比叡「大嘘吐き」 (197)

司令は、恋のライバルだった。

司令は、大好きなお姉さまの意中の人だった。

それを知ったとき、私は歯がゆくて。

『司令には、恋も! 戦いも! 負けません!』

そう宣戦布告してしまったことは今でもはっきりと思い出せる。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1452499760

司令は、優しい人だった。

誰もが一口で……榛名、霧島、そしてお姉さまでさえ半分以上残した私のカレーを完食してくれた。
無理をしないで、と言ってもあの人は食べる手を止めようとはしなかったっけ。

どうして、と尋ねる私に司令はこう答えた。

『せっかく比叡が作ってくれたのに、残すなんてもったいないだろ?』

このとき、私はいつかこの人を満足させることのできる料理が作れるようになってみせると決心した。

司令は、甘い人だった。

あと一歩で海域が突破できるという状況でも、誰かが轟沈する危険性がほんの少しでもあれば迷わず撤退しろという指示を出す。

好戦的な艦娘の中には、それに不満を抱き、実際に抗議に踏み出た娘たちもいた。

ちょうど抗議の場に居合わせた私は、そのときはじめて司令が本気で怒るのを……涙を流すのを見た。

『万が一お前たちが沈んだら俺は死ぬほど悲しむぞ』

そんなことを言われ、抗議に来た娘たちもただただ謝るばかりだった。

これ以降、司令の方針に文句を言う娘は一人もいなかった。

司令は、厳しい人だった。

演習中にうっかり気を抜いているところを見せようものなら、演習の後に長々とお説教を聞かされることになる。

最初こそみんな不満げに思っていた。

だけど、やっぱり例の抗議の一件以降、文句を言う娘は一人もいなかった。

誰にも沈んでほしくない……そんな真摯な気持ちから来る説教であることをみんな知っていたから。

司令といっしょにいるのは楽しかった。

お姉さまたちがいないときや忙しいときには、よく司令のところに遊びに行った

恋敵ではあるけれど、司令のことは嫌いではなかったし、何となく司令と同じところにいるのは居心地が良かった。

いっしょにテレビを見たり、くだらない冗談を言い合ったり、外に出てランチを取ったり……そんな、なんてことないの日常。

だけど、そんな時間こそが私にとって大切なものになっていた。

司令は、まめな人だった。

艦娘一人一人の進水日を正確に把握して、進水日を迎えた艦娘には忘れずにプレゼントを用意する。

うちの鎮守府に所属する艦娘の数はゆうに100を超える。
それも、ネックレスやペンダントといった高価なものを用意するものだから、出費は決して少ないものではない。

司令曰く、どうせ普段金使う機会がないから、とのこと。

私の進水日にはネックレスをくれた。

そのネックレスは今でも私のお気に入りだ。

司令は、恋のライバルではなくなった。

あるとき、私は身を引くことを決めた。

お姉さまを取られてしまうのは悔しいけど、この人ならばお姉さまを幸せにしてくれるという確信があったから。

もちろんお姉さまを愛する気持ちは誰にも負ける気はない。

お姉さまを愛するからこそ司令にお姉さまをお任せしようと考えただけだった。

このときの私はまだ、自分の中に芽生えて始めていた感情に気づいていなかった。

お姉さまがいつものように司令に甘えているところを見た。

そのとき、胸がちくりと痛むような感覚を覚えた。

嫉妬している? 身を引くと決めたのに?

そこで私は気づいてしまう。

気づいてしまった。

私が嫉妬しているのは……司令にではなくお姉さまに対してであるということに。

それはつまり、私が司令に恋をしているということ。

駄目。駄目。そんなことが許されるはずもない。

私が司令と結ばれてしまったらお姉さまが……。

自分の気持ちを何とか抑え込もうとする。

だけど、一度気づいてしまったその感情を封印する術はなくて。

私は抜け道のない迷路に迷い込んでしまったかのような感覚に陥った。

今、私は夢を見ている。

司令と綺麗なドレスを纏った私の結婚式が行われている。

幸せそうに微笑みかけてくる司令に私も最高の微笑みを浮かべて返す。

周囲を見渡す。そこには同じ鎮守府の仲間たち。

みんなが私たちの幸せを祝ってくれている。

ああ、私は何て幸せ者なのだろう。

幸せを噛みしめていたそのとき、あることに気づいてしまう。

いない。

お姉さまがどこにもいない。

寂しさと悲しみがぐちゃぐちゃに入り混じったような感情が押し寄せてくる。

『お姉さま!』

そう叫んだところで、私の意識は現実に引き戻された。

書き溜めはここまでです。
地の文を使うのははじめてなので、見苦しいところも多々あるでしょうがご容赦ください。

期待

期待してます

乙です。
続きが気になるな。

地の文の無い作品kwsk

ほうほう…悪くない

なるほどなるほど

過去作につきましては、情けないことに以前エタらせてしまったスレがありまして、そのことを気にしないでいただけるならぜひ提示
させていただきたく存じます。

エタっつってもロクにやらないでエタらせたかそこそこやってたのにエタらせたかで変わるかもしれんし何とも言えないんじゃね?

