裏切り者達の鎮守府 (26)



『響ちゃん、響ちゃん、執務室まで来てください。なのです。 響ちゃん、響ちゃん、執務室まで――


やることが無くて昼寝をしていた私を起こしたのは、鎮守府全体に響き渡る電の声だった。

目をこすりながら上半身を起こし何か忘れていたかと今日の予定を思い返してみたけど、特に執務室に呼ばれるようなことはなかったはずだ。

となると何か緊急の要件が起こったのかとも考えたけど(敵の侵攻など)、電の声は切迫した様子ではなかったし、何より私一人を呼び出すことはないと思う。

……仕事の手伝いでもさせられるんだろうか?


暁「うーん……響……どうしたの? 出撃……? 暁にまかせなさーい……」


とりあえず執務室に行ってみようかとベットから降りた所で、隣のベットで寝ていた暁が寝ぼけながら話しかけてきた。

なんでもないよ、と返事と一緒に意味を成していなかった枕を暁の顔に押し付ける。


暁「むぎゅ」


なんとも言えない声をあげた暁は結局そのまま寝ることを選択したらしく、意味がわからない言葉の羅列をいいながら寝息をたて始めた。

一人前のレディーはまだまだ遠いらしい。


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電「響ちゃん、お疲れさまです。何か飲みます?」


私が執務室に入ると、電はそれまで何か書いていたらしい紙を脇にどけ、立ち上がりながらこちらにそう聞いてきた。


ヴェールヌイ「いや、お構い無く」

電「まあまあそう言わずに」


にこにこと笑いながらお菓子と飲み物の準備を始める電。

聞いた意味が無いじゃないかと突っ込みたかったが、自分の休憩も兼ねているのだろう。ありがたく頂くことにした。

電が淹れてくれる砂糖が三杯入ったコーヒーは私の好物だ。

ソファーに座り、出されたコーヒーとクッキーに舌鼓をうつ。


ヴェールヌイ「うん、おいしい」

電「それはよかった」


そう言って笑うと電も自分のコーヒーに口を付ける。つけていた眼鏡が一瞬で曇った。


電「うーん、こういうとき眼鏡は邪魔ですね」


そう言いながら眼鏡を外す電。雪は降らなくなったもののまだまだ寒さは抜けない。

私は寒いのは嫌いでは無いけれど、ここには寒いのが嫌いな人が多かったな、とどうでもいいことを考える。

眼鏡を脇に置いた電は再度コーヒーを飲むと、長いため息とともに体をソファーに沈めた。


ヴェールヌイ「お疲れだね」

電「まったくです。やること多くて嫌になります」

電「めんどくさいことこの上ないです。たまには手伝ってくれてもいいんですよ?」

ヴァールヌイ「それは勘弁して欲しいかな」

電「響ちゃんはケチなのですー」


そう言って頬を膨らます電。

かわいいことこの上ないが、気を許せば書き物100枚が待っているのだ。油断してはいけない。


ヴェールヌイ「……別に止めてしまえばいいんじゃないかい? 司令官もそう言ってたし」

電「……そうなんですけどね」

電「私が好きでやってることですから。その方が皆助かるですし」

電「でも愚痴は言いたいなのです☆」

ヴェールヌイ「……そこは[いいたいのです]でよかったんじゃないかな」

電「あらら……難しいのです」


難しいも何も自分の口癖じゃないか。言わないけど。

どうせわかってて言っているのだ。


電「それで、響ちゃんを呼んだ理由なんですけど……」

ヴェールヌイ「あ、すっかり忘れてたよ」


おかわりをもらい、二杯目もそろそろ無くなりそうになった所で、電が私をここに呼んだ理由を喋り出した。

クッキーのお陰か、心なしか上機嫌に見える。


電「鎮守府の近くに深海棲艦が一隻うろついているのを那珂ちゃんの偵察機が発見しまして。どうやらル級らしいのですが」

ヴェールヌイ「ふむ」

電「はぐれた個体なのかここに攻めてくる、という訳では無いみたいなので対応する必要はないと思います」

電「ただ、今ちょっと資材が心許なくて……できれば[欲しい]のです」


なるほど、それなら駆逐艦である自分が適任かもしれない。けれど……


