工藤忍「上京物語」 (26)
アイドルマスターシンデレラガールズ工藤忍のSSです。
初投稿なのでマイペースで投下していきます。
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プシュー。
夜行列車のドアが開くのを待ちかねていたアタシは荷物を抱えてホームに降り立った。
「ここが東京かぁ…、ううやっぱり外は冷えるね」
出発したとこみたいに雪は積もって無いけれどまだ太陽の顔も見えない冬の朝は寒い。
短く切りそろえた髪に冷気が当たるのを感じながらアタシ工藤忍は人の列について改札へと向かう。
アタシは小さい頃からずっとアイドルに憧れていた。
子供の頃にはこの夢を話しても親や友達も笑って応援してくれていた。
でも、成長するにつれてアタシが夢を語り出すと周りの空気が冷めていくのを感じた。
アイドルなんかになれるわけが無い
いつまでも子供みたいな夢を持つな
遠まわしにこんな事を言われているのに気付いた頃からアタシはあまり夢を人に話さなくなった。
その代わり夢を現実に変える為の努力を始めるようにした。
窓辺にラジオを置いて必死に東京からの電波をキャッチしたり、
合唱部の友達に頼んで発声練習に付き合ってもらったり
体力をつけるために朝早くから近所を走ったりした。
アタシが努力をしている事を知っている友人でさえ誰ひとりアイドルになりたいという夢に賛成してはくれなかった。
だからアタシは行動に出たのだ。
三連休の初日、友達の家に泊まると嘘をついてそのまま駅に向かい
あらかじめ切符を買ってあった夜行列車に乗り込んで青森から東京へ向かった。
アリバイ作りに協力してくれた友人は私が単に東京に遊びに行きたいのだと早合点していた。
仲のいい従姉妹には事情を説明して、いざという時には親へ説明してくれるように頼んであるから
行方不明だとは思われることはないだろう。
故郷を離れ一人きりでアタシは今日からアイドルへの第一歩を踏み出すべく東京に降り立ったのだった。
「モグモグ…やっぱりお腹が空いていちゃ力が出ないよね」
駅の近くのバーガーショップに入って腹ごしらえしながら一人でアイドルになるための作戦会議。
さすが東京、こんな早朝からあちこちの店が開いて人が行き交っている。
あ、青森にだって一応24時間営業のバーガーショップくらいあるからね。
「うーん、どこから回ろうかな…」
モーニングセットのマフィンを食べながらアタシは考える。
アイドルになる決意をして東京に出てきたものの素人のアタシにはまるで当てがない。
「まずはここかな、近そうだし」
アタシが手に持っているのは一冊のアイドル雑誌。
オーディションの案内も載ってはいるけど、いくら現実離れした夢を持っている
アタシでも素人がいきなり合格できると思うほど世間知らずではない。
「えーと、最寄駅がここだから…」
この手の雑誌にはファンレターを送る為に芸能事務所の住所が書いてある。
とりあえずそれを頼りに片っ端から訪問してみるつもりだ。
もちろんそんな簡単に契約してくれるなんて思ってはいないけど、
雑誌には載ってないオーディションの情報とか、レッスンスクールの案内とか
とにかくアイドルになるための手がかりがそこにはあるはずだ。
アタシは携帯のナビと雑誌を見比べながら本日のルートプランを練り上げていく。
上手くいけば今日のうちに10件くらいは回れるだろう。
冷めたコーヒーを一気に飲み干すと店を出て駅に向かう。
憧れていたアイドルになる為の第一歩、それを踏み出そうとしていると考えると
長旅の疲れもどこかへ消えたように軽い足取りだった。
「はぁ…」
お昼をだいぶ回った頃アタシは牛丼屋の片隅でタメ息をついていた。
目の前の丼には半分食べかけの肉と米が生姜の色で薄いピンクに染まっている。
「まいったなぁ…、まさかここまでとは思わなかったよ」
芸能事務所を訪問した感想はまあまあ予想通りだった。
どこも割と親切に対応してくれて、名刺をくれたプロデューサーもいた。
しかし問題は…
「東京の道って分かりにくい!」
雑誌で住所を調べて携帯のナビがあれば東京だって大丈夫、
というアタシのもくろみは僅か半日で危機に瀕していた。
アタシの方向感覚と携帯のナビ能力のコンビでは
立体で複雑に入り組む大都会の迷路を攻略するには無謀だったのだ。
「どうして地下鉄の出口が10個所以上あるの?
