落とし胤の一夏「今更会いたいとも思わない」 (206)


初回:一夏「おれ……えと、私は織斑一夏と言います」
一夏「おれ……えと、私は織斑一夏と言います」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1374845588/)
前回:ザンネンな一夏「俺は織斑一夏。趣味は――――――」
ザンネンな一夏「俺は織斑一夏。趣味は――――――」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1377262583/)


IS〈インフィニット・ストラトス〉第1期のREWRITEの最終作となります。

今回の織斑一夏は、――――――いろんな意味でかなり邪道。

全体の流れと結果は変わらないが、かなり脚色された展開となっているのでご容赦を。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1380328911



今作で一先ず終りとなりますが、完全に規制されたので、

休日に前半と後半に分けてまとめて投稿しますので、文章自体は完成しているので、何卒ご容赦を。


イーモバイルでよく今まで投稿し続けられたものだ…………。

では、第2期が始まる前に完結するように…………できないか。


女性にしか扱えないIS〈インフィニット・ストラトス〉と呼ばれる世界最強の兵器の登場によって、女尊男卑が当たり前となってしまった時代に突入して……



ISの世界大会『モンド・グロッソ』の第2回決勝戦を目前にして、俺は何者かに誘拐された。

その結果、第1回『モンド・グロッソ』総合優勝者“ブリュンヒルデ”織斑千冬は、大切な試合を放棄して俺のことを救い出してくれた。

だがそれと引き換えに、世間では連覇は確実視されていた“ブリュンヒルデ”の試合放棄に世界が沸き立つ。

その結果、織斑千冬という一人のISドライバーの栄光の道はやがて閉ざされることとなった。

そして、俺の人生も雷鳴轟く嵐の夜に大きな転機を迎えることとなり…………



ゴロゴロ、......ピカーン!

一夏『ち、千冬姉……』オドオド

千冬『………………』

一夏『俺は家に帰されるんじゃなかったの……?』キョロキョロ

一夏『ど、どうして――――――』

一夏『財閥の豪邸でこんな饗しを受けているの……?』ブルブル

千冬『いいか、一夏。お前は今日からここで暮らすんだ』

一夏『――――――この財閥の跡取り息子として、な』

一夏『どういうこと、千冬姉!? 俺たちに親なんて――――――』

爺様『それについては儂からぁ説明しよう、――――――孫ぉ』

一夏『――――――は、“孫”?』

爺様『別におかしくはなかろう。人として生を受けるには必ず親がいて、またその親もいる…………』

一夏『今更会いたいとも思わない』バンッ

一夏『俺の記憶は小学1年の時の千冬姉との入学式の時から始まっているんだ!』

一夏『俺にとって千冬姉以外に親なんて存在しない!』

千冬『………………』

一夏『帰してくれ! 俺たちとあなたは無関係だ!』

爺様『だが、己の非力さをぉ悔やんではいないかぁ?』

一夏『――――――う! そ、それは…………』

千冬『お前が気にすることはない』

爺様『そして、お前はもう日常に帰ることはできない』

爺様『何故なら、お前は他ならぬ“ブリュンヒルデの弟”だからだ』

一夏『あ、ああ………………』

爺様『お前が日常に帰った所で、再びお前が織斑千冬の弱みとなるのは明白だぁ』

一夏『――――――千冬姉!? お、俺は……』

千冬『待て、勘違いをするな。これは互いにとってWin-Winな交渉だ』

千冬『私とお前が引き離されるというわけではない』

一夏『じゃ、じゃあ、二人揃っての養子縁組ってことなの?』

千冬『ああ、そうだ。私たちはこの人の養子となる』


爺様『――――――ただし、姓を改める必要はない』

一夏『ど、どういうこと……? 養子になったら普通 義父の――――――』

爺様『すでに織斑千冬は“ブリュンヒルデ”としての名声を得ており、“世界のオリムラ”として認知されている』

爺様『そのネームバリューをわざわざ失わせる意味はぁ無い』

一夏『――――――くぅ、それを俺が…………』

千冬『何度も言わせるな。家族を守ること以上に尊いものはない』

一夏『つまりこれで、千冬姉は俺のためにドイツ軍で働くことになって、俺は財閥の会長の養子となって…………」

一夏『――――――どうすればいい?』

爺様『もちろん、儂の後継者として教育を受け、儂を支えてくれ』

爺様『そして、お前も家族を守れるだけの力を蓄えろ』

一夏『――――――!?』

千冬『………………』

一夏『ねえ、千冬姉はいつ知り合ったの?』

千冬『最初からだ。あの二人の生活を追跡していて、私たちが捨てられた時にいろいろ手を差し伸べてくれた……』

一夏『そうか。そうだったんだ…………』

爺様『納得してもらえたかな?』

一夏『わかった、わかりました』

一夏『……最後に訊いていいですか?』

爺様『良かろう』

一夏『俺は両親のことなんて知らない……知りたくもない……』

一夏『財閥の跡取り息子だったか、箱入り娘だったかは知らないけど、』

一夏『駆け落ちした末に生まれた俺たちのことを捨てたような男と女だ!』

一夏『そんな二人の落とし胤の俺でいいのか……?』

一夏『本当は知っているんでしょう! 二人の行方ぐらい!』

爺様『――――――今はお前が居る』バサッ


――――――お前しかいない。


一夏『あ…………』


一夏『……千冬姉』

千冬『……何だ』

一夏『俺、千冬姉のために頑張るよ』

千冬『そうか』

一夏『俺には千冬姉しか居なかったから、千冬姉を守れる力を!』

千冬『それだけじゃダメだ』

一夏『わかっているよ。それが千冬姉の“強さ”だから』


――――――俺は千冬姉を、そして関わる人全てを守る!


千冬『それでいい』ナデナデ

一夏『うん』

爺様『……ふふ』



こうして俺はISとも関わりのある財閥の総帥後継者として、過去を切り捨てた新しい人生を始めることとなった。

それはこれまでの全てと決別した、夢のように現実感のない出来事のようにも捉えられた。

あの日を境に、住み慣れた故郷や、これまでの朋友関係、その他もろもろを全て捨て去ったのだ。

まるで自分が自分とは違う人間にでもなったかのような、奇妙な感覚に囚われ続けたが、

やがてはそれを日常として受け容れていき、考え方も物の見方も変わり果てた。

そして、俺は順調に爺様の庇護の下に社交界を渡り歩けるようになった。


だが、――――――運命の悪戯か、俺は千冬姉と同じ道へと進むことになった……

第1話 クラス対抗戦・裏
The Obsolete Gentleman

――――――IS学園、始業日


女子「」ジー

女子「」ジー

女子「」ジー

一夏「(見渡す限り女の子しかいないヒミツの花園……)」

一夏「(まさか本当にIS学園に入れられるとはな…………)」

一夏「(堂々としていればいい…………社交界の下衆どもの欲望に塗れた視線よりは断然心地よい)」

一夏「(入学生のデータを見る限り、社交界と縁がある人物は居ないことだし、)」

一夏「(俺は『白式』の運用データを取っていればいい――――それだけのことだ)」

一夏「(気楽にいかせてもらおう。授業内容も中の上程度だし、ついでに年頃の女性の扱いには慣れておかないとな……)」

一夏「(そこから、ISドライバーでしか得られない貴重な人脈を大切に育てていこう!)」

山田「みなさん、入学おめでとう!」

山田「私は1年1組副担任の山田真耶です」

一夏「よろしくお願いします、山田先生」ニッコリ

山田「はい、こちらこそよろしくお願いします」

山田「今日からみなさんはこのIS学園の生徒です」

山田「この学園は全寮制――――学校でも放課後でも一緒です」

山田「仲良く助け合って、楽しい3年間にしましょうね」

一夏「そうですね。楽しくしていきましょう」ニコニコ

山田「(ありがとうございます、織斑くん!)」カルクオジギ

一夏「(さ、続けてください)」ニコニコ

山田「それでは、自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で――――」



山田「それでは、織斑一夏くん。お願いします」

一夏「はい、織斑一夏です。世間で騒がれている“世界で唯一ISを扱える男性”とは私のことです」

一夏「でも、“それだけが特別”なだけで、“織斑千冬の弟”だとか他にもありますが、」

一夏「そんなつまらないものに怖がらずに分け隔てないお付き合いしていただけると幸いです」

一同「おおお!」

一夏「……これで、いいかな?(そう、これでいい。“財閥総帥後継者”であることは知る人ぞ知るものでいい)」ニッコリ

山田「はい、ありがとうございました」

周囲「キャーーーカッコイイーーー」ガヤガヤ

一夏「はは、ありがとう。でも、まだまだ自己紹介は続くからここまでにしてね?」サワヤカ

周囲「ハーイ」

山田「では、次の方――――――」

箒「………………一夏」ジー

千冬「フッ」


――――――さて、俺がこのIS学園に入学させられた理由なのだが、ほとんど偶然の産物でしかなかった。

女性にしか扱えないISではあるが、整備科などの後方支援として男性に対しても門戸が開かれているIS学園。

しかし、普通なら財閥の跡取りがたかだか表向きは競技種目にしか使われていないスポーツに精力を傾けるはずがない。

何故入学させられたかと言えば、俺が女性にしか扱えないISを動かせたという“特異ケース”だったからであった。

だが、これだけでは入学するほどの理由にはならない。使えるのならば、護身用に少し動かせるだけで十分だからだ。

俺が爺様にこの学園で掴みとってくるように命じられたのは、


――――――最初に、“世界で唯一ISを扱える男性”であることによる唯一無二の人脈の構成

これは言うまでもないだろう。間違いなくこれは俺だけの財産となる。

ただし、財閥の御曹司であることは公言せずに、“織斑千冬の弟”であることを前面に押す。

元々知っているならそれでいいが、金や地位が絡んでくるとたちまち人というものは信頼できなくなる。

信頼できないやつかどうかは、金になる木を見た時の反応で判断できる。

だから、俺は一人ひとりにある判断機会を逃したくないので公言しない。学園の教員たちにも緘口令が敷かれている。

爺様はIS学園の高級スポンサーなので、俺に対して粗相を働くものならIS学園の存続の危機に直面するので、学園側が口外することはまずないだろう。


――――――次に、IS産業が抱えている矛盾や欺瞞を知ること

ISはアラスカ条約によって軍事利用は禁止されており、もっぱら競技用に利用されている。

しかしその実、ISの大多数を運用しているのは世界各国の軍であり、

大きな戦争こそ起きていないからこそいいが、ISの実戦配備は着々と進められている。

ISという従来の兵器を駆逐した最強兵器に直に携わって、将来起こりうる戦争の在り方などを学べということである。


――――――最後に、次期総帥として学園生活を最高に盛り上げること

言うなれば、ノルマである。俺の次期総帥としての手腕が問われている。

手段は問われていない。場合によっては、爺様の力――――財閥からの支援を受けてもいい。

とにかく次期総帥としての才覚の片鱗を見せつけないといけない。実績を出すのだ。

IS学園の欠点を補強してもいいし、“世界で唯一ISを扱える男性”としての伝説を残してもよし。

在籍している間に学園内外のより多くの人心を掴むのだ!


そして俺とIS学園の接点は、去年のオープンハイスクールの時のこと――――――。

第一線を退いてIS学園の教員として勤めている千冬姉を労うために訪れた時のことである。

今の状況と同じように俺以外に女性しかいない見学客の中に紛れていろんな視線を浴びながら、

千冬姉たちの仕事振りを実際に見聞きして一日をIS学園の見学に費やし、もう二度と来ることもないだろう学園に来た記念としてISに触れた時だった。


一夏『…………あ、あれ』

千冬『こ、これは――――――!?』

山田『お、織斑先生!?』

千冬『――――――緘口令を敷く! 幸いオープンハイスクールも終了間近で、私たちしか人がいない』

千冬『一夏、すまないが本当にISを動かせたとしたら――――――』

一夏『あ、ああ……わかったよ、千冬姉』

一夏『まさか、このままIS学園に入学なんてさせられないよね…………』


こうして俺は、IS適性:Aランクの優秀な素質が判明し、爺様と学園側との間の半年に渡る討議の末にIS学園の入学が決定したのである。

本来ならば名門校に入れられており、こうして貴賎が交わる場所に降り立つこともなかったことだろう。

ちなみに、俺が“世界で唯一ISを扱える男性”と公表されたのは、つい最近である。

それと同時に、爺様の財閥の株価や日本円の為替相場が急上昇し、世界中で連日のように俺のことがニュースで取り上げられるようになった。

記者会見もしたのにインタビューで同じ内容を何十回言わされたことか…………

とにかく俺は経済的な側面から見ても、俺自身の存在の大きさを自覚することとなる。


しかし、俺が爺様の養子となった時と同じく、この編入に対して完全に納得できたわけではなかった。

こうやって俺の意思を無視して環境を変えられるのはこれで2度目である。

いくら貴重な体験とは言え、同性の仲間が居ないのも少しばかりきつい。

また、俺はセレブの世界に来てわずか数年とはいえ、その感覚に慣らされて久しいので、庶民感覚の欠如が心配された。

とにかく、昔の感覚を掴みつつ爺様の子と恥ずかしくない振る舞いをしないといけないという、

相反するような要求に対する不安と葛藤があったので自分の立居振舞には気を遣いっぱなしだった…………


一夏「久しぶり、篠ノ之箒。6年振りだね。すぐにわかったよ」

一夏「中体連剣道女子の部、優勝おめでとう」ニコニコ

箒「…………ああ、ありがとう」オドオド

一夏「物怖じせずに、さあ! ここを逃したら、きっと満足に喋る機会を失うぞ」

一夏「わかっているだろうけれど、昔とは変わったからな……」

一夏「箒と同じように俺もIS絡みでな……」

一夏「――――――重要人物保護プログラム」

箒「……知っていたのか」

一夏「情報っていうのは偉いやつの許に流れてくるものさ」

一夏「最初の文明が築かれた場所に大河が流れているように……」

箒「そ、そうなのか……?」

一夏「――――――辛かったろう?」

箒「え……」

一夏「俺、良家の養子にならなかったら、箒がどんな思いで毎日を生きているのか考えることもなかった」

一夏「何故突然引っ越してしまったのかその理由も知らずに…………」

一夏「ここでは“篠ノ之 箒”でいられるのだろう? “篠ノ之 箒ではない別な誰か”を演じる必要もない――――――」

一夏「ここで出会えたのは奇跡だ! 不謹慎かもしれないけど、分かり合える仲、だからさ――――――」

一夏「だから、昔のような付き合いをお願いしたい」

一夏「俺は剣道は辞めたけど、居合術は辞めずに磨いてきたんだ」

一夏「中体連ナンバーワンの箒が稽古の相手をしてくれると助かる」

箒「…………い、一夏」

一夏「ほら、約束してくれ」

一夏「押しが弱いと損をするよ。社交界ってそういうところだから」

箒「あ、ああ! これからよろしく頼む、一夏!」ガシッ

一夏「これで昔のように――――――とはいかないところもあるけれど、頑張っていこう」

一夏「できる限りを尽くすよ」ニコッ

箒「……ありがとう、一夏。本当に変わった…………昔以上に頼もしくなった」

箒「また会えてよかった……本当に……(だが、少し…………)」ニコー


一夏「今日は、挨拶回りしながら生活をする上での改善点を確認していこう」ブツブツ

一夏「あとはアリーナやグラウンドを見て回らないとな(オープンハイスクール以来だからあんまり覚えていないし)」ブツブツ

セシリア「ちょっとよろしくて」

一夏「はい。イギリス代表候補生のセシリア・オルコットさん」ビシッ

セシリア「まあ、今ので日本の紳士というのを少し見直しましたわ」

一夏「それは光栄です」

セシリア「あら、本当に礼儀作法をわかっておりますのね」

一夏「代表候補生であるあなたには敬意を払うのが当然かと。あなたのような人をエリートっていうのかな?」

セシリア「そう、私はエリートなのですわ! 本来ならば、私のようなエリートと同じクラスになっただけでも奇跡! そう、幸運なのよ!」

セシリア「あなたはその現実をよく理解していらっしゃいますわね」

一夏「(あ、こいつ、悪い見本だな。ちょうどよく居てよかった。この人を反面教師にして、対照的な立ち位置になれば上手くいくな)」

一夏「(というか、ただの代表候補生なんかよりも俺のほうがよっぽど奇跡だという事実に気づかない辺りがね――――――)」

一夏「さすが、入試首席で唯一試験官を倒したエリート中のエリートですね」

セシリア「そうですわ! 私はエリート中のエリートですわ!」

一夏「(ま、黙っておくか。それより、専用機持ちと乗りたての初心者とを比べてそんなに嬉しいか?)」

一夏「(しかしまあ、女尊男卑ってのはあんまり社交界だと感じなかったけど、)」

一夏「(何というか世間一般には浸透しているって言うのが如実に感じられる一幕だったな)」

一夏「(だがそれ以上に、――――――この人、おだてられたら何でもしちゃいそうだな)」

一夏「(……探りを入れてみるか。代表候補生との繋がりを得れば俺の影響力は増すし、この人は磨けば人を惹きつけるだけの華やかはあるだろうからね)」

一夏「自信に満ち溢れていて眩ゆい限りですね」

セシリア「そういうあなたも紳士としての堂々とした態度がいいですわね」

一夏「私も気に入っています」

セシリア「ふふふ、あなたとは仲良くできそうですわ」

一夏「はい。そう信じていただけるなら、きっとそうなることでしょう」ニコニコ


一夏「よし、初日はシミュレート通りの完璧な結果になったな」

一夏「元々純粋な好奇心と好意が働いていたことだし、思った以上に感じが良かったぞ」

一夏「さて、あとは俺の部屋の確認と、食堂とトイレだな」

一夏「この部屋だな(――――――あれ、何で開いているんだ? 俺だけの部屋なのに)」ガチャ

箒「――――――い、一夏!?」ユアガリシタギスガタ

一夏「ん? 失礼しました」バタン

一夏「あれ、部屋を間違えたか? それともこっちの情報が間違っているのか?」

一夏「えっと、寮長に訊いたほうが早いか。確か、1年の寮長は千冬姉だったな」

箒「ま、待ってくれ、一夏!」ガチャ

一夏「ん? ああ、やっぱり目の錯覚じゃない……(急いで応対するために所々開けているな……)」

箒「わ、私に用があったのだろう?」ワタワタ

一夏「こいつを見てくれ。この割り当て、どう思う?」

箒「え……そ、そんな馬鹿な…………」



千冬「部屋の都合がつかず、自動的に割り振られてしまったようだな」

千冬「すまない。こちら側のミスだ」

箒「織斑先生……」

一夏「それじゃ、俺は帰っていいですか?」

千冬「……どこにだ?」

一夏「――――――実家に」

箒「え!?」

一夏「久々に実家で寝泊まりしたのは昨日と一昨日だけだったし……」

千冬「外泊は許可できん」

箒「そ、それじゃ、一夏は私と――――――」

一夏「あ、それじゃ、ここがいいな、――――――寮長室」

一夏「どうせ臨海学校の時とかの部屋割りで妥協する場面なんてくるんだからさ、家族水入らずってことで」

千冬「む、確かにそうかもしれないが、寮長としてはそれは承諾しかねる」

一夏「そんな堅いこと言わずに、ねえ? ねえ!」

箒「――――――い、一夏!」

一夏「え、何?」

箒「わ、私が我慢すればいいだけの話だ。それでこの話は終わりだ」

一夏「……それでいいの? まあ、俺は箒なら“きちんとしておけば”問題無いと思うけど」

箒「そ、そうか(『きちんとしておけば』――――――?)」


千冬「くれぐれも間違いは起こすなよ。そうなれば、二人の命は無いからな」

一夏「ああ、まったくだ。後で公式の謝罪文をいただきますよ?」

千冬「そうだな。至急用意させておこう」

箒「えっと、そこまでしなくてもいいのでは…………?」

一夏「何を言っているんだ? しかたがないとはいえ、こんなことが世間に知れ渡ったらスキャンダルものだ」

一夏「ただでさえ、俺の入学には各方面からの賛否両論の板挟みになっているのに……」

一夏「それに相部屋が“篠ノ之 束の妹”だからな……」

一夏「ゴシップ記者の飯の種にさせるわけにはいかない」

一夏「こういうところははっきりさせておかないといけないのさ」

箒「あ…………(私は自分のことしか――――――)」

一夏「それがわかったら早く行こう」

一夏「私 織斑一夏は篠ノ之 箒との一時的な同室を望む」ビシッ

千冬「ああ、確かに聞き届けた」

千冬「さあ、篠ノ之、もう遠慮することはない」

箒「は、はい! 私も武士としての節度を似って――――――」

一夏「相変わらず堅いな、箒は」クスッ

箒「な、それはお前がそうさせたのだろう!?」

一夏「さ、部屋に行こう、俺のベストルームメイト」ニッコリ

箒「………………卑怯だぞ、一夏」ボソッ

一夏「む? はっきり言わないとわからない」

箒「何でもない! それよりもこれから一緒に過ごす以上は――――――」ムスッ

千冬「とっとと戻れ、お前たち」

一夏「はい! おやすみなさい、寮長!」パシッ

箒「あ、おやすみなさい! ――――――って一夏、引っ張るなぁああ!」

千冬「ああ、おやすみ」

千冬「ふふ、根っこは変わっていないらしいな……」ヤレヤレ


千冬「これより、再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める」

一夏「具体的にはどういうものなのでしょうか?」

一夏「(さて、これになるべきか否か)」

千冬「織斑か。クラス代表者とは、対抗戦だけでなく、生徒会の会議や委員会の出席など――――まあ、クラス長と考えてもらっていい」

一夏「(俺が財閥総帥後継者であることが周知されていないことを前提とすると、)」

一夏「(俺としては、総帥後継者の色眼鏡なしに俺個人の実績を立てたいという気持ちがある)」

一夏「(それに、財閥総帥にISドライバーとしての力量は要らない。むしろ、人の上に立つ者として、適切な指導や協力をして成功に導いたほうが価値がある!)」

千冬「自薦他薦は問わない。誰かいないか?」

一夏「(そうなれば、――――――先手を打つ!)」

一夏「では、代表候補生:セシリア・オルコットを推薦します」

セシリア「わ、私――――――!?」

セシリア「コホン、さすがは織斑一夏。こういうのは代表候補生たる私にこそふさわしいことを心得ていますわね」

セシリア「そうですわ! 私はエリート中のエリートなのですから!」

周囲「エー、オリムラクンガイイナー」ザワザワ

周囲「デモ、アノオリムラクンガイッタコトダシー」ザワザワ

千冬「他にはいないのか? いないなら、無投票当選だぞ?」

一夏「さて?」ニコニコ

一同「………………」

千冬「なら、クラス代表者はセシリア・オルコットに決定だ」

セシリア「おまかせください! このイギリス代表候補生 セシリア・オルコット、立派に務めを果たしてみせますわ」ドヤッ

一夏「頑張ってください、レディ」ニコニコ

一夏「(――――――機先を制したな。俺の決定に異を唱える女子は出なかったな。よし)」

一夏「(面倒事は出世欲――――いや、上昇志向の強いやつに任せればいい)」

一夏「(俺はIS乗りにはなったけど、別に『モンド・グロッソ』に出られるような代表操縦者になるつもりなんて毛頭ないからな)」

一夏「(それよりも、これでセシリアに恩を売って俺の影響力が更に大きくなるな)」

一夏「(ま、俺のところにお見合いの打診がないぐらいの没落貴族のお嬢だが、練習相手にはなってくれるだろう)」ニヤリ

箒「………………?(何だ? 一夏から違和感を覚えたのだが…………)」

千冬「………………」


山田「ここまで何か質問はありませんか?」

女子「はい、質問!」

女子「“パートナー”って“カレシカノジョ”の関係みたいな感じですか?」

山田「――――――え!? あの、私には経験がないのでそういうことは……」モジモジ

女子「アハハハハ! カウイイー!」


一夏「うん、こんなもんか(何というか、これが女子校のノリってやつなのか)」

一夏「(貴重な体験だが、ハシタナイというか、な…………)」

一夏「(しかし、ISは“パートナー”ね……)」

一夏「(大事に使うっていう意味では間違ってないけど、今の世界はそれを平然と戦争の道具にしているのが何ともいえない……)」

一夏「(かつて宇宙開拓用のマルチフォームスーツを空戦用パワードスーツとして利用しているんだからな)」

一夏「(その事実から目を逸らすために、ここの生徒にはそう言っているのだろうな)」

一夏「(『モンド・グロッソ』出場を目指して専心する純粋な競技者は一握りだな、たぶん)」

一夏「(ここを卒業していったい何人、純粋なISドライバーとしていられるかな…………)」スタスタ

一夏「箒さん。篠ノ之さん。私と食事に参りましょう」

一夏「どなたかご一緒しませんか?」

女子「イクヨー! チョットマッテー!」

女子「オリムラクン! オリムラクン!」

一夏「ほら、箒さん。せっかく“篠ノ之 箒”でいられるのに、友達がいないままっていうのは哀しいだろう?」

箒「…………確かにそうだが、私は行かない」

一夏「そう言うなって」パシッ

箒「おい! 私は行かないぞ」

箒「放せ、ええい!」


その時、箒は軽く一夏の手を払いのけようとしたのだろうが、それが一転して思い切り体当りして突き倒す形になった。


一夏「おっと!」

箒「――――――あ(一夏の胸板が…………!)」ボフッ


しかし、一夏は箒の手を自分の身体の後方へと引っ張ることで相手の体勢を崩し、受け流したのであった。


一夏「凄いな、今の! 咄嗟にできたんだろう?」

一夏「総合武術もやってたのか! 腕を上げたな、箒さん!」

箒「こんなのは、剣術のおまけだ(そういう一夏も赤子の手を捻るように軽く受け流したではないか……)」

一夏「やっぱり、箒さんがいてくれてよかった」ニコニコ

箒「あ…………」

一夏「さあ、みんな、食堂へ参りましょう!」

女子「オー!」

箒「(一夏が私の手をしっかりと握ってくれている…………すぐに手が出るようなこんな私のを!)」ドキドキ


一夏「小学1年生の時、剣道場で顔を合わせてから小学4年生までの間柄」

一夏「家族ぐるみの付き合いで、幼馴染で同門――――――しかも、強い!」

一夏「私なんかよりもずっと辛い思いしてきたんだから、“篠ノ之 箒”でいられる今は楽しんでくれよ」

箒「…………その、ありがとう」ニコー

一夏「うん。いい感じだよ。しかし相変わらず、恥ずかしがり屋だな、箒さん」

一夏「後で記念撮影なんかどう?」ニコッ

箒「え、いいのか!?」

女子「おおおおお!」

一夏「一人ずつお相手するよ」

女子「オリムラクン! オリムラクン! オリムラクン!」

女子「キャー! ワタシモ、ワタシモー!」

周囲「ワーワーギャーギャー」ガヤガヤ

箒「おい、一夏…………」ギリッ

一夏「あらら、騒ぎになってきたな……(いかん、責任持って場を鎮めないと!)」ガヤガヤ

一夏「みんな、騒がないで! えっと、このノートに氏名とクラス番号を『静かに!』記入してくれ!」

周囲「ハーイ!」

一夏「そうそう、私もみんなのこと知っておきたいからね。日時は――――――」ニコニコ

箒「一夏……(一夏が社交界の習慣でああいう振る舞いを日常的にしていると考えると、無性に腹が立ってくる……!)」イライラ

箒「いかんいかん……抑えろ……(せっかく、一夏が私を特別扱いしてくれているのに、何て理解がないんだ、私は……)」ハア


――――――放課後、部活棟内 剣道場


一夏「でえええええええい!」

箒「はああああああああ!」

女子「織斑くん、頑張れー」

女子「織斑くんも篠ノ之さんも凄い」

女子「確か、篠ノ之さんって中学剣道の優勝者なんですって」

女子「そして、あの篠ノ之博士の妹さんなんだってね」

箒「」ピクッ

一夏「――――――!(――――――隙ありだ!)」


その瞬間、一夏は箒の竹刀を巻き取るようにして吹き飛ばした。


箒「――――――!(し、しまった!?)」

一夏「突きぃ!」

箒「くっ……(まさか巻き技を使うだなんて思いもしなかった…………それにこの突きの速さ! ――――――昔よりも格段に強くなってる!)」


そして、一夏の放った突きは無防備な相手の喉元目掛けて一直線に寸止めしていたのであった。


一夏「勝負ありだな」

箒「ああ、悔しいが私の負けだ」

女子「おおおおおお!」パチパチパチ

一夏「………………」ジー

箒「な、何だ、一夏?」

一夏「気にしているのか、――――――束さんのこと」

箒「そ、それは――――――いや、違う…………ただ単に勝負に集中できなかった私の負けだ」

一夏「…………そうか」


一夏「みんな? 応援してくれるのは構わないけれど、一対一の競技では些細な事が命取りになるから、見守るだけにしておいてね」

一夏「――――――お願いだよ」

女子「ハーイ!」

箒「………………」ハア

一夏「(これは相当重傷だな…………しかたない!)」

一夏「明日もまた一緒にやろう。な?」

箒「…………一夏」

一夏「本当は結構危なかったんだ。俺はその、セレブの世界に移り住むまでは中学校は帰宅部だったからさ」

一夏「継続して剣道してた箒と比べると基礎体力が、ね?」

一夏「だから、箒に遅れを取らないように俺は頑張るよ。箒はどうなんだ?」

箒「そ、そうか……(明日も一夏と二人っきりで稽古ができるのか……!)」ニヤー

箒「ふふ――――――な!?」

一夏「よかった。こんなことでしか励ませなかったけど、箒が喜んでくれて」ニコニコ

箒「くぅうううう」

一夏「それだけ強いんだったら、ISの方もお願いしてもいいかな?」

箒「え?」


――――――後日のアリーナ


一夏「さて、偽装のために初期化された『白式』の「最適化」を図るか」ボソッ

一夏「来い、『白式』!」

一夏「うん、懐かしいというか、動きが鈍いというか……」

一夏「どうだ、箒? 入試以来の『打鉄』の乗り心地は?」

箒「まあまあだ。それよりも、訓練機の使用許可を取り付けてくれてありがとう」

箒「だが、知らなかったぞ、一夏。お前が専用機持ちだっただなんて」

一夏「俺も『打鉄』で良かったんだけど、――――――“特別”だからさ、データ取ってこいって宛てがわれているだけさ」

箒「そ、そうなのか。なあ、一夏?」

一夏「何、箒?」

箒「来月の学年別個人トーナメントに参加する気はあるのか?」

一夏「確かIS学園のインターハイみたいなものか?」

一夏「……どうだろうな? 特に考えてないよ」

一夏「箒だけには教えたけど、俺はセレブだからISドライバーとしての大成なんて考えていない」

一夏「ここにいるのはセレブの社会勉強の一環だからな」

一夏「それに、目立ちすぎると記者がうるさいし…………ここの熱心な新聞部の人を見ればわかるだろう」

箒「そうか。でも、稽古はしてくれるのだろう?」

一夏「もちろんさ。自分や身近な誰かを守れるぐらいの強さっていうのは磨いておいて損はない」

箒「そ、そうか……」テレテレ

一夏「それじゃ、基本動作からやってみようか」

箒「ああ!(一夏と二人だけのIS予習か……)」


一夏「やっぱり、こうしてみると生の戦いとは大違いだな」

箒「そうだな。直感的に動かせるのはいいが、足を地につけていない感覚がな……」

一夏「生の戦いとの違いはそれだけじゃない」

一夏「この『白式』と『打鉄』とでは重量差があるから、まともにやりあったら俺の『白式』が打ち負かされる可能性が大きいんだよな」

一夏「現実でフライ級とヘビー級とではどちらが勝つかなんて火を見るより明らかだろ? 格闘戦において重量は大切だ」

一夏「俺の機体はスペックから判断するに高機動戦法を持ち味としているから、これまたリアルとは違った戦い方をしないといけない」

一夏「まあ、剣道とは違って居合術のように『斬り捨て御免!』な戦い方になるだろうから俺の性にはあっているかな」

箒「なるほどな。そうなると、人類最初の第1世代型IS『暮桜』と似ているな」

一夏「――――――!」

一夏「そうだな、確かに、織斑千冬の『暮桜』も剣1つでの高機動戦闘で『モンド・グロッソ』を総合優勝したっけな」

一夏「おお、何だか愛着が湧いてきたぞ! まさか千冬姉の機体と接点があっただなんて!」

一夏「雪片弐型――――――偶然かと思っていたけど、姉弟揃って同じ特性の機体か」

箒「嬉しそうだな、一夏」

一夏「あの“ブリュンヒルデ”と同じだなんて言われたら、誰だって感じるものあるだろう?」

箒「そうだな」

一夏「よし。今日のところはこれでいいだろう。明日からよろしく」

箒「ああ、まかせておけ!」


セシリア「アリーナの下見に来てみましたけれど、驚きましたわ」


セシリア「まさか織斑一夏、あなたも専用機持ちだっただなんて」

一夏「あ、セシリアさん」

セシリア「なるほど、道理で篠ノ之さんの訓練機の使用許可が下りたわけですわ」

セシリア「織斑一夏。もし、訓練の相手が不足しているなら、この私と一緒に訓練しませんこと?」

箒「――――――な!?」

一夏「いいですよ」

箒「え!? おい、一夏!?」

一夏「ただし、私も箒さんも格闘機乗りなので、そちらの遠距離射撃型IS『ブルー・ティアーズ』のお相手が務まるようには思えませんが?」

セシリア「別に構いませんわ。今年の入学生で専用機持ちは私とあなたと、誰だったかしら――――もう一人だけですから」

一夏「なるほど。まあ普通は、直感的に動せる『打鉄』を選ばざるを得ないから、学年別個人トーナメントは『打鉄』だらけになりますね」

セシリア「そうですわ。ですから、誰が相手になっても変わりませんの」

セシリア「それならば、早期にISの訓練に励んでいるお二人と訓練するのがベストかと思いまして」

一夏「わかりました。それで手を打ちましょう」

箒「おい、一夏!」

一夏「では、私たちは一通りの動作を確認し終えたので、――――――ごきげんよう」

セシリア「はい、明日からお願い致しますわ」


箒「これはいったいどういうことだ、一夏!」

一夏「箒、放課後はセシリアを交えての訓練になったから、箒と“二人っきり”の稽古は時間を変えよう」

箒「“二人っきり”――――――あ、そういうつもりなら、別に構わないが」

一夏「えっと、部活棟の開放時間は5時からだな」

一夏「よし、朝練にしよう。気持ちいい汗を掻いていい一日にしよう」

箒「それなら異論はない(しかし、何だかいいように丸め込まれた気分だな……)」

一夏「そうだ、何故セシリアとの訓練を引き受けるかについて説明していなかったな」

箒「いや、それはわかっている。代表候補生から操縦技術を学ぶためだろう?」

一夏「まあ、訓練っていうのは上手いやつから学ぶのは鉄則だよな」

一夏「だけど、それだけじゃないんだ、箒」

箒「そうなのか?」

一夏「もちろん、俺自身もセシリアとはより良い関係を持ちたいと思っている」

一夏「だけど、押し付けがましいけど、」


一夏「――――――箒には、俺を通して友達を作っていって欲しいんだ」


箒「一夏…………」

一夏「だって、せっかく“篠ノ之 箒”でいられるのに、それを覚えてくれている人が誰もいないだなんて哀しいだろう?」

箒「一夏……(何故だろう? 一夏はあの手この手、私のために手を尽くしてくれているのにイライラが止まらない)」

箒「(それに、調子が狂わされるというか…………)」

箒「(セシリアもどうやら一夏に興味を持ち始めたようだし――――――)」ムカムカ

一夏「………………」


一夏「あ、そうだ。言っておくことがあったな」

一夏「はい」ドサッ

箒「な、何だコレは!?」

一夏「お見合いのリストだよ。俺と許婚の関係になろうとしている女たちの」

一夏「まあ、ほとんどは国内のセレブからが多いんだけど、中には海外からのものもあってね」

一夏「それでね? ――――――その中に、セシリア・オルコットはいなかったぞ」

箒「は?(それはつまり――――――)」

一夏「………………」ハア

一夏「…………ごめん。お節介が過ぎたな」

箒「あ、一夏?」

一夏「俺、意外と焦ってんだな…………社交界の洗礼を浴びた後、こうしてヒミツの花園に居るとさ、いろんなことに怯えないといけないからさ」

一夏「ごめんな、巻き込んで。止めるんだったら、止めてもいいぞ?」

箒「違う! そんなつもりじゃ――――――」

一夏「ちょっと飛ばし過ぎた感がある」

一夏「稽古も訓練もする。だけど、気持ちが落ち着くまであまり干渉しないことにするよ」

一夏「困ったことがあったら、“箒の方から”遠慮無く言ってくれ。力になるからさ」

箒「あ、ああ、わかった」

一夏「それじゃ、食堂に行こう(これで箒は自分から動くしかなくなる……!)」

一夏「(そうなれば、積極性が増して友達が増えて、……いけばいいな)」

箒「(そうか、一夏の方も私との適切な距離感が掴めなくて苦悩しているのだな……)」

箒「(なら、私も変わらないといけないな…………)」

一夏「(ダメだな。セレブの世界の感覚が抜け切れなくて――――――それどころか、俺が変わり過ぎて箒から拒否されている感がある)」

一夏「(しばらくは経過を見守るしかないが、信頼を勝ち取るにはまだまだ時間がかかりそうだ……)」ハア


――――――休日


パシャパシャ

カメラマン「はい、オッケーです!」

女子「ありがとね、織斑くん!」

一夏「うん。それじゃ、写真はちゃんと寮に送られるからね」

一夏「………………」フゥ

一夏「えっと、次の方は――――――いない!」

一夏「終わりです。ありがとうございました!」



一夏「いやあ、さすがに数十人と連続で相手するのは疲れたなー」ゴクゴク

一夏「お、箒からメールだ。――――――喜んでくれているようで何よりだ」

爺様「ほほう、最初にやることがこれか」

一夏「じ、爺様――――――いや、会長!?」

爺様「様子を見に来てやったぞ、孫ぉ」

一夏「今日は父母参観じゃないですよ」

一夏「……俺が入学したことへのアフターフォローに来たってところですか?」

爺様「まあ、そんなところだ」

一夏「会長がIS学園に多額の出資を行っているから、俺への対応が色が良すぎて困ってます」

一夏「俺が訓練の相手が欲しいからISの使用許可を求めたら、即座に許可が下りましたし」

爺様「で、どう思う? ――――――ここ、IS学園について」

一夏「…………そうですね」

一夏「やっぱり、公正中立のIS学園も金の力には逆らえない――――『誰かの思惑に流されるNGOなんだなー』と思いました」

一夏「そして、…………アラスカ条約の精神に則って、軍事利用禁止の思想が根付いているのはひしひしと感じられました」

一夏「何というか、日本国憲法に対する戦後生まれの感性と似ているって感じです」

一夏「しかし、外部から育てられて派遣されている代表候補生の機体を見ればわかる通り、ISには最新鋭の兵器がゴマンと搭載されています」

一夏「明らかに軍事利用されているのにスポーツだと言い張る姿勢に、」

一夏「世界で唯一のIS専門の教育機関を日本に設置したのは正しい判断だったと感心せざるを得ませんでした」

爺様「そうだな。開発されたのが日本だったからという理由もあるし、そういうネジレた許容の仕方をできたからとも言えるな」

爺様「ISの軍事利用の件で、一番に揉めたのは他でもない我が国だったからなぁ」

爺様「『白騎士事件』以来、日本の世論は自衛力拡大に一気に傾いたぁ」

爺様「その一方で、平和憲法の精神に則って、ISの開発の凍結及び破棄を篠ノ之博士に突きつけられたが、大人の事情で取り消された」

一夏「――――――大人の事情ですか」

爺様「ああ、大人の事情だぁ」

爺様「最終的にアラスカ条約で、軍事利用の禁止と開発国である日本が独占している技術の公開を義務付けられ、」

爺様「こうしてISは表向きは健全なスポーツとして普及していったというわけだ」フゥー

一夏「タバコはマズイんじゃないの、会長」

爺様「気にするな。儂は後先短い老いぼれだぁ」


爺様「まあ、ISの登場によって世界的に軍縮が進み、その一方で我が国は自衛力の強化に繋がって、」

爺様「総合的に見て、ISの登場で一番得をしたのがまた他でもない我が国だ。冷戦の時と同じだな」

爺様「スポーツ用品の開発生産という名目で、純国産の兵器を以前よりも堂々と開発生産できるようになったのだからな」

爺様「そして、国際IS委員会によるISのコアの割り振りでは確実に我が国が一番多く割り振りされるようになっている」


爺様「まさに、ISとは戦後の日本に突きつけられた答えの1つだったというわけだ」

一夏「女性にしか扱えないと言っても、それだけですからね」

爺様「掴みは上々のようだな」

一夏「ええ。ここはまさに現代社会の縮図ですね。男女比がおかしいですけど、社会勉強の場としては最高です」

爺様「――――――で、めぼしい女を見つけられたか?」

一夏「はあ!?」

爺様「後継者がいないのは大きな問題だからな」

一夏「今ここで見つけなくてもいいじゃないですか! 下手したらスキャンダルものですよ!」

一夏「世間的には女尊男卑の風潮なんですから、財閥総帥といえどもただではすまされませんよ!?」

爺様「はっはー! 少しからかってみただけだ。気にするな」

一夏「………………(そう言って新しいお見合いのリストを寄越すのかよ)」

爺様「さて、おしゃべりが過ぎたな。ではな、孫ぉ」

一夏「…………お達者で、爺様」ハア


一夏「財閥総帥の跡取り息子としての勉強も続けているし、社交パーティにだって出なくちゃいけないけどさ……」

一夏「もうちょっと今の生活を楽にしたいな……」

一夏「――――――近々故郷を歩いて回ろうかな」

一夏「『あの日』から捨て去った、――――――なんと小さな世界」

一夏「だけど、俺も跡取り息子ではない“織斑一夏”としていられる今のうちに――――――」


――――――週明けのアリーナ


一夏「さて、今日は実際の試合の流れを把握するためにハンガーから出撃して帰還するまでの流れを確認しよう」

一夏「アリーナの空間の広がりを把握するための飛行訓練も兼ねる。明日の実習で専用機持ちがやることになっているからな」

箒「わかったぞ、一夏」

一夏「そして、余裕があればダメージを把握するために掛り稽古もしてみよう」

一夏「では、セシリアの方はすでに準備できているようだから、行ってみよう」

一夏「来い、『白式』!」



セシリア「私のお誘いを受けてくださって感謝しますわ、織斑一夏」

一夏「いえいえ、代表候補生のあなたから指導していただけるのは光栄です」

一夏「――――――と、まだ空を飛ぶのには慣れない、箒さん?」

箒「先週の1回だけではまだ何とも…………」

箒「それよりも一夏、お前は本当に初心者なのか? かなり手馴れているではないか」

一夏「IS適性の高さ――――――いや、私と『白式』の相性がそれだけいいってことなんでしょうね」

一夏「でも、ISは直感的な操作なので、俺と同じく箒さんもおそらくすんなり上達していくと思いますがね」

一夏「では、まずは着陸してみましょうか」

セシリア「ふふふ、見ていてください、織斑一夏」

ヒュウウウウウウウン

セシリア「」ドヤッ

一夏「お、急降下と完全停止ですね。あれは低空飛行の移行や叩き落とされた時の復帰に使う技術ですね。さすが代表候補生」

一夏「私たちは無理せずに安全に着陸するために完全停止を心掛けて降下しましょう」

一夏「では、見ていてください」

箒「わかった(しかし、一夏が公衆の面前では『私』に『さん付け』、『敬語』と言うのは何とも違和感があるものだな……)」

ヒュウウウウウウン

一夏「1,2,3! はい、こんな感じだね」

セシリア「お上手ですわね」

一夏「ありがとうございます」ニコッ

箒「………………」イラッ

一夏「よし、箒さん! ゆっくりでいいから完全停止のやり方を忘れずに!」

箒「よし、行くぞ!(――――――降下!)」

ヒュウウウウウウン

箒「――――――は?!」

一夏「――――――危ない!」

セシリア「織斑一夏!?」


箒は一夏の言われた通りに余裕を持って降下するつもりだった。

しかし、代表候補生であるセシリアへのちょっとした対抗心から、意に反して急降下を行ってしまったのだった。

とてつもない加速で落ちるよりも早く地表へと転落していく箒は思わず目を覆ってしまう。


一夏「ぐぅううう…………!」

一夏「はあ……よかった。絶対防御で守られているとは言え、心までは絶対防御されていないからな。トラウマになったら大変だ」

一夏「怖くなかったか、箒さん?」ニコッ

箒「――――――は!(い、一夏の顔が、こ、こんなにも近い!?)」カア


しかし、織斑一夏は迅速に対応して衝撃を和らげた。

一夏の『白式』は圧倒的な速度で迫る箒の『打鉄』の勢いに圧されて地面に激突したが、驚くことに土煙が舞うことなく穏やかに地面と激突したのだ。

一見すると到底地味だが、とてつもなく高度な機体制御の技術であった。

何故なら、衝突による強い力を引き受けて相手を優しく受け止めた一方で、大地に接触した時の反作用を受け止めた相手に返さないようにしたのだから。

セシリアは専用IS『ブルー・ティアーズ』が空中で狙撃するために機体制御を重視した運用をしているためにその凄さをよく理解できた。

そして、物腰柔らかく寝そべる貴公子の上に乗りかかる乙女の図は、すぐ側で見ていたセシリアの心を捉えて放さなかった。


セシリア「――――――あ」ポー

箒「うわあああああああああ!」ドタバタ

一夏「よっこらしょっと」

一夏「ISの欠点は、脳波コントロールだから計器を見ながら速度調節がしづらいことに尽きるよな」

一夏「自動車教習のように恐る恐るメーターをチラ見しながら加速することができないんだもんな」

一夏「こればかりは、織斑先生が言うように『身体に染み込ませる』他ない」

一夏「俺たちは他の生徒よりも時間があることだし、丁寧に技術を習得していこう、ね?」ニコッ

箒「あ、ああ…………」ドキドキ

一夏「セシリアさん、今度はアリーナを旋回してみま――――――セシリアさん?」

セシリア「――――――あ、はい!」ドキッ

一夏「…………どうしたというのだ?」

箒「………………」ドキドキ

セシリア「………………」ポー

一夏「――――――訓練! 訓練中ですよ!」

箒「あ、すまない!」

セシリア「ご、ごめんなさい!」

一夏「うん…………?」

一夏「どうします? 模擬戦までやろうとは思っていたんですけど、中止にしますか?」

一夏「ISは脳波コントロールだから――――――いや、ISに限らず、精神状態が安定しないのならば安静にすることが一番です」

一夏「二人共、ピットまで帰れますか? 私はこのまま明日の飛行訓練に備えて続けますけど」

一夏「(――――――いや、ここは様子を見るか)」

一夏「それじゃ、後のことは自己責任でお頼みしますよ?」

箒「あ、うん…………」

セシリア「…………はい」


一夏は飛んだ。

財閥の提供で獲得した専用IS『白式』は入学前から乗りこなしていたとは言え、一夏の思うがままに飛んだ。

そして、財閥がスポンサーのISドライバーになってから漠然と“ブリュンヒルデ”織斑千冬を目指していた。

一夏と『白式』が描く軌跡は変幻自在であった。それは誰の目から見ても初心者のそれではないことを理解させるに足る流麗なものだった。


一夏「早くファーストシフト(第一形態移行)させたいけど、実戦に勝る訓練は無いから結構掛かるかな…………」

セシリア「あ、あの、織斑一夏!」

一夏「おや、セシリアさん。大丈夫なんですね?」

セシリア「は、はい!」

セシリア「そ、それであの――――――」モジモジ


セシリア「この私の『ブルー・ティアーズ』、あなたの『白式』でワルツを踊っていただけませんか?」


一夏「――――――わ、ワルツ?(社交ダンスをISで!? というか、何故それをやらないといけないんだ?!)」

セシリア「ダメですか…………」ショボーン

一夏「ああ……(こ、これはどういう意図があるのだ? あまりにもぶっ飛んでいて理解が追いつかないが、――――――チャンスだ)」

一夏「いえ、――――――では、1曲いかが?」ニコッ

セシリア「はい!」ニッコリ

一夏「(…………箒はどうした?)」キョロキョロ

一夏「(ああ、帰っちゃったか…………まあ、本調子じゃないのを重たく受け止める性分だし、帰ったら慰めておこう)」

一夏「これはイギリス代表候補生のISの機体制御の訓練の形態ですか? 洒落てますね」

セシリア「そ、そうなんですの。あなたは踊れますか?」

一夏「経験があまりありませんが、嗜み程度には踊れるつもりです」

一夏「(えっと、男は左腕を伸ばして、右手は相手の脇の下を潜らせる…………っと)」ガシッ

一夏「(うわ、ISのガントレットがISスーツを直接触れているよ…………だだだだ、大丈夫なのか!?)」

セシリア「」ニコッ

一夏「では、軽くシャッセ・ロール――――――え、傾けて?(うわ、これ結構キツイ! 斜めに落ちながらワルツするとか鬼のような特訓だな、おい!)」

セシリア「お上手ですわ、織斑一夏」ドキドキ

一夏「あの、どこまで落ちるつもりですか?(ちょっと、さすがにこれは俺でも怖いと思うぐらいだぞ……)」アセタラー

一夏「あれ? もしもーし(微動だにしないだと!? イギリスの新人教育はこれほどまでに完成されていたというのか!?)」

セシリア「(――――――ああ)」(恍惚)