ヴェールヌイ「資材、そんなに危ない状況だったかい?」


別に自分が資材の管理をしている訳では無いので確かなことは言えないけれど、前に資材倉庫に入った時はそんなに少なくなっているようには見えなかった。

なにより電がその辺りの調整を間違えるとは思えない。


それを聞いた電は、言いにくそうに苦笑を浮かべながら人差し指で自分の頬を掻いた。


電「実はですね、任務に出てもらっていた長門さんと加賀さんがついさっき二人揃って大破して帰ってきまして」

ヴェールヌイ「……」

電「依頼先のヤローに修理資材までは出さないと突っぱねられてしまいました。こんなことになると思ってなかった電のミスです。ごめんなさい」

ヴェールヌイ「……任務の内容、どんなのだったかい?」

電「沖ノ島沖の哨戒、ですね。本人達が言うには揃って魚雷をもらったとのことでした」


なにをやってるんだあの二人は……。

ため息と共に頭を抱えた。今更あの海域程度の敵で大破するとは。

今度、教育的指導が必要だね。


ヴェールヌイ「状況はわかったよ。そういうことならさっさと行って終わらせてくる」

電「ありがとうございます。あ、一応言っておきますけど、あくまでできたらでいいですから。安全第一でお願いしますね」

ヴェールヌイ「わかった」

電「ちなみにさっき食べたクッキー、なかなか手に入らない、いいとこのクッキーでしたので」

ヴェールヌイ「…………」

電「…………なのです!」


満面の笑みで手を振って送り出してくれた。

ちくしょうめ。


執務室の扉を後ろ手に閉め、さてどの装備で出ようかと考えながらふと廊下の先を見ると、一人の艦娘がこちらに向けて歩いてきていた。

なんのことはない。我らが暁型駆逐艦三番艦にして唯一の常識人、雷である。

雷はこちらに気づくとぶんぶんと右腕を振りながらこちらに走りよってきた。


雷「響ー、放送で呼ばれるなんて珍しいじゃない。なにやらかしたの?」


半眼になって笑いながらうりうりと肘でつついてくる。

放送で呼ばれた自分をからかいに来た、という体で実際は心配で様子を見に来た、といった所だろうか。

今現在もぐーすか寝ているであろうどこかの一番艦より余程お姉ちゃんっぽい。


ヴェールヌイ「別に何もしてないよ。出撃要請があっただけさ」

雷「あれ、そうなの? でも呼ばれてたの響だけだったわよね……?」

ヴェールヌイ「相手が戦艦一隻だけみたいなんだ。私一人で充分ってことなんだろう」

雷「ふーん?」


雷「あ、じゃあ私も一緒に出る? 今は暇だし手伝うわよ?」

ヴェールヌイ「……ふむ」


電が言うには不足しているのは鋼材ということだったし、駆逐艦である雷についてきてもらっても消費する燃料も大したことはない筈だ。

だけどまあ、美味しいお茶うけも貰ったことだし。今日の所は一人で頑張るとしよう。


ヴェールヌイ「いや、今日は一人で行くよ。それより雷、執務室で電が美味しいもの食べてるよ」

雷「ほんと!? 私も食べたいわ!」


それを聞くや否や、雷は目を輝かせながら執務室の扉を開け放し中に突撃していった。

美味しいもの > 私の心配 だったのは少々悲しいが、今のうちに行ってしまうとしよう。

しいたけみたいな目をしやがって。


――電! 私にも美味しいもの寄越しなさい!

――雷ちゃん!? いやこれはその……


うん、やっぱり美味しいものは皆で分けあわないとね(棒読み)

今日も鎮守府は平和である。


――――


駆逐艦は戦艦にはかなわない。

それは正しい。けど、間違ってもいる。

戦艦の砲撃が一発でも当たればよくて中破、基本大破の駆逐艦に対し、戦艦は駆逐艦の小口径の砲撃などものともしない。

何十発も砲撃を重ねれば沈めることもできるかもしれないが、現実的ではないだろう。

だが、今のような特殊な戦闘――つまるところ一対一――であれば駆逐艦が戦艦に勝つのはそこまで難しい話ではない。

駆逐艦の砲撃が戦艦に効かないのは戦艦の砲撃の距離に合わせて戦った場合の話で、肉薄する程の距離まで近づけば戦艦の装甲を貫くことは十分可能だ。(そもそも魚雷でもいい)

普通の艦隊戦ならば駆逐艦が一隻突出した所で蜂の巣にされてしまう所だが、今は相手と一対一。気にせずに突っ込むことができる。

最も普通の相手なら艦隊戦でも被弾することは無いと思うけど。

なんて考えていると、遠く離れた相手の方から砲撃音。次いで飛んでくる砲弾。

しかし自分には当たらない軌道。防御行動の必要無し。

連射はできない以上距離を縮めるなら今だ。

相手の砲撃で上がった水柱を視界の端で捉えながら、私はスピードを上げた。


相手の砲撃が止むタイミングで突出、砲撃してくるタイミングでは回避優先と移動し、やっと相手が充分に見える位置まで来た。

相手に対して円を描くように移動しながら様子をうかがう。

戦艦ル級。おそらく深海棲艦としてはヲ級に並んでもっともわかりやすい脅威として知られている艦種だろう。

これまでの砲撃の傾向としては素直で、こちらの回避行動に砲撃を全く合わせられていない。

単艦で行動していることといい、戦闘経験が無い個体なのかもしれない。


ヴェールヌイ「さて、どうやって倒そうか」


一番楽なのは魚雷だ。この相手なら砲撃に絡めて魚雷を撃てばまず間違いなく沈めることができるだろう。

が、魚雷はコストがかかる。使わない方が電も喜ぶだろう。

となると、砲撃を接射するのがいい。この相手ならそこまで難しくもないはずだ。

倒す方法は決まった。後はそれをどうやって実行するかだ。


といっても、私がとる戦法は半ば決まっていた。

今回私が装備してきた概念は缶3つ。

要するに機動力に特化した構成だ。

そして、ここまで敵に近づくのにあえて缶を使わなかった。

私の出せる速度がこの程度だと錯覚させるためだ。

ここから缶を起動して速力を上げ、一気に距離を詰め、沈める。

相手が砲撃の狙いをつけるのが上手い個体だったら他の方法も考えたけど、どうやらそうでもないみたいだしね。

さらに、戦闘中艦娘を常に包むように張られている透明な膜――装甲を前方に集中させ、本物の軍艦の艦首のように尖らせる。

これで準備完了。後は相手の砲撃を待つだけだ。


ちなみに相手のル級はというと、距離を保とうとしているのか、こちらを見ながら後ろ向きに進んでいるだけだった。

別に近距離でも戦艦が不利という訳では無いし間違いではないけれど、少し緊張感に欠けるんじゃないかな。

まあ今からそのル級を仕留めようとしている私が指摘する立場ではないと思うけど。

そんなことを考えているうちに、ル級の殺気が膨れ上がった。どうやら次の砲撃準備が整ったらしい。

今までの砲撃間隔とも一致するし、間違いない。

これじゃあ相手に今から撃ちますよーと教えているような物だ。減点一。

私は砲撃をかわすために思い切り速度を落とした。


急激な速度の低下により、私の周りが大きく波打つ。

数瞬の後、砲撃音と同時に、速度を落とさないまま進んでいたら私がいたであろう場所を砲弾が通りすぎていった。

回避完了。後は仕留めるだけ。

頭の中で缶のスイッチを入れるイメージを思い描く。

速度を落とすために前に向かって力んでいた方向を九十度変え、ル級に突っ込めるように方向を調整。

曲がりきらない内に思いっきり動力を開放して急加速した。


ここまでの速度になるともはや海の上を滑るというより、トビウオのように跳ねていると言った方が正しい。

バランスを崩して横転しないように注意しながら、緩い弧を描くようにル級を目指す。

見る見るうちに近づいていくル級を見ているうちに、ふと違和感を覚えた。

ル級の砲門がこちらの動きに合わせるように動いている。

まだしばらく次弾発射はできないはず……と考えていた所で先程と同じようにル級の殺気が大きくなる。

ここに来てようやくル級が何をしようとしているかに気づいた。

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