照「明日もし、あなたか私が壊れても」 (97)



「お姉ちゃん…お姉ちゃん?」


call my name。誰かが呼ぶ声。

私を呼ぶ声で、私は目を覚ます。


「あぁ、咲…。お帰り」

「ただいま、お姉ちゃん」

「ごめんね、私…寝ちゃってたみたいで…」

「ううん、良いの。起こしちゃって、ごめんね?」


いつの間にか、私は帰宅後に眠ってしまっていたようだ。

冷たい床の感触が、私を現実へと引き戻す。……もう、こんな時間か。


「ご飯にする?お風呂にする?それとも…」

「ふふ。今日もありがとう、お姉ちゃん」


対局を終えてやや疲れた微笑みを返す咲を、私は精一杯の笑顔で迎える。

咲の上着を取ってやると、ハンガーにそれをシワなく掛け、吊す。

私は横目で咲を見た。咲はそれに気付くと、先ほどよりも和かな笑顔を私にくれた。


「咲、これ…何本?」

「三本だよ、お姉ちゃん」


私の問いは、左手に立っている指の本数を尋ねるもの。

正しい返答が帰ってきたことに安堵して、私は今日も咲に飛びついた。


「今日も…今日も、大丈夫だったみたいだね」

「うん…。ありがとう…」


暫くの抱擁の後、咲はゆっくりと私を押し退け、洗面所へ向かった。

昨日は、私。今日は、咲。そして明日は、多分私。


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「…さて、じゃあ…。今日は何を作ろうかな?」

「あー…。ごめん咲、今日は買い物行ってない…」

「……あー……。いや、でも!何かあるよ!二人分なら!」


冷蔵庫の中身を漁りながら二人分の献立を考える食事登板の咲。

その日の食事登板役が、二人の抱擁の時間を決めることになっていた。

今日はやや短い。やっぱり、疲れているのかな。


「……何か取ろうか?」

「……うーん、そうしようかな…。でも、明日は買い物、お願いね?」

「任せて。………さて、どこにしようか…」


幾つかの出前店のメニューを私は取ると、ソファーに腰掛ける。

咲は冷蔵庫の物色を止め、横に並ぶとメニューを覗き見る。


「ここなんてどう?」

「そうだね、ここは暫く取ってないね。ここにしようか」

「うん。咲はいつもの親子丼でしょ?私もそれで良いや。注文するね」



受話器を取り、注文。

電話を取ったのは何も知らないバイトの子のようだ。それで良い。その方が助かる。

以前出前を取った時は、咲の正体がバレて大変な目にあった。

咲と喋れて嬉しいのは分かるが、仕事をきちんとこなして欲しい。

ふぅ…。と、私は注文を終え受話器を元に戻し、再びソファーに戻った。


「あはは…。今日は、女将さんじゃなかったんだね」

「その方が助かる…」

「今度はお店で食べようよ。この前は、サイン断っちゃったし」

「あれは、咲の体調が…」

「でも…やれることはやっておきたいんだ。私が、壊れちゃう前に」


悲しい笑顔で、咲は笑う。


「…………」


私は少し前まで、それを黙って見ることしか出来なかった。


「じゃ、お姉ちゃん…。出前が来るまでの間…」


そう言うと、咲は私に近付き、縋り付いてきた。

甘えた声で、咲は言う。


「お姉ちゃん分の補給、ちょっとしても良いかな…?」


補給と言う名の、再びの抱擁。



「抱き着く時間を決めるのはその日の料理登板…。咲、今日は料理しないんじゃない?」

「うぐっ…。それは、そうだけど…」

「……でも」

「………っ!」


私は咲を押し倒すと、その上に跨る格好となった。


「……私も、咲分の補給が凄くしたいんだけど…。この場合、どうしよっか?」

「………今から?…出前の人、すぐに来るよ?」

「………問題ない。それまでに、終わる」

「…………うん…。お願い、お姉ちゃん…」


今日もまた、最愛の妹が無事であったことに感謝して。

私たちは、絡み合う。








麻雀とは4人のプレイヤーで行うテーブルゲーム。

4人で囲み136枚余りの牌を引いて役を揃えることを数回行い、得点を重ねていくゲーム。

勝敗はゲーム終了時における得点の多寡と順位で決定される。

プレイヤーが得られる牌の情報は、簡単に言うと自分から見える牌の数によって決まる。

その牌の数が何牌になるかは、状況やその打ち手の癖だったりからして毎回変わるわけだが

プレイヤーは、その自分だけが知り得る牌の数を増やすため、多くは努力する。


例えば、一牌切れば三萬待ちのペン聴牌を張れる手牌があるとする。

場には二枚の三萬が捨てられていて、誰から見ても明らか。

そうなると残りの三萬は二枚になるわけだが…ここで、他家の手牌に三萬があるかないかで話は変わってくる。

そういった際に重要となってくるのが、手牌読みである。

極端な話、その状況下でペン三萬リーチを掛けても、他家の手牌に三萬が残り二枚あったら、ツモ上がりはない。

相手の切り出しや理牌や視点移動…などと言った情報からそれを読み、面子構成を見抜く力である。

待ちがもう山にないと分かっていれば、聴牌を崩したり、リーチをかけず手変わりを待つ。

そうやって、その場その場で目まぐるしく変わる状況に応じて強い打ち手は対応する。

「読み」という力と技術は、こと麻雀においては重要不可欠だ。



だが、それを必要としない人間もいる。



照「見えるって?咲、みなも」

みなも「うーん、何て言うんだろう。あのね、集中すると、何か見えるの!」

みなも「ぼんやりとだけどね!誰が、どの牌で待ってるのとか、手牌構成とが分かるの!」

咲「あ、そうそう!そんな感じ!ほんっとぼんやりだけどねー」

照「!?」

咲「点数も何となく分かるから、最近は高い手に振り込まなくなったんだ!」

咲「あ、でも嶺上牌は別だよ!いっつもはっきり見える!」

咲「後は、自分の暗刻持ちの牌の残り1牌が、ツモ山の1~2巡前になると感じられるんだ」

照「ふ、ふーん…」

みなも「私は咲とはちょっと違うかな!何か、一回上がるとまた直ぐ上がれる感じ!」

みなも「どんどん上がるのが早くなっていく感じなんだー」

照「へ、へー…」

咲「でも私はお姉ちゃんのカッコイイ右手のツモがやりたいな!かっこいいお姉ちゃん大好き!」

照「別に、あれしたところで何か変わるわけじゃないけどね…」


三人揃って小さい頃にした会話だったが、私は良く覚えている。

人知を超えた、天才。能力者。

理論や理屈を超越したその先に存在し得るもの。

咲と従姉妹のみなもは、まさにそれだった。



皆が皆、読みの精度を高めようとしている中で。

その精度を高めて、勝率を少しでも高くしようとしている中で。

咲とみなもは、遥か高みで麻雀をしているのだ。

私のような持たざるものが、叶うはずもなかった。

対局をすれば、大抵咲とみなものワンツーフィニッシュ…連対を外すことはなかなかない。

麻雀が全てを言うこの世界で、二人は何と恵まれたことだろうか。

普通にこの能力を使っていけば、恵まれた将来が約束される。

素直に二人を祝福できるほど、当時の私は大人ではなかった。


羨ましかった。二人の笑顔が。

妬ましかった。二人の能力が。

悔しかった。同じ血が流れる私に、二人のような能力がなかったのが。


卓に付き放縦する度に。上がられる度に。オーラスが終わる度に。私は殺気を放った。

どうして私ではなかったのか。

どうして二人なのか。


どうして二人には、私にはないこんなずるい能力があるのに、何の罰もないのか。




音も無く、その罰はやってきた。



宮永母「おやつよー!みんな、食べなさーい」

照・咲・みなも「「「はーい!」」」


母の呼ぶ声に促され、私たちはお菓子が用意されたリビングへ向かう。

その日は、いつもなら誰よりも早くそこへ向かうはずのみなもの足取りが重かった。


咲「あれ、みなもちゃん…。足引きずってるけど…どうしたの?」

みなも「うーん、何か痛むって言うか…」

照「………調子に乗って、さっき11本も積んだから疲れたんでしょ…」

みなも「いや!何ていうか…上がれる気しかしなかったから…」

みなも「咲も咲だよー。あの5本場の時とか、私を止められたんじゃない?」

みなも「手配構成が三面張待ちのターツ二つ+安牌だったでしょ?あそこはさぁ…」

咲「あ、あははは…」


咲は最近連対に絡むことが少なくなった。

恐らく、私の不機嫌の原因に気付いているのだろう。能力も使わず、手を抜いているのだ。

でもさ、それって要するに私に対して哀れんでるのと同類でしょう?

上から目線でお情けをくれているんでしょ?

そんなの、許せない。許せないよ。


おやつを挟んだ小休止の後、再び私たちは麻雀を行った。

快調に上がり続けるみなもと、落ち着かない様子の咲と、イライラを募らせる私。

三者三様の中、その日の麻雀は終わった。

みなもがその日積んだ本場の数は、実に35本。

その日の上がりの8割は、みなもによる物と言って良い。


帰る時、更にみなもは足を引きずっていた。



次に会った時、みなもはもう自分では歩けなくなっていた。

みなもは、以後車椅子での生活を余儀なくされ、麻雀も止めると言い出した。



何も知らない私は、みなもが麻雀を止めたと聞いて憤りを隠せなかった。


照「どうして!どうして麻雀を止めるなんて言うの!?」

咲「や、止めて…止めてよ、お姉ちゃん!みなもちゃんが決めたことなんだから…」

照「咲は黙ってて!!…二人とも、私よりずっと、ずっと、ずーっと麻雀が強いくせに!!」


物凄い剣幕で迫る私に、みなもは居心地悪そうにぽつりと呟く。


みなも「…………ごめんね、やっぱり、もうここに来るのは止めるから」

みなも「……私がいると、空気悪くなっちゃうみたいだもん。………来たばっかりだけど、帰るね」

みなも「……咲。照おねーちゃんのこと、宜しくね?」


咲「やだよ!麻雀なんてしなくて良いから!また来てよ!!」

咲「私は、みなもちゃんと…お姉ちゃんと笑顔でいられれば…!」


照「麻雀なんて!?……良いよね咲とみなもは!その能力使えば、何でも簡単に上がれて!」

照「笑顔でなんて、いられるわけない!私よりもずっとずっと強いみなもが麻雀を止めるなんて…」

照「どうして!どうして一番麻雀が好きな私が…その能力に選ばれなかったの!?…ずるいよ!!」

貯まっていた感情が、爆発した。


みなも「………じゃあ、咲…。……照おねーちゃん…。さよなら…」

咲「ま、待ってよみなもちゃん!車椅子じゃ危ないよ!送ってくから…!!」


照「ふんだ!!みなもは麻雀を止めて、咲は本気で打とうとしない!!」

照「どうして折角の能力なのに、使おうとしないの!?宝の持ち腐れだよ!!」

照「私だったら!私が二人の能力を持ってたら!!」

照「誰にだって負けないのに!!!!!!」



みなもはその一件以降うちに来なくなり、咲も麻雀を本気でやることはなくなった。

だが、お年玉を賭けて行われる家族麻雀では、ピタリと±0に収める。

どう考えても、侮辱にしか感じなかった。

私が小学校六年の頃の冬休み。

私はそれまでの集大成をぶつけるつもりで打った。本気で打って、一位を取りつつ咲の企みも阻止しようとした。

…が、咲は今年も家族麻雀を±0で終わらせた。

私は確かに一位だった。でも、咲には結局適わなかった。その悔しさから、私は顔を真っ赤にして涙を流した。


咲「……お姉ちゃん」


私の異変を感じたのか、咲が私に話しかける。


照「……………っ!」


どうしていつも、あなたはその目で私を見るの?

とても小さい子供だった時からいつもそう。あなたの私を見る目は、いつも真っ直ぐだった。

それでいて、何か言いたげだった。

思う節があるなら、言えば良い。

私なんて、倒せば良い。

悪いと思うなら、そうしなければ良い。


暫くすると、いたたまれなくなった咲は作り笑いをしながらその場を離れた。

その場を取り繕うとする笑顔が、私には…。



暫くした後、私は母にお願いする。


照「お母さん!私、もう咲と顔を合わせてられない!!」

宮永母「え?どういうこと?」

照「咲ったら、折角麻雀の能力を持ってるのに…真剣に麻雀に取り組まないんだもん!!」

宮永母「え?能力?………能力を?…まさか、こんな早く…?いや、みなもちゃんも…そうすると…」

宮永母「そうか…。だから、みなもちゃんは…まだ…早すぎて…。うん…」


母は自分自身に言い聞かせるように何度も頷く。

私は声を張り上げた。


照「お母さん!!聞いてるの!?」

宮永母「あ、ああごめんなさいね…。…それで?」

照「だからお願い!私、何でもするから!咲に勝てる方法、教えて!」

宮永母「何でもする、だなんて簡単に言わないの。まだあなたたちは若いんだから…そう焦らなくても…」


界「ふーん。それなら、二人で東京行ってきたらどうだい?」


突然の、会話への乱入。私が声を張り上げたせいだろうか。

父は突然会話に入り込んでくると、私の考えもしないことを口走った。


照「お父さん!?」

界「東京は良いぞー。強い打ち手がわんさかいる。そこで僕も母さんと出会ったんだからね」



宮永母「な、何言ってるのよあなた!それに、照はまだ小学六年生…」

界「だから、良い機会じゃないか。中学校から、東京の中学校に編入すれば」

界「丁度君も昔の付き合いの関係で、東京に長期滞在しないといけない話があったろう?」

宮永母「…それは。…でも、みんなを放っとけないから…断らせて貰おうかと…」

界「僕に構わず行ってきなよ。何なら、咲だって編入させてやれば良い」

照「ダメ!ダメダメ!咲がこれ以上強くなったら勝てない!」

界「ははは。何言ってるんだ。咲はたまたま±0になっているだけだろう」

界「ま、とにかくだ。君のその話は、本来なら断れない類のはず」

宮永母「……………」


父にそう言われて、母の顔が曇る。


界「行ってくれば良いさ。そしてその理由が麻雀となれば、これは仕方ない」


二人を残し、私はその場から離れた。母と父は引き続き、リビングで話し合いをしている。

父の話を聞き、私は興奮を隠せなかった。

見知らぬ都会、東京。そこには強い麻雀打ちがたくさんいる。

その場で揉まれれば、私だって強くなれる。

そうして、いつか咲に…。


咲「ど、どういうことなの…?お姉ちゃん…」


私の元に、事態が分からない咲がやってきた。


照「どう、って…そういうことよ。私、中学からは東京に行くから」

照「私は…もっと、麻雀が強くなりたい…!」

咲「どうして…?どうしてそんな事言うの!?」

咲「私も!私も行く!!」


咲の口から出た言葉は、反対ではなく私に着いていく、だった。

予想もしない言葉だったが、咲まで東京に来て強くなられては私がいつまでも追い付けない。

つまり。


照「ダーメ。本気で麻雀しようとしない人が東京に行っても、意味ないよ」


答えはNoだ。それに咲が東京に行ったところで、本気でやろうとしないことは目に見えている。


照「………何より、そんなあなたにさえ勝てない私が何より嫌」

照「絶対に…絶対にあなたを越える能力を身に付けて…あなたより強くなるんだから…!」

咲「ダメ!ダメだよお姉ちゃん!!あんな……能力なんて…無くたって…」

咲「お姉ちゃんは強くてかっこよくて…私の憧れなんだからぁ!!」


涙を流しながら私に、ありたかったという自分を語る咲。


照「何それ?意味わかんないんだけど」


だが、その時の私には逆効果だった。


照「咲みたいに能力持ってる人は良いよね。持ってない人の気持ちなんて分からないでしょ?」

咲「ちが…。だって、私はお姉ちゃんのこと…」


照「ふんだ!聞きたくない!咲なんてもう、知らない!!」


背を向け、私は振り返らなかった。



結局、母はその仕事を引き受けざるを得なかったとのことで、私は母と共に東京へ越した。

無論、父を。咲を残して。

姉妹の道はこれ以降正反対の物になり、交わらない日々が続いた。

誰も知らない地に身を預け、麻雀に熱意を向ける姉。

誰もかれも知っている地に身を委ね、麻雀から離れる妹。


私が去ってからの六年間を、咲がどのように過ごしていたのか。この時の私はまだ知らない。


東京は激戦区と言わんばかりに、麻雀人口が長野とは比べ物にならなかった。

父の言葉に、自然と期待し胸が膨らむ。膨らまなかったけど。

麻雀に対して強くなりたいと言って上京してきた私だったが、そもそも、家族内麻雀でしか殆ど麻雀には触れることはなかった。

もしかしたら井の中の蛙がまさに私なのかもしれない。だが、私は自分の実力を試したい。確かめてみたい。

そのような考えの中、激戦区の麻雀部員と牌を交える事が出来るとあって、私はワクワクしながらその門戸を叩いた。

入部届けを出した希望者には、即入部テストを行うと。

私が通されたのは部のナンバー1から3を集めたフルコースの卓だった。

既に三人が座り、私の着席を待つ中…私は座った瞬間理解した。



咲とみなもは、間違いなくこいつらより強い、と。

そして、私よりも、明らかに弱い、と。



果たしてその予想通り、入部テストは私の二人飛ばしによる合格で幕を閉じた。

あの座った瞬間の理解は何だったのだろうか?

私は気になったので、母に聞いてみた。


宮永母「………そう。結局あなたも、私の娘って事か…」

宮永母「…………それが、咲やみなもちゃんが持つ…能力と呼ばれるものよ」

照「これが……能力…」

照「でも、どうして?どうして突然私が能力に…」

宮永母「あなたは散々咲やみなも、そして私と麻雀を打ち続けた。そして、勝てなかった」

宮永母「あなたは執着した。咲に勝ちたいと。その想いが、今能力となって具現化されたのでしょう」

照「へぇ。………じゃあさ、咲やみなもも何か心に想いがあって、能力に小さい時から目覚めたって事?」

宮永母「…………覚えてないの?………それは、あなたが…」

照「まぁ良いや。……今、すっごく嬉しい」

宮永母「…………照、これだけは約束して?」

照「?」

宮永母「それ、多用しないでね。絶対よ?」

照「はーい」

宮永母「そもそも、能力にはその効果に相反するだけの代償があって…」


母の忠告など、馬耳東風だった。

嬉しかった。

能力に目覚めたことが。これで咲とみなもと同じ立場に立てたことが。

以後、私は自分の能力を最大限活かす打ち方へと打ち筋を切り替えていく。


その本当の代償を知らずに。



その後、私の能力の詳細が具体的に理解出来てきた。

見る力。相手を一瞬で推し量る。鏡を覗き見、打ち手のバックヤードを知る。

打点を上げていく力。上がる度に、打点が上がっていく。

奇しくも、咲とみなもの能力それぞれに似通った能力が私に与えられた。

ただし、これらの能力には条件がある。それが代償だと、当時の私は思っていた。

対戦者を鏡で覗き見、バックヤードを知る能力…照魔鏡。

その情報を得るまでに、何局かを捨てなければならない。

連続して上がり、打点を上げていく能力…連続打点上がり。

全局上がった点以上の打点で上がらないと、暫く上がる事が不可能になる。


はっきり言って、この能力を得てからは殆ど打ち手が相手にならなかった。

いずれの能力も、使えば使うほど精度が増していく。

中学の時は母の意向で大会に出ることは無かったものの

高校では白糸台に入部するや否や、エースを任命される。

トントン拍子で団体戦を優勝し、個人戦も優勝。


…何だ、こんなものだったのか。


こうなってみると、咲やみなもの考えていたことが分からなくもない。

相手にならなすぎて、能力を封じでもしないと勝負にならなかったんでしょう?

でも、私はそれをしない。いついかなる時でも、全力で当たる。

それが、対戦した同卓者にに対する礼儀。

そもそも、この能力は私の想いが具現化したもの。いつも本気で戦わなかった、咲に対する強く、苦い想い。

いついかなる時でも相手が飛ぶまで全力で戦う私に相応しい。そうすることで、私は咲に勝てる気がする。

そう。私は不器用で、それでしか私を見せられないから…。



PLLLLLLLLLLLLLLLLLLLL


照「はい、宮永ですが」

宮永母『あ、照。菫ちゃんと仲良くやってる?』

照「お母さんか。菫ならそこで牌譜読んでるよ」


寮。定期的に来る、母からの電話の日だった。


宮永母『で…照、調子はどう?』

照「どう、って…いつも通り。ただ脳をフル回転させてるから、糖分が必要で最近はお菓子ばっかり食べてる」

宮永母『うーん、それなら照は大丈夫なのかしら?こればっかりは、人によってその耐性が違うから…』

宮永母『でも、あなた不器用だからねぇ…。ともかく、ほどほどに力加減しなさいよ』

照「……………」


まただ。また母は良く分からないことを私に言う。

私に手加減しろというのか?咲のように、勝てる相手に花を持たせてやって。

今の私ならば確かにそれも可能かもしれないが、断じてそんなことはしない。

咲、か…。今、咲は一体どうしているのだろう。元気でやっているだろうか。麻雀は続けているのだろうか。

思えば、咲はいつも私の後を付いてきた。麻雀を始めたのも、私が始めたからだった。

それなのに、いつの間にか咲は私を追い抜いて。手加減されて…。悔しくって…。

今こうして、高校生としての頂きに立ったのに、何故か…達成感がいまいち得られなくて…。


宮永母『…あ、そうそう。今度咲があなたを訪ねてくるって。迎えに行ってあげたら?』


私の考えを見透かすような言葉を、電話越しの母は話す。



照「………私が?あの子を?」


久々に聞く、妹の名に私の口は重くなる。

喧嘩別れ同然で家を飛び出した私が、今更咲と向き合って顔を合わせる事が出来るのだろうか。

母はそんな私を知ってか知らずしてか、話を続ける。


宮永母『私、またその日も忙しくって。実の姉でしょ?』

宮永母『久しぶりに会ってあげなさい。ただでさえ方向音痴なあの子なんだから』

宮永母『駅までたどり着けば奇跡。白糸台の寮までなんて、更に奇跡を重ねないとたどり着かないわよ』

宮永母『途中でお巡りさんに保護されたりして…』

照「………困るんだけど」

宮永母『咲もあなたのお迎えに来てくれたら、凄く喜ぶと思うわ』

照「……そんなことないでしょ。私なんて、嫌われて同然だし」

宮永母『………まぁ、とにかく。お願いね?お姉ちゃん』

照「……………分かった」


Noと言えないわけではなかった。でも、私も久しぶりに咲に会いたくて。

出来るならば、この何とも言えない感情をぶつけたくて。

私は、母の申し出を受けた。


そして、高校二年の夏…。咲が、あの子が私を訪ねてきた。



『白糸台~白糸台~』


電車のドアから出てきた少女は、あの頃の面影を残したままだった。

だから私は、それが直ぐに咲だと分かった。


咲「あ、お姉ちゃん…」

照「…………久しぶり」


それでも、5年ぶりにもなって再会した咲からはその成長の様が体全体から伺えた。

私とさほど変わらない背丈。

まだ小さかった手も足も、歳相応に大きくなった。

今では私の後ろを無邪気に付いてきたあの頃の咲は、もういない。

胸の方は…………遺伝か。


何を話せば良いか分からない私が無言で歩を進める中、咲も何も言わず隣に並ぶと私に付いてきた。

沈黙が二人の間を包む。先に口を開いたのは、咲の方からだった。


照「…………」

咲「えっと、お姉ちゃん…。元気でやってる?」

照「…………」


無言で頷く。


咲「そっか。良かった。元気なら何よりで…。……うん、私は…嬉しいよ」


にこやかに咲は笑顔を咲かせる。場を取り繕うような笑顔でなくて、心からの笑顔。

どうやら咲は別に私に対して悪い感情は持っていないらしい。

そりゃ、喧嘩別れしたとは言え咲はたった一人の妹だ。好かれるのに悪いことはない。

私は少し、胸を撫で下ろした。


咲「でも…。身に付けちゃったんだよね…」

照「?」

咲「あ、ごめんね。本当に、それだけ確認しに来ただけだから…もう、帰るね?お姉ちゃんも忙しいでしょう?」

照「…………え……」


意味深な言葉と予期せぬ言葉に、私は思わず振り返る。


予想だにしない言葉に、咲を引き止めることも、声をかけることも忘れ。

私はただ、咲がやってきた電車に再び乗り込むのをただ見届けることしか出来なかった。

電車のドアが閉まる駅のアナウンス…。その別れ際、咲は私に言い残した。


咲「…でもね、能力なんて無くたって、お姉ちゃんは本当に、強かったんだよ?」

咲「麻雀雑誌の記事、読んだよ。全国で大活躍していて、凄いと思う」

咲「……何より凄いのは、能力を常時使い続けていて、その代償がまだ身に起きていないこと」

咲「それだけ、お姉ちゃんは能力への耐性があった」


照「な、何を…?」


咲「でも、私…すこし心配してる。お姉ちゃんのちょっと不器用で、いつも全力を尽くすその姿勢と」

咲「二年連続のチャンピオンとなって塗り固められた、世間からの偶像というものに」

咲「もし、その耐性というものが高かったとしても。能力の影響が水面下で溜まり続けていたとしたら」

咲「そしてその影響がお姉ちゃんの耐性を越え、身に現れ始めたとしても」


咲「お姉ちゃんは………インハイ王者宮永照は…みなもちゃんと同じ道を、選べる?」

咲「選べないなら…。………私を、頼って?」


扉が、ゆっくりと閉まった。



咲の言っている意味が全く理解できないまま、私の二年目の高校生活は終わった。

新たな能力も加わった。ツモる手により一層の気合いを入れる事で発生する、高打点の上がり。

昔は咲にカッコイイと言われテレながらやっていたが、いつの間にか能力にまでなっていた。

何かこの能力はやたら疲れるが、私は常に全力がモットー。手を緩めるなど以ての外。

一つ上の高学年も交えたコクマでも、私は圧勝。

常勝無敗の宮永照。そこまで片手で数えられる程しかなかった私のインタビューや特集が、この頃から爆発的に多くなった。

順風満帆に迎えたように見えた、高校三年目の春。


菫「さて…今年はチーム虎姫ということで…後一人探してるんだが…」タンッ

照「えっと…そのネーミングは菫が決めたの?ちょっと恥ずかしいんだけど…」タンッ

菫「…………」

誠子「虎って感じがあるのは宮永先輩だけですよね…。私は軍人じゃないですし…」タンッ

菫「…………」

尭深「でも、可愛いと思います…」タンッ

菫「尭深…。お前だけが私の味方だ…」タンッ

尭深「あ、それロンです…7700」パラッ

菫「…………」


卓上に味方なんていないよ、菫。


菫「油断した…。東一局で照は仕掛けてこないし誠子はダンマリだから油断した…」

誠子「私だってたまには仕掛けない局もありますよ」

尭深「親の二本場です…」タンッ

照「これで中*2…。尭深の種蒔きが完全に終わる前に…潰す」


何度も打ったメンバーとは言え、念には念をと私は照魔鏡で覗き見た。

三人とも特に異常はなし…。なら、ここから攻める!

いつものように私は能力を使った。能力を使用することによる場の支配。私の上がりは、早く、そして高くなっていく。


照「ロン。1300」

誠子「相変わらず早いですね…」


誠子から置かれた点棒を右手で取ろうとした、その時だった。


照「っ…うあああああああああああああっ!?」

菫・誠子・尭深「!?」


私の悲鳴が、部室に響きわたる。



痛い。痛い。

目が、痛い。

焼け付くような痛みが、私の目を刺す。


痛い。痛い。

足が、痛い。

刃物で刺されたような痛みが、私の足を貫く。


痛い。痛い。

右手が、痛い。

鈍器で殴られたような痛みが、私の右手に走る。



私の身体に、異変が起こった。


たまらず、私はその場から崩れるように去った。


照「おっ、お母さ…。た、助け……」


部室を抜け出し、保健室へ向かう道中。

電話で掠れ声になりながら、私は母に助けを乞う。


宮永母『な、何があったのよ…?』

照「分かんない…。ただ、麻雀してたら…体のあちこちが…い、痛くて…!」


母からの返事は直ぐにはなかった。

長い静寂の後、母は言う。


宮永母『…………6年。かぁ。私よりも、短い…耐性も、遺伝か…』

宮永母『だから私は多用するなって、あれほど……』


……まただ。母も、咲と同じような事を言う。


照「ど、どういう…」

宮永母『………能力って、普通の人から見たら卑怯だと思わない?』

宮永母『同一の条件下で、他の三人以上の牌が見えたり、上がりや防御その他に関する+αが付く』

宮永母『たまったもんじゃないでしょう?………事実、あなたもそう思っていたはず』

宮永母『そんな都合の良い能力…。…………何もないわけないじゃない』


母の言うことはこうだ。

能力とは、使えば使うほど身体を蝕んでいく。言わば諸刃の剣。

能力への耐性に個人差はあれど、強力な能力ほど身体への影響は大きい。

そして一番大事なことは…

蓄積された身体への影響は、完全に回復することはない。

これに対する対応は、とにかく麻雀を行わない事。

麻雀から離れることで、この身体への影響は収まりはする。

だが、このまま麻雀を続け、影響が大幅にその耐性を越えれば…

それは、大きな傷跡として身体に大きく刻まれることだろう。



照「やだ!やだやだやだやだ!!私、そんなつもりで麻雀しているわけじゃなかった!」

照「私は、ただ…。あの日のみなもと…………咲に…勝ちたくて…!」

宮永母『………昔の咲とみなもちゃんになら、もうとっくにあなたは勝ってるでしょうね』

宮永母『二人に勝ちたいと思って身に付いた、二人に似たような能力が、結果としてあなたを苦しめる』

宮永母『みなもちゃんはその耐性の無さから直ぐに体を壊し、咲は能力の危険性を理解し、身を引いた』

宮永母『そしてあなたも、いずれ…』

照「や、やだよそんなの…。わ、私も麻雀を…」


宮永母『……………本当に、止められるの?』


照「……!!」


宮永母『宮永照が、麻雀を…無敗のまま、止められるの?』

宮永母『不器用で、責任感が強くて。常に全力を怠らないあなたが』

宮永母『白糸台の面々は勿論、応援してくれる方々を裏切って、身を引くことが出来るの?』

宮永母『あなたが築いてしまった偶像は、あなたが思ってるよりも遥かに重く、高い』

宮永母『今のあなたは、期待と、責任と。多くの想いを乗せて、頂きに立ってしまっている』

宮永母『立場が。栄誉が。あなたが得たものが、いつの間にか足枷のように、身体を縛り上げてしまった』


尚も母は続ける。


宮永母『………本当は、あなたたち姉妹には麻雀に関わって欲しくなかった。でも、関わってしまった』

宮永母『能力にも目覚めて欲しくなかった。特にあなたは、子供の頃に勝ちに恵まれなさすぎた』

宮永母『例え一位を取ったのにも関わらず、何とも言えぬ咲の力に勝った気にもならなかったはず』

宮永母『その反動から、あなたは手を緩めることを知らなかった。ひたすら能力を使い続け、他を蹂躙してきた』

宮永母『その結果が。………………これよ』


その場で私は、ぺたりと廊下に倒れ込んだ。



照「の、能力なしで…麻雀を打てば…」


宮永母『無理ね。あなたは能力を使った麻雀に慣れすぎた。そうして今、あなたは頂点にいるけれど』

宮永母『悪く言えば、普通の麻雀打ちとしての力は錆び付いてしまっている』

宮永母『…症状を抑えようと能力を常時OFFで戦ったら、今のあなたじゃ都ベスト32が関の山ってところかしら』

宮永母『無能力だった打ち方に慣れていた昔の方が、ずっと強かったかもしれないわね………』


照「だっ…て、誰も、教えてくれなく……って!わた…っし…は…!!」


宮永母『麻雀に没頭したいと、咲とみなもちゃんに勝ちたいと。東京に着いた時、あなたは私に言った』

宮永母『私の忠告も聞かず、あなたは没頭した。その代償について深く考えもせずに』

宮永母『………勿論、あなたはもしかしたら耐性が高く、大丈夫なのかもしれないと』

宮永母『軽く考えていた私にも非があることは間違いないわ』

宮永母『…でも、そういう余兆があなたの身体のどこかであったはず。それを私が聞けていれば、あるいは…』

宮永母『咲は、自分で気付けただけに、あなたも自分で気付くものかと…』


ああ、そういうことなんだ。

咲は、この能力について溺れたりせずに、ちゃんと考えて行動していたんだ。

だから、あの頃の咲は本気を出さなかったわけじゃない。本気を出してはいけなかったんだ。

そんなことも分からず、みなもにあたり…咲にあたり…。ふふ。バカみたい。

ごめんなさい、二人とも。ごめんなさい、みなも、咲。


………やっぱり、私は咲には勝てないんだなぁ。



菫・誠子・尭深「「「お邪魔します」」」


照「………どうぞ」


心配した皆が、様子を見に来てくれたようだ。

私は、ベッドで布団を被りながら対応する。


菫「一体どうした照。突然悲鳴を上げたかと思ったら、部室を出て…どこか、具合でも悪いのか?」

照「何でもない」


見せたくない。

涙でボロボロになったこの顔を、菫に見せたくない。

きっと、変に気を使ってお菓子をよこすから。


誠子「しっかりしてくださいよ!今年はチーム虎姫で、全国行くんですからね!」

照「うん、分かってる。良い名前だよね」

菫「だろ?」


見せたくない。

自分がもうボロボロであることを、亦野に見せたくない。

きっと、今すぐ私の身を案じて、身を引くことを勧めてくるから。


尭深「何かお薬持ってきましょうか…?」

照「ううん、大丈夫。ありがとう」


見たくない。

自分がいなくなることで、ボロボロに言われる母校とその仲間を。

人一倍優しい渋谷を、悲しませたくない。


照「明日になったら、元気になってるから」


明日になったら、またいつもの宮永照に戻るから。

無愛想で、不器用で、無口で、お菓子が大好きな私に。

マスコミの前では仮面を被って、愛想を振りまく人気のインハイチャンピオンに。


だから、ただ、今日だけは。

弱い私に、泣くための時間と。

決断するための勇気を…ください。



同日・深夜
-宮永家-


PLLLLLLLLLLLLLLLLLLLL



咲「…はい、宮永です」

照「…………ぐすっ。ひぐっ…」

咲「……お姉ちゃん?」

照「…………咲…。咲ぃ…!」


私が出した苦渋の決断が、そこにはあった。



私はみんなを裏切れない。

白糸台はプロとのパイプも既に築き上げている。

私はその第一号として、高校を卒業したらプロへ進み、今以上に麻雀へ没頭しなければならない。

それが白糸台の無敗のエース、宮永照の定め。インハイチャンピオンとして、チームを勝ちに導く者。

それが仮に、私が故障していても…だ。


咲「……………」

照「私、私…!結局、辞められなくて…!」

咲「……うん、そっか。そうだよね。お姉ちゃんならそう選ぶと思った」

照「……さきぃ…。あ、あなたが言ってることを理解できた時には、もう遅すぎたの…」

照「既にプロへの指名も検討されてる中、無敗の私が辞められる訳ない…!」

照「来年以降の母校への指名にも関わるし、応援してくれる皆だって裏切れない!」

咲「……そうだね、お姉ちゃん…。不器用だもんね…」


だが。

その無敗のチャンピオンが破れたら。

私の全力をもってしても、適わない強者が現れたとしたら。

そしてその理由が故障によるものだと公言できれば。

私は、最後まで全力で麻雀に取り組んだ結果として…全てを白紙にすることが出来る。


照「………………」


こんなこと、図々しいのは分かっている。

でも、私にはあなた以外に思いつかなかった。

あなたは、私に言ってくれた。



『私を、頼って?』





照「だから、お願い…。お願い咲…。私が…私が頼める義理じゃないのは分かってるけど…!」

照「助けて………!私を、倒して……!!」



咲「……うん、任せて」



そして、4ヶ月後。

私は、インハイ王者ではなくなった。




体調が良くないため、地元に帰り療養します。

プロ入りも辞退させていただきます。

もう牌を握ることはないと思いますが、応援してくださった方には感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとうございました。


週刊誌が私の引退についてありもしない三文記事を並び立てる中、私は正式にマスコミを通じてコメントした。

もっとも、色物でないマスコミは、私のような引退したお払い箱にもう興味はなかった。

新たに持ち上げる対象が見つかったから。


マスコミ「宮永選手ー!今度のコクマについての意気込みについてお願いします!」

咲「はい。精一杯頑張りますので、応援宜しくお願いします!」


私を直接下して一躍大人気となったニューフェイス。

私仕込みの営業スマイルで会見をこなす、咲の姿がテレビの中に映し出される。


照「まだ照れてる。恥じらいを捨てないと」

咲「そんな直ぐに対応なんて出来ないよー!」


ここ長野で、私は咲と二人暮らしを始めていた。



咲は強かった。能力の使い方やON/OFFが上手いのは勿論として、私と咲は決定的に違うところがあった。

咲は、私と別れてから、能力に頼らない打ち筋を、極めて高めていた。


在りし日の、私のように。


能力に憧れ、手にした能力を最大限活かす打ち方を絶えず心がけてきた私とは裏腹に

私に憧れ、能力の代償を、能力に頼りきるリスクを知る咲は、静かにその牙を研ぎ澄ましていた。

無能力者としての打ち筋でもトップクラスとなった咲が、数年ぶりの解禁となる能力を使ったその時。

咲は、高校生の中で間違いなく、誰よりも強かった。


咲「うーん…。でもやっぱりまだ恥ずかしいかも…」


慣れないテレビ越しの自分を見て、咲は照れ臭そうに目を逸らす。


照「そこは私に任せなさい。次のコクマまでに猛特訓のプログラムを組む」

咲「お、お手柔らかにお願いします…」


姉妹の談笑。本来ならあるべき仲睦まじい光景であるが

私と咲は、長い間仲違いしていただけに、感慨深いものがある。

咲は喧嘩別れ同然に家を出た私を許してくれた。

そして、身動きが出来なくなった私を救ってくれた。

ただただ咲には、頭が上がらない。本当に、ありがとう。咲。



咲「でも本当、お姉ちゃんが私を頼ってくれて嬉しかった」

咲「私、お姉ちゃんから電話貰うまで、麻雀部にすら入ってなかったんだよ?」

咲「ちょっと大変だったよ、団体戦のメンバーに入れてもらうの…」


え。初めから麻雀部、入ってたんじゃなかったの?そ、それなのにあんなに強いの?

予想もしないカミングアウトに、私は口に運びかけたお饅頭をぽとりと落とす。


照「え、咲…。それじゃ私が電話しなかったら…」

咲「もしお姉ちゃんが電話くれなかったら?うーん、今年大会に出たかなぁ?」

咲「妹にすら弱みを見せない頑固なお姉ちゃんに、救いの手を差し伸べる救世主は現れません!」

咲「……本当はね?心配で心配でたまらなかった。何度もお姉ちゃんに会いに行きそうになった」

咲「人一倍プライドの高いお姉ちゃんが、その痛みを一人で背負い込まないか心配で心配で仕方なかった」

咲「でも、ちゃんとお姉ちゃんは弱みを見せてくれた。見せてくれると信じていた。だから…嬉しかったよ」


本当に…。叶わないなぁ。咲には…。私よりも、私の事を知っている。


照「……うん。ありがとう、咲」

咲「ふふっ、どういたしまして」

照「これからは、一人じゃないもんね…。もう、私は隠し事しないから。安心して。もっと、素直になる」

咲「わーい!…お姉ちゃん、やっぱり大好き!」


私に飛び付く咲。それを迎える私。

思えばいつもこの子はこうだった。私の事を、いつも大好きと言ってくれた。

こんなに私の事を考えてくれる人なんて、この後現れる事はない。

最愛の妹…。私は大事にしなければ。


……それにしても咲、今日はテンション高すぎる気がするんだけど…。

何か良いことあったのかな?



ピンポーン



咲「あ、来たかな?」

照「お客さん?咲の知り合い?」

咲「見てのお楽しみだよ!」


パタパタと咲は玄関へと走っていく。

その様子を見てから、私はお饅頭を拾う。

三秒ルール。大丈夫、まだ食べられる。問題ない。

咲にバレると行儀が悪いと言われそうだから、背を向けてふーふーしておこう。


「あの…お邪魔します…」


呼ばれて振り向く。


ポロッ


再び私は口を半開きにし、お饅頭を落とした。



照「あな、た…は……」


車椅子の彼女が、そこにはいた。



みなも「……あ、あの…」

照「…………」

咲「こうして三人で顔を合わせるのなんて、久しぶりだね!」


ニコニコ笑顔の咲。

私と咲の顔を伺っては声を飲み込むみなも。

罰が悪そうな私。

助けを求めようと私は咲にジェスチャーを送る。

だが、咲は逆に私を攻め立てた。小悪魔的な笑顔で。


咲「あれ…?お姉ちゃん」

照「………何?」

咲「何か言いたいことでもあるのかな?もっと素直になるとか言ってなかったっけ?」

照「うぐっ」

みなも「……へー」


みなもは私にその視点を合わせると、ニヤニヤしながらはっきりと呟く。


みなも「話には聞いてたけど、本当に照おねーちゃん、咲に頭が上がらないんだ…」

照「いや、違う。違うのみなも。これは、これは咲が意地悪なだけで…」


みなも「……ようやく、ようやく名前で呼んでくれた」


照「…………あ」

みなも「おほん。……お久しぶりです、照おねーちゃん」


声が震えている。みなもも、勇気を出して私に会いに来たのだろうか。


照「………久しぶり、みなも。……そして、ごめんなさい」

みなも「ううん、良いの。大丈夫だよ、照おねーちゃん…」

咲「…これでまた、仲良し三姉妹に戻ったね」


本当は開口一番、その謝罪の言葉を口にするべきだった。

みなもは微笑みながら私を許してくれた。

咲は私とみなもの仲直りをする場を設けてくれた。

この二人には、本当に頭が上がらない。


みなも「いやしかし、それにしても…うーん………」

照「ん?どうしたの、みなも」


みなもの視線が私のとある箇所に注がれる。

軽く顎を上げながら、勝ち誇った表情でみなもは言った。


みなも「どうやら胸は咲と同じで全然成長してないみたいだね!二連勝!」


照「……………」

咲「……………」

みなも「」ドヤァ



照「咲」

咲「うん」


みなも「いや、ちょ!ダメ!冗談だから!ちょっと!二人かがりでくすぐりっことか止めて止めてぇええ!!!」



咲「いやー、楽しかったね。子供の頃に戻ったみたいだよ!」


くすぐりの刑に処されたみなもをひたすら私がくすぐり続ける中

しれっと抜け出し、咲は人数分のお茶と茶菓子を用意してきた。


照「最後は咲いなかったでしょ…でも、うん。楽しかった。みなものくすぐりの弱点も変わってないようで」

みなも「はーっ。はーっ…。この、手加減知らない長女と適当に手を抜く次女も相変わらずだね…!!」


よろよろと立ち上がろうとするみなもを私は支えてやる。


咲「そうそう。で、三女のみなもちゃんがお調子者役!」

照「ちょっとは姉を敬いなさい姉を」モグモグ

みなも「はぁ…はぁ…。は、反省してまーす…」

みなも「…でもね?私、ずっと照おねーちゃんのことが、心配で…」


照「……!」


咲「……そう。お姉ちゃんの事を心配していたのは、私だけじゃないんだよ?」

咲「みなもちゃんだって、ずっと…お姉ちゃんの事心配してた」



みなも「照おねーちゃんが東京に行ってから暫くしてくらい?に…久しぶりに私と咲は会ったんだ」

みなも「私は二人から離れた後に、自分で調べた事について咲に話した」


みなもは先程までの表情とは一変して、真剣な表情で此方に眼差しを向けた。


みなも「能力の代償って言うのかな…。私の能力は、二人も知っての通り」

みなも「一度上がると加速して上がりが速くなる、といった能力」


咲「……まだみんなで麻雀やってた頃、一度みなもちゃんと二人だけで話した事があるんだ」

咲「何か、能力を使うと…いつもに比べて、疲れたりしない?って」

咲「みなもちゃんは『気のせいだよ!』って言ってたけど…。私はそうは思わなくって…」


みなも「あの日私は、調子に乗って積み棒を積みまくった。結果は照おねーちゃんも知っての通り…」

みなも「能力の代償…。加速する上がりの代償は…仕様者の足が…足自体が早くなる…」

みなも「何でも子供の内はその耐性が小さいらしくて…。その結果が、これなわけ」


車椅子を軽く小突きながら、みなもは一区切りにとお茶を啜る。


みなも「ふぅ。それでね、あの日分からなかった私に起こった原因が分かったということで」

みなも「すぐに咲に、これを伝えるべく会いに行ったわけ」

みなも「……で、咲が麻雀から離れたこと。照おねーちゃんは麻雀に身を預けたってことを咲から聞いて」

みなも「咲の無事を安心した一方で、私は照おねーちゃんが心配で心配で仕方がなかった」

みなも「能力がなくてもあれだけ強かった照おねーちゃんだけど、能力に憧れてたのは明らか」


咲も無言で頷く。…そんなに能力に対してコンプレックス丸出しだったのか、昔の私。


みなも「私と咲が能力に目覚めておいて、照おねーちゃんだけ目覚めないなんてこと、ない」

みなも「そうなれば、常に全力を怠らない照おねーちゃんの身に、能力の代償が襲いかかるのは時間の問題」

みなも「だから私は咲に話した。もし、照おねーちゃんが名のある大会に出て」

みなも「映像や牌譜に残る上がりにおかしな偏りがあれば」

みなも「会って、照おねーちゃんの無事を確認して欲しいと」


咲「で、去年のインハイが終わった後…お姉ちゃんの特集が麻雀雑誌に組まれたのを私は確認し、牌譜を見て確信した」

咲「お姉ちゃんは何らかの能力に目覚め、そしてその能力を全力で使っている」

咲「それで…私とみなもちゃんはお姉ちゃんが無事かどうか、東京まで確認しに行ったの。あの時が、それだよ」


みなも「叔母さんから聞いた場所を元にね。あ、ちなみに私は前の駅で待ってました。案内役です」


照「来れば良かったのに…」


みなも「いやいや…。それは仲直りした今だから言えるわけであって…」


咲「お姉ちゃん、殆ど私に声かけてくれなかったんだよ?」

みなも「うわー、それは酷いわ」

咲「でしょー?」


ぐうの音も出ない。



咲「まぁ、そんなわけで…。万が一があったら、私を頼って欲しいと言ったわけです」

みなも「そっからはあれだね!ひたすら私と能力を使わないで麻雀特訓!」

咲「だから、お姉ちゃんを救えたのは私だけじゃなくて…みなもちゃんもいたから、なんだよ?」

みなも「みんな仲良しが一番良いからね!」

みなも「例え照おねーちゃんが私のことを嫌いでも、私は照おねーちゃんが大好きなのです!」

咲「………私の方が大好きだもん」

みなも「おや…。相変わらず咲は照おねーちゃんゾッコンですなぁ」

咲「もー!みなもちゃんうるさいよー!!」


次女と三女が仲良く触れ合うのを、私は和かな笑顔で眺めていた。

このやり取りが見れることを。このやり取りの輪に、加わることが出来ることを。

ただただ、目の前の二人に感謝して。



みなも「さて。それじゃ照おねーちゃんとの仲直りも無事果たせた事だし…。遅くなる前に、帰ろうかなっと!」


勢い良くお茶と茶菓子を口に放り込むと、みなもは車輪に手をかける。


咲「え、もう帰るの?もう少しゆっくりしていったら…」

みなも「下にタクシー置いてあるからね。これ以上は長居出来ないのだ!」

咲「そっか…。分かった、また来てね?」

みなも「勿論!」

照「……それじゃ、私が送る」


予想外の申し出だったのか、みなもは私の目を覗き込んだ。


照「……何?」

みなも「ううん、お願い!照おねーちゃん!!」


こうして車椅子を押してやると、みなもの不便さが良く分かる。

私も、麻雀を続けていれば…。いずれこれに近い身になっていたのだろうか。

帰り道でもみなもは沢山の事を私に話してくれた。

今通っている学校の事。麻雀部員ではないが、マネージャー的な役割を任せられていること。


みなも「下手したらうちの学校が咲の事止めちゃうかもね?」

照「ふふ、それはどうかな」



エレベーターに乗り、1Fまで下る。

電子ロック付きの自動ドアを潜りマンションを出ると、

成る程待ちくたびれて暇そうに運転席で煙草を吸っている運転手と、そのタクシーが確認できる。

私はやや急ぎでそこまでみなもを送ってやると、タクシーのドアを開けてみなもを誘導した。


照「それじゃ、みなも…。今日は本当にありがとう」

みなも「うん!やっぱり三人でいると楽しかった。またゆっくりお話しようね!」

みなも「それにこうして今日、照おねーちゃんに送ってもらえて、凄く嬉しかった!」

みなも「うん…。私も、凄く楽しかったし…。嬉しかったよ」


みなもがきちんと乗車したのを確認し、私がドアを閉めようとしたその時だった。


みなも「あ、照おねーちゃん…。叔父さんから何か、聞いてない?」

照「え、お父さんから?…いや、何も」

みなも「何だろ、何か変なこと言ってたんだよね…」



みなも「あ、叔父さん。今日は咲と照おねーちゃんのところ行きますんで、宜しくお願いします」

界『おお、みなもちゃん。仲良し三姉妹の仲直りってことか。おめでとう!』

みなも「えへへ。そうなるとすっごい嬉しいです!」

界『いやーしかし、そうなるキッカケになったのが、みなもちゃんが調べ知った、能力の代償の事…だったっけ?』

みなも「あ、そうです!」

界『でも、照が能力に目覚めたかどうかはまた別問題だったんじゃないかな?』

みなも「そうなんですよ…。なので、咲に麻雀雑誌で必死に探してもらったんですよ。照おねーちゃんの闘牌の記録」

界『大変だったろうなぁ。照は出たがってたって聞いたし』

みなも「ええ。咲も大変だったって…」

界『いや、咲じゃなくて…』

みなも「え?じゃあ誰が大変だったんですか?」

界『あ、いやいや。何でもないよ。とにかく、君たちの仲がまた元の鞘に戻ることを祈っているよ』

みなも「はい!」

界『まぁ』


界『全てが元に戻るわけじゃないけどね…君も、咲も、照も。…そして、彼女も』

みなも「……良く分かんないですけど…。ありがとうございます!それじゃ!」



みなも「変だと思わない?」

照「………お父さんが含みのある言い方をするのはいつも通りだけど」

照「うん、何か変かも…」


タクシーの窓から身を乗り出し、私に向けて何度も何度も手を振るみなもを見送ると、私は自宅へと戻った。


照「……って、お父さんが言ってるらしいんだけど…。何か咲、分からない?」


その日の夜。

咲の手料理を食べながら、私は咲にも考えてもらおうと尋ねた。


咲「…………ううん、良く分かんないや」

照「そっか…」


正直、父の戯言などどうでも良いのだが…。

ただ私は、この暮らしが続けば良かった。

麻雀から離れた私にとって、仲直りした咲やみなもや、友人たちと過ごすのが今の唯一の楽しみだった。

就職は…一応元麻雀インハイチャンピオンだし。どっか取ってくれる。多分。


咲「………ごめんね?お姉ちゃん」

照「どうして?咲が謝ることないじゃない」

咲「あ、そうだね…。あははは…」

照「変な咲。……あ、もしかして何か私に隠し事?」

咲「え、あの…その…」

照「ずるい咲。私だって素直になったんだから。咲も素直になろうよ」



咲「いや、その…。実は…」

照「実は?」

咲「みなもちゃんには全然成長してないって言われたけど…。あの、実はちょっとだけ大きくなってて…」

照「な″!?」


まさかの裏切り。

裏切りの裏切りも良いところだよ、咲。


照「そんなまさか…そんな…」

咲「お、お姉ちゃん…。そんなこの世の終わりみたいな落ち込み具合は…。……私も、傷つくかな?」

照「い、一体…いくつになったの…」

咲「えと…Aに…」

照「A!?対子から単騎になってるよ!?と、当然ギリギリAなんだよね!?」

咲「ぎ、ギリギリBの方が近いかな…」

照「なああああああああ!?AroundB!?う、裏切りだ!!宮永家から裏切り者がー!!」

照「私なんてずっとAAなのに!ずっとAAAなのに!!!」

咲「あ、暗刻だね」

照「うるさーい!!」



そう言われると、以前よりも咲の胸元は膨らんでいるように見える。


照「……敵だ!咲なんて敵だ、敵!」

咲「あ、あはは…」

照「ぐぬぬ…。納得いかない!今日、お風呂で確かめるから…一緒に入るよ!」

咲「ええええええええええ!!」


とは言いつつ、何か嬉しそうだね咲。私は全然嬉しくないよ。


照「絶対見る。ABに拒否権はない。というかよこせ」

咲「ふ、不束者ですが宜しくお願い致します…」

照「あなただけは私と同じ痛みを知っていると信じていたのに…ぐすん…」

照「咲と私は流れる血が同じはずなのに…ぶつぶつ…いや、待って、それなら…」

咲「………………」


「だから、私もいずれは…」


二人が同じ言葉を、小さく呟いた。




その後、咲は三年連続で個人戦も団体戦も優勝する偉業を成し遂げた。

その影には、私やみなものサポートがあったことは言うまでもないが

それでも、やはり咲は強かった。多角的な角度で、咲はゲーム全体を見ることが出来る。

嶺上牌に眠る牌を常時確認出来るのは勿論の事、何でも自分の手牌に暗刻持ちの牌がある場合

残り1牌がどこにいるのかすらデフォルトで見えるようになったらしい。

調子が良い時は王牌すら全部見えるらしい。何だこの化け物。

おまけに読みの精度も咲は高いので、一般的な手牌読みから相手の手牌もある程度読める。

これだけでも並の相手は全く相手にならないだろう。

加えて勝負どころでは能力を発揮して、その裏付けまで行える。これで咲が負けるはずがない。

場の支配なんてものではない。彼女が支配するのは、そのゲームの流れ全て。

それでいてリードした場面でバトンを受け取ったら、その着順を外すことはない。

他家三人からの厳重マークを咲は紙一重で交わしていく。分厚い、紙一重。

それは対戦者をして、全く相手になっていない。強すぎると言わしめるほどのものであった。

そんな不敗のチャンピオンとなった咲を、プロのチームが欲しがるのは道理だった。



照「プロって…。大丈夫なの、咲」


多くのプロチームから指名のオファーが来るとの報を聞き、私は咲に尋ねた。


咲「え?」

照「だって、あなたも麻雀を続けたら…。てっきり、麻雀は高校で止めるものかと…」

咲「大丈夫だよ。お姉ちゃんも三年間見てたでしょ?私に、変な兆候とかあった?」

照「いや、なかったけど…」

咲「もっと喜んでよ、お姉ちゃん。一応私、お姉ちゃん以上の成績を引っさげてのプロ入りだよ」

咲「きっと契約金とか沢山貰えるよ。それに、みんなの夢を叶えなきゃ!でしょ?」

咲「お姉ちゃんのケーキ屋、みなもちゃんの水族館…たくさんお金稼がないと!」


いくら私やみなもの夢を叶えるためとはいえ、俗物的な考えを口に出す咲は珍しかった。

そもそもそんな話は子供の頃にしたきりで、突然引っ張り出されて頭が追い付かない。

今思えば咲は私に止めて欲しかったのかもしれない。いつもの自分とは違うことを言う自分に気付いて欲しかったのかもしれない。

けれどその時の私は、何も気付かずに。ただ咲の活躍が見たいという、素直な好奇心で。

私の代わりにプロとなって活躍して欲しいという願望で。


照「………うん、分かった。おめでとう、咲。頑張ってね」


咲を、麻雀から開放するタイミングを失った。




- 7年後 -


咲「ツモ。400・800。これで終了ですね」


ワアアアアアアアアアアアアアア


TV越しに見る咲は、今日も変わらず麻雀を打っていた。

変わらず、その手で勝利を収めていた。


『宮永選手、この試合も逃げ切ったーっ!』

『自身が持つ連続セーブ記録を再び更新ですね…』

『入団から今に至るまで、一着でバトンを受けたら勝ち確とか…流石としか言いようがないですね!』

『靖子ちゃん…じゃなかった、藤田プロもお手上げと言ってましたよ』

『彼女はもう少しするとアラサーに入りますが、まだまだ活躍は長そうですね!』

『アラサー…懐かしい…。…あ、宮永選手の話?えーと、そうですね…』


衣「うむ!流石は咲、快刀乱麻の活躍劇であった!」

憩「あれでいて涼しい顔なんやからとんでもないなーぁ」

小蒔「今日はいつ帰ってくるんですか?」

照「デーゲームで会場は大宮…。変なツバメの噂も聞かないし、夕方過ぎには帰ってくるんじゃないかな」


私は昼下がりに行われていた咲の試合を、三人の知り合いと自宅で観戦していた。

私を含めた、「牌に愛された子」の集まりであった。



憩「いやしかし、牌に愛された子と称されたうちらやけど…。能力の代償は大きかったからなーぁ」

照「憩はプロ入りするつもりはなかったの?」

憩「あはは。人じゃない照が行けなかったところなんて、うちが行けるはずがないですよーぅ」

照「む、またそのフレーズ使ってる。没収」

憩「そんなーぁ!」


自宅に持って帰った自作のケーキを憩からひったくると、私は直ぐに口へと放り込んだ。


憩「ひどい!悪魔!人でなし!私が困っ照!」

照「最後のはもう何言ってるか分かんないんだけど…。………冷蔵庫に他のあるから、取ってくれば?」

憩「了解!」


お決まりの敬礼を決める憩を見送りつつ、私は同じ話題を二人にも振る。


照「二人は?」

衣「衣はマスコミが鬱陶しい世界には行かないと初めから決めていた」

衣「巧言令色…。するのも、されるのも苦手だ。関わりたくもない」

衣「別に強い相手と打ちたくば、そのへんでやれば良いだけの話よ」

小蒔「衣さんの能力の代償は身体の成長が起こらない、ですからね…。今でも平気で能力使ってますよね…」

照「………幾つだっけ?」

衣「歳か?25だ!」

小蒔「………身長は?」

衣「127cmだ!」


照・小蒔「「……………」」


合法です。合法だけど…うん…。犯罪だよね…。



小蒔と顔を合わせつつ、私は衣を撫でる。


衣「ふみゅー!撫でるなー!」

照「良いじゃない。一応私が年上だし」

小蒔「そうですよ」

衣「小蒔もドサクサに紛れて撫でようとするなぁ!お前は同年齢だろうがぁ!」


憩「チョコレートケーキ貰ったよーぅ。え、何この状況」

衣「見てないで助けろー!」







小蒔「……………で、能力の代償でしたっけ…」


もみくちゃにされて軽く涙目になった衣の機嫌が治ったところで、閑話休題。


照「うん。私は以前話した通り」

憩「で、衣ちゃんは身体の成長が起こらないと。うちの病院で是非とも検査したいなーぁ」

衣「ちゃんではなく。それに、病院は嫌いだ!……あ、憩のことは好きだぞ?」

憩「ほほーぅ?」

衣「………何だその顔は。それより!そういう憩、小蒔らの代償は何なのだ?」


小蒔「では、私から話しますね。私は神を降ろすために眠らなければいけないのですが…」

小蒔「神を降ろせば降ろすほど、私自体の睡眠が深刻化してしまうのです」

小蒔「間隔が短くなり、睡眠の時間は長くなっていく…」

小蒔「下手するとずっと眠っちゃう…って話なんですよね。これでも修行は積んだのですが…」



憩「それは深刻やなーぁ。そらプロなんてハードなスケジュールこなせんわ」

小蒔「まぁ、そもそも家元を継ぐ必要もありますから…。憩さんは?」

憩「うち?ああ、うちはあれよ。『なけない』んよ」

照「なけない……って?」

憩「笑う門には福来るって言うやろ?逆に考えれば、それは笑わなければ福が来ないとも言えるわけで」

憩「笑うとほぼ正反対に位置するのが泣くこと。勿論、嬉し泣きとかあるけど。泣くって言ったら基本悪いイメージやん?」

憩「うちがフーロするの見たことないやろ?鳴くべき牌を鳴かずすると、次のツモでひょっこりやって来る」

憩「面前で進めるから打点も高いし、降りるのも比較的容易。というか危険牌殆ど掴まん。それがうちの能力」

憩「で、これを子供のうちから無意識にずーっと使い続けてきた影響からか…」


憩「涙を流すことが、出来なくなったんよーぅ」

憩「そんで身体の方がキャパオーバーしてるらしいんで、もうこれは治ることはないんやって。まぁこれは衣ちゃんも一緒やね」


憩「荒川さんはいつもニコニコしてて可愛いねーとか、患者さんに結構言われるんやけど」

憩「ふふ、何私のこと知ったつもりで言うてるんの?治る症状のあんたに何が分かるん」

憩「悲しい時、怒った時。そういった時に涙が流せない事が、どれだけ辛いのか…あんたに、分かるん?」



その場を静寂が包む。


憩「はっ!勿論みんなに言ってるわけちゃうよーぅ!?ここにいるみんなは親友やし!」

憩「咲ちゃんは咲ちゃんでうちらの期待の星やから!いやほんと…何か空気悪くしてごめんなーぁ!」


衣「憩。頭」


まっ先に口を開いたのは、衣だった。


憩「?」

衣「頭撫でてやるから、少し屈め」

憩「…あはは。衣ちゃんの身長じゃ、届かへんもんなぁ」

衣「う、五月蝿い!」

憩「えへへ。でも、ありがとうなーぁ?」

衣「……うん」


そんな微笑ましい様子を、私と小蒔は眺めていた。



衣「良し!ではその『なけない』雀士・憩の腕を確かめようではないか!」


照・憩・小蒔「「「え″」」」


衣の提案に私たち三人は顔を見合わす。


憩「いやうちは能力使い放題やし…衣ちゃんも代償とか全然気にしてへんけど…」

小蒔「私は神様ローテがどこで止まってるかすら分からないですね…。別に、一局くらいなら大丈夫だと思いますが…」

照「…いや、私は麻雀打つなら素で打つから。ていうか三麻にしてホント」


以前、咲とみなもと女子会後に卓を囲んだ際、ほろ酔い気分で調子に乗って久々に能力を使った経験がある。

一瞬で酔いがぶっ飛んだ。その場で倒れそうになった。各箇所の痛みが消えるまでに一週間かかった。

代償が及ぼす身体への影響は…母が言うとおり、やはり無くなることはないらしい。


衣「むぅ。照だけ能力なしは不都合だな。無能力で打つか!」

憩「おー。ならうちは『なける』雀士やな!…あれ、フーロって、発声とどっちが優先やったっけーぇ…?」

小蒔「精一杯頑張ります!」

照「助かる。やっぱ甘いもの食べたら頭使わないとね…最近体重が…」

憩「ふーん。でも照、その割には胸の方に栄養いってないよーぅ」

小蒔「そうですね…。私なんて食べても太らないんですが…」

衣「照が食べ過ぎなだけじゃないのか?デブになるぞ」


照「コークスクリュー!(物理)」

衣・憩・小蒔「「「げふっ」」」


脳内でゴングの音が響きわたった。T.K.O。



日が暮れるまで私たちは麻雀を楽しんだ。

途中三者三様、異なる殺気を感じたのは気のせいにしておこう。うん。

突然憩はフーロしなくなったし衣は月出てないのに海底で上がりまくったし小蒔は寝始めたけど気のせい。うん。

夜七時。良い時間になったので、私たちは夜ご飯を食べに出かけた。

咲はそろそろ着いても良いはずなのだが、帰るのが遅くなるからみんなで食べて欲しいとのこと。


憩「これはアレやなーぁ」

小蒔「咲さんにもとうとうお相手が…」

衣「咲の結婚式なら、とーかに頼んで盛大に盛り上げるぞ!」


咲からのメールを覗き見て、三人が好き放題言う。

ないから。ないない。私を置いて咲が男を作るなんてあるわけないから。


四人でワイワイお酒を交えつつ(衣は下戸)、騒ぎながら夜ごはんを済ますと、時刻は夜十時。

当然鹿児島や大阪から来ている二人が帰ることは出来ない。

私の家に泊まるか、という提案を二人はやんわり断った。


憩「えぇー。だって、咲ちゃんが男連れてくるかもしれへんよーぅ?」

小蒔「そうですよぉー。そしたら、お姉ちゃんの照さんはお邪魔虫ですよー?」

衣「あー……。この酔っ払い共はうちで引き受ける。咲に宜しくな」



タクシーに乗り込む三人を見送ると、私は一人寂しく自宅へと向かう。

……咲に男。いや、ないでしょ?

そりゃー咲は可愛いし、良く気が利くし、お金持ちだし、有名人だし、私と違ってそこまでぺったんこじゃないし。

迷子癖もかなり治ったし。携帯も通話とメールは出来るようになったし。独身だし。超優良物件だし。可愛いし。

そんな子を捕まえる男はずるいって言うか…。…嫌だな。私、咲が他の人に取られちゃうの。


照「………あーだめだ、頭痛い。飲みすぎたか」


考えれば考えるほど、酔った私の頭ではまとまらない。

ただ、これだけは言える。


私、咲の事手放したくないみたい。


勝手だよね、私。麻雀から離れる時に、咲に頼んで救ってもらったのに。

それだけで充分迷惑をかけたはずなのに、今度は咲自身の幸せが見付かったかもしれないと思うと。

今こうして今度は、咲が他の人に奪われる危険性を考えて胸が痛くなる。



夜十時半。自宅の鍵を差し込むと、まだ鍵は施錠されていた。

防犯のために帰宅したら鍵を閉めるように私は咲に口を酸っぱくして言うが、最近咲は締め忘れることが多い。

予想通り、咲はまだ帰宅していなかった。

いつもならばとっくに帰宅しているはずの時間である。

……男か。やはり男なのか。

再び胸の痛くなる、何とも言えない感情に駆られた私は、鍵もかけずに追加の酒に手を出そうと冷蔵庫を開ける。


照「……あ、そっか…。前にみなもが全部開けたんだっけ…」


が、そこにアルコールの類のものはなかった。ないものは仕方ないので、買いに行くしかない。

再び外に出る準備をした、その時だった。



ドサッ



玄関で、何かが倒れるような音がした。

恐る恐る近付いたその先にあったものは


照「咲!!」


妹の、倒れた姿だった。



照「ど、どうしたの!?」


咲は酷く疲れた様子で、荒く息を吐いている。


咲「あ、お…お姉ちゃん…。……ただいま?」


咲の作ったような笑顔に、若干釣られて私も笑顔で返す。


咲「う、うん。お帰り…。それで咲、どうし…」


私の声を遮るように、咲は私に抱き着いてきた。


咲「やっぱり、お姉ちゃんの微笑みが私にとって、一番の癒やしだよ…」

照「え、ちょ…。咲?あの、私…。さっきまで飲んでたから…汗もかいてるし」

咲「ううん…。そんなの私は気にしないから…。少し、このままでいさせて…?」


私が気にするの!とは言えず…私は暫く、咲の抱き枕としてその場に存在した。

物を言わぬ抱き枕となった私がその場で考えたことは、咲に一体何があったのだろうかという疑問。

もし咲をこうした人物がいるのなら。そしてその正体が分かったら、絶対に許さないという固い決意だった。



咲「……ありがとう、お姉ちゃん。ちょっとは、良くなったかな…」


そう言って、咲は私から離れる。


咲「それでお姉ちゃん」

照「?」

咲「いつものあれがないよ!」


多少眉を釣り上げて怒る咲。いつもの…あぁ、あれか。


照「あー。うん。お帰り咲。ご飯にする?お風呂にする?それとも…」

咲「お姉ちゃんにするー!」


離れたかと思うと再び咲は私に飛びかかる。何だこの可愛い小動物。

良し良しと咲の頭を撫でてやると、咲は再び私に頬ずりを始めた。


照「…………どうしたの?いつもの咲らしくない」

咲「ううん、何でもない…。ちょっとだけ、疲れちゃって…。ありがとう、お姉ちゃん」

照「嘘」


その場から離れようとする咲を、私の言葉が引き止める。



咲「………」

照「さっきの私に抱き着いてきた咲が素直な咲。今のは素直じゃない咲」

咲「そんなこと…」

照「バカにしないで。ずっと二人で暮らしてきた。それくらい分かってる」


私の真剣な様子を見て、咲はため息を一つ付くと壁にもたれかかった。


咲「………そうだよね。お姉ちゃんとずっと二人で暮らして…。私も、暫く隠してて、疲れちゃった」

咲「お姉ちゃんに知られたら絶対にいけないから、これだけは隠し続けてきた…。でも、もう私…」

照「………男?」

咲「…え?」

照「男に、乱暴されたの?プロポーズでもされたの?咲の事何も考えないで、その男は…!!」

咲「あ、あの…。お姉ちゃん?」

照「さあ言って。どこの馬の骨?私が今すぐ仕留めに行くから。何なら弓兵も軍人も呼ぶ」

咲「男って…何の話?」

照「………え?」



咲「そういう話、たくさんあるけど…。全部、断ってるんだ」


男絡みの話ではないと聞き、安堵の表情を私は浮かべた。

だが、また別の問題に気付く。


照「女なの!?」

咲「え」

照「男じゃなくて、女にでもプロポーズされて…。それで断った咲を、その女が…」

咲「い、いや…。それもちょっと違うかな?プロポーズ的な事はされた事あるけど…」

照「そ、そう…。なら良いんだけど…」


ん?

今若干、おかしな部分があったような…。


照「いやちょっと待って。女にプロポーズされたってどういう」

咲「な、何でもないから!とにかく、そういう問題じゃないから!」

照「そ、そう…」

咲「それじゃ、どこから話そうかな…」


咲はゆっくりと、その言葉を紡ぎ始めた。



咲「四年前、お姉ちゃんと一緒にケーキ屋さんを始めたでしょ?」


咲はまず、プロとの契約を結び、契約金を得てまっ先に行おうとしたことがある。

私が店長のケーキ屋さん作りだ。

だが、当時まだ20そこらの私や咲がケーキ屋をやっても長く続かないのは目に見えていた。

二人で相談した結果、三年間そういった勉強を行なった上で、問題がなさそうなら経営を始めようと。

そうして咲がプロ入り四年目となった年、咲の活躍に比例して年俸がグングン伸びていく中で

機が熟したと判断した私と咲は、ケーキ屋さんを作った。名を宮永ケーキ。

小さな、小さな店だったけど。私が店長で、咲が経営。子供の頃語り合った夢が、実現となったのである。

麻雀が全てを言うこの世界。咲がケーキ屋をオープンしたとあって、話題性は抜群。雑誌にも沢山取り上げられた。

その一方で、きちんと結果を私は出さなければいけない。味も満足いくものを提供しているつもりだ。

その甲斐あってか、宮永ケーキは出店から今まで黒字経営を続けている…と咲は言っていたが…。


照「もしかして、それが赤字で…」

咲「ううん、そんなことないよ。ずっと黒字。店舗増やさない?みたいな事も言われたぐらい」

咲「それで、お姉ちゃんの夢は何とか叶えられた。…で、次にみなもちゃんの夢である、水族館へ矛先を変えた」



咲「こればっかりは、動くお金がケーキ屋とは段違いになっちゃうから…実現してなかったけど…」

咲「私の名前を使って経営することが条件の下なら、お金を援助してくれる資本家の方が見付かったの」

咲「ただし、そのためには…その人の期待する『宮永咲』であり続けなければならない」

咲「麻雀プロでいて、その中でもトッププロでいて。いずれ世界にその名を轟かせる私でいなければならない」

咲「そうでもなければ、その人はお金を出してくれない…」

照「………咲は、どう返事したの?」

咲「勿論、二つ返事でお願いしたよ。ただし、こっちからも条件を出した」

咲「みなもちゃんがいずれ館長をやるっていう条件の下、共同出資で話はまとまった」

咲「二人の夢が叶うんだもん。躊躇するわけないよ」

咲「……ふぅ、お姉ちゃんに言えて、すっきりしたよ。まだみなもちゃんにも、誰にも言ってなくて…」


私の知らないところで、また咲は一つ大きな制約を課せられた。


照「もしかして、最近の大活躍の裏には…」

咲「うん。ちょっと張り切りすぎちゃいました。えへへ。それでちょっと疲れちゃって…」

咲「あ、でも大丈夫だよ?ちょっと休めば、すぐに元気に…」


言葉を遮る私からの抱擁。


照「………大丈夫なわけ…ないじゃない……」


咲は笑顔で会話を取り繕いながらも、その小さな身体全身が震えているのは隠せなかった。


照「……………咲…」

咲「……………お姉、ちゃん………」



心のどこかで、咲は私と違って要領が良いから大丈夫だと言い聞かせていた。

きちんと一線を越えずに、それを使いこなせるだろうと盲信していた。

牌に愛された子たちとの話を受けても、まだ咲は特別だと思っていた。

いずれ必ず来るはずの、この事態から目を逸らし続けていた。

…いや、そう考えたことが無かったわけではない。ただ、それでも私は。

咲だからと。私とは違うからと。これまで起こらなかったのだから問題ないからと。

現実と向き合おうとはしなかった。

今になって、母が私に語った、あの日の心情を得ることが出来た。

大切な人が、今…滅びへの道を歩んでいる。



照「…………咲、あなたも…」



今の咲の姿は、在りし日の私に瓜二つだった。

あの日動けなくなるほどの苦しみを味わい、ただただ虚勢を張るので精一杯だった、あの日の私に。


『それ』は、誰にしも平等に訪れる。

能力の代償が、咲の身体を蝕み始めた。



照「…………いつから?」

咲「………半年前、くらいかな…」

照「今すぐ…断りに行こう?」

咲「え?」

照「だって、このままじゃ咲が…。麻雀も、直ぐに止めて…」

咲「……変なこと言うんだね、お姉ちゃん。麻雀を、止める?…そもそも私に、そんな選択肢があると思う?」

咲「高校時代はお姉ちゃんを凌ぐ三年連続のチャンピオンとなり、多数のプロチームからドラフト一位で指名され」

咲「入団後も『小鍛治健夜』の再来と呼ばれ、活躍を、名声を、地位を。それらを思うがままにしてきた私が」

咲「こんなシーズン真っただ中に、それも長期契約を結んだ始めの年に」


咲「辞められると思うの?」


照「………それ、は…」


その答えは、私だから分かる。

高校時代にその偶像として、塗り固められた地位から身動きが出来なくなり、咲に助けてもらった私だから。

咲と言う名のチャンピオンが何故生まれたのかを一番良く知る、私だから。


咲「ね?辞められないでしょ?」

咲「私は麻雀を止められない。ともあれば、活躍し続けなければならない。『宮永咲』の名を、汚すことは許されない」

咲「そうなれば、プロとの戦いでは能力を多用しなければならない。常に他家の手牌を、ある程度把握しなければならない」

咲「そして私の目はいずれ見えなくなる。………ただ、それが遅いか早いかだけの違いだよ。お姉ちゃんが気にすること、ないよ」


咲の作ったような笑いが、たまらなく痛かった。

その作り笑顔が、とても見ていられなかった。



咲「…さ、今日はお風呂入ったらすぐに寝よう?明日もお姉ちゃん仕事でしょ?」

咲「私は明日対局ないし、家でゆっくりしてようかなー」


何事もなかったように涙を拭うと、咲はスーツをハンガーに掛ける。


照「本当に、それで良いの?」

咲「……いや、だって良いも何も…」

照「違う。私が言ってるのはそうじゃない」

照「そうやって私の代わりとして彗星のごとく現れて。高校で偉業を成し遂げて」

照「プロ入りして。私とみなもの夢を叶えて。自分の幸せなんて、何一つ求めようとしないで」

照「咲には何かないの?夢とか、幸せとか!自己犠牲ばっかりじゃなくて、咲自身のために、何かをしてよ!」

照「お願い!私に出来ることなら、咲に何かしてあげたいから!」


珍しく咲に感情的な発言を私はぶつけた。

咲は多少びっくりしたのか、数秒膠着を起こす。

返ってきたのは、予想もしない返答だった。


咲「ふふ。それなら、もう充分叶ってるから。私は、幸せだから。大丈夫だよ、お姉ちゃん」

咲「………?」

咲「もう覚えてないよね、そりゃそうだよね…。……まぁ良いや、覚えられてても、恥ずかしいし!」

咲「さ、お風呂入ろう?お姉ちゃん」


咲はそう言うと、バスルームへと姿を消した。

私も、それ以上かける言葉が見つからず、ただ無言でその後に続いていった…。



みなも「おい。おーい、照姉ー。どうしたー」


翌日。宮永ケーキで働く私の元に、みなもが訪ねてきた。


照「あ、みなも…。いらっしゃい。うん、ちょっとぼーっとしてた」

みなも「全く。折角私がケーキ買いに来てあげたっていうのに…」

みなも「ははーん。さては何かあったな。咲に」

照「え?」

みなも「照姉が上の空でいる時は、大抵咲に何かあった時だからね!」

みなも「いやー、心配症って言うか、過保護って言うか…。あ、ショートケーキ3つね!この後照姉の家行くから!」

照「あぁ…。咲に呼ばれたのね。うん。良い話だよ」


みなもは現在、在宅ワークで生計を立てている傍ら、水族館の館長という夢に向けて勉強中だ。

きっと咲の話には喜んでくれるであろう。だが、そのために咲は…。

自然と私の顔に小皺が集まる。



みなも「うわ、照姉超変な顔してる…。え、なになに?男?咲にもしかして男でも出来た?」

照「あのねぇ…」


みなも「ま、でも照姉一筋二十数年の咲がそんな事するわけないか」


え?



みなも「はい、540円。1000円から宜しく。もうちょい高くしても良いと思うよ?美味しいのに」

照「いや、それは子供でも気軽に買えるっていうのがモットーで…じゃなくて!」

みなも「ん?」

照「今の、どういうこと?」

みなも「え?照姉一筋の咲…って話?」

照「うん」

みなも「…………」


何その顔。その同情と哀れみを含んだような目でこっち見ないで。


みなも「はぁ。咲も大変だなぁ」

照「いや、だからどういうことなの」

みなも「あんだけ咲が照姉の事大好きオーラ放ってるのに気付いてないの!?」

照「………いや、それは姉妹としての…」

みなも「……良い?照姉」

みなも「良い年した大人の姉妹がいっつも一緒にお風呂に入ることなんてありません」

みなも「良い年した大人の姉妹が一緒のベッドで毎日寝るなんてことありません」

みなも「良い年した大人の姉妹が『お風呂?ご飯?それとも…』みたいな新婚三択をしょっちゅうやることはありません」

みなも「良い年した大人の姉妹がペアルックで………」


良い年した大人の姉妹がやらないらしい行為をみなもはスラスラと述べていく。



照「し、知らなかった…。咲が、それが普通って言うから…」

みなも「うん。咲に言いようにされてるもんね、照姉」

照「そ、それが普通じゃないって言うんなら…今日は咲にガツンと…」

みなも「ガツンと?」

照「い、いやでも…。別に、もう日課になっちゃてるから直すの大変だし…嫌ってわけじゃないし…」

みなも「うん。ダメだこのぽんこつ店長。お釣りくれないし」


みなもはお釣りを諦め、千円札をレジ横に置いて商品が入った袋を手に下げる。


みなも「でもホント、まさに妻の尻に敷かれる夫って感じだよね」

照「は?」

みなも「いや…さっき言ってた奴、本来なら仲の良い夫婦がやることだからね?」

照「え、えええええええええ!?」

みなも「あ、やっぱり…。昔からの夢が叶ったって、咲、超嬉しそうだったのにな…。分かってなかったのか…」



照「ちょっと待った」


そのまま店を出ようとするみなもを慌てて捕まえる。


照「咲の夢って?」

みなも「え、覚えてないの?」

照「覚えてないから聞いてるの」

みなも「うわー…。覚えてないのもそうだし、前後の会話で察せないのも、うわーだわ…」

みなも「照姉…。ずっと昔々、私たちがまだ麻雀すらやらなかった頃に…」

みなも「将来の夢について話したことがあったでしょ?」







『私、大きくなったらケーキ屋さんになる!』

『あ、良いな良いな!じゃあ、私は陸上!もしくは、水族館!』

『あら、照もみなもちゃんも可愛い夢ね。咲は何になりたい?』

『え、えーっと…。これと言った夢はないけど…』

『二人の夢を、応援できたら良いな!』

『えー。何それー』

『だ、だって他に思いつかないんだもん!』

『何でも良いから、言ってみなよ、咲ー』

『え、うん…じゃあ…』



『お姉ちゃんの、お嫁さんになりたい!』








「ふふ、子供の頃の話なんて、忘れちゃうよね」


「「!」」


そうか。


「でもね?私はずっと、ずっと…言ってたはずだよ?」

「お姉ちゃん、大好きって」


だから咲は。


「あなたが、ただ私の姉だから助けたんじゃない」

「この世で一番好きなあなただったから、救ってあげたいと思った」

「私が能力に目覚めたのも、あなたが言ってくれたから」

「森林限界を超えた高い山に咲く花のように、強くなって欲しいと言ってくれたから」

「……もし、私に勝ちたい一心であなたが能力に目覚めたのなら、それは全部私のせい」

「でも、嬉しかった。離れていても、喧嘩別れだったとしても。私をずっと思っていてくれたということが」

「私の身体なんて、どうでも良かった。ただ、あなたが無事でいてくれさえすれば」

「仲直りできて、嬉しかった。一緒に暮らせて、嬉しかった」

「あなたの夢を叶えることが出来て。嬉しそうにケーキを作り、美味しそうに食べるあなたがいれば、ただ…それで…」

「例えそれで、私の身体が壊れても良い。見返りなんてなくっても良い。気持ち悪いと思ったら、離れてくれても良い」


「明日もし、私が壊れても。大好きなあなたが笑顔でいられるように」

「私は、今も戦っているのです」


そこに、彼女はいた。

全ての、答えと共に。



咲「重いよね?」

咲「ずっとずっと、ひとりの人物の事を思い続けているなんて」


重くなんてない。

私の方が。私こそ、ずっとあなたの事を思い続けていた。


咲「気持ち悪いよね?」

咲「実の妹に、この年になってまで好きだなんて言われて」


気持ち悪くなんかない。

私だって、ずっと隣で暮らしてきた、あなたの事が…。



咲「それでも…私は…私は…っ……!」


そう言いかけると涙を流す咲を、私は自然と抱きしめていた。



私に、何が出来る?


この小さな体で、全てを背負い込んだ彼女のために。


私のためにと、全てを犠牲にして今も戦い続ける彼女に。


小さい頃の些細な感情で、彼女に勝ちたいと思って喧嘩別れして。


その喧嘩別れして得た能力で、彼女に迷惑をかけて。助けてもらって。


……どんな説得をしたところで、彼女は麻雀を止めてはくれないだろう。


それくらい、彼女の意思は固い。


私に、出来る事は……。







正月に彼女と一緒に帰宅して以来の、実家に私は来ていた。


宮永母「あら、今日はお仕事じゃないの?」

照「今日は休ませてもらった」


目の前にいる全てを知るであろう人物、母と話をするために。


照「…母さんと、ゆっくり話がしたくて」

照「最近は、いつも母さんは家にいるから…お邪魔じゃなければ」

宮永母「………ふーん?まぁ良いわ。ゆっくりして頂戴」


覚束無い足取りで、母は私を案内する。


照「……うん」

宮永母「あ、咲とみなもちゃん、良かったわね?水族館の、資金援助をしてくれる方が見付かったんでしょう?」

照「……うん」

宮永母「咲もたくさん活躍していて、姉として嬉しい限りでしょう」

照「……うん」

宮永母「………さっきから、そればっかりじゃない、照…」



宮永母「悪いわね…。来てもらったのに、お茶菓子も用意してもらって」

照「ううん、気にしないで?」


お茶請けの棚を開けると、暫く使われていない様子が分かる。

台所には朝に食べたであろう食器がそのままだ。

私はそれらを洗い、二人分の持ってきたケーキを並べると、紅茶を注いだ。


照「母さん」

宮永母「何?」

照「全部分かったの。…まずは、母さんがどうして中学時代に私を大会に出場させなかったのか」

宮永母「……ふーん。聞かせて頂戴?」

照「母さんは、分かっていた。私が中学時代に大会に出場すれば、簡単に三年連続で優勝することを」

照「そうなると、私は能力の代償を身体にもっと大きく残すこととなる」

照「その上で、インターミドルチャンピオンとインハイチャンピオンという称号を得ることになる」

照「二年連続インハイチャンピオンというだけで、あれだけ持て囃され、私の知らないところで色々な話が進んでいった」

照「その場合、もっと大きな話が持ち上がっていたかもしれない。そうなると、私は麻雀を止めることは出来なくなる」

照「例え、私が咲に敗れたとしても。………今の、咲のように」


宮永母「……それで?」


照「母さんの思惑通り、私は麻雀を止めた。ここまでは良かった」

照「けれど、今度は咲が麻雀を止めようとはしなかった」

照「焦った母さんは、私と咲の同居を決める。母さんは、咲が私を大好きなことを良く知っている」

照「私との同居で、咲の麻雀が鈍れば良し。三年間の間に、能力の影響が咲の身に現れればそれも良し」

照「何故なら、それを既に経験した私が気付くはずだから」

照「ところが、母さんの思っている以上に咲の実力は、他とは別次元のレベルだった」

宮永母「……………」



照「高校時代、影響が咲の身に現れていたのかは正直、分からない。けれど咲は三年連続で頂きを制してしまった」

照「この時咲が考えているのは、私とみなもの夢。それを叶えることだけ」

照「唯一止めることが出来たかもしれないその時を、私は逃してしまった。それどころか………」


今となっては、あの時の自分の判断にただ苛立ちが募る。


照「……当然咲はプロ入りへの道を選ぶ。華々しい活躍の中、『それ』はひたひたと近付いていた」

照「そして、昨日。咲の身体には異変が起きた」

照「……母さんには、済まないと思う。本来なら私が、咲のプロ入りを止めるストッパーにならなければいけなかったのに」

宮永母「………まぁ、中々筋が通った推理だとは思うけど…わざわざそんな推理を言いに、ここに来たわけ?」


照「…そもそも、何故母さんは能力の事を知っていたの?」

照「それだけじゃない。能力を使い尽くしたその先に待つ末路すら事細かく知っていた」

照「能力を持っているのなら、それを使ってプロ入りなり大会で活躍なりしていたはず」

照「この麻雀がものを言う世界で、それをひた隠そうとするのは余りにも不自然」

照「けれど、母さんの名はいくら調べても見付からない」

照「……思えば、変な話だった。父さんの稼ぎが良いなんて話聞いたことないのに、うちはかなり裕福な部類だった」

照「いとも簡単に子供の我侭で編入を許す。夫妻で別居。東京で不自由ない暮らし」

照「でもその間、母さんが定時に出勤して…と言った感じで働いた姿を一度も見たことがない」

照「父さんの口座からお金を引き出すのなら、多少は悪びれる事もあろうはずなのに、そういった仕草は一つもなかった」

照「…つまり、母さんはお金を沢山持っている。それも、父さんに頼らなくても問題ないくらい。いや、もっと…」


宮永母「………で、何が言いたいの?」


照「…………その目、殆ど見えてないでしょ」

照「……つい最近まで、やっていたんでしょう、裏の麻雀を…。それが、昔の付き合いの関係…」



宮永母「…………」

照「表の麻雀は、咲がトッププロになった。引退したはずの私が出るのはおかしいし、お金を沢山貰うには時間がかかる」

照「それに、咲に聞いているから分かるけど、税金やら何やらで貰えるお金はかなり差っ引かれてしまう」

照「でも、裏麻雀なら…リスクは高いけど、表よりも遥かに早いスピードでお金を手に入れることができる」

照「そう…。母さんのように」

照「私の考えでは、母さんは若くして裏麻雀で名の知れた麻雀打ちだった」

照「能力も相当な物を持っていて、その能力の代償が身を襲うまでの間にお金を稼いだ」

照「その後麻雀からは手を引き、父さんと結婚。私や咲を産む」

照「東京に来たのは、昔の裏の麻雀の代打ちを再び頼まれたため…」


宮永母「……………今度は、とんだ推理ね。まるで証拠がないじゃない」

照「確かに一つも証拠はない。でも、そう考えると全てうまくいく」


宮永母「………仮に、私がその裏麻雀に今でもコネがあるとして」

宮永母「あなたが、その裏麻雀に身を投じたとする。するとどうなるかしら?」

宮永母「あなたはブランクがある上、既に能力の影響が身に深く現れてしまっている」

宮永母「我が子が破滅への道を歩むと分かっていて、教えると思う?」


照「………それは考えてなかった」


宮永母「………それはどうかと思うわよ…」



宮永母「そもそも、どうしてそんな発想に至ったわけ?」

宮永母「咲はその援助してくれる資本家のためにも、これまで以上に好成績を収めるでしょう」

宮永母「影響が身を襲うか、資本家に泣きついて援助を止めて貰うかの二択」

宮永母「そんな大変な時期である今こそ、あなたの支えが必要なんじゃないの?」

宮永母「裏の麻雀なんかで家を離れている余裕なんてないんじゃないの?」

照「だから」

宮永母「?」


照「私がその分、稼いで。壊れれば良い」


宮永母「…………」


私は真っ直ぐ母を見つめた。

嘘なんかじゃない。これが、私の本心。

私が、咲に対してしてあげられる唯一の行動。

私はもう、咲をただ見ているだけの姉には…なりたくない。


照「私たちの能力は大きく目に関わっている。その先にあるのは、恐らく…光がない暗闇。今の母さんの、その先の世界」


私は目だけじゃないけど。最早、そんな小さなことはどうでも良い。


照「そうなれば、私たちのどちらかが、壊れた方を介護しなければならない」

照「私も咲も、互いに互いを必要とし合っている。どちらか一人の暮らしなんて、もうありえない」

照「私が壊れれば、咲は壊れない。たった、それだけのこと」

宮永母「…………」

照「私は、咲に元気でいて欲しい。笑っていて欲しい。だから、だから…」



宮永母「…………」

照「…………」


長い沈黙。私は、母を見つめ続けていた。

母も、もう殆ど見えてないであろう目で私を見つめ続けていた。

切り出したのは、母だった。


宮永母「……つまり、私に選べと言うの?」

宮永母「あなたか、咲か。どちらか壊れる方を、私に…選べと…」

宮永母「私があなたに裏の麻雀への招待をしなければ、咲が壊れる」

宮永母「あなたに裏の麻雀への招待をすれば、あなたが壊れる」

宮永母「……いや、場合によっては、二人同時に壊れてしまうことだって…!!」

宮永母「そんな事……出来る、はずが…!」


照「だったら、私を選んで。お願い、母さん」

照「私は一度咲に救われた。今度は、私が咲を救う番だから」

宮永母「いやよ…。絶対にいや…!選べる…わけがない…!!」

照「…別に、それならそれで良い。多少不本意だけど、家中を探し回ってでも…」


私が席を外そうとした、その時だった。


界「その案内なら、ここにあるよ」


玄関から父が現れ、その手には一枚の封筒が握られていた。



照「……父さん」

宮永母「なっ…ダメよあなた!どうしてそんな…!」

界「ご明察の通り。彼女は裏の麻雀で名を馳せた麻雀打ちだった」

界「引退後もそれを惜しむ声は多く、ちょくちょく復帰していたわけだ」

界「で、今度こそ完全に失明する前に彼女は身を引いたわけだが…そうなるとそこに穴が開く」

界「今、裏の麻雀界はその縄張り争いで激化しているところなのさ」

界「照、君の言うとおり…今裏の麻雀界に身を投げれば、力次第で直ぐにお金は手に入る」

界「だが、それで良いのかい?咲は君が壊れるのを望んでいるのか?それでも…」

照「望んでなんかいない。私だって、本当は怖い。でも…」

照「あの子が壊れるのを、私は見たくない。だから……」

界「………その意思は、固いか…。………良いだろう、この招待状は、照に渡そう」

宮永母「ダメ!」

界「君にそれを止める権利があるのか?君だって、咲の夢を叶えようと…」

宮永母「………それ以上、言わないで…」


照「………ありがとう、父さん。……母さん…」


裏麻雀への案内役の連絡先を貰うと、私はそのまま家を出た。

二度と見れないかもしれないこの家を、目に焼き付けて。



宮永母「いつもいつも変なタイミングで現れて…。………絶対、絶対許さないわよ」

界「うん」

宮永母「…二度と家の敷居を跨がせてあげない」

界「うん」

宮永母「……離婚してやる」

界「…それは、ちょっと困るかな」

宮永母「………嘘よ、嘘」

界「……良かった」


宮永母「…………あの子達は、夢を諦めようとは…しないのね…」

界「照の今の夢が、咲の夢を叶えようとしたい、というものならば」

界「僕は、親としてあの子の夢を叶えてやりたい」

界「……だって、それは君も同じだろう?」


界「咲が活躍すれば資金を援助して、みなもちゃんの夢を叶えるという咲の夢がより一層近付く」

界「咲が活躍しなければ、資金援助を取り止める。咲は責任を感じて、引退を考えるかもしれない」

界「あの援助でどっちに傾いても良い人間は…一人しかいないからね」


界「……ね?あしながおばさん?」


宮永母「…………何のことだか」

界「そんな不器用な君を……僕は今でも愛している」

宮永母「…っ!浮ついた事言わないで、晩ご飯の用意してくれない!?」

界「はいはい」


界(照…。咲…。お前たちはもう十分大人になった。良く考えた上での決断だろう。だから僕は何も言わない)

界(だが、出来るなら…。また来年…。姉妹揃って元気な姿を…見せて欲しいなぁ…)



-1年後-


「ただいま、お姉ちゃん」

「おかえり。ご飯にする?お風呂にする?それとも…」

「ふふ。どれにしよっかなー?」


今日もまた、咲も私も、壊れることなく一日を終えることが出来た。


私のことにだけは人一倍鋭い咲の事だ。多分、私の身体に、異変が起きているのを気付いているだろう。

知っていて、何も問い詰めようとしない。だから、私も咲の身体については話さない。

だから、ただ帰宅したら。二人の無事が確認できたら。

私たちは、何も言わずただ抱き合う。


こんな愛は、時代遅れなのかもしれない。

でも、私たちはこんな愛の表現しか出来ない。

こんな黒か白か分からない愛があったって、別に良いでしょう?


明日もし、あなたか私が壊れても。

何も見えなくなっても。

ここから、逃げ出さない。

疲れた身体を、癒す―――――――――――



「ねえ、お姉ちゃん?」

「どうしたの?咲」

「大好き、ずっと、大好きだよ」

「私も…ずっと、ずっと………ずーっと…大好き…!」



―――――――――――あなたの、微笑みよ





カン!

という訳で何か書いてたら80kB越えした久々の咲照でした。照咲かもしれない。
能力には何か代償がなくっちゃね…。無能力者がどうしようもないよね…。
勿論タイトルはWANDSの「明日もし君が壊れても」から。はたしてこの先、二人は幻になるのか。それとも…。

そんなこんなで読んで頂いた方はありがとうございました。朝か夜にHTML申請します。

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