どうして歩いているだけで別の駅が現れるの?
どうして改札を出たらデパートなの?」
東京の駅といえば山手線くらいしか分からなかったアタシは最初のプロダクションへ向かうだけで1時間以上かかってしまった。
最寄りの地下鉄駅までは電車で行けてもそこから地上に出るまでが一苦労だったのだ。
地上に出ても道が複雑に入り組んでいて同じ場所を何度もぐるぐる回ってしまい自分がどっちを向いているのか分からない。
「はぁ…どうしてこんなにビルが多いんだろう」
もちろん青森にだって高いビルはあるよ。
でもそれは駅前とか国道沿いとか、特別な場所にあって遠くからでも良く見えるんだ。
それが東京では違う。10階建てのビルなんて当たり前に並んでいる。まるで深い森の中に迷い込んだみたいに。
ようやく住所を探り当ててもそれからが一苦労だった。
アタシは仮にも芸能事務所なんだから外に看板の一つも出してあって、
お客様用の入り口があるんだろうと思ってたんだけど実際はまるで違う。
まるで普通の雑居ビルの中に隠れるように紛れ込んでいて郵便受けをチェックしないと分からなかったり、
一度よそのビルの中を通り抜けないとそもそも入り口に辿りつけないようになってたり、
中には…
「どうして居酒屋の上に芸能事務所をつくったのよぉ!?」
エレベーターが故障していたそのプロダクションでは優しそうなおじさんが一人で掃除していた。
今日はみんな出はらっているといっていたけどどうもそんなに売れているような感じには見えなかった。
ああでも、あそこでご馳走になったお茶美味しかったな…。
「うーん、これは想定外だね」
そんな訳でアイドルになる為にプロダクションで自己アピールするとかじゃなくて
そもそも事務所に辿り着くのがアタシにとって最初の関門として立ちふさがったのだ。
「次はおっきなプロダクションに行こう、そうすれば迷う事もないだろうし」
気持ちを切り替えよう。
丼の底に残ったご飯を搔っ込んでお茶で流し込むとお茶を飲みながら雑誌を眺め午後の予定を考えていく。
「ふぅ…」
白い息がふわふわと広がって消えていく。
ビルの谷間に冬の太陽が隠れていく頃
アタシは広場の端っこに座り缶入りのココアを飲んでいた。
大勢の人が目の前を楽しそうに通り過ぎすぎていく。
ベンチに座ってそれを眺めるアタシの心は本日最低に落ち込んでいた。
午後にアタシが訪れたのはアイドルとかに興味がない人でも聞いたことがあるような大手プロダクション。
やっぱりというか、アポイントを取ってないアタシがいきなり行ってもちゃんとした人に会える訳はなかった。
それは覚悟していったからいいんだよ。大手プロならではの来客用の資料館なんかも見れたしね。
アタシが建物を出ようとした時にちょうど10人くらいの女の子の集団とすれ違ったんだ。
話の内容から彼女たちがこのプロダクションに所属しているアイドル候補生だって分かったんだ。
まだデビューもしていない、これからアイドルに成れるかも分からない
女の子たちだけどみんなとっても可愛らしかった。
ああ、こんなに可愛いのにまだデビュー出来ないんだ。
そう思ったらアタシの心にちょっとした隙間が出来てしまった。
「みんな、綺麗だったなぁ…」
街を歩いている女の子たちをあらためて観察すると
みんな可愛いらしくてファッションや小物まで十分に気を使っている。
アイドルじゃない普通の女の子ですらこんなにキラキラしているんだ。
アタシがアイドルになるにはこれだけ大勢の女の子よりももっと輝かなければならない。
そういう風に考えだしてしまうと、頑張って手を伸ばせば届くところにあるって信じていた
アイドルの夢が急に遠くに行ってしまったように感じたんだ。
「やっぱり想像していたのと実際に体験するのは大違いだね」
いきなり何もかも上手くいくわけはない。
そんなことは分かり切っていた。
実際プロダクションを訪問した今日の結果は悪くはない。
