午後二時、うちの事務所の会議室。
打ち合わせの終了予定時刻から既に一時間が経過した。
よその事務所との合同ライブということもあって、念入りに念入りに確認作業は行われる。
「もう分かってるって」と言い出したくなる気持ちをぐっ、と堪えて背筋を伸ばす。
それと同時に、私のお腹が音を上げた。
会議室内のたくさんの目がいっせいにこっちを向く。
顔から火が出そうだ。
「あっはっは、すいません。腹減っちゃって」
そんなとき、隣で一緒に話を聞いていたプロデューサーが大きな声でそう言った。
あれ?
私、助けられた?
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*
私のお腹が鳴いた事件によって、みんなも空腹に気付いたのか、会議のテンポは上がり、二十分としないうちに予定していた全ての確認作業が終わった。
それはそれでどうなんだろう、と思わなくはないけれど、まぁいいか。
うちの事務所の偉い人達と一緒に、よその事務所の人達をお見送りして、私も晴れて自由の身となる。
会議室に戻ると、プロデューサーは他の社員さん達と一緒に、出していたお水やらプロジェクターやらの片付けに追われていた。
「お疲れ様。……その、ありがとね」
「ナイスアシストだっただろ?」
「まぁ……うん。でも、怒られなかった?」
「なんか、『渋谷さんに免じて、不問とする』とか言ってたよ」
「ばれちゃってたんだ……」
「あの人、耳だけはいいからなぁ」
プロデューサーが小声でそう言うと、部屋の最後方から「なんか言ったか!」と声が飛んでくる。
それみたかことか、と言いたげな表情で「だろ?」と言うプロデューサーに「ほんとだ」と返した。
*
「いやー、やっと片付け終わったよ」
「これだけ広い会議室だと、片付けも大変だね」
「ほんとに。ってか、凛は帰っても良かったのに」
「助けてもらったお礼。人出は多い方がいいでしょ?」
「じゃあ、お礼のお礼だ」
「え、何?」
「メシ、食いに行こうか」
「行く」
「んじゃあ、とりあえず駐車場行くかー」
「いつもの?」
「いや、俺の」
「あれ。もう帰るんだ」
「もともと休日出勤だし」
「それは、その。お疲れ様です」
「いえいえ」
そんな気の抜けたやりとりの後、二人してくすくす笑った。
*
「で、何食べたい?」
そういえば、決めてなかった。
お腹は空いてるけど、空いてるからこそ、これと言って食べたいものが思い浮かばない。
お肉……はさすがにこの時間からだとヘビーかなぁ。
お寿司……はちょっとなんでもない日にはねだりにくいし……。
中華って気分でもないし、かといってイタリアンって気もしない。
頭の中で色んな料理がぐるぐると回る。
「……おそば?」
出てきたものは、何故か疑問形だった。
「お。珍しいリクエストだな。また、なんで?」
「んー。なんとなく?」
「そば、いいね。行こうか」
「別に私に合わせることないよ? あくまで案だし」
「といっても、他に何も思い浮かばないしなぁ」
「プロデューサーは食べたい物とか、ないの?」
私がそう言うと、プロデューサーはさっきの私の真似をして、「んー」などと言いながら考え込むふりをする。
「……おそば?」
「プロデューサー」
「ごめん」
*
プロデューサーの車に揺られること、数分。
事務所の近くのおそば屋さんに到着した。
もうお昼の時間からはかなりずれていたから、お客さんもまばらだ。
お店に入って、席に通され、間もなくお冷とおしぼりが運ばれてくる。
おしぼりで手を拭いて、お冷にひとくち口をつけると、すきっ腹にきーんと染みた。
「さて、何食べる?」
「何、っておそばじゃないの?」
「そりゃそうか。温かいの? 冷たいの?」
「冷たいの」
「じゃあざるそばだ」
「うん。プロデューサーは?」
「一緒。店員さん呼ぶぞ?」
「うん」
私の返事を聞くと、プロデューサーはすぐさま厨房に向かって「すいませーん」と声を投げる。
すると厨房から、ちゃきちゃきしたおばさんが出てきたので、プロデューサーは手でぴーすして「ざるそば二つ」と言った。
「以上でよろしかったですか?」
「あ。てんぷら、食べる?」
「え。どうしよ……食べる」
「何にする?」
「えび」
「じゃあえび二つ」
「はい、かしこまりましたー」
注文をとり終えると、おばさんはまたちゃきちゃき厨房に戻って、大きな声でオーダーを伝える。
「ざるそばふたーつ!!」
プロデューサーはそれを聞いて、「あのおばちゃん元気だなぁ」とこぼした。
*
少しして、ざるそばと大きなえびのてんぷらを乗せたお盆がやってきた。
二つ揃うのを待って、一緒に「いただきます」をする。
ぱきん、と箸を割って、ざるのおそばをめんつゆにつけて、口元に運び、一気にすする。
おそばのいい香りがふわっと鼻をくすぐったかと思えば、つるつるーっとのどごし良く食道を駆けていく。
「おいしい」
口から出た言葉は無意識だった。
「やっぱりお腹空いてるときに食べるものは、格別だなぁ」
「ね。でも、このおそば、ほんとにおいしいよ」
「てんぷらもさくさくでおいしいぞ」
言われて、箸で大きなえびのてんぷらを掴むと、ずしっとした重量を感じた。
ちょんちょん、とめんつゆにつけて、口を開けてかぶりつく。
ひとくち、またひとくちと、かぶりつく度にさくっ、という小気味良い音と共にぷりぷりのえびを堪能した。
*
みるみるうちに、ざるの上のおそばはなくなり、私もプロデューサーもすごい速さで完食した。
「ふー。なんだかんだ、お腹いっぱい食べちゃったな」
「こんな時間なのにね」
「それは言いっこなし」
「それもそっか」
またしても二人して、くすくす笑い合った。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「そうだね」
そうして、手と声を合わせて「ごちそうさまでした」をした。
お腹も胸もいっぱい。
そんな心持ちだった。
おわり
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