一夏「(ちょっ、テレスピンで加速ついてきたぞ、おい!?)」アセダラダラ

一夏「(物凄い勢いで落ちるぞ!? 何これ、新手のチキンレース!?)」

一夏「(1,2,3、1,2,3…………ああ、止まらない…………!)」

一夏「(ワルツの作法が骨の髄まで染み込んでいるから流れに乗って踊り続けちゃう…………!)」

一夏「(って、もう地表じゃないか! ――――――フィニッシュだ! 早く!)」アセダラダラ

セシリア「――――――」(恍惚)

一夏「ああ、もうぉおお!」ダキッ

セシリア「――――――あ」


一夏「はあはあ…………私の負けです」ゼエゼエ

セシリア「へ? あ、あの…………?(お、男の方の胸板――――――!?)」ドキドキ

一夏「これって地表に落ちるまでどちらがワルツを続けられるかを競うものだったんでしょう?」

一夏「ISの機体制御や度胸、優雅さ――――――気品あふれる英国紳士淑女養成にうってつけの完成された訓練ですね……」ゼエゼエ

一夏「驚きました。こちらは内心ビクビクしながら必死に合わせていたのに、セシリアさんは本当に動じることがなく、優雅で――――――」

一夏「まさしく、エリート中のエリート――――――その真髄をしっかりとこの目に焼き付けました」

一夏「どうか、クラス代表者として頑張ってきてください!」ガシッ

セシリア「――――――と、当然ですわ! 私はエリート中のエリートなのですから!」

セシリア「…………本当はただ、その――――――」ボソッ

一夏「今日はこれで終わりにしますね。それでは、お先に失礼します!」

セシリア「あ…………」

一夏「(いやあ、内心小馬鹿にしていたけど、やっぱり本物は違うんだな。機会があれば、またやってみたいな)」

セシリア「(ああ、織斑一夏…………)」

セシリア「(――――――って何を考えていますの、私!? 男なんてみんな、父と同じように…………)」

セシリア「(それに、文化としても後進的なオリエントで暮らさないこと自体、苦痛――――――じゃない? むしろ――――――)」

セシリア「ど、どうしてしまったんでしょう、私は…………」カア


――――――平日のとある日


一夏「代表候補生っていうのは、国家や企業と契約して専用ISを提供してもらっている関係上、」

一夏「お呼び出しがあれば、IS学園のことは捨て置いてすぐに馳せ参じる義務があるわけだ」

一夏「俺の場合は、爺様の財閥に所属しているから、今日は平日だけど公欠をもらってこうしてここにいるけれど……」


――――――どうして、実弾を含めた特殊部隊の合同演習に参加させられているんだあああああ!?


一夏「くそ、ISの絶対防御に守られているだけだぞ、――――――俺が“特別”なのは!」

一夏「PICや脳波コントロールがなくちゃ、この実戦装備、めちゃくちゃ重い! アサルトライフル自体が重いのに、弾の1発1発がずっしりと重い!」

一夏「はあはあ…………目標ポイントに到着…………!」ゼエゼエ

爺様「精が出ているようだな、孫ぉ」

一夏「――――――会長!?」

一夏「これはいったいどういうこと!? 社交界のセレブ、そしてただの学生の俺がどうして硝煙臭い世界に放り込まれなくちゃいけないんだ!」

爺様「許せ。高いIS適性を持ち、こちらの内情を知るISドライバーのお前にしか適任者がいなくてな……」

爺様「それに、様々な意味で“特別”なのだからやっておいて損はないはずだぁ」

一夏「確かにそうだけれども、人殺しになるつもりはない……」

爺様「――――――儂は人殺しだ」

一夏「…………はい?」ゼエゼエ

爺様「誰かによって環境を変えられるということがぁ、すまないと思うことがぁある」

一夏「…………確かに直接的に人を殺めることはなくても、生きる希望を失わせて悲惨な末路を辿らせることも罪だと主張することは容易いよな」

一夏「それが、人の上に立つ者ならば尚更…………」ゼエゼエ

一夏「それで、『白式』のデータだけならともかく、今回の演習における俺のデータまで取って何をするつもりなのさ?」

爺様「お前のことはただ単に趣味だ。儂の孫がどれほどのものか、興味がある」

一夏「…………それだけじゃないように思うけれど」

一夏「あ、――――――小休止は終わり? それじゃ、行ってきます」

爺様「ああ、気をつけてな」

一夏「…………白々しい」

爺様「フッ」


それから一夏は、平日の2日、山間の廃墟となった街をアサルトライフルを握って駆け回り、


隊長「グレネード!」ポイ

一夏「了解!」ポイ

隊長「よし、3カウントで一斉射だ!」

一夏「了解!(何で俺が少年兵の真似事をしなくちゃならないんだよおおおお!)」

隊長「3,2,1! 撃てええええ!」

一夏「ええい!(マズルジャンプがキツイ!)」

隊長「よし、制圧を確認! 次のフロアに移動する!」

一夏「リロード、リロード…………あ、間違えた」アセアセ

隊長「何をしている!? 弾倉はこういう順番で交換しろと言ったはずだ、馬鹿者!」

隊長「遊びじゃないんだぞ!」

一夏「申し訳ありません!」

一夏「く、リロード完了!」

隊長「急げ! ウスノロ野郎!」

一夏「(くそ、社交界やIS学園でチヤホヤされてきたから、久々に怒鳴られるのは結構堪えるぜ…………)」


特殊部隊の実戦ノウハウを身体に叩き込まれることになった。

おかげで、セレブの御曹司のくせに軍事能力を有するという極めて異質な特技が備わり、

後にIS用の射撃武器を握った時もマニュアルで百発百中の命中率を誇ることになった。

しかしこれは、IS学園が始まって2週間も経っていない時期のことである。

果たして、この織斑一夏が向かう先にあるものとはいったい…………?



セシリア「あの織斑先生? 織斑一夏はまだ…………?」

千冬「安心しろ。明日には顔を出す。お前はクラス対抗戦に備えてしっかりと準備しておけ」

セシリア「は、はい!」

セシリア「織斑一夏…………」



――――――クラス対抗戦まで残り数日


一夏「セシリアさん、もうすぐクラス対抗戦ですね」

セシリア「はい、今日もよろしくお願いしますわ、織斑一夏」ニッコリ

女子「何ていうか……、セシリア、変わった?」ヒソヒソ

女子「そうよね。同じ専用機持ちだし、織斑くんと訓練しているうちに――――――」ヒソヒソ

女子「そうだ、2組のクラス代表が変更になったって聞いてる?」

女子「ああ、中国から来た何とかって言う転校生に替わったのよね」

一夏「転校生に替わった?(クラス代表ってそんな簡単に委譲できるのか?)」

セシリア「ふん。私の存在を今更ながら危ぶんでの転入かしら?」

一夏「この時期に転入できるほどの権限を持つとなると、――――――専用機持ちか」

一同「――――――!?」

セシリア「それは本当ですの、織斑一夏!?」

一夏「たぶん、そうだと思います」

一夏「最近、中国で第3世代兵器搭載のISがロールアウトされたって聞いてますから、おそらくそれです」


鈴「――――――その通りよ!」


一同「――――――!?」

鈴「2組もクラス代表が専用機持ちになったの! そう簡単には優勝できないから!」

一夏「え、――――――鈴!? お前、鈴なのか!?」ガタッ

鈴「そうよ! 中国代表候補生:凰 鈴音! 今日は宣戦布告しに来たってわけ!」

セシリア「これはこれは、ご丁寧なご挨拶痛み入りますわ」

セシリア「私がクラス代表、イギリス代表候補生:セシリア・オルコットですわ」

セシリア「クラス対抗戦――――――どちらが強く、より優雅であるか、教えて差し上げますわ」

鈴「もちろん、私が上なのはわかりきっているけど?」

セシリア「うふふ、弱い犬ほどよく吠えると言うけれど、本当ですわね」

鈴「どういう意味よ?」イラッ

セシリア「自分が上だってわざわざ大きく見せようとするところなんか典型的ですもの」

鈴「その言葉、そっくりそのまま返してあげる!」プルプル

セシリア「あら、それができるかしらね?」ゴゴゴゴゴ

周囲「ナ、ナンカケンアクナフンイキ・・・」ザワザワ


――――――そこまでにしてください。


一同「――――――!?」


一夏「あなた方が代表候補生として国家の威信を背負って、ライバル意識を持つことは一向に構いません」

一夏「しかし、私たちは武力で以って相手を屈服させる軍人ではないのです」

一夏「ここではISドライバーとして、スポーツマンシップに則って健全な人間関係であることを求められています」

一夏「相手を挑発し、愚弄するような発言は互いに控えてください」

一夏「――――――以上です」

周囲「おおおお!」

鈴「………………」ポカーン

セシリア「………………」カオヲミアワセル

鈴「ま、まあ、ここは礼儀正しく去ることにするわ。それに、私には他にも用があるしね」

セシリア「そ、そうですわね。この場は改めて、正々堂々試合で優劣を競うことにしますわ」

鈴「また後で来るからね、一夏! ふん」

一夏「よかった…………」ホッ

箒「一夏…………(それよりも、今のは誰なんだ? 随分親しそうだったではないか…………!)」

千冬「ショートホームルームを始めるぞ。席に着け」

一夏「あいつが代表候補生…………」

千冬「おい、織斑」

一夏「あ、すみません」


――――――同日、昼休み


鈴「あんた、ある日突然いなくなるだなんてどういうことよ!」

一夏「それは………………」

鈴「どれだけ心配したと思ってんよ、馬鹿!」

鈴「姉弟揃って家から居なくなっているし、何をしても連絡先には通じないし、いったい何があったって言うの!?」

一夏「(これはほとほと弱ったな。あれから一度も連絡を取っていなかったもんな……)」

一夏「(表向きは転校したことになっていたけど、唐突の不自然な転校じゃこうもなるよ……)」

一夏「(そして、昔のことを忘れてしまうぐらいの社交界の洗礼に受ける日々…………)」

一夏「(つい先日も、生身の軍事演習に参加させられたし…………)」ハア

一夏「ごめん……答えらない……」

一夏「でも、今は帰ってきているんだ。そういうことにしてくれないか……」

鈴「…………そうなんだ」

一夏「ごめんな、心配かけちゃって…………俺も近々会いに行こうとは思っていたんだ」

鈴「そうだったんだ。うん、忘れてなければそれでいいの、それで」

一夏「ありがとう。そういうところ、凄く助かる(…………本当に)」ニコッ

鈴「か、感謝しなさいよね、馬鹿」カア

鈴「で、でもまさか、“千冬さんの弟”のあんたまでISが動かせるだなんて驚いたわ」

一夏「俺だってまさかこんなところに入るとは思わなかったからな」

鈴「入試の時にISを動かしちゃったんだって?」

一夏「何でって言われてもな……(もちろんこれも偽装工作。俺は夏のオープンハイスクールで動かしていた)」


箒「一夏! そろそろ説明して欲しいんだが……(これ以上は見てられない)」バン

セシリア「」ジー

鈴「ちょっと、何? 今、一夏は私と話をしているんだけど」

一夏「落ち着いてくれ。二人共、どちらも俺――――私の幼馴染だよ」

箒「幼馴染……?」

一夏「そうか。ちょうど箒さんとは入れ違いに転校してきたんだっけな」

一夏「篠ノ之 箒さん。いつか話した、ファースト幼馴染だ」

一夏「それで、鈴さんはセカンド幼馴染だ」

箒「ファースト……」テレテレ

鈴「へえ、初めまして。これからよろしくね」

箒「ああ。こちらこそ」

セシリア「」ジー

一夏「(ああ、これは友達同士に、ならないか…………?)」

一夏「(う~ん、それと、セシリアがジーっとこっちを見ているな。俺に興味を持ち始めたというところか)」

一夏「(それはありがたいことなんだけど、悩みの種が増えたな…………)」ハア


――――――同日、放課後


一夏「何、怒っているんだ、箒!?」ガキーン

箒「うるさい!」ガキーン

一夏「――――――冷静になれ!」

箒「――――――な!?」


一夏は箒と生で試合をした時に見せた巻き技で、箒の『打鉄』の太刀を再び巻き取ってみせた。

巻き上げられた『打鉄』の太刀が宙を舞って音を立てて大地に置かれた。


一夏「大丈夫なのか? いや、――――――話してくれ! そうじゃないと俺はどうすればいいのかわからない!」

箒「――――――っ!?」イラッ

箒「…………最近、セシリアとも仲が良いようだな」

一夏「それはそうだろう? 最初からそのつもりだったんだし」

箒「それなのに、また女をたらしこんで…………」

箒「――――――弛んでるぞ!」

一夏「……鈴のことか」

一夏「…………俺は中学のある時を境にセレブの世界に行くことになったんだ。それまでの全てをバッサリ捨てて、な」

一夏「鈴はただ単に俺のことを心配してくれていただけだ」

一夏「俺はそういう意味では誠意を見せないといけないな…………」ハア

箒「あ、すまない……(何で私はこんなふうにしか振る舞えないんだ……)」

箒「(一夏がモテるのはこの学園ではほぼ当たり前のようなことだと言うのに……)」

セシリア「遅れましたわ」

一夏「セシリアさんか」

箒「む…………」イラッ

セシリア「」ドヤッ

セシリア「さあ、織斑一夏。私のお相手をお願いしますわ」

一夏「わかりました(まだエネルギーは十分だな)」

箒「ま、待ってくれ、一夏! もう一度、手合わせしてくれ」ジャキ

一夏「――――――何!?(ちょっと待て…………!?)」

箒「さあ、かかってこい、一夏!」

セシリア「さあ、織斑一夏! 来なさい!」

一夏「な、え……!?(『ブルー・ティアーズ』と『打鉄』のタッグだと!?)」キョロキョロ

一夏「(接近戦では『打鉄』に圧され、そこを一方的に『ブルー・ティアーズ』に狙撃されてしまうではないか!)」

一夏「(――――――何だこの、黄金タッグは!?)」

一夏「(え? 何で俺がこんなのと戦わないといけないの?)」

箒「」ゴゴゴゴゴ

セシリア「」ゴゴゴゴゴ

一夏「(――――――な、何だこの、プレッシャーは!?)」

一夏「ああ……、やれるだけやってみるかな……?(ファーストシフトもすんだことだし、経験値集め――――――)」


一夏「まったくひどい目に遭った……」

鈴「おつかれ、一夏。はい」

一夏「ずっと待っていてくれたのか」

鈴「まあね」

鈴「……やっと“二人っきり”だね」モジモジ

一夏「え?(そのフレーズ、俺も使ったことがある。ってことは――――――え!?)」

鈴「一夏さ、やっぱ私がいないと寂しかった?」

一夏「そうだな――――――っ!?」ドクン


その瞬間、『あの日』の一夏の悲壮な決意と何もかもが変わってしまった当惑の日々が筆舌しがたく思い出された。


一夏「――――――ああ、そうだな」ウツムク

鈴「あ……」

一夏「……ごめんよ。いなくなるならせめて、別れの挨拶ぐらいしておけばよかった…………」

一夏「中学のみんな 元気にしているかな……」

鈴「…………ごめん。そういうつもりじゃなかったのよ!」アセアセ

鈴「ただ、一夏が変わっていないかなって確かめたかっただけで――――――」

一夏「なあ、鈴?」

鈴「な、何?」

一夏「クラス対抗戦が終わったら、みんなに会いに行こう」

鈴「そ、そうね。私もあれからどうなったのか気になっているし。――――――特に五反田兄妹がね」

一夏「ああ。本当にな……(箒と同部屋であることはしばらくは隠しておこう)」

鈴「(本当は、昔のことを覚えてくれているか聞き出そうと思っていたけど、触れないでおこう)」

鈴「(それと、二人っきりの時は砕けた口調なのはいいけど、人前の口調――――すごく違和感あってね……)」


――――――クラス対抗戦、当日


一夏「再来週なんていうのもあっという間だな」

一夏「光陰矢の如し――――――『あの日』のことも昔のことのようだ」

セシリア「こちらの準備はよくってよ?」

一夏「セシリアさん。相手は『白式』と同じ近接格闘型の分類ですけど、確実に中距離用の射撃武器を持っているはずです」

一夏「十分に距離を取って戦ってください。『ブルー・ティアーズ』のオールレンジ攻撃の使い方が勝敗を分けますよ」

セシリア「はい。あなたや箒さんとの経験を活かして勝利を掴み取って見せますわ」

一夏「それでは、健闘を祈ります」

セシリア「はい!」


アナウンス「両者、規定の位置についてください」


セシリア「では、参ります!」

一夏「これはわからないな。ただ言えることは、長期戦になればセシリアが不利になっていく――――――」

一夏「先に得意レンジに入った方が勝ちだ。開始直後の中距離戦闘が勝敗を分けるはずだ」

一夏「それだけに――――――」ゴクリ

箒「一夏、客席に行くぞ」

一夏「いや、ここでいい」


鈴「さて、来たわね。この前 言ったこと憶えているわよね?」

セシリア「はい。――――――弱い犬ほどよく吠える、と」ニコー

鈴「」ムカ

鈴「あの時は一夏の顔に免じて見逃してやったけど、容赦はしないわよ!」

セシリア「そういうところが弱い犬らしいとお気づきにならないのかしら」クスッ

鈴「……そうね。口で言ってもわからないなら、身体に叩き込んであげるわ」

鈴「それがあんたのことだってね!」


アナウンス「試合開始」



試合は近距離型と遠距離型の熾烈な距離の奪い合いになっていた。

近距離型の『甲龍』が近づこうとすれば、遠距離型の『ブルー・ティアーズ』は離脱しようとする。

『甲龍』が予想通り積んでいた第3世代兵器の衝撃砲『龍咆』による射角が無限の見えない砲撃を浴びせようとすれば、

負けじと機体と同名の第3世代兵器である『ブルー・ティアーズ』によるオールレンジ攻撃で牽制する。

それぞれの国が威信をかけて搭載した第3世代兵器の正面対決が火花を散らして白熱していた。

しかし、試合は膠着するに従って、ここで機体の特性による差が大きく出始めることになった。

圧されてきたのは、セシリアの『ブルー・ティアーズ』だった。

徐々に『ブルー・ティアーズ』のオールレンジ攻撃の精度が落ちていき、セシリアの表情に焦燥が見え始めていた。

それは第3世代型ISの特徴的な弱点の現れだった。

第3世代型ISは第3世代兵器と呼ばれるイメージ・インターフェイスを利用した直接脳波で自在に操作できる兵器を積んでいる。

しかし、基本的にISはシールドエネルギーによって一括で動作するのだが、第3世代兵器を動作させるためにエネルギー効率がかなり悪かった。

更に、ISは脳波コントロールなのでイメージ・インターフェイスによる脳波コントロールと被っているので、

使い分けるために機体制御を放棄して、第3世代兵器の運用に意識を集中しなければならないという共通の欠点があった。

特に、第3世代兵器の操作自由度が高ければ高いほど機体制御は大きく失われ、棒立ちになって隙を晒すことになった。

さて、今回の戦いの場合、射角が無限の『龍咆』とオールレンジ攻撃の『ブルー・ティアーズ』――――――、

いったいどちらがより集中力を必要とし、隙が大きいかと言えば、

当然、4基のレーザータイプと2基のミサイルタイプもあってISとは別に独自に行動できる『ブルー・ティアーズ』である。

更に、鈴の『甲龍』は同じ第3世代型ISでも燃費と安定性を重視した特異的な設計なので、

長期戦になればなるほどセシリアの『ブルー・ティアーズ』は追い込まれていくことになる。

また、後ろに下がることは前進することよりも難しいために、セシリアが距離を取ろうと離脱しようと思えば離脱先を考えないといけないという苦労もあった。

鈴は追う側なのでそれをただ相手を追いかけるだけでいいので、そこまで負担にはならなかった。

昔から相手から大きく距離を取るための後退は前進するよりも遥かに難しいとされており、撤退戦の名手はそれだけで戦上手と言われた。

織斑一夏が見るに、この戦いの対戦ダイアグラムは4対6。基本的にセシリアが不利だが、どちらも十分に勝機がある戦いであった。

ISはパワードスーツ――――つまり、身体の動きが直接動作する類の兵器である。

そして、ISは起動から基本動作全てを脳波コントロールしているので、疲れて一瞬でも気が緩めば負けなのである。






一夏「試合時間は8分を超えたか」

一夏「中学剣道の試合で3分、高校生以上は4分。延長戦は3分だから、少なくとも延長戦2回は入っているぐらいだな」

一夏「やはり、機体特性の差が出てきたな……」

箒「セシリア、頑張れ…………」

一夏「だが、鈴の方も疲れている。一瞬の気の緩みが勝敗を分ける。まだまだ勝負はわからない」

一夏「もし、俺が二人とそれぞれ戦うことになったら――――――まあいい」

一夏「何にせよ、専用機持ちの真剣勝負は代表候補生のプライドを賭けた戦いだ」

一夏「終わったら、どっちもしっかりと労ってやらないとな」

箒「―――――― 一夏?! これは!?」

一夏「…………そろそろ決まるか」


そして、試合は互いの死力を尽くした運命の交差点へとついに進んだ。

セシリアの『ブルー・ティアーズ』に鈴の『甲龍』の衝撃砲『龍咆』が直撃し、

吹き飛ばされたものの、セシリアは不退転の意思でレーザーライフルを構えたのだ。

そして、それに飛び込み、得意の接近戦で一気に勝負を決めようとする鈴の『甲龍』! 

次の瞬間には、どちらかが勝者となり敗者となる。そんな一瞬が――――――。



だが、その時――――――!


セシリア「――――――!?」

鈴「――――――!?」

一同「――――――!?」


一筋の巨大な光の柱がアリーナの天井を突き破り、アリーナの大地を焼き払ったのだ!


千冬「試合中止! オルコット、凰、直ちに退避しろ!」


観衆「キャアアアアアア!」

一夏「映像が途切れた!?」

箒「一夏、避難勧告が出たようだぞ!」

一夏「………………」

箒「…………一夏?」



セシリア「ようやく、距離を取れたと思いましたのに……」
鈴「ようやく、体勢を崩せたのに……」

セシリア「いったい何が起きましたの!? グラウンドが火の海に…………」

鈴「わからないわよ! とにかくすぐにピットに戻るわよ」

セシリア「そうですわね――――――は、アラート!?」

セシリア「な、何ですの、この『所属不明のIS』というのは!?」

鈴「私も捕捉されたわ! ――――――何? 何なのよ!」

鈴「こんな異常事態、すぐに学園の先生たちが駆けつけて事態を収拾してくれるはず……!」

セシリア「――――――砲撃、いきましわよ!」

鈴「くっ!」

セシリア「BT兵器のレーザーを軽く上回る戦略級レーザー!?」

セシリア「そんなものが実装されているだなんて、それでは私の機体の存在意義が――――――」

鈴「何あれ? ――――――フルスキンのIS?」

山田「オルコットさん、凰さん! すぐにアリーナから脱出してください!」

山田「すぐに先生たちがISで制圧にいきます!」

セシリア「しかし、そんな悠長なことを言っていられませんわよ!」

鈴「来た! く、あれだけの出力のレーザーを雨のようにバラ撒くだなんて!」

鈴「先生たちはまだ来ないの!?」

セシリア「ああ……、エネルギーがもうすぐそこを尽きますわ!」

謎のIS「――――――」グッ

セシリア「…………はっ!?」ゾクッ


――――――不覚! 一生の不覚!

その時、セシリアは死を覚悟した。目の前には謎の黒尽くめのフルスキンのISが立ちはだかり、視界いっぱいいっぱいのパンチが飛び込む!

鈴の『甲龍』の『龍咆』がある程度直撃していたが、そんなものをもろともせずに押し迫る巨大な魔の手!


セシリア「きゃああああ!」

鈴「倒れなさいよおおおおおお!」

謎のIS「――――――」


恐怖のあまりに縮こまるセシリア! だが、次の瞬間――――――!



――――――俺は関わる人、全てを守る!



鈴「え」

セシリア「……あ、あら? 攻撃は――――――?(そして、今の声は――――――)」

謎のIS「――――――!?」



――――――声が聞こえた。



まさに一瞬の出来事だった。

セシリアがとりあえず助かったと理解した時には、目の前には背を向ける白い機体がそこにいて、黒いISの両腕がなくなっていたのである。

見覚えのある白い機体が握る太刀には光の刃が発生しており、今まさに自分の命を脅かした強大な悪の権化たる黒いISを一刀両断にするところであった。

何が起きたのか、目の前で起きたことが信じらなかったセシリアが鈴の方を見ると、鈴の方も同じような反応だった。

そして、白い機体は黒い機体の胸に光の刃を突き刺し、そのまま燃え盛るグラウンドの炎の中へと消えていったのだ。


セシリア「あ、――――――織斑一夏! 織斑一夏!」

鈴「一夏、応答して! ねえ!」

セシリア「こちらもダメですわ。あちらから通信を切っておりますわ」

鈴「これじゃ、どうなったのかわからないじゃない!」

セシリア「互いにエネルギー残量は残りわずか…………(ああ、織斑一夏――――――!)」



一夏「うううおおおおおおおおおお!」

謎のIS「!!??…………    」ガクッ

一夏「………………ふぅ」

一夏「――――――機能停止を確認!」

一夏「セシリア・オルコット、凰 鈴音――――両名の無事を確認!」

一夏「他の人命の損失も無し!」

一夏「やったよ、千冬姉……!」

一夏「――――――俺は守れたんだ」



鈴「ねえ、見て!」

セシリア「あれは――――――!」

山田「二人共、大丈夫でしたか!? 今、アリーナの機能が回復して、教師部隊が突入します!」

鈴「今更来られてもね…………」ハア

セシリア「あ…………」


煙の中から煌めく、青白さをまとった光の刃が天を向く。

それは全てが終わったことを表したサインだった。

そして、教師部隊が今更ながら到着したのを見て取ると、セシリアと鈴はホッと息を吐いたのだった。

しかし、次の瞬間には青筋の光の正体は煙が晴れていくのと同様に姿を消していた。


――――――その夜


一夏「ふぅ、今日は二人の命を救えて万々歳だ」

一夏「他にもアリーナに居た全員が脅威に晒されたんだから、ISドライバーとしての実績は十分すぎるぐらいだな」

千冬「ああ、お前はよくやってくれた」

千冬「しかし、わざわざ教師部隊に隠れてあの場を去る必要はなかったんじゃないか?」

一夏「…………そのことなんだけどさ」

一夏「俺の勘だけど、あの二人は俺に好意を抱いている気がするんだ」

千冬「………………それで?」ヤレヤレ

一夏「あそこで命の恩人として印象付けたら、きっと一生俺についてきてしまいそうな気がして――――――」

一夏「俺は確かに“特別”だし、憧れを持って近づいてくるのは別に構わないけど……」

一夏「でも、住む世界や見えるものが全く違うんだよ、俺とあの二人とでは――――――いや、みんなと」

一夏「社交界の洗礼を受けたからわかるけれど、あの世界は今回の襲撃事件以上に陰湿でしんどい世界だ」

千冬「………………」

一夏「ほら、これ。お見合いのリスト」

一夏「このリストを見るとわかるんだけど、その人の父親や一族の職業、年収なんかの欄が自己紹介よりも大きく載っていてさ」

一夏「これを見る度に、俺と千冬姉を捨てた顔も知らない両親への言い知れない衝動が湧き上がっていってね……」

一夏「それに、セシリアは両親が死んだ後、一族で財産の奪い合いを経験しているし、」

一夏「鈴の場合は、日本から離れた理由が離婚なんだって」


――――――嫌になるよ。男と女の関係っていうのが。


一夏「そんなのよりは、より多くの人々を守る役割がいいな。千冬姉や爺様がそうであるように」

千冬「そうか」

一夏「まあ、爺様からは結婚――――というよりは子供をもうけろって言われてはいるんだけどさ」

一夏「…………」フゥ

一夏「さて、あの無人のISはやっぱり――――――」

千冬「ああ、国際IS委員会が管理している絶対数:467のコアのどれでもないものだった」

一夏「篠ノ之博士が新しく開発したのか、それとも第三者が新造したのか――――――これからどうなるんでしょうね?」

一夏「今更ながら、俺はとんでもない世界に来ちゃったな……」

千冬「…………そうだな」




セシリア「あの時 聞こえたあの声は間違いなく……」


――――――俺は関わる人、全てを守る!


セシリア「そして、あんなにも『白式』の背中が雄々しく見えたのは、やはり私は――――――」

セシリア「そう、あの方はいつもいつも毅然としていて、それでいてそつがなくて――――――」

セシリア「きっと、私はあの方に――――いえ、私はもうあの方の――――――」

セシリア「…………織斑一夏」

セシリア「私は――――――」


第2話 学年別個人トーナメント・裏
Wise Decision of Lord


――――――ある日の休日。


弾「一夏、生きていたのか! 本当に良かったぜ…………!」グスン

蘭「一夏さん! 私は一夏さんが帰ってくることを信じていましたよ!」グスン

一夏「ああ……、兄妹揃って泣くなよ」

鈴「本当にベッタリなのね、あんたたち」

弾「おお、鈴も帰ってきていたのか!」

一夏「いや、中国の代表候補生っていうことで滞在しているだけさ。でも、3年間は昔のように一緒にいられる」

一夏「それでなんだが、――――――何も言わずに転校していったこと、本当にすまなかった!」

一夏「どうやって詫びればいいか、俺にはわからない……」

一夏「だから、煮るなり焼くなり殴るなり、好きにしてくれ!」

弾「バカヤロー! こうやって無事ってだけで俺はそれで満足だよ!」ポロポロ

蘭「そうですよ! 何故転校してしまったのかは気になりますけど、こうしてまた会えただけで本当に嬉しいんですからね!」ポロポロ

一夏「ありがとう。そう言われて安心できたよ。ずっと気懸かりだったからさ」フゥ

鈴「よかったわね、一夏」

一夏「ああ、本当に…………」

弾「でも、何というか変わったな。気品が備わったっていうか、おどけた表情しかしていなかったのが嘘のように感じる」

蘭「そうですね。昔よりもずっと――――――」

一夏「そりゃ、どういう意味だ? 俺はいつもまじめに取り組んでいたつもりだけど?」

弾「あ、本質的にはあまり変わってないのね」

弾「………………鈴も気の毒に」ボソッ

鈴「何か言った?」ニコニコー

弾「な、何でもありません……」ニコー

一夏「???」


山田「織斑くん、篠ノ之さん」ガチャ

箒「山田先生?」

山田「部屋の調整がついたんです。篠ノ之さんは別の部屋に移動です」

箒「ま、待ってください! それは今すぐでないといけませんか?」アセアセ

一夏「そうですよ。そういうことは早めに知らせてくれないと困ります」

山田「あ、そうでしたね。――――――ごめんなさい! 副担任の私のミスでした」

山田「とにかく、年頃の若い男女が同室で生活をするというのは、お互いにくつろげないでしょう?」

箒「そ、それはそうだが――――――」チラッ

一夏「山田先生、箒のルームメイトは誰です?」

箒「い、一夏?!」

山田「はい。鷹月 静寐さんですね」

一夏「ああ、『クラス一のしっかりもの』の彼女ですか。なら、安心だな」

一夏「箒。いずれはこうなることを重々承知していたはずだ」

一夏「環境は常に与えられるもの――――――そこから何を選ぶかは本人次第」

一夏「だから、環境に負けるな! 流され続けるな! 今のお前は“篠ノ之 箒”なんだから!」

箒「――――――あ。そうだな、わかったよ。おかげで目が覚めた」

箒「明日の放課後は暇をもらうぞ」

一夏「ああ、俺からも言っておいておくから、しっかりとルームメイトと仲良くするんだぞ」



山田「本当に、織斑くんは素晴らしいですね」

山田「やっぱり、姉弟揃って似てますね」

山田「うん。きっと織斑くんなら問題ありませんよね」


――――――翌日


一夏「さて、今日で箒とのルームシェアも終わりか」

一夏「どうなることかと思っていたけど、楽しかった」

箒「ああ、私も、……楽しかったぞ」テレテレ

一夏「よしよし、恥ずかしがり屋の篠ノ之さん、よく言えました!」ナデナデ

箒「子供扱いするなぁ!」カア

一夏「ああ、……ごめん。俺の中で箒は小学生の時のまんまだったからさ……」

一夏「つい手が出てしまった…………紳士にあるまじき無礼、申し訳ありませんでした」

箒「あ…………」

一夏「さて、食堂に向かおう――――――ん、着信? こんな時に何だ?」ピピピ

一夏「すまない。先に行ってくれ」

箒「あ、ああ…………」ガチャ、バタン

一夏「ああ……、また呼び出しかよおおおおお!」

一夏「今度のはいつ? ああ……、また休日が潰れる…………」ハア

一夏「まあいい。腹ペコだし、早く食堂に行こう」

トントン

一夏「はい?(早朝から客人?)」ガチャ

箒「………………」

一夏「何だ? 忘れ物か?」

箒「……は、話がある」

一夏「それは、ここで言う内容か?(何だ、何故改まっている?)」

一夏「(――――――あ、なるほど! 今日で一区切りが付くことだから、それまでのお礼を言おうとしているのか!)」

一夏「(よかったよかった。恥ずかしがり屋の箒も成長しているんだな、うんうん)」ニコニコ

箒「来月の学年別個人トーナメントだが…………」

一夏「(――――――あれ?)」

箒「…………わ、私が優勝したら、」


――――――つ、付き合ってもらう!


一夏「…………はい?(????????)」



一夏「(な、何の付き合いだって? まあ、俺は結構忙しいから休日なんかは誰かと遊びに行くなんてことできなかったしな……)」

一夏「(それに、――――――『優勝したら』? 何故そんな条件をわざわざ付ける?)」

一夏「(ああ、そうか。条件付けすることでこのアポの申し入れの優先度を上げるつもりだからか。頑張るなあ…………)」

一夏「(それにセカンド幼馴染の鈴と前に出かけたんだから、このまま何もしてあげなかったらファースト幼馴染の箒が可哀想だしな)」

一夏「わ、わかった。考えておくよ」(アポの予約という意味で)

箒「そ、そうかぁ!」キラッ

一夏「お、おう(やっぱり、昔のまんまだな、箒。素直じゃないんだから……)」

箒「よし! では、行くぞ、一夏!(――――――よし!)」ニコニコ

一夏「(だけど、お礼を言われると思ったのにちょっと期待外れ――――――っていうのは無しにしよう、うん)」ニコニコー

一夏「さあ、今日も張り切って行こう!」

箒「おお!」


山田「今日はなんと転校生を紹介します!」

周囲「エ、テンコウセイ?」ザワザワ

一夏「へえ」

シャル「シャルル・デュノアです。フランスから来ました」

シャル「みなさん、よろしくお願いします」ニコッ

周囲「オ、オトコ?」

シャル「はい。こちらに僕と同じ境遇の方が居ると聞いて本国より転入を――――――」

周囲「キャーーーーーーー!」

箒「(――――――何!? それじゃ、私が部屋を追い出されたのは…………)」

シャル「え?!」ビクッ

一夏「…………?(何だ、この違和感は…………)」

千冬「騒ぐな! 静かにしろ」

周囲「…………」

千冬「今日は2組と合同でIS実習を行う。各人はすぐに着替えて第2グラウンドに集合」

千冬「それから、織斑」

一夏「――――――了解しました」

千冬「なら、いい。では、解散!」


シャル「きみが織斑くん? 初めまして僕は――――――」

一夏「挨拶はいい。女子が着替え始めるからこの場は早く移動しないといけないんだ」パシッ

シャル「うわっ」

箒「………………」ジー
セシリア「………………」ジー

一夏「――――――痛かったか?」

シャル「……あ、ううん、大丈夫」

一夏「どんな生活をしてきたかは知らないけれど、人類の半分が経験し得ないヒミツの花園にようこそ」

一夏「俺たちは“世界で唯一ISを扱える男性”だから珍獣のように扱われるから、覚悟しておけよ」

シャル「あ、うん。そうだね」

一夏「…………ともかく、IS学園は実質女子校だから、男性の俺たちには不便なところは多いけど、早めに慣れてくれよな」

シャル「うん。わかったよ、織斑くん」

女子「キャーー!」

一夏「みんな? これからIS実習だから道を開けてね」

一夏「そういうのは放課後にね」ニコッ

女子「ハーイ!」


一夏「問題なく到着できたな。更衣室が遠いから、実習がある日は本当に大変だ」

一夏「これから毎日、女の子に付きまとわれることになるから、ちゃんと自分の意思で受け答えするんだぞ」

一夏「付きまとわれて嫌ならちゃんと嫌って答えるように」

シャル「うん。わかったよ」

一夏「それじゃ、これからよろしくな」バサッ

シャル「―――――― 一瞬で着替えた!?」

一夏「驚いたか?」

一夏「この学園の制服はカスタムメイドできるから、あらかじめISスーツを着ておいてすぐに脱げるように加工しておいたんだ」

一夏「いやー、こういうのには憧れていたからさ……」

一夏「あとはロッカーに畳んだ制服をしまってっと」バタン

一夏「それじゃ、遅れるなよ――――――って、シャルルもマスターしていたのか!?」

シャル「まさか、僕と同じことを考えていた人がいただなんてホント驚いだよ」

一夏「ほほう、お主、なかなかの腕前と見た。それじゃ、行こうか」

シャル「うん、織斑くん」

一夏「そういえば、フランスから来たってことはデュノア社からの後援を受けているのか?」

シャル「そうだよ。父がそのデュノア社の社長をしているんだ」

一夏「……へえ、デュノア社の御曹司だったわけか」

一夏「となると、『ラファール』乗りなのか?」

シャル「うん、そうだよ」

一夏「ここの学園も『ラファール』を採用しているけど、それとはいろいろ違うんだろうな」

一夏「楽しみだな。拡張領域の多さを活かした『ラファール』乗り十八番の戦法『高速切替』!」

シャル「楽しみにしててね。結構自信があるから」


――――――同日、放課後


箒「それじゃ、一夏……」

一夏「ああ、今までありがとう。これは餞別だ。上手いことやっていってくれ」

箒「」チラッ


シャル「おーい、織斑くん」


箒「」イラッ

箒「ああ、ありがとう。それじゃ」

一夏「うん(何だ……? 少し苛立っていたな)」

シャル「さっきの人って、確か“篠ノ之博士の妹”の箒さん? IS実習の時、お姫様抱っこされていたよね」

一夏「ああ、そうだよ。俺とルームシェアしていた相手だ」

シャル「え!?」

一夏「(さて、コイツには俺が財閥総帥後継者であることを――――いや、デュノアと爺様がどの程度の面識なのか確認しておかないとな)」

一夏「それじゃ、学園を案内してあげるよ。次いでに、ここの女の子の扱い方を伝授してやろう」

一夏「俺とシャルルはもしかしたら生涯に渡る付き合いになるかもしれないし、少なくともここでは俺とのペアは当たり前になるだろうから、」

一夏「ISドライバーとしての健全なお付き合い、よろしくお願いします」ニコッ

シャル「あ、うん。こちらこそ、よろしくね」

一夏「さて、もうそろそろ部屋の整理が終わる時間だし、軽く学園を見て回ろう」

シャル「うん」パシッ

一夏「………………?(今、自然と俺の手を掴んだよね? そういう子なのか?)」

一夏「(まあ、ともかく行ってみるか……)」

一夏「(だけど、セレブ出身だからわかるんだけど、デュノア社社長の御曹司にしては立居振舞が不自然なところがあるな……)」

一夏「(何だか社交界にデビューしたての自分を見ているようで――――――ん!?)」


――――――まさか、俺と同じ!?




――――――部活棟にて。


一夏「一通り、部活動は見てこられたかな? シャルルは何か部活するの?」

シャル「まだ、決まらないかな? そういう織斑くんはどうなの?」

一夏「俺はその、無理だと思う。俺のスポンサー、結構呼び出しかけてくるからさ」

一夏「今日もまた、呼び出しを受けたよ。今度のは平日じゃないからいいけど、……大変だよ、本当に」

シャル「へえ、そうなんだ…………」

一夏「…………さて、ここは音楽部、かな? ――――――グランドピアノに社交ダンスするのに打ってつけの空間」

シャル「え? ――――――社交ダンス?」ビクッ

一夏「珍しくもないだろう? 俺は“世界のオリムラの弟”だから、千冬姉に連れられて社交パーティに行ったことがあるんだよ」

シャル「あ、そういうこと……」

一夏「(もちろん、嘘だよ。俺は『あの日』までほとんど千冬姉の世界とは無縁の生活をしてきたんだから)」

一夏「さて、初めて来たけど、少し演奏してみるか」

シャル「ピアノ、弾けるの!?」

一夏「ははは、昔取った杵柄だから上手くいくかはわからないけど(――――――うっかりしてた。喋り過ぎたな……)」

一夏「よし、シャルルはそこに掛けて――――――」

一夏「では、聴いてください」

――――――チャイコフスキー作、『くるみ割り人形』より“花のワルツ”。

シャル「あ、聞いたことのあるメロディー」

シャル「へえ、これが『くるみ割り人形』が有名な理由か……」

一夏「(結構憶えているもんだな。最初の頃ぐらいだよ、ピアノの演奏会なんて)」

一夏「(懐かしいな。最初に爺様や千冬姉に聞いてもらった時は、必須スキルじゃないと言ってはいたけれど、二人共褒めてくれた)」

一夏「(小学校の時、ピアノの稽古に行く連中を少し小馬鹿にしていたけど、やってみると凄く楽しい!)」







一夏「(――――――フィニッシュ!)」フゥ

一夏「」ニコッ

パチパチパチパチパチパチ

一夏「おお……いつの間にかギャラリーが」

シャル「…………感動した。凄いよ、一夏」グスン

女子「オリムラクン! オリムラクン!」

一夏「ありがとう、ありがとう!」

一夏「ふう…………」

女子「オリムラクン! コンドハオドッテー!」

女子「ワタシガカワリニヒキマスカラー」

一夏「え? 社交ダンスをするって?」

女子「オリムラクン! ワタシ、ワタシ!」ギャーギャーワーワー

一夏「さすがに、この数のお相手はキツイな…………」

一夏「申し訳ありません! さすがに全員のお相手をするのはキツイです」

女子「エー! ジャア――――――」ジー

シャル「え?」

女子「デュノアクン、オネガイ!」

シャル「ぼ、僕……?」

一夏「ははは、何かごめんね?」

シャル「だ、大丈夫だよ! 僕もそれなりに社交ダンスできるから!」

一夏「あ、ああ…………(あれ――――――?)」ガシッ

一夏「それじゃ、軽くロール…………」

シャル「う、うん」ドキドキ

一夏「(あれ? 今さっき、自分から俺の左手を掴んだよな?)」クルクル

一夏「(しかも、これは明らかに言い逃れできないぐらいのレベルだぞ!?)」クルクル

一夏「はい、ポーズ!」

シャル「ど、どうだったかな、みんな?」ドキドキ

女子「キャーーー! ステキー! サイコー!」

女子「オリムラクントデュノアクン、ビケイガフタリ!」

女子「IS学園に入ってよかったー!」ワーワー

シャル「よかった」フゥ

一夏「………………(間違いない。やっぱり…………!)」



一夏「ふぅ、男同士っていうのはいいものだな」

一夏「やっぱり、人間というのは不便なもんだよな。ずっと“ある”ことの偉大さを噛み締めていられればいいのに」

シャル「紅茶とはずいぶん違うんだね。不思議な感じ。でも、美味しいよ」

シャル「そういえば、織斑くんは放課後にISの特訓をしているって聞いたけど、そうなの?」

一夏「ああ。けど、俺はISドライバーを本業にするつもりはないから、ISよりも剣の稽古がしたいな」

一夏「でも、クラスメイトが頑張っていることだし、今のところはこうやって戦術論の研究をしているんだけどね」

シャル「僕も加わっていいかな? 型は古いけど『ラファール』だからいろいろな戦術の研究に役立てると思うんだ」

一夏「…………ああ、ぜひ頼む。ここの専用機持ちは万能型がいないから」

シャル「うん、まかせて」

一夏「それじゃ、今夜はおやすみなさい」

シャル「うん。今日はいろいろとありがとう。明日からもよろしくね」








――――――真夜中の屋外


一夏「やっぱり個人情報が…………」プルル、カチャ

一夏「――――――爺様? 今日、フランスのデュノア社から代表候補生が転校してきたんだけど」

爺様「ほう?」

一夏「名前はシャルル・デュノア。デュノア社社長の息子らしいんだけど、何か知らない?」

爺様「ほう、あのデュノアに息子……」

一夏「どうにも釈然としないんですよね」

一夏「まず、転校してきた時期――――――」

一夏「“世界で唯一ISを扱える男性”を擁するメリットはデュノア社ほどの大企業ならばデメリットを考慮してもお釣りが来るぐらいだ」

一夏「こういうのは話題性を考えても2番じゃダメなんだ。先手必勝――――先駆者になることで主導権を握らないと意味が無い」

一夏「それが何故、“俺が現れた後”に出てきたのか?」

一夏「次に、学園が管理しているはずのプロフィールに、シャルル・デュノアのデータが無かった」

一夏「もうこれだけで疑わしい…………」

爺様「ふむ」

一夏「――――――決定的な証拠が欲しい。例えば、デュノア社からIS学園への投資金が増えたとか、そんな感じの」

爺様「……今、デュノア社は経営危機に瀕しているいるからな。なりふり構わず打って出たというところだろうな」

爺様「――――――だが、織斑一夏」

一夏「何、爺様?(この声色は――――――)」

爺様「これでお前は、デュノア社、そしてシャルル・デュノアの命運を握ることになった」

爺様「お前はそのことをどう受け止めるつもりだ?」

一夏「……え?」

爺様「デュノア社はどのみち破滅する運命にあるのは確実だろう」

爺様「“たまたま”『ラファール・リヴァイヴ』というベストセラーが出ただけで、その上で胡座をかいていたのだからな」

爺様「滅ぶべくして滅ぶというわけだ」

爺様「だが、――――――それでも、だ」

爺様「“今”滅びるか、“後”で滅びるかで状況は必ず変わっている」

爺様「そのことをよく考えた上で、そういうことは行いなさい」

爺様「お前の要求は受け取った。ではな」ガチャ

一夏「………………あ」

一夏「……そうだった。俺は財閥総帥後継者だ」

一夏「爺様が俺にしたように、――――――誰かの環境を変えられる存在」

一夏「自分がしようとしていたことの意味を――――人の首を切ることの意味を軽く捉えていた…………」

一夏「胡座をかいていたのは俺だった…………」

一夏「俺は無自覚のうちに多くの人の人生を――――――人殺しをしようとしていたのか…………」ゾクッ

一夏「この手で身近な誰かを救ったことで思い上がっていたのか…………」ブルブル

一夏「これは重要な案件だな…………俺が財閥総帥後継者に足るかを問う――――――」

一夏「………………」ヨゾラヲミアゲル

一夏「焦ることはない。卒業するまでに考え抜こう…………」


一夏「うんと、月末に学年別個人トーナメントがあってだな……」

一夏「俺自身のISドライバーとしての箔は非公式ながらあの襲撃事件で付いたことだし、」

一夏「――――――俺は参加しない」

一夏「こちらとしてもお呼び出しで忙しいしな」

一夏「財閥のIS部門は、俺がISドライバーでいられるうちに直接的に多くのミッションをしておきたいという考えだしな」

一夏「さて、行こうか。今週から、大会に参加する面々のサポートも本格化させていかないとな」

一夏「で、休日は楽しい楽しい本格サバイバルゲーム…………」トホホ



――――――アリーナ


一夏「効率良く勝つんだったら、『打鉄』の特性をよく把握すればいいのです」

一夏「その点、射撃武器が搭載されている機体は有利ですね」

一夏「私の見立てだと、セシリアさんと鈴さん――――専用機持ちの独壇場になっちゃうかなー」

セシリア「当然ですわね」

鈴「格の違いってやつよね」

セシリア「まあ、たとえ専用機持ちでも私の足元には及びませんけどね」

鈴「はあ? あの時、横槍を入れられなかったら勝っていたのは私なのに?」ゴゴゴゴゴ

セシリア「そうだったかしら? 自分から撃たれに来ていたように思いましたけど?」ゴゴゴゴゴ

一夏「はい、そこまで」

箒「く……(――――――確かに、専用機は強い。しかし、山田先生がやってみせたようにやりようはあるはずだ!)」

一夏「だけど、接近戦に持ち込めれば箒さんの技量なら独壇場になるはずですから、箒さんも諦めずにいきましょう」

箒「ああ、もちろんだとも!」

一夏「セシリアさんも鈴さん。今はISに不慣れな初心者しかいないけど、来年になったらわかりませんから、気を抜かずに研鑽してくださいよ」

セシリア「あ、はい!」

鈴「って、言われなくてもわかっているわよ!」

一夏「なら、いいのですが……」


シャル「織斑くん!」

一夏「お、シャルルか。デュノア社ご自慢の『ラファール・リヴァイヴ』か」

一夏「なるほど、軍用機とは違って純粋に競技用としての性能を重視した感じか」

シャル「うん、そうだよ。『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』――――それがこの機体の正式名称」

一夏「シャルルは大会に出るのか?」

シャル「うん。そのつもりだよ」

一夏「そっか。それじゃ、優勝はシャルルで決定だな」

シャル「そ、そうかな…………」

一同「――――――!?」

セシリア「そ、それはどういうことですか!?」

鈴「専用機だからって、――――――第2世代型ISよ、それ!」

箒「そうだぞ、一夏! 何も知らないのにどうしてそんなことが言える!」

一夏「おいおい、シャルルが転校した初日に二人掛かりで挑んで山田先生の『ラファール』にまとめて撃ち落とされたのは誰と誰ですか?」

セシリア「あ、あれは、その――――――」

鈴「……偶然よ、偶然! 次は負けないんだから!」

一夏「理由は言わない。それを言って、戦意喪失してもらっては困るからね」

一夏「むしろ、食って掛かるぐらいの勢いで戦力差を埋めて欲しい」

一同「………………」


シャル「ところで、織斑くん? 僕、『白式』と戦ってみたいんだ」

一夏「え? 私は大会には出ないつもりだよ?」

箒「一夏、たまに全力を出してみたらどうだ? 私との朝稽古の時のように」

セシリア「そうですわ! これだけ長い付き合いですのに、『白式』がどれほどの性能なのかまったくわかりませんし」

鈴「そうね。たまにはコーチの実力というものを見せて欲しいわね」

一夏「いや、戦うまでもないだろう? 相手は万能型――――――いや、何でもない(ここで逃げたら、みんなに悪影響だな)」

一夏「わかった。では、模擬戦を開始するので、安全な場所に退避してください」


シャル「じゃあ、いくよ、織斑くん」

一夏「おう」ジャキ

セシリア「え? 何ですの、あの不思議な構え方は? まるでサムラーイのように剣を腰に下げるように……」

箒「――――――居合の構え? IS用の太刀で抜刀するつもりなのか、一夏!?」

鈴「あ、量子化しちゃったわよ!? 丸腰じゃない!」

シャル「え、織斑くん?」

一夏「大丈夫だ。それじゃ、カウントスタートだ」


3,2,1,パーン


両者向き合って、最初に接近戦に持ち込んだ。

だが、次の瞬間――――――、


シャル「行くよ――――――は、早い!?」

一夏「――――――」ズバン

シャル「(シールドエネルギーが一瞬で半分も無くなった……!?)」

一夏「――――――」ドカッ

シャル「うわあああ!(え、ここまで押し飛ばされるなんて…………)」

一夏「――――――終わり」ズバン

シャル「え!?」(戦闘続行不能)

周囲「――――――え?」

箒「…………は」ポカーン

セシリア「」カオヲミアワセル

鈴「」カオヲミアワセル


それはまさに一瞬だった。

試合時間わずか5秒にも満たない一瞬だった。

自分が推した大会優勝候補をまさかの秒殺である。

これには誰もが目を疑った。何かの間違いなんじゃないかと。

何が起きたのか、対戦相手であるシャルルでさえ一瞬のことだったので理解できなかった。

誰もがこの一瞬に慄然とする中、織斑一夏は周囲の驚愕をよそにいつもの表情を絶やさなかった。

そして、さらりと言うのだった。


一夏「――――――わかった? 一瞬でも気を抜くと誰でも敗けるってことがさ」


読者のために、あの一瞬で何が起きたのかを説明すると、

開始直後にまず互いに接近戦を挑もうとしたわけだが、

一夏の『白式』はイグニッションブーストで急接近して、シールドを貫通する『零落白夜』による居合斬りを放ったのだ。

シャルルは認識できなかった。気づいたら、押し飛ばされてそれで負けていたのだ。

最初の接近で、予想接触時間を遥かに超えたスピードによって不意を突かれて、

接近してからどうしようかと遅れて考えているうちに、

シールドエネルギーが半分無くなり、

次の瞬間には居合斬りを終えてそのままの勢いで体当りしてきた『白式』に押し飛ばされ、

そして、状況の整理が付かないうちに押し飛ばされて更に混乱しているうちに、

一夏は再び距離を詰めて神速の居合斬りを放ったわけである。


次の展開を思考→超スピード→驚く→エネルギー半分消失→動揺→押し飛ばされる→混乱→とどめ→ポカーン


この早業は織斑一夏と『白式』だけが使える単一仕様能力『零落白夜』によって初めて実現された恐るべき殺陣であるが、


――――――“それだけではない”ことはご理解いただけるであろう。


織斑一夏としては、これ以外勝てる方法が無かったので非常に手に汗握っていた。

それだけに闘志をみなぎらせていた一瞬だった。

剣道には、次のような考えがある。


――――――鍔迫り合いの前後が一番に気が緩む。


鍔迫り合いというのは一種の膠着状態を生み出し、互いにとって攻撃されづらい無意識に安心してしまう一時となってしまう。

剣道のみならず、至近距離での掴み合いはクリンチと呼ばれ、ボクシングやK-1など投げ技が認められない格闘技では見栄えが悪いので制限されている。

そういう側面があるために、休憩や時間稼ぎの鍔迫り合いとみなされた場合、剣道では反則となるのだ。

特に、ISは絶対防御が働いている上に一撃で戦闘不能になることはまずないので、

しっかりとした装備で臨んだ上での試合開始直後の接近戦では心の何処かに大きな隙が生まれているものである。

織斑一夏が最初の一合に全てを賭けたのは、相手の方から距離を詰めてくれる以上に、この奇襲が確実に成功するのは開始直後のみと踏んでいたからである。


――――――そこにしか勝機がないからである。


だが、おそらく単一仕様能力『零落白夜』による規格外の攻撃力がなくともこの戦法で確実に出鼻をくじいて追い詰めたことだろう。

それだけの力量を備えていたということである、この織斑一夏は。


――――――同日、食堂にて


シャル「あれだけ強いなら大会に出たらいいと思うんだけど……」

女子「モッタイナイナー」

一夏「私は代表候補生じゃなくてただのテストパイロットなので、私自身はそこまで強さは求めていないんです」

一夏「それにスポンサーの意向が強くて、いつ呼び出しが来るかわかりませんし」

一夏「それで、私の当面の目標は、代表候補生が無事に代表操縦者になれるように同じ目線に立って指導することなんですよ」

鈴「それじゃあ、あの一件の時と言い、先生たちの立場がないじゃない(でも、それはそれでカッコイイじゃない!)」

箒「そうか。相変わらず大変だな(知ってはいたけれど改めて聞かされると、一夏は本当に別の世界の住人になってしまったように感じられる…………)」

セシリア「残念ですけれど、しかたがありませんわね(ああ……、また私と踊ってくださらないかしら…………)」

一夏「悪いね。今週の休日もお呼び出しだ」

シャル「そうなんだ…………」


一夏「(そう、これが俺がIS学園で目指す実績――――――というより、人の上に立つ者として必要な指導力を得るための練習台だがな)」

一夏「(そして、スポンサーの方針で極力『白式』の戦闘は抑えるようにも言われている)」

一夏「(俺が“特別”でかつ立場上扱いやすいテストパイロットだから、そのデータをスポンサーが独占したいわけだ)」

一夏「(だから、お呼び出しが他よりも多いわけで――――――はっきり言えば、別にIS学園に在籍する必要は全くない)」

一夏「(しかし、ここで得られる人脈は魅力的というわけで、俺は社会勉強も兼ねて在籍させられているわけだ)」

一夏「(この辺が、開発国の優越だな)」

一夏「(他国が遠路遥々 代表候補生をIS学園に送り込んで必死に新技術の運用データを収集しているところを、俺はコーチングを理由にじっくりたっぷりとやすやすとデータを共有して、)」

一夏「(俺は国内のスポンサーとの提携を深めながらお呼び出しを受けて、運用データを外部に漏らすことなく、質の高い短気集中訓練でパワーアップしている)」

一夏「(つまり、俺と『白式』のデータを欲しがっている連中に吠え面をかかせているわけだ)」

一夏「(そして、――――――代表候補生ではないことがミソだ)」

一夏「(代表候補生は代表操縦者への登竜門なので、操縦技術の高さを競う必要があり、必然と公の戦闘実績が必要となってくる)」

一夏「(しかし、ただのテストパイロットなら戦闘実績は求められていないので、必然と武功の箔をつける必要がなくなってくる)」

一夏「(それに戦闘実績の箔はあの襲撃事件のおかげで付いたし、今回のシャルルとの模擬戦で不動のものとなった。これでもう、俺の評価と信望がどん底に落ちることはない)」

一夏「(それに俺自身が個人の強さの限界を噛み締めているからこそ、マンパワーを活かす立場を選んでいるんだ)」

一夏「(頭を悩ませることが多いけれども、財閥総帥後継者としてバッチリ捌いてみせる!)」

一夏「(それが、俺が関わる人全てを守ることに繋がるのだから――――――!)」



――――――休日、要人護衛ミッション


一夏「なんて理不尽さ――――――!」

一夏「ヘリに向かって発射されたスティンガーミサイルを撃墜しろとか…………俺はいつSPの仕事人になったんだよおおおお!」

一夏「くそ、こんなミッションは万能型の『ラファール』でやればいいんだよ!」

一夏「拡張領域がゼロのこの機体じゃ、誘爆覚悟で斬り落とすしかないじゃないか!」

一夏「だけど、こういうのは『白騎士事件』を思い出すな…………」


一夏「部分展開、部分展開、部分展開…………高速展開、高速展開、高速展開…………」


敵役「死ねえええええ!」ダダダダダ

要人「うわ!? テロリストが銃を乱射してきたぞ!」

一夏「専務!」バッ

一夏「シールド展開範囲を拡大!」

SP1「敵グレネード!」

一夏「グレネードなんか! 雪片で軽く弾く!」

一夏「弾いた――――――今です! 迎撃してください!」

SP1「おまかせを!」パン

SP2「狙いは外さない!」パン

敵役「うわああああああ!」(死亡判定)

SP1「ターゲットの撃破を確認!」

SP2「クリアー!」

一夏「その他の反応なし!」

一夏「これからどうします? このまま展開していきますか?」

SP1「目標地点まであとわずか」

SP2「若様、シールドエネルギーはどれくらい残ってます?」

一夏「9割残っています。レールガンやアンチマテリアルライフルでもない限りは致命打になりません」

要人「た、大切なのは私を五体満足で送り届けることだぞ!?」

一夏「ただ送り届けるだけなら『白式』のシールド展開範囲を最大にして一点突破を図ればいいけど……」

SP1「そこまで実戦は甘くない」

SP2「第一、シールドの範囲を広げても絶対防御の範囲までは変えられないから、抱え込んだ要人がビビってオモラシする可能性もある」

一夏「『白式』に拡張領域があれば、後付装備で部隊の目や盾になれるのにな…………」ハア

要人「全くその通りだ! 飛び道具が主役の現代戦で格闘戦しかできないなんて、ただの的じゃないか!」

SP1「ボヤいてもしかたない。最高精度のライフルが競技で華々しい戦果を挙げても、実戦で役に立たないように――――――」

SP2「『白式』は元々欠陥機だしな…………競技用としてまともな性能を発揮できていること自体が奇跡なんだし」

要人「…………拡張領域ゼロの機体などすぐに初期化したいところだが、単一仕様能力を発現してしまっては」ハア

一夏「では、行きましょう」



一夏「無事に要人護衛ミッションが終わったと思ったら、ISで射撃訓練…………」

一夏「トリガーガードを外しているからガントレットでも銃爪をちゃんと引けるけれど、使う機会は一切無いだろうな…………」

一夏「しかし、展開している状態では生身の時と撃ち方が変わってくる」

一夏「ISはPICで空中静止しながら撃つことができるから銃床や銃架が要らないし、」

一夏「反動を抑えこむのが容易だから、アンチマテリアルライフルも楽々撃てる」

一夏「さすがパワードスーツだ。生身ではできないことを容易にやってのける」

主任「そろそろいいでしょう。次はこの装備を試してくれ」

一夏「ようやく、IS用装備か」ジャキ

一夏「…………使いづらい! 照準器すら入っていないから、それを前提にしたレーザー誘導式じゃまるでダメだ!」

一夏「それに、マニュアル射撃しようにも人間用のに慣れていたから、でかくて取り回しが悪い!」

主任「なら、このデバイスを」

一夏「なるほど、照準器が入ったデバイスゴーグルなら――――――ってこれ、同期が上手くいってませんよ!」

主任「誰だ、こんなものを造ったのは!」

一夏「結局、『白式』には旧来のマニュアル射撃が有効ということなのか……」

一夏「量子化できないならIS用の装備は『白式』には無用の長物だな……」

主任「しかし、今回の運用データから人間・IS両用デザインの開発の目処が立ちましたよ」

主任「純粋なパワードスーツの装備を前提としたものよりは威力や照準精度は落ちますが、汎用性は今まで以上に上がることでしょう」

一夏「爺様は、俺がトニー・スタークを演じることを望んでいるのか……?」

一夏「とにかく、それを訓練以外で使うような状況がこないことを祈ります」


――――――シャルル・デュノアの転校から週明け


山田「えっと……、今日も嬉しいお知らせがあります」

山田「また一人、クラスにお友達が増えました」

山田「ドイツから来た転校生の、ラウラ・ボーデヴィッヒさんです」

ラウラ「………………」

周囲「ドウイウコトー?」

山田「みなさん、お静かに! まだ自己紹介が終わっていませんから」

千冬「挨拶をしろ、ラウラ」

ラウラ「はい、教官」

一夏「(教官――――――それじゃ、この子は千冬姉がドイツに居た時のか)」

ラウラ「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

山田「あ、あの……、以上ですか?」

ラウラ「以上だ」

一夏「ラウラさんに質問」スッ

山田「あ、織斑くん」

一夏「あなたは代表候補生ですか? それとも代表操縦者ですか?(この場合、軍人はどういう扱いになるんだ?)」

ラウラ「貴様が、織斑教官の…………」ジロッ

山田「あ、それについては、代表候補生としての転校となっています、織斑くん」

一夏「それじゃ、ラウラさんは最近 IS業界の注目の的になっている第3世代型ISの専属ってことなんですね?」

周囲「――――――!?」

箒「ど、ドイツの第3世代型だと…………!?」

セシリア「コンペティションで最強の格付けをされた、あの『シュヴァルツェア・レーゲン』――――――!?」

周囲「」ザワザワ


ラウラ「………………」ジー
一夏「………………」ジー

シャル「ど、どうしたんだろう、二人共……」

山田「あ、あの……、ラウラ・ボーデヴィッヒさん?」

ラウラ「――――――少しはやるようだな」

ラウラ「だが、織斑一夏。これだけは覚えておけ」

ラウラ「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、」

ラウラ「――――――認めるものか」

一夏「そう」ニコー

周囲「――――――!?」ザワザワ

一夏「ところで、ラウラさんも知っているだろうけど、月末に学園名物の学年別トーナメントがあるんだ」

一夏「私は、優勝はもちろん専用機持ちが代表操縦者になれるように指導しているから、ラウラさんもどう?」スッ

ラウラ「――――――!」ギリッ

ラウラ「そんなもの、必要ない!」バチン

シャル「織斑くんの手を払いのけた……!(それなのに、全く意に介さない織斑一夏……)」

一夏「気が変わったらいつでもどうぞ」

ラウラ「…………私は貴様を許さない! 貴様は排除する」ゴゴゴゴゴ

一夏「ああ、用心するよ」

山田「あ、あの…………」オドオド

千冬「山田先生、転校生のことはこれで終わりだ。さっさと授業に移るぞ」

山田「あ、はい!」

箒「(いったいあの二人にどんな因縁があると言うのだ…………)」

セシリア「(物凄く険悪そうな雰囲気でしたわ。今にも殴りかかりそうなぐらいに……)」

シャル「(織斑一夏、普段何を考えているかは未だにわからないところがあるけれど、これは一波乱ありそう……)」



一夏「さて、ラウラ・ボーデヴィッヒについて、教官を務めていた千冬姉に訊ねておくか」

一夏「…………先客がいたか」ガチャ

ラウラ「む、織斑一夏!」ギロッ

ラウラ「よくも、よくもよくも、私の教官を…………!」タッタッタッタッタ

一夏「おおう、怖い怖い…………本職は凄みが違う」ガチャ

千冬「む? 来たか、織斑」

一夏「織斑先生。確認しておきますけど、IS以外の兵器の持ち込みは無かったですよね?」

一夏「俺、お呼び出しで特殊部隊の訓練を受けているといっても、相手は本職だからあっさり殺されそうなんだけど……」

千冬「ラウラが事を荒立てるようなことは私が目の黒いうちはさせん」

一夏「大人しくしていればいいのですが…………」

一夏「しかし、織斑先生も問題児をこうもたくさん抱えて大変でいらっしゃる」

一夏「1組だけ、専用機持ちがこれで4人になってしまった……」

千冬「気にするな。それが私の役目だ」

一夏「最初の1年は代表候補生をクラス毎に一人ずつに分けるのが普通なのに、」

一夏「一人だけ順当に割り振られた鈴がかわいそうだ……」

一夏「俺はまあ、“特異ケース”だから織斑先生が直々に面倒を見ることになったのは互いに承知しているけれど、」

一夏「シャルルとラウラの場合も配慮があってのことなんでしょう?」

千冬「…………まあな」

一夏「シャルルの場合は、俺とコンビを組ませやすくするために同じクラスに編入させた」

一夏「そしてラウラは、明らかに他では手に負えないから織斑先生が引き取った」

一夏「俺、灰汁の強い専用機持ちを率先してまとめあげようとしてきたけど、織斑先生はどう思いますか?」

一夏「財閥総帥後継者として人の良し悪しを見極め、適切に指導するための訓練として付き合っているけれど……」

千冬「いや、私からは特に言うことはない。それに評判は聞き及んでいる」

千冬「――――――私はお前を誰よりも信頼している。空回りしないようにしっかりと見据えていけ」

一夏「ありがとうございます」


――――――でも、俺はラウラのこと、嫌いです。



――――――ある日のアリーナ


一夏「よし、いい感じだぞ、みんな!」パンパン

一夏「それぞれの機体の長所と短所を把握してから、戦い方が洗練されてきた」

一夏「箒さんの剣筋は戦っていて恐ろしいと思うぐらいだ」

箒「そ、そうか。そこまで私は上達していたのか……」グッ

一夏「元々身体能力が高いんだから、慣れればこんなもんだったね」

一夏「セシリアさんも、『ブルー・ティアーズ』の使い方が上手くなった」

一夏「これなら不得意な接近戦も完全な死角には成り得なくなった。迎撃用ミサイルも温存できて自衛力は十分ですね」

一夏「さすがは、エリート中のエリートです」

セシリア「もう、そんなにおだてても何も出ませんわよ」テレテレ

一夏「鈴も適切な間合い取りがうまくなった」

一夏「射角が無限なのに頼り過ぎてスピードに翻弄されるということも無くなったし、格闘機として申し分ない」

鈴「ふっふーん。いつまでも昔のままだと思わないことね、コーチ」ドヤッ

一夏「シャルルは、…………言うことないか」

一夏「うん、完成された芸術品だ」

シャル「それだけなのはちょっと不公平……」ムスッ

一夏「え?」

シャル「何でもないよ、織斑くん!」

シャル「はい!」スッ

一夏「え? どうしたの、手なんか出して?」

シャル「僕の操縦技術を評価してくれているならさ、その……」モジモジ

シャル「――――――ぼ、僕と踊ってくれない?」

一夏「は?」

セシリア「シャルルさん!?」ドキッ

鈴「――――――お、踊る? ISで? 男同士で?」

箒「…………一夏、これはどういうことだ!?」ゴゴゴゴゴ

一夏「誰から聞いたのかは知らないけれど、あれは相当キツイぞ……?」

シャル「え――――――う、うん! 僕、自信があるから! 早く、手をとって、コーチ!」

一夏「言っていることの意味が本当にわかっているのか? ――――――男と男だぞ?」

シャル「じ、実は、この前の続きが見たいって声がね……」ドキドキ

一夏「そういうことならしかたがないのかな…………」ガシッ

一夏「(まさか、相手を変えてまたできるなんて光栄だけど、やっぱりシャルルは…………どうしておこうかな?)」


一夏「えと、とりあえず、どの程度のものか見せてもらおうか? 俺はメンズしかできないから、シャルルがレディースになってくれるのか?」

シャル「う、うん。僕、こんな中性的な顔付きで背丈も低いからそれで結構からかわれてね……」

一夏「大変だな、美男子っていうのも……(やっぱり、自分から抱きつきにきてるな…………)」

一夏「1,2,3、1,2,3……(しかし、『白式』の指先は痛いだろうな。仕様変更してもらえないかな……)」クルクル

シャル「………………」ドキドキ

一夏「よ、よし。緩やかに角度を付けて落ちていくぞ(前みたいに身体が鋭角向いて落下していくのはごめんだからな)」

シャル「う、うん…………」ウツムク

一夏「おいおい、社交ダンスは互いの目と目を見ながらするものだぞ?」

一夏「どれくらいのことを要求されたかは知らないけれど、どうする? 前と同じく10秒ぐらいやって終わる?」

シャル「あ、そ、その…………」カア

一夏「とりあえず、軽くやってみようぜ、シャルル」

シャル「あ、うん…………」


そして、一夏とシャルルは踊った。たった5秒とは言わずに、10秒ぐらい。

しかし、ISという無骨なパワードスーツを装着しているのにも関わらず、

それを通り越してドライバーである一夏とシャルルの気品さと華やかさが満ち溢れ、

見る者を一瞬だけ、一瞬にして魅了した、華麗な一時だった。


一夏「はい!」

シャル「あ、はい!」

観衆「おおおお!」パチパチパチパチ

一夏「これで満足してくれるかな?」

シャル「う、うん! いいよ、凄く!」

一夏「そうか(しかし、これでISによる華麗なワルツが流行しそうだから怖い)」ハア

一夏「――――――は!?」

セシリア「」ゴゴゴゴゴ

鈴「」ワナワナ

箒「」プルプル

一夏「ちょっと待ってください、ね?(か、囲まれた、だと……?!)」

セシリア「私だけの、私だけの、特権が…………」

鈴「あんた、やっぱり男もイケる口だったわけね…………」

箒「許さない! 絶対に許さない!」

一夏「ま、待て!(あ、実戦モードに入っている!? ヤバイ、半殺しにされるううう!)」

一夏「は、実戦モード!? ――――――1機だけ!? (それもこれは――――――!?)」


ラウラ「織斑一夏――――――!」カコン、バン、バン


一夏「全機、散開!」

一同「――――――!?」

シャル「――――――あ」


一夏「くっ!(シャルル、何をしていた!?)」ガシッ

一夏「しっかりしろ! ISを展開している間は何が何でも警戒は怠るなって言ったはずだろう!?」

シャル「ご、ごめん、織斑くん……(あ、お姫様抱っこ…………)」カア

一夏「いきなり戦いを仕掛けてくるなんて、見下げ果てたなやつだな……!」

一夏「――――――ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

シャル「あ……(もう終わり……)」

ラウラ「これが貴様の指導というわけか…………」

ラウラ「やはり、貴様は教官の面汚しだ! 万死に値する!」バン、バン

ラウラ「そして、この学園の連中は教官の教えを受けるに足る人間など一人もいない! ISをファッションか何かと勘違いしている!」

一夏「(まあ、俺も学園に対して思うところはあるけれど――――――しかしだな!)」

シャル「織斑くん! ここは僕が盾に――――――(え、前に出て――――――)」

一夏「」スパスパ、チュドーン

ラウラ「…………レールガンを斬り払ったというのか!」

一夏「実力“差”がよくわかっただろう? ここは小手調べということにしろ。これ以上見苦しいことをするなら織斑千冬の顔に泥を塗る」

ラウラ「……ふん! 今日のところは引いてやろう」

一夏「ああ、それでいい。いい子だ」

シャル「………………」ポカーン

箒「いったいどういうことだ、一夏!?」

セシリア「あの方とあなたの間に何がありましたの?」

鈴「まさか、これも話すことができないことなの…………?」

一夏「…………ああ、その通りだ。私はみんなに隠し事をしている――――――だがそれは、関係ないことだ」

一夏「私怨を以って学園の風紀を乱すつもりなら、私は義によって不届き者を討ち果たすまで」

一夏「だから、安心して学園生活をして欲しい。ISに関して質問や要望があるなら、いつでも相談に応じる」

一夏「では、今日は先に上がらせてもらう」

箒「あ、待ってくれ、一夏!」

セシリア「『ISに関することなら』聞き入れてくださる…………」ブツブツ

鈴「ああ、もう! いくら何でも変わり過ぎよ、一夏の馬鹿ぁ!」

シャル「…………僕は何をしているんだろう」


俺とラウラの因縁は、他でもない『あの日』から始まっていた――――――


俺は『あの日』から、これまでの全てを捨てて爺様の跡目としての教育を受け、社交界の洗礼を受けていた頃、

千冬姉は俺を救出するために協力してくれたドイツ軍で1年とちょっとの間 ISの指導を受け持つことになっていた。

その時、千冬姉の指導を受けていたドイツ軍のISドライバーの一人にラウラ・ボーデヴィッヒがいたというわけである。

それ故に、俺とラウラには直接の面識は一切なかった。会ったのは今日が初めて。

しかし、あれだけの恨みを初対面の相手に抱かれていたのは、

ラウラ・ボーデヴィッヒが信奉する“ブリュンヒルデ”織斑千冬の栄光に止めを刺したのが、『あの日』誘拐された俺だったからに他ならないからだ。

大会連覇は確実視されていただけに、ファンとしては怒りが収まらないことだろう。

『あの日』のことは世間的にはどういう理由かはわからないが秘密にされているので、無知の知ったかぶりが横行したこともあるだろう。

そういうことから生涯“師”と呼び慕う人物の侮辱に対する怒りが禁じ得ないのはわかる。

だから、千冬姉は最初から許してくれていたが、俺はいつか第三者によって『あの日』のことを糾弾されることを覚悟して生きてきた。

許してくれたからといっても、犯した罪は一生ついてまわるのだから。


しかし、そういうやつに限って、その人のことを理解していないことを俺はよく理解していた。

言うなれば、人間性を無視して能力の強弱や経歴の優劣だけで判断するデータマニアの考えであった。

――――――遊び心もユーモアの欠片もないつまらないものの考え。

俺は社交界に行くまで何者でもなかったが、社交界に出た瞬間に俺は“爺様の息子”という一面だけでしか見られなくなった。

誰も俺に備わった個性を見ようとはしてくれなかった。求めているのは俺と爺様との繋がりだけ。外付けされた爺様のブランドだけである。

だから俺は、自分を自分として認められるように努力してきた。そうしていることを必死にアピールしてきた。


――――――だから、わかる。

――――――あいつは織斑千冬を理解しようとしないファンの風上にも置けないやつだと。


ラウラ・ボーデヴィッヒにとって、俺は“ブリュンヒルデ”の汚点なのだろうが、

逆に俺にとっては、アイドルの素顔に失望して憤りを抑えられないキモオタのようなものに感じられた。

とにかく似ていたのだ。俺から爺様に取り入ろうとする社交界の豚どもと、ラウラの抱く憧れや羨望というものが。


それ故に、俺もラウラのことを憎々しげに思っていた。

しかし、だからと言って俺には排斥するだけの理由はなかった。それが許されるほど偉くなったつもりもない。

だから、やり方を変えることにした。

ラウラが俺を好意的になるようにこちらから歩み寄る決心をしたのだ。

基本的によほどの理由がない限りは、敵意を抱いている相手には近寄らないに限るが、

少なくとも俺は『関わる人全てを守る』ことを座右の銘にしているので、IS学園にいる間だけでもそれなりの付き合いにするつもりだった。

そしてこれは、――――――他でもない千冬姉への恩返しにもなる。


面倒事はどんどん増えていっているが、今の俺は目標に向かって心が震え、魂が燃え上がっているようだった。




――――――同日、夜


一夏「なあ、シャルル?」

シャル「な、何? 織斑くん?」ドキッ

一夏「俺はずっと悩んでいたんだけど、シャルルと一緒に考えたいことがある」

シャル「え、何……?」

一夏「ああ、とても重要な問題だ。しっかりと考えておかないといけない問題だ」

一夏「何故なら、――――――お前の家、デュノア社のことだからな」

シャル「へ…………?」

一夏「デュノア社が経営危機に陥っているのは知っている」

一夏「第3世代型の開発に移行できなくて、そろそろコアの割り当てがなくなることを知っている」

シャル「………………」

一夏「訊きたいのは、お前はデュノア社と心中したいのかどうかだ」

シャル「ど、どういう意味かな……」

一夏「――――――いいのかそれで?」

一夏「それでいいのか? いや、いいはずないだろう!」ガシッ

シャル「い、一夏…………」

一夏「――――――親がいなけりゃ子供は生まれない」

一夏「そりゃそうだろうよ! でも、だからって何もしていいなんて、そんな馬鹿なことが…………!」

シャル「ちょっと痛い…………」

一夏「あ、すまない……」

一夏「だけど、お前はこれからどうするつもりだ!?」

一夏「デュノア社は完全に将来性がない。お前の登場でコアの供給停止が先延ばしになったところで――――――」

シャル「…………わからない。僕はデュノア社にとっては時間稼ぎの駒でしかないから」

一夏「――――――満足しているのか、それで?」

一夏「…………それで満足ならこれ以上言うことはないが」

シャル「あ…………」

シャル「…………わかったよ、織斑くん。僕、正直に告白するよ」

シャル「――――――僕はデュノア社に恩義も愛着もないよ」

シャル「――――――僕は本妻の子じゃないんだ。2年前に妾の母が亡くなってから引き取られたんだよ」

シャル「父がIS会社の社長で僕が女だったからIS適性を検査したら、意外なことに高い適性があって、だから――――――」

一夏「わかった。それ以上は言う必要はない」

一夏「それじゃ、極端な話だけど、――――――頼みがある」

シャル「な、何かな……」


――――――俺に貰われてください。


シャル「え……(そ、それって――――――!?)」ドキッ


一夏「まあ、『結婚してくれ』なんていう不躾な意味じゃないから安心してくれ」

シャル「あ、そ、そうだよね、あははは…………(少し残念…………)」

一夏「優秀で気品のある逸材が野に埋もれるのがいやだから、俺のスポンサーに養ってもらうってことだ」

一夏「あるいは、ISドライバーを辞めて路頭に迷うようなら、俺が養う! それで俺の秘書なり家令なりになってくれ」

一夏「できるならば、俺が卒業するまではISドライバーを続けて欲しいところだけど、どうだ?」

シャル「………………」

一夏「亡命工作なら任せてくれ!」ペラペラ

一夏「――――――IS学園特記事項」


本学園における生徒は、その在学中においてありとあらゆる国家、組織、団体に帰属しない


一夏「つまり、この学園に居れば、少なくとも3年間は大丈夫ってことだ」

一夏「その間に、とるべき道を選んでくれ」

シャル「凄いんだね、織斑くんは。特記事項なんて55個もあるのに」

一夏「これぐらい、誰かの人生を救えると思えば、容易いことさ」

シャル「そうなんだ」

シャル「織斑くん――――――僕、一夏って呼んでもいい?」

一夏「答えは決まったようだな」


――――――僕のこと、貰ってくれてありがとう。


シャル「本当のことを話したら、気が楽になったよ」

一夏「よくぞ決心してくれた! 生涯の友を得たぞ!」

シャル「約束だよ……?」

一夏「ああ、見捨てはしない……!(これから大変になるな。だけど俺は、財閥の力がなくてもきっと彼女の力になっていただろうな…………)」

シャル「よかった…………これで一夏と…………」フラフラ

一夏「(だが、デュノア社は知ぃらないっと。いずれ俺やシャルルとも無関係になるのだからな。――――――俺は関わっていない)」

一夏「(そんなことよりも、女子供を政治の道具に使う人間のクズは滅びな……!)」

一夏「(だがこれで、俺はシャルルの環境を変えてしまった。初めて環境を変える力を行使してしまった……)」

一夏「(その影響と責任に関してはしっかりと考えぬいたはずだ…………恥じることはない)」

一夏「(気をつけないとな…………力に溺れてしまうから…………)」

シャル「うふふ、あはははは…………」クラクラ

一夏「お、おい!」ドサッ

シャル「ははは…………」プシュープシュー

一夏「――――――凄い汗! 熱もあるようだ。まあ、人生を左右する選択を投げかけたからな。その緊張は計り知れない」

一夏「ともかく、ベッドに寝かせておこう(ん? 何か妙にふんわりとしたようなものが当たっているけれど……、今はそんなことよりも身体を冷やすが先だ!)」

一夏「えっと、冷蔵庫に……、氷枕があった。これにタオルを巻き付けてっと」


一夏「さて、これでいいだろう。食堂のおばちゃんに病人食を用意させないとな」

コンコン

一夏「ん? はい」ガチャ

セシリア「お、織斑一夏……」

一夏「セシリアさん?」

セシリア「私とご一緒しませんこと?」

一夏「はい、そうしましょう。ちょうど支度を済ませたところですから」

セシリア「…………? あの、シャルルさんはどうなさいました?」

一夏「ああ、シャルルは体調を崩したから寝かせておいたところです」

セシリア「まあ、それはお気の毒に」

セシリア「では、参りましょう!」ガシッ

一夏「お、おお…………(シャルルとのワルツ以来、3人娘が積極的になってきたな……また面倒事に起きそうだな……)」

箒「な、何をしている?!」

一夏「あ…………(早速これかよ…………)」

セシリア「これから私たち、“一緒に”夕食ですの」

箒「だからと言って、腕を組んで密着する必要がどこにある!?」

セシリア「あら、殿方がレディをエスコートするのは当然のことです」ニッコリ

一夏「肩が凝るから体重はかけないで……(そういえば、この感触はさっき体験したような…………)」

箒「それなら、私も付き合おう! 今日の夕食は少々物足りなかったのでな」

セシリア「あらあら、箒さん? 食べ過ぎは体重を加速させますわよ」

一夏「いや、その心配はないでしょう。むしろ、あなたたちの食事量は少なすぎると思うんですが……(……何言ってんだ、コイツら?)」

箒「で、では、参るとするか」ドキドキ

セシリア「箒さん……!? 何をしていらっしゃるのかしら?」イライラ

箒「男がレディをエスコートするのは当然なのだろう?」

一夏「ははは、箒さんとセシリアさんが遠慮のない仲になってくれたのは嬉しい限りですよ。それと、肩が痛い……」

箒「あ……そうだったな」

セシリア「そ、そうですの! 私と箒さんは仲がよろしいですわ」

一夏「(ああ、よかった。とりあえず、箒とセシリアを引き合わせた俺の目的がようやく達成されたというところか。よかったよかった…………)」

一夏「(だが、俺の腕にすがりつくことで双肩にかかるこの重みと煩わしさに、富貴貧賤は関係ない…………)」



――――――食堂


一夏「運動した後は、しっかりとアミノ酸を補給すること!」

一夏「だから、箒さんは豚汁がいいんじゃないかな? 小腹を満たす程度にはちょうどいいはずだよ」

箒「そうか。なら、それにしよう」

セシリア「織斑一夏? 私は何を――――――」

一夏「え? それはセシリアさんのご自由に」

一夏「私は、今日の和食定食をいただくけどね。――――――あ、今日はきんぴらごぼうに焼き魚か」

セシリア「わ、私もそれを――――――」

一夏「やめておきなさい」

セシリア「あ、はい…………」



一夏「」パクパクムシャムシャ

箒「………………」ジー

セシリア「………………」ジー

一夏「……? どうしました?」キョトン

箒「いや――――――」

セシリア「惚れ惚れするような食べっぷりですわね。本当に美味しそうに、そして優雅な姿に私は――――――」

一夏「おお、そうか。それは嬉しいことだ(ようやく和食のきれいな食べ方を実践できるようになったってことか)」

一夏「では、ごちそうさまでした」

箒「あ……、ああ、私も! ごちそうさまでした」

セシリア「これがサムラーイなのですわね」

箒「そうだな。きっとこれが武士の作法なのだろう」

一夏「ははは、大袈裟だな」

一夏「あれ、そういえば箒さんに訊きたいことがあったんだ」

箒「へ? わ、私にか?」

一夏「前に言ったよな?」


――――――学年別トーナメントに優勝したら、付き合ってもらう!


一夏「って」

周囲「!!!???」

箒「な――――――!?」ガタッ

セシリア「箒さん…………!?」ジロッ

箒「こ、これは、その――――――」アセアセ

一夏「『優勝したら』なんていうかなり難しい条件を課した以上、実現できたら私にできる範囲で付き合ってあげますよ」


一夏「ご褒美をねだるなんて、恥ずかしがり屋の箒さんも成長したもんだな」ニコニコ

箒「い、一夏! それはちが――――――」

セシリア「――――――そ、それは本当ですの!?」

セシリア「『優勝すれば』、織斑一夏――――あなたとお付き合いできるというのは!?」

一夏「うん? なんだ、セシリアさんも何か一緒にやって欲しいことでも――――――うお!?」

周囲「オリムラクン! オリムラクン! ワタシモ、ワタシモー!」ギャーギャーワーワー

一夏「な、何だ、みんな? そんなに私からご褒美が欲しいのか?」

一夏「でも、私でもこれだけの数を捌き切るのは無理だから、ね?」

セシリア「わかりましたわ! 絶対に優勝しますわ!」メラメラ

一夏「お、おう、頑張れよ……」

箒「ふざけるな! あの約束は私だけのものだ!」

箒「いや、私が『優勝すれば』問題ない! ならば、全てを打ち倒すまでのことだ!」メラメラ

一夏「期待しているぞ……」スタスタ

一夏「さて、――――――おばちゃん、お粥ください!(みんなが大会に向けてやる気を出してくれたのはいいけど…………)」

一夏「(本当に俺なんかの些細なご褒美でいいのか? どういうことなんだ? 大会景品や名誉よりも俺のご褒美が欲しいだと……?)」

一夏「わからん。どういうことだ……(それだけ俺の影響力が学園中に満ち満ちていったということなのか?)」

一夏「(まあ、釈然としないが、これは喜ぶべきことなのだろう……)」

一夏「(まずは、満足だ。これでもっと行動しやすくなる……!)」

一夏「(でも、何かおかしい…………でも、その何かがわからない…………何なんだ、この現状は?)」


今のところ織斑一夏は、順調に学園生活を送っていた。

しかし、織斑一夏は財閥総帥後継者という責任ある立場なので、

曖昧な表現を許されず、はっきりとした言動しか受け取らないように教育されていたために、

――――――今回のような意識のすれ違いが起こっていた。

そして、残酷なことに、織斑一夏が自身が敬愛してやまない織斑千冬と比肩する偶像にもなったのにも関わらず、

本人は最初から学園での生活を二の次に捉えていたので、織斑一夏に憧れや恋心を抱く乙女の心には眼中になかったのである。



――――――学年別トーナメントまで残り数日


一夏「トーナメントの規定が変わったか。――――――タッグマッチか」

一夏「となると、どうしようかな? 誰と誰を組み合わせる?」

一夏「あの4人だったら、どんな組み合わせをしても『打鉄』しかいない即席のタッグなんて一蹴できるからな……」

一夏「だったら、彼女たちに任せることにするか。そして、俺は中立であろう(あれ? 何か大切な要素を見落としているような…………)」

一夏「う~む、しかし、――――――『優勝したら』か。まあ、一人増えたくらい、どうってことないか……」

一夏「それよりも、爺様が顔を見せるからな…………」

一夏「その時、シャルルと引き合わせてっと……(何だろう? まだ何か忘れている気がする……)」

一夏「…………考えていてもしかたないか。今日で俺が大会優勝のために指導するのは最後だと告げに行こう」

一夏「よし、急いでアリーナに向かおう!」ピピピピ

一夏「何? こんな時に――――――って、ああ……、やっぱりお呼び出しかよおおお!」

一夏「――――――って違う。これはシャルルの亡命工作に関する計画内容か」

一夏「やっぱり、デュノア社は賄賂を送っていたか…………」

一夏「他にも何か――――――」







――――――アリーナ


鈴「さて、大会まであと数日――――――」

鈴「ライバルたちが最後の悪足掻きをする前に、と!」

鈴「一夏と付き合うのは私なんだから!」

セシリア「あら?」

鈴「早いじゃない」

セシリア「てっきり私が一番乗りだと思っていましたのに」

鈴「私はこれから学年別トーナメント優勝に向けて、特訓するんだけど?」

セシリア「あら、私もまったく同じですわ」

鈴「」ゴゴゴゴゴ

セシリア「」ゴゴゴゴゴ

鈴「この際、どっちが上かはっきりさせておくっていうのも悪くないわね」

鈴「そうすれば当日、尻尾を巻いて逃げ出すしかなくなるしね?」ニヤ

セシリア「よろしくってよ。“私の”コーチのご指導の成果をここで披露するのも一興ですわ」

セシリア「そして、今度こそ本当の決着をこの場でつけて差し上げますわ!」

鈴「さあ、準備オッケー!」

セシリア「今度こそ、踊らせてあげますわ! 私と織斑一夏によって洗練された『ブルー・ティアーズ』が奏でるワルツで!」


ラウラ「ふん」バーン!


鈴「――――――な!?」

セシリア「こ、これは――――――!?」

ラウラ「相変わらずろくな生徒がいないようだな、ここには」

鈴「ドイツ第3世代型『シュヴァルツェア・レーゲン』!?」

セシリア「……ラウラ・ボーデヴィッヒ」

鈴「どういうつもり!? いきなりぶっ放してくるなんて! いい度胸しているじゃない!」

セシリア「そうですわ! あなたはそれでも代表候補生なのですか!?」

ラウラ「ふん、データで見た時の方がまだ強そうではあったな」

ラウラ「ここしばらく貴様たちの生活を見ていたが、あれで強くなった気でいるのが実に滑稽だったぞ?」

ラウラ「貴様たちのような者が、私と同じ第3世代型の専用機持ちとはな……」

ラウラ「よほど人材不足と見える」ニヤリ

鈴「この人、スクラップがお望みのようね!」

セシリア「そのようですわね!」

ラウラ「ふん、二人掛かりできたらどうだ?」

ラウラ「くだらん種馬を取り合うな雌に、この私が敗けるものか」

ラウラ「そして、貴様らを血祭りにあげてあの男の無能さを世に知らしめてやる」

鈴「あんたねぇ! どうしてそこまで一夏のことを目の敵にしているかは知らないけど!」

セシリア「それ以上の侮辱は許しませんわ! ここでその軽口を叩けなくして差し上げますわ!」

ラウラ「さっさと来い」クイクイ





箒「先に一夏はセシリアと鈴と一緒に第3アリーナに向かったそうだな」

シャル「今日はたぶん、一夏は公平を期すために監督を辞めることを伝える気でいるんじゃないかな」

箒「そうだろうな(そういえば、シャルルは“一夏”と呼ぶようになっていたな…………)」

女子「――――――第3アリーナで代表候補生3人が模擬戦しているって!」

女子「ホントー?!」タッタッタッタッタ

箒「この時期に代表候補生3人って言ったら!?」

シャル「急ごう、箒!」


セシリアと鈴のタッグとラウラの2対1の対決は、最強を豪語するだけのラウラの圧倒的な実力を見せつけるかのように単独優勢で進んでいた。

各国の第3世代兵器の単体の性能では、イギリスの『BT兵器』、中国の『龍咆』、ドイツの『AIC』が3すくみのように牽制しあっている。

『BT兵器』は『龍咆』に比べて燃費が悪く、第3世代兵器を代表するように典型的に長期戦に不利な代物で、

『龍咆』は純粋なエネルギー攻撃なので、エネルギーフィールドを展開する『AIC』の前では弾丸の重量による打撃もないので完全に無力。

『AIC』は集中力次第であらゆるものの動きを封じられるが、『BT兵器』のような流動的でイメージしづらいものに対しては効果が薄い。

よって、この場合だと完全に鈴の『甲龍』はラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』に対して完全に無力であった。

相手の動きを封じるために精一杯囮の役割を果たすのがこの対戦における最善の策だが、

仲間のための捨て身の戦法など代表候補生がするようなものではないので、そんなことをする発想自体がない。

そもそも、タッグマッチを想定しての訓練の経験がほとんどない、スタンドプレーを前提とした第3世代型IS乗りの代表候補生ともなればこうなるだろう。

そして、幸運にも『シュヴァルツェア・レーゲン』に対して射撃戦で有効打が与えられることになる『ブルー・ティアーズ』だが、

武器の性能に問題はないが、機体の運用法が長距離精密射撃型なので攻撃するのに一々足を止めてしまうので、攻撃速度に難があった。

最悪なことに、さすが第3世代型IS最強と謳われるだけの中距離両用型IS『シュヴァルツェア・レーゲン』は汎用武器こそ持っていなかったが、

全6門の宙を自在に舞うワイヤーブレードによって複数を同時に撹乱・拘束できるので。限定的にだが得意の1対1の直接対決に持ち込むのが容易だった。

『シュヴァルツェア・レーゲン』の強みはこの操作可能なワイヤーブレードによる制圧力と重武装の瞬間火力の高さによる高速で各個撃破する電撃戦にあった。


事実、戦いはまともな連携行動のできないセシリアと鈴を各個撃破するような流れで、均等にダメージを蓄積させていき、

最後にワイヤーブレードで拘束した『甲龍』を『ブルー・ティアーズ』にぶつけるという荒業でまとめて始末する段階まで進んだ。

しかし、ここで咄嗟にセシリアが迎撃ミサイルを射出し、さすがのラウラも対応しきれずに直撃を受けることになった。

観衆も当事者2人もホッと一息つくのだが――――――、

ラウラは軍人としての高い身体能力を発揮してしっかりと防御してダメージとその衝撃を和らげ、爆煙が晴れた瞬間にワイヤーブレードを射出したのだ。

そして、ラウラはここで悪魔の所業に打って出る!


ラウラ「この程度の仕上がりで第3世代兵器とは笑わせる」

ラウラ「そして、体たらくっぷり…………」

セシリア「うぅ…………!(首が絞まる…………!)」

鈴「く、苦しい…………!」

ラウラ「やはり、私の敵ではないな! 私と『シュヴァルツェア・レーゲン』の前では他の代表候補生など有象無象でしかない」

ラウラ「消えろ」


ワイヤーブレードをセシリアと鈴の首に絞めつけ、あろうことかそのまま相手を嬲り殺しにするために殴打を加えたのだ。

基本的にISは模擬戦モードで運用され、安全のためにシールドエネルギーは最低限温存されるようになっているのだが、

このように直接生体に攻撃を加え続けると絶対防御が必ず働くことになり、実戦モード以外では温存される全てのシールドエネルギーがパイロットの生命維持のために使われる。

しかし、それでもシールドエネルギーが使われる続けるなら、いずれは残量はゼロとなり、強制解除されることになる。

だが、強制解除されたからといって致命的な攻撃が途端に終わることはない。

原因を取り除かなければ、ISが解除された瞬間に本当の致命打を受けることになるのだ。

ラウラは本当に二人を殺す気、あるいは再起不能にするつもりだったのだ。

どよめく観衆。もがき苦しむセシリアと鈴。そして、圧倒的な力の前に無様に乱れていく二人の様を見て悦びに浸るラウラ。


箒「昔の私だ…………ただ暴力を振るうことしかできなかった昔の――――――」ゾクリ

シャル「ねえ、あれって――――――!?」

観衆「!」ザワザワ



――――――そこまでにしておけ、小娘!





――――――声が聞こえた。


ラウラ「――――――っ!?」ビクッ


その瞬間、頭の中が真っ白になった感覚になった。

それによって、『シュヴァルツェア・レーゲン』の動きが止まり、ワイヤーブレードの首締めも緩くなった。

ラウラが予想外の声――――――否、存在の襲来に驚いて振り向くと、


ラウラ「な、何だと――――――!?(いつの間に、シールドエネルギーがここまで…………!?)」


一夏「…………」


いつ来たのか、織斑一夏は広大なアリーナの中心まで気配を悟らせることなく接近し、ラウラの背後を取っていたのだ。

そして、ISを展開させることなしに雪片弐型から迸る『零落白夜』の青白い光の剣を素手で持ち、

セシリアと鈴の首を絞めるワイヤーブレードを断ち切った上で、流れるようにラウラの首筋に当てていたのだった。

その早業は、かつてシャルル・デュノアを秒殺した時のことを思い出させる一瞬だった。

まさにイナズマのごとき太刀筋だった。ラウラにも周囲の人間にも一瞬で何が起きたのか理解できた人間はいなかった。


一夏「織斑千冬の名誉を重んじるなら、ISを解除しろ」ゴゴゴゴゴ

ラウラ「――――――っ!?」ゾクッ

ラウラ「く、私がこんなやつに背中を取られるなど…………」


だが、織斑一夏の表情には多量の汗が流されているのが見て取れ、ここに至るまで全力疾走してきたことを窺わせた。

しかし、そんな状態でありながら息が乱れることもなく、突きつけた光の剣は一切の震えがなかった。そして、眼差しに一切の曇りもない。

そして、危機を脱したものの深刻なダメージ蓄積で強制解除されて力無く床に伏すセシリアと鈴。


一夏「…………間に合わなかったか。すまない」

鈴「い、一夏…………」

セシリア「無様な姿をお見せしましたわね…………」


そして、一夏は今まで見せたことのような暗い表情を二人に覗かせて、すぐにISを解除した力の暴徒と再び向き合う。


一夏「命あっての物種。失ったことよりも遅れを取り戻すことを考えていてくれ」

一夏「この問題は私が解決する。巻き込んでしまったことを許してくれ……」

鈴「あ……」

セシリア「そんなこと…………!」ゴホゴホ


一夏「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

ラウラ「…………私に殺されに来たのか」

一夏「あれ以来大人しくしてくれていると思ったら、まさかこんな卑劣な手段に打って出るとは思いもしなかったよ」

一夏「私との実力差に驚いて無関係の人間を襲うだなんて、――――――なんてやつだ!」

ラウラ「ふざけたことを抜かすな! 私は負けたとは思っていないぞ!」

一夏「まあ、そうだな。今までのやり方じゃ、何とでも言い訳ができるからな」

一夏「だから、今度は私の方から勝負を仕掛ける!」

ラウラ「ようやく、その気になったか」


――――――お前を倒すのに『白式』は要らない。


セシリア「え!?」

鈴「嘘!?」

ラウラ「ほう? これは面白いことを言う」


――――――私が出るまでもなく、第2世代型ISのデュオで十分だ。


ラウラ「何……? 舐められたものだな」ギリッ

一夏「俺がプロデュースする第2世代型のデュオと戦え! 学年別トーナメントで!」

一夏「俺はあの二人が優勝するように全身全霊を込めた! 今は教師の道を進む織斑千冬と同じく導いた――――――」

ラウラ「貴様! 教官の戦士としての経歴に傷をつけただけじゃなく、指導者としての道にも邪魔立てするつもりか!」

一夏「おっと! お前が代表候補生としてここにいる以上は、無作法は控えろ!」

一夏「それとも、それができないぐらい、お前の教育係は無能だったってことかな?」

ラウラ「くぅ…………」

ラウラ「わかった。貴様の挑発に乗ってやる! まずは貴様が育てたその二人と戦ってやろうじゃないか!」

ラウラ「織斑教官の教えを賜って部隊最強となった私が、貴様などの教えを真に受けた軟弱者の一人や二人に敗けるはずがないがな」

一夏「ああ、ぜひ見せてくれ。織斑教官の教えを賜って強くなった“気でいる”お前の勇姿を」

一夏「ああ、そうだ。大切なことがあった。これは伝えておかないと不公平だな」

一夏「学年別トーナメントはルール変更でツーマンセルになるから、パートナーを見つけておけよ。でないと、ランダムで組まされるから」

ラウラ「必要ない。この学園に居る連中――――――教官の教えを受けるに値しない者たちなど!」

一夏「そうかい。では、用がなくなったらとっとと失せな。他の利用者たちの邪魔になる」

ラウラ「貴様の言う2人とは、フランスの第2世代型と専用機持ちでもない小娘のことなのだろう」

ラウラ「そいつらを排除したら、次は貴様だ!」タッタッタッタッタ



一夏「さて、行ってくれたか」

一夏「ストレッチャーを――――――ってさすが、織斑先生。早いですね」

千冬「以後、学園別トーナメントまで私闘の一切を禁止する! ――――――解散!」

一夏「あららら…………早急に問題を沈静化させたのに、本番の練習するつもりだった人たち、ごめんなさい、だな」

千冬「すまない……あんなことを言っておきながら、私は――――――」

一夏「――――――いえ、咎を受けるべきは私です」

一夏「私が到着するのが早ければ、セシリアさんと鈴さんはトーナメントに出られたというのに…………!」ギリギリ

一夏「この問題は私とラウラだけの問題――――第三者が何かすれば事態を避けられたとかそういう結果論なんていうのは何もしなかった卑怯者の言うことです」

一夏「全身全霊を賭けた選択をしたことのないような有識者気取りに、歴史を創ってきた先達たちの悪口は言わせない」

一夏「だから、問題を外部に拡げてしまった私にこそ非があります」

千冬「……お前は大会に出ないが、本当に勝算はあるのか?」

一夏「ありますよ。残ったのが『打鉄』と『ラファール』なら、十分に勝ち目があります」

一夏「確かに単機の性能では右に出る者無しの『シュヴァルツェア・レーゲン』ですが、『PIC』を無力化できれば割りと高確率で倒せそうです」

千冬「まるで2対1で挑むような物の見方だな」

一夏「断言しますよ。ラウラを徹底的に追いかけ回す戦法を使えば、ラウラの方から2対1にしてくれます」

一夏「それに、箒もシャルルも強いですから」

千冬「そうか」

千冬「…………一夏」キッ

一夏「来るか、千冬姉!」キッ

ガキーン!


――――――瞬間、IS用の太刀を互いに部分展開して激突し合った。


千冬「さすがに鍛え方が違う」

一夏「当然!」

一夏「俺は限りある時間を無駄なく使って特化した練習しかしていないけど、」

一夏「“ブリュンヒルデ”を超える訓練だけは欠かさずやってきたんだ」

一夏「でも、その千冬姉も更に強くなっているからな……」

千冬「私もお前と同じように、鍛え方が違うからな」

一夏「いずれ満足に訓練できなくなる日が来てしまうのだろうけれど、俺はこの強さを忘れない!」

一夏「そして、俺が関わる人全てを守るんだ!」

千冬「ああ、それでいい。それで」

千冬「だが――――――」ギロッ

一夏「あ、“織斑先生”、でしたね……」


――――――同日、病室


一夏「(セシリアと鈴を大会不参加にさせてしまったことは俺の失敗だと認める他ないが、)」

一夏「(本当に取り返しの付かない事態に陥ったわけではないので――――――)」

一夏「それよりも、何故ラウラと戦うことになったんだ? 私はラウラと一切関わるなと言ったはずなんだがな……」

一夏「これでわかっただろう? ――――――実験機と完成された兵器との差というものが」

一夏「第3世代兵器を搭載しているからと言っても、それは競技用だから通用するのであって、軍事用の機体には遠く及ばないってことが」

セシリア「面目ありませんわ…………」

鈴「でも、あいつ、言っちゃいけないことを言ったから、お灸を据えてやろうと――――――」

一夏「その結果が、国家の威信を賭けた専用機の中破か……」

一同「………………」

一夏「本当は今日、学年別トーナメントがツーマンセルになったから、好きに組んでもらうことにして、それからは見守るだけにするつもりだった」

シャル「え、そうだったの?」

箒「初耳だぞ?」

セシリア「そ、そうでしたの……」

鈴「そんな…………」

一夏「私も今日知ったことだ。とにかく、私が指導したことを活かして、どういう戦略を立てるのか楽しみにしていた」

一夏「けれど、すまない」

一夏「勝手なことながら、シャルルと箒であの『シュヴァルツェア・レーゲン』を撃破してもらいたい」

シャル「――――――!?」

箒「で、できるのか、本当に!?」

一夏「勝算がないんだったら、こんなことは言わない。そんなことさせたら、一生のトラウマを植え付けて選手人生を台無しにしかねないからな」

一夏「それに、戦い方はいくらでもある。勝つだけだったら、あんなのを倒すのは意外と楽だぞ?」

一同「………………」

一夏「私の問題に巻き込んでしまって本当に申し訳ない。トーナメントが終わって落ち着いてきたら、お詫びとしてお付き合いいたします」

一夏「それで許してもらおうとは思いませんが、どうか当初の目的通り優勝を目指して力を振るってください」

一同「(――――――お付き合い?!)」ワナワナ

一夏「………………(やっぱり身勝手過ぎたか。そうだよな、俺は結局この4人を巻き込むことしかできなかった)」

一夏「すまない。忘れて――――――」

セシリア「そ、それは本当ですか!?」

鈴「許してあげるから、その約束 忘れないでよ!」

一夏「は?」

箒「よし、シャルル! 他でもない一夏のためだ! 絶対にあいつを倒すぞ!」

シャル「うん! 一夏にはそれだけの恩があるし、これは絶対に負けられないね!」

一夏「…………ありがとう?」

一同「どういたしまして!」

一夏「それじゃ、決意表明のためにこの参加申込書に名前を書いてくれ」

一夏「それから、――――――対策会議を行う!」

一同「了解!」


一夏「(俺、これでよかったのかな? 失墜まではしないまでも、少しぐらい失望されるものだと覚悟していたのに…………)」

一夏「(でも、俺の代わりにあの『シュヴァルツェア・レーゲン』と戦うのだから、意気揚々であって欲しいと願っていた。これはいいぞ)」

一夏「(スポンサーにはまた迷惑に掛けることになるな、これは)」


一夏「それじゃ、エントリーお願いします」

山田「はい。素晴らしいリーダーシップですね」ニコニコ

山田「それに、意外と似合っていますよ、この写真」

一夏「おっと、場を盛り下げる真似はしないでください」

山田「あ、ごめんなさい。でも、これは――――――」

一夏「トーナメントが終わるまでは取り締まってください。さもないと、…………学園を訴えますよ?」

山田「ご、ごめんなさい。すぐに手配しますね」

一夏「………………」ハア

一夏「まさか、俺とシャルルのダンスシーンを加工した写真が出回っているなんてな……」

一夏「(男の娘だからいいのであって、普通の女の子だと知れ渡ったら阿鼻叫喚ものだな……)」ハア

一夏「(とにかく、約束は果たす――――――!)


――――――学年別トーナメント、当日


一夏「あれが、私のスポンサーだ。顔ぐらいは知っているだろう?」

シャル「うん! これが終わったらあの人と話をするんだよね」

一夏「くれぐれも慎重に頼む」

一夏「そして――――――」

シャル「わかっているよ、一夏」

シャル「世代の壁が絶対じゃないことを、僕と箒で証明してくるから!」

一夏「ああ。ちゃんと鼻栓はしたな?」

シャル「うん。凄いね、この鼻栓。素顔を歪めることなくしっかりと防臭してくれるから」

一夏「それじゃ、パートナーとの最終確認をしておいてくれ」

シャル「わかったよ」


一夏「……さて、初戦からラウラと対決することになったか。勝ち上がる手間が省けたからいいが」

一夏「――――――セコンドとして待機しているべきか?」

一夏「どうにも、今回のツーマンセルは前回中止になったクラス対抗戦の尾を引いているような気がしてならない…………」

一夏「また、あんなことが起こるような気がしてならない…………」

一夏「それにしても、社交界じゃ顔を合わせることがなかったが、これがIS業界の重鎮たちってわけか」

一夏「うん。女尊男卑の風潮だからといって、重役全てが女性じゃないってところが世間とは違うって感じがするな」

一夏「おお、爺様の貫禄は凄いな…………俺はあんな感じになれるのだろうか」

一夏「悩んでいてもしかたがないか。俺はやれること、やるべきことを尽くしたと思っている」

一夏「あとは、結果に任せるしかない」

一夏「さあ、戦いの火蓋は切って落とされる…………!」






シャル「――――――箒」

箒「ああ、わかっている。一夏は私たちに必勝の策を授けてくれた。あとは、私たちがそれをやれるかにかかっている」

ラウラ「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

ラウラ「自分で戦おうとしない臆病者の身代わりにされたことを後悔するがいい」

箒「そちらこそ、そんな調子だと足元を掬われるぞ?」

箒「それに、一夏の言葉に屈して尻尾を巻いて逃げ出していたお前の言葉など恐るるに足りん!」

シャル「未だに量産化の目処が立たないドイツの第3世代型よりはやれると思うんだけどね?」

シャル「それに、戦う意思を捨てなければ、ロレーヌ十字が敵を追い払うからね」

ラウラ「面白い。世代差というものを教えてやろう。あの二人のように、惨めな敗北の恐怖を叩き込んでな!」

シャル「(抽選で組まされた人、蚊帳の外に置いてごめんなさい!)」

箒「(だが、ラウラは同僚のことなど眼中にないだろう。そこが勝負どころとなる!)」

箒「行くぞ、ラウラ!」


3,2,1,試合開始――――――!


ラウラ「叩きのめす!」

箒「はああああああああ!」

ラウラ「――――――む!?(…………予想以上に早い? 『打鉄』にこんな加速性能があったというのか?!)」

ラウラ「だが! この『停止結界』の前では!」

箒「くぅううう!(こ、これが『AIC』……! 本当にピクリとも動かない……!)」

ラウラ「あの男なら先制攻撃も納得だが、貴様ごときの無名の雑兵が真似したところで無意味だということがこれでわかっただろう?」カコン

箒「そうだな……こういうのを『狙い通り』と言うのだろうな!」ニヤリ

ラウラ「――――――何!?」

シャル「その隙、もらったよ!」バン、バン

ラウラ「く…………(読まれた?! 読まれていたと言うのか、私の行動が!?)」

シャル「逃がさない! その間に、箒!」

箒「ああ、任せろ!(『シュヴァルツェア・レーゲン』は汎用武器を持っていないことが災いして中距離戦闘は苦手だ)」

箒「その隙に、もう一方を片付ける!」

箒「はあああああああああああ!(小手、面、胴、小手、面、胴――――――!)」ガキンガキーン!


鈴「…………凄い。普段、一夏との鍔迫り合いしか見ていなかったからその凄さを実感できなかったけれど、」

セシリア「こうして見ると、代表候補生にも引けを取らない圧倒的な格闘戦のセンスが感じられますわ!」

鈴「そして、――――――来た! 『高速切替』!」

セシリア「拡張領域の多さを活かした『ラファール』乗り特有の単独一斉射による弾幕形成ですわ!」


一夏「うまく戦闘を分断できた。これで戦況は一気にこちらに傾いた」

一夏「思ったよりもこちらの戦力は上だったな。――――――いや、今日という日を迎えてベストテンションに達しているのかもしれない」

一夏「これで作戦通り、この戦いの前提となる2対1の状況が作り出せる」

一夏「抽選で貧乏クジを引いた方、後でお見舞いしますから気を落とさないでくださいね……」


箒「よし、動きを封じた!(――――――シャルル!)」

シャル「(ラウラが大きく後退した今が好機!)」コクリ

シャル「あ、――――――下がって、箒!」

箒「な、何!?(ワイヤーブレードが伸びて来ている!? ――――――しまった!)」

ラウラ「邪魔だ」ポイ

箒「味方を投げ――――――うわあ!?」チュドーン

シャル「く、箒!(フレンドリーファイアは避けたい……! なら、今のうちに動けない方を――――――!)」

箒「――――――ま、まだまだ!」ガキーン

ラウラ「しぶとい……!(あの小賢しいフランスの第2世代型をワイヤーブレードで捕らえる……!)」チラッ

箒「あ、今だ――――――!」

箒「体当たりだああああああ!」ドガシャ

ラウラ「な、何だと、この訓練機風情が…………!」

シャル「ナイスアシスト! これで片方は終わりだよ!(あれも一夏の秘策だけど、それをやってのけた箒も凄い……!)」バン、バン

観衆「おおおおおお!」


セシリア「素晴らしい援護でしたわ、箒さん!」

鈴「うわあ……箒の格闘センス、軽く私を超えているかも……頑張らないとな……」


山田「第2世代型だけでここまでできるだなんて――――――」

千冬「当然だな。ボーデヴィッヒは自分側が複数での状態を想定していない。パートナーのことはハナから数に入れていない」

千冬「それでも機体そのものの戦力差は歴然だ。そうなれば、初心者狩りをしようとも早めに有利な状況を築きあげるしか勝機がない」

山田「そうですね。そして、今回の篠ノ之さんとデュノアくんの連携は素晴らしいの一言ですね」

千冬「このくらいは、できて当然だ。――――――織斑が指導したのだからな」

山田「そうですね」


ラウラ「追い詰められているのか、――――――この私が!? 世界最強の第3世代型IS『シュヴァルツェア・レーゲン』が!?」

ラウラ「こんな連中に――――――!? 第2世代型ごときに――――――!?」

シャル「ちゃんと鼻栓はしてるよね? タイミングは任せるよ!」

箒「ああ。エネルギーも余裕がある。決めに行くぞ!」


さて、ここまで来れば、こちらの戦意は大幅に上がり、あちらの戦意は大幅に下がっていることだろう。

ラウラにとってはこの上ない屈辱が、第2世代型で追い詰めた二人には達成感が満ち満ちていることだろう。

これは何も偶然こうなったというわけではない。ドライバーの力量こそ物を言ってはいるが、機体と武器の性能も大切な要素であった。

特に、中距離両用型『シュヴァルツェア・レーゲン』は確かにどの距離でも対応でき、撹乱ができるいやらしい武器を搭載しており、

そして、単独で戦う上では『AIC』によってまさしく単体最強の性能を誇るのだが、汎用武器を持っていないために、

安定した格闘能力を持つ『打鉄』と援護能力を持つ『ラファール』の2機に抑え込まれるともうどうしようもないのだ。

格闘戦用のプラズマブレードは『打鉄』の太刀に比べれば威力はあるがリーチとエネルギー効率に難があり、

間接武器であるレールガンとワイヤーブレードは迎撃には向くが、『ラファール』の通常兵器と撃ち合いをするには分が悪すぎる。

要するに、特殊武装を詰め込みすぎて汎用性を犠牲にしたツケがここで大きく現れたというわけである。

そして、『シュヴァルツェア・レーゲン』の特徴である『AIC』は1対1ならば最強の武装だが、

こうして距離の分担を行ってくる敵に対しては隙を晒すだけの、せいぜい咄嗟の防御用に使うしかない無用の長物と化していたのだ。

それに、『AIC』は相手の動きをただ単に封じるだけで、極端な話、一撃必殺というわけではないので、

織斑一夏はそれを見抜いて大会直前の訓練において、『AIC』など『零落白夜』の神速の居合斬りによる一撃必殺に比べれば生温いものだと教え込み、

更に、ツーマンセルであることを活かして、むしろ攻撃のチャンスだとしてパートナーを互いに信頼して積極的に動きを封じるように指導していたのである。

その訓練の甲斐あって、試合開始当初はプレッシャーを感じていた箒とシャルルだったが、今では格好の獲物としてラウラを追い詰めていた。

まさしく『AIC』は、大会環境(ツーマンセルや『AIC』以上の脅威の存在)によって割りを受けてしまった不遇の兵器と化したのだ。


爺様「ほう、あれが」

来賓「今年の入学生は逸材が揃っていますね、会長?」

爺様「そうだな。優秀なISドライバーが多く輩出されるだろうな。再来年が楽しみだな」

来賓「しかし、残念です。会長がお抱えする“世界で唯一ISを扱える男性”織斑一夏と『白式』の活躍が見られなくて…………」

来賓「会長の力添えで、どうかその勇姿を見せていただくことはできませんかねー?」

爺様「しかたあるまい。あれは元々ISとは無縁の生活を送っていたが故に、大会で活躍するほどの実力は今のところはないと聞いている」

来賓「会長がそういうのならしかたありませんね……」ブツブツ

爺様「(フッ、さすがだな、孫。よくぞ短期間でこれだけの戦果を挙げてくれた。勝負はまだついていないが、勝敗は明らかだ)」

爺様「(そして、あれがシャルル・デュノアと篠ノ之 箒か…………)」

爺様「(デュノアのご落胤と重要人物保護プログラムで日本政府に保護されている神社の小娘…………)」

爺様「(だが、織斑一夏ならばぁ――――――)」



箒「はああああああああ!(あれで行くぞ!)」

シャル「うおおおおおおおお!(――――――了解!)」

ラウラ「く、だが、正面に捉えて『AIC』を発動すればどちらの攻撃も防ぎきれる!」

シャル「なら、これならどう!?」ヒューヒューヒューヒュー



山田「あれは小型の4連装ミサイルランチャー!? あんな装備は――――――」

千冬「いや、山田先生があの二人の参加申込書を受け取った後、武器の登録申請があった」

千冬「――――――受付時間ギリギリにな」

山田「しかし、決定力不足だからといって『AIC』の前では無力では?」

千冬「まあ、こんなことを思いつくのはあいつぐらいだ。何が起きるのか少し楽しみにして見ていろ」

山田「…………はい」

千冬「(おそらく投げ返された時のために何かしらの細工を施しているだろうが、見せてもらうぞ、一夏!)」



ラウラ「ミサイルだと? ありがたく利用させてもらう!」

箒「はあああああああああ!」

ラウラ「――――――む(どういうことだ!? 何故攻めてこようとする? 誘爆を恐れていないのか? それとも相打ち覚悟?)」

ラウラ「――――――だが、これだけ対象が大きいなら、『停止結界』で動きを封じ込めるのも容易い!」

ラウラ「はあ――――――!?」


バン!


箒「はああああああ!」ブン


一夏「ここまで読み通り事が進むと薄ら寒いものを感じるが、」

一夏「――――――これでチェックメイトだ」

一夏「あのミサイルは『減速した瞬間に爆発する』ようにセットされている」

一夏「そして、それはコンマゼロ秒単位で爆発するようにしてあるから、爆発に備えて『AIC』の防御を変更する暇も与えない」

一夏「何よりも、そんなことをしても無駄だ。何故なら、弾頭の中身は無色透明の液体なのだからな」

一夏「流体に対して『AIC』はほとんどその性能を発揮することができない」

一夏「それに、この液体は無色透明だが、カメラには映らないある決定的な破壊力がある!」

一夏「もちろん、それは酸や有毒ガスなどの化学兵器の類ではない。そんな残虐非道なことをする気はない」

一夏「さて、あのラウラがどう反応するか楽しみだな」


セシリア「い、いったいあのミサイルは何でしたの? フェイクだったのでしょうか?」

セシリア「『AIC』を誘発させてその隙を狙うためのものだとすれば辻褄が合いますけれど…………」

鈴「でも、見て! 何だかラウラの動きが何というかどことなく鈍くなってない?」

鈴「――――――決まったわ! そして、――――――吹っ飛んだ!」

セシリア「あれは第2世代兵器最強の『盾殺し(シールド・ピアース)』ですわ!」

鈴「なるほど、決定力は元々あったってわけね」

鈴「それにしても、あのミサイルが何なのかはわからないままだけどね……」

セシリア「本当にあの『シュヴァルツェア・レーゲン』を第2世代型で倒してしまいますわね…………」

鈴「そうね。いくら相性が悪かったからとか言っても、負けた悔しさだけは変えようがないわよね……」

鈴「強くならなくちゃ……」

セシリア「……そうですわね」


ラウラ「ぐあ…………(……私は負けられない!)」

ラウラ「がは…………(…………負けるわけにはいかない!)」

ラウラ「ぐふ…………(――――――教官の栄誉のために!)」


――――――彼女は極めて有能な教官だった。

――――――彼女の導きによって、“出来損ない”だった私はIS部隊最強の座に君臨することができた。

――――――しかし、その強さの秘密に触れた時に私は動揺した。

――――――違う! どうしてそんなに優しい顔をするのですか…………?

――――――私が憧れるあなたは強く、凛々しく、堂々としているのに…………!

――――――だから、許せない!

――――――教官をそんな風に変える男が…………!



――――――だから、よこせ、力を。比類なき最強を!



ラウラ「うわああああああああああ!」


箒「な、何だ? 新手の新装備か?!」

シャル「く、距離をとる!」

箒「しかしこれは、明らかにおかしい…………!(機体がドロドロに溶けて、パイロットが呻き苦しむような装備なんて!)」

セシリア「いったい何が……?」

鈴「わからない。けれど、ただごとじゃないわよ、これは!」

来賓「ああ、あれは――――――」

爺様「ほう……(――――――VTシステムか。まさかこんなものがまだこの世に存在していたとはな)」

千冬「レベルDの警戒態勢を」

山田「了解!」



アナウンス「非常事態発生! トーナメントの全試合は中止!」

アナウンス「状況はレベルDと認定! 鎮圧のため、教師部隊を送り込みます」

アナウンス「来賓、生徒はすぐに避難してください!」



来賓「は、早く行きましょう、会長!」

爺様「まあ、そう慌てるな。このアリーナは分厚いシールドエネルギーの層で守られている」

爺様「見たところ、大量破壊兵器も無いことだろうし、ここで教師部隊がどう対処するのか見物したいぐらいだ」

来賓「会長~!?」

SP1「しかし、ここは誘導に従ってください」

SP2「そうですよ。ここは彼に任せましょう」

爺様「ああ、そうだな」

来賓「“彼”?」

爺様「さぁて、それでは堂々と避難しようではないかぁ」ワッハッハッハッハ


箒「非常事態――――――なら、こいつは倒すべき敵なのか?」

シャル「わからない。けれど、このまま放置しておくのは危ないかも……」

箒「――――――え、あれってよく見たら、雪片弐型…………?」

シャル「確かに似ている…………」

箒「それに、あの顔付き、見憶えがあるぞ……!」

シャル「あ、言われてみれば、そうだね」


――――――そうだよ、あれは“ブリュンヒルデ”だ。


一夏「…………」

箒「い、一夏――――――!?(い、いつの間に…………!?)」

シャル「あれが何か知ってるの?」

一夏「第1回『モンド・グロッソ』総合優勝者である織斑千冬のコピー」

一夏「これがお前が望んだ強さの在り方なのか? …………がっかりだよ」

一夏「だったら、“お前”は要らないな?」

一夏「――――――その妄執にケリを付けてやるよ」ジャキ

一夏「下がっていろ、二人共。すぐに決着は付く」

箒「な、何を言っているのだ、一夏……?」

箒「止めろ、一夏! 相手はあの“ブリュンヒルデ”なのだろう!?」

箒「そ、それに、何故雪片弐型しか出していないのだ! 斬られたら、どうするつもりだ!?」

シャル「…………これが一夏の覚悟」

シャル「どんなに相手が強くても逃げない――――いや、自分が勝つと信じてひたすら前を進むのが織斑一夏」

シャル「………………」ゴクリ

箒「……わかった。一夏、死ぬな。絶対に死ぬな!」

一夏「俺を信じろ。そして、昔とは違うことを自覚してくれ」

箒「ああ…………(昔とは違う……?)」

シャル「そうだね……(もう昔の僕じゃないよ、一夏!)」



一夏「(ラウラ、お前の中で織斑千冬がそのままなら、お前の強さもそこまでだ)」

ラウラ「――――――」

一夏「………………」






一夏「――――――」

ラウラ「――――…………    」ズバン

一夏「――――――ほらね? 遅い」


――――――俺も千冬姉も昔よりも強くなっているのだから。



――――――それは神速だった。疾風だった。迅雷だった。

あの“ブリュンヒルデ”が剣を抜く前に織斑一夏は青筋の光の剣で逆袈裟斬りで下から上に斬り裂いたのである。

そう、この織斑一夏にとって、“ブリュンヒルデ”と呼ばれていた頃の織斑千冬など相手にもならないぐらいだったのである。

その一方で、織斑千冬も成長し続けており、“ブリュンヒルデ”を超えてさえいる織斑一夏に未だに遅れを取ることがなかった。

織斑一夏は戦闘の天才というほどではなかった。ただ財閥の力を利用して効率よく状況に特化した訓練を積み重ねていただけにすぎない。

それ故に、咄嗟の機転や智謀で相手を打ち負かすようなことや、相手の機微や弱点をその場で見抜いて本能的に対処するような器用な真似はできなかった。

言うなれば、この織斑一夏は戦略・運用管理の天才とも言うべき存在で、ある目的に沿って効率よく成果を出すことに長けていたのである。

そういう特長の持ち主故に、財閥に入って数ヶ月で“ブリュンヒルデ”を超えるという目標はすでに達成済みであった。

つまり、一夏にとってラウラが目指していたものなど滑稽でしかなかったのである。

しかし一夏は、浅く斬り裂いたスキンから力無く倒れこんだラウラを優しく抱き抱えた。

経験者である一夏はよく知っていた。


――――――事件は終わった後から心を縛り上げていくということを。


終わってから気づく事件の影響力。自分の立ち位置、実力、悲哀…………

ここからがラウラにとっての本当の戦いとなってくるだろう。

だから、せめて疲れきって倒れこんだ今だけは良い夢を見られるようにと、優しく抱き寄せて、鼻栓を付けてあげるのだった。


――――――腐卵臭をこらえて!



ラウラ「お前はどうして強い? まるで織斑教官そのもののように感じられた…………」

一夏「それは買い被りだ。これでも実力としては織斑千冬には遠く及ばない」

一夏「もし俺が強いって言うなら、それは強くなりたいから強い――――それに尽きる」

一夏「強くなったら、より多くのものを守れるようになるだろう?」

一夏「俺は自分の全てを使って、関わる人全てを守りたいんだ」

ラウラ「それはまるで、あの人のようだ…………」

一夏「それはそうだ。今の俺があるのは織斑千冬の教えがあったからこそだ。俺は肉親である以上に人生の師として敬愛している」

ラウラ「私は、織斑一夏――――お前のようになれるだろうか?」

一夏「なりたいという気持ちが強くあるのなら、――――――可能性は見つかったよ」

一夏「だけど、ただ強いだけじゃダメなんだ。そこに他者を思いやる心がなくちゃ、何も変わらない」

一夏「心を育てるためには、いろんな人の心に触れて、様々な経験を積んでいかないといけない」

一夏「ISだって同じだろう? ISはパイロットと一緒に経験を積んで、パイロットの特性を理解しようとし、そして「最適化」してくれる」

一夏「ISと同じように他者を理解することができるようになれば、織斑千冬に近づけるよ」

一夏「それができるようになるまで、――――――お前は俺が守る」

一夏「だから、安心してくれ。俺はお前のこと、嫌いじゃなくなったから」

一夏「今はゆっくりと、休んでいてくれ」


――――――おやすみなさい、ラウラ・ボーデヴィッヒ。


ラウラ「…………温かい」


――――――同日、夜


爺様「はははは! わはははははは!」

一夏「会長、笑いすぎですよ……」

爺様「いや、なるほどと思って感心せずにはいられんかった」

爺様「あのミサイルの中身はなんと“腐った卵の白身”だったのだぞぉ!」

爺様「お前の狙い通りに、あの悪臭を前にしてあのドイツの小娘は取り乱して、そこを鼻栓をした二人が強襲する――――――」

爺様「確かに、無色透明で肉眼でも見落とすような代物だから何が起きたのかVTRでは確認できんし、」

爺様「化学兵器ではないから取り締まることもできない――――――」

爺様「これは傑作だな! 歴史上でも腐った卵を武器として使った記録もあることだし、それをまさか現代戦――――しかも、ミサイルに入れてなぁ?」

一夏「別にあれがなくても、シャルルと箒さんなら信じていましたよ」

一夏「ただ私のやり方だとどうしても意表を突いてからの猛攻撃が性に合っていて、」

一夏「――――――つまり、決定的な敗北感を植え付けるやり方を勧めてしまったというわけです」

シャル「あはははは……鼻栓をしていたからわかりませんでしたけど、救護班や教師部隊が一瞬凄い形相になったのが忘れられません」

箒「まさか、鼻栓にそういう意味があっただなんて知りませんでした。てっきり、爆煙が強いものだと思い込んでいましたので」

爺様「おおっと、そう畏まらなくていいぞ、嬢ちゃんたち?」

箒「あ、はい……(え? 嬢ちゃん“たち”?)」

一夏「会長、それは難しい話ですよ」

爺様「ははははははは」

爺様「さて、食事も歓談も十分にしたところで、本題に移ろうか」ビシッ

シャル「――――――!」

箒「………………!?」

爺様「だがその前に、これから話すことは他言無用としてもらいたいが、それができないなら今すぐ退出してもらってもかまわない」

爺様「約束してもらえるかな、嬢ちゃんたち?」

シャル「はい、覚悟はできています」

箒「……わかりました。口外いたしません」

爺様「よし、儂は聞いたぞ? お前はどうだ、織斑一夏?」

一夏「こちらもしっかりと耳に入れました」

爺様「では、本題に入ろうか、シャルル・デュノア?」

シャル「はい!」

爺様「その決意表明として、あちらの部屋で着替えてきて欲しい」

シャル「わかりました」

箒「………………?」

爺様「さてその間、こちらのお嬢さんと話をすることにしようか、織斑一夏」

一夏「……本当は箒を招く必要はなかったんだ。でも、箒にとって悪い話じゃないと思うから…………」

箒「あ、ああ…………(いったい何を話すというのだ……?)」

爺様「話の内容はこうだ」


――――――篠ノ之 箒の身柄を日本政府から貰い受けたいということだ、織斑一夏が。


箒「は、はあ!?(そ、それって――――――!?)」


一夏「もちろん、『結婚する』っていう意味じゃないから安心してくれ」

一夏「ただ、社会人になるまで“篠ノ之 箒”でいられる居場所を用意してあげたいって思っていたんだ」

一夏「扱いとしては秘書か家令かってところなんだけどさ。まあ、養子っていうのもありだけど……」

箒「………………」ポカーン

箒「――――――はっ!?」

箒「た、確かに一夏は、セレブの世界に入ってお見合いリストとにらめっこするぐらいの立場なっていたのは知っていたが、」

箒「お前はいったいどういう経緯でセレブの世界に入ったと言うのだ? 教えてくれ……」

一夏「えっと……(まあ、こうなるよな…………わかってはいたけど、面と向かうとなかなか…………)」

爺様「ああ、それはだな、――――――儂の世継ぎの末席だ」

箒「え!? か、会長の世継ぎで、ありますか……?」

爺様「ああ。儂の血縁者だ。だから、こちら側に連れてきた」

一夏「(なるほど、爺様はそういうふうにするつもりか。なら――――――)」

一夏「末席とは言え、私も屋敷では家令たちに傅かせる身分。箒さんを養うことぐらい簡単ですよ」

箒「そうか、本当に遠い世界の住人になっていたのだな……」

一夏「でも、それだけの力を俺は手にしようとしている」

一夏「個人の強さだけではどうしようもないものをどうにかすることができる力を――――――」

一夏「…………これは強制じゃない。ただの提案だ」

一夏「誰かの環境を変えるだけの力を俺は持ってしまった……」

一夏「ただその力の意味は環境を与える側と与えられる側では一致しないことが常だ」

一夏「答えはこの場で決めなくてもいい。“篠ノ之 箒”でいられる間までに出してくれればいい」

箒「一夏…………」

一夏「(おそらく箒には、――――――この提案を受け容れる余裕はない。この場で丁寧に断るに違いない)」


箒「…………すまない、一夏」

爺様「ほう……」

一夏「(ほらな。でも、これでいいんだ。『提案したこと』に意味があるのだから)」

箒「会長も一夏も、私が重要人物保護プログラムによって一家離散したことはご存知ですよね」

箒「私だけが安穏と暮らしていいのものか、私にはわかりません…………」

一夏「(自分の想い、誠意というものは行動と結果によってのみ、初めて他者に示され、伝わり、理解される)」

一夏「(この提案は箒にとって大きな心の支えとなってくれるはずだ……)」

一夏「(これは、ありのままの“織斑一夏”を支えてくれたお前への感謝の気持ちだ)」

箒「よって、ありがたい申し出ですけれど、私は拒否させていただきます」ポロポロ

箒「本当に、本当に、感激のあまりに、嬉し涙が出るくらいですけれど、」

箒「すまない、一夏…………」

一夏「……そうか。だけど、それも“篠ノ之 箒”だ。自分に恥ずかしくない選択をよくしてくれた」ニコッ

爺様「お前の言った通りの筋の通った立派なお嬢さんだな、一夏?」

一夏「当然です。“篠ノ之 箒”は私が誇りに思う大切な幼馴染ですから」

箒「お前にだけは泣き顔を見せまいと振舞っていたのに、こんな…………」

一夏「気にしないで。さっきも言ったけど、それが“篠ノ之 箒”なんだから」

コンコン

爺様「どうやら、あちらの準備もできたことだし、お嬢さん? あちらの部屋にどうぞ」

箒「ありがとうございます…………では、失礼します」

一夏「………………」

一夏「さて、箒は行ったか」

爺様「では、入ってきなさい」

シャル「は、はい……」ガチャ







爺様「――――――両手に花、だな」

一夏「こういうふうにべったりと身体をくっつけるのはハシタナイよ?」

シャル「う、うん……」テレテレ

箒「い、今だけはこうさせろ……」テレテレ


今、一夏の両腕に抱きついているのは、純白なドレスに身を包んだ篠ノ之 箒と、

太陽のように眩い山吹色のドレスに身を包んだシャルル・デュノア――――否、シャルロット・デュノアであった。


一夏「俺の登場に合わせて男性としての立居振舞の訓練をさせられても、所詮は1ヶ月程度の粗末なものだから些細なところで正体に気づいた」

一夏「例えば、こう――――――」パシッ

シャル「やっぱり、そうだったんだね…………」

箒「ど、どういうことだ、一夏?」

爺様「それはつまり、社交ダンスで相手と組んだ時、咄嗟にどちらの手が先に伸びるかということだな」

爺様「こういうのは反射的に、あるいは本能的に身体が動くものだからな。相当期間をかけて意識的に矯正しなければすぐにボロが出るわけだ」

一夏「ええ、おっしゃる通りです。しかも、一度踊ってみて完璧にこなせていたのですぐに確信できました」

シャル「さすがにバレたと思ってドキドキが止まりませんでした」

一夏「その後、ISで社交ダンスするようにねだってきてね…………ヤケクソになっていたのか、あの時は?」クルクル

シャル「あ、そ、その時は…………」アセアセ

一夏「はい、ターン! フィニッシュ!」

箒「むぅ…………こういう時にシャルロットの育ちの良さが羨ましい」

箒「でも、あの時と同じように、本当に優雅で気品にあふれていて…………」

爺様「……む」ガチャ

爺様「…………ほう。わかった、すぐに伝えよう」ガチャリ


一夏「おや」

爺様「一夏、先程から千冬から連絡があった」

一夏「――――――!」

爺様「ラウラ・ボーデヴィッヒが息を吹き返したそうだ」

一夏「」フゥ

一夏「――――――よかった。これで関わる人全てをまた守れた」

箒「一夏…………(一夏はどんどん大きくなっていく。それに比べ、私は…………)」

一夏「シャルロット、あの子の面倒を頼む。部屋割りの都合もあるが、任せられるのはシャルロットだけだ」

シャル「わかったよ、一夏」

一夏「さて、最後に……、篠ノ之さん?」

箒「な、何だ……?」


――――――私と踊ってくれませんか?


箒「え?!」ドキッ

シャル「そうだよ。せっかくこんな素敵なドレスを着ているんだからさ」

シャル「大会が中止になって『一夏からのご褒美』を誰も受け取れなくなったからこそ、ここは受け取るべきだよ」

箒「わ、私はダンスなど――――――」

シャル「大丈夫! 僕が一通り手取り足取り丁寧に教えてあげるから、ね?」

箒「そ、そういうことなら、頼もう、かな…………」

一夏「まったく恥ずかしがり屋なんだから。だが、微笑ましい」

箒「………………笑うな」プクゥ

爺様「はははははは! では、目一杯楽しむといい。――――――時計の針が12時を指すまでな」

一同「はい!」


――――――夜は更けていく。


それから程なくして、シャルル・デュノアはデュノア社と手切れし、シャルロット・デュノア――――“ありのままの姿”でIS学園に再入学することになった。

そして、ラウラ・ボーデヴィッヒもかつての教官から何か諭されたらしく、かつての険しさがなくなり、“歳相応の女の子らしさ”を見せ始めることになった。

学園生活も、臨海学校までは特に年間行事がないために、無人ISによる襲撃事件やVTシステム騒ぎの熱が徐々に冷めていき、落ち着きを取り戻していった。

しかし、学年別トーナメントから臨海学校までの間に、織斑一夏の運命はここで大きな転換点を迎えることとなった。


一夏とISとの繋がりは去年の夏のオープンハイスクールからなので、間もなく1年を迎えようとしているこの頃――――――。


ここからが、財閥総帥後継者の試練となっていくのであった…………




第3話 IS開発競争・裏
Nameless One for ONE SUMMER


織斑一夏は多忙であった。

IS学園の1年1学期のビッグイベントである学年別トーナメントが終わり、次の目玉行事である臨海学校まで時間はたっぷりあるのだが、

織斑一夏に対しての各国の専用機持ちや企業からの挑戦状や合同演習の誘いが絶え間なく送り届けられていたのだ。

しかし、一夏のスポンサー――――――財閥のIS部門は相変わらず秘匿の姿勢を貫こうとしていた。

――――――だが、それ故の反動でもあった。

ついには、国際IS委員会の緊急会議の開催までに至り、織斑一夏と『白式』のデータの公開を突きつけられたのである。

それによって、お呼び出しで受けていた時のデータ以外――――つまりはIS学園での運用データは全て可能な限り公開されることになった。

その裏で、壊滅的な損害を受けていた大手IS企業があったことを明言しておく。フランスの――――――。


ともかく、例の無人ISやVTシステムなどの公開できない機密事項以外で公開された情報として、

シャルル・デュノアの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』とラウラ・ボーデヴィッヒの『シュヴァルツェア・レーゲン』を秒殺したことが公式実績として挙げられたために、

競技用に特化した第2世代型の傑作機と、コンペティション最強の第3世代型という全く違った方向に完成された両機を秒殺した、

織斑一夏と『白式』に再び世界中から関心が寄せられたのである。それは当然、IS学園でももちきりの話題となっていた。


だから、織斑一夏は多忙であった。


一夏「これで俺の影響力は学園はおろか外部にすら行き渡ることになったが、」

一夏「…………これでは身動きがとれん」ハア

一夏「軽率だったか? 明らかに学園の有名人というレベルではなくなってきている…………」


公式の会見まで行ったのに、それでも毎日のように訪れるエージェントや野次馬、ファンの群れにほとほと疲れきっていた。

また、経済的な影響も与えてしまったので、全く関係ない経済関係の人間や、果ては政治家まで来る始末である。

TV出演やCMでの起用、果てはお見合いのお誘いなんかも殺到した。

幸い、財閥総帥後継者であることは徹底的に伏せられていたので、“織斑一夏”として振舞えていたので幾分か気が楽だった。


一夏「元々、IS業界の不動のNo.2VIPだからこうなるとは思ってはいたけど、――――――俺はハリウッドの映画スターでも何でもないんだぞ!」

一夏「結局、貧乏人からも金持ちからも搾り取られる立場にあるのか、俺は…………」

一夏「これはなかなかキツイ…………業界人やセレブだけとの醜い付き合いですめばよかったのに、もう世間では国民的なアイドルの扱いだ」

一夏「国民栄誉賞だとか何だとか、そういう声も上がっているぐらいだ……」

一夏「なかなか難しいな…………」ハア

一夏「あんなのも俺が守るべき『関わる人全て』に入ってしまうのか…………」

一夏「上に立つっていうのはなかなか難しいことだったんだな…………」

爺様「辛そうだな……」

一夏「ええ。爺様のように上流階級だけのお付き合いですめばよかったのに、低俗なマスコミやら何やらに追い掛け回されてクタクタだ……」

一夏「爺様がある程度手を回して事態の収拾にあたってくれたので、これでも最初の頃の3割ぐらいに収まりましたけど、」

一夏「場数を踏んでいない俺では体力が保ちません…………」フラッ

一夏「せっかく、ただの“織斑一夏”として気楽に振舞えていたのに、周囲の目に怯えながら生活することになってしまった……」

一夏「俺もかつてのラウラのようなキモオタに追い掛けられる偶像になってしまったのか……」

一夏「部屋に居る時も、どこかに盗聴器やカメラが仕掛けられているんじゃないかって不安になって落ち着かない…………」

一夏「唯一落ち着くところが、よりにもよって爺様のお膝下だけになったのがどうにも心苦しい…………」

一夏「俺が財閥総帥後継者であることを世間に知られないように極力来ないことにしていたのに、このザマですよ」

爺様「こちらも手を尽くしてはいるが、勢いだけはどうしようもならんからな…………」

一夏「お見合いリストの他に挑戦者リスト、野次馬リストまで増えて、もうイヤだ…………」

一夏「…………ダメだな。責任ある立場として「最適化」していかなければならないのに」

爺様「これは耐えて時が移るのを待つ他ないな……」

一夏「そういえば、爺様。珍しいですね、のんびりと映画鑑賞しているなんて」

爺様「たまには、な」

一夏「『スターシップ・トゥルーパーズ』、『2001年宇宙の旅』に、劇場版『銀河英雄伝説』とか…………」

一夏「――――――コズミック系が本当に好きなんですね」

爺様「戦後の人間にとって――――いや、高度経済成長期の日本人なら誰しも宇宙に思いを馳せたことはあるものだ」

一夏「――――――IS〈インフィニット・ストラトス〉も宇宙開発用のマルチフォームスーツだったのに」ボソッ

爺様「………………」

一夏「それじゃ、そろそろ学園に帰りますね」

爺様「見送ろう」

一夏「ありがとうございます、爺様」

爺様「これぐらいのことしかできないが、強くあってくれ」

爺様「金、権力を持つということは常に、危険と隣り合わせだということを、忘れるでないぞ?」

一夏「もちろん」ニコッ

爺様「フッ」


ザーザー

ゴロゴロ、...ピカーン!

一夏「何か思い出すな、この激しい雨音と雷鳴…………『あの日』の衝撃が思い出されるようだ」

一夏「……うん?」

運転手「どうなさいました?」

一夏「停車してくれ。――――――何かおかしい」

運転手「わかりました……」キキー

一夏「この道を通ると方角的に必ず本社の明かりが見えるはずなんだけど、それが見えない……」

運転手「あ、本当だ…………」

一夏「しかも、辺り一帯が停電しているわけじゃないのに、ビルに取り付けられているヘリの誘導灯も見えない」

一夏「ということは、予備の電源すら落とされているってことだ――――――!」ピポパ

一夏「」プルル、プルル......

一夏「これは間違いない! 本社のフロントに繋がらない!」

一夏「――――――非常事態だ! テロリズムだ!」

運転手「な、何ですって!?」

一夏「警察を呼びますから、そちらは警備会社を!」ピポパ

運転手「わかりました!」ピポパ

一夏「――――――この時期に財閥本社を襲撃」

一夏「狙いは俺か? それとも、爺様か?」ガチャ



ザーザー


運転手「――――――な、バリケード!?」

一夏「わずかな時間の間に道路封鎖までしていたか…………ヘリを寄越すように要請しておいて正解だったな(だが、この悪天候では…………)」

運転手「ど、どうします!?」

一夏「ここからは俺一人でいい。おそらく、フロントをはじめとする下層のエリアは制圧されている」

運転手「何をおっしゃいます!?」

一夏「相手はプロだ。無用は殺生はせずに、目標確保を迅速に急ぐはずだ」

一夏「確か、あなたはこの辺の地理のことは手に取るようにわかると聞きましたが?」

運転手「あ、はい……」

一夏「では、命じます。テロリストたちがこの状況で逃走するためには空路はまずありえません。確実に人目の付かない道を選んで逃走を図るはずです」

一夏「あなたはテロリストの逃走経路を予測して、待機しているはずのお仲間さんの逮捕に協力してください」

一夏「私は潜入して世界最強の兵器の力を以って会長の安全を確保してきます」

運転手「そ、そんな…………」

一夏「深夜とはいえあそこには会長の他にも財閥の下で日々の糧を得ている数多くの従業員や顧客が居る――――――」

一夏「何もできないよりは、何かできたほうがいい……」

運転手「――――――!」

運転手「わかりました! 無事を祈っています!!」

一夏「ありがとう」

一夏「さて、おそらく俺が駆けつけてくることも計算のうちなのだろうな」

一夏「ISのコアの位置情報を遅らせる機能を使えば、1時間は悟られずにすむ」ピピ

一夏「待っていてくれ、爺様! 絶対に助け出す!」





ザーザー


運転手「――――――な、バリケード!?」

一夏「わずかな時間の間に道路封鎖までしていたか…………ヘリを寄越すように要請しておいて正解だったな(だが、この悪天候では…………)」

運転手「ど、どうします!?」

一夏「ここからは俺一人でいい。おそらく、フロントをはじめとする下層のエリアは制圧されている」

運転手「何をおっしゃいます!?」

一夏「相手はプロだ。無用は殺生はせずに、目標確保を迅速に急ぐはずだ」

一夏「確か、あなたはこの辺の地理のことは手に取るようにわかると聞きましたが?」

運転手「あ、はい……」

一夏「では、命じます。テロリストたちがこの状況で逃走するためには空路はまずありえません。確実に人目の付かない道を選んで逃走を図るはずです」

一夏「あなたはテロリストの逃走経路を予測して、待機しているはずのお仲間さんの逮捕に協力してください」

一夏「私は潜入して世界最強の兵器の力を以って会長の安全を確保してきます」

運転手「そ、そんな…………」

一夏「深夜とはいえあそこには会長の他にも財閥の下で日々の糧を得ている数多くの従業員や顧客が居る――――――」

一夏「何もできないよりは、何かできたほうがいい……」

運転手「――――――!」

運転手「わかりました! 無事を祈っています!!」

一夏「ありがとう」

一夏「さて、おそらく俺が駆けつけてくることも計算のうちなのだろうな」

一夏「ISのコアの位置情報を遅らせる機能を使えば、1時間は悟られずにすむ」ピピ

一夏「待っていてくれ、爺様! 絶対に助け出す!」










SP1「く、まだ外部との連絡がつかないのか!?」

SP2「さすがに要人護衛をしながらこの数を捌くのは無理があるか…………」

爺様「すまんな…………」

SP1「いえ、会長が気に病むことはありません」

SP2「そうですよ。人には得手不得手がある。会長には会長の、俺たちには俺たちにできることとできないことがあるんだからさ」

爺様「そうだな…………」

SP1「しかし、深夜の激しい雨の中、堂々と襲撃してきたせいで虚を突かれた」

SP1「まさか、トレーラーで乗り込んでくるとは…………!」

SP2「しかも、相手は本格的な重装タイプと軽装タイプの2つで構成されてるときたもんだ」

SP2「こっちは拳銃しか無いのに、あっちは盾と機関銃持ちだ。この戦力差はいかんともし難いね」

爺様「さて、どうする? “アビス”に逃げこむか?」

SP1「――――――それは!?」

SP2「確かにあそこは核シェルターを兼ねる場所で、こういう時のための迎撃用装備も仕込まれてますけど、時間稼ぎにしかならないでしょうな……」

SP1「それに、“アビス”の存在はごく一部の人間にしか知られていません。それを晒すのは――――――」

SP2「最大戦力もここにはいないことだし…………」

爺様「覚悟を決めねばならんか……」

SP1「お供します」

SP2「希望はあります。会長の意思は受け継がれた――――――」

爺様「フハハハハ! 人生、長生きしてみるものだな…………果報者だ、儂は」

SP1「む?」

ピカー!

SP1「――――――何の光!?」

SP2「雷ではない――――――は、この音は!」

バララララ

SP2「しめた! SP隊のヘリの応援だ! どうやらまだ次代に思いを馳せる時じゃないようですよ」

爺様「驚くほど早かったな…………逸早くこの事態を察知し、手を回せるだけの人物と言えば――――――」



その時、遠くで大きく窓ガラスが砕け散る音が鳴り響いた。

次の瞬間には、爺様とSPに向けて放たれていた弾幕が一斉に途切れたのだった。

そして、耳を澄ませば、隊列の乱れた銃声音と悲鳴がこだまする。


「うわああああ!」「逃げるんだ…………勝てるわけがない!」「あ、悪魔だ…………」


SP1「何だ? 何が起きた…………」

SP2「俺が様子を見てきます」

爺様「やめておけ。それにもうじきこちらに来る」

一夏「会長おおおおお!」

SP1「おお! これで最大戦力は確保できました!」

SP2「これぞ、天のお導き!? これなら“アビス”に行っても――――――!」

爺様「やはり、か」ニンマリ

一夏「早く避難してください! 軽く薙ぎ払っただけでまだまだたくさんテロリストがいます」

爺様「では、そうしようか」

SP1「警備保障の応援を頼んでくれたのは、若様ですか?」

一夏「はい! 警察にもすでに――――――」

SP2「いやあ、ここまで頭がきれるご子息が羨ましい!」

一夏「それよりも早く避難を!」

SP1「よし、――――――要人護衛の訓練、憶えているな?」

SP2「頼りにしてるぜ、若様。文字通り、会長を守る盾となるんだ」

一夏「はい!」

爺様「よもや、こういう形で守ってもらうことになるとはな……」

一夏「俺も特殊部隊の訓練を実践する日が来るなんて思ってなかったよ……」

一夏「けど、――――――守る!」

爺様「頼んだぞ。今はお前だけが頼りだ」

SP1「俺と若様が先行して通路を確保する! 行くぞ!」

一夏「了解!(――――――本当に『金、権力を持つということは常に、危険と隣り合わせ』だよ!)」

一夏「(だが、俺はそれでも掲げ続ける!)」


――――――俺は関わる人全てを守る!


世界最強と謳われるISの力の程は絶大であった。

ロケットランチャーの直撃を受けてもシールドエネルギーはわずかに減る程度であり、

築かれた防御陣を全く怯むことなく正面から捻じ伏せ突破できる力が顕わとなる。

改めて織斑一夏は世界最強の兵器たる所以を認識した。

絶対防御、PICによる常時浮遊可能、そして何より人間サイズのパワードスーツであることが最も脅威であった。

戦車や戦闘機よりも遥かに強力な兵器を屋内戦闘でも扱えるわけなので弱いはずがない。

しかし、織斑一夏と『白式』はその圧倒的なまでの戦闘能力を発揮して血路を開いていくが、状況としては依然として追い詰められていた。


一夏「これで何人の人間の顎を砕いたことか……(さぞかし、裁かれる側としては悪鬼のように感じられたことだろうな)」

一夏「(過ぎた暴力を振るっているという点では、あの時のラウラと全く違わない)」

一夏「(俺は殺しはしないが、積極的に人を傷つけている…………)」

一夏「(爺様と同じく人殺しの業を背負うのも時間の問題かもしれないな…………)」


「貴様ら、金持ちはいつもいつも我々貧しき者を虐げる!」

「我々の些細な抵抗でさえ、こうも簡単に――――――!」

「許さない! 絶対に許さない――――――あっ……  」ガクッ


SP1「そうかい。自分が地獄を見たからって、他人にそれを押し付けていいってことはないのに」

SP2「馬鹿だな。テロリズムを成功させたところで心穏やかに余生を過ごせるわけないのに」

SP1「敵の重装備を確保できたことで余裕ができてきたな」

SP2「武器さえあればこっちのもんさ。本当の地獄を生き抜いてきた俺たちに敵うわけないだろう!」

一夏「…………地獄、か。それを感じるのに環境は関係あるのだろうか」

爺様「そうだな。全体から見れば相対的な価値観ではあるが、当人にとっては絶対的な価値観とも言える」


爺様「よし、ここがシェルターへのエレベーターだ。ここまでくれば、後はお前が呼んでくれたSP隊と警察の手で鎮圧されることだろう」

一夏「まだ気を抜いちゃいけない! まだ、要人の安全は確保されてないんだから!」イラッ

爺様「おおう、殺気立っているな」

爺様「怖いか、――――――人を守るということが?」

SP1「………………」キョロキョロ

SP2「………………若様」カシャカシャ

一夏「ああ、怖いさ。暴力なんて使いたくない。けれど、それを使わざるを得ない時が来てしまった……」プルプル

一夏「暴力なんてどこか遠い世界の現象だってずっと思っていた。暴力なんて振るうやつの気持ちが知れない、最低だなっていうぐらいに」

一夏「でも、相手にどれだけ非があろうとも、こちらにどんな大義名分があろうとも、そこには痛さと怖さと狂気と矛盾があって、」

一夏「『やらなきゃやられる』とか『そんなつもりはなかった』なんていう言い訳が通じない、誰しも1つの命の尊さを感じて…………」

一夏「今日、この『白式』の手は、数多くの人間の顎や歯、肋骨を砕いてきた。その血の跡と砕いた感触と未だに残り続けている……」

一夏「こんなことなら『強くなどなりたくなかった』とさえ思うほどに打ち震えている…………」

爺様「一夏…………」

SP1「到着したようです。早く乗り込みましょう……」

SP2「そうそう、――――――後悔先に立たず。まずは安全を確保しましょう。ね、若様も会長も」

一夏「…………そうだった。気を抜いていたのは俺の方だった…………すまない」

爺様「どんなに哀しくても感じる心を止めてはぁならない」

爺様「さもなければ、守るべきものを見失ってしまい、自分さえも失ってしまうのだから……」

爺様「お前は正しい。怒りに呑まれるな……!」






SP1「これで地上の状況がわからなくなってしまった」

SP2「あとは、“アビス”の最深部で追手に備えて鎮圧が終わることを祈るだけだ」

一夏「その“アビス”の最深部までどれくらい掛かるの?」

爺様「そうだな。迷路状になっているから、早くて20分ぐらい掛かるな」

一夏「そんなに?!」

SP1「ここは侵入者撃退も意図されているからそれぐらいは当然」

SP2「けど、こんな空洞があの高層ビルの下にあるっていうのも不思議なもんだな」

一夏「待って。エレベーターが動いてる」

爺様「どうやら、すぐに追手が来たようだな」

SP1「若様、『白式』で会長を運んで少しでも早く最深部に到着して地上との連絡を!」

SP2「俺たちはこういうふうに用意されている武器や罠でできる限りのことをしておくから安心してくれ。迷路も把握してる」ジャキ

一夏「無事で! あなた方も俺が守るべき『関わる人全て』なのだから!」

SP1「ありがたきお言葉、痛み入る……!」

SP2「死なねえよ。それで、会長が引退したら今度は若様を付きっ切りで守ってやるから!」

一夏「その言葉、忘れるな!」

爺様「ではな」

SP1「はい」

SP2「会長もお元気で!」

一夏「(俺は、二人を笑顔で送り出すことしかできなかった……)」

一夏「(おそらく二人は死を覚悟していたと俺は思う。相当数のテロリストを葬ってきたが、まだその規模は把握していなかった)」

一夏「(そして、テロリストの目的も不明である)」

一夏「(もしかしたら、爺様ではなく、財閥そのもの――――いや、金持ちに対しての積年の恨みで動いていたのかもしれない)」

一夏「(そういうことから、ビル全体を爆破するという可能性もあったのだ。莫大な損害を与え、社会的信頼を失墜させるつもりなら十分ありえた)」

爺様「待てぃ! それ以上、進むな!」

一夏「しまった!? レーザーネット!?(――――――あそこに安全地帯!)」

一夏「――――――間に合え!」




一夏「くそ、爺様を安全地帯に避難させられたが、まともに食らってエネルギーが3割もない!」

一夏「すまない、会長…………俺はあなたのことを――――――」

爺様「過ぎたことを悔やむな。ともかく、後もう少しで到着なのだからもう少しゆとりを持って進んで行け」

一夏「………………」ブルブル

爺様「教えたはずだ。後悔するということは時間を無駄に浪費し、自己陶酔と自己正当化に繋がる現実逃避でしかないと」

爺様「結果を出さなければならない立場にある人間に後悔することは許されない!」

一夏「――――――わかってる! 上に立つ者はみんなを導かないといけないから!」

爺様「………………相当追い詰められているな」




爺様「さて、織斑一夏ぁ?」ピッピッピ

一夏「何、会長? このハッチが開くまで小話?」

爺様「ロバート・A・ハインラインの『宇宙の戦士』を知っているか? 1959年発表だがな」

一夏「何ですか、こんな時に……?」

爺様「原題、そして映画化された時のタイトルは『スターシップ・トゥルーパーズ』だ」

爺様「しかし、小説と映画では大きな違いがあった」

一夏「はあ……(そういえば、爺様はそれを観ていたな……)」

爺様「――――――パワードスーツの有無だよ」

一夏「パワードスーツ?(こんな時に何が言いたいんだ、爺様は?)」

爺様「パワードスーツの登場するSFの原点とも呼べる代物に、80年代の若造どもは心躍らせた」

爺様「そして、その熱意を受けてアメリカ軍でもパワードスーツの開発が行われていたが――――――」

一夏「そんなことは世界中の人間が知っている! 結局、実用的なものは開発できずに、」

一夏「日本の天才科学者:篠ノ之 束によって、IS 〈インフィニット・ストラトス〉という空戦用パワードスーツが実現されましたよ」

爺様「ああ、そうだ」

爺様「だがぁ、それだけでパワードスーツの開発史が終わると思うかね?」

一夏「………………は?(爺様は無駄話は一切しない。そうなれば――――――!?)」

一夏「何を言っているんです!? それじゃ、まるでこのハッチの向こうに――――――」

爺様「そうだ。ワンオフ機の実用的なパワードスーツがある!」

一夏「――――――っ!?」

一夏「爺様は何を考えている?!」

一夏「ISの導入によって阿鼻叫喚を巻き起こして崩れ去った男と女のミリタリーバランスがようやく安定してきたっていうのに、」

一夏「爺様は『白騎士事件』のようにまた――――――!」

爺様「安心しろ。ISのシールドエネルギーとのハイブリッドエンジンだ」

爺様「つまり、IS適合者でなければ動かん」

爺様「お前はこれを使って二人の応援に向かえ。迷路の地図データもちゃんと入っている」

一夏「俺に、本当の人殺しをやれというんですか……?」ゴクリ

爺様「大丈夫だ。武装は全て硬質ゴムや催涙弾だ」

一夏「見たところ、胸部以外の大部分が露出するように見えますが? フルアーマーですらないじゃないですか! ISの絶対防御なんて無いんですよ!?」

爺様「ハイブリッドだと言っただろう?」

一夏「ハイブリッドだから――――――?」

爺様「このパワードスーツは空戦用のISとは違って、地べたを駆け回るしかできない陸戦用だが、ISを通してシールドエネルギーを供給することができる」

爺様「ISのような量子化そのものは実現できなかったが、その代わりにパワードスーツそのもののノウハウは着実に他の技術に利用されたというわけだ」

爺様「更に、IS用のパワーバッテリーも2基搭載されている。これをISのエネルギー充填に使うことも可能で、部分展開と出力調整次第でISのPICや量子化装備も問題なく使える」

爺様「名付けるならば、…………“FS”でいいか」


――――――FS〈フィニット・ストラトス〉だ。


一夏「こんなパチモン、本当に役に立つのか……?(ISをコアにしたフルアーマーパワードスーツ…………アーマードc(自主規制)ってところか)」

一夏「IS自体も物理法則なんてあったもんじゃない摩訶不思議兵器だけど、人型二足歩行兵器っていうのも非現実的な最も不安定な形だ」

一夏「“鉄の城”なんて風が吹いただけで倒れるぐらいの不安定さだって聞くぐらいだし…………」

一夏「なるほど、ISとの併用を前提にした兵器だから、装着の仕方もISの物理装着と全く同じか。お、解除の仕方はこうなっているのか…………」

一夏「あ、これは俺専用なのか…………『白式』の待機形態のガントレットを覆えるように非対称の腕の造りだ」

一夏「ガントレットじゃなかったら――――――いや、ネックレスやイヤーカフスの形は同期させるのが難しそうだし、これでいいのか」

一夏「で、このFSのコードネームは? 起動キーにしたい」

爺様「――――――『無銘』だ」

一夏「え?」

爺様「その機体はワンオフ機であり、そして量産する気も公表する気もない」

爺様「それはどこにも所属していない、儂の趣味で創りあげた私物ということだ」

爺様「証拠に型式番号も割り当てられていない」

爺様「それ故に、――――――『無銘』だ」

爺様「この存在は噂の域をでない無色透明のような幻の機体ということだ」

爺様「いつだったかの“腐った卵の白身”のようにな」

一夏「………………」

爺様「安心しろ。この区画はこのメンテナンスルーム以外、外部への通信が遮断されている領域だ」

一夏「………………今日、俺が気紛れで来なかったらどうするつもりだったんです?」

爺様「さあな? 儂はお前がいたからここに逃げたまでのこと――――――」

一夏「長生きするわけだ……」

一夏「――――――メインシステム起動、『白式』との同期完了、「最適化」開始!」

一夏「シールド展開のテスト、――――――クリア!」


一夏「――――――『無銘』、発進する!」

キュイイイイイイイイイン! キュウウウウウウウウウン!



一夏「(武装は硬質ゴム弾のフルオートショットガン2丁と腰に帯びた各種グレネードとショットシェルしかないシンプルな装備――――――)」

一夏「(――――――だからなのか、あまり重くない!)」

一夏「(これ、シールドエネルギーが無かったら相当アレなんじゃないのか? いくら携行火器しかないとはいえ、どうやったらこんな軽量化が…………)」

一夏「(ISより挙動は重たいけど、とんでもない足回りだ! どんなモーター積んでるんだ、これ!?)」

一夏「(それにISのシールドバリアーを前提にして脚部には装甲がほとんどないから、階段も少し重い程度に足を上げて上れる!)」

一夏「(これは間違いなくお呼び出しでの経験とデータが活きている! 念入りに俺と『白式』のデータを取っていたのはそのためか)」

一夏「(あとは、生かすも殺すも俺次第だ――――――!)」


キュイイイイイイイイン!






SP1「さすがにキツイな……」

SP2「隠れる場所が多いと言ってもここは地下で、無限に広がる外じゃないからな……」

SP1「何だ…………?」

キュイイイイイイイイン! キュウウウウウウウウウン!

