少女「『責任』……とってくださいね」 (62)
十二月。すっかり寒さが体を苛める季節になった頃の夜。
俺は勤務先の工場から、アパートの三階にある自宅に帰ってきていた。
「くそっ!」
正直言って、今の俺は機嫌が悪い。
今日は仕事でミスをして、同僚から白い目で見られてしまったのだ。
あの工場に、俺の居場所は無い。
いや違う、俺はあんなところにいるべき人間じゃない。
俺は善行を積み重ねる、あいつらでは及びもつかない偉人なのだ。
そう思いながら、数世代前となったモデルのノートパソコンを立ち上げる。
起動画面が終わり、デスクトップが表示されると真っ先にインターネットに繋ぎ、
お気に入りにある匿名掲示板の名前をクリックする。
今日も幾多のスレッドが立てられている。
俺はその中でも、目的のスレッドを絞り込むためにスレッド検索欄に、文字を入れる。
「フリーター」、「ニート」などの文字を入れる。
すると絞り込まれたのにも関わらず、尚も数多くのスレッドが表示された。
いかにこれらのワードが、皆の興味をひきつけているのかがわかる。
だが、俺の目的はさらに特定のスレッドだ。
上から順に、目的のスレッドが無いか探してみると――
あった。
「25才のニートだけど、まだ大丈夫だよな?」
これこそまさに、俺が探していたスレッドだ。
1レス目を見てみる。
「まだ、人生逆転出来るよな?」
と、書かれていた。
こいつだ、まさに理想のスレ主だ。
俺は心が躍るのを自覚しながら、ログを追っていった。
「27までなら平気」「資格とれば?」「いますぐ動け」
などといったレスが並んでいる。
バカが。
フリーターやニートを安心させてどうする。希望をもたせてどうする。
こいつらは社会のゴミだ。お荷物だ。
こいつらに引導を渡すのが、社会貢献だ。
だから――
「もう何をしても無駄だよ。そのまま生きていても仕方が無いから、
さっさと自殺しろよ。クズニート」
と、書き込んでやった。すると――
「正論キタ!」「同意」「早く死ねよ」
というレスがついた。
ああ――気分爽快だ。
このレスを見て不安に駆られたニートを想像すると、溜飲が下がる。
同時に、俺は社会のお荷物を排除する善人だという誇りを感じる。
フリーターやニートは社会の癌だ。社会のために、全員今すぐ自殺するべきだ。
我ながら、なんて正しい価値観だ。
そう思っていると――
ピンポーン
玄関の呼び鈴が鳴った。
誰だ、こんな至福の時間を邪魔する奴は?
そもそも、俺を訪ねてくる奴は殆どいない。
新聞の勧誘か何かと思い、ドアののぞき穴を見てみると――
高校生くらいの女がいた。
何だ? こんな知り合いはいない。
そもそもこんな時間に、あんな年齢の女と関わるのは絶対ヤバイ。
そう思って、無視しようとした。
だが……
カギを回す音が聞こえ、玄関のドアがゆっくりと開く。
何だと!? 何であの女、俺の家のカギを持っている!?
ストーカーか!? やっぱりヤバイ奴なのか!?
緊張した心で、招かれざる訪問者を見つめる。
やはり、そこには高校生くらいの女が立っていた。
「お、お前、なんでカギを持っている!? どういうことだ!?」
すっかり動揺してしまったが、大声を出して威嚇する。
だが、女は少しもたじろぐことなく、家の中に入ってきて……
頭を下げた。
「すみません。私は、このアパートの大家の孫です。××さんですよね?」
「え!? あ、ああ……」
大家の孫? それなら、カギを持っていても不思議じゃないが……
「ほら、これが証拠です」
そう言うと、女は生徒手帳を取り出し、顔写真と名前を見せる。
確かに、大家と同じ苗字をしていた。
「だ、だが、いくら大家の孫だと言っても、勝手に入るとはどういうことだ!?」
「すみません、ただ××さんにどうしてもお願いしたいことがあって」
お願い? 大家の孫が?
何か力仕事を手伝って欲しいのだろうか。しかし、こんな夜中だぞ?
「……わかったよ、話だけは聞いてやる。それが終わったらすぐ帰れよ」
「そんなにお時間はとらせないと思います。××さんの得意なことですし」
俺の得意なこと? 一体何を頼むつもりなんだ?
「えっとですね……」
俺は次の言葉を待つ。
「私を殺してもらえませんか?」
その言葉に、頭を殴られたかのような衝撃が走った。
「な、え……何を……?」
「だから、私を殺すんです」
何だ!? なんだなんだ!? やっぱりヤバイ奴なのか!?
いや待て、カギを持っていて大家と同じ苗字ということは、
大家の孫なのは間違いない。
だが、こんな変人なのは予想外だ。
いや、落ち着け。こういうのは強引に追い出したほうがいい。
後で大家に文句を言ってやる。
「バカなことを言うんじゃない! 何で俺がお前を殺さなければならねえんだ!」
「え? だって、得意じゃないですか。あなたは人を殺すのが得意じゃないですか」
そういえば、俺の得意なことをしてもらうとか言っていたな。
いやいや、俺はそんなこと得意じゃないぞ!?
「ふざけるな! 人を勝手に人殺しにするんじゃねえ!
大体、お前のせいで俺の人生を台無しにしてたまるか!」
だが、俺がひとしきり叫んだ後――
女の雰囲気が変わった。
「そうですか……やっぱり、そうなんですね」
何かを納得したようだが、俺にはさっぱりわからない。
「あなたは人を殺しておいて、人の人生を台無しにしておいて、
その『責任』は絶対にとらないんですね」
あ? 何を言っているんだ?
「そのパソコン」
突然、女が部屋の中にある俺のノートパソコンを指差した。
「それで何を書き込んでいたか知っています」
知っている? 俺が書き込んだこと?
――ニートは自殺しろと書き込んだこと。
え? まさかこいつ……
「ネットで『自殺しろ』って書き込んだことを人殺しって言いたいのか?」
俺の出した答えに対し、
「ええ、そうです」
女は当然の如く言い放った。
「ふざけんな! 俺の書き込みで人が死のうが知ったことか!
大体、何でそれを知っている!? 俺を見張っていたのか!?」
「ええ、祖父に頼んで、この部屋に隠しカメラを仕掛けました」
「隠しカメラだと!?」
なぜ!? なぜ俺は見張られていたんだ!?
「あなたは日常的に、ニートやフリーターに対し、『自殺しろ』って書き込んでいたそうですね」
「だから何だ!? あいつらは社会のクズだ! 死んだところで何も困らない!
俺のやっていることは社会貢献だ!」
「だったらなぜ、救いを求めているであろうスレッドだけを狙ったのですか?」
「な、何を言って……」
「あなたの理屈で言うと、社会復帰する気のないニートの方が、
より害悪のように思えます。なのになぜ、ニートから脱しようとしている人だけを狙ったのですか?」
「そ、それは……」
「大体、想像がつきます」
「自分の手を汚さず、他人を破滅させるのが楽しいんですよね?」
「な、何を言ってやがる!」
「完全に諦めている人は逆に絶望に陥りにくい。あなたはそれをわかっていた。
だから、ニートから脱しようとしている人を狙ったのですよね?」
「ち、ちが……」
「違うのなら、どうして全部のニートが対象じゃないんですか?
いや、そもそも……」
「ニートが憎いなら、どうして直接殺しに行かないのですか?」
「ふ、ふざけるな! そんなことしたら……」
「そう、そんなことをしたらあなたは破滅する。
あなたは他人を破滅させたいけど、自分は破滅したくない」
「そんな、最低な人間です」
最低? 俺が? 違う!
俺は善人だ! この世から社会のクズを排除する正義だ!
それをこんな小娘が……
「黙れ、だまれえええええええ!」
そして、気がつくと……
そばにあった、包丁を女の腹に刺していた。
「……え?」
笑っている。女は腹を刺されているのに笑っている。
口から血を吐き出しながら、言葉にならない言葉を放っている。
だが、俺にはなぜか、何と言っているかはっきりとわかった。
「『責任』……とってくださいね」
我に返った俺の目の前には――
血まみれの、女の、死体。
「あ、あああああああ!」
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。
人を殺した、殺してしまった。
ヤバイ、どうする、どうする!
あ、ああそうだ。掲示板だ。
俺は正義の味方なんだ。誰もが俺の味方をするはずだ。
すぐにスレッドを立てる。
「正義の味方だが、悪を殺してしまった。お前ら助けろ」
来い! 俺を助けに来い!
だが、次々とついたレスには――
「通報しました」「バカがきたぞ」「釣りだろ」
何を言っている!? 早く俺を助けに――
「あーあ、お前の人生終わったな」
終わり? 俺の? 人生?
「あ、あ、あ」
「ああああああああああああああああ!」
――次のニュースです。
昨夜未明○○市、△△区の路上で男性が頭から血を流して死亡しているのが、
見つかりました。
なお、現場そばのアパートにある男性の自宅からは、
腹部から血を流した少女が見つかっており、
病院で手当を受けていますが、
男性の事件への関与が疑われています……
完
終わり!
前作と似た傾向になってしまった。
前作あるのか
>>49
前に、ニートを説教するはずが逆にニートに説教される男の話を書いた。
前作これか?
ニート「それが君の『説教』か?」
ニート「それが君の『説教』か?」 - SSまとめ速報
(http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1408360846/)
>>57
そう。
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