工藤忍「助走をつけて」 (22)

タンタタンタン、タンタタンタン

違う、これじゃない。トレーナーさんはもっと軽やかに、羽ばたくようなステップだった。

アイドルになって、厳密にはまだ候補生なのかな、初めての課題曲。

今まで色んなアイドルの曲を練習してきたアタシなら簡単だろう。そう思っていた。なめてかかっていた。

実際はどうだ。ステップが難しい、歌に集中できない、手足が思うように動かない。ボロボロボロ。

最初は強く踏み込んで、次にはねる。

頭では理解している。理解はしている。体がついてこない。

「理屈ばっかりで出来ないじゃないか、バカタレ」

頭のなかでもう一人の自分が悪態をついてくる。

うるさい、わかってる仕方ないだろ。まずは理屈を覚えるしか打つ手がないだろ。


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「威勢がいいわりにはちっとも進歩がないじゃないか」

家出半分にここに出てきたんだ。もう戻れないんだ。

アタシはこれでも色々背負っているんだ。黙っててくれないかな。

努力すれば努力するほどそれは重くなってる気がした。背負った荷物に押しつぶされそうだった。

自分の内面とやりとり、もう一人の自分、弱い自分。

ここに来るまでに築き上げたプライドを打ち砕かれた日からそういった声が聞こえるようになった。

いつものように言葉を交わす、キャッチボールなんて生易しいものじゃなくて言葉のドッヂボール。

威嚇して、逃げ回り。受け止めて、弾き返す。

どうしたらいいんだよ。アタシにはわからない。

ただひたすら練習した。繰り返し、繰り返し。冬だというのに汗が止まらない。

少し水分とって、だけど休む時間も勿体なくて、休憩もそこそこに練習。

足は重い、腕に力が入らない。最高のパフォーマンスなんて出来ない。こんな状態じゃ出来るはずもない。

そんなの知ったことか。頭では理解しているんだ、後は体に叩き込むしかないだろ。

タンタタンタン、今日何回目になるかわからないステップを刻む、違う、トレーナーさんはもっとこう、軽やかに華やかに。

まだだ、タンタタンタン、タンタタンタン 

部屋にステップを刻む音が響く。

「はあ…はあ…もう疲れた誰か助けてよ!」

叫ぶ。誰も観ていないことは知っている。だからこそ、思いを吐き出す。


「あれ、誰かいるんですか?」


え、扉が開いて女の人が入ってくる。知らない人だ。まあアタシはここにきて日が浅いし知ってる人のほうが少ない。

誰もいないから叫んだのに。防音のはずだし内容まで聞かれていないよね。

それにしてもこの人トレーナーさんに似ているな。


「はい。使ってます」

「えっと、そろそろ鍵を閉めたいと思ってたんですが……」


げ、もうそんな時間か。


「すみません、今出て行きます」

「あ、まだ平気ですよ。ちょっと練習見せてもらっていいですか?」

「別にいいですけど……」

「ありがとうございます。あ、自己紹介がまだでしたね。私の名前は青木慶です。姉たちがここでトレーナーをやってるって言えばわかるかな」

「どうも、工藤忍です」


姉妹か、通りで似ているわけだ。



「まだ私は見習いで雑用とかのほうが多いし、周りからはトレーナーのルーキーってことでルキちゃんなんてあだ名で呼ばれたりするけどね」

「あはは、それならアタシもアイドルのルーキーですよ」

「そうなの?なかなか熱心に練習していたみたいだけど」

「初ライブが決まって、曲も渡されたんですけどサビの前のステップがなかなか上手くいかなくて……」

「えっとなんて曲?」

「○○って曲です」

「ああ、あの曲ですか」

「できるんですか?」

「私もトレーナーを目指してるからその曲も練習しています。鳥の様に羽ばたくようにですよね」


そういって曲を流すと慶さんは踊りだした。きた、サビの前、タンタタンタン


……あれ?


「鳥は鳥でも、鶏ですかね?」

「飛べない鳥!ごめんなさい、見栄張りました。私もお姉ちゃんたちのようには上手く踊れなくて……」

「アタシも何で平気ですよ。じゃあ見ててもらえますか?」

「はい」


曲を流してアタシも踊る、今日何度も繰り返した動作だ。

そしてサビの前、タンタタンタン


「どうでしたか?」

「えっとペンギンですかね?」

「鳥だけど!」

「ほら、ペンギンって可愛いじゃないですか」

「そんなこと聞いてません!」

「うん、まだ軽やかではないですね」

「難しいですね」



そこで慶さんはなにかを思いついたようで。

満面の笑みで提案してきました。


「明日も自主練やりますか?」

「わからないですけど多分やります」

「よかったら、これから私と一緒に練習しませんか?」

「いいんですか?」

「忍ちゃんも誰かに見てもらいながら練習できるし、私も誰かに教える経験が出来るし」

「じゃあ、お願いします!」


こうしてお世辞にも上手く踊れないアタシと、少し頼りない慶さんとの練習の日々が始まった。

こうなったら恥じも外聞もない。息絶えるまで練習してやる。


どこまでも地べたを這いずり回って、駆けてやる。


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次の日、トレーナーさんとのレッスンではステップ以外を重点的に、流れを意識しての練習をやってもらった。

正直自主練をする前にくたくただ。これから練習なんて息絶えるって言葉が嘘じゃないみたい。

でも、好きだから。好きだから頑張れる。


「じゃあ練習してきたので見てください」


昨日夜寝る前に復習したんだ。

タンタタンタン

昨日よりは上手くなってるはず。


「はあ…はあ…どうですか?」

「少し進化しました。ダチョウぐらいに」

「まだ飛べてないじゃん!可愛くなくなってるし!」

「可愛さが重要じゃないですよ」

「そうだけどさ!」


なんで鳥に例えてるんだっけ?あ、アタシが鶏って言ったからか。まさか根に持ってる……?



「力強いですし」

「なんでそんなダチョウ褒めてるんですか?」

「いえ、忍ちゃんへの褒め言葉です」

「アタシ?!」


なんか慶さん少しずれてる気がするよ……


「私も教えられるようにお姉ちゃんに教わって練習してきたんですよ」


おお、これは期待できる。

サビに向かってだんだん盛り上がっていく、曲の要、タンタタンタン


「あれ?おかしいですね、昨日は上手くいったんですが……」


そういう人は大抵昨日も上手くいってないと思うよ……

結局今日も二人でただひたすらに、がむしゃらに練習した。

少しは上手くなってると思うんだけどな。

でも、まだまだ完成にはほど遠かった。


それからさらに数日後、慶さんとも少し打ち解けた。具体的に言うとアタシがタメ口になった。

慶さんは敬語のままだし本当はよくないと思うけど慶さん自身がいいって言ってくれたからそれに甘えてる。


「そういえば最近、トレーナーさんのレッスンが以前より辛く感じなくなったかも、この自主練の時間のための体力も余るって感じ」

「すごいですね!」

「えへへ、じゃあ今日も頑張ろう!」


やっぱり今日も今日とてステップの練習、一番大事だと思うから妥協したくない。甘えたくない。

羽ばたくように、タンタタンタン

大分上手くなってる……とは思う。だけどまだ、まだ足りない。


「うん、よくなってるとは思います」


それは慶さんも同じ意見みたいだ。

余談だけどアタシのステップが練習の主体だけど慶さんのステップも練習してる。

大分上手くなったと思うよ。孔雀ぐらい羽ばたいてる。

アタシも負けてられないな。


時が流れるのは早くてライブ前日。

今日のレッスンは何回か通しでやるだけ、最終調整。


「よし、工藤。最後にやってみろ」

「はい」

「だけどその前にだな。ちょっと待ってろ」


そう言ってトレーナーさんはどこかいってしまった。

少しして、慶さんを引き連れて戻ってきた。


「慶にも見てもらう」

「え?どうしてですか?」

「私がお前らの練習を知らないと思ったか?」

「知ってたんですか……」

「当たり前だ。急に慶がステップを教えてくれなどと頼んできたらすぐにわかるだろ。それにお前のレッスンの量も自主練ありきで調節したからな」


なるほど、少し前の自分が恥ずかしい。

体力がついてきたんじゃなくて減らしてもらってたんだね。

抜け目ないな。すごいや。



「じゃあ、踊ります」


足の先から指先まで意識して、笑顔を忘れずに。

何回も言われたこと、何回もやって来たこと。

動く、動く。身体に染み付いてる。

問題のステップ、タンタタンタン

……出来た!

そのまま勢いに乗ってサビに差し掛かる。テンションは最高潮だ!


「はあ…はあ…どうでした?」

「うむ、及第点だ」

「お姉ちゃんったら素直じゃないんだから。……忍ちゃん、よく頑張ったね、上手だったよ」

「ありがとうございます!」

「本番は明日だってことを忘れるなよ」

「はい!」




「工藤、私から一つ言っておきたいことがある」

「なんですか?」

「お前は絶対緊張する。恐怖で一歩だって動けなくなるかもしれない。工藤の背中には中身のいっぱい詰まった透明のリュックサックを背負っている」

「透明なリュックサック……」

「ああ、時にはそれがお前のおもりになるかもしれない。だが、いざというときそれが支えになるはずだ」

「忍ちゃんはいっぱい努力しましたからね。中身も詰まってるはずです」


思いあたりがないことはない。確かに潰されそうになったこともある。

もしかしたらアタシの練習したステップなら簡単に出来る人もいるかもしれない。そんな不安がよぎった事もある。

なら背負った荷物が支えてくれるまで自分を信じるしかないね。


_____________________________

その日の晩のことだった。

眠ろうと思ってベッドに入ったけどなかなか寝付けない。

緊張してるのか、と人事のように思った。

「ねえ、明日失敗したらどうするの?」

うわ、最近見かけなくなったと思ったらこのタイミングで出てくるのか。もう一人の自分。

最近練習が大変で考える間もなく眠りに落ちてたからな。

明日失敗したらね。考えてない。考えたくもない。

「もういいんじゃない?十分頑張ったでしょ?退き時だよ。恥ずかしい思いはしたくないでしょ?」

はあ、わかってないなこいつ。アタシは自分で自分に優越感を感じる。

今のアタシは恥を撒き散らすながら最後まで走ってやる覚悟だ。

「本当にそれで後悔しないのか?」

後悔はするかもしれない。でも、後悔するのも悪くない。

自問自答を終わらせ、遅れてきた眠気にアタシは身を任せ眠りについた。


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ついに迎えたライブ当日、アタシは穏やかな気分だった。

慶さんが控え室に来てくれて最後の激励をしてくれる。


「慶さん、アタシのためにどうもありがとう」

「違いますよ、忍ちゃん。忍ちゃんは私のために踊るんです。私がレッスンした初めてのアイドルですから。だから、成功させてください」

「はい!」


私は強く頷いてステージに向かう。

うう、確かに怖いな。人の目がたくさんある。でも、自分を信じれば大丈夫。

だけど、たとえ頭が真っ白になったとしてもダンスは体に染み付いてる。

曲が流れる。足の先から指先まで意識して、笑顔を忘れずに。いつもと同じ。



AメロからBメロへ、サビの直前。

アタシは誰よりも地べたを這いずり回った。誰よりも地面を走った。

誰よりも長い助走を走ったんだ。


……誰よりも遠く羽ばたいていける!


強く踏み込んで、タンタタンタン

……完璧!

勢いに乗ってサビへ、どこまでも羽ばたくように。

その後の記憶はあんまりない、本当に頭が真っ白になった。エンドルフィンが多く分泌されたのだろう。

ダンスは出来てたみたい。初めてのライブは成功だった。


「よかったよ、忍ちゃん!」

「ありがとう!」


慶さんが暖かくアタシを迎えてくれる。

これでアタシは一足先にルーキーを卒業してアイドルになれたかな。



今アタシは飛べそうな気がしてる。助走をつけて今からトップアイドルに羽ばたいてみせるよ!

以上で終わりです。

忍には努力という言葉が似合う気がします。

元ネタは「ランニングハイ」と「フライ,ダディ,フライ」です。

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