SP2「“アビス”の奥からだぜ! これは間違いない――――――!」


「うわああああ!」「何だあれは?!」「――――――ISなのか?!」


SP1「どうやら、無事に最大戦力の補充ができたようだ」ジャキ

SP2「それじゃ、反撃と洒落込みますか!」ジャキ



一夏「(さすが世界最強の兵器:IS――――――)」

一夏「(――――――そして、そのISを動力として動くFSだ!)」

一夏「(バチモンだと馬鹿にしてたけど、高い完成度だ)」

一夏「(基本はローラー移動だけど、しっかりと足を付けて動くからISよりも動きが安定している)」

一夏「(そして、しっかりとシールドも機能している。特殊作戦用の取り回しを重視した武装なんかじゃシールドエネルギーの1%も削れないぞ!)」


「グレネードだ! グレネードで対処するんだ!」ポイポイ


一夏「そんなもの!(イグニッションブースト――――――うお!?)」


「何だ、あのパワードスーツは!?」
「ローラー移動したかと思ったら、ISのように宙を浮いて猛スピードで来たぞおおお!」
「逃げろおおおおお!」
「逃げるな! しっかりと盾を構えていれば――――――」


一夏「まとめて薙ぎ払う!(――――――回し蹴り!)」ドガシャ


「うわあああああああああ!」
「…………嘘だろう? 鋼鉄のシールドが粘土のように千切れ飛んだぞ?」
「『白式』以外にもあんな化物がいるなんて聞いてねえよ!」
「シールドバリアー、圧倒的機動性、そして破壊力――――――どうすればいいんだよ!」
「早く、エレベーターをおおおおおお!」


一夏「(どうだ! ISの絶対防御によって剛体化したパワードスーツの鋼鉄の足から繰り出されるこの回し蹴りの威力は――――――!)」

一夏「(さて、エレベーター前まで押し込めたが、一気にエレベーター前を占拠する!)」

一夏「(さすがに素手で殴りつけるのは骨が折れる。他に接近戦の武器は――――――スタンロッドがあった!)」

一夏「(イグニッションブースト!)」ビリリバチバチ


「うわあああああ!」「ぐあ!?」「のわああああ!」ドカバキバチチ


ドサッバタッ、シーーーーーン

一夏「よし、これで――――――」フゥ

SP1「よくやってくれた」パン、パン

SP2「後は一人ひとり、弾丸をプレゼントしてあげるだけだ」パン、パン

一夏「え」


SP1「その機体は“アビス”と共に封印されるべき代物だ。外部に漏れれば、新たな軍拡の火種になりかねない」

SP2「そういうこと。自衛に使うのは構わないけど、侵略するのに使われるのは御免こうむるってわけさ」

SP1「世の中には、知らないほうがいいこともある――――――それだけのこと」

一夏「……それはわかっている! だけど、だからと言って、殺す必要なんか――――――」

SP2「若様。残念だけど、こいつらはもう犯罪者なの。生かしておいたところでムショにぶち込まれてまともな人生を送れるわけないじゃん」

SP2「ここで一思いに殺してやったほうがこの先苦しまずにすむんだから、慈悲ってもんだよ? ずっと苦しんできたんだしさ」

一夏「そんなこと――――――」

SP1「この人たちが今日に至るまで苦しみ続け、我慢しきれずに凶行に走った哀れな存在だということには同情する」

SP1「しかし、同情はするが愚かな選択をした以上は許す訳にはいかない」

SP2「まあ、さんざん人を殺してきた俺たちもいずれ裁きを受けることになるが、それでより多くを救えるなら…………!」

一夏「………………う」ピピピ

一夏「(む、何故無線通信が? 専用の回線が『無銘』にはあったということか。さながら、ラビリントスのミノタウロスだな……)」ピッ

爺様「聞こえるか、一夏?」

一夏「会長。“アビス”に侵入した敵は全て、…………“射殺しました”」

爺様「…………そうか」

爺様「よく聞け。テロリストの多くは突入した部隊によって鎮圧された。一部取りこぼしたようだが、直に捕まることだろう」

一夏「そう…………」

爺様「しかし、どうやら地上部分を吹き飛ばすために爆弾を仕掛けていたらしい」

一夏「何でこう悪い予想ばかり…………」

爺様「確認された爆弾は全てで5つだそうだ」

爺様「そのうち、エントランスや地下に仕掛けられていたものは解除された」

一夏「じゃあ、残された3つはどこに?」

爺様「この“アビス”専用のエレベーター地上口と、最上階付近に2つだ」

一夏「残り時間は?」

爺様「爆弾処理班の推測だと20分だ。おそらく爆発しても“アビス”は無事だろうが、脱出は困難となるだろうな」

一夏「わかった。解除に向かう」ピッ

一夏「爆弾を仕掛けていたらしい。残り1つはエレベーター地上口にあって、2つは最上階付近にあるらしいから、エレベーターのは頼む!」

SP1「爆弾解体か。久々だな」

SP2「それじゃ、こっちは会長の護衛とここの後片付けに回る。ついでにその機体からエネルギーを補充しておけ。その機能、あったろ」

一夏「そうだった。では、――――――早い!?」

SP2「そりゃ、エネルギーパックを2個積んでいるからな」

SP1「よし、エレベーターが到着した。急ぐぞ!」

一夏「『無銘』解除――――――ありがとう」

一夏「さあ、行くぞ!」








一夏「くそ、長い長いエレベーターだった」

一夏「――――――残り時間は?」

爺様「10分だ」

一夏「来い、『白式』! イグニッションブースト!」

SP1「ご武運を!」


一夏の『白式』は真っ先にビルの外に出るためにあらゆる障害物を突き飛ばして駆けていった。

防弾ガラスなど『零落白夜』の月光のように青く淡い光の剣にとってやすやすと砕け散り、

ビルの外に出ると再びイグニッションブーストの急発進で垂直に昇っていく。

外は雨はザーザーと激しい音を立てて降っていた。


一夏「くぅううううううう!」

爺様「爆弾があるのは儂の部屋と屋上のようだな」

一夏「うおおおおおおお!」


それは隕石のようにビルを突き破り、内装をメチャクチャにして、爆弾目掛けて突入する。


一夏「これが爆弾か!(…………どういうことだ? この程度の爆弾ではこのビルを倒壊させることなんて不可能だぞ!?)」

一夏「解体に後回しにして、最後の爆弾を!」

爺様「頼むぞ」


そして、爆弾を刺激しない程度に来た道を引き返す。

メチャクチャにして入ってきたのと対照的に比較的ゆったりと出て行ったために、己がどれだけの破壊をもたらしてしまったのかがよくわかってしまう。

一夏は目的のために必要とされる損害のことを考えて、つい溜め息を吐いてしまう。

だが、この程度で怯んではいられなかった。いや、怯んでいては全てを失うのだ。

何かを失うことは哀しくとも、全てを失うよりはこれまで通りを演じていた方が圧倒的に損害が少ないのだ。生きる希望は死なないのだ。

だから、一夏は今は止まらなかった。上に立つべき者は前に進むことしか許されない。


ザーザー

ゴロゴロ、

一夏「さて、屋上だが、――――――あれは何だ?」

一夏「爆弾らしきものを発見したが、明らかに普通の爆弾とは違う…………!」

一夏「――――――何だろう、かなり大きい」

主任「聞こえますか、若様!」

一夏「主任か! 見えますか、あれが? まさかあれが本命?」

主任「落ち着いてよく聞いてください」

一夏「?」


――――――あれは戦略級核弾頭です。


一夏「何だと!!!?」


...ピカーン!


主任「実はある筋によると、最近フランスが所有する戦略級核弾頭が1基行方知れずとなったという話が――――――」

主任「そっちのチャチなおもちゃの方は空中に放り投げて処分すれば問題はないでしょうが、」

主任「戦略級核弾頭ともなれば――――いや、基本的に戦略級だとか言うのはミサイルの有効射程の話であって威力の大小ではなかった……」

一夏「威力のことなんかわかりきってますよ! 大都市1つが消し飛んで数多の人命や生活が失われる――――――」

一夏「どうすればいいんです!? とりあえず、こっちのはすぐ処分しますから」ポイ、パン、パン、チュドーン

主任「ブラックボックスである以上は迂闊なことはさせられない…………」

一夏「爆弾っていうのは信管が作用しないと爆発しないんでしょう? だったら、爆弾と信管を分断できれば――――――」

主任「やめるんだ! 核弾頭は放射性物質が充満している! 爆発はしなくとも致死レベルの放射線がバラ撒かれる恐れがある!」

一夏「なら、解体は諦めて外部入力を遮断して信管を無力化するしかないか」

主任「それしかない! だが、ブラックボックスではどうすればいいのか…………」

一夏「予想される残り時間は5分もない……」アセダラダラ

一夏「どうすればいい!? どうすれば…………?!」

一夏「あれ? ここの反応が出ていたってことはこれにも時限爆弾が――――――あった」

一夏「…………待てよ? 核弾頭に時限爆弾を括りつけて使うか、普通?」

一夏「となると、核弾頭を起爆させるだけの能力もなく、ただ単に放射線漏れを狙っているだけなのか?」

主任「確かに、起爆用のプルトニウムの方が放射能としては強力だ。起爆させないほうが放射線被曝としての被害は甚大だ」

主任「そう、核融合反応を利用する水爆にしろ、基本は核分裂反応で起こす原爆の膨大なエネルギーが必要」

主任「とにかく、起爆剤となる一段目のプルトニウムの処理が問題であって、核融合物質や劣化ウランなんかは大した問題じゃない」

一夏「ISの絶対防御なら核弾頭に穴を開けるつもりの爆弾をまともに受けても、たとえ『白式』が大破しても最低限俺は無事だろう」

主任「無理やり爆弾を引き剥がそうというのか!? それは至難の業だぞ! 微振動信管が備わっているはずだ!」

一夏「そう、失敗すれば核弾頭にヒビでも入ってプルトニウムが真っ先に俺の身体を蝕み、一帯は死の大地と化す――――――!」プルプル



一夏「何で俺がいきなり世界を救うだなんていう責任を負わされているんだ!?」ポロポロ



一夏「俺が“世界で唯一ISを扱える男性”で、“ブリュンヒルデの弟”で、ざ……セレブの御曹司――――――誰が見ても勝ち組だからか!?」

一夏「それだけの業を背負うってことなのか…………!?」

一夏「千冬姉、みんな――――――!」


一夏は泣きべそをかきながらも己の使命に突き動かされて、核弾頭に取り付けられた触るべからずのチャチな爆弾を眺めた。


――――――ただ進むしかない!


それが何かをできる人間の特権でもあり、責任でもあった。

どんなに愚かな選択であろうと結末が変わらないのならば、より良い未来を信じて一刀を振るうだけである。

切断するには明らかに大きすぎる雪片弐型を展開し、核弾頭を傷つけないように先端で切除するように慎重に距離を調整する。

周りには誰もいない、駆けつけても間に合わない、世間一般ではほとんどの人間が眠りに就いている今日と明日の境目――――――。


――――――生と死の境目。



ザーザーと降り注ぐ闇夜の雨が一夏の視界を奪い去るが、一夏の心に曇りはない。

予測された残り時間は1分を切り、ついに関係各位一同が覚悟を決めることになった。


一夏「それじゃ、通信は切る。――――――また会えることを」

爺様「ああ。また会おうぞ」

SP1「どうか、ご無事で!」

SP2「会長が老いてから授かった命なんだ。早死したら許さないからな!」

主任「若様! 我々一同は織斑一夏と『白式』を信じていてます!」

一夏「………………」ピッ

一夏「………………」フゥ


ゴロゴロ、

――――――9,

――――――8,

――――――7,

――――――6,

――――――5,

――――――4,

――――――3,

――――――2,

――――――1,

ピカーン!


一夏「――――――!(――――――逆袈裟斬り!)」ズバッ

一夏「…………!」

一夏「やった!(爆発よりも早く核弾頭から引き剥がすことができた! 後はこいつを遠くに――――――)」ピカッ


チュドーン!


一夏「ぐわああああああああ!(やはり、微振動信管が入っていた…………!)」

一夏「かはっ……(――――――だが、何だこの威力は!? 威力が段違いじゃないか!?)」

一夏「…………落ちていく(…………失敗したのか)」

一夏「………………すまない、みんな(俺は何も――――――)」

ザーザー

ゴロゴロ、......ピカーン!







一夏「光…………」ウウーン

一夏「あ、手の温もり――――――あ」

千冬「………………」

一夏「千冬姉……」

爺様「目が覚めたようだな……」

一夏「じ……会長!」

爺様「お前はよくやってくれた」

一夏「え、どういうこと!?」

一夏「俺は爆弾の切除には成功したけど、予想以上に爆弾の威力が大きくて吹っ飛ばされてそれから…………」

一夏「そうだ、――――――核弾頭は?!」

爺様「結論から言おう」


――――――核弾頭はそこにはなかった。


一夏「――――――は?」

一夏「何を言っているんです! 『白式』のモニターを追尾していたんでしょう?」

一夏「それともあれは虚仮威しだったって言うんですか?」

爺様「確かに、壊滅的な被害を目論むならあの程度の新型爆弾では力不足だった」

爺様「先日フランスで核弾頭が紛失したことも合わせると、あれが強奪された核弾頭であることは状況から見て明らかだった」

爺様「屋上は完全に跡形もなく消し飛んだが、――――――しかし、プルトニウムなどの放射性物質は一切検出されなかったのだ」

一夏「は?」

爺様「お前は新型爆弾を切除した瞬間に核弾頭から完全に目を離したが、」


――――――本当にそこに核弾頭はあったのか?


一夏「――――――消えた核弾頭……?」アセタラー


爺様「お前は引き剥がした爆弾を空中で掴み、視点はそのまま空の彼方を向いていた」

爺様「その一瞬の間に何か変わったことが起きなかったか?」

一夏「わからないよ、そんなの。雨だって降っていたし、非常用の誘導灯だって点いていなかったんだから――――――」

一夏「切除する時に少し核弾頭の表面も削りとっていったかもしれないけど、放射性物質が漏れたってわけじゃないんでしょう?」

爺様「ふぅむ。消えた核弾頭は早急に足取りを追わないといけない案件だ」

爺様「後日、状況を再現したセットで流れを再現しろ。これは早急に対応しないといけない問題だ」

一夏「ああ、問題だ」

爺様「だがそれまではぁ、ゆっくりと養生するといい。お前はぁよくやってくれた」


爺様「儂はお前のことを誇りに思うぞ」


一夏「…………そう」

爺様「ではな。また元気な姿を見せてくれ」バタン

一夏「………………核弾頭が消えた?」

一夏「どういうことだ? あの場に他に誰か居たのか? あの一瞬で安全な場所まで持ち出したというのか?」

一夏「だが、そうだとすればまた問題がややこしくなっていく……」

一夏「考えても苦しいだけだけど考えずにはいられない…………」

千冬「…………一夏」スゥスゥ

一夏「でも今は、爺様の言う通り、少し休もうか…………」

一夏「千冬姉…………きれいな横顔…………」ドキドキ


――――――大好きだ、千冬姉。


一夏「やっぱり、千冬姉と一緒が…………へへへ」ニヤニヤ



一夏「さて、模型でしかないけど、これが本社ビルの屋上風景か」

千冬「普通に考えるなら、弟が無力化した核弾頭を強奪しようとした第三者の犯行となるだろうが…………」

SP1「身を隠せるほどの場所はほとんどない……」

SP2「それかまたは、ISを使って運び出したとも考えられるけどそんな気配はなかったしな…………」

爺様「ともかく、出来る限り流れを再現してみせろ」

一夏「わかりました。――――――来い、『白式』!」

SP2「そういえば、『白式』の損傷が軽くてよかったな」ヒソヒソ

SP1「そうだな。ファーストシフトの段階で単一仕様能力を発動できたぐらい、若様との相性はバッチリだったからな」ヒソヒソ

SP1「世界広しといえども、おそらく若様にふさわしい機体はあれ以外に存在しないだろうよ」ヒソヒソ

SP2「まったくだ。もう『白式』は若様の身体の一部だからな。無事でよかったよ」ヒソヒソ

爺様「何かな?」ジロッ

SP2「何でもございません!」ビシッ

SP1「失礼いたしました」コホン




千冬「やはり、モニターの記録と大して差がないか…………」

主任「そうですね」ウーム

爺様「何か重要な要素を見落としているのかもぉしれん」

SP1「逆転の発想だな」

SP2「こういう時の基本って、今の関心を別のものに向けることから始めるんじゃなかったっけ?」

千冬「…………そういえば、どうやってテロリストたちはこの核弾頭を運び出して来たんだ?」

爺様「おお?」

主任「確かに…………少なからずテロリストは若様の神の一手で全員逮捕あるいは射殺されたはず」

SP1「聞いた限りだと、屋上に仕掛ける爆弾が核弾頭ということを知っていたのは全くいなかったらしい」

SP2「ということは何? テロリストたちが囮で、空中から核弾頭をさっさと仕掛けてトンズラした主犯がいるわけ?」

爺様「だが、それでは――――――いや、言うまい」

主任「空中から高速でかつ手間を掛けずに侵入することができるとしたら、――――――ISと量子化武装」

主任「――――――まさか!?」

千冬「あの核弾頭は量子化できるIS対応装備だったというわけか…………核兵器の量子化も行われていたか」

SP1「つまり、『白式』が消えた核弾頭の答え?」

SP2「待ってくださいよ! 『白式』には拡張領域が無いからそれは無理! だから、剣1つで戦うしかなくなったんでしょう?」

主任「むむむ、いい線だと思ったんだがな…………」

爺様「――――――技術的に可能だと思うか?」

主任「え?」

爺様「つまり、ISの量子化を応用して“枝豆”のように『ある武器を器にして別の武器を容れる』ことはできるかと訊いている」

千冬「もしそれが実現されているのなら、『白式』は――――――」

爺様「一夏を呼べぃ!」

SP1「ハッ!」

SP2「え、もし会長の考えた通りにそれが実現していたら、第3世代兵器がゴミにならね?」

爺様「………………」

千冬「長らく放置されてきた欠陥機――――――まさか、本当に束が手を加えていたというのか…………」




一夏「消えた核弾頭の謎の答えが、俺の『白式』にあるだって……?」

爺様「厳密に言えば、雪片弐型の方なのだがな」

一夏「確かに、拡張領域の全てをこの剣1つで埋めているのは不自然だと思ってたけど、単一仕様能力を使いやすくするためのデータで埋められているって話じゃ?」

主任「それはあくまでも推論だ。ともかく、あの核弾頭が量子化兵装と仮定した場合、辻褄が合うんだよ」

千冬「試しに、雪片からあの核弾頭を取り出すようにイメージしてみろ」

一夏「こう、ですか?(…………核弾頭を取り込んだというのか? 釈然としないけれど――――――)」

一夏「………………!(位置はあの辺にして、核弾頭が本当に入っているのなら――――――)」

一夏「――――――出ろ!」ブン



ポン!



一同「――――――!?」

一夏「は? あっちにあった模型じゃないよね?」アゼーン

爺様「全員、その場を動くな!」

一同「――――――!」

爺様「主任、確認してくれ」

主任「わかりました……」オソルオソル

主任「…………間違いありません。爆弾を切り取った痕から見ても、これは消えた核弾頭です!」

一夏「…………ちょっと待って。それじゃ、俺だけじゃなくて『白式』も“特別”だったっていうのか?」

千冬「………………」

SP2「どうします? これ、明らかにオーパーツですよね?」

SP1「もしかしたら、雪片弐型を基本形にして量子変換による変形とかするかもしれないぞ?」

一夏「え、何それ……」

爺様「試してみろ」

千冬「では、私の使っている機体の太刀はどうだ。アンロックした」

一夏「えっと、雪片弐型を近づけて…………(取り込め、取り込め、取り込め……)」

一夏「あ」

爺様「ほう……」

一夏「…………できちゃった。あ、雪片弐型が本当に変形した」

千冬「なるほど…………」

主任「会長、これは――――――」

爺様「一切の口外を禁止する!」

一同「――――――了解!」


――――――俺が一人で抱えていくにはあまりにも多すぎる衝撃の事実の連続であった。


それから程なくして財閥本社襲撃事件は公表されることになり、全国紙どころか世界中で大々的に報道されるほどのビッグニュースとなった。

取り調べの結果、テロリストの多くがフランス人であり、とある企業と縁がある経歴の持ち主が多いことが判明した。

他にも日本やアメリカ、ドイツなどの先進国の人間も見られたが、いずれも貧困層の出身であることがわかった。

そして、この襲撃事件は直接の因果関係は明らかでないが、俺は本能的に自分がしてきたことへの報復だと感じ取っていた。

俺はこの機にスポンサーの見舞いを口実に公欠して長らくIS学園から離れていたが、臨海学校前には復帰することになった。

しかし――――――、である。


――――――死体安置所


一夏「貧乏人と金持ちの関係は、歴史を見れば分かる通り、ほとんど相容れない関係だ」

一夏「その証拠に、ただの一般人だった俺はセレブ入りして強烈な洗礼を受けることになった。――――――ほとんど別世界だった」

一夏「地獄の沙汰もカネ次第とは言うけど、どうしてテロを実行する勇気と結束力を別のことに使えなかったんだ…………」

一夏「大人になれずに逝く人類が存在する一方で、たった一発の銃火で積み上げてきた全てを失う人類もいる――――――」

一夏「自ら愚かな選択をする自由だってあるさ! 自らに由る(=因る)ことが自由ってことなんだからさ!」

一夏「なら、どうすればいい!? 俺はお前たちを死なせたくはなかった! 罪を償ってやり直して欲しかった……!」

一夏「死んだら何もかも無駄になるじゃないか! せっかく大人になれたっていうのに…………」グスン

一夏「財閥のために頑張ろうとすればその一方で、独善的だと後ろ指を指されるし、何が大切なんだ!?」

一夏「身近な誰かのために尽くすことを第一にしちゃダメなのか!?」

一夏「それとも、――――――数字か!? より多くを救えればそれでいいのか!?」

一夏「わからない、わからない、わからない…………!」

SP2「やっぱり! また、こんなにところに閉じこもって、若様……!」

一夏「なっ、放せ! 俺はどうすればこの人たちに償えばいいのかわからないんだ!」

SP1「」バチン

一夏「あ…………」

SP2「………………話を聴かせるにはそうするしかないけどさ」

SP1「ご無礼をお許しください。しかし、――――――あなたは財閥総帥後継者なのです」

SP1「悼むのは結構ですが、いつまでもそれを理由にしてあなたの責務を放棄しないでください」

SP2「………………平和の国で生まれた“ただの15歳”にキツイことを言うなよな」

一夏「…………あ」


SP1「鏡を見てください! ここに通い詰めてから若様の表情は苦悶に満ちています……! ――――――会長や千冬様が心を痛めるほどに!」

SP2「……この際 便乗させてもらうけど、――――――悄気た顔をしているやつを見ていると酒が不味くなるとか言うだろう?」

SP2「残酷かもしれないけど、若様は哀しんで悲しませることが仕事じゃないんだ。むしろ、組織全体の士気を維持するためにこういう時は気丈に振る舞うぐらいのことをしないと」

SP2「つまり、上に立つ者は顔役なんだからさ、表情は常に明るく――――――わかるよな?」

一夏「…………そんなにも俺は?」

SP1「はい。変わりました。もう、ここには来ないでください」

SP1「あなたにはあなたの戦いがある。それはあなたにしかできないことなのだから――――――」

SP1「本当に申し訳ありませんでした…………あなた様の無垢な手を煩わせたことを深くお詫び申し上げます」プルプル

SP2「本当にな…………だから、汚れ役っていうのは必要なのさ」

SP2「俺たちは最初から汚れていたからな。でも、満足してる」

SP2「“ただの少年兵”が、会長や若様のような御人の側――――人として誇れる大業を成す側においてもらっているのだから」

SP2「だから、……何というか無礼かも知れないけれど、――――――夢を見させてくれ。俺たちに共有させてくれ、若様」

SP2「そんな訳で、いい笑顔を見せてくれよ…………痛々しくてこっちまで哀しい気分になってくるよ」

一夏「…………」

一夏「」ニコー

一夏「ごめん。何か、やり方が……」

SP1「練習が必要ですね」

SP2「ちょうどいいじゃないですか! 初心に帰るってやつで」

一夏「本当にありがとう。爺様は本当に果報者だ…………」


すっかり俺は変わってしまった…………



6月。雨の季節である。ジューンブライドの時季でもある。

この梅雨の時季はジメジメとして憂鬱とした気分にさせられるが、まさにその通りであった。

俺は血の雨で大地を踏み固めた結果、これまで苦痛でしかなかった世間の喧騒やセレブのお付き合いというのが途端に何とも思わなくなったのだ。

これは嬉しい変化なのだろうが、俺の表情はどこか苦渋と疲労を感じさせるものとなっていた。


要するに、老けたのである。


虚無感に包まれた表情には以前にみんなに振り撒いていた若さが失われていた。

落ち着いた感じではあるが、梅雨のジメジメとした感じのように気持ちのよいものではない。

カリスマ性溢れる青二才から老獪という言葉が似合うような老策士のような印象に変わっていたのだ。


だが、それでもその鈍った眼差しの奥にある情熱は冷めることはない!



――――――俺は関わる人全てを守る!




これにて、前半の部を終了いたします。

本当なら、台風やサーバエラーが無ければ完結していたのですが、申し訳ありません。

本放送前に終わらせたかったけど、しかたない。

予定としては、来週の同じような時間に再開しますので、またよろしければどうぞ。


最初の最初に誤字しているとか、最悪だ…………

1箇所『PIC』になっていた。無用……、同一内容の連投

文章の流れ自体は破綻しないようにしていたからこそ最後まで気付けなくて悔しい。


というわけで、後半の始まり。

いつも通り、主人公の設定とこれまでのREWRITEとの比較から入っていきます。



申し開き


実は先々週にスレ立てして何もなかったというのは、

いざスレ立てして投稿しようとしたらサーバエラーで、ドラえもんと穴子の内部サーバーエラーが出てきたので、

エラー報告を確認して時間を置いて再びスレ立てしようとしたら、

今度はスレ立て乱発によるアクセス制限となり、そのまま放置することになってしまいました。

先々週に待ちぼうけを食らった方、本当に申し訳ありませんでした。


しかし、ちゃんとスレ立てできていたのか…………こんなこともあるのか。

今回の投稿を見返して初めて立てたスレが放置されていたことに、ご指摘を受けて気付かされました。


コメントしてくださってありがとうございました。

都合をやりくりして一気に投稿しているので返信はできませんが、

心より感謝申し上げます。



織斑一夏

着想:専用機持ちであることを前面に出す
結果:財閥総帥の一粒種となって、財閥の力を利用して栄達していく若きカリスマ
特技:目標に沿った運用管理、短期間で無理なく成果を出せる指導力

原作との分岐点→自分たちを捨てた両親が財閥の跡取りだった。
また、財閥麾下の日本籍企業の所属という明確な違いがあり、学園での入学動機ともに一線を画す振る舞いをしている。
初期ISランクはA。得意技は逆袈裟斬り、完璧な勝利。


居合術においてのみ“ブリュンヒルデ”を凌駕している、とびっきりの居合の達人。
ISドライバーとしての実力は、専用機に合わせて短期決戦に特化しているので総合的に見ると持久力に欠ける。過大評価気味。
お呼び出しでの訓練内容も所詮は限定的なものなので、基礎体力ばかりはどうしようもない。しかし、非常事態での対応力や指揮能力は抜群である。
短期間で求められた成果を無理なく出そうとする効率厨なので、鍛え方次第で短期間に弱くも強くもなる。本人の体力ばかりはどうしようもないが。

他の専用機持ちと決定的に違う点は、『代表候補生』ではなく『ただのテストパイロット』であることに終始していることであり、
そこまで勝ち負けに拘らず、自身の影響力を拡げてコネを獲得することを学園生活の要としているので、公式戦に出る気は一切ない。
むしろ、指導する立場になって優勝に導いたという実績の方が財閥総帥後継者としては有益と判断しており、
本職の教員たちの仕事を奪うぐらいに独創的でかつ効果的な指導を親身になって行っている。

その他にも、財閥の力を利用して秘密の特訓や裏工作などもしており、いろいろ『腹黒い一夏』像となっている。IS学園では彼に逆らえる人間はまずいない。
財閥総帥後継者ということで物の見方が完全に一般人とは異なっており、恋愛に関しては否定的。自身が財閥総帥後継者になった経緯を含めてのことである。


早くから社会人(=財閥総帥後継者)としての自覚と責任を持って生きてきたので、学園生活よりも財閥関係者(力を持つ人たち)との大人の付き合いに重きを置いている。
財閥総帥後継者としての『関わる人全てを守る』という壮大な信条のために特に責任や恩義がない場合は誰であろうとヒロインたちへの愛着もかなり薄い。特に、セシリアと鈴。
『朴念仁』なのは相変わらずであり、社交界の価値観と合わさってますますツンデレや健全な育ちの人間は損することになった。
優柔不断というわけではなく、自身の影響力をよく理解しているために、簡単に結婚するつもりもないし、軽率に選べないという立場。
いろいろと仕事や時間に追われる中でも、しっかりと誠意を持って一人ひとりに応対しているので、文句をいうことができない雰囲気すらある。
ハードスケジュールを理由に、常に忙しそうに振る舞うことで(実際忙しいが)、誰に対しても平等に接することへの口実にしているのだ。

そのせいで関係が全然進まないという、攻略難易度がずば抜けて高い人物像になっている。

ちなみに、スキャンダルには神経を尖らせており、シャルとの混浴、ラウラとのファーストキスなどの不祥事は回避している。
箒とのルームシェアはまさしく奇跡的なレベル。そういう意味では、ずば抜けて箒が優遇されている。


・今までのREWRITEとの比較
初回……ランクS:Supreme「誘拐されてからずっと武者修行してきた」『人間』の一夏

今回……ランクA:Abnormal「実は両親が財閥の跡取りだった」落とし胤の一夏

原作……ランクB:Basic 展開の基準となっている。

前回……ランクC:Chicken「誘拐事件の際にトラウマを植え付けられた」ザンネンな一夏


・REWRITEにあたっての指針
織斑一夏らしさを出すために、次のような属性を意識して描いてきた。
『異なった才能』……一番にわかりやすい差別化要素だが、基本的に原作の一夏が元々何でもできる高スペック振りなので、毛色の違う技能をコンセプトに沿って付与した。

『義侠心と責任感の強さ』……織斑一夏誘拐事件での罪悪感は絶対。そして、昔気質の義侠心も絶対。ただし、コンセプトに応じて程度が大きく異なる。

『家族愛・仲間意識』……唯一の肉親との家族愛、仲間や友達は大切にする。ただし、口調は立場や関係によって変わる。

『結ばれない』……特定の誰かに振り向ないようにコンセプトに沿って理由付けしている。

『掴み所がない=理解されない』……“世界で唯一ISを扱える男性”の悲哀。というより、何を考えているのかがヒロインたちからはわからないようにしている。


最終話 福音事件・裏
MAD -Mutual Assured Destruction-

――――――臨海学校まで残り数日


一夏「はあ…………」ゲッソリ

一夏「静養していた頃が恋しい…………」

一夏「何で俺なんかが千冬姉や爺様以上の存在になっているんだ…………」ゲンナリ

一夏「本当に嫌になる――――――人を守るってことがさ」

一夏「何だったか、“漫画界の鉄人”の漫画に、守るべき人類に失望して最後の最後に世界を滅ぼす――――なんていうのがあったような」

一夏「いや、“人の革新”が待てず人類の粛清を宣言した――――っていうのもフィクションの世界にはよくあるな」

一夏「現実もそう。“共和制の名の下に”フランス革命を主導したジャコバン派による粛清を行われたし、」

一夏「そうだ――――――ISだってそうだ。よせばいいのに、我先にと絶対数の乏しいISを導入するのに高いカネ出して、」

一夏「最も安定している職業の1つと言われた職業軍人やそれに連なる企業が次々と解雇・倒産していった。――――――軍縮だとか何とか言ってな」

一夏「その結果、世界は未曾有の軍事クーデターの脅威に晒されることになった」

一夏「本当に馬鹿だよな。だが、本当の意味で世界が平等で対等になるためにはMAD戦略は必須となってくる」

一夏「持たざる者はその存在を認められない…………」

一夏「ハッ、覇権思想が見え隠れしているぜ。所詮、平和というのは次の戦争を準備するための期間――――戦間期でしかないということか」

一夏「俺は『白式』の専属となって、IS学園に入って、みんなを指導をして――――――、」

一夏「そして、実際にテロリズムに遭遇して、それを自分の手で鎮圧して、世界を命運を左右する選択を迫られて――――――、」

一夏「ようやくわかったんだ。俺がどうあるべきなのかを」

一夏「それは――――――」コンコン

一夏「………………録音終了」ピッ

一夏「――――――時間だったな。さて、お相手しましょう」ハア

一夏「…………っ!?」バチィ

一夏「……最近多いな。何だろう? でも――――――」

一夏「――――――よし」ニコッ


一夏「――――――お待たせしました」ニコニコ












一夏「う~ん、台風が臨海学校の日に上陸しそうだな」

一夏「誕生日を兼ねた臨海学校としてはあんまりいいものじゃなくなりそうだな…………」


俺はノートパソコンを打ちながら、巨大なモニターに映し出されるリアルタイムの気象図を見て、溜め息を吐いていた。

あれから俺の部屋は邪魔なものは取り払って模様替えされていた。

主に、俺が安心してプライベートな時間を過ごすためである。そのために徹底的な改修工事がなされ、完全な私室と化したのである。

それによって、3画面のマルチディスプレイのPCが設置されていた。32インチ。

こんなことができるのも財閥の力があってこそだった。つくづく、人と人とが一体化した法人の力の程は恐ろしいと感じた。

一方で、もう片方の巨大な画面にはシミュレータが起動しており、代表候補生4人の対戦ダイアグラムが表示されていた。


一夏「ダメだな、『ブルー・ティアーズ』は…………他の専用機と比べて利点が少なすぎる」

一夏「遠距離射撃型――――――それは結構」

一夏「だが、基本的にIS学園での模擬戦は1対1だ。狙撃手は安全な場所で狙撃してこそその真価を発揮する」

一夏「それに、ISの戦闘スピードは従来の白兵戦の比じゃないから、狙撃するまでの時間が従来と同じレベルじゃ簡単に距離を詰められてしまう」

一夏「更に言えば、シールドバリアーの存在によって一撃死はあり得ないから、ISの戦いはいかに相手に効率良くダメージを与えられるかにかかってくる」

一夏「つまり、コンセプト自体がISの1対1の総合戦闘には向かない…………狙撃手の持ち味である“見えざる鉄槌”が活かせないんだな」

一夏「逆に言えば、機動力があって猛攻ができるような近距離格闘機が圧倒的に有利となるわけだ」

一夏「それは“ブリュンヒルデ”が『モンド・グロッソ』で見事にそれを証明している。まあ、一撃必殺持ちのイレギュラーだけどさ……」

一夏「セシリアには勝ち負けに拘るなと言うべきなのだろうか、狙撃特化はやめて中距離戦闘ができる装備を増やせと言うべきか…………」

一夏「まいったな。このままだと代表操縦者への道はかなり遠いぞ…………」


・俺の『白式』なら、『零落白夜』でレーザーを掻き消してしまえる上に、イグニッションブーストで距離を詰めるのは容易。ただし、初見限定でそれ以後はセシリアが有利。

・鈴の『甲龍』とは、中距離戦闘に膠着して先にセシリアの方がスタミナ切れになる可能性が大きい。勝てないとは言わないが、基本的に不利。

・シャルの『ラファール』とは、距離を選ばない戦い方ができる上に『高速切替』で変幻自在。一方で、一々足を止めてしまう『ブルー・ティアーズ』ではなかなか…………

・ラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』とは、第3世代兵器だけ見れば相性はいいが、それしかない『ブルー・ティアーズ』では…………


一夏「聞く限りだと、本国からは『BT兵器』の運用データの収集を優先させられているから実弾兵器は支給されないらしいな……」

一夏「こうなったら俺の方で――――――」ピポパ

一夏「――――――主任、生産された両用量子化武装、臨海学校で使うかもしれないからカタログを送ってくれない?」

一夏「場合によっては、共同開発も――――――いや、忘れてくれ」



一夏「さて、久々に街に訪れることになったが…………」

シャル「日本の夏は凄いね、ラウラ」

ラウラ「うむ。適度に水分補給しなければならないな」

一夏「あの……、シャル、ラウラ?」

シャル「何――――――」
ラウラ「どうしたのだ――――――」


「――――――ご主人様?」


通行人「おおおお!」ジー

通行人「メイドダー」ジロジロ

通行人「スゲー、ホンモノハジメテミター!」パシャパシャ

一夏「暑いんだったら、メイド服を脱g――――――やめろよ! 暑苦しい!」

一夏「それに、そんな目立つ格好したらお忍びの意味がないだろう!」(お忍び中)

シャル「え、でも僕は、その、いち……ご主人様の使用人だし…………」テレテレ

ラウラ「男はこういうふうに奉仕されると嬉しいのだろう? それにメイドはこのままの格好で買い物に出かけると私の副官が言っていた」

一夏「………………変装術を学んでおいてよかった」ボソッ

シャル「ご主人様?」
ラウラ「…………?」

一夏「まあいい。今日、お前たちは水着を買いに来た。俺は実家の掃除をしに来た」

一夏「だから、ここでお別れ。それじゃ、送ッテクレテアリガトウ」タッタッタッタッタ

シャル「ええ……!?」

ラウラ「安心してくれ。ご主人様の実家の住所は把握している」

一夏「げ……」ピタッ

シャル「そ、そうだよ。僕たちは使用人なんだから、ご奉仕させて!」

ラウラ「何か問題でもあるのか?」

一夏「お前たちは事の重大さを理解していないな……!?(俺が何のために変装しているか理解していないだろう!)」

一夏「…………ここは暑いし人目もある。そこのデパートに入るぞ」ハア

シャル「はい、ご主人様!」ニコッ
ラウラ「ご主人様~!」ニッコリ

一夏「ははは、いいご身分だよな、俺…………(メイド服は目立ちすぎるから、私服を着せないと家に連れていけない!)」








一夏「さて、ここが俺の家だ。人目が付かないうちにさっさと入るぞ」

シャル「ここが、ご主人様のお家……」ドキドキ

ラウラ「教官の家ということでも実に興味深い」ワクワク

一夏「『あの日』以来、入学式直前だけだったからな…………結構埃かぶっているところもあるだろうな」

一夏「とりあえず、まずは昼食を摂ってから掃除をすることにするか――――――ん、どうした?」

シャル「ご主人様! 僕とラウラはご主人様の使用人なんだよ!」

ラウラ「そうだぞ! さっきから全く奉仕させてくれないではないか!」

一夏「そんなこと言われても…………(うん、シャルに倣うラウラの姿を見ていると、本当に姉妹だ…………)」

一夏「俺は生計を立ててくれている千冬姉を支えるために家事全般を習得していたから、使用人なんて要らないんだよ」

シャル「そ、そんな…………せっかくの機会が…………」ウルウル

ラウラ「そんな…………それでは私はどうやってご主人様の強さに触れれば…………」プルプル

一夏「あ…………(使用人要らずで屋敷のメイドたちを泣かせていたっけな…………)」

一夏「そ、そうだな。そこまで言うなら、奉仕されてやらなくもない……」

シャル「本当に!? ホントのホントに?」キラキラ

ラウラ「嘘じゃないよな、ご主人様!」ワクワク

一夏「(メンドクセー。善意の押し付け――――というよりは、依存か、これは。扱いに困るなー、これ)」

一夏「じゃあとりあえずは昼食ができるまで“大人しく”待っていてくれ」

一夏「これが最初の奉仕だ。ご主人様の仕事が滞りなく進むように見守るのも使用人の務めだ」

シャル「うん、わかったよ、ご主人さま!」

ラウラ「了解した」

一夏「(でも、このままだとやることがなくて暇そうだから、――――――しかたない!)」

一夏「ちょっと待ってくれ」

シャル「はい、ご主人様」ニコニコ

ラウラ「???」



一夏「はい、これ――――――俺と千冬姉のアルバム」

シャル「――――――!?」
ラウラ「――――――!」

一夏「こういうものしか思いつかなかったけど、それでも見ながら待っていてくれ」

一夏「今日の昼食は、そうめんと天ぷらってことで」

一夏「アルバムは現在も更新中だから、寮に帰ったら、ね?」

シャル「うん、凄くいいよ!」ドキドキ

ラウラ「こ、これが教官とご主人様の若い頃の…………!」ドキドキ

一夏「ははは……(さて、作りますか)」



あれから、シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒはこの通り、女性らしさを演出するようになり、仲の良い姉妹のようになっていた。


そして何故か、――――――俺の専属メイドになっていた。


これは爺様の差し金らしく、そういう属性を与えることで宙ぶらりんになった自己像を再構築させる意図があるらしい。

爺様はいつの間にかラウラ・ボーデヴィッヒ面識を得ていたらしく、おそらく俺がシャルにラウラの面倒を見るようにした繋がりからそうなったようだ。

軍人が使用人になるのに抵抗がなかったのか気になったが、どうも使用人に対して悪い印象は持っていなかったらしく、その辺はラウラの副官やシャル、爺様の力添えのおかげのようだ。

使用人にプラスの価値を見出しているあたり、ラウラの今後は明るくなりそうだ。

しかし、俺には爺様が曾孫の顔が見たいから差し向けたようにも感じられ、二人の自重の無さから察するに爺様が背中を押したものだと疑っていた。

つまり、俺には秘密だが水面下で親公認の関係に発展していた可能性があったのだ。二人は何も言ってこないが…………


――――――ただ子を成すだけの関係ならそれも構わない。


と、一瞬だけ俺はそう思ったことがあったが、俺はすぐにその考えを打ち消した。

この二人も、倫理観の欠如した情けない大人たちの犠牲者なのだから、俺がその二人を汚すことは躊躇われたのである。

シャルとラウラが俺にこれだけ依存してきたということは、それだけ愛情に飢えていたことの証であり、

だからこそ俺は、俺ではない他の誰かとの末永い恋愛を願っていた。


――――――俺ではダメなのだ。俺では。


爺様は俺の血を引く子孫が欲しいと願って二人を差し向けたようだが、二人は俺からの愛情を欲していた。彼女たちは間違いなく“女”であった。

だから、俺とあの二人とではあまりにも価値観が違い過ぎた。俺は“男”ではなく、言うなれば“王”であったからだ。

――――――俺も随分と財閥の倫理観に染まったものである。子作りだけなら別に構わないと一瞬でも思ってしまったあたり…………

しかし、俺が背負うことになる業を共に受け止めてくれる人物が周りに誰一人としていないと思っていたのも事実であった。

同じ夢を語れる同志や労苦を分かち合える同年代の同胞が俺にはいなかったのだ。

その果てに、たとえ妻を娶り子を成したとしても、きっと“王”は家庭を顧みない。愛よりも義務を優先するに違いなかった。


――――――そして、その子はきっと“父”を憎むだろう。


それ故に、俺は“孤独な王”へとなっていくのだ。

進むのは修羅の道。より多くを救うために非情にならざるを得ない過酷な運命――――――。


誰か一人だけのために全てを捧げることはもう許されない――――――!


そう、だからこそ、何度も気高く宣言し続ける。それが『あの日』に生まれ変わった織斑一夏の存在理由!


――――――俺は関わる人全てを守る!



