女教師「随分と汚い、『親切』ですね」 (102)


 茹だるような熱さの中で行われた告別式は、
参列者の死者を偲ぶ気持ちを薄れさせた。
それでも、俺は告別式に来た目的を忘れることなく、
死者の冥福を祈った。

今、俺が参列している告別式で悼まれているのは、
俺が勤めている中学校の生徒だった。

四日前、突然校舎の屋上から飛び降りたのだ。

公立の、特に不良が多いわけでも、進学校でもない、
普通の中学であるうちの学校では、創立以来の大事件となった。
遺書は見つかっておらず、自殺の理由もわからない。
気の弱い生徒ではあったし、成績もあまり良くなかったため、
将来を悲観しての自殺ではないかと、職員会議で推測された。


結局、生徒が自殺した木曜日とその翌日である金曜日は休校となり、
俺たち教員は、保護者や警察への対応に追われた。
警察も他殺の線は薄いと結論を出し、遺体が解剖にまわされることもなく、
日曜日である今日、告別式が行われた。
校長と教頭、それに担任の教師、そして俺が教員を代表して告別式に参列することになった。

告別式が終わり、火葬場に出棺されるまでの間に遺族への挨拶を済ませ、
俺たち教師は学校に戻ることになった。
まだ、教育委員会への報告や、保護者からの電話などの対応、
そういった仕事が山ほど残っている。
そういうわけで、休日を返上して学校で仕事をしなければならない。


すっかり日も沈み、夜の八時になった。
告別式に参列していたおかげで、俺の仕事は後ろ倒しになり、
この時間になっても俺は学校に残っている。
職員室にはもう俺以外に誰もいない。校長や教頭も帰ってしまった。
仕事がひと段落ついたところで、俺は自殺した生徒のことを考える。
担任でもない俺が参列したのは、俺が彼によく助言をしていたからだ。
だからこそ、彼の死には衝撃を受けた。

だが俺の心の中にある感情は、悲しみよりも――


「××先生」


誰もいないと思っていたので、その声に驚きながら振り返る。
そこに立っていたのは、俺の先輩にあたり、英語を教えている女教師だった。
俺はもう三十半ばになるが、定年になっても非常勤講師として、
教職を続ける人がいることを考えると、
俺はまだ若手とも言える。
俺の十歳上にあたるこの人は、さしずめ中堅と言ったところか。


「ああ、□□先生。お疲れ様です。まだいらしたのですね」
「ええ、ちょっとやることがあって。あなたもまだ仕事?」
「いえ、私はもう少ししたら帰ります」
「そう、間に合ってよかったわ」
「え?」

不思議なことを言う□□先生に疑問を覚えつつも、
俺は、彼女がこの時間まで残っていることに対して、
さして意外には思わなかった。
四十半ばであるが、同年代の主婦などとは違い、
くたびれた様子は微塵も無い。
保護者の対応をしていたからか、グレーのスーツをしっかりと着こなし、
ブラウスにも皺は無かった。
常に気品を纏い、生徒の相談にも真剣に応じる。
俺はこの人を尊敬しているのだ。


「ところで××先生、○○くんとは近い間柄のようでしたね」
「はい……今回のことは非常に残念です」

彼女の言うとおり、自殺した○○とはよく話をしていた。
彼の将来を案じ、色々と助言をしていたのだ。
時には、彼の家に訪問したこともある。

「彼も成績のことや、片親であることに悩みを抱えていたのでしょうか……」

わからない、なぜ○○が自殺したのかわからない。
だからこそ、俺は――

「残念、ですか。本当にそれだけですか?」

突然、□□先生が核心を突いてきた。
見抜かれていた。俺の感情を見抜かれていた。
俺が彼に抱いている感情を見抜かれていた。


「わかりますか。そうです、私は……」

この人に隠す必要もないと思った俺は、本心を打ち明けることにした。


「○○に対して、怒りを抱いています」


怒り。そう、怒りだ。
俺は、周りの人の期待を裏切り自殺をした○○に怒りを覚えている。
親切心で助言をしていた俺、男手一つで必死に育ててきた父親。
彼を生んでくれた、彼自身も顔をしらない母親。
それらを自殺という形で裏切った、彼に対し怒りを覚えている。

「どうしてだ○○! 俺はお前の将来を心から案じていたんだぞ!」

○○の成績は、お世辞にも良いとは言えなかった。
だからこそ俺は、彼に助言や忠告をしていたのである。
複雑な感情が俺の中で渦巻いていたが、□□先生の言葉がそれを打ち消した。


「怒りですか。私はあなたに対して呆れていますけどね」


は? 
呆れている? 俺に?
突然の先輩教師からの罵倒に混乱する。
この人はいったい、何を言っているんだ?

「……あの、仰っていることの意味がよく分からないのですが」
「そのままですよ。私はあなたに呆れています。
 まあ、それだけではないですが」

俺の聞き間違いではないらしい。
何だ? 俺のどこに呆れる要素があったんだ?

「お聞きしますが、あなたは彼にどういった助言をしたのですか?」

助言。そう、俺は○○に助言をしていた。
俺はある日のことを思い出しながら、内容を□□先生に伝える。



それは、中間テスト直後のことだった。
俺は○○を生徒指導室に呼び出したのだ。

『○○、お前の中間テストの成績を見たぞ。
 なんだ、あの点数は? 生きてて恥ずかしくないのか?』

正直言って、ひどい成績だった。
さらに彼は、運動が得意というわけでもない。他に秀でた能力もない。
このままでは彼はダメになる。そう思って、喝を入れることにしたのだ。

『ご、ごめんなさい。でも、勉強はちゃんと……』
『嘘をつくんじゃない!』
『ひいっ!』
『勉強をしていて、こんなひどい成績なわけないだろう!
 お前は落ちこぼれの上に、嘘つきなのか!?
 それになんだこの字は!? とても中学二年生とは思えない!
 育ちが知れるな!』
『あ、あの、その……』

俺はわざと厳しい言葉をぶつけ、彼に危機感をもたせようとした。
さらに家庭環境に言及することで、反骨精神を養わせるという意図もあった。


『このまま行けば、お前は不良が集まるような高校にしか行けないな。
 そんな学校では、お前みたいなやつは格好の標的だ。
 いじめを受けて、金を根こそぎ奪われたり、犯罪の片棒を担がされるだろうな』
『え、あ……』
『いや、そもそも高校に行けないか。中卒で、どこも雇ってくれず、
 親に追い出されて道端で野垂れ死ぬだろうな』
『そ、そんな……そこまで言わなくても……』
『文句があるのか!?』
『ひいっ!』
『いいか、先生の言葉が悔しいか!? 口答えをしたいのか!?
 だったら、死ぬ気で努力しろ! がむしゃらに努力しろ!』
『ど、努力って、どうすれば……?』

呆れた奴だ。ここまで言っても、まだ甘えが抜けきっていない。
他人に頼ろうとしている。
もっときつい言葉を浴びせて、ハングリー精神をつけさせなければ。
俺は机を思い切り叩いた。


『あひいっ!』
『だからお前はダメなんだ! そんなものは自分で考えないと意味がないだろう!
 お前は勉強、運動、性格、家庭、全てにおいて、下の下なんだ!
 社会の底辺なんだ! そこから脱したいなら、必死に努力して、
 次のテストで学年トップになれ!』
『そ、そんな、無茶です……』
『無茶だぁ!? やる前から諦めるんじゃない!』

まったくもってダメな奴だ。
だから俺がこいつを救ってやるんだ。
そのうち、こいつは俺に感謝するだろう。
俺の言うとおりにして良かったと心から思うだろう。
当然だ。全てはこいつのためを思ってのことなのだから。



その辺りを□□先生に説明すると、彼女は深呼吸をした後に、
何かを決意したような表情になった。

「……そうですか。わかりました」
「ええと、私と○○の関係についてですか?
 そうです、私は必死に彼に忠告をしていたのに……」
「実は、××先生に見せたいものがあります」

見せたいもの? 何だ?


「○○くんの、遺書です」


「え!?」

遺書!? 遺書だって!?
バカな! そんなものは発見されなかった!
なのになぜ、□□先生が持っている!?
まさか――

「まさか、隠していたのですか!? 先生は遺書を発見して、
 その存在を隠していたのですか!?」
「ええ、そうです」
「なぜそんなことを!? なぜ、遺族や我々に遺書の存在を教えなかったのです!?」


いや、遺書を隠す理由は一つしかない。
□□先生は――

「あなたは、○○の死に関わっているのですか!?
 いや、○○が自殺した理由はまさかあなたなのですか!?」

なんということだ。尊敬する先輩が、生徒を自殺に追い込んでいたとは……


「……呆れた。いやここまでくると、逆に尊敬するわ」


尚も俺に呆れているらしい。
いや、そんなことはどうでもいい。遺書の内容はなんだ?

「とにかく、その遺書をすぐに渡してください!」
「それは出来ませんね。そもそも、あなたの手に渡らないように、隠していたのですから」
「なっ!?」

俺に渡らないように隠した!? 俺に○○の死の真実を知られないようにしたのか!?


「……あなたは教師失格です。生徒の死の理由を保身のために隠そうとするなんて、
 許されることではありません!」
「保身のため? 何を言っているのですか?
 私はあなたに遺書を処分されないように、隠したのですよ」
「は?」

俺が遺書を処分する? 何を言っているんだ?


「とりあえず、内容を言いましょうか」
「え、言ってくれるのですか?」
「と言っても、彼の中でも考えが纏まっていなかったのか、
 よくわからない文章になっていますが、
 要約するとこういった内容です」


『××先生の罵倒から逃れるには、死ぬしかない』


「……え?」
「というわけです。私が遺書をあなたに渡さなかった理由が、わかりましたか?」
「で、でたらめだ! ○○が、私のせいで自殺したなどと……」
「でしたら、読んでみたらどうです?」


そう言うと、彼女はあっさり遺書を俺に渡した。
俺は渡された遺書に目を通す。
そこには、彼の汚い字で文法もなにもあったものではない文章が書かれていたが――

□□先生の、要約通りの内容だった。

「バカな! ××が、こんなものを残すわけが無い!
 先生、あなたは遺書を偽造したのですね!? こんなもの!」

俺は、偽の遺書を一心不乱に破った。

「ああ、やっぱり処分しましたね。まあ、それはコピーですけど」
「コ、コピー?」
「本物は、既に警察署に郵送しました。筆跡鑑定をすれば、
 ○○くんが書いたものだとわかるでしょう。特徴のある字ですし」

そんな……そんな、そんな。


「それにしても、あなたは無責任ですね」
「な、何を!?」
「自殺した彼に、怒りを抱いている。言い換えると、彼の自殺に自分は全く関わっていないと考えている。
 彼に対して言った言葉が、自殺には何の関係も無いと思っている。
 生前の彼と頻繁に話していたというのに、自殺にだけは自分は関係ないと思っている」
「なぜ、私が彼の自殺に関係するのですか!? 私は親切心で、彼のためを思って、
 忠告したのです! 彼もいずれ、私の本心に気づいて感謝してくれるだろうと思っていました!
 それなのに、○○はそれから逃げ出した! この先もっと厳しい現実が待っているのだから、
 これくらい、乗り越えられなくてどうするのです!? 
 自殺したのは、あいつの心の弱さです!」
「そうですか。つまりこう言いたいのですか?」


「自分は親切心で言っているのだから、相手は無条件に、何の文句も言わず、自分の言うことを聞くべきだ、と」


「そ、それは……」
「そして、あなたは自分の『説教』に、何の『責任』も持たず、
 相手が成功すれば自分の手柄で、相手が失敗すれば相手に原因があると考えている。
 こうして言葉にしてみると、あなたの行動は……」


「随分と汚い、『親切』ですね」


汚い『親切』……? 違う!

「私のやり方は間違っていない! 今回は彼の心が弱すぎたのです! 次こそは……」
「『次』? 亡くなった○○くんには、もう『次』などないのですよ?」

だから何だ!? 俺は間違ってなどいない! 
次こそは、落ちこぼれの生徒を救ってみせる!


「まあ、あなたにも『次』なんて、ありませんけど」
「え?」

俺が聞き返す前に――


□□先生が、俺に体当たりをしてきた。


「がっ!?」


その手には――
鈍く光る、包丁。
包丁が俺の体に刺さっていた。

「ご、は……なに……を……」
「喋らないでもらえますか? もう、あなたとは話したくありませんので」

そして、彼女がもう一本の包丁を振り上げた直後、
俺の意識は、途切れた。


「ねえねえ、□□先生が××を刺した理由知ってる?」
「知ってる、知ってる。自殺した生徒って、□□先生の息子だったんでしょ?」
「やっぱりそうなんだ。□□先生ってバツ1って噂あったし、○○くんとも顔が似てたもんね」
「自分の子供が実質殺されたんじゃ、仇を討ちたくもなるよね」
「まあでも××って、今回のことが無くても、いつか刺されてたんじゃない?」
「言えてる、だってあいつ……」


「自分の考えが正しいかどうかしか、興味がないのミエミエだったし」



終わり!
このシリーズも、三作目。

乙!

○○くんは□□先生が母親だって知ってたのかな

>>49
>>15に書いてある通り、
○○は□□先生が母親とは知らない。

初見だから過去作教えてくれイッチ

ふむ、俺も少し思想が極端か……

新堂冬樹好きそう

>>70
調べてみたけど、
展開がきつそうな作品が多いな。

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