速水奏「雨に躍れば」 (51)




そして私は傘も差さずに、拍手の様な雨の中へ躍り出した。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1427535253


虚像の偶像こと速水奏のSSです


前作とか

岡崎泰葉「あなたの為の雛祭り」 ( 岡崎泰葉「あなたの為の雛祭り」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425633517/) )

速水奏「凶暴な純愛」 ( 速水奏「凶暴な純愛」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1411827544/) )
こちらの続編です。およそ二年ほど後の話になります


直接的な性描写を含みます

 ― = ― ≡ ― = ―

 「おっかえりー、奏」

 「……呆れた」

寮へ帰って来たのは21時を回った頃。
明りの一つも点いていない部屋の中は闇の中だった。
暗さに目が慣れると、ようやく窓際に座る周子の姿が見える。

 「奏も飲む?」

 「何これ」

 「天狗舞だって。楓さんのオススメらしかったんで買ってみました」

 「……はぁ」

緑の四号瓶だか五号瓶だかを手に振って、周子が赤みの差した顔で笑った。
荷物を床へ投げ出して向かいに腰を下ろす。

 「貴女ね、今日の日付は分かってる?」

 「もっちろん。新ユニットの記念すべき初ライブまでちょうど一週間だよ」

 「ライブ前はお酒禁止。……当の楓さんだって守ってるわよ」

 「うん、ライブ前は悲壮感に溢れた表情だよね。色っぽいけど」

言いながら、周子がぐい呑みにお酒を注ぐ。
口に運ばれた江戸切子のぐい呑みから、吟醸酒が京娘の喉を流れていった。

 「…………」

 「…………」

夜の暗がりの中で、向かい合って黙り込む。
夏の雨がBGMを奏でて、沈黙の重さを何処かへ追いやっていた。

遂に来たか


 「奏もさ」

 「え?」

 「飲んだ方が良いと思うよ、少しぐらい」

雨に沈んだ窓の外を眺めながら、周子がぽつりと呟いた。
茶化すでもないその表情に、私の胸の底が少しだけ濁り出す。

 「だからライブ前は」

 「怖いのは奏だけじゃないんよ」


濁りごと、胸を鷲掴みにされた。


ひゅっ、と。
声にならない声が、気付いた時には口から漏れていた。

 「あたしも、奏も、多分あの二人も。みんなみんな、楽しみにしてるのとおんなじくらい、怖がってる」

 「…………それは」

 「きっとプロデューサーも、ね」

いつの間にか注いでいた二杯目を呷って、周子が細く息を吐く。
しばらく眼を瞑ってから、私の眼をじっと覗き込んできた。

 「どれ、おねーちゃんに話してみ?」

 「……誰がお姉ちゃんよ」

 「これでも年上なんだけどねー」

溜息だか、苦笑だか。
自分にも分からない声を零して、私は話し始めた。

 ― = ― ≡ ― = ―

 「…………」

 「…………」

一通り話し終えると、周子は目を閉じて腕を組む。
そのまま雨の音に耳を傾けていると、からんと氷の溶ける音が響いた。


 「あれだ、プロデューサー襲っちゃえ」


彼女の担当さんと同じく、周子も起きたまま寝言を宣うのが得意らしい。

 「真面目に話してるんだけど」

 「真面目な話さ、これだけ奏が悩んでるのに気づけないなんてプロデューサー失格じゃない?」

 「……そう、かしら」

 「そうそう。鈍感怠慢男なんてチョチョイといてこましちゃえばいーのよ」

 「何か適当に頷いてない?」

 「気のせーだよ」

携帯電話を弄りながら、周子が何処までも暢気な口調で答える。
溜息を吐いて椅子から立ち上がった。

 「少なくともさ」

背中からの暢気な声と、携帯電話を閉じる音。

 「プロデューサーは今日も一人で残ってるって。ちひろさん曰く」

いいね


 「…………」

お風呂場の扉に手を掛けたまま固まって、結局その手を離した。
まだ少し湿っている靴に脚を突っ込んで、紐を結ぶ。

 「たまにはヒステリー起こしたっていいんだよ。一発お見舞いしてみー」

 「それ、体験談?」

 「ん……ま、ね」

 「そ」

玄関の床を爪先で叩いて確かめる。
こつりと固い感触が、私の身体の芯を揺らした。

 「奏。傘、忘れてるよ」

 「要らないわ。頭冷やしてくるから」

 「……そ」

扉を開けて、廊下の眩しさに眼を細める。

 「行ってくる」

 「頑張れ、後輩」


背後で扉が閉まって、聞こえるのは雨音だけになった。

 ― = ― ≡ ― = ―


 「――奏。お前、何やってんだ」


 「その台詞、そのままそっくりお返しするわ」


そろそろ時計の針もてっぺんを回ろうとする頃なのに。
事務所の鍵は未だに開いたままだった。
一角だけぽつりと点けられた蛍光灯の下で、Pさんが驚いたように私を見つめていて。

 「何やってるの、Pさん?」

ぽた、ぽたり。

一歩一歩Pさんへ歩み寄る度に、ずぶ濡れの私の身体から水滴が落ちる。
事務所の床に、冷たい足跡が付いていく。

 「着替えろ」

 「ええ。それで、何をやってるの?」

 「いいからすぐにだ。ライブ前に風邪なんて引かせて堪るか」

Pさんが椅子から勢い良く立ち上がる。
事務所の奥からタオルとジャージを持って来ると、私の顔めがけて投げ付けた。

 「それからだ」

 「……分かったわ」

真夏とは言っても、夜の雨を浴びた身体は意外に冷えていた。
ゆっくりとシャワーを浴びている内に、節々が解れていくのを感じる。

 「…………」

あいにく、替えの下着の用意は無くて。

 「気を利かせた、のかしらね?」

肌に触れるポリエステルの感触が、いつにも増してざらついて感じた。

 ― = ― ≡ ― = ―

 「熱心ね」

Pさんの元へ戻ると、相も変わらずキーボードを叩いていた。
私の言葉に、忙しそうに動いていたその指が止まる。

 「そう見えるか」

 「私や周子やちひろさん以外にはそう見えるかも」

 「…………」

 「怖いの?」

 「怖いさ」

Pさんが目を覆って、椅子に深く背を預ける。
草臥れた金属の軋む音は、彼の悲鳴のようにも聞こえた。

 「多分、奏と同じくらいにはな」

 「そうなの?」

 「リーダーの責任ってのは、重いよ」

Pさんがパソコンをスリープさせて、マグカップを口に運ぶ。
彼が淹れるのはいつも熱いコーヒーで、私が入れるのはいつも温かいミルク。

 「奏を新ユニットのリーダーに選んだのは、シューコの担当Pだ」

 「知ってる」

 「だから俺は、今回のライブの総責任者にさせてもらった」

マグカップの中身をぐっと飲み干して、テーブルに戻す。
思いの外大きな音が二人きりの事務所に響いた。


 「やるべき事はやれてる、と思う」

 「…………」

 「でもな、少し目を閉じるとやり忘れた事があるんじゃないかって」

消え入るような声でPさんが呟いて、そっと目を瞑る。
私も目を閉じて、そうすると事務所は雨音が響くだけになった。
いつの間にか震えていた腕を抑え込んで、口を開く。
寒さの、せいだ。

 「Pさん」

私の声に、Pさんがゆっくりと顔を向ける。
そして、ふと気が付いたように眉を上げた。

 「奏……お前、眼鏡、してたか?」

 「ええ。普段はコンタクトだけど」

半分の嘘と、半分の本当。
いつかの夜を思い出す。

 「こうやって眼鏡を外すとね」

普段コンタクトなのは本当。
けれど、掛けていたこれは伊達眼鏡。
見慣れたPさんの顔に、少しづつ近付いて行く。

 「これぐらい近くじゃないと、よく見えないのよ」

Pさんの首に手を回す。
微かにコーヒーの匂いがした。


 「どうして普段コンタクトなのか、分かる? Pさん」

 「多分な」

 「じゃあ、当ててみて」



口付けを交わす。



私達の距離が、レンズ一枚分だけ縮まった。
半分はセカンドキスで、もう半分はファーストキス。


 「――Pさん」


零した吐息は、自分でも驚くぐらいに熱かった。


 「寒いの」



嘘吐きな女は、嫌いかしら?



 「暖めて」

 ― = ― ≡ ― = ―

 「……はぁ。初めてがジャージなんてね」

 「……初めて?」

 「ちょっと、そこも疑うの?」

そんな間の抜けた会話を交わしていると、出し抜けに明るい音楽が鳴り出す。
振り向いてみれば、壁掛け時計が深夜の0時を指し示していた。

 「あの時計、夜にも鳴るのね」

 「原典に乗っ取れば昼になる方がオマケだよ」

本当ならば、魔法が解ける時間だ。
プロデューサーならば、魔法をかけ直す時間だ。


俺は、事務所の扉に鍵を掛ける。


冷たい雨音の中に、かちりと冷たい音が重なった。

 「俺はまだ、プロデューサーかな」

 「まだ魔法使いには見えないわね」

 「帽子でも被ればいいか」

 「今度の週末にでも見繕ってあげるわ」

仮眠室に備え付けのベッドライトを点ける。
淡いオレンジの光に、奏の白い肌が浮かび上がった。

やったぜ

ハードボイルドだなGJ


 「奏」

 「何?」

 「まだ引き返せるぞ」

涙が出るくらいに、情けない言葉だった。
だが、これが俺に残された最後の矜恃だ。


――シンデレラの為の、魔法使いたれ。


その矜恃が、お題目となってしまった今では。

 「そうなの。じゃあ」

奏が再び腕を回し、今度は俺にキスを見舞った。

 「これで引き返せなくなったわね?」

身体の芯と頭の芯が、かっと熱くなる。
衝動に任せるまま、奏の唇を奪った。

 「んっ……」

夏にしては少し肌寒いくらいの深夜で、ただ奏と触れている部分だけが熱かった。
どうせなら火傷してしまいたいぐらいだった。

 「P、さん」


腕の中で、三十六度の炎が燃えていた。

>36度の炎

なんか詩的で芸術的(恍惚

>>17
右に同じ
グッとくるフレーズだよね
36度の炎

>>17>>18
(実はかなり長いこと暖めていた言葉なので褒められて嬉しい)


頭の後ろへ手を回して、くしゃりと髪を撫でる。
雨とシャワーに打たれたそれは、僅かに冷たく感じた。

 「…………」

色気の無いジャージは奏を閉じ込める檻なのかもしれないと、馬鹿げた考えが浮かぶ。
フロントジッパーに掛けた右手が震える。
興奮と不安と緊張と信頼とがコーヒーとミルクみたいに混ざり合って、頭がどうにかなりそうだった。

 「……奏」

 「勝負下着なんてのも、ちゃんと用意してたんだけどね」

 「綺麗だ」

 「ありがと」

奏の身体は、雪のようと言うよりも幾らか健康的で、けれど確かに白かった。
同年代と比べても豊かな膨らみの先は、桜の花のように色付いている。
淡い光に照らされた肌は、俺には少し眩し過ぎた。

 「Pさん」

文字通り、奏の顔が目の前にあった。
妖しい輝きを湛えた眼差しに魅入られて、無意識の内に喉を鳴らす。



 「見てるだけで、いいの?」



奏の身体を、かき抱いた。


いつの間にか押し付けていた唇から伝わる感触と。
胸板から確かに感じる女性的な感触と。
どちらが柔らかく、どちらが温かいだろうか。

それを判断出来るような理性は、俺にはもう残されてはいなかったけれど。

 「触るぞ」

 「もう触っ、てるじゃない、の」

摩擦を何処かに置き忘れてきたのかと思う程だった。
奏の背を撫でる手からは、何の抵抗も引っかかりも伝わって来ない。
手放す事の敵わない宝物のように、撫でる手を止められなかった。

 「……っ、あ」

 「悪い、強かったか」

 「大丈夫、だから」

膨らみを撫でると、奏の口から声が漏れた。
正直もう、どうやったって止められない事は自分だって分かりきっていた。
奏の言葉に身と思考とを委ねて、再び奏を愛し始める。

 「んっ……ふ…………っあ」

円を描くようにして奏の胸を揉む。
伝わって来る表現しようのない柔らかさは、夢でも見ているみたいだった。
普段見るビデオのような大げさな反応ではない。
けれど奏の素顔をようやく見れたような気がして、胸の奥が熱くなる。

 「あっ……! ん、っ……」

耳元で響く奏のソプラノが、俺の理性を灼き尽くしていく。


 「奏」

愛撫の手を止めて、残されていたジャージの下へ手を掛ける。

 「いいか?」

俺達の間に、しばらく雨音だけが流れて。
奏は言葉では無く、どこか熱っぽい眼差しで応えた。

 「Pさんも」

 「え?」

 「脱がしてあげましょうか?」

言いながら、スーツを器用に腕から抜かれる。
ネクタイ、ベルト、シャツ。
どこか楽しそうですらある表情で、奏は俺の服を次々に剥いていった。

 「…………」

 「…………」

そしてお互いに、もう脱がす物は無くなった。
産まれたままの姿になって、お互いの全てを曝けだしている。

 「あの、さ」

 「ん?」

 「……ありがとう、奏」

 「……ふふっ。どうしたの、急に」

 「何だか、言いたくなったんだ」

 「そ」

向かい合ったまま、奏が俺の肩に頭を預けた。
意味の分からない、だけどそれでも構わない会話だった。

 「ありがとう、Pさん」


そこは少し湿り気を帯びていて。
先程までの行為は無駄ではなかったんだな、と何処か安堵の息を吐く自分が居た。

 「……っ!」

 「……すまん。俺も余り、慣れてる訳じゃないんだ」

 「Pさんの、したい、ように、して」

顔を隠すように奏が俺に抱き着いて、途切れ途切れの答えを返す。
言われるままに見様見真似で、極力優しくそこを弄ぶ。

 「はぁ、あっ……! は……んぅ」

誰にも触れられた事の無い秘裂は、これまでに増して熱い。
ぬるりと熱い道の中に、慎重に指を潜らせて行く。

 「あ……ん、っ……」

 「…………っ」

徐々に、だが確実に荒くなる奏の息遣いに、俺自身の鼓動も呼応していた。
眼前で嬌声を上げる彼女を、無茶苦茶に愛したくて堪らなかった。

 「…………っあ、んっ!」

ぴくりと身体を跳ねさせて、奏の呼吸が段々と落ち着いてきた。
上下していた肩が静かになり、奏が小さく口を開く。



 「Pさん」



俺は、奏を押し倒した。

きた!!


 「怖いか?」

 「怖いわ」

 「俺もだ」

枕元に放ってあったゴムの封を破こうとして、手首を掴まれる。
その手の主は、もちろん唯一人しか居なかった。

 「無粋」

 「知ってる」

 「私は、今日は、大丈夫」

 「信じろって言うのか」

 「怖いの?」

真っ直ぐに俺を見上げる奏の目の奥には、今まで見た事の無い光が宿っていた。
今夜何度目になるのか分からない沈黙が訪れる。
放っておくと、頭の中にまで雨が降り出しそうだった。


 「怖いさ」


あるべき物を、あるべき場所へ放り投げた。
掌の中のちっぽけなゴムと、理性の中にあった途方も無く大きな何かと。


 「格好良いわよ」


格好良くて、堪るか。


先を奏の秘裂に宛てがう。
黙って差し出された手を握って、ゆっくりと腰を押し進めて行く。
途中で僅かな抵抗を感じて、それからすぐに全てが収まった。

 「奏」

 「すこし、まって」

 「ああ」

抱き着かれるままの体勢で、奏の荒い息遣いだけが聴こえる。
遣り場の無い手を再び奏の髪に潜り込ませると、先程の温度が嘘のように熱い。

 「ごめんな」

 「謝らないで」

 「ごめん」

 「……もう。最後まで格好付けなくちゃ駄目よ」

目尻に浮かんだ雫を拭う。
温かいのか冷たいのかすら、もうまともに感じ取れている自信が無かった。

 「やさしく愛して」

 「また洋楽の話か?」

 「いいえ。貴方の話、よ」

love me tender?


残念ながら、その注文に応える事は出来そうになかった。

 「無理だ」

 「そう」

 「やさしくなんて出来そうにない」

 「そう」

 「許すな。怒れよ」

 「Pさんだから」


言葉に甘さを感じたのは、生まれて初めてだった。


 「信じてる」


魔法使いもプロデューサーも、今の俺には御伽話だった。
ただ一人の男として奏を愛してやりたかった。

 「あ、んっ! はぁっ、あ…………!」


肩に。
首に。
胸に。
頬に。
唇に。


腰を何度も押し付けては引いて、熱に浮かされるままに口付けを見舞う。
親愛だとか、敬愛だとか、或いは狂気だとか誰かが言っていた。

俺に言わせれば、色恋なんてのは例外無く狂気の沙汰だった。

 「……ん、やっ、はぁっ…………」

色素の薄い肌に朱が差してきて、気の早い紅葉みたいだった。
いつだったかシューコから聞いた話を思い出す。

 「は、ぁ…………Pさん」

 「なん、だ?」



 「――私、ちゃんと、気持ち良い?」



 「……っ! そういう事を、聞くなっ」

 「ふふっ……っあ、あっ!」


溶けてしまいそうだ、なんて表現がある。
俺はもう溶けてしまっているのかもしれない。
身体どころか頭の芯にまで響くような甘さが、俺の思考能力を奪っていく。

 「奏っ、奏……!」

 「ぅあ、ん……んんっ! P、さんっ」

限界が近かった。
神経が焼き切れそうな快感に、とめどなく興奮が昂っていく。

 「ねぇ、Pさん、っ」

 「奏っ!」

 「言い忘れてたわ」

奏の両腕に抱き寄せられる。
額がこつりとぶつかって、けれど唇を交わすでもない。


 「Pさん」


吐息の熱さを肌で感じた。
レンズ一枚分よりもっと近くにある奏の瞳が、俺を捉えて離さない。


今も、きっとこれからも。




 「大好き。愛してる」



 「――っく、う…………っ!」



 「…………ぁ、っ」



俺はこの先、彼女に勝つ事は無いだろうと思った。

 ― = ― ≡ ― = ―

 「久々に素敵な夜だったわ」

 「久々?」

 「ウェディングの時の……いえ」

ファーストキスの夜以来、かな。

けれどまぁ、この人は鈍感怠慢男だから。
自分で気付くまで、放っておいてあげましょう。

 「そういう事にしておきましょうか」

 「何だそりゃ」

 「Pさん。今日は早く寝て頂戴ね、お願いだから」

 「分かってるよ」

 「……今夜は、とっても良い夢が見られそうね?」

 「…………やかましい」

 「ふふっ」

ブラウスのボタンを留め終えて立ち上がる。
身体に少しだけ違和感は残っているけど、歩いて帰る分には問題無さそうだった。

 「それじゃ、また明日……じゃなくて、また今日ね」

 「おい、傘……というか、シャワー浴びて行かないのか」

 「大丈夫」

雨はまだ、止んでいない。

 「練習がてらに、ちょうど良いわ」

 「……風邪だけは、引くなよ」

 「お休みなさい、Pさん。良い夢を」

 ― = ― ≡ ― = ―

冷たい雨粒が身体を叩く。
余す事無く全身を濡らしていく。

その中で私は、踊り出したくなるくらいご機嫌だった。



 「――――♪」



シンデレラだってベッドで眠っている,、こんな時間に。



ただ雨だけが、私の伴奏を引き受けてくれていた。

 ― = ― ≡ ― = ―


ひら、ひら、ひらり。


 『――おや? これは……』


肇が歩みを止めて、ステージの天井を見上げる。
一枚の小さな紙片が、差し出した掌の上に舞い降りた。

 「なぁ、プロデューサーさん」

 「ん?」

 「可愛いリーダーの門出に、何か一言ぐらい言ってやったらどうだ?」

舞台袖の暗がりの中で、奈緒がPさんに声を掛ける。
ひとまず出番が終わった安堵の笑いとはまた別の、軽いニヤつきを浮かべていた。
奈緒の後ろでその様子を見守る凛と加蓮は、これまた別の種類の薄笑いを湛えている。



はらはら、はらり。


 『――ドシュトゥ……雨、ですね』


差し出した手で幾つもの紙片を受け止めて、アーニャが微笑む。
たったそれだけでこれ以上無い程の画になるんだから、彼女は本当にズルい。

 「今さら一言か」

 「何でもどうぞ?」

私も微笑みを浮かべて、Pさんの言葉を待つ。
幾ら鈍感なこの人でも、奈緒が、そして後ろの二人が、それぞれどんな言葉を期待してるかは分かっている。

 「奏」

そっぽを向いて頬を掻いて。
それから私に向き直る。
暗闇の中で、その瞳は確かに私を捉えていた。


 「綺麗だ」


 「そ。ありがと」


 「……な、なっ!」

当の奈緒は、口をぱくぱくとさせて。
その後ろでは二人が口に手を当てて笑いを堪えている。



 『それでは、濡れるといけませんから』


 『ダー。風邪を引いてしまいます』


ぱんっ。


全くの同時に、提げていた傘を二人が開く。
舞い降りる、白と青と銀の紙片が。


紙時雨が、徐々に勢いを増していく。


 「いっ、いきなりこんなトコで何を言って」

 「……これで合格点は貰えたか?」

 「ま、及第点って所かなー?」

 「二人の事、応援してるから」

 「本当にこの事務所は……全く」

凛と加蓮が上げる親指に、手を振って返す。
私が二人よりもかなりの高得点を付けていた事は、しばらく黙っておきましょう。



 『――やー、参ったね。本降りになってきちゃったよ』


くるりと傘を回しながら、周子が大げさに手を挙げる。
勢いを増した紙時雨の一部は、空調に乗って客席にまで届いていた。

 「奏」

Pさんが私に傘を差し出す。

ポラリス・オ・ギヤマン。

ユニットのロゴが刻まれた、四人お揃いの青い雨傘。

 「差さない傘を渡すなんて、おかしな話ね」

 「差すべき傘を渡せなかったんだ。ちょうど良い」

 「それもそっか」

Pさんから傘を受け取る。
取っ手に残された僅かな暖かさが、掌から確かに伝わって来た。

 「Pさん」

 「何だ」

 「怖い?」

 「いいや、もう怖くない」

Pさんが、私の両肩に手を置いた。
たぶん緊張ではない、期待と興奮の熱だった。

 「……改めて、俺から聞く必要は無いよな?」

 「ふふっ」



 『土砂降りになってきましたね』


 『カスチュム……衣装がびしょ濡れになっちゃいます』


 『弱ったなー。どうしよっか、リーダー?』


三人からの視線が、舞台袖に向けられる。
インカムの位置を確かめて、私は舞台に向き直った。
ステージ上のライトに照らされて、舞い降りる紙時雨が煌めいていた。


 「そうね、そんなに雨が降ってるなら――」


Pさんが、隣に居るなら。


私を、ちゃんと見ていてくれるなら。



もう、怖くない。



 「――いっそ、踊っちゃいましょうか」




そして私は傘も差さずに。



雨のような拍手の中へ、躍り出す。


おしまい。
奏は魔性の名女優可愛い


実用性に欠けるかもしれないけど、ようやくR-18が書けて良かった
これは『ガラスの靴のシンデレラ』シリーズとは別の話である事を一応付け足しときます

元ネタはもちろん、名曲及び名画『Singin' in the Rain』
奏はこれ以上無いくらいに映画ネタのハマる格好良さに憧れちゃうね


ちなみに微課金ですが4月からお仕事が始まってしまいます
誰か助けてくれ 本当に


Singing In The Rain (Gene Kelly)
http://www.youtube.com/watch?v=D1ZYhVpdXbQ


参考までにどうぞ
個人的にはメイン俳優二人の身体能力が明らかに人間離れしてる点にも注目してほしい
この話とは違って底抜けに明るい名調子なので是非観てくれ

ありがとう、ずっと待ってた

ココロがおれる場所

おつ
よかったよ

おつでした

課金できる額が増えるじゃん、やったね(目反らし)

乙です

雨に唄えば、いいよね
アレとプロデューサーズとは見て損のないミュージカル映画だと思う

http://www.disney.co.jp/movie/cinderella.html
実写シンデレラも4/25に公開なので楽しみ

>>46
その映画は知らなかった
タイトルからして興味深いので今度観てみますわ

俺も明日から副業がはじまるよ

お給金でじゃぶじゃぶ課金していこうな


シリーズとは繋がってなかったのか
逆にどれが繋がってるのか知りたいな(チラッチラッ

>>49

速水奏「どこ見てるの、Pさん?」
速水奏「どこ見てるの、Pさん?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1424603131/)
これとか、スレタイに沿ってイチャつく一連の話はシリーズ本編と大体繋がってないよ
その場合スレタイには読点入れるようにしてます

藤原肇「大事なのは、焦らない事です」
藤原肇「大事なのは、焦らない事です」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1422349310/)
これだけ『彦星に願いを』から直接繋がってます
夏と秋の話を書けたので冬と春の話も書きたい
肇ちゃん大好きです第4回総選挙応援よろしくお願いします

乙乙

モダンバレーのケリーもいいけど、オコナーが何気に何でも出来てこれまたすごいよね

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom