遊佐こずえ「みっつのねがいごと」 (186)

アイドルマスター シンデレラガールズのSSです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1468849540



 あなたの目に私はどう映っていますか?



こずえ「……」

こずえ「……」

こずえ「………ふわぁ………おっきいおとー」


遊佐こずえ(11)

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亜子「土屋亜子、到着ぅ~! ……ありゃりゃ、談話室だれもおらへんやん」


土屋亜子(15)

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こずえ「……ふわぁ……あなた、だぁれぇー?」

亜子「亜子やでぼん。いずれ皆と一緒に天下を取るアイドルや、覚えといてーな」

こずえ「……あいどるって……なぁにー?」

亜子「しもたー、そこからかー。アイドルはな、人を笑顔にするんがお仕事。
  ほんなら先ずは飴ちゃん食べよか。茶ーしばくでー」

こずえ「ぶつのー? どうしてー」

亜子「ああ、ちゃうねん。しばくいうんは、一緒にやりまひょてなわけや。
  気をつけないと変な訛りがでちゃうわね」

こずえ「あめちゃん……しばくぞー」

亜子「せやでー、亜子姉ーちゃん怖わないけんなー。
  ぶつんは演説だけだから。トチったら全力で笑いに転がしていかんとな」

こずえ「……あことー……いっしょにおててつなぐぅー。
   おててつないで……どこいくのー」

亜子「そこなソファーまで、お話しーしょぉか。ぼんちどこ来たん」

こずえ「がにめでー」

亜子「ガニメデかー。ちょちアタシにぃはむつかしいな~。
  お姉ーちゃんは土屋亜子、静岡から来たってん。こうバスでなプっープっーいうて」

こずえ「……こずえはねー……ここじゃないところからー……きたんだってぇ」

亜子「そやろなー、アタシら初めておうたさかいな。
  じゃなこずえのお家はー、どんなお家や。教えてーな」

こずえ「がにめでー」

亜子「ガニメデかー」

こずえ「こずえはねー……うちゅうなのー」

亜子「そか、こずえは宇宙さんとこのお子なんやねんな。おトンかおカンはどこね」

こずえ「こずえねー……うちゅうで、まいごー……。
   でも、ぴかぴかしてるからー……みつけてくれるのー……。えへへー……」


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亜子「あかん!」(アカン!)

こずえ「あかんー?」

亜子(これ仁奈ちゃん時と同じで、事務所が保護したガチの放置子やんか。
  親に見捨てられたのを、迷子だって思ってる。不憫やわー)


亜子「こずえちゃん。おままごとしよか」

こずえ「しばくぞー」

亜子「お店屋さんやろう。家内安全、商売繁盛、一攫千金!
  いろんなお客さん来るからきっと楽しいよ」

こずえ「こずえはなんでもできるよー?
   あいすくりーむのぽーず…………………………うごくのー」

亜子「こずえちゃんの好きなアイス屋さんにしよう。
  アタシがお客さんやるから、こずえちゃんは店員さんね」

こずえ「えへー……こずえー……あいすくりーむ……だいすきー……。
  あこは……あいどる? おきゃくさん……どっちー……」

亜子「アイドルになってなかったら、商売人になってたかなー?
  それじゃまず、お客のアタシがお店にやってくる場面」

こずえ「たべるのー……? たべろなのー」

亜子「それだとお客さんは帰っちゃうぞー。いつだって笑顔は大盤振る舞いせな。
  これからみっつだけ教えるから、順番どおりに声かけてね」

こずえ「みっつだけ……こずえ……まちがえたのー……」

亜子「お客さんは何を食べるか考えています。
  だからお手伝いしましょうか?」

こずえ「おてつだい……するぅー?」

亜子「お客さんは値段が気になります。
  だから高いのと安いのがあります」

こずえ「たかいのとー……やすいのー?」

亜子「最後にお客さんは味が知りたいです。
  だからどれでも皆同じくらい美味しいですよ」

こずえ「どれでもみんな……おんなじー」

亜子「うん、うん、良いカンジだよっ! 大繁盛間違い無し。
  お客さんイッパイ来てもらわないと!」

亜子「ンつ、んんっあー、あー。うぉっほん。
  ナツイなー。なんかこう甘いもん食べたいなー」

こずえ「あめちゃん……しばくぞー」

亜子「そうそう、昔から泉が何時もアタシにそうやって飴くれたんよ。
  だからこそアタシも飴を配って歩く飴職人の道を目指して、ってあかーん!」

こずえ「あかんー?」

亜子「こずえはやさしーなー。でもね御代はきちんと受けとらなきゃいけないの。
  春夏冬は明朗会計。何時もニコニコ現金払いが王道ね」

こずえ「こずえ……まちがえたのー……あかんー」

亜子「次行ってみよーっ!!」

亜子「ンつ、んんっあー、あー。うぉっほん。
  ナツイなー。なんかこう甘うて冷たいもん食べたいなー」

こずえ「おてつだい……するぅー?」

亜子「おお! こらまたべっぴんさんの呼び込みやな。期待できそうや。
  お穣ちゃん、いくらでもこうたるでー。なんぼや」

こずえ「どれでもみんな……おんなじー」

亜子「これお高いやつでしょ? いやータダのアイスは美味しいね♪ ってあかーん!」

こずえ「あかんー?」

亜子「こずえは気前がええなー。でもね御代はきちんと受けとらきゃいけないの。
  仏さんの目ぇで見れば値段はないも同じやろが、どんぶり勘定はアカン。
  安く買って高く売る! 基本ね。世の中銭よ!」

こずえ「こずえ……まちがえたのー……あかんー」

亜子「次行ってみよーっ!!」

亜子「ンつ、んんっあー、あー。うぉっほん。
  ナツイなー。なんかこう甘うて冷とうて幸せになれるもん食べたいなー」

こずえ「あいすくりーむのぽーず…………………………おてつだい……するぅー?」

亜子「おお! こらまたべっぴんさんの呼び込みやな。期待できそうや。
  お穣ちゃん、いくらでもこうたるでー。なんぼや」

こずえ「たかいのとー……やすいのー?」

亜子「高いんが良さげやけど、安いんも捨てがたい。
  お穣ちゃんのオススメはどないや?」

こずえ「どれでもみんな……おんなじー」

亜子「ほなそれで決まりや。好きなんつめてーな」


亜子「バッチグーよこずえちゃん。これならアタシ毎日通っちゃう」

こずえ「おてつだいいらないのー……これー……こずえのおしごとだからー」

亜子「独りで出来るのは立派だけど、アタシはそれだと嫌かなー。
  お手伝いはいないより、あった方がいいじゃない?」

こずえ「……あこー、おてつだいたのしいー? ……たのしいねー……おてつだいー……。
   あこはー……あこをー……おてつだいしたかったんだよねー」

亜子「あーうん、ごめんな。アタシの我侭に付き合わせてもうて。
  アタシは寂しがりやだから、アタシが小さい時はこんな風に遊んで欲しかったかなーって」

こずえ「ふわぁ……あこー……おかねと……ずっといっしょー……。
   おしごといくのもー……おやすみするのも……いっしょなのー」

亜子「小銭の重みは幸せの重みなの。アタシが誰かに必要とされた証だから。
  お金で幸せは買えなくても、無いよりあった方がいいじゃない?」

こずえ「こずえはおかねがなくても……なんでもできるよー?
   あいどるのぽーず……あこ……まちがえたのー……あかんー」

亜子「いやー、お手上げ! 先のこと考えすぎたわ。
  こずえの言うとおり、やっぱりアタシじゃアイドルには向いてないのかもしれないなぁ」

こずえ「おてつだい……するぅー?
   あこのおしごとはー……おしまいー……」

亜子「んっ、ハンセーしました。
  アタシ、ちょっと結果を焦り過ぎてた。だけどもう少し頑張るわ!
  タイムイズマニー! そうマニーは目的じゃなくて、夢のために必要だから」

こずえ「……かえる」

亜子「えっ、お迎え来たのかな? でもここじゃ車来たかは見えないし。
  まってて、外へアタシが確かめに行くから」

こずえ「おてつだいいらないのー……。
   あこはすきだからー……おしえてあげるのー……えへへー」

亜子「そか、アタシもこずえちゃんを好きだよ。
  一緒に遊んでくれてありがとね。でもほんまに独りで大丈夫?」

こずえ「あこはなんでもできるよー?」

亜子(心配なのはこずえちゃんの事なんだけどなー。
  でもここで粘ったらまたおせっかいやし……ええい出たとこ勝負や)

こずえ「……あことー……いっしょにおててつなぐぅー。
   おててつないで……どこいくのー」

亜子「こずえのお家まで。きちんと大人に引き合わせるから。
  こう見えてもアタシは義理堅いのよ」

こずえ「えうろぱー」

亜子「エウロパかー。ちょちアタシにぃはむつかしいな~。
  ガニメデ違うんか?」

こずえ「がにめでー……いおー……えうろぱー……。
   どれでもみんな……おんなじー」

亜子「あー、なんや聞き覚えあったわ。理科の時間で習ったやつね。
  うちゅうさんなだけに、お家に宇宙が一杯あるんだー」

こずえ「うちゅう……ここもうちゅうー?
   ほんものじゃないのー……こずえはー?」

亜子「こずえはアイドルね。アタシと同じ。
  この事務所にいる皆はね、アイドルを目指してがんばっているから」

こずえ「こずえ……あいどるー……あこ……あいどるー……。
   どれでもみんな……おんなじー」

――――


亜子「Pちゃん大事な話って何?
  また職務質問からの身元の引き受け? いややなーもう、ホンの茶目っ気だし」

亜子「うんうん、アタシがおねだりする時はきちんと奢ってってお願いするからさー。
  商売? お仕事のお話? Pちゃんそれナイス! いいとこ目つけたわー。
  任しといて。もぎりでも握手会の列整備でも、なんだもやるから」

亜子「ああうん、やっぱりねー。下積みは大事だと心を入れ替えたのよ。
  ごめんね、今までさんざかしデビュー迫ってもうて。Pちゃんのせいにしてちゃいけないよね。
  でもさアタシらの友情はこんなもんじゃ壊れないよね。なんて……んふふ」

亜子「あこ☆えみ!? 難波笑美先輩とコンビを組んでデビュー!!!
  ホンマ? ホンマにホンマ? えっと嘘、これってドッキリ!?
  なんでアレもコレも失敗しちゃったのに―――」

亜子「あんがと。あんがとなPちゃん。アタシ頑張るから。
  Pちゃんに楽させる為にもがっぽり稼いで見せるから」

亜子「ギャラは―――現物支給。ライブチケットの買取とか?
  ふんふん、アンテナショップで地域の特産品を対面販売。
  すごいやんPちゃん、愛してる。それってアタシにうってつけのお仕事だよね」

亜子「ガンガン稼ぐよ! アカン……にやけ顔が治らん。
  こんなだらしない顔できるのはPちゃんの前だけって、何いわせるんや恥ずかしい」






亜子「えっ! 故郷大阪名物の冷凍たこ焼きをピーアール……」




亜子「いや大阪行ったことはないねん……ないです、はい。
  はい、そうです。親が関西の出身なだけでして……はい、はい。
  ごめんなさい……生まれは静岡なんです。そうです……静岡です……」


亜子「……まぁいい感じの力加減って難しいよね。
  急いては事を仕損じるってことかな、Pちゃんっ!」



亜子「ほら立って、笑顔笑顔やてー。
  おーい笑顔やでー。早く立って」

亜子「笑う門には福来る。だから笑顔!」



亜子「お願いやPちゃん、笑ってえな。イイ男が台無しよ。
  そんな風に頭下げられると、アタシまで悲しくなるからさ。
  トチった時こそ全力で笑いに転がしていかんと」



亜子「んっんふふー。ぬはははは、そんなんずるいわ。アッハッハッハー。
  たこ焼きでごまかされるほどアタシは安い女じゃないけど、美味しいから許すわ!
  心も胃袋もガッチリつかまれてしまって、アタシ、もう離れられへんよ!」



 気が狂れそうになる




こずえ「……」

こずえ「……」

こずえ「………ふわぁ………おっきいおとー」


麗奈「炎と水のツイン・スプラッシュ! にしては派手すぎるわね。生こんにゃくを揚げると、跳ねが危険。
  冷凍のち解凍なら大丈夫っと、メモメモ。失敗か……せっかく準備したのに……」

小関麗奈(13)

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麗奈「うん、やっぱり調理中に生こんにゃくと解凍済みとをすり替える作戦はダメね。
  プランBのこんにゃくハリセンの作成に切り替えるわ」

