ニート「それが君の『説教』か?」 (75)
俺は今、ある家の前にいる。
ここは俺の中学からの友人が住む家である。
彼はこの歳になっても実家暮らしで、両親と一緒に住んでいる。
――そして彼は、俗に言う「ニート」というやつである。
俺がこの家を訪れた理由は一つ。
彼を社会復帰させるためだ。
そのために、わざわざ休日を潰してやってきたのだ。
門を開けて、玄関の呼び鈴を押す。
「はーい」
すぐに彼の母親の声が、スピーカーから発せられた。
「こんにちは、××です。□□くんはご在宅でしょうか?」
ニートなわけだからいるに決まっているが、形式として聞いておく。
「ああ、はい、いますよ。カギは開いていますので、どうぞ」
その言葉に従って、玄関のドアを開ける。
玄関に入ると、すぐに彼の母親が俺を出迎えた。
「まあ、いらっしゃい。××くん。いつも悪いわねえ」
「いえ、こちらこそ、突然お邪魔してすみません」
俺は中学の頃から、この家を何度も訪れている。
だから、今更向こうも突然の訪問を咎めるようなことはしない。
いや、それ以上に俺がこの家を訪れている理由からいって、俺を拒む理由がない。
俺は、彼女の息子を社会復帰させようとしているのだから。
「□□ー。××くんが、いらっしゃったわよー」
母親が呼びかけるが、返事はない。
「全く、しょうがないわね。せっかく、お友達が頻繁に会いに来てくれているのに」
「まあ、いいですよ。□□くんは、部屋ですね?」
「ええ、よろしくお願いします」
俺は階段を上がり、薄暗い廊下を進んで、とある部屋の前に立つ。
「□□、いるんだろ?」
ノックをしたあとに呼びかけるが、返事はない。
「入るぞ」
カギは掛かっていなかった。俺はドアを開けて中に入る。
中はカーテンが閉められていて薄暗く、食事をした後の食器などが、
乱雑に置かれていて、とても片付いているとは言えなかった。
――いつもであれば。
俺の予想に反して、部屋のカーテンは開けられていて、太陽の光がしっかりと差し込んでいる。
部屋はいつもでは考えられないぐらいに片付けられていて、食器などは一つもない。
そして、さらに俺の予想に反していたのは、目的の人物の様子だった。
いつもであれば、ベッドの上で布団に包まり、俺の侵入を拒むかのように縮こまっていた彼が、
きちんと整えられた服を着て、部屋の中央の椅子に座って、俺を待っていた。
「××か、来ると思っていたよ。まあ、そこに座ってくれ」
そう言うと、□□は入り口のそばにある椅子を指し示し、俺に座るように促した。
この椅子も、いつもは無かったものである。
「あ、ああ。それじゃ……」
言われた通り、その椅子に座る。
「今日はどうしたんだ?」
□□が俺に用件を尋ねる。
わかっているくせに、話題を逸らそうとしているのか?
「決まっているだろ。お前、いつまでこんな生活を続ける気だ?」
俺はいつもの入り方で、言葉を続ける。
「自分だってわかっているんだろ? いつまでもご両親の世話を受けてはいられないって。
いいか? お前は甘えているんだよ、いつまでも子供みたいに甘えているんじゃない!」
そう、心を鬼にして、厳しい言葉をぶつける。これが、こいつのためになるはずだ。
誰かがやらなくちゃいけないんだ、だったら俺がやる。
「きっとお前は、自分が一番辛いと思っているんだろうな。だとしたら違うぞ。
お前より辛い思いをしている人なんて沢山いる。要はお前の努力不足なんだ」
そう、こいつは就活に挫折したことで、現実から逃げ続けている。
自分の世界に閉じこもっている。
だからこそ、俺がそれをこじ開けないといけない。
「だから、今すぐにでも就活を再開しろ! これ以上、ご両親に迷惑を掛ける気か?
ご両親だって、お前が早く自立することを望んでいるんだぞ!」
□□は、俺の言葉を黙って聞いていた。
何だ? いつもならもっと、耳を押さえて、聞きたくないようなそぶりを見せるのに……
「それが君の『説教』か?」
突然、□□が言葉を発した。
「まあ、それはいいとして、実は君に報告することがある」
報告? 何だ、このタイミングで?
「実はな、バイトをすることになったんだ」
「え!?」
バイト? こいつが?
「そ、そんなこと、お母さんは一言も……」
「当然だろ、言ってないんだから」
言ってない? 何でそんな必要が……
「やはりな」
「えっ?」
「君の反応だよ。僕の予想していた通りだ」
俺の反応? 何だ? 何を言っている?
「僕がバイトを決めたというのに、『おめでとう』の一言もないのかい?」
「え!? ……あ」
そ、そうだ。あまりに予想外のことで忘れていた。
こいつがバイトを始めたんだ。祝わないと。
「そ、そうか。よくやったな! これで一歩前進だな!」
「そうだね、尤も……」
そして、□□は言葉を続ける。
「前進出来なかったのは、君のせいだけど」
こいつとは思えないほどの敵意を含んで、言った。
「なっ!? お前、何を……」
何を言っているんだ? 俺はこいつのためにわざわざ……
「わざわざ、僕のために来てやっている。そんなことを思っているのかい?」
なぜか、心中を見透かされた。何でこいつに見透かされるんだ?
「実はね、ある本に出会ったんだ。ニートを脱却するっていう主旨の本なんだけどね」
「ほ、本?」
「素晴らしい本だったよ、そう……」
「君が今日言ったような言葉は、全てニート脱却には逆効果って書いてあった」
「なっ!?」
何を言っている!? 俺は、こいつのために心を鬼にして……
「君はさあ、いつも僕に向かって、努力しろとか、甘えるなとか言っていたけどさ。
具体的にどうしろとは一度も言わなかったよね」
「それは……自分で考えなければ意味が無いからだ!」
「そうかな? 君は一方的に言葉を押し付けるだけで、僕に考える余地なんて与えなかったよね。
辛かったよぉ? 君の言ってること自体は正論だからさ、僕は何度も自己嫌悪に陥った。」
「俺の言っていることが正論だと認めるなら、何故俺の言うことを聞かなかった!?」
「だってさぁ。気づいたんだよ。君は正論にしか興味がないんだって」
「僕を助ける気なんて、さらさら無いんだって」
何だ? 何で俺はこいつに……
「気に入らないのかい?」
「説教をする相手に、逆に説教されているのが気に入らないのかい?」
「ち、違う! 俺は……」
「さっきだってそうさ。君は僕の報告の内容が、バイトが決まったこととは、
夢にも思わなかった。だから、『おめでとう』っていう言葉が出なかったんだろ?
まあ、そうだろうねえ、僕が社会復帰したら……」
「説教する相手がいなくなっちゃうもんねえ?」
「お前……! 長い付き合いの俺より、そんな本の言うことを信じるのか!?」
「そんな長い間、君は僕に何をしていたんだ?
ただ、正論を押し付けて、僕を苛めていただけじゃないのか?」
こ、こいつ!? たった一冊の本を読んだだけでこんな……?
人の説教は納得するまでしてくれないけど本は自分の納得行くまで読めるからな
つか本当にそういう本あんの?
「今日、君が来ると思っていたって言ったよね?」
「あ、ああ……」
「それはね、君のお母さんから連絡があったんだ。昨日、君は会社でヘマをやらかして、
機嫌が悪い状態で、家に帰ったよね?」
「な、なんでそれをおふくろがお前に……?」
「君のお母さんに頼んだんだよ、君が機嫌の悪い日があったら、僕に連絡してくれって。
僕の予想が当たっているなら……」
「近いうちに、僕でストレス解消しようとするだろうから」
お、俺が、ストレス解消? こいつで? い、いや、違う。
「今日だけじゃない。二週間前に来たときも、君は機嫌が悪い日の後に来た」
お、俺は、俺は……
「気持ちよかったかい?」
「助けるフリして、ニートを見下すのは」
「あ、ああ……あああ……」
「だけどそれも今日までだ。僕はバイトを始め、いずれ正社員になってみせる。
君の助言、いや、罵倒はもういらないんだよ」
「帰ってくれ、親友だった××くん」
俺はその後、ヘマを積み重ねたおかげで会社を辞めた。
さらにはうつ病を患って、就活もしていない。
俺は怖い。社会が? いや、それもあるが……
「社会復帰出来ないのは、本人の努力不足なんだよねぇ?」
いつ、あいつが来るのかが……怖い。
完
終わり!
>>26
そういう本はある。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません