女「もしもし」(21)
男『どうしたんだよ、こんな朝っぱらから』
女「朝焼けを見てたら、なんだか君に電話をしたくなって」
男『…どこから朝焼け見てるんだ?』
女「マンションの屋上だけど」
男『…なんでマンションの屋上なんかにいるんだよ』
女「もう決めたから」
男『オッケー、今から階段を使ってマンションから降りろ。いいな?』
女「嫌だ」
男『……』
女「前にも言わなかったっけ。私は未来のビジョンが描けないの」
男『ああ』
女「先が描けない毎日を生きることは意外と辛いよ」
男『駄目なのかよ、未来が見えないと』
女「駄目なんだよ、未来が見えないと」
男『どうして』
女「君は目隠しで道を歩ける?」
男『……』
女「見えないならいっそやめてしまえばいい」
女「だからかれこれ十年は自殺を繰り返したわけだけど」
男『未遂だったがな』
女「そうだね。だったら今ここにいないよ」
男『なぁ。十年も自殺未遂しといて死なないのは、お前がまだ生きるべき人間だからだよ』
女「……」
男『お前がいなくなったら仕事場はどうするんだ』
女「新人の子が一通りできるようになったから大丈夫」
男『親は』
女「…むしろ万々歳だろうね」
男『じゃあ――俺は?』
女「あは、俺は?っていっちょまえに言っちゃって」
男『うるせぇ』
女「私たち、付き合ったことすらなかったじゃん」
男『…なかったが』
女「正直君を残すのは偲びないよ」
女「でも、これは私のエゴ。君は巻き込めない」
男『…アホか』
女「うん」
男『それに、お前がいなくなったら何人泣かせるか分かってんか』
女「百人泣いたところで地球は止まらないよ」
男『またそうやって論点を曲げる』
女「私一人がいなくなっても、世界は変わらない」
男『俺の世界は変わる』
女「チープな口説き文句」
男『自覚はしている』
女「まあ、やっと目的が達成されると考えると何もかも綺麗だね」
女「どうして今までこの方法を選ばなかったか不思議だけど」
男『……きれいに死にたいから、じゃなかったか?』
女「ああ、そうだね。思い出した。きれいに棺桶入れるよう」
女「だから内から死んでいこうとして薬飲みまくったりしたんだった」
男『老衰はもっときれいに死ねるぜ』
女「おばあちゃんになるまで持つかなぁ。身体ボロボロなんだよね」
男『薬でいたんだのか』
女「動いてるのが不思議なレベルだって」
男『……』
男『なあ。今日どこか遊びに行こう、話聞いてやるよ』
女「昔から言ってるじゃん。悩みはないって」
男『未来が見えないことは悩みなんかじゃないのか』
女「悩みだろうね。でも、もう駄目なの」
女「それが膨らみすぎて私は正気を保つだけでも精一杯だから」
男『……』
女「ごめんね、せっかく誘ってくれたのに」
男『揺るがないのか』
女「揺るがないね」
男『どうすれば留まってくれるんだよ』
女「……ごめんね」
女「それと、ありがとう」
女「嬉しいよ、こんなに心配してくれて。説得してくれて」
男『行くなよ』
女「あの世があれば、そこで待ってるからね」
男『……』
女「幸せになってね。――私のせいで不幸にならないことを祈るよ」
男『だったら』
女「さて、本格的に朝が来る」
女「人が多くなる前に済ませないと」
男『急ぐなよ』
女「むしろ、私は死ぬまでがゆっくり過ぎたの」
男『馬鹿』
女「うん…ねぇ、 。好きだよ」
男『……俺もだよ、 』
女「初めて君に告白した」
男『しかも両思いとかな』
女「まあ、君はこれから幸せな家族を築いてよ」
男『俺はお前と築きたかった』
女「やだ、照れるじゃない。…でも、無理だよ」
男『……』
女「――じゃあ、今までありがとう」
女「私は君に会えて楽しかった」
男『それは、こちらこそ、だ』
女「うん」
女「もし次会えるなら、私は、まともな思考を持ってうまれたいかな――」
呟きながら彼女はフェンスを乗り越える。
屋上のドアの鍵は壊してしまった。一体誰が怒られてしまうのだろう。
女「さよなら」
男『……さよなら』
電話の向こうの悲しげな別れに彼女は微笑を浮かべる。
女「それじゃ、いってきます」
携帯を片手に、彼女は飛び降りた。
――
携帯が壊れる音と、何かが潰れる音がした直後に通話が切れた。
うっかり切り忘れたのか、意図的かはついに分からない。
男「……馬鹿が」
よりによって、彼が出張中に。
止められないと分かっていたのだ、彼女は。
男「少なくとも、俺の世界はまわんねぇよ…」
懺悔のように顔を覆う彼のいる部屋へ、朝日がゆっくり差しこみはじめた。
おわり。
なにもかも無茶苦茶だ
このSSまとめへのコメント
これで終わりなんてイヤです。
続き・・・書きなさいよ。