こずえ「おてつだい……するぅー?」

麗奈「アンタはっと―――たしか、新入りのこずえだったわよね」

こずえ「こずえはねー……あいどるなのー」

麗奈「そう、アタシはレイナサマ。
  最近は魔法少女なんてやってるけど、本当はココらじゃちょっと名のしれたワルなのよッ?
  こずえはわざわざ先輩へ挨拶に来るだなんて感心ね。ホント模範的なイイコチャン」

こずえ「こずえはねー……まほうのつかえるわるなのー」

麗奈「アンタみたいなちんまいイイコチャンがワルだったら、アタシは今頃旧世界の支配者よ。
  悪の美学を持つレイナサマは、寝起きドッキリの仕事をこなした事だってあるんだから。人気者は大変よねぇ~!!」



麗奈(ひらめいたわっ! ここは私のワルっぷりを新入りに教え込むチャンス)


麗奈「今のアタシは機嫌がいいのよッ、アンタにふたつだけご馳走してあげる」

こずえ「たかいのとー……やすいのー?」

麗奈「違うわよ。油で揚げて温かいのと、解凍済みで冷たいこんにゃくよ」

こずえ「あたたかいのとー……つめたいのー? それだけなのー……?
   あついのはー……とけちゃうのー……あかんー……。
   つめたいのー……ぽんぽんひえたらー……あかんー……」

麗奈「しかもこの中のひとつはカラシ入りよッ!
  どれもこれも見た目は同じだから、レイナサマにだって区別なんて出来ないからね。
  コレはイタズラを楽しくするためのシンセツシンよ、シンセツシン! わかる?」

こずえ「あたたかいのとー……つめたいのー……。
   いたずらー……いたずらー……どれでもみんな……おんなじー」

麗奈「ククッ、理解が早いじゃない。先輩へは絶対服従が芸能界の掟よ。
  さあ、食べてごらんなさい。レイナサマの極悪っぷりと鼻にツンとくる恐怖におびえるといいわ!」

麗奈(小さな子供は辛い食べ物が苦手なはず。少しでも怯んだり嫌がったりしたらそこが限界攻勢ね。
  すかさず取り上げて私の寛大さをアピールしつつ、子分へと誘う布石にしなきゃ)

こずえ「たべるのー……? たべろなのー……。
   こんにゃく……からしは……つんってして……だいすきー……。
   だから……れいなさまも……からしあじにー……なっちゃえー」

麗奈「順番にババ抜きするわよッ! これも戦いだからッ……クククッ! アーッハッハッ……ゲホゲホ」

こずえ「れいなさまー……しばくぞー……からいの……こずえ、わかってるよぉー……?
   こずえもこんにゃくになっちゃったから……つんってしてー……おいしいよぉー……」

麗奈「ちょ、ちょっと待ちなさいッ! 早食い勝負じゃないのに。
  ああ、もうみっつも食べちゃって。まだ準備が……も……もういいッ! 辛ーい。
  み、水……。ピンポイントでカラシ入りをアタシが選ぶだなんて、う、運が良かったわね!」

こずえ「こずえ……まちがえたのー……あかんー?」

麗奈「いや、アンタはそれでいいの。あー辛い
  好きなだけ間違えて、アタシの邪魔をしなさい」

こずえ「……れいなさまー、いたずらたのしいー? ……たのしいねー……いたずらー……」

麗奈「ふー辛い。これはイタズラの戦略的撤退なのよッ!
  何もかもが思い通りにいくだなんて、それこそ張り合いがなくてツマラナイもの」

こずえ「こずえしってるよぉー。
   れいなさまはー……れいなさまをー……いたずらしたかったんだよねー」

麗奈「ふーん、邪魔するだけじゃ足りずにお説教って訳。
  イイコチャンなだけでなく、物申す生意気さも持ち合わせてるのねアンタ」

こずえ「あいどるのぽーず……れいなさま……まちがえたのー……あかんー」

麗奈「アタシに意見する気? ナメるんじゃないわッ。
  レイナサマは鏡を見る事なんて恐れないのよ。
  なぜならばそこに映るのは、いつだって未来を見つめるアタシ自身なんだから」

こずえ「おてつだい……するぅー?
   こずえはまほうでなんでもできるよー?
   れいなさまはねー……たぶんねー? こずえをつれてってくれるのー」

麗奈「アンタがアタシの優秀なコマ? 悪の道へ入りたいの?
  魔法が使えたらイタズラし放題よね……冗談よ、ザコはザコらしくしてなさい。
  だいたい魔法なんかなくても……そうねこずえ、アンタを芋虫だとするわ」

こずえ「こずえは……いもむし……だったっけー?
   あいどる……れいなさまー……どっちー?」

麗奈「芋虫ってのは物の例えよ。
  秋の風が強い日に、芋虫のアンタがお腹をすかせていた。
  そんなこずえの目の前に、レイナサマが食べ物になる落ち葉を用意したの」

こずえ「ぷれぜんと……れいなさまー、くれたねー……。こずえの、ぽんぽんいっぱいー……。
   こずえも……ぷれぜんとあげるよー。……なにがいいー? きゅうせかいー?」

麗奈「でもねそれはアタシがお礼を言われるような事なんかじゃないのよ。
  こずえの前に落ち葉が用意されたとしても、レイナサマは芋虫の事なんて考えてもいなかった。
  悪者らしくするための決めポーズの練習だったんだから」

こずえ「わるもののぽーず…………………………うごくのー?」

麗奈「ただそれだけの話だったんだから。
  もしかしたら……肩に付いた落ち葉を振り落としただけなのかもしれない。
  アタシみたいな大物になるとね、ただ手足を動かすだけで風が吹いて回りが勝手に振り回されるのよ」


こずえ「……かえる」

麗奈「アタシの美学に言葉も出ないようね。
  尻尾を巻いて逃げ出すのはザコらしくていいけれど、逃がさないわよ。
  さあ、食べた後の箸とお皿を流しへ片付けなさい。もちろんアタシの分もよ」

こずえ「おてつだいいらないのー……。
   れいなさまーはすきだからー……おしえてあげるのー……えへへー」

麗奈「馬鹿ね、アンタの背じゃ届かなくて流しで洗い物はできないでしょ。
  アタシが仕上げをしておくから、アンタはもう帰っていいわよ」

こずえ「れいなさまーはなんでもできるよー?」

麗奈「当然よ、顔が映るくらいピカピカに磨いてみせるわ。
  そしたら次に使う人が手に取ったとき、つるっと滑って大惨事。
  これはいたずらの下準備なのよ。クククッ! アーッハッハッ……ゲホゲホ」


こずえ「れいなさまー……いたずらー。
   ……あかんでもー……いたずらー……どれでもみんな……おんなじー」


――――

麗奈「とっと危ないわね。
  この辺木の根っこがあちこち飛び出していて、歩き悪いったらありゃしない。
  アタシでなければとっくの昔に転んでいるわねここ」

ほたる「ああっ! バスに乗り遅れて近道をしようと山へ入ったら、道に迷ってしまうだなんて」


白菊ほたる(13)

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麗奈「とっと危ないわね。
  ホント木の根っこがあちこち飛び出していて、歩き悪いったらありゃしない。
  アタシでなければ2回は転んでいるわね。こんな山道」

ほたる「ああっ! バスに乗り遅れて近道をしようと山へ入ったら、道に迷ってしまうだなんて。
   ここままでは悪役オーディションに間に合わず、芸能界復帰は夢のまた夢」

麗奈「とっと危ないわね。
  さっきから木の根っこがあちこち飛び出していて、歩き悪いったらありゃしない。
  アタシでなければ……って同じとこじゃないここ! この地図どうなってんのよ!」

ほたる「ああっ! バスに乗り遅れて近道をしようと山へ入ったら、道に迷ってしまうだなんて。
   ここままでは悪役オーディションに間に合わず、芸能界復帰は夢のまた夢。
   その上突風に煽られて地図と履歴書までなくしてしまうだなんて」

麗奈「新聞で見かけた悪役の一般公募。
  アタシが独りでこの仕事をとってくれば、実力の高さをPにだって示せるはず。
  待遇改善を訴えて駄々をこねるよりも、Pの側からレイナサマに傅くよう仕向けないと」

麗奈「そもそもこの新聞には芸能関係者が応募しちゃいけないなんて書いてないんだから。
  まずは身分を隠して素人相手に大暴れ、オーディション突破後に契約書作ってネタばらしよ。
  合格後に取り消しなんてできないものね。 ズルい? 卑怯? そんなものは敗者の戯言よ」

麗奈「世の中はね正義が勝つんじゃなくて、頭のいい奴が勝つの。
  そしてレイナサマはね、正々堂々な勝負が好きなんじゃないの。
  勝つのが好きなのよ! クククッ! アーッハッハッ……ゲホゲホ」

麗奈「とっと危ないわね。また同じ場所じゃない。
  ええい、もうこんな紙の地図なんて必要ないわ。時代はハイテクよ! 電波は……圏外、スマフォの電子地図もだめ。
  だったらレイナサマの直感を信じて……よし、こっちに枝が倒れたからこっちが会場ね」

ほたる「ああっ! バスに乗り遅れて近道をしようと山へ入ったら、道に迷ってしまうだなんて。
   ここままでは悪役オーディションに間に合わず、芸能界復帰は夢のまた夢。
   その上突風に煽られて地図と履歴書までなくしてしまうだなんて。いったいどうすれば、ううっぐすっ」

麗奈(……よくあるわよね。私もノルウェーでカンペが風に飛ばされちゃったし)

ほたる「誰か親切な方が近くにいてくれれば……太陽も見えなくて方角すら……。
   いえ、こんな山奥で泣き言を口にしても何も始まりませんよね。
   今回はオーディションを諦めて下山の準備をしないと」

麗奈(……よくあるわよね。私もノルウェーで道に迷っちゃったし。
  似たような建物が多くて、寒くて、体が冷えてきて……。
  ああ、そう言えば転びそうになった私を肇が支えてくれったけ)

ほたる「まずは山頂まで登って、そこから正規の登山道を探せば無事に帰れるはず。
   お水は……こんな事もあろうかと沢山用意してありますが、大切に飲みましょう。
   足りなくなったからと言って、下手に生水を口にしてお腹を壊したら脱水症状が早まりますし」

麗奈(……困ったヒトにつけこむのは卑怯よね。私の美学に反するけれど……)

麗奈「本番前の肩慣らしにこの流れるような即興劇。アンタただものじゃないわね!
  素人だけかと思いきや、元芸能関係者まで一般人のふりをしてオーディションへ来るだなんて」

ほたる「えっ えっ あのどちら様でしょうか?」

麗奈(よし、ここは私が素人のふりをしてお近づきになっておいたほうがお得ね。
  隙を見て差し入れの飲み物にこのカラシを仕込めば、あの子の滑舌が悪くなる。
  つまりは私の約束された勝利が手元へくるのは確実って寸法よ)

――――

ほたる「ううっ。ごめんなさい小関さん、何度も迷惑をかけてしまっていて」

麗奈「水臭いわねもう。人生山あり谷ありって言うでしょ。
  ちょっとぐらい苦労した方が、ワクワクドキドキのアドベンチャーってなもんよ」

ほたる「そうですね。もうさらに道に迷って3つ目の沢を越えていますね。
   一体いつになったら谷を登れることやら……ごめんなさい、ごめんなさい小関さん」

麗奈「だからその小関さんってのやめなさいよ。アタシはレイナサマなんだから。
  同い年だし敬語なんて要らないわよ。アタシ達はもう友達でしょ」

ほたる「ああっ! 見てください。
   コンクリートの製の足場に、船着き場……文明の足跡がこんなところに。
   看板まであります。【悪の改造人間募集中】……きっとオーディション会場に違いありません」

麗奈「やっと着いたのね。如何にも悪の秘密基地らしくていいじゃない。
  人里離れた山奥にある謎の建造物、うーん苔の生え方も良いわね。まるで何年も前からここにあるみたい」

ほたる「黒子の方がいますよ。きっとスタッフさんですね」

麗奈(あれ? 私が新聞で見た広告は、【悪のエージェント募集】だった気がするんだけど……)

ほたる「あの募集を見て申し込みたいんですけれど、どうすれば……。
   はい、はい、面接からですね。麗奈ちゃんまだ受付はしてくれるみたいです」

麗奈(怪しい……あの受付どころか、誘導の人員まで全員が黒タイツに黒覆面の集団。
  これってもう映画の撮影始まっちゃってるんじゃないかしら)

ほたる「行きましょう。ふふ、日雇いのエキストラでも芸歴には加算できますよね」

ほたる(今までの事務所は、お仕事を頂ける前に潰れてしまいましたし)

麗奈(えっ! もしかして一般公募って日雇いのお仕事の事だったの!!!
  もしかしたら午前の部だけでもすでに多数の一次合格者が……。
  だとすると、レイナサマが主役の映画が大人気だなんて青写真は夢のまた夢)

麗奈「冗談じゃないわよ!
  顔も名前も出せない大部屋女優で終わるだなんて、アンタ悔しくないの?
  いい、今からアタシはほたるのマネージャーよ。今回だけは踏み台になってあげる」

ほたる「でも、そんな……それだと麗奈ちゃんが。
   それに私はマネージャーなんて持てるほどの身分じゃ……」

麗奈「ほたる。アンタはスペースコスメ道の創設者。
  そしてミス・ギャラクシーコンテスト1000連覇のホタルサマなのよ。
  元芸能人だってんなら、はったりの大切さはわかるでしょ」

ほたる「ありがとうございます。目標は高く持たないといけませんよね。
   あの、黒子の方質問よろしいでしょうか? はい、はい、ありがとうございます」

麗奈(イシシッ! これで端役目当てに貴重な休みを無駄にした私の汚点は消せるわ。
  少し褒めておだてりゃ簡単に騙されるだなんて、この子もチョロいわね。
  とっさのアドリブで軌道修正に成功。流石は私、天才の発想よね♪)

ほたる「どうやら上級戦闘員にならないと、顔出しはできないそうです。
   幸いまだ欠員はあるそうですので、頑張らないといけませんよね」

――――


ほたる「そうですか……お仕事はいただけても、機密保持の為そちらの団体へは所属できないんですね。
   そして日雇健康保険も入れないと。何か危険があったとしても全てこちらの責任で解決を……。
   はい結構です。ここに名前を書けば良いんですね、それで契約が―――」

麗奈「いやいや、手弁当だなんていくら何でも足元みられすぎでしょこれ。
  国民健康保険使えって、労災下りないって意味でしょ。サインはまだよ。
  これだと安全管理もろくに受けられないだろうし、そっちが想定している危険ってやつの具体例を出しなさいよ」

麗奈「はあ? ビルの屋上から飛び降りて万国旗につかまりターザン。
  そのまま信号機を蹴って二階建てバスの屋根へ着地。200mを片手でしがみ付いた後カーブの減速に合わせて川へダイブ、逃走完了。
  悪の改造人間なら皆これぐらいはできるって、香港映画の世界じゃないのよ! ほたるアンタも何か言ってやりなさい」

ほたる「ではこちらからも質問よろしいでしょうか? 技能習熟の為の支援制度についてお尋ねします。
   一例としてこちらには空挺降下の経験はタンデムでの昼間しかないのですが、そちらで夜間単独降下の研修費を負担していただけますか?」

麗奈(? ? ? 何よそれ。Cuアイドルは13歳でもそこまで体はんなきゃいけないの!
  私も魔法少女役の時ワイヤーで空戦アクション15秒の経験はあるけれど、あるけれど。あ る け れ どー。
  安全管理は保護者の同意書とかうんざりする程チェック項目あったのに、なんでPaと違ってそんながばがばなのよ)

ほたる(本当は私にそんな経験ないんですけれどね。はったりは大事だって麗奈ちゃんに言われてますし。
   前の事務所で引き受けたドッキリバラエティでは、先輩Cuアイドルが対空砲火にさらされる直前まで行きましたから)

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ほたる「そうですか……研修費の支援はいただけても、最大で8割が上限なんですね。
   そして前払いは行わないと。業務命令ではないので何か危険があったとしても全てこちらの責任で解決を……。
   はい結構です。ここに判子を押せば良いんですね、それで契約が―――」

麗奈「いやいや、問題はそこじゃないでしょ。そこも問題だけど。
  原則でなく最大8割支給ってことは、なんやかんやで値切って2~3割までしか払う気はないって意味でしょ。
  研修期間中の賃金助成について答えないってことは、即戦力以外は冷遇しますって暗に認めてるじゃない。判子はまだよ」

亜子「土屋亜子、到着ぅ~! 話は全部聞かせてもろたで。
  つまりは個人事業主扱いでの契約って事ね。アタシはそれでかまへんよ」

ほたる「私もけがはしませんので、対人対物の損害保険があればそれでかまいません」

麗奈(ばれたーぁぁぁ。なんで亜子が仕事探しにここへ来てんのよ。
  って同じ事務所なんだから、談話室の新聞読んでれば同じ広告に気が付くわよね―――目が合った。
  やめてッ、私に向けて小さく手を振らないで。このまま面接でペコペコしていたら私の先輩としての威厳が……)

亜子(Pちゃんや事務所には悪いけど、信用してない訳じゃないのよ。
  アタシはどんな仕事でも腐らずやるって決めたんだから、まずは闇営業でも実績作らないとね。
  それに……本音を言えば今まで実入りの良いお仕事なかったせいで、懐が寂しいし)

ほたる(これで良かったのかもしれませんね。
   私の所属した芸能事務所は前も、その前も、そのまた前も、全部潰れてしまいましたし。
   関わるところが全部不幸になるんですから、いっそ外部の人間だときっぱり扱われた方が……)

亜子「黒服さん。履歴書出す前に受付済んだんやけど、面接後に出せばええんかな?」

ほたる「その……すみません。私履歴書は持っていないんです。
   ここへ来るまでに風に飛ばされてしまっていて、すみません、すみません」

麗奈「履歴書なんてある訳ないじゃない。悪の組織が身分を明かすはずないでしょう。
  しいて挙げるならば、このレイナサマの名乗りこそが悪の証明書よ。
  悪党に必要なものはね、恐怖と知名度だけなのよ。クククッ! アーッハッハッ……ゲホゲホ」

亜子(はー、流石は小関先輩。年下なのに役作りへの情熱がアタシとは違うわ)

ほたる(ごめんなさい麗奈ちゃん。今もまた私をかばおうと嘘をつかせてしまって)

麗奈(……終わったわ……。
  よくよく考えれば、私履歴書どころか判子も持ってきてなかったわ。
  細かいことは全部Pにやらせていたし。うん、これはもうオーディション落ちたわ)

麗奈「ギャラの話は棚上げして、次はそっちがどんな人材を求めているのかの話よ。
  どれだけの悪事を働くのか。必要とされる技能は何なのか具体例を述べてよね。
  このレイナサマに相応しい役どころでなければ、こっちから願い下げよ」

麗奈(こうなったらもうとことんふっかけて、丁重なお断りを頂くしかないわね。
  さっきまでは契約でごねていたから、向こうからの心証はだいぶ悪いはずだし。
  サンキューほたる。そしてナイス判断すぎだわ、今日の私ーッ!)

麗奈「はあ? 両手足を拘束された状態で密室から脱出。
  手足の拘束を残したまま、五m離れた公衆電話へサッカーボールキック。
  受話器を外したら声帯模写で緊急通報のプッシュ音を奏で、救援要請……意味が分からないわよ」

麗奈「悪の組織が何で警察に助けを求めてんのよ!
  しかも今時公衆電話って、設定ががばがばすぎんのよ!
  何なの? 下級戦闘員達が警察無線を盗聴してるから助けが来るとでも言いたいの」

ほたる(世界びっくり人間のお仕事なんでしょうか?
   前の事務所では先輩のオペラ歌手見習いが、声色だけで時報への電話をかけていましたし)

亜子「それは単独でやらなあかんの? コンビやトリオでもええと。
  ん~アタシ声は無理だけど、耳にはすごい自信あるから。
  そやな、床にばらまいた小銭の音でいくら落としたのかが分かるで~」

麗奈(すごいけど、確かにそれはすごいけど。
  でもこれってアイドルに求められる技能じゃないでしょ)

亜子(本当はそんな特技持ってないんだけどね。
  さっきの失態がある分、はったりかましてでもアタシを売り込まなきゃ。
  梅木先輩は小銭の音が色で見えるって言ってたし、アイドルやるにはやっぱり特技がいるよね)

ほたる「私は……その……ダンスには自信があります」

麗奈(やっと来た、まともそうな回答)

ほたる「特にタップダンスについては、異口同音に褒められます」

麗奈(ククッ ほたる、やっぱりアンタは最高の引き立て役よ。
  模範的な受け答えがあればこそ、私のワルっぷりが引き立つってなもんよ。
  少しは感謝してあげるから、後でせいぜいありがたがりなさいよねッ)

ほたる「例え地雷原の上でタップダンスを踊ったとしても、貴女だけは生き残れるだろうって」

麗奈(はい、死んだわ。私、今死んだわ。友達に背中から撃たれたわ)

ほたる「私、疫病神ですから。関わった人は皆不幸な目に合うんです。
   こんな私ですから、人を不幸にする悪の改造人間はきっと上手にできると思うんです」

麗奈(私を乗り越えようとする野心。勝負の世界はなんて非情。
  どうしよう……私……今のこの状況が―――)





麗奈(―――すっごく楽しい♪)



麗奈(んもぅー困っちゃう。にやけ顔が抑えきれないじゃない。
  あー気分がノッてきたわッ! 二人とも私の予想をことごとく裏切ってくれるんだから)

麗奈「アタシはね、火薬の取り扱いが得意なのよ!」

麗奈(予定調和で終わるだなんて退屈が服を着て歩いてるようなもんよ。
  この世は弱肉強食! 誰にも私を無視できない。だから私が勝ぁぁーツ)

麗奈「さあそこのボンクラそうなアンタ。ここに備蓄してある火薬を持ってきなさい!
  五kgや十kgじゃ足りないわよ。けちけちせずにあるだけ全部だからね。
  レイナサマの特製バズーカ―で、エナドリ工場だって吹き飛ばしてみせるもの」

麗奈(シックリくるのよッ! この空気がねッ。
  悪夢の様なイタズラしてやるッ。アンタ達の歪んだ顔が目に浮かぶわッ!
  欲しい者は力ずくで奪う。それが悪の道で私の美学なんだから)

――――


亜子「結局、合格できたんは小関先輩だけかぁ―。
  さんざかし見栄はってみたんやけど、あかんかったなー」

麗奈「後日二次面接と体力測定の案内しますってだけじゃない。
  アタシは受けたりしないわよ時間の無駄だし」

ほたる「辞退しちゃうんですか? せっかくのお仕事なのに」

麗奈「世間知らずのアンタらに教えてあげるけど、あそこはねブラック企業なのよ!」

ほたる「まあ、そうだったんですか」

亜子「それじゃ今回のはから求人ってこと?」

麗奈「レイナサマは場数を踏んでいるもんだから、ティンと来たのよ。
  あいつらなんだかんだ理由つけて火薬持ってこなかったでしょ。あれが決め手ね」

亜子「撮影用の火薬って、正規品しか使えんもんやからすんごくお高いんやっけ」

麗奈「消防法? だったっけ。まあそんなものはどうでもいいの。
  大切なのはあいつらがケチってことなのよ。悪党の風上にも置けやしない。
  徹底して他人をこき使って稼ごうとのあさましい根性。性根の腐った匂いがしたもの」

麗奈(私、なんて悪い奴なの。善人のフリするなんて……。
  くぅ~騙されてる、二人とも騙されてる。すっごくキラキラした目で私を見てるー)

ほたる「良かった。悪い人に騙されずに済んで。
   安心したら何だかのどが渇いちゃいましたね。お水はどこにしまいましたっけ」

亜子「アタシも一口もらってええ? なんやどどっと疲れたわー」

麗奈(ほたる、アンタ騙されてるから。
  現在進行形で私に騙されちゃってるから。ほんとチョロいわーこの子)

亜子「うわっこれ辛ッ」

ほたる「そんなはずは……辛い……やっぱり辛い。
   なんでどうして朝は大丈夫だったのに……もしかして腐ってしまったんでしょうか。
   ごめんなさい土屋さん、私のせいで不幸に―――」

亜子「あーいややわー。そんな頭下げんといて。
  悪気があった訳でなきゃ、アタシはそれでいいんよ。口直しに飴ちゃんどないや?」

ほたる「ごめんなさい、ごめんなさい、私やっぱり疫病神なんです。
   私にかかわる人はみんな不幸に、だからもう私にそんな優しくしないでください」

亜子「泣かんといてーなー、アタシまで悲しくなっちゃう。
  おーよしよし、ほたるちゃんはなーんも悪くないでー。なっ小関先輩」

麗奈「引っかかったわね、その水筒にカラシを入れたのはこのアタシなのよ」

ほたる「ふえっ?」

亜子「そうそう、山は冷えるもんねー。
  うん、お水ピリッとして美味しいなー。カラシのおかげで体あったこうなるなー」

麗奈「シンセツシンよ、シンセツシン! わかる?
  あー辛い、でも美味しい。ちょうどいい塩梅で体のあったまるお水よ」

ほたる「でもいつの間に……」

麗奈「ほたる、アンタはレイナサマが不幸な目にあっているとでも言いたいわけ?
  アタシはね、何時だってご機嫌でサイッコーな毎日を送ってるわけなのよ。
  今日だってそうよ。アタシにはほたるって名前の楽しい友達が出来た記念日なんだから」

亜子「アタシには可もなく不可もなしってとこかな。
  お仕事もらえないのは残念やけど、そこで腐っててもしゃーないしな。
  また明日頑張ればええんよ。なあほたるちゃん今日はどんな日ぃやった?」

ほたる「今日ですか……今日は……」

亜子「何でもええんよ。なんや一つでもええことがあれば、今日はええ日やねんな」

ほたる「……飴が甘いです……飴が……甘くて美味しいです……亜子さん」

麗奈「さあ帰るわよ。ほたる、飴が好きならアタシ達の事務所についてきなさい。
  ノルウェー土産のアルミサッキをご馳走してあげる。
  なんせこのレイサマが認めた最凶の味なんだから。びっくりするわよ」




ほたる「私……本当にお二人と一緒にいてもいいんでしょうか?」

亜子「ほたるちゃんが遊びに来てくれればやけどな。
  多分きっと、アタシにとって今日は楽しい日になりそうな気がするわー」



麗奈「ちょっと遅いわよ二人とも。
  駆け足駆け足。ついて来ないとイタズラするわよー」



 わたしはあなたの役に立てますか?



こずえ「……」

こずえ「……」

こずえ「………ふわぁ………おっきいおとー」



真奈美「ファンからの視線に熱を感じるな。小さなお嬢さん私が誰か分かるのかな?」

木場真奈美(25)

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こずえ「……まなみちゃんー……」

真奈美「その呼び名はズルいな。童心に戻ってしまいそうだ」

こずえ「まなみちゃんはねー……あいどるなのー」

真奈美「如何にも、私は歌って踊れる九州アイドルの木場真奈美だ。
   東京へきてこんな温かい歓迎を受けるとは思わなかった」

こずえ「あたたかいのとー……つめたいのー?……」

真奈美「おっと失礼、東京の人が九州と違って冷たいと言いたいわけじゃない。
   ただ上京に当たり、友人や家族に心配されてね。東京なんてアイドル激戦区大丈夫かってさ」

こずえ「……みんな……おんなじー……」

真奈美「そうだとも、どこに住んでいようとファンはファンなんだ。
   故郷の長崎と博多ばかりでなく、東京のファンにも歌を届けようと上京したのさ」

こずえ「……あいどるのぽーず……うごくのー?」

真奈美「今はまだその準備段階だね。私は確かに博多では有名人だ。
   でも事務所の力が通じるのは九州だけ。東京で活動するには現地でのコネクションが必要なのさ」

こずえ「おてつだい……するぅー?
   まなみちゃんのおしごとはー……おしまいー……」

真奈美「お嬢さんは私を知ってくれているね。でも私は東京では無名の存在なんだ。
   自信は持つが、過信はしない。謙虚さを忘れるつもりはないよ」

真奈美「今日は休みを利用して幾つかのプロダクションをあたってきたんだ。
   激戦区での専門家の働きぶりはやはり違うね。もう少し時間があれば、彼らとの交流を密にできたんだが……。
   時間が足りないと愚痴をこぼすのは、自分が売れっ子だと天狗になっている証拠かな」

こずえ「まなみちゃんはてんぐなのー?
   ……こずえはねー……あいどるで、いもむしなのー……おんなじー」

真奈美「すまない、少し昔のことを思い出していた。
   私もかつてはこずえさんと同じく、明日を夢見るいもむしだった。
   アメリカで蛹になり、故郷の長崎ではアイドルとして羽ばたいている」

真奈美「これも何かの縁だろう。こずえさんこの名刺を受け取ってほしい。
   君が大人になったとき、きっと役に立つはずだ」

こずえ「おてつだいいらないのー……。
   こずえはなんでもできるよー?」

真奈美「自信を持つのは良いことだね。物語の主役は何時だって君たち子供だ」

真奈美「子供であるこずえさんには可能性の宇宙がある。
   自分を信じて進むと良い。だけど私と同じく天狗になってはいけないよ」

こずえ「うちゅう……こずえもうちゅうー?
   おなじだとー……あかんー?」

真奈美「そう、私と同じでは駄目なんだ。
   違う土地での活動は、現地とのコネクションが必ず必要だからね。
   君が大人のアイドルになって、九州上陸を目指すそのときは名刺へ電話をかけてくれないか」

こずえ「まなみちゃんはなんでもできるよー?……どうしてぇー?」

真奈美「今の私は何でもできる。例えばこずえさんを博多デビューさせることだってね。
   だけど十年前アメリカへ旅立ったいもむしの真奈美ちゃんには、今ほどの力はなかった。
   そして君が大人になる十年後にも、私が今と同じだけの力を持ち続けるアイドルであるかはわからない」

真奈美「だからお手伝いの約束をするのさ。何でもできる私よりも立派なアイドルの可能性を持つお嬢さん。
   十年後にも東京で初めて出会ったファンへ、真奈美ちゃんが夢と笑顔を届けられるアイドルでい続ける為にね」


真奈美「ここまでか、帰らせてもらうよ。新幹線の時間なんだ」

こずえ「こずえ……おてつだいしてないのー」

真奈美「もうしてくれたよ。こずえさんは真奈美ちゃんとお話ししてくれたからね。
   思えば博多の町では何時だってファンの人波をかき分けて歩くばかりの生活だった。
   東京で活動する前に、もう一度九州のファンへ恩返しがしたいと思えるようになったのさ」




こずえ「こずえ……おてつだいしてないのー……あかんー。
   おてつだいしてないのに……まなみちゃんにこにこー」

こずえ「こずえはうちゅうなのー……ほんものじゃないのー……」

こずえ「あかんのにー……にこにこー……どうしてぇー?」



 わたしはあなたの傍に立てますか?



こずえ「……」

こずえ「……」

こずえ「………ふわぁ………おっきいおとー」



亜季「ぬぅわー。よもやこのような陰謀に巻き込まれようとは。
   ステージは戦場と言いますが、もはや戦術的撤退もままなりません」

菲菲「あーん、ふぇいふぇいこのままだと強制送還されちゃうヨー。
   いっぱい勉強して日本に来てアイドルになれたのに、もうおしまいネー」


大和亜季(21)

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楊菲菲(15)

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亜季「私もこのままではしがないショップ店員に逆戻り、学資ローン八年分の支払いが……。
  いや我が身のふり方はこの際諦めましょう。ですが私には公務員の兄がいるのです!」

菲菲「ふぇいふぇいのパパだってチャウ・ヤンロイとモウ・チャクトゥンを信奉する模範的な共産党員ヨー!」

亜季「親族がお縄になれば兄の出世は絶望的、万年ヒラか肩たたき……。
  ぬぅわー。もはやこの世の終わりですぞー」

菲菲「実の娘が問題を起こせばパパが失脚しちゃう。
  このままだとパパの保護観察官になる人は、きっとまだ生まれていない人ネー。
  あーん、ドゥームズデイは早すぎるヨー」

亜季「兄に迷惑をかけぬためにも、やはりここは潔く切腹しかありませぬ。
  楊の字、相棒として介錯をお願いいたします。もはやこれまで」

菲菲「パパを救うためには、もう謀反起こすしかないヨー。
  大姐、捨てる命ならふぇいふぇいがもらうデース。楊氏粤王朝建国の礎になるヨロシー」



ほたる「お二人ともどうか落ち着いてください。
   泣いてばかりいられると、私にもいったいどうすればいいのか」


亜季「これはほたる殿お見苦しいところを」

菲菲「ふぇいふぇい達はアイドルの初仕事、がんばったのヨー。
  ホントに、ホントにがんばったヨー。それが罠だったネー」

ほたる「お二人の帰りが遅いので、お迎えにきたんですが。
   今日の会場はあちこちテープで封鎖されていて、ここへ来るだけでも大変でした」

菲菲「今日楽屋で爆弾事件が起こったのヨー。関係者は全員待機命令が出てるネー」

ほたる「お二人ともどこかけが―――はなさそうですね。
   楽屋の壁にも焦げ跡はありませんし。私の不幸が移らず良かったです」

亜季「不幸が襲ったのは他所の事務所なのです。
  我々が前座を務めた双葉殿が……ううっ、爆発に巻き込まれ……」

ほたる「そんな……それでご容体は?」

亜季「双葉殿は……双葉殿は……爆発のショックで……ううっ」

菲菲「アフロになっちゃったのネ」

ほたる「まあ、アフロになっちゃたんですか」

亜季「髪は女の命。同じ女性として私は双葉殿が不憫で不憫でしかたがなく……」

菲菲「アフロだなんて恥ずかしくって表を歩けないネ。
  ファンへこんな姿を見せられないって、専用控室に引きこもっちゃたのヨー」

ほたる「双葉さんかわいそうですね。でもそれとお二人がどう関係を?」

亜季「我々は前座を終え、一旦裏へとはけました」

菲菲「そしたらスタッフさんから、あと十分アンコールで引き延ばせ言われたヨー」

亜季「恥ずかしながら我々はアイドルとして日が浅く、持ち歌もすでに終えた1曲しか」

菲菲「お客さんを楽しませるパフォーマンス、練習分しかできないネ。
  でもプロだから、新人でもプロだから、お仕事断るなんてできなかったデース」

亜季「ですので我々だけでなく、先輩方々の持ち歌からとっさにメドレーを」

菲菲「先輩のお歌なら、いっぱい練習してるから。
  だけどじっくり歌うと下手だから、お客さんの反応見ながら歌を変えていったヨ」

菲菲「あの人はどこへいったの~」

亜季「あの人は相撲へ行った~」

菲菲「私はただ帰りを待つだけ~」

亜季「チクタク~チクタク~」

菲菲「あの人はどこへいったの~」

亜季「あの人は浮気へ行った~」

菲菲「12時丁度の~パイプ型爆弾で~」

亜季「恋のライバル~」

菲菲「私は待つだけ~」

亜季「仕事のライバル~」

菲菲「チクタク~チクタク~」

亜季「爆殺♪ 爆殺♪」

菲菲「デストローイ♪ デストローイ♪」

亜季「デストローイ♪ デストローイ♪」


ほたる「犯行を自白しちゃっていますね」

菲菲「今日のお客さん、バラードよりもメタルが好きだったネ。
  すっごいノリノリで応援してくれて、アンコールは成功だったヨー」

亜季「振り返れば双葉殿はステージへ現れず。事件の第一報が伝えられました。
  結果として今日の公演は、前座の我々が乗っ取りを仕掛けた形に」

ほたる「双葉さんのお見舞いに行きましょう。お二人の無実を伝えませんと。
   楽屋で騒いでいるだけですと、場合によっては逮捕されてしまいます」

菲菲「セキュリティがうろうろしていて、専用控室までたどり着けないヨー」

亜季「待機命令という名の楽屋軟禁による、あぶり出しがなされているのです。
  詫び状はすでに書きましたが、我々が楽屋を離れれば犯人が逃亡を企てたとして一発有罪ですぞ」

菲菲「謝りたくて内線かけても、お電話出てくれないのネ。
  ふぇいふぇいだってアフロになっちゃったら、お布団かぶってパパにもママにも会いたくないネー」

ほたる「そんな……いったいどうすれば……」



こずえ「おてつだい……するぅー?
   こずえはなんでもできるよー……」


菲菲「誰ネ、この子。勝手に楽屋入って来てるデース」

こずえ「こずえはねー……あいどるでかのうせいなのー……」

菲菲「カノウセイ。日本語難しいネ、解らないときは辞書を引く。
  ふぇいふぇい、ちゃんと辞書持ってきてるヨー」

こずえ「ほんものじゃないのー……おなじじゃないのー……」

亜季「可能性で本物でないとすると、まだアイドルではないとも受け取れますな。
  ならば研修生、我々の後輩なのでしょうか? ほたる殿のお連れで」

ほたる「いえ、私にも見覚えは―――すごい、この子VIPパス付けていますよ」

亜季「なんですと!
  VIPパスがあれば、専用控室はおろかダクトを通らず更衣室へだって侵入可能ではありませんか」

こずえ「おようふくはねー……ままがきせてくれるのー……」

菲菲「こずえー。もしもふぇいふぇいの後輩なら、先輩を助けてほしいネー」

こずえ「……いーよー……。
   げいのーかい……せんぱいにー……ふくじゅー……ぜったいー」

亜季「命令ではありませんぞ。どうかお願いいたします。
  我々をお助けください。他に良い手が思いつかないのです」

菲菲「お願いヨー、助けてほしいネー。ふぇいふぇい何でもするヨー。
  ふぇいふぇいは一回だけだけど、ステージの上できらきらしたアイドルになれたから悔いはないネ。
  でもパパだけは助けてほしいのヨー」

ほたる「私からもお使いをお願いします。詫び状を届けてもらえませんか?」


こずえ「おてがみもってー……どこいくのー?
   ……こずえおてつだいいるのー……ひとりでなんでもできるけどー……おてつだいー……」

ほたる「双葉さんの専用控室ですね。
   途中までほたるお姉ちゃんと一緒に行きましょうか。
   いつもお手伝いしてもらってばかりの私ですが、やってみたいです」

こずえ「……ほたるとー……いっしょにおててつなぐぅー。
   ほたる……あまくて……いーにおい……あこのにおいなのー。
   ……こずえ……あこすきー……あこ……ほたる……どっちー」

ほたる「私はほたるお姉さんですよ。奇遇ですね。
   私にも甘い匂いのする大好きな亜子お姉さんがいるんです。
   話せる誰かがいるって……幸せ……」



亜季「南無八幡大菩薩。ほたる殿、どうかご武運を……敬礼……!」

菲菲「こずえ百歳! 百歳! 百々歳! 阿弥陀仏!!!」



こずえ「……こずえは……ひゃくさい……だったっけぇー?」


――――


杏「い、いやだっ! 私は働かないぞっ!」

双葉杏(17)

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杏「よし録音完了。後は音声判定で自動返答の設定をしてっと。
 まだこんな時間なのか……ん……帰って寝たい。暇すぎる」

杏「お星様も融通きかないよねー。
 お休みくださいって杏のお願いかなえてくれるのはうれしいよ。
 でもさせっかくのお休みなのに、カエダーマは用意してくれないんだもん」


『い、いやだっ! 私は働かないぞっ!』


杏「よしよしちゃんと動いてるね」

こずえ「……おてがみなのー……」


『い、いやだっ! 私は働かないぞっ!』


こずえ「……おてがみなのー……」


『……い、いやだっ! 私は働かないぞっ! ……帰って……』


こずえ「……こずえ……おつかいなのー……。はいるのあかんー?」

『……』


こずえ「……おへんじないのー……。はいるのあかんー?」


『……うれしいよ……うれしいよ……お休みください……』


杏「やばっ、エラー出てる。電源切らなきゃ」


こずえ「……そふぁーでおやすみするぅー……。はいるのー」





杏「あーうん、いらっしゃい」

こずえ「……おてがみなのー……」

杏「詫び状……律儀だねー。
 でもさもう上の方で話はついてるから、いらないんだよね」

こずえ「……おてがみよめー……よむのー……」

杏「だからさ、全部プロレスなんだって。お芝居なの」

こずえ「……おしばいって……なぁにー?」

杏「何日も前から仕組んであった炎上商法なんだよ。
 こっちのPは杏に休みを与えたい。そっちのPは新人の売り出しをしたい。
 ホントにね、杏はお願いかなって今とっても幸せですよーだ」

こずえ「……あんずのおしごとはー……おしまいー……」

杏「軟禁状態をお休みなんて言わないよ。
 そりゃライブは潰れたけどさ、それとこれとは話が別」

こずえ「……どれでもみんな……おんなじー……」

杏「違うよ、全然違うよ。
 夕刊の早刷りでるまで、杏はここに引きこもってないといけないんだってさ」

こずえ「……あんずー、おやすみうれしいー? ……うれしいねー……おやすみー……」

杏「うれしくもなんともないよ!
 杏が飴ちょうだーいって、ちょっと我儘言えば休みも飴もいくらでも手に入るんだから」

こずえ「たかいのとー……やすいのー?」

杏「全部お高いやつばっかりだよ。
 Pはいつもこんなもんで杏のご機嫌取ってるつもりなのさ。
 金箔入りの蜜飴、溶けたアイスクリームみたいにトロットロ」

こずえ「……あいすくりーむ……すきー」

杏「うわー、この蜜……なめる度に、桜の香りがするよ。うまー……」

こずえ「たべるのー……? たべろなのー」

杏「ハッ、杏はこんなのにつられる安い女じゃないし。
 一口食べたし、もういらなーい。欲しけりゃここにあるの全部持ってっていーよ」

こずえ「……あいすくりーむ……じゃないのー……。
   あめ……おなじじゃないのー……」

杏「そうだそれがいいや。
 今日はそっちのアイドルに迷惑かけたし、Pにお詫びの蜜飴たくさん持って行かせよう」

こずえ「あめちゃん……しばくぞー」

杏「あーそうだよね。
 こんなこと言われたら怒るの当たり前だよね。すっごい久しぶりな反応」

こずえ「おてつだいいらないのー……これあんずのおしごとだからー……」

杏「いいよいいよー、子供ってさすっごく残酷。
 でもね杏はさー、みんなが杏に求めるイメージにちゃんと応えてるだけなんだよね」

こずえ「ふわぁ……あんずー……にこにこと……ずっといっしょー……。
   おしごといくのもー……おやすみするのも……いっしょなのー」

杏「そりゃあね。杏はプロのアイドル妖精だから、皆のお願いかなえなきゃ。
 杏がこうして怠惰の魔法をかければ、ファンはそれで喜んでくれるし~」

こずえ「……みろー……かがみみろー……みろなのー……」

杏「やーだよ。見ろってんなら、その小さな体でここまで運んできなよ。
 こっちはその分体力温存できるから」

こずえ「……あんずー……こずえ、わかってるよぉー……?
   ……あいどるはー……かがみをおそれないー……」

杏「だから見ないっての。魔法が解けちゃう。
 私は今アフロになって悲しんでるって設定なんだから」

こずえ「……にこにこあるのにー……にこにこじゃないのー……どうしてぇー?」

杏「飾らない表情がいい、かー……これ以上は頑張れない。
 ……………ばたり。こずえ、杏と一緒に休もう! うん、それがいい」

こずえ「……そふぁーでおやすみするぅー……」





杏「あ゛あ゛あ゛あ゛ー駄目だ。やっぱりもやもやする」

こずえ「おてつだい……するぅー?
   こずえはなんでもできるよー……」

杏「だからさそうやって変に気を使われるから、私は妙な気分になるんだって。
 何なのどうして杏の周りにはカッコつけた善人しかいないわけ」

こずえ「……ぜんにんのぽーず……あかんー?」

杏「そうだよ、杏がどんなに我儘言ったとしてもさ。
 あの子はハンディキャップのある可哀想な子だから、優しくしてあげなさいってそうなるんだよ」

杏「そりゃあね。杏はこんな小っちゃい体だし、生まれてからこれまで嫌なことはたくさんあったよ。
 こずえは何歳? 杏よりは若そうだし伸びしろはあるだろうけど、小さいと苦労が多いんだよ」

杏「かけっこで一番になれなかったり、かけっこで一番になれなかったり、かけっこで一番になれなかったりさ」

杏(ホントは結構命の危険もあるんだけどね。子供に言ってもしょうがないし。
 大きなくしゃみをすると胸が筋肉痛になって、痛みで呼吸困難になるとか辛かった。
 喘息持ちの人とかも胸骨が折れるのは珍しくないって話だけど、空咳の一つもできやしない)

こずえ「……こずえはねー……ひゃくさいなのー……。
   おっきいのとー……ちいさいのー……どれでもみんな……おんなじー」

杏「こずえは私より大人だって訳ね。ならこのやるせなさだって分かるでしょ」





杏「人は人、私は私」



杏「私はね、この髪とこの体で生まれてきたの。
 十七年間ずっと一緒にいたんだから、これが私にとっての普通なの。
 それなのに人を勝手に可哀想な子扱いしてさ、私はもっと普通にしてほしいだけなんだって」

こずえ「あんずはひとりでなんでもできるよー?」

杏「だからその気休めをやめてって。すっごく性格悪いよ。
 先を丸めた針で、的確に杏の脇腹突いてくるんだなんてさ」

こずえ「こずえはねー……いたずらのつかえるわるなのー。
    ……たのしいねー……いたずらー……」

杏「帰って、ううん帰れ! 子供なんて嫌いだ、残酷だから。
 もうほっといてよ。杏を独りにしてよ、頼むからさー」

こずえ「……かえる」

杏「杏はもう働かないかんね。ずっとひきこもってやる!」

こずえ「こずえ……おこってるよぉー……。
   あんずはー……あんずをー……おこりたかったんだよねー」

杏「うるさいうるさい、そんなの聞きたくない」

こずえ「あんずはねー……たぶんねー? つれてってもらえるのー。
   ここじゃないところからー。げんきに……なぁれー……えへー……」

杏「もっとみんな杏を甘やかせ―。週休八日を要求してやるんだーい」

――――


杏「……うう……嫌だ……働かないぞ……」

杏「ハッ、あーあ゛ー嫌な夢見た。
 なんかよく覚えてないけど、すっごい嫌な夢見た。
 まだこんな時間なのか……ん……嘘でしょ。これ時計止まってない?」

真奈美「それであっているよ。私は三十分も待っていたからね」

杏「誰? 勝手に入ってこないで。警備の人呼ぶよ」

真奈美「真奈美、木場真奈美。君の新しい相棒さ」

杏「ん、把握。でも私と一緒にいたって仕事はないよ木場さん。
 もう杏は引退決めたもんね。あんなPにはついてけないから」

真奈美「そのP君から最後の企画書を預かってきている。
   二葉杏第一回引退記念食レポ アイヌ伝統文化と古代料理の旅だ」

杏「なにそれ? 杏は確かに北海道出身だけどさー、アイヌ料理なんて知らないよ。
 木場さん代わりにやっといて。持ちつ持たれつ、適材適所、いい言葉だよねー」

真奈美「私は長崎出身でね。あちこち飛び回ることはあっても、アイヌの方と縁はなかった」

杏「私だってそうだよ。北海道ったってすんごい広いんだから。
 地元の爺様達からはニシン御殿やホタテ御殿立ててウハウハなんて話聞いてるけど、多分開拓移民の家系だろうし」

真奈美「知る者はもう殆どいない。だからこそ興味を引く、視聴率が取れる。
   文化の保全はできる、知名度が上がる。君の望むwin-winの関係じゃないか」

杏「撮影はN○H○KとB○B○Cの共同ね。
 これギャラ安くても、再放送と教育史料で長期収入保障あるやつじゃん。
 いいよいいよー。こんな楽して稼げるお仕事杏大好き」

真奈美「気に入っていただけて何よりだ。
   ではこの引退宣言書と、私とのコンビ結成書にサインを頼む」

杏「はいはい、取り分はこっち七でそっちが三ね。五:五でなくていいの?」

真奈美「今回は北海道でのお仕事だからね。
   君の知名度に私は便乗する身だ。持ちつ持たれつと行こうじゃないか」

杏「いやー悪いね。大人が相手だと話が早くて助かるよ。
 さらさらーっとな。んじゃ木場さん短い間だけどよろしくね」

真奈美「密度の濃い一年になりそうだがね。
   ではトークと狩猟のどちらを担当するか決めようか。
   私はどちらでも構わないが、希望はあるのかな?」

杏「待った。今のとこもう一回」

真奈美「私はどちらでも構わないが、希望はあるのかな?」

杏「もういっちょその前」

真奈美「ではトークと狩猟のどちらを担当するか決めようか」

杏「ここでボケて」

真奈美「実を言うと、私には苦手な食材がないんだ。
   好き嫌いせず何でも食べた結果、私はこんなに大きく育った。
   大抵の獣は、アメリカ仕込みの筋肉とショットガンでどうにか出来てしまうからね」

杏「でもさ、日本の狩猟免許持ってるの?
 国の委託で専門家が同行してたって、日本じゃ素人は銃触れないから」

真奈美「免許はないがその点は問題ないさ。
   私の持っている知恵と、たった一つの力を使えばね」

杏「そりゃすごい。どんなコネがあれば見逃してもらえるのやら」





真奈美「忍耐だ」



真奈美「専門家の同行する素手での狩猟であれば、日本の免許は必要ない。
   獲物がこちらへ近づくまで沈黙し、じっと待つ忍耐さえあれば、どんな狩りでも成功は約束されている」

杏「そんな役どころなわけね。
 完璧超人ってすっごいからみにくいからさ、トークは杏が引き受けるよ」

真奈美「小さな体に大きな頭脳。バディ物の鉄板だな。
   大きな体の私は料理に興味がある、良いコンビとなれそうで嬉しいよ」

杏「ってかさー。アイヌ料理ってどんな味なの? そもそもちゃんと食べれるの?
 味噌とか醤油とか、慣れ親しんでる味な分けないしさ」

真奈美「予定ではエゾ鹿肉を用いた何か、となっているね。
   調理方法は我々に一任されているが、包丁は扱えるのかな?」

杏「陸の食材じゃなくてさ。ウニとアワビをぶつ切りにしただけの盛り合わせなんてどう?
 カニの丸茹でとかさ、楽して美味しい高級食材。視聴者も喜ぶよー」

杏「私はこの類のものぐさ料理なら慣れてるからさ。切るだけ、茹でるだけ、乗っけるだけ。
 ワイルドなサバイバル料理から、洗練された日本料理へ。
 和人文化とアイヌ文化、原初の共通点を探るとか何とか、いくらでも理由づけできるしね」

真奈美「環境保全の為に駆除された、エゾ鹿肉の処理が必要なんだ」

杏「おけ。そんな後ろ暗い理由もあるのね。
 確かに北海道はエゾ鹿増えすぎて困ってるもんねー。食べて減らさなきゃ」

杏「だとすると、定番はカレーとかジャーキーだよね。
 ジャーキーの味付けはコショウと水飴でいい? カレーはもちろんリンゴと蜂蜜。
 どうせなら牛乳も入れてミルクカレーにしちゃおう。杏甘い方が好きだし」

真奈美「香辛料も甘味料も使用禁止だ」
   
杏「ホント?」

真奈美「和人接触以前の古代アイヌ世界に、現代の調味料はないからね」

杏「ホントにホント?」

真奈美「味噌、醤油といった大豆由来の味付けも禁止。
   これは食レポといっても、お堅い内容だからね」

杏「ここで主婦層に向けてアピールして」

真奈美「おっと調理の最中だが、ここで用意していた食材が切れてしまったね。
   でも大丈夫、こんな時にはカーテンを開けて庭へと出てみよう。
   自生しているギョウジャニンニクをさっと茹でて加えれば、色合いもばっちりさ」

杏「そこで杏がスイセンとの誤食による、健康被害のうんちくを垂れると」

真奈美「山菜の見分けは素人にとって困難だ。
   史料価値を高めるには、この手も工夫も入れないとね」

杏「あんまりお堅いのだと、途中で眠くなるしねー。
 なんだ木場さん、トークもいけるんだったらそう言ってよ」

真奈美「九州では看板番組を持っているからね。
   軽快なトークは、アイドルラジオで鍛えてあるのさ」

杏「場も暖まってきたし、そろそろ本題にはいろうよ」

杏「密度の濃い一年って何なのさ?」

真奈美「二葉杏第五回引退記念旅行 別府八温紹介の旅を終えるまでのコンビさ。
   別府は九州だからね。その時のギャラは私が七で君が三だよ」

杏「北海道から南下して九州まで、野外長期ロケばっか。
 冗談抜きで真面目な話、私これだと体力持たないよ」

真奈美「雨が降れば現場待機で休みになる。祈るしかないだろうな。
   P君はさらなる休みをねじ込むもうと、あちこち走り回ってるところだよ」

杏「どうりで話が美味いわけね。すんなりアイドル引退とはいかないか。
 一日五件の取材がある毎日と比べて、どっちが楽なんだろ」

真奈美「仕事があるのは良いことさ。必要とされている証拠だからね。
   年末年始の稼ぎ時に、二十日の間真っ白なスケジュールを見たことがあるかい?
   惨めなものだよ。自分の顔がどんどん青くなっていくのが、鏡を見なくても分かるんだ」

杏「冬休みより短いね。私も昔は毎日が冬休みだったのに……どこで間違えたんだろ」

真奈美「休みの日にも仕事を考える、それが大人さ。
   ゆっくりと振り返ってみる時間はたっぷりとある」

杏「まだこんな時間なのか……ん……ならこの詫び状も書き直すよ」

真奈美「今回の騒動の責任を取りだらだら妖精を引退します。筋は通るだろう」

杏「本文は木場さんが用意した奴でしょ。
 杏のわがままが発端だし、その辺はちゃんとしとかないと。
 でもね、夕刊の早刷りでるまで私は絶対に外へは出ないよ。プロだから」

真奈美「こちらからも尋ねてみるとしよう。
   山中で怒れるクマに出会った時の対処方法は?」

杏「クマを恐れる前に、山ではハチとヘビを恐れよ。
 大きいもの、小さいもの、どちらも怒り怯えさせてはいけない……でしょ」

真奈美「どちらも危険の度合いは同じだ。容易く君の命を奪うだろう」

杏「前座の子達は別に木場さんの後輩じゃないでしょ? 事務所違うし。
 そこまで親身になることないじゃん。苦労して恩を売ってもどうせ報われないよ」

真奈美「情けは人の為ならずさ。つまりは君の好きな持ちつ持たれつだね」

真奈美「私は列島横断の足掛かりに君を利用するんだ。これは大きな恩で借りになる。
   借りっぱなしじゃ気分が悪いじゃないか。誰かに恩を売ってつり合いを取らないとね」

杏「ボストンバックに杏を詰め込みながら答えられてもねー。
 知ってる? これ日本語にすると拉致って言うんだけど」

真奈美「君は外へと逃げ出したい。私は若者達を仲直りさせたい。
   誰も傷つかない、まさに君の求めるwin-winな行動じゃないか」

杏「ここまでぞんざいな扱い受けたの初めてだよ。
 焦ってもいいことないよ? ほら、一息つこうっ!!」

真奈美「現代美術は醜いものさ。泣いたり笑ったりができなくなる」

杏「なーんか分かっちゃった。この見世物姿、外出たらファンと記者に見つかるの前提だー。
 木場さんってばあれでしょ、人は皆平等に価値がないってタイプ。
 完璧超人の目からみれば、杏も虫けらも皆同じ下等生物で区別がつかない感じ?」

真奈美「隠す事ではないので告白するが、前職はボイストレーナーをしていた。
   そのせいかな、迷える若人を見るとつい手を貸したくなってしまうんだ」

杏「木場さんさー、アイドル辞めて女優か詐欺師にでもなった方がいいと思うよ」

真奈美「そうなったとしても、私のトークは辛口だから君は騙せないのだろうね」


杏「怖い人ってキャラ付けにしたいんだよね、木場さんは」

真奈美「……!」

杏「大丈夫だよ。真顔で進めるからびっくりしたけど、別に化け物だとか思ってないし」

杏「愛されるよりも恐れられた方が、指導は楽だもんね」

杏「私は子供じゃないし……やっぱりまだ甘えたい子供だけど……分かるよ。
 頭の回転が早すぎるとみんな、人を化け物みたいに扱うんだよね」

杏「私達はさ、根っこがおんなじだから仲良くできるよ」

杏「私は妖精で、木場さんは鬼教官。ちょっとひねくれちゃっただけ。
 こうしてキャラを作っておけば、それ以上傷付かずに済むんだ。チラッ、チラッ」

真奈美「沈黙は良い話し相手だろう。これが私の狩りだ」

杏「あっ待った、チャックしめないで。あご先がかゆい、かいて。
 ケチー、ここは友情だとか奇跡だとかで見逃してくれる場面でしょー」

真奈美「安心したまえ、君の不安は分かっているから」

真奈美「アメリカでエスキモー料理を食べた経験から、アイヌ料理もある程度は類推できる。
   おそらく寒冷地での食事は味付けに、油脂を使っているはずだ。きっと美味しいさ」

杏「ありがとう。そう言ってもらえると、杏はすごく心強いよ」

杏(……逃げる隙がない)



 こうすればあなたを独り占めできる



こずえ「……」

こずえ「……」

こずえ「………ふわぁ………おっきいおとー」




時子「チッ……浮かれる豚どもばかりね……」

財前時子(21)

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時子「……その意外そうな顔がムカつくわ」

時子「……チッ。青い海、白い砂浜、照り付ける太陽、絶好の社員旅行よね。
  違うでしょう? もっと媚びへつらい、この白い足を羨望の眼差しで眺めなさい」

時子「目をそらしていいと誰が言った。
  その口からなにか垂れ流すのは私の許可を得てからにして?」

時子「イヤね、これでも花の二十一歳よ? 私は美貌とユーモアを兼ね備えた女性なの。
  脳ミソの代わりにクリームチーズが詰まっているような、凡百の女どもと一緒にしないで」

時子「人の心はここまですさむものなのね。私の心は悲しみではりさけそう」

時子「私を扇子で仰ぎなさい」

時子「早く」

時子「言葉なしで成り立つ関係。それこそが本物の主従でしょうに」

時子「誰もかれもが浜辺ではしゃいでしまっては、荷物の見張り番がいないでしょう」

時子「事務所の皆はこうして海で楽しんでいるのに、貴方はたった独り荷物の見張り番。
  嗚呼、無様ね♪ 場違いだって、自覚はあって? スーツを脱ぎなさい」

時子「貴方のセンスにしては悪くはないわね。その露出を除いては、だけど」

時子「品のない下僕はいらないわ。聞こえない耳であればそぎ落とす」


時子「子ども扱いするなですって? 家にいるような気分にさせてあげているの」

時子「たいした傷じゃないでしょう。私の心が痛むのだから」

時子「脳に行く栄養が胸に行ってる奴は絶滅すればいいのよ、本当に」

時子「アァン? 私の口は鞭でできているの。事実を言っているだけ!
  象を捕らえれば狐、狐を捕らえれば兎と呼ぶ。それだけの事よ」

時子「心臓に悪い? 心配する必要はないでしょう。
  貴方の胸は空っぽだから。いつだって正しいものね」

時子「頭を冷やせですって? この真夏に?
  インテリジェンスの欠片もない言葉ね。ハァ……ゾクゾクするわ」

時子「貴方の態度は氷山の様に冷たい。これ以上いったい何を冷やせと言うの」

時子「私に許可無く視線を外すな。私を求めなさい!」

時子「冷たい飲み物を取って来るだなんて、そんなの止めてちょうだい」

時子「誰がそんなことを命じたの。下僕は御用聞きではないのだから。みっともない真似しないで!」

時子「そうね、女への服従は男の責任よ。
  粘土がなければレンガは作れないもの」

時子「フフン、貴方が望んだくせに。
  私に躾けられたいなら、首輪は自分で付けるのよ」

時子「…………で? 頭を下げるの? 下げないの?
  グズグズしてないで早くしなさい。讃美歌ではなく鎮魂歌をお望み?
  ホンット、貴方はウスノロね。いっそ哀れだわ」

時子「上っ面の話はそこまで。私が聞いているのは貴方の本音なの!」

時子「へえ、そうなの……ふーん……そうなの……。
  びっくりだわ、最近の椅子はしゃべれるの」

時子「貴方は椅子よ」

時子「リムジンのシートには程遠い最低の椅子、椅子は口をきかない!」







時子「沈黙は優秀な才能ね、話し相手にぴったり。
  純粋理性よりもメロドラマ、あてつけと呼ばれる文芸批評」

時子「黙れと言われて黙る馬鹿が……どうしてここにいるのよ……」

時子「貴方の脳ミソはいったい何グラム?」

時子「踏んでやりたい気分だわ。早くこの不愉快な茶番を終わらせて」

時子「誰に確認しているつもり?
  人間は血と肉で出来ているの、煙のように消えたりなんてしない」

時子「ええ、そうね。嫌で嫌でたまらないわ、貴方が私の夫になるだなんて」

時子「夫の選び方なんてリムジンの選び方と同じで十分。
  まずはタイヤが四つあるのかどうか。
  その次はタイヤが四隅にキチンと固定されているのかどうか」

時子「他に比べる対象がいなかったのよ」

時子「ねぇ……約束を守るのは、社会人の基本ではなくて?
  すでに婚約は済ませてあるのだから、今更反故になんて出来ないわよね」

時子「後悔はしていないでしょう? 貴方が開けた幕よ」

時子「もっと偉そうな顔をしなさい。
  そう、アゴを上げて。いい顔をしているわ……本当にね」

時子「私は自分をクレオパトラとして扱っているの。
  ならばその相手には、アントニウスを求めるのは当然でしょう」

時子「その顔がどれだけ歪むのかを、ずっとそばで眺めていてあげる。
  貴方を苦しめる事が出来るのならば、私は喜んで三途の川を渡るの」

時子「結婚は墓場? ゆりかごよ。生まれてくる子供の為のね」

時子「何ならここで大声を出して騒いでもいいのよ」

時子「僕の妻がマリッジブルーでヒステリーを起こしているんですーって。
  僕にはどうすることもできませーん。誰か助けてくださーいって」

時子「あら嫌だ、予定よりも早く婚約発表だなんて随分と気が早いのね。
  そこまで強引に私を引退させて、次はどんな愉快が待つのかしら」

時子「愉快と言えばあの時の貴方は実に滑稽だったわね。良い機会だから教えてあげる」

時子「私に限らず世の中の女性はね、台形の面積の求め方になんて興味はないのよ」



時子「私が建築に興味があるのは、高い所からの眺めは気分がいいから」

時子「どこで聞きかじったのかはしらないけれど、仁美は見所があるわね。
  和風建築の種類について高説を垂れるのは、心地よい響だったもの」

時子「書院造りに数寄屋造り、他にもあったわね。
  自分が大好きで興味のあるものを楽し気に語るのだから、自然と笑顔になれる」

時子「それに答えて私がエナメル革の手入れを教えたのは、彼女も将来必要になるからよ」

時子「分かるかしら? これこそが穏やかな談笑なのよ。
  互いに興味のない話題を貴方は必死で話しはじめて、ククッ」

時子「まさか寝物語に天井から床までの高さについて話されるだなんて。
  そこまで私が恋しくてたまらないだなんて……お笑いだわ!」

時子「閨での秘め事を外へと漏らすはずないじゃない。
  香水のない私の匂いを知っているのは貴方だけ」

時子「たった一つの真実から目をそらさないで」

時子「貴方は私を愛している」

時子「貴方の瞳には、隙間なく私だけが映っている」

時子「これは私だけがクレームを保持する絶対特権なのよ」



時子「恥ずかしがる事など何もないでしょう。お月様が見ているのだから」

時子「一度? 二度? それとも三度?」
 
時子「もっとかしら? 私は覚えているわ。
  孤独な魂が祈りを捧げ、慰めあったわよね」

時子「可哀想な貴方をこずえが見ているわ。ほら……よかったわねぇ」

こずえ「……おてつだいいらないのー……ときこにこにこー。
   おてつだいしてないのに……ときこにこにこー」

時子「良いじゃないの、この子に貴方の悲鳴を聞いてもらえば。
  ハネムーンだけでなく家族旅行のリハーサルにもなるものね」

時子「さあおいでなさいこずえ、私がママよ」

時子「素直で良い子ね、私とそっくりおんなじ。誰かさんとは大違い」

こずえ「……こずえ……ときことおんなじなのー?……
   いいこ?……わる?……どっちー?」

時子「私になりなさい。善悪の彼方は覗かずに」

時子「アイドルなんて遊びよ。この世の全ては生きてる間の暇つぶし。
  そうすれば貴女が死ぬ時に、自分は全ての願いをかなえて貰った世界一幸福な女だったと言えるから」

時子「情けない悲鳴と言えば、貴方が高価な銀食器を抱えてお父様の元を訪ねた事かしら。
  本物を知っている人間に安物をいくら贈ってもムダよ。質が違う」

時子「豚の様に強情ね。疑問を持たないものは人じゃないの、死刑執行人よ」

時子「時子様は世界で唯一、貴方のそばにいたのだから!
  鞭で撫でられた事ぐらいたいした傷じゃないでしょう」

時子「貴方は世界一高価で可愛い愛娘を拐かした、世紀の大悪党なのよ。
  悪党らしく、許可など取らずに攫いゆけばそれで済んだのに……馬鹿正直な」

時子「正義さえあれば天下を渡り歩けるとでも思った? 出会ったのは閻魔王よ」

時子「貴方は妻と子供が手に入るじゃない。一方的な契約ではないでしょう」

時子「失態続きでも事務所を首にならずに済んだのは誰のおかげ?
  内助の功があったからこそよ。真奈美もよく動いてくれたし」

時子「冥土の使者に思える? 結構」



時子「ならば私に許しを乞い、時計の針を巻き戻しなさい。グズは嫌いよ」


時子「そうすれば婚約を解消してあげる。クイーンは約束を破れるの」

時子「本当にそれで良いのかって? 答えはないのよ。魂の向こう側だから」

時子「褒美に骨の名称を口にしながら、一か所ずつへし折ってあげる。
  物覚えの悪い貴方にも、忘れる事が出来ないように」

時子「貴方は今日は死なないわよ……貴方はそう簡単には死ねないの……」


時子「そうよね。貴方はたった独りで何だって出来るものね」

時子「少しぐらい淋しくても、思い出が温めてくれるのでしょう。
  私の事を気にかけなくったって、そんな事で怒りはしないわ」

時子「仕事続きの毎日。結婚後もそれは変わらない。
  家へ帰る事もなく事務所へ泊まり込みの日々」

時子「金の為に働くなんて馬鹿みたい」

時子「偶に訪れた休日の日曜日、疲れた体に鞭打って貴方は家族サービスを始める。
  そうね遊園地なんかがいいわね。世の父親達は皆やっている事だし」

時子「勿論貴方は上手にこなすわよね。
  我が子と手を繋ぎ、朝から晩までずっと一緒に楽しんで。
  ああ、なんて美しく理想的な休日なのかしら。生きているって素晴らしい」

時子「……こずえ……貴方はこの人と一緒に手を繋ぐの。
  私の気持ちになれば、この意味が解るわよね」

こずえ「……おててつなぐぅー……あいどるやるぅー……おうた……うたうぅ……。
   ふあぁー……ときこー……こずえはときこなのー……おんなじー……」

時子「途切れる事のない片頭痛を友にして、月曜日が騒ぎ立てる。
  家族そろっての朝食をすませ、仕事へ向かう貴方の背中に我が子が声をかけるのよ」





こずえ「……おじちゃん……また……おうちにあそびにきてねー……」




時子「私だって直視できないわよ、こんな地獄絵図。
  でもね崩れそうな貴方を支えようと、我が子を抱きしめ必死で声をかけるのよ」

時子「違うでしょう。この人はね、おじちゃんじゃないの……パパなのよ、パーパ。
  ほら、言ってあげて。パパ、お仕事頑張って来てねって」





こずえ「……ぱぱって……なあにー?……」



時子「喜びの涙なら許可してあげるわ。砂上の楼閣を高貴なまま歩きなさい」

時子「よくやったわねこずえ。流石は私の娘。
  見事な鎮魂歌だったもの。この歌声を価値と呼ぶのよ」

時子「一切の躊躇なく引き金を二度引く。これなら真奈美の弟子にもなれそうね」

時子「クククッ……最高に気分がいいわ。これは躾けよ、逆恨みじゃないの!」

時子「私が何を恐れているのか分かる? 私は自分を愛してくれる男に別れを告げた……。
  愛してくれたと思っていた男に……でも彼は何も感じないの、ただ先に進みたいだけ……」

時子「女と呼ばれる生き物はとても臆病なの。私も含めてね」

時子「貴方の考える正しい道が、私達を終わりへと導いたかもしれない。
  貴方が家族をそうさせるの……だから私が手を下した」

時子「正しいと思う事をやった……でもその為に殺された……。
  閻魔王は二度も貴方を追い返し、わけもわからず蘇った……それは何故?」

時子「一度? 二度? それとも三度? 私の許可なく口を開いたのは」

時子「もっとかしら? 私は覚えているわ。仕えるものは尋ねないのだと」

時子「貴方は弱く、思い上がった生き物。
  私の慈悲によって生かされているだけなの」

時子「貴方は間違えている。その間違いであと何人が犠牲になるのかしら」

時子「それでいいのよ。また失敗しなさい。男は女に仕えない……だから死ぬのよ」

時子「貴方はアイドル達の責任を背負う身。自分で自分の立場は見えないの。
  貴方が道を違える度に、こうしてまた私が蘇らせて遊んであげる」

時子「はっきりといえるわ。私の夫は貴方一人だけだから」

時子「感謝はいらない。財宝もいらない。讃美歌すらいらない」

時子「物語の主役はこの時子様」

時子「この世の全ては、とうの昔に私のものだから。貴方の捧げものなど求めない」

時子「何もする事がなければ、黙って私を見て」 

時子「物欲しげに見るのも駄目。無理やりキスしたりなんてしないから」


時子「駄目よ。私、今夜は忙しいの」

時子「明日の夜も忙しいの」

時子「これから先も当面の間ずっとずっと忙しいの。
  縛られたスケジュールのお返しよ」

こずえ「……あついのー……あいすくりーむ……たべたいのー……」

時子「ようやく気が付いたのね。私は今社員旅行の最中でとても暇なの。
  だから貴方の代わりに、荷物の見張り番をしてあげる」

時子「それじゃあこずえと一緒に、アイスクリームと冷たい飲み物を私達へ用意して頂戴ね。パーパ」

こずえ「おててつないで……どこいくのー」

時子「この子を兎の穴に落とさないでね。ふわふわのしっぽが汚れるから」




こずえ「ぷろでゅーさー……にこにこー……ときこのおてつだいでにこにこー……。
   たのしいねー……おてつだいー……ぷろでゅーさーはみんなのおてつだいするんだねー」

こずえ「……こずえもねー……たくさんおてつだいしたよー……おしごとだからー」

こずえ「……ちがうのー?……ときことなかよしだからー……」

こずえ「こずえはー?……こずえ……ぷろでゅーさーすきー……。
   ……こずえとぷろでゅーさーは……なかよしー?」

こずえ「……ときこはとくべつななかよしなのー?
   こずえはすきだけどー……おんなじじゃないのー?」

こずえ「……どおしてー?」




むつみ「こうして人間の精神が、重き荷を背負い砂漠に挑むラクダになり。
   ラクダが牙を剥き咆哮する獅子になり。
   獅子が、あるものをあるがままに受け入れる幼子になる。とツァラトゥストラは言っています」


氏家むつみ(13)

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むつみ「めでたし、めでたし。分かったかな? ニナちゃん」


仁奈「むつみお姉ちゃんの読んでくれたご本は、難しいのでやがります」

市原仁奈(9)

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むつみ「そうですね。私にも分かりません!」

仁奈「お姉ちゃんにも難しいお話だったんでやがりますか」

むつみ「はい、今回の冒険は失敗でした。でもこんな事で諦めたりはしませんよ。
   さあ次のチャレンジは、仁奈ちゃんが私にご本を読んでくれる事ですね」

仁奈「んーと、えーと、これにしてくだせー」

むつみ「私じゃなくて、仁奈ちゃんが選ぶんですよ。だからこれにします、ね」

仁奈「これにしやがります。ざいほーのお話は、むつみお姉ちゃんが大好きです」

むつみ「アラジンとふしぎなランプ。どんなお話でしょうね、ワクワクします!」


菜帆「よばれず押しかけ、じゃじゃじゃーん♪」

海老原菜帆(17)
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仁奈「おーこの声は菜帆お姉ちゃん……、だけどどこにいやがりますかね」

むつみ「声はすれども姿は見えず。不思議ですね」

菜帆「開けてくださーい」

むつみ「まさか!? このご本の中に閉じ込められて」

仁奈「今助けるでごぜーますよ。ひらけゴマーです、むつみお姉ちゃん」

むつみ「開けーゴマー」

仁奈「ひらけゴマー」

菜帆「皆さ~ん、が~ん~ば~れ~♪」

むつみ「あとちょっとです、もっと大きな声を出しましょう。せーの!」

仁奈「ひらけゴマー!」

むつみ「開けーゴマー!」

菜帆「よばれて飛び出し、じゃじゃじゃーん♪
  どんな願いも叶えてさしあげまーす。魔人らしさ感じますか~」


あい「随分と大事だね、半分持とう」

東郷あい(23)

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菜帆「うふふ、助かります~。今日はたーくさんお菓子がありますからね~」

むつみ「開けるのは本ではなく、談話室のドアでしたか。またしてもチャレンジ失敗です」

あい「今日もまた素敵なお茶会になりそうだ」


――――

菜帆「そんな訳でして~、今の私はランプの魔人ジンニーニャのナホなんです~」

仁奈「ランプの気持ち……うう、火に触ったらやけどしちまいそーで……ブルブル」

むつみ「千夜一夜物語のお仕事ですか。ベーリーダンスは? オアシスに生えるナツメヤシは?」

菜帆「色々あるみたいですよ。なのでー、皆さんに役作りのお手伝いをお願いしたいんです~」

あい「月の~沙漠~を はる~ばると~」

むつみ「見えます。王子様とお姫様の旅姿がはっきりと見えます」

仁奈「あいお姉ちゃんは、ステキなお歌を知ってやがりますね」

あい「一曲浪じて皆の気分もほぐれたし、みっつの願いとやらを真剣に考えてみようじゃないか」

菜帆「どんな願いがいいですか~? 私で叶えられたらいいですね~♪」

仁奈「うーんと、えーと、まってくだせー。いっぱいあるのでやってらんねーです」

むつみ「私はもう決まっています。あいさんはどうですか?」

あい「そうだな。願いはあるが、個人的な感傷で今は仁奈君にひとつ願いを譲るとしよう」

むつみ「良かったですね。仁奈ちゃん、お願いがふたつですよ」

仁奈「あいお姉ちゃん、ありがとうごぜーます」

菜帆「お願いは三人でみっつまでですよ~。よーく考えてくださいね~」



あい「願いを譲るだけでは答えとしてつまらないからね。
   そう思うに至った理由を代わりに話そう」

あい「私は今日、四半期に一度の歯の定期検診を受けてきてね。
  悪い所はどこにもないから、診察は五分で終わり。
  後は次の予約客が来るまで、恒例の世間話をしていたんだ」

あい「歯医者さんがぼやくんだよ。歯医者なんて碌な仕事じゃないってね」

あい「皆調子の悪い時は先生助けて下さいって、夜中だろうと押しかけて来る。
  でもって一度調子が良くなったら、はいそれまでだ。葉書一枚よこしやしないってね」

あい「どいつもこいつも薄情もんばっかりだ。
  それでも調子が良くとも来てくれる私みたいな患者がいるから、この仕事は辞められないってね」

あい「それを聞いて恥じ入るところがあったのさ。
  誰かに願いを聞いてもらった私は、きちんと感謝の気持ちを表す事が出来ていたのだろうかってね」

菜帆「うふふ~それじゃああいさんは~、次に助けてもらったらお礼を言えるといいですね~♪」

あい「ぜひともそうしたいものだね」

仁奈「決まりました。菜帆お姉ちゃん、その黒蜜のゼリーをよこしてくだせー」

菜帆「はーい。これでひとつ、お願いを叶えましたよ~♪」

むつみ「良かったですね。仁奈ちゃん、ひとつ目のお願いですよ」

仁奈「いただきまー……これおいしくねーです。
  すっぱくって、なまぐさくって、ぶにゅぶにゅしやがるです」

菜帆「ごめんなさいねー。それはところてんって言って、甘いお菓子じゃないのー」

あい「では私の水羊かんと交換しよう。暑い夏にはところてんが風流だ」

仁奈「あいお姉ちゃん、ありがとうごぜーます」

むつみ「チャレンジ失敗ですね。でもまだお願いは残っていますよ、仁奈ちゃん」

仁奈「甘いお菓子じゃねーなら、教えてほしかったですよ。
  どうして仁奈に意地悪しやがりますですか?」

菜帆「断れない性格なんですよね~。それに今はランプの魔人の気持ちですから~。
  不思議ですね~。この格好だと、わるいことをしたくなります~」

仁奈「むむむ、仁奈はランプの気持ちはまだ分からねーです」

むつみ「ハイハーイ、私のお願いは冒険がしたいです!」

菜帆「冒険ですか~、それじゃあ海賊なんてどうでしょうか~」

むつみ「海賊!? いいですね。これはアドベンチャー。
   荒れる海、凶暴な荒くれ者達、仲間との友情、そして財宝の山……ムッハーッ」

あい「それは大きなお願いだね。とても楽しそうだ」

菜帆「ジンニーニャのナホさんに何でもお任せーと言いたいのですけれど、
  ここはあいさんにもお手伝い頼んじゃいますねー」

あい「これは一本取られたな、舞台に引きずりだされてしまった」

菜帆「あいさん、日常にはちょっとした冒険が必要ですよ~。
  これでふたつ、お願いを叶えることになりますね~♪」

むつみ「海賊と言えば、やっぱり海の漢達の罵り合いですよね」

あい「待ってくれ。海賊と言えば白い砂浜、青い海、小脇に抱える酒樽。
  陽気な音楽にのって歌い騒ぐ、踊りの大好きな人々の事じゃないのか?」

菜帆「それはもう海賊公演でやってしまいましたからね~」

むつみ「あれもまた私の求める世界でした。愛の海賊だなんて、なーんてネイキッドロマンス。
   船長役も美貌と聡明さを兼ね備えたまさに大人の女性、憧れます」

仁奈「チュ チュ チュ チュワ♪」

あい「確かに同じCoアイドルとして、志乃さんには見習うところが多い」

菜帆「同じ事をしてはつまらないですからー、ここは一つ口汚く~」

むつみ「罵声があいさつ、厳しい世界です。ですが恐れていては冒険はできません!
   ののしられそれを返せるようになるまでは、一人前の海賊になれませんから」

あい「最近の若い子は随分と勇敢なのだね。私には恐ろしい世界に思えるが」

仁奈「むつみお姉ちゃん、チャレンジがんばってくだせー」

むつみ「応援ありがとー仁奈ちゃん。私の精一杯の勇気、見ていてくださいね!」

むつみ「かもーおーおん! 意欲が湧いてきました。
   海賊さん、いやあいの姉御。さあどうぞ、へこたれたりなんてしませんよ」

あい「罵れと言われても、人を悪く言うのは日常の語彙ではないからね……。
  やってみせるが、せいぜいが時子君の物真似くらいのものだよ」

菜帆「即興ですから、それで十分ですよ~。手加減してくださいね~」

むつみ「どうか私を罵ってー♪ 敬語交じりの他人行儀は駄目ですよー。
   へいへーい、ピッチャービビッテルーウ。サードカタヨワイヨー♪」

むつみ「罵声こそ私の喜び! 感動! 興奮! ほれ、バッチコーイ!」

あい「大海原は永遠のロマン。冒険の舞台に進水しよう。
  ヨー、ホー、ヨー、ホー、海賊~暮ら~し~」

むつみ「手拍子、お願いします!」

菜帆「新たな歴史の1ページ、はじまりはじまり~。パチパチパチ」

仁奈「うんたんうんたん。手拍子はこんなもんでいいですね、羊かんうめーです」



あい「おい、豚」

むつみ「ひゃっ!」

むつみ「あっ、ええと……ごーろ、ごーろ、ショートゴーロゲッツー♪ アザッース!」

あい「人の言葉を話せないのか、この雌豚は」

むつみ「どんがらがっしゃーん!? ハンデ、ありすぎません……?」

あい「私に敬語をやめてほしいと聞こえたが、丁度良い機会かもしれないな。
  私も家畜を人間扱いする事については、疑問を持っていたんだ」

むつみ「ぷ、ぷるぷるが……止まりません」

あい「ほら、きみの番だよ。そんな生まれたての小鹿のように震えられると、こちらも心が痛む」

むつみ「ひへ……い、今、話しかけると大変なことになりそうで……。
   アドリブは……スリルがありますね! いけるところまでお願いします」

あい「グズは嫌いだ。お前のような腰抜けの海賊はこの船に必要ない。
  ディヴィ・ジョーンズの監獄へ投げ込んでやる。それが嫌ならさっさと帆を上げろ」

むつみ「あーん、あいさんにきーらーわーれーたー。私、帰る。お家帰る~」

あい「いや、違うんだ。嫌いだと言ったのは演技なんだ。
  思い出してくれ、私達は今までずっと仲良くやってきたじゃないか」

むつみ「演技……全部演技だったんですか?」

あい「そうだ、全部演技。嘘っぱちなんだよ」

むつみ「あーん、あいさんの事仲良しさんだって信じてたのにー。
   嘘だって言われたー。本当は私の事嫌いだったんだー。チラッ、チラッ」

あい「まいったなこれは。本当に困ったぞ、私はいったいどうすればいいんだ?」

むつみ「私の事まんまると太った、ほっぺたのぷにぷになかわいい子豚ちゃんだって思ってたんだー」

仁奈「あわわわー、大変でごぜーます。仲良しのお二人がケンカを始めやがりやした。
  菜帆お姉ちゃん、願い事叶えてくれても悪いことばっかりじゃねーですか」

むつみ「ひどいよー狼さん、食べるんなら意地悪な菜帆さんにしてよー。お饅頭みたいにすっごくプニョフワ乙女だよー」

菜帆「良かったですよねー、呪われた財宝のランプが手に入って。
  海賊は財宝の呪いで、皆あんな風にケンカをはじめちゃうんですよね~」

あい「困ったぞー、本当に困ったぞー。誰か私を助けてくれないものか。チラッ、チラッ」

仁奈「だったら仁奈はもう、呪いのランプのお願いなんて要らねーです」

菜帆「うふふ~、願いはみっつきちんと叶えてさしあげますよ~。それまではおわりませーん。
  むつみちゃんは、お願いを自分の為に使っちゃう欲張りさんですから~、ちょっとおまけしてあげちゃいましたー」

あい「むつみ君、我々の間には大きな誤解があるようだ。
  そうだなこんな話を聞いたことはあるだろう。みにくいアヒルの子と言ってだね」

むつみ「みにくい……アヒルの子?」

あい「そうだ、みにくいアヒルの子のお話だ。賢い君ならきっとわかるだろう」

むつみ「もう無理! 立ち直れない、みにくいって言われたー。私アイドルなのにー。
   アイドルなのにみにくいって、もうやだお家帰る。私の人生ザ・エンドー」

あい「そこはジ・エンドだよ。
  むつみ君、きみはところどころ英語が怪しいぞ。
  中学生でそれは困る。後で私が勉強を教えてあげよう」

むつみ「ホントですか、ありがとうございま―――っといけない。
   お家に来るって、藁のお家が壊されちゃう。私住むところもなくなっちゃうよー」

あい「海賊から随分離れてしまっているし、演技指導も必要だね
  きみへ品の無い煽りを教えた野球の好きな人物にも見当はついている。まとめて正座だ」

むつみ「これ、お芝居じゃありません~! 怒ってます、あいさん本当に怒ってますー」

仁奈「なんとか、なんとかしねーとですけど、ううう、えーと。
  みっつめのお願いをするですよ。お二人を仲直りさせてやってくだせー!」

菜帆「はーい、みっつめのお願いですね~。ちちんぷいぷいごよのおんたから。
  ギスギスしちゃ、ダメですよ~。レディはふんわりやさしくです~」

あい「私は正気に戻ったぞ!」

むつみ「海賊対決は引き分けでしたね。グラシアス……みなさん!」

あい「むつみ君、グラシアスはどこの言葉か分かるのかな?」

むつみ「海賊の言葉ですし……パナマとか?」

あい「正解だ。苦手な仕事へ挑んだ君は立派なお姉さんだったよ。
  こまかいところは、おいおい覚えてゆけばいい。私が付いているから」

むつみ「わーい、あいさんにほめられたー。最高のお宝です! ありがとうございました!」


菜帆「良かったですね~、これでまた仲良しさんですよ~」

仁奈「……」

あい「ありがとう、仁奈君。きみおかげで助かったよ、私の為に最後のお願いを使ってくれたんだね」

仁奈「……そうでやがるです……もともと、あい姉ちゃんの分のお願いでした……。
  これで……良かったんです……だれも不幸になんてなってねーのです……」

むつみ「やっぱり冒険に出かけるのは独りだとダメですね。
   仲間との協力がなければ、困難は乗り越えられません」

仁奈「むつみお姉ちゃんは幸せそうでごぜーますね。仁奈も……仁奈も……うれしいと思うですよ……」

菜帆「ぷにょっと、ふわっと、私も魔人の気持ちが分かりましたよ~。楽しむのが一番です~!」

――――

仁奈「……はぁー……」

仁奈「……」

仁奈「……」

仁奈「……」

仁奈「……菜帆お姉ちゃんは、本当に魔法が使えたのでやがります……」

仁奈「……ところてんも、羊かんも要らねーですよ……お願いは使っちまいやがったですから……」



仁奈「……はぁー……」

仁奈「……」

仁奈「……」

仁奈「……」

仁奈「仁奈にはもう、遊んでくれる仲良しのお姉ちゃんが三人も増えていやがるのです。淋しくなんてねーのです」



仁奈「……はぁー……」

仁奈「……」

仁奈「……」

仁奈「……」

仁奈「うぐぐぐぐ……ひぐっ……えぐっ……お家に帰ると独りでも……淋しくなんてねーのです」



仁奈「それでもやっぱり、パパに会いてーですよ。
  魔法のお願いがあるなら、仁奈はよくばりさんでも……海外のパパに会いてーのでごぜーますよ。
  お仕事のジャマは悪いことでも……淋しくないけど……本当は仁奈は淋しーのですよ。ぐしゅっ」


こずえ「……ぱぱって……なあにー?……」


仁奈「……」

こずえ「さびしくないなら……あそんであげるぅー?
   こずえはひまつぶしにまほうでなんでもできるよー?」


こずえ「……いっぽうてきなー……けいやくじゃないのー……。
   ……おだいはー……きちんと……うけとるのー……」


こずえ「こずえとー……とくべつななかよしならー……みっつだけー、ほんものをささげてー……」


仁奈「……」


こずえ「……なにがいいー?……はかば?……ゆりかご?……せかいいちのこうふくー?……」



こずえ「こずえのおねがいはー……これでおしまいー……」






こずえ「ほんとうにーそれでいいのー?」








こずえ「こずえはー……やくそくをやぶれるよー」





おしまい

投下は以上です。
モバマスでの過去作は以下が存在します、興味を持っていただければ幸いです。

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雑談スレで話題がありましたが 他のジャンルですとこんなものも書いたりしていました

キシリア「兄上、私に見合いの話ですと!?」ギレン「うむ」
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