>>19
はよ

以前はこのようなものを書いていました。

鈴谷「夜はこれから!」
鈴谷「夜はこれから!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1426584466/)

加賀「私は無愛想だけど…」
加賀「私は無愛想だけど…」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1427600711/)

提督「見せてやろう……我が渾身のバーニングラブ」
提督「見せてやろう……我が渾身のバーニングラブ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1428152381/)

直近だとこんなものも。

提督「教えてやる……これがセクハラするっていうことだ」 【安価】
提督「教えてやる……これがセクハラするっていうことだ」 【安価】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451748499/)

おお、あなたか大体読んでたわ
バーニングラブが特に好き

おお、どれも好きな作品だ
これも面白そうだし期待乙

セクハラのやつはあなただったのか!期待してますw

貴重な比叡ss発見

期待

過去作読んでたわ
期待

意識が覚醒すると同時に、勢いよく身を起こす。

目に映るのは、見慣れた自分たちの部屋。

時計の針は、午前6時を回ろうとしている。

お姉さまと妹たちの寝息が微かに聞こえてくる。

それとなくお姉さまの寝顔を伺う。とても安らかな寝顔だ。

ふと、先ほど見ていた夢の内容が鮮明に頭の中を巡る。

司令と結婚する幸せ。

お姉さまに祝福されない不幸。

どちらがより大きなものであるか私には決められなかった。

身だしなみを整え、朝食を済ませた後、執務室へ向かう。

「おはようございます」

「おはよう比叡」

入室するなり朝の挨拶を交わす。

司令の顔をじっと見る。

あの夢のせいか、いつも以上に司令のことを意識してしまう。

「どうしたボーっとして?」

「な、なんでもありません」

「そうか……今日の業務もやり応えがあるぞ」

そう言って、司令は私の机を指差す。

そこには書類が山積みになっている。

「うぅ……秘書艦ってつらい」

「もう慣れたもんだろう?」

「慣れていてもつらいものはつらいんです!」

私が秘書艦を務めるようになって早数ヶ月。

よく執務室に遊びに来るし秘書艦やってみないか、と司令に言われたのが秘書艦になったきっかけ。

まあ、実質は半強制的に秘書艦にされたんだけど。

就いたばかりの頃はミスも多々あったが、今ではそつなくこなせてる……と思う。

「なんだかんだでお前は有能だから助かるよ」

「褒めたって何も出ませんよ?」

「素直に喜べよ。口元緩んでるぞ」

しまった。油断した。

自分の席に向かうところで、それに気づく。

「なのです……?」

そう書かれた掛け軸が壁に掛かっている。誰が書いたのかこれほどわかりやすい掛け軸も珍しい。

「なかなか良いだろ?」

「ん~……まあ、うん」

これはなかなか反応に困る。頑張って書いたんだろうなってことはわかるけど。

「先日、この部屋が殺風景だと言われてな」

「誰にですか?」

「北上に」

執務室には余計なものはほとんど置いていない。殺風景と言われれば同意するしかない。

「それであの掛け軸を?」

「うむ。電と多摩に頑張ってもらった」

なるほど。あの肉球スタンプは多摩のものか。

納得したところで、意識を机の上にある書類に移す。

「これだけあるとよく燃えそうですね」

「馬鹿なこと言ってないで取り掛かってくれ」

「は~い」

今日も長い戦いが始まる。

投下が遅くてすいません。
今日は集中して書き進めたいと思います。

おー、続ききてる
期待

乙デースッ!
比叡って可愛いよね
金剛の絵が好きで艦これ始めたのに何故か比叡が好きになってずっと秘書艦だわ

乙!
楽しみ楽しみ

地味な書類仕事を片付けている間に、時刻は正午になっていた。

「いったんお昼にしよう」

「そうしましょうか」

目の前の書類に判を押しながら答える。

待ちに待ったお昼の時間だ。

食堂へ向かう途中、悪戯心が芽生える。

「ちょっと賭けでもしませんか?」

挑発的な笑みを浮かべながら提案する。

「賭け?」

「今日のお昼のメインの一品が何かを当てるんです。負けたら、その品を相手に少し分けるって条件で」

食堂へ向かう途中、悪戯心が芽生える。

「ちょっと賭けでもしませんか?」

私は挑発的な笑みを浮かべながら提案する。

「賭け?」

「今日のお昼のメインの一品が何かを当てるんです。負けたら、その品を相手に少し分けるって条件で」

「そんなの当てようがないだろ」

呆れ顔で言う司令。

「そんなことないですよ? この比叡にはわかります!」

「ん? ちょっと待て……今日の調理当番は確か……」

顎に手を当て考え込む司令。

これは気づかれちゃうかな?

「よし、俺はカツが来ると読む」

司令は、にやりとしながら宣言する。こうなってはお手上げだ。

「今回は降りさせてもらいますね」

「まったく……茶番もいいところだ」

私の頭をポンポン叩きながら司令は笑っていた。

食堂は多くの艦娘たちにより、かなりの賑わいを見せていた。

それとなく付近の娘のトレーの上を確認する。

ご飯、味噌汁、お漬物、そしてカツ。やっぱりあった。

今日の調理当番には、足柄が入っている。

足柄はとにかくカツが好きで、調理当番になった際には、十中八九カツを献立に入れる。

おいしいんだけど、毎回作りすぎるのが困りもの。

私と司令は全ての品を受け取り、お姉さまたちのいる席へ向かう。

「お隣失礼します、お姉さま!」

「オー、相変わらず気合入ってるネ」

私はお姉さまの隣に、司令は私の向かいに腰掛ける。

「聞いてくれよ榛名。さっき比叡のやつ、俺をはめようとしたんだ」

司令が隣にいる榛名に何やら言っている。

「比叡お姉さまが?」

「ひえ~……何のことだかさっぱりですね」

口笛を吹き、空惚けてみせる。

「あまり上手くないですね」

「うるさいぞぅ霧島」

メガネをくいっと上げながら私の口笛に文句を垂れる霧島。

「結局、比叡お姉さまは何をしたんです?」

榛名が司令に追究している。

「今日の献立で賭けを持ちかけてきたんだよ。足柄が当番ってことを知りながら」

「それは何と言うか……」

何とも言えない表情を浮かべる榛名。

「こずるいネー」

お姉さまはおかしそうに笑っている。そんな姿も麗しい。

「いただきます!」

両手を合わせ、食べ物への感謝を示し、さっそくカツに箸を伸ばす。

香ばしい衣にジューシーなお肉。ああ、カツって本当に素晴らしい。

白米と共に、これ以上ない口福を与えてくれる。

「カツを食べて今日も勝つってね!」

「秘書艦が何に勝つんだよ?」

すかさず司令のツッコミが入る。

「書類に?」

「それは勝ち負けの問題じゃないネ」

続けてお姉さまのツッコミが入る。それを受けて、榛名と霧島はくすりと笑っていた。

とりあえずここまでで。

期待

乙です

食事を終え、私たちは話に花を咲かせていた。

「今日も3時頃からティーパーティーを開こうと思いマース。二人とも、時間になったら来てネ」

「は~い」

「今日のお菓子はスコーンを用意するヨ」

しばしばお姉さまは、私たち姉妹や司令、時には他の娘を交えてティーパーティーを開く。

そこでは紅茶とお姉さまお手製の菓子が振る舞われる。

「それにしてもあれだな。昼にカツ、3時のおやつにスコーンって」

司令が何を言わんとしているのかはすぐにわかった。

「私は太りにくいから大丈夫です!」

自信満々に宣言する。

あれっ? 姉妹たちの視線が妙に怖いよ?

「……お姉さまだけずるいです」

「太らないよう綿密にカロリー計算してるのに……」

恨めしそうに呟く榛名と霧島。

「女性の敵だな」

「私も女性なんですけど!?」

まったく……司令はいったい何を言っているんだろう。

「フフッ、比叡」

「な、何でしょう?」

お姉さまが口角を吊り上げる。その目は笑っていなかったけど。

「たぁ~っぷりスコーンを用意するからネ。たぁ~っぷり食べるのヨー?」

やけにたっぷりのところが強調されている。

口は禍の元か……うん、気をつけるようにしよう。

食堂から執務室へ戻ってくる。

机の上には未だに大量の書類。

深海棲艦に勝るとも劣らない強敵だ。

「シエスタって良い文化だと思いません?」

「そうだな」

こちらを見もせずに司令は答えた。

「私たちも取り入れましょうよ」

「却下する」

むぅ、取り付く島もない。

「それに3時になったらティーパーティーがあるんだ。息抜きはそこですればいいさ」

話は終わりと言わんばかりに、執務に取り掛かる司令。

冗談言ってないで、私もがんばるとしますか。

そうして迎える午後3時。紅茶とスコーンが私を待っている!

「ティータイムです!」

勢いよく立ち上がる。

「落ち着けって。紅茶もスコーンも逃げやしないさ」

司令は、手にしていたペンを置き、ゆっくりと立ち上がる。

「さあ行くか」

「はい!」

「待ってたネ、二人とも」

お姉さまたちがテーブルを囲んでいる。

もうあらかた準備はできているみたい。

「さあ、座って。今紅茶を淹れるワ」

いったん席を立ち、流れるような手つきで紅茶を淹れていくお姉さま。

私と司令は促されるままに空いている席につく。

私の前に出された皿を見て、そのことに気づく。

「……ねえ」

誰にともなく尋ねる。

「私の皿だけスコーンが多いのはどうして?」

私の皿にだけ4つのスコーン。みんなの皿には2つずつなのに。

「お姉さまにはたくさん召し上がっていただきたくて」

にこにこしながら言う榛名。妙に威圧感があるような……。

「私の計算では、比叡お姉さまは4つくらい食べないとご満足いただけないはずです」

「いや、普通に2つで充分なんだけど」

霧島はいったい何を計算したと言うのだろうか。

お昼の件が原因か。さすがに4つはきついなぁ……。

「比叡のためを思って一生懸命焼いたネ」

「ぜひいただきます!」

お姉さまにそんなことを言われたら、一つたりとも残すわけにはいかない。

「ちょろいな~」

司令が何か言っているけど気にしない。

これは姉妹といえど粛清対象w

みんなの前に紅茶が行き渡り、ティーパーティーが始まる。

カップを手に取り、まずは香りを楽しむ。

「う~ん、この香り……素晴らしい。実に豊かな香りですね」

少し気取った感じで、感想を口にする。

「くくっ、評論家にでもなったつもりかよ」

そう言って破顔する司令。

「良い茶葉を使ってるからネ。香りも味も保証するヨ」

誇らしげに胸を張るお姉さま。

香りを楽しんだ私は、紅茶を口に運ぶ。

うん、おいしい。お姉さまの淹れる紅茶はやっぱり最高だ。

周りを見ると、皆一様に紅茶の素晴らしさに顔を綻ばせている。

続いて、私はスコーンに手を伸ばす。

最初はジャムで食べようかな? 蜂蜜で食べようかな?

「マーマイトもあるヨ?」

「ジャムで食べようと思います!」

ごめんなさいお姉さま。マーマイトは苦手です。

ブルーベリージャムをスコーンに塗り、大きく一口。

う~ん……最高! スコーンの香ばしさとブルーベリーの酸味がたまらない。

「おい、比叡。口にジャムついてるぞ」

おっと、私としたことがはしたない。口元を指で拭う。

「そっちじゃない……ちょっと動くな」

「えっ?」

司令はそう言って、自分で拭ったところの反対側を拭う……それも指で直接。

「だ、大胆です……」

誰にともなく呟く榛名。

ど、どうしよう。なんか気恥ずかしいんですけど!

「いきなり悪かったな……比叡?」

「ひ、ひえ~……」

「お姉さま、顔真っ赤ですね」

霧島が口元を緩めながら茶化してくる。おのれ、他人事だと思って……。

「提督! 提督!」

「どうした?」

「私の口にもジャムがついてるネ! 拭ってくだサーイ!」

気のせいかな? さっき、慌てて自分の口にジャムをつけるお姉さまの姿が見えたような……。

「わかってるなら自分で拭え」

「そ、そんなのってないネ!」

「……ぷっ」

そんなやり取りを見て、つい私は吹き出してしまう。

それを皮切りに、場はみんなの笑い声に包まれる。

ああ、楽しい。心の底からそう思う。

お姉さまの顔を見つめる。とても素敵な笑顔。私の大好きな笑顔だ。

やっぱりお姉さまには笑顔でいてほしい。お姉さまが悲しむ顔なんて見たくない。

ふと、私はそんなことを考えていた。

とりあえずここまでで。
量も少なく更新も遅くてすいません。

乙です。
スコーンにジャムか……今度安物でだけど試してみようかな。

期待

スコーン(コイケヤ)

コイケヤスコーンより焼きもろこし派でした

ひえー可愛い乙

ティータイムが終わって、私と司令は再び執務室へ。

「そう言えば、そろそろ祭りがありますね」

「もうそんな時期か」

市街の方ではもうじき祭りが開催される。

けっこう大規模な祭りで、それを楽しみにしている艦娘も多い。

「祭りの日は休暇にしてやるから、金剛たちといっしょに行ってこい」

「司令は?」

「行かんよ」

やっぱり。あなたはそう言うよね。

「祭りに参加できない娘に悪いから、ですか?」

「そういうことだ」

艦娘全員に同時に休暇を与えることが不可能な以上、祭りに参加したくても参加できない娘がいるのはどうしようもないことだ。

そういう娘たちに配慮して、司令は祭りのような行事には基本的に参加しない。

「律儀ですよね」

「上に立つ者として当然のことだ。それに、俺がおいそれと鎮守府から離れるわけにはいかん」

司令は、きっぱりと言い放つ。本当に真面目な人。

「ふふっ、私も休暇は要りません」

「お前は気にしなくていい。普段、秘書艦として頑張ってくれているしな」

その気持ちは素直に嬉しい。だけど、私は首を横に振って応える。

「残っていたいから残るだけです」

「……そうか」

こう言ってしまえば、司令も反論のしようがないだろう。

「それに……」

なるべくふてぶてしい笑みを浮かべて続ける。

「私がいなかったら司令が寂しがっちゃいますからね!」

「……くくっ……ああ、そうだな」

あっ、あれっ? 何か調子狂うな。

「さて、夕食まで頑張ろうか」

「了解……気合! 入れて! 頑張ります!」

夕食を済ませた後、残った書類との戦いを開始する。

そうして小一時間ほど経った頃。

「今日はここまでだな」

椅子の背もたれに身体を預けながら司令は言う。

こっちも今日中に片付けなきゃいけないものは全部片付いているしちょうどいい。

「ふぅ……疲れましたね~」

「お疲れ様……ところでな」

一拍置いて、司令は続ける。

「今夜は鳳翔さんの店に行こうと思うんだが、お前もいっしょにどうだ?」

「お供します!」

鎮守府の片隅には、鳳翔さんが切り盛りしている店がある。

鳳翔さんの出してくれる料理は絶品で、大人の艦娘たちの憩いの場となっている。

私はそんなにお酒を飲む方ではないから、どちらかと言うと鳳翔さんの料理を味わうためによく通っている。

「どうする? すぐに向かうかとするか?」

「善は急げって言いますし」

「使い方合ってるのかそれ……まあいい、なら行こう」

「了解!」

「いらっしゃい」

暖簾をくぐると、鳳翔さんが柔和な笑みで出迎えてくれた。

店はすでに喧騒に包まれている。

「あらっ、提督に比叡じゃない」

近くの席に座っていた足柄が声を掛けてくる。

「貴様らもこっちでいっしょに呑むか?」

「ははは、駄目だって那智。提督殿も秘書官殿も二人っきりで呑みたいだろうさ」

「それもそうか」

足柄といっしょの席の那智と隼鷹は、そんなやり取りをした後、からからと笑い出す。

もう三人とも良い感じに出来上がってるみたいだ。

「何言ってるのよもう……」

からかわれたことへの不満を漏らす。

「酔っ払いを相手にしても労力の無駄だぞ」

「あっ、そういうこと言っちゃう!?」

吐き捨てるような司令の言葉に隼鷹が食いつく。

司令はそれを気にも留めず、空いているカウンター席の方に向かう。

私もその後に続く。

席に着いた私たちに、さっそく一品差し出される。

「これは……?」

「砂肝の生姜煮です」

私の疑問に鳳翔さんが答えてくれる。

「いただきます」

手を合わせてから、砂肝を箸でつまみ口に運ぶ。

甘辛くて美味しい。コリコリした食感も実に素晴らしい。

「うん、美味しいです」

自然と笑みがこぼれる。鳳翔さんの仕事に外れなし。

「ふふっ、お口に合ってよかったわ」

鳳翔さんも笑みを返してくれる。

「はい、提督はいつものね」

「ありがとう」

司令の前に日本酒が差し出される。

「比叡さんはどうします?」

「ビールをお願いします」

「わかりました」

鳳翔さんの料理を肴に、酒盛りをすること四半刻くらい。

「……はあ」

隣で司令が嘆息する。

「どうしたんですか?」

「どうにもやりきれなくてな」

何も言わずに、司令の言葉の続きを待つ。

「お前たち艦娘が前線で戦っているのに、俺は鎮守府で執務をこなしながらお前たちの帰還を待つばかり……なんとも情けない」

「あららっ、久々に愚痴ってるみたいね」

声のする方を見ると、足柄が呆れ顔をしていた。

司令は酔いが回ってくると、時折この手の愚痴をこぼすことがあるのは、鎮守府では周知の事実だった。

「深海棲艦との戦いは艦娘の領分ですし、それが当たり前なんですよ」

