工藤忍「ずるい女」 (85)

ふぅ~シコりましたw これにて早漏です!
実は、オナニーしたらセックスの話を持ちかけられたのが始まりでした
本当は今夜のオカズなかったのですが←
ご厚意を無駄にするわけには行かないので流行りのオナネタで挑んでみた所存ですw
以下、チンコ達のみんなへのメッセジをどぞ

チンコ「みんな、見てくれてありがとう
ちょっと包茎なところも見えちゃったけど・・・気にしないでね!」

アナル「いやーありがと!
私のかわいさは二十分に伝わったかな?」

金玉「見てくれたのは嬉しいけどちょっと恥ずかしいわね・・・」

乳首「見てくれありがとな!
正直、オナニーでイった私の気持ちは本当だよ!」

陰毛「・・・ありがと」モサ

では、

チンコ、アナル、金玉、乳首、陰毛、>>1「皆さんありがとうございました!」



チンコ、アナル、金玉、乳首、陰毛「って、なんで糞>>1が!?
改めまして、ありがとうございました!」

本当の本当に射精

ポツポツポツ…

ザーザー…

ハックション!

アタシの前を歩いていたサラリーマン風のおじさんがちらりとこちらを振り返る。

うう、恥ずかしい。

アタシは慌てて近くのビルの白いひさしへ飛び込んだ。

忍「あー間に合わなかったか…」

出かけた時は青い空も見えていたのに今は一面真っ暗になって激しい雨が降っている。
暖かくなってきたのはいいけど、このところの天気が安定しない。
変わりやすいのは女心と春の空、だったけ?
(男心?秋の空?まあどっちでもいいや)

アタシがアイドルになりたいって気持ちは地元に居た頃からずっと変わらないんだけど、
東京の天気に関してはことわざが正しいみたいだね。

忍「あーあ、ぐしゃぐしゃだ」

雨が降る前に帰ろうと走ったせいで窓ガラスに映ったアタシの髪は乱れていた。

せっかくだからっておしゃれして着けてきたリボンも濡れちゃった、おろしたてだったのに…。

可能な限り手で髪を整え直しながらぼんやりと考える。

忍「やっぱりハクションはないよね…」

アタシだって一応はアイドルの端くれなんだからさ、
クシャミをするにしたって…もうちょっと…

クシュン

とか可愛らしく…そう心配して守ってあげたくなるようにしないと。

やっぱりこういうのは普段からの言動が大事なんだよね。
いくらレッスンして舞台の上とかテレビの画面の中だけで可愛い女の子を演じていても
基本ができてないとすぐにぼろが出ちゃう。

そう、普段から意識してもっと可愛らしく…女の子らしくならなくちゃ。

そうは言っても…

パチパチパチパチ

目の前を通り過ぎる人の傘に当たった雨粒が激しい音を立てて跳ね返る。
いくら可愛らしく装ってもこのにわか雨には通用しそうもない。

努力してみても空の機嫌までは変えられないか…

いつか…トップアイドルになったらアタシの頑張りで天気だって自由自在にできるようにならないかな…

…なーんて、考えても仕方ないか。

とりあえず今のアタシにできるのはなるべく短い時間で目の前の横断歩道を通過すること。

信号機の変わるタイミングを見計い、腕を胸の前でしっかり組むとアタシは雨の中へと駆け出して行った。

P「どうした、ずぶ濡れじゃないか」

撮影スタジオに戻ったアタシをプロデューサーさんが驚いた表情で出迎える。

忍「帰りに雨に降られちゃった。はい、頼まれてた本と…あとお釣り」

買って来た本はビニール袋に包まれて服の中に入れたから濡れてないはず。

雪乃「まあ忍さん、大変ですわ!ちょっと待っていてくださいね」

プロデューサーさんよりも数倍驚いた表情で雪乃さんが控室の奥へ走り大きめのタオルを持ってくる。

忍「ありがとうございます」

P「雨が降ったら途中で傘を買えばよかったのに、お釣りはあったんだから」

忍「あとちょっとの距離だったの。もったいないからいいよ」

P「風邪を引く方がもったいないだろう、アイドルは体が資本だぞ」

雪乃「待っててくださいね、今シャワールームを使わせてもらうようにお願いしてきますから」

アタシよりもプロデューサーさんよりも雪乃さんが一番慌てていろいろと手配をしてくれていた。

どうしてもアイドルになりたくて、でも地元では誰もその夢を理解してくれなくてアタシは家出同然に東京にやってきた。
プロデューサーさんやいろんな人に助けてもらって、どうにか小さなプロダクションと契約をすることができた。

ただ、今のアタシはデビューもしていないアイドルの候補生。

レッスンだって基礎的なものが週に数回あるだけだし、あとは生活のためにアルバイトをするくらい。
学校も編入手続きは終わったけどまだ新年度がスタートしていない。

そんなワケでアタシは空いている時間、先輩アイドルの相原雪乃さんの付き人みたいなことをしていた。

プロデューサーさんに言われたのもあるんだけどテレビ局とか撮影スタジオとか、
普段じゃ入ることのできない場所で芸能界の人たちに会えるのはとっても嬉しかった。

雪乃「はい、ありがとうございます。Pさん、シャワールーム使っていいそうですわ」

電話をしていた雪乃さんがこちらに向き直る。

雪乃「すみませんが忍ちゃんを案内してくださいますか?」

あんまり役に立ってないのかなあ…。

狭いながらも小奇麗なシャワー室で濡れた服を脱ぎながら想う。

本当は付き人のアタシがもっといろいろお世話しないといけないんだけど、
雪乃さんはだいたいの事は自分でなんでもやっちゃう。

アタシにできるのは今日みたいに買い物に行ったり、
おしゃべりの相手をしたり…くらいかな?

昔テレビの画面越しに見ていた時はもっとおっとりしているような印象を受けたんだけど、
実際に会って近くで見るとどこにでもいそうな気さくなお姉さん、って感じだ。

それでもいざ本番となるとキリッと引き締まってみんなを惹きつけるオーラを発する。

ああいう人になりたいなあ…

濡れた体をシャワーで洗い流しながらぼんやりと考える。

P「よく似合ってるじゃないか」

本気とも皮肉ともつかない口調でPさんがアタシの格好に感想を述べる。

雪乃「ちょうどいいサイズが有って良かったですわ」

雪乃さんは心から喜んでくれているみたいだ。

濡れてしまったアタシの服は衣装さんが乾かしてくれている。
その間代わりにと用意してもらえたのはいいんだけど…

P「フードはかぶらなくていいのか?」

忍「まだ髪が乾いてないの!」

やっぱりからかってるんだ。

アタシが着ているのは一見普通の緑色のパーカー、
なんだけどフードの部分に顔がついていて…その…目つきの悪のブサイクが。
穂乃香ちゃんが居たら喜ぶんだろうけどな。

雪乃「帰るまでには服が乾くそうなのでしばらくはそれで我慢してくださいね」

そういう雪乃さんはさっきから美術スタッフの人に鎧を着けてもらっている。
鎧は衣装さんじゃなくて美術スタッフが用意するんだね。

赤い甲冑の胸元には六文銭が刻み込まれていて
普段は普段は編み込んでいる髪を梳かして腰の下まで垂らしている。

髪が長いとああいうのが似合っていいなあ。

えーと、今日の撮影は雪乃さんが主演する映画のポスターに使うスチール写真の撮影。

なんでも現代の女子高生がタイムスリップして、
小松姫になって真田信之と恋におちる戦国ラブロマンス…らしい。

そんなわけで雪乃さんも今日は戦国の鎧だの着物だの
高校の制服だのを着て宣伝に使う写真を撮られることになっている。

P「そろそろ撮影の準備ができたそうだ、それじゃあ行くか」

鎧の装着が終わったころPさんが戻ってきてそう告げる。

雪乃「分かりましたわ。それでは参りましょうか」

雪乃さんは普段からああいう喋り方をするから戦国のお姫様、って雰囲気にぴったりだね。

パシャ、パシャ…

柔和な内にも凛々しさを備えた雪乃さんに向かってシャッター音が連続で鳴り響く。

眩い光を浴びながらみんなに注目されているその姿は
アタシが憧れて来たアイドルそのもので
スタジオの隅で邪魔にならないように立ちながらちょっとだけ見惚れていた。

ああ…早くアタシもああやって撮影されるようなアイドルになりたいな…

「はーい、じゃあ次の衣装いきましょうか」

誰かがそう言うとスタジオの空気がちょっとだけ緩んでスタッフの人たちが各々動き出す。
アタシも雪乃さんの手助けをするために近寄ろうとした瞬間…

ゴゴーン、バリバリバリバリ…

忍「きゃあ」

お、今の悲鳴はなかなか可愛らしかったんじゃないかな。
なんてことを気にしている場合ではなく、
スタジオの中が一転して真っ暗になってしまう。

何だ!?
どうした!
雷か?

部屋の中がざわめきだし、あちこちから小さな光が灯される。

P「これは近くに落ちたみたいだな」

携帯のライトをつけたPさんが近寄ってくる。

雪乃「停電でしょうか?」

雪乃さんがカチャカチャと鎧を鳴らしながらこちらへ向かってきた。

P「最近の建物だと自家発電できるのもあるけど、ここは古いスタジオだからな」

雪乃「そう言えばこのスタジオにまつわる因縁話を聞いたことがありますわ、なんでも昔この土地で合戦があったときに…」

なにそれ、興味ある。
けど今はやめて下さい怖いから。

暗い中で鎧を着ている髪の長い人が目の前にいる状態じゃ聞きたい話じゃないよね。

忍「あ、ついた」

控室に戻って30分ほどすると復旧工事が終わったのか部屋の照明が元通りに点灯した。

これなら撮影を続行できるかな?

雪乃さんは着付けの人に手伝ってもらい鎧武者姿から着物姿に変身をしている。

アタシが理想とするアイドルはスポットライトを浴びて
ステージの上で歌う、っていうイメージなんだけど
ああやっていろいろと綺麗な服や衣装を着ることが
出来るっていうのもアイドルならではって感じだよね。

コンコン

P「入ってもいいかー」

忍「ちょっと待って、今着替え中だから」

部屋の奥は衝立で見えないようになってるけどアタシが立ち上がってドアの外に出る。

P「電気は復旧したんだがな、なんだか機材トラブルが起きたみたいなんだ。撮影の開始が遅れるみたいだからそう伝えておいてくれ」

そういうとPさんはまたスタジオの方へ引き返してしまう。

なんだか慌しいことになっている雰囲気が廊下の向こうから漂ってくる。

窓の外を見てもまだ雨は強く降り続いている。

雪乃「そうですの、それでは仕方ありませんわね。お茶でも飲んで一息つきましょう」

忍「あ、アタシが淹れますから」

和服姿になった雪乃さんはさっきよりもだいぶ動きやすそうだった。

椅子に腰かけてアタシが紅茶を淹れる様子を見ている。

えーと、まずはカップをお湯で温めておいて…

雪乃さんの付き添いをしているうちにアタシもだいぶ紅茶を淹れるのが上手くなった,と思う。

お茶の葉っぱにもいろんな種類があることも教えてもらったし、
ちゃんと蒸らすと風味が全然違うんだよね。

忍「えーと、時間は…」

紅茶を蒸らすにはちゃんと時間を計らないといけないんだけど、
アタシの腕時計はさっきシャワーを借りた時に外したままにしちゃった。

雪乃「これをお使いになって」

雪乃さんがバッグから懐中時計を取り出して渡してくれる。
なんでも海外にロケで行ったとき骨董市で見つけたらしいアンティークの品物。

忍「ありがとうございます」

着物のお姫様に時計を渡されるとなんか変な感じがするね。
戦国時代に時計はあったのかな?