オーディションの案内は集められたし事務所の人の名刺だってもらった。
お茶を飲みながら世間話をしてくれる人もいた。
門前払いだって覚悟して乗り込んでいったのだから上々のスタートだろう。
それでも心の中に吹き抜ける風から目を逸らすことはできなかった。
「帰っちゃおうかなぁ…」
今日は三連休の真ん中、明日の朝電車に乗って夕方までに家に戻れば何もなかった事に出来る。
家族にも怪しまれずまた学校に行って友達と他愛ないおしゃべりをして、今まで通りの日常を送る事が出来る…
そんな考えが頭をよぎる。
「ううん、ダメダメ!それじゃ!」
大きく頭を振って悪い考えを吹き飛ばす。
アタシはまだ何も始めていない。やれるだけのことはやってダメならその時考えればいい。
「とりあえず今日はもう休もうかな…」
お腹一杯ご飯食べて、あったかいシャワーでも浴びて、ぐっすり寝たら少しは気分も変わるよね。
とりあえず今日のねぐらを探そうと腰を浮かせた時
~♪
空から音が降ってきた。
見上げると巨大なスクリーン一面にアイドルのPVが流れている。
女の子たちが可愛い衣装を着て笑顔を振りまきながらテンポの速い曲に合わせて踊っている。
その映像はアタシも地元のCDショップやテレビで何度か見ていた。
だけどそこで見た映像は今までのものと違っていた。
彼女たちの笑顔は街を歩いているどの女の子よりも光っている。
あの子たちのダンスは華やかな街の景観にも彼決して埋もれることない存在感を示している。
自分たちのビルの森を超えてどこまでも届けと高らかに歌っている。
ああそうだ、アタシはあそこに行きたいんだ。
故郷を出て友達と離れてでも手に入れたいものが確かにあるんだ。
PVが流れ終わってもしばらくの間アタシはそこに佇んでいた。
「そうだよ、アタシは負けてられないんだから」
荷物を持つ手に力を入れて歩き出そうとした時
「すいません、ちょっとよろしいでしょか」
スーツを着て両手で名刺を差し出している見知らぬ男がそこに居た。
「アイドルに…興味はありませんか?」
本日投下ここまでにします。
今週中に続き書きます。
忍「アチチ…」
アツアツの海鮮グラタンを口に運ぶとホタテの香りが口の中にジンワリと広がっていく。
P「それで我が社といたしましては芸能界に新しいムーブメントを起こすべく…」
目の前ではさっき出合ったばかりの男性が自分のプロダクションの説明をしている。
グラタンを食べながらアタシはそれをぼんやりと、どこか人ごとのように聞いていた。
まったくウカツな事に、アタシ工藤忍はスカウトされる可能性を全く考えていなかったのだ。
アタシは…まあスタイルも人並みで外見とかにそれほど自身があったわけじゃないし
一目見ただけで人を魅了するオーラみたいのとも無縁だと考えていたから。
だから歌やダンスで一生懸命アピールしてオーディションに合格してデビューする。
そんなプランしか持ってなかったからいきなり声を掛けられても
スカウトだと気がつくのに時間がかかってしまい
頭が真っ白でしばらくはまともな判断が出来なかったんだ。
なので「とりあえず食事をしながら」と言われてこのレストランに入ったのは
アイドルにスカウトされて有頂天になってしまい、
見知らぬ男にノコノコ付いて来たわけでは無いよ、多分。
P「まだ小さなプロダクションですがこれから期待の若手も在籍していまして…」
シンデレラプロダクション、名前はアタシも聞いたことがあった。
大手の芸能事務所に居た敏腕プロデューサーが独立して新設したとかなんとか
数ヶ月前に雑誌で読んだ記憶がある。
P「どうでしょう、アイドルになってみたいとは思いませんか」
会社の説明が終わってようやく男が本題を切り出す。
あー、なんというか傍から見たら渡りに船の申し出なんだろうど
一日都会に揉まれて荒んでいたアタシはそれを素直に受け入れられなかったんだ。
声を掛けられてからしばらく思考停止していたアタシは目の前の男に
自分がアイドルを夢見ていることもその為に家を出てきたことも伝えていない。
自分から何一つ行動を起こしていないのに
自分が望む結果だけがもたらされるのに納得ができなかったんだ。
忍「あの、聞いてもいいですか?」
P「どうぞ」
忍「どうしてアタシをスカウトしようと思ったんでしょう」
周りにもっと綺麗な子がたくさんいるのに、なんて言葉はペンネと一緒に飲み込んでしまう。
P「工藤さん、あの広場でアイドルのプロモーションビデオを見上げていましたよね」
うんそれは間違いない。
P「そのPVを見ている時の工藤さんの表情です。
真剣な眼差しで食い入るように、まるでそこに何かの答えを探す様に必死に見ていました。
ただあのアイドルが好き、だというだけでは説明できないほどに」
え、アタシそんな真面目な顔で見てたのか。
P「それで工藤さんはアイドルか、もしくはそれに近いものを
目指しているのではないかと思いまして声を掛けさせていただきました。」
うーん、大正解だよこの人。さすがプロは人を見る目が違うね。
でもさ、それじゃアナタが探していたのはアイドルになる才能を持つ子じゃなくて
とってもアイドルに憧れている子だってことになるじゃないか。
その回答じゃあ不十分だよ、だからね…
忍「あの…そう言われてもいきなりの話なのですぐには返事が出来なくて…
しばらく考えさせてもらえませんか?」
アタシの答えもコレ。
なりたい人がアイドルになれるなら努力なんて必要ないじゃない。
目の前の男の言葉はアタシを納得させるには足りなかったんだ。
P「そうですか、それでは…今日はもう遅いので明日事務所へ来ていただけませんか?もっと詳しくお話もしたいですし…」
忍「あ、あの…アタシ遠くから来てるのでまた明日東京に出てくるってのはその…」
思わぬ押しを受けてしどろもどろになってしまう。
P「無理…でしょうか。それなら、こちらで宿泊の手配をしますのでそれでいかかですか」
実際のところこの申し出はありがたい。
だってアタシはまだ今夜泊る場所すら決まってないんだし。
しばし悩んだ挙句アタシはその親切に甘えることにした。
アタシの返事を聞くと彼は立ちあがって宿泊の手配とやらをしに行った。
忍「すいません、これもう一つもらえますか」
一人になったらなんかひどく冷静な気分になってアタシは
通りかかったウエイトレスのお姉さんにパンのお代わりを注文したんだ。
忍「ここ…なんですか」
プロデューサーと名乗る男にアタシが連れていかれたのは
暗い住宅地の中にある公民館みたいな建物だった。
P「ええ、小さいですが我が社の寮になります」
うーんてっきりホテルでも取ってもらえると期待していたらそういう手で来たか。
プロデューサーさんは玄関のモニターに向かって話しかけると
中からドアが開いてアタシたちは招き入れられた。
P「こちらが電話で話した工藤忍さんです。今夜一晩泊めてあげていただきたいのですが」
紹介されて慌てて頭をさげるアタシ。
うーんこういう時はなんて挨拶するのが正解なんだろう?
P「こちら綾瀬穂乃香さんです、うちのプロダクションでレッスン生をしています」
穂乃香「はい、ご不自由をかけるかもしれませんがよろしくお願いします。」
綾瀬さんという女性は髪を肩まで伸ばして意思の強そうな瞳でアタシを見つめてくる。
忍「は、ハイ。こちらこそお世話になります」
再び深々と頭を下げるアタシ。
P「それじゃあ後は頼みました。工藤さん、明日お待ちしています」
そう言ってプロデューサーさんは寮を出ていってしまった。
穂乃香「それでは工藤さん、こちらへどうぞ」
綾瀬さんが二階に上ってアタシを部屋に案内する。
あれ?
忍「綾瀬さん、この部屋って…」
穂乃香「私の部屋です、今夜工藤さんを泊めてあげるようにとプロデューサーに連絡を受けまして、さっき布団は運んできましたから。」
えー!?
ちょっとプロデューサーさん!いきなり見知らぬ女性と相部屋は無いでしょう。
アタシは文句を言う立場じゃないけど綾瀬さんが気の毒だよ。
アタシがそんな事を考えて固まっていると
当の綾瀬さんは気にも留めない様子で部屋の中に入ってクローゼットを開いてタオルを取り出す。
穂乃香「荷物を置いて少し休んだらお風呂に行きましょうか」
本日投下ここまでにします。
また週末に続き書きます。
忍「えー,それじゃあ穂乃香さんて17歳なんだ。それじゃあ高校生?」
穂乃香「はい、よく落ち着いて見られるんですよ」
なんと言うか裸の付き合いとはよく言ったもので、
一緒にお風呂に入るとアタシたちはあっという間に打ち解けてしまった。
さっきプロデューサーには話せなかったいろんなことをアタシは二人きりの大浴場で綾瀬さんに伝えた。
小さい頃からアイドルを夢見ていたこと。
誰にも賛成してもらえず一人で東京に出てきたこと。
プロデューサーに声をかけられたけど返事を保留してしまったこと。
綾瀬さんは私の話を静かに聞き入れてくれた。
そしてお互いの事も少しずつ話していく。
忍「へぇー宮城出身なんだね、アタシも仙台は何回か遊びに行ったコトあるよ。あ、それじゃああそこは知ってる?」
驚いたことに綾瀬さんは、県外から遊びに行くアタシたちでも知っている
おしゃれな服屋さんも可愛い小物屋も美味しいスイーツのお店も全く知らなかった。
穂乃香「私は小さい頃からバレエばかりしてきましたから…」
少し寂しげに俯く綾瀬さんを見てアタシはそれ以上聞くことが出来なかった。
穂乃香「座ってテレビでも見ていてください、今お茶を入れますから」
お風呂から出て体があったまったアタシは綾瀬さんの部屋でくつろいでいた。
ふとテーブルに目をやるとそこには一冊のノートが拡げて置いてある。
中には譜面が書いてあり、ところどころに
感情をこめて"とか"一音づつ区切って"とか"最後まで伸ばす"とか書き込んである。
穂乃香「ああごめんなさい、さっきまで今日のおさらいをしていたので」
お茶を運んできた綾瀬さんが恥ずかしそうにノートをしまう。
穂乃香「忍さんは青森でしたよね、私も訪れた事あるんですよ。えーと、はい、これです。」
綾瀬さんは一冊のアルバムを取り出してアタシに見せてくれた。
そこには小学生くらいの時の綾瀬さんが写っていた。
手に賞状を持って、『ジュニアバレエコンクール東北大会』と書かれた立看板の横で微笑んでいる。
穂乃香「それは初めてコンクールで優勝した時の記念なんですよ。」
忍「あれ、この会場って…」
写真に写っている入り口の場所に見覚えがあった。
その文化会館はコンサートツアーがよく開かれる場所で、
アタシが初めて生のアイドルを見たのもその会場だった。
アルバムをめくっていくと成長していく綾瀬さんが、
賞状やトロフィーを持っている写真が何枚もある。
アタシはバレエの事は全然分からないけど、なんか偉そうな
大人の人や外国の人と一緒に映っているのもある。
うーん。実は綾瀬さんって物凄い人なんじゃないの?
忍「あの…穂乃香さんはどうしてアイドルになろうと思ったんですか?」
これだけいくつも賞を取っているんだ。
バレリーナとしてやっていくことだって出来るんじゃないか?
そう思ってアタシは不躾だと感じながら質問してしまった。
穂乃香「はい…実は最近…自分のバレエに疑問を感じてしまったんです…」
マグカップを両手で持つと紅茶に少し口をつけて綾瀬さんは語り出した。
穂乃香「練習をして技術が向上している手ごたえはあります…でも達成感というか、それが前ほど得られないんです」
少し伏目がちに顔を傾けると長い睫毛がパチパチと揺れる。
穂乃香「この前仙台で行われたコンクールの後でプロデューサーさんに声をかけられたんです」
忍「バレエのコンクールだよね?」
穂乃香「はい、でもおかしいんです。その時私、その調子が悪くて入賞も出来なかったんです。」
忍「そう、なんだ」
穂乃香「それなのに優勝した女の子じゃなくて私に声をかけて来たんです」
忍「スカウトされた理由は聞いてみたの?」
穂乃香「ええ、でも素質を感じるんだとしか言ってもらえず」
そう言って綾瀬さんは少し黙り込んでしまう。
穂乃香「一度はお断りしたんですけど、アイドルに興味はありませんでしたから」
んん?ほんのちょっとだけアタシは気に障ってしまう。
穂乃香「でもバレエの先生も奨めてくれたんです、表現力の勉強にもなるからって」
ああ、綾瀬さんにはアイドルになることを応援してくれる人がいたんだ。
穂乃香「先生や両親も私がバレエに迷っているのは気づいていたみたいですし」
忍「それでアイドルやってみてどう?楽しい?」
穂乃香「まだ…よく分かりません。始めたばかりでお仕事もほとんどしてませんし」
穂乃香「私は…バレエばかりやってきて…今まではそれで良いと思っていたんです」
穂乃香「アイドルをやってみたら今までにないものが発見できるかと思って頑張ってはいるのですけど…」
穂乃香「アイドルはダンスだけでなく歌や演技もありますし…」
穂乃香「駄目ですね、こんなことでは。バレリーナとしてもアイドルとしても中途半端になってしまって」
穂乃香「トレーナーさんやプロデューサーさんは上達が早いって褒めてくれていますけど…」
穂乃香「本当に私なんかにアイドルが務まるのでしょうか…」
ああそうか、綾瀬さんも不安なんだ。
才能があって
スタイルが良くて
たくさんの賞を取っていて
応援してくれる人が居て
こんなに努力していても
それでもやっぱり不安なんだ。
アタシの中でいろんな思いが急速に渦巻いていく。
昔からの憧れ、今日見てきたたくさんのモノ、そして俯いている彼女
アタシの中で漠然とした夢だったアイドルが急に具体的な形となって目の前に現れたような気がした。
アタシはこれを手放しちゃいけない、そんな気持ちが湧き上がってきたんだ。
だから…
忍「穂乃香さん、大丈夫だよきっと」
忍「だって穂乃香さんはこんなに綺麗でたくさん努力しているんだもの」
忍「必ず、見ている人の気持ちを幸せにするそんなアイドルになれるよ」
忍「アタシは…バレエとかそんな特技もないしまだアイドルを始めてもいないけど…」
忍「それでも絶対努力して輝くアイドルになるから、穂乃香さんに追いついて見せるから」
忍「そうしたらその時は一緒にステージに立とうよ、ね」
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穂乃香 「…なんて言うんですよ忍ちゃんたら」
柚&あずき「ほほーっ!」
穂乃香 「しかも私の手を握って」
柚&あずき「キャーっ!」
忍「やめてー、だからその話はしたくなかったのにぃ」カオマッカ
柚「あずきチャン、忍チャンをしっかり抑えておいてね」
あずき「まかせて!拘束大作戦発動中だよ」マウントポジション
忍「やめてぇー、放してー」ジタバタ
あずき「ふっふっふっ、暴れる魚を抑えつけるのは得意なんだよ」
忍「アタシは金魚じゃないー!」
柚「いやー、忍チャンは意外と情熱的なんだネ。これはパッションの塊だよ」
あずき「忍ちゃん、これは神聖な罰ゲームなんだからちゃんと白状してもらうよ」
忍「違うのー、あれは東京に出てきた初日でいろいろあってテンションが上がってたからつい口走っちゃたの」
穂乃香 「忍さん、それなら私にかけてくれたあの言葉は一時の気の迷いだったというんですか。そんな、ヒドイ」
忍「穂乃香ちゃん、いやそうじゃなくてね」アタフタ
穂乃香 「なーんてね♪」テヘペロ
忍「こらー穂乃香ちゃん、あなたそんなキャラじゃないでしょう!あーもう影響受けすぎだよぉ」
あずき「それでそれで、お互いの気持ちを確かめ合った二人は…」
柚「その後どんな熱い一夜をともにしたのカナ!?」
忍「違うったらあ!そんなんじゃないの!!」
穂乃香「その夜は二人で私の昔がバレエをしているビデオを見たんですよ」
忍「凄いんだよ穂乃香ちゃん、小さい頃からとっても踊りが上手なの」
柚「ほほーっ、それはそれはアタシたちにもゼヒ見せてもらいたいね」
あずき「それじゃあ今度は穂乃香ちゃんの部屋にお泊り大作戦しようか♪」
穂乃香「はい、今度のライブが終わったらまたみんなで集まりましょうね」
柚「穂乃香チャン気が早いよ。まだ合宿は始まったばかりなんだからね」
忍「そうそう、明日もレッスンあるんだから今日はもう休もうよー」ハヤクカイホウシテー
あずき「うーん、柚ちゃん今夜はこの辺にしといてあげようか」
柚「そだねー、続きはまた明日聞けばいいんだし」オヤスミー
穂乃香「そうですね、明日もレッスン頑張りましょうね」オヤスミナサーイ
あずき「いやー明日はどんな告白が聞けるのか楽しみだね」オヤスミー
忍「はぁ…やっと解放されたって…あれ…みんな布団に入っちゃって…」
柚「グーグー」
穂乃香「スヤスヤ」
あずき「すーすー」
忍「ちょっとみんなぁー寝るの早すぎだよおー、アタシばっかり話させといてずるいー」
忍「もぉー明日は絶対大富豪負けないんだからね!!」
以上で終りです。
初投稿なのでいろいろ拙い点もありますが読んでいただければ幸いです。
機会があれば続きを書きたいと思います。
まだ落ちていないなら一言お礼を
朝起きてみたらたくさんのまとめサイトに取り上げていただいてびっくりしています。
忍ちゃんとフリスクを応援している方が多くて本当に嬉しいです。
読んで下さった方、コメントを残して下さった方、まとめサイトの管理人様に感謝いたします。
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