優しく諭すような口調で言う。

「できることなら、俺も命を懸けることでお前たちと対等でありたいんだ」

神妙な面持ちでぼやく司令。

まったくこの人ときたら……。

「ていっ」

司令の頭に軽くチョップ一発。

「……何をする」

「司令が馬鹿なこと言うもんですから、つい手が」

「何?」

「言っておきますけど、私たちは司令に命を懸けてほしくなんかありません。むしろ、ふざけんなって感じです」

そんなこと、認めるわけにはいかないの。

「あなたは私たちの戦友……だけど、私たちが守るべき人間の一人でもあるんです」

だから。

「あなたに命を懸けさせるなんて、私の誇りが許しません」

これだけは司令であろうと譲れない。

「……はあ……俺は誇りって言葉に弱いんだよ」

「よく知ってます」

他ならぬあなたのことですから。

「対等かどうかなんて考えないでください。私たちは戦友……それで良いじゃないですか」

書きだめ切れたんでまた後で。

乙です。
いいなぁ雰囲気が。

乙です
こういう提督は好感持てていい

>>90
「善は急げ」じゃなく「膳へ急げ」になってそう

「……比叡」

「はい」

「俺を戦友と呼んでくれるんだな」

「当たり前じゃないですか」

本来なら失礼なのかもしれないけど、司令を戦友だと思ってるのは嘘じゃない。

「くくっ……ははは」

「し、司令?」

突然、司令が軽い笑い声を立てる。私、何かおかしなこと言ったかな?

「いやなに……俺は果報者だなと思ってな。良い戦友に恵まれたものだ」

「ふふふっ、まったくですね」

鳳翔さんはそう言って、肉じゃがを出してくれる。

「もう愚痴はお終いですか?」

「ああ、すまなかったなお前たち」

鳳翔さんの言葉を受け、ばつが悪そうに笑う司令。

「……ありがとうな比叡」

「どういたしまして」

感謝されるほどのことはしてないけど……まあ、悪い気はしないしいいか。

「ご馳走さま鳳翔。大いに英気を養わせてもらったよ」

「ごちそうさまでした!」

「はい、またいらしてくださいね」

私たちは鳳翔さんの店を出て、元来た道を引き返す。

「俺は一度執務室に戻るから、ここまでだな」

司令は立ち止まり、そう告げる。

「また明日執務室でな」

「遅刻しないように気をつけてくださいね」

「くくっ、遅刻してくるのはいつもお前の方だろうがよ」

「そうでしたっけ?」

私はわざとらしく言う。

「惚け面しやがって……おやすみ比叡。良い夜を」

「おやすみなさい」

挨拶を交わし、私たちはそこで別れた。

続きはまた夜に


比叡ちゃんがものすんごい落ち着いた子に見える・・

おつおつ

こういう比叡ちゃんもいいね

いったん部屋に戻って準備を整えた後、浴場へとやってくる。

もう夜も遅いし、この時間なら他の娘はもういないだろう。

手早く服を脱ぎ、脱衣籠に入れて、風呂へと続く戸を開く。

「比叡……お疲れ様」

「あっ、大和」

浴槽の方から声を掛けてきたのは、鎮守府の最高戦力であり、私がテスト艦を務めた大和型の一番艦、大和だった。

「今日は執務が長引いたの? こんな時間にお風呂に来るなんて」

こんな時間に風呂に来るってところは大和も人のこと言えないと思うんだけど……。

「司令に付き合って、鳳翔さんの店に行ってた」

「ということは、呑んでるの?」

「うん、量は大したことないけど」

「飲酒後の入浴は身体に良くないわ。なるべく控えることね」

「そうなんだ……覚えとく」

身体を洗った後、湯船につかる。

「はぁ~……良いお湯ね。さすがに気分が高揚します」

「加賀の真似?」

「どう? 似てた?」

「微妙なところ」

けっこう似せたつもりなんだけどなぁ。

「比叡と二人きりになるのは久しぶりね」

「言われてみれば、そんな気がするなぁ」

お姉さま主催のティーパーティーに招いたりしているから、会うことはけっこう多いんだけどね。

「……」

「……」

場を沈黙が支配する。でも、相手が大和だと不思議と悪くない。

少しして、大和が口を開く。

「私たちの未来はどうなるんでしょう?」

「あははっ、急にどうしたの?」

「急ということはないわ。あなただって色々と思うところはあるはずよ」

「まあ、そりゃあ……ね」

私たちの未来か。とりあえず言えることは……。

「誰一人沈まずに終戦を迎える。私はそう信じてるよ」

「……そうあってほしいものね」

大和は淡々と呟いた。

「じゃあその後は?」

「その後?」

終戦後のことを言っているのかな?

「深海棲艦と戦うために私たちは今存在するわ。なら、深海棲艦との戦いが終わった後、私たちはどうなると思う?」

「う~ん」

どうにも適切な答えが浮かんでこない。

「ときどき不安になるの……深海棲艦がいなくなった後、人類間で戦争が起きて……私たちは、その戦争の道具にされるんじゃないかって」

「……なるほどね」

共通の敵がいなくなることで、人類同士が争うという事態になることもあり得ない話とは思わない。

「そうはならないとしても……戦いのない世界で、兵器である私たちに居場所はあるのかしら?」

大和の不安はよくわかる。私だって、そういうことをまったく考えてこなかったわけじゃない。

「大和」

だけど、とりあえずこれだけは言っておかないと。

「自分たちのことを兵器って言っちゃ駄目」

「えっ?」

「司令に怒られるよ」

私にそう言われ、はっとした顔をする大和。

「そうね……ごめんなさい」

「私に謝る必要はないって。だけど、司令の前では絶対に言わないようにね」

あの人を悲しませたくはないから。

「人類同士の戦争の道具になんかならない……司令が私たちを守ってくれる」

私は、確信をもって言い放つ。

「私たちに居場所がないなら、司令が居場所を作ってくれる」

あの人は優しい人だから。

……ちょっと甘えすぎかな?

「随分と提督を信頼しているのね」

「大和は司令のこと、信頼してないの?」

「そんなわけないでしょう」

そう言って笑う大和につられ、私も笑みを浮かべる。

「もっと明るい未来の話をしようよ。何かやりたいこととか、なりたいものとかないの?」

「そうね……」

大和は少し考え込む。

「笑わないでね」

「笑わないよ」

「本当に笑わないでね?」

「笑いませんってば!」

この大和撫子、けっこう面倒くさい。

「……お、お嫁さんになりたい……かな」

大和は頬を染めながらか細い声で呟く。

……うん、この破壊力は尋常じゃない。

「む、無言にならないでほしいんだけど」

ジト目でそう訴えてくる大和を前に、私の中で何かが弾ける。

「ああっ、もう! 可愛いなぁ!」

「な、何!?」

我慢できずに、大和の頭を撫でる。

「大和なら良いお嫁さんになれるよ! 私が保証する!」

「ちょ、ちょっと! 撫でるのやめて!」

そう言って、私の手を払う大和。

照れなくてもいいのに。

「もう……比叡はどうなの?」

「私かぁ……特にないや」

「ちょっと」

大和が非難がましい目を向けてくる。

「考えはしたんだけど、やっぱりこれといったものが思い浮かばなくてさ」

「……ふ~ん」

何やら物思いに耽る大和。

「提督のお嫁さん、とかは?」

「はいっ?」

大和の言葉を受け、一瞬私の思考が止まる。

「だから、提督のお嫁さんになるとかは考えないの? 好きなんでしょう、彼のこと」

「え、え……ひええっ!?」

「あらっ、のぼせちゃったの? 顔が赤いわよ」

意地悪い笑みを浮かべて大和は言う。

「べ、別に司令のことは……」

「大人しく認めちゃった方が楽だと思うけど」

「……大好きだよ、もう」

大和を誤魔化しきれるとも思えず、大人しく観念することにした。

「比叡の素直なところ好きよ」

「どうしてわかったの?」

「絶大な信頼を見せつけられたばかりだし……でも、正直なところ確信はなかったのよ」

「……もしかしてカマかけられた?」

「そういうことになるかしら」

ちろっと舌を出す大和。可愛いけど許さないよ。

「や~ま~と~?」

「ふふっ、ごめんなさい」

「はぁ……誰にも気づかれるつもりはなかったのになぁ」

私は小さくため息を吐く。

「気づいてる人は少ないと思うわよ。傍から見れば、兄と妹のような関係にも思えるし。金剛にご執心って姿勢は崩してなかったし……それにしても、隠さなくていいじゃない」

「隠さなきゃいけないの。特にお姉さまには」

私が司令を慕っていることが誰かに伝わってしまえば、噂が巡り巡ってお姉さまに伝わるかもしれない。

だから、できれば知られたくなかった。無論、直接お姉さまに悟られるのは何としても避けたかった。

「もしかして……金剛に遠慮してるの?」

大和は強い目つきで私を見据える。

「私はお姉さまに幸せになってほしい」

司令と結ばれたい気持ちはあるけれど。

「お姉さまの邪魔をしたくないから、この想いは封印しなきゃいけないんだよ」

自分に言い聞かせるように呟く。

「馬鹿ね。それも大馬鹿」

「ば、馬鹿?」

いきなり大和に罵倒され、狼狽する。

「そんなの、あなたがつらいだけじゃない……」

どこか悲しげな表情を浮かべて言う大和。

私は何も言えず、そこで話が途切れてしまう。

今度の沈黙はちょっと気まずい。

そうして、少しばかり時が過ぎる。

「先にあがるわね」

大和はそう言って、浴槽から出る。

「ねえ大和。ここでの話は……」

「わかってる。誰にも言ったりしないわ」

話が早くて助かる。

「比叡……今は良いかもしれないけど、本当の意味で自分の想いに向き合わなくちゃいけないときがいつか来るわ」

私に背を向けたまま、大和は告げる。

「余計なお世話と言われようと、私は応援しているわよ」

そう言い残し、脱衣所の方へと大和は去っていった。

風呂からあがった私は、姉妹たちの待つ部屋に戻り、床に就く。

布団の中で、浴場での一幕を思い返す。

本当の意味で自分の想いに向き合わなくちゃいけないときがいつか来る……か。

大和の言葉を頭の中で反芻する。

そんなことはわかっている。

だけど、私は自分の想いを封印することしか選べない。

だから、どうしようもない……どうしようもないのよ。

とりあえずここまでで。


期待してる


比叡切ない……


良い妹過ぎる…

乙です
葛藤いいね

今、私は夢を見ている。

司令と綺麗なドレスを纏ったお姉さまの結婚式が行われている。

幸せそうに微笑む司令に、最高の微笑みを返すお姉さま。

周囲を見渡す。そこには同じ鎮守府の仲間たち。

みんながお姉さまたちの幸せを祝っている。

お姉さまと目が合う。

お姉さまは、これ以上なく素敵な笑顔を浮かべている。

私も微笑みをもって返そうとする。

……あれっ、おかしいな?

うまく……笑えないや。

数日後。

朝から気になる噂を耳にする。

曰く、うちの鎮守府にケッコンカッコカリの指輪と書類一式が大本営より送られてきている、とのこと。

ケッコンカッコカリ。

これを行うことで、艦娘は燃費や耐久の向上といった恩恵を受けることができる。

だけど、ケッコンを望む艦娘のほとんどにとって、それは副次的な効果に過ぎない。

ケッコンカッコカリの相手に選ばれるということは、最も司令に愛される存在になるということ。

司令が性能の向上だけを目的にケッコンできるような人なら、話は別だったんだろうけどね。

司令を慕っている艦娘にとっては、ケッコンカッコカリの相手に選ばれることこそ悲願だった。

火のないところに煙は立たないとは言うけれど、その噂は間違いであってほしいと強く願う。

ケッコンカッコカリという『幸せ』は、私の世界を壊してしまいかねないから。

……でも、心配ないか。その手の情報はまず秘書艦である私のところに入ってくるはずだもんね。

大和の言う『いつか』がこんなに早く来るはずがない。

そう自分で自分を納得させようとする。

納得させようとしているのに……どうしても胸に渦巻く不安は消えてくれなかった。

秘書艦の役目を果たすべく、いつものごとく執務室へ向かう。

執務室目前まで来て、開きっぱなしのドアから部屋に入ろうとしたときだった。

「あの噂は本当デスカ?」

中から聞こえてきたのは、お姉さまの声。

あの噂。

その言葉が引っかかり、瞬時に歩を止める。

おそらくケッコンカッコカリに関する噂のことを言っているんだろう。

「もしかしなくても、これの話か?」

「……本当だったのネ」

中の様子を直に確認したわけじゃないけど、司令とお姉さまのやり取りから察するに、そこにはケッコンカッコカリの書類と指輪があるはず。

「これがどうした、と言うのはあまりに白々しいな」

「ハイ。もう私の言いたいことはわかりますネ?」

そんな……何もこんな早くに。

「俺の頭が甘い勘違いをしているかもしれん。一応言ってもらえると助かる」

「そうネ」

心の準備だって万全じゃないのに。

「私とケッコンしてください、提督」

今がその『いつか』にならなくたっていいじゃない……。

お姉さまの申し出を司令が了承したら、どんな顔をして執務室に入っていけばいいんだろう?

私は笑顔で二人を祝福することができるだろうか?

そんな疑問が頭をよぎったとき、執務室から聞こえてきたのは。

「すまない金剛……お前の気持ちには応えられん」

ケッコンの申し出を断る、司令の言葉だった。

お姉さまの想いが報われなかった。

そのことを私は悲しむべきなんだ。

なのに、お姉さまと司令が結ばれなかったことで、確かに安堵している自分がいる。

それがどうしようもなく嫌で、自己嫌悪に陥る。

「ハァ……やっぱり断られてしまいましたカ」

断られることがわかっていたかのようなお姉さまの物言いに強い違和感を覚える。

「ホントはわかってたノ。提督の心の中にいるのは私じゃないことハ」

お姉さまは、平然とした声で続けた。

どうして? 

ケッコンの申し出を断られたのに、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?

「金剛……」

「フフッ、慰めの言葉だったらノーなんだからネ。惨めになるだけヨ」

司令の言葉を遮り、さっぱりとした口調で言うお姉さま。

「失礼しましたネ」

話を切り上げ、お姉さまがこちらに歩いてくる。

どうしよう……なんて声を掛けたらいいの?

考えがまとまらないうちに、お姉さまが部屋から出てくる。

私の存在に気づき、お姉さまは少し驚いた素振りを見せる。

「あっ……あの、あの」

私はただただ狼狽えるばかり。

そんな私を前に、お姉さまは、ふと優しい微笑みを浮かべる。

その美しさに息を呑む。

お姉さまは何も言わず、私の側を通り過ぎていった。

私にはわからない……あの微笑みの意味が。

ずっとそこに佇んでもいられず、執務室に入る。

「どうやら話を聞いていたようだが、盗み聞きは感心できんな」

「……はい」

司令の言に、上の空で返事をする。

「まあいい。それより、お前に大事な話がある」

大事な話? それってもしかして……。

お姉様してる金剛はいいよね

司令は、机の上にあった小さな箱を手に取り、開いてみせる。

そこには、私の思った通り、ケッコンカッコカリの指輪。

ここまで来れば、勘違いということはまずないだろう。

司令は、一度深呼吸して。

「比叡、お前を愛している。俺と結婚してくれ」

そう告げるのだった。

その言葉が、どうしようもなく嬉しい。

司令が私のことを愛してると言ってくれた。

これ以上の幸せなんて、きっと存在しない。

私も愛してます。

思わず、そう口にしようとして……脳裏をよぎったのは、お姉さまの笑顔。

不意に、胸が締め付けられる感覚。

ああ、そうだ。やっぱり私は……お姉さまを差し置いて、幸せになんかなれない。

「ごめんなさい司令」

努めて平静を装う。

「その指輪はいただけません」

やめて、やめて、と私の恋心が嘆いている。

駄目よ。もう決めたんだから。

「私は司令のことを……愛していませんから」

心が軋むような痛みに耐えながら、絞り出すような声で言う。

私は大嘘吐きだ。本当はどうしようもないくらい愛しているのに。

だけど、未練はここで断ち切らなきゃいけない。

未練を残せば、お互いにつらいだけだから。

それに、これで司令はお姉さまを選んでくれるかもしれない。

「そうか」

それだけ言って、司令が表情を陰らせる。

司令にそんな表情をさせたかったわけじゃない。

ただ、他にどうすることもできないだけなんだ。

私は踵を返し、逃げるように走り出す。

今はここにいるだけで、心が壊れてしまいそうだったから。

堤防に座り込んで、海を眺める。

そうしていくらか時が経った頃。

後ろから、誰かが近づいてくる。

今は一人でいたいのに……誰だろう?