忍「よし、そろそろいいかな」

秒針とにらめっこしながら茶葉が蒸らされるのを待ちカップに注いでいく。

雪乃さんは持ち運びできるティーポットやカップのセットを用意していて
撮影や海外のイベントなんかでも美味しい紅茶が飲めるようにしている。

外国なんかだと水によって色や風味が変わるみたいだけど

「それも旅の醍醐味ですわ」

ということらしい。

忍「どうぞ、お待たせしました」

雪乃さんの座っているテーブルにティーカップを置く。
ちゃんと取っ手の向きに気を付けて。

アタシもレストランでバイトしてるからね、
テーブルマナーだって覚えたんだから。

なんかアイドル以外の事ばかり成長してるね…

雪乃さんは優雅にカップを手に取ると口元に近づけてそのまま少し動きを止める。

口の広いカップから立ち上る香りを楽しんでからそっと口をつけてにっこりと微笑む。

雪乃「美味しいですわよ、忍さんも紅茶を淹れるのが上手くなりましたね」

忍「はい、ありがとうございます」

やっぱりどんなことでも褒められると嬉しくなるね。

ゆっくりと紅茶を飲み終えてその後かなりの間
おしゃべりを続けてようやく撮影が再開した。

「ほら早く照明セットしろ!!」

停電や機材トラブルで遅れたせいで現場にはさっきよりも
ピリピリした空気が張りつめてたびたび怒鳴り声が響いている。

そんな空気の中でも雪乃さんは普段と変わらず堂々と撮影に臨んでいた。

P「ええ、そうなんです。スケジュールの調整を」

そんな中でスタジオの隅ではPさんとスーツを着た偉そうな人、
映画会社の担当さんだったかな、が何やら話し込んでいる。

P「ですから今日はここまでにしていただかないと後のスケジュールが控えていますから」

男「そうは言われましても…こちらも公開まで日程がないもので。リスケしている余裕はないんですよ」

P「それは分かりますが、しかし機材トラブルでは…」

どうやら揉めているらしい。

撮影の予定が大幅に遅れたことで雪乃さんのこの後のスケジュールに影響が出てきちゃうみたいだ。

Pさんもいつになく真剣な顔で担当の人を説得している。

なんかアタシなんかが近寄れないような雰囲気を出している。

雪乃「どうかされましたか?」

カメラのセッティングの合間に雪乃さんがこちらへ向かってくる。

アタシが持っていたタオルを渡すとそれで首筋の汗を軽く拭う。

P「ああ、本当ならこの後もう一回衣装を着替えての撮影なんだが…」

P「今日はもう時間がない。このあとラジオの生番組がある」

男「そうは言われましても、こちらも今日中に撮影を完了しないとポスターの納期が間に合わないんですよ」

お互いに一歩も譲る様子がない。

まあしょうがないよね、どっちが間違っている訳でもないんだし。

自然現象のトラブルで遅れちゃったんだから…でも時間は待ってくれない。

二人の話をじっと聞いていた雪乃さんはアタシにタオルを渡すと、
代わりに懐中時計をアタシの手から取り上げる。

そしてそのままリューズを引き抜いてカリカリ回している。

雪乃「Pさん、落ち着いてくださいませ。まずは時間を確認しないと」

そういうと雪乃さんはゆっくりと、周りのみんなに見せつけるように時計の蓋を開いた。

雪乃「ほらご覧になってくださいPさん。まだこんな時間ですわ。これなら撮影はできますわね」

アタシにもはっきり見えた時計の針は、
スタジオの時計よりも一時間以上前の時刻を指していた。

P「はぁ…」

Pさんが大きく息を吐いて口を開こうとするそれよりも早く、

雪乃「Pさん、私は自分の仕事を途中で投げ出すのは嫌なんですの」

何か言おうとしていたPさんはそれを飲み込むようなしぐさをしてから雪乃さんに

P「いいんだな」

とだけ問いかける。

雪乃「ええ」

微笑んで返事をすると雪乃さんはそのまま後ろに振り返ってスタジオ中に聞こえるような大きな声を出した。

雪乃「皆さま申し訳ありません、私この後の予定が詰まっておりますの。早く準備してくださいね」

そう言ってカメラマンの方へ向かっていく。

P「忍、急ぐぞ」

え、アタシ?

あっけにとられて雪乃さんを見送っていたアタシにPさんが後ろから声をかける。

急ぐって…何を?どこへ?

軽くパニくっているアタシの肩をPさんが押す。

P「受付に言ってタクシーを呼んで待たせておけ。俺もすぐに行くから先に乗っておくんだ」

それだけ伝言すると走り出してしまう。

あ、うん。

返事もできなかったけどアタシもとりあえず受付の方へダッシュする。

ぼんやりと外を眺める。

前の席ではPさんが誰かと電話している。

雪乃さんを乗せるのかと思ったタクシーで
アタシとPさんだけが都心へと向かっている。

いや向かおうとしている、が正しいのかな。

アタシの席から見える限り前方の道はすべて車で埋まっていて
後ろの赤いランプが光っている。
窓の外にある化粧品の看板がさっきからほとんど同じ角度で見える。

まったくどうしてこんなに車が多いんだろう。

とりとめのないことを考える。

こういうのが苦手だ。

アタシは努力してできないことはないって思っている。

だけどそれは能力とか夢を叶えるとかの話であって
短期的には努力では越えられないことがあるのも分かっている。

(結局のところアタシは親を説得する努力を放棄してしまったのだから)

雪乃さんは悪くない。

仕事を途中で投げ出さないのはプロとして褒められていいと思う。
けれどそれが周りに対して悪影響を与えてしまうことになったら、
アタシがその立場だったら雪乃さんのように即座に決断して行動に移せるだろうか。

分からない、答えは見つからない。

分かっているのはその結果としてPさんがさっきからいろんな人に電話をしているってことだ。

Pさんが今しているのは起きてしまったことを補うための努力だ。

いくら努力しても最善の解決策が見つからないことだってある。
努力なんてしても意味がないんじゃないか。

そんな考えが浮かびそうになるから頭を空っぽにして窓の外を眺める。

窓の外は雨がやんで街がオレンジ色に染まっていく。

ずっと向こうで信号が青に変わったけど
ここから見える範囲で動き出そうとする車はいない。

ここから動かなければこの結末を見ないで済むのかな。

まあ、そういうわけにいかないのは分かってる。

D「それで…その子が代役?」

前言を撤回したい。

やっぱり人間努力して道が開けないということはない。

ただし…

誰かの協力があれば、の話だけど。

ラジオ局についたアタシたちは雪乃さんがゲスト出演する予定の番組スタッフに会いに行った。

そしてPさんが雪乃さんの撮影が長引いている状況を説明したあと

P「そういう事情ですので、本日の番組はこの工藤忍が代理で出演いたします」

そう言ったPさんはアタシが見た中で一番いい笑顔をしていた。

作家「それで大丈夫なの、その…忍ちゃんで」

構成作家の人だろうかやや若い男の人がアタシに視線を向ける。

P「ええ、それはもう。アナウンスのレッスンもしっかり受けさせてますからトークもバッチリですよ」

いや、アタシはダンスとボイトレしかしたことないし。アナウンスのレッスンとか初耳だからね?

D「今日は雪乃さんお映画の話するんでしょ、ちゃんと内容入ってる?」

P「大丈夫ですよ、この子は撮影の間もずっと雪乃に付いてましたから」

いやいやPさん、アタシ雪乃さんの映画関係の仕事ついてったの今日が初めてだから。

そんな思いを顔に出せるはずもなく、アタシは出来るだけ不信感を抱かれないように
ラジオ局の人の視線を一身に受けて微妙な笑みを浮かべていた。

あ、今ひきつった。

…これは先にビジュアルレッスンを受けるべきかもしれない。

作家「それじゃあ時間もないから大まかな流れだけ説明しますね」

構成作家の人がアタシに番組の流れを説明してくれたのだけど
正直なところまったく頭に入ってこない。

かろうじて

「このランプが点いたらマイクが音を拾いますから」

というのと

「ボリュームはこちらで調整しますから声の大きさはあまり気にしなくていいですよ」

というのだけは理解した。

壁にかかった時計を見上げる。

長針は12の数字を目指してゆっくりと登っていこうとしている。

ふうー

大きく息を吐く。

ブースの外ではスタッフの人たちが忙しそうに最後の点検をしている。

アタシの初めてのラジオ出演。

アイドルを目指しているんだし、マスコミに出るのは避けて通れない。

ううん、それを目指して頑張ってきたんだ。

でも、こんな形の出演はまったく想定していない。

ライブとかテレビ出演とか、リハーサルを何回か繰り返して
だんだんとテンションを上げていって本番に臨む。

そんなデビューを漠然と想像していたアタシにいきなりやってきた出番。

アタシの鼓動がおさまるまで時計の針は待ってくれなさそうだ。

今日はあくまで雪乃さんの代理なんだから、
アタシの事はあんまりしゃべらずに映画の話を…

映画の内容とアピールポイントは
さっき急いでPさんと打ち合わせてメモに取ってある。

雪乃さんからも待ち時間の雑談である程度お話を聞いているから、
ちょっとした撮影の裏話でも出来れば十分だよね。

ああ…それにしても…緊張する。

どうしよう、緊張のあまり方言とか出ちゃったら。

大丈夫だよね、一生懸命に発音連取したんだもの。

うう、でもこんなにドキドキしたことないし…

もし万が一、失敗したら…

弱気になってはいけないと思えば思うほど
悪い想像が頭の中を駆け巡る。

♪~

やがて軽快な音楽が流れて番組がスタートしてしまう。

瞳子「こんばんは今日も一日お疲れさまでした、服部瞳子です」

目の前でパーソナリティーの女性が落ち着いた口調で話しだした。

瞳子「東京ではすっかり暖かくなり桜も見ごろを迎えています」

瞳子「この週末でお花見をされた方も多いのではないでしょうか」

アタシの目の前に設置されたマイクのランプが点灯する。

いよいよだ…

瞳子「本日は番組にゲストの方をお招きしています」

来ちゃったあ…

マイクに音が入らないように気を付けて息を吸い込む。

アタシの人生史上最大級に心臓がドクドクと鳴っている。

瞳子「それではご紹介を…」

瞳子「はい、はい。少々お待ちください」

瞳子「どうやら電話がつながっているようです」

瞳子「えーと、もしもしー。聞こえますか?」

雪乃『はい、もしもし』

電話の向こうから雪乃さんの声が聞こえる。

雪乃『皆さんこんばんは、相原雪乃です』

雪乃『すみません、移動に時間がかかってしまいまして』

雪乃『もうすぐそちらに着きますから少々お待ちいただけますか』

瞳子「はい、そういう訳でゲストの相原雪乃さんでした」

瞳子「ちょっと交通事情が悪いみたいですが到着次第来ていただきますのでリスナーの方は楽しみにお待ちくださいね」

瞳子「それでは一曲聞いていただきましょう」

アタシの目の前のランプが消えてイヤホンに声が届く。

D「ハーイ、お疲れさま。曲がかかったら忍チャンはブースから出てきてね」

ディレクターさんの声を聴いたとたんアタシは全身の力が抜けて椅子の背もたれに体を預けてしまった。

ブースから出たアタシをPさんが待ち構えていた。

P「お疲れさま忍」

忍「雪乃さん間に合ったんだ」

緊張から解放されたのと混乱でうまく頭が回っていなかった。

P「ああ、撮影のスタッフが気合い入れて短時間で終わらせてくれたってさ」

Pさんは腕時計をのぞき込む。

P「だけどまだ終わってないからな。ちょっと一緒に来てくれ」

そう言ってアタシをスタジオから連れ出してしまう。

忍「アタシはもうあの部屋に居なくていいの?」

P「ああ、スタッフには説明しておいた。これから雪乃を迎えに行く」

迎えに行くってまたタクシーでも呼んでくるの?

そう思っていたけどPさんがエレベーターで向かったのは地下の駐車場だった。

忍「玄関じゃないんだ」

P「まあ正門だといろいろ面倒なことになりそうなんでな、守衛さんに話は通してあるから」

エレベーターを降り地下は天井が低く照明も薄暗い。

なんか見たこともない高そうな車がいっぱい並んでいる。

P「そろそろなんだけどな」

Pさんはしきりに腕の時計とにらめっこをしている。

ブオオオン、ブオオ、オン、ブウウウウウン、ブオオオオオオ

入口の方からけたたましい爆音が響いて、バイクが駐車場に走りこんできた。

P「俺はエレベーターを呼んでくる。忍、手を振って合図をしろ!!」

え、どういう事?

それだけ言い残してPさんは通路に向かって走り去ってしまう。

残されたアタシは必死になってバイクに手を振る。

あ、こっちに向かって来た。

キキキキー

アタシの目の前で二人乗りのバイクが急停車する。

雪乃「忍ちゃん、これお願いします」

後ろのシートから飛び降りた雪乃さんがアタシにかぶっていたヘルメットを手渡す。

忍「あ、はい」

セーラー襟ベストの女子高生になった雪乃さんはそのままPさんが消えた通路に走りこむ。

タッタッタッタ…

呆然としてその背中を見送ったアタシに後ろから声が掛けられた。

「おい」

運転席に座っていた人がヘルメットを取ると長い髪がふわっとたなびいた。

女のひと、だよね。

彼女の裾の長い学ランみたいな服は派手な文字や模様が刺繍されている。
その大きく開いた胸元には白いさらしが巻いてある。

うーん、青森で祭りの時に見たことがあるけど…
東京でもこういうスタイルの人はいるんだ…

拓海「おい、いつまで持ってんだ。メット寄越せよ」

忍「あ、はい」

何がどうなってるのか分からないけど逆らわない方がいいよね、こういう場合は。

アタシが大人しく渡したヘルメットを受け取るとその人は代わりに何かを投げてきた。

反射的に両手で受け取ると意外と可愛らしいデザインの小銭入れだった。

拓海「喉が渇いた。なんか飲むもん買ってきてくれ、あんたの分もついでにな」

拓海「お、サンキュー」

アタシが自販機で買ってきたコーラを受け取るとふたを開けて一気に喉に流し込んでいく。

瞳子『雪乃さんは今度映画にご出演されたそうですが』

雪乃『ええ、初めて時代劇に出演させていただきましたの』

雪乃『初めての事ばかりでとっても貴重な体験をさせていただきましたわ』

瞳子『ではそのあたりの話もゆっくりとお聞きしたいと思いますが、まずはメールが届いているのでご紹介しましょう』

スピーカーから現在オンエアされている番組が流れてくる。
番組は何事もなかったかのように和気あいあいと進行していく。

拓海「たいしたタマだぜ、あいつ」

ボソッと呟く。

雪乃さんの事かな?

拓海「ぶっ飛ばしてるときには、アタシにしがみついてガタガタ震えていたくせに」

拓海「そんな様子も見せねえで普通にしゃべってやがる」

どうやらこの人が雪乃さんをここまで運んで来てくれたことは分かった。

拓海「ま、アイドルってのもそれほどヤワじゃ務まらねーみたいだな」

拓海「おい、アンタは…この放送局のバイトか」

忍「え?いえ…アタシは…アイドルです」

今はまだ見習いだけどね。

拓海「ふーん、そうか。やっぱり可愛いもんな」

えー、そうかな…へへ…可愛いだって…
この人見た目は怖そうだけど案外いい人だね。

忍「えーと…」

拓海「ああ、アタシは向井拓海ってんだ」

忍「あ、工藤忍です。初めまして」

なんだか間抜けな自己紹介になってしまった。

拓海「実はさ…アタシも誘われたことがあるんだ…その…アイドルに…」

忍「えー」

ギロリと睨まれる。

しまった、思わず口に出してしまった。

拓海「はぁ…まあそうだよな、普通はそう思うよな。こんなアタシをアイドルにだなんてさ」

忍「あ、あはは…まあ…」

下手にフォローしない方が良いのかな?

拓海「まったくあのPのやつはいったい何を考えてるんだか」

ポーン

エレベーターが到着して中からPさんが出てくるのが見えた。

拓海「おっと、噂をしたら…忍、わりぃがこれ捨てといてくれ」

飲み終わったコーラの空き缶を受け取ると
拓海さんはヘルメットをかぶってバイクのエンジンをかける。

拓海「あいつに伝えておいてくれ、借りは一つ返したからなって」

忍「はい。あ、あの…ありがとうございました」

ブロ、ブロ、ブロロロ

そう言い残すと拓海さんはさっきより軽い音を響かせて地下駐車場から出て行った。

P「あー行っちまったか」

拓海さんのバイクが見えなくなったころPさんがアタシの隣にやってきた。

忍「うん、借りは一つ返したってさ」

P「そうか、悪かったな。いろいろと忍を使ったりして」

忍「ううん、いいよ」

Pさんの表情はさっきまでよりもずいぶんと和らいでいた。

P「じゃあ俺たちも上に戻るか」

忍「うん」

忍「うわー。夜景だ、きれいだなあ」

スタジオではまだ雪乃さんがゲストトークをしている最中だったので
アタシとPさんは見学がてら更に上の階へやってきた。

大きな窓ガラスの外はすっかり夜になっていていた。
それでもこの大きな街はあちらこちらで眩い光を放っている。

そんな中でもひと際輝く大きな塔が見える。

忍「ねえねえPさん、あれ東京タワーだよね」

P「そうだけど、まだ見たことなかったのか」

忍「うん、移動の時とかにビルの隙間とかから見えたことはあるけどさ」

忍「こんなに大きいのは初めてだよ」

夜になってピカピカにライトアップされた塔は夜空まで届くようにオレンジ色に光っていた。

P「忍はこっちに来てから観光とかはしてないのか」

忍「うん、いろいろ忙しかったしね」

それにまあ、アタシは観光するために来たわけじゃないから。

忍「でも夜なのに街中が明るいと東京に居るんだなって気がするね」

忍「あ、あそこのスタジオ」

P「ん、どうした」

アタシたちがエレベーターの方へ戻ろうとする途中のスタジオで番組の収録をしていた。

それは新人のミュージシャンやアイドルが日替わりでパーソナリティを務める深夜番組。

P「ああ、あれは録音だな。今は下で生放送してるから」

忍「うん、そうだね」

アタシは地元に居た頃よくこの番組を聴いていた。

アイドルになる為に標準語の練習をしたり最新の流行をチェックしたり。

お気に入りだったパーソナリティーは変わっちゃったけど、
それでも番組のテーマソングを聞くと当時の感覚が蘇ってくる。

忍「アタシにとってこの番組が東京だったんだ」

あの時部屋で一人でラジオを聞いて憧れていた東京に今アタシはいるんだ。

そう思ったらなんとなく胸が熱くなってきた。

忍「ねえPさん。アタシもっと頑張る」

忍「アナウンスのレッスンとかトークの練習とかもちゃんとやる」

忍「だからさ、アタシがアイドルとして売れてきたら…こんな番組に出たいんだ」

具体的な夢をPさんに語るのは少し恥ずかしかったけど
今はなんだか素直に口にすることが出来た。

P「そうか忍はあの番組に出たいのか」

忍「うん」

P「ふーん、ちょっと待ってろ」

あれ?

そう言ってPさんはスタジオの中へ入って行ってしまう。

ガラス張りのスタジオは中の様子が廊下からでも見える。


あ、なんだかスタッフの人と肩たたき合ってる。

あ、こっち見て笑ってる。

あ、なんか手招きしてる。

何?アタシも入って来いっていうの?

P「おう忍、ゲスト出演が決まったぞ」

はい!?

D「ちょうどいまオープニングトーク収録してるからCM明けからゲストよろしくね」

え、ちょっと待って。

確かに出たいとは言ったけどさ。

それは今日、いますぐという意味じゃなくてさ。

もっとアタシがアイドルとして成長してから。

D「お、ちょうど終わった。それじゃあゲストさん入りまーす」

ちょっとPさん。

P「頑張れよ。どうせ収録だから好きなようにしゃべっていいぞ」

そういう問題じゃないと思うんですけど。

♪パッパッパッパパラパラパ

友紀「姫川友紀の勝利の方程式、今日はなんと飛び入りでゲストが来てくれました!」

友紀「それでは自己紹介どうぞ!!」

忍「み、みなさん初めまして、工藤忍です」

友紀「とういうわけで今日のゲストは新人アイドルの工藤忍ちゃんです」

パチパチパチパチ

うわー姫川さんて本当に普段からユニフォーム着てるんだ。

友紀「それで忍ちゃんはどこのチームのファンなのかな」

忍「いえ、すみません。あんまり野球の事は知らないんですけど」

友紀「そうかー残念。それじゃあ忍ちゃんのプロフィールはっと」

友紀「えーと、なになに。16歳のA型、趣味はおまけ集め」

友紀「お、青森出身なんだね」

忍「はいそうです。アイドルになる為に上京してきました」

友紀「おー、若いのに頑張るねー。アタシも応援しちゃうからね」

忍「はい、ありがとうございます」

友紀「青森といえば…やっぱりキャッツのキャプテン、坂本選手だよね」

友紀「去年はちょっと残念な成績だったけど今年はきっと活躍してくれると思うよ」

友紀「忍ちゃんは坂本選手知ってるかな?」

忍「えーとお父さんが野球好きなんで…」

友紀「そうだよねーやっぱりカッコいいもんねー」

あれ、もしかしてアタシの話あんまり関係なく野球トークになるのかな?

友紀「お、さすがうちのスタッフは優秀ですね。さっそく調べてくれました」

友紀「青森と言えば」

忍「はい、青森と言えば」

何が来る?りんごかな?ねぶたかな?せんべい汁の可能性も…

友紀「青森に市営野球場があるそうですね」

やっぱり野球の話かー。

忍「野球場ですか、ええと…」

そんなのあったかな?

友紀「ええとね、合浦公園?の中にあるみたいなんだけど」

忍「ああ、合浦公園。桜があるところです」

友紀「その青森市営野球場で、なんと日本初のプロ野球完全試合が達成されているのです」

パチパチパチパチ

え、なにそれ?すごいことなの?

友紀「しかも!ここ重要だよ、達成したのはわれらがキャッツの大先輩、藤本英雄さんなのです」

友紀「藤本といえば野球殿堂入りもしている日本プロ野球界のまさにレジェンド!!」

忍「わあーすごいですね。地元だけど全然知りませんでした」

よく分からないけど、とりあえず合わせておこう。

友紀「他にも青森と言えば…あ、三沢高校の太田幸司もいるよね」

友紀「あれでしょ、松山商業との延長18回投げあった人。そんな熱い試合生で見てみたいよね」

忍「あ、その話はお爺ちゃんに聞いたことがあります」

友紀「うんうん、やっぱり青森のヒーローだよね!」

友紀「太田もキャッツで活躍してたしこれはもう、青森とキャッツは切っても切れない仲!!」

友紀「まさに球界のホームラン王と亀○万年堂の関係だよね、忍ちゃんもそう思うでしょ!」

忍「ええ…そうですね」

友紀「うんうん、分かってるねー」

だんだんこのトークの凌ぎ方が分かってきた気がする。

友紀「それに名前もいいよね、ほら工藤と言えばさ居たじゃない。左腕の優勝請負人が」

友紀「まあ今は別のチームで監督してるけど」

友紀「忍だってほら、まあキャッツのライバル球団だけどいいベテランのピッチャーだよね」

友紀「と言うわけで、忍ちゃんはまさに野球ファンいやキャッツファンになる運命なんだよ」

友紀「忍ちゃんはキャッツの試合見たことあるかな?」

忍「あ、テレビでなら…」

友紀「それじゃあ今度一緒に球場に行こうよ、大きな場所で声を出して応援するととっても気持ちいいよ!!」

友紀「球場で飲むビールはもう最高なんだから」

忍「あ、アタシまだ未成年なんで」

友紀「お酒じゃなくても、うどんとかアイスだってあるんだよ。野球見ながらたべると美味しいんだから」

忍「あー、外で食べるのっていいですよね」

友紀「別にキャッツの応援ってわけじゃなくてもいいんだよ。野球に興味を持ってくれればー」

友紀「ほら外崎くんとかどうかな、実家が弘前でリンゴ農家経営してるっていうし」

忍「あ、それは親近感が沸きますね」

友紀「そうでしょそうでしょ。そういうところから野球に興味を持ってもらって…」

P「お疲れさま」

Pさんがアタシにコーラを手渡す。

ゴクゴクゴクゴク…

さっき拓海さんがしていたみたいに一気に喉の奥へ流し込む。

忍「ふうー」

P「どうだ、初ラジオに出た感想は」

忍「野球の話ばかりしてた」

野球の知識がほとんどないアタシだけど
姫川さんが上手くトークを誘導してくれたおかげで
話が途切れるようなことはなかった。

終わったときに時計を見たら30分も経っていて信じられない気持だった。

忍「あんなに長い時間しゃべってて大丈夫だったのかな」

P「まあ普段から長すぎて放送の時にカットするので有名な番組だしな」

P「さっきみたいに硬くなってはなかったみたいだな」

Pさんも缶コーヒーの蓋を開けてアタシの横に座る。

窓の外には相変わらず明るい夜の空が広がっている。

忍「まあね、二回目みたいなものだし。緊張する前に始まっちゃったから」

P「それは良かった。さっきのはいいリハーサルだっただろ」

もう他人事みたいに。

忍「それにね」

P「ん?」

忍「今のはアタシがゲストとして出演したでしょ。だからあんまり緊張しなかったのかも」

P「どういう意味だ?」

忍「ほら、さっきのは代理だったしさ…失敗したら雪乃さんに迷惑かかるじゃない」

P「あーそういうことを考えていたのか…しまったな」

最後は聞こえないくらい小さな声でつぶやいたPさんがコーヒーの缶をテーブルに置く。

P「まあ確かにそれはそうなんだが…」

P「放送が始まればスタジオに居るのは忍だ」

P「ゲストとして堂々と自分のアピールをして良かったんだぞ」

忍「そんなの、出来ないよ」

今のアタシが普通にしてたら夕方の生放送のゲストなんて務まらないもの。

P「そんなに謙遜しなくてもいいぞ。別に他に人がいないから忍を代役に立てたわけじゃないし」

それって少しは期待してもらってるってことでいいのかな?

でも、この人は口の上手さが一流だからなあ。

忍「けどさ、やっぱりトラブルで来れなくなった人を差し置いて自分が呼ばれましたみたいな顔は出来ないよ」

今回の雪乃さんは悪くないんだし。

P「そうかな」

忍「そういう、人のいない間に入り込むのって…ちょっとずるくない?」

P「まあ、そういう考え方もあるけどな」

忍「お客さんにしたら期待と違うものを出されたようなものだし」

忍「美味しいお蕎麦食べようとお店に行って、カツ丼出されたらガッカリするじゃない?」

P「だったら美味しいカツ丼出せば良いだろう。食べた人が十分満足できるような」

うーん、なんだか納得できない。

P「さっきさ、藤本英雄の話が出ていただろ」

また野球の話?

えーと、合浦公園で完全試合した人だよね。

P「さっき資料を見せてもらったんだけど、あの試合は本当は別の人が投げる予定だったんだ」

P「それがその人が当日腹を壊して急きょ藤本が投げることになったんだ」

忍「ピンチヒッターだったんだね」

P「まあピッチャーだけどな」

あれ?アタシ何か変なこと言ったかな?

P「けど藤本も自分が投げるつもりはなくて前の日は一晩中マージャンしていたそうだ」

忍「えーそうなんだ。プロ野球の人って体調管理とか厳しいと思ってた」

P「まあ昔の話だからな」

P「2,3時間しか寝てないのに監督に先発を告げられた藤本はこういったらしい」

P「監督、まかせておいてくださいよ」

忍「ふふっ、いい加減な人だね」

P「まあそれでもチームメイトの好守も手伝って見事日本初の記録達成となったわけだ」

そっか、万全のコンディションでなくても大記録は生まれたのか。

忍「うん、分かった」

まあ今は理屈じゃPさんに勝てそうにないしね。

忍「アタシももっと努力していつチャンスが来てもちゃんとお仕事できるようにする」

忍「それで満足してもらえるか、今は自信ないけどアタシなりに精一杯やるからさ」

忍「だからもっとお仕事いっぱい取ってきてね、プロデューサー」

ちょっと図々しい言い方かな、まあいいよね。今日はアタシ十分頑張ったし。

P「うん、そうだな」

話は終わり、というようにPさんが立ち上がる。

P「それじゃあ帰るか」

忍「うん」

あれ?

忍「そういえば雪乃さんは?」

P「ああ、ゲスト終わっていったん撮影所に戻った。荷物とか置いてあるからって」

あー、そうか。本当ならそういうのアタシの役目なんだよね。

明日会ったらお礼言っとかなきゃ。

穂乃香「忍ちゃん、駅に着いたよ」

肩を揺さぶられて眼を開ける。

人が波のようにうごめいてホームへと降りていく。

あ、いけない。

穂乃香ちゃんに続いてアタシも慌ててその後を追いかける。

穂乃香「大丈夫?あんまり寝てないんじゃない」

忍「うん、ありがとう。助かったよ、寝過ごすところだった」

昨夜は収録されたラジオ番組のオンエアを独りで聞く勇気が出ずに
結局女子寮の穂乃香ちゃんの部屋に押しかけてしまった。

放送を聞いているときはドキドキがとまらなくて
自分の出番が終わってもしばらくは夢見心地だった。

興奮収まらずに深夜にも関わらず穂乃香ちゃんにおしゃべり付き合ってもらって
彼女が休んだ後も寝付けなくて何度も寮の食堂に降りてお茶飲んだりしたっけ。

明るくなってきてからようやく寝付いたけどあんまり休んだ気がしなくて
それでも妙に頭が冴えている気がして、気持ちが高ぶっている。

うん、今ならアタシも完全試合出来るかもしれない。

忍「おっと」

階段で足を引っかけてしまった。

穂乃香「ほら、気を付けて」

穂乃香ちゃんが手をつかんでくれて体勢を立て直す。

あぶない、あぶない、油断したらダメだね。

一歩ずつ確実に踏み出していかなきゃ。

忍「おはようございまーす」

穂乃香「おはようございます」

元気よくドアを開ける。

見慣れた事務所のデスクではワイシャツ姿のPさんがパソコンに向かっている。

P「どうだ忍、昨日のオンエアは聞いたか」

忍「うん、ちょっと恥ずかしかったけど」

収録したときのことを完璧には覚えてないけど、あんまりカットされてなかったみたいだった。

忍「いい記念になったよ。ありがとうねPさん」

P「番組のホームページは見たか?」

ホームページ?そういえばそんな話をしていたような気もする。

P「ほらこっちに来て見てみろ」

Pさんがパソコンをアタシたちの方へ向ける。

穂乃香「わあ可愛い。ねえ忍ちゃん、この服。あれですよね」

収録終わった時に友紀さんと記念撮影して
昨日の放送終了後に番組公式サイトに写真がアップされたんだよね。

そしてあの日アタシは昼間雨に降られて
その代わりのパーカーを着たまま放送局に向かった訳で…

ま、まあフードをかぶらなければ普通の緑のパーカーだし。

アタシが何を着てたか分かる人はほとんどいないでしょう。

熱狂的なあの生物のファンの他には。

P「いい笑顔してるじゃないか」

忍「うん、おしゃべり楽しかったし。今度はもっとうまくトークできるようになれたらいいな」

Pさんと約束もしたもんね。

P「評判も良かったみたいだぞ、ほら」

Pさんが別の画面を開く。

穂乃香「これは何ですか?」

P「番組に寄せられた感想だよ、番組スタッフの人が送ってくれた」

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ゲストの忍ちゃんとっても良かったです。また呼んでください

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こんなに純粋そうな子がキャッツの沼に沈んでしまうのか ( ノω-、)

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ゲストの子声がとっても可愛いですね、気に入りました

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久々に野球以外のゲストが来たと思ったら野球の話しかしてなかった

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初めて投稿します。
自分もこの春から進学で青森から東京に出てきました。
独り暮らしで不安な夜にラジオをつけたら同郷の女の子が喋っていて自分も勇気をもらえました

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忍「Pさん、これって」

P「ファンレターだよ」

忍「ファンレター…」

P「そうアイドル工藤忍の最初のファンの人たちが送ってくれた励ましのエールだ」

ファン。

アタシのファン。

誰も知ってる人のいない東京に出てきて
アイドルになりたくて、でも遠回りばかりしてるアタシに…
まだデビューもしてないし、ステージにだって立ってないのに…

こんな、こんなアタシでも…応援してくれる人がいるんだ。

それもこんなにいっぱい。

忍「ねえPさん!」

ドン!

忍「アタシ返事書く、この人たち全員に!」

伝えなきゃ、この感謝の気持ちを。

P「お、おお…、気持ちは分かるがまあ落ち着け」

P「投稿フォームから送られたから全員のメアドが分かるわけじゃないし、それに番組に送られたものだからな」

そっか、個人情報とかあるもんね。

P「それでも出来るだけ返信しといてくれって番組スタッフには頼んでみるよ」

忍「お願いします!!」

忍「あ、あと…このコメントって印刷してもらえないかな」

ファンのみんなからの声、できれば手元に残しておきたいんだ。

P「印刷…まあプリントスクリーンで良ければすぐにできるけど」

忍「うん、ありがとう」

P「ああ、ちょっと待ってろ」

Pさんがパソコンを操作すると複合機から紙が出てきた。

アタシの大切なファンからのメッセージ、大事にしようっと。

うー、それにしてもまだこの高ぶった気持ちは抑えきれない。

そうだ!

忍「Pさん、それじゃあレッスン行ってくるね」

こういう時はトレーニングするに限る。

P「落ち着け、まだ時間来てないんだし。今から行ってもスタジオ入れないぞ」

うう、それもダメか。

穂乃香「それじゃあせめてボイトレだけでもしませんか」

おお、ナイスアイデア。

さすが穂乃香ちゃん。

忍「そうだ、声出そう。屋上行こう、穂乃香ちゃん」

P「屋上かあ、あんまりご近所さんに迷惑かけるなよ」

忍「うん、気を付ける」

Pさんに返事をすると階段に向かって走り出す。

アーーーーーーー

二人のユニゾンが青空に響いていく。

お腹で息を吸い込んでビルの谷間めがけて大きく声を吐き出していく。

アタシの事を知ってくれた人、応援してくれた人がこの街のどこかに居るんだ。

そう思うといつもよりも大きな声が出せる気がする。

一生懸命に頑張らなくちゃ。

アタシのためだけじゃなく、アタシを応援してくれる人のためにも。

穂乃香「忍ちゃん、今日は調子いいみたいですね」

うん、最高の気分だよ。

今はまだ…

アタシの歌はファンの人たちに届かないかもしれないけど、

それでも頑張って、

いつかは、きっといつかは

あなたにアタシの声が聞こえるように精一杯努力するからね。

だからもう少しだけ待っていてほしいな。

『ところでPさん』

『なんですか?』

『さっき忍ちゃんの最初のファン、っていってましたけどPさんはどうなんですか』

『う…それは』

『忍ちゃんのファンじゃないんですか?』

『んー、俺は…アイドルになりたくてそれを目指している女の子のファンなんです』

『ふーん、じゃあその子がアイドルになったら?』

『嫌な質問しますね。アイドルになったら…立場上ファンのままではいられないこともあるんです』

『ふふっ、大人は大変ですね』

『あなたがそれを言いますか。そういうちひろさんはどうなんですか』

『私ですか、私は夢に向かって頑張っている人みんなのファンですよ』

『あー、ズルい。それ俺の答え聞いて考えたでしょ』

『えへへ。そんなことありませんよ』

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本編以上になります。

以下おまけコーナーです。

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柚「いやー、雪乃さんの映画良かったねー」

穂乃香「はい、とっても感動的でした」

忍「カッコよかったよね。アクションシーンは見とれちゃったよ」

あずき「特にクライマックスのシーン」

忍「うんうん」

柚「河原で幸村サンと小松姫が一騎打ちする場面は迫力があったよね」

忍「結局負けちゃったけどね」

穂乃香「でもすぐに夫の信之さんが駆けつけてきてくれて」

柚「やっぱり夫婦の絆っていいものだねー」

あずき「敵に回っちゃったけど幸村さんは信州のヒーローだからね、カッコよくて良かったよ」

忍「この後はどうする?」

穂乃香「まだ時間はありますけど」

あずき「うーん、そうだね。もうちょっと遊びたいね」

柚「お、ねえねえあずきチャン。あそこ見て」

あずき「ん?あれもしかしてPさんじゃない?」

柚「へっへー、こんなところで見つけるなんて奇遇だね」

タッタッタッタ

忍「あ、柚ちゃん。走って行っちゃった」

トントン

あずき「あ、Pさんの右肩叩いた」

穂乃香「Pさんがそちらを見ましたね」

忍「でも柚ちゃんはそのスキに左側へ回り込んだ」

トントン

あずき「また叩いた」

サッ

穂乃香「Pさんが振り向くより前に素早くまた右側へ戻って」

P「(…これは誰かの悪戯だな)」

P「(街中でこんなことを仕掛けてくるような相手と言えば…)」

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忍「あー、Pさんが首をかしげたまま固まってる。考えてるのかな」

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トントン

P「(また右から、これは左に回り込む…と見せて右のパターン!」

クルッ

P「(んん?視界がふさがれた)」

??「だーれだ」

P「(耳元で声がする)」

P「(おそらく口を開いたのはあずきだろう)」

P「(が、さっきからの動きから推測してこんな悪戯をするのは…おそらく…)」

ガシ

P「柚だろう、後ろに居るのは」

柚「ブブー、はーずれー」

P「(確かに柚の声がするのだが)」

P「(つかんだ手首をゆっくりと左右に開くと正面に柚がいた)」

柚「いやー惜しかったねPサン。柚はこっちだよ」

P「しまった、裏の裏をかいてあずきだったか!」

P「(そう思って後ろを振り向くと)」

穂乃香「私でしたー」

P「まさか穂乃香までイタズラに加担していたなんて」orz

柚「アタシたちの中でPサンに背が届くの穂乃香ちゃんぐらいだものね」

あずき「今日は穂乃香ちゃんがヒール履いてたから助かったね」

穂乃香「ごめんなさい、つい楽しそうだったので」

P「いやいいんだ」

柚「でも惜しいところまでいったよね」

あずき「そうそう、そんなPさんには残念賞として」

柚「カワイイ女子高生たちとご飯を食べる権利を差し上げまーす!」

パチパチパチパチ

P「可愛いって…誰の事だ」

あずき「ハイハイ」ノ

柚「はい、カワイイ」ノ

穂乃香「か、可愛いですか?」ノ

忍「アタシも」ノ

P「お前らかよ!いやそうだろうと思ったけど!」

P「ようするにたまたま俺を見つけたんで飯をたかろうっていうんだな」

柚「えーいいじゃん、たまにはアタシたちと親睦を深めてよ」

P「いや十分深まってるような気がするんだが」

あずき「ねえ」ツツ

あずき「Pさん、あずきたちとご飯食べるのイヤなの?」ウワメズカイ

P「い、嫌という訳じゃあないけど」

あずき「最近はPさんもあずきたちもお仕事忙しくてなかなかお喋りできないでしょ?」

あずき「最近触れ合いが少なくて寂しいなーなんて、思ってるんだよ」

あずき「ねぇー、いいでしょ。あずきのお願い叶えてくれるのはPさんだけなんだよ」クイクイ

P「うう、分かった。分かったから、袖をつかむな」

あずき「やったぁ、おねだり大作戦、大成功」

柚「さすがあずきチャンだね」ハイターッチ

あずき「そーでしょー、最近は演技レッスン頑張っているからね」

忍「アハハ、ごめんねPさん」

P「まあいいんだ。ここで会ったのも何かの縁だし」

柚「そーそー、イチゴ一会は大事にしないとね」

P「(おそらく意味分かってないな)」

P「まあいいや、その辺のファミレスでいいよな」

あずき「はーい」

P「そういえばパンフレット持ってるけどみんなで映画見に行ってたのか」

柚「うん、そーだよ」

忍「演技の勉強にもなるからね」

あずき「ねえ偉いでしょ、だからご褒美ー」

P「だからもうファミレス入ってるだろ。注文は決まったのか」

柚「あ、アタシはトマトソースのパスタで」

あずき「あずきはオムライスがいいなっ」

穂乃香「私はチーズのシーザーサラダをお願いします」

忍「アタシはクラブハウスサンドを」

柚「ねえねえPサン」

P「ん、何だ?」

柚「アタシも時代劇出たい。かっこいいやつ」

忍「あ、いいね。挑戦してみたいかも」

あずき「あずきも、あずきもー。ねえ、Pさん、あずきはお姫様の役がいいな。セクシーなやつ」

P「時代劇でセクシー姫ってどういう設定だよ」

あずき「いいじゃない、それで城を抜け出して悪人を懲らしめるんだよ」

あずき「穂乃香ちゃんは女剣士なんて似合うんじゃない」

穂乃香「え、私ですか?」

柚「いいねー。きっと決まると思うよ」

あずき「それであずきと一緒に悪いやつを成敗しようよ」

柚「なんていったっけ、あのポニテみたいな髪型」

あずき「若衆髷かな」

柚「あれしたら似合うと思うよ」

穂乃香「そ、そうでしょうか」

柚「アタシはカワイイ町娘とかがいいな、悪い人にさらわれそうになるの」

忍「そこで穂乃香ちゃんが助けに入るんだね」

柚「そうそう家に帰るとお父さんが病気で」

あずき『ごほごほ』

柚『おとっつあん、おかゆができたわよ』

あずき『いつもすまないねえ、俺が元気ならばお前にこんな苦労を掛けないんだが』

柚『それは言わない約束でしょ』

あずき「ほら忍ちゃん」

忍「え?えーと?」

忍『おう、邪魔するぜ』

忍『おうおう、千川屋さんが貸した三十両の借金はどうなってるんでい』

あずき『まってください、借りたのは一両のはずです』

忍『利息が付いたんだよ。払えないならこの娘はもらっていくぞ』

柚『あーれー、おとっつぁん。助けてー』

穂乃香『待ちな』

忍『誰だ!』

穂乃香『お前たちの悪行捨ててはおけぬ』

忍『関係ないやつは引っ込んでな』

穂乃香『たとえお天道様が見逃しても』

バサッ

穂乃香『背中のぴにゃこら太がすべてお見通しなんでい』ババーン

P「カット、カ~ット」

柚「こりゃまた失礼しました~」

忍「じゃあアタシの役は?借金取りじゃ嫌だよ」

あずき「忍ちゃんは、えーと」

柚「忍者?」

忍「ちょっとー、それ名前から思いついたでしょ」

柚「いいじゃない、かっこいいし」

忍「うーん、そうかな?」

あずき「そうそう、悪代官の屋敷に忍びこんで手裏剣とかを投げるんだよ」

柚「ぐさぁーっ!」

忍「いやそれ単に暗殺してるだけだから。お姫様活躍しないでお話が終わっちゃうよ!!」

以上で完了です。

前回から間が空いてしまったので至らない点などあるかと思いますが楽しんでいただければ幸いです。

それではHTML化依頼出してきます。

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