一夏(23)「人を活かす剣!」 千冬(24)「お見せしよう!」 (866)


              第一期REWRITE                            第二期REWRITE

初期ランクS:一夏「おれ……えと、私は織斑一夏と言います」
Supreme:一夏「おれ……えと、私は織斑一夏と言います」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1374845588/)    →Succession: 
ジャンル:武侠伝説

初期ランクA:落とし胤の一夏「今更会いたいとも思わない」
Abnormal:落とし胤の一夏「今更会いたいとも思わない」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1380328911/)   →Argument: 
ジャンル:世界戦略&貴種流離譚

初期ランクB:原作。シナリオ展開の基準。描写はアニメ準拠
Basic
ジャンル:ハイスピード学園バトルラブコメ

初期ランクC:ザンネンな一夏「俺は織斑一夏。趣味は――――――」
Chicken:ザンネンな一夏「俺は織斑一夏。趣味は――――――」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1377262583/)    →Challenger:
ジャンル:タクティクスアドベンチャー(セル画時代の荒野のヒーローアニメ風)

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番外編:一夏「出会いが人を変えるというのなら――――――」
Re-Born:一夏「出会いが人を変えるというのなら――――――」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1394149554/)    →Re-Bound :
Encore
ジャンル:国際スポーツドラマ

剣禅編:一夏(23)「人を活かす剣!」 千冬(24)「お見せしよう!」   →第1部
序章:                   ←―――――――――――――“今作”
ジャンル:近未来剣客浪漫譚

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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1408750870




どうも。最後最後にしようと思ってどんどんアイデアが生まれてしまい、予告詐欺を頻発してしまい申し訳ありませんでした。
というより、どうして第2期OVAが11月26日発売なのか…………
http://www.tbs.co.jp/anime/is2/
間が開きすぎた上に、第9巻の内容も第2期終盤の前哨戦でしかなかったのでアニメ第2期終盤の詳細が結局わからずじまいである。
なにやら進捗状況を報告するためだけに二次創作している有り様である。

番外編:一夏と大人たちの物語 ←元々 第2期OVAまでの繋ぎとして3月に投稿したのだが、番外編らしからぬ圧倒的な文章量になった……
一夏「出会いが人を変えるというのなら――――――」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1394149554/) 


               ――――――お詫び――――――

前作にあたる番外編のアンコールを次に投稿する予定でしたが、それを変更して剣禅編:織斑一夏(23)の物語をお送りさせていただきます。
結局 本放送が終了して最新刊が発売したにも関わらず肝腎な情報が得られず、このまま第2期OVA発売まで待つのは落ち着かず、
最終的にまたまた新たなIS〈インフィニット・ストラトス〉の二次創作を始めてしまいました。

番外編のアンコールの内容が第2期の内容に深く関わってくるので、最初はちゃんと原作で情報が出るまで待っていたのですが、
『黒騎士』と『ゴールデン・ドーン』の詳細がアニメ第2期のDVD&Blu-ray Discの予約特典で明かされたので、
おそらく修学旅行については大幅加筆修正して脚色した展開に持ち込んで誤謬がないように描写すればいいという結論に至りました。

しかし、そうすると今度はワールドパージ編の描写に困ってしまい、そこだけはOVAの発売まで待つことにいたしました。
よって、筆者のIS〈インフィニット・ストラトス〉第2期の二次創作の投稿は遥か先になるということだけは明言しておきます。




今後のシリーズ構想              NO
第1期→第2期―――(原作進展があったか?)――→第3期(捏造)
               |   YES
                ――――――――→第3期(原作沿い)

筆者のIS〈インフィニット・ストラトス〉の二次創作シリーズ全体の大まかな構想
全て3期構成とし、全ての二次創作第2期が終わるまでに原作の進展がなければ、第3期を捏造してそれぞれの世界の決着を描こうかと思います。
基本的に、自分の中では織斑一夏は長生きできない人間――――――というより、はっきりと致死量のダメージを負わされているので実際にそうなのだろう。
よって基本的には、独力では絶対に不幸になるのは確定であり、一夏も一夏で死に急ぐので、違うのは『どんな人間と最後を迎えるのか』の差になってくる。

特に、ランクC:ザンネンな一夏はまさにそれであり、ネタバレですが彼に関してはすでに過酷な運命が目白押しである。
すでに第3期まで具体的な敵と戦いの内容は構成済み。頭文字Cに基づいたあっと驚く命を張りまくるハラハラドキドキな展開である。
彼も彼で凄まじい進化を遂げるが、その分 それ以上の厄難に苛まれていくことになる。
“ザンネンな”じゃなくて“死と隣り合わせの”“カワイソウな”のほうがしっくり来るぐらい。
できることなら改題したい…………新装版として改めて一から投稿すべきか?

基本的には初期のヒロイン5人は一夏のアレになるのだが、更識姉妹以降は攻略されるかどうかは状況次第である。
なにせ、最初から『打鉄弐式』が完成している場合もあるので、そうなれば織斑一夏に対する確執と執着もないので絡みづらいのだ。
更識 簪では組が違うだけではめげない鈴ほどの気概もないので、“同じ専用機乗りの仲間”程度にしかならない気がする。憧れぐらいは持っているだろうが……




今回のIS〈インフィニット・ストラトス〉の二次創作の剣禅編は、作品の前提を覆す野心的なものとなっております。

          ・・・・・・・・・・・
――――――なんと、織斑一夏の年齢が23歳であるという風変わりな設定!


駄作と終わるか、最後まで読んでいただいて心の片隅に残るか――――――。

つまり、今作はジャンル:織斑千冬世代――――――織斑千冬と同年代の人間を主役に据えたものなのですが、

その織斑千冬と同年代の人間の主役というのが、――――――実の弟:織斑一夏

という、IS〈インフィニット・ストラトス〉の一種の禁忌・パラドックスを取り扱ってみました。

なので、厳密にはジャンル:織斑千冬世代でもなければジャンル:二人目の男子でもないジャンル:その他な内容となります。


第2期OVAが11月発売予定 → 筆者のIS〈インフィニット・ストラトス〉第2期の二次創作が進まない
→ 新しいアイデアが閃く → 今までにない画期的な状況の中で織斑一夏がどんなふうになるのか描こう(=『前作で第1期の二次創作は最後』宣言 破棄)
 → 織斑一夏を織斑千冬世代にしてみよう→ジャンル:織斑千冬世代
  → しかし、そうなると必然的に高校生にはできないのでIS学園が不要な設定に
   → なら、織斑一夏の代わりに“世界で唯一ISを扱える男性”を出してしまおう → ジャンル:二人目の男子
    → と思ったけど、織斑一夏が前提として高校生でないので“二人目”ですらない → ジャンル:二人目の男子?
     → わかった。いっそのこと、群像劇と陰謀劇にして既存のジャンルや作風に囚われないものにしよう → ジャンル:その他
      → それが今作 『剣禅編』となる。

――――――

織斑一夏が23歳の理由

1,歳の離れた姉弟設定をなくすため
2,『モンド・グロッソ』本会場で現役時代の千冬を応援する姿が描きたかった
3,IS〈インフィニット・ストラトス〉でまだ描かれていない恋模様を描こうと野心的になった
4,IS学園教員の意地・生徒の健全な成長・大人から見えるIS〈インフィニット・ストラトス〉観を描くため

そこで、織斑千冬の年齢がどれくらいなのかを特定しないとこの一夏(1個下の弟)の設定ができないので考察してみた。
手掛かり
1,織斑一夏は小学校入学以前の記憶が無い・両親の写真などの記録もない
→この時、年齢の操作が行われていないとすれば、織斑一夏は9月生まれなので満年齢5歳の時に順当に小学生になっている。

2,高校時代には織斑千冬がIS乗りになっていたらしい
→しかし、織斑一夏は中学時代の千冬の記憶があるために、少なくとも織斑一夏が小学校入学した際には織斑千冬は中学生だったことがうかがえる。
→そこから、織斑千冬が順当に進級・進学をしていたとするならば、満12歳から満14歳であった可能性が高い。
→織斑一夏が満5歳に対して、千冬が満12歳から満14歳の間――――――よって、歳の差:7~9歳となる。

3,10年前の『白騎士事件』
→これがIS〈インフィニット・ストラトス〉最大の謎設定であり、これ以降の10年間で――――――、
・第3世代型ISの開発が着手されて、
・第2回『モンド・グロッソ』があって、
・1年とちょっとの間 千冬がドイツ軍で教官をして、
・世界唯一のISドライバーの教育機関:IS学園が開校されて、
・その学園の名物教師に千冬がなっている

参考サイト:IS〈インフィニット・ストラトス〉の年表の考察
http://misterk.web.fc2.com/is.html


参考サイトの表を見ながら、改めて織斑千冬の年齢を考察すると歳の差:9歳の最大差が妥当に思えた。
しかし、どうもこちらの認識と噛み合わないところがあり、物語を進める上では些細なことだが、姉弟関係を語る上では重大な齟齬なので要確認。
また、アニメ第2期の織斑一夏の回想シーンでもなかなかの矛盾描写があり、特定は困難である。
なぜこの作品の登場人物は誕生日や年齢などの基本的な情報がほとんど公開されていないのか…………「10年前」とか過去の表現がたくさんあるのになぜ?



読む前の注意
・IS〈インフィニット・ストラトス〉のアニメ第1期に準拠した内容となっており、視聴済みであることを前提に話を進めます
・織斑一夏と千冬の関係性に大幅な変化が加えられており、成人のおっさんな一夏なんて見たくない方はブラウザバックを推奨します
・織斑一夏の年齢が23歳に引き上げられたことをベースに原作の内容を脚色しておりますので、基本的な物語の流れは変わりません
→ 一夏が23歳のただの社会人なのでムチャが出来ないです。もどかしいけれども、いざ動いたらたいていの難事を解決する仕事人です
・群像劇でかつ陰謀劇なので長いです。1話当たりの長さも異なっていて、場面が目まぐるしく移り変わってダルいです
→ 状況の整理をしながら少しずつ読み進めていくことを推奨します
 → 本作のプロットのコンセプトは「謎」であり、その真相が原作とは根本的に設定が異なる場合があります
・犯罪臭がそこはかとなく漂う極めて健全な内容です
 → だって、原作の織斑一夏(15)に対して剣禅編の織斑一夏(23)だからね

・IS〈インフィニット・ストラトス〉の二次創作ですが、ジャンル:ハイスピード学園バトルラブコメでないことを頭に入れてください
・物語の前提として“世界で唯一ISを扱える男性”が別に登場します
→ オリジナルキャラやオリジナル設定が山ほど登場するのでそういうのが苦手な人もブラウザバック推奨 (お構いなしだと思うけど、一応)
 → 織斑一夏が“世界で唯一ISを扱える男性”ではなくなっているので周囲の反応や関係性がまったく違います
  → 特に、織斑一夏だったからこそイキイキするキャラなんかは今作ではその分が差し引かれて扱いが酷いです
・ネタバレ:篠ノ之 束こと“束えもん”が激おこぷんぷん丸になるぐらいの出来事が起こります(『序章』でやるとは言っていない)

・稀に文字列の上に・・・や半角カタカナみたいなのが付いていると思いますが、それは傍点やルビでして、掲示板の字詰めの仕様で潰れたものです
・息遣いや区切りを表現するために半スペース、――――――、…………を多用します
・投稿している掲示板に合わせて文字列が1行で収まるように文章を作っているので、やたら改行が多いことはご容赦ください
・なるべく推敲に推敲を重ねて誤植がないようにしていますが、間違いを見落とす時は見落とすのでご容赦ください
→ 過去の誤植を見る限りだと、セリフを微妙に直した時の消し忘れが多いようです。大筋に影響するほどの間違いはなかったはず…………
・今までと異なって完成してからの投稿ではありませんので、毎週の投稿とはならない可能性が高いです
→ 本作が第2期OVA発売までの繋ぎであることや、今後の筆者の二次創作投稿についてお知らせ・報告する手段として利用しているだけなので
 → 欲を言えば、既存のジャンルに囚われない本作に対する反応を多く見たいがためにノロノロと投稿したいところがある




さて、前置きが長くなりましたが――――――、
それでは『織斑一夏が織斑千冬世代』という着想をルーツにする、

剣禅編:一夏(23)「人を活かす剣!」 千冬(24)「お見せしよう!」

の『序章』(アニメ第1期)をご覧くださいませ。


「目覚めろ、その魂」

「真実を惑わせる鏡なんて割ればいい」

「きみのままで変わればいい」

「きみのために進化する魂が願っていた未来を呼ぶ」

「僕は青空になる」






今作のイメージ
Alive A Life
https://www.youtube.com/watch?v=Gtu_H2I1gIo




『序章』
第0話B ブリュンヒルデとその弟
Siblings


――――――IS学園、行くのかい?


一夏(23)「ああ、行くよ。――――――千冬姉のところに」


一夏「それにさ、“俺と同じ存在”を放っておくわけにもいかないからさ?」

一夏「もしかしたら不慣れな場所に放り込まれて戸惑っているかもしれないし」

一夏「その苦しみをわかってあげられるのは俺しかいないはずなんだ」

一夏「だから――――――」

友人T「そう。そうか、わかったよ」

友人T「けどね? 僕としてはね、一夏?」

友人T「きみにはISとは程遠い世界にいてもらったほうが安心なんだ」

友人T「第2回『モンド・グロッソ』決勝戦直前、きみが誘拐されるのを看過してしまったことを僕はずっと悔やんでるんだ」

友人T「そのせいで、きみの姉さんは連覇は確実視されていたのに試合放棄をせざるを得なかった…………」

一夏「…………気にするなって、“友矩”。あれは不可抗力だったんだ」

一夏「俺もただでは捕まらなかったけど、一人の力ではどうしようもなかった…………」

一夏「逆に誰かが攫われて救いに行ける力があるとしたら、俺も大切な人のために千冬姉と同じく全てを捨ててでも助けに行ったはずだ」



友矩「そうか。姉弟揃って献身的で麗しいものだよ」

友矩「けど、それはつまり『他人の全てのために自分の全て――――――自分と関わっている人たちを犠牲にすることを厭わない』ってことでもあるんだ」

一夏「それは――――――」

友矩「きみならやりかねない」

友矩「一夏は、僕と千冬さんが離れた場所で溺れていたらどっちを助けに行く?」

友矩「大切な友人と大切な家族――――――他人と身内、そのどちらを優先してしまうんだ、きみは?」

一夏「………………」

友矩「となれば、僕はついていかないほうがいいかな?」

一夏「それは…………」

友矩「けど、そんなのはこれから生きていくうちにどこであろうとも遭遇する可能性が決してゼロではない事態だよね?」

友矩「――――――1人では救えない2つを2人でなら1つずつ救えるかもしれないね」

一夏「!」

友矩「僕は一夏についていくよ」

一夏「友矩!」

友矩「それじゃ、行ってみようか」

一夏「ああ!」


この物語は、望まざる力を与えられた3人が未来に向けて精一杯それぞれの一歩を踏み出していく新たな人生の序章に過ぎない。

ある者は、全てを失い 心さえも蝕まれて『人間』ではなくなり――――――、

ある者は、力を持つことの意義を理解していき――――――、

またある者は、真なるものを探し求めて旅立つ――――――。


そして、少女は少しずつ大人の階段を昇る――――――。






登場人物概要 第0話B:織斑一夏(23)たち“ブレードランナー”

織斑一夏(23)
改変度:S
日本で確認された“ISを扱える男性”であるが、その存在は秘匿されている。
“織斑一夏”であって“織斑一夏”じゃないキャラであり、原作との変更点として姉である織斑千冬と歳の差が1つしかない。
外見的な特徴としては、成人となって身長178cm(原作:172cm|千冬:166cm)であり、とある理由から部分的に白髪になったので染毛している。
やはり、昔のことはよく覚えていないが、過去を振り返らずに親友である友矩と一緒に現在を精一杯生きて、日々 充実感を得ていっている。


ヤギウ トモノリ
夜支布 友矩(23)
織斑一夏の大学時代の親友であり、ルームメイト。現在は凄腕のシステムエンジニア。
幹部自衛官の兄と今年 高校生となる弟がいる。
物静かで宝塚に出てくるような美形であり、イケメンの一夏と一緒に居るので、男と女のカップルに間違えられることが多々あった。


五反田 弾(23)
改変度:S
織斑一夏の中学時代からの悪友。ローディーに就業している。
歳の離れた妹:蘭がおり、溺愛している。
3人の中ではチャラい印象が強いが、それでも端正な顔つきなのでモテる分にはモテた。

この人も織斑一夏と同じように年齢を引き上げさせてもらいました。
オリジナルキャラだけで彼の周辺を固めるのは親近感がないので原作キャラである彼に登場してもらった。
織斑一夏の設定を変えるのは二次創作では日常茶飯事だが、彼に関しては主人公補正無しでどうとでも人物設定を違和感なく変えられる素地があり、
そういう意味では絶妙な人物設定だな、――――――五反田 弾って!




第1話A 世界一幸運で不運な男
The Luckiest Unluckiest MAN

――――――4月

――――――IS学園


山田「みなさん、入学おめでとう!」

山田「私は副担任の山田真耶です」

一同「………………」

山田「あ……、え…………?」オロオロ

山田「あ、今日からみなさんはこのIS学園の生徒です」

山田「この学園は全寮制――――――学校でも放課後でも一緒です」

山田「仲良く助け合って、楽しい3年間にしましょうね」

一同「………………」

山田「じゃあ 自己紹介をお願いします……。えっと、出席番号順で――――――」





山田「えと、次は――――――、」

山田「あ、“アヤカ? ユキムラ”くん?」

周囲「!」


「先生、それは“アヤカ”じゃなくて“ハネズ”です。“あ”から始まって“は”まで行ったのですから順番から言って“あ”から始まりませんよね?」


山田「あ、ごめんなさい! それじゃ、“朱華雪村”くん、自己紹介をお願いします」

周囲「!」ドキドキ

   ハネズユキムラ   ・・・・・・・・・
朱華「朱華雪村です。見ての通りの男です。よろしくお願いします」ニコー


周囲「………………?」ゾゾゾ・・・

箒「…………あいつが“噂の男子”(何だろう? 私と似たようなものを感じるな)」

セシリア「…………何でしょうか、あの笑みは?(日本人特有の薄ら笑いとは違って何やらゾッとするような作り笑顔ですわね……)」

山田「あ、ありがとうございました……」ニコニコー

山田「それでは、次――――――」

朱華「…………ハア」


ガララ・・・



千冬「フッ」


周囲「!」

山田「織斑先生、会議はもう終わられたのですか?」

千冬「ああ。山田先生。挨拶を押し付けてすまなかったな」

箒「千冬さん」

セシリア「おお……!」

周囲「」ドキドキ


千冬「諸君、私が担任の織斑千冬だ。きみたち新人を1年で使い物にするのが仕事だ」


周囲「キャーーーーーーーーーー!」

女子「千冬様よ! 本物の千冬様よ!」

女子「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです、北九州から!」

女子「私、お姉様のためなら死ねますー!」

キャーキャー、ワーワー、ガヤガヤ・・・!

箒「千冬さん」ホッ

千冬「毎年 よくこれだけ馬鹿者が集まるものだ。私のクラスにだけ集中させているのか?」ヤレヤレ

千冬「ん」チラッ

朱華「………………」

千冬「そうか。お前が“世界で唯一ISを扱える男性”だったな」

千冬「名は何と言ったかな? ――――――“アヤカ”だったか?」

朱華「…………さっきも言われた」ボソッ

千冬「ん? 何か言ったか? ――――――って、うるさいぞ、お前ら。静かにしろ」

周囲「ハーイ」

山田「あ、織斑先生。この子は“ハネズ ユキムラ”くんですよ」

千冬「わかった。“アヤカ”だな」

朱華「違います」

千冬「うるさい。見るからになよなよとしているお前など“アヤカ”で十分だ。“ハネズ”など人の名前でもない。“ユキムラ”も似合わん」

千冬「よって、今日からお前は“アヤカ”だ。いいな」

朱華「だから、違います――――――」

千冬「私がそう言っているのだ。返事は全て『はい』だ。馬鹿者」ゴツン!

朱華「あぅ!?」ガン!

周囲「キャーーーーーーーーーー!」

女子「ああ いいな、“アヤカ”くん! 早速 千冬様からご褒美をいただいているわー!」

女子「悔しい! けど何だか、“アヤカ”くんとお姉様のやりとりに不思議と魅力を感じてしまったわー!」

女子「お姉様-! “アヤカ”くんだけじゃなくて私にも叱って、罵ってー!」

女子「そして、時には優しくしてー!」

キャーキャー、ワーワー、ガヤガヤ・・・!




千冬「で? さっさと『はい』と言えんのか、お前は?」

朱華「………………」

千冬「ほう? なかなかに強情なやつだな。思っていたよりも芯は堅いようだな」

千冬「だが、このIS学園に来て私が担任になった以上は――――――、お前たちもよく聞け!」

千冬「諸君たちには、ISの基礎知識を半月で憶えてもらう」

千冬「その後 実習だが、基本動作は半月で身体に染み込ませろ!」

千冬「いいか? 『良い』なら返事をしろ! 良くなくても返事をしろ!」

周囲「ハイ!」

朱華「ウグググ・・・」

千冬「ん!」グググ・・・

朱華「ウグググ・・・」

千冬「反抗的な態度をとっていても身のためにはならんぞ?」


――――――ならいっそこの場で殺してくれ。


千冬「…………?」

千冬「何か言ったか?」グググ・・・!

朱華「あ! ああっ!? ああ…………!」

箒「どうしてそこまで…………」

セシリア「あの“ブリュンヒルデ”がここまで手心を加えていらっしゃるのに、何ですの、あの態度は?」

周囲「キャーーーーーーーーーー!」

千冬「何度も騒ぐな、バカ共!」パッ

朱華「うぁ…………」グッタリ・・・

千冬「自己紹介を続けるぞ、山田先生」

山田「あ、はい」

千冬「それと、“アヤカ”。お前のことはどうやらきっちりと躾けておかないといけないようだから、」


千冬「放課後は覚悟していろよ?」


周囲「!」ピクッ

千冬「――――――もう騒ぐなよ?」ジロリ

周囲「…………!」

朱華「…………わかりました」ニヤッ

千冬「?」

千冬「まあ よろしい。では――――――」

箒「………………“朱華雪村”」




山田「みなさんも知っている通り、ISの正式名称はインフィニット・ストラトス。日本で開発されたマルチフォームスーツです」

山田「10年前に開発された当初は、宇宙空間での活動が想定されていたのですが、現在は停滞中です」

山田「アラスカ条約によって軍事利用も禁止されているので、今は専ら競技用――――――スポーツとして活用されていますね」

山田「そしてこのIS学園は、世界で唯一のIS操縦者育成を目的とした教育機関です」

山田「世界中から大勢の生徒が集まって操縦者になるために勉強しています」

山田「様々な国の若者たちが、自分たちの技能を向上させようと、日々努力をしているんです」

山田「では、今日から3年間しっかり勉強しましょうね」

周囲「ハーイ!」

朱華「………………」

山田「あ、えと“ハネズ”くん――――――」

千冬「山田先生、“アヤカ”と呼んでやれ」

山田「え? それは――――――」
             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朱華「もうそれでいいです。別に“朱華雪村”の名前に愛着なんてありませんから、呼びたいようにどうぞ」

周囲「イジケチャッター」

箒「…………え?(何だろう? 急に“朱華雪村”という人間に親しいものを感じた?)」

山田「そ、それじゃ“アヤカ”くん?」

山田「ここまでで疑問に思ったことはありませんでしたか?」

朱華「――――――『疑問』」

朱華「それじゃ、はい」

山田「はい。何です?」


朱華「ここって女子校ですよね? 僕は3年間 どう生きればいいのでしょうか?」


山田「え? あ、それは、その…………」

箒「………………」

ザワザワ、ヒソヒソ、アセアセ・・・

千冬「安心しろ、“アヤカ”」

千冬「この学園はあくまでもISドライバーの教育機関であるが故に、“IS適性がある人間”なら誰でも入学できることになっている」

朱華「ですけど、女子校ですよね?」

千冬「確かにな。だがそれは、自然なことだ」

千冬「これまで『ISに乗れるのは女だけ』という事実に基づいて、不必要なものが取り除かれて空いた部分を有意義に使っているのだ」

千冬「しかし、その事実が覆された以上は男女共学のための改革も視野に入れている――――――」

朱華「………………」

千冬「不満そうだな?」

朱華「別に」

朱華「ただ、訊くべきことがやまほどありますから、せっかく担任が放課後に時間をとってくださることを思い出しましたのでもう十分かと思っただけでして」

千冬「そうだったな。楽しみにしているようで何よりだ」ニヤリ

周囲「(――――――『楽しみにしている(意味深)』)」ゴクリ

朱華「………………」




――――――業間


朱華「………………」ボケー

箒「…………朱華のやつ、授業中以外は本当に無反応だな」

箒「あ」


セシリア「ちょっとよろしくて?」


朱華「………………」(反応がない)

セシリア「むっ」

セシリア「あの!」

朱華「………………何? そんな大きな声を出さなくてもちゃんと聞いてるよ」(ある一点を見据えたまま)

セシリア「まあ 何ですの、その態度!」

セシリア「私に話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないのかしら?」

セシリア「それ以前に、人と話をするのならばちゃんと顔をこっちに向いてくださらない? それは人として当然のことですわ!」

朱華「………………話って何?」(そっぽを向いたまま)

セシリア「…………強情ですわね。さすがは織斑先生の温情を袖にしただけのことはありますわ」ムッ

周囲「!」ビクッ

セシリア「織斑先生の手を煩わせることもありませんわ!」

セシリア「このイギリス代表候補生:セシリア・オルコットがこの礼儀知らずに礼儀というものを教えてさしあげますわ!」

朱華「…………そう」(相変わらずそっぽを向いたまま)

セシリア「うっ……(――――――とは言いましたものの、このままではますます本題に入れませんわ!)」

セシリア「(なんて忌々しい! 私がこんな下賤の輩に合わせなくてならないなんて…………)」

セシリア「ゴホン」

セシリア「しかし、それはまとまった時間にいたしましょう」

セシリア「――――――昼休み! 私についてきなさい!」

朱華「………………」

セシリア「――――――“アヤカ”!」イラッ

朱華「………………わかりました。用もございませんし、黙って従います」

セシリア「…………親の顔を見てみたいですわ」イライラ

周囲「ホッ」



セシリア「では、本題に入りますわ」

朱華「………………」

セシリア「あなた、私 セシリア・オルコットのことを当然 知っておりますわよね?」

朱華「…………知りません。あなたがどれくらいの有名人かなんて僕の人生には関係ないので」

セシリア「あ、あなた――――――!」イラッ

セシリア「イギリスの代表候補生にして、入試主席のこの私を――――――!」ギリッ

朱華「……はい、『イギリスの代表候補生にして入試主席のセシリアさん』が、何?」

セシリア「あっ、ぬぅ……(抑えるのですわ、セシリア・オルコット! 話すのが疲れたからといってこちらから話を切り上げてしまっては――――――!)」

セシリア「ゴホン」

セシリア「私は国家代表候補生――――――それすなわち!」

セシリア「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出される“エリート”のことですわ」

朱華「…………へえ」ピクッ

セシリア「…………あ」フッ

セシリア「そう、“エリート”ですわ!」

セシリア「本来なら私のような選ばれた人間とクラスを同じくするだけでも奇跡――――――幸運なのよ!」

セシリア「その現実をもう少し理解していただける?」

朱華「………………」


「………………………………プッ」


セシリア「」カチン

朱華「………………」(依然としてそっぽを向いたまま)

周囲「?」

箒「…………!」


――――――その時、セシリアの中での何かがキレた。




セシリア・オルコットはこれまで相手にしたことがないやりづらい相手に持てるだけの誠意を持って接し、

その結果、微かではあったがようやくこちらに興味を示してくれたのか、“アヤカ”が反応を示したことに味をしめたセシリアではあったが、

最終的に返ってきた反応は、――――――『鼻で笑う』であった。

いや それは、まるで死んでいるかのように反応が薄い“朱華雪村”という人間の相手をするのに疲れきったセシリアが見た幻だったのかもしれない。

そして周囲は、セシリアと“アヤカ”の対面をおっかなびっくりに興味深そうに遠巻きに見ているだけで、

これだけ近くで注意深く観察しないと気づけない 死体のように無反応で在り続ける“アヤカ”の微細な反応の変化に気づいていないのだ。

仮に“アヤカ”が『鼻で笑った』ことが事実だったとしても、未だに為人がわからない以上は『どうして鼻で笑ったか』の判断材料はゼロに等しかった。

相手を無視しているように見えてもちゃんと話は聞いてるし、人を馬鹿にしている印象よりも得体の知れない薄気味悪さのほうがずっと強いのだ。

しかしながら、常識ある一般人ならばこれまでの“アヤカ”の無礼な態度に怒り狂うか呆れ果てて当然のものであり、セシリアはむしろよく頑張った。

だが、無理をおして付き合い通そうとしたためにジリジリとフラストレーションが溜まっていき、“アヤカ”に対する否定的な感情が募っていく。


結局、セシリアが“世界で唯一ISを扱える男性”である“アヤカ”に対して何を話そうとして近づいてきたのかと言えば、

端的に言えば、『世界に467しかないISの専用機を与えられている代表候補生であることの自慢話と一躍世間を騒がせている“時の人”との各付け』である。

言うなれば、『自分よりも目立っているぽっと出の生意気なやつの鼻を明かそう』と思って近づいたというわけなのだが、

結果としては、――――――無残なものであった。


朱華『…………知りません。あなたがどれくらいの有名人かなんて僕の人生には関係ないので』


最初のこの一言で『お前など眼中にない』とバッサリ切り捨てられており、己の沽券を示そうとしたセシリアには取り付く島がなかった。

そこからセシリアは 必死になって彼の興味を引いて己の沽券を示そうとし、ようやく反応らしい反応があったのでそこから踏み込もうとした矢先――――――、


『………………………………プッ』


――――――『鼻で笑われた』のである(セシリアの幻聴だった可能性があるが)。

ここまで解説すればわかるだろうが、プライドの高いセシリアのこの時の心境はこういうことになるはずである。


――――――弄ばれた!



セシリア「あなたって方はあああああああああああ!(――――――『ブルー・ティアーズ』!)」

周囲「!?」ビクッ!

箒「ISの――――――!」ガタッ!


セシリア「謝りなさい! これまでの非礼の全てを這いつくばって詫びなさい!」ゴゴゴゴゴ(顔真っ赤にして怒り狂う)


朱華「………………」(だが、まるで動じない)

セシリア「…………あなた、恐ろしくないの?(明らかに『何かがおかしい』、――――――この人は!)」アセタラー

朱華「………………ん?」チラッ

朱華「………………」(そして、元通り)

セシリア「!」イラッ

朱華「ん?」

セシリア「…………あ(ようやく反応がありましたわね!)」


朱華「どうしてあなたが怒ってるんですか?」キョトーン


セシリア「あぁ!?」ギロッ

セシリア「あなた、本気で言って――――――」ゴゴゴゴゴ


箒「や、止めろ!」


セシリア「!?」クルッ

朱華「…………?」ピクッ

周囲「!」

箒「あ…………」



箒「と、ともかく! いくらこの男が無礼千万だとしても丸腰の相手を脅すのだけはダメだ!」

セシリア「!」ギロッ

箒「…………!」アセタラー

セシリア「………………ハア(――――――解除よ、『ブルー・ティアーズ』)」

箒「あ……」ホッ

セシリア「そうですわね。いくら侮辱されたとしても限度というものがありましたわ」

セシリア「…………礼を言いますわ」

箒「い、いや――――――ん? ――――――『侮辱された』?」

箒「ちょっと待ってくれ。私は一部始終をずっと見ていたが、こいつが何をどう『侮辱した』というのだ?」
   ハネズ
箒「“朱華”は少し反応したことはあっても終始 無反応ではないか」

セシリア「え、それは――――――え?」キョロキョロ

周囲「………………?」

セシリア「それでは…………、あれは私の勘違い?」

セシリア「…………それは、申し訳ありませんでしたわ、えと“アヤカ”さん」シュン

朱華「………………」(死体に何を言っても無駄だった)

セシリア「あ、あの…………」

箒「……もう よせ。こいつはそういうやつなのだろう。このままだと泥沼にはまってしまうぞ」

セシリア「…………わかりましたわ」トボトボ・・・

箒「だが、よく聞いておけ、“朱華”」

朱華「………………」

箒「お前がやっていることは人として最低の振る舞いだ。だから――――――」


朱華「…………」ジロッ


箒「…………!」ビクッ

セシリア「なっ!」

周囲「キャー! ウゴイター!」

箒「び、びっくりさせるな! 急にこっちに顔を向ける――――――反応するもんだから驚いたではないか!」ハラハラ



朱華「ねえ、教えてくれるかな?」(箒の目を見て話しかけている!)

箒「な、何だ? 今までずっと黙りこんでいたくせに……(何だろう? この眼は――――――まさか、『私に何かを期待してる』とか?)」

朱華「僕のような“人として最低の人間”って、――――――生きてちゃいけないんだよね?」

箒「は?」


――――――なんでこんな最低の僕は生きてるんだろう? 生きてることを許されてるんだろう?


箒「な、何を言って――――――(何だ この物言いは? まるで――――――)」

朱華「答えてくださいよ」


――――――どうして僕のような最低の人間を殺さずに 僕の家族を殺したのですか?


一同「!?」

朱華「答えてくださいよ! 礼儀というものを教えてくれるんでしょう! 礼儀というものを知ってるんでしょう!?」

朱華「ねえ!?」ポロポロ

箒「あ、ああ…………」

セシリア「あ………………」

周囲「ヒソヒソ」オロオロ



衝撃の告白に誰もが凍りついてしまった。

死体のように反応がないと同時に感情がないと思われた彼だったが、いざ口を開かせてみると狂乱に歪んだ彼の叫びが響き渡った。

そして、魂の奥底で苦痛に歪んでこれでもかと面を歪ませて慟哭する“朱華雪村”の姿に、ようやく誰もが悟ることになったのである。


――――――彼が背負ってきたドス黒い闇の存在を。


彼の存在は言うなれば、――――――“虚無”であったのだ。気安く触れていいような存在ではなかったのだ。

ましてや、人間社会の光明面しか知らないような人生経験の乏しい年頃の少女たちの手に負えない存在だったのだ。

それに誰もが気づいた時、彼から放たれるドス黒い闇の瘴気に当てられて――――――、


しかし、次の瞬間の後には誰もがそのことを忘れてしまうのであった…………




新聞部「みなさーん! こちらに注目してくださーい! 新聞部でーす!」

一同「!?」

箒「はあ――――――?(今 このタイミングで――――――?)」

朱華「!!」


パシャパシャパシャパシャパシャ・・・・・・


新聞部「…………はい」

新聞部「撮影が終わりましたよー」

新聞部「――――――1年1組、“唯一の男子”がいていいね!」

セシリア「へ――――――そう、そうですわね」ニコッ

箒「あ、ああ…………」

周囲「写真 見せてー」ガヤガヤ

新聞部「はいはい。順番順番――――――」

朱華「?」

朱華「あれ、次の授業の準備をしてないな……」スタスタスタ

朱華「…………おかしいな? 何をやってたんだろう、僕は」



――――――やれやれ、自殺防止の監視員の仕事も楽じゃないよ。




――――――それから、放課後


千冬「この部屋がよかろう」

朱華「…………和室」

千冬「人払いはしてある。互いに遠慮なくいかせてもらおうか」

朱華「………………」


バタン! ――――――『立入禁止』


女子「今、和室に入っていったね」

女子「茶道部の部室だったわよね」

女子「そうよ。千冬様は茶道部の顧問をしていらっしゃるのよー!」

女子「ああ! お姉様の[ピーーー]を煎じて飲みたいですわ」ウットリ

女子「さあ! 新聞部から借りてきたICレコーダーで意味深な音源を得るわよ!」


ワイワイ、ドキドキ、ウズウズ・・・!


箒「大丈夫なのか、この学園…………」

箒「でも、――――――“朱華雪村”」

箒「なぜだろう? どうしてやつのことがこんなにも気になるのだろう?」

箒「それに、イギリス代表候補生のセシリア・オルコット――――――」

箒「彼女からはなぜか親しげに話しかけられたし、私自身もそれを違和感なく受け入れていたな…………」

箒「ま、まあ! 初日にしては上出来だったんじゃないかって思うぞ! よし!」

箒「しかし、“朱華”のやつ、大丈夫なのか――――――」



――――――30分後


「アッーーーーーーー!」


箒「!?」

女子「おおう!?」

女子「こ、これは、ついにぃ――――――!」

女子「早速 ヤッてるわね!」(意味深)ドキドキ

女子「これは、――――――捗る!」グッ

箒「な、中でいったい何が――――――!?」ハラハラ

箒「ぶ、無事でいろよ、――――――“朱華”」オロオロ






――――――翌日


朱華「………………」

山田「IS 〈インフィニット・ストラトス〉は 操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアーで包んでいます」

山田「ISには意識に似たようなものがあって、お互いの対話――――――」

山田「つまり、『一緒に過ごした時間でわかりあえる』というか、」

山田「操縦時間に比例して IS側も操縦者の特性を理解しようとします」

山田「ISは道具ではなく、あくまで“パートナー”として認識してください」

山田「ここまでで、質問のある人は?」

女子「質問! “パートナー”って“カレシカノジョ”のような感じですか?」

山田「――――――!?」

山田「そ、それはその…………どうでしょう」

山田「私には経験がないのでわかりませんが、えっとえっと…………」オロオロ

周囲「アハハハハハ」

山田「あ」

朱華「………………」

山田「えと、“アヤカ”くん? 今のところ どうですか? 授業についてこれますか?」

朱華「…………大丈夫です」

山田「そうですか……(反応が乏しいですけど、ちゃんと聞いてはいますね。よかった……)」

山田「でも、私は“アヤカ”くんの副担任でもありますから、授業以外のことでも気軽に訊ねてくださいね」

朱華「…………はい」

山田「はい。では、授業を続けますね――――――」

箒「…………」ジー





キンコンカンコーン!


朱華「………………」(まるで屍のようだ)

箒「ちょっといいか? 話がある」

朱華「…………誰だっけか?」ピクッ

箒「――――――“篠ノ之 箒”だ、“朱華”」

朱華「――――――『篠ノ之』?」ムクッ

箒「どうだ? 話を聞く気になったか。なら ついてこい」

朱華「…………わかった」ザッ

周囲「!」

女子「篠ノ之さんが行った~!」

女子「まずはどんなふうになるか様子見よ! ついていきましょう!」

女子「おおー!」

セシリア「あら……」





――――――屋上


朱華「話って何ですか?」

箒「1つ聞きたいことがある」

朱華「?」

箒「お前はもしかしてなのだが――――――、」


――――――重要人物保護プログラムを受けているのか?


朱華「…………どうしてそう断言できる?」

箒「そうか。そうだったのか」

箒「簡単なことだ」


――――――私もそうだからだ。


朱華「へえ」

箒「たぶん 薄々気づいているとは思うが、」


――――――私の姉:篠ノ之 束はIS〈インフィニット・ストラトス〉の開発者だ。


朱華「そうなんだ」

箒「6年前、ISの軍事的有用性が証明されてから姉さんにしかISコアが造れないこともあって、私の家族は重要人物保護プログラムで各地を転々とさせられたのだ」

箒「だが、気づけば両親とは離されて暮らすことになり、姉さんは監視を逃れて3年前に最後のコアだけを残してどこかへ逃げてしまった…………」



箒「…………辛い毎日だった」

箒「際限なく繰り返される転居、聴取、監視――――――」

朱華「だから 何?」

箒「あ…………」

箒「だから、私は“世界で唯一ISを扱える男性”として持て囃されている裏で苦しんでいるお前の気持ちをわかってやれると思うのだ……」

朱華「………………」

箒「う…………(違う。私が求めているのはこんな言葉でもそんな関係でもない! それをごまかしてどうする!)」


箒「要するに、――――――友達になって欲しいのだ!」


朱華「………………」

箒「あ、いや! 私は自分で言うのもなんだが、友達を作るのは得意じゃないし、どうも流行というものに疎くて――――――」アセアセ

箒「こ、こんなことを頼めるのは、――――――お前しかいないのだ!」

箒「な、なあ! 私と友達になれば少なくともお前は一人ではなくなる! 重要人物保護プログラムでの苦しみもわかってるから!」

箒「だから、――――――頼む!」

朱華「………………」

箒「た、頼む…………」

朱華「………………」

箒「うぅ…………(だ、ダメなのか?)」アセタラー


朱華「わかった」




箒「!」

箒「今、『わかった』と言ってくれたのか? 承諾してくれたのか!」ドキドキ

朱華「はい。はい? はい!」

箒「そ、そうか」ホッ

箒「けど、大きな声で返事をしてくれるのはありがたいが、どうしたのだ?」

箒「もしかして、『こういう時 どうしたらいいか』とかで自分の立居振舞に自信がなかったりするのか?」

朱華「え? まあ そうですね」


「………………フフッ」


箒「あ」

箒「それはそうだったな。男のお前にとってIS学園は居辛いだろうしな」フフッ

箒「よ、よし! お前のために私がよりよい立ち振舞の仕方を一緒に考えてやろうではないか」ゴホン

朱華「ありがとうございます」(無表情で抑揚もない声)

箒「むぅ……」

箒「私も人のことを言えたものじゃないとは思っているが、その無表情は辞めたほうがいいのではないか?」

朱華「どうするのです?」

箒「え? えと、それはだな――――――」


――――――
セシリア「箒さん、がんばってますわね」

セシリア「そして、相変わらずの無反応振りですわね、“アヤカ”さんは」

セシリア「あれではハードボイルドではなく、ただの根暗な人にしか見えませんことよ?」

セシリア「しかし、これからは箒さんが何とかしてくださることでしょう。改善を期待しますわね」

セシリア「さて、私もクラス代表として再来週のクラス対抗戦で勝つために訓練を始めませんと」

セシリア「確か、私の他の専用機持ちは日本最新鋭の第3世代機でしたわね――――――」
――――――


箒「それから、周りから“アヤカ”と呼ばれて本名を呼んでもらえないこの奇妙な少年との学園生活が始まるのだった」




登場人物概要 第1話A 

ハネズ ユキムラ
朱華 雪村
年齢:15歳 身長:166cm 
IS適性:A
詳細は物語が進むに連れて明かされていくが、彼は篠ノ之 箒と同じく重要人物保護プログラムを受けており――――――。

今作における“世界で唯一ISを扱える男性”――――――実質的な主人公であるが、明らかに異質な存在として描かれている。目が死んでいる。
TRPGで言えば 「不定の狂気」状態に陥っている存在であり、それに関わっている人間もSAN値が削られるぐらい有害で瘴気をまとっている。

――――――彼とは深く関わってはならない。

関わるのならば、理解するよりも命令するに尽きる。理解しようとしてはならないし、必要なことは命令として実行させたほうが彼としてもやりやすい。

ちなみに、“世界で唯一ISを扱える男性”ではあるが、彼には専用機を与えられていない。
むしろ、日本政府のほうからも見放されて――――――あるいは別の理由から貴重な専用機を与えられていない。


篠ノ之 箒
改変度:S
正真正銘のメインヒロインであり、今作では異色の物語を送ることになる。
今作では織斑一夏の年齢が23歳という前提にたったことで、彼の存在を支えに生きてきた少女の生き様が大きく変わってきている。
そして、その一夏が同い年の同級生ではないために関係が希薄(=執着する必要がない)となっており、
それだけに本名でいられる開放感と心機一転できる期待感が強く、織斑一夏への執着心が薄いので、
普通の女子高生として生活しようという気力が彼女なりに充実しており、今まで見られなかった違った一面が花開くことになる。

自分と同じものを漂わせる朱華雪村に興味を持ち始めており、同時に過去の自分の危うさと脆さを思い出させるために気が気でならなくなっている。


セシリア・オルコット
改変度:A
チョロインの代名詞である彼女であるが、“世界で唯一ISを扱える男性”が織斑一夏ではないために別にチョロインでも何でもなくなっている。
ただし、やはり年頃の女の子ということもあって、“唯一の男子”である朱華雪村には自然と意識が向いて、何かと憎まれ口を叩きたくなってしまう。

それもそのはずであり、彼女が男嫌いになる要因となった入婿であった彼女の父親の腰の低さと雪村の無気力な姿が重なって見えており、
どうしても父親と比較してしまう傾向にあり、更には普段は別居状態の彼女の両親が死亡した際 なぜか一緒だったことも起因して、
生気が全く感じられない雪村を前にすると、どうしても生前の父親の情けなかった姿から父親の最期までも一気に思い出してしまうために、
父親に対して本当に悪く思っていなかった彼女の本性が浮き彫りとなり、それを必至に否定しようと無意識につらくあたってしまうのである。

しかし、雪村がとんでもない破綻者で、とある目的のために利用されたことによってトラウマを植え付けられてしまい、一瞬で態度を変えさせられてしまう。
それ故に、一応はチョロインとしての体裁は守られている…………のか?


織斑千冬(24)
改変度:B
唯一の肉親に対する愛情は相変わらずであるが、歳の差が大きく変わったために姉弟が置かれた状況も大きく変わっており、
一夏に対する態度も全体からすると微妙に変化しており、そこからが最大の変更点となる。
しかし、それ以外はほぼ平常運転をしており、さすが大人ということで少年少女が中心の物語においては変化はそこまで大きくはならない。

ただし、彼女自身はあまり変更がなくとも、一夏自身が織斑千冬世代になったことで当然 彼の交流範囲がその世代に重なるので――――――。




第2話A ISの心、人間の心、人間でない者の心
Disaster

――――――クラス対抗戦まで残り数日


ワイワイ、ガヤガヤ、ザワザワ・・・!


朱華「………………」(相変わらず死んだように動かない)

箒「あれから、少しばかりはちゃんと応対するようになったが――――――、」

箒「相変わらずだな、朱華は」

女子「もうすぐクラス対抗戦だね」

女子「そうだ。2組のクラス代表が変更になったって聞いてる?」

女子「ああ “何とか”って言う転校生に替わったのよね」

女子「うん。中国から来た子だって」

セシリア「ふん。私の存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら?」

セシリア「返り討ちにしてさしあげますわ」ドヤァ

女子「今のところ、専用機を持ってるのは1組と4組だけだから 余裕だよ」


――――――その情報 古いよ!


一同「!」

朱華「………………」

鈴「2組もクラス代表が専用機持ちになったの! そう簡単には優勝できないから!」

箒「もしや、最近になって中国から転校してきたという代表候補生――――――?」


鈴「そうよ! 中国代表候補生:凰 鈴音! 今日は宣戦布告に来たってわけ!」ビシッ!


女子「あれが2組の転校生…………」

女子「中国の代表候補生…………」

周囲「ザワザワ」

セシリア「これはこれは、ご丁寧なご挨拶痛み入りますわ」

セシリア「私がクラス代表:イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ」

セシリア「クラス対抗戦――――――どちらが強く、より優雅であるか、教えて差し上げますわ」

鈴「もちろん、私が上なのはわかりきっているけど?」

セシリア「うふふ、弱い犬ほどよく吠えると言うけれど、本当ですわね」クスッ

鈴「どういう意味よ?」イラッ

セシリア「『自分が上』だってわざわざ大きく見せようとするところなんか典型的ですもの」

鈴「――――――その言葉、そっくりそのまま返してあげる!」プルプル

セシリア「あら、それができるかしらね?」ニヤリ


両者「…………!」ゴゴゴゴゴ




ザワ・・・ザワ・・・

箒「いきなり喧嘩腰か…………穏やかではないな」

周囲「ドウシヨー」オドオド

鈴「…………ん?(さて、どいつもこいつもやるようには思えないけど、この中に“例の人物”が――――――)」チラッ

セシリア「あ、私を無視しないでくださる――――――(もしや、その視線の先におりますのは――――――)」クルッ


朱華「………………」


鈴「あ、あんたが……、噂の“世界で唯一ISを扱える男性”ってわけ……?」ジロッ

朱華「…………ああ」(そっぽを向いたまま)

鈴「ちょっとぉ……! こっち 見て話しなさいよ、あんた!」

箒「あ、止めろ!」

鈴「何よ、あんた。私はこいつに話しかけてるんだけど」

箒「まあ 聞け」

箒「こいつは……、そういうやつなんだ! 最近 ようやく返事だけは確実にしてくれるようになったからそう責めないでやってくれ」

朱華「………………」

鈴「ふぅん…………」ジトー

朱華「………………」

鈴「………………ハア」

箒「むっ」

鈴「やれやれ、“世界で唯一ISを扱える男性”とやらを視てくるように無理矢理この学園に入れさせられたのに、」

鈴「こんな やる気の欠片も感じられない子が“それ”とはねぇ…………少しは出向いた手間賃に釣り合うだけの何かを期待してたけど、」

鈴「とんだ期待外れねぇ……」ハア

セシリア「あら、帰るのならば構いませんわよ?」

鈴「いやいや! 確かにそういった意味では無駄骨だったかもしれないけど!」

鈴「私は代表候補生なのよ。ここで存分に格の違いってものを見せてあげるわ!」

セシリア「ええ。どうぞどうぞ」オホホホ・・・

鈴「…………むかつくわね、あんた」ジロッ

セシリア「そういうあなたこそ 身の程を知りなさい」ジロッ


両者「…………!」ゴゴゴゴゴ




箒「またか……」

箒「朱華、今度からちゃんと人と話す時は相手の方を見るようにしろよ?」

朱華「…………努力する」

箒「そうか」ホッ

女子「ねえ、最近 篠ノ之さん、“アヤカ”くんの世話が板についてきたよね」

女子「うん。これはこれで期待してもいいのかな?」ドキドキ

女子「でも、“世界で唯一ISを扱える男性”なんだから入学して早々 くっつかれたら困るのよね……」

女子「もうちょっと時間が欲しいわよね」

女子「こうなったら、私たちも『トライ・アンド・エラー』で行くしかないわ!」

女子「それを言うなら、『トライアル・アンド・エラー』だけどね」

女子「“アヤヤ”と仲良くなろー!」

女子「おおー!」


ガンッ!


鈴「あっ!? い、いったぁ……!」

一同「!」

朱華「………………」(まるでショールームに展示されているマネキンだ)

鈴「何すんの――――――あ」

千冬「もう ショートホームルームの時間だぞ」

鈴「ち、千冬さん……」

セシリア「へ?」

箒「…………『千冬さん』?」

千冬「“織斑先生”と呼べ」

千冬「さっさと戻れ。邪魔だ」スタスタ・・・

鈴「す、すいません……」

一同「………………」

朱華「………………」(精巧にできた人形のようにピクリとも動かない)

鈴「ハッ」カア

鈴「く、クラス対抗戦! 見てなさいよっ!」

鈴「ふん!」

ガララ・・・

セシリア「あ、あの……!」

千冬「何だ、オルコット? さっさと席に着け」

セシリア「だ、誰ですの? 織斑先生と親しい仲のように思えましたけど……」

千冬「関係ないことだ」

箒「私が知る限り あんな子が千冬さんの近くにいた憶えはないのだが――――――(となると、現役時代に会った子なのだろうか?)」

朱華「………………」




――――――その夜


箒「朱華、話がある。いいか?(…………何か 変に意識してしまうな。い、異性の部屋を夜 訪ねるなんて)」コンコン

――――――
朱華「…………どうぞ」
――――――

箒「よし」ガチャ

箒「あ」


朱華「………………」ブン! ブン!


箒「素振り用の竹刀――――――(さすがに自分の部屋ではマネキンではないか)」

箒「それにしては――――――(――――――速い! 素振り用の竹刀で重々しく風を切る音すらしている!)」

箒「何をしているのだ?」

朱華「織斑先生からIS乗りとして恥ずかしくないように自主練と勉強をするように言われました」ブン! ブン!

朱華「そこに手引があります。それに従っています」

箒「ほう?」パラパラ・・・

箒「…………なるほど。月毎に課された訓練をこなさなくてはいけないのだな?」

朱華「はい。できなければ――――――」ブン! ブン!

箒「あ…………」


『アッーーーーーーー!』


箒「そ、そうか。大変だな、お前も……(あれはいったい何があったのかは気になるが、詮索しないほうがいいな…………)」アセタラー



朱華「………………」ブン! ブン!

箒「………………」

箒「なあ?」

朱華「何です?」ブン! ブン!

箒「もしかして、朱華って剣道全国大会に出るくらいの強者だったんじゃないのか?」

朱華「…………どうしてそう思うんです?」ブン! ブン!

箒「これも同じだ」


――――――私も去年 剣道で全国大会を優勝したからだ。


朱華「凄いですね」ブン! ブン!

箒「だから、これでも全国レベルというものは知り尽くしているつもりだ(――――――あまり思い出したくはないがな、“あの頃の私”は)」

箒「…………なあ、朱華」

朱華「………………」ブン! ブン!

箒「そこは返事をしろ。相槌を打て。不安になるだろう」

朱華「はい」

箒「よし」

箒「それで――――――、」


――――――私と一緒に剣道部に入らないか?


朱華「………………」ブン! ブン!

箒「あ、いや……、すぐに答えを出すのが難しい問いだったな」

箒「だが、この学園では生徒は必ず何らかのクラブに所属しなければならない」

箒「他に行く宛がないのなら、私と一緒にやらないか?」

箒「いや――――――、」


―――――― 一緒にやろう!


箒「な? いいだろう?」

朱華「………………」ブン! ブン!


箒「あ、あぁ………………(反応が遅いことはわかってはいるが、やはり即答してくれないと不安になるな……)」

朱華「………………」ピタッ

箒「あ」

朱華「………………」クルッ

箒「…………!」


――――――わかりました。一緒に剣道をやりましょう。


箒「!!」

箒「ほ、本当か! 聞き間違えではないな!?」

朱華「一緒に剣道をやりましょう」

箒「よし!」グッ


――――――わあ! 篠ノ之さん 大胆!


箒「!?」ドキッ!

朱華「………………」

女子「抜け駆けしちゃダメだよー」ニヤニヤ

箒「これは、違っ――――――」カア

箒「ええい! 覗き見などしおって! 不埒者!」バタン!

箒「いいか! お前とは何でもないのだから!」ゼエゼエ

箒「私とお前は“友達”だぞ。“友達”なのだからな!」

朱華「はい」

箒「うむ。なら、朝練とかも一緒にやろう。そうしよう。それから――――――」ウキウキ


「………………フフッ」



――――――それから、


朱華「………………!」ブン!(剣道着)

相手「きゃっ!」バシィン!


箒:主審「――――――止め!」(剣道着)


箒「大丈夫か!?」

相手「うぅ…………」バタンキュー

剣道部員「ダメだわ。これは休ませたほうがいいわね……」

剣道部員「これで3人目か…………やるわね、“噂の男子”」

剣道部員「戦った相手全員がノックアウトって――――――」アセタラー

ザワ・・・ザワ・・・

箒「おい! 朱華!」

朱華「………………はい?」

箒「……返事をしたのは、まあ 褒めてやる」

箒「そして、最初の試合は――――――、一太刀浴びせただけで相手を失神させてしまったから口を挟むことができなかったし、」

箒「次の試合もお前の強烈な小手で相手が連続して竹刀を落とし続けたから何も言えなかった」

箒「だが、さすがに3回も試合を見続けていたらおかしいと気づくぞ!」


箒「なぜ声を出さない!? お前はこの試合だけでも20回以上は文句のつけようがなく一本をとれる完璧なものを打ち込んでいたのだぞ!?」


箒「実力の差は歴然だ――――――いや、もはやお前の実力の程は誰もが認めるところだ」

箒「だが、それでも一本とするには打突・残心――――――そして 気合がないと認められん」

箒「あれだけ見事な面打ちができているのだから『めぇえええええええんん!』と叫ばんか!」

箒「(そう。こいつの剣道を見ていると本当に“去年の私”の姿と重なってしまって――――――)」アセダラダラ

朱華「………………」



箒「?」

箒「まさか……、それも重要人物保護プログラムの都合でやらされている演技なのか?」ヒソヒソ

箒「そんなの気にするな。声を出せ、声を!」ヒソヒソ

朱華「………………」

箒「???」

箒「何か……、考えがあってのことなのか?(最近になってわかってきたことだが、朱華はYESかNOかは絶対に答えてくれる。それなら――――――)」ヒソヒソ

朱華「はい」

箒「それは……、いったいどういうことだ?(おお。やはり答えやすい質問をすれば必ず答えが返ってくる――――――)」ヒソヒソ


――――――そうすれば、試合を長く続けられます。より多く剣を振るうことができます。


朱華「何か問題がありましたか?」

箒「はぁ!!??」


――――――篠ノ之 箒は凍りついた。

今 明らかに、剣道をやっている者とは思えないような悪魔じみた発想が出てきたのである。

つまり、結論から言えば、朱華雪村という剣士はわざと『有効打突とならないように』声を出さずにひたすら相手を叩きのめしたというのである。

発想が狂っている。普通は試合に勝つために『有効打突をとって』一本をとるのが正道であり、場外などの反則による2回による一本など邪道である。

はじめは『有効打突以外の手段で』一本をとろうとする驕った戦い方をしているのかと箒は疑ったのだが、

その割には、正々堂々と圧倒的な剣捌きで誰が見ても『彼が勝つのが当たり前』だと思わせるぐらい鮮やかな手並みであったのだ。

その実力は紛れも無く国内有数の実力者であることは疑いようがなく、そんな人物に邪剣を使うような発想や必要性はまったく感じられなかった。

だからこそ、篠ノ之 箒は『自分のほうが間違っているのではないか』と疑ってしまうぐらいに思い悩んだ。理解が出来ず苦しんでいた。


ところが、問題の当人から伝えられた真相は彼女の常識など置き去りにした人外の領域から導かれたものであった。


そして、頭が真っ白になってからしばらくして悟った。

つまり、――――――この男は『最初から勝つ気がない』のである。『有効打突をとるつもりがない』ということはつまりはそういうことである。

試合に勝つ気などまったくなく、ただ純粋に『剣道している時間を少しでも続けていたい』がために『勝つ気がない』――――――『有効打突をとらない』のだ。


――――――まさしく悪魔の発想であった。明らかに正気の沙汰ではない。


さっきの試合は見ていて相手が哀れに思えるほどにこの男の容赦無い強烈な一撃を20回も食らわされて気力だけで立っているような状態にまで追い込まれていた。

そう、一見すれば一方的なイジメでしかなく、実際に両者の間にある力量差は著しく、剣道部のエースの一人をこの無名の1年生はコテンパンにしたのである。

しかし、それは素直に賞賛されるようなものではなかった。――――――いや、ただ 声を出していないだけで極めて真っ当な戦い方をしていた。

正々堂々戦っているのだけれど邪道であり、ところが当人はまったく純粋に剣道をやろうとしているのに試合という形式がそれを邪魔して――――――、

いや、試合なのに勝とうとしないことこそがおかしい――――――否、相手の方から棄権や反則になっているから結果として試合には勝っていて――――――、

いやいや、真剣勝負の世界でならば無言の下に見事に斬り捨てているわけだから――――――いやいやいや、これは剣道であってそういうのとは――――――、

そもそも、こいつはただ剣道がしたいがために試合を無駄に長引かせようとしていて――――――『剣道を楽しむ』とはどういうことだ? 

ただ勝てばいいのだろうか? いや、そんなはずがない。それとも――――――? 真剣勝負とはいったい――――――?


グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル・・・・・・





箒「…………あぁ」クラッ

朱華「どうしました?」

箒「いや、何でもない。何でもないんだ…………」

箒「先輩方、さすがに3試合連続だったので私も朱華も疲れましたので休ませてもらいます」

剣道部員「そ、そうね……」

剣道部員「お疲れ様。休んでいてちょうだい」

剣道部員「それじゃ、次は私が行こうか」

剣道部員「――――――私を倒せる者はおるか!」

剣道部員「ここにいるぞ!」

箒「行くぞ、朱華……」

朱華「はい」


スタスタスタ・・・






ジャージャー

箒「…………フゥ」(洗顔して汗を拭い、火照りを冷ます)

箒「何だろう? この気分は…………」ゴシゴシ

箒「私はとんでもないやつの相手をしているのかもしれないな…………」

箒「(そう、彼は“世界で唯一ISを扱える男性”――――――つまりは私と同じく姉さんによって運命を狂わされた者)」

箒「(私が感じたこの気持ちはたぶん――――――)」

箒「!?」ウッ

箒「オゥエェエエェェ…………(頭が、痛い…………)」


――――――あ~あ。境遇が似た者同士、今度はうまくいくかと思ったけど、やっぱりこうなっちゃうか。


箒「!?」

新聞部「ども、新聞部でーす!」パシャッ

箒「待て! 今の言葉は――――――あ」


パシャパシャパシャパシャパシャ・・・・・・


箒「…………」ポケー

新聞部「はい。これで4月分の各クラブの写真は十分に撮れましたー」

箒「ハッ」

箒「そ、そうか。私のなんかでよかったのか?」

新聞部「いえいえ。そんなことはありませんよ?」

新聞部「だってあなたは、今 世界で話題の“世界で唯一ISを扱える男性”を見事に剣道部に勧誘したんですから」

新聞部「そりゃあ、注目されますよー」

新聞部「これからどんなふうに二人の仲が進展していくのか――――――、もね」フフッ

箒「あ、ああ…………そういう関係じゃないんだがな(私には幼い頃の約束ですでに――――――)」

箒「それじゃ、行っていいか?(さすがに朱華も剣道場に戻ってるだろうしな)」

新聞部「はい。ご協力ありがとうございましたー」ニコニコ


スタスタスタ・・・


新聞部「…………彼女でも無理か。いい線いってるんだけどなー」

新聞部「でも、彼の相手をしてあげられているのが今のところ あなただけだったから、これからも頑張ってもらうために――――――、ね」

新聞部「…………ああ さすがに今回のは最悪だったな」

新聞部「証拠隠滅のためとは言え、――――――この嘔吐物の始末! それも1分で片付けるなんてさ」
                                     サンチチョクソウ
新聞部「彼女のおかげで自殺スイッチが入らなくなったと思ったら、今度は彼女をSAN値直葬させる神話生物モードを発動させるなんて……」


新聞部「『存在自体が冒涜的』とは、“世界で唯一ISを扱える男性”という今世紀最大のイレギュラーと照らし合わせてよく言ったものね」


新聞部「――――――ううん、違う」

新聞部「“世界で唯一ISを扱える男性”になってしまったから『冒涜的』になってしまった――――――」




――――――そして、数日が経って


セシリア「――――――評判、お聞きましたわよ」

朱華「…………何のこと? それに評判というものは僕が作るものじゃない。僕は僕のことしか知らない」

セシリア「…………まあ その通りですわね(最初の頃に比べるとちゃんと受け答えをしてくださるようになりましたわね)」フフッ

セシリア「コホン」

セシリア「先日、箒さんに連れられて剣道部で大暴れしたそうですね」

セシリア「『剣道部の主力である3人を一本も取られることなく圧勝した』とか」

朱華「そうですね。僕としては久々の剣道を楽しみたかっただけで勝つ気なんてなかったのですが、なぜか勝ってしまいました」

セシリア「へ? 今 何と――――――?」

朱華「………………」

セシリア「……まあ 用件を言いますわ」

セシリア「そんなあなたの腕を見込んで、お願いがあるのですが」

朱華「…………何?」







――――――アリーナ


セシリア「どうですか? 久々に乗ったISの感覚は?」

朱華「よくわからない」ガコンガコン

セシリア「……まあ そうですわね。搭乗時間なんて1時間も無かったでしょうから(本当にISを動かしてますわね…………この目で確かめるまでは半信半疑でしたわ)」

朱華「…………『打鉄』。世界シェア第2位の国産機」


千冬「気分はどうだ、“アヤカ”?」


セシリア「織斑先生! 使用許可をこんなにも早くしてくださってありがとうございます」

千冬「気にするな。私も公私共々 早めに“アヤカ”を乗せておきたかったからな」

千冬「“アヤカ”。お前には優先的に機体を回してもらえるように許可が降りた。遠慮なく乗り回してくれ」

朱華「………………」

千冬「…………なるほど。確か お前は剣道部に入部したのだな」

千冬「だから、剣道部の稽古とこれからのISの訓練の板挟みになって答えられない――――――そういうわけか」

朱華「はい」

千冬「まるでコンピュータレベルの判断処理能力だな」

朱華「………………」

セシリア「それって…………(それはつまり、“コンピュータ”と同じということ――――――?)」

千冬「オルコット」

セシリア「はい」

千冬「こいつを訓練に付き合わせるのは具体的にはいつまでのつもりなんだ?」

セシリア「え? あ、今日と明日あれば十分かと思います」

セシリア「近距離戦闘での防御を確かめておきたいと思いまして」

千冬「なるほど。それなら乗りたてのこいつでも十分に相手が務まるだろうな」

朱華「………………」

千冬「では、まず私が基本的なISの動作を説明する。オルコットは補助に回れ。ひと通りできるようになったら好きにしろ」

セシリア「わかりました、織斑先生」




――――――1時間後


千冬「まあ 地上で近距離戦闘をする上で必要なことはこれで十分だろう」

千冬「“アヤカ”。オルコットはお前との掛り稽古をご所望のようだから、相手の要望に合わせて剣を振るえ。いいな?」

朱華「わかりました」ジャキ

セシリア「では、まずはそこからこちらまで上昇せずに斬りつけてみてくださいな」

セシリア「(さて、いくら剣道――――――つまり近距離戦闘に長けているとはいえ、ISにおいては所詮は初心者ですわ!)」

セシリア「(クラス対抗戦で戦うことになる中国と日本の代表候補生の練習代わりとはいきませんが、まあ これで何とかいたしましょう)」

千冬「“アヤカ”、理解したな?」

朱華「はい」

千冬「では、好きなタイミングでいけ――――――」パン!


朱華「………………うっ!」ヒュウウウウン!


セシリア「いきなり――――――!?(なかなかに素晴らしいアイデアと反応速度ですけれど――――――!)」

セシリア「ふん!」ヒュン!

朱華「………………」ブン! ブン! ブン! ブン!
                               ・・・・・・・・・・・・・・・・・
セシリア「甘いですわ!(そう! なかなかにいい攻撃ですわね! シールドバリアーを掠めるギリギリを――――――へ!?)」

朱華「………………」ブン! ブン! ブン! ブン!

セシリア「え?(この人――――――!? まさかシールドバリアーの範囲を正確に――――――!? いえ、そんなことが――――――!)」ヒュンヒュン!

セシリア「くっ!(けど、そう考えますと一度もペースを崩さずにこうも連続攻撃し続けられているのは――――――!)」ヒュンヒュン!

セシリア「あっ!?」ゴン!


――――――壁っ!?


セシリア「し、しまった……(まさか ここまで下がっていただなんて――――――そんなつもりは全くなかったのに!?)」ゾクッ

セシリア「ハッ」

朱華「………………」ブン! ブン! ブン! ブン!

セシリア「なっ!?」


千冬「…………本当にコンピュータと同レベルの判断処理能力だな」


朱華「………………」ブン! ブン! ブン! ブン!

セシリア「ど、どうして、どうして――――――!」ポロポロ・・・


――――――どうしてわざと攻撃を外してますの!?




セシリアは戦慄した。

最初のうちは、朱華雪村の剣の腕は確かな冴えを見込んで訓練相手に選んだのだが、

所詮はISを装着した状態では初心者でしかなく、熟練した機体の運び方や機体性能の差で容易に攻撃が避けられていると思っていた。

しかし、時折 本当に当たるのではないかと思う会心の一撃や感心するぐらい絶え間ない連続攻撃によって自然と後退する足は速められ、

気づけば 背負うつもりのなかったアリーナの壁にまで後退――――――否、追い詰められていたことをセシリアは今更ながら認識した。

さすがに壁際であれだけの鋭さと速さで繰り出される重たい攻撃の数々を回避し切るのは代表候補生であるセシリアですらも無理と結論付け、

剣道部のエースたちを試合続行不能に追い込んきたという痛烈な一撃を覚悟していたのだが、振り下ろされた太刀は一切当たることがなかった!


――――――どういうことか?


簡単なことである。実に単純明快である。


――――――朱華のほうから攻撃を外していたからである。それも全部。


壁際に追い込まれて身動きができなくなって身を縮めてしまったセシリアに攻撃が当たらないように、尋常ではない鋭さと速さで以って虚空を薙いでいたのだ。

しかも、セシリアの側からでしか認識できないはずのシールドバリアーの境界スレスレを芸術的なまでに掠めているのだから、わざとやっていることは明らかであった。

しかし、それを認めた場合はもっと重大な問題に直面することになったのである。


――――――どういうわけか、朱華雪村にはこちら側のシールドバリアーが見えているだけじゃなく、完璧にこちらの動きを読んでいたことになるのだ。


あれだけの質と量を持つ攻撃を全て外しているということは、裏返せば そうするだけの技量があるということに他ならないのだ。

実際に 戦場においては、敵兵を殺すよりも生かして無力化するほうが遥かに難しいものである。

なぜなら、敵兵を生かしておいたら必ず敵にとってのチャンスがめぐり、それすなわち逆襲を受けてしまうからだ。

セシリアとしても『相手が初心者だから』と油断していたところは多分にあった。

心の何処かで朱華に対してISドライバーとしての力量差を誇示して鼻を明かそうと思っていたところがあった。

ところが、セシリアが想像していた以上に朱華の技量が高かったことに逆に心底驚かされてしまうのであった。

これほどの力量を持っているのだとすれば、おそらく格闘戦だけ見れば代表候補生に匹敵するものを持っているのは確実である。

しかし、それ以上にセシリアを怯えさせたのは――――――、


――――――黙っていればその強さを悟られることもなかったのに、いつまでも当てるつもりのない攻撃を延々と繰り返す様であった。



何が何だか分からない――――――それがイギリス代表候補生:セシリア・オルコットが抱いた恐怖であった。

掛り稽古だったとはいえ、初心者でありながら代表候補生を追い詰めるだけの力量を持っているのに、その力の使い方がまるで理解できなかった。

普通の人間ならば、見せびらかして誰かに自慢するために力を振るうか、本当に大事な局面までとっておくものである。

それなのに、今 セシリアの目の前で玩具の人形のように延々と当たらない攻撃を繰り返す彼の姿にはそういった人間らしい感情というものがまるで感じられない。

ただ 黙々延々と、疲れも知らない機械のように剣を正確に振り回し続けているだけであった。――――――しかも汗水垂らさず 無表情で。


――――――不気味すぎて怖い!


この時のセシリアはすでにまともな思考はしておらず、本気を出されていたらメッタ斬りにされていたかもしれないという現実的な恐怖はすでに消え去っていた。

もっと言えば、壁際に追い詰められて回避不能となってすぐにでもメッタ斬りにされるかもしれない――――――、

目の前で物凄い勢いで延々と見せつけられている・繰り出されている太刀の嵐ですらもとうの昔に眼中になかった。見えなくなっていた。

あるのは、他者には不可視のシールドバリアーを掠めるように正確に、素早く、何度も剣を繰り出すだけの人の姿をした精密機械への恐怖――――――!

人間だと思っていた存在が 実は人間の姿を精密機械だったことに気づいて(?)、サイバーパンクなホラー気分を味わっていたのである。




千冬「――――――止め! 掛り稽古はそこまでだ」パンパン!


朱華「………………!」ピタッ

朱華「………………フゥ」

セシリア「あ…………」ポロポロ・・・

朱華「さすがに疲れました……」ハア・・・


朱華「それで、どうしてセシリアさんは泣いているのでしょうか?」


セシリア「あ、え…………?」

千冬「…………代表候補生といえども所詮は小娘ということか」


新聞部「はいはーい! し、新聞部でぇーす……!」ゼエゼエ


セシリア「へ?」

朱華「また会ったような――――――」

千冬「…………ご苦労なことだな」


パシャパシャパシャパシャパシャ・・・・・・




――――――クラス対抗戦、当日


セシリア「“アヤカ”さんのおかげで近距離戦闘での対応がだいぶ上達しましたわ」

セシリア「感謝いたしますわ」ニコッ

朱華「どういたしまして」ニコー

セシリア「来月の学年別個人トーナメントで活躍できることを期待しておりますわ(最初と比べてだいぶ良くなってまいりましたわね)」

セシリア「それでは、観客席から私の勇姿をご覧になっていてください」

朱華「わかった」


タッタッタッタッタ・・・


朱華「………………」

箒「そこにいたのか、朱華」

朱華「………………」チラッ

箒「そうか。試合前にセシリアの様子を見に行っていたのか」

箒「何だかんだ言って、朱華も少しずつクラスのみんなと仲良くやっていけるようになったな」

箒「うん。よしよし」ニコニコ


朱華「ありがとう」


箒「…………へ?」

朱華「ありがとう」

箒「あ、ああ。――――――えと、何に対して『ありがとう』なのだ?」

朱華「あなたが“僕の友達”になってくれたこと。剣道部に誘ってくれたこと。礼儀を教えてくれたこと」

箒「ああ……、そういうことか」テレテレ

箒「どういたしまして」ニッコリ



箒「さあ! みんながお前のために席を開けてくれているはずだ。早く行こう」

朱華「はい」


「あの……、すみません」


箒「え」

朱華「………………」

「ここに来るのは初めてで――――――」

箒「…………来賓の方ですか?(あれ? 何かどこか会ったような…………それも物凄く懐かしい感じがする?)」

「ま、まあ そんなとこ。SPってやつだよ」

箒「それなら……、えと――――――」
                   ・・・
「ああ……、違うんだ。第1管制室にいる千冬姉に会いに行かないと――――――」

箒「え? ――――――『千冬姉』?」

「あ!? いや、違うんだ。織斑先生と面会しないといけなくて――――――」アセアセ

箒「え? え?」

朱華「………………」

箒「あれ? もしかして、あなたは――――――」

「…………!」


――――――そこにいたの、ハジメ。


「あ」

「もう! 勝手に離れないでよ。地図も持ってないのにあっちこっちぶらつかれたら探すのに一苦労なんだから」’

「ああ ごめんごめん……」

箒「あ、あの…………」

「ハジメの馬鹿がお騒がせしました。どうぞ、我々のことはお気になさらず。――――――では」’
          ・・・・
「そ、それじゃあな、箒ちゃん――――――あいたっ!? 何するんだよ!」

「もう何も喋らないで!」’

箒「え!? やっぱり、あなたは――――――!」

箒「待って! 待ってくれ――――――!」

朱華「………………」




鷹月「篠ノ之さん! “アヤカ”くん!」


箒「!」

本音「“アヤヤ”~!」

谷本「何してるの! 早く早く~! 試合 始まっちゃうわよ!」

相川「さあさあ!」

箒「あ、私は――――――」オロオロ


朱華「また会える」


箒「え」

朱華「また会えるさ」

箒「………………」

箒「そうだな。そう信じよう」フッ

箒「けど、意外だな。お前にそういってもらえるなんて」

朱華「………………」スタスタ

箒「ま、そういうところはまだまだ直ってないけどな」フフッ



参考:原作におけるIS〈インフィニット・ストラトス〉1年1組の面々と席順
http://livedoor.blogimg.jp/animega_hz/imgs/b/e/be1e2e42.jpg







「『馬鹿』って何だよ、『馬鹿』って」

「考えなしに行動して何度も失敗しているくせに一向に反省しようとしないから『馬鹿』って言うんだよ!」’

「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」’

「危うく正体が見破れそうになっていたじゃないか!」’

「あぁ……、それはその…………」

「本当にきみは僕がいないとダメなんだから……」’ハア

「そういえば、大学時代もそんな感じだったな」ニコッ

「反省してください」’

「あ、ああ! 今度はこんなことにはならないようにするから、な?」

「(そう言わせて、何回 裏切られたことか…………)」’

「(でも、そういった細かいことを気にしない彼の寛容さや包容力が魅力でもあるんだけどね)」’

「おーい! 見つかったかー? どこ行ってたんだよ! もうすぐ試合が始まるぞー!」”

「ああ 悪ぃ悪ぃ! トイレ 行ってすぐ戻ろうとしたら、なぜか外に出ちゃってさ――――――」

「何だそりゃ? お前の姉さん、カンカンだぞ!」”

「うげっ! こりゃやべぇ! 急ぐぞ!」アセアセ

「道草食っていたのは誰やら」’ヤレヤレ



――――――観客席


ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー

朱華「………………」(ただの置物)

箒「さて、クラス対抗戦――――――早速だが、出会って早々 火花を散らしていたイギリスと中国の代表候補生同士の戦いとなったな」

鷹月「そうね。どっちが勝つのかしら?」

相川「けど、4組の専用機持ちってのが何なのか気になるよね」

本音「ああ……、残念だけどカンちゃんの機体は――――――」

谷本「ねえねえ、“アヤカ”くん。オルコットさんの練習相手になってあげてたんでしょう? どんな感じだった?」

朱華「ずっと僕が攻撃してセシリアさんが受けに回るだけだった」

谷本「ふむふむ。なるほど。中国の第3世代機が格闘機だから“アヤカ”くんで練習したというわけね」

箒「…………だが、朱華の剣の腕はおそらく日本有数だ。もしかしたら代表候補生よりも斬り合いになったら強いかもしれない」

相川「ええ!? そうなの?!」

朱華「わからない。代表候補生の程度が僕にはわからない」

本音「“アヤヤ”は正直者ー」

鷹月「そうだよね。私たちも実感としてどれくらいの差があるのかわからないし」

鷹月「でも、訊かれたことには本当に正直に話してくれるよね。そういうところに好感が持てるかな」

谷本「ところで、――――――“アヤカ”くんのことをどうして“アヤヤ”と呼ぶの?」

本音「えー? “アヤヤ”のほうが言いやすいよー」

谷本「まあ 確かに」

朱華「“アヤカ”を崩して書くと“カ”が“ヤ”に見えないこともないから“アヤヤ”になったのでは?」

谷本「ああ なるほどね――――――って!」

周囲「キャー! シャベッター!」

朱華「………………」

箒「いやいや! 朱華はちゃんと受け答えするようになっただろう! いいかげんにしろ!」

鷹月「そういう篠ノ之さんも、初めて見た時の硬い印象がすっかりなくなっているよね?」

箒「え? あ、いや……、最初の頃は少しばかり緊張していただけだ」モジモジ

箒「(そう、何だかんだでこの少年“朱華雪村”もそうだが、私自身も特にわだかまりもなくこうしてみんなと仲良くやれている)」

箒「(IS学園に入れられた時は嫌で嫌でしかたがなかったが、入ってみれば何とかなるものだった)」

箒「(それに、今回の入学は幸か不幸か、運命の皮肉か、私自身が“篠ノ之 箒”――――――本名でいられることもあって気がずっと楽だった)」


――――――それでは、両者 規定位置に着いてください。


谷本「あ、オルコットさんの蒼い機体『ブルー・ティアーズ』が出てきたよ」

鷹月「同じように、2組のも出てきた」

箒「あれが、中国最新鋭機――――――」

朱華「………………」



――――――第1ピット:管制室


千冬「さて、今年は専用機持ちが3人も入ったわけだが――――――」

山田「そうですね。現在、第3世代への過渡期に入っていますから、運用データを採るために積極的に送り込んでいるのでしょう」

千冬「乗っているのは代表候補生の中でも指折りの天才児ばかりだ」

千冬「だが、基本的に実戦経験が不足しているスタンドプレーにしか使えないようなひよっこ共でしかない」

千冬「まあ 次世代機の制式採用を巡って少しでも機体の良さを魅せつけるためにそういった我の強い小娘を専用機持ちに選出している面もあるがな」

山田「まずは――――――というより、唯一の専用機持ち同士の戦いですが、どちらが勝つと思いますか?」

千冬「さあな」

千冬「だが、ISバトルにおいては機動力が何よりも重要だ」

千冬「なにしろ ISの機動力に対してアリーナは狭いから、場合によっては機動力のある格闘機の独壇場となる可能性が大きいのだからな」

山田「それって、現役時代の織斑先生のことですね」

千冬「余程のことでもない限りは射撃機が不利であることは間違いない。経済的な面から考えても射撃機は敬遠されがちだしな」

千冬「更に、第3世代型ISというものは基本的には『単一仕様能力以外のISの特殊能力を一般化した第3世代兵器』を搭載した機体を言う」

千冬「つまり、ISにしかできない摩訶不思議兵器を実現するために多大なエネルギーを消耗する――――――燃費は第2世代機を下回るという難点があった」

千冬「それ故に、第3世代型ISは2つの系統が存在することになる」

千冬「1つは、『ブルー・ティアーズ』のような第3世代型ISの定義通りの特殊武装を主力にした燃費の悪いタイプ――――――」

千冬「そしてもう1つは、中国の第3世代型IS『甲龍』のような革新性よりも燃費と安定性を重視したタイプだ」

山田「はい」

千冬「そして、『ブルー・ティアーズ』はISバトルにおいては不利とされる射撃特化機――――――」

千冬「『甲龍』は格闘寄り万能機といったところだ」

千冬「ならば、私がいったことを総合すれば おのずと優劣ははっきりすることだろう」



――――――アリーナのどこか


「え? お前……、本当にこれ、着るの?」”

「し、しかたないだろう! こ、これも任務の一環なんだし!」

「何もなければ見せつけることにはなりませんよ」’

「そうそう。黙って待っているだけで報酬が上乗せなんだぜ? できるなら何も起きないでいて欲しいな」

「だろうな。いくら任務とはいえ、男のお前がこんなのを着て 有事に対応しないといけないんだからよ」”

「しっかし、本当に女の子しかいない夢のような場所だよな、ここ!」”

「女子校ならばありふれている状況だと思いますよ」’

「だとしてもだ! やっぱりそんな場所にいると思うと、こう ビンビンに感じるものが……!」”

「あれ? お前の妹ってミッション系のお嬢様学校じゃん。そんなのしょっちゅう感じてるんじゃないのか?」

「あほか! そんなしょっちゅう我が愛しの妹の学び舎に通えたら、こんなこと 言わねえっての!」”


――――――試合開始!


「!」

「試合が始まったようですね」’

「へえ、イギリスの『ブルー・ティアーズ』と中国の『甲龍』――――――って、おい!」”

「あ! あれって――――――!」

「確か去年 祖国に帰っていった本場中華料理屋の娘さん――――――」’

「――――――“鈴”じゃねえか!」”

「あいつ、代表候補生だったのか?」

「今 調べましたところ、わずか1年で代表候補生にまで上り詰めた逸材だったようです」’

「マジかよ。あの鈴がねぇ…………」”

「あいつが、代表候補生…………」




――――――アリーナ:試合場


鈴「どうしたの? 息が上がってるんじゃない?」

セシリア「くっ」


――――――戦いはセシリアの劣勢となっていた。

互いに攻撃がうまく通らない消耗戦となってくると、燃費の悪いセシリアの『ブルー・ティアーズ』に対して燃費の良い凰 鈴音の『甲龍』とで差が出てきたのだ。

更に、『ブルー・ティアーズ』の同名の第3世代兵器『ブルー・ティアーズ』と『甲龍』の衝撃砲『龍咆』では手数や取り回しにも差があり、

様々な面で――――――戦略的にセシリアの『ブルー・ティアーズ』は最初から不利であり、それが目に見える形となって現れたのだ。

そもそも、ストッピングパワーと制圧力を両立していない射撃機など、ISバトルにおいてははっきりいって弱い機体であり、

かつて暗号名「水槽」やパンジャンドラムなどのキテレツ――――――独創的な兵器を開発してきた伝統あるイギリスらしい、

独自分野を切り開くつもりで送り込んだ機体がISバトルにおいては根本的にダメ要素を詰め込んだような機体に仕上がっていたのである。

単機でのバトルが主流のIS学園に送り出しているのに、――――――狙撃機(=支援機)とはこれいかに? 

アリーナも空間的には広いが平面的には1キロにも満たないのだ。これでどうやって相手から気付かれない遠方から安全に狙撃するというのだろう?

弾速が速いとはいえ、一撃死があり得ないISバトルにおいては、致命傷を与えられない精密射撃特化は有意義ではない。

おそらく、鈍重な『打鉄』レベルの機動力の低い機体か接近戦しかできない機体を仮想敵としていたのかもしれない。

だとしたら、第3世代へと移り変わって他の専用機の高性能化が進んで必然的に機動力も底上げされていくことを見越していなかったのだろうか?

やはり、どこか抜けているイギリス製の機体であった。


一方で、中国最新鋭機の『甲龍』はある意味においては中国らしい中途半端――――――革新的でもなく前衛的でもない落ち着いた性能となっていた。

それでも、基本性能は日本の傑作機である『打鉄』を軽く凌駕する性能を持っており、ISバトルの基礎をおさえたような扱いやすい機体となっていた。

ISバトルで相対的に有利な格闘戦に強く、中距離まで連射も貫通弾も自在で低燃費で撃つことができる『龍咆』で安定感は抜群である。

革新的な装備を開発できなかったことの裏返しだとしても、ISバトルで主流の接近戦に強く 持久力や継戦能力に優れる機体であり、

ISバトルという競技においては無難にまとまった強い機体といえた。――――――第3世代兵器の評価は別として。



セシリア「………………」ゼエゼエ

鈴「何よ、もう壁際じゃない! 逃げ回るのだけが得意のようね!」

鈴「でも、これで終わりよおおおおおお!」ヒュウウウウウウウウン!

セシリア「ですが――――――!」

鈴「?!」

セシリア「掛かりましたわね!(――――――そう! 『壁際』ですわ! 高度も十分!)」


機体性能だけで評価すれば確かに『ブルー・ティアーズ』は弱いし、『甲龍』は強い。それだけで一般的な優劣は決まる。

しかし、ISは自律稼働しているロボットではなく、人間が装備して効果を発揮する空戦用パワードスーツであり、

それはつまり、機体の有利不利を活かすも殺すもドライバー次第であり、実際には一筋縄ではいかないのが現実ということであった。




――――――
相川「マズイよ、マズイよ……」

谷本「がんばれ、セシリア!」グッ

箒「あの『甲龍』から放たれる何やら見えないもので『ブルー・ティアーズ』が壁際まで追い込まれたな……」

本音「衝撃砲かなー?」

谷本「“アヤカ”くん! ボーッとしてない応援しよう! このままだと――――――」


朱華「大丈夫。次には背後をとる」


鷹月「え」

箒「もしや、朱華がセシリアに秘策か何かを――――――?」

鷹月「あ、あれ!」

周囲「!」

朱華「………………」
――――――



セシリア「行きなさい、『ブルー・ティアーズ』!(――――――これが“アヤカ”さんとの訓練でひらめいた奇策!)」

鈴「でえええええええええええい!(――――――この土壇場でお得意の第3世代兵器の『ビット』?)」ヒュウウウウウウウウン!

鈴「(ああ びっくりした…………ただのハッタリじゃない!)」

鈴「(すでに4基の『ビット』に囲まれてるけど、撃たれる前に仕留めればそれまで! この至近距離なら尚更!)」

鈴「(静止状態でそれを使うだなんて自らの足を封じたも同然! このまま押し切る――――――!)」

セシリア「…………!(『ブルー・ティアーズ』は敵機を包囲した! そして、まだ敵の刃は届いてない!)」

セシリア「勝ちましたわ!(――――――そう信じて、『スターライトmkⅢ』およびPIC、カット!)」フラァ

鈴「でえええええええ――――――っ!?(何? あのドデカイ ライフルを解除した? どういうつもり――――――)」ブン!

セシリア「………………!」パッ

鈴「なっ!?」

スカッ

セシリア「今です!(――――――『ブルー・ティアーズ』! 敵を撃て!)」パチン!

鈴「きゃあああああああああ!?」ボゴンボゴーン!

セシリア「そして――――――!(――――――『スターライト』!)」ジャキ

ガコン!

鈴「うわぁ!?」ドスーン!

セシリア「チェックメイトですわ」ニヤリ


――――――
観衆「おおおおおおおおお!」

本音「スゴイスゴイ!」

朱華「………………」

相川「え? 何々?! 今のどうやったの?!」

谷本「2組の攻撃を間一髪で高度を下げて躱した! そして、下から回りこんで背後をとったんだ!」

鷹月「どうして第3世代兵器を使用している『ブルー・ティアーズ』が行動できたのかしら?」

箒「そうだな……。第3世代兵器はイメージ・インタフェースを使用している都合上、PICと脳波コントロールが被って動けなくなるものだと聞くが」


朱華「けど、使えないものを使わないようにはできる」


本音「ふぇ?」

谷本「ああ! そっか!」

谷本「ISはPICで空を飛んでいる――――――けど、イメージ・インタフェースを使っている最中は使えなくなる」

谷本「それでも、PICそのものは生きてるから空中で静止し続けることができてるんだ」

箒「!」

箒「そうか! PICそのものを切れば自由落下する! そうすればイメージ・インタフェースを使いながらも機体位置を下方向にはずらすことはできるんだ」

鷹月「けど、結構な賭けだったよね。あともう少し遅かったら当たっていたもんね」

谷本「そこは、『さすが代表候補生』ってことで」

谷本「攻撃を躱した一瞬であらかじめ展開していた『ビット』で攻撃した一瞬で、PICを回復して更にはあのおっきなライフルで――――――」

相川「逆に中国の代表候補生を壁に追い込んだんだ!」

本音「おー、“アヤヤ”の言うとおりー!」

周囲「!」

朱華「………………」(目を開けながら眠りこけているかのように身動ぎ1つしていない)

周囲「(凄いんだ、彼って……)」

箒「…………さすがだな、朱華雪村」ジー

谷本「さて、これで相手は背中にライフルを押し付けられて身動きが取れないし、初戦は1組が勝利ってわけね!」

相川「これは優勝 間違いなしね!」

周囲「ワーイ!」

鷹月「…………?」

鷹月「ちょっと待って、みんな!」

周囲「?」

箒「あ!」
――――――


セシリア「さあ、これでフィナーレですわ!」バヒュンバヒュン!

鈴「…………っ!」

鈴「なめんじゃないわよ!」

セシリア「!?」

セシリア「きゃああああああああ!(真後ろを攻撃してきた!? そんなまさか――――――?!)」ボゴンボゴーン!

セシリア「くっ!」ゼエゼエ

鈴「や、やるじゃない、あんた……!」ゼエゼエ


――――――
相川「え?!」

谷本「真後ろをとっていたのにセシリアが怯んだ?!」

箒「だが、セシリアの『ブルー・ティアーズ』のような誘導兵器はなかったではないか!」

本音「そっかー、『あれ』があの位置だと真後ろにも攻撃できるんだー」

相川「あー! これで勝ったと思ったのにぃ!」

鷹月「?」チラッ


朱華「………………」スッ


周囲「!?」

本音「立ったー、“アヤヤ”が立ったー!」

相川「び、びっくりしたー」

鷹月「ど、どうしたの、“アヤカ”くん?!」

箒「いや、だから! なんでそんなに朱華の動きにオーバーに反応するのだ、お前らは――――――」

朱華「………………」(アリーナ上空をジッと見つめている)

箒「――――――何が見えるのだ、朱華?」


朱華「光、大きくなって――――――」


箒「へ?」

周囲「???」

鷹月「あ! 試合の方も決着が――――――」
――――――


――――――バリィーーン! ピカーン! ドッゴーン!


鈴「何……?」ゼエゼエ

セシリア「何!? 何が起きましたの!?」ゼエゼエ



――――――
山田「システム破損! 何かがアリーナの遮断シールドを貫通してきたみたいです!」

千冬「――――――試合中止! オルコット! 凰! ただちに退避しろ!」

千冬「…………後のことはまかせた」
――――――
周囲「何? 攻撃が逸れたの?」

周囲「地震?」

ザワ・・・ザワ・・・

相川「い、今のって…………」

本音「おっきな光の柱が『バリーン! ピカーン! ドッゴーン!』って降ったー!」

箒「だいたいその認識であってはいるが……、これはいったい?」アセタラー

朱華「………………」


アナウンス「非常事態発生! リーグマッチの全試合は中止!」

アナウンス「状況はレベルDと認定! 鎮圧のため、教師部隊を送り込みます」

アナウンス「来賓、生徒はすぐに避難してください!」


箒「な、なにぃいい?!」

鷹月「シャッターが!」

周囲「キャーーーーー!」


相川「何だかよくわからないけど、私たちも避難しよう!」

谷本「そうだよ! 早く行こう、“アヤカ”くん!」

朱華「………………」

箒「おい、朱華! アリーナ天井の遮断シールドが破られたのだぞ! となれば、この観客席も危ないぞ!」

朱華「先に行ってください。どうせすぐに脱出できるわけないんだから」

箒「え」

谷本「どういうこと、“アヤカ”くん?」

朱華「声が小さくならない」

鷹月「?」

箒「…………?」


ドタバタ、ワーワー、キャーキャー!

ドタバタ、ワーワー、キャーキャー!

ドタバタ、ワーワー、キャーキャー!


箒「確かに そんなような気はするが……」

朱華「いつまでも声が小さくならない――――――」

鷹月「!」

鷹月「――――――ということは、『アリーナから出られなくて立ち往生してる』ってこと!?」

相川「それって、『出口が塞がってる』ってこと?」

谷本「これって……、ヤバくない?」

箒「だ、だからといって、ここにいても攻撃に巻き込まれる可能性は高いだろう! 少しでもこの場から離れるべきだ!」

本音「そうだよー、“アヤヤ”」

朱華「わかった」

箒「よし!」

鷹月「とはいっても、どこへどう逃げたら――――――」ウーム

バタバタ・・・・・・






















どれくらいの時間が経ったのだろうか――――――、





――――――スパーン!





朱華「………………!」ピクッ

箒「?」

箒「どうした、朱華?」

朱華「………………」ダッ!

箒「な、何をしている!? 自分から災いの近くに行くやつがあるか!」

朱華「………………!」

本音「“アヤヤ”、耳を宛てて隔壁の向こうの様子を聞き出そうとしてるのかなー?」

相川「でも 隔壁って、あれだけ分厚いんだよ? 耳を当てて中の様子なんて聞こえるもんかな?」


箒「いいかげんにしろ、朱華! いいから来るんだ!」グイッ

朱華「終わった」

箒「は? 今度は何だ?」

朱華「全て解決したみたい」

箒「へ?」


ドタバタ、ワーワー、キャーキャー!

ドタバタ・・・、ワーワー・・・、キャーキャー・・・!

ドタバタ・・・・・・、ワーワー・・・・・・、キャーキャー・・・・・・!


本音「あー、声が遠のいてくー!」

鷹月「ということは、『脱出できるようになった』ってこと……だよね?」

相川「なぜだかわかんないけど早く出ようよ、みんな!」

谷本「そうよ! 篠ノ之さんも“アヤカ”くんも急いで!」

箒「あ、ああ!」

朱華「………………」

箒「…………わかっていたのか、このことが?」

朱華「感じただけ」

箒「え? 『何が』だ?」


朱華「何かを斬ったような感覚が胸に響いた」


箒「???」

箒「何だかわからないが、『お前の勘がそう告げた』ということか? ともかく出るぞ!」

朱華「ああ」

朱華「………………」
――――――



セシリア「あ、あなたはいったい……?」

鈴「見覚えがある姿だけど…………」


千冬?「やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

千冬?「厄介事はこれっきりにして欲しいものだ」(左手を忙しなく震わせている)

千冬?「後のことは鎮圧部隊に任せる」


セシリア「その声! もしや――――――」

姿「ち、千冬さん!?(あれ? 何かそれにしては――――――)」


千冬?「ではな。今日の試合は全学年中止だ。鎮圧部隊と合流次第、お前たちも休んでいいぞ」


ヒュウウウウウウウウン!


セシリア「お、織斑先生にあのような専用機が与えられていただなんて、初耳でしたわ」

鈴「わ、私も……(でも、どこか違和感を憶えたのよね…………『どこが』とは言えないんだけど)」






――――――それから、


箒「結局、あの事件は『実験中だった機体の暴走事故』という無理矢理な形で処理されていた」

箒「私たち一般生徒は、事件発生直後に隔壁によって現場の様子は一切知ることが出来ず、」

箒「現場に居合わせたセシリアと凰 鈴音も決して詳しい内容を語ろうとはしなかった」

箒「しかし、全学年で同時並行して行われていたクラス対抗戦において、これとは別にとある事件が起きていたことはあまり知られていない」

朱華「………………」

――――――――――――

―――――――――

――――――

―――




クラス代表「さてさて――――――」(物理装着)

クラス代表「…………?」

クラス代表「何、この感覚…………」ドクンドクン

クラス代表「う、う――――――」

整備科生徒「どうしたの?」


クラス代表「うわぁあああああああ!」


周囲「!?」

整備科生徒「た、大変! 医療班、すぐに来て!」

整備科生徒「大丈夫? 物理解除できる?」

クラス代表「う、うぅう…………」ヨロヨロ・・・

クラス代表「ハッ」ビクッ


クラス代表「う、うわあああああああああああああああああああああああ!」


整備科生徒「?!」

整備科生徒「きゃあああああああああああああああああああ!」

教員「!」

教員「いかん、精鋭部隊! 取り押さえろ!」

精鋭部隊「いったい何が……!?」

精鋭部隊「ええい! 落ち着け!」

クラス代表「うわあああああああああああああああああああああああ!」


―――

――――――

―――――――――

――――――――――――



箒「この話は剣道部の先輩から聞かされた話で、――――――いつも通りに訓練機に乗った瞬間に気分の不調を訴え、唐突に暴れ出したという」

箒「そして、そのクラス代表は取り押さえられた後に特別病棟に運ばれていったが、そのまま意識不明となったそうな」

箒「原因不明で、宛てがわれた『打鉄』に何らかの重大な不備があったとして徹底的に調べられたそうだが、特に異常らしい異常はなかったという」

箒「ただ、話の中で気になっていた点があったのだが、それは――――――」


――――――その『打鉄』は朱華雪村に優先的に貸出されていた機体だったということ。


箒「それぐらいしか、特にめぼしいことは何もなかった」

箒「もちろん、クラス対抗戦前の数日には貸出が禁止されて整備科生徒の手によって点検もしっかりなされていたのだ」

箒「それ故に他に思い当たる節もなく原因不明というわけなのだが、」
          ・・・・
箒「私はどうしてか、そのことが物凄く心に引っ掛かっていて――――――」

朱華「………………」

箒「真相はどうなのかはわからないが、なぜかその薄ら寒さが朱華のイメージと重なってしまうのだ」

箒「いったいどうしてなのかはわからないが、――――――そう思っているのはやはりいい気分ではないので、」

箒「私と朱華はこうやって部活帰りの夕焼け空をただ眺めているだけなのだ」

朱華「………………」



――――――地下秘密区画


山田「やはり、無人機ですね」カタカタカタ・・・

山田「登録されていないコアでした」

千冬「そうか……」

山田「ISのコアは世界に467しかありません」

山田「でも、このISにはそのどれでもないコアが使用されていました」

山田「いったい…………」

千冬「…………」

山田「それに、無人機の襲撃の影に隠れてしまいましたが、」

山田「訓練機に乗って突然の暴走――――――」

山田「こちらの方で調べてもやはり何も異常は見受けられませんでした」

千冬「思い当たる節は、その機体には“あいつ”が乗り続けていたことだが、数日前には返却されて整備されているからその線はないか」

千冬「そもそも、訓練機には「最適化」の機能をオフにしてあるから、パイロットの癖や傾向を学び取る能力はないはずだ」

山田「そうですよね……」

千冬「いったい何が起きたと言うのだ……」



「これは、もしかしたらとんでもないことになっているのかも…………」

「そう、ISにも心はある。だとしたら――――――」

「――――――『存在そのものが冒涜的』か。本当に『そんなもの』になっていたのかもしれないわね」



登場人物概要 第2話A

朱華雪村
基本的に人付き合いが苦手――――――どころではないのだが、篠ノ之 箒という世話人がついたことで徐々にIS学園に適応していく。
箒の推測では『国内有数の少年剣道家だったのではないか』と思われるほどの卓越した剣技と知見を持っているが、本人が操り人形なのでなかなか見る機会がない。
“世界で唯一ISを扱える男性”というとてつもなく貴重な存在であるが、普段はマネキンのような存在なのでその重要性もあとかたもなく打ち消され、
『1年1組という小さな枠組みの中のマスコット』として奇妙な親しみと敬意を以って愛でられる存在に落ち着くことになった。
とにかく不思議・奇妙・異様などの言葉しか出てこない不思議系キャラとしての不動の地位を確立しているのは確かである。
周囲も、不思議と彼を思春期真っ只中の健全男子とは思っておらず、篠ノ之 箒との関係性から子供扱いされているのかもしれない。


篠ノ之 箒
コミュ障の子守を担当することになって、女子力(母性)に磨きがかかっているという他では絶対に見られない一風変わった篠ノ之 箒である。
今作では、普通にクラスの友人も多く、異性に対する悩みの種があまりないので煩悩に苛まれる場面が一切なく、極めて健全な毎日を送れている。
というか、完全に朱華雪村との関係は母と子の関係であり、それが周囲に認知されていくことになり、本人も朱華のことを我が事のように考えるようになっている。
これもまたISに関わったことで重要人物保護プログラムを受けた者同士による『傷を舐め合う道化芝居』なのだろうが、
何だかんだで朱華雪村が徐々に真っ当な対応をしてくれるようになってくれることに手応えとやり甲斐を感じつつあるので穏やかながらいい刺激になっているようだ。


セシリア・オルコット
今作においては、存在感が極めて薄い人。どれくらい薄いと言えば、『ブルー・ティアーズ』の蒼さが無色になるぐらい希薄。
現在のところ、朱華雪村はクラスのマスコット、篠ノ之 箒は彼の母親役、セシリア・オルコットはただのクラス代表という位置づけなので、
特に朱華雪村との接点はない。もう1人のクラスの顔役に収まりつつある箒とは信頼できる間柄として一定の距離感を保ちつつあるが。


凰 鈴音
今作ではまさしく『2組』。――――――以上。



第2話B 出動! 仮面の守護剣士
"Blade Runner" the Mysterious Guardian

――――――4月半ば

――――――五反田食堂


弾「いやぁー! 久々の我が家の飯は美味い!」

一夏「ああ。上京していたから本当に久々だぜ!」

友矩「それでも、何度か僕も連れてここに来たよね」

一夏「何だか『帰省したら必ずここ!』って感じで、ここで飯を食って初めて『帰ってきた』って実感が湧くぜ」

蘭「そうなんですか、一夏さん!」パァ

一夏「ああ。蘭ちゃんもずいぶん大きくなったな。来年はもう高校生か」

蘭「は、はい……」テレテレ

蘭「あの、一夏さん? またいつかのように“家庭教師”をしてくれませんか?」モジモジ

一夏「ああ…………どうしよう」

弾「な、何を言ってるんだ、我が愛しの妹よ! お兄ちゃんが居るだろう!」アセアセ

蘭「いや、お兄なんかよりも有名私立のK大卒の一夏さんのほうがずっと頼りになるし」

弾「のおおおおおおおおおおおお!」ガビーン!

弾「おおう……、これが反抗期というやつなのか…………」orz

蘭「ああもう! お兄ったらいっつもそう――――――」

一夏「なあ 友矩? また家庭教師でバイトしても大丈夫かな?」

友矩「そこは難しいですね。非常事態への迅速な対応が求められてますから」

一夏「でも、意外と暇なんだよな、毎日……」

友矩「それなら、副業として非常勤高級マッサージ師として働きますか? 予約制で顧客の管理もしやすいですよ?」

一夏「うぅん……」




――――――織斑一夏 生家


弾「それじゃ、ローディーの業務に戻るから、“仕事”が来たらまた会おうな」

一夏「ああ。送ってきてくれてありがとな」

友矩「では、また」


ブゥウウウウウウウウウウウン!


一夏「懐かしいな」

一夏「相変わらず、郵便受けには溢れるばかりの配達物が詰まってるな…………」

友矩「きみの姉は初代『モンド・グロッソ』総合優勝者“ブリュンヒルデ”だからね。歴史に名を刻む伝説的な人物だ」

友矩「だけど、きみも巷でかなりの有名人だからね。――――――“スケコマシ”だけど」

一夏「え?」

友矩「僕ときみは大学で知り合った仲だけど、大学のサークル活動できみは大学や地域から注目されるぐらいの知名度を得ていたじゃないか」

友矩「バレンタインデーの贈り物が山ほど贈られ、男子の羨望と嫉妬を一身に受けながらも、きみはそれを気にすることなく、」

友矩「律儀にホワイトデーだけで全てのお返しを達成したんだからさ」

友矩「しかも、きみにプレゼントしてきた相手というのも凄い顔触れで、」

友矩「大学の友人・後輩・先輩はもちろん、OBやら教授やら用務員のおばさんやら何まで――――――」

友矩「果ては、保護者や地元の名士の人妻や地域の高校生やら中学生やら、よりどりみどりだったね…………」

一夏「あんなの 付き合うだけでも大変なだけだ~」

一夏「こっちの経済状況を考えてプレゼントしてくれよな~! お返しのプレゼント代で貯金が吹っ飛んだんだから!」

友矩「けど、その偉業が1つの伝説となり、女に不自由しないのに身銭を切るぐらい誠実であり続けるきみを――――――、」


――――――人は“童帝”と呼んだ。


一夏「相変わらず酷いネーミングだよな」

友矩「そして、やがて大学では“童帝”に対する態度によって2つの男子の派閥が生まれることになった」

友矩「1つは、ありとあらゆる女性からの寵愛を受ける“童帝”に対して嫉妬の炎を燃やすアンチ」

友矩「もう1つは、“童帝”の近くにいることでそのおこぼれを得ようとするプリーザーだ」

友矩「そんなわけで、きみの周りには自然と人が集まっていった……」

一夏「そんなのがいたような、いなかったような…………」

友矩「きみは興味なかっただろうけど、学園の中心として常々マークされ続けていたんだからね」

一夏「…………う~ん。でも結局、最初から最後まで俺の側に居てくれたのは友矩だけじゃん」

友矩「そうだね。それで常々 僕は『一夏の本妻』だとか『ホモ』だとかからかわれたもんだ」

友矩「きみの寵愛を受けようとする女性陣からの嫉妬が痛かったなぁ…………」

友矩「でも、きみというやつは『女よりも男』『恋愛よりも友愛』だったからね。僕以外にもそういった被害に遭っていた子がいてね――――――」

一夏「何の話だ?」

友矩「そして、肝腎な話をしている時に限って一人妄想に耽って聞き流しているだもんな……」ハア



一夏「さて、こうやって長期休暇をもらわないと帰ってこれなくなった我が家だけど――――――、」

一夏「千冬姉、ちゃんと部屋の整理ができてるかな?」

友矩「1歳違うだけで、ずいぶんと差が開くものだよね」

一夏「そうなんだよ。男の俺が頑張らなくちゃいけなかったのに、千冬姉も『自分は女ではない』って言い張ってさ?」

友矩「しかし、幸いにもきみの姉が高校生にしてプロのISドライバーとして収入を得られることになったから、生活はそれ以降 安定していったんだよね」

一夏「そうなんだよな…………けど、それのせいで千冬姉は家を空けることになって、俺が留守番役が固定化されていって――――――」

一夏「ついでに、そんな姉を労るために美味しい料理や上手なマッサージのやり方を覚えるようになって――――――、」

一夏「それでますます、千冬姉は家ではグウタラになっちゃったんだよな……」

一夏「いや、俺のために体を張って稼いできてくれてるんだから、俺からは特に言うことはないけど…………」

一夏「いざ 上京してアパート暮らしになる時、俺は自分のことよりも家のことがメッチャクチャ心配になったんだよな」

一夏「千冬姉って生活能力が皆無だし…………まあ 千冬姉は家を空けている期間のほうが長いから家事の心配はほとんど要らないんだけどさ?」

一夏「けど、たまに帰ってきた時が心配で心配で…………」

友矩「結局、過去何度か家に帰ってきて悲嘆に暮れることになったわけで――――――覚悟を決めよう」

友矩「いつまでも玄関前で立ち往生しているわけにはいかないよ?」

一夏「あ、ああ…………」

一夏「さて、――――――パンドラの箱を開けるとするか」ガチャリ

友矩「…………今回はどんな感じなんだろうね」



「一夏! 冷蔵庫にあるものは全部捨てよう! いつの卵だ、これ!? 他にも牛乳とか腐ってるよ!」’

「友矩! なんで風呂場があんなにカビてるんだ!? それに床が薬剤をこぼしたのか傷んでやがる!」

「一夏! このコンセントに刺さっていたプラグ、埃 被りに被って漏電してる! それに、あっちこっち埃塗れじゃないか!」’

「友矩! 何だ、この洗濯物の山は!? それに布団から強烈な臭いが――――――!」

「一夏ああああ!」’

「友矩いいいいいい!」



――――――日没


一夏「」グデー

友矩「」グデー

一夏「毎度ながら、千冬姉の生活能力の無さは殺人級だぜ……」

友矩「まったくもって同意。毎回毎回、これはひどすぎる…………」

一夏「あ、もうこんな時間だ。今日は泊まってくか?」

友矩「そうさせてもらうよ。干した洗濯物も取り込んでないし、明日はちょうど燃えるゴミの日だしね」

一夏「それじゃ、友矩。洗濯物を片付けてくるから、今夜の晩御飯 頼む」

友矩「うん、わかった。何が食べたい、一夏?」

一夏「まかせる。友矩の料理は本当に美味いからな」

友矩「それじゃ、買い出しに行ってくるよ」

一夏「ああ。行ってらっしゃい。楽しみに待ってるぜ!」

友矩「うん」


それから二人はいつもどおりに一夜を共にするのであった。




――――――数日後


一夏「――――――『クラス対抗戦』?」

友矩「そう。そこで今年の入学生の将来を占う場となるんだ」

友矩「普段なら乗りなれないその他大勢に対して国家代表候補生が共通の訓練機に乗ってクラス代表として戦うんだけどね」

友矩「今って第3世代への過渡期ということで各国で第3世代兵器の実験機が大量に造られているでしょう?」

一夏「そうだったな。それで財政危機に陥っている国が劇的に増えて世界的な社会問題になっていたよな。――――――マスコミは報じないけど」

弾「うんうん。あんまり言いたくはないけど、その金策として『代表候補生のアイドル活動を奨励させてる』って陰で言われるぐらいだもんな」

友矩「だから、今年は世界最新鋭の第3世代型ISが3機も学園に送り込まれているわけです」

友矩「確認されてるのは、イギリスと日本、それから中国だね」

一夏「ふぅん」

弾「…………『中国』か」

友矩「というわけで、IS学園としても日本政府としても万が一に備えて、僕たち“ブレードランナー”に警備に就いていてもらいたいと」

友矩「クラス対抗戦当日は、IS業界の業界人が来賓として出席されるので――――――」

一夏「わかったわかった」

一夏「要は、秘密警備隊“ブレードランナー”の趣旨に従って、なるべく穏便に『IS学園の平和な日常を守れ』ってことなんだよな?」

友矩「ま、そういうことです。それさえわかっていれば事の重大さの大小なんて関係ないですね。説明もこれぐらいでいいでしょう」

友矩「けど、この任務は――――――」

弾「ま、頑張るのは一夏だから、俺としては楽でいいんだけどさ?」

一夏「そりゃあ無いだろう、弾?」

友矩「事実でもあります。僕たちは正規の警備員では無いのでおおっぴらに活動できないからこそ、あなたを立てて行動しているのですから」

一夏「うん…………そうなんだけどさ」

弾「ああ……、悪かった」


弾「…………ところでさぁ?」

一夏「どうした、弾?」

弾「俺たちってどういう立場でIS学園に入り込むんだ? 非正規ってことはIS学園の連中も知らないんだろう、俺たちのことは」

友矩「そうですね。僕たちは日本政府直属の部隊で、IS学園においても僕たちの存在を知っているのは織斑先生や学校長などごくわずかです」

一夏「千冬姉…………」

友矩「ですから、表向きは日本政府からの査察官として行動することになりますね」

友矩「もちろん、僕たちが活動に専念できるように本物の査察官を複数付けてくれるそうです」

弾「となると、変装するってわけか」

友矩「ええ。基本的には黒服に変装していれば大丈夫でしょう」

弾「そっか」

友矩「くれぐれも粗相がないようにお願いしますよ?」ジー

弾「!」ビクッ

弾「わ、わかっております、ちゃんと!」ビシッ

一夏「へえ」


友矩「そうだ、一夏」

一夏「何?」

友矩「今の装備のままでISを展開したら即 正体がバレるから『日本政府が用意した新しいISスーツに着替えるように』と指令を受けている」

一夏「そうなのか。それじゃ早速試さないとな」

友矩「ISスーツはゲスト用のロッカーの中に入れたから」

一夏「わかった」

弾「う、ううん?」

スタスタスタ・・・

弾「………………」

友矩「どうしました、弾さん?」

弾「ふと思ったんだが、新しいISスーツってもしかして――――――」

友矩「ええ。あなたの想像通りだと思いますよ」

弾「…………マジかよ」

弾「まあ……、IS学園にいる“世界で唯一ISを扱える男性”以外の男のIS乗りの存在は絶対に隠さなくちゃならないから、理由はわかるんだけどさ……」

弾「しかも、表向きだと“ブレードランナー”の正体は――――――」


「なんだぁこりゃあああああああああああああああ!?」


友矩「…………そういうことです」
        ・・・
弾「何もわざわざ実の姉に似せる必要はあるのかな……」

友矩「けど、そうすることによって相互不信による世界的な不和や混沌を未然に防げるのならば――――――!」

弾「なら、涙を呑んでやってもらうしかないな(けど、俺はそのおかげでIS学園という地上の楽園にぃ――――――!)」

友矩「どうしました、一夏? 早く来て見せてくださいよ」


「だって、これって――――――」


友矩「『だって』も何もないですよ。それを着ないと実際の警備活動ができません」

弾「一夏、大丈夫か? 無理ならやめればいいじゃんか」


「いや、わかってはいるんだ! こうするのがベストだっていうのは…………」


弾「…………こう言っちゃ難だが、何かいけない趣味に走らなければいいんだがな」

友矩「恥も外聞も、そして我執をも捨てて大道を成しなさい」


――――――そこに人を活かす剣はありますよ。


「あ、ああ! こ、股間が、股間があああああああああああ! 痛ってえええええええええ!」



――――――クラス対抗戦、当日

――――――IS学園

――――――クラス対抗戦、開会前


査察官「では、ここは我々に任せて有事の対応を頼むぞ、“ブレードランナー”」(黒服)

一夏「はい。任せてください!」(黒服)

弾「へえ、ここがIS学園か…………」ドキドキ(黒服)

査察官「おい!」

弾「あ、はい!?」ビクッ

査察官「仮にも日本政府の代理人の一人としてここにいる自覚を持て」

査察官「サングラス越しにもお前の下心は透けて見えるぞ」ギロッ

弾「は、はいぃ!」ビシッ

友矩「では、僕たちは1年生の大会会場に向かいましょう」(黒服)

査察官「頼んだぞ」

査察官「今年は最新鋭の第3世代機見たさに来賓席には弱小企業も詰め寄っている。それぐらい重要なイベントなのだ」

査察官「それだけに良くないことが起こりそうなのは明白だ」

査察官「学園の教師部隊にもなるべく存在を知られないように用心するのだぞ」

一夏「はい!」

一夏「では!」

査察官「うん」




――――――第1アリーナ 第1ピット:管制室


山田「あ! 一夏くん!」

一夏「久しぶりですね、真耶さん」スチャ(サングラスを外して笑顔で応える)

山田「ええ、本当に……」モジモジ

一夏「そして――――――」


千冬「ようこそ、IS学園へ」


一夏「来たぜ、千冬姉」

千冬「ここでは“織斑先生”だ。馬鹿者」フフッ

一夏「はい。“織斑先生”」ニコッ


弾「お、おおう!? だ、誰なんだ、あの胸に2つメロン入れてるメガネさんは!?」ヒソヒソ

友矩「彼女は山田真耶――――――かつての第1期日本代表候補生の一人で、織斑千冬の同期の中でも随一の射撃能力を持った実力者です」ヒソヒソ

弾「そうだったのか……」ヒソヒソ

弾「で、なんで一夏とあんなに親しそうなんだ?」ヒソヒソ

弾「ま、まるでフィアンセが帰ってきた時のようなすっごくいい笑顔じゃないか! 顔を赤らめてよ!」ヒソヒソ

友矩「しかたありません。一夏は姉の公式サポーターの一人として訓練場を訪れたことがありますから」ヒソヒソ

友矩「その縁で初代の日本代表候補生のほとんどの方とパイプを持っているのです」ヒソヒソ

弾「な、なにぃいいいいい?!」ヒソヒソ

友矩「彼の公式サポーターとしての役割は高級マッサージ師でして、織斑千冬が絶賛したことから彼のマッサージを――――――」ヒソヒソ

弾「それ以上 何も言うなあああああああ!」ヒソヒソ




千冬「そこ、何をヒソヒソと話している?」

弾「あ、いえ。お久しぶりです、織斑先生」

千冬「ああ。五反田食堂のところの――――――」

千冬「本当に久しぶりだな。面と向かってこうして話し合う関係になるとは思いもしなかったよ」

弾「あ、はい。俺としても本当に人類の半分以上が踏み込むことができない場所に入れたことが今でも半信半疑です」

千冬「こんな弟だが、これからもよろしく頼むぞ」フフッ

弾「え、ええ! 是非とも一夏のことはまかせてください!」

弾「(ああ 良かった。一夏のやつと一緒にいてようやく報われたような気がする!)」

山田「それでは、五反田さん。しばらくの間 モニターの監視をお願いします」

山田「ここ以外でも監視は厳重に行われてはいますけれど、人手は多いに越したことはありませんから」ニッコリ

弾「は、はいぃ! おまかせください!」

弾「(ウヒョー! モニターには可愛い子ちゃんばっかり映ってるじゃん!)」チラッ

山田「?」

弾「(それに、隣には男のロマンが詰まったものが――――――)」ドクンドクン


千冬「友矩か」

友矩「はい」

千冬「その……、いつもいつも弟が世話になっている」

友矩「好きでやってることですから」

千冬「そうか。私もできることならば一夏と共にありたいものだが、いかんともしがたい」

千冬「お前のことを羨ましく思うよ」

友矩「これからはどうなんです?」

千冬「そうだな。少しは良い方向に変わると信じてるよ」

友矩「そうですか」ニッコリ




千冬「さて、遠路遥々ご苦労だったな。コーヒー1杯飲んでリラックスしてくれたまえ」

弾「あ、ありがとうございます!(うっは~! あの千冬さんが俺のためにコーヒーを淹れてくれてるよ! 安物でもすっげー感激する!)」

友矩「あ」

一夏「なあ、千冬ね……織斑先生」

千冬「どうした? まだ時間に余裕があるからブリーフィングは少し待て」

一夏「そうじゃなくてさ、『コーヒーの好みが変わったのかなぁ?』って……」

千冬「…………うん?」

山田「先生。あ、あの……、それ、塩なんですけど」

千冬「え」

千冬「あ…………」カア

弾「おおっと……!(…………これは貴重なものを見たぞ!)」

友矩「おや、弟さんと一緒に働けることに内心 感激していたわけですか。本当に喜ばしい限りですね」ニコニコ

山田「そうだったんですか~! これからも一緒の時間を過ごせると、……その、いいですよね」モジモジ

千冬「ま、待て! これは、単純に見間違えただけだ! わかったな!」ドキドキ

山田「は~い」ニコニコ

友矩「素直じゃありませんね」ニコニコ

千冬「むぅ」

一夏「やっぱり千冬姉は“千冬姉”だったんだ……」クスッ

千冬「!」

千冬「ち、違うぞ、一夏! これはだな――――――」アセアセ


姉弟「――――――」


山田「あらあら、口調も態度もすっかり――――――」ニコニコ

弾「良い物 見られたな~(何か今日は感激するようなイベントばかりだな、おい! 来てよかった……)」ニコニコ

友矩「こういう時でないとゆっくり話すこともできませんから、これはこれはいいんです」フフッ


――――――素直が一番ですよ。




千冬「さて、一通りの説明はすんだか」

弾「あの……、専用機持ちが狙われるから俺たちが呼ばれたってのはわかってるんですけど――――――」

山田「どうしました、五反田さん」

弾「戦力比がおかしくないですか?」

弾「なんで最新鋭の第3世代機同士の対戦がある第1アリーナの防衛戦力が少ないんですか!? 一番大切なのはここですよね!?」

山田「それは――――――」

友矩「単純なことです」

友矩「“ブレードランナー”の実力をそれだけ高く評価している――――――、ということです(けど、今回のは明らかに――――――)」

一夏「そうなのか?」

千冬「まあ そういうことだな。通常の防衛戦力の何倍かを具体的な数字で表現されたらそれは戸惑うだろうが」

友矩「次いでに言うと、ほとんどの学園関係者にも『“ブレードランナー”の正体は織斑千冬』だと言い含めてあるので」

弾「……なるほどね」

千冬「次いでに言えば、非常事態への備えと自覚は2年生からは自主的になされている」

千冬「他にも、非常事態の交代要員も優秀な生徒を募って精鋭部隊を組織してあるから、危機管理に関しては十分だ」

千冬「むしろ、入ってきたばかりでまだ何も知らないひよっこ共の安全確保のほうが難しい」

一夏「そうなんだ」

千冬「ああ。非常事態において重要なのはちゃんとこちらの指示に従って避難してくれるかどうかにかかってくるからな」

千冬「こちらの指示を聴かずに、手前勝手で不見識な危機意識であることないこと吹聴してパニックを起こされたらたまったものではない」

友矩「そう、助かってもらいたい方と助けてもらいたい方の相互の信頼と連携がないと救助というものは成功しないわけです」

弾「そうだな。それはそうだ」

一夏「なんだ、当たり前のようなことだよな、うん」

友矩「…………一夏」ハア


一夏「どうしたんだよ、友矩? 急に溜め息なんてついて」

友矩「一夏、僕はきみがどういう人間なのかはよくわかっているつもりだけど…………」

一夏「?」

千冬「なるほどな(お前も相当苦労してきたというわけか。いつもいつもすまないな)」

一夏「千冬姉も何だって言うんだよ」

千冬「『そういうところが』だ」ゴツーン!

一夏「あいだっ!?」

千冬「『“織斑先生”と呼べ』と言ったはずだ。気を抜いてすぐ忘れたのだな」

一夏「あ、ああ…………」

千冬「他に訊きたいことはないか? 時間も結構経ったが、まだ時間に余裕はあるぞ」

弾「あ、大丈夫です。後は一夏がやってくれますから」
                       ・・・
一夏「あ、ああ! そうだとも! 見ていてくれ、千冬姉――――――」

一夏「あ」

千冬「やれやれ」

千冬「先にトイレに行って来い。男子用のトイレは限られているからな」

一夏「わ、わかりました、織斑先生…………」

スタスタスタ・・・

千冬「さて、何も起こらなければそれでいいのだがな」

山田「はい」

友矩「…………あれ?」

弾「どうした、友矩?」

友矩「何か重要なことを忘れているような――――――」

千冬「何だ、それは? 心配事や厄介事はさっさと解決して任務に集中しろ」

友矩「わかってます(今回の任務に対する不満のことじゃない――――――)」

友矩「(僕はさっき何を心配したんだ? 『一夏が一人でトイレに行けるか』ってことか?)」

友矩「(それは問題ないはずだ。仮に一夏が迷ったとしても、ここからのモニターでアリーナ内部の様子は全部把握できる。それで迎えに行ける)」

友矩「(だけど、一夏と長年の付き合いをして様々な修羅場を傍から目撃してきた僕の直感が告げている!)」


――――――『一夏はきっと何かをやらかす』と!



――――――試合開始10分前


一夏「や、やっべえ……」(黒服)

一夏「今、俺 どこに居るんだよ……!」

一夏「最初に友矩が連れてきたように入り口まで出てみて、」←そこからして間違えている

一夏「そこから入り直しているはずなのに、なんで管制室に辿り着けないんだよ!」

一夏「まずい! もう試合開始までほとんど時間がないじゃないか! もう配置についてないといけないのに――――――!」アセアセ

一夏「あ!」



少年「………………」

少女「そこにいたのか、朱華」

少年「………………」チラッ



一夏「あ、良かった。まだ観客席に行ってない生徒が居たよ」ホッ

一夏「あれ? でも、白ズボンで身長も割りと高い子だな」

一夏「ハッ」

一夏「もしかして、“彼”がそうなのか!?」

一夏「そっか。ちゃんとこんな時間まで付き添ってくれている女の子がいるんだ」

一夏「…………良かった。ひとまずは安心だな」フフッ

一夏「一人で孤立しているじゃないかって思ってたけど、あの様子だと信頼できる相手がいたようだ」

一夏「良かった良かった――――――ん?」

一夏「あの髪型――――――!」

一夏「もしかして――――――」ダッ

一夏「ハッ」ピタッ

一夏「だ、ダメだ! 見知った顔だからって迂闊に飛び出ちゃダメだ!」

一夏「それに、俺はすぐにでも行かないと行けないんだ! だから、慎重に道を聞かないと!」アセアセ




少女「さあ! みんながお前のために席を開けてくれているはずだ。早く行こう」

少年「はい」


一夏「あの……、すみません」(黒服)


少女「え」

少年「………………」

一夏「ここに来るのは初めてで――――――」

少女「…………来賓の方ですか?」

一夏「ま、まあ そんなとこ。SPってやつだよ」

少女「それなら……、えと――――――」
                     ・・・
一夏「ああ……、違うんだ。第1管制室にいる千冬姉に会いに行かないと――――――(あ、やべっ…………)」

少女「え? ――――――『千冬姉』?」

一夏「あ!? いや、違うんだ。織斑先生と面会しないといけなくて――――――」アセアセ

少女「え? え?」

少年「………………」

少女「あれ? もしかして、あなたは――――――」

一夏「…………!(ヤバイヤバイヤバイ! こんなところで道草食っている暇はないってのに――――――!)」


友矩「そこにいたの、ハジメ」


一夏「あ」

友矩「もう! 勝手に離れないでよ。地図も持ってないのにあっちこっちぶらつかれたら探すのに一苦労なんだから」’

一夏「ああ ごめんごめん……(また助けられたな、友矩…………心の友よ!)」

友矩「あ、あの…………」

友矩「ハジメの馬鹿がお騒がせしました。どうぞ、我々のことはお気になさらず。――――――では」’
            ・・・・
一夏「そ、それじゃあな、箒ちゃん――――――あいたっ!? 何するんだよ!」

友矩「もう何も喋らないで!」’

少女「え!? やっぱり、あなたは――――――!」

少女「待って! 待ってくれ――――――!」

少年「………………」






一夏「『馬鹿』って何だよ、『馬鹿』って」

友矩「考えなしに行動して何度も失敗しているくせに一向に反省しようとしないから『馬鹿』って言うんだよ!」’

友矩「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」’

友矩「危うく正体が見破れそうになっていたじゃないか!」’

一夏「あぁ……、それはその…………」

友矩「本当にきみは僕がいないとダメなんだから……」’ハア

一夏「そういえば、大学時代もそんな感じだったな」ニコッ

友矩「反省してください」’

一夏「あ、ああ! 今度はこんなことにはならないようにするから、な?」

友矩「(そう言わせて、何回 裏切られたことか…………)」’

友矩「(でも、そういった細かいことを気にしない彼の寛容さや包容力が魅力でもあるんだけどね)」’

弾「おーい! 見つかったかー? どこ行ってたんだよ! もうすぐ試合が始まるぞー!」”

一夏「ああ 悪ぃ悪ぃ! トイレ 行ってすぐ戻ろうとしたら、なぜか外に出ちゃってさ――――――」

弾「何だそりゃ? お前の姉さん、カンカンだぞ!」”

一夏「うげっ! こりゃやべぇ! 急ぐぞ!」アセアセ

友矩「道草食っていたのは誰やら」’ヤレヤレ



――――――第1アリーナ 競技場第1搬入路:控え室


弾「え? お前……、本当にこれ、着るの?(最初はあまりの衝撃で記憶が吹き飛んだけど、改めて見ると――――――)」ドンビキー

一夏「し、しかたないだろう! こ、これも任務の一環なんだし!」カア

友矩「何もなければ見せつけることにはなりませんよ」

一夏「そうそう。黙って待っているだけで報酬が上乗せなんだぜ? できるなら何も起きないでいて欲しいな」アセタラー

弾「だろうな。いくら任務とはいえ、男のお前がこんなのを着て 有事に対応しないといけないんだからよ」

弾「しっかし、本当に女の子しかいない夢のような場所だよな、ここ!」

友矩「女子校ならばありふれている状況だと思いますよ」

弾「だとしてもだ! やっぱりそんな場所にいると思うと、こう ビンビンに感じるものが……!」

一夏「あれ? お前の妹ってミッション系のお嬢様学校じゃん。そんなのしょっちゅう感じてるんじゃないのか?」

弾「あほか! そんなしょっちゅう我が愛しの妹の学び舎に通えたら、こんなこと 言わねえっての!」


そして、彼ら“ブレードランナー”の待機場所である入場口に一番近い控え室に辿り着いた一夏はISスーツを着ることに躊躇いを見せつつも着替え始めた。

大の男2人が見ている中で衣服を脱ぎ捨て、持ち込んでいた“ブレードランナー”専用のISスーツをまとった姿は凄かった。

なにせ、“ブレードランナー”=“ブリュンヒルデ”織斑千冬だという認識を周囲に植えつけるために、

体格がまったく違う弟の一夏に胸や腰、肩周りを女性らしく見せるためにピチピチのISスーツに偽乳などが付けられていたのだから。

しかも、肌を晒さないための全身を覆うフルスキンであり、キュウキュウと全身を締め付けてくるので着るのは本当に手間がかかるし、苦しみさえあった。

特に、女にはない部分である男の股間のあれは万が一勃起したら確実に疑われるので、ファウルカップの部分に合わせながら着るのだが、

それがフルスキンのピッチリスーツのワンピースなのだから難しいの一言。ツーピースなら上と下にわけて落ち着いて着ることができるのだが…………。

そして、ただでさえ肌に密着するピッチリスーツなので男のあれが引っ掛かってばかりなのだ。肌触りもよくないのであれが擦れて気になる。

更にはっきり言えば、ISには展開したと同時に瞬時に格納されたISスーツに着替える機能がついており、それを使えばこんな苦労はせずに済む。

――――――そう、こんなのは時間の無駄である。

だが、そのほうがあまりにも楽すぎて、あらかじめこの織斑千冬擬態用ISスーツを着ようという努力をしなくなるためにこうして無理矢理やらされているのである。

量子展開によるものはどこでも瞬時に行えるという利点がある代わりに、その分だけエネルギーを消耗するので万が一の可能性を考えて無駄遣いが憚られたのだ。

そんなわけで織斑一夏は、身長と顔以外は完璧にナイスバディの丸みを帯びた身体つきの女性になっていたのであった。

もちろん、これは彼の姉であり 抜群の美貌をも兼ね備える世界最強のIS乗り“ブリュンヒルデ”織斑千冬をモデルにしているので、

顔と身長――――――そして、素肌を晒していないことを気にしなければソソるものがあった。首から下の写真をネット上に流せばそれはもう大反響だろう。

――――――がやはり、下心が人並み以上の五反田 弾でも親友が女装していることにはさすがに何とも言えぬ拒絶感があり、

何よりも女装をさせられている一夏自身もこのISスーツにはいろいろと思うところがあった。

着心地や着づらさ、男が女の格好をすることの不自然さもあったが、そんなのは任務として割り切ることは簡単だった。織斑一夏はそういう人間だから。

だが、織斑一夏が一番に問題としているのはそんなことではなかった。そう、そんなことなんかではない。

このスーツのモデルが世界最強のIS乗り“ブリュンヒルデ”織斑千冬であるということが彼にとっては――――――、




――――――試合開始!


一夏「!」

友矩「試合が始まったようですね」

弾「へえ、イギリスの『ブルー・ティアーズ』と中国の『甲龍』――――――って、おい!」

一夏「あ! あれって――――――!」

友矩「確か去年 祖国に帰っていった本場中華料理屋の娘さん――――――」

弾「――――――“鈴”じゃねえか!」

一夏「あいつ、代表候補生だったのか?」

友矩「今 調べましたところ、わずか1年で代表候補生にまで上り詰めた逸材だったようです」ピピッ

弾「マジかよ。あの鈴がねぇ…………」

一夏「あいつが、代表候補生…………」(擬態ISスーツ)


首から下だけ見れば絶世のプロポーションを持つが、実際はれっきとした男である織斑一夏が前のめりになるような未体験の胸の重さに難儀している中、


――――――最初の試合が始まった。


そして、見知った顔がモニターに現れて、今の自分たちが秘密警備隊“ブレードランナー”としてこの場にいる奇跡を再確認するのであった。



彼ら“ブレードランナー”は特に指定がなければ特定の対象を意識するということはほとんどない。

むしろ、平和な日常を脅かす脅威の排除こそが彼らの主任務であり、その性質上 撃破対象や任務遂行に必要な要素を事細かく研究して意識するものである。

逆に、敵の撃破を軸とした作戦行動が主であることから、護衛や防衛という要素が皆無であった。秘密警備隊ゆえに安易に姿を見せるわけにもいかないからである。

それ故に、彼らとしては自分たちの役割の遂行に必要な物だけを知っていればよく、その任務の内容も特殊作戦が主なのでそれに意識を集中せざるを得ない。

つまり 野球で例えるならば、“ブレードランナー”とはここ一番の難局にかっ飛ばす代打であり、その時の監督の采配に忠実に従う義務がある。そういうわけである。

またまた彼らは、世界中の政治や経済などの話題の収集は欠かさないものの、IS学園に誰が在籍しているかなどはほぼ無関心であった。

あるいは、ISに関する事柄でも乗り手よりも機体の情報のほうが優先されるべきものであり――――――競馬においても騎手よりも馬のほうに目が行くものであろう。

それと同じことであり、客観的に『戦力がどの程度なのか』しか興味を持たないものである。

国際IS委員会に提出されているIS学園に送り込まれた最新鋭機の情報などあてにならないものであるし、

第一 彼らの任務においてそういった各国の最新鋭機を積極的に排除するといった任務が起きるとは思えない。戦わない相手の情報など無価値である。

仮に秘密警備隊“ブレードランナー”の任務全般における護衛対象を定義したとしても、

彼らの護衛対象は『日本国土全体あるいは邦人全て』であり、IS学園という限定された範囲だけを取り扱っているわけではないのだ。


それ故に、まさか中国代表候補生でかつ中国最新鋭機のパイロットに顔馴染みのあの子がなっていたという事実に驚かされたのである。


1つだけ申し開きをすれば、“ブレードランナー”において一番の俗物の五反田 弾は意外と知っていそうな気はするだろう。

彼自身もIS乗りの可愛い子ちゃんを愛でる趣味はあった。インフィニット・ストライプスというIS乗り専門のグラビア雑誌も結構買ってもいる。

IS乗りというものは世界に467しかないISに乗れる、いわば国家を代表するアイドルともなるので、基本的なルックスの良さも基準に公然と含まれているのだから、

IS乗りに関するグラビア雑誌を買い漁れば、――――――出るわ出るわ、各国ご自慢の美少女が誌面に所狭しにいつでも拝むことができるのだ!

それ故に、代表候補生ともなれば当然ながらグラビア雑誌に十中八九載るぐらいの美貌は保証されているので、

いつも通りに弾がインフィニット・ストライプスなどのグラビア雑誌を買っていれば事前に中国代表候補生:凰 鈴音の存在を知れていたかもしれない。

しかし 残念なことに、ここしばらくは“ブレードランナー”の一員としての日々にまだ慣れてない多忙な日々を送っていたので世間の動きを見忘れていたのである。

更に言えば、この中国代表候補生:凰 鈴音はたった1年で代表候補生になったという真性の天才ではあるものの、彗星のごとく現れたのでそれ故に知名度が低く、

もう少し時間を置けば、今年の中国代表候補生として各メディアへの露出も増えて世間からの認知の定着も大いに進んだはずだった。


こうした数々の要因が重なって、今日初めて“ブレードランナー”の面々は自分たちと同じようにISというものに深く関わるようになった“鈴”の存在を知り、

同じく、今月になるまで“ブレードランナー”ですらなかった一同の人生の移り変わりというものをしんみりと思い返すことになった。

特に、一夏と弾にして見れば思うところはいろいろあった。弾にすれば妹の友人の一人だし、一夏にすればある少女と入れ替わりに現れた子であったし…………



一夏「なあ」(首から下はピッチリスーツの織斑千冬の身体)

友矩「何?」

一夏「どっちが勝つと思う?」

友矩「…………意外だな」

一夏「へ」

友矩「何でもない」

友矩「それで、どっちが勝つかという予想だけど――――――、」


友矩「少なくとも、あの『ブルー・ティアーズ』って機体は対戦環境を全く意識してない欠陥機だから、鈴ちゃんが負けることはほとんどないんじゃないかな」


弾「そうなのか!(山田真耶さんに比べればちっちゃいけど、あのイギリス代表候補生のお嬢さんもなかなかだけどさ――――――)」

一夏「どういう意味で欠陥なんだ?」

友矩「簡単に言えば、――――――狙撃手って後衛のポジションでしょ? 遮蔽物の無いアリーナでの1対1でどうやって後衛のポジションにつくの?」

弾「ああ……、なるほどね。確かに機体よりもデケえライフルとか『ビット』に目を奪われたけど、それが真価を発揮するのは遠距離戦だもんな」

一夏「昔のRPGで前列と後列の概念があるものでも、前列にキャラがいなければ後列にはパーティを配置できないもんな」

弾「何ていうか、第1回『モンド・グロッソ』を再現した『IS/VS』とまったく同じだな」

弾「――――――ISでは射撃機よりも格闘機のほうが有利ってのは」

一夏「そうそう。十分に怯ませることができれば一方的に倒せるもんだけど、シールドバリアーに阻まれて威力が殺されてちゃねえ?」

一夏「俺も千冬姉が現役時代の『モンド・グロッソ』の大会会場まで出向いて直に見ていたから、よく知っていたはずなんけどな…………」

友矩「『それでも遠い世界のことのように感じていた』からこそ、そこまで意識することはなかったんでしょうね」

一夏「……そうだな。その通りだ」


一夏「(どうして俺にISを扱える力が芽生えたんだろう? 今までだって千冬姉の側に居てISに触れたことはあったのに――――――)」


一夏「けど、どうして鈴は急に1年前に国に帰った上に、IS乗りになったんだろうな?」

弾「さあな? でも、いいスカウトマンに声を掛けてもらったようで何よりじゃないか」

一夏「まあ そうだな。IS乗りっていうのは今の御時世だと最高級のステータスだからな」

友矩「でも、鈴って子は勝ち気に逸る性格だから、追い詰めたところで気を抜くところがあるんですよね……」

一夏「ああ…………」

弾「そういえばそうだった。今は鈴が英国淑女の金髪ロール;セシリアちゃんを圧してるようだけど、何か危うい感じがするよな」

一夏「そうだな。最後まで気を抜かなければいいんだけど…………」




弾「あ! セシリアちゃんがあともう少しで壁際まで追い込まれる!」

友矩「やはり基本的な相性に従えば、こんなものですか(けど、何かがおかしい――――――ああ そうか)」

一夏「鈴が勝つか」

弾「どっちにも負けて欲しくないな…………やっぱり可愛い子には笑顔が一番なんだしさ」

友矩「けど、あからさますぎるんです」

一夏「へ?」

友矩「どうして逃げ撃ちが主体の狙撃機が壁を背にしてしまう愚行を犯したのか、なぜ自らそこへと逃げこんでしまったのか――――――」

友矩「自分の機体の特性をしっかりと把握していれば、追い詰められないように回りこむことを基本にするものです」

弾「そうか? 鈴の押しが強くて下がらざるを得なかったように見えたけど? ほら、手数なんて凄いじゃん」

一夏「けど、乗ってるのは代表候補生っていうプロなんだろう? アリーナで戦うことを意識していないはずがない」

弾「となると、――――――『罠だ』って言いたいのか、友矩?」

友矩「ええ。兵法においてもわざと弱点を作って、そこに相手の意識を誘導し、有利な対策を容易に講じる策があります」


友矩「兵法三十六計の1つ『上屋抽梯』――――――『屋根に上げて梯子を外す』」


友矩「これは間違いなくそれですね。たぶん、この限定的な状況を逆手に取った何かをするはずです」

友矩「それが奇形奇策というものですから」

弾「うん……、そうかもしれないな」

弾「鈴のやつ、男勝りというか怖いもの知らずというか、とにかく勇敢な性格なのは素直に褒められるものだけど、」

弾「でも、中国の歴史を紐解いてもそういうやつって大抵は猪突猛進になりがちなんだよな…………」

弾「三国志の関羽や張飛もその武勇や人柄を褒め称えられて根強い人気を誇ってるけど、同じ五虎将の趙雲のようには長生きできなかったしな」

一夏「樊城の戦いとその報復戦の夷陵の戦いだったっけ?」

弾「ああ――――――って!?」

一夏「これは――――――!」

友矩「――――――『さすがは代表候補生』と言ったところか」


――――――
セシリア「さあ、これでフィナーレですわ!」バヒュンバヒュン!

鈴「…………っ!」

鈴「なめんじゃないわよ!」

セシリア「!?」

セシリア「きゃああああああああ!」ボゴンボゴーン!

セシリア「くっ!」ゼエゼエ

鈴「や、やるじゃない、あんた……!」ゼエゼエ
――――――


弾「てっきりセシリアちゃんの逆転勝利かと思ったけど、鈴のやつもやるな!」

一夏「ああ!」

友矩「なるほど。そういう使い方をするのか(――――――これは斬新な発想だ。天晴だよ)」ジー



友矩「(けど、こんな博打は代表候補生に思いつくようなものではない。特に、プライドの高そうな英国淑女の固い頭では)」

友矩「(それに、見たところ 躊躇いがなかった。おそらくこれ あるいはこれに似た訓練を十分にしてきたんだろうね)」

友矩「(そして、アリーナの壁際まで誘い込んで逆に追い込む戦法自体が限定的でISバトルでは有意義なものとはみなされてこなかった)」

友矩「(つまりそれは、これまで既存のISバトルの戦術理論に『壁を有効活用する』という発想がなく、今のは間違いなく独自の戦術だったと言える)」

友矩「(それは当然だ。ISの機動力は従来兵器を遥かに凌駕していて、このアリーナを所狭しと飛び回るのだから)」

友矩「(となれば、それを正規の訓練で絶対にするはずがなく、壁際に追い込まれること自体が『ブルー・ティアーズ』の敗北を意味していたはずだ)」

友矩「(だとすると、代表候補生:セシリア・オルコットほどの熟練者がこの学園で壁際に追い込まれたという経験をしたことがあるということ!)」

友矩「(そうでなければ、まじめに壁際に追い込まれた窮地をチャンスに捉えるあの戦法の有用性を彼女自身が見出さなかったはず)」

友矩「(それが意味するところは、――――――新年度早々 この1ヶ月未満でそこまで追い詰めた人物がいたということだ!)」

友矩「(最初から策として授けられていた可能性もあるけど、それなら根本的な機体相性の不利を補ったほうが確実だし、見せびらかすには早過ぎる)」

友矩「(なぜなら、一度見せた戦法は必ず相手のノウハウに蓄積され、二度目は必ず対策をされて二度と通じることはないからだ)」

友矩「(どれくらいのハンデをつけたのかはわからないけど――――――、」

友矩「(格闘戦においては重量とドライバーの身体能力が物を言う。これによって搭乗経験が少ない強者でも可能性は拡がった)」

友矩「(そして、格闘機となれば、ここ:IS学園の訓練機『打鉄』以外にそれらしい機体はない)」

友矩「(つまり、『打鉄』の攻撃をひたすら捌き切る掛り稽古をしていた中で、冴え渡る剣捌きを見せつけた初心者がいたはずだ)」

友矩「(少なくとも、まだ4月の段階ではクラスの結束は薄いけどクラス対抗戦もあることで、他のクラスの人間に訓練を頼むことはしないはず)」

友矩「(あるいは、上級生に訓練を頼み込んだという可能性もあるが、同じ国の専用機持ちならまだしも、上級生の専用機持ちはわずか3人だけだ)」

友矩「(そして、その線も的外れだろう。これまで壁際を利用する戦術が注目されたという話なんて僕が調べた限りは一度も目にしたことはない)」

友矩「(そういうわけで、上級生も違う。壁に追い込まれたら基本的に不利であることが今日まで常識的だったのだから尚更)」

友矩「(だから、僕の推測ではセシリア・オルコットが代表を務める1年1組の中に凄まじい剣士がいた可能性が高い)」

友矩「(1年1組31人の中の誰かがそうだというわけか――――――)」

友矩「(けど、始業式から2週間後のこの短期間にISを満足に動かせる子は代表候補生以外に存在しない。今年はギリギリ4人しか居ないという状況だけど)」

友矩「(すると、セシリア・オルコットが興味を持って訓練相手として選び、かつ学園側も積極的に機体を貸し出してくれるほどの人物――――――)」

友矩「(もしかして、織斑先生が預かった――――――、)」


――――――あの“世界で唯一ISを扱える男性”がそうだと言うのだろうか?


友矩「(情報が少なくてまだ何ともいえない推論だけど、たぶんそのほうがかえって納得がいく結論に辿り着くかもしれない)」

友矩「(僕は一夏の付き人としてISの世界にやってきたけど、それよりずっと前から一夏はISとの関わりが深かった)」

友矩「(そして、自分の姉がその道の第一人者であり、それ故に男の中では誰よりもISに近しく感じるものがあったけど、)」

友矩「(ISはそもそも男が扱うことができなかったからこそ、近くて遠い世界のように一夏は感じ続けていた)」

友矩「(けど、いざ一夏がIS乗りになったからといって、突然 その世界のことについての常識や理解が備わるわけがない)」

友矩「(それと同じように、むしろISを扱えないはずの何も知らない男子のほうがこのプロファイリングの正しい答えを導くのではないか?)」


友矩「(そう、試合開始前に僕が一夏を迎えに行った時に一瞬だけ目にしたあの少年の奥底の知れない不気味さが『そうなのだ』と――――――)」



一夏「手に汗握るな……」ググッ

弾「さあ、どっちが勝つ!?」

友矩「これはもう勝負の行方はわからなくなった――――――」


――――――――――――――――――
――――――バリィーーン! ピカーン! ドッゴーン!
――――――――――――――――――ブツッ!


弾「映像が途切れ――――――いや その前に!」

弾「――――――何だったんだ、今の光は?!」

友矩「システム破損! ――――――レベルD!?」カタカタカタ

一夏「な、何がどうなったって?」

――――――
山田「システム破損! 何かがアリーナの遮断シールドを貫通してきたみたいです!」

千冬「――――――試合中止! オルコット! 凰! ただちに退避しろ!」

千冬「…………後のことはまかせた」
――――――

友矩「これはもうやることは1つです、一夏!」

一夏「!」

弾「そうか。いよいよ来てしまったのか、この時が……」アセタラー

友矩「これから我々は独自行動に移ります!」


――――――秘密警備隊“ブレードランナー”、只今より対策を講じる!





アナウンス「非常事態発生! リーグマッチの全試合は中止!」

アナウンス「状況はレベルDと認定! 鎮圧のため、教師部隊を送り込みます」

アナウンス「来賓、生徒はすぐに避難してください!」



ドタバタ、ワーワー、キャーキャー!



弾「上の観客席から凄い足音と悲鳴が――――――(待っていてくれ、今 助けてやるからな! ――――――主に一夏が)」

友矩「一夏、未確認のIS反応:1! 他の攻撃目標は無し!」

一夏「待て、――――――『未確認』?」

弾「それってどういうことだよ!? 国際IS委員会にISコアの利用状況は逐一報告されていて、『未確認』なんて存在しないはずだろう?」

友矩「そんなことの追求は今の状況を収束させることと何ら結びつくところがありません!(=今 忙しいから話しかけてくるな!)」ギロッ

弾「…………あ、ああ。すまない」

一夏「……それで、そのISってのはどんなやつなんだ?」

友矩「現場の『ブルー・ティアーズ』と『甲龍』の2機からの映像を表示!」カタカタカタ

友矩「!?」パッ

弾「――――――何だコイツは? めちゃくちゃ腕がでかい!」

弾「それに、今の一夏と同じようなフルスキンじゃないか!」

一夏「確かに…………」


“ブレードランナー”としての本業を開始した彼らは、まず状況把握のためにその場に留まり、現時点でわかる情報を集めていってハッと息を呑んだ。

こういった緊急事態のために控え室に持ち込まれていた臨時の装置や機材を友矩が的確に運用し、すぐに様々な情報が集まっていった。

その中で最も肝腎な情報である 今回の襲撃者=撃破目標がいかなる兵器なのかを逸る気持ちを抑えて一夏は友矩からの報告を待っていた。

そして、『相手はIS』『その数:1』であることが判明し、いよいよ『零落白夜』のIS殺しの真剣を振るうことになったのだと覚悟を決めた。

それと並行して、アリーナ全体の遮断シールドレベルが外部からの不正アクセスによってレベル4に設定されたことが判明し、

これはアリーナのあらゆる障壁や電子錠がロックされた状態となったことを意味しており、簡単に言えばアリーナに居た全員が閉じ込められたわけである。

それ故に、避難したくても誰も彼も避難できない状態となっており、何の罪もない人々がセキュリティの牢獄に閉じ込められ、やられ放題であった。

そのクラッキング行為を中継しているのが、今回の襲撃者である『撃破対象』であることは状況から類推しても明白であった。

だが、不思議なことに通信妨害などはされておらず、こうしてアリーナの管理システムを乗っ取られた状態でも普通に正規のアクセスで情報を引き出せていた。

友矩としてもそれを不可解に思いながらも、競技場に取り残された代表候補生2人のISからの生中継の映像を共有することに成功する。

そして、アリーナの天井まで昇り立つ濃い黒煙とグラウンド地下の基盤が引火して燃え上がる炎の中から異形の影が映しだされた。

――――――否! それは影ではなく実体であり、その姿形は既存のISとは一線を画す意匠であった。

異様に肥大化した巨大な豪腕を持った『黒き巨人』とでも形容すべき機体であり、パイロットの正体を隠すためにフルスキンで顔まで覆っていた。



友矩「…………!」ピピッ

友矩「先程のこの『黒いIS』が最初に放ったと思われる天井の遮断シールドを貫いたエネルギー量は戦略兵器並みです!」

一夏「えと、『戦略兵器並み』か……」

友矩「簡単に言えば、直撃したらISごと蒸発するという即死レベルのものです」カタカタカタ

一夏「?!」

弾「お、おい!? 嘘だよな!? なあ!?」

弾「だって、世界最強の兵器なんだろう、ISって!」

友矩「残念ながら、現にアリーナの天井の強固なバリアーが破壊されています。それが何よりの証拠です」

友矩「それに、ISが世界最強の兵器ならば、相手も同じくISとなればどうなるかはわかりますよね?」

弾「う…………」

弾「お、おい、一夏……?」


一夏「………………」


弾「一夏?」

弾「あ! セシリアちゃんや鈴が危ない!(――――――ああ! 神様!)」ガタッ

友矩「それにしても、あれほどの出力のエネルギー兵器を使いこなせるISとは――――――」

弾「何とかしてくれよ! 何とかなってくれよ!」ウルウル

一夏「…………弾」



そして、彼らがとにかく慎重かつ確実に“ブレードランナー”としての務めを果たすために、更なる状況把握と敵戦力の分析していると、

驚愕の事実が次々と客観的な情報から明らかになっていき、“ブレードランナー”結成して1ヶ月足らずで大きな壁にぶつかることになった。

黒煙が徐々に晴れていき、『撃破対象』の一方的な攻撃にとにかく逃げ惑う代表候補生2人それぞれの揺れる視界の中で、

『撃破対象』が最初に放った巨大な光がアリーナの大地を撃ち貫いた跡のぼっかりと開けられた地下への大穴が一瞬ながらも一夏には見えた。

基本的にこういったアリーナの地下は更衣室やシャワー室などのアリーナを利用する人たちのための設備で埋まっているのが相場である。

一夏は真剣な面持ちでそんなことを思い出しながら、思っていたよりも地下と地上を分かつ人工の大地が薄っぺらに見えたことに妙な感慨を持った。

しかし、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。初期対応が完全に出遅れてしまい、事態は刻一刻と悪い方へと流れていくのだから。

今も共有して見続けているパイロット視点の映像からは、激しく揺れる視界の中でこちらに大迫力で光の奔流が所狭しと押し寄せてくる。

そして、顔こそ見えないものの、消耗しながらも気張る代表候補生2人の息苦しさやそれでも揺らがぬ闘志が伝わってきていた。

この場において自身の役割をまったく活かせない弾としては、実際に“ブレードランナー”として働く一夏やオペレーターである友矩が何も出来ず、

ただ時間が無慈悲に過ぎていく――――――死のカウントダウンが迫っていることに、言いようのない苛立ちを募らせていた。


誰に対して――――――? 何に対して――――――?


それは、世界最強の姉を持つ当代随一の“ISを扱える男性”だが、何も出来ずにただ突っ立っていることしかできてない正義の味方:織斑一夏だろうか?

それとも、“ブレードランナー”織斑一夏の全力を引き出す役割を背負った、そのくせ この土壇場において上策を思いつけない夜支布 友矩か?

はたまた、自分たちのようなこれまでISと無関係に生きてきた一般人を巻き込んでこんな厄介事に巻き込んだ日本政府に対して怒りを抱いているのか?


――――――そうではない。


五反田 弾は理解していた――――――が、やはり焦りからどうしても悪い方へ悪い方へと考えが流れてしまいがちであり、

そんなふうに燻ってしまう 何の力を持たない一般人でありながら偉そうなことを毒づきそうになる自分の心の弱さを恥じ入っていた。

わかってはいるのだ。ここにいる誰もが、そして自分自身も含めて一生懸命だっていうことは。



友矩「“ブレードランナー”。相手は強力どころではない大量殺戮兵器です」

友矩「しかも、鈍重そうな見た目に反して加速性能は極めて高いらしく、迂闊に攻撃を仕掛ければ逆に返り討ちに遭うことでしょう」

弾「どうすんだよ、一夏! こんなの洒落にならねえぞ!」

弾「トレーラーに格納された敵機をトレーラーごと貫いて無力化したり、爆弾解体して爆弾テロを防いだりしてきたけど、今回は本当に危ねえぞ!」


一夏「けど、誰かがやらなくちゃいけないんだ」


弾「一夏…………(俺、今までずっとお前のことが羨ましいとばかり思ってきたけど、――――――立派だぜ、俺なんかより遥かに)」

一夏「教えてくれ、友矩! 俺はどうすればいい? 俺はどこでどう頑張ればみんなを救える!?」

友矩「……前提として、生徒や来賓の方々の避難が最優先事項です」

友矩「そして、レベル4の完全封鎖状態なので、脱出すらできない状態となっています」

友矩「となれば、あれだけの出力のエネルギー砲を人がいる方に向けて撃たせるわけにはいかない」

友矩「代表候補生の2人もそのことを理解して高度をとって戦っている」

弾「…………!」アセタラー

友矩「けど、障壁によって全ての通路を塞がれているから、避難できずに難儀しているのは僕たちとしても同じ――――――」

友矩「対応を誤れば、この部屋ごと僕たちが蒸発することになりかねません」

一夏「くっ」



客観的な情報を集めれば集めるほど、状況は絶望的だということの理解が深まっていく。

学園から最大戦力として大幅な期待を寄せられている“ブレードランナー”などとんだ笑い草である。

ここで一番に問題だったのは、彼ら“ブレードランナー”がいる位置であり、彼らもまた隔壁によって通路を閉じられ満足に避難ができずにいた。

彼らのいる控え室の付近をあれだけの出力のエネルギー砲で攻撃されたらただではすまないことは明白であるし、

そもそもアリーナの1階部分を広範囲に破壊されたら風通しこそよくなるが、それでその上にある観客席が崩落する恐れがあった。

だからこそ、相手よりも高く高度をとって射角を鈍くしてなるべくアリーナを損壊させないように代表候補生2人が必死に立ち回っているのである。

ならば、『撃破対象』が二人に気を取られて天を仰いでいるうちに突入してしまえばいいように思われたが、

その出入口を無差別・無慈悲に人を閉じ込める牢獄の隔壁で塞がれているので、どうやっても突破するのに手間取ってしまい、どうやっても気づかれてしまう。。

となれば、容易に最悪の事態が引き起こされてしまい、ここまで時間稼ぎをしてくれている代表候補生2人の努力を無に帰すことになってしまう。

これがもしピットから出ることになれば最初から高度も十分であり、ある程度の空間も確保されていたのでさっさと退治に行けた。

だがしかし、そういう発想は秘密警備隊“ブレードランナー”にはなく、人目を避けて活動する秘密主義だったからこそ今の状況へと完全に裏目に出たのである。

あれもダメ、これもダメ――――――、いろいろなしがらみに囚われて思うように動けなくなっていたのだ。

そもそも、秘密警備隊“ブレードランナー”は秘密裏に敵を排除することだけが仕事なので、こうした防衛任務は極めて不得手であった。

今回の采配というのは“ブレードランナー”の作戦能力や得手不得手を無視して実よりも名を重視した明らかな配置ミスであった。

“ブレードランナー”は縛られてはいけないのである。いつでも鞘から刀を抜いて斬り伏せることができるようにしなければ真価を発揮できないのである。

今の“ブレードランナー”は得物である刀を鞘から抜くことができないぐらい雁字搦めに縛られており、とても戦える状態ではなかった。

だいたいにして、“ブレードランナー”の唯一の戦力である織斑一夏の専用機『白式』は一撃必殺の剣しか扱えないがために、

唯一最大最強の取り柄であるそれを十全に活かせる状況を造り出す努力が求められていたのに、対応を見誤った結果、何とも情けない状況に追い込まれていた。

そして、“ブレードランナー”は織斑一夏一人では決して成り立たず、夜支布友矩、五反田 弾らの協力があって初めて力を発揮する。

それ故に、単身ならばある程度の無茶を冒してでも飛び出していけるが、飛び出たところを砲撃されたら隔壁に阻まれている二人は逃げようがない。

隔壁を破壊して二人を先に逃すという考えもあったのだが、それをやると『どこどこの隔壁が破壊された』という情報がアリーナのメインシステムに報告され、

今のところ アリーナのセキュリティを乗っ取っているだけに過ぎなくとも、相手はそれぐらいのことを朝飯前でやってのける凄腕クラッカーなのは確実で、

まず間違いなく アリーナ全体の監視カメラの映像なども絶対に覗いており、すぐにこちらの存在が察知されてしまうことだろう。

そうなってしまったら、中で暴れまわっている『黒いIS』を確実に撃破するための奇襲の成功確率が著しく低下してしまう。




雁字搦めの“ブレードランナー”のまとめ
1,居る場所がまずい。1階部分でしかも競技場出入口のすぐ近くなので戦略級レーザーが飛んできたら一夏は助かっても二人が消し炭になる
→更には、飛び出た『白式』の上昇が速く、敵機の攻撃までのラグが大きくないと、上昇している時に観客席に攻撃が直撃する危険性がある
→素直にピットや管制室に控えていれば観客席よりも高度はあったので躊躇いなく出撃可能だった

2,秘密警備隊“ブレードランナー”としての秘密主義と任務の完全遂行を重視する姿勢から慎重になりがち
→日本政府からの意向で無理難題を押し付けられた弊害。そんなに秘密にしたいなら最初から活動させるべきではない
→また、“ブリュンヒルデ”織斑千冬を演じる必要もあり、無駄にハードルを上げている

3,“ブレードランナー”の唯一の戦力『白式』は撃破対象を排除するためだけの性能しかないので、防衛任務は極めて不向き
→2の項と合わせて出入口近くに詰めていたわけだが、それがかえって現在の雁字搦めの状況に追い込む結果になった
→『白式』の単一仕様能力『零落白夜』の一撃必殺の存在が難局を更に難局に押し上げており、ハイリスクハイリターンの博打が戦術の基本になってすらいる

4,『撃破対象』の予想外の火力と性能
→アリーナの遮断シールドを正面から破壊する大出力兵器など確認されてなかったので、こればかりはさすがに想定外であった
→また、専用機持ちの代表候補生2人を相手に圧倒するとてつもない性能と技量を持っており、迂闊に加勢するのも危険であった


結論:秘密警備隊“ブレードランナー”としての秘密主義さえ無ければ初期対応の遅れもなく、ここまで対応に難儀しなかった
→そもそも唯一の戦力である『白式』の単一仕様能力『零落白夜』の一撃必殺の存在もまたハイリスクハイリターンの博打を招いた
→だからこそ、少しでも博打が成功するように隠密活動をメインにしてきたのに、それに反する作戦内容のために大苦戦




友矩「消耗しているとはいえ、代表候補生2人相手に単機であそこまで有利に戦いを進めていることを踏まえても、」

友矩「圧倒的な機体性能もさることながら、パイロットのほうも相当頭がいい」

友矩「おそらくこのままノコノコ飛び出していっても、十中八九 返り討ち――――――」

弾「け、けどよ! あの『黒いの』の武器は両手や両肩のビーム砲だけなんだろう? 一夏が加勢して三方から攻めりゃどうにかなるんじゃねえの?」

友矩「そうかな? あのISに乗っているのがどの程度のパイロットかはまだわかりませんけど、」

友矩「本当に頭がいいパイロットだったとしたら、むしろ一夏が加勢したほうが被害が増えるかもしれない」

弾「え」

友矩「まず、ISはシールドバリアーによって一撃死があり得ないことが常識だけど、今回の敵はその常識を上回る」

友矩「となれば、戦略級レーザーで丁寧に1機1機じっくりと狙いを定めて攻撃するやり方に切り替えたほうが確実に対象を始末できるようになる――――――」

弾「いや、むしろそれこそ味方が多いほうが有利になるんじゃ――――――」

友矩「ISバトルという個人競技のスポーツ選手を集団戦の戦力に数えちゃいけない!」

弾「!?」

一夏「どういうことだ?」

友矩「そのままの意味ですよ」

友矩「さっきまで互いの誇りを賭けて戦っていた二人が一緒に戦うのならまだ信用できます。実質的に1対1対1の三つ巴の戦いが続きますから」

友矩「けれど、味方が増えるということは今の消耗しきった彼女たちからすれば、」

友矩「これまで張り詰めていた緊張感が一気に解かれてしまい、注意力散漫になって不慮の直撃で即死する可能性が飛躍的に高まるはずなのです」

友矩「特に、一夏」

一夏「…………?」

友矩「“ブレードランナー”とは“ブリュンヒルデ”織斑千冬のことだよね?」

一夏「……あ! そうか」

弾「ああ……、そりゃ確かに世界最強のIS乗りが駆けつけてくれたらホッと一息つきたくもなるよな……」


一夏「それじゃ、俺はどうすれば――――――」

友矩「なるべく気付かれずに近寄って、イグニッションブーストを使って急接近して『零落白夜』で一撃必殺する!」

友矩「おそらく、いくら『黒いやつ』の全速力の緊急回避でも『白式』の加速力には敵わないはず」

弾「けど! あっちこっちで隔壁が降りてあまり動けないのの、どうやってアリーナに進入するんだよ! その前提が――――――」

友矩「それは…………」

一夏「なあ、友矩」

友矩「?」

一夏「俺さ、思ったんだけど――――――、」


――――――“人を活かす剣”って1つのことに囚われない無想の剣のことだよな?


友矩「――――――『概ねそれで合っている』とだけ答えてみる」

一夏「なら、俺 うまいやり方を思いついたぜ」ニヤリ

弾「本当か、一夏!」

一夏「俺もイギリス代表候補生:セシリア・オルコットがやってみたように、」

一夏「俺も一度落ちてみて這い上がってみるさ」

友矩「…………どういうことです?(それは『高度をとって相手の下を潜り抜ける』ということか? しかしそれは――――――)」

一夏「確認するけど、“ブレードランナー”に求められているのは速やかなる脅威の排除なんだよな?」

友矩「はい。迅速に脅威を取り除き 早期解決させることによって、結果としてよりよく収まることを目的としています」

一夏「よし。だったら、もう拘る必要はない」


――――――人の命を救うこと以上に尊いものなんてないんだから。


弾「おお!」

一夏「それに、いつまでも女の子二人だけに任せてウジウジと二の足を踏んでいるのも、――――――『男が廃る』ってね!」フフッ

一夏「助けに行くぞ、今――――――!」ジャキ

弾「え? ちょっと待って――――――!(どうしてこの部屋の中で雪片弐型を構えるんだ!?)」

友矩「まさか、一夏がやろうとしているのは――――――(――――――そうか! その手があったか!)」


ズバッズバッ! ドゴーン!






セシリア「くっ…………」ゼエゼエ

鈴「まだ生きてるわよね、あんた…………」ゼエゼエ

セシリア「と、当然ですわ……」ゼエゼエ

鈴「それで、先に落ちた方が“負け犬”ってことよね……」ゼエゼエ

セシリア「ええ……、そうですとも……」ニコニコー

鈴「格の違いってやつを見せてやるわ……!」ニヤリ

セシリア「ええ!」

鈴「行っくわよー!」


ヒュウウウウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウウン!


謎のIS「――――――!」

鈴「くっ!(――――――相変わらずの弾幕と威力! こっちの射程を完全に上回っていてそれでいて容易に近づけさせない!)」アセタラー

セシリア「…………エネルギーがもう残り少ない(精密射撃においてはこちらが勝っているにしても、威力と射程が断然あちらが上ですわ!)」アセタラー


クラス対抗戦初戦において乱入してきた謎のIS『ゴーレムⅠ』は筋骨隆々の逞しいと禍々しさを持ったフォルムをしており、『黒い巨人』の印象であった。

武器は腕部の大出力兵器と肩部の拡散兵器であり、厄介なことにこの場で必死に時間稼ぎをしている二人の代表候補生の機体よりも遥かに強い機体であった。

なにせ、威力も射程も手数も、搭載されている武器性能は完全に『ブルー・ティアーズ』や『甲龍』の上位互換に位置する兵装なのだから。

精密射撃性を無視すれば腕部の大出力エネルギー砲は『ブルー・ティアーズ』の大型ライフル『スターライト』の射程も威力も完全に凌駕している。

ISにおいては一撃必殺というものがごく一部の例外を除いて存在しない以上、手数や威力に乏しい狙撃機は弱い部類の機体でしかない。

一方で、肩部の拡散エネルギー砲は迎撃兵器としての精密さや範囲においては『甲龍』の『龍咆』に劣るが、威力と連射力が段違いであり、

機体そのものの重量と高い防御力による安定性によって接近戦においては必殺の迎撃兵器となっていた。

無論、破格の高出力ゆえに射程も威力も『龍咆』のそれを遥かに上回っているので、通常兵器として問題なく扱えるぐらいである。

よって、接近戦戦主体の『甲龍』は『ゴーレムⅠ』の肩部拡散砲の前では近寄ることすら難しく、攻撃を回避するために距離を取らざるを得ない。

すると、『甲龍』の射程外へと自ら退かせてしまうので鈴には『ゴーレムⅠ』にダメージを与えることすらできないのだ。

もちろん、ISにおける戦闘はアリーナを所狭しと飛び回って状況が瞬時に移り変わっていく高速戦闘なのでダメージを与える機会がなかったわけではない。

しかし、基本的な攻撃力と防御力の差は圧倒的であり、更には加速性能も『甲龍』を上回っているので危うく返り討ちに遭うところであった。

それ故に、鈴は迂闊に攻撃することができなくなり、後衛となったセシリアからの援護攻撃に期待したいところではあったものの、

元々 二人は本気で試合をしていた真っ最中だったので消耗が激しく、特にセシリアの『ブルー・ティアーズ』はエネルギー切れ間近であった。

となれば、二人にはもう『ゴーレムⅠ』を攻略する手立てはなく、ただそのことを認めないために攻撃回数を絞って騙し騙し時間を稼ぐ他なかったのだ。

しかし、それは終着点の見えないマラソンであり、あとどれくらい粘ればいいのかもわからないことから、疲労と共に徐々に高潔な精神は淀んでいった。


セシリア「…………ああ」ゼエゼエ

セシリア「(あとどれくらい待てばよろしいのでしょうか? これ以上はもう、エネルギーが持ちませんわ…………)」プルプル

セシリア「(楽に、なりたい――――――)」ボケー

セシリア「」ピィピィピィ

ゴーレムⅠ「――――――!」

鈴「そっち行ったわ――――――、」


鈴「――――――って、ちょっと、あんたあああ!?」


セシリア「ハッ」ピィピィピィ

セシリア「なっ!?(あ、あああああああああ!?)」ピィピィピィ

セシリア「くっ(ああ……、全速回避――――――!)」ヒュウウウウウウウウウウン!

セシリア「きゃああああああああ!」ボゴーン!

鈴「この馬鹿あああああああああああああああ!」ヒュウウウウウウウウウウン!

ゴーレムⅠ「――――――」

セシリア「ハッ」

鈴「もう! しっかりしなさいよね!」ガシッ

セシリア「あ…………」ピィピィピィ

鈴「あ」ピィピィピィ

ゴーレムⅠ「――――――!」ジャキ


そして、終わりが近づいた。

疲労の蓄積によって無意識にだが徐々に弱気になっていったセシリアの意識は現実世界から薄れていき、完全に棒立ち状態となっていた。

そこを見逃さなかった『ゴーレムⅠ』の容赦無い一撃が向けられた。当然ながら反応は完全に遅れていた。

鈴はセシリアの反応が遅れていたことに気づいて、思わずセシリアの方へと機体を飛ばすのであった。

セシリアの『ブルー・ティアーズ』は本体への直撃こそ避けられたものの、本当に機体すれすれを光の奔流が掠めていき、

『ブルー・ティアーズ』のスラスターを兼ねていた同名の第3世代兵器『ブルー・ティアーズ』の半分を一瞬で跡形もなく消滅させるのであった。

ISの装備はシールドバリアーによる剛体化によって破壊されることがあり得ないために、装備を消滅させられた場合のことは考慮に入れられてなかった。

それ故に、スラスターを兼ねる『ブルー・ティアーズ』を失ったことによって姿勢制御が不安定となり、セシリアは墜落するのであった。

もちろんスラスターはあくまでも加速器であり、ISが宙を浮いているのはPICによるものなのでコントロールを回復すれば姿勢制御を安定させることは可能である。

しかし、想定されていなかった装備の破壊と消耗しきって淀んだセシリアの今の精神状態ではとてもじゃないが墜落は免れないものであった。

そこを一時的に共同戦線を張っていた鈴が落下するセシリアを受け止めるのであったが、その隙を見逃す敵対者はいるはずがなかった。

そして、耳障りに鳴り響くアラート、こちらに向けられた両腕の大出力エネルギー砲を目の当たりにして、二人は死を覚悟するのであった。


――――――
山田「オルコットさん! 凰さん!」ガタッ

千冬「くぅ…………」ギリギリ

千冬「!」

千冬「山田先生! あの『黒いやつ』の足元――――――!」

山田「へ!?」
――――――


だがその時、――――――大地が裂けた!


誇張表現でも無ければ、極度の緊張状態と生命の危機が招いた幻覚でも無い。それは管制室でモニターしていた教員たちにもはっきり見えいていたのだから。

アリーナのグラウンドを淡い光が地を這う稲光のように『ゴーレムⅠ』の足元を走ったかと思うと、

なんと、『ゴーレムⅠ』の足元が大きく崩壊し、『ゴーレムⅠ』の巨体は崩れ落ちるグラウンドと共に落ちていったのだ。


セシリア「え、ええ…………?」

鈴「な、何が起きたのよ……」



――――――スパーン!



――――――
少年「………………!」ピクッ

少女「?」

少女「どうした、朱華?」

少年「………………」ダッ!

少女「な、何をしている!? 自分から災いの近くに行くやつがあるか!」

少年「………………!」

女子「“アヤヤ”、耳を宛てて隔壁の向こうの様子を聞き出そうとしてるのかなー?」

女子「でも 隔壁って、あれだけ分厚いんだよ? 耳を当てて中の様子なんて聞こえるもんかな?」

少女「いいかげんにしろ、朱華! いいから来るんだ!」グイッ

少年「終わった」

少女「は? 今度は何だ?」

少年「全て解決したみたい」

少女「へ?」
――――――


そしてしばらくして、いったい何が起きたのかがわからず、何をしていればいいのかもわからず、ただ沈黙の時が流れると、

先程と同じように地を這う稲光が今度は小さな円を刻み、次の瞬間 グラウンドに円い穴を開けて勢い良く何かが飛び出してきた。

それは――――――、


ヒュウウウウウウウウウウン!


セシリア「あ、あなたはいったい……?」

鈴「見覚えがある姿だけど…………」


千冬?「やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

千冬?「厄介事はこれっきりにして欲しいものだ」(左手を忙しなく震わせている)

千冬?「後のことは鎮圧部隊に任せる」


セシリア「その声! もしや――――――」

姿「ち、千冬さん!?(あれ? 何かそれにしては――――――)」


千冬?「ではな。今日の試合は全学年中止だ。鎮圧部隊と合流次第、お前たちも休んでいいぞ」


ヒュウウウウウウウウン!


セシリア「お、織斑先生にあのような専用機が与えられていただなんて、初耳でしたわ」

鈴「わ、私も……(でも、どこか違和感を憶えたのよね…………『どこが』とは言えないんだけど)」



ヒュウウウウウウウウウウン!

千冬?「任務完了、第1ピットに入る」

――――――
千冬「了解だ。よくやってくれた――――――」

千冬「と言いたいところだが、――――――よくも派手にやってくれたな、馬鹿者め」

千冬「これで第1アリーナは封鎖だな」

千冬「明日からの私の評判がどうなることか――――――」

千冬「…………だが、本当によくやってくれた。早く私の下に来て見せてくれ」フフッ


――――――その素顔を、“ブレードランナー”。




――――――その後


一夏「やっべえ……、やり過ぎた」

弾「俺も目の前で起きた出来事がこの世の出来事か――――――、ホント 目を疑ったよ」

友矩「最優先事項は果たしたのです。文句を言われる筋合いはないです」

弾「まさか、あの状況を打開する秘策っていうのが――――――、」


――――――土竜作戦の超ゴリ押しだったんだなもんな。


査察官「ああ まったくだ」

査察官「宛てがわれた控え室に雪片弐型を以ってアリーナ地下への穴を開き、」

査察官「そこからアリーナ地下を駆け抜けて、隔壁じゃないところをぶち破って、『撃破対象』の足元まで無理矢理行ったのだからな」

査察官「後は、地上で戦っている2機からの情報と照合して『撃破対象』の位置を割り出して、大雑把に足元から奇襲をしかけたというわけだ」

友矩「良い作戦だったと思いますよ。結果として犠牲者はゼロで“ブレードランナー”の秘密も守り通せたのですから」

査察官「いろいろな制約が課されていた中でよくやってくれた」

査察官「が、それにしたって、何も知らない人間からすれば『織斑千冬が混乱に乗じて暴れまわった』としか思えないぐらいの破壊活動の跡なんだが…………」

友矩「あれがあの時のベストだったんです」

友矩「もしこの結果に不満を持つのならば、この報告書を読んで“ブレードランナー”の秘密主義を改善したほうが今後のためとなりますよ」

友矩「今回の一件は秘密主義を貫き通そうとした結果、初期対応が遅れて無用な損害が出たのですから」

査察官「ああ……、お偉方にはよくよく聞かせておくよ」

査察官「しかし、そもそもきみたち“ブレードランナー”の活動は秘密主義をモットーにしていながら、どうしてこんな破壊活動が付き物なのか…………」ハア

査察官「今回のアリーナの大破壊が特に酷かったが、それ以前の――――――、」

査察官「自分たちが乗っているトレーラーごと敵ISを串刺しにして専用トレーラーに穴を開けたり、」

査察官「爆弾解体のために冷凍本マグロの中に爆弾を埋め込んだり――――――」

友矩「ベストを尽くした結果です」

友矩「それにご不満があるのなら、それぞれのミッション毎に被害総額の許容範囲を提示してください」

友矩「こちらとしては『撃破対象』を丸一日野放しにした場合の被害を想定して、迅速に鎮圧するように行動を組み立てているので」

査察官「つまり、今回の第1アリーナの破壊活動も許容範囲に収まっているというのだな?」

友矩「当然です。あのまま『例の無人機』を野放しにしていたら、世界最新鋭の第3世代機2機と代表候補生の尊い生命が失われるばかりじゃなく、」

友矩「場合によっては、1日でIS学園を壊滅させるほどの戦略兵器を搭載していたのです」

友矩「そのことを思えば、犠牲者ゼロでアリーナ1つだけの損害ですんだだけありがたいことじゃありませんか」

友矩「他にも、あれだけのクラッキングを受けていながら、特にデジタル上での損害も見受けられませんでしたし」

査察官「……わかった。その意見はもっともだな。何とかしてみよう」

査察官「ではな。ご苦労だった、“ブレードランナー”の諸君。きみたちの司令によろしく」

友矩「はい」

一夏「お疲れ様でした」

弾「ああ 終わった……」ホッ


友矩「さ、今日はお疲れ様でした」

一夏「お疲れ!」

弾「うんうん。大変な一日だったな……」

一夏「そうだな。クラス対抗戦は中止だもんな」

弾「いや、他にもいろいろあったろ?」

弾「人類の半分以上が訪れることがない地上の楽園に初めて訪れたりとか、」

弾「千冬さんの意外な一面を拝めたりとか、」

弾「一夏がついに女装デビューしたりとか、」

弾「一夏がこれまで以上の類を見ない破壊活動に勤しんだりとか、」

弾「とかとか」

一夏「あははは…………」

友矩「楽しいこと、苦しかったことが半々といったところ?」

弾「……そうだな。そんな感じだよ」

弾「そしてだな?」

一夏「?」

弾「俺、お前のことを見直したっていうか、その……、惚れたっていうか――――――」

一夏「は?」

弾「あ、いや!? そうじゃなくて――――――!」ドキッ


――――――初めて尊敬したよ。


一夏「どういう意味だ?」

弾「いや、今日という今日は本当に命を張って頑張ってくれた代表候補生たちだけじゃなく、俺たちも最悪の場合は命を落とす可能性があったろ?」

弾「俺、“ブレードランナー”の中じゃ運び屋の役割じゃん? やることがなくてさ――――――」

友矩「………………」

弾「だから、こんな時になって一夏のひたむきな態度というものを理解できたというかな……」

一夏「???」

弾「えと、だから、――――――昔、お前がきまじめに思っていたことや取り組んでいたことを散々からかったりしたろ?」

弾「その時は俺も馬鹿だったから、どれだけ一夏が真摯に取り組んでいたかなんて信じる気がなかったんだ」

弾「けど、今日みたいにたくさんの人の生命の危機に際して、臆することなく堂々とみんなのことを助けようと意気込んでたじゃん」

弾「“ブレードランナー”っていう役職や大義名分を得たからサマになっていたところもあるのかもしれないけど、」

弾「あの時のお前は俺には“本物のヒーロー”のように見えた。本当に『人類の平和と自由のために戦う愛の戦士』って感じでさ」

弾「だから、俺のようなチャランポランとは全然違うってことを、今日 俺は気づいてさ」


弾「だから、俺はお前に尊敬――――――心の底から尊敬してるんだ、一夏」




一夏「………………」

弾「………………」

一夏「別に、俺はそこまで高尚な人間だと思ってはないんだけどな」

弾「そこがお前の凄いところなんだよ、一夏」

一夏「え?」

弾「俺がおだててやったって、褒めてやったって、それを真に受けて調子に乗ることが全然ないじゃん」

弾「俺はローディーの仕事やってて、いろんなミュージシャンやマネージャーとか見てきたけどさ?」

弾「一流の人間ほど、腰が低いっていうか謙虚なもんなんだよ」

弾「だから、俺が保証してやる! ――――――『一夏は一流の精神の持ち主だ』って!」

一夏「………………」

一夏「ありがとう、弾。よくわかんねえけど弾の信頼を裏切らないようにこれからも精進していくさ」

弾「ああ! 頑張れ、一夏!」

友矩「これで“ブレードランナー”の結束は揺るぎないものとなったわけだ」

弾「おうとも!」

友矩「さて、我々は次なる指令として『翌日、学園島にある秘密基地で待機』というわけだけど、」

友矩「今日はパーッと焼き肉を食べに行こう! 手当としてもらった3万円で良い肉を食べて活力をつけるぞー!」

「おおおおおお!」」


こうして秘密警備隊“ブレードランナー”の活躍によって1つの事件が解決した。それはかつてない大事件であった。

しかし、これからも魔の手は平和な日々を侵しに伸ばされてくるだろう。今日のような事件がいつまた起きるかもしれない。

そのことを改めて認識し、“ブレードランナー”織斑一夏は関わる人全てを守り抜く決意を固めるのであった。

戦え、織斑一夏! 戦え、“ブレードランナー”! 人々の明日のために『零落白夜』の光の剣と共に――――――!




登場人物概要 第2話B

織斑一夏(23)
専用機:第3世代型IS『白式』
ランク:B 
 格闘:S 射撃:D
 回避:A 防御:D
 反応:A 機転:A
 練度:B-幸運:S

社会人に至るまでに数多の婦女子の心を掴んで離さず毒牙にかけてきており、とてつもなく罪作りな男である。
人間離れしたスケコマシの才を持つ一夏が社会人になったらもっと酷いことになるだろうということは、読者も想像つくことだろう。
今作では、織斑千冬と同じ時間を共有してきた弟というだけあって、女尊男卑の風潮など関係なしに磨かれた才知がすでに備われており、
数々のスケコマシとしての武器を使って老若問わず数多くの婦人たちを落としていく。
それ故に、巷では姉である千冬以上の有名人“童帝”であり、神と崇められ、悪魔と罵られるだけのスケコマシ伝説を残している。
その一見すると悪名高い風聞だけを聞けば相当な女誑しなのだと思われるが、本人は極めて素朴で淡白であり、色男ではなく優男である。

「ケータイのメモリが電話帳だけで全てを使う(アドレス交換した婦女子の数は数知れず)」
「日替わりで女を替えていってヒモとして満足に生きていける男(その気にさせられている婦女子も数知れず)」
「女をおとす三種の神器を持つ男(家事・奉仕力・ルックスを完備。おまけに“ブリュンヒルデの弟”なだけありガチで強い)」

今作 3人いる主人公の中では、タイトルキャラなのに裏主人公として活動しているが、
いつも通りに一夏の些細なミスから1つの物語へと合流していくことになる。
役割上 裏方にしか回れないはずの存在が表立って存在するということは――――――。
今のところ、表の主人公格である朱華雪村とは公的な接触はない。

ちなみに、姉の千冬よりも学歴は高く、有名私立大学のK大卒であり、学力自体は極めて高い。
また、大学を通じて爆発的に人脈が拡がっており、割りと彼が泣きつけば聞き入れてくれる人間が多いので馬鹿にならない強みとなっている。
なので、特に彼の人間性が問題となってくる場面以外では無類の強さを誇っており、別な意味で『世界最強』にふさわしいものを取り揃えている。
・織斑千冬に一歩劣るものの、卓越した身体能力
・K大卒のエリート
・圧倒的な人脈を誇る“童帝”
・人を活かす剣
・専用IS『白式』と単一仕様能力『零落白夜』
・彼に付き従い、陰となって支えるパートナー:夜支布 友矩

秘密警備隊“ブレードランナー”というのは具体的には彼あるいは専用機『白式』のことをまとめて指したコードネームであり、
“聖火ランナー”と同じように“専用機『白式』との単一仕様能力『零落白夜』の一撃必殺の光の剣をもたらす者”としての活躍を期待されている。
ISを全展開させて堂々と空中戦をやるようなことはほとんどなく、だいたいは暗殺に近い形で敵IS戦力の無力化を行うので『ランナー(奔走する者)』であっている。
ただし、彼もまた“ISを扱える男性”ではあるが、IS学園にいる“世界で唯一ISを扱える”朱華雪村を囮にして暗躍する存在故に、
彼の機体やISスーツは彼の姉である織斑千冬を想起させるような女性的なボディラインや装飾が施され、顔を隠すための仮面も用意されており、
IS学園にいる朱華雪村以外の“ISを扱える男性”の存在の秘匿も任務のうちだからこうなったとはいえ、織斑千冬になりきることには否定的である。
一方で、女装そのもの(偽乳などの女性的膨らみを仕込んだISスーツ)には特に不快感は示してない模様(そこのところは任務と割り切っている)。

非正規戦における特殊戦闘の訓練しか受けていないので練度が高いようで実際は中途半端で、搭乗時間も未だに1年未満なのでIS戦闘は実はあまり得意じゃない。
本人の能力そのものは極めて高く、完成された大人(23)というだけのことはあり、呑み込みも早いのでこれから大きく化けることになる。



夜支布 友矩
世界広しでいずれ現れるだろう織斑一夏(23)の同性のベストパートナー。
K大時代からの付き合いであるが、相性は最高であり、互いに足りないものを補える関係となっている。
彼そのものもK大のエリートなだけあってスペックは高く、本業であるシステムエンジニアだけじゃなくオペレーターやハッカーとしての技術も持つ。
それだけに、政府直属の秘密警備隊“ブレードランナー”にスカウトされるだけの力量はあり、一夏とは一蓮托生であることと腹を決めている。
穏やかではあるが、功名心や野心もあって一夏の近くに居続けているところもあり、ある意味においては彼が一番に一夏を利用しておこぼれをもらっている。

秘密警備隊“ブレードランナー”においてはオペレーターを担当し、司令部からの指令の受領や作戦の解析・立案なども担当している。
特に、作戦領域への進入・脱出を秘密裏に行うのは秘密警備隊として極秘任務に就く彼らにとっては最重要事項であり、
彼の存在こそが“ブレードランナー”のブレインとなっている。
“ブレードランナー”の側でいて導く彼もまた随伴者としての意味で“ブレードランナー”なわけである。


五反田 弾
普段はローディーとして運送業に勤しんでおり、ローディーの仕事柄 流行や情報に敏感であり、世事や流行に疎い一夏や友矩にその手の類の情報を提供している。
チャラい印象はあるが、中学時代からの悪友というだけあって一夏との絆は深く、かなり義理堅い性格である。
これまでは織斑一夏に対しては憧れや羨望、嫉妬などを持ってはいたが、命のやりとりする場面において毅然と純真であり続ける一夏の人柄を真に理解し、
同い年だが素直に尊敬の念を抱くようになり、より一層の尽力を誓うようになる。

あまり秘密警備隊“ブレードランナー”の作戦活動には貢献していないような印象はあるが、
彼の職業であるローディー同様に主役や裏方が現場で仕事ができるように手配するのが彼の役割であり、
主役と裏方の二人を『秘密裏に現地入りさせる』という重要な役割を見事に遂行している信頼できる逸材である。
“ブレードランナー”専用トレーラーやその他様々な車種を乗りこなせる敏腕ドライバーでもある。
彼のチャラい性格によって周囲を和ませ、それでいて『裏切ることが絶対にない』という絶妙な神経の持ち主なので信頼に値するわけである。
“ブレードランナー”=織斑一夏を運び入れる彼もまた“ブレードランナー”のアキレス腱である。


織斑千冬
高校時代にはプロISドライバーとして収入を得ており、その一方で最初からIS操縦の第一人者としてIS学園の教師になるための教育も進められており、
第2回『モンド・グロッソ』の後はドイツ軍でIS技術の指導をしている傍ら、ドイツの大学で短期留学して単位もとっている。
とにかくIS学園の名物教師として据えるために、政府からの指導でいろいろとあの手この手を尽くして教員を務めていた。

※IS学園は特殊国立高等学校なので、高等学校教員の免許を得ないと教師にはなれない。



第3世代型IS『白式』
専属:織斑一夏
攻撃力:S 『零落白夜』による一撃必殺
防御力:B 装甲自体は他のISに比べれば多い
機動力:A 競技用の機体としては現行トップクラスの機動力
 継戦:E-剣1つしか使えない
 射程:E 辛うじて太刀の長さや機動力の高さで補っている
 燃費:E 『零落白夜』もそうだがスラスターの出力の高さもあって燃費最悪

いつも通り『第3世代型ISのくせに後付装備ができない』という欠陥機なので運用に難儀することになるが、今回は特殊作戦仕様機へと生まれ変わっていく。
本作においては『白式』の技術史的な立ち位置に設定が加えられており、“ブレードランナー”における機体コードが『G3』となっている。
これは単純に『白式』が日本における第3世代型ISの第1号であることに由来しており、『GENERATION-3』の略称である。
また、これによって『白式』が相当な骨董品であることにも納得がいくようになっているはずである(それでも第3世代への突入はここ1,2年のことだが)。
日本におけるIS開発は伝統的に最初のISである『暮桜』を『G1』とし、これを改良した日本で最初の第2世代型IS『G2』も存在している。
『白式』はその系譜を受け継いた接近格闘機であり、正しい意味で『暮桜』の後継機の後継機となっている。
しかし、イメージ・インターフェイスを利用した第3世代兵器を搭載することが第3世代型ISの条件であるために、
『接近格闘機にそんなものを積んだら戦いに集中できないだろう』という見識と世代最初の1機目は接近格闘機にするという妙な伝統から、
開発設計の担当者はあえて第3世代型の定義に逆らう機体設計を試みた。

すなわち、第3世代兵器とは単一仕様能力以外のISの特殊能力を利用した摩訶不思議兵器のことであるが、
『白式』には第3世代兵器においては避けられた単一仕様能力の安定した発現を試みたというあまりにも野心的過ぎるものであった。
第1形態であらかじめ決めておいた単一仕様能力を決まって発現できる機体を目指されたのがこの『白式』というわけである。

しかし、結果としてはあまりにも挑戦的すぎたために実現は叶わず、欠陥機として開発は凍結されることとなった。
それから時は流れて、織斑一夏の搭乗機として再調整を受け、実現されなかったはずの第1形態での単一仕様能力の発現を成功させ裏世界で注目されている。


・近接ブレード『雪片弐型』 単一仕様能力『零落白夜』
織斑一夏にとっては非常に馴染みがあるIS用の太刀であり、なぜなら彼の姉である織斑千冬の現役時代の専用機『暮桜』唯一の得物が『雪片』だったからである。
基本的に『白式』の武器はこれしかなく、それ故に実質的に第1世代型IS程度の欠陥機である。
この『雪片弐型』1つで『白式』の拡張領域を全て使っていることがそもそもの原因なのだが、これはそもそも仕様である。
だが不思議なことに、汎用性の欠片もない拡張領域を無駄に埋めている『雪片弐型』の解除を『白式』のほうが拒否しており、そのために放置されることになった。
一夏のみならず、『白式』のほうも『雪片弐型』には強烈な愛着を持っているということなのであろう。

単一仕様能力『零落白夜』は、『白式』にあらかじめ設定されていた単一仕様能力であり、そのために『雪片』の後継作である『雪片弐型』が搭載されている。
明確な根拠があって『零落白夜』を狙って発現させようとしたものではないが、『雪片弐型』を持たせて『暮桜』のデータを学習させればできるのではないかという、
かなり非科学的なやり方で追究されていたのだから、失敗して当然かもしれない。

とにもかくも『零落白夜』はシールド貫通攻撃による一撃必殺が最大の特徴であり、『白式』の全てであり、空前絶後のバランスブレイカーである。
この存在によって「初期化」もできず、ズルズルと『白式』は存在し続けることになるのだが、『零落白夜』発動時の燃費は最悪である。
しかし、これはエネルギーブレード全般に言える傾向であり、むしろ実体ブレードとの切替ができると考えればプラズマブレードよりも優れていることになる。
“ブレードランナー”として暗躍する一夏にすれば一瞬で仕事が終わるので燃費の悪さは気にならない。

・ISスーツ 織斑千冬擬態スーツ
“ブレードランナー”=“ブリュンヒルデ”織斑千冬という構図を作って世間の目を欺き、
“世界で唯一ISを扱える男性”朱華雪村以外の“ISを扱える男性”織斑一夏の存在を隠蔽するために利用されている。
その発想自体が二律背反の欲張りであり、『織斑一夏の力を利用したいけど正体をバラすことがないようにしたい』という無茶を形どったものである。

首から下まで一体化したワンピースのフルスキンISスーツであり、キュウキュウなピッチリスーツなので着る方としてはかなり辛い。ファウルカップ付き。
また、織斑千冬の体型に見せつけるために胸や尻、肩などに膨らみを持たせてあり、織斑千冬の美貌(首から下まで)を完全再現している。
ただし、織斑姉弟の身長差が12cmもあるために、その大きな差を誤魔化すために、
『白式』の脚部パーツを普通よりも深めに足を突っ込ませており、逆シークレットブーツにすることで身長差の問題をある程度解決している
織斑千冬も協力者なのでサイズ違いのこれを持っている。

最後に、仮面――――――というより多機能バイザーで顔を覆っており、肉眼で見るよりもたくさんの情報を瞬時に集めることができる。
しかし、この仮面もいろいろとあれであり、織斑千冬に擬態するので彼女の頬部まで擬態するマスクやヅラももれなくついてくるのであった。
それ故に、仮面から覗かせている頬や唇、髪型も完璧なまでに擬態している。リップクリームもしっかりと彼女が使っているものが使われている。

ちなみに、男にはない豊満に膨らんだ部分にはいろいろな仕掛けが施されており、
ヅラの中には特殊作戦に利用するような針金などの小道具が仕込まれており、何だかモデルの人が誤解されそうなことこの上ない。
いや、便利といえば便利なのだが、それを着せられている実の弟としてはかなり複雑な気分が燻っている。

                       イコライザ
・外付装備(=アナログ後付装備群←→デジタル後付装備群:後付装備のこと)
今作の特殊作戦が主となる『白式』の特徴的な装備であり、量子化していない 直接身体で携行して使う生身の人間が使うような装備群の総称である。
基本的には直接的な戦闘にはおいては決まって役に立たず あるいは劣化品であり、特殊作戦の遂行や長期の任務遂行に必要な支援物資の携帯などに用いられる。

|・タクティカルベルト 
|拡張領域を利用できない“ブレードランナー”のために、原始的だが あらかじめ様々な小道具をストックできるベルトを付ければいいということで、
|急遽用意された高級素材のタクティカルベルトであり、『白式』を展開した際の高速移動にもストックさせたものが耐えうる設計となっている。
|基本的に“ブレードランナー”の撃破対象がISなどの通常兵器では対処できない相手が多いので、ハンドガン程度の貧弱な火器をストックする意味は無いが、
|“ブレードランナー”が遂行する特殊作戦を少しでも楽にするための小道具をポーチに容れて手軽に持ち運べるという利点がある。
|しかし、拡張領域に収納されているわけではないので剛体化せず、ベルトやストックしたものが普通に破損する可能性があるので注意が要る。
|また、拡張領域に量子化しているわけじゃないのでストックした分の重みがかかり、ストックしているものが丸見えのアナログ装備でもある。
|よって、基本的には作戦内容や状況に合わせてベルトの着用と装備の選択が行われる。


|・パイルバンカー 
|第2世代においては最強クラスの『盾殺し』の異名を持つIS用のロマン武器。『盾殺し』の異名を持つがISにおいてはこれ自体が盾として使える。
|しかし、“ブレードランナー”が使う場合においては後付装備にできないので、量子化ができず収納できず、剛体化がないので反動で自壊する可能性もある。
|いかにISのシールドバリアーの恩恵の1つである剛体化が素晴らしいのかを教えてくれるありがたい装備である。
|採用の理由は、攻撃力十分・排莢しない・操作が簡単・軽量――――――などなど。


|・グレネードランチャー
|『ラファール・リヴァイヴ』用の一般的なグレネードランチャー。グレネードランチャーは構造が単純でかつグレネードの種類を換えることで、
|様々な用途に対応できるために一般的な殺傷力を持つ炸裂弾以外にも冷凍弾や煙幕弾なども装填されて利用される。
|基本的に、『白式』には射撃管制装置が入っていないので通常の射撃戦がまったくできないのだが、
|グレネードランチャーに限って言えば、ある程度 飛距離が決まっており、ピンポイントに命中させる必要がないので汎用性と合わせて活用される。



今作の物語の成分
・織斑姉弟の歳の差が縮まっていたら
・大人になった一夏と、健全な歳の差恋愛模様
・ただし、メインヒロインだけは特別コース←――――――重要
・もし“世界で唯一ISを扱える男性”が織斑一夏ではなかったら――――――?
・“として”の悲哀と宿命を乗り越える力
・ブレードランナー

「目覚めろ、その魂」


今作の構想
『序章』(アニメ第1期)→『第1部』(アニメ第2期)→『第2部』といった流れである。
序章:朱華雪村と織斑一夏の表裏の物語
朱華雪村は織斑一夏じゃないのでIS学園の人間がデレデレになることはない。
一方で、一夏のほうは大人になったせいでもっと酷い状況に陥っているが、大人としての立居振舞で何とか凌いでいる。
そして、朱華雪村と織斑一夏という特別な間柄の二人の間を行き交う篠ノ之 箒の視点が加えられている。




これにて、剣禅編の最初の投稿は以上となります。

ご精読ありがとうございました。

明らかにこれまでとは異質な雰囲気であることが感じられたと思います。

基本的な流れや結果こそは変わりませんが、その内容は異色に彩られており、前提そのものも違うので新鮮だったはずだと思います。

今作は、「謎」に満ちたシナリオとなっており、描写や伏線、時系列が複雑となっていきますのでゆっくりとお読みになってください。

次から、原作とは毛色が大きく変わっていきますので、乞うご期待。

それでは、ご精読ありがとうございました。

最短で1週間前後、最長で1ヶ月以内に次の投稿とさせていただきます。


ああ……、第3期なんてあるのかねぇ…………

時間を見つけてさあ投稿。

では、『序章』起承転結の承の部を投稿させていただきます。
長い長い5月の話となっていきますので、気長に読み進めてください。
割とまじめに学年別トーナメントが描かれる・・・のか?


やはり、掲示板の仕様が変わって1行に文を収めるのに失敗していますが、
長文ほどわりと読み省いても問題ないものが多いので気にせず投稿させていただきます。
ルビや傍点に関しても、そういうものだと思っておいてください。

さあ、ここから場面が大きく変わっていく。



少女の運命はこうして決定付けられた……


第3話A 目覚める刃
The Edge of Rebellion

――――――5月


山田「今日はなんと転校生を紹介します!」

周囲「え、転校生?」ザワザワ

朱華「………………」(剥製人形のようだ)


シャル「シャルル・デュノアです。フランスから来ました」


シャル「みなさん、よろしくお願いします」ニコッ

周囲「お、男……?」

シャル「はい。こちらに僕と同じ境遇の方が居ると聞いて本国より転入を――――――」

周囲「キャーーーーーーー!」

シャル「え?!」ビクッ

周囲「二人目の男子! しかもうちのクラス!」

周囲「美形! 守ってあげたくなる系の!」

千冬「騒ぐな! 静かにしろ」

一同「…………」

千冬「今日は2組と合同でIS実習を行う。各人はすぐに着替えて第2グラウンドに集合」

千冬「それから、“アヤカ”」

朱華「………………」ピクッ

千冬「デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子同士だ」

千冬「では、解散!」

朱華「………………」(それっきり動く気配はなかった)

箒「…………やはり私がいないとダメだな、こりゃ」ハア




シャル「きみが“アネス”くん? 初めまして僕は――――――」←フランス人に“HANEZU”という名はなかなかに言いづらいようだ

朱華「………………」

シャル「……あ、あの?」

箒「シャルルとか言ったか?」

シャル「あ? う、うん……」

箒「呼びづらいんだろう? こいつのことはみんな“アヤカ”と呼んでいるからそう呼んでやってくれ」

シャル「あ、そうなの……」

箒「私は篠ノ之 箒だ。私はこいつの――――――」


――――――お母さん。


箒「!?」カア

シャル「へ」

本音「“アヤヤのお母さん”!」

谷本「そう、“お母さん”!」

相原「それで、“アヤカ”くんは“グレた息子”なの!」

本音「“息子”のことをどうかよろしくお願いしま~す」ペコリ

箒「なっ!?」カア

シャル「あ、あははは………………」アセタラー

朱華「………………」(まるで石像のようにピクリとも動かない)


箒「ハッ」

箒「ほら、朱華。挨拶をしろ。初対面に対しては少しぐらい愛想よくしてみせろ」

朱華「…………わかった」

箒「よし」

朱華「初めまして、朱華雪村です」

箒「おい」

朱華「?」

箒「それだけか?」

箒「――――――『それだけか』と訊いている」

朱華「………………」クルッ

シャル「?」

朱華「至らぬところが多いですが、どうかお見捨てなきよう…………」

シャル「あ、うん」

箒「うんうん。まあ やればできるではないか」ドヤァ

周囲「ニヤニヤ」

箒「あ!」

箒「だーかーらー!」カア

周囲「ワーイ!」ワイワイ

シャル「ははは、これからよろしくね、篠ノ之 箒さん」ニコニコ

シャル「それと、“アヤカ”くん」

シャル「僕のことは“シャルル”でいいよ」

朱華「これからよろしく、シャルル」

シャル「うん。みんないい人そうでよかった」ホッ

朱華「…………それじゃ、急ぐ」

シャル「うん。案内してね、“アヤカ”くん」


タッタッタッタッタ・・・


セシリア「いってらっしゃいませ、“アヤカ”さん」ニッコリ




――――――IS実習


千冬「今日からIS実習を始めるが、その前に簡易戦闘を行う」

セシリア「簡易戦闘というのは?」

鈴「何? この場でクラス対抗戦の決着をつけさせてくれるの?」

千冬「慌てるな、馬鹿共。対戦相手は――――――」


ヒューーーーーーーーーーーーーン!


山田「うわああああああああああああああああああ!」

一同「!?」

シャル「え」←朱華の後ろに並んでいる

朱華「………………」(棒のように突っ立っている)

山田「ど、どいてくださあああああああああああい!」ヒューーーーーーーーーーーーーン!

周囲「こっちに落ちてくるぅうう!」タタタッ!

周囲「に、逃げろー!」

箒「あ、――――――朱華!」

セシリア「あ、“アヤカ”さん!?」

鈴「あ、あの馬鹿!?」

朱華「………………」(天を仰ぎ見てそのまま)


「……………………フッ」


シャル「“アヤカ”!」グイッ(IS展開!)

朱華「………………!」

箒「シャルル!」

山田「きゃあああああああああああああああああああああああああ!」ヒューーーーーーーーーーーーーン!


ドッゴーン!


箒「くっ……!」

周囲「………………!」

千冬「………………」



土煙が晴れていき――――――、


朱華「………………」

山田「す、すみませんでした…………」

セシリア「や、山田先生?」

鈴「だ、大丈夫ですか?」

千冬「やれやれ、またアガってしまったのか、山田くん。そんなんだから代表候補生止まりだったんだぞ」

山田「す、すみません」

千冬「さっさと立て。今回ばかりは『熟練者でも失敗はつきもの』といういい見本だが、これ以上は起こすなよ」

千冬「さて――――――」チラッ


朱華「………………」

箒「大丈夫か、朱華!」

朱華「問題ない」

箒「馬鹿者! どうしてすぐに逃げなかった! シャルルが何とかしなかったら危うく衝突していたのだぞ!」

箒「それと、ちゃんとシャルルにお礼を言え」

シャル「あ、いや……、僕は当然のことをしたまでで――――――」

朱華「ありがとうございました」

シャル「あ、どういたしまして」

朱華「?」チラチラッ

シャル「?」

山田「?」

朱華「――――――同じ機体?」

シャル「あ、うん。そうだよ。僕のは山田先生が使っている『ラファール・リヴァイヴ』のマイナーチェンジ版なんだ」

シャル「ISバトルに特化した全距離万能型『カスタムⅡ』」

箒「確かに、色合いも明るいからそれだけで印象が変わっていたが、4枚羽がなくなってすっきりした印象だな。気づかなかったよ」


セシリア「よかったですわ。“アヤカ”さんに何ともなくて」ホッ

鈴「あいつ、実はとんでもない天才か馬鹿なんじゃ――――――」

千冬「さて、小娘共。さっさと始めるぞ」

セシリア「え? あの、『2対1』で?」

鈴「いや、さすがにそれは――――――」

千冬「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける」

小娘共「…………!」ムッ

山田「準備出来ましたか?」

セシリア「いつでもいいですわ!」

鈴「第2世代型ごとき、軽くぶちのめしてあげる!」

千冬「では、――――――始め!」




――――――結果、


山田「これで終わりです」バァーン!

小娘共「きゃああああああああああああああ!」チュドーン!


ヒューーーーーーーーーーーーーン! ドッゴーン!


セシリア「ううぅ……、まさかこの私が――――――!」

鈴「あ、あんたね……! 何 おもしろいように回避先 読まれてんのよ!」

セシリア「鈴さんこそ! 無駄にばかすか撃つからいけないのですわ!」

小娘共「グヌヌヌ・・・! ギィイイイイイイ!」

千冬「これで諸君にも、教員の実力は理解できただろう」

山田「」ニコッ

千冬「以後は敬意を持って接するように」

千冬「次に、グループとなって実習を行う。リーダーは専用機持ちがやること」

千冬「では 別れろ」


ワーワー! ザワザワ! ガヤガヤ!


朱華「………………」

箒「よし、朱華。せっかくだからシャルルのところへ――――――」

千冬「おっと、そうだった(確かめなければならんからな、――――――例の件について)」

箒「織斑先生?」

千冬「朱華。お前は私のところだ。ほら、来い」

朱華「わかりました」

箒「え? あの…………」

千冬「つべこべ言わずにお前も来い」

箒「あ、はい……」

シャル「あ………………」

周囲「デュノアくんの操縦技術 見たいなー」

周囲「ねえねえ! 私もいいよね?」


セシリア「では、順番に装着してみてくださいな」

鈴「勝手にあちこち触っちゃダメよ。怪我しても知らないからね」


ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!

――――――
教員:2名、専用機持ち:3名(セシリア、鈴、シャルル) 
一般生徒:63ー3=60名
     ↓
1グループ当たり:12人……多すぎないか?

合同なので、2組の教員(当然 IS乗り)もいるものだと考えたい……
――――――










千冬「さて、次で最後だな」

千冬「――――――“アヤカ”!」

朱華「はい」スタスタ

朱華「――――――装着完了」ビシッ(物理装着)

周囲「オオー!」

箒「さすがに先に訓練していただけあって手馴れているな」

千冬「みんな、最終的にはあいつのように手早く物理装着をこなせるようになれ」ピピッ(最後に計器を操作して点検)

周囲「ハイ!」

千冬「(どうやら、特に問題はなかったようだな。あれは単なる事故だったということだな)」

朱華「一通り、終わりました」シュタ(物理解除)

周囲「速い!」

千冬「ご苦労だった(…………時間が少し余ったな)」

千冬「そうだな(――――――念には念を入れておくか)」

千冬「最後に1回だけ乗りたいものはいるか?」

千冬「ISの実力は搭乗時間に比例するものだ。少しでも上達したいのなら積極的になれ!」

周囲「ハイ! ハイ!」

千冬「うん。では、お前だ」

女子「やったー!」

周囲「ウウー!」


箒「…………機会を逃してしまったか」グムムム・・・

箒「ん?」

朱華「………………」ジー

箒「…………朱華?(視線の先にあるのは――――――)」

千冬「………………」チラッ


山田「」コクリ

山田「それでは、みなさん よく頑張りましたね」

山田「お疲れ様でした!」ニコニコ

山田「それでは、最後に私が乗ってみて、流れを確認しますね」(『ラファール』物理装着)


箒「???」

箒「おい、朱華――――――」

朱華「………………」

女子「よいしょっと」ガコン

女子「これでよし、っと」ジャコン(物理装着)

千冬「では、もう一度やってみせろ」

女子「はーい」

女子「…………あれ?」ガコンガコンガコン

箒「…………?」

朱華「………………」

千冬「どうした?」

女子「変です? 勝手に身体が――――――!」


シャル「ふぅ、なかなか大変だった…………」ドクンドクン

鈴「教えるっていうのも簡単じゃないわね」

セシリア「あら――――――?」



千冬「山田先生! 取り押さえろ!」

山田「了解!」ヒュウウウウウウウウウウン!

女子「あ、あれえええええええ!? 勝手にISが動き出してるよおおおおおおおお!」ガコンガコンガコン!

箒「な、何が起きたというのだ?!」

周囲「何々?! 何が起きたの?」

千冬「くっ……(暴れだす程度ではないが、やはりこれも――――――!)」チラッ


朱華「………………」(立ったまま眠っているかのようにピクリとも動かない)


千冬「これは……、強制停止プログラムの導入も已む得ないか」

女子「お、おおおおお!? ――――――空を飛んでる!?」ヒュウウウウウウウウウウン!

山田「――――――ワイヤーネット、発射!」バァン!

セシリア「何が起きましたの、あれは?」

シャル「え? チラッと全体の様子は見ていたけど、特に異常なんてなかったよね?」

鈴「…………あれの前に乗っていたのは“彼”だったわよね?」

セシリア「え?」

鈴「ともかく、万が一に備えて私も加勢するわ!」(IS展開)

ヒュウウウウウウウウウウン!

セシリア「あ、私も!」(IS展開)

シャル「ぼ、僕も!」(IS展開)

ヒュウウウウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウウン!










箒「結局、IS実習の最後に起きた騒動はすぐに収まったのだが、」

箒「この一件によって、“彼”の周りの評判は徐々にだが落ち始めていった」

箒「今回の暴走だけならば単なる偶然の事故と片付けられたのだが、」

箒「つい先月、『上級生のクラス対抗戦において暴走事故があった』という噂が尾を引いており、」

箒「不幸なことに、どちらの件についても『朱華雪村が乗っていた』事実が槍玉に挙げられ、」

箒「今回の件でただの噂に過ぎなかったことが、今では確信へと変わり、“彼”をよく知らない人間たちは一様な恐怖を抱くようになったのだ」

箒「“彼”の普段の態度も大きく取り沙汰となり、何を考えているかわからない得体の知れない怪人物としてこれまでの歓迎の風潮に陰りが見え始めた」

箒「学園側もさすがに表沙汰にせざるを得なくなり、原因究明に乗り出して、根拠の無い噂による誹謗中傷を取り締まるように動き出した」

箒「学園側としてはあくまでも“彼”に責任はなく、それをちゃんと観測していたことを述べ、“彼”の保護に尽力する」

箒「しかし、その学園側も一枚岩ではないらしく、クラス対抗戦における暴走事故についても未だに原因不明という事実が漏れてしまい、」

箒「今回の件も原因不明であることから、このことと『“彼”が乗っていたこと』を結びつけて“彼”に原因を求める論調が多くの生徒の共通認識となっていた」

箒「1年1組の面々ぐらいだろう。――――――“彼”の存在について肯定的なのは」

箒「それぐらい“彼”には人望もなく、信望もなく、独りであった」

箒「“彼”の態度は少しずつ良くはなってはいるが、全体的な雰囲気は変わっておらず、入学当初とあまり違いを大きく感じられないことも原因だった」

箒「そして、担任の千冬さんは普段では絶対に見せないような溜め息をふと漏らしていたところを私は見てしまった……」

箒「どうやら人間というのは、一度 誰かの悪口を言い始めると次から次へと悪口を飛び火させて拡げていくものらしく、」


――――――今の学園の雰囲気は最悪だった。


箒「根拠の無い憶測だけの流言飛語が飛び交い、それを真実と捉えて前提にした誤った認識が更なる誤解を生み出してったのだから…………」

箒「その度に私は、もはや過去のものとなっていたはずの6年間の暗黒時代のことを鮮明に思い出してしまい、悪夢にうなされることがしばしば――――――」


「これはまいりましたね。記憶を消して事実関係が表層的に消失しても受けた印象までは無意識の深淵にあって忘れないものですから…………」



――――――数日が経ち、


箒「朱華? 大丈夫か?」コンコン

箒「入るぞ?」ガチャ

箒「うっ………………床に散らばる手紙の数々(たぶん、これって――――――)」

朱華「どうしました?」(床に散らばる手紙など意に介さず、机に向かって勉強をしていたようである)

箒「いや、最近の学園はどうにも居心地が悪くてな」


朱華「あなたが“篠ノ之 束の妹”であることを悪く言われたんですね」


箒「!?」

箒「いや、そんなことは――――――」アセアセ

朱華「わかります」


――――――僕もその一人でしたから。


箒「あ」

朱華「でも、あなたは“あなた”ですし、僕はあなたに恩があります」

朱華「ですから、僕が憎ければどうぞお好きな様になさってください」

箒「…………いや、そういうわけじゃない。そういうんじゃないぞ、朱華」

朱華「でも、僕との関係があの暴走事故の原因だって疑っている人間も最近は多くなったようで――――――」

箒「言うな。それはもうどうしようもないことだろう?(そうだとも。誤解されやすいのはもうどうしようもないんだ)」

箒「けど、そんな私たちだからこうして仲良くなろうと互いに歩み寄ったのではないか」

箒「――――――結局、どうなのだ? 暴走事故の原因について思い当たることはないのか?」

朱華「わからない」

箒「まあ そうだよな……。そんなことはすでに織斑先生が聞き取りしていることだし」

朱華「ただ――――――」

箒「――――――『ただ』?」


――――――僕自身が自覚していない何かにISが触れた結果、暴走事故が起きたのではないかって。


箒「――――――『何か』」

箒「(『ISには心のようなものがある』って言われてはいる――――――けど、そんなのはただの迷信だ。AIの学習能力の高さに対する比喩に過ぎない)」

朱華「僕にはわからない」

朱華「ただ毎日を人間らしく生きるだけ――――――そうあるように考えているはずだから」

箒「そういう物言いからして普通の人間の物の考え方ではないのだがな……」

箒「(だが、重要人物保護プログラムによる苦痛でそうなったのなら――――――)」

コンコン!



シャル「失礼します!」ガチャ

箒「あ、シャルル! 急に突然――――――」

シャル「あ、あの! かくまって!」アセダラダラ

箒「な、何が起きたというのだ!?」

シャル「あの、えと…………(え? 何だろう、この床に散らばってるたくさんの手紙は――――――)」

朱華「…………好きにすればいいよ」

シャル「あ、ありがとう……」

箒「いったい何が起きたというのだ?」

シャル「それは、その――――――」

箒「ずいぶん憔悴しきった顔じゃないか」

箒「朱華、悪いが冷蔵庫のものを出させてもらうぞ」

朱華「どうぞ」

シャル「あ、ごめんね」

箒「まあ、まずはこれを飲んで落ち着け」

シャル「う、うん(あ、これってフレーバーティーかな? よく冷えた中で柑橘の風味が広がっていて心地いい……)」ゴクッ

箒「ところで、『かくまえ』だなんて――――――」

箒「もしかして、お前も男だから風当たりが強くなってきたのか?」

朱華「………………」

シャル「う、うん……」

箒「そうか。お前も災難だったな……」

箒「しかし、改めて考えると、どうして千冬さんはせっかく男2人なのに一緒の部屋にしなかったのだろうな?」

シャル「確かに、そうだよね(そのせいで、僕としては――――――)」


朱華「織斑先生がシャルル・デュノアでは相手が務まらないと判断したからだろう」


シャル「え!?」

箒「落ち着け、シャルル。こいつの言うことはいちいち真に受けてはいけない」

箒「言ってることが正しいかどうか、果たして自分がその通りだったのかを考えるようにしてから反応しろ」

箒「でないと、剃刀のような鋭い指摘の数々に心が抉られるぞ」

箒「こいつは不躾だからな。遠慮というものを知らない。それでいて言うことがたいてい的を射ているから余計に危ない」

シャル「あ――――――、うん。そうだね」

シャル「僕じゃとても“アヤカ”くんの相手は務まらなかった気がするよ」

シャル「さすがは“アヤカくんのお母さん”だね」ニコッ

箒「だーかーらー!」カア

朱華「フフッ」

シャル「あ」

シャル「今、“アヤカ”くんが笑った?」

箒「おお! そういうシャルルもだいぶ気が楽になったようじゃないか」

シャル「あ、そうだったね。ありがとう、二人共」ニコッ



――――――話が弾み、シャルルの身の上話になり、


箒「――――――そうか。デュノア社の御曹司のお前も大変だな」

シャル「うん……(本当はそれ以上のことで苦しんだけどね)」

箒「私も、姉さんが“ISの開発者”だったばかりに――――――」ハア

朱華「………………」ジー

シャル「?」

シャル「どうしたの、“アヤカ”くん?」

箒「何か発見でもあったのか?」


朱華「シャルルってやっぱり――――――いや、何でもない」


シャル「え、何? 気になるんだけど……」アセタラー

箒「そうだぞ。もしかしたらその言わなかった一言が現状を打開する一言になったかもしれないのだぞ」

箒「言うだけ言ってみろ。ここには私たちしかいない」

朱華「いや、ここで言うべきことではないと判断しただけ」

朱華「でないと、もっと状況が悪くなる――――――そう確信したから」

箒「そうか。お前がそこまで言うのなら忘れよう」

シャル「そう……(『言ったら状況が悪くなる』って、もしかして――――――でも、今じゃなくてよかった)」ホッ

シャル「でも、ありがとう、二人共」

シャル「おかげで、凄くに楽になったよ」

箒「私の方から寮長の織斑先生に頼み込んでおこうか?」

シャル「ううん。大丈夫。大丈夫だから、ね?」

箒「お前がそう言うのなら」

朱華「………………」

シャル「ありがとう、箒、そして“アヤカ”くん」ニッコリ




――――――某所


山田「――――――『凍結』、ですか?」

千冬「ああ。それが結論だ。――――――コアナンバー36『13号機』は凍結だ」

山田「そんな! ただでさえ貴重なコアの1つを凍結しては――――――」

千冬「確かにそうだが、原因不明の暴走を引き起こしたコアを「初期化」してもその因子を確実に除去できたかは確認しようがない」

山田「それでは“アヤカ”くんはこれからどうするのですか!?」


千冬「よって、これからコアナンバー36『13号機』は“アヤカ”の専用機とする」


山田「!」
   ・・・
千冬「ある筋に調査を依頼したところ、『量産機としてのリミッターが解除されかかっていた』という報告があった」

山田「へ」

千冬「訓練には必ず私が付き添って状態の確認もしていた。“アヤカ”の方から何かしたということはまず考えられん」

千冬「おそらく、IS自身が『量産機であることを拒否しだした』のではないかと思うのだ」

山田「そんなことはこれまで――――――」

千冬「だが、ISにも心がある。乗り手を選り好みする趣味嗜好が少なからず存在する」

千冬「その最たるものが、形態移行や単一仕様能力だ」

千冬「だいたいにして、“世界で唯一ISを扱える男性”そのものが前例のない存在なのだ」

千冬「『前例がないから』といって、全ての可能性をたったそれだけの理由で看過するのは間抜けの発想だ」

山田「それって、つまりは――――――」

千冬「まあ まだ仮説でしかないが、そういうことだ」


――――――“アヤカ”は“世界で唯一ISを扱える男性”以上の存在である可能性が極めて高い。


千冬「それを確かめるために、“アヤカ”を電脳ダイブさせて仮想空間を造り上げる」

山田「!?」

山田「それは、学園上層部の――――――」

千冬「学園だけじゃない。国際IS委員会からの要望でもある」

山田「そ、そんな!? それでは“アヤカ”くんのプライバシーは――――――」

千冬「残念だが、“彼”にはそんなものは最初からない」

千冬「“あれ”はすでに人間としての全てを失った存在なのだからな……」

山田「………………」

千冬「そして、“彼”にはボディガードに宛てがう」

山田「……それは誰なんです?」


――――――あいつしかいないだろう、“彼”を真に理解してやれるやつなんてのは。



――――――休日

――――――篠ノ之神社


箒「ここが私の実家だ」

朱華「…………ここが」

朱華「――――――神社」キョロキョロ

箒「ああ。私はこの神社の住職の生まれでな、夏祭りや年末年始は大忙しさ」

朱華「それと、竹刀と竹刀の剣戟――――――」

箒「お、本当に耳がいいんだな」

箒「そうだ。境内には剣道場もあってな、私の父はそこの道場主を務めていた」

箒「娘の私が言うのも難だが、――――――本当に素晴らしい人で、私も父のようにありたいと精進を重ねてきたのだ」

朱華「――――――『父のように』か」

箒「…………?」

箒「まさか、IS学園に入学することで懐かしの我が家にこうして帰ってくることができるようになるとはな…………」

朱華「よかったですね」

箒「ああ。本当によかった――――――」

箒「ハッ」ゾクッ

箒「すまない! お前だってずっと独りだって言うのに私だけ――――――」


朱華「よかったですね」


箒「へ」

朱華「本当によかったですね」

箒「あ……、ありがとう」クスッ

朱華「フフッ」


コツコツコツ・・・・・・




箒「しかし、本当に懐かしいものだな」

箒「私の家はこんな山奥にあったのかと思うぐらいに、森が生い茂っていて――――――」

箒「そうだ。夏祭りの時なんかに打ち上げられる花火の絶景スポットがあってだな――――――」

箒「それで、私は七夕の日のお願いごとを――――――」

朱華「………………」

箒「ハッ」

箒「すまない。延々とくだらないことを――――――」

朱華「続けて。僕は楽しい」

箒「あ……、ああ」ニコッ

朱華「あ、人がいる」

箒「ああ、それはそうだろう。参拝客だって住職もちゃんといるんだからさ――――――ん?」

箒「あれって――――――」

箒「あ……」ドクン

朱華「………………」


その時、少女の胸が大きく高鳴った。


雪子「また寄っておいで」ニコニコ

「ああ……、はい。雪子さん」アセタラー

雪子「どうしたのかしら、顔が赤いようだけれど……?」

雪子「さすがに5月ともなれば陽射しも強くなってきたことだし、お風呂に入っていかない?」

「お気持ちはありがたいんですけど――――――」ドキドキ
          ・・
「別にいいと思うよ、一夏――――――」’ジトー


――――――『一夏』。


箒「――――――『一夏』」

箒「――――――『織斑一夏』?」

「あ、ほら、人が見ていますし――――――うん!?」

「あ、あの娘と、それに――――――」’

「箒ちゃん!? 篠ノ之 箒か!?」

雪子「まあ!」

箒「あ、ああ…………」ポロポロ・・・

箒「ようやく、帰れた…………ようやく」グスン

箒「う、うう、うわあああああああああああああん!」

朱華「………………」スッ (ハンカチを黙って差し出す)

箒「ありがとう、朱華…………」グスングスン


――――――それから、


一夏「何ていうか、本当に大きくなったな、――――――箒ちゃん(ああ あの箒の胸にあんな立派なものが実るとはな…………)」チラチラッ

箒「お、お見苦しいところをお見せしました……」

雪子「それぐらい気にしない気にしない。――――――家族なんだから」

箒「……はい」

朱華「………………」

雪子「それにしても、一夏くんも箒ちゃんもホントに大きくなった」

雪子「えと、一夏くんと箒ちゃんって歳 いくつだったっけ?」

一夏「え? そりゃ俺は23で、確か箒ちゃんは誕生日の7月7日を迎えてないから14だったはずだけど」

友矩「すると、9つの差ですね」

箒「よくもまあ、そんなことを覚えていたものだな」テレテレ

一夏「忘れるわけないじゃないか。――――――“大切な妹分”なんだしさ」

箒「………………『妹分』」ムムム

朱華「………………」

雪子「しかし、あの箒ちゃんがねぇ…………」ニヤニヤ

箒「へ?」

一夏「いやぁ俺も驚いたよ」


――――――まさか箒ちゃんがボーイフレンドを連れて帰って来るなんてねぇ?


箒「ええ!?」カア

雪子「お名前は?」

朱華「――――――朱華雪村です」ススッ(手帳を取り出して筆ペンで達筆に氏名とフリガナを書いてみせた)

雪子「まあ 達筆ですこと。お上手お上手」

雪子「なるほど、『雪村』というのは私の“雪”と同じなのねえ。ふ~ん」

一夏「初見じゃ絶対に読めないな」

友矩「そうですね。こんな珍妙な――――――」

朱華「なので、みんなからは“アヤカ”と呼ばれています」

雪子「へえ、“アヤカ”ね。そのほうがカワイイし、良いと思うわよ、“アヤカ”くん」

一夏「それじゃ、俺のことも“一夏”って呼んでくれ、“アヤカ”」

一夏「それと、隣にいるこいつは俺の相棒の“友矩”だ。大学時代の親友でな」

友矩「初めまして。夜支布 友矩です」

朱華「こちらこそよろしくお願いします」

雪子「まあ! 礼儀正しくて堂々としてるわね」

雪子「箒ちゃんったら、本当に素敵なカレシを――――――」ニッコリ


箒「あ、あの! 私の話を聞いてください!」バーン!


一同「!」ビクッ

朱華「………………」


一夏「び、びっくりするじゃないか、箒ちゃん」

箒「あ、その……、一夏が話をこじらせるのがいけないんだからな!」フンッ!

一夏「あははは…………」

友矩「それじゃ、“アヤカ”くんは箒ちゃんの何かな?」

雪子「うんうん何かな?」ニコニコ

箒「あ――――――(まずい! 学園での私たちの関係のことは――――――!)」

箒「(というか、自然に雪子おばさんと並んで話しかけてくる このヤギュウ トモノリとかいうやつは――――――)」

箒「朱華、お前は何も言うな――――――」


――――――篠ノ之 箒は“僕の母親”。


箒「」

一同「」

朱華「“母と子の関係”だそうです」

箒「オワッタ…………(――――――穴があったら入りたい)」ウルウル

一同「」


友矩「ハッ」

友矩「落ち着こう、うん。落ち着こう、みんな」アセアセ

一夏「あ、ああ。友矩の言う通りだぜ。ここは落ち着こうぜ」ドキドキ

雪子「そ、そうよねぇ」オロオロ


――――――まさか箒ちゃんがその年で子持ちだなんて、そんな馬鹿なことあるわけないわよねぇ。


箒「うわあああああああああああああ!(あらぬ誤解を受けてるううううううううううう!)」ジタバタ

一夏「おい、箒ちゃん! 落ち着けってぇ!?」

箒「もうオワリだあああああああああ!(一夏にこんな誤解を受けてしまって“約束”以前に私はどう顔を合わせれば――――――)」ドタバタ

友矩「それで、どういう意味で『母親』だって? 比喩でそう言ってるんでしょう?」

朱華「はい。篠ノ之さんには大変にお世話になっておりまして、『友達になろう』って声をかけてくださいました」

一夏「おお! あの箒ちゃんが積極的に!」

朱華「他にも、剣道部に誘ってくださいましたし、僕の至らぬところを丁寧にわかりやすくその都度 教えてくださいました」

朱華「おかげで、女子しかいないIS学園での日常もだいぶ楽になりました」


朱華「感謝してもしきれません」ニコッ


箒「ふぇ!?」ドキッ

一夏「そうか。そうだったのか……」

雪子「立派に成長してくれたんだねぇ……」グスン

友矩「よかったですね、雪子さん」スッ(ハンカチを差し出す)

雪子「うん。本当によかったよかった……」

箒「あ…………」

朱華「………………」

箒「なあ、朱華? さっき お前――――――」

朱華「何でしょう?」

箒「………………いや、何でもない」フフッ


――――――私は見逃さなかった。


あの時だけ、“朱華雪村”という少年が暖かな笑みを浮かべくれたことをくれたことを。

普段は決して語ることのないように思われた私への日頃の感謝の思いをこういった場面に伝えてくれたことだけでも感激だというのに、

あのとっておきの笑顔は本当に今日まで悩みながらも頑張ってきた私にとって神様が与えてくれたご褒美に思えたのだった。

――――――今日はとても良い日だ。吉日だ。
・・・・・・・・・・・・・・
私の頑張りが初めて報われた日であり、幼き日に将来を誓い合った二人がこうして再会することができたのだから。

まあ、もうちょっとおとぎ話のように感動的なものでありたかったが、わかっていたことだが 私にはそういった器用な真似はできそうもない。

ただただ、その日の感謝の思いでいっぱいで幸せで満ち足りていたのだから、これ以上の贅沢はバチが当たるというものだ。

あの時の私はとにかく暖かな祝福の中で満ち足りていたのだった。


しかし――――――、


友矩「さて、そろそろお暇しようか」

一夏「そうだな。さすがに長居しすぎたことだしな」

雪子「そんなことはないわよ、一夏くん」

雪子「だから、もうちょっとだけ、もうちょっとだけ――――――」グイッ

一夏「ええ……、それはさっきも言われたことなんだけど…………」アセタラー

友矩「雪子さん? また逢えますから、ね?」

雪子「で、でも…………」

箒「…………?」


――――――気のせいだろうか?


箒「あの……、雪子おばさん?」

雪子「あ、何かしら、箒ちゃん?」

箒「一夏が『行く』と言っているのですし、それに私と朱華が来たせいで引き留めてしまったようだし――――――」

雪子「そんなことはないわよね、一夏くん?」

一夏「いや、さすがにそこまでお世話になる気はありませんから…………」アセダラダラ

雪子「でも、さっきから汗をいっぱい流していることだし、やっぱりお風呂に入ってきなさいってば」

一夏「え、ええええええ…………(やっぱり、そこなの!?)」

友矩「では、シャワーだけを――――――」

雪子「そんなこと言わずにしっかりと湯船に浸かっていきなって」ニコニコ

雪子「そうだ、“アヤカ”くんもどう? 日頃 箒ちゃんがお世話になっているようだし、日頃の感謝の意味を込めて」

箒「え? 朱華もか!?」

雪子「そうそう、箒ちゃんもいつまでも“ハネズ”だなんて呼ばずに、“雪村”って呼んであげなさいよ」

箒「ま、まあ それぐらいなら、別にいいけど…………」

雪子「どうかしら?」

朱華「………………」


――――――『日頃の感謝』って具体的には?


箒「へ」

友矩「…………!」ゾクッ

一夏「何となくだが、――――――やばい選択肢を選んだことだけはわかるっ!」アセダラダラ

雪子「ああ……、そうだったわねぇ。結構ウブなのね」ニコニコー


雪子「――――――お背中、お流しいたしますわ」ポッ


一同「」

朱華「そうなんだ」


一夏「いやいやいや! さすがにそれはマズイって!」アセアセ

友矩「…………喰われる!?(そして、それを平然と受け流す朱華雪村!)」アセダラダラ

箒「雪子おばさん!? それってどういう意味ですか!?」カア

雪子「あら? 箒ちゃんにはちょっと早かったかしら?」

雪子「そうねぇ、箒ちゃんも好きな殿方のためにできるようになるといいから、一緒においで」チラッ

朱華「………………」

箒「だーかーらー!」

箒「『朱華は違う』と言っている!」

雪子「こらこら、“朱華”じゃなくて“雪村”。名前で呼んであげなって」

箒「あ、ああ うん」

箒「――――――って、そうじゃなくて!」

雪子「?」

一夏「ほ、箒ちゃん! 何とか言ってやってくれ! さっきから雪子さん、この調子で帰してくれないんだよ!」ガタガタ


――――――いくら将来を誓い合った相手だからって、裸になって、それも他の男がいる中でできるかあああああああ!


一同「」

箒「ゼエゼエ」

一夏「へ……?」

雪子「え!? まさか箒ちゃんも――――――」

友矩「ああ やっぱりぃ…………!(もうヤダ! 何なのこのスケコマシは!? 9つ下の娘にまで手を出していたのかぃいいいいい!?)」

朱華「………………」


雪子「ちょっとそれ……、どういうことかしら、箒ちゃん?」

箒「そ、そういう雪子おばさんこそ! わ、私の将来の相手に手を出すんじゃない!」

友矩「どういうことだい、一夏? まさかこんな一回りも下の娘にまでフラグを立てていただなんてね?」ニコニコー

一夏「え? 知らない! どういうことだよ、箒ちゃん!?」アセダラダラ

箒「な、なにぃ!? ――――――憶えてないというのか、一夏!?」

箒「だって、婚約指輪に……、き、キスまでしてくれただろう!」

雪子「ど、どういうことだい、一夏くん!?」

一夏「えと、――――――『婚約指輪にキスまでした』だって?」

一夏「うぅ、思い出せない。そんな衝撃的なことを忘れるはずがないんだがな…………」
・・・・・・・・
友矩「じゃあ一夏、それはたぶん一夏にとってはその程度の出来事と受け流していたんじゃないの?」ジトー

友矩「だって、大学時代のきみはそうやって数多くの女性を振ってきたんだからね?」

箒「なに……?」ゴゴゴゴゴ

一夏「え、ええ……、だって、憶えてないだもん、しかたないだろう? ねえ、箒ちゃん?」ニコニコー

雪子「さすがにそれは私でも擁護できないかな…………はい、箒ちゃん」ニコニコー

箒「ありがとうございます、雪子おばさん」ジャキ

一夏「ちょっと……、人に竹刀を向けるのは道義に反するんじゃ――――――」

友矩「…………一夏」

一夏「助けてくれ、友矩ぃ!」アセアセ

友矩「大学時代に数多の女性に愛され、“童帝”と呼ばれたきみでも少しは分別はあると思っていたけれど、」

友矩「さすがにこれは、言えることは1つだけだよ」


――――――馬に蹴られて死ね!


一夏「ちょっと、友矩まで――――――」アセダラダラ

雪子「…………一夏くん?」ニコニコー

箒「天誅うううううううううううう!」ゴゴゴゴゴ


一夏「うわあああああああああああああああああああああああああああああ!」


朱華「………………」ゴクゴク

朱華「フゥ」

朱華「ごちそうさまでした」ニコッ



――――――その夜


シャル「僕だよ、入っていい?」コンコン
――――――

朱華「どうぞ」

シャル「お邪魔します」ガチャ

朱華「粗茶ですが、どうぞ」

シャル「あ、ありがとう――――――柑橘の臭い」ゴクッ

シャル「これってアールグレイだよね? 柑橘のすっきり爽やかな甘みと香りにほどよく冷えていて本当に美味しいよ」ニコッ

朱華「それはよかったです」

シャル「…………男同士っていいもんだなぁ」

朱華「………………」

シャル「あ、それでね? 今、学園中で持ちきりの話なんだけど――――――、」


シャル「『例の13号機』を専用機として受領したって本当の話なの?」


朱華「――――――『例の』?」

シャル「ほら、学園で持ちきりになってる“呪いのコアナンバー36の13号機”のことだよ」

シャル「その……、“アヤカ”くんが乗ってたやつ」

朱華「それは事実」

シャル「ならさ? 僕と一緒に放課後にISの訓練をしない? 専用機があるから役に立てると思うんだ」


朱華「やだ」


シャル「え、ええ?!(ストレートに断れるなんてさすがに予想外!)」ガーン!

朱華「放課後は箒と剣道部の稽古がある」

シャル「で、でも! IS学園の生徒の本分はIS乗りとして大成することだよ! 専用機持ちになったんだし、これから積極的に乗らないと損だよ」アセアセ

朱華「僕がどう生きようとあなたには関係ないことです」

シャル「え、ええ…………(助けて、篠ノ之さん! やっぱり僕じゃ“アヤカ”くんの相手は務まらない!)」


朱華「ですが、それ以外の時間ならば問題はありません」


シャル「あ」ホッ

シャル「び、びっくりさせないでよ、まったく……」

シャル「もうイジワル~」


朱華「本当はそんなことを訊きに来たんじゃないんでしょう?」


シャル「!?」

シャル「え」

朱華「………………」


シャル「えと、僕のことはどこまで――――――」

朱華「………………」

シャル「…………わかったよ、“アヤカ”くん。本題に入らせてもらうよ」


――――――“2年前に日本で発見されたっていうISを扱える男性”ってやっぱりきみなの?


シャル「それを確かめたいんだ」

朱華「………………」

シャル「だって、きみの経歴を丹念に調べあげていくと全然噛み合わないだもん」

シャル「それに、2年前の発見の報が本当にデマだったとしても、いろいろと不自然な点が多いんだもん」

シャル「“アヤカ”くんって本当は“朱華雪村”って子じゃないんだよね? そうなんでしょう?」

朱華「………………それを確かめてどうなる?」

シャル「…………そのね?」


――――――フランスに亡命しない?


シャル「……そういう話だよ」

朱華「………………」

シャル「………………」ゴクリ

シャル「(さあ、これで僕に与えられた任務の1つはいよいよ終わりを迎える)」ドクンドクン

シャル「(どうなる? ――――――どう出る、“アヤカ”くん!?)」


朱華「信用できない。だから お断りします」


シャル「…………ああ やっぱりか(いきなりこんなこと言われても納得できるわけないよね……)」ハア

朱華「こんな三文芝居にあなたを付きあわせている組織のほうが信用できない――――――そういうことです」

シャル「え? それって――――――」

朱華「それと、“2年前に現れたというISを扱えたという男性”の存在ですが、」


朱華「――――――確かにいたのかもしれません」


シャル「え……(何その、他人事みたいな物言いは――――――?)」

朱華「けれども、それは今の“僕”のことではありません。人違いです」

朱華「では、そういうことで。おやすみなさい」

シャル「???」

シャル「あ、うん。ごちそうさまでした……」


シャル「(その時、僕は“アヤカ”くんに言われるままに部屋を出る他なかった…………不思議なほどに押し切られてしまうのだった)」








―――――― 一方、その頃


箒「ふふ、ふふふふ……」ニタニタ

鷹月「今日はお楽しみだったんだね、篠ノ之さん……」アハハ・・・

箒「そ、そう見えるか? すまない」ウキウキ

鷹月「そりゃあ、ね?(いつもまじめな篠ノ之さんがいつになく頬が緩んでいて呆けていれば誰だって気づくよ)」ニコニコー

箒「ああ! どうすればこの顔の緩みを抑えられるというのだああああああ!」ウガー!

鷹月「何かすっかり垢抜けたって感じよね……」

鷹月「何ていうか、『子は鎹』って本当かもねえ」ドキドキ

鷹月「いいなー。私も“アヤカ”くんのお世話してみようかな?」

箒「(一夏に会えた一夏に会えた一夏に会えた一夏に会えた一夏に会えた!)」

箒「(わ、私はこれから一夏のところへ――――――!)」ドキドキ

箒「ふふ、ふふふふ…………」



――――――週明け


山田「えぇと……、きょ、今日も、嬉しいお知らせがあります……」

山田「また一人、クラスにお友達が増えました」

山田「ドイツから来た転校生の、」


――――――ラウラ・ボーデヴィッヒさんです。


ラウラ「………………」

女子「どういうこと?」ヒソヒソ

女子「この短期間にまた転校生……」ヒソヒソ

箒「今度の転校生はどうも取っ付き難そうだな…………」チラッ

雪村「………………」(精神統一しているわけでもなく瞑想しているわけでもなくただボーっとしている)

箒「雪村のやつ、目の前に転校生がいるのに相変わらずどこ吹く風だな」ヤレヤレ

山田「み、みなさん お静かに。まだ自己紹介が終わってませんから――――――」

千冬「挨拶をしろ、ボーデヴィッヒ」

ラウラ「はい、“教官”」

セシリア「――――――『教官』?(それはもしや織斑先生の教え子だということでしょうか? なんて羨ましい)」


ラウラ「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」ビシッ


一同「…………」

山田「あ、あの……、――――――以上、ですか?」

ラウラ「以上だ」チラッ

雪村「………………」(望遠鏡で遥か遠くを覗いているかのように焦点はここに定まらない)

ラウラ「おい、貴様」

雪村「…………僕のことか?」ムクッ

周囲「キャー! シャベッター!」

ラウラ「…………!?」ビクッ

ラウラ「ハッ」

ラウラ「……貴様、いつもそうなのか?」

雪村「それで何か?」

ラウラ「ゴホン」

ラウラ「不本意だが、教官から貴様の面倒を見るように言われている」

一同「!?」


シャル「それってどういう――――――」

ラウラ「“世界で唯一ISを扱える男性”だか何だかは知らないが、貴様のような何の覇気も感じられん素人相手に、」

ラウラ「ドイツ最強のIS乗りであるこの私が教鞭を執ってやるのだ」

ラウラ「ありがたく思うのだな。これは挨拶代わりだ」スッ

箒「なっ!?」


バシィン!


雪村「………………」

ラウラ「ほう? 案外タフなのだな。それとも恐怖で感情が死んでいるのか――――――」

箒「ちょっと待て、お前! いきなり手を上げるとはどういうことだ!」ガタッ

ラウラ「どこの誰だかは知らないが、これが私のやり方だ。口を挟まないでもらおうか」

箒「織斑先生!」

千冬「篠ノ之、これは私がやらせていることだ。いわば、特別メニューだ」

千冬「月末の学年別個人トーナメントでこいつがベスト8まで勝ち上がることを国が望んでいる」

千冬「そうなるように、それにふさわしい特訓相手を宛てがってやっただけに過ぎん」

シャル「本当に大丈夫なんですか?」

千冬「安心しろ。これはボーデヴィッヒにとってもいい経験になる」

千冬「期待を裏切らないでくれよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ?」

ラウラ「はっ! 教官のご期待に沿うように微力を尽くす次第です」

千冬「――――――だ、そうだ」

箒「………………」

シャル「…………“アヤカ”くん」

セシリア「…………箒さん」



――――――アリーナ


ラウラ「さて、“アヤカ”とか言ったか、貴様」

雪村「お好きな様にお呼びください。人がそう呼んでいるだけなので」

ラウラ「貴様、それが教官である私に対する態度なのか? もしや、これまでもその態度を以って織斑千冬に接してきたのではなかろうな?」

雪村「はい、その通りです、教官」

ラウラ「…………貴様、舐めているのか?」ギロッ

雪村「この場合の適切な振る舞い方がわからないだけです。どうかご教授してくださると大変助かります」

ラウラ「私はブートキャンプの教官ではないぞ」ギラッ

雪村「『ブートキャンプ』って何ですか? 教えてください」

ラウラ「ぬっ!(何だ、こいつは? ――――――今までにないダルさを感じた!?)」

ラウラ「そもそも貴様は、どういった意思を持ってこの場に存在しているのだ!」

ラウラ「どうしてIS乗りになった? ――――――言え!」

雪村「気づいたらIS乗りになっていました」

ラウラ「なっ!? ぐぬぬぬぬ…………」




箒「ラウラとかいうドイツの代表候補生、完全にドツボに嵌っているな」

セシリア「いったいどうなることかと思いましたけれど――――――」

シャル「やっぱり、篠ノ之さんって凄かったんだな……」

千冬「フッ、まだまだだな、ラウラも」

セシリア「あ、織斑先生……」

箒「もしかして、こうなることがわかってラウラに教官役を?」

千冬「まあ そういうことだ」

千冬「あと正直に言えば、私も暇ではないからな。ラウラにその役を押し付けた」

小娘共「!?」

千冬「どんなに理由を取り繕うとも、基本的に私は多忙でな。楽ができるのならば楽をするさ」

千冬「そして、『私のようになりたい』と言ってくるやつに私の仕事を肩代わりさせただけに過ぎん」
・・・・・・・・・・・・
千冬「こればかりは特別な資格は何も要らないからな」

箒「あ……(――――――『特別な資格は何も要らない』か。確かにそうかも)」

千冬「それに、様々な人間と触れ合うことで“朱華雪村”としての人間性が詰まっていくのだ。満更、悪いことでもなかろうて?」

千冬「篠ノ之、お前も“アヤカの子守”をやってみていろいろと気付かされたことがいっぱいあるだろう?」

千冬「私はそれをラウラ・ボーデヴィッヒにも期待しているからこそ、こうして “アヤカの教官役”を任せたのだ」


千冬「これで納得しただろう? ではな」

シャル「わざわざそのことを説明するためだけに?」

千冬「おいおい? ちゃんと説明してやらなかったらお前たちは今回の件について不満を抱えたままだろう?」

千冬「そうなったら、いろいろと面倒なことになる」

千冬「だから、言葉を尽くしたのさ」

箒「あ……、ありがとうございました」


千冬「ま、ラウラも私が教鞭を執った当初はあんな感じの分からず屋だったのだから、私がどれだけ苦労させられたのかを思い知ればいい」


小娘共「?!」

千冬「はははははは」スタスタスタ・・・

シャル「何か、織斑先生の印象が少し変わった気がする……」

セシリア「そ、そうですわね。少なくとも優雅とは程遠いのですが、あの方がなさることはどこまでも晴れやかな印象がありますわ……」

箒「それはきっと――――――」

シャル「?」

セシリア「何ですの?」

箒「いや、何でもない」フフッ

セシリア「気になりますわ! 教えてください、箒さん!」

シャル「もしかして、“アヤカ”くんの面倒を見ている中で気づいたこと?」

箒「こればかりは教えらないぞー! 私だけの宝物だ! わーはっはっはっはっは!」タッタッタッタッタ!

シャル「ああ ズルい!」

セシリア「お待ちになってください、箒さーん!」





雪村「――――――何を当たり前のようなことを言ってるんですか?」

ラウラ「こ、この…………!(――――――教官、これが教官のお勤めなのですね?)」

ラウラ「(た、耐えるのだ、ラウラ・ボーデヴィッヒ! 私はこれまでどんなに苦しい訓練にも耐えてきたのだぞ!)」

ラウラ「(教官がこれに毎日 耐え忍んでいるのならば、私がそれを肩代わりして教官の支えとならねば――――――!)」

雪村「さすがに、これまでの人生の中で『全裸待機』なんてしている人なんて見たことありません」

ラウラ「馬鹿な!? それでは私の副官の言っていたことは――――――」

雪村「もしかして僕の教官(=ラウラ)は僕よりも非常識で人の話を鵜呑みにして思考停止しているんですか?」

ラウラ「な、何を言うか!? 貴様こそ、貴様こそ――――――!」グググ・・・





――――――その夜


箒「それで、あのラウラとか言うやつと初めての訓練はどうだったのだ?」

雪村「うん。何か楽しかった。ずっとおしゃべりしているだけだったけど」

箒「ああ…………(ドイツ代表候補生:ラウラ・ボーデヴィッヒ、ご愁傷様だな……)」

雪村「思ったよりも楽しくなりそう」

箒「そうか。それはよかったな」

雪村「うん」

箒「ハッ」

箒「――――――す、凄い!」

雪村「?」

箒「(最初の頃は無口で無愛想で無礼だった雪村がここまでハキハキとモノを言うようになるなんて! 効果覿面だな)」

箒「(なるほど。確かに教育というものは教える側にも教えられる側にも発見があるというものだな)」

箒「(雪村ではないが、『楽しくなりそう』だ、これから――――――!)」ウキウキ

雪村「それで、ラウラさんって凄く変な人でして」

箒「お前よりも変なやつなんてこの世の中にいるか――――――あ、居たな」ハハハ・・・







ピッ

ラウラ「クラリッサ、私だ。自分に自信がなくなった…………どう対処すればいいのかまったくわからない」ウウウ・・・



――――――それからの日々


何だかんだで、ドイツから来た国家代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒは凶悪そうな雰囲気に反して穏やかだった。

最初の自己紹介で雪村に手を上げたことでクラスから浮いており、誰からも一定の距離感が置かれるものだと思われていたが、

織斑千冬がラウラ・ボーデヴィッヒを“アヤカ”の教官役に宛てがったことで、ラウラには“アヤカ”との関係が結び付けられることになったのだった。

それ故に、ラウラは他にすることがなければ“アヤカ”の観察に終始することになり、やがて“アヤカ”の代表的な行動に注目することになった。

そうしたことから、ラウラは一部では“雪村のストーカー”と思われて生暖かい眼差しを向けられるようになったのである。

そして、学園において“アヤカ”はそんなことは意に介さず、用がなければ1ミクロンも動くことなくその場で固まっていることが常だった。

――――――ラウラは唖然とさせられた。

『時間を潰すために何かをする』――――――密林の狙撃手のように獲物を待ち続けているわけでもなく、

『ただ何もすることがないから何もしない』という常人ならば発狂しかねない行為を“アヤカ”は全く苦に思うことなく行えていたのだ。

試しにラウラも真似してみて、そして段々と頭が割れるような思いに襲われるのであった。



ラウラ「あ、頭がおかしくなりそうだ…………」ガーンガーン!

千冬「何をやっているのだ、お前は?」

ラウラ「あ、教官……。教官から託された新人教育を果たすために、“アヤカ”の観察をしていたのですが――――――」

千冬「なるほど。確かに適切な教育を施すためには普段の生活の様子を観察して、日頃の思考や癖を把握するのも大事だな」

ラウラ「教官、それで私も“アヤカ”が普段から行っているこの行為を真似してみて、」

ラウラ「“アヤカ”がどんな気持ちでこれを行っているのかを推し量ろうとしたのですが――――――」

千冬「そうか」

ラウラ「何もしないと身体が落ち着かず、思考に集中するとどんどんどんどんあらぬ妄想に没頭してしまって――――――」アセダラダラ

千冬「止めておけ、瞑想にも正しい所作がある――――――いや、あれは瞑想ですらない」

千冬「完全にこの世の世界とは意識を断絶しているのだ。そうとしか思えん」

ラウラ「!?」

千冬「あれを理解する必要はない。事前に説明してやらなくて悪かったな」

千冬「もう少しでお前のことを誤った道へと堕としてしまうところだった…………」

千冬「(そう、『頭を空にする』ということは何も全てが良い悟りを得させるものではないからな。文字通り『頭を空にする』のだから――――――)」

千冬「私自身、“アヤカ”の扱いにはだいぶ心を砕いている。そして、頭を悩ませてもいるのだ」

ラウラ「教官が、ですか?」

千冬「そういうお前も、私がドイツでお前たちの教官に就任した時はずいぶんと舐めた態度をとってくれたな?」ニヤリ

ラウラ「あ、あの頃は私は何も知らず――――――」アセアセ

千冬「それと同じだ。今のお前は私と同じ立場となり、その時のお前に“アヤカ”がなっているのだ」

千冬「“アヤカ”を少し前の自分だと思って、――――――心構えを説く必要はないから、さっさとISに乗せて訓練を始めろ」

千冬「月末の学年別トーナメントで目覚ましい活躍をさせてくれなければ、この私が恥を掻くからな?」ニヤリ

ラウラ「あ、――――――わかりました、教官!」ビシッ

千冬「くれぐれも無茶はするな。無理強いをして身体を壊すようなことになれば体調管理ができない間抜けな教官だと思われるからな」

ラウラ「はい!」

千冬「(これぐらいでいいだろう。私自身の名誉などどうでもいいものだが、この娘を誘導するにはちょうどいいお題目だ)」

千冬「(さて、これから問題となるのは、電脳世界において“アヤカ”の心象風景を写しだして仮想世界を構築することだが、)」

千冬「(電脳ダイブ自体がアラスカ条約で禁止されているものであり、それをアラスカ条約によって設置された国際IS委員会が命令するとは…………)」

千冬「(もちろん、禁止されるからにはそれなりの理由がある――――――が、だからこそ国際IS委員会が命令してきたことに怒りを禁じ得ない!)」グッ




――――――アリーナ


雪村「………………展開」(IS量子展開)

雪村「なかなかに洒落てるじゃないか」ガチャガチャ

雪村「コアナンバー36の訓練機:第2世代型IS『打鉄』“呪いの13号機”――――――」

雪村「4×9=36、4+9=13」 

雪村「見事に忌み数字が並んでる」 4=シ=死、9=ク=苦

雪村「ふふふふふふ……」

雪村「そして、それを創りだしたのがこの僕か」

雪村「乗っただけでISを暴走させるなんて、やっぱり僕はおかしいんだろうな……」

雪村「さて、超国家機関:IS学園の訓練機をついに専用機として借り受けてしまうとは――――――」

雪村「最初の「専用機化」は終了している。待機形態は腕輪。これが第1形態」

雪村「基本的に初期形態から第1形態へと形態移行するわけだけど、よほど尖った経験を積まなければ設計通りの第1形態になるという」

雪村「そこから、第2形態・第3形態へと形態移行していく。――――――そこからは完全にパーソナライズして個人所有しなければ辿り着けない領域」

雪村「僕ができることなんてたかが知れていることだけれど、――――――これからよろしく」

雪村「そうだな。『呪いの13号機』というのもなかなか呼びづらい。それに『鈍いの重惨』とも読み替えられそうだし、変えよう」

雪村「何がいいかな? そもそも機体色がスポーツ用なのに地味目だからな…………」

雪村「13繋がりで『足利義輝』、『豆名月』、『薩摩芋』――――――」

雪村「日本国憲法第13条――――――『個人の尊厳』」





雪村「よしわかった。今日からお前は『知覧』だ。『知っている人はご覧になってくれている』――――――それがお前だ」


鈴「なんでやねん!」ズコー

雪村「…………?」

鈴「どうして仰々しく13繋がりで最後に『知覧』なるのよ! さっき辞書で確認したら、九州の南の鹿児島県の小さな町じゃない!」

雪村「どう思われようが関係ないです。その時々に相応しいと思ったものを名づけたまで」

鈴「ああ……、そう」ヤレヤレ



雪村「………………」ジー

鈴「な、何よ! 私だってここで訓練する気でいたんだからね。悪く思わないでよ」ドキッ


雪村「…………名前なんでしったっけ、2組の人?」


鈴「はあああああああああああああ!?」

鈴「これまでだってクラス対抗戦や合同実習の時に散々 呼ばれてたじゃない、私の名前!」

雪村「ごめんなさい。これまで全然興味がなかったのでまるで憶えてませんでした」

鈴「あんた、いい度胸してるわねぇ?」ニコニコー

鈴「せっかく専用機をもらった――――――まあ 学園の訓練機なんだけど! 『どうぞ 遠慮無くぶちのめしてください』ってことでいいのね?」ゴゴゴゴゴ

雪村「はあ 稽古をつけてくださるのですか。ありがとうございます」

鈴「こ、このぉ…………(これまでいろんな人間がこいつの相手をしてきてほとほと疲れきるのを見てきたけど、これは本当にメンドイ…………)」

鈴「あんた! やる前に訊くけど、ちゃんと空を飛べるようになってる?」

雪村「飛べません。最初はちょっとできていたのですけど、なぜか今はできなくて――――――」

鈴「ああ もう! それじゃ勝負にもならないからこっちも飛ばないであげる! これがせめてもの情けよ!」

雪村「ありがとうございます」

鈴「それじゃ、模擬戦! さっさとやるわよ! 覚悟なさい!」

鈴「それで、中国代表候補生:凰 鈴音の名を胸に刻みなさい!」

雪村「何? ――――――“ファン・イーリス”?」

鈴「違あああああああう!」

鈴「もう! “鈴”って呼びなさい! あんまり気安くされるのも嫌だけど」

雪村「ああ……、“鈴”か。そうですか、道理で本名の方を思い出せなかったわけだ」

鈴「…………こいつ、本当に疲れる」ハア






――――――3、2、1、スタート!


鈴「はああああああああああ!」ヒュウウウウウウウウウウン!

雪村「………………」ブン!

ガキーン! ガキーン!

鈴「初心者にしては、初撃を防ぐだなんてやるじゃない(思った以上に攻撃が重たい! 『打鉄』の鈍重さが『甲龍』の格闘力を上回らせているってこと……)」

鈴「けど、今のは小手調べ――――――ん」

雪村「おっと、おっと、おっと…………」ガコンガコンガコン!

鈴「なんでマニュアル歩行なんてしてるわけ? 滑走できなさいよ……」

雪村「………………」ガコンガコンガコン! ジャキ!

鈴「…………まさか、ここまでダメなやつだったなんて思わなかったわ(飛行できないどころか滑走もできないなんてね)」ハア

鈴「世界に467しかない1つを専用機として貰い受け――――――借り受けてるのに、そのザマだなんて」

鈴「いいわ。格の違いってのを見せつけてさっさと終わらせてあげるわ」ジャキ!

鈴「それじゃ、――――――本番 行っくわよおおおお!」ヒュウウウウウウウウウウン!

雪村「………………!」

鈴「でえええええええええええい!」ブン!

雪村「………………!」ブン!

鈴「!!?!」ガキーン!

鈴「なっ!?(な、何!? さっきのと全然重みが違う!? 私と『甲龍』が押し負けた?!)」

鈴「くっ」

雪村「おっとっと……」ガコンガコンガコン!

鈴「???」


鈴「(どういうことよ? 格闘戦で相手を圧倒するには『質量』『速度』『姿勢』の3つが重要よね?)」

鈴「(いくら『打鉄』が鈍重でその分 どっしりしてるからって、『姿勢』を押し切る『勢い(=速度)』があれば崩すのなんか容易い――――――)」

鈴「(それが、その場に留まって振りかぶった一撃のほうが遥かに強いだなんて どういうことよ!?)」

鈴「(確かに格闘戦ではドライバーの力量がそのまま反映されるけれども、ISのパワーアシストで基本的な出力は一定のはず……)」

鈴「(この『甲龍』は最新テクノロジーをふんだんに取り入れて『打鉄』を完全に凌駕している機体なのよ。パワーだって何割増しの)」

鈴「(それがどうして、第2世代型IS相手に押し切られてるのよ!)」

鈴「(まさか、実はこいつの実力は代表候補生に匹敵するぐらいの才能があるとか――――――?)」

鈴「(――――――ないないない! だってこいつは、空も飛べないぐらいの凡人なのよ? 私なんて4,5回でいけたのに)」

鈴「(けど、こいつは“世界で唯一ISを扱える男性”であり、初めての合同実習の時に私の目の前でISを暴走させた張本人なのよ?)」

鈴「(――――――そうか! だからか! ――――――何かインチキを使っているから『甲龍』が訓練機なんかに!)」

鈴「そういうことね」ジロッ

雪村「………………?」ジャキ

鈴「あんた、インチキ使ってるでしょ! そうでなくちゃ『甲龍』が訓練機に負けるはずがない!」

雪村「そういうものなのか?」

鈴「まだ白を切るつもりなの!? いいかげんになさい!」

雪村「………………」

鈴「あんた! 1ミクロンも動くんじゃないわよ! 動いたら容赦なく『龍咆』でボコるから!」ギロッ

鈴「管制室! ちょっと来て、取り調べを!」ピッ

雪村「………………そういうことなら」ピタッ

鈴「は?」

雪村「………………」(石化した)

鈴「………………は?(本当にピクリとも動かない。まるで機能を停止した鋼鉄の機械のように…………)」


――――――それから、


雪村「………………」

鈴「ホントのホントに何も異常はなかったっていうの!?」

教員2「残念ながら、本当に何も」

整備課生徒1「でも、性能差を覆せるなんてやっぱりおかしい!」

整備課生徒2「もう少し調べて――――――」

教員2「止めておけ。例の暴走事故だって原因不明だっていうのに、最初から疑ってかかるのはいけない」

教員1「他に何があると言うのですか!」

教員1「“彼”のせいで、代表候補生の1人が未だに意識不明なんですよ!」

教員2「けど、明確な証拠もない。そして、その責任を追及する方法もないではないか」

教員2「それに、学園が率先して“世界で唯一ISを扱える男性”を白い眼で見ているこの現状を政府に知られてしまったら、どうなる?」

教員1「ぐっ」

教員2「『男憎し』だか何だか知らないけど、生徒は生徒。区別など無い」

鈴「………………」

教員2「そもそも根本的な問いかけをしていないんじゃないか?」

一同「?」

教員2「おい、“アヤカ”」

雪村「はい」


教員2「お前はどういった感じで剣を振っていた?」


雪村「ちょっと浮いてPICを切って『知覧』に攻撃を任せて――――――」

一同「!?」

雪村「?」

教員1「何を言っているのかがわかんないだけど……」

雪村「ですから、だいたいのことは『知覧』に任せて僕はベストだと思う立ち回りを――――――」
・・・・
鈴「………………あんたが戦っていたわけじゃないの?」

雪村「どういう意味ですか?」

鈴「私が戦っていたのは『知覧』であって、あんたはその微調整役に過ぎなかったっていうの?」

雪村「あ、そういうことです。ああ よかった、そういえばよかったのか……」

鈴「はあ?」

雪村「?」

鈴「そんな馬鹿なことあるわけないじゃない! そんな馬鹿なこと――――――」プルプル

鈴「………………」

雪村「………………?」


千冬「やれやれ、大の大人も混じって何 一人の子 相手に本気になってる?」


一同「!」

鈴「ち、千冬さん……」



雪村「………………!」

千冬「探したぞ、“アヤカ”」

教員1「織斑先生……! 今、大切な話をしているので――――――」


――――――“アヤカ”に電脳ダイブさせる。


千冬「だから、今日はお開きだ」

教員1「電脳ダイブですって!?」

整備課生徒1「???」

整備課生徒2「???」

鈴「…………?」

教員2「そうですか」

教員1「――――――先生!?」

教員2「良かったじゃないですか。これで原因究明がはかどりますよ」

教員1「そ、それは…………」

千冬「そういうことだ。学園の大型サーバ1つを使わせてもらうぞ」

教員2「わかりました。良い結果が出ることを期待しております」

千冬「では行くぞ、“アヤカ”。これから週に一度、電脳ダイブで仮想世界を構築するぞ」

雪村「よくわかりませんが、よろしくお願いします」


鈴「あ、あの!」


千冬「何だ、凰?」

鈴「第3世代型ISが第2世代型に負けるってことは――――――いえ、同じ接近格闘機ならば世代を経たほうが――――――」

千冬「愚問だな。そんなのは乗り手次第だろう」

鈴「そうじゃなくて……」

教員1「基本性能を圧倒的に凌駕している『甲龍』が『打鉄』に接近戦で遅れをとるというのは――――――」

千冬「………………ハア」

千冬「お前たちは一からISというものを学び直したほうがいい」

千冬「ISはただのパワードスーツではない。乗馬に喩えられるものなんだぞ?」

千冬「ISの力はどこまでもISによるものだ。それをより活かしきったほうが勝つのは当たり前だろう」

千冬「こいつはそういった他力本願に優れていた――――――だから、勝っていたのではないか?」

鈴「…………『他力本願』?」

千冬「それを理解せずに、己の力を誇示するやり方だけを貫くのならばこいつには絶対に勝てないぞ。いずれそうなるだろう」

千冬「ではな。時間が押してるんだ。さらばだ」

雪村「それでは」

スタスタスタ・・・

一同「………………」
・・・・・・・・・・
鈴「だって、ISは人間が動かすものじゃない…………」




――――――IS学園地下秘密区画


雪村「具体的にはどうすればいいんですか?」(電脳ダイブ専用シートに身を預けている)

――――――
千冬「専用機を介してお前の意識を電脳に直結させた後、こちらで誘導し、あるサーバにお前の全てを記録する」
――――――

雪村「そんなことができるんですか?」

――――――
千冬「ISには心がある。お前の心を――――――自分が気づいていないものも全て見ている。その性質を利用してISに仮想世界を構築させるのだ」

千冬「だが、電脳ダイブはお前の意識を直接 電脳世界に送り出すために、そこでの肉体の感覚は現実世界におけるお前自身の心そのものだ」

千冬「よって、電脳世界での肉体が欠損すれば、その痛みがお前の心を蝕むことだろう」

千冬「最悪の場合は、電脳ダイブによって廃人になる危険性がある。そして、ISコアも「初期化」しないと使い物にならなくなる」

千冬「だからこそ、表向きでは電脳ダイブ行為はアラスカ条約で禁止されている」
――――――

雪村「………………」

――――――
千冬「だが、安心しろ。電脳世界でのお前を守るのは他でもないお前自身の専用機だ」

千冬「お前は自分のISを信頼して全てを委ねていればいい」

千冬「それじゃ、始めるぞ」
――――――

雪村「…………はい」

――――――
千冬「――――――始めてくれ」


山田「……はい」

友矩「わかりました。微力を尽くしましょう」

一夏「…………“アヤカ”。もし何かあっても俺が助け出すからな」グッ
――――――

雪村「………………」


雪村「…………


雪村「……」」


雪村「」





――――――数時間後、


雪村「!」ガバッ

雪村「………………」ハアハア

千冬「ご苦労だった、“アヤカ”」(彼の側に立っていた)

雪村「…………疲れた」アセダラダラ

千冬「まあ そうだろう。だからこそ大事を取って週一で、少しずつ仮想世界の構築を進めるつもりだ」フキフキ(手ずからタオルで汗を拭ってあげる)

千冬「電脳ダイブではほんの些細なことが命取りになる可能性がある。一気に押し進めるのは危険だ」

千冬「今回はここまでだ。ゆっくり休んでくれ。寝坊はするなよ?」スッ(そして、タオルを渡す)

雪村「……はい」ゴシゴシ

雪村「あ」

千冬「どうした?」

雪村「帰り道がわかりません」

千冬「フッ、そうだったな。これから毎週ここに通い詰めるのだからデータをやろう」フフッ

千冬「そして、今日は私が送っていこう。最初だからな」

雪村「ありがとうございます」


スタスタスタ・・・











――――――
一夏「!」ガバッ

一夏「………………!」ゼエゼエ

山田「大丈夫ですか、一夏くん!」オロオロ

一夏「…………危なかった」ゼエゼエ

友矩「危うく取り込まれるところだったね……」アセダラダラ
                                                        オーバーロード
一夏「あ、あれが“アヤカ”の世界――――――、“アヤカ”が感じる世界の実相――――――、人の無意識の中に存在する“魔王”――――――」ゾゾゾッ

一夏「このまま仮想世界の構築を進めていったら――――――」

一夏「けど、これで少しは“アヤカ”も人間らしさを取り戻してくれればいいんだけど…………」フゥ

友矩「…………難しいよね」


――――――人の心と向き合うっていうのは。


――――――


登場人物概要 第3話A

朱華雪村“アヤカ”
専用機:第2世代型IS『打鉄』 ペットネーム『知覧』 通称:“呪いの13号機”
ランク:A 
 格闘:A 射撃:E
 回避:E 防御:A
 反応:A 機転:A
 練度:E 幸運:E

専用機として学園の訓練機を日常的に貸し出された、世界的にも稀有な経緯で誕生した専用機持ち。
他の人間が一様に“彼”を“アヤカ”と呼ぶのに対して篠ノ之 箒だけが“朱華”と呼び続け、彼女が“雪村”に呼び改めたことから“雪村”表示に改まっている。
また、本筋の主人公である織斑一夏との接点もどんどん深まっていっており、これからの関係に乞うご期待である。
他人との関わり方を知らないことから他人と話している時はぶっきらぼうな言い方になっているのに対して、一人の時は普通に喋ることが確認される。

人から疎まれる才能の持ち主であり、基本的にメンドイ性格である。
それ故に、“彼”と接した人間は基本的には否定的な感情を持つことになり、そもそもの前評判でますます損することになる。
しかし、それを気にしなくなっているのが“彼”であり、とことん気にせずマイペースで在り続ける。
“彼”が乗った後に暴走事故が二度起きていることから1年1組以外の大半の学園関係者からは危険視されており、脅迫の手紙が送りつけられるぐらいである。
だが、それでもやっぱり気にしない。読んだところで何かが変わるわけではないことを見透かしているように。
一方で、“彼”のせいで何の罪もない噂の転校生かつ優等生であるシャルル・デュノアが肩身狭い思いをする羽目になっている。

――――――なにせまったく気にしてないから。良識がないから。何が正しいのかを見失っているから。

かなり淡々と綴って場面を省略しているが、“彼”以外の“ISを扱える男性”とされるシャルル・デュノアとはルームシェアをしていない。
そうしたのはもちろん寮長である織斑千冬であり、どう考えても同室にさせることはシャルル・デュノアにとってマイナスにしかならないからである。

かなりの教養があるのか、はたまた重要人物保護プログラムで津々浦々を転々とさせられた経験の賜物なのか、
貸し出された『打鉄』に『知覧』というペットネームを付けるぐらいの珍妙なネーミングセンスとウンチクを発揮している。
また、皮肉屋な一面も独り言に現れており、人前では努めて愚物を演じて、本当の性格は相当に暗いことを伺わせている…………
洞察力も非常に鋭く、実は“彼”の言葉の端々に相手の短所や欠点を突いたり、ピンポイントに神経を逆撫でしたりするものが自然と含まれている。

織斑千冬からは『他力本願を使いこなす天性の才能がある』と評価されており、ラウラ・ボーデヴィッヒの相手もいずれ務まると見られている。
IS乗りとしてはまさしく初心者でしかないが、ISに力を発揮させることに関しては代表候補生を軽く凌駕しているとのこと。
それ故に、“彼”のIS適性がランクAなのも頷けるものがあり、初心者だと甘く見ていると痛い目に遭うことだろう。
ただし、専用機が鈍重な『打鉄』なのでセシリアの『ブルー・ティアーズ』などの空中戦主体の射撃機には絶対に勝てない。機体相性までは覆せない。




篠ノ之 箒
改変度:S
メインヒロイン。この物語においては“アヤカ”の保護者――――――“母親役”がすっかり板についてきた。
彼女もそれを受け容れて得たものがあるらしく、“アヤカ”に対する態度に慈愛の念がこもるようになってきた。
ただし、あくまでも本命は別におり、“アヤカ”については彼女自身は恥ずかしがって認めていないが“母と子の関係”という言葉がしっくりくる関係になっている。
“アヤカ”を実家に連れてきたことで更にその関係が深まるのだが、同時に彼女にとって最も大切な存在との繋がりにも再び触れることにもなった。

しかし、“アヤカ”と繋がりが深いために、“アヤカ”と“呪いの13号機”の件で彼女も悪く言われるようになり、
“篠ノ之博士の妹”であることが取り沙汰されて、“アヤカ”ほどではないにしろ、彼女も暴走事故の関与が疑われている。
それでもそんな意見を持つ人は極一部であり、基本的には“アヤカの子守”あるいは物好きとして応援されているぐらいである。

今作では全面的に“アヤカ”の世話に終始しているためか、ISでの訓練も人並みにしかやっておらず、原作以上にIS搭乗の経験が浅い。
しかし、“アヤカの子守”を通じて剣道部の活動に精を出したり、積極的に“アヤカ”の人間関係の構築に奔走していたりするので、
その頑張りを周囲に認められて、一般生徒でありながら代表候補生並みに一歩抜きん出た存在として人望を集めることになる。
また、原作とは違って恋のライバルの仁義無き争奪戦がなく、馬鹿な想い人の動向に一喜一憂することがなくなっており、
普通の女子高生らしく晴れやかな青春期を送っており、性格も原作とは打って変わって頼り甲斐のある人間性に変わっている。


セシリア・オルコット
改変度:A
今作では影が薄い。織斑一夏と関わらなければ最新鋭機の専属パイロットという程度の人。
それでも、見下しているはずの男である“アヤカ”に対する態度は柔らかく、その“子守”をしている箒には敬意を払っている。
クラス代表やイギリス名門貴族:オルコット家の当主としての気品から黙っていてもその存在感を放ち続けているのだが、
“アヤカ”からすれば、積極的に関わることがなければ路端の石ころと同じ程度の認識である。


凰 鈴音
改変度:B
2組。
――――――以上。

番外編ではトップヒロインだったが、ここでは“アヤカ”との接点が一切ないのでまさしく赤の他人である。
原作でも噛ませ犬扱いされる場面が多く、初期ヒロインにおいて一人だけ2組なのを筆頭に不遇に次ぐ不遇に苦しめられているキャラである。
友人・腐れ縁ポジションとしては絶妙の位置に立っているのだが、幼馴染と同じくらいに噂の転校生の攻勢に圧されるものである。
しかし、今作ではヒロインズの大半が尽くモブに近い扱いなので、等しく不遇となっている。そもそも“アヤカ”とは友人ですらない。


シャルル・デュノア
改変度:A
原作では圧倒的な存在感を放つあざとい存在だが、“世界で唯一ISを扱える男性”が織斑一夏ではないばかりにその高貴な存在感が埋没している。
やはりハーレムものの主人公は織斑一夏ほどではないにせよ、好奇心や義理人情で人の中に踏み込む性格でないとどんなキャラもモブに変わり果てる。
なかなかに匙加減が難しいものである。主人公というのは“鎹”でなければならない――――――!

“もう一人の男子”でかつ優等生なので転校当初は“アヤカ”などという根暗な存在と比べられて高い人気を誇ることになるが、
何かと“アヤカ”と比べられて引き立てられて、異常なまでの期待感を背負わされて息苦しい毎日を送らされることになってしまう。
また、“アヤカ”との同室も望んでいたがそれが叶わず、寮室も引き離されているので気が重たくなっている。
それ故に、シャルル・デュノアの方からあんな発言が出るくらいに憔悴することになった。

“アヤカ”に対してはむしろ好印象なようで、特に積極的に踏み込んでくるわけではないが、それは逆にこちらにとっても気が楽であり、
“彼”に対しては自然と親近感を覚えており、また“彼の子守”である箒に対しては強い信頼を置いている。


ラウラ・ボーデヴィッヒ
改変度:A
“世界で唯一ISを扱える男性”が“教官の汚点”ではなくなっていることを踏まえて、なんと今作では“アヤカの教官役”として登場する。
そのせいか、これまで挑発的で凶暴な一面が鳴りを潜めることになり、割りと真っ当に先輩教官としての立居振舞をすることになった。
『“アヤカ”が以前の自分と同じ』であることを諭されたことから、生まれた小鹿のようにIS操縦が下手くそな“アヤカ”を気遣うようになる。
それと同時に、“アヤカ”に対しては底知れぬ潜在能力を見抜いており、適度な距離感を保つことになっている。

――――――『性格が違い過ぎる』だって?

よく振り返ってみよう。今作の織斑一夏(23)の冒頭の発言と織斑千冬の対応を見れば、織斑姉弟の影響を受けているラウラだって変わる。


第2世代型IS『打鉄』 ペットネーム『知覧』“呪いの13号機” 
専属:朱華雪村“アヤカ”
攻撃力:D+無いとは言わないが、格闘戦は搭乗者の力量に左右されるので
防御力:A 第2世代型IS最高の防御力
機動力:D-機動力は低いが、最低ではないのに“アヤカ”はPICコントロールが下手なのでマニュアル歩行してしまう
 継戦:E 一応、アサルトライフルがあるようだが誰も使ってないので
 射程:E アサルトライフルを使わないせいで格闘1つだけ
 燃費:S 太刀しか使わない・出力も低い・防御力も高いの3点張り

コアナンバー36。所属番号『13号機』であることも合わせて、4+9=13,4×9=36となる忌み数に相応しい不吉な経緯を持った機体……らしい。
基本性能は一般機とまったく同じ平凡な訓練機であり、この時点では特に戦力の違いはないどころか、
“アヤカ”のPICコントロール精度が下の下でマニュアル歩行しかまだできてないので、フットワーク面で筋の良い同級生に大きく出遅れることになる。

電脳ダイブによる仮想空間の構築とデータ収集に専念できる専用機を元々から必要としていたこと、
この機体に偶然にも“アヤカ”が乗った直後に意識不明の重体に陥る暴走事故が起き続けたことからの隔離の必要性から、
何の罪もないが事件の元凶である朱華雪村の専用機として宛てがわれることになった。

“呪いの13号機”というのは、“アヤカ”が暴走事故を起こす以前から付けられていた仇名だったらしいが、暴走事故から通称として定着したものらしい。
つまり、“アヤカ”の出現以前から元々“曰くつきの機体”として敬遠されていたらしい。
オカルトの域を出ないが、極端にこの機体による勝率が低いらしく、この機体に乗ることになった生徒は大小差はあるものの決まって嫌な態度をとるとのこと。
しかし、詳細な戦績とその追跡記録による裏付けがないにも関わらず、誰もがそう納得していることに誰も疑問を持たない…………


補足事項 ルビがずれていたので
“魔王”=オーバーロード 
これからたびたび話にあがってくる電脳ダイブにおいて登場する概念。
一夏曰く、「人の無意識の中に存在する“魔王”――――――」であり、
今作では屈指の鋼のメンタルを持つ一夏を戦慄させるほどの存在であるらしい……



第3話B 一夏の願い
Unknown THE Gentleman

――――――5月

――――――地下秘密基地


一夏「へえ、今度は学年別個人トーナメントなんてあるんだ」

弾「IS学園の公式行事の中では最大の目玉で、1週間ぶっ続けで行われる晴れ舞台ってやつさ」

弾「世界に467しかないうちの最大数をここが保有しているわけで、それはそれは輝かしい舞台だろうよ」

友矩「しかし、単純に考えて1学年120人を1対1ずつ試合をしたとなると、その総数は――――――、」

友矩「まず、2の乗数にしないと1対1の戦いが続かないので、120に最も近い2の乗数は2の7乗で128――――――」

友矩「つまり、単純計算で参加枠128のトーナメントとなり、7回勝ち上がらないと決勝戦にはなり得ない」

弾「うえっ!? 7回も勝たないといけないのか!?」

友矩「そして、試合数は3位決定戦も含めるのでそのまま128試合!」


→64(第1回戦)+32(第2回戦)+16(第3回戦)+8(ベスト8)+4(準々決勝)+2(準決勝)+1(決勝戦)+1(3位決定戦)=128


弾「だ、だりぃ…………(確か、1学年1つのアリーナで同時進行だから分割進行もできないんだっけな…………)」

弾「しかも、身内に贈られる招待券って1日だけしか有効にならないんだよな?」

一夏「あ、ホントだ」

友矩「それに加えて、トーナメント表は当日になって発表される上に、平日もお構いなしに開催されるので、」

友矩「家族が娘さんの応援に行くのはかなり難しく、それは来賓としても同じわけなんだね」

弾「ああ……、だから、その前座としてクラス対抗戦っていうのがあったわけね」

弾「クラス対抗戦に選ばれるのはたいてい代表候補生で、その年の最強候補でもあるわけだから」

友矩「そういうことだね」

友矩「日を追う毎に来賓席はガランとしてくるし、早々に敗退した選手たちも連休だと喜んで違った空気を醸し出す」

友矩「身体とボール1つあればすぐに再開できるサッカーと違って、ISは乗馬に喩えられるスポーツ故に調整が極めて大変――――――」

友矩「ましてや、人数分もまかなえずに乗り回ししているのだから、尚更だよ」

一夏「本当に専用機持ちって優遇されてるんだな」

弾「何を他人事のように言ってんだよ」

友矩「それで、今年からは時間の短縮のためにツーマンセルに変えるそうで」

一夏「そうか。となると、1枠2人になるわけだから試合数が人数の半分の半分になって第1回戦が32回に圧縮されるのか」

一夏「すると、圧縮された64回分 試合が無くなって試合数も半分に抑えられるってわけか」

弾「128と64では偉い違いだな」

友矩「それと、クラス対抗戦で損壊した第1アリーナの修理自体は来月中には終わるようで」

一夏「そっか。早いな。そいつはよかったよかった」

弾「(実は、『あの無人機』よりもアリーナを破壊して回った一夏が澄ました顔で言えたことじゃないんだけどな……)」

弾「それで、1年は第1アリーナの代わりに第4アリーナを使うってことなんだな?」

友矩「そういうこと。無駄にアリーナが多くて救われたね」


友矩「近々、またIS学園に出動の予定が組まれているらしいよ。――――――大会とは別件でそれが何かはわからないけど」

弾「そうか。まあ そんな気はしていたよ。今度は以前のようにはならないと信じたいな」

一夏「そうだな。あそこまで苦戦したのは初めてだよ」

友矩「それもこれも、僕たち“ブレードランナー”の正しい運用の仕方をお偉方が理解していなかったからこその苦戦であって、僕たちに非はない」

一夏「また、『あんな無人機』みたいなのが来なければいいんだけど……」

友矩「それが一番の悩みだね……」

弾「まったくだぜ…………」

男共「………………」ハア
・・・
一夏「そうだ。本当に今更だけど、今度 篠ノ之神社にお参りしてこよう。IS学園にあの娘がいるって話だし、土産になるはずさ」

友矩「そうだね。気休めだろうけど、発願しないことには何も始まらない。意思表示や声明があって初めて理解されるものだから」

弾「そうかい。それじゃ俺は仕事に戻るよ」

一夏「ああ。いってらっしゃい」

友矩「事故には気をつけて」

弾「ああ、わかってるよ。それじゃあな」


スタスタスタ・・・


友矩「さて、それじゃ僕たちは『白式』の新装備の確認でもしようか」

一夏「ああ。パイルバンカーやグレネードランチャーの次が出たのか?」

友矩「今度のは後付装備ならぬ外付装備のタクティカルベルトだよ」

一夏「おお。ポーチがいっぱいついてるな」

友矩「ポーチ以外にもホルスターなどに換えることができて、目的に応じた適切な小物装備の選択ができるようになるよ」

友矩「今のところはないけど、長期任務で必要なサプリメントや水筒を容れたり、小道具なんかを持ち運んだりする時に便利なはずさ」

一夏「うんうん。どんどんできることが増えていくな」

友矩「それでも、“ブレードランナー”は“ブレードランナー”であってそれ以上でそれ以下でもないんだけどね」

一夏「…………『白式』の拡張領域が自由に使えたらここまで苦労はしなかったのにな」

友矩「それでも、第1形態から使える単一仕様能力『零落白夜』のおかげでここまでこれた実績もあるから余計に質が悪い……」

友矩「それじゃ、装着してみて着心地や感覚の変化を確認しよう」

一夏「ああ。よろしく頼むぜ」



――――――それから、


一夏「…………ここに鈴の親父さんが経営してる中華料理屋があったんだよな」

友矩「そうだね。この1年で何が起きたんだろうね」

友矩「その1年だけで鈴は中国代表候補生にまで昇りつめたんだから、相当な覚悟があったはずだよ」

一夏「確か5,6年前だったかな? 鈴がこの街に引っ越してきたのは」

友矩「僕は大学時代からの付き合いだからその辺のことはわからないけど、」

友矩「どういった経緯で彼女と知り合ったんだい?」

一夏「簡単だよ。『この街に新しい中華料理屋ができる』ってことだから、同じ中華料理屋の息子の弾と一緒に敵情視察しに行った時にな」

友矩「ああ なるほど。それで?」

一夏「それで、俺と弾はその時にできる限りの情報を聞き出すように一人3人前は注文してみたんだ」

一夏「意外なほどにぺろりと食べられたもんで、本場中華料理の味ってやつが一種のブームになって俺は自然と店に足を運ぶようになったんだ」

友矩「なるほど。常連客になったことから――――――」

一夏「そうそう。それで、鈴とは“常連客のあんちゃん”って感じで打ち解けていったわけさ」

一夏「そういえば鈴って、やっぱり本土を離れて異邦の学校に一人入れられていたわけだから、付き合い方がわからなくって孤立していたようだったな」

一夏「それで鈴や親父さんから『日本の慣習や礼儀作法を教えて欲しい』って頼み込まれたっけな」
・・・・・
友矩「…………へえ(まさかね? いや、そんな理由だけでそんなことになるとは思えないが――――――だけど、こいつは一夏だし!)」アセタラー

一夏「またこの店の中華料理が食べたかったんだがな…………」

友矩「それは残念なことで」

一夏「ああ……、言ってたら中華料理が食べたくなってきた。五反田食堂に行こう」

友矩「はいはい」


スタスタスタ・・・



――――――五反田食堂


一夏「美味い!」モグモグ

友矩「そうだね」モグモグ

蘭「………………」ドキドキ

蘭「あ、あの!」

一夏「?」

蘭「あの……、家庭教師の件、考えてくれましたか?」モジモジ

一夏「ああ…………」チラッ

友矩「…………」(首を横に振る)

一夏「それがやっぱりダメなんだ。ごめんな」

蘭「……そう ですか」シュン

一夏「でも、今日は時間があることだし、蘭の宿題を見てやるぐらいはできるぜ? 何か困ったことはないか?」

蘭「あ…………(くぅうううう! どうして今日はこんなにもてきぱきと宿題を済ませてしまったのかしら! 私の馬鹿ぁ!)」

蘭「あ、大丈夫です! 私、生徒会長ですから! みんなの模範になるように頑張ってますから!」

一夏「そうか。立派になったな。あの蘭が生徒会長になるんだもんな。兄とは違ってホントにまじめな優等生だな」

蘭「あ、あはは……!(……違う! こんな益体もない話をしているだけじゃダメ! 何か少しでも新しい情報を――――――)」クスッ

友矩「一夏、今日はどうしようか? 実家に泊まるか? それとも――――――」

蘭「(――――――それだ!)」


蘭「あ、一夏さん?」

一夏「どうした、蘭?」

蘭「一夏さんの新居ってどちらでしたっけ?」ニコニコ

蘭「……いつか遊びに行っていいですか?」ドキドキ

一夏「そっか。まだ教えてなかったっけか」

一夏「XXXX駅降りたところすぐのマンションだ」

蘭「へ!?」

蘭「それって、確か今年できたばかりの高級マンションのことじゃ――――――」

一夏「へえ、そうなんだ。実家と似た感覚で駅前で交通の便があってスーパーにも近い場所を選んだんだけどな?」

友矩「まったく一夏は………………僕がいなくちゃ本当にダメなんだからね」フフッ

蘭「!?」

蘭「あの友矩さん?」

友矩「どうしたのかな、蘭ちゃん?」

蘭「あの……、友矩さんは一夏さんと――――――」

一夏「ああ 同居してるけど?」

蘭「!!!?」ガーン!

蘭「あ、あの、どうして…………」

一夏「だって、二人で住んだら経済的だろう? それに俺と友矩は一緒に組んで仕事することが多いしさ」

一夏「いやぁ、これが本当に楽でさ。俺が疲れた時は友矩が料理も洗濯も全部やってくれるから大助かりだぜ」

友矩「そして、細かい予定の確認をして一夏をちゃんと仕事場に送り出すのも僕の仕事となりつつあるんだけど…………」ジトー

一夏「あ…………すまん」

蘭「友矩さん、一夏さん…………」フラッ

蘭「(この人、ただでさえ 宝塚に出てくるような美形さんだから一夏さんと並んでいると男と女のように見えちゃうっていうのに――――――、)」

蘭「(まさか一夏さんとそんな関係にまでなっていただなんてぇ…………)」

一夏「あ、おい! 蘭!? どうしたんだよ!」ガシッ

蘭「(ああ……、一夏さんの声が遠くに聞こえる――――――)」


友矩「…………憧れに対する恋などすぐに冷めろ。憧れという現実と掛け離れたものに踊らされたって虚しいだけだよ」




――――――休日


一夏「シャルル・デュノア。“二人目の――――――」(黒服)

弾「いや、お前がいるから“三人目”だろう?」(黒服)

友矩「政府からは非公式の存在として隠蔽されているので、世間的にはシャルル・デュノアは“二人目”です」(黒服)

弾「そうですかい」

弾「で? なんで俺たちが遠く離れた空港にいるんだ?」

一夏「誰かを迎えにいく任務か? けど、それは俺たちの作戦能力だと――――――」

友矩「大丈夫です。護衛対象の方が強いので」

一夏「!」

弾「それって、IS乗りが来るってことか!?(だって、そうだよな! IS乗りの一夏よりも強いとなれば――――――)」

友矩「そういうことです。ドイツから来た代表候補生を学園まで橋渡しするのが今回の任務です」

友矩「弾さん、運転には細心の注意を払ってください」

弾「お、おう!(代表候補生だって!? ということは、またまた美少女のご登場か! どんな子なんだろうな!)」ドキドキ

一夏「けど、どうしてわざわざ俺たちが迎えに?」

友矩「今回の護衛対象は『ラウラ・ボーデヴィッヒ』。きみの姉さんに教えを受けた優秀な娘だそうです」

一夏「!!」

一夏「それって――――――」

友矩「一夏はあくまでもIS適性のない一般人の振りをしていてください。それが大前提です」

一夏「ああ……」

友矩「そして、護送中は『IS学園の風紀やマナーを教えこめ』とのことです」

一夏「???」

友矩「僕もそうすることの意味がわかりませんが、できるかぎり話し合ってみて『ラウラ・ボーデヴィッヒの人柄を報告しろ』ということなんでしょう」

友矩「とにもかくも、会ってみればその必要性が自ずとわかるのではないでしょうか」

一夏「…………そっか」

弾「えと、確か……、あの便じゃねえか? ドイツから来るんだったらフランクフルトからのだろう?」

友矩「そうですね。時刻としてもそれでしょうね」

友矩「では、迎えに行きましょうか」

一夏「ああ…………」


――――――ドイツか。あまり思い出したくないことも思い出すからできるならば触れたくはなかったんだがな。





ラウラ「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」ビシッ


黒服「お、おう! ようこそ、ラウラちゃん!(うっへえ! 超小柄だけど精巧な人形みたいでめちゃくちゃカワイイ!)」”

黒服「(けど、眼帯ってどういうことだろう? もしかしてそういったハンデを背負って代表候補生になったってことなのかな?)」”

黒服「(くぅー! 健気じゃないか健気じゃないか! でもそのためか、目付きがすっごくきつい…………)」”アセタラー

黒服「ようこそ、いらっしゃいました」’

黒服「遠路遥々お疲れ様でした」

黒服「どうですか? 時間に余裕もありますし、空港内の見物をしていっても問題ないですよ」

ラウラ「必要ない。すぐに学園へと連れて行け」

黒服「わかりました。お車へとご案内いたします」’

黒服「では、こちらです、お嬢様」”ウキウキ

ラウラ「………………」ジー

黒服「……どうしました?」

ラウラ「貴様――――――いや、何でもない」スタスタスタ・・・

黒服「………………」



――――――移動中:リムジン


弾:運転席「………………」

友矩:助手席「………………」

――――――
ラウラ「――――――」

一夏「――――――」
――――――

弾「なあ、友矩?」

友矩「何です?」

弾「二人っきりにして大丈夫かな?」

友矩「それはどういう意味で? 運転に集中してください」

弾「え? そりゃまあ――――――って、安心しろ。俺は運転中は片時も気は抜かねえよ」

弾「けど、気になるだろう? あの“唐変木の中の唐変木”がIS学園についてどんな話をしでかすのかを」

友矩「それは気になるところではありますが、説明に必要な資料は最初から用意されてるのでそれを使って説明すればまったく問題ありません」

弾「それはそうなんだがよ……」

弾「常人には理解できない思考回路の持ち主だから、余計なことを言わないか心配で心配で……」

友矩「まあ それはありますね」

友矩「けれども、それは常人では思い至らないような新たな発見にも繋がっているからこそ、僕たちがその良さを引き出すのですよ」

友矩「決して一夏の感性は狂ってなどない。その違いを理解してうまく利用することを覚えるべきです」

弾「なるほどね。『自由な発想の持ち主として珍重するべき』ってわけか」

友矩「実際にアリーナをあれだけ景気良く破壊して回れる度胸やそこを進撃路に選ぶ発想があって『無人機』を撃退できたのです。それが何よりの証です」

弾「だな。あれには心底驚かされたぜ」

友矩「しかし、あれはどうにも女性を狂わす何かを秘めているらしい」

弾「それには同意だな。怪電波でも発信してんじゃねえの?」

友矩「彼なら有り得そうだね。大学時代に“童帝”と呼ばれたスケコマシ伝説の数々から言っても、生まれる時代が違っていれば英雄になれたかもしれない」

弾「ははは、だろうな!」

弾「けど、『英雄』っていうのはどんなに人から褒め称えられても最終的には人に殺されるもんだし、そう考えるとあんまり羨ましい生き方とは思えねえけどな」

友矩「そうですね。だからこそ、俗と聖の間の妙に位置する存在であるように僕たちが導かなければなりません」

弾「――――――『俗と聖の間』か。――――――哲学的だな」

友矩「それが“人を活かす剣”に必要なものですから」


――――――
黒服「どうだい、ラウラちゃん? 一通りの説明はすんだけれど何か訊きたいことはないかな?」

ラウラ「………………」ジー

黒服「まあ 男の俺から言えることは少ないし、一人にして欲しいのならば次にパーキングエリアで前の席に移るぞ?」

黒服「カーテンも締めれば前の席からは見えなくなるし、完全防音でこちらから通信しなければ何も聞かれることはないから安心してくれ」

ラウラ「………………」ジー

黒服「???」

黒服「(いろいろあれこれ突っ込んだ質問をしてくるんじゃないかと身構えていたけど、彼女 ずっとこんな調子だな。ずっと不機嫌そう――――――)」

黒服「ハッ」

ラウラ「?」

黒服「そういうことか! これは失礼した――――――(そうだよな。代表候補生でも女の子だもんな。そういうことは言い出せないよな――――――)」ピッ
                ・・・・・・・・・・・
黒服「次 停めてくれ………………対象がガマンしてるから」

ラウラ「?!」カア

ラウラ「ちょっと待て――――――」
――――――

弾「了解! こっちも休憩に入らせてもらうぜ」

友矩「…………『ガマン』ですか」ハア

友矩「もうちょっと表現を模索して欲しかったですね……」ヤレヤレ






――――――パーキングエリア


ラウラ「ほう? 日本の高速道路というのはこうなっているのか」

ラウラ「我が国のそれ(=アウトバーン)とはずいぶんと趣が違うのだな」

黒服「あ、ラウラちゃん。もうそろそろ臨海特区には着くけれど、船舶に乗り換えていくからまだまだ掛かるよ」

黒服「だから、ほら! アイスクリーム!」スッ

ラウラ「む、別に私は――――――」

黒服「ほら」グイッ

ラウラ「あ…………」

ラウラ「そ、そこまでするのなら、う、受け取ってやらんでもない……」オソルオソル

ラウラ「……」ペロッ

ラウラ「!」

ラウラ「…………美味い」パッチリ!

黒服「良かった。それとIS学園の寮は二人一部屋だからルームメイトになった人用におみやげも」

ラウラ「え?! こ、こんなにもらっていいのか!?」ドキドキ

黒服「今日はラウラちゃんが日本に初めて来た記念にね」

黒服「たくさんあるから学園に着くまでにいくつか食べちゃってもいいぞ」

ラウラ「…………あ、ありがたくちょうだいする」テレテレ

黒服「うんうん。これで入学はばっちりだな」

ラウラ「――――――おかしな男だな、お前は」フフッ

黒服「へ、そうかな?(あ、ようやく笑ってくれたよ)」

ラウラ「ここまで見ず知らずの護衛対象の世話する必要などなかろう?」

ラウラ「お前と私の関係などこれが終わるまでのそれっきりのものだ」

ラウラ「どうしてそこまで私のことを気に掛ける?」

黒服「『どうして』って……、人とは極力 仲良くしたいと思うのが人の性だろう?」

ラウラ「私は戦うために生まれた戦士だ。私の前には敵と味方しかいない」

黒服「じゃあ、――――――俺は敵か? 味方か?」

ラウラ「………………」

黒服「味方に対してもそんな冷たい態度なのは寂しいだけだと思うけどな」

黒服「ラウラちゃんにだって大切にしたいって思える人がいるはずなのに、その人の前でもそんな固い態度なのは損だぜ?」

黒服「こう……、笑顔で接してくれたら誰だって気分がよくなるって」ニカー

ラウラ「………………」

ラウラ「あ」タラー

ラウラ「た、垂れてきた…………!」アセアセ

黒服「あ、ごめん! 長話に付きあわせちゃって!」

ラウラ「うわっ! しまった!(ほっぺたにアイスクリームが――――――!)」ツーン!

黒服「ああ……、とりあえずアイスを食べきってからにしよう」

ラウラ「う、うむ……」ペロッ



ペロペロペロ・・・・・・


ラウラ「マッターホルンのような形からドーム状になった…………(うぅ、手がギトギトしているな……)」

黒服「あ、ちょっといいかな、ラウラちゃん?」

ラウラ「?」

ラウラ「別に構わないぞ」

黒服「じゃあ、ちょっと我慢しててね」スッ

ラウラ「はぅ!?」ドキッ(温かいおしぼりでラウラの頬についていたアイスクリームを優しく拭った)

黒服「はい。これでほっぺについたアイスクリームはちゃんととれたはず」

ラウラ「おぉ………………」ドクンドクン

黒服「それじゃ、アイスクリームを最後まで食べちゃって」

ラウラ「あ、ああ!」ドクンドクン

ラウラ「(さっきから私はどうしたというのだろう? 普段なら他人に肌を触らせることなど絶対ないというのに…………)」




友矩「見た?」

弾「ああ、見たぞ」

友矩「あれが彼のスキンシップだ」

弾「うらやま……けしからん! 完全に犯罪だぞ、この野郎! 1回りの年下の娘相手にあんなにも気安く――――――!」

弾「イリーガル・ユース・オブ・ハンズだ! 逮捕されろ、リア充!」

友矩「基本的に的外れな気配りしかできない彼だが、時折 狙いすましたかのように見事に相手の心を射止めることがある」

友矩「それ故に、数多の女性の心を次々と鷲掴みすることができたのだ」

友矩「言わば、スケコマシの才というのはあの『零落白夜』のように真芯を捉える力に求められてくるわけだ」

友矩「ポイントなのは最初から真芯を捉えることじゃなく、その他大勢と同じくらいの凡庸さだ」

友矩「その凡庸さがあることによって抜きん出た存在ではない親近感を、真芯を捉える力によって一歩抜きん出た特別感を同時に演出させる」

友矩「親近感と特別感という相反した実感を同時に演出させることで、深い信頼感を醸し出すというわけ」

友矩「最初から『強いぞ』『凄いぞ』オーラを出して相手を身構えさせるのではなく、油断させてから本丸を狙い撃つといった感じだね」

弾「なるほど。落としてから上げたほうが確かにカッコ悪いものもかっこよく見えるマジックが働くもんな」

友矩「今、おそらくあのラウラって娘は仕事以上の付き合いをしてくれた人は初めてで、それに感銘を受けているはずだよ」

友矩「そして、彼の懐の深さを直感的に悟り、だからこそあそこまで態度が柔らかくなっているんだと思う」

友矩「こればかりは本当に天性の才能だよ。技術だけじゃない。信頼に足る人物かどうか直感的に見極める判断を早めに促せるのはその才能に尽きる」

弾「そう聞かされると、本当に凄かったんだな…………」

友矩「そういうきみだってモテる分にはモテてたって話じゃないか。――――――リア充」ボソッ

弾「あ、それはその………………」

友矩「彼のように星の数ほどの女性を同時に相手にしていたわけでもないのに、――――――反省なさい!」

弾「…………面目ないです」

友矩「さて、僕たちの任務も港まで。そこからはIS学園からのお迎えがくる」

友矩「そこまで無事に辿り着けるように、気合を入れ直してまいりましょう」

弾「おお!」


――――――港まであと僅か


――――――
ラウラ「――――――」ニコニコ

一夏「――――――」ニコニコ
――――――

弾「ああ……、最初の固い感じはすっかりなくなったな(目付きが変わってるよ、この短時間でよ……)」

友矩「これこそが彼の最大の武器なのです」

友矩「『彼が泣きつけば財界の人間も動き出す』と言われてるほどですから、彼は実は凄いんですよ?」

弾「まさしく“童帝”だな。現代社会に必要なありとあらゆるものを取り揃えていやがる」

弾「生身の実力は世界最強の“ブリュンヒルデ”に準じるぐらいで、」

弾「それでいて、世界最強の兵器までも使えてそれを一方的に打ち勝つ必殺剣まであるんだから、――――――言うことなしじゃん」

友矩「けれども、その世界最強の能力をどう使いこなすかが最も難しい課題でしてね……」

弾「そうだな。バカとハサミも使いようだしな」

友矩「それを活かしきるために僕たちはここに居るわけで、誰一人欠けてはならないのです」

弾「うん。俺も事故を起こさないようにますます気をつけねえとな」


――――――
黒服「さて、そろそろ港に着く頃かな」

ラウラ「むぅ……、もうそんな時間か」

黒服「これから世界唯一のIS学園での毎日が始まるんだ。どうか楽しい日々であって欲しいな」

ラウラ「…………お前は来ないのか」

黒服「残念だけど、『IS学園にはこうして度々仕事で来る』って程度かな」

ラウラ「………………」

黒服「………………」

ラウラ「なあ、お前――――――」

黒服「何かな、ラウラちゃん?」


ラウラ「――――――名は何というのだ?」


黒服「!?」

黒服「それは、その…………」

ラウラ「わかっている。私とお前の関係なんてこれっきりのものだということは」

ラウラ「しかし、私はこうして国を離れて再び織斑教官の許で教えを賜る機会を得られたのだ」

ラウラ「いつかまた、こうしてお前とも会える日が来ないとも限らないではないか」

黒服「………………」スッ(通信スイッチに指を伸ばす)

ラウラ「押すな、貴様!」

黒服「…………!」ピタッ

ラウラ「お前はどことなく織斑教官に似ている」

ラウラ「お前となら、その、――――――“友達”というものになれる気がするのだ」モジモジ

黒服「…………ラウラちゃん」

ラウラ「………………」

黒服「………………」

黒服「わかった。二人だけの秘密だぞ?」

ラウラ「そ、そうか! できるならば、そのサングラスも外して――――――」

黒服「けど、俺からもお願いしたいことがあるんだ」

ラウラ「何だ? 言ってみろ」

黒服「IS学園にいる“世界で唯一ISを扱える男性”のこと、できることなら助けてやって欲しい。理解してあげて欲しい」

黒服「“彼”の側に俺は居てあげられないから、俺の代わりに助けてやってはくれないか?」

黒服「これが俺からのお願い。そして、できるかぎり楽しい思い出をIS学園で築いてきて欲しい」

ラウラ「………………」

ラウラ「わかった。善処しよう。――――――お前の頼みなら」

黒服「ありがとう」
――――――


ガチャ

黒服「到着しましたよー、お二人共ー」”ニコニコー

ラウラ「あ」

黒服「…………もしかして待たせちゃった?」

黒服「1,2分ほど」’

黒服「あ……、こうしちゃいられない! さあ、ラウラちゃん。土産物 持って」ギュッ

ラウラ「あ、ちょっと――――――(あ、どうして私はこの男にこれほどまでに――――――)」

黒服「さあさあ(この野郎、ドイツの銀髪ロリ人形の綺麗ですべすべな手と自然な流れで繋ぎやがって…………!)」”

黒服「あちらの船です(きみはさすがだよ。最後の最後まで“彼”のことを気遣っていた――――――)」’

黒服「あの岸の向こうに見えるのがIS学園だぞ」

ラウラ「確認した(だが、まだ私はお前の名前を――――――!)」

ラウラ「(どうしてだろう? ずっとこの手を引いていってもらいたい気がした)」

教員「お、眼帯をした娘――――――、若干時間に遅れたけど余裕を持った日程だから問題ないか」

教員「こちらですよー!」


スタスタスタ・・・・・・




黒服「お疲れ様です。こちらの娘がドイツから来た――――――」

ラウラ「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」ビシッ

教員「ああ……、はい。それじゃボーデヴィッヒさんはこちらへ――――――」

ラウラ「………………」チラッ

黒服「?」

ラウラ「………………!」ギリッ

ラウラ「……もういい」フン!

教員「どうしました? 早く船へ――――――(この娘、見た目に反して結構なお土産を持参してきて――――――)」

黒服「あ、ラウラちゃん。背中にゴミがついてた。ちょっと動かないでくれる?」

ラウラ「なに?」

教員「?」

黒服「………………」サワッ

ラウラ「!?」ビクッ

ラウラ「(く、くすぐったい!? いったい何を――――――)」プルプル


「H」「A」「J」「I」「M」「E」


ラウラ「“HAJIME”――――――」

ラウラ「!」

黒服「よし、とれた。これで大丈夫かな」

黒服「それじゃ、行ってらっしゃい! 楽しい学園ライフを送ってくれよな」

ラウラ「………………」

黒服「?」

ラウラ「……ああ。そうさせてもらおう」フフッ


教員「もう大丈夫ですか」

ラウラ「ああ。手間取らせてすまなかった。案内してくれ」

教員「あ、はい(あら、思ったよりも可愛げのある娘じゃない)」ニコッ

教員「それでは、お疲れ様でした」

黒服「ああ(さて、これで仕事も一段落だな――――――)」


スタスタスタ・・・


ラウラ「………………」クルッ

黒服「あ」

ラウラ「――――――」フフッ


Auf Wiedersehen


そして、ドイツから来た銀髪の小柄な少女は本土と学園島を結ぶ定期便に乗って、目的の地へと辿り着くことになった。

「また会いましょう」という言葉と微笑みを残して、少女は未知の世界へと旅だったのであった。

これから彼女がどんな学園生活を送ってくれるのかはどこまでも気になるものであったが、そこからは彼女の道と弁えて風の知らせを待つことにした。

しかし、一夏としては本名を明かせなかったことがどうしても心残りであり、苦し紛れに“ハジメ”と名乗ったことに良心の呵責のようなものを感じていた。

けれども、“ブレードランナー”織斑一夏の人生は彼方に見えるIS学園をいつまでも見つめることだけが全てではなかった。

振り返れば見えてくるこれまでの景色の中で息づいている人々の全てを守るための遙かなる戦いが待ち受けていたのである。

そのことを再び自覚し、彼はまた一人の少女の心に太陽のような暖かい光を灯してあげた後、力いっぱい大地を踏みしめて来た道を引き返し、

それぞれの日常へと――――――それぞれの戦いの日々へと帰っていくのであった。



第4話A 光と影の交差する場所
VirtualSpace "Pandora's Box"


――――――学年別トーナメントまで残り2週間ほど

――――――放課後

――――――アリーナ


ラウラ「…………今日はここまでだ」

雪村「……ありがとうございました」ハアハア

箒「凄いじゃないか、雪村!」

シャル「うんうん。初心者とは思えない動きだったよ」

雪村「ありがとうございます」

箒「それに、ラウラも。さすがは代表候補生だ」

ラウラ「当然だ。私は織斑教官の教えを賜って最強になれたのだ。これぐらいのことは実に容易い」

ラウラ「そういう貴様らはこんなところで油を売っていていいのか?」

箒「?」

シャル「…………!」

ラウラ「確か貴様は、あの“篠ノ之博士の妹”らしいではないか」

箒「…………!」

ラウラ「――――――どういうつもりだ?」

箒「…………『どういうつもり』とはどういうつもりだ?」

ラウラ「貴様は“篠ノ之博士の妹”として――――――いや、だからこそ、この男に肩入れしているのか?」

ラウラ「見たところ、貴様はろくに訓練にやらずに、この男の世話ばかりしているようだが…………」

箒「それは…………」

シャル「箒…………」

箒「…………好きでやっていることだ」

ラウラ「そうか」

ラウラ「…………理解できなくはないが、どうにも納得がいかないな」

ラウラ「それとも、弱い者同士の傷を舐め合う道化芝居ということか?」

シャル「ラウラ――――――!」ガタッ

箒「いや、いいんだ、シャルル。お前が怒るようなことじゃない」

シャル「で、でも――――――」

ラウラ「ほう?」


箒「私にとってIS〈インフィニット・ストラトス〉が全てではない」


ラウラ「…………なに?」

雪村「………………」


箒「確かに姉さんがISを開発したせいで、否が応でも私は“ISの開発者:篠ノ之 束の妹”になってしまったが、」

箒「私の人生には元々ISなどなかったことだし、私はこのIS学園で私が生きたいように生きることを覚えた」

箒「だから、別にISバトルの勝ち負けなんかに興味はない。人並みに使えればそれでいいと思ってる」

箒「私の適性などたかだかCだし、私よりも適性の高い人間など山ほどいるからな。今 努力したところで急に強くなれるわけでもない」

箒「けどな? だから私は、今までの私ができなかったことに挑戦しようと思っているのだ」

ラウラ「何だ、それは?」


箒「学園のみんなと一緒になることだ。独りにならないことだ。独りにさせないことだ」


シャル「――――――『独りにならない』、――――――『独りにさせない』」

雪村「………………」

ラウラ「…………なるほど。弱い奴は弱い奴なりに考えがあるということか」

箒「わかってくれたか」ホッ

ラウラ「この私に対して物怖じせずにここまで言い切ったやつはこの学園ではお前が初めてだ」

ラウラ「――――――敬意を表す」

シャル「…………箒!」

箒「ありがとう、ラウラ・ボーデヴィッヒ」


ラウラ「………………」

雪村「?」

ラウラ「いや、“アヤカ”。お前は帰っていいぞ。お前たちもだ。これ以上は時間の無駄だ」

雪村「では」

箒「ああ。今日もお疲れ様」

シャル「それじゃ」

ラウラ「…………ああ」

スタスタスタ・・・・・・

ラウラ「………………」

ラウラ「…………教官、確かにあいつは昔の私と同じでした」

ラウラ「そして、おそらくは――――――」

ラウラ「ふふ、最初はどうなることかと思っていたが、やってみるとなかなかに――――――」


Auf Wiedersehen


ラウラ「ハジメ、私はちゃんと約束を守っているぞ」フフッ

ラウラ「たぶん、お前の正体は――――――」


――――――また会いたいな。



シャル「これならベスト8も余裕だよ、“アヤカ”くん」

雪村「でも、PICコントロールが未だにうまくいかないから、射撃機と当たったらそれで終わってしまう……」

箒「それはどうしようもないことだな。ましてや乗り始めてすぐのトーナメントだからな…………」

箒「まあ 最初の1年はそういうものだと、見る方もわかっていることだし、本当の勝負は来年からだ。そう気を落とすな」

雪村「ありがとうございます」

シャル「…………ねえ、“アヤカ”くん?」オドオド

雪村「……何?」

シャル「その……、トーナメントで一緒に組むとしたら誰がいいの?」

雪村「………………」

シャル「ああ……、やっぱり――――――」

箒「どうしたというのだ、シャルル? 藪から棒に?」

シャル「あ、いや……、僕はその――――――」

箒「………………あれ?」

シャル「?」

箒「お前、少し見ない間に窶れてないか?」

シャル「そんなことは――――――」

箒「…………シャルル」ヤレヤレ

箒「お前も案外 不器用なやつなんだな、私が言うのも難だが」

シャル「…………?」

雪村「………………」


箒「私はこの学園に来るまで“姉さんの――――――“IS開発者の妹”として執拗なまでの監視と聴取を受けてきたんだ」

シャル「…………そうなんだ(それっぽいことは以前にも、さっきラウラに言っていたけど――――――)」

箒「そのせいで、自分でも嫌になるぐらい荒んだよ」

箒「歳が10も離れた姉さんがISを開発したせいで、片田舎の神社の一家は世界中の人間の注目を集めてしまい、」

箒「姉さんを含む私の家族は逃げるように各地を転々とすることになった」

箒「けど、姉さんのせいで各地を逃げ回るようになったのに、姉さんは自重することなくあっちこっちで人に迷惑を掛けて――――――」

箒「最初から最後まで姉さんに振り回されて、気づけば父も母も姉さんとも離れ離れに暮らすことになっていた」

箒「おかげで、私は見ず知らずの人間を何人も親として接するように強制され、ニセの親子の間に交わされたことは常に姉さんのことばかりだった」

箒「そして、私は転校に次ぐ転校を重ねていく中で友達らしい友達もできず、」

箒「ニセの名前を与えられた私ではない私を次々と演じさせられ、誰の記憶にも残らない存在になっていった」

箒「回数を重ねていけばいくほど、私への政府の対応というものも酷いものになっていた…………」

雪村「………………」

箒「でもな、シャルル? そんな中で気付かされたことがあるんだ、ここに来て」

シャル「それは、何?」

箒「確かに最初こそは周りが変わって、自分のことを苛んでいるように思えることだろう」

箒「でも、それは違うんだ。――――――雪村との付き合いの中で私はそれを確信している」

箒「周りは何も変わることはない」


――――――変わったのはあくまでも自分だった。


箒「それはつまりは――――――、」


――――――自分が変われば世界が変わる。


箒「そういうことなんだ」

シャル「え…………」

箒「周りはごく自然な対応として私たちに接してきているだけに過ぎない」

箒「それを苦に思うのならば、原因は自分の中にあってそれを受け容れることから始めないと何も変わらないし、自分が救われない」

雪村「………………」


箒「こいつはな、シャルル? 入学当初は本当に最悪なやつだったよ」

箒「人の話はちゃんと聞いてはいるようだけど、それを態度に表さずにそっぽを向いたままで応対するし、口数も少ないし屁理屈も言うしさ」

箒「最初の頃のセシリアなんて雪村のことが大嫌いで仕方がなかったな」

シャル「………………そうだったんだ」

箒「だから、周囲の反応も今ほど肯定的なものではなかった。元々の雰囲気からして世界的な有名人にも関わらず期待されていなかったようだしな」

箒「けど今は、雪村のことをクラスのみんなが理解して気軽にふれあっている」

箒「これは雪村が少しずつ自分を変えていった結果なんだ」

箒「最近は暴走事故の件で以前ほどよく思われてはいないんだけど、暴走事故が起きる少し前までは学園の噂の的だったんだ」

箒「だから、『周りが悪い』『自分は悪くない』ってそこで立ち止まって『白馬の王子様が助けに来てくれるまでジッとしている』のは違うと思う」

箒「………………男のシャルルにこんなことを言うのは変かもしれないけど」

シャル「………………」

箒「今が苦しいのなら、今を変えるための何かを始めるべきだと思うんだ」

箒「雪村が今のようになれたのは、自分から変えようとみんなに立居振舞を教わったり、少しでもわかってもらえるように話しかけたりするようになったからだ」

箒「シャルルも、まずは誰かに自分の中の苦しさを話す努力をするべきだと思う。それは私でもいいし、少し頼りないがこいつにだっていい」

箒「同じ代表候補生のセシリアだっているし、世界一の織斑先生や山田先生だっているんだ」

箒「自分が話しやすいと思った人に思いきって声を掛けてみなって。それで自分が変われば世界の方から変わっていくから、な?」

シャル「………………」

シャル「……ありがとう、箒」

シャル「そっか。二人共、苦労してきたんだね……」

箒「ああ。最初の一歩を踏み出す勇気が一番難しいんだけどな」

箒「けど、その一歩さえ踏み出すことが覚えれば、あとはもう行くところまで行くさ」フフッ

シャル「そんな気がするよ、今の箒を見てたらさ」

シャル「(そうか。そういう考え方があるんだ……)」

シャル「(今の僕に必要だった答えがここにあったんだ…………)」ドクンドクン

雪村「………………」


「……………………フフッ」




雪村「………………!」ピピッピピッ

箒「あ」

シャル「プライベートチャネルの通信だね」

雪村「……………」ピッ

――――――
千冬「“アヤカ”、週一の定期検診だ。夕食を摂ったらすぐに来い」

千冬「わかったな? 待っているぞ」
――――――

雪村「わかりました」ピッ

箒「何だって?」

雪村「週一で定期的な検査を受けることになりました。夕食は早めに摂らせていただきます」

箒「そうか。行って来い(――――――ということは、雪村にどうしてIS適正があるのかを本格的に調べることになったのか?)」

雪村「はい」

シャル「………………」ジー

箒「どうした、シャルル? 今からでも、私で良ければ相談に乗ってやるぞ?」

シャル「ううん。そうじゃなくてね」

シャル「本当に二人は『信頼しあってるんだな』って」

シャル「でも、それは恋人って感じでもないし、何だか本当に巷で言われている“母と子の関係”っていうのがしっくりくるよね」

箒「……もうそれでいい。私としても変に関係を疑われるより気分が楽だ」ハア

シャル「ははは……、箒ってその、何ていうか時々『男らしい』っていうか凄く堂々としていてかっこいいよね」

箒「そ、そうか? まあ 父のようにありたいと日々 精進してきたからな」

箒「そう思われてもしかたないか…………(やはり、『女らしくない』と思われているのだろうな…………)」ハア

シャル「?」


雪村「………………」ジー

箒「む? どうした、雪村? 早く着替えてきなって――――――」


雪村「お母さん」ボソッ


シャル「へ」

箒「は……」

雪村「………………」プイッ

タッタッタッタッタ・・・・・・

箒「あ、雪村…………!?」ドクンドクン

シャル「…………行っちゃった」

箒「何だったのだ、今のは……(びっくりして心臓が凄く高鳴ってる……)」ドクンドクン

シャル「もしかして、――――――『言ってみたかった』とか?」

箒「ハッ」

箒「も、もしかして――――――(…………雪村は察していたのだろうか? けど――――――!)」カア

箒「ああもう! 調子が狂う!」

箒「まったく、雪村め!」プンプン

箒「見てろ! 今度はこっちがびっくりさせてやるんだからな!」テレテレ

箒「行くぞ、シャルル。いつまでもここで油を売っていられるか!」

シャル「う、うん……(何ていうかやっぱり、安易に恋愛だとくくれない不思議な関係も素敵だよね……)」ニコニコ




――――――夜

――――――地下秘密区画


雪村「………………」(電脳ダイブ専用シート)

――――――
千冬「さて、これで二度目の電脳ダイブとなるが、気分はどうだ?」

千冬「少しでも不調があるなら遠慮なく言え。1年は50週はあるのだからな、3年あれば150週だ」

千冬「今日できなければ、次にやればいいだけのことだ」
――――――

雪村「では――――――、」


――――――電脳ダイブの時についてくる人は誰ですか?


雪村「ただのサポートプログラムだと思えなかったのですが」

――――――
千冬「…………それは私だ」
――――――
・・・ ・・・・・・
雪村「それはあなたのことですか? それとも“織斑千冬”のことですか?」

――――――
千冬「………………」

千冬「…………なるほどな(さすがに感づいているか)」

千冬「(元々の素養もあるが、これまでの日々の中で他者への警戒心から洞察力が恐ろしく発達したと見える)」

千冬「安心しろ。どちらにせよ、お前の味方だ」

千冬「私を信じろ。私もお前を受け容れよう」
――――――

雪村「わかりました。始めてください」

――――――
千冬「ああ。それじゃ狎れを起こすといけないから、毎回毎回 馬鹿丁寧にいくぞ」

千冬「では、――――――始めるぞ」
――――――

雪村「…………!」


雪村「……」


雪村「」





――――――月夜


雪村「………………」

雪村「………………」

雪村「………………」

雪村「――――――!」ササッ


――――――捕まえた。


「あっ…………」ビクッ

雪村「お久しぶりです、」


――――――織斑一夏さん。


一夏「あっちゃー、見つかっちゃったなー」ドクンドクン

雪村「篠ノ之神社ではお世話になりました」

一夏「うん。元気しているようで何よりだよ」アセタラー

一夏「それじゃ――――――」

雪村「…………今日もありがとうございました」

一夏「えと、何のことかな~?」アセアセ


雪村「先週も今日も仮想空間で助けていただきました」


一夏「いや、それは千冬姉がやったことで――――――」アセアセ

雪村「外部の人間がどうして仮想空間のことを知ってるんですか?」(ハッタリ)

一夏「…………!」

一夏「えと俺は――――――、そう! 友矩が――――――」

雪村「ああ 友矩さんも居たんですか」

一夏「あ」

雪村「もう何も言わないほうがいいのでは?」

一夏「ああ…………」シュン

一夏「………………わかった。わかったよ!」


――――――どういたしまして! これからもお前のことを守ってやるぞ!


一夏「……これでいいか?」

雪村「はい。ありがとうございました」


一夏「けど、どうしてこんな真暗闇の中、俺がここに来るってわかったんだ?」

雪村「『知覧』が教えてくれました」

一夏「――――――『知覧』?」

一夏「ああ! お前の相棒の名か!」

雪村「はい」(待機形態の銀灰色の腕輪を見せつける)

一夏「…………あれ?」

一夏「どうして俺はそんなことを知ってるんだ?(初めて聞いた名なのに、――――――俺、冴えてる?)」

雪村「………………」

一夏「まあいいや。夜も遅いし、寝坊しちゃまずいから子供は早く部屋に帰りな」

雪村「いえ、まだ言うことがあります」

一夏「?」


――――――ラウラさんに僕のことをよくしてもらうように頼んだのは一夏さんなんでしょう?


一夏「いっ!? そこまでわかってたの――――――」

雪村「ラウラさん、“ハジメ”って人に恩義があるのを一人呟いていたから」

雪村「そして、僕も“ハジメ”って人には一人 心当たりがあって――――――」

一夏「あ…………」

・・・
友矩『ハジメの馬鹿がお騒がせしました。どうぞ、我々のことはお気になさらず。――――――では』


一夏「ああ…………、まさかそういう繋がりでバレるとは…………」

雪村「それに、友矩さんの方は声の調子をちゃんと変えてましたけど、」

雪村「一夏さんは迂闊にも黒服の状態でも平服の状態でも声を変えずに喋ってましたからね」

雪村「この前の日曜日、篠ノ之神社でお会いした時にすぐに気づきましたよ」

雪村「そして、友矩さんの一夏さんに対する態度も黒服の時とそっくりそのままでしたので自然と重なったんです」

一夏「ま、マジかよ…………(俺、意外と隠密には向いてないんだな。そういうところの気配りなんてできない……)」


雪村「でも、そんな人に守ってもらえてることがすごく嬉しいです」ニッコリ


一夏「あ……、“アヤカ”(おお! 篠ノ之神社で見せてくれた笑顔と同じ――――――いやそれ以上のものじゃないか!)」ホッ


一夏「…………なあ、“アヤカ”?(よかった。本当によかった――――――)」

雪村「何ですか、一夏さん」

一夏「お前の人生を写しだした仮想空間がどういうものなのかは自分の中でははっきりしているのか?」

雪村「いえ。意識そのものは完全になくて、そちらで削除しきれずに『知覧』に残されたデータと眠っている間に呼び起こされた感覚ぐらいしか――――――」

一夏「そっか。そりゃそうか。自分の心の世界を写しだすのに起きていたらいろいろと心が揺れ動いて安定しなくなるもんな」

雪村「…………どんな感じなんです? ――――――僕の世界というのは」

一夏「ああ。どこまで話していいのかわからないけど――――――、」


――――――IS学園がまずあって、外にはブラックホールが渦巻いていた。


一夏「そんな感じだったよ」

雪村「………………」

一夏「俺はその……、フロイトやユングの心理学を少し囓っただけでその光景がどういった意味なのかまで正しい分析なんてできないけど、」

一夏「電脳ダイブでの仮想空間の構築っていうのは、表層的な心理から徐々に徐々に心の奥深いところへと入っていくものだって聞いてるから、」

一夏「少なくとも、俺が電脳ダイブして入り込んだIS学園っていうのは最近の“アヤカ”の精神世界を表しているんだと思う」

雪村「なるほど」

雪村「それで、少なくとも退廃的だとか暗いイメージはなかったんですね?」

一夏「ああ。電脳ダイブのスタート地点のお前の寮室は物凄い暖かさに包まれていて、そこにいるだけで俺も満たされた気分になったぞ、ホントに」アセタラー

雪村「そうなんだ。よかった……」ホッ

一夏「………………ホッ」

一夏「それで、今日の仮想空間の構築でIS学園の外に通じる道と街ができていてな」

雪村「…………!」

雪村「もしかして、K県?」

一夏「ああ……、たぶんそうだったんじゃないかな? そんなイメージの名産や代表的な山や像がなぜか町中で目立つように存在していたし」

一夏「けど、ブラックホールへと伸びていく道の途上にあるせいか、IS学園に比べると何だか人が住んでる感じじゃなかった」

雪村「………………」

一夏「これってもしかして、“アヤカ”がここに来る前に住んでいた街だったのか?」

雪村「…………たぶん」

一夏「すると、これからの仮想空間の構築で増えていく領域っていうのは“アヤカ”にとっての過去の世界が続いていくってことなのかな?」

雪村「わかりません。自分のこともわからないので」

一夏「…………そうだな(この言葉に偽りはない。――――――仮想空間はまさに言葉通りの世界だったから)」

一夏「あれ?(でも、もしかしてこれは――――――)」アセタラー


雪村「どうしたんです?」

一夏「お前って仮想空間の構築中じゃ意識がないから、俺がそこで何をしているのかなんてわからなくなるはずじゃ――――――」

雪村「でも、知っています。だから、僕と一夏さんはこうして話をしている」

雪村「僕自身の精神が電脳ダイブでの体験を覚えていたのか、『知覧』が密かに記録していたことを教えてくれていたのかはわからないけど」

一夏「…………そっか」ホッ

雪村「?」

一夏「あ、もうこんな時間だよ。子供は早く寝床につきなさい」

一夏「今日はこんな形で話し合うことになったけど、前々からこうやって同じ“男子”同士で話してみたかったんだ」

一夏「よかったよ。思っていたよりもずっと明るい子で」

雪村「僕もこうして“織斑千冬”であるあなたともお話することができてよかったです」

雪村「それに、仮想空間がどんなものなのかも気になってましたし、本当にお話できてよかったです」

一夏「そうだな……」


――――――自分の左手で自分の左手を掴めないように、自分の心を自分の心で正しく見ることはできないもんな。












「そうですか、一夏。あっさりバレちゃいましたか……」’ニコニコー

「そして、対象に仮想空間の実態をある程度 喋っちゃいましたね?」’

「この馬鹿者が……。あれだけ『用心に用心を重ねろ』と――――――」プルプル

「い、一夏くん……」オロオロ

「だ、だって! ――――――こんな夜遅くに! ――――――検診が終わって1時間は経っていたのに! ――――――誰もいない真っ暗なところに!」アセダラダラ

「言い訳無用! 貴様はいつになったら社会人としての自覚と責任感を持って事に当たるのだ!」ボカスカ

「いだっ! ちょっ、やめてとめてやめてとめて――――――」ドカバキ

「ぐはっ!?」

「どうした、一夏? 積もる思いはまだまだこんなものではないぞ?」ゴゴゴゴゴ

「た、助けてえええええ! 友矩ぃいいいい! 真耶さああああああん!」ゴキバキ

「ご、ごめんなさい、一夏くん…………(それに織斑先生、どことなく楽しそうだし、邪魔しづらい…………)」

「これは罰です。守秘義務を破ったことに対する当然の処置です」’

「そ、そんな――――――、」

「ふんっ!」バキッ!

「うわああああああああああああああああああああああああああ!」・・・・・・ゴキャ!



――――――休日


箒「確か、XXXX駅 降りてすぐの高級マンションだったはず……」

箒「おお! あれか! 駅からでも見えるぞ!」

箒「そして、ここから学園までモノレールで直通、近くにはショッピングモールもあって庶民向けの手頃な店がいっぱい軒を連ねている――――――」

箒「へえ、確かに凄くいい立地条件だな。――――――独り立ちしたらこういうところに住みたい、なんてね」フフッ

箒「さあ、参ろう! 一夏の家へ!」ウキウキ









ピンポーン!


箒「………………」ドキドキ

――――――
「はい。どちらさま――――――」
――――――

箒「あ、私だ、一夏――――――」ドクンドクン

――――――
「おお? 箒ちゃんじゃないか!? あれ?」

「――――――あ! 今日だったじゃないか!」
――――――

箒「………………」イラッ

箒「帰ってもいいのだぞ?」ジトー

――――――
「い、今 開けるからな!」アセアセ
――――――

ガチャリ・・・

一夏「よ、ようこそ、我が家へ」ニコニコー

箒「忘れていたな」ジトー

一夏「ごめん。忙しかったから……」シュン

箒「……上がらせてもらうぞ」

一夏「あ、うん……」


―――――― 一夏のマンション


箒「おお!」キョロキョロ

箒「なんという開放感! 学園の寮も素敵だが、さすが高級マンションなだけあって品が良い」

箒「(そうか。こんなところに一夏は住んで――――――)」ドキドキ

一夏「悪いな、箒ちゃん。いつもなら友矩が掃除をしている頃なんだけど、なぜか今日は朝 起きたら友矩は出かけていてさ」

箒「………………ムゥ」

一夏「どうした、箒ちゃん? ほら。とりあえず、駆けつけ1杯のアールグレイな。ベルガモットの爽やかな風味が最高だぜ」ニコニコ

箒「あ、ああ。ありがとう…………(アールグレイか。実は結構飲んでるんだよな、雪村のところで――――――だが、美味しい)」ゴクッ

箒「けど――――――」 ボソッ

一夏「?」

箒「(うん。知ってはいた。―――――― 一夏と友矩さんがルームシェアしていることは知ってた。当人たちから教えられたことだから)」

箒「(だから、何となくここに来るのには勇気が必要だった。妙な親近感を覚えるのが友矩さんだけど、やっぱり私からすれば一夏の友人でしかないし)」

箒「(しかし、――――――悲しいかな、友矩さんは今日のことをしっかり覚えていてわざわざ気を利かせてくれたのに、)」

箒「(この唐変木は、そもそも私が来ること自体 忘れていたし、友矩さんがどうして出かけていったのかさえも察していない!)」

箒「(本当にこのベルガモットのフレーバーティーの爽やかさと同じくらいに、一夏は無邪気で混じりけがない)」

箒「………………ハア」

一夏「?」

箒「(きっと一夏は、私がどういう思いでここに来たのかもわかっていないのだろうな……)」


箒「(しょ、将来を誓い合った仲だというのに、あまりにも薄情ではないか……!)」


箒「(うぅ……、そう考えると何だか突然 緊張してきたではないか…………)」ドキドキ

箒「(一夏め! ここは男らしく私の気持ちを察してくれ!)」

一夏「???」


※織斑一夏(23)←大変重要。篠ノ之 束と織斑千冬と1歳しか違わない。(21)ではない
篠ノ之 箒(14)←結婚もできない齢の“篠ノ之 束の妹”。1年1組のマドンナ


一夏「えと……」

一夏「(マズイ! 俺一人で“束さんの妹”に何を話せばいい!? 友矩が居てくれれば何とか上手くいくんだけど――――――)」

一夏「(何か共通の話題を! そこから活路を見出すしかない!)」

一夏「(俺の経験からすると、この娘は俺とは顔馴染みで久しぶりに会ったんだから昔語りするのがベストか?)」

一夏「(いや、昔語りすると――――――!)」


――――――いくら将来を誓い合った相手だからって、裸になって、それも他の男がいる中でできるかあああああああ!


一夏「(ダメだ! 確実に身に覚えがない結婚の話になって、また『天誅』されてしまう!)」

一夏「(なら、俺と箒ちゃんの間にある共通の話題ってのは何だ? これがベターなはずだ)」

一夏「(けど、束さんのことを訊くのはさすがにマズイのは俺でも理解している! 何か他にないのか?)」


――――――そうだ、“朱華雪村”だ!


一夏「(そういえば“アヤカ”はどうしてるかな? 何か学園での様子を聞く限りだと箒ちゃんはいっつも“アヤカ”と一緒みたいだけど)」

一夏「(よし! これなら安牌だろう。箒ちゃんのイメージだとそこまで男子と仲良くなりそうなイメージがなかったことだし、喜ばしいことだ)」


箒「………………」ドキドキ

一夏「どうだい、箒ちゃん? アールグレイのおかわりなんてどうだ?」

箒「も、もらっておこうか……(一夏め! 何をウジウジしているのだ。焦らすんじゃない!)」

一夏「それでだな?」

箒「な、何だ、一夏……(――――――ようやくか!?)」ドクンドクン

一夏「その……、大丈夫だったか?」

箒「へ」

一夏「そのさ、――――――箒ちゃんも年頃になってきたことだしさ?」プイッ

一夏「『似てきた』って感じだよ、本当に。お前の母さんや父さんの雰囲気がある」

箒「と、突然 何を――――――(これはまさか――――――、その『まさか』なのか!?)」ドキドキ


一夏「そのせいかな? だから、“アヤカのお母さん役”がサマになってたのかも」


箒「…………へ」

一夏「いや だからさ、『本当に箒ちゃんは良い方向に変わったな』って」

一夏「うん。“アヤカ”は幸せなやつだよ。こんな気立ての良い美人さんがつきっきりで面倒を見てくれてるんだもん」

箒「…………一夏?」ピクッ

一夏「それに、箒ちゃんとしてもいい経験が積めてることだろうし、良いお母さんになれると思うぞ、うん」ニコニコ

箒「おい、一夏…………」

一夏「?」

箒「それは、つまり――――――、」


――――――『私と結婚してくれ!』という意味か!?


一夏「は」

箒「え」

一夏「だから、なんでそうなるの……?(あれ? 結婚の話は回避していたはずなのになんでこうなるの!?)」アセタラー

箒「はあ?!」

箒「それじゃ、どういうことだ、これは! 一夏!」ムカー!

一夏「いやいやいや! お兄さん、何を言ってるのか、全然 わからないぞー?!」アセアセ

箒「私と結婚するという約束をしてくれたではないか!」

一夏「だから! 箒ちゃんはまだ14じゃないか! まだ結婚できないって」

箒「そんなのは関係ないではないか! 私の許婚としての自覚がないとはどういうことだ! 私のファーストキスまで捧げたと言うのに!」

一夏「そんなこと言われても――――――、それじゃ具体的に今の俺に何を期待してるって言うのさ!」

箒「な、なにっ!? そ、それは当然――――――」

箒「!」カア

箒「い、言わせるな、馬鹿者!」テレテレ

一夏「支離滅裂だ!(助けてくれ、友矩! 今まで相手にしてきた女の子の中で一番やりにくい相手かもしれない!)」

一夏「(ああ でも、何というか束さんを思い出すな、この感じ。――――――やっぱり姉妹だよ!)」

一夏「(そういえば、束さんもどうしてるんだろう? 3年前に最後のコアを置いて失踪して以来――――――)」




箒「うぅ…………」シュン

一夏「……落ち着いた? お昼にしようか」

箒「私はいったいどうすれば…………」ドヨーン

一夏「その……、お付き合いの話は社会人になってから、な?」ニコー

一夏「それに、結婚を急いでるようだけどさ、箒ちゃんには花嫁にふさわしい能力はちゃんとあるの?」

一夏「結婚するって言ったって、おままごとじゃないんだからなさ?」

箒「ば、馬鹿にするな! 料理ぐらいちゃんと作れる!」

一夏「本当? じゃあ、今日の昼食をお願いしていい?」

箒「あ」

箒「ああ! 待っていろ。私がお前の腹を満たしてやる!」

一夏「材料がなかったら近くのスーパーで買い出しに行ってもいいからな? 付き添うぜ?(――――――何だ、今の間は?)」

一夏「(これまでいろんな女性に料理を振る舞われたことがあるけど、これは久々に嫌な予感がする……!)」アセタラー

※織斑一夏(23)は大学時代において超モテモテの経験豊富な“童帝”←ただし、超朴念仁なので特定の誰かと男と女の関係(=本番)になったことがない




――――――それから、


箒「で、できたぞ……」コトッ

一夏「………………」

一夏「ねえ、箒ちゃん?」

箒「ど、どうだ?」ドキドキ

一夏「これ、何? ――――――リゾット? ――――――おかゆ? ――――――雑炊?」

箒「なっ?! どこからどう見てもチャーハンだろうが!」

一夏「なら、これはあんかけチャーハンか?(トロトロっどころか水気が多すぎてグジュグジュだけどな!)」
・・・・・・・・
一夏「(――――――予感的中だな。これは“彼”のためにもただで帰すわけにはいかなくなったぞ)」

箒「ええい! 見た目のことはどうでもいいだろう! 食べてみろ、とにかく!」

一夏「それじゃ……(料理っていうのは総合芸術だ。味だけが良ければいいって話じゃないのにな…………)」パクッ

一夏「………………」

箒「ど、どうだ?」ワクワク

一夏「はい、あーん」

箒「へ」

一夏「あーん」

箒「お、おお!(ま、まさかこれは――――――!)」ドキドキ

箒「!」パクッ

箒「………………う」

一夏「美味しいか?」ジトー

箒「全然……」

一夏「味見してないでしょう? 自分がどんなふうに味付けしたかもわからないのにそれを人様に出すとは恐ろしいやつだな……」

一夏「ましてや、自分が美味しいとも思わないものを人様に出すとは――――――、相手を思うことがない自分本位の料理のどこに真心がある?」

箒「…………ごめんなさい」グスン

箒「うぅ……………、うわああああああああああああああああああああああああああん」ポロポロ

一夏「………………ハア」

一夏「(最近の娘って上手くいかないと赤ん坊のようにすぐ泣くよな。それもしかたがないことか)」


一夏「ま、出されたものはとりあえず全部食べるけどな」

箒「え」

一夏「ごちそうさまでした」ペロリッ

箒「無理に食べなくてもよかったのに…………」グスン

一夏「料理っていうのは1つの総合芸術だ。プロを気取って少し気に入らなかったからといって残飯入れにすぐに捨てるのは生命への冒涜だ」

一夏「それは食材を作ってくれた生産者への冒涜だし、食材を買うお金をくれた人への冒涜だし、1つの料理に関わる全ての人に対する冒涜になる」

一夏「俺がここで食べきらなかったら、箒ちゃんの気持ちを踏みにじることになるからね。大丈夫、別に食べて死ぬようなものじゃないから」

一夏「――――――世の中には居るんだよな、たまに(………………殺人料理:謎の物体Xを作っちゃうようなザンネンな娘がさ!)」アセタラー

箒「…………?」

一夏「そして、今度からは自分でちゃんと味見をして、研究して、責任を持つこと」

一夏「いいね?」ナデナデ
         ・・・・・
箒「う、うん……、お兄ちゃん」

箒「ハッ」

一夏「――――――“お兄ちゃん”か。ずいぶん懐かしい呼び方をしてくれたもんだ」フフッ

箒「うぅ…………」テレテレ

一夏「さて、最初から不味い料理を『不味い』と否定するのは簡単だけど、実際に食べてみてどういう料理を目指してどう料理に心を向けていたのかを問わないとな」

一夏「せっかく来たんだからさ、1つぐらい学園でも作れるような美味しい料理の作り方をおみやげに帰ってくれよな」

一夏「ついでに、料理のいろはってやつを教えてやるから。そうすれば自分であれこれ料理を作れるようになるはずだぜ」ニコッ

箒「うん」

一夏「さて、チャーハンか。チャーハンにもいろいろ種類があるけど、」

一夏「どんなチャーハンを作りたかったのかな? まずはそこをはっきりさせようか」


こうして歳の離れた奇妙な関係の男女は健全な距離感で美味しいチャーハンとたまごスープの料理教室をしていきましたとさ。

しかし、一筋縄ではいかないのがこの二人の痴情のもつれであった。

これこそが織斑一夏が“童帝”である所以であり、篠ノ之 箒が“篠ノ之 束の妹”である所以であった。


一夏「よし。これで料理の作り方も一通り覚えたことだし、自分でちゃんと作れるようになるだろう」

一夏「ちゃんと美味しくなっていたぜ、お前のチャーハン」

箒「…………今日は本当にありがとう、一夏」

一夏「もう“お兄ちゃん”って呼んではくれないのか」

箒「あ、あの時は――――――!」

箒「は、恥ずかしくて二度と言えるか、そんなこと!」カア

一夏「ははっ、そういうことにしてあげる」フフッ

箒「くぅう…………」

一夏「門限があるんだっけ? なら、遅れないようにな。駅まで送っていくよ」

箒「さ、さすがに、そこまではしなくてもいい」テレテレ

箒「(下手をしたら、IS学園まで一直線だから学園の誰かに見られるかもしれないし)」

一夏「そうか」

一夏「それじゃあな」ニッコリ

箒「ああ。今日は本当にありがとう。またな」ニッコリ


バタン!


一夏「………………フゥ」

一夏「本当に女の子らしくなったよな、箒ちゃん」

一夏「けど、束さんと比べたら『小さいかな』って……」

一夏「にしても、――――――友矩のやつ、ずいぶん遅いな。丸一日空けてるつもりなんだろうか?」


ピンポーン!


一夏「はい?(――――――おや、宅品便かな? 珍しいな)」

ガチャ

箒「………………」

一夏「何だ? 忘れ物か?(…………箒ちゃん?)」

箒「は、話がある……」

一夏「何だよ、改まって……」

箒「月末の、学年別個人トーナメントだが……、」

箒「わ、私が優勝したら…………、」ドキドキ


箒「つ、付 き 合 っ て も ら う ! 」


一夏「…………はい? ――――――『学年別個人トーナメント』? ああ……、IS学園の――――――」


箒「そ、そういうことだから――――――!」ガバッ

箒「…………!」カア

一夏「ちょっ――――――!?」ドキッ

一夏「箒ちゃん、当たってるんだけど――――――!」カア

箒「こ、これで、その……、」

箒「…………意識するのか?」ドクンドクン

一夏「はい?(『意識』って――――――、俺はロリコンじゃないって!)」

箒「だ、だからだな――――――、」ドキドキ

一夏「うおっ?!(え、何!? 自分から揉ませて――――――)」モミモミ
 箒「きゃっ」ドクンドクン

箒「私を異性として意識するのか、訊いているのだ……」ドクンドクン

一夏「あ、ああ……、まあな…………」(――――――妹分として)アセダラダラ

箒「そうか」

 箒「………………」ポッ
一夏「……………………」

一夏「(で、いつまで俺の手は箒ちゃんの胸を揉んだままなのかな…………?)」

一夏「(助けてくれ、誰か……)」


「ハックショイ!」


一夏「あ」

箒「!?」ビクッ

箒「ハッ」

箒「う、うわあああああ! わ、私は――――――」カア

一夏「ああ……、あははは…………」ニコー

箒「そ、そんなわけだからな! 首を洗って待っていろよ! うわああああああああ!」


タッタッタッタッタ・・・・・・


一夏「行っちゃった……」

一夏「…………どうしてあそこまで必死になれるんだよ」ハア


一夏「――――――ダメだ。中学以前のことが思い出せない」

一夏「確か、箒ちゃんは小学4年の時に重要人物保護プログラムでいなくなったんだから、婚約の話があったとすれば最低でも6年前か」

一夏「6年前と言うと、俺が17歳の時だから高校3年か。だったら違うな」

一夏「千冬姉も束さんも高校を卒業して本格的にISの道に入り、俺も上京のための勉学に勤しんであまり付き合いがなかったはずだからな」

一夏「となれば、10年ぐらい前まで――――――、俺が13歳で箒ちゃんが4歳ぐらいの時までが限界か?」

一夏「けど、中学時代も結構あやふやなんだよな、記憶が――――――」

一夏「そう、たとえば『束さんがどうやってISを造ったのか』ということもまったく憶えてないんだ」

一夏「知っているはずなのに……知っていたはずなのに…………」

一夏「……………………」

一夏「………………にしても大きかったな」ドキドキ


友矩「ずいぶんとお楽しみでしたこと」ニコニコー


一夏「ハッ」

一夏「わわわ、友矩! いったいどこほっつき歩いてたんだよ! 大変だったんだぞ!」ドキッ

友矩「きみは女性を狂わせるようなフェロモンでも分泌しているのかな?」

友矩「一方的な婚約宣言をされて、これからどうするつもりなんだい?」

一夏「そうは言われても、まるで憶えてないんだ。身に覚えがない」

一夏「たぶん、10年くらい前のことなんじゃないかって思うんだけど、なぜかその頃の記憶が全然思い出せないんだ……」

友矩「なら今度、実家に帰って思い出の品を漁ってみよう。できることから始めようか」

一夏「そうしよう。これははっきりさせないとダメだな……」

友矩「うん。傍から見ていて、箒ちゃんとのやりとりを本当に他人事のようにしていたからね。見ている方が居たたまれなかったよ」

一夏「確か、話を聞く限りだと結婚指輪まであったらしいけど、本当に俺はそんなものまで贈ったのか?」

友矩「そうだね。唐変木の一夏にあるまじき行為だよね。だからこそ、忘れているのかもしれないし」

一夏「そうだな。そうかもしれない……」

友矩「ともかく、月末の学年別トーナメントには僕たちも行くことだし、少しでも問題となりそうな芽は摘んでおかないと」

一夏「『問題となりそうな』――――――」

一夏「あ、そうだ。さっきのことで頭が沸騰していてそうだから、」

一夏「せっかく教えた料理のいろはとか忘れてないか、チェックしておこう」

一夏「いるんだよね。のぼせあがって頭の中が本当に空になっちゃう娘って」

一夏「ああ……、やっぱり送っていけばよかったかな?」

一夏「いや、ちゃんと学園に帰り着くまで確認し続ければいいか」

友矩「…………こういった心配りを経験でできるのは『“童帝”ならでは』、だね」ハア

友矩「(けど、仮想空間の構築によって“朱華雪村”の過去に触れていく中で、一夏も振り返ることがなかった自身の過去を強く意識し始めている)」

友矩「(やはり、人間にとっての最高の教科書というのは人生経験そのものだね)」


――――――愚者は経験に学び、賢者は歴史に学び、そして 人に歴史あり。



――――――同日


雪村「………………」

本音「あれ~、“アヤヤ”が一人だ~?」

相川「いつも一緒の“お母さん”がいない!?」

谷本「これは――――――」


3人娘「大ニュースだ!」


雪村「何がです?」

谷本「だって、篠ノ之さんったら“アヤカ”くんを置いてどこか行っちゃったんでしょう?」

谷本「これってネグレクト?!」

雪村「?」


雪村「どういう意味かはわかりませんが、今日は許婚だという人に会いにいったようですが」


3人娘「?!」

本音「おお?!」

相川「そっちのほうがもっと大ニュースだよ!」

薫子「何? 何々? その話、詳しく!」

雪村「誰ですか、あなたは?」

薫子「忘れちゃった? 整備科2年にして新聞部 副部長のエース:黛 薫子でーす」

雪村「ああ 新聞部ですか(何だろう? 新聞部にはあまり良い印象がないんだけど……)」

薫子「いつもいつもネタをありがとね、“アヤカ”くん」

雪村「僕が許した覚えもないし、僕がそれで気に障ったこともないので、礼なんて要りませんよ」

薫子「まあ そうなんだけどね……」

薫子「でも、最近の新聞のネタに必ずと言っていいほど、“アヤカ”くんのことばかりが取り上げられるから、」

薫子「たまにはちゃんとインタビューをして正しい情報を載せておかないといけないと思って」

雪村「そうですか」


薫子「それで、さっきのはどういうこと?!」ドキドキ

谷本「うんうん。気になる気になる」ワクワク

相川「あの篠ノ之さんに許婚がいたなんて――――――、ちょっと興味があるっていうか、ね?」ドキドキ

本音「“アヤヤ”はどう思ってるのー?」

雪村「思うことですか?」


雪村「――――――『9つ違う相手とうまくいくのかな』って」


一同「!?」

谷本「ねえ、それって――――――」

本音「おねショタ?」

相川「あんた、普通 逆だと思うけど……」


セシリア「それは本当ですの!?」


谷本「わあ セシリア!? びっくりした……!」

セシリア「“アヤカ”さん! 箒さんに許婚が居たというのは本当のことですの?!」

雪村「本人はそうだと言っていました。再会できたことに涙を流すほどでした」

セシリア「まあ! そういうことでしたらよかったですわ」ホッ

本音「せっしー、何かやけにがっついてるー」

薫子「ところで“アヤカ”くん、――――――『は』ってことは?」

谷本「ん?」

雪村「どうもその人には身に覚えがないようで」

雪村「それでいて、近所の女の子と遊んであげるような“近所のお兄さん”といった風でしたので、」

雪村「互いの感情に擦れ違いが起こっていました」

相川「えと…………」

谷本「ちょっと待って」

谷本「二人の関係は歳の差9つなんだよね」

雪村「はい」

谷本「となると、篠ノ之さんが14でそれに9つ足せばいいから――――――、」カキカキ

谷本「その人は23歳ってことじゃない!」

相川「大学を出ていたら社会人になったばかりって感じだね」

薫子「なるほど……、これは確かに互いへの感情が違って当然かもね。世代が完全に違うんだもん」

薫子「となると、この許婚の話も――――――、」

谷本「幼い女の子が自分に良くしてくれる男の人にするような口約束だった可能性が強いわね……」

相川「うわー、篠ノ之さんったら凄く純情! いいなー、うらやましいなー」

セシリア「何というかそういうのはロマンチックですわね(政略結婚で歳の大きく離れた二人が結婚するという話はよく耳にしますが、これは――――――)」


谷本「でも、篠ノ之さんって本当に普通の人じゃ体験できないような人生経験しているね」

雪村「どういうことです?」

谷本「それはきみもそうだよ」

雪村「?」

谷本「つまりね――――――、」カキカキ


谷本「同い年の“アヤカ”くんと“母と子の関係”になっていて、」

谷本「9つ上の男性が許婚だって言い張っていて、」

谷本「それでいて姉が“ISの開発者:篠ノ之 束”なんだもん」


本音「おおー、なるほどー」

薫子「うんうん。“アヤカ”くんも取材対象として本当に興味深いけれども、篠ノ之 箒さんも負けず劣らずって感じね!」

相川「これはもう他の男の人に目が行かなくなるねー! 篠ノ之さん、最後までファイト!」

雪村「………………」

谷本「恋愛小説でも見ないようなスゴイ関係になってるけど、もし篠ノ之さんが他の男の人に振り向くようなことがあるとしたら――――――!」


シャル「きっとそれはアウトローでワイルドな人かも」ドキドキ


セシリア「……そういうものなのでしょうか? ――――――って、」

一同「!?」

雪村「………………」

シャル「あ、ごめん。邪魔した?」

谷本「ううん。意外とありかもしれない――――――いや、むしろそういった方向性じゃないと絶対にありえないと言ってもいいわ!」

セシリア「何にせよ、箒さんには友人として長年の想いが実って幸せになって欲しいものですわね」

相川「うんうん。幼い頃から育ててきた想いが相手に伝わるといいよねー」

本音「でも、相手としてはロリコン扱いは避けられないのだ~」


ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!



雪村「シャルル」

シャル「あ、何? “アヤカ”くん」

雪村「――――――詳しいな」

シャル「へ」

一同「!」ピタッ

雪村「僕は恋愛をした記憶がないけど、シャルルはしたことがあるの? だから、そういうものだと――――――」

シャル「?!」ビクッ

谷本「そうね。ちょうどいい! 白状なさい!」

シャル「え、えと、それは…………(うわあ! 僕の馬鹿! 僕の馬鹿ああああ! 藪蛇だあああああ!)」アセアセ

シャル「な、無いよ! うん、全然!」ニコー

薫子「それじゃこれからこの学園で作る気はない? みんな、デュノアくんに興味津々よ」

シャル「し、新聞部の副部長さんが居る前でそんなこと言えるわけないじゃないですか!」

セシリア「あら、シャルルさんは箒さんとよく親しそうにしているのをお見かけしましたけれど?」フフッ

シャル「ちょっとセシリア!?(どうしてそんな火に油を注ぐようなことを言うの!?)」

谷本「な、なななんななんと!?」

相川「意外な真実!?」

本音「でゅっちーは母親好き?」

シャル「え、ええええええええええ!?(――――――『母親好き』!?)」ドキッ

シャル「いや、ちょっと待ってよ! 篠ノ之さんはあくまで“アヤカ”くんの付き添いであって――――――」

雪村「…………そうだったのか」

シャル「あ、違うんだ、“アヤカ”くん! これはその――――――」アセアセ


そんなこんなで、いつの間にか話題がシャルル・デュノアの篠ノ之 箒への横恋慕疑惑へと移り変わり、

その口火を切った張本人である“アヤカ”に対する追及は特にされることがなく、シャルル・デュノアは大いに振り回されたのであった。

いつも通り、澄ました顔で“アヤカ”はその場に静かにひっそりと確かに存在し続けるのであった。

ところで、この話題における一番の被害者は言うまでもなく、この場に居ない件の人物なのだが――――――。


雪村「ところで、質問があります」

薫子「あ、何かしら? 何でも訊いて」


雪村「僕の専用機に関する情報が欲しいです」


一同「!」

本音「“アヤヤ”の専用機というとー――――――、」

相川「“呪いの13号機”のことだよね?」

セシリア「たかだか偶然の事故が2回続いたからといって、不名誉な仇名が付けられるのはあまり感心しませんわね」

セシリア「いくら世界に467しかないうちの貴重なISの1機でも、厄介払いするように渡された専用機など――――――」

シャル「そうだよね(それに、“アヤカ”くんの評判に引き摺られて僕も居づらくなっているし……)」

谷本「それはそうなんだけどね…………実際に3年の先輩が未だに意識不明になっていることだしね」

薫子「そうね……」

薫子「そうだ。前に“呪いの13号機”に関する記事を組もうとして“アヤカ”くんに不利益を被らせそうな子がいたから却下したんだけど、」

薫子「その子の書いた記事が凄まじい内容でね。確か――――――、」


「“呪いの13号機”は、極端に敗戦に敗戦を重ねたISであり、」

「その恨み辛みから女性に対して潜在的な敵意を持つようになり、」

「それによって、“特異ケース”である“アヤカ”くんに強い興味を持ち、“アヤカ”くん以外の人間の搭乗を拒否するようになった――――――」


薫子「――――――なぁんて、オカルトチックな記事だったのよね」

セシリア「は、はあ…………」

薫子「さすがに、客観的な事実に基づかない内容を記事にするわけにいかなかったけどね」

谷本「でも、『ISには心がある』って言うし、百物語の題材になるぐらいには説得力はあるかも……」アハハ・・・

相川「ちょっと怖いかも……」ゾゾゾ・・・


シャル「実際にどうなんです? “呪いの13号機”は本当に負け続けた機体だったんですか?」

薫子「う~ん、過去の利用記録は生徒ならいつでも自由に閲覧できるんだけど、さすがに模擬戦を含めた対戦成績まで事細かく残したものまでは…………」

薫子「それに私は整備科だから実際にそういったデータの管理や取り扱いの仕方も勉強し始めているけど、」

薫子「基本的に一般機っていうのはパーソナライズしないようにリミッターが掛けられていて、」

薫子「搭乗中に変更した設定も降りたらすぐに一般設定に戻るようになっているんだよね……」

薫子「厳密には、搭乗中ならリミッターを掛けられていても微妙に「最適化」はされてはいるらしいけれど、それを実感するようなことはまずない」

薫子「けど、訓練機全ての稼働データそのものはIS学園のコンピュータに逐一 記録されているって話なの」

セシリア「つまり――――――?」


雪村「記録そのものは学園側で残している可能性が高いけど、まず参照することは無理――――――」


雪村「そういう話ですね」

薫子「そう。そこからは学園の最高機密に触れることになるのよね……」

セシリア「それに、『今の自分が何番の機体に乗っている』と自覚しながら搭乗している人も少ないことでしょうしね」

相川「乗り回さないといけないから、狙って特定の機体に乗り続けるのも難しいよね」

谷本「けど、“呪いの13号機”の『呪い』って私が聞いた感じ、“アヤカ”くんそのものを指している印象はないんだけどね……」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
谷本「何ていうか、元々ただ単に“13”だからそういうふうに見られてきたっていうか――――――」


雪村「………………!」

セシリア「それはあまりにも曖昧では?」

谷本「私もそう思うんだけどね……」


本音「およ?」

雪村「………………」

本音「どしたの、“アヤヤ”?」

シャル「あれ、ホントだ。どうしたの、“アヤカ”くん?」


雪村「…………そうか。そういうことだったのか」


シャル「え」

一同「!」

シャル「何かわかったの?」

雪村「――――――僕と同じだったのか」(待機形態である銀灰色の腕輪を掲げて見る)


雪村「たまたま『“13号機”に割り振られた』それだけで――――――」

シャル「へ」


――――――その瞬間!


ピカァーーーン!

一同「?!」

シャル「な、何の光――――――!?」

谷本「『打鉄』の待機形態の腕輪が光って――――――!」

薫子「こ、これは特ダネ 間違いなし!」スチャ(ビデオカメラ起動)

セシリア「“アヤカ”さん!?(この光をISを展開した時のものとはまるで――――――!)」

本音「“アヤヤ”ー!」

相川「何?! いったい何なのー?!」

雪村「………………!」


まるで金色の太陽のような眩いながらも眼を灼くことがないソフトな優しさに満ちた暖かな光が辺りを照らした。




シャル「い、いったい何が――――――」

セシリア「しかし、ようやく光が収まって来ましたわ」

シャル「ハッ」

シャル「“アヤカ”くん、それ――――――!」

雪村「………………」

本音「おおー!」

谷本「待機形態の腕輪が銀から金に変わってる?!」

相川「え、どういうこと?!」

薫子「こ、こんなことが――――――」

薫子「あ! ちゃんと撮れてはいるけれど、光が強すぎて結果しか残ってない…………これじゃあまり周囲を納得させるだけのものにはならない」ハア


雪村「きみのままで変われたわけか」


セシリア「“アヤカ”さん!」

雪村「はい」

セシリア「今すぐアリーナか、整備室で機体を確認しましょう!」

シャル「そうだよ! 何か凄いパワーアップをしたって感じだし、すぐに調べるべきだよ」

雪村「わかりました。行きましょう」

薫子「あ、ちょっと待って! 学園に先駆けて新聞部が号外を出しちゃうわ! 独占取材させてー!」


タッタッタッタッタ・・・・・・


本音「何か凄いものを見たねー」

谷本「唐突過ぎて何が何だかさっぱり…………」

相川「でも、“アヤカ”くんとしては何だか進展があったみたいでよかった」

本音「これからどうするー?」

相川「後は専用機持ちのみなさんに任せて、私たちは“アヤカ”くんの誤解が解かれるように何をすべきか考えよう」

谷本「そうね! そうしましょう」

谷本「でも、ここには居ない篠ノ之さん、帰ってきたら驚くだろうなぁ」

谷本「あ」

谷本「ふふふふふ……」ニヤニヤ

相川「そうだね。『今日はお楽しみでしたね』っと」ニヤニヤ

本音「さあ、レッツゴーなのだー」

3人娘「おおー!」



――――――某所


1「――――――仮想空間の構築」

1「国際IS委員会の決定とはいえ、まさか本当に実行するとはね……」

1「織斑千冬は本気で我々女性を裏切り、敵に回したいようだな?」

2「いえ、千冬様は極東の地において高校教師などという首輪を繋げられてしまった哀れな存在なのです」

2「それもこれも、“織斑一夏”という獅子身中の虫の存在が千冬様をここまで縛り付けているのですよ」

3「…………落ち着け。国際IS委員会の命令であろうとなかろうといずれはやらなければならなかったことだ」

3「それに、この仮想空間“パンドラの匣”へのアクセスは並大抵の精神力を持った専用機持ちでは遂行不可能と報告されている」

3「世界的にも貴重な専用機持ちをこの極秘プロジェクトのために喚ぶわけにもいかないのだから、日本政府秘蔵の“織斑一夏”の存在はまさに適役だろう」

3「我々としても、『ISがなぜ女性にしか扱えないのか』そのメカニズムを知る手掛かりとして成り行きを見届けるべきなのだ」

1「はっ、話にならないねぇ」

1「私たちはさっさと始末するように言われてここにいるんだよ? “男性ISドライバー”の痕跡を抹消するのが仕事――――――」

3「それならば、どうして“2人目”と“3人目”が登場した? すでに日本では万が一の替えが用意してあるのだぞ?」

1「知らないね。どちらにしろ、日本政府がその存在を隠していることなんだし、世間に出てきたら出てきたらでその時に始末すればいいよ」

1「私たちの仕事は『この世の秩序を乱す芽を摘む』という崇高な使命なんだ」

1「ISは我々女性に与えられた女性だけのものなんだよ」

1「ようやく掴んだ女性による平和をむざむざ男の手に返すつもりはないよ」

2「そうですわ。これで千冬様を穢らわしい野蛮な男たちからお救いすることができますわ」

3「女性のためにあの篠ノ之博士がIS〈インフィニット・ストラトス〉を開発したわけがないというのに――――――」

3「…………もはや語るまい。私は監視者として言葉は尽くした」

3「後は、実働部隊の意思に委ねて見守るほかない」

1「そういうことだよ」

1「口ばっかりで協力する気のない役立たずのあんたはとっとと帰りな」

3「………………」

2「けど! 本当に忌々しい! ――――――織斑一夏!」

2「千冬様の御姿をあそこまで真似て――――――!」

2「しかも、そんなやつ相手に大切な機体を2機も失うだなんて――――――、もう最悪ですわ!」

1「盗られたコアの奪還は進んでいるんだろうな?」

3「ええ。進んではいます」

1「そうかよ」

1「それじゃ、後はあのガキがさっさと“世界で唯一ISを扱える男性”とかいう異物をこの世から消し去ってくれることを――――――!」

2「そうですわね。あんな生きる価値もないゴミ人間はさっさと処分するに限りますわ。千冬様もさぞお喜びになられるでしょう」

2「そしたら今度は織斑一夏、あなたの番ですわよ。オーホッホッホッホッホッ!」

3「………………」

3「いったいいつから組織はこんなにも歪んでしまったのだろうか……」ハア




第4話B 蠢く陰謀
A Secret Intrigue

――――――学年別トーナメントまで残りわずか


ザーザー、ザーザー

友矩「一夏……、きみってやつは――――――」ヒソヒソ

一夏「………………悪い」ヒソヒソ

友矩「僕たちの役目を自覚してないわけじゃないんだよね?」ヒソヒソ

一夏「それは当然だ!」ヒソヒソ


友矩「だったら、どうして見ず知らずの女の子を家に連れ込むなんてことになるんだい?」


友矩「………………」ジロッ

シャル「!」ビクッ

シャル「ご、ごめんなさい……」ヒッグ

シャル「僕、これからどうしたらいいのか、全然わからなくて……」グスン

一夏「あ、おい! 怖がってるじゃないか!」

友矩「家出してきたのか」

一夏「ただの家出じゃない! 放っとけるわけないだろう!」

友矩「また一人、獲物を拾ってきたわけだね……」

一夏「え」

友矩「何でもないよ、うん」

一夏「………………」

友矩「とりあえず様子を見ようか。引き取らせるにしても今の状態じゃ素直に帰ってくれそうにないから」

一夏「ああ……」

――――――――――――

―――――――――

――――――

―――




――――――1時間前、


一夏「今日は強い雨が降りそうだな」

一夏「傘、傘――――――さっさと家に帰ろう」アセタラー


ポツポツ・・・、ザーザー、ザーザー!


一夏「ああ……! 降ってきちまったよ…………!」

一夏「急げ 急げ!」


タッタッタッタッタ・・・


一夏「ん?」バチャバチャ

少女「………………」

一夏「(何だ、あの子? 見たところ、天然金髪の長髪に156cmぐらいの低身長だな)」

一夏「(――――――西洋人の女の子か? にしては、どこかで見たことがあるような感じがするが)」

一夏「(だけど、こんな雨の中、傘を差さずに雨宿りもせずに重い足取りでいるだなんて――――――!)」

一夏「おーい!」

少女「?」

一夏「何やってんだよ。ズブ濡れじゃないか。見てらんないよ」パシッ

少女「あ」


タッタッタッタッタ・・・・・・バチャバチャ・・・・・・




――――――マンション:フロント


一夏「…………ようやく帰り着いた」ハアハア

少女「………………」ハアハア

一夏「まったく雨に打たれて何してたんだよ――――――うおっ!?」ドキッ

少女「?」(ズブ濡れのためにスケスケ!)

一夏「…………このままだと、お前 風邪を引くぞ」

一夏「部屋まで来い。シャワーを貸してやるから」

少女「え……」

一夏「(本当ならフロントに雨宿りさせるだけにしたかったけど、さすがにズブ濡れのあれとか見えてる状態のままにしたら相当マズイ!)」

一夏「ほら。お前だってこのままベタベタしてるのは嫌だろう?」グイッ

少女「………………」


――――――ありがとう。



――――――それから、


――――――
ジャージャー
――――――

一夏「…………まったく」(金髪の少女に先にシャワーを使わせて、自身は着替えて清潔さを保つ)

一夏「あの娘が着られそうなのはさすがに無いな…………パンツとかどうしよう? 男物のデカイのしかないぞ」ガサゴソ

一夏「しかたがないから、一通りのものを容れておくか。勝手に着てくれるだろう」

一夏「よし、バスタオルも籠に入れたことだし、着替えを置いてこよう」

一夏「(別に、家出少女を拾ったのは初めての経験じゃない)」

一夏「(けど今回のは、相手が外国人というだけあって一筋縄ではいかないことは薄々感じてはいた)」

一夏「(それなのに関わってしまったからには、その時点で俺は何かに敗けていたのかもしれないのだけれど…………)」


ガチャ・・・


一夏「着替え、ここに――――――」

ガララ・・・

少女「へ」

一夏「あ」

少女「………………」

少女「あ」

少女「うわっ!」カア

一夏「…………それじゃ、着替えをここに置いとくから」

一夏「俺もシャワーを使うから、俺に見られちゃ困るものはそのバスケットに入れて自分の近くに置いておけよ」

少女「う、うん。ありがとう…………」ドクンドクン


ソー・・・バタン


一夏「結構デカかったな…………着痩せするタイプだったのか」

一夏「それじゃ、暖かい飲み物でも準備しておくか」


―――――― 一夏、入浴後


ガチャ・・・

一夏「ふぅ……」サッパリ

少女「あ」

一夏「どうした? コンソメスープのおかわりか? 体の芯まで温まれよ」

一夏「それとも冷たいのがいいか? ――――――アールグレイだけど」

少女「あ、違うんです」

少女「その……、どうして僕のことを…………?」

一夏「…………そうだな」

一夏「別に、きみが初めてってわけじゃないから。こういったことには慣れてるのさ。――――――俺、経験豊富だから」

少女「あ……、そうなんだ。だから――――――」
シロイ
一夏「俺は“皓 ハジメ”だ。きみは?」

少女「あ…………」


少女「……シャルロット・デュノアです」


一夏「そうか。シャルロットちゃんか」

一夏「『デュノア』っていうと、フランス人か? それもIS産業のデュノア社に縁がある者か?」

少女「うん。僕はフランス最大のIS企業:デュノア社社長の妾の子なんです」ズーン

一夏「……そうかい。ほら、もう1杯」

少女「あ、ありがとうございます……」


少女「ああ……、美味しい…………」ゴクッ

一夏「それはよかった。美食大国のフランス人に褒められる腕なら三ツ星も狙えるな」ゴクゴク

少女「…………“妾の子”の相手をするのも初めてじゃない?」

一夏「そうだな。別に初めてじゃないよ」

少女「………………」

一夏「どうしたんだよ? まだ寒いのか?」


・・・・・・カチャリ、ガチャリ!


一夏「ん」

少女「あ」


友矩「…………雨の日になると、捨て犬を拾いたくなる衝動が一層強くなるようで」ニコニコー


友矩「きみは何回繰り返せば気が済むのかな?」ゴゴゴゴゴ

少女「…………ひっ!」ビクッ

一夏「帰ってきたのか……」アセタラー

ザーザー、ザーザー

友矩「一夏……、きみってやつは――――――」ヒソヒソ

一夏「………………悪い」ヒソヒソ


―――

――――――

―――――――――

――――――――――――




ザーザー、ザーザー

――――――
シャル「ZZZ...」スヤスヤ・・・
――――――

一夏「ようやく、寝かしつけることができたか……」

友矩「なるほど。状況が掴めたよ」

友矩「IS学園も一枚岩ではなかったようだね」

一夏「――――――というと?」

友矩「これはまた、“ブレードランナー”としての仕事が一段と険しいものとなった……」

一夏「…………!」

友矩「ともかく、彼の所在ははっきりした」

一夏「え? ――――――『彼』?」

友矩「なんだ、気付かなかったのかい?」

友矩「彼はフランス代表候補生“シャルル・デュノア”だよ」

一夏「は? シャルル・デュノアっていうと、IS学園に今月 転校してきた“二人目”だよな?」

一夏「けど、あの娘はシャルロット・デュノアであって、胸だってあったし、デュノア社社長の妾の子って――――――」

一夏「あ」

友矩「そういうことだよ。実に陳腐な発想の作戦だね」

友矩「ま、最初から僕は疑ってはいたんだけどね」

友矩「けどそういった間者の摘発は僕たち“ブレードランナー”の役割じゃないし、その権限もない」

友矩「そして、それに気づかない学園でもない――――――」

友矩「明け方、学園まで送って行こう」

一夏「ちょっと待ってくれ。その前に、安否確認はすませてあるのか?」

友矩「ええ。織斑先生に直接――――――」

一夏「それなら安心だな」

友矩「けど、これは幸いなるかな?」スッ

一夏「何だよ、その小瓶?」

友矩「――――――致死量の薬物が詰まったバイアルだよ」

一夏「!?」

友矩「誰に対して使うものだったのか、一夏でもだいたい想像がつくんじゃないかな」

友矩「自殺するためにわざわざ用意していたものとは思わないよね?」

一夏「それは…………!」アセタラー


まるでカカアのように頭が上がらない友矩を前にしていた一夏はいよいよ本格的に大粒の冷や汗を流すこととなった。

いったいいつくすねたのか、そしてどうやって密閉された小瓶の中身が致死量の薬物なのかを自信を持って断定できたのかはわからないが、
ベストパートナー
一夏はこれまでもずっとに一緒に死線を潜り抜けてきた最高の戦友の言葉をただ信じ抜いた。

織斑一夏も何度もIS学園に“彼”の定期検診のためにやってきていたために、“彼”の周辺事情を聞く機会が何度もあった。

また、“彼”や“彼の子守”をするようになった少女とも言葉を交わしており、件の人物:シャルル・デュノアについてそれとなく知っていたつもりであった。

少なからず、織斑一夏が受けていた印象からすればシャルル・デュノアが“彼”に仇をなす人物には到底 思えなかった。

そして、どういうわけか平日なのに学園を飛び出して雨に打たれながらも覚束ない足取りで自分の行く末も定まらない様子だったことが一番に印象的だった。

更に、名前を訊ねた時に躊躇なく彼が“シャルロット・デュノア”と名乗った点からも、後になって一夏にはあまりにも痛ましいものに思えてきた。

友矩が帰ってきた時の反応からしてもそうだった。友矩の剣幕に圧されてすぐに泣き崩れそうになっていたし、捨て犬のように彷徨える者の怯えた眼をしていた。

そこに登場したのが、――――――致死量の薬物が詰まったバイアルであり、この危険物の存在1つでとある1つの陰謀劇の脚本を覗くことになったのだ。


すなわち、“彼”――――――“世界で唯一ISを扱える男性”こと朱華雪村“アヤカ”の暗殺であった。


社会人に至るまでに小学生の時からずっとモテモテだった“童帝”織斑一夏はこれまで星の数のようにたくさんの女性との付き合いがあった。

人には妬まれるが故に表立って誇れない伝説的なその経験の数々が1つの確信を直感としてもたらすのであった。

『“シャルル・デュノア”――――――彼はそのことに耐えかねて逃げ出してきたのだ』と。

年端もいかない子供に暗殺を任せることに憤りを感じるのだが、それ以上に“彼”が人知れず暗殺されそうになっていたことに戦慄した。

そう考えると、夜支布 友矩の分析は織斑一夏の“童帝”としての女性付き合いにおける絶対の勘と同じようにピンとくるものがあったのであろう。

それ故に、彼の私物を漁ってその中にあったバイアルを毒殺用の危険物と断定するに至ったのではないかと織斑一夏は思うのであった。


しかし、そんな陰謀がIS学園で蠢いていることを知って秘密警備隊“ブレードランナー”の一夏には何ができるというのであろう?


“ブレードランナー”の仕事は『対IS戦の切り札として敵ISの無力化』が一番の仕事であり、それ以外は隠密行動が前提の特殊作戦ばかりである。

こういった超国家規模の陰謀に対してはあまりにも非力でありすぎた。所詮は日本政府にこき使われる末端の兵士でしかないのだ。

これから何をしていけばいいのか、皆目検討もつかなかった。考えたところで一夏の考えは狭量で的外れであるから、そういうのは友矩に全部任せていた。


――――――ならば、ここで一夏が選ぶべき道は今も昔も変わらず1つであった。




一夏「…………友矩、俺はこれからどうすればいい?」

友矩「まずは、一般人を装うのが一番でしょう。そのために偽名は名乗ったのでしょう?」

一夏「ああ。“皓 ハジメ”ってな」

友矩「なら僕は、怒りん坊の“赤城義典”ってことでよろしく」

友矩「それと、シャルル・デュノアの記憶も消し去ってしまいましょう」

一夏「それもいたしかたなしか……」

友矩「ま、ISの脳波コントロール技術を分析して造られたこの『ニュートラライザー』も万能ではないんだけどね」

友矩「事実関係の記憶を消し去ることはできても、肉体や精神に刻まれた奥深いものまでは消すことが出来ない――――――」

友矩「記憶は消えても認識が完全には消えない特性を利用して、人間関係の解消などに利用される目的で造られたものだけど、」

友矩「やっぱり使いすぎると、痴呆になりやすくなるリスクが飛躍的に高まるという報告があるから…………」

一夏「うまく使ってくれよ?」

友矩「どうだろうね? 本人が憶えてなくてもISのほうがバックアップをとっている可能性も否定できない」

友矩「けど、本質的な解決まではそう時間は掛からないだろうから、一時的に忘れているだけでも十分だよ」

友矩「彼が起きたら、昨日今日の出来事について念入りに思い出させてその瞬間に記憶を抹消する――――――!」

友矩「だから、うまいこと話題を誘導してね。それとサングラスも忘れずに」

一夏「ああ。サングラスは絶対に必要だな」

友矩「後は、マンションの管理人に『ニュートラライザー』を使ってきみがシャルル・デュノアを拉致してきた映像記録を抹消させ、」

友矩「変装してシャルル・デュノアを送り返せば、おそらくは昨日の大雨で痕跡はほとんど残ってないことだろう」

友矩「ただ、バイアルに関しては記憶はもちろん実物も処分する」

友矩「これがだいたいの流れだ」

一夏「わかったぜ」

友矩「さて――――――ん?」

一夏「どうしたんだよ、友矩?」

友矩「…………何だろう? 確かに懸念材料はいっぱいあるんだけれどもそれは何とかなりそうな気はするんだ」

友矩「けど、何か安心できない。何かとてつもない見落としをしているような気がしてならない」

一夏「そんなこと言っていてもどうしようもないだろう? わかんないもんはいくら思い出そうとしてもわかんないんだから」

一夏「それじゃ交代で仮眠をとろう。1時間半毎にな」スタスタ・・・

友矩「あ、ああ…………」

友矩「明日に備えてやれることからやっておかないとな(シャルル・デュノアは客間に閉じ込めておいたから抜け出されることはないはず)」

友矩「(シャルル・デュノアにこちらの動きを盗聴される可能性もほとんどないし、されたとしても『ニュートラライザー』を使えばいい)」

友矩「(でも、これまで一夏と組んできて完璧なようでいていつもいつも予想外の展開が起きることが日常茶飯事だった)」

友矩「(今回もそうなるのではないかという胸騒ぎが止まらない…………)」

友矩「(僕はいったい何を見落としているのだろうか?)」

――――――
シャル「ハ、ハジメファアン・・・」スヤスヤ・・・
――――――



――――――翌朝

――――――IS学園前駅


男性「それじゃ、シャルルくん。元気でな」

シャル「あ、はい。ありがとうございました、ハジメさん」ニッコリ

男性「それじゃあな、ぼうや」’

シャル「あ、はい……。ありがとうございました……」ニコー

男性「………………」’

山田「デュノアくーん!」

シャル「あ、山田先生! 昨日は本当にごめんなさい……!」

山田「いいんですよ。こうして無事ならば、何でも……」

山田「お二人がデュノアくんを保護してくれたんですね?」

男性「赤城義典だ。もう二度と学園から逃げ出さないようにきっちりと世話をしてやんな」’ジロッ

山田「はい。今回のようなことが二度と起きないように副担任として責任を以ってデュノアくんのケアをしようと思います」

男性「そうかい」’チラッ

シャル「うぅ…………」

男性「気にするなって。これも何かの縁なんだし、得るものがあればそれでいいよ」ニッコリ

シャル「本当にお世話になりました」ドキドキ

男性「………………」’

男性「ではな。辛いことがあれば、人を頼るんだぞ。人は一人では生きてはいけないのだから」

シャル「うん」

男性「では 行くぞ。今日が始まる」’

男性「ああ」

山田「本当にありがとうございました!」

シャル「また会えますよね?」

男性「生きている限り『不可能』という言葉はないよ」


――――――心を強く持て。それが今を変える力になるよ。



――――――曇り空の下の朝の陽射しの中で


友矩「…………これは意外だな」ヒソヒソ

一夏「どうした、友矩?」ヒソヒソ

友矩「――――――尾行されてる」ヒソヒソ

一夏「…………!」

友矩「――――――捕まえるか? ――――――逃げるか?」ヒソヒソ

友矩「捕まえる場合のリスクは、追跡者の抵抗に遭う。おそらく相手はIS乗りだ」ヒソヒソ

友矩「逃げる場合のリスクは、追跡者の存在を放置する心理的圧迫だね」ヒソヒソ

一夏「なら、――――――捕まえる!」ヒソヒソ

一夏「万が一に備えて、『タクティカルベルト』だけでも装備していてよかったぜ」ヒソヒソ

友矩「こちらとしても最強の撃退兵器『ニュートラライザー』がある。機体を見られても何とかなるかもしれないが、極力――――――」ヒソヒソ

一夏「ああ」ヒソヒソ

友矩「それじゃ、まだオープンしてない朝のデパート群を抜けて外れの臨海公園に誘い込もう」ヒソヒソ

一夏「よし」ヒソヒソ

友矩「(…………XXXX駅に直接降りなくて正解だったな)」ピピッ


ラウラ「………………」




――――――臨海公園


バキューン!

男性「!」

男性「何しやがんねん!」’
テロリスト
叛徒A「そこまでだよ」

叛徒B「………………!」ジャキ

男性「うおっ!? どしてこないなとこでISが!?(――――――『ラファール・リヴァイヴ』が2機か)」’

男性「逃げよう!」アセアセ

男性「アホか! IS相手に逃げるなんて手段が通じるかいな!」’

叛徒A「ふん」

バキューン!

男性「うわほっ!?」’

男性「だ、大丈夫か、義典!」

男性「なるべく大きな幹の背に隠れろ!」’

男性「お、おう!」

ササッサササッ!

叛徒A「ふん。無駄なあがきを」


IS学園前駅から直通の駅を降りて、デパート街の離れにある臨海公園において二人の青年は謂れのない襲撃を受けていた。

威嚇射撃で対人用よりも遥かに大きい口径の対IS用ライフルの弾が大地を大きく抉り、早朝の涼し気な臨海公園で余暇を楽しもうとしていた二人の肝を冷やした。

腰が抜けそうなのを必死にこらえて見晴らしがよすぎる臨海公園で唯一の遮蔽物となりそうな太い樹木に這々の体で逃げこむしかなかった。

なにせ相手は史上最強の兵器:ISであり、第一 銃を持った相手に対して丸腰の一般人ではあまりにも戦力差がありすぎた。比べることすら馬鹿らしいほどに。

しかし、ISは世界に467しかない――――――その正確な数こそあまり知られていないが、
・・・・・
一般的に、ISを所有している人間はとりあえずごく少数だということは世間的に知れ渡っていることなので、

一般市民からすればこうしてISに襲われるということ事態がお先真っ暗の悪夢のような出来事であった。


男性「て、てめえら! 人様に銃を向けておいてただですむと思うな! すぐに人が来ててめえら全員 お縄じゃ!」’

叛徒A「ほう? 警察ごときに私たちを捕まえられるとでも本気で思っているのか?」

叛徒B「男が女より偉かった時代は終わった――――――それがISの力だ。冥土の土産に覚えておくのだな」

男性「こ、このアバズレどもが……」’プルプル

叛徒B「今、何と言った?」

男性「だいたいにして、どうしてワイらが命 狙われなきゃあかんのじゃ! 何かしたか、ボケぇ!」’

叛徒A「ふん。確かにお前たちのような生まれながらの凡俗である男と積極的に関わるだなんて大金積まれたってお断りだね」

男性「だったら――――――!」アセアセ

叛徒B「運がなかったんだよ。――――――あの子と関わったからね」

男性「はあ? わけわからんわ。これだから女の言うことは支離滅裂で頭が悪そうなんじゃ、ボケぇ!」’

叛徒B「」カチン

叛徒B「力がないくせにでかい口ばかり叩く男がそうやって偉そうに……!」ゴゴゴゴゴ

叛徒B「お情けはここまでだ! あの世にいく準備はできたかい! ――――――今 始末してやる!」ジャキ

男性「う、うわあああああああ!」

男性「お、おい! 落ち着け、皓ぃ!」’


――――――状況は最悪である。完全に詰んだ状況である。

今の季節だと初夏の陽射しが浅く差し込み 清涼な空気に満ちる朝方、ジョギングに来る人たちが結構訪れてるのだが、

しかし、昨夜からの大雨の影響であちこちに水たまりができ、天気も所々で晴れておらず、雨がまた降りそうな感じもしたので、人が来る気配がまるでなかった。

そして、ただでさえ健康作りに精を出す老人や若者以外 人が訪れることがない早朝のために、何かあったらたいてい手遅れなのは火を見るより明らかである。

それ故に、世界に467しかないISで堂々と人を殺すにはうってつけの状況となっていた。

なぜなら、ISは量子化を駆使した隠密行動が自在であり、ISの装備全てが虚空より召喚され、仕事が終われば最初から存在しなかったかのように消滅するのだ。

威嚇射撃で大地に撃ち込んだ弾丸や排莢も、環境保全の名目で使用後は量子化されて回収される仕組みとなっており、銃殺しても物的証拠が残らないのだ。

朝の静寂に包まれた公園で堂々と銃声を響かせても、元々 人気のない場所なので気づく人も極小であるし、『気づいたからどうした』という話である。

ISは史上最強の兵器として一般市民の間では羨望と畏怖の対象であり、たとえロケットランチャーを撃ち込んだとしてもそれ1発では絶対に倒せないのだ。

ISを待機形態にして擬態させて知らぬ存ぜぬを貫いてもいいし、逆に居直りを決めてそのまま恐喝してもいい。やりたい放題なわけである。

となれば、一般市民にとって悪魔のような兵器を前にして少しでも生き残ろうとするのなら、できることはほぼ1択でしかなかった。


男性「助けてください! 命だけは命だけは……!」orz

男性「や、止めろ、皓ぃ! みっともねえだろうがぁ! それでも男か!」’

叛徒B「ふん。そうやって地面に頭を擦り付けてればいいんだよ、男は」

叛徒B「シロイとか言ったか、このヘタレ! まあ お前だけは助けてやってもいいぞ?」

男性「本当ですか!? 何でも言うことを聞きますから、どうかお命だけは何卒、何卒――――――!」

男性「おい、皓ぃ! 自分だけ助かろうだなんて、見下げ果てたやつだ! 失望したぞぉ……!(――――――けど、もう二人の距離は十分だよね?)」’グスン

叛徒A「おいおい、さっきまでの威勢の良さはどうしたんだい? 情けないねぇ?」

叛徒A「さあて、一人いればそれ以上は要らないよ。さっさと始末しな。木が1本折れたぐらいじゃ何の問題もないさ」

叛徒B「それじゃ、死んで?」ジャキ

男性「う、うおおおおおおおおおおお!(――――――今だ!)」’

男性「――――――!」スッ


――――――ほう? 弱い者いじめしか能がないテロリスト風情がずいぶんと偉そうだな?


一同「!?」

男性「――――――は?」ピタッ

男性「…………あんれ?」’

叛徒A「な、なに!?」

叛徒B「あれは――――――」


ラウラ「喜べ。お前たちのようなクズ共相手に欧州最強の『シュヴァルツェア・レーゲン』が相手をしてやるというのだぞ?」ニヤリ


叛徒A「ドイツの第3世代型『シュヴァルツェア・レーゲン』!?」

叛徒B「ラウラ・ボーデヴィッヒだと!? 馬鹿な、どうしてここに!?」


ところが、状況は一変するのである!

なんと、絶体絶命となり 自分一人だけでも助かろうとみっともなく命乞いをした矢先、正義の味方が参上したのである!

正義の味方の名は、ドイツ代表候補生にしてドイツ軍 IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊長:ラウラ・ボーデヴィッヒ!

早朝の爽やかな空気に馴染む綺羅びやかな銀髪に 黒くて大きな眼帯をした 精巧な人形のような無機質な白肌の こんな子供みたいなのが救い主であった。

そして、そんな綺羅びやかな彼女の銀灰色に反して、彼女が身にまとう史上最強の兵器は正義の味方であることを感じさせない純黒に染め上げられていた。

その機体の名は、ドイツ第3世代型IS『シュヴァルツェア・レーゲン』。欧州連合統合防衛計画:イグニッションプランで最強の評価を与えられた機体である。

それに対してテロリスト2人の機体は第2世代型ISであり、基本性能においては圧倒的に『シュヴァルツェア・レーゲン』に劣っていた。

たとえ2機掛かりであろうとも、――――――もちろん彼女たちとしても自分の腕に覚えはあったが、果たしてどこまで通用するのか甚だ疑問であった。

更に言えば、2人はテロリストであるためにどちらか一方でも撃破されて捕縛されでもしたら貴重な同志と機体、組織の秘密を失うことになるのだ。

今回の目標がたかだか一般人であることを考えても、最悪の場合 捨て置いたほうがプラスになることはなくてもマイナスにはならないのだ。

これによって、今度はテロリストの側が運命の決断を迫られることになったのであった。



ラウラ「どうする? 今なら見逃してやったっていいのだぞ? 私もお前たちのようなくだらんゴミクズの相手などしたくないからな」

叛徒A「くっ……」

叛徒B「ど、どうする!?」

叛徒A「IS戦闘などさすがに考慮に入れていない。それこそ『シュヴァルツェア・レーゲン』クラスの機体とは――――――」

叛徒B「だったら――――――!」チラッ

男性「………………あ」orz

叛徒B「お前だけでも持ち帰れば――――――!」

ラウラ「…………!」

男性「今だああああああああ!」’

叛徒B「――――――!?」


男性「なめるなああああ!」スクッ、バキッ! ――――――顎先に肘打ち!


叛徒B「きゃああ…………     」バタンキュー!

叛徒B「」ガクッ

叛徒A「なにぃ!? おい、応答しろ!(馬鹿な、一撃だと?! あの身のこなし――――――、只者ではなかったのか!?)」

ラウラ「ほう。やるではないか。私も負けておられんな(――――――戦闘モード起動! 手早く片付ける!)」ニヤリ

ラウラ「では、こちらも始めようか?」

叛徒A「――――――捕捉された?! し、しまった!?」ピィピィピィ


こうして、形勢は一気に逆転するのであった。

テロリストBが命乞いをするために飛び出て土下座していた皓という男を拉致しようとした瞬間――――――、

木の幹に隠れていた赤城の号令と共に大地に頭を擦り付けていたはずのヘタレの皓が急に立ち上がり、

勢い良く迫るテロリストBの装甲が展開されてない顎先に顔面を粉砕するような強烈な肘打ちを叩き込んだのである!

史上最強の兵器と呼ばれるISでも完全無欠というわけではなく、こうして装甲がない部分を攻撃されればそれ相応のダメージを受けるのだ。

完全に虚を突かれたテロリストBは人間の急所の1つである顎先に重たい一撃をもろに受けてしまい、一撃でダウンしてしまったのである。

顎が砕かれることはISの防御機構であるシールドバリアーによって辛うじて防がれたが、脳震盪までは防ぐことができず あえなくノックアウトである。


――――――わずか5秒足らずの出来事であった、


同志がせめてもの慰めにターゲットの一人を連れ帰ろうと、自分だけ助かろうと平気で雨上がりの地面に頭を擦り付けられるヘタレを確保しようとした瞬間、

木の幹に隠れている臆病者が突然 声を発したかと思った次の瞬間には、史上最強の兵器を身にまとった同志が吹っ飛んで再び起き上がることがなかったのである。

これにより、ISに生身の人間が太刀打ち出来ないという常識に囚われていたテロリストAはもはや冷静ではいられなくなっていた。

そして、一般市民を絶望に陥れていた自分が今度は世界最新鋭のウルトラハイスペック機相手に一人で戦いを挑まないといけない地獄に陥ったのであった。


――――――結果は言うまでもないだろう。




ラウラ「雑魚が。所詮は旧世代――――――、『シュヴァルツェア・レーゲン』の敵ではない」

叛徒A「くっ……!」

叛徒A「こ、こんなはずでは…………」(戦闘続行不能)

ラウラ「む」チラッ




叛徒B「」




ラウラ「――――――逃げたか。懸命な判断だな(追えば すぐに見つかるだろうが――――――)」

ラウラ「まあいい。情報源として価値があるのはこっちの方だからな(しかし、あの身のこなしと言い、引き際と言い――――――)」

ラウラ「今日のところは無事に帰り着けたと信じて、この社会のゴミ2つの後始末をしないとな」

叛徒A「くぅうううううううううう! こんな小娘ごときにぃ……!」ギリギリ

ラウラ「ふん。織斑教官の教えを賜って最強になった私に貴様らのような有象無象が敵うものか」

叛徒A「――――――『織斑教官』?」

叛徒A「それは織斑千冬のことか?」

ラウラ「その通りだ」

叛徒A「ふん。第2回『モンド・グロッソ』で大会連覇は確実視されながら棄権したような臆病者に――――――」

ラウラ「――――――!」

パチィン!

叛徒A「………………!」ヒリヒリ

ラウラ「黙れ。貴様ごときに教官を語る資格などない。おとなしくしていろ」ギラッ

叛徒A「くっ……」











友矩「あのままでも、十分に対処できたんだけどね」

一夏「まさかの援軍だったな」

友矩「そうだね。おかげでいろいろな面倒を省くことができた」

一夏「ラウラちゃん、どうして俺たちを尾行していたんだろう?」

友矩「おそらく、学園のほうでも何か不穏な空気が漂っていたからではないだろうか?」

友矩「今回の尾行も彼女の独断だと思うよ」

一夏「千冬姉、昨日はシャルルくんで今日はラウラちゃんが学外で問題行動か……」ハア

一夏「1年1組は問題児だらけだな」

友矩「これでテロリスト側の戦力を事前に2つも無力化することに成功した」

友矩「世界に467しかないISをこんなところで無力化できたんだ。快挙というか、間抜けというか…………」

一夏「でも、秘密警備隊“ブレードランナー”の最初の任務も『ラファール・リヴァイヴ』2機が相手だったしな……」

一夏「まあ その時はトレーラーの荷台から飛び立つ前にザシュザシュってこっちも自分のトレーラーから貫いて終わらせたんだけどな」

一夏「所要時間10秒足らずの仕事だったな」

友矩「そして、IS学園のクラス対抗戦において『謎の無人機』を代表候補生2人のお膳立てと第1アリーナを犠牲にして仕留めた」

友矩「今日のはラウラ・ボーデヴィッヒが実際に戦って捕らえたことになるけど、いなくても何とかなっていたから、」

友矩「今日までで5機のIS(内1つは未登録コア)を撃破した世界最高のISハンターなんだよ、一夏は」

一夏「何ていうか実感が湧かないな、そういうの」

友矩「実際の戦争においては敵機を5機撃墜したらエースって呼ばれるくらいなんだから、自信を持っていい」

一夏「はは、そうか。それじゃ、そう思うことにする」

一夏「でも、本当にラウラちゃんが来てくれて助かったよ」

一夏「来てくれなかったら、俺に不用意に寄ってきたテロリストの脇腹を『零落白夜』で斬り裂かなくちゃならなかったしね」

友矩「そうなったら、顎を砕かれて脳震盪を起こす以上に、出血多量で絶対防御が発動する中 もがき苦しむ生き地獄を味わっていたろうね」

友矩「それで1対1になれば、『ラファール』ごとき一蹴する『白式』の世界最高クラスの機動力で一瞬で勝負が着くという算段だった…………」

友矩「人が来ることのないあの状況で『ニュートラライザー』があるとは言え、グロテスクでバイオレンスな光景を目にすることがなくて本当によかった」

一夏「まったくだよ」

一夏「あんなのをいちいち相手にしてられないし、人を傷つけるのは何だって嫌だしさ」


――――――力はどこまで行っても手段でしかない。力を正しく利用できた時にそれは“人を活かす剣”となるのだ。



友矩「けど、久々に“赤城義典”をやってみたけど、だいぶ忘れてるな……」

一夏「せっかく『タクティカルベルト』から催涙手榴弾とかポイポイ投げてみたかったのに残念だ……」

友矩「そうだ。ボイスチェンジャーもそろそろ完成する頃なんだよね。学年別トーナメントまでに実装できればいいんだけど」

一夏「…………ボイスチェンジャーか。役に立つかな?(千冬姉の演技はあまり自信は無いんだよな、俺。それにさ――――――)」

友矩「にしても、ISでもやはり顎先にクリーンヒットすれば一撃で脳震盪を起こすものなんだね」

一夏「ああ。俺も驚いてる。俺も初めてのことだからな」

一夏「あれは紛れもなく無想の一撃だったわけだから、あのキレを再現できるかはまったく自信がない」

友矩「人 対 ISだからこそ実現した大反撃というわけだね。IS同士の戦闘となれば空中戦が主体だから」

友矩「まだまだ、対IS用近接戦闘術にも実践と改良が必要だね」

一夏「ああ。今回は相手が相当な間抜けだったから助かったようなものであって」

一夏「いくら『白式』が『G3』を体現した現状で卓越した性能を持っていたとしても、剣1つだけじゃ戦術的にはどうしようもないからな」

一夏「だからこそ、“ブレードランナー”においては暗殺術だろうが抜刀術だろうが積極的に取り入れて確実な無力化をものにしなくてはならない」

友矩「けど、今回の件でIS学園は大きく変わることでしょう」

友矩「そして、変革の流れを制するのが、“ブレードランナー”であることを切に願っています」

一夏「…………任せておけ、友矩」

一夏「千冬姉も“アヤカ”も箒も――――――、」


一夏「俺は関わる人全てを守る!」


――――――その時こそが“人を活かす剣”の真価が問われる!



登場人物概要 第4話

朱華雪村“アヤカ”
一応は、本編:Aサイドの主人公という立ち位置ではある。メインヒロインである篠ノ之 箒の方が主人公している感が否めないが。
3人の主人公の中では最も影が薄く 地味で没個性な存在だが、今作における“ISを扱える男性”の謎に深く関わる存在であり、
物語が進むに連れて“パンドラの匣”の開拓が進み、“アヤカ”の過去が明らかになっていくに連れて――――――。

今作では1年1組のクラスメイトとの交流が多く描かれており、特に過酷な生い立ちではない少女たちとのふれあいを通じて常識などを学んでおり、
原作の織斑一夏が我の強い小娘共に阻まれてモブにとっては決して手の届かない存在のように描かれているのに対して、
“アヤカ”は近寄りがたい雰囲気こそあるものの、逆にモブの中に埋没するぐらいの平凡さがあるので結果としてモブとの交流が描きやすい。

ただし、ある人物に対しては作中の通り かなり辛辣に当たっており、しかも狙って追い詰めている面があり、
善意の塊である織斑一夏とはまったく違って、人並み――――――それ以上の悪意を背負っていることを忘れてはならない。
しかしながら、基本的に誰に対しても笑顔を貫ける織斑一夏のほうが常人離れしているのだが…………一夏も“アヤカ”も別のベクトルでおかしいので比較しづらい。
誰に対して“アヤカ”がそうしてるのかがこの時点で理解できていたら、筆者としては『ちゃんと読んでくれているだな』となって嬉しいです。

模擬戦での成績は、同じ『打鉄』に対しては圧倒的な強さを発揮するが、射撃武器を使う専用機の前では機動力が皆無なために蜂の巣にされている。
それ故に、トーナメントにおいて1年生123人居る中の専用機持ち4人と鉢合わせしなければベスト8以上は確実視されるぐらいの実力はある。


篠ノ之 箒
メインヒロイン。もういろいろと運命に翻弄されすぎてかなり複雑でアブノーマルな人間関係に振り回されて混沌としている。
しかしながら、まるで主人公のように自分の意志を持って堂々とIS学園の日々を送る姿にちょっとした感動を覚えたものもいるであろう。

そうです。今作は篠ノ之 箒がひたすらメインヒロインの物語なのです! 何者でもなかった篠ノ之 箒だからこそここまで行ける物語なのです!

幼いころに女の子がよくする『お父さんやお兄さんと結婚する』という約束を真に受けて未だにそれを諦めようとしない純情な娘である。
しかし、織斑一夏(23)からすれば歳の差9歳の“友人の妹(14)”という感覚しかなく(実際に一夏からは“子”ではなく“娘”と見られている)、
痴話話の焦点となる婚約・キス・指輪に関する記憶が織斑一夏から欠落しているので、どこまで言っても“近所のお家の妹分”としか見られていない。
そのことを挽回するために、行き急ぐ箒は部外者の一夏を前にして『学年別トーナメントで優勝する』という凄まじい目標を掲げることになり、
幸いにも対戦内容がツーマンセルに変わったことで“アヤカ”と組むことになり、“アヤカ”との抜群のコンビネーションで勝ち上がっていくことになる。

模擬戦での成績は、『打鉄』同士の戦いにおいては基本的には無敗であり、『知覧』をはじめとする専用機には機動力の面で追いつけないので勝てない。
本質的に同じ『打鉄』である『知覧』(=“アヤカ”)に勝てないのは、純粋にドライバーの腕力があちらが上だから。
それ故に、“アヤカ”とのタッグにおいては箒はフットワークを活かして戦い、“アヤカ”はその場に留まって迎え撃つスタイルに差別化される。


織斑一夏(23)
この物語の真の主役だが、物語の舞台であるIS学園の部外者という矛盾した存在となっている。
しかし、仮想空間“パンドラの匣”の構築やIS学園でのイベント警備員で頻繁に喚ばれるようになったので、一定の存在感を保ち続けている。
それ故に、徐々に徐々に物語の裏と表の境界線が曖昧になりつつある。

常人では決して味わうことができない壮絶な人生経験や相応に歳を重ねてきたために、原作と比べれば遥かに頼りになる存在になっており、
完成された大人(23)としての抜群の包容力で迷える子猫たちを適切にあやしていく。
やはり、織斑一夏は織斑千冬同様に常人にはない光る個性はあるものの、常人には理解できない境地ゆえ一人では決して大成できない親分肌である。

作中の通り、血を見ることも厭わない非情さが備わっており、“ブレードランナー”に必要な攻撃性はすでに養われている。
思春期を終えて社会人としての分別や常識が備わった結果とも言えるのだが、基本的にお人好しな性格そのものは損なわれていない。
力はあくまでも手段であり、力はどこまでいっても暴力であるという認識はランクS:『人間』の一夏と同じであり、
今作がランクSの物語とは別にして生まれた本質的に同一の趣向の物語なのがわかることだろう。“人を活かす剣”というキーワードも共通している。
身体能力も、奇襲とはいえ一撃でISを沈黙させるだけの常人離れの生身の戦闘力を有しており、IS狩りの達人と言っていいほどである。
ちなみに、筆者の初作であるランクS:『人間』の一夏と、今作の剣禅編:織斑一夏(23)のどちらが強いかというと、
残念ながらランクS:『人間』の一夏が圧倒的な強者であり、実戦経験や生身の戦闘力だけ見ても織斑一夏(23)は彼には到底 及ばない。


夜支布 友矩
物語の狂言回し的な立ち位置のBサイドの織斑一夏のベストパートナーであり、織斑一夏という親分肌を支える参謀・縁の下の力持ち・内助の功である。
読み物の傾向として、物語の起こりは何にしても話題を提供したり、事件を嗅ぎつけたりできるブレインの存在が不可欠であり、
そういう意味では物語の中での存在感は主人公である織斑一夏よりもかなり大きく感じられるはずである。

一夏と友矩の関係は、番外編における“マス男”と“プロフェッサー”の関係に類似しており(あっちは織斑千冬と同い年である)、
友矩と“プロフェッサー”とでは後方支援担当のブレインという意味では役割は共通しているが、
置かれている立場の重要性の違いから“プロフェッサー”の方が遥かに精神的にも辛い立場であり、更には世界情勢を左右できるだけの頭脳すら持ち合わせている。
それ故に、自分より上の立場の人間が居ないために自分で全てを決断しなければならず、その責任の重大さは日本政府の犬に甘んじている友矩とは比較にならない。
しかし 逆に言えば、友矩にはそういった重圧が無いので極めて健全で安定しており、“プロフェッサー”とは違って身体能力も極めて高い。
それ故に、後方支援としては“プロフェッサー”には能力面では決して及ばないが、安定感においては友矩の方が勝っている。



シャルル・デュノア
原作よりも遥かに辛い立場に置かれてしまったブロンドの貴公子。
二次創作において誰が“世界で唯一ISを扱える男性”であろうとそれで救えるわけではない一例を示す結果となった。
特に、二次創作ではよく見られるオリジナル主人公と同室になる展開が今作には無いし、癒やしである“アヤカ”に何かを期待することもあまりなく、
どちらかと言うと“アヤカの母親役”の篠ノ之 箒の言葉に光明を得ていたので、“アヤカ”に対する入れ込み具合も他と比べるとかなり希薄。
そもそも、シャルル・デュノアは他者に依存しないと生けていけない――――――単独では存在感を発揮できないあざといキャラなのでしかたがない。
本質的に織斑一夏以上に受動的なキャラなので、お節介焼きの主人公がいなければ実際は篠ノ之 箒と大差がない孤独感を背負っているキャラなのである。
そういう意味では、今作の“オカン”篠ノ之 箒の存在が支えとなっており、篠ノ之 箒に強い信頼を置くようになるのも納得であろう。

なお、IS乗りとしての実力そのものは1年の中ではラウラに次ぐ実力者であり、専用機が安心と信頼の万能型の制式量産機であることが何よりも大きい。
ISバトルという競技においては、格闘機が優遇される傾向にあるが格闘もこなせる射撃機のほうがもっと強いので、普通に強いのは当たり前。


ラウラ・ボーデヴィッヒ
原作よりも遥かにおとなしい存在になっており、驚くほど健全な存在になっている。
それもそのはずであり、そもそも原作では憎悪していた織斑一夏に対する印象や織斑千冬が施した処置がまったく異なるので、
ラウラ・ボーデヴィッヒ自身も高潔な軍人らしく振る舞うことができている。
というより、今作の織斑一夏(23)の過去が原作のそれとは掛け離れた武勇伝に彩られており、IS乗りであることもまだ知らないので、
織斑一夏を“素人”と見下すことができなくなっている(=そもそも接点がない)のが大きく響いている。
IS乗りでもない一般人にISのことで威張っても意味が無いし、一夏が織斑千冬に準じる類稀な身体能力の保持者なので迂闊なことが言えないわけである。

ドイツ軍最強のIS乗りとしての本領を発揮しており、原作よりも侮りが少なく比較的冷静なためにまさしく1年の中では最強の戦闘力を発揮する。
また、“アヤカの教官”になったことで寛容さや客観的思考力など人間性も磨かれているので、
1組の面々からは徐々に『おっかないけどいざとなったら頼りになる先輩』という印象までになっている。
この辺は、まさに“アヤカ”という落ちこぼれとラウラの過去が符合したところが大きく、珍しく“アヤカ”の人間性でプラスになった例である。


というわけで、今回の投稿はこれで終了させていただきます。

箒のキャラが中の人が演じてきたキャラっぽくなり、
一夏はナンバーズハンターっぽくなり、
千冬がやけに優しい――――――、

そんな感じになってまいりました。

そして、まさかの訓練機を専用機として借り受け、更には――――――してしまった“アヤカ”。

物語はいったいどこへと向かうのか。

次週、ようやく学年別個人トーナメント開幕です。


それでは、ご精読ありがとうございました。

付録を載せておきますので、参考までにどうぞ。



付録
IS〈インフィニット・ストラトス〉の二次創作をするかもしれない人へ

参考サイト
赤目無冠のぶろぐ 
http://akamemukan.hatenablog.com/archive/category/IS
原作最新刊(第9巻)からアニメ全話のあらすじや事跡の追跡、考察を丹念に行っているブログ。
原作に詳しくない人やアニメの内容を忘れたら、このブログの記録を頼りにすると吉。実にいい仕事をしてくれている。

SSまとめ速報
http://ssmatomesokuho.com/category/ss/IS
VIP板などに投稿されているSSを網羅している凄いサイト。筆者の作品もちゃんと載っている(一応あまり有名でないサイト様でも載ってたけど)。
ただし、コメントは一切排除されているので掲示板の雰囲気を感じたいなら、張ってあるURLから出典に飛べばいいだろう。
過去にどんな作品があったのかを調べるのであればここほど確実な資料はない。最近はジャンル:クロスオーバーが多いようである。

IS(インフィニット・ストラトス)二次創作スレのまとめ @ ウィキ
http://www34.atwiki.jp/isfanfiction/pages/1.html
小説サイトで掲載されている二次創作について品評するスレのまとめサイト。
掲示板の作品にふれている人には真新しい概念かもしれないが、きっちりと専用の小説投稿サイトで小説として書いている二次創作もこの世には存在する。
基本的に小説サイトでの傾向だとジャンル:二人目の男子が人気のようであり、掲示板とは違った趣が感じられるだろう。
関連サイトや議論の記録もきっちり掲載されて充実しており、もっと深く二次創作したい人にはおすすめである。
スレは現在も更新中なので、参加できなくても読んでいるだけでもだいぶ認識が深まるのでぜひともおすすめである。

IS インフィニット・ストラトス まとめwiki
http://www44.atwiki.jp/is-academy/
アニメ第1期のまとめwiki。
情報量そのものはあまり充実していないが、質疑応答の項はアニメ第1期の状況把握には大変便利なものである。


筆者おすすめ作品
一夏「ISなんて俺は認めない」
http://hookey.blog106.fc2.com/blog-entry-4182.html←まとめサイト:見やすい
一夏「ISなんて俺は認めない」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1341283823/)←掲示板:原典
ジャンル:織斑一夏性格改変
筆者がIS〈インフィニット・ストラトス〉の二次創作をやるきっかけになった偉大な作品。
意味がわからなくても読み進められるテンポの良さと作者の軍事知識が所狭しと披露されている快作。
その2はまだ完結しておらず、原典は掲示板の背景色で見づらいので1期に関してはまとめサイトより。
一夏「ISなんて俺は認めない」 箒「その2」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1389234446


一夏がついてくる
http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=tiraura&all=37185
ジャンル:二人目の男子
小説サイトの二次創作の傑作。この作品を読めば小説サイトでの二次創作の良し悪しの判断ができるようになる。
基本的に小説サイトの二次創作は未完結の作品が多く、オリジナル主人公が出しゃばる傾向にあって顰蹙を買いやすいようである。
しかし、その中でこの作品は極めて読みやすく、嫌味がなくむしろ溜飲を下げて実に爽やかなのだが、ある意味においてゾッとするような魔力が込められている。
IS〈インフィニット・ストラトス〉という作品の雰囲気やキャラクターの本質を崩すことなく、独自の物語を築き上げられているところが凄い。
特に、主人公が本当に弱い普通人として終始一貫して描かれ、時代に翻弄されて良心の呵責と無力感に苛まれていく様は筆者には絶対に描けないので凄いと思った。
また、原作第9巻が発売されていない段階で更識楯無の本質的な性格がおおむね一致していたのは作者の観察眼の鋭さが出ているかのように思われた。

しかし、ジャンル:二人目の男子においては「なぜISを男が扱えるのか」が特に争点となっており、
この作品における「なぜISを男が扱えるのか」の設定・解釈に従った後半の展開を『この作品ではそういうもの』だと納得できるかで評価がわかれると思われる。

この作品を教科書として見て回れば掲示板の作品になれている人にも小説サイトの二次創作は安心かと思われる。おすすめです。




急で非常に申し訳ございませんが、ちょっと余裕がございませんので、
空いた時間を利用して今月最後の投稿とさせていただきます。

起承転結の転の部、急ぎ足で投稿させてもらいます。

それではまた、得るものが一時となりますよう…………


第5話A 過去との対峙
The Past and The Fact

――――――学年別トーナメント前日

――――――第3アリーナ


雪村「…………展開」(量子展開)

雪村「ふぅ」

雪村:『打鉄:知覧』「それじゃ、お願いします」ジャキ


3年生A:『打鉄』「それがあなたの専用機になった『打鉄:13番機』“呪いの13号機”――――――」

3年生B:『打鉄』「銀灰色の部分が黄金色に変わってるのよね。『打鉄』ならぬ、さしずめ『打金』ってところかしら」

3年生C:『打鉄』「…………何でもいい! さっさと始めようよ! 黄金カラーだなんて生意気な!」ジロッ


雪村「………………」

3年生A「さてさて、ちゃんと来てくれてありがとね、後輩?」ニコー

3年生B「今日はお姉さんたちがしっかりと稽古をつけてあげるからね?」ニコー

3年生C「そうよ? だけど、ただの稽古じゃないから覚悟してよ!」ギラッ

雪村「………………」

3年生A「それじゃ、早速始めるわよ! 明日の朝日は拝ませないわ!」ギラッ

3年生B「覚悟なさい! この“イレギュラー”!」ジャキ

3年生C「調子に乗ってるんじゃないよ! この場でご自慢の専用機をバラバラにしてやるわ!」ヒュウウウウウウン!

雪村「…………!」


――――――朱華雪村は3対1の絶望的な戦いを強いられることになった。

それは5月末の学年別トーナメント前日のことであった。明日から1週間かけて行われる学園の一大行事の直前の話である。

この日は生徒にとっては将来を左右する大一番を控えているために、機体の最終点検のために訓練機およびアリーナの使用には大幅な制限がかかっていた。

具体的には、この日に使用できるアリーナは第4アリーナしか使えず、しかもそこで使える訓練機の数はたった4機だけである。

さあ、これでお気づきであろう。この3対1の集団リンチがどういう意図の下に行われているものなのかを。

この対戦が行われているのは第3アリーナでかつ“アヤカ”の専用機『打鉄:知覧』を除いて残り『打鉄』3機は不正利用されている機体なのだ。

もちろん、第3アリーナは表向きは閉鎖されているので、彼ら4人以外 人は誰も居ない。

しかし、アリーナの不正利用にせよ、訓練機の不正利用にせよ、学園のセキュリティがそれを黙認するはずがない――――――、

ということは、この戦いを仕掛けたのは――――――!



3年生A「ほらほら 動きが鈍いわよ、1年生?」ヒュウウウウウウン!

3年生B「そんな程度の腕で専用機持ちだなんてね?」

3年生C「二度と立ち上がれないようにしたげるよ!」ブン!

ガキーン!

雪村「…………!」グラッ (正面からCの攻撃を受けるが攻撃の重さとPICを使いこなせてないので足元が容易く崩れる)

3年生A「生まれたての子鹿のようね。あんなにもガクガク脚を震わせちゃってまあ」ドン!

雪村「うわっ!」ドサッ (そこをAが側面から体当たりを食らわせる!)

3年生B「おもしろーい! ちょっとぶつかっただけで簡単に転んじゃってるよ、ほら!」ブン!

雪村「ぬぅ……!」スクッ! ガキーン! (転倒した雪村にBが太刀を振り下ろすが雪村は素早く姿勢を整えて受ける!)

3年生B「――――――受け止めるなんて生意気よね?」チッ

3年生C「どきなよ!」ブン!

雪村「ぐわっ…………!」ドーン! (しかし、背後からCが勢いづけて太刀で薙ぎ払い、雪村は再び倒れてしまう!)

3年生B「危ないわね! 少しは自重しなよ!」ヒュウウウウウウン!

3年生A「お前たち、真正面から叩き伏せることができてないようだけど?」

3年生C「はあ? 今更……、そんなスポーツマンシップっぽいことなんて意味ないんだけど?」

3年生C「とっとと、この黄金カラーのふざけた『打鉄』をぶっ壊して再起不能にすんだよ、おら!」ガシッ

雪村「あ、ああ…………」 (Cに乱暴に髪の毛を引っ張られて無理やり起こされる)

雪村「ぬぁ!」ガン! (たまらず、背後のCに肘打ちを食らわせる!)

3年生C「った?!」バキッ

雪村「うわああああああああああああ!」ブン! (そして、振り向きざまにCに一太刀を浴びせる!)

3年生C「うおっ!?」ズバーン!

3年生A「何をやっている!」

3年生C「よ、よくもこの私にやってくれたねぇえええ!」ガルルル・・・!!

3年生B「ま、いい気味ね。顔面に肘打ちなんて受けちゃうおバカさん」

3年生C「そういうお前らも遊んでないでさっさと両腕を掴んで動けなくしちまえよ!」

3年生B「それもそうね」

3年生A「それが一番手っ取り早いか」

雪村「…………!」アセタラー


3年生A「無駄よ。PICによる基本的な移動もままならないのに逃げられるわけがない」ヒュウウウウウウン!

3年生B「さ、無口なきみもこれで観念して、思っきり泣きわめくといいわ!」ガシッ

雪村「!」アセタラー (AとBに両腕を掴まれてしまう!)

3年生C「手間取らせやがって、この野郎!」バギィン!

雪村「ぐふぉおおおう!?」グハッ (両腕を拘束されて身動きが取れないところをCが思いっきり顔面を殴りつける!)

3年生B「汚いわよ! この!」ガンッ!

雪村「あう……?!」ガハッ (今度は腕を掴んでいたBから空いた手で後頭部を思いっきり叩きつけられる!)

雪村「あ、ああ…………」ゼエゼエ

3年生A「さっきから競技規定違反よ、それは」

3年生B「確かにそうねぇ。ISバトルだと直接の殴打や掴み技は禁止されてるのよね。例えばこんな――――――!」グイッ

雪村「うああ!?」グリリリ・・・ (Bは思いっきり腕を後ろに引っ張り上げて肩へダメージを与える!)

3年生B「それで、シールドバリアーが反応しやすい馬鹿みたいに大きな太刀を使わないといけないってね」グググ・・・

雪村「あ、ああ…………!」グリリリ・・・

3年生C「だったら、競技規定違反にならずにかつ苦痛を与える方法があるぜ?」ニター

3年生B「へえ? どんな?」グググ・・・

3年生C「こうやって、太刀で首筋をこうやって擦るだけでいいのさ」ギコギコ

雪村「…………!?」アセダラダラ (Cは首元にIS用の太刀を鋸のように擦りつけていく!)

雪村「ぐぅううあ!?」ゴリゴリ (表面のバリアーで斬られはしないが、内側の血管や筋肉が太刀の重みでゴリゴリ捩れる!)

雪村「!!」ピィピィピィ (そうすることによって、機体表面のシールドバリアーを押し切って絶対防御が発動し、シールドエネルギーの著しい消耗が始まる!)

雪村「あ、ああ、あああああああああ!」ジタバタ (首筋の今まで経験したことのない痛みに重たい脚部で思い切りバタついた!)

3年生C「あうっ!? またっ!」ガン!

3年生B「ホント馬鹿ね、あなた」

3年生A「そういえば、この新入生はPICコントロールがまだまだ未熟なんだったな。浮遊することすらできないぐらいに」ニヤリ

3年生B「そう聞いてるわ。それじゃ――――――」ヒュウウウウウウン!

雪村「うわ…………」フワッ・・・(AとBは上昇を開始する――――――)

3年生A「これも特訓よ。鳥になりなさい」パッ

3年生B「大丈夫。ISのバリアーの剛体化で高いところから落ちてもちゃんと五体満足でいられるから。――――――中身の方はわからないけどね?」フフフ・・・

雪村「あ、うわああああああああああああ!」 (そして案の定、高所から一気に突き落とされるのである!)

ヒューーーーーーーーーーーン! ドゴーン!

3年生C「エグいことするぜ。飛べない鳥を谷底に突き落とすようなもんだよ」ニタニタ

3年生B「これでもう立ち上がる気力もなくなったはずよ」グフフ・・・

3年生A「後は好きにしな。ただし、殺しちゃいけないよ。ISバトルってのは死人が出ない世界一安全なスポーツなんだから」フフフ・・・

雪村「うぁ…………」ピクピク (一応はPICそのものは働いて低重力化によって落下の衝撃は和らいではいるものの…………)


箒「雪村あああああああああ!」タッタッタッタッタ!


3年生A「ん!?」

3年生B「おや、あれは――――――」

3年生C「“篠ノ之博士の妹”――――――いや、“こいつの母親役”か!」ギラッ


箒「お前たち! どうしてこんなことを!? 雪村が何をしたっていうんだ!?」
                   
3年生A「手抜かったね……(第3アリーナを『立入禁止』にしただけで、後は我関せずで知らんぷりってことかい!)」

3年生B「まさか見られちゃうなんてね…………」

3年生C「でも、いいんじゃないの? ここに来たのが“この野郎の”でさ?」

箒「…………!」ゾクッ

箒「何をする気だ?! 無抵抗の人間に対して――――――あ」

雪村「………………!」ヨロヨロ

箒「雪村! 無理はするな!」

雪村「…………!」ゼエゼエ

3年生A「…………大したやつじゃないか」

3年生A「まだ立ち上がれるのか――――――いや、“お母さん”の前だから張り切ってるのかい?」ニヤリ

3年生B「それなら、“お母さん”の前で頑張っているところを見せてやらないとね?」ニタニタ

3年生C「…………どうでもいい。くだらない慣れ合いなんてしていつまでも遊んでいればいいさ」

3年生C「それも今日までなんだからねぇ!」ヒュウウウウウウン!

雪村「……」ペッ (口から血の混じった唾を吐き出す)

雪村「…………!」ジャキ

箒「止めろ! 逃げるんだよ、雪村!」

雪村「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」ダッダッダッダッダ!

箒「雪村ああああああああああ!」

――――――――――――

―――――――――

――――――

―――




――――――学年別トーナメントまで1週間となろうとしていた頃、


箒「雪村、そろそろトーナメントの受付が終わってしまうぞ、早く決めてくれ!」

箒「(頼む、雪村! 私は何が何でも優勝しなければならないのだ! お前以外に組める相手がいないのだ!)」

シャル「ここはやっぱり、同じ“男子”同士で組もうよ、ね? ね?」

シャル「(箒もいいけど、やっぱり“アヤカ”以外にパートナーは考えられないよ! それに女の子を選んだら選んだらで――――――)」

雪村「どうしよう」

ラウラ「『より実戦的な模擬戦闘を行うために、二人組での参加を必須とする』――――――、」

ラウラ「“アヤカ”、お前が誰と組もうが私には関係のないことだがな」チラチラッ

鷹月「やっぱり“アヤカ”くんは人気者だよね」

セシリア「そうですわね……(どうしましょう? 私、タッグ戦のパートナーがまだ見つかりませんわ……)」

セシリア「(とりあえず、最初に訓練相手を務めてくださった“アヤカ”さん辺りを選ぼうと思ってましたけど、これは――――――)」

谷本「やっぱり“男子”同士ってことで、デュノアくんと組むべきだと思うな。これぞ正統派って感じで」ウキウキ

相川「いやいや、ここは“母と子の親子”の協力プレイでいくのが王道だよ!」ドキドキ

本音「おーおー」ワクワク

谷本「でも、最近のボーデヴィッヒさんも“アヤカ”くんに気があるって感じだしな~」ウーム

相川「ここでまさかの“師弟”コンビ結成!?」

セシリア「それはまた強敵ですわね……(そうですわねぇ……、正直に言えば誰と組んでも同じですけれど――――――、)」

セシリア「(もし“アヤカ”さん以外で選ぶとしたら……、箒さんが良いでしょうか?)」

雪村「………………」(ロダン作:考える人)

シャル「ああ……、また考えこんじゃったよ。こうなったら長いんだよね……」チラッ

箒「そうだな……」
・・・・・
シャル「(どうしよう? こうなったら本当に箒にパートナーを頼もうかな? 箒だったら万が一でも大丈夫だと思うんだ)」

ラウラ「優柔不断だな。戦場で決断を下せない役立たずな人種のすることだ」チラッ

箒「ああ まったくだ。まったくその通りだとも」

ラウラ「(誰と組もうと『シュヴァルツェア・レーゲン』1機で制圧できるが、“アヤカ”以外に組みたい相手がいるとすれば――――――、)」

ラウラ「(そうだな。他とは違って少しは骨がありそうな篠ノ之 箒が良かろう。“アヤカの母親役”としての優れた精神力で他よりはまだマシだろう)」

鷹月「みんなは誰と組みたいと思ってるの?」

谷本「そうねぇ、私としては“アヤカ”くんとデュノアくんの黄金コンビが鉄板だから――――――、」

谷本「篠ノ之さん辺りと組んでみたいかな? 聞けば、女子剣道全国大会優勝している腕前らしいし」

相川「ああ! 私も篠ノ之さんがいい! だって、“篠ノ之博士の妹”なんだよ? 何かこう……、あるかもよ?」

相川「でも、もちろん“アヤカ”くんには篠ノ之さんと組んでもらいたいけどね」

鷹月「私もルームメイトして『篠ノ之さんと組みたいなー』っと思ってたけど、この分だと篠ノ之さんも難しそうね……」ハア

本音「おお! “アヤヤ”もシノノンも人気者ー!」

谷本「あ、確かに! デュノアくんも凄い人気だけど、1年1組のマスコットかどうかで言ったら断然“アヤカ”くんの方よね」

相川「そうそう! だからこそ、1組を代表するペアって意味で『“母と子の親子”コンビでいってもらいたいな』って」

セシリア「むぅ…………(一応 クラス代表は私ですけれど、確かに名物としてお二人の関係のほうが知名度が上ですわね…………)」


本音「ねえねえ、“アヤヤ”~」

雪村「何ですか?」


本音「“アヤヤ”が一番 信頼してる子を選べばといいと思うな~」


雪村「なるほど」

小娘共「!?」

シャル「え、ちょっと待って! 『なるほど』って――――――」

雪村「?」

シャル「あ、えと……、今まで“アヤカ”くんはどういった基準でパートナーを選ぼうとしていたわけ……?」

雪村「………………」


雪村「わかりません」シレッ


一同「!!!?」ズコー

箒「はあああああああああああああああ?!」

セシリア「それはいったいどういうことですの!?」

シャル「選択基準がわからなかったから、今までずっと答えが出せずにいたってわけ?!」

ラウラ「『下手な考え、休みに似たり』とはどうやらこういうことを指すらしいな……」

本音「な~んだ。それじゃこれですぐに答えが出せるね、“アヤヤ”」

雪村「そうですね」

小娘共「!」


鷹月「そ、それで? 今のところ、誰が一番 信頼している人 なのかな?」ドキドキ

谷本「これってたぶん、訊くまでもないことだと思うんだけどな…………」

相川「うん」

雪村「はい。それはもちろん――――――、」


雪村「ハジメさ――――――」ピタッ


シャル「え」

ラウラ「む?」ピクッ

箒「なに? 今、“ハジメ”と言ったのか……?(ちょっと待ってくれ? “ハジメ”なんて人が居たか――――――)」

一同「…………?」

雪村「………………」

セシリア「あの、今 何とおっしゃったのでしょうか? もう一度おっしゃってくださりませんこと?」

雪村「………………」


雪村「やっぱり“初めての人”しか思いつかなかった」


小娘共「!」

一同「!」

谷本「ああ……、やっぱりね」

相川「そうだね、うん。――――――“初めての人”か。良い響き……」ウットリ

鷹月「ここまではっきり言われたら――――――うん、これは予定調和ね」ホッ

谷本「そうそう。この場合の“アヤカ”くんの“初めての人”って言ったら、もう」

本音「おめでとー」


学年別タッグトーナメント:朱華雪村&篠ノ之 箒“母と子の親子”ペア 結成!


ちなみに、この時点での信頼度パラメータ
朱華雪村“アヤカ”からの信頼度
ハジメ >>> 篠ノ之 箒 >>>>>> ラウラ・ボーデヴィッヒ >>> セシリア・オルコット >>>>>> シャルル・デュノア >>>>>>2組

篠ノ之 箒からの信頼度
朱華雪村 >>>>>> シャルル・デュノア >>> セシリア・オルコット >>> ラウラ・ボーデヴィッヒ >>>>>>2組


――――――その夜


箒「ど、どうだ?」ドキドキ

雪村「………………」モグモグ

雪村「自分では美味しいと思うの?」

箒「あ、ああ! それはもちろん! そうでなければ失礼だからな」

雪村「そう」

箒「で、どうなのだ?」アセタラー


雪村「美味しかったです。ごちそうさまでした」


箒「!」

箒「あ、ありがとう! 雪村!」

雪村「バター醤油かカラシ醤油を使うといいかもしれませんね」

箒「なに? そうするとますます美味しくなるのか?」

雪村「そう思います。このままでもいいのですが、味付けが薄いので風味豊かにするのならばバター醤油を入れるといいと思います」

箒「な、なるほど……」


ラウラ「話がある、“アヤカ”」ガチャ


雪村「?」

箒「ラウラ・ボーデヴィッヒ!?」

箒「め、珍しいな……。それと、ちゃんとノックしてから入れ」

雪村「何?」

ラウラ「お前が一番に信頼している相手を言おうと――――――」

箒「何だ、ラウラ? 雪村が決めたことに今更 不平を言いに来たのか?」ムッ

ラウラ「…………そうではない」プイッ

箒「今の間は、何だ?」

ラウラ「『そうではない』はないと言った。まずは聞け」

箒「……わかった」

雪村「………………」


ラウラ「それで“アヤカ”、お前は最初に挙げようとしたな?」


――――――“ハジメ”という名を。


箒「え」

雪村「…………それで?」

箒「あ……(雪村がこういう受け答えをする時はたいていそれが真実の場合――――――!)」

箒「だとすれば――――――(え? “ハジメ”? どこかで聞いたような名だが、いったいどこで聞いた?)」

ラウラ「それは肯定ということだな? 明確な否定が無ければ、そう受け取らせてもらおう」

雪村「………………」

ラウラ「……そうか。お前も“ハジメ”という人間には少なからぬ恩義があるというわけか」

箒「え? え?(あれ? でも、これが真実だとするならば、雪村は私よりもその“ハジメ”って人を――――――)」

ラウラ「訊きたい点はそこだ」

雪村「…………!」


ラウラ「どうしてあの場で真っ先に“ハジメ”の名を挙げたのか、だ」


箒「あ」


ラウラ「そう。あの時に求められた答えはISドライバーでなければならない」

ラウラ「私が知っている“ハジメ”は紛れも無く青年男性だったが、もしそれと同一人物であるとするならばどうしてその名が挙がる?」

雪村「………………」

ラウラ「“ハジメ”は私をIS学園に送り届けてくれた時に、自分の代わりに『お前を守って欲しい』と願っていた」

箒「…………そうだったのか(教官と慕っている千冬さん以外にもそう言われていたから、ラウラは雪村に対しては――――――)」

ラウラ「私には、お前と“ハジメ”には最初から何らかの繋がりがあるように思えた。ただの偶然では片付けられないような何かをな」

ラウラ「考えられることは幾つかある」

ラウラ「“ハジメ”という男が生身でIS相手に戦えるだけの類稀な戦闘能力を持っていることだ」

箒「え」

ラウラ「驚くようなことではない。現に織斑教官も十分な装備さえあれば生身でISを圧倒するだけの戦闘能力を発揮されるのだからな」

箒「さ、さすがは姉さんと張り合うことができた御仁だ…………」

ラウラ「しかし、やはりこう考えるといまいち説得力に欠ける」

ラウラ「ISを倒せるのはやはりISでしかなく、素人のお前でもそれがどういう意味なのかをもう十分に理解しているはずだ」

雪村「………………」

ラウラ「よって、生身で強いだけではお前が真っ先に信頼している人物に挙げられるはずがない」

ラウラ「そもそも、“ハジメ”はIS学園にはなかなか来れないからこそ、私にお前を守るように願ったのだからな」

箒「…………」ゴクリ

ラウラ「だが、こう考えることもできる」

ラウラ「生身でISと戦える“ハジメ”とはIS学園で頻繁に会えるようになった――――――、とするならば可能性も見えなくもない」

雪村「………………」アセタラー

ラウラ「しかしながら、これも説得力に欠ける話だ。まだ足りない」

箒「な、なぜ? “ハジメ”という人物は千冬さんと同等の戦闘力を持つのだろう?」

箒「私は会ったことはないが、凄い人なのだろう…………?(――――――待て、本当にそうなのか? 私の場合は?)」

ラウラ「もう結論を言ってしまっていいだろう。今までの前提からして間違ったものだからな。これ以上は時間の無駄だ」

雪村「…………!」


ラウラ「“ハジメ”もお前と同じ“ISを扱える男性”なのだろう?」


箒「なんだと!?」

雪村「………………だとしたら?」アセタラー

箒「雪村……?(ちょっと待ってくれ。その受け答えの仕方は――――――)」

ラウラ「相変わらず、わかりやすい反応だな」フッ


箒「ちょっと待って欲しい! 何を根拠に――――――」

ラウラ「根拠だと? “朱華雪村”という存在自体がその根拠だろうに」

箒「え」

ラウラ「“世界で唯一ISを扱える男性”――――――いや、今では2人も居るようだが?」

箒「あ、ああ――――――!?」

ラウラ「そういうことだ」

ラウラ「そして、おそらく“ハジメ”の正体は――――――、」


――――――2年前に日本に現れたとされる“世界で唯一ISを扱える男性”なのだろう。


箒「え? ――――――『2年前に日本に現れた』?」

雪村「………………そうなんだ」

ラウラ「さすがにそこまでのことはお前でもわからないか」

ラウラ「当然だな。今では単なるデマや都市伝説の類として扱われているものだが、当時の世界を震撼させた大発見だったのだからな」

ラウラ「その真偽を確かめるべく、世界中の諜報機関や犯罪組織が総力を上げて日本に続々と潜入調査をしたぐらいだ」

箒「そんなことが…………(私は6年間はずっと重要人物保護プログラムを受けていたからそんなことは全然――――――)」

ラウラ「そして、その動きを察知して日本政府は奪取されないためにあらゆる手段を講じてその存在を隠蔽したのだ」

ラウラ「だから、“ハジメ”の素性を知らないこと自体には何の矛盾はない」

箒「ん? 待て、それが真実ならどうしてお前はそれを知っている? 事実だと受け止めている?」

雪村「………………」

ラウラ「フッ、我がドイツ軍の情報部の情報網を甘く見ないでもらいたい」ドヤァ

ラウラ「第2回『モンド・グロッソ』で織斑教官の身に何があったのかさえも知り尽くしているのだからな、我々は」

箒「な、なに!? 千冬さんが現役引退を余儀なくされたというあの謎の棄権の真相を知っているというのか?!」

ラウラ「そうだ。しかし、これは口外禁止だ。これ以上は言うつもりはない」

箒「…………そうか」

ラウラ「どうだ? 会っているのだろう、今も。――――――“ハジメ”と」

箒「…………!」ゴクリ

雪村「………………」


雪村「答えられません」


箒「雪村!? この状況で『できない』っていうのは――――――」

ラウラ「フッ、やはりな」ドヤァ

箒「ラウラ……(凄いやつだ。私ではここまでの真実に辿り着くなんてことは到底――――――)」

箒「(だが、だとするならば! 私はいったいどこで“ハジメ”という名を聞いたのだ!?)」

箒「(たぶん、私はその“ハジメ”って人に会っている! 雪村は何も言わなかったけれど確実に会っているんだ! 思い出せ、思い出すんだ……!)」

雪村「………………」


雪村「今度はこっちが訊いていいかな?」

ラウラ「何だ?」


雪村「好きなんですか、“ハジメ”さんのことが?」


箒「あ」

ラウラ「………………何だと?」

雪村「ですから、好きなんですか? ――――――“ハジメ”さんのこと。そうなんですよね?」

ラウラ「な、なななな何を言い出すのだ、貴様は!?」カア

箒「ああ……、確かに」ナルホド

ラウラ「き、貴様も言うか!?」

箒「さっきから話を聞いてると、“ハジメ”って人に会いたい一心で雪村に聞き込みをしているようにしか思えなかったし」

雪村「……」ウンウン

箒「それで、一番に決め手は――――――、」


――――――『自分の代わりに雪村を守って欲しい』って願いをラウラが聞き入れているところが、特にな。


ラウラ「ば、馬鹿なことを! この私が、こここここ恋をしているとでも言うのかぁ?! ななな軟弱な……!」ドクンドクン

箒「大丈夫だ、ラウラ。私にも覚えのある感情だ」ポン

箒「私も9つ上の相手を慕っているし、年頃の女子にはよくあることだ。恥じることはないぞ」ニコニコ ――――――まるで母親のような慈愛に満ちた笑顔!


ラウラ「な、何だその笑みは!?」ドキッ

ラウラ「わ、わわわ私は高潔なドイツ軍人だ! ドイツ軍人はうろたえない! うろたえないのだ!」アワワワ・・・

箒「だって、ラウラは私と同じように自分が認めた相手にしか心を開けないタイプの人間だろうし――――――、」

箒「しかも、“ハジメ”って人を ラウラの中では唯一 慕っている千冬さんと同格と見なしているようでもあった」

箒「そして 推測するに、おそらく一度しか会っていないだろう相手の願い事を聞き入れて叶えているだなんて、生半可なことじゃないぞ?」

ラウラ「そ、そうなのか?」ドキドキ

ラウラ「こ、これが『恋』――――――私は恋をしていると言うのか? 初対面の黒服に?」ドキドキ

箒「よしよし、ラウラ。聴かせてごらん。“ハジメ”って人はどんな人だったんだい?」ニコニコ

ラウラ「え、えと……、そ、それはだなぁ――――――」モジモジ

雪村「………………」アセダラダラ

雪村「……………………」ソロリソロリ・・・

箒「おい、雪村!」

雪村「!?」ビクッ

箒「お前、“ハジメ”って人と会ってるんだろう? ラウラの力になってやれ。お前のことを鍛えてやっているんだぞ」

雪村「いぃ!?」アセダラダラ


雪村「それはダメ!」アセアセ


箒「なぜだ!」

雪村「…………答えられません」

ラウラ「……そうか、それは残念だ。――――――また会いたいな」ドヨーン

雪村「あ、ああ……!?」ドキッ

箒「雪村!」

雪村「…………うぅ!」ブンブンブン (必死に首を忙しなく横に振り続ける!)


雪村「は、“ハジメ”さん…………」ガクブル




―――――― 一方、その頃


ジュージュー!

一夏「その肉 もらったあああああああ!」パシッ

弾「あ! それは俺が焼いてたやつ――――――!」

友矩「野菜もちゃんと食べるんだよ」

一夏「わかってるわかってる!」ハフハフ・・・

一夏「…………!」

弾「どうした? 喉でもつまらせたか?」

一夏「ビャックッショイ!」バッ

弾「うぇ…………」

一夏「…………!」ゴホゴホ

友矩「落ち着いて食べなさい。むせてるじゃないか」

一夏「いや……、むせたわけじゃない。急にくしゃみが…………」ゴホゴホ

弾「またどこかの誰かが一夏のことを噂にしたんじゃないの?」

友矩「一夏の人脈は凄いからね。特に“童帝”としては――――――」

一夏「……そうかも」

弾「有名人は辛いなぁ……」

一夏「…………フゥ」

弾「あ、そんじゃこの肉 貰いっと」ヒョイ

一夏「あ! 弾!?」

弾「お返しだっての!」

友矩「こら! ちゃんと取り分は分けてあるんだから喧嘩しない!」

ジュージュー!



――――――同時刻、某所


シャル「これは?」

「このバイアルを“アヤカ”に使え」

シャル「何ですか、これは?」

「お前が知る必要はない」

シャル「………………」

「お前は同じ“男子”であるという優位性を与えられておきながら、“アヤカ”から信頼を得ることは遂に叶わなかった」

「これ以上は待つだけ無駄だと判断した」

シャル「それは! “男子”への風当たりが強かったせいで――――――」

「言い訳は無用だ。そもそも当初の計画では“男子”を登場させる必要性などなかったのだ」

「それをデュノアの愚か者の世迷言に乗せられたばかりに、無駄に計画遂行をより困難な状況へと導いたのだ」

「これが最後のチャンスだ。家を思い、実の親を思う気持ちがあるのであれば、やるべきことを果たせ」

「そうすれば故郷に帰れる。“ISを扱える男性”などという妄想の後始末はこちらでする。晴れて自由の身となるわけだ」

「そしてその後だが、高いIS適正を活かして今後も我々の許でテストパイロットをしながら慎ましく暮らしていけばいい」

シャル「…………そうですか」

「これを速やかに“アヤカ”に使うのだ」

シャル「……わかりました」


シャル「(ごめん、箒。やっぱり僕には勇気の一歩を踏み出すだけの力なんて無かったよ…………)」グスン




――――――学年別トーナメントまで残り7日を切った頃、


ラウラ「………………」スタスタ

ガヤガヤ、ワイワイ、ワーワー

「ねえ聞いた? 結局“彼”、デュノアくんと組まずに“篠ノ之博士の妹”と組んだんだって」

「ええ!? あんな子と!? “篠ノ之博士の妹”であることを鼻にかけてるような嫌味な子と?」

「“男”同士って画になるのに――――――、わかってない連中ばかりよね、1組は」

「別にいいじゃない。あんな根暗な男子のどこがいいっていうのよ?」

「そうそう。しかも、『専用機を黄金色に塗り替えた』って言うじゃない。ああ見えて自己主張の強い性格だったのよ」

「うっわ…………」

「ある意味、計画通りだったんじゃないの?」

「どういうこと?」

「暴走事故を引き起こして訓練機を自分のものにしようとしたってことよ」

「そっか! 学園としても『貴重なISを凍結させるよりは――――――』ってことね」

「そう考えたほうが辻褄が合うわね」

「“呪いの13号機”の噂を巧妙に利用した計画的犯行ってところね」

ガヤガヤ、ワイワイ、ワーワー

ラウラ「…………不快だな」

ラウラ「客観的事実に基づかない憶測から論を展開していくだけの無責任なだけの言葉など…………」ギリッ

ラウラ「第2回『モンド・グロッソ』決勝戦――――――、織斑教官がどんな思いで試合放棄をしたのかを知りもしないで!」

ラウラ「そもそも、こいつらの論は原因と結果が逆転している。事実と異なる誤ったものだ」

ラウラ「“呪いの13号機”の噂など、暴走事故が起きてから盛んに言われるようになったものだと調べはついている」

ラウラ「結局は、己の賢しさを顕示するためにそれらしいことを取り繕って言っているだけに過ぎない」

ラウラ「そこには、真実を追い求める誠の精神などありはしない」

ラウラ「ただ単に、事件に託けて日頃の不平不満を誹謗中傷に変えて発散させ、自己顕示欲を満たしたいがために関心を寄せていただけに過ぎない」


ラウラ「…………私も教官にお会いするまではそんな最低な人間だったからな」









「――――――今ではそのことがよく理解できます、織斑教官」

「“アヤカ”というよくもまあ不出来な教え子を授けていただいたことで、私は新兵を鍛えあげるために初めて他の人間について考えられるようになりました」

「しかし、思えば私も適正強化手術に失敗してISを動かすことが叶わなかったものです。今でこそ教官の教育の賜物で部隊最強ではありますが…………」

「ええ。PICコントロールがうまくいかずに未だにマニュアル歩行でしか移動ができないような“アヤカ”のことを実は笑えないのです、私は」

「本当に、“アヤカ”はあの頃の私にそっくりです」

「ですが、私と“アヤカ”の関係が昔の教官と私の関係と同じであるのならば、」

「――――――これから先の“アヤカ”の成長が楽しみでなりません」

「“篠ノ之博士の妹”篠ノ之 箒が何故 あそこまで無知で無力で無気力な男に尽くしていたのか、何を感じていたのか――――――、」

「今の私にはよく理解できます、教官」

「そう思った時、私は初めて私が率いている部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』のことを省みることができたのです」

「私の副官が日頃からどんなふうに隊員一同に気を配っていたのかを訊ねて、ただ強いだけの自分を恥じ入りました」

「そして、『私にはもっとやるべきことやできることがあるのではないか』という探究心が芽生え、今までになかった意欲が湧いてきたように思えます」

「まだまだ、私には教官の強さの真髄というものがはっきりとは見えませんが、」

「今回の“アヤカ”の教育でたくさんのことが得られ、少しでも教官の真の強さに近づけたのではないかと思っております」

「素敵な出会いをありがとうございました」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――織斑教官へ、ラウラ・ボーデヴィッヒ



――――――時は移り、学年別トーナメントまで残りわずかとなろうとしていた頃

――――――放課後


箒「今日も見事だったぞ、雪村! まさに阿吽の呼吸だったぞ!」

箒「今の私とお前なら負ける気がしないな。――――――専用機以外なら」

雪村「はい」

谷本「とほほほ……、やっぱり“アヤカ”くんも篠ノ之さんも半端じゃなく強い…………」

相川「そして、さすがは“親子”なだけあって、息もバッチリだったしね……」

鷹月「うん。専用機とさえ当たらなければ向かうところ敵無しって感じだったよね」

本音「すごかったー!」

ラウラ「うむ。相変わらずマニュアル歩行しかできない点が足を引っ張っているが、格闘戦では負け無しだな」

雪村「ありがとうございます」

箒「しかし、どうして雪村はPICコントロールがここまで極端に下手なのだろうな? IS適正は私よりも遥かに高いというのに……」

ラウラ「IS適正などいいかげんな指標だ。訓練次第で引き上げることも引き下げることもできるぐらいだからな」

箒「そうなのか」

ラウラ「現に私は、適正:CからAに上がっているのだからな」

雪村「へえ」

箒「想像できないな……」

ラウラ「そ、想像などしなくていい……」プイッ

箒「わかっている、ラウラ」

ラウラ「う、うむ。助かる……」

雪村「………………」


「……………………フフッ」


鷹月「何だかボーデヴィッヒさん、すっかり篠ノ之さんとも仲良くなった感じだよね」

相川「やっぱり、“子供を成長を願うお母さんと先生の関係”だから通じ合うものがあるのかもよ?」

谷本「ふむふむ。『子は鎹』っていうのもただの都市伝説ってわけでもないねぇ」

本音「やっぱりシノノンは“お母さん”だー!」


ラウラ「ところでだ」

箒「何だ?」

雪村「………………」

ラウラ「シャルル・デュノアはどうした? 最近 一緒じゃないようだが」

箒「ああ…………」

雪村「………………」

箒「最近 付き合いが悪い感じだったよな、雪村?」

雪村「うん」

鷹月「言われてみれば、そうだよね? デュノアくん、どうしちゃったんだろう、最近……」

谷本「まあ、デュノアくんは競争率が高過ぎるし、優しい性格だから誰と組むかで相当悩んでるんじゃないのかな?」

相川「でも、今年からタッグマッチに変更ということで学園側が参加申し込みの期限を延長してくれたけど、間に合うのかな?」

ラウラ「やつは秘密特訓でもしているのか?」

箒「わからないな。タッグマッチのパートナーはそもそも決まったのだろうか? 心配だな(――――――あいつも不器用なやつだから)」



ラウラ「私は誰と組んでも構わないがな」

雪村「そう」

箒「おいおい、ラウラ――――――」

ラウラ「『組まない場合は抽選で決められる』――――――ということは、ダイヤモンドの原石とめぐりあう可能性があるというわけだ」

一同「!?」

雪村「………………」

本音「お~! 何だか詩的な表現!」

谷本「な、何かますます、初めて会った時どんな人だったか、思い出せなくなってきたんだけど…………」

鷹月「そっか。考えようによっては自分と接点のない人と組む新鮮味もあるってわけか」

箒「およそラウラのイメージに合わない言葉が飛び出してきたぞ!?」

ラウラ「な、なんだと?! 私は祖国でドイツ軍最強のIS部隊の隊長をしているのだ! どこがおかしい!」

相川「ううん。そういうのって素敵なことだと思うよ、私は」

ラウラ「え」

谷本「うんうん。1年で最強と噂されてるボーデヴィッヒさんがこんなにも暖かい心を持った人だっていうことがものすごく――――――、ね?」

鷹月「何だかんだで、一般生徒の私たちにもちゃんと指導してくれてるから、――――――嬉しいよ」

ラウラ「………………」

ラウラ「フッ」キリッ

本音「あれ~、今のって織斑先生の真似~?」

谷本「あ!」

ラウラ「む?」

箒「そういえば、誰かに似ていると思っていたら――――――」

相川「確かに!」

谷本「そう思うと、アレだよね? アレ!」

鷹月「うん。そっか。だから、どこか背伸びしている感じがちょっと…………、ね?」クスッ

相川「なぁんだ、ボーデヴィッヒさんもそういう年頃なんだね~」ニコニコ

本音「中二病患者なのだ~!」

一同「…………」ニコニコ

ラウラ「な、何なのだ、この微妙な空気は…………?」←生まれながらの軍人なので世事に疎い

箒「…………『中二病』?」←6年間 まともな人生を送ってこなかったので世事に疎い

雪村「………………?」←論外なので世事に疎い



シャル「………………箒、“アヤカ”ぁ」グスン




――――――その夜


雪村「……」

雪村「…………」

雪村「………………」

雪村「……………………」


コンコン!

――――――
シャル「ぼ、僕だけど……、今、大丈夫かな?」
――――――

雪村「どうぞ」

ガチャ

シャル「や、やあ……」

雪村「そろそろ来る頃だと思っていた」

シャル「へ」

雪村「ようやく僕と同じ感じになってきたね」ニヤリ

シャル「な、何のことかな? 何を言ってるのかわからない――――――」

雪村「日に日に容態が悪くなり、行動する気力が減退し、人相もずいぶんと変わった」

シャル「そ、そうかな……?」

雪村「まあ、僕のことをどうこうしようっていう密命を帯びてやってきた男装スパイならこうもなっちゃうよね?」


雪村「ごめんね。僕が“世界で唯一ISを扱える男性”でさ」


シャル「………………!」

シャル「やっぱり――――――いや、本当はどこまで知っているんだい、“アヤカ”くんは?」


雪村「初めてじゃないから。あなたみたいな人は」


シャル「『あなたみたいな人』…………(そうか。だから、最初から僕のことを――――――)」

シャル「そうなんだ……(おかしいよね? 本当ならば僕に“アヤカ”がすがるようになるはずだったのに、逆に僕がそうなるなんて…………)」

シャル「それじゃやっぱり、“2年前に現れた幻の男性ドライバー”っていうのは――――――」


雪村「それについては答えられない」


シャル「………………うぅ」

シャル「(どうしよう? 会話が全然続かないよ! これって“アヤカ”が僕のことを拒絶しているからなのかな……?)」

シャル「(だって、クラスのみんなや箒は当然として、あのラウラ・ボーデヴィッヒにさえ――――――)」

シャル「(それとも、僕が会話を続けやすくする努力を怠っているからなのかな…………)」

シャル「(た、助けて……、お、お母さん…………、僕はどうしてこんなところに居るんだろう…………)」グスン


シャル「う、うぅ…………」ヒッグ・・・

雪村「………………」スッ(ハンカチを差し出す)

シャル「あ、ありがとう…………あ」グイッ

雪村「………………」 (シャルルの手を引いてベッドに腰掛けさせる)

シャル「ご、ごめんねぇ……、最初から最後までずっと迷惑ばかりで…………」

雪村「………………」ガチャ、バタン

雪村「どうぞ。アールグレイ」

シャル「ありがとう……」

シャル「はあ…………(ああ……、この柑橘の広がる爽やかな風味がいいよねぇ…………)」ゴクゴク

シャル「そういえば、いつもアールグレイだよね? 何かこだわりでもあるのかな?」


雪村「わからない。どうしてアールグレイなのか」


シャル「え」

雪村「記憶が曖昧なんだ。どうしてアールグレイを愛飲しているのかすら憶えていない」

雪村「アールグレイの芳香のリラックス効果を期待して飲まされるようになったのか、単純に気に入ったから飲み続けるようになったのか――――――、」

雪村「何もわからない。何もわからないんだ……」

雪村「シャルルは親の顔を憶えているかい?」

シャル「え!? う、うん……!(忘れてないよ、僕のお母さん…………)」

雪村「――――――それは良かったね」

雪村「僕は両親がどんな人だったのかさえ憶えてないんだ。両親がいたのかさえわからない……」

雪村「ただ漠然と『家族はみんな死んだ』としか聞かされていない……」

シャル「そ、そんな!? そんなことって――――――!?」

雪村「僕は誰なんだ? “朱華雪村”である以前の僕は誰なんだ……?」

雪村「けど、過去はもう振り返りたくない!」

シャル「え」

雪村「はっきりとは憶えていないけれど、思い出そうとするだけで心が凍りつくような感覚に襲われて――――――、」ブルブル

シャル「?!」


雪村「憎くなるんだよねぇ、シャルルみたいな存在が!」ゴゴゴゴゴ


シャル「ひっ」ビクッ

雪村「あ」

雪村「…………ごめんなさい」シュン

シャル「う、ううん……(い、今の眼って、本当に人間の眼だったの?! 思わず心臓が止まりそうになったよ……)」ガタガタ


雪村「――――――ダメなんだ」

シャル「えと、何が?」ドクンドクン


雪村「同じ“男子”ならば、僕と同じかそれ以上の苦しみを味わい尽くしてボロ雑巾のようになってないのが妬ましくて――――――」ゴゴゴゴゴ


シャル「あ、ああ…………」ガタガタ

雪村「だからだよ。僕は待っていたんだ」


――――――自分が自分じゃなくなる前に幕引きをお願いしにね。


雪村「そのための準備もしてあるんでしょう?」

シャル「へ? へ?(――――――『自分が自分じゃなくなる前に』? それって“アヤカ”のことでいいんだよねぇ?)」

シャル「えと、何のこと……?(あれ? でも、どうにもニュアンスが違うような気が――――――)」

雪村「やっぱり僕は『存在自体が冒涜的』なんだ。居るだけで他人を不幸にする――――――」

雪村「もう嫌だ。自分というのが嫌になる本当に…………」

シャル「そ、そんなことないよ……! それは周りの人が勝手に――――――」

雪村「世間っていうのは鏡なんだよ」

シャル「――――――『鏡』?」

雪村「シャルル・デュノアもよく人の目に気にして生きているよね」

雪村「それは自分の行いが自分に返ってくることを理解しているから――――――、自分が周囲に対して『こう思われたい』からそうやって生きている」

雪村「結局、自分の評価や存在価値など他人から与えられるもの――――――世間が与えるものじゃないか」

雪村「その世間の前で身の振り方を決めるところなんて、鏡の前で今日一日の身形を気にする人間の姿そのものじゃないか」

シャル「………………」

雪村「どうして僕が“ISを扱える男性”になってしまったのか――――――、」

雪村「“ISを扱える男性”というものがどういうものなのか――――――、」

雪村「誰も知らないし、知ろうともしてくれない。そのくせ、罵声や妬み嫉みだけが返ってくるんだ」

雪村「だから、わかった」


――――――僕には存在する価値なんてないんだって。存在しちゃいけない存在なんだって。


シャル「そんなこと……!」グスン


シャル「それを言ったら、僕だって――――――いや僕の方こそ存在しちゃいけない存在なんだよ…………」ポタポタ・・・

雪村「嘘だ」

シャル「え」

雪村「帰る場所があるじゃないか。僕と違って」ハア


――――――僕と違って。――――――僕と違って。――――――僕と違って。


シャル「あ、あ、ああ…………」ポタポタ・・・

シャル「うわああああああああああああああああああああ!」ダダダッ!


ガチャ、バタン!


雪村「あ」

雪村「………………」


雪村「殺してくれるんじゃなかったの?」


雪村「…………不幸だ」

雪村「どうして誰も殺してくれないんだ? 周りの人ばかり苦しんで、僕も苦しんで――――――」

雪村「僕のせいで苦しんでいるのか――――――、自分から苦しんでいるのか――――――、あれ? 何だかもうわからない」

雪村「ふは、ふはは、ははははははは…………!」

雪村「どうせ“朱華雪村”としての僕はここにいる間だけの存在…………」

雪村「何も残らず、これからもずっと虚無の人生を送り続けるのであれば――――――」




――――――翌日

――――――1年1組


雪村「………………」(相変わらず死んだように動かない)

箒「さて、学年別トーナメントまでもう間もないな。序盤に専用機持ちと当たらなければベスト8は固い!」

セシリア「…………箒さんと組めませんでしたから、私が見た中で筋が良さそうな方をパートナーに選びましたけれど、どうなることでしょう?」

ラウラ「…………む?」キョロキョロ


山田「おはようございます。みなさん、朝のホームルームを始めますよー」


一同「ハーイ!」

箒「珍しい……」

セシリア「織斑先生が出席を採るのではないのですね……(学年別トーナメントが間近ですからその関係でしょうか?)」

ラウラ「山田先生、シャルル・デュノアがまだ来ていません」

一同「!」

雪村「………………」

山田「あら、本当です! 誰かデュノアくんについて知りませんか? 風邪を引いたとか、大会前に祖国からお呼び出しがあったとか――――――」

一同「…………」

本音「でゅっちー、どうしたんだろうー」

谷本「でも、前々から何だか付き合いが悪くなった感じはしていたし…………」

箒「………………シャルル?」

ザワ・・・ザワ・・・

セシリア「先生、シャルルさんが心配ですわ。ここはクラス代表の私が様子を見に――――――あ」

一同「?!」


雪村「僕が見てきます」スクッ


一同「キャー、ウゴイター!」

箒「だーかーらー!」

箒「だ、だが……、確かに急にどうしたんだ、雪村?」

雪村「“男”の僕が見に行ったほうがいいと思っただけです」

箒「ああ……、そっか。それもそうだな」

セシリア「そ、そうですわね。“アヤカ”さん、お願い致しますわ」

山田「よろしくお願いします、“アヤカ”くん。織斑先生は今 手が離せないので」

雪村「はい」






――――――寮


雪村「…………プライベートチャネルでも応答しないか」

雪村「む」


ザワ・・・ザワ・・・


「いったいどこへ――――――」
アマ
「逃げやがったぞ、あの女ぁ!」

「あ」


雪村「………………」ジー


「み、見られたぞ!」

「しかも、よりにもよってあの野郎に――――――」

「退散するよ! どうせやつには――――――」


タッタッタッタッタ・・・


雪村「なんだ。あいつらも殺してはくれないんだ…………」

雪村「どいつもこいつも『邪魔だ邪魔だ』と汚らしい言葉を吐くだけの臆病者が勢揃いだな」

雪村「『不審者3人、シャルル・デュノアの部屋に侵入していた』――――――、っと」ピッ

雪村「さて――――――、」ガチャ






雪村「………………」

雪村「(わかっていた。昨日、僕を殺せなかったあの子に残された道なんて――――――)」

雪村「む」

ゴロゴロ・・・、ポツポツ・・・、ザーザー・・・

雪村「今日は一日 激しい雨になりそう……(…………ズブ濡れになって帰ってきそうだな)」

雪村「――――――別にいいじゃないか」

雪村「『自分』がなくなれば後はどんなふうにも生きていける。耐えられないのなら壊れてしまえばいい、僕のように」ググ・・・

雪村「そう、ただ生きてさえいれば…………」



ザーザー、ザーザー、ザーザー


シャル「あ。――――――雨」

シャル「………………」

シャル「どうでもいいや、そんなこと……」トボトボ・・・


――――――どうせ僕には帰る場所なんてないんだし。


シャル「そうだよ、逆に考えるんだ。汚らしい僕にふさわしく『濡れちゃってもいいんだ』って」

シャル「結局 僕は、“アヤカ”に見透かされていたんだよね。――――――上辺だけ取り繕った醜い僕の本性を」

シャル「敵わないな……、僕なんかよりもずっと不幸な境遇の人と出会ってきたのに、どうして僕は――――――」


箒『私にとってIS〈インフィニット・ストラトス〉が全てではない』


シャル「本当に凄いな、箒は…………僕は全然ダメだよ」

シャル「………………ハア」

シャル「(僕、これからどこへ行けば――――――ううん。そんなこと考えたってしかたないよね)」

シャル「(大好きだったお母さんが死んじゃってからは、僕の人生は急転直下だったんだから。きっと地獄の底まで落ち続けるんだろうね……)」

シャル「(きっとそうなんだよ、うん。雨も冷たいし、風も冷たい――――――)」

シャル「(けど、それ以上に雨曝しの女の子に誰も見向きもしない世間の冷たさが一番に凍みるよ)」

シャル「(そうか。これが“アヤカ”や箒がISに関わったばかりに味わってきた寂しさや冷たさなんだ…………)」

シャル「(僕も父親がフランス最大のIS企業の社長じゃなければ、もう少しは――――――言っててもしかたないよね)」

シャル「(そうだよ、箒の言うとおりだった。僕が間違っていたんだ)」


――――――『白馬の王子様』なんてお伽話の中だけの存在だよ。


シャル「(そんなことはわかっていたんだ。待っているだけじゃ何も――――――)」

シャル「(でも、もう僕は――――――)」

シャル「………………」トボトボ・・・

シャル「………………寒い」ブルブル

シャル「………………」ハアハア

男性「おーい」

シャル「?」


――――――え?


男性「何やってんだよ。ズブ濡れじゃないか。見てらんないよ」パシッ

シャル「あ」


タッタッタッタッタ・・・・・・バチャバチャ・・・・・・



―――――― 一方、学園では


ザーザー、ザーザー、ザーザー

山田「では、切りもいいところなので今日はここまでですね」

山田「それでは、大会前なので訓練に身を入れるのはいいですけど、しっかりと休息もとってくださいね…………」

一同「ハーイ!」

ガヤガヤ、ザワザワ、ワイワイ・・・

雪村「………………」

谷本「しっかし、デュノアくんが大会前に調子を崩しちゃったのね……」

鷹月「やっぱり、誰と組むかで疲れちゃったんだろうね」

箒「うむ。大事を取って特別病棟に搬送されたらしいな。本番までに快復すればいいのだが」

箒「そうなんだろう、雪村?」

雪村「はい。特別病棟なら静かで面会謝絶できますから」

相川「そうだね。お見舞いには……、いかないほうがいいかもね」

本音「でゅっちー、大丈夫かなー」

セシリア「心配ですわ(――――――モテすぎるというのも酷な悩みですわね)」

ラウラ「………………」ジー

箒「どうした、ラウラ?」

ラウラ「“アヤカ”、お前は――――――」

キンコーンカンコーン!

雪村「………………」スタスタ・・・

ラウラ「あ」

ラウラ「………………!」スタスタ・・・






ラウラ「嘘なのだろう? シャルル・デュノアが体調を崩していたなどと……」

雪村「…………だから何?」

ラウラ「本当のところはどうだったのだ? 山田先生も隠し事が下手なようで動揺を隠せずにいたぞ」

雪村「………………」

雪村「………………」キョロキョロ

ラウラ「!」

ラウラ「………………」サッサッサササ・・・

ラウラ「……うん」

ラウラ「安心しろ。誰にも聴かれていないし、見られている気配もない」


雪村「僕が見に行ったら、不審者3人が部屋を荒らしていた。シャルル・デュノアはその前にどこかへ逃げていた」


ラウラ「…………!」

雪村「………………」

ラウラ「そうか。情報 感謝するぞ(私に話したということは山田先生、そして織斑教官にも――――――)」

ラウラ「当然だが、通報はしているんだろうな?」

雪村「見たこと全てをありのままに」

ラウラ「わかった。だいたい把握した。お前も気をつけろ(『学園内部に侵入して未だに捕まらない』ということは、これは――――――)」ピピッ

ラウラ「そして、私はお前の教官だ。欧州最強の最強の『シュヴァルツェア・レーゲン』の専属だ」

ラウラ「何かあれば必ず喚べ。わかったな?」

雪村「わかりました」

ラウラ「よし」

ラウラ「(教官、ハジメ。私は必ず“アヤカ”を守り通して見せましょう! たとえそれが学園を敵に回してでも!)」


―――

――――――

―――――――――

――――――――――――



雪村「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」ダッダッダッダッダ!

箒「雪村ああああああああああ!」


ガコン、バーーン!


3年生A「!?」ピィピィピィ

3年生B「なに!?」

3年生C「ぐおおおおおおおおおおおおお!?」チュドーン!

雪村「…………!」

箒「今のは――――――!」パァ


ラウラ「遅れてすまなかった」


箒「ラウラ!」

3年生A「――――――ドイツの第3世代型!」

3年生B「また、あいつ? ちょっと暴れ過ぎなんじゃないの、内外で!」

3年生C「くっそ~! いくら私でもAICの相手はできないよ!」

ラウラ「いつまで寝ている、馬鹿者! 手加減はそこまでにしてやれ」

3年生C「は? ――――――『手加減』?」

3年生A「…………?」チラッ

雪村「………………」

3年生A「…………こいつ、まだ眼が死んでない!(それに息も――――――)」


ラウラ「どうする? このまま引くか、不正使用した機体を破壊しつくされて始末書だけじゃすまされないところまで行くか――――――、」

ラウラ「好きな方を選べ」ニヤリ

3年生B「3対2ね。これはさすがにマズイわね…………」


3年生B「けどね! 私たちにも引けない理由ってあるのよ! もう引けるわけないじゃない!」


3年生A「…………それもそうだ」

ラウラ「……愚かな」

箒「これは…………」

ラウラ「下がっていろ、篠ノ之 箒。邪魔だ」

雪村「………………」ジー

箒「くっ」タッタッタッタ・・・

箒「(せめて盾になれれば良いと思ったが、今度は私が足手まといになるのか……)」

ラウラ「(篠ノ之 箒――――――、さすがは“アヤカの母親”なだけはある。身を挺して時間を稼いでくれるとはな。その覚悟を無駄にはさせない!)」

3年生B「今よ!」

3年生C「うりゃああああああああああああああああ!」ヒュウウウウウウウウウウウン!

箒「なっ?!」

3年生C「捕まえた!」ガシッ

ラウラ「ちぃ!」

箒「は、放せっ!(なんてことだ! 本当に私は――――――!)」

3年生C「これで形勢逆転だよ?」(地上10m)

3年生C「どうする? 好きな方を選べよ?」ニヤリ


3年生C「もちろん、こいつを見殺しにして掛かってくるか、私たちの代わりにそいつの機体をぶっ壊すかだよ!」


ラウラ「……ええい(歩調の合わない味方など全体の連帯行動においては重荷でしかならないわけか!)」

箒「す、すまない、二人共……(私にも専用機があれば…………! 想いだけじゃ何も――――――!)」

雪村「………………」(地上)

雪村「――――――解除」(IS解除)

雪村「――――――!」ダダダダダ・・・・・・!

一同「!?」

ラウラ「“アヤカ”!?」


3年生A「解除しただと? 確かにそうすればISの方は守られるけど――――――」

3年生B「生身で何をしようって言うの?」

3年生A「気をつけろ! 何かする気だ!」

3年生C「はあ? 確かに私の方に向かってはいるけど、地上10mまで上がれば――――――」(地上10m)

3年生C「は」

箒「――――――雪村?」


雪村「やあ」(懇親の『打鉄』部分展開の右ストレート!)


3年生C「え」

箒「ぬぅ(――――――危なっ!)」クイッ

3年生C「ぬぁっ?!」ボガーン!

箒 「……雪村!」ギュッ
雪村「………………」ギュッ

3年生C「ふざけやがって――――――あ、あら? 落ちる? 落ちてる? この私がああああああああああああ?!」ヒューーーーーーーーーーーーーーーン!

雪村「………………」ヒューーーーーーーーーーーーーーーン!
箒 「雪村、私たちも落ちてる――――――!」


ヒューーーーーーーーーーーーーーーン! ドッゴーン!


優勢・不利・膠着――――――状況は常に時と共に移り変わっていくもの。

多勢に無勢の“アヤカ”を救ってくれたのは、“彼の教官”となったラウラ・ボーデヴィッヒの『シュヴァルツェア・レーゲン』であった。

その性能は第3世代型ISの中でも現行最強クラスのウルトラハイスペック機として名高く、その参戦によって戦力差は一気に逆転するのであった。

しかし、戦いというのは純粋な戦闘力だけで勝敗が決まるわけでもなく、それ以外に持てる全てによって結果が左右されるものでもある。

“アヤカ”のために身を挺して駆けつけた非戦闘員を人質に取るというもはやなりふり構わない戦法を取られて、

『こちらが退却をすればよかった』と唇を噛み締めるラウラと、それで勝ち誇る下衆を尻目に、

何を考えているのかまったくわからない“世界で唯一ISを扱える男性”こと朱華雪村“アヤカ”が動いたのである。


――――――なんと、“アヤカ”は機体を解除して地上10mのところまで浮いて箒を人質にしているCに向けて駈け出したのだ。



それには誰もが驚いた――――――というより、普通に考えてそこから何かができるように思えなかったので誰もが呆れたのである。

だが、さすがに二度も反撃を受けて懲りたのかそのまま真上に更に上昇して、人間では到底届かない高度までいって高みの見物をしようとする。

ところが、地上5mの時点で届くはずがないのでふざけてのろのろと上昇していると(拘束している人質を配慮した結果でもあるが)、

なんとそれよりも早くに生身の人間であるはずの朱華雪村“アヤカ”が目の前にすでにいたのである! しかも跳び越す勢いで!

ISを展開した痕跡どころか周囲の人間にも何があったのか理解するよりも早くに垂直に秒速10m以上の速さで跳び上がったとした考えられなかった。

言っている意味がわからないと思うが――――――、


要するに真下にいると思った地上の蚤が高度10m近くまで1秒足らずで跳び上がっていたのである。


目の前で起こったあまりにも現実離れした高度10mまで跳び上がる人間に呆気に取られていたが、その次の瞬間には顔面に『打鉄』の鉄拳を食らっていたのである。

これまたあり得ないような衝撃を受けて、頭の中が真っ白になってしまい、思わず人質を放してしまうのであった。

いや、両の腕を掴んで捕えた人質を盾にしていたのに、真正面から殴られるわけが――――――。

しかし、実際には人質の篠ノ之 箒は殴られる瞬間に全力で首を曲げて身体を揺らして鋼鉄のパンチを躱していたのである。

人質になったからといって、できることが完全に失われたわけではなかったのである。

そして、跳び越す勢いで同じベクトルに動く物体に殴打を加えるという成功確率何%未満のわけがわからない神業を食らって、

悪の『打鉄』はそのまま大地へと落ちて、正義の超人は囚われの姫君を空中で抱きとめるのであった。


――――――わずか5秒足らずの出来事であった。


殴られたのが原因なのか、PICコントロールがうまくいかなくなった悪の『打鉄』は先に落ちてしまう。ここまでいい。

しかしながら、生身の人間が地上10m以上から自由落下なんてするだけで無事でいられるはずがなかった!

“アヤカ”は大切な“初めての人”である箒を抱えたまま、跳ぶ勢いを失って重力に引かれていくのである!

実際に両者が落ち始めたのは数瞬の差しかなく、そんなのは単なる誤差の範疇であり、

肉眼ではほぼ同時に落下し始めており、辛うじて一人の人間を抱えた“アヤカ”のほうが後れて落ちているのだけは見える。


そして、痛ましいまでの大地の振動と土煙を上げて正義も悪も等しく地上へ激突するのであった。



3年生A「今 一瞬で何が起きたっていうの!?」

ズバーン!

3年生A「!?」(首筋に光の剣が当てられていた)


千冬?「ここまでだ、ガキ共」


3年生A「あなたは、――――――織斑先生(シールドエネルギーが無くなっている…………)」EMPTY

3年生A「ここまでのようね……」ハア(戦闘続行不能)

3年生B「そんな――――――!」ガタッ

3年生B「!」ビターン!

3年生B「な、何これ…………動けない」

ラウラ「これが『シュヴァルツェア・レーゲン』の第3世代兵器『停止結界』だ」

3年生B「何よこれ……、反則級よ…………」

ラウラ「これで」

ラウラ「だが――――――(“アヤカ”と箒はどうなった――――――!)」


土煙が晴れていき――――――、


一同「!」

ラウラ「…………!」ピィピィピィ

千冬?「無事だったか……」ホッ


3年生C「」

雪村「………………」

箒「た、助かったのか、私は…………?」ドクンドクン


――――――そこには『打鉄』を踏みつけて悠然と立つ黄金色の『打鉄』にお姫様抱っこされた美姫の姿があった。



箒「ハッ」

箒「し、死ぬかと思ったぞ、この雪村あああ!」ボカーン!

雪村「ぐっはぁ!?」

雪村「…………なかなか痛い」ズキズキ

箒「ふ、ふん! これはお前が軟弱だったからいけないのだからな!」フン!


3年生A「完敗ね…………何もかも」

3年生A「でも、――――――“あの子”」

3年生A「かっこいいじゃない(妬けちゃうわね。あそこまで必死に守ってもらえるなんてね……)」

千冬?「手錠など嵌めたくはなかったが」

3年生A「あら、ずいぶんと準備がいいのね、先生」ガシャン BIND!

ラウラ「無駄口を叩くな」

3年生B「これで何もかも終わりね…………」ガシャン BIND!

千冬?「そこをどいてくれ、“アヤカ”、箒」

箒「わ、わかりました……(あれ? 何か違和感というかいつもより優しい雰囲気がするっていうか…………)」

雪村「あ」

千冬?「ふん!」ズバーン!

3年生C「」(戦闘続行不能)

3年生C「」ガシャン BIND!

千冬?「…………フゥ」

ラウラ「織斑教官? いつまでISを展開しておられるのですか?」

千冬?「あ。ああ……」ピッ

千冬?「…………………………わかった」ピッ

ラウラ「……織斑教官?(ああ そうか。プライベートチャネルで何かを話されているからなのか)」

千冬?「すまないが、まだアリーナに敵がいるらしい。後のことは頼めるか、ラウラ?」

ラウラ「はっ! おまかせください!」

千冬?「外に出たら、こいつらを警備員に引き渡して寮の談話室で待機していろ。いいな」

千冬?「ラウラ、お前は本当によくやってくれたよ。感謝しているぞ」ナデナデ

ラウラ「あ、ああ……、そ、そんなことはありません……」テレテレ

ラウラ「私など、まだまだ教官には及びませんから」テレテレ

箒「…………ラウラも千冬さんの前だとあんな表情になるんだ」

箒「というか、千冬さんもいつになく優しいと言うか……(まあ こんなことが起きたんだ…………これぐらいは別におかしくないか)」

雪村「………………」ドキドキ

3年生A「はははは、――――――『人は見かけによらない』ってわけだ」BIND!

3年生B「それに今更 気付かされるなんてね…………もう遅い」BIND!




――――――同じ頃、


教員「お、織斑千冬……!」

千冬「どうした? 私を倒せる者はいないのか?」

教員「く、くそぅ――――――う」

教員「」ガクッ

千冬「これで最後か」

「相変わらず、やることがエグいわね」

「内部粛清だったら、私がしてあげるのに」

千冬「すまないな。これは私がやらなければならないことだ」

千冬「この学園はあくまでも『IS適正を持つ者』のためにある教育機関だ。男であることを理由に差別することは校長も認めておられない」

「でも、機体は『私の』を借りるんでしょう?」


――――――『GENERATION-2』を。


千冬「ああ。すでに型落ちしている旧式機だが、性能そのものは第3世代機に引けを取らないのだろう?」

「もっちろん!」

「けど、『G1』ことあなたの『暮桜』は今 どこにあるのかしらね?」

千冬「……すまない」

「ま、好きに戦ってちょうだい。――――――けど、使いこなせるかしらね?」

千冬「私の『暮桜』の後継機ならば、勝手は同じだろう?」

「どうかしら? 第2世代型の雛形として設計された機体だから、『暮桜』にはないいろいろなオプションで操作感覚がまるで違うと思うんだけど」

「一応、国産第2世代機最初の『G2』という意味では、世界シェア第2位の『打鉄』は『この子』の末裔になるんだけれども」

「でも『打鉄』は、本当に『この子』の簡易量産機の末裔だから、操作は簡単だけれども大して強くもないわね」

千冬「御託はいい。『暮桜』の後継機にふさわしい性能があるのならそれ以外は何もいらん」

「そう。相変わらず、『雪片』1つだけで戦う満々ね」

「安心して。ちゃんと容れてあるから。パッケージも“アヤカ”くんのものも含めて用意してあるわ」

千冬「フッ、そうか」

千冬「しかし、まさかお前ほどの人間が派遣されてくるとは思いもしなかったよ」


――――――元祖“ブレードランナー”一条千鶴。



千鶴「ふふっ」

千冬「今では秘密警備隊の副司令か」

千鶴「そういう千冬はIS学園の一教師」

千鶴「そして、『G1』『G2』の系譜を受け継ぐ『G3』をあなたの弟であり、私の後任である織斑一夏――――――」

千冬「――――――弟のこと、よろしく頼む」

千鶴「合点承知」

千冬「では――――――、」

カゼマチ
「お前の専用機:日本第2世代型IS初号機『風待』、借り受けるぞ!」


千鶴「そして――――――、」

カゼマチ
「日本第2世代型ISの原点にして頂点である『風待』、ここに再臨す!」


ドドーン!




――――――その夜

――――――特別病棟

――――――ある3年生の病室


ピッ、ピッ、ピッ、ピッ・・・・・・

3年生α「」

雪村「この人が――――――?」
   ・・
3年生A「ええ。今のあなたの専用機『打金』に乗ってご覧の有り様になった、」


――――――3年1組の日本代表候補生:三浦智花よ。


智花「」

3年生A「とは言っても、代表候補生に選ばれたのは2年生の終わりになってからでね」

3年生A「私と智花はIS学園に入学する前からの友人でね。私がいつも智花を助けていた」

3年生A「入学したばかりの智花はまったくのド素人で、私よりも下手だったわね」

3年生A「ちょうど、今の“アヤカ”くんと同じようにPICコントロールが下手な子だったわ」

3年生A「けれども、3年前の海難事故に巻き込まれた時にとあるヒーローに助けられたことがきっかけで、」

3年生A「入学当初から人一倍 訓練に打ち込んでいって、この春に代表候補生にまでなれたってわけ」

雪村「そうだったんですか」

箒「それは、惜しい人を………………」

ラウラ「………………む?」

3年生A「ええ、まったくだわ。本当に……」

ラウラ「だからといって、法的根拠もなしに“アヤカ”を私刑にしようとはな」ジロッ

3年生A「だからよ。だからこそ、退学処分覚悟で殺るしかなかったのよ」


3年生A「――――――本当に大切な友人だったから」


3年生A「彼女がいったい何をしたっていうの? 誰よりも頑張って代表候補生にこの春になれたばかりだっていうのに…………」

3年生A「人間は感情の生き物なの」

3年生A「この行き場のない怒りを晴らすにはどうしたらよかったのか、私にはわからなかった」

箒「………………『行き場のない怒り』、か」

ラウラ「………………」

雪村「………………」



3年生A「ごめんなさい。本当に……」

3年生A「でも、よく考えてみたら、智花は復讐なんて望まないはずなのよね」

3年生A「妙に記憶に残っているわ」

3年生A「智花は自分を助けてくれたヒーローを真似て、どんなに悔しくても蔑まされても最後には笑っているのよ。屈託のない――――――」

3年生A「そう、智花だったらこの行き場のない怒りをどうにかする方法を実践していたから。それさえ教えてもらっておけば――――――」

雪村「………………」

3年生A「結局、復讐なんていうのは自分がやりたいことをするだけということ――――――、」

3年生A「そこには智花の気持ちなんていうのは入ってないってことが今更になってわかったわ」

3年生A「――――――『時すでに遅し』よね」

3年生A「襲ってから、――――――しかもコテンパンにされてから気づくだなんて馬鹿みたい」

雪村「そうですか」

3年生A「怒らないのね。そういうところも智花に似ている感じがして素敵ね」


雪村「他人がどう思おうと関係ありません。それが自分に返ってきた全てですから」


3年生A「…………そう。そう思うのならその無愛想な態度を止めないとこれからも酷いものが返ってくるわよ?」

雪村「努力します」

3年生A「頑張れ、後輩の男の子」

箒「…………雪村?(さっきの回答――――――、私にはひどく抵抗感を覚えたのだが、雪村に対してそう思ったのは久々だな……)」


ラウラ「1つ訊きたいことがある」

3年生A「あら? 事情聴取なら済んだはずだけれど?」

ラウラ「いや、お前のことではない」

ラウラ「三浦智花とやらが、3年前に遭遇したという海難事故というのは『トワイライト号事件』のことか?」

雪村「………………?」

箒「ラウラ? それに、――――――『トワイライト号事件』?」

3年生A「ごめんなさい。そこまで詳しくは――――――」

ラウラ「3年前の第2回『モンド・グロッソ』決勝戦の日に現地近海で起きたシージャック事件のことだ」

箒「!」

雪村「………………?」

3年生A「第2回『モンド・グロッソ』決勝戦――――――、それって確か織斑先生が決勝戦で突然 姿を眩ませて試合放棄したってやつよね?」

ラウラ「…………その通りだ」

箒「あ…………(ラウラのやつ、訊いたのも忌々しそうにしているな)」

3年生A「あ……、確かに智花が遭遇した海難事件はその頃にあったような気がするわね」

3年生A「そういえば! 3年前に智花が海外クルーズに出かけたって覚えがある! その時のおみやげがもらったし! ちょうどその時期!」

3年生A「まあ、実際にその海外クルーズと『モンド・グロッソ』の時期が重なっていたかは本人に訊かないとわからないけど…………」

ラウラ「…………そうか。十分だ」

雪村「………………?」


ラウラ『第2回『モンド・グロッソ』で織斑教官の身に何があったのかさえも知り尽くしているのだからな、我々は』


箒「…………ラウラ?(まさか、あの時の千冬さんの試合放棄に『トワイライト号事件』とやらが関係していると言うのだろうか?)」

――――――
ガタッ
――――――

ラウラ「!」

ラウラ「誰だ! 扉に張り付いて盗み聞きしているのは!」クルッ

一同「!」

ラウラ「待てっ!(今の時間帯だと照明が落とされていて視界が悪い! ――――――ハイパーセンサー起動!)」シュタ!

スィー、ドン!

ラウラ「くっ」

キョロキョロ! キョロキョロ!

ラウラ「なんて逃げ足の速い――――――!(反応がない! くそ、今の装備では盗聴者の追跡は不可能だ!)」ギリッ

箒「ラウラ!」

ラウラ「…………逃げられたよ。何者かは知らないが今の内容全部を聴かれていたと考えていいだろう」

ラウラ「だが、今の内容を聴いて学園右派の連中に利するものがあっただろうか?」

箒「いや、ただ単に3年の先輩の身の上話を聴いて、ラウラがちょっとした質問をしただけだ」

ラウラ「そのはずなんだが…………」

3年生A「おかしいわね。確かに他の人に智花のことについて話したのは初めてだけれども、」

3年生A「別に隠していたことじゃないから、学園だってその海難事件のことについては知っているはずなんだけど…………」

ラウラ「だろうな」

ラウラ「となると、ただ単にミスを犯してすぐに退散したといったところだろうか?」

ラウラ「(盗聴器の類はこの部屋にはなかったし、盗撮カメラも無かった。この部屋は問題ないはずだとすれば――――――、だ)」

雪村「………………」ハラハラ

スィー、トン!

――――――
一夏「………………フゥ」(特別病棟の窓の外にワイヤーで張り付いている)

一夏「いやぁまいったまいった……」

一夏「まさか、『トワイライト号事件』のことが出てくるとは………………しかもその時に俺が助けたらしい少女がここの生徒になっていたなんて」

一夏「あんまり思い出したくなかったことだけど、やっぱりきっかけはラウラ・ボーデヴィッヒからか……」

一夏「まったく、俺にとって3年前は厄年だぜ」

一夏「『トワイライト号事件』のせいで俺は――――――」

一夏「違う。逆だよ。自業自得なんだ……」


――――――『トワイライト号事件』を引き起こしたのは他でもない俺なんだ。



――――――シャルル・デュノアの病室


シャル「本当にごめんね。明日からは頑張れるからね」ニコッ

箒「そうか。それはよかった……(何だろう? 今まで見たことがなかったような笑顔がそこにあるんだが……)」

ラウラ「…………初戦敗退などしないように精々頑張るのだな」

シャル「うん!」

ラウラ「(やはり、あの二人――――――シロイとアカギという二人にナニカサレタ可能性があるな)」

雪村「………………」

箒「それじゃ――――――、」

ラウラ「む」パシッ

雪村「お」パシッ

シャル「あ」パシッ

箒「明日から学年別トーナメントとなるが、」


――――――優勝目指してファイっトオオオオオー!


雪村「おおおおお!」

シャル「お、おおおお!」ニコッ

ラウラ「…………おお」


千冬「静かにせんか、馬鹿者!」バン!


箒「ひっ、お、織斑先生!?」ドキッ

雪村「こんばんは」

ラウラ「織斑教官、違います! 私は――――――」アセアセ

千冬「……もういい。私も疲れている。ガミガミ言うつもりはない」

箒「ホッ」

ラウラ「も、申し訳ありません……」


千冬「それで――――――、」

千冬「どうだ、デュノアに“アヤカ”?」

千冬「明日から晴れ舞台として“男”のお前たちは否が応でも注目されることになるが、気分はどうだ? 緊張していないか?」

シャル「大丈夫です、やれます」

雪村「同じく」

千冬「……そうか。それは何よりだ」フフッ

千冬「ラウラ」

ラウラ「はっ」ビシッ

千冬「変わったな。――――――いい方向に」

千冬「期待しているぞ」

ラウラ「はい! 教官のご期待に添えるよう全力を尽くす所存です!」

千冬「篠ノ之」

箒「はい」

千冬「大きくなったな。その成長振りを私に見せてくれ」

箒「はい!」

千冬「私だけじゃなく、お前のご両親に見せるつもりで事に当たれ」

箒「はい!」キラキラ

千冬「………………ん?(どうしたと言うのだ? 何だ、このみなぎっている様子は…………)」

箒「(ふふふっ! 私にも運が巡ってきた! 優勝の可能性も雪村の頑張り次第で不可能ではなくなった!)」



箒『つ、付 き 合 っ て も ら う ! 』


千冬「――――――」

箒「(専用機相手に『打鉄』でどう勝てばいいのかわからなかったが、雪村のあの能力をうまくいかせば――――――!)」

千冬「――――――」

箒「(勝てるぞ! あのセシリアや2組の代表候補生を倒せるビジョンが私には見えるぞ!)」

千冬「――――――!」

箒「ふふふふ……」ニヤニヤ

千冬「おいっ!」ガン!

箒「あうっ!?」

千冬「篠ノ之、お前は決戦を前にしてどうも浮かれているようだな?」

箒「あ…………」カア

雪村「………………」

箒「す、すまない、雪村。私がちゃんとしなければならないのに、こんなんで」


雪村「大丈夫です。僕は勝ち負けは気にしませんので」


箒「!」ビクッ

箒「だ、ダメだぞ! やるからには優勝だ! もしやる気が無いなら私が優勝できるように力を貸せ! 力を貸してくれ!」

雪村「…………?」

雪村「わかりました。そのように致します」

千冬「本当に大丈夫なのか、これは…………」ヤレヤレ

ラウラ「足手まといになるとしたら箒のほうだろうな、これは」

シャル「ははははは」ニコニコ

――――――
一夏「ラウラちゃんもシャルルくんも、箒ちゃんも“アヤカ”も、みんな笑顔だな」フフッ

一夏「箒ちゃんと“アヤカ”はこの学園に来たばかりなのに、本当にいい方向に変わっていってるな。これからが楽しみだな」

一夏「ラウラちゃんとシャルルくんの場合は、騙しているようで心苦しいけど…………」

一夏「さて、明日からだな。何もなければいいのだが――――――」


――――――“ブレードランナー”はしめやかに次の戦場へと駆けていくぜ。



第5話B 龍が如く
RISING DRAGON

――――――学年別トーナメントは白熱中!

――――――第4アリーナ


ガキーン!

相川「きゅあ!」(戦闘続行不能)

雪村「………………」

谷本「やっぱり、こうなるのよね…………」アハハ・・・(戦闘続行不能)

箒「悪いな。私には勝たなくてはならない理由があるのだ」ドヤァ

――――――
「おおおおおおおおおおお!」パチパチパチ・・・
――――――

箒「ふふふ……」

谷本「その理由っていうのも、9歳上のカレシに振り向いてもらうためなんだよね?」ニヤニヤ

箒「!?」カア

箒「う、うるさーい!」カア

箒「よくも喋ってくれたな、雪村!」

雪村「…………!」ビクッ

相川「そう叱らないであげて。“アヤカ”くんは訊かれたことを素直に答えてくれただけなんだから」

箒「うぅ それはそうだが…………」

谷本「とにかく、――――――『ナイスファイト!』だったよ」

相川「うん。二人ならベスト8なんて余裕 余裕!」

谷本「それじゃ、私たちはこれから応援席に行くから、簡単に負けないでよ!」

箒「………………」

箒「ああ。目指すは優勝! 見ていてくれ!」

相川「“アヤカ”くんもね!」

雪村「はい。優勝目指します」

箒「うん」

箒「では、――――――対戦ありがとう、二人共!」

――――――
実況「強い! 強すぎる! 圧倒的な強さで2回戦突破だあああああ!」

実況「抜群の剣技、抜群の連携、抜群の存在感!」

実況「“篠ノ之博士の妹”こと篠ノ之 箒とぉー!」

実況「黄金の専用機を駆る“世界で最初に発見されたISを扱える男性”アヤカ ユキムラああああ!」


「わあああああああああああああ!」パチパチパチ・・・


本音「かなりうるさいかな~」(初戦敗退)

鷹月「うん。盛り上がってくれるのはいいんだけどね……(“ハネズ ユキムラ”だけど、初見じゃ読めないよね……)」(初戦敗退)

セシリア「さすがは、一般生徒の中では最強と名高いコンビですわね」

セシリア「まあ、空中戦を展開できない初心者同士の戦いで最強でしても、代表候補生の私には及びませんけどね」ドヤァ

シャル「でも、二人の注目度は凄いよね。二人の試合になる直前に観客席の人口密度が急上昇したんだから」

セシリア「むぅ…………」

ラウラ「まったくだ。こちらとしては我が国の最新鋭機の凄さを実績と共に印象付ける絶好の機会だというのに、」

ラウラ「観衆の関心の全てを“アヤカ”に持って行かれた感が否めないな」

シャル「まあ、僕たち専用機持ちが相手だとあっさり勝負が着いちゃうからね。その分、よく見てもらえる時間は短くなるし」

セシリア「そうですわね。強すぎるというのもなかなか――――――」

ラウラ「それに、一般機に紛れて“アヤカ”専用の黄金色の機体がいるのだ。パーソナルカラーとしてこれほど鮮烈なものはあるまい」

ラウラ「そして、まるで黄金像や城の中に飾ってある甲冑のように微動だにしない異様な立ち回りも注目の的だ」

ラウラ「迂闊に近づいたが最後――――――、眠れる獅子を起こしてしまったかのように息をつかせぬ猛攻撃が始まる!」

セシリア「………………」アセタラー

シャル「…………本当だね。あそこだけレベルが全然違うって感じだよ」

シャル「本当に同じ『打鉄』なのか疑ってしまうぐらい――――――あの『打鉄』であそこまでやれるのかと思うぐらいに」

ラウラ「そして、浮き足立ったやつを無難な操縦能力と格闘能力を持つ箒が邀撃する――――――」

ラウラ「格下しかいない訓練機相手ならばこれ以上のない良い作戦と能力だな」

ラウラ「だがもちろん、格闘能力だけ見れば代表候補生クラスなのは否定しようのない事実だがな」
――――――


――――――アリーナのどこか


一夏「盛り上がってるな」

弾「おう。あの少年も元気にやっていることだし、今のところは問題が起きてないから見てるだけの作業で助かるわ」

友矩「そうですね」

友矩「ですが、長丁場ですよ。7日にも渡る学園随一のビッグイベントなのですから」

弾「うんうん。わかってるって。俺もトラックで長距離運送なんて結構やってるし、いつ頃に休息を挟むかなんてのもわかってるつもりさ」

一夏「けど、“アヤカ”の剣技っていうのはどっかで見たことがあるんだよな……」

友矩「そうですね。重要人物保護プログラムを受けて名を変えて生きてきたのは事実ですが、そうなる以前の事跡に触れていた可能性はありますね」

一夏「そもそも、“アヤカ”はいつから重要人物保護プログラムを受けていたんだ?」

友矩「そこまではわかりませんね。相手が相手だけに国家の最重要機密事項に属していることですから」

友矩「ただ、可能性として挙げられるのは――――――、」


――――――“2年前に我が国で発見されたというISを扱える男性”の噂。


一夏「確かに聞いたことはあるけど、どこまで真実だったのか――――――」

弾「そうか? 俺たちがこんなふうに秘密警備隊として活動しているのと同じように、可能性としてはありなんじゃないかと思うんだが」

友矩「ええ。私もその線で調べてみたことはあるのですが、不自然なほどに情報が集まらなくてね」

一夏「それって――――――」

弾「――――――逆にますます怪しいな」

友矩「はい。――――――全てはそういうことです」

友矩「しかし、そのルーツを辿ることは我々にとっては何の価値もない情報ですがね」

一夏「そうだな(なんてったって――――――、))」


――――――仮想空間“パンドラの匣”に映しだされた“アヤカ”の人生の軌跡を体験してきているんだからな。


一夏「(そこは“静かな岡”に迷い込んだかのような“アヤカ”の心象風景と過去がそこにあったんだ――――――)」

一夏「(本人の記憶を直接 覗き見しているのだから、政府によって隠蔽された機密文書を閲覧させてもらう必要など無いわけで)」

一夏「(文書化された過程で失った“アヤカ”の何かを直接 電脳ダイブを通して体験してきているのだ)」

オーバーロード
――――――だが、そこで繰り返される“アヤカ”の記憶に潜む“魔王”との戦いは壮絶なるものである。



一夏「………………フゥ」

友矩「大丈夫ですか? この前の“パンドラの匣”の開拓はまさしく死線でしたからね」

一夏「いや、大丈夫だ」


一夏「俺には“人を活かす剣”がある」


一夏「だから、迷わない。逆に、ますます心が強くなった気がするよ」

弾「俺はその辺のことにはノータッチだからわかんないけど、本当に大丈夫なのか?」

一夏「何ていうか、仮想空間っていうのは“精神と時の部屋”って感じでね」

一夏「“アヤカ”が辿ってきた人生を体感する中で、自分を試されるというか――――――」

友矩「それ以上は言わないでください」

一夏「あ……、すまん」

弾「わかった。今のでどれだけヤバイのかは理解した」

一夏「……そうか」

友矩「心拍数や脈拍、分泌量に異常はありませんね」ピッ

一夏「うん」


一夏「けど、始まってみれば、――――――熱狂させているな、“アヤカ”」

友矩「そうですね。少し前まで『二度の暴走事故を引き起こした』ということで学園の大半から目の敵にされる忌み嫌われた存在でしたのに」

弾「ISバトルについて俺は何とも言えないけど、一目見て“彼”だとわかるインパクトとレベルの違いが人の心を惹きつけてるんだろうな」

弾「ギャップっていうのも客寄せには大事だけど、基本は第一印象――――――ビジュアルからだもんな」

弾「そのわかりやすい強さと存在感が今の歓声なんだろう」

一夏「そして、それを補佐する箒ちゃんの動きもいいな」

友矩「ええ。学園でも評判の“母と子”の関係だそうですからね」フフッ

一夏「ああ! 本当に!」フフフ・・・

弾「え? 何それ――――――」

コンコン! コンコン! コンコンコン!

弾「!」

友矩「どうぞ」

千鶴「差し入れを持ってきてわ」ガチャ

一夏「ありがとうございます」

千鶴「試合数が半分になったからと言っても、観ている方は長丁場の苦行だからね。ほどほどに羽根を伸ばしてもらって構わないわ」

弾「大丈夫ですって! 俺、長丁場は慣れてますから!(――――――こんなじっくりIS学園の美少女軍団を眺められる機会なんて無いんだし!)」

千鶴「あ」

友矩「…………どういう立場で我々の協力者として存在しているのか」ジー

千鶴「大丈夫よ、友矩くん。私はみんなの味方だから」

友矩「…………あなたも元日本代表候補生の一人なので一夏とは面識はあるようですが」

千鶴「そうよ。それで何が気に食わないのかしら?」

友矩「簡単な話ですよ」

友矩「協力者としてあなたの身元や経歴に探りを入れてみたところ、不詳なことが多過ぎましてね」

千鶴「あら、そうなんだ(――――――『さすがは夜支布一族の人間』と言ったところかしら)」

弾「よせやい。あの司令が派遣してきてくれたんだろう?」

弾「だったら、シロってことだろう? 俺みたいなやつでさえ入れたんだしさ」

友矩「『織斑千冬も信頼している』という点で信用はしておきましょう」

千鶴「よかった」ホッ


千鶴「けど、ちょっといいかしら?」

一夏「何です?」

千鶴「“アヤカ”くんの黄金色の『打鉄』について、専用機としてのコードネームを付けておきたいのだけれど」

千鶴「『“アヤカ”機』って言えばそこまでだけど、日本政府としては色違いだけどそれっぽい機体名で宣伝したいらしくてね」

千鶴「それに、世界でも稀有な反応を示した機体だからこそ、固有名をつけたいって話なのよ」

一夏「それなら“アヤカ”が最初に付けてますよ」

千鶴「へえ?」


――――――『知覧』ってペットネームがね。


千鶴「え」

弾「ううん? ――――――『チラン』? 『散らん』? 『治乱』?」

友矩「独特なネーミングセンスですね……」

千鶴「却下」

一夏「いや、これは俺のアイデアじゃなくて“アヤカ”自身が付けたものであって――――――」

千鶴「“彼”が自分の機体をどう呼ぼうと勝手――――――、」

千鶴「それと同じように、公的な名称としてこちらが何と呼ぼうと勝手――――――、」

千鶴「そういうことにしてくれるかな?」

一夏「は、はあ……」

千鶴「だから、政府の要望に応えるためにあの黄金色の『打鉄』のコードネーム、考えておいて、ね?」

弾「はいはーい!」

千鶴「はい。どうぞ」

弾「『黄金色の打鉄』――――――略して『打金』でいいんじゃないでしょうか!」

千鶴「却下。第一、最初の候補にあったわ。俗称としてはわかりやすくていいけれど、音が同じで混同しちゃうからダメ」

弾「はい……」

友矩「『それ』っぽいものですか……」ウーム

千鶴「どう? 後付の名付けだから渾名でもいいのよ」

一夏「それじゃ、さっきの戦い方の形容して『眠れる獅子』とか」

千鶴「…………一応 候補に容れておくけれど、日本男子が乗ってるんだから純日本風な感じにしてもらえると通りやすいと思うわ」

一夏「そうか。『獅子』っていうのはちょっと『打鉄』のイメージじゃないもんな」

友矩「まあ、焦ることはありませんよ」

友矩「今日は2日目の予選Bブロックですから、じっくりと“彼”がブロック優勝するまでの活躍を見ることができますよ」

弾「おいおい、ブロック優勝っていうのは無理なんじゃねえか? 確かに今のところは圧倒的だけどよ?」

弾「同じBブロックには、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットちゃんが居るんだぜ? 『ビット』使うんだぜ、『ビット』」

弾「――――――されど『打鉄』でどうやって勝つんだよ? 『眠れる獅子』のまんまじゃいい的だぜ?」

一夏「いや、“アヤカ”にはとっておきの奇襲攻撃がある。それが成功すれば『ブルー・ティアーズ』を一方的に倒せるはずだ」

弾「マジで!?」

弾「何をするっていうんだよ、あの黄金像が」

千鶴「さて、どうなることかしらね?」


※1日目から4日目までは4つの予選ブロックの勝者を決め、5日目は決勝戦。6日目と7日目はかつての個人戦の名残で予備日(休日)としている。


――――――そして、第3回戦(ベスト16)


箒「よし! 行くぞ、雪村!」ヒュウウウウウウウウウウウン! シュタ




雪村「うん」ノロノロ・・・




箒「あ、まだそこか。遠いな」

箒「…………PICによる浮遊ができないせいでピットから出撃できず、搬入路からノロノロと入ってくるのは見ていてカッコ悪いな」

箒「いっそのこと、規定位置まで歩いてきたほうが楽だったんじゃないんか?」

雪村「そうかも」ノロノロ・・・

箒「ん?」


簪「………………」ジー


箒「…………何だあの子?(妙に視線が鋭いような気がするな)」

箒「(確か4組の子だったな――――――雪村にまだ偏見を持っている子か? これまたやり辛い相手だな……)」

雪村「次から歩いて来よう……」ノロノロ・・・

箒「ああ。無駄に体力を使わされることはない」

雪村「ん」


簪「………………」ジー


雪村「………………」

箒「準備はいいか?」

雪村「うん」



――――――試合開始!


簪「………………!」ヒュウウウウウウウウウウウン!

箒「――――――浮いた! それに速い!?(明らかに手慣れた動きだ! 一目で分かる! その明らかな違い!)」

簪「沢渡さん!」

沢渡「はいよ!」

箒「…………!(相方の方は私と同じかそれ以上にPICコントロールが上手い! フットワークはあちらが上か!)」

沢渡「行っくわよ!」ブン!

箒「くっ!」ブン!

ガキーン!

沢渡「っと……」ヨロッ

箒「(けど、打ち合いになったらこちらに分があると見えた!)」

箒「すぐに片付ける! 行くぞ!(そうでないと、雪村が危ない気がする!)」ブン!

沢渡「っとっとっと……」ヒョイヒョイ

箒「…………むぅ!?」ブン! ブンブン!

沢渡「うわっとと!」

箒「どうした!」ブンブン!

箒「(ちょっと待てよ? 確かにこちらのほうが押してはいるが、もう一人厄介そうな相手が居るのだぞ!)」

箒「(ここで手間取っていては――――――)」

箒「あ!」


雪村「………………!」

簪「動きが、鈍い!」ブン!

ガキーン!

雪村「……くっ!」ヨロヨロ・・・


箒「雪村――――――」

沢渡「隙あり!」ブン

箒「!」ブン!

ガキーン!

箒「やらせるか!」

沢渡「…………っと!(――――――やっぱ強い!)」アセタラー

箒「――――――付かず離れず、か(しまった。雪村と離れてしまった!)」アセタラー

――――――
相川「ええ!? あの二人が何だか苦戦してるよ!」

ラウラ「なるほどな。上手い作戦だな」

ラウラ「空中戦ができない上に動きが鈍い“アヤカ”を自在のPICコントロールで撹乱して機動力で圧倒するか」

ラウラ「そして、自分が“アヤカ”の相手をしている間、箒には勝てずとも粘れる相手を宛てがうと」

谷本「これは意外な強敵…………『やってみなければわからない』っていうのは負ける場合にも言えたことか」

鷹月「でも、今の段階で空中戦ができるだなんて、あの子は――――――」

本音「だって、カンちゃんは日本代表候補生だよ~」

鷹月「え!?」

相川「ちょっと! それ どういうこと?」

ラウラ「確かに、それはどういうことだ?」

ラウラ「あれが4組の日本代表候補生:サラシキ カンザシだというのであれば、」


――――――なぜ専用機に乗っていないのだ?


ラウラ「確か、機体は『打鉄弐式』――――――『打鉄』の後継機の日本最新鋭の第3世代型ISのはずだぞ」

ラウラ「大会直前に故障でもしたのか――――――」

ラウラ「いや、今まで一度も聞いたことがないな、『打鉄弐式』の話は…………」

谷本「そうよ! あの子は4組のクラス代表の更識 簪!」

谷本「先月のクラス対抗戦が実験中のISの暴走事故で第1試合で中止になったせいで印象に残らなかったけれど、」

谷本「名前は確かに載ってたわ」

相川「でも、結局 『打鉄弐式』の姿を目にすることはできなかったよね……」


本音「目にするも何も、完成してないからそれはできないのだー」


一同「!?」

鷹月「そ、そうなんだ……」

相川「あんた、妙に詳しいのね」

本音「だって、私はカンちゃんのお世話係だからー。でも最近は、カンちゃんに構ってもらえない」

ラウラ「なるほどな。元々の私的な交友関係からそのことは前もって知っていたわけか」

ラウラ「だが、――――――どういうことだ、これは?」

谷本「ホントね。敵とはいえ、私たちの国の代表候補生なんだからちゃんと専用機に乗って戦ってもらいたかったわ」

相川「『完成してない』ってどういうことなんだろう? 学年別トーナメントの日を迎えちゃったよ?」

ラウラ「他国の事情とはいえ、何かがおかしい(そう、それは大会前に一般人を拉致しようとテロリストを待機させていた学園としてもな)」
――――――


簪「やあああああああああ!」ブン!

雪村「…………うわっ!?」ズバーン!


箒「雪村!」ブン!

沢渡「うわっはっ!」ズバーン!

箒「あともう少し――――――!(くっ! いいかげんに倒れろ……!)」アセタラー

沢渡「ま、まだまだ……!(そう! 焦らして焦らして勝利を掴むのよ!)」ピィピィピィ WARNING!


雪村「うぅ…………」ズサー

簪「やっぱり、こんな程度なのよ」

簪「どうしてあなたなんかが…………!」ジャキ

簪「でも、これで私の――――――!」ブン!

雪村「!」


破竹の勢いで勝ち上がってきた1年1組を代表する金銀の“母と子”コンビは、4組の日本代表候補生:更識 簪に追い詰められていた。

まだこの時点だと、空中戦をこなせる生徒も数少なく、PICを駆使して機動力に差をつけている生徒が勝ち上がる傾向にあった。

篠ノ之 箒はその点では順調に技能を身に着けていっており、生来の剣道の実力もあって一般生徒の中ではすでに上位の実力者になっていた。

一方で、黄金の『打鉄』こと『知覧』を駆る“アヤカ”は、PICコントロールが最低クラスで未だに地上滑空すらできないので機動力に難があった。

格闘能力こそは代表候補生クラスと評価されている“彼”と、本物の代表候補生である更識 簪が戦った場合では“彼”には分が悪いのである。

それ故に、簪の巧みな機体捌きによって“アヤカ”の攻撃がことごとく空振りになり、そもそも“アヤカ”は飛べないので真上を取られたらやられ放題であった。

これこそがIS〈インフィニット・ストラトス〉が史上最強の兵器であることを端的に示した場面でもあった。

そして、近接戦闘が得意なだけの素人と十分な訓練を受けた代表候補生との技量の差というのが結果に集約されてもいたのである。


だが、代表候補生:更識 簪の巧みな空中からの強襲によってたまらず押し倒されて追い詰められた“アヤカ”がとった行動は――――――!


雪村「はああああああああああ!」ムクッ1 ブン!(上半身だけ起こしてオーバースローに唯一の得物である太刀をぶん投げた!)

簪「!?」ヒュン!

簪「追い詰められて剣を投げてくるなんて」

簪「でも、そんなのは――――――」

簪「ハッ」

――――――
観衆「!?」
――――――

――――――第4ピット


セシリア「ふぇ!?」(対戦準備中)

セシリア「あ、“アヤカ”さん!?」
――――――

箒「トドメだあああああ!」ブン!

沢渡「きゃあああああああああ!」ズバーン!

沢渡「うぅ ここまでのようね……」(戦闘続行不能)

箒「今 行くぞ、雪村――――――」クルッ

箒「え」


簪「ふ、ふざけてるの?!(――――――マズイ! 沢渡さんがやられた! 急がないと!)」

簪「ま、待ちなさい!」ヒュウウウウウウウウウウウン!


雪村「………………!」ゴロンゴロンゴロン・・・


仰向けになって無防備になっていたところにトドメを刺そうと簪が勢い良く突っ込んで来たところに、

“アヤカ”は上半身だけ起こしたと同時に剣を振りかぶってそのまま突っ込んでくる鋼鉄の猛禽に向けて投げ込んだのである!

これにはさすがの代表候補生:更識 簪も反射的に緊急回避してしまい、攻撃それ自体は難なく回避することに成功した。

しかし、これで“アヤカ”の黄金の『打鉄/知覧』の武器はなくなり、ここからは逃げ惑うしかなくなった。

ちょうどその頃、簪のパートナーである沢渡美月は中学剣道日本一の篠ノ之 箒によく持ちこたえ、囮としての役割を全うしていた。

総合的な力量では簪が勝っていたが、パートナーの沢渡には篠ノ之 箒や“アヤカ”に匹敵するほどの地力はなかったので良くて時間稼ぎにしかならない。

それ故に、実は両者にとってどちらのアタッカーが先にパートナーを倒せるかの競争となっており、そういう意味では簪は戦術的に敗北してしまっていた。

また、高い機動力で撹乱しながらダメージをチクチク奪っていく簪に対して、真っ向から叩き潰そうとする箒とではダメージレースに差があり、

受ける側も格闘能力が代表候補生クラスの“アヤカ”に対して、篠ノ之 箒よりPICコントロールが上手い程度の沢渡とでは競走結果に差が大きく現れた。

当然、部分的な1対1では優勢だった簪でも、全体的な2体1に追い込まれたことによって大きく焦り出すのであった。

ダメージレースも大きく差を付けられ、すぐに全体を1対1にすることも叶わないのだから。

そういう意味では、この試合のMVPは間違いなく篠ノ之 箒であり、彼女の抜群の猛攻撃が結果として時間の勝負に勝たせたのである。

しかし、日本代表候補生:更識 簪の華麗な空中戦や篠ノ之 箒の圧倒的な猛攻撃の評価など、最後の“アヤカ”の奇行に全て注目が掻っ攫われるのであった。


――――――“アヤカ”は壁際に向けて地上をローリング移動していったのだから!



――――――アリーナのどこか


弾「何だ ありゃああああ!?」

一夏「ISでローリング移動…………」

一夏「――――――新しい!」

友矩「なるほど。理に適っている!」

弾「えええええええええ!?」

友矩「“アヤカ”はPICコントロールによるホバー移動ができないがためにマニュアル歩行しかできず、圧倒的に鈍足の黄金像でした」

友矩「しかし 原始的ながら、武装解除と認められない範囲まで余分な装備を部分解除すれば、ISでもああいった行動は可能となります」

友矩「しかも、大地という強固な盾を背にしつつ、あの低姿勢での移動なので被断面積は大幅に減少し、格闘戦では高い回避力を発揮します」

弾「マジかよ!?」

一夏「でも、PIC移動ができなくても低重力化は働いているし、残った脚部がでかすぎるからローリングするのはかなり難しそうだぞ?」

弾「だな。よくあれでローリングできるもんだぜ……」

弾「というか、その直前に『ムクッと上半身だけ起こして同時に剣を振りかぶってスッポ抜けて投げつける』という神業もさらりとやっていたな…………」

友矩「あれで得物は失いましたが、この奇策によってパートナーが駆けつけるまでの時間は大いに稼げているはずです」

一夏「本当だぜ! 空戦用パワードスーツがすることじゃない!」プククク・・・

弾「いや、お前のIS運用も大概おかしいから。やってることが仕事人じゃねえか」

友矩「まあもちろん、生身でやった方がいいという考えがありますが、今はISバトル中なので全解除したら棄権扱いなのでね」

弾「ああ そっか……」

友矩「でも、そろそろフィナーレかな?」

友矩「ISバトルでは基本的にはどちらかが倒れるまで続けることになりますが、」

友矩「そうすると場合によっては死闘となって、相手を倒したと同時に意識が遠のいて、脳波制御ができなくなってそのまま墜落――――――」

友矩「――――――なんてことを防止するために、比較的短時間の試合時間で奪ったダメージ量で勝敗を決することになります」

友矩「もちろん、これはタッグマッチなのでわかりやすく撃墜数がダメージレースの数値よりも優先されますけどね」

弾「――――――2対1か」

弾「しかも、あんな奇行を繰り出せるぐらいピンピンしているんじゃ戦闘続行不能に持っていくのは無理そうだな」

一夏「ああ」

一夏「更識 簪って娘も『さすがは代表候補生』ってことで高い実力を発揮して、“アヤカ”を追い詰めてはいたけれどもね……」

弾「しかたねえな。今回ばかりは『金銀コンビの完成度が高かった』ってことで」

友矩「そうですね。篠ノ之 箒の奮戦が勝敗を決しました」

一夏「強いな、箒ちゃん(本気で優勝を取りに行ってるぞ、これぇ…………)」アセタラー

友矩「…………もし、優勝までしてしまったらどうする気なんでしょうね?」ジトー

一夏「うぅ…………(や、やめてくれぇ! これ以上の面倒事は御免被りたい!)」



簪「ま、待てぇ!(今、無防備のこの男にトドメを刺すことができれば、私は無傷だからダメージレースで勝ってそれで逆転――――――)」アセアセ

雪村「………………」ゴロンゴロンゴロン・・・

雪村「!」ピタッ ――――――壁際!

簪「――――――追い詰めたよ!」

雪村「………………」ニヤリ

雪村「――――――抜刀」ジャキ

簪「あ!(どうして失ったはずの武器が――――――!?)」

簪「ハッ」

簪「しまった!?(わざと剣を遠い方にまで投げ飛ばしたのは、展開限界範囲まで離すため!? そうすれば自動的に武器が回収される――――――!)」

雪村「………………」(壁を背にして太刀を堂々と構える黄金像)

簪「(ただ逃げ回って時間稼ぎをするための布石じゃなかった?! 追い詰められたのは、実は私――――――!?)」アセタラー

簪「(そして、アリーナの壁を背にして機動力で撹乱する戦法ができなくなった――――――)」


――――――護身 完成!


箒「雪村ああああああ!」ヒュウウウウウウウウウウウン!

簪「あ、ああ…………」

箒「ま、間に合った…………(くそっ! さすがは代表候補生だった! 同じ『打鉄』なのに追いつけなかったぞ……)」ハアハア

箒「だ、だが……、ここまでだな?」ジャキ!

簪「ま、まだよ! 私は代表候補生――――――」


――――――試合終了!


簪「あ…………」ガクッ

箒「………………よし。やったな?」グッ

雪村「………………」グッ


――――――勝者、篠ノ之箒・朱華雪村!


――――――
観衆「わあああああああああああああ!」パチパチパチ・・・
――――――

――――――第4ピット


セシリア「まさかあのような――――――」

セシリア「いえ、相手にとっては不足はないですわ! ――――――“アヤカ”さん、箒さん!」


「――――――セシリア・オルコット、鏡 ナギは次の試合の準備をしてください」


セシリア「さあ、私もサクッと勝って予選決勝で相見えましょうか」

セシリア「来なさい、――――――『ブルー・ティアーズ』!」
――――――


――――――アリーナのどこか


弾「凄かったな、最後の最後まで……」

友矩「ええ。計り知れない潜在能力がありますね、“アヤカ”には」

一夏「もしかしてあそこまで戦えたのは――――――、」


――――――仮想空間で俺の戦い方を学んでいたのでは?


友矩「…………!」

弾「そうなのか?」

一夏「俺、“アヤカ”の専用機の愛称なんて聞いたことないのに、『知覧』の名前を出されて直感的にそれだと理解できていたし、不思議と話が噛み合うんだよ」

一夏「そして、あまり話したことも互いの過去についても知らない同士なのに、強い信頼や親しみというものを感じていたから……」

友矩「…………そうですか」

弾「『そうですか』って……」

友矩「可能性としては十分にありえます」

友矩「ISコアがコア・ネットワークを介して独自に情報交流を行なっているとの研究報告もあり、」

友矩「特に、電脳ダイブで頻繁に密に接触をしているので――――――」

弾「それって『情報が漏れてる』ってことじゃねえのか?」

友矩「確かに。このまま放置しておくのは危険極まりないことですね」

友矩「しかし、『ISにも心がある』ことを踏まえると、言って聞かせれば何とかなるかもしれませんがね」

弾「なんかいいかげんだな……」

友矩「ISというものは乗馬に喩えられるものなんですよ? 馬のことを完璧に扱いこなせる人間はそう多くはない――――――」

友矩「そもそも、開発者である篠ノ之博士自身が『ISが女性専用である理由』を把握していないぐらいなのです」

友矩「これぐらいわからないことがあったってしかたがないじゃないですか。もちろん看過できない問題ですけれど」

弾「そうか。それもそうだったな」


一夏「なあ、付け加えてもう一つ気づいたことがあるんだけど」

弾「今度は何?」


一夏「もしかして、『知覧』が空を飛べないのって俺のせいなのかな?」


友矩「え」

弾「またまた、変なことを言ってるな……」

一夏「いや、俺って“ブレードランナー”じゃん?」

弾「ああ。お前は“ブレードランナー”だな。俺はお前のアキレス腱で、友矩がブレインだ」

友矩「あ」

友矩「なるほど、その可能性も無くはないかもしれませんね」

一夏「だろう?」

弾「え? どういうことだよ? お前たちばかりわかるっていうのは何か辛いぞ」

友矩「先程のコア・ネットワークを通してIS同士で情報交流を行っていることは説明しましたよね?」

弾「ああ」

友矩「つまり、一夏と『白式』の普段の戦い方を『知覧』が学んでいることが真とするならば、」


―――――― 一夏と『白式』の普段の戦い方ってどういうものになりますか?


弾「あ!」

一夏「わかってくれたか?」

弾「ああ」


――――――だって、お前は“ランナー”だもんな!」


弾「そういうことか――――――って、これってISでは致命的なことなんじゃ?」

友矩「そうなりますね」

友矩「情報を照合してみたところ、最初の頃は問題なく地上滑空ができていたようなんですが、」

友矩「仮想空間の前後から使わなくなり、今では完全にマニュアル歩行でしか動けなくなっていますね」

友矩「この曖昧な記録だけでコア・ネットワークによる情報交流が原因で『知覧』がああなったのかは断定できませんけれど」


一夏「もし、事実ならばどうしよう?」

弾「なあ、それってお前が責任を感じるべきことなのか?」

一夏「?」

弾「ISっていうのはどこまでいったってパワードスーツなんだからさ? 結局は搭乗者の意思によって動かされるもんだろう?」

弾「だったら、最終的にそうしようとしているのは搭乗者である“アヤカ”の責任だと思うぞ」

一夏「それは…………」

弾「それに、ISに言って聞かせることができるんだったら、そうする努力をすればいいじゃないか」

弾「そうしないのはやっぱり怠慢だと思うな、俺は」

一夏「………………弾」

友矩「………………」フフッ

弾「けど、次は間違いなくセシリアちゃんとの戦いだろう? 本当に勝てるのか?」

一夏「可能性は無くはない」

友矩「本日最後の試合がどう転ぶか、見守ってあげましょう」

弾「ああ……(正直に言うと『セシリアちゃんに勝ってもらいたいなぁー』って)」

弾「(けど、ホモじゃねえけど“アヤカ”がどう戦うのかについても、ちょっと男としては期待しているところがあるんだよな……)」

弾「ううん……(――――――どっちも頑張れ!)」




――――――第4回戦 予選Bブロック決勝戦(ベスト8)


セシリア「まさか、“アヤカ”さんがここまで勝ち上がって来るだなんて――――――、始めの頃を思えば驚嘆に値しますわ」

箒「私もだ。私もここまで行けるとは思ってもみなかったぞ」

雪村「………………」

セシリア「しかし、ここからが本当の強者の戦場ですわ!」

セシリア「格闘戦だけがISバトルではないことを教えて差し上げますわ!」ジャキ

箒「頼むぞ、雪村! お前が勝利の鍵なんだからな」

雪村「わかっています」


――――――
実況「さあ、本日最後の試合です! 予選Bブロック決勝戦です!」

実況「ここでぇ、まさかまさかの1組のエースタッグ同士が激突だぁー!」

実況「金銀カラーの『打鉄』コンビ! 銀の篠ノ之 箒と金の“アヤカ”だぁー!」

観衆「わああああああああああ!」

実況「対するは、イギリス代表候補生にして最新鋭の第3世代機を駆るセシリア・オルコット!」

実況「――――――と、陸上部の鏡 ナギ!」

観衆「わああああああああああ!」

シャル「さすがに注目度の高い組み合わせなだけに、凄く混みあってきたね」

鷹月「そうだね。篠ノ之さんもよく戦ってる!」

相川「凄い集客力よね! 今日の主役は間違いなく“アヤカ”くんよ!」

谷本「こりゃあ、勝っても負けても祝ってあげないとね!」

本音「おー」

ラウラ「うむ。我が不肖の弟子ながらよく戦ってくれた」

ラウラ「予選Bブロックの決勝まで来れたということは、ベスト8には入れたか。これで一応の目標は果たせたな」

ラウラ「後は どこまでいけるのか、私に見せてくれ、“アヤカ”」

ラウラ「(まあ、優勝するのはまぎれもなく織斑教官の直接の教えを賜って最強になれた私なのだがな)」

ラウラ「(もちろん、敵対した場合は容赦はしないぞ)」

鈴「まさか、“あいつ”がここまでやるやつだったなんてね……」

簪「………………」
――――――


――――――3,

セシリア「行きますわよ」(高度10m)

――――――2,

箒「行くぞ、セシリア!(――――――頼むぞ、雪村! 私を優勝に導いてくれ!)」(地上)

――――――1,

雪村「………………」(地上)


――――――試合開始!


こうして学年別タッグトーナメント2日目、予選Bブロック決勝戦の戦いの火蓋が切って落とされた!



セシリア「はあっ!」バヒュンバヒュン!

雪村「………………!」ピィピィピィ LOCKED!

箒「やはり開幕の先制攻撃――――――雪村!」

雪村「はっ!」ザシュッ! ヒュン!

セシリア「…………え!?(まさか、ISであんな動きができるだなんて――――――!)」

箒「よし、今のうちに――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウン!


――――――
観衆「おおおおおおおお!」

実況「おおっと! 専用機とは言え、色違いの『打鉄』で見事に“アヤカ”! 『ブルー・ティアーズ』の先制攻撃を躱したあああああ!」

シャル「さ、さすがは“アヤカ”くんだよ……」

相川「剣を地面に突き刺して、それを軸にして空中で前転して躱した?!」

谷本「なるほど、棒高跳びの要領で素早く位置を変えたんだ」

ラウラ「PICによる低重力化を活かした跳躍運動か。だが、生半可な身体能力でやれば怪我の元だな」

鷹月「それって素直に凄いってことなのよね?」

ラウラ「セシリアめ。簡単に思考が読まれているぞ」

ラウラ「“アヤカ”がただの的だと思い込んで速攻で片付けようとしていたのだろうが、むしろ“アヤカ”が囮となって――――――」

本音「おー、シノノンがあっちに飛びかかるー!」

ラウラ「賢明だな。“アヤカ”たちからすれば撃破数を稼いで後は逃げ回るしか勝算はないだろうからな」

ラウラ「あの程度の仕上がりで第3世代機だが、『打鉄』を一蹴するぐらいの性能差はある。真っ向勝負などできるはずがない」

ラウラ「そして、セシリアからすれば格闘戦に持ち込まれれば援護したくても誤射する可能性が大きくて容易に援護射撃ができないだろう」

ラウラ「やはり、剣の腕から言っても今回も箒が数段上手だしな。程なくして勝ち星を上げるであろう」

ラウラ「そして、“アヤカ”は“アヤカ”で変幻自在の機体捌きでセシリアの予測を裏切る動きで被弾を抑えている」

ラウラ「戦術的には、完全に“アヤカ”たちが勝っている――――――その前の4組のほうがよほど強敵だったな」

鈴「そううまくいくかしらね?」

ラウラ「ん? 貴様は2組の――――――」

鈴「中国代表候補生:凰 鈴音よ。あんたとはDブロックでやりあうことになってるの」

ラウラ「ふん。中国の『甲龍』か。どの程度のものかな」

鈴「そういうあんたこそ、ヨーロッパ最強を吹聴して回っているみたいね」

ラウラ「当然だな。私は織斑教官の教えを賜って最強なのだからな」

鈴「別にあんたが“ブリュンヒルデ”ってわけでもないのに、どうしてそこまで偉そうなのか理解できないわね」

ラウラ「なんだと?」

鈴「――――――『虎の威を借る狐』ってね」

ラウラ「……そうか。楽しみに待っていろ」

鈴「待ってあげるわよ」

両者「ふん!」
――――――


セシリア「まさかここまでやれるなんて…………(速攻で“アヤカ”さんを沈めて圧勝するという当初の作戦が台無しですわ!)」バヒュンバヒュン!

セシリア「けど!(――――――躊躇っていられませんわ! 私は代表候補生! 祖国の栄誉のために勝つ義務がある!)」ピタッ

雪村「…………よっと」ヒョイヒョイ

雪村「――――――次」

雪村「………………攻撃が止んだ?」


箒「はあああああああああああああ!」ブンブン!


雪村「………………」

セシリア「あまりインファイトは得意ではありませんけれど、確実に当てるためには――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウン!

雪村「!?」

セシリア「はあああああああああああ!(この機体の第3世代兵器『ブルー・ティアーズ』には2種類の『ビット』がついています!)」ヒュウウウウウウウウウウウン!

セシリア「(1つは、4基の『レーザービット』! イメージ・インターフェイスで相手の周囲に攻撃砲台を射出するもの!)」

セシリア「(しかしながら、4つを同時に操作する特性上精密操作はできず、その軌道は見る人が見れば読まれやすい!)」

セシリア「(特に、勘の鋭い“アヤカ”さんは真っ向から私の狙撃を奇抜な操縦で簡単に回避してしまうのだから――――――!)」

セシリア「――――――ここはもう1つの『ミサイル・ビット』の出番ですわ!」バンバン!

雪村「!!」

雪村「…………くぅ!」ザシュッ!


チュドーン!


箒「!」

箒「――――――雪村!?」

鏡「やああああああ!」ブン!

箒「――――――っと」ガキーン!


セシリア「…………さすがに一筋縄ではいきませんわね」

雪村「…………くぅうう」ヨロヨロ・・・

雪村「………………勝った」ニヤリ


セシリアの駆る『ブルー・ティアーズ』の放った『ミサイル・ビット』が炸裂して起きた爆煙の中、“アヤカ”は勝利を確信するのであった。



――――――アリーナのどこか


一夏「まさかのトップアタック!」

友矩「さすがは代表候補生ですね。効率良くダメージを奪う手段を心得ている」

弾「急降下して一気に『知覧』に近づいたと思ったら、腰のミサイルをロケット砲のように対地攻撃した! 今のマジでかっけー!」

友矩「あの『ミサイル・ビット』もイギリスの第3世代兵器『ブルー・ティアーズ』の一種で、」

友矩「誘導弾として正しく機能させるためには第3世代兵器らしく、動きを停めなければなりませんが、」

友矩「今回のように、動きが鈍い対象ならば『ミサイル』をロケット砲のように爆撃するのもありというわけですね」

友矩「…………これは厳しい戦いですね」

一夏「ああ」

弾「いやいやいや! 元々 性能差や技量差があるんだからこれぐらい厳しくて当然だろう! むしろ、勝てないのが普通だから!」

弾「――――――“アヤカ”がおかしいだけで、ここまで開幕直後の初撃で一方的に打ちのめして完勝してきてるんだよ、セシリアちゃんは!」

弾「そういう意味では、もう敢闘賞は“アヤカ”のものだよ。おかげで、イギリス代表候補生の本気を見ることができたしな」

友矩「しかし、咄嗟に剣を地面に突き刺して盾代わりにしてその上で防御姿勢もとっていましたから、大ダメージにはならなかったようですね」

一夏「ああ。それも無誘導弾として使っているということは狙いも大雑把になるってことだから、着弾点が疎らになってくるはずだ」

一夏「しかも、空中とは違って地上では受けた衝撃を大地に伝わらせて発散させることができるからな。まだまだ粘れるぞ、これなら」

一夏「戦いはまだわからないぞ、弾」


――――――あっちの方から近づいてきてくれるようになったからな。




チュドンチュドーン!

雪村「くっ…………」ハアハア

セシリア「粘りますわね…………乗り手次第で第2世代最高クラスの防御力がここまで鉄壁だなんて(けど、これなら確実なダメージを与えられますわ!)」ハアハア

セシリア「しかし――――――!」チラッ


箒「はああああああああああああああ!」ブン!


セシリア「今のままでは、ナギさんが先に箒さんに倒されてしまいますわ(そうなっては、“アヤカ”さんの前の試合と同じ結果に――――――!)」

セシリア「何としてでも“アヤカ”さんを先に攻略しなければ!(ならば、クラス対抗戦でしたように『スターライト』で――――――!)」

セシリア「!」ゾクッ

セシリア「だ、ダメですわ……、“アヤカ”さんに接近戦を挑むだなんて…………」アセタラー

セシリア「(そもそも、“アヤカ”さんの剣の腕はもちろん、一番の脅威は足掻きですわ)」

セシリア「(“アヤカ”さんを一番に追い詰めた4組の代表候補生が敗けたのも、“アヤカ”さんの卓越したセンスによるもの――――――!)」

セシリア「(もし“アヤカ”さんがよろけて転倒したところを『スターライト』のゼロ距離射撃で身動きを封じたとしても、)」

セシリア「(次の瞬間には、――――――その時 不思議なことが起こって逆転負けしてしまうビジョンが見えてしまいますわ!)」アセタラー

セシリア「…………ここはできるかぎりのことをするしかありませんわ(『ミサイル』の残弾も残り僅か――――――)」

セシリア「行きますわよ!」ヒュウウウウウウウウウウウン!

雪村「…………!」ジャキ


そして、努めて平静に確実に安全にダメージを奪って撃破圏内に持って行こうと決心したセシリアが改めて強襲する!

空中戦ができない“アヤカ”の『知覧』は地上で後退りしながら時間稼ぎに徹するために全身の神経を集中させていた。

状況としては、この前の3回戦と同じく、戦術的に自分が生き残れば相方が敵を倒してくれるのでそれで2対1の判定勝ちに持ち込める――――――、

さっきと全く同じ試合展開になりつつあった。違うのは、相手がダメージを大きく奪ってくる上に『打鉄』とはケタ違いの機動力で飛び回ってくること。

しかし、ミサイルの直撃を受けて場合は大ダメージは避けられず、一気に突き崩される可能性があり、前回よりも遥かにリスキーな駆け引きとなっていた。



チュドンチュドーン!

雪村「ぐっぅわあああ!」

セシリア「やりましたわ!(――――――まずは直撃! この調子でいきますわ!)」ヒュウウウウウウウウウウウン!


――――――そう思った瞬間である!


セシリア「!」ビクッ ――――――目の前にアリーナの壁!

セシリア「あ、危ない!(――――――「急停止」!)」 

セシリア「い、いつの間にか、アリーナの端まで――――――(――――――『壁際』!?)」

雪村「――――――!」

セシリア「…………!?」ゾクッ


セシリア「“アヤカ”さんは――――――」クルッ


セシリア「いない!? いったいどこへ――――――!?」キョロキョロ

セシリア「…………?」

――――――
観衆「――――――!」(ある者はセシリアと同じように困惑している中――――――、)

観衆「――――――!!」(セシリアの方に向けて指差し、必死に言葉を送り届けようとしていた)

観衆「――――――!!!」(そして、それが1秒にもならないうちに増えていく!)
――――――

セシリア「え? ま、まさか――――――」

ヒューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!

雪村「はああああああああああああああああああああああ!」ブン!

セシリア「嘘でしょう……!?(どうして私の上から――――――!? だって、今 私は10m以上は――――――!)」

セシリア「あ、きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

ヒューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!

雪村「はああああああああああああああああああああああ!」

ドッゴーーーーーーーーーン!


――――――勝敗は決した。


――――――
実況「」

観衆「」

一同「」
――――――







――――――試合終了! 勝者、篠ノ之 箒・朱華雪村!




――――――アリーナのどこか


友矩「決まった…………」

一夏「………………」ブルブル

弾「い、一夏?」

一夏「うおおおおおおおお!」


――――――“アヤカ”が勝った! 決勝トーナメント進出、おめでとう!


弾「……おお! セシリアちゃんが敗けちゃったのは悔しいけど、ホントにおめでとうだぜ!」パチパチパチ・・・

友矩「…………お静かに」シー

一夏「……あ」

弾「ああ……」

友矩「あれはいったい――――――」カタカタッカタッ

弾「あれさ、少なくても観客席よりも高いところを飛んでたセシリアちゃんを叩き落としたんだよな?」

友矩「ええ。少なくても10数m以上はあるところに、一瞬で跳び上がったとしか――――――」カタッ

友矩「あの一瞬の“アヤカ”の動きが載っているとしたら、この定点カメラからの映像しかありませんね」ピッ

一夏「始まった」







友矩「………………」

弾「………………」

一夏「………………」

弾「なあ、一夏?」

一夏「どうした?」

弾「これがお前が言っていた勝算ってやつなのか?」

一夏「ああ。一昨日“アヤカ”は、10m近く浮いているISに上昇しながら顔面に拳を叩き込んでいた」

弾「何それ?! “昇竜拳”かよ!? 確かに昇竜拳はロックマンでも最強の対空攻撃だったけどさ!」

一夏「懐かしいな。確かにやりようによっては昇竜拳になるな」

友矩「これは垂直方向のイグニッションブーストなのか? だが、1秒未満で10数mも行けるのか?」

友矩「それに、イグニッションブーストに必要なエネルギーチャージなんていつやっていた?」

友矩「空襲を受けている間でエネルギーチャージを維持できていたというのか? 直撃を受けていたのに暴発しなかった?!」

友矩「それともこれは、『知覧』の特殊能力によるものなのか?」

友矩「ウーム」

一夏「そういうのは後にしないか?」

友矩「え」

一夏「どうせこれから2日間は“アヤカ”は暇になるんだし、その時に本人に聞けばいいじゃないか」

友矩「…………そうだったね。それもそうだね」フゥ

一夏「それじゃ、今日の試合は以上だ! 予選Bブロック通過は“アヤカ”と箒ちゃんの金銀コンビぃ!」

弾「おおおおお!」パチパチパチ・・・

友矩「まずは、『予選突破おめでとうございます』と」パチパチパチ・・・

友矩「それじゃ、撤収しましょう!」

弾「――――――身形を整えて!」(黒服)

一夏「――――――『学園島の地下秘密基地で待機』っと」(黒服)

友矩「2日目もお疲れ様でした!」(黒服)




――――――その夜

――――――地下秘密基地


弾「そういや、千鶴さんから宿題があったっけな」

弾「『知覧』に替わる機体名がな。純日本風っていう注文付きで」

弾「そこで俺は考えた!」


――――――“昇竜拳”からとって『昇竜』だ!


一夏「おお! かっこいい!」

弾「英語で言えば、――――――『ライジングドラゴン』!」

一夏「それに“昇竜拳”はまさしく日本原産だからな。これなら文句はないはず!」

友矩「同じ意味で、『龍驤』というのはどうでしょうか? これは“伏竜”こと諸葛孔明の栄達に由来した言葉です」

弾「うへっ……、総画数 多すぎぃ…………」

一夏「でも、こっちもかっこいいな!」

弾「なるほどな。今日の試合を見ていてあれはまさに“龍が昇り立つ様”だった」

弾「そう考えれば、“アヤカ”を“龍”に喩えるのも悪くないかもな」

友矩「それでは早速、2つを提案しておきましょう」カタカタッカタッ

友矩「さて、どうしましょうかね?」

一夏「何がだ?」

友矩「“アヤカ”への聞き込みだよ。あの“昇竜拳(仮)”がどういう原理で行われているものなのかを聞いておかないと」

友矩「それと、コア・ネットワークを介して情報が漏れているのかも」

一夏「ああ…………」

弾「けど、話に参加できるのは一夏と友矩なんだろう? 俺は面識がないから話にならないし」

友矩「そうだね」

友矩「けど、明日は予選Cブロック――――――、“ブレードランナー”として待機していないといけないんだけどね」

弾「ああ そっか。それで――――――」


――――――そういうことなら私が代わってあげる。


一同「!」


千鶴「宿題をちゃんとやってくれてありがとね」

友矩「―――――― 一条千鶴!」ガッ

弾「ど、どうしてここが――――――!?」

一夏「………………」ジー

千鶴「おお 怖い怖い!」

千鶴「けど――――――、」


――――――戦えば必ず勝つ。


一同「!?」

一夏「………………」

弾「ど、どうするよ?」

友矩「…………答えよう」


――――――此れ兵法の第一義なり。


友矩「………………」

千鶴「それじゃ――――――、」


――――――人としての情けを断ちて、


友矩「では――――――」

一夏「俺が言うよ」

友矩「…………わかった」


――――――神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬り、


千鶴「――――――然る後、初めて極意を得ん」

弾「おお!(へえ、ここまで初めて聞いたけどあのセリフってこれだったんだ)」


千鶴「ちゃんと合言葉として機能しているようね」

友矩「あなたも“ブレードランナー”の一員だったということか」

一夏「ただの協力者じゃなくて、本当の増援か」

友矩「それで、『あなたが代わりをする』とはどういうことでしょう?」

千鶴「言葉通りよ。何かあったら私が何とかするわ」

弾「まさか――――――!」

一夏「――――――専用機持ち!」

千鶴「ご名答! 私も『G2』でいくわ」

友矩「――――――『G2』!」

一夏「確か、俺の『白式』が『G3』――――――つまり、国産初の世代機を意味するものなら!」

弾「日本初の第2世代型IS――――――なんて骨董品を!?」

千鶴「こらっ」ポカッ

弾「うはっ?!」ボガーン!

千鶴「『骨董品』は酷いわよ。『G2』は今も現役――――――骨董品なのは『G3』のほうよ」

弾「あ、はい……」

友矩「『G2』――――――『風待』ですか。これまた“ブレードランナー”に打ってつけの機体ですね」

友矩「ただ、単一仕様能力がピンポイント過ぎて効果がなかったという話ですけど」

千鶴「そう。けど今は、第2世代型ISが普及しきって第3世代へと移る過渡期――――――!」

千鶴「今のISはみんな後付装備を搭載しているから、私の『風待』がいよいよ猛威を奮う時が来たのよ」

友矩「まさに、――――――『風待』! ついに追い風が吹いてきたということですか」

千鶴「そう。これからは私も前線に出るわ。2機揃えば今までできなかったことにも専念できるようになる」

弾「うっひょー! これは心強い味方だ!(しかも、元日本代表候補生なだけあってナイスバディ! 眼福だぜ!)」

一夏「…………かつて千冬姉と肩を並べたあなたとこうして共に歩むことができるなんて」

千鶴「そうね。互いに大きくなったわね、一夏くん?」

一夏「これからよろしくお願いします」パシッ

千鶴「まかされた」ギュッ ――――――握手!

千鶴「私の『風待』の単一仕様能力も対IS用に特化した能力だから『白式』とは肩を並べられる能力だけれど、」

千鶴「第1形態で単一仕様能力を使える弊害で拡張領域が使えないあなたを、拡張領域を初めて搭載した第2世代型の私が補うわ」

友矩「なるほど。一撃必殺の一夏と対応力の千鶴さんですか」

友矩「秘密警備隊“ブレードランナー”としては最高の戦力ですね」

弾「おお! 何だかワクワクしてきたぜ!」


千鶴「ところで、一夏くん?」

一夏「はい?」

千鶴「マッサージ、お願いしていいかしら?」ウッフーン

弾「!?」ドキン!  ――――――「ワーオ」

一夏「わかりました。けど、ここは本当に何もないので。最初に比べると物は持ち込んだんですけどね」

友矩「そうですね。これから1つぐらいベッドを用意したほうが良さそうですね。寝る時は銀マットにシュラフ、枕だけの侘しいものですから」

弾「あ、あの……!」ドキドキ

一夏「どうした、弾?」

弾「お、俺もマッサージして差し上げたいと思いまして――――――(ダメで元々! こんなチャンスはめったにない!)」

千鶴「へえ? 弾くんもできるんだ?」

弾「あ、いえ……、俺、“運び屋”ですから今日のような任務だと手持ち無沙汰になってしまいまして、それで――――――」ドキドキ

千鶴「ああ そういうことね。そうよね、それなら喜んで練習台になってあげるわよ」

弾「!?」

弾「あ、ありがとうございます!(いぃやったああああああああああ! “ブレードランナー”に入ってよかったああああああ!)」

友矩「…………五反田さん?」

弾「ハッ」アセタラー

友矩「程々にね?」ニコニコー

弾「……はい」


――――――こうして大会2日目の夜が更けていくのであった。


斯くの如くんば、行く手を阻む者、悪鬼羅刹の化身なりとも、豈に遅れを取る可けんや。



第6話A 安息
BREAK

――――――大会2日目の夜

――――――食堂


谷本「それでは、今日もお疲れ様でした!」

谷本「そして、“アヤカ”くんに篠ノ之さん――――――!」


――――――決勝トーナメント進出、おめでとう!


「おめでとう!」パーン!

シャル「おめでとう!」パチパチパチ・・・

ラウラ「これでベスト4だ。――――――当然だな。私が指導したのだからな」ドヤァ

セシリア「おめでとうですわ……!」パチパチパチ・・・

雪村「大丈夫?」

セシリア「ええ。私は代表候補生ですから、あれぐらいのことでへこたれませんわ」

セシリア「しかし、あんな奥の手を隠していただなんて…………(今までの鈍重さはフェイクでしたのね。まんまとしてやられましたわ……)」

本音「最後のアレ 凄かったもんねー」

箒「私も何が起きたのか、わからなかったぞ。『急に後ろのほうで凄い音がした』って思っただけで――――――」

相川「今日の試合のハイライトシーン、最後のアレだけカメラに収まらなかったんだよね」

鷹月「そうだね。アリーナの壁際で1秒前後の一瞬の出来事だったからね。撮影カメラも追っていけなかったんだろうね」

セシリア「――――――『壁際』」

セシリア「……そうですわね」アセタラー

セシリア「しかし思えば“アヤカ”さんの戦い振りは、本当に空中からでは見えてこない発想が詰まっておりますわね」

セシリア「(――――――『壁際』とか、――――――『壁際』とか、――――――『壁際』とか!)」

相川「そうよね。3回戦で戦った4組の日本代表候補生の時も壁際まで逃げて、壁を背にして『護身 完成!』って感じだったし!」

谷本「セシリアの場合も、知らぬ間に壁際まで大きく移動していたことに驚いていたところを、背後から急上昇してそのまま叩き落としたって感じ」

箒「私たちよりも格上の代表候補生たちが揃いも揃って壁に阻まれたというわけか」

セシリア「悔しいですが、そうですわね……」

シャル「でも、追撃せざるを得なくした“アヤカ”くんの元々の動きも凄かったよね」

本音「まさしく変態機動だったのだー」

鷹月「「専用機化」して「最適化」された結果なんだろうけど――――――」

セシリア「あれは明らかに『打鉄』の動きではありませんでしたわ! 別の何かでしたわ!」

シャル「まるで、大地の祝福を受けているかのような縦横無尽の動きだよね。『地に足をつけていてもまだまだ人間にはできることがいっぱいある』って感じ?」

箒「おお。ずいぶん詩的なことを言うのだな、シャルルは」

相川「でも、確かにそうかも。急に横になって転がり始めた時はどうしたことかと目を疑ったけど、あれで壁際まで逃げ切ったんだもんね」

谷本「ホント、“アヤカ”くんと居ると目から鱗が落ちるようなことの連続でハラハラさせられるわ」

セシリア「そうですわね(思えば、最初に会った時から私はカルチャーショック以上の何かを受けましたことですし……)」


雪村「でも、一番の力はパートナーでしたけどね。僕が囮になっている間に敵を抑えてもらえたので本当に気が楽でした」

ラウラ「そうだな。“アヤカ”の実力を最大限 発揮させられた箒の奮闘は賞賛に値するものだったぞ」

セシリア「そうですわ……。箒さんがしっかりとナギさんに張り付いてくれたおかげで、こちらとしては“アヤカ”さんに銃口を向ける他ありませんでしたし……」

箒「そ、そうか? 言うほどのものでは思っていたのだが……」テレテレ

シャル「そう謙遜することかな? 事実、3回戦は篠ノ之さんが相方を倒したおかげで勝ったんだし、ね?」

谷本「いやぁー、“親子”揃って剣の鬼だったのには驚いたわぁ~」(2回戦の対戦相手)

相川「二人とまともに戦って勝てるのはたぶん代表候補生ぐらいだけだよ。あ、その代表候補生は――――――」(2回戦の対戦相手)

セシリア「…………むぅ」(4回戦の対戦相手)

箒「そういうことなら、素直に賞賛を受けておこうではないか……」ウルウル


――――――初めてだよ。ここまで人から褒めてもらえただなんて。


鷹月「え、篠ノ之さん?」

箒「あ、いや……、目にゴミが入っただけだ…………気にするな」ニコニコ

雪村「………………」

セシリア「あら、どうしましたの、“アヤカ”さん」

箒「な、何だ、雪村? 言いたいことがあるのなら、はっきり言え」


雪村「ありがとう、………………いつもありがとう」ニッコリ


一同「?!」ドキッ

箒「あ」

一同「キャー! ワラッター!」

箒「だーかーらー!」

谷本「何!? 今の笑顔の破壊力――――――!」ドキドキ

相川「見ているこっちまで笑顔になっちゃいそうな素敵な笑顔だったよね!」ドキドキ

鷹月「そうよ! よく見たら、素材は良いんだし、今まで本当に損してきたって感じよね!」ドキドキ

本音「みんな、ギャップ萌えってやつなのだー」ニッコリ

シャル「本当に最高の笑顔だったよ、“アヤカ”くん」ニコニコ

セシリア「本当に最初の頃と比べて変わりましたわね、“アヤカ”さん」ニッコリ

ラウラ「あ、あ…………(何だというのだ、今の衝撃は!?)」ドキドキ

一同「(でも――――――、)」


箒「雪村。お前、そんな笑顔もできるようになっていたのか。何か見違えるようになったな」


雪村「そうなんですか? 何かろくでもない表情を浮かべてしまったのではないかと怖くなりましたけど」

箒「ううん。今まで最高の笑顔だったぞ」ニッコリ

箒「ほら、もう一度!」

雪村「そういうあなたの笑顔も、素敵ですよ」

箒「なっ!?」カア

一同「(やっぱり、“母親”の存在って偉大だなー)」

セシリア「これは完敗ですわね(――――――クラスのマスコット、名物コンビという意味では)」フフッ


パシャパシャパシャ・・・

箒「あ」


新聞部「じゃじゃーん! 新聞部でーす!」


新聞部「いやぁー、――――――最高の笑顔、ごちそうさまでした」ニコニコ

雪村「………………!」

雪村「黛 薫子副部長じゃないんですね」

新聞部「まあね。なんてったってこの大会はそれぞれの学年ごとで特集記事を組まないといけないからね。新聞部は大忙しよ」

新聞部「それで今日は今大会のダークホース:“アヤカ”くんと篠ノ之さんのツーショットをお願いしまーす!」

一同「おおおおお!」パチパチパチ・・・

雪村「………………そうですか(この人、本当に新聞部なのかな? 違った何かを感じるんだけど…………)」

箒「わかりました。よし、雪村――――――!」

雪村「はい」



パシャパシャパシャ・・・




新聞部「うんうん。ツーショットの方も集合写真もいい感じいい感じ!」

新聞部「笑顔の花が一面に広がってる感じで」

新聞部「これは新聞部のブログのトップになるわー」

雪村「これで以上ですか?」

新聞部「そうそう! もう1つあるのよ。それも“アヤカ”くんとデュノアくん宛にね」

シャル「僕も、ですか?」

新聞部「ああ……、やっぱり知らないんだ。――――――しかたないか、大会で忙しいもんね」

新聞部「それで、これは寮長から伝言でね?」


――――――男子用の大浴場が本日オープンなのよ!


雪村「へえ」

シャル「そうだったんですか」

箒「前々から改築工事をしていると思っていたら、そんなのを造っていたのか」

新聞部「そうよ。これが大浴場の案内」ペラッ

雪村「………………」ジー

シャル「………………」

新聞部「篠ノ之さん。間違っても“親子”で入らないでねー!」

箒「なっ!? 何を言うか、不埒だぞ!」カア

谷本「そうよね! 篠ノ之さんには将来を誓い合った相手がいるんだからねー」

相川「篠ノ之さん! 私、応援してるからね!」

本音「シノノンは純粋~!」

箒「い、言わないでくれー!」カア

新聞部「いやぁー、1組は本当に楽しいわねー」

シャル「はい」ニッコリ

新聞部「それじゃ、明日はCブロック! 頑張ってね~」

一同「ハーイ!」

タッタッタッタッタ・・・

箒「うぅ…………」

一同「」ニヤニヤ


雪村「ところで、今の新聞部部員は誰なんです?」

谷本「え」

相川「さあ?」

セシリア「よくお見かけするような気はいたしましたけど、確かにどなたなのでしょう?」

鷹月「少なくとも、合同実習の時にはいなかったから1組と2組の人じゃないと思うけど…………」

雪村「………………」

箒「ま、まあそんなことはどうでもいいではないか!」

箒「ほらほら! あの人が言うように明日はCブロックのみんなだぞ! 準備はできてるか? 寝坊はするなよ」

一同「ハーイ!」

谷本「負け組の私たちはやることないんだけね……」

相川「クラスのみんなの応援があるじゃない!」

本音「みんな、頑張れ頑張れー。ファイトー」

ラウラ「“アヤカ”、明日は私に少し付き合え。私が勝つのは当然だが、日々の訓練を欠かすわけにはいかないからな」

雪村「わかりました」

女子「明日はデュノアくんの出番だよ!」ワクワク

シャル「うん。頑張るからね」ニコッ

女子「キャー! デュノアクーン!」

シャル「うん。頑張るから、 僕」





「いやぁー、まさかここまで変われるなんてねぇ…………何だか私まで報われた気分だわ-」

「“あれ”のどこが『存在自体が冒涜的』なんだろうね。あんなに素敵な笑顔を作れるのに…………」

「“あれ”を『存在自体が冒涜的』に足らしめていたのはやっぱり自分たちじゃないのかな」

「結局は、正当な評価とは別に『そういうものであれ』と圧力を掛けて“本物の怪物”に育て上げてしまうのが世間ってことなのね…………」

「でも、“怪物”になったとしてもそれを『人間』に戻せるのも周囲の人間の暖かさか。ちょっとばかりウルって来たね……」



――――――その後


チャプン

雪村「……」

雪村「…………」

雪村「………………」

雪村「……………………」

ガララ・・・

シャル「へえ、これが日本式の大浴場なんだ」

シャル「やっぱりここにいたね、“アヤカ”くん」

雪村「………………」

雪村「良い人が見つかったようで何よりです」

シャル「!」

シャル「……凄いんだね、そこまでわかるんだ」

雪村「僕もそうですから」


――――――自分では何も決められない人間だから。


雪村「だから、人にすがるしかない」

シャル「あ」

シャル「…………うん。そうだね」

シャル「いつまでもそうじゃいけないのに――――――」

雪村「それがいけない」

シャル「え」


雪村「できることなんて自分には無いのに、やろうとするから傷つく」

シャル「それじゃ……、どうすればいいの?」

雪村「『その時』が来るまでその人に縋っていればいいじゃないか」

雪村「決して疑わず、最後の最後までその人のことを信じていればいい。何も考えずに」

雪村「できもしないのに賢しく振る舞おうとするから苦しむのだから、嫌なことはずっと忘れていればいい」

シャル「………………」

雪村「――――――『そうじゃないか』って僕は思い始めた」

雪村「大切なのは『今まで』でもなく、『これから』でもなく、『その日を摘めるかどうか』にあると思う」

雪村「――――――特に、僕のように先の見えない人間ほど」

シャル「――――――『その日を摘めるかどうか』?」


雪村「自分が精一杯やれる限られたことに全力を尽くせばいい」


シャル「!」

シャル「……ど、どうしたの? 本当に変わったみたいだけど」

雪村「わからない。ふとそう思えるようになっただけで」

シャル「そうなんだ……」

シャル「僕ね、今 “アヤカ”くんが言ったことと全く同じことをある人に言われて立ち直れたんだよ?」

雪村「そうなんですか?」アセタラー

シャル「そうなんだよ」


チャプン

シャル「ああ……、温かい(ちょっと熱い気もするけど、気持ちいいや)」

雪村「………………」

シャル「何 考えてたの?(“アヤカ”だってわかっていても、やっぱりちょっと緊張するな…………こっちの方を向いてくれないのも寂しいけど)」


雪村「…………“ハジメ”って人のことを考えてた」


シャル「!?」ドキッ

シャル「うえええええええええ!?」

シャル「ど、どうしてその人の名前を!?」

雪村「あ……、そうなんですか。たぶん、シャルルの言う“ハジメ”とは違う人と思いますけど」アセタラー

シャル「そ、そうだったんだ。ああ びっくりした……」ドクンドクン

雪村「………………」プイッ

シャル「あ」

雪村「……何?」

シャル「み、見たでしょ?」

雪村「……何を?」

シャル「え? えと、それは――――――」

雪村「………………」

バシャーン!

シャル「きゃっ!」

雪村「………………」スタスタスタ・・・ (十分に湯船に浸かったのか、引き上げて最後に身体を洗う)

ジャージャー!

シャル「あ……」チラッチラッ

雪村「…………お前、見ているな」

シャル「ご、ごめんなさい!」

雪村「…………変な子」

シャル「あ、“アヤカ”に言われたくは無いよ、それは――――――!」バシャーン!



――――――
箒「こ、ここが男子用の大浴場か」ドキドキ

箒「雪村め、いつまで入っているつもりだ……(あ、トイレがあるのか。これで用を足しに行くのが楽になるな)」

箒「千冬さんから大事な話があるというのに…………」

箒「石鹸を踏んでひっくり返ってのびてなければいいのだが」

箒「そう! 決して私は疚しい思いがあって入ってきたのではないのだからな!」


雪子『――――――お背中、お流しいたしますわ』ポッ


箒「…………うぅ」カア

箒「違うんだからな!」
――――――

ガララ・・・

箒「雪村? いつまで入っている――――――」

シャル「え」

シャル「きゃっ」ザッパーン!

箒「――――――シャルル?」

雪村「………………」ジャージャー

箒「う、ううん? え? 今、シャルルの胸――――――」

シャル「ど、どうして箒が入ってくるの!? やっぱり“親子”だから?!」アセアセ

箒「いや、違うぞ、決して!」アセアセ

箒「わ、私はいつまでも入浴し続けている雪村を心配してだな――――――」アセアセ

シャル「そんなの絶対おかしいよ、箒ぃ!」アセアセ

箒「う、うるさーい!」

箒「そ、それよりもシャルル、お前――――――」

シャル「う…………」ドキッ

雪村「………………」ジャージャー

雪村「あの、いいですか?」キュッキュッ

箒「!」


シャル「な、何かな、“アヤカ”くん?」

雪村「僕、そろそろ上がりたいんですけど」

箒「あ、ああ…………(男の人の背中ってあんな感じなんだ…………)」ジー

シャル「ちょ、ちょっと待って、“アヤカ”くん! この状況で一人にしないで!」

雪村「やだ」

シャル「」

雪村「で、どうしてそっちもいつまでもどいてくれないんですか?」ムスッ

箒「あ、いや! お前の背中が存外大きくて――――――(え? あれ? 私、何を言って――――――)」

雪村「……そうなんだ。――――――『さすがは家族』ってことですね」プイッ

箒「いや、違う! 私は雪子おばさんとは違うぞ!」アセアセ

雪村「もういいですよ。ここで着替えるから!」


雪村「――――――展開!」ピカーン!


雪村「それじゃ、シャルル。さようなら」スタスタスタ・・・(ISスーツ)

箒「ま、待て!」ガシッ

雪村「今度は何ですか? さっさと部屋に戻りたいんですけど」ジトー

箒「いいか? 私はな――――――」

シャル「ははは、相変わらずだよね、“アヤカ”は…………」クラッ

シャル「あ、あれ……? 頭の中が――――――    」フラッ

ザッパーン!

雪村「!」

箒「シャルル!?」

シャル「」ブクブク・・・

箒「あ、雪村!」

雪村「…………!」シュタ

雪村「――――――『知覧』!」

バシャーン!

雪村「のぼせたか。――――――ちょっと熱すぎるから」(湯船に沈んだシャルルを素早く掬い上げた!)

シャル「ゴホゴホ・・・」

箒「だ、大丈夫か、シャルル!(あ、やっぱり――――――)」

箒「雪村! 早く脱衣所に連れて行ってやってくれ。そこで身体を冷やしてやろう」

雪村「わかりました」ガコンガコンガコン!

シャル「うぅ…………」バタンキュー

箒「………………」


箒「――――――信じよう。雪村がそうしたように」


箒「――――――って!」

箒「男の雪村に何をやらせようとしているのだ、私はあああ!」

箒「雪村! それは私がやるから! お前はさっさと千冬さんのところに行けえええ!」


――――――それから、

――――――大会3日目 予選Cブロック


――――――
実況「予選Cブロック通過、おめでとうございます!」

実況「予選通過は、“ブロンドの貴公子”シャルル・デュノアぁー!」

実況「と、同じく1組の“リコリン”と呼んで欲しい岸原理子ぉー!」
――――――

シャル「はは……」ニコニコ

――――――
観衆「わあああああああああああ!」

セシリア「さすがですわね、シャルルさん」

箒「あれは、私も雪村も苦手とするタイプだな……」

箒「対策が必要だな。「高速切替」による変幻自在の付かず離れずの戦法こそが一番 雪村が苦手とするものだからな」

ラウラ「そうだな。第2世代型だが、実力はまあ悪くない上に武装も充実しているから“アヤカ”では厳しいものがあるな」

谷本「というか、リコリン! あんまり活躍してなーい!」

ラウラ「予備装備の遠隔展開で少しばかり援護射撃をしていた程度か。外しまくっていたが」

相川「でもでも、武器を分けてもらえるっていうのは何か良いよね」

谷本「そうそう。男と女で共同作業してるって感じでね」

箒「………………『男と女』か」

鷹月「どうしたの、篠ノ之さん?」

箒「いや、なんでもない。なんでもないんだ」

鷹月「そう? なら、いいんだけど(昨日からどうしたんだろう、篠ノ之さん?)」
――――――


――――――アリーナのどこか


一夏「そっか。シャルロットちゃんの正体が箒ちゃんにバレちゃったわけ…………」

友矩「いったい何人のJKとフラグを立てれば気が済むんでしょうね、ロリコンさん?」ジトー

一夏「俺はロリコンじゃねえ! ただ誠実に振る舞ってきただけだぁ!」アセアセ

友矩「そして、“アヤカ”と篠ノ之 箒が優勝したらどうするつもりなのか、腹は決まりましたか?」

一夏「勘弁してくれぇ…………」

雪村「明日はDブロックですね。ラウラさんと鈴さんの戦いです」

一夏「そ、そうだな……」アセタラー

友矩「この調子で、1年の専用機持ち全員を攻略したらロリコンだって認めてくださいね?」

一夏「うるさい!」

一夏「でも、やっぱりコア・ネットワークを通じてか、互いの情報や認識を共有しあってる感があるな」

雪村「はい。自然と一夏さんの人生観をものにしていたようで、シャルロット・デュノアに『一夏さんと同じことを言っていた』と言われました」

一夏「そっか。良い方向に働いてくれたようで嬉しいよ」

雪村「はい」

雪村「やはり人は、教え導いてもらわなければただの動物です。叡智があってこその人ですね」

一夏「ああ。俺も“人を活かす剣”が無ければただの“千冬姉の弟”に過ぎなかったかもしれない」

友矩「いえ、“童帝”です」

一夏「だから、茶々入れるのやめて! “アヤカ”が見てるから!」

雪村「本当に一夏さんと友矩さんは互いのことを信頼しているのですね」フフッ

一夏「ああ そうだよ! そうでなけりゃ、こんな暴言の毎日に耐えられるわけがない!」

友矩「ええ。これが毎日の日課ですから。呆れながらも罵るというのはちょっとしたエンターテイメントですよ、ホント……」ニッコリ

友矩「それじゃ、必要なことは十分に聴けました。今日はこれでいいです」

友矩「健闘をお祈りしています」

雪村「ご助言をいただけませんか?」

友矩「それはできません」

一夏「…………悪いな」

友矩「けれども、――――――『作戦自体は悪くはありません』それだけは言っておきましょう」

雪村「ありがとうございます」

雪村「では」


ガチャ、バタン!




一夏「………………」

友矩「どう思います? 最初の頃と比べればすっかり明るくなりましたが」

一夏「それでも不十分だよ。根源的なところで諦めてるから」

一夏「それが、仮想空間“パンドラの匣”における“魔王”とブラックホールの存在だ」

友矩「…………仮想空間の開拓もだいぶ進んだ」

友矩「痛ましい過去の傷痕を思えばこれでも大きく前進してはいるんだけどね」

友矩「根源に至るまではまだ遠いか……」

一夏「ああ。だから、これからも電脳ダイブは続けるべきだ」

一夏「俺との心のふれあいで心の内側から救うことができているのに、ここで止めたらそれ以上 次へは進めない」

一夏「それに、箒ちゃんたちとのふれあいで心の外側が満たされつつあるんだ。外も内も満たしてやらないと」

一夏「俺にしかできないことなんだ、これは。だから やり通す!」


――――――同じ“ISを扱える男性”である俺が“アヤカ”を守るんだ。


友矩「その心が、“アヤカ”の孤独な心に光を灯したんだね」

友矩「(そう。コア・ネットワークを介して伝わるのは情報だけじゃない)」

友矩「(それが「相互意識干渉」と呼ばれる現象であり、コア・ネットワークを通じて搭乗者同士の心を結びつけるという)」

友矩「(でも、人の心を救うのに「相互意識干渉」なんていうのは絶対に必要ではないんだ)」

友矩「(きっと一夏ならば、生の人間生活の中でも“アヤカ”の心を救ってあげられただろう)」

友矩「(そしてそれは、特別な資格など必要ない。現に篠ノ之 箒はISを使わずにそれをやってのけている)」


――――――『ISにも心がある』が故にコア・ネットワークが発達する以上、『心を持つ人間』にできない道理はないからだ。


友矩「心を信じることを諦めてはいけない――――――。そうだろう?」

一夏「ああ。どんなに人間の中の悪に絶望しても、『捨てる神あれば拾う神あり』だ」

一夏「でなければ、道徳や大道は廃れて人間は畜生・修羅・餓鬼に身を貶し、この世はとっくの昔に地獄と化していただろう」

一夏「だから、まだ信じてる」


――――――これから人類がどうISと一緒に未来を歩めるのか、より良き選択をしてくれることを。



――――――大会4日目 予選Dブロック


鈴「こ、ここまで相性が悪いだなんて…………」(戦闘続行不能)

ラウラ「所詮はここまでだ」

ラウラ「貴様も織斑教官とは接点があるようだが、同じと思わないで欲しいものだな」

鈴「くっ」

ラウラ「フッ」


――――――試合終了!


――――――
実況「お疲れ様でした!」

実況「これにて、学年別タッグトーナメントの予選が終了!」

実況「例年ならば、今日と明日でそれぞれの予選ブロックの準決勝と決勝戦が行われるのですが、今年からは明日で決着となります!」

実況「さあ! 今年は例年と比べて代表候補生こそは少ないものの、専用機持ちが多く入ってきた!」

実況「それ故に、専用機が大会を総なめにするのかと思いきや、Bブロックではその専用機持ちを打ち破った猛者も現れています!」

実況「さあ、勝つのは誰なのか!? 明日は決勝トーナメント! お見逃しなく!」


観衆「おおおおおおおおおお!」


箒「ついに明日だな!」

雪村「はい」

谷本「ベスト4は1組が総なめね!」

鷹月「でも、デュノアくんやボーデヴィッヒさんをどうにかしないことには優勝は難しいかも」

シャル「ははは……。決勝トーナメントがどういった組み合わせになるかはわからないけど、その時は覚悟してね」ニコニコ

箒「そこが問題だな(やはり、最後まで立ち塞がるか、――――――専用機持ち!)」ムムム・・・

相川「頑張って、篠ノ之さん! 優勝してカレシを振り向かせるんだよ!」

箒「ああ! 何としてでも勝つぞ、雪村!」

雪村「はい……」アセタラー

箒「(しかし、――――――何だろう? 嫌な胸騒ぎが収まらない)」

箒「(トーナメントの前日に、シャルルやラウラが無断外出したことや雪村が襲われていたことを考えると、)」

箒「(どうしても何かが起こりそうな気がしてならなかった…………このまま無事に終わるようには思えなかった)」

箒「(それに、シャルルが男装して雪村に接近しなければならなかった陰謀を目の当たりにしてますます――――――)」

雪村「………………」

箒「(雪村は何も言おうとはしない。たぶん、雪村としてはいつもどおりのことなのかもしれない)」


――――――私もそうだったから。


箒「(だからこそだ。だからこそ、ようやく得られたここでの平穏な日々を奪わせるわけにはいかないのだ!)」

箒「(雪村、もうお前を独りにはさせない――――――そう誓ったのだから!)」


箒「(けど、ISに対抗するにはISしかない)」

箒「(――――――が、一般生徒の私では専用機などとてもじゃないが無理だろう)」


――――――いや、可能性は無くはない。“あの人”がいる。


箒「(けど、そうすることはどうなのだろう? 身近な人を守るためとはいえ、かえって事態を悪化させるのではないのだろうか?)」

箒「(専用機――――――それも現在 最新鋭の第3世代型をも超越する機体をものにできたら、私も雪村も安息を得られるのだろうか?)」

雪村「――――――」

箒「………………」

雪村「お話があります」ポンポン

箒「あ」

箒「す、すまない。私がこんなんでは勝てるものも勝てないな」


――――――勝ちたいですか? どんな手を使ってでも。


箒「え」

雪村「勝ちたいですか?」

箒「そ、そりゃあ勝ちたいけど、――――――何をするつもりなのだ?」

雪村「それをお話したいので、場所を移させてください」

箒「…………わかった」

スタスタスタ・・・

谷本「お! 早速、明日の対策会議に行ったようね!」

相川「邪魔にならないようにしてあげないとね! もしかしたら優勝しちゃうかもしれないんだから!」

鷹月「それで、大会が終わったらまたまたお祝いをしてあげなきゃね!」

本音「おー!」

シャル「ふふふ」ニコニコ
――――――


――――――対策会議


箒「それで、何をする気なのだ?」

雪村「これはまだ(学園の)誰にも言っていないことなのですが――――――、」


――――――『知覧』には単一仕様能力があります。それで勝ちに行きます。


箒「?!」

箒「え」

雪村「………………」

箒「ちょっと待ってくれ!」

雪村「……何です?」

箒「た、『単一仕様能力』って、確か第2形態移行をして初めて得られるものじゃ――――――」

箒「そ、それに! 第2形態になったとしても発現した実例が少ないという、――――――『あれ』か?」

雪村「はい」

箒「そ、それって、セシリアとの戦いや前々で使ったあの急上昇のことか?」

雪村「いえ、あれは相手のPICとこちらのPIC力場を結びつけた『PICカタパルト』ですが?」

箒「は? 『PICカタパルト』? 初めて聞く技術だが……」

雪村「そうなんですか? 相手のPIC力場と自分のPIC力場を結んで相手のPICエネルギーと合体させて自分のPICを強くするって技術…………」

箒「え? そんなのがあるなら、どうして今までノロノロと――――――」

雪村「あれは仕様です。僕はどういうわけか自分のPICをうまく使いこなせないのが事実です」

雪村「最初は移動に使えるのかと思ったのですけれど、水平方向へは難しいようです」

雪村「あくまでも『PIC』はベクトルの向きを調整するものであり、推力は重力やスラスターに依りますから」

雪村「ですから、垂直方向には大きく移動できます。相手が自分より高所にいることによる位置エネルギーと重力をPICの反重力で逆転させて真上に加速しますから」

箒「なるほど、わからん(――――――口で言われただけでは何ともいえないものだな)」


箒「と、ともかく高所の相手はその『PICカタパルト』で急接近できるということなんだな?」

雪村「要するにそうです。空中戦を得意とする相手にしか使い道がありません」

箒「そうだな。すると、明日の戦いでは期待できないか。シャルルもラウラも地上戦寄りだからな……」

雪村「それと、ベクトルを利用するものなので相手がある程度の垂直の動きをしている最中でないと利用できません」

箒「なるほど、一昨日のセシリアの一撃離脱戦法は、縦の動きが大きかったから『PICカタパルト』ですぐに追撃できたというわけか」

雪村「はい。ベクトルさえ感知できればそれが微々たるものでもこちらのスラスターで推力強化でき、元々のベクトルが大きければもっと速く動けます」

箒「ほう。となると、相手のPICを密かに利用していることになるから、場合によっては相手のPICを完全停止させられるのではないか?」

雪村「…………どうなんでしょう?」

雪村「確かに物体の上昇が止まる時というのは物理の垂直投射の計算でもあるように、物体が最高速に達した瞬間です」

雪村「つまり、相手がPICによる垂直上昇が最高速に達した瞬間に停止する――――――いえ、垂直投射とPICの揚力は別物ですね」

雪村「忘れてください。ともかく『PICカタパルト』を使って相手の動きを封じるのは難しそうです」

箒「そうか」

雪村「それに、単純に言うと『PICカタパルト』では相手の推力とこちらの推力を合計したベクトルを得るので――――――、」

雪村「カタパルトの名の通りに、放っとくとそのままの勢いで遥か彼方へと飛んでいってしまうんですよ」

箒「ああ……、そういう原理か。ようやく理解した。確かに使いどころが難しいな」

雪村「いえ、『PICカタパルト』のフォーカスを外して重力方向に修正して減速しながら上昇して高度を調整して、」

雪村「PICの低重力化とスラスターを噴かせて勢いを落としていけば無事に降りられますけどね」

箒「だから、相手よりちょっと高いところまで昇ってそこから無事に着地できたのか(あれ? そんなことを考えながら実践していたのか、雪村は?)」

雪村「降りる時はスラスターをもっと噴かせれば安全に降りられますけど、そうなると空中でもノロノロでいい的なので状況に応じてます、はい」

箒「…………そうか(しかし、本当に雪村は凄いな。こんなのはたぶん姉さんですら発見していない大発見だぞ!)」

箒「あ」

雪村「?」


箒「そうか、『PICカタパルト』がこれまで発見されなかったのは元々ISが空を飛べるせいだったからか……」


雪村「そうかもしれませんね」

箒「――――――『飛べないからこそ見えてくるものもある』わけってことか」

箒「あれ?(でも、これが単一仕様能力ではなく、どのISにも共通した能力ならば――――――)」



雪村「で、話を戻しますけど」


箒「あ。単一仕様能力の話だったな。そういえば――――――すまない」

雪村「いえ」

雪村「それで、僕と『知覧』の単一仕様能力なんですが、」


――――――『落日墜墓』と言います。


箒「――――――『ラクジツツイボ』?(――――――『落日』? ――――――『追慕』?)」

雪村「漢字で書くとこう――――――」サラサラ

箒「何やら不吉な意味合いが込められているような気がするが……」

雪村「そうかもしれません(なぜなら――――――、)」


――――――なぜならば、これまで“同じもの”に虐げられてきた者同士が歩み寄って生まれた能力なのだから。






――――――某所


1「不愉快だねぇ……!」

2「まったくですわ!」

2「これで織斑一夏の手によって4機ものISを失う結果になったのですから!」

3「………………」

1「あんたとしては、さぞ愉快なことだろうねぇ?」

3「組織の痛手になっていることで喜べるものですか」

3「どうするつもりなんですか? 期日を過ぎてまだやるのですか? ――――――4機も失って」

2「そ、それは…………」

3「…………この件に関しては、次は“土砂降り女”に任せてみると案が出ていますが」

1「!!」

1「クソ食らえだっ!」

1「こうなったら、アレをやるしかない!」

3「――――――『アレ』とは?」

1「アレだよ、アレ! こうなったら学園の信用をゼロにしてやる!」

3「まあ、何をしようが勝手ですが、期日を過ぎた上での行動がどういう結果を招くのかをよくよくお考えになってください」

3「ここで諦めれば、それ以上マイナスになることはもうありませんから」

1「馬鹿か! マイナスのままで終わったらオシマイだろうがよ!」

1「組織での私の地位やメンツってのはどうなるっていうのさ!」

2「そうですわ! 私たちしか千冬様をお救いできないのですよ!」

3「…………織斑千冬が最も愛する者を手に掛けようとする者に言えたことか」ボソッ

3「(やはり、この2人には消えてもらいましょう。IS4機を失うだけじゃなく、野放しにしておくとそれ以上の被害が出てしまう……!)」

3「(そもそも、こんな野蛮人に世界をどうこうするということができるはずもない。それができるだけの忍耐や知性が備わっていない)」

3「(…………織斑一夏、組織の人間としては看過できない宿敵ですが、個人的にはこれからも正義の味方として君臨し続けて欲しいですね)」


1「ふふふっ! こうなったら、目撃者は“男”と一緒に全て皆殺しだ!」

2「喜びなさい。歓喜に打ち震えなさい! これからたくさんの千冬様にたっぷり可愛がってもらえるのですから」

3「では、事が成就することをお祈りしています(――――――どう足掻いても次はもう無いですけれど)」



第6話A これからの物語について重要な概念

・左派(革新派)と右派(保守派)の闘争
IS世界における最も大きな派閥であり、自然と全世界の女性はこのどちらかに属するとされる。
簡単に言えば――――――、

――――――Q.男がISに乗れることに肯定か、否か?

に対する反応や回答で分類されるために、どちらに属するかは一目瞭然である。
すなわち――――――、

左派:寛容、男女平等、男性
右派:拒絶、女性優越、女性

であり、IS学園内でも朱華雪村に対する反応でその違いが理解できるはずである。
織斑千冬や学園長は中道左派であり、積極的に働きかけることはないが女尊男卑体制維持には消極的である。


・仮想空間『パンドラの匣』の開拓と争奪戦
物語の裏事情の中心となっていく、国際IS委員会の指示で織斑千冬が地下秘密区画にある当時最高峰の大型サーバに電脳ダイブさせて築きあげた、
“朱華雪村”の心象世界を描いた仮想空間――――――通称:“パンドラの匣”である。

『パンドラの匣』には“世界で唯一ISを扱える男性”誕生――――――ひいてはISが女性にしか扱えない秘密を探るヒントが隠されているとされ、
5月から週一で少しずつ慎重に仮想空間の構築を進めていき、第1期が終わる前にはすでに8割ぐらいは構築は完了していたとされる。
このプロジェクトは様々な人間の思惑が詰まった次世代への希望が込められて“プロジェクト・パンドラ”と呼ばれ、サーバも“パンドラの匣”となった。

つまり、前述の左派と右派の闘争において重要なキーアイテムとなっていることは理解できることだろう。
左派は純粋なISの構造解明や男女格差の是正のために『パンドラの匣』の開拓を希望し、
右派は女尊男卑の世界を維持するために頑なに『パンドラの匣』の開拓に反対する。

しかし、『パンドラの匣』へのアクセス権はISによる電脳ダイブしか実現せず、
迂闊に外部からアクセスするとあらゆるコンピュータがクラッシュするというウイルスやバグに満ちた世界である一方で、
過去の電脳ダイブの例で貴重な専用機持ちを廃人にし、使われたコアも修復が不可能になる危険性があるという面から開拓には慎重になる意見がある。

だが、織斑千冬は決行した。そして、彼女にそうすることを命じた者がいるのだ。

そこにはどんな思惑が込められているのか、今はまだ闇の中にあり、杳として見ることはできない…………



・仮想空間『パンドラの匣』
そこは“朱華雪村”を含む“彼”の人生の全てが記録される場所であり、IS学園を出発点としてブラックホールを背景にした暗黒の世界観となっている。
基本的に構築した時の“彼”の精神状態が逐一反映されているために、新たに更新された場所はその時の精神状態によって全体的に不安定になることもある。
ブラックホールの引力が強い場所が存在し、ブラックホールに呑み込まれた場合はそのまま精神が消滅してしまう危険性があり、
また、“彼”が抱いているイメージがそのまま電脳ダイブしたパイロットたちに襲い掛かってくるのでISや適切なオペレートなしに進入するのは極めて危険。

その世界はまさしく“世界中の悪意に満ちた世界”であり、“彼”が抱く人間不信のイメージを克明に描いた世界でもある。


時系列で言うと“彼”が“世界で唯一ISを扱える男性”であったことから“世界中の悪意に満ちた世界”に堕とされているので、
必然と“彼”の過去へと遡っていく大きな一本道の世界となっており、最新の領域に“彼”を連れて行き、
そこで構築させることで新たな領域への道が開かれるRPGのような世界観であり、事実 “彼”が幼い頃にやったゲームに影響されている。

“彼”が領域に入ることで“彼”の無意識から生み出される悪意の象徴である魔物や“魔王”の存在が開拓の邪魔をしに現れる。、
この仮想空間の構築では、“彼”の奥に封印されている忌まわしい記憶の欠片を引っ張りだすことになるので、
その作業風景は、“彼”の中から“パンドラの匣”で形を持った悪意から“彼”を物理的に守って作業を中断させないようにする攻防戦となる。
“彼”の中にある悪意が“彼”自身を襲う理由は、そういうものだという認識と思い出したくないが故に作業を中断させようという“彼”自身の無意識による。
織斑一夏はそうした電脳世界において一人で何度も物理的に“彼”を守り切っており、
その行為と意思がこの世界に満ちている“彼”の無意識に届き、“ブレードランナー”織斑一夏への絶対の信頼へと繋がっている。

つまり、『パンドラの匣』の開拓の終着点とは、“彼”の人生と数々の迫害の日々の体験を超えなくてはならず、
それ故に、“彼”が“世界で唯一ISを扱える男性”であることの真実は“世界中の悪意に満ちた世界”を超えた先にあるのだ。

電脳ダイブは、元々はISドライバーの潜在意識をデータとして記録させたり、直接的に精神干渉したり、
意識不明になったISドライバーの記憶をISを通して記録したり、呼びかけたりできる技術として研究が進められていたが、
下手をすれば廃人や洗脳に陥る危険性からアラスカ条約で全面的に禁止された技術である。

今作では、その電脳ダイブを通して構築された虚構の仮想空間が物語の大きな舞台装置として徐々に影響を与え始める。
また、コア・ネットワークや「相互意識干渉」「深層意識同調」「非限定情報共有」などの無意識のコミュニケーション概念が取り上げられており、
これこそが今作「近未来剣客浪漫譚」における最大のテーマであり、信じるやつがジャスティスとなるのか遙かなる問い掛けとなる。


・“魔王”オーバーロード
『パンドラの匣』の中で“彼”の無意識が創造した“世界中の悪意そのもの”である。
この呼称は『パンドラの匣』開拓を最初期から勤めていた織斑一夏が“この世全ての悪を総括する魔王”に例えて名付けられ、後に公的に用いられたもの。
しかし、誰の心にも“魔王”という存在は潜んでおり、そのことを責めることができない不満から生まれた理想の純粋悪であるために、
少なくとも人間の姿をしておらず、見るもおぞましい化け物の姿をとっていることが普通である。幻惑するために人の皮を被ることもある。
この辺が“彼”の良心というか、本当に周囲の人間がそうとしか見えなくなった“彼”の悲哀の最たるものであるが、
一夏としてはそれが人間ではなく理想の純粋悪であるが故にたまらない斬り捨てることができ、開拓の大きな助けとなっている。
というか、電脳世界における存在ではあるが、“アヤカ”の感情の揺れ幅や領域によって弱くなったり、強くなったりするので、
密かに一夏の訓練相手となっており、電脳ダイブにおける仮想空間の開拓がISの訓練になっている(ISは脳波制御で電脳世界も脳波制御の世界である)。

基本的に、領域ごとにそれぞれの“魔王”が存在し、その性質や凶暴性も様々。領域ごとに存在し、その領域から出てくることがない。
一度 消滅させればその領域には更新されるまで登場しなくなるが、“彼”が嫌なことを思いを患って領域を通過していると復活する場合もあり、
“パンドラの匣”の世界は始まりから終わりまでが大きな一本道なので、最新の領域で復活されるとまた倒さないといけなくなるので厄介である。

『戦えば勝つ』の下りにある『神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬り』、
『斯くの如くんば、行く手を阻む者、悪鬼羅刹の化身なりとも、豈に遅れを取る可けんや』
“ブレードランナー”の合言葉に採用されているこの節が、織斑一夏の鋼のメンタルの根幹となっており、今作における強さの秘訣となっている。


一条千鶴 元祖“ブレードランナー”
専用機:第2世代型IS『風待』
ランク:S 
 格闘:A 射撃:A
 回避:A 防御:C
 反応:A 機転:C
 練度:S 幸運:C

織斑千冬とは同期の元第1期日本代表候補生の一人であり、織斑一夏とは顔馴染みである。
織斑千冬と山田真耶の能力を足して2で割ったような万能型であり、それ故に表舞台『モンド・グロッソ』には織斑千冬を送り出し、
彼女には裏舞台で様々なISや新技術の試験運用、あるいは非正規の任務に就く道が与えられ、彼女もそれを誇りに生きている。
こう書くと、織斑千冬が格下のように見えてくるが千冬の『暮桜』が当時最強だった事実は揺るぎなく、
当時としては接近格闘機ではない新しい形のISの模索が進められていたので、時代のニーズに応えた結果がそうなっただけで、
どちらも一級品のドライバーであり、競技選手の道に千冬が、技術開発の道に千鶴が進んだにすぎない。

秘密警備隊“ブレードランナー”の副司令であり、本人もかつては元祖“ブレードランナー”として専用機『G2』こと『風待』を駆って暗躍していた。
“男”である織斑一夏とは違って性別を偽る制約がなく、拡張領域が使えない『白式』とは違って『風待』は拡張領域を活用できているために、
任務遂行そのものは自由度が高く、彼女の優れた対応力によって着実に遂行されてきた。
しかし、“男”であるという意外性から警戒されづらいのが一夏であり、『零落白夜』という一撃必殺を持っているのが『G3』こと『白式』なので、
一概にどちらが優れているかは言えないぐらいに、能力や得意分野が差別化されている。

それ故に、思った以上に後任“ブレードランナー”である織斑一夏が仮想空間の構築や今までになかった新たな脅威の対応に忙殺されたために、
任務に専念できるように増員することが決まり、再び“ブレードランナー”として愛機である『風待』と共に前線に復帰することになる。
ただし、織斑一夏の根本的な制約である“ブレードランナー”=“ブリュンヒルデ”の構図の足かせに彼女も悩まされることになり、
IS学園防衛の最高責任者の織斑千冬の名誉のために自身の専用機を貸し与えることになるのだが、織斑千冬を二人出現させるにはいかなくなったので、
織斑一夏には新しいISスーツを着せることになり、織斑千冬の象徴でもある『零落白夜』のことであの手この手で小細工をすることになる。
自身は諜報員として無理はしない程度に狙撃や尾行などの裏方に従事することになる。


第2世代型IS『風待』Ver.5.0 第2形態
専属:一条千鶴 元祖“ブレードランナー”
攻撃力:B+接近格闘機だが、拡張領域で傾向可能となった大型火器の恩恵で火力が高い
防御力:B+後の世界シェア第2位となる『打鉄』の基となる期待故に当時としては破格の重装甲だった
機動力:A+旧式機であるが、日本初の第2世代型となる『暮桜』の後継機でかつ第2形態なので機動力は『白式』に匹敵するほどになる
 継戦:B+拡張領域を生かして豊富な武器を使い分けられる。「高速切替」にも対応している
 射程:B+豊富な火器によって射程は自由自在。これが第2世代型である
 燃費:A-第2世代型初期の機体はみな低燃費であり、この機体が重装甲であるために燃費はいいが、武器切替によるエネルギー消費が多くなる

日本初の第1世代型IS『暮桜』こと『G1』の後継機として開発された日本初の第2世代型IS『G2』であり、基本的に『暮桜』+「拡張領域」という認識でいい。
それ故に、分類としては接近格闘機ではあるが、拡張領域の試験運用を重点においた実験機の趣が強く、
射撃武器に対する耐性の強化で装甲が追加されて、自身も火器管制システムが搭載されて射撃戦もこなせるようになっている。
実は、「初期化」を何度も繰り返して洗練されていった経緯があり、それ故に現在の『風待』はVer.5.0第2形態となる。
洗練されていく過程の中で、『打鉄』の原型となる形態なども残しており、言うなれば“第2世代型の母親”とも言えるISでもある。
現在は第2世代から第3世代に移る過渡期になるが、着々と基礎の近代化改修がなされて性能そのものは並みの第3世代型IS以上の性能はあり、
それはつまりは、設計された当初の機体の面影はまったく残していない――――――『暮桜』とは懸け離れた機体設計へと変遷したということである。

そうして熟成されたノウハウによって単一仕様能力を獲得しており、「一般機化」するリミッターを付けることで他人にも利用できるようになっている。
しかし、第2形態への移行というものはISの搭乗者との「最適化」が一定水準を超えた時に起こる――――――搭乗者の特性を大きく反映させているので、
専用機を「一般機化」するということは別の搭乗者に本来の搭乗者と同じだけの力量や癖を要求するためにそれに特化した訓練を積まないと扱いこなせない。
今作においての最初の登場は、織斑千冬が学園防衛の最高責任者としての存在感を発揮するための茶番のために貸し与えられることになるが、
さすがは一流のISドライバーというだけあって、他人の機体でもそれなりに戦うことができた。

名の由来は、『G1』が『桜』だったので『G2』は『風待草』=『梅』である。『G3』もこれに因んだ名付けがされていたのだが…………


特殊装備
「一般機化」のリミッター
通常は一般機などに組み込まれるリミッターであり、「最適化」させないための装置であるが、
専用機の場合は「最適化」して「形態移行」してもらうために普通は取り付けないものである。ましてや、第2形態の機体に取り付けるものでもない。
しかし、一条千鶴の『風待』は、専用機がない織斑千冬のために貸し与えるために特殊な使い方をしており、
常識に囚われない“ブレードランナー”らしい運用の仕方がなされることになった。


単一仕様能力:????
一条千鶴 曰く「『白式』と肩を並べられる対IS特化」「拡張領域の普及でようやく真価を発揮できるようになった」能力とのこと。
リミッターのおかげで、千冬でも扱えるようになっているがノウハウがないのでさすがに使いこなすことはできないようだ。



それでは、ご精読ありがとうございました。

本当は隔週投稿・できれば週一の投稿としたかったのですが、一身上の都合でちょっと難しくなりそうだったので、
起承転結の結の部分を残してあらかじめ投稿させていただきました。

申し訳ありません。

完結はいたしますので何卒お見捨てなきようお願いします。

なーに、長いのはここまででそれからのイベントなんて消化試合のようなものです。
換算して、最終話は10話か11話ぐらいになるのではないかと思います。
このメンツで原作どおりの悲劇が起こるわけがないじゃないですか。

しかし、やはりというか、織斑一夏がそのままの性格で成人を迎えるためには、
IS学園に入らないことが第一条件だと痛感するばかりである。もちろん、筆者の私見ですが。
そして、第二条件が夜支布友矩のような公私支えてくれる同性のベストパートナーの存在が重要かと。
成人になって一夏は一人だと、絶対に取り返しのつかない事態を招きかねない気がするのだ。
だからこそ、友矩のような内助の功がいないと性格があらぬ方向に変わってしまうと確信してしまう。
やっぱり、IS学園に男一人って言うのは地上の楽園・天下の地獄でございまする。

愚痴を言わせてもらうと、筆者が一番に苦労しているのは活躍の場・具体的な戦闘力を見せるための敵を用意することです。
ISって世界に467しか存在しないという制約がある上に、登場する敵にバイキンマンのような脅威の科学力と軍団があるわけでもないから、
いろいろと物語を広げるためにこれまでどんな敵を出してやればちょうどいいか悩んできたわけなのです。

今作はその解決策として、今回の物語のプロットのモチーフにならって、
仮想空間の“魔王”や左派と右派の闘争を登場させてみました。
そして、ある程度 理屈を抜きにした荒唐無稽な展開にして、できるだけ戦闘は入れておくつもりです(詳細に描写するとは言ってない)。

それと、掲示板の仕様がひどい。半角スペースはすべて無効でルビが先頭にくるとかわけわからん。


それでは改めて、ご精読ありがとうございました。
また、投稿できる日を・・・・・・


さて、お久しぶりです。

それでは投稿を始めさせてもらいますが、字詰めの仕様をどうにか克服しようとしたのですが、

iとか1の字詰めにはどうしても対応できなかったので、いっそのことで気にしない方向でいきます。

今までどおりのずれたルビや傍点をご容赦ください。なくても内容の理解ではできると思いますので。

ではでは、はじめさせていただきます。どうかよいひとときとなることを切に願います。



第7話A 日は落ち、墓へ墜ちる
SETTING SUN of Graveyard

――――――大会5日目:決勝トーナメント

――――――第2ピット


箒「いきなりラウラと戦うことになるのか……」

雪村「………………」


本日の内容
――――――
第1試合:Bブロック VS.Dブロック

第2試合:Aブロック VS.Cブロック

第3試合:3位決定戦

第4試合:優勝決定戦
――――――


箒「大丈夫か?」

雪村「問題ありません。単一仕様能力『落日墜墓』があれば勝てます」

箒「――――――『落日墜墓』か」

箒「『日は落ち、墓へ墜ちる』――――――何度聞いても不吉なものだ」

箒「そして その効果も、これまで雪村が使おうとしてこなかっただけのことはある」

箒「(確かに、『落日墜墓』が決まればどんなISでも簡単に倒せるだろう)」

箒「(しかし、勝たなければならない理由があるとはいえ、そんなものを使わせて勝利を得て大丈夫なのだろうか?)」

箒「(けど、それ以外にここまで勝ち上がってきた専用機持ちに勝つ見込みはない)」

箒「(――――――覚悟を決めろ! 元々 専用機持ちに対しては負けて当然の考えでいたんだぞ、“アヤカ”と組むまでは)」

箒「(そして、“アヤカ”は見事 持てる全てを使ってこれまで対峙してきた代表候補生を打ち破ってくれたんだ)」

箒「(今更、私がその頑張りを否定してどうする!)」

箒「(それに、雪村だからこそ『PICカタパルト』を発見できたのだ。ならば、単一仕様能力だって積極的に活用しても文句はあるまい)」

箒「(だいたいにして、訓練機に向かって性能が何割増しの世界最新鋭の第3世代機が圧倒的な戦力差をつけて我々に迫ってくるのだぞ!)」

箒「(それが当然のものとみなされているのだから、こっちとしてもやり過ぎるということなんてないはずだ!)」

箒「よし!」


箒「そろそろ時間だな。――――――装着だ」

箒「行くぞ、雪村! 今回の登場は私に送られていくか?」

雪村「それでかまいません」

整備科生徒「準備できてます」

教員「がんばってください」ニヤリ

箒「ありがとうございます」スタスタスタ・・・

雪村「…………?」

雪村「ハッ」


雪村「――――――『知覧』!」(IS展開)


教員「へ!?」

整備科生徒「何!?」

箒「――――――雪村?!」


雪村「はあああああああああああ!」ズバーン!


それは学年別タッグトーナメント5日目の決勝トーナメント開始前の出来事であった。

すでに、予選ブロックを勝ち抜いた猛者たちはそれぞれのピットで待機し、観客席も来賓席も最後の勝者が誰になるのかを見届けるために満席になっていた。

トーナメントの組み合わせも発表されて、選手には2時間前に最終調整として他のアリーナで30分だけウォーミングアップの時間を与えられていた。

そうして、いよいよ決勝トーナメント第1試合・準決勝1試合目の開始時刻になろうとしていた矢先――――――、


――――――篠ノ之 箒が搭乗しようとしていた待機状態の『打鉄』を“アヤカ”は突如として斬りかかったのである!




箒「な、何をするんだ、雪村!? 危ないじゃないか!」

整備科生徒「あ、ああ…………」ビクビク (腰が抜けた)

教員「ちょ、ちょっと“アヤカ”くん……?」アセダラダラ

雪村「…………替えてください」ジロッ

教員「は」


雪村「『機体を替えろ』と言っているんですよ、今すぐに!」ゴゴゴゴゴ


一同「!?」ゾクッ

教員「な、何を言って――――――」

整備科生徒「あ、あああ…………」ポロポロ・・・

箒「ゆ、雪村…………?(――――――『雪村が初めて怒った』だと? 何がどうなっているのだ?!)」アセタラー

雪村「………………」ギロッ

教員「ひっ」

雪村「できないのならば棄権します!」

教員「な、何のこと…………?」

箒「お、落ち着け、雪村! 何のことか全然わからないぞ! ――――――おい!」

雪村「できないのなら、あんたが乗れよ!」ガシッ (無抵抗の教員を乱暴に掴み上げる!)

教員「きょ、教員にこんなことをして、ただですむと思っているの……!?」グググ・・・

箒「やめろ、雪村!(誰に対しても無害だった雪村がここまで激昂するだなんて、どういうことなんだ?!)」

箒「あ……!」

教員「や、やめて! ほ、ほんとに!」(すると、途端に声を張り上げて嫌がる!)

箒「…………え?」


雪村「どうして嫌がるんですか? たかだか乗るだけじゃないですか?」ジロッ


教員「あ、ああ…………!」ポタポタ・・・

整備科生徒「あ、そうだ! ――――――精鋭部隊! 早く来てぇ!!」ピッ

箒「私はどうすれば――――――」オロオロ

箒「あ」


教員「あ」(『打鉄』のコクピットに無理やり入れられて物理装着させられた)


雪村「これでよし」ジトー

箒「…………雪村?」


精鋭部隊A「何があった!」

精鋭部隊A「!」

整備科生徒「た、助けてぇ……」ポロポロ・・・

箒「あ……」オドオド

雪村「………………」(IS展開中)

教員「ああ…………」(ISに無理やり乗せられた)

精鋭部隊A「――――――そこの男か?」ジャキ

精鋭部隊B「そのようね」ジャキ

精鋭部隊C「やっぱり、所詮は“男”ってことか」ジャキ

箒「!」

箒「や、やめろ! きっと何かわけがあるんだ! 今からそれを――――――」

整備科生徒「きゅ、急に襲いかかって来たんですぅ!」

箒「誤解を招くようなことを言うな!」

精鋭部隊A「そう」ジャキ

精鋭部隊B「いい機会じゃない。ここで晒し者にしましょう?」

精鋭部隊C「賛成ね。『調子に乗ってくれた黄金ルーキー、暴力沙汰で逮捕』ってね」

雪村「………………」


「………………………………フフッ」


教員「ああ…………」

雪村「よっと」(IS解除)

精鋭部隊A「!」

精鋭部隊B「動くな! さもなければ撃つ!」

箒「何を言ってるんだ! 生身の人間だぞ!」

精鋭部隊C「関係ないね。犯罪者を野放しにするわけにはいかないじゃん」

箒「くっ……」

箒「――――――雪村!」

雪村「何です?」

箒「早く事情を説明するんだ! このままだとお前は――――――」


雪村「機体を交換してください」


箒「はあ?!」

精鋭部隊A「何を言っている、こいつ?!」


雪村「わかりませんか? 『篠ノ之 箒のために他の『打鉄』を持ってきてください』と言いました」



整備科生徒「じ、自分でパートナーの機体を攻撃してどうしてそんなことを言うの!?」

精鋭部隊B「………………?」

精鋭部隊B「なに、『自分でパートナーの機体を――――――』?」


雪村「そうしてくれなかったからこそ、暴力的手段で訴えるしかありませんでした」


精鋭部隊C「……なんだと? 寝言は寝てから言え」

箒「あ……(確かに、雪村はそのことで何か腹を立てていたようだが――――――)」

整備科生徒「確かに、そのことで突然キレて――――――」

教員「…………!」

精鋭部隊A「ハッ」

精鋭部隊A「先生、いつまでその状態で居るのですか? 何があっても我々で“アヤカ”を取り押さえますから安心して降りてください」

教員「………………!」アセダラダラ

精鋭部隊B「どうしました? 怯えることはありませんって! 私たちの実力は先生もよくご存知でしょう?」

教員「そ、それは…………」オドオド

精鋭部隊C「先生! ふざけてないで早く降りて、“アヤカ”の犯罪を学園に報告してきてくださいよ! こっちは待ってるんですから!」

教員「…………うぅ」

箒「……どういうことだ?」

パンパン!

一同「!」


雪村「わかりましたか? その『打鉄』は不良品です。すぐに新しい機体を準備してください」


一同「!?」

精鋭部隊A「つまり、――――――どういうことだ?」

箒「まさか、学園が私に嫌がらせをするつもりでいたのか! 機体から降りられなくして!」ジロッ

教員「!」ビクッ

整備科生徒「知らない! 私は何も知らない! 知らないから!」ガクブル

箒「………………」

精鋭部隊B「これは、きな臭いわね」


精鋭部隊C「…………先生?」

教員「…………何?」

精鋭部隊C「いくら相手が憎いからって、自分の手を汚して相手を陥れようとするなんて最低ですよ」
            ・・・・・・・・・・・・・
教員「ち、違うの! 私はただそうするように言われただけで――――――!」

精鋭部隊C「へえ? そうなんだ」ジトー

教員「あ…………」

精鋭部隊C「もういい。この場は私が押さえておくから、このことを早く大会運営本部か現場責任者に知らせてきて」

精鋭部隊B「わかったわ」

精鋭部隊B「疑ってごめんなさいね」

雪村「いえいえ」

精鋭部隊A「あなたのことは気に喰わないけれど、大した嗅覚ね。もし学園に残り続けるのなら精鋭部隊に入らない?」

雪村「そういう道もあるんですね」

精鋭部隊A「そうよ。代表候補生に選ばれない二番手がやるような仕事だけれど、代表候補生とは違った教育が受けられるから」

雪村「考えておきます」

精鋭部隊A「生意気な答え方ね」

精鋭部隊B「行こう。もしかしたら他にも嫌がらせがいっているかもしれないわね」

精鋭部隊A「そうだな……」




精鋭部隊C「まさか、こんなことになるとはね……」

教員「くっ……」

雪村「………………」

箒「雪村?」

雪村「…………はい」

箒「その、つまり……、なんだ?」


箒「さっきのは、私を助けようとしてくれたんだよな? 私のために怒ってくれた――――――そういうことなのだな?」オソルオソル


雪村「はい……」シュン

箒「ど、どうした? そんな悄気た顔をして」

箒「確かに、こんなことになってしまったけれども――――――」


雪村「ごめんなさい。僕のせいです」


箒「え」

雪村「僕のせいで、“初めての人”であるあなたを危険に巻き込むところでした」

雪村「もう、大会どころじゃありません……」

雪村「何者かは知りませんが、僕の存在を消そうとなりふりかまわずやぶれかぶれになってきた……」ブルブル・・・

箒「…………あ」

雪村「………………」

箒「………………」


――――――その時、私には返す言葉が見つからなかった。


雪村はどうしようもないぐらい不器用なやつで、こんなふうにわざわざ危険を冒してまで人から誤解されるような振る舞いしかできなかった。

いや、雪村が危険を冒してまで仕組まれた罠の存在を明らかにしてくれなければ、私は何も疑わずに罠に引っかかっていたかもしれない。


――――――他にやり方がなかった。


雪村の言葉を信じきれずに罠に嵌って雪村の重荷になる自分が想像できてしまい、ここまで自分自身を恨めしく思ったことはない。

結局、私も雪村と同じく正直に思ったとおりにしか振る舞えない不器用な人間であり、自分の気持ちに嘘を吐いて『気にするな』と言えなかったのだ。

なぜなら、雪村がこれほどまでに過激な行動に移ったのも、そうしなければ私が納得できず罠に嵌っている未来しか想像できなかったからなのだろう。

そして、私自身も想像して『そうだ』と思ってしまっていた。





――――――嫌な気分である。


助けてもらったけれど結果として後味の悪い展開にしかならず、『雪村はこうするほかなかった』と自分の不甲斐なさを私は責任転嫁しているのだ。

私がもっと聡明で『そうする必要はなかった』と言って『もっと私を信じろ』と笑って言い聞かせるだけのものを持っていなかったからだ。

結局のところ、雪村の善意を私は素直に受け取ることができなかったのだ。客観的に見れば雪村のコミュニケーション不足がそうさせたのだが、


――――――そうではないのだ。そうでは。


男なのにIS適性が見つかって重要人物保護プログラムで普通の人生を送ることができず、

――――――人には言えないような、――――――言ってもしょうがないような苦悩を背負ってきた少年に“普通”を求めてはいけないのだ。

“普通”でない以上は“普通”になれるように教え支えて見守ってやるべきなのに、人は情け容赦なく叩きのめしてダメにするのだ。

そもそも、どうして雪村は直前になって私が乗る『打鉄』に罠が仕掛けられていたことに気づいたのか、まるで謎であり、

おそらくは雪村が独自に発見した『PICカタパルト』で他の機体をフォーカス(=意識を向ける)してPICを共有できるように、

何気なくフォーカスしてみて雪村の勘の鋭さから直感的に通常の機体にはない何かを感じ取って異常に気づいたのではないかと思う。

しかし、不幸にも私が乗る間際であったために余裕がなく、結果として人に誤解されるようなものに終わってしまったのであろう。

そういう意味では、雪村はとことん運が無かった…………

いや、今にして思えば――――――、


――――――“朱華雪村”最大の不運というのが“ISを扱える男性”になってしまったそのことだろう。




――――――某所


千冬「――――――そうか。報告ご苦労だった」

千冬「試合は延長させてもらうぞ。これは徹底的に調べあげる必要があるな」

精鋭部隊A「わかりました」

千冬「山田先生」

山田「はい」

千冬「私は来賓の警護で動けない――――――となれば、だ」

山田「はい」

千冬「どうする?」


山田「明日の予備日に試合を延期して、今日中に内部粛清を完了させるほかないと思います」


千冬「うん。私もそう思う。現場の最高責任者としてそう報告させてもらおうか」

山田「わかりました」ピピッ

千冬「やつら、もはや手段を選ばないつもりか……」


千鶴「お困りのようね?」


千冬「……千鶴か」

千冬「ああ、面倒なことになった」

千冬「何が狙いかはわからんが、このまま黙ってみているわけにもいかん」

千鶴「そうね。“アヤカ”を排除したいのは確実なんだけれど、その手段や狙いがわからない以上は後手に回るしかないわね」

千冬「その上で、今日駆けつけてきたIS業界のお偉方の面倒を見なくてはならん。それも3つのアリーナのな」

千鶴「そうそう。3年にはスカウト、2年は途中経過、1年は成長株の見定めでそれぞれ忙しいものね」

千冬「“ヴァルキリー”クラスの警備員が何人居ても足りんよ、こんなのは」

千鶴「だからこそ、生徒の中から有志を募って精鋭部隊を組織して警備しているわけよね」

千冬「ああ そうだとも。そのほうが実社会では役に立つだろうからな」

千冬「今日もよく働いてくれたよ」

千鶴「そうね。今日は忙しくなりそうだから、もっと頑張ってもらわないと」

千冬「ああ」




――――――第4アリーナ観客席


ザワ・・・ザワ・・・

セシリア「いったいどうしたというのでしょうか?」

谷本「始まらないわね……」

相川「ねー」

鷹月「……何かあったのかな?」
――――――

ラウラ「…………」

――――――
鈴「何やってんのよ、“アヤカ”のやつ! ラウラのやつが待ちぼうけ食らってるじゃない!」

鈴「あんたは私の代わりにあの生意気なドイツの代表候補生をギッタンギッタンにするのよ! このまま不戦敗になるわけ!?」フン!

簪「…………どうしたんだろう?」

実況「――――――大会運営本部、聞こえますか? 応答してください」ピピッ


ザワ・・・ザワ・・・


一方、開始時刻から10分経っても片方しか相手が出揃わず、第1試合が始まらないことで当然ながら静かに待っていた観衆たちがどよめいた。

普通ならばこの時点で、場に現れていない篠ノ之 箒・“アヤカ”ペアの不戦敗が宣告されるべきところなのだろうが、

学園側としてはそれは興行的にまずいと考えて不戦敗を認めず、それでいつまで経っても始まらないのかと邪推する者も出始めていた。

だが、それは来賓席に詰めているお偉いさんや各ピットの管制室で様子を見守っている教員たちも同様であった。

そして、何がどうなっているのかを訊くために大会運営本部に連絡を入れる者も現れていたが、どれも連絡がつかないのである。

他のアリーナでは、――――――2年生・3年生の試合はすでに始まっているらしく、それを知る者を起点に更に動揺が拡がっていた。


それから、本来の試合開始時刻から30分が過ぎ、同じ頃には準決勝2試合目も他では終わりを迎えようとしていた頃、ようやく事態は動き始めた。




ラウラ「…………」ピィピィピィ

ラウラ「…………ようやくか」ピクッ

夜竹「やっとか……」


ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!


箒「………………」シュタ

箒「よし。背中を貸すのはお前ぐらいなんだからな」

雪村「はい」

夜竹「おお! “アヤカ”くんが篠ノ之さんに背負われて出てきた!」

ラウラ「む………………他にも来るな」


ヒュウウウウウウウウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!


シャル「…………よいしょっと」シュタ

岸原「おっとっと……」ヨロッ

夜竹「あれ? デュノアくんにリコリン? それに――――――」

四十院「さて」シュタ

国津「よいしょっと」シュタ

ラウラ「決勝トーナメントのメンバーが勢揃いということか」

箒「どういうことだ? 私の機体の交換のために待っていたのではなかったのか?」

夜竹「え」

ラウラ「やるのならば、さっさとやればいいものを……(何だ? 何かがおかしい……!)」

雪村「………………」キョロキョロ

ラウラ「どうした、“アヤカ”? 何か感じるものがあったのか?」

ラウラ「それとも、このまま乱戦と洒落込むか? そのほうがおもしろくていいがな」ニヤリ

夜竹「え」ビクッ


――――――
1「さあ、楽しいショーの始まりよ」ピッ
――――――


・・・・・・・・・・・・ドッゴーン!


雪村「――――――!」ゾクッ

雪村「!」クルッ

一同「?」

シャル「どうしたの、“アヤカ”くん?」

箒「どうしたというのだ? まさかまた――――――」

雪村「あっちの方――――――、何かが起こった」

ラウラ「『あっち』――――――?」クルッ


――――――第3アリーナの方角



ラウラ「――――――大会運営本部、応答願う」ピッ

ラウラ「………………」

ラウラ「…………またか。何をやっているのだ? かれこれまた時間が過ぎ去っていくぞ」

夜竹「いつまでこうしていればいいのかしら……」

岸原「さ、さあ? とりあえず出るように言われただけで……」

シャル「うん。特に何かしろとは言われなくて――――――」

ラウラ「…………なんだと?」

箒「!」

箒「まさか――――――!」

雪村「…………しまった!」

夜竹「え」


――――――
1「さあ、始まりよ!」ピッ
――――――


夜竹「あ、あれ…………」ERROR

ラウラ「どうした?」

夜竹「な、何だかデータが書き換えられ――――――」ERROR ERROR 

夜竹「きゃあああああああああああああああああああああああああ!」ERROR ERROR ERROR ERROR

ラウラ「なっ!?」

岸原「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!」ERROR ERROR ERROR

四十院「い、いったい何が!?」ERROR ERROR ERROR

国津「う、うぅううううううう…………!」ERROR ERROR ERROR

シャル「うわああああああああああああああああ!」ERROR  ERROR ERROR

雪村「シャルル!? 夜竹さん! みんな!」

箒「早く機体から降りるんだ!(たぶん無理だと思うがこれは言わなくてはならない――――――!)」

ラウラ「な、何が起きていると言うのだ……!?(機体がパイロットを呑み込んでいく――――――!?)」

夜竹「た、助けて…………」ERROR ERROR ERROR

箒「く、くっそおおおおおおおおおお!(私だけが助けられたというのかああああああああ!)」

雪村「そうか。そのための罠だったのか……」

ラウラ「本部! 本部! なぜ応答しない!」

ラウラ「これは――――――!」ピィピィピィ


千冬?「――――――」

千冬?「――――――」

千冬?「――――――」

千冬?「――――――」

千冬?「――――――」




ラウラ「な、なにぃ!?」

箒「な、何だ、これは……? みんな同じに姿に――――――」

雪村「………………」アセタラー

ラウラ「これは『暮桜』!? 織斑教官が5人も!?」

箒「あれ全部が千冬さん――――――いや、コピーだって言うのか!?」

ラウラ「……これは『ヴァルキリートレースシステム』か!」

箒「――――――『ヴァルキリートレースシステム』?」

ラウラ「ハッ」

ラウラ「わ、私は何を……(何だ? 私はこれが何なのかを理解している? どういうことだ?)」

雪村「…………巻き込んだ、また」


――――――
1「そして、追加よ」ニヤリ
――――――


ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!

箒「あ、精鋭部隊……」

精鋭部隊A「な、何だこれは!?」

箒「こっちが聞きたいぐらいですよ!」

精鋭部隊C「機体を届けてやってようやく試合が始まると思いきや――――――」

雪村「あ…………!」ビクッ

ラウラ「なぜ本部は応答しない! それに、織斑教官はどちらに!」

精鋭部隊B「本部が応答しない理由はわからないわ!」

精鋭部隊B「けど第3アリーナでテロが起きて、織斑先生が向かわれたのよ。外は大騒ぎよ」

ラウラ「なんだと……」

ラウラ「ハッ」チラッ


雪村「ダメだ! あなたたちも早く降りてください!」


精鋭部隊A「え」

精鋭部隊A「ハッ」ERROR ERROR ERROR ERROR

精鋭部隊A「きゃあああああああああああああああああああああああああ!」ERROR ERROR ERROR

精鋭部隊B「な、何よ、これぇえええ!」ERROR ERROR ERROR

精鋭部隊C「ふおおおおおおおおおおおおおおお!」ERROR ERROR ERROR

箒「そ、そんな…………(まさか、この大会に使われる訓練機全てに――――――!)」ゾクッ


千冬?「――――――」

千冬?「――――――」

千冬?「――――――」



ラウラ「これで、8体か……(マズイな。このまま放置しておく訳にはいかない!)」

ラウラ「(VTシステムの危険性は、コピー対象の動きを完璧にトレースすることによって、搭乗者が生体CPU――――――部品として扱われることだ)」

ラウラ「(そして、搭乗者に「最適化」した安全装置も合わなくなり、しかも制御不能となって暴走状態に陥ってしまうのだ)」

ラウラ「ハッ」
         ・・・・・・・・・・・・
ラウラ「(だから、なぜ私はそれを知っている? 確か、アラスカ条約でも極秘事項に含まれるはずのそれを――――――)」


ガコーーーーーーーン!


箒「見ろ! 観客席や来賓席に障壁が――――――!」

雪村「…………搬入路も塞がれた!」

ラウラ「まさか、この状況は――――――!」アセタラー

ラウラ「一旦 距離をとれ!」

――――――
1「そう。これで心置きなく皆殺しにできる」

1「さて、このVTシステム機の特性はよっく把握しているわ」

1「だから、私が囮になって守ってもらわないとね?」コツコツ・・・・・・
――――――


状況は混沌へと突き進んでいった。

今日まで順調に進んでいたIS学園名物:学年別トーナメントはタッグマッチに内容を変えて5日目を迎え、いよいよ準決勝が始まるところまで行こうとしていた。

しかし、こと1年の部が開かれている第4アリーナでは30分経つまで何の予告も連絡もなく、みなが待ちぼうけを食らう結果になった。

そして、ようやく試合に出場する選手が出揃ったと思ったら、今度は決勝トーナメントに出る選手が勢揃いすることになり、

競技場の中の選手も、来賓席から見下ろしてる来賓も、ずっと見守り続けてきた観客も大いに混乱することになった。

だが、何か出し物でも始まるのかと周囲がようやく何でもいいから始まることを期待した矢先――――――、

アリーナに現れた8機のISのうち5機が激しいスパークと共にドロドロに溶けていき、別の何かへとメタモルフォーゼしていくのである!

それにはこのアリーナに居た誰もが驚くものの、30分間の静寂を打ち破る何かを期待してただただ見ているだけだった。

――――――否、もちろん異常が通報され、そこに精鋭部隊も駆けつけるのだが、その精鋭部隊3人全員が同じようにメタモルフォーゼしてしまうのである。

もはや、事態は収拾のつかないところまで行ってしまった。

極めつけは、いつの頃からか応答しなくなった大会運営本部であり、アリーナの遮断シールドレベルが4に設定され、

かつて4月のクラス対抗戦で起きたような無慈悲なセキュリティの牢獄に再び誰もが閉じ込められることになったのである。


そして、アリーナの中心に残されたのは3人と8体の“ブリュンヒルデ”織斑千冬の似姿――――――。






千冬?「――――――」

千冬?「――――――」

千冬?「――――――」

千冬?「――――――」

千冬?「――――――」

千冬?「――――――」

千冬?「――――――」

千冬?「――――――」


ラウラ「な、何もしてこないようだが、このまま放置しておくと人命に関わる……!」アセタラー

箒「まさか、学園の機体にこんなものが仕組まれていただなんて……(私は本当に雪村に守られていたのだな…………)」

ラウラ「そういう貴様はどうしてVTシステムに取り込まれなかったのだ?」

箒「それは……、雪村がそれを看破して修理が終えたばかりのこの機体に交換するようにしてくれたおかげなんだ」

ラウラ「なに?」


雪村「また僕のせいで…………」orz


ラウラ「……なるほど。もはや“アヤカ”が何をしても驚かない自分が恐ろしいよ」

箒「私はそうはいかなかったがな……(すまない。本当に雪村のやることには間違いがなかったのに…………)」

ラウラ「ん? ならなぜ、専用機のシャルルまで――――――」

箒「あ、確かに――――――(いや、なんとなくだけど『シャルルの機体に仕組まれていてもおかしくない』と思ってしまった……)」

ラウラ「――――――そうか。この襲撃を企てた連中の仲間だったというわけか」ギリッ

箒「あ……(ああ。きっとそうなのだろう。けど、そんなのはシャルルは望んでいなかったはずだ!)」


箒「みんな! 聞こえているのなら返事をしてくれ! みんな!」


千冬?「――――――」

箒「くっ」

ラウラ「無駄だ。VTシステムが発動したら最後――――――人間はISを動かすための部品となる」

箒「な、なんだと!?」

ラウラ「あれもISの1形態に過ぎない」

ラウラ「ならば、シールドエネルギーを空にすれば解除されるはずだが…………」

箒「し、しかし! あれ全部が千冬さんのコピーということは――――――!」

ラウラ「そうだ。ヴァルキリートレースシステムは『モンド・グロッソ』の部門優勝者である“ヴァルキリー”の動きを完全にコピーしている」

ラウラ「よって、目の前に8体もいるあれはまぎれもなく第1回『モンド・グロッソ』で総合優勝を果たされた織斑教官そのものだ」

箒「…………!」


ラウラ「幸いにもこちらを攻撃してこないのは、おそらくは能力の再現だけで具体的にどうこうする命令を受けないと動けないのだろう」

箒「すると、ただの木偶人形ということなのか?」

ラウラ「いや、さすがに自動防衛システムぐらいはあるはずだ」

ラウラ「攻撃したが最後――――――“ブリュンヒルデ”の疾風怒濤の剛剣が一斉に襲いかかってくるはずだ」

ラウラ「この『シュヴァルツェア・レーゲン』の第3世代兵器『停止結界』を持ってすれば、“ブリュンヒルデ”相手でもなんとかなると信じたい……」

ラウラ「しかし、問題の相手が8体もいたら、『停止結界』や機体性能でどうこうできる問題ではない!」アセダラダラ

箒「た、確かに……」アセタラー

ラウラ「ここは撤退だ! 戦力を整えて撤退する他あるまい! 人命が関わっているとはいえ、この状況でできることなどない……」

箒「くっ……」


1「あら? そうはさせないわよ」


ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!

雪村「………………!」

ラウラ「――――――IS反応! しかも『未確認』だと!」ピィピィピィ

箒「まさか――――――!」ジロッ


1「そう、その『まさか』よ」


箒「貴様は!」

ラウラ「…………『ラファール』系列の機体か」

1「名乗る名はないわ」

1「だってあなたたち、ここで死ぬんだもん」ジャキ

箒「なにぃ!」

ラウラ「1つ訊かせてもらおう」

1「断る。あんたには貴重な機体と同志をやられた借りがあるんでね」

ラウラ「…………やはりか」

箒「ラウラ?」

ラウラ「箒、“アヤカ”。やつの相手は私が引き受ける。お前たちは撤退しろ」

箒「な、何を言うんだ!」

雪村「………………」スクッ

ラウラ「やつの狙いは私にもあるようだ。それならば――――――」

ラウラ「!」

箒「――――――って、雪村!?」


雪村「僕が死ねばみんなを助けてくれるのか?」


箒「何を言っているんだ! ラウラと言い、お前も!」

ラウラ「馬鹿なことを言うな、“アヤカ”! 私はお前の面倒を見ることを織斑教官に――――――」

1「はあ? 今更 何を言っているんだい?」

1「ここまでてこずらせてくれた礼に、みんなが敬愛してやまない“ブリュンヒルデ”の刃にかかって死ぬんだよ、みんなぁ!」

箒「げ、外道が……」

ラウラ「…………ターゲット・ロック(――――――先制攻撃を!)」ピピピピッ!

1「おっと。下手なことをするなよ、“ドイツの冷水”!」

1「私を怒らせたら、あんたが大好きで大好きでしかたがない織斑教官からたっぷりおしおきを受けることになるんだからよぉ?」

ラウラ「くっ……」

箒「で、何がしたい、結局!」

1「だから! 私をここまでコケにしてくれた連中に復讐して、IS学園の存在もろとも抹殺するってことだよ!」


雪村「言いたいことはそれだけか、臆病者め」ピカーン!


1「ああん?」ピクッ

箒「ゆ、雪村……?(さっきから普段の雪村から想像がつかないような強烈な言葉が次から次へと――――――)」

ラウラ「…………!」


雪村「殺れよ。殺せよ。自分一人では何もできないような口だけのやつに僕は殺せないぞ」(IS展開)


雪村「殺してくれるんだろう? だったら、早くしろよ、ノロマが」フフッ

1「……なんだと、こぞう」イラッ

1「だったら、望み通りに殺してやるよおおお!」

1「殺っちまいな!」

千冬?「――――――!」

箒「8体全部、一斉にこっちを向いたぞ!」

ラウラ「どちらにせよ、こうなるか――――――(織斑教官! ハジメ! たとえこの命がここで尽きようとも――――――!)」バッ

雪村「お前たち、…………『日は落ち、墓へ墜ちる』ぞ?」

箒「!」

ラウラ「?」


雪村「ボーデヴィッヒ教官。教官はあの『ラファール』を追い詰めることだけに集中してください」

ラウラ「……何をするつもりだ?」

雪村「そして――――――」

箒「わかった。例の作戦でいくんだな? お前を信じてるぞ」


――――――お前の『落日墜墓』で決めろ!


雪村「はい。援護をお願いします」

箒「まかせろ! お前の背中は私が守る!」ジャキ

雪村「それじゃ行きます、――――――先制攻撃!」ザシュ(太刀を大地に突き刺す!)

ラウラ「!」

雪村「はああああああ…………」ゴゴゴゴゴ

箒「す、凄い気迫だ……!(そういえば、相手に当たった時の効果は聞いたがそれがどういう手段なのかまでは――――――)」アセタラー

1「なに!?(何だ、あの構えは!? まだ私の知らない兵器が内蔵されているとでも言うのか!)」アセタラー

1「何だかわからないが喰らえ! 殺れ、操り人形たち!」

千冬?「――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!

ラウラ「き、来たぞ……!(――――――速い! そして、物々しく迫る織斑教官のコピーたち!)」アセダラダラ

箒「雪村!(雪村を信じるんだ……! 今度こそ――――――)」ドクンドクン

雪村「はあああああああああああ――――――、」ゴゴゴゴゴ



雪村「デコピン」ピッピッ(VTシステム機に向けてデコピンをする! もちろん届かない!)



箒「は」

ラウラ「“アヤカ”?」

1「お、驚かせやがって! ここでコケオドシかい……!(ふざけやがって! そのままおっ死んじまいな!)」ドクンドクン

千冬?「――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!




3対9という素人が見ても圧倒的に不利な状況――――――、

しかも、代表候補生クラス3人と代表操縦者クラス8人(とテロリスト1人)という圧倒的な実力差があり、

まさに、“アヤカ”たちは絶体絶命の危機を迎えていた。

だが、“アヤカ”はいつになく大胆不敵な態度を以ってしてこれを単身で迎え撃つという常人には理解できない賭けに出た。

格闘戦の力量は確かに代表候補生を超えて代表操縦者に届くところがあるのかもしれない。

しかし、今回の相手はISの世界大会『モンド・グロッソ』の格闘部門と総合部門の覇者となった世界が認める“ブリュンヒルデ”が相手なのである。

何から何までその力量差は圧倒的なものであった。しかも、それが8体も襲いかかってくるという悪夢のような状況である。


だが、“アヤカ”は前回のセシリア戦同様に勝利を確信してさえいた。――――――この圧倒的に不利な戦力差でありながら!


太刀を大地に突き刺し、“かめはめ波”でも“北斗神拳究極奥義”でも放つかのように大仰に構えると同時に肌に刺さるような気を発散する!

ラウラは目の前に迫った危機的状況を打開する術が思いつかず、“アヤカ”の自信満々な様子を見てやむなく頼ってみたのだが、

やはり、“アヤカ”が何をするつもりなのか何も聞かされていないので、迫る8体の鬼神と“アヤカ”の気迫に押されて汗と震えが止まらなかった。

だが、ラウラとは違って篠ノ之 箒は“アヤカ”のことを今度こそ信じ抜く決意を固めて、すぐにでも逃げ出したい恐怖心を必死に抑えて毅然としていた。

そして、全てを“アヤカ”に委ねて結果を待つことだけを考えることにしたのであった。

周囲の誰もがこの状況を覆すだけのとんでもない何かの存在を想像しながら、固唾を呑んで見守ってしまっていたが、しかし――――――、


――――――放たれたのはデコピンだった。





ラウラ「くっ……(――――――『停止結界』で少しでも多くのVTシステム機を捉える!)」ピィピィピィ

箒「………………雪村」チラッ

雪村「勝った」

箒「!」

ラウラ「!?」


千冬?「――――――!」ズコー


一同「?!」

雪村「………………フフッ」

1「なんだと!?」ビクッ

ラウラ「…………な、何が起きたというのだ!?」アセダラダラ

ラウラ「我々の目前に迫ってきた8体もの織斑教官のコピーが一斉にコケた?!(――――――『ISがコケた』だと!?)」

1「ど、どういうことなんだい!?(いくらコピーだからって素人じゃあるまいし、どうしてPICで浮いているISが急にコケるなんてことに…………)」

箒「こ、これが雪村の『落日墜墓』…………!」

雪村「さあ、行くぞ!」ジャキ

箒「あ」

ラウラ「ハッ」

雪村「おおおおおおおおおおおおお!」ダダダダダダ!

箒「わ、私も続く!」ヒュウウウウウウウン!

ラウラ「だが、これで活路が開けた!(――――――ここは“アヤカ”の言うとおりに、主犯格を墜とす!)」LOCK ON

1「ちぃ……!(嘘だろう? こんな馬鹿なことが…………何の魔法を使ったっていうんだい!)」ピィピィピィ LOCKED!






雪村「はあああああああああああああ!」ブン!

箒「はああああああああああ!」ブン!

ズバーン! ズバーン! ズバーン! ズバーン!

千冬?「――――――!」ビターンビターン!

1「ば、馬鹿な! どうして起き上がれない! さっさと起きろよ!(まるで陸に上げられた魚のようにのたうち回っているぞ、おい?!)」

ラウラ「しぶとい!」ガコン、バーン!

1「ちぃ! ふざけんじゃないよ、この野郎! 今 死ね! すぐ死ね!」ヒュン!

1「死ねよやああああああああ!」バン! バン!

雪村「…………!(――――――直撃コース!)」ピィピィピィ


ラウラ「やらせない! この『シュヴァルツェア・レーゲン』がいる限り!(――――――『停止結界』!)」ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!


ラウラ「フッ」

1「くっそ、『AIC』ぃいいいい!(実弾兵器は完全に防がれてしまう! これでどうやって勝てって言うんだい!)」プルプル

雪村「助かりました……」

ラウラ「お前の作戦通りだ。あいつは私が抑える。お前たちは早くVTシステム機のエネルギーを空にしてくれ!」

箒「わかっている!」ブン! ズバーン!

千冬?「――――――!」フワァ

箒「あ」

雪村「ふん!」ブン!

千冬?「――――――!?」ビターン!

箒「この! この!」ブン! ブン!

千冬?「――――――!」ビクンビクン!

ラウラ「まるで雉撃ちだな……(敵とはいえ、織斑教官の似姿がこうもあられもなくのたうち回って一方的に叩かれている様は――――――)」


現在、集団暴行が行われていた――――――集団が暴行されていた。

8体ものVTシステム機の“ブリュンヒルデ”のコピーたちは地上の蚤のようにのたうち回り、そこを容赦なく“アヤカ”と箒が叩きのめすのである。

それを妨害しようとするテロリストの『ラファール(亜種)』の攻撃は全て実弾攻撃なので、『シュヴァルツェア・レーゲン』の『AIC』で完全防御可能!

その隙に、再び飛び立とうとする蚤がいれば、そこを“アヤカ”が素早く叩き落として再び飛び立つ翼をもいでやるのである。

その光景はもはや地獄に行っても見ることができないような面白ショーと化していた。

第1回『モンド・グロッソ』総合優勝時の織斑千冬のデータをそっくり使ったVTシステム機は複製された通りの思考しかできないために、
   
まさかの『PICが機能しなくなる』という異常事態に対処できずに、ただひたすらにPICによる緊急離脱を試みようとして上半身が上向くのを繰り返すのだ。

その様は、まごうことなき“まな板の上の鯉”とも言えるものであり、飛べずにビターンビターンして足掻いている様が滑稽であった。

こいつらには人間が腹這いの状態から起き上がるように自分の身体を使って立ち上がろうという発想がないのだ。

そして、ズバーンという表現よりもペチペチと包丁でまな板の上の魚を叩いている感じでもあった。あるいはもぐらたたきのようでも――――――。





これはいったいどういうことなのだろう? “アヤカ”と『知覧』の単一仕様能力『落日墜墓』とはいったい――――――?

さて、その正体を探る上で重要な場面がすでに載せられているので、そこを振り返ってみるとその正体が掴めるはずである。

――――――
3年生A「気をつけろ! 何かする気だ!」

3年生C「はあ? 確かに私の方に向かってはいるけど、地上10mまで上がれば――――――」(地上10m)

3年生C「は」

箒「――――――雪村?」


雪村「やあ」(渾身の『打鉄』部分展開の右ストレート!)


3年生C「え」

箒「ぬぅ(――――――危なっ!)」クイッ

3年生C「ぬぁっ?!」ボガーン!

箒 「……雪村!」ギュッ
雪村「………………」ギュッ

3年生C「ふざけやがって――――――あ、あら? 落ちる? 落ちてる? この私がああああああああああああ?!」ヒューーーーーーーーーーーーーーーン!

雪村「………………」ヒューーーーーーーーーーーーーーーン!
箒 「雪村、私たちも落ちてる――――――!」
――――――
雪村「それじゃ行くよ、――――――先制攻撃!」ザシュ(太刀を大地に突き刺す!)

ラウラ「!」

雪村「はああああああ…………」ゴゴゴゴゴ

箒「す、凄い気迫だ……!」アセタラー

1「なに!?(何だ、あの構えは!? まさかまだ私の知らない兵器が内蔵されているとでも言うのか!)」アセタラー

1「何だかわからないが喰らえ! 殺れ、操り人形たち!」

千冬?「――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!

ラウラ「き、来たぞ……!(――――――速い! そして、物々しく迫る織斑教官のコピーたち!)」アセダラダラ

箒「雪村!(雪村を信じるんだ……! 今度こそ――――――)」ドクンドクン

雪村「はあああああああああああ――――――、」ゴゴゴゴゴ



雪村「デコピン」ピッピッ(VTシステム機に向けてデコピンをする! もちろん届かない!)



箒「は」

ラウラ「“アヤカ”?」

1「お、驚かせやがって! ここでコケオドシかい……!(ふざけやがって! そのままおっ死んじまいな!)」ドクンドクン

千冬?「――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!



千冬?「――――――!」ズコー


一同「?!」

雪村「………………フフッ」
――――――


ここまで読んでくださった熱心な読者ならば、いかに単一仕様能力『落日墜墓』がヤバイ能力なのかが理解できたであろう。

これこそが“アヤカ”が『使えば『シュヴァルツェア・レーゲン』にも勝てる』と大言できた理由であり、同時にこれまで封印してきた理由でもあった。


――――――『AIC/停止結界』はPICを発展させた武器である。


後は言わなくてもわかるはずである。また、衝撃砲『龍咆』もPICを利用した空間圧兵器なので――――――。

まさしく、朱華雪村“アヤカ”と“呪いの13号機”『知覧』の二人が歩み寄って生み出した究極の対IS用単一仕様能力の1つであり、

織斑一夏と『白式』の単一仕様能力『零落白夜』がバリアー無効化攻撃ならば、“アヤカ”と『知覧』の単一仕様能力『落日墜墓』は――――――!


『日は落ち、墓へ墜ちる』のはまさしくIS〈インフィニット・ストラトス〉のことだったのである。


そして、“アヤカ”の専用機として覚醒した黄金色の『打鉄/知覧』は、実は自力で「一般機化」のリミッターを解除したことによって、

外見こそは銀灰色から黄金色に変わっただけだが、内部では形態移行を果たしたことになっているらしく、それ故に単一仕様能力が発現したのである。


初期形態(未登場)→第1形態(訓練機)→第2形態(黄金色)


だが、『知覧』には秘密がまだまだあるらしく、現在も“アヤカ”の行動に関して不明なことがある…………

しかし、“アヤカ”と『知覧』の関係をこれまでの“アヤカ”自身の言動や奇行から推測すれば、自ずとわかるのではないかと思われる。

それでも忘れてはいけないのが、それ以外は普通の『打鉄』なので、1対1で全力で世界最新鋭の第3世代機と戦えばまず負けることであろう。

格闘戦だけならば代表候補生に匹敵するレベルなので『打鉄』の第2世代最高の防御力と安定性で粘れるだろうが、

射撃戦に移ってしまったら機動力が初心者の中でも下の下のレベルなので逃げることが叶わず、普通に蜂の巣にされてしまうのだ。

つまり、本質的に第3世代以降のISバトルにはとことん向かない機体であり、活躍するにはそれ相応のパートナーを宛てがう必要があるのだった。


だが、十分な援護が得られるのであれば、その時 ISキラーとしての本領を発揮する比類なき反逆の刃なのである!



1「こんな、馬鹿な…………完璧だったはず。最強の戦力をこれほどにまで投じたというのに」BIND!

1「どうして負けてしまったのだあああああああ!」BIND!

ラウラ「黙れ」ボゴッ(――――――腹パン!)

1「ぐふぅ……!」BIND!

1「夢よ。そう、これはただの悪い夢――――――」BIND!

1「」ガクッ DOWN!

ラウラ「……貴様らの敗因はたった1つだ」


――――――“アヤカ”を本気にさせたことだ。


箒「はあ!」ブン!

千冬?「――――――!!!!」ガクッ

箒「機能を停止した! もう1回!」ブン!

スパーン!

箒「…………こうしないといけないのはわかっているが、あまり気分がいいものじゃないな」グググ・・・(薄くフルスキンを裂いて、腹をこじ開ける!)

箒「これは――――――」

夜竹「」

箒「夜竹さん! しっかりしろ! 今、出してやるからな!」

夜竹「うぅ………………」

ペチペチ! ガクッ

千冬?「」

雪村「これで終わり!」

箒「雪村! まずは夜竹さんを出すのを手伝ってくれ! なかなか出すのが難しいぞ、これぇ……」

雪村「わかりました!」


1「」

ラウラ「さて、私も救助活動に移るか――――――」ピィピィピィ

ラウラ「!」

ラウラ「“アヤカ”、後ろだ――――――!」


雪村「!」ピィピィピィ

千冬?「――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!

雪村「あ……(これは、――――――間に合わない!?)」ビクッ

ズバーン!

雪村「ぐわああ!?(マズイ! ――――――エネルギーが! こんなにも早く!?)」

千冬?「――――――!」ブンブン!

雪村「ぐあっ!?」ズバーン!

千冬?「――――――!」ドン!

雪村「うわあああああああああああ!」ゴロンゴロン・・・(強制解除)


箒「雪村!?」

箒「馬鹿な! 全て沈黙したはず――――――」

ラウラ「もう1機――――――、もう1機、このアリーナに居たのか!」

箒「あ」ゾクッ


教員『や、やめて! ほ、ほんとに!』


箒「あれは、私が乗るはずだった機体なのか…………」アセダラダラ

ラウラ「“アヤカ”! 早く逃げるんだ!(どういうことだ!? あれは特別製なのか!? 真っ先に“アヤカ”を狙って――――――!)」

箒「雪村ああああああああ!」


雪村「ぐぅうううう…………」ズキズキ

雪村「!」ゾクッ

千冬?「――――――!」ブン!

雪村「うわっ!」ヒョイ

千冬?「――――――!」ブンブン!

雪村「うわああああああ!」タッタッタッタッタ!

千冬?「――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!



箒「雪村!?」

箒「馬鹿な! 全て沈黙したはず――――――」

ラウラ「もう1機――――――、もう1機、このアリーナに居たのか!」

箒「あ」ゾクッ


教員『や、やめて! ほ、ほんとに!』


箒「あれは、私が乗るはずだった機体なのか…………」アセダラダラ

ラウラ「“アヤカ”! 早く逃げるんだ!(どういうことだ!? あれは特別製なのか!? 真っ先に“アヤカ”を狙って――――――!)」

箒「雪村ああああああああ!」


雪村「ぐぅうううう…………」ズキズキ

雪村「!」ゾクッ

千冬?「――――――!」ブン!

雪村「うわっ!」ヒョイ

千冬?「――――――!」ブンブン!

雪村「うわああああああ!」タッタッタッタッタ!

千冬?「――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!


戦いは実質的に“アヤカ”と『知覧』の単一仕様能力『落日墜墓』によって制されたと言ってもいい。

“ブリュンヒルデ”を8体生み出して襲いかかったテロリストではあったものの、第3世代兵器を超越する単一仕様能力の前に敗北したのである。

そして、8体の“ブリュンヒルデ”と1人のテロリストを無力化して、ようやくVTシステムに取り込まれた1組や精鋭部隊のみんなの救助に入った時、


――――――生き残っていた悪魔が一直線に“アヤカ”を背後から襲ってきたのである!


さすがは“ブリュンヒルデ”であり、一瞬の隙で剣豪である“アヤカ”を振り向かせることなく、一方的に叩き斬ってしまったのである。

ISの剛体化に守られて細切れにされることはなかったものの、世界最強の斬撃を立て続けに食らってしまい、一瞬でISを強制解除させられてしまった。

よく背後から薙ぎ払われて大地に伏してしまう“アヤカ”であったが、今度は勢いよくスッテンコロリンと転がっていった。

そして、このVTシステム機は他とは何かが違うらしく、自動防衛システムより優先される何らかの命令に従って無防備の“アヤカ”に執拗に迫った!

容赦なく頭を潰そうと振り下ろされた剛剣を間一髪で躱して、堪らず“アヤカ”は一目散に駈け出していった。

その後をどこまでもどこまでも最後の“ブリュンヒルデ”は追いかけまわして、IS用の太刀を肉切り包丁のようにして“アヤカ”に襲いかかるのだ!



――――――“アヤカの教官役”であるラウラはすぐに行動を開始していた。


しかし、『シュヴァルツェア・レーゲン』は空中戦は苦手であり、機動力も『打鉄』よりは高いが突出しているとは言えないものであった。

日本最初の世代機である『G1』こと『暮桜』の機動力は旧式ながら今も圧倒的であり、しかもレールカノンで狙い撃っても簡単に避けられるのである。

生身の“アヤカ”を救うべく、あの忌まわしい複製品を始末するために必死にヘイトを集めて最後のVTシステム機の注意を引こうとするが、

やはり何か特殊な措置が施されているらしく、偽の“ブリュンヒルデ”は容赦なく“アヤカ”を肉塊にするべく剣を振り続けていた。


――――――“アヤカの母親役”である箒はラウラに制されて人命救助に専念する他なかった。


悔しいことだが、『打鉄』には遠距離攻撃できる武装もないために援護ができず、機動力も劣るので助けに行くことすらできなかった。

今できることといえば、“アヤカ”と一緒に沈黙させてきた忌まわしい“ブリュンヒルデ”の皮を被った化け物の体内からみんなを救い出すこと――――――!

本当は一目散に“アヤカ”をこの手で守りたいという欲求に駆られながらも、必死に抑えて帝王切開して巻き込まれた人たちを救い出すのであった。

脇目で“アヤカ”の安否をつい確認して動揺してしまうのだが、ある時から一心不乱に太刀を振り下ろし、腹を引き裂いて中身を取り出す作業に没頭し始めた。




――――――壁際!


雪村「うっ……(――――――搬入路の隔壁か)」

千冬?「――――――!」ジャキ

雪村「………………先生が乗ってるわけですか。そりゃあしつこいわけだ」

雪村「ここまでかな」フフッ


ラウラ「諦めるな、“アヤカ”ああああああああああああ!」ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!


千冬?「――――――!」

雪村「(よく頑張れたんじゃないかな? こんな僕でも人は十分に救えたんだ――――――マッチポンプだけど)」

雪村「フッ」

千冬?「――――――!」ブン!


箒「くっ…………」ズリズリ・・・

精鋭部隊A「」

箒「…………雪村? ――――――雪村!?」


そして、“アヤカ”のささやかな死への抵抗として始まった競争もすぐに終わりを迎えた。

生身の人間とISとでは何もかもが違い過ぎて、逃げようにも相当入り組んだ場所に誘い込むことがなければ、振り切ることは不可能であった。

ましてやここはだだっ広いアリーナであり、遮蔽物など何もなく、まさしく狩場として打ってつけの場所でもあった。

唯一の可能性として、地上の搬入路に逃げ込めればさすがに大振りの得物は触れないと賭けに出たのだが、“アヤカ”の当ては外れたようだった。

“アヤカ”は壁際に追い詰められた鼠のようになり、目の前で圧倒的威圧感を放つ狩人にこのまま狩られようとしていた。


ああ……、これまで“アヤカ”を勝利に導き続けてくれた壁際で最期を迎えようとしていた。


それは、壁に囲まれた中でしか生きられない翼を持たない地上の生物としての宿命なのやもしれない。

人はそれ故に壁の遥か上を自在に飛んでいける鳥に憧れ、空への憧れを抱き続けてきた。

そして、その願いは空戦用パワードスーツ:IS〈インフィニット・ストラトス〉として形となり、

今まさに翼を得た新たな人類は捕食者となって、翼を持たない古き人間を駆逐しようとしていた。


――――――その時、不思議なことが起こった。


ガキーン!


箒「何が起きた?! 無事なんだろうな、雪村!?」



――――――脇を開けろ!


雪村「!?」ドクンドクン

千冬?「――――――!?」

ガキーン!

雪村「あ……」


――――――伏せろ!


雪村「!」

ザシュザシュ!

雪村「うわっとと!(――――――何だ!? 後ろの隔壁から光の何かが!?)」

千冬?「――――――!」ビクッ


その時、雪村に声が響き渡った。

その直後に、なんと背後の隔壁を貫いた聖なる光の剣が振り下ろされた人殺しの剣を受け止めていたのである。

それは雪村の脇をかすめて目の前で剣を振り下ろそうとしていた“ブリュンヒルデ”の剛剣を受け止めており、

雪村としては目の前に圧倒的な威圧感を放って迫る剛剣と息つく間もなく背後から脇を通って突き出された光の剣が急に現れたのだから、

その2つが激突しあって一命を取り留めたことよりも、前後より刃物で迫られた恐怖のほうが遥かに強く、生きた心地がしなかった。

そして、“ブリュンヒルデ”が怯んでいる隙に光の剣は隔壁の中へと引っ込んで一瞬のうちに再び声が響き、咄嗟に雪村は言われるがままに屈んでいた。

すると、隔壁をガンガン突き飛ばす勢いで光の剣が何度も前後したのである。伏せていなかったら容赦なく雪村の胴体にいくつもの穴が開いていた。

そして、その地獄突きに圧されて“ブリュンヒルデ”は攻めあぐね、ついには人間の頭ぐらいの隔壁の破片が飛び散った――――――。


ラウラ「“アヤカ”! ああ よくぞ、無事で――――――」

ラウラ「む、何だ? あの光は――――――」

バン! バン!

ラウラ「――――――後方より銃声!?」

ラウラ「!」


千冬?「――――――!」ドゴン! ドゴン!

雪村「!」

雪村「え、援護射撃? ――――――誰?(――――――ピットの方からの狙撃だ!)」

――――――

千鶴「間に合ってよかったわ」ジャキ(IS用対IS用ライフルを匍匐射撃!)

千鶴「まさか、VTシステムがこんなにも用意されていたなんてね…………驚きを通り越して呆れたわ」

千鶴「さ、後は“アヤカ”くん次第というわけね」ヒュー

――――――

――――――――――――――――――
――――――受け取れ、“アヤカ”!
――――――――――――――――――

コトン!

雪村「!」(その声が聞こえたと同時に、隔壁から薄青色の淡い光を放つ剣が落とされた)

雪村「その声――――――!(――――――光の剣! 夢の中で何度も見た無双の剣だ!)」

千冬?「――――――!」ブン!

雪村「――――――っと!」ドン!(咄嗟に飛び込んで攻撃を躱すと同時に光の剣を手に取り、そのままの勢いで力強く立ち上がる!)

雪村「これでぇええ!」ジャキ

千冬?「――――――!」ビクッ

雪村「終わりだああああああああああ!」ブン!


ズバーン!


ラウラ「!」

箒「!」

――――――

千鶴「…………!」

――――――

――――――――――――――――――――――――
――――――フッ、『壁際』の“アヤカ”が負けるかよ。
――――――――――――――――――――――――



そう、勝負は決した。

最初に雪村が搬入路の閉ざされた隔壁にまで追い込まれていたところを、突如としてその隔壁を貫いた光の剣によって一難を逃れ、

更には弾幕射撃のように隔壁を穴だらけにした地獄突きによって容易に攻めこめないところを、背後より超精密射撃で狙い撃つ――――――、

そして、目の前に存在する“ブリュンヒルデ”という邪教の偶像を打ち壊すために、天は雪村に光の剣を渡すのであった。

それは台座に収まっている伝説の剣を引き抜くように荘厳なものではなく、隔壁より開けた穴より投げ入れられたものであったが、

殺人鬼と化した“ブリュンヒルデ”の非道なる一撃を間一髪で飛び込んで躱したと同時に光の剣を手にした雪村はいよいよ天機を得た。

勢いのままに力強く立った雪村に対して、“ブリュンヒルデ”は勢い余って壁際に追い詰められて振り返るまでの大変大きな隙を晒していた。

いや、『壁にぶつからないようにする』というアリーナを自在に飛び回るISバトルでは普通考慮しない事態に直面して判断が遅れて動きが鈍ったのだ。

そこを見逃す雪村ではなく、実力は“ブリュンヒルデ”に劣ってはいるが確かな実力を擁する“彼”からすればそれで勝利は確定していた。

再び地上にそびえ立つ壁は雪村の味方をし、その絶好の機会を仕損じるわけもなく、雪村の全身全霊の一撃必殺の一振りが炸裂した。

皮肉にもそれは“ブリュンヒルデ”『暮桜』の単一仕様能力『零落白夜』と同質の一太刀であり、偽りの存在はそれによって成敗されたのである。



雪村「………………」

千冬?「――――――!」

千冬?「…………!」

千冬?「……!」

千冬?「」バタン!

雪村「………………」ジャキ

雪村「…………フゥ」

雪村「ハッ」

雪村「…………フッ!」ドドーン!(光の剣を天に掲げる!)


一同「!!」


ラウラ「よくやったぞ、“アヤカ”!」

箒「ゆ、雪村……、ば、馬鹿者…………、心配させやがって…………」ポタポタ・・・

精鋭部隊A「…………う、うぅん?」

――――――

千鶴「さすがね。さすがは――――――」

――――――


戦いは終わりを告げた。3+2対9+1の圧倒的に不利な戦いはこうして少数の側の勝利に終わったのである。

圧倒的に不利と思われた戦いではあったが、雪村と守護の陰の刃がもたらした単一仕様能力によって覆されて最終的な勝利をもたらしたのである。

元々 第3世代兵器というのは単一仕様能力以外のISが備えている特殊能力を一般化しようという試みから始められた兵器群のことである。

そのことを踏まえると実用性はさておき、単一仕様能力を扱えるISのほうが基本的に高い次元に存在していることは理解できるはずである。

だが、単一仕様能力だけで勝てるほど現実は甘くはない――――――同じように最新鋭の第3世代兵器があれば必ず勝てるわけでもない。

今回の勝利は、己が持てる叡智と力量と精根を搾り出した結果による執念の勝利であり、

それをやりきった雪村の表情には安堵の表情とこの事態を招いておきながらも不謹慎ながら晴れやかなものが一時的に満ちていた。











雪村「………………」ヨロヨロ・・・

雪村「………………フゥ」ペタン! ――――――壁際!

――――――
「伝説の光の剣を振るった感想はどうだ?」フフッ
――――――

雪村「また、助けてくれましたね…………今度は現実世界で」ハアハア

――――――
「…………遅れて本当にすまなかった」
――――――

雪村「いえいえ、本当に感謝しています。――――――結果が全てですよ」アセビッショリ!

――――――
「そうか。それじゃ、俺は行くぜ。後処理が他にも残ってるんだ」
――――――

雪村「はい。また会いましょう」ニコッ

雪村「今度は、仮想空間で――――――」


――――――“ブレードランナー”。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――役目を終えた“ブレードランナー”はしめやかに鞘に戻るぜ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――



――――――その夜


ラウラ「…………結局、決勝トーナメントは無期限中止だ」

ラウラ「第3アリーナでも同じようにテロが起きた以上は、決勝トーナメント進出できた者全員に賞を与えてうやむやにするそうだ」

雪村「そうですか」

箒「……そうか」


ラウラ「残念だったな。優勝できなくなって」


箒「あ」

ラウラ「私が教官より与えられた任務は『“アヤカ”をベスト8に入れること』――――――故に、私だけ目標を達成したようだ」

ラウラ「すまなく思う」

雪村「………………」

ラウラ「お前は、その……、振り向かせたい相手のために――――――」

箒「…………いや、そんなことはもう気にしてない。ああ 気にしてない」

箒「特別病棟に運び込まれたみんなのことを思うと、私だけ助かったことが何よりの褒美みたいなものだし……」

箒「それに、雪村が無事でとりあえずホッとしているよ…………まったく、お前というやつは」フフッ

雪村「………………ホッ」

ラウラ「そうだな。どこまで信用していいのか困るぐらいだな。あんな隠し球を持っていたとは驚きだよ」フフッ

雪村「けど、これでシャルル・デュノアの正体は公然のものとなるね」

箒「あ」

ラウラ「しかたがないだろう。今回の一件にデュノア社が絡んでいるのは間違いないことだからな」

箒「え、ラウラ――――――?」

ラウラ「どうした? 私がシャルル・デュノアが性別詐称していることを知らないとでも思ったのか?」

ラウラ「そもそも学園側がその事実を伏せていたのだ。よくこんな茶番を興じることができたものだな」

ラウラ「まあ、おそらくはハニートラップを狙ってのことだったのだろうが、」

ラウラ「――――――こいつ相手にそんなものが通用するわけがなかったな」

雪村「………………?」

箒「た、確かにな……(――――――『ハニートラップ』ぅ!? 何を言い出すのだ、こいつは!)」ドキドキ


箒「しかし、私たちはいつまでここで待機していれば…………」

箒「今回の件でIS学園に対する信頼が落っこちたな……」

ラウラ「まさかここまで公然と“アヤカ”を抹殺するために襲ってくるとはな………………正気の沙汰ではなかったな」

雪村「ごめんなさい」

箒「い、いや! お前のことを責めたわけではない! 憎むべきは罪だぞ!」

ラウラ「そうだぞ。お前のせいではない」

ラウラ「むしろ、やつらの蛮行を強行させた原因の1つに私も一枚噛んでいるのだからな」

箒「なに?」

ラウラ「シャルル・デュノアがIS学園から逃げ出した翌日に、2人組の男に送り届けられてだな」

箒「え」

ラウラ「その2人組の男を尾行してみたら、同じようにIS乗りのテロリスト2人組が彼らを抹殺せんと襲撃したのだ。――――――ただの一般人を」

ラウラ「そして、私はそのテロリスト2人を拘束した」

ラウラ「だから、少なくとも私も目の敵にされていた」

箒「そ、そうだったのか……」

雪村「………………」

ラウラ「しかし、学園内部に魔物が大勢潜んでいることは確実で、織斑教官はそれを退治するために忙しいようだ」

箒「ああ…………」

ラウラ「世の中くだらないことで争ってばかりだな。戦争がなくならないわけだ」

箒「…………そうだな(私がそもそも重要人物保護プログラムを受けなければならなかったのはISの軍事的優位性が認められたから――――――)」

ラウラ「私は軍人だ。軍人は文民統制に従うものだが、その文民の采配次第で我々は剣にも盾にもなることを忘れないで欲しいものだな、お偉方には」

箒「なるほどな(――――――これが専用機持ちの覚悟と苦悩というやつか)」

箒「(私は馬鹿者だな。私は安易に“姉さんの妹”だから専用機を暗に求め続けていたが、私なんかに務まるはずがない……)」

箒「(私は“普通の人間”としての当たり前の暮らしを取り戻したいだけであって、別に千冬さんや姉さんのように目立ちたいわけじゃない……)」

箒「(けれど、今回のような事件で『ISに対抗できるのはISだけ』という事実が深く突き刺さる……)」

箒「(私は私以上の不運に苛まれてきた“朱華雪村”という少年のためにやれるだけのことをしたい……)」

箒「(それなのにそう考えれば考える程ますます『専用機が無ければ雪村と同じ土俵に立てない』という現実に直面してしまうのだ……)」

箒「(私はどうすればいいのだろう? ただ普通の女の子として高校生活を送って人並みの暮らしをして生きていたいと思っているのに…………)」

箒「(やはり、姉さんがISを開発してしまったのがそもそもの間違いだったのではないだろうか? これは抗えない宿命なのだろうか?)」

箒「(どうすればいいのだろう? 今の私は“篠ノ之 箒”だ。今までの与えられるだけの存在じゃない。まぎれもない“私”自身だ)」

箒「(逃げちゃダメだ。ここで逃げたら私が“私”でなくなってしまうような気がして――――――)」

箒「(雪村。私はお前を独りになんかさせないからな、絶対! だから、だから――――――!)」

雪村「………………」


――――――ごめんなさい。



――――――大会後の休日(予備日の2日間)


鈴「結局、何がどうなったって話よ?」

雪村「わかりません。クラス対抗戦の時と同じです」

鈴「あ、ああ…………そう(そう言われちゃ、私も口止めされてるからこれ以上は………………)」

雪村「ところでどうしたんですか、2組の…鈴さん? 僕なんかに相手をして。珍しい」

鈴「ああ……、あんたにはそこそこ期待してたのよね」

鈴「あのドイツの生意気な少佐殿を倒してくれることをね」

鈴「なぜだかわからないけれど、あのセシリアにも奇跡的に勝利したことなんだし、ラウラ相手にも何かしてくれるんじゃないかって」

鈴「――――――『楽しみにしてた』ってわけ」

雪村「そうなんですか」

鈴「あんた、最初に会った時と比べてずいぶんと変わったわね。少しはマシになったって感じ」

雪村「そうですか。ありがとうございます」

鈴「もしかして、あんた……、今までわざと手を抜いてきたとかないでしょうね?」ジー

雪村「いえ。必要に応じて全力は出してきたつもりですが」

鈴「いちいち引っかかる言い方するわねぇ……(なるほど。そういう意味では確かに嘘はついてないわねぇ……)」

鈴「けど、わかった」

雪村「何がです?」


鈴「あんたはこれから私のライバルってことよ。覚悟なさい」


雪村「???」

鈴「…………そこは察しなさいよ。締まらないわねぇ(――――――何か“あいつ”に似てるわね、ところどころというか)」

雪村「えと……」

鈴「 だ か ら !」

鈴「あんたも立派な専用機持ちだってことをこの私が認めてあげたって意味よ」

鈴「私は1年ぐらいで代表候補生になったっていうのに、あんたは2ヶ月だけで訓練機なんかでここまで強くなってぇ!」

鈴「私はあんたに将来的に追い抜かれないように意識してるってわけ。最新鋭の第3世代機に乗って旧式の訓練機上がりに負けちゃ立場がないでしょう」

鈴「今はPICコントロールが下の下で歩くことしかできなくても、セシリアに使った瞬間移動みたいなアレを自在に使いこなせるようになったら厄介だし」

鈴「たぶん、あんたが今年の入学生の中で一番の成長株だって周囲から注目されてるんじゃないの?」

鈴「私、絶対にあんたにだけは負けないから、見てなさいよ!」

鈴「ふん!」


スタスタ・・・・・・


雪村「…………何だったんだろう、あれ?」

雪村「けど、僕の評判が上がって周囲に迷惑が掛からなくなるのであれば――――――」

雪村「さ、特別病棟に行こうか」


――――――特別病棟


千鶴「あら、英雄さん。おはよう」

雪村「おはようございます。誰ですか?」

千鶴「あははは、さすがにまだ知らないわけか。――――――助けてやったのになぁ(まあ あの状況だとしかたないけど)」

雪村「――――――『助けてもらった』?」

雪村「いち――――――ハジメさんの仲間ですか」

千鶴「……うん、そういうことよ」

千鶴「一条千鶴よ。これからハジメと一緒にやっていく仲間だから覚えておいてね」

雪村「わかりました、千鶴さん」

千鶴「けど、まさかVTシステムがこれほどまでに仕掛けられていたなんてね……」

雪村「被害者総数:第4アリーナで9人、第3アリーナで4人ですか」

千鶴「そう。まさか13機も仕掛けられていただなんて、明らかな内部犯行よね」

千鶴「まあ、だいたいはこの一件で不穏分子は粛清されたのだけれど、これからの学園経営は大きく響くわね」

雪村「それを招いた僕はこれからどうなるんです?」

千鶴「どうもならないわ。これはあなたが訪れる以前からの問題であって、安心してこれまで通りに学生生活を送りなさい」

千鶴「日本を標的にしたアラスカ条約によってIS学園の運営は全て日本国の負担にはなってはいるんだけれども、」

千鶴「逆にそれが今回の場合は大きな味方になっていてね」

千鶴「もしIS学園を解体するようなことになれば、アラスカ条約に従ってあらゆるIS関連技術を公表しなければならない義務が適用されて――――――」

雪村「そうですね。IS学園所属として登録された機体に関する技術は3年間独占していていい権利があるわけですからね」

千鶴「それに、IS学園を接収したとしてもその運営費は馬鹿にならないわけだから、『白騎士事件』以降の混乱で大打撃を受けた各国に維持なんかできないわ」

千鶴「日本だけなのよ。得をしたのは」

千鶴「超大国同士の冷戦の最終的な勝者が日本であるように、世紀末の前後から我が国は名実共に世界一の国家になっているわけ」

千鶴「パックスジャポニカ――――――それを抑止する目的でアラスカ条約があるぐらいに日本は強いわ」

千鶴「むしろ、今回の一件で責められるべきなのはフランスのデュノア社であり、主犯格としてきっちり責任は押し付けてあるわ」

千鶴「それのせいなのかはわからないのだけれど、今朝方 デュノア社の工場が爆破されたというニュースが届いているわ」

雪村「そうなんですか」

千鶴「それで、VTシステムの被害に遭った娘はみんな意識を取り戻したわ」

千鶴「ただ、VTシステムによる後遺症が残っているかどうかの検査のためにまだまだここで療養してないといけないんだけどね」

雪村「それはよかったです」ホッ


千鶴「ところでさ?」

雪村「?」


――――――昔のこと、思い出したい?


雪村「…………?」

雪村「どういう意味ですか?」

千鶴「そのままの意味よ。今のあなた――――――“朱華雪村”である以前の記憶を取り戻したいと思わない?」

雪村「ああ そんなことですか」


雪村「必要ありません」


千鶴「どうして? あなたの家族のことは気にならない?」
   ・・・・・・・・・・
雪村「僕には居ない設定です」

千鶴「…………そう。強いね」
                              イマ
雪村「諦めただけです。僕が欲しいのは過去でも未来でもなく、現在ですから」

雪村「それに、僕は現在の関係がとても気に入っている。だから、卒業するまで大事にしておきたい」

千鶴「そっか。現在こそが満ち足りているのなら野暮な提案だったわね。ごめんなさい」

雪村「いえいえ」

千鶴「“2年前に現れた世界で初めてISを扱えた男子”――――――本来『青松』に乗るべきだった類稀なる剣の才を持った少年」

千鶴「それがまさか、この土壇場になって才能を開花させるなんてね」


――――――周囲に花粉を撒き散らす松の木が2年の時を経てようやく実を結んだのね。

                                ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・
雪村「僕が“朱華雪村”である以前のことなんて忘れましたよ(へえ、『白式』って元々 僕専用の機体だったんだ……)」

雪村「というか、思い出そうとしても本当に何も憶えてないんです。何となくとしか本当に憶えてなくて」

千鶴「それは確かに過去も未来もないわね(自殺防止のために記憶を消されているわけなのよね。ただ生かされているだけ――――――)」
                                             ・・


雪村「そういえば、シャルル・デュノアはどうなるんです? デュノア社の刺客として送り込まれた彼女は」
   ・・
千鶴「彼女なら大丈夫よ。情状酌量の余地があるし、人権団体様に檄文を飛ばしたから手厚く保護されるわ」
                  ・・
千鶴「まあ、この学園に残るかどうかは彼女次第だけれど」

雪村「そうですか」

千鶴「やっぱり、――――――嫌いかしら?」

雪村「別に。嫌いなのは子供にそうさせている連中であって、『子供の罪は大人の罪であっても大人の罪は子供の罪じゃない』から」

千鶴「そうね。そうよね。優しいのね」

雪村「ただムカついたのは『僕と同じ存在を騙るのならばそれ相応の苦しみを味わい尽くしてもらわないと』と思いまして――――――」

雪村「やらされているとはいえ、無性に腹がたちましたね。あの程度で不幸を気取るとかふざけてるからつい、ね?」

千鶴「あららら、…………逆鱗に触れちゃったわけね。道理で大会前にシャルル・デュノアが不安定になっていたわけか」


雪村「その点で、“あの人”は本当に暖かった。僕の人生最大の幸運というのは“あの人”に会えたことだと思っています」


千鶴「よかったわね。私としても“その人”があなたの真の同胞であったことが何よりの救いだったわ」

千鶴「これからも精一杯生き延びて現在を楽しみ抜いてね?」

千鶴「じゃあね。呼び止めてごめんなさい」

雪村「ありがとうございました。さようなら」

千鶴「うん」

コツコツコツ・・・

雪村「……あ、そうか(あの時の射手が千鶴さんだったのかな? 一瞬しか見えなかったけれどあの状況で居たのはそれぐらいしか――――――)」


雪村「さて、そろそろ面会の時間かな? みんなのところに行かないとな。早めに来といてよかった」

箒「おお、雪村。ずいぶんと遅かったではないか」

雪村「ごめんなさい。人と話していました」

箒「そうか。ならしかたないな。早く行くぞ」

雪村「うん」

コツコツコツ・・・

本音「あ、きたきた~。“アヤヤ”とシノノン いっしょ~」

相川「やっぱりか。うん、“親子”一緒なのが一番だよね~」

箒「…………諦めたことだが、未だに慣れないな」

ラウラ「遅いぞ、お前たち」

セシリア「まあまあ、約束の時間には間に合っていますし、そう目くじらを立てずに」

谷本「そうだよ、ラウラ。それにここでは『静かに』」シー

ラウラ「む、すまない」

鷹月「それじゃ、そろそろ行くよ」

セシリア「それでは、みなさんのお見舞いに参りますわ」

箒「え、セシリア? その籠に入っているのは全部――――――」

セシリア「はい。祖国でもイチオシの高級フルーツですわ」

ラウラ「私も微力ながら祖国で評判の菓子を――――――」

相川「ひゃー、やっぱり代表候補生って凄いよねぇ」

谷本「だから、『静かに』!」シー

雪村「………………フフッ」

ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー

雪村「あ」


黒服「――――――」グッ

千鶴「――――――」ニッコリ


雪村「……フフッ」

箒「雪村、行くぞ」

雪村「はい」


――――――僕は生きている。“普通”に現在を生きようとしている。


それがどれだけありふれていて、どれだけ尊いことなのかを噛み締めている今日このごろ――――――。

“特別”に憧れていた自分は遠い彼方、“普通”を求めて喘いできた自分も過去のものとなり、今、確かに僕は“幸福”の中に包まれていた。

この“幸福”な日々がいつまで続くのかはわからない。けど、過去の自分にも未来の自分にもなかったものを現実の僕は持つようになった。


――――――そう、僕は“僕”として足掻き続けることを決意したのだ。





第7話B 大きく疑い、大きく信じ抜く魂
PURSUIT of the Truth

――――――話は遡り、


ヒュウウウウウウウウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!


シャル「…………よいしょっと」シュタ

岸原「おっとっと……」ヨロッ

夜竹「あれ? デュノアくんにリコリン? それに――――――」

四十院「さて」シュタ

国津「よいしょっと」シュタ

ラウラ「決勝トーナメントのメンバーが勢揃いということか」

箒「どういうことだ? 私の機体の交換のために待っていたのではなかったのか?」

夜竹「え」

ラウラ「やるのならば、さっさとやればいいものを……(何だ? 何かがおかしい……!)」

雪村「………………」キョロキョロ

ラウラ「どうした、“アヤカ”? 何か感じるものがあったのか?」

ラウラ「それとも、このまま乱戦と洒落込むか? そのほうがおもしろくていいがな」

夜竹「え」ビクッ


――――――
1「さあ、楽しいショーの始まりよ」ピッ
――――――


・・・・・・・・・・・・ドッゴーン!


雪村「――――――!」ゾクッ

雪村「!」クルッ

一同「?」

シャル「どうしたの、“アヤカ”くん?」

箒「どうしたというのだ? まさかまた――――――」

雪村「あっちの方――――――、何かが起こった」

ラウラ「『あっち』――――――?」クルッ


――――――第3アリーナの方角




――――――第3アリーナ


――――――
観衆「ワーーーーーーーーーーーー!」

実況「さあ、今年からツーマンセルに変更されての学年別トーナメントですが、いよいよ決勝戦となりました!」

実況「ツーマンセルに変更されようともこれまでの3年間で培ってきた友情の力で乗り越えて、学園最強の称号を手にするのはどちらなのか!」

実況「最後の晴れ舞台! 勝利の栄光を手にするのは果たして――――――」
――――――


ドッゴーン!


――――――
観衆「?!」

実況「な、何事!? 突然、アリーナで爆発が発生!?」

ザワ・・・ザワ・・・

実況「みなさん、落ち着いてください!」
――――――

2「さて、二正面作戦開始よ」

2「さあ、出てきなさい。千冬様に取り付く寄生虫!」

2「私が千冬様をお救いしますわ!(そして、第4アリーナで“アヤカ”を始末して――――――)」

――――――



――――――第4アリーナのどこか


弾「第3アリーナで謎の爆発――――――」

弾「どうするよ? これ、明らかに誘ってるんじゃないのか? 素人の俺でもわかるぜ」

弾「“アヤカ”がいる一番警備が厳重な第4アリーナから人を追い出して、その隙に兵力を投入するつもりなんだろう」(黒服)

友矩「これはどうするべきか――――――千鶴さんの指示を待つしかないですね」(黒服)

一夏「第3アリーナ――――――今、3年生の部の決勝戦が行われている頃だけど……」(黒服)

友矩「大会運営本部は何をやっているんだ?(内部粛清の影響で人員が足りなくなったのか? いや、そんな単純な理由ではないはずだ)」

一夏「今日 何か仕掛けてくるとは思ってはいたけど…………」

友矩「敵の狙いはどこにあると思います? 騒ぎを聞きつけてノコノコと第3アリーナに駆けつけようとする黒服が狙いでしょうかな?」

一夏「…………!」

弾「警備員を増員したのが仇になったか。応援要請無しに駆けつけるのはおかしいもんな」

弾「――――――ん? まるで“ブレードランナー”の正体を敵が知っているかのような言い方じゃないか」

友矩「内部粛清の結果 その可能性が浮上しました。最悪の状況を想定して行動しなければならないわけです」

弾「うぅ……、一夏が駆けつければすぐに事態は解決するっていうのに何だってこんな手間暇 掛かるんだよ」

友矩「『ISに対抗できるのはISだけ』――――――つまり、こちらにしても敵にしても前提として『ISを使うからISを使わざるを得ない』わけなのです」

友矩「ISを扱える“アヤカ”を始末するために戦車や戦闘機を用意してもいいでしょうけど、それをIS学園まで持ってくることは難しい――――――」

友矩「となれば、そんな環境の中で守られている“アヤカ”を始末するにはやっぱり刺客もISを使わざるを得ないんです」

友矩「つまりそれは、“アヤカ”を始末しようと送られてきたISテロリストを始末しようとしている“ブレードランナー”も同じことなのです」

弾「な、なるほどね。“殺し屋の殺し屋”のこっちとしても“殺し屋”として“殺し屋”と同じ条件を背負わされているわけね……」

友矩「特に、こちらとしては正体を知られてはならないという頭がオカシイ制約を課されているので余計に神経を使うんですよ」

友矩「そんなに知られるのが嫌なら、最初からこんな仕事をさせなければ良いものを…………」

一夏「結局 どうなんだ? 俺たちはこのまま待機でいいんだな?」

友矩「ええ。こういう時のために精鋭部隊が組織されてるんです。ただでさえ戦力が足りてないのですから自分たちのことは自分で守ってもらわないと」

一夏「それで何とかなればいいんだけど」

友矩「…………そうですね。精鋭部隊に鎮圧される程度の陽動じゃ意味がないことは敵としてもわかっているはずです」ピピッ!


友矩「さて」ピッ

――――――
千冬「急いで駆けつけてくれ!」
――――――

友矩「!?」

友矩「何が起こりました!?」

一夏「え……」

――――――
千冬「私のVTシステムだ。並みの生徒では太刀打ち出来ない。しかも 4機確認された。応援を頼む」
――――――

友矩「なんですって?!」

弾「――――――『私のVTシステム』?」

一夏「友矩!」

友矩「くぅううう……(やられた! そうか、敵の狙いは最初からそこにあったのか!)」


友矩「(長い時間を掛けて訓練機にVTシステムを仕込んで学園のISの強奪も狙っていたのか…………)」

友矩「(それがたまたま、“世界で唯一ISを扱える男性”なんていうのが出てきたからついでにその始末に使う気で――――――)」

友矩「(となると、ほとんどの訓練機に仕掛けられていたのではないのか? どうなんだ、その辺は?)」

友矩「(だが、ならなぜVTシステムほどのものを“アヤカ”がいる第4アリーナで使わない?)」

友矩「(いや、どれくらいの数のVTシステムを用意していたのかは知らないけど、そこをハズすような間抜けが相手とも思いたくない)」

友矩「(――――――やはり、本命は“アヤカ”の始末だ、これは!)」

友矩「(そうだとも! 第3アリーナは大変な状況になっているけれど、第4アリーナだって試合がいつまで経っても始まらない異常事態だ)」

友矩「(それが数分前にどういうわけか、選手全員が場に出てきて、何もわからないまま立ち往生しているんだ)」
            ・・・・・・
友矩「(これって明らかにそういうことなんじゃないのか!?)」

友矩「(間違いない! これは陽動だ! どちらも避けて通れないような完璧な陽動だ――――――!)」

友矩「(けど、困難を超越することこそが“ブレードランナー”の役目だ!)」



一夏「友矩……?」

友矩「“ブレードランナー”! 無理難題を押し付けられたみたいですよ」

一夏「!」

友矩「敵は間髪入れずにこの第4アリーナで何かをしてくる!」

友矩「それを承知で、第3アリーナまで行ってきて早急に鎮圧して戻ってこい――――――今回の戦いはそういうことです」

弾「時間との勝負ってことか、それは!?」

一夏「…………!」

一夏「なら、俺はすぐに行く!」

友矩「行って! 手遅れかもしれないけれど第4アリーナを封鎖してみます!(制約さえなければこんなことには――――――)」

友矩「使いたくはなかったけど、“ブレードランナー”の特権として学園のセキュリティを掌握させてもらいます!」

弾「お、俺は――――――」

友矩「弾さんはこの中継器を第3アリーナに持って行ってください! 僕はここからできるかぎりのことをしますから!」

弾「わかったぜ! 運び屋としての最善は尽くす!」ガシッ

弾「よし、待ってくれ、一夏よおおおおお!」

タッタッタッタッタ・・・

友矩「どこかに居るはずだ! このアリーナのどこかに“アヤカ”の喉笛を虎視眈々と狙う刺客が!」カタカタカタ・・・

友矩「そいつを閉じ込めてしまえば時間稼ぎにはなるはずだ!(――――――“ブレードランナー”に失敗は許されない!)」カタカタカタ・・・

友矩「普通のIS乗りじゃVTシステム機4体の相手するだけでも大変なんだから急げ!(まあ、それに打ち勝つのが当然だと思ってやらないと!)」カタカタカタ・・・

友矩「にしても、大会運営本部はどうなっているんだろう? まさか、すでにテロリストの手中に落ちているというのかな?」カタカタカタ・・・

友矩「いや、そもそも大会運営本部はどこにあるんだ? 大会直前に内部粛清が行われて再編成されたはずだけど――――――」カタカタカタ・・・




「ふふ~ん。何か楽しそうなことになってるよね~。これってもしかして楽しんじゃっていいってことなのかな~。あはははうふふふふ……」



――――――第3アリーナ


「キャアアアアアアアアアアア!」ガヤガヤ・・・

「ニゲロオオオオオオオ!」ガタガタ・・・

「ワアアアアアアアアアアアアア!」ドタバタ・・・


弾「派手にやってるじゃないか、テロリストめ!」

一夏「千冬様はどこ? もう突入してるんじゃなかったのか?」キョロキョロ

一夏「しかたがない。時間が押してるんだ。俺だけでもやらないとか!」タッタッタッタッタ・・・

――――――
千冬「ええい、しつこいぞ。私も暇じゃないんだ!」

教員「そんなこと言わずに何とかしてくださいよ! 現場責任者として各国のお偉方に何とか言い聞かせてください!」

千冬「どけ! 現場責任者だからこそ目の前に現れた脅威を取り除こうと必死になっているんだ! 私に構うな!」

教員「そんなこと言って、織斑先生は私に責任転嫁しようって気なんでしょう!」

千冬「このアリーナでもしものことがあった時にどうするのか決めるのがお前の役目だろうが。お前こそ責任転嫁するんじゃない!」

千冬「いいかげんに手を放せ! こんなことをしている暇があるんだったらお前も修理中の『打鉄』にでも乗って援護しろ!」

教員「そ、そんな! 私なんかが“ブリュンヒルデ”に敵うわけないじゃないですか!」

千冬「」カチン

千冬「当て身」ドスッ

教員「きゃっ」

教員「」バタン

千冬「くそ、手間取らせるな、馬鹿女が(内部粛清のツケが早くも出てきたか。自己保身しか考えられないこんなやつに――――――!)」

千冬「くっ、一夏よ……」
――――――

一夏「で、あれがVTシステムってやつか。ふざけやがって(あの動き――――――第1回『モンド・グロッソ』の千冬姉そのままじゃないか!)」

一夏「弾はここまでいい。これ以上は巻き込まれないように一緒に避難していてくれ(世の中にはこんなふざけたものまで存在するんだな!)」

弾「…………わかったぜ。中継器を運ぶのだけがお役目だったからな」

弾「急げよ!」

一夏「ああ(3年の精鋭部隊はよく粘っているけれど、4人の千冬姉相手じゃ圧倒されるのも当然か…………完全に逃げ腰じゃないか)」


タッタッタッタッタ・・・




一夏「さて――――――」キョロキョロ

一夏「確かこの辺だったか?(この辺で展開すれば正体がバレないはずだったな。周囲に人影なし!)」

一夏「来い、『白――――――っ!?」ビクッ

バキューン!

一夏「…………うぅ!?」ズキン!

2「こんにちは、死ね」バキューン!

一夏「くっ!(右腕をかすったか…………)」ササッ

一夏「…………待ち伏せされていた!(どうする――――――いや、考えるまでもないか。すぐに終わらせて――――――)」ズキンズキン


2「出てきなさい。さもなければこの親子がどうなってもいいの? 千冬様にたかる寄生虫!」ジャキ

幼女「た、助けてぇ…………」シクシク BIND!

母親「だ、誰か 助けてください!」ガタガタ BIND!


一夏「な、なにぃ!?(――――――人質だとぉ!? くっ、しかも一般人じゃなか! 招待券をもらった学園関係者か来賓の身内か?)」

一夏「くそっ、時間が押してるってのに!(いや、友矩が言うようにこれが敵の陽動作戦なんだからこれぐらいして時間稼ぎするのは当然か?)」

一夏「ちっ(けど、“アヤカ”だってただじゃやられないぞ。なんてったって単一仕様能力があるからな。俺と同じIS殺しの力が――――――)」ズキンズキン

――――――
友矩「“ブレードランナー”!」
――――――

一夏「どうすればいい、“オペレーター”……」アセタラー

――――――
友矩「『待ち伏せされていた』ということは完全に正体が割れている可能性が非常に高いです」

友矩「けれども、今回は相手が単細胞だから逆に何とかできる可能性があります」

友矩「――――――『千冬様』と口走りましたから」ニヤリ
――――――

一夏「!」

――――――
友矩「人質に関しては救出さえできれば『ニュートラライザー』で記憶を消しますので、思いっきり吐露してください」
――――――

一夏「え、マジで?」

――――――
友矩「はい。使えるものは何でも使いましょう」ニヤリ

友矩「きみがどれだけの想いを抱いているか――――――格の違いを見せるんですよ」

友矩「それが――――――」
――――――

一夏「――――――“人を活かす剣”ってやつだもんな!」ウズウズ!

一夏「よし!(お、痛みも引いてきたか。もうちょっと続いてくれれば迫真の演技になったろうけど、やるっきゃない!)」


2「どうしたのかしら? 銃弾を受けて腰が抜けたのかしら?」

黒服「こっちへ来て確かめてみたらどうだ?」ゼエゼエ

2「いいえ、遠慮しとくわ。誰が薄汚い男のところへいくもんですか」

2「さあ、織斑一夏! 姿を現しなさい! 苦しまないように1発で楽にしてあげるわ」ジャキ

黒服「――――――『織斑一夏』だと? 人違いだ!」ゼエゼエ

2「しらばっくれるんじゃないよ! 千冬様の汚点! 出てこないのなら――――――」ジャキ

幼女「いや! いやああああ!」

2「うるさいぞ! このガキ!」

母親「や、やめてください! この娘だけは手を出さないでぇ!」

黒服「やめろ! その人たちは関係ない! 放してやれ! 目的は『織斑一夏』なんだろう!」ゼエゼエ

黒服「それに、脚がブルっちまってほんとに動けねえんだって!」ゼエゼエ

2「本当かどうかはすぐにわかるわ! 千冬様の栄光を汚した罪人には報いが必要だわ!」

黒服「わかった! 俺が『織斑一夏』だ。そういうことでいいんだろう!」ゼエゼエ

黒服「来いよ! 銃なんて捨ててかかってこい。腰が抜けた今ならお前でも勝てるぞ」ゼエゼエ

黒服「楽に殺しちゃつまらないだろう?」ゼエゼエ

黒服「ナイフとか突き立てて、千冬様の汚点である『織斑一夏』をこの手でメッタ刺しにして苦しみもがいて死んでいく様を見るのが望みだったんだろう!」
                                       ・・・・・・・
黒服「そうじゃないのか? そうじゃなかったらわざわざ赤の他人を人質に使うなんて不確実なやり方に打って出るはずがないだろう!」ゼエゼエ

黒服「俺は別にその二人が死んだってどうだっていいんだよ! どうせこの事件は闇に葬られんだから!」

母親「ええ!?」

2「………………!」

2「……まあいいわ。ここまでくれば人質なんて邪魔なだけよ」

2「それに、この狭い通路で有利なISを持っている私が剣しか使えないような欠陥機に負けるもんですか!」コツコツコツ・・・

母親「あ……」

幼女「お、お母さん……」

母親「良かった、良かった…………」

母親「さ、早く――――――!」

幼女「う、うん!」

タッタッタッタッタ・・・

黒服「…………ホッ」

――――――
友矩「単細胞で何より――――――おめでたい女ですな。人質は行ってくれたことだし、後はどうとでも」
――――――

黒服「まったくだ……(第2段階へ――――――ここからだ!)」イライラ

      ・・・・・
――――――俺の千冬姉に汚えものを向けるんじゃねえ!



2「そうよ。うふふふふふ!」ニタニタ

2「この手で、この手で千冬様をお救いできるのですわ!」

2「死になさい、死になさい! 待っていてください、ああ 千冬様ぁ……」トローン!


一夏「へえ、お前は千冬姉のことをそんなに愛してるんだな」


2「当然よ。千冬様は強く、美しく、全てを兼ね備えたお人よ!」

2「それをあなたが――――――!」

一夏「けど、お前のことなんて千冬姉は知らねえよ! お前の愛なんていうのは絶対に届かねえよ!」

一夏「そんなのは自己満足の[ピーー!]って言うんだよ! 人の姉を[ピーー!]のオカズにするんじゃねえよ!」ゴゴゴゴゴ

2「!?」ビクッ

2「ふ、ふざけないで! 私の千冬様への愛がそんな低俗なものなんかじゃないわ!」

一夏「だったら、お前は千冬姉をどこまで愛せるっていうんだ!」

2「私は! 千冬姉の汗や涙だって着ていた服や残り湯だって愛せます!」

一夏「はん! その程度かよ! 俺はすでに千冬姉の脱ぎたての服で[ピーー!]したり、残り湯だって毎日[ピーー!]いたぜ?」

2「ううん?!」

一夏「どうした? お前はしていない――――――俺はしているぞ? 格付けは終わったな?」

2「くっ、この下衆が――――――」

一夏「おいおい? お前がやろうとしていたことをやっていた俺を『下衆』って蔑むのなら、」

一夏「お前は嘘を言ったのか? ――――――千冬姉のことで!」ギロッ

一夏「千冬姉に恥ずかしくないと思わないのか! 俺を辱めるためだけに利用したっていうのか! お前にとっての千冬姉は利用するものなのか!?」

2「うっ…………!」

2「わ、私は! 千冬様の全てを愛しておりますわ! 千冬様のへそも脇も脚もお顔も耳もうなじも全部――――――!」

2「そう! 千冬様を誰よりも深く愛し、誰よりも優しく情熱的に気持ちよくしてさしあげることができますわ!」ドキドキ

2「千冬様に求められたら、私、お断りできませんわ……!」トローン!

一夏「お前、そんなこと言って、千冬姉の[ピーー!]がどこにあるのか知ってるのか?」

2「え」


一夏「千冬姉の[ピーー!]はあそこだぜ? 千冬姉は意外と[ピーー!]だからよ? そこをああしたり、こうしたりするとだな――――――」

2「う、嘘よ! 千冬様がそんな――――――」

一夏「お前、また嘘を言ったな! 『千冬姉の全てを愛している』と言っておきながら!」

2「…………うっ!」

2「違うのよ! これは嘘よ! 私を貶めるための口から出任せ! 千冬様がお前のような男に、男に――――――!」ブルブル

2「そ、そうよ! あなたは千冬様の汚点である“織斑一夏”! 千冬様の弟でありながら――――――」

2「え」ピッ

2「ちょっと待って? だって、あ、あなたは千冬様の実の弟で――――――?」

一夏「どうしたんだよ?」ニヤリ

――――――
友矩「…………トドメを」
――――――

一夏「ああ(――――――思い知れ!)」ボソッ


一夏「俺は千冬姉と結婚の約束をして恋人のキスだってしてるんだよ」


2「!!!!?!??」

一夏「だから、俺はそろそろ千冬姉と[ピーー!]しようって――――――」ピン!

2「ハッ」

2「ふ、ふふふふ……」 ――――――1!

2「と、とんだ食わせ者ね。そうか、あなたが“織斑一夏”のはずがありませんわね……」ニコニコー ――――――2!
         ・・・・・・・・・・・・・・・・・
2「そう。こいつは日本政府が用意した織斑一夏の影武者――――――」 ――――――3!

一夏「――――――!」ヒュッ!

2「そうじゃなければち、千冬様とその血を分けた実の弟が[ピーー!]するだなんて発想が――――――」 

コロンコロン・・・ ――――――4!

2「!?」

一夏「――――――!」シュッ


ピカァーン!


一夏「――――――!」ズドン! (掴みかかって腹に強烈な膝蹴り!)

2「かっはぁ…………」(口から赤色の液体が飛び散る)

2「き、貴様ぁ…………」モガモガ

2「」ガクッ

一夏「――――――4秒だ」ジロッ

――――――
友矩「残念。今のは4.1秒――――――遅れましたね」
――――――



一夏「馬鹿な女だな。人間、人を本気で愛するとなったら何だってできるってことを知らないんだ」

一夏「ようやくタクティカルベルトが活躍してくれたな……」

一夏「けど、ちょっと汚れちゃったな。臭い(――――――ずいぶんと中身をやっちゃったようだな)」クンクン

――――――
友矩「確実に再起不能にしてください」
――――――

一夏「ああ。発信機と小型爆弾付きの手錠もな」ガシャン

2「」BIND!

一夏「人を殺すこと以上に罪深いことはない。武器を持って人を脅してその生命を脅かしたその咎は決して安いものじゃないぞ?」

一夏「けど、安心してくれ。俺はどんなことがあっても命だけは助けてやるから」ジー

一夏「そう、命だけは」

一夏「――――――抜刀! ふんっ!」ブン!

ズバーン!

――――――
友矩「これが“ブレードランナー”です」
――――――




――――――そして、


千冬?「――――――!」ブン!

精鋭部隊P「きゃああああああ!」(戦闘続行不能)

千冬?「――――――!」ブン!

精鋭部隊Q「うぅ…………!」(戦闘続行不能)

精鋭部隊R「先生方でも無理なの!?」(機体放棄)

千冬「どけ、お前たち」

精鋭部隊R「織斑先生!」

千冬「遅れてすまなかった。馬鹿女にお偉方の面倒を押し付けられそうになって手間取ってしまった!」

千冬「幸い、戦闘続行不能になった者を追撃するようなプログラムは組まれていないようだな」

精鋭部隊R「はい。敵に情けをかけられてしまいました…………」

千冬「いい。こんなものが現れるなんて誰が予想できた? 今は命があることを感謝しつつ別の方面で混乱を鎮めるのに尽力してくれ」

精鋭部隊R「わかりました!」ビシッ

タッタッタッタッタ・・・

一夏「千冬姉!」(謎の身長178cmの仮面美女ドライバー)

千冬「うおっ!?(――――――どういうことなのかはわかってはいるが、実の弟がしていると思うと気持ち悪い!)」

一夏「『先行する』って言ってったのどうしてまだ突入してないんだよ!」

千冬「……大人の事情だ」

千冬「そういうお前こそ、私が居なくてもすぐに鎮圧してくれると思っていたのだが」

一夏「テロリストの主犯格に待ち伏せされていた。人質を用意していた」

千冬「――――――何とかしたんだな?」

一夏「ああ。友矩の適切なオペレートで何とかISを使わせる前に無力化した。人質も逃すことができた」

千冬「フッ、ならいい」

千冬「さっさとこのくだらん騒ぎを鎮めるぞ」

一夏「ああ! どうやら本命の第4アリーナでも同じことが起きてるらしいから、急がないとな!」

千冬「なら、今こそ――――――、」


一夏(23)「人を活かす剣!」 千冬(24)「お見せしよう!」


――――――人としての情けを断ちて、

――――――神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬り、

――――――然る後、初めて極意を得ん。


斯くの如くんば、行く手を阻む者、悪鬼羅刹の化身なりとも、豈に遅れを取る可けんや。


一夏「来い、『白式』!」

千冬「借り物だが、力を貸せ! ――――――『風待』!」


ヒュウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウン!



精鋭部隊P「う、うぅ…………」

精鋭部隊Q「攻撃してこないのはありがたいことだけど――――――ん?」

千冬?「――――――!」

千冬?「――――――!」

千冬?「――――――!」

千冬?「――――――!」

ヒュウウウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウン!

精鋭部隊P「あ、あれは――――――」ヨロッ

精鋭部隊Q「お、織斑先生!」ゼエゼエ

千冬「ご苦労だった。後は私とこいつに任せろ」シュタ

一夏「………………」シュタ(いつもの覆面姿――――――というか、ISスーツのモデルが変わっただけで普段通りの装備である)

精鋭部隊P「機体を交換なさったというわけですか……」

千冬「ああ。さすがに剣しか使えないのはどうかと思うのでな」

精鋭部隊Q「そちらの方は?」

千冬「試しに乗せてみた。ここで活躍してくれなければ用はない」

精鋭部隊Q「そ、そうですか。この場はおまかせします……」(機体放棄)

精鋭部隊P「どうか、あの娘たちを救ってください」(機体放棄)

一夏「…………まかせておけ」(重みのある女性の声)


こうして、『G2』と『G3』を駆った織斑姉弟が“ブリュンヒルデ”4体と対峙することになった。

この時、第4アリーナでは1年生3人で8体(本当は9体)もの“ブリュンヒルデ”と指揮官機であるテロリストと対峙しており、

あちらが圧倒的不利な戦いを強いられていたのと比較すると、読者にとってこの戦いの結果は容易に見えていることであろう。

たとえ2対4で相手が“ブリュンヒルデ”であろうと、織斑姉弟が負けるという可能性は万に一つ感じることはないだろう。

そうなのだ。なぜならば――――――、



一夏「さて、俺が3体倒す。千冬姉はゆっくりしていてくれ」コキコキ

千冬「馬鹿を言うな。私が3体だ。もしくは4体だ」メラメラ

一夏「いくらあの偽物とは違う本物の雪片の複製品を持っているにしても、それを持っているのは『風待』であって昔のように一撃必殺ができないぜ?」

千冬「フッ、見ていろ! これが『風待』の単一仕様能力!(頼む、うまくいってくれ! 応えてくれ、私の――――――)」


――――――いや、違う! 大きく疑い、大きく信じ抜くこと!


千冬「それが――――――!」


――――――単一仕様能力『大疑大信』!


千冬「はああ!」ブン!

一夏「!」


――――――
……「――――――」ウゴゴゴ・・・
――――――


千冬「ふん」ドヤア (見覚えのある光の剣を発現させてご満悦のご様子)

一夏「まさか、これは――――――」

――――――
友矩「『風待』の後付装備で入れられた雪片壱型が――――――!」
――――――

一夏「これは、――――――かつての千冬姉の『零落白夜』!」

千冬「先に行かせてもらうぞ」ヒュウウウウウウウン!

一夏「ちょっ、そんなのありかよ!?」

一夏「って、俺だってやってやるさ!(――――――3年前とまったく変わらない千冬姉の偽物なんかに遅れはとらねえ!)」ヒュウウウウウウウン!


――――――血の宿命を打ち克ちて、

――――――姉に逢うては姉を斬り、自分に逢うては自分を斬り、

――――――然る後、初めて命を果たさん。


斯くの如くんば、行く手を阻む者、悪鬼羅刹の化身なりとも、豈に遅れを取る可けんや。




ズバーン! ズバーン! ズバーン! ズバーン!


千冬?「」ドサァ・・・

一夏「この程度か。俺たちがいつまでも3年前と同じだと思ったら大間違いだ」

一夏「こいつらには心がない! 進歩向上の精神がない! ISにすら心はあるというのに!」

一夏「努力もしない、訓練もしない、心がないから協力も工夫もない。“最強”というただそれだけの称号に溺れてそのまま使ったのが大間違いだ」

一夏「だから、VTシステムなんて3年前から俺と千冬姉の敵じゃないんだよ。――――――トワイライト号の時から何も変わっちゃいない!」

千冬「フッ、2対2か。腕を上げたな」

一夏「この場は頼みます!」タッタッタッッタッタ・・・(IS解除 → 黒服)

千冬「ああ!」


こうして、出せば全てが解決するジョーカー、あるいはデウス・エクス・マキナのごとく第3アリーナの事変は出て1分足らずで鎮圧された。

元々の実力からして織斑姉弟は“ブリュンヒルデ”と呼ばれていた頃の織斑千冬など過去の存在にしてきているのだ。

更には、VTシステムによって取り込まれてしまったパイロットを斬り捨てることなく卵の殻だけを破るように丁寧に出してあげる余裕すらあるのだ。

それでもVTシステムで創りだされた“ブリュンヒルデ”が徒党になって掛かってくれば厄介なことには違いなかったのだが、

一夏が指摘するようにVTシステムで創りだされた“ブリュンヒルデ”には心がなかった――――――協力や工夫などの発展性などあるはずがないのだ。




――――――この“ブリュンヒルデ”は基本的にISバトルにおける競技規定に則って1人ずつ相手にしようと動くようにプログラムされている。


だが、織斑姉弟は複数まとめて叩き潰そうと立ち回るので、そうするとVTシステム機からすると1対2の戦いになってしまい、

あくまでも“ブリュンヒルデ”としてのVTシステムは1対1の戦い方しかできないためにどちらを攻撃するかの判断に時間を掛けてしまうのである。

普通なら、『こちらは4人いるので4対2で圧倒的に有利』と考えるはずである。読者も客観的に見てそう考えていたはずである。

しかし、VTシステム機は『特に命令がなければ自動防衛プログラムに従うだけ』という非常にシンプルな思考回路であり、

どういうことかと言えば、こういうことである。これが一夏の言う『心のない』動きというものである。


――――――VTシステム機が連携しているように見えるのは、ただ単に他のVTシステム機が襲ってこないから反撃しないだけ。


つまりは、そういうことなのである。まさしく『物の数ではない』のだ。

もっとわかりやすく言うと、VTシステム機は自分以外に味方はいない――――――そういう立ち回りをしているのである。

よって、4体いるようでも実質は具体的な命令が無ければ完全に木偶人形であり、攻撃する意思を見せなければそこに存在するだけなのである。

だから、慎重に1体ずつ捕捉していけば、1体ずつ誘い出して各個撃破も容易であり、ただでさえ『モンド・グロッソ』仕様なので拍車が掛かる。

しかし、VTシステムはアラスカ条約ですぐに禁止された技術であり、その存在に触れた人間は極わずかであることから普通はそれを知らないわけである。

むやみやたらに銃口や剣先を向けてしまうことによって、専守防衛に徹していたVTシステムに先制攻撃の口実を与えてしまったわけである。

だが、そういったVTシステムの性質さえ知っていれば“ブリュンヒルデ”の数など大した問題ではなかった。

ついでに言えば、テロリストの側もVTシステムの詳しい動作原理や思考回路を理解しておらず、

また、突入前に一夏が具体的な命令を下せるテロリストを再起不能にしていたので、地上最強の織斑姉弟からすればあんなのは“ただのカカシ”である。

後は、それを正面から捻じ伏せるだけの実力があれば、瞬殺しつつ各個撃破など実に容易い問題だったというわけである・

もちろん、“ブリュンヒルデ”が弱いわけではないが、こればかりは『相手が悪かった』としか言い様がない結果である。


こうして、第3アリーナのVTシステム騒ぎはあっさり鎮圧されたわけなのだが、

しかし、“ブレードランナー”一夏としてはそれで終わりではなかった。

同じように、本来 最も力を入れて守るべき第4アリーナから引き離されて、そこにいる“彼”が今も襲われているのだ。

立ち回り次第で単一仕様能力『落日墜墓』によってどんなISも無力化できるだろうが、何が起こるかなんてわからないために駆けつける必要があった。

それ故に、“ブレードランナー”の節約癖でISでそのまま飛んでいけばいいのにわざわざ解除して己の脚でその場を後にしたのである。


――――――時間との戦いは終わってはいないのである!




――――――第4アリーナのどこか


友矩「単一仕様能力で単一仕様能力をコピーしたというのか? そこまでできたのか、『大疑大信』の能力は!」

友矩「すると、コピー先は『白式』からか?」

友矩「いや、それは不可能だ! 雪片弐型と雪平壱型は内部構造が異なるし、『白式』の『零落白夜』は通常の単一仕様能力とは違う雪片弐型専用だ」

友矩「いくら『風待』でも『白式』の仕様通りの単一仕様能力を雪平壱型で真似することはできない!」

友矩「『零落白夜』を展開した雪片弐型を『大疑大信』で奪うのならば筋は通る。が、本質的に『暮桜』と『白式』の単一仕様能力は別物!」

友矩「すると、『風待』の単一仕様能力の性質から言って、認識できる範囲のどこかに『零落白夜』を使えるISが別に居たということになるのか?」


ウサミミ「ふぅ~ん。やっぱりこの学園のどこかに『暮桜』が眠ってるんだねぇ」


友矩「!?」ビクッ

ウサミミ「うふふふふ」

友矩「なに!? まさかあなたは――――――」


束 「私が天才の束さんだよ~! はろ~!」ニコニコ


友矩「――――――篠ノ之 束!」ガタッ

束 「そんなにびっくりする必要なんてあるかな~。オーバーリアクションだよ、それは」アハハハ!

友矩「何の用です……!」

束 「うん? そりゃあもう いっくんと箒ちゃんとちぃちゃんを応援しにだよ?」

友矩「では、どうして僕のところに?」アセタラー

束 「…………さあ、なんででしょう?」ジー

友矩「………………くっ!」ビクッ

友矩「ん」ピィピィピィ

友矩「馬鹿な! もう1機のIS反応――――――!(しかも、これは“アヤカ”が事前に看破して監禁させたたはずの――――――!)」チラッ

束 「ふふ~ん」

友矩「まさか――――――!」アセタラー



――――――
雪村「!」ピィピィピィ

雪村「あ……(これは、――――――間に合わない!?)」ビクッ

千冬?「――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!

ズバーン!

雪村「ぐわああ!?(マズイ! ――――――エネルギーが! こんなにも早く!?)」

千冬?「――――――!」ブンブン!

雪村「ぐあっ!?」ズバーン!

千冬?「――――――!」ドン!

雪村「うわあああああああああああ!」ゴロンゴロン・・・(強制解除)


箒「雪村!?」

箒「馬鹿な! 全て沈黙したはず――――――」

ラウラ「もう1機――――――、もう1機、このアリーナに居たのか!」

箒「あ」ゾクッ


教員『や、やめて! ほ、ほんとに!』


箒「あれは、私が乗るはずだった機体なのか…………」アセダラダラ

ラウラ「“アヤカ”! 早く逃げるんだ!(どういうことだ!? あれは特別製なのか!? 真っ先に“アヤカ”を狙って――――――!)」

箒「雪村ああああああああ!」
――――――

友矩「“アヤカ”ぁあ!」

――――――
一夏「“オペレーター”! 第3アリーナの状況はどうなっている!」
――――――

友矩「!」カチッ(咄嗟にマイク機能をオフにする!)

束 「おお いっくん! おひさ~――――――あれ?」

友矩「“ブレードランナー”! そのまま搬入路から中へ入って! ゲートロックを全て解除します!」カチッ

束 「そういうことするんだ? なら――――――」ムスッ

友矩「急いでくれ! “アヤカ”は頑張ってくれたが、最後のVTの1機に追い詰められている!」カタカタカタ・・・

――――――
一夏「わかった!」
――――――


友矩「遮断シールドレベルを通常に――――――なにっ!?」カタカタカタ・・・

友矩「遮断シールドの管理システムにアクセス制限だと!? システムは僕が掌握しているはずなのに――――――!」

友矩「ハッ」

友矩「何が望みなんですか、あなたは!」

束 「何のことでしょう?」フーフー

友矩「今すぐゲートロックを解除してください! このままだと“アヤカ”が――――――!」

束 「ヤダよ」

友矩「!!??」

束 「箒ちゃんに隣にいるのはいっくんで、いっくんの隣にいるべきなのは箒ちゃんなんだよ?」

束 「お前でもないし、あいつでもない。ちぃちゃんは居ていいけど、どうしてお前もあいつもいるわけ? 余計なんだよ」

友矩「!」

友矩「それが狙いか! 篠ノ之博士といえども、所詮はテロリストか!(けど、今 言うべきことは――――――!)」ギリッ

友矩「もう一度だけ言う! ゲートロックを解除してください! 今なら見逃してやったっていい!」

束 「ヤダ」

束 「お前はいっくんには必要ないし、箒ちゃんの幸せも邪魔する!」

友矩「どういう意味なんだ、それは!」

友矩「――――――待てよ?」

友矩「まさか、一夏が忘れていた篠ノ之 箒との結婚の約束のことか?」

束 「…………!」


束 「どうして世の中 思い通りにいかないんだろうね」





一夏「おい、どうなっている!?」タッタッタッタッタ・・・

一夏「ゲートが開いてないぞ、“オペレーター”! おい、“オペレーター”!」

一夏「どうした! どうして応答してくれないんだ!」

――――――

千鶴「“オペレーター”の代わって“シーカー”の私から指示を出すわ!」

――――――

一夏「千鶴さん!?」

――――――

千鶴「“ブレードランナー”! こっちは今 あなたとは斜向かいの第2ピットまで来ているわ」

千鶴「気懸かりだった 篠ノ之 箒が乗るはずだった機体にもVTシステムがやっぱり搭載されていて発動していたわ」

千鶴「そのせいなのか、厳重に監禁されていたはずなのに脱出していたの! それが最後の1機として“アヤカ”に襲い掛かってるの!」

千鶴「どういうわけなのか“アヤカ”を徹底的にマークしている!」

千鶴「今、“アヤカ”はあなたの目の前の搬入路の隔壁に追い詰められているわ!」

――――――

一夏「な、なに!(――――――センサーとディスプレイだけ展開!)」(部分展開)

一夏「『白式』! わかるか?」ピピッ

一夏「――――――“アヤカ”!(どうして壁際にもたれかかってジッとしてるんだよ! 逃げろ!)」ガタッ

――――――

千鶴「“ブレードランナー”! もう『零落白夜』でも何でもいいから隔壁を打ち破って直接入って!」

千鶴「私も狙撃してみるけど、これまで『シュヴァルツェア・レーゲン』が狙撃してきたのに一向に介さなかったから注意を引けないかも!」

千鶴「『シュヴァルツェア・レーゲン』のレールカノンも弾切れのようだから、今“アヤカ”を救えるのはあなただけなのよ!」

千鶴「急いで!」

――――――

一夏「くっ!(――――――抜刀!)」アセタラー

一夏「『白式』! 『零落白夜』最大出力――――――!」ジャキ

一夏「(イメージしろ! この隔壁を一瞬で貫く巨大な槍の姿を! 大丈夫だ、以前はアリーナの大地を崩落させたぐらいなんだ!)」

一夏「できないことなんて何もなああい!」

一夏「行くぞおおおおおおおお!」



――――――

千冬?「――――――!」

雪村「(よく頑張れたんじゃないかな? こんな僕でも人は十分に救えたんだ――――――マッチポンプだけど)」

雪村「フッ」

千冬?「――――――!」ブン!

――――――

一夏「――――――脇を開けろおおおお!」ザシュ

――――――

雪村「!?」ドクンドクン

千冬?「――――――!?」

ガキーン!

雪村「あ……」

――――――

一夏「うおっと!?(この手応え! うまく偽物の攻撃を防げたってことか……? 血が付いてなければいいんだけど…………)」ビリビリ

一夏「けど、そんなの確認してる時間がねえんだ! こんな壁をぶっ壊すほどぉお――――――!」ジャキ

一夏「――――――今度は伏せろおおおお!」ザシュザシュ

――――――

雪村「!」サッ

ザシュザシュ!

雪村「うわっとと!(――――――何だ!? 後ろの隔壁から光の何かが!?)」

千冬?「――――――!」ビクッ

――――――

一夏「うおおおおおおおおおおおおおお!」ザシュザシュ

一夏「(ただ無心に突いて突いて突きまくって壁をぶち破れええええええええ!)」ザシュザシュ

一夏「今、助ける!(あれ? わざわざ突きまくる必要はあるかな? メッタ斬りにすればすぐに入れるんじゃ――――――いや、迷わない!)」ザシュザシュ・・・

――――――

千鶴「よし! 動きが止まってる! 今なら確実に当たる!」ジャキ

――――――


ラウラ「“アヤカ”! ああ よくぞ、無事で――――――」

ラウラ「む、何だ? あの光は――――――」

バン! バン!

ラウラ「――――――後方より銃声!?」

ラウラ「!」


千冬?「――――――!」ドゴン! ドゴン!

雪村「!」

雪村「え、援護射撃? ――――――誰?(――――――ピットの方からの狙撃だ!)」

――――――

千鶴「間に合ってよかったわ(――――――にしても、)」ジャキ(IS用対IS用ライフルを匍匐射撃!)

千鶴「まさか、VTシステムがこんなにも用意されていたなんてね…………驚きを通り越して呆れたわ」

千鶴「さ、後は“アヤカ”くん次第というわけね」ヒュー

――――――

一夏「よし! とりあえず剣だけは渡せそうだ!」

一夏「それっ!」ポイッ

一夏「――――――受け取れ、“アヤカ”!」

――――――

コトン!

雪村「!」(その声が聞こえたと同時に、隔壁から薄青色の淡い光を放つ剣が落とされた)

雪村「その声――――――!(――――――光の剣! 夢の中で何度も見た無双の剣だ!)」

千冬?「――――――!」ブン!

雪村「――――――っと!」ドン!(咄嗟に飛び込んで攻撃を躱すと同時に光の剣を手に取り、そのままの勢いで力強く立ち上がる!)

雪村「これでぇええ!」ジャキ

千冬?「――――――!」ビクッ

雪村「終わりだああああああああああ!」ブン!


ズバーン!


ラウラ「!」

箒「!」

――――――

千鶴「…………!」

――――――

一夏「フッ、『壁際』の“アヤカ”が負けるかよ」

一夏「――――――『お前ならやれる』って信じてたぜ」

一夏「………………フゥ」


そう、勝負は決した。その結果がいかなるものかは言うまでもない。










雪村「………………」ヨロヨロ・・・

雪村「………………フゥ」ペタン! ――――――壁際!

――――――

一夏「伝説の光の剣を振るった感想はどうだ?」フフッ

――――――

雪村「また、助けてくれましたね…………今度は現実世界で」ハアハア

――――――

一夏「…………遅れて本当にすまなかった(そう、いろんなことがあって――――――あ、友矩は? どうして応答してくれないんだ?)」

――――――

雪村「いえいえ、本当に感謝しています。――――――結果が全てですよ」アセビッショリ!

――――――

一夏「そうか。それじゃ、俺は行くぜ。後処理が他にも残ってるんだ(そうだ。友矩からの連絡がつかない! まさか――――――!)」

――――――

雪村「はい。また会いましょう」ニコッ

雪村「今度は、仮想空間で――――――」


――――――“ブレードランナー”。


――――――

一夏「ああ。またな!」

一夏「さて、――――――友矩!(まさかとは思うが、無事でいてくれ!)」

タッタッタッタッタ・・・



――――――第4アリーナのどこか


友矩「…………ぐぅうう」ゼエゼエ

千冬「退け。そして、二度と現れるな」ジャキ(IS展開)

束 「ちぃちゃん――――――それに『風待』か。私とちぃちゃんの『暮桜』の第2世代版という名の劣化版……」

千冬「聞こえなかったようだから、もう一度――――――」ジロッ

束 「どうして? どうしてちぃちゃんまで私の邪魔をするわけ?」

千冬「私はIS学園の現場責任者として、学園に仇なす者を成敗する義務がある」

束 「そんなのおかしいよ。本当はちぃちゃんだって今の学園を煩わしく思っているはずなんだよ?」

束 「どうして嫌な思いをしてまで守ってやろうとしてるわけ?」

千冬「それが大人というものだ」

千冬「それに、お前が弟や妹のために思ってやろうとしていることは今日まで“アヤカ”を害そうとしてきたテロリストの所業と何ら変わるところがない!」

束 「違う!」

千冬「違わない!」

束 「ちぃちゃんは嘘を吐いている!」

千冬「甘えるな! これまでは幼馴染としての誼で見逃してきたが、お前にはほとほと愛想が尽きるよ」ジロッ

千冬「それに、今の私の手には『零落白夜』があるのだぞ? これでお前の命ごと繋がりを解消しようか?」ジャキ

束 「どうして……、何がみんなを変えちゃったっていうの!? どうしていっくんも箒ちゃんもちぃちゃんも昔のように優しくなくなったの!?」

千冬「それは自分が招いたことだろう!」

千冬「お前には何も見えてないのか! 理解するだけの知能が足りてないのか! “世紀の大天才”が聞いて呆れる!」

千冬「弟も妹も現在を生きているんだぞ! 過去の世界の住人のお前に心を開くはずがない――――――いや、会って話をしてみたらどうだ!」

千冬「こそこそと自分の手を汚さないように自分が不要だと判断した“アヤカ”と友矩を亡き者にしようとした罪は消えないぞ!」

束 「そんなのちぃちゃんの思い違いだよ! 私はみんなと輝かしい未来のために頑張っているんだよ!」

束 「だから、過去の世界の住人じゃない! 私は逆に昔から未来に生きてるんだよ!」

束 「どうしてそれがわからないのかな!」

千冬「過去だろうと未来だろうと、現在の人間じゃないのならお前のことなんて誰が理解できる!」

千冬「お前のいう未来はいったいいつになったら現在に繋がるんだ!」

束 「………………」

千冬「………………」


束 「………………わかったよ。今はそう思ってもらっていいよ」

束 「けど、私がみんなを幸せにする! それだけは忘れないでよ」

千冬「くっ、だからその思い込みが周りを不幸にしているとなぜわからない!」

束 「ちぃちゃんは、今の世界は楽しい?」

千冬「そこそこにな……」

束 「そうなんだ……」ピッ

無人機「――――――!」

千冬「――――――IS!(しかも、クラス対抗戦で襲ってきた『例の無人機』と似通ったフォルム!)」

束 「それじゃ、今日は帰るね。今日は残念だったけど箒ちゃんが大活躍で良かったよ」

ヒュウウウウウウウン! ドゴーン! ガラガラガッシャーン!

千冬「くっ!」ガバッ

友矩「……すみません」

千冬「何を言う。お前が居てこその一夏だ」

千冬「お前の適切な判断処理が一夏と“アヤカ”を今日も救ってくれたんだ。感謝してもしきれんよ」

友矩「はは、そう思うのなら家事を少しでも覚えてください。せめて自分の下着だけでも取り込めるぐらいに…………」ニコッ

千冬「…………努力する。お前は私の姑か、逆だろう。まったく」フフッ





――――――その直後、


一夏「もう少しだ!(どういうことなんだ? アリーナのロックはもう解除されていいはずだが……)」(黒服)

一夏「ん」

ヒュウウウウウウウン! ドゴーン! ガラガラガッシャーン!

一夏「おわっ!?」ゴロンゴロン・・・

一夏「ぐはっ…………な、何が起こった?」(黒服サングラスが外れる)

束 「ああ! いっくんだああああああ!」ヒューーーーン!

一夏「は?! た、束さん!?」ドキッ

束 「もう会いたかったよ~、久しぶりにハグハグしよ~! 愛を確かめ合おう!」ボイーン1

一夏「うわっ!? ちょ、ちょっと! む、胸が当たって――――――(うわっ! やっぱり妹よりずっと大きいぞ、これぇ!)」カア

束 「ふふ~ん。やっぱり気になる~?」ニヤニヤ

一夏「お、俺も男ですから! は、離れてください!」

束 「はーい」シブシブ

一夏「そ、それよりもどうして束さんがここに?」

一夏「あ! そっか、箒ちゃんの試合を見に来たってことなんですか?」

束 「うん! 大正解なんだよ、いっくん」ニコニコ

一夏「そうなんですか。今日は災難でしたね」

束 「まあ、そうだね」

束 「けど、あの箒ちゃんが予選突破するぐらいの腕前になって、胸だって立派なものを実らせるようになったよね!」

一夏「ええ まあ…………(確かに大きくはなっていた――――――あ! また思い出しちまった、あの弾力!)」ドキドキ

束 「お、おお?」

一夏「ハッ」

一夏「な、何にも考えてませんよ!」アセアセ


束 「へえ、いっくんも箒ちゃんのこと ちゃんと意識してくれてるんだ」


束 「良かった」

一夏「へ? 何が『良かった』って?!」アセタラー

束 「ふふーん! 教えてあーげない」

一夏「え、ええ…………」


束 「ねえねえ、いっくん いっくん!」

一夏「何ですか、束さん?」

束 「この大天才:束さんがいっくんのお願いを特別に1つだけ叶えてしんぜよう!」

一夏「え」

束 「さあさあ! 何でも言って。いっくんの願いなら何でも叶えてあげるから」

一夏「ああ…………」

束 「さあさあ! 何かお悩みのことがあるんじゃないかな。あるでしょう、いっぱい!」

一夏「あ、それじゃ――――――」

束 「うん! 何々?」


――――――VTシステムを根絶やしにしてくれませんか?


束 「……へえ」

一夏「今日は疲れましたよ。トワイライト号の時にも襲われましたけど、たとえ偽物であろうとも千冬姉の似姿で悪事を働かせるのは許せない!」

一夏「たぶん、デュノア社がこの一件に大きく絡んでいるはずだから、束さんが何らかの証拠を掴んできてくれれば――――――」

束 「了解了解! 合点承知の助! いっくんの願い、叶えてしんぜよう!」

一夏「ああ……、ありがとうございます」

束 「けど、本当にそんなお願いでよかったの? 『お金持ちになりたい』でも良かったんだよ?」

一夏「いや、俺は別にカネや名誉が欲しいってわけじゃないんだ」


一夏「ただ身近な人の笑顔のために、できることがあったらそれって最高のことだなって」


束 「いっくん……」

束 「良かった。いっくんは今も昔も“いっくん”のままだ……」ホッ

一夏「…………束さん?」

束 「それじゃ、いっくん! 私はいっくんのお願いを叶えるためにがんばるからね! またねー!」

一夏「あ、ちょっと! 千冬姉や箒ちゃんには会っていきましたか?」

束 「ふふふふ、それはまたの機会に」

束 「それじゃあねー!」

束 「忍法ドロロンの術!」ドロロン!

一夏「ぎゃっ! け、煙い……!(――――――なんでこんな狭い屋内で煙幕なんか!)」ゲホゲホ・・・


モクモク・・・・・・

一夏「来い、『白式』ぃ……!」ゲホゲホ・・・

一夏「………………フゥ(変装マスクさまさまだな)」

――――――
千冬「“ブレードランナー”! 状況はどうなっている!」
――――――

一夏「あ、千冬姉! VTシステム機は全て沈黙しました。今のところ、新しい動きは無いようです」

一夏「それよりも、早くアリーナのロックを解除してくださいよ。“オペレーター”に連絡しても反応がなくて困ってます」

一夏「早くみんなを出してあげてください! VTシステムに取り込まれた人たちも特別病棟に運ばないといけないから!」

――――――
千冬「ああ。今 制御が回復したようだ。すぐに開くはずだ」

千冬「それに、“オペレーター”も無事だ」
――――――

一夏「それは良かった」

一夏「あれ? 今、千冬姉は何て言った――――――?」

――――――
千冬「どうした? 不明瞭なことがあるのか? 緊急でないのなら状況の整理のために一度集合してくれ」

千冬「そうだな。場所は――――――」
――――――

一夏「あ、ああ…………(まあいいや。今は一刻も早く事件の後処理をしないといけないからな!)」

一夏「よし! これから向かいます!」




――――――その夜

――――――地下秘密基地


一夏「結局、大会は無期限中止か。惜しかったな、もしかしたら“アヤカ”と箒ちゃんにも優勝の目はあったかもしれないのに」

友矩「そうだね。おかげで一夏は九死に一生を得たわけだ(まさか、『これが一番丸く収まる結果』だなんて思ってないよね?)」ジトー

一夏「いっ」アセタラー

弾 「どういう意味だ、そりゃ?」

一夏「……何でもないです!(不謹慎だが、そういう意味では中止になってくれてホッとしてる自分がいるのが悔しい!)」

友矩「けど、今回の作戦で『“ブリュンヒルデ”が機体を乗り換えた』という情報が流れました」

友矩「これで“ブレードランナー”は“ブリュンヒルデ”である必要はなくなったので、活動は以前よりもしやすくなったはずです」

一夏「…………そうだな」

弾 「うん? どうしたんだよ、一夏? 何か元気ないじゃないか」

一夏「いや、大会が始まる前に超国家規模の陰謀を間近に感じてたわけじゃん?」

一夏「それを今日、俺たちは一網打尽にしてはみたけれども、これからどうなるんだろうなって」

一夏「敵を倒して『はい、オシマイ』ってわけじゃなくて、――――――これからなんだよ。本当に大変なのは」

友矩「そうですね。今回の計13機ものVTシステムの導入――――――それを看過してきた学園側の責任はどうなるのかと」

弾 「確か学園のISって専用機を除くと30機ぐらいなんだっけな。半分近くをやられていたとあっちゃなあ?」

友矩「それに、大会前の内部粛清の結果として学園職員の人材不足に陥って今日の接客のまずさをお偉方に酷評されているようですしね」ピピッ

友矩「まあ、口止めはされているようですから、VTシステムの騒ぎに関しては何も触れられていませんが」

弾 「不都合な真実を隠し続けていつまで保つかね?」

一夏「…………難しいな、人の世って」

弾 「どうしたんだよ、突然……」

一夏「いや、守られる側・襲われる側って普通は善良ってイメージじゃん? けど、こんなふうに俺たちにも隠していることがあると思うとさ?」

友矩「そうだね。自分が守っていた者が実はとんでもない悪事を働いていたとしたら、やるせないし、これまで通りにはいかなくなるよね」

弾 「ああ…………物語をひっくり返す分にはおもしろい展開だけれど、現実でそれをやられちゃ虚しくなるよな」

一夏「けどさ? だからこそ、考えるんだよ。――――――何が正しくて、何がいけないのかを」



一夏「大きく疑って、大きく信じ抜く! これしかない!」


弾 「それって、確か『風待』の単一仕様能力の――――――」

友矩「ええ。参禅弁道における三要諦「大信根」「大疑団」「大勇猛心」の――――――簡単に言うと仏教を信仰する上で大切な3つの概念です」

友矩「それに由来するのが、日本最初の第2世代型IS『風待』の単一仕様能力『大疑大信』というわけです」

弾 「えと、具体的には?」

一夏「本当にこの人は『世のため、人のため』と口にした通りの腹積もりなのだろうか?」

弾 「なるほど」

友矩「もっと身近な例がありますよ」


友矩「本当に織斑一夏は心の底から人々を救おうとしているのだろうか? 本当は地位や人気取りのためにそう振る舞ってきているのではないか?」


友矩「とかね?」

弾 「あ、ああ…………!」

友矩「でも、どうです? 疑って疑って疑い抜いて真実に辿り着いた時、強い確信や信頼に変わってるでしょう?」

弾 「ああ! もうどんな時でも一夏は死ぬまでお人好しだってことは俺の中じゃ不変の事実だよ」

友矩「これが「大疑団」というものであり、ちゃんとした考証に基づいて疑うことは悟りへと繋がるわけなんだね」

友矩「疑うことは悪じゃありません。真実に辿り着く前に結論を出してしまう――――――早計であることが悪なんです」

友矩「で、後は信じ抜くだけだね。もっとも「大信根」っていう根源的な不変の事実や法則があるってことを確信していることが大前提だけど」

一夏「へえ」

弾 「え? お前も知らないのか?」

一夏「いや、俺はしっかりと考え抜くことを教わっただけで、別にそういった神様とか超越者のような哲学的なことは考えたことないな」

友矩「それでいいんですよ。しっかりとした考えを持って疑って、それから信じ抜くことさえできていれば」

友矩「それで、『風待』の単一仕様能力『大疑大信』は「大疑団」に基づいた能力というわけでして――――――」

弾 「はあ……、何か俺、どんどん賢くなっていってるような気がするな!」

友矩「ええ。僕もあなたの人選は正しかったという確信がありますよ?」

弾 「はははは、嬉しいこと言ってくれるねぇ」

一夏「ああ。弾は仲間だ! これからもよろしく頼むぜ!」

弾 「おうよ!」

一夏「さ、明日も早いんだ。今日はゆっくりと休ませてもらおうぜ?」


――――――役目を終えた“ブレードランナー”はしめやかに鞘に戻るぜ。




――――――それからの日々、


一夏「そうか。デュノア社は実質的にお取り潰しか。いくつかの工場で謎の爆発事故が起こってもいるし、踏んだり蹴ったりだな」

友矩「ま、当然の報いだね」

弾 「けど、これで一躍 良くも悪くもシャルロット・デュノアちゃんは時の人になったわけだ」

弾 「いろいろと大変だろうな。俺はかわいそうだと思うし、守ってあげたいけれど、そうだと思わない人間も確実にいるわけだからな」

一夏「彼女、学園には残るみたいだな」

一夏「フランス最大のIS企業のデュノア社の没落で祖国は大変だけれども、人権団体の働きかけで公式サポーターがついてひとまずは安心か」

友矩「そうだね。IS適性は高い上に代表候補生としての実力も十分。美男子の子役に見間違えられるぐらいの美貌だからすでに人気はあるようだね」

弾 「そういう友矩も宝塚に出てくるような美人さんだろうが。黙って一夏と並んでいたらカップルのようだっていうのが評判だろう?」

一夏「お、俺と友矩は別にそんな…………」テレテレ

弾 「どうしてそこで言葉を濁すんだよ…………そこが真実味を持たせてしまう原因だろうが」ヤレヤレ

友矩「そういう弾さんも、中学時代の同窓生から話を聞くに、やっぱり一夏とデキていたのではないかという評判ですか?」ニヤリ

弾 「な、なんだとぉおおおおお!? う、嘘だろう!?」

友矩「今日に至るまで何人の女性からお付き合いのお誘いがあったと思うんですか?」

友矩「それに、中学時代の方々の話をまとめると、一夏と弾さんはセットで数えられるぐらいに一緒に居たという印象だそうです」

弾 「お、おホモだちじゃねえよ、俺はぁ…………」

弾 「そ、それに! 俺に言い寄ってくる女性は確かにキレイどころは多かったけれど、ピンと来るものがなかったんだよ!」

一夏「何だ? 蘭以外の女性とは付き合いたくないってことか? 弾らしい!」クスッ

弾 「シスコンのお前に言われたくはねえよ、それ……」

友矩「ま、何にせよ、思ったよりも学年別トーナメントの影響は少なかったということだね」

一夏「そうだな。特にIS学園が罰せられたというような情報もないしな」

一夏「平和で何よりだ」

弾 「そうだな(なんか不気味な感じもするけどな……)」


弾 「ところで、――――――あのラウラちゃん! 結構な人気のようでよ? ファンクラブができてるらしいぜ?」

一夏「へえ、それは良かった。ラウラちゃん、約束は守ってくれてるんだね、ちゃんと」フフッ

弾 「ブロマイド出たら、買ってあげようぜ! インフィニット・ストライプスにも出たら必ず買おう!」

一夏「そうだな。これから楽しみだよ」

一夏「そうだ。知り合いの子のものは全部買っておかないとな!」

一夏「ラウラちゃんと、――――――それから“アヤカ”に、シャルロットに、鈴ちゃんに、箒ちゃんに、いろいろ!」

友矩「『いろいろ』増えなければいいね?」ニコニコー

一夏「あ…………」ビクッ

弾 「…………一夏だもんな。ふとした拍子で『知り合いの子』が増えちまうんだろうなぁ」

一夏「あ、えと……」アセアセ

一夏「そ、そうだ! 俺、第1期日本代表のブロマイドやポスターの類は関係者として全部持ってるから秘密基地に持ってくるよ!」

一夏「あのまま埃まみれにしておくよりもいいし、第一 華やかになるし、やる気が出るとかあるはずだ!」

弾 「ああ ずりい――――――でも、許す! やろうぜ、それ! 全部出せ!」

友矩「そうか。確かに一夏は関係者としていろいろ貰ってるんだもんね」

友矩「――――――肉体的関係も」

一夏「だああ違うって! 俺はただ単に千冬姉御用達のマッサージ師として公式サポーターだっただけだぁ!」

弾 「ははは、わかってるって、一夏。いちいちキョドるなよ。そんなんだから からかわれるんだぜ、“童帝”?」クスクス

一夏「うるさい! 弾だって友矩だってそうだろうに!」

友矩「だったら、学習すればいいじゃないですか」

友矩「『女の子のあられもないウフフな姿や見えちゃいけないウヒョーなものを不可抗力で見てしまい――――――、」

友矩「――――――馬鹿正直に見てしまったことをあからさまにしてそのまま女性から制裁を受ける』ような芸術的な反応はしなくなったじゃない」

一夏「あ、うん…………確かに」

弾 「まあ、確かに中学時代からありましたわな~」

弾 「『一夏と近くにいるとラッキースケベにありつける』って噂されるようにもなったんだけど、同時に『必ず制裁を食らう』とも言われてな」

弾 「当時の色を知ったばかりの若き雄たちは危険と知りながら秘境を目指して一夏と一緒に果てていったものだ……」

友矩「その巻き添えを常に受けてきたのが五反田 弾というわけかな?」

弾 「うん。その辺は否定しない。――――――けど、俺と一夏の関係は入学した時からだから噂が出る以前だから安心してくれ」

一夏「そ、そうだったのか…………そんな頃から俺はそんなふうに思われていたのか」

弾 「ああ。俺だって変だって思ってたもん!」

弾 「エロエロ魔神でも憑依していたのか、やたら女子が着替えしているところに突入したり、突風が吹いて女子のスカート全部がめくれたり!」

弾 「思えば、その頃から“童帝”としての片鱗はあったんだな…………」

友矩「けど、一夏は馬鹿だから基本的に痛い目に遭わないと自分から変えようとしないからね! ふん!」

一夏「わ、わかってるつもりだ。――――――それが俺の悪いところだって」

友矩「大学時代に強烈なメンヘラにパンチラをわざとされてそれを口実に関係を迫られてようやく改めたんだもんね!」

弾 「ま、マジかよ……(『羨ましい』って反射的に思ったけど『あの一夏が心を入れ替えるぐらいヤバかったんだろうな』って気づいてしまった……)」

一夏「あまり思い出したくない…………俺の仮想世界を作ったら絶対に出てきそう!」ガタガタ


友矩「世の中 広いというわけだね。このノータリンを震え上がらせるようなとんでもない出会いがあったり――――――」

弾 「…………そうだな。想像もつかないぜ」

弾 「というか、こうして俺たちが“ブレードランナー”として活動しているのも、実際に犯罪を鎮圧して人を救ってるのもな」

一夏「ホント、嵐が過ぎ去って平和になったもんだなぁ」

友矩「はたして、そうなんでしょうかね。あるいはその平和は長続きするんでしょうかね」

一夏「ん?」

友矩「学園はVTシステムの濫用の件で今後厳しく管理するように言われましたし、」

友矩「内部粛清の結果、学園組織の人材が不足して今 組織の再建で大変なんですよ」

一夏「あ」

弾 「何かありそうだな……」

友矩「今週、学年別トーナメント以来初めての仮想世界の開拓が行われますが、ここにも何か入ってきそうな気がしますね」

友矩「“パンドラの匣”と呼ぶことになった仮想世界には、“アヤカ”がなぜISを扱えるのかの真相があるとされています」

友矩「それ故に、この極秘プロジェクトは“全てを与えられた者”の名を冠することになったのです」

弾 「けど、さすがに一夏以外の人間にやらせることなんてできねえんだろう?」

弾 「心の世界ってわけなんだからさ? “アヤカ”が信用しない人物にとっては地獄のようなところだろう」

一夏「確かにそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

一夏「俺以外 電脳ダイブした人間がいないんだし、“アヤカ”自身も心を開き始めているから何とも…………」

友矩「予断は許されない状況がまだまだ続きますね」

一夏「けれど、確実に言えることは1つだけある」

弾 「お? 何だ?」


――――――これからも“人を活かす剣”が全てを解決するってことだ!


友矩「ええ」

弾 「おうよ」

一夏「一人では至らない身だけど、」


――――――これからも力を貸してくれ、みんな!


「おおおおおおおおおお!」


1つの戦いは終わり、また新たなる戦いの幕が開ける。

しかし、今しばらくは戦士に休息と英気を養う時間を――――――。

そして再び、戦いの舞台へと駆け出していくのだ。


行け、“ブレードランナー”! 次なる災厄の根源を断ち切り、人々の平穏な明日のために――――――!




短いですが今回はここまでです。

これにて、序章(第1期)の起承転結が完結いたしました。

ここからはまさしく消化試合のようなものです。


銀の福音『くっ、ダメだ、飛べん! 浸水だと……!? 馬鹿な、これが私の最後だと言うか! 認めん、認められるか、こんなこと!』


また、“パンドラの匣”をめぐる暗闘や第一部(第2期)に向けた下準備が始まっていきます。

“パンドラの匣”の開拓がアニメ第2期のワールドパージ編に相当するものなので、

今のところ、第2期を創作した中で真っ先に終わるのがこの剣禅編となることでしょう。

ただ、11月末にアニメ第2期OVAのそれが発売となるのでこの剣禅編第一部(第2期)が完成して投稿されるかは別の話ですが。

これ以降の話はキャラクタークエストみたいなものとなります。

明らかに優遇されている篠ノ之 箒とラウラ・ボーデヴィッヒ以外のキャラの救済でもありますので、今度は気楽に読んでいってくださいませ。

なお、今作は文章量削減と謎掛けのために、必要に応じて詳細な描写と事実関係の追求は省いておりますので、

あの場面とあの場面の間に何が起こったのかは読者の想像におまかせしております。

また、物語中に差し込むのが難しい類の心理描写の整理や能力解説などはページを設けて解説していきますのでそのつもりでこれからもお願いします。


それでは、今月中に更なる投稿は難しそうなので、来月、またよろしくお願い致します。


     ご精読ありがとうございました。



第7話 登場人物概要

朱華雪村“アヤカ”
実年齢:17歳(戸籍上:15歳)
IS適性:A
専用機:『打鉄/知覧』“呪いの13号機”→『打金/龍驤』“黄金の13号機”

“世界で唯一ISを扱える男性”であり、織斑一夏とは違って力を持ってしまったことで全てを奪われて無気力となった少年。
本編開始以前:2年前にIS適性があることが確認されており、そのことで一時期『 “世界で唯一ISを扱える男性”の登場』という怪情報で世間を騒がせた。
そのことはデマや都市伝説として早急に収束したのだが、実際は女尊男卑を推進する過激派女性人権団体によって迫害されて社会的に抹殺されていた。
また、日本政府がその存在を独占するために、あるいは世界各国からのスパイが押し寄せていたために、重要人物保護プログラムを受けざるを得なかった。
その過程で何の罪もなかったのに家族とは離れ離れになってしまい、謂れのない悪逆非道の限りを受けてしまい、精神崩壊を起こして無気力状態となっている。
その体験が仮想世界“パンドラの匣”における“魔王”や魔物たちのモチーフとなっている。

作中における“彼”とは、現在の朱華雪村“アヤカ”を含む不幸な運命を背負わされた少年を一括した表現として使われている。

基本的には“彼”に関する全てが重要人物保護プログラムによって与えられた偽情報であり、もちろん“朱華雪村”なる氏名も偽名である。
“朱華雪村”は一番新しい偽名であり、しかたがないとはいえ無気力・無愛想・無反応に付き合いきれなくなった担当官が皮肉と嫌味たっぷりにつけた偽名であり、
“朱華”とは“ニワウメあるいはニワサクラ=唐棣”“禁色の1つ”であり、“雪村”とは“雪に閉ざされた隠れ村”“同じ読みの“幸村”との対比”としている。

世間的な常識は失われてはいるものの、同じ“ISを扱える男性”織斑一夏とは違って他人の感情には敏感であり、
黙ってはいるが、周囲の人間関係に関しては積極的に調べる意思さえあれば完璧に把握できるぐらい洞察力にも優れている。
その織斑一夏に対しては自分の周りの女の子の心を次々と鷲掴みにしていく様を前にして驚き呆れながらも嫉妬なんてはしておらず、
一夏自身が“童帝”としてのスケコマシの才を制御できずに苦悩していることを非常に心配している。
自分と同じく望まずして得てしまった過ぎたる力に振り回されながらも力強く前を向いて生き、自分に対しても手を差し伸べてくれるために、
「相互意識干渉」がなくても、自身の持ち前の洞察力と一夏の持ち前の至誠から織斑一夏に対しては絶対の信頼と尊敬を抱いている。
ただ、電脳ダイブしていく中での「相互意識干渉」があって加速度的に一夏を通じて人間らしさを取り戻しつつあるのも事実である。


“織斑一夏”の代替キャラ・関連キャラとして命名されており、

苗字=織物業・繊維業関連のもの=“朱華”=“唐棣”=“禁色”
名前=季語+数字に関連するもの=“雪村”=“秋の季語+村八分”

迫害されてきた・社会的に抹殺されてきたことを暗示させるネーミングとしている。
また、他にも――――――、

“朱華”=“アヤカ”=“女っぽい(=男扱いされてない)”=“IS乗り”
“朱華”=“ハネズ”=“跳ねず”=“飛べなくなる”=単一仕様能力『落日墜墓』の暗示
“朱華”=“ハネズ”=“刎ねず”=死にたくても死ねない
“朱華”=“唐棣”→“棣”=“隷”=日本政府の監視下、“朱”=“血の色”
“織斑一夏”と苗字と名前の末の音韻(ムラ、カ)が逆=待遇の差、境遇の違い

やはり、ろくでもない由来が込められており、『存在自体が冒涜的』というわけである。

戸籍上は15歳されているが、実際は17歳なので本編における3年生たちと同い年であり、箒たちより年上である。
しかし、IS適性が発覚してからの悪夢の2年間で全てを奪われて虚無感に苛まれて無為に生きてきたので、
“彼”の時間は15歳で止まっているのであながち“彼”が15歳というのは間違いでもない。

日本政府としては“世界で唯一ISを扱える男性”である“彼”を利用してIS業界における地位を確固たるものにしようとするが、
本人は死んだようにやる気がないために扱いに困ってしまい、貴重な専用機を率先して与えてデータをとることすら思わなくなっていた。
『白式』は本来 非凡な剣の才を持つ“彼”のために調整と開発が進められていた機体だったが、当初の開発目的である「第1形態で単一仕様能力」を実現できず、
搭乗予定の雪村の専属となる案すらも白紙となったので『白式』も開発中止となり、長らく放置されることになった。
その後、“ブリュンヒルデの弟”織斑一夏の登場によって『白式』は一夏の手に渡るのだが、
政府の織斑一夏の扱いが極めて慎重(?)になっていたのも、朱華 雪村の尊い犠牲とその反省によるものである。


篠ノ之 箒
もはや『誰これ』レベルで青春を謳歌している普通の女子高生。
ちょっと特別なのは『姉がIS開発者であること』『“アヤカ”の母親役』『想い人が9つ上』『一家離散の憂き目に遭ったこと』ぐらいである。
思春期特有の肥大化していく自意識の中で得られるチャレンジ精神でグイグイ進んでいき、非常に明朗で快活な人物に成長している。やっぱり初めが肝心!
“アヤカの母親役”として安定した忍耐とコミュニケーション能力を得ており、更に元々が優れた身体能力に恵まれているので、
ラウラとは違った層からクラスの人気者となっており、“アヤカ”との“母と子”の微笑ましい関係から人脈を拡げていっている。
また、箒の持つ力強さが母性として還元されているので、暴力女としての短慮で粗野な印象は一切ないはずである。

今作における正真正銘のメインヒロイン故に優遇ぶりが過去最高となっているのだが、それだけには留まらない運命を辿ることになる。

彼女にとっての織斑一夏とは“近所の憧れのお兄さん”であり、姉と1歳違いであるために直接的な繋がりは原作と比べるとかなり薄い。
しかし、この一夏は織斑千冬に一歩劣るが相当な実力者であり、歳を重ねていることもあってめちゃくちゃ強いので原作以上に尊敬の念を持たれている。
また、姉からの冗談と一夏の天然ジゴロの口説き文句によって本気にしていることがあり――――――。

原作では、織斑一夏に執着したせいでIS学園入学当初の態度は傍から見れば 最悪なものになってしまっており、
しかしながら、“織斑一夏”こそが彼女にとっての全てであったことから、他がどうなろうと知ったことではなかった。
後に、元凶たる姉から誕生日プレゼントとして贈りつけられる専用機『紅椿』も 彼女からすれば織斑一夏と親しくなるために必要な道具という認識でしかなく、
戦意喪失した際にはその機体の重要性を考慮することなく躊躇いなく放棄しようと思ったぐらいに傍から見ると身勝手で横柄な人物である。
ここまで書くとそれは“依存”でしかなく、織斑一夏がいないほうが箒にとって全面的によかったのではないのかと思われるのだが、
実際はお節介焼きな彼の存在に心の安らぎを得ており、状況としても彼女が“本名”のままに生活をし 心機一転が図れる時期でもあったので、
彼のお節介な性格と彼を通じての縁で得た強敵たちによって確実に良い方向へと変わりつつある。――――――結果論ではあるが読み物としてはそれでいい。
――――――が、それでも悪い意味で頑固者であり、『福音事件』で一夏が瀕死になる過失を味わっていなければ到底変われなかったかもしれない。

やはり分岐点は、最初に勇気を振り絞って“アヤカ”と“友達”になることを自分から始めたことだろう。――――――最初が肝腎!
最初を逃したら関係が定着して、どちらとしても声をかけづらくなるので、高校デビューとしては最高のスタートダッシュであった。
そのおかげで、周囲からは“アヤカ”のような子にも積極的にふれあおうとする頼り甲斐のある人と見られ、非常に好印象となった。
そこからどんどん調子づいていき、最終的にはラウラを感服させて、“母親”として“アヤカ”を信じ抜く強い精神力を備えるようになった。
(ただし、一夏からは“姉の友人の妹”としか相変わらず思われておらず、やっぱりいろいろとやきもきさせられている)


セシリア・オルコット
深窓の令嬢――――――高嶺の花としてド底辺の存在である“アヤカ”との絡みはほとんどない。今作随一で原作よりも影が薄いキャラである。
搭乗している機体が遠距離射撃機なので訓練相手としても余計に絡みづらく、その距離感がそのまま出番の少なさに繋がっている。

前作の番外編では先輩キャラとして安定した精密射撃による支援で存在感を発揮していたが、
今作の剣禅編では“世界で唯一ISを扱える男性”朱華雪村こと“アヤカ”がいろんな意味で恵まれているので彼女の手を借りる必要がない。
ただし、“アヤカ”の特殊性を受けてセシリアも今までにはなかったリアクションをとっており、新鮮な一面が見られたはずである。

しかしながら、やはりチョロインはチョロインだった…………


凰 鈴音
2組――――――だけではなくなり、今作では同じ接近格闘機乗りの“アヤカ”をライバル視するようになっており、
“アヤカ”の成長性を誰よりも注目しており、将来を見据えた訓練に励むようになっている。

やはり、鈴は友達にするなら良い性格なので、ちょっとしたきっかけがあれば、すんなり友人となって頼りになることだろう。
原作での幼馴染であることを変に強調して自分から壁を作ってしまうような一面はなくなっているので、
適度な距離感を保つ良き友人として“アヤカ”から信頼されていく。


シャルロット・デュノア
今作で一番扱いがぞんざいな人。
影が薄いだけならばそれでいいのだが、“アヤカ”からは信用されていなかったので助けられることもなかった。
実際に直面すれば当然といえば当然の扱いかもしれないが、原作との落差が大きいことに堪える人も多かったのではないかと思う。
やはり、物語として盛り上げるのに必要なのは、馬鹿と言われようがお人好しで行動力のある主人公だということなのであろう。

本質的に篠ノ之 箒と同じように他人に依存しないと生きていけないが、今作では箒の方から不器用と言われるぐらいに差が付いている。
子供なので他人に依存しないと生きていけないのは当然のことなのだが、シャルはイメージとして理知的でどこまでもあざとい印象があるが、
“妾の子”として生来的にどこか捻くれているので、織斑一夏相手ならばそれでいいかもしれないが、“アヤカ”に対してはまったくの逆効果であった。
“アヤカ”の方がぶっちぎりで不幸なので、その程度の不幸な境遇では共感してもらえず、自分にすがろうとするシャルを鬱陶しく思っていた。
篠ノ之 箒だから“アヤカ”は心を開いたのであり、もしシャルと最初に会っていた場合は間違いなく“アヤカ”は変わらなかった。

今作における箒とシャルとの差がどこでついてしまったのかと言えば、
“アヤカ”とふたりきりになってカミングアウトした際に――――――、
・箒は自分の内面をさらけ出して“友達”になることを精一杯必死になって勇気を振り絞ってくれた
・シャルロットはそこで言った言葉が“亡命”であり、結局は本名も明かさずに表層的な関係に終わらせてしまった
人間不信で警戒心の強い“アヤカ”に対してどちらが信頼に値するのか、よっく考えてみれば当然の反応だと思われる。

ただし、これからはシャルロット・デュノアとして新たな関係が築かれていくのでどうなっていくかはこれから次第である。
別に、結果的に助けなかったからといって“アヤカ”としては自分から拒絶していたわけじゃなく、
「助けて」と言ってくれなかったから助けなかっただけであり、“アヤカ”自身に道徳心や正義感が完全にないというわけではない。
人間不信になった結果、どこまで踏み込んでいいのかわからなくなったために、“鏡”のように相手の態度そっくりそのまま返しているだけである。
そういう意味で、内面を見せようとしないシャルに辛辣に当たるのは当然であり、シャル自身も他人を信用していなかったわけである。
原作でシャルが一夏に惚れ込むのも、ひとえに一夏の方からシャルを信用して親身になったからシャルは心を開いたのであり、
今作ではその逆で、自分から“アヤカ”を信用しなければならなかったのにそれができなかったために、最悪な運命だったわけである。


ラウラ・ボーデヴィッヒ
ドイツから来たスーパーヒーロー。
織斑姉弟があまりにもヒーローしているのでその弟子もかなり正義感の強い人柄に変わっている。
今のところ、教官の汚点である織斑一夏とは会ってすらいないのだが、会ったとしても原作ほどの恨みの念をぶつけることはまったくないだろう。
来訪初日の送迎での“ハジメ”との出会いを起点にして、何を考えているのかまったくわからない“アヤカ”とのふれあいや、
『ISが全てではない』と言い切った篠ノ之 箒との邂逅で、彼女の内面や価値観もずいぶんと変わっており、ラブパワー無しで成長を遂げている。

その代償として、原作の無知+ラブパワーによる銀髪の天使は存在せず、硬派な印象がひときわ強くなっている。
その失われたラブパワー分がどこへ流れていってしまったのかというと――――――。
今作ではファンクラブができるぐらいの人気者であり、セシリアの数少ない存在感を食う勢いで箒と並んで物語的にもツートップになっている。


更識 簪
原作よりも出番が多くて扱いが良い人。
むしろ、原作が酷すぎるといっても過言ではない日本代表候補生の最新鋭の第3世代機の専用機持ち。
だって、IS大国:日本の最新鋭の国家の威信を賭けた第3世代機が完成されずに放置されてるってどういう扱いよ!?
地味で内気でウジウジしていてダメな子の印象が強すぎるが、今作では代表候補生として“アヤカ”を圧倒するだけの技量を見せつけており、
原作でも大会が中止されることがなければこうやって地味に存在感をアピールする機会を得られて、幾分かは気分が晴れていただろうに…………

当初は“アヤカ”に対して良い感情を持っていないのだが、実は“アヤカ”とはこれから仲良くなっていくことになる。



織斑一夏(23)
IS適性:B
専用機:第3世代型IS『白式』

今作の裏の主人公であり、要所要所で表の主人公である“アヤカ”を助けている正真正銘の陰に生きるヒーロー。
原作と比べて――――――も何も、『原作の一夏が社会人になったらどうなるのか』という姿を具現化した存在なので、
当然ながら原作の一夏よりも全面的に遥かに完成された人間性になっているのは疑いようがない(間違っても『そのまま社会人だったら』ではない)。
もちろん、欠点も引き継がれており、相変わらず学ばない馬鹿であり、深く物事を追求せず、判断は他人任せな無責任なところが残り続けている
極めつけは、学年別トーナメントで再会した篠ノ之 束を久しぶりの幼馴染として登場から何まで怪しさ満点なのにのほほんとお喋りして見送った点。
さすがに経験と失敗を重ねて、良き友人を得ていく中で少しずつ自分の性質を自覚していき、少しは改善していくようにはなってはおり、
一方で、そういった彼の人間性が問われるような事態にならない限りは、実に他人が羨む・嫉妬する・崇拝するレベルの高性能ぶりであり、
現代を生きるのに必要な全てを兼ね備えた“童帝”として織斑千冬に比肩する存在として描かれる。

実の姉であり 唯一の肉親である織斑千冬に対して並々ならぬ想いを抱いている真性のシスコンなのは確かであるが、
それを自分の姉の熱心なファンの心を正面から叩き潰すための口実で[ピーー!]なことや[ピーー!]なことまでしたと放言する、悪い意味で大物である。大人げない。
繰り返すが、この織斑一夏は(21)ではなく(23)である。ニーサンである。
だが一方で、“人を活かす剣”――――――“ブレードランナー”に必要な柔軟な発想や冷徹さ、フラグクラッシャーとしての豊富な経験もあるので、
学年別トーナメント最終日にテロリストの動揺を誘うために吐露した[ピーー!]な内容がどこまで本当なのかは読者の想像におまかせする。

断言できることは、――――――仮に織斑千冬が悪の道に走ったと判断した場合は、たとえ最愛の人であろうとも斬り捨てる覚悟を持っていることであろう。

原作よりも実力がある以上に、原作でもあった攻撃性が遥かに増しているのがこの(23)であり、血を見ることもやむなしの非情さが大きな違いといえる。
もちろん平和的手段による解決を強く望んではいるものの、“ブレードランナー”として与えられた任務を全うするために、
自分でそうすべきだとしっかりと考え抜いた上での決断なので、やるとなったらやり遂げる意思の強さに結びついている。
それでいて、正しく人間らしい愛の精神を持ち続けていることは“アヤカ”との交流で証明されていることである。

ただし、“アヤカ”から“織斑一夏”や“ハジメ”に恋焦がれている少女たちの姿を傍目に見ていてハラハラさせられているように、
一夏の影響力は良くも悪くも一般人から逸脱した巨大なものであり、その非凡な存在感が姉と同じく世界に大きな波紋を呼ぶことになる。

“ブレードランナー”とは『白式』を含めた彼自身のコードネームであり、基本的にISを使用している時はこれで呼ばれる。
代表的な偽名は“皓 ハジメ”であるが、変装の使い分けができていないので偽名も使い分けできておらず、これが後の事件の温床となる。


夜支布 友矩
織斑一夏がいずれ出会うであろう人生のベストパートナーであり、織斑一夏の欠点も長所も全てを認めて尽くす内助の功。
織斑一夏の足りないところを埋められる多才であり、基本的に織斑一夏(23)は友矩がいないと対外的な仕事でだいたい失敗するので必要不可欠となっている。
やはり、織斑一夏と一緒にいることで呆れることも苛立つことも多いわけなのだが、織斑一夏の能力と独特の感性を活かすように付き合っているので、
常人が受けるストレスを3分の1程度に抑えており、自身も学が深いので常人がストレスと感じるものをそう受け取らない高い精神力を持っている。
そうでもなければ、“童帝”織斑一夏の側に居続けて、その馬鹿さ加減に疲れ果ててしまうか、
コンプレックスに苛まれ続けてしまうかで、早々に彼の許から離れていってしまうことだろう。
そういう意味で、織斑一夏も直感的に夜支布 友矩の存在のありがたさを理解しており、末永い付き合いになることを願っている。

“ブレードランナー”のブレインであり、コードネームは“オペレーター”。
代表的な偽名は特になく、必要に応じて偽名や役柄を使い分けている生粋の裏の仕事人であり、一夏と違ってちゃんと立居振舞も性質も変えている。
某動画サイトのアカウントを6つ以上使い分けて見たい動画をアカウントで種類分けしたり、
某オンラインゲームでマルチアカウントで自分だけのパーティを組んで専用コントローラーとディスプレイで同時プレイできたりする超人である。


五反田 弾(23)
織斑一夏(23)の設定のために年齢を引き上げられた人。そうしなかったら接点がないので出番が皆無だった。
ローディーとして勤務する傍ら、一般人として“ブレードランナー”の面々との反応の差を描くのに役立っており、
この人が居るか居ないかで読者の内容の理解が大きく差が出ることは想像に難くないことだろう。
専門家だけの軍団になると一般人にはわからない独自の世界に閉ざされがちなので、こういった素人も時として物語の解説役として必要というわけである。
そういう意味では、非常に重宝しているキャラである。

“ブレードランナー”のアキレス腱であり、コードネームは“トレイラー”。
トラックもリムジンも運転できる一級運転手であり、主な役割としては“ブレードランナー”を作戦領域に運ぶ――――――それだけだが、
秘密警備隊“ブレードランナー”としてはそれが極めて重要な要素なので、輸送役の彼の責任は意外と重たく、それだけ信頼されているわけである。


一条千鶴
IS適性:S
専用機:第2世代型IS『風待』

織斑千冬や山田真耶の同期の第1期日本代表候補生であり、現在は織斑千冬の弟:一夏の仕事仲間という奇縁の持ち主。
織斑千冬の格闘能力と山田真耶の射撃能力に匹敵する卓越した戦闘能力を持つが、
二人と比べて頭であれこれ考えてしまうところがあるために、適性としては指揮官や工作員のほうが向いていたために“ブレードランナー”となる。

秘密警備隊“ブレードランナー”の性格上、自身が先代“ブレードランナー”だったことは一夏たちには明かしておらず、
また、最重要機密である朱華雪村の素性についても知っているらしく、今作における謎の一方面についてほとんど知っているキーキャラクター。
さすがに、“ISがどうして女にしか扱えないのか”みたいな方面についてはお手上げであるが、情報通なのは間違いない。

元祖“ブレードランナー”として現在は秘密警備隊の副司令であるが、対応力の乏しい二代目“ブレードランナー”を補佐するために復帰。
コードネームは“シーカー”であり、秘密警備隊の主役である“ブレードランナー”の称号と役割は後輩に譲って、
本人は柔軟な作戦能力と卓越した戦闘能力でISが無くてもたいていのことをやり遂げてしまう凄腕工作員として暗躍する。
生身でIS用の太刀や狙撃銃ぐらいは扱うことができ、生身で幅広いIS用武装を扱えるのはこの人ぐらい。
原作でも、生身でISの武装を使っているのは千冬の他に、ナターシャ・ファイルスも確認されている。



織斑千冬(24)
IS適性:S
専用機:無し

初代“ブリュンヒルデ”としてその名を刻む女傑。
今作では実の弟である一夏が(23)になったので歳が非常に近く、それだけより親しい間柄になっていることもあって、
基本的に対等の存在として一夏(23)を扱っており、唯一の肉親であることを抜きにしても最も信頼しあっている。

しかし、自分が姉であるという強い自覚から弟を養っていくために働きに出ているために隣にいることは極端に少なくなっていた。
それ故に、大学時代に弟が得た親友である夜支布 友矩の存在にちょっとばかり妬いているところがあると同時に、
自分に代わって公私ともに密接に弟に尽くしてくれている友矩にも強い信頼を置いている。
小姑として友矩にいろいろと言ってみたいことがあるのだが、家のことを握られているので友矩にはなかなか強く出られない。
五反田 弾(23)に対しては、原作と違って歳が近いためにそれなりに交流があり、顔馴染みとして一定の信頼は置いている模様。

一夏の歳が近くなったために、幼少期の養育の苦労が軽減されたのか、対等の存在としての付き合いの影響からか、
彼女自身も弟が掲げている“人を活かす剣”の思想が根付いており、相変わらず立場に縛られて身動きがとれない場面が多いが、
今作では明文化されない影の努力や配慮がうかがえるようにしてみた。

前作:番外編と比べると、彼女自身の人間性が総合的に大きくなっているので安定感が抜群である。
そもそも、番外編では大人がISで戦えない苦悩とそれを補う大人の知恵や教育指導が大きなテーマとなっているのだが、
今作では“ブレードランナー”という学園のためにISを自由に使える大人の味方が登場しているので、
千冬としても読者としても今までになかったとてつもない安心感のようなものを覚えたのではないかと思われる。
剣禅編はまさしく「健全」で安心できることがテーマであり、『大人が本気を出したらこうなる』という例を示せたのでないかと思う。
ただしバランス調整で、今作はヒーロー活劇らしく『ダメな大人が大惨事を招いてくれる』のでスリルは損なわれていない。


篠ノ之 束
今作では学年別トーナメントの段階で登場した全ての元凶。
しかし、明らかに従来作とは態度が異なっており、勘の良い読者ならばこの違いがどこから出てきたのかすぐに思いつくはずである。
だってねぇ? ジャンル:織斑千冬世代 なのに、今作最大の変更点というのが――――――。

今作の篠ノ之 束はかなり感情的であり 同時にどこか冷めた態度を取り続けており、原作の唯我独尊で他人のことなどお構いなしの態度とは何かが違っている。
現時点では情報は少ないが、間違いなく今作の謎に絡んでくるキーキャラクターであり、これからどう出てくるのかご期待ください。
最初から悪の権化として暴れてもらいます。



第2世代型IS『打鉄/知覧』“呪いの13号機”→『打金/龍驤』“黄金の13号機” 
専属:朱華雪村“アヤカ”
攻撃力:D+無いとは言わないが、格闘戦は搭乗者の力量に左右されるので
防御力:A+第2世代型IS最高の防御力に加えて、“アヤカ”の天性の操縦センスによる防御センス
機動力:D-機動力は最低ではないが、PICの基本移動ができずにマニュアル歩行に頼っているので機動力は実際には最低クラス
 継戦:D+単一仕様能力『落日墜墓』の自在性により、攻撃手段にバリエーションがある
 射程:A 単一仕様能力『落日墜墓』の最大射程
 燃費:S 単一仕様能力『落日墜墓』の圧倒的なエネルギー効率と出力調整に加えて機体そのものが低燃費

コアナンバー36。所属番号『13号機』であることも合わせて、4+9=13,4×9=36となる忌み数通りの不吉な経緯を持った機体。
一般機としてのリミッターが解除された状態となり、銀灰色の部分が黄金色に変化しているのが特徴であるが、機体の基本性能に実は変化がない。
金色の『打鉄』というガラリと印象が変わった機体色故にそれが“アヤカ”のパーソナルカラーとして認知されることになっていく。
カラーリングの違いで印象が大きく変わる例として、制式採用のネイビーグリーンの『ラファール』と競技用のオレンジカラーのシャルルの『ラファール』がある。
色が黄金色なので、巷では『打金』“黄金の13号機”などと呼び替えられることになる。
劇中においても目覚ましい活躍をしたことから、日本政府としても新たな研究対象として『知覧』用にパッケージを送りつけることになる。
ついでに、日本政府が宣伝のためにコードネームを与えており、公式での通称は『龍驤』となり、次第に“彼”も周りもそう呼ぶようになる。

「初期化」(=フィッティング)された一般規格の通常の第1形態から無理矢理リミッターを外した状態へと『進化』したことによって、
外見こそ銀色の部分が金色に変わっただけに見えるが、リミッターが外れたことで「最適化」(=パーソナライズ)ができるようになったことにより、
実は外観そのままに第2形態に形態移行したことになっているらしく、単一仕様能力『落日墜墓』が発現するに至っている。
そのために、機体性能自体は何も変わってないが総合的な戦闘能力は爆発的に向上している。

また、明らかに空戦用パワードスーツ:IS〈インフィニット・ストラトス〉とは思えないような機体運用が特徴的であり、
後述の『PICカタパルト』で垂直方向にPICで移動しているISがパイロットが認識できる範囲で近くにいれば、
重力下でジャンプひとっ飛びでビルからビルへと飛び移れるような超人のような戦いが可能となっており、その動きはさながら飛蝗のようである。
ただし、スラスターによる縦の動きや横の動きは鋭くても、PICに依存する箇所では本当にダメ。ランクAが泣くぐらい悲惨。
それ故に、動きこそ普段はPICが使いこなせてないのでマニュアル歩行でノロノロだが、単一仕様能力を通常戦闘では使用しない制約から、
唐突に『PICカタパルト』で高速で垂直に飛び上がって頭上をとってからの後述の単一仕様能力『落日墜墓』で自由落下しながら地面に敵機を叩きつける、
――――――『昇龍斬破/ライジングドラゴン』が実質的な必殺技となっており、ISバトルマニアを唸らせるロマン技のために人気が沸騰する。



単一仕様能力『落日墜墓』
あまりに強力な効果のために“アヤカ”は最終手段としてしか使わないようにしている、筆者の二次創作で登場する中で究極のIS殺しの1つ。

たまたま“13番”という番号を割り振られて、往々にして乗り継いできた生徒たちが負けた原因を『13番だから』という理由にして責任転嫁し、
それが一種の伝統や習慣として定着していった結果、同じISなのに『13番』というたったそれだけの理由で不当な扱いを受け続けたコアナンバー36の自我が、
無言のうちに生徒たちのいわれのない恨み辛みや悪意を吸収して、実際に搭乗者を無意識のうちに敗北に引き込む“そういうもの”になっていた。
そんなところに、同じ“IS適性がある人間”なのに迫害を受け続けて人間不信に陥っていた“アヤカ”が搭乗したことによって感応しあい、
最終的に“アヤカ”がコアナンバー36と「深層同調」に成功したことによって第2形態移行したと同時に発現している(気づいたのはもう少し後)。

つまり、くだらない理由で不当な扱いを受けてきた“アヤカ”とコアナンバー36がISに復讐するために編み出した単一仕様能力である。
『知覧』がこの時 伝えるエネルギーに負の感情や雑念を載せたものをアンチエネルギーと呼んでおり、
これ自体は非常に弱々しい無害そうなエネルギーであり、相手のISのシールドバリアーを打ち消すどころか吸収されてしまうほどであるが、
お気持ち程度のエネルギー消費で情報付加できるので燃費が異常に良い。
また、これ自体もISが持つPICのちょっとした応用であるが、アンチエネルギーそのものを指向性を持たせて直線上なら認識できる範囲まで飛ばせる。
そして、このアンチエネルギーを吸収したが最後であり、「深層同調」できるだけの高度な認識力がない限りは、
普通では認識できない次元で搭乗者が意図しない強烈な念がISのシールドエネルギー帯を渦巻き、
取り込まれたエネルギーの中を循環してアンチエネルギーがコアに到達するので、コアの調子があっという間に悪くなって、PICが使えなくしてしまうのだ。

ISと搭乗者の間のコミュニケーションを“アヤカ”とコアナンバー36が受けてきた強烈な負の思念で阻害して操縦不能にしてしまうのである。

シールドバリアーなどはISが『自分の身体を守るために』自動的に発動させているものであるので問題なく使えるが、
PICの効果は基本的に『搭乗者の意思をISが受け取って調整・実現している』ものなので、
ISと搭乗者 間の意思疎通を阻害された場合、突如としてPICが完全停止して機能しなくなるというのはそういうことである。
この原理を解析できる人間はまずいないので、『PIC無効化攻撃をしてくる』とはわかっても根本的な対策ができないのである。
一方で量子化武装の展開は、ある程度の「最適化」された履歴やパターンが実装されているためにパスが別に繋がり続けているので問題なく使える。
完全にパターン・コマンド化された移動ならば問題ないが、PICによる空間移動だけは常に任意で動かさざるを得ないものなので阻害されるわけである。

恐るべきは一瞬でコアと搭乗者とを分断してしまうほどの強烈な念であり、辛うじてISコアにしか効かない程度ですんでいるが、
これが鋭い感性の人間だったり、送り込まれるアンチエネルギーの濃度が異常に濃かったりする場合は搭乗者にも悪影響を与えてしまう恐れがあるのだ。
また、アンチエネルギーの性質でISの装備に任意で付加させることができるので、接近戦で鍔迫り合いになってもアンチエネルギーは伝わってしまうし、
機関銃の弾に付加してしまえば1発でもかすってしまえばそれでPICが急停止して身動きがとれなくなるのでそこから一方的に蜂の巣にしてしまえる。
更に、アンチエネルギー自体が元々“悪意”というとらえどころのないものなので、
アンチエネルギーそのものを飛ばす場合は認識できる範囲で自由な形で直線上に飛ばせるので、見えないし 避けられない。
→ ISから供給されるエネルギーとして物質界に顕現している都合上、物理的な性質で最低でも弾丸と同じぐらいの速さでしか飛ばないのが唯一の欠点か。
→ 光の速さで飛ばないノロノロビームだとしても、『PICカタパルト』や射出手段の工夫でいくらでも速く飛ばすことが可能。
 → “アヤカ”は『PICカタパルト』で相手をフォーカスして自分とを一直線に結んでアンチエネルギーを飛ばしているので相手が静止状態ならば必中である
アンチエネルギーの距離による減衰はかなり緩やかであり、認識できる限りの直線距離ならどこまでも飛んで行く
→ 認識を止めたその時が最大射程であり、シールドバリアーに直撃しなければそこでアンチエネルギーは霧散してしまう
→ ただし、直線上にしか飛ばないので遠くにいる相手を狙うのはそもそも難しい(フォーカスした相手が静止状態ならば必中である)


このように、『零落白夜』のバリアー貫通攻撃と同等以上に非常におぞましい攻撃なのである。
それ故に、PICが使えなくなるという掟破りの表層的な効果の濫用を心配して“アヤカ”が使いたがらないだけではなく、
本質的に自分と同じ心の闇を相手にも植えつけることを忌避して使いたがらないのである。

ただし、元々が弱々しいエネルギーなので、取り込んだエネルギーの部分を消費してしまえば、一過性ですぐにPICが回復してしまう。
そのために『落日墜墓』を使うとなれば、連続してアンチエネルギーを注入し続けて相手のPICを封じてしまう多撃必倒が基本戦術となる。
また、この性質のために燃費が良いISほど『落日墜墓』の効果が長続きしてしまい、燃費の悪いISほど『落日墜墓』に強いという性質がある。
しかしながら、それはどちらとしても短期決戦を挑まないと『落日墜墓』に抗えないという意味であり、
まさしくIS〈インフィニット・ストラトス〉によって虐げられてきた“アヤカ”とコアナンバー36の復讐であり、『日は落ち、墓へ墜ちる』能力なのである。


解説別口 実際的な説明が欲しい方へ
――――――――――――――――――
自身のシールドエネルギーを不可視のアンチエネルギーに変換する能力であり、アンチエネルギーが直撃すると自機以外のISのPICが一定時間 効果を失う。
つまり、ISの基幹システムを担うPICを失うことによって浮遊能力や低重力、反重力も失うので、ISは結果的に墜落することになる。
あるいは、自重に押し潰されることになり、場合によってはそれで自壊する場合がある(PICが無効なだけで剛体化は解除されていないのでそこまでいかないが)。
『白式』の単一仕様能力『零落白夜』がシールドバリアー無効攻撃なら、こちらはPIC無効化攻撃であり、違ったベクトルで対IS用究極兵装となっている。
『零落白夜』は雪片弐型でしか使えないが、『落日墜墓』はパイロットのイメージ通りにアンチエネルギーを成形できるために応用性が比類ない。
アンチエネルギーをデコピンで飛ばすことやマニピュレーターにまとわせて直接 掴むことでもISのシールドエネルギーに接触させれば効果は必ず瞬時に現れる。
また、『紅椿』のエネルギーブレード『雨月』『空裂』と同じ要領で武器にまとわせて射出するような使い方ができる。
射程やPIC無効時間は出力に比例し、『打鉄』が持つ太刀の刀身いっぱいにアンチエネルギーをまとわせて力いっぱい射出して地上からアリーナの天井まで届き、
ミリレベルのエネルギー出力でもゼロコンマ秒は必ず相手のPICを無効化できるので凄まじくエネルギー効率が良い。
一瞬でもPICが切れると、高速戦闘になれているベテランパイロットほど取り乱すことになり、それだけでも相手に与える動揺は大きい。
更に、不可視・無反動でかつアンチエネルギーなので計測・察知できず、基本的に回避不可能な攻撃なので、気づいた時には自由落下という恐怖の能力である。
PICを無効化するので、それを応用した『AIC』をはじめとした数々の第3世代兵器も真っ向から叩きつぶせてしまえるので実際に強力無比である。
PICを失ったISはまさしく鉄屑を背負っただけの人間でしかなくなり、持ち前の機動力を活かせずに袋叩きや蜂の巣にされてすぐに撃破に追い込まれることだろう。
この能力が本領を発揮するのは機関銃などで弾幕を張った時であり、アンチエネルギーをまとった弾丸を1発でももらっただけで一瞬でPICが無効化されるので、
PICを失ったその一瞬の隙に連続で畳み掛けて身動きがとれないうちに次々とアンチエネルギーを撃ちこんで完封することが実に容易である。
ISは空戦用パワードスーツであり、空中での展開を前提とした装備も多いためにこの能力の直撃を受けた場合はそれで敗北が確定する機体が存在する。

ただし、激しくエネルギー消費をしている機体に対してはPICコントロールを奪うほどの干渉力が働かないようである。
つまり、『零落白夜』発動中の『白式』に対してはまったく通用せず、あるいは出力最大時の『紅椿』にも通用しない。
またまた、高出力の重たいエネルギー兵器を連発している浪費状態の機体に対しても効果が無効化されてしまうし、
絶対防御などが発動して急激なエネルギー消費をしているダメージ状態でも『落日墜墓』の効果は途切れるので、
よって、賢い戦い方としては一撃必殺ではなく多撃必倒でPICを継続して封じてハメ殺しするのがセオリーとなる。
しかし、そもそもエネルギー消費の激しい燃費の悪い武器を好き好んで搭載している機体は数少なく、それだけで対策は難しいものとなる。
また、よしんばこの単一仕様能力に対抗できる能力を持ったISでもエネルギー消費を続けなければ対抗できないので短期決戦を挑まざるを得なくなる。
それ故に、あらゆるISに対して互角以上に戦えるという点では驚異の単一仕様能力であり、海上や底なし沼の上で相応の出力で直撃を受ければ溺死は免れない。

しかし、『落日墜墓』の能力がいくら凄くてもそれを発現させている機体が『打鉄』である上にパイロットの“アヤカ”にはPICによる基本移動がままならず、
そもそもの機体性能や機体相性の差でこの能力を活かせないまま撃破される可能性が非常に大きいのが最大の弱点である。
また、直撃すれば自機以外のISのPICを無差別に無効化するので、基本的には1対1にしか向かないし、直撃したかの判定は実際に墜落するまでわからない。
結果として、PICを使いこなせる相手をPICが使いこなせない自分以下の機動力に制限するための能力であり、それを使ってようやく互角の戦いができるのである。
そういう意味では、ハイリスクハイリターンの『白式』よりも相手を選ぶ可能性が高い(『白式』は誰であろうとトップクラスのスピードで踏み込める)。
また、『PICを無効化するだけ』の能力とも言えるので、織斑姉弟のように生身でISと互角に戦える超人やPICに依存しない武装には終始不利となる。
――――――


『PICカタパルト』
“アヤカ”が発見した、自身と認識できる範囲の対象のPIC力場を合わせて自身の慣性移動能力を増幅させるIS共通能力……らしい。
本来、慣性移動しかできない宇宙空間で推力を失うことはすなわち身動きがとれなくなり、そのまま死に繋がっており、、
それを克服するための手段の1つとして用意されていたのではないかと、夜支布 友矩は推測している。

基本的に自分と相手のPIC力場を結びつけるためにフォーカスする必要があり、対象を認識できる範囲でしか効果を発揮できない。
しかし、効果は既存のIS運用法に革新をもたらすほどのものであり、宇宙空間での長期運用を容易とするほどの能力を持つ。
逆に、重力下での運用には厳しいものがあり、それ故に発見されてこなかったというわけである。
完全に宇宙空間で使われることが前提なので、『これ』に気づいて、更には使いこなせる人間は今のところ“アヤカ”しかいない。

1,自分と相手のベクトルを合成して、その合成ベクトルで自身を射出する
言うなれば、フォーカスした相手の今現在のスピードをそっくりそのまま自分の今現在のスピードに足して高速移動することが可能。
ただし、カタパルトと呼ばれる所以は計算通りの合成ベクトルの勢いで吹っ飛ぶさまであり、
その速度に対応していなければそのまま昇天もあり得るという危険極まりない運用ができてしまえるところにある。
仮に亜光速と亜光速の機体同士でこれを行った場合は光の速さを超えることができるかの答えを見ることができてしまえる。

本編においては、重力の影響とPIC移動ができないハンデで、垂直方向に動いている相手(今のところセシリアのみ)にしか“アヤカ”はできなかったが、
それが『昇龍斬破』という“彼”固有の必殺技として認識されるようになり、その発動条件が周りにはわからないために迂闊な動きをしなくなったので、
非常事態での死闘になればアンチエネルギーを飛ばして『落日墜墓』しやすい環境へと変遷していくことになる。

それ故に、“アヤカ”独自の抑止力として『PICカタパルト』の技術と単一仕様能力『落日墜墓』はセットとなっており、
普段は『PICカタパルト』による必殺技『昇龍斬破』と予想もつかない挙動で警戒させて相手の動きを鈍らせて『昇龍斬破』できるように相手を誘い込む。
非常事態においては素知らぬ顔で『落日墜墓』で相手のPICを封印してすぐさま鎮圧させることができるのに一役買っている。
特にこの恩恵によって、IS学園では箒とラウラしか『落日墜墓』を実際に見たものはいないのだが、
ラウラはどれだけ“アヤカ”が模擬戦で負け続けても一切信頼を損なうことはなく、周囲も“アヤカ”の実力を認め続けることになる。


-必殺技『昇龍斬破/ライジングドラゴン』
『PICカタパルト』による垂直急上昇で高所の相手に急接近する、今のところ“アヤカ”専用の必殺技。
PIC力場を合成して相手と一直線に自分を結んで吹っ飛んでいくので、鈍重な黄金像が突如として自分めがけて飛んできたら誰でもビビる。
接近戦の鬼とも評される“アヤカ”に近づかれたら代表候補生でもほぼ負けは確定であり、まさしく必殺技として“アヤカ”を象徴する奥義となっている。

模擬戦においては、直接の殴打や掴み技は禁じ手なので『PICカタパルト』で近づいたらほとんどの場合、
『落日墜墓』をまとわせた太刀の袈裟斬りで相手の肩や首に剣を当て続けて1秒ほどPICを使用不能にして相手を軽いパニック状態に陥れて、
自身もPICのベクトルを垂直方向に修正して一緒に自由落下して地表に叩きつける流れが一般的となる。
相手はPICが停止しているのでIS本来の重量のまま落ちるのでスラスターを噴かせても十分な推進力が得られず地面に激突し、
自分はPICが生きているので地面に激突する前に余裕を持ってスラスターを噴かせて危うげなく着陸して一方的なダメージを与えられるわけである。

最近では、『PICカタパルト』とPICの低重力化を応用して、相手のベクトルを盗んで跳躍力や追尾性の強化などができるようになっており、
明らかに元が『打鉄』だとは思えないようなアクロバティックで機敏な動きができるようになり、動き回るISほど『知覧』の機動力が強化される傾向にある。
何にせよ、相手のベクトルを利用して効果を得るために高度をとって大きく動き回るIS相手だと実に戦いやすい。
逆に、空中でまったく動かない敵に対しては『落日墜墓』で墜落させれば勝利は確定なので隙がない。

――――――ただ、いろいろな制約からきれいに『昇龍斬破』を決めて模擬戦で勝利すること自体が稀なのだが。

2,自分と相手のPICのベクトルを融通する
これは言うなれば、身動きがとれなくなった対象をPIC力場を介して引き寄せることに使える。――――――無重力空間ならば。
1の効果は実際には2の効果の一端でしかないのだが、重力下で“アヤカ”が使う分には1しか使えないのであまり気にしなくていい。
おそらく、本編ではまったく使い道がない。――――――無重力空間で戦うことがなければ。



第2世代型IS『風待』Ver.5.0 第2形態
専属:一条千鶴 元祖“ブレードランナー”
攻撃力:B+接近格闘機だが、拡張領域で携行可能となった大型火器の恩恵で火力が高い
防御力:B+後の世界シェア第2位となる『打鉄』の基となる機体故に当時としては破格の重装甲だった
機動力:A+旧式機であるが、日本初の第2世代型となる『暮桜』の後継機でかつ第2形態なので機動力は『白式』に匹敵するほどになる
 継戦:B+拡張領域を生かして豊富な武器を使い分けられる。「高速切替」にも対応している
 射程:B+豊富な火器によって射程は自由自在。これが第2世代型である
 燃費:A-第2世代型初期の機体はみな低燃費であり、この機体が重装甲であるために燃費はいいが、武器切替によるエネルギー消費が多くなる

今作で登場したばかりの『G2』であるが、あまりにも力量差がありすぎたために『零落白夜』をコピーして使ったぐらいしかわからないことだろう。
現在は第2世代から第3世代に移る過渡期になるが、着々と基礎の近代化改修がなされて性能そのものは並みの第3世代型IS以上の性能があるわけだが、
第3世代型ISの定義が『イメージ・インターフェイスを利用した第3世代兵器を搭載したIS』という大雑把なものなので、
定義通りに考えれば、第3世代兵器を搭載していない第2世代型の新型の超高性能機が存在していても別におかしくない。
その1機が『風待』であり、旧式でありながら新型であるというとんでもない経歴の機体であり、
“ブレードランナー”として、最初の第2世代型ISとして様々な運用試験が行われ続け、基本的にどんな装備でも受け付ける仕事人なISコアに仕上がっている。
むしろ、現在の第3世代型ISは実験機がほとんどであり、軍事的有用性で言えば普通に銃火器を積んだ第2世代型ISのほうが戦術的に圧倒的に強い。
(それでも、どれだけ強力な弾丸を使っても一撃でISを墜とせないのでコストパフォーマンスが悪く、経費削減のために格闘武器が多く普及した)


特殊装備
「一般機化」のリミッター
通常は一般機などに組み込まれるリミッターであり、「最適化」させないための装置であるが、
専用機の場合は「最適化」して「形態移行」してもらうために普通は取り付けないものである。ましてや、第2形態の機体に取り付けるものでもない。
しかし、一条千鶴の『風待』は、専用機がない織斑千冬のために貸し与えるために特殊な使い方をしており、
常識に囚われない“ブレードランナー”らしい運用の仕方がなされることになった。


単一仕様能力『大疑大信』
またの名を『大義大震』であり、簡単にいえば、――――――相手のISから後付装備の所有権を奪う能力であり、
勝手に相手の後付装備を遠隔展開して使ってみたり、本来の所持者に対して後付装備の使用制限を一方的にしたりと、『ラファール』殺しな能力である。
『零落白夜』や『落日墜墓』と同様に、搭乗者の認識の範囲が卓越していれば能力の適用範囲まで拡大し、
ついには単一仕様能力までもコピーしてしまうことさえも可能なようであり、
乗り手の認識力次第でどんなことでもやってしまえるという、これまた単一仕様能力の究極とも言えるものの1つである。
ただし、標準装備とされるものは相手のISがそれを『生来的に自分の身体』だと認識して解除させることが難しいので(原則的にできないわけではない)、
発現当初はまだ第1世代から第2世代への過渡期だったために役に立たなかったのだが、5度の「最適化」と「形態移行」によって再び発現し、
第2世代型が普及しきったご時世において最も力を振るう単一仕様能力となった。

千冬が『大疑大信』を扱いこなせないのは、まさしく千冬が『暮桜』ばかりにしか乗っていなかったがために他の機体の仕様がわからない点であり、
相手の装備を奪い取るのに必要な認識力が大きく欠けているために(実際はVTシステム機相手だったので後付装備を奪うことはできないのだが)、
気力とド根性と乗り慣れた感覚から無理やり、かつての『暮桜』が使っていた『零落白夜』の光の剣を後付装備の雪片壱型で再現するしかなかった。
むしろ、千冬は『零落白夜』一辺倒であり、それしか使いこなせないために(そもそも借りている機体が第2形態なので余計に使いこなすのが難しい)、
千冬では『大疑大信』の持つポテンシャルの全てを引き出すことができない――――――逆に単一仕様能力『零落白夜』のコピーはできた。

そういうわけで、実に乗り手によって一長一短にしか戦力を引き出せない単一仕様能力であり、千冬のように一辺倒では半分もポテンシャルを引き出せず、
一条千鶴のように幅広い分野の装備に精通した万能型のドライバーでないと『大疑大信』でできることは非常に限られてくる。
しかし、逆を言えば ある一定の十分な認識力さえあれば、単一仕様能力さえもコピーしてしまえるので誰でも一定の戦力強化が望めるとも言える。
何にせよ、秘密警備隊“ブレードランナー”の幅広い作戦領域で活躍するのには千冬では不適任なのは確かであり(ただの格闘機として使う分には問題ない)、
それぞれが培ってきた人間性と真実が問われるのが『大きく疑って、大きく信じ抜く』単一仕様能力の真相というわけである。




さてさて、お久しぶりです。今作は完成しているものを投稿しているわけじゃないので、
残りの内容が消化試合だとしても次回作との内容の摺り合わせもあってすぐに投稿できるわけじゃございません。

その辺はご了承くださいませ。

間違いなく月毎に最低1回の投稿は目指しているので、来月には第1期分の内容は終わると思います。
元々、第2期OVAまでの繋ぎとしてのんびりとやるつもりでしたので何卒ご了承くださいませ。

いよいよ来月下旬に第2期OVAが発売となりますが、いつになったら原作10巻が出されるのか…………。
まさか、1年に1冊のペースで発表する気なのか、それともエタる気なのか…………第3期分の投稿はこれは本当に完全オリジナルも已む無しか。


それでは今回は、原作第1期にはない間の物語をどうぞ。



――――――仮想世界“パンドラの匣”


――――――
友矩「――――――2時の方向!」
――――――

一夏「はああああああああ!」ブン!


魔物「アガァアアアア…………!」ズバーン! ビチャ・・・


魔物「」モクモク・・・ ――――――異形の存在は黒い煙となって立ち消えていく

一夏「……他に反応は?」

――――――
友矩「これで全てです」
――――――

一夏「そうか」チラッ


雪村「………………」(ISを展開した状態だがその場に座り込んでまったく動かない)


一夏「気づいてるか、友矩?」

一夏「――――――今日も一段とブラックホールに近づいたもんだな」

一夏「IS学園の寮室から始まって、津々浦々と日本各地を進んでは来たが、その度に魔物や“魔王”が強くなってきている気がする」

一夏「もちろん、多少強くなったところで大した脅威じゃないんだ」


――――――なんてったって、俺には『白式』と“人を活かす剣”があるからな。



一夏「けれども、いくらデビルメイクライみたいなことがこの仮想世界でできるようになっても。」

一夏「俺は悪魔と人間のハーフじゃないから、さすがに度重なる精神攻撃でクラクラするようになってきたぞ……」ウーム

一夏「ちょっとRPGよろしく――――――、レベリングで精神力の強化をしないとマズイよな……」

一夏「最初の時も勝手がわからなかったのもあったけど結構ヤバかったもんな……」

――――――
友矩「それは当然かもしれません」

友矩「魔物の正体は本人としては思い出したくもない記憶の欠片ですから、その記憶を元にした仮想世界の構築に対する拒否反応でしょう」

友矩「特に今のところ 感触から言って、まだ“アヤカ”が心の傷を受けた遙か後の廃人としての時期だと推定されます」

友矩「廃人とはいっても、周囲からの悪意や印象に残ったことは朧気ながらも認識していたようです」

友矩「人間というものはペタバイトの記憶容量を持っていると言われますし、それが本当ならどんな些細なことだろうと認識したものは忘れないはずです」

友矩「要は、それを思い出せるかどうかは、その記憶の引き出しの開け方と取り出し方 次第というわけです」

友矩「そして それとは別に、薬物中毒者が更生してもふとした拍子で禁断症状が再発するフラッシュバック現象が存在するように、」

友矩「頭が忘れていても、頭以外のところが記憶した危険情報に対しては先立って身体に危険信号を送るものも存在します」

友矩「ですから、『ニュートラライザー』による記憶抹消も原理的には記憶そのものを消しているわけじゃなく、奥深くに封印しているだけ――――――」

友矩「ふとした拍子にフラッシュバックする可能性もあるわけなんです。ハードディスクのデータを完全抹消できないのと同じように」

友矩「確実に記憶を消したい――――――否、見つからないようにしたいのならば、ハードディスクの処分の方法と同じく、」

友矩「替わりのデータで容量をいっぱいいっぱいにして検索効率を著しく落とすことが対策となりましょうか」

友矩「この電脳ダイブでは、脳に封印された忌々しい記憶を引き摺り出し、身体に刻まれた恐怖の体験を揺さぶり起こしているわけですから、」

友矩「“アヤカ”本人の意識は眠ってはいても、多大なストレスになっているはずです」

友矩「それは、“アヤカ”が電脳ダイブから帰還した時に多量の汗と高い心拍数になっていることからも予測できます」

友矩「ですから、次の領域の構築が終わったらアレを必ず忘れずにやってください」

友矩「それが、この領域を征服した証となります」
――――――

一夏「ああ。メンタルケアは大切だよな」

一夏「最初はIS学園の寮の一室の狭い空間から始まっていったのに、今では下手なオープンワールドゲームよりも遥かに広大な世界を築きやがって……」

一夏「でも、そこに人は誰一人として存在しないんだよな」


一夏「――――――空虚な世界。ただ広いだけの世界だ」



一夏「ここはもう仮想空間と呼ぶべき規模は超えて、ここは“アヤカ”そのものを体現した世界となったよ」


――――――仮想空間“パンドラの匣”


一夏「新たな領域が開放される毎に彼方のブラックホールへ続く道が延びていく」

一夏「おそらく、あのブラックホールこそが“アヤカ”の壊れた心の象徴であり、その先に――――――、」


――――――なぜ“アヤカ”がISを扱えるようになったのかの答えが待っている。


一夏「ただ漠然とそう言われているだけだけど、ブラックホールを越えてホワイトホールに通じる特異点が存在するんだろうな」

――――――
友矩「実際には、ブラックホールは超重力の塊ですから物理的には“無”しか存在しないんですけどね」

友矩「ただ、魔物のデザインやこの世界の構造からして――――――、」

友矩「“彼”が普通の子供だった頃にプレイしていたと思われる某世界的コンピュータRPGの影響が随所に見受けられます」

友矩「領域と領域とを結ぶ接点が鏡なところからしても、ここは言うなれば『幻の大地』という名の“アヤカ”にとっての現実――――――」

友矩「そう考えれば、“彼”の原初的な悪意に対する捉え方があのブラックホールというわけなのでしょう」
――――――

一夏「すると、『狭間の世界』ってのがあるのかな?」

一夏「ここ最近は一段とブラックホールの引力が強くなってる気がするな」

一夏「それどころか、出発地点であるIS学園を出る時が一番 気を使うな。出落ちしないかヒヤヒヤするぜ」

一夏「ちょっと前までは鈴ちゃんの姿をした魔物やシャルロットの姿をした魔物にも出くわしたもんだ。あれにはちょっと驚かされたよ」

一夏「まあ、IS学園が“アヤカ”にとって一番新しい現在だからこそ、魔物も“魔王”も多少は更新されて再配置されちゃうんだけどね」

一夏「けど、今回はやたら子供よりも大人の魔物が多かったな」

――――――
友矩「ええ。学年別トーナメントにおけるIS学園内外からの襲撃に思うところがあった――――――そう考えるのが必然です」
――――――

一夏「大人の姿をしていると思ったらVTシステムの千冬姉もどきに化けてくるんだもんな……」

一夏「ただ、“アヤカ”からすると単一仕様能力『落日墜墓』があるから雑魚って認識らしいからメチャクチャ弱かったけど」

一夏「最後の一人だけだったな、手こずったのは。小賢しく後ろに回りこんで不意討ちを執拗に狙ってくるやつが混じっていた」

一夏「――――――あ、テキストデータを送ってくれ。今日は何だ?」

――――――
友矩「はい。今 送りますね」カタカタカタ・・・

友矩「第4アリーナで“アヤカ”を窮地に追いやった最後の1機に対する印象でしょうね」

友矩「まさしく背後からの不意討ちで“アヤカ”の『知覧』を強制解除させるほどに追いやりましたから」
――――――


一夏「でも、そう思うと最近の“アヤカ”はまた一段と人間不信の色が強くなってきたな」

一夏「今度のやつは――――――、あれは真耶さんだと思う。いつもヘラヘラ笑っていて遠くからジッと眺めているだけっていう魔物だったけど」

――――――
友矩「…………一応、“プロジェクト・パンドラ”の一員としてちゃんと支援してくれているんだけどね」

友矩「それをわかっていないのか、あるいは“アヤカ”がイラッときたんでしょうね。――――――頼りがいがないから」

友矩「ここのところの魔物のデータベースを眺めていると、1週間のうちに何があったのか丸わかりだね」
――――――

一夏「うん。魔物っていうのはそんなもんなんだけどさ?」

一夏「けど、さすがは“魔王”といったところだぜ」

一夏「記憶領域の最終プロテクトという意味なのか、それとも“アヤカ”が潜在的に抱いているその場その場の最大限の恐怖を体現した存在なのか、」

一夏「まさか、仮想世界で本格的な対IS戦闘をするだなんて思わなかった」

一夏「空中戦なんて久々だぜ――――――飛びすぎるとブラックホールの引力に捕まってしまう点でかなり神経を使う」

――――――
友矩「恐ろしいISでした。空想とはいえ、実際に存在していたら第3世代型ISなど――――――」

友矩「いえ、人型ISなど駆逐されてしまいかねないような大物が相手でしたね」

友矩「しかし、――――――さすがは“ブレードランナー”です」

友矩「よくぞ、5m級の東洋龍型ISを初見で撃破してくれました。“ドラゴンスレイヤー”にふさわしいですよ」
――――――

一夏「いや~、口からは火炎放射、両手からは『AIC』って何なんだよ、あれぇ?」

――――――
友矩「敵ISを両手の『AIC』で拘束した後に火炎放射で直接 パイロットを焼き殺す――――――考えられる上で最凶の攻撃ですよ」
――――――

一夏「動きがまんま『まんが日本昔ばなし』の龍みたいなトロさだったから何とかやれたけどさ――――――『零落白夜』はホント偉大!」

一夏「“アヤカ”がこれからISの知識を深めていく毎にあんなのとまた戦わないといけないと考えると凄く複雑……」

一夏「それに、“魔王”っていうのは何だか最近はISか何かの超常的な巨悪がモチーフになってきているから尚更だよ」

――――――
友矩「しかたありません。IS適性があったばかりに“彼”は自身の存在を奪われ、“アヤカ”に貶められたのですから」

友矩「“彼”にとっての“魔王”というのは、今も昔もIS〈インフィニット・ストラトス〉なのです」

友矩「そういう意味では、普段はできないような対IS戦闘ができて質の良い訓練になってませんか?」
――――――

一夏「一応 仮想世界とはいえ、こっちとしては命懸けの戦いをしてるんだけどな? ――――――廃人になるかどうかの」

――――――
友矩「大丈夫です、――――――“ブレードランナー”は負けません」

友矩「ISも仮想世界も脳波制御――――――精神の世界ですから、精神力が強い者が最終的な勝者となるのですから」

友矩「あくまでも魔物や“魔王”たちの攻撃は物理攻撃に見せかけた精神攻撃であり、」

友矩「“アヤカ”としても勇者に打倒されるべき悪の似姿だからこそ、基本的には一撃入れば倒せるような雑魚ばかりです」

友矩「気を強く持つことです。一撃で倒せると信じていれば実際にその通りでした」

友矩「気後れしたり、圧倒されたりすると魔物が強くなることもわかりました」

友矩「ですから、私は言い続けます。確信しています。信仰しています」


――――――“ブレードランナー”は負けない。


友矩「とね」
――――――


一夏「………………フゥ」

一夏「やっぱり友矩と喋っていると気分が落ち着くよ」

一夏「さっさと終わらせて現実に帰りたい気持ちもあるけど、こうやって喋っていくうちに気力が回復していくぅ~」

――――――
友矩「テキストの内容はもう読みましたか?」
――――――

一夏「ああ。なかなかおもしろいのを選んでくれたな」

一夏「大学時代はこういったものは教養として必要だったからただ読んでいただけだけれど、」

一夏「こうやって相手に言い聞かせながら振り返ってみると、『ああ なるほどな~』ってつくづく実感させられるになって楽しいんだよ」

一夏「これが電脳ダイブで疲れた心と体を癒やす最高のエリクサーだよ」


――――――聞こえてるか、“アヤカ”?(イチカは『5分でわかる世界の名著シリーズ4.txt』を読んだ!)


一夏「今日もおつかれ! 恒例の世界の名作コーナーの時間だぞ! 今回もおもしろい一節を取り上げるから良く聞いてくれよな」ニッコリ

一夏「今日 紹介するのは――――――、」

雪村「…………………」

一夏「――――――でね? 何て言うんだろう? 解説にはこう書いてあって――――――」

雪村「…………………」

一夏「――――――他にもこんなのがあってだな?」

雪村「…………………」

――――――
友矩「――――――間もなく5分」
――――――!

一夏「――――――おっと、そろそろまとめないとか」

一夏「つまり、今日のはこういうこういうことで、“アヤカ”には――――――」

雪村「…………………」

一夏「――――――はい。きっかり5分の世界の名作コーナーでした!」

一夏「拍手~!」パチパチパチ・・・

雪村「………………」

――――――
友矩「――――――残念。5分1秒」
――――――

一夏「ちぇっ!」

一夏「それじゃ、“アヤカ”? 今回の電脳ダイブもこれで終わり。次また会う時まで元気でな!」

雪村「………………」

――――――
友矩「では、現実世界へと帰還します。目を瞑って――――――」カタカタ、ピッ
――――――

一夏「さて…………」

雪村「………………」


――――――
友矩「――――――帰還」

友矩「これで今回の電脳ダイブは終了いたしました」

友矩「今回のデータのオリジナルはこちらのサーバに格納し、コピーした巨大なデータを解析して後日 レポート共に提出いたします」

友矩「これが電脳ダイブの流れとなります」

千鶴「なるほどねぇ」


一夏「――――――うおっ!?」ガバッ


友矩「そして、“ブレードランナー”と“アヤカ”が目覚めたのを確認して撤収となります」

千鶴「あ、ちゃんと向こうも目覚めてくれたわね。良かった」

友矩「おつかれ、一夏」モミモミ

一夏「ああ 今日もしんどかった…………」ゴクゴク

千鶴「けれど、アイデアの塊である“アヤカ”があんなISを架空で生み出していたなんてこと、あまり報告したくはないわね」

一夏「………………」フキフキ

友矩「結局、どうなるんですか? この極秘プロジェクトに介入はされるんですか?」モミモミ

千鶴「いずれはね。内部粛清で人員が減ったことだし、IS運用のノウハウも整ってきたから世界としてもIS学園の掌握を狙っている」

友矩「厄介だね。良くも悪くも特殊国立高校であるIS学園に大量の部外者が入ってくるのだから」

友矩「しかも、今の時代だと簡単に国籍の変更や資格の互換が認められているから、今度はより堂々と外国人スパイが潜り込んでくるぞ……」

千鶴「そうなのよねぇ。ISコアの割り振りの偏りや人気のISドライバーのところにこぞって移民が殺到するもんだから、ね?」

一夏「だとしても、やることは結局 変わらないんだろう? ――――――よっと」

                       ブレードランナー
――――――たとえ何があっても“人を活かす剣を司る者”として“アヤカ”は俺が守る! 守ってみせる!



第8話A 『打金/龍驤』対『打鉄弐式』
Open Your Heart

――――――6月


雪村「えと……」

山田「つまり、“アヤカ”くんの学年別トーナメントでの活躍が認められて、専用パッケージを2つも用意してもらったんですよ!」

箒 「良かったな、雪村! これで模擬戦の成績も何とかなるんじゃないのか?」

ラウラ「うむ。これで少しは専用機持ちとの戦力差が埋まればいいのだがな」

雪村「へえ」←全戦全敗中(セシリア:× 鈴:× シャルロット:× ラウラ:×)

鈴 「あんた、ホントにどうでもよさそうにしてるわよねぇ」


――――――雪村の実力だけで戦った場合、

雪村の強み:接近戦の鬼。剣をもたせれば代表候補生に匹敵するセンスの塊

雪村の欠点:機動力が最低。未だに歩いてしか移動できないのでいい的である。ISなのに飛べないのが最大の弱点である

セシリア:根本的に機体相性が最悪。焦れて相手が近寄ってこない限り、飛べない雪村に勝ち目なし

鈴:同じく接近格闘機なので普通に戦えば雪村が勝つ可能性があるが、連射力に優れる『龍咆』で完封される

シャル:「高速切替」を駆使した戦術「砂漠の逃げ水」のように付かず離れずの戦い方をされる相手が特に苦手

ラウラ:雪村の教官。全距離万能で何よりも『AIC』を防げないのでやはり完封される


鈴 「(これって明らかに日本政府が宣伝している“アヤカ”を贔屓にした支援よね……)」

鈴 「(そりゃあ 確かにタッグトーナメントでベスト4までいっちゃったんだから急に態度が良くなるのも納得だけど、)」

鈴 「(やっぱり本質的に、乗ってるのが『打鉄』でPICコントロールも未熟な初心者じゃ、代表候補生と差がありすぎるのよねぇ……)」

鈴 「(タッグトーナメントの時はルールに助けられていたところが大きかったわけであって1対1で勝ったわけじゃない――――――)」

鈴 「(そんなわけで、タイマンになればこの通りあっさり負けるわけだから、日本政府も頭を抱えているわけね)」

鈴 「(だから、手っ取り早く勝たせるために力押しを始めたわけか……)」

鈴 「(けれど、剣を握らせたら間違いなく私よりも強いわけだから、格闘戦を避けて『龍咆』を使うしかない――――――)」

鈴 「(そうすれば簡単に勝てるんだけれど、それってなんだか実力で勝てないから武器に頼ってるみたいで悔しい!)」

鈴 「(総合的に見て、最弱の機体に最弱のドライバーが乗っているだけなのに――――――、)」

鈴 「(そんなやつを真正面から倒すことが私の中の最大の目標になりつつあるだなんて不思議なもんね……)」


山田「それででしてね? こちらに契約のサインを――――――」

雪村「はい」カキカキ

山田「あ、本当に字が綺麗ですねぇ」

箒 「(しかし、実際のところは雪村が本気になれば専用機持ちの誰よりも強い可能性がある)」

ラウラ「(学年別トーナメント最終日で見せてくれた『日は落ち、墓へ墜ちる』能力はまさしく脅威だな……)」

ラウラ「(能力の詳細は決して語ってはくれなかったが、――――――あれは明らかにPIC無効化攻撃の類だった!)」


――――――雪村が単一仕様能力『落日墜墓』を使った場合、

能力の強み:使ったエネルギーを自在に成形でき、その分だけPIC無効時間が伸びる。カス当たりでも当たりさえすれば必ずPICが無効になる

能力の欠点:特にない。強いて言うならば、チャージ式なので遠くのISほど効果が薄くなる

セシリア:墜落する。反撃できない。その隙に叩きのめされて二度と飛び立てなくなる――――――当たればの話だが

鈴:『龍咆』が使えなくなる上に青龍刀『双天牙月』を振り回すのがやっとになる

シャル:携行火器自体は問題なく扱えるが、PICが使えなくなるので地上滑走ができなくなり、「砂漠の逃げ水」戦法が完全に機能しなくなる

ラウラ:プラズマブレード以外使用不能


ラウラ「(本当に驚いたものだな。単一仕様能力という切り札を隠し持っていたことには)」

ラウラ「(しかし、それを率先して使おうとしないのは“アヤカ”の優れた自制心によるものなのだろうな)」

ラウラ「(この能力の存在が世間に知れ渡れば、ISの戦術的・戦略的価値が急落するというものだ)」

ラウラ「(当然だ。IS〈インフィニット・ストラトス〉は人間大サイズで自在に三次元空間に位置することが売りの兵器だ)」

ラウラ「(その空戦用パワードスーツが飛べなくなったならば、安全性はおろかその辺のパワードスーツと変わらない兵器にしかならない)」

ラウラ「(いや、最近の機体はPICを前提とした兵装が普通だから、PICが切れれば自重に押し潰されるような本来はそういった鉄の塊ばかりだ)」

ラウラ「(だから“アヤカ”は表立って使いたがらないのだろう。今後も模擬戦で使うようなことはまずあるまい)」

ラウラ「(そうだな、“アヤカ”としては世間への影響よりもそっちの心配をしているに違いないな。それが無益な闘争を避けるあいつらしい在り方だ)」

ラウラ「(私でもPICを切った場合の『シュヴァルツェア・レーゲン』を満足に動かせないのに、その上で墜落させる危険性まであるのだ)」

ラウラ「(それはかつて“アヤカ”自身が学年別トーナメント前日の襲撃で“アヤカ”自身が受けた苦しみでもあるし、絶対にやらないだろうな)」

ラウラ「(そう考えると、実に理に適ったISの使い方をしているものだな。――――――抑止力としてのみISを運用するさまは)」

ラウラ「(本来、ISの登場によって女尊男卑が加速した原因として、ISをそういった身近な暴力に対する抑止力に使えることを期待されたからこそだ)」

ラウラ「(しかし、実際には世界にたった467個しか用意されず、そのほとんどが軍用として利用されているのが現実だ)」

ラウラ「(そして、その数少ないISが旧来の核兵器に変わる抑止力として機能している現状を踏まえると、実際にこれこそが抑止力の在り方だ)」

ラウラ「(核兵器など必要ない要人暗殺に非常に向いた性能を持つのがISだからな。逆に要人警護にも向くのがISでもあるわけで――――――)」


山田「それでは、第1アリーナの整備室でパッケージの量子化をしてみましょうか」

雪村「わかりました」

雪村「ところで、1ついいですか?」

山田「何ですか?」


雪村「どうして、日本代表候補生である更識 簪より僕のことばかりかまうんですか?」


山田「そ、それは、その…………」

箒「ゆ、雪村……(どうして自分から地雷を踏みに行くようなことを――――――)」

ラウラ「そうだな。なぜ日本代表候補生:更識 簪は専用機をいつまで経っても出そうとしないのだ?」

鈴「あ、確かにそうねぇ。“アヤカ”としてはそこが不服みたいね」

山田「…………困りましたねぇ。これは日本政府から口止めされていることなんですけど」

雪村「どうせまた、僕を目眩ましにしてお茶を濁そうってつもりなんでしょう、日本政府は」ジトー

山田「…………そう言われるときついですね(うぅ……、ズキズキ胸に刺さっちゃう! カミソリのような言葉ですぅ)」アセタラー

雪村「まあ、いいですよ。政府にはそれなりの考えがあってあえてそういうふうにしているのでしょうし」

雪村「僕には関係ないことですし、忘れてください」

雪村「それじゃ、指導をお願い致します」

山田「は、はい……」ニコニコー


スタスタスタ・・・・・・


箒「雪村のやつ、やっぱり学年別トーナメントで4組の代表候補生に何か嫌味でも言われたのかな?」

鈴「さあね? そんなことを気にするようには思えないんだけど?」

ラウラ「筋を通したい性格なのだろう。――――――SAMURAIというやつじゃないのか?」

箒「そうだな。雪村のやつはスポーツ剣道とは懸け離れた常人には理解し難い剣ではあるが、」

箒「人の生死に関わる問題になったら、率先してみんなを守ろうとする強い意志を見せてくれた。――――――自己犠牲的な面が強いがな」


雪村『僕が死ねばみんなを助けてくれるのか?』


箒「…………あんなことは二度と言わないで欲しいものだ」グッ

ラウラ「うむ。本当に昔の私にそっくりだ。自分の関心のあること以外まったく興味を示さず、それで満足しているな」

鈴「そうなんだ」


鈴「けど、打算的な意味合いからしても、ただでさえ日頃いろいろなことで睨まれているんだから、」

鈴「今年の日本代表候補生を差し置いて政府から優遇されていることに危機感を覚えているのもあるかもね」

ラウラ「何にせよ、パッケージのコンセプトにもよるが、」

ラウラ「ISの基本であるPICコントロールが上達しない“アヤカ”に何を渡しても無駄に思えるが……」

鈴「当然、元々の機体性能差っていうのもあるんだけど、乗っている機体も元が訓練機だし、どう足掻いても初心者だものねぇ……」

鈴「直接的に身体を使うところでは代表候補生並みなんだけど、そこしか取り柄がないわけだから」

ラウラ「だが、PICコントロールができないハンデを背負っている代わりに、卓越したセンスの塊だ」

ラウラ「あれが、一般程度の基本操作を完璧にできるようになったら、同一条件下で戦ったら我々も危ういかもしれんな」

鈴「そう、だからこそ模擬戦で圧勝しても勝った気がしないのよね……」

鈴「『普通に最弱だけど実際は最強』みたいな相反するようなレッテルみたいなのがあって接近戦で勝たないと格の違いってやつを示せない……」

ラウラ「そういった潜在能力の高さという意味では、競争相手としては非常に厄介な相手であることには間違いない」

箒「なんだ、べた褒めじゃないか、二人共」

鈴「…………そう聞こえる?」

鈴「結果が全てなはずなのに――――――、勝つのなんて余裕なのに――――――、PICもまともに使いこなせない初心者なのに――――――、」

鈴「――――――勝っても嬉しくないのよ。ただそれだけよ」

ラウラ「『試合に負けても勝負に勝つ』ことだけを目的としているから世俗的な勝ち負けなんかに見向きもしないところが厄介だと私は思っている」

ラウラ「あいつには『試合に負けて悔しい』というような感情が一切見えない」

ラウラ「私が勝つのは当然だが、私ですら実力以前に機体の性能差で勝ったみたいですっきりしないんだ」

箒「そうなのか? 私は割りと楽しんでいるんだがな」

鈴「そりゃそうでしょう? あんたの場合は実力もある程度 近くてあいつの弱点を突ける武器がなくて毎回が本気の勝負なんだろうから」

ラウラ「そういう意味では、――――――本当に楽しそうだな、訓練機に乗っている連中は」

ラウラ「“アヤカ”と箒というわかりやすい目標と訓練して、勝てずとも日に日にいろいろ改善点が見つかっているようだからな」

ラウラ「最近、私は『自分が強すぎてつまらない』という感情を覚えたぞ。これが更なる強さに必要な感情だと教官に教わった」

鈴「ちぇっ、それは私に対する嫌味? ま、いずれはあんたのことをあっと驚くやり方で叩きのめしてあげるけど」

ラウラ「フッ、貴様が2歩進んで強くなっている間に私は3歩進んでより強くなっているから諦めろ」

鈴「言ったわね! 今はあんたが勝ってるけど、最終的には私が勝つんだから!」

箒「何だかんだ言って、最初の頃の刺々しい印象は二人から薄れたものだな」フフッ

箒「さて、雪村に送り届けられたパッケージがどういうものなのか見てくるか」



――――――整備室


山田「そうです、ここに待機形態のISを置いてスイッチを押すと綺麗にセッティングされるんです」

雪村「なるほど」ピッ

――――――作業台に展開される『打金/龍驤』“黄金の13号機”

山田「待機形態にできない一般機の場合はリフターに乗せられた状態でこの整備スペースに搬送されます」

山田「基本的にISエンジニアを目指す人の場合はこの端末を操作してデータ入力とかするんですけど、」

山田「“アヤカ”くんはドライバー専門なので、後はすでに整備スロットに格納されたパッケージの入った箱の中身を確認して、」

山田「一緒に添付されてきた量子変換用のデータディスクを読み込んで画面の指示通りに進めればOKなんです」

雪村「なるほど、さすがは世界シェアNo.2の『打鉄』だ。驚くほど早くにインストールとやらが終わりそう」ピピッピピッ

山田「あ、残念ながら量子変換という作業はISにとって極めて大切な作業なので、しばらくはこのままですよ」

雪村「うん?」

山田「ISと一般に呼ばれているものは、ISコアと呼ばれるものを中心によって構成されているのはわかってますよね?」

雪村「はい」

山田「一般にフレーム――――――つまり、パワードスーツとしての骨組みや標準仕様を定着させる作業は「肉付け」とも呼ばれていて、」

山田「ISコアがそれを自分の身体だと認識する――――――つまりこれも「最適化」が行われるわけでして、」

山田「コアによっても装備の選り好みというのもあるわけでして、それによって量子変換が完了するまでの時間が変わるわけなんです」

雪村「そうなんだ」

山田「もちろん、コアと装備の間の相性や量子変換する装備の総量によっても「肉付け」にかかる時間は変わりますが、」

山田「『打鉄』は我が国が誇る世界No.2のシェアなだけあって、こういった量子変換にかかる手間がほとんどない点でも優秀なんです」

山田「また、柔軟なOSに拡張性のある基礎設計ですからパッケージも作りやすく、現在のところ専用パッケージの種類も世界一なんです」

雪村「そうですか。なら、今回の肉付け作業もパッケージが対象ですから、比較的短時間で終わるわけというですか」

山田「はい」ニコッ

山田「次いでに、ISエンジニアを目指す整備科の人にはここで出力調整の仕方や実際の設備の利用の仕方などを学んでもらってます」

山田「そして、3年生になるとドライバーとエンジニアでチームを組んでいろいろなレクリエーションに一緒に挑戦することになっています」

山田「“アヤカ”くんも、信頼できるエンジニアと組んで最高のチームで様々なことに挑戦していってくれると嬉しいです」

雪村「はい」ピピピッ


雪村「お、予測時間は――――――出ました」

雪村「さて、何して待っているもんなんですか、これ?」

山田「作業中に離れる場合はトップレベルのセキュリティロックが掛かるようになってます」

山田「その待機形態の擬態アクセサリーを入れた装置には鍵がついてますよね?」

山田「これを引き抜くと利用カードが一緒に発券されて、同時にこんなふうに一切の操作を受け付けなくするようにプロテクトが掛かるんです」

雪村「そして、作業を再開する場合はこの鍵を挿してカードを読み込ませると?」

山田「はい。ですから、整備をする時はなるべく落ち着ける時にやりましょうね」

山田「ただし、長時間の作業はいけません。適度な休憩は絶対です」

雪村「はい。わかりました」

山田「あと、精密作業中以外――――――たとえば量子変換待ちなどの場合は端末の中に映像資料などが入ってますので、」

山田「それを見ながら待っていてもいいですし、別な作業やDVDの持ち込みなんかもしててもいいですよ」

山田「ただし、騒がしくするのは厳禁ですのでヘッドホンは必ずしてください。ここにありますから」

山田「こんなところでしょうか?」

山田「以上が、この学園の整備室の簡単な説明でしたけど、大丈夫ですか?」

雪村「大丈夫です。次に利用する機会はほとんどないと思いますので」

山田「そうですか」

山田「あ、そうでした!」

山田「このフラッシュメモリーに“アヤカ”くんに宛てた今回のパッケージの取扱説明書のデータが入っているので必ず目を通しておいてくださいね」

山田「それじゃ、私はちょっと用事がありますので量子変換が終わる頃には戻ってきますね」

雪村「わかりました」


スタスタスタ・・・・・・



雪村「さて、早速だけど――――――」サッ(フラッシュメモリーに入っているパッケージの取扱説明書のデータを参照する)

雪村「………………」ジー

雪村「へえ、これはいいな。格闘用パッケージ『青龍』に、砲撃用パッケージ『赤龍』か」

雪村「これを造ってくれた人は相当 僕のことを研究しているようだね。『知覧』に足りてないものを一通り補ってくれている」

雪村「『打鉄』の太刀は汎用性が高くて扱いやすいけど、小回りや射程なんてものはないからね」

雪村「だから、接近戦での手数や遠距離戦に対応した武器があると助かる――――――」

雪村「けど、こんなもんもらったって別に嬉しくはないんだけどね……」


ウィーン! ガコン


簪「あ……」

雪村「…………なるほど」ブツブツ・・・

簪「………………ムッ」

簪「………………」コツコツコツ・・・(定位置の整備スペースを陣取る)

簪「………………」コトッ(そして、手慣れた様子で専用機の整備を始める)

簪「………………」ピピッピピッピピッ・・・

雪村「…………当然だけど燃費がこれだけ下がるのか。何もできないよりはマシってこと?」ブツブツ・・・

簪「………………」ピピッピピッピピッ・・・

雪村「…………なるほど。『青龍』は剛体化技術を応用した多節棍で、鞭としても使えるか。それを2つ」ブツブツ・・・

簪「………………」ピピッピピッピピッ・・・

雪村「…………次に『赤龍』は何の変哲もない高射砲か。『ブルー・ティアーズ』のあれよりデカイけどこれは普通に使える」ブツブツ・・・

簪「………………」ピピッピピッピピッ・・・

雪村「…………そう、連射式のほうが『アレ』の効果が及びやすいことを踏まえれば最良の選択と言わざるを得ない」ブツブツ・・・

簪「………………」ピピッピピッピピッ・・・

雪村「…………けど、展開と発射、取り回しの悪さからやっぱりISバトルには向かない代物か」ブツブツ・・・

簪「………………」ピピッピピッピピッ・・・

雪村「…………へえ、肩の盾をまるごと照準器に替えちゃうんだ。シールドバリアーが前提の大胆な設計だな」ブツブツ・・・





――――――1時間ぐらいが経って、


山田「お待たせしました、“アヤカ”くん」

雪村「あ、山田先生。パッケージの量子変換が終了しましたよ」

山田「あ、ちょうどですね。よかったです」

簪「………………」ピピッピピッピピッ・・・

雪村「先生、『青龍』の方はすぐに終わったんですけど、『赤龍』の容量が凄まじいんですけど……」

山田「ああ……、確か高射砲――――――」

簪「………………」ピピッピピッピピッ・・・

山田「それでは、不満な点はありませんか? 無ければ、一部機能を更新した形態で今度からは訓練に励んでもらいますからね」

雪村「わかりました」

山田「それでは、更識さんのお邪魔にならないように静かにこの場を後にしてくださいね」

雪村「はい」チラッ

簪「………………」ピピッピピッピピッ・・・

雪村「………………」ジー

山田「どうしました、“アヤカ”くん?」


雪村「何やってるんですかね、彼女」


山田「え」

簪「………………」ピタッ

山田「何ってそれは専用機の整備を――――――」

雪村「確か、この機体が『打鉄弐式』だったっけ? 競技用の試作機として明るめの色が使われていて印象がずいぶん違う」

山田「はい。更識さんのパーソナルカラーです。デュノアさんの『ラファール』のと同じです」

雪村「最終調整をしているわけなんですか、これは? ――――――たった一人で?」

山田「え? そ、それは…………」

雪村「あの、更識 簪さん」スッ

簪「…………何?」


雪村「友達になりませんか?」


山田「!」

簪「………………?!」


雪村「友達になりませんか?」

簪「……どういうつもり?」

雪村「何となくです」

簪「…………イヤ」

雪村「友達になりませんか?」

簪「…………『イヤ』ってさっき言ったよね?」

雪村「友達になってくれませんか?」

簪「…………ふざけてるの?」

雪村「何となくですけど、まじめです」

簪「………………」

山田「え、えと…………」オロオロ

簪「わかった。なってあげる。――――――不本意だけど」ハア

雪村「ありがとうございます」

簪「それで、友達になってあげたけれど何がしたいの?」ジトー

雪村「友達だからこそ言わせてもらいます」


――――――いつまでもそんなことをしているのは時間の無駄だと思います。


簪「…………!」

山田「!?」

雪村「ですので、ここは素直に――――――」

簪「――――――!」カッ

山田「あ」


バチィン!


雪村「……………」

山田「更識さん!?」

簪「あ」


簪「……ふ、ふん」

簪「私には、あなたを殴る権利がある」ググッ

雪村「……そうですか」ヒリヒリ

簪「どうして、私よりもあなたのほうがこんなにも優遇されるの?」

簪「今日だって私が必死に未完成の専用機を完成させようとしている傍らで、」

簪「特別誂えのパッケージをもらってのんきに量子変換が終わるのを待っていて…………」ブルブル

簪「学年別トーナメントの時だってそうだった」

簪「専用機が完成していないから他の専用機持ちに注目が集まるのはしかたないと思ってた」

簪「けど……!」

簪「それ以上に“呪いの13号機”をモノにして自分色の黄金色に染め上げたあなたが全てを掻っ攫っていったのだけは許せなかった」

雪村「………………」

簪「どうして!? 頑張って代表候補生にもなったのに、どうして私はいつもこんな目に遭うの?!」

簪「どうして私はここの生徒会長までやっている姉のように何をやってもうまくいかないの?!」

簪「前に進めたと思ったら、次から次へと――――――!」グスン

山田「更識さん……」

山田「お気持ちはわかりました。けれども、暴力は――――――」


雪村「山田先生は帰っていいですよ。これは『友達』の間で起きたただの喧嘩ですから」ニコニコー


山田「え!?」

簪「!?」

雪村「ただの喧嘩に日頃 多忙であらせられる山田先生がお手を煩わせる必要がございません」

雪村「僕のことはもういいですから、先生は先生のことをなさってください」

山田「え?! で、でも、私は先生として――――――」

雪村「大丈夫ですから。本当に」ニコー

山田「え、えと、その…………」

雪村「………………」ジー

山田「わ、わかりました。監視カメラもありますし、くれぐれも指導を受けないようにしてくださいね、二人共……」

山田「それでは、また明日……」

雪村「はい。ありがとうございました、山田先生」ニコー

簪「………………え」アゼーン


ウィーン! ガコン



雪村「それじゃ、喧嘩の続きでもしましょう」

簪「…………!」

簪「な、何なんの、あなたは…………」アセタラー

雪村「何って、――――――友達ですけど何か? 友達だから喧嘩なんですけど?」

簪「な、何を言っているのか、さっぱりわからないんだけど…………」

雪村「………………」

簪「…………な、何?」

雪村「見たところ フレームは完成しているようですけど、最終調整は終わってるのですか?」

簪「…………終わってない。終わってるのは本当にフレームだけ。スラスターや搭載火器の調整は全然」

雪村「変なの。ま、日本政府に何か考えがあってあえて放置しているんだろうけど」

簪「何それ、ふざけてるの?」

簪「私はあなたの踏み台なんかじゃない……!」ブルブル

雪村「あなたがどう思うかじゃなくて、周りがどう思うかだと思いますけどね」

雪村「ま、僕としてはあなたがどうなろうと知ったことではありませんし、政府に養われている身として文句を言うつもりはありません」

簪「…………っ!」

簪「さっきから何なの! 私を馬鹿にしたいだけなの!?」ググッ

雪村「違います、喧嘩です」

簪「――――――『喧嘩』?」

雪村「僕は『友達』として僕が思うところがあって言いたいことを言わせてもらいます」

雪村「そして、『友達』のあなたはそれに思いっきり噛み付けばいいんじゃないんでしょうか?」

雪村「これは『友達』の間で起こるしょうもない喧嘩ですから、別に討論がしたいわけでもなんでもないです」

雪村「互いに思っていることを好き放題言い合うだけのことです」

雪村「なので、僕は『友達として』好きに言わせてもらいます」


――――――素直に人を頼るべきだと思います。


簪「…………!」

雪村「それで、さっさと機体を完成させて訓練機の空きを1つ増やしてあげたほうがみんなも喜んでくれると思います」

簪「…………最低」


雪村「あなたにとって『最低』な結果ってどういう状況なんですか?」

簪「え」

雪村「僕に悪口を言われたことが『最低』なんですか?」

雪村「僕としては、専用機が完成しないままのほうが『最低』のような気がします」

雪村「ま、世の中には『ISが全てじゃない』と言い切る人も居ましたし、あなたもそういう口なんでしょうね。つまりは」

簪「………………帰って!」

雪村「…………」

簪「私をイジメてそんなに楽しいの……? そんなこと、そんなことわかってるよぉ…………」ポタポタ・・・

雪村「過ちて改めざる是を過ちと謂う」

簪「帰って! 帰ってよぉ!」ポタポタ・・・

雪村「あ、間違えた」


――――――過ちては改むるに憚ること勿れ。


雪村「それでは、言いたいことを言ったので帰ります。さようなら」


ウィーン! ガコン


簪「うぅ…………」グスン

簪「わかってる、わかってるの……、そんなの言われなくたって…………」ポタポタ・・・

簪「けど、どうしろっていうの……?」ポタポタ・・・

簪「う、うぅ…………」ポタポタ・・・




――――――


雪村「あ」

箒「………………」

雪村「パッケージの量子変換は終わりましたよ。明日からトライアルに入ります」

箒「…………少しは前進した。お前の言いたいこともわかる。お前なりの気遣いというものが感じられる」

箒「けれども、もっと自分を大切にしろ。人から恨まれないような言い方を研究しろ」

雪村「………………」

箒「それとも、お前はあえて憎まれ役を買って出ているのか?」

箒「そんなことしなくていいんだぞ、雪村!」


箒「お前、やっと自分から『友達』を作るようになったのに、最初の友達にあんな言い草はないだろう!」


箒「お前の言いたいことは本当によくわかる」

箒「けれども、言葉遣いだけで白が黒に、黒が白に変わるものなんだぞ。人間は感情の生き物だから」

箒「いくら正論でも、自己犠牲的――――――いや、自分を大切にすることすらできないモノの考え方から出た言葉じゃ誰も納得してくれないぞ」

雪村「………………」

箒「なあ、もういいだろう? 学年別トーナメントの時はどうしようもなかった。私自身も罠にハメられそうになってそりゃ恨んださ」

箒「けれども、千冬さんたちが頑張って組織の再編を行っているから、今度はそれに期待しよう」

箒「最近のお前は周囲の大人に対して凄く不信に満ちた眼をしているぞ」

箒「一方で それに反するかのように、お前はクラスメイトに対しては物凄く優しくなった」

箒「ここ最近の評判はトーナメントでの活躍もあってジワジワ良くなってきているし、それは良いことなんだ。私も嬉しいぞ」

雪村「………………」

箒「だから、もっと自分を大切にしてくれ。お前がまた無茶をしでかさないか私はハラハラさせられているのだからな?」

箒「私やみんなを想うのなら、頼む!」

雪村「…………わかりました。努力します」

箒「よし」ホッ


「………………………………フフッ」





――――――休日

――――――デパート街:スポーツ用品店


雪村「………………」

箒「ほら、こんなのはどうだ?」ワクワク

シャル「うんうん、こういうのなんか似合うんじゃない?」ドキドキ

雪村「………………」

相川「ほらほら、やっぱり男の子ならこういうスタイリッシュなものがいいよね?」

谷本「いやいや! ここはあえてT字のきわどいやつを――――――!」

本音「きぐるみもいいよ~、“アヤヤ”~」

雪村「…………ねえ?」


周囲「ねえ、もしかしてあの子って――――――」ジロジロ

周囲「ち、ちくしょう! あんなにたくさんの美少女を侍らせやがってぇ……」ジロジロ

周囲「リア充爆発しろ! おのれぇええええ!」ジロジロ

周囲「女の水着を選ぶ男は見たことあるが、男の水着のために大勢の女の子が選んでいるところなんて初めて見た…………」ジロジロ

周囲「女に選ばせるだなんて相当ダラシのないダメ男なんだろうな~。お~、かわいそうに…………」ジロジロ


箒「どうした、雪村? こっちのほうが良かったか?」

雪村「僕は別に荷物持ちで良かったんですけど」

箒「な、何を言うか!」

シャル「そ、そうだよ! “アヤカ”は学園指定の水着しか持ってないって言ってたじゃない!」

雪村「だから、ラウラ教官と同じように新しい水着を買う必要なんて――――――」

箒「買え! 学園指定の水着なんて没個性のものなんか捨ててしまえぇ!」クワッ!

シャル「そうそう! ただでさえ“アヤカ”は見てくれで損してるのにこういうところで気を配らなかったらますます負の引力に囚われたまま!」クワッ!

雪村「うぉ……?!」ビクッ

相川「そうだよ! せっかく“お母さん”が選んでくれるって言ってくれてるんだよ! 親の心を踏みにじっちゃかわいそうだよー!」

谷本「そうそう! ついでにボーデヴィッヒさんの水着も選ぶ作業が待ってるんだからね」

本音「“アヤヤ”もきぐるみ どう~?」


雪村「何だっていいですよ。水着なんて臨海学校でしか着ないだろうし」

箒「……お前!」カチン!

雪村「!?」ビクッ


箒「お前は何てことを言うのだ! 今年の夏休みはたくさんの思い出を作ると誓ったではないか~!」ゴゴゴゴゴ


相川「そうだよ! “アヤカ”くんには夏休みになったら絵日記を提出してもらうんだからね! もうすでにノートは準備してあるんだから!」

谷本「それで中身のない夏休みを送っていたら罰ゲームだよ! 学園祭の出し物で覚悟なさい!」

本音「“アヤヤ”はどうなっちゃうんだろ~」ニコニコー

雪村「何それ? そんな話、聞いたことがない――――――」ゾゾゾ・・・

シャル「言ったよね、みんな?」ニコニコー

箒「ああ。言ったな」

相川「うん。言った」

谷本「そうそう。言った言った」

本音「言い逃れはできないのだ~」

雪村「…………なんでこんなに話が盛り上がっているの?」

箒「さあ、男なら『正々堂々!』潔く選んでもらおうか?」

雪村「ええ…………」

雪村「んじゃ、一番安いやつで――――――」

シャル「“アヤカ”~?」ニコニコー

相川「確かに家計簿的には優しい選択だけれど、それとこれとは違うと思うけどな~、今 求められているのは」ニコニコー

雪村「…………どれも似たようなものにしか見えない」

谷本「嘘~!? だって、海パンの丈だってこんなに違うし、ワンピースのダイバースーツみたいなやつだってあるんだよ?」

雪村「水着で最高級なのはISスーツでしょう? ほら――――――」ピカーン!

周囲「!」

雪村「何がどう違うっていうのさ?」(ISスーツに早着替え!)

周囲「おお!」

箒「“アヤカ”、無断でISを使用するな。たとえ着替えただけだとしても装備の展開に含まれる行為だぞ、それは」

雪村「う~ん」ピカーン!


雪村「僕のことは後回しにしてラウラ教官のやつを選んだほうがいいんじゃないかな?」(私服に早着替え!)

箒「そういうわけにはいかん! お前はいつも自分のことを二の次にして損してばかりなんだから!」

シャル「でも確かに、いつまでもこうしているわけには――――――」チラッ

谷本「けどねぇ、学年別トーナメントのパートナー決めの時と同じようにはいかないもんねぇ。こればかりは本当に“彼”自身の感性の問題だし」

相川「本当だよね。あまりに控えめな性格だと逆に損するよ?」

本音「ならいっそ、“アヤヤ”が選ばなければいいんじゃないかな~?」

谷本「は」

相川「あんた、それはちょっと――――――」


雪村「なるほど、一理ありますね。わかりました、そうします」


箒「え?!」

シャル「わからない……、“アヤカ”の考えが全然わからない…………」

箒「ぐ、具体的にはどうするつもり――――――あ」

雪村「………………」トコトコトコ

周囲「?」


雪村「すみません、僕の水着を選んでくれませんか?」パシッ

男子A「え、俺?!」ビクッ(――――――年頃の男子高校生!)


周囲「!!!?」

小娘共「えええええ!?」


雪村「はい。お願いします」グイッ

男子A「いや、でも、ちょっと――――――痛い痛い! わかったわかったから!」ギリギリギリ・・・

男子A「お、お前たちも見てないで手伝ってくれー!」

男子B「わ、わかった!(あれ? もしかしてこれ、天下のIS学園の子とメルアド交換するチャンスじゃね?)」

男子C「よ、よし! センスのいいところを見せてやる!(うっひょー! 野郎はどうでもいいけどお近づきになる絶好のチャンスじゃん!)」

箒「え、えっと…………(何だろう? これが“思春期男子”というものの視線なのだろうか? 何か寒気を催す…………)」

雪村「こっちの篠ノ之さんが選んでくれたのはこういうので――――――」

男子A「なるほど、結構イイ感じじゃん? 値段もそう高くないしさ?(なんで俺がこんなことに!? でも、断ったら周囲の視線が痛いし!)」ハラハラ

男子B「う~ん、候補としては有力だと思うぞ(へえ、『篠ノ之さん』か。おっぱいでけー! 物凄い美人さんじゃん! メルアドメルアド!)」ドキドキ

男子C「でも、今年の流行はこういうのだし――――――(女性の水着のことはわからないけど、男用の知識なら自信があるからこれでアピール!)」ドキドキ

雪村「なるほどなー」

箒「ほ、ほう……」

シャル「…………へえ、“アヤカ”ってそういうことができるんだ」

相川「そっか。“アヤカ”くん、『男らしい水着』って感覚自体がわからなかったんだ……」

谷本「だから、年頃の男子高校生を捕まえて意見を聞いて参考にしようとしたんだ。初歩的だけどスゴイ発想よね……」

本音「“アヤヤ”は実は打算的~?」

相川「それはないない」

谷本「トーナメントの時と同じで、自分の中で基準がなかったから意見をもらっているだけで『打算的』とかそういうのじゃないと思うけど?」

シャル「でも“アヤカ”って、結構 人を見る目があるから無造作に選んだように見えて、絶対に断れない無難な相手を捕まえたのかもね」

相川「ああ…………」

谷本「確かにそれぐらい“アヤカ”くんならやっちゃえる気もするけど、別に悪いところなんてないし別にいいじゃない」

本音「“アヤヤ”はスゴ~イ! それが真実」

シャル「うん。そうだね」


雪村「わかりました。これにしておきます。ありがとうございました」ニコニコ


箒「ようやくか」

箒「けど、鷹月さんはどうしたんだろう? 遅いな」

鷹月「み、みんな~!」タッタッタッタッタ・・・

箒「あ、鷹月さん。もう雪村の水着は決まったぞ。遅れて来るとは聞いていたが、どうしたんだ?」

鷹月「そ、それが――――――!」ゼエゼエ

雪村「………………!」




――――――デパート街:賑わうメインストリート


一夏「さて、箒ちゃんのプレゼントはこれでいいかな~?」(ランニングシャツ+スポーツバイザー)

弾「一夏にしてはずいぶんと決断が早かったな」(私服)

一夏「まあな」

友矩「それは当然だよ。大学時代に一夏はバレンタインデーの贈り物を一日で全員返済したぐらいなんだから」(変装:ビジネスマン)

友矩「時間と労力と輸送面の問題から、近場のギフトショップで誰それに合いそうなものをパッと選び取って即渡しに行ったことがあるんだもん」

友矩「“世界で最も忙しいバレンタインデーの一日を送った人間”と言っていいね」

弾「かぁー、さすがは“童帝”だわな。次元が違い過ぎる」

一夏「よせよ。こんなくだらないことばかりが特技だなんて人に誇れるわけじゃないんだし、苦しいだけだぞ?」

弾「それでも、自信持って『あの子にふさわしいのはコレだ!』みたいなのをできたら最高だと思わねえか、おい」

弾「それに『くだらない』ってことはねえだろう?」

一夏「そうか? 大切なのは『プレゼントを渡す相手にまず渡せるか』どうかだろう?」

弾「え」

一夏「だって、『相手にプレゼントを渡す』よりも『プレゼントを渡す相手が今日も元気』なほうがずっと嬉しいだろう?」

弾「………………確かに」

友矩「見えているものが違い過ぎるよ、一夏。もうちょっと俗な考え方に戻って」

一夏「え、そんなにズレてた?」

友矩「はい。一夏の優しさはまさしく本物ですが、聖な考え方に偏っていて俗人に理解されるには経験や思慮が足りてませんよ」

友矩「ただでさえ一夏の場合は、“織斑千冬の弟”であるだけじゃなく“童帝”でもあるわけですから他人から悪く言われたことがあまりなく、」

友矩「そして、友人にも恵まれていたので、結果として一夏は世間で跋扈している卑俗な価値観というものを吸収していません」

友矩「だから、一夏は本当に心の底から人間の善性を信じているけれども、世間の人間からすれば甘言ばかり弄する夢想家にしか見えてません」

一夏「………………」

友矩「その証拠に、この歳になってようやく一夏の純粋さと善良さを理解できた人間がここに一人――――――」チラッ

弾「あ」

一夏「…………あ」

弾「……その、何だ? すまん」

一夏「いや、気にすることじゃないって! 俺は恵まれていた――――――箱入り息子だったってだけ…なんだろう?」

友矩「結果的にはそうなります」

友矩「何も悪いことはせず、悪事に触れることもなかった類稀なる純粋な心の持ち主が実社会に出て、俗世の垢に足を取られる――――――」

友矩「まあ、僕と知り合った頃に比べればだいぶ柔軟な発想や行き届いた配慮ができるようにはなりましたけれど、」

友矩「生まれてから20数年――――――、染み付いた善人根性は血となり肉となって容易くは俗世の欲には染まらなくて今 困っているんですがね」

弾「別に、それって悪いことじゃ――――――」

友矩「ええ。悪いことじゃありません、決して。むしろ、盛大に褒め称えられるべきものですよ」


友矩「けれど、良いことを良いことだと素直に褒め称えてくれる人は今の世の中にどれだけいるのでしょうね?」



弾「…………難しいな、世の中って。何か本当にごめん」

一夏「いや、友矩がそう言ってるだけで、俺は特にそういったことは考えてこなかったから。気にしてないぞ、弾」

弾「はは、人を疑うってことを全然してこなかったんだもんな、一夏のやつは!」ニコッ

友矩「ええ。痛い目に遭ってからでしか変われなかったのは当然のことですね!」ニッコリ

一夏「う、うるさい! 俺だって狙ってやっているわけじゃないんだぞ! ただ人として正しいことをだな――――――、そう!」


一夏「人の嫌がることはせず、人がやって欲しいと思ってることをしてあげて、人がやりたがらないことを率先してやってきただけなんだよ!」


弾「…………いや、それさ? 男の俺でも家に置いときたくなるような理想の人間像なんですけど」

友矩「はい。女であれば『こんな旦那様が欲しい』と思うぐらいに家事万能で、しかも一夏個人の人格が問題視されないところでは完璧超人ですから」

弾「同情するぜ、心の底から。どうして『天は二物を与えず』なのか…………」

友矩「おまけに、無駄に顔が整っていて 姉が“ブリュンヒルデ”と来てますから、ますますモテない理由がない!」

弾「何て言ったっけかな? 魔法の泣きぼくろで主君の妻との禁断の恋で身を滅ぼしたとか…そういう神話の騎士がいたよな?」

一夏「…………俺は一生 女難がつきまとうって言うのかよ、友矩ぃ!?」

友矩「おそらくは。別に、今に始まったことじゃないでしょう?」

友矩「それに、もう一夏は善人らしさを積み上げ過ぎちゃったからもう変えようがないね」


友矩「――――――きみは“童帝”になってしまったのだから」


一夏「うおおおおおおお!」ズーン

弾「うん、本当に同情する。むしろ、世の中の人間って『正義の味方』とか『英雄』ってやつに甘えすぎなんじゃないの?」

弾「もうちょっと、こうさ? 一夏と同じ視線に立とうと肩を並べて頑張った子とかいなかったわけ?」

友矩「いません。最初から最後まで居たのが僕ですから」

弾「………………そうか」

友矩「それで、さっきの問いかけだけどね?」


友矩「だって、そのほうが楽ですから」


弾「――――――『楽』?」

友矩「役割を押し付けていれば、自分はその役割――――――つまりは義務と責任を負わなくていいわけで。努力しなくてもいいと考える」

友矩「そして、自分は役割を対象に託して対象の存在価値を認知してあげているわけですから、そりゃあワガママで無責任にもなりますよ」

友矩「本質的に、自分では何もしようとしないくせに『上から目線で対象を思い通りの存在にしよう』という意識が働いてますから」

弾「……わかる、その一方的な期待感と無責任さ。まさしく最初の頃の俺だわ」


友矩「幸か不幸か、一夏の鈍感さはそうしたイヤらしい感情にも疎かったからこそ、ここまで善性を強固なものにできたわけであって、」

友矩「果たして、『鈍感じゃない一夏』が“唐変木の一夏”に勝るかどうかは僕には到底思えないのが現実です」

弾「一長一短ってわけなんだな…………そう思うと、欠点は多いけれど今の一夏で良いのだと思えてきたぞ」

友矩「十分すぎます。“である責任”だとか“としての責任”だなんて基本的人権の尊重の原則に反する謳い文句ですよ」

友矩「どんな性格の一夏にだろうと生き方を選ぶ権利はあるし、」

友矩「たとえ多数決の原則であろうとも他者の人権を侵害する権利はあらゆる個人・団体・国家にも存在しない」

友矩「もちろん、今の仕事だって一夏が自分の意志で選んだことなんだ。そこはきっちりと責任を果たしてもらうとしても――――――、だよ?」

弾「そうだな。一夏だって仮面を脱げば普通の人間なんだ。一夏にとっての日常があるはずなんだ」

弾「だからこそ、俺たちもしっかりと自分たち自身の置かれた状況を見つめないといけないんだな」


友矩「ええ。非常に複雑な状況ですから。場合によってはIS学園が――――――」


弾「あれ? 一夏のやつ、どこ行った……?」キョロキョロ

友矩「…………獲物を求めてまた彷徨いだしたか?」ヤレヤレ

弾「………… 一夏だもんな、その可能性が高いか」ヤレヤレ

友矩「とりあえず、すぐに連絡を入れておけば――――――」ピポパッ


ただいまお掛けになった電話番号は現在使用されていないか、電波が届かない――――――


友矩「…………また一人、どこかのうら若き女の子の純情が弄ばれたな」

弾「友矩が言うなら間違いないな」

友矩「馬鹿なこと言ってないで探しに行くよ!」

弾「おうよ!(ん? 今、時刻は――――――)」チラッ

弾「――――――って、大事な用があったんだ!」ガタッ

友矩「何です? 確か『ちょうどいいから――――――』何とか言って僕たちと買い物していたんだよね?」

弾「そうなんだよ! 実はな、妹の蘭が『“中3の夏は特別”だからなんか新しい水着を買いたい』って言ってきてよぉ!」

弾「だから、俺は蘭の荷物持ちをしてやらないといけないんだった、そうだった!」

弾「蘭のやつ、俺のクルマに何でも入るからってかなり買い込むつもりなんだろうなー」

友矩「時間は大丈夫なの?」

弾「えと、うわっ! もう10分前じゃないか! やべー!」アセアセ

弾「悪いが、友矩! 一夏の面倒は任せた! 俺はこれでさよならだ!」ダッ

友矩「お達者で」ニコッ

タッタッタッタッタ・・・

友矩「さて、あの唐変木はふらふらとどこへとほっつき歩いているのか…………」

友矩「さすがにストリートは人が多くて、これじゃすぐに人を見失うわけだね」

友矩「こういう時は下手に動かずに相手の方から帰ってくることを期待したほうがいいけれど、」

友矩「――――――嫌な予感がする」

友矩「こういう時 たいてい一夏が何かをやらかすから、僕が駆けつけておかないと被害が広がるばかりだ!」

友矩「本当に、一夏ってやつは……! まったく…………」フフッ




――――――その頃、一人の少女


雪村『友達になりませんか?』

雪村『友達だからこそ言わせてもらいます』

雪村『僕は『友達』として僕が思うところがあって言いたいことを言わせてもらいます』

雪村『あなたにとって『最低』な結果ってどういう状況なんですか?』

雪村『僕としては、専用機が完成しないままのほうが『最低』のような気がします』


――――――過ちては改むるに憚ること勿れ。


簪「………………」

簪「言ってることはもっともだけど……」

簪「どうして私ばかり…………」

簪「優しく言ってくれたって…………」

簪「でも、このまま臨海学校の行事にも参加できないのも癪だし…………」

簪「………………ハア」

――――――

「うう…………」グスングスン

「やつの居場所を言え!」

「絶対にイヤァ!」

「そうか! なぁらば――――――」グッ


「そこまでだ!」


「はっ」

「むっ! なにぃ?!」


「怖いことなんかないぞ。俺に任せろ!」


「わあ!」

「お、おのれぇ!」パンパン!

「はああああああああああああああああ!」ヒュウウウウウン!

「おのれえええええええええええ!」

チュドーン!

「大丈夫か」

「あ、うん」

「よかった……」

――――――

簪「いつか、私のところにも来てくれると思ってる」

簪「――――――私を見てくれる、助けてくれるヒーローが」





ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー


簪「新作のDVD 明日からだった……」ハア

簪「ま、今週はこれでも見よ……」

不良A「――――――ターゲット発見」ヒソヒソ

不良B「よっしゃ。それじゃ何とかしてポイントに誘いこむぞ」ヒソヒソ

――――――
不良C「ああ。なるべく早くに頼むぞ。いつまでも路駐しては居られないからな」

不良C「問題は、白昼堂々と人目の多い場所からターゲットを運び出すことだが、」

不良C「俺がやってた昔のバイト先のカラオケでちょろまかして複製しておいた鍵を使って、関係者用の通路を通って店の裏口を出る――――――」

不良C「そこに停めてあるのが俺のクルマだ」

不良C「お前たちは怪しまれないように俺のクルマにターゲットを運び入れた後は儀式でも行ってからやってこい」

不良C「――――――わかったな?」
――――――

不良B「わかってますって」ヒソヒソ

不良B「けど、“大将”が先にいただくなんてことはないよな? ないよな?!」ヒソヒソ

――――――
不良C「その辺は大丈夫だろう。“大将”は明らかに女を食うタマじゃねえ。そんなことには興味がねえもっとヤバイ タマの持ち主だ」

不良C「おそらくありゃあ、女の身内かなんかに恨みがあったふうだな」

不良C「直接 手を下さそうとせずに、こうやって俺たちに10万円ポンっとくれたんだ。並大抵のことじゃねえよ」

不良C「つまり、足を捕まれたくねえってことだ。――――――復讐のために」

不良C「今回のは、その復讐のために必要な何かなんだろうよ」

不良C「安心しろ。待ってやっからよ。“大将”もその辺のことはちゃんと考えてくれているようだし」
――――――

不良B「さすがだぜ!」ヒソヒソ

不良A「あ、ターゲットがレジに向かったぞ」ヒソヒソ

不良B「そんじゃ、うまいこと運び入れっから待ってろよ」ピッ


簪「――――――」


不良A「これが終われば、追加でまた10万――――――」ニタニタ

不良B「ふふふふ、カラオケが楽しみだぜ」グヘヘヘ


――――――――――――

―――――――――

――――――

―――



――――――某所にて


???「おい、お前ら」

不良A「あぁん?」

不良B「何だおめえは?」

不良C「見ねえ顔だな」


???「10万やるから、この写真の娘を拉致ってこい」ポンッ


不良共「?!」

???「その娘は駅前のレンタルビデオ店に明日、借りたDVDを返却しに来るから、人目の付かない場所に連れて来い」

不良A「うっひょー! ほ、ホントに10万円ポンっとくれるのかよ!?」

不良B「そ、それにす、すげえ美人じゃねえか! メガネ掛けて内向的な印象だけど、少し化けの皮が剥いでやれば――――――」ジュルリ

???「そいつには少し野暮用がある。それがすめばお前たちにくれてやる。好きにすればいい」

不良B「ま、マジかよ! 俺の好みど真ん中だし、これは楽しみだなぁ…………ぐへへへへ」

不良C「待てよ。『拉致ってこい』なんて簡単に言ってくれるが、無理難題じゃねえのかよ?」

不良C「そもそも『人目の付かない場所』ってったって、駅前のレンタルビデオ店なんてもろ人目のつく場所じゃねえかよ」

不良C「こんな娘一人どうにかするのはなんてことねえけど、連れ込む場所と経路がなくっちゃやりようがねえだろうがよ」

???「そこを何とかしろと言っている」


???「10万じゃ足りないのなら成功した後に追加で10万増やしてやる。やれ」チラッ(10万円の札束をまた取り出してチラつかせている)

不良A「マジかよ、大将! 絶対やってやるさ!」ニタニタ

不良B「そうだぜ? これはヤらなきゃ損だぜ」グヘヘヘ

不良C「………………わかったぜ、大将」

???/大将「そうか。やれよ?」

大将「ほれ、麻酔ハンカチや猿轡、それに手錠だ。鍵もあるはずだ。これで確実に連れて来い」

不良B「お、おおう!? 本格的な拘束プレイができるし、拉致も簡単になるぜ、こいつぁー!」グヘヘヘ

不良A「これなら女1人連れ込むのはホント簡単だぜ! それで20万かよ……!」ニタニタ

不良C「…………大将、やっぱり何か隠してないか?」

大将「質問はYesかNoかだ」


大将「お前たちはやるのか、やらないのか――――――」ジロッ


不良共「!?」ビクッ

不良A「や、やらせていただきます、大将!」ニタニタ

不良B「こいつがやらなくても、俺たちだけでもヤらせてもらいますぜ、大将!」グヘヘヘ

不良C「…………善人ぶるつまりなんて今更ねえよ。ヤれるもんならヤっとくぜ」

不良C「今の世の中 女尊男卑だなんだ言われていても、女は子宮でしか物事を考えられない馬鹿ばっかりなんだからよ?」ニヤリ

大将「そうだな。女なんてものは――――――世間なんてものはそんなもんだろう」

大将「(そう、――――――貴様らのような連中もまた然りだ)」

―――

――――――

―――――――――

――――――――――――



――――――人目の付かない某所


簪「う、うぅ…………」ガシャガシャ

簪「へっ!?」ガシャガシャ

簪「て、手錠……?」ゾクッ

簪「う、ううぅ…………!」ジタバタ

簪「う、動けない…………」ジタバタ

大将「お目覚めかな?」

簪「あ、あなたは――――――!」ビクッ


大将「俺からの用はただ1つだ」(ガスマスクで完全に顔を覆い隠し、ぶかぶかな軍服のレプリカで輪郭を曖昧にさせ、変成器による抑揚のない声)


簪「な、何……? こ、こんなことをして、ただですむと思ってるの…………?」アセタラー

大将「なぁに、いかに代表候補生の専用機持ちだからといって所詮は小娘だ」

大将「しかも、自分からなりたくてなったってわけでもない、およそIS学園の生徒とは思えないような怠惰な小娘だ」

簪「………………!」

大将「お前の言い訳なぞ聞きたくもない。世間様はそういう目で見てるってことだ」

簪「何なの、いったい……!」

大将「まあ、俺の用なんてのはただ1つだ」


――――――お前の専用機『打鉄弐式』の設計開発を行った今は亡き“某教授”の『遺産』の在り処を知らないか?


簪「え?」

大将「知らないのか? 知らないのなら身体に聞くまでだがな!」バッ

簪「――――――『打鉄弐式』!」ピカァーン!


更識 簪は誰もが羨む日本代表候補生である。彼女には467しかない存在しないうちの1機を与えられていた。

身の危険を感じ、簪は自らを守る史上最強の鎧に呼びかける!

その瞬間 眩い光を放ち、更識 簪という少女を縛り付けていたありとあらゆる鎖が引き千切られ、瞬間に解放されたのだが、

“大将”と呼ばれる謎の青年はそれを待っていたかのように、――――――あるものを取り出した。

それは――――――、



大将「それを待っていた!」スッ

簪「へっ!?」

ペタッ

簪「きゃああああああああああああああ!」バリバリバリ・・・

大将「さすがは『リムーバー』だぜ。高いカネを払って得ただけのことはある」

簪「う、うぅうううう…………」バタン

簪「ハッ」

簪「ど、どうして!?」

大将「お前の専用機はこいつに吸い取られたわけだ」

簪「そ、そんな…………」

簪「か、返してぇ…………!」

大将「ふん」フミッ!

簪「あっ」ビターン

大将「お前ごとき小娘なぞこうやって足先で背筋を抑えられただけで、この通り 身動き一つできなくなるわけだな」

大将「まあ、安心しろ。開発を見放されたような欠陥機になんか用はねえよ」

大将「それよりも、お前を専属に任命した“某教授”の『大いなる遺産』のデータが入っているかが重要だ」

大将「よっと(――――――エネルギーバイパス開放。隠されたデータを明らかにせよ!)」

大将「…………え?(未完成機とはいえ、中身スカスカじゃないか…………何と哀れな)」


謎の男:“大将”は『リムーバー』と呼ばれるものを即座に展開された『打鉄弐式』に取り付けたのである。

瞬間、脳髄を灼くような痛みが簪の身体を駆け巡り、史上最強の鎧をまとった身体が大地に伏してしまうのだった。

更に驚いたことに、身体を起こそうと手を大地につけた時に、更識 簪は初めてISが強制解除されていたことに気づいた。

しかも、強制解除されただけならばすぐに精神集中して機体を虚空より呼び戻せばいいのだが、彼女の鎧の待機形態である水晶の指輪がないのだ!

ISの待機形態は一見するとあらゆるものに擬態してファッションアイテムにもなっており、中には簡単に盗まれやすそうなものすらあるのだが、

実は盗まれやすそうで物理的に盗むことができない目に見えない力が密かに働いているのである。

待機形態のISはドライバーと密着する部分においてシールドエネルギーを局部展開して皮膚に癒着しており、

無理やり引き離そうとしてもシールドエネルギーの剛体化が適宜適用されて生半可な手段では奪い取ることは難しいのだ。

よって、ドライバーが分離することをISに命令しなければ、剛体化によってエネルギーが尽きるまで絶対にISは奪えないのである。

しかし、だからこそ 簪は震撼する他なかった。

絶対に奪えないはずのISがこうやって現に奪われてしまったのだから。

目の錯覚や何かの誤認だとしても、簪がいくら念じてもいつもの感覚や反応が返ってこないことでその事実は確定してしまったのであった…………



簪「あ、ああ…………」ポロポロ・・・

大将「………………ハア」

大将「ま、それが当然の反応か。世界に467しかないISの専用機持ちなのに――――――、」

大将「命よりも大切な機体をまんまと奪われてしまったのだからな」

大将「今のお前はただの小娘だ。ISが無ければ何もできないわけだからな」

大将「いや、お前は全てを“更識家”に与えられてきただけの空っぽな娘か?」

簪「!」ビクッ

簪「どうして、それを…………!?」

大将「ふふふふ、この際 はっきり言っておくとおもしろいかもな」

大将「聞きたいか?」

簪「え」

大将「聞きたいか? 聞きたくないのか? ――――――はっきりしろ!」ジロッ

簪「ひっ」

簪「う、ぅう…………」グスン

大将「沈黙は肯定ととるぞ? 言うぞ、言うぞ?」


――――――俺は“更識楯無”に人生をメチャクチャにされた人間なんだよ。


簪「お、お姉ちゃんに!?」

大将「…………本当に何も知らないのか」ボソッ

大将「そうだ。お前が今 苦しんでいるのも“更識楯無”ってやつのせいなんだよ」

大将「つくづく運が無かったな?」

大将「そもそも、俺としてはお前なんかどうでもよかったんだよ。恨みがあるのは“更識楯無”なんだからさ」


大将「けれども、“更識楯無”に復讐するにはどうしても『大いなる遺産』ってやつが必要だから、『それ』を探しているんだよ」

簪「…………『大いなる遺産』?」

大将「そう、お前の専用機を開発した世界有数の大天才である“某教授”が残したとされる次世代技術のアイデアの数々さ」

大将「俺は『それ』を探し求めている」

大将「だから、“某教授”の『遺産』の1つである『打鉄弐式』に何らかの設計図が隠されているんじゃないかと思い、」

大将「――――――お前は巻き込まれたわけだ」

大将「で、結果として、『打鉄弐式』に内蔵されていたデータは吸い上げた」

大将「俺の用事はそれで終わりだ。後はそれを丹念に調べあげる作業だけだな」

大将「専用機が返して欲しければ、返してやるよ」


大将「ほら。大っきくて綺麗な玉だろう? これがISコアってやつだ」


簪「…………ああ」

大将「こんな摩訶不思議な玉に人殺しの道具が山ほど入るんだから驚きだよな。いったいどこに格納されてんだろうな?」

大将「ま、そんなことは知らずとも使うことはできるんだし、どうでもいいことだな」

簪「………………」

大将「どうする? 返して欲しいか? 俺は別に『遺産』の手掛かりさえ手に入ればお前にもう用はねえんだ」

大将「お前なんか“更識楯無”と比べれば何の価値もないただの小娘なんだからな」


――――――“更識楯無”と比べれば何の価値もない


簪「!」

簪「うぅ…………」ポタポタ・・・

大将「言い返すことすらできないのか? そんなんで自国の最新鋭機の広告レディが務まるのかよ?」

大将「どうしてこんなのが専用機持ちになったのかねぇ? 今年は全体的に代表候補生が少ないって話だったけど」

大将「それもやっぱり、“更識家”のゴリ押しで決められた人事なのかな?」


大将「とっとと決めろよ! お前、それでも代表候補生なのかよ! 世の中はお前の母親じゃねえんだ! 自分のことは自分でやれよ!」



大将「お前は“更識家”の操り人形なのかよ! 人形ならこのまま這い蹲ってろ! 人間なら人間らしく自分で立ち上がってみせたらどうだ!」

簪「!」

簪「か、返してください……、お願いします…………!」ポタポタ・・・

大将「ほらよ。まったく手間のかかる……」

コロンコロン・・・・・・

簪「――――――『打鉄弐式』、待機形態」

簪「…………ホッ」(右手中指にクリスタルの指輪)

大将「あばよ、それでもう自分の身は自分で守れるな」ポイッ(床に10万円の札束が投げ捨てられる)

簪「え」

大将「そうだ、“更識楯無”に会ったら俺のことを伝えてくれ」


――――――俺の名は“襟立衣”だ。


簪「――――――え、『襟立衣』?」

大将「そうだ。鞍馬天狗の法衣が妖怪化したものだ。俺は『それ』だ」

大将「だから、俺は人間じゃない。――――――以上」

大将「じゃあな、元気でな。“更識楯無”に近々復讐しに参るのでよろしく。その時は見て見ぬ振りをしてもらえると助かる」

簪「…………!」


スタスタスタ・・・・・・


簪「………………ホッ」ゴシゴシ

簪「…………私は、代表候補生」

簪「……でも、私はどうすればいいの?」


――――――少女は一人部屋に取り残され、迷惑料としてなのか 投げ捨てられた10万円の札束を見て、何とも言えない気持ちに沈んでいた。


とりあえず、自分の貞操を汚されず、しかも命よりも大事な専用機は無事に取り返すことができた――――――いや、そうでもないのだが。

とにかく、更識 簪は一息つくことができた。ISさえ取り戻せば並み大抵のことでは崩せない難攻不落の身と化すのだから。

その前提は先ほど音を立ててスパークとなって打ち崩されたばかりなのだが、今の自分を守る絶対にして唯一の鎧なので無いより遥かにマシであった。

そうした専用機持ち特有の余裕というのか慢心というのか、更識 簪はすぐにこの場から逃げ出すことよりも物思いに耽ることになった。

何かあればISを展開して逃げ出す余裕があるのだ――――――さっきみたいな例外は確率的にもう会うこともないと無意識に言い聞かせて。



更識 簪はずっと考えた。自分がどうしてこんな目に遭ったのか――――――。

そうした張本人は自分の姉である“更識楯無”に対する復讐のために必要な――――――、

更識 簪も大変お世話になっていた“某教授”の『大いなる遺産』を求めて、『遺産』の1つである『打鉄弐式』の奪取を企てていたようだった。

しかし、“襟立衣”と名乗った謎の男は更識 簪を巻き込んだこと自体は不本意だったらしいことはどういうわけか伝わってくるのであった。

本当ならただただ自分を理不尽な目に遭わせただけの憎いだけの犯罪者にしか過ぎないのだが、

手段はともかく、物凄く不器用ながらもこうしてわざわざ問答無用にISを返すのではなく、将来性を案じて『自分の意思で取り戻させる』という、

明らかに『目的のためには手段を選ばない』『他人の意思を尊重しない』更識 簪がよく知るヒールやヴィランとは違った趣があったのだ。

自身も姉に対してのコンプレックスがあるせいなのか、“襟立衣”に同情したくなる、あるいは姉の欠点を見出したい気持ちがどこかしら存在しており、

迷惑料として床に投げ捨てた 少なくとも一般庶民の感性が残っている更識 簪にも大金と思えるたった10万円の札束には、

“襟立衣”の人間としての情が確かに込められているように被害者であるはずの少女にはなぜかそう思えた。

去り際に“襟立衣”は自身を『妖怪』と称し、『人間じゃない』と言い放ったのだが、

確かにガスマスクで顔を隠し、ブカブカの服で輪郭を覆い、声までも偽っていた“襟立衣”には『人間』としての素顔がもうないのかもしれない。

少なくとも、更識 簪という少女は“篠ノ之博士の妹”がどういう人生を歩まされていたのかもそれとなくは聞かされており、

そのことから“襟立衣”が世間を堂々と出歩くこともできなくなって社会的に抹殺されたことの悲哀と哀愁というものを感じ取っていた。

少なくとも、そういうキャラ設定の物悲しき宿命を背負った悪役の存在を彼女は特撮ヒーロー番組の中で見出しており、

今の気分はまさしくヒーロー物に出てくる 敵にも理解を示し涙する 心優しき囚われのヒロインのような感覚であった。

しかし、ちょっとばかり悦に浸っていた囚われのヒロインは次のことをすぐに思い出していた。


襟立衣『お前は“更識家”の操り人形なのかよ! 人形ならこのまま這い蹲ってろ! 人間なら人間らしく自分で立ち上がってみせたらどうだ!』


そう、明らかに“襟立衣”は少女のことを“更識家”の『操り人形』として蔑んでいたところがあった。

そして、少女は『そうするより他に道はない』とばかり思い込んでいたのだが、奪われて返された『打鉄弐式』のことで振り返ってみると、

今の自分はまさしく人形師を失って這い蹲っているだけの『人形』そのままではないかと思い至ったのである。

今は亡き“某教授”の『遺産』である『打鉄弐式』を開発してくれるように申し出てくれる人が出るのをずっと待っていたのが自分であり、

もちろん、代表候補生としての挟持から無理やり引き取って一人で出来る限りのことはしてはいたものの、

やはり自分はドライバー専門なので、荷電粒子砲などの精巧な武器の開発などできるはずもなかった。

元より“某教授”以外にできなかったものをただのISドライバーである自分に完成させることなどあり得ない話である。

しかし、ふと思った。


――――――『別に完璧じゃなくてもいいのではないか?』と。



フレーム自体は完成しているし、できていないのは荷電粒子砲や第3世代兵器のミサイルポッドぐらいである。スラスター調整もまだまだであるが。

しかし、普通に使う分には 今回やったように普通に展開して自衛にも使えるぐらいには完成はしていたのだ。

そう考えてみれば、ひとまずはISバトルにも耐えられるように高速格闘機として完成させることは何とかできそうな気がしてきた。

そう、これ以前に言われていたことがあった。


雪村『あなたにとって『最低』な結果ってどういう状況なんですか?』

雪村『僕としては、専用機が完成しないままのほうが『最低』のような気がします』


そう、唐突に『友達』になることを強要してきて、言いたい放題 言って自分を泣かせてくれた、いろんな意味で憎たらしい少年の言である。

少女はそれに対して『そんなことはわかっている』と忌々しく反駁してみせたのだが、

『最高』――――――『打鉄弐式』が“某教授”の設計通りに開発されるのが不可能となった時点で、

『最低』――――――『打鉄弐式』が完成できずに専用機持ちなのにずっと訓練機に乗るしかないという現実が迫る中で、

少女が選ぶべる より良き将来の実像というものが少しずつヴィジョンとして浮かんできていたのである。

そう思うと――――――、そう振り返ると――――――、そう気づくと――――――、


簪「………………そう、こんな感じでやればきっと!」ピピッピピッピピッ

簪「あ」ピタッ

簪「あ、ああ…………!」

簪「私は…………」グスン

簪『いつか、私のところにも来てくれると思ってる』

簪『――――――私を見てくれる、助けてくれるヒーローが』


実は、更識 簪が求めているヒーローの実像に非常に近いものがとても身近にいたではないか!

そう、“アヤカ”はやり方がぶっきらぼうだが 凄く素直に真摯に正確に現状を打開するための意見を出してくれていたし、

“襟立衣”は犯罪者なので論外と言いたいところなのだが、それでもちゃんと自分の経歴を知った上で気遣ってくれていた。

そもそも、自分は世界最強の鎧を常に持ち歩いて常人の数十倍の自衛力を持っているので助けられる側に入ることは普通ないのだ。

むしろ、自分こそが他人を助けるべき立場にあるヒーローに祭り上げられる存在なのだ。


――――――目が覚めたような気分だった。


自分はもう囚われのヒロインではなく、みんなから頼りにされるヒーローになっていたのだ。

それにずっと気付いていなかったのが自分であった。助けを求める側ではなく、求められる側に移っていたのだ。

そして、囚われのヒロインも悲しき宿命を背負った敵役に心から同情してどうにかして彼の者も救われるように働きかけるようになるのがテンプレである。


――――――なんだかやれそうな気がしてきた。


“襟立衣”や“アヤカ”という変人に実際に次々と泣かされたのだが、すでに少女の心には涙の跡はなかった。

同時に、“更識家”の『操り人形』としての日々も終わりを告げることになった。少女にとっては何かと重荷になっていただけに気分が楽になっていた。

実際に、更識 簪自身も“更識家”の実態というものを知らず、一般庶民と変わらぬ生活の中に旧家のしきたりがのしかかっていたので、

“襟立衣”という『妖怪』からの言葉は魔性の甘美な響きと共に、それ以外の道を知らなかった小さな少女の心を魅了していたのである。


――――――それが吉となるか凶となるかは まだ誰も知らない。




――――――どれくらい時が経ったのか?


コツコツコツ・・・・・・


簪「…………!」ビクッ

簪「お、お願い! ――――――『打鉄弐式』!」ピカァーン!

簪「…………あ、よかった」ホッ

簪「だ、誰…………?」ドクンドクン


「あ、よかった! もう怖いことなんかないぞ(――――――あれが『打鉄弐式』か)」


簪「え」

一夏「大丈夫か、簪ちゃん!」

簪「え、えと……(織斑先生にそっくり……?)」

一夏「俺は、織斑一夏だ。織斑千冬の弟だ……!」ゼエゼエ

簪「お、織斑一夏……(――――――『織斑先生の弟』、か)」ホッ(IS解除)

一夏「よかった! よかったよ!」ムギュウウ!

簪「あ」ドクン

一夏「怖いことはなかったか? 痛いことはなかったか?」ナデナデ

一夏「ハッ」

一夏「泣いた跡があるじゃないか! 何をされたんだ!?」

簪「………………うぅ」グスン

一夏「あ……、ごめん」

一夏「今はそれどころじゃないもんな――――――けど、もう大丈夫だ」ギュッ

簪「………………うぅ」グスングスン


箒「ぶ、無事かあああああ、簪ぃいいいいいい!」タッタッタッタッタ・・・


簪「あ……」

箒「はあはあ……、よ、良かった…………」ゼエゼエ

箒「何も、されて、ないな……?」ゼエゼエ

一夏「ああ。箒ちゃん。幸い、大事に至ってないようだ」

箒「そ、そうか……」ホッ


簪「確か、篠ノ之さん? どうして――――――?」

箒「鷹月さんが妙な男2人組にお前が麻酔ハンカチか何かで眠らされてカラオケ店に連れ込まれたのを見ていてくれたんだ」

箒「そしたら、一夏も見ていてくれて――――――!」

一夏「ああ。雑踏の中で男2人が女の子を連れていたのが見えてな。それに鷹月さんが尾行していたのも見えて」

一夏「俺は鷹月さんと一緒にカラオケに入ったんだけど、男2人は部屋に入ってなくて見失って――――――」

一夏「だから俺は、鷹月さんに専用機持ち同士の通信ネットワークで追跡するように言ったんだ……!」

箒「けど、まだ『打鉄弐式』のプレイベートチャネルは雪村とシャルロットのどちらも未登録で当てが外れたんだ……」

一夏「俺はカラオケに残って のこのこと部屋にやってきた暴漢2人を締めあげてたんだけど、匙加減を間違えて気絶させちまった……」

一夏「そこに、急に“アヤカ”から連絡が入って、ここだってわかったんだ」


一夏「“アヤカ”に礼を言っておけよ」ニコッ


簪「え? あ、“アヤカ”が……?」

一夏「そうだよ。“アヤカ”がここだって割り出してくれたんだ……」

一夏「“アヤカ”が特定してくれなかったら、簪ちゃんを泣かせた色情魔に今頃は――――――いや、言うまい」

一夏「ともかく、無事でよかったよ」

一夏「さあ、早くこんなところは出よう。警察にはもう連絡してある。怖いことなんてないぞ」

簪「う、うん……」ギュッ

一夏「本当に良かった…………」

箒「………………」

タッタッタッタッタ・・・

シャル「もう大丈夫?」

箒「ああ。こんなことに付き合わせてしまって悪かったな」

箒「ISは一人用なのに、私と一夏を担いで飛んでいくだなんて無茶を……」

箒「それに、ISの無断使用にも抵触させてしまった……」

シャル「ああ 大丈夫だよ、箒。人助けに役立ったんだから、そう悪くは言われないって」

箒「そうか。それならいいのだが…………」


シャル「でも、あの人――――――」


一夏「大丈夫か? ちゃんと歩けるか?」

簪「う、うん。大丈夫……」ドキドキ


箒「あ、ああ……、あれか。あれは――――――(しかたがないとはいえ、私の将来の伴侶が他の女の子とああやっているのは少し妬けるな……)」

シャル「――――――どこかで会ったことがあるような気がする」

箒「え」

シャル「あ、何でもない。何でもないよ」ニコッ

シャル「(――――――『織斑一夏』か。“織斑先生の弟”、か)」

シャル「(何だろう? あの人の笑顔や仕草を見ていると何か大切なことを忘れているような気がしてならない……)」

シャル「(何なんだろう、この気持ちって…………)」ドクンドクン


『何やってんだよ。ズブ濡れじゃないか。見てらんないよ』パシッ


シャル「(そう、あんなふうに一緒に連れ添ってもらったような…………)」

シャル「ハッ」

シャル「(――――――今のは?)」

箒「おい、大丈夫か?」

シャル「え」

シャル「あ、うん。念の為にこの辺り一帯をスキャンしていただけだから」

箒「……そうか」

箒「(そういえば、シャルロットの一夏を見る目はなんだか変だった気がするな…………)」イライラ

箒「(まさかとは思いたくないが、まさかとは思いたくないが――――――!)」

シャル「(とりあえず、…………撮っちゃった)」ドクンドクン




――――――その後、


簪「あ」

一夏「あ、終わったんだ、事情聴取」

簪「どうして、ここに?」

一夏「『どうして?』って……、あんなことがあったのに女の子を一人にしておくだなんてできないよ」

一夏「ほら、まだご家族の方やIS学園からの迎えも来てないようだし」

簪「あ…………」ポー

一夏「………………」

簪「………………」

一夏「そうだ! もう時間もこんなだし、お腹すいてないか?」

簪「え? う、うん……」

一夏「そうか。それじゃ、飯でも食べに行かないか?」

簪「え」

簪「えええええええええ!?」カア

一夏「どうしたんだ?」

簪「え、えと……、ど、どうして?」モジモジ

一夏「また『どうして?』って――――――、馬鹿だな~、お前~」


一夏「みんなで食べる食事は美味いだろう?」ニッコリ


一夏「迎えを呼んだってんなら、出前 頼もうぜ!」

一夏「えと、ピザとかパエリアでも何でもいいぜ! ほら、クーポンだってこんなにあるし!」

簪「わあ…………」ゴクリ

簪「あ」

簪「で、でも……!」

一夏「遠慮するなって。俺は“千冬姉の弟”だから千冬姉の教え子なら大切に扱わないといけないしさ」

一夏「あ、割り勘でいいなら別にいいぜ? 奢って欲しいんだったらそれでもいいし」

一夏「早く決めてくれ。俺、腹が減って減ってしかたないんだよ。ほら」グー

簪「じゃ、じゃあ、このピザで…………」オドオド

一夏「よし。こいつだな? ドリンクは何つける? サイドメニューは?」

簪「え、えと……、んんそれじゃ――――――」

一夏「よしよし――――――」




一夏「警察も気を利かせてくれて助かったぜ」モグモグ

簪「う、うん……」パクッ

一夏「やっぱ美味いな! たまに食う分には本当に美味いな、これ!」

簪「そ、そうだね……」パクッ

簪「あの……、一夏さん?」

一夏「ん?」


簪「今日は本当にありがとうございました」


簪「その……、何とお礼を言ったらいいのか、――――――情けないですよね、こんな代表候補生で」

一夏「何のことだ?」

簪「私、別に代表候補生になりたくてなったわけじゃないんです」

簪「家の方針で、姉も私もプロのIS乗りになるようにと育てられてきて…………」

一夏「そうだったのか。ずいぶん気合が入っているな――――――」

一夏「そう言えば、お前の姉って確か“更識楯無”って名前で、現ロシア代表だったような――――――」

簪「はい。凄い人です。私なんか足元に及ばないぐらい凄い人…………」

一夏「なあ、簪ちゃん?」

簪「何です?」


一夏「どうしてそんなに姉と比べたがるんだ?」(圧倒的女性経験を誇る“童帝”による抜群の人生相談!)


簪「え? だって、みんなそうだって――――――」

一夏「みんながそう言ってるだけだろう? 別にそんなの気にしなければいいじゃないか」

一夏「ああ……、何て言えばいいんだろう? ――――――そう、」


一夏「どうして自分で自分を下に見ちゃうんだ?」


簪「え」

一夏「だって、代表候補生になれたのはまぎれもなく簪ちゃんの努力と才能の結果なんだろう?」


一夏「俺は千冬姉っていう“世界最強の姉”を持ってはいれるけれども、千冬姉も最初から世界最強だってわけじゃなかったんだ」

一夏「確かに圧倒的な強さではあったさ。完全無欠の強さって言うぐらいに圧倒的だったさ」

一夏「けれどもね? 千冬姉ってああ見えて家事全般 全然できないんだよな」ハア

簪「え」

一夏「わかる? 千冬姉ったら俺がいなかったら世界最強の実力を発揮できずに初戦敗退しそうだったんだぜ、最初の『モンド・グロッソ』」ヤレヤレ

簪「ふぇ!?」

一夏「千冬姉は本当にダラシないからな。仕事の時はきっちり締めるんだけど、家じゃゆぅるゆる過ぎてゴミ屋敷にしてくれるくらいだ」

一夏「そんな人が世界最強で世界中の憧れで、世界唯一のISドライバー専門の教育機関;IS学園の名物教師なんだよ?」

一夏「簪ちゃんの姉がどういう人かは知らないけど、現役ロシア代表の彼女にだってできないことや人には言えないところがいくつもあるでしょう?」

簪「あ、……うん」ホッ

一夏「簪ちゃん? 簪ちゃんにはいいところがたくさんあるんだって! 悪いところを打ち消すぐらいあるんだよ」

一夏「そうでなかったら、実力だけじゃなく品格の高さも求められる代表候補生になれるわけがないもん」

一夏「それにな、ISドライバーで求められる3要素である、実力・品格・容貌の全てを取り揃えていることには違いないんだ」

一夏「だから、『簪ちゃんは可愛い!』――――――それが世間の答えだ」

簪「!?」ドキン!

簪「え、え、えと、あのその…………」ドキドキ

一夏「自信を持って! 不安になったことがあったらまた励ましてあげるから! な?」

一夏「俺、応援してるから! 見てるからな!」

一夏「簪ちゃんのブロマイドが出たら必ず買うし、雑誌にも載ったら教えてくれ!」


一夏「なんてったって、簪ちゃんは俺たちの国の代表候補生なんだから。頑張ってもらわないと」ニッコリ


簪「…………!」

簪「………………」

簪「うん。私は代表候補生だね。そう、私は確かに日本代表候補生――――――」

簪「ありがとう、一夏さん」ニコッ

一夏「よかった。笑顔が見られた……(全力で励ましてあげたけど、一応の結果が出たな。これでしばらくは大丈夫だろう)」ホッ

簪「ああ…………」ドクンドクン




一夏『あ、よかった! もう怖いことなんかないぞ』ホッ

一夏『今はそれどころじゃないもんな――――――けど、もう大丈夫だ』ギュッ

一夏『さあ、早くこんなところは出よう。警察にはもう連絡してある。怖いことなんてないぞ』


簪「(いつか、私のところにも来てくれると思っていた)」

簪「(そして――――――、私を見てくれる、助けてくれるヒーローがようやく来てくれたんだ)」

簪「(けど、私も代表候補生――――――私もみんなから希望を託されている一人なんだ)」

簪「(だから、ヒーローからもらったものを今度はみんなに伝えられるようにしないと!)」

簪「私、頑張ります……!」

簪「代表候補生として、日本の誇りとして、“ブリュンヒルデ”織斑先生に少しでも近づけるよう心を改めて頑張ります……!」

一夏「よく言ってくれた! 千冬姉もきっと喜ぶだろうよ」


一夏「さて、――――――あ、最後のシュリンプか」サクッ

簪「どうしました、一夏さん?」

一夏「はい、あーん」

簪「へ」

一夏「ほら、こういうのあんまり食べないんだろう? 俺ばっかり食べてた気がするからな」

簪「え、いや、あの、それって――――――(――――――これってか、間接キス!?)」オドオド

一夏「これも1つの挑戦だ! よく味わって食べてくれよ」ニコッ

一夏「ほら」グイッ

簪「あ……、あーん」ドキドキ

パクッ

簪「ああ…………」ポー

一夏「どうだ?」

簪「プリップリです…………美味しい」ドクンドクン

一夏「だろう? 俺もエビを捌くことはあるけど、やっぱりエビはこのプリップリッ感がいいんだよな!」

簪「……はい」ニッコリ

一夏「最初の1歩は怖いだろうけど、1歩踏み出したら後は流れに任せればなんとかなるって」

一夏「そこから後は、新しい世界へどんどん進んでいけるから」ニコッ

簪「……はい」ドクンドクン


それから担任の先生と1年の寮長である織斑先生が引き取りにやってきたのだが、それまでずっと少女は青年と言葉を交わし続けた。

後で伝えられたことなのだが、警察の人たちは空気を読んで二人の空間に割って入れないほどにアツアツな模様が繰り広げられていたらしい。

――――――少女はひどく赤面した。

しかし、少女のこれまでの憂いに満ちた表情は消え去っており、そこには躍動感と情熱がみなぎっていたという。

そして、青年の実の姉である織斑先生は嬉しいような呆れたような何とも言えない笑顔を少女に見せていたという。

――――――少女はまたしても赤面した。

だが、少女はすでに今日 自分の身に起きた恐ろしい出来事にはもう恐れを抱かなくなっていた。その場の勢いに呑まれて明るい光が身を包んでいた。

なぜなら今日の出来事で、自分のことを大事に思ってくれる温かな心の存在について実感し、更には自分が今 成すべきことが何なのかも悟ったからだ。

次いでに、怪我の功名というのか――――――ずっと憧れだったヒーローの存在を得ることができたのだから。

『あの人に自分が輝いている姿を見ていてもらいたい』――――――少女の小さな心は広い世界へと拡がり、駆け出していく。

『忘れられないこともあった。けれども今は、この躍動感と情熱に身を委ねていたい』――――――少女はやがて新たな大地に至るのであった。




――――――それから後日、

――――――アリーナ


ヒュウウウウウン!

雪村「あ」

箒「おお!」


簪「“アヤカ”、1つ手合わせしてくれない?」


雪村「いいよ」

箒「おお! ようやく完成したのか!」

簪「うん。とりあえずできる範囲まで完成させてもらった」

簪「そういう意味では不完全な状態だけれど、それでも十分に戦える性能にはなってると思う」

箒「そうか」

箒「雪村、油断するなよ」

雪村「いつだって勝負は真剣ですよ」ジャキ

箒「そうだったな」ニコッ

相川「黄金色の『打鉄』と第3世代仕様の『打鉄』が相打つ! これはどうなるかな!」

本音「カンちゃん、“アヤヤ”~、頑張れ~」

谷本「へえ、更識さんのISって『打鉄』の発展型なんだ。見慣れた色とは打って変わった水色だから何だか新鮮」

シャル「そうだね。カラーリング1つで受ける印象ってずいぶん変わるからね」

ラウラ「ようやくか。ようやく日本が誇る最新鋭機のお披露目か。ずいぶんゴタゴタとした内情があったのだろうな」

鈴「ま、ライバルがどれだけ増えようとも、その全てを叩きのめすまでだけどね!」


簪「全員 退避したね? カウント始めるよ?」

雪村「どうぞ」


――――――3、2、1、スタート!


簪「やああ!」ヒュウウウウウン!

雪村「…………!」ブン!

ガキーン!


――――――戦いは始まった。


これは公式戦でも何でもないが、『打鉄弐式』のデビュー戦となるとても大切な模擬戦となった。

一方で、対戦相手である“アヤカ”の専用機となった“黄金色の13号機”『打金/龍驤』がパッケージ装備した時の初めての模擬戦でもあった。

両機とも、学園訓練機として採用されている『打鉄』から独自に発展した日本が誇るISとなっていた。

しかし、両機は同じ『打鉄』から発展した機体であっても、その機体特性はまさしく正反対のものであった。



日本代表候補生:更識 簪の専用機『打鉄弐式』は、“第3世代仕様の『打鉄』”と評されるものであり、

IS技術の進歩や設計思想の変化から、扱いやすさは二の次で国産で量産を前提とした高速戦闘に耐えうる機体として設計されていた。

さすがは『打鉄弐式』とつくだけあって、先代『打鉄』のパッケージをそのまま使えるというユーザーフレンドリーな設計がなされていた。

つまり、今 “アヤカ”の機体である『打金/龍驤』が装備しているパッケージも特に難しい調整なしに使えるというわけである。

一応、名目上は高速戦闘もできることが前提であり、その代償に極度の軽量化による安定性と防御力の低下を招いていたが、

量産化の暁には、先代『打鉄』と同レベルの防御力と安定性を追求したパッケージも検討されているので、

拡張領域の搭載でパッケージの換装で幅広い用途に対応できることが売りの第2世代型ISの傑作機である『打鉄』の後継機の面目躍如となることだろう。

一方で、これまでなぜこれだけのメリットを備えた『打鉄弐式』が放置されてきたのかと言えば、政治的な理由の他に直接的な理由が存在した。


――――――『打鉄弐式』の設計開発を担当した“某教授”がすでに他界していたからなのである。


現在、第2世代から第3世代への過渡期に技術的に移り渡る時期なのだが、

第3世代機の定義であるイメージ・インターフェイスを利用した第3世代兵器の開発で各国が四苦八苦している状況を鑑みれば、

第3世代型ISを設計開発できる人間はそれだけで世界最高峰の頭脳を持った一握りの天才なのは想像に難くない。

なので、その第3世代型の生みの親が志半ばで斃れてしまえば、開発したくても技術的に続けられなくなるのは当然の話であろう。

“某教授”が組み込もうとしていたのは、ISでも実現が難しいとされる荷電粒子砲であり、それの実用化に漕ぎ着けようとしていた。

これが実現すればIS技術の飛躍的な発展が見込まれており、それだけに発表当時は世界を驚愕させた超高性能機なのである『打鉄弐式』は。

また、“某教授”が直々に『打鉄弐式』のパイロットを選考して選ばれたのが更識 簪なので、実際は凄まじく名誉ある専用機持ちなのである。

しかし、その“某教授”がこの世を去ったことにより、その目論見はたちまちに崩れてしまうのであった。

誰も“某教授”の設計開発を継ぐことができず、更には造り替えることも憚られたので誰も手を付けることがなかったのだ。

なにせ世界最高峰の頭脳を持つ“某教授”の『大いなる遺産』を改悪したという不名誉を嫌でも被るので誰もその後の開発を受け持とうとはしないのだ。

そこに、政治的な理由が入り込んで何の罪もなかった更識 簪は大いに振り回されることになったのである。



――――――“世界で唯一ISを扱える男性”こと朱華雪村“アヤカ”の登場であった。


“彼”の存在はそういった日本政府にとって不都合な諸事情を隠すには打ってつけであった。

事実、“彼”の存在はいろんな意味で鮮烈であり、その存在感は学園に派遣されてきた各国の代表候補生の注目を呑み食らうほどであった。

それ故に、政治的な理由を除いても日本政府としては『打鉄弐式』は無かったことにしようと画策していたようである。

しかし、『“某教授”の『遺産』である『打鉄弐式』の開発を独りでも続ける』と更識 簪が強く言うので下げ渡すことになる。

なぜなら、とりあえずは日本政府は正式に専属ドライバーに受領させたというポーズを創りたかったことが第一である。

また、“某教授”以外のIS技術者がどれだけ逆立ちしても開発不可能な機体をただの専用機持ちにできるはずもないと思われたからだ。

おそらく、世界各国の最新鋭機である第3世代型ISの生みの親たちに泣きついて、よしんば開発協力を取り付けたとしてもまず無理であろう。

それだけの技術力――――――何十年先をあまりにも先取りしすぎた天才設計に誰もが匙を投げるだろう。

なので、放っておいても時が経つに連れて『打鉄弐式』と更識 簪の存在は埋没していくだろうという腹積もりである。

次に、日本政府としても更識 簪は確かに実力・品格・容貌――――――その全てを一定水準を超えた逸材ではあるものの、

基本的に国家を代表するアイドルに向かない性格や趣味の持ち主であり、何よりもあの“更識家”の人間だったからだ。

“某教授”が見出さなければ、おそらくは代表候補生に選出されたかどうかも怪しいぐらいに“更識家”は疎まれていた。


――――――それはなぜか?


その答えは今は明かされないものの、更識 簪の姉である“更識楯無”が現役でロシア代表になれていることも関係しているようである。




雪村「……ちぃ!」グサッ

簪「やああ!」ブン!

雪村「くっ!」ガキーン!

簪「そう、そこっ!(――――――背後、もらった!)」ヒュウウウウウン!

雪村「――――――背後!(――――――ターンピック!)」キュイイイイイイイイイン! キュウウウウウウウウウン!

簪「はっ!?」ビクッ

雪村「はあ!」ブン!

簪「くっ……」ヒュウウウウウン!


雪村「………………」ゼエゼエ

簪「………………」ゼエゼエ

雪村「…………『甲龍』以上のすばしっこさ」ゼエゼエ

簪「…………まさかパッケージでローラーにターンピックを入れているだなんて」ゼエゼエ

雪村「さすがは代表候補生だな……」ゼエゼエ

簪「やっぱり、簡単には勝たせてはくれないか……」ゼエゼエ


――――――
観衆「おおおお!」

セシリア「みなさん、お揃いですこと」

箒「ああ セシリアか。ついに4組の代表候補生の専用機がお披露目だぞ」

セシリア「まあ! 新たなライバルの出現ですわね」

ラウラ「…………さすがは『打鉄弐式』だな。圧倒的な機動力と空戦能力だ」

ラウラ「それに、学年別トーナメントで見せた操縦センスで“アヤカ”をイヤというほどに追い詰めているな」

シャル「けど、“アヤカ”の方もパッケージで機体を強化してあるからただではやられないよね」

鈴「…………空戦用パワードスーツで地上滑空もできるのに、ローラーを使ってるだなんて何かマヌケよね」

谷本「まあねぇ。この時期になってもPICコントロールが不完全なのは本当にごくわずかだしね」

相川「で、でも! 『できないんじゃなくて、ここぞという時のために使わないだけ』なんでしょう?」

谷本「どうなんだろうね、そのへんは」

箒「………………」

箒「(雪村としては『PICカタパルト』で高所に飛び移る相手を狩るのが得意なんだけど、)」

箒「(今回のように接近戦主体で付かず離れずの低空飛行で迫る相手にはほとほと苦手なようだな…………)」

箒「(ローラーダッシュで機動力は以前の数倍確保されても、それでもISの通常の機動力には劣るしな……)」

箒「(しかも、『打鉄弐式』の武器は細身のなぎなたで、リーチと取り回しを活かしてチクチクと刺してくるのが地味に威力を発揮しつつある)」

箒「(雪村も他の子に比べれば圧倒的な速さで太刀を振ってはいるが、大きい分だけ軌道も読まれやすいし、隙も大きいからな……)」

箒「(そういう意味では、『打鉄弐式』という機体はなかなかに強い機体ではないか)」
――――――


さて、戦いは『打鉄弐式』が優勢で進んでいた。

様々な要因はあるものの、戦いにおいては何よりも機動力が重要視されるので、機動力が圧倒的に高い『打鉄弐式』が優勢になるのは当然であった。

まず、元々の機動力で『打金/龍驤』では第3世代仕様の高速戦闘対応の『打鉄弐式』に敵うはずがない。

そして、元々の搭乗者同士の間のPICコントロールの精度が段違いなので、接近戦における機体の機動力に圧倒的な差が出ていた。


というより、これが代表候補生と一般生徒との力量差というものである。


更に、重たい一撃よりも確実に当たる軽い一撃をチクチクと浴びせてくるのだから、鬱陶しいし、削られていく感覚に嫌気が差すだろう。


――――――今回の『打鉄弐式』に搭載されている武器はこのなぎなた『夢現』だけであった。


『打鉄弐式』の標準装備として搭載が予定されていた荷電粒子砲や第3世代兵器などの未完成の兵装は全てオミットしており、

ひとまず高速格闘機として『打鉄』の高速戦闘仕様としての性格を前面に出したわかりやすい機体に造り替えていた。

開発協力はもう取り付けているのでここから徐々に本来の『打鉄弐式』に近づける予定であった。 


――――――しかし、武器がなぎなた1つだと思って侮るなかれ。


軽い一撃とは言っても、『打鉄弐式』のなぎなた『夢現』は超振動ブレードであり、

『打鉄』の実体剣とは全く異なり、チェーンソーのようにブレード表面の微粒子の振動で斬り裂き、本体に触れれば大ダメージが狙える代物であった。

ただし、実際にはシールドバリアーにすぐに弾かれて本体に超振動ブレードが届くということはほとんどない。

届いてしまったら、痛いどころじゃ済まされない大惨事になりかねないのでISが丹念に全力で弾いてくれるのだ。

ISのシールドバリアーは人体に有害な物理エネルギーの接近を発散あるいは弾く性質があるので、

シールドバリアーの設定が過敏である程に超振動ブレードに反応しやすく、弾く性質が強くなっていくのだが、

この時 シールドバリアーは物理的に触れるぐらいに高濃度エネルギー層を形成しているのでエネルギー消耗が凄まじく、

半ば実体化したバリアーの層に超振動ブレードが押し付けられるほどに斥力が強くなる代わりにエネルギー消耗も激しいのだ。

実は、これが回避重視の高速戦闘をしている時により多くのダメージを蓄積させるのに非常に有効な武器となっており、

確かに高速戦闘では超振動ブレードを押し付けるほどの余裕はないし、そもそも斥力で弾かれてしまうのだが、

当てれば確実に実体武器を軽く当てた時よりもシールドバリアーが過敏に反応するので、

少ない物理エネルギーでシールドバリアーを削り取るには非常に有効な攻撃手段なのである。

シールドバリアーの斥力のことを考えても、格闘武器ならば質量が大きい武器を使うのであれば直接的なダメージは断然そちらが大きいものの、

高速化するISバトルにおいてはまず当てることすら難しいし、隙も大きいし、パワーアシストがあるとはいえ 労力も積み上げていけば辛いものがある。

一方で、超振動ブレードならば軽くでも当てさえすれば、労力以上のダメージを与えることが手軽に出来てしまえる。


要するに、大きな力で振るうなら実体ブレードが効率的で、小さな力で振るうなら超振動ブレードがダメージレースで有利となるわけである。


地味ながらも着実にダメージを重ね、コンセプト通りの機動力で自在に相手を翻弄する『打鉄弐式』の動きは実に見事なものである。

“アヤカ”の『打金/龍驤』がパッケージ換装で機動力を強化していなかったら“アヤカ”の力量を持ってしても惨敗は免れなかっただろう。

それだけに機動力の差はそのまま攻撃力や防御力の差に繋がっていたのであった。

“アヤカ”としても超振動ブレードというものがいかなるものかがわかっていなかったので、

超振動ブレードのなぎなた『夢現』を掴んで無力化しようと思ったところ、取ろうとしてもどういうわけか何度も自分のシールドに強く弾かれてしまい、

そうこうしているうちに、大した威力で突き出されてもいないのに異常にエネルギーの減りが早いことに警告音が鳴り響いてから気付かされるのであった。




雪村「…………なっ!?(いつにの間にこんな減っていた!? おかしいぞ、この減りは――――――!)」WARNING! WARNING!

簪「……さすがに初心者相手に超振動ブレードはやり過ぎだった(けど、これなら十分に戦えることはよくわかった!)」ブン!

雪村「くっ…………(これは完全に敗けたな。元々 1対1の勝負ではこの人には負けていたんだ。当然のことか…………)」ザシュ

簪「これで――――――、」ヒュウウウウウン! (――――――とどめとばかりに急上昇して、)

雪村「――――――むっ!(――――――垂直上昇! もらった!)」フワァアアアアアア!

簪「とどめ――――――えっ!?」ビクッ

雪村「でやああああああああああ!」ブン!(――――――いつの間にか『打金/龍驤』も『打鉄弐式』と同じ高さにまで急上昇!)

ガキーン!

簪「きゃああああああああ!」ヒューーーーーーーーーン!
雪村「これで――――――えっ!?(エネルギーが減ってる!? どうして――――――あ)」WARNING! WARNING!


ヒューーーーーーーーーン! ドッゴーーーーーーーン!


簪「う、うぅ…………」

雪村「…………そうか、そういう武器だったのか(あのブレードに太刀を当てるだけでもシールドエネルギーを奪われるのか…………)」EMPTY

雪村「これは迂闊だった……(半エネルギー武器とかいう類の武器であったか、あのなぎなたは…………)」(戦闘続行不能)


――――――勝者、更識 簪 !


――――――
本音「おおー、カンちゃんが勝ったー!」

観衆「おおおおおおおおお!」ザワザワ・・・

セシリア「見ましたか、今の……」ブルブル

鈴「見たわよ……」

鈴「結局、代表候補生との実力差が明らかになったいつもどおりの負けだったけど、相変わらず油断ならないわよね、あいつ……」

セシリア「いったいどうやったらあれほどの速さで急上昇が可能となるのでしょうか…………」

谷本「まったくもって謎の動きだったよね、今の…………あれがトーナメントの時にセシリアにやったやつなんだろうけど」

相川「やっぱり“アヤカ”くんは天才なのかも……」

セシリア「『天才』……、そうかもしれませんね(実際に対峙したら対応不可能のまさに必殺の一撃ですわ! いつ発動するかわからない……)」

箒「くっ、久々に雪村の必殺技『昇龍斬破』が決まったと思ったのにどういうことなんだ? なんでやってる最中に敗けたんだ……?」

ラウラ「おそらく、『打鉄弐式』の斧のような槍のブレードにエネルギーが充填されていたのだろう」

ラウラ「格闘用エネルギー兵器の特徴は、接触した瞬間だけエネルギー放出がされ、瞬時に高いダメージ効率がなされることだからな」

ラウラ「だからこそ、『シュヴァルツェア・レーゲン』のプラズマブレードも安全に取り扱えるわけだ」

ラウラ「“アヤカ”は最後の最後にあのブレードを軽く当てられて、それでエネルギー切れになったのであろう」

ラウラ「しかし、さすがは“アヤカ”だな。ただでは転ばなかったな(そう、場合によってはそこから勝ちを拾えたかもしれないぐらいに……)」

シャル「うん。――――――『一矢報いた』って感じだね」

箒「あ、ああ……!(凄いものだな、やっぱり代表候補生というのは…………私の無力さを今更ながら感じてしまった)」
――――――


雪村「立てますか?」スッ(IS解除)

簪「あ、ありがとう…………」ガシッ(IS解除)

簪「試合には勝ったのに、最後の最後に観客の注目を浴びるのは結局は“アヤカ”なんだ……」ヨロヨロ・・・

雪村「生まれついての呪いです」

簪「……そうなんだ」

雪村「………………」

簪「………………はは」

雪村「?」

簪「相変わらず“アヤカ”っておもしろいよね」クスッ

簪「勝っても負けても平然な顔をしているのに、試合している間だけは真剣な表情をいつも絶やさない…‥……何だか楽しい」

雪村「そうなんですか?」

簪「私にはそう見えたよ」

雪村「……そうかもしれませんね」フフッ

簪「うん。きっとそうだよ」

簪「また、手合わせしてくれるかな?」

雪村「――――――『友達』ですから、いつでもどうぞ」

簪「あ」

簪「…………ホッ」

簪「ありがとう、“アヤカ”」ニコッ


――――――友情の握手!


ワアアアアアアアアア! パチパチパチ・・・




――――――某所


友矩「今回の『更識 簪誘拐事件』でいろいろ謎が出てきたね」

一夏「ああ」

一夏「まず、――――――Q1.『どうやって“アヤカ”が監禁されていた場所をピタリと探り出せたのか』だな」

一夏「あれは完全に天性の直感のようなものだったと思っている」

友矩「方角と距離をほぼ完璧に言い当てていたんだから、明らかに何かを察知する能力が『知覧』にはあったんだと思う」

一夏「けど、そんな能力はどこにも載ってなかったじゃないか」

一夏「単一仕様能力でさえもシークレットファクターとしてちゃんと詳しいデータが表示されるんだぜ?」

友矩「あるいは、ISのハイパーセンサーによって脳開発が進んで本人の能力として未来予知ができるようになったとか?」

一夏「…………あり得ない話じゃないかもな、それも」

友矩「IS〈インフィニット・ストラトス〉の摩訶不思議な能力の解明のための第3世代だけど、そういったところの解明はいつ進むのか…………」


一夏「次に、――――――Q2.『“襟立衣”という謎の人物』のことだ」

友矩「被害者の証言からわかっていることは――――――、」


――――――ISに精通した男性であること、

――――――非常に用心深く用意周到で果断即決な人物、

――――――アラスカ条約で禁止されている『リムーバー』を何らかのルートで獲得してきた裏社会の住人、

――――――“更識楯無”に復讐するために“某教授”の『大いなる遺産』とやらを探し求めていること、


友矩「こんなところかな?」

一夏「それと、10万ポンっと渡すぐらいの気前の良さがあるみたいだな」

友矩「しかし どうも、誘拐を目撃している鷹月さんからの証言だと、カネを渡して他の人にも目撃証言をあげさせていたようだね」

一夏「何だそりゃ? 使い捨てる気満々じゃねえか」

友矩「ええ。手段は選ばなくても人は選んでいるようで、そこからあくまでも『人間』としての仁義は守り通す無頼の徒のように思えますね」

一夏「それじゃ、“更識楯無”に本当に何かされたから“襟立衣”は犯行に及んだのか?」

友矩「まあ、どこまで本当かはわからないけどね」

友矩「ただ、展開中のISを奪える『リムーバー』を所持していたことから、確実に裏組織との繋がりがあることは確かで、」

友矩「そして、『“更識楯無”に報復する』ことを宣言していることから、IS学園に何らかの形で接触してくるのは間違いない」

友矩「少なくとも、危険人物として“ブレードランナー”の討伐対象に入るのは時間の問題だね」

一夏「…………不気味なやつだな、“襟立衣”」

友矩「自身を『妖怪』と騙るか――――――まさかな?」

一夏「…………友矩?」

友矩「確証は持てませんが、“襟立衣”がどうして“某教授”の『大いなる遺産』を狙っているのかを考えてた」


友矩「そもそも『大いなる遺産』って何のことかわかる?」

一夏「いや。そんなの初めて聞いたよ」

一夏「確かに昨年“某教授”が死んだっていうニュースで日本中が大騒ぎになったさ」

一夏「でも、『遺産』なんてものが話題に上がったことなんてないぞ?」


友矩「――――――日本政府は“某教授”の死後、自衛隊の特殊部隊を動員して“某教授”周辺の施設や生家を取り押さえた」


一夏「え」

友矩「日本政府が躍起になって“某教授”の遺稿の洗い出しをして、果ては墓荒しまでしたという噂だよ」カタカタカタッ

友矩「おそらく情報統制されてその真偽は明らかにはならなかったけれど、この掲示板のようにその当時の噂がちゃんと残ってる」カチカチッ

友矩「“某教授”はISの生みの親:篠ノ之博士に匹敵するとも言われた人物であり、」

友矩「IS設計技師になる以前から様々な発明を手がけていた稀代の天才だった…………」

友矩「その“某教授”が不可解な死を遂げたことから様々な憶測が行き交ったわけだね」

友矩「その中の死因の1つとして――――――、」


――――――“更識家”の人間を『打鉄弐式』の専属パイロットに選出したから。


友矩「――――――なんてものがある」

一度「どういうことだ、それ……」ゾクッ

一夏「どうしてそこで“更識家”が出てくるんだ? そもそも“更識家”って何だ?」

友矩「“更識家”ねぇ……」

一夏「何か知ってるのか?」

友矩「“更識家”の人間とはあまり関わるべきではないね」

友矩「はっきり言っておくと――――――、」


友矩「“ブレードランナー”の同業者:『暗部に対する暗部』――――――それが“更識家”」



友矩「簡単に説明すれば、諜報機関:インテリジェンスに対する防諜機関:カウンターインテリジェンスを代々生業としてきた家系だよ」

一夏「そっか。カウンターインテリジェンスなのか」

一夏「つまり、忍者の家系ってことなのか?」

友矩「さあ? けれども、その一門がIS業界に影響力を持ち始めた――――――」

友矩「更識家の当主は代々“更識楯無”の名を襲名しており、今の更識家当主は17代目でIS学園現生徒会長だね。ロシア代表操縦者で有名だ」

一夏「え」

友矩「疑問があるなら言ってご覧」

一夏「カウンターインテリジェンスの人間がそんな堂々と生徒会長をして、ロシア代表になっていていいんですかね?」

一夏「それに、カウンターインテリジェンスなのに思いっきり“更識楯無”を名乗ってていいんですか?」

友矩「わかりません」

友矩「ただ、あの若さで17代目にさせられた業を思うとね……」

一夏「た、確かに。17代も続く由緒正しき家系の人間にしてはずいぶんと若すぎる人選って気がするな」

一夏「ロシア代表になれたところを見てもそれだけでもとてつもなく優秀なのはわかるけれど……」

友矩「いえ、一応は僕たちと同年代の16代目がいたのですがね……」

一夏「何だ? “アヤカ”や箒ちゃんと同世代の娘に譲らないといけないような何かがあったっていうのか?」

友矩「はっきり言えば、16代目“更識楯無”が原因で“更識家”が没落したって話――――――」

一夏「ど、どういうことだ、それ……」

友矩「具体的なことはわからない。あっちも曲がりなりにも秘密警備隊“ブレードランナー”と同じく謎に包まれた機関だからね」

友矩「ただ、今回の日本代表候補生:更識 簪に対する日本政府の対応を見ると“更識家”への報復の意味も込められている気がするんだ」

一夏「…………何の罪もないじゃないか、簪ちゃんには」

友矩「そうかい? 結局、更識 簪が代表候補生になれたのも少なくとも家の力があってこそだと思うけどね」

友矩「特に、彼女自身が代表候補生になりたくてなったのかはわからないけれど――――――、」

友矩「僕は実は『更識 簪のほうが本当の当主』のような気がするんだけれども、そのへんはどう思った?」

一夏「内向的なか弱い普通の女の子だと思いました」

一夏「でも、あれで日本代表候補生だから見かけによらないと思うのが普通だよな?」

友矩「そう。日本代表候補生に選ばれるだけの実力・品格・容貌があるわけだからどこまでが本当なのかはわからない」

友矩「――――――“更識家”の人間だけにね」

一夏「…………そう考えると、確かに姉と比べられるのも当然かもしれないな」

一夏「レッテルを貼られてばかりの人生なんて俺は嫌だぜ……」


一夏「ともかく、“襟立衣”が生徒会長を狙っていることをIS学園の用心棒になった千鶴さんにも知らせておかないと!」

友矩「もう知らせた」

友矩「問題は、『リムーバー』のような闇兵器を擁するような輩に対してどこまで協力体制を整えられるかだよ」

友矩「もっとも、IS学園が世界一のセキュリティを持っていたとしても簡単に破られるんだけどね」

友矩「この世の中、秩序を破ろうとする力のほうがとてつもなく強大なようだから」

一夏「けど、悪が栄えた試しはないんだろう?」

友矩「恒久的な平和が人類の歴史になかったように、1つの時代の中心となった組織や主義主張が永遠無窮ではなかっただけのことだよ」

友矩「そもそも“悪”とは何だい?」

友矩「僕たちに周りにいるのは“悪”ではなく、“敵”なんじゃないのか?」

一夏「…………!」

友矩「悪は確かに滅びるかもしれない。それを悪と決めつけた正義の軍勢にたまたま負けるだけのことだから」

友矩「けれども、どんな組織や団体でも複数の人間がいれば大小様々な対立は必ず起きる」

友矩「敵は自分たちの外にも内にも無限に湧いて出るんだ」

友矩「現に、クラス対抗戦では『黒い無人機』という外部からの敵が堂々とやってきたことだし、」

友矩「一方で 学年別トーナメントでは、すでに静かな侵略が敵によって進められていたことが明らかになった」

友矩「『敵=悪』ならば、外だけじゃなく内にも敵を作る人間はやはり本質的に誰でも悪である素質を持ってることにならないかい?」

一夏「………………」

友矩「IS学園という組織はもう再編不可能なぐらいに互いの信頼関係がグチャグチャだよ……!」

友矩「近い将来、必ずIS学園は崩壊する――――――内憂外患で組織が組織として機能しなくなるだろうからね」

一夏「…………なら、“ブレードランナー”の俺は何をすればいいんだ?」

一夏「たった一人、“人を活かす剣”が使えるからって俺にはこれから何ができるって言うんだ?」

友矩「………………」

一夏「教えてくれ、友矩。お前は俺の“ブレイン”なんだ! お前が答えをくれなかったら俺は何もできない…………」

友矩「――――――待つしかない」

友矩「わからないことだらけなんだから、僕たちにできることは『わかるようになるまで待つ』しかない」

友矩「たとえ手遅れであろうとも、僕たちがやってきたこれまでのこと全てがその場その場のベストを尽くすことだった」

友矩「なら、先が見通せない今の状況でもできることをやっていくしかない――――――僕はそう思う」

一夏「…………そうだな」

一夏「結局、俺はただの剣客――――――政治家や軍隊の司令官ってわけじゃないんだ」

一夏「大局的な判断を下す人は別にいて、俺たちはそれに従うだけだった」

一夏「けれども、それに従うかどうか、どう取り組むのかだけは常に俺たちの判断で行ってきたことだったな……」

友矩「はい。今は日本政府やIS学園に対して不信感が拭えないけど、成り行きを見守るしかない……」

一夏「ああ……」


――――――どうか、どれだけ苦しくても今日より素晴らしい未来がやってきますように。



――――――IS学園


簪「はい。ちょっとしたお礼」

雪村「…………カップケーキ」

簪「“アヤカ”が私をいろんな意味で助けてくれたから、そのお礼」

雪村「そうですか」フフッ


――――――『友達』っていいね。


簪「うん!」ニコッ

簪「同じ『打鉄』乗りとしてこれから一緒に頑張ろう!」

簪「私の『打鉄弐式』もこれからどんどん強くなっていくから!」

雪村「はい。パッケージの共有ができますからいろいろと試行錯誤ができて楽しくなりそうですね」

簪「うん!」



箒「………………」

シャル「どうしたの、箒?」

箒「あ、いや、何でもない……」


雪村「――――――」

簪「――――――」


シャル「あ、“アヤカ”と簪――――――」

箒「………………」

シャル「………………」

シャル「もしかして、――――――嫉妬?」

箒「そういうわけじゃない! 私には許婚がいるんだからな!」

シャル「けど、……寂しいんだ」

箒「え」

シャル「だって、“アヤカ”と箒って“母と子の関係”だし、“アヤカ”にとっても箒にとっても『初めての友達』ってわけなんでしょ?」

箒「…………ああ」

箒「雪村が自分から『友達にならないか』って簪に言った時、私は嬉しいような悲しいような気持ちになった」

シャル「………………」

箒「…………なんでだろう?」

箒「雪村が自分から『友達』を作るようになったのに、どうして素直に喜べなかったんだろう?」

箒「それに、どうして私は簪が誘拐された時に無理についていこうと思ったのだろう?」

シャル「………………箒?」

箒「私は何を期待してシャルロットの『ラファール』の背にしがみついてまで駆けつけたのだろう……」

箒「許婚の一夏とは結果としてたまたま一緒になれたから嬉しかったけれど、私は一夏と一緒になれるなんて知らなかったんだ……」

箒「…………私は何を期待していたのだろう?」

シャル「…………ねえ、箒?」

箒「…………シャルロット?」


シャル「たぶん、それが『子が独り立ちしていく』ってことなんじゃないかな?」


箒「え」

シャル「僕も子供だからね、母親の気持ちってわかんないけど、少なくとも嫉妬じゃないっていうのなら、きっとそれは――――――、」


――――――『“アヤカ”はもう大丈夫』だってことなんだろうね。



箒「あ」

箒「…………そうなのか」

箒「私はもうあいつにかまってやる必要はないのか……」

シャル「…………たぶん」

シャル「けど、これからは違うんじゃないかな?」

箒「どういうことだ?」

シャル「本当の意味で『友達』になるべき時期に来たんじゃないのかな?」

箒「え」

シャル「だって、“アヤカ”と箒の関係は“母と子の関係”って喩えられるような――――――、」

シャル「箒が“アヤカ”を支えて、“アヤカ”は箒の支えを必要とした関係だったでしょう?」

シャル「けど、もう“アヤカ”を箒が常に支えてあげる必要はなくなったんだと思う」

シャル「これからは互いに支えあう真に対等な関係を目指していけばいいんじゃないかなーって僕は思うんだ」

シャル「僕もその……、“シャルル・デュノア”だった頃は本当に“アヤカ”に頼りっぱなしだったんだし」

箒「ああ…………」

シャル「僕はそう思うな。“シャルル・デュノア”にとって“アヤカ”はIS学園での毎日の営みの中で1つの柱になっていたことだし」

箒「……あ、そうか」

箒「私も朱華雪村という風変わりな少年と一緒にIS学園で高校デビューをしようと思って…………」

箒「……そうか。ちょっとばかり早かったが次の関係に移っていかないといけないのか」

箒「(けれど、おそらく『次の関係』では、私はもう雪村たち専用機持ちとの接点を失っていくものなんだろうな……)」

箒「(雪村がどうして更識 簪を『友達』に選んだのかはわからない)」

箒「(ただわかることは、同じ『打鉄』から発展した機体同士の共通性から簪が私の立ち位置に取って代わるということだ)」

箒「(今年は専用機持ちが特別多いことから、キャノンボール・ファストとかの特別行事も専用機限定の種目が用意されるらしい)」

箒「(そうなれば、もう私は用済みだ。雪村とは疎遠になっていくことだろうな)」

箒「(私はただの一般生徒だ。IS適性も高いわけでもないし、代表候補生と比べるべくもない凡才だ)」

箒「(一方で、雪村はセンスの塊だ。独特の個性や周囲が仰天するような発想がある。それどころか代表候補生に匹敵する接近戦の鬼だ)」

箒「(確かに雪村と私とでは親しいものはあるが、それは『友達』になるきっかけにすぎない)」

箒「(私はこれからも雪村から『友達』だと――――――必要だと思ってもらえるほどのものはきっとない……)」

箒「(結局、私はまた取り残されてしまうのだろうな………………私は“私”として誰かに求められてきたわけじゃないんだ)」

箒「(『“私”だから』できたことなんて本当にあったのだろうか………‥)」


シャル「ねえ、箒? 頼みがあるんだけどいいかな?」

箒「何だ、『頼み』って? 私にできることなら出来る限り――――――」

シャル「織斑一夏――――――」

箒「!」


シャル「この前 お世話になった“織斑先生の弟”さんのところに行きたい」


シャル「い、いいよね?」オドオド

箒「そ、それまたどうして……?(――――――まさか!? 『まさか』なのか?!)」アセタラー


ラウラ「ほう、シャルロットもあの男に用があるのか」


シャル「…………!」

箒「ら、ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

ラウラ「私も“織斑教官の弟”というものがいかなる存在なのかを知っておきたい。この前の『誘拐事件』では活躍だったそうだが……」

ラウラ「便乗してもかまわないな?」

シャル「あ、うん。いいよ」

箒「あ、ああ。私も別に構わないが、あいつは職業不詳で神出鬼没だから日取りを決めるのも難しいぞ」

ラウラ「なら、織斑教官に訊くのが一番だろう。――――――曲がりなりにも肉親なのだから」プイッ

箒「ラウラ……?(シャルロットはまだわからないが、ラウラはまだ安全か? 気をつけておかないとな……)」

ラウラ「ともかく、連れて行ってくれ」

箒「……わかった。雪村もいたほうがいいか?」

シャル「うん。僕としても同性の知り合いを連れてきたほうが向こうとしてもやりやすいと思うな」

ラウラ「……そうだな。ぜひそうしてくれ」

箒「?」

箒「それじゃ、千冬さんに訊いてそれでダメだったら諦めてくれ。いいな?」

シャル「うん」

ラウラ「致し方あるまい」

シャル「(良かった。これでずっと気になっていたあの人が僕にとって何なのかがわかるかもしれない……)」

ラウラ「(認めたくないことだが、これで織斑一夏の正体が“2年前に現れたISを扱える男性”かどうかがわかる……!)」

箒「(一夏……、私はお前の許婚だよな? 私のことを裏切ったりはしないよな、一夏よ……)」



第9話B 二人の接点
―――――― 3 years ago and NOW

――――――XXXX駅すぐ近く:一夏の高級マンション


一夏「今日の予定は何だったっけ?」

友矩「特に何もないかな」

友矩「あ、特売タイムセールが同時刻に2つあるんだったね」

一夏「『特売』――――――あ、そうだ! だから『二手に分かれて買いに行く』って話だったな!」

一夏「確か俺はこっちのやつに行けばよかったんだったな?」パラパラ・・・

友矩「うん。今日を逃すといろいろと不都合だから絶対に買い逃がさないでね」

一夏「わかってるって!」

友矩「それじゃ早く行こう。タイムセールだからきっと多くの人が今か今かと待ち構えているかも」

一夏「ああ。遅れるわけにはいかないな」

友矩「あ」

一夏「?」

友矩「一夏、――――――何だか嫌な予感がする」

一夏「何だよ、また?」

友矩「僕の直感はほとんど当たることがわかってきた」

友矩「忠告しておくよ」


――――――今日、一夏はまた女絡みで苦労するよ。



――――――1時間ぐらい経って

――――――マンション:フロント


一夏「今日も手強かったぜ。さすがは家計と戦い続ける歴戦のおばちゃんたちだったぜ……」ゼエゼエ

一夏「けど、友矩の予言は外れたぜ。俺は勝ったぞ。いつまでも昔の俺だと思うな――――――」

一夏「ん!?」ビクッ


箒「どこへ行っていたんだ、一夏!」

ラウラ「なるほど、この男が“織斑教官の弟”で“篠ノ之 箒の嫁”というわけか……」

雪村「教官、“嫁”じゃなくて“婿”です」

シャル「………………」


一夏「ななななななんでみんな来てるのぉ!?」

一夏「(どういうことだ、これ!? マズイよ、友矩はまだ帰ってきてないよ! 俺一人で相手にできるはずがない……!)」

一夏「(“アヤカ”はまだいいんだ、“アヤカ”は!)」

一夏「(――――――他がヤバイ! 他が!)」

一夏「(箒ちゃんは俺と結婚の話がどうとかで非常にメンドクサイ! “童帝”だと言われ続けてる俺が言うんだからそうに違いない)」

一夏「(そして、新しくやってきたお客さん二人がとにかくヤバイ!)」



ラウラ「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。貴様が織斑教官の弟ならば知っていよう」ジー


一夏「あ、ああ……、織斑一夏だ。よろしく……」ニコー

一夏「(どうしよう、何か探ってるような目つきだぞ、これ……)」

一夏「(俺がラウラちゃんと面と向かって接触したのは確か2回だ)」

一夏「(ラウラちゃんをIS学園に送り迎えした時と、シャルロットちゃんを送った帰りに助けてもらった時だ……)」

一夏「(まさか変装がバレた――――――うん、可能性は大きいな。“アヤカ”にバレたんだ。その可能性は大きい!)」


シャル「あ、あの……、シャルロット・デュノアです。こ、こんにちは……」


一夏「あ、ああ……、何かいろいろと大変だったみたいだねぇ……」

一夏「(そして一番の爆弾は、俺が一度このマンションに連れて来たことがあるシャルロットちゃん!)」

一夏「(『ニュートラライザー』であの時の悲しい記憶の一切は消した――――――というよりは記憶の奥底に封印したわけだけど、)」

一夏「(もしかして、『更識 簪誘拐事件』で会った時に何か思い出したのか!?)」

一夏「(もしや 俺の身体から“童帝”特有のフェロモンが散布されていてそれで思い出したとかか!?)」


一夏「(…………友矩ぃ、またお前の予感が的中したな!)」

一夏「(ああもう! なんで俺はこんなに女難に見舞われないといけないんだぁー!)」

一夏「(不幸だぁ……)」

ラウラ「………………」

ラウラ「(何だこの、嘘ともホントとも判然としない表情は…………)」

シャル「………………」

シャル「(やっぱりこの人から何かを感じる…………)」




―――――― 一夏の高級マンション


ラウラ「ほう、よくわからんが 日当たりが良くてこの開放感――――――いい部屋だということはわかる」

雪村「素敵なお部屋ですね」

一夏「あ、ああ……、友矩が見つけてくれたんだ……」

箒「そうそう、いい部屋なんだぞ」ウンウン

シャル「もう箒ったら嬉しそうな顔しちゃって~、夫婦の営みを頭の中でもう描いているのかな~?」ニコニコー

箒「ひ、冷やかすな~!」カア

一夏「だ、だから! 『結婚するにしても社会人になってからだ』って言ったよね、お兄さん!?」

箒「う、うるさい! お前はいつになったら私と交わした約束を思い出してくれるのだー!」

一夏「そ、そんなこと言われても…………」

一夏「ハッ」

ラウラ「………………」ジー

一夏「な、何かな?」

一夏「あ、そうだ! せっかく来たんだからもてなさないとな……」

雪村「て、手伝いますよ、一夏さん……」ハラハラ

一夏「あ、そうかい、“アヤカ"? じゃあ頼もうかな――――――」

箒「わ、私もだ、い、一夏……」ドキドキ

一夏「い、いや! 先着順! 先着1名で十分だから、な?」

一夏「それよりもだ! ――――――そんなことはないと思うけど、家探しなんてしないよね?」アハハ・・・

シャル「え? べ、別に僕たちはそんなことするつもりは――――――、ねえラウラ?」

ラウラ「………………」

シャル「…………ラウラ?」

箒「……わかった。何やらラウラが気難しそうにしているから私たちで何とかしてやろう」

ラウラ「…………!」

シャル「う、うん。どうしたの、ラウラ? そんなおっかない顔をして――――――」

ラウラ「…………どっちなんだ? 確証が得られない」

シャル「え」

ラウラ「いや、何でもない…………すまなかった」




雪村「…………いつもこんな感じなんですか?」ヒソヒソ

一夏「え、何だって、“アヤカ”?」ガサゴソ (買ってきた品物の整理と冷蔵庫からいつものアレを取り出し、食器棚からグラスをおぼんに用意する)

雪村「女性関係で本当に苦労なさってるんですね」ヒソヒソ

一夏「……そうなんだよ」ハア(グラスに氷を容れ、ストローを1本ずつ挿していく)

雪村「さっきの『家探しなんてしないよね?』ってどっちの意味だったんです?」ヒソヒソ

一夏「え?」ピタッ

雪村「――――――『僕たちの秘密を探られないように釘を差した』のか、」ヒソヒソ

雪村「――――――それとも本当に『ボーデヴィッヒ教官の緊張を解こうと思って言ったジョーク』だったのか」ヒソヒソ

一夏「えと…………」ガサゴソ(最後に買い物袋を畳んで整理整頓をてきぱきと終える)

雪村「あ、どっちもですね」ヒソヒソ

一夏「あ、わかる?」コトッ

雪村「1つの言葉の裏にいくらでも思惑を重ねることはできますから」ヒソヒソ

雪村「重ねたトランプと同じです。上から見ると1枚のカードのようにしか見えないけれども――――――」ヒソヒソ

一夏「よし。じゃあ、これを向こうに運んでってくれ(――――――相変わらず鋭い子だ。いや、俺との『相互意識干渉』の賜物か?)」

雪村「はい」

スタスタ・・・

一夏「………………」

一夏「仮想世界の構築をする以前と比べれば本当に明るい子になったよ……」

一夏「けれども、最初のように人を信じるということをまた諦めつつある。今度はごく狭い交友関係の中だけで生きようとしているな……」

一夏「しかたがないとはいえ、せっかく心を開いてくれたんだから、もっと多くの人と信愛を結べるようになっていって欲しいな……」



一夏「おまたせ」

箒「遅いぞ、一夏」

一夏「だったら、『来るなら来る』って連絡してくれよ」

一夏「そうすれば、特売タイムセールにみんなを連れて行ってもっと品物を買えたんだから」

箒「し、しかたがないだろう! そもそも私はお前がマンションに居るのか実家に居るのか、出張しているのかなんてわからないんだから」

箒「千冬さんに訊いたら『たまたま今日はマンションに帰っている』と教えてもらったから、急いでやってきたんだから」

一夏「ああ そう……」チラッ

ラウラ「………………」ジー

雪村「………………」ハラハラ

箒「しかし、一夏? お前は客人に対して買い物を手伝わせる気だったのか?」

一夏「だってそりゃ、2人ぐらいだったらもてなす備えはしてあるけど、まさかの倍の4人も来るだなんて思わなかったぞ」

一夏「だから、昼飯なんてのも冷蔵庫の中身を掻き集めて5人・6人分まかなえるか心配だ」

箒「あ、なるほど。それは確かに悪いことをした…………反省する」

ラウラ「………………この言葉足らずな物言いは本当にそっくりだ。だがしかし、そうなるとだな――――――」ブツブツ

シャル「さっきから本当に大丈夫、ラウラ?」

ラウラ「私は至って平常だとも」

シャル「そう……」


シャル「あ、それじゃいただきます――――――」ゴクッ

シャル「!」ピタッ

シャル「………………」

箒「ん? どうしたのだ、シャルロット?」

一夏「…………あれ?(確かこれってアールグレイだった気がするな。あの日も確か寝る前にアールグレイ――――――)」アセタラー

シャル「あ、何でもないよ、何でも……」ニコッ

シャル「………………」

箒「いや、そうは言われても急にそんな食い入る様に見たら誰だって気になるだろうが」

一夏「えと、何か不満なことでもあったかな……?」アセタラー

シャル「う、ううん! とっても美味しいよ、この……、――――――アールグレイ?」

箒「ああ。本当に美味いアールグレイだが、何かあったのか?」

シャル「えと、何て言うんだろう? ――――――とても懐かしいような感じがして」

一夏「え」アセタラー

シャル「この爽やかな柑橘の香りとか、風味とか、感覚とか何やら全て――――――」

ラウラ「………………」ジー

一夏「…………!(うわっ、ラウラちゃん? いつまで疑惑の目をこっちに向けてるの!?)」アセタラー


雪村「べ、別にアールグレイなら僕のところでよく飲んでたじゃない……」ハラハラ


シャル「あ、確かに…………久々に飲んだから妙に感動してるのかな?」

ラウラ「…………?」スッ、ゴクッ

ラウラ「あ、これは確かに美味いな……」

一夏「…………ホッ(――――――“アヤカ”、Good Job !)」

雪村「…………ホッ(ちょっと一夏さん! シャルロットに何をしたかは知りませんけど、表情に出てますよ! ――――――『何かした』って!)」

箒「確かに。私もアールグレイはしばらくぶりに飲んだ気がするな」ゴクッ

箒「ふぅ、いい味だな」カランカラン


雪村「さて、それじゃ僕もいただきます――――――」ゴクッ

雪村「!?」ピクッ

雪村「あ…………」

一夏「うん? 今度は“アヤカ”か!? どうした、俺の作ったアールグレイが不味いのか!?」アセアセ

箒「え? そんなことはないと思うが、どうしたのだ?」

雪村「………………」

シャル「ど、どうしたの? また何か閃いたことでもあったの?」

シャル「(そういえば、“アヤカ”の機体が“黄金の13号機”になったのも今日のように箒が一夏さんの家に遊びに行っていた時だったっけ……)」

ラウラ「“アヤカ”、どうしたというのだ?」

雪村「………………」


――――――どこかでこの味を覚えている。


一同「!」

雪村「どこだろう? これって一夏さんの手作りですよね? 市販品のやつをそのまま入れたってわけじゃないですよね?」

一夏「あ、ああ! それは確か3年前の――――――っ!」アセタラー

ラウラ「…………?(――――――『3年前』だと?)」

一夏「(ダメだ、言っちゃいけない! 俺がアールグレイを飲むきっかけになったのは他でもない『あの日』だ――――――!)」

箒「そ、そうだったのか? 雪村がいつも飲んでいるあれとの違いがあまり感じられないのだが……」

雪村「ずいぶん違いますよ。まず、僕のは使ってる水が水道水で。こっちのはミネラルウォーターなんでしょう?」

一夏「ああ。その通りだとも……」

シャル「本格的なアールグレイを作り方を誰かから教わったってわけなんですか?」

一夏「うぅん……(どこまで言っていいのかな? とりあえず『本場イギリス人のメイドに教わった』ぐらいは言っていいか?)」


一夏「ああ。ある縁でイギリス人のメイドさんにごちそうになってとても気に入ったから無理を言って製法を教えてもらったんだよ」

一夏「それがこのアールグレイで、日本であの味を再現するのに材料を揃えるのが大変だったぜ」

箒「え、『イギリス人のメイド』から?」

シャル「そうなんだ」

一夏「大学生の頃の話さ。これでも俺は交友関係は広くて、その中のフレーバーティーに通じてる知り合いの力を借りて何とか再現したってわけさ」

ラウラ「…………確か、『あの事件』の乗客にイギリス人がいたような気がするな」ボソッ

雪村「――――――『イギリス人のメイド』」


――――――はい、どうぞ。お二人の分ですよ。


雪村「あれ、何だろう? 頭の中で何かそんなような人の面影が朧気ながら見えたような気がする……」

雪村「(それに、もっと大切な何かを僕は忘れている――――――?)」

箒「本当か、雪村!?」

雪村「でも、はっきりとは思い出せないし、そもそもその人の名前も知らない」

ラウラ「では、イギリスの名門貴族様に『3年前』に日本人の少年にアールグレイを振る舞った覚えのあるメイドを探すように言ってみたらどうだ?」

一夏「?!」ゾクッ

箒「お、おお! ま、まさかこんなところで雪村の記憶に関する手掛かりが得られるとは思わなかったぞ」

シャル「そうだね!」

一夏「…………いや、そんなはずがない」ブツブツ

一夏「(“アヤカ”があの船に乗っていた!? もしかしたら会っていた!? 馬鹿な、そんなはずが……)」

一夏「(だったら、その後に整形手術でもして顔が変わったとでもいうのか?!)」

一夏「(――――――そう考えると、確かに重要人物保護プログラムでそうなった可能性はある! ゼロとは言い切れない!)」

一夏「(すると、あのブラックホールを超えた先に『あの日』の光景が封印されてる可能性があるってことなのか?)」

一夏「(けど、何だって『3年前のあの日』の出来事がここまで尾を引いてるっていうんだ!)」

一夏「(確かに『あの日』は俺にとっても忘れられないような、忘れてはいけない日だったけれども…………)」


雪村「…………わからない。ただの偶然や思い込みかもしれないけど、」

雪村「一夏さんの本場イギリス仕込みのこれを飲んだ瞬間に、僕が飲むアールグレイの起源のようなものが垣間見た気がする……」

シャル「でも、それは意外な真実かもしれないよ?」

シャル「『記憶と臭いっていうのは関連が深い』っていう学説を聞いたことあるから」

箒「そうだな。効率的な勉強方法に『臭いで印象づける』っていうのがあった覚えがあるぞ」

ラウラ「なるほどな…………この柑橘の香りと風味が記憶喪失になる以前の“アヤカ”の手掛かりとなるわけか」

一夏「何か凄いことになってきたな……」


友矩「――――――プルースト効果だね、それは」


一同「!」

一夏「あ、友矩ぃ」ホッ

シャル「あ…………」


『…………雨の日になると、捨て犬を――――――がちょーん!』


シャル「へ」

友矩「がちょーん!」アヘェ

箒「は」

ラウラ「?!」ビクッ

雪村「………………」


一同「………………」



友矩「あれぇ?」

一夏「何やってんだよ、友矩? 出合い頭にギャグをかまして完全に滑ってるじゃないか……!」ヘラヘラ

友矩「残念! カッコよく入ってきた最初の印象を吹き飛ばすような破壊力ある落差をお見せしたかったんだけどね……」ヘラヘラ

シャル「あ、ははは…………(――――――あれ? 僕、何 考えてたんだっけ?)」

シャル「(『…………雨の日になると、捨て犬を――――――』を何だっけ? 『――――――がちょーん!』なわけない!)」

シャル「(そもそも 何のセリフだっけ、これ? まあいいや)」

一夏「すまないな、友矩。突然の来客で買い物量を増やしちゃって」

友矩「別にいいんだよ、そんなこと(――――――決まった! シャルロット・デュノアに対する人力『ニュートラライザー』は成功だ)」ニコッ

友矩「それに、きみと僕の仲じゃないか。こんなこと、大学のルームメイト時代と何も変わってないじゃない」

一夏「それはそうだけどな。そっちのやつは俺が入れとくよ」

友矩「うん。頼むよ」

一夏「ああ」


ワキアイアイ、テキパキ、サッサッサッサッサ


一同「………………」

友矩「あ、ごめんね。話の腰を折っちゃって」ニッコリ

シャル「あ、いえいえ! こちらこそ突然 お邪魔しちゃいました!」アセアセ

箒「ああ…………」

友矩「どうしたのかな、箒ちゃん?」

箒「あ、いえ! わ、私も、突然 押しかけてしまってご迷惑をお掛けしたようで本当にすみませんでした……」

友矩「気にしなくていいよ、そんなこと」フフッ

箒「うぅ…………(何だこれ?! ――――――さっきの一夏と友矩さんのやりとり! まるで『夫婦水入らず』のそれではないか!?)」ガビーン!

ラウラ「ほう、これが日本における夫婦の営みというやつか……(クラリッサが教えてくれた通りだな……)」

友矩「そういえば確か、見たことがある顔だね」

友矩「世界的にも有名になった元“二人目の男子”シャルロット・デュノアちゃんに――――――、」

シャル「…………!」

シャル「はい。その通りです……(そうだよね。僕がみんなを騙してきた罪は一生消えない……)」

友矩「ドイツ軍将校の娘で、特別待遇で幼少期からIS乗りとなるための教育部隊兼特殊部隊の『黒ウサギ隊』出身のラウラ・ボーデヴィッヒちゃんだね」

ラウラ「…………正確には『黒ウサギ隊』はIS〈インフィニット・ストラトス〉を専門に運用する実験的な特殊部隊であって、」

ラウラ「ドイツで行われている軍主導の少女ISドライバー養成プログラムとは別物だ」

ラウラ「私のような最初の世代がISの運用データの収集を行う目的で設立された実験的な『黒ウサギ隊』に優先的に回されただけであって、」

ラウラ「『黒ウサギ部隊』が教育部隊というわけではない――――――」

ラウラ「まあ、養成プログラムの成果として大々的に宣伝されているから誤解されるのも致し方ないか」

箒「なるほどな。私と同じ歳で少佐という階級をもらえていたことがずっと疑問だったけど、そういう国家事業があったのか……」


友矩「それで? 『プルースト効果』で『ある特定の臭いによってそれにまつわる記憶を誘発された』ってのは何かな?」

シャル「あ、それが、“アヤカ”が一夏さんのアールグレイを飲んだら何かを思い出せそうになったようでして…………」

雪村「………………」

友矩「そっか。一夏が大学時代にごちそうになったという本場イギリスのアールグレイが――――――」

ラウラ「何かそれ以上の詳しいことを教えてはくれないか?」

箒「…………ラウラ?(そういえば、やけにラウラが積極的だな。“敬愛する織斑教官の弟”に興味津々だな)」

友矩「いや、僕は残念ながらその場に立ち会ったわけじゃないから、一夏以上のことはまったく知らないよ」

ラウラ「…………そうか、そうですか。ありがとうございます」

友矩「一応 僕と一夏は日本のIS事業の公式サポーターでもあるんだ」

友矩「他国の代表候補生に肩入れはできないけど、日本が誇る“世界で唯一ISを扱える男性”である“アヤカ”くんにはいくらでも力を貸せる」

友矩「だから、こっちとしても“アヤカ”くんの悩みになら できるだけ応えようと思う」

箒「ありがとうございます、友矩さん」

雪村「ありがとうございます」

シャル「良かったね、“アヤカ”。これで本当のきみに――――――」

友矩「けど、訊いていいかな?」

一同「?」

雪村「………………」


――――――本当に思い出したい?


箒「へ」

シャル「どういうことですか?」

ラウラ「…………?」

雪村「………………」


友矩「簡単な話だよ」

友矩「今の“彼”は“アヤカ”くんという存在であって、まさかそれが本名だとは思ってないでしょう?」

シャル「あ…………」

箒「で、でも! 本当の自分を取り戻したいと思うのが普通だと思います」

友矩「――――――『普通』か」ボソッ

箒「あ!」ゾクッ

雪村「………………」

箒「すまない! お前の気持ちを考えてなかった! すまない……!」

雪村「いえ、気にしてません。ありがとうございます」

ラウラ「…………この男、一夏とは違った意味で侮れない何かを感じるな」ボソッ

友矩「それで、本当に思い出したい?」

箒「あ、雪村……」

雪村「………………」


――――――そこまでしてもらう必要はないと思ってます。


一同「………………」

友矩「そうか。一応は調べさせてもらうよ? ――――――日本政府に訊けば早い話なんだけど、世の中 そううまくはいかないから」

雪村「はい。よろしくお願いします」

箒「…………『日本政府』か」ギリッ

シャル「…………日本もいろいろあるんだね」

ラウラ「………………おそらく、この男は“アヤカ”についてはより多くを知ってはいるが、全てとまではいかないようだな」ブツブツ




――――――昼食


一夏「今日は腕によりをかけて作ったぜ!」コトッ

箒「お、おお!」パァ

シャル「わあ、美味しそう!」キラキラ

ラウラ「…………思わず食欲をそそられたな(――――――ほう、いろんなパスタがボウルにたくさん!)」ドキドキ

雪村「………………フフッ」

友矩「今日は即席で簡単に作ることができる本格イタリアン料理です」

友矩「とはいっても、パスタ各種をメインにして少々のパンにミネストローネにカプレーゼを添えただけの手抜きなんだけどね」

箒「そ、そんなことはないですよ! この“輪切りトマトにハーブと白いの”を載せたやつなんて高級感溢れてますよ」

一夏「箒ちゃん、それが“カプレーゼ”だ。白いのはモッツァレラチーズで、ハーブはバジリコ――――――いわゆるバジルってやつだ」

一夏「で、確か“カプレーゼ”ってやつはイタリア語で“カプリ島風のサラダ”って意味だったな」

一夏「とにかく、バジルとトマトは相性が良いんだ。手軽だし、一度 味わってみてくれ」ニッコリ

箒「お、おお!」

ラウラ「こっちの黒いパスタは何だ……?」ウワァ・・・

一夏「そいつは“ネーロ”だな。イカスミパスタだ。“ネーロ”はイタリア語で“黒”って意味だから見た目通りだろう?」

ラウラ「こ、こんなものを食べたら口の中が真っ黒になるではないか!」

一夏「まあ、それはしかたないことだけど、味の方は保証するぜ。口洗いも用意したから気にせず食べてみてくれよ」

ラウラ「そ、そうか。こんなものをイタリア人は食すのか…………旧大戦で負けるのも納得だな」ブツブツ

シャル「い、一夏さん! こっちのは何かな?」

一夏「あ、これは日本独自の“たらこスパゲッティ”だな。バターとたらこっていうタラの卵巣をまぶした2つの風味のマリアージュがイチオシだぜ!」

シャル「へえ、あっちの“ネーロ”とは対照的なピンクだよ、ピンク!」

一夏「さ、ジャンジャン食べてくれよ! 飲み物はアールグレイと缶コーヒーぐらいしかないけど勘弁な!」


雪村「本当に美味しいです。ありがとうございます」ニッコリ


友矩「どういたしまして。お口にあったようで何よりです」ニコッ

小娘共「?!」ドキッ

一夏「どうした?」

シャル「今、本当に物凄くいい笑顔だったよね……?」ドキドキ

箒「あ、ああ。久々に見たよ、雪村の満面の笑み…………」ワクワク

ラウラ「…………やはりこの男はそうなんじゃないのか? いや、そうだとしてもだな、しかし――――――」ブツブツ・・・


――――――こうして大人と子供の交流がなされていった。




――――――食後


シャル「お、お腹いっぱい……」ウットリ

ラウラ「口の中からイカスミが出せそうな気がするな、今なら…………(まさかあそこまで美味いとは思わなかった……)」ゲフッ

友矩「お粗末様でした」ニコニコ

一夏「そういえば、そろそろ臨海学校だったな」

箒「ああ。7月の6日・7日・8日の2泊3日だったな」

一夏「そっか、やっぱり渡せそうにないか」

箒「え」

一夏「いやさ? 7月7日って箒ちゃんの誕生日だろう?」

一夏「だから、先に渡しておこうと思ってな――――――」スッ

箒「え?!」

一夏「ちょっと早過ぎるけど――――――、」


――――――誕生日おめでとう、箒ちゃん。


箒「おお…………!(こ、これって何だろう!? すぐに開けて中身を見たい――――――!)」グスン

一夏「あ、あれ?! ど、どうして涙なんか――――――!?」アセアセ

箒「あ、いや……、6年振りだよ。こうやって家族以外の人間から誕生日プレゼントをもらうだなんて…………」ポロポロ・・・

箒「あ……、こんなにも嬉しいものだったんだ、誕生日って……(悔いがあるとすれば、早めの誕生日祝いってことだけど そんなのは――――――)」グスン

シャル「箒……」ホッ

ラウラ「誕生日か……」

雪村「…………良かったね」


友矩「はいはい。サプライズはまだまだあるんだよ~?」


シャル「え、何々?!」

箒「ん?」

友矩「はい。ハッピーバースデー!」

友矩「ぱんぱかぱーん!」

ラウラ「おお!」

雪村「………………フフッ」


――――――甘さ香るバースデーケーキ!



箒「え、えええええええ!?」

箒「きゅ、急にお邪魔したのに、ここまでするんですか?!」

友矩「うん。祝い事はみんなで共有し合わないとね」


友矩「特にここにいる人たちはこういうことに不慣れな気がしたからね」ニッコリ


一同「…………!」

一夏「どうした、みんな?」

箒「あ、いや、何でもない。お二人のお気遣いに思わず感極まって言葉が出なくなってました……」← 6年間 重要人物保護プログラムのせいでできなかった

シャル「う、うん! 僕もびっくりだよ!」← 2年前に最愛の母を亡くし、冷淡な父の許で操り人形のように過ごしてきた

ラウラ「こ、こういう時 どうすればいいのかわからないのだ」← 個人的な誕生会に参加したことが生まれてから一度もない

雪村「僕の誕生日っていつでしたっけ?」← 記憶改竄・人格崩壊・戸籍偽造のために本当に覚えていない

友矩「それじゃ、このホールケーキはお土産に持って帰ってね」

友矩「みんなが今日 食べる分はこっちのワンカップのやつだよ!」

友矩「ほ~ら、ぱんぱかぱーん!」


――――――今度は1皿分の色とりどりの個性的なケーキが人数分+1 箱に詰められていた!


箒「おおおおお!」ワクワク

シャル「ここまでしちゃうんですか!」キラキラ

ラウラ「驚きの連続だな…………これは本当に現実なのか? 夢じゃあるまいな?」ドキドキ

雪村「…………凄いなぁ」

一夏「お腹いっぱいでも、これぐらいなら『甘い物は別腹』で入るだろう?」ニッコリ

箒「あ、でも…………」アセタラー

一夏「何? 本当にお腹いっぱいなら持ち帰ってくれ。それができるようなものを選んできたから」

友矩「――――――僕がね」ジトー

一夏「あ、うん……、そう、友矩が」アセタラー


箒「う~む(このまま食べてしまっていいのだろうか? カロリーどれくらい摂取してしまったんだ、私は!?)」アセタラー

箒「(――――――食べたい! けれども、これは確実に太る! 太ってしまったら一夏に愛想尽かされるのではないのか!?)」ハラハラ

箒「あ、そうだ! お前たち、先に選んでくれ。私はいっぱいもらったからもう十分だよ」ニコー

シャル「そ、そう? そ、それじゃ、お言葉に甘えていただこうかな?」

シャル「(やっぱり男の人ってたくさん食べるんだよね…………お昼のイタリアンなごちそうでもうお腹いっぱいだよ)」

ラウラ「…………もう食べたくない。少し休ませてくれ」

ラウラ「(おのれ、“ネーロ”! 私がいくら“黒”が好きだとは言ってもここまで苦しめてくれるとは…………!)」

一夏「ちょっと作り過ぎたかな、昼の……」

友矩「しまった! 相手が成長期の悩み多き乙女であることを忘れていた…………僕としたことが(食欲よりもダイエットな年頃だった!)」

雪村「あ、これ、もらっていいですか?」

シャル「あ、うん。いいよ(――――――あ、僕が狙ってたやつ! 完全に出遅れた!)」ニコニコー

ラウラ「好きにしてくれ(私にとっては箱の中のケーキ全てが未体験でどれであろうと楽しみなのだ。――――――くれてやる)」

箒「あ、ああ! お前は男なんだから遠慮するな(くぅ、こういうのは最初に選べないとハラハラさせられてしまうものだな……)」ニコー

雪村「あ、これは美味しいな……」フフッ

一夏「あ、喜んでくれたようで何よりだ」ニッコリ

友矩「やっぱり成長期の男子はよく食べるわ…………なんで成長期の女子ってダイエットなんてしたがるんだろう?」

箒「…………うっ!(なんと美味しそうに食べてくれるのだ、雪村! んんんん我慢できん!)」ウズウズ

箒「と、とりあえず、自分の分だけは先に取っちゃおうか?」ニコニコー

シャル「う、うん! そうだね! 後の人に悪いしね!」ニコニコー

ラウラ「そ、そうだな(少なくともハズレはないはずだ。“ネーロ”のようなゲテモノもイケたんだし、きっと新しい世界が――――――)」ワクワク




――――――食後のデザートも終えて、


箒「やってしまった…………(食欲に負けてしまった……何たる気のたるみ…………)」orz

一夏「もう十分だよな。片付けるぜ」

シャル「ご、ごちそうでした……(本当に美味しいものがいっぱい出されたから大変だよぉ……)」ニコニコー

ラウラ「うむ! 大変美味であった!」キラキラ

雪村「へえ、ボーデヴィッヒ教官もそんな顔するんだ」

ラウラ「へ」

ラウラ「いや、貴様の見間違えだ。私はいつでも臨戦態勢だ」キリッ

雪村「そうですか」

箒「こうなれば! 摂り過ぎたカロリーを燃やすために訓練を今まで以上にやるぞ!」メラメラ・・・

箒「付き合え、雪村!」

雪村「ん? ああ はい」

友矩「箒ちゃん。それじゃ、ちょっと重たいけど おみやげね。忘れないでね」

箒「あ、はい。本当にありがとうございます。突然 お邪魔してこんなにもてなしてくださるなんて……」

友矩「気にしないで。僕たちはIS事業の公認サポーターだからね」

友矩「それに、いつも一夏や仕事仲間との食事っていうのも味気ないし、こうやって機会を設けてパーッとやりたかったところもあるんだ」

友矩「そういう意味では実に華があったね。世界が誇る美少女がこんなにも――――――、ね?」

箒「そうですか(――――――羨ましいことをしているのに『飽きた』と申すか、友矩さん!)」

友矩「それじゃ、他に用はないかな?」

一夏「あ、ラウラちゃん。ほっぺに薄くイカスミが付いてるな」

ラウラ「ん」

ラウラ「あ」

一夏「ちょっと我慢してね」スッ

箒「い、一夏!?」ドキッ


ラウラ「はぅ!?」ドキッ(温かいおしぼりでラウラの頬についていた“ネーロ”のイカスミを優しく拭った)


一夏「ほら、これで取れたぞ」ニコッ

ラウラ「あ。ああ…………」ヘナヘナ・・・

一夏「?」

箒「い、一夏……!? は、破廉恥だぞ!(――――――う、うらやま…けしからん!)」ワナワナ

友矩「一夏の馬鹿……!(どうしてわざわざ相手を刺激するようなことを平気でやれるのかな、きみぃ?!)」アセタラー

シャル「…………ラウラが蕩けた(あ、何だろう? 僕、あの表情を見て 何を思った……!?)」キュン




黒服『あ、ちょっといいかな、ラウラちゃん?』

ラウラ『?』

ラウラ『別に構わないぞ』

黒服『じゃあ、ちょっと我慢しててね』スッ

ラウラ『はぅ!?』ドキッ(温かいおしぼりでラウラの頬についていたアイスクリームを優しく拭った)

黒服『はい。これでほっぺについたアイスクリームはちゃんととれたはず』

ラウラ『おぉ………………』ドクンドクン

黒服『それじゃ、アイスクリームを最後まで食べちゃって』

ラウラ『あ、ああ!』ドクンドクン


ラウラ「(どういうことだ?! 心臓がずっと高鳴っている! 私は最強の軍人としてどんな状況でも冷静でいられる訓練を受けてきた!)」ドクンドクン

ラウラ「(そ、それなのに、どうしてこんなにもドキドキしているのだ?!)」ドキドキ

ラウラ「(こ、これが『恋』――――――私は本当に恋をしていると言うのか? 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な…………)」ドキドキ

ラウラ「(いや待て! 私は織斑一夏と会ったのは今日が初めてで――――――こいつは多分“ハジメ”とは違うはずなんだ!)」

ラウラ「(そう、どうもこいつは嘘や隠し事が下手なようで自分に正直な人間だということはすぐにわかった)」

ラウラ「(確かに織斑一夏と“ハジメ”は私の記憶が正しければあまりにも共通項が多く、普通はそれで同一人物だと断定できるが、)」

ラウラ「(それにしてはあまりにも迂闊過ぎる! “アヤカ”を陰から見守っている“2年前に発見されたISを扱える男性”にしては迂闊!)」

ラウラ「(隠す気がないのか?! いや、織斑一夏は腐っても“織斑教官の弟”だ! 私以上にISに触れる機会はあったはずだ!)」

ラウラ「(それが堂々と一般人としての生活をのほほんと送っているということは、やっぱり違うのか?)」

ラウラ「(“アヤカ”との接点はすでに篠ノ之 箒と一緒に外出した時に会ったというアリバイがあるからもはやどうとも言えないし)」

ラウラ「(そうだとも! どうして私はここまで織斑一夏という男性に気を許してしまったのだ!?)」

ラウラ「(“ハジメ”とは違う! “ハジメ”とはちゃんとふれあいがあって私は心を許したという過程がある!)」

ラウラ「(それなのに私は、あまり深く突っ込んだ話し合いもしてないのに織斑一夏に触れられることを悪く思わなかった……)」

ラウラ「(どういうことなんだ!? やっぱり“ハジメ”と織斑一夏は同一人物だと考えたほうが筋が通るのか!?)」

ラウラ「(いや、そんなはずがない! “ハジメ”はまさしく裏稼業の人間としての風格があった!)」

ラウラ「(それに対して、私の心を今 動揺させている織斑一夏とかいう男は、お気楽で脳天気で私を人目見て壁を作っていた! 怖気付いていた!)」

ラウラ「(何がどうなっているのだ!? 私の確固たる確信はどうなってしまったのだ…………織斑教官!)」

ラウラ「(ん? ――――――『織斑教官』?)」

ラウラ「(そういえば、織斑教官が私に言っていたことがあったような気がする)」

ラウラ「(そう――――――、)」


――――――弟に会うのなら覚悟をしておけ。あいつは女性の心はわかってないのに不思議と女性を虜にする魔性の持ち主だからな。


ラウラ「(まさか!? この私がこの男の虜になったというのか!? ――――――初対面の相手に!? 恐るべし、織斑一夏!)」

ラウラ「(いや、待て待て! クラリッサの愛読書で私も少しは恋愛というものを理解しているが、)」

ラウラ「(女性が恋に落ちる定番イベントなんてまったく無かったし、私はただ“ネーロ”を食べて腹いっぱいになっただけではないか!)」

ラウラ「(そ、それがさっきのやつで私は、私は恋に落ちたのか? それとも違う感情なのか?!)」

ラウラ「(うぅ~わからん! ともかく! 今の私を支配しているこの胸の高鳴りの正体を究明しないと落ち着かん!)」




ラウラ「…………」ハアハア

一夏「だ、大丈夫か!? 何か息が荒いようだけど――――――!?」

ラウラ「織斑一夏。まさか本当にお、お前が――――――」ドクンドクン


箒「一夏! 破廉恥なことをするなら許婚の私にだけしろおおおおおおお!」ギュゥウウウ!


一夏「うおっ!?(――――――せ、背中にむ、胸の弾力?!)」ボフッ

シャル「ほ、箒……?!」ドキッ

ラウラ「あ……」ドキッ

友矩「もうイヤだよ、“アヤカ”くん。箒ちゃんもたいがいだけどさ!」ハラハラ

雪村「………………大変ですね、本当に」ハラハラ

一夏「えと、急にどうしたんだよ、箒ちゃん?(お、落ち着け、織斑一夏! そ、素数だ、素数を数えろ! いや、円周率――――――!)」ガタガタ

箒「どうしてお前はいつもいつも他の女をたぶらかして!」

箒「……私の何がいけないというのだ?」グスン

一夏「だっだっだっだから! 俺が箒ちゃんと結婚するかなんてあり得ない話でしょう!」

箒「な、なにぃ!?」

一夏「あ」ゾクッ

友矩「(――――――もう一夏の馬鹿! 言葉足らずもいいところだよ!)」ガバッ

友矩「ま、まずは落ち着いて! これは何度も一夏が言っていることだよ!」

友矩「箒ちゃんはまだ16歳じゃないから結婚できないから! 法律的に! それに一夏は――――――」

箒「私はもう16歳だ!」

一夏「え!?」


箒「忘れたのか!? 今さっき私のためにバースデーケーキとプレゼントを渡してくれたではないか!」


一夏「待て待て待て! 気分は16歳でも法律的にはまだ箒ちゃんは15歳だから!」

友矩「ツッコむところそこじゃないでしょ、一夏!」

友矩「その理屈だと、1ヶ月も経たないうちに婚約じゃないか!」

一夏「あ、今の無し! 今の無し!」

ラウラ「」

シャル「」

雪村「………………神様、いるのでしたら、どうか一夏さんと友矩さんに神の叡智と安らぎをお与えくださいませ」ブツブツ




――――――リビングに専用機持ちたちを残して、別の部屋で1対1(第三者付き)で話し合うことに


箒「………………」ゼエゼエ

一夏「………………」ゼエゼエ

友矩「…………落ち着いた? それじゃ箒ちゃんからどうぞ」ゼエゼエ

箒「け、結局、一夏――――――お前はもしかして私では誰か、心に決めた人でもいるのか?」

一夏「あ、いや、そういうわけでもないんだ……」

友矩「なら、どういうわけなんですか、“童帝”さん?(だからどうして、そういう受け答えするのかな?)」ジロッ

一夏「そ、それはその…………」スゥーハァーー

一夏「――――――聴いてくれ、箒ちゃん」

箒「ああ。聴いてやるとも。それで私を納得させてくれ、頼むから……」


一夏「俺さ、ずっと1歳違いの姉に守られて育ってきたんだ」

一夏「苦しいことはいっぱいあったさ。家計や学費で大いに苦しんできたさ」

一夏「でも、中学時代の千冬姉はとにかくスケバンとして名を馳せるぐらい荒れていてな?」

一夏「その原因のほとんどが俺で、俺に悪い女が寄り付くのをよしとしなかったから、片っ端から他の女の子を泣かせてたよ」

一夏「それで、千冬姉は誰からも怖がられて浮いた噂が1つとしてないほど色恋沙汰とは無縁の孤高の存在になっていた」

一夏「別に品行方正ってわけじゃないんだけどさ? 今も“ブリュンヒルデ”として格が高過ぎるからお見合いも話もない」

箒「だから?」


一夏「俺、千冬姉を1人にさせるなんてできないよ」


一夏「俺が結婚して独り立ちしちゃったら千冬姉は1人になっちゃう」

一夏「でも、男勝りで家事もできないようなどうしようもない姉だから、どうしても俺は放っとけなくて……」

箒「…………一夏」

一夏「だいたいにして! 俺は上京して大学進学する時もそのことばかりが不安で不安でしかたなかったんだよ!」

一夏「そしたら案の定! 俺がいなくなった後の家はゴミ屋敷さ! 『ハウスキーパーを雇ってよ!』っていつも思うよ!」

一夏「千冬姉は確かに世界に通用するようなベストプロポーションのナイスバディだけど、」

一夏「それ以外は女性としての嗜みが何1つできないような、女性として底辺レベルのかわいそうな人なんだよ……」

友矩「………………」

一夏「そうなったのも全部 俺のせいなんだ……」

一夏「俺が学生時代――――――酸いも甘いもいっぱい学ばなきゃならない時期に、千冬姉が得るはずの青春の全てを俺に捧げて…………」

一夏「そして、千冬姉は立派に俺という一人の人間を育て上げてくれたさ。もう千冬姉の脛をかじる必要なんてないぐらいに経済的余裕もある」


一夏「けれど、それでいいのか?」


一夏「俺はずっと大学卒業前の就職活動の中でずっと悩んでた」

一夏「入ろうと思えば、大学時代に得たコネでいろんな有名企業や俺の実力で官公庁ぐらいは十分に狙えた。誘いの声もいっぱいあった」

一夏「けど、俺は全部断った。ある者はそれで俺を見限り、ある者は待ってくれることを約束して離れていった…………」

一夏「最終的に俺の側にずっと寄り添って道を示し続けてくれたのは友矩だけだった。友矩だけだったんだよ、今も一緒に居てくれてるのは」

箒「………………」

友矩「………………」


一夏「友矩も馬鹿だよな? こんな俺なんか放っておいて一流企業の天才プログラマーになればよかったのに」

友矩「そしたら、行く先々で無自覚に女性を惑わせて手痛いしっぺ返しを喰らい続ける哀れな“童帝”を誰が支えるんだい?」

一夏「この通り、友矩は俺なんかに人生を捧げるつもりなんだぜ? ――――――『女だったらきっと求婚したんじゃないか』って思うほどだよ」

箒「………………そうだったのか」

友矩「なら、性別を換えてこようか? ISの登場で性転換技術は物凄く発達したことだしね」ニヤリ

箒「!?」ビクッ

一夏「友矩、心にもない冗談は言わないでやってくれ。本気にしちゃうだろう?」フフッ

箒「え……(――――――どっちの意味で?!)」アセダラダラ

一夏「ともかく、ごめんな。箒ちゃんの気持ちは凄く嬉しい」

一夏「束さんがあんなにも可愛がってた――――――あんなにも小さかった娘がこんなにも綺麗になって、…………俺も思うところはあるよ?」

一夏「(そう、どういうわけか中学以前の記憶が思い出せないけれども、束さんと箒ちゃんが仲睦まじかったことは覚えているぞ……)」

一夏「けど、俺の人生は千冬姉の無償の愛なしには絶対に成り立たなかったんだ」

一夏「それなのに、俺だけが人生の酸いも甘いも味わい尽くしたのに、青春の搾りかすのような千冬姉を一人にさせるわけにはいかない」

一夏「これってワガママなことかな? 俺なりの孝行のつもりではあるんだけどさ」

箒「………………そんなことはない。むしろ、立派だと思うぞ」

友矩「付け加えると、今はだいぶ廃れましたけど『優秀なISドライバーの子孫や兄弟姉妹はIS適性が高い』という俗説がありまして、」

友矩「特に“ブリュンヒルデ”や“その弟”ともなると、そのDNAサンプルは裏社会で高値で取引されることは容易に想像され、」

友矩「実は、一夏と千冬さんは日本政府から定期的なバイタルチェックや私生活及び人間関係の報告をさせられているんですよ」

箒「え」

友矩「ですから、仮に一夏が妻を迎えて子を成した時、生まれてきた我が子にどれくらいの期待と欲望がのしかかるか想像もできないんです」

友矩「なにせ、まだIS〈インフィニット・ストラトス〉が歴史の表舞台に登場してからわずか10年――――――」

友矩「ドイツの少女ISドライバー養成プログラムのようなものはあっても、二世ドライバーの存在はまだ確認されてないんですから」

友矩「どんなに小さな可能性であろうと、高いIS適性や男性ISドライバーの発現を渇望している連中にとっては、」

友矩「織斑姉弟はISの生みの親である篠ノ之博士の御一家以上に価値ある存在なのですから」

箒「………………」


友矩「まあ そこまで深刻に考えないでくださいよ」

友矩「箒ちゃんが社会人になっている頃には、ISが登場して20年ぐらいにはなりますから、」

友矩「その頃には、ティーンの二世ドライバーの登場や第3世代兵器の開発を通じたISのメカニズムの解明が進んでいるでしょうから、」

友矩「箒ちゃんは焦らずしっかりと社会人や家庭人としての教養と知性、知恵や技術を磨いておいてください」

友矩「この唐変木は間違いなく未婚のまま三十路を迎えてますから」

一夏「そう考えると、やっぱり人生って短いもんなんだなー」

友矩「いえ、そもそも歳の差が9つある時点で世代が完全に違うんですけど」

箒「…………信じてもいいのかな?」

友矩「逆に、今度は箒ちゃんの想いが試されるわけでもあるんですがね」

箒「え」

友矩「だって、人間にとって思春期というのは子供から大人になる多感な青年期でもあります」

友矩「社会人になったらそこである程度の身分と価値観が固定化し、よほどのことが無い限りはそれでこれからの人生は決まったようなものです」

友矩「けれども、箒ちゃんはまだ無限の可能性があります」

友矩「それを考えると、織斑一夏への恋慕もいつかは冷めてしまうことだって考えられるのですよ?」

箒「そ、そんなことは……!」

一夏「…………友矩?」


友矩「――――――この世で変わることのないただ1つの真実があります」


友矩「それが何かわかりますか?」

箒「え、えと……?」


友矩「わかりますか?」

箒「…………“愛”だろう、それは?」

友矩「愛が不変ならば、夫婦愛が冷めて離婚なんてあり得ないし、昨日までの友人と殺し合うような悲劇も起こらないはずですね」

箒「うぅ……」

箒「なら、…………“心”?」

友矩「あなたは赤ちゃんの時の無垢なる心を今も持っていますか? 自分を酷い目に遭わせた家族に対して今も変わらぬ想いを向けてますか?」

箒「…………っ!」

一夏「おい、友矩? なんで禅問答なんてしてるんだよ?」

友矩「必要なことだからです」

友矩「これからも あったのかなかったのか わからないような無責任な結婚の約束に人生を縛られ続けるか――――――、」

友矩「約束に縛られ続けたこれまでから抜け出してこれからのことを自らの意のままに手探りで進めていくか――――――、」

一夏「それを15の齢で選択できるとは思えない」

友矩「あるいは――――――、」

箒「あ…………」

箒「(私は確かにこれまでずっと重要人物保護プログラムの辛い6年間も一夏との結婚の約束を思い出して耐え忍んできた……)」

箒「(けれど、それが実現しなくなった時に私に残るものは何だろう? 何をして生きてけばいいのだろう?)」

箒「(雪村だって、もう私を必要としないということはわかってる)」

箒「(だから、私はそれを『寂しい』と思った……)」

箒「(私にとっての学園生活とは『雪村との日々』と言っても過言ではなく、それが失われてしまったようで…………)」

箒「(なら、私の人生とは『一夏との約束のためにある』と言うことなのだろうか?)」

箒「(けど、またそれが実現しなくなったら、私は今度こそ何をして生きていけばいいのか――――――)」

箒「(私が、一夏がラウラにスキンシップというか何というかした時にそれを見たことを拒絶したいと強く思ったのも、)」

箒「(私が6年ぶりにようやく一夏と再会できた時に雪子おばさんの前で強く出たのも、)」

箒「(結局は、私が一夏という存在なしには生きられないから、そんな自分を守ろうとして――――――?)」

友矩「あるいは――――――、」


友矩「――――――嫉妬もするし、人一倍 愛されていたい、ずっと愛しい人には自分の側にいてもらいたい」

友矩「――――――そう思うほどに自分も他人も傷つけてしまう不器用な自分、ワガママな自分、自分が好きになれない自分」

友矩「――――――そんな自分の全てと上手く付き合い、より良く自分を治めていくか」


友矩「あなたが選べる道はこの3つです」

箒「…………!」

友矩「そして、『この世で変わることのないただ1つの真実』というものは何か?」

友矩「それは――――――、」


――――――『この世の中のあらゆるものは絶えず変わり続ける』ただそのことが絶対不変の唯一の真実なのです。



友矩「一人の人間のことを想像してみてください」

友矩「赤ちゃんの時と、小学生の時、花も恥じらう15歳の時と、OLの時と、母親の時と、中年おばさんの時と、おばあちゃんの時と――――――」

友矩「みんな、考えていることもできることも立場も内面性も興味関心も何もかも違いますね」

友矩「それは自分以外の他人にとってもそう。あるいは無生物にしてもそう。新築の家も10年もすれば値打ちは半分もありません」

友矩「あなたの姉が開発したIS〈インフィニット・ストラトス〉だってそう」

友矩「たった10年間で一応は第3世代まで来て、昔よりもできることやわかっていることが確実に増えていますね」

友矩「一方で、第1世代となって旧式化した機体はいずれは淘汰されています。旧きものは新しきものに置き換わっていくの世の常です」

友矩「1つの約束を人生の指針としてこれまで生きてきたあなたはそれが反故にされた時に人生に行き詰まってしまうことでしょう」

友矩「その時に、死ぬ間際の自分が『本当に後腐れもない素晴らしい人生であった』と誇れるような生き方が何なのか――――――、」

友矩「それを余裕がある時に少しずつ考えてみるのがいいでしょう」

友矩「結婚することが人生の終着点ではない。人生の完成ではありません。人生という物語の次の章に入っただけに過ぎないのです」

友矩「『結婚は人生の墓場』だと考えている馬鹿娘のほとんどは結婚してからの先の先まで考え抜いていないからそう考えるのです」

友矩「人生とは常に一人の手で記される孤独な物語――――――物語のアイデアは普段から意識して集めておくといいでしょう」

箒「………………はい」

友矩「…………フゥ」

一夏「…………友矩、箒」

友矩「(一夏が言うように、何も持たない15歳の少女に人生の決断を迫るのは極めて酷な話だ。だが――――――、)」


――――――そう、本当に一夏のことを愛しているのならばそれでいい。

――――――ただ、自分で自分を愛せないような至誠に悖る半端な愛しか貫けないのならば玉砕してしまえ。

――――――本当に人を愛して その人の為になるようなことができなければ、そんなのは愛念ではなく妄念でしかないのだから。



一夏「箒ちゃん……」

箒「なあ、一夏」

一夏「何?」

箒「プレゼント、ねだってもいいか?」

一夏「え? まあ、俺に出来ることなら何でも――――――」

箒「なら――――――、」バッ

一夏「あ」ドキッ


箒「私を思いっきり抱きしめてくれ。今だけでもいいから。力いっぱい抱きしめてくれ」


一夏「えと、それは……、――――――友矩?」チラッ

友矩「…………………」グースカースヤスヤー

一夏「友矩…………?(さっきまで起きてたんだから、どうしてそんなわかりやすい狸寝入りなんか…………)」

友矩「(さっさと想いを遂げてやれ、この甲斐性無しが! これで結婚問題は解消になるんだよ、カイショウだけに)」

一夏「…………いいのか?」

箒「――――――私とお前は将来を誓い合った仲だった」

箒「けれども、お前は忘れてしまった――――――それもこの世を支配する不変の真理とかいうやつのせいなんだろう?」

箒「だったら、もうそれでいいような気がした。――――――そう、いつまでも過去のことを思ってウジウジしているのは止めだ」

一夏「え」

箒「よ、喜べ! 私のような見目麗しい女の子が長年お前を恋い慕ってるんだぞ……?」ドクンドクン

箒「…………これからもずっとな」イジイジ

箒「お前も人間として感謝の念を持つのなら、いつかちゃんと私に恩返しをしろ」モジモジ

箒「私は何があってもお前のことがずっとずっと大好きでいるんだからな…………」ブルブル

箒「お前が忘れてしまったとしても、私はずっと想い続けてやる!」

箒「だから、お前が望んでるように、私が立派な社会人として家庭人として独り立ちできたら、」


箒「――――――ちゃんと結婚してくれるか? 私は千冬さんとなら同居してもいい! 私だってISドライバーなんだから!」


一夏「…………箒ちゃん」


箒「また待たせることになるんだぞ? 私は姉さんのせいで6年間 重要人物保護プログラムで辛い日々を送らされて――――――、」

箒「いつの間にか家族と引き離されても、お前との結婚の約束だけはずっと忘れずに心の支えとして今日まで生きてきたんだからな!」

箒「そして、ようやくまた会えたのにお前は忘れていて――――――しかも、『姉のために結婚を見合わせる』だなんて言い出して!」

箒「私のようなイイ女、地球上のどこを探したっていないぞ? いるとしたらドラマの世界だけだ」

箒「だから、今度は7年か8年――――――また待ち続けることになるだろうけど、」

箒「それでもし私の一夏への想いがずっと変わらなかったら、――――――その時は今度こそ私とお前で夫婦の契りを交わしてくれ」

箒「およそ20年近く一途に想い続けることになるんだ。私がどれだけ本気だったのかを周りの連中に見せつけてやるんだ」

一夏「……箒ちゃん」

一夏「…………はは。これは千冬姉以上に恐ろしい相手が出てきたもんだ」

一夏「これがもし本当に実現したら、結婚してやらないわけにはいかないよな……? 千冬姉だって認めざるを得ないよ」

箒「どうだ、まいったか? 私は必ず一夏と並び立てるような立派な人間になってやるんだからな!」

一夏「わかったよ。これは一本取られたな(――――――友矩のやつ、箒ちゃんが俺に相応しいかどうかを見定めたな?)」

箒「だから ほら、早く。私を強く抱きしめてくれ……」ドクンドクン

一夏「…………まさか9歳も歳下の子と情熱的な抱擁をすることになるとは思わなかったよ」ドクン

一夏「こうでいいか?(うぅ、こうして見ると本当に綺麗になったな。いい臭いもするし、この胸の膨らみと弾力…………)」ギュッ

箒「ああ………………」ドクンドクン

箒「そうだ。もっと、もっとだ……」ドクンドクン

一夏「…………だ、大丈夫なのかよ?(うわっ、凄く色っぽい…………股倉のあたりに血流がいっちゃうよ、これは!)」ゴクリ

友矩「………………」グースカースヤスヤー

一夏「(…………友矩ぃ! 早く止めてくれぇ! 友矩としてはどこまでがセーフなのぉ?!)」アセダラダラ


――――――
シャル「ああ…………」ドキドキ
――――――」

友矩「………………!」チラッ

――――――
シャル「…………!」ビクッ
――――――

友矩「………………」グースカースヤスヤー

友矩「(やれやれ、やっぱりシャルロット・デュノアは抜け目がない。ラウラと“アヤカ”を置いて自分だけ見に来ていたか)」

友矩「(――――――が、これで織斑一夏の毒牙に掛からずにすんだかな?)」

友矩「(しっかし、『さすがは“篠ノ之博士の妹”』と言ったところだね。姉妹揃ってとことん突き進む性格だ)」

友矩「(これはたぶん、一夏と結婚するのは彼女になるだろうなー)」

友矩「(なにせ、これまでのことやこれから背負うことになるだろう宿命を乗り越えられたのなら、)」

友矩「(確実にそこいらの女性では絶対に敵わない迫力と才知のある女傑に育つことになるだろうからね)」

友矩「(これはちょっとばかり背中を押しすぎたか? まあ、不安要素を排除する意味で背中を押してあげたんだけどね)」

友矩「(日本政府としても織斑一夏の結婚相手には十分過ぎると判断してくれるだろうね。“篠ノ之博士の妹”でもあるし)」

友矩「(それに一夏にしても、これに懲りて少しは女性付き合いというものを考えてくれるようになってくれるだろうし、)」

友矩「(それを思えば、一夏にせよ、篠ノ之 箒にせよ、――――――素晴らしい誕生日プレゼントになったんじゃないかな?)」


友矩「フゥアアアアアーーー」

一夏「!」

箒「あ」

一夏「…………フゥ」アセダラダラ

箒「あの……、その……、ありがとうございました……(そうだよ、この人が居たのにそんなの忘れていたよ、さっぱり……!)」カア

友矩「うん? そうかい。これからの学園生活――――――いや、人生そのものがいいものになるといいね」フワァアアア・・・

箒「……はい!」ビシッ

友矩「一夏も、これに懲りて覚悟を決めるんだね」

一夏「ああ。わかってるよ、友矩……」ドクンドクン

友矩「もちろん、遠く離れて会えない日々が続いていけば、激しい恋の炎もやがては消えていく――――――」

友矩「――――――『この世の中のあらゆるものは絶えず変わり続ける』わけだからね」

箒「………………」

一夏「………………」

友矩「そんな二人のために、婚約解消のメールアプリを作ってあげるよ」

友矩「使い方は簡単。3つのパスワードを正常に入力できた時に二人の間の愛の終局が宣言される」

友矩「それが届いた時にどうするかは当人たちの自由だよ。よりを戻そうと動いてもいいし、黙って受け入れるのもよし」

友矩「これが仲人として二人の仲を取り持った僕からの婚約祝いのプレゼントだ」

友矩「たぶん一夏の方はこれからも変わらない。最愛の姉が死ぬか結婚するかで変わるかもしれないけれどもそれは望み薄だろうね」

友矩「気をつけるべきは女性の方。女性は感情の生き物だから一時の情に流されやすいもの」

友矩「純潔を誓う修道女のように神を愛するがごとく、強い信念――――――それが自身の幸せであると肝に銘じ続けないとあっさり流されるかもね」

友矩「ともかく、まあ頑張って。恋のライバルは玉石混交 掃いて捨てるほどいるから心を大きく持ってより良く生きてね」


――――――人生航路の舵を取るのはその人だけの義務と権利であり、自分の意志で舵を取り続けることが自分が“自分”として生きた証である。



――――――それから、

――――――マンション:フロント


シャル「ごちそうさまでした。本当に楽しかったです…‥」

箒「ああ。シャルロットが何気なくお前の家に行きたいとせがんだ時からどうなることか思っていたが、」

箒「まさか意外な収穫が得られるとはな…………本当に」テレテレ

雪村「……僕も驚きました」

ラウラ「………………」

一夏「そうかい」

友矩「元気でね」

雪村「はい」

箒「それじゃ、また」

シャル「お邪魔しました……」ニコニコー

スタスタ・・・

一夏「………………」

友矩「………………」

友矩「詳しいことを聞かせてもらおうか」

一夏「ああ。どうも『3年前のあの日』――――――、俺たちが考えている以上のものが隠されているようだ」

友矩「…………そうだね」

友矩「でも、厄介なことになった」

友矩「ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアはきみの正体に気付き始めている」

友矩「どうにかして記憶を消しておかないと、今の段階だとこちらにとっては不利益を被る可能性が高い」

友矩「シャルロット・デュノアの方はまだいい。思い出されても比較的大したことのない内容だし、」

友矩「もしきみに好意を抱いていたとしても、今日のことで“自称:一夏の嫁”の篠ノ之 箒に遠慮して身を引くだろうし」



一夏「…………『結婚は社会人になってから』だって言ってるんだけどな」


友矩「あまりその言葉……、使わないようにしてくださいね」ジトー

一夏「え、なんで?」

友矩「…………都合のいいように前向きに積極的に楽天的に解釈することができる言葉だからですよ」

一夏「そ、そうなのか……」

友矩「はい。二度と言わないでください」

一夏「わ、わかった。努力する……」

友矩「…………心配だ」(諦め)

一夏「ん? そういえば、なんで今日のことでシャルロットちゃんが箒ちゃんに遠慮するって――――――んん?」

友矩「これだから“童帝”は…………」ハア

一夏「そ、そうか。友矩が何かそれとなく意識を逸らしてくれたということなんだな? そうなんだな?」

友矩「はい。彼女は協調性があるように見えて、結構 自分勝手で思い込みの激しいところがありますからね」

友矩「(そう、自分が好きになりかけた相手がやっぱり他人のものなんだって見せつけられたらショックだろうね)」

友矩「(明らかに気落ちしていた――――――もちろん、気取られないように振る舞ってはいるけれど“アヤカ”は気づいているな)」

友矩「(しかし、一番の問題と言うのは――――――、)」

タッタッタッタッタ・・・

一夏「!」ピクッ

友矩「…………!」

一夏「どうしたんだい? 何か忘れ物でも――――――」


ラウラ「織斑一夏、最後に話がしたい」


一夏「…………わかった」

友矩「急にどうしたんだい――――――」

ラウラ「貴様はついてくるな!」ジロッ

友矩「………………!」ピタッ


一夏「な、何を言ってるんだ、ラウラちゃん?!」

ラウラ「さあ、行くぞ」ガシッ

一夏「ちょっと!?」グイッ

友矩「1つ約束して欲しい」


友矩「織斑一夏に何か害を及ぼした場合は、公認サポーターとして織斑千冬にこのことを悪く報告する」


友矩「制限時間は、――――――そうだな、午後6時までだ」

友矩「それまでに一夏から連絡が来なければ、――――――お前を告訴する!」ジロッ

友矩「見えるだろう、フロントの監視カメラが。約束はしたからな?」ゴゴゴゴゴ

一夏「と、友矩……?」

ラウラ「いいだろう。まあ そこまで時間は掛からない」

ラウラ「――――――あることを確かめるだけだ」

一夏「…………『あること』だって?(まさか、本当にラウラちゃんは――――――!)」アセタラー


友矩「行ってくればいい、一夏。どこまでもきみらしく堂々としていれば」


一夏「!」

一夏「わかったぜ、友矩!」

一夏「さあ、ラウラちゃん。どこへでも連れて行ってくれ」ビシッ

ラウラ「…………ああ、ついてこい」


タッタッタッタッタ・・・


友矩「……………訊くだけ無駄だと思うけどね」

友矩「(一夏は役者で言うならば、『役になりきる』――――――自分がその役の人物なのか、役の人物が自分なのか、)」

友矩「(それが判別できないぐらいに『役になりきる』トランス状態をマスターしているぐらいの役者だから、)」

友矩「(“皓 ハジメ”の記憶や経験は共有してはいるけれども、“織斑一夏”からすれば他人でしかないから感覚や感性は全くの別物!)」

友矩「(おそらくラウラ・ボーデヴィッヒは“皓 ハジメ”の正体が“織斑一夏”じゃないかと気づいてはいるが、)」

友矩「(直接 会ってみて、九分九厘 そうだと理性的に結論付けられても、残りの一厘で自信が持てなくなっているのだろう)」

友矩「(なぜなら、“織斑一夏”の時の一夏が“織斑一夏”としてありのままに生きているのと同じように、)」

友矩「(“皓 ハジメ”の時の一夏もまた“皓 ハジメ”にふさわしく――――――あるいは“そのもの”としてありのままに生きているのだから)」

友矩「(つまり、どっちも本物というわけだから、どちらかが偽物だと考えているラウラはその時点でドグマにハマっているわけだね)」


――――――これが“人を活かす剣”の境地の1つだよ。



友矩「(仏説でいうところの『直指人心』――――――人心と仏心は本来 別のものじゃない)」

友矩「(仏心に至れば、見性の壁を越えて仏の叡智を得ることができ、その場その場で必要な知恵が授かるというもの――――――)」

友矩「(一夏が見性成仏して本当に悟っているかは僕は知らないけれど、)」

友矩「(剣禅一如を是とする“人を活かす剣”を目指していく中である程度 悟ったものがあったのかもしれないね)」

友矩「(一夏は馬鹿だけれども根は素直で純粋だからこそ、大根役者の演じ分けでもここまで誤魔化せたわけなんだから)」

友矩「(逆に、“アヤカ”はありのままに一夏の心に触れることができているから違和感なく見抜けたわけなのだろう)」

友矩「(まあ、電脳ダイブにおける『相互意識干渉』も多分にあったから――――――とも思われていたんだけれど、)」

友矩「(篠ノ之神社で会った時にすでに見抜いていたわけだから、まだ仮想世界の構築が始まってもいなかったんだ)」

友矩「(やはり“アヤカ”もまた剣禅一如の道を志していた少年剣道家だったのだろうな)」

友矩「(そのことは剣の実力や型破りな発想に現れ出ている。あれこそが剣禅一如がなせる悟りの業だろう)」

友矩「(しかし、剣禅一如が果たされていたとしても、この世はたった一人の人間の力でできあがったものではない)」

友矩「(『ローマは一日にしてならず』ならば、『歴史は一人の人生にしてならず』――――――!)」

友矩「(それに、空海や最澄、道元禅師や栄西が仏教的に偉いからといって現代社会で偉いわけでも何でもない)」

友矩「(悔しかったら、現代の政治家や銀行家にでもなって世界情勢に影響をもたらしてみせろー!)」

友矩「(できるわけないよね? そういった知識や教養がないわけなんだからさ)」

友矩「(昔の偉い人は当時の価値観において偉いわけであって、)」

友矩「(現代で偉大な人物というのは現代で必要とされていることや尊いことをなした人間のことだ)」

友矩「(だからこそ、現代の価値観に照らし合わせて――――――、)」

――――――何が正しいのか、――――――何をすべきなのか、――――――何が尊いのか、

友矩「(それを考え抜かなければならないんだ、今は……)」

友矩「一夏、それはきみだって同じだ」

友矩「“織斑一夏”としての最善の選択をして欲しい(――――――この際 もう結果はどうだっていいから!)」(諦め)




一夏「…………大丈夫なのか、“アヤカ”たちから離れて?」

ラウラ「ああ。今日の目的が果たされていないことを告げたら送り出してくれた」

一夏「そうか。それは良かったよ」

ラウラ「…………」ピクッ

一夏「“アヤカ”や箒ちゃんからそれだけ信頼を寄せられているってことだもんね」

一夏「それに、最初 見た時のそのおっかない表情からは想像できなかったような可愛い顔も見せてくれたことだしな!」ニッコリ

ラウラ「?!」ドキン!

ラウラ「な、何を言っているのだ、き、貴様は……?!」ブルブル

一夏「え」

ラウラ「わ、私が、か、『可愛い』などと…………(な、なぜだ!? どうして私はこうも心を揺さぶられてしまう……!?)」ドクンドクン

一夏「え、だって可愛いじゃないか? 代表候補生に選ばれているお前が可愛くないわけないじゃん」

一夏「うん。“銀髪の天使”ってのが似合いそうだな」

一夏「ブロマイド 売ってないの? 今度 発売するんだったら必ず買うから教えてくれよな」ニッコリ

ラウラ「………………ぅうう!」カア

ラウラ「(ダメだ! 何をしているのだ、私は! 早く肝腎なことを訊かねば――――――、試さねば――――――!)」

ラウラ「お、おおお織斑一夏!」ビシッ

一夏「あ、はい」

ラウラ「き、貴様は何か勘違いをしているな!」キリッ

一夏「――――――『勘違い』?」

ラウラ「そうだとも! わ、私は、私は――――――!(――――――頑張れ、私!)」ドキドキ


ラウラ「わ、私は認めない…‥! 貴様があの人の弟であるなどと……!」カア

ラウラ「――――――認めるものか!」キリッ

一夏「俺もそうだったら良かったよ……」ハア


ラウラ「は」

一夏「何でもない」

ラウラ「おい、貴様! 普通 そこは私に腹を立てるとかあるだろう! こんな反応、どのMANGAにだって無かったぞ!」アセアセ

一夏「――――――『MANGA』? ああ ラウラちゃんもマンガ 読むんだ、意外だな」

ラウラ「そこじゃないだろう!」プンプン

一夏「うん。それで?」(女性経験豊富な“童帝”の圧倒的なあしらい力!)

ラウラ「…………わかった。口では貴様に勝てそうもない」ハア

ラウラ「(どうしよう。何を言ってもあしらわれてしまう! ――――――まるで“アヤカ”の時とそっくりだな、この徒労感は)」

一夏「どうしたの、ラウラちゃん? もっと言いたいことがあったんじゃないのか? ほら、時間も押してるし、遠慮なく言ってごらん?」

ラウラ「こ、このぉ…………!(わざとか?! 私が強く言い出せないことをわかって言ってるのか、こいつは?!)」


――――――真心こもった無意識の容赦ない言葉の包容力がラウラを襲う!



ラウラ「………………」スゥーハァーー

一夏「黙りこんじゃったけど、俺 何か間違ったこと言ったかな?(致命的なミスもしてないはずだけど、最善の選択でもなかったのかな?)」

ラウラ「(ダメだ。この調子だと私が“私”で無くなってしまいそうだ……)」ドキドキ

ラウラ「(口で聞き出すのが無理ならば、――――――しかたあるまい!)」スッ

ラウラ「(ここは身体に直接訊く他あるまい! さっきまでの礼だ――――――!)」ジロッ

一夏「なあ、ラウラ――――――っ!?」ビクッ

ラウラ「――――――!」バッ ――――――アーミーナイフ!


一夏「よっと」ササッ ――――――突き出されたナイフを一瞬で避ける!


ラウラ「なっ!?(――――――避けられた!? 馬鹿な、悟られていたはずがない! 私の必殺の一撃が!?)」

一夏「何を――――――!」バッ ――――――足払い!

ラウラ「あ!」グラッ

一夏「するの――――――!」ガシッ ――――――ナイフを伸ばした手を掴んでこちらに引き寄せて!

ラウラ「ああ!?」グイッ

一夏「――――――かなっ!」ギュッ ――――――ラウラの両脇から両手を出して拘束!

ラウラ「くぅうう……(馬鹿な! 最強の兵士であったはずの私がどうしてこんな輩に――――――!?)」

一夏「まったく、こんなことばかり得意になっても嬉しくないんだがな」 ――――――『見てから余裕』の対処!

ラウラ「うぅ……、お、降ろせ…………」ジタバタ ――――――178cmと148cmの身長差なので足が地につかない!

一夏「はい」パッ

ラウラ「え――――――っとと、あっ」(素直に放すとは思ってなかったので着地に失敗して両手をついてしまう)

一夏「あ、大丈夫か!」

ラウラ「――――――っうううう!」ムカムカ


ラウラ「――――――『大丈夫か』は貴様の方だろう!」


一夏「ええ!?」ビクッ

一夏「ど、どうしたんだよ、ラウラちゃん?」

ラウラ「おかしいとは思わないのか! 私はお前をナイフで刺そうと思ったのだぞ!」グスン

ラウラ「そんな相手に何事も無かったかのように平然と――――――!」ポロポロ・・・

一夏「な、泣くなよ……、な?」

ラウラ「泣いてなどいない…………」ポロポロ・・・


――――――何もかも敗けた。



ラウラ「(私はどういうわけかそう思えてしまった。――――――兵士としてだけじゃない。それ以上の何かで『完全に敵わない』と悟ったのだ)」

ラウラ「(そして、敬愛して止まない織斑教官以上の何かを確かに感じ取っていたのだ、私は……)」

一夏「…………うぅん、よし!(――――――こう言おう!)」


一夏「わかってたから!」


ラウラ「え」

一夏「あの、だな? こういうことは別に初めてじゃないし、ラウラちゃんが本気じゃないことは最初からわかってた」

ラウラ「――――――『初めてじゃない』、――――――私が『本気じゃないこと』をわかっていた!? 最初から!?」

一夏「……驚くことはないだろう? でなかったら、見てから対処なんてできるわけないし」

ラウラ「――――――『見てから対処』!?」

一夏「え、えええ…………なんでそこまで驚くのかな?」← 壮絶な大学時代の修羅場を日常としていた“童帝”である

ラウラ「…………敵わないな」フフッ


ラウラ「さすがは“織斑教官の弟”――――――“織斑一夏”だ」ポタポタ・・・


一夏「えええええええええええ!?(ものの数分で『認めない』宣言撤回ぃいいいい!?)」


一夏「あ」

ラウラ「な、何だ? 今度は何だ?」ドキッ

一夏「――――――『眼帯が涙で濡れてる』ってことはちゃんと視えてるんだ、両目とも」

ラウラ「え。あ……」ペタッ

一夏「外しなよ、――――――その眼帯。放っておいたら不潔だぞ。バイ菌が湧いて失明する恐れがある」

ラウラ「…………断る(くっ、これ以上 生き恥を晒すわけにはいかない!)」プイッ

一夏「どうして!」バンッ! ――――――壁ドン!

ラウラ「!?」ビクッ

一夏「どうしてなんだよ! 予備の眼帯を持ってないからなのか――――――いや、視えてるならする必要なんてないじゃないか!」ガシッ

ラウラ「あ!? や、やめろ、やめてくれ!」ジタバタ

一夏「外せ! こんなもの!」ポイッ

一夏「あ」

ラウラ「ぅううう!!!(――――――み、見られた! “出来損ない”の烙印を!)」グスン


――――――眼帯の下には涙を湛えた黄金色に不気味に輝く左目と赤の右目とのオッドアイだった。


一夏「………………」ジー

ラウラ「ど、どうだ! 気持ち悪いだろう! “出来損ない”だと思うだろう!」グスン

一夏「――――――“出来損ない”?(オッドアイのことを気にしてるのかな? それでイジメられてきたのかな? でも――――――)」


一夏「ラウラちゃんの眼、綺麗だな」ニコッ


ラウラ「え」カア

一夏「宝石みたいだ。世の中には、――――――いるんだな、黄金の眼をした娘なんて!」キラキラ

ラウラ「おおおお襲われたのはお前だというのに何を呑気な…………」プイッ

ラウラ「(『綺麗』って、初めて言われた……『綺麗』って――――――!)」ドクンドクン

一夏「そっか。頑張ったんだな、本当に」ナデナデ

ラウラ「ふぇ!?」ドキッ

一夏「そういうハンデを背負いながらも千冬姉の許で専用機持ちになれるぐらいに一生懸命やったんだろう?」

一夏「よく頑張ったよ。千冬姉としても喜んでいるよな、きっと」ニッコリ

ラウラ「あ…………」ポー



――――――ラウラは思い返した。

IS〈インフィニット・ストラトス〉が登場するまでは彼女は遺伝子強化試験体の最高傑作としてあらゆる軍事作戦に長けた最強の兵士であった。

しかし、ISが登場して以後の彼女は、IS適性強化として左目に『ヴォーダン・オージェ』という角膜型の電子デバイスの移植した際に、

性質上 何の副作用もないはずが、まさかの不適合のために本来は赤目の彼女の左目は金色に変色してしまうことになった。

しかも、これ以降は能力が制御しきれず最強の兵士としての評価が一転して“出来損ない”へと転落していったのである。

この『ヴォーダン・オージェ』は擬似ハイパーセンサーであり(それでもISのものと比べたら全くハイパーじゃない)、

原理的に視覚情報の高速処理を促すものであり、有視界戦闘が主となるであろうISにおいては非常に有意義な装備になるはずだった。

これが不適合――――――つまりは彼女の場合は『ヴォーダン・オージェ』を通して得たはずの視覚情報との整合がとれなくなったのだ。

これはコンマゼロ秒の精度が要求されるような世界においては致命的な齟齬であり、

軍事力の中心がISに移り変わろうとも、戦闘機乗りに戻ろうとしても、同じ遺伝子強化試験体の面々と足並みが合わなくなっていき、

戦争も数の理で動くのが効率的であることから、部隊作戦ができなくなった彼女は単体では最強の兵士であっても使えない人材となったのである。

そして、彼女のような少年兵の存在はISの存在を盾に正当化した経緯があるので、他の正規部隊に回すと何かと都合が悪い。

よって、IS乗りとして使えない彼女は“出来損ない”という烙印を押されることになったのであった。

いわば、左目の眼帯はその痛ましい過去を覆い隠すためのものでもあり、失明以上に厄介な副作用を抑えこむための原始的な装置であった。

戦うために生み出され、ずっと優秀な兵士であることを取り柄にしてきた彼女にとってこれ以上にない屈辱と苦しみの日々が始まったのだ。

しかし、『あの日』の出来事にドイツ軍が協力したことによってIS教官として招聘された織斑千冬によって彼女は変わった。変わり始めたのである。


――――――恐ろしいことに織斑一夏の言っていることはラウラにとって何1つ間違ってない。が、何かがおかしい!



ラウラ「ああ…………」ポー

一夏「うん、よしよし」ナデナデ

一夏「ん?」チラッ ――――――左腕の腕時計が目に入る

一夏「あ、やべ!」ドキッ

ラウラ「え」

一夏「あと5分もないじゃん!」

ラウラ「あ」チラッ ――――――時刻は午後5時55分!

一夏「そうだよ、もっと他に言うべきことがあったんじゃないのか?! ごめんよ、変なことに時間を使わせて!」アセアセ

ラウラ「ああ…………(確かにそうなのだが、そうだったのだが――――――、)」トローン


――――――何かもうどうでもよくなってきたな。


ラウラ「(そう、私はMANGAの女の子と同じように――――――、)」ドクンドクン

一夏「早く! もしかしたら友矩がどこかで俺たちのことを監視してるかもしれないから!」アセアセ

ラウラ「ああ…………」ボケー


――――――今ならはっきりわかる。私を包み込んでいるこの感情の正体が。


ラウラ「もういい。もういいんだ、一夏」

一夏「え」

ラウラ「…………今日はすまなかったな」

一夏「え」

ラウラ「私は本当はお前のことが憎かった。――――――教官に汚点を残させた張本人としてな」

一夏「…………!」

ラウラ「それに、教官にあんなにも優しい表情にさせる“織斑一夏”という存在が憎かった……」

ラウラ「私には到底できそうもないあの表情――――――私が憧れる織斑教官の強さに永遠に辿り着けないような気がして……………」

一夏「そうかな? 今のラウラちゃんはちょっとまだ険しいところがあるけど今は凄く優しい表情だよ?」ニコッ


ラウラ「…………そうさせてくれたのはお前なのか、始めから全部?」


一夏「違うよ、それは」

ラウラ「え」

一夏「ラウラちゃんが優しくなれたのも、優しくなりたいラウラ・ボーデヴィッヒが優しいラウラ・ボーデヴィッヒに出会えたからだよ」

ラウラ「え? ――――――『私が私に出会えた』?」

一夏「そう。やっぱり千冬姉の笑顔に憧れていたからラウラちゃんも笑顔になれたんだと思うよ」


一夏「結局は自分次第なんだよ。ラウラちゃんは素直で可愛らしい娘だからね。だから変われたんだよ」

ラウラ「……そうなのか?(また『可愛い』って言ったぁ……)」ドキドキ

一夏「考えてもみろよ」

一夏「オッドアイのことでイジメられて、イジケていたところを千冬姉に出会って変われたんだろう?」

一夏「もし、ラウラちゃんが千冬姉の指導をふまじめに受けていたらどうなっていたと思う?」

ラウラ「そ、それは確かに……、もっと落ちぶれていたな、確実に」

ラウラ「(そう、私は東洋人でありながら世界最強だったあの人から何が何でもノウハウを奪い取ろうと必死になって――――――)」

一夏「あるいは、ラウラちゃんは千冬姉の笑顔が気に食わないって思ったんだろう? その時に見限ればよかったじゃないか」

ラウラ「なっ、そんなことは――――――?!」

一夏「ほらね。本当に拒絶したいものならばその時点で千冬姉の教え子を辞めてるはずさ。そうだろう?」

ラウラ「あ…………」

一夏「ほら、本当に素直で可愛い娘だよ、ラウラちゃんは」

一夏「千冬姉としても教え甲斐のある娘だって思わず力を入れて指導したんじゃないか?」

ラウラ「ああ…………(どうしてそこまで私のことがわかるのだろう? “織斑教官の弟”だから?)」ドキドキ

ラウラ「(いや、そんなことはもうどうだっていい。どうだっていいんだ、今は)」


――――――憧れのあの人の弟に恋をしてしまったのだから。


ラウラ「 Ich lieve dich. 」ボソッ

一夏「ん? 何だって?」

ラウラ「な、何でもない……」ドクンドクン

ラウラ「(今はもうそれだけでいい……)」

ラウラ「(これからもまた会いに行けばいいんだから……)」

ラウラ「で、ではな、…………い、一夏!」ドキドキ

一夏「待てよ! 連絡なら今するし、駅まで送っていくって――――――」

ラウラ「私は代表候補生だ! 一人で帰れる!」

一夏「…………そう」


タッタッタッタッタ・・・


一夏「…………行っちまった」

一夏「とりあえずこれでいいんだよな? 現状での最善の選択をしたつもりだけど……」ピポパ・・・

一夏「俺は“俺”としての最善は尽くしたはずだ……」プルル・・・ガチャ

一夏「あ、友矩か?」

一夏「――――――ああ、ラウラちゃんなら一人で帰るって」




ラウラ『すまない。私は織斑一夏に訊くべきことを訊いていなかった』

シャル『え』

箒『……そうか。行って来い』

シャル『え』

箒『どうした? いつまた会えるかもわからないのだ。お前も気になることがあるのなら行ってくればいい』

シャル『ほ、箒は行かないの……?』

箒『私か? 確かにできるならばずっと居たいが――――――ずっと居続けるためにふさわしい資格が今の私にはないからな』

シャル『……どういうこと、それ?』

箒『要するに、あれだ? あれ……』ドクンドクン

箒『そう、――――――『学生の本分は勉強だからしっかり勉強して出直せ』と言われたのだ……』ドクンドクン

シャル『………………へえ』

雪村『それで? 行くのですか、行かないのですか?』

ラウラ『私は行く』

シャル『僕は、いいや』

箒『そうか。ラウラ、気をつけてな。この前みたいな専用機持ちを狙った誘拐事件があったことだし』

ラウラ『安心しろ。私はそういった訓練を受けている。後れはとらんよ』

雪村『あ、教官。あの人に会うのなら一言』

ラウラ『何だ?』

雪村『あの人は間違いなく“織斑千冬の弟”ですから』

ラウラ『………………!』

ラウラ『そんな当たり前のようなことをなぜ言う?』

雪村『何となくです』

ラウラ『わかった。では、私は行くからな』

雪村『はい』


――――――XXXX駅 IS学園行きモノレール乗車口


ラウラ「…………“アヤカ”、お前の言う通りだったな」

ラウラ「“織斑一夏”はまぎれもなく“あの人の弟”であった」

ラウラ「まったく同じ過ちを犯してしまったよ。“世界最強”である“あの人”を疑って食って掛かった毎日と…………」

ラウラ「さすがは3年前の“トワイライト号事件の影の功労者”だな」

ラウラ「織斑教官は彼を救うために決勝戦を放棄して駆けつけて――――――複雑だな」

ラウラ「そうしなければトワイライト号の乗員が皆殺しにされて、私と教官が出会うこともなかったんだ」

ラウラ「いや、それについてはクラリッサも同じことか…………クラリッサが織斑一夏の誘拐を阻止していたら最善の結果になれたのだろうか?」

ラウラ「しかし、『トワイライト号事件』で生身で立ち向かってISを倒したという噂は事実のようだな……」

ラウラ「フランス政府に新曲を発禁されて猛抗議したとある音楽家――――――、」

ラウラ「当時 トワイライト号に乗船していたアルフォンス・アッセルマンの曲には打倒ISと織斑姉弟の武勇を謳った歌詞だったらしい」

ラウラ「あの事件はVTシステムの存在が初めて確認され、『モンド・グロッソ』決勝戦の日でもあったから、」

ラウラ「政治的な理由で『トワイライト号事件』の真相は隠蔽された――――――」

ラウラ「しかし、ISの開発者の妹である篠ノ之 箒が生身でISを倒したという一夏の底力を見たらどう思うかな」フフッ

ラウラ「あ……」

ラウラ「しまった……(織斑一夏、この人は“篠ノ之 箒の許婚”だった…………)」

ラウラ「(そうか。どうも引っかかるような感じがしていたのは、私が応援していた箒の恋路を私自身が裏切ることを――――――)」

ラウラ「………………」ピポパ・・・

ラウラ「…………クラリッサのMANGAにもこんな感じの展開があった気がするな」グスン


ラウラ「クラリッサか? すまない、こんな時間に。実は――――――」




一夏「…………なあ、友矩?」

友矩「何だい?」

一夏「俺は間違ってるのかな?」

友矩「最善の選択をしたのなら結果がどうであろうと間違ってません」

友矩「結果だけが正当だと言うのであれば、大東亜戦争はまさしく正義の戦争でしたね。欧米諸国はまさしく悪ですよ」

一夏「あ、うん。まあ、たくさんの人が死んじゃったけど現在の世界を結果的に創ることになったからな」

友矩「大切なのは反省すること――――――自分が常に正しいと思っているのはむしろ危ない兆候だと思うね」

友矩「迷うっていうことは、それだけ多面的な見方や己の至らぬところがわかっていることに他ならないから」

友矩「この世は諸行無常――――――それが唯一不変の真理」

友矩「だから、それを弁えた上での状況に応じた判断ならば僕はそれでいいと思ってる」

友矩「一夏は進んで人を不幸にしたいと思って選択をしているわけじゃないよね?」

一夏「それは当然だろう」

友矩「なら、それでいいんです。世の中、必ず答えが出ると思い込んでいる輩のほうが頼りにならないのでそれでいいです」

友矩「『できないできない』と苛まれながらも、それでもできることを尽くして実績を重ねてきた人間のほうが何千倍も尊いですから」

一夏「…………フッ」

一夏「ホント、友矩には助けられてばっかりだよ」

友矩「僕としても、刺激に満ちた毎日を送れて嬉しいですよ。――――――これも修行だと思えば自分が磨かれるからね」ニコッ

一夏「ホントにごめんなさい……」

友矩「うん。ようやくだよ。一夏が反省して自分を改めるようになったのを感じるのは。長かったな~。5年ぐらいかな?」

一夏「よく頑張ったよ、俺のような“童帝”相手にさ」

友矩「人を変えるっていうのがどれだけ難しいことかわかってない人が世の中 多すぎるから」

友矩「…………一夏のヒトタラシとしての才が教育に向けられれば最高だったんだけどね」




一夏「やっぱり、――――――ついていけないよな?」

友矩「残念ですけど」

友矩「僕たちは織斑先生が学園を離れている間の警備を担当します」

友矩「現地に向かうのは、この度 IS学園の職員の一人になった一条千鶴“シーカー”です」

一夏「だよな。IS学園の隔絶された環境ならまだしも、広々とした環境の中で接近戦しかできない『白式』は動かせない」

友矩「それに『風待』に織斑先生が乗り換えたという話は広まっているので尚更『白式』は姿を見せられません」

一夏「何もなければいいんだけど」

友矩「…………7月7日」ボソッ

一夏「………………」

友矩「何かあるようにしか思えませんがね」

一夏「束さんはどうしてIS〈インフィニット・ストラトス〉を開発したんだろう?」

友矩「きみの姉が最初のパイロットだったのにきみが知らないはずがないんだけど」

一夏「そうなんだよ……」


一夏「どうして10年前のことが思い出せないんだろう」


一夏「そもそも、俺には元々 IS適性は無かったんだよ。ISに触っても何にも。それが去年になって突然――――――」

友矩「試してみませんか?」

一夏「え」

友矩「――――――『仮想世界の構築』を」

一夏「へ」

友矩「ですから、今度は『あなたの仮想世界の構築』を始めませんか?」

友矩「僕としては最初からこっちの方をやっていたほうが早く“答え”に辿り着いたんじゃないかって思う」

一夏「…………できるのか、そんなことが?」

友矩「僕は篠ノ之 束が一夏に何かをしたんじゃないかって疑ってる」

一夏「なんだって?」

友矩「一夏、これだけは聞かせて欲しい」


――――――篠ノ之 束を討つ覚悟はあるかい?


一夏「…………!」アセタラー

友矩「一夏にしてみれば『1つ上の幼馴染を再起不能にする』ってことだけど、“ブレードランナー”としてやってくれるのか?」

一夏「…………幼馴染を、『束さんを討つ』か」


――――――やるよ、俺。



友矩「そうですか。それを聞いて安心しました」

一夏「あくまでも、あくまでもだよ? それをやれと言われたらやるまでのことだよ、“ブレードランナー”だから」

一夏「けど、“ブレードランナー”として手段は可能な限り選ばせてもらう」

友矩「そうですか。それでいいです」


束 『お前はいっくんには必要ないし、箒ちゃんの幸せも邪魔する!』

束 『どうして……、何がみんなを変えちゃったっていうの!? どうしていっくんも箒ちゃんもちぃちゃんも昔のように優しくなくなったの!?』

束 『そんなのちぃちゃんの思い違いだよ! 私はみんなと輝かしい未来のために頑張っているんだよ!』


友矩「………………」

一夏「束さんは身勝手過ぎる…………自分だけ好き勝手に生きて家族を不幸にしておいて」

一夏「…………止める理由ならいくらでもある」

一夏「だから、その時が来ても――――――、俺は大丈夫だよ、友矩」

友矩「わかりました。その心こそまさしく――――――、」


友矩「――――――人としての情けを断ちて、」

一夏「――――――神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬り、」

友矩「――――――然る後、初めて極意を得ん」


友矩「だね」

一夏「ああ」

一夏「現地のことは千鶴さんや千冬姉にまかせて、ただ無事を祈ろう」

友矩「はい(――――――果たしてやれるのだろうか? “アヤカ”、きみが最後の頼りだ)」

友矩「(IS〈インフィニット・ストラトス〉が相手ならば、『落日墜墓』で撃ち落とさざるを得ない)」

友矩「(託したよ! 一夏の中の“人を活かす剣”の極意を垣間見たというのであれば――――――!)」


それから、学年別トーナメント前後で内部粛清がなされたIS学園の再編成が一通り終わり、

7月上旬の1年生が経験する楽しい楽しい学年行事である臨海学校の日を迎えることになる。

一夏たち“ブレードランナー”は学園の警備のために残り、“シーカー”一条千鶴が織斑千冬と専用機を共有して現地での警備につくことになった。

臨海学校とはあるが、あそこでもISの訓練はあり、1学年4クラスの生徒に数少ない訓練機を乗り回させる忙しい日々になるのは間違いない。

そして、――――――予想される篠ノ之 束の出現。

いったいどちらに――――――否、どちらに対しても仕掛けてくる可能性があり、どちらとしても気が抜けない日が続くことだろう。

その時 何が起こるのか――――――、そのことはまだ誰も知らない。



第9話 登場人物概要

朱華雪村“アヤカ”
Aサイドの主人公。世界観の中心となる存在であるが、今回は織斑一夏の女性関係が中心となる番外編なので目立たない。
しかし、学年別トーナメントでの活躍が評価されて、徐々に待遇や周囲の態度が良くなりつつある。

『最弱最強』の存在として秘密警備隊“ブレードランナー”からも一目置かれるIS学園最大の抑止力であり、
単一仕様能力『落日墜墓』によるPIC無効攻撃が非常に強力であり、解禁すれば誰よりも圧倒的優位に立てるようになっている。
しかし、『落日墜墓』の副作用のことを考えても非常事態以外では絶対に使わないようにしているので、
ただの色違いの『打鉄』を専用機にしているために他の専用機持ちとは実力・戦力ともに大きく差を付けられている。
また、『打鉄弐式』という上位互換の登場で、得意の格闘戦も絶対ではなくなり、日本政府の期待をとにかく裏切り続けている。
しかしながら、『PICカタパルト』を利用した必殺技『昇龍斬破』が決まれば逆転も狙えるので戦う側としてはかなり恐ろしい存在である。
更には、“彼”に合わせたパッケージが2つも送られているので実際の攻撃力は凄まじく上がっている。――――――攻撃力だけは。

仮想世界『パンドラの匣』の開拓も進んでおり、一夏との直接の心の交流『相互意識干渉』によって明るく感化されていき、
一夏の前だと物凄くいい笑顔を見せるようになり、物語開始時と比べると全くの別人のようになっている。
今回 発覚した新事実から徐々に“彼”の出自と“男でISを扱える理由”の真相へと近づいていくことになる。


篠ノ之 箒
「IS〈インフィニット・ストラトス〉の真のヒロイン! モッピーなんて言わせない!」
それが今回の篠ノ之 箒であり、今回の設定によって嫉妬魔を通り越して昔話に出てくるようなお姫様になっている。
一夏の相棒である友矩との問答によってある程度は一夏との間の確執に決着をつけて吹っ切れてはいるものの、
まだ“篠ノ之 箒”である日々が3ヶ月程度しかないために“自分”としての確固たる足跡がないことから、
あるいは自分を慕っていた雪村が徐々に人間らしさを取り戻して交友関係を自分から押し広げていき、彼だけの交友関係を築き始めていることに、
次第に自身が雪村のおまけとして存在を忘れられるだろう疎外感と危機感を抱き始めており、まだまだ情緒不安定である。

原作を踏まえてのこれからの流れを考えると、――――――さてどうなることやら?



セシリア・オルコット
セシリアは力をためている。――――――以上。
元々の接点が希薄な上にラノベ業界屈指のこれ以上にないほどのチョロイン振りを発揮したので、かえって周りがしっかりしてくると見せ場がない。
そして、搭乗機も『打鉄』しか学園の訓練機がない中での遠距離射撃機という嫌味全開の英国面の機体である。

ただし、第1部(アニメ第2期)においてはメインヒロイン:篠ノ之 箒と並ぶほどの出番となる予定なので、
オルコッ党の方々はその時まで息を長くしてお待ちになっていただけると幸いです。


凰 鈴音
今回から徐々に“アヤカ”とは仲良くやっていく描写が徐々に増えていく。

こちらもセシリア・オルコット同様に「力をためている」のであんまり序章(アニメ第1期)では出番が少ない。
ただし、恋の勝負はほぼ篠ノ之 箒がぶっちぎりで首位独走なので、約束が――――――そもそも一夏にまだ再会すらしていない!
やっぱり、2組の娘はニクミーだった…………いや待て、まだ勝負は始まったばかりだ(焦り)


シャルロット・デュノア
――――――妾の娘は見た!
原作や二次創作で大人気の彼女だが、この世界線だと彼女に対しては容赦ない。
優秀なIS乗りであり、男子と見紛う絶世の美少女であることは確かなのだが、一番の地雷女とアンチからは言われている。
原作でも、デュノア社の問題についてはあれ以来 特に語られておらず、根本的な解決になっていないことから一夏に批判が集まる。
そもそもシャルロット・デュノアの変装に関する国家規模の評判がわからないためにどう捉えたらいいものか…………

今作の織斑一夏がIS学園の外部の人間であり、“アヤカ”同様に彼女を守ることができないのに、
どうやって逃げ出してきたシャルロット・デュノアを一夏がIS学園に無事に送り返すことができたか――――――、
そこに記憶を消しただけでは消えない何かが残り続けることになった。


ラウラ・ボーデヴィッヒ
――――――カリスマブレイク!
おそらくIS〈インフィニット・ストラトス〉二次創作でほぼ唯一の決め台詞崩壊になったことだと思う。
“童帝”からすれば別にラウラ・ボーデヴィッヒのような娘は初めてでも何でもなく、しかも事前にどういった娘なのか察しが付いていたので、
今回のように威圧感も何もないまま、あっさり骨抜きにされてしまう。

今作の織斑一夏については非常に複雑な感情を抱いていたのだが、一夏が事前に打った布石によって大きく性格が変わっていたので、
いろんな意味で織斑姉弟には頭が上がらなくなっている。
3年前の『トワイライト号事件』について関係者としてよく知っており、織斑一夏がそこで何をやったのかを追究していた。
そのためにある程度は織斑一夏に対する怨みも原作と比べればずっと薄れており、『更識 簪誘拐事件』を踏まえて、
今回の織斑一夏への訪問は自身の感情を整理する意味でも重要な転換点となる。


更識 簪
災難だったけれども囚われのヒロインとして覚醒した人。
アニメ第2期の後半から登場するヒロインなのだが、ご覧のとおり臨海学校前から本格参戦である。
今作のオリジナル設定として、“更識家”周辺の内情が描かれることになり、
“暗部に対する暗部”として役割が被る秘密警備隊“ブレードランナー”との対比がなされることになった。

いろんな意味で第1部(アニメ第2期)の展開に向けるにあたって重要な役割を担うキャラであり、
後述の“襟立衣”や彼女の姉である“更識楯無”との確執がドラマの中心として展開されることになる。

今作の『打鉄弐式』は荷電粒子砲も第3世代兵器も搭載していない なぎなた1本で戦う高速格闘機であり、
いろんな意味で因縁がある“アヤカ”の『打金/龍驤』とは対比がなされ、良き先輩キャラとして『友達』としては頻繁に登場するようになる。


織斑一夏
やってくれました、この“童帝”くん。
順調に専用機持ちを攻略しており、手を付けてないのは今作では極めて影が薄いセシリアだけである。
Bサイドの主人公であるが、本編であるAサイドの主人公である“アヤカ”の存在感を完全に食う貫禄の原作主人公(?)である。
なるべく原作の織斑一夏らしさを残しつつ、(23)としての貫禄が出るようにしているがどうだったであろうか?

彼の人格が問題視される場面以外はまさしく“童帝”としての包容力と対応力を発揮しており、大人としての力強さも見せつけている。
これがもし(15)ならば読者も見る目が違ったのではないかと思う。
筆者はジュブナイルは否定しないが、若者の人間離れやセカイ系な展開が好きではないガチガチのストーリー性重視の人間なので、
どうしても少年が特別な力を持つ場合だとそれ相応のリスクを背負わせてしまいがち、あるいは頼れる師の存在を用意したがるので、
いったいどうやってこの一夏が中学・高校時代も童貞を貫けたのかは疑問であるが、特に何の加護もなしにほぼそのままの性格で出せたのは新鮮であった。

筆者はISの二次創作で実に5人も一夏の可能性について描いてきてしまった物好きだが、
実は初めてIS〈インフィニット・ストラトス〉アニメで触れた時から、織斑一夏という類を見ないキャラクター性に妙に引っかかるところがあり、
各所から『主人公として魅力がない』『物凄く受け身で怠惰な主人公』『こいつに女がよりつくのはあり得ない』と酷評を受けまくっている彼だが、
どうもこの織斑一夏というキャラは種死の真・飛鳥のように設定上はかなり良い素材で『友達としては本当に良い人』なのだ。
そして、最近になって織斑一夏というキャラクター性が――――――、

――――――釈迦十大弟子の多聞第一:阿難陀に重なることに気づいた。

きっとこいつは阿難陀の生まれ変わりに違いない。筆者はそう思うのだ。
おそらく少年時代は世俗の煩悩に苦しめられるのが宿命なのだろうが、25歳ぐらいにきっと求道者としての道に入り 大成するキャラなのだと思う。
だから、小説サイトでの二次創作で定番のジャンル:二人の男子なんかでは強烈な個性のオリ主の噛ませ犬にされるのだが、それは当然だと思っている。
物語としては情けない主人公の一人なのかもしれないが、ああいった特殊性を考えるとこういった人物は歳を取るほどに魅力的になるのだと思う。
世界宗教の宗祖にせよ、空海にせよ最澄にせよ、求道者としての道を始めたのは成人になってからのことを考えるとそう思えるのだ。
そこまで原作が続くのかは疑問だが、そういった可能性を秘めているのだと筆者は一人感じているのだが、どうであろうか?
それを待てるかどうかは『可能性の獣』の物語のテーマであるそれに通じるものがあるのではないだろうか? そう思わなくても個人の自由だけれども。


夜支布 友矩
織斑一夏の相棒・同性のベストパートナー・内助の功。
友矩の存在が今回のテーマである“人を活かす剣”の案内役・解説役となっており、現在のところ織斑一夏と篠ノ之 箒を教化している。
篠ノ之 箒との婚約の仲立ちをしたわけも、友矩から見ていいこと尽くめだから許した――――――誘導したところがあり、

1,面倒な問題をこれで解消したかったから(篠ノ之 箒が心変わりする可能性もあり、問題の先延ばしのようで実に合理的)

2,篠ノ之 箒に長期的な目的意識を与えることで織斑一夏にふさわしくならんと彼女自身の成長を願ったから

3,その結果 約束が果たされた場合は、人生の大半を“一夏と添い遂げる”ために磨いてきた女傑に育っている

4.そもそも約束が果たされる頃には箒も卒業しているし、ISに対する社会的な情勢も大きく変わっている

5,“童帝”くんに女性関係の節操の無さを自覚させ、自重させるため

6,日本政府としても織斑一夏も篠ノ之 箒も確保しておきたい人物なのでこの結婚は年の差婚であろうとも有益

7,“童帝”くんが一生“童帝”を貫いて多くの女性を未婚にして我が国の出生率の大幅な低下を招かないため

これからも織斑一夏にいいよる女が出てきても、友矩(舅)と千冬(姑)の存在に耐えられない人間はそれだけで振るい落とされることになる。
それによって、織斑一夏の健やかなる人生と“ブレードランナー”としての活躍が保証されることになり、
織斑一夏に人生を捧げている――――――その言葉のとおりに公私共に尽くしている。

状況は描写していないが、今のところ秘密警備隊“ブレードランナー”は日本政府やIS学園に不信感を強めており、どれくらい危機的状況かは推して知るべし。


“襟立衣”
“某教授”の『大いなる遺産』を求めてさすらう謎の青年。
その素顔は謎に包まれているが、“更識楯無”に復讐する意思は明確にしており、間もなくIS学園に接触してくるだろう怪人物。
目的のためなら手段を選ばず、10万円をポンっと渡すぐらいの思い切りの良さがあり、『リムーバー』を持っているので――――――。
ただし、復讐に関係ない人物を巻き込むことを避けているところがあり、自身を『妖怪』と名乗っているわりには外道に徹しきれない甘さがある。

こちらも更識 簪 同様に第1部(アニメ第2期)から本格参戦する人物であり、今作の“更識家”に関するオリジナル設定の中核を担う。


ヒント1:“パンドラの匣”について言及されているあたりを振り返ると――――――?
ヒント2:今作のモデルとなった作品を考えれば彼が何なのか丸わかりです

※わかったとしてもそれとなくぼかしていただけると幸いです。ネタバレしないでね。


織斑千冬
今作では汚名返上のために原作以上に頑張っている人物。
中道左派として学園生徒の保護を第一にして内部粛清を行っており、自身が公職追放した人員の不足による組織の再編で大変忙しい。
使える機体の制限や人員の慢性的な不足によって、精鋭部隊などの生徒による自衛体制の確立は元々行っているのだが、
相手が相手だけになかなか成果が出せず 指揮官としての管理運用能力を問われていたが見事に責任転嫁して難を逃れている。

しかし、これからのIS学園は世界中からのスパイでひしめくことになり、序章(アニメ第1期)ではまだそこまで描かれていないが、
徐々にIS学園内での左派と右派の派閥抗争が激化していく運命にある。
なお、『こんな内部抗争でゴタゴタな学園でよく解体されずに無事なもんだ』と言われれば、
ホグワーツ魔法魔術学校とか学園都市などの一般生徒にとって極めて危険な場所が小説界には多々あるので、
大多数がこの世界の超兵器であるISに触れることすら難しいことを考えると極めて安全だし、死人も出てないので健全。間違いない(半ギレ)
良くはないんだけど、どうしようもない…………

ただし、原作ラノベでの彼女が入学初日に戸惑う実の弟に対して放った発言の中にとんでもないものがあり――――――。




それでは今回もご精読ありがとうございました。

専用ブラウザのことをオススメしてくださったかた、心より感謝申し上げます。

野心的な内容となっており、すでに原作とは懸け離れた展開がなされておりますが、

筆者の考えるISの世界観をできる限り掘り下げてみたものとなりますのであしからず。

次の投稿も何もまだ書き終わっていないのですが、来月中には必ず完結させますのでよろしくお願いいたします。


それでは、あらためてご精読ありがとうございました。


コメントって見るだけで意外とうれしいものがありますね。これからもよろしくお願いします。

OVAワールド・パージ編はPVを見る限りかなりの再現度となりそうなので期待です。

で、原作は1年に1度しか出さないつもりなのだろうか・・・・・・


第10話A “アヤカ”の剣  -福音事件・表-
Sword of IS-killer the Revelation






雪村「はあはあ………………」ゼエゼエ


少年は深山樹海に逃げ込んでいた。

逃げる理由はただ1つであった。


――――――殺される!


雪村「くっ…………」ガサガサ

雪村「…………どこまで逃げれば逃げ切れる?」アセダラダラ

雪村「できるだけ遠いところへ……」ゼエゼエ


少年は自分が殺されることを知って脱兎の如く駆け出していた。

少年の心を支えてきたあの仮面の守護騎士は今は離されており、とても自分の命が助かるように思えなかったからだ。

道無き道を遮二無二に走りこみ、深い森の中へと――――――いっそこのまま消えてしまいたいという念に駆られながらも、

少年には“死”という選択肢はなかった。『とりあえず生きて、とにかく死なない』のが一種の強迫観念になっていたのだ。

そして、初めて覚えた孤独な孤独の感覚――――――孤独な群衆とはまた異なる人気が全く感じられない中で覚えた孤独感。

だが、一昔前の少年だったらそんなことを意にも介さずにどこまでも少年らしくあったことだろう。

しかし、今の少年には孤独な孤独と孤独な群衆の違いがはっきりとわかるようになっていた。

それによって、少年の心は新たな痛みを新体験することになるのだ。


だが、少年の心は新体験のこの孤独な孤独の痛みによって徐々に封印されてきた潜在意識が呼び覚まされていったのだ。



なぜならば――――――、

雪村「…………昔、こうやって『何もかもを捨てて遠くへ逃げたい』って思ったことがあったっけ」

雪村「人知れず、ひっそりと生きて――――――」

雪村「そう、人並みだなんて最初から僕には無かったんだから」

雪村「でも、僕はそれを……、そのチャンスを自分で見送ってしまって――――――」

雪村「………………え」

雪村「どうして『そんなことを考えたこと』を憶えているんだろう?」

雪村「だって、僕にだって『家族』はいたんだじゃないのか?」

雪村「でも…………」

雪村「(そうだ。いくら記憶が消されてもそうでなくても、PTSDのように強烈な体験や薬物中毒のフラッシュバックのように、)」

雪村「(顕在意識が認識できなくても潜在意識が憶えているだなんてことは学術的にも認められていることじゃないか)」

雪村「(なら、僕は『家族』に対して何の感慨を覚えないのは、僕にとって『家族』なんてその程度のものだったからなのかな?)」

雪村「(そう、『家族』にだっていろいろある)」

雪村「(篠ノ之 箒の家庭とシャルロット・デュノアの家庭のどちらも『家族』だ。『家族』が必ずしも吉事の象徴ではあるまい)」

雪村「それでも」

雪村「(それでも確かに、僕ははっきりと『そういうことを考えたこと』を憶えている)」

雪村「(そうすることがどういうことなのかは具体的にはわからなくても――――――、)」

雪村「(――――――そうした結果、残された『家族』がどうなるかはなんとなく理解していた。説明を受けていたかもしれない)」

雪村「けれども、僕はそうしてでも自由に憧れていた頃があった…………?」

雪村「…………?」

雪村「待てよ? そもそも僕に『家族』なんていたのか? 僕が孤児だった可能性はどうなんだ?」

雪村「――――――僕を縛り上げるために『家族』が存在していた?」

雪村「………………」

雪村「一夏さん、僕は――――――」



ビュウウウウウウウウウウウウウウウン! バサバサバサ・・・


雪村「!」ビクッ

雪村「うぅううう…………」 ――――――突き抜ける疾風!

雪村「…………今のが、『銀の福音』というやつだったか?」

雪村「やっぱり、あの予知は本物だったんだ…………」

雪村「僕が今頃 旅館に残り続けていたら――――――」アセタラー

雪村「とにかく、『知覧』が囮になっている間に逃げないと…………」


雪村「どうして僕にIS〈インフィニット・ストラトス〉を使う力があったのか…………それさえなければ僕は『家族』と一緒に」ポタポタ・・・


孤独な力無き少年はただただ逃げるしかできなかった。それが少年の精一杯である。

だが、これまでただ流されるだけだった少年にとっては大きな一歩であり、

“世界で唯一ISを扱える男性”として行儀よく飼い殺されるよりは遥かにマシだった。

ただ、少年の少年なりの自由を勝ち取るためにその逃避行の果てに力尽きて屍を晒そうとも、

――――――『それが本望』と思えるほどに、

顔は涙に濡れて割り切れない思いを抱えながらもその脚は力強い一歩を深い森の中の道無き道に刻んでいったのである。


――――――なぜ少年は逃げているのか?


それは“アヤカ”と呼び親しまれた1年1組のマスコットである“彼”が自分らしさや自分であるために必要なものを守り通すためであった。

そう、“アヤカ”として初めは空っぽだった“彼”の中にはこれまでになかったもので満たされるようになり、

同時に、“アヤカ”らしさ――――――自分らしさもこれまでの日々の中で表現されていっており、

それは生きながらにして死んでいた“彼”の人生においてはまさに――――――!


だからこそ、少年は人知れず人気のない道無き道を突き進むことを決心したのである。





――――――――――――

―――――――――

――――――

―――


――――――臨海学校、7月6日:1日目


山田「今11時です! 夕方までは自由行動! 夕食に遅れないように旅館に戻ること!」

山田「いいですね?」


一同「ハーイ!」


雪村「………………」ボケー(パラソル付きビーチベッドに寝そべっている)

箒「おい、雪村あああああああ!」ダダダダダ!

雪村「!?」ビクッ

箒「お前、せっかく海に来たのにビーチベッドとはどういうことだぁー!」

雪村「…………読書の邪魔をしないでくれませんか?」

箒「ほう? 臨海学校前に出されたあれだけの宿題もさっさと終わらせてせっせと読書か。それは感心だな」

箒「だが、お前は空気を読め! たまには馬鹿みたいに頭を空っぽにして遊ばないとダメなんだからな!」ガシッ

雪村「…………うっ、わかりました」シブシブ

箒「よろしい」

箒「よし、棒を持て!」

雪村「棒倒しですか」

箒「お前が満足できるような遊びをわざわざ考えてやったからな? 覚悟しろ」

雪村「………………」



――――――エクストリーム スイカ割り


女子「見て、あれ! 凄く逞しい…………」

女子「“アヤカ”くんって脱ぐと凄かったんだ…………」

女子「うぅんセクシィー」


箒「さて、ちゃんと見えてないな、雪村?」

雪村「………………はい」(目隠し)

箒「お前も見ただろうが、この日のために業者に頼んで砂浜にコースを造ってもらったのだ」

箒「ほぼ一直線でガードレール代わりの砂の城壁も完備してある」

箒「お前にはおよそ100m先にあるスイカを幅5mの道に沿って目隠しで進んでもらう」

箒「制限時間は10分で、ガードレールから向こうに両足を出した場合も失敗だ。もちろんISも使用不可だ。ハイパーセンサーは使うなよ」

箒「なお、障害物もたくさん用意されているぞ。不特定多数による水鉄砲や、声援に見せかけた誤情報を流すギャラリーもボチボチ」

箒「わかったか?」

雪村「とりあえず、前に進めばいいんでしょう?」

箒「ああ。今 居るところは確かに前を向いているぞ」

雪村「それじゃ始めてください」

箒「よし! カウント5だ! 始めてくれ!」

雪村「………………」


――――――5、4、3、2、1、スタート!


雪村「………………」スタスタスタ・・・


――――――
実況「始まりました、エクストリーム スイカ割り」

実況「今回はマイクで実況してしまうと“アヤカ”選手にも丸わかりなので肉声で聞こえない程度にさせていただきます」

実況「解説は、“アヤカ”選手とは“母と子の関係”の抜群のチームワークで学年別トーナメント決勝まで上り詰めた篠ノ之 箒さんです」

箒「よ、よろしく頼む……(どうして私が解説席なんだ…………私がそれだけ雪村を理解していると見られているからなのか?)」

実況「早速ですが、躊躇うことなく“アヤカ”選手! 早歩きで一直線に歩き出した!」

箒「常人から見ると、目隠ししているのによくあれだけの速さで踏み込めると思うだろうが、」

箒「雪村は単純な発想で手っ取り早く目標を果たすことだけを考えている」

箒「つまり、ガードレールに当たったらそれを伝って進んでいけば安全に辿り着けると踏んだのだろう」

実況「なるほど! では、ガードレールに当たったらそれを伝っていくだけでスイカの元へ辿り着けちゃうんですか?」

実況「それに気づくとは“アヤカ”選手はさすがの慧眼ですが、これではあっさり勝負がついてしまうのでは?」

箒「安心しろ。その辺は抜かりはない」
――――――


――――――10m 右ガードレール直前


雪村「…………お」(左足の先端に砂の壁のようなものが当たる)

雪村「(コース右端のガードレールについたようだな。後はレール沿いに進めばあっさり着くな)」

雪村「………………!」

雪村「うわっ!?」バタン!

雪村「…………!?」

雪村「(マズイ、たぶん胸の辺りで押し潰したのはガードレールだ! 落ち着いて起き上がって方向感覚を見失わないようにしないと!)」

雪村「…………っと」オソルオソル

雪村「(けど、今のはいったい?)」

――――――
実況「おっと! “アヤカ”選手、転倒してガードレールに倒れこんだ~!」

箒「両足がコースから出たら失格だが、雪村のことだ。慎重に起き上がることだろう」

実況「何が起きたんですか?」

箒「ああ。ガードレール沿いに進めないように落とし穴や段差を用意させてもらった」

箒「他にもガードレールが微妙に湾曲させて あらぬ方向に進んでしまうようにもしてみた」

実況「あ、確かに20m地点では左のガードレールがコース真ん中に伸びていってますねぇ!」

箒「それを20m毎に交互に置いてネズミ返ししているわけさ」

実況「おお! ガードレールを使うという楽な作戦はこれで使えなくなったぞー! 目隠しされてる身としてはわかっていても回避は困難!」


鈴「へえ、おもしろそうなのやってるわね」

鈴「何々? 『水鉄砲でおもいっきり狙ってOK』――――――なるほどねぇ」ニヤリ

シャル「“アヤカ”~! そのまままっすぐー!」

セシリア「“アヤカ”さ~ん! もうちょっと左を向けば真正面に進めますわ~!」

本音「“アヤヤ”~、もうちょい右、右~」

相川「ちょっとあんた、テキトーなこと言ってるんじゃないわよ」

谷本「ふふ~ん! せっかくだから楽しまないとね?」ニヤリ
――――――


――――――30m 右ガードレール沿いに慎重に進む


雪村「………………」

雪村「?」

雪村「………………」ジャリジャリ(立ち止まって棒で辺りを探りを入れる)

――――――
実況「おっと、何を感じ取ったのか、持っていた棒で床を探り始めたぞ~」

箒「さすが雪村だな…………並外れた直感力だな」

箒「いや、コースを一度眺めて30m付近に何か埋まっていることを悟っていたのか?」

実況「え、何が埋まっているんですか、あの辺は?」

箒「あの辺りには確か――――――、」パラパラ・・・

箒「そう、踏むとガードレールの城壁に隠されたオーディオプレーヤーからガラスが割れる音が唐突に鳴るんだ」

実況「え、それって効果あるんですか?」

箒「雪村の想像の上を行かないと罠なんて意味ないぞ」

箒「ここが砂浜の上だからこそ、あり得ないような怪奇音には敏感になるはずさ」

実況「な、なるほど……」

実況「でも、スイッチを不意に踏んでくれないと意味無いですよね、それ」

箒「ああ。見事にスイッチを看破されてしまったな」


ガラガラガッシャーン!


観衆「きゃーーーーー!」

鈴「び、ビクッたぁ……」ビクッ

シャル「突然、ガラス棚が割れる豪快な騒音がきたらそりゃ驚くって……」ドクンドクン

セシリア「わ、私は突然 みなさんが驚いたのに驚いたのであって、別に私は音に驚いたわけではなくってよ……?」アセダラダラ

鷹月「む、無防備に構えていた私たちのほうがビックリよ……」ドクンドクン

谷本「うぅ……、肝腎の“アヤカ”くんは身構えていただけあって全然動じてないし……」ドクンドクン

本音「あ~、びっくりした~」ドクンドクン

相川「し、心臓に悪い……」ドクンドクン
――――――


――――――40m 右ガードレール:死出の緩やかなカーブゾーン


雪村「………………」

――――――
実況「さて、最初は左にあった死出のカーブゾーンですが、今度は20m後に右側に登場だー!」

箒「これで終りとなるか、雪村!」

箒「ちなみに、カーブしたガードレールをそのまま直線上に進むとコースアウトするように反対側のガードレールが一部撤廃されているぞ」
――――――

雪村「………………」

――――――
相川「あ、“アヤカ”くん! 危ない! ガードレールが曲がってるよー!」アセアセ

谷本「“アヤカ”くん、そのままそのままー!」ニヤニヤ

簪「“アヤカ”! 今、道の真ん中!」

鈴「“アヤカ”! そのままよ! そのままー!」


実況「見事に外野が2つに割れましたね」

箒「そのほうが面白いから今はそれでいい……」

実況「え」

箒「いや、さすがに難しすぎたかと思っただけだ」

箒「雪村でもこれはさすがに無理だろう」


セシリア「あら!?」

シャル「あ、停まった?」

鈴「あ、“アヤカ”~! どうして停まったのよ~! そのまま、そのままよ~!」

相川「“アヤカ”くん! 戻って! ここは戻ってガードレールを跨いで!」


箒「…………雪村?」

実況「おっと、“アヤカ”選手! まだ死出のカーブゾーンの道が途切れてないのに立ち止まった!」

実況「周りのガヤからの情報を信じる気になったのか、しかし 実況席でもガヤがうるさくて聞き取れないのに、」

実況「コース両サイドからのガヤを聞き分けることができているのでしょうか~!」
――――――


雪村「………………」キョロキョロ

雪村「………………」クルクル

雪村「………………」スタスタ・・・

雪村「…………!」ピタッ

雪村「………………」クルクル

――――――
実況「どうやら死出のカーブゾーンの果てまで来てしまいましたー!」

箒「だが、おかしくないか?」

箒「普通ならガードレールが途切れていることに気づいて、もう少し先まで踏み込むなり 安全に引き返すなり あるはずなのに、」

箒「雪村はどうして真正面を向くことができているんだ!?」
――――――

雪村「………………」


『馬鹿な! その角度ならスイカとは真正面だ! もしかして、もしかするのか……!?』

『どうしてそのまま踏み込まないの?! そのままコースアウトしちゃえばいいのに…………!』

『引き返せ! 引き返せ! そのまま引き返して残り時間まで彷徨っていればいいのに……!』


雪村「………………フフッ」

雪村「――――――!」バッ

――――――
実況「は、走ったああああああ!」

実況「実況席ではわかりづらいですが、おそらくコース中央をゴールライン中央にあるスイカ目掛けて一直線かー?!」

箒「ば、馬鹿な!? 目隠しは3重にもして見えてるはずがない!」

箒「だ、だが! 50m地点の中央にはこうした万が一に備えて縦長のすり鉢状の浅く広い落とし穴がある!」

箒「それに嵌まりさえすれば、再び転倒して方向感覚が失われるはずだ!」
――――――


――――――50m前 中央:落とし穴


雪村「………………」ダッダッダッダッダ!


『雪村! もうそろそろお前は落とし穴に嵌るぞ、嵌るぞー!』

『50mを過ぎたら水鉄砲解禁! “アヤカ”の顔に思いっきり水鉄砲 中てたげる!』

『嘘!? このままゴールのスイカまで一直線じゃない! ダメダメダメ!』


雪村「うおおおおおおおお!」バッ!

ピョイーン!

雪村「くっ…………」ドサァ

雪村「ふぅ……」ヨロヨロ・・・

雪村「はっ!」ガバッ! ダッダッダッダッダ!

――――――
観衆「お、おおおおおお!?」

パチパチ、パチパチパチパチ・・・!

実況「い、今! 何mぐらい跳んだんのでしょうか!?」

鷹月「確か、城壁の櫓で5m刻みだったはずだから、ざっと7m以上は跳んだんじゃ……?」

実況「じ、実に見事な走り幅跳びでした! しかも、素足で砂の上からですよ、これが! これは高校記録を狙えるレベルじゃないでしょうか!?」

箒「た、確かに凄かった……(さすがだな、雪村……)」ドクンドクン

箒「49-51mの2mの長さの落とし穴を余裕で跳び越して行ったようだな……」

箒「(だが、どういうことだ!? さすがに落とし穴があることもその正確な位置もわからないはずだ、一見しただけじゃ!)」

箒「(まさか、雪村は1部しかないはずのこの資料を盗み見ていたのか!? いや、私も今 もらったばかりだからそれはあり得ない!)」


鈴「ハッ」

鈴「ま、待ちなさーい、“アぁヤカ”ー! 私の水鉄砲を喰らいなさーい!」タッタッタッタッタ!

谷本「おっと、思わず見惚れてた……! せっかく何だし楽しまないとね!」タッタッタッタッタ!

セシリア「“アヤカ”さんには悪いですが、体の良い射撃訓練の的になってもらいますわ!」ジャキ

シャル「意外とみんな容赦ないんだね……」アハハ・・・

簪「まあ、“アヤカ”は気にしないとは思うけど……」

本音「カンちゃんも一緒にやろ~」

簪「で、でも…………」

相川「砂の上でも脚 速ーい……(それにしても夏は陽射しがきついなぁー)」
――――――


――――――90m前 中央:最後の難関


雪村「………………」ダッダッダッダッダ!

――――――
鈴「くっ、待てぇーい!」プシュー!

セシリア「くっ、今度こそ中てますわ!」プシュー!

谷本「目隠しで砂に足を取られてこの数なのにほとんど躱されるなんて……」ゼエゼエ


実況「ホントに目隠しをしているのか疑わしいほどの凄まじい動きです!」

実況「コース前半は慎重に進んではいたものの、コース後半からは7m超の走り幅跳びで観衆を魅了した後、」

実況「コース中央にはもうトラップが仕掛けられていないので、このままゴールまで一直線なるか!?」

箒「まさかこうなるなんてな…………(ラウラと一緒に考えたコースだけどやっぱり雪村は私たちの想像の遥か上を行った!)」

箒「だ、だが! 最後の10mからはガードレールが半円状になってその中央のスイカが置かれている台座まで直接辿り着かないといけないぞ!」

箒「最後の90m地点から急に段差となっているから、そこで足を踏み外すはずだ!」

箒「これはスタート直後に装置で高さをつけたから、50m地点の落とし穴のようにはいかないぞ!」
――――――

雪村「………………」ダッダッダッダッダ!


『90m地点で雪村! お前は装置で造られた段差で盛大にこける! そろそろだな……』

『いつの間に段差なんてできた――――――そうだ! そこでこけたところを思いっきり水鉄砲で中ててやるのよ!』

『ああ! このままだと本当に一直線でスイカのところまで辿り着いちゃう!』


雪村「………………フフッ」ダッダッダッダッダ!

雪村「――――――1,2,3,4,5!」バッ!

ピョイーン!

雪村「くぅ……」ゴロンゴロンゴロン・・・コツン

雪村「ふぅ……」ヨロヨロ・・・

雪村「………………」ペチペチ

雪村「はああああ!」ブン!

バチャ!


ピーーーーーーーーーーーーーー!



――――――
観衆「」

実況「」

箒「」


実況「げ、ゲームクリアー! “アヤカ”選手、見事にエクストリーム スイカ割りを制しましたぁー!」


観衆「お、おおおおおおおお!」パチパチパチ・・・

箒「ば、馬鹿な!? ラウラ、私は夢でも見ているのか!? 制限時間が半分以上残るだなんてそんなのあり得ない……!」

ラウラ「そうだ、あり得ない……! 我が『黒ウサギ部隊』の頭脳を結集したコースがこうも容易く攻略されるとは!」モゴモゴ

箒「うおっ!? 何だタオルお化け――――――って、その声、ラウラか?」ビクッ

ラウラ「あ、ああ……。しかし、目隠しにハイパーセンサーも使ってないのにどうしてあれだけの動きが…………」モゴモゴ(タオルお化け)

ラウラ「というより、明らかに眼が見えてる以上に何があるのか最初からわかっていたような動きだったぞ、あれは……」モゴモゴ

箒「け、けど! これを企画したのは私とお前とお前のところの隊員しかいないだろう? 企画書もこれしかないし……」

ラウラ「私もわからん。せっかくガードレール沿いに大量の罠を仕掛けたというのに、」モゴモゴ

ラウラ「まさか文字通りに中央突破されるとは予想外だった……」モゴモゴ

ラウラ「そもそも、人間というものは視覚の補正で身体の向きを無意識に修正している――――――」モゴモゴ

ラウラ「だから 視覚を封じられれば、正確な向きを維持したまま進むことなど至難の業だというのに……」モゴモゴ

ラウラ「その場で足踏みしているだけでも人間の身体の向きは回転していくというのに、何ということだ…………」モゴモゴ

ラウラ「だがそれ以前に、40m地点の死出のカーブゾーンでどうやってゴール地点の正確な向きがわかったというのだ!?」モゴモゴ

箒「ああ。ホントだよ…………(私は改めて雪村の潜在能力の凄さというものを痛感するのであった……)」
――――――


雪村「あ、いいスイカだな…………しっかりとした甘みがある」ボリボリ

箒「な、なあ、雪村? 私たちとしては雪村にも楽しんでもらえるように趣向を凝らしたつもりなんだが、――――――完敗だよ」

箒「教えてくれないか? どうやって罠の正確な位置がわかったんだ? 明らかにわかっていたよな?」

雪村「うん?」

ラウラ「そ、そうだぞ! あれを無意識にやっていたとするならば、貴様は正真正銘の怪物だ!」モゴモゴ(タオルお化け)

ラウラ「私は上空から今後の部隊訓練の参考として撮影していたが、途中から明らかに動きがおかしかったぞ、貴様……!」モゴモゴ

雪村「そうなんですか?」

ラウラ「当たり前だ! コースを見ろ!」モゴモゴ

雪村「?」チラッ

――――――
相川「え!? コースアウト!? いつの間に!?」 ――――――死出のカーブゾーンに乗せられる!

谷本「きゃ~! 助けて~!」 ――――――落とし穴にはまる!

本音「こっちでいいんだよね~?」 ――――――位置がわからなくなり、コースを逆走中!

その他「きゃああああああああ!」 ――――――ガードレール沿いの各種トラップに引っかかる!
――――――

雪村「ずいぶんとえげつないトラップが仕掛けられていたんですね」

箒「今のところ、50mを越えられた人間は半分もいないぞ。大抵は20m毎に左右交互に設置してある死出のカーブゾーンで詰まる」

箒「それなのに雪村は初見でそれに引っ掛かったのに、むしろ中央で途切れていることを逆手に取ってスイカまでの理想的な直線距離を結んだ」

箒「どうやってそれができた? 帯にゴーグルにアイマスクの3重掛けの目隠しをしてどうしてスイカの方向がわかった?!」

雪村「――――――勘?」

箒「ああ…………」

ラウラ「もう私は驚かない――――――『驚かない』と言ってみせたはずだ……」モゴモゴ

雪村「ま、最終的には勘ですけど、コースに対して水平かどうかを知る手掛かりはいくつもありましたよ」

ラウラ「な、なに?」モゴモゴ

雪村「例えば、今は12時近くですけど太陽の陽射しの感覚や両側から聞こえるガヤで向きは確実にわかりますね」

ラウラ「まあ、それぐらいは普通だろう。――――――そんなことを聞きたいんじゃない」モゴモゴ

雪村「コースを一度見ていたから?」ボリボリ

ラウラ「それだけじゃないだろう」モゴモゴ


山田「――――――驚きましたね」

千冬「ああ。ISドライバーの枠だけでは収まらないような驚くべきセンスの塊だな」

千鶴「でも、“彼”はその全てを曝け出すことを極端に恐れている――――――」

千冬「しかたないな。自分でも知らない自分の潜在能力に苦しめられてきたのだからな……」

千鶴「明日は7月7日ですけど――――――、どうします、防衛司令官?」

千冬「私が出よう。山田くんは後衛、千鶴は後方で指揮を頼む」

山田「わかりました!」

千鶴「わかったわ。仰せのままに」

ザワザワ、ジロジロ、ワーワー

生徒「わぁー、織斑先生に山田先生、それに一条先生だぁー!」

生徒「みんな、グラマラスで素敵よねー」

生徒「織斑先生は美しくて、山田先生はかわいくて、一条先生はカッコイイ!」

ワーワー、ガヤガヤ、ワイワイ

千冬「では、私たちも今は――――――」

山田「はい」

千鶴「ええ」

ラウラ「おお、織斑教官! 教官はいつ見てもお美しい」モゴモゴ(タオルお化け)

千冬「うん? 何だ、このタオルお化けは? ――――――脱げ、ラウラ」

ラウラ「あ、いえ! 私はこれで――――――」ススス・・・

千冬「『脱げ』と言ったら、脱ぐんだ。ほら!」ガシッ

ラウラ「ほわっ!?」バサッ

ラウラ「う、うう…………」カア

千冬「ほう? お前にしてはいい趣味だな」ニヤニヤ

箒「そう思いますか、織斑先生。雪村と同じくみんなが選んだものをちゃんとラウラは着てくれているんですよ」

ラウラ「し、しかたなくだ、これは……」モジモジ

ラウラ「べ、別に、私自身が『可愛い』と思ったから着てやっているわけじゃないのだからな? か、勘違いをするなよ!」ドキドキ

千冬「ほう? お前もそういうことを気にするようになったか」

千冬「年頃だな」ニコッ

ラウラ「あ」

ラウラ「…………はい」ホッ


雪村「――――――優しい顔、してるね」

ラウラ「え」

ラウラ「ああ、そうだな」

雪村「何言ってんの? ――――――『ボーデヴィッヒ教官が』ですよ」

ラウラ「……私が?」

箒「そうだな。最初の頃のおっかないイメージは完全になくなって、織斑先生譲りの頼りがいのあるキャラになったもんだ」ウンウン

箒「何か騒動を起こしてくれるんじゃないかと思っていたが、ラウラはちょっと無愛想なだけのヒーローだったからな」

千冬「どうだ? こいつを過去の自分だと思って育ててみた結果、自分にとっても得るものがあったんじゃないか?」

ラウラ「はい。“アヤカ”の教育は得るものが多くあったように思えます」


千冬「これからも私に代わって“アヤカ”のことを頼むぞ、ラウラ」


ラウラ「はい! おまかせください!」ビシッ

箒「…………?」

雪村「………………」

山田「………………」

千鶴「それじゃ、千冬。あっちでビーチバレーでもやらない?」

千冬「そうだな。お前たちも来い」

雪村「やだ」

箒「え」

千冬「……なんだと?」

ラウラ「おい、“アヤカ”!」

雪村「僕はここでスイカを食べてるんだ。邪魔しないでください」ボリボリ

千冬「……ほう、懐かしいな。私の言うことをここまで聞かない生徒としてはお前が間違いなく一番記憶に残るだよ」

山田「あ、あははは……」

箒「雪村は相変わらずだな」フフッ

セシリア「そうですわね。最初に会った時からあの千冬さんの言うことに真っ向から反発して痛い目に遭ってましたわね」クスッ

セシリア「何と言うか、始業日のことがいろんな意味で“アヤカ”さんの為人というのが強く印象に残ってますわ」

箒「そうだな。あいつは本当に最初は無愛想で物を知らないやつだったよ」

セシリア「はい。人ってこんなにも変われるものなのですね」

箒「…………そうだな。『こんなにも』な」


箒「(そう、10年前に姉さんがISを開発してその4年後に重要人物保護プログラムの暗黒の6年間――――――)」

箒「(なんだか遠い昔のようにさえ感じてしまうな、――――――重要人物保護プログラムでの苦しみの日々のことを)」

箒「(今になって考えてみると、1年前の今頃は私は唯一の取り柄だった剣道でがむしゃらに全国大会を勝ち進んでいた時だったな……)」

箒「(あの頃の私は人よりも身体能力に恵まれていたから剣道の理念などかなぐり捨てた力押しで中学剣道の頂点に立ってしまった……)」

箒「(人より卓越した鋭い剣捌きで一気に相手を切り崩すのが私の戦い方であった。人それを邪剣だとか暴剣と言い、)」

箒「(とにかく、相手を叩き斬るつもりであらん限りの力で竹刀を相手に叩きつけ、)」

箒「(相手が痛さのあまりに立ち往生してもひたすら有効打突を連続させ、相手が倒れこもうが容赦なく面を叩き込んだ――――――)」

箒「(いったい私は何人の人間を剣道で傷つけてきてしまったのだろう?)」

箒「(ただただ自分に許された唯一自分のものと言えた剣道で全国優勝して得たものは賞賛も何もない虚しいだけの経歴と満たされない自分だった)」

箒「(その時、審判団の中にいた剣道七段の一人の先生のにこやかながらも含みを持った視線を浴びて、私は初めてハッとしたのだ)」

箒「(――――――私が尊敬している父:篠ノ之 柳韻が見ていたら私のことをなんと叱りつけるのかを)」

箒「(そしてもう1つ、一夏のやつは千冬さんに比べたら気迫の差で負けていたらしいのだが、いつもいつも楽しそうに剣道をしていた姿を思い出したのだ)」

箒「(私が全国優勝してようやく得たものはまさしく重要人物保護プログラムの中で歪んでしまった私の剣――――――己自身の精神の自覚だったのだ)」

箒「(それから私は自分を抑える努力をするようにはしてきたのだ)」

箒「(一夏との結婚の約束のこともあったし、何より尊敬している父に恥ずかしくないような一人の武士として大成できるように…………)」

箒「(今はどうなのだろうか? 私はちゃんと自分を抑えられているのだろうか? 見失わずにいられたのだろうか?)」

箒「(学年別トーナメントの時の私は満点だったと言えるのだろうか? ――――――それは誰も答えてはくれない)」

箒「(けれども、ただ間違いなく言えることがある)」


――――――去年よりも現在のほうが楽しい。


箒「(気の置けない友達だってこんなにもできたし、まさか専用機持ちのみんなからこれほどまで仲良くなれるだなんて思わなかった)」

箒「(それに、“彼”――――――朱華雪村という私と同じく姉さんが開発したISで苦しんできたこの少年との出会い)」

箒「(思えば今までだってそうだったし、今日のエクストリーム スイカ割りでも、いつも雪村は私たちの想像を遥かに超える何かを見せてくれた)」

箒「(そう。そのことを思えば、きっと私は大丈夫なのだとそう思えたのだ。――――――雪村が出してきた実績を見てくると)」

箒「(むしろ、雪村との繋がりを意識するのであれば、ISエンジニアとして雪村を支えていく道に専念していくのもありなんじゃないかと思えてきたぞ)」

箒「(私はどうせ適性がランクCなんだし、雪村はこれから同じ『打鉄』乗りの更識 簪とよろしくやっていくことになるだろう)」

箒「(なら、整備科に入って雪村の専属エンジニアになってチームを組み続けるのも悪くないかもしれないな)」

箒「(なんだかこの学園に入ってからそればっかりだな。雪村のことで一喜一憂し続けてそれでも前に進んで来れたんだから)」

箒「(本当に今の私は雪村ありきな思考に陥っていて、それで大丈夫なのかと不安になる時があるけれども、)」


――――――『何とかなる』そう信じていればいいんだ。私は雪村のことをどこまでも信じ抜いて足りないところを補ってさえいれば。



箒「よし、食べ終わったな。さっさと行くぞ」

雪村「えー、やだー」ボリボリ

箒「いいからくるんだ!」

箒「うん、雪村? スイカの種が見当たらないがどうした?」

ラウラ「確かに。あの黒いのが見当たらないぞ」

雪村「ん?」

箒「まさか、お前はスイカの種も全部食べる派なのか!?」

ラウラ「どうしたのだ、箒よ? そこまで驚くようなことなのか?」


鈴「ふふふふ、スイカの種はね? 飲み込んじゃうと身体の中で成長して身体の隙間という隙間からツタが生えていって――――――」


ラウラ「?!」ゾクッ

雪村「何言ってんだ、この2組の人?」ジトー

箒「おいおい、鈴。こいつがそんなことでビビると思うか?」

鈴「まあね。言ってみたかっただけ~」

ラウラ「…………」アセダラダラ

雪村「それじゃ、お手洗いに行ってきます」スタスタスタ・・・

鈴「待ちなさいよ。私もついていくわ」

雪村「は?」ピタッ

箒「!」

箒「そうだな。お前が逃げ出さないように待っていてやるから感謝しろよ?」

雪村「…………げ」

鈴「あんたを逃がしたら千冬さんに酷い目に遭わされるんだから、私のためにおとなしくビーチバレーしなさいよね!」

ラウラ「そ、そうだぞ、“アヤカ”よ! その前に催吐剤で飲み込んだものを吐くんだ!」アセダラダラ

雪村「は? ――――――『催吐剤』?」

鈴「え」

箒「ら、ラウラ……?」

ラウラ「“アヤカ”! お前はスイカの種をあれだけ飲み込んでしまったのだろう!? 胃の中にあるうちに吐き出すんだ!」

ラウラ「でないと、手遅れになってもしらんぞおおお!」アセダラダラ

鈴「え、もしかして、このドイツ代表候補生は――――――」アセタラー

箒「…………鈴の与太話を真に受けてしまったようだな」ヤレヤレ


雪村「大丈夫ですって、教官。スイカの種はゴマと同じように1つ1つ噛み砕いて食べてますから」

鈴「か、噛み砕いて――――――!?」

箒「そういえば、スイカを食べているのに妙に顎が動いていると思ったら…………」

雪村「ナッツを食べて身体からナッツの木が生えたという奇怪な話は聞いたことないでしょう?」ヤレヤレ

ラウラ「いや、しかし! 万が一ということがある!」


ラウラ「私は教官としてお前を守る義務がある!」


箒「…………!」

鈴「…………へえ」

雪村「…………ありがとう」ボソッ

ラウラ「へ」

雪村「それじゃ、行ってきます」スタスタスタ・・・

雪村「それと――――――、」クルッ


雪村「よく似合ってますよ、その水着姿。教官」ニッコリ


ラウラ「!」

ラウラ「…………“アヤカ”」ホッ

鈴「あ、うまいこと言ってごまかそうたってそうはいかないんだからね! 待ちなさいよー!」タッタッタッタッタ・・・

箒「雪村のやつ、本当にいい笑顔を見せてくれるようになったな……」

箒「ん? ラウラ?」

ラウラ「…………なあ、箒よ?」テレテレ

箒「どうした?」

ラウラ「どうして今の私は思わず顔を下に向けたのだろう? それにこの頬が緩む感覚は――――――」

箒「…………ハア」

箒「簡単なことじゃないか、そんなの」ニコッ


箒「織斑先生と同じ喜びと達成感をお前が感じているからだろう?」


ラウラ「…………!」

ラウラ「私は……、私は織斑教官と同じような笑顔ができているのだろうか……?」

箒「少なくとも、お前の雪村を見る目は織斑先生と同じものがあったように思うぞ」

ラウラ「……そうか。そういってもらえてようやく織斑教官の強さの秘訣に迫れるようになったのだと安心したよ」

箒「…………『千冬さんの強さの秘訣』か」

箒「…………大丈夫だ。私もラウラと同じなんだ。ラウラと同じように誰かのために頑張っているのだから」ブツブツ



――――――夕暮れ


ザー、ザー、ザー

千鶴「さて、これから特別講義よ」

千鶴「――――――【打金/龍驤】を展開して」

雪村「わかりました」ピカァーン!

雪村「はい」(IS展開)

千鶴「それじゃ、軽く海の方へ進んでみて」

雪村「はい」ガコンガコン

雪村「くっ……なかなか歩きづらい」ザッザッザッザ・・・

千鶴「そのままそのまま」

雪村「はい」バチャバチャ・・・

千鶴「…………止まって」

雪村「はい」ピタッ

ザー、ザー、ザー

千鶴「普通ならPICが働いて水上飛行に移行するはずなのに、“アヤカ”くんの場合は普通に沈んでるわね……」

雪村「ハア…………」

千鶴「どうして、ISの基本システムであるPICが頑なに作動しないのかしらね?」

雪村「訊かれても困ります」

千鶴「まあそうなんだけど」

千鶴「けれど、9月下旬の『キャノンボール・ファスト』に向けて空中戦ができるようになってないとそろそろ困る時期に入っているわけなの……」

雪村「学園の都合を言われても困ります」

千鶴「……そうね」

千鶴「確か、プールでもダメだったのよね」

雪村「はい。沈みました。世にも珍しい光景として学内でちょっとした話題になりましたね」

千鶴「…………この分だと、明日の訓練は不参加かしらね」ハア

千鶴「飛べないパワードスーツを着ていたほうがこういった環境では逆に危ないものね。そもそもISである利点がまったくない」

雪村「そうですか」


千鶴「過去にも空を飛ぶ感覚を掴んでもらうために、専用機の背中に乗って飛んでもらったり、グライダーをさせてみたりしたけど、」

千鶴「…………どれも効果がなかった」

千鶴「やっぱり、心理的な拒絶反応が一番ってことね」

雪村「だから、何ですか? 僕はグライダーに乗った憶えは無いですよ?」

千鶴「“朱華雪村”である前の“彼”のことよ」

雪村「…………やっぱり」

千鶴「――――――『やっぱり』?」

雪村「変だと思ってた。記憶が綺麗になくなってるんだから」

雪村「でも、そんなことを教えて何になるんです? どうせまた“僕”のことを消すんでしょう?」

雪村「いや、もう“生きたこの身体”には用がないのかもしれない。後が無いのかもしれない」

雪村「まあ、楽しかったよ。それで十分」

千鶴「…………そう」

雪村「どうせ屠殺される瞬間だって記憶が消されるんだから、もう何も怖くない」

ザー、ザー、ザー

千鶴「日本政府のやることなすことが尽く裏目に出て、教育指導者としてはほとほと弱ったわね」

千鶴「学年別トーナメントで華々しい活躍をしてくれたのはいいんだけれど、その後は芳しくなくって、」

千鶴「あなたに合わせた専用パッケージも用意してもらったけれども、専用機持ち同士の模擬戦で勝ち星は未だに上がらず、」

千鶴「ISの基本であるPICコントロールがままならないまま卒業までいってしまいそうな予感すらある」

千鶴「だから、世間一般では『男性ドライバーはやはり欠陥品』と囁き、馬鹿なフェミニストたちがますます馬鹿な風潮を拡める」

雪村「興味ないですよ、そんなこと」

雪村「誰も泣き叫ぶ“彼”を助けようとはせず、“彼”の全てを剥ぎとっていったっていうのに、」

雪村「自分たちは都合よく『人のためだ』『世のためだ』とか言って、“彼”に代わって今度は“僕”にまでそんなことを求めるんですか」

雪村「無駄ですよ。“彼”にできなかったことがどうして“僕”にできるんですか? できていたら、最初から“僕”は存在しなかったんだ」

千鶴「………………」

雪村「生まれた時から“僕”はこうだったんだ。“彼”や“その次の彼”が何を思っていたかなんては記憶が消されても感覚としてわかる」

雪村「放っといてくださいよ、もう!」

雪村「僕は『周りから何かをしてもらいたい』だなんて思ってませんから」

雪村「周りが何かする度に“僕”のところから行き掛けの駄賃とばかりに“僕”のものを持って行くんだ。泥棒なんだよ、みんな!」

千鶴「………‥学年別トーナメントで芽生えた不信感はここまで肥大化していたか」

千鶴「当然か。人の心を大切にしない世の中――――――孤独な群衆が織りなす社会が一人の少年に与えるものなんてそんなものか」


千鶴「けれど、“アヤカ”くん?」

雪村「…………?」

ザー、ザー、ザー

千鶴「あなたは変わった。社会に対する怒りを初めて見せてくれたし、喜んだり、悲しんだり、笑ったりするようにまでなった」

千鶴「“アヤカ”である前のあなたは本当に生きながらにして死んでいたのだから」

雪村「………………」

千鶴「……傲慢よね。何の後ろ盾もない子供に『宿命を受け容れろ』だなんて言うのは」

千鶴「それこそ、大人がやるべきことなのに…………」

雪村「そうですか」

千鶴「…………簡単に『信じろ』とは言わない」

千鶴「けれど、少なくとも私や千冬があなたのために奔走していることだけは憶えておいて欲しいの」

雪村「好きにやってください。――――――どうせ卒業したら“僕”は用済みなんだから」

千鶴「……一夏くんがどれだけ凄いのかがよくわかった」



――――――旅館:朱華雪村 様1名様の寝室


雪村「で、なんでみんなここにいるの?」

本音「さあ、早くお布団を敷くのだ~」

雪村「え、やだ」

相川「え?!」

谷本「布団、敷かないの!?」

雪村「枕さえあれば、後はバスタオルだけでいいです」

鷹月「な、何とも経済的だね……」

箒「そんなわけあるか、馬鹿者!」

雪村「ええ? どう寝るかなんて人それぞれでいいじゃないですか」

雪村「シーツを掛けるのが面倒だからいいじゃないですか」

箒「弛んどるぞ、雪村あああああ!」

ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!

簪「えと、今日ここでみんなで映画鑑賞会ってことでいいんだよね?」ドキドキ

雪村「だったら、ここじゃなくて他でやればいいじゃないですか」

谷本「いやいや。この部屋じゃないといけない理由がありましてな~」

相川「だって、“アヤカ”くんの部屋はこの旅館のファーストクラスなんだよ!」

本音「テレビもでっかいし~、部屋もおっきいし~!」

鷹月「そうそう。もしかしなくても先生たちの部屋よりもリッチなんだから」

箒「それを一人部屋だぞ、一人部屋! お前一人だけにしておいたら何をしでかすかわからんからな」

雪村「…………もう勝手にして」

雪村「はい。これで何でも好きなものを買って盛り上がって」スッ ――――――二千円札

相川「え、いいの?」

本音「レア~」

雪村「カネなんて要らないぐらいもらってるし、そして 僕には使い道がわからないから」

谷本「そ、それじゃ! お言葉に甘えて一緒に映画を楽しも~!」

本音「お~!」

鷹月「それじゃ、時間もギリギリだし、急いで売店で買ってこよう」

タッタッタッタッタ・・・



簪「………………」

箒「………………」

雪村「それじゃ、僕は――――――」ゴロン

箒「おい」


箒「寝るんじゃないぞ、雪村? これから始まるんだから、な?」ギロッ


雪村「!?」ビクッ

簪「はは、本当に“アヤカ”と箒は仲が良いね」クスッ

簪「今日の『コマンドー』の主役:メイトリックス大佐みたいだね、箒って」

箒「え?」

簪「まあ、見てればわかるから」ピピッ

簪「実況板は今年も賑わってるなー」

箒「ほらほら、お前はこっちの座椅子に座っていろ」

雪村「…………まあいいか、たまには」


「………………………………フフッ」


――――――――――――

―――――――――

――――――

―――



――――――どことも知れない世界


雪村「…………?」

雪村「………………」キョロキョロ

雪村「…………『知覧』!」ビシッ


雪村「………………」


雪村「どこだ、ここは?」

雪村「…………旅館じゃないのか?」

雪村「………………」

スタスタスタ・・・パチッ

雪村「…………!」チカチカ


“アヤカ”が目を覚ました時、そこはどこともしれない薄暗い客室の中であった。

薄暗いのはただ単に消灯をしていただけに過ぎなかったのだが、日の出の時間と目覚めるのが日常的な“アヤカ”には奇異に思えた。

そして、すぐにここが臨海学校で利用している旅館ではないことに気づいた。




――――――まさか拉致されたのか?


“アヤカ”は良くない想像が脳裏を駆け巡りながらも冷静に状況を探ることにした。

だが、すぐにハッとなって気づいたのだ。


――――――現在 自分が居る場所は大型客船の中なのだと。


“アヤカ”は憶えていた。大型客船で揺れる感覚というものを。

証拠に、部屋の明かりを点けると窓の外の臨海都市の夜景がはっきりと認識できた。

その夜景の光が水面を照らし、洋上にいる――――――船の中に居ることが証明されたのだ。次いでに間断のない微振動も感じられる。

それから、“アヤカ”は落ち着いて部屋を見渡した。

IS学園の寮室と同じぐらいの清潔感と高級感のある綺麗に整った客室であり、ベッドが2つ置いてあった――――――。

通路側の手前のベッドは先程まで自分がぐっすりと使っていたベッドであり、布団と布団の間には熟睡してできた湿っぽさと暖気が篭っていた。

一方で、窓側のベッドにはそういった感覚は残ってなかったが、ベッドの上には女性物と思われるバッグが無造作に置かれていた。


――――――どういうことなのだろう?


“アヤカ”は自分が拉致されたものだと思い込んでいた。証拠に自分の専用機である『知覧』の待機形態である『黄金の腕輪』が無いのだ。

もちろん、『知覧』に呼びかけても何も返事は返ってこない。そんなのは起きた瞬間の違和感ですぐに悟っていた。

だが、自分が眠っている間に拉致されたという事実になぜか疑問を持つようになっていた。

昨夜はみんなで『コマンドー』を見ていたのだ。映画が見終わったのは深夜であり、近くには豪華客船が泊まるような大きな港もないはずなのだ。

一夜のうちに豪華客船の中に連れ込まれていたという非現実的な状況にまず“アヤカ”は疑問を持った。

しかしすぐに、実は『一夜のうち』ではなく、『何日も眠り込んでいた』のではないかという推察が浮かんできた。

なぜなら、窓の外に夜景の光が見えるということは、間違いなく朝方の深夜ではなく、人々がまだ起きて活動している夕方の夜を意味するのだから。

つまり、もしかしたら自分は臨海学校の2日目を迎えていたかもしれないが、記憶をふっとばされてここに拉致されたのではないか――――――。

そういう結論に“アヤカ”は至った。――――――臨海学校初日から数日は経っていることも覚悟した。


だが、拉致されたにしてはおかしな点がありすぎた。以前に『更識 簪 誘拐事件』があっただけに今の状況で腑に落ちない点がいくつも思い浮かんだ。


そもそも、どうして豪華客船の客室で熟睡できていたのか――――――、こうして何事も無く目を覚まして外へ出る自由すらあったのだ。

普通なら人質らしく身体の不自由を伴うはずではないのだろうか?

あるいは、自分の身体の秘密などがすでに解析済みになって用済みになったから、豪華客船に放置されることになったのか――――――。

何にせよ、情報が少なすぎた。現在がいつどこで何のためにどのようにして誰によってもたらされたものなのかが掴めない。

よって、“アヤカ”はとりあえずは窓側のベッドに置いてある女性物のバッグは無視して、手を付けても問題なさそうところから探索を始めた。





だが、妙な既視感があることに徐々に徐々に気づいてことになった。


そもそも、窓の外の夜景――――――。確かあれは――――――。

そう思った時、“アヤカ”はカレンダーを探し始めた。いや、カレンダーじゃなくても現在の年月日が示されているものがあればそれでよかった。

そして、こういったホテル施設にはベッド付近に目覚ましタイマーが備え付けられているのが普通であることを思い出し、ベッドを見た。


雪村「え……」


“アヤカ”は目覚ましタイマーを見つけることができた。デジタル時計は確かに夕方を示していた。

しかし、その脇に表示されている年月日は――――――、


雪村「――――――『3年前』?」


そうなのだ。間違いなく目の錯覚でも何でもなくそう表示されていたのだ。

だが、こんなことはあり得るのだろうか?


――――――これが本当ならば過去にタイムスリップしたことに他ならないのだ!


しかしながら、“アヤカ”は妙にそのことに納得してしまっている自分がいることに驚きと落ち着きを持って認識することになった。

なぜなら、“アヤカ”としては思い当たる節があるのだ。――――――この世界の正体について。



そう――――――、


――――――仮想世界“パンドラの匣”


ここは仮想世界“パンドラの匣”の中の“彼”の記憶の断片――――――1つの時代なのではないかと思い至ったのだ。

そう考えるのならば、現在 感じているこの既視感や現実感の無さにも納得がいった。

だが、いつものそれとは全く違うことにすぐに気付かされた。

まず、仮想世界“パンドラの匣”は“アヤカ”の意識を眠らせている間に構築されているものであり、自分で自分の記憶の世界を見て回れないのだ。

また、いつも自分を守ってくれるあの仮面の守護騎士の気配もなかった。同時に、邪悪な者の気配も感じられなかった。

だとしたら、現在の自分が体験しているこの過去の世界は何なのだろうか?

可能性としては、ここは“彼”の世界ではなく、“彼”ではない他の誰かの記憶の世界という可能性も考えられた。

話の辻褄を合わせるとしたらそうとしか考えられなかった。

そう、“アヤカ”は改めて窓を見た――――――いや、窓ではなく窓に反射して見える自分の顔を見た。


そこに映っていたのは“アヤカ”自身の顔ではない、別の誰かの顔だったのだから…………。


部屋に備え付けの洗面所の鏡を見ても結果は同じだった。



そして――――――、

ガチャ

雪村「……!」

女性「あ、起きてたんだ。なら早く来て」

女性「準決勝も終わってついに決勝戦なんだから」

雪村「あ」

女性「ほらほら。すぐに顔を洗って」

女性「ん? どうしたのよ、××××?」

雪村「あ、あなたは…………」ドクンドクン

女性「どうしたのよ? まだ寝ボケてるの?」

女性「私はあなたの――――――」







――――――――――――

―――――――――

――――――

―――


チュンチュン、チュンチュン・・・


雪村「ハッ」

雪村「………………」

雪村「…………今日は200X年7月7日」ピッ

雪村「………………」

雪村「…………あの人は、いったい?」




――――――臨海学校、7月7日:2日目

――――――-08:00頃、朝食


ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!

雪村「…………」ムシャムシャ

箒「それで、今日の特別訓練でお前はどうなるのだ?」

雪村「飛べないから見学」

箒「そうか」

雪村「では、ごちそうさまでした」ゴトッ

箒「ああ」

スタスタスタ・・・

鷹月「あ、篠ノ之さん」

箒「あ、どうしたのだ、鷹月さん」

鷹月「織斑先生が話があるって」

箒「わかった。教えてくれてありがとう」ニコッ



雪村「さて、今日は見てるだけで暇になるだろうし、読書の続きでも――――――」スタスタスタ・・・

ドクン!

雪村「――――――っ!?」ガクン!


『どうしてお前は箒ちゃんの隣にいるわけ? お前は箒ちゃんには必要ないのに』


雪村「…………この感じ!」アセダラダラ

雪村「――――――『今から4時間後』?」

雪村「………………」ゴクリ

雪村「一夏さんはいない。ここでは誰も守ってはくれない」

雪村「………………」

雪村「………………あ」チラッ


――――――目に留まったのは、これからの校外特別実習のために配られた旅館周辺の拡大マップ。


雪村「………………」ジー

旅館の女将「おはようございます、“アヤカ”くん」ニッコリ

雪村「……おはようございます。ごちそうさまでした」

女将「はい。おそまつさまです」

女将「ところで、なんだか気難しそうなお顔をして地図を見てらしたようですけど、ちょっと大丈夫かしら? 汗も垂れて……」

雪村「すみません」

女将「はい」

雪村「釣り堀って確かありましたよね?」

女将「はい」

雪村「それってこの地図だとどの辺ですか?」

女将「はい。この辺です」

女将「もしかして、釣り堀で釣りをお楽しみになりたかったのですか?」

雪村「はい。ぜひとも――――――」クラッ

女将「あ! 大丈夫!?」

雪村「………………あれ?」ダラーン

女将「“アヤカ”くん!?」

雪村「な、なんだろう…………力が抜けて?」

女将「今日の実習はお休みになったほうがいいわ! 私から織斑先生に言っておきますから、――――――部屋まで歩ける?」

雪村「わかりません」

女将「誰か!」



「………………………………フフッ」




――――――09:00頃、校外特別実習


ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!

本音「あれ~? “アヤヤ”はどこ~?」キョロキョロ

相川「あ、ホントだ。確か『今日は見学』って言ってたよね?」

谷本「間違えて、専用機持ちの方に行ったとか? いや、もしかしたらこの人混みの中に紛れ込んでいるのかな?」

鷹月「あ、山田先生? “アヤカ”くんはどうしたんですか?」

山田「ああ……、それが“アヤカ”くんはつい先程 調子を崩してしまったようでして、部屋で安静にさせています」

相川「ええ!?」

本音「だ、大丈夫かな~、“アヤヤ”?」

谷本「まあ、無理させて何かあったら大変だし、見学だったんだし、これでよかったんだよ、きっと」

相川「うん。そうだよね……」

本音「お見舞いにいこ~」

鷹月「あと、篠ノ之さんが専用機持ちのほうにいるのはどうして何ですか?」

谷本「そう言えば!」

山田「わかりません。織斑先生の判断ですから」

鷹月「そうなんですか」


鈴「どうして、箒がこっちにいるのよ?」

箒「さあ? 今日の朝、織斑先生からこっちに混ざるように言われただけで……」

セシリア「もしかしたら、箒さんの実力がそれだけ高く評価されていることの表れなのでしょうか?」

箒「そうか?」

ラウラ「しかし、学園の訓練機をこれだけ運び込んで一斉に飛び立つのか。国家レベルの合同軍事演習と見紛うほどの規模だな」

簪「時間がほとんどないからね。それに9月の『キャノンボール・ファスト』に向けた訓練とも言えるものらしいし」

シャルロット「基本的にはこの辺一帯の屋外を自由に飛び回るんだよね?」

簪「うん。スコアオリエンテーリングに近くて、四方の山や海にポイントがあってそれを取得して制限時間内に帰ってくるって内容」

簪「そして、先生たちは生徒が遭難しないように各所に配置されているわけ」

ラウラ「なるほどな。これは楽しめそうだな」

鈴「けど、専用機持ちとしてはパッケージのデータ取りと現地での量子化の訓練の意味合いがあるからそっちがメインよね」

箒「ますます、私がこっちに混ぜられている意味がわからない……」




千冬「みんな、静かに!」


一同「!」ビシッ

千冬「これより、ISの非限定空間における稼働試験として野外でのIS運用をやってもらう」

千冬「ルールは簡単だ。ここを中心にして東西南北に散らばった4つのポイントにISを接触させてそれを取得して帰ってくればいい」

千冬「ただし、ポイントは最低でもそれぞれのエリアに4つ以上は存在し、有効になっているポイントに逸早く接触しないと取得できない」

千冬「一人当たり15分でやってもらう」

千冬「なに、ISの機動力やハイパーセンサー、それと基本操作を活かせば5分以上は余るコース設計だ」

千冬「次いでに、この稼働試験はレクリエーション競技としての側面もある」

千冬「ポイントを取得するごとに1得点。つまり4点満点だが、時間切れになった場合は2点減点だ」

千冬「時間切れになりそうになったら、スタート地点であり ゴール地点であるここに戻って試験を終了してもらってもかまわない。減点はない」

千冬「だが、こういった得点設定がどういった意味を持つのかは理解できるな、小娘共?」ジロッ

一同「…………!」

千冬「そして、エネルギー切れ、あるいはコースアウトした場合は、4点減点だ。――――――問題外だ」

千冬「得点が2点未満の連中には補習を、0点の連中には特別指導をしてやるから覚悟しろよ?」ギロッ

一同「…………!」ゴクリ

千冬「専用機持ちにはそれぞれの課題が各国から与えられている。それをこなすことが今日の試験だ」

千冬「試験が終わった生徒や順番待ちの生徒は各々の判断で旅館に戻って休んでよし。昼食もいつ食べるかは自分で決めろ」

千冬「ただし、遅刻した場合は試験資格を剥奪する。これは一切の例外を認めない」

千冬「また、他の生徒や旅館の迷惑になるような行為や試験中の妨害行為も認めない。発覚次第 厳罰に処す」

千冬「説明はだいたいこんなところだろう。今朝方 発表された番号順に各自ISを装着して開始するように」

千冬「では、始め!」

一同「はい!」





バタバタバタ・・・・・・


箒「………………」

千冬「では、専用機持ちは海岸に移動して、そこに送り届けられるパッケージと指令書を受け取ってそれぞれの課題をこなすように」

専用機持ち「はい!」

箒「あ、あの……!」

千冬「篠ノ之、お前は特別課題だ」

箒「え」

箒「それは、どういう…………」

千冬「では、大会本部。専用機持ちの面倒は3人で見ておきますので」

教員「はい。お願いします」

山田「それでは、専用機持ちのみなさんは私についてきてくださいね~」

千鶴「パッケージの扱いなら第2世代ドライバーの私の専門ね」

千鶴「ほらほら、行くよ」

箒「は、はい…………」

千冬「…………さて、どう出てくる?」


――――――篠ノ之 束!



――――――09:30頃、


ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!

相川「……終わった終わった」フゥ

本音「おつかれ~」

谷本「どんな感じだった?」

相川「うん。確かに15分も掛からずにあっちこっちいけるんだけど、ポイントの設置場所が結構イジワルだったよ……」

相川「確か、西の方面だと森の中に広く散っていて木々の間を分け入っていかないといけないし、」

相川「北は祠っていうか4つある何かに入っている有効なポイントを逸早く取得しないといけない」

谷本「――――――『祠』? それって百葉箱のことじゃない?」

相川「あ、それそれ!」

相川「で、東はロッジの屋根にポイントが設置されてた」

相川「南の海の方のポイントはブイについていて、これが一番大変だったかな?」

谷本「なるほどなるほど」

谷本「でも、これって最初の人ほど不利なものじゃない? こうやって後の人はポイントの大まかな場所がわかっちゃうわけだし」

相川「そうでもないよ。先生がポイント付近を必ずいるからそれを目印にしていたかな」

谷本「そっか」

相川「それに、ポイントの切り替わりが早かったからあっちこっちを右往左往させられてそれで時間ギリギリまで掛かったんだよね……」

谷本「なるほど、『ポイントの切り替わりが一番の脅威』で、『ポイントの近くには必ず先生がいる』っと」

谷本「それでも、4点満点でゴールできたんだから、凄いじゃない」

本音「うんうん」

相川「それじゃ、私は一足お先にシャワーを浴びてくるね」

谷本「私は基本操作の確認をしてこようかな?」

本音「“アヤヤ”のお見舞い!」

相川「うん。そうだね」

谷本「行こう行こう!」


スタスタスタ・・・・・・



―――――― 一方、その頃、

――――――釣り堀


雪村「こんにちは」

父親「おや、男の子かい? 珍しいな」

父親「確か昨日今日明日とあのIS学園の花も恥じらう乙女たちが臨海学校で泊まっているのは知ってたけど、私たちの他にも家族連れがいたのか」

子供「ぱぁぱ……」

父親「ああ、大丈夫。父さんと一緒に釣ろうね」ニッコリ

雪村「………………」

雪村「どんな感じですか?」

父親「うん? まあ、釣りなんてあまりしたことないからそんなには釣れてないかな」

父親「でも、こうしてたまに家族と一緒にのんびりとしていられる今のこの時を楽しんでいるからそれでいいんだ」

父親「それに、ここで釣った魚は基本的にはキャッチ&リリースで、捌いてもらう場合は別途料金がかかるからね」

雪村「そうですか」

雪村「………………」ジー

父親「………………」

ピクッ

子供「!」

子供「ぱぁぱ!」

父親「よし!」グイッ

雪村「…………がんばれ」

バシャーン!

子供「ぱぁぱ!」キラキラ

父親「よし!」グッ

雪村「………………」チラッ


――――――魚取り網


雪村「それじゃ、引き続き楽しんでいてください」

父親「ああ、ありがとう」

雪村「………………」バッ ――――――魚取り網を素知らぬ顔で持っていく

スタスタスタ・・・

父親「…………あの子、どこかで見たことがあるような気がするねぇ」

子供「ぱぁぱ!」ニコニコ

父親「我が子もそんなふうに誰かに憶えていてもらえるような子に育って欲しいものだよ」

父親「さあ、もう1回!」バッ

子供「ぱぁぱ!」ワクワク

ポチャ



――――――10:00頃、


セシリア「そちらの方はどうでして?」

鈴「まだね。野外で量子化格納させるだなんて手持ち無沙汰よね」

ラウラ「私のパッケージはすでに量子化が終わっている」

鈴「うそっ、速い!」

ラウラ「とは言っても、大した強化ではないのだがな。砲撃戦特化にレールカノンが追加されるだけだ」

シャル「僕のも追加装備のセットって域をでないかな」

簪「私のは『打鉄弐式』の第3世代兵器『山嵐』のアップデートだったし。でもこれで、私の機体も本当の意味で第3世代機になったよ」

ラウラ「ほう、それは楽しみだな。日本が誇るあの第3世代機が――――――」


専用機持ち「ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!」


箒「………………」

千冬「退屈か?」

箒「いえ、そんなことは…………」

千冬「今のうちによく見ておけ。いずれ必要になってくることだろうからな」

箒「え、ちょっと待ってください」

箒「私は専用機持ちではないですよ?」

箒「それとも、私が専用機持ちに選ばれたということなのですか?」

千冬「………………」



―――――― 一方、その頃、

――――――旅館:朱華雪村 様1名様の寝室


トントン! ザァー

本音「“アヤヤ”~?」

相川「こら! 寝てるかもしれないんだから声を小さく!」

谷本「返事がないね。本当に寝ているのかもね」


「………………………………………………」


本音「どうする~?」

相川「『どうする~?』って、あんた……」

谷本「とりあえず、そろそろ順番が来てるかもしれないから私は先 行くね」

本音「あ、私も私も~」

相川「それじゃ、お見舞いカードを置いてっと」

相川「元気になってね、“アヤカ”くん」ニッコリ

スゥー、ストン!


「………………………………………………」




――――――10:30頃、


鈴「ああ暇だな……」

セシリア「そうですわね」

千冬「ほう? 暇そうだし、少しばかり聞いてもらいたいことがあるが、どうだ?」

鈴「いっ……」ビクッ

セシリア「い、いえ、それほどでは…………」

千冬「ボーデヴィッヒ、デュノア、更識」

ラウラ「はい!」ビシッ
シャル「はい」
簪「はい」

千冬「パッケージの量子変換に調整は終わったか?」

シャル「すでに完了しています」

ラウラ「しかし、どうして待機命令を……?」

簪「………………」

箒「………………」

千冬「実は――――――」


「やああああああああああああほおおおおおおおおおおおおお!」


一同「!?」

千冬「………………!」

千鶴「来ましたか。『風待』は預けておくわね」

千冬「ああ」

箒「う……」サッ

束「ちぃいいいいいいいいいいいいいちゃああああああああああああん!」ヒューーーーーーーン!

千冬「ふん!」ガシッ

束「やあやあ会いたかったよ、ちぃちゃん! さあハグハグしよう、愛を確かめ合おう!」ギュゥウウウウウ!

千冬「うるさいぞ、束」

束「相変わらず容赦の無いアイアンクローだね」スッ

束「じゃじゃーん!」

束「やあ」

箒「どうも……」


束「いっひひーん」

束「久し振りだねー。こうして会うのは何年振りかなー? 大きくなったねー、箒ちゃーん!」ワキワキ

束「おっぱいが――――――」

箒「!」イラッ!  

箒「ふん!」バキーン! ――――――ハリセンのごとく木刀で突き飛ばす!

束「わー」(棒読み)

箒「殴りますよ?」

束「殴ってから言ったー! 箒ちゃん、ひどーい!」ウルウル

束「ねえ、ちぃちゃん、ひどいよねー?」


千冬「…………お前は自分の妹や家族にした仕打ちを何とも思わないのか?」ジロッ


束「おー、ちぃちゃん、こわいこわいー」

千冬「ボーデヴィッヒ、こいつを拘束しろ」

ラウラ「え」

シャル「お、織斑先生……?」

千冬「………………ハア」

束「残念でしたー、ブイブイ!」

千鶴「ままならないものね(――――――機を逃したか。あらかじめラウラには伝えておくべきだったわね)」



セシリア「あ、あの……、もしかしてこのお方は――――――」

鈴「そういえば、どこかで見たことがあるような――――――」

簪「まさか、この人って――――――」


束「私が天才の束さんだよ、ハロ~」


束「終わり~」

鈴「“束”って――――――」

シャル「“ISの開発者”にして天才科学者の!?」

ラウラ「…………篠ノ之 束」

簪「えと、みんな……?」

千鶴「ちょっとちょっと、みんな? 代表候補生でしょう?」

千鶴「――――――顔ぐらいは見たことあるでしょう? IS関係の仕事してるんだから」

鈴「え、いや……、確かに『頭がその……、とんでもない』とは聞いてはいたけれどもさ?」

シャル「さ、さすがにこういう人だったとは思ってなくって…………」

ラウラ「『馬鹿と天才は紙一重』とかいうやつか、これは…………しかし」


セシリア「篠ノ之博士。私はイギリス代表候補生のセシリア・オルコットです――――――」

束「ぬっふふーん」キラリーン!

束「さあ! 大空をご覧あれ!」ビシッ

一同「!?」

簪「織斑先生! 上空から何か――――――」

千冬「…………わかっている。――――――IS反応」

千鶴「まあ、“ISの開発者”が妹に贈るものなんて、だいたい予想はできるものなんだけどね」

箒「ね、姉さん……?」


ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン! ドーーーーーーーン!


一同「…………!」

千冬「浮遊コンテナ……(――――――PICの応用技術か)」

束「じゃじゃーん!」

束「これぞ、箒ちゃん専用機こと『紅椿』! 全スペックが現行ISを上回る、束さんお手製だよー」
  
束「なんたって『紅椿』は、天才:束さんが造った第4世代型ISなんだよー」

一同「!?」

千鶴「…………あり得なくもないか(――――――あの『無人機』のことを考えれば)」

ラウラ「『第4世代』…………!?」

セシリア「各国で、やっと第3世代型の試験機ができた段階ですわよ……」

シャル「なのに、もう…………」

束「そこがほれー、――――――『天才:束さん』だから」



束「さあ、箒ちゃん。今からフィッティングとパーソナライズを始めようか」

箒「え」

千冬「………………」

箒「もしかして、――――――織斑先生?」

千冬「…………さあ、篠ノ之」


――――――選んでくれ。


箒「え」

専用機持ち「?」

束「ん?」

千冬「私はこうするまでが最善だと考えて行動したが、ここから先はお前次第だ」


――――――お前が専用機持ちになって“アヤカ”と同じものを背負う立場になるか否かを。


箒「!」

ラウラ「………………」

鈴「そういえば、今日は体調を崩して寝込んでたわね……」

セシリア「そうですわね……」

シャル「“アヤカ”…………」

簪「………………」

束「…………あの“純粋種”ねぇ」ボソッ


千鶴「篠ノ之博士? 約束通り、ISコアをこちらに渡してください」

束「はいはい。名前がちぃちゃんに似ているニセモノさん」ヤレヤレ ――――――「アタッシュケース」を渡した!

鈴「うえっ!?」

セシリア「まさか、467個以降のナンバー――――――?」

千鶴「………………12個だけ」パカッ

千鶴「ISを発表してから失踪するまでの7年間で467個のコアを提供してくれたんだから、」

千鶴「もう200個ぐらい、今日までの3年間で造ってあるんじゃないの?」

束「ちちちち」

束「いくら天才:束さんでも『コアを造るために生くるにあらず』なんだよーだ」

束「この『紅椿』を造るのにだって、それなりの歳月と手間暇が掛かってるんだからねー」

千鶴「…………しかたありませんね」

千鶴「その『紅椿』を含めて13個の新規コアを得られただけでも収穫ですからね」

千冬「束、お前の用事はこれで終わりだな。とっとと帰れ」

束「えー!? せっかくまた会えたのに冷た~い!」

千冬「たった1ヶ月前の混乱の中で会っただろう」

セシリア「え」

鈴「――――――『1ヶ月前の混乱』?」

シャル「確か、1ヶ月前にあったことって――――――」

ラウラ「――――――学年別トーナメント」

箒「え?!」ゾクッ

箒「ね、姉さん!? 千冬さん!?」

束「ええ? 今なら天才:束さんによる全面バックアップの「最適化」してあげるサービス付きだよ~?」

千冬「そんなもの要らん。専用機持ちなら自分の手でISと理解を深めていくものだ」

束「そんなこと言って、ちぃちゃんだって私の手を借りなかったらろくにISを動かせなかったくせに」

束「さあ、箒ちゃん! ハッピーバースデーだよ! この束さん特製の最強IS『紅椿』を受け取って!」

千冬「…………私からは命令することはできない」

千冬「が、――――――熟慮しろ。お前はどう考えている?」

箒「え……」

千鶴「(今回の件に関しては、ISコアや最新技術を絞れるだけ絞りとってくるように、)」

千鶴「(千冬の手で再編された学園上層部からの命令されているから表立って受取拒否はできない)」

千鶴「(けれど、千冬も行き当たりばったりなところが大きいよね)」

千鶴「(事前に伝えておけばうまくいっただろうに、『子供を守るのが大人の務め』だなんて言って、)」

千鶴「(台風の目にいる要注意人物を無視して独力で解決しようと力んでいたんだから……)」

千鶴「(遅かれ早かれ、篠ノ之 束からは逃げられないこの少女のために、)」

千鶴「(もっと早くにしてやれることはあったでしょうに…………)」

箒「ああ………………」ドクンドクン


箒「(どうして、要らないと思えるようになったものが今更になって与えられるのか…………)」

箒「(ようやく諦めがついて、これからの生き方についてもある程度まとまってきたというのに…………)」

箒「(私は2年生になった時に整備科に転入して、雪村とチームを組む気でいたというのに…………!)」

箒「(確かに専用機持ちとしては潜在能力は高いけど弱い雪村を守るために力を欲した……)」

箒「(けれども、安易に専用機持ちになることの浅はかさをこれまでの交流の中で理解してきたんだ)」

箒「(この前の『更識 簪 誘拐事件』のように専用機持ちを狙った犯罪で起こったんだ)」

箒「(私にそれが耐えられるのか?)」

箒「(それに、私は一夏と新しい結婚の約束を結んだ)」

箒「(それは『私が社会人として独り立ちしてから』という条件ではあったが、)」

箒「(私が大人になるまでおよそ10年なのだから、ISに対する世界情勢だって変わってるはずなんだ)」

箒「(きっとその頃には、“ISの開発者”である篠ノ之 束の家族に対する追及の手も緩むはずだし、)」

箒「(何よりも私は、このIS学園で“篠ノ之 箒”として普通の高校生として学園生活を送ることを決めていたんだ)」

箒「(そう、――――――『普通の生活』『人間として当たり前の日常』を私は望んでいたんだ)」

箒「(それは“朱華雪村”と呼ばれた“世界で唯一ISを扱える男性”――――――)」

箒「(“世界一不幸な男性”との出会いの中でより一層強く望むようになったことなんだ)」


――――――私は別に専用機持ちじゃなくったっていい!


箒「(下手に専用機持ちになって悪目立ちするのは私の性分にも合わないし、)」

箒「(一夏との結婚のことを考えたって、静かで誰にも邪魔されない穏やかな日々が続けばいいと思っている!)」

箒「(そうだとも! 一度決めたことを曲げて何が武士か! 『武士に二言はない』だ!)」

箒「(今の私は“篠ノ之 箒”だ! もう流されて生きていくことだけはごめんだ!)」


箒「…………よし」コホン

束「さあさあ!」ニコニコ

千冬「………………篠ノ之」アセタラー

箒「姉さん、私は――――――」


山田「大変です!」タッタッタッタッタ


一同「!」

山田「織斑先生ー!」ハアハア・・・

山田「これを!」スッ

千冬「…………特命任務レベル:A」

千冬「――――――『現時刻より対策を始められたし』」

千鶴「――――――『特命任務レベル:A』ですって?(――――――“最重要機密事項”の処理!)」

山田「それと……」ゴニョゴニョ

千冬「?」

千冬「…………!」

千冬「なんだと!?」ガタッ

千鶴「どうしたの、千冬?!」

千冬「…………この作戦、お前にまかせる」スッ

千鶴「…………!」

千鶴「これって――――――」アセタラー

千冬「そうだ。使えるものは使わなければいけないわけだが――――――、」ヒソヒソ


――――――“アヤカ”が脱走した。


千鶴「!」

千冬「……仮病を装っていたようだな」ヒソヒソ

千冬「時間がないぞ。班分けを急いでくれ」ヒソヒソ

千鶴「専用機持ちはみんな対策班に回して! 捜索班は余った先生方で――――――ダメ! これは先生方に海上封鎖をさせる必要があるわ」ヒソヒソ


千鶴「相手が水爆装備だなんて表沙汰にしたら国際社会が崩壊するわ!」ヒソヒソ


千鶴「いえ、IS学園そのものが国際社会の縮図なのだから、左派と右派の過激派に知られたらとんでもないことに――――――!」ヒソヒソ

千鶴「そもそも、この事案が学園上層部からの指令ならば、今頃は――――――!」アセダラダラ

千冬「…………一夏」アセタラー


箒「お、織斑先生?」

千冬「テスト稼働は中止だ」

千冬「お前たちにやってもらいたいことがある」

専用機持ち「?」

千冬「山田先生! ――――――特命コード発令! 校外特別実習の一切を中止! その他は全員 旅館で待機!」

山田「わかりました!」

タッタッタッタッタ・・・

千冬「…………一夏、“アヤカ”!」ギリッ

束「ふふーん」ニヤリ

束「ねえねえ、ちぃちゃん ちぃちゃん!」

束「私の箒ちゃんへの誕生日プレゼントはどうすればいいのかな?」

千冬「それは…………」

千冬「くっ」


――――――許せ、篠ノ之 箒。



――――――渓流にて


ザーーーーーーーーーーーーー

バチャバチャ、バシャーン! ピクピク!

雪村「…………っと!」 ――――――「魚取り網」を使った!

雪村「これがイワナってやつか。木彫でよく見るやつだよな」

雪村「確か、こいつはヘビすら飲み込むんだってな」

雪村「それじゃ、――――――『さようなら』だ」スッ

パクッ

雪村「よし。行け」バシャ ――――――「イワナ」をにがした!

雪村「………………」

雪村「これで何とかなる。そう信じよう」 ――――――何もない右腕を見る。

雪村「そう、『さようなら』だ」


――――――雪村!


雪村「…………今まで、ありがとう」

雪村「みんな、無事で」

雪村「生きていたら――――――」


タッタッタッタッタ・・・・・・・・・・・・



――――――11:00頃、

――――――旅館


谷本「急に実習が中止になるだなんてね……」

鷹月「ちょうど私が挑戦している時だったからびっくりだよ」

鷹月「…………空から降ってきたあの物体は何だったんだろう?」

相川「けどけど! そんなことよりもだよ!」


本音「“アヤヤ”~、どこへ行っちゃったの~? 帰ってきて~」グスン


鷹月「女将さん……、青褪めてたね」

相川「どうして突然“アヤカ”くんは………………私たちに何か不満があったのかな?」グスン

谷本「…………わからない」

谷本「けど、先生たちも捜索に出たことだし、吉報を待つことにしよう――――――、『吉報が来る』って信じていよう」

相川「う、うん…………」グスン

鷹月「専用機持ちのみんなも帰ってきてないのよね?」

谷本「そうだね。篠ノ之さんもまだ一緒ってことか…………」

谷本「いったいどうして――――――、何があったっていうのかしら?」



――――――対策本部


千冬「2時間前、試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発にあった第3世代のIS『銀の福音』が制御下を離れて暴走――――――」

千冬「監視空域より離脱したとの報があった」

千冬「情報によれば、――――――無人のISということだ」

千冬「その後、衛星による追跡の結果、『銀の福音』はここから2キロ先の空域を通過することがわかった」

千冬「時間にして50分後――――――」

千冬「学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することになった」

小娘共「…………」

千冬「教員は学園の訓練機を使用して、空域および海域の封鎖を行う」
                    
千冬「よって、本作戦の要は――――――、」


――――――専用機持ちとこの私が担当する。


箒「!」

ラウラ「織斑教官自ら――――――!」パァ

鈴「なんだか知らないけれど、千冬さんが出るんだったら楽勝よね」

シャル「そうだね」

セシリア「――――――4月のクラス対抗戦 以来ですわね」

簪「…………よかった」ホッ



千冬「それでは作戦会議を始める。私が出る以上は一条先生に今回の作戦の指揮を執ってもらう」

千鶴「では、意見があるものは挙手するようにお願いします」

セシリア「はい! 目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

千冬「ふむ」

千冬「だが、決して口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも2年の監視が付けられる」

千鶴「今回ばかりは法外な要求でもやらなくちゃいけないの」

小娘共「」コクリ

セシリア「了解しました」ピピピピッ

箒「………………」

セシリア「広域殲滅を目的とした特殊射撃型――――――私のISと同じオールレンジ攻撃を行えるようですわね」

鈴「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。――――――厄介だわ」

シャル「この特殊武装ってやつがクセモノって感じはするね。連続しての防御は難しい気がするよ」

ラウラ「……このデータでは格闘性能が未知数だ」

ラウラ「偵察は行えないのですか?」

千冬「それは無理だな。この機体は現在でも超音速飛行を続けている」

千冬「アプローチは1回が限界だ」

山田「1回きりのチャンス――――――ということは、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

セシリア「――――――『たった一度きりのチャンスで一撃で仕留めろ』ですか?」

簪「いくらISでもそれは無茶な――――――」

箒「いや、雪村がいたらきっと…………」

鈴「え?」

箒「あ」

箒「なんでもない……(寝込んでいる雪村が戦力には数えられないのが何とももどかしい)」


――――――単一仕様能力『落日墜墓』


箒「(雪村の『落日墜墓』さえ決まればどんなISだろうとPICが無効化されて墜落するのだから無力化されたに等しいのに…………)」

ラウラ「くっ」

ラウラ「(そう、雪村の『落日墜墓』はおそらく射程は思った以上に長いはずだ)」

ラウラ「(その場合は、私の『停止結界』よりも今回の作戦においては遥かに威力を発揮してくれるはずなんだが…………)」

ラウラ「(無理強いするしかないのか? だが、おそらくはイメージ・インターフェイス同様に思考力に左右される単一仕様能力に違いないから、)」

ラウラ「(調子が悪くて思考が定まらないのであれば、『落日墜墓』も以前に見せてくれたあの破壊力は発揮できないやもしれんな……)」


ラウラ「ん?」

ラウラ「ちょっと待ってくれませんか、教官」

千冬「……どうした?(さすがに気づいたか、ラウラ)」

ラウラ「衛星画像に写っている今回の撃破目標の背中にあるウェポンコンテナは何ですか?」

山田「…………!」アセタラー

シャル「え」

簪「あ、ホントだ」

鈴「うん? 何かのオプション装備?」

ラウラ「教官。今回 暴走したという『銀の福音』は何の試験運用がなされていたのですか?(どこで見たことがあるぞ、あのコンテナ……)」

箒「………………」

千冬「いや、そのようなデータは添付されていなかった」

ラウラ「本当なのですか、それは?」

千冬「……ああ」


千鶴「話が逸れてる。次の段階に進ませてもらうわ」パンパン


ラウラ「え」

千鶴「あれが何であろうと実際に処理をするのは千冬なんだから、世界最強の“ブリュンヒルデ”を信じてなさい」

ラウラ「……わかりました」

千冬「……助かった」ヒソヒソ

千鶴「……証拠隠滅に起爆なんてさせないようにね」ヒソヒソ

千鶴「それで、話は確か『アプローチは1回きり』ってところで逸れたのよね?」


千鶴「一撃必殺に関しては問題ないわ」


シャル「え」

ラウラ「ハッ」

ラウラ「まさか……、『織斑教官が出る』ということは――――――」


千鶴「詳しい説明はこの際 無しよ」

千鶴「けれど、第1回『モンド・グロッソ』IS世界大会の総合部門優勝者“ブリュンヒルデ”織斑千冬とその専用機『暮桜』の単一仕様能力はわかるかしら?」

鈴「あ」


簪「――――――『零落白夜』ですね」


セシリア「…………あの光の剣」

千冬「そうだ。私の今の専用機『風待』にはその『零落白夜』を単一仕様能力として再現してある」

山田「単一仕様能力『零落白夜』とは、自らのシールドエネルギーをアンチシールドエネルギーに変換するバリアー無効化攻撃のことです」

山田「難点は、説明したとおりに発動には自らのシールドエネルギーを消費しないといけませんので長時間の使用ができないこと――――――、」

千鶴「それと、発動媒体が接近ブレード『雪片壱型』だから直接 相手のISに中てないと意味がない」

千鶴「今回の場合だと、超音速飛行している相手に直接 光の剣を中てなくちゃいけないからそこが問題よ」

千鶴「けれど、中てることさえできれば、どんなISのどんな防御機構であろうと絶対防御すら貫通して破壊できる」

小娘共「!?」

千鶴「――――――特徴は以上よ」

千鶴「よって、今回の作戦の概要とは――――――、」


超音速飛行している撃破目標に対してエネルギーと引き換えにして発動するバリアー無効化攻撃を直撃させて無力化すること。



千鶴「しかし、ここで世界最強の“ブリュンヒルデ”一人では任務遂行不可能な大きな問題が浮かび上がるのよね」

シャル「――――――どうやってそこまで織斑先生を運ぶか」

シャル「エネルギーは全部 攻撃に使わないと難しいと思います」

千鶴「そういうこと」

ラウラ「目標に追いつける速度のISでなければならないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

千鶴「こんな時のためにちゃんと超高感度ハイパーセンサーは『風待』に容れてあるし、パッケージも高速戦闘用にしてある」

千鶴「万全の備え――――――には程遠かったけれど、こういった非常事態に対応するだけの汎用装備は搭載済みよ」

千鶴「ただ問題なのは――――――」

千冬「具体案が思いつかなければ、――――――たった2キロ先だ。今、ボートを手配してもらっているからそれで近づくことも考えている」

箒「私は……………(成り行きで私もここにいるが、私にできることなんて何もないじゃないか)」

箒「(いや、無くはないのか? 可能性としては――――――、)」


束『これぞ、箒ちゃん専用機こと『紅椿』! 全スペックが現行ISを上回る、束さんお手製だよー』


箒「(――――――何を考えているんだ、私は!)」


セシリア「織斑先生! ここは私の『ブルー・ティアーズ』の『ストライク・ガンナー』で――――――」バッ

簪「私も! 私の『打鉄弐式』は元々 高速戦闘を目的としていますから――――――」バッ

束「まったまった!」

一同「!」


束「その作戦は、ちょっと待ったなんだよー」ヒョコ


千鶴「また出たわね……(――――――天井裏から)」

束「とーーーー!」ピョイーン、シュタ

束「ちぃちゃん、ちぃちゃん!」

束「もっと凄い作戦が、私の頭の中にナウプリンティング~」

千冬「……出て行け」

束「聞いて聞いて!」ユサユサ

束「ここは断然、『紅椿』の出番なんだよ!」

千冬「なにっ!?」

一同「!」

箒「…………!」

千鶴「そう、この作戦における最大の問題とは――――――、」


――――――撃破目標がどういう目的ではるばるハワイからわざわざ私たちの近くを通りすぎようとしているのか。


千鶴「(アメリカ軍が何を想定して運用試験をしていたかは想像がつくけれど、今は時間がないから追求は後にするとして、)」

千鶴「(そして、今日が7月7日であり、その日にこれまで進んで姿を見せようとはしなかった篠ノ之 束が姿を現し、)」

千鶴「(第4世代型ISを実の妹の誕生日プレゼントと称して贈ってきた直後に――――――!)」

千鶴「(…………何か作為的なものを感じざるを得ないではないか!)」ジロッ

束「うふふふ、あははははは」ニコニコ

箒「…………まさか私がやるのか?」アセダラダラ



――――――11:30 作戦開始!


箒「………………来てしまったか」(『紅椿』専用ISスーツ)

千冬「…………緊張しなくていい」(織斑千冬専用ISスーツ)

千冬「お前はただ私を運んでいけばいいのだからな」

千冬「超音速飛行も本番とは行かなかったが、スピードの感覚にも慣れたはずだ」

箒「は、はい……」

千冬「安心しろ。暴走した『銀の福音』は必ずこちらに喰らいつくはずだ」

千冬「そうなれば、巡航速度こそ超音速かもしれないが、戦闘速度までも最高速を維持できる道理はない」

千冬「接近戦に持ち込むことができれば、私の『零落白夜』でやつを仕留められる」

千冬「先行させたお前の先輩方の援護もある。少しばかり囮としてこちらの注意を逸らしてくれるだろう」

千冬「その一瞬を突くぞ!」

箒「はい(――――――結局は、こうなるのか)」


――――――“白に並び立つ者”。


箒「それが第4世代型IS『紅椿』」

箒「これが、私の専用機となるのか……」


――――――――――――

―――――――――

――――――

―――



千冬「よし、総攻撃だ」

千鶴「え」

山田「へ」

束「わーお! ちぃちゃんったら大胆!」

千冬「海上封鎖に飛ばしている口が堅い使える教員も海上封鎖を放棄させて攻撃に参加させろ」

山田「待ってください! 『ラファール』の性能では『銀の福音』に蹴散らされてしまいますよ! 武装も不十分ですし」

千冬「囮に使え。そもそも『銀の福音』が予測コースから転進を始めたらどうしようもなくなるのだからな」

山田「うっ」

千鶴「まあ、残り50分未満でここから2キロ先の空域を通過することがわかっている相手を待ち伏せするなんてわけないわね」

千鶴「高高度の相手を狙うのなら、幸い『シュヴァルツェア・レーゲン』と『ブルー・ティアーズ』という優秀な機体が揃ってるからね」

千冬「ボートは確保できたな。それでオルコット、ボーデヴィッヒ、デュノア、更識には先に出てもらう」

千冬「その間に、私は篠ノ之の『紅椿』に少しでも鍛錬をつけさせる」

千鶴「またまたそんな無茶苦茶なことを…………」

千鶴「やるならエネルギー補給の手間暇もちゃんと頭に入れてからにしてね」

千鶴「それで?」


――――――答えも聞いてないのに無理やり乗せるわけ?


千冬「…………緊急事態なんだ」

千鶴「事の重大さはよくわかってますよ」

千鶴「けれど、あの子は専用機持ちになることには消極的だし、自分とほとんど同じ境遇の“アヤカ”への迫害を鑑みて悪目立ちしたくないはずよ」

千冬「今回だけだ」

千鶴「そう」

千鶴「なら、さっさと動いて。今回の作戦の要である千冬がやらないことには何も始まらないんだから」

千冬「わかってる」

千冬「行くぞ、束」

束「は~い」


タッタッタッタッタ・・・



千鶴「山田先生、“アヤカ”の捜索はどうなってますか?」

山田「それが……、まだ見つからないんです」

千鶴「なぜ今になって脱走したのかはわからないけど、本気で逃げ出したのならステルスモードを使うことぐらい想定内よ!」

千鶴「ISが持てる機能の全てを使って隈なく探して! 音響でもいいし、動体反応でも熱源反応でも!」

千鶴「何を手間取ってるのよ! 少なくとも9時頃に脱走したはずなんだからせいぜい2,3時間! 行ける範囲も当然 限られてくる!」カタカタカタ・・・

千鶴「もっと頭を使って!」カタカタカタ、カタッ!

千鶴「ほら! この周辺の地形と一般男性の平均的な行動範囲を照合した地図よ! こうやって探しなさい!」ピピッ

千鶴「こんなの生徒たちにやらせた校外特別実習の応用じゃない! 先生なら先生らしく、この程度の探しもの さっさと終わらせなさい!」

千鶴「…………ハア」

山田「さすがは一条先生ですね」

千鶴「山田先生? ISがアラスカ条約で軍事利用が明確に禁止されていることに馬鹿正直に固執して、ISバトル専用の玩具として扱うのはどうかと思うわよ」

山田「そんなつもりは…………」

千鶴「ISは元々 宇宙開発用として造られた画期的な発明だった……」

千鶴「それをこんなくだらない軍事利用なんかして、自分たちのフロンティアを閉ざしているだなんて…………」


――――――何もかも『白騎士事件』のせいよね、これも。



千冬「さて」

束「やっほー」

セシリア「織斑先生。それに篠ノ之博士……」

ラウラ「最終的な作戦内容がお決まりになったのですね」

千冬「オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、更識」

セシリア「はい」ビシッ
シャル「はい」
ラウラ「はい」
簪「はい」

千冬「お前たちは先にボートで沖に出て待ち伏せろ。敵の注意を引け。たった2キロ先の空域だ」

千冬「基本的に得意距離から援護を適宜行ってくれていればいい。デュノアはパッケージ換装で得た防御機構でボートを守れ」

シャル「わかりました」

千冬「では、そういうことだ」

鈴「あ、ちょっと待ってくださいよ」

鈴「私は?」

千冬「お前は万が一の時のための予備兵力として、対策本部の警護に当たれ」

鈴「ええ…………」

千冬「時間がないんだ。教師の言うことには全て『はい』と答えろ!」

鈴「は、はい!」ビクッ

セシリア「あ、でも、そうなると織斑先生の機体を輸送するのは――――――」


千冬「篠ノ之」

箒「…………はい」

千冬「すまない。後生だ。今回だけでいい」

千冬「――――――『紅椿』に乗って私を戦場まで送り届けてくれ」

束「ええ……、ちぃちゃん、それひどくなーい?」

千冬「黙れ。正式には学園が『紅椿』を貰い受けるのであって、『篠ノ之 箒の専用機になるかどうかまでは保証できない』と言ったはずだ」

束「ふ~んだ! 箒ちゃんのデータはすでにある程度入れて標準化しているから箒ちゃん以外には絶対に合わないようにしてあるからいいもーん!」

千冬「この際、1回だけ乗ってそれっきりでもいい。それで機体とコアは有効活用させてもらう」

箒「…………『今回だけ』」

鈴「あんた、覚悟がないなら辞めときなさい。実戦も専用機持ちも遊びじゃないんだから」

箒「いえ、わかりました。やらせてください」

鈴「……ホントに大丈夫?」


――――――私は、望まない理由でIS乗りになり、専用機持ちにまでなり、数多の死線を潜り抜けてきた一人の少年のことを知っている。


箒「私は大丈夫だ(――――――それと比べたら)」グッ

束「わーいわーい! 箒ちゃんの晴れ舞台デビューだよ、イエイ イエーイ!」

千冬「……すまないな」

箒「気にしないでください」

箒「それよりも時間が押してるんでしょう? 急ぎましょう」

千冬「そうだな」

束「『紅椿』の調整は7分もあれば余裕だねー!」

千冬「よし! では、別れろ!」

一同「はい!」




バタバタバタ・・・・・・


千冬「では、篠ノ之」

箒「はい」

束「今度こそ、ハッピーバースデー、箒ちゃん!」ニコニコ

束「あ、それと、このISスーツに着替えてねー。これも束さんお手製のオリジナルISスーツなんだから」

箒「う、うん。あ、ありがとうございます……」

箒「(そうだ。まだ一夏からもらった誕生日プレゼントを開けてなかったな。忘れるところだったな)」

箒「(そう、私の誕生日である今日の夜にでも開けて、雪村やみんなに自慢するつもりだったが――――――)」

箒「(またまたとんでもない誕生日プレゼントをもらうことになったな、私は……)」

箒「(雪村は今、どうしてるんだろう? 雪村がこの場にいたら何て言うのだろう?)」




束「箒ちゃんのデータはほとんど先行して入れてあるから、後は最新データに更新するだけだね」ピピッピピッ

千冬「――――――そうか。ボーデヴィッヒたちは沖に出れたか。わかった」

束「はい、フィッティング終了! 超速いね、さすが私!」ピッ

鈴「え、もう終わったの……?」

束「それじゃ、試運転を兼ねて飛んでみてよ。箒ちゃんのイメージ通りに動くはずだよー」

千冬「次いでに、今回のお前の役割は兵員輸送だから肩を貸してもらうぞ」ガシッ(IS展開:第2世代型IS『風待』)

箒「あ、はい!」

束「ふふん! ちぃちゃん、身を以って『紅椿』の凄さを噛みしめるのだぁー!」

千冬「…………いくらお前でも『あれ』以上の機体を造れるものか」ボソッ

箒「え」

千冬「篠ノ之、準備はいいか? こっちはいいぞ」

箒「あ、はい。それでは飛んでみます」

箒「…………行くぞ、『紅椿』」ヒュウウウ・・・


ヒュウウウウウウウウウン!


鈴「何これ、速い!」

束「どうどう? 箒ちゃんの思った以上に動くでしょー」
――――――

箒「ええ、まあ……」

箒「これが、第4世代の加速――――――(この機体速度といい、反応速度といい、切れといい、――――――『打鉄』の比じゃない!)」

箒「凄い! 本当に空を自由自在に意のままに……!(これが姉さん仕込みの「最適化」の精度か。ランクCの私が代表操縦者になったかのようだ!)」

千冬「………………お前でもこの程度の機体しか造れないのか(――――――私からすればまだまだ地味過ぎるがな)」ボソッ

千冬「篠ノ之、巡航形態はわかるな?」

箒「はい。頭から突っ込むやつですよね」

千冬「そうだ。その形態でいろいろと動き回ってみろ。私はお前の背中から剣を振り下ろす練習を行う」

箒「わかりました!(――――――行け、『紅椿』!)」



ヒュウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウン!


束「うんうん。いい感じいい感じ!」

束「けど、それだけじゃないんだよねー」ニヤリ

束「それー、ポチッとな」ドドドドド! ――――――多連装ミサイルランチャー 量子展開!

鈴「へ?!」

鈴「危ない、二人共!」
――――――

千冬「!」ピィピィピィピィ

千冬「何のつもりだ、束!?」

箒「織斑先生!」ビクッ

――――――
束「箒ちゃん。――――――『空裂』と『雨月』、使ってみてよ」

束「これぐらいならなんてことないから」

束「さあさあ!」
――――――

箒「くっ、姉さん!(――――――『射撃性近接ブレード』? 確かにどうにかなりそうなイメージが湧いてくる)」

箒「ええい、ままなれよ!(――――――何が『射撃性』だかわからんが行っけえええ!)」ジャキ ――――――抜刀!

箒「はあああああああ!」ブン!

シュババババババ・・・!

千冬「こ、これは…………」

箒「おお…………!(こいつは凄い! 格闘機でありながら遠距離戦闘もこなせる万能機じゃないか!)」

千冬「篠ノ之、エネルギーの消費はどれくらいだった?」

箒「え、あ…………」

千冬「確かに性能はいいが、それ相応の出力である以上は封印確定だな」

千冬「だが、飛び道具の存在は無いよりはマシだ。むしろ、自衛する意味ではありがたい。ここぞという時にうまく使ってくれ」

箒「はい!(…………他にもいろいろ攻撃に使えるようだな。けど、こういうのって雪村が乗ったほうがずっと強いんじゃないのか?)」


―――

――――――

―――――――――

――――――――――――



――――――
千鶴「調子はどうかしら?」 ――――――プライベートチャネルによる秘密会話
――――――

千冬「問題ない。束が造っただけあってとんでもない性能の機体だったぞ、あれは」

千冬「――――――『兵器としてのISとしては』だがな」

千冬「では、予定通りに作戦を開始する」

――――――
千鶴「そう」

千鶴「それと一応、海上封鎖の効果はあったことを報告しておくわ」

千鶴「3番機が密漁船を拿捕したから、作戦終了まで監視に回しておくわ」

千鶴「手早く片付けてくれると助かるわね」
――――――

千冬「そうか。他に変わったことは?」

――――――
千鶴「特にはないけど、今回のはあっさり終わるような事件とは思えないわ」

千鶴「――――――10年前」

千鶴「10年前の『白騎士事件』にそっくりだと思わない?」
――――――

千冬「…………そうかもな」

――――――
千鶴「私は今回の暴走事件に作為的なものを感じずにはいられない」

千鶴「誰とは言わないけれども、この状況を計算尽くで作り上げられる唯一の存在を私は知っているから」

千鶴「気をつけて。――――――もちろん、水爆にも気をつけて」
――――――

千冬「わかっている」

千冬「では、始めるぞ、篠ノ之」

箒「はい」


千冬「力を貸せ、『風待』!」

箒「行くぞ、『紅椿』」


ブゥウウウウウウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウン!


――――――
千鶴「そういえば、篠ノ之 束はどこへ行ったのかしら?」
――――――



――――――同じ頃、


ヒュウウウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウン! ――――――旅館近辺の一帯を飛び回る教員の『ラファール・リヴァイヴ』!

束「お、箒ちゃんとちぃちゃんが行った頃だね。うんうん」

束「さて、今の内に幻の珍獣でも探しに行きましょうか」

束「この天才:束さんに掛かれば、これだけのISが動員されてもまったく見つけられないステルスモードのISでも余裕 余裕!」

束「ほっほう? あちらの方角ですかな、ですかな?」ピコンピコン!

束「…………うん? 何かレーダー上で妙な動きをしている気がするけど何かな~?」

束「う~ん、この天才:束さんでもわからないこの動き――――――」

束「まあいいや! 百聞は一見に如かず――――――、ガンガン行こう~!」

束「お~!」


タッタッタッタッタ・・・












雪村「…………もう少しで4時間が経つか」ゼエゼエ

雪村「はたして、4時間が過ぎても僕が殺されずにいられるのだろうか?」

雪村「とにかく、今日 起こる災厄をやり過ごせば、後は狼煙を上げて終了だ」

雪村「それまで捜索に来ているISの空の目、捜索隊の地上の目、篠ノ之 束の悪魔の目の、3つの目――――――」

雪村「逃げ場なんてないのは百も承知。たった3,4時間の間をこの森の中でやり過ごせばいいだけのことなんだから」

雪村「しかし、――――――篠ノ之 束か」

雪村「僕のことを邪魔だって言うんだったら、IS適性の問題を何とかしてください…………普通の人間に戻してくださいよ」

雪村「どうして今まで僕のことを放っておいていたのに、今になって僕のことを――――――」

雪村「やっと居心地がいいと思える場所ができたのに…………、こんなのあんまりだ!」

雪村「………………ハア」

雪村「そろそろ行くか」ゼエゼエ

雪村「こんなんでもやっぱり生きていたいから。殺されたくはないから」ドクンドクン

雪村「…………失ってみて初めてわかる もののありがたさ」

雪村「何も無かった頃の僕と今の僕ってどっちが弱々しいんだろうな?」ゼエゼエ


スタスタスタ・・・タッタッタッタッタ・・・・・・




――――――作戦領域


箒「見えました、織斑先生!」

千冬「よし。もっと高度をとれ。高高度からの奇襲で一気に仕留める(あれが『銀の福音』…………アメリカ版『白騎士』のようだが、さてどうかな?)」

――――――
千鶴「真打ちが目標を確認!」

千鶴「海上の陽動部隊、攻撃開始!」

千鶴「無人機だから遠慮することはないわ!」
――――――

教員「まさか、こんなことが起きるだなんて…………」アセタラー

シャル「それじゃ、気をつけて! 船は僕が守るから」

セシリア「行きますよ、簪さん!」(ステルスモードで空中待機:解除)

簪「うん!」(ステルスモードで空中待機:解除)

ヒュウウウウウウウウウン! ヒュウウウウウウウウウン!

セシリア「強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』――――――量子変換率は完全ではありませんけど、」

セシリア「『スターダスト・シューター』と超高感度ハイパーセンサーなら間に合っておりますわ!」バヒュン! バヒュン!

簪「『打鉄弐式』の第3世代兵器:8連装誘導ミサイルポッド『山嵐』……!」ピピッピピッピピッ

ラウラ「よし! 砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』の出番だ!」

ラウラ「てえええええええええええ!」バン! バン!

ラウラ「(あのウェポンコンテナの中身が気になるが、今は織斑教官がやり切ることを信じて――――――!)」


銀の福音「――――――!」ヒュン!

銀の福音「――――――!」シュババババババ!


ザバーンザバーン!


教員「き、来たぁ……!」ドクンドクン

シャル「この程度のエネルギー兵器なら――――――!」

シャル「今日 送られてきた、この防御パッケージ『ガーデン・カーテン』で余裕で!」

ラウラ「どうやらやつの大型スラスター――――――(あれ自体が多連装レーザー砲になっているようだが――――――、)」

ラウラ「てえええええええええええ!(――――――高高度からの面制圧用の拡散攻撃ではなぁ!)」バン! バン!


簪「もう少しで、『山嵐』の射程内――――――!」ピッピッピッ・・・

セシリア「あまり無理はしないでください、簪さん!」ピィピィピィ!

セシリア「――――――来ましたわ!」

銀の福音「――――――!」シュババババ!

簪「あの数なら、こう動いて、――――――こう!(――――――『不動岩山』展開!)」

銀の福音「――――――!」

簪「…………シールドパッケージ『不動岩山』!」

セシリア「広域防壁………………いつの間にあんなパッケージを?」

簪「一撃の威力が低ければ落ち着いて『山嵐』のデータ入力に専念できる!」ピピッピピッピピッ!

簪「データ入力完了! ――――――『山嵐』!」シュババババ!

銀の福音「――――――!!」ビュウウウウウン!

簪「……さすがに速い!(でも、『山嵐』のデータ入力している間の無防備を補うための『不動岩山』だったけど、いい感じ)」アセタラー

セシリア「いえ、そこですわ!」バヒューン!

銀の福音「!!!!」ドーン!

セシリア「一撃、入りましたわ!」

簪「これで――――――!」

ラウラ「――――――終わりだ!」

銀の福音「――――――!?」


ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!


千冬「はああああああああああああ!(――――――『零落白夜』!)」ジャキ
箒「いっけええええええええええええ!(これで決まれええええええ!)」


ズバーン!


――――――垂直降下! 『零落白夜』の光の剣が紅の弾丸と化した『紅椿』に乗って迸る雷光のごとき一閃となって『銀の福音』を斬り裂く!





作戦はあっけなく終わりを告げようとしていた。

史上最強の兵器:IS〈インフィニット・ストラトス〉といえども、同じIS相手に多勢に無勢ならあっさり討ち果たされるものである。

更に、超音速飛行を特徴とするアメリカの戦略級IS『銀の福音』は今回は背中に大型のウェポンコンテナを背負っていたので、

巡航形態においては超音速飛行による抜群の機動力を見せるのだが、いざ戦闘となれば本来存在しないウェポンコンテナの重量に引き摺られて、

多連装レーザー兼用ウィングスラスター『銀の鐘』によるイグニッションブーストに匹敵する瞬発力こそは目を見張るものの、

それでもどこか、超高感度ハイパーセンサーを搭載したISにははっきりと隙と見える緩慢な一瞬が浮き彫りとなっていた。

今回はまさしく、懸念事項であったウェポンコンテナが逆に勝利の鍵となっており、ウェポンコンテナだけの切除なんてみみっちいことは言わずに、

『銀の鐘』とウェポンコンテナを切り離すのではなく、本体と『銀の鐘』を切り離してウェポンコンテナごと翼を剥ぎとったのである!

さすがは“ブリュンヒルデ”織斑千冬といったところであり、超音速で垂直降下している最中に見事に切り分けたのである。

ここ一番の勝負所では無類の強さを誇るのが織斑千冬であり、それを実現させた集中力と勝負運の強さはまさしく神の領域に入っていた。

しかしながら、実はこの時点でもう一人――――――、その神の領域に等しい荒業をやらされていた少女がいたことはあまり注目されていない。


――――――
千鶴「…………!」

鈴「……やったの?」

山田「…………ええ、きっと」


千鶴「千冬……、思い切りが足りなかったようね(まあ、作戦はもう終わったようなもんだけど)」


鈴「え!?」

山田「あ!」
――――――


ヒューーーーン! ザッパーン!


教員「やった――――――え?」

シャル「あれって、『銀の福音』の翼とウェポンコンテナ……」

ラウラ「ということは――――――!」ギリッ


銀の福音「!!!?」 ――――――特徴的な大型ウィングスラスターが切断! 戦力の大半を消失!


千冬「…………仕留め損なったか(本当なら上半身と下半身が2つに分かれるはずだったのだが、なまったものだな)」

箒「だ、大丈夫なんですか?!」ドクンドクン

千冬「問題ない。『銀の福音』の装備はあのウィングスラスターだけだ」

千冬「それを失った後は、あんなのはただの七面鳥だ」

千冬「――――――本部、座標は特定できてるな?」

――――――
千鶴「ちゃんと記録してあるわ。すぐにでも専門業者にサルベージに向かわせるから、とっとと片付けて」
――――――


千冬「全機、目標を完全に撃破せよ! もう一度 私と篠ノ之がトライする!」

一同「了解!」

千冬「篠ノ之、もう一度だ! すでにやつの翼はもがれた。この勝負は決まったも同然だ!」

箒「は、はい!」ドクンドクン

ラウラ「――――――攻撃再開!(懸念だったあのウェポンコンテナは無力化されたか。さすがです、教官)」

ラウラ「てええええええええええ!(あまりにもあっけなさすぎる気がするが、――――――当然の結果でもあるか!)」バン! バン!

セシリア「あまり狩りは好みませんが……、私、これでも得意でしてね!」バヒュン! バヒュン!

簪「袋叩きはあまり気が進まないけれど、――――――データ入力完了! 『山嵐』!」シュバババ!

教員「いけえええ! やれええ! やっつけろおおおお!」

シャル「はははは……(最初はどうなることかと思ったけれど、世界最新鋭の機体に“ブリュンヒルデ”までいたらこうもなるか)」

銀の福音「――――――!」ヒュンヒュン!

銀の福音「!!!?」ドゴンドゴーン!

銀の福音「!!!!!!」ドッゴーン!


ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!


千冬「これで最後だああああああああ!(――――――遅い!)」ジャキ
箒「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


銀の福音「――――――!」ガシッ、バジジジ・・・

箒「え」

千冬「なっ!?」


ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン! ザバーン!






それはほんの些細なことであった。

結果としては目標の撃破に成功しているので問題はないのだが、最期に『銀の福音』は――――――、


超音速の垂直降下で振り下ろされた織斑千冬の『零落白夜』の光の剣が胸を斬り裂いたところを一矢報いらんとばかりに掴んだのだ。


もちろん、掴んだところで超音速で垂直降下している織斑千冬に釣られて握られた光の剣も海面へと突っ込む方向に力が働いているので、

そのまま『銀の福音』も一緒に海面へと突っ込むことになったのだが、千冬を驚かせた後すぐに手を放したのであった。

千冬の駆る『風待』を乗せた専用機デビューの篠ノ之 箒の『紅椿』はISの基本動作である「完全停止」を行って海面に激突する前に空中に静止した。

一方で、引き摺られた勢いのままに『銀の福音』は水柱を立てて海の中へと吸い込まれていったのである。


教員「え、今 何が起こって――――――!」

シャル「先生、捕まってください! 船が揺れますから!」ガシッ

教員「え」フワァ

シャル「っと」フワァ・・・

セシリア「『銀の福音』が海に沈んだということは――――――」

簪「うん。『PICが停止した』って証拠だよね。つまり――――――」

ラウラ「教官! やりましたね!」

箒「…………フゥ」

千冬「…………本部」

――――――
千鶴「――――――IS反応は数秒前に1つ消えたわ」

千鶴「おそらくは…………」

千鶴「でも…………」
――――――

千冬「ああ。最後の最後に『零落白夜』の光の剣を掴んでくるなんてさすがに予想外だった」

千冬「――――――無人機だったんだよな?」

千冬「それにしては、人間的な思考・行動パターンが滑らかだったような気がする」

――――――
千鶴「戦略級ISの存在は、戦略原潜と同じく存在自体が秘密の扱い――――――、」

千鶴「アメリカがしぶしぶ提出してきた『銀の福音』のスペックカタログには詳しいことは何にも書かれてなかったけど、」

千鶴「いくらIS登場以前から無人機の実用化を目指していたとはいえ、非常に高度な政治的判断を機械にまかせることには今も懐疑的よ」

千鶴「それに、ISの無人機化はクラス対抗戦で例の『黒い無人機』が確認されるまでは机上の空論とすら言われてたの」

千鶴「となれば、アメリカがイスラエルと共同開発で造り上げたこの機体の無人機化は、」

千鶴「おそらくはテストパイロットの動きをパターン化した――――――VTシステムと本質的に同じ技術が使われてるように思える」

千鶴「けれど、あの『黒い無人機』の人間離れした非人間的な動きと比べてみて、どちらにも利点と欠点があるのはわかる?」

千鶴「これまた、厄介な事実が明るみに出たわね」

千鶴「それでも、国内の数少ないISコアを無人機にあてて、最高級のステータスを得ている代表候補生たちが黙っていられるのかしらね」
――――――

千冬「さあな。アメリカとしてはこのことをどう処理するつもりなのか、高みの見物といこうか」


――――――
千鶴「これ以上の長居は無用ね」

千鶴「専用の装備と調整を施さないと、ISでサルベージはできないものね」

千鶴「――――――ただね?」
――――――

千冬「どうした?」

――――――
千鶴「一応『エネルギーが自然回復した時のために何人かは残って欲しい』っていうのが今回の作戦指揮官の意見というわけ」
――――――

千冬「なぜだ? すでにやつのエネルギーは空になっているのだろう?」

千冬「それに、『零落白夜』で剛体化が剥がされた損傷箇所に浸水してるだろうから、自然回復したエネルギーは損傷箇所の修復に使われるはずだ」

千冬「そして、ISが金属の塊である以上は水の上にも自然には浮かばないのだぞ? 沈没は確定だ」

――――――
千鶴「千冬? あなたはISが形態移行する物理的条件というものを認識したことはあるかしら?」
――――――

千冬「さあな。束ですらその進化する条件がわからないのに私にわかるはずないだろう?」

――――――
千鶴「でも、ヒントはある」

千鶴「形態移行した時にエネルギーが完全回復するってあるじゃない」
――――――

千冬「………………!」

――――――
千鶴「私はね、あなたが今 使っている『G2』を何度も「初期化」と「最適化」を繰り返して形態移行を何度も体験してる」

千鶴「そして、単一仕様能力は必ずしも発現はなかったけれども、エネルギーの回復だけは絶対だった」

千鶴「だからね? ISっていうのは――――――、」


千鶴「実は、動植物と同じように自らが進化していくための余剰エネルギーを溜めているんじゃないかっていう話よ」


千鶴「人間なら、筋肉とは別に脂肪としてエネルギーを蓄えているじゃない? それと同じようにISもエネルギーを実は余分に蓄えているはず」

千鶴「そして、それは自らの存在が脅かされる時に一気に使われる――――――」

千鶴「そう、飢えた時に脂肪を分解してエネルギーにして生命活動を維持させるように、」

千鶴「更に、絶体絶命において人が火事場の馬鹿力を発揮するがごとく――――――、」

千鶴「――――――不死鳥は墓地から何度でも舞い戻り、より強くなって帰ってくる」
――――――

千冬「…………わかった」

千冬「サルベージ船を急いで派遣してくれ」

――――――
千鶴「もうしてある」

千鶴「ただ、急なことだし、数時間は掛かる」

千鶴「それまで、適度な緊張を維持し続けられるかが問題」

千鶴「それに、これが私の杞憂であれば徒労に終わることだし、――――――現場指揮官としてはどう思うの?」

千鶴「対策班はこれで撤退する? それとも海域に残留するなら食事や補給をどうするかを考えて」
――――――

千冬「……そうだな」チラッ


教員「いや~、おつかれさまです」

シャル「おつかれ、箒」

セシリア「よくがんばりましたわ、箒さん!」

箒「あ、ああ…………」ドクンドクン

ラウラ「よくやったぞ、箒。初の実戦で、しかも乗って間もないのにあそこまで仕上げるとは大したものだ」

箒「そ、そうか? みんなの援護と織斑先生の適切な指導があったからやれたんだ。みんなも凄かったよ」ドクンドクン

箒「(しかし、実際に『銀の福音』にあれだけ肉薄できたのは、雪村がやっていた『PICカタパルト』のおかげなんだよな)」

箒「(ぶっつけ本番でやれるとは思わなかったけど、確かに『PICカタパルト』はこれまで発見されてこなかっただけあって感覚が掴めなかったけど、)」

箒「(雪村が言うフォーカスっていうことを意識し続けると自然と対象のISと自分とが視えない何かで繋がれたような感覚がするようになったんだ)」

箒「(とにかく、私が『銀の福音』に喰らいつく――――――それだけに専念させられていたことが幸いしたのかもしれない)」

箒「(なんとなくだが、相手のベクトルというものを身体で感じられてどう動くのかがほんの少しだけ先読みできるような感覚すらしていた)」

箒「(おかげで、雪村の場合は縦の動きにしか『PICカタパルト』の恩恵を受けられなかったけれども、)」

箒「(普通のISで『銀の福音』相手に『PICカタパルト』を使うとなると、相手の速力も足し合わさってとんでもない速さで自在に動き回れる!)」

箒「(これは確かにとんでもない技術だ、『PICカタパルト』。言わないほうがいいかもしれないな)」

箒「(極論、1対1の状況なら『PICカタパルト』で相手の機動力を自分のものにできてしまうから現在 流行りの高機動型ISが陳腐化するしな)」

箒「(それに、――――――これは雪村だけの強みにしておきたいから)」

簪「それで、箒としてはこれからどうするつもりなの?」

箒「え」

簪「いや、専用機持ちになるのかなって……」

セシリア「……そうでしたわね」

箒「あ…………」チリンチリン


――――――左手の金と銀の鈴。これが第4世代型IS『紅椿』の待機形態である。


箒「………………」

簪「やっぱり、お姉さんからの贈り物だし、名残惜しい?」

箒「…………わからない」

シャル「ねえ? 確か、『紅椿』と合わせて13個のコアがIS学園のものになるって話だったらしいけど……」

ラウラ「確かにそのように聞いたぞ。3年前に篠ノ之博士が失踪してから途絶えていたコアの供給が行われたのだから、世界が驚愕するだろうな」

セシリア「しかし、問題はその13個のコアの帰属先ですわ」

セシリア「IS学園が超国家組織とはいえ、日本国の所属であることはアラスカ条約で明記されてますし」

ラウラ「いや、それ以前に、学園が鹵獲したテロリストたちの『ラファール』6機の流出先を明らかにしない限りは分配はできないな」

シャル「う、うん……」

教員「そういえば、そうだったよね…………嫌な事件だったね」

ラウラ「いったいどこの国がテロリストと通じているのか、今 一度 全てのISコアの所在を洗い出す、史上最も厳粛な確認作業が始まるだろうな」

ラウラ「それに、アメリカもこんな暴走事件を起こした以上は強気な発言はできんだろう」

ラウラ「………………あのウェポンコンテナのことも追及させてもらうとするか」ボソッ




――――――12:00頃、

――――――対策本部


山田「学園上層部に作戦成功を報告いたしました」

千鶴「うん。普通ならこれで終わり(――――――そう、これでこれ以後の展開についての責任は少しでも回避される)」

千鶴「凰、警戒態勢は一応これからも続くことになるけど、おそらくはもう大丈夫でしょう。昼食を摂ってきなさい」

鈴「わかりました」フゥ

スタスタスタ・・・・・・

千鶴「…………篠ノ之博士は現在どこにいる?」

山田「今、確認しますね」ピピッピピッ

千鶴「それと、――――――まだ見つからないの?」ジロッ

千鶴「何をやってるの、捜索班は! そんなんじゃ生徒たちに示しがつかないよ!」ギリッ

千鶴「ん」

山田「え?! ディスプレイが歪んで――――――」

バチ、バチチ・・・・・・クァwセdrftgyフジコlp;@:「」

千鶴「――――――クラッキング!?」

千鶴「データの一切を消去して! 急いで! さっきまでのことを外部の人間に知られるわけにはいかない! 強制終了も!」

山田「は、はい!」アセアセ

教員「ひぃいいい!」アセアセ

千鶴「無理なら物理で! 早急に処分して! 急いで!」アセアセ

千鶴「いったい何が?! どこからの不正アクセスなの!? まさか学園で何か――――――!」アセタラー


ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン! ガサガサガサガサアアアアアアア! ドッゴーン!


千鶴「!」ビクッ

千鶴「全員、窓の近くから離れて!」

千鶴「くっ……」

一同「!?」


それは普通ならお昼時を迎える頃であった。それはまさしく『青天の霹靂』と言えるものであった。

『銀の福音』討伐作戦も一段落して、サルベージ船を緊急出動させて、海に沈んだ『銀の福音』とウェポンコンテナの回収を急がせ、

サルベージ船が来るまで洋上で警戒することになった対策班の実働メンバーの許に弁当を持たせて輸送する手筈を整え、

海上封鎖中に拿捕した密漁船の引き渡しの準備もし、できるだけ今回の事件が内外に知れ渡らないように腐心していた。

それが終わってからは、『銀の福音』対策班としての活動もこれで一息がついたのだが、

それとは別に並行して行っていた、世界で唯一ISコアを開発できる篠ノ之博士と世界で唯一ISを扱える男性“アヤカ”の捜索に集中することになった。

篠ノ之博士に関しては最初にラウラが拿捕できなかった時点で半ば諦め半分でやらせていた。

なにせ、3年前に日本政府に重要人物保護プログラムという名の監禁状態から467個目の最後のコアを残して忽然と姿を消し、

それ以来、世界中のあらゆる国家や組織が総力を上げて捜索しているのにその尻尾を掴むことすらできていないのだ。

世界規模の諜報機関の総力を上げて捕まえられないような存在をどうやってその1割にも満たない今の人員と装備で確保できるだろうか?

なので、新規のコアを新型IS『紅椿』を含めて9個だけ得られただけマシと納得させられていた。


しかし、一方でまったくの謎なのが“世界で唯一ISを扱える男性”こと朱華雪村“アヤカ”の突然の脱走である。

織斑千冬に代わって指揮官を代行している一条千鶴は実は“彼”の出自について全てを知っていた。

それでも、“彼”のことについて知っているのであって、現在の“アヤカ”や“それに至るまでの様々な彼”については詳しく知っているわけではなく、

また、秘密警備隊“ブレードランナー”の一員ではあるものの、“アヤカ”の一条千鶴への好感度はあまり高いとは言えないものであった。

おそらくは、良くて“顔を合わせた程度の関係”であり、彼女の仕事の後輩となる織斑一夏の“世界で最も信頼できる間柄”にはとても及ばない。

そのことは彼女が実施した昨日の夕方における特別講義で明らかとなった事実であり、自身も周りの大人とさして変わらない存在だと――――――。

だからこそ、初代“ブレードランナー”一条千鶴は現“ブレードランナー”織斑一夏に期待する他なかったのである。


――――――やはり、“ISを扱える男性”を救えるのは“ISを扱える男性”しかいないのだと。



すみません。重大な誤植があったので同じ場面をもう一度


それは普通ならお昼時を迎える頃であった。それはまさしく『青天の霹靂』と言えるものであった。

『銀の福音』討伐作戦も一段落して、サルベージ船を緊急出動させて、海に沈んだ『銀の福音』とウェポンコンテナの回収を急がせ、

サルベージ船が来るまで洋上で警戒することになった対策班の実働メンバーの許に弁当を持たせて輸送する手筈を整え、

海上封鎖中に拿捕した密漁船の引き渡しの準備もし、できるだけ今回の事件が内外に知れ渡らないように腐心していた。

それが終わってからは、『銀の福音』対策班としての活動もこれで一息がついたのだが、

それとは別に並行して行っていた、世界で唯一ISコアを開発できる篠ノ之博士と世界で唯一ISを扱える男性“アヤカ”の捜索に集中することになった。

篠ノ之博士に関しては最初にラウラが拿捕できなかった時点で半ば諦め半分でやらせていた。

なにせ、3年前に日本政府に重要人物保護プログラムという名の監禁状態から467個目の最後のコアを残して忽然と姿を消し、

それ以来、世界中のあらゆる国家や組織が総力を上げて捜索しているのにその尻尾を掴むことすらできていないのだ。

世界規模の諜報機関の総力を上げて捕まえられないような存在をどうやってその1割にも満たない今の人員と装備で確保できるだろうか?

なので、新規のコアを新型IS『紅椿』を含めて13個だけ得られただけマシと納得させられていた。


しかし、一方でまったくの謎なのが“世界で唯一ISを扱える男性”こと朱華雪村“アヤカ”の突然の脱走である。

織斑千冬に代わって指揮官を代行している一条千鶴は実は“彼”の出自について全てを知っていた。

それでも、“彼”のことについて知っているのであって、現在の“アヤカ”や“それに至るまでの様々な彼”については詳しく知っているわけではなく、

また、秘密警備隊“ブレードランナー”の一員ではあるものの、“アヤカ”の一条千鶴への好感度はあまり高いとは言えないものであった。

おそらくは、良くて“顔を合わせた程度の関係”であり、彼女の仕事の後輩となる織斑一夏の“世界で最も信頼できる間柄”にはとても及ばない。

そのことは彼女が実施した昨日の夕方における特別講義で明らかとなった事実であり、自身も周りの大人とさして変わらない存在だと――――――。

だからこそ、初代“ブレードランナー”一条千鶴は現“ブレードランナー”織斑一夏に期待する他なかったのである。


――――――やはり、“ISを扱える男性”を救えるのは“ISを扱える男性”しかいないのだと。



織斑千冬ほどではないが、“彼”については優先保護対象でもあるために信頼関係を築いておきたいのだが、それもうまくいかず 頭を悩ませていた。

そこに、唐突な脱走が発生し、一条千鶴は一人の人間として少し自信を失いかけていた。――――――『自分のせいなのではないか』という不安。

思えば彼女は、織斑千冬に匹敵するISドライバーとしての能力を持っていながら織斑千冬のような栄光の道を歩むことなく、

秘密警備隊“ブレードランナー”としての裏活動とそれに託けた第2世代ISの開発のためのテストパイロットを長年してきた。

彼女自身はそのことに不満があるわけではなく、むしろ祖国の発展に貢献できたことに揺るがぬ誇りを持っているのだが、

彼女も初めは織斑千冬と同じく若くして第1世代のISドライバーとして抜擢されて活躍していたわけなのだが、

仕事一筋に生きて多感な思春期を犠牲にしてきたことに思うところがないわけではなく、思春期男子との付き合いに彼女らしからぬ妙な力みがあった。

今でこそISはこの世の中では当たり前のものとして受け容れられており、IS乗りであることが女性としての最高のステータスとさえ言われているが、

その裏にはIS産業の発達のために青春を捧げた若き戦乙女たちの汗と血と涙の努力があったことはあまり語られない。

もちろん、織斑一夏という同年代のあまりにも身近すぎる男性はいたが、残念ながら織斑一夏は一条千鶴ら第1期国家代表候補生たちの永遠の憧れであり、

そもそも織斑一夏自身が非常にストイックで色気がないので一般的な男性像とは掛け離れていて全くの別の聖なる存在と認識させられていた。

彼女としても恋愛よりも己が成すべきことに誠心誠意を尽くすほうだったので、山田真耶のような好意には至らずとも歳下ながらも敬意を払っていた。

だが、第1世代ISドライバーのほとんどが政府が奨励し始めたベンチャー企業に革新の期待を抱いて応募したというような風変わりな乙女が主だったために、

ISドライバーに任命されてからまともな同年代の男付き合いは、織斑千冬の弟である織斑一夏ただ一人である可能性が非常に高かったわけである。

無論、織斑千冬のように普段は高校生として学業に勤しみながら学校が終わってからベンチャー企業に通い詰めるという子が圧倒的に多かった。

そんなふうに当時ISなどという新興産業に積極的に開発協力を申し出る先見性のある風変わりな乙女たちにまともな男付き合いなどあるわけがなかった。

だからこそ、一条千鶴ほどの者ともあろう裏工作の専門家は“アヤカ”という一人の少年との付き合いに自信を失いかけるところがあったのだ。


わからないのだ。“アヤカ”がかなり特別だとしても“彼”が望んでいるのは『年相応の普通の扱い』であるがゆえに御しきれないのだ。


これが第1世代ドライバーの多くが顔役として在籍しているIS学園の共通の意外な弱点であり、

“彼”のために『年相応の普通の扱い』をしてあげようとしても、それがどういうものなのかがわからないので的外れな対応になりがちなのである。

もっとも、男性差別的な第2世代以降の人間が学内で主流となっていたので、そもそもそういった配慮をしようという人間すら少なかったのだが…………

そういった意味では織斑一夏こそが一番の適任者であり、できる限りは一緒にさせてあげるのがベストだったのだが――――――。



千鶴「…………ぶ、無事かしら、みんな?」ヨロヨロ・・・

山田「は、はい……」アセダラダラ

教員「い、今のはいったい…………?」オロオロ

千鶴「端末は使える?」

山田「だ、ダメです! さっきの轟音に気を取られている隙にクラッキングされ尽くされたようです…………」

千鶴「なら、しかたない。訓練機を使って代わりにして。対策班と捜索班の連絡がつかないままでいるのはマズイから」

千鶴「システムを復旧できるのならそっちもやって」

千鶴「そして、手が空いているのはみんな、私と一緒に外の状況を確認を!」

教員「はい!」

教員「しかし、さっきの衝撃はまさか――――――」

千鶴「その『まさか』だと思うわ」

教員「そんな!? IS反応は確かに消えたはず――――――!」

千鶴「言っててもしかたないわ」


千鶴「第2形態移行をしていたのであれば、何が起こっても不思議じゃない」


千鶴「それよりも、さっきのソニックブームで怪我人が出ていないかを早く確認しないと!」

千鶴「あなたは訓練機の1機を使って旅館全体の損傷がどれほどのものかを見て回って! 屋外で怪我人がいたら確保するようにね」

教員「はい!」

千鶴「私は女将さんたちや生徒たちの安否確認を済ませるから」

千鶴「きびきび動く!」

教員「はい!」


タッタッタッタッタ・・・・・・



千鶴「…………最悪なシナリオ運びだわ」

千鶴「(あの状況で第2形態移行したとして、進化の方向性としてもっとも適切なものと言えば――――――、)」

千鶴「(海上で展開している対策班の包囲からの脱出と水中での行動制限の解除のこの2つかしらね!)」

千鶴「(おそらく千冬たちは旅館のほうで何が起きたのかも知らずにサルベージ船と弁当が届くのを今ものんびりと待っているはず)」

千鶴「(となれば、潜航能力を持つように『銀の福音』は進化して何らかの目的を持ってこの旅館にまで接近した――――――)」

千鶴「(となれば、いったい何が目的なの、それは!? 少なくとも水爆の運用試験に関係するものじゃないのは確か)」

千鶴「(――――――篠ノ之 束が別な目的を与えて暴走させたとしか考えられない!)」

千鶴「(けれども、それは『紅椿』のデビュー戦と篠ノ之 箒への動機付けに相応しい相手として用意しただけじゃないの?)」

千鶴「(それ以上はわからないわね)」

千鶴「(けど、今度は山のほうの捜索班が暴走した『銀の福音』に狙われることになる! すぐにでもやり過ごすように指示したかったけど……!)」

千鶴「(通信手段の復旧までうまいこと頭を働かせてやり過ごして欲しいわね)」

千鶴「(そう――――――、)」


――――――“アヤカ”のように。


千鶴「(…………え、『“アヤカ”のように』自主的に危機回避をしろ?)」

千鶴「(まさか、――――――“アヤカ”は知っていた?! こうなることが!?)」

千鶴「(でも、あの聡明な子がこの状況で逃げ出すことが極めて困難なことを理解していないはずがない)」

千鶴「(逃げ出すのであれば、みんなが寝静まっている深夜に出た方がずっと遠くへ逃げられるはずなのに…………)」

千鶴「(それが、今朝方になって逃げ出す決心がついたかのような“アヤカ”らしからぬ横着ぶり――――――)」

千鶴「あ」


千鶴『第2形態移行をしていたのであれば、何が起こっても不思議じゃない』


千鶴「私としたことが、――――――見落としていた!」ギリッ

千鶴「(確かに『龍驤』“黄金の13号機”は第2形態であり、単一仕様能力『落日墜墓』の存在があった)」

千鶴「(けれど、それ以外の点では基となる『打鉄』の色違いという程度で、単一仕様能力の追加しかなかったとばかり――――――!)」


――――――どうしてコア固有能力の存在を疑わなかったの、私は!



千鶴「(“アヤカ”と『龍驤』の間にどんな接点があって、“呪いの13号機”から“黄金の13号機”になったのかは未だにわからない)」

千鶴「(けれど、確かに二人の間には確かな接点と共通認識があって、『龍驤』は“アヤカ”をマスターとして認めたらしい)」

千鶴「(かつての“呪いの13号機”――――――噂によれば、あの訓練機に乗ると負けやすいというジンクスがあったらしい)」

千鶴「(ISにも心はあるの。一般機化のリミッターが搭載されていてもコア自体がどう思うかまでは強制できない)」

千鶴「(だからこそ、定期的にISコアを調教して最低限 供給された装備を格納してくれるように調整する必要がある。反逆しないようにするの)」

千鶴「(おそらく、“呪いの13号機”という存在に仕立てあげたのは他でもない口の悪い生徒たちのおかげかしらね)」

千鶴「(この学園に来て最初に習わなかったかしら?)」


「ISには意識に似たようなものがあって、お互いの対話――――――」

「つまり、『一緒に過ごした時間でわかりあえる』というか、」

「操縦時間に比例して IS側も操縦者の特性を理解しようとします」

「ISは道具ではなく、あくまで“パートナー”として認識してください」


千鶴「(コアナンバー36“呪いの13号機”は人間のネガティブな感情を多く学び取って歪んでしまったものなのかもしれない)」

千鶴「(だから、“彼”の成れの果てである“アヤカ”に強い興味を持つことになったのかもしれない)」

千鶴「(なら、コアナンバー36が持つことになったコア固有能力というものは――――――!)」

千鶴「(これは篠ノ之 束ですら辿り着けない実に興味深い進化の在り方ね)」

千鶴「けど、今すべきことは教員の一人として――――――」




――――――渓流


ザーーーーーーーーーーーーー

束「…………おっかしいなぁ? この束さんの頭脳を持ってしても理解できないなー」

束「どこに『龍驤』“黄金の13号機”が隠れているのかな~?」

束「IS反応は確かにこの川の周辺に出てはいるけれど、もうちょっと探知機の精度を上げないとこりゃダメかな」

束「この束さんの目を以ってしてもすぐに見つけられないだなんて、少しばかりあの子のことを侮っていたかもしれないね」

束「………………忌々しいよね」

束「私はISの生みの親なんだよ? それなのになんで箒ちゃんにまとわりつく虫なんかに後れを取ってるわけ?」

束「“純粋種”だか何だか知らないけど、私がいっくんと箒ちゃんのためにしてあげようとしたことをことごとく邪魔してさ!」

束「ああもう! どうして世の中、私の思った通りに行かないんだろう……」

束「いっくんもあの子を助ける必要なんてないのにどうして――――――あってはならない存在だって言うのに」


ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!


束「!」 ――――――迫るソニックブーム!

束「全く持って不愉快だよ」ギロッ(シールドバリアー展開)


銀の福音「――――――!」(第二形態)


束「あーあ、こりゃあ完全に私のミスだね」 LOCKED!

束「攻撃目標をコアナンバー36にするんじゃなくて、“純粋種”に設定しておけばよかった」

束「たまたま近くに居たからって攻撃目標をするだなんてポンコツAIだよね、まったく」


銀の福音「――――――!」シュバババババ!


束「よっとっとっと! ほいさっさ!」ヒュンヒュン!

束「私もISを持ってくればよかったな」 量子展開:多連装ミサイルランチャー!

束「ばーん!」 量子展開:戦略級レーザー砲!


銀の福音「――――――!!」ビュウウウウウウウウウウン!



その頃、この世界の命運を握るキーパーソンである篠ノ之 束は少し前まで“アヤカ”が一人訪れていた渓流で立ち尽くしていた。

篠ノ之 束のステルスモードすら看破するISレーダーには確かにこの近くにコアナンバー36の反応があるのだが、

さすがに範囲拡大にも限界があり、ISの生みの親である篠ノ之 束のアクセスにもコアナンバー36が応答しないので、

こうして世紀の大天才は今まで体験することも久しかった長時間の肉体労働を強いられることになった。

この渓流にコアナンバー36『龍驤』が隠れていることはわかったのだが、篠ノ之 束の目的はコアの方ではなかった。

そんなことはISレーダーの反応ですぐにでもわかりそうな気もするのだが、レーダー上では微かにISの座標が揺れているのである。

それ故に、篠ノ之 束はどこかに息を潜めて隠れているものだと考えていた。

だが、実際に反応している座標近くまで来るとすぐに自分の考えが誤りであることに気づいた。

この渓流に人が隠れられそうな場所は無かったのである。

もしかしたら少し離れた茂みの方に隠れているのかと思い、あらゆる手段を使って探しまわるのだが、

最終的に自分は完全に裏を掻かれたのだと悟ることになったのである。

その時、篠ノ之 束には今まで感じたことがない言い知れぬ苛立ちが募っていた。


――――――どうして私ばかりこんな目に遭うんだろう?







教員「まったく、かくれんぼは終わりだよ(――――――危ない危ない。街の方まで飛んでっちまったけどこれで結果オーライだな)」ヒュウウウウン!

雪村「はい」 ――――――魚取り網をフリフリ振っていた。

雪村「その前にいいですか、2,3点」

教員「何かな? これから本部に連絡を入れてきみの無事を報告するんだけど(そうそう、これで叱られずにすむぞ)」

雪村「現在時刻を教えてください」

教員「今は12時過ぎだね」

教員「ん? お! 驚いたよ。大した持久力じゃないか。こんなところまで来られるだなんて――――――、やっぱり男の子というわけなんだね」

雪村「もう1つです」

雪村「専用機持ちは旅館に帰ってきましたか?」

教員「どうした? もしかして、愛しのあの子と一緒にいられなかったから癇癪を起こしてここまで逃げたってことなのかい?」

教員「案外かわいいやつじゃないか、きみぃ(ほほう、“母と子の関係”ねぇ? そういうこと?)」ニヤニヤ

雪村「どうなんですか?」ジトー

教員「…………何だこの目は?」

教員「ちょっと待ってくれ。すぐに問い合わせてみるから」ピピッ

教員「…………本部? 本部、応答してください」

教員「なぜ出ない?」

雪村「僕のことを探しに来ている人たちは?」

教員「…………あれ? 誰も出ないぞ? どういうことだ、誰一人として応答してくれないだなんて」

雪村「じゃあ、旅館に電話を掛けてください」

教員「わかった」ピポパ・・・

教員「本部が応答しないだなんてどういうことだい? 昼飯を食べに誰もいなくなったってことなのかな? んな非常識な!」プルルル・・・

ガチャ

教員「あ、もしもし? 今日宿泊しているIS学園の織斑先生か一条先生に繋いでもらえませんか――――――」

雪村「…………やっぱりあれは『銀の福音』で、結果として討伐は失敗したってわけか」

雪村「そして、捜索に来ていたISはこの人のを除いて全て『銀の福音』に撃墜されたか」


――――――結局、手は尽くしても犠牲なしには僕は存在していられないのか。



――――――旅館


千鶴「…………そう、見つかったの。それは良かったわ」

千鶴「さっき渓流の辺りで戦略級レーザーやミサイル攻撃が観測されたでしょ? 旅館上空からも見えたわ」

千鶴「あなたはその子を連れて街の方へ逃げて。旅館のみんなも避難させるつもり」

千鶴「どうもIS学園で何らかの大規模なネット犯罪が起こったらしくて持ってきた端末が全てダメになった」

千鶴「だから、こうやってプライベートチャネルでの通信しか行えないわ」

千鶴「――――――専用機持ち? ちゃんと呼び戻してるから」

千鶴「とにかく、あなたはその子の安全を確保して。それができたら不問にしてあげるから」

千鶴「それじゃ、ここからは一切の通信を断って街の電話から掛けてね」

ガチャン

千鶴「………………」

女将「ど、どうでしたか?」アセアセ

千鶴「安心してください。“アヤカ”くんは見つかりました。一足先に街の方まで避難させておきます」

女将「そう、良かった……」ホッ

山田「それで、どうしましょうか?」

千鶴「相手は最新鋭の戦略級IS――――――、専用機持ちじゃないと話にならないわ」

千鶴「問題なのは、それと戦っている何者かとの戦闘がどの方向へと移り変わっていくかなのよね。離れていけばより安全にはなるけれど――――――」

千鶴「避難したいのはやまやまだけど、旅館の送迎バスとクルマだけじゃ数が足りないし、待たされる方はパニックになっちゃう」

千鶴「幸い、IS学園の生徒たちはお昼時だったから館内で昼食をみんなで食べていたから怪我人は出てなかったからいいけど、」

千鶴「旅館へのソニックブームの被害が甚大ね。来年の臨海学校は中止かしら」

女将「いいのです。この旅館にいる全員が無事であるのならば」

千鶴「しかし、これまたIS学園の評判を落とすような出来事になってしまったわね…………」ハア

山田「第二形態移行というイレギュラーが発生したのはしかたがないと思います」

千鶴「それは対策班としての言い分であって、この学園に生徒を預けている保護者の方々や出資者の皆様方は納得しないでしょうね」

千鶴「ホント、ISって史上最強の兵器よねぇ……」

千鶴「現代戦争である非対称戦争に最も適した能力と汎用性を有する兵器――――――」

千鶴「戦車や戦闘機が出動できないこんなところで暴れられたら蹂躙されるのも簡単ね」

千鶴「ともかく、避難の準備とあっちで起こってる戦火がこっちに飛び火しないようにしっかり観測しておかないとね」

鈴「私を行かせてください、先生! 私は世界最新鋭の第3世代機の専用機持ちなのよ!」

千鶴「行って殺されてくるんだったら止めはしないわ」

鈴「…………!」ゾクッ

千鶴「今のあなたは最後の盾として専用機持ちが沖から帰ってくるまで旅館の警備と監視をしてればいい」

千鶴「それに、あなたの今の装備をあの山林地帯に放たれたら山火事になって何もしないよりも早くに旅館が焼かれるしね」

鈴「!」

鈴「わ、わかりました……」シュン

千鶴「さあ、どうする? ――――――“ブリュンヒルデ”織斑千冬?」




ブゥウウウウウウウウウウン! ザァアアアアアアアア!


教員「うわっ、山の方からまたミサイルやレーザーが!」

千冬「…………どういうことだ、束?」

箒「…………姉さん」

セシリア「――――――よし! やっと『銀の福音』の姿を捉えられましたわ!」

千冬「うん」

シャル「これって、――――――光の翼?」ピピッ

ラウラ「おそらくはあの攻防一体のスラスターの代用としているのだろう」

簪「となれば、展開しているだけでも相当エネルギーを消耗していくはずだけど……」

千冬「つまりは、最後の悪足掻きといったところだな」

箒「でも、どうして姉さんが『銀の福音』に――――――?」

千冬「わからん」

千冬「だが、おそらくやつにとっても今の状況は想定外のはずだ」

ラウラ「どうします?」

千冬「作戦は同じだ。私と篠ノ之による一撃必殺を狙う」

千冬「ただ、今度は状況が大幅に変わってより困難な状態となっている」

千冬「だが、束が応戦しているからその隙を狙うことができるはずだ」

千冬「よって、本作戦では篠ノ之とオルコットと私で行く」

千冬「残りの者は旅館の防衛に当たれ」

一同「了解!」

教員「そろそろ浜ですよ」

千冬「よし、行くぞ!(――――――気が進まないが、一応は助けてやらんとな)」

箒「……姉さん(今、助けに行きます!)」チリンチリン



――――――そして、激戦区へ


ザーーーーーーーーーー

束「…………いくら私が細胞レベルで特別だからって実は体力まではそうでもないんだな~」ゼエゼエ

銀の福音「――――――」

束「けど、そっちも息切れのようだね? ふふふふ」

束「(1分でいいから入力するチャンスが掴めれば、こんなやつ ハワイに今すぐにでも送り返してあげるっていうのに…………!)」

束「(ホント、今日は厄日だね。箒ちゃんの誕生日だって言うのに……)」

束「(いっくんはここには居ないし、ちぃちゃんは『暮桜』のバチモンに乗ってるし、この天才:束さんが裏を掻かれるし――――――)」

銀の福音「――――――!」ビュウウウン!

束「ホント、不愉快な世界だよね」シュッ

束「(近づいて来てくれれば解体してあげられるのに相手は遠距離戦重視だし、面白くないよね、こんなの)」


銀の福音「!!??」ドーン!


束「あ」

セシリア「やはり、所詮は無人機ですわね」

ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!

千冬「いいかげんに沈めええええええええ!」
箒「はああああああああああ!」


ガキーーーーーーーン!



銀の福音「――――――!」ググググ・・・ ――――――『零落白夜』の光の剣を掴む!

千冬「大した学習能力だな!(だが、これならどうだ――――――!)」

箒「掴んだぞおおおおおおお!(このまま川を滑って――――――!)」ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!

銀の福音「!!!!」

バッシャーーーン! ザアアアアアアアアアアアアア! ビチャビチャビチャ! ドッゴーーーーン!

束「おお! ちぃちゃん、箒ちゃん!」パァ

千冬「滝壺ならば自慢のエネルギー兵器もうまく使えまい!」ビチャビチャビチャ

銀の福音「!!!!??」ビチャビチャビチャ

箒「千冬さん!」ビチャビチャビチャ

千冬「ああ! これで最後だ!(――――――イグニッションブースト『ゼロ距離』!)」ググッ、ビュウウウウン! ザシュ! 

銀の福音「!!!!!!」ビクン!

千冬「………………!」ビチャビチャビチャ

箒「………………!」ビチャビチャビチャ

銀の福音「………………!」ビチャビチャビチャ


ザーーーーーーーー、ビチャビチャビチャ、ガクッ


銀の福音「」ビチャビチャビチャ

箒「………………終わった?」ビチャビチャビチャ

千冬「…………今度こそ終わったな」ビチャビチャビチャ

束「IS反応消滅! やったね、ちぃちゃん! 箒ちゃん!」ニコニコ


ザーーーーーーーーーーー







――――――『銀の福音』は完全に機能を停止した。


コアの破壊にまでは至ってないが損傷レベル:Dを突破し、第二形態移行をしたばかりでそれなのでもう復活することはなかった。

本当ならば第4世代型IS『紅椿』に迫る勢いの凶悪な性能を誇るはずの『銀の福音』第二形態移行なのだが、

二度目の撃破もまたもや『銀の福音』に課せられた状況要因に大きく助けられることになったのである。

まず、篠ノ之 束との戦いを強いられたこと。

2つ目に、『銀の福音』の最優先行動目標が最優先撃破対象の完全排除であったこと。

3つ目は、鬱蒼とした山林地帯を低空で飛び回っていたことであった。

これらの要素が噛み合わさって、『銀の福音』が最も得意とする広域殲滅と超音速飛行がまったく活かされないまま葬られたのである。

一人で基地戦力をまかなえる篠ノ之 束の尋常ではない弾幕相手に『銀の福音』は最優先撃破対象の完全排除に固執させられていたことによって、

視界が確保しづらい鬱蒼とした山林地帯を低空で飛び回らざるを得ず、開けた渓流から森の中に逃げ込まれてしまったら、

『銀の福音』の大型スラスター兼用第3世代兵器『銀の鐘』の誘導レーザーもなかなか機能しなかった。

しかも、『銀の福音』の武器はそれしかなく、広域殲滅にしか特化していないので精密射撃性は重視されておらず、

篠ノ之 束のような人外の運動能力を発揮する単一目標を排除するのはかえって不向きだったのである。しかも、シールドバリアーで防備も完璧。

そして、本当は最優先撃破目標であるコアナンバー36の完全排除に集中したいのだが、

『銀の福音』にはこういった自然環境の中で目標を見分けるためのスキャナーや知識が入っていないのでISレーダーだけを頼りにうろちょろするハメになった。

まさしく適材適所とはまったく正反対の機体性能をまったく活かせない戦況だったので、三度も同じ手に掛かってついに息の根を止められたのであった。

しかも今度は、二度と復活できないように最初から『紅椿』が『銀の福音』を掴んで渓流まで落下し、

そのまま渓流を遡って滝壺に『銀の福音』を激突させ、エネルギー兵器を大きく減衰させる滝に打たせて大きく戦力低下を図ったのである。

そして、ダメ押しとばかりにすでに胸に突き刺さった『零落白夜』の光の剣を『風待』がイグニッションブーストをゼロ距離で放ったことにより、

一撃必殺の『零落白夜』の光の剣が深々と『銀の福音』の胸を貫く、『銀の福音』が押し付けられている岩盤をも抉ったのである。


――――――これが後に『福音事件』と呼ばれるIS事故の結末であった。


なぜ暴走した『銀の福音』がハワイ沖から日本の旅館をわざわざ襲撃したかについては真相は闇に包まれている。

だが、その事件の影で起きていた“世界で唯一ISを扱える男性”朱華雪村の脱走と専用機の喪失との相関関係を疑うものは存在した。

しかし、そのことについてもまた不明瞭な点が多く、どちらにせよ、真相は杳として知れないのであった。



――――――事件の日の夜

――――――市街のホテルにて


雪村「みなさん、お疲れ様でした」

簪「あ、よかった。元気そうで」

セシリア「“アヤカ”さんもご無事で何よりですわ」

鈴「とんだ災難だったわね」

ラウラ「このツケはいずれアメリカには払ってもらおう」

シャル「ホントだよ」

箒「雪村。ほら、お前の荷物だ」

雪村「ありがとうございます」

箒「ん?」

雪村「どうかしましたか?」

箒「雪村、右腕の黄金の腕輪はどうした?」

鈴「あ、ホントだ。何か違和感があると思ったら、それが無かったのね」

ラウラ「どうしたのだ、“アヤカ”? 専用機は?」

雪村「専用機ですか?」


――――――失くしました。


小娘共「!?!!!?!?」


箒「ゆ、雪村!?」

セシリア「た、大変ですわ! 急いで探しませんと!」アセアセ

鈴「そうよ! あんた、私の国でそんなことしたら処刑よ、処刑!」アワワワ・・・

シャル「そうだよ! 落ち着いていつ頃からなくなったことに気づいたか思い出していこう!」アセタラー

ラウラ「待て待て待て! 待機形態のISはシールドバリアーで本人の意思でしか外せないはずだぞ!」

簪「そ、そうだよ! そこからしておかしいよ」

小娘共「………………!」

雪村「どうかしましたか?」

箒「…………雪村?」

セシリア「あ、あなたって人は…………」

鈴「まさか、そんなことまで平然と行えるやつだっただなんて甘く見ていたわ…………」アゼーン

シャル「…………予想の斜め上をいつも行くよね、“アヤカ”は」アセタラー

ラウラ「なぜだ? なぜそんなことになった!?」

簪「わけを教えて」

雪村「ですから、失くしただけです。理由なんてありません」

小娘共「!?!?」

セシリア「もうついていけませんわ……」

鈴「それを悪びれずに平然と言い切ってる時点で本物だわ……」

シャル「“アヤカ”にとってはやっぱり簡単に捨てられるものなんだ……」

ラウラ「お、織斑教官に何と言ってお詫びすればいいか――――――」

簪「………………みんな?」

箒「…………いや待てよ?(――――――雪村がそう簡単に手放すものだろうか?)」


雪村「それよりも、箒さん。左手のそれは?」

箒「あ」

簪「そ、そういえば、箒はこれからどうするの?」

箒「そういえば、そうだった…………」

箒「ハッ」

雪村「………………」ジー

箒「ゆ、雪村……?」

雪村「………………」ジー

箒「…………!」

箒「(もしかして雪村は私に答えを求めているのではないのか?)」

箒「(成り行きとは言え、私は『銀の福音』討伐が終わってからも何食わぬ顔で姉さんからもらった『紅椿』を持ち続けている――――――)」

箒「(雪村はあえて『専用機を捨てる』という離れ業をやってのけて、私の覚悟を試そうとしているのではないか?)」

箒「(そう考えると、ここまで雪村が平然としていられることに納得がいく!)」

箒「(だって、雪村にとってやっぱりあの“黄金の13号機”は特別だろうし、これまでだって危機的状況を迎えてきたんだから!)」

箒「(ISスーツを着替える手間暇のことを考えても、専用機持ちであることの利点のほうがずっと大きいはずなんだ)」

箒「(となれば、問題は雪村ではなく、私自身がこれから専用機持ちとしてやっていく覚悟を決められるかの問題ではないのか?)」

箒「(おそらく雪村はそれを心配してこんな茶番をしてまで私に問いかけているに違いない!)」

箒「(そっか。――――――よし! お前の気持ちはよくわかったぞ!)」


箒「――――――雪村」

雪村「はい」

小娘共「………………!」

箒「こんな茶番をお前にやらせてしまって、…………すまないな」

雪村「いえ」

小娘共「?」

箒「それで、よく考えてみたんだ」

箒「この金と銀の鈴を手放したとしても、これの帰属先はIS学園だから、第4世代型ISの実証機として重点的に研究が進められると思うんだ」

箒「けど、この機体はすでに私をマスターとして「最適化」が進められていて、他の人間が扱うことは難しくなっているらしいからな」

雪村「そうですか」

箒「それに、今回の件で私も雪村――――――お前と同じくISからは逃げられない人間だってことがよくわかったよ」

箒「それならば、私も受け容れていこうと思う。――――――この運命を」

雪村「………………」

箒「私は専用機持ちになる。それでお前や学園のみんなを守っていこうと思う」

小娘共「………………」

雪村「そうですか。後悔がないようにしてくださいね」

箒「わかってる。今日のことだって全部 織斑先生がやってくれたことだし、私がやれたことなんてほとんどなかった」

箒「だからこそ、力を合わせて今の生活を守っていこう、雪村」スッ

雪村「………………」

箒「ど、同意なら、早く握手しろ。これから私はお前と同じ立場の人間になるのだからな」プイッ

雪村「はい」パシッ


ギュッ




箒「あ…………」

雪村「?」

箒「いや、お前の手ってこんなにも大きかったんだなって、今更ながらそう感じた。もっと頼りない感じだと思ってた」

雪村「…………そうですか」フフッ

箒「私はお前のことを頼りにしてるし、お前のことならよく理解してるつもりだ」

箒「だから、お前も私を頼れ。お前の背中は私が守るから」

雪村「はい」ニコッ

小娘共「………………」フフッ

セシリア「やっぱり、“アヤカ”さんには箒さんが一番ですわね」

鈴「そっか。これまた強力なライバルが出現したわねぇ。ま、負けるつもりはさらさらないけどね」

シャル「僕も今の生活を守るために力いっぱい協力するから、僕を仲間に入れて欲しいな」

ラウラ「今こそ織斑教官に教わった全てを活かす時だ! 今日のような事件を繰り返してはならない!」

簪「私も代表候補生! かっこいいところをみんなに見せないとね!」

箒「よし、みんな! 円陣を組んでくれ!」

雪村「お、おお……?」

鈴「いいわよ!」

簪「うん! やろうやろう!」

セシリア「たまにはこういうのも悪くありませんね」

シャル「それじゃ、僕は箒と」

ラウラ「私は“アヤカ”とだな」

箒「よし、やるぞおおお!」


「えいえいおおおおおおおおおおお!」



千冬「やれやれ、まったくこれだからのガキの相手は疲れる」

千冬「ホテルの駐車場で何をやっている? そもそも篠ノ之はあんなことを率先してするような熱いやつだったかな?」ヤレヤレ

山田「なんだかんだいって、篠ノ之さんの仲間入りがすんなりいってよかったですね」ニコニコ

千鶴「けれど、彼女自身が言うようにこれから過酷な人生が待っているわね」

千冬「そうだな……」

千冬「今回の『福音事件』といい、多忙な毎日がこれから続きそうだ」

千鶴「あまり根を詰めすぎないようにね。たまには弟くんにうんと甘えていいのよ?」

千冬「…………わかっている」フフッ

千鶴「ま……、その弟くんもIS学園で大立ち回りをさせられていたようだけどね」


千鶴「けれど、肝腎の『龍驤』の捜索はどうするつもり?」


千冬「そんなのは簡単だ。“アヤカ”自身に責任持ってやらせておけばいい」

千冬「どうせ明日は臨海学校最終日だったんだし、その日のうちに保護者同伴で探しに行かせればいい」

千冬「――――――『見つけるまで帰ってくるな』と言ってこい」

千冬「こっちは『銀の福音』に撃墜された捜索班の救助や被害の全容の確認で忙しかったんだから、責任が少なからずある“アヤカ”にやらせろ」

千鶴「はいはい。それじゃ捜索に協力してくれる人を集めてくるわね」

千冬「そうだ。それと死ぬほど心配してくれた女将さんに謝らせるという大事な責務が残っていたな。それもやらせないとな」

千冬「あーあ、めんどくさくて酒でも飲んでないとやってられん」

千冬「ちょっとホテルのバーで飲んでくる」

山田「い、いけません! 織斑先生!」

千鶴「それじゃ、またね」



















コンコン、・・・ガチャ

箒「雪村か?」

雪村「言い忘れていたことがあったから」

雪村「今日は7月7日――――――」


――――――お誕生日おめでとう、篠ノ之 箒さん。



――――――翌朝:7月8日

――――――渓流


ザーーーーーーーーーーーーー

バチャバチャ、バシャーン! ピクピク!

箒「で?」

雪村「何です?」 ――――――「魚取り網」を使った!

箒「お前はまじめに探す気があるのか?」

雪村「はい」 ――――――「イワナ」を捕まえた。

箒「それがどうしてこの場所に来て魚取りなんか――――――」

雪村「ほら、見つかった」 ――――――右腕には黄金の腕輪がいつの間にか嵌められており、夏の太陽の光に照らされて眩しい。

箒「え?!」

雪村「さ、帰りましょう」 ――――――「イワナ」を逃した。

箒「こ、こんなあっさり――――――」

箒「や、やっぱり、ここまでお前の計画通りってやつだったのか?」

雪村「たまたまうまくいっただけです」

箒「………………」

雪村「…………どうかしましたか?」

箒「いや、お前はホントに食えないやつだよ」

箒「まるで姉さんのように普段から何を考えているのかまったくわからないんだけれども、」

箒「でも、それでいいと思ってる」

雪村「………………」

箒「さ、やるべきことが終わったのなら、帰ろうか」

箒「そうだ。滝壺のあそこで私と千冬さんが『銀の福音』の仕留めたわけで――――――」


ヒュウウウウウウウウウウウウウウン! ドーーーーーーーーーーーーン!


無人機「――――――!」

箒「………………な、なにっ!?」

雪村「………………鉢合わせたか」

無人機「――――――!」ジャキ

箒「――――――『紅椿』!」

雪村「くっ!(――――――『知覧』!)」

ジャキ、バーン!

無人機「!!!!」ドゴーン!

箒「――――――援護射撃?」(『紅椿』展開)

雪村「!」(『打金/龍驤』展開)


千鶴「せっかく気分良く帰れると思ったのにね。いったいどこのISかしらね?」ジャキ(本来の持ち主の許で『風待』展開!)



箒「一条先生! 『風待』ですか?」

千鶴「そうよ。『風待』は私の専用機だったから千冬もなかなかに苦戦したんじゃないかしら?」

千鶴「やっぱり、ここに何かがあったわけね?(まさか待機形態を調節して――――――例の『黒い無人機』のマイナーチェンジ版か)」チラッ

雪村「………………」

無人機「――――――!」

千鶴「おっと! どうやら、生きて返すつもりはないようだから、――――――3人で一気に畳んでしまいましょうか」ヒュウウウウウウウウウウウン!

千鶴「やれる?」バン! バン!

無人機「!!!?」ドゴンドゴーン!

箒「やれます!」

雪村「問題ありません」

箒「行くぞ、雪村!(――――――私で『PICカタパルト』を使え!)」ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!

雪村「はあああああああ!(――――――フォーカス! 捉えた!)」ヒュウウウン!

無人機「――――――!!」


さあ、この物語『序章』における最後の対決はもはや消化試合となっていた。

相手は4月のクラス対抗戦に乱入してきた『黒い無人機』こと『ゴーレムⅠ』のマイナーチェンジ機なのだが、

あの時とは状況が全く異なり、『無人機』が圧倒的不利な状況であった。

なにせ、今回の相手は消耗状態の代表候補生2人ではなく、消耗なしの専用機持ち3人が相手という大きな違いがあり、

しかもその3人の中身は、篠ノ之 束がプレゼントしたばかりの世界最新鋭の第4世代型IS『紅椿』を駆る篠ノ之 箒に、

初代“ブレードランナー”一条千鶴の日本第2世代型ISの原点にして頂点の『G2』こと『風待』に加えて、

締めは、単一仕様能力『落日墜墓』によるPIC無効化攻撃が使える“アヤカ”の『打金/龍驤』までいるのだ。

この時点で戦力は段違いであり、しかも戦場が障害物無しのアリーナではなく、山林地帯の中の滝壺近くの開けた渓流であったのだ。

つい先日、この場所でアメリカ第3世代型IS『銀の福音』が大いに苦戦したばかりであり、

同じく広域殲滅を目的とした『ゴーレムⅠ』のマイナーチェンジ機も、地形を巧みに利用してチクチク攻撃を中ててくる『風待』に対応しきれなかった。

また、『ゴーレム』の戦略級レーザー砲に匹敵する出力の武器こそ他の3機は持っていなかったものの、

第4世代型IS『紅椿』の機動力は『ゴーレム』の圧倒的な瞬発力をも上回り、射撃性近接ブレードの二刀流によって付かず離れずの攻撃を維持できていた。

そして、この戦いで最も猛威が振るったのが、何を隠そう鈍足と評判の“アヤカ”の『打金/龍驤』であり、

臨海学校前に日本政府から受け取って量子変換していた彼専用パッケージがついにその真髄を見せたのである!


雪村「――――――高射砲『赤龍』!」バババババババ!

無人機「――――――!」ヒュウウウン!

千鶴「へえ、高射砲ね! なかなかいい選択じゃない! ――――――そこっ!」バン! ――――――グレネードランチャー!

箒「今だ!」ブン! ブン! ――――――射撃性ブレード二刀流による高出力エネルギー攻撃!

無人機「!?!?!?」ドゴンドゴーン! ドッゴーン!

千鶴「で、『龍驤』には他に何か良い武器ないわけ?(――――――単一仕様能力『大疑大信』!)」

千鶴「あ、いいものがあるじゃない。借りるわね!」

雪村「あれ? 何かが無くなったような感覚が――――――」

雪村「あ」

千鶴「――――――多節棍『青龍』!(これはシールドバリアーの匙加減でいくらでもしならせることができる半エネルギー兵器だから――――――!)」

箒「一条先生! 近すぎます!」

無人機「――――――!」ブン! ――――――ストレートパンチ!

千鶴「大丈夫!」ヒョイ ――――――豪腕を掠らせながら懐に飛び込んだ!

千鶴「こんなふうに脇から首を――――――、絞める!」ギュゥウウウウウウウウウウ!

無人機「!!!!??」グググググ、バキッ! ――――――首と左肩があらぬ方向に向くようになった!

箒「す、凄い。一瞬で接近戦を制して裏に回りつつ首を絞めた!」

雪村「なるほど、あんな使い方ができるのか…………ISのシールドバリアーも中身まではやっぱり守ってはくれないか」


千鶴「はい、このまま滝壺へダイブ!(イグニッションブースト!)」ビュウウウウン!

無人機「!!!!!!??」

千鶴「落下予測!」

雪村「!」ピピピピ・・・

雪村「撃ちますよ、離れて!(――――――単一仕様能力『落日墜墓』発動! 高射砲の1発1発に込めて!)」 LOCK ON!

雪村「行っけえええええええ!」バババババババ!

千鶴「はい、さようなら」ヒョイ

無人機「!!?!?!」ヒューーーーーーン、チュンチュンチュンチュン!

ザッバーン!

無人機「!?!?!?」ブクブクブクブク・・・・・・――――――水没!

千鶴「へえ、学年別トーナメントで3対9をこなしただけの威力はあるわね、『落日墜墓』」

箒「PICが無効化されて、滝壺から浮かび上がることができなくなっている!(凄い、凄いぞ、『落日墜墓』!)」

千鶴「なら、一気にとどめを刺すわよ!」

雪村「………………!」ジャキ! キュイイイイイイイイイイイン! キュウウウウウウウウウウン! ――――――対空砲を構えながらローラーダッシュ!

箒「いつもいつも難儀だな、雪村(何か使えるものはないか? 雪村の『PICカタパルト』専用に使える――――――あ、これは使える!)」

箒「雪村! この2つを使え!」 ――――――展開装甲ビット2基を縦と横に射出!

千鶴「?」

雪村「……ありがたい!(――――――フォーカス!)」ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!

千鶴「――――――『龍驤』が飛んだ!?(けど、明らかにスラスター推力による加速ではない!? いったい何が――――――?)」

雪村「うおおおおおおおおお!」ジャキ! バババババババ!

箒「永遠に滝壺の中に沈んでいろ!」ブン! ブン!

千鶴「けど、よくわからないけれど、さすがは“母と子の関係”ね!(空飛ぶ高射砲による対地攻撃とはこれまた珍妙な――――――)」バァン!


チュンチュンチュンチュン! バァン! バァン! チュドーーーン! ザッバーン!



千鶴「――――――IS反応の消失を確認。お疲れ様でした」

箒「どうだ? 空を飛んでいる感覚は?」

雪村「お、降りるまで切らないでください…………できるだけゆっくり降ろしてください」ガタガタ

箒「しまらないな、もう(――――――まあ、一度 自由落下を経験させられたんだ。その怖さをまた味わわせるわけにもいかない)」フフッ

箒「ほら、私の胸に飛び込んでこい」

雪村「は、はい…………じゃあ解除」フワッ (IS解除)

雪村「おっと」ヒュッ、ドサッ

箒「よし、降りるぞ、雪村」ギュッ

千鶴「あらあら。そうやってると本当に“母と子の関係”ね」ニコニコ

箒「え!?」カア ――――――『紅椿』の箒が“アヤカ”を抱っこ!

箒「いや、こうするのが一番負担が掛からない降り方であってだな――――――」


雪村「いつかの時と逆になりましたね」フフッ


箒「え?」

雪村「ほら、学年別トーナメント前日だったかに」

箒「あ、そういえば――――――!」


そう言われてみて、篠ノ之 箒は思い出した。

――――――――――――


土煙が晴れていき――――――、


一同「!」

ラウラ「…………!」ピィピィピィ

千冬?「無事だったか……」ホッ


3年生C「」

雪村「………………」

箒「た、助かったのか、私は…………?」ドクンドクン


――――――そこには『打鉄』を踏みつけて悠然と立つ黄金色の『打鉄』にお姫様抱っこされた美姫の姿があった。



箒「ハッ」

箒「し、死ぬかと思ったぞ、この雪村あああ!」ボカーン!

雪村「ぐっはぁ!?」

雪村「…………なかなか痛い」ズキズキ

箒「ふ、ふん! これはお前が軟弱だったからいけないのだからな!」フン!

――――――――――――


箒「そうか、あの時の――――――」

雪村「………………」ニコニコ

箒「なんだか懐かしいな。1ヶ月ぐらい前の話だっていうのに、ずいぶん昔のように思える」フフッ

箒「どうだ? 今の私は『足手まとい』か?」

雪村「いいえ。とても心強いです」

箒「そうか」

箒「なあ、雪村?」

雪村「何?」


箒「生きててよかったな、今日まで」ニッコリ


雪村「はい」

千鶴「そうね。死んだら元も子もないし、今日を生きる喜びにすら辿り着かなかったかもしれないしね」

千鶴「“パンドラの匣”の中に最後に残ったのがエルピスなんだし」

箒「――――――“パンドラの匣”」

雪村「………………」

千鶴「“アヤカ”くんは自分の中の“パンドラの匣”――――――“自分の可能性”を信じられるかな、今は?」

雪村「信じ抜くことにしました、今は」

千鶴「そう、それは良かったわね(やっぱり一夏くんじゃないと素直な受け答えはしてはくれないか、まだ……)」


千鶴「さあ、空から眺める初めてのあの朝日の感想はどうかしら?」

雪村「………………」

箒「綺麗です」

千鶴「あら?」

箒「あ、忘れてません?」

箒「私は昨日 専用機持ちになったばかりですよ? “アヤカ”もこうやって空を飛んだのは今日が初めてだし」

千鶴「そう。それじゃ、二人にとっての初めてのこの7月8日の朝日が二人の新しい門出を祝う光となるのね」

雪村「――――――『新しい門出』」

箒「――――――『門出を祝う光』って、そんな大袈裟な」ハハッ

箒「けれど、確かに昨日は私の誕生日で、姉さんにとんでもないプレゼントをもらって、成り行きで専用機持ちになってしまったけれども、」

箒「今度は私もお前と肩を並べてみんなを守っていくからな、雪村」


―――――― 一緒に背負って越えていこう、この運命を。




少女は少年に出会った。少年も少女に出会った。

少女は失われた少女の時代を取り戻していき、孤独に苛まれてきた少年は孤独と決別し、

停まっていた時間の歯車を二人で動かし、未来に生きる覚悟を決めた。

しかし、“パンドラの匣”から飛び出た厄難は二人の進む道を大きく阻んでくることだろう。

それでも、二人は未来へのエルピス――――――“可能性”を信じてこの道を進むことを決めたのである。


7月7日翌日の二人の新しい門出を祝う朝の陽射しを浴びて、いよいよ物語は大きく動き出す。


今年の4月、IS学園の始業日から始まった――――――、

“史上最強の兵器:ISの開発者の妹”と“世界で唯一ISを扱える男性”こと“アヤカ”の二人の新生は始まったばかりなのである。

そして、その裏で二人を支える“仮面の守護騎士”の導きもまたその真髄をまだ見せてはいない。

全ては『人を活かす』そのために――――――。


――――――目覚めよ、その魂!
                                          『剣禅編』 『序章』Aサイド 完



これまでの話の整理:『序章』A


朱華雪村“アヤカ”
実年齢:17歳(戸籍上:15歳)
IS適性:A
専用機:『打鉄/知覧』“呪いの13号機”→『打金/龍驤』“黄金の13号機”

原作本編にあたるIS学園での日々を描くAサイドの主人公であるが、原作とはまったく無関係なぽっと出の本作オリジナル主人公。
未だに“彼”の素性に関する情報が一切出てこないのだが、すでに“アヤカ”としての人生観を確立することに成功しているので、
物語初期と比べて物凄く人間らしい喜怒哀楽を見せるようになった(ただし、常識が欠如しているので度肝を抜かす爆弾発言が未だに多い)。

基本的にこれからの戦いはどう足掻いてもISの性能が全てを左右する性能バトルに入っていくのでご了承ください。
筆者としては原作でまったく描かれなかった一般機乗りの視点を二次創作で詳しく描こうと野心的になり、
その結果、織斑一夏の目眩ましとして用意された“アヤカ”というセンスの塊を通して一般機乗りのISバトルの可能性を模索したが、どうであっただろうか?
筆者は“アヤカ”が一般機乗りとして苦戦していた頃のほうが物語としては面白かったのではないかと思っている。
なにせ、IS世界が性能バトルだからこそジャイアントキリングにカタルシスを感じるわけであり、“アヤカ”が独特の強みを持った機体に乗った時点で、
バトルものとしての駆け引きやギリギリの接戦というものは存在しなくなるので、そうなったら人間ドラマで話を盛り上げる他なくなるので。

篠ノ之 箒に対しては周りから言われている“母と子の関係”であり、“学園生活を共にするパートナー”としての最高の信頼関係を築いており、
篠ノ之 箒が織斑一夏に慕情を募らせていても、“アヤカ”としてはそれ以上は求める気はなく、素直に二人の関係が成就することを願っている。
元々、常識が一度崩壊しているので、恋愛という概念を理解しておらず、家族に関する記憶も消されているのでそういうものだと認識している。
ただし、“アヤカ”にとっての一番は織斑一夏であり、その次に篠ノ之 箒が来るという決定的な序列があり、
“アヤカ”にとって織斑一夏は“人生の師匠”であり、篠ノ之 箒は“学園生活を共にするパートナー”なので格差があるのも頷けるだろう。

しかし、根源的な人間不信は治っておらず、基本的に周囲の大人に対して信用はしても信頼は絶対にしない。


篠ノ之 箒
本作の正真正銘のメインヒロイン。やったぜ、モッピー!
『あくまでも織斑一夏 一筋にする』というコンセプトの下に、
オリジナル主人公である彼女と似たような境遇の“アヤカ”との交流と苦悩と成長とが本作の大きなテーマであり、
篠ノ之 箒に織斑一夏ではない他の男が寄り付いていた場合のIFを健全に取り扱ってみたのが本作である。
筆者が掲載した前作:番外編の彼女と比べたら物凄く優遇されている(代わりにチョロインやセカンド幼馴染の存在感が全くない)。

『序章』終了時点では、『紅椿』との単一仕様能力『絢爛舞踏』が発現しておらず、代わりに『PICカタパルト』を習得している。
また、性格も極めて落ち着いたものとなっており、自分以上に無茶をしでかす“アヤカ”とのふれあいで自然と独善的な傾向も抑えられており、
そんな“彼”とは“母と子の関係”によって1年1組の名物となり、人望がかなり高い存在となっている。

ここで独白すると、筆者がIS〈インフィニット・ストラトス〉を見るきっかけになったのがキービジュアルの彼女に目が行ったから。
それからISのアーマードコアネクストと武装錬金を足して2で割ったような便利設定にアラジンの魔法のランプのような魅力を感じて見続けたのだが、
いつの間にか彼女については興味を持たなくなっており、筆者がこうして二次創作をする度に『生きにくい娘』だとずっと思われる始末でした。
なので、篠ノ之 箒の中の人が演じている某生徒会長とはいかずとも、明るく楽しく前向きに生きている様子を描こうと思った次第である。
原作の方向性からすれば織斑一夏に年がら年中固執しない点でまったくの邪道かもしれないが、
だって、他の二次創作だとあまりにも扱いが酷いので1つぐらいはこんな二次創作があったっていいんじゃないかと――――――。
公式ゲームのイグニッション・ハーツもどうしてああなった…………。



セシリア・オルコット
『序章』では影が薄いが、『第1部』からはメインイベントであるキャノンボール・ファストがあるので乞うご期待。
しかし、このセシリア・オルコットに対して納得がいく関係付けができてる二次創作を筆者は未だに見たことがなく、
ジャンル:二人目の男子でも何だか扱いに困っている作品が多く見られるような気がする。
おそらくはビジュアル面で原作人気でシャルロット・デュノアに次ぐ人気キャラ故に、
まじめに二次創作すると物語上は本当にどうでもいい扱いになりがちなので、この物語において最も扱いに困った人物であり、
原作では代表候補生制度やISバトルの導入を司っているわけなのだが、それは別に一夏がしっかり勉強していれば説明されることもなかったことであり、
筆者の過去作にもセシリアとのクラス代表決定戦が回避された例があり、1組に専用機持ちが極端に多すぎるせいでその優雅な存在感が埋もれてしまう。
ただ、キャノンボール・ファストのエピソードが原作に挟まれていたおかげで、筆者としては『第1部』での次回での彼女の扱いには困らずにすんだ。

狙撃にだけに徹していれば抜群の援護能力を持っている『ブルー・ティアーズ』のおかげで、割りと戦いでは重宝されている。
ただし、1対1の戦いだと明らかに劣っているのは原作でもその通りであり、世界に467機しかないうちの専用機補正でどうにかなっているが、
いつも思うが、確かに命中率を上げるために敵に接近するのはいいけれど、明らかな支援機でどうやってISバトルで勝てというのだろうか?
そこが見事に英国面らしいというか何と言うか、第3世代型ISの歪さを物語っているというか…………
一撃必殺ができないISでの狙撃機でかつ狭いアリーナでかつBT兵器以外の搭載を認めない見事なライミーっぷりに振り回されて哀れな……


凰 鈴音
登場当初は完全なニクミーであったが、徐々にその独特な存在感を発揮する、かなりの確率で姓を誤字されまくる人。
ただ、我の強い小娘共の中で内気な更識 簪と比べてもあまりに普通なので逆に使いどころに困る人物であり、
イマイチ、セカン党が歓喜するようなシナリオ展開が思いつかないので、原作での新メインイベントが待たれる。
セシリアと鈴は序盤から登場するものの、主人公が織斑一夏じゃない場合は本当に他人でしかなく、イベントが流されてしまうのだが、
セシリアにはキャノンボール・ファストの一件があるのに、今のところ鈴には転校直後しかイベントがないので最も不遇。

専用機も国柄をよく表しているというか、独特の強みを感じられない癖のない機体なので、今作の『福音事件』でも唯一お留守番に使われる始末。
いや、性能は無難で癖がないのはいいんだけれど、衝撃砲という名の空気砲ではエコなんだろうけど環境依存しまくってなかなか――――――。
しかし、連射が効く上に大気を操作する能力ゆえに意外と武器の相性ではIS学園最強の生徒会長相手には有利だったりする。
アニメ版準拠なので腕にも装備されている衝撃砲の存在は無かったことになっている。



シャルロット・デュノア
二次創作で最も人気でかつバリエーション豊富な展開が描かれるIS屈指の人気キャラ。あざとい。
ただし、情け容赦ないキャラと同部屋だと普通に助けてもらえないことがあるので、その辺の落差が本当に激しいキャラ。
このデュノア社騒動も二次創作では大人気の素材であり、デュノア社社長が何を思って“シャルル・デュノア”なる偽装工作をやらせたかで、
外道説、善人説、無能説などいろいろと脚色され、原作では曖昧になっているシャルロットとデュノア社の確執についても展開が変わってくる。
筆者としても、荒唐無稽な“2人目の男子”作戦をいろいろ考えて楽しませてもらってます。

原作では『織斑一夏(15)がいるからIS学園に残る』という選択をしているために、織斑一夏(23)の場合だとその理屈が通用しないので、
今作ではかなり存在感が薄れており、あざとい印象もない当たり障りのない普通の優等生となっている。
一方で、誰かにすがらないと本質的に生きていけない性格なので、今作では篠ノ之 箒と“アヤカ”との友情に生きている面が強い。
しかし、やはり織斑一夏(23)に対する念は強かったらしく、記憶が消されても身体やDNAがそれを憶えているので、
織斑一夏(23)絡みになると急に存在感が強くなるので、今後の彼女の人生行路はどうなることやら


ラウラ・ボーデヴィッヒ
織斑姉弟との因縁が原作で詳しく描かれているので二次創作ではあまり目立った改変が存在しないキャラ。
ただ、優秀なドイツ軍人としての経歴はあまり注目されない死設定となっている(ISがあらゆる軍事力を過去のものにした説を採るなら問題ないが)。
また、遺伝子強化試験体という生まれについては本編では誰にも喋っていないので、クロエ・クロニクルとの因縁以外で言及されるかもわからない。

今作では、織斑千冬の教育が行き届いており、織斑一夏も彼女に準じる武勇伝を持っているために、
織斑千冬による指導後の性格に大きな変化があり、代表候補生らしく気高くも要領の良い心強い味方として存在し続けている。
学園で暴力を働いたり、VTシステムで暴走したりはしていない(ただし、無断外出などはしている)。
篠ノ之 箒と並ぶ“アヤカ”の教官として大立ち回りをしており、本作においてはメインヒロインを除けばAサイドでダントツの存在感を誇る。

彼女の専用機は、第3世代兵器『AIC』 通称『停止結界』よりも遥かに厄介なワイヤーブレードのおかげで戦闘能力は抜きん出ている。
実際に『AIC』よりもワイヤーブレードのほうが原作でもアニメでも強そうに描かれており、
原作では普通に『白式』の装甲を削り取っているので明らかにISバトルで『零落白夜』並みに使っちゃまずい武器のような気がする。

※剛体化の設定は、筆者のIS〈インフィニット・ストラトス〉の二次創作で共通しているオリジナル設定です。
アニメ版では『零落白夜』以外で装甲が削られる描写が一切出てこないことから、単純でわかりやすくISの防御力の凄さが伝わるので採用しました。


更識 簪
織斑一夏(15)が存在しなければ、確実に今年の新入生で抜きん出た存在となるはずだった逸材。
内気なナードのメガネっ娘の印象から地味な存在に思われがちだが、
二次創作の界隈では織斑一夏の嫁としては一番の安牌と評価されたり、代表候補生としてもラウラを除けばトップクラスのドライバーと推察されたり、
掘り下げていけば、これまで5人の小娘共と比べて抜きん出た特長が見つかっている。
ただ、アニメ第2期からの登場なので、そこまで至っていないことから姉共々登場しないことのほうがずっと多いので、やはり不遇。
また、イジケル前の性格なので、こうだった可能性は大きいが、原作からすればキャラ崩壊しているとも言えるなかなかに難しい立ち位置。

本作では専用機持ちだけの初のイベントとも言える臨海学校に専用機の一応の完成が間に合っているので、
“世界で唯一ISを扱える男性”への確執はすでに解消されており、“アヤカ”の機体が『打鉄』なので互いに参考になるところが多く、
篠ノ之 箒やラウラ・ボーデヴィッヒとは違った面から“アヤカ”の心強い味方となっている。



第2世代型IS『打金/龍驤』“黄金の13号機” 専用高機動パッケージ『双龍』換装型
専属:朱華雪村“アヤカ”
攻撃力:C+高射砲『赤龍』と多節棍『青龍』による距離と手数が補われた
防御力:A-両肩の装甲が高射砲『赤龍』のための各種センサー類に換装されたために防御力は低下
機動力:D+ローラーダッシュが追加されて陸上移動はマシになったが、それでも空戦能力は皆無なので機動力は実質的に最低クラス
 継戦:C+武器が追加されたので平均的な万能さを獲得
 射程:S 高射砲『赤龍』による長距離射撃が可能となる
 燃費:A+武器の使い分けによるエネルギー消費が出てきたが、総合的な戦闘能力の上昇と比較すれば微々たるもの

第8話A にて、学年別タッグトーナメントでの活躍と専用機持ち同士による1対1の模擬戦での全戦全敗の記録から、
日本政府が今更になってPRし始めた『打金/龍驤』と“世界で唯一ISを扱える男性”の評判が落ちないように、
急遽 特別誂えで“彼”の特性にあった武器が添付された高機動パッケージ『双龍』を換装した形態の“黄金の13号機”。

最大の欠点だった機動力は、ローラーダッシュとターンピックによる足回りの追加装備によって陸上移動能力の強化が施され、
ISのPICが使いこなせずに徒歩で動き回っていた鈍足さが少しばかりマシとなった(機動力が最低クラスなのは変わっていない)。
最も苦手だった射撃戦では、ローラーダッシュと両肩の盾を換装した各種センサー類の併用による高射砲『赤龍』による遠距離射撃が可能となり、
弾薬費の関係で多くは注ぎ込めないが全IS中トップクラスの対空迎撃能力と射程を得ることになり、単一仕様能力『落日墜墓』がいよいよ猛威を奮う。
最も得意だった接近戦では、剛体化技術を利用して硬軟自由自在の半エネルギー兵器:多節棍『青龍』×2による豊富な行動が可能となり、
基本的に接近戦はこれまで通り『打鉄』の標準装備:近接ブレード『葵』で戦うが、手数や搦め手が必要な時に重宝される。

所々で、ドイツ第3世代型IS『シュヴァルツェア・レーゲン』と似通った役割の装備や運用となっており、
同じ陸上砲撃機に分類されることとなるが、基本的には世界最新鋭のウルトラハイスペック機と比べるまでもなく下位互換の評価が下されている。
しかし、継戦能力や燃費に関して言えば『龍驤』が勝っているので、どちらが実用的かは戦況によるところが大きい。
実際、乗り手の力量(単一仕様能力込み)次第では、『打鉄』の派生機である本機でも第3世代機を超える戦果も狙えるのが恐ろしいところ。
この点が、『打金/龍驤』の派生元となる世界第2位のシェアを誇る日本国産の傑作機『打鉄』の基本設計の優秀さを物語っている。

基本的に、単一仕様能力『落日墜墓』を発動させて高射砲『赤龍』で敵ISに1発でも弾を命中させれば、
それで相手のPICを封じられるのでそれで実質勝ったも同然なので、このコンボは本当の脅威以外には封印となっている。
なので、これだけの装備が追加されても肝腎の専用機持ち同士の1対1の模擬戦では相変わらず勝ち星1つ上げられていない。
ドライバーの特性でPICコントロールが未だに不自由なので、本質的にISバトルにおいては単機で勝てる仕様の機体ではなくなっており、
『シュヴァルツェア・レーゲン』と同じ陸戦砲撃機ではあるものの、『ブルー・ティアーズ』と同じ支援機としての性格が非常に強い。
最適なパートナー機体は言うまでもなく篠ノ之 箒の『紅椿』であり、展開装甲ビットを本機の『PICカタパルト』に利用すれば、
他者依存で『龍驤』でも擬似的に空を飛ぶことも可能であり、その場合のコントロールは『紅椿』に大きく委ねられる。


装備
・近接ブレード『葵』
・IS用連結高射砲『赤龍』+ 射撃管制装置群『龍玉』×2
・半エネルギー多節棍『青龍』×2
・ローラーダッシュ+ターンピック
・背面強化スラスター(今のところ、デッドウェイトの死装備なので展開すらされてないキャノンボール・ファストを見越した装備)

特技
・未確認技術『PICカタパルト』 必殺技『昇竜斬破』
・単一仕様能力『落日墜墓』
・コア固有能力『??????』


第10話A+ ひと夏の想いでに焦がれる多重奏・表
Lightside Bloom

――――――織斑邸


ミーンミンミンミーン! ミーンミンミンミーン!

シャル「………………」ゴクリ

シャル「大丈夫、大丈夫……」

シャル「『今日は家に居る』って言ってたんだから」ドクンドクン

シャル「…………うう」ソー ――――――インターホンにおそるおそる指を伸ばす!

シャル「………………うう」ソー

シャル「え、えい!」ポチッ

ピィンポーン!

シャル「あ……」ドクンドクン

シャル「よ、よし!」


一夏「あれ? シャルロットちゃんか?」(両手には袋いっぱいに膨らんだ買い物袋がある)


シャル「ハッ」ビクッ

シャル「へ!? へ、へ、うわああああ!?」

シャル「い、一夏さん?!」

シャル「あ、あの……、ほ、本日はお日柄もよく!」

一夏「は」

シャル「――――――じゃなくて、あの……、」

シャル「IS学園のシャルロット・デュノアですが、織斑さんはいらっしゃいますか?」モジモジ

一夏「何 言ってんだ、シャルロットちゃん……?」

シャル「ふわぅううう……」アセアセ

シャル「き……、」

一夏「『き』?」


シャル「来ちゃった」ニコー


一夏「………………」

シャル「(うわぁ……、僕の馬鹿、僕の馬鹿! 何 馴れ馴れしく一夏さんにこんな大胆なことを…………!)」

シャル「(そりゃ、確かに一夏さんは僕の後見人をしてくれてるアルフォンスさんとは仲良しだし、)」

シャル「(アルフォンスさんも熱烈に僕と一夏さんとの関係を薦めてくれてるけどさ!)」ドキドキ


一夏「そうか。じゃあ上がっていけよ」

シャル「上がっていいの!?」パァ

一夏「遊びに来たんだろう? それとも、別に予定でもあるのか?」

一夏「俺がこっちに来ているのを知ってるってことは、千冬姉から日にちを聞いてここに来てるってことだろう? 違うのか?」

シャル「ううん! 無い! 全然! まったく! 微塵もないよ!」 ――――――身体全体を使って表現する!

一夏「ははは、変なやつだな~」(直球)

シャル「あはは……(――――――『変なやつ』って言われた)」ニコッ


箒『――――――ちゃんと結婚してくれるか? 私は千冬さんとなら同居してもいい! 私だってISドライバーなんだから!』


シャル「………………」

シャル「(――――――ごめんね、箒)」

シャル「(………………箒との関係のこともあるけれど、やっぱり僕はこの人のことが気になるから)」

ガチャ

一夏「あ」


友矩「そうですか。どうぞどうぞ、くつろいでいってくださいね、シャルロットちゃん?」ニヤリ


友矩「ふふふふ」ゴゴゴゴゴ(三角巾にエプロン姿の実に所帯染みて滲み出るオーラ!)

シャル「いっ」ゾクッ

友矩「――――――『来ちゃった』からにはちゃんとおもてなししてあげませんとねー」ニコニコー

シャル「…………あ」


――――――――――――

箒「だから ほら、早く。私を強く抱きしめてくれ……」ドクンドクン

一夏「…………まさか9歳も歳下の子と情熱的な抱擁をすることになるとは思わなかったよ」ドクン

一夏「こうでいいか?(うぅ、こうして見ると本当に綺麗になったな。いい臭いもするし、この胸の膨らみと弾力…………)」ギュッ

箒「ああ………………」ドクンドクン

箒「そうだ。もっと、もっとだ……」ドクンドクン

一夏「…………だ、大丈夫なのかよ?(うわっ、凄く色っぽい…………股倉のあたりに血流がいっちゃうよ、これは!)」ゴクリ

友矩「………………」グースカースヤスヤー

一夏「(…………友矩ぃ! 早く止めてくれぇ! 友矩としてはどこまでがセーフなのぉ?!)」アセダラダラ

――――――
シャル「ああ…………」ドキドキ
――――――」

友矩「………………!」チラッ

――――――
シャル「…………!」ビクッ
――――――

友矩「………………」グースカースヤスヤー

――――――――――――



シャル「ひゃ!?」アセタラー

シャル「え、えと…………(うわぁ! 聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた~!)」アワワワ・・・

一夏「うん。どうしたの、シャルロットちゃん?」

シャル「な、何でもないよ、一夏さん?」ニコニコー

シャル「(ぼ、僕の馬鹿ぁ! 何 忘れてるのさ! 一夏さんの隣にはこの人がいるってことをおおおおおおおお!)」トホホホ・・・

シャル「(やっぱり、箒って凄いや…………この人がいる前であんな大胆なこと、よくできたもんだよ)」

シャル「(そう、箒が言うように『最初の一歩を踏む勇気』ってやつが僕には足りてないのかな?)」

シャル「(これが箒と僕との差ってやつなのか。ホントに箒って凄いな…………)」


箒『お前も案外 不器用なやつなんだな、私が言うのも難だが』

箒『ああ。最初の一歩を踏み出す勇気が一番難しいんだけどな』

箒『けど、その一歩さえ踏み出すことが覚えれば、あとはもう行くところまで行くさ』フフッ


箒『よ、喜べ! 私のような見目麗しい女の子が長年お前を恋い慕ってるんだぞ……?』ドクンドクン

箒『…………これからもずっとな』イジイジ

箒『お前も人間として感謝の念を持つのなら、いつかちゃんと私に恩返しをしろ』モジモジ


箒『およそ20年近く一途に想い続けることになるんだ。私がどれだけ本気だったのかを周りの連中に見せつけてやるんだ』






シャル「ああ…………」キョロキョロ

シャル「(ここが織斑先生と一夏さんの家か…………マンションとは違ったこのマイホーム感がたまらない)」

一夏「はい。いつものアールグレイ」コトッ

シャル「う、うん。ありがとう」

シャル「ああ ホント……、この味 好きだな」ゴクッ

シャル「(一夏さんっていい旦那さんになりそうだよね。――――――だ、旦那さんか)」ドキドキ

シャル「(あ、憧れたって別に罰は当たらないよね? だって、織斑先生の弟さんだし、カッコイイし、朗らかで優しいし……)」

シャル「(ぼ、僕にだってまだチャンスはあるはずだよね! アルフォンスさんだって応援してくれてるし!)」

シャル「(一夏さんと二人っきり――――――妙にその響きが僕を捉えて放さない。どうしてなんだろう、この気持ち?)」

シャル「けど――――――」チラッ


一夏「友矩、今日のホームパーティの準備は大丈夫か?」

友矩「うん。前にちゃんと整理整頓しておいたおかげですぐにバーベキューできるよ」

一夏「よし、今日はIS学園御一行様だからな」

一夏「甘いモノの準備はちゃんとできてるか?」

友矩「できてるよ。今日はティラミスとパンプキンパイとシフォンケーキ」

一夏「うんうん。やっぱり我が家の調理場は広いし整っていて料理が捗るな」

友矩「大学時代、パーティ専用の別荘と言われたぐらいだもんね。――――――誰もいないから」

一夏「…………今年も俺んちで同窓会やるのかな? 勘弁してくれよなー、神社の集会所だけにしてくれよな」

友矩「いつものことじゃない」

一夏「それもそうだな」

友矩「ま、一夏は僕がいないとこんなハードスケジュール一人でこなせないんだけどね!」

一夏「それを言うなって! お前も俺がいなきゃダメなくせに!」

男共「ははははははは!」


シャル「うう…………」ジー

シャル「(すでに僕が入り込む余地がまったくないのが辛いところ……)」トホホホ・・・

シャル「(母さん、アルフォンスさん……。僕に『最初の一歩を踏む勇気』をください……)」



ピンポーン!


シャル「あ」

一夏「あ、セシリアさんが来たのか」

シャル「ええ?!」

友矩「……一夏? まだ顔を合わせたことはなかったんじゃ?」

一夏「ついさっき買い物の途中で会ったんだよ」

友矩「え」(嫌な予感しかしない)

一夏「それじゃ、お出迎えするよ」

友矩「う、うん……」

シャル「お母さん、アルフォンスさん…………」トホホ・・・



セシリア「ど、どうも、ごきげんいかがかしら、一夏さん?」ドキドキ

一夏「ようこそ、セシリアさん。ここが“ブリュンヒルデ”織斑千冬の実家ですよ」ニッコリ

一夏「あ、ちゃんと片付けてありますから、安心してくださいね」

セシリア「は、はい」ドキドキ

一夏「うん? あっ、そう緊張しなくていいぞ? 千冬姉はまだ帰ってきてないから」

一夏「それとも、日本の邸宅にお邪魔するのが初めて? それなら靴を脱いでスリッパを履いてくれればそれでいいからね」

セシリア「わかりましたわ、一夏さん」ニッコリ

ガチャ

セシリア「あら」

シャル「あううう……」ドヨーン

セシリア「まあ、シャルロットさんが一番乗りでしたのね。先を越されましたわ」

一夏「それじゃ、セシリアさん? 傘はこっちに置いて、こちらの席にお座りになって、靴はここで脱いで、こっちのスリッパを――――――」

セシリア「は、はい……」ドキドキ

友矩「明らかに初めて会ったばかり距離感じゃなーい(まあ、一夏の方からは会ってはいるし、為人はよくわかってはいたけど)」(悟り)

シャル「はあ…………(そうだった。今日は『学園のみんなで織斑先生も交えてホームパーティをしよう』って話だったよ……)」トホホホ・・・

セシリア「あら、こちらの方は?」

友矩「お初にお目にかかります、夜支布 友矩です。織斑一夏のルームメイトです」

セシリア「ご丁寧なご挨拶 痛み入りますわ。私は、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ」

セシリア「それであなたは一夏さんの『ルームメイト』ですか。一夏さんと同じく素敵な方ですわね」

セシリア「こちらこそよろしくお願い致しますわ」ニコッ

セシリア「(『ルームメイト』――――――いったいこの方は一夏さんとどういう関係なのかしら?)」



セシリア「これ、美味しいと評判のデザート専門のケーキですわ」

一夏「お、ありがとうございます」

セシリア「それと、これは私のメイドが手土産にと贈ってくれたアールグレイのセットですわね」

一夏「え」

シャル「――――――『アールグレイ』!?」

友矩「――――――『メイド』!?」

セシリア「あら、どうしましたの、みなさん?」

一夏「あ、いえ、実は俺もアールグレイを嗜んでまして――――――、試しに俺んちのアールグレイ、飲んでみません?」コトッ

セシリア「まあ、それではいただきますわ」

セシリア「私、フレーバーティーはあまり飲みませんけれど、アールグレイだけは比較的良く飲みますのよ」

シャル「………………」ゴクリ

友矩「…………すぐにわかるはずだ」

セシリア「では、いただきますわね」ゴクッ

一夏「…………どう?」ジー

セシリア「!」ドキッ

友矩「…………!」

セシリア「え、え!?」

シャル「ど、どう? 僕、凄く気に入ってるんだけど、美味しいでしょう?」


セシリア「こ、この味って、チェルシーの淹れるアールグレイとそっくり――――――」


一夏「!」ガタッ

友矩「すみません、セシリアさん! 早速ですが、手土産のアールグレイのセットをここで開けていいですか?」

セシリア「か、かまいませんことよ……(きゅ、急に顔色を変えてどうしたのかしら、みなさん……)」

友矩「一夏!」

一夏「あ、ああ……」


スタスタスタ・・・、バッバッバババ!


セシリア「あの、いったいどういうことなのでしょうか? アールグレイにいったいどういった因縁が…………」

シャル「そっか。セシリアはまだ知らないんだよね」

シャル「実は、これは“アヤカ”のことで――――――」

シャル「(僕もなんだけどね。――――――アールグレイとの因縁ってやつは)」

シャル「(飲んでいると、何か大切なことを忘れているような気がしてきて、切なくなってくるんだよね…………)」



パカッ


一夏「!」

友矩「どう?」

一夏「…………これだ。たぶんこいつで間違いない」

友矩「これで『3年前のトワイライト号事件』について訊けば、おそらく全てがはっきりする」


友矩「――――――『トワイライト号事件』に乗船していた誰かが“彼”という可能性!」


友矩「本当なら日本政府が全てを知ってるんだから、僕らがこんな探偵ごっこをしてまで真実を追いかける必要はなかったんだ……」

友矩「そして、『トワイライト号事件』において禁忌のシステムが初めて確認されて、最重要機密事項と化して――――――」

友矩「けれど、これも“パンドラの匣”の奥に封じ込められている真相に辿り着くための重要な手掛かりだ……」

友矩「まさか、こんなにも世界が狭いだなんて思いもしなかったよ……」

一夏「ああ……」


――――――俺、何か巨大な運命というものの存在を強く感じてるよ。


一夏「俺はもう『トワイライト号事件』から一生 逃げることができないのかも……」

友矩「…………一夏」ポンッ

一夏「友矩?」

友矩「たとえどんな事実がそこにあったとしてもそれは所詮は過去でしかないんだから」

友矩「一夏は今 すべきことをやっていればいい」

友矩「だから、一夏は今の内にセシリアにそのメイドと『トワイライト号事件』の関係を確かめて、」

友矩「そしてすぐに、今日のホームパーティの準備に取り掛かって」

一夏「……わかった、友矩。まったくもってその通りだよ」



――――――庭:ウッドデッキ周辺


一夏「よし。バーベキューの準備はできたぜ」

友矩「テーブルにイスに取り皿――――――その他諸々の準備も完璧!」

一夏「まったくもう! みんなして、俺の実家をパーティ会場にしやがって」

友矩「おかげで、団体様20名がお越しになっても対応出来るだけのイスとテーブルが寄贈されたんだからいいじゃない」

一夏「千冬姉さまさまだぜ……」

一夏「………………」キョロキョロ

友矩「どうしたの?」

一夏「どうやって千冬姉はこんなにも大きなマイホームを建てられたんだろう?」

友矩「……10年以上前の記憶が欠落していることについて?」

一夏「ああ。千冬姉は頑なに両親のことを話してはくれないし、今はこうやって自立できてるからもう気にならなくなったけど、」

一夏「それでも、帰ってくる度に『俺の家ってこんなにも大きかったんだー』って驚いて、昔のことが気になりだすんだ……」

友矩「一夏」

一夏「わかってる。今の俺にはまったく関係ないことだし、考えてもしかたがないことなのはわかってる」

一夏「ただ、『そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか』って思っただけで」

友矩「………………」

一夏「悪い。さっきからウジウジと。らしくないよな」

一夏「それじゃ、こっちのピクニックテーブルにパラソルを差してくれよ」

友矩「ああ」


「いぃーちかぁー!」タッタッタッタッタ・・・!


友矩「うん?」

一夏「この声は――――――!」


鈴「いええええい!」ピョイーン!


一夏「おお?!」

鈴「久しぶり、一夏!」ギュッ

一夏「どこ乗ってんだよ、お前!」フラフラ・・・

鈴「ふふん。移動監視塔ごっこってやつ?」ニコニコ

友矩「相変わらずだな、鈴ちゃんは」

鈴「そういうあんたこそ! いつまで一夏と一緒にいるつもりなのよ! ベタベタと!」

鈴「あんたは一夏と千冬さんの母親なわけ?」

友矩「ずいぶんな言われようだな……(ああ 改めて見ると、――――――わかりやすい娘だな~)」

鈴「それに、せっかくご贔屓にしていた中華料理屋の看板娘がわざわざ会いに来てやってるのに、一夏からは何かないわけ?」

一夏「こんなんで感動もヘッタクレもあるか! いいかげんに降りろ!」ジタバタ

鈴「はーい」ピョイン、シュタ


友矩「まったく、何の連絡も無しにこの街から居なくなって、急にまた何事も無かったかのように出てこられたら感動も何もあったもんじゃないね」ジロッ

鈴「そ、それは……、悪かったわよ」

一夏「……でも、こうやってまた元気な姿で会えたんだし、特にわだかまりもなく前と同じように付き合えるんだったらそれでいいさ」ニコッ

鈴「う、うん。あ、ありがと……」

鈴「で、でも……、『前と同じ』ってわけにはいかないのよね……」モジモジ

一夏「へ」

鈴「あ、何でもないわよ、馬鹿ぁ」

一夏「そうだ、中国の代表候補生なんだっけ、今? しかも、専用機持ちの!」

鈴「なんだ、知ってるんじゃない! 知ってるんだったら私の応援に来なさいよね。招待券だって贈ってあげたのに」

一夏「ごめんごめん。俺も社会人で勤勉だからさ?(――――――鈴ちゃんが頑張ってるのはクラス対抗戦で具に見ていたし、これで勘弁な)」

鈴「あ、そっか。あんた、今 23歳になるんだっけね。――――――私と9つの違いか」ボソッ

一夏「え」アセタラー

鈴「え、ううん。何でもない。こっちの話よ、こっちの話……」モジモジ

友矩「やっぱりねー」(察し)

一夏「にしては、代表候補生にもなったのにあんまり変わってないような――――――ま、1年しか経ってないし当然か?」ジロジロ

鈴「」イラッ

友矩「あ」(察し)

鈴「ふんっ!」バキッ

一夏「あうっ!?」

鈴「なんてこと言うのよ、あんたはぁー!」ウガー!

一夏「ええ……」グハッ

友矩「言葉はもっと選びましょうね、一夏」

一夏「ま、マジかよ……? い、いったい何に引っ掛かったんだ…………(悪い意味での高校デビューとかしてなくてホッとしただけなのに…………)」

鈴「はあ……、やっぱり一夏は一夏だった…………」ハア

鈴「けど、――――――『帰ってきたんだな』って」フフッ


※第1期OVAの冒頭を見ると、いかに織斑邸が広いかがよくわかります。ウッドデッキ付きで家を取り囲むように広々とした庭までついてます。



セシリア「そろそろ お時間でしたわね」

シャル「そうだったね」

鈴「くぅー、せっかくの感動の再会の余韻を味わう時間が…………(――――――先に二人が来ていただなんて予想外!)」

ピンポーン!

一夏「お、来た来た!」

スタスタスタ・・・・・・ガチャ


箒「よ、よう、一夏……」モジモジ

ラウラ「こ、この前は世話になったな……」イジイジ

簪「こ、こんにちは……」ドキドキ

雪村「………………一夏さん」ハラハラハラ 


一夏「おう、よく来てくれたな、みんな」ニッコリ

一夏「千冬姉はまだ帰ってきてないけど、ホームパーティを始ようぜ!」

箒「お、おう! 今日はみんなで楽しもー!」ニコー

ラウラ「あ、ああ!」ニコー

簪「う、うん!」ニコー

雪村「…………助けてください、友矩さん」

友矩「あれ? もしかして、一夏って1年の専用機持ち全員攻略してない?(――――――世界を股にかけるロリコン確定?)」


織斑一夏への好感度

篠ノ之 箒:「私が立派な社会人になったら結婚してくれ!」

セシリア・オルコット:素敵な殿方(ついさっき会ったばかりとは思えない距離感)

凰 鈴音:親公認。年頃の女子が年上の男性の家に何度も入り浸る

シャルロット・デュノア:記憶が消えてもアールグレイで繋がる幻想的な慕情

ラウラ・ボーデヴィッヒ:織斑一夏の男の大器に知らず知らずに魅了される

更識 簪:誘拐事件で助けてくれた上にアフターケアまでしてくれたみんなのヒーロー

朱華雪村:最も信頼している人物 =“仮面の守護騎士”織斑一夏




箒「ところで、なぜ3人は先に来ていたんだ?(まさかとは思いたくはないが――――――)」

シャル「ぼ、僕は、その……、遅刻しないように早めに来ていたら一番早く着いちゃって……」アハハ・・・

セシリア「私も今日のために予約していたケーキを取りに行く都合で、早めに参らせていただきましたわ」

鈴「何? 悪い? 私はね、一夏の家には何度も遊びに来ていた仲なのよ?」

箒「なにっ!?」

小娘共「!?」ジロッ ―――――― 一斉に一夏の方を見る!

一夏「!!!?」ビクッ

簪「みんな、やっぱり気になってたんだ。そうだよね」

雪村「…………またですか、一夏さん」(呆れ)

鈴「それだけじゃないわ」

鈴「一夏はしょっちゅうウチに来て食事してたのよ。私がこの街に引っ越してきた時からね」ドヤァ

箒「一夏! どういうことだ! 聞いてないぞ、私は!」

友矩「一夏?」ニコー

一夏「…………!」アセタラー

一夏「まあ落ち着け、みんな!」コホン

一夏「よく鈴の実家の中華料理屋に行ってただけだ……」アセタラー

一夏「確かに出来た当時は本場中華料理ってやつにメチャクチャはまってよ? よく通い詰めてたわけでしてぇ…………」アセアセ

箒「なにっ、――――――店なのか」ホッ

シャル「お店なら何もおかしなところはないね」ホッ

小娘共「ホッ」

雪村「…………フゥ」

鈴「………………」ムスッ

一夏「え」ビクッ

友矩「わかった、一夏?(年頃の乙女は気になってる男性が身近な同性と付き合っていることに生理的な嫉妬心を覚えるものらしいんだよ?)」ジロッ

一夏「わかった。助けてくれ、友矩ぃ……(たかだか飯を食いに行くだけでこの反応――――――、世知辛い世の中だよ)」トホホ・・・

箒「なら、私の勝ちだな、凰 鈴音」

一夏「は」

鈴「はあ?」ジロッ

箒「私は一夏とは生まれた時からの付き合いなのだからな」ドヤァ

鈴「なんですって?!」

小娘共「!!」

一夏「やめてくれええええええええ! 油を注ぐのは鉄板の上だけにしてくれえええ!」ガバッ


※“童帝”織斑一夏は大学時代に血で血を洗う修羅場や血を見るような地獄を何度も味わっているので痛い目に遭った分だけ経験値が積まれています。



一夏「ゼエゼエ」

一夏「まったくもう! 人の家に来て喧嘩はやめてくれ!」ゼエゼエ

箒「す、すまない、一夏」

鈴「わ、悪かったわよ……」

一夏「そういえば、箒ちゃんと鈴ちゃんはわかる気がするけれど、」

一夏「どうしてみんな 俺ん家に来たんだ? ――――――あ、ホームパーティの準備はすんでるよ」

箒「そんなの決まっているではないか」

鈴「そうよ。久々にあんたの顔が見たくなったから来たのよ」

一夏「いや、二人には聞いてないよ」

箒「気のせいか? やけに私への扱いがぞんざいではないか?」

一夏「そんなつもりは――――――」

鈴「それとも何? いきなり来られると困るわけ?」

鈴「――――――エロいものでも隠すとか」ニヤリ

一夏「いや、俺はマンションにだいたいの私物は持ってってるから」

鈴「え」

箒「ああ、確かにな」

鈴「え!」

シャル「そうだね。ここも大きくて素敵なところだけど、あっちのマンションも立地条件が良くて違った趣きがあるよね」

ラウラ「そうだな。居心地がいい場所だったな」

鈴「え?!」

一夏「むしろ、見られて困るのは千冬姉の方――――――」


雪村「――――――それ以上はいけない!」


一夏「え、“アヤカ”?」

一同「!!??」

雪村「………………」


鈴「そ、そうね……。千冬さんの名誉のためにこれ以上は言わないでおいてあげる……」アセタラー

友矩「うん。それが賢い選択だね(よくやった、“アヤカ”。悪い話の流れをきみが言うことで断ち切れたぞ)」ニッコリ

鈴「ん?」

セシリア「え?」

友矩「どうかしましたか?」ニコニコ

鈴「………………ううん」アセタラー

セシリア「な、何でもありませんわ……」アセタラー

一夏「そういえば!」

友矩「あ」

一夏「箒ちゃん、似合ってるな、それ」

箒「!」 ――――――ポニーテールを結う白のリボン!

箒「あ、ああ……」テレテレ

セシリア「そういえば、リボンが変わってましたのね。確か前は緑色でしたかしら」

箒「そうだぞ。ラウラとシャルロットならわかるだろう? この前 もらったアレだ!」ニッコリ

ラウラ「おお、そうだったのか!」

シャル「へえ、それを誕生日に?」

箒「そういうことだ。大切に使わせてもらっているぞ、一夏」ニッコリ

一夏「そりゃよかった」ニッコリ

鈴「むむむ!」ムスッ

友矩「情報量がいくら多いからって脇道に逸れすぎ!(しかも、その度にあっちではアゲて、こっちではサゲてしまうから爆弾処理が大変だ!)」ハラハラ

雪村「…………大変ですね、ホントに」ハラハラ

簪「……一夏さんってこんな人かぁ(普段はこんな感じでも、いざとなったら――――――)」フフッ



友矩「話を戻そうか」

一夏「あ、うん。何の話だったっけ?」

友矩「みんなが今日のホームパーティに参加してくれた理由について」

一夏「あ、そうだった そうだった」


セシリア「私は“ブリュンヒルデ”織斑千冬先生の生家を訪ねる貴重な機会として参らせていただきましたわ」

セシリア「(それに、チェルシーと一夏さんの接点について興味が湧きましたことですし、何か土産話となるものを得て帰りたいものですわ)」

シャル「僕は機会があればまた『一夏さんとお話できたらなぁー』って」アハハ・・・

シャル「(それで、僕が感じている一夏さんへのこの感情の正体がわかるといいな…………)」

ラウラ「私が尊敬している二人の偉人の家ということで興味がある」ゴクゴク

ラウラ「(さて、マンションの時は織斑一夏の常に隣にいるあの男が目を光らせていたから探れなかったが、ここならどうだ?)」

簪「私は、この前のお礼がしたくて……」モジモジ

簪「(よかった。一夏さんは私生活でもカッコイイ人で。私も代表候補生なんだからこの人を見習って頑張らないと)」

雪村「僕はただの付き添い 兼 荷物持ち。別に来たいと思っていたわけじゃないです」

雪村「(だって、一夏さんとは学園でちょくちょく会ってるし)」


一夏「そうか。なるほど、なるほどね」

一夏「千冬姉は正午になってから来るかな。午前の仕事が終われば直帰だったはずだから」

一夏「ただ、この人数だとあっという間に食材が切れて間が保たない気がするな」

友矩「じゃあ、正午になってからバーベキューを始めようか」

一夏「そうだな。外は暑いし、家の中で何かするか」

小娘共「賛成!」

箒「(当たり前だ! わざわざ一夏が帰省している日を狙って来たのだ)」

箒「(いつまた会えるとも知れないのだから、会える時にはしっかりと会っておくのは、その……、婚約者の勤めだろう?)」

鈴「(外に出て 五反田兄妹にでも出会ったら台無しじゃない、馬鹿ぁ!)」

鈴「(それに、まさか専用機持ち全員が一夏に興味があるだなんて知ったからには、――――――ますます退けない!)」

一夏「さて、この人数でやれることっていうと――――――」



――――――ボードゲーム:バルバロッサ


ラウラ「ほう? 我がドイツのゲームだな」

一夏「ああ。他には『トランプ』とか『ジェンガ』でも良かったけど、せっかくだし、ここはドイツのやつで」

鈴「確か、カラー粘土でいろいろ作って、それが何か中てるゲームよね」

友矩「カラー粘土の色は4つしかないけど、1色ごとに2つあるから――――――、」


一夏、友矩、雪村 男×3 箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪 女×6 = 計:9人


友矩「僕がゲーム進行――――――ゲームマスターを務めますから、2人1組になって4組になって競争してもらいまーす」

小娘共「!?」

一夏「え、友矩?!」アセタラー

雪村「………………!」ハラハラ

友矩「はいはーい! カラー粘土4色8個はこのブラックボックスの中に入ってま~す!」

友矩「一夏と組みたいのなら、一夏と同じ色を引かないとねー」

小娘共「!」

雪村「…………ホッ」

一夏「なんだ、それなら大丈夫だな」フゥ

箒「こ、ここは一夏の……として絶対に同じ色を引くっ!」グッ

セシリア「まあ、私としては誰でも良いのですけれど……」ハラハラ

鈴「一夏と組むのは私なんだからね!」フフン

シャル「できれば一夏さんと組みたいけれど…………」ドキドキ

ラウラ「誰と組もうと結果は見えているがな」ドン!

簪「……ここは狙ってみる!」ビシッ


友矩「さあ、最初に引くのは誰かな?」

小娘共「………………」チラッチラッ

雪村「それじゃ、僕から行きます」

箒「あ、雪村」

友矩「はい」

雪村「…………」ゴソゴソ、バッ


――――――青


セシリア「まずは青ですか」

鈴「次は誰が行く?」

シャル「………………」


一夏「それじゃ次は俺が(俺が動けばみんなも動く!)」


友矩「ん!?」

ラウラ「え」

一夏「よいしょっと」ガサゴソ

一夏「じゃじゃ~ん」バッ


――――――青


雪村「え」

友矩「一夏?」

一夏「えええええええええええええ!?」

小娘共「!!!!??」ガタッ

鈴「ノーカンよ、ノーカン!」

箒「よりにもよって、男同士でくっつくとはどういうことだ!」

友矩「……まあまあ! 優勝したペアにはここにいる誰か一人に倫理的に問題がない範囲で自由にしていい権利を差し上げますので」ニコニコー

友矩「(ここに来て話を拗れさせるわけにはいかない! ったく、なんでこう簡単に導火線に火を点けることが簡単に起こる!?)」アセアセ

箒「そ、そうか。それなら問題ない」ホッ

鈴「絶対に勝つわよ! 足を引っ張るんじゃないわよ!」

一夏「ちょっと待ってくれ、友矩! 何だそのルールは?!」

友矩「やだなー、空気を読まない結果を招いたきみへの罰ゲームに決まってるじゃないですかー」ジトー

一夏「友矩ぃいいいいいいい!」

雪村「ごめんなさい……」

一夏「いや、お前は謝る必要なんてないからな! な!」アセアセ



――――――組み合わせの結果

お昼前のボードゲーム:バルバロッサ


ゲーム進行(GM):友矩

1,青:一夏 & 雪村

2,赤:箒 & 鈴

3,黄:シャルロット & ラウラ

4,緑:セシリア & 簪


ハウスルール

1,プレイする順番はペアが決まった順から

2,ペアで情報を共有してもいいがターン毎に交互にプレイすること

3,プレイの持ち時間は1分

4,粘土細工について質問する時は必ず製作者を名指しすること。「これ」とか「それ」で指定してはならない

5,回答が正式名称でなくても、GMの判断でおまけすることがある(あらかじめGMが製作者に回答の許容範囲を確認済み)

6,みんな初心者なので、質問マスでの回答権は質問終了後も消失しない

※8つそれぞれの粘土細工の製作者は異なるために、誰がどれを作ったのかを覚えておくこと




友矩「さて、ここでボードゲーム:バルバロッサについてご説明しましょう」

友矩「“バルバロッサ”とはイタリア語で“赤髭”を意味し、神聖ローマ帝国皇帝:フリードリヒ1世に由来します」

友矩「このボードゲーム:バルバロッサは『2つのボード』にプレイヤー分の『カラー粘土』に『ダイス』という珍しい構成なのが特徴ですね」

友矩「『2つのボード』のうち、片方はメインボード、もう片方は得点・宝石チャートボードと呼ばれており、」

友矩「基本的には正六角形でそれぞれの辺にイベントマスがついたメインボードを使って遊びます」

友矩「つまり、メインボードにはたった6つのマスしかなく、それを延々とダイスを振ってぐるぐると回ることになります」

友矩「この正六角形のメインボードの中央にカラー粘土で作った何かをそれぞれ見せ合うわけです」

友矩「さて、イベントマスは4種類」

友矩「まず1つ目は、ドラゴンマス。停まったら自分以外のプレイヤーに1得点」← 重要!

友矩「次に、宝石マス。ここでは宝石が1つもらえ、この宝石をサイコロを振る前に消費することで使った分だけ進めるようになります」

友矩「ドラゴンマスと宝石マスはそれぞれ2つずつ用意されており、全6マスのメインボードの半分以上を占めるわけなのです」

友矩「さて、残り2つがこのバルバロッサの肝となります」

友矩「1つは、小人マス。ここで粘土細工を1つ指定してその粘土細工の正式名称の中の1文字を質問者に開示します」

友矩「もちろん、ゲーム進行の僕にあらかじめ粘土細工が何なのか伝えてあるので、嘘を言った場合はしっかりと罰を与えますのでご安心を」

友矩「そして、もう1つは質問マス。粘土細工を1つ指定して質問し、『まったく違う』『的外れ』と言われるまで質問ができます」

友矩「この時、粘土細工が何なのかがわかれば回答をし、製作者にだけ聞こえるように答えましょう。ハズレでも減点はないのでご安心を」

友矩「注意すべきは、『まったく違う』と言われた時点で質問権や回答権を失うので、少し質問したらすぐに答えに行くのがいいでしょう」

友矩「ただ、ハウスルールで回答権は残るようになっているので、質問権を失うまで心置きなく質問できるので難しく考えなくていいです、今回は」

友矩「このゲームの勝利条件ですが、こうしてメインボードでのやりとりを繰り返していく中で、」

友矩「もう一方のチャートボードで、得点チャートの渦巻の中心に最初にゴールした人が勝利となります」

友矩「そして、粘土細工のクイズで最初に正解した人には5点、次点で3点もらえるようになっています」

友矩「正解が出た時には、その証の矢を粘土細工に刺します。2本までしか刺せませんので、それ以降はその粘土細工への回答権を失うことになります」

友矩「そして、この矢が刺さった時には製作者にも得点が入るのですが、最初や最後に中てられた場合は減点になるので、」

友矩「粘土細工は初見ではわかりづらく、中盤戦での説明で理解されるようなわかりやすさを兼ね備えていないと首位独走は難しいでしょう」

友矩「また、矢が13本刺さった場合でもゲームは終了となり、その時点で最も得点が高かったプレイヤーの勝利となります」

友矩「最後に質問者が回答中以外ならいつでも回答に挑戦できる呪いのチップも存在します」



要約 -バルバロッサ-

・メインボード
マスは6つのみ。時計回りに「質問」「宝石」「ドラゴン」「小人」「宝石」「ドラゴン」→「質問」のループとなる。
また、その中央にそれぞれの粘土細工を置いて見せ合うことになる。

・カラー粘土の粘土細工と矢
製作者はゲーム進行役にそれぞれが何なのかを正式名称を書いて知らせる義務がある。
正解した場合には粘土細工に矢が刺さり、最初に正解したら5点、次点で3点となり、それ以降は回答することができなくなる。
つまり、このゲームだと正解者が2人までという厳しい制限があり、ここで差が付けられるわけであり、
正解を言えない人間はドラゴンマスからの得点しか受けられないという極めて過酷なゲームである。
しかし、このゲームの采配だと1~2本目、12~13本目の矢を刺された製作者には-2点、7~8本目には+2点というふうに得点が課せられるので、
一見するとわからず、中盤戦になってようやく分かる程度のわかりやすさを兼ね備えた意匠じゃないといけない。
13本目の矢が刺さった時点でゲーム終了となり、その時点で最も得点が高かったプレイヤーの勝利となる。

・ダイス
メインボード6マスをぐるぐる廻るのに使用。

・宝石
ダイスロール前に消費することで、その分だけマスを進められる確定ダイスの効果を持つ。
デフォルトで12個持って開始し、上限は13個であるが、メインボードが6マスしかないので最初から12個も必要かは不明。
ただし、勝利条件がデフォルトで30得点でかつ自ら得点するには正解するしかないので、序盤からガンガン使っていると確実に足りなくなる。

・呪いのチップ
質問マスにいなくても回答権を得られる。ただし、質問マスにいる質問者が回答権を得た場合は使えない。
そもそも、宝石を最初から12個持っているので質問マスには浪費しない限りは狙って停まれるので序盤は使うべきではない。

・チャートボード
宝石の所持数が13,ゴールとなる得点が30のマスとして表現されている。
つまり、基本的な勝利条件は30得点することである。

得点方法
・ドラゴンマス
“踏んだ人 以外”が1得点。
なので、絶対に踏むべきではないマスであり、ドラゴンマスをどれだけ回避できるかで徐々に差が出てくる。

・回答が正解する
1つの粘土細工について最初に正解すれば5点、次に正解できれば3点。それ以降は回答権は得られない。
これが主要な得点源であり、他の得点源は副産物としてもらえるおまけでしかないので、答えられない人間はただただ淘汰されるのみ。

・正解時に刺さった矢が5~9本目の場合はその製作者に得点が入る
逆に、1~3本目と11~13本目は減点になる。4本目と10本目は無得点。
つまり、中盤に近いほどプラスの得点になる凸状の矢のボーナス分布となっている。



――――――ゲームの様子:1ターン目、赤チームの様子から


赤:箒「では、ラウラに質問するぞ」 ――――――質問マス

黄:ラウラ「受けて立とう」

GM:友矩「さて、ラウラちゃんが作ったのはこの巨大な粘土細工! これは何なのでしょうか!」

GM:友矩「(GMだから僕はわかってるけど、これは中てるのは難しいだろうな。――――――逆に)」

赤:箒「Q.それは地上にあるものか?」

黄:ラウラ「A.うん」

赤:箒「Q.人間より大きいか?」

黄:ラウラ「A.そうだ」

赤:箒「Q.人間が作ったものか?」

黄:ラウラ「A.Nein」

赤:箒「え」

GM:友矩「『いいえ』と言われたのでここでの質問権は以上となります」

黄:ラウラ「質問終了。答えてもらおう」

赤:箒「………………ムゥ」

赤:鈴「頑張りなさいよね、あんた! 負けたら承知しないわよ!」

赤:箒「わかっている!」

赤:箒「あ!」


赤:箒「――――――『油田』だ!」


黄:ラウラ「違う」

赤:箒「あ……」ガクッ

一同「(なぜ『油田』……?)」

GM:友矩「こらこら、回答はGMである僕と製作者だけにしか聞こえないようにしてくださいね」

赤:箒「あ、すみません……」

黄:ラウラ「少々難しかったようだな」

GM:友矩「難しすぎても減点になる可能性があるので、回答する順番には気をつけよう」


黄:ラウラ「では、次は私のターンだな」

黄:ラウラ「ダイスロール!」 ――――――3

黄:シャル「小人マスだね」

黄:ラウラ「うむ。ここでは回答の1文字を訊くことができる」チラッ

黄:ラウラ「(しかし、ゲーム開始早々の青チームの動き――――――さすがに一夏はやり慣れているだけあって小人マスから攻めてくるな)」

黄:ラウラ「(おそらく“アヤカ”も一夏にならってすぐには質問マスには行かずに、宝石を使って確実に小人マスを周回する可能性が高いな)」

黄:ラウラ「よし、ここは“アヤカ”。お前に質問しよう」

青:雪村「どうぞ」

GM:友矩「あ」

青:一夏「…………ラウラちゃん」

赤:鈴「ねえ、あれって――――――、まさか違うわよね?」アセアセ

赤:箒「あ、当たり前だろう! 雪村が卑猥なものを公然と造るものか!」

赤:箒「というか、GMの友矩さんや一夏が止めないんだから、きっとあれは健全なものに違い…ない」


雪村の粘土細工:2個の球の真ん中に棒を立てたもの


赤:鈴「そこは嘘でも言い切りなさいよ……」

黄:ラウラ「では、Q.一番最初の文字を見せてくれ」

青:雪村「はい」カキカキ、スッ

黄:ラウラ「……うん?」

黄:シャル「何だった、あれの頭文字?」

黄:ラウラ「いや、まだわからん…………何だ、あれは?」

青:一夏「…………“アヤカ”もやるもんだな」ヒソヒソ


雪村の粘土細工:『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じぇねーか、完成度高けーなオイ』


青:一夏「こんなもの 答えられるか! 友矩もなんでこんなもの認めちゃうんだよ!?」ヒソヒソ

青:雪村「大丈夫です。部分点として『大砲』でも可なので」ヒソヒソ

青:一夏「いや、それでも直立させるとか――――――、どうなんだ、これは?」ヒソヒソ

青:一夏「相手はIS学園のお嬢様たちなんだぞー!」ヒソヒソ

青:一夏「というか、この女尊男卑の世の中であのマンガ よく発禁にならなかったなー!」ヒソヒソ

青:雪村「しかし、これで勝利は堅いです」ヒソヒソ

青:一夏「何 言ってんだ! 終盤までわからなかったら-2点だぞ!」ヒソヒソ

青:雪村「落ち着いてくださいよ。1つの粘土細工に2本しか矢が刺さらず、13本目でゲーム終了ならば――――――、」ヒソヒソ

青:雪村「現在 場に出されている粘土細工は8つですから、16回刺せる余地があるってことじゃないですか」ヒソヒソ

青:一夏「あ」ヒソヒソ

青:雪村「つまり、僕の粘土細工が最後の最後までわからなければ別に減点はされないわけですよね?」ヒソヒソ

青:雪村「それに、正式名称もとてつもなく長いわけですから、小人マスで探りを入れることはほぼ不可能」ヒソヒソ

青:雪村「そして、相手はIS学園の生徒――――――しかも専用機持ち。考えられる上で最高の手だと思いませんか?」ヒソヒソ

青:一夏「そうか? 必ずしもIS学園の生徒が高家の出身とは限らないぞ……」ヒソヒソ


緑:簪「宝石を使って質問マスまで行きます」

GM:友矩「はい。使った分だけチャートボードの宝石チャートを残数と同じ場所に動かしてください」

緑:簪「動かしました」

GM:友矩「では、誰に質問しますか」

緑:簪「“アヤカ”です」

青:雪村「!?」

青:一夏「…………そういえば、簪ちゃんは旧家にしきたりに縛られている以外は庶民派だったな」

GM:友矩「最初の質問は何ですか?」

緑:簪「あ、回答します」

黄:ラウラ「なに?! まだ何の情報も出てないのに、あれが何なのか一目でわかったのか!?」ガタッ

青:雪村「!!!?」アセタラー

GM:友矩「では、回答者と製作者はキッチンまで来てください。そこでGMが付き添いで答え合わせを行います」

GM:友矩「なお、完答できなかった場合でも規定の得点よりも低くなりますが、」

GM:友矩「ハウスルールでGMの判断で部分点も認めることがありますので、それで矢を刺すかは回答者が選択してください」


緑:簪「――――――!」

青:雪村「…………正解」

GM:友矩「おめでとう!」パチパチパチ・・・

一同「!?」


緑:簪「やったよ、セシリア! 5点ゲット!」

緑:セシリア「素晴らしいですわ、簪さん!」

赤:鈴「こ、これは意外な強敵!」

赤:箒「更識 簪――――――、だてに専用機持ちではないということか!」

黄:ラウラ「どういうことだ!? どうして頭文字があれなのにわかったんだ?! 部分点でもないのだろう?」アセアセ

黄:シャル「お、落ち着いて、ラウラ! 勝負はまだ始まったばかりだから!」

青:雪村「………………ハア」ガックリ

青:一夏「まあ、気を落とすなって。次はお前の番なんだから」ヨシヨシ

GM:友矩「最初の1本目の矢が青チームに刺さったので2点減点ですが、まだ得点してないので減点は無しでいいです」

緑:簪「あ……」

緑:セシリア「気になさらないでください、簪さん。現時点でトップは私たちなのですから」

GM:友矩「まだ誰も得点していない時はゆっくり情報集めをするのが定番です。勇み足でしたね」


GM:友矩「では、2ターン目です。青チーム、前の人と交代してプレイしてください」

青:一夏「“アヤカ”の番だぞ」

青:雪村「くぅ…………」キョロキョロ

青:雪村「お」

青:雪村「宝石を使って質問マスへ!」

GM:友矩「では、チャートボードの宝石の数を減らしてから、質問相手を指定してください」

青:雪村「相手は更識 簪さん!」ビシッ

緑:簪「!」


簪の粘土細工:何かの覆面ヒーローのバストアップか? とても精巧にできている(ただし、緑一色なので輪郭や配色がわかりづらい)。


緑:セシリア「さっきの仕返しですか、“アヤカ”さん!?」

赤:箒「なるほど、宝石は序盤で使っておいたほうがいいのか」フムフム

GM:友矩「質問をどうぞ(これは渋いぞー、簪ちゃん! だけど、ある意味においてはISと比肩するような“夢 戦士”だよね、それ)」

青:雪村「Q.それは結構旧いマンガの変身ヒーローですよね?」

緑:簪「え!?」ビクッ

GM:友矩「正直に答えてください」

緑:簪「A.うん。そう」

青:雪村「Q.原作は石森章太郎ではない」

緑:簪「A.うん」

青:雪村「Q.『ドリムノート』という単語に聞き覚えはある?」

緑:簪「A.うん。出てくるよ(ああ……、これはやられちゃったね……)」

緑:簪「(でも、嬉しいな。結構旧いけれどもこのヒーローは私にとってはアラジンの魔法のランプのような夢が詰まってたから)」

青:雪村「回答します」

GM:友矩「では、キッチンまで」

緑:簪「はい」


青:雪村「――――――」

緑:簪「正解だよ」

GM:友矩「おめでとうございます」パチパチパチ・・・

一同「おお!」



GM:友矩「意外な趣味が発覚したもんだね(今日は“アヤカ”について新たな発見が次々と見つかっていくもんだね……)」

青:雪村「やりました」ドヤァ

青:一夏「凄いな。何だったんだ、あれ?」

赤:箒「やはり、雪村と簪は相性がいいのか……」

GM:友矩「では、1本目の矢を刺してください。それで青チームには5点です」

青:雪村「それじゃ」ソー

緑:簪「あ、うん。気にしないで」ニッコリ

GM:友矩「累計2本目なので、緑チーム2点減点!」

緑:簪「ごめん、セシリア」

緑:セシリア「大丈夫ですわ、簪さん。まだ勝負は始まったばかりですから」

緑:セシリア「さあ、次はあなたの番ですよ、鈴さん」

赤:鈴「一夏と“アヤカ”の青チームが首位か」

赤:鈴「ここは私も宝石を使って質問マスへ! 情報を集めるわ!」

GM:友矩「では、宝石チャートを動かして、質問相手を選んでください」

赤:鈴「それじゃ、私は――――――」





――――――正午

――――――庭:ウッドデッキ


一夏「よし、バーベキューやるか!」

一同「おおおお!」

鈴「一夏、ここは私にまっかせなさーい!」

一夏「うん?」

鈴「一夏が大好きだった本場中華料理の味ってやつを今ここで思い出させてあげるから!」

一夏「おお! 道具一式 持ってきていたのか」

鈴「キッチン、使わせてもらおうわよ」

一夏「ああ」

鈴「――――――」ニヤリ

箒「むむむ!」

箒「一夏、私に手伝えることはないか?」

一夏「うん? それじゃ、すでにカットしてある食材を串に刺して炙ってくれ」

箒「え」

友矩「やっと火が安定した……」パタパタパタ・・・ ――――――団扇で火を煽ぐ!

一夏「ほら、バーベキューってアメリカのものだろう? みんな、初めてだろうし、手本を示してやってくれよ」

箒「あ!」

箒「一夏……(わざわざ私を選んでくれるとは――――――)」ニッコリ

箒「よし、わかったぞ。この私がみんなにバーベキューのやり方を教えてやろう!」

箒「いいか? この串で材料を刺してだな――――――」

シャル「へえ、ここにある食材を自由に串に刺して焼くんだ」

セシリア「いかにもアメリカ人が好みそうなものですわね……」

ラウラ「なるほど、これがバーベキューか」

簪「何だかワクワクするなー、こういうの」ニコニコ




ワイワイ、ガヤガヤ、ジュージュー!


箒「しかし、カボチャにピーマンに人参にじゃがいもにさつまいもにさやえんどうに、果ては茄子やトマトもあるのか」

一夏「そいつは大学時代の友人が毎年 贈ってくれる採れたてだぜ! 生で食べても美味いんだな、これが!」カプッ!

友矩「注目! こっちにはかの有名なナポレオンやビスマルクが愛好した牡蠣もございますよー!」

セシリア「まあ、牡蠣ですか!」(さすがに串に刺して齧り付くなんて淑女にはできないので普通に焼いて食べている)

シャル「うん。牡蠣って美味しいよね!」

ラウラ「なに、ビスマルクが愛好した食材とな!」

箒「よし」

簪「あ」

箒「い、一夏!」ドキドキ

一夏「なに?」ジュージュー

箒「あ、あ~ん!」スッ ――――――バーベキューの串焼き!

一夏「お、おお! あ、ありがとう、箒ちゃん……」モグモグ

小娘共「!!」

雪村「はい、友矩さん」スッ ――――――バーベキューの串焼き!

友矩「お、ありがとう、“アヤカ”くん」モグモグ

鈴「みんな~、酢豚 できたわよ――――――って、何してんのさ、あんたは~!?」

箒「ち、違うぞ、これは! 私たちのために調理を続けている一夏の腹を満たしてやろうとだな――――――」アセアセ

友矩「…………見せつけるんじゃなかったのか、箒ちゃん?」モグモグ

雪村「焼きナス 美味しいです」モグモグ

一夏「よし、鈴の中華料理もできたようだし、俺もこの辺にして食事に専念しよっかな~」

鈴「はいはい、酢豚 食べなさいよ、酢豚~!」

箒「い、一夏。お前の分は皿にとっておいてからな」ドキドキ

一夏「ああ。ありがとう」ニッコリ

鈴「――――――!」ジロッ

箒「――――――!」ジロッ

両者「…………!」バチバチバチ・・・

両者「ふん!」




ワイワイ、ガヤガヤ、ジュージュー!


一夏「ここにトウモロコシがあります」

一夏「普通のトウモロコシは焼いても表面が焦げるだけなんですが、」

一夏「このトウモロコシを油を引いた鉄板の上に投げ入れて数秒間炒ると――――――」

シャル「なになに?」ワクワク

パン! パンパン!

セシリア「きゃあ!? トウモロコシが爆発しましたわ!?」ビクッ

ラウラ「な、何だこれは?!」ドキドキ

一夏「はい、ポップコーンの出来上がり!」

鈴「ヨーロッパだとポップコーンはポピュラーじゃないわけね。こんなので心を弾ませるなんて」

箒「バルバロッサの時も思ったが、こういうところでも文化の違いというものが出てくるわけなんだな」

ラウラ「ん、大した味ではないな。油でギトギトではないか」パクッ

一夏「まあ 焦るなって! この秘伝のキャラメルソースを絡めると格別なんだぜ!」

シャル「ああ すっごく甘くていい薫り……!」クンクン

簪「肉汁たっぷりの薫りも良かったけど、こっちも食欲がそそるね」

セシリア「ああ……、一夏さん。いただいてもよろしいですか?」

一夏「うん。火傷しないようにね」

セシリア「は、はい!」フゥーフゥー、ハムッ

セシリア「!」

一夏「どう? 織斑一夏特製の秘伝のキャラメルソースとの相性は!」

セシリア「お、美味ひい、ですわ……」ウフウフフフ・・・

シャル「僕、これ 好きだな……」ウットリ

簪「ホントにね……」ニコニコ

ラウラ「少々甘ったるいが、これは未体験の美味しさだな……」バクバク・・・

セシリア「世の中にはこんな極上のお菓子が存在するだなんて知りませんでしたわ!」キラキラ

一夏「お菓子ってほどのもんじゃないけどさ? 喜んでもらえたんなら嬉しいぜ」ニコッ

セシリア「帰ったら早速 これと同じものを作らせませんと!」

セシリア「一夏さん! どうかその秘伝のキャラメルソースを伝授してくださらない!」キラキラ

一夏「いいぜ。俺もセシリアさんのとこのメイドにこのアールグレイの作り方を教わったんだし、おあいこってことで」

セシリア「ああ……!」ウットリ

箒「……一夏?」ジトー

鈴「ねえ、セシリアってあんなキャラだったっけ?」

雪村「………………」ハラハラ

友矩「マシュマロ 食べる?」スッ

雪村「いただきます」パクッ

一夏「おっと! 食事を引き立てるミュージックを忘れてたな!」

一夏「スイッチ オン!」カチッ




♪ ワイワイ、ガヤガヤ、ジュージュー! ♪


千冬「おうおう、我が家に帰ってきてみれば歓談の声が行き交い、心を和ませる音楽が流れ、ヨダレが出そうな臭いが立ち込めているな」

千冬「どうやら、この小さな庭に宮殿が建ったようだな」フフッ

小娘共「織斑先生!」

一夏「おかえり、千冬姉」

一夏「ちょっとばかり遅かった気がするけど、はい。千冬姉の分だぜ」

千冬「ああ……、ちょっと待ってくれ。この日照りの中で帰ってきたばかりだ」

一夏「じゃあ、シャワーを浴びた後にお茶でも淹れよっか。熱いのと冷たいの、どっちがいい?」

千冬「そうだな、外から戻ってきたばかりだし、冷たいものをもらおうか」

一夏「わかった」

一夏「それじゃみんな、ちょっと」ニコッ

ガチャ、バタン

小娘共「………………」

箒「そうだ、一夏は――――――」グッ

鈴「…………やっぱり、あの千冬さんが最大の難敵よね」アセタラー

シャル「何なの、この雰囲気…………」アゼーン

セシリア「まるで夫婦みたいですわ……」シミジミ

ラウラ「自宅での教官はこういう感じなのか」ジー

簪「………………」ドキドキ

雪村「流れが止まった」モグモグ

友矩「一夏が抜けるといつもこうだよ、“アヤカ”くん」ジュージュー!

友矩「あ、最後の牡蠣だよ。はい」スッ

雪村「ありがとうございます」パクッ



――――――10分後、


小娘共「………………」ウズウズ

雪村「凄いですね。一夏さんが抜けるとあっという間に活気がなくなりました」

雪村「会話がなくなりました。食欲がなくなりました。笑顔がなくなりました」

友矩「まあ、それが一夏の人間としての器の大きさの何よりの証明だね」モグモグ

友矩「こればかりは本当に生まれ持った才能、あるいは呪いと言えるものだからね」

雪村「――――――『呪い』ですか」

友矩「うん。自分や周りの人の喜びや幸せに繋がらないなら、それは無自覚の悪意の塊でしかなく傍迷惑でしかないからね」

友矩「難しいんだ、これが。自分が立派であろうと努めても周りの人間が自分という存在に毒されることを克服するのはもっと難しいからね」

友矩「一夏は最近になってようやくそれを自覚し始めたから、これからはマシになっていくとは思うけど」

雪村「………………」

友矩「…………臨海学校の時はすまなかったね。守ってやれなくて」

雪村「いえ、あれはしかたがなかったことですから気にしてません」

友矩「――――――大人に対して不信を抱いているのはよくわかる」

友矩「僕たちも同じように、学年別トーナメントの時からIS学園を信用しなくなったから」

友矩「けれども、組織や立場に縛られている以上はこれからも表立った助けはできそうにない」

友矩「結局、きみが嫌ってる大人の力を活かさないとこの先 生き残ることは難しいだろう」

雪村「わかってます、それは。いつもいつも一夏さんはすまなそうにしてますから」

友矩「…………そう」

友矩「それでね? 一応、“彼”のことについての調査も今日になって進展が得られたから」

友矩「詳しいことは後日まとめておくから、もし見たくなったら言ってね」

雪村「わかりました。いつもいつもありがとうございます」ニッコリ

友矩「一夏が一生懸命になれるわけだよ、――――――その笑顔」ニコッ




ジリジリジリジリ・・・


セシリア「少し日照りも強くなってまいりましたし、涼ませてもらいますわ」

ラウラ「そうだな。日本の暑さはドイツのそれとは何かが違い過ぎる……」アセタラー

鈴「あ、私も私も……」

友矩「そうだね。それじゃ遠慮することはないから、涼んでおいで」

シャル「あ、僕……、少しトイレに…………」スッ

友矩「うん。行っておいで」

友矩「僕たちは少し片付けをしておこうか。飲み物も温くなってきたしね」

簪「あ、手伝います」

雪村「僕も」

箒「私もだ」

友矩「それじゃ、まずは空のボールやペットボトルを――――――」


テキパキ、テキパキ、テキパキ・・・


簪「終わりました」

友矩「ありがとう」

箒「あっという間に片付きましたね」

雪村「………………フゥ」

友矩「そりゃあね。何度もここでホームパーティをしていたら嫌でも手際が良くなっていくよ」

箒「…………『何度もここでホームパーティ』」ボソッ

友矩「そうだ、箒ちゃん」

箒「あ、はい」ビクッ

友矩「今年の篠ノ之神社の夏祭り――――――、来るよね?」

箒「はい!」ビシッ

友矩「そう。それじゃ頑張って」ニコッ

箒「ありがとうございます」ニコッ

簪「?」

友矩「ああ。盆に箒ちゃんの実家である篠ノ之神社で夏祭りが開催されるんだ」

友矩「“アヤカ”くん、来なよ。一度は来たんだし、僕たちも来るから、ね?」

雪村「わかりました」

箒「そうか。来るのか…………これは張り切ってやらないとな」グッ

友矩「どうだい、簪ちゃんも? 友達を誘ってどうにか“アヤカ”くんと一緒に来てやってくれないかな?」

簪「あ、はい。――――――盆ですか? わかりました。その後に私も実家に帰ろうかと思います」

友矩「うん。それがいい。ありがとう」

友矩「良かったな、“アヤカ”くん。今年の盆はみんな一緒に居てくれるぞ」ニコッ

雪村「ありがとうございます。何から何まで」

友矩「さて、これからホームパーティの続き、どうしようか――――――」



――――――

鈴「はあ……、生き返るぅ…………」

セシリア「そうですわねぇ……」

ラウラ「ああ……」

ガチャ

一夏「あ、みんな」

千冬「ああ お前たちか」

一夏「千冬姉、寒くない?」

千冬「大丈夫だ。これくらい」

一夏「はい」スッ ――――――流れるような所作で椅子を引いてあげる

千冬「ああ」 ――――――そして、流れるようにゆったりと腰掛ける

一夏「それじゃ、冷たいのだったな」

一夏「はい」コトッ

千冬「うむ」

千冬「ああ……、お前の淹れた茶は最高だな」フフッ

一夏「そんなに褒めたって何も出ねえよ、千冬姉」ニコニコ

小娘共「…………」ジー

一夏「うん?」

小娘共「ハッ」

一夏「そうだった。デオドラントやタオルを用意するから待ってて」

一夏「あ、それともシャワー浴びてく?」

セシリア「あ、いえ、そこまでお世話になるつもりはございませんわ」

一夏「遠慮するなって。そうしたほうが確実だぜ?」

セシリア「え、ええっと…………」

鈴「確かに使わせてもらったことはあるけど、さすがにみんながいる前でそれは…………」

ラウラ「う~む、悩むな」


ガチャ

シャル「あ、おじゃましてます……」

千冬「ああ、デュノアか。そこまで畏まらなくてもいいぞ」

千冬「気にするな。ここは私と一夏の家だが、今はお互い別々に暮らしているから誰が言ったか実家が別荘のような感じになっている」

千冬「だから、ここにいると体の芯から力が抜けていくようだ……」フゥ

一夏「今、仕事がとっても忙しいんだっけ? いつもいつもお疲れ、千冬姉」

千冬「気にするな、それが私の生業だ。私が死んでもお前が暮らしていけるだけの蓄えはあるからな」

一夏「縁起でもないことを言わないでくれよ、千冬姉」

千冬「そうだな。こんなことはガキ共の前で言うつもりは無かったんだが……」フゥ

千冬「やはり、ここが一番 落ち着くところだよ」ホッ

一夏「千冬姉ったら……」フフッ

千冬「おっと、すまない。ちょっと席を外すぞ……」

一夏「あ、トイレか」

千冬「馬鹿……。わかっていてもそういうことは言うな。恥ずかしい」

一夏「あ、ごめんごめん」ニコッ

ガチャ、バタン

小娘共「………………」ジー

一夏「ん? どうかしたか?」

シャル「一夏さん。なんだか織斑先生の奥さんみたいだった」ムスッ

一夏「え?」

鈴「あんた、相変わらず千冬さんにべったりねぇ」

一夏「普通だろう? 姉弟なんだし」

鈴「はあ……、そう思ってんのはあんただけだよー」

一夏「はあ? どういう意味だよ?(――――――家族が助けあって生きていくことがそんなに変に見えるのかな、この娘たちは?)」

一夏「馬鹿なこと言ってないで、シャワー浴びてこいよ。冷えたら大変だろう? 俺はデオドラントとタオルを用意しておくから」

鈴「あんた、まだそれ言うわけぇ?」ヤレヤレ

シャル「ど、どうしようかな? こ、ここはお言葉に甘えても……」ドキドキ

セシリア「私の両親にもあんな頃があったのでしょうか……」シミジミ

ラウラ「…………織斑教官があんなにも窶れて見えたのは初めてだ」ボソッ



――――――それから、大人3人の相談室

――――――織斑一夏の場合、


一夏「そうか。気のいい親父さんだったんだけどな……」

鈴「…………そうなのよ」

一夏「それで、最後に親父さんが残した秘伝のレシピの解明に乗って欲しいと?」

鈴「うん。それをものにしないと、父さんのことを乗り越えたことにはならないから」

一夏「そっか。俺も料理には詳しいことだし、そっちの方面でも顔が利くから、できるの限りのことをしてみようと思う」

鈴「いつもいつもホントにありがとね。最初にあんたが弾と一緒に来てくれたあの日のことを思い出すわ」

一夏「そうだな……(弾と一緒に敵情視察に来て3人前を注文して、それから本場中華料理にハマっただなんて言えない……)」

鈴「最初は日本で経営やっていけるのか不安だったけど、一夏がほとんど毎日のように来て家計を支えてくれたし、」

鈴「芋蔓式で一夏の友人たちも店に来るようになったから、こっちとしては本当に大助かりだったんだから」

一夏「美味いもんは美味いんだから他の人にも紹介しておかないと罰が当たるだろう?」

鈴「うん。ホントありがとね、一夏」


鈴「ねえ、一夏さ? ――――――約束、覚えてる?」


一夏「――――――『約束』?」

一夏「あ、あれか? 『鈴の料理の腕が上がったら、毎日酢豚を――――――』」

鈴「そ、そう。それ!」ニッコリ

一夏「『――――――奢ってくれる』ってやつか?」

鈴「はい……?」ジトー

一夏「…………!」アセタラー


一夏「ごめん。やっぱり憶えてない。ホントごめんな(ダメだ。ここは素直に謝っておくべきだな)」←“童帝”としての豊富な女性経験

鈴「そ、そう……(しかたないか。父さんも冗談半分に言ってたところがあったし…………)」

一夏「それに、そういった約束事って大学時代にたくさんしてきたからさ? 何か俺の中でごっちゃになってるっぽいしな」← 余計な一言

鈴「はあ……? ――――――『大学時代にたくさん』?」ギロッ

一夏「あ、あれ? 何か目が不機嫌そう――――――」アセアセ

鈴「サイテー」

一夏「いっ」アセタラー

鈴「もう馬鹿ぁ!」ブン! ――――――思わず繰り出されるISパンチ!

一夏「――――――!」シュッ

鈴「へっ」

一夏「――――――!」バッ、ギュッ

鈴「あ」

一夏「まったく何やってんだよ。今の、生身の人間が受けたらホントに危なかったぞ」 ――――――殴られる前に二の腕を取り押さえて抱き寄せる!

鈴「あ、え……?(今、一夏に抱き寄せられて――――――)」ドクンドクン

一夏「反省してる?」

鈴「え、う、うん。反省してる……(ああ……、一夏の臭いだ…………)」クンクン

一夏「お、おいおい? どうした? もう両手は放したぞ? もしかして力を入れ過ぎてどこか痛めたか?」アセアセ

鈴「………………」ギュッ

一夏「おい! いつまで俺の腹に顔を沈めてるんだよ! 酸欠になるぞ!」アセアセ

鈴「………………一夏ぁ」

一夏「おーーーーい!」




――――――織斑千冬の場合、


千冬「今までありがとな、篠ノ之」

箒「い、いえ。当然の事をしたまでです」

千冬「最初はどうなることかと思っていたが、――――――いい子に育っているな、“アヤカ”は」

千冬「あの子の今の笑顔は私だけでは到底成し得なかったことだ」

千冬「教育とは教師だけが司るものではない。教師の一人として感謝の言葉を贈りたい」

箒「大袈裟ですって。千冬さんだって裏でいろいろ雪村のためにやってきたんじゃないかと思います」

千冬「まあな。今年の新入生は最も手間が掛かるガキ共でいっぱいだったよ」

千冬「けれども、それだけ魅力的な発見も喜びもあったことだし、少しは楽しませてもらってるよ」

千冬「しかし、――――――本当に良かったのか? 成り行きとはいえ、『それ』を持ち続けることは怖くはないか?」

箒「あ」チリンチリン

箒「………………」

千冬「“アヤカ”と同じく『テストパイロットとしてその機体をIS学園から借りている』という体裁で良かったのか?」

箒「大丈夫です。どうせ姉さんからは逃げられないようですし、“アヤカ”と一緒にこの運命を乗り越えていこうと思います」

千冬「…………強くなったな。顔付きもだいぶ変わった」

箒「そうですか?」

千冬「ああ」

千冬「もしかしたら、本当に束の妹が私の――――――ふふふふ」

箒「え?」

千冬「何でもない。あんなにも小さかった娘がこうもなるとは、私も歳をとったものだな」フフッ

箒「え!? いや、千冬さんはまだ20代半ばですよね!?」

千冬「そういえば、おばさんにはもう会ってるんだったな?」

箒「はい。初めて家に帰ったその時に一夏とまた会えたんです」

千冬「そうか。思ったよりも元気そうで何よりだ」

千冬「正直に言えば、お前と“アヤカ”の面倒を見ることが決まった時、一番の悩みの種だったからな」

千冬「だが、私から心配するようなことはもうないな」

千冬「これからも手の掛かるガキ共のことをよろしく頼む」

箒「はい! 織斑先生」ビシッ

千冬「ああ」フッ




――――――夜支布 友矩の場合、


友矩「これ、使えそうかな?」ピピッピピッ

簪「何です、これ?」

友矩「『打鉄弐式』の第3世代兵器『山嵐』用の軌道パターンのショートカット集」

友矩「これを組み込めば、手動入力の手間が省けるよ」

簪「あ、ありがとうございます!」

友矩「なに、ソフトウェア関連ならこの程度のことぐらい簡単さ」

友矩「――――――板野サーカスを参考にして作っただけだし」

簪「おお! 凄いですよね! 憧れちゃいます!」キラキラ

友矩「いやぁ、こんな女尊男卑の風潮と言われてる中でシリーズ25周年記念の13年振りのTVシリーズとは――――――、全話見た?」

簪「はい! 当然です!」

友矩「第3世代兵器の欠点といえば、イメージ・インターフェイスとPICとで脳波制御が被ってどちらかの機能が使えなくなるということだけど、」

友矩「その欠点は、こうやってイメージ・インターフェイスのコマンドにショートカットを付け足していくことである程度は解消されていくわけだね」

友矩「おそらくは、イギリスのティアーズ型もショートカットを入れたBT兵器の実装に追われている頃だろうけれど、」

友矩「我が国の『打鉄弐式』に関しては、一度は開発を打ち切られたから本来受けられるはずの支援が途絶してしまったわけであり、」

友矩「それを鑑みて、日本IS産業公式サポーターの僕から率先して今年の我が国の代表候補生を支援することにしてみた」

簪「本当にありがとうございます!」

友矩「あとは、荷電粒子砲が実現できれば“某教授”の無念も晴れるんだろうけどね…………」

簪「はい。惜しい人を亡くしました…………」

友矩「ま、我が国としてはもう次の第3世代機の開発着手に至ってるんだけどね?」

友矩「それでも、『打鉄弐式』は今年度の国際IS委員会での査定に使われる予定だった機体だから、できるかぎり結果を残してもらわないとね」

簪「はい! 頑張ります!」

友矩「いい表情だね」


友矩「“某教授”が残した荷電粒子砲の実装研究は他に任せるとして、荷電粒子砲の代わりになりそうな装備を募集してみたよ」

友矩「するとだ。『打鉄弐式』の売りである先代『打鉄』とのパッケージの互換性でいろいろな改良プランが集まっている」

友矩「日本政府としては“世界で唯一ISを扱える男性”のPRに追われて、今年度の代表候補生のことはメンツに賭けてとことん無視する構えのようだけど、」

友矩「民間企業としては『打鉄弐式』の再開発プロジェクトの協力に名乗り出た企業が少なくとも5社は確認されていて、」

友矩「新生『打鉄弐式』の標準装備の座を巡って、売り込みのチラシが来ているよ」

友矩「他にも、倉持技研からの鞍替えのお誘いもちらほら見えるね」

簪「………………」

友矩「本当は日本政府が責任持ってこういうのを斡旋して欲しいところなんだけど、しかたないね」

簪「……うん」

友矩「しっかし、――――――話は戻すけど、あの主人公の最後の告白はどうかと思うんだよね」

簪「そうですね。あんな曖昧な答えじゃ視聴者としても台本を渡された声優さんとしても納得がいかないと思います」

友矩「うん。僕としても身近にそういうやつがいるから、尚更この結末に呆れちゃってね――――――」

簪「あ」(察し)

友矩「彼は歌バカじゃなくて、初代主人公のセルフオマージュなんだからそこははっきりさせないとダメでしょ」

簪「でも、セルフオマージュを徹底したらヒロイン共々 謎の失踪を遂げちゃうことになっちゃうかも…………」

友矩「どうなるんだろうね、今年の映画は? やっぱり『愛・おぼえていますか』のように劇中作として表現が変わっちゃうのかな?」

簪「11月が楽しみです」

友矩「うん。でも、やることいっぱいだよ、代表候補生?」

簪「わかってます! 頑張ります!」ビシッ

友矩「よしよし。それでこそ日本代表候補生だ」ニッコリ




一夏「さて、4時半の町内放送も流れたことだし、どうしよっか?」

友矩「みなさんはこれからどうします? ――――――泊まっていきますか?」

シャル「え、いいの?!」キラキラ

セシリア「さ、さすがに、それは………………(どうしましょう!? こんなにも貴重な時間が続くのでしたら念入りに準備をしておけば良かったですわ!)」

千冬「私は別にかまわんがな。寝る時はこのリビングか和室で寝てもらうがな。――――――なに、いつものことだ」

鈴「え」

箒「それって、どういう…………」ハラハラ

一夏「ああ。大学時代の友人たちとホームパーティすると、酒を飲み出すやつもいてさ?」

一夏「酔い潰れて、そのまま俺んちで夜明かしするっていうのが定番の流れになりつつあるんだ」

一夏「完全に我が家を公共の別荘地か何かに仕立て上げようとしているのか、」

一夏「ホームパーティのセットだけじゃなく、必要以上の寝道具も押し付けられているんだよ…………」

一夏「おかげで、こっちで布団の管理までやらされていい迷惑だよ」

友矩「でも、面と向かって断ることもできず、ちゃんと手入れしたばかりだよね、今日も」

一夏「ああ」


友矩「今日も僕は一夏の部屋で寝泊まりだね」


一夏「そうだな」

小娘共「!!?!」

ラウラ「ん?」

簪「え、みんな……?」

千冬「…………小娘共が」ヤレヤレ

雪村「………………」ハラハラ


一夏「ん、どうかしたか?」

鈴「ちょっ、ちょっと聞き捨てならないわ! 何よ、それ!」

箒「そ、そうだぞ、一夏! ど、どうして男同士で一緒に寝ているんだ…………!?」アワワワ・・・

シャル「い、一夏さんってもしかして――――――」アセタラー

一夏「は?」

ラウラ「そこまでおかしいか? 私たちだって学園では二人一部屋で寝食を共にしているではないか」

セシリア「あ」

千冬「お前たちは男というものを知らなすぎるぞ。そんなんでは目をつけた男に逃げられるぞ」ニヤニヤ

小娘共「………………」カア

鈴「か、確認しますけど、友矩さん」

友矩「はい」

鈴「一夏の部屋で寝泊まりする時はどのようにして寝ていらっしゃるのでしょうか?」ガチガチ

友矩「床に枕と銀マットを敷いてシュラフかな。それでいろいろと今日あったことや明日のことを話し合って眠るんだ」

一夏「どうしたんだよ、みんな? 俺と友矩は大学時代からずっとルームメイトだぞ? 一緒に寝るだなんて俺にとっては生活の一部だぜ?」

セシリア「ああ……、『ルームメイト』って大学時代からずっと――――――え?(ということは、――――――現在も?)」

箒「ああ…………(なんということだ……! これが『正妻の余裕』というやつなのか!?)」

シャル「あわわ…………(やっぱり友矩さんが一番の強敵!? というか、織斑先生といい、ライバルが多すぎるよ……)」

ラウラ「なるほどな……(二人がどういった仕事に就いているかは未だに見えないが、抜群の信頼関係にあることはよく伝わってくる)」

鈴「ど、どうして一夏の周りにはこうもやりにくい相手ばかり…………(千冬さんといい、大学時代の友人といい――――――!)」

雪村「…………友矩さん?」チラッ

友矩「ここは徹底的にやらかしてもらったほうが後々の都合がいいからねー」ニコニコー

雪村「ああ…………(一夏さんの半身たる友矩さんが言うのなら、今はそれに従っておこうかな?)」

箒「い、一夏……!」ドクンドクン

一夏「お、おう……」


箒「今日は私と一緒に寝ろ!」カア


一夏「え?」

小娘共「!?」ドキッ


一夏「ちょっと何を言ってるのかさっぱりわからないよ、お兄さん!?」アセアセ

箒「わ、私は一夏の嫁なんだぞ! 一緒に寝ないのはおかしいではないかぁー!」ドクンドクン

セシリア「え!? この方が箒さんの――――――!?」

シャル「………………」

鈴「はあ!? 何言っちゃってるわけ、この人!?」ギロッ

友矩「(よし、これで篩いに掛けられるな。何人脱落するかな?)」

一夏「ちょっと何か勘違いしてない?!」

一夏「確かに大学時代の友人たちには女性だって当然いたけど、ちゃんと男女別々に寝かせてたから!」

鈴「――――――『当然』ってなによ! 自分がモテモテだって自慢したいわけ!?」

一夏「そこ、噛み付くとこ!? 俺、社会人だよ! この狭い世界のうち半分と関わりを持たずにどうやって暮らしていけって言うんだよ!」

箒「なら、どうして友矩さんとは一緒の部屋なのだ?!」

一夏「いや、言っている意味がまったくわからないんだけど!」

一夏「俺と友矩はルームメイトで、――――――家主だぞ、俺たち!」

鈴「はああああ!? それ、どういう意味よ!」

一夏「ど、『どういう意味』って、そりゃあ…………」

鈴「どうしてそこで言葉に詰まるのよ……!?」ハラハラ


一夏「と、とにかく! 男女七歳にして席を同じゅうせず! 年頃の女の子が妄りに男の人の部屋に入るもんじゃありません!」


小娘共「え?」

一夏「え?」

ラウラ「?」

簪「…………大変だね、ヒーローってのも」アハハハ・・・


一夏「あれ? 俺、何か間違ったこと言ったかな?」

セシリア「いえ、そんなことは…………(しかし、たくさんの女性とお付き合いしていると思うと、どうも邪推してしまって――――――)」

シャル「…………わかってる(だからこそ、一夏さんは篠ノ之 箒という少女が一生を懸けて愛し続ける人なんだって)」

一夏「なあ、友矩? 俺、正論 言ってるはずなのに、どうしてここまで聞き入れてもらえないのかな?」

友矩「それは、あなたが“童帝”だからです」ジトー

雪村「信用されないっていうのは『それだけ前科がある』っていうことの証拠じゃないんですか?」ジトー

一夏「“アヤカ”までえええ!?」

箒「一夏っ!」

鈴「一夏ぁー!」

一夏「うあっ!?」ビクッ


千冬「 や か ま し い !」


一同「!」

千冬「教師の前で淫行を期待するなよ、15歳?」ジロッ

小娘共「…………!?」アセタラー

ラウラ「???」

簪「ははは……、まるでマンガみたいな展開だよね…………」


千冬「やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」ハア

千冬「なら、――――――いいだろう、小娘共」ニヤリ

小娘共「?」

千冬「一夏、友矩、“アヤカ”」

一夏「なに、千冬姉?」

友矩「あ」(察し)

雪村「?」


千冬「全員一緒で寝ようではないか」


一同「!!?!」

一夏「ちょっと、千冬姉?! 何を言って――――――」

友矩「そうですね。それがいいですねー」(棒読み)

一夏「いっ、友矩まで?! なんで――――――?」アセダラダラ

ラウラ「ほう、それは楽しそうだな。寝間着は持ってきていないがISスーツに着替えれば寝苦しくはなかろう」

セシリア「その手がありましたか!」キラキラ

簪「これは、凄いことになりそう……」ドキドキ

一夏「は」

鈴「げっ…………」アセタラー

箒「なぜこうなるのだ…………」ズーン

シャル「問題をややこしくした張本人が言うことかな……?」トホホ・・・

一夏「………………“アヤカ”も何か言ってくれ」(棒読み)

雪村「僕は寝るところがあれば何だっていいです」

千冬「――――――だそうだ、我が愚弟?」

一夏「あ、はい(…………どういうことなの? こんなこと初めてじゃないか、千冬姉?)」

千冬「なら、――――――このまま泊まっていくか、――――――夕食まで居るのか、――――――今から帰るか、」

千冬「ちゃんとそれぞれ連絡しておくように。私からは以上だ」

小娘共「はい!」ワクワク

千冬「…………………………フゥ」

雪村「…………?」

友矩「…………わかるか。――――――疲れてらっしゃる」


ホームパーティは一旦これにて解散となり、19時からの夕方の部とそれ以降のお泊り会に向けて各自 自由行動となった。



――――――19:00 ホームパーティ:夕方の部


一夏「お、似合ってるね、セシリアちゃん」← 夕食と朝食の買い出しに男3人で出かけてきた

セシリア「そ、そうでしょうか?」← よく考えたらISスーツで寝るのもどうかと思い、近くのデパートでお泊り会の装備を調達

箒「ぬぅ、即金で着替えを買ってくるとは、――――――これが代表候補生か」← 実家まで戻ってお泊り会の準備を整えてきた

鈴「しまった。私もこの機会に新しい服を買っておけばよかった……」← 織斑邸に残って家捜ししようとするも千冬に睨まれる

簪「あ、もうこんな時間か」← 友矩からもらったデータの解析に没頭していた

シャル「ほらほら、ラウラもこれを着て」← セシリアと一緒にお泊り会の装備をラウラのものも一緒に調達

ラウラ「い、いいのか、シャルロットよ? あ、ありがとう……」← 織斑教官と一緒の時間を過ごした

千冬「さてさて、時間が来たか」← 久々の我が家のリビングでくつろいでいる

友矩「ちょっと待っててくださいねー」← ボディーソープやシャンプーを主に調達

雪村「…………フフッ」← やることもないので一夏と友矩に付き従い、充実した男だけの時間を過ごした


ワイワイ、ガヤガヤ、グツグツ・・・


シャル「何作ってるの、一夏さん?」

一夏「昼はバーベキューだったから、夜は軽食中心で行こうと思ってな(明日の朝は和食の予定だから下ごしらえが大変だぜ)」

箒「一夏! それなら私も――――――あ」アセタラー

一夏「どうした、箒ちゃん?」

箒「また食べ過ぎた…………この前 マンションに来た時も私の誕生日祝いであれだけ食べてしまったというのに」ズーン

シャル「あ……、今日も極上デザートを振る舞われったっけな…………」ズーン

一夏「あははは…………今度は食べ過ぎないようにね?(また飯テロをやってしまったな……)」アセタラー

箒「できるか、そんなこと!」

一夏「ええ…………」

箒「ああ こういう時でしか一夏の手料理を食べられないというのに、どれもこれも美味しいというのに…………ああ」


セシリア「今度は何ですの?」

友矩「昼はガッツリ食べたので、夜はサンドイッチを中心にした手軽なビュッフェということで」

友矩「昼のバーベキューと同じように、今度はパンに具を挟んで、主菜や副菜、スープ、デザートをご自由に組み合わせて召し上がってください」

セシリア「わかりましたわ」ニコッ

鈴「セシリア? あんた、サンドイッチぐらいは自分で作って食べられるわよね?」ニヤニヤ

セシリア「あら、それは我が国への侮辱と受け止めてもよいのかしら?」ジロッ

鈴「さあね? ちょっとイギリスの大貴族様がどんなサンドイッチを手ずから作るのかちょっと興味があるだけよ」ニヤリ

セシリア「まあ! 見てなさい!」


千冬「騒がしいやつらだな」モグモグ

ラウラ「まったくもってその通りですね、教官」モグモグ

雪村「………………」モグモグ

簪「あ、隣 いいかな?」

雪村「どうぞ」モグモグ

簪「その……、今度の盆に行われる篠ノ之神社での夏祭りに一緒に行くってことだったけど――――――」




夕食の時間もあっという間に過ぎて――――――、


セシリア「ごちそうさまでした……(少し、食べ過ぎましたかしら……?)」

鈴「ちょっと眠たくなってきたわね……」フワァー

一夏「そっか。それなら、早く布団を敷いてあげないとなぁ…………」アセタラー

箒「――――――!」ムカムカ

一夏「えと、俺たちはホームパーティセットの片付けをしないといけないから――――――、」チラッ

一夏「千冬姉! 和室に布団を敷いてきてくれる?」

千冬「私か?」

一夏「布団を敷くぐらい、なんてことないよな?」ハラハラ

千冬「馬鹿にするな。私は子供じゃないぞ、一夏」

一夏「う、うん。そうなんだけど…………」

ラウラ「一夏、心配する必要はない。私が教官の援護を行う」

一夏「あ、そう? それなら大丈夫かな?」

スタスタスタ・・・・・・

一夏「…………大丈夫かな?」

友矩「一夏、早く片付けよう! 明日の朝までピクニックテーブルとか出しっ放しになっているのを見るのはゲンナリするし――――――」

友矩「あ、そうだ」

友矩「まず、先に和室に布団を敷いて、お客様方には順々にお風呂に入ってもらって、」

友矩「その間に僕たちだけでホームパーティセットの後片付けをしていたほうが安全だね」

一夏「あ、そうだな。食器洗いはまかせるとして、さっさと安全を確保にしに行かないと!(そうだとも。『この手順』が大事なんだ!)」アセタラー

一夏「みんな! 和室に布団を敷いてくるから、食べ終わった人はシャワーを浴びて和室で寝る準備をしてくれ」

友矩「食べ終わったら食器などはそのままでけっこうです。僕たちが片付けますので」




――――――和室


一夏「で、――――――千冬姉?」

――――――――――――
――――――――――――
千冬「なんだ……?」
ラウラ「うう…………」

一夏「どうしてふすまが外れて、布団に潰されかかってるのかな?」

一夏「ほら、友矩!」ポイポイ

友矩「よいしょっと」ドサドサ

一夏「これで大丈夫。何やってんだよ」ヒョイ

千冬「すまないな」ヨロヨロ

一夏「…………千冬姉?」

千冬「ちょっとばかり羽目を外しすぎただけだ。気にするな」

ラウラ「そうでしたか? 少しお疲れのようにお見受けしますが」

千冬「余計なことは言うな」

一夏「…………千冬姉」

友矩「………………一夏」

一夏「なに?」

友矩「後のことは僕にまかせておいて」


友矩「一夏はお姉さんのことを労ってあげて」


千冬「なっ」カア

友矩「布団もだいたい敷き終わったし、掛け布団や枕は各々勝手に持ってってくれるだろうから」ピチッ ――――――外れたふすまを元通りにした。

一夏「…………わかった」

千冬「待て、私は――――――」

一夏「さあ、千冬姉!」ドーン!

千冬「うおっ!?」ドサッ

ラウラ「!?」

ラウラ「お、織斑教官がいとも簡単に倒された!?」

千冬「お、おい……」


一夏「マッサージの時間だ、千冬姉」ニッコリ





――――――和室 前


セシリア「あら? どうなさいましたの?」

簪「和室ってここじゃなかったっけ?」

鈴「しー」
箒「………………」
シャル「………………」ドキドキ

セシリア「?」

簪「そういえば、一夏さんは――――――」

――――――
「千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?」

「そんなわけあるか、馬鹿者……」’

「あ……! 少しは加減をしろ……」’

「はいはい。じゃあ、ここは?」

「ま、待て、そこは…………や、止め――――――」’

「すぐに良くなるって。だいぶ溜まっていたみたいだしね」

「ここは?」

「そ、そこは、ダメだって言って…………」’

「ごめんごめん」

「でも、気持ちいいんだよね、千冬姉?」

「そっちこそ、やけに気合が入っているではないか」’ハアハア

「やっぱりその……、大切な人には俺の手で気持ちよくなってもらいたいから……」

「ば、馬鹿……」’

「そう言って、ラウラにも手を出しておいてよく言う……あん」’

「久しぶりだったからちょっとやりすぎちゃったな。それにラウラちゃんの方から初めてを求めてきたんだし、千冬姉だって止めなかっただろう?」

「千冬姉だって教え子のラウラちゃんが気持ちよくなっていくさまを隣で見ていて、本当は自分もああなっていくのを楽しみにしてたんだろう?」

「それはそうだが……うぅ」’


「……そうするのは私だけにしておけ」’

「そうしたいのはやまやまだけどさ? (周りの人間が)抑えきれなくて――――――」

「まったく困ったもんだな、お前の(周りの人間)は」’← 姉弟揃って追っかけがいるほどの人気者です

「今一度、姉として弟の立場というものをわからせてやらないといけないな」’

「今ここでそんなこと言われても説得力ないよ、千冬姉?」

「あん……んくっ」’

「ダメだ、力が抜ける……」’

「そうそう、それでいいんだよ、千冬姉。力を抜いて楽になって。あとは俺にまかせて、自分の身体に素直になってくれれば」

「千冬姉は少し頑張り過ぎだよ。俺はもう23の社会人だぜ? 給料だって千冬姉に比べたら少ないけど、今度は俺が千冬姉のために――――――」

「馬鹿を言うな。お前に全てを委ねてしまったら、いったい私に何が残る?」’

「――――――何の取り柄もない ただお前を愛するだけの女になるだけだ」’

「!」

「そんなことあるわけ――――――」

「私はすでにお前に身も心も捧げたのだ。すでに私はお前のものなんだ。お前の色に染まりきったな。今更 普通の女には戻れんよ」’

「だが、私に縛られる必要などない。たまに帰ってくるだけでいいんだぞ? 私は十分だよ、十分過ぎる」’

「なんでだよ! そんなこと言わないだろう、千冬姉は!」

「こうしている時もいつもの態度を崩さずに、逆にやり返して俺の方を悲鳴を上げさせるような、そんな人じゃないか――――――」

「なぜだか懐かしく感じるな。最初の頃は凄まじくヘタクソだったから私が手本を実践してやったら大袈裟に悲鳴を上げていたな」’

「あれはもうやめて! あまりの刺激に何度も意識を失いかけたから!」

「それでは私が楽しめないではないか」’

「うう 悔しい! 男として恥ずかしい…………」

「俺はいつになったら千冬姉から一人前の男として認められるんだ」

「ならなくったっていい。私の前では昔のままのお前でいていいんだぞ」’

「だったら、千冬姉だって俺の前では昔のままの千冬姉でいてくれよ」

「いいのか、そんなことを言って? 今度はこっちから行くぞ?」’

「あ、調子が戻ってきたみたいじゃないか、千冬姉」

「そうだな。どうやらまたお前に元気をわけてもらったようだな」’


「それはさておき――――――」’

「………………!」

「さっきの礼だ。今度は私がお前を楽しませる番だ」’

「げっ!」

「あ、俺! 後片付けに行かなくちゃ――――――あぐっ」

「ふふふふ、こうされるのも実に久しぶりだな、一夏よ?」’

「お前はこうされるのが気持ちいいんだろう? ほら」’

「や、やめて! 変な声 出ちゃう!」


ドンドン!


「!」

「!」’

――――――
「部屋の準備はできましたか?」
――――――

「あ、大丈夫! けど、枕やシーツなんかは自分でやってくれると助かる!」

「ちっ、ここからがおもしろいところだったのにな」’

「まあ、今日は客人が来てるんだ。この辺で止めにしておくか」’

「入ってどうぞ」


サァー


千冬「すまないな。少しばかり羽根を伸ばし過ぎていたな」

小娘共「………………」カアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

一夏「ん? どうしたんだ、みんな?」

雪村「さあ」(すっとぼけ)


一夏「あ、雪村もマッサージやってく? 憶えておいて損はないぜ」

雪村「いいんですか?」

一夏「ああ。いいとも」

一夏「あ、その前に男はこっちで、女はこっちね」

一夏「それと、ラウラちゃんは端の方に寝かせておいたから」

ラウラ「スヤスヤー」グッスリ

雪村「気持ち良さそうに寝てますね」

一夏「ちょっとやり過ぎたかなー」

一夏「マッサージ 初体験らしいし、俺も久しぶりだったからウォーミングアップに全身全霊を込めてやったらあっという間に寝ちゃった」

雪村「凄いですね」

小娘共「ああ………………」ゴクリ

千冬「こう見えて、こいつはマッサージがうまい」

小娘共「(…………知ってます)」

千冬「順番にお前たちもやってもらえ」

千冬「次いでに言えば、こいつは私と同年代の第1世代ISドライバー御用達の高級マッサージ師としても有名でな。プロ級の実力はある」

一夏「いやぁ、それは昔のことだって。今やったらセクハラで捕まる可能性が高いから顔馴染み以外にはやらないことにしてるんだけど……」

小娘共「!?!!」

簪「え、えと、ど、どうしようかな……?」ドキドキ

一夏「ま、今から俺は後片付けだから、みんなは順次 風呂に入って汗を流してそのまま寝ていてくれてかまわないから。おやすみー」サササッ!

箒「え」

鈴「あ、ちょっとぉ! 待ちなさいよ!」

セシリア「お待ちになってください、一夏さん!」


タッタッタッタッタ・・・・・・ガチャバタン


シャル「ああ…………」

千冬「さて、私も寝る前に明日の準備を済ませておくか」

千冬「お前たち、明日になったら帰れよ。私も一夏も仕事だからな」

千冬「消灯23時だ。――――――それ以上は言わなくてもわかるな?」

小娘共「はい……」

雪村「………………」

ラウラ「スヤスヤー」グッスリ

箒「羨ましいな、ラウラのやつ…………」ムゥ

箒「(でも、今ので一夏と千冬さんの互いに対する愛情の深さはよくわかったから――――――)」



――――――織斑一夏 逃走するも1時間足らずで、


箒「えと、先生?」

千冬「何だ、篠ノ之?」

箒「どうしてこの並びなんですかぁー!」

ラウラ「スヤスヤー」グッスリ

――――――――――――
           セ
ラ シ      シ
ウ ャ 箒 簪 リ 鈴
ラ ル        ア
――――――――――――
隙間(ゆったりと歩いて通れる程度)
――――――――――――

  雪 友 一 千
  村 矩 夏 冬

――――――――――――男は女性の安全のためにシュラフで包まる


千冬「不満なら、私たちは自室で寝ても構わんのだがな。そのほうが部屋を広々と使えて互いにくつろげるだろう?」

箒「わ、わかりました……」シュン

一夏「俺もその方がいいと思うなー………………友矩と雪村は俺の部屋で寝るとしてだな(みんなが寝静まるまで待ってたけど逃げ切れなかった……)」

鈴「どうして男同士で寝ようっていう発想から抜け切らないのよ、あんたはぁー!」

一夏「はあ? そっちこそ、年頃の女の子が健全な青少年と積極的に一夜を共にしようという発想がぶっ飛んでるじゃないか!」

鈴「は、はあ!? な、なななな何言ってんのよ、あんたは! ま、まままるで私の方がおかしいみたいじゃない!」カア

一夏「すまない、鈴ちゃん」

一夏「俺は過去にたくさんの人間と一夜を共にする機会があって、その度にろくでもないことがあったから、」

一夏「一種の人間不信になっているんだよ……」アセタラー ← この織斑一夏は“童帝”です



一夏「とにかく夜はなるべく千冬姉以外の女性と一緒に寝るのは相手の安全や名誉のために――――――」

鈴「わ、私が信用できないって言うの? そんな…………」ウルウル

箒「………………勝ったな」ニヤリ

鈴「…………あんたね!」ギロッ

鈴「喰らいなさい!」 ――――――枕投げ!

箒「!」ボフッ

箒「やったな!」 ――――――負けじと枕投げ!

鈴「きゃっ!」ボフッ

両者「ぐぬぬぬ」ゴゴゴゴゴ

一夏「…………この二人、なんでこんなに仲が悪いんだ?」

一夏「(大学時代の女性陣は少なくとも表立った反目は俺には見せない努力をしていたけど、全寮制スポーツ校ゆえの競争意識からなのか?)」

一夏「(いや、これはアレか? ――――――子供の喧嘩か? すると二人は似た者同士ってことなのか?)」

千冬「やはり、この二人か……(――――――『一緒にさせたくはない』と前々から思ってはいたが、ここまで意地の張り合いをするとはな)」ハア

千冬「やれやれ、これだからガキの相手は疲れるというのだ」

一夏「ここは俺が行くから、千冬姉はいいよ」

箒「こんのぉ!」 ――――――枕投げ!

鈴「喰らえぇ!」――――――枕投げ!

一夏「おい、やめないか、二人共」パシッパシッ

鈴「何よ、一夏! 今 私は身内贔屓で専用機持ちになったような生意気な娘に格の違いを教えようと――――――」

箒「一夏! いくらお前が寛容だからってすぐに手が出るような娘と一緒にいるのは止めといたほうが――――――」

一夏「あのな?」ヤレヤレ


――――――いいかげんにしろよ、小娘共が!




ジャーーーーーー

セシリア「………………フゥ」キュッキュッ

セシリア「日本のバスルームというものも悪くはありませんわね」

セシリア「小さいながらも機能美に溢れていて――――――」

セシリア「こないだの旅館において、日本では公共の場で水着を着ずに入ることに驚きましたけれども――――――、」

セシリア「露天風呂で火照った身体を夜風で冷ますのが妙に癖になってますわね……」

チャプン

セシリア「あ、いい湯加減ですわね」

セシリア「ふぅ」

セシリア「………………」


セシリア「――――――織斑一夏」


セシリア「私は――――――」

セシリア「(…………この気持ちは何でしょう?)」

セシリア「(織斑先生に弟さんが一人居るということはよく存じておりましたが、その程度にしか思っておりませんでした)」

セシリア「(ただ……、何というのでしょうか? さすがは弟さんというだけあって“ブリュンヒルデ”織斑千冬によく似ていて――――――)」

セシリア「(まさかあれほどまでに素敵な人とは思いもしませんでした――――――)」

セシリア「…………けど」

セシリア「(だからといって、私はあの方に何を求めているのでしょうか?)」

セシリア「(あの方はすでに箒さんの許婚ですし、お熱い仲のようにお見受けしますし…………)」

セシリア「(――――――結婚、か)」

セシリア「(イギリスの名門:オルコット家の主として家を存続させるためにいずれは私も男と結婚をして子を成さなければ――――――)」


『――――――何の取り柄もない ただお前を愛するだけの女になるだけだ』’


セシリア「――――――!」カアアアアア

セシリア「(な、何を考えていますの、私は! ――――――あれはただのマッサージですわよ、マッサージ!)」ドキドキ

セシリア「(で、でも、扉越しで声だけでしたけれども、普段の織斑先生からは想像もできないような甘い声――――――)」ドキドキ

セシリア「(も、もし、私があれを受けたらどうなってしまうのか――――――)」ドクンドクン

セシリア「(あの大きくて力強いあの手で私の身体を――――――)」ゴクリ

セシリア「…………か、身体が熱くなってまいりましたわね」ドクンドクン

セシリア「こ、これはその……、ちょっと身体が茹だってきただけでしてぇ…………」モゾモゾ




――――――パシッ


『!』ビクッ ――――――肩に手が当たる!

『何奴――――――』

『ハッ』


『お嬢さん、落とし物ですよ……!』’ゼエゼエ


『あ、はい……(――――――あ)』

『あれ? どうしたのかな? もしかして違った?』’ゼエゼエ

『あ! い、いえ! これは私の――――――あ』ジー ――――――思わず青年の顔を見る。

『?』’

『あ』ジー ――――――そして、ふれあう手と手の温もり

『えと、大丈夫だよね? それじゃあね、セシリアちゃん』’クルッ

『!』

『お待ちになってください!』

『あなたはもしかして織斑先生の弟――――――、』


――――――織斑一夏ではありませんか?




――――――再び、和室 前


セシリア「あら?」

友矩「あ、ごめんね。今、お説教中だから部屋に入っちゃダメなの」

セシリア「え、何がありましたの?」

友矩「簡単に言えば、一夏の『堪忍袋の緒がついに切れた』ってところかな」

友矩「――――――『親しき仲にも礼儀あり』で、箒ちゃんと鈴ちゃんは一夏の逆鱗に触れることになったってことかな」

友矩「それと、せっかくの休日を踏み躙られた腹癒せかな」

セシリア「…………それは、すみませんでした」

友矩「いやいや。怒っているのは『みんなが来てくれたこと』じゃない。むしろ喜んでる」

セシリア「では、何が?」

友矩「――――――『くだらないことで喧嘩をして周りを不愉快にさせた』ことだね」

友矩「…………気づいているかもしれないけれど、織斑先生は大変お疲れだ」

セシリア「…………はい」

友矩「それで、一夏としては――――――、」


友矩「せっかくの華やかで楽しいイベントを苦い思い出にさせたくないから怒った」

友矩「仕事をして疲れて帰ってきた姉に家に帰ってきてまで新たな苦労を背負い込ませるのを一番の禁忌としているから怒った」


セシリア「ああ…………」

友矩「いくらね? 一夏が天然ジゴロだとしても人生の大半をたった一人の肉親と一緒に過ごしてきたんだ」

友矩「大切な人をもてなす心だけはどんな時があってもぶれないのが織斑一夏なんだ」

友矩「それともう1つ――――――、」

友矩「本当に一夏が見限るっていう時は、――――――彼、物凄く陰湿になるから」

セシリア「え」

友矩「具体的に言うと、やっていることは一見するといつもと同じに見えるんだけど必ず違和感を覚えるんだってね」

友矩「そして、いつの間にか一夏からの除け者にされていることに自然と気付かされ、気付いた時にはすでに孤立している――――――」

セシリア「そんなことが――――――?」

友矩「さあね? 僕は大学時代のルームメイトになってかれこれ5年の付き合いだから自然と彼から離れていく人間の傾向はわかってはいるけどもね」

セシリア「そうなんですの……(5年間もずっと『ルームメイト』をしていた友矩さんもまた、一夏さんにとっては――――――)」


友矩「ところで?」

セシリア「はい?」


友矩「ちょっと熱くなかった? 湯加減は自分の好みにしてよかったんだよ?」


セシリア「ふぇ?!」ドキッ

友矩「顔、今も真っ赤だよ? 無理しなくてよかったのに」ジー

セシリア「え!? えええええええ!?」

友矩「はい、鏡」スッ

セシリア「!?」ビクッ


――――――だが、覗き込んだ鏡に映ったセシリアの表情は普段の肌色に落ち着いていた。


セシリア「!?!?」

友矩「………………予備軍か」ボソッ

セシリア「へ」ドクンドクン

友矩「それじゃ、すまないけどリビングで待ってて。それで次の娘に入らせて欲しい」

セシリア「わ、わかりましたの…………」スタスタスタ・・・・・・

セシリア「(い、今のはいったい――――――? ま、まさか――――――!?)」ハラハラ


友矩「ま、あの浴室を使っている人間なんていっぱいいるし、それこそ――――――(ホテルオークラの掃除メソッドを学んでおいてよかった)」




――――――消灯前


ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー

トランプ大会 最終回:ババ抜き

鈴「さあ、一夏の番よ」

一夏「2者択一! ――――――南無三!」

鈴「ふっふふーん」

一夏「…………げえ!?」

鈴「それじゃ、はい」ヒョイ

一夏「あ」

鈴「よっし! あっがりぃ!」

一夏「くそー、敗けたなー。ここ一番で……」

シャル「あははは……」

千冬「これで確かお前が最下位になったな?」ニヤリ

友矩「はい。ここ一番で敗けちゃいましたね」

箒「さあ一夏! 悔しいがシャルロットのお願いを聞いてやれ」ムスッ

鈴「あ、そうだった……!(――――――自分が敗けるのと一夏が他の誰かの好きにされるのだったら後者を選ぶつもりだったのにぃ!)」

一夏「うぅ……、お手柔らかにな?」

シャル「え、僕?」

簪「うん。中盤のテキサスホールデムでの連勝が効いたね」

セシリア「惜しかったですわ……(――――――って、私が1番になっていたとしたら、一夏さんに何をお願いするつもりだったのかしら?)」

千冬「やれやれ、最初は私が快勝だったのに、勝負の世界というのはなかなかに難しいものだな」

一夏「それで、シャルロットちゃんは何がお望みかな?」

シャル「え、えと……、ど、どうしようかな?」モジモジ

千冬「言っておくが、消灯時間になったら、――――――寝ろ」ギロッ

シャル「あ、はいぃ!(い、急いで決めなくちゃ!)」

シャル「あ、それじゃ――――――」




ゴクゴク・・・・・・


シャル「…………フゥ」

シャル「やっぱり一夏さんのアールグレイはいいなぁ……」カランカラン

一夏「そんなに好きなら作り方を教えてやろうか?」

シャル「え、ううん。一夏さんが作ったのがいいなぁ」

シャル「またごちそうしてくれるかな? ダメ?」

一夏「そうか。そいつは嬉しいな」

一夏「いいよ。俺はいつでもアールグレイを作って待っていてやるからな。これぐらいはサービスでやってあげなきゃ」ニッコリ

シャル「ありがとうございます、一夏さん」ニッコリ

箒「…………ムゥ」

鈴「ぐぬぬぬ」

セシリア「チェルシーと言葉を交わすのが今から楽しみでなりませんわね」ニコニコ

簪「今日は本当に楽しかったなぁ」ニコニコ

ラウラ「スヤスヤー」グッスリ

千冬「フッ」

友矩「さ、歯磨きは忘れずにね。朝の8時には出てもらいたから7時ぐらいには起きてね」

小娘共「はーい」


雪村「あ、終わったんですか?」フワァー

一夏「あ、ごめんな、“アヤカ”。お風呂の栓は抜いてくれたか?」

雪村「はい。やっておきました」

千冬「さあさあ。とっとと寝るぞ。私の眠りを妨げたやつはどうなるか覚悟をしておけよ?」

箒「は、はい……」

鈴「わ、わかってますって……」

セシリア「…………あのお二人、どうしたのかしら?」

簪「えと、メガネはここに置いて――――――」ワタワタ

一夏「飲み終わった? もういい?」

シャル「うん。ありがとうございました。本当に美味しかったです」

一夏「そうか。寝る前にちゃんとトイレに行っておくんだぞ」

シャル「はい(やっぱりこの辺がちょっと残念かなって思うところはあるんだけれども――――――)」フフッ





友矩「では、23時――――――、消灯!」カチカチカチッ


友矩「さて、シュラフに包まって――――――っと」モゾモゾ

友矩「…………よし」スィーーーーーー

友矩「………………」



一同「………………………………」






ラウラ「スヤスヤー」

シャル「………………」

シャル「(やっぱり何か思い出すようなものがあるな。寝る前に飲むあのアールグレイが『決して初めてじゃない』ということを僕に告げている)」

シャル「(けど、何度 考えてみてもそれが何なのか全然わからない)」

シャル「(変なんだよね、ずっと『アールグレイ』『アールグレイ』『アールグレイ』――――――)」

シャル「(僕とアールグレイとの間に何があるの?)」

シャル「(確かにアールグレイは日本に来てから大好きになったけれど、それはこのIS学園に転校してからの日々の中で、)」

シャル「(“アヤカ”の部屋に行く度に振る舞われてきたからその良さに触れる機会があったわけであり――――――)」

シャル「(けど、アールグレイの話題をすると必ず一夏さんの存在がチラつくんだよね……)」

シャル「(そう、本当にただの偶然――――――、“アヤカ”と一夏さんがたまたまアールグレイを愛飲していたという繋がりがあって――――――)」

シャル「(いや でも、“アヤカ”と一夏さんはもしかしたら同じ人から振る舞われたアールグレイを飲んで愛飲するようになったかもしれないって、)」

シャル「(そんなふうに話が拡がっていっているんだよね、今)」

シャル「(そして、セシリアのメイドさんがそうかもしれないって――――――それが“アヤカ”の記憶の手掛かりだって)」

シャル「(考えれば考えるほどアールグレイで繋がっているんだよね)」

シャル「(でも、僕にとってのアールグレイの繋がりってやつは“アヤカ”との関係とかじゃないような気がするんだ、何となくだけど)」

シャル「(もっとこう…切ないもので、箒の許婚である一夏さんのことが寝ても覚めても気になるのと同じ感覚で――――――)」



シャル「………………」

シャル「(――――――何か不思議だな)」

シャル「(こんな風にみんなでお泊り会をするようになるだなんて思いもしなかった)」

シャル「(2年前にお母さんがいなくなってから血が繋がっているだけのあの人の許に引き取られてからの日々には帰りたくない)」

シャル「(でも、あんなような人がフランス最大のIS企業の社長だったからこそ、僕は曲がりなりにも代表候補生になれたんだよね……)」

シャル「(そして、僕はここにいるわけであり、あの人が僕に押し付けたものが今の僕を支えているんだ…………)」

シャル「(今では故郷の名士のアルフォンスさんが後見人になって僕の身分が保障されることになって晴れて自由の身になったんだけれど、)」

シャル「(僕は別にIS学園に入りたくて入ったわけじゃないから、アルフォンスさんが言うようにお母さんとの思い出の場所に帰ってもよかった)」

シャル「(でも、振り返るとお母さんがいなくなってから僕に残されたものは他でもないIS乗りの自分しかなかったから――――――)」

シャル「(ううん。それも理由の1つなのかもしれないけれども――――――、)」

シャル「(僕はIS学園に入ってかけがえのないものを得たから、僕はここに残りたいと思えるようになっていたんだっけ)」

シャル「(そう、箒と“アヤカ”という憧れの二人と、――――――“ハジメ”さんって人が僕を変えてくれたんだ)」

シャル「(思えば、僕って“アヤカ”にそっくりだよね。同じ『IS乗りとしての自分』しか残ってなくて――――――、)」

シャル「(何だか“アヤカ”はあんまり僕のことを好ましく思ってないようだけど――――――、)」

シャル「(“同類”だって思われたくないのかもしれないけれども――――――、)」

シャル「(僕は“アヤカ”とは良い友人になりたいって今では強く――――――ううん、今でも強く思ってる)」

シャル「(どうすれば“アヤカ”ともっと仲良くなれるのかな? “アヤカ”は僕よりもラウラや簪のような子とは仲が良いね)」

シャル「(でも、“アヤカ”が一番信頼している箒とはうまくやれているし、諦めずにがんばっていけば大丈夫だよね?)」

シャル「(そう、これは“ハジメ”さんが言ってくれたことなんだ)」


『生きている限り『不可能』という言葉はないよ』

『心を強く持て。それが今を変える力になるよ』

『自分が精一杯やれる限られたことに全力を尽くせばいい』


シャル「(そう言えば、“ハジメ”さんは今どうしてるんだろう? また会えるかな?)」

シャル「(――――――あれ? でも、僕はどういった経緯で“ハジメ”さんと会ったんだっけ?)」

シャル「(そもそも、どうして僕は学園から飛び出すなんてことを…………思い出せない)」

シャル「(でも、何だろう? 僕の中の“ハジメ”さんのイメージってどこか一夏さんとホントに重なるところが多くて、)」

シャル「(何か、何か感じるものがあるんだよね…………最初にマンションで会った時に初対面とは思えないような感慨が湧いて)」

シャル「(でも、もし一夏さんが“ハジメ”さんだったとしても、それならどうして名を偽ったのかがわからない――――――)」

シャル「(教えてくれてもいいと思うんだけどな……)」

シャル「ウーム」モゾモゾ



友矩「………………」

友矩「(さて、どうしようかな~? ここでシャルロット・デュノアの記憶を完全に消しておこうかな?)」

友矩「(でも、プルースト効果で印象づけられた記憶は『ニュートラライザー』では原理的に完全な抹消はできないんだよね~)」

友矩「(そもそも、人間の記憶構造っていうのはハードディスクと同じで一度書き込んだものを書き込んでない状態に戻すことはできず、)」

友矩「(一度 憶えてしまったことは検索効率が落ちるってだけで厳密には絶対に忘れないものだから)」

友矩「(となれば、思い出しそうになったから記憶を消し続けるのは難病再発防止のために劇薬を飲ませ続けるようなイタチごっこでしかない)」

友矩「(これを踏まえた上で一番確実な手というのは、記憶を改竄することで一度書き込んだものを別なものに変えるぐらいしかない)」

友矩「(彼女も専用機持ちだから電脳ダイブさせることができれば、それも可能だとは思うんだけれども、)」

友矩「(つまり、――――――現時点では実行不可能というわけだね)」

友矩「(…………考えるだけ無駄だったか)」

友矩「(しかし、本当に織斑一夏こと“童帝”の魔力は凄まじいな。魔法使いを超えてる)」

友矩「(念入りに記憶を消しても、“童帝”に一度心奪われた女性は図らずも一夏を本能的に求め続ける運命を背負わされるのか)」

友矩「(本当にかわいそうだよね、あれは。そうなったことが運命なのか、運命だからそうなったのか――――――)」

友矩「(まあ、どちらにしろ、一夏はまた一人 図らずも乙女の純情を弄ぶことになったんだ)」

友矩「(一夏は本当に呪われてる。一夏はただ誠実でありたかっただけなのに――――――)」

友矩「(だからこそ、僕は篠ノ之 箒との婚姻には大いに賛成なわけだ)」

友矩「(少なくとも篠ノ之 箒との密な関係が広まれば、それだけで一夏との関係を敬遠する人間が増えてそれだけ多くの女性の人生が救われるんだ)」

友矩「(そして、一夏は生涯を共にする伴侶なんて自分から選べるはずがないんだ。――――――最愛の人との関係もあって)」

友矩「(となれば、僕が何とかするしかないわけなんだけど、――――――何かとてつもなく嫌な予感がする)」

友矩「(果たして、この先 生き残ることができるのか――――――考えていてもしかたがない)」

友矩「(僕は僕の全てを織斑一夏という偉大な存在に捧げたんだ。一夏のブレインとして正しく導かなければ……!)」

友矩「(もしかしたら前世で実際にそういった関係だったのかも知れない。けど、大学時代のルームメイトとなったあの日から5年――――――)」

友矩「(僕は、僕の意思で、織斑一夏という一人の人間に一生ついていくことを決めたんだ)」

友矩「(こんな色欲魔の権化みたいな“童帝”と一緒にいたいのなら、せめて僕を超えるぐらいの気概と覚悟と良識を持った娘じゃないとね!)」




一夏「………………」

一夏「(――――――アールグレイ)」

一夏「(『3年前』――――――『トワイライト号事件』から全てが始まったって言うのかな?)」

一夏「(俺があのメイドさんから教わったこの味を守り続けた結果が、“彼”の過去の大きな手掛かりとなっていく――――――)」

一夏「(そして、今度はシャルロット・デュノアの人生にも影響を与えてしまった…………)」

一夏「(まいったな……、リラックス効果を期待してあの時の“シャルロット・デュノア”に飲ませたのがそもそものミスだったのかな?)」

一夏「(俺が作ったアールグレイを口に含んだ瞬間に“シャルロット・デュノア”の目はキラキラと輝きだしたんだ)」

一夏「(俺はその瞬間のことを今でも憶えている。忘れるはずがない)」

一夏「(やっぱり、シャルロットは俺の作ったアールグレイのあの味を今でもはっきりと憶えているんだ)」

一夏「(雨に打たれ続けていた少女は今も温もりを与えてくれたあの恩人をアールグレイを手掛かりに探し続けているんだろうな……)」

一夏「(自分でも嫌になるよ。――――――何が“童帝”だよ。人の心を本当に救えないで何が『人を活かす剣』だ!)」

一夏「(やっぱり話しておくべきなのかな? でも、そうなると彼女が“アヤカ”を毒殺しなければならなかった過去に向き合わせないといけなくなる)」

一夏「(俺も彼女に“アヤカ”と仲良くするように促した手前、そのことで学園から逃げ出した彼女を苛むのは本意ではない)」

一夏「(そうか。答えは決まってた。――――――思い出さなくていい、そんな一人の少女が背負うにはあまりにも重すぎる業なんて)」


一夏「(なんか今年になってから命のやりとりをするのが常態となってきてヘビーなことを考えてばっかだな……)」


一夏「(わかってはいたんだ。俺が去年 そういう人間になったことでこうなっていくだろうことは……)」

一夏「(“アヤカ”と俺、どっちが辛い? 重たい? 苦しい?)」

一夏「(――――――ダメだ、そんなことを考えてどうする!?)」

一夏「(“アヤカ”の存在を踏まえての俺なんだからさ? “アヤカ”とは違った比べようがない過酷な日々を与えられるのは当然じゃないか!)」

一夏「(だからこそ! だからこそ、俺は“アヤカ”の希望となれるように『人を活かす剣』を振るう覚悟ができたんだ)」

一夏「(――――――自分の存在が災いをもたらす者ではないことを自分自身に言い聞かせるために!)」




――――――――――――

―――――――――

――――――

―――


ザーザー、ザーザー


男性「美味しい?」

少女「う、うん!」キラキラ ――――――ベッドに横たわりながらアールグレイを飲み干す

男性「そうか。もう1杯どうだ?」 ――――――そのベッドにイスを寄せてアールグレイを注ぐ

少女「い、いただきます……」ドキドキ

少女「………………」ゴクゴク

少女「…………フゥ」

少女「僕、好きだな、これ……」

男性「そうか。それは良かったよ」ニッコリ

男性「それじゃ、ゆっくりおやすみなさい。あっちの怖いお兄さんについては俺から言っておくから」

少女「…………」ギュッ

男性「………………何だ? 一緒に居て欲しいのか?」

少女「う、うん……」モジモジ

男性「まだまだ子供だな」ナデナデ

男性「しかたないな。寝付くまで一緒にいてあげるから」

少女「ほ、ホント……?」

男性「うん。眠たくなるまでいろんなことを喋ろうか」





ザーザー、ザーザー


一夏「………………」

シャル「スヤスヤー」グッスリ

一夏「ようやくか」

一夏「――――――変な娘だね」ナデナデ

一夏「今日は良い夢を見なよ」シュタ

一夏「…………この娘も唯一の肉親との思い出に生きるしかないのか」

一夏「俺と同じだな。俺もそのために生きてるようなもんだから」

一夏「さて、それじゃ」


スタスタスタ・・・・・・ガチャ、バタン


一夏「ようやく、寝かしつけることができたか……」

友矩「なるほど。状況が掴めたよ」

友矩「IS学園も一枚岩ではなかったようだね」

一夏「――――――というと?」

友矩「これはまた、“ブレードランナー”としての仕事が一段と険しいものとなった……」

一夏「…………!」


―――

――――――

―――――――――

――――――――――――



――――――深夜


ラウラ「う、うう~ん」ウツラウツラ

ラウラ「こ、ここは確か――――――」キョロキョロ

シャル「スヤスヤー」グッスリ

ラウラ「シャルロット?」

ラウラ「あ」

箒「スヤスヤー」
セシリア「スヤスヤー」
鈴「スヤスヤー」
簪「スヤスヤー」
友矩「スヤスヤー」
千冬「スヤスヤー」

ラウラ「そうか。私は一夏のマッサージを受けている最中に寝てしまったのか――――――」

ラウラ「!」カア

ラウラ「あ、あああ…………」ドキドキ

ラウラ「あ、あのようなことで取り乱すとはな、情けない…………」ドキドキ

ラウラ「な、なぜだ? どうして今もあの感覚に心臓が高鳴っているというのだ……」ドキドキ

ラウラ「うぅ…………」ハラハラ

ラウラ「少し喉が渇いたし、汗も酷いな…………」

ソロリソロリ・・・・・・

ラウラ「おお、これが教官の寝顔――――――いかんいかん、教官はお疲れなのだから起こさないようにしないと」

ラウラ「確か、シャワー室はあっちだったな――――――」

スゥー、バタン


――――――――――――
           セ
ラ シ      シ
ウ ャ 箒 簪 リ 鈴
ラ ル        ア
――――――――――――
隙間(ゆったりと歩いて通れる程度)
――――――――――――

     友    千
     矩    冬

――――――――――――男は女性の安全のためにシュラフで包まる




ラウラ「シャルロットめ。私が夜中に起きてシャワーを使うことを予期していたか」

ラウラ「ありがたく着替えさせてもらおう」

ラウラ「しかし、これで目がすっかり覚めてしまったな……」

ラウラ「そして、リビングには丁寧に私が起きた時のための夜食も用意されていると――――――」

ラウラ「少し外の空気でも吸ってこようか(自分のことがここまで筒抜けになっているのは、何だか――――――)」

スタスタスタ・・・・・・

ラウラ「うん?」

ラウラ「――――――靴が少なくなっている?」

ラウラ「――――――“アヤカ”の靴がない」

ラウラ「まさか!?」

ラウラ「くっ――――――」ガチャガチャ

ラウラ「…………ドアチェーンが掛かっている?」

ラウラ「リビングかどこかの窓から出て行ったんだな!」

ラウラ「一刻を争う事態だ! ――――――許せ!」


ガチャ、バタン! タッタッタッタッタ・・・!


ラウラ「現在時刻は午前4時になろうとしている頃か」

ラウラ「しかし、“アヤカ”はいったいどこへ――――――」ピピピッ

ラウラ「…………!」

ラウラ「こんな時にプライベートチャネルの通信?」

ラウラ「私だ」ピッ

――――――
雪村「どうしたんです、ボーデヴィッヒ教官? 突然 家を飛び出して」
――――――

ラウラ「“アヤカ”か!? 貴様、今 どこにいる!?」

――――――
雪村「あ、それなら僕はここですよ」パッ
――――――

ラウラ「あ……(――――――ライトの光!?)」チカチカ

――――――
雪村「や」

一夏「どうしたんだよ、ラウラちゃん」
――――――

ラウラ「――――――屋根の上」

ラウラ「…………人騒がせな」ホッ

ラウラ「しかし、やはり“アヤカ”と一夏の二人――――――」



――――――織斑邸:屋根


一夏「いやぁ、何事かと思ったよ、ラウラちゃん」

雪村「うん。家から何か黒いのが飛び出してきたのには驚いた」

ラウラ「う、うるさい! それはこちらのセリフだ」(着ぐるみパジャマ)

ラウラ「だいたいどうしてこんな夜中に屋根に上って、二人で何をしていたというのだ?」

雪村「何って、――――――天体観測?」

一夏「憶えておいて損はないぜ。ラウラちゃんも訊いてく?」

ラウラ「…………本当にそうなのか?」

一夏「え」

雪村「何ですか?」

ラウラ「1つ訊いていいか?」

一夏「何?」


――――――2年前に日本に現れたISを扱える男性のことについて。


雪村「………………」

一夏「――――――『2年前』、か」

一夏「それで? その噂について何を訊きたいんだよ?」

ラウラ「とぼけるな(あの時は未だかつて無い感情に呑まれて確かめられなかったが、今日こそは――――――)」

ラウラ「――――――答えろ、織斑一夏!」

一夏「…………」


ラウラ「お前がその“2年前に現れたISを扱える男性”ではないのか? だからこそ、“アヤカ”との繋がりがあるのではないのか?」


ラウラ「二人の様子を見ているとそうとしか思えないほどの関係の深さが見えてくる!」

ラウラ「だが、お前たちは数えるぐらいしか会っていないはずだ!」

雪村「…………!」チラッ

一夏「なるほど。賢い娘だね、ラウラちゃんは」

ラウラ「はぐらかすな! 今すぐに答えを言え!」


一夏「違うよ。それはラウラちゃんの勘違いだ。男の俺にIS適性なんてない。それはさんざん調べ尽くされたことだ」


ラウラ「そんなはずが――――――!(そうだ。そんなことは――――――)」

雪村「………………」

ラウラ「“アヤカ”! なら、お前は――――――」


雪村「誰だっていいじゃないですか、そんなの」


ラウラ「え」

雪村「現に、存在しない存在なんですから。少なくとも“彼”と“僕”は違う存在だし」

ラウラ「いや、それでは辻褄が――――――」シドロモドロ


一夏「なあ、ラウラちゃん?」

一夏「――――――本当に知りたいことってそれなのか? 噂の域を出ないし、今も生きているのかも怪しいそんな“彼”のことを」

ラウラ「そ、それは…………」

一夏「確かに俺は『3年前』ドイツ軍の情報部に助けられたことがあるから、ドイツ軍の情報網っていうのは世界一なんだと思ってる」

一夏「同じドイツ軍人のラウラちゃんもその伝手で2年前のそんな噂について感心があったのかもしれない」

一夏「けれど、仮に真実に辿り着けたとしてもそれは雑学知識が増えただけ――――――。ラウラちゃんはそれが望みなの?」

一夏「ちょっと、手段が目的化してないかな? 元々の目的は何だったの? ラウラちゃんは情報部の人間ではないよね?」

ラウラ「あ」

ラウラ「私は…………」

ラウラ「(そうだ。私がこのことにこだわり始めたのは――――――、)」


Auf Wiedersehen


ラウラ「私は――――――、」

ラウラ「そう、私は――――――、」


――――――もう一度“ハジメ”に会いたかった。ただそれだけだったのかもしれない。


ラウラ「………………」ドクンドクン

雪村「一夏さん?」ジトー

一夏「………………え」アセダラダラ

ラウラ「けれど、私はどうすれば――――――(私は今 隣にいる織斑教官の弟に、汚点に、私が知り得る中で最強の男に――――――)」クラクラ

雪村「………………」ジー

一夏「………………わかった」ゴクリ


一夏「な、なあ? ラウラちゃん? い、意外だなー、ラウラちゃんにも好きな人がいたんだー」

ラウラ「い、いいいや! 私は別にそういうわけでは――――――『ただもう一度だけ会いたかった』それだけであってだな?」アセアセ

一夏「確か何て言ったっけ、『彼』?」チラッ

雪村「――――――『ハジメ』って言ってませんでしたか?」ジトー

一夏「ああ! ――――――『ハジメ』! ――――――“ハジメ”ね!」

ラウラ「…………?」

一夏「ああ、よく知ってるよ! 俺もIS学園には公式サポーターとしてオープンハイスクールなんかで来てるから、たまに会うんだよね!」ハラハラ

ラウラ「ほ、ホントか!」パァ

一夏「そ、そうそう! この前、ラウラちゃんたち1年生が臨海学校に行ってたじゃない?」

一夏「その時、学園は本当に大変だったんだよ! でも、“ハジメ”をはじめとした精鋭たちのおかげで何とか騒ぎは収まったんだ」ニコー

一夏「か、かっこよかったぜ、“ハジメ”のやつ! なんてったって生身でISをどうにかしちゃうんだもんな!」

一夏「お、俺も世界最強の織斑千冬の弟としてあれぐらい戦えたら最高だって思ったぜ……」アセタラー

雪村「え、ちょっと……(あまりにも喋りすぎてませんか、“ハジメ”さん?)」チラッ

ラウラ「おおー!」キラキラ

雪村「え、あれ?(確か軍で英才教育を受けたドイツでナンバーワンのIS乗りだったよね? どうして何も疑わないの?)」

一夏「でも、あいつは本当に神出鬼没で俺も会う程度で話したことは一度もないんだよね…………千冬姉ならあるかもしれないけれど」

ラウラ「そ、そうか……」ホッ

一夏「あ……」ホッ

ラウラ「すまなかった。今までの非礼を許して欲しい」

雪村「…………?」

一夏「大丈夫? 俺は公式サポーターである以上はそうやすやすと他国の国家代表候補生に肩入れするわけにはいかないんだけれども、」

一夏「IS学園の生徒でかつ千冬姉の教え子だから、お前はその中でもとびっきり特別な存在なんだからな」ナデナデ

ラウラ「あ……」ポッ ――――――着ぐるみパジャマのラウラははにかみながらも嬉しそうな表情を浮かべた。

一夏「なんかでっかい子猫をあやしてる気分だな」ナデナデ

雪村「そうですね。シャルロットのチョイスですから周りからもそう見られているということなんでしょう」

ラウラ「…………やはりそっくりだ。この手の温もり」ドクンドクン





一夏「そろそろ夜明けだな」

ラウラ「そうだな」

ラウラ「ところで、二人はどれくらいこうしていたのだ?」

雪村「友矩さんと一夏さんが交代で寝ている所をちょっかいかけられないように見張って、みんなが寝静まった頃に連れてってくれました」

一夏「そうだな。3時間ぐらいかな」

ラウラ「ずっと星空を見続けていたというのか?」

一夏「まあ、天体観測の基本的な知識だとか、人生の先輩としてのアドバイスなんかも贈ったかな」

ラウラ「…………どのようなものだ?」

一夏「お、食いつくねぇ」

ラウラ「私は織斑教官を尊敬している。そして、その織斑教官が誇りにしている織斑一夏についても同様だ」

ラウラ「だから私は、織斑教官と同じようになりたくてお前のマッサージを受けてみたんだ」

一夏「そうか。――――――『千冬姉と同じようになりたくて』か」

雪村「確か、『名人と達人のどちらが素晴らしいか』なんて話してくれましたよね」

一夏「ああ。これは別に教わった話だから俺が思いついた話じゃないんだけどさ」


――――――『名人』っていうのは『有名人や著名人』って意味であり、『達人』っていうのは『その道に達した人』っていう境地のことなんだよね。


ラウラ「?」

一夏「まあ、西洋人には『道』って概念は理解しづらいかもしれないな」

一夏「でも、英語でも『道』を表す単語に"way"っていうのがあるけれど、」

一夏「不思議なことに普通に『road』って意味の他に、『道』にかなり近い『method』としての意味も含まれているんだよね」

一夏「だから、『道』については俺はこの"way"っていう単語に置き換えられることから説明してるかな」

ラウラ「なるほど。『道』とは『手段ややり方の形式』というわけなのか」

一夏「そう考えてくれていいよ」

一夏「だからね? 『名人と達人のどちらが素晴らしいか』という問いかけに関して言えば、」

一夏「断然『『達人』のほうが素晴らしい』っていうのが答えなわけ」

一夏「人生っていうのは1つの大きな旅路や航路によく喩えられるじゃない? その人生をより良く豊かにするための手段を日本では『道』といって、」

一夏「『達人』っていうのは、たとえばIS乗りならばIS乗りとして考えられる限りの誠意と努力を尽くした人間が『達人』って呼ばれるようになるんだ」

ラウラ「?」

一夏「『名人』=『達人』っていう構図も確かに成り立つかもしれないけれども、こう考えればいい」

一夏「『達人』と呼ばれるほどの腕前を持つ人の中で世の中で汎く知られているのが『名人』と考えてくれればいい」

一夏「でもだからこそ、『達人』∋『名人』っていう図式が成り立つわけであり――――――あ」

一夏「そうだ! ラウラちゃんはドイツ人じゃないか! なら、いい教科書がある!」


――――――オイゲン・ヘリゲルの『弓と禅』って本を読みなさい!


ラウラ「…………オイゲン・ヘリゲルの『弓と禅』?」

一夏「“ブリュンヒルデ”織斑千冬に近づきたいのなら読んでおくことをおすすめする」

ラウラ「…………わかった。探して読んでおこう」


ラウラ「ところで、『達人』とは具体的にはどういう人間のことなのだ? 具体的な特徴を挙げてはくれないか?」

一夏「ちょっとこれが何でもかんでも定義付けようとする西洋人には意識しづらいところなのかもしれないけれども、」


一夏「『最高の達人』は一見すると凡庸な人間にしか見えなくなるのが最大の特長かな」


ラウラ「!?」

雪村「…………あれ?(ちょっとまずくないかな、その説明は)」ハラハラ

一夏「いいか? 『最高の達人』っていうのは――――――、」


自分から力を誇示して無闇に周囲を脅かすようなことはせず、人との軋轢を生まずに、その優れた力を人を活かすためだけに使い、

普段は普通の人間とまったく変わらない平凡な生き方をして社会を一緒に支えていけるような謙虚でやる気に満ちて研鑽努力を惜しまず、

必要な時だけ己が持てる磨いてきた能力を『人を活かす』その一瞬のために使い、大したことを大したことじゃないように見せられる、


一夏「――――――そんな人間のことだ!」ドン!

ラウラ「………………」

一夏「あれ?」

雪村「説明がちょっと長過ぎますし、説明が被ってませんでしたか?(…………良かった。これなら変に疑われることはないかも)」

一夏「あ……、スピーチは苦手なんだよな、今も……」ハハハ・・・

ラウラ「……………………もしかして」



自分から力を誇示して無闇に周囲を脅かすようなことはせず、人との軋轢を生まずに、その優れた力を人を活かすためだけに使い、

――――――

ラウラ「どうしてそこまで私のことを気に掛ける?」

黒服「『どうして』って……、人とは極力 仲良くしたいと思うのが人の性だろう?」

ラウラ「私は戦うために生まれた戦士だ。私の前には敵と味方しかいない」

黒服「じゃあ、――――――俺は敵か? 味方か?」

ラウラ「………………」

黒服「味方に対してもそんな冷たい態度なのは寂しいだけだと思うけどな」

黒服「ラウラちゃんにだって大切にしたいって思える人がいるはずなのに、その人の前でもそんな固い態度なのは損だぜ?」

黒服「こう……、笑顔で接してくれたら誰だって気分がよくなるって」ニカー

――――――


普段は普通の人間とまったく変わらない平凡な生き方をして社会を一緒に支えていけるような謙虚でやる気に満ちて研鑽努力を惜しまず、

――――――

ラウラ「ほう、よくわからんが 日当たりが良くてこの開放感――――――いい部屋だということはわかる」

雪村「素敵なお部屋ですね」

一夏「あ、ああ……、友矩が見つけてくれたんだ……」

箒「そうそう、いい部屋なんだぞ」ウンウン

シャル「もう箒ったら嬉しそうな顔しちゃって~、夫婦の営みを頭の中でもう描いているのかな~?」ニコニコー

箒「ひ、冷やかすな~!」カア

一夏「だ、だから! 『結婚するにしても社会人になってからだ』って言ったよね、お兄さん!?」

箒「う、うるさい! お前はいつになったら私と交わした約束を思い出してくれるのだー!」

一夏「そ、そんなこと言われても…………」

一夏「ハッ」

ラウラ「………………」ジー

一夏「な、何かな?」

一夏「あ、そうだ! せっかく来たんだからもてなさないとな……」

雪村「て、手伝いますよ、一夏さん……」ハラハラ

一夏「あ、そうかい、“アヤカ"? じゃあ頼もうかな――――――」

箒「わ、私もだ、い、一夏……」ドキドキ

一夏「い、いや! 先着順! 先着1名で十分だから、な?」

一夏「それよりもだ! ――――――そんなことはないと思うけど、家探しなんてしないよね?」アハハ・・・

シャル「え? べ、別に僕たちはそんなことするつもりは――――――、ねえラウラ?」

ラウラ「………………」

シャル「…………ラウラ?」

箒「……わかった。何やらラウラが気難しそうにしているから私たちで何とかしてやろう」

ラウラ「…………!」

シャル「う、うん。どうしたの、ラウラ? そんなおっかない顔をして――――――」

ラウラ「…………どっちなんだ? 確証が得られない」

シャル「え」

ラウラ「いや、何でもない…………すまなかった」

――――――


必要な時だけ己が持てる磨いてきた能力を『人を活かす』その一瞬のために使い、大したことを大したことじゃないように見せられる、

――――――

ラウラ「(ここは身体に直接訊く他あるまい! さっきまでの礼だ――――――!)」ジロッ

一夏「なあ、ラウラ――――――っ!?」ビクッ

ラウラ「――――――!」バッ ――――――アーミーナイフ!


一夏「よっと」ササッ ――――――突き出されたナイフを一瞬で避ける!


ラウラ「なっ!?(――――――避けられた!? 馬鹿な、悟られていたはずがない! 私の必殺の一撃が!?)」

一夏「何を――――――!」バッ ――――――足払い!

ラウラ「あ!」グラッ

一夏「するの――――――!」ガシッ ――――――ナイフを伸ばした手を掴んでこちらに引き寄せて!

ラウラ「ああ!?」グイッ

一夏「――――――かなっ!」ギュッ ――――――ラウラの両脇から両手を出して拘束!

ラウラ「くぅうう……(馬鹿な! 最強の兵士であったはずの私がどうしてこんな輩に――――――!?)」

一夏「まったく、こんなことばかり得意になっても嬉しくないんだがな」 ――――――『見てから余裕』の対処!

ラウラ「うぅ……、お、降ろせ…………」ジタバタ ――――――178cmと148cmの身長差なので足が地につかない!

一夏「はい」パッ

ラウラ「え――――――っとと、あっ」(素直に放すとは思ってなかったので着地に失敗して両手をついてしまう)

一夏「あ、大丈夫か!」

ラウラ「――――――っうううう!」ムカムカ


ラウラ「――――――『大丈夫か』は貴様の方だろう!」


一夏「ええ!?」ビクッ

ラウラ「………………」ヨロヨロ・・・

一夏「ど、どうしたんだよ、ラウラちゃん?」

ラウラ「おかしいとは思わないのか! 私はお前をナイフで刺そうと思ったのだぞ!」グスン

ラウラ「そんな相手に何事も無かったかのように平然と――――――!」ポロポロ・・・

一夏「な、泣くなよ……、な?」

ラウラ「泣いてなどいない…………」ポロポロ・・・

――――――



ラウラ「………………ああ」

一夏「えと、ラウラちゃん?」

ラウラ「――――――そういうことか(そういうことなら全てに納得だな)」

一夏「?」

ラウラ「いや、何でもない」フフッ

ラウラ「――――――何でもないんだ」ニッコリ

一夏「お、いい笑顔じゃないか! どうしたんだ、急に?」

雪村「………………」

ラウラ「なあ、一夏? もっと話を聴かせてはくれないか、お前の口から」ニコッ

一夏「おう、いいぜ」

雪村「………………あ」

一夏「それじゃ、まずはラウラちゃんのことについて聴こうかな? そこから話を広げてみようかと思う」

ラウラ「ならば、私がドイツ軍IS配備特殊部隊:黒ウサギ隊の隊長であることから――――――」 ――――――そっと一夏の手に重ねられたラウラの手

雪村「…………ボーデヴィッヒ教官(――――――あなたもですか)」

雪村「一夏さん……、やっぱりあなたも僕と同じ『呪い』に掛かっているんですね……」




ピカーーー


雪村「…………!」

一夏「おお、朝日だぞ!」

ラウラ「おお! 日中の暑さを忘れるような打って変わった涼しさの中で迎える朝日か……」

雪村「はい」

一夏「綺麗だな」

ラウラ「そうだな。こんなにも冷涼で澄み切った空気なのにあの蒸し暑さに変じていくだなんて想像つかないな」

一夏「だろう? だから俺は、朝日を眺めるのが好きなんだ。いろんな場所でいろんな角度でいろんな高さで――――――」

雪村「どうしてですか?」


一夏「そりゃあ、こうやって屋根の上から眺める朝日っていうのもいろんな新発見があるだろう?」


雪村「え」

一夏「――――――陽はまた昇る」

一夏「それは毎日の営みの中において変わることがない見慣れた光景のように思えるけれども、」

一夏「こうやって朝日を眺めるのを少し変えようとすればそれだけで違った味わいが毎回あるもんなんだぜ」

雪村「!」


千鶴『そう。それじゃ、二人にとっての初めてのこの7月8日の朝日が二人の新しい門出を祝う光となるのね』

雪村『――――――『新しい門出』』

箒『――――――『門出を祝う光』って、そんな大袈裟な』ハハッ


雪村「…………陽はまた昇る」ドクンドクン

一夏「どうだ? 今日の朝日がいつもよりも違って見えたりはしないか?」

雪村「はい」ニコッ

一夏「“アヤカ”もいい笑顔をするようになったな!」ニコッ

ラウラ「そうだな」フフッ

雪村「そういうボーデヴィッヒ教官もです」

ラウラ「むっ! わ、私は……、いつも通りだ! 何度も言わせるな!」ドキドキ

雪村「ふふ、はははは……」ニコニコ

ラウラ「なっ、笑うな――――――って、“アヤカ”が笑った、だと?!」

一夏「やっぱり新発見っていつだって身近にあるんだよ」

一夏「そして、今の自分や世界を変えるきっかけなんていつだって――――――」



ガチャ、バタン


千冬「やはり屋根の上にいたか、お前たち」

一夏「あ、千冬姉! おはよう!」

ラウラ「おはようございます、教官!」ビシッ

雪村「おはようございます」ニコッ

千冬「…………見違えるようになったな」フフッ

千冬「とっとと降りてこい。そんなパジャマをしているラウラは特にな」ニヤリ

ラウラ「ハッ」

ラウラ「そ、そういえば、そうだった…………(さすがにこの格好で衆目にさらされるのは恥ずかしい……)」カア

雪村「ふふふふ、はははははは…………」ニコニコ

ラウラ「だから、笑うな!」シドロモドロ

雪村「ごめんなさい」テヘペロッ

ラウラ「…………“アヤカ”? 貴様もずいぶんと生意気になったものだな?」ググッ

一夏「こらこら――――――」チラッ

千冬「………………」ニコッ

一夏「………………」フフッ



一夏「さあ、今日を始めようか!」





『剣禅』編 『序章』第10話A+ ひと夏の想いでに焦がれる多重奏・表  -完-




――――――ご精読ありがとうございました。


いよいよ11月26日、IS〈インフィニット・ストラトス〉アニメ第2期OVA『ワールド・パージ編』が発売となります。
長かったような……、早かったような……、そんなこんなで繋ぎの作品を2つも投稿してしまった物好きです。
果たして、どのような出来となっているのか不安が大きいですが、これで筆者のIS二次創作の第2期が進むようになるのでありがたいことです。

アニメ第2期公式サイト
http://www.tbs.co.jp/anime/is2/


思えば、去年の夏から二次創作を始めてアニメ第2期本放送前までに、ランクS → C → AのREWRITE(ジャンル:織斑一夏 性格改変)3つ出して、
翌年の冬に番外編(ジャンル:織斑千冬世代)、そして1周年が過ぎてから今作:剣禅編(ジャンル:その他)の投稿となりました。


2年で同じ題材の二次創作を5つも出すとは、我ながらとんだ好き者だと思うこの頃です。実はあと3つほど


これからの展開についてはあらかじめ冒頭に述べた通りとなりますが、
原作ストックが完全に切れている状態であり、3年以内のアニメ第3期の実現もほぼ絶望的な状況となっているので、
進展が第2期の二次創作を投稿し終えた後にも無ければ、こちらで勝手に第3期を捏造してそれぞれの世界での決着をつけさせようと思います。

公式がエタる(=絶筆)なんてことは、IS〈インフィニット・ストラトス〉と同じく二次創作の題材として人気のゼロの使い魔であったことなのでホント怖いです。

しかし、それと同じぐらいに果てしない時間と労力をこの二次創作に費やすことになり、全ての物語を完結させることができるかは未明です。
それ故に、ISへの考察も深まるに連れて文章量も肥大化していき、読者の大切な時間を割いてもらっている中で少しでも得るものがあれば幸いです。


改めて――――――、ご精読ありがとうございました。

熱心で訓練された読者の方がついてくれていたようで、筆者としては大変嬉しかったです。

明日のOVA発売によってIS〈インフィニット・ストラトス〉熱が3年後も続いていることを願って発売を祝します! 






これで下火になんてなるなよ…………ちゃんと3年後までには最低限 IS学園の1年は内容として終われよ?

それと、凰 鈴音に新たなメインイベントをください…………さもなければ勝手に機体をいじらざるを得ないので

ついでに、偉大な先人である軍事オタクの一夏(ジャンル:織斑一夏性格改変)もよろしく!

一夏「ISなんて俺は認めない」
http://hookey.blog106.fc2.com/blog-entry-4182.html まとめサイトより
一夏「ISなんて俺は認めない」 箒「その2」
一夏「ISなんて俺は認めない」 箒「その2」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1389234446/) スレ1
一夏「ISなんて俺は認めない」 箒「その2」-2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1411734917/) スレ2 現行スレ





今更ながら筆者からスレ落ちさせないための時間稼ぎをかねて1つご報告させていただきます。

まず、やはりというか何というかワンサマーの強さは十二分に伝わっているのでしょうか?

今回のワンサマー(23)はこれまでの二次創作の中ではもっとも頼りがいのある人物に設定したつもりですが、
その反面、ISを使うまでもなく任務をこなしてしまう(必要性もあった)のであんまり活躍が印象に残らなかったのではないかと思います。

筆者としては、これからアニメ第2期分とする次回の『第1部』の構成上、やっぱり『白式』の活躍場面がほとんどないために、
どこかしらで“ブレードランナー”の全力を見せておく必要があるのだと思い至り、現在 追加エピソードの内容を変えております。
なので、まだまだこの二次創作のアニメ第1期分『序章』は続いちゃうので、これからもよろしくお願いいたします。


ついでに、この二次創作の特徴とも言える野心的なジャンルと構成でしたが、いかがだったでしょうか?


ちゃんと今回の本筋の主人公“アヤカ”は主人公らしく振舞えているでしょうか?
メインヒロイン(笑)はちゃんとメインヒロインらしく映っていたでしょうか?
その他のキャラも原作の人格を尊重してできるだけ存在意義のある動きをしていたでしょうか?

sage進行で気軽に読める文章量じゃないし、投稿も不定期にまとめてするので返事の即応性はないのでコメントなんてあれば万々歳と思って、この経過報告を上げさせてもらいます。

3月までには『序章』をエピローグ含めて完結させるつもりですので、気長に頭の片隅程度においておいてください。

では、今年もおつかれさまでした。よい年末年始をお過ごしくださいませ。


第10話B 一夏の剣  -福音事件・裏-
Sword of IS killer the Faith

――――――某所


ピピッピピッピピッピピッピピッピピッ

束「おお! そっかそっか~、あそこにあるのか~」ピッ!

束「は~い」

――――――
クロエ「束さま、パンが焼けました」
――――――

束「はいは~い」ニコニコ

束「えい」


ブォオオオオオオオ!


束「おまたせ~!」

束「わ~、いいにおいだね~!」

束「で、くーちゃん? ちょっとお使い頼まれてくれないかな~?」

クロエ「はい。何なりと」

束「もー、固いよー。くーちゃんは束さんのことを“ママ”って呼んでいいんだよ~?」

クロエ「…………すみません」

束「それでお使いって言うのは――――――」





――――――地下秘密基地


弾「そっか。臨海学校の校外特別実習で一度にたくさんの機体を動かす関係で、半分以上の機体が臨海学校に――――――」

一夏「そうみたいだな。だから、上級生たちはこの3日間はISに触れることができないから――――――、どうなるんだ?」

友矩「しかし、問題なのは織斑千冬がこの地を一時的に離れるということ」

一夏「………………千冬姉、“アヤカ”(それと、箒ちゃんだろうな)」

弾「だな。絶好の犯罪日和ってやつだな……」

友矩「織斑千冬の留守を守るのが僕たち“ブレードランナー”の務めとなるわけですが、何も起こらないと考えるほうが難しい状況です」

弾「確か、学年別トーナメントで大規模なリストラが行われたんだよな?」

友矩「はい。IS学園は超国家組織ではありますけれども日本国に属するれっきとした組織であり、その治安維持や機密保持のために已む無しというわけです」

友矩「しかし、それによって学園は単純な人員不足だけじゃなく、組織内の信頼関係にヒビが入り、」

友矩「国際IS委員会によるIS学園の組織内部への介入が行われることになったんです」

友矩「つまりは、今のIS学園は日本の一高等学校でありながら、他国の人間が多く犇めくスパイ天国というわけですよ」

友矩「IS学園はアラスカ条約という名の日本を標的にした不平等条約の中で、飾りだけの平等性を法学者たちに見せつけるために、」

友矩「『IS技術および関連技術は一般公開すべし』という原則を無理やりねじこんだわけでして」

弾「そうなると、ISを軍事利用しようとする連中としては困るわけだわな。普通、軍事ってやつは最重要機密の塊だしよ」

弾「この時点で公平性も何もあったもんじゃねえな」

一夏「冷戦の勝者である日本が更には世紀末の覇者になるのを防ぐための枠組みと言ったところだな」

友矩「そうです。『白騎士事件』の影響で国防体制の急変で主要各国の政情が不安定になった中で日本だけが一人勝ちした状況を妬ましく思われてしまい、」

友矩「普通ならあり得ないような決定なのですが、世界に唯一ISの専門教育を行う教育機関であるIS学園を日本の一教育機関に入れたわけなんですよ」

友矩「こうすれば、経済力が実質的にアメリカを抜いて1位になっていた日本に多大な負担を強いて国力や発言力を抑えられますからね」

友矩「そして、そのIS学園は超国家組織としてあらゆる国家・団体・組織に帰属しない――――――無法地帯となっているわけです」

一夏「たかが一高等学校に国家と同等の治安維持能力はない。治外法権で無法地帯にすれば実質的にデータを盗み放題だな」

弾「つうか、治外法権ってよその国での罪状を自国の法律に照らし合わせて裁ける権利があるってことなのに、」

弾「超国家組織のIS学園における治外法権ってどこの国の法律で裁けるんだ?」

友矩「ですから、――――――治外法権ですらないんですよ、実態は。本当に無法地帯です」

一夏「“シャルル・デュノア”の転校なんてのはまさにそれだったな。――――――しかも、暗殺まで公然と」

友矩「つまり、各国がIS学園に関する諸問題に口を挟みたがらないのは、」

友矩「『白騎士事件』以降の自国の失策を日本になすりつける目的で公平性を投げ捨てるためなんですよ」

弾「ああ。後代の歴史家に後ろ指をさされるような暗黒時代だって言われるのをわかっているからなんだろうな」

一夏「そして、自分たちが後ろめたいことをIS学園で行うために暗黙の了解となっていた――――――」

友矩「ジャパン・バッシングという名の新たなイデオロギーの下にね」

友矩「どこの国も平和だとか正義だとか宣っているけれど、結局は誰とも仲良くする気がないんですよ」

友矩「自国が1番であるよう――――――、とにかく出し抜こうとしてまるで戦前とまったく変わらない」

友矩「ジャパン・バッシングという大義の下に結集したけれども、実質的には互いの権益を少しでも確保しようという水面下の争いは現在でも――――――」


弾「でも、こんなスパイ天国の中で俺たちはどう活動すればいいんだ?」

友矩「ジャパン・バッシングという名の大義の下に結集している連中を分断すればいいんです」

一夏「どうやって?」


友矩「左派と右派の争いを助長させて内部崩壊させます」


一夏「…………!」

弾「左派ってやつは革新派、右派ってのが保守派だったっけ?」

友矩「具体的に言えば、――――――ISの男性利用を認めるのが左派、――――――ISの男性利用を認めないのが右派となります」

友矩「これは女性優遇が行き過ぎた女尊男卑の風潮での見方であり、旧来の時代や本来の男女平等の精神から言えば右と左は逆転しますけどね」

一夏「つまり、ジャパン・バッシング以前に女尊男卑で権益を得ている連中や不満の国々に揺さぶりを掛けて――――――?」

友矩「正確には、ジャパン・バッシングなどというくだらない小さな問題に目を向けさせるのではなく、」

友矩「それよりも世界共通の男女差別という大きな問題に目を向けさせて、国という垣根を越えて一人一人の良心に訴えかけていくのです」

友矩「そして、自由と平等の精神を声高に叫んで、女尊男卑を助長させる差別主義者を排外するように持っていけば、」

友矩「やがては、1国の権益だけの問題ではなくなるのです」

友矩「今の御時世、IS産業の人間は国家元首に匹敵する影響力を持っているので、その人間性が問われるようなことになれば――――――、」

弾「必然的に祖国の国際的信頼が墜ちるわけだからか!」

友矩「そう。あちらが権利の拡大を主張するのであれば、こちらは基本的人権の尊重を淡々と提示し続けていけばいいだけです」

一夏「基本的にIS学園は『IS適性がある人間』に開かれた学校だからな。“アヤカ”を保護するのは当然か」

友矩「問題は、これが政治活動なので即効性がないわけであり、この3日間をどう過ごすかについては現実的な手段にはなりえないことです」

弾「ダメじゃん」

友矩「そして、もう1つ!」

友矩「なるべく様々な職種や年代の女性の味方が欲しい」

一夏「どうして?」

友矩「女尊男卑の風潮においては、男性の主張に対してはそれをヘイトスピーチと頭ごなしに宣う能無しが多いので、」

友矩「なるべく、こういった活動では同じ女性を満遍なく使ったほうが揚げ足取りが起こらなくて主張がすんなり通るから」

弾「わかるわー。奴隷が基本的人権の尊重を訴えても認められてこなかったもんな」

一夏「そうだな。いつだって知識階級の人間が自分たちの権益の拡大のついでに奴隷解放なんかをやってきたのが歴史的な流れだもんな」


一夏「そっか。『女性を味方にできれば――――――』か。難しい問題だな」

友矩「一夏…………」ヤレヤレ

弾「お前の手に掛かれば、意外と実現できるんじゃねえのか、そっちは?」

一夏「え」


友矩「さあ、今こそ“童帝”の魔力を見せつける時です!」


弾「30歳を超える以前から魔法使いのお前ならできる! 信じてるぜ!」

一夏「はあ? 何のことだよ!?」

友矩「打ち明けていうと? ――――――ハニートラップを仕掛けてこい」

弾「悔しいが、お前に託すしかないぜ! 針の筵から天国まで引き上げてくれ! 頼む!」

一夏「はああああああああああ!?」

友矩「いつも通りに、偉そうな女性に近づいておしゃべりして美味しいもの食べて基本的人権の尊重を促してくればいいです」(諦め)

一夏「簡単に言ってくれる!」

弾「できるできるー。お前は“童帝”だからー」(棒読み)


友矩「できなければ、織斑千冬と“アヤカ”の居場所はないけどいいの?」


一夏「…………!」アセタラー

一夏「わ、わかったよ! やればいいんだろう! やれば!」

一夏「こうなったら、やけくそだああああああああ!」タッタッタッタッタ・・・!

友矩「大丈夫ですって。あらかじめ織斑先生も事態を見越してめぼしい先生たちから色の良いお返事をもらってますから」(意味深)

弾「やっぱり姉弟だなー」



――――――7月6日:臨海学校1日目

――――――IS学園


弾「しっかし、暇だなー」(黒服)

友矩「2,3日は例の場所に篭もりっきりになりますから、今のうちに食糧や娯楽品の持ち込みを考え直しては?」(黒服)

弾「何か今も実感が湧かないな」

友矩「?」

弾「ただの音楽関係の運送屋のローディーが“仕事人”になっちゃったんだから。実態としてはその片棒だけどさ」

弾「一般人が社会の裏世界に足を踏み込んじまったんだなって」

友矩「後悔してますか?」

弾「いや、俺は一夏を死んでも信じてるし、一夏が信じてる友矩のことだって信じてるし」

弾「確かに俺だけ未だに場違いな雰囲気を醸し出しているっていう自覚はあるんだ。俺自身、そういうのに耐えられないところがあるし」

弾「けど、そんな俺のことを頼ってくれる二人のことを見ていると何となくだけどこんなところまで自然と足を運んじまってさ?」

友矩「…………続けてください。何もなければ閑散とした機能美あふれる部屋の中で暇を持て余すだけですから」

弾「ああ……」

弾「俺、本当はバンドマンになりたかったんだ。そのために高校ではギターだって買って最初は練習だってしてた」

弾「けど、そんなのは『青春』『青春』って騒ぎたいだけのガキの一過性のブームでしかなくって、」

弾「バンドメンバーは半年もしないうちにすぐにバンドのことなんて忘れて、結局はゲームの世界に帰ってっちゃったんだよな」

弾「こうなることは最初からわかっていたかもしれない。それでも俺たちは『青春』っぽいことをして大人ぶろうとしていたガキだった」

弾「一方で一夏はそんな『青春』に踊らされることなく、プロのISドライバーになった世界一の姉の弟にふさわしくあろうと勉学に励んでいて――――――、」

弾「馬鹿だった俺は友情よりも勉学の方をとった嫌なやつに思えて付き合いが悪くなったみたいに感じてはいたんだけれども、」

弾「実際は一夏は変わってなかったんだよな」

弾「もちろん、唐変木のくせにやたら女の子にモテまくるんだから、そういった嫉妬もあったけど、」

弾「――――――逆だった。俺たちのほうが『青春』ってやつに無闇矢鱈に憧れてできもしないくせに大きく見せてそれであやふやになって」

弾「そうだとも。いつだって一夏は中学時代の悪友である俺にはいつもと変わらない態度で接してきてくれるんだ」

弾「それでたまに、俺に弁当の差し入れなんかもしてくれるんだからさ?」

弾「いろいろツッコミどころがある愛情表現ならぬ友情表現だったせいで、一夏とのホモ疑惑を掛けられたせいでバンド仲間たちとも居づらくなって、」

弾「ついに俺はある時 一夏に今までの恨み辛みを全部 一度ぶつけてみたことがあったんだけど、」

弾「逆に一夏の方から今まで通りに接してきたのにすげなくされたことをキレられてハッとさせられたよ」

弾「その時 初めて、俺は一夏のどうしようもなく良くも悪くもある純真さに触れられた気がした」

弾「それからは仲直りっていうか なあなあでいつの間にか中学時代みたいな仲に戻ってた」

弾「その一方で、俺はもう1回『バンドをやろう』ってかつてのメンバーに声を掛けていったんだけど、無残にも解散でね」

弾「俺、成績もあまりよくなかった半端者だったし、意地でも音楽関係の仕事に就こうと思って――――――」

弾「――――――『男に二言はない』、一度は決めたことを人生のどこかでやり抜かず、これすら投げ出したら人生なんてもうないと思って」


弾「そういうわけで、俺はローディーに流れ着いたわけなんだけど、今はそれなりにギターを弾けるようになったんだ」

弾「何だかんだ言って、俺の人生は最初から一夏に救われていたようなもんだったんだな」

友矩「……そうだったんですか」

弾「そして、その一夏に人生を救われてローディーになって、そこで磨いた運転テクで人知れず世のため人のために勤しんで――――――」

弾「けっこう満足してるんだぜ、これでも俺は」

弾「人前じゃ言えない裏稼業なんだけれども、そこがカッコイイってことでね」

弾「ヒーローそのものにはなれなくても、その支えになれてることに誇りを感じてる」

弾「なんてったって、――――――眩しいんだ、一夏が。あそこまで純真でいられる一夏がさ」

弾「“男が惚れる男”だとは思わねえが、少なくとも尊敬に値する人間だし、素直に好意が持てる爽やかなナイスガイなんだよな」

弾「――――――それなのに唐変木で女の子の気持ちを平気で踏み躙る残酷さもあったけど」

友矩「まあ、それが一夏です。彼は太陽なのですから」

友矩「太陽の光は全てに遍く恵みをもたらすものですが、大気圏を越えたら容赦なく焼き殺されてしまいますから」

友矩「織斑一夏とはそういう存在です。本当に付き合い通したいのなら、宇宙服を着るなりして対策を練らないと」

弾「ははっ、言えてる。スイーツ(笑)な女なんかはあっという間にカサカサ肌のミイラにされちまう」

弾「でも、一夏から近づく場合だとそうでもないんじゃない? ――――――特に“アヤカ”の場合だとさ」

友矩「そうですね。“アヤカ”に対する態度だけは別格です」

友矩「しかし、やはり“アヤカ”という存在自体が別の星系の太陽だからこそ、同じ太陽同士でわかりあえるところあるのかもね」フフッ

弾「それは盲点だった! そう考えると合点がいく!」

男共「ははははは!」




一夏「明日は七夕:7月7日――――――、」(黒服)

一夏「――――――臨海学校、無事に終わるといいんだけど」

コツコツコツ・・・

一夏「さて、さすがに今日は警備員が多いな」キョロキョロ

一夏「千冬姉がいないせいもあるけれども、やっぱり今の学園は――――――」

一夏「結局は、女尊男卑の風潮を象徴する場所だとしても、――――――所詮は箱庭の中の箱入り娘たちのお嬢様学校でしかない」

一夏「こうやって見渡すと、IS学園の外側には諸外国からのおっかないお雇い警備員がこれだけたくさん蠢いているんだな」


――――――最初からそんなことは知っていたはずだ。


一夏「だって、『白騎士事件』によって束さんと千冬姉は一挙に世界の最重要人物に仲間入りしたんだから」

一夏「その二人が興したベンチャー企業にお手伝いさんとして元から深く関わっていた俺は――――――っ?!」ズキン

一夏「………………っつう!?」ズキズキ

一夏「――――――なんで思い出せないんだ?! 10年以上の前のことがどうして思い出せない?! なんでだ!?」ヨロヨロ

一夏「俺は確かに全てを知っていたはずなんだ。どうして憶えていないんだ…………」アセダラダラ

一夏「10年以上の前のことを何も憶えていないなんて変じゃないか……」ゼエゼエ

一夏「………………」スゥーハァーー

一夏「よし。落ち着いたか……(ちょっとそこのベンチを使わせてもらうか。よっこらせ)」フゥ

一夏「昔のことを思い出そうとすると決まってこの頭痛だ…………まるで頭の中にプロテクトを掛けられてるみたいだ」


一夏「――――――『プロテクト』?」


一夏「そう言えば、電脳ダイブによって人間の精神をコンピュータ上から直接操作することが可能だって――――――」

一夏「でも、人間の記憶って暗証番号のようなナンバーロックできるようなものじゃないし――――――考え過ぎか」ハハッ

一夏「…………待てよ?」

一夏「それ以前にISにも心があり、展開中は常にハイパーセンサーを介して情報のやりとりをしているから――――――」


一夏「もしかして俺ってISに関わったばかりに記憶を――――――?」


一夏「いや、それはもっと考え過ぎか?(だいたいにして乗れるようになったのは去年からじゃないか)」

一夏「もっと現実的な手段を考えれば、――――――『ニュートラライザー』を使われたとか?」

一夏「(違う! 『ニュートラライザー』だけは絶対にあり得ない!)」

一夏「(『あれ』は電脳ダイブによる特別治療の過程で生まれたものだって話だから、IS登場以後じゃないと時系列的に合わない!)」

一夏「(そして、『ニュートラライザー』で何年も前の過去を全部消せたとしても、その副作用としてボケやすくなって思考力が低下するものらしい)」

一夏「(それなのに、俺の場合はそれとは正反対の慢性的な頭痛! 思い出す痛さを俺は感じている!)」

一夏「(なら、どういうことなんだ? 完全に忘れているわけじゃない気がするのはどういうことなんだ?)」

一夏「(やっぱり、俺も“アヤカ”と同じように特別治療を受けたほうがいいのかもしれないな)」

一夏「(けど、特別治療には患者に対する執刀医の人が当然いるもんなんだから信頼できる専用機持ちの協力が絶対だ)」

一夏「(そして、“アヤカ”の時のように、俺自身が思い出したくない記憶ほど、そのトラウマや黒歴史の結晶である魔物が阻止しようと妨害してくるわけだ)」

一夏「(“アヤカ”の場合は本当に“魔物”と呼ぶのに相応しいぐらいの人間にはとても見えない異形の何かが魔物だったけれども、)」

一夏「(俺の記憶の魔物はきっと、おっかない女の子ばかりになるんだろうな……。“アヤカ”の魔物と比べればずっとカワイイ魔物なんだけどね)」アセタラー



――――――7月6日。

現在、IS学園は1年生の臨海学校の校外特別実習のために多くの機体が持ち出されており、

学園が所有している機体数が30程度でしかないので、当然ながら残された機体だけで通常通りの機体運用スケジュールが組めるはずがなく、

臨海学校の間は2.3年生はISの使用に大きな制限が掛かっており、おとなしく座学をしているのが習いとなっていた。

しかしながら、新年度早々の『黒い無人機』の襲撃やVTシステム騒ぎ、はては“世界で唯一ISを扱える男性”こと“アヤカ”の暗殺未遂事件――――――、

そういった数々のISテロがこの世間から隔絶された天上の箱庭で頻発したために、安全保障や学園の運営の在り方を根本から見直すことが求められることになった。

そして、織斑千冬は実に20代半ばの青二才でありながらも、IS〈インフィニット・ストラトス〉による一つの時代をもたらした者の責任として、

右派と左派が水面下で闘争を繰り広げる魔窟と化していたIS学園の組織改革を断行したのである。――――――その道の専門家も迎え入れて。

その過程において数々の粛清が行われ――――――、

まず、元々からIS学園が日本の管轄にあることに不満を持ち、あるいはIS学園の情報を外部に流していた不穏分子を一掃し、

次に、“世界で唯一ISを扱える男性”こと“アヤカ”に迫害を行ってきた実行犯や共犯者を見せしめに叩きのめし、

更に、VTシステム騒ぎにおいてISテロリストとそれを手引した内通者を一挙に一網打尽にしたのであった。

特に、学園の機体にVTシステムを仕込んで学園から機体を強奪するという計画に一枚噛んでいた連中には死ぬも地獄、生きるも地獄の制裁を与えた。

これによって、国家ぐるみの犯行が白日の下にさらされ、一番に悪影響を受けたのが“シャルル・デュノア”などという道化を送り込んだ某国――――――。

他にもIS学園の機密を盗んだり、機体を盗んだりしようとしていた ならず者国家は存在していたのだが、

専門家の助言により、あえて某国1国だけの存在を明るみにすることでアラスカ条約加盟国からよってたかって袋叩きに遭い、いい見せしめとなったのだ。

ついでに、この件で人権団体を別ルートから扇動して世界的なバッシングを浴びせられることになり、各方面からの信用を失う羽目になったのである。

当然ながら某国はその非難をまじめに取り合うつもりはないので、この件に最も絡んでいた某企業に責任転嫁をして居直りを決め込んだのであった…………。

これによって、『IS学園に対する不正行為がバレたらいったいどうなるのか』という実例ができあがり、それが各国に対する警告となったのだ。


――――――これがこの7月に至るまでの世界的な流れである。



しかしながら、これによってIS学園の運営や“アヤカ”の安全が安泰になったのかと思えばそうではなかった。

内部粛清の結果として多くの職員を追放したので、当然ながらその中には学園の管理運営にも深く携わっていた人間も追放しているわけなので、

これまで成り立っていた学園としての運営にほころびが出始め、その穴を埋めるために外部から大量に職員を採用する必要性が出てきてしまったのである。

それで学園に仇なす裏切り者たちに大量に組織に入り込まれてしまったのでは内部粛清した意味がない!

一応、その道の専門家としては粛清した結果の職員の欠落を補うために人材の準備をあらかじめ進めさせてはいたものの、予想以上にIS学園内部に裏切り者が多く、

ある程度はまかせることにしていた千冬が徹底的に草刈りをしてくれたおかげで専門家としてはまだ見逃すべきグレーゾーンの人材までいなくなったので、

結果として、IS学園は確かに濁りのない澄んだため池のようになったのだが、生命の営みがなくなり、魚が寄り付かないような状態になっていたのだ。


白河の清きに魚の住みかねて もとの濁りの田沼恋しき


千冬としては“アヤカ”やその陰で活動している実の弟が生きやすい環境を創ろうと力を入れていたようなのだが、

IS学園という組織が立ち行かなくなるぐらいの慢性的な人員不足に陥って、そこに各国が目をつけて外部の人間が組織に大量に入り込む結果になったのである。

それでも組織の過半数以上は専門家が手配してくれた特殊国立高等学校の採用条件にあった、あるいはでっちあげた日本の国籍を持つ人間で占められたが、

特殊国立高等学校の日本としてのやり方になじまない・従わない・合わせようとしない傲慢な諸外国の職員たちとの諍いが絶えず、

かえってIS学園の平穏は千冬が願っていたものとは程遠いものとなってしまったのである。――――――粛清しないほうがマシだったと思えるほどに。

しかしながら、VTシステム騒ぎに関しては元々 息を長くして水面下で実行されていた計画であるので これに対する処罰は当然ではあるが、

それ以上にここまで性急で過激な粛清に発展するほどに、学園に不穏な空気が漂うになった最大の原因は何と言っても――――――、


――――――“アヤカ”の存在に他ならなかったのである。


“アヤカ”の存在によってISの男性利用の是非を問う右派と左派の抗争が勃発し、それが“アヤカ”への数々の迫害に繋がり、処罰の必要性が出てきたのである。

やはり入学当初から予想されていたように、“アヤカ”の存在が周りに与えてきた影響は本人が認識している以上に遥かに大きかったのである。

それは“アヤカ”が『男でありながらISに乗れる』という ただそれだけの理由で親の仇のように粘着してくる連中と同じぐらいに、

様々な目的や理由からそんな“彼”を守ろうとする側にもそれと関わることの重圧を一様に浴びせてくるのであった。



そう、“彼”と関わることとは苦しめる側にしても守ろうとする側にしても平等に業の重みを背負うことになるのだ。


それが嫌ならば――――――、単純に“アヤカ”さえ存在していなければ、ここまで話が悪い方向に拡がっていくことはなかったのである。

そう、最初から日本政府が“彼”をIS学園の表舞台に立たせずにこれまでどおりの死んだような人生を送らせていればよかったのである。

“世界で唯一ISを扱える男性”を擁していることを宣伝することで国際社会での発言力を得ようという目論見もあったのだろうが、

そもそも、ただでさえ間違った方向に人権意識が肥大化した世界に“彼”を放り出すことがいかに面倒なことを招くかぐらい――――――。

もっとも、日本政府に生きながらにして死んでいた“彼”の使い道を思いつかせたのは、他でもない更に“もう一人”の出現があって――――――。

         ・ ・
――――――それが全ての始まりだった。これこそがこの物語にまつわる幾多の苦難や哀しみと愛憎劇の始まりだったのだ。

・ ・
それが何のことを指しているかは、ここまで丁寧に読んでくれている読者にとってはすぐに思いつくことだろう。
     ・ ・
しかし、それを認めてしまうことは少なくとも織斑千冬という一人の人間にはできそうになかった。


――――――他でもない ISによる女尊男卑の価値観を蔓延らせた張本人はそうであった。


一般的に織斑千冬という人間は IS学園が『IS適性のある人間』を入学条件にしていることに従って、

基本的人権を大義名分にして“ISを扱える男性”の保護はする中道左派の人間であるように右派や左派に関心のある人間たちから見做されているが、

『男が偉い』だの、『女が今では男よりも上』だとか、そんなくだらない話にはまったく興味がなく、そういった右派と左派の争いには無関心であったのだ。


そのことを思えば、この物語はなんと善因善果・悪因悪果の因果応報に満ちたものではないだろうか。


この状況で本当に罪深き者は誰なのであろうか? それとも誰のせいでもないのだろうか? 誰が元凶で誰が裁く者なのかは杳として知れず…………。

その一方で、時の河はゆったりと それでも流れを止めることはなく――――――。




ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー


一夏「………………」キョロキョロ

一夏「……………………ハア」

一夏「(確か 今のIS学園の職員の過半数は日本人――――――粛清以前の比率と比べるとずいぶんと日本人の割合が減ったな)」

一夏「(高齢化社会ってやつが国内人口に対する老人の割合が7%以上、高齢社会が14%以上、超高齢社会が21%以上――――――)」

一夏「(たった7%だけでも大いに問題視されるのに、――――――特殊国立高等学校の職員の日本人が過半数しかいないという事実!)」

一夏「(もう、これは国立といっていいのか? 元々が超国家機関という位置づけだったはずなのに――――――、)」

一夏「(各国が財政負担したくないために無理やり日本国の一高等学校に捩じ込んでおいて――――――、これが特例措置ってやつなのかよ!)」

一夏「(まあ、ISの登場によって既存の価値観が崩壊して、現在のやり方では対応できないからこその特例措置なんだろうけれど――――――、)」

一夏「(それを悪用されて祖国が不利益を被っているのに対してはさすがにいい気分じゃないな……)」

一夏「(けれども、こうやって新しく入ってきた職員の様子を見ていると、)」


――――――織斑千冬の大人のファンがどっと押し寄せてきた感があるな。


一夏「(そりゃそうか。千冬姉は圧倒的な強さと美貌にその気高さで同性からの人気が内外で凄いもんな)」

一夏「(どうにかして千冬姉とお近づきになりたいと思って、現役を引退している各国の元 代表操縦者や候補生がわんさかと入ってきているな)」

一夏「(たぶん、ISの独自開発ができるような大国との癒着でも無い限りはこの人たちはシロだろうな、きっと)」

一夏「(千冬姉の人気が出たおかげで、日本語をまじめに勉強して日本語ペラペラの外人さんも結構いることだしな)」フフッ

一夏「(そもそも、アラスカ条約に加盟している20以上の諸国家・諸地域の内でも、技術的にも待遇的にも格差が大きく出ているからな……)」

一夏「(俺たちがピリピリしているような謀略の渦とは無縁の、先進国から見れば底辺で大したこともないかもしれないけれど、)」

一夏「(『ISが国防力の要になってる』とか言うのは、ISコアを2桁以上まわしてもらっているところの話であって、)」

一夏「(他の2,3個ぐらいしかもらえてないようなところでは、装備や技術がどうだのじゃなくて――――――、)」

一夏「(そういった諸国家でのISの運用法っていうのは、ホントに人のために使ってくれてるもんだから応援したくなるんだよね)」

一夏「(でも、世界に467のISコアをアラスカ条約 加盟国21ヶ国+αに均等に配分するとなれば、1ヶ国当たり20個は貰えるはずなのにな)」

一夏「(ホント、G8の決定や声明だけが全てのように世界が回っているように感じられるよな、今の人たちは……)」

一夏「(――――――注意すべきはG8の中でも歴史的に野心的なアメリカ・ロシア・イギリスと、ついでに中国ぐらいか?)」

一夏「………………メンドクセ」ハア

一夏「(疑えば疑うほどドツボにはまる。考えれば考えるほど先が見えなくなる)」

一夏「(いいんだ。それを考えるのは俺の役目じゃない。俺の役目は事件が起こった時の具体的な解決力であることなんだから)」

一夏「(実際に社会だってそういうもんなんだ。経済学的に見たって何だって、分担してある分野に特化させたほうが効率が上がることなんだし)」

一夏「(俺はいつでもものを斬れるように刃を研ぎ澄ませておけばいいんだ。目を光らせていればいいんだ。それが俺の務めなんだ)」

一夏「(千冬姉だって千鶴さんだって、友矩や弾だって、それぞれが自分の立場の中での最善を尽くしてくれているんだ)」

一夏「(なら俺は、俺にできることを、みんなからまかされていることを、俺の信念に基づいて力を振るうだけだ!)」

一夏「(――――――今日は何事も起きませんように。明日も平和でありますように)」


警備員「そこのジャパニーズ、暇してるなら付き合えよ」

一夏「ん?」

警備員「お前、どこの組織? いや、別にいいか。そんなの聞いたって事件になったら関係なくなるからな」

一夏「まあ、そうですけど(確かイギリス系の世界でもトップクラスの品質の警備保障会社の――――――)」

警備員「俺の所属する民間警備会社は世界で最も安全管理が行き届いている安心と信頼の警備保障だってのにひどいもんだぜ」

一夏「世界最強の兵器を使ったISテロに対応できるわけがありませんからね」

警備員「そう。いくら島の警備を任されてもIS相手にはもうどうしようもないことがこれで証明されちまってな」

警備員「世界でトップの警備保障が役に立たないとなったら、もう止めようがないってなってな」

警備員「ホント、10年前の『白騎士事件』が世界に撒いた災いの種が芽吹いちまってよぉ……」

一夏「けれど、『白騎士事件』が起こる前だって冷戦という名の核の恐怖に怯える時代が続いてたじゃないですか」

警備員「……んん、それも真理だな。核兵器もそれでそれで怖いもんだな。ISのNINJAみたいなマッポーめいた暗殺能力にはお手上げだぜ」

一夏「NINJAって……」ハハハ・・・

警備員「しっかし、これはある筋からの情報なんだが……」

一夏「?」

警備員「我らが祖国でISに関してまたよくないことがあったらしくてな」

一夏「え」

警備員「詳しいことは知らん。だが、少なくともISに関わったばかりに祖国の名誉が傷付けられることが重なったんだ」

警備員「もういっそのこと、人工衛星を打ち上げるのをやめたようにISからも手を引いたほうがマシなんじゃねーかって俺は思うのよ」

警備員「フランスはもうこの前のIS学園におけるテロの支援国として厳罰されてるし、」

警備員「かといって、キャベツ野郎の国が欧州連合で一番まともだとは認めたくはない」

一夏「コアの数が絶対的に少ない以上は国際IS委員会の査定が厳しくなるのはしかたがないとは思ってはいます」

警備員「その結果が今の歪んだ経済体制だろう? そんな中で日本はIS以外の分野でも躍進していってるから凄いよ」

一夏「は、はあ…………」

警備員「俺は仕事でここに初めて来ただけだったが、知れば知るほど言い知れぬ奥深さを感じている」

警備員「いいとこだな、ここ」

警備員「こんなところに10年前の世紀末にミサイルの雨を降らせようとしたやつがいたんだから信じられねえよな」

一夏「………………」

警備員「それじゃ俺の気晴らしに付き合ってくれてありがとな。ほれ、ちゃんと仕事してこいよ」

一夏「あ、はい!」











一夏「ふわぁああ……、今 何時だ? こういつでも出動できるように待ち続けているのもけっこう苦痛だぜ……」

弾「だな……」グデー

友矩「いいですよ。二人は休んでいてください。仮眠してどうぞ」

弾「わりぃな」

一夏「密林のスナイパーのように集中力が長続きしねえ……」

一夏「何も起こるなよ、何も起こるなよ、何も起こるなよ…………」ブツブツ・・・

弾「それじゃ、俺はこの辺を使わせてもらうわー」ゴロン

弾「うん。ふかふかの枕と布団の組み合わせは最強だな」

一夏「俺は、ま、いつもどおりでいいか」ゴロン

一夏「…………そう言えば こんな時間だったのか」

一夏「すっかり忘れていたけれど、――――――“アヤカ”のやつ、今頃 何をしてるんだろうな? ちゃんとみんなとワイワイやれてるのかなー?」




――――――旅館:朱華雪村 様1名様の寝室


雪村「で、なんでみんなここにいるの?」

本音「さあ、早くお布団を敷くのだ~」

雪村「え、やだ」

相川「え?!」

谷本「布団、敷かないの!?」

雪村「枕さえあれば、後はバスタオルだけでいいです」

鷹月「な、何とも経済的だね……」

箒「そんなわけあるか、馬鹿者!」

雪村「ええ? どう寝るかなんて人それぞれでいいじゃないですか」

雪村「シーツを掛けるのが面倒だからいいじゃないですか」

箒「弛んどるぞ、雪村あああああ!」

ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!


――――――――――――

―――――――――

――――――

―――


――――――どことも知れない世界


一夏「ハッ」

一夏「?!」ビクッ

一夏「こ、ここは――――――?」キョロキョロ

一夏「しまった?!」アセダラダラ


ほぼ丸一日を地下秘密区画の1室で過ごして飽き飽きしていた一夏がようやくお許しをいただけた睡眠の世界に没入できたと思ったら、

目を覚ましたら辺り一面が真っ暗だったのだ。いや、ところどころで微かな明かりは見て取れ、小刻みに震えるような感覚も響いていた。

しかしながら、目を覚ました一夏が一番に気付いたことはまず寝転がっていたはずの自分が目を覚ましたら柱に手を回されてロープで縛られていたことだった。

それにしては、妙な落ち着きと興奮が同時に沸き起こっており、よくわかっているようなわかっていないような直感的な何かを一瞬で得ていた。

それは次第に意味が通じない漠然とした無意識から確固たる意識へと導かれていく。


――――――ここはIS学園 地下秘密区画ではない どこかで見たことがある場所だ!


一夏には明らかに憶えがあるというヴィジョンが胸の内に溢れ、この暗がりの身動きがとれない状況において何が起きるのか理解した。

そして、意識は甦る記憶と根源から湧き起こる衝動に上書きされ、一夏は突き動かされるのであった。


一夏「そうだ! 攫われた子を助けないと!」

一夏「この揺れ具合といい、ここはあの人攫いが利用している貨物船の中なのか? なんとしても許さん!」

一夏「うぐぅううううううううううううううう!」ググググググ!

一夏「うううううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

ミシッ! パラパラパラ・・・!

一夏「ふんっ!」バッ! (力尽くでロープの拘束を打ち破り、よろよろと立ち上がる)

一夏「ふぅ」

一夏「ロープの痕が残っちゃったけど気にしてる場合じゃない!」

一夏「救うんだ! 今度こそあんなことになる前に…………!」

一夏「出口は――――――くそっ、何か明かりになりそうなもの…………壁伝いに進むしかないか」ソロリソロリ

一夏「…………………」

一夏「…………お、これか?」ググッ

ゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

一夏「うおっ、眩しい……」チカチカ

叛徒「?!」

一夏「おはようさん!(ぶら下げている短機関銃はそういうことなんだろう!)」ブン! ――――――斜め45°から振り下ろされるチョップ!

叛徒「あぐっ」

叛徒「」バタン

一夏「…………状況は掴めないけど身包み剥いでいくか」ガシッ

叛徒「」ズルズルズル・・・




一夏「うへえ……、完全武装ってこんなにも重いんだ……」(叛徒に化けた)

一夏「そして、これが安全装置――――――」スチャ

一夏「(IS用銃火器は量子変換そのものが安全装置を兼ねているから安全装置がほとんどの場合ないんだったっけな)」

一夏「(でも、人間用のものならサバゲーマニアが一度 本物のアサルトカービンを見せてくれたから何をどうすればいいか俺はわかる)」

一夏「(千冬姉、俺、もしかしたら人を不幸にするかもしれません――――――あ!)」

一夏「今、何時だ!? ――――――決勝戦は!?」

一夏「くそ、時計持ってないのかよ、こいつ!(俺は服以外全部取り上げられて丸腰だってのに……)」ガソゴソ

一夏「くっ、ごめん、千冬姉……、勝つよね?(決勝戦、きっと相手は去年と同じイタリアの――――――)」アセタラー

一夏「………………往くか」

一夏「もう後戻りはできないんだ」

一夏「千冬姉、今までありがとうございました。俺の魂はここに置いていきます」

一夏「では、――――――往くぞ!」ギラッ


タッタッタッタッタ・・・!


一夏は駆けた。二十歳になったばかりの青年が銃をぶら下げて テロリストに占拠された豪華客船の制圧に単身乗り出したのである。

後に『トワイライト号事件』――――――『織斑一夏誘拐事件』と呼ばれる歴史の闇に葬られるこの事件――――――、

そして、織斑一夏の全身全霊が込められたこの死闘により、織斑一夏の人生に影を落とすことになり、陰の刃として生きる契機になったこの事件――――――。

織斑一夏(23)にとって忘れがたき運命の日になっていたことはこれまでの数々の出来事から窺い知ることができるのだが、

はたして、現在 織斑一夏(23)が体験しているこの光景は何なのであろうか? 読者としてもそこが気になるところであろう。

これは『トワイライト号事件』に魂を置いてきた一夏が無意識に築き上げた夢の世界なのだろうか? 

おそらく『そうだ』と言えばそうなのかもしれない。まるでアクション映画の主役のように一夏は縦横無尽にテロリストたちを翻弄していったのだから。

しかし、だからといって夢であるかどうかは当人の意識が現実世界に帰ってこない限りはそうだと言い切ることはできない。

もしかしたら本当に現実なのかもしれないし、けど、やはりどこか現実離れした超然とした感覚が一夏の中にも次第に起きていた。

まるで似ていた。何か似ていた。織斑一夏(23)はこれが現実か夢幻か判別できないぐらいの確かなリアルの存在を知っていた。

そう――――――、


――――――仮想世界“パンドラの匣”





一夏「はっ!」バキッ

叛徒「何をっ――――――!?」

叛徒「ぐあっ」ガクッ

叛徒「」

一夏「これで10人くらいか? すでに装弾されている1発を排莢して弾倉も取り上げてサイドアームもこうして――――――」ガチャガチャ

一夏「(何だろう? ここまで順調なんだけど、何だか俺が俺でないようなこの感覚は何なんだろう?)」

一夏「(この身体は確かに俺の意思で動いているはずなのに…………時折 身体の動きが合ってないような感覚がして)」

一夏「(――――――『動きが合ってない』?)」

一夏「(待て、俺は――――――)」


ここは仮想世界“パンドラの匣”の中の“彼”の記憶の断片――――――1つの時代なのではないかと思い至ったのだ。

そう考えるのならば、現在 感じているこの既視感や現実感を超えた超感覚にも納得がいった。

――――――いや待て! そう考えかけて一夏はテロリストたちを10人以上をノックアウトにして身包みを剥いで無力化してそう思った。

なぜなら、あの時の織斑一夏(20)はとにかく生き残ったことがただ結果として残っただけでそれだけ無我夢中であり、

ここまで冷静にまるで結果がわかっていたかのように意識が落ち着いていられたのを逆に変だと思ったからなのだ。

現在の“ブレードランナー”としての織斑一夏の分別のある性格は彼の親友である夜支布 友矩との5年に渡る蜜月があって熟成されたものであり、

徐々に織斑一夏は自分が(23)であることをメタ的な面から思い出し、今 体験しているこの虚構の正体に気付き始めたのである。

読者には織斑一夏が味わっていた謎の感覚が理解できるだろうか? 言うなれば荘子で説かれている胡蝶の夢のような世界に迷い込んでいたのだ。

自分という存在も状況も確かに『3年前のあの日』とまったく同じものであるが、それを認識しているのは現在の(23)の今まで眠っていた自分なのだ。

そのことを悟ると、『あの日』の出来事を(23)の自分が再確認するだけのアクションエンターテイメントは終わりを告げたのである。




一夏「!」ドクン

一夏「この感覚は、――――――『白式』!」

一夏「そうか、これはお前が見せてくれているものなのか?」

一夏「…………わかった。お前が言う真実ってやつを見に行ってやろうじゃないか」

一夏「来い、『白式』!」


ヒュウウウウウウウウウウウウウウン!


この世界の真意を悟った一夏は本来 存在しないはずの専用機『白式』を展開させ、かつての自分が成し得なかったことを果たしに流れを加速させていった。























一夏「嘘だああああああああ!」



―――

――――――

―――――――――

――――――――――――

一夏「嘘だああああああああ!」

一夏「ハッ」

弾「zzz」

一夏「ああ…………?」ゼエゼエ

一夏「今、何時だ?」ピッ

一夏「…………200X年7月7日5時過ぎ」

一夏「仮眠どころじゃないな。熟睡じゃないか……」

一夏「友矩が起こさなかったということは何もなかったということでいいのか?」

一夏「………………フゥ」

友矩「何が『嘘だ』って?」スッ ――――――スポーツ飲料

一夏「あ、友矩……」

一夏「えと、それは………………憶えてない。何か夢の世界でとんでもない真実に触れたというか何と言うか」

友矩「…………夢の話ならしかたありませんね」

一夏「ああ。どうしようもない」

友矩「また『3年前』の――――――?」

一夏「そうかもしれない。俺にとって『3年前のあの日』は生涯忘れ得ぬ運命の日だったから…………」

一夏「まったく夢ってやつはどうしようもない。何とかならないのかな……」

一夏「…………あれ?」

友矩「どうしました?」


一夏「――――――エネルギーが減ってる? 何これ、4分の1以上減ってるってどういうことだ?」


一夏「寝ている間に何が…………!?」

友矩「…………!」

友矩「“ブレードランナー”、機体のエネルギー再充填と食事によるあなた自身のエネルギー補給をしておいて」

一夏「あ、ああ……」

一夏「おい、弾。起きろ」ペチペチ

弾「あ、ああ……」ヨロヨロ

スタスタスタ・・・


友矩「………………」

友矩「まさか、寝ている間に『白式』との『深層同調』が行われたというのか? そうとしか考えられない」

友矩「やはり『白式』のコアは篠ノ之 束が手を加えたものではないのだろうか?」

友矩「だが、何にせよ今日は7月7日――――――」

友矩「学園に対しても、臨海学校に対しても、そのどちらに対しても何か仕掛けてくることは容易に想像がつく」


友矩「しかし、まさかこの学園に眠れる『暮桜』から直接のメッセージをもらうことになるとはね……」


友矩「何かが起きようとしている……?」

友矩「いや、起こるのは間違いない。そして、やることは変わらない。何を迷う必要があるんだ」

友矩「さあ、激戦に備えよう」


――――――7月7日:臨海学校2日目


これが秘密警備隊“ブレードランナー”最後の戦いとなるのであった。




――――――10:00時頃、


一夏「…………退屈だな」

弾「ああ。でも、光学迷彩を警戒してモニターを見続けないといけないからなぁ…………」

一夏「仮眠してもこう退屈な時間が続くと疲れがとれた気がまったくしないな」

友矩「しかたありません。本来なら監視には最低でも後3人は欲しいところなんですがねぇ…………」

一夏「平和が一番なのにな」

一夏「どうして こう……、ISはスポーツだっていうのにこんなことをやらなくちゃならないのか」

弾「まったくだぜ。蘭のやつ、こんな物騒なところを入学しようって頑張ってるんだぜ? 何とかしないとな……」

友矩「それは開発者に文句を言ってください」


――――――白騎士事件


友矩「今のISの軍事利用の歴史は最初からここから始まっていたのですから」

友矩「あの強烈なデモンストレーションによって、本来はただの宇宙開発用マルチフォームスーツのISが空戦用パワードスーツになってしまったのですよ」

一夏「――――――『白騎士事件』か」

一夏「…………あれってやっぱり束さんがやったことなんだよな?」

弾「にわかには信じがたいことだけどな……、中学からの先輩があんな世界を震撼させたテロを引き起こしただなんてさ」

弾「下手をすりゃ――――――標的になったのは他でもないここ 日本なんだからよ!」

弾「知人がデモンストレーションのためにそんなことをしでかしたなんて信じたくないし、――――――関わりたくもないよ、そんな危険人物」

友矩「でも、ISなんていうものを一人で理論化・実用化させてしまったあの世紀の大天才 以外にできる人間は見当たらないし、」

友矩「――――――世紀末と言えども、冷戦が終わって世界は国際協調の時代に入りつつあったんです」

友矩「その流れを『白騎士事件』によって世界的な国防力の崩壊を招いて新たな軍拡の流れを作ったことは実に許しがたい」

友矩「幸いだったのは、各国が喉から手が出るほどに欲したISの性能とやらが第0世代型IS『白騎士』に並ぶほどではなかったということ――――――」

友矩「いや、よくないんです! 性能が『白騎士』に劣っていようが同じであろうが、いずれにしてもよくないんです!」

友矩「現に、今のコアの慢性的な不足によって現状の管理体制に不満を持たない国なんて1つもないことですし、」

友矩「ISがどこにでも持ち込めて手軽に扱える空戦用パワードスーツであるからこそのテロの脅威もありますし!」

弾「そうだよな……、現状でもこれだけ扱いに手を焼いているのに、他のISも『白騎士』並みだったとしたら、もう世界は――――――」

一夏「――――――破滅していただろうな」

一夏「『白騎士』ほどの性能であればすぐに隣国を攻めこむことができるし、宣戦布告と同時に要人抹殺を兼ねた広域殲滅も堂々と行えてしまえるだろう」

一夏「そうなれば、互いにISをどのように使うかで疑心暗鬼になって『白騎士事件』以上の混迷が巻き起こされたに違いない」

弾「だよな。ならず者国家に渡ったらそれこそ――――――」

友矩「何にせよ、篠ノ之 束が製造方法を明かさない上に製造を拒否して失踪した時点で、この世界の行く末がどん詰まりになったのは避けようがありません」

友矩「別にISはあっても問題ないんですよ? むしろ文明の利器としてどんどん戦争以外の目的で活用されるべきなんです」

友矩「問題なのはその数が絶対的に足りないことであって、せめて現在の467個の倍以上の数があればここまでの気苦労はないのですがね」

一夏「まったくだぜ」


弾「ん?」チラッ

一夏「どうした?」

弾「――――――さっき何か映った気がする」

一夏「!」

友矩「――――――どのカメラです?」

弾「こいつだ」

友矩「――――――巻き戻し」ピピッ

一夏「…………?」

弾「……あれ? 何も映ってない? ――――――見間違い? 気のせいだったか?」

友矩「“ブレードランナー”、ハイパーセンサーで可能な限り体感速度を落としてよく見てください」

一夏「わかった(――――――部分展開!)」

弾「そんなことができるのか!」

友矩「あまり使いたくはないんですけどね。やりすぎると脳細胞が破壊されますので」

弾「ひえっ」ゾクッ

一夏「………………!」ジー

一夏「何だろう? 一瞬だけど何か人型のような輪郭みたいなのが見えた」

友矩「何だと思います?」

弾「まさか幽霊とか――――――?」

一夏「――――――ちょっと見てくる」

友矩「いえ、ここは周辺ブロックのセキュリティとカメラの強化だけにとどめておきましょう」

友矩「ただ、“ブレードランナー”はいつでも出撃できるようにウォーミングアップをしていてください」

一夏「了解!」

弾「…………マジで侵入者なのか?」

友矩「わかりません。できれば何も来なければそれで万々歳ですが、何もないほうがおかしいぐらいですので……」

弾「よし、気合入れて監視だ!」

友矩「ええ」

友矩「そうだ。学園で何か動きがないか見ておかないと」カタカタカタ・・・

友矩「――――――うん?」カタ・・・

弾「どうした?」

友矩「何でしょう、これ? 外部からのセキュリティレベルの高い暗号通信が届いてますね。――――――アメリカから?」

弾「どうするんだ?」

友矩「…………無視しておきましょう。我々 秘密警備隊がすべきことをするだけですし、やれることも限られていますから」

弾「それもそうだな」

友矩「………………」カチカチ




――――――12:00時頃、


一夏「さすがにああいう無機質なところで寝るのはもう慣れっこだけども――――――」

一夏「今日もすでに半分が終わった。――――――何も起こるなよ。それが一番なんだから」

弾「そうそう。ほら見ろよ、あの三つ編みのメガネの娘なんかいいんじゃね?」

一夏「怒られるぞ?」

弾「いいのいいの。これも立派な監視だし!」

一夏「はあ」ヤレヤレ


しかし、その願いは虚しく破られ、突如としてIS学園はシステムダウンの闇に包まれることになった!


弾「!?」

弾「おい、モニターが一斉に真っ暗になったぞ!? あっちのカメラもだ。いや、ほとんど――――――」

一夏「…………全施設 停電!?」

一夏「緊急用の電源にも切り替わらないし、非常灯も点かないか」

一夏「――――――早速やってくれたな?」


友矩「“ブレードランナー”、予定通りに地下秘密区画 防衛のための迎撃態勢に入ってください」


弾「友矩!」

一夏「わかった」


タッタッタッタッタ・・・



友矩「いよいよというところか」

弾「で、俺たちはどうすればいいんだ?」

友矩「簡単ですよ。織斑先生はちゃんとこの非常事態における対策を一条先生と練っていたんです。その対策に従っていれば2,3日は大丈夫です」

友矩「その布石の1つとして、仲の悪い国家や組織の人間同士を意図的に組ませて互いを監視させるという班構成の警備体制なんです」

弾「なるほど! それなら確かに迂闊な行動ができないな!」

友矩「また、できるだけ実力が近いと思われる組み合わせや学園に味方しそうな人員のパワーバランスが大きくなるように割り振ってますので、」

友矩「まず、この非常事態に不審な動きをする職員は真っ先に潰されますね」

友矩「そして、この地下秘密区画は機密保持のための迎撃トラップがいっぱい仕掛けられてもいるんです」

友矩「超国家機関としての絶対的中立を保つための証拠隠滅も辞さない非情な罠の数々が――――――」

弾「え」アセタラー

友矩「簡単なものでいいんです。通路を封鎖したり、通路を危ない気体で充満させたり、スズメバチを放ったりね?」

友矩「あとは、超巨大ゴキブリホイホイに閉じ込めたり、恐怖を煽る粋な演出の数々で精神的に追い詰めたり――――――」

友矩「相手がどの程度の装備で来ているかで当然 対応を変えなければなりませんが、」

友矩「少なくとも、この地下秘密区画は独立した施設として機能しているので電力供給も問題なく、どうとでも対応は可能なんです」


弾「けどよ? こうも簡単に全セキュリティを奪われるってIS学園って本当に大丈夫なのかよ? 前に同じことがあったんだしよ」

友矩「前の時はあくまでアリーナ1つのコントロールを奪われただけでしたが、余裕で学園全体を掌握できることはわかってました」

友矩「しかし、IS学園のセキュリティは腐っても世界最高峰のものが使われているので、それを突破できるとなると2つの可能性しかあり得ません」

友矩「1つは、とある天才科学者によるセキュリティの正面突破」

友矩「もう1つは、内部からセキュリティの切り崩しを行うこと」

弾「…………!」

弾「どっちにしろ、それってヤバイってことだよな?」アセタラー

友矩「どっちが質が悪いのかは判断できませんが、」


――――――確かなことは、織斑千冬の留守を狙っての犯行だということ。


友矩「そして、単一組織による犯行とは断定できないことと誰が味方か敵なのかわからない今の現状こそが最も質が悪いです」

弾「現状のセキュリティ強奪が内部犯と外部犯の合同だとしても、侵入者同士がお仲間であるかは別ってことか」

弾「狙いは、――――――当然、4月のクラス対抗戦で出てきた『黒い無人機』とかとか?」

友矩「あるいは、『パンドラの匣』そのものかもしれませんし――――――、」


友矩「――――――『暮桜』」ボソッ


弾「ん?」

友矩「何にせよ 託された以上は、IS学園の宝物庫に眠れる数々のブラックボックスの保守を全力で行うだけです」

弾「おお!」

弾「で、“トレイラー”の俺は何してればいいの?」

友矩「“オペレーター”の僕の指示に従って火器管制や地下秘密区画の通路の開閉と監視を担当してください」

弾「お、おう! なんかいっぱいスイッチやモニターがあってどれがどれだか――――――」

友矩「さて、IS猟兵“ブレードランナー”の本領発揮です!(もちろん、何も起こらなければそれがいいんだけれども)」ピピッピピッピピッピピッ

友矩「(さてと、“オペレーター”として誘導と援護をしないといけない傍ら、セキュリティの奪回も進めないとな……)」ピピッピピッピピッピピッピピッピピッ

友矩「(とてもじゃないけど、2・3年生の精鋭ハッカー部隊の援護もあっても一向に埒が明かない!)」ピピッピピッ

友矩「(これはやはり、あの天才科学者が一枚噛んでいるのか――――――)」アセタラー

友矩「(けれども絶対に“パンドラの匣”だけは死守する! 開拓はもう少しで佳境に入るんだ。今までの頑張りを無駄にさせてなるものか!)」ピピッピピッ



状況:現在、学園の全てのシステムがダウン。不正アクセスを受けているものだと断定する。

今のところ、生徒たちに直接の被害は出ていない。が、何としてでも学園のコントロールは取り戻さなければならない。

IS学園司令室と地下秘密区画はIS学園の最重要機密を取り扱っているので電源は別にして機能を維持しているが、

今回の事件に巻き込まれた一般生徒や職員たちが学園のそれぞれの施設に監禁されてしまった模様。早急に監禁状態からの解放を果たさなければならない。

また、この混乱に乗じて元々良からぬことを企てている輩が事を起こすだろうことは容易に想像がつく。

学園の表部分に関してはあらかじめ以前のアリーナ封鎖の前例をもって対策班が組織され、生徒たちから募集された精鋭部隊による自警団活動が展開され、

元々こういった場面に直面した時の対応についての教育を施されている2・3年生しか残っていないのでまだ恐慌は起こっていない様子。


なので、諸君ら“ブレードランナー”には地下秘密区画の防衛に専念してもらいたい。


しかし、精鋭部隊や新たに編成された教師部隊に回せるISが1年の臨海学校での校外実習でほとんど持って行かれているので恐慌も時間の問題だろう。

頼りになるとしたら上級生たちの専用機持ちとなるだろうが、残念ながら上級生には3人しか専用機持ちがいないので彼女たちの救助活動は微々たるものだろう。


となれば、今回の騒動の大元である不正アクセスによって奪われたIS学園のセキュリティを奪還するのが一番望ましい。


地下秘密区画の電脳からなら直接 IS学園の電脳の基幹部分にアクセスできるので腕利きハッカーによるセキュリティ奪還作業に専念してもらいたいところ。

あるいは、諸君らに馴染みが深い電脳ダイブによるアクセスで一挙に不正アクセスを断ち切ることも手段の1つだろう。

しかしながら、あまりにも信用に足る人材が乏しく、著しい人手不足によって この地下秘密区画の直接の防衛とセキュリティ奪還の板挟みになってしまう。


そこで、“ブレードランナー”にはまず最初に、この機に乗じて地下秘密区画に侵入してくるだろう刺客たちの迎撃をお願いしたい。


スパイだらけの教師部隊でも今回の警備配置によって目立った動きは抑えられるはずだが、外部からの突入部隊がいないとも限らない。

本来 味方であるはずの教師部隊が当てにならない以上は、それを秘密警備隊“ブレードランナー”の戦力だけで迎え討たなければならないわけだが、

仮にIS学園司令室が陥落しても今回のような非常事態においてはすぐに最寄りの自衛隊基地から部隊が救援に来るのでそれまで持ち堪えて欲しい。

そして、余力があればセキュリティ奪還に注力して、逸早くこの騒動を解決してもらいたい。


誰が味方で何が正しいのかさえ判然としない混迷とした現在の世界の縮図となった このIS学園をその力強い剣の威徳を以って救って欲しい。


                                                     秘密警備隊司令より


――――――時同じくして、

――――――臨海学校:旅館 対策本部


山田「学園上層部に作戦成功を報告いたしました」

千鶴「うん。普通ならこれで終わり(――――――そう、これでこれ以後の展開についての責任は少しでも回避される)」

千鶴「凰、警戒態勢は一応これからも続くことになるけど、おそらくはもう大丈夫でしょう。昼食を摂ってきなさい」

鈴「わかりました」フゥ

スタスタスタ・・・・・・

千鶴「…………篠ノ之博士は現在どこにいる?」

山田「今、確認しますね」ピピッピピッ

千鶴「それと、――――――まだ見つからないの?」ジロッ

千鶴「何をやってるの、捜索班は! そんなんじゃ生徒たちに示しがつかないよ!」ギリッ

千鶴「ん」

山田「え?! ディスプレイが歪んで――――――」

バチ、バチチ・・・・・・クァwセdrftgyフジコlp;@:「」

千鶴「――――――クラッキング!?」

千鶴「データの一切を消去して! 急いで! さっきまでのことを外部の人間に知られるわけにはいかない! 強制終了も!」

山田「は、はい!」アセアセ

教員「ひぃいいい!」アセアセ

千鶴「無理なら物理で! 早急に処分して! 急いで!」アセアセ

千鶴「いったい何が?! どこからの不正アクセスなの!? まさか学園で何か――――――!」アセタラー


ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン! ガサガサガサガサアアアアアアア! ドッゴーン!


千鶴「!」ビクッ

千鶴「全員、窓の近くから離れて!」

千鶴「くっ……」

一同「!?」

――――――――――――


――――――“ブレードランナー”戦闘準備


一夏「毎度毎度これを着るのは嫌だな。慣れないし…………(少しは改良を加えられて着やすくはなったけれども…………)」スィイイイイイ

――――――
弾「うおっ、やっぱキモいよ、そのスーツ!」
――――――

一夏「俺もそう思う…………千冬姉がモデルじゃなくなっただけいくらかマシなんだけれどもさ」(首から下はグラマラ~ス!)

一夏「これも女装癖のうちに入っていたらどうしよう?(重心がおかしくなりそうだな、これぇ)」(178cmの長身でかつ胸や尻がデカイ!)

一夏「さて、今回はどのパターンで行こうかな?」スチャ

一夏「用意されている武器は対人用、対IS用、対オートマトン用の3系統だけれど、」

一夏「今回はこの『イリュージュンオーブ』が役に立ってくれるといいな。ルンバ ルンバ」

――――――
友矩「とりあえず『イリュージュンオーブ』による援護はあまり当てにしないでください」

友矩「“オペレーター”としても侵入者の迎撃に専念したいですが、システムの奪還にも力を入れたいので」
――――――

一夏「わかった。慎重な立ち回りを心掛けるよ」

一夏「敵がIS単機で来てくれるんだったら『零落白夜』でイチコロなんだけどな」

――――――
弾「最初から自衛隊が常駐していればこんなことには――――――」

友矩「それを許すとなると、IS学園に在日米軍も近くに置いておきたくなるのが人間の性です」

弾「…………だから、IS学園の警備は民間警備会社に委託してるわけなんだな」

友矩「そういうことです」

友矩「本当は学園に送り込む代表候補生などの邦人の保護を目的に多国籍軍の常駐も初期の頃は考えられていたようなんですがね」

友矩「結局は国家間の利害の問題で当たり障りのない今の管理体制になったというわけでして」

友矩「ただ、これからはどうなるかはもうわかりません」

弾「…………だな」
――――――


第3世代型IS『白式』 秘密警備隊“ブレードランナー”特殊作戦仕様機
専属:織斑一夏
攻撃力:S 『零落白夜』による一撃必殺
防御力:B 装甲自体は他のISに比べれば多い
機動力:A 競技用の機体としては現行トップクラスの機動力
 継戦:E+外付装備によってある程度はマシになった
 射程:E+外付装備によってある程度はマシになった
 燃費:E+外付装備によってある程度はマシになった

本作においてはあまり活躍の場がない影の主役機。
搭乗者自身の能力が凄まじいので“ブレードランナー”特殊作戦仕様機としての全力を見せる場面すらもなく、
『零落白夜』だけを使って(本来の仕様ではそれしかないのだから当たり前だが)これまでの難事件を解決してきた。
“ブレードランナー”の命名から察するに、搭乗者と機体のどちらが主戦力なのか――――――。

基本的にISには量子化して物体を格納する能力があり、それを初期装備以外で自由に扱えるようにした(=後付装備)のが第2世代型ISであるが、
それ以降の第3世代型ISのくせに自由な装備ができない時点で第1世代レベルの欠陥機なのは理解できるはずである。
しかしながら、第1世代型ISでは普通にISを強化スーツとして扱って一般兵卒が使う小銃を持たせて運用する外付装備なんていうのは当たり前の発想であり、
それが当たり前じゃなくなったのは偏にISのシールドバリアーを従来火器の威力では突破できない(=一撃必殺できない)ところにあり、
これにより従来の対人用と対物用の他に対IS用という独自の基準が生まれ、現在ではISに搭載されているのは対IS用のシールドバリアー攻撃用がメインである。
話を戻すと、実質的な第1世代型の『白式』でも外付装備の工夫を凝らすことによって戦術に幅を持たせることができ、
ISバトルの競技規定に縛られれない非正規戦仕様ならではの戦力強化が施されており、“IS殺し”に特化した強みを持っている。

装備
・近接ブレード『雪片弐型』
・女性擬態ISスーツ ※織斑千冬からモデル変更されている
・外付装備
今作の特殊作戦が主となる『白式』の特徴的な装備であり、量子化していない直接 身体で携行して使う生身の人間が使うような装備群の総称である。
基本的には直接的な戦闘にはおいては決まって役に立たず あるいは劣化品であり、特殊作戦の遂行や長期の任務遂行に必要な支援物資の携帯などに用いられる。

|・タクティカルベルト 
|拡張領域を利用できない“ブレードランナー”のために、原始的だが あらかじめ様々な小道具をストックできるベルトを付ければいいということで、
|急遽用意された高級素材のタクティカルベルトであり、『白式』を展開した際の高速移動にもストックさせたものが耐えうる設計となっている。
|基本的に“ブレードランナー”の撃破対象がISなどの通常兵器では対処できない相手が多いので、ハンドガン程度の貧弱な火器をストックする意味は無いが、
|“ブレードランナー”が遂行する特殊作戦を少しでも楽にするための小道具をポーチに容れて手軽に持ち運べるという利点がある。
|しかし、拡張領域に収納されているわけではないので剛体化せず、ベルトやストックしたものが普通に破損する可能性があるので注意が要る。
|また、拡張領域に量子化しているわけじゃないのでストックした分の重みがかかり、ストックしているものが丸見えのアナログ装備でもある。
|よって、基本的には作戦内容や状況に合わせてベルトの着用と装備の選択が行われる。


|・パイルバンカー 
|第2世代においては最強クラスの『盾殺し』の異名を持つ対IS用のロマン武器。『盾殺し』の異名を持つがISにおいてはこれ自体が盾として使える。
|しかし、“ブレードランナー”が使う場合においては後付装備にできないので、量子化ができず収納できず、剛体化がないので反動で自壊する可能性もある。
|いかにISのシールドバリアーの恩恵の1つである剛体化が素晴らしいのかを教えてくれるありがたい装備である。
|採用の理由は、攻撃力十分・排莢しない・操作が簡単・比較的軽量――――――などなど。


|・グレネードランチャー
|『ラファール・リヴァイヴ』用の一般的なグレネードランチャー。グレネードランチャーは構造が単純でかつグレネードの種類を換えることで、
|様々な用途に対応できるために一般的な殺傷力を持つ炸裂弾以外にも冷凍弾や煙幕弾なども装填されて利用される。
|基本的に、『白式』には射撃管制装置が入っていないので通常の射撃戦がまったくできないのだが、
|グレネードランチャーに限って言えば、ある程度 飛距離が決まっており、ピンポイントに命中させる必要がないので汎用性と合わせて活用される。


|・イリュージュンオーブ
|遠隔操作・自走可能なホログラム発生装置のオートマトン。外見はロボット掃除機:ルンバであり、実際にそれを魔改造したのが本機である。
|“ブレードランナー”が使うルンバは前述のホログラム発生装置を備えているが、その他にも騒音機や振動機の機能や光学迷彩も備えている。
|遠隔展開にも対応しており、数々の妨害機能を駆使して侵入してきた敵を迷宮に誘い込み、実働戦力が1人しかいない“ブレードランナー”の援護をする。
|妨害電波発信モデル・自動機銃モデル・多目的用モデルなど様々なバリエーションがあり、“オペレーター”も前線での活動ができるようになる。


特技
・単一仕様能力『零落白夜』
・コア固有能力『生体再生能力』
・コアナンバー001:世界最初のIS『白騎士』のコア



――――――12:30頃、

――――――システムダウンした暗闇の通路


一夏「配置についたぞ」

――――――
友矩「同じく、精鋭部隊や教師部隊の表側の配置の完了が確認されました」

友矩「現在 裏側である地下秘密区画に存在するのは“ブレードランナー”ただ一人です」

友矩「問題行動は報告されてませんよね?」

弾「ああ。とりあえずあっちこっちのカメラに映ってる部隊は大丈夫そうだな」

友矩「しかし、世の中には光学迷彩という便利なものがありますから、様々なカメラやセンサーで見落とさないように気をつけて」

友矩「場合によっては、光学迷彩に合わせて吸音ブーツ・遮熱コートと併用してくる可能性もありますから」

弾「ホント、便利になった代償にいつ狙われるかわかったもんじゃないもんな……」

友矩「しかしながら! 光学迷彩にも弱点がありまして! それを理解すれば侵入者の規模と装備を把握でき、対策なんていうのもできるんです」

弾「え?」

友矩「簡単にいえば『部隊行動で光学迷彩を使用している場合の一番の不便とは何か?』ということです」

弾「えと?」

友矩「実に単純なことです」


友矩「光学迷彩が完璧であればあるほど、敵からはもちろん味方からも視認されなくなって連携行動が取りづらくなるんですよ」


弾「そっか――――――あれ? だったら、赤外線ゴーグルなんかを味方内でつけていけば――――――」

友矩「それが利用できるということは、こちらも赤外線カメラで光学迷彩を見破ることができるということですね」

弾「ああ なるほど! ――――――すでにこちらには光学迷彩に対するあらゆる備えがあるんだ」

友矩「そういうことです。光学迷彩対策はすでにこのIS学園の潤沢な資金源をもって完璧となってます」

弾「あれ? でも、連携行動におけるリスクを嫌って単身潜入してきたやつには手も足も出ないんじゃ――――――?」

友矩「ずいぶん賢くなりましたね。――――――実にその通りです」

友矩「しかしながら、やはりあり得ないです。特殊部隊の性質を考えると、連携行動による迅速な作戦遂行能力が求められていますから」

友矩「そして、IS学園の秘蔵品を盗み出す目的ならば、物理的に一人の人間の腕力で持ち上げられるようなものは何一つありませんし、運搬手段も限定されます」

友矩「基本的に離れた場所で二人で同時の操作を求められるロックも多用してますし、発破を使われようともバリアーを展開できますしね」

友矩「あとは、“ブレードランナー”が戦いやすいように敵戦力を分断するように通路の操作を正確に行うだけです」

弾「…………何か簡単に終わりそうな気がしてきたな」

友矩「そういう防衛機構なのですから、その安心感は必然のものでなければ嘘です。むしろ今までの出来事が現実を超越しすぎていたのであって」

友矩「さて、良からぬ輩の侵入に気をつけて」ピピッピピッピピッ

弾「ああ!」
――――――

一夏「その前に『イリュージョンオーブ』の同期がとれてるか確認してくれるか?」

一夏「実戦投入はこれが初めてなんだし」

――――――
友矩「わかりました」

友矩「――――――これが勝利の鍵となることを」カタカタカタ・・・

弾「おう!」
――――――








































――――――侵入警告!


少女「………………」(赤外線ゴーグル)

少女「フッ」ジャキ、バーン!  ――――――全機能が停止した通路の暗闇に向けて少女は不意に銃爪を引いた!

「うおおおおお!?」ドサッ ――――――何もないところから血が噴き出す!

「!?」ビクッ ――――――すると、たちまち姿は見えないのに人の気配が一気に騒ぎ出す!

「待ちぶせ!?」

「何者!?」ジャキ

「――――――背丈が低い!? まさか新手のIS乗り!?」

「馬鹿な?! 情報にはなかったはず――――――ハメられた!?」

少女「……………」コツコツコツ・・・


――――――
「聞こえるわね?」

「いい? あなたの身体には、監視用ナノマシンが注入されてるわ」

「命令通り、ミッションを遂行しなさい」
――――――

少女「ステルス迷彩――――――読み通りだったな」ピン!

特殊部隊「!」

特殊部隊「グレネード!」

特殊部隊「小娘がっ!」ズババババ!

少女「…………面倒だな」

少女「――――――!」シュッ

特殊部隊「!」

バァーン!

特殊部隊「スモーク!」

特殊部隊「撃つな! ここは退け! 想定外の事態が起きた!」

特殊部隊「ここは俺にまかせろ!」

少女「…………面白くない」シュッ

特殊部隊「うおおおおおお!」 ――――――突き出されたナイフ!

少女「うすのろが!」ヒョイ、ガン! ――――――軽くいなして背後に肘打ちを浴びせる!

特殊部隊「があっ!?」

特殊部隊「退け! 退けぇ!」ズババババ!

特殊部隊「くっ」タッタッタッタッタ!

少女「――――――『殺さない』というのは!」

少女「逃すと思うか?」パチン!

特殊部隊「!!??」


秘密警備隊“ブレードランナー”が地下秘密区画に防衛の網を仕掛けて待ち構えていた頃、

たった一人でISも展開することなく屈強な男たちで組織された特殊部隊に立ち向かう少女――――――。

少女と言うにはあまりにも殺伐とした雰囲気を醸し出しているそれが指を鳴らすと、

システムダウンの通路の暗闇を斬り裂くかのような一筋の光が稲光のようにギザギザとした軌跡を一瞬だけ描いて、

IS乗りと遭遇して即 脚を射ち抜かれた仲間を抱えて退却をし始めた――――――小娘ごときに尻尾を巻いて逃げ出す特殊部隊の脛を一斉に薙いだのだ!

1射で逃げ腰の標的全てを立てなくすることができなければ、間髪入れずにもう1射の光が無事だったやつを狩り尽くす。

あっという間に屈強な男たちが闇の中でもがき苦しんでのた打ち回り、全員が自身や仲間の脛から溢れ出る血の池に浸されるのであった。

それを見て少女はゴーグルによって目許はわからないが口をニタリと曲げて、手にした拳銃を改めて這い蹲る屈強だった男たちに向けるのであった。


特殊部隊「うわあああああああああああああああああ!」

特殊部隊「なんだと!?」ドサッ

少女「お前たちは運がいい」パン! パン!

特殊部隊「がああああああ!」ジタバタ

特殊部隊「脚があああ! 手がああああああ!」ビッシャー

特殊部隊「やめろ! 撃たないでくれぇえええ……!」ジョーーーーーーー

――――――
「いい子よ、M」

「楽しみにしているわ」
――――――

少女「…………ふん」パン! パン!

少女「さて――――――、」ガサゴソ

少女「国籍はアメリカで間違いないが…………」

――――――
「そうね。システムダウンの混乱に乗じて一挙に突入を行うものだと思っていたのだけれど」

「いつでも突撃できる監視体制を整えておいて対IS兵器も無しに見事に罠に掛かってくれた」

「どうやら、火事場泥棒をやろうとしてミイラ取りがミイラになったようね」

「…………ふがいないわねぇ」ボソッ

「これでIS学園に多大な借りができて、アメリカの国際的信頼は失墜して、大いなる不和の種が飛び散るわね」

「くれぐれも余計なことはしないでちょうだい、M ?」

「あなたに与えられた任務はIS学園への背信行為の生き証人を確保すること。自害なんてされないようにちゃんと見張っていてね」
――――――

少女「――――――生きてさえいればいいんだろう?」ニヤリ

特殊部隊「うぅ…………」コソコソ ――――――倒れたフリからの不意討ちを狙う!

少女「フン!」パン!

特殊部隊「あ、ああ…………?!」バキーン! ――――――だが、あっさり見抜かれて拳銃が銃弾によって弾かれるのであった。

――――――
「そうね。喋ることさえできればなんだっていいわ。あとは好きにしていいわよ」
――――――


少女「よし」ニター

特殊部隊「あ、あああ…………」ガタガタ

少女「ん」


ヒュウウウウウウウウウウン!


隊長「!」

特殊部隊「た、隊長…………」

隊長「お前たち……」アセタラー

少女「アメリカ第3世代型『ファング・クエイク』……」

隊長「仇はとってやる」ジャキ

少女「少しは楽しませてくれそうだな。ついでにその機体もいただくとしよう」スチャ ――――――赤外線ゴーグルを外す。

隊長「!?」

少女「――――――展開!」ピカーーン!

特殊部隊「!?」

隊長「まさかその機体は――――――、いやお前は――――――!?」

少女「フッ」



少女はゴーグルを外して素顔を見せたことにより、その場にいる全員が慄いたのに悦に感じながら、高らかにISの展開を宣言するのだった。

小柄ながら単身で不敵に立ち塞がった少女は暗闇の中で妖蝶へと羽化するのであった。そう表現するのが相応しいぐらいに奇怪なフォルムのISであった。


――――――その妖蝶の名は『サイレント・ゼフィルス』。


しかしながら、ここはアリーナほどの空間的広がりもない何の変哲もない冷たい通路であり、妖蝶が羽ばたくには狭すぎるように見えた。

また、その奇抜なフォルムからどこの国が設計したのかがわかってしまうようなゲテモノ機体であったのだが――――――。




















一夏「……どうなってる、これは!?」


少女「フッ」

隊長「くっ」


一夏「何だあの機体は?! あっちのはアメリカ第3世代型IS『ファング・クエイク』のように見えるけど――――――」

――――――
友矩「…………データ照合完了。シークレットデータベースに登録されている機体――――――っ!?」

友矩「あれはイギリス第3世代型IS『サイレント・ゼフィルス』!? 『ブルー・ティアーズ』の改良2番機の位置づけの機体?!」

友矩「いや それよりも、――――――アメリカとイギリスが最新鋭機を投じて水面下で争いを?」
――――――

一夏「どうすればいい?」

――――――
友矩「何もしなくていいです。どちらが味方で――――――いや、どちらかが味方であるかどうかさえも怪しいからには傍観です」

友矩「“ブレードランナー”は気付かれないように撤収して」

友矩「おそらくは一流のドライバー同士の殺し合いです。そして、この狭い通路内での戦いとなれば少なからず互いに消耗するはずです」

友矩「どちらが勝っても、そこから万全でない状態でこの地下秘密区画を突破できるという楽観的予測はしないと思います」

友矩「こちらとしても、セキュリティ回復に専念するためにできる限り迅速な侵入者の排除を求められてはいますが、」

友矩「IS相手の大立ち回りを1日に複数相手にするだけの余裕はありません」

友矩「よって、ここはできるだけ侵入者同士を鉢合わせにして潰し合いをさせます」

友矩「現在 監禁されている一般生徒や職員の方には悪いですが、確実性を採らせていただきます」
――――――

一夏「わかった。気づかれないうちに撤退するからどこまで退けばいいかナビゲートを」ソソクサ・・・



少女「――――――見つけた」

隊長「言った側からまた油断……、馬鹿は死ななきゃ治らない――――――」ニター

少女「ああ……、お前にはもう飽きた」

少女「――――――死ねっ!」ザシュ

隊長「グフッ!?」ガハッ

少女「もっとも絶対防御のおかげで死にはしないか。――――――死ぬほど痛いだけで」ニター

隊長「ぐぁあ…………」ドサッ


“仮面の守護騎士”こと豊胸くびれうなじおしりがグッドな擬態ISスーツをまとった、

“ブレードランナー”織斑一夏が密かに駆けつけた時には、所属不明のIS乗り同士の戦いはすでに大勢が決していた。



まず、状況と背景を説明しよう。

特殊部隊――――――アメリカの非正規特殊部隊“名も無き兵たち”の“隊長”の機体がアメリカ第3世代型IS『ファング・クエイク』であり、

アメリカ代表操縦者であるイーリス・コーリングのものとは違って、あちらが国際IS委員会における査定や試験装備の運用を前提にしたものに対して、

こちらは光学迷彩を搭載したステルス仕様であり、特殊部隊機らしくきっちり取り回しのいい銃火器などを取り揃えていた。

その他にも、ISのない主力である他の隊員たちの突入を支援するための妨害電波や破壊工作の装備も後付装備に入っており、

まさに施設に突入する特殊部隊の司令塔としての役割を持った機体となっており、

アラスカ条約で禁止されているはずのISの軍事利用化を最たるカスタマイズが施されたものであった。

そもそも、このアメリカ第3世代型IS『ファング・クエイク』の性能に関して言えば、

さすがは合理性の追求が絶対のアメリカという国のお国柄らしく、第3世代兵器とかいう不安定な兵器の搭載は避けて、

拡張領域の搭載によってマルチロール機になった第2世代型ISのブラッシュアップして汎用性と安定性を強化したのがこの『ファング・クエイク』であり、

簡単にいえば、第2世代型ISの傑作機である『ラファール・リヴァイヴ』をアメリカ風にごつく 第3世代レベルに強化した機体が『これ』である。

つまり、基本性能に関して言えば、汎用機としては極めて高水準にまとまっており、

軍事大国であるアメリカがかつて開発を進めていたハイテク強化服:ランドウォーリアの発展型とも言えるものなのである。

なので、基本性能に関して言えば申し分なく、あとは汎用機ゆえの装備の選択とドライバーの実力次第であらゆるミッションに対応可能であった。

ついでに言えば、この非正規特殊部隊“名も無き兵たち”が装着している光学迷彩付きのスニーキングスーツはランドウォーリアの正当発展型であり、

女性用のランドウォーリアの発展型がISならば、ISに乗れない男性にはIS技術で得た光学迷彩を施したスニーキングスーツが開発されていた模様。

しかも、ISのハイパーコンピュータを利用したことで実現した量子コンピュータによって飛躍的向上した精密工業力によって、

強靭な防護服の開発に成功しており、それが光学迷彩付きのスニーキングスーツにまで発展しているのだからISじゃなくても十分に凄いものになっている。

一方で、実はアメリカ最新鋭の第3世代機『ファング・クエイク』は世間一般に向けた戦略的には手を抜いた機体であり、

実際の本命は現在 ハワイで試験運用となっていた『銀の福音』という第3世代機であった…………。


一方で、侵入してきた特殊部隊の迎撃を“ブレードランナー”に代わって行ってくれていたのが、

“M”というコードネームを与えられた謎の少女兵士が駆る『サイレント・ゼフィルス』と呼ばれるイギリス第3世代型ISであった。

機体データは国際IS委員会にはすでに提出されていたらしく、位置づけとしては『ブルー・ティアーズ』改良2号機であり、

英国面として揶揄されるいかにもイギリスらしいセンスが光る“妖蝶”を彷彿させる巨大なウィングスラスターが印象的であった。

データによれば、この機体はBT兵器の試験機の2号機として新たなBT兵器であるシールドビットの運用を前提としつつも、

1号機である『ブルー・ティアーズ』で見られた第3世代兵器 特有の欠陥である使用中のPIC使用不能の不具合をある程度 改善しており、

それにより、高速化するISバトルにおいていちいち足を止めることなく、『ブルー・ティアーズ』の元々のコンセプトであった、

遠距離狙撃型らしい戦い方をストレスなく実現しており、ビットを撒いて逃げながら距離をとって狙い撃つ戦法が狙いやすくなっている。

ここで更に、BT兵器搭載試作2号機としてわかりやすい強化点として、主力のBTレーザーライフル『スターブレイカー』は複合武器となっているのだが、

ここでもまた英国 独特のセンスを発揮して、よせばいいのにまたもや余計なことをして頓珍漢な仕様になっていた。

1号機の『ブルー・ティアーズ』以上の出力のBTレーザーと大口径の実弾兵器に使い分けられるという一見すると順当な強化に見える代物だが、

欲張りすぎて、たたでさえ1号機の『ブルー・ティアーズ』のレーザーライフルが巨大であったために取り回しが悪かったのに、

それを遥かに超す巨大な武装に発展しており、その上で銃身を大剣として使えるように特異な形状に加工してあるのだ。

その結果、元々の取り回しの悪さが更に悪化して、大剣として扱うにしても狙撃銃として扱うにしても中途半端なものになってしまったのだ。

それ故に、使いやすくなったBTビットを主力にした立ち回りが基本となり、せっかく強化されたBTレーザーライフルはサブウェポン扱いである。

こういった記録が試作段階での運用記録に寄せられており、そんな機体をわざわざ使っているこのMという少女はいったい…………?



しかしながら、戦いの結果は先の通り、Mが駆る『サイレント・ゼフィルス』に軍配が上がっていた。

――――――それはなぜなのだろうか? 

実力の差もあるのだろうが、交戦しているのは派手な特徴はないが堅実に高水準にまとまった汎用機である『ファング・クエイク』であり、

こういった場合は、『ファング・クエイク』の堅実さに対する『サイレント・ゼフィルス』のトリッキーさで翻弄したことが考えられる。

状況としてはシステムダウンによる暗闇に閉ざされた狭い通路であり、取り回しの悪い『スターブレイカー』はまず使うことは難しい。

一方で、この『ファング・クエイク』は特殊作戦仕様なのでこういった閉ざされた屋内戦闘で使いやすい武装が入っているので、

基本的な立ち回りに関して言えば、『ファング・クエイク』が圧倒的優位に立つことは読者にも想像がつくことだろう。


しかしながら、イギリス第3世代型IS『サイレント・ゼフィルス』が『ブルー・ティアーズ』の後継機であるという事実を忘れてはいないだろうか?


『ブルー・ティアーズ』の特徴といえば、一撃必殺があり得ないISバトルの高速戦闘においてミスマッチの遠距離狙撃型という点以外に、

第3世代兵器である機体と同名の『ブルー・ティアーズ』というビット兵器を展開できるのが特徴であった。

こういったビット兵器――――――それによるオールレンジ攻撃というものは単純に同時発射できる砲門数や射角制限がなくなり、

それだけで単一目標に対する火力や命中率が向上するために、1発辺りの威力は他の武器に劣るだろうが確実性においてはこれに勝るものはない。

実は、『サイレント・ゼフィルス』における第3世代兵器『ブルー・ティアーズ』は1号機の4つに対して6つに増えており、

更には1号機の『ブルー・ティアーズ』の形状が羽のように大きなもの対して、2号機であるこちらは非常にコンパクトなものに小型化されていたのだ。

わかりやすくいえば、『ブルー・ティアーズ』のものはスーパードラグーン、『サイレント・ゼフィルス』のものはまさしくファンネルである。

つまり、より数を増やし、より小型化され、更には第3世代兵器の欠点であるPIC使用不能の不具合が解消されていることを踏まえれば、

実質的に“隊長”の駆る『ファング・クエイク』は狭い通路内で『サイレント・ゼフィルス』+6つのビット兵器からの同時攻撃を受けることになり、

手数においても機動力においても勝る『サイレント・ゼフィルス』の圧倒的な空間制圧力の前に屈するほかなかったのである。

となれば、攻撃が当たらない場所――――――すなわち敵ISの懐に飛び込みたいところではあったが、

ここで『サイレント・ゼフィルス』においてはお荷物であったはずのデカブツ『スターブレイカー』が図らずも狭い空間において巨大な障壁となり、

更にはミサイルビットの代わりの新開発のシールドビットが『ファング・クエイク』からの直撃を防ぎ、攻撃の勢いを削ぐので、

普通の特殊作戦機として普通の攻撃手段しか持たない『ファング・クエイク』としては攻めあぐねるのは必然であった。

元々、ISが史上最強の兵器として君臨していたのも、相手が数発で倒れる前提の通常兵器ではダメージを与えることが極めて難しかったからであり、

旧世代の強化服:ランドウォーリアの延長線的設計思想の『ファング・クエイク』の装備では突破は困難を極めた。

そして、ダメ押しとばかりに、“名も無き兵たち”の“隊長”とMと呼ばれるこの少女の実力を比べると圧倒的にMの方が上手であり、

総合的な機体性能では『ファング・クエイク』の方が優れてはいたものの、『サイレント・ゼフィルス』のトリッキーな機体特性も合わせて、

水面下で行われていたこのアメリカとイギリスの最新鋭の第3世代機同士の対決はこうして“妖蝶”の快勝という結果に終わったのである。
















一夏「どうだった? 結果は――――――?」

――――――
弾「あのゲテモノ――――――『サイレント・ゼフィルス』の圧勝だったよ」

弾「でも、見間違いかな?」

弾「あのビットから放たれるBTレーザー?ってのが曲がったように見えたんだが…………当たってないはずなのに当たってる疑惑の判定が」

友矩「おや、やっぱり眼はいいんですね。さすがです、“トレイラー”」

弾「え?」

友矩「そもそも、『BT兵器』とはどういった第3世代兵器のことかわかりますか?」

弾「あれだろう? イギリス独自の改良エネルギー兵器の総称だろう?」

弾「一応、アニメのようなエネルギー兵器ってのは第1世代の段階でも実用化はされてはいたけれど、まだまだ改良の余地があってさ?」

友矩「まあ、それはそれで正解です」

友矩「しかし、『なぜそれが第3世代兵器なのか』については答えられてませんね」

弾「第3世代兵器――――――イメージ・インターフェイスを利用した自由度の高いこれまでになかった形の兵器群」

弾「確かにその定義からすれば、どこをどうとったらBTエネルギーとビット兵器が結びつくんだ?」

弾「どう考えても、BTレーザーの技術とビット兵器の技術は別物に思えるのに、どうして一纏めになってるんだ?」

弾「現に『サイレント・ゼフィルス』の戦い方を見ても、ビット主体で戦っていたんだからさ?」

弾「凄いぜ。『ブルー・ティアーズ』と比べると凄く動きが滑らかで狭い空間の中をホントに蝶のように舞う感じで戦ってたんだから」
――――――

一夏「そうか。相手(仮)は狭い空間で有利な機体なのか……」

一夏「これは管制室から援護してもらわないとか?」


――――――
友矩「――――――『種明かしをすれば』ですよ?」

弾「お、おう……」

友矩「先程“トレイラー”が言った、『レーザーが曲がったように見えた』と言うのは、」

友矩「――――――あれは事実なんです」

弾「マジで?! ホントに曲がってたの!?」

友矩「これこそが『BTレーザー』というよりは、『BT兵器』の特徴でしてね?」

友矩「そもそも、『BT兵器』と呼ばれているビット兵器『ブルー・ティアーズ』がどうしてイメージ・インターフェイスに対応しているかわかりますか?」

弾「え? ――――――第3世代兵器だからだろう?」

友矩「では、具体的にはどういった原理を利用して第3世代兵器を実現しているか、わかりますか?」

弾「わかんねぇよ、そんなの!」
――――――

一夏「…………あれだけの超常現象を起こしているように見えるIS技術だけれども、」

一夏「あくまでも超常現象の源はISコアただ1つだけであり、それ以外ISを構成している部品の全てが既存技術でできているんだから、」

一夏「何だろう? 通信チップか何かで制御してるんだろう、第3世代兵器って言ったってさ?」

――――――
弾「あ、なるほど……」

友矩「はい。身も蓋もない言い方をすれば、ナノマシン制御で動いているものなんですよ」

友矩「ただ画期的な点は、『レーザーと一緒にナノマシンを飛ばす』という点でしてね?」

弾「え」

友矩「つまり、イメージ・インターフェイスに対応した光学的ナノマシンをレーザーと一緒と飛ばすことによって、」

友矩「理論上は、本体からの任意の命令軌道をISが翻訳してナノマシンに伝達させてBTレーザーの偏向射撃が可能だと」

弾「そう説明されると、本当にできそうな気がするな!」

弾「ホント、ISってやつは名の通り『無限の可能性がある』わけだな」

友矩「しかしながら、ナノマシン程度の大きさの機材だけでレーザーを偏向させることは理論上は可能とされていても実践が難しく、」

友矩「ある種 独自の繊細で大胆なイメージ・コントロール力が求められるために、」

友矩「イギリスでは国産の第3世代型IS『ティアーズ型』独自の適性である『BT適性』を持ったドライバー志望の娘を探してましてね」

弾「それに採用されたのが、あのイギリス代表候補生:セシリア・オルコットちゃんってわけかぁ(イエス、ナイスバディ!)」

友矩「しかしながら、今 読んでいるシークレットデータベースの報告書によれば、」

友矩「暫定1位の『BT適性』を持っているセシリア・オルコットですらまだBTレーザーの偏向射撃はできていないというのに――――――」

弾「あ」

友矩「今、地下秘密区画でアメリカの特殊部隊と単身で迎撃して全滅させた『サイレント・ゼフィルス』のパイロットは――――――」

弾「セシリアちゃん以上の『BT適性』を持った――――――?」

友矩「いや、しかし……、それほどの実力者でしかも最新鋭機をこんなところに投入するかな、普通?」
――――――

一夏「もしかして、イギリス政府が水面下で俺たちに対してメッセージに送っているのか…………」


――――――
友矩「ともかく、――――――情報が足りない! 足りなすぎる!」

友矩「誰が味方で、誰が敵なのかも、国際情勢が明らかになっていない今、我々が選べる道は限られている…………」

弾「…………今 『サイレント・ゼフィルス』は、アメリカだよな?――――――その特殊部隊を拘束して、」

弾「――――――いたぶってやがる」アセダラダラ

友矩「なんですって!?」

弾「うげぇ!? こいつ、ナイフで面の皮を剥ごうとしてんのか?!」ゾクッ

友矩「ん? それよりも『サイレント・ゼフィルス』のドライバーのあの後ろ姿は――――――」

弾「え? あ、あれ……?」
――――――

一夏「どうしたんだよ? 他に侵入者はいないのか? 表側の方はどうなってるんだ? 俺はこのまま待機でいいのか?」 

――――――
友矩「――――――“ブレードランナー”は待機」

弾「…………“オペレーター”」
――――――

一夏「わかった。何か動きがあったら逐一 教えてくれよ。ここは真っ暗で俺には何にもわかんないんだからさ」

――――――
弾「あ、ああ……。俺たちがお前を導いてやるよ。“トレイラー”は“お前の足”として、“オペレーター”は“お前の頭脳”としてな」

友矩「ともかく、現状維持です。表側の方も依然として大きな動きはない――――――いえ、異常に気づいて自衛隊が発進しました」

友矩「これなら、夕方になる前には救助活動が始まって表側の方は大丈夫なのではないでしょうか?」

友矩「そして、同時にこの学園の裏側に忍び寄る魔の手も退かざるを得なくなるはずです」
――――――

一夏「そうあってくれ」

一夏「それじゃ、引き続き『サイレント・ゼフィルス』の監視と、他に侵入者がいないかを――――――」

――――――
弾「あ、どこ行った、あいつ!? アメリカの特殊部隊はそのまま這いつくばっているけど!」

友矩「!?」

友矩「しまった、光学迷彩――――――!」

友矩「“ブレードランナー”! 『サイレント・ゼフィルス』が向かっている可能性があります! ――――――臨戦態勢!」
――――――

一夏「…………!」

一夏「どう出てくる? ――――――敵か、味方か?」

一夏「いや、あの背中越しからでもわかる、あの禍々しさは――――――」

一夏「――――――来た」(擬態ISスーツ+フルフェイスメットで傍から見て背丈178cm超のぴっちりスーツのモデル体型にしか見えない)


コツコツコツ・・・・・・






少女「…………フッ」(赤外線ゴーグルを装備して目許が見えない)

番人「止まれ。協力には感謝するがこれ以上 先に進むことは許されない」ジャキ

番人「お前は味方か? そして、お前が交戦してきた連中はどうした?」

番人「(ん? あの髪型、あの体格に、目許はゴーグルで見えないけどあの顔は、妙な懐かしさは――――――)」

番人「(いやいやいや! 『サイレント・ゼフィルス』が相手なら小型化されて増設された新型の『ブルー・ティアーズ』を警戒しないと!)」

番人「(それに、曲がるレーザーの脅威もある! いつでもシールドバリアーを展開できるように構えて――――――)」

番人「(大丈夫だ。今の俺は“ブレードランナー(♀)”として周りから認識されてる。ISを展開することに問題はない!)」

番人「(さあ、どう出る!?)」

少女「これが噂の織斑千冬の懐刀、学園にたびたび現れるという背高の“ゴースト”――――――」

番人「(やっぱり! こいつ、明らかに西洋人じゃないな!? むしろ、こいつは――――――)」

少女「フッ」

番人「答えろ! さもなくば撃つぞ」

少女「なあ、そんな仮面なんか外して素顔を見せてくれないか、」スチャ ――――――ゴーグルを外し、素顔を見せる!


――――――にいさん。


番人「!?」

番人「お前は…………?」


少女「やっぱりそうなんだ」パァ

番人「あ」

番人「――――――何が『そうなんだ』?」アセタラー

番人「(落ち着け! こんなものはまやかしに決まっている!)」

少女「にいさんは私のことを憶えていないようだけど、」


M/少女「私の名は“織斑マドカ”」


番人「――――――『織斑マドカ』だと?」

M「そう、マドカだよ、にいさん」

番人「えと………………」

番人「(落ち着けぇ! これは罠だ! 巧妙な罠なんだ!)」

番人「(冷静に対処しろ、“ブレードランナー”! 今 俺が背負っているものは何だ? 思い出せ、学園のみんなを助ける崇高な義務がある!)」

番人「(そうだ。たとえ、相手が千冬姉の中学時代の姿にそっくりだとしても、仮に俺たち姉弟の隠された妹だったとしても――――――、)」

番人「(向かってくるのならば――――――、)」


――――――人としての情けを断ちて、神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬り、然る後、初めて極意を得ん!


番人「(いくぞ! ――――――来るなら来てみろ、“織斑マドカ”ぁ!!)」

番人「早々に立ち去れ。警告はしたぞ」

M「ちょっとぐらい遊んでくれると嬉しいな」ニヤリ

番人「――――――殺気!(やはり、戦うしかないようだな!)」

番人「(――――――“オペレーター”!)」

――――――
友矩「これより交戦状態に入ります」

友矩「後は手筈通りにお願いします、“トレイラー”」

弾「わかったぜ。極力邪魔にならないようにするし、それとは別に何かあったらすぐに知らせるから」

友矩「さて、これは手は抜けない! 地の利を活かして何としてでも『サイレント・ゼフィルス』を撃退する!」

友矩「(落ち着け! タイミングを見誤らなければISを無力化することなど実に容易い。ここはそういった仕掛けが大量に仕込んであるんだ)」

友矩「(しかし、――――――“織斑マドカ”? “マドカ”“円”“まど花”“円香”――――――“円夏”)」
――――――

番人「――――――警告は無駄だったようだな」

番人「排除を開始する」ジャキ ――――――グレネードランチャー!

番人「逃げるのならば今のうちだ」ゴゴゴゴゴ・・・

M「ふふふ」スチャ ――――――ハンドガン!

M「にいさんなら、私を楽しませてくれるよね?」ニタァ


バァアアン!


こうして謎のエージェント“織斑マドカ”と仮面の守護騎士“ブレードランナー”の暗闘が始まった。






チュドーーーン! ゴォオオオオオオオ!

M「フッ」タタタタタ!

番人「ちぃ(――――――なんて身体能力! 並みのISドライバーを軽く凌駕している! 代表候補生では相手にならないな)」

M「ふふふ」バンバン!

番人「だが!」ヒュンヒュン

M「むっ」

番人「そんなもの、避けるまでもない!(このまま組み伏せてISを展開したところを『零落白夜』で一瞬で終わらせる!)」シュッ

M「ちっ、あのISスーツは“名も無き兵たち”が採用している防弾繊維よりも強靭か」

M「なら、こんなものはもう要らない(そう、そうでないと! そうでなければおもしろくない!)」ポイッ

番人「うおおおおおおお!」

M「にいさん、足元がお留守だよ」シュッ

番人「(―――――― 一瞬で屈んで足払い!)」

番人「けど!(いいところにボール!)」

M「!」

番人「そっちこそ急所をさらした!(――――――瞬間展開! PICサマーソルトキィィック!)」クルリン!

M「くっ!」ヨロッ

M「ふんっ!」シュタ!

番人「敵ながらあっぱれな身のこなしだな(足払いに屈んだところをお見舞いしたサマーソルトキックを反射的に宙返りで受け流したか)」

M「ふふふふ、――――――楽しい、楽しいよ、にいさん!」ニタァ


最初に銃弾を放ったのは“ブレードランナー”の方であった。

“ブレードランナー”のIS用汎用グレネードランチャーに装填されていた火炎弾がシステムダウンの暗闇に包まれた通路を赤々と照らす。

この時、“ブレードランナー”は最初から相手を再起不能にするつもりで容赦なく火炎弾を放っており、

もしこれで相手が火だるまになっても鎮火用の消火弾が腰のタクティカルベルトにストックされているので死なない程度に焼き殺すつもりであった。

しかしながら、対峙することになった謎のエージェント:Mは驚異的な瞬発力で放たれたグレネードランチャーの弾を潜り抜けて、

システムダウンの暗闇を赤々と照らす炎を背にして、手にしたハンドガンで“ブレードランナー”の急所を的確に狙い撃つ。

使用されている弾丸は“名も無き兵たち”の世界トップクラスの耐弾性を誇る強化服を打ち破るほどの小口径ながら破格の破壊力のものだったが、

驚くことに“ブレードランナー”が着ている擬態ISスーツはそれを上回る耐弾性を見せつけ、

Mが驚き 息つく間もなく“ブレードランナー”はこちらに距離を詰めてきたMに対して逆に大きく迫り、

体格差を活かして組み伏せようとMの視界いっぱいに見る者を畏怖させる何かをまとって飛びかかったのであった。

ところがところが、“ブレードランナー”とエージェント:M――――――互いに相手の二手三手先を行くアクションの応酬を見せつけあう。

今度は“ブレードランナー”の攻勢にMが防御する番になったが、

Mは怯む様子もなく、体格差を逆に利用して一瞬で“ブレードランナー”の視界から消えたかのような動きを見せ、

屈んだ直後に完全に無防備の“ブレードランナー”の足元に向けて渾身の足払いをMがお見舞いしようとする。

だがだが、“ブレードランナー”は瞬時にMが屈んだことを理解し 次なる状況を把握すると、

屈んだことによって“ブレードランナー”の身体全体が見えなくなり、頭の位置がちょうどよく実に蹴り上げやすいところにあると思った瞬間、

『白式』の上半身だけを瞬間展開してPICによる慣性制御を一瞬だけ得て、物理法則を曲げてサマーソルトキックに繋げたのである!

これには屈んだことによって姿勢が固着化してすぐには動けないことを悟っていたMの肝を冷やすことになった。

だが、これで凄いのは、すぐには動けないはずなのに“ブレードランナー”の容赦無い蹴り上げを間一髪で宙返りして受け流したMの身体能力であった。

言うまでもないだろうが、“ブレードランナー”の実力は世界最強のISドライバー“ブリュンヒルデ”に準じるレベルであり、

並みの代表操縦者や格闘者ならば、この物理法則を曲げたサマーソルトキックが見事に顎や鼻、額などの急所に突き刺さり 一発 K.O.である。

それを反射的に避けられたMの身体能力は“ブレードランナー”と同等のものがあると言えるだろう。

ただ、格闘戦においては重量のある方が有利であることから、両者の実力が互角ならば体格の大きい方が俄然有利であった。


だが、“ブレードランナー”を“にいさん”と呼び、自らを“織斑マドカ”と名乗るMは不気味なまでの歪んだ歓喜の相を浮かべるのであった。



M「そろそろ本気で遊ぼう、にいさん」ニタァ

番人「――――――来るか!」ポイッ

M「――――――展開!」ピカァーン!

――――――
友矩「…………!」ゴクリ
――――――


M「ふふふ」(IS展開)


番人「――――――『サイレント・ゼフィルス』」

番人「お前、“マドカ”とか言ったか?」

番人「その機体、どこで手に入れた? それはイギリスの最新鋭機だったはずだ」

番人「すでに学園にはデータ回収用の1号機が送り込まれているのに、なぜ改良2号機であるその機体がここに存在する?」

M「そんなことはどうだっていいじゃないか、にいさん。この機体の出処なんてものは私も知らない」

M「けど、にいさんと一緒に遊ぶのにはこれで困らないよね?」

番人「くっ」

番人「(何だ、こいつは? 何なんだ、こいつは…………? 千冬姉と同じ顔をしておいてその禍々しいものは…………)」アセタラー

番人「(待て、だが、恐れることはない。俺は“ブレードランナー”なんだ!)」

番人「(“人を活かす剣”の真髄をここで見せてやろうじゃないか!)」


――――――斯くの如くんば、行く手を阻む者、悪鬼羅刹の化身なりとも、豈に遅れを取る可けんや。


番人「(来い! 悪鬼羅刹の化身であろうとも俺はもう遅れはとらないぞ!)」

番人「(これで終わりにしてやる! 一瞬だ、――――――勝負は一瞬!)」


番人「………………」

M「………………」

ゴォオオオオオオオオオオオオオオ!

番人「……行くぞ」タタタッ!

M「にいさん。にいさんもISでやろうよ?」

M「でないと、――――――にいさん死んじゃうよ?」

番人「行けっ!」ジャキ、バァアアン! バァアアン! ――――――グレネードランチャー!

M「おっと」ヒョイ


チュドンチュドーン! ゴォオオオオオオオオオオオオオオ!




――――――こうして第2ラウンドが開始された。

しかしながら、エージェント:Mが『サイレント・ゼフィルス』を展開したのに対して、

“ブレードランナー”は専用機を展開することなく、第1ラウンドと同じく開幕にグレネードランチャーを乱射する。

狭い室内ではあるものの、『サイレント・ゼフィルス』の機動力は圧倒的であり、簡単に放たれた火炎弾を避けてしまう。

しかしながら、放たれた火炎弾は確実に轟々と激しい光と音を立ててこの狭い通路を更に赤々と照らす。

“ブレードランナー”が今 手にしているグレネードランチャーは6発入りの回転弾倉であり、

他にも装填できるグレネードはいろいろあったのだが、わざわざ全弾 火炎弾にしているのにはそれなりの理由があった。

まず、燃え盛る炎を狭い屋内で放つことで心理的な圧迫感や無意識の焦燥感を与えることができるという点。

次に、地下秘密区画の密閉構造を利用してガスマスクや耐火服を用意していない侵入者を炎で追い詰めることができる点。

最後に、対IS兵器としても非常に安定した火力を持っており、更に直撃すれば燃料油がまとわりついて容易に消化できない点。

この3つの点を持って、侵入者を殺さない程度に焼き殺す算段でいた。

当然ながら“ブレードランナー”の側としてはしっかりと対策を講じており、最終手段として自らが火だるまになって特攻することも考えていた。

しかし 地味ながら実に、対策を講じていない侵入者の側からすれば厄介この上ない迎撃手段であり、

施設の防衛のために自分から施設を放火するというやり口にはここに侵入を企てている者なら驚愕でしかないだろう。

なにせ、“ブレードランナー”が守っているはずの場所はIS学園の最重要秘密区画であり、どんな手を使ってでも守らなければ機密がそこにあるのだ。


――――――だからこそ、どんな手を使ってでも機密を守ろうと手段を選ばなかったのかもしれない。


いや、そうではないのだ。こういうやり方も普通に学園側も認めていたからこそ実行に移しており、

学園の絶対の中立を守るために侵入者を始末するためのあらゆる手段がとれるような構造にしてあるのが、この地下秘密区画なのである。

なので、たかだか火炎弾から発した火災ぐらいで地下秘密区画が灰燼に帰すようなことは決してない。

しかしながら、その中に閉じ込められた侵入者はどうなってしまうのだろうか?

つまり、施設は無事でも侵入者は見事に焼き殺せるようにしてあるのが地下秘密区画であり、

恐慌状態に陥った侵入者が壁を破壊して脱出を図ろうとしても、驚くことにこの地下秘密区画は大規模なシールドバリアーを張り巡らせることができ、

区画単位で包囲するようにシャッターと同時に展開してしまえば、戦略級兵器を使わない限り脱出不可の牢獄を作り上げることも可能なのだ。

それ故に、火炎弾で一帯を火の海にしたところをシールドバリアー付きで封鎖してしまえば、余裕で侵入者を始末することができてしまえる。

それを“ブレードランナー”は狙っており、少しずつだがそのエグさが侵入者に伝わり始めるのであった。



――――――
友矩「では、区画を閉鎖しますよ、“ブレードランナー”」ポチッ
――――――

M「くっ……(――――――息苦しくなってきた、だと?)」コホッコホッ

番人「これで全弾 撃ち尽くした。これはもう要らない(さあ、高感度センサーでシャッターがノロノロと閉まっていくのが感じられるはずだ)」ポイッ

番人「さて どうする? この炎の牢獄とその番人を突破する余裕なんてあるのか、“マドカ”?」

M「ふ、ふふ……」アセタラー

番人「どうした? 上も下も横も炎炎炎で立ち竦んでるのか?(これが閉所における火炎弾の威力だ! ISと言えども容易には突破できない!)」


番人「…………退け。今なら見逃してやる」


M「なに?」

番人「このままだと、お前は確実に炎に絡め取られて息絶えるぞ」

M「………………」

番人「(いくらISが史上最強の兵器とは言っても、それを動かす本体への保護が十分でなければどれだけ強力な機体であっても無意味)」

番人「(そして、こちらはこの状況に耐え得るだけの耐火服とガスマスクを備えた万全のISスーツであり、)」

番人「(“マドカ”の『サイレント・ゼフィルス』の本体部分の装甲はほとんどないと言える。バイザーがある程度)」

番人「(そんなんで、この炎の牢獄を突破できるとでも思っているのか?)」

番人「(まあ……、悔しいけれど、この擬態スーツのおっぱいにフィルターを容れる余裕があるから実現できた戦法なんだよな…………)」



ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


番人「………………」

M「………………」コホッコホッ

M「そうか。やっぱりにいさんは強い」

M「まだだ。こんなにも楽しい時間を終わらせるだなんてもったいない!」ニヤァ

番人「なんだと……(いったい何がこの少女をここまで駆り立てているんだ……)」

M「行くよ、にいさん!」

番人「…………これは本気で倒さなければならないか(――――――どう出る? 改良されたビット攻撃か? BTレーザーの偏向射撃か?)」


ヒュウウウウウウウウウウウウウウウン!


M「――――――!」

番人「――――――っ!」

番人「(やはり炎の中を勢い良く突破してきたか。そうだ、それしか安全に俺に迫る手段はない!)」

番人「(だが、そこを斬り落とすのが俺の狙い――――――)」

番人「(――――――だが、あれは『スターブレイカー』?! この距離で!? なぜあんなものを最後に展開した!?)」

番人「(馬鹿な、あの大型レーザーライフルがいくら大剣としての機能が付与されているとは言っても、ここでは明らかな――――――)」

番人「(――――――何かある!)」

番人「(そうとも。こいつは『ブルー・ティアーズ』の改良2号機だから俺やセシリアが知らない何かが――――――そうか!)」

番人「うおおおおおおおおおお!(――――――雪片、抜刀!)」ブン!

M「フッ」


ゴォオオオオオオオオオオオオオオ!


番人「…………っ!」

M「なっ」




戦いは第3ラウンドにまでもつれ込んでいた。

第2ラウンドは“ブレードランナー”が辺り一面をグレネードランチャーの火炎弾で火の海にするところで終わった。

Mはどうやら自身が言っていたように『ずっと続けていたい遊び』として、殺さない程度に焼き殺すつもりの攻撃を嬉々として躱すだけだったのだが、

『遊び』のつもりでいるMに対して“ブレードランナー”は本気で再起不能にする気でいたので、

徐々に火の手が通路を覆うことによって、歪んだ歓喜の相を浮かべ続けていたMの余裕も徐々に息苦しさと共になくなっていった。

しかし、“ブレードランナー”が最後のお情けとして見逃すことを提案しても、Mは一向にこの戦いから退く素振りを見せないのである。

だが、Mとしてもこれ以上は限界であることはこれまで経験したことのない息苦しさから理解はしていたようであり、

更には、目の前の炎の牢獄の番人たる“ゴースト”と噂される背高ナイスバディの仮面の守護騎士はまだISを展開すらしていないのだ。

明らかに状況としては、己が追い詰められていることを嫌でも認めざるを得ないものとなっており、

ここに至り Mは『ここが潮時だ』と内心 うるさく繰り返された度重なる撤退命令を無視し続けてきてようやく意を決した。

最後の悪足掻きとばかりに意を決して『サイレント・ゼフィルス』を炎の牢獄へと飛ばし、その勢いで炎の檻を打ち破り、

勢いに乗ってそのまま圧倒的優位を誇っている“ゴースト”に巨大な大剣となっている狙撃銃『スターブレイカー』を振り上げて迫ったのであった。


一方、“ゴースト”と仇名された“ブレードランナー”はその瞬間に勝利を確信していた。

第3世代兵器『ブルー・ティアーズ』による圧倒的な空間制圧力を誇るのに『遊び』と称してそれを使わない、あるいはこの炎の中では使えないために、

『サイレント・ゼフィルス』が接近戦を挑んできたというのは、“ブレードランナー”からすればまさに格好の獲物であり、

専用機『白式』の単一仕様能力『零落白夜』による一撃必殺を狙える間合いにまで敵が自分から入り込んできたことに勝利を確信したのだ。

それだけ、“ブレードランナー”は己が振るう剣の腕――――――ひいては格闘戦における絶対の自信があったのだ。

勝負の結果は轟々と音を立てて燃え上がる炎に包まれて陽炎のごとく“ゴースト”だけがゆらゆらと立ち尽くすものかと思われた。

しかし、絶対の勝利を確信していた“ブレードランナー”にふと静電気の火花のようにある疑念と閃きが脳裏に走った。

相手は『ブルー・ティアーズ』の改良2号機なのである。それこそ自分や1号機の専属であるセシリア・オルコットが知らないような何かが――――――。

そう思った瞬間、――――――次の一瞬の攻防で勝敗が決したのであった!


――――――まさしく勝負は一瞬。けれども、その一瞬にどれだけのことが頭の中を巡っていったことか。




ズバァアアアアアアアアン!
ヒュウウウウウウウウウウウウウウウン!


番人「――――――仕留め損なった、か」

M「…………やっぱりにいさんはすごい」ニタァ

番人「……違う。断じてお前の“にいさん”ではない(その歪んだ笑みにはいったい何があると言うのだ……)」

M「それじゃあね。『帰れ』『帰れ』うるさいから今日はここまで。またいつか……」







ヒュウウウウウウウウウウウウウウウン・・・・・・      !







番人「………………」

番人「――――――“織斑マドカ”」

番人「……いったい何者なんだ?」


ゴォオオオオオオオオオオオオオオ!


番人「………………」スッ ――――――タクティカルベルトから消火弾を取り出す


ポイッ、コロコロコロ・・・バァアアン! ゴォオオオホォォォォォォォォ・・・・・・


番人「………………フゥ」

番人「…………消火完了」

番人「…………ひとまずは、何とかなったのか?」


――――――
友矩「はい」

友矩「自衛隊の救援が到着しました。おそらく防衛に関してはこれで大丈夫でしょう」

友矩「IS学園との防衛協定に則り、自衛隊には学園司令室を通じてこちらが認可した領域まで入ってきてもらいます」

友矩「幸い、“ブレードランナー”が交戦した炎の牢獄と、アメリカの特殊部隊が転がってる場所は隔離できますから」

友矩「これで、侵入者の拘束や更なる警戒の必要はなくなりました。あとは自衛隊にまかせておきましょう」
――――――

一夏「そっか。ちゃんと自衛隊は駆けつけてきてくれたんだ…………」ホッ

――――――
友矩「大丈夫ですか? まだ学園全体のコントロールを奪還する大きな任務が残ってますが」

弾「おいおい、何とかならないのかよ?」

弾「電脳ダイブっていうのは精神を直接 電脳世界に送り込むんだろう?」

弾「あの修羅場を凌いだばかりなのに――――――、“ブレードランナー”を少しは休ませないと!」

友矩「――――――するかしないか、いつするかは“ブレードランナー”にまかせます」
――――――

一夏「……大丈夫だ、“トレイラー”。そんなに心配するなって」フゥ

一夏「俺はまだやれる」

一夏「千冬姉だって、“アヤカ”だって頑張ってるんだからさ?」ヨロッ

一夏「いやー、けど しんどかったー」

一夏「けど、あの娘は――――――」


――――――にいさん。



――――――
友矩「――――――“織斑マドカ”」 ――――――先程までの一部始終の記録映像を再生中

弾「そう言ってたよな? うわっ、中学の時の千冬さんそっくりだな、こりゃ確かに」

友矩「可能性としては、――――――非合法に造られたクローン人間か、――――――織斑千冬に似せて造られたチャイルドソルジャーか」

弾「どっちにしても厄介なやつが現れたもんだぜ……」

弾「だって、資料によれば『BT適性』が一番高いはずのセシリアちゃんにはまだできてないBTレーザーの偏向射撃をやってみせて、」

弾「アメリカの最新鋭機をコテンパンにやっつけちまったんだもんな……」
――――――

一夏「なあ、“トレイラー”?」

――――――
弾「どうした?」
――――――

一夏「あの娘に会ったことはないか?」

――――――
弾「え?」

友矩「それはつまり――――――、」


――――――本当の妹である可能性があると?


――――――

一夏「――――――『無い』とは言い切れないだろう?」

一夏「たぶん、千冬姉の中学時代に似通っていたから10歳ぐらい下の娘だと思う――――――」

――――――
弾「無い無い! それは絶対に無い!」

弾「そんなバイオレンスな妹に会っていたとしたら記憶に焼きついてるっての!」

弾「それに、年頃の女の子とは思えないようなモニター越しに伝わるあの禍々しさは何だってんだ?」

弾「あれか? 友矩が言うように、誘拐されてチャイルドソルジャーに仕立て上げられた影響ってやつか?」

友矩「…………!」

弾「でも、逆算したって精々あの“マドカ”ってやつは15ぐらいなんだろう――――――?」

友矩「いえ、案外その線は悪くもないかもしれませんよ」

弾「え?」


友矩「一夏の両親に会ったことがありますか? 僕は大学時代に知り合ったからそれ以前のことは知らない」


弾「え? いや――――――あ」

友矩「つくづく、織斑姉弟の影響力は凄いもんだね……」

友矩「“ブリュンヒルデ”織斑千冬の妹が仮に存在していたのなら――――――」

弾「!」
――――――

一夏「もしかして10年以上前の記憶を思い出せない理由ってのは――――――」

――――――
友矩「――――――けど、話はここで打ち切りです」

弾「え」

友矩「やるべきことが残されています」

弾「あ」
――――――

一夏「わかっているさ、“オペレーター”」

一夏「電脳ダイブしよう」

――――――
弾「……“ブレードランナー”」

友矩「場所はいつものところじゃないのはわかってますよね?」

友矩「今までのは独立したサーバに仮想空間を創り出すために用意された『特別な治療機器』です」

友矩「今度のはこのIS学園の基幹システムに直結した『特別なメンテナンス機器』です」

友矩「くれぐれも基幹システムを仮想的に破壊しないように気をつけてください」

友矩「そうなったらもうIS学園のコントロールを取り戻すどころじゃなくなるので」

友矩「こちらも片手間に進めてはいましたが、これはなかなか手強い…………」

友矩「最短ルートを表示します」

友矩「くれぐれも、今回の電脳ダイブに関しては任意であり、強制はしません。大事なことなので二回言いました」
――――――

一夏「わかった、“オペレーター”」

一夏「電脳ダイブするぜ」(大事なことなので二回言いました)


――――――いざ、電脳ダイブへ!


※電脳ダイブは表向きではアラスカ条約で全面禁止されているので『特別』なんです。



――――――
弾「ところでさ、“オペレーター”?」

友矩「何です?」ピピッピピッピピッ

弾「最後の“マドカ”との攻防なんだけど、辺り一面が火の海でカメラの映りが悪くて、」

弾「いったい何がどうなって“マドカ”が退くことになったのかがわからないんだけど……」

友矩「ああ それですか? 簡単に言えば――――――、」ピピッピピッピピッ


友矩「最初に足元に置いた『イリュージョンオーブ』を使って『白式』そのものを遠隔展開して攻撃を受け止めさせた隙に、」

友矩「その脇から『サイレント・ゼフィルス』に一撃必殺の『零落白夜』の光の剣で突いた」

友矩「しかし、“ブレードランナー”に匹敵する運動神経を持つ“マドカ”はまたもや間一髪で躱して、」

友矩「おそらくそれでエネルギーが危険域に入ったので撤退したのではないかと」


弾「え、えええ?」

弾「ま、まあ、“オペレーター”が言うのならそうなんだろうけど……、やっぱり映りが悪くて何が何だか…………」

友矩「では、順を追って説明しましょうか」カタカタカタッ

友矩「最初に『イリュージョンオーブ』を起動させたのはこの場面です」カチッ

――――――――――――

M「そろそろ、本気で遊ぼう?」ニタァ ← ISを展開するために一瞬だけだが思考の空白が生まれている

一夏「――――――来るか!」ポイッ ← この時に『イリュージョンオーブ』を投げている

M「――――――展開!」ピカァーン! ← 展開中、“マドカ”は閃光に一瞬 包まれているので見落とす

――――――
友矩「…………!」ゴクリ ← 『イリュージョンオーブ』という名の光学迷彩付きの魔改造ルンバの操作を開始
――――――


M「ふふふ」(IS展開)


――――――――――――

弾「あ、確かにルンバを投げてる」

弾「あれ? でも、なんで“マドカ”はそれに何の反応を示さなかったんだ?」

友矩「おそらく、ISを展開する一瞬の思考の空白に重なったものだと思われます」

友矩「プロのIS乗りはISを展開するのに1秒も掛かりませんが、」

友矩「そのために、本当に一瞬ですがそっちに意識が向けられて、思考の空白ができていたのではないかと」

弾「じゃあさ? 確かISのハイパーセンサーをいじるとゼロコンマの世界も認識できるようになるってそれっぽいこと言ってたよな?」

弾「割りとIS乗りを殺るんだったら、ISを展開しようとしているその一瞬の空白なんかが狙い目なんじゃねえか?」

友矩「論理的に考えればそうでしょうね」

弾「だろう?」

友矩「ですが、展開を確認して展開し終えるまでの一瞬に攻撃を当てられるかまでの物理的なタイムラグをどう克服するかの問題がありますね」

弾「ああ……、そりゃそうか」

弾「少し考えれば、『空中を歩く方法:右足を出したらすかさず左足を出し、またすぐに右足を前に出す』のと同じ机上の空論だったか……」

友矩「いえ、偶然が重なってその一瞬の隙を突かれて出落ちする可能性が万一あるということを知れたので、むしろいい発想でしたよ」

弾「お、そうか? やったぜ」パァ


友矩「そして、次はもう最後の場面まで飛びますが――――――、」

弾「おう、『イリュージョンオーブ』が勝敗をわける布石になったのはわかった。それで?」

友矩「あとは先程も言ったように――――――よし、これで少しは解像度や映像が綺麗になってみやすくなってるはず」ピピッピピッピピッ

弾「おお。ホントだ。前よりは見やすい(――――――けど、元々が暗闇で明かりが火炎弾の炎だから見づらいこと見づらいこと)」

友矩「“ブレードランナー”は『イリュージョンオーブ』に展開された『白式』を盾代わりにしたことで攻撃を防ぎ、」

友矩「その脇から『サイレント・ゼフィルス』に一撃必殺の『零落白夜』の光の剣で突いた」

友矩「しかし、“ブレードランナー”に匹敵する運動神経を持つ“マドカ”はまたもや間一髪で躱して、」

友矩「おそらくそれでエネルギーが危険域に入ったので撤退した――――――という流れです」

友矩「でも、詳しいことは本人から直接 訊けば確実です」


――――――――――――


ヒュウウウウウウウウウウウウウウウン!


M「――――――!」

一夏「――――――っ!」

一夏「(やはり炎の中を勢い良く突破してきたか。そうだ、それしか安全に俺に迫る手段はない!)」

一夏「(だが、そこを斬り落とすのが俺の狙い――――――)」

一夏「(――――――だが、あれは『スターブレイカー』?! この距離で!? なぜあんなものを最後に展開した!?)」

一夏「(馬鹿な、あの大型レーザーライフルがいくら大剣としての機能が付与されているとは言っても、ここでは明らかな――――――)」

一夏「(――――――何かある!)」

一夏「(そうとも。こいつは『ブルー・ティアーズ』の改良2号機だから俺やセシリアが知らない何かが――――――そうか!)」

一夏「うおおおおおおおおおお!(――――――雪片、抜刀!)」ブン!

M「フッ」


ゴォオオオオオオオオオオオオオオ!


一夏「…………っ!(――――――『白式』、ルンバから展開!)」

M「なっ」


――――――この時 Mは驚愕した。



Mはもはや大剣なのか狙撃銃なのかよくわからない巨大複合兵装『スターブレイカー』を振り上げて“ブレードランナー”に迫り、

“ブレードランナー”は得意の接近戦でかつ一撃必殺の間合いに入ったことから勝利を確信していた。

しかし、Mはこの咄嗟の一瞬の中に“ゴースト”に対する最大の罠を仕掛けていた。

そもそもMは“ゴースト”の正体を知っており、そして その専用機である『白式』の特徴についても元から知っているのだ。

つまり、この突撃は“ブレードランナー”の手の内を知った上でそれを利用したものであり、

この時 Mが咄嗟に思いついた戦法というのは――――――、

“にいさん”は間違いなく、デカブツの『スターブレイカー』を対処しつつ同時に得意の一撃必殺の『零落白夜』を叩き込んでくるので、

それを見越してこれまで使ってこなかった『ブルー・ティアーズ』にも一応 搭載されてきた近接武器『インターセプター』で受け止め、

そうして動きを止めたところに増設・小型化された第3世代兵器『ブルー・ティアーズ』で蜂の巣にするというものであった。

最初から『ブルー・ティアーズ』の全方位オールレンジ攻撃で空間制圧していれば、ここまで苦戦することはまずなかったのだろうが、

Mとしては『にいさんと遊びたい』心がありありとしていて、かつ炎の牢獄戦法という軽装のMでは対処不可能な迎撃手段を取られたこともあり、

殺さない程度に焼き殺すつもりでいる“にいさん”とは『遊び』を貫こうとしてその傲岸不遜とも言える余裕もあっさり崩されることになった。

なにせ、区画が閉鎖された密閉空間で勢いよく燃え盛る炎によって息苦しくなるわ、汗がどっと流れ落ちるぐらい室温が上がるわ、

エージェントとして極めて優れた戦闘能力を持つMではあったものの、所詮は年相応は未熟な肉体と精神性で場数も足りず、

意外にこういったことに対する耐性――――――すなわち根性や堪え性が圧倒的に不足しており、また小柄な体格なので相対的に熱に弱く、

自分でもわかるぐらいに思考が乱れることになり、更にはM自身が抱く“にいさん”への執着心が冷静な判断力と操作性度を鈍らせていた。

一方で、炎の牢獄の番人である“ブレードランナー”はこの作戦を使うにあたっての万全の装備をしており、

なおかつこれまでの様々な人生経験や体格の大きさからくる相対的な熱への強さから、こういった相手を文字通り焦らしてミスを誘う持久戦には滅法強く、

今日だって退屈で緊張続きの監視の時間をやり通してきたのだから、精神面から言ってもMでは話にならない根性と堪え性があるのがわかるだろう。

昔ならば――――――それこそMと同じくらいの年齢だったのなら、こんな持久戦による根比べは到底できなかっただろうが、

しかし、任務とはいえ、それを手段として自ら選び 耐え忍ぶ術を会得した彼はまさしく大人として雄々しく成長を果たしていた。

よって、燃え盛る炎によってシステムダウンの闇に包まれた通路は確かに明るく照らされてはいたものの、

Mは熱さや息苦しさに肉体的にも精神的にもジワジワと追い詰められていき、土壇場になって思いついた作戦にしてはよく考えついた方ではあったが、

時を経て、経験を積み、知恵を深め、己を磨き続けてきた“ブレードランナー”の年季の前にはまさしく児戯に等しかった。


――――――“ブレードランナー”は『サイレント・ゼフィルス』にも『インターセプター』にあたる近接武器があることを見抜いていたのだ。



果たしてどれだけの人がイギリス第3世代型IS『ブルー・ティアーズ』に搭載された『インターセプター』のことを把握していただろうか?

秘密警備隊“ブレードランナー”は基本的にIS学園に来ている国家代表候補生の情報なんかは興味があれば個人的に調べる程度であった一方で、

送り込まれた専用機――――――否、現在この世の中に送り出されているありとあらゆるISやIS技術の把握に力を入れていたので、

これまでのIS学園の公式戦においても一度も使われたことがないような武器の存在を一応は調べあげていた“ブレードランナー”のマメさの勝利であった。

となれば、相手の手の内が知れたので後はやり方次第でどうとでもなるというわけなのだが、

この間 実に1秒足らずであり、更に次の1秒足らずの時の中で迫り来る『サイレント・ゼフィルス』を仕留めなければならなかったので、

普通の人間からすればもはや為す術もなくMの勢いに呑まれてしまうように思えてしまう場面であった。

しかしながら、“ブレードランナー”はIS乗りであり、かつ常にISと共にある専用機持ちゆえに、

その思考はISのハイパーコンピュータによって活性化され、常人の数倍、数十倍、数百倍の判断処理力で無念無想の一手が下されたのである。

自分の足元には『イリュージョンオーブ』があり、あとゼロコンマで『サイレント・ゼフィルス』の大剣が届いてしまうだろう。

『サイレント・ゼフィルス』の『スターブレイカー』を躱すことぐらい“ブレードランナー”からすればわけないことなのだが、

問題は、『サイレント・ゼフィルス』を仕留めるチャンスはこの一度だけであり、同時に隠し持った『インターセプター』の存在が気になった。

そこで“ブレードランナー”は一瞬の刹那にとんでもない奇策に打って出たのである!

なんと――――――、


――――――『白式』のフレームそのものをアンロックして『イリュージョンオーブ』で遠隔展開させたのである。



さて、ここまで熱心に読んでくれている読者ならば、今作 初登場の『イリュージョンオーブ』についてその特性を把握していることだろうが、

『イリュージョンオーブ』という魔改造ルンバは本来は“ブレードランナー”のサポートメカとしての様々な支援機能を持たせているのだが、

共通してISからの遠隔操作に対応させるために行った改造の副産物としてIS装備の遠隔展開にも対応していた。

これは本来は“ブレードランナー”織斑一夏の『白式』が活用できる機能ではまったくなく、

先代“ブレードランナー”一条千鶴の『風待』の単独任務においてISでも進入できない領域でIS装備を遠隔展開して作戦遂行した時の改造の名残であった。

ご存知の通り、“ブレードランナー”の専用機『白式』は第1形態で単一仕様能力『零落白夜』が発動できる代償として、

拡張領域が固定されて使える武器が雪片弐型に限定されているだけでなく、それをアンロックして遠隔展開することすらできないので、

『イリュージョンオーブ』に備わったIS装備の遠隔展開機能を活かす機会は絶対にないと思われてきた。

しかし、この土壇場で驚くべき発想の大転換がなされ、『イリュージョンオーブ』の遠隔展開機能が勝利を紡いだのである。


――――――雪片弐型のアンロックが無理ならばそれ以外のアンロックできる箇所全てをアンロックして遠隔展開してしまえばいけるかも!


かくして、アンロックできない部分だけを残して、アンロックできる部分全てを『イリュージョンオーブ』から遠隔展開するという奇計奇策が成り、

その結果、Mが『スターブレイカー』を振り下ろした先の“ブレードランナー”を守る盾となるべく現れた無人の『白式』に攻撃が阻まれ、

呆気にとられたMを尻目に『スターブレイカー』に叩かれて倒れこむ『白式』の脇から“IS殺し”の一撃必殺の光の剣が飛び出す!






ズバァアアアアアアアアン!
ヒュウウウウウウウウウウウウウウウン!


一夏「――――――仕留め損なった、か(――――――『サイレント・ゼフィルス』。だてに“妖蝶”を象っているわけではなかったか)」

M「…………やっぱりにいさんはすごい(――――――シールドエネルギーが残り10%だけ、潮時か)」ニタァ

一夏「……違う。断じてお前の“にいさん”ではない(その歪んだ笑みにはいったい何があると言うのだ……)」

M「それじゃあね。『帰れ』『帰れ』うるさいから今日はここまで。またいつか……」


ヒュウウウウウウウウウウウウウウウン!


――――――――――――







一夏「ま、ざっとこんな感じだったかなぁ」

一夏「役に立ってくれたぜ、このルンバ ルンバ」ニッコリ

弾「土壇場になるとその人間の本性が現れると言うか、何をしでかすかわからないと言うか、これは…………」

友矩「本当ですよね。こんな使い方が土壇場に思いつくだなんて、何と言うか、その――――――」


友矩「――――――『PICカタパルト』を発見した“アヤカ”のようでしたよ」


弾「お、おう……(何だったっけかな、その『PICカタパルト』って…………)」

弾「でも、“オペレーター”もよくあれだけ視界が悪いのに一目 見てわかったよな……」

友矩「まあ、僕も“ブレードランナー”程ではありませんが、“アヤカ”と関わっていくうちに知らぬ間に影響を受けていたかもしれませんね」

友矩「ただでさえ、“アヤカ”のやることなすことが奇想天外ですから」

友矩「あれのやることに驚かなくなると、目の前で起きるあらゆることがありのままに認識できるようになったというか、何と言うか…………」

弾「――――――“アヤカ”って凄いんだな」

一夏「ああ。“アヤカ”がいなかったら俺はここまで戦えなかったかもしれない」


弾「けど、今回のそのルンバ――――――『イリュージョンオーブ』だったっけか?をうまく使った今回の戦い方は凄かったぜ!」

弾「本人から直接 説明を受けるまで何やってるのか何度 巻き戻して見直してもまったく理解できなかったけど、凄い発見じゃん!」

一夏「でも……、たぶん他に使い道はないと思うな、これ」

弾「え、どうして?」

一夏「だって、『イリュージョンオーブ』で遠隔展開したのは『白式』のフレームのほとんどだけれども、」

一夏「ISって人が着て動かすパワードスーツじゃないか。――――――中身が無いISなんてただの鎧の置物に過ぎないぞ?」

一夏「遠隔展開したドライバー無しの状態の時の『白式』はPICが働いてなかったからIS本来の重量に戻っているから、もう――――――」

友矩「――――――言うなれば、世界で最も豪勢な案山子でしかないと」

弾「あっ」

友矩「結局、今回の発見があっても『白式』の戦術的価値はいまだに皆無なままというわけですか」

友矩「確かに、『イリュージョンオーブ』越しでしか遠隔展開できない上に、中身が入ってないので動かすこともできない――――――」

友矩「この奇計奇策が成功したのも今回限りの極めて限定的な要因の積み重ねによるものと言えますね」

弾「なんか残念だな。せっかく命懸けの状況の中で編み出した、まさに“死中に活”を見た奥義だってのにな」


一夏「でも、本当に大切なのは1度きりの成功にいつまでも浸ることなく、これからもそういった“死中に活”を編み出せるかどうかじゃないか?」


一夏「いつだって俺たちの活動はギリギリの状況がほとんどだったんだしさ」ゴクゴク

弾「…………そうだな」

友矩「ええ。本当にそうだと思います」

一夏「………………フゥ」

友矩「『白式』のエネルギーが全回復しました」ピピッ

一夏「よし。――――――次だな」


一夏「次で、学園を解放する!」


弾「ホントに気をつけろよ? いろいろ思うところがあるとは思うけど」

一夏「大丈夫だって。本当はすぐにでも電脳ダイブに向かいたかったけど、」

一夏「こうやってやっぱり大事を取って休憩だってとって万全の態勢で挑むことにしたんだからさ」

弾「それも、そうだな」

弾「じゃあ、行って来い、“ブレードランナー”」

一夏「ああ」

友矩「では、下の階に降りてあそこに見えるダイブマシンからIS学園の中枢電脳にアクセスしてください」

一夏「よし、じゃあ行ってくる!」


こうして灼熱の前半戦が終わりを告げ、いよいよ学園を解放するための最後の戦いへと“ブレードランナー”が赴くのであった。




――――――電脳世界:IS学園基幹システム中枢電脳


一夏「――――――っと」

一夏「さてさて? 学園中枢のサーバか。いったいどんな世界が広がっているのか――――――」

一夏「!?」

一夏「――――――扉?」

一夏「しかも、5つ?(それ以外には何もないこの殺風景さはどういうことなんだ!?)」

――――――
友矩「なるほど……?」カタッ、カタッ、ピピッ

弾「へえ、これが電脳ダイブってやつか(アラスカ条約で禁止されている技術を堂々と学園も使ってるんだから闇が深いな……)」

友矩「あ――――――これはっ!? やられたっ!」ガタッ

弾「?」

友矩「電脳ダイブしてようやくはっきりとわかった…………忌々しい」ギリッ
――――――

一夏「どうしたんだ、“オペレーター”!?」

――――――
友矩「どうやら今回の騒動の大元であるクラッカーは5つの扉の中に鍵を隠しているようです」

弾「どういうことだ、そりゃ?」

弾「明らかにあの扉は罠なのは丸わかりだし、危険は百も承知だろう、“ブレードランナー”にしてもさ?」
――――――

一夏「ああ。急がないと!」


――――――
友矩「――――――ああ やっぱり!」カタカタカタ・・・

弾「何が『やっぱり』なんだよ?」

友矩「これではっきりわかったのは――――――、」

友矩「今回のクラッキングはIS学園の支配を目的としているわけではなく、一時的なものということです」

友矩「しかも、出口を封じられた!」

弾「で、『出口』――――――?(『出口』も何も電脳世界に入ったばかり――――――)」

弾「あ!?」

弾「プラグアウトだ、“ブレードランナー”! すぐに現実世界に戻ってこい!」ガバッ
――――――

一夏「!?」

一夏「――――――『白式』! 今すぐブラウザバックだ、違った! オペレーション終了!」

一夏「………………!?(何も反応がない!? むしろ、この強引に押し戻されるような感覚は――――――!?)」アセタラー

――――――
友矩「くっ、本命はこっちだったのか!?(――――――ということは、すでにIS学園中枢での目的は果たされて、後は観察ということなのか!)」

弾「ど、どうすればいいんだよ!?」アセアセ

友矩「ん?」ピピピ・・・

友矩「――――――『メッセージ情報』?」

友矩「あ」

弾「どうするんだよ、“オペレーター”!」

友矩「今やってる!」カタカタカタ・・・

友矩「――――――なるほど!」ギリッ

友矩「状況を整理しましょうか」
――――――

一夏「“オペレーター”?」


――――――
弾「で、どうなんだよ?」

友矩「クラッカーの目的はわかりました」

友矩「1つは、学園の支配などではなく――――――、」

友矩「この地下秘密区画に侵入してきた各国の刺客たちと同じように、電脳上に存在するIS学園の最重要機密の不正アクセスです」

弾「電子の海に眠れるお宝を盗りに来たっていうのか」

友矩「そして、もう1つは――――――、」


友矩「クラッカーの真の狙いは“ブレードランナー”のデータ採取です!」


――――――

一夏「!!」

――――――
友矩「先程 クラッカーからメッセージをいただきました」

友矩「要約すると、5つの扉の中にセキュリティの鍵を隠したそうです」

友矩「それを取り戻せば、今回の騒動の大元は絶てるようです。学園のコントロールを解放するそうです」

弾「!?」

友矩「おそらく、クラッカーの側は完全に秘密警備隊“ブレードランナー”の存在を把握しています」

友矩「そして、学園で噂になっている“ゴースト”の正体についてもある程度は想像がついているようです」
――――――

一夏「それって……」

――――――
友矩「もう確定ですね」

友矩「“ブレードランナー”の正体は裏社会ですでに露見しています」

友矩「その確固たる証拠を炙り出すために今回のサイバーテロが行われたのでしょう」

弾「マジかよ!?」

友矩「その扉の向こうにはコンピュータ上を漂う“ブレードランナー”の生身の生体データが計測されることでしょう」

弾「プロテクトやマスキングはできないのかよ!?」

友矩「やってはいますけど、学園中枢をこうも容易く制圧できた相手にどこまで通じるものか…………(その割には――――――)」
――――――

一夏「………………『秘密警備隊“ブレードランナー”、最後の戦い』か」



――――――状況を整理しよう。


今回の事件は学園中枢の基幹システムに外部からのクラッキングを受けて、学園全体の機能が制御不能になったのが発端である。

その影響で学園全体が閉鎖され、学園内の各施設に一般生徒や職員たちが閉じ込められる事態に発展することになった。

また、学園機能が停止したのを見計らってどこぞの国の特殊部隊が地下秘密区画への侵入を開始し、それを未確認の専用機持ちが撃退することになった。

しかしながら、その専用機持ちは味方と思いきや“ブレードランナー”への追跡を始め、ついには“ブレードランナー”と交戦するに至る。

それ以上に驚かされたのは、その正体が“織斑マドカ”――――――中学時代の織斑千冬に瓜二つの顔でありながら邪悪な面構えをした少女であった。

戦いは辛うじて“ブレードランナー”の勝利とはなったものの、“ブレードランナー”と互角の戦闘力を見せつけていた。

そして、“にいさん”と呼び慕っていた様子からして、秘密警備隊“ブレードランナー”の存在を相手もよく把握しているようであった。

もっとも、それ以上に織斑マドカという少女自身の私情が大きく絡んでいたようにも感じられたが…………。

しかしながら、まだこの時点では知らぬ存ぜぬで“ブレードランナー”の正体を隠しきれる段階だったので気にすることではなかった。


さて、自衛隊の到着によってIS学園の表側の安全はほぼ確保され、その状況下で怪しげな行動を取り出す輩はいなくなり、

これでようやく事件の発端であるシステムクラックへの反撃に“ブレードランナー”は専念できるようになったのだが、

いざ電脳ダイブしてみれば、見事に罠に嵌ってしまい、秘密警備隊“ブレードランナー”の最重要機密が奪われる瀬戸際に追い込まれたのであった。

電脳世界に進入した“ブレードランナー”こと織斑一夏の精神は入り込んだ電脳に閉じ込められ、目の前には5つの扉が――――――。

犯人からのメッセージは要約すると『5つの扉の向こうにある電脳空間にある鍵を取ってくれば、学園のコントロールは返してもいいよ』であり、

学園のコントロールを奪っておきながらあっさり『返す』という意思表示、なおかつ電脳ダイブの出口を塞いでまでやらせようとしている意図――――――。


その2点から導かれる答えというのが、――――――電脳ダイブしてきた専用機持ちのデータ採取であった。


ISを介して電脳ダイブした時の肉体は現実世界と同じ姿をイメージとして顕現することが可能であり、

それはISに機体表面のシールドバリアーによる保護機能があり(絶対防御の副次的機能)、ISを介して電脳ダイブした際にはその機能が拡大利用されて、

電脳上における自分のイメージとして正確に搭乗者の肉体の輪郭のデータを採取して反映させているのだ。

つまりは、ISによる電脳ダイブによって搭乗者の正確な肉体データがアバターとして利用されることになっているのだ。

ありのままの生体データを電脳上に映し出してしまうのがISを介した電脳ダイブの特徴でもあり、ISが持つハイパーコンピュータが成せる完璧に近い投影である。

それ故に、腕の良いCGプログラマーが剥ごうと思えば、電脳ダイブにおいて仮面や衣服なんてのはただの取り外し可能なオプションにしか過ぎず、

電脳ダイブを利用する上で挙げられる数々の危険極まりないリスクの1つとして、

しっかりとマスキングやプロテクトを施さないとISドライバーの正体が露見するという点が存在していたのである。

今回のデータ採取というのはそのISが正確に電脳上に映しだした生体データを狙ったものであった。

一方で、電脳ダイブで転送される精神は肉体というイメージで再現されていることから、この電脳上での肉体を抹消されることは精神の抹消を意味し、

それはつまりは、電脳世界における肉体的な死=現実世界における精神崩壊になる危険性があった。

それ故に、世界最高峰のセキュリティを誇るIS学園を制圧できるほどのクラッカーであるのならば、

電脳上でのISドライバーの抹殺もいとも容易く行われるはずなので、もしかしたらそちらが狙いである可能性もあったのだが、

“ブレードランナー”のブレインである夜支布 友矩はその可能性を完全に否定する。

なぜなら、そのメッセージの文面には――――――、


―――(中略)―――完成品の経過具合を見るために―――(後略)――― ← メッセージにあったある1節



――――――第1の扉


一夏「さて、ここがショールームの始めか」キョロキョロ

一夏「(――――――選択の余地なんてなかった)」

一夏「(“ブレードランナー”の秘密を守るのと学園に閉じ込められたみんなの命を守ること――――――、そのどちらかを選ぶのなら)」

一夏「(けど、結成して半年も経っていないうちに正体がバレるだなんて、この世界に秘密なんてのはあってないようなものだよな……)」

一夏「…………完全に隔離されたな。通信機能が遮断された」ピーーー

一夏「(そして、俺の生体データがダウンロードされていることが反応でわかる。――――――逆探知は期待できないか)」

一夏「(結局、“アヤカ”がそう思っているように世界は人間の皮を被った魔物だらけというわけか)」

一夏「(けれども、けれども――――――!)


――――――それでも世界は回っている。


一夏「………………」

一夏「さて、ここは一見するとIS学園のアリーナのように見えるんだけど…………」


少年「うおおおおおおおおおお!」ヒュウウウウウウウウウウン! ブン!


一夏「!」ヒョイ

少年「あともう少しだったのに…………」

一夏「…………これがクエスト、課せられたタスク、あるいはミッションってわけなのか?」

一夏「相手は、――――――“織斑一夏”か」


一夏’「ふざけやがって! ぶっ倒してやる! あいつ、千冬姉の真似をして!」ジャキ


意を決して、とりあえず5つの扉を左から順番に攻略することにした“ブレードランナー”は『第1の扉』に入り、

転送されて白色光に全身が包まれたと思った次の瞬間には、早速 学園の機能回復の鍵を手に入れるための試練と遭遇した。

場所はIS学園のアリーナであり、観客席には所狭しと学園の生徒たちがひしめいており、会場は熱狂に包まれていた。

そして、会場の熱狂とは別に頭に血が上って熱くなっているのが、今 目の前に『零落白夜』の光の剣を構えてこちらを睨んでくる、


――――――『白式』を身にまとう織斑一夏(15)であった。


少年の怒気は凄まじく、まだISを展開してもいないはずの生身の“ブレードランナー”に対して一撃必殺の光の剣を振りかざしてくるのだ。

完全に我を忘れて人を殺しても何とも思わなそうな怒りで研がれた純粋な刃が状況を掴みかねている“ブレードランナー”を襲う。

しかしながら、この物語の主人公である織斑一夏(23)からすれば、(15)の自分というものをよく理解しており、

更には、積み重ねてきた年季の差で、(23)と(15)との間にある技量の差は歴然としていた。


一夏’「このこのっ! 逃げるな!」ブン! ブン!

一夏「…………わざわざ中学卒業ぐらいの“織斑一夏”を差し向けてくる辺り、完全にバレてるな」ヒョイヒョイ

一夏「けれど、こんな頃もあったんだな…………(もし俺が千冬姉と時同じくしてIS乗りになっていたらどうなっていたんだろう?)」ヒョイヒョイ

一夏’「…………くっ」ゼエゼエ

一夏「ペース配分がメッチャクチャだぞ…………そんな力押しが通用すると思っているのか?(そうだ、この頃の俺には友矩がいないから――――――)」

一夏’「エネルギーが残り少ない……」 CAUTION! CAUTION!

一夏’「こうなったら一か八か――――――!」スゥーハァーー

一夏「…………俺ってあんなにわかりやすいんだ(『一か八か』で最後の突撃でもする気だな。客観的に見ると俺ってホントに単細胞だったんだ)」

一夏「(まあ、乗ってる機体が同じ『白式』だし、特性を知り尽くしているからこそのこの冷静な対処なんだけどさ)」

一夏「(普通に考えて、(15)が(23)に勝てるはずがないよな……)」


一夏’「はあああああああああああああああ!(――――――イグニッションブースト!)」ヒュウウウウウウウウウウン!


一夏「そういえば、ちゃんと外付装備もあるんだったんだな」ジャキ ――――――グレネードランチャー!

一夏’「!?」ビクッ

一夏’「そんなのありかよ!?」ヒュウウウウウウウウウウン! ――――――急ターン! 緊急回避!

一夏「うわっおもしろい。銃口を向けただけで逃げ惑ってるよ(これが不正規戦仕様の『白式』の強みだな。後付装備はできないけど外付装備はしてある!)」

一夏「俺、攻撃なんて1つもしてないのに勝手に自滅してくれそうだな」

一夏’「ど、どうすればいいんだよ!? 飛び道具を持ってるなんて、ますますふざけやがって!」アセアセ DANGER! DANGER!

一夏「…………『零落白夜』 切っとけばいいのに」

一夏「(接近戦をしている間なら発動させていても悪くはないけど、それ以外の時は基本的に封印 安定だろう? そんなことも思いつかないのか?)」

一夏「(まあ、あれぐらいの歳の世間一般の男子なら公式対戦ゲームのIS/VSの第1世代型ISぐらいしか知らないのかもしれないな)」

一夏「(動きがどう考えても第1世代型のそれにしか見えないし、ひねりがないから容易に対処できる――――――俺ってやっぱり単細胞だったんだな)」

一夏「(まあそうだよな。(15)ってのは俺の推測でしかないけれど、10年前に千冬姉がIS乗りになったのと合わせた設定だとするなら、)」

一夏「(第3世代型IS『白式』に乗っているのに第1世代型の動きってのも妙に納得かも? ――――――あれ、何かよくわからなくなってきた)」

一夏「(――――――というか、地味に嫌な精神攻撃だな! 俺に“もしも”の設定での若気の至りってやつを見せつけてそんなに楽しいか!?)」


――――――結局、“ブレードランナー”は一切 攻撃することなく織斑一夏’を戦闘不能に追い込んだ。

というよりは、『零落白夜』の燃費の悪さを頭に入れずに馬鹿正直に突撃を繰り返すだけなので、グレネードランチャーを向けるだけで勝手に逃げ惑って、

その間に一夏’の『白式』がエネルギー切れを起こして、一太刀浴びせることも叶わず 無残にもISが機能を停止したのであった。

しかしながら、相手が自分だったから相手の立場になって考えを巡らせたのか、――――――『こうなるのもしかたないな』と同情する気持ちが自然と湧いてきた。

なぜなら、織斑一夏の専用機『白式』は単一仕様能力の発現のために拡張領域に空きがない仕様で後付装備ができないので、

競技規定に則った公式のISバトルだと『第3世代型ISでありながら剣1つで勝利を掴み取らなければならない』というあまりにも重すぎるハンデを背負っているのだ。

そして、拡張領域を犠牲にして実現した単一仕様能力『零落白夜』がまたクセモノであり――――――、

この機体は明らかに初心者向けの機体じゃないのだ。第1世代ならば通用する機体だが、対IS用火器が普及した第3世代では間違いなく最弱の機体でしかない。

それなのに、『零落白夜』の一撃必殺の存在のせいで『当てさえすれば勝ててしまえる』という魅惑的なギャンブル性が際立ってしまい、

本来ならば“世界で唯一ISを扱える男性”こと“アヤカ”のように相手の意表を突くのが得意な変幻自在なドライバーが使うのならまだいいだろうが、

どう考えても織斑一夏’――――――短気な性格の昔の自分には到底扱いこなせるはずがないことを嫌でも理解できてしまった。


――――――そう、昔の自分のことを記憶していた。


と 言うよりは、目の前で憎々しげにこちらを睨んでくる虚構の存在が迫真のリアリティを持って結果を強烈に示してくるのでそう思わされてしまうのだ。

ここが電脳世界であり、見えているものの全てがISが翻訳して搭乗者である人間の常識や認識に合わせた虚像でしかないのは理性で理解できていても、

電脳ダイブに顕現しているこの身体というものがコンピュータで書き換えができるようにデータ化されてる以上はいかようにも電脳上で干渉できるので、

そう思わされている可能性もあり、できる限り この電脳世界での出来事に思いを抱かないようにする必要があった。

なら、どう考えればいいか――――――。

この 果たして勝負と呼べるのかすら疑わしいほどに両者の間に圧倒的な力量差があった この対決は電脳上に演出されたシミュレーションみたいなものであり、

しかも現実では起こり得ない同一人物と同一機体によるエキシビションなので、考えてもびた一文にもならない思考実験でしかないのだ。

なので、現実と照らし合わせて『くだらない一幕だった』と切り捨てて、鍵を得るための目的である『倒す』ことを冷徹に実行に移すことにしたのであった。


一夏「………………」ジャキ

一夏’「ち、ちくしょう……、千冬姉の紛い物なんかに…………」

一夏「………………」

一夏’「や、やれよ……!」

一夏’「俺は敗けてない! 敗けてないからな! 敗けを認めてない!」ジロッ

一夏’「……認めてなるものか! 化けて出てやる! 絶対に許さない!」ゴゴゴゴゴ

一夏「………………」ブン!

一夏’「!?」


――――――そして、振り下ろされた非情なる刃!


一夏「………………データを取得」

一夏「これが鍵か」

一夏「………………」クルッ

一夏’「」

一夏「………………悪趣味な」スタスタスタ・・・ピカーン! ――――――転送!


ふとアリーナのスクリーンを見上げると、そこに映っていたのはまるで裏キャラのように後光が差して面が見えないぐらい真っ黒い自分であった。

現在、“ブレードランナー”こと織斑一夏(23)はISスーツ――――――それも特注品の女性擬態スーツを装着しており、

モデルだった織斑千冬が表立って活動するようになったので、長身で腹割れもしているセクシーなものに変更した上で仮面だってしていたはずなのに、

スクリーンに映る自分はまるでポリゴンモデルを上塗りしたかのように“ブリュンヒルデ”織斑千冬の暗黒カラー版になっていた。

例えるならば、“ブリュンヒルデ”織斑千冬の裏キャラである“邪悪の化身 ブリュンヒルデ”みたいな感じの日光が弱点の悪の権化のように見えた。

『これなら確かに織斑一夏(15)が自慢の姉の偉容を汚されたように思って激高するのも当然』と妙に納得している自分がいた


――――――第1の扉 突破! 鍵は残り4つ!



――――――インターバル

――――――5つの扉の間:スタート地点


一夏「………………ハア」

――――――
弾「おお! 無事だったか!」

友矩「やはり、データを盗られてます……」
――――――

一夏「そうか。俺たちの活動は今日で最後かも知れないな……」

――――――
弾「…………やっぱり?」アセタラー

友矩「そうなるでしょうね」
                 ・ ・
弾「その時、―――――― 一夏はどうなるんだよ?」

友矩「……わかりません(もうコードネームで呼び合う必要も無くなったから、いいか)」

友矩「開き直って公表するか、あるいはその存在を――――――」

弾「………………!」ゾクッ
――――――

一夏「そんなことはどうだっていいだろう、今は」

――――――
弾「あ、ああ……(あれ? 何かやけに声が沈んでるって感じか…………)」

友矩「すみません。作戦中にこんなことを……」

友矩「それで、第1の扉はどうでしたか?」
――――――

一夏「15歳と思しき俺自身と戦わされた」

――――――
弾「マジかよ?!」
――――――

一夏「いや、雑魚だった。『零落白夜』を展開しっぱなしでグレネードランチャー 向けただけで逃げ惑うだけの」

一夏「たぶん“アヤカ”と比較していたんじゃないかな? 場所も学園のアリーナだったし、公式レギュレーションに則っていたな」

――――――
弾「ああ……(だって、ね? “ブレードランナー”として今まで数多くのISをほぼ生身で狩ってきた男にただのガキが勝てるはずがないだろう)」

友矩「地味な嫌がらせながら、本人であればよく効く精神攻撃になる うまいやり方ですね」
――――――

一夏「ああ……。昔の自分ってやつがいかに単純だったのかよくわかったよ…………こういう形で客観的に自覚させられるとは思いもしなかった」

――――――
友矩「そして、この事実によってクラッカーが“ブレードランナー”の正体を見抜いていたことは不動の事実となってしまった…………」
――――――

一夏「ああ。いったいどこで発覚――――――いや、IS学園そのものが敵みたいなもんだから秘密なんてあったもんじゃなかったか」


――――――
弾「げっ!(マズイ! 一夏が精神攻撃を受けている! 電脳世界での肉体は精神そのものなんだから、精神的にまいっていると電脳上の体力が――――――)」

弾「よ、よし!(――――――ここは中学以来の悪友である俺が励まさないと!)」

弾「何 言ってんだよ! そんなの今は関係ないじゃないか!」
――――――

一夏「?」

――――――
弾「あの頃の俺たちはお前の姉さんと天才さんが巻き起こす騒動にドタバタしながらも、一緒に馬鹿やって笑い合うことができたじゃないか!」

弾「それに、お前が元からISと縁があるにしたって、これまでのように乗れるとは思ってもみなかっただろう?」

弾「お前、知らないうちに、あの“アヤカ”と扉の向こうで遭遇したっていう(15)の自分ってやつを重ねてないか?」

弾「――――――できなくて当然だろう! むしろ、あの頃の俺たちはそれでよかったんだよ! 至極まっとうさ!」

弾「気にするな! それにあんなのは幻だろう!」
――――――

一夏「え?」

――――――
弾「“アヤカ”は確かにいろんな意味でISの申し子だ。訓練機を自分のものにしたり、代表候補生に入学してしばらくで勝っちゃったりしてるんだし」

弾「でも、その強さの源ってのは、実は『お前が“アヤカ”と電脳ダイブしていく中で睡眠学習で学びとったものじゃないか』って話だろう?」

弾「そうだったよな? そういう話だったよな? ――――――『一夏が“ランナー”だったから“アヤカ”が飛べない』って話 したことがあるだろう?」

友矩「はい。覚えてます。――――――学年別トーナメントの時です」

弾「こういうのを確か――――――えと」

友矩「――――――『フィードバック』ですね、それはきっと」

弾「そう、それ! フィードバック!」

弾「“ブレードランナー”であるお前の戦い方を睡眠学習した“アヤカ”の強さは今の(23)のお前がいなくちゃ実現しなかったんだからよ!」
――――――

一夏「!」


――――――
友矩「確かに、仮想世界の構築においてはそれに専念させるために“アヤカ”自身の意識は眠ってはいるものの、」

友矩「それを保護しているISが“ブレードランナー”の戦い方を見て“アヤカ”に伝えていた可能性が濃厚――――――という話でしたね」

友矩「それに、“アヤカ”がまじめに戦って成績を残せたのも、“同類”である織斑一夏の優しさと純朴さに支えられてもいましたから」

友矩「まず、“アヤカ”と(15)の織斑一夏を比較するということ自体がナンセンスなシミュレーションだったということですね」

弾「そそ。そういうこと」エッヘン

友矩「結果が原因にすりかわってパラドックスになって混乱の元になったようですね」

友矩「もちろん、――――――それが敵の狙いなのかもしれませんが」
――――――

一夏「ああ…………!」パァ

――――――
弾「だからさ? 俺は電脳世界での体験ってやつがどういうものかわかんないし、第一 ISに乗れないし――――――、」

弾「それに、仕事人のお前がここまで動揺するぐらい相当 強烈なもんだったんだろうけど、」

友矩「…………!」


弾「俺は“織斑一夏”という一人の人間を死んでも信じてるから!」


弾「俺は全力でお前のことを肯定してやるぜ!」

弾「こんな言葉しか実際に活動しているお前に贈れないけれど、精一杯――――――!」ググ・・・

弾「がんばれ、一夏! お前がやらなきゃ誰がやる!? お前しかいないんだよ、みんなを救えるのは!」
――――――

一夏「!」

――――――
弾「………………フゥ」

友矩「…………さすがは秘密警備隊に選ばれただけのことはあるか」フフッ
――――――

一夏「…………弾」ニコッ

一夏「ありがとう。元気をもらえたよ」

一夏「――――――休憩終了! 次の扉だ!」シャキーン!

――――――
弾「その息だぜ!」

友矩「くれぐれも気をつけてください」


――――――待ってますから、みんな。


――――――


――――――第2の扉


一夏「さて、ここはどこだ? ――――――またアリーナか」キョロキョロ

一夏「(もう敵にこっちの正体がバレてるけど、この擬態スーツにはいろいろな保険があるから脱ぎたくても脱げないんだよなぁ…………)」

一夏「(ちなみに今度のモデルは、超 背の高い俳優:森下雅子(177cm)だ。(23)の俺が178cmだからちょうどいいぐらいだろう?)」

一夏「…………!」ゾクッ

バァアアアアアアアアン!

一夏「――――――『白式』!(――――――クォーター・イグニッションブースト!)」ヒュウウウウウウウン!

一夏「ついにお披露目しちゃったな……(しかし、今のは高エネルギー攻撃か? 出力を分析してくれ、『白式』!)」ピピッ (IS展開)

ヒュウウウウウウウン!

一夏「そこか! 光学迷彩からの奇襲だったのか(それにしては弾速が異常に遅かったな。そして、――――――わざと外したのか?)」アセダラダラ


――――――殺せる唯一のチャンスだったってのに。


一夏「!」ピピッ

一夏「分析結果、――――――荷電粒子砲!?」

一夏「ちっ!(荷電粒子砲と言えば――――――!)」

一夏「まさか、今度の相手は――――――」


簪’「…………おかしい。あの距離で避けられるはずがない。修正の余地あり?」


一夏「――――――簪ちゃん」

一夏「いや、日本代表候補生:更識 簪と『某教授の遺産』の1つである日本第3世代型IS『打鉄弐式』か!(――――――やらないといけないのか)」

一夏「確か、国際IS委員会に提出されていた『打鉄弐式』のデータカタログには荷電粒子砲が2門だったな……(それを電脳上で再現したわけなのか)」

簪’「今度はこう追い込んで仕留める……!」ピピッピピッピピッ

一夏「けど、残念だったな! 対策ならすでにできている!(あらゆる可能性を追求して対策を用意するのがプロの在り方!)」

一夏「イグニッションブースト!」

ヒュウウウウウウウウウウウウウウウン!

簪’「あ」ビクッ

一夏「逃げようたってそうはいかないぜ!(――――――外付装備で若干重たくはなってるけど『白式』の空戦能力は現行で最高性能なんだっ!)」

一夏「一撃必殺!(そして――――――)」ブン!

ズバーーーーン!

簪’「あ…………」(戦闘続行不能)

一夏「そっちが思っている以上に俺は簪ちゃんの戦闘スタイルを考え尽くしている」

一夏「まだまだ立ち回りに改善の余地ありだぜ?」


第2回戦――――――、今度の勝負はあっさりと決まった。

最初に現状把握に追われて無防備状態の“ブレードランナー”への先制攻撃を外した時点で勝敗は決していた。


日本最新鋭の第3世代型IS『打鉄弐式』は日本第2世代機の傑作機『打鉄』の第3世代後継機として再設計された機体であるが、

国際IS委員会という現代の歪んだ軍事バランス体制を招いた諸悪の根源から国のISコア所有権を多く認めてもらうためのパフォーマンスの必要性から、

明らかに量産を前提とはしていないような武装が主力となっており、これはデモンストレーションのためのワンオフ試験仕様であった。

それらは今年の国家代表候補生である更識 簪の高い電算処理能力に合わせた調整が施してあり、

第3世代技術『マルチロックオンシステム』に対応した多連装ミサイルポッド『山嵐』を中心とした立ち回りが前提となっていた。

『山嵐』は通常の誘導ミサイルとは異なり、高速化するISバトルへの対応とイメージ・インターフェイスの両立のために効率の悪い独立稼働方式であり、

ミサイルの軌道設定は手動入力と脳波入力の併用で圧倒的な命中率と攻撃力を誇るのだが、

ミサイルの軌道データのサンプルが1つもなければ一から入力して発射せざるを得ず、ただの小型ミサイルでしかなくなる。

なおかつパターンが実装されていても適切なミサイル軌道のパターンの選択の手間もあり、高速化するISバトルでは目立った隙を晒してしまう。

それ故に、日本第3世代型ISの試験機としての主な立ち回りは『山嵐』を発射するまでのラグを高機動性と迎撃武器で埋める玄人向けの機体でもあったのだ。

もちろん、『山嵐』のミサイル軌道のデータが集まっていれば、自在の空間制圧力を発揮するのだが、

どうやらこの再現においては肝腎のミサイルのデータがない状態らしく、1対1でありながら悠長にデータ入力するという根本的なミスを犯している。

基本的にミサイルの軌道パターンは使い込むほどに蓄積されて、イメージ・インターフェイスで発射制御できるので咄嗟の攻防で威力を発揮するはずなのだが、

どうもクラッカーはISそのもののシミュレーション上の再現力は高いようだが、それを動かすAIやデータに関しては浅い理解しかしていないようであった。


“ブレードランナー”は『打鉄弐式』のこういったメタ的な弱点と現実の運用における進捗状況の把握にも努めていたので、

相手が『打鉄弐式』と知ってすぐに飛び込んで一刀の下に斬り伏せることに成功したのであった。

“ブレードランナー”の専用機『白式』のスピードなら『打鉄弐式』にも勝っており、一気に詰め寄ることは容易であった。

一方で『打鉄弐式』は、『山嵐』を主軸にした立ち回りをした上で、ミサイルのデータがないので一から手動入力する手間を挟んでおり、

その間はいかにハイパーセンサーで秒単位の認識が可能になったとはいえ、身体を使った箇所では認識の世界に肉体が絶対に追いつかないので、

ここで詰め寄られたら白兵戦用の装備である超振動なぎなた『夢現』を取り出す間もなく、

唯一の汎用迎撃兵装である“某教授の遺産”の1つである背中に搭載された連射式荷電粒子砲2門も常に展開しているわけでもないので、

1秒足らずのわずかな時間だが――――――そのわずかな手動入力して両手が空いてない時間の間、完全に無防備になっていたわけなのだ。

なので、ここでは完全に“ブレードランナー”のメタ的な要素を知っているからこその快勝となった。

言うなれば、せっかく電脳上で再現された完全版『打鉄弐式』も“ブレードランナー”からすれば強敵ですらない認識であった。

いや、今回のそれはあくまでも設計上のデータだけで再現された、――――――いわば生まれたての状態であり、

これがもし、戦い慣れてきてミサイル軌道のデータが充実した頃のデータで再現された存在だったならば、相当な脅威になっていたはずである。

なにせ、思っただけで適切なミサイル軌道や発射数を選んで、巧みなゲームメイクができる可能性があるのだから。

間違っても『打鉄弐式』が弱いのではない。性能は欧州最強のドイツ第3世代機『シュヴァルツェア・レーゲン』に勝るとも劣らないものなのだ。

ただ単に立ち回りや熟練度が足りないだけであり、こればかりは設計図上のデータの無から作り上げるのは非常に困難な要素なのだ。

できあがったものをコピーするのは容易いものの、こういった高度な立ち回りを要求される機体だと機体性能に頼るだけに成り下がるようである。

一方で、“ブレードランナー”の立ち回りや対応力はもはや抜群としか言いようがなく、

第1の扉における織斑一夏(15)の駆る『白式』に対しては一度も攻撃せずに自滅に追い込み、

その前に現実世界で対峙した織斑マドカの『サイレント・ゼフィルス』にはISを展開するまでもなく撤退させていた。

そして今度は、敵を認識した次の一瞬で勝利を確信した疾風怒濤の一太刀で完全版『打鉄弐式』を戦闘不能に追い込んだのだ。


――――――第2の扉 突破! 鍵は残り3つ!



――――――インターバル2回目


一夏「………………フゥ」

一夏「正規の対IS戦闘なんて現実世界で一度もしたことがなかったから緊張感が違うな……」

――――――
友矩「お疲れ様です」

弾「おつかれ――――――って、そんなこと言って一瞬で終わらせたじゃん。いつもみたいに」
――――――

一夏「まあね。一撃必殺が使えるこちらとしては、勝負は早いか遅いかの違いしかないことだし」

一夏「…………フゥ」

一夏「電脳ダイブで大切なのは、精神の回復として こうやっておしゃべりをして休憩を入れること――――――」

――――――
弾「なあなあ? 思ったんだけどさ?」

友矩「何です?」

弾「電脳世界でISや外付装備を使ってるじゃん?」

友矩「はい」

弾「まず、電脳世界で展開したISってエネルギーはどうなってんの?」

友矩「それはエネルギー供給用のバイパスに接続してエネルギー補給をしながらです」

友矩「ISのハイパーコンピュータをフル稼働させて電脳ダイブというものを実現しているのですから内部処理でエネルギーを喰うんです」

友矩「それはアプリを常時大量展開しているスマートフォンのバッテリー消費が激しいのと同じ原理です」

友矩「仕事量が多ければそれだけ消費するエネルギーは大きくなる――――――ISでも同じことです」

友矩「そもそも業務用のスーパーコンピュータだって電源に繋いで給電しながら動かすのですから、尚更」

弾「それじゃ、拡張領域に入ってない武器――――――外付装備をそのまま持ち込めたのはどうして?」

弾「電脳ダイブで持ち込めるのはドライバーの生体データとISの量子化兵装だけなんだよな?」

友矩「――――――『そのまま持ち込めた』というのは語弊があります」

友矩「電脳ダイブで展開されるISも、持ち込めた装備も、そこに見える景色も、全てはCG――――――虚構なんです」

友矩「ですから、あれはあくまでも仮想的に再現されたツールなんです」

友矩「そういうわけで、外付装備と同じものを電脳世界で使いたいのなら、この3Dスキャナーで仮想データ化したものを転送させて装備させるんです」

弾「はあはあ なるほどな。電脳上で使うグレネードランチャーもみんな ZIPみたいなもんだったのか」

友矩「ですから、本当ならリロードなんて必要ないんです。ぶっ放し放題なんです、何でも。こちらでそのように設定してますから」

弾「うおおお! そりゃ爽快感あるだろうなー!」

友矩「もちろん、ISのエネルギーも供給され続けていますから、ISのハイパーコンピュータがオーバーヒートしないかぎりは無敵なんですよ」

弾「でも、ISが無敵化しても電脳上の肉体――――――つまり、現実の精神までは無敵化しているわけじゃないよな」

友矩「はい。だからこそ、こうして休憩を挟んで精神の安定化をしないと危ないんです」

友矩「しかしながら、攻略直後のリンクが再接続されたばかりの“ブレードランナー”のステータスを見るに、」

友矩「弾無制限のはずなのにISや装備に現実と同じ制限が掛かっており、あの扉の向こうは完全に電脳上で隔離されたエリアであることが推測できるんです」

友矩「ですから、言うなればあの扉は監獄への門でもあるんです」

友矩「もし隔離されたエリアごと削除されるようなことにでもなれば――――――」アセタラー

弾「…………そうならないことを祈ろうぜ」ハラハラ
――――――――――――


――――――第3の扉


一夏「さてと、今度は何だ?」

一夏「…………ん(――――――IS反応)」ピピッ


朱色のIS「――――――」


一夏「早速 お出ましか(しかし、見たことがない機体だな。黄色味がかかった赤――――――朱色か)」

一夏「さて、お前を倒せばいいんだな?(索敵 索敵――――――もしかしたらあれ1機だけじゃないかもしれないからな)」(IS展開)

緋宵「――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウン!

一夏「イグニッションブースト――――――いきなり来たか!(外見は『打鉄』のような重装甲型に見えるな)」

一夏「はあああああああああああ! イグニッションブースト!(正面から打ち合うのは不利となるか!)」ヒュウウウウウウウウウウウン!

緋宵「――――――!」スッ 

一夏「!」

緋宵「――――――!」ブン! ――――――もう1振りの太刀を取り出した!

一夏「ちぃ!」ブン!

ガキーーーン!

一夏「うわっ!?」ズキズキ

一夏「!」

緋宵「――――――!」ブン!

一夏「やらせるか!(――――――『雪片』解除!)」ガシッ

緋宵「――――――!?」

一夏「うおりゃああああああああああああ!」ゲシーン!

緋宵「!!!?」

一夏「もらったあああああああああ!(――――――『零落白夜』発動!)」ヒュウウウウウウウウウウウン!

緋宵「――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウン!

一夏「ちぃ!」スカッ



早速、ハイレベルな攻防が繰り広げられることになった第3回戦――――――。

“ブレードランナー”の次なる相手は、未確認の接近格闘機の朱色の『緋宵』と言う名の機体であった。

外見は日本風であり、日本のISの特徴としては重装甲による安全第一と高信頼性を主眼においたものが伝統的であった。

それ故に、この『緋宵』について直感的に日本のIS設計技師の作であることを“ブレードランナー”は見抜いており、

専用機『白式』は高速機ゆえの軽量化によって、『緋宵』のどっしりと構えた重量に打ち負けるのは目に見えていた。

しかしながら、それでも接近戦には絶対の自信があった“ブレードランナー”はむしろ前の『打鉄弐式』よりはやりやすい相手に思え、

油断はしてはいなかったが、いざ接近戦を受けて立って迎え討とうとしたところ、

なんと相手の朱色のIS『緋宵』はもう1振りの太刀を取り出してこちらの意表を突いてきたのだ。


――――――こいつは手強い相手だ!


何とか2振りの太刀から繰り出される奇襲をこちらの雪片の太刀で受けることに成功したのだが、

攻撃を受けてしまったばかりに重量差によって一気に崩されてしまい、瞬間的に空間認識能力に揺さぶりをかけられて隙を晒してしまう。

そこに刺客である『緋宵』の容赦無い追撃が行われる! 受ければ確実に同じように追い詰められるだけである。

格闘能力において優劣をつけられ、もはや打つ手なしかと思われた“ブレードランナー”であったが、

そこであっさりとやられずに何が何でも死中に活路を見出すのが“ブレードランナー”の優れた任務遂行能力の源であった。

なんと、“ブレードランナー”は手にした雪片弐型を解除して、


――――――『緋宵』が振り下ろす左手の太刀の方を両手で挟みとったのだ。これぞ、真剣白刃取りである!


更に、そこからぶら下がるようにして瞬時に宙返りをして両手の太刀を完全に躱して、そこからオーバーヘッドキックへと繋いだのだ。

確実なダメージを与えられると確信して勢いのままに突進してきた『緋宵』は予想外の方法で裏から蹴り押され 勢い余ってしまう形になった。

形成は逆転し、攻守が入れ替わり、今度は“ブレードランナー”の『白式』の一撃必殺剣『零落白夜』の脅威が迫り来る!

しかしながら、今回の相手はおそらくはコピー品ではなく、この事件の首謀者であるクラッカーが丹精込めたオリジナルなだけあり、

前2回の紛い物のコピーとは段違いの動きの切れを見せつけ、確実に決まるかと思われた一撃を回避してみせたのである。


――――――再び睨み合いから始まり、勝負は始まったばかりである!


一夏「くっ、何だあの機体は――――――?」

一夏「パワーが段違いだ(それでいて、しかも二刀流か。片方の剣を受けただけでもヒットストップしてしまう。隙がないな)」

一夏「基礎設計の面では第3世代型並みの性能だな(スピード面に関しては未だに『白式』に並ぶ感じじゃないけどな)」

一夏「どうする? やつに勝るところはあるか?(あるとすれば、――――――『どんな形であれ『零落白夜』を中てるだけでいい』ということか)」

緋宵「――――――」

一夏「いや、俺は公式ISバトラーじゃない」

一夏「俺は“ブレードランナー”だ!」

一夏「それだ!」

一夏「行くぞ。相手が競技規定を前提にしているかどうかこれで見てやる!(ここは“アヤカ”に習ってみるか!)」

ヒュウウウウウウウウウウウン!

緋宵「――――――」

緋宵「――――――」

ヒュウウウウウウウウウウウン!


普通に戦えば圧倒的不利の状況の中で、卓越した格闘能力と『零落白夜』の一撃必殺だけで乗り切ろうとしないのが“ブレードランナー”だった。

“ブレードランナー”は露骨な罠を仕掛けたのだ。

『白式』を戦いの舞台となっているアリーナの壁に張り付かせたのである。

さて、察しの良い読者ならばわかるだろうが、“ブレードランナー”がとった作戦というのは――――――、


緋宵「――――――!」ヒュウウウウウウウウウウウン!

一夏「迂闊なやつめ!」ジャキ! ――――――グレネードランチャー!

緋宵「――――――!?」ヒュウウウウウウウウウウウン! ――――――急転回!

一夏「違うな! 俺の狙いは――――――!」バンバン!

緋宵「――――――!」ビタッ


――――――アリーナはグレネードランチャーの火炎弾によってたちまち焦熱地獄に早変わりである。


相手の武器が大型ブレードの二刀流 故に壁を背にすることで振り回しづらくする他に、こちらの攻撃を確実に当てやすくする狙いもあった。

そして、空中格闘戦で押し負けるのならば、今度は大地の支えを味方にすることで打ち負けて姿勢を崩されることもこれで防げる。

こうなれば、接近格闘機である『緋宵』も地上戦に移行せざるを得ず、重量差で押し負かすことはずっと難しくなっていた。

一応、二刀流なので手数においては相手が有利なのだが、相手が一撃必殺持ちなのでむしろ接近戦を有利にする要素が減った分だけ勝率は大きく減っている。

そして、のこのこと近づいてきたところを隠し持ったグレネードランチャーで狙い撃つ――――――のが狙いではなかった。

そんなのはフェイントに過ぎず、グレネードランチャーに詰められた火炎弾で所構わず辺りを火の海にするのであった。

なるほど、自分の周りを火の海にして地上戦にもつれこませれば、こちらは耐火装備が充実しているので問題はないが、

相手はそんな特異なものまで用意しているはずがないのだから、地上から炎めがけてスライドして攻めこむのを躊躇うようになるだろうし、

壁を背にしているので裏から回ることもできず、頭上に空いた空間の隙間から攻めこむしかなくなり、そこを狙い撃ちにできる。

そして、第3の扉に突入前にもらっていた圧縮フォルダを解凍して、取り出したのは対IS用ミサイルランチャー!



ズドドドドドドン!


緋宵「――――――!」ヒュウウウウウウウウウン!

一夏「逃げろ逃げろ! こっちの弾が尽きるまで逃げきれるかな?」

一夏「卑怯で結構! それで人の命が救えるのなら何だってするさ!」

緋宵「――――――!?」ボゴンボゴーン!

一夏「ま、弾切れなんてないけどな。外見はただの6連装ミサイルだけど」

一夏「種明かしをすると、使った瞬間に新しいミサイルのデータを延々とコピーして発射し続けるウイルスが添付されているからな!」

一夏「じゃ、さようなら!」

緋宵「――――――!!!?」ボッゴーン!


――――――まさに外道! 未だかつてこのような戦法を使ったところが見たことがあるだろうか?


しかし、それが“ブレードランナー”であり、目的達成を第一とする非正規戦における戦い方としてはこれで正しいのである。

元々この戦いは競技規定に則ったスポーツでもなければ、軍縮条約に則った正々堂々とした戦争というわけでもない。

あくまでも学園の機密保持のために全力を出しているわけであり、手を出したのは向こうなのだから卑怯と言われる筋合いはない。

何をされてもいいという覚悟があって不法侵入しているのだろうから、その辺に関しては“ブレードランナー”は実に容赦がなかった。

一方で、現実世界の“オペレーター”もしてやったりという顔をしていることだろう。

ミサイルのデータにはミサイル無限増殖ウイルスの他にも、隔離されているが故にZIP爆弾も仕込まれてすらいた。

まさに、メタ的な視点でもって抜け道を探し出して敵が仕掛けた罠を相手の予想を上回る反撃を仕掛けることこそが勝利の秘策であった。

相手が勝手に学園のリソースで高性能バトルシミュレーターを作ったのなら、こちらは機体データにちょっとした改造を組み込むだけである。

相手の得意とする土俵に連れて来られたと思ったところを、堂々とその土俵で許された最大限の手段で以って暴れているだけである。

アウェーだからこそ普段荒らせないホームに代わって好き勝手に暴れられているわけであった。それぐらい“ブレードランナー”は容赦がない!

















「…………っ」ギリッ

「…………束さま」ギリギリ

「すでに目的を果たしたとは言え、ここまで好き放題やられては――――――!」

「いえ、束さまがお作りになられた作品をよくも――――――!」

「やはり、束さまが危惧していた通り、一夏さまの隣に彼らはふさわしくない」

「申し訳ありません、束さま。ここは少し予定の変更をさせてもらいます」


ピピピピピピ・・・・・・書き換え完了!














一夏「…………?」

一夏「おかしいぞ、第3の鍵は手に入ったのに…………」

一夏「あ、あれ…………空間が歪む?」グニャーー




グニャグニャグニャ・・・・・・・





一夏「な、何だ、ここは――――――!?」

一夏「――――――無か!?」

一夏「ど、どうなってる? まさかデータごと削除されたのか!?」

一夏「……なら、いったいここはどこなんだ?」

一夏「まさか、――――――死後の世界?」

一夏「仮想空間における肉体はすなわち精神――――――それが削除されたからこんな無が広がっているのか?」

一夏「――――――『白式』!」

一夏「あ、ちゃんと反応がある。まさか死後の世界にまでISを持ってこれるとは思わなんだ」

一夏「って、そんな冗談はおいといて」

一夏「周囲に反応はない。――――――本当に無だな」


一夏「ん?」

「――――――!」ブン!

一夏「ぐあっ!?」ドーン!

一夏「な、何だ?! いったい何が――――――いや、見えない!? 反応がない!?」

一夏「くそっ、どういうことなんだ、これは!?(もしかして完全に光を遮断されてるから何も見えないのか?)」

一夏「『白式』、近くに何かがいる! 全てのセンサーを使ってその正体を探り出せ!(けど――――――、)」ピピ・・・

「――――――!」ブン!

一夏「なぁ!? ば、馬鹿な! センサーをフル稼働させているのに反応が1つもない!?」

「――――――!」ブン!

一夏「ちぃ!」ブン!

ガキーーーン!

一夏「あれ? 何だこの軽い衝撃は…………?」

一夏「何だろう? 姿は見えないけど、どうも今の感じはさっきの朱いISのような気がするぞ」

一夏「攻撃を受けた時の刃の向きが最初とさっきので正反対だった気がする」

「――――――!」ブン!

一夏「わああああ! 今度から下から?!」

一夏「こんのぉ!」ブン! スカッ

一夏「くっ、だが、間違いない! 今さっき2振りの太刀を浴びせられた!」

一夏「裏ドルアーガの塔をやってるような気分だぜ。――――――冗談 言っている場合でもないか」

一夏「(けど、本当に目が見えなくなっているのなら、どうして俺の身体や『白式』のことは見えているんだ?)」

一夏「(これは相手が用意したデータではなく、一体となっている『白式』が俺に見せているバーチャルだからか?)」

一夏「(確かここは完全に隔離されたエリアだって“オペレーター”は言っていた)」

一夏「(となると、環境データの設定がなくなった場合が今のような状態だっていうのか?)」

一夏「(そうだよな、これはあくまでもバーチャルの世界なんだ)」

一夏「(今の俺が俺と認識している肉体は外見や内部パラメータだけ再現された存在なんだ)」

一夏「(光すら差さない無の世界で、しかも足場という概念がなくて足がつかない無重力世界で、しかも音すらしない無媒体世界で、)」

一夏「(俺が自分を認識していられるのは科学的に考えておかしい。ここは宇宙空間でもなく、暗闇の中というわけでもなく、無だ)」

一夏「(けれど、相手は正確にこちらの存在を把握して攻撃を中ててくる! これはどういうことなんだ?)」

一夏「(何かあるはずだ! 『白式』の機能を麻痺させたにしてはずいぶんとやることが大雑把な気がしてならない)」


「――――――!」ブン

一夏「くぁ……! 辛うじてかすっただけだが、闇雲に移動しても意味がないのか」

一夏「(けど、わざわざ剣で攻撃してくるということはやっぱりさっきの朱色の機体なのは確信できてきたぞ)」

一夏「(それがわかったからには勝機はまだ残されているけど、これほど一方的な状況になったのはさっきの仕返しか?)」

一夏「(これだから犯罪者は嫌になる。自分が犯していることに関しては棚に上げて自分に都合がいいことばかりを――――――!)」

一夏「くっ、これ以上はさすがにまずいな…………早く対処しないと取り返しがつかなくなる!(くそっ、北斗琉拳の暗琉天破ってこんな感じなのか?)」

一夏「俺のデータを獲るためにここまで容赦がないっていうのもね……(ん? 待てよ――――――?)」

一夏「(クラッカーの目的は『俺のデータを獲るため』であり、5つの扉の奥で待ち構えている刺客を倒させるという手の込んだ真似をしている)」

一夏「(すると、――――――今も俺のデータを取り続けていることになるのか!)」

一夏「(そうか、だからあらゆるセンサーが働かなくなるような無の空間でこちらを正確に攻撃できるんだ!)」

一夏「(けど、それは逆に俺の存在をセンサーに頼らない別の方法で唯一認識していることにもなっているはずだ)」

一夏「(相手は確実に俺めがけて攻撃するしか能がなくなっているはずだ! 俺以外に認識できるものがないんだから!)」

一夏「(なら、今 この無の中にいるのは俺と敵しかいないんだ)」

一夏「(その2つを結ぶ何かを俺が悟ることができれば――――――!)」


この時、“ブレードランナー”は半ばヤケクソであった。

なにせ自分以外の全てのことが知覚できず、右も左も前も後ろも上も下も感じられないのに、一方的に攻撃されているのだから軽いパニック状態にもなるだろう。

いつだって“ブレードランナー”の戦いはギリギリの己の存在を賭けた死闘の連続であり、常に自分の限界以上のことを要求されてきた。

いつものように冷静を装うことに意識を向けようするのだが、無の空間に投げ出されて今まで感じたことのない未知の感覚が徐々にその平静さを溶かしてくるのだ。

このまま何も感じられなくなって消えていくのではないかという宇宙的ホラーのような何かが入り込む熱くもなく冷たくもない無の感覚に徐々に慣らされていく。

しかしながら、自分が自分であることを認めるのは自分しかいないことをよく知っているからこそ、

“ブレードランナー”は必死に自分が自分であるために自分らしさをこの無の空間においても貫き通そうと足掻き続けた。

だが、有の世界の住人であるただの一生命体が無の世界ですることは何もかもが不確かで曖昧であり 無意味であった。

それ故に、もはや万策尽きて半ばヤケクソの精神論に走り出していたのだが――――――!



――――――“アヤカ”ならどうする?


一夏「(どうしていた? 俺と同じように“世界で唯一ISを扱える男性”として数々の奇跡を見せてくれたお前なら?)」

一夏「(お前ならどうやって無を克服していた? どうやって無を有に転じてきた? これまでを勝ちを拾ってきた?)」

一夏「(動いても無駄。じっとしていても無駄。この状況で何をすべきだ、俺は?)」

一夏「(あるけれども感じられないものを掴む、その術は――――――!)」



「――――――!」



一夏「――――――!」ブン!

ガキーン!

緋宵「――――――!?」

一夏「――――――!」ブン!

緋宵「――――――!!」ヒュウウウウウウウウウン!

一夏「……あともう少しだったんだけどなぁ」

一夏「いいぜ、次で終わらせてやる」ジャキ

緋宵「――――――」

一夏「………………」

緋宵「――――」

一夏「…………」

緋宵「――」

一夏「……」

緋宵「」

一夏「」












ズバン!


緋宵「!?!?!?」

一夏「…………慣れてしまえば呆気ないもんだな」

一夏「さて、これで俺は無の世界に一人か」

一夏「敵であっても枯れ木も山の賑わいだったんだけどなぁ…………あれ?」

一夏「これって――――――データ取得、『第4の鍵』だって?」

一夏「あ」


――――――第3・第4の扉 突破! 鍵は残り1つ!


――――――インターバル3回目


一夏「あ、戻れた……」

――――――
弾「あ」

弾「よかった、一夏ぁああああ!」ウルウル
――――――

一夏「おっと、びっくりするじゃんかよ!?」

一夏「ほら、何かよくわからなかったけれど、――――――鍵は2つ手に入ったぜ。これで残りは1つだ」

――――――
友矩「本当に良かったです……」ホッ

友矩「第3の扉が消滅しても“ブレードランナー”が帰還しませんでしたから」

友矩「隔離エリアごと消去されてしまったのではないかと気が気でなくて……」
――――――

一夏「……そうだったのか」

一夏「実際に似たようなもんだし、なんで生きて帰れたのか俺でも不思議に思うぐらいだ」

一夏「なにせ、第3の扉で無確認の朱色の日本製接近格闘機を無限増殖ミサイルで撃ち落とした後に、」

一夏「無の世界に転移させられて、そこで朱色のISの逆襲を食らって危うく絶望しかけたからよ」

――――――
弾「ええ!? ――――――『無』って何だよ、『無』って」
――――――

一夏「光も影も重力もない 上も下も右も左も前も後ろもない世界」

一夏「相手も同じ条件だったんだろうけど、俺のデータ採取が継続されていたようだから、そこめがけて俺を襲ってくるもんだからたまったもんじゃなかった」

一夏「こっちは何も見えないし、何も聞こえないし、何も感じられなかったんだぜ?」

一夏「実質的な無重力空間だったんだけど、宇宙空間とは違って息苦しくなるわけじゃないし、身体が軽くなるわけでもなく」

一夏「まさしく俺という存在がポツンと存在するだけの無の空間だった。気が狂いそうだった」

――――――
弾「お前、SAN値 大丈夫なのか!?」

弾「なあ、友矩? 『無の世界』ってどういうことなんだ?」

友矩「…………おそらく仮想空間の設定そのものが無になっていたから『無の世界』になったのではないでしょうか?」

友矩「仮想空間と言えども、現実の再現には膨大なモデルケースや乱数マップの合成による空間制御AIがなければただのハリボテですから」

友矩「今回の高性能ISバトルシミュレーターから今回の“ブレードランナー”のデータ測定だけに必要な要素――――――、」

友矩「すなわち、“ブレードランナー”と対戦相手だけのデータ以外を全て引っこ抜いた結果が『無の世界』だったのでしょうね」

弾「なんとシンプルなシミュレーション内容でしょうか!?」
――――――

一夏「ああ。シンプルすぎて人間が知覚できる刺激となるものが一切なくて見えないし、聞こえないし、感じられないけどな」

一夏「けど、確実に俺と相手だけは存在していることがわかったから勝てたんだよな」

一夏「その事実に気づかなかったらセンサーが全て使えない中、一方的にやられる理不尽さのあまりに恐慌状態に陥って死の恐怖で発狂していたかもしれない」


――――――
弾「センサーが全部使えないのにどうやって勝ったんだよ?」

友矩「相手が接近格闘機であるという確証があったのなら、一撃必殺の『零落白夜』を中てることも不可能ではないでしょうけれど…………」
――――――

一夏「違う違う。あるだろう、――――――俺と敵と結ぶ確かなものが」

――――――
弾「え」

友矩「?」
――――――

一夏「俺を認識して俺めがけて刃をふるおうとする敵の意思だよ」

――――――
弾「は」

友矩「……まさか、そんなことが本当に?」

友矩「でも、確かに何も知覚できない“ブレードランナー”にとって唯一確信できる要素があるとしたら、それしかない」

友矩「本当に何も知覚できない“ブレードランナー”にとって、一方的に攻撃を中ててくる敵に確かな攻撃の意思だけは感じられるはずだから……」
――――――

一夏「そういうこと! 実際にやってみるもんだな」

一夏「電脳世界での肉体は現実世界における精神そのものだから、肉体に縛られない次元でそういったものを知覚できたというか――――――」

一夏「まあ、知覚できているというよりはほとんど直感みたいなもんでさ?」

一夏「――――――『来た』と思って剣を振ったら、何かを真っ二つにしたような感触しか残ってないんだよ」

一夏「それで、本当にやれたのか考えているうちに、第4の鍵を手に入れて――――――ここに戻ってこれたってわけ」

――――――
弾「………………」

友矩「………………」
――――――

一夏「いやぁー、クラッカーが約束を守ってくれていて本当に助かったぜ」

一夏「あのまま無の世界に一人 取り残されるんじゃないかって、敵を倒してしまったことに後悔すら覚え始めていたからさ」

一夏「でも、一番はあれかな?」


――――――“アヤカ”だったらどうしていたんだろうって。


一夏「『無』という概念を思い浮かべた時に思いついたのは、最初の頃 無の化身のようだった“アヤカ”だったからさ、」

一夏「“アヤカ”がこれまで見せてくれた奇跡のことを思い返してみて、少し勇気と閃きをもらったんだ」

――――――
弾「そっか。それはよかったな」

弾「お前の助けが“アヤカ”の成長を促して、今度は“アヤカ”の成長がお前の助けになったんだよ」

弾「凄いことじゃないか!」
――――――

一夏「ギブアンドテイクってやつ?」ヘヘ・・・

一夏「そう思うと、何か千冬姉じゃないけど人を育てることの喜びっていうのを感じたかな」


――――――
友矩「しかし、自分と相手のISを結ぶ働き――――――」

友矩「これって、――――――『PICカタパルト』の原理と符号するところがありますね」

弾「――――――『PICカタパルト』」
――――――

一夏「あ、そっか。これが『PICカタパルト』だったのか」

――――――
友矩「その中でもフォーカスと呼ばれる段階での境地に至っていたのでしょうね」

友矩「“アヤカ”の場合は、フォーカスしてから相手の慣性と同化させる段階までやってみせてましたけど、」

友矩「“ブレードランナー”はそこまでのことはしませんでしたよね?」
――――――

一夏「ああ。迎え討っただけだ」

一夏「でも、確かに俺への敵意でフォーカスできたおかげなのか――――――、」

一夏「あの一瞬だけは相手の全てがまるで自分のことであるかのように理解できてた気がする」

一夏「だから、『振れば倒せる』っていう妙な確信というか直感が働いていたような気がするんだ、ホント」

――――――
友矩「――――――もはや達人の境地ですね」

友矩「敵意を敏感に察知して、それで相手の動きが先読みできるだなんて」

弾「それって、ISによるハイパーセンサーの補助無しでやったことなんだよな?」
――――――

一夏「ああ、たぶんそうだと思うぞ」

一夏「センサー類は完全に機能しなくなっていたから、客観的に考えれば ほとんど勘で倒したようなもんだし」

一夏「自分でもあんな状態で刺客を倒して、こうやってまた二人と話していることに話していて違和感を憶えているぐらいさ」



――――――
友矩「では、いよいよ最後の扉ですね」

弾「ああ。――――――第5の扉だな」

弾「最後まで気を抜くなよ? 相手が本当に学園のコントロールを返してくれるかまではわかったもんじゃないんだから」
――――――

一夏「わかってるって。俺だってまさか無の世界に落とされるとは思わなかったし、」

一夏「最後の扉なんだ。第4の扉であんなことをされた以上の底意地の悪い何かである可能性が高いのは百も承知!」

一夏「それじゃ行ってくる!」

――――――
弾「ああ。勝てよ」
――――――

一夏「――――――」ガチャ










――――――
弾「行っちまったな」

友矩「ええ」

弾「これが終われば――――――いや、このまま素直にコントロールを返してくれればいいんだけど。そう都合良くいくかな?」

友矩「先程、実は逆探知に成功しまして」

弾「え……!?」

友矩「『白式』のステータスチェックでビデオを確認していたのですが、」

友矩「第3の扉の刺客である朱色のISを無限増殖ミサイルで撃ち落とした後に外部からデータの書き換えがありまして」

弾「ああ……、あんなチートを堂々と使われたらそりゃクるものがあるだろうな……」

友矩「けれど、そのおかげでクラッカーの居場所を逆探知できましたよ」

弾「え、そ、それじゃ……、これが終わったら――――――?」

友矩「はい。僕が捕まえに行きます」

友矩「アリーナを完全に乗っ取った時のクラッカーとは別の格下の犯行なのはわかりましたから」

弾「ま、マジでそうなのか?」

友矩「たぶん、相手は相当幼いです。――――――感情的になって痕跡を残す時点で三流ですからね」
――――――


――――――第5の扉


ゴロゴロ・・・・・・

一夏「――――――あ、あれ?」

一夏「何だここは? 今までは全然違う」


今度もまたアリーナかどこかだと予想していた“ブレードランナー”ではあったが、――――――意表を突かれた。


一夏「暗雲立ち込めたこのフィールド――――――」キョロキョロ

一夏「……何だったっけかな? 何か見たことあるぞ、――――――この闘技場!」

一夏「そうだ! あの8つの巨像と辺り一面の無数の穴――――――まさかあの巨像が避雷針になっていたり穴も800個もあったりするのか!?」

一夏「題名なんだったっけ?! 結構シンプルなタイトルだった気がするんだけど、あの古臭いけどすっげー濃いジャンプマンガ!」

一夏「ダメだ……、『民明書房』のことしか思い出せねぇ…………」

一夏「けど、まさかここで戦うのか?!」

一夏「ISならシールドバリアーと絶対防御で鎗地獄でも死にはしないだろうけど――――――、」

一夏「いや、もしかしたら穴から出てくるのは鎗じゃなくて対IS兵器の可能性が――――――!?」

一夏「お、落ち着け! まずは相手の出方を待つしかないんだ……」

一夏「さて、――――――どう出る?」(IS展開)

一夏「(けど、凄く嫌な予感しかしない。あのマンガ、普通に登場人物が死ぬんだもん…………生き返るけど)」

一夏「(あの破天荒さは見ていて爽快かもしれないかもしれないけれど、実際にあんなのが現実のものになっていたら――――――!)」

一夏「(違う、――――――憶えているぞ! この場面でもあの世界特有の理不尽な死のゲームが!)」


――――――そう思った瞬間であった!



ガチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


一夏「!」

一夏「な、何だ……?(え、まさか――――――、そのまさかなのか――――――?!)」

一夏「なっ?!(――――――ズーム機能だ。見たくはないけど状況把握のためにはしかたがない!)」

――――――
千冬「――――――」(白い天秤に掛けられた白い牢獄)
――――――

――――――
雪村「――――――」(黒い天秤に掛けられた黒い牢獄)
――――――

一夏「……嘘だろう?(ちょっと待ってよ、大天秤にぶらさげられた牢獄ってまんま――――――落ちたら奈落の底で)」ピィピィピィ・・・

一夏「――――――IS反応! 2つ!?(データ照合完了、これは――――――!)」 CAUTION! CAUTION!


ヒューーーーーーーーーーーーーーーーン、ドッゴオオオオオオオオオン!


黒い無人機「――――――」

白い無人機「――――――」


一夏「…………4月のクラス別対抗戦で見た無人機! それも2体!(『ということは』だが――――――!)」ギロッ

一夏「けど、牢獄と同じ色塗りになってるって、これって――――――ん」

一夏「――――――いつの間に、電光掲示板のタイマーが!?」


――――――【00:05】


一夏「は? ちょっと待ってくれよ……」

一夏「俺の勘違いじゃなければ、――――――『5秒しかない』ってことじゃないか!」

一夏「不可能だ!(5秒であの無人機を同時に2体 倒すだなんて!)」

一夏「(たぶん、倒した瞬間にデータ取得がなされて色に対応した牢獄は無事なんだろうけど――――――、)」

一夏「(どっちも救うだなんて時間的にも戦力的にも位置的にも無理じゃないか!)」

一夏「(あの無人機は互いにそれぞれの色とは正反対の天秤に張り付いているから、位置的にまとめて倒すだなんて無理なことだし、)」

一夏「(腕部の戦略級レーザーをまともに受けたら一瞬でISと言えども蒸発するし、それが2体もいるんだぞ!)」

一夏「(機動力だって学園のアリーナを所狭しと飛び回れるような機動性に、格闘戦に有利な重装甲で『白式』以上の迎撃力だってある!)」


一夏「くぅ…………」

黒い無人機「――――――」

白い無人機「――――――」

一夏「ちぃ…………」

黒い無人機「――――――」

白い無人機「――――――」

一夏「……あれ?(なぜ、敵は動こうとしない?)」

一夏「………………?」

黒い無人機「――――――」

白い無人機「――――――」

一夏「………………」 ――――――恐る恐る指を開いて閉じて手の感触を確かめようとした。

ピピッ

一夏「!」

一夏「…………メッセージ?(こんな時に――――――いや、この閉鎖ネット空間で送ってこれるやつといったら!)」

一夏「メッセージを開いてくれ……(遊びのつもりか? 俺がメッセージを読み終わると同時に仕掛けてくるつもりか?)」


――――――1人助けることができたら最後の鍵を渡そう。1分後にスタートなのだ。



一夏「………………」

一夏「………………」

一夏「………………そうかよ」チラッ

――――――
千冬「――――――」(白い天秤に掛けられた白い牢獄)
――――――

――――――
雪村「――――――」(黒い天秤に掛けられた黒い牢獄)
――――――

一夏「…………『二人のどちらかを選べ』と言う話なんだろう?」

一夏「いいぜ。答えは決まっている。当然、俺が選ぶのは――――――(――――――『零落白夜』準備!)」ジャキ

一夏「リミッター解除(オーバード・イグニッションブースト 準備――――――)」

一夏「――――――!」ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウン!



ズバズバズバ、ズバリィイイイイイイイイイイイン!



白い無人機「――――――!?」

黒い無人機「――――――!!」


ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!


――――――
千冬「――――――!?」(白い天秤に掛けられた白い牢獄)
――――――

――――――
雪村「――――――!!」(黒い天秤に掛けられた黒い牢獄)
――――――


一夏「……………1分待つ必要なんてない。この2択の答えは最初から出ていた」

一夏「決めていたことなんだよ、――――――有り得る話だから」

一夏「そういうわけで、――――――さようなら、」


――――――【00:00】 ピィイイイイイイイイイイイイ!


――――――――――――
「そ、そんな…………」
――――――――――――



ゴロゴロ・・・、ピカァーーーーーーーン!

グラグラグラ・・・・・・

――――――
千冬「――――――!?」(白い天秤に掛けられた白い牢獄)
――――――

――――――
雪村「――――――!!」(黒い天秤に掛けられた黒い牢獄)
――――――


ピカーーーーーーーーーーーーーン!


一夏「………………」

黒い無人機「」 ――――――『零落白夜』で滅多斬りにされて見る影もない。

白い無人機「――――――!!」 ――――――素早く空中に避難していた。




――――――
千冬「!!!!!!」ヒューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
――――――





――――――さようなら、“ブリュンヒルデ”。





――――――
雪村「――――――!!」(黒い天秤に掛けられた黒い牢獄)
――――――

一夏「俺は“ブレードランナー”」

一夏「どちらを優先するかだなんてわかりきったことだろうに……」

一夏「けど、いい気分じゃないのは確かだ」ピピッ

一夏「ふざけやがって」ギロッ


――――――第5の扉 突破! 最後の鍵を手に入れました。



――――――電脳世界:IS学園基幹システム中枢電脳 エントランスホール


一夏「………………」

一夏「最後の扉も立ち消えていったか……」

――――――
弾「意外に早かったな……」

友矩「全ての鍵が揃ったことにより、セキュリティが回復し始めました……」

友矩「早速、コントロールの復旧作業に入ります」ピピッピピッピピッ・・・・・・
――――――

一夏「………………」ムスッ

――――――
弾「な、なあ? 何があったんだ? せっかく終わったのにさ?」

弾「あ、そっか。まだ電脳世界から出られないのか?」

友矩「今、表側施設のロックを次々と解除していますから! もう少しだけ待っていてください!」
――――――

一夏「違う。そんなんじゃないよ」

――――――
弾「え」
――――――

一夏「“オペレーター”?」

一夏「――――――逆探知できてる?」

――――――
友矩「できません」

弾「え!?」

友矩「…………これはシークレットコードです」シー

弾「あ」
――――――

一夏「そうか。これから仕返しをしようと思ってたんだけど無理かぁ……」チッ


――――――
弾「ど、どうしたんだよ、一夏?」

弾「お前、何か凄くおっかない表情しているぜ……?」アセアセ

弾「それに、もう終わったことじゃん! 目的を果たせたじゃん!」

弾「今日はもういいだろう? お前がこれ以上がんばる必要なんてないって!」
――――――

一夏「違うぜ、弾」

一夏「 全 然 違 う 」ギロッ

――――――
弾「ひっ」ゾクッ

友矩「…………“ブレードランナー”?」
――――――

一夏「俺がやらなきゃいけないんじゃないんだよ」


――――――これは俺がやりたいからやるんだよ!


一夏「――――――この織斑一夏が!」ゴゴゴゴゴ!

――――――
弾「!?!!」アセダラダラ

友矩「ま、まさか最後の扉でやらされたことって――――――(だいたい予想がつく。一夏が激昂するのは決まって――――――)」
――――――


一夏「ふざけやがって! ぶっ倒してやる! 引き摺り下ろして、死ぬことが唯一の救いだと思うぐらいに後悔させてやる!」

一夏「俺にあんな選択を迫ったこと、魂魄一万回 生まれ変わろうとも恨み晴らすからなああああああ!」

一夏「どうせ、俺たちの活動はこれでおしまいなんだ! 最後ぐらい好きに殺らせてくれよ、なあ友矩!」

――――――
弾「あ、――――――そうだ。俺たちの戦いは最後なんだよな」

弾「一夏の生体データが完全に敵にキャプチャーされた以上、日本政府も対応を考えなくちゃいけなくなる――――――」

弾「そうなれば、俺たちの、秘密警備隊“ブレードランナー”としての活動はもうできなくなるのは当然だよな」

友矩「はい。ただでさえ 一夏は、――――――“織斑千冬の弟”ですから」

弾「どうする? 逆探知から奪い返してみる?」

友矩「最後の悪足掻きをするのならそれも已む無しか」
――――――

一夏「………………」ジー

――――――
友矩「わかりました」

友矩「もう、僕たちは秘密警備隊“ブレードランナー”の活動資格を剥奪されて、その後は日本政府の決定に全てを委ねられるだけです」

友矩「なら、好きにやれるうちにやりたいことをやりましょう」

友矩「ただし、それによる名誉の戦死を僕はもう止めません。自己責任でお願いします」
――――――

一夏「ああ!」


――――――
弾「…………こんなことになっちまったけどさ?」

弾「俺たち、これからも一緒にやっていけたらいいよな?」

弾「悔いはないぜ? ――――――臨時収入もたくさんもらって蘭のやつを喜ばせてあげられたし」

友矩「また、焼き肉でも食べに行きません? 今度は豪勢に、最高級のサーロインステーキの食べ放題とかとってもいいですよ」

弾「いいねぇ! それでこれまでの人生のお別れパーティーと洒落込むか、おい?」
――――――

一夏「そうだな。これが終わって全てが終わる暇乞いに――――――、な?」

――――――
友矩「では、一夏。覚悟を決めて今から転送します」カタカタカタ・・・

友矩「転送された先に何があるのか――――――、」カタカタカタ・・・

友矩「学園のコントロールを完全に奪いとるようなクラッカーの電脳に飛び込んでいってどんな結末を迎えるのか――――――、」カタカタカタ・・・

友矩「それは誰にもわかりません。それで一夏は帰らぬ人になるかもしれません」カタカタカタ・・・

友矩「けれど、僕は友としてきみの頼みを引き受けた」カタカタカタ・・・

友矩「だから、今度は友である僕の頼みを聴き入れる番だ」カタカタカタ・・・


――――――死なないで。どんな形であっていいから大切な人の許に帰るんだよ。


友矩「僕から言えることはそれだけ」カタカタカタ・・・

弾「俺たち、いいチームだったよな?」

友矩「ええ。“トレイラー”の本格的な実績が最初の1,2回しかなかったのは非常に残念です」カタカタカタ・・・

弾「いやいやいや! 俺、ラウラちゃんの出迎えの時にリムジンの運転したよ! ねえ!?」

友矩「はは、そうでしたね。他にもたくさん貢献してくれました」カタカタカタ・・・
――――――

一夏「ああ」

一夏「俺たち、最高だったぜ!」

一夏「それじゃ――――――、」


――――――さらば、“ブレードランナー”!









こうして、IS学園1学年の臨海学校の日に学園で起きた7月7日の事件は解決へと至るのであった。

元々は、学園中枢部への不正アクセスによって学園全体のコントロールが奪取され、

学園施設が完全封鎖されて生徒や職員たちが閉じ込められたというこの事態――――――、

その解決に尽力した男たちの奮闘があったことは決して語られることはなく、彼らの存在は更なる闇へと沈んでいったのである。

一方、臨海学校へと繰り出していた1年生たちはというと――――――、


――――――事件の日の夜

――――――市街のホテルにて


雪村「みなさん、お疲れ様でした」

簪「あ、よかった。元気そうで」

セシリア「“アヤカ”さんもご無事で何よりですわ」

鈴「とんだ災難だったわね」

ラウラ「このツケはいずれアメリカには払ってもらおう」

シャル「ホントだよ」

箒「雪村。ほら、お前の荷物だ」

雪村「ありがとうございます」

箒「ん?」

雪村「どうかしましたか?」

箒「雪村、右腕の黄金の腕輪はどうした?」

鈴「あ、ホントだ。何か違和感があると思ったら、それが無かったのね」

ラウラ「どうしたのだ、“アヤカ”? 専用機は?」

雪村「専用機ですか?」


――――――失くしました。


小娘共「!?!!!?!?」


――――――どことも知れない海と空の広がる世界









一夏「どこの領域だ、ここは…………?」

一夏「ん」

一夏「…………ラウラか?(――――――あの背丈に特徴的な銀髪は)」

クロエ「………………」クルッ

一夏「………………」

クロエ「お初にお目に掛かります」

クロエ「私の名前は、クロエ・クロニクル。主の使いは果たしましたので此度はこれにて退場いたします……」

一夏「あ、おい、待てよ!(――――――『主の使い』だと!?)」ギリッ

一夏「――――――消えた」ハア

一夏「どうしたらいいんだよ、これ(逆探知で乗り込んで散々暴れ回ったのはいいけど、その影響で侵入ルートのデータも破壊したから…………)」

一夏「ん?(――――――背後に感!)」クルッ

一夏「あ」


女性「………………」


一夏「え、誰――――――?」

女性「これを」

一夏「『これを』って言われても……(何だ!? こいつは何だ?! ――――――誰かの精神体? いや、それがなぜクラッカーの電脳に存在する!?)」

一夏「まさかクラッカーが『パンドラの匣』から吸い上げた“魔王”の1種か!?」ジャキ

女性「………………」

一夏「俺には帰るべき場所がある! 『それ』を受け取らせたいのならまず俺を信用させてみろ!」

女性「では――――――」

一夏「!?」

女性「はい」ギュッ

一夏「あ、ああ…………」ドクンドクン

女性「“あの子”を守ってあげて」

女性「私は引き離されてもう“あの子”のことを守れないから……」

女性「でも、私は『あの娘』と一緒にずっとここにいるから」

一夏「は、はい……」

女性「さ、おかえり」


大丈夫。これからはもっと身近にあなたと共にあるから…………



――――――夕焼け

――――――カフェ


クロエ「………………」アセダラダラ

友矩「相席させてもらうよ」

クロエ「…………!」ビクッ

クロエ「確かあなたは束さまが最も忌み嫌っている存在……、あってはならない存在…………」ボソッ

友矩「学園でサイバーテロをやってくれたついでに――――――いや、本命はやっぱり『暮桜』だったんだ」

クロエ「………………!」

友矩「学年別トーナメントで篠ノ之 束に直接 会った時からはっきりわかった」

友矩「学園のどこか――――――電脳からアクセスできるどこかに織斑千冬のかつての専用機『暮桜』が封印されていて、」

友矩「今回のサイバーテロはその封印を解くための強制解凍プログラムを送り込んだってわけなんだ」

友矩「――――――鬼が居ぬ間にね」ジロッ

友矩「それとついでに“ブレードランナー”の生体データを直接とろうとしていたみたいだけど、」

友矩「――――――ここまで仕返しされるとは思ってもみなかったようだね(平静を装っているように見えて全身の汗や浮き出た血管が見える)」

友矩「どうだい? 彼の逆鱗に触れた感想は――――――?」ジロッ

クロエ「………………」スッ

友矩「殺るんなら別にいいよ? 黙って送り返そうと思っていたけど、殺るって言うならこちらにも考えがある」ゴゴゴゴゴ


クロエ「――――――!」(IS展開)


友矩「…………とっとと逃げればいいものを(何だ今の黄金の瞳は? IS装備がまったく展開されていないのにこの超常を引き起こすだなんて)」

友矩「1つ言っておくけど――――――、」

友矩「男の僕が織斑一夏の隣に居続けられることがどれだけ凄いことなのか理解してないようだね、お嬢さん?」


クロエ「――――――!」シュッ ――――――仕込みクナイ!

友矩「この程度の子供だましが通じると思っていたのかい?」パシッ ――――――難なくクナイを掴む!

クロエ「!?」

友矩「今のでだいたいわかったよ。――――――第3世代技術によって大気成分を変質させて幻影を見せるのか」

友矩「そして、単独で電脳ダイブして相手の精神に干渉することすらできる電子戦特化の第3世代型ISといったところ」

友矩「けど、結局はそれだけ――――――!」シュッ ――――――2本の指を勢い良く真正面に突き出す!

クロエ「!?」ゾクッ

クロエ「キャア!?」 ――――――思わず目を閉じてしまう!

友矩「…………馬鹿な娘だね」 ――――――すると、展開されていた『ワールドパージ』の幻影が解除されるのであった。

友矩「やっぱり、その黄金の瞳が弱点だったんだ」 ――――――突き出された2本の指はクロエの瞼をこすっていた。

クロエ「ああ…………」ヨロッ ――――――腰が抜けたようにイスに座り込んでしまった。

友矩「ISが世界最強の兵器であろうとも、それは総合的な評価であって完全無欠という意味じゃない」

友矩「角膜型のIS装備なのかはわからないけれど、生体同期型っていうのもなかなか不便なようだね(そして、戦い慣れてないド素人が使えばこの程度!)」

クロエ「くっ……」

友矩「そうそう、用事はこれなんだよね(――――――不本意だけど、警告ぐらいにはなったはず)」スッ

友矩「今、IS学園を留守にしている織斑千冬先生から託されたこの篠ノ之 束 宛ての手紙を届けること」

友矩「ちゃんとこの手紙を篠ノ之 束に届けてね」

クロエ「…………はい」

友矩「それじゃあね。もう来ないでね(僕たちが捕まえても絶対に逃げられる以上はおとなしく帰せというお達しだったけど――――――)」ジロッ


スタスタスタスタ・・・・・・


友矩「なんとなくだけど“ISを扱える男性”の真相が見えてきた気がする」

友矩「けれど、まだ言うべきことじゃない、まだ――――――」

友矩「後はそれを裏付ける決定的な証拠が揃えられれば――――――目星は付いてる」

友矩「だけど、これからのIS学園の運営はどうなることやら…………」

友矩「なあ、“アヤカ”? 一夏? 千冬さん?」

友矩「僕たちの世界はどこへ向かおうとしているんだろうね?」


夜支布 友矩は、自分たちと同じように先が見えない水平線の遥か彼方へと沈みいく夕陽に向かって疑問を投げかけてみた。

もちろん、答えは帰ってくることはない。ただただ口にするだけで虚しい響きが自分の耳の中でこだまするだけだ。

しかしながら、長いようで短く 短いようで長い一夜を越えた後、すぐに全ての答えが明らかになるのだ。

いずれはこうなることはわかってはいた。長続きなんてしないことは覚悟していた。

それでも、その日が今日であるということは知る由もなかったし、そうならないように努めてきたからには、この衝撃を抑えることは難しかった。


――――――死ぬことは別に怖くない。


夜支布 友矩は心からそう思っていた。

“ブレードランナー”として過酷な任務に彼を一人送り出して、それで知らんぷりなんて本当の友のすることではない。

そして、互いが互いを必要としている以上は、彼が死ねば自分も成り立たず、自分も死ぬものだと心に決めていたのだ。

しかしながら、もしそれすら許されない状況に陥ってしまったら――――――?

それが最も恐ろしいことであり、これからの処分においての一番の関心事であった。

できる限りのことはやってきた。秘密警備隊としての改善点や要望もしっかりと主張してきた。

全ては彼を生かして活かすためであり、それによって自分も生かして活かされるからである。


だからこそ、夜支布 友矩は愛する友である織斑一夏と描くこれからについてつぶやかずにはいられなかったのであった。


過去はもう何をしても戻らない。

すでに賽は投げられた。

あとは、運命に全てを委ねるだけである。


さらば、“ブレードランナー”。また、その剣が振るわれる日を――――――。
                                          『剣禅編』 『序章』Bサイド 完



これまでの話の整理:『序章』B

織斑一夏(23)“ブレードランナー”
IS適性:B
専用機:『白式』非正規戦仕様

原作本編である学園側からの視点を描いたAサイドとは異なり、それらを取り巻く外の環境にいる部外者の視点となるBサイドの主人公となった、
原作主人公(23)であり、あの性格のままに大学を卒業して“童帝”として巷では圧倒的なカリスマ性を誇る有名人という設定。
戦闘面でも人格面でも能力面でも無類の完璧振りを誇る超人であり、IS戦闘においても剣の間合に入れば世界最強“ブリュンヒルデ”に次ぐ強さを誇る。

しかしながら、本業である“ブレードランナー”での活動では無理難題を押し付けられて極めて慎重な立ち回りを求められてきたために、
あまりISで無双している場面はなく、もっぱら仕事人のように標的を1つ1つ確実に『零落白夜』の光の剣で葬っていく様ばかりが目立っていたことだろう。
むしろ無双していたのは“アヤカ”であり、VTシステム8機を単一仕様能力だけで完全無力化している。
それでも、専用機『白式』の性能を120%発揮して、あの手この手で確実に『零落白夜』で一撃必殺を狙うスタイルには凄みを感じたのではないかと思う。
また、ISの力を絶対とはせず、1つの手段として他に有用な手段があるのなら焦熱地獄戦法を使うなどエグさも光っていたはずである。
そして、普段は温厚ではあるものの、こと姉のことになると血が上ってシャレにならない怒気を放つことも理解できたと思う。

今回で“ブレードランナー”としての活躍は終了することになり、その後はどういった処遇が待っているのかは不明である。
元より杜撰な政府の“ブレードランナー”の運用法のために、いずれは本人のうっかりも合わさって露見するだろうことは予想されていたが、
わずか3ヶ月で生体データをキャプチャーされるという事態に陥り、それがきっかけで活動の危機を迎えることになる。

戦闘特技
・イグニッションブースト:瞬間的に最大速度を出す奇襲戦法。機動力が何よりも力になるために広範囲に活躍するはずだった
1,クォーター-:最大速度設定を4分の1に制限することでエネルギー充填速度と消費エネルギーを抑えて無駄のない緊急発進を実現する
2,オーバード-:最大速度を大幅に越えて限界突破による機体の自壊をシールドバリアーで無理やり抑えて放つ規格外の一撃へと繋ぐ諸刃の刃
・発想力:自由な発想で目標達成に必要な手段を直感的に割り出す、無理難題ばかりの“ブレードランナー”にとって最も必要不可欠な才能
・格闘力:ISに頼らず、武器も使わない状況において最も役立つものであり、対IS戦闘の接近戦においても力を発揮する


夜支布 友矩(23)“オペレーター”
“ブレードランナーの頭脳”として機能し続け、常に“ブレードランナー”の活動をする上で必要だと思われること・改善すべき点を報告してきたために、
今回のようにいよいよ“ブレードランナー”の正体が発覚したと思われる致命的な事態になっても責任回避は万全の状態にしていた。
また、大学時代にはヤンデレすらいた織斑一夏の隣に居続けることができたのは、彼が単に気立てが良く、一夏と同性だったというだけではなく、
一夏の隣にいることを妬む連中からの迫害を諸共しない実力があったからに他ならず、頭脳担当にして護身術が軽く使えるぐらいには肉弾戦も強い。

一夏と同じく“アヤカ”に対して極めて真摯に接してきており(それだけじゃなく“彼”の周りの生徒たちにも相当 気を配っているが)、
仮想世界“パンドラの匣”の開拓という任務での付き合い以上に彼自身が“アヤカ”の成長に期待しているところがあり、
“アヤカ”の今後のために絶対に何があっても“パンドラの匣”の開拓だけは終わらせることを胸に誓っている。


五反田 弾(23)“トレイラー”
一般人の域をあまり食み出さず、本職である輸送トラックを活用する場面が描けなかったのは遺憾であるが、
リムジンを運転したり、一夏を励ましたり、読者とできるだけ近い視点で疑問提起をしてくれたので、
秘密警備隊における“ブレードランナーの脚”としての役割しっかりと果たしてくれた。


一条千鶴“シーカー”(先代ブレードランナー)
IS適性:S
専用機:『風待』
彼女の活躍については第10話Aの方が詳しく、実は織斑一夏と共同戦線を張ったことがほとんどない。
専らAサイドで“アヤカ”の援護に回ることが多く、Aサイドの締めにおいても華麗に参上していたぐらいである。
しかしながら、“ブレードランナー”が政府直属の機関であるために、徹頭徹尾 IS学園の味方というわけではなく、
今回の大失敗の大元である織斑千冬の行き過ぎた内部粛清による学園組織の崩壊に思うところがあり、
先代“ブレードランナー”として場合によっては“ブリュンヒルデ”も討伐することも視野に入れ始めている。


織斑千冬“ブリュンヒルデ”
IS適性:S
専用機:????
織斑一夏の原動力となっている彼が世界で一番愛している人物であり、今回の事件の元凶といえば元凶であり、
更にはIS〈インフィニット・ストラトス〉の世界観の形成の面から言っても、篠ノ之 束に匹敵する元凶とも言える存在である。
今回はよく頑張っている方だが、やはり守るのは性に合わないようで徐々に一条千鶴との擦れ違いが起こるようになる。

とにかく肝腎なことを読者に対してすらも何一つ説明せず(いや、元々 実の弟からも“職業不詳”という認識でいさせたぐらいである)、
専用機も持たずに学園の防衛を生徒任せにして『守る』宣言しているせいで『確かに一夏の姉』ということがヒシヒシと伝わってくる。
自分が出られないのなら、教員用の『ラファール・リヴァイヴ』に乗り慣れている山田真耶を前線に出すなり、やり方はあるはずなのに…………。
二次創作する上では、実はこの人が篠ノ之 束の次に動かしづらい人物であり、
彼女がまともに働いたらギャグ補正込でも襲撃者がことごとく撃破されて再起不能に陥るという共通認識があるだけに、
彼女ほどの実力者に専用機を与えない愚に関しても相当な理由を立てないとまるでダメな大人になってしまう。


以下は、読み飛ばしてもらってもかまわない筆者の私見である。


今作は『原作主人公が(23)だったら(=織斑千冬と同年代だったら)?』という異色なコンセプトから始まっており、
その結果としてできるだけ一夏っぽさは残しつつ、織斑千冬に準ずる圧倒的な強さと大人としての貫禄と親しみやすさを併せ持った完璧超人を目指してみた。
客観的に見て、織斑一夏の性格や能力に関しては悪くないものであり、むしろ他者より抜きん出ており(――――――人それを主人公補正と呼ぶ)、
視聴者をイライラさせる鈍感さや主人公らしからぬ無能さや常軌を逸した人格っぷりを克服できれば――――――と思い、描いてきた。

これはかなり過激な論調かもしれないが、実際にこういったIS〈インフィニット・ストラトス〉の二次創作の界隈においては、
原作主人公:織斑一夏の扱いに関して最も過激な議論が今でも専用スレで頻繁に展開されているほどであり、
織斑一夏のキャラクター性に大いに不満を持つ創作者たちが過激なヘイトを展開して人格攻撃するものがかなり多く、
一方で、そういった二次創作の傾向に対して『原作から乖離した捏造で不当にキャラを貶めるのはやめろ』というアンチヘイトの擁護が常に行き交う。
そして、ヘイトとアンチヘイトは今も不毛な織斑一夏のキャラクター性に関する一方的な持論の主張をコンセンサスの形成なしに繰り返して解決の目処が立たない。

打ち明けて言えば、筆者はアニメ第1期をリアルタイムで見ていた時は特に一夏の性格に疑問を呈することなく『主人公らしく頑張れ』と思っていたのだが、
再び観直してみると『何言ってんだ、こいつ?』というこれまでなかった不満の感想ばかりが増えていき、
それからアニメ第2期のリアルタイム視聴で『主人公なのに全然 好感が持てない』と思うぐらいであった。
何がいけないのかといえば、織斑一夏が俺TUEEEEの最低系主人公の項目に普通とは違うベクトルで多く当てはまるのが悪印象の原因のように思う。
具体的に挙げれば――――――、
1,努力している印象が薄い(視聴者からすれば、少し考えればすぐにわかるような問題をいつまでも解決しようとしない点で苛立つ)
2,実力者としての印象が薄い(たいてい襲撃事件で一夏が真っ先に足を引っ張り、それでいてそれを払拭するような爽快な勝ち方を一度もしていない)
3,成長していることを読者にアピールしきれていない(1回ぐらいストレートに勝って確たる強さを見せつけて欲しかった)
4,具体的な目標意識や挫折感、心境の変化などの意識の浮き沈みや盛り上がりが地の文からも見えてこない(読者も登場人物同様に理解不能である)
5,ハーレムものの主人公にしては読者にそれを許容させるだけの凄みやインパクトがない(“良い人”止まりな印象が拭えない)

つまり、物語の様式美である“王道”の要素が薄いから、共感を得られないキャラクター性になっているように思える。
別に、イケイケな性格のDQNというわけでもなく、客観的に見て 姉思いで友人同士の繋がりを大切にする家事万能の人という事実関係だけ見るといい素材なのに、
むしろ、控えめでかつ優柔不断というわけでもない美徳の性格のはずなのに印象が最悪である。吐き気を催す邪悪ではないのに別次元に最悪である。
なので、筆者個人としては上で挙げた5点に対して改良のアイデアあるいは二次創作する上での指針を述べさせてもらうと――――――、
1,具体的に努力して苦労している風景を描くこと(結果だけを見せても読者は納得しないし、感情移入できない。過程の中で読者を引き込むのだ)
2,勝つことが主人公の証と心得る(何か大事な場面で敗けるにしても平時はそこそこ勝利を収めて実力があることを見せないとその敗北の価値も色褪せる)
3,主人公に目標達成の充実感を覚えさせる(敗けるにしても『以前とはこれだけ変われた』という前向きで建設的な描写があれば読者は納得する)
4,心理描写を明確に入れる(特に、地の文が視点人物のものならば大袈裟でもいいから読者に伝わるようなイメージをぶつけなければならない)
5,絶対の魅力となる要素を1つぐらいに絞る(そこさえしっかりしていれば、他がダメダメでも絶対のアイデンティティとして機能する)
※原則として、“王道”に沿うような善なる要素で組み立てないと、それこそ正しき最低系主人公に成り下がる。

筆者としては、別に“世界で唯一ISを扱える男性”や“織斑千冬の弟”というアイデンティティの否定をするつもりはない。
それが作品の魅力であり、『一夏に成り代わりたい』というソッチ方面の浪漫の原点になるわけなのだから。
ただ、ヒロインたちと力を合わせて学園を襲う強敵に立ち向かっているように数々の事件を原作者が描いているつもりなのだろうが、
それにしてはあまりにも一夏が模擬戦でも負けている印象しかなく、勝ち誇っている描写や優劣を気にする内面描写がなくて、
肝腎なところでやられてばかりな印象しかなく、唯一の取り柄である一撃必殺も文字通りにISを一撃必殺できた場面がないので頼りがいなんて感じられない。
いいんだよ、一撃必殺しちゃっても。それでチートと呼ばれようが、その実績があれば福音事件でも「彼にまかせるべき」と読者も納得できるもん。
結局、全ては“王道”成分の描写不足が原因であり、ヘイトはその描写不足に怒り狂い、アンチヘイトは事実だけをただ提示し続けるので不毛なのだ。


秘密警備隊“ブレードランナー”の軌跡(撃退数累計は対IS戦の実績として現実世界で撃破・撤退・貢献したものを含む)
・本編開始前:200X年4月以前
10年前:白騎士事件

3年前:第2回『モンド・グロッソ』
→ 織斑一夏誘拐事件/トワイライト号事件 → 織斑千冬、ドイツにIS教官として赴任する
→ セシリア・オルコットの両親が列車事故で他界する

2年前:日本でISを扱える男性が発見されたという噂が流れる
→ シャルロット・デュノアの母親が亡くなり、デュノア社に引き取られる

1年前:織斑一夏(満年齢:22)にIS適性が見つかる
→“ブリュンヒルデの弟”を最大限 活用するために、“ブレードランナー”に任命する → 目眩ましとして“世界で唯一ISを扱える男性”の準備が進められる
→ 凰 鈴音、両親の離婚のために本国に帰る


・本編開始:200X年4月以後
4月上旬:“世界で唯一ISを扱える男性”がIS学園に入学する

4月半ば:秘密警備隊“ブレードランナー”結成
→ 最初の任務で『ラファール・リヴァイヴ』2体を撃破する(撃退数累計:2機))

4月下旬:クラス対抗戦/無人機襲撃事件/“呪いの13号機”事件その1
→ “ブレードランナー”、無人機の撃破に成功する(撃退数累計:3機)

5月上旬:“呪いの13号機”事件その2

5月上旬:“ブレードランナー”、ラウラ・ボーデヴィッヒをIS学園に護送する

5月中旬:電脳ダイブ 仮想空間“パンドラの匣”の構築が始まる

5月中旬:IS学園において“アヤカ”と一夏が初めて顔を合わせる

5月下旬:織斑一夏、学園を飛び出したシャルル・デュノアを保護する
→ 翌日、テロリストの『ラファール・リヴァイヴ』2体を撃破可能な状態に追い込んだ(撃退数累計:5機)

5月末前:“アヤカ”に対する集団リンチ事件
→ “ブレードランナー”、取り押さえに成功する(撃退数累計:8機)

5月の末:学年別トーナメント開幕
→ “シーカー”一条千鶴(先代ブレードランナー)が参入

6月上旬:学年別トーナメント/VTテロ事件
→ “ブレードランナー”、第3・第4アリーナのVTシステム機の撃破に成功する(撃退数累計:13機)
→ その裏で、篠ノ之 束の暗躍があった

6月中旬:更識 簪 誘拐事件

7月6日:IS学園 1学年 臨海学校(3日間)

7月7日:福音事件
→ 一方 学園では、外部からの不正アクセスによる学園全体が封鎖されるワールドパージ事件が起きた(撃退数累計:15機)
→ “ブレードランナー”の生体データがキャプチャーされてしまう →“ブレードランナー”解散の危機



第10話B+ ひと夏の想いでに焦がれる多重奏・裏
Underground SEEDS

――――――織斑邸


一夏「助けてくええええええええええ! 友矩ぃいいいいいいいいいいいいい!」

友矩「一夏? 今日を逃げても夏の大学同窓会とか、縁日の準備とか、IS学園のオープンハイスクールの警備とか、とかとかとか――――――」

一夏「いやああああああ!」



チェルシー「お初にお目にかかります。私、イギリス代表候補生:セシリア・オルコット様の専属メイドをやっております、」

チェルシー「チェルシー・ブランケットと申します」

麗麗「私はね、中国代表候補生:凰 鈴音って娘の管理官――――――有り体に言えばただのマネージャーの、」

麗麗「楊 麗麗よ。ま、憶えておいて」

アルフォンス「僕は、フランス代表候補生:シャルロット・デュノアちゃんの保護をしている――――――実質的な後見人の、」

アルフォンス「アルフォンス・アッセルマンと言います。よろしく」

クラリッサ「私は、ドイツ代表候補生:ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐が所属するドイツ軍特殊部隊『黒ウサギ部隊』副隊長の、」

クラリッサ「クラリッサ・ハルフォーフ大尉です。以後、お見知りおきを」

ナターシャ「私は元アメリカ代表候補生でテストパイロットもやっている、織斑千冬とそこのステキな騎士くんとは大の仲良しの、」

ナターシャ「ナターシャ・ファイルスよ。みんな、よろしくね」



一夏「ど、どうしてみんなが俺の家にやってきたんですか!?」

チェルシー「あ、あの一夏様――――――」


アルフォンス「ああ。何やらシャルロットちゃんがきみのお世話になったみたいで、千冬先生にご挨拶する次いでにね?」


アルフォンス「3年前の英雄さんが元気にやっているか、顔を見たくなったのさ」ニコニコ

一夏「あ、アル……、そうか」ホッ

チェルシー「………………」

アルフォンス「3年前のきみの活躍からインスピレーションを受けてようやく完成した僕の新曲を聞いてくかい?」

一夏「え、そんなの別にいいのに……」

一夏「ハッ」

周囲「………………!」ジー

一夏「いや、他にも人がいるから、発表してくれたらCD必ず買うからその時を待ってるよ……」アセアセ

アルフォンス「そうかい? 今、僕はシャルロットちゃんのための曲を――――――」


麗麗「私もこの優男と似たようなもんさ。あんたが推薦してくれた凰 鈴音の様子を見るついでだよ」


周囲「?!」

アルフォンス「割りこまないでくれないか? 僕は一夏と話してたんだぞ?」

麗麗「あんたの話なんてこれっぽっちも聞きたくもないって顔だったから、一夏のために話を切り上げてやったんだよ」

麗麗「ほらほら、一通り話したらさっさと次に譲りな。他も待ってるんだから」

アルフォンス「…………わかりましたよ、もう」

一夏「……ごめんな」

麗麗「まったく、あんたも懲りないもんだねぇ……」ハア

一夏「なんだよ? いつもの神経質で慇懃無礼な態度はどうしたんだよ?」

一夏「それに、俺は別に鈴を代表候補生に推薦した憶えなんてないぞ?」

麗麗「ちょっとした息抜きだよ、息抜き。あんたの馬鹿さ加減を見ていると世間のことを忘れられて気が楽になるんだ。光栄に思いなよ、ぼうや」

一夏「いや、俺なんかと一緒にいて楽しいか? 俺、あまり人から褒められた人間じゃないって思ってるんだけど……」

麗麗「そういうところだよ」フフッ

一夏「あ…………」

麗麗「あんたに出会ってなかったら、私も『馬鹿』だってことには気づけなかったんだ」

麗麗「…………感謝してるよ」

一夏「ど、どういう意味なんだ?」

麗麗「さあね? あの娘もかわいそうにね」ムスッ



クラリッサ「では、今度は、――――――お久しぶりです、一夏殿」コホン


一夏「ああ。ホントに久しぶり……」

一夏「どうして日本に来たんだ? 国での仕事は大丈夫なのか?」

クラリッサ「ええ。隊長の副官として一度IS学園の視察をしておこうと思いまして、有給休暇を使って日本にやってきた次第です」

一夏「そうなんだ」

クラリッサ「一夏殿は隊長には会っておられるのですか?」

一夏「この前、臨海学校前に初めて会ったよ(――――――そう、“織斑一夏”としては初めて会ったよ)」

クラリッサ「そうですか。どんな感じでしたか?」

一夏「千冬姉の仕草を無理に真似ている気がしてちょっと微笑ましかったかな?」クスッ

クラリッサ「そうですか。一夏殿の目から見て『微笑ましい』と言われるぐらいですか」ニコッ

一夏「ああ。千冬姉も学園のみんなも『ラウラのことが大好き』って感じだった」ニッコリ

クラリッサ「…………本当に良かったですね、隊長」

クラリッサ「それで、一夏殿? 今後の予定についてお訊きしてよろしいでしょうか?」

一夏「どうして?」

クラリッサ「そ、その……、一夏殿に聖地巡業の案内をしていただきたく――――――」モジモジ


ナターシャ「さて、一夏くん? マッサージ、してくれないかしら?」


周囲「!?」

一夏「……あの、確かに千冬姉が現役だった頃にやってあげましたけれど、もう廃業しています」

ナターシャ「あら、そうなの?」

ナターシャ「別にいいのよ? 一夏くんの力強い両手で揉みほぐしてくれるだけでもね」

一夏「…………イヤです」アセタラー

ナターシャ「どうして? 給金が出ないから? お代はいくら欲しいの?」

一夏「だって、――――――顰蹙を買うから」

周囲「――――――!」ジー

アルフォンス「…………一夏?」ジロッ

一夏「い、いや! やらないからな! 安心してくれ!」アセアセ

ナターシャ「フランスの優男ですら睨んでくるってどういうことなの?」アセタラー

麗麗「なるほど――――――、『織斑一夏はマッサージ師としても優れている』っと」カキカキ

クラリッサ「…………羨ましいなぁ」ボソッ

チェルシー「………………」

ナターシャ「これは確かに身の危険を感じるわね……」



一夏「あ、それで? チェルシーはどうしたんだ? というか、ホント久しぶり。セシリアさんの専属メイドだったんだ…………」アセアセ


チェルシー「はい。3年前のお礼がどうしてもしたくて参りました……」

一夏「――――――『3年前』、か」アセタラー

アルフォンス「なあ、チェルシーさんって言ったっけ?」

チェルシー「はい?」

アルフォンス「まさかとは思うけど――――――、」


――――――トワイライト号に乗っていたんですか、『あの日』?


一夏「!」

クラリッサ「?!」

ナターシャ「…………まさか『トワイライト号事件』のことかしら?」

麗麗「…………?」

チェルシー「はい。セシリア様も観戦なさっていて、それで――――――」

アルフォンス「どこかで見たことがあるような気がしてたけど、そういうことだったのか」

チェルシー「アルフォンス様もですか?」

アルフォンス「そう。僕はその日、一夏と出会ったんだ……」ウットリ

チェルシー「あ…………」

一夏「………………」

ナターシャ「ねえ、一夏くん――――――何でもないわ」

一夏「ええ?」

ナターシャ「何でもないから(そう、確かに『トワイライト号事件』は会場すぐ近くの洋上で起こったことだけれども、まさか一夏くんに――――――)」ニコッ

クラリッサ「で、具体的には何をしに来たのですかな、チェルシーさんは」ゴホン

チェルシー「あ、はい。――――――これをどうかお受け取りください、一夏さん」

チェルシー「これはイギリス名門:オルコット家の跡取り娘であるお嬢様をお守りしていただいた心からのお礼です」

チェルシー「本当なら3年も待たせることなくすぐにお渡ししたかったのですが、あなたは名乗ることなくすぐに行ってしまわれた…………」

チェルシー「オルコット家の総力を以ってしてお探ししようとしたのですが――――――、」

チェルシー「そんな矢先に旦那様と奥様がお亡くなりになってそれどころではありませんでした」

チェルシー「ですから、大変申し訳ありませんでした。どうか3年越しのお礼をお納めくださいませ、一夏様」

一夏「あ、ああ……、ありがとう…………」


アルフォンス「…………一夏? 何だか顔色が優れていないよ?」

一夏「いや、何でもない……」

麗麗「そこまでにしておきなって。何だか思い出したくないようなことに触れたみたいだしさ」

チェルシー「え!?」

一夏「いや、気にしないで、チェルシーさんもみんなも」

一夏「俺なんかのためにみんな来てくれてホント 嬉しいよ」ニコッ

一夏「ただ、昨日は仕事で遅かったから今日はのんびりしていようと思っていたらから、ちょっと疲れが今になって出てきたって感じかな?」

一夏「ご、ごめんな? せっかく来てくれたのに…………

周囲「………………」

クラリッサ「そ、そうですね。突然 お邪魔したこちらにも非はありました。申し訳ありません」

アルフォンス「そっか。これ、僕のアルバムだからこれを掛けて眠るといいよ。きっといい夢が見られるはずだから」

チェルシー「本当に申し訳ありませんでした。正式な面会の申し入れもなく、突然…………」

麗麗「あんたも程々にね。何も考えていないようで できそうもないことをやろうとして悩んでいることが多いんだしさ?」

ナターシャ「………………それじゃあね、一夏くん」

一夏「あ、そうだ。これ――――――」カキカキ

一夏「俺のメールアドレスだから、また今度よろしくな」ニコッ

クラリッサ「あ、ありがとうございます、一夏殿!」パァ

アルフォンス「やった! ついに念願の一夏のアドレスを手に入れたぞー!」パァ

麗麗「ま、私はこの辺の地理に明るいからあってもなくてもどうでもいいんだけどね。――――――ま、登録はしておくよ」

チェルシー「で、では、ご頂戴させていただきます……」ドキドキ

ナターシャ「私はもう持ってるし」ドヤァ









友矩「あれ? 一夏、どうしたんだい? みんな、帰っちゃったようだけど」

一夏「あ、ああ。すまないな、友矩。せっかく買い出しに行ってくれたのに無駄になっちゃったな」

友矩「…………クラリッサ・ハルフォーフがいたということは『3年前』のことでも言われたの?」

一夏「ああ。5人中3人は3年前のトワイライト号事件で知り合った面々だよ」

一夏「まあ、詳しいことはおいおい話すとして、――――――ちょっと横になる」

一夏「…………昨日も仕事で大変だったからな」

友矩「そうだね」

一夏「さて、今日来たフランスからの友人:アルフォンス・アッセルマンのアルバムでも聴きながら眠るとしよう……」カチッ

友矩「はい。お疲れ様でした、一夏」

一夏「………………フゥ」

一夏「……」

一夏「ZZZ」

友矩「………………おやすみなさい」バサッ

友矩「しかし、『トワイライト号事件』か」

友矩「――――――僕も『それ』に関わっていた人間だ」

友矩「一夏、きみだけが背負う必要はないんだ」

友矩「あの事件は確かにきみが大きく動かしてしまったところはあるけれども、それでも多くの人の命を救ったんだ」

友矩「失われた命も確かにある。気に病むのも当然だ」

友矩「けれども、こうしてきみに恩義を感じて会いに来る人だっているんだから」

友矩「失ったもののことを忘れちゃいけないけれども、その反対に守りぬくことができたものに関しても目を逸らしちゃいけないよ、一夏」




チェルシー・ブランケット
イギリス代表候補生:セシリア・オルコットの幼馴染の専属メイド。
織斑千冬とは主人であるセシリアが憧れている人物という認識であり、何度かは彼女の父親(=セシリアの後見人)に同伴して言葉を交わしている。
実は、3年前のトワイライト号で織斑一夏と会っており…………


楊 麗麗(ヤン レイレイ))
中国代表候補生:凰 鈴音の管理官(=マネージャー)。
織斑千冬とは今年になってから知り合った程度の関係。
しかしながら、織斑一夏とは実は2年前に会っており、それが鈴の運命を決定づけていた…………


アルフォンス・アッセルマン 愛称:アル
フランス代表候補生:シャルロット・デュノアの保護を行っている人権団体の人間で、実質的な後見人。
シャルロットと同じく絶世の美男子であり、シャルロットとは同郷で一夏とは同年代の青年。
田舎の農場主の跡取り息子として暮らしており、シャルロットともご近所付き合いでそれなりの付き合いがあった。
しかし、フランス最大のIS企業となろうとしていたデュノア社には前々から投資していた結果、デュノア社と実家が懇意であり、
その縁で、トワイライト号に乗船して第2回『モンド・グロッソ』を観戦していた。


クラリッサ・ハルフォーフ
ドイツ代表候補生:ラウラ・ボーデヴィッヒの原隊であるドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』副隊長。階級は大尉。
織斑千冬とは彼女が3年前の織斑一夏誘拐事件に協力したことで知遇を得ており、その縁で千冬はドイツ軍でISの指導を行うことになる。
同時に、織斑一夏誘拐事件 = トワイライト号事件で織斑一夏とも出会っており、実は…………


ナターシャ・ファイルス
アメリカ元代表候補生のアメリカ第3世代型IS『銀の福音』テスト操縦者。
織斑千冬とは公式の国際親善試合や合同訓練などで顔馴染み。
次いでに、織斑一夏とも顔馴染みであり、マッサージのお世話になっていた人物なので…………



――――――とあるバーにて


千冬「まったく私も情けないものだな…………この前のホームパーティで女子連中にあられもない姿を見せてしまったな」

山田「まあまあ」

千鶴「このところ、落ち着ける場所が本当に限られてきたものね」

千鶴「ま、これも自業自得なんだけどね。刈ってはいけないものまで刈り取った結果なんだから」

千冬「………………」

山田「………………」

千鶴「弟さんたち、“アヤカ”に関する情報を今も必死に掻き集めているわよ」

千鶴「そんなことをしても無駄だって言いたいところなんだけど、あなたが始めた“パンドラの匣”の開拓の件でどうしても必要だって」

千冬「お前なら知っているんだろう? ――――――“アヤカ”のことなら全て」

千鶴「なら、こちらとしては10年前 どうやってISが開発されたのかを教えてもらいたいものね」

千冬「………………」

千鶴「………………」

山田「あ、あのぉ…………」オロオロ


千鶴「なんでそこまで頑なに秘密にしているか知らないけれど、悪い癖よね」

千冬「そういうお前も他人には言えないようなことをいっぱい握っているだろうに……」

千鶴「残念だけど、重要人物保護プログラムで第3者に保護対象に関することは絶対に喋っちゃいけないの」

千鶴「それに、“アヤカ”自身が『そんなものは要らない』って言った以上 もう誰にも言うつもりはない」

千冬「………………」

千鶴「けど、今回の臨海学校で、学園内外で同時にあれだけのテロが起きてしまった以上、」

千鶴「この落とし前をどうつけるか、お偉方もヤケになってとんでもないことをしでかしたのよね」

千鶴「臨海学校の被害に関してはもうアメリカのせいにして埋め合わせの手筈を進めているようだけど、」


――――――その日、学園にいた生徒や職員たちには一人一人 記憶を消して完全な証拠隠滅を図ったというのだから。


千冬「………………」

山田「………………」

千鶴「もちろん、救援に来た自衛隊や警備会社の人たちも一人一人 虱潰しに記憶を消していったようね」

千鶴「怖い時代になったものね」

千鶴「もちろん、そんな忌まわしい技術でさえもIS技術の副産物なのだから、私たち第1世代の人間がISの社会普及を進めた責任はかなり重いわよ?」

千鶴「これに懲りたら、さっさとISの秘密を洗い浚い吐いて専用機を受け取ることね」

千鶴「これ以上 無駄な独断専行するというのなら、“ブレードランナー”として“ブリュンヒルデ”を誅殺せざるを得ないから」

山田「そんな……!」

千鶴「こっちも残念よ、学園内外でこんなふうになるなんてね!」

千鶴「“アヤカ”の失くしたコアが見つかって少しはホッとしてから学園に帰れたと思いきや、」

千鶴「お偉方からの手厳しいお小言がぶつけられてこっちとしても嫌な気分よ」

千冬「…………そうか」

千鶴「次はもう無いものと思いなさい、」


――――――“赤く染まったアイアンメイデン”。



――――――某所


M「………………」カチッ、カチッ ――――――何度も何度もロケットペンダントを開いては閉じてを繰り返し続けている。

スコール「入るわよ、M」ガチャリ

スコール「先日の無断接触の件だけど、――――――説明してもらえる、“織斑マドカ”さん?」コツコツコツ・・・

M「………………」

スコール「あなたの任務は各国のISの強奪――――――」

スコール「それ以外のことであまり無軌道に動くようなら――――――、」

M「――――――!」ピカァーン!

スコール「――――――フッ」ピカァーン! シュッ1

M「?!」ガシッ、ドオオオオオオン! ―――――― 一瞬で身を屈めたスコールから伸ばされる巨大なハサミの尾がMを天井に押し当てる!

M「…………!」ジー ――――――『ブルー・ティアーズ』でスコールを包囲させる。

スコール「ふふ、さすがに良い反応ね」ンフッ(IS解除)

M「………………」シュタ (IS解除)

スコール「あなたが“織斑マドカ”であろうがなかろうが関係ないわ」

スコール「けれど今は、ファントムタスクの“M”でいてちょうだい」

M「決着をつけるまではそのつもりだ」

スコール「――――――『決着』? ――――――織斑一夏との?」


M「フフッ、あれは敵ではない。殺してしまってはもったいないこの世で最も大切な私だけの“にいさん”だ」


スコール「ふぅん」ジー

スコール「なら、織斑千冬との決着――――――、かしらね?」

M「フッ」ニター

スコール「織斑千冬ねぇ……、今はISも持っていないようだし、それほどてこずる相手にも思えないけど――――――っと!」ヒョイ

M「――――――ふん!!」 ――――――鋭い回し蹴りを何の前触れ無く繰り出す!

M「侮るな! お前などその足元にも及ばない」

スコール「…………ハア」

スコール「さて、私はもう一眠りさせてもらおうかしら」ガチャリ

スコール「次の任務までおとなしくしていてね」

M「……わかった」

スコール「素直な娘は好きよ」ニッコリ


・・・バタン




コツコツコツ・・・


スコール「まいったものね、ほんとに」

スコール「けど、情報によればIS学園の組織は予想以上にガタガタになっているようね」

スコール「――――――他ならぬ織斑千冬の手によってね」

スコール「さて、これから日本政府がどう対応するつもりなのか、しっかりと見張っておかないとね」

スコール「思わぬ結果よね。アメリカの世界的な信頼はこれで失墜することになったし、」

スコール「どうやら臨海学校でも面白いことになっていたようだし、世界はますます混沌としてくるわね」

スコール「けれども、あのMですら“ゴースト”には手も足も出なかったなんてね」

スコール「そういう意味では、確かにMが『敵』ではなかったわけね……」

スコール「……これは手強いわね。織斑千冬なんて今回の学園内外の同時テロの責任を問われて、後もう一押しで社会的に抹殺できそうなんだけど、」

スコール「その懐刀である“おばけ”さんは何とか出てこないように手を打たないといけないわね」

スコール「さて、どうしたものか――――――オータムじゃ役不足よね。彼女にはもっと別な役割を与えないといけないわね、この状況だと」

スコール「となれば、“おばけ”さんは悪い子にいたずらするために出てくるんだから、出てこられないようにする方法は――――――」

スコール「そう、そして、もう1ついい知らせがあったわね」

スコール「――――――コンタクトをとらないと」

スコール「ふふふ」


――――――あの篠ノ之博士が遺伝子強化素体の廃棄品なんてものをねぇ?




























束「私、ムシャクシャしてとんでもないこと やっちゃっていいかなー」

束「何もかもが不確かで、私が好きになった人たちはみんな 私から遠ざかって…………」

束「逆に、どうでもいいようなやつらばかり 私を求めて集まってくる…………」

束「どうして? どうしてこうなっちゃうのかなー」

束「………………理解できないよ」ハア


――――――私を助けてくれる神様っていないのかなー?



――――――織斑邸


一夏「なあ、友矩?」

友矩「どうしたの、一夏?」

一夏「ちゃんとやっていけるのかな、みんな?」

一夏「特に、箒ちゃんと鈴ちゃんが心配なんだ」

一夏「前に専用機持ちでホームパーティしてお泊り会までしただろう?」

友矩「ええ」

一夏「その時 俺は二人のことを叱っていたな。そして、毎度毎度 友矩の気遣いには頭が上がらないよ」

友矩「いえいえ。必要なことでしたからね」

一夏「でも、これからどうなるんだろう、俺たち?」

友矩「…………わかりません、こればかりは」

友矩「願わくば、日本政府が健全なる叡智をもって英断をしてくれることをただ祈るしか――――――」

一夏「それしかないか」

一夏「俺たち“ブレードランナー”が残せるものといったら、彼ら彼女たちの健やかなる成長しかないから…………」


――――――――――――

―――――――――

――――――

―――

>>634-684 >>684




――――――いいかげんにしろよ、小娘共が!


両者「?!」ビクッ

一夏「ここまで聞き分けのない娘には――――――、さすがにお兄さん、怒るぞ?」ジロッ

一夏「鈴ちゃん、暴力はいけないな、暴力は。たとえどんな理由であろうとも先に手を出したやつが悪人になる理屈は理解できるよね?」

鈴「そ、それは…………」

一夏「もし、俺に叱られたことで箒ちゃんを恨むというのならそれは筋違いだから。むしろ、軽蔑するね」

鈴「………………!」ビクッ

箒「…………い、一夏?」アセタラー

一夏「鈴ちゃん、祖国の古典はどれくらい読んだの?」

鈴「え、『古典』? そんなのここの中学校以来 触れたことも――――――」

一夏「………………はあ?」ジトー

鈴「へ」ゾクッ

一夏「………………」ジー

鈴「あ、あの…………」オロオロ

一夏「………………」チラッ

千冬「………………」コクリ

雪村「………………」コクリ

一夏「それじゃあ、箒ちゃん」

箒「は、はい!」ビシッ

鈴「え? あの……、私に何か言いたいことがあったんじゃないの?」オロオロ

一夏「………………」ジー

鈴「な、何よ! はっきり言いなさいよ!」

一夏「それで、箒ちゃん」

一夏「箒ちゃんも悪いところは直してもらいたいね」ジー

箒「え……」

鈴「………………」

一夏「俺は日本IS業界の公式サポーターとして黎明期に関わった人間の一人として、」

一夏「ISドライバーに求められる資質やモラルってやつを少なくともIS学園の出身者よりはずっと理解していると思っているから言うけど、」


一夏「くだらないことで敵を作るような生き方は今後一切しないでくれないか」


箒「…………!」

一夏「それと、――――――『親しき仲にも礼儀あり』だ」

箒「い、一夏……?」

鈴「………………一夏」アセタラー

雪村「………………」

千冬「………………」



一夏「喧嘩するなら他所でやれ。IS学園の理念に基づかないような生徒なんか公式サポーターの俺が支援する義理なんかない」ジロッ


一夏「せっかくIS学園の教師や職員、たくさんの人たちが一生懸命に生徒たちが与えられた本分に励めるように良い学園運営を心掛けているのに、」

一夏「肝腎の生徒たちが学園の理念や校風に反して敵意を剥き出しにして、世界の平和と発展の象徴であるIS学園の評判を貶めるのは許さないぞ」

箒「わ、私は……、一夏――――――」

一夏「俺から見れば9歳下の娘なんて、お前たちと同じ歳の高校生が幼稚園児の面倒を見るのとまったく同じことなんだからな?」

一夏「けれどもな! それでも、お前たちは幼稚園児とは違ってちゃんと公教育を卒業してきた分別があるべき人間何だからな!」

一夏「お前たち、それでも専用機持ちだろう!? スキャンダルになったらどうするんだよ! もっと自分の立場を大切にしなって!」

箒「わ、私はいつだって準備できてるからな……!」

一夏「何の?! 箒ちゃんは未成年なんだから結婚はお断りだって何度も言ってるよね!?」ジロッ

箒「でも、ちゃんと結婚の約束を交わしたではないか!」

一夏「それは箒ちゃんがちゃんと二十歳を迎えて『社会人として一人でやっていけるぐらいの生活能力を得てから』という条件付き!」

一夏「ついでに言えば、織斑千冬という唯一の肉親と夜支布 友矩という水魚の交わりと一緒にやっていけるかどうかも要 相談だけどな!」

箒「わ、私なら本当に大丈夫だっ! 私の何が不満だというのだ、一夏!」アセアセ

一夏「一途に想っていてくれるのはありがたいけれど、学生の本分は勉強なんだから勉強に専念してください! 簡単なことでしょ!」

鈴「い、一夏! 私なら国家代表候補生としてちゃんとした給料をもらっているわけだから、私ならいいわよね?」アセアセ

一夏「はあ? いつまでも専用機持ちでいられると思うなよ、ルーキー?」ジロッ

鈴「いっ」ゾクッ

一夏「プロスポーツ選手っていうのは人生80年からすれば短い命なんだからさ?」

一夏「しかも、ISは世界に公式には467個しかない枠でわずか1,2名の国家代表操縦者の座をかけて熾烈な競争が行われているんだぞ」

一夏「そして、3年に一度のISの世界大会『モンド・グロッソ』で成績を残せなければ、それで即 国家代表操縦者の座から追放――――――」

一夏「そのことがわかっているのか! 真耶さんみたいに代表候補生止まりでもいいんだったらそれでいいけどさ」

鈴「ああ……うぅう…………」ドヨーン

箒「あ、ああ…………(――――――千冬さん! 雪村ぁ!)」チラッ

雪村「………………」

千冬「………………」

箒「うぅ…………」



雪村「いや、今日お疲れの織斑先生の目の前で騒いでいたことを謝ればいいと思います」


箒「え」

一夏「そうだな、“アヤカ”は賢いなぁ」ニコッ

鈴「ふぇ!?」

千冬「…………フッ、これだからガキの相手は疲れるというのだ」ニヤリ

箒「あ」


箒「ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい、千冬さん! せっかくの休日におじゃまさせていただいたのにホントに――――――」バッ!
鈴「ホントにホントにごめんなさい! 私、千冬さんのことを完全に忘れてました――――――」


雪村「なんでもいいですから早く寝ましょう」

千冬「そうだな。お前の言うとおりだよ、“アヤカ”」

一夏「うん。早く寝よう――――――っと思ったけれども、全員が入浴し終わるまではさすがに消灯はできないから我慢してくれ、千冬姉」

千冬「フッ、騒がしい連中の相手をするのにはもう学園でウンザリするぐらい慣れているさ、一夏」フフッ

一夏「そう、それじゃトランプでも持ってくるか」

箒「あ……、えと…………」

一夏「あ、そうだ。箒ちゃん、あとで手土産を渡すからね。感想を聴かせてね(――――――方丈記を渡そう)」

箒「あ、ありがとうございます…………」

鈴「ええぇー、私には? ねえ、一夏ぁ~」

一夏「鈴ちゃんはそうだねぇー。トランプ大会で1番になったらとびっきりのものをあげるよ」

鈴「ホント!?」

一夏「うん。特別にね。でも、勝たなくちゃならないよ? それでいい?」

鈴「当然よ! やるからには勝つ! あったりまえじゃない!」

一夏「じゃあ、とってくるから。順次、お風呂に入っていってね」



スッ・・・バタン


一夏「…………フゥ」

友矩「おつかれさま。うまい裁き方だったね」

一夏「いや、あれは“アヤカ”が助け舟を出してくれたおかげだ」

一夏「俺としてはただ気まずい空気が流れ続ける気がして内心 焦ってたんだから」

友矩「それでも、“アヤカ”がきみのために動いてくれた」

友矩「――――――これってすごいことじゃないか」

友矩「一夏の気持ちを察して――――――、これまで他人のことはおろか、自分のことすら無軌道だった“アヤカ”が最善の答えを出したんだよ!」

友矩「いや、ホント、一夏も変わったね、――――――この5年で」

一夏「そうか? 俺もいっちょまえに説教できるぐらいにはなれたか」ホッ

友矩「それで、彼女に渡そうと思っているのって、――――――方丈記かな?」

一夏「正解。やっぱりわかっちゃうんだ」

友矩「そりゃあね。5年近くも一緒に学問を積み、労苦をわかちあい、修羅場をくぐりぬけてこうして暮らしてきたんだからさ」

一夏「これからもよろしくな、友矩」

友矩「ええ。これからもずっと――――――」




>>689-710

―――

――――――

―――――――――

――――――――――――



一夏「結局さ、これしかないんだよな」

一夏「――――――俺たちが生きてきた証っていうか、頑張ってきた証っていうのは」

友矩「はい。自分が得て学んできたことを次の世代に伝えていくことだけが、ただ1つの真実として生き続けることになりますから」

友矩「これから僕たちにどんな処置が下されるのかはまだわかりません」

友矩「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」

一夏「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり――――――でも、通じるかな」

友矩「ええ、だからこそ――――――!」

友矩「せめて、僕たちが大切にしてきたものが芽吹いて花を咲かせ実を結ぶよう――――――!」

一夏「そして、その芽を摘み、その花を散らし、その実を腐らせるものには制裁を――――――!」


戦えば必ず勝つ。此れ兵法の第一義なり。

人としての情けを断ちて、神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬り、然る後、初めて極意を得ん。

斯くの如くんば、行く手を阻む者、悪鬼羅刹の化身なりとも、豈に遅れを取る可けんや。


一夏「この剣の威徳を以って人を活かしてきた成果――――――、」

友矩「そして、これからが次なる種として蒔かれる時! 次に実る果実はいかなるものか――――――」

一夏「――――――黄金の果実となるか、」

友矩「――――――禁断の果実となるか、」


――――――あとは、人事を尽くして天命を待つのみ! 然らば、見放す神は元より無し!


『剣禅』編 『序章』第10話B+ ひと夏の想いでに焦がれる多重奏・裏  -完-



ここまでご精読していただきありがとうございました。

ようやくです。ようやく第10話Bを終わらせることができました。
あらかじめこうしようというプロットを書き換えて納得がいくものを作り上げようとしたために余計な時間がかかってしまった。
そのために、それ以前のものと比べると雑な印象が拭えないが、1つの作品として完結させることを優先しなければならない時期なので許して欲しい。
さすがに締め切りもなくダラダラと続けていくと他のことに関心がいき、情熱が削がれて作品の質が落ちてしまうために――――――、
特に文体が変わってまるで途中で味付けが変わってしまったかのような不揃いの印象が拭えないことだろう。
元々 この剣禅編は第2期OVA発売までの繋ぎとして書いていたのですが、OVAを見てから修正を入れたくなったためにこんな失敗を犯してしまいました。
別にシナリオが大幅に変わったというわけではなく『文章表現や描写が変わってしまったなぁー』という実感であり、全体の構成については問題ないです。
これからはもう、完成した文章を一気に投稿することを徹底しようと思います。そもそも今までの二次創作の中で一番長いもん、これ! ダレるわ!


次回でようやくエピローグとさせていただきますので、

よくまぁ第10話Aで完結したと思われたものでダラダラとやっているものだと呆れてながらここまで読んでくださった方も、

次が正真正銘の最後の一幕となりますのでもう少しだけお付き合いしていただけたら幸いです。


それにしても、第2期OVAのあれ――――――、


一夏「――――――鈴が死ぬ夢を見た!?」ガバッ


いくら何でも扱いが酷すぎるだろう…………概ね原作通りだったとはいえねぇ(それでも場面場面の尺が短すぎて置いてけぼり感が酷かったが)。

それと、あれから番外編の投稿が終わって1年近くになるけど、その時は原作第9巻がようやく発売したが、

――――――第10巻の京都修学旅行の内容はまだなのでしょうか? 

別に京都という舞台で誰が何と戦うのかはアニメ基準でもいいから好きに組み立てられるけど、
『ゴールデン・ドーン』と『黒騎士』について原作者がどのように描写する気でいるのかが気になるので早く読みたいのだが……。
特に、一夏が『黒騎士』のレーザーに胸を貫かれた場面をどう処理しているのかが気になる(『銀の福音』には全身焼き焦げにされていたけど)。






最後に――――――、
第10話Bとの間に醜聞を載せてそれに気分を害された方、申し訳ありませんでした。
しかし、IS〈インフィニット・ストラトス〉の二次創作の界隈はいつもいつも堂々巡りしており、ひねりや発展性がないんです。
そして、ああいうものには、まず書きながら自分を楽しませて、これを読む読者をワクワクさせようという観点がないから、
原作者がいつまでたってもはっきりさせないことをいちいち気にして、創作スレに閉じこもって延々と満足いくものが書けないんだと思います。
楽しければいいんです。身になるものが書ければいいんです。せっかく読んでくださった人が「これを読んでよかった」とちょっと思うものになればいいんです。
正しさなんて不確かなものに踊らされて、二次創作の界隈に足を踏み入れてReaderからWriterになろうとした時の情熱を果たせなかったら意味が無いです。
正しさなんてものはやっていくうちに徐々に身につけていけばいいと思います。最初は素人の浅知恵から始まる二次創作なんだからハードルは高くせず気楽に。
そして、まず1つの作品として完成させることだけを目指す――――――それから、完成された1つの作品を自分が読み返してみて面白かったらそれで完璧。
少なくとも、これを読んでくださっている皆様方の中で二次創作をやろうとしている人がいましたら一意見として頭の片隅にでも入れてくれたら幸いです。


重ね重ね、ご精読ありがとうございました。





エピローグ 運命の3人と1人 -『序章』から『第1部』へのプロローグ-

――――――盆:篠ノ之神社 縁日


ツクツクホーシ! ツクツクホーシ! ジジジジ・・・

箒「今年もこの季節が来たか(縁日の準備が順調に進められているな)」←16歳(先月まで15歳)

箒「あ」


地元の人「おう、あんちゃん! 今度はこっち こっち!」

一夏「ああ!」←23歳(来月で24歳)

地元の人「今年も悪いね。こんなに若い人手を連れてきてもらって」

一夏「いえいえ。あいつら、押しかけみたいなものですから……」

同窓生たち「一夏ー! 一夏くんー! 織斑くん! ワンサマー!」

地元の人「大人気だな、あんちゃん!」

一夏「はははは…………(篠ノ之家には束さんとの付き合いでお世話になってたから、自然と毎年 縁日の準備はしてはきたけど、)」

一夏「(俺がたぶん“童帝”と呼ばれた年からこんなにも押しかけに来たって感じだな……)」

一夏「(俺、毎年 必ず篠ノ之神社の縁日の手伝いをしていることがパパラッチにバレたのが原因だって友矩は言ったけど……)」

一夏「(ああ 今年もまたこの日に同窓会か……。地元の人たちを含めた交流会――――――否、合コンと化している!)」

一夏「(やだよ、誰が好き好んで合コンの主役なんてさせられるんだ! その度に修羅場や地獄を見るのはごめんだ!)」

友矩「さあさあ! お手伝いに来てくれたみなさん、織斑一夏特製の冷製デザートですよ」

友矩「これを食べて一休みしてから、仕事を再開してくださーい」

友矩「足りなくても、有名パティシエのスイーツもありますので、それで我慢してください」

同窓生たち「いええええええい! 待ってましたああああ!」

地元の人々「いつもありがとな、あんちゃああああん!」


ダダダダダ・・・・・・・

弾「会場の混雑具合はこんな感じになりそうだな」

一夏「ああ。これで祭り本番の時の様子を前もってイメージできて、みんな大喜びだってな」

弾「いや、どう考えてもお前の心遣いが嬉しいからに決まってるだろうが」ヤレヤレ

弾「毎年、律儀に篠ノ之神社の手伝いをして、年を重ねる毎に差し入れやもてなしがグレードアップしていくもんだから、」

弾「今じゃ、祭りの朝の準備が始まった時から祭り状態で、次いでに屋台の出し物の味も全国レベルと祭り専門誌でちょっとした評判なんだぜ?」

一夏「そうだったのか。知らなかった……」

弾「お前が三ツ星レベルの差し入れをしだして、それをタダで毎年 祭りの準備で自分たちだけ振る舞われることに思うところがあったんだろうよ」

弾「見てみろよ! このお祭り専門サイト! 明言はされてないけど、お前のこの差し入れのことがぼかして書いてあるだろう!」

一夏「…………俺 スゲー。実感が湧かないけど」

弾「それに、お前が屋台料理の味を完全に盗んでそれ以上のものを中学校で振舞ってたんだから、地元じゃちょっとした有名人だったじゃん」

一夏「ぎりぎり憶えているような憶えていないような……」

一夏「確かに中学の時は、よく周りから料理を作るようにせがまれていた気がするな……」

弾「…………大丈夫か?」

一夏「大丈夫だ、問題ない」

弾「そっか」

弾「それじゃ、俺たちも休もうぜ。お前が作った極上スイーツで糖分をとってさっさと祭りの準備を終わらせるぜ」

弾「始まってもないのに燃え尽きるだなんてことしないためにもな」

一夏「あ、俺は自分のよりも友矩が選んできた有名パティシエが作ってるやつが食いたいな」

弾「そうしなそうしな。そして また、味を盗んで 地元にその恩恵が還元されるわけだし」

弾「あ、そうそう。――――――蘭の分もちゃんとあるんだろうな?」

一夏「わかんない。自分が作った分は憶えているけど、友矩が発注してきた分までは俺は知らない」

弾「まあいいか。俺の分は確実にあるんだし、足りなかったら俺の分を蘭にやればいいんだし」

一夏「いいお兄さんだな」

弾「そう思うのなら、――――――妹をたぶらかすのはもうやめてください。本気で」ニコー

一夏「それは不可抗力だぁああああ!」アセアセ

スタスタスタ・・・・・・



箒「あ、あれは――――――」アセタラー

雪子「箒ちゃん、ここにいたの」

箒「あ、はい。すみません。勝手に外に出て」

雪子「いいのよ。久しぶりだもの。見て回りたくなるわよね」

雪子「箒ちゃんが来てくれて助かったわ」ニコッ

雪子「神楽舞――――――、今年は誰に舞ってもらおうかと思ってたの」

箒「お役に立てれば私も嬉しいです、雪子おばさん」フフッ


雪子「でも、去年も一昨年も一夏くんが連れてきてくれた娘に舞ってもらったからそこまで困ってたわけじゃないのよね」


箒「なっ?!」

雪子「今年も神楽舞してくれるって張り切ってくれていたし、今年は見学でいいかしら?」

箒「だ、ダメです! 篠ノ之神社を受け継ぐ父の娘である私がやらなかったら先祖に申し訳が立たない!」

雪子「冗談よ、冗談」フフッ

箒「…………ええ」

雪子「本当は箒ちゃんが帰ってくるまでの臨時アルバイトってことでやらせていたからね」

雪子「でも、やるからにきっちりやりきってちょうだい。あの娘は本当に一生懸命に練習して本番をやってきてくれたんだから」

箒「…………!」

箒「はい!」ビシッ

チリンチリン

箒「あ」


――――――左腕に巻かれた金と銀の鈴が小気味よく鳴り響く。



箒「姉さんがISなんか造らなければ、ずっとこの家で、引っ越しを繰り返すこともなく、一夏の側に居られたはずなのに…………」

箒「けれど、そうならなくても私が15の時には一夏は23歳で大学進学で上京していたのだから、」

箒「結局、一夏とは一度は必ず別れる宿命だったことには違いない」

箒「――――――年の差がこうも大きいと、途方もなく夫婦の契りを交わすだなんてことが難しく見えるもんだな」

箒「でも、明らかに不幸なことなんだけれども――――――、」

箒「私はあの6年間を一夏との約束を想って耐え続けることができた……」

箒「そう思えば、これからまた7,8年――――――また10年、一夏のことを想い続けることになっても頑張っていける気がする」

箒「それに、過去は変えられなくても、――――――私はもう独りじゃないから」

箒「そう、あの千冬さんですら手を焼いている、へそ曲がりだけど人一倍不器用で でも本当は凄く優しいあいつ――――――」フフッ


――――――朱華雪村


箒「“彼”との出会いが私をここまで導いてくれたんだ。私に『勇気』をくれた」

箒「それからは雪村を通してどんどんどんどん私の周りにも人が集まるようになってきて、」

箒「“篠ノ之博士の妹”としての私ではなく、“篠ノ之 箒”としてのありままの私を見てくれるそんな友達がいっぱい……」

箒「本当に私のIS学園での日々は雪村との日々でもあったな……」

箒「雪村のことで一喜一憂して、私自身のこれからの在り方についても大いに悩まされてきたけど――――――、」


箒「現在が一番楽しいんだ、一夏。苦しかった今までのことが今日の喜びのためにあったんだって思えるぐらいに」ニコニコ






一夏「よし! これで祭りの準備――――――、完了!」

一同「いええええええええい!」

一夏「みんな、ありがとう!」

一夏「けど、まだ祭りは始まっちゃいないんだ! ここで燃え尽きるな! こっからが本番!」

一夏「気合 入れ直してぇえ、しまっていこう! 祭りをもっと盛り上げろおおお!」

一同「おおおおおおおおお!」


パチパチパチ・・・・・・


一夏「…………フゥ」

弾「おつかれさん、一夏」

一夏「おう、弾もおつかれ」

友矩「僕たちの無料奉仕活動はこれで終わりですね」

友矩「後はいつも通りに、神社のお守りと地域の方々からの謝礼金をもらって朝まで合コン――――――」

雪子「おつかれさま。いつもいつも本当にありがとね」

一夏「いえ、お気になさらず、雪子さん」ニコッ

地元の人「よっ、若旦那! 今年こそ雪子さんと一緒にならんのか?」ニヤニヤ

一夏「え、いや、何を言って――――――!?」ビクッ

雪子「…………まあ」ポッ

弾「え、お前って守備範囲メチャクチャ広いの、実は?」ドンビキー

一夏「何 言ってんだよ、弾!? それに雪子さん!?」

友矩「そういう下世話で無責任なことは言わないでください」ジロッ

地元の人「いやー、これは失礼。そっちの綺麗なあんちゃんとはそういう関係だったか……」ニヤニヤ

一夏「何 言ってんだよ、もう! 俺と友矩は別にそんな…………」

弾「いつも思うが、どうして一夏はそこで言葉に詰まるのだろうか……」

友矩「まったくこれだから地域のおじさんおばさんは嫌いなんだ…………いつも顔のことでからかわれる」ムスッ

弾「…………女性と見紛うような人が羨むような容貌も時として重荷になるわけなんだな」

友矩「ええ。弾さんのようなチャラい顔が羨ましくなる時もしばしば」

弾「……本当にごめんなさい。女にモテたいのにこれまでそういったお付き合いを全て断ってきて本当にごめんなさい」

友矩「何だかショバ代やみかじめ料を徴収しているようで気が引けるけれど、」

友矩「これから料理屋台のみんなから差し入れという名の審査会が始まるから18時にいつもの集会所に行かないとね」

一夏「ああ。楽しみだな。今年は去年と比べてどれだけ美味しくなってるかな」スッ

弾「へえ、ノートなんてつけてたんだ。マメだな」

一夏「全部が全部 どんな味だったかなんて憶えてないからさ、その時に感じたものを余さず書いて、」

一夏「こうしてまた今日という日を迎えた時のために頑張って思い出す訓練をしてるんだ」

弾「――――――『思い出す訓練』か」

友矩「…………そういえばそうだったね」



青年「あの、すみません」


一夏「うん?」

友矩「…………む」

青年「えと、織斑一夏さんですよね? 今日の大変美味しい差し入れをしてくださった、世界的に有名な“ブリュンヒルデ”織斑千冬の弟の――――――」

一夏「――――――見ない顔だな(何だろう? 今時の若者にしては珍しい逞しい身体つきだけど、どこかただならぬものを感じる)」

青年「あ、はい。夏休みを利用してこの雑誌に書かれていた篠ノ之神社のお祭というものを見物しに来た者なんです」

一夏「ええ!?」

弾「凄いじゃないか、一夏。お前が毎年 進化させていった準備前名物の差し入れの噂を聞いてやってきた子じゃないか」

青年「ま、まあ……、正直に言えばその通りです。クチコミでもここの祭り屋台の質は全国レベルって評判でしたし、」

青年「その元を辿ると、一人の少年の差し入れがきっかけで質が向上していったって話が載ってまして」

青年「それで、日雇いということでお手伝いさせてもらって――――――、」

青年「美味しいものを本当にありがとうございました!」

一夏「いいって。今だからこそあんな豪勢に数も揃えられてたけど、はじめは握り寿司を配ってただけから」

青年「え」

友矩「夏場の炎天下で握り寿司を出すというセンスがまた……」フフッ

一夏「だって、しかたがないだろう! おにぎり1個ずつ配るのは何となく物足りない気がして」

一夏「そこでおにぎり1個分以下でお得感のある差し入れってやつを考えたら、握り寿司がいいんじゃないかってなって」

一夏「その時の研究ノートが残ってるから今度 見せてやろうか? だから これははっきりと憶えてる」

弾「まさか原点が握り寿司からとは……、この時点で何かが違うな」

友矩「そこが一夏が一夏である所以だよ」

弾「違いねえ」フフッ

青年「………………噂以上の男だな」ボソッ

一夏「ん?」

青年「今日は本当にありがとうございました。いい土産話ができそうです」

一夏「これからどうするんだ? 一人で遠くから来たんだろう?」

青年「あ、大丈夫です。ちゃんとホテルの予約もとってありますし、明日には家に帰るので」

一夏「そうか。それじゃ、今日は朝から準備を手伝ってくれてありがとう」

一夏「今宵はめいっぱいに楽しんでいってくれ」ニッコリ

青年「はい。神楽舞、楽しみです」

一夏「ああ」

青年「写真いいですか? 旅の記念に」

一夏「ああ……、えと――――――」チラッ

友矩「一夏、わざわざきみに会いに来たようなもんなんだし、別にいいじゃない」

友矩「どうせ、織斑一夏ファンクラブの会報に今日のことが書かれるだろうし。別に秘密にしてたことじゃないしね」

一夏「そっか」

一夏「それじゃ、写真の代金とは言わないけど、――――――こうやってはるばるやってきてくれたきみの名前を教えてくれないか?」

青年「――――――“ほづみ”です」


――――――夕方、境内が人で賑わう


ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!

箒「あ」

簪「や、箒」

本音「わ~、シノノン、本物の巫女さんみた~い!」

相川「いや、篠ノ之さんはこの神社の生まれだって言われたじゃん。聞いてないの?」

谷本「スゴイスゴイ」

鷹月「そうか、篠ノ之さんは実家ではこういう――――――」

箒「み、みんな……」キョロキョロ

本音「お」

相川「あ」ワクワク

谷本「篠ノ之さん、やっぱり気になっちゃうんだ」ニヤニヤ

鷹月「さすがは“母と子の関係”だね」ニッコリ

簪「そうだね」ニコッ

箒「え」

谷本「“彼”なら、ほら――――――」


雪村《お面》「………………」

一夏「お、あそこに居たのか、箒ちゃん。神楽舞の練習は終わったってことなのかな」

同窓生たち「え、なになに? あれが篠ノ之博士の妹さん? 神楽舞やるってあの子? 綺麗だなー」ズラーーーーー!


箒「うおっ!?(―――――― 一夏が列の先頭!? しかも、同い年ぐらいの大人の綺麗な女性をいっぱい侍らせてぇえ!)」

雪子「箒ちゃん。しばらく遊んでらっしゃい」

箒「え、いや! しかし、仕事が――――――」

雪子「神楽舞までに戻ってきてくれればいいわ」

雪子「今、浴衣を出してあげるから」

本音「お~」

相川「これは楽しみ!」

谷本「何という役得。神社の娘って祭りの度に巫女も浴衣も扱えるから二度美味しいよね~」

鷹月「一緒に見て回ろう、篠ノ之さん!」

簪「待ってるよ、箒」ニコッ

箒「みんな……」フフッ

雪子「素敵なお友達ね、箒ちゃん」ニコニコ


ほづみ「あれは更識 簪か? 見違えるようになったな」フフッ



――――――篠ノ之家にて待ち合わせ


谷本「あ、あなたが織斑先生の弟さんですか!(うっわ~、カッコイイ! 千冬さんをそのまま男にした感じだけど甘いマスクが――――――)」ドキドキ

本音「この度はカンちゃんがお世話になりました~」ドキドキ

簪「本当に、ありがとうございました」ドキドキ

一夏「あ、いや、当然のことをしたまでだから。無事で何より」ニッコリ

相川「ほえ~、この人が篠ノ之さんの――――――(これはあの篠ノ之さんも惚れ込むわけだね。9つの上の憧れのお兄さんか……)」ドキドキ

鷹月「突然で不躾ですが、正直に答えてもらっていいですか!」ドキドキ

一夏「え、何かな?」


鷹月「篠ノ之さんとはいったいどこまでいってるんですか!」


一夏「…………え」アセタラー

一夏「な、何のことかさっぱりわからないなー、お兄さん(え、もしかして俺と箒ちゃんってそういう関係に思われてるわけ!?)」アハハハ・・・

鷹月「ごまかさないでください!」ドキドキ

鷹月「今日 たくさん引き連れていた たくさんの綺麗な女の人たちは何なんですか!?」ギロッ

一夏「ひっ」

一夏「あれは大学時代の同窓生や知り合いだよ。最近になって俺の手伝いしてこの縁日の準備に力を貸してくれてるんだ」アセアセ

一夏「それで、あの中の一人が神楽舞を箒ちゃんの代わりを2年務めてくれたんだよ」

鷹月「本当にそれだけですか!?」グイグイ

一夏「ぎぃえ……(え、何この娘?! どうしてここまでグイグイと進んでくる――――――)」


箒「そうだな。私もその追っかけのことについて詳しい説明をして欲しいものだ」


一夏「ハッ」

小娘共「おお!」


箒「待たせてすまなかったな」ニッコリ(紅い浴衣)


鷹月「綺麗だよ、篠ノ之さん!」

一夏「………………」

箒「ど、どうだ? 少しはお前の許嫁であることを意識してくれたか?」モジモジ

相川「篠ノ之さん、大胆!」ドキドキ

簪「…………一夏さん」ドキドキ

鷹月「で、どうなんですか!」ドキドキ

一夏「え、あ、えと――――――、(何この罰ゲーム!? ええい、ママなれよ!)」アセアセ



一夏「…………凄いな。サマになって驚いた」


一夏「あんまり昔のことは思い出せないんだけど、あんなにも小さかったって印象の箒ちゃんが今ではこんなにも大きくなってさ?」

一夏「ほら、祭り屋台の前を手を繋いで路行くうら若き女の子にいつの間にかなってたんだなって……」

一夏「――――――これが正直な感想。これでいいか?(なんでこんなことを言わされてるんだろう、俺?)」モジモジ

箒「い、一夏…………」ドキドキ

谷本「ど、どうしよう……、ニヤニヤが止まらない」ニヤニヤ

相川「今日 初めて会ったけれども、一夏さんの気持ちがよくわかるような気がする。9つの差だもんね」ニヤニヤ

本音「おなかいっぱ~い」ニコニコ

鷹月「………………ホッ」ニコニコ

簪「一夏さんはやっぱり“夢 戦士”の方だね(――――――ちょっと残念かな。素敵な出会いに違いなかったけれど)」ニコッ

一夏「よ、良かった……(――――――ここが家の中で! 外だったら目も当てられない!)」ドクンドクン


箒「で?」


一夏「え」

箒「――――――『あの女たちはお前の何だ』と訊いている」ニコー

箒「まさか、私というものがありながら、あの中華料理屋の娘と同じように手篭めにしてきた連中ではないだろうな?」ゴゴゴゴゴ

一夏「いや、そんなことは断じて! 神に誓って! 俺の名誉に賭けて!」

箒「では、どういう関係なのかを答えてくれるよな?」ニコニコ

谷本「うん。篠ノ之さんがいながら、あれだけの人気――――――説明してくれるよね、お兄さん?」ニヤニヤ

本音「さあ白状するのだ~」ニッコリ

一夏「わかった! 話すから、早く見て回ろうぜ、みんな!」アセアセ


一夏「あれは俺のファンクラブのみんなだよ!」


箒「え」

鷹月「――――――『ファンクラブ』?」ピクッ

簪「…………!」キラキラ

一夏「ああそうだよ。俺は“ブリュンヒルデ”織斑千冬の弟としてそこそこ知名度はあったんだけど、」

一夏「大学時代に俺のファンクラブまでできていたらしくてな?」

小娘共「………………」

一夏「そ、そういうわけで、今日は朝から縁日の準備をしてくれたファンクラブの付き合いもあるし、」

一夏「お前たちとの付き合いもあるわけで、いろいろ大変でね……」

一夏「それに、必ずしも女性だけのファンクラブってわけじゃないから。確かに彼女たちはファンクラブ設立初期からの子たちだけど」

一夏「友矩が言うには、俺の同窓生の男子や俺より年上の社会人のサラリーマンも入っているらしいから、極めて健全だから!」

小娘共「………………」


一夏「わ、わかってくれたか!?(専用機持ちとのホームパーティの時と同じぐらい疲れたぁ……)」ゼエゼエ

箒「一夏」

一夏「は、はい(――――――こ、今度は何だ!?)」ビクッ

箒「私もファンクラブの会員にしてくれぇ……」

簪「私も! どうかお願いします!」ビシッ

鷹月「私も!」ドキドキ

本音「みんな~、ファンクラブのホームページはこれっぽ~い」

谷本「おお!」

相川「いつ登録する? 今でしょ!」


ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!


一夏「何これ」

一夏「(千冬姉、俺、時々 自分が怖くなる時があります。千冬姉も同じような気持ちを抱いたことがあるのでしょうか?)」

一夏「(そして、この女子の盛り上がりよう――――――氷川きよしの熱狂的なファンに比肩する存在が生まれたことを予感するのでした)」

一夏「(俺、まだ辞令が来るまで“ブレードランナー”だよな? “仮面の守護騎士”だよな? そういう認識でいていいんだよな?)」


雪村《お面》「……………登録完了。送信」フフッ


――――――織斑一夏ファンクラブの会員数が+6されました。



――――――神楽舞


一夏「席はなるべく詰めてくださーい! 高齢者や未就学の子供を連れてる親子さん用の優先席がありますのでどうぞご利用くださーい!」

友矩「優先席はこちらでーす!」

弾「はいはい! 神楽舞が始まる前にケータイやスマートフォンはマナーモードにするか電源を切ってお静かにお待ちくださーい!」

同窓生たち「神楽舞が始まりまーす! みなさん、ぜひご覧になっていってくださーい!」


雪子「ホント、若い子がたくさん来て手伝ってくれるから大助かりなのよねぇ」

雪村《お面》「よかったですね」ペロハムッハムッ ――――――雪子さんの隣でわたあめを頬張る。

簪「どんな感じなんだろう、神楽舞」ワクワク

本音「お~、楽しみ~」

鷹月「来年からは私たちもお手伝いしないと」

相川「賛成!」

谷本「一夏さんを通して世界が拡がっていくのが感じられるわね」


友矩「では、そろそろ――――――」

一夏「ああ」

一夏「では、開始5分前となりました。ここからはお静かにお願いいたします」

弾「いたしまーす!」

スタスタスタ・・・・・・

雪子「一夏くん、こっちよ、こっち」

雪村「………………」カポッ ――――――開演前なのでお面は外す。

一夏「…………雪子さんの隣」ゾクッ

友矩「だ、大丈夫なはずだよ、一夏…………まさか神楽舞をしている中で見せつけるような外道ではないはず」アセアセ

一夏「…………『はず』ってなんだよ、『はず』って」アセアセ

弾「さっさと席に着こうぜ、ロリコンマダムキラー?」

一夏「俺はそういうわけじゃないのに…………俺は氷川きよしじゃないのに」トホホ・・・


そして、始まった篠ノ之神社の娘:篠ノ之 箒による神楽舞――――――。


ザワザワ・・・

「わあ、きれい……」

「あんな美人、この辺りに居たっけ?」

「へえ、あれが“篠ノ之 束の妹”か。――――――綺麗だな」ジー

「前のバイトの娘じゃないのか。残念だなぁ……」

「今度の娘はこれまた美人であの娘よりもずっと若々しいのう……」

ザワザワ・・・ヒソヒソ・・・


一夏「…………箒ちゃん」

弾「おお…………!」ゴクリ

友矩「うん、見事。場を呑み込む神楽舞そのものになってるね。――――――『これぞ舞禅一如!』ってのはちょっと違うかな」ホッ

簪「………………」ゴクリ

本音「おお…………」

鷹月「篠ノ之さん……」

相川「きれい……」

谷本「………………」

雪村「………………」

雪子「…………」スッ

一夏「……?」

雪村「………………」


そんな中、両隣の男二人の手を不意に握った篠ノ之 箒の叔母:雪子――――――。



一夏「えと……(――――――周りは、気づいてない?)」キョロキョロ

雪村「………………」

雪子「…………ありがとう」ポロポロ・・・

一夏「…………!」

雪村「………………」

雪子「………………」ポロポロ・・・

雪村「どういたしまして」ギュッ

一夏「旅は道連れ――――――互いに助けあうもんです、雪子さん(いったいどうしたというのだ、急に…………)」ギュッ

雪子「……………はい」ポロポロ・・・

雪子「私、弱い女だよね、一夏くん……」ポロポロ・・・

雪子「急に家族が居なくなって、私がこの神社の一切を管理しなくちゃならなくなって…………」ポロポロ・・・

雪子「私だけが神社に取り残されて心細くなっている時に、一夏くんはまたこうして縁日の準備を手伝ってくれたよね…………」ポロポロ・・・

雪子「私の勘違いかもしれないけれど――――――、」ポロポロ・・・

雪子「なんだかその頃、一夏くんは物凄く凝ったものを差し入れに持ってくるようになって、」ポロポロ・・・

雪子「決まって私に最初に振舞ってくれてたよね…………縁日じゃなくても月に一度二度は必ず来てくれたよね」ポロポロ・・・

一夏「………………」

雪子「あれ、突然 一人にさせられた私にはとっても嬉しかった……」ポロポロ・・・

雪子「そう思うと、一夏くんのことが我が子のように急に愛おしく思えてきて、ずっとずっと側に居てくれるもんだと……ね?」ポロポロ・・・

一夏「そ、そんな頃もありましたね……」アセダラダラ

一夏「(……言えない。篠ノ之御一家が重要人物保護プログラムで引っ越しを強制されたのは6年前のことだけど、)」

一夏「(その当時17歳の高校生の俺は篠ノ之御一家と入れ替わりに来た鈴の親父さんの中華料理屋の影響で料理がちょっとしたブームになっていて、)」

一夏「(特に千冬姉のプロ契約の年俸が家計に行き渡って裕福になったのを実感し始めた頃だから料理研究が凄く捗ってた時期でして――――――)」

一夏「(別に雪子さんを思いやったわけじゃないし、第一 一家が引っ越ししたこともあまり気にも留めてなくってでしてぇ…………)」

一夏「(そう、とにかく俺の新作料理を試してもらいたくて、雪子さんを練習台として気軽に利用してたところがありまして…………!)」

一夏「(俺は雪子さんが思っているような“いい子”じゃありませんからっ!)」

雪子「そして、大学進学して上京しても変わらず律儀に縁日の準備を続けてくれた…………」ポロポロ・・・

雪子「それで帰ってくる度に一夏くんは見違えるようになっていって、徐々に私の心は大人になっていくあなたのことでいっぱいになって…………」ポロポロ・・・

一夏「そ、そうかな? 俺も少しは大人ってやつになれたのかなー?(――――――酔ってるね、雪子さん。感極まって雰囲気酔いしてるや)」アセタラー

一夏「(けど、確かには俺は変わったよ。俺が今の“俺”になったのも――――――、)」

一夏「(友矩との出会いや、“童帝”としての想像を絶するような体験の連続で変わらざるを得なかったというか…………)」

一夏「(――――――『やっぱり世界は広いんだ』ってことを大学時代に少しずつ学んでから帰ってきたんだ)」

一夏「(それは確かに女性の扱い方についても慣れてくるよな…………)」アセダラダラ

雪子「でも、一夏くんに甘えるのはもうこれで最後にするからね」ニコッ

一夏「そ、そんなことは…………(――――――『ある』と言いたいけれども空気を読もう)」

雪子「あの子のこと、よろしくお願いします」

一夏「…………はい」


一夏「え」



雪子「これで少しは離れ離れとなった箒ちゃんのお父さんとお母さんも浮かばれることでしょう」ニッコリ

一夏「あ……」アセダラダラ

一夏「(うわああああああああ! 空気を読んだ結果がこれだよっ!)」

一夏「(神楽舞が目の前で行われていて感動的な話の締めくくりにこんなことを言われたら断れないだろおおおおお! ――――――普通に考えて!)」

雪子「“アヤカ”くんも学園で箒ちゃんの友達になってくれてありがとね」

雪村「はい。感謝してもしきれません」ニッコリ

雪子「あの子のこと、よろしくね」

雪村「はい。末永くお付き合いできれば幸いです」

雪村「(そう、――――――『末永くお付き合いできれば幸い』だよ)」



箒「………………!」ビシッ



パチパチパチ・・・













一夏「祭りも一段落だな……」

一夏「19時に神楽舞をやって、20時からは花火大会の時間だな」

一夏「そして、それが終わったら打ち上げか。――――――花火大会が終わった後なのにな」

一夏「これからどうするんだ? 泊まっていくか、俺のマンションで?」

雪村「花火をみんなで見たらIS学園に帰ろうとか思います」


――――――僕の帰る場所はあそこですから。


雪村「だから、心配しないでください」ニッコリ ――――――力強く右腕の黄金の腕輪を覗かせる。

一夏「そっか」

一夏「今年はいろんなことがあったな」

雪村「はい。本当に『いろんなこと』がありましたね」チラッ


箒「――――――」

雪子「――――――」

小娘共「――――――」

友矩「――――――」

弾「――――――」


一夏「いろんなやつに出食わして、いろんな事件に遭って、あまりにも不祥事が多すぎて笑えない状況なんだけれども、」

一夏「互いにその時の自分ができることやなすべきことを精一杯やって掴んだものがあそこにあるんだな」

雪村「はい。今ではIS学園に入れてよかったと素直に思えます」

雪村「一夏さんとめぐりあうのは必然だったけれども、篠ノ之 箒という一人の人間に出会えたことが僕の人生で一番の宝物です」


箒『要するに、――――――友達になって欲しいのだ!』


雪村「あの時の言葉が凄く嬉しかった」

雪村「それからずっと、彼女は僕の側に居続けてくれた。理解してくれた。こんな僕のことを信じて抜いてくれた」

雪村「僕は両親のことも家族のことも今はわからない」

雪村「けれど、周りが言うように僕と彼女の関係が“母と子の関係”だと言うのなら、僕は彼女のような母親を持てて幸せです」

一夏「…………それは箒ちゃんにとっても幸せなことだと思うよ、“アヤカ”」


――――――守っていこう、これからも。



一夏「過去はどうあっても取り返せない。仮想世界で再現されたそれはただ単なる結果でしかない」

一夏「逆に、未来は無限だ。現在よりも素晴らしい明日にすることができるし、もっともっと惨めな現状を作り出すこともできるんだから」

一夏「そして、忘れないで、“アヤカ”」


――――――必ず幸せの後には不幸せが訪れる。今じゃなくても必ず。


一夏「けれども、その不幸せの後にも必ず幸せが来て、不幸せを乗り越えた分だけ人はもっと幸せになっていくんだ」

一夏「これは苦しみと喜びに置き換えても成り立つ法則だ」

一夏「俺も馬鹿だったからいろんな失敗を繰り返してきたけれども、その全ての苦しみや乗り越えてきた喜びがあって今の“俺”なんだ」

一夏「“アヤカ”も同じだ」

一夏「たぶん『死にたい』と思ったことが多かれ少なかれあったかもしれない」

一夏「けれども、それでもしぶとく生き続けて今日を迎えられた喜びは今まで受けた苦しみの何十倍も心に残るものだろう?」

一夏「要するに、――――――あれだ」


――――――どんなに今が苦しくてもその後には必ず幸せを来ることを信じて、生きるんだよ。力の限り全力で精一杯!


一夏「努力は人を裏切らない。どんな体験も必ず幸せの花を咲かせるための糧となると信じ抜いて。生きている限り不幸は続かないから」

一夏「ただただ前向きで明るく発展的に物事を捉えることをやめさえしなければ、必ず――――――」

雪村「はい。今度は死んでもやめません」

雪村「やっぱり、生きていたいです。人並みの幸せを掴みたいです」

一夏「その意気だよ。いつの世の『無理』なんてものはいずれは人類の叡智が克服していけるもんなんだから」

一夏「そう、たとえば宇宙に飛び立つこと、空を飛ぶこと、海の向こうへひたすら進むこと、あの山を越えること――――――」

一夏「今ではどれも実現していることだけれども、昔は大まじめに不可能だと言われ続けていたんだぜ?」

一夏「この世の中の『常識』ほど無責任で信用できないものなんてないから」

一夏「だから、――――――たとえば、“俺たちのような存在”もまたいずれは普遍的なものへと変わっていくはずだから」

雪村「ええ。きっと」



10年前、極東の地である一人の天才科学者が生み出した史上最強の兵器:IS〈インフィニット・ストラトス〉によって、世界は大きく変わった。

冷戦が終わり、ソ連が崩壊し、冷戦の勝者が日本と言われた矢先のバブル経済の崩壊――――――、

そして、かつての国家対国家のような総力戦は過去のものとなり、ニンテンドー・ウォーと称された湾岸戦争が記憶に新しい頃、

IS〈インフィニット・ストラトス〉と呼ばれたそれは、21世紀を迎える前の新世紀への大きな希望を人類が抱くと同時に、

ある大きなカタストロフを抱えていた世紀末に降臨した“天からの使い”と認識されることとなったのである。


それは、かの有名なノストラダムスの大予言『1999年 世界滅亡の大予言』になぞらえられる結果となったのだ。


もちろん、さまざまな要因はあった。が、ただ言えることは――――――、

グローバリゼーションが進む中で旧来の価値観が通用しなくなったことで道を示すべき大人は沈黙し、

戦争の大義名分とその裏の凄惨さ、現実における様々な矛盾点に素直に疑問を持った若者たちはそれを嫌って無軌道に身を投じていく。

そもそも、何が良くて何が悪いのか、どうしてそうなのかもまるでわからず、ただただそういうものであると流され続け、

普遍的な自由が与えられた代償に自分という存在が不確かになっていき、孤独な群衆は常に自分たちにふさわしい何かを求め続けていた。

文明が発達していく中で公害問題や労働問題、更なる大量殺戮兵器の開発などが唯々諾々と進められていき、

人類全体が加速していく時の中であるべき理想を見失いかけてきた中で、かの予言は実しやかに囁かれることになった。

あの予言が世紀末を生きた多くの人々の心に広く信じられることになったのは、

心のどこかでこの暴走を止めてくれるブレーキとなる何かを本能的に求め続けていたからかもしれない。


それこそが、人類それぞれが持っているはずの良心の現れではないのだろうか?


やはり、道徳が廃れたとしても道徳という理想はいつまでも人々の心の基準となって生き続けているのだから。

だからこそ、ノストラダムスの大予言と時同じくして起こった『白騎士事件』はそれだけの畏怖と期待と衝撃を持って世界の人々を魅了したのである。

あれこそが新世紀にふさわしい新たな価値観の柱であると誰もがそう感じたのである。



しかし、現実のIS〈インフィニット・ストラトス〉はあの『白騎士事件』の衝撃を憶えている人間にとっては児戯に等しいものでしかない。


それでも、人々はISを絶対のものと考えて、それを中心とした新しい文化や文明を築き続けている。

客観的に見て明らかに欠陥だらけのISではあるものの、それは歴史家やISを超える成果をあげられなかった有識者の小さな声でしかなく、

少なくともISの可能性を強く感じ、それを強く求めた人々の心を正気に戻すだけの説得力などまるでない後出しの予言でしかないだろう。

戦争に詳しい人なら、旧大戦における大日本帝国軍の艦隊巨砲主義と航空主兵論の対立や、漸減邀撃作戦の愚を振り返ればすぐに理解できるはずである。

先見の明や物事の成否がある極小数の知識人に見えていたとしても、大勢を変えるだけの変革をもたらすことができなければ全てが妄言として受け取られる。

身近な例で言えば、――――――株の売買や為替なんかが良い例だろう。

ある投資家一人があらゆる手段を使ってある企業の株価の急落を予想しても、実際に大多数の人間が株を売るアクションがなければ何の影響がないわけである。

世界大恐慌も言うなれば『いつかは必ず株価が下がり始める』という1人の思い込みが伝播して全体の不幸を招いた結果であろう。

このように、やはり世界を作るのはその世界に生きる一人一人の人間の確かな意思であり、

少なくとも基本的人権の尊重が普遍的に認められつつある今の時代においては、

『こんな生きづらい世界にした責任が誰にあるのか』さえ追求できないようにしたのも――――――。


つまり、この世界における世紀末において、『結果がまだ出ていないからこそ、ISがもたらす未来に誰もが遙かなる期待を寄せた』結果が、

ISが女性にしか扱えないことの拡大解釈から広まった現在のこの女尊男卑の世の中であり、

“男でISが扱えた”ばかりに人間としての存在意義を剥ぎ取られた“アヤカ”という時代に翻弄された不幸な少年の物語もまた生まれたのである。



しかし、それでも人は生き続けた。今もこの星で歴史を刻み続けている。


ある極東の国では数々の内乱が繰り返されては各地で地獄のような光景が展開されるのだが、

最終的には西暦以前から今もなお続いているとされている神々の系譜を受け継ぐ血族の許に国が治まり、

旧大戦において計り知れない犠牲と打撃を受けて、更には国土の多くが焦土と化して、ついには敵国に占領されたというのに、

現在では敗戦国でありながら世界有数の経済大国として名を馳せ、世界で最も平和的で文化的で民主的に栄えた国として記憶されるまでになっている。

つまりは――――――、

その時代ごとの風潮や情勢など、一個人が抱えるその時々の背景に端を発したものの集合体であることは数学的にも理論付けが可能である。

そして 少なくとも、人間というものは自分が人生で得て学んで磨いた良い物を次代に残そうと必死に努力してその生を終えていく――――――。

その人の人生の集大成とも言える客観的に見て本当にいいものと思える遺産を人類が継承して、それを使った新たな人生の集大成が続々と残されていくのだ。

この世は弱肉強食の競争社会――――――、人類全体の進歩発展に寄与したものは人類の歴史書に永遠に語り継がれていくものだが、

大して役に立たなかったものは歴史書の中で同時代において本当に役に立ったものについて書かれた文の行間で淘汰されていることだろう。

となれば、結果として良いものだけが次代に次々と継承されていき、時代が経る毎に価値観も変わってまた選別がされていく中でも、

やっぱり良いものは残り続けて、最終的には人類の叡智の結晶である良いものばかりの素晴らしい世の中にいずれはなっていくのではないだろうか?


そのことを歴史から学べば、この一夏が信仰している人類への信頼というものも何となくだが信じられるような気はしないだろうか?


いつかは廃れるけれども、いつかはやがて復古する時が来るのだ。どんなものにも必ず。

三度の飯よりラーメンが大好きな人間でもいつかはラーメンに飽きて他のものが無性に食べたくなるだろうし、

けれどもやっぱりいつかは再びラーメンを食べたくなって、その時に自分がラーメンを愛するきっかけとなったあの感動を思い出す日がくるだろう。

今のゲーム機には今のゲーム機の楽しさ、昔のゲーム機には昔のゲーム機の良さがある。

勧善懲悪や王道のありきたりなストーリー展開に飽きて、邪道で一筋縄ではいかないような複雑怪奇な物語に傾倒する時期もあるかもしれない。

でも、いつかは勧善懲悪や王道のありきたりなストーリー展開に心が揺さぶられる時がまた来るかもしれない。

思春期になってから洋楽やロックに走って、童謡や演歌、ポップ音楽やクラシックなどを退屈なものだと認識しているかもしれない。

でも、いつかは幼い頃に読んだ本や聞いた歌を大人になってから改めて向き合って、その時になって初めて得られる感動があるのかもしれない。


一夏が“アヤカ”に言っていることとは、歴史から学んだこと以外にもそう言った自身が経験した小さな体験の積み重ねで得た確信からくるものもあった。


だから、どこまでも信じられた。どこまでも頑張れた。躓くことはあってもすぐに立ち直ってどこまでも前を向き続けられた。

結論から言えば――――――、


――――――可能性を信じるか、信じないか。


結局はただその一言に集約されるのが、この織斑一夏という人間の強さの秘訣であった。

だからこそ、自分以上に苦しい立場に置かれている“アヤカ”に自分が体得しているその境地に至れるように精一杯 心を尽くすのである。





箒「おーい! 雪村ー! あの場所で一緒に花火を見に行くぞ!」

友矩「一夏、そろそろ――――――」


一夏「呼ばれてるぞ、“アヤカ”」

雪村「一緒には来てくれないんですか?」

一夏「俺は花火大会なら毎年 来てるからいつも見てるし、成長した箒ちゃんの神楽舞のファーストライブも見終わったことだし、」

一夏「俺は本来ならIS学園とは無関係の部外者なんだから、ここはIS学園の仲間だけの素敵な夏の思い出を作ってこいって」

一夏「――――――また会えるだろう?」

雪村「……はい」ニコッ

一夏「本当に変わったな、“アヤカ”」ニッコリ

雪村「それじゃ、また会いましょう!」

一夏「ああ」


――――――信じ続けていれば、俺の願いはきっと届くに違いないから。




タッタッタッタッタ・・・・・・


一夏「………………フゥ」

一夏「ん」

ほづみ「………………なるほど」ジー

一夏「ほづみ じゃないか。まだ帰らなくていいのか?」

ほづみ「はい。花火大会を見終わるまでは帰れませんよ」

一夏「そうか――――――ん」ジー

ほづみ「?」

一夏「…………そういえば、ほづみっていい身体つきしてるよな」

一夏「こうやって各地の祭りを訪れて、準備も手伝ってくれてるわけだから、いい身体なのは納得だけど」

ほづみ「ああ それは、遠泳してましたからね」

一夏「へえ、――――――『遠泳』ね(――――――にしては、水泳選手の身体つきとは思えないような腕の筋肉の厚さなんだけど)」

ほづみ「はい。記念に力競べでもしてみません?」

一夏「いや、遠慮しとくよ。祭りが終わっても今度は打ち上げパーティだし、明日の朝の片付けの準備もしないといけないし」

ほづみ「そうですか。“ブリュンヒルデ”織斑千冬の弟というだけあってかねがね腕が立ちそうな気はしてましたけどね」

一夏「よしてくれよ。俺はスポーツ選手じゃないんだから。全力を必要とされるような機会なんて絶対 来ないほうがいいって」

一夏「あまり大きな声では言えないことなんだけど、俺、――――――誘拐事件に関わったことがあってさ?」

一夏「誘拐犯の仲間をとっ捕まえて、やつらのアジトを白状させようとしてやり過ぎだことがあるから…………」

ほづみ「…………そうですね」ボソッ

一夏「うん?」

ほづみ「力はあって困ることはありませんが、出しどころが難しいですよね」

ほづみ「ほら、芥川龍之介だったかの言葉にあるじゃないですか」


人生は一箱のマッチに似ている。

重大に扱うのは莫迦々々しい。

重大に扱わなければ危険である。


ほづみ「『人生』という言葉は『力』に言い換えられるとは思いませんか?」

一夏「――――――『力』か。確かにそうかもしれないな」

ほづみ「『力なんてなければいい』とどれだけ思ったことか…………」

ほづみ「けれども、力が無ければこの世を生きていくことはできませんからね。どんなものであろうとなかろうと」

一夏「…………そうか。ほづみ もいろいろ大変なんだな」

ほづみ「はい。『過ぎたるは及ばざるが如し』ですが、過ぎた力を元々 与えられた人間はどう生きていけばいいのか――――――」

一夏「え」

ほづみ「一夏さんも“ブリュンヒルデ”織斑千冬の弟ということでそれを重荷を感じたことは無いんですか?」

一夏「そうだな……、今はそうじゃないけど、そうだった時のことの反省を踏まえて今の俺なんだ。むしろ成長の糧になったかな」

ほづみ「………………そんなのゆとりのある人間にしか許されない結果論じゃないか、そんなの」ボソッ

一夏「何だって?」


ほづみ「なら、さっきの学生――――――あれ、“世界で唯一ISを扱える男性”朱華雪村ですよね?」

ほづみ「“彼”については思うところはないんですか?」ジー

一夏「何か不機嫌そうだぞ、ほづみ?」

ほづみ「あ、ごめんなさい。生まれつきなんです。こうやって社会人に必要な笑顔や敬語の練習をする意味でも旅に出ているわけでして……」

一夏「そ、そうか…………それは大変だったろうな」

ほづみ「で、どうなんですか? 自分もISを使えたら嬉しいとか思わないんですか?」


一夏「わからないよ、そんなことは」


ほづみ「は?」

一夏「俺はその時々のベストを尽くすだけだから」

一夏「だって、考えてもしかたがないだろう? ――――――現実じゃないんだから」

一夏「想像する自由はあってもいいけど、今の俺には想像できないな」

一夏「それにその質問だと、いつの時期にIS適性が見つかるかで答えは大きく変わってくるだろう?」

一夏「もし、小学生の時に見つかったら? 中学生の時だったら? 社会人になってからだったら?」

ほづみ「…………それもそうですね」

一夏「それに、俺は千冬姉の弟として公認サポーターとして実際にISに触れる機会がたくさんあったんだ」

一夏「それでも男の俺には動かすことができなかったんだから、尚更 想像しづらいっていうかな」

ほづみ「そうだったんですか。それは、なるほど、そうですね」

一夏「けど、質問に答えるとするなら、現在23歳の俺だったらこう考えるかな」


――――――IS適性の究明に協力してIS利用の発展に寄与できたらいいなって。


ほづみ「いわゆる中道左派の考え方なんですね」

ほづみ「それは織斑千冬もそうなんでしょうかね?」

一夏「…………もしかして今の女尊男卑の風潮で割を食っているのか?」

ほづみ「まあ、嫌な思いはしてきましたよ」

一夏「そっか。そういう意味で俺に期待してたところが何かしらあったってわけなのか」

ほづみ「祭りに来るのがメインでしたけど、次いでに世界的な有名人と言葉を交わす機会が得られたので」

一夏「――――――難しいな、人って」

ほづみ「そう思います」


一夏「なあ、ほづみ さ?」

ほづみ「はい」

一夏「…………俺とさ? メールアドレス、交換しないか?」

ほづみ「え」

ほづみ「あ……、すみません。家が貧乏なんでそういうのは持ってないんです」

一夏「そっか。それじゃ――――――」カキカキカキ

一夏「はい」バッ

ほづみ「………………これは」

一夏「俺個人の電話番号とメールアドレスだ。必ず名乗ってくれよな。留守電もあるから」

一夏「それに俺のファンクラブもあるようだからそっちに意見を出してもらってもかまわないからな」

一夏「電話やインターネットが使える機会があればドシドシ連絡してくれてかまわないからな」ニコッ

ほづみ「え、どうして……、今日会ったばかりの人間にどうしてそこまで――――――?」

一夏「俺も“織斑千冬の弟”ということでISとは無関係ではいられない人間だし、少しでもISがきっかけで不運に見舞われている人は放っとけないから」

ほづみ「…………ありがとうございます」

ほづみ「ごちそうまでしてもらった上に、こうしてお話までしていただき、ありがとうございました、織斑一夏さん」

ほづみ「あなたのことは忘れません。忘れようがありません」フフッ

ほづみ「じゃ、お元気で」スタスタスタ・・・・・・

一夏「そうか。じゃあ、気をつけてな」ニッコリ

一夏「………………」




ヒューーーーーン! パァン! ヒューーーーーン! パァン!


ほづみ「お、花火 始まったか」

ほづみ「……………まったくとんでもないよ」

ほづみ「――――――底抜けの阿呆か、人格破綻者か、稀代の楽天家といったところだな」

ほづみ「まあ、話していて気持ちの良い人だった。――――――仲間になりそうにないのがホント 残念に思うぐらいに」

ほづみ「さてと、後は“彼”と“篠ノ之 束の妹”の素顔を追跡してっと」ピピピッ

ほづみ「――――――やはりあの展望台で花火大会を見ていたか。下調べしておいて正解だったな」


一夏『俺も織斑千冬の弟ということでISとは無関係ではいられない人間だし、少しでもISがきっかけで不運に見舞われている人は放っとけないから』


ほづみ「…………織斑一夏、――――――“ゴースト”」

ほづみ「当然か。さすがはあの時に更識 簪を助けに生身で『ラファール』に掴まって乗り込んできただけのことはある」

ほづみ「…………“あいつ”のように逃げ出さなければ今頃は織斑一夏に護ってもらえたのだろうか?」

ほづみ「俺もファンクラブに入っておこうかな? ――――――ホテルに使えるパソコンはあったよな?」

ほづみ「けどな? 俺が今の俺になったのも“世界一のお前の姉さん”のありがたいお言葉のおかげだから、やっぱり何か釈然としないものがあるな」


――――――もし織斑千冬と織斑一夏の立場が逆だったら?


ほづみ「……俺はこんなふうにはならなかったんだろうな」

ほづみ「つくづく、あの姉弟の人間として器っていうか影響力は大きいと実感させられる」

ほづみ「最終的な決心がついたのは一夏の姉のありがたいお言葉からで、ここまで来て他の道はないかと思わせるのが千冬の弟か」

ほづみ「けど、やっとここまで来たんだ。今更 引き返すつもりはないし、良い子に戻れる道理もない」



ほづみ「――――――“更識楯無”ぃ! 必ずや地獄の道連れにしてやるっ!」ギリッ





ヒューーーーーン! パァン! ヒューーーーーン! パァン!


一夏「祭りも一段落――――――、俺の中での この1年についてもこれで一段落かな?」

友矩「一夏!」

弾「おーい、一夏!」

雪子「みんな、集会所で待ってるよー!」

一夏「ああ」スタスタスタ・・・・・・

一夏「けど、これからがもっと大変だよな……」ハハハ・・・

一夏「(まるで走馬灯のように蘇る“ブレードランナー”としてのこの4ヶ月――――――、)」

一夏「(社会人1年目にして発覚したIS適性――――――今まで存在しなかったIS適性に目覚めた瞬間の全能感)」

一夏「(そして、今日までの活動の中での世界の誰もが味わうことができないような激動の日々――――――)」


――――――束さん。


一夏「(あなたは世界をどうしようとしたかったんですか?)」

一夏「(『白騎士事件』にしても、『福音事件』にしても、そんなことをして誰が喜ぶんですか?)」

一夏「(もしそれが自分一人のわがままのために他人の不幸を招くというのであれば、俺は公共の福祉のためにあなたを――――――!)」

一夏「(千冬姉ももっと俺に頼ってくれ……、俺は千冬姉の唯一の家族じゃないのか?)」

一夏「(――――――“マドカ”なんて知らない。あんな悪い子なんて家族にはいらない。それでいいだろう?)」

一夏「(なあ、“アヤカ”? さっきさ、“ほづみ”ってやつが言ってたんだけどさ?)」


ほづみ『はい。『過ぎたるは及ばざるが如し』ですが、過ぎた力を元々 与えられた人間はどう生きていけばいいのか――――――』


一夏「(後ろめたいことをしてきたわけじゃない。なのに、こんなふうに“ブレードランナー”としてやっていかなければならなかった日々――――――)」

一夏「(もうそろそろ、そんな日々にも終わりを告げる鐘の音色が今宵 夏の夜空に響き渡る…………)」





ヒューーーーーン! パァン! ヒューーーーーン! パァン!


鷹月「あ、始まったよ!」

谷本「おお 絶景かな絶景かな! いい見晴らしポイント!」

箒「そうだろう? 昔は姉さんや千冬さん、それと一夏と一緒にここで花火を楽しんでいたもんだな……」

相川「そっか。今 考えると、凄い人たちに囲まれて育ってきたんだね、篠ノ之さんは」

箒「そうかもしれないな」

箒「でも、10年前に姉さんがISを開発するまでは、私は5歳だったし、姉さんも千冬さんも一夏もただの中学生だったし」

本音「人生 塞翁が馬だね~」

鷹月「そっか。それもそうだよね」

雪村《お面》「………………」

箒「あ」

谷本「おっと、“アヤカ”くん? お面なんてつけてどうしたの? 見えなくない?」

雪村《お面》「大丈夫です……」

簪「あれ?」

相川「何だか声が震えてなかった……?」

箒「もしかして――――――」バッ

雪村《  》「――――――!」カポッ

小娘共「!」


雪村「………………」ポタポタ・・・


簪「ど、どうして泣いてるの、“アヤカ”!?」

箒「な、何か気に障ることでも言ってしまったか?! ――――――すまない!」

雪村「い、いえ……」ポロポロ・・・


雪村「なぜかこうやってみんなと一緒に花火を眺めていられることを実感したら急に涙が溢れてきて…………」ポロポロ・・・


谷本「――――――『感極まった』ってこと?」

雪村「…………そういうこと?」

相川「きっとそうだよ!」

本音「お~、“アヤヤ”が嬉しくて泣いた~、嬉しくて泣いた~!」

箒「…………!」ドクン

箒「そうか……、良かったな…………」ウルウル

箒「あ、あれ……、急に視界がぼやけてきたぞ…………」ポロポロ・・・

谷本「あー! 篠ノ之さんが貰い泣きぃ!」

鷹月「凄いなぁ、篠ノ之さん。あんなにも情熱的で――――――」


相川「でも、ホントに愛されてるよね、“アヤカ”くんも」

簪「そうだね。ISの立役者の織斑先生の弟とISの生みの親の篠ノ之博士の妹と大きな繋がりがあるからね」

谷本「つまり、噂の一夏さんと篠ノ之さんが夫婦で、その間の子が“アヤカ”くん――――――みたいな?」

相川「そんな感じになってくるのかな?」ワクワク

本音「数奇な縁で結ばれた運命の『ISファミリー劇場』いよいよ開演!?」ワクワク

箒「ふぁ、『ファミリー』って、おい……」カア

鷹月「なら、篠ノ之さんは“アヤカ”くんのことを実際どう思ってるわけ?」ワクワク

鷹月「好きな人は別にいるのにこうもべったりしてたら、相手の方も思うところはあるかもよ?」ワクワク

箒「え、ええ!? 一夏に限ってそんなことは――――――」アセアセ

相川「でも、凄くヤキモチやいてたよね? 確かに一夏さんの周りにあんなに綺麗な大人の女性が群がっていたことに私でも焦りを感じたぐらいだけど」

箒「いや、私は雪村のことは、その――――――」チラッ

雪村「………………」ニッコリ

箒「……ああ、そうだとも」


雪村「お母さん、今までありがとう。大好きです」ニッコリ


箒「は」

一同「」

箒「ま、また……、そんなことを言ってくれたな、こいつは…………(し、しかも『大好き』だとぉおお!?)」カアアアアアアアア

鷹月「ごめんなさい、篠ノ之さん。変なこと、訊いちゃったわね」ドキドキ

相川「これはアレだね?」ドキドキ

谷本「もうそれでいいんじゃない?」ドキドキ

簪「こんなシチュエーションでしかもあんなセリフの告白だなんて、――――――“アヤカ”、なんて恐ろしい子!」ドキドキ

本音「もうこれ わかんないなー」ドキドキ

谷本「でも、“アヤカ”くんは元々こうだったじゃない」

相川「そうだね。それがただ良い方向に向いたってだけで」

鷹月「“アヤカ”くんの良さがみんなにちゃんと伝わるようになったってことだよね」

簪「うん。“アヤカ”は本当に――――――」

箒「み、みんな……(――――――何だこの褒め殺しは? 雪村のことなのにとてつもなくむず痒くなってきたのだが)」ドクンドクン

箒「………………」スゥーハァーー

箒「まったくいつもお前は私のことを驚かせてばっかりだな」


箒「でも、私もだぞ、雪村。もちろん、ここにいるみんなのことも大好きだからな!」ニッコリ


雪村「はい」

箒「これからもよろしくな、みんな」

一同「うん!」




ヒューーーーーン! パァン! ヒューーーーーン! パァン!


箒「………………」

小娘共「………………」

雪村「………………」

雪村「(――――――信じること。それがこれからの僕に課せられた試練)」


一夏『だから、――――――たとえば、“俺たちのような存在”もまたいずれは普遍的なものへと変わっていくはずだから』


雪村「(どうして男である僕にIS適性があったのかはわからない)」

雪村「(そのせいで、紆余曲折を経て たくさんの苦しみを味わってきたけれども、)」

雪村「(それでも生き続けて、こうやって今の僕は幸せというものを確かに感じている。今を生きている実感と喜びに満ちている)」

雪村「(けれども、――――――篠ノ之 束に、――――――IS学園、――――――いや、世界中の悪意が僕をこれから苛もうとしている)」

雪村「(今の幸せはもしかしたら明日になったら崩れ去ってしまうものなのかもしれない。それぐらい不確かなもので――――――)」

雪村「(それでも――――――、)」


一夏『努力は人を裏切らない。どんな体験も必ず幸せの花を咲かせるための糧となると信じ抜いて。生きている限り不幸は続かないから』


雪村「(今度は僕が一夏さんが必死に伝えようとしたものを信じ抜いてみようと思う)」

雪村「(こんな僕を今の幸せに導いてくれた、どこまでも僕のことを信じ抜いて守り抜いてくれた今の僕の父と母の二人に報いるために)」

雪村「(――――――僕は強くなる! たとえ記憶が消されても、たとえ死の淵に追いやられても、)」


――――――この魂だけは誰にも穢させはしない!


雪村「(完全独走! 僕は僕の道を一人走り続ける! それが“彼”に対する“僕”であることの証だから!)」

雪村「(“彼”から代々渡されてきた命のバトン――――――、僕が最後のランナーとして辿り着いてみせる!)」

雪村「(――――――魂が願っていた未来へと! 心を希望の色に燃やして!)」





ヒューーーーーン! パァン! ヒューーーーーン! パァン!


箒「………………」

小娘共「………………」

雪村「………………」

箒「(本当にわからないものだよ、人生ってやつは)」

箒「(七転び八起き――――――幸せの後には不幸が、不幸の後には幸せがまたやってくるのか)」

箒「(友矩さんとの禅問答にあったように、人の気持ちってなんていいかげんなものなんだろう。すぐに移ろいでいく、幸せも不幸せも。楽しさも苦しさも)」

箒「(でも、その時の一瞬一瞬で感じた気持ちは本物でもあるから移ろいでいくんだろうな……)」

箒「(なら、忘れなければいいのかもしれないな。――――――みんなと一緒のこの時間のことを)」

箒「!」

箒「………………うっ!?」ビクッ






一夏『』 ――――――額から赤い液体から垂れていた。

雪村『』 ――――――赤い血だまりに浸されていた。

----『あ、あ、ぁぁ…………』 ――――――身体が紫色に染まって今にも死にそうだ。

箒『い……、一夏? ……雪村? ……----?』

箒『あ、ああ…………』ガタガタ

少女『ふふふふふ、はははははははははは!』

箒『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』










パァーーーーーーーーーーーーン! バラバラ・・・!





箒「ハッ」

簪「…………これで終わり?」

鷹月「たぶんね。時間もいい具合だし」

本音「ああー、たのしかったー!」

相川「うん。ホントだね!」

雪村「はい。今日は素晴らしいひとなつの思い出の日となりました」ニコッ

鷹月「いい笑顔!」ニッコリ

谷本「うんうん。善き哉善き哉」

相川「それじゃ、戻ろっか」

簪「うん」

相川「おーい、篠ノ之さーん」

箒「あ、ああ…………」

雪村「?」

箒「あ、いや、何でもない。何でもないぞ、雪村」ニコッ

雪村「…………そうですか」

箒「今日は本当に来てくれてありがとう、みんな!」ニッコリ

鷹月「友達だもん、当然だよ」

簪「来年もまた来よう」

本音「『おー!』なのだー」

スタスタスタ・・・・・・

箒「………………」ホッ

箒「今のは――――――気のせいだよな? そうだとも」

箒「あれは…………言うまい」


――――――そう、あんなのは今の幸福の絶頂にいることに不安を覚えた弱い心が見せた幻想なのだから。



こうして、3人と1人は全ての始まりの地である篠ノ之神社においてめぐりあうこととなった。

これが全ての運命の始まりであり、IS〈インフィニット・ストラトス〉という女性にしか扱えない史上最強の兵器をめぐる波乱の序章が今 終わりを告げ、

本当の意味で全ての運命を――――――世界の運命を左右する辛く過酷な宿命の日々が始まりを告げるのであった。

謎に満ちた物語はついに少しずつ神秘のベールを明かしていくことになり、世界の真相――――――“パンドラの匣”の奥に眠れる“希望”が世界を照らすのか?

全ては篠ノ之神社に蒔かれた小さな種が大きな幹へと育って、その果実の恵みが遍く行き渡った世界での物語――――――。

ただ言えることは、――――――次に来るのは、大いなる渾沌であるということ! それに耐え忍ぶ日々が始まるということ!

はたして、3人と1人の運命はいかに――――――? そして、身近で大切な人たちのことを守りぬくことができるのだろうか?


                                                       剣禅編:3人と1人の物語『序章』-完-




今作のイメージ
Alive A Life
https://www.youtube.com/watch?v=QM4v5UMOJ_0





――――――ご精読ありがとうございました。


これにて、何だか第10話Bから蛇足感の強かった剣禅編『序章』が完結いたしました。
ちゃんと完成してから投稿しないと文章の息遣いや味付けが変わってしまうことがこれでよっくわかったので、
以後はしっかりと文体や雰囲気を統一をして安心して読んでいけるような投稿内容にしようかと思います。
物語の構想自体はちゃんと設定した通りにはなってはいるけれども、筆者自身が読み返して同じ作品内で違和感を覚えたぐらいなので。

さて、今作の剣禅編に関しては何から何までオリジナル設定の塊であったが、いかがであっただろうか?
そして、この世界における“ISを扱える男性”の真相などのその他諸々の原作における様々な謎についてもこちらで解釈したものが設定されているので、
ここから大きく原作とは違った展開が繰り広げられることになっております。
そして、番外編の副題が“一夏と大人たちの物語”なのに対して、剣禅編の副題は“3人と1人の物語”となっており、
何を以って『3人と1人』なのかは物語が新たに進んでいく過程で明らかになっていくことだと思います。

さて、原作がアニメに追い付いていないという異例の事態に生暖かい目でいた今日此の頃ではあるものの、
アニメ第2期が終了しても冷めないメディアミックス展開でまだまだIS〈インフィニット・ストラトス〉は続いていくものかと思います。
『よくもまあ続いていくものだ』と感心しながら、なんでもいいから『早く原作第10巻を出しなさい!』というのが筆者の正直な気持ちです。
恋愛アドベンチャーゲームの第2弾が出るのはいいけど、そろそろ完成版ハイスピードISバトルアクションゲームが出てもいいんじゃないかと。

http://www.tbs.co.jp/anime/is2/
http://5pb.jp/games/isvc/

なんでこう、狙いすましたかのように明らかに物足りない内容で商品展開されてしまうのか…………
どうせなら、アニメのオープニングのようにIS学園をISで自由に飛び回れるオープンワールドアクションでもいいんだぜ? 
二次創作する者にとっては喉から手が出るほど内容になるとは思うんだけどなぁ…………
でも、KOTYで似たような空中アクションバトルを題材にしたゲームが大賞を受賞してしまったことだしねぇ…………そういうのは望み薄かな?


では、大きく間が空きますが、今日まで筆者のIS〈インフィニット・ストラトス〉の二次創作シリーズを読んでくださった皆様方、


――――――本当にありがとうございました。


貴重な時間を使って読んでくださっているわけなのですから、今度はもっともっと楽しく読んでいけるものにしたいと思うので、
またこうやって投稿できる日がきて、皆様方の目につきますことをお祈り申し上げます。
広げた風呂敷をちゃんと畳めるように精進努力いたします。


それでは、またいつか――――――。


改めて、ご精読ありがとうございました。



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