「探したわよ」

声を掛けてきたのは、大和だった。

「秘書艦がこんなところで何をしているのかしら?」

「……別に」

答えにならない答えを返す。

大和は呆れた顔で、ため息を吐く。

「さっき金剛に会ったわ」

「お姉さまに?」

「色々と話をしてくれたわよ。本当の気持ちも含めてね」

本当の気持ち? 本当の気持ちってどういうことだろう……。

「その後、執務室に行ってみたんだけど……提督は明らかに落ち込んでいるし、あなたはいないし……金剛の話を聞いていたからすぐにピンときたわ」

一拍置いて、大和は続ける。

「断ったのね」

「うん」

何を、とは聞かない。

ケッコンの申し出のことを言っていることは明らかだったから。

「それであなたはいいの?」

何も言えず、口をギュっと結ぶ。

お姉さまの幸せを願うのであれば、司令の申し出を受けるわけにはいかないんだ。

「つらいんでしょう?」

「そんなことは……」

ない。

そう続けようとしたとき、頬を伝い落ちてくる何かに気づく。

「泣くほどつらいんじゃない……馬鹿」

私は慌てて、涙を拭う。

「先に謝っておくわね」

そう言い残し、大和はその場から去っていった。

堤防に一人。無為に時間が過ぎていく。

ふと、また誰かが近づいてくるのを感じる。

大和が戻ってきたのかな?

「隣失礼するヨ」

その声を聞いて、反射的に振り返る。

そこには、お姉さまがいた。

「お姉さま……」

困惑した表情を浮かべる私の側にお姉さまは腰掛ける。

「どうしてここに?」

「大和が教えに来てくれたノ」

「大和が?」

大和、いったいどういうつもりで……?

「ごめんネ」

「えっ?」

突然、謝罪の言葉を口にするお姉さま。

その意図がどうにも掴めない。

「わかっていたノ……提督はユーが好きだってことモ。ユーは提督が好きだってことモ」

その言葉に、私は驚愕を隠せない。

とっくに見抜かれていたんだ……。

「だけど、やっぱり諦めきれなかったカラ……プロポーズしてフラれて、私は自分の気持ちにケリをつけたネ」

そう言って、お姉さまは一瞬空を仰ぐ。

「後はユーの幸せを見守るダケ……そう思っていたケド」

お姉さまの声のトーンが下がる。

「大和から事情は聞いてるネ」

「あっ……」

大和、話しちゃったんだ。

去り際の謝罪も、きっとそのことについてのものだったんだろう。

「ユーが私のせいでこんなに苦しんでいることに気づいてあげられなかっタ」

お姉さまは、悲痛な顔で呟く。

「そんな……」

そんな顔をしないでほしい。

私はお姉さまに笑顔でいてほしいんだ。

「大切な妹を苦しめていたなんテ……姉として失格ネ」

「そんなことはありません!」

きっぱりと言い放つ。

「お姉さまは、私の自慢のお姉さまです!」

「サンキュー……ユーのような妹を持てて、私は本当に幸せ者ネ」

お姉さまの顔に喜色が表れる。

「ユーが私の幸せを祈ってくれたように、私もユーの幸せを祈っているノ」

真っ直ぐ私の目を見据えて。

「お願いだから、自分の気持ちに嘘吐かないデ」

お姉さまはそう言ってくれた。

私の問いに、お姉さまは、にかっと快活な笑みを浮かべて。

「オフコース! 恋する乙女は一直線ヨ!」

親指をぐっと立てて、そう答えた。

その答えに、私を縛っていた鎖が解けていく。

「お姉さま……お姉さま!」

感極まって泣き出してしまう私を、お姉さまは優しく抱きしめてくれた。

私が泣き止んだ頃、お姉さまが口を開く。

「行きなさい……あの人のところに」

「……はい!」

勢いよく立ち上がる。もう迷いはない。

「お姉さま!」

これだけは今伝えておかないと。

「大好きです!」

声を大にして言った後、私は駆けだす。

「私も大好きヨ!」

後ろからお姉さまのそんな叫びが聞こえてきた。

全速力で執務室へ向かう。

途中すれ違う娘たちに奇異の目を向けられても気にしない。

あっという間に執務室に到着し、勢いよくドアを開ける。

「司令!」

突然の私の登場に、司令は驚いた顔をしている。

さあ、私の本当の気持ちを彼に伝えよう。

余計なことは考えない。ただ、この想いをぶつけるんだ。

「私は……あなたのことを――」


………………
…………
……

<エピローグ>

司令と綺麗なドレスを纏った私の結婚式が行われている。

これは決して夢じゃない。

幸せそうに微笑みかけてくる司令に私も最高の微笑みを浮かべて返す。

周囲を見渡す。そこには同じ鎮守府の仲間たち。

みんなが私たちの幸せを祝ってくれている。

今、私は間違いなく世界で一番幸せだ。

「比叡!」

声のする方に視線を向ける。

そこには、満面の笑みを浮かべているお姉さまがいた。

「ハッピーエバーアフター!」

こちらに親指をぐっと立てるお姉さまに、同じ動作をもって応える。

司令の方へ向き直る。

「愛しているぞ比叡」

「愛しています司令」

お互いに愛を確認し合い、私たちは誓いのキスを交わした。

これにて完結です。
拙い文章でしたが、楽しんでいただけたのなら幸いです。
地の文は初めてで、おかしな点も多々あったとは思いますが、お付き合いいただきありがとうございました。

乙、良かった
ただ金剛が比叡をずっとユー呼びなのは違和感あったかも


……加賀スレ再開待ってます(ボソッ)

乙です。
良かったな比叡!

>>182に誤りがあることに気づいたんでそこだけ追加します。

「私は……司令と結ばれてもいいんでしょうか?」

私の問いに、お姉さまは、にかっと快活な笑みを浮かべて。

「オフコース! 恋する乙女は一直線ヨ!」

親指をぐっと立てて、そう答えた。

その答えで、私を縛っていた鎖が解けていく。

「お姉さま……お姉さま!」

感極まって泣き出してしまう私を、お姉さまは優しく抱きしめてくれた。

最高だった、とだけ言っておこう

最高だったな!!

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom