比叡「大嘘吐き」 (197)
司令は、恋のライバルだった。
司令は、大好きなお姉さまの意中の人だった。
それを知ったとき、私は歯がゆくて。
『司令には、恋も! 戦いも! 負けません!』
そう宣戦布告してしまったことは今でもはっきりと思い出せる。
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司令は、優しい人だった。
誰もが一口で……榛名、霧島、そしてお姉さまでさえ半分以上残した私のカレーを完食してくれた。
無理をしないで、と言ってもあの人は食べる手を止めようとはしなかったっけ。
どうして、と尋ねる私に司令はこう答えた。
『せっかく比叡が作ってくれたのに、残すなんてもったいないだろ?』
このとき、私はいつかこの人を満足させることのできる料理が作れるようになってみせると決心した。
司令は、甘い人だった。
あと一歩で海域が突破できるという状況でも、誰かが轟沈する危険性がほんの少しでもあれば迷わず撤退しろという指示を出す。
好戦的な艦娘の中には、それに不満を抱き、実際に抗議に踏み出た娘たちもいた。
ちょうど抗議の場に居合わせた私は、そのときはじめて司令が本気で怒るのを……涙を流すのを見た。
『万が一お前たちが沈んだら俺は死ぬほど悲しむぞ』
そんなことを言われ、抗議に来た娘たちもただただ謝るばかりだった。
これ以降、司令の方針に文句を言う娘は一人もいなかった。
司令は、厳しい人だった。
演習中にうっかり気を抜いているところを見せようものなら、演習の後に長々とお説教を聞かされることになる。
最初こそみんな不満げに思っていた。
だけど、やっぱり例の抗議の一件以降、文句を言う娘は一人もいなかった。
誰にも沈んでほしくない……そんな真摯な気持ちから来る説教であることをみんな知っていたから。
司令といっしょにいるのは楽しかった。
お姉さまたちがいないときや忙しいときには、よく司令のところに遊びに行った
恋敵ではあるけれど、司令のことは嫌いではなかったし、何となく司令と同じところにいるのは居心地が良かった。
いっしょにテレビを見たり、くだらない冗談を言い合ったり、外に出てランチを取ったり……そんな、なんてことないの日常。
だけど、そんな時間こそが私にとって大切なものになっていた。
司令は、まめな人だった。
艦娘一人一人の進水日を正確に把握して、進水日を迎えた艦娘には忘れずにプレゼントを用意する。
うちの鎮守府に所属する艦娘の数はゆうに100を超える。
それも、ネックレスやペンダントといった高価なものを用意するものだから、出費は決して少ないものではない。
司令曰く、どうせ普段金使う機会がないから、とのこと。
私の進水日にはネックレスをくれた。
そのネックレスは今でも私のお気に入りだ。
司令は、恋のライバルではなくなった。
あるとき、私は身を引くことを決めた。
お姉さまを取られてしまうのは悔しいけど、この人ならばお姉さまを幸せにしてくれるという確信があったから。
もちろんお姉さまを愛する気持ちは誰にも負ける気はない。
お姉さまを愛するからこそ司令にお姉さまをお任せしようと考えただけだった。
このときの私はまだ、自分の中に芽生えて始めていた感情に気づいていなかった。
お姉さまがいつものように司令に甘えているところを見た。
そのとき、胸がちくりと痛むような感覚を覚えた。
嫉妬している? 身を引くと決めたのに?
そこで私は気づいてしまう。
気づいてしまった。
私が嫉妬しているのは……司令にではなくお姉さまに対してであるということに。
それはつまり、私が司令に恋をしているということ。
駄目。駄目。そんなことが許されるはずもない。
私が司令と結ばれてしまったらお姉さまが……。
自分の気持ちを何とか抑え込もうとする。
だけど、一度気づいてしまったその感情を封印する術はなくて。
私は抜け道のない迷路に迷い込んでしまったかのような感覚に陥った。
今、私は夢を見ている。
司令と綺麗なドレスを纏った私の結婚式が行われている。
幸せそうに微笑みかけてくる司令に私も最高の微笑みを浮かべて返す。
周囲を見渡す。そこには同じ鎮守府の仲間たち。
みんなが私たちの幸せを祝ってくれている。
ああ、私は何て幸せ者なのだろう。
幸せを噛みしめていたそのとき、あることに気づいてしまう。
いない。
お姉さまがどこにもいない。
寂しさと悲しみがぐちゃぐちゃに入り混じったような感情が押し寄せてくる。
『お姉さま!』
そう叫んだところで、私の意識は現実に引き戻された。
書き溜めはここまでです。
地の文を使うのははじめてなので、見苦しいところも多々あるでしょうがご容赦ください。
過去作につきましては、情けないことに以前エタらせてしまったスレがありまして、そのことを気にしないでいただけるならぜひ提示
させていただきたく存じます。
以前はこのようなものを書いていました。
鈴谷「夜はこれから!」
鈴谷「夜はこれから!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1426584466/)
加賀「私は無愛想だけど…」
加賀「私は無愛想だけど…」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1427600711/)
提督「見せてやろう……我が渾身のバーニングラブ」
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(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1428152381/)
直近だとこんなものも。
提督「教えてやる……これがセクハラするっていうことだ」 【安価】
提督「教えてやる……これがセクハラするっていうことだ」 【安価】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451748499/)
今、私は夢を見ている。
司令と綺麗なドレスを纏ったお姉さまの結婚式が行われている。
幸せそうに微笑む司令に、最高の微笑みを返すお姉さま。
周囲を見渡す。そこには同じ鎮守府の仲間たち。
みんながお姉さまたちの幸せを祝っている。
お姉さまと目が合う。
お姉さまは、これ以上なく素敵な笑顔を浮かべている。
私も微笑みをもって返そうとする。
……あれっ、おかしいな?
うまく……笑えないや。
数日後。
朝から気になる噂を耳にする。
曰く、うちの鎮守府にケッコンカッコカリの指輪と書類一式が大本営より送られてきている、とのこと。
ケッコンカッコカリ。
これを行うことで、艦娘は燃費や耐久の向上といった恩恵を受けることができる。
だけど、ケッコンを望む艦娘のほとんどにとって、それは副次的な効果に過ぎない。
ケッコンカッコカリの相手に選ばれるということは、最も司令に愛される存在になるということ。
司令が性能の向上だけを目的にケッコンできるような人なら、話は別だったんだろうけどね。
司令を慕っている艦娘にとっては、ケッコンカッコカリの相手に選ばれることこそ悲願だった。
火のないところに煙は立たないとは言うけれど、その噂は間違いであってほしいと強く願う。
ケッコンカッコカリという『幸せ』は、私の世界を壊してしまいかねないから。
……でも、心配ないか。その手の情報はまず秘書艦である私のところに入ってくるはずだもんね。
大和の言う『いつか』がこんなに早く来るはずがない。
そう自分で自分を納得させようとする。
納得させようとしているのに……どうしても胸に渦巻く不安は消えてくれなかった。
秘書艦の役目を果たすべく、いつものごとく執務室へ向かう。
執務室目前まで来て、開きっぱなしのドアから部屋に入ろうとしたときだった。
「あの噂は本当デスカ?」
中から聞こえてきたのは、お姉さまの声。
あの噂。
その言葉が引っかかり、瞬時に歩を止める。
おそらくケッコンカッコカリに関する噂のことを言っているんだろう。
「もしかしなくても、これの話か?」
「……本当だったのネ」
中の様子を直に確認したわけじゃないけど、司令とお姉さまのやり取りから察するに、そこにはケッコンカッコカリの書類と指輪があるはず。
「これがどうした、と言うのはあまりに白々しいな」
「ハイ。もう私の言いたいことはわかりますネ?」
そんな……何もこんな早くに。
「俺の頭が甘い勘違いをしているかもしれん。一応言ってもらえると助かる」
「そうネ」
心の準備だって万全じゃないのに。
「私とケッコンしてください、提督」
今がその『いつか』にならなくたっていいじゃない……。
お姉さまの申し出を司令が了承したら、どんな顔をして執務室に入っていけばいいんだろう?
私は笑顔で二人を祝福することができるだろうか?
そんな疑問が頭をよぎったとき、執務室から聞こえてきたのは。
「すまない金剛……お前の気持ちには応えられん」
ケッコンの申し出を断る、司令の言葉だった。
お姉さまの想いが報われなかった。
そのことを私は悲しむべきなんだ。
なのに、お姉さまと司令が結ばれなかったことで、確かに安堵している自分がいる。
それがどうしようもなく嫌で、自己嫌悪に陥る。
「ハァ……やっぱり断られてしまいましたカ」
断られることがわかっていたかのようなお姉さまの物言いに強い違和感を覚える。
「ホントはわかってたノ。提督の心の中にいるのは私じゃないことハ」
お姉さまは、平然とした声で続けた。
どうして?
ケッコンの申し出を断られたのに、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?
「金剛……」
「フフッ、慰めの言葉だったらノーなんだからネ。惨めになるだけヨ」
司令の言葉を遮り、さっぱりとした口調で言うお姉さま。
「失礼しましたネ」
話を切り上げ、お姉さまがこちらに歩いてくる。
どうしよう……なんて声を掛けたらいいの?
考えがまとまらないうちに、お姉さまが部屋から出てくる。
私の存在に気づき、お姉さまは少し驚いた素振りを見せる。
「あっ……あの、あの」
私はただただ狼狽えるばかり。
そんな私を前に、お姉さまは、ふと優しい微笑みを浮かべる。
その美しさに息を呑む。
お姉さまは何も言わず、私の側を通り過ぎていった。
私にはわからない……あの微笑みの意味が。
ずっとそこに佇んでもいられず、執務室に入る。
「どうやら話を聞いていたようだが、盗み聞きは感心できんな」
「……はい」
司令の言に、上の空で返事をする。
「まあいい。それより、お前に大事な話がある」
大事な話? それってもしかして……。
司令は、机の上にあった小さな箱を手に取り、開いてみせる。
そこには、私の思った通り、ケッコンカッコカリの指輪。
ここまで来れば、勘違いということはまずないだろう。
司令は、一度深呼吸して。
「比叡、お前を愛している。俺と結婚してくれ」
そう告げるのだった。
その言葉が、どうしようもなく嬉しい。
司令が私のことを愛してると言ってくれた。
これ以上の幸せなんて、きっと存在しない。
私も愛してます。
思わず、そう口にしようとして……脳裏をよぎったのは、お姉さまの笑顔。
不意に、胸が締め付けられる感覚。
ああ、そうだ。やっぱり私は……お姉さまを差し置いて、幸せになんかなれない。
「ごめんなさい司令」
努めて平静を装う。
「その指輪はいただけません」
やめて、やめて、と私の恋心が嘆いている。
駄目よ。もう決めたんだから。
「私は司令のことを……愛していませんから」
心が軋むような痛みに耐えながら、絞り出すような声で言う。
私は大嘘吐きだ。本当はどうしようもないくらい愛しているのに。
だけど、未練はここで断ち切らなきゃいけない。
未練を残せば、お互いにつらいだけだから。
それに、これで司令はお姉さまを選んでくれるかもしれない。
「そうか」
それだけ言って、司令が表情を陰らせる。
司令にそんな表情をさせたかったわけじゃない。
ただ、他にどうすることもできないだけなんだ。
私は踵を返し、逃げるように走り出す。
今はここにいるだけで、心が壊れてしまいそうだったから。
堤防に座り込んで、海を眺める。
そうしていくらか時が経った頃。
後ろから、誰かが近づいてくる。
今は一人でいたいのに……誰だろう?
「探したわよ」
声を掛けてきたのは、大和だった。
「秘書艦がこんなところで何をしているのかしら?」
「……別に」
答えにならない答えを返す。
大和は呆れた顔で、ため息を吐く。
「さっき金剛に会ったわ」
「お姉さまに?」
「色々と話をしてくれたわよ。本当の気持ちも含めてね」
本当の気持ち? 本当の気持ちってどういうことだろう……。
「その後、執務室に行ってみたんだけど……提督は明らかに落ち込んでいるし、あなたはいないし……金剛の話を聞いていたからすぐにピンときたわ」
一拍置いて、大和は続ける。
「断ったのね」
「うん」
何を、とは聞かない。
ケッコンの申し出のことを言っていることは明らかだったから。
「それであなたはいいの?」
何も言えず、口をギュっと結ぶ。
お姉さまの幸せを願うのであれば、司令の申し出を受けるわけにはいかないんだ。
「つらいんでしょう?」
「そんなことは……」
ない。
そう続けようとしたとき、頬を伝い落ちてくる何かに気づく。
「泣くほどつらいんじゃない……馬鹿」
私は慌てて、涙を拭う。
「先に謝っておくわね」
そう言い残し、大和はその場から去っていった。
堤防に一人。無為に時間が過ぎていく。
ふと、また誰かが近づいてくるのを感じる。
大和が戻ってきたのかな?
「隣失礼するヨ」
その声を聞いて、反射的に振り返る。
そこには、お姉さまがいた。
「お姉さま……」
困惑した表情を浮かべる私の側にお姉さまは腰掛ける。
「どうしてここに?」
「大和が教えに来てくれたノ」
「大和が?」
大和、いったいどういうつもりで……?
「ごめんネ」
「えっ?」
突然、謝罪の言葉を口にするお姉さま。
その意図がどうにも掴めない。
「わかっていたノ……提督はユーが好きだってことモ。ユーは提督が好きだってことモ」
その言葉に、私は驚愕を隠せない。
とっくに見抜かれていたんだ……。
「だけど、やっぱり諦めきれなかったカラ……プロポーズしてフラれて、私は自分の気持ちにケリをつけたネ」
そう言って、お姉さまは一瞬空を仰ぐ。
「後はユーの幸せを見守るダケ……そう思っていたケド」
お姉さまの声のトーンが下がる。
「大和から事情は聞いてるネ」
「あっ……」
大和、話しちゃったんだ。
去り際の謝罪も、きっとそのことについてのものだったんだろう。
「ユーが私のせいでこんなに苦しんでいることに気づいてあげられなかっタ」
お姉さまは、悲痛な顔で呟く。
「そんな……」
そんな顔をしないでほしい。
私はお姉さまに笑顔でいてほしいんだ。
「大切な妹を苦しめていたなんテ……姉として失格ネ」
「そんなことはありません!」
きっぱりと言い放つ。
「お姉さまは、私の自慢のお姉さまです!」
「サンキュー……ユーのような妹を持てて、私は本当に幸せ者ネ」
お姉さまの顔に喜色が表れる。
「ユーが私の幸せを祈ってくれたように、私もユーの幸せを祈っているノ」
真っ直ぐ私の目を見据えて。
「お願いだから、自分の気持ちに嘘吐かないデ」
お姉さまはそう言ってくれた。
私の問いに、お姉さまは、にかっと快活な笑みを浮かべて。
「オフコース! 恋する乙女は一直線ヨ!」
親指をぐっと立てて、そう答えた。
その答えに、私を縛っていた鎖が解けていく。
「お姉さま……お姉さま!」
感極まって泣き出してしまう私を、お姉さまは優しく抱きしめてくれた。
私が泣き止んだ頃、お姉さまが口を開く。
「行きなさい……あの人のところに」
「……はい!」
勢いよく立ち上がる。もう迷いはない。
「お姉さま!」
これだけは今伝えておかないと。
「大好きです!」
声を大にして言った後、私は駆けだす。
「私も大好きヨ!」
後ろからお姉さまのそんな叫びが聞こえてきた。
全速力で執務室へ向かう。
途中すれ違う娘たちに奇異の目を向けられても気にしない。
あっという間に執務室に到着し、勢いよくドアを開ける。
「司令!」
突然の私の登場に、司令は驚いた顔をしている。
さあ、私の本当の気持ちを彼に伝えよう。
余計なことは考えない。ただ、この想いをぶつけるんだ。
「私は……あなたのことを――」
………………
…………
……
<エピローグ>
司令と綺麗なドレスを纏った私の結婚式が行われている。
これは決して夢じゃない。
幸せそうに微笑みかけてくる司令に私も最高の微笑みを浮かべて返す。
周囲を見渡す。そこには同じ鎮守府の仲間たち。
みんなが私たちの幸せを祝ってくれている。
今、私は間違いなく世界で一番幸せだ。
「比叡!」
声のする方に視線を向ける。
そこには、満面の笑みを浮かべているお姉さまがいた。
「ハッピーエバーアフター!」
こちらに親指をぐっと立てるお姉さまに、同じ動作をもって応える。
司令の方へ向き直る。
「愛しているぞ比叡」
「愛しています司令」
お互いに愛を確認し合い、私たちは誓いのキスを交わした。
これにて完結です。
拙い文章でしたが、楽しんでいただけたのなら幸いです。
地の文は初めてで、おかしな点も多々あったとは思いますが、お付き合いいただきありがとうございました。
>>182に誤りがあることに気づいたんでそこだけ追加します。
「私は……司令と結ばれてもいいんでしょうか?」
私の問いに、お姉さまは、にかっと快活な笑みを浮かべて。
「オフコース! 恋する乙女は一直線ヨ!」
親指をぐっと立てて、そう答えた。
その答えで、私を縛っていた鎖が解けていく。
「お姉さま……お姉さま!」
感極まって泣き出してしまう私を、お姉さまは優しく抱きしめてくれた。
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