……あむっ……♪」


普段お昼はあまり取らないダイヤさんがバスケットが空になるまで、おいしそうに食べてくれて

なんだか、私は幸せな気持ちで一杯だった。





    *    *    *





ダイヤ「千歌さん」


ある日、いつも通り二人で昼食を取っていると、ダイヤさんから話し掛けてきた。


千歌「なんですか?」

ダイヤ「その……いつも、作ってもらってばかりで申し訳ないので、何かお返しをしたいのですが……」


ダイヤさんは少しもじもじとしながら言う


千歌「え!?お、お返しなんていいよ……!!チカが好きでやってることだし……」

ダイヤ「いや、でも……」

千歌「それにダイヤさんとこうして二人で楽しくお昼ご飯が食べられるだけで私は満足だよっ」


これは本心。……でもダイヤさんは納得してない模様。


千歌「それにお返しって言っても……時間がないからこうしてチカが手伝いに来てるわけだし……用意するのも大変だと思うから」

ダイヤ「それは……」


これも本心。


ダイヤ「……わかりました」


ダイヤさんは少し残念そうだけど……。実際お返しってなったらダイヤさん張り切って用意してくれちゃうだろうし……しょうがないよね。


千歌「気持ちだけでも……チカはすっごい嬉しいから」

ダイヤ「そ、それじゃあ……!!」


ダイヤさんは書類の山――ううん、今日は仕事が少なかったみたいだから、普段山がある場所を指差す


千歌「……?」

ダイヤ「今日みたいに仕事が少ない日は……なにか千歌さんのお願い事を聞く……というのはどうでしょう」

千歌「お願い事……ですか」

ダイヤ「ええ、日頃これだけお世話になっているのです。わたくしに出来ることだったらなんでも言ってくださいまし。……あ、でも変なお願いごとはしないでくださいませね?」

千歌「し、しませんよ……///」


変なお願い事ってどんなことだろう……///

それはともかく、暇な日に何かお願い事を聞いてくれるって言うなら、そんなにダイヤさんの負担にもならないだろうし……ダイジョブかな……?

でも、お願い事か……


千歌「……う、うーん……いきなり言われても……」

ダイヤ「す、すみません悩ませるつもりで言ったわけでは……わたくしが千歌さんにお返し出来るものがどれほどあるかはわかりませんが……」


ダイヤさんは少しシュンとする。

ああ、そんな顔しないで……えっとー……。――あっ


千歌「日舞……」

ダイヤ「……え?」


あのとき、体育館で見た、あの舞……



千歌「ダイヤさんの舞が見たいです!!」

ダイヤ「え、ええ……?///」


ダイヤさんが困ったように声をあげる


ダイヤ「いや、その……あれは人に見せられるような代物では……」

千歌「でも、前体育館で踊ってたじゃないですかっ」

ダイヤ「あ、あれは……その……///」

千歌「私……あのとき、すっごい感動したんです。――だから、もう一度みたいなって」

ダイヤ「……。……でも」

千歌「……お願いなんでも聞いてくれるんじゃなかったんですか?」


言いながらちょっといじわるだなって思ったけど


ダイヤ「はぁ……わ、わかりましたわ……///」


あの舞がまた見たくって……ちょっとわがままを言ったら案外素直に提案を受け入れてくれた。

――やっぱり、ダイヤさん優しいな


ダイヤ「でも……道具とか衣装とかあるわけじゃないから……簡易なものだけよ……?」

千歌「はい!」


ダイヤさんが机の前に立って。

――ゆっくりと静かに舞始めた。

手には前と同じで紙を何枚か持って

しゃなり……しゃなりと……

お昼過ぎ――この時間になると生徒会室にはあまり陽が差し込まないんだけど……

でもダイヤさんは不思議とキラキラと輝いているようで……



ダイヤ「――」

千歌「……綺麗……」


自然と言葉が漏れていた。

……こういうとき、なんて言うんだろう?……あんまり難しい言葉を知らないチカには表現が難しいけど……

すごく、美しくて……なんか、すごい心に響くようで……


ダイヤ「……ふぅ」


ダイヤさんが動きを止めて一息吐く。

パチパチパチパチ

私は思わず拍手をしていた。


千歌「やっぱすごい……!!ダイヤさんすっごい綺麗だったよ……!!」


興奮気味に感想を伝えるとダイヤさんは少し恥ずかしそうに……


ダイヤ「そ、そんな大げさですわよ……///」


と言ってから


ダイヤ「でも……そんなに気に入ったのなら……」

千歌「……?」

ダイヤ「いつか……ちゃんとした場での舞も見せてあげられるといいですわね……」

千歌「……!!……はい!!」


ああ、幸せだな……私、今すごい幸せ……気付いたら、ダイヤさんと過ごす時間がすっごい大切な時間になってて……

……きっと、ダイヤさんもチカと一緒に過ごす時間を大切にしてくれてて……

なんか、それが……すごい嬉しくて……

チカ、明日も……気合いいれて、ご飯作ってこないとね……!



    *    *    *





放課後。屋上にて……私が手を叩きながらリズムを取る。

果南「ワン、ツー、スリー、フォー……ストップ。……ダイヤ、遅れてるよ」

ダイヤ「す、すみません……」

千歌「ダイヤさん、大丈夫……?」

ダイヤ「え、ええ……」


ダイヤは少し息があがっている。

すかさず千歌が駆け寄って……


果南「一旦休憩にしよっか」


ひとまず、休憩を挟むことにする。

――さて、どうしたものか。


千歌「はい、お水です!」

ダイヤ「あ、ありがとうございます……」


最近ダイヤのそばには千歌がべったり……まあ、別にそれはいいんだけど。

お昼休みに千歌がダイヤに差し入れをしていることは前から聞いてたし

二人が仲良くなることに関しては私としては大賛成だしね。

……ただ……ちょっと、ね……



ルビィ「お姉ちゃん……大丈夫……?」

千歌「水……ぬるい……冷たいの買って来ようかな……」

ダイヤ「そ、そこまでしなくて大丈夫ですわ……それに水があまり冷たいとバテやすくもなりますし……」

千歌「……でも」


……なんていうかね。

私がもやもやとしているとここぞとばかりに鞠莉が茶々を入れにいっていた


鞠莉「Oh!!ちかっちも随分ダイヤにkindnessだね!もう、ダイヤったら隅におけないんだから~!」

ダイヤ「う、うるさいですわ!!///」


鞠莉は気にならないのかな……今のダイヤのこと。

――しばらく休憩を挟んで練習を再開したんだけど……

結局ダイヤは今日は不調なままだった。





    *    *    *





練習が終わり。私はダイヤに声を掛ける。


果南「ダイヤ……お疲れのところ悪いんだけど……この後ちょっといい?」

ダイヤ「え?ええ……いいですけど……。どちらにしろわたくしは戸締りしてから帰るのですぐには帰りませんし……」


ダイヤはOK……千歌は……


千歌「ダイヤさん……大丈夫……?」

ダイヤ「ええ……今日はすみません、足を引っ張ってしまって……」

千歌「そんなことないよ!!ダイヤさん頑張ってるのはチカが一番知ってるから……無理しないでね」

ダイヤ「千歌さん……ありがとう……」



『チカが一番知ってる』……ね。

少し難しい顔をしていると鞠莉が後ろに引っ付きながら囁いて来た。


鞠莉「――果南も嫉妬Fireなのかな?♪」

果南「……違う」


……わかってる癖に


鞠莉「あはは、冗談だよ~。ちかっち~あなたがそんなに心配そうな顔ばっかしてたら、かえってダイヤが気疲れしちゃうよ~」

千歌「あ……うん……」

ダイヤ「千歌さん……大丈夫、今日は少し疲れていただけなので……」

千歌「……うん」

鞠莉「さぁさ!ダイヤも最後の一仕事が残ってるんだし、私たちは先に撤退しましょ♪」

千歌「え、ちょ、ちょっと鞠莉ちゃん……!!」


鞠莉が強引に千歌を連れて行く。

こういうときに限っては言わなくてもなんとなく意思を汲んでくれるのは助かるんだけど……

全くどうして、私の同級生たちはこうも自分を気遣うのが下手なんだろうか――私も人のこと言えないかもだけど

皆が帰った後の屋上。

ダイヤと二人きり


ダイヤ「それで?話ってなんですか?」

果南「……うーん、引き止めておいてなんだけど……言わなきゃわからない?」

ダイヤ「…………」


ダイヤは押し黙る。



果南「ダイヤ……あのさ――」

ダイヤ「大丈夫です。」


言葉を遮られる。


ダイヤ「お昼は千歌さんに手伝ってもらってますし……放課後はあなたがいつも手伝ってくれているじゃないですか。」

果南「……お昼と放課後……はね」

ダイヤ「……」

果南「……」


はぁ……もうこの頑固者は……

はっきり言ってやらないとダメみたい


果南「ダイヤ――」

鞠莉「はぁーい、そこまでー!!」

果南「……!?」


突然、後ろから鞠莉に胸を揉まれていた。


果南「ま、鞠莉……先に帰ったんじゃ……」

鞠莉「長ったらしい話は終わり。ダイヤもまだ仕事残ってるんだから、あんまり遅くまで付き合わせないの」


鞠莉はダイヤに向かって軽くウインクしたあと、私の腕を掴んで強引に帰ろうとする。


果南「ちょ、ちょっと……!!鞠莉……!!」

鞠莉「いいから、帰るよ。それじゃ、チャオーダイヤ」

ダイヤ「は、はい……さようなら」


屋上から無理やり退場させられて、そのまま下校



果南「……鞠莉、もういい。自分で歩くから」

鞠莉「……あらそう?ざんねん♪」


学校を出た辺りでやっと開放される。


果南「それで?どういうつもり?」


私は不機嫌そうに鞠莉に尋ねる。実際不機嫌だし


鞠莉「んー?……ダイヤははっきり言ったところで自分のやり方は変えないと思うよって」

果南「それは……。……でも」


鞠莉の言いたいことはわかる……


鞠莉「ま、正直わたしも今のやり方には無理があるとは思うけどね?いいんじゃない?無理させておけば」

果南「な、なにそれ……」

鞠莉「言ったでしょ?ダイヤは言っても変わらないって。じゃあ、痛い目見るまで放っておけばいいのよ」

果南「鞠莉……!!」

鞠莉「……果南が気になってるのは別に千歌に嫉妬してるからじゃないんでしょ?……なら、それはただのおせっかいだよ」

果南「……」


……確かに鞠莉の言うとおり、これは嫉妬ではない。単純な心配だ。


鞠莉「そりゃ確かに私たち言葉足らずなところが多いけどさ、"これ"に関してはただ『やめろ』って言うのも違うと思わない?……それにもしダイヤに何があってもちゃんと味方で居てあげれば、それでいいじゃない」

果南「それは……」


こういうときだけ変に頭が回るし、気も使えるんだよね鞠莉って


鞠莉「……まあ、いつも近くでぴぎゃぴぎゃ言ってたダイヤが巣立っていくのが寂しいのはわからなくもないけどねぇ~」

果南「そんなんじゃないって……」



なんだか、これ以上"このこと"を考えるのもめんどくさくなってきた……

実際、鞠莉の言うとおり、言ったところでダイヤは自分のやり方を変えないだろうし……


果南「……わかった。今は黙って見守る。」

鞠莉「そうそう、それでいいの♪果南は難しく考えすぎなんだって」


鞠莉はたたっと前に躍り出て


鞠莉「……ねえ、果南――」


少し寂しげな顔をした。


鞠莉「――わたし、冷たい?」


……ああ、もう……


果南「……鞠莉は鞠莉でダイヤのこと考えて言ってるってことはわかってるから」

鞠莉「……そっか」


再び鞠莉と並んで歩き出す。

全く……私たち3年生ってなんでこんなめんどくさい人たちばっかりなんだろうね?

自分も含めて……ね。




    *    *    *





――コンコン

ほぼ日課になりつつある、ノック動作だけど

今日は珍しく返事が返ってこなかった


千歌「失礼しまーす……」


今日はダイヤさんいないのかな?って思ってゆっくりドアを開ける

――いた……けど。


ダイヤ「……すぅ……すぅ……」

千歌「ダイヤさん……やっぱり疲れてるんだな……」


普段キリっとした顔も寝てるときはルビィちゃんに似て愛らしいなって思う。


千歌「さて……じゃあ」


作ってきたお弁当を静かに机に置いて、私は書類を片付けはじめる。

簡単な仕分けはもう慣れちゃったからね

出来るだけダイヤさんの仕事がやりやすくなるように書類の整理も一緒にして……

お昼休みも半分終わったくらいで――


ダイヤ「ん……んぅ……?」


ダイヤさんが目を覚ました


千歌「ダイヤさん。おはようございます。」

ダイヤ「千歌さん……?……あ、わたくし……寝ちゃって……」

千歌「寝顔、可愛かったですよ♪」

ダイヤ「……んなっ///」


ダイヤさんが紅くなる。最近はこういう可愛い面もあるんだなっていろいろ発見の毎日ですっ



ダイヤ「……か、からかわないでください……///……仕事サボって寝てたのは謝りますけど……」

千歌「えー、からかってるんじゃないんだけどなぁ……」


そう言いながら机を挟んで向かいに置いてある椅子に座る。


千歌「それより、お昼ご飯食べよ?チカお腹ぺこぺこだよ~……」

ダイヤ「あ、いえ……寝てしまった分仕事を……」


……もうっ!ダイヤさんったらホント仕事人間なんだからっ!


千歌「書類の整理はしておいたから」

ダイヤ「……あ、ありがとうございます」

千歌「お昼……食べましょ?」

ダイヤ「……そうですわね」


私が持ってきたお弁当を二人で食べる。

最近は時間にも余裕があることが増えたから、サンドイッチだけじゃなくてこうしてお弁当を作ってきたり


ダイヤ「このたまご焼き……甘い……」

千歌「……あ、もしかして甘いたまご焼き苦手でしたか?」

ダイヤ「いえ……家ではあまり出てこないので。おいしいですわ」

千歌「そっか、よかったぁ……」

ダイヤ「千歌さんって料理も上手だったんですのね……わたくし、少し誤解していたかもしれませんわ」

千歌「えへへ……なんかちょっと照れるなぁ……」


ダイヤさんに褒められて嬉しくなる。


千歌「……でも、普段はあんまり料理とかしなくって……最近、梨子ちゃんに教わって作れるようになっただけなんだぁ」

ダイヤ「梨子さんに?……そういえば、おうちがお隣でしたわね。」

千歌「最初は失敗ばっかだったけど……どうにか形にはなりましたっ」

ダイヤ「いえ、そんな……本当においしいですわ。」


緩やかな時間が流れる

最近はダイヤさんもいろんなことを喋ってくれるようになったし

なんだか距離が近付いている感じがして嬉しい。


千歌「今度はプリンでも作ってみようかな……」

ダイヤ「……!!……ほ、本当ですか……?」


こうやって、ダイヤさんの興味を引く話題もだんだんわかってきたし……なーんて


千歌「はい!頑張って作ってみるよ」

ダイヤ「……た、楽しみにしてますわ……///」


少し自分が興奮気味に言ってしまったのが恥ずかしかったのかダイヤさんがほんのり紅くなる。

えへへ……こういうダイヤさん見れるのって、もしかしてチカだけなんじゃないかな?


ダイヤ「ごちそうさまでした」

千歌「おそまつさまでした」


お弁当を食べ終えて。私がお弁当箱を片付けているとダイヤさんは早速仕事を始めていた。


千歌「もう、仕事するの……?」

ダイヤ「……眠ってしまった分、少しでも進めておきたいので……」


ありゃりゃ、想定外……今日はデザートがあったんだけど……

かばんの中からテンと机の上にみかんを取り出す。


ダイヤ「……みかん?」


千歌「あはは……作るのはまだ無理だけど、デザートがあってもいいかなって思って……」

ダイヤ「お気持ちは嬉しいですが……居眠りしてしまったのはわたくしなので……それは千歌さんが食べてくださいな。みかん……好物でしたでしょう?」


あ、覚えててくれたんだ。


千歌「えへへ、そうします」


ダイヤさんが仕事を始める前で一人みかんの皮を剥く


千歌「――あ」

ダイヤ「……?」


いいこと思いついたっ

皮を剥いてから、みかんを一房だけ取って


千歌「ダイヤさん♪」

ダイヤ「なんですか……?」

千歌「あーん♪」

ダイヤ「……え!?///」


ダイヤさんの顔の前に持っていく。


千歌「これなら仕事しながら、みかんも食べれるよっ」


我ながら名案を思いついたと思うっ!


ダイヤ「い、いやあの……///」

千歌「ほーらっ 休み時間終わっちゃいますよ?」

ダイヤ「で、でも……///」


恥ずかしがって躊躇してる。……考えてみたら私結構恥ずかしいことしてる?

名案だと思ってたけど、ダイヤさんが恥ずかしがってるのを見て、なんだかチカも恥ずかしくなってきたよ……


千歌「い、いーからっ……///……はい、あーんっ・・・///」


今更出した手を引っ込め辛いし……そう思って催促する。


ダイヤ「ぁ……ぁーん……っ……///」


観念したのか、私の手からみかんがダイヤさんの口へと渡っていく。

ダイヤさんがみかんをもぐもぐして、飲み込むのをじっと眺めて……


千歌「……ど、どう?///」

ダイヤ「どうって……///……みかんですわね……///」

千歌「そ、そうですよね……///……じゃあ、次……」

ダイヤ「えぇ……!?///」


次の房を取ってまた、ダイヤさんの前に持っていく


千歌「まだみかんこんなに残ってますよ……///」

ダイヤ「……は、はい……///」


なにやってるんだろ、私たち……

なんて思ったけど……

なんだか、とっても幸せな気持ちで……

ダイヤさんとはんぶんこしたみかんの味は……いつもより少し甘酸っぱかった気がしました――




    *    *    *





千歌「ふんふーん――♪」


鼻歌交じりに完成した試作品プリンを冷蔵庫から取り出す。

今日は梨子ちゃん先生からプリン実習を受けていますっ


梨子「うまく出来たっぽいね」

千歌「あとは実食だね……」


プリンをスプーンですくって、口に運ぶ。


梨子「……どう?」

千歌「……プリンだ……」

梨子「……まあ、そりゃプリン作ってるんだし……」

千歌「やった!プリンだよこれ!!えへへ、これでダイヤさん喜んでくれるよっ!!」


完全にプリンの味がするプリンに喜ぶ私を見て梨子ちゃんが


梨子「ねえ、千歌ちゃん」

千歌「ん?なになに?」

梨子「ダイヤさんのこと好きなの?」

千歌「……!?///」


そんなこと言い出すから、危うくプリンを落としそうになる。


千歌「い、いきなりなんなの……!?///」

梨子「いや、だって……ねえ?」


梨子ちゃんがそりゃそう思うよって顔してる……


千歌「いや……えっと……好き……なのかな……///」

梨子「……?」

千歌「その……仲間としてとか友達として……とかじゃなくて、そういう意味……で聞いてるんだよね……?///」

梨子「うん。ダイヤさんのために料理まで頑張ってるし……そうなのかなーって」


まあ、逆の立場だったらチカも同じこと思う……かも……?


千歌「あ、あのね…………その……よくわからないんだ……」

梨子「……わからない?」

千歌「うん……その……そういう意味……で人を好きになったことってないから……」


"これ"がいわゆる"それ"なのかがわからない。


梨子「あー……そういえば、恋したことないって言ってたもんね」

千歌「……それに……チカも、ダイヤさんも……女の子だし……」


……言葉にしてみて、改めて再認識する。初恋が女の子って……どうなんだろう……


千歌「……女の子なのに女の子が好き……なんて、ダイヤさんに変だって思われないかなって……」

梨子「……うーん、そうねぇ」


梨子ちゃんがこっちをじーっと見ている。


千歌「……な、なに……?」

梨子「あ、ううん。ダイヤさんがどう思うかはともかく……千歌ちゃんがどう思ってるかはわかったかなって」


……?……それってどういう……

自分の言ったことを思い出して――



千歌「――あっ///」


自分で口にしてた……


千歌「わ、わたし……///」


ダイヤさんのこと……好きなんだ……。ダイヤさんに……恋……してるんだ……。

自覚した途端、急に胸の鼓動がドキドキと激しくなる


千歌「うぅ……///……な、なにこれ……///」

梨子「そっかぁ、確かにダイヤさん綺麗だもんね」

千歌「……!!……う、うんっ!!そうだよねっ!!」

梨子「大人っぽいし、クールでドライに見えて、案外周りのことちゃんと見てて面倒見もいいし」

千歌「そう!!そうなの!!――あ、でもね、実はちょっとお茶目なところとかあって、寝顔とか――あ、たまたまこの前見ちゃっただけなんだけど、すっごい可愛くって……」


梨子ちゃんがくすりと笑った

……あ……///

笑われた理由はもう言われなくてもわかる


梨子「ホントに好きなんだね」

千歌「……うぅ……///……ね、梨子ちゃん……」

梨子「なぁに?」

千歌「……梨子ちゃんは変だって思わない……?」


――女の子なのに女の子が好きなこと……


梨子「うーん、そうだなぁ……」


梨子ちゃんは少し悩んでから


梨子「変だとは思わないかな……」


そう言った。私は少し安心する。


千歌「そ、そっか……」

梨子「ただ、さっきも言ったけど……ダイヤさんがどう思うかまではちょっとわからないかな」


……あ……それは……そっか

今度は少ししゅんとする。


梨子「あ、えっとね……無責任なこと言うのもあれかなって思って……。ただ、私は千歌ちゃんがダイヤさんのこと本気で好きなら応援するよ」

千歌「ほ、ほんと……?」

梨子「ほんとじゃなかったら、ここまで協力してません」


……た、確かに


千歌「そ、それじゃさ……っ!!」

梨子「ん?」

千歌「協力ついでに……もっとおいしいプリンの作り方考えて欲しいな……なんて」

梨子「ふふ、もうしょうがないなぁ」


梨子ちゃんはニコニコ笑って、考え始めた

ダイヤさん……喜んでくれるかな……。

少しでもおいしいプリンを作ってあげたいな――




    *    *    *





千歌「ど、どうでしょうか――」


お昼休み、目の前でダイヤさんがチカお手製プリンを味わっていた。


ダイヤ「……おいしい」


ダイヤさんは口から零れるようにそう言った


ダイヤ「とてもおいしいですわ……!!……これ、本当に千歌さんが作ったんですの……!?」

千歌「は、はいっ」

ダイヤ「まるでお店売っているプリン……いや、それよりも断然おいしい……」


やった……!!ダイヤさんがおいしそうにプリンを頬張る姿にガッツポーズしたくなる


ダイヤ「これ……もしかしてお抹茶が入ってますの……?」

千歌「あ、はいっ!……ダイヤさん抹茶も好きだから、抹茶プリンにしたらおいしいかなって……」

ダイヤ「ホントに……ホントにおいしいですわ……」


少し手を加えて抹茶プリンにしたことも気付いてくれた。

ああ……料理を誰かに食べてもらって、感想を言ってもらうのってこんなに嬉しいんだ……知らなかったよ……

――ましてや好きな人に言われたら……舞い上がるほど嬉しいんだね……///


ダイヤ「千歌さん……」

千歌「……あ、な、なんですか……?///」


舞い上がった思考がダイヤさんの声で我に帰る


ダイヤ「……本当に……いつも、ありがとう……」


その声音も……表情も……いままで見たことないくらい優しくって……綺麗で……


千歌「――ひゃ、ひゃい……///」


思わず変な声をあげてしまった。……は、恥ずかしい……///


ダイヤ「ふふ……それじゃ、今日も……」


ダイヤさんは立ち上がって、背筋を伸ばしたまま生徒会室の少し広めの場所に立つ。


千歌「あ、ダイヤさん……食べたばっかりだから……」


今日もあの舞を見せてくれるようだけど……


ダイヤ「ふふ、大丈夫。それにね」

千歌「それに……?」

ダイヤ「わたくし……今この喜びを舞にして千歌さんに伝えたいなって……思うから……」


ダイヤさんが真っ直ぐチカのことを見つめて、そう言う


千歌「……///」


そんなこと言われた、何も言えなくなっちゃうよ……///

ダイヤさんはおもむろに扇子を取り出す


ダイヤ「それでは……ご覧あそばせ」


一言添えて……ダイヤさんが舞始める。

――しゃなりしゃなりと……

……あれ……?

なんだろう……?

いつもと少し違う……?

窓から僅かに入る光に照らされたその舞は……

……いつもよりも……さらに綺麗……な気がする。

……素人のチカには詳しいことはわからないけど……そう感じた。



ダイヤ「……ふぅ」


舞い終えて一息つくダイヤさん

私は――その美しさに言葉を失っていた。


ダイヤ「……千歌さん……その……どうでしたか……?」


ダイヤさんに聞かれて現実に戻ってくる


千歌「……え……あ、その……」


うまく言葉が出ない。そんな私の姿を見てダイヤさんの表情が少し曇る。


ダイヤ「どこか変……だったでしょうか……」

千歌「い、いやそうじゃなくて……!!」


焦って言葉を付け足す


千歌「いつもよりも綺麗に感じて……なんか、すごすぎて……うまく言葉が出てこなくって……」

ダイヤ「そ、そうですか……ならよかった……」


ほっと胸を撫で下ろしている。


千歌「その……いつもと少し違った……気がします……」


出来るだけ素直に……思ったことを言うと


ダイヤ「ええと……その……///」



ダイヤさんが何故か少し恥ずかしそうにしている。


ダイヤ「えっとですね……。……忙しくてなかなかお稽古も捗っていなかったのですが……その、千歌さんが喜んでみてくれるので……思い切って、先生に改めていろいろ聞きながら稽古をつけて頂きまして……///」

千歌「え……チ、チカのために……?///」

ダイヤ「……///……そ、それにほらこれはおいしいプリンを頂いた喜びの舞ですから……///……きっといつもよりうまく行ったのも千歌さんのお陰……ですわ……///」

千歌「そ、そんな……///」


――どうしよう

――どうしよう……嬉しい、嬉しい、嬉しいよ……

ダイヤさんが私のために……嬉しくておかしくなりそう……

幸せでどうにかなりそう……

本の中で出てくる台詞だけど……本当にこのまま時が止まってしまえばいいのに……

ああ、恋するってこういうことなんだ……

……どんどん、ダイヤさんのことが好きになっていく……

ダイヤさんに夢中になっていく……

ダイヤさん……。

ダイヤさんも……チカのこと好きでいてくれないかな……

そうしたら……どれだけ幸せなんだろう……

大切な時間が……二人で過ごす時間が日に日に愛おしくなって……


――だけど、ある日……事件が起きた。




    *    *    *





放課後の練習時間。私はいつも通りみんなのダンスをチェックしていたが……

……この前ほどじゃないけど、ダイヤのダンスのキレが悪い。

いや、どっちかというと……この前より上手に隠してるだけで全体的なパフォーマンスはこの前よりも酷い気がする。

――最近は調子よさげだったから大丈夫だと思ったんだけどな……

全く……と思ってると鞠莉と目が合う。


鞠莉「……」


……鞠莉もなんとなく気付いてるし、準備は出来てると目が言っていた。

ま、お互い伊達にダイヤの幼馴染やってないしね。しょうがない。


果南「皆、一旦ストップ」

善子「……どうかしたの……?」

曜「どこかフォーム崩れていたでありますか?」


曜が敬礼しながら言ってくるけど


果南「えっと……」


ダイヤの方を見たら……あ、目逸らした。


果南「……ダイヤ」

ダイヤ「……な、なんでしょうか」


……なんでしょうかじゃないよ。強情だなぁ……。

ダイヤに向かって大股で近付いて


ダイヤ「も、もう……な、なに……。……!?」


私はダイヤのおでこに手を当てた


ダイヤ「え、ちょ……か、果南さん……やめ……っ」

果南「やっぱり……ダイヤ熱あるじゃん……」

千歌「え……?」

ダイヤ「だ、だいじょ……」


ダイヤの体がふらつく


鞠莉「……ダイヤ」


鞠莉がすかさずダイヤの身体を支える

人間こういうとき、他の人に口にされると緊張の糸が切れて一気にきつくなるもので

今まさにダイヤはそんな感じなんだろう。


ルビィ「だ、だから今日は休もうって……」

千歌「え……?」

ダイヤ「ル、ルビィ……余計なことは……」


……まあ、そりゃ一緒に住んでるルビィは気付くか。

千歌が呆然としてる。

……たぶん、今日もお昼は一緒だったんだろうね。

……そのときダイヤの不調に気付かなかったことにショックでも受けてるのかもしれない。


ダイヤ「……はっ……はっ……」


だんだんダイヤの呼気が荒く苦しげになっていく。

隠してた分、反動で更にきつく感じてるのかもしれない。


果南「……ちょっとダイヤ、保健室に連れてくね。……鞠莉、手伝って」

鞠莉「OK.」



二人で肩を貸してダイヤを運び出そうとするが――


ダイヤ「ひ、一人で……歩けます……」


……こんな息切らせて、説得力がかけらもない。


果南「いいから……いくよ」


半ば強引にそれでもあまり無理させないようにダイヤを保健室に連れて行く。

後ろではメンバーが心配そうに声をあげている。


花丸「ダイヤさん大丈夫かな……」

善子「普段から体調管理がどうたら言ってるのに全く……」

曜「まあまあ……」


皆がいろいろ言う中……千歌は――

――真っ青な顔をして立ち尽くしていた。



    *    *    *





――いや、だって……

お昼のときはいつもみたいに元気に笑って……

ご飯も食べて……

デザートのプリンまでちゃんと食べてくれて……

ありがとうって……


梨子「千歌ちゃん……大丈夫?」

千歌「え……あ……うん……」


梨子ちゃんがこっそり私に耳打ちをする。

我に返って、周りを見回すと、善子ちゃんとルビィちゃんが話をしていた。


善子「そういえば、さっき今日は休もうとかなんとか言ってたけど……朝からなの?」

ルビィ「う、うん……」


朝から……?……じゃあ、ダイヤさんはお昼休みは体調が悪いのにチカに隠してたってこと……?


ルビィ「最近お姉ちゃん朝すっごい早くて……前は生徒会でもあそこまで早くなかったのに……」



――え?


千歌「ル、ルビィちゃん……ど、どういうこと……?」

ルビィ「え……ち、千歌ちゃん……?」


ふらふらとルビィちゃんに近寄って尋ねる


千歌「ダイヤさん……最近、朝が早かったって……」

ルビィ「え、えっと……生徒会の仕事をするからって……ルビィが起きるよりもずっと早く家を出てて……」


ルビィちゃんの言葉で……突然書類の山が減った時期があったのを思い出す。


千歌「……私のせいだ……」

ルビィ「……え?」

千歌「……い、いかなきゃ……!!」


――私は走り出した。



    *    *    *





保健室のベッドに半ば無理やり寝かしつけられて

その傍に立っている果南さんを睨み付ける。


果南「いや、そんな顔されても……」


だから言ったじゃんとでも言いたげな顔ですわね


ダイヤ「――もう少しで誤魔化しきれたのに……」

果南「……あのさ……その誤魔化し、いつまで続けるつもりだったのさ」

ダイヤ「…………」

果南「第一……誤魔化してどうすんの?」

ダイヤ「…………」


わたくしは何も答えられなかった。


鞠莉「まぁまぁ、果南」


少し詰問口調だった果南さんを鞠莉さんが嗜める。


鞠莉「ダイヤは昔からこうじゃない」

ダイヤ「…………」


その物言いにはちょっと腹が立ちますけど、これに関しては返す言葉がない。


鞠莉「それに――」



鞠莉さんは保健室の出入り口の方を振り返りながら


鞠莉「Actressが来たみたいだよ」


そう言った。


千歌「はぁ……はぁ……」

ダイヤ「……千歌……さん……」


――そこには一番、このことを隠し通したかった相手が息を切らして……立っていた。





    *    *    *





鞠莉「さ、果南。私たちは退散退散」

果南「……はぁ、しょうがないな……」


二人がダイヤさんの傍を離れてこっちに向かってくる。

ダイヤさんは――私から目を逸らしていた。


鞠莉「ちかっち、あとよろしくね」


すれ違い様に鞠莉ちゃんがそう言う

……果南ちゃんは


果南「……千歌、あの頑固者にきつくお灸でも据えてやって」


そう言って私の肩をぽんと叩いて保健室を出て行った。



ダイヤ「……」

千歌「……」


保健室が静寂に包まれる。

私はひとまずダイヤさんの寝かされているベッドの前に置かれている椅子に腰掛けた。


ダイヤ「…………」

千歌「…………」

ダイヤ「……あの」


沈黙に耐えられなくなったのか、ダイヤさんが目を泳がせながら話し掛けてくる。


ダイヤ「……ごめんなさい」

千歌「……どうしてダイヤさんが謝るんですか……?」

ダイヤ「……それは……その……千歌さんに……嘘を吐いていたから……ですわ」


苦しげに言う


千歌「……」

ダイヤ「……ごめんなさい」


今度は意を決したように私の目を見て……ダイヤさんは謝る。

――でも……


千歌「……違う」

ダイヤ「……え……?」

千歌「……謝らないといけないのは私だよ……っ」

ダイヤ「千歌……さん……?」


きゅっと唇を噛み締めたら、涙が零れた。

泣くなんてずるい――そう思ってても、悔しさと自分の幼さと……情けなさに涙が溢れてきた。


千歌「……私が……っ……ダイヤさんのそばにいたいって……わがまま言うから……っ……だからダイヤさん……無理してたんでしょ……っ……?」

ダイヤ「……違いますわ」

千歌「違わないよっ!!」


私は叫んでいた。自分が許せなかった。

ダイヤさんを手伝うなんて調子のいいこと言って、ホントはダイヤさんに会う口実を無理やり作っていただけだ


千歌「簡単な仕分け程度で……手伝った気になって……っ……ちょっと考えれば……仕事がそんな簡単に減るはずないってわかるのに……っ……」


浮かれてた。……本当にちょっと考えればわかることだった。


千歌「私がお昼に来ちゃうから……っ……朝一人で頑張って……相手してくれてたんだよね……っ……ごめ……っ……ごめんなさい……っ……私……ダイヤさんのためになんて言っておきながら……ダイヤさんの負担になって……っ……」


泣きたいのはダイヤさんの方だよね。

なのに、言葉が……涙が……感情が……溢れて止まらない……


千歌「ごめんなさい……っ……わたし――」


そのとき……ふわりと――優しく抱きしめられた。


ダイヤ「……ごめんなさい……そんな風に思わせてたなんて……」

千歌「ダイヤ……さん……っ……」

ダイヤ「……違うの……本当にそうじゃなくて……」


ダイヤさんは私を胸に抱いて髪を優しく撫でながら、言葉を続ける


ダイヤ「……最初はどうすればいいかわからなかったけど……気付いたら……千歌さんが来てくれるお昼休みが楽しみになっていたんですのよ……?」

千歌「……本当……?」

ダイヤ「本当ですわ……少しでも長く、千歌さんとの時間を大切にしたくて……それで一人で勝手に無理をしただけ……」



ダイヤさんの想いに嬉しい気持ちと悔しい気持ちでまたポロポロと涙が零れ落ちる。


ダイヤ「いえ……千歌さんがいたから……ここまで頑張れたのですわ……。……だから、千歌さんが謝るようなことじゃない……」

千歌「ダイヤ……さん……っ……」


私がゆっくりと顔をあげると……すぐ近くにダイヤさんの顔があった。


ダイヤ「……あんなにたくさんの元気をくれた千歌さん……なのに、わたくしは今あなたを悲しませている……ごめんなさい……」


私はふるふると首を横に振る


ダイヤ「わたくし……不器用ですわね……。自覚はしているつもりだったけれど……それで大切な千歌さんを泣かせていたら……ダメですわよね……」

千歌「ダメじゃ……ないよ……っ……」

ダイヤ「え……?」

千歌「不器用だけど……ダイヤさんがすっごい優しいのチカ知ってるよ……っ……」

ダイヤ「……」

千歌「……チカね……そんなダイヤさんと一緒に過ごせて……毎日幸せだったんだ……幸せで嬉しくて、それでなんも見えてなかった……」


ボロボロ泣きながら……それでも、言葉が詰まらないようにゆっくり一言ずつ伝える


千歌「でも……でもね……っ……いまさらかもしれないけど……っ……わたしの幸せのためにダイヤさんが犠牲になって欲しくない……っ……一緒にいるのが楽しかったって想ってくれてるなら……千歌のこと……もっと頼って……っ……」

ダイヤ「……ですが……」


ああ私……またダイヤさんのこと困らせてるみたい


ダイヤ「……どうして……そこまで……」

千歌「……ダイヤさん……」



ダイヤさんを真っ直ぐ見つめる。

泪で視界がぼやけるけど……でも、ちゃんとダイヤさんを見つめて


千歌「――わたし……ダイヤさんのことが大好きなんです……」

ダイヤ「……」

千歌「ダイヤさんが……特別なんです……世界で一番……なによりも……」


――言ってしまった。

…………でも、ダイヤさんは


ダイヤ「…………」


……黙っていた。

ああ、そっか……そうだよね。……この好きは普通じゃないもん。

もうこれ以上……大好きなダイヤさんを困らせたくない……

だから……もう蓋をしよう……。

無理やり、笑顔を作って


千歌「な、なーんて……言えば……ダイヤさん納得して……くれますか……?」


下手な言い訳――でも、これでいいんだ。これで私の恋は終わり――


ダイヤ「――時間をください……」

千歌「……え……?」

ダイヤ「虫のいい話かもしれませんが……今この場で千歌さんのお気持ちに答えを出すことはできません……だから、少しだけ時間をください……」


え……っと……?……どういうことだろう……


ダイヤ「そこまで長くは待たせません……だから、告白の答えは……少しだけ待って頂けませんか……?」



告白の答え――つまり、ちゃんと意味は理解した上で待って欲しいって言ってるんだ……


千歌「……はい……っ……」

ダイヤ「ごめんなさい……こんなことしか言えなくて……でも、千歌さんに笑顔で居て欲しいのは本心だから……そんな顔しないで……」


ダイヤさんは再び私を抱きしめて、そう言った


千歌「ぅぅ……っ……ダイヤ……っ……さん……っ……」


また涙が溢れてきた。

これはなんの涙だろう……ただ、私は溢れてくる涙を抑えることが出来なくて……

ただ、ダイヤさんの胸で泣き続けた――





    *    *    *





あれから、しばらく経って……保健室に鞠莉さんが尋ねてきました。


鞠莉「Hello.ダイヤ……ってなんでちかっちまで一緒に寝てるの?」

ダイヤ「……わたくし……千歌さんを泣かせてしまいました……」

鞠莉「あぁ……それで泣き疲れて寝ちゃったのね……」


わたくしの隣で丸くなって眠る千歌さん。

すぅ……すぅ……と可愛い寝息を立てる愛しき人の頭を優しく撫でる。

目元は赤く腫れていて……それだけ、わたくしはこの子を泣かせてしまったんだなと思う。

視線は千歌さんを見たままのわたくしに鞠莉さんが尋ねてくる。



鞠莉「体調はどう?」

ダイヤ「……まだ少しだるいですが……あまり激しく動いたりしなければ、とりあえず大丈夫ですわ……」

鞠莉「……そ。……まあ、いとしのPrincessに泣かれちゃそれどころじゃないわよね」


鞠莉さんが苦笑いする。

まあ……否定できませんが


ダイヤ「果南さんは……?」

鞠莉「あー果南なら先に帰ったよ。あのままじゃ顔合わせてもケンカになるだけだしって言ってた」

ダイヤ「……そうですか」


果南さんにも悪いことをしましたわ……。後日ちゃんと謝らないと……。


鞠莉「……それで?」

ダイヤ「……はい?」

鞠莉「そこのPrincessから愛の告白……されたんでしょ?」

ダイヤ「……え、えっと……まあ……はい……///」


普段、人の話を聞かない癖にこういうことには目聡いのかとちょっと思いますわね。


鞠莉「それで、どうしたの?」

ダイヤ「まあ、その……とりあえず保留……ということで……」

鞠莉「……ふーん。……ヘタレ。」

ダイヤ「…………」


酷い言われようですが、仕方ありません。

甘んじて受け入れましょう。


鞠莉「ま、ダイヤとちかっちの問題だし、これ以上は突っ込まないけどね……けど、あんまり私のCuteな後輩泣かせるとマリー先輩がおこだからねー?」

ダイヤ「それはその……はい……。……反省してます。」



そうですわね……これ以上、千歌さんを泣かせるようなことは……できればしたくない……。


鞠莉「さて、状況報告は受けたし、とりあえずこれでこの話は終わりね。……たぶん、そろそろルビィが呼んだ黒塗りの車が迎えに来るからダイヤはそれで帰ること。」

ダイヤ「……え、あ、はい」

鞠莉「ん?なんか気になることでも……ああ、戸締りとかの確認くらいは私が代わりにやっておくから――」

ダイヤ「ああ、いえそっちじゃなくて……千歌さんは……」


横で眠る十千万のお姫様を見る。


鞠莉「ああ、梨子が送ってくって残ってくれてるわ」

ダイヤ「梨子さんが?」

鞠莉「なんか、ちかっちからいろいろ相談されてたみたいでね。なんとなく、何があったか察してるっぽいよ。」

ダイヤ「……そうですか」


程なくして、ルビィが保健室に入ってきた。


ルビィ「お姉ちゃん……大丈夫……?」

ダイヤ「ええ、だいぶ落ち着きましたわ……ルビィにも……心配をかけましたわね……ごめんなさい」

ルビィ「うぅん……大丈夫。……あの」


ルビィの視線がわたくしの隣で寝ている千歌さんを見ている。

……この状況、確かに気になりますわよね


鞠莉「……まあ、いろいろあったのよ。とりあえず、スルーしてあげて。」

ルビィ「そ、そっか……」


すかさず鞠莉さんがフォローする。

確かに説明しづらいし、こういう気遣いは助かりますわね……



ルビィ「とりあえず、お車まで肩貸すね……歩ける?」

ダイヤ「あ、はい……ありがとう、ルビィ……」


静かにベッドを抜けて、ルビィの肩を借りて歩き出す。

保健室のすぐそこには梨子さんが待っていた。

梨子さんはわたくしを一瞥して


梨子「あとは任せてください」

ダイヤ「……ありがとうございます」


それだけ言うと保健室に入っていった。

帰り際、ちらりと視界でギリギリ捉えられる千歌さんを見る。


千歌「……ダイヤ……さん……」


寝言でしょうか……かすかに動く口元がわたくしの名前を呼んでいる気がしました。





    *    *    *





千歌ちゃんが目を覚ましたときにはすっかり日も暮れていて

今は千歌ちゃんと二人での帰り道

千歌ちゃんはずっとぼんやりとしている。


梨子「千歌ちゃん?大丈夫?」

千歌「……え……あ……うん……」



……大丈夫じゃなさそう……

――まあ、無理もないかな


千歌「ねえ、梨子ちゃん……」

梨子「なに?」

千歌「ダイヤさん……どういうつもりで言ったのかな……」


さっき、千歌ちゃんから聞いたことの顛末を思い出す。


梨子「まあ……ダイヤさんの言った通り、とりあえず保留ってことじゃないかな」

千歌「告白の保留って……その……まだ可能性はあるってことかな……?」

梨子「……そういうことになるのかな?」


……ただ、保留にしたということは一つの事実を浮き彫りにしていた。

千歌ちゃんは気付いていないけど……

……ダイヤさんは女の子同士をニュートラルとは思っていない。だからこそ、考える時間が欲しいと言ったんだと思う。

逆に言えば、それを理由に全く芽がなくなったわけでもないんだけど……


千歌「……そっかぁ……」


でも、今の千歌ちゃんには言えないかな……

ただ――私から見ててもわかることはある。


梨子「ダイヤさんの真意がどうなのかはわからないけど……」

千歌「……うん」

梨子「千歌ちゃんのことを大切だって思ってくれてることは……間違いないと思うよ」


……その形がどうあれ……ね



千歌「……!!……そ、そっか」

梨子「……」


う、うーん……しまったな……。元気付けるために言ったんだけど……これはこれで変に期待を持たせちゃったかも……

……でも、どちらにしろ私がどうこう出来る問題でもないしなぁ……

千歌ちゃんはずっと上の空、たまにダイヤさんのことを口に出すだけ

……重症だなぁ……すごいな恋の病。


梨子「千歌ちゃん」

千歌「……ん……?」

梨子「とりあえず、今日は疲れたでしょ?……家でゆっくり休んだ方がいいよ」

千歌「……うん」


そんなことしか言えないのは歯がゆいけど……

うまくいくといいな……千歌ちゃんの恋……だって、こんな顔千歌ちゃんには似合わないもの……





    *    *    *





――次の日。

朝、登校してからとりあえず生徒会室に行ったら……果南ちゃんがいた。


千歌「果南ちゃん……?」

果南「あ、千歌。おはよう。」

千歌「おはよう……」


果南ちゃんは書類の整理をしていた。



千歌「あ、あの……」

果南「んー?ダイヤなら休みだよ。」

千歌「そ、そっか……」


だから、果南ちゃんが代わりに仕事してるのかな……?

ぼんやりとそんなことを考えながら、生徒会室の前で立ち尽くしていると


果南「あの後ね、ダイヤから電話があったんだ」

千歌「……!」


果南ちゃんが作業をしながら、切り出した。


果南「謝られたよ。無理してたこととか諸々ね。……それと千歌」

千歌「……な、なに?」


果南ちゃんが一旦手を止めて


果南「……私も黙っててごめんね」


そう言った。


千歌「うぅん……大丈夫。」

果南「あと、ありがと。……あの頑固者も少しは改心してくれるといいんだけどね。」

千歌「……そ、そうだね……」


そう言いながら、私も書類の整理を手伝い始めた。

朝の生徒会室は初めてだ……

書類の山に手をつけながら……ダイヤさんは毎朝こんな量の仕事を……



千歌「……ダイヤさん……また無理するのかな……」


私の呟きに果南ちゃんが答える


果南「……まあ、別に仕事が消えてなくなるわけじゃないからね。……ただ、しばらくは朝は私が監視しておくから大丈夫だよ。」

千歌「じゃ、じゃあ私も……!!」


喰い気味言うチカに果南ちゃんが少し笑いながら


果南「千歌はお昼……なんでしょ?」


と言う。


千歌「あ、えっと……」

果南「……別にとったりしないから。」


……果南ちゃんもダイヤさんへの告白のこと……知ってるのかな?

昨日、私が目を覚ましたときには鞠莉さんと梨子ちゃんだけ残ってて、二人は事情を知ってたんだけど……


果南「ダイヤね。放課後、仕事手伝ってるとき、いっつも千歌のことばっか喋ってたんだよ。」

千歌「……え?」


果南ちゃんが予想外なことを言い出した。


千歌「……そうなの……?」

果南「うん。今日はサンドイッチがおいしかった……とか。千歌に日舞を褒めてもらった……とか。お弁当がおいしかった……とかね」

千歌「……」

果南「ダイヤって、ああいう性格だからさ……昔から無理しすぎてるなってときはよくあったんだけど……。今回は少し違う感じがしたかな……。」

千歌「……違う?」

果南「なんていうか……周りの期待に応えようと頑張ってる……というよりは、自分がやりたいから無理してる……って感じだった」

千歌「……?」



どういうことだろう……?


果南「……まあ、要は千歌と一緒にいるのが楽しかったんだなって」

千歌「……!!」

果南「それなら、周りに甘えてお昼は千歌と一緒に過ごしたいとでも言えばいいのにね。……まあ、ダイヤらしいけど」


果南ちゃんは書類を置いて……ふぅと一息ついてから


果南「今回はこんな感じになっちゃったけど……千歌がいてくれたお陰でダイヤ前よりももっと明るくなったし、頑張れてたからさ。千歌が嫌じゃなかったら、またダイヤの相手してあげてくれると嬉しいな……ダイヤあんな性格と立場だから……思った以上に頼れる友達も少ないし……。……幼馴染としてのおせっかいだけど」

千歌「う、うん……!!わかった……!!」


果南ちゃんの言葉に少し勇気付けられる。

私……ダイヤさんの力になれてたんだね……。





    *    *    *





その週の週末――金曜日。

今週はずっと無人だったお昼の生徒会室に今日は人影があった。

――コンコン

ノックをすると


ダイヤ「どうぞ」


中から声がした。



千歌「……こんにちは」

ダイヤ「千歌さん……こんにちは」


机には前と同じように書類の山があった。


千歌「仕事……いっぱいですね。」

ダイヤ「そうですわね……」

千歌「……」

ダイヤ「……」


どうしよう……なんか気まずい……


千歌「その……サンドイッチ作ってきました。食べる……?」

ダイヤ「……ええ、頂きますわ」


ダイヤさんは一旦作業の手を止めて、私と二人で食事を取り始める。

今日は食事を取りながら仕事をしたりは……しないみたいだ。


千歌「……」

ダイヤ「……」


何を話していいのかわからず、二人で無言でサンドイッチを食べる。

バスケットが空になったくらいで……ダイヤさんが口を開いた。


ダイヤ「千歌さん」

千歌「なんですか?」

ダイヤ「……その……この前のことですが……」

千歌「……」


この前のこと――告白のこと



ダイヤ「あのあと……いろいろ考えてみました。」

千歌「……はい」

ダイヤ「……わたくし……千歌さんに好きと言ってもらえてすごく嬉しかった……。……毎日一緒にいる時間が本当に楽しくて……そんな千歌さんから好意を寄せて頂けたことがとても幸せで……こんな不甲斐ないわたくしを慕ってくれる千歌さんの存在が有難かった……ですが……だからこそ、千歌さんに負担を負わせていいのか……そう、思いました……」


ダイヤさんは私の目を真っ直ぐ見つめて


ダイヤ「……その上で……答えを決めてきましたわ」


…………覚悟は出来ている。つもりだ……


ダイヤ「千歌さん――」

千歌「……はいっ」

ダイヤ「――不束者ですが……こんな、わたくしでよかったら……よろしくお願い致しますわ。」

千歌「……はい……。……え……?」


間抜けな声が出る。

……え?……えっと……?


千歌「えっと……OK……って……こと……?」

ダイヤ「……///……く、繰り返し言わせないでくださいまし……///」

千歌「……そっか……。……そっか……っ……。」

ダイヤ「ち、千歌さん……!?」


私はまた泣いていた。

でも、この前とは違う涙……嬉しい……想いが通じたんだ……


ダイヤ「あ、えっと……な、泣かないで……」


目の前でおろおろするダイヤさん



千歌「ご、ごめんなさい……っ……う、嬉しくって……っ……」

ダイヤ「千歌さん……」


ダイヤさんは、私の近くに来て、ぽろぽろと涙を流す私の頭を撫でてくれる。


ダイヤ「……今まで不安にさせてしまってごめんなさい……。でも……これからは一緒ですから……」

千歌「……はい……っ」


これからは一緒……そう一緒にいてくれるんだ……


千歌「ダイヤさん……っ……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「もう……無理しちゃ嫌だよ……千歌にも背負わせて……」

ダイヤ「……はい。今日まで、それを悩んで来たのですから……もう一人で無理は致しません」

千歌「……ホントに?」

ダイヤ「恋人の言うことが信じられなくて?」

千歌「……これに関しては……」

ダイヤ「……む……じゃあ、どうすれば信じてくれますか?」


ダイヤさんが少し、困った顔をする。

私は少し迷ってから


千歌「……私を信じて、一緒に背負わせてくれる……証拠が欲しい……な……///」

ダイヤ「……証拠……ですか?」

千歌「……うん……///」


私は目を閉じた。

目を閉じて、少し顔を上に向けて……



ダイヤ「――」


ダイヤさんが息を飲むのがわかった。

ずっといろいろな場所で繰り返されてきた――恋人の誓い。


ダイヤ「……千歌さん」

千歌「……っ」


ダイヤさんの手が私の頬に添えられる。

少しひんやりとした手がこれから起こることへの緊張と期待を高まらせる。


ダイヤ「…………チュ」


キス……された……。

…………おでこに


千歌「……」


目を開けると、ダイヤさんの顔が目の前にあった。


千歌「…………」

ダイヤ「その……今はこれで我慢してくれませんか……?」


少しむくれ面だったかな……そんなチカに向かって


ダイヤ「……いきなり接吻なんて……はしたないし……なにより恥ずかしいですわ……///」


ダイヤさんは顔を真っ赤にして、そう言う。

ちょっと納得いかないけど、ダイヤさんらしいし……何より、可愛いから許しちゃおうかな。



千歌「わかりました……でも、ホントにもう一人無理しないでね……」

ダイヤ「ええ……誓いますわ……」


ダイヤさんが手を握ってきたから……私も握り返す。


ダイヤ「もう……千歌さんにあんな顔して欲しくないですから……ね」


そう言って、優しく笑った。

こうして、私――高海千歌と黒澤ダイヤさんは晴れて恋人同士になったのだった。





    *    *    *





週明けの月曜日

登校して真っ直ぐ職員室に生徒会室の鍵を借りに行ったのですが

すでに鍵はありませんでした。

そういえば、最近は果南さんに監視されていたことを思い出して、押っ取り刀で生徒会室へ向かいます。

生徒会室の戸を開けると


千歌「あ、ダイヤさん!!おはようございますっ!!」


満開の笑顔で恋人のお出迎えを受けましたわ。


ダイヤ「ち、千歌さん……?こんなに早く……」

千歌「ふっふーんっ 旅館の娘の朝は早いんだよー」


千歌さんは胸を張りながらそういう

机を見ると粗方、書類の整理が終わり、室内を軽く掃除しているところだった。



ダイヤ「千歌さ――」

千歌「ダイヤさん」


言葉を遮られる。


千歌「約束……したでしょ?」

ダイヤ「……そうですわね。……でも、こんなに早くこなくてもいいのですよ?」

千歌「あはは、でもダイヤさんがいつ来るのか知っておきたかったし……今日はその確認も込めて最速を追及してみましたっ」

ダイヤ「……そう……。……千歌さん」

千歌「なにー?」


可愛らしく小首を傾げる彼女が愛おしくて――わたくしは


千歌「……ひゃ……っ……!?///」


思わず抱きしめていた


千歌「ダ、ダイヤさん……///」

ダイヤ「千歌さん……好きよ……」

千歌「ダイヤさん……えへへ……チカもダイヤさんのこと……大好きだよ……」

ダイヤ「はい……」


トクン……トクン……二人の心臓の音が重なって……

一つになったみたい……

ああ……幸せですわね……

――どれくらい、抱き合ってたか……

通学してきた生徒たちの声が昇降口の辺りから聞こえ始めた頃、わたくしたちは我に返って離れる。



千歌「……えへへ……///」


千歌さんがはにかむ。

もう一度、抱きしめたくなる。

……けど、千歌さんが何のためにこうして早く来ているのかを考えて


ダイヤ「仕事……始めましょうか」

千歌「はいっ」


仕事を始めた。





    *    *    *





千歌「決まりごと……ですか?」

ダイヤ「はい……そのお付き合いの上での約束事をいくつか決めておこうと思って……」


お昼休み。サンドイッチを二人で食べながら、ダイヤさんはそう切り出した。


ダイヤ「その……こういうのは心苦しいですが……。女性同士というのはやはり世間では一般的なお付き合いの形ではないと思うので……」

千歌「……付き合ってることは隠したいってこと……?」

ダイヤ「……まあ、そういうことですわね」

千歌「梨子ちゃんとか鞠莉ちゃんは何も言わなかったけど……」

ダイヤ「そういう理解ある人もたくさんいると思います。……ですが、逆もまた然りです。」


ダイヤさんの目は真剣だった。



ダイヤ「わたくしは出来るだけ長く千歌さんと一緒にいたい……だからこそ、正しい距離を保ちましょう」

千歌「うーん……」

ダイヤ「納得……できませんか……?」

千歌「あ、ううん……でも、突然抱きしめたりするんだなぁって」

ダイヤ「……え……!?///……いや、あれは……その……///」


あはは、慌ててる。やっぱダイヤさん可愛いな


ダイヤ「こほん……あれはその……弾みと言うか……。……ち、千歌さんが悪いのですわ……///」

千歌「え、チカ?」

ダイヤ「わたくしのために朝早くから来て待っててくれたなんて……愛おしくて抱きしめたくもなりますわ……///」

千歌「…………///」


ダイヤさんが真っ赤な顔して恥ずかしい台詞を言うから、私も一緒に赤面してしまう。


ダイヤ「と、とにかく……人目につくところで必要以上のスキンシップは避けましょう……?……あの、ここなら……誰も見てないから……大丈夫かなって……思いますけど……」

千歌「うん、わかった」

ダイヤ「――あ、あと」

千歌「……?」

ダイヤ「今日はいいですけれど……あんまり早く来過ぎないでくださいね……。今度はわたくしが心配になってしまいますわ……」

千歌「ふふ……はーいっ」


なんか、ホントにダイヤさんと恋人同士になったんだなって自覚して……嬉しくなる。


ダイヤ「とりあえず、わたくしからはこれくらいかしら……千歌さんは何かありますか?」

千歌「あ、えっと、そうだな……」


私は少し考えて、前々から思っていたことを提案することにした



千歌「決まりごと……とはちょっと違うんだけど、お願いかな」

ダイヤ「お願い……ですか?」

千歌「うん。……生徒会の仕事……チカにも教えて欲しいなって」

ダイヤ「…………」


ダイヤさんが黙る。

でも、こういうときの押し方くらい、いい加減チカもわかってきたんだからねっ


千歌「これからもずっと一緒にいるんだから……その方が二人の時間大切に出来るでしょ?」

ダイヤ「そ、それは……そうですけど……」

千歌「簡単なのでいいから!お願い!」

ダイヤ「……わかりました。少しずつ教えていきますわ……」

千歌「やったっ」


えへへ、大成功っ


ダイヤ「千歌さん……」

千歌「なんですか?」

ダイヤ「ありがとう……」


万感を込めた、言葉

もう何度目かわからない――ダイヤさんのその言葉で心が満たされる。


千歌「えへへ……チカもダイヤさんの力になれて嬉しいよ……」


向かい合って座る昼食の席で二人の手が自然と繋がれる。

――これ恋人繋ぎってやつだよね。


千歌「大好き……」

ダイヤ「わたくしも……同じ気持ちですわ……」


幸せだ……生きててよかった……

たぶん、そう思うのが大袈裟なんかじゃないくらいに……今、私は幸せだと思う。



    *    *    *





千歌「――それでね、ダイヤさんも大好きって言ってくれてね」

梨子「そっかそっか」


千歌ちゃんの惚気話をベランダ越しに延々と聞かされている。


梨子「千歌ちゃん」

千歌「ふぇ?」

梨子「うまくいってよかったね」

千歌「えへへ……うん、ありがと……梨子ちゃんが背中押してくれたからだよ」


千歌ちゃんはそういって微笑んだ


梨子「私は何もしてないよ。千歌ちゃんが頑張ったから、ダイヤさんもそれに応えてくれた……それだけだと思うよ」

千歌「そ、そうかな……でも……ありがと」

梨子「うん……」


ちらりと時計を見て


梨子「さて、そろそろ……恋人の声が聞きたい頃合かな?」

千歌「う……///……か、からかわないでよ……///」

梨子「えーでも、これくらいの時間っていつもダイヤさんと電話してない?」

千歌「してる……けど……///」



なんて話してたら、千歌ちゃんの手元から着信音が鳴った。

なんか和っぽい、着信音……ダイヤさんが好きな日舞の演目とか言ってたっけ。

もう千歌ちゃんったら、ダイヤさんに首ったけじゃない


梨子「離れてても想いは通じてるみたいだね」

千歌「……///」

梨子「じゃあ、私は寝るね。お幸せに」

千歌「お、おやすみ……///」


千歌ちゃんが自室の窓を閉めると微かに声が聞こえた


 「……あ、うん……大丈夫……声が聞きたかったって……そんなのチカもだよ……」


本当にお幸せに……

私も窓を閉めて、就寝の準備をする。

最近はずっとこんな感じで夜は惚気話を聞かされて、ダイヤさんから電話があったり、千歌ちゃんから電話するタイミングでお開き

別に嫌ではない。……むしろ、千歌ちゃんは私以外にこんな話は出来ないと思う。

きっと曜ちゃんにも果南さんにも……


梨子「どう……なるんだろう……」


どうか、幸せに行って欲しいなって思うけど……私の冷静な部分がこれから先の千歌ちゃんとダイヤさんに降りかかるかもしれないいろんな問題を気にかけていた。




    *    *    *





「――ええ……ええ……わかってますわ……。……わたくしも……大好きですわ……おやすみなさい……」


壁越しにお姉ちゃんの声が聞こえる。

お部屋が1階のお姉ちゃんは最近この時間になると2階の廊下で誰かとお電話をしています。

まあ、えっと……その……勘の鈍いルビィでもさすがにわかります……。

お姉ちゃん、恋人が出来たんだなって。

そして、その相手は……きっと千歌ちゃんだと思う。


ルビィ「言ったほうがいいのかな……」


なんで、わざわざ2階に来るのかはなんとなくわかってるし……

――と思ってたら。


「失礼します」


襖越しにお姉ちゃんが声を掛けてきた。


ルビィ「あ、ど、どうぞ」


返事をすると襖が開かれる。


ダイヤ「……ルビィ、遅くにごめんなさい」

ルビィ「あ、ううん……」

ダイヤ「……その……ルビィにはちゃんと言っておこうかなと……」


お姉ちゃんが改まる


ルビィ「……千歌ちゃんとのこと?」

ダイヤ「……まあ、さすがに気付きますわよね……」



お姉ちゃんは苦笑いして言った。


ダイヤ「――わたくし、黒澤ダイヤは……高海千歌さんとお付き合いをさせて頂いております。」

ルビィ「……うん」

ダイヤ「ルビィ……その……わたくしは……」

ルビィ「ルビィね……お姉ちゃんにはお姉ちゃんの好きなように生きて欲しいな……」

ダイヤ「……!!」


お姉ちゃんはルビィの言葉に少し驚いたような顔をした


ダイヤ「ルビィ……あなた……」

ルビィ「最近のお姉ちゃんね……見てるこっちが嬉しくなっちゃうくらい幸せそうだから……」

ダイヤ「…………」

ルビィ「だから……ルビィはそうして欲しい……」

ダイヤ「……ルビィ」


お姉ちゃんは俯いていた。

今でも悩んでいるんだなって


ルビィ「……なにがあっても、ルビィはお姉ちゃんの味方だから……」

ダイヤ「ルビィ……ありがとう……」


お姉ちゃんはそれ以上は何も言わなかった。

言いたくなかったのか、言わなくてもルビィはわかってるって思ったのか……

そこまでは判断出来なかったけど……

それでも、お姉ちゃんはそれ以上は何も言わなかった――



    *    *    *





――秋風もそよぐ季節になってきた頃

わたくしたちはデートをしていました。

……とは言っても、人目に付かないように普段から千歌さんのお家デートばかりでしたが……

――今は珍しく外にいます

三津海水浴場――千歌さんのご実家のすぐ前にある浜辺ですわね――に二人で並んで座って夕陽を眺めていました。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なんですか?」

千歌「んーん……呼んでみただけ」

ダイヤ「……そう」

千歌「うん……」


秋の浜辺には人影はなく、だだっ広い景色を二人で占領していました。

二人静かに夕陽を眺めていると……千歌さんがコテンとわたくしの肩に頭を乗せて来ました。


ダイヤ「……千歌さん」


左肩を占領されてしまったので、右手を千歌さんの方に伸ばして頭を撫でる。


千歌「……えへへ」


……本当は普通の恋人のようにいろんなところへ出かけたい。

だけど、それは出来ないと言ったのはわたくし自身

……むしろ、千歌さんには行動制限を強いてしまっているのに、千歌さんは文句一つ言わずにわたくしの傍にいてくれる。


千歌「……チカはこれだけで……十分幸せだよ」


口にしなくても、わたくしの気持ちを汲み取ったかのように千歌さんが言の葉を零す


千歌「ダイヤさんが居て……その隣にチカが居て……二人の時間を過ごせて……それで幸せ」

ダイヤ「千歌さん……」


夕陽が沈もうとしていた。

そろそろ日の入りだ。

――この世界一愛おしい人にわたくしが何かしてあげられることはないか

ふと……思い出す


――『今はこれで我慢してくれませんか』――


ふふ……まだ、ありましたわね。それもここで出来ること――

繋いだままの左手を2回……きゅっきゅっと握る。

そしたら、チカさんもきゅっきゅっと2回握り返してから、わたくしの方に顔を向けてくれる


ダイヤ「千歌さん」

千歌「ん」

ダイヤ「……目、瞑って」

千歌「――はい」


千歌さんはただそれだけ言って目を閉じた。

本当に心が通じ合ってるみたい……

秋の陽が沈む――宵闇が迫る夕暮れ時


千歌「――」

ダイヤ「――」


わたくしと千歌さんは初めての接吻を交わした。


――一瞬なのに無限にも感じるような、優しい口付けを……



顔が離れるとき、目を開けると……

紅く色付いた千歌さんの頬……そして、まつ毛がわずかに濡れていて、幼さを残した顔立ちに反して艶っぽさを感じさせる。

千歌さんが照れくさそうにはにかむ


千歌「えへへ……ファーストキス……」

ダイヤ「……奪ってしまいましたわよ?」

千歌「奪われてしまいましたね……じゃあ――」


――ふっと、千歌さんが顔を近づけてきて、再び唇が重なる。


ダイヤ「――んっ」

千歌「――んっ……。……えへ……これでおあいこ」

ダイヤ「……千歌さん――」


愛おしい気持ちで胸がいっぱいになって、思わず千歌さんを抱きしめる。

それに呼応するように、千歌さんが抱き返してくる。

嗚呼――なんて幸せなんでしょう

もし叶うのであれば……時が止まってしまえばいいのに――



    *    *    *





千歌「――ダイヤさん……この書類のここって」

ダイヤ「えーと……それはですね……」


放課後、久しぶりに訪れた生徒会室の光景を見て私は眉をひそめた。


果南「千歌って生徒会員だったっけ」

千歌「あ、果南ちゃん」

鞠莉「果南遅いよー」


今日は久しぶりに仕事が山盛りということで鞠莉と私も駆り出されて、生徒会に手伝いに来たのだけれど……

もはや、生徒会室にはお馴染みの千歌……なんだけど


果南「千歌……いつの間に書類の処理まで出来るようになったの?」


さすがに書類の処理となると私もおいそれと出来ない


ダイヤ「最近、少しずつ教えてるのですわ」

千歌「うん、私が頼んで教えてもらってるんだ~」

果南「へぇ……」


千歌が……?……自分から……?

かばんの中にみかんしか入ってないあの千歌が……ねぇ……

まあ、私も人のこと言えないけど……


果南「別に千歌がいいなら、いいんだけど……」

鞠莉「どしたの?果南?」

果南「……いや、別に」


鞠莉はともかく、あのダイヤが一般生徒に処理業務まで任せるとは……

私が思った以上に千歌とダイヤは仲良くなったみたいだね。

……2年生だし、次期生徒会長にでも推薦するとか……?

千歌が生徒会長の浦女を想像して……

……いや、ないな。と思う


鞠莉「果南?さっきからどうしたの?手止まってるよ?」

果南「いや……なんていうか……千歌がここまで生徒会に染まると思わなくって……」


自分でダイヤを手伝ってやってくれって言った手前こんなこと言うのはなんだけど……


鞠莉「もう~果南ったら無粋だなぁ~」

果南「……え?」

ダイヤ「ま、鞠莉さん……余計なこと言わないでくださいまし……///」

千歌「…………///」


……な、なに?この空気……私なんか変なこと言った……?


果南「え、あーいや……なんかよくわかんないけど、ごめん」

ダイヤ「い、いえ……」


……?……な、なんだろ……??



    *    *    *





しばらく皆で作業を進めて、果南さんがお手洗いに席を外したときに鞠莉さんが呆れたように言ってきた。


鞠莉「……もしかして、果南には二人が付き合ってることまだ言ってないの?」

ダイヤ「は、はい……まあ……」

鞠莉「そうなんだ……ふーん……」

千歌「鞠莉ちゃん……?どうかしたの……?」


鞠莉さんは『んー……』と唸ってから言葉を続ける。


鞠莉「いや……ダイヤと一緒にいるところをあんま見てない善子とか曜とか花丸はともかく……果南は知ってる――というか気付いてると勝手に思ってたから……」

ダイヤ「あぁ……まあ、果南さんそういうことには鈍いですから」

千歌「果南ちゃんは昔からそうなんだよね……後輩の女の子とかから好きですって言われても、普通に『ありがとー』とか返してたりね……」

鞠莉「確かに天然ジゴロなところはあるとは思ってたけど……ふーん……言うつもりもないの?」


鞠莉さんの質問に少し迷う。


鞠莉「このこと知ってるのって……私と梨子と……あとルビィには言ったって言ってたっけ?」

ダイヤ「ええ」

千歌「頃合を見てAqoursの皆にはちゃんと打ち明けようかって話してはいるんだけど……」

ダイヤ「どうにもタイミングがですね……」

鞠莉「そんなに言うか言わないか迷うようなことなの……?」


鞠莉さんらしいことを言ってくれる。


鞠莉「別にいまどき同性愛なんて、珍しくもないじゃない」

千歌「ど、同性愛……」

ダイヤ「……それはわかりませんが……どちらにしろ、宣伝して周るようなことでもないですし」

鞠莉「ま、それは確かにそっか……」



鞠莉さんは海外暮らしが長かったせいなのか、少し日本人の感覚とはズレているようですわね……

……日本でも随分認められるようになってきたとは言え同姓愛への理解にはまだまだ壁があるという方が一般的な気がします。

それともこれもわたくしの思い込みかしら……?

千歌さんの方をちらっと見ると、同じようなことを考えていたようで


千歌「確かに……梨子ちゃんにもそんな感じのこと言われたし。それに……」

鞠莉「それに……?」

千歌「ダイヤさんが居てくれれば私はそれでいいし……///」

ダイヤ「ち、千歌さん……!?///」

鞠莉「あらあら、見せ付けてくれるネ……」


千歌さんの大胆発言に鞠莉さんは「ごちそうさま」と言いたげな様子。


鞠莉「……ま、私としては最終的にAqoursの皆には言うつもりでいるなら、特に口出すことではないけどね。」


まあ、確かに一緒に活動していくグループ内で隠し事をしていると思わぬ綻びになりますし……

さっさと打ち明けてしまう方がいいかもしれませんわね。

Aqoursのメンバーでそういうことに特別嫌悪感を覚えそうな人もいない気がしますし……

近いうちに皆さんにはちゃんと教えることに致しましょう……





    *    *    *





善子「んで?何よ発表したいことって……」


後日、部室にAqoursが勢ぞろいの放課後。

今日は皆に伝えることがあるという旨を伝えた上で部室に集合してもらった――まあ、そんなこと言わなくてもどっちにしろ部室に集まるんですけど。


花丸「ダイヤさんからだっけ?」

曜「え、私は千歌ちゃんからって聞いたけど……」



まあ、どっちも間違ってないですわね。


梨子「……」

ルビィ「……お姉ちゃん、頑張って」


訳知りの二人は静かに待っている。


千歌「え、えーっと……ね……///」

ダイヤ「その……なんと申し上げましょうか……///」

果南「……?二人とも珍しく歯切れ悪いね……?」


言い出しづらい……っ!!

照れもあってか、どう切り出せばいいのか……


鞠莉「だぁー!!もうじれったい!!」

ルビィ「ピギィ!?」


鞠莉さんが痺れを切らして、大声を上げる。


鞠莉「いーから、さっさと言っちゃいなさいよ!!」

梨子「ま、鞠莉さん……」

鞠莉「ほら、ダイヤ!!千歌!!前出る!!」

千歌・ダイヤ「「は、はい!!」」


鞠莉さんに促されて二人でホワイトボードの前に立つ。


ダイヤ「え、えっと……///」



……思った以上に緊張する……

そのとき――きゅっと……わたくしの手を千歌さんが握って……

わたくしの目を見て……頷いた。

……この時点で曜さんと善子さんと花丸さんはなんとなく気付いたっぽくて


千歌「私、高海千歌と――」

ダイヤ「わたくし、黒澤ダイヤは……その今お付き合いをしております……」


おぉ……というざわつきはあったもののなんとなく、微笑ましい目で話を聞いてくれるAqoursの面々

――ガタンッ!!

ただ、一人を除いて――


鞠莉「果南……??」

千歌「か、果南ちゃん……?」


果南さんが勢いよく立ち上がったため、椅子が倒れてしまっていた。



    *    *    *





果南「ダ、ダイヤ……?何言ってんの……?新手のドッキリ……?」

ダイヤ「え、あ、いや……」


ダイヤが狼狽している。

千歌とダイヤが……なんだって……?

私がルビィに視線を移すと

少しだけルビィがビクリとした


ルビィ「あ、あの……か、果南さん……?」


実の姉がこんなこと言っても、それには驚いていない……つまりルビィは知ってたんだ……。

ふと、いつぞやの鞠莉の言葉を思い出す。


――『そりゃ確かに私たち言葉足らずなところが多いけどさ、"これ"に関してはただ『やめろ』って言うのも違うと思わない?』――


ホントに言葉足らずだ……私は鞠莉が言った"これ"を勘違いしていた。



果南「ダイヤ……こっち来て……」


半ば強引にダイヤの腕を引っ張る


ダイヤ「え、果南さん……!?」

鞠莉「か、果南……!?」


そのままダイヤを部室の外に連れ出した。


千歌「え……え……?」


千歌はダイヤが倒れたあの日のように……立ち尽くしていた。





    *    *    *





ダイヤ「か、果南さん……そんなに強く引っ張ったら、痛い……ですわ……っ」


周りに人気がないことを確認して、ダイヤの腕を放す。


ダイヤ「……ど、どういうつもりですの……?」

果南「それはこっちの台詞だよ……」



ダイヤを軽く睨む。千歌と付き合ってる?……一体何を考えてるんだ


ダイヤ「……か、果南さんはそういうのは……"ナシ"な人ってことですか……」


ダイヤが私を軽く睨み返して、言葉を吐く。


ダイヤ「……それとも、大事な幼馴染を取られて憤慨しているんですか……?……それなら謝りますがわたくしと千歌さんは――」

果南「違う!そういうことじゃなくて……!!」

ダイヤ「……っ」


私の剣幕にダイヤが黙る。


果南「……ねえ、ダイヤ……家に……どう説明するの……?」

ダイヤ「……っ!!」


ダイヤがビクリとした。

まるで先送りにして、目を逸らしていた問題を突きつけられたような……そんな反応

ダイヤは……一呼吸、二呼吸……間を置いてから、搾り出すように――


ダイヤ「……ど、どうにか……しますわ……」


そう言った。


果南「どうにかって……どうやって……?……どうやって黒澤の家を説得するの?……ダイヤは跡取り娘でしょ?」

ダイヤ「……っ!!……な、なんでそんなこと果南さんに説教されなくてはいけませんのっ!!」


ダイヤが声を荒げる。



ダイヤ「第一、果南さんに言われたくありませんわっ!!子供の頃からこっちの家の事情も関係なしにあっちこっち連れまわされて――」

果南「それでも一線は守ってたつもりだよ」


怒り狂うダイヤにピシャリと――言い返した。


ダイヤ「そ、それは……っ」


怯むダイヤに私はそのまま続ける。


果南「日舞やお琴の稽古がある日には連れ出さなかったよね……?祭事で出張ってるときもダイヤのこと連れまわしてたかな?」

ダイヤ「……」

果南「ダイヤ……私もずっと内浦に住んで生きてきたんだよ……。黒澤家の跡取り娘がどういう存在かなんて……ダイヤも私の言ってることの意味……わかってるでしょ?」

ダイヤ「……っ」

果南「ルビィから聞いたよ……もう、すでにお見合いの申し込みとかも送られてきたりするんでしょ?……それってそういうことでしょ?」

ダイヤ「……やめて」


ダイヤが首を振る。子供のように


果南「どうやって説明するの……?スクールアイドルがどうとかそういうレベルの話じゃないよ……男だったらまだしも……女の子と付き合ってますなんて、どうやって納得させるつもりで――」

ダイヤ「――やめてっ!!」


ダイヤは耳を塞いで叫んでいた


ダイヤ「――やめて……やめてください……聞きたくない……」


へなへなとその場にへたり込んで


ダイヤ「……わたくし……今幸せなの……放っておいて……」

果南「……ダイヤっ!!」


あの責任感の強いダイヤがこんなこと言うなんて思わなかった

ダイヤを無理やり立たせようと腕を伸ばしたら


鞠莉「やめてっ果南っ!!」


鞠莉がその腕にしがみつくようにして止めに入った。


鞠莉「Why!?どうして、どうしてこんなことになるの!?別にいいでしょ!?ダイヤがちかっちのこと好きでも!?」

果南「鞠莉……」


今思えば……あのとき鞠莉ともっとちゃんと話していればよかったんだ……

鞠莉はあまり網元のことには詳しくない。

だから、ダイヤの背中を無責任に押してしまったんだ……


果南「鞠莉……これはそんな簡単な話じゃないんだよ……」

鞠莉「なにそれっ!!ぜんぜん意味わかんないよっ!!ダイヤと千歌のこと見てなかったの!?二人ともあんなに幸せそうだったじゃない!!」


鞠莉が悲痛に叫ぶ


鞠莉「網元ってそんなに偉いの!?ダイヤと千歌が好きあうのの何が悪いの!?」

ダイヤ「鞠莉さん……果南さんを……責めないであげてください……」

鞠莉「……ダイヤ!?」


ダイヤの顔はもともと色白な肌から更に血の気が引いて蒼白になっていた。


ダイヤ「網元は……確かにそういうものなのです……あの黒塗りの車……みたでしょ?……あなたの言うところのジャパニーズマフィアかしら……ふふ」


ダイヤが自嘲気味に笑う。


鞠莉「そん……な……」

ダイヤ「わたくしが……意識的に目を逸らしていたことを……今、果南さんが言っているだけなの……」

果南「ダイヤ……」



……もっと話をちゃんと聞いてあげればよかった。

何が『言わなきゃわからない?』――だ

ちゃんと言葉にしないとダメだって、鞠莉と大喧嘩して、ついこの前思い知ったばっかりなのに、何も反省していない。


ダイヤ「でも……っ!!」

果南「……」

ダイヤ「千歌さんが好きなんです……っ」


ダイヤが苦しげに言葉を吐く


果南「ダイヤ……」

ダイヤ「千歌さんでわたくしの心がいっぱいなんです……っ……千歌さんがいない人生なんて……考えたくない……っ……」

果南「……」

ダイヤ「わたくし……こんなことなら……黒澤の子になんか……生まれたくなかった……っ……」


『黒澤の子になんか生まれたくなかった』

あのダイヤがそんなこと言うなんて……


果南「……ごめん……」


それくらい本気だったんだ……私が鈍くて気付いてなかっただけで……


鞠莉「ご、ごめん……ごめん、ダイヤ……わ、わたし……全然わかってなくて……」


気付いたら鞠莉も顔面蒼白でへたり込んでいた。

発破をかけてしまったことに責任を感じているのだろう。


果南「ダイヤ……鞠莉……荒々しいことしてごめん……」

鞠莉「……果南……」

ダイヤ「……いえ……っ……」

果南「……とりあえず、一旦落ち着けるところに行こう……えっと……」

鞠莉「り、理事長室……っ!!あそこなら私たち以外、誰も入れないから!!入れさせないからっ!!」


ダイヤの動揺も酷いけど、鞠莉も軽く錯乱気味だった。

――私のせいだけど……

でも、今自分を責めていてもしょうがない……


果南「とりあえず、理事長室に行こう……」


私たち3人はふらふらと理事長室へと歩き出した。





    *    *    *





部室内は空気が凍っていた。


梨子「千歌ちゃん……大丈夫?」

曜「千歌ちゃん……」

千歌「……」


リリーと曜が千歌の手をぎゅっと握って励ましている。

マリーは果南とダイヤを追いかけて飛び出して行ってしまったし、ルビィは俯いて固まっている。


善子「……なんか知らない間にとんでもないことになってる?」

花丸「……そうみたいだね」


どうやら私同様、蚊帳の外にいた、ずらまるが相槌を打つ。



善子「ねぇ、ずらまる」

花丸「……なんずら?」

善子「状況確認していい?」

花丸「……うん」


部室を見回して


善子「千歌とダイヤが付き合ってるって皆に言ったのよね」

花丸「うん」

善子「そしたら、果南が血相変えてダイヤを部室から連れ出して……それをマリーが追いかけて、千歌が顔面蒼白になってる。こういう感じ?」

花丸「……そうだね」

善子「……つまり、どういうこと?」


確認してもよく意味がわからない。

今、何が起こってるの?すると俯いて黙っていたルビィが


ルビィ「……ルビィがね……ルビィが言ったんだ……」


そう呟いた。


花丸「……ルビィちゃん……?……ルビィちゃんが……何を言ったの……?」


ずらまるが出来るだけ優しい口調でルビィに尋ねる。


ルビィ「お姉ちゃんは……お姉ちゃんの幸せを考えて欲しいって……」

善子「……どういうこと?」

ルビィ「……」


ルビィは再び黙り込む。

全然、話が進まない。


千歌「ルビィちゃん……」


気付いたら千歌がルビィの近くまで歩いてきていた。

その後ろでリリーと曜が心配そうにしている。


千歌「なにか知ってるなら……教えて……」

ルビィ「……ち、千歌ちゃん……」


ルビィは逡巡していたが……


千歌「お願い……っ!!」

ルビィ「……っ!!」


千歌に促されてぽつりぽつりと喋り始めた。


ルビィ「あ、あのね……お姉ちゃんって黒澤家の長女でしょ……?……16歳も過ぎた頃くらいからお姉ちゃん宛にお見合いの写真とかも家に届いてて……」

千歌「……。……あ、あはは……」


そこまで言って、千歌が笑い出した。


千歌「……あはは……あはははは……っ……」

梨子「ち、千歌ちゃん……っ」


リリーが千歌に駆け寄る。


善子「ルビィ、ストップ……もう大丈夫、なんとなくわかったから……」

ルビィ「ご、ごめん……」

花丸「ルビィちゃん……ルビィちゃんが謝ることじゃないよ……」


ずらまるがルビィの背中を撫でている。

千歌は――笑いながら泣いていた。


千歌「……あはは……っ……なにこれ……っ……なに……っ……どういうこと……っ……?」

梨子「……っ!!……千歌ちゃん、ごめん……っ……ごめんね……っ」


リリーが千歌を抱きしめる。


千歌「なんで梨子ちゃんが謝るの……っ……変だよ……っ……全部チカがやったことなのに……っ……ねぇ……っ」

梨子「ごめん……っ……ごめんね……っ」


なにこれ……地獄絵図じゃない……ふと顔をあげると曜と目が合った。


曜「善子ちゃん……」


……どうやら、今まともに動けそうなのが私と曜しかいないっぽい。

詳しい状況はわからないけど……どっちにしろほっとくわけにいかないし……

私は立ち上がって


善子「ずらまる……ちょっと皆のこと任せるわよ」


ぼろぼろな状態のルビィと千歌と……リリーのことを


花丸「うん……わかった」

善子「……曜、とりあえず3年生探すわよ」

曜「そうだね……」


二人で部室を飛び出した。




    *    *    *





善子「ねえ、曜」

曜「ん……?」


二人で生徒会室や3年生の教室を覗く道すがら

私はふと思ったことを尋ねる。


善子「つまり、千歌とダイヤは女同士だから交際してるってことがそもそも跡取り的に不味いって話よね?」

曜「うん……たぶん、そういうことだと思う」


私は眉根を顰めた。

それってここまで絶望的になることなのかと


善子「だって、その……ダイヤと千歌が……まあ……最終的にそうならなければ……ねぇ――」


言葉にしてみて、改めて明確に言うのは二人の心情を考えてからか、憚られた


曜「そうだね……二人がどこかで別れたり……ダイヤさんが誰か他の男の人と結婚すればいいことだとは私も思う……」


曜は私が濁したことをはっきり言った。


曜「でも……そう思えないくらい、二人は好きあってたってことじゃないかな……」

善子「……まあ、確かに最近距離近かったものね……千歌とダイヤ……」


逆にそれだけ真剣なら、あのダイヤがそのことを全く考えないで千歌と付き合い始めたなんてことあるだろうか?……いや、それはないでしょ。

つまり、ダイヤはどうにかする方法を思いついてた……とか?

……さっきの部室での地獄絵図を思い出して、それもなさそうだなと考え直す。


善子「最終的な部分は見切り発車なところがそっくりね……お似合いカップルじゃない」

曜「あはは……」


……さて、さっき覗いた生徒会室にはいなかった、道中も見かけなかったし、今到着した3年生の教室にも姿はない。


曜「じゃあ、理事長室かな……」

善子「マリーも見当たらないし、たぶんそうね……」


3年の教室から理事長室へと足を向ける。


曜「ねぇ善子ちゃん……」

善子「……何?」

曜「正直、どうしよっか……」

善子「……そうね」


私は足を止めずに相槌を打つ。


曜「お家の問題とかだと……私たちがどうこう出来る話でもないよね」

善子「……でも、あのままほっとくわけにはいかないでしょ?」

曜「……まあ、それは……」

善子「……このままじゃどうやってもBAD END直行じゃない。Aqours解散ルート不可避よ」

曜「そ、それは困る……」


でも、確かにどうすればいいのか見当も付かない。

千歌とダイヤに別れて貰って元にもどれって言う?

……いやそれこそ無理でしょ。


善子「ただ……不憫よね……」

曜「……そう……だね……」


生まれついた家のせいで……恋人と引き裂かれるなんて

そんなのまるで――本当にリトルデーモンじゃない……



    *    *    *





果南「ダイヤ……ごめん……」


驚いて勢いで連れ出してしまったとは言え、もっとうまいやり方があったんじゃないか

今更、後悔している自分がいる。


ダイヤ「いえ……遅かれ早かれ、ぶつかっていた問題……ですわ……。」

鞠莉「ダイヤ……もう逃げちゃおうよ……外国に逃げちゃえば……同姓婚が認められてる国とかにでも……」

果南「鞠莉……」


……そうは言うものの、ダイヤが家の責任から逃げられるなら最初から問題にはなっていない。

ダイヤも鞠莉と同じでロイヤルな環境で育った子だ

だけど、ダイヤと鞠莉とでは置かれている状況が正反対……それが鞠莉に家の重さとかに対する理解を遠ざけるのに拍車を掛けていたのかもしれない。

とりあえず……このまま、皆で落ち込んでいてもしょうがない。


果南「ダイヤ……」

ダイヤ「……なんでしょうか……?」

果南「その……さっき、どうにかするって言ってたけど……具体的に何か方法とか考えてたの……?」

ダイヤ「……えっと……わたくしが性転換するとか……」

果南「いやいや……」

ダイヤ「……黒澤の家を潰すとか……同姓婚が認められる社会を作るとか……」

果南「……」



恋は盲目だなぁ……。

でも、それくらい支離滅裂なことを考えざるを得ないくらいダイヤは追い詰められていたのかもしれない。

……困ったな。

一つ二つ考えが頭をよぎるけど……どうやっても『千歌とダイヤ』が二人揃って幸せになる方法が思いつかない。

頭を悩ませていると、理事長室のドアが急に開いた


鞠莉「だ、誰!?入室許可なんてまだ出して――」


動揺した鞠莉が闖入者に食って掛かりそうになって


善子「あ、えーと……ごめんなさい」

曜「よ、よーそろー……」

鞠莉「Oh...sorry.」


曜と善子と気付いて再び椅子に腰を降ろした。


善子「こっちもお通夜ムードね……」


こっちも……ね

改めて、放っておいてあげるべきだったと後悔する。

そんな私の様子を見かねてか――


善子「……はぁ……果南」

果南「……?な、なにかな……」


突然、善子が私を名指しで呼びかけた


善子「……自分が余計なこと言わなければ、家に引き離されるまでは二人は幸せでいられたのに……とか考えてるでしょ?」

果南「……」


善子にずばり心境を言い当てられる。


善子「私はそう思わないわ」

果南「……どうして?」

善子「一緒にいる時間が長ければ長いほど……無理やり引き裂かれたとき、心に強く傷が残るものよ」

果南「……まあ、それは……」


確かに……それはそうかもしれない。


善子「突然あんな剣幕でダイヤ連れ去ったのはあれだけど……もうしょうがないでしょ?……果南なりに考えて行動しただけ。そのことに関しては堕天使が許すからもう忘れなさい。」

果南「善子……うん……」

曜「とりあえず、9人もいるんだから一度みんな冷静になってどうするか考えよう?」


……善子と曜の言うとおりだ


曜「私たちさ、突然聞かされてびっくりはしてるけど……でも、千歌ちゃんにもダイヤさんにも幸せで居て欲しいって気持ちはAqoursみんな変わらないと思うからさ」

ダイヤ「曜さん……ごめんなさい……当事者のわたくしがこんなんじゃダメですわよね」


ダイヤは立ち上がって


ダイヤ「一度、部室に戻りましょう……」


そう言って歩き出した。

その背中には少しだけ、いつもの気迫が戻ってきている気がした。



    *    *    *





部室に戻ると……憔悴しきった千歌さんが梨子さんの胸の中でぐったりしていました。


ダイヤ「千歌さん……!!」

千歌「だ、ダイヤさん……」


声を掛けたら千歌さんは少しだけびくっとしたけど、わたくしの姿を確認するとぽろぽろ大粒の涙を零しはじめた


千歌「ダイヤさん……っ……」


わたくしは千歌さんを抱きしめる。……もう、泣かせないって誓ったのに……


ダイヤ「皆さん……お騒がせしてすいませんでした。」


わたくしは部室にいる皆を見回してから


ダイヤ「わたくしが……肝心なことをちゃんと言っていなかった結果、皆さんを混乱させてしまいました……」

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「……ですが……わたくしは千歌さんを愛しています……。……けれど、わたくし一人ではどうすればいいかがわからない……。……迷惑続きで申し訳ないですが……皆さんの知恵をお借り出来ないでしょうか……?」


わたくしは胸に千歌さんを抱いたまま、頭を下げる。


千歌「ダイヤさん……っ!!……チカも……チカもダイヤさんのこと愛してます……っ!!……一緒に、一緒にいたい……っ!!」


千歌さんがそれに呼応する。


梨子「私の考えが役に立つかわからないけど……もちろん、協力します。」

鞠莉「ダイヤ……!!私に出来ることなら、なんでもするから……!!」



背中を押してくれた二人が真っ先に名乗り出て


曜「もちろん!9人もいるんだから何か思いつくよ!」

善子「今更何言ってんのよ……仲間に遠慮しなくていいの。ほら、果南も」

果南「う、うん……私にも一緒に考えさせて……!!」


曜さんと善子さん……そして、さっき善子さんに激励された果南さんが


花丸「他ならぬ仲間のためずら……きっと何か解決策があるよ。……ね、ルビィちゃん」

ルビィ「……うん。……お姉ちゃんと千歌さんのために……。」


花丸さんと……そして、ルビィが……


ダイヤ「……皆さん……ありがとうございます……」

千歌「……みんな……ありがとう……」


仲間たちの応援と共に……わたくしと千歌さんは前に進む決意をしました。




    *    *    *





善子「とりあえず……別れるとか、家を無視するとか、逃げるってのはナシの方向で……その辺りのどれかしらを選ぶのは最後の手段にしましょう」


現状、最も冷静な善子さんに進行をお願いして、話を進める。

――とは言っても。


千歌「たぶん……お家の人と話をするしかないと思う……」


わたくしの隣で手をぎゅっと握ったまま、落ち着きを取り戻した、千歌さんが言う。


花丸「でも、千歌ちゃん……それはリスクが大きすぎるずら」

梨子「は、花丸ちゃん……」

千歌「梨子ちゃん……もう大丈夫だから……」


少し握る手の力が強くなった。


花丸「……最悪、今すぐ引き離される可能性もあるずら。」


わたくしが最も危惧して目を逸らしてきたことを花丸さんが指摘する。



果南「じゃあ、やっぱりギリギリまで粘って……」

善子「それは、さっき言ったでしょ?たぶん、いい結果を生まないわ」

果南「……うっ……でもさ」

千歌「それは、私も嫌だな……」

果南「千歌……」

千歌「ここまで隠してきたけど……やっぱり私……ダイヤさんと一緒にいることを否定されて生きていくのは嫌だよ……」

ダイヤ「千歌さん……」


千歌さんは……逃げないのですね……。わたくしも……最初から逃げてはいけなかったのですわ……。


曜「でも……現実的にどうするか……だよね」

鞠莉「や、やっぱり海外にでも……」

善子「マリー!それもナシって言ったでしょ!」

梨子「……私も駆け落ちはちょっと賛成しかねるかな……二人のこの先のことを考えても……」


どちらにしろ……それじゃ、完全に逃げただけで……何も変わりませんものね……

ですが……

皆で頭を悩ませても……一向に打開策が見つかりません……

ただただ、時間だけが過ぎていく……

やがて、最終下校時間が迫ってくる……。

ふと……一人だけほとんど喋ってない人間がいることに気付く



ダイヤ「……ルビィ?大丈夫ですか……?」

ルビィ「…………」


ルビィに問いかけるが反応がない。


ダイヤ「……ルビィ?」

ルビィ「……え、あ……うん……?」


再度問いかけると、かろうじて返事をした。


ダイヤ「……どうかしたのですか……?」

ルビィ「ううん……どうすればいいかなって考えてたら、ちょっとぼーっとしちゃってた……ごめんなさい……」

ダイヤ「い、いえ……」


わたくしたちのことで頭を悩ませているのですから、ルビィが謝るようなことではないですし……

そんなことを思っていると、ルビィは進行の善子さんに話題を振っていた。


ルビィ「ねえ、善子ちゃん……」

善子「……なに?」

ルビィ「とりあえず、今日はお開きにしない……?」

善子「……は?」


ルビィを時計を指差して


ルビィ「もう下校時間になっちゃうし……こんなこと外で話すわけにもいかないでしょ……?」

善子「……まあ、それはそうだけど……」

ルビィ「すぐにどうかなっちゃうわけじゃないんだし……今日は一旦帰って、また考えればいいんじゃないかな……」

花丸「ルビィちゃん……?」


ルビィらしかぬ発言に皆がルビィを訝しげに見る。


ルビィ「……ぅゅ……そんなに見られても困っちゃうな……」

善子「……。……まあ、確かにこれ以上話あってても埒があかないし……一旦クールダウンする意味でもいいのかもしれないわね……」

花丸「……。……そうだね。マルも一旦休んだ方がいいと妙案が浮かぶ気がするずら。」

ルビィ「……だから、ね?」

ダイヤ「……は、はい……」


半ば強引にルビィが場を解散させる。

善子さんと花丸さんが帰り支度を始めると、皆も釣られて帰り支度を始めた。

そのとき、ブルルっとポケットで携帯が震えた……

……なんでしょう。……携帯を開くと……とある人からメールが届いていました。





    *    *    *





善子「ねえ、ずらまる」

花丸「……」

善子「私、解決策一個……思いついたっていうか……わかったんだけど……」

花丸「言わなくていいずら……」

善子「……そう」

花丸「……」

善子「いいの……?」

花丸「……」

善子「……そっか、わかった。」



    *    *    *





ダイヤ「……どうしたの、こんなところに呼び出すなんて……?」


メールでわたくしを呼び出した張本人に声を掛ける。


ダイヤ「ルビィ……?」


生徒会室でルビィは窓の外を見て待っていた。


ルビィ「……あのね、お姉ちゃん。」


ルビィはこっちを振り返らずに話し始めた。


ルビィ「お姉ちゃんはずっとルビィの憧れだったんだ。……でもいっつもいろんなこと我慢して、自分のやりたいこと出来なくても、黒澤の娘だからって言って、頑張ってたことルビィ知ってるんだよ。ルビィが一番近くで見てきたから……」

ダイヤ「……ルビィ?」

ルビィ「だからね……お姉ちゃんが千歌ちゃんのこと好きになって……お姉ちゃんが自分の為にわがままになって……実はちょっと安心したんだ……。」

ダイヤ「……」


ルビィ……そんなことを考えていたのですね……


ルビィ「……千歌ちゃんと一緒にいるようになって、お姉ちゃんが幸せそうで……ルビィすっごく嬉しかったんだ……。でも、お姉ちゃんは黒澤家の長女で……これからもその責任と向き合ってかなきゃいけないんだよね……」

ダイヤ「……そうね……でもそれも黒澤の娘に生まれた以上……仕様のないことですわ……。」



そう……これは仕様のないこと……


ルビィ「……でも、でもね……。……諦めないで……欲しいな……」

ダイヤ「……え?」

ルビィ「……あんなに幸せそうなお姉ちゃん……生まれて初めて見たから……。ルビィは……恋とかしたことないからわからないけど……お姉ちゃんはすっごく大切な人と巡り合えたんだなってわかるくらい……お姉ちゃんは千歌ちゃんといるとき幸せそうだったから。」


ルビィはくるりと振り返って


ルビィ「……諦めないで」


妹からの激励


ダイヤ「……はい、諦めませんわ……」

ルビィ「……うんっ」


ルビィはとててとわたくしの傍に小走りで近付いて


ルビィ「今日は千歌ちゃんのお家に泊まってあげて?」


そう言った


ダイヤ「……え?」

ルビィ「千歌ちゃん……お姉ちゃんと別れなきゃいけないかもってなったとき……すごい落ち込んでたから……。きっと今も不安だろうし、お姉ちゃんの傍にいたいと思ってるから……ね?」

ダイヤ「……そ、そうですか……」

ルビィ「うんっ お父さんとお母さんにはルビィから伝えておくから!」


わたくしの横を通り過ぎてルビィは……


ルビィ「じゃあね、お姉ちゃんっ」


そう言って帰って行きました。



    *    *    *





千歌「あれ……ダイヤさん……」


十千万旅館の入り口で先に帰った千歌さんと鉢合わせました。


ダイヤ「あの……今日、千歌さんの部屋に泊まってもよろしいでしょうか……?」

千歌「……!!……う、うん!!……泊まっていって!!」


ぎゅっと腕に抱きつかれる。……もう放さないとでもいわんばかりに。


ダイヤ「あ、い、いきなり大丈夫でしょうか……?」

千歌「平気だよ!梨子ちゃんとか曜ちゃんとか突発で泊まったりとか結構してるから!」


そのまま部屋に案内される。

見慣れた千歌さんの部屋……

落ち着く千歌さんの匂いに包まれているこの部屋……

――突然……千歌さんが抱きついてきた。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」


胸に顔をうずめたまま喋る千歌さんに優しく返事をする



千歌「ダイヤさん……好き」

ダイヤ「はい……わたくしも好きですわ……」

千歌「好き……好き好き好き……大好き……」

ダイヤ「……千歌さん……。……はい……」

千歌「好き……大好き……何度言っても……足りないよ……」

ダイヤ「……はい」

千歌「それくらい……それくらい、すっごくすっごく大好き……何があっても……離れたくない……」

ダイヤ「……はい……わたくしもおんなじ気持ちですわ……」

千歌「ダイヤさん……んっ」


突然唇を塞がれる。


千歌「ぷはっ……キスも全然足りない……ダイヤさんとやりたいことも……一緒に行きたい場所もいっぱいいっぱいある……っ」

ダイヤ「……はい……っ」

千歌「チカに出来ることなら……っ……なんでもするから……っ……だから……っ……だから……っ……ずっと一緒に居てください……っ……」

ダイヤ「……はい……もちろんですわ……っ……」


最初はただ五月蝿い人だと思っていた。

スクールアイドル部の承認を断ったあの日から……

何度も意見を戦わせて……Aqoursとして仲間になって……

そして……恋人になった。

出会ったときは考えもしなかったけれど……今では千歌さん以外なんて考えられないくらい……かけがえのない人……

わたくしの大切な人……



    *    *    *





ベッドに二人で包まる。

ちょっと窮屈だけど……ダイヤさんと密着できるからこれはこれで嬉しい……えへへ


千歌「ダイヤさん……起きてる……?」

ダイヤ「……起きてますわ」

千歌「ダイヤさん……愛してます……」

ダイヤ「ええ……わたくしも愛してますわ……」


ダイヤさんの胸に顔をうずめる


ダイヤ「きゃっ……もう……」

千歌「……えへへ、ダイヤさんの匂い……」

ダイヤ「……千歌さん……」


最初はただ頭が固い人だと思っていた。

スクールアイドル部の承認を断られたあの日から……

その後、体育館で見た美しい舞に心奪われ……Aqoursとして仲間になって……

そして……恋人になった。

出会ったときは想像もしてなかったけど……今はダイヤさん以外なんて考えられないよ……それくらい、かけがえのない人……

わたしの大切な人……



    *    *    *





「……いつまでそうしている」

「……認めてもらうまで……」

「…………早く部屋に戻って寝なさい。もう遅い」

「……じゃあ、認めてください。」

「…………」

「…………」





    *    *    *





ダイヤ「千歌さん……本気ですか……?」

千歌「うん……本気かな……」


やっぱり、ちゃんと話して納得してもらおう

千歌さんはそう言いました。


千歌「……私たちが一緒にいることは誰かに恥じることじゃないです。」


千歌さんは真っ直ぐな瞳でそう言い放ちました。


ダイヤ「……千歌さん」

千歌「……こんなに誰かを想う気持ち……大切な気持ち……それをちゃんとわかって納得してもらうために……」

ダイヤ「……」

千歌「確かに普通とはちょっと形が違うのかもしれないけど……チカがダイヤさんを想う気持ちは本物だって胸を張って言えるから……ダイヤさんは?」

ダイヤ「……わたくしも……千歌さんを想う気持ちは誰にも負けないつもりですわ……もちろん千歌さんにだって」

千歌「えー?チカがダイヤさんを想う気持ちの方が強いからっ」

ダイヤ「いいえ、わたくしの方が強いですわっ」

千歌「……ふふ」

ダイヤ「……うふふ」


二人して、自然と笑い合う


千歌「ダイヤさん……行きましょう」

ダイヤ「ええ……貴方となら……何処へでも」



    *    *    *





黒澤家の門扉をくぐる

千歌さんとぎゅっと手を繋いだまま……


ダイヤ「千歌さん……心の準備はよろしいですか?」

千歌「……はい。……いつでも」

ダイヤ「……それじゃ、行きましょう――」


家に入ろうとした、瞬間だった


「……いい加減にしろっ!!」


怒声が家中に響き渡った


千歌「い、今のは……?」

ダイヤ「お父様の声……!?」


「……跡はダイヤに継がせると何度も言っているだろう……ルビィ、お前に跡を継がせるつもりはない!!」

ダイヤ「え……」

千歌「……!!……ダイヤさん!!行こう!!」

ダイヤ「は、はい……!!」



    *    *    *





お父様の部屋の前では……ルビィが土下座していた。


黒澤父「……いつまでそうしているつもりだっ!!」

ルビィ「昨日の晩に言ったとおり……認めてもらうまでです。」

黒澤父「何度、言われても答えは変わらん……!!……ダイヤ……?」


お父様と目が合う。

それと同時にわたくしの隣にいる千歌さんの姿を認めると


黒澤父「……君は誰だ?」


そう言う。

千歌さんは一歩前に出て、切り出した


千歌「……初めまして。黒澤ダイヤさんとお付き合いさせて頂いております。高海千歌と申します。」

黒澤父「――」


父が今まで見たことのないような表情をしていた

そして……


黒澤父「そうか……だから、ルビィはこんな真似をしているのか……」

ダイヤ「お父様……突然で申し訳ないのですが……。わたくし、こちらの高海千歌さんと交際させていただいておりますの……。本日はそれを認めて貰いに伺いました……。」

黒澤父「姉妹揃ってふざけるのもいい加減にしろ……」

ルビィ「お父さん」



ルビィは頭を下げたまま、話始めた――


ルビィ「お姉ちゃんは……ずっと黒澤家の跡継ぎのために努力し続けてきました。ルビィとは出来が全然違うのもわかってます。それでも……お姉ちゃんがこの家のためにいろんなものを、いろんな時間を犠牲にするのを見てきて……。努力して、積み重ねて、我慢して、我慢して、我慢して……それでも、そういう積み重ねよりも大切って思える誰かに出会えたことを否定しないであげてください。」

ダイヤ「……ルビィ」

ルビィ「お父さん……お姉ちゃん、千歌ちゃんといるとき……すっごく幸せそうなんだよ?……ルビィはね、こんなに幸せな恋、出来る自信がなくなっちゃうくらい、それくらい幸せそうなんだよ……」

千歌「ルビィちゃん……」

ルビィ「……足りてないのもわかってます。今から死ぬ気で頑張ります……。黒澤の跡はルビィが立派に継いで見せます……。だから……だから……お姉ちゃんの幸せを奪わないでください……」

黒澤父「……」

ルビィ「お父さんも……お姉ちゃんの幸せを願ってくれてるなら……。黒澤家の跡継ぎとしての幸せだけじゃなくて……自由に一人の女の子として生きる幸せもあげてください……。ルビィは……もう十分その幸せを貰ったから……お姉ちゃんにもその自由をあげてください……」


ルビィは終始頭を下げたまま


ルビィ「お願いします」


懇願を続けた


黒澤父「……姉妹揃って、その頑固さ……誰に似たんだろうな。」


そう言って


黒澤父「……もう二人とも好きにしなさい。ただ、黒澤の跡はどちらかにちゃんと継いで貰うからな……」


部屋に戻っていった。


ルビィ「……はい」


わたくしはルビィに駆け寄る



ダイヤ「ルビィ……」

ルビィ「お姉ちゃん……ルビィ、頑張ったよ」

ダイヤ「ええ……ええ……ありがとう……ありがとう、ルビィ……」


ぎゅっと妹を抱きしめて……わたくしには何も言わずに一人で戦ってくれたルビィに何度もお礼を言いました。

……いつまでも、子供だと思っていたのに……気付いたらわたくし追い抜かされていたのかもしれません……


ルビィ「千歌ちゃん……」

千歌「なに……?」

ルビィ「お姉ちゃんのこと……よろしくね」

千歌「うん……!!うん……!!」


わたくしたちの戦いは……こうして予想外の形で終わりを迎えることと相成りました。



    *    *    *





――後日談。


梨子「じゃあ……ルビィちゃんは今、次期跡継ぎ候補として頑張ってるんだね」


放課後の部室……そこには黒澤姉妹を除く7人がいました。


善子「……まあ、そういうことね。……ずらまる」

花丸「……なんずらか」

善子「……そう、むくれないの」


花丸ちゃんが珍しく善子ちゃんに嗜められていた。


花丸「別に……むくれてないずら……」


むぅーっと花丸ちゃんが不機嫌そうに顔を背ける。


花丸「ただ、ちょーっと……ルビィちゃんが『今は花丸ちゃんと一緒にいると甘えちゃうから……少しだけ見守ってて』とか言うから寂しいだけ……ずら」

善子「……まあ、元気出しなさいよ」


善子ちゃんが花丸ちゃんの肩を叩いた。


果南「……でも、そっか……考えてみれば、ルビィも黒澤の娘だもんね……」

曜「なら、もちろん跡継ぎの資格はあるもんね」

果南「なんか勝手なイメージでダイヤが跡継がなくちゃいけないんだ……なんて思い込んでて……私今回は空回りしてたね……」


果南ちゃんが少し自嘲気味に言う



善子「果南?その話はもう堕天使が許したって言ったでしょ?」

果南「あー……そうだった」

鞠莉「今考えると……ダイヤはこのこと……考えてたのかな?」


……鞠莉ちゃんの疑問。……私は半分正解、半分間違い……だと思った。


千歌「……たぶん、ダイヤさん……自分がいなくなったら、自動的にルビィちゃんが跡を継がざるを得なくなるってわかってたから……逃げたり、家を無視するってことを拒んでたんだと思う」


それはずっと自分を縛り付けてきたものを……妹に負わせたくなかったから……だと思う。


曜「……とにもかくにも、とりあえず問題が一段落したみたいで安心したかな。」


曜ちゃんがそう言う。

今回は完全に巻き込まれてただけだもんね。

随分心配を掛けてしまったなって思う。


梨子「……でも、本番はこれからだもんね」


梨子ちゃんの言葉に私は頷く


千歌「……うん。これから……いろんな人に認めてもらうために……ダイヤさんと一緒にいるために……私も頑張らなきゃ……ね」

曜「千歌ちゃん……ちょっと大人っぽくなったね」


曜ちゃんがなんだか少し寂しそうに言った


千歌「え?……そ、そうかな……?」


自分ではよくわからないけど……


梨子「……恋は人を盲目にするけど……それと同時に……人を成長させるものなんじゃないかな……」



梨子ちゃんの言葉に皆が頷いた。

……私もダイヤさんと一緒に居て、少しは成長できたってことかな?

そんな話をしていると……次期跡継ぎ――兼生徒会長候補のルビィちゃん部室に顔を出した。


ルビィ「皆、遅れてごめんなさい……」

善子「生徒会の仕事なんでしょ?気にすることないわ……ね、ずらまる」

花丸「……ずら」


さっきから善子ちゃんが花丸ちゃんに話題を振り続けてるのはルビィちゃんとの距離感をちゃんと測り続けて欲しいからなんだろうね……


ルビィ「花丸ちゃん……ごめんね。もうちょっと……もうちょっと頑張らせて」

花丸「……寂しいけど……マルはルビィちゃんの味方ずら」

ルビィ「うん……ありがとう……花丸ちゃん」


ルビィちゃんはあれからすごく頑張っている。

Aqoursの活動は今まで通りこなしてるし、前よりも数段にお琴や日舞、華道と言ったお稽古事に時間を割いて

更に自分から生徒会に立候補して、毎日ダイヤさんから指導を受けている様子だった。


ルビィ「それよりも千歌ちゃん」

千歌「ん?」

ルビィ「お姉ちゃんから伝言……体育館で待ってて欲しいって」

千歌「え、うん……わかった」


……なんだろ?……待ってて欲しいって言われてもすぐそこだけど……



果南「……さて、じゃあ私たちは先に練習いこっかー」

鞠莉「オジャマムシは退散退散~」

曜「千歌ちゃん!頑張ってくださいであります!」

梨子「……何を頑張るの……でも、ダイヤさんとの時間……大切にね」

善子「……まあ、今更言わなくても大事にしてるだろうけどね……千歌なら。……ほら、ずらまるも行くわよ」

花丸「……いちいち、名指ししなくてもいくずら……ルビィちゃんもいこ」


皆が口々に言いながら部室を出て行く


ルビィ「うんっ」


私は最後に出て行くルビィちゃんに声を掛けた


千歌「ルビィちゃん!」

ルビィ「ぅゅ?」

千歌「……その……ありがとう……本当に……ありがとうね……」

ルビィ「……ううん……こちらこそ、お姉ちゃんと一緒に居てくれて……ありがとう」


そう言って、微笑むルビィちゃん……その笑顔はダイヤさんにそっくりだった。



    *    *    *





千歌「体育館で待つって……ここに居ればいいのかな」


私は一人ぽつーんと体育館の中心でステージを見つめている。


千歌「……あ」


程なくして……ステージの上にダイヤさんが現れた――着物姿で


ダイヤ「……千歌さん」

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「いつぞやの約束……本番の舞台とは少し違いますが……今日は貴方だけの為に……舞わせていただきますわ」

千歌「……はい」

ダイヤ「それでは……ご覧あそばせ」



――しゃなり


――しゃなりと


美しい舞を見て……あの日、私――高海千歌は生まれて初めての恋をした。


――しゃなりしゃなりと


あのときと同じ西日差す体育館で――今は恋人として


その美しい舞を目に焼き付けて……もっと、もっとダイヤさんを好きになって……


これからも……大切な人と一緒に成長していける喜びを感じながら……想いながら……


今までの人生で見た中でも最も美しい舞いを見つめながら――私たちの恋は続いていく。





<終>

終わりです。お目汚し失礼しました。

こちら過去作です。

よろしければ、こちらも見ていただけると幸いです。

ダイヤ「もう一人の妹?」 ルビィ「もう一人のお姉ちゃん?
ダイヤ「もう一人の妹?」 ルビィ「もう一人のお姉ちゃん?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1490808858/)

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