――――――部活棟、剣道場


一夏「どうした、箒? また剣筋が鈍っているぞ(アレの日だったっけ? いや、ルームメイトだった頃の様子を見ていたんだから、別の理由――――――?)」

箒「…………そうだ。私は覚悟が足りない未熟者だ」

一夏「………………」

箒「………………?」

一夏「………………」ジー

箒「…………あ、そういうことか(一夏は“私からの言葉”を待っているんだもんな)」

箒「実は、姉さんが私専用のISを用意してくれたのだ」

一夏「なるほど、それは大変だな……(それじゃ近々、篠ノ之博士が姿を現すということなのか……)」

箒「これで一夏と肩を並べられる――――っと一瞬だけ舞い上がったが、私なんかでは到底敵わないから……」ウツムク

一夏「…………なるほど、複雑だな」

一夏「確かに俺は他では真似できないような成果を出してきた。だから、そう思うのはしかたないだろうさ」

一夏「けれど、気持ちで負けていたらずっと負け続けるよ?」

一夏「それこそ、俺に戦わずして負けている――――――心を斬られた状態だ」

一夏「確かに、ある分野において互角の能力があればパートナーとしては心強いけれど、それだけがベストパートナーの在り方じゃないだろう?」

一夏「パートナーの弱点を補えることも重要な要素だ」

箒「だが、すでに一夏にとってのベストパートナーはすでにいるだろう…………」

一夏「確かにそうだけど、ISっていうのは多種多様の用途があって、ある目的にしか特化していないのが現状だ」

一夏「なら、今いるベストパートナーとは違うところを伸ばして、誰とも違う俺のベストパートナーになればいいさ」

箒「一夏…………」

一夏「とにかく、機体はまだ届けられていないんだ。話はそれからだろう?」ナデナデ

箒「そうだったな…………すまない、いつもいつも」

一夏「まったくもう…………」

一夏「(何か、構ってちゃんの雰囲気を出しているけれど、今はこれでいい。箒の実力は地味だが将来有望と教員たちの間では期待されているからな)」

一夏「(しかし、あの篠ノ之 束が来るというのか。何か一波乱ありそうだな…………用心しなければな)」


――――――臨海学校、当日


山田「今、11時です! 夕方までは自由行動! 夕食に遅れないように旅館に戻ること!」

山田「いいですね?」

一同「はーい!」


一夏「(ここも爺様の息がかかった場所である。それ故に――――――)」スッ

一夏「さて、クーラーボックスにビーチパラソル、マットと警笛――――――」

千冬「…………何をしている?」

一夏「え? 何って、ビーチの監視ですけど?」

一夏「今年は例年よりも暑いことだし、台風だって近いから時化が出てくる可能性もある――――――」

千冬「そういう時のための役員はちゃんと割り振られている。これは大人の役目だ」

千冬「こんな時でもお前は…………」ヤレヤレ

一夏「ははは、職業病ですよ。関わる人全てを守りたくなる――――――そんな病」

千冬「こういう時ぐらい子供らしく遊んでこい。私も着替えてくるから」

一夏「――――――ホントに?!」ガタッ

千冬「そう、がっつくな。ではな」

一夏「イヤッホオオオオオオ!」ダダダダダダ

千冬「相変わらずだな、一夏のやつは……」クスッ





一夏「――――――次は誰……?」アセダラダラ

鈴「もう1回、私よ!」ピョイ

一夏「飽きないもんだな、ホントに……」ダッダッダッダッダ

一夏「もう、これぐらいでいいだろ? そろそろ肩が痛い……(15人ぐらい肩車して走り回ったからもう…………)」ゼエゼエ

鈴「情けないわねー」ニッコリ

セシリア「な、何をしていらっしゃいますの?」イラッ

鈴「見ればわかるでしょう? ――――――移動監視塔ごっこ」ギュッ

一夏「ああ……?!(体重を頭の方に掛けるなああああああ)」グラア

鈴「あらら」ピョイ

一夏「ぐふぅ……」バタン

セシリア「一夏さん? バスの中で私と約束したのを忘れました、の!?」バンッ

一夏「約束……?」ゲホゲホ

セシリア「さあ、一夏さん? お願いしますわ」チラッ

周囲「おおおお!」

鈴「あんたこそ、一夏に何させるつもりよ!」

セシリア「見ての通り、サンオイルを塗っていただくのですわ」

セシリア「レディとの約束を違えるなど、紳士のすることではありませんですわよ!」

一夏「わかった。その前に、給水させてくれ…………(最初に比べると随分と態度が変わったもんだな…………“一夏さん”ねえ?)」



一夏「」ゴクゴク

一夏「はあ…………(生き返るぅうううう!)」

一夏「よし、始めるか」

鈴「一夏、そのヤシの実ジュース 飲んでもいい?」

一夏「いいよ、別に。他にもいろんなフルーツジュースがあるから、好きに飲んでくれていいよ。ゴミは海の家でね」

鈴「やったね!」チュー

周囲「ええええええ!」

鈴「ふふふ、美味しい!(一夏の飲みかけ、一夏と間接キス…………えへへ)」ゴクゴク

セシリア「むむむ……!」

一夏「待たせてごめんね。私もオイルマッサージは1回しか経験ないから上手くできないだろうけれど、」

一夏「まずはこの香料を微かに感じながら気持ちよくなっていってね」

セシリア「はい!(何でしょう、この香料は? なんだかとっても良い心地になってきましたわ……)」

一夏「そうそう。マッサージを受ける時は力まずにしっかりと酸素を体内に取り込んで…………」スゥーハァー

セシリア「はあ、はあ…………」スゥーハァー

一夏「そうそう、そんな感じ」サワサワ

周囲「キモチヨサソー」

周囲「コッチマデドキドキシチャウ」

周囲「アトデワタシニモヤッテ、ヤッテー!」


セシリア「ハアハアハア…………」

一夏「大丈夫かな? ちょっと息が荒いよ? ほらほら、最初の呼吸を大切に――――――リラックスして、リラックス」ニコッ

セシリア「あ、はい…………」ポー

一夏「さて、首もそろそろ――――――」サワッ

セシリア「あ」ピクッ

一夏「(――――――な、何だ、今の?)」

セシリア「そ、その辺りを重点的にお願いしますわ……」ハアハア

一夏「はい?(?????)」キョロキョロ

周囲「」ジー

鈴「」ポー

一夏「やるしかないか……」サワサワ

一夏「首の辺りなんてそこまでやる必要ないだろうけれど、ここが気持ちいいのか…………え?」バチィ

セシリア「あ、ああ、もっとそこを――――――!」ハアハアハア

一夏「えっと、――――――こう?(な、何だ今の、静電気のようなものは……?)」グイッ


――――――バチバチィ!

セシリア「ふわあああああああ!?」ビクゥン


一同「――――――!?」ドキッ

一夏「うわあああああ!? どうしたの!?(って、俺も思わず飛び上がった――――――!?)」アセアセ

セシリア「な、何でも、ありませんわ……」ピクンピクン

セシリア「そ、それよりも、気持ちよかった、ですわ。また、いつかまた――――――」ニコー

一夏「そ、そうなの? えっと、これで終わり……?(な、何なんだ? このセシリアの、可愛さ――――違うな、何て言うんだろう、この感じ?)」キョロキョロ

一夏「――――――あれ、みんな、どうしたの?」

周囲「………………」カア

一夏「な、何もないんだったら、私は監視業務に戻ります。――――――それでは!」スタコラサッサー

一夏「(な、何だったんだ、今の“やっちゃった感”はああああああああ!?)」アセダラダラ

セシリア「い、一夏さん…………私、幸せですわ…………」ビクンビクン

周囲「イイナーウラヤマシイナー」ポー

鈴「………………」ポー





一夏「…………ウォーターアミューズメントパークの職員っていうのは思ったより大変なんだな」ハア

一夏「というより、ただ単に人数不足なだけか」

一夏「今のところ、電子ゴーグルや肉眼で沖まで泳ごうとしている生徒の姿は見えないっと」スッ

一夏「(このゴーグルは両用装備の簡易デバイスで、望遠拡大機能を標準装備し、更にアプリの内容次第で大人数の人間の監視も行えるすぐれものだ)」

一夏「(次いでに、3サイズも計測する機能も初期アプリに入っていた。…………爺様! ――――――お値段たったの8万円)」

一夏「目を離せないのが監視員の辛いところだな。俺も短期決戦にしか特化していないからそんなに集中力は長続きしないし、どうしたものかな……」

一夏「だけど、こういう時に空間認識能力は養われる。――――――パーティ会場に不穏なやつがいないかを見極めるためにも必要なのだ」

一夏「お、あっちのビーチバレーは確かこれで3-4……」

一夏「お、あれは――――――!」ガタッ


山田「ビーチバレーですか。楽しそうですね」

山田「いかがですか、織斑先生?」

千冬「では」

山田「はい、やりましょう」

周囲「おおおお!」


一夏「綺麗だな、千冬姉…………(上から88――――――!)」ジー

鈴「あんたって本当に千冬さんにベッタリよね……」ハア

一夏「俺のことをこの歳になるまで育ててくれた人なんだ」

一夏「そんな人を大事に思って何がいけない――――――はっ!?」ドキッ

鈴「やっぱり、一夏は重度のシスコン…………」ハア

一夏「迂闊…………!」ギリギリ

鈴「はい、かき氷」

一夏「ありがとう」キリッ

鈴「…………わかってはいたけれど、これは鬼門よね」ハア

鈴「でも、負けないわよ!」

一夏「あ、ああ……、より一層の努力を期待する…………(そうかそうか、やる気を出してくれるのは嬉しい限りだ)」

鈴「たぶんそれ、私の言っている意味と違ってる…………」ハア

鈴「(――――――こうなったら言質をとって有利に進めてやるんだから!)」

一夏「ははは…………ん?」ピピピ

一夏「やっぱり、台風は避けられないか。明日の運用試験は中止になるかならないか、際どいな…………」ブツブツ




――――――同日、夕食の席


一夏「辛いなら、テーブル席に移ろうか?」

セシリア「へ、平気ですわ」

セシリア「…………この席を獲得するのにかかった労力に比べれば、このくらい!」ブツブツ

一夏「――――――席? ああ、礼儀作法を学びたいってことなのか?」

セシリア「そ、そうですの! あははは…………」ニコニコー

シャル「一夏? “女の子”にはいろいろあるんだよ……」

一夏「そうなの?(“女の子”――――――やっぱり、俺と同じ視点にはいないということなのか…………)」

シャル「そうなの……!」

一夏「ともかく、楽な体勢になっていいから、ね? 最後だけ正座になればいいから」

セシリア「わ、わかりましたわ」

一夏「さて、改めていただきますか(…………シャルと箒が不機嫌そうだが今は何もできん。――――――許せ)」モグモグ

箒「………………」ムスッ



一夏「えっと、次はこの部屋の女子とやって、その次は――――――」ゼエゼエ

セシリア「い、一夏さん!?」

一夏「セシリアさん? この部屋でございましょうか?(うわ、メンドクセー)」

セシリア「そ、そうですの! さ、いらっしゃいな」キラキラ

一夏「お邪魔します」アセタラー

セシリア「ようこそ、いらっしゃいました」

女子「オリムラクンダー」

女子「ホントニキテクレター」

一夏「そ、それで何をご所望でしょうか?」





一夏「くそ、こういうのは苦手だな…………(確実性が皆無な運否天賦ではどうしようもない!)」

セシリア「ふっふっふっふ…………」

一夏「私は、ツーペア」ハア

セシリア「ロイヤルストレートフラッシュですわ!」ドヤア

一夏「ぎゃああああああ!」

セシリア「やりましたわ! このゲーム、私が勝者ですわ!」

女子「イイナー、セシリア」

一夏「負けた負けた…………」

セシリア「それでは、一夏さん!」

一夏「え、何? そろそろ行かないといけないんだけど…………わかった。何がお望みかな?」

セシリア「また、マッサージしてくださいね?」モジモジ

一夏「ああ、わかった。約束しよう……」

セシリア「はい!」

一夏「(…………何だろう? それにマッサージか…………あの時の感覚はいったい?)」バタン

セシリア「ふふ、ふふふ……(ああ、またあの絶頂が味わえるのですわ)」ニヤー

女子「セシリアガエロイコトカンガエテルー」

女子「セシリアハエロイナー」

セシリア「な!? え、エロくなんてありませんわ!」

セシリア「(で、でも、一夏さんになら、私は――――――)」ニヤー

女子「エロイナーエロイナー」

セシリア「ああもう!」カア



一夏「終わった…………今、11時か(5部屋×30分はキツかったな……)」

一夏「ハードスケジュールをこなしてこそセレブの嗜みと実力だけどさ…………」

一夏「ああ、ようやく帰りつけた……」ドサッ

一夏「布団フカフカ…………やっと一息…………」ハア

千冬「おお、帰っていたのか、一夏」

一夏「あ、千冬姉!」ガバッ

千冬「今日は監視業務や小娘共の接待――――――、いろいろご苦労だったな」

千冬「今日に至るまでお前の活躍には教員一同、賞賛の言葉しかない」

千冬「会長の支援があったとはいえ、女手一つでここまで立派に育ってくれたものだ」


千冬「――――――私はお前のことを誇りに思っている。私の宝物だ」


一夏「――――――!」ブワッ

一夏「その言葉が何よりも嬉しいです」スリスリ

千冬「よしよし」ナデナデ

一夏「それじゃ、ご褒美をください」

千冬「何だ? 言ってみろ」


――――――マッサージさせてください。




一夏「千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?」

千冬「そんなわけあるか、馬鹿者が」

千冬「あ……! 少しは加減をしろ……」

一夏「ごめん、ごめん。じゃあ、ここは?」

千冬「ま、待て、そこは…………や、止め――――――」

一夏「すぐに気持ちよくするね。だいぶ溜まっていたみたいだしね」

一夏「ここは?」

千冬「そ、そこは、ダメだって言っている…………」

一夏「でも、解されていっているのがわかるよ。気持ちいいんだね、千冬姉?」

千冬「そっちこそ、やけに気合が入っているではないか」ハアハア

一夏「だって、ずっとずぅっと千冬姉と一緒に居られる時間が無かったからさ……」

一夏「こうやって千冬姉の肌の温もりを確認できることがこの上なく嬉しいんだ……」

一夏「千冬姉が気持ちよくなっていくと、俺も段々と嬉しくなって気持ちいいよ」ハアハア

千冬「力が、強い…………」ハアハア

一夏「俺は『あの日』生まれ変わったんだ」

一夏「俺は千冬姉を、爺様を、そして関わる人全てを守るって!」

一夏「だから、この手はいずれ血に塗れようとも癒やしの力を秘めていたい……」ハアハア

一夏「ISのように無限の力を秘めた拳なんだ!」

千冬「そ、そうか――――――ああっ!」ハアハア

一夏「ところで、千冬姉?」ハアハア

一夏「ふすまの向こうで聞き耳を立てているやつが5人ぐらいいるっぽいんだけど」ボソッ

千冬「ほう……?」ピクッ

一夏「まあ、こんな時間に来るのは例の5人かな?」ハアハア

一夏「はははは、ちょうどいいや」

一夏「――――――全員ヤッちゃおうか、千冬姉?」

千冬「何をしているんだか、あの小娘共は…………」ハアハア

千冬「まあいい。好きにしろ」

一夏「うん。それじゃ最後に、はい!」グイ

千冬「――――――っ!」ビクン

千冬「………………」ハアハア

一夏「それじゃ、そこにいる5人、入ってきなよ」

千冬「………………」ヨロヨロ


千冬姉は徐ろに起き上がると、夜風を浴びながら冷やしておいたビールを一息に呑み干した。

その後、ふすまの奥で盗み聞きしていた例の5人が意を決して姿を見せる。

そして、頬を染めた5人に向けて千冬姉はこう言うのだった。


千冬「お前たち、腰を抜かすなよ?」ニヤリ






――――――翌日、7月7日早朝


一夏「いやはや、昨夜は疲れたな…………5人分面倒を見たのが失敗だった」

一夏「いくら無限の力を秘めた拳だからと言っても、ぶっ続けでやるのは限界がある……」

一夏「しかし、この空模様…………」

一夏「雲行きが怪しい。台風がずいぶん近づいてきたな」ピピピ

一夏「――――――爺様?」ガチャ

爺様「聞こえるか、孫ぉ?」

一夏「こんな時に会長直々にお呼び出しですか?」

爺様「――――――重大な問題が起こった」

一夏「…………何です?」

爺様「ハワイ沖で運用試験中のアメリカの戦略級ISが暴走したという情報が入ってきた」

一夏「…………戦略級が? でも、アメリカ軍ならそういった有事に備えて対処できるでしょう?」

爺様「普通ならそうだ。しかし、その装備には戦略級核弾頭ミサイルが搭載されている」

一夏「――――――何ぃ!?」ガタッ

爺様「しかもぉ! 核弾頭の中身は水爆だそうだ」

一夏「――――――水爆っ!?」ゾクッ

爺様「その戦略級ISは超音速飛行で太平洋を極東方面に横断しているという」

爺様「可能性として、この日本に領空侵犯してくる可能性がある」

一夏「しかし、台風が吹き荒れていてそれどころじゃありませんよ!」

爺様「最終的にどこへ向かっているのかは検討がつかないが、儂の財閥に所属する部隊を派遣した」

爺様「まさか、お前の予想通りに7月7日に有事が起きるとはな…………」

一夏「………………」

爺様「お前はこれから指定する座標で部隊と合流して、その戦略級ISの無力化を行って欲しい」

爺様「よいか、無理でもやってもらわねばならないことだ」

爺様「もし台風が吹き荒れる中、水爆が日本に向けて発射された場合、台風にのって放射性物質が日本中にバラ撒かれる恐れがある」

一夏「――――――!」

一夏「…………また俺に、その選択をしろと言うのですね」

一夏「学園には――――織斑先生には話してあるんですか?」

爺様「残念だがぁこれは、我々だけの情報だ」

一夏「産業スパイはどこにでもいるわけか…………」

一夏「わかりました。直ちに発進します! きちんと学園には報告しておいてくださいよ!」

爺様「わかっておる。では、健闘を祈る」プツッ

一夏「来い、『白式』!」




――――――朝食前


セシリア「一夏さん? 一夏さん? どちらへ行ったのですか?」

千冬「く、どこへ行ったんだ、一夏……」

山田「織斑先生!」

千冬「山田先生?」

山田「先程 学園から連絡がありました! 織斑くんをこの座標に向かわせるようにと……」

鈴「え? 一夏、行っちゃったの? また、お呼び出し?」

箒「………………一夏?」

千冬「そういうことなら、しかたあるまい…………」

千冬「織斑は早退してしまったが、予定通りに運用試験は執り行う」

千冬「雲行きは怪しいが、時間を繰り上げて早めに行うことにしよう」




――――――洋上、飛行中


一夏「これがアメリカの第3世代型IS『銀の福音』…………無人機なのか」

主任「戦略級なので我々の情報網では正確なスペックは明らかにはできませんでしたが、」

主任「衛星写真を見るに、パッケージなのか大型スラスターの上にミサイルコンテナを露出させた状態で飛行中です」

一夏「これほどのミサイルコンテナが量子化されたら、北極海に沈んでいる戦略級原潜も要らなくなるな……」

一夏「そう、軍事用ISの究極形はまさにこれだ――――――!」

一夏「核ミサイルを容易に運用でき、通常兵器を寄せ付けない防御力と機動力を両立させたISこそが――――――」

一夏「そう、運ぶだけでいい。それだけで十分…………核弾頭を持った世界最強の兵器が街の上にいたら――――――」

一夏「そういう意味では、燃費と安定性を重視した第3世代型の方が戦略的価値は高くなる」

一夏「鈴の『甲龍』も核弾頭装備のパッケージに換装すれば、あら不思議、戦略級ISに早変わり――――――!」

一夏「相互確証破壊、――――――MAD(狂気)!」

一夏「所詮、平和は戦間期――――――。ダモクレスの剣が続々と吊るされていくのを理解せずに、栄華の宴を繰り返そうとする…………」

主任「…………確かに狂ってますね」

一夏「こんなのとやりあうことに――――――いや、そういえば入学して間もない頃に戦略級レーザーを持ったISとやりあったっけな」

一夏「結局、今回だけが狂っているってわけじゃないか……」

一夏「――――――元々世界の方が狂っていたんだ。狂った世界から狂った状況しか生まれないのは当たり前じゃないか」

主任「……難しいですね。私も技術者として、戦争によって文明が発展していった事実に複雑な思いです」


一夏「話は変わるけど、確認しておくことがある」

主任「何でしょう?」

一夏「エージェントはどうやってコンテナの中身が核弾頭だとわかったんだ? 写真だけじゃそうだと判断できないだろう?」

主任「そ、それは…………」

一夏「エージェントなんて立ち会うだけで精一杯の連中なんだろう? たまたま機密を盗み聞きしたり、盗み見ることができたりしたのか?」

主任「それが……、『銀の福音』に無人AIを搭載して無人運用させることはエージェントの情報で前々からわかってはいたんですが、」

主任「今日になって、脈絡もなく本物の核弾頭を搭載して運用するという連絡が入ってきたんです」

主任「我々は真に受けなかったんですが、暴走直後のアメリカ軍の反応を見て、会長は早急に手を打つことを取り決めになったのです」

一夏「警戒してし過ぎることはないが、どうかデマであってくれ…………!」


主任「では、作戦ですが、作戦は一撃必殺です」

主任「我々が派遣したIS部隊は、第2世代型の長距離射撃型2機と高機動強襲型1機の自社製ISの3機編成の精鋭です」

主任「若様は、この3機で陽動を掛けますので、その隙を狙って『零落白夜』で仕留めてください」

一夏「おかしな話だ、ISを一撃必殺だなんて」

主任「そうですね…………それだけ若様と『白式』は“特別な存在”――――――言うなれば、最終戦力となることでしょう」

一夏「何故俺ばかりにこれほどの力が与えられたのかはわからないけど、作戦は遂行してみせる!」

一夏「間もなく合流座標…………あのタライみたいな艦?」

主任「あれは上陸用舟艇と呼ばれる艦艇です。ノルマンディー上陸作戦なんかで歩兵を上陸させるのに使われたのが有名で、揚陸艦はその母艦」

一夏「着艦します。しかし、台風の影響が大きくなっている…………揺れる揺れる」ヒュウウウン、スタッ

特務隊1「わお! 噂には聞いていたけど、あの子よ! “千冬様の弟”っていうのは!」

特務隊2「ISドライバーとしての実績は公式記録だと皆無に近いけど、その裏で伝説的な強さを秘めているという彼!」

特務隊3「揺れる船に綺麗に着地…………基本操作が洗練されていて、それだけで只者ではないことがわかる」

一夏「」ニコッ

一同「カッコイイ!」




――――――数時間後。


一夏「目標はどうなっています? 作戦は決行なんですか? 揺れが大きくなってきているが……」

主任「残念ながら、これは決行する他ない」

一夏「――――――予想コースは?」ピピピ

一夏「…………これは、臨海学校にかなり近いコースだ。5キロもないぐらいだ」

一夏「となると、臨海学校にいる専用機持ちにお声がかかってるんじゃ?」

主任「確認しましたところ、アメリカ軍から正式な依頼としてIS学園に『銀の福音』の拿捕あるいは撃破を求めた様子――――――」

主任「若様の予想通りですね。そして、織斑先生が討伐作戦の指揮を執ることになったようです」

主任「おや、どうやら学園側から若様を呼び戻すようにお達しが来ているようですね」

一夏「共同作戦はダメなのか?」

船長「それは難しいのではないでしょうか?」

船長「我々がこの海域に真っ先に展開した理由は、表向きはISの安全性を頼みにして台風の観測及び巻き込まれた船舶の救出訓練ということになっており、荒唐無稽です」

特務隊1「まあ、私たちが挑むものは台風以上に危険なものだけどね」

特務隊3「つまり、我々が戦略級ISを討伐するためにあらかじめ織斑一夏を呼び寄せた事実がバレてしまう」

一夏「そうだな。となると、我々の手で偶然討伐した形にしないといけない…………」

主任「その辺は問題ない。たった今、領海侵犯したISを偶然近くに展開していた我々が拿捕あるいは撃破するようにお達しが来ました」

一夏「さすが、手が早い」

船長「では、船を出します。それで、どのタイミングで目標を襲撃するかを早く決めてください」

特務隊2「この場合、一夏くんの『零落白夜』が勝負の要。だけど、超音速飛行している相手にまず追いつけない」

特務隊3「そこで、正面から妨害して減速させる。超音速飛行できる相手だからイグニッションブーストなんてできて当たり前だろうけど、」

特務隊1「こっちにはイグニッションブーストが使えるのが2人いる――――ってことでいいの、一夏くん?」

一夏「はい。ただし、こちらは競技において短期決戦に挑むようにしか訓練していないので、5分以上の高速戦闘は無理だと思います」

特務隊1「上等じゃない! 高速戦闘なんて一瞬で決着がつくからそれでいい!」

特務隊2「それじゃ、決まりね。私たちでこういうふうに追い込んでみせるから、一夏くんに繋いでみせて」

特務隊1「任せなさい!」


特務隊3「しかし、“千冬様の弟”とこうして共闘できるだなんて…………」

一夏「――――――“千冬様”?」

一夏「えっと、みなさんはIS学園の卒業生なんですか?」

特務隊2「そうよ。そうね……確か今、IS学園の教員で代表候補生だった山田真耶って子の同期よ」

特務隊1「私たちは3人でよくつるんで千冬様に叱られてったっけ」

一夏「そうだったんですか」

特務隊3「あなたはどう? “世界で唯一ISを扱える男性”だからいろいろ肩身が狭くなかった?」

一夏「それはもう慣れましたけど…………」

特務隊2「あんまり楽しくないの? 今年は代表候補生がいっぱい入ってきたってことで話題だけど?」

一夏「その、私は便宜上 代表候補生と同一視されてますけど、こうやってスポンサーのお呼び出しをこなすのが本業です」

一夏「“世界で唯一ISを扱える男性”だからこそ、少しでも多くの運用データをスポンサーが望んでいるわけでして、私としても代表操縦者になるつもりはないので、」

一夏「ISドライバーとして学園に籍を置いている理由はほとんどないんです……」

特務隊1「そういえば、あんたって学園中の女の子と丁寧に一人ひとり相手してやっているってホント?」
特務隊2「公式戦に一切出てないのに、フランスとドイツの代表候補生に勝ったんだって? もったいない」
特務隊3「あのドイツの第3世代型を『打鉄』と『ラファール』で撃破に導いたっていうのは?」

一夏「全部本当です。IS学園に在籍している意味はあまりないとはいえ、できる限りをことをしておきたかったので」

一同「おおおおおお!」


一夏「それで、段取りは決まりました。あとは、臨海学校に配置されている専用機持ちの動向ですが……、」

一夏「あそこには高機動強襲ができる機体がないから、まず同じ戦場に立つことができないでしょうね。――――――戦力外です」

特務隊3「それはしかたない。――――――競技用と品評用だから」

特務隊1「そうそう! 私たちみたいなへそ曲がりでもない限りは、平和の国で実戦用ISのパイロットになんてなれるわけないじゃん?」

特務隊2「…………一夏くん? あなたは今までどういう訓練を受けていたの? ――――――まるで覚悟が違う」

特務隊1「そうなのか?」

特務隊3「これほどまでに緊迫した状況で、IS乗りになって日が浅い15歳がここまで堂々としている方が異常」

特務隊1「じゃあ、私と同じか?」

特務隊3「あなたは緊張感がないだけ」

一夏「…………信じるか信じないか、」

一夏「――――――水爆の解体を行ったことがある」

一同「――――――!?」

一夏「だから、二度目なんです。――――――水爆の脅威と向き合うのは」

特務隊1「主任、それは本当か?」

主任「…………我 関せず」

一夏「………………」


船長「話はまとまりましたか? そろそろ台風の影響が強くなって作戦に支障をきたします」

一夏「目標は相変わらず?」

主任「そうですね。そのまま直進を続けています」

一夏「学園の戦力もあてにできないし、空も海も荒れつつある」

一夏「これはもう勝負に出たほうがいいと思う」

特務隊1「そうだな。予定通りにとっととシメちゃおうぜ!」

特務隊2「それじゃ、一夏くん。ジャミングを使って相手の目を奪うからその隙に先行して、雲の上に!」

特務隊3「ゴーグルは持って来てる?」

一夏「これ?」

特務隊3「そう。今からアプリを更新する。これで武装コンテナと目標の区別ができるようになる」ピピピ

一夏「仕事が早いな、主任」

主任「総力を上げて、しかも数時間もあれば余裕ですよ」

主任「しかし、高速戦闘ともなれば、動体視力と反射神経が全てを決めることになるから、気休め程度にしかならないでしょうね」

船長「では、頼みました。私は高速戦闘には参加できませんが、武装コンテナの回収やみなさんが撃墜された時の救助に専念します」

一夏「誰もまともに戦って勝てるとは思っていないんだ。みんなが持てる力の限りを尽くして、」


一夏「――――――勝ちに行くぞ!」


一同「おおおおお!」

一夏「来い、『白式』!」

特務隊2「カウント! 3,2,1、――――――行け!」

一夏「うおおおおおおおおお!」

特務隊2「広域ジャミングは精々2分しか保たない。その間に、目標に接触するよ!」

特務隊1「任せなさい!」

特務隊3「では、船は任せた」

船長「ええ。帰る場所の心配なんてせずに、前方の敵に集中してください!」

船長「――――――ご武運!」






一夏「今一瞬、曇天の空の下で黄色く表示されるものが見えた!」

一夏「だけど、やつの索敵範囲に入らずにここは垂直に昇りきる!」

一夏「作戦通りにうまくいってくれよ……!」ヒューーー

一夏「風が強くなってきているな…………」

一夏「勝利の神風が吹いてくれればいいのだが…………」


具体的な作戦の内容はこうであった。

一夏の『白式』は索敵範囲の外で『銀の福音』よりも高い高度に昇り、その場に待機する。

そして、超音速飛行で飛んでくる『銀の福音』を特務隊の2機が狙撃し、誘導する。

そこを特務隊の高機動強襲型が襲いかかり、イグニッションブースト同士の高速戦闘に持ち込み、

隙を見て一気に降下して『零落白夜』で直接の撃破あるいは武装コンテナの切除を狙うのだ。


特務隊2「来たわ! ミサイル一斉発射!」

特務隊3「了解。そして、撃った後は超射程の狙撃銃で狙い撃つ」


銀の福音「――――――!」


特務隊2「あれが、『銀の福音』の第3世代兵器なの!?」

特務隊3「大型スラスターと多連装誘導レーザー砲の組み合わせ……」

特務隊2「ミサイル第2射よ!」

特務隊3「しかし、これだけ風が強いと狙撃が無意味」

特務隊2「なら、接近して囮にでもなるわ!」

特務隊3「それしかない」


特務隊1「おらああああああああああ!」

銀の福音「――――――!?」

特務隊1「ち、ワイヤーを躱しやがったか…………!」

特務隊1「なら、ダブルマシンガンを喰らえええ!」

特務隊2「この距離ならある程度の強風も問題ない!」

特務隊3「誘い込んだ」

特務隊1「やれえええええええ!」

一夏「そこだああああああああ!」ズバン

銀の福音「――――――!!!」


――――――まさにそれは稲光であった。



音速の壁こそ超えないが超高速で真っ逆さまに落ちる一夏の『白式』の『零落白夜』の光の剣の青い軌跡は、

『銀の福音』本体と巨大なスラスター『銀の鐘』を見事に分断したのである。

当然、大型スラスター『銀の鐘』に付属していた武装コンテナも落ちていくのであった。

これによって、――――――水爆の脅威は去った。

核爆弾というのは緻密で高度な化学反応を積み重ねた上で爆発という現象まで持っていくので、
プラスチック爆弾やニトログリセリンとは違って、漏れだした放射線で被曝する可能性はあっても、正規の手続き以外で起爆することはまずありえない。

しかし、暴走したISをこのまま野放しにするわけにはいかない。

こうして一夏と『白式』はまた語らない伝説を築き上げることになろうとしていた。


特務隊1「どうやら戦力の全てをそのスラスターに集中していたようだな!」

一夏「イグニッションブーストすらも使えないなら、これでとどめだ!」

一夏「うおおおおおお!」


だが、その時――――――!


ヒューーーーーー!

一夏「な――――――(こんな時に突風――――――!?)」ズバン

銀の福音「………………」ザバーン

一夏「しまった! 手応えが――――――」

特務隊1「落ち着けよ! もうあいつに攻撃手段なんてないんだ。あとはとっ捕まえてシメちまえばそれでいいだろう?」

特務隊2「それに海もこれだけ荒れてきた。破損箇所に海水が流れ込めば場合によってはそのまま海の藻屑よ」

特務隊3「…………油断大敵」

一夏「…………主任! 水爆は海に沈んだようだが、位置は追跡できているか?」

主任「問題ありません。翌日になればすぐにでも、現場検証と称してサルベージさせます」

一夏「プルトニウムが海に漏れて『世界滅亡!』なんかになるなよ……」ピィピィピィ

一夏「――――――反応!? 何だこのエネルギーは!?」ピィピィピィ

特務隊1「な、何が起きたって言うんだよ!」

特務隊2「ま、まさか、これは――――――!?」

特務隊3「ありえない……」


銀の福音「――――――」


『銀の福音』は巨大な力場を生成して復活した。

そして、その背中には一夏と『白式』が斬り落とした大型スラスター『銀の鐘』の代わりとなる、光の翼が展開されていた。


一夏「――――――セカンドシフトだと!?」

特務隊2「こっちは主武装のほとんどを使い切っているっていうのに……!」

特務隊3「生き残るには、攻撃を分散させるしかない……!」

一夏「だが、今度は外さない……!」

特務隊1「そうだぜ! 止まっている今がチャンスだ!」

一夏「うおおおおおおお!」

特務隊2「危険よ! 止めなさい!」

銀の福音「――――――!」

一夏「なんだと…………(何もないところから極太レーザー!?)」

一夏「これが戦略級ISの底力なのか……!?(違う、あれは『龍咆』と同じ原理でレーザー砲を自由自在に収束させて撃ってるんだああああ!)」

特務隊1「ちぃいい――――――!」

一夏「うわあああああ――――――助かった…………ありがとうございます」ブルブル

特務隊1「生きているな! だけど、どうするよ!?」

特務隊3「戦力差は歴然……」

特務隊2「武装コンテナがなくなった分、遠慮も無くなったってわけ……?」

一夏「ダメだ、『零落白夜』を使うだけのエネルギーがもうない……!(よくて一発分保つか保たないか……)」

主任「撤退だ! 撤退するんだ! 水爆の脅威から世界を救ったというだけでも文句ない戦果だ!」

主任「大丈夫だ! ISは名の通りの無限の稼働時間を持っているというわけじゃない。展開している限りはエネルギーは無くなっていく」

主任「だから、時間に任せて自滅を待つんだ!」

一夏「前提として逃げ切れるんですか!? 相手は超音速飛行能力を取り戻したようですよ?!」

一夏「それに相手は戦略級だぞ!? 通常の機体の何倍もの――――――」

特務隊1「ぐあ!」

特務隊2「このままじゃ……!」

特務隊3「全滅は確実…………!」

主任「そ、それは――――はっ!? 海域に超音速飛行する未確認飛行物体を確認!」

一夏「――――――っ!? それはどの方角から来た!?(今日は7月7日。可能性としては――――――)」


箒「一夏ああああああああ!」


一夏「箒――――――、箒なのか!?(見たことのない機体。そして、超音速飛行をしてきた――――――)」


一夏「それが束さんからの誕生日プレゼントってわけか!?」

箒「そうだ! これが私の専用機『紅椿』だ!」

一夏「(名の通りの真紅の機体…………ずっしりとした外観は『打鉄』にも通じている。機種転換訓練なしに乗りこなせていると見るべきか)」

一夏「来てくれたのはありがたいけれど、俺たちにはもう戦う力は残されていない……」

一夏「撤退することしかできない。援護してくれ!」

銀の福音「――――――!!」

一夏「あ 回避しきれない……(イグニッションブーストのエネルギーもない!?)」

箒「一夏はやらせない――――――!」ダキッ

一夏「――――――速い!(『白式』のイグニッションブーストの比じゃない! 戦略級に匹敵する性能なのか!?)」

箒「一夏、お前の背中は私が守る――――――はっ!?」

一夏「何だ、これ? 機体から光が溢れてくる…………」

一夏「エネルギーが回復していく! ――――――まだ戦える!」

箒「こ、これが私と『紅椿』の単一仕様能力『絢爛舞踏』…………」

一夏「特務隊は撤退してください! あとは何とかなる……」

特務隊1「何言ってんだ、“千冬様の弟”!?」

特務隊2「だけど、戦略級ISの圧倒的な戦力に対抗できるのは『零落白夜』しかない!」

特務隊3「足手まといになるべきではない……!」

特務隊1「くそ! じゃあ、そこの新入生! 絶対に連れて帰れよ! わかったな!?」

箒「言われなくても、――――――私が一夏を守る!」

特務隊1「くそっ、情けないぜ!」

特務隊3「掛ける言葉はただ1つ」

特務隊2「――――――幸運を祈る!」

主任「…………頼んだぞ。そして、無事に帰ってきてくれ!」



一夏「挟み撃ちにするんだ! 左から頼む!」

箒「わかった!」

銀の福音「――――――!」

箒「はああああああああ!」

一夏「(自慢の超音速飛行も戦闘になれば発揮されないのが救いだな……)」

銀の福音「――――――!」

箒「な、接近してきた――――――!?」

一夏「馬鹿な! やつの武装は射撃武器だけ――――――はっ!? まさか!(『龍咆』と同じ原理なら射角は無限!?)」

一夏「ダメだ、距離を取るんだ! 離脱しろ!」

箒「はあああああ――――――はっ?!(な、双剣を受け止めた!? そして、光の翼が――――――!?)」

銀の福音「――――――!」


その瞬間、『銀の福音』の光の翼は箒の『紅椿』を覆った。

すると、一瞬のうちに激しい光が翼の中から溢れだしたのだ。

それがどういう攻撃なのかは一夏には理解できていた。

『銀の福音』第2形態は光の翼というエネルギー兵器を自在に操る能力を持っており、光の翼のあらゆる部分からレーザーを収束させて放つことができた。

つまり、あの光の翼に包まれればほぼ全方位から一斉にレーザーを浴びることになるのだ!

まさにそれは、一撃必殺の類であった。ただ単にダメージを与えるだけでなく、受ける衝撃や眩い閃光がパイロットの心身を大いに揺さぶったのだ。


箒「うぁ…………」ガクッ

一夏「箒いいいいいい!(だが、強制解除されていない…………何て装甲だ! 本物だな)」

銀の福音「――――――」ジー

一夏「く、今度は俺か!」

銀の福音「――――――」

一夏「くそ、俺にばかりは接近戦を挑んでこないか……(せっかく補充してもらったエネルギーもそろそろマズイ……)」


ついに戦闘可能なのが自分だけとなり、更にシールドエネルギーも余裕がなく、焦燥の色を見せ始める一夏。




ザーザーザーザー

ヒューーーヒューーーヒューーー

ザバーンザバーンザバーン

一夏「!?」


すると、激しい雨と風が吹き荒れた。

音を立てて叩きつける風、視界を奪い去る大粒の雨、不安を煽る波……


一夏「――――――風と雨が!」ヒューーーーーーー

一夏「ぬぅ!? このっ!(台風の暴風圏に入ってしまったのか?!)」

一夏「コントロールが…………!(目が回る…………マズイ、『銀の福音』が!)」

銀の福音「――――――!」

一夏「うあ!?(今度こそ終わりなのか…………!?)」


機体の制御を失った『白式』に『銀の福音』がとどめとばかりに収束させた極太レーザーを放った。しかし――――――、


――――――それこそが神風であった。



ヒューーーヒューーーヒューーー

一夏「――――――うん?」

銀の福音「!!??」


あっという間にレーザーが減衰してギリギリ回避することができた。

いや、それだけじゃなく、唐突に風に煽られて元々の射線がずれていたことも幸いした。

更に、『銀の福音』は多数のレーザーを放つが、幾重にも層をなす雨のバリアーによってまるで攻撃が届かなかった。

その隙に、ようやく一夏がコントロールを取り戻して『銀の福音』へと最後の突撃を敢行する。

当然、『銀の福音』は逃げ出すのだが、ここで肝腎な時に一夏の邪魔をしてきた風が今度は味方したのだ。


――――――風向きが変わった。流れが変わったのだ。


一夏「天は我に味方せり!(そうか、レーザーは空気中よりも水の中では大きく減衰する! それに大気の流れも大いに影響する!)」

銀の福音「!!!!!!????」

一夏「もらったああああああ!(今度こそ、とどめだああああ!)」


そう、台風の暴風雨は今度は『銀の福音』を檻の中に閉じ込めて、最後の最後に大逆転のチャンスを与えたのだ。


一夏「これで終わり――――――」

銀の福音「!!!!」

一夏「何!? こんのぉおおお!」


しかし、『銀の福音』もしぶとかった。

無謀にも、あらゆるものを両断してしまう『零落白夜』の光の剣をも身を削りながらも掴んで抵抗してみせたのだ。

更に、光の翼を一夏の身体を覆うように展開する。このままでは箒の二の舞を演じてしまう!

降りしきる雨によって威力は落ちていたが、元々使えるエネルギーが半分以下で『零落白夜』や度重なる攻撃でシールドエネルギーを消耗しきっていた『白式』にとどめを刺すには十分すぎた。

だが、ここで天は更なる味方を送り込んでいた!





ザバーン!

一夏「」ゴボボボ

銀の福音「!!!!!!!?!???」


高波に巻き込まれたのだ。

気づけば、二人の戦場は台風の下降気流に流されて大きく高度を奪われていた。

当然、光の翼は著しく威力を失い、死に損ないの『白式』にとどめを刺すことすらできなかった。

むしろ、エネルギー出力を一定に保とうと無理に光の翼を展開しようとしたので一瞬で高波を霧散させたが、エネルギーを無駄に消耗してしまった。

一方で、『白式』の『零落白夜』はあらゆるエネルギーを無効化するので、水を被ろうが威力が減衰することが一切ないブラックホールであった。


一夏「今度は逃さねえええ!」

一夏「あんただけは、ここで墜とす!」

一夏「うおおおおおおおおおおおおおお!」


ゴロゴロ、ピカーン!


銀の福音「!!!!????」


そして、曇天の空に吹き荒れる台風の暴風雨に落とされる雷のごとき青い閃光はついに『銀の福音』を貫いた。

雷が天に坐す高貴なる存在から地に蔓延る悪しきを砕くために落とされるように、

最後の力を振り絞って『銀の福音』を捕らえた一夏と『白式』は薄暗く風も雨も波も全てが荒ぶる世界から底の見えない暗い暗い海の中へと沈んでいくのであった。







箒「――――――はっ!? 一夏は?!」ザーーーーーーーーー

箒「一夏ああああああああああ!」ピューーーーーーーーーー

箒「どこだ、一夏! 返事をしてくれ!」バシャーーーーーーーーーン

船長「暴れないで!」


ゴロゴロ、......ピカーン!


一夏、一夏、一夏あああああああああああ!


ザーーーーーーーーーー、ピューーーーーーーーーー、ザバーーーーーーーーン!


世界は残酷である。

少女の魂の叫びは無情にも圧倒的なまでの轟音の前に掻き消される。

それは一人の人間ごときちっぽけな存在の主張など気にすることなく平然と踏みにじる世界の真実の声のようでもあった。















――――――翌日


爺様「そうかぁ……懸命の捜索でもぉ見つからないかぁ」

爺様「いや、ご苦労であった。しっかりと休んでくれ…………」ガチャリ

爺様「『銀の福音』の残骸と武装コンテナはきっちり見つかったがぁ――――――」

千冬「一夏…………」グッ

爺様「ISのコアの反応もなくてはもうどうしようもないな……」

爺様「あの子は本当に優しい子だったぁ……」

シャル「そんな言葉、聞きたくありません!」

ラウラ「まだ死んだと認めたわけではない!」

爺様「そうだな。水死体が見つかったというわけでもない。希望はあるだろう……」

鈴「だけど、それじゃいったい一夏はどこへ流されていったっていうの……」

セシリア「ああ、一夏さん…………」

箒「………………一夏」



――――――雨の中


ずっと雨が降り続けていた。

日本は雨が多い国である。梅雨が終わったと思えば、蒸し暑い夏や台風がすぐ後に控えている。

雨の日は自然と心にモヤモヤとして悶々とした気分にさせられる。


――――――だが、俺は雨の日が好きだった。


俺は雨が明けた後の晴れた空が好きだった。

そして、空に架かる七色の橋を見るのが特に楽しみであった。

晴れた空の素晴らしさがわかるのは雨の日のおかげである。

“ない”よりも“ある”ことの素晴らしさを教えてくれるから――――――。

こんなふうに思うようになったのは『あの日』からである。それまでは雨の日は何となく嫌だった。

だが、『あの日』から俺は弱音を吐くこと――――泣くことを許されなくなった。


――――――俺が関わる人全てを守るために。


すると、世界が変わったのだ。変わって見え始めた。それは社交界の洗礼を受けたこともあったが、誓いを立てた『あの瞬間』から変わっていた。

まるで、俺の気持ちを代弁してくれるように降りしきる雨――――――。


俺は、ずぶ濡れだった。何も見えず、何も聞こえず、何も感じられなくなった暗闇の中を歩き続けていた。

気づくと、俺の目の前に女の子が雨に打たれていた。

だから、傘を差してあげた。自分でも意味がわからなかったが、そうしていた。

すると、雨は止み、雨上がりの爽やかな青天が雲の隙間から顔を覗かせた。

そして、大きな大きな水溜まりも潮騒の音が鳴り響く透き通った美しさを見せ始めた。


――――――見上げれば、天に架かる光の橋がそこにあった。


その橋の根本に今度は俺と女の子は居た。


――――――呼んでる。行かなきゃ。


俺が傘を差してあげた女の子はそう言った。

確かに、橋の根本の俺と女の子は手を降って何かを言っているようにも見えなくもない。

だが、よく目を凝らして見ると、そこには千冬姉や爺様、財閥で働いているみんな、学園で共に成長していくみんな、俺が関わる人全てがそこにいて、


――――――みんな、俺を見て手を振り、呼んでいたのだ。


その中で、俺と女の子があそこに居て、見せつけるように笑みを浮かべていた。


そして、眩い光に包まれたかと思うと、

今度は夕焼けに染まった橋の下に、見憶えのある鎧をまとった女性が一人。


――――――力を欲しますか?


答えよう。その答えならすでに持っている。

いつまでも変わることのない永遠の誓いを再びここで――――――!


――――――俺は関わる人全てを守る! 力が欲しい! そのための力が!


それが俺の真実だ。たとえこの先、どれだけの血と汗と涙が俺の選択の自由によって流されようともそれだけは変わることはない。


――――――だったら、行かなきゃね。


ああ、行こう。雨上がりの晴れた空に架かるあの橋の下へ!












一夏「…………ゴホゴホ」

束「や、グッドモーニング! ようやくお目覚めだね、いっく~ん!」

一夏「束さん…………?」

一夏「(何だここは? あちこちに精密機械がたくさん――――――)」キョロキョロ

一夏「そうか、ここが束さんのセーフハウスってことなのか」

束「おおう、凄い理解力! ザッツラ~イト!」ビシッ

一夏「俺は、この手で『銀の福音』をやったんだな……」グッ

束「いやあ、まさか『白式』だけであそこまでやっちゃうだなんて、大天才の束さんでも予想できなかったよ!」

束「ほとんどいっくんが倒しちゃったようなものだし~!」ブーブー

一夏「それは違うよ。僚機との連携が無ければ、『銀の福音』に接敵することすらできなかったんだから」

一夏「あれはみんなで掴んだ勝利なんだ。引き立て役も忘れないでください」

束「本当は、箒ちゃんの『紅椿』が主役になるはずだったんだけどさ~」ブーブー

一夏「不満そうですね。世界の危機が救われたっていうのに――――――はっ?!」


一夏「――――――『白騎士事件』とそっくりじゃないか!?」


一夏「まさか、あなたが関与していたのか……!?」

束「さて、どうでしょう~?」ニコニコ

一夏「『白騎士』と呼ばれたISによってあなたの発明品が世界中で注目を浴びたのと同じように、」

一夏「今度は妹の晴れ舞台のために『紅椿』とそれに相応しい敵を用意してきたというのか……!?」

束「」ニコニコ

一夏「……答えてはくれないか」


一夏「それじゃISの開発者なら、どうして俺が“世界で唯一ISを扱える”のかわかるだろう? 教えてくれ」

束「……残念だけど、どうしていっくんがISの適性を持っていたのか、私でもわからないんだ」

束「そして、いっくんの『白式』にもいろいろ謎が多いんだよね」

一夏「そんな……じゃあ、雪片弐型はどうなんだ? あれを造ったのは実は束さんなんじゃないのか?」

束「それは、それは、大・正・解! あれを全身の装甲にしたのが、今回『大活躍!』する予定だった箒ちゃん専用IS『紅椿』だったのさー」

一夏「あれには助けられた…………何度も何度も(そう、今回も俺を水爆の脅威から救ってくれた)」

一夏「では、千冬姉の『暮桜』と同じ単一仕様能力になったのは単なる偶然か?」

束「それもよくわかってないんだ。ただ、コア・ネットワークが『非限定情報共有(シェアリング)』を行って、」

束「ISとISが同じパイロットの情報を共有し合った結果、初期化されて全く別のコアになったと思われるISにも『零落白夜』が発現したんじゃないかなって」

一夏「それじゃ、最後に――――――」


一夏「――――――これから世界をどうしていきたいんだ?」


一夏「篠ノ之 束! 返答次第では、――――――斬る!」ジャキ

束「おおう、いっくん、怖いー!」

一夏「――――――狡猾な羊め!」ゴゴゴゴゴ

一夏「さっきので確信できた!」

一夏「――――――あなた以外にISのコアを造れるはずがない!」

一夏「学園を襲撃してきたあの無人ISに使われた未確認のコアを造ったのもあなただろう!」

一夏「俺は使い方を定義する――――環境を与える側の人間だ」

一夏「たとえ譲渡先の思惑を知らなかったとしても、俺は二度とあんな悲劇が起きないように、――――――警告する!」

一夏「まず、新しく造ったコアの絶対数と管理情報を国際IS委員会に公表するんだ」

一夏「そして、二度とISを悪用する裏組織に譲渡するな」

一夏「この2つを守れば、今回の件だって見逃してやる…………大事なのは今日から続く明日なんだから」

一夏「だが、どんな理由があろうとも、どんな不満があろうとも、人間には超えてはならない一線があるんだ!」

一夏「そう、超えてはならないものが…………」プルプル

束「……いっくん、昔よりずっとずっとカッコよくなったね。それでいて、昔のままの優しいいっくんだ」

束「そんないっくんが私は大大大好きだよ」

束「だから、そんな物騒なものはどけて――――――」ガシッ

一夏「何……!?(雪片弐型がピクリとも動かない!? いったいどこにそんな力が!?)」


束「ねえ、いっくん? 今の世界は楽しい?」

一夏「な、何だと…………?」

束「すぐに答えらない?」

一夏「…………楽しいと思えることよりも、苦しいとか辛いとか鬱陶しいとかそんなもんばっかりだよ」

一夏「どれだけ努力しても『関わる人全てを守る』ことができないのかもしれない」

一夏「けど! ――――――俺は確かに見たんだ! 確信できたんだ!」

一夏「雨上がりの晴れた空に架かる橋の下で、みんなが俺を見て手を振ってくれているのを!」

一夏「たとえ世界が狂気と矛盾に満ちたケイオスだったとしても諦めはしない…………!」

一夏「なら俺は、自分の意思と能力の全てを捧げて世界を楽園に変えるだけだ…………!」

一夏「どれだけ苦しもうとも、貶められようとも、疎まれようとも! 俺は“ある”者として『あの日』の誓いを果たし続ける!」


――――――俺は関わる人全てを守る!


一夏「何度でも言う! 何度でも言い聞かせる! 何度でも訴える!」

一夏t「それが、――――――“織斑一夏”だ!」

束「……そうなんだ」

束「ふふふ、みんなに愛されるわけだね。この束さんもキュンとなっちゃった」ポー

束「箒ちゃん、ごめんね……」

一夏「(動け、雪片! 何故ピクリとも動かない!?)」アセダラダラ

一夏「あ……」

束「」チュッ

一夏「な、何を、した…………」フラフラ

束「次に会う時は、もっともっと大きくなって狡猾な羊を御する羊飼いになってね」

束「バイバーイ」

バタッ







――――――夜、波打ち際


箒「私は、結局何もできなかった…………」

箒「世界最高峰の専用機を手に入れて、そして『白式』と相性がいい単一仕様能力を得てしても、私はお前を救うことができなかった……」

箒「私は何て情けない人間なのだ…………」

爺様「ここにいたかぁ、“篠ノ之 束の妹”」

箒「あ、会長…………私は…………」

爺様「みなまで言うなぁ。儂もお前と同じく、『こうすればよかった』『ああすればよかった』と考えこんでしまっていた…………」

爺様「それは時間を無駄にするだけの思弁――――現実逃避でしかないと一夏に教えてきたのに、儂自身……、動揺を隠せないようだ……」

爺様「儂は一夏に『銀の福音』討伐に際して、『無理でもやってもらう』ように強制してしまった……」

爺様「やれと命じた以上、一切の責任を負うのはこの老いぼれだぁ」

爺様「だから、気に病むなとは言わないが、若いお前にはしっかりと明日を見据えて再び歩き出して欲しい」

爺様「現実逃避することなく、はるか遠くにいる相手に恩返しをするとしたら、」

爺様「――――――しっかりと生き抜くこと」

爺様「それが最高の返礼と儂は考える。おそらく一夏もそうであろう」

箒「………………!」

爺様「さもなければ、尽くした誠意と努力が報われない…………」

箒「その言葉、胸に刻みます」

爺様「そうか。こんな老いぼれでもまだ役に立てて何よりだぁ」

爺様「ではな。強く生きよ、“篠ノ之 箒”――――織斑一夏が一番に救おうとした悲劇のヒロインよ」

箒「あ………………」




ザー、ザー


箒「――――――報われない、悲劇のヒロイン、現実逃避か」

箒「確かにそうなのかもしれない」

箒「私はずっと一夏に頼りきりだった。甘えてばかりだった。結局、一夏の気を引くために自分で自分を不安に陥れるだけの毎日……」

箒「一夏が私のことを“恥ずかしがり屋”と言い続けたのも、きっと私のそういった心の弱さを的確に捉えていたからなのかもしれない……」

箒「社交界は押しが弱いと損をすると最初に一夏は言っていた。それは本当のことだった…………」

箒「いや、それは社交界だけに限ったことじゃない」

箒「自分の思いをきちんと伝えることは人の営みの中では当たり前のこと…………」

箒「だから一夏は、私が言い出すまで――――――」

箒「………………」グスン

箒「帰ってきてくれ……一生のお願いだ……」

箒「私は一夏のことが大好きだあああああああああ!」

箒「だから、今はただ側にいさせてくれ…………頼むから」

箒「………………くぅ」

箒「うわああああああああああん!」




ザー、ザー


「俺は晴れた空が大好きだ」

「だけど、晴れた空になるためには晴れていない空が必要だ」

「どれだけ憂鬱な気分が続こうとも、気分が晴れた時の喜びは何物にも代えがたい」

「だから、俺は雨の日も大好きだ」

「悩める時も迷える時も涙ぐむ時も、いつかは晴れ晴れとした心持ちになって報われると信じて――――――」

「――――――止まない雨はない。その時が来るまでは死ねないな」


箒「は…………」

一夏「よっ」ニコニコ

箒「一夏っ!」ギュゥウウウウ

一夏「ははは、心配かけたな」ナデナデ

箒「馬鹿者! 本当に弛んでいるぞ! こ、こんなもんで私の気持ちが収まるものか…………本当に良かった」ポロポロ

一夏「…………よっと」

箒「な、何を?」

一夏「もう7月7日じゃないけど、」


一夏「――――――誕生日おめでとう」


一夏「何となく白を選んでみたんだけど、どう?」

箒「あ、ああ! 嬉しいぞ、一夏」

一夏「あのISのように紅い印象が強いけれども、心は白ですね~」

箒「か、からかうな…………その、恥ずかしい」ポー

一夏「さ、手を」

箒「え?」


一夏「――――――私と踊っていただけませんか? ISで」


箒「あ、それは…………喜んで」ポー

一夏「素直でよろしい。それじゃ――――――」

一夏「来い、『白式』!」

箒「『紅椿』、行くぞ!」


一夏「さあ、天の川の下で、彦星と織姫の再会を祝す優雅なひとときを――――――」






爺様「ほう……」

SP1「無事で何よりでしたね」

SP2「本当によかった…………これで次代への希望は生き続ける」

千冬「………………一夏」ポロポロ

山田「しかし、これまでどこに……?」

爺様「良いではないか、良いではないかぁ!」

爺様「終わり良ければ全て良しぃ! 我々の明日はぁ昨日より明るい!」

SP1「そうですね。今夜は日が昇るまで感動の余韻に浸りましょう」

SP2「そして、明日からは元通りの日常へ――――いや、次のステージへ!」

千冬「……そうだな。今年はまだ半分終えたばかりだ」

千冬「私も無事に年が明けられるように気を引き締めていこう」

山田「私も――――――あ、あれは!」



ヒュウウウウウウウウン

セシリア「一夏さあああああん!」

鈴「一夏ぁ!」

シャル「一夏!」

ラウラ「織斑一夏!」



爺様「さぁて、あの見目麗しき可憐なる戦う乙女たちの行末はいかにぃ……?」

SP1「そして、若き俊英とその学び舎の運命は――――――?」

SP2「それは行くところまで行かないと誰にもわからない。けど――――――」

千冬「――――――それを見届けるのが大人の務めだ」

山田「楽しみですね、将来が」

一同「………………」

爺様「それでは、我らはここらで退散するとしよう」

SP1「各方面に生存報告を送りませんと」

SP2「『福音事件』――――闇に葬られる運命であろうと、世界を救った名も無き英雄の物語はこれからも続いていく」

千冬「さあ、行け。――――――時代を導く風雲児よ」



――――――俺は千冬姉を、爺様や財閥の人たち、箒やIS学園のみんな、関わる人全てを守る!



The End......?


アンコール 平和な日常・裏
Interwar

――――――夏期休業前


一夏「さて、幼児教育ボランティアや高齢者ボランティア、企業の慰労訪問は終わりっと」カタカタ

一夏「うん! これで平の実績は十分」

一夏「2学期からは生徒会だな」

一夏「確か、のほほんさんが――――違う違う。布仏本音さんね。彼女が生徒会書記やってて、その3年の姉が会計だったな」

一夏「で、生徒会長が――――――うっ、頭が…………」ズキーン

一夏「…………ちょっとハードスケジュールだったから疲れたのかな」

コンコン

一夏「む、どうぞ」

ガチャ

シャル「一夏! ご主人様!」ニッコリ

ラウラ「お、お茶でもいかがでしょうか……」プルプル

一夏「ああ、ご苦労様……(おお、ラウラよ。落ち着け。零すなよ)」ハラハラ

一夏「はい、よく出来ました(えっと、……何考えてたんだっけ? まあいいや)」ナデナデ

ラウラ「ふふん……」エッヘン

一夏「これは、アレンジティーかな? 何か妙に紅みがかっている上に蜂蜜っぽい味に酸っぱさがある…………」

シャル「こちらもどうぞ」

一夏「これってヘクセンハウス(お菓子の家)じゃないか! 食べていいの?」

シャル「はい!」ニッコリ

一夏「あ、この香り――――――」クンクン

一夏「わかった、――――――生姜でしょ? それをトリックル(蜂蜜)で味付けしているんだな」

シャル「凄い!」

ラウラ「よ、よくわかったな」

一夏「安い生姜を使ったんだな…………紅生姜で直接ってところかな」

シャル「そ、そこまでわかるだなんて」

一夏「ははは、セレブの世界に入ってまずしたことは衣食住の可能性を追究したことだからね」

一夏「その中で、高級料理は無理だったけどお菓子作りが特にはかどってね」

一夏「だから、香辛料や香料の違いなんていうのはすぐにわかる」

一夏「でも、美味しくいただくよ」モグモグ


一夏「うん、美味しい。これならこういう形での奉仕もやぶさかでないね」

シャル「ご主人様!」
ラウラ「ご主人様!」

一夏「いいね。これは美味い! ほら、あ~ん」

シャル「あ~ん」パクッ
ラウラ「あ~ん」パクッ

シャル「僕、これ、好きだな……」
ラウラ「こ、こんなにも幸せなことがあるのか……」

一夏「うん(いやぁ、メイド姿が板についてきたな…………)」

一夏「お客さんをもてなすのに頼んでいいかな、こういうの」

一夏「セレブの俺が言うんだから自信を持っていいよ」ニッコリ

ラウラ「や、やったぞ、シャルロット!」ニッコリ

シャル「うん! やったね、ラウラ!」ニッコリ





一夏「いやぁ、ここまでお菓子作りができるようになるなんて思わなかったよ」(お忍び変装中)

ラウラ「軍隊ではローテーションで食事係をやっていたが、私でもこういうものを作れるようになるとは思いもしなかったぞ」モジモジ

一夏「さて、今日来たのはゲームセンターだ」ガヤガヤ

ラウラ「まるで戦場のような騒音だな。これではほとんど何も聞こえないではないか」ザワザワ

一夏「いや、意外とすぐに慣れていくもんだよ? 人間の持つ 必要な情報を選り分ける能力を身近に感じるところがここなのさ」

一夏「さて、ここに小遣い5,000円がある。今日はここで遊ぼう! 50回は遊べるはずだ」

ラウラ「わかった」

一夏「それじゃ、エアホッケーから行こうか」チャリン

一夏「――――――勝負だ! ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

ラウラ「なるほど、直感的に何をすればいいのかがわかるぞ」

ラウラ「では、ご……織斑一夏! その強さを学ばせてもらう!」

一夏「いや、確かにアメリカではスポーツにもなっているぐらいだけど、俺はプロじゃないぞ?」

ラウラ「行くぞ!」カンッ

一夏「なっ……(やはり、ドイツ軍最強のIS乗り! 本職なだけあって身体能力がずば抜けているな……)」ストン

一夏「だけど、テーブルに身体を載せずにパックがゴールに落ちなければいいのだから、こういうことだってできる!」カンッ

ラウラ「な、何ぃ!(マレットを両手に持っただと!?)」

一夏「ルール違反は一切してないぞ? パックを直接身体で受け止めることは反則だが、一人でパックを2つ使うことや片方のパックを置くことにペナルティはない!」

ラウラ「こ、これが、織斑一夏の戦術…………!」カンッ

一夏「だから、こういうふうにすることだってできる!」


ラウラから送り出されたパックを受け止め、自分のエリア内でパックを激しく弾き飛ばすと、一夏は両手のマレットを置いて居合の構えをとった。


ラウラ「どちらかのマレットを取って意表を突くつもりか!」

ラウラ「だが、そんなものに惑わされはしないぞ!」

一夏「………………!」



そして――――――、


一夏「はああああ!」

ラウラ「来たな!(やはり、右手で振りぬく先にある左側のマレットを手にしたな! ただの虚仮威しだったな)」

一夏「――――――ふん!」


しかし――――――


ラウラ「む?(掴んだマレットが左右を往復するパックに当たらなかった、だと? 馬鹿な、織斑一夏が外すわけが――――――はっ!?)」

一夏「はあっ!」カンッ

ラウラ「何だと――――――」ストン


――――――隙を作らぬ二段構えだった。

身体を前傾にして右手で左側のマレットを手にしてそのままパックを当てるものだと最初は思われた。

ラウラは居合の速さに反射的に身構えたほどだったが、意外と重くて扱いなれないマレットのせいで想像したよりは鈍かった。パックには当たらなかった。

しかし、そう思ったのも束の間、実は後れて逆の手で逆のマレットを掴んで、一瞬気が逸れた瞬間を狙い撃ったのである。


――――――まさに電光石火だった。


ラウラは一瞬 何が起きたのか全く理解できなかった。

織斑姉弟が居合の達人ということで、居合というものに興味を持ってビデオ鑑賞したり文献調査したりして研究しだしたラウラだったが、

まさか連続で居合抜きができるとは思いもしなかったので、想像を超えた技量を前にしてむしろ感動すら覚えていたのだった。


一夏「さあ、打ってこい!」

ラウラ「そうだ! それでこそ、私が憧れる織斑一夏だ!」カンッ

一夏「そこだっ!」カンッ

ラウラ「まだまだぁ!」カンッ



カンッ、カンッ、カンッ、カンッ............





一夏「今日は結構はしゃいだなぁ…………」

一夏「初見のガンシューティングを4コインでクリアしたり、クレーンゲームで大量のお菓子とぬいぐるみをゲットして、プリクラというものもしてみたり――――――」

ラウラ「また、ご主人様と来たいな……」ニコニコ

一夏「そうか。ラウラがそう望むならきっと叶うよ」

ラウラ「そうか、そうなのか。えへへ…………」ニヤー

一夏「プリクラのシールはもらうとして……、このぬいぐるみやフィギュア、キャラクタータオルは貰っていってくれ! 今日の記念として!」アセアセ

ラウラ「ほ、本当か!?」

一夏「ああ、これでベッド周りが思い出で埋まるだろう(こんなものを俺が持って帰ったら笑い草にされる!)」

ラウラ「ゲームセンター…………いいところだ」

一夏「ああ……、だけど、18歳未満は保護者同伴無しでは20時以降は入れないからそこは気をつけてね」

ラウラ「わかったぞ、ご主人様!」

ラウラ「今日の感動をクラリッサに報告しなければ!」ウキウキ

一夏「…………本当に変わった。こうして見ると本当に世間知らずなお嬢さんだな(だけど、あれで少佐なんだもんな……)」

一夏「(情報によれば、ラウラは表向きは孤児出身という話だが、軍用のデザインベイビーである可能性が高いとされる)」

一夏「(戦うためだけに生み出された生体兵器が、まさかこれほどまでの人間性を獲得するとは、何が起こるかわからないもんだな……)」

一夏「(いや、俺の人生もそうかもしれない)」

一夏「(『あの日』が無ければ――――――)」

一夏「(そして、『あの日』を境に、俺は自分の意思で財閥総帥後継者の道をひたすら行っている――――――)」

一夏「(その成果の1つが今、ここにある――――――!)」

一夏「卒業してからはわからない。でも、今だけでも“ラウラ・ボーデヴィッヒ”にしてあげられることを――――――」

ラウラ「さあ、行くぞ! シャルロットが待っている」ニコニコ

一夏「ああ」ニッコリ


――――――夏期休業の始め


シャル「次、僕だよね?」ドキドキ

一夏「それじゃ行こうか、お嬢さん?」

シャル「うん!」ニッコリ



一夏「ここが俺の――――与えられた屋敷だ(いやはや、まさか本職体験をご希望なさるとは…………これは本気で就職するおつもりだ)」

シャル「綺麗なところだね」

一夏「まあ、俺が衣食住に不自由していなかったからメイドたちが仕事を無くして徹底的な庭掃除に専念しだしたからね……」

爺様「いやあ、よく来てくれた。一夏、そしてシャルロット」

シャル「会長……」ペコリ

一夏「…………爺様は本気らしいな」









一夏「この小包みは?」

爺様「包みを開けてみよ」

シャル「…………札束? 日本円の?」

爺様「100万ある」

一夏「小切手とか電子マネーで生活していたせいで初めて見たけど、意外と――――――」

シャル「――――――薄い?」

爺様「そう、確かに薄く見えるかもしれんが、それを手にするのに普通の人は数ヶ月も働き、または人を欺き、犯罪を働く者までいる……!」

一夏「100枚“しかない”と考えるか、100枚“もある”と考えるかで重みが変わってくるな…………」

シャル「そうだね。そこが大きな違いだね」

一夏「だけど、ハイパーインフレを引き起こした戦前のドイツのように、ベビーカーに大量の札束を載せても紙くず同然にもなるんだから、」

一夏「カネの自在性と魔力は恐ろしいものがある。俺が“世界で唯一ISを扱える男性”と報じられただけで円高になるぐらいにね」

一夏「それだけに、心の弱い人間ほどカネの魔力に魅せられてしまう…………カネが“ある”か“ない”かで世界が大きく変わる」

シャル「…………そうだね」

爺様「――――――財が溢れるほど人間は本来の姿を失う」

爺様「お前はそのことがわかっているようだな」

一夏「」コクリ

爺様「ただ忘れてはならないことがある」

爺様「――――――財の価値は生き様の価値と同じだということを」

一同「――――――!」

爺様「よく覚えておけ」

爺様「財は力――――――、矛と盾、あるいは剣と鞘だ」

爺様「――――――財は人を生かし、財は簡単にその人生を断つ」

爺様「税金の匙加減で自殺者が増えたり減ったりするのを考えれば、よくわかるだろう」

爺様「そして、お前が手にする『零落白夜』の光の剣には我が財閥の未来だけでなく、世界の命運をも左右するだけの力がある」

一夏「…………」コクリ
シャル「…………」ゴクリ

爺様「だが、己の責務を全うするのにその道はあまりにも過酷だぁ」


爺様「――――――ここからが大切なことだ」





爺様「織斑一夏よ。決してお前は一人だけで戦っているものだと思い上がるでないぞ」

爺様「敵は多くとも、お前にはお前の手によって救われた者や導かれた者たちが確実にいる」

爺様「――――――味方は必ずいる!」

爺様「彼らの声に耳を傾ける余裕を失うでないぞ」

爺様「さもなければ、『あの日』、織斑一夏が世界と自分に対して掲げた誓いを見失うことになる」

爺様「決断はお前だけに与えられた自由と責任だが、その決断を支える者たちがいるということを忘れるでないぞ」

一夏「胸に刻みます」

爺様「そして、シャルロット・デュノア」

シャル「は、はい……!」

爺様「お前がこれから身を捧げることになろう相手は、自分の信念を貫こうして情熱に身を焦がす青二才だ」

爺様「それ故に、優しい。優しすぎる」

爺様「生まれてこの方、絶望といえるほどの苦楽を味わってこなかったおぼっちゃん故に、これから現実に対して悲観的になっていくだろうが、」

爺様「アイデンティティの原点として“織斑一夏”の在り方を定義し続けてやってくれ」

爺様「人間は最初から世界に奉仕するためにぃ生まれてくるのではぁない」

爺様「どれだけ壮大な目的があろうとも、その原点は身近な人間への思い入れがあってこそだ」

シャル「わかりました! 僕、やってみせます!」

爺様「良い返事だ、シャルロット・デュノア。お前にならぁ任せられるだろう」ニンマリ

爺様「では、朝から長話 すまなかったな。2泊3日、楽しんでいってくれ」バサッ

一同「…………」ペコリ

バタン



シャル「…………ねえ、一夏」

一夏「――――――俺も、『“シャルロット・デュノア”にだったら――――』と思う時があったよ」

シャル「え!?(それって“そういう意味”なのかな…………!?)」ドキドキ

一夏「これはISに関係なく、それ以前に財閥総帥後継者となった俺の問題だ」

一夏「俺はこの学園に入ってシャルとラウラを守ってやったな」

シャル「うん、そうだよ」

一夏「だけど、それだけじゃダメなんだって思い知らされたよ」

シャル「え?」

一夏「守ることも導くことも、これまでの環境をただ大きく変えるだけだから、それだけじゃダメなんだって」

一夏「俺はシャルにデュノア社と心中して欲しくなかったから声を掛けた」

一夏「俺はラウラに千冬姉の強さがいったい何なのかを教えるためにVTシステムの幻影を断ち切った」

一夏「でも、それだけでシャルもラウラも“今のほうがいい”と思えたか?」

シャル「え?」

一夏「そんなわけない。禍根を断ってやったとしても、それによる変化を受け容れて心が満たされなかったら意味が無い」

一夏「環境が変わり、その中での自由を享受できるかどうかにかかってくる」

一夏「俺は『あの日』、千冬姉に許してもらえたから“今の俺”になれたんだ」

一夏「もし、千冬姉が何も言わなかったら、きっと…………」

シャル「……そうだったね。僕もあの時、初めて自分が誰かに必要とされたように思えたから――――――」

シャル「きっとラウラもそれ以外の道を知ったから――――――」

一夏「俺はこれから環境を――――人の人生を思いのままに操ることも可能となっていくだろう」

一夏「だけど、俺が良かれと思ったことが必ずしも相手にとって良いことだとは限らない」

一夏「――――――ラウラはわからない。軍人だから」

一夏「けど、せめて“シャルロット・デュノア”だけは救われたって後になって振り返ってくれるように、」


一夏「――――――幸せになってくれ」


シャル「――――――!」ブワッ

シャル「うん! 幸せになるよ、一夏…………」ポロポロ

シャル「だから、一夏も、ね?」

一夏「ああ、ありがとう、シャル」

シャル「よぅし、頑張っちゃいますよぉ!」

一夏「楽しみにしているよ」ニコニコ



――――――夏期休業前、アリーナ


セシリア「さすがにアリーナでは『ストライク・ガンナー』は活かしきれませんわね」

鈴「私の方はあまり立ち回りが変わらない――――というより、セシリアだけパッケージによる変化が大きいのよね」

一夏「そうですね。他のは基本的に追加装備ですからね。その中で、唯一狙撃機としてのコンセプトを意地でも貫くこの仕様には…………」ウーム

一夏「これってもしかして……、『モンド・グロッソ』狙撃部門の独占へ向けての後ろ向きな狙いでもあるのだろうか……」

鈴「うわぁ……確かにISの精密射撃用兵装は未開拓部門だけど、機体よりもデカくて取り回しの悪いこの狙撃銃なんか対人戦を捨ててる感がバリバリよねぇ……」

セシリア「しかたありませんわ。それが祖国の意向ならば…………」ハア

一夏「その辺が第3世代兵器の開発に傾倒して兵器としての完成度を捨てた実験機の泣き所だな……(ひたすら技術革新していかないと生き残れないIS業界そのものが狂っているからしかたないか)」

一夏「そこで、謹製の武器を用意させてもらいました」パンパン

黒服「イギリス代表候補生:セシリア・オルコット様に本国より新装備の導入を仰せつかりました」

セシリア「ど、どういうことですの?」

黒服「私からはそれ以上のことは言えません。では」

鈴「随分小さい新装備ね。台車に載せられるぐらいの大きさだなんてね」

一夏「それはそうですよ。『ブルー・ティアーズ』のショートブレードの代用品として用意させたものですから」

セシリア「え?」

一夏「中身はFN P90のようなPDWをIS用に改良した代物です。誘導兵器による迎撃を前提として展開性と威力を重視したモデルです」

一夏「待望の迎撃用兵器と実弾兵器ってわけですよ」

鈴「何でそんなこと知っているのよ、あんた……?」

一夏「だってそりゃあ、その武器を注文したのは私ですから」

一同「――――――!?」

一夏「大したことじゃありません。スポンサーのコネ伝いに英国の“スポーツ用品店”に生産を依頼しただけです。弾もコストパフォーマンスに優れたものなので心配なさらず」

一夏「基本の立ち回りはあくまでも『ブルー・ティアーズ』による撹乱・迎撃――――でもこれで、少しは変わってくるでしょう?」

一夏「(それと、俺が頼んで爺様の口添えをしてもらって無理やりサイドアームとして認めさせたんだけどね。コネの力は偉大である)」

一夏「お気に召すと嬉しいです(正直、“物騒なもの”なのか、“スポーツ用品”なのか曖昧で複雑なプレゼントだ…………)」

セシリア「私のために!?」ブワッ

セシリア「ありがとうございます……」

鈴「あんた、随分とセシリアに優しいじゃない……」ジトー

一夏「…………そう感じるのは“ある”人の余裕と贅沢だよ」ボソッ

鈴「え?」

一夏「さて、私に休みはない! さあ、日本の夏を楽しもう!」

一同「おおお!」




――――――とある孤島


鈴「一夏ぁ! 早く早く!」

一夏「ああ…………」ゲンナリ

一夏「(何でこんな目に遭うんだあああああああ!)」

一夏「(そして、何故鈴はあんなにも元気なんだぁ…………)」


状況を一言で示すならば、4日間の無人島におけるサバイバル訓練であった。

もちろんこれは俺のスポンサーが訓練と称して実施している、俺と『白式』の経験値稼ぎであった。

いろんな体験をするのは結構なことだが、いくら何でもISと最低限の装備しか認められていないのはどうかと思う。

一応、宝探しとして生活物資はこの無人島に隠されているのだが…………。


一夏「焦るなよ…………まずは無人島の輪郭を把握してこの白地図を埋めるぞ」

一夏「宝探しは後だ。図鑑によれば、森の中には蛇なんかも生息しているらしいからな……」

鈴「ちょっとぉ! それを先に言ってよ!」ドタバタ



一夏「何とか夕暮れまでに島を1周できたな」

鈴「ISを使えばあっという間だったじゃない……」ゼエゼエ

一夏「おいおい、この程度で音を上げちゃいけないぞ。最初の威勢はどうした?」

一夏「それじゃあ、最初のお宝のテントをありがたく使わせてもらおう(きっとお情けだな…………うん、俺だけだったら絶対に無かった)」

鈴「うん!(せっかく4日間も一夏を独占できるんだから、弱音なんて吐いてられないわよ!)」ニッコリ







パチパチパチパチ

一夏「さて、明日から本格的に食糧やら何やら確保しないとな…………」

鈴「図鑑もあるんでしょう? なら、私にまかせなさい!」

一夏「頼む。幸い砂浜を拠点にしているから、出かける時は伝言板にしよう」

鈴「わかったわ」

鈴「…………ところで、一夏?」モジモジ

一夏「何?」

鈴「その……、一夏はテントに入らないの?」ドキドキ

一夏「野宿には慣れてる。それに、そのテントに二人はキツイだろう? 暑苦しくて眠れないぞ?」

鈴「――――――ダメよ!」

一夏「え?」

鈴「あ……、その、私が安心できないのよ……」

一夏「………………」

鈴「あ……、ごめんなさい。忘れて――――――」

一夏「わかった」

鈴「え、いいの!?」

一夏「だが、覚悟しておけよ。4日間を満足に生き抜くために――――――」

鈴「うん! まかせなさいよ!(や、やったぁ!)」ニコニコ


一夏「こういう時、ISスーツに着替えられるのは便利だな」

鈴「そ、そうね……」ドキドキ

一夏「緊張してるの?」

鈴「そ、そんなことないわよ!」

鈴「ほら、その……、私たちは幼馴染なんだから――――――(あ…………)」

一夏「そうだな」

鈴「(な、何でこんなことしか言えないの、私…………)」

一夏「(ISスーツは量子変換されて常時着替えられるのは利点だけど、出し入れのエネルギー消耗が激しいのが難点だから、一度取り出しておく必要がある)」

一夏「(――――――それはいいんだ!)」

一夏「(だけどこれは、ダイバースーツのようにピッチリと締め付けるからヒッカカルんだよな……)」

一夏「(それに朝起ちした時、どうなるか――――――)」ハア

一夏「(逆に女子用は、身体の輪郭線がはっきりくっきり浮き出るから、こうして狭いテントで密着されたら――――――)」


鈴『何すんのよ! 一夏の馬鹿ああああああああああ!』バキッ


一夏「(おお、怖い怖い! 鈴が眠りに就いたらさっさと抜けだそう…………む?)」ググッ

鈴「…………一夏ぁ」ムニャムニャ

一夏「腕を掴まれてしまった…………しかたのないやつ」クスッ






――――――帰還後


鈴「ふふん、一夏~!」ウキウキ

セシリア「二人共、いったいどちらに?」ムスッ

一夏「無人島で楽しくサバイバルしながら宝探ししてました」

セシリア「ええ!?(無人島で二人っきり――――――)」

鈴「ふふん、いいでしょう? 英国淑女には到底真似できない素敵な日々だったわよ」ニヤリ

セシリア「鈴さん!」イラッ

一夏「いや、鈴さんはこう言っているけれど、テントまであるのに一人じゃ眠れないって駄々をこねてさぁ…………」ヤレヤレ

セシリア「ふぇ!?」
鈴「い、一夏!?」

一夏「それに、調子に乗って素潜りなんかするから案の定溺れて心肺蘇生する羽目にもなった……」

セシリア「そ、それって…………」アワワワ
鈴「あ、あははは…………」ポー

一夏「他にもいろいろあったな」

一夏「夜明け前、一人で花摘みに行けずに私を叩き起こして5歩後ろの茂みで――――――」

セシリア「」
鈴「」

一夏「野宿する時の衣食住で一番後始末に困るのが…………すまない、言い過ぎた」

一夏「…………でも、楽しかったよ」


―――――― 一夏(ひとなつ)の思い出。


一夏「ありがとう。付き合ってくれて」

セシリア「あ……」ポー

鈴「こ、ここここっちこそ、楽しかったわよ!」プシュープシュー)

鈴「そ、それじゃあねえ!」ピュウウウウン

一夏「ああ、また会おう」




――――――屋敷


セシリア「こうしてゆっくりとお話する機会がいただけて本当に嬉しいですわ(待ちに待ったこの日が――――――!)」

セシリア「しかし、一夏さんがこのような邸宅にお住まいとは思いもしませんでしたわ」

一夏「これはスポンサーが“世界で唯一ISを扱える男性”を遇するために用意してくれた別荘ですよ」

一夏「それより、暑かったでしょう? 日本式のティータイムとしませんか」

セシリア「まあ、これが本当に食べ物なんですの!?」キラキラ

一夏「日本の伝統的なお菓子:WAGASHIです。このように見た目の美しさも追求されているわけです」

一夏「あ、安心してください。人工着色料や添加物は一切使っていない純粋な砂糖菓子ですから」

一夏「そして、こちらのお茶は口の中を甘くしすぎないように飲まれるもので、そのままだと渋いだけですので合わせてどうぞ」

セシリア「あの、これは一夏さんが自らお作りになったものなんですか?」

一夏「え? 何でわかったの?」

セシリア「素晴らしいですわ! ですが、その前に――――――」テマネキ

一夏「?」

セシリア「ほっぺにソースが付いていますわ」チュッ

一夏「あ…………!」ドキッ

セシリア「…………甘い」ウットリ

一夏「ああ……、ありがとうございました」


一夏「それでは、こちらの串を使ってください」キリッ

セシリア「あ、あの…………」モジモジ

一夏「あ、そうか。こういうところの作法がわからないか……」

一夏「それでは、この水羊羹から」

一夏「このように、和菓子は十分に串で裂くことができるぐらいの柔らかさでありながら、しっかりと指して口元に運べるぐらいの固さがあります」パクッ

一夏「そして、口の中が甘くなりすぎたと思ったら、茶を飲む」ズズズ

一夏「わかりましたか?」

セシリア「一夏さん、おすすめの品はどちらになるのでしょうか?」

一夏「む? そうですね、この赤・白・緑の菱餅なんかいいですよ」

セシリア「あ~ん」

一夏「では――――――(あれ? 何だこの吸引力…………)」

セシリア「」パクッ


セシリア「ふわああああああああ!」(ヘブン状態)


一夏「ど、どうだろう?」

セシリア「お、美味ひいですわぁ……うふ、うふふふふ……」ウットリ

セシリア「(ああ、口の中に広がるしっとりなめらかとした優しい甘さと風味が身体中に満ちていく感じですわ)」

一夏「それはよかった」ニッコリ

セシリア「(ああ、一夏さんの笑顔が太陽のように私に力を注いでくださります!)」

一夏「では、茶をどうぞ(少しぬるめでいいかな。せっかくの感動を熱さで冷めることがないように……)」

セシリア「いただきますわ」ゴク

セシリア「ほう…………落ち着きますわね」

一夏「それはよかったです」

セシリア「私、織斑一夏――――あなたに会えてよかったと思います」

セシリア「私、ずっと東洋なんて万年後進的な地域だと偏見を持っておりました」

セシリア「しかし、このように洗練された文化に直に触れてみて、どうしてかつての大英帝国がこの極東のサムラーイたちと同盟を結んだのかよくわかりましたわ」

セシリア「日本の紳士は英国の紳士にも劣らぬ気高さと優雅さを備えているのですね」

一夏「光栄です」

一夏「私も“もう一人のオリムラ”として、その名に恥じない生き方をこれからもしてまいります(――――――財閥総帥後継者としても!)」

セシリア「ああ、一夏さんが眩しい――――――」ウットリ





セシリア「ふふん~」

セシリア「今日は一夏さんといっぱいお話できて、新しい面に触れることができて大満足ですわ!」

セシリア「……あ! 婚約を持ちかけるのを忘れてしまいましたわ…………せっかくの機会が」ドヨーン

セシリア「で、でも今度は、故郷にお招きすることも約束できましたから――――――」

セシリア「うふふふふ…………」ニヤー


――――――縁日


女尊男卑の世の中になっても、道行く人たちの活気に満ちた表情は変わることがない。

その根本にあるものは今も古来より脈々と受け継がれており、文化という形で残り続けていた。

それ故に、俺は今の世の中に対してまだ絶望はしていなかった。



観衆「おおおおお!」ザワザワ

一夏「…………神楽舞か」

一夏「そういえば箒との関係も、『あの日』から切り捨てていたんだな」(お忍び中)

一夏「――――――綺麗だな、箒」

一夏「ずっと恥ずかしがり屋な印象しかなかったけど、改めて見ると青春している若い果実だな」

一夏「俺は老けたけど…………」

一夏「ISが存在しなければ、俺も箒もここにずっといて、こうして夏祭りに毎年参加していたんだな…………」

一夏「人生何が起こるかわからないな…………」

一夏「だけど、ISの登場で女尊男卑の世の中になっても変わらないものがある」

一夏「その中の尊いものを守るために俺は立っているのだ…………」

観衆「おおおおおおお!」パチパチパチパチ







箒「お前が来てくれるだなんてな…………」モジモジ

一夏「神楽舞――――――、よかった。凄くよかったと思うぞ」

一夏「様になっていて驚いた。女の子らしい格好が似合うようになっちゃって――――――いや、白のドレスが似合っていたんだ。当たり前か」

一夏「相変わらず綺麗でびっくりした」

箒「そ、そうか、ありがとう……」ニッコリ

一夏「いいね、その笑顔。ラウラとは違って、ようやく素直になれたって感じ」

一夏「この前 みんなと一緒に実家で過ごした時、凄く優しい顔をしていたよ」

一夏「――――――素敵だった」

箒「…………よ、よくもそんなことを平然と」カア

一夏「いろいろあったな、この1年…………1年で俺の人生は大きく変わった」

箒「え、1年――――――? 4ヶ月じゃなくて?」

一夏「そうか、この事は誰にも教えていなかったな」

一夏「じゃあ、種明かしをするよ」

箒「種明かし?」

一夏「実は俺、去年のオープンハイスクールで千冬姉の慰労に訪れた際にISを動かしていたんだ」

箒「何!?」

一夏「だから俺は、入学するまでにはISを使いこなせていたんだ。もちろん、IS適性が高かったこともあったけど」

一夏「でも、そんなことは些細なことだ」

一夏「箒も『紅椿』を得てどんどん強くなってきているし、スタートダッシュの貯金はもうなくなりそうだ」

箒「それはお前の指導が適切だったからだ。そして、お前に応えたいと思わせる誠意があったからだ」

一夏「わからないもんだな、人生ってやつは…………」

箒「一夏…………」

一夏「俺は人には言えないような秘密をいっぱい抱えて生きている」

一夏「でも、これから言うことは真実だ」

一夏「俺は今、こうしてIS学園に入れてよかったと思ってる」

箒「ど、どうして……?」


一夏「――――――そこに“篠ノ之 箒”がいたからだ」


箒「…………え!?」ドキッ


一夏「もし入学当初“織斑一夏”として接してくれる人間がいなければ、きっと今には繋がらなかった」

一夏「社交界の豚共を相手にするのと同じ感じ――――『この雌犬共がぁ!』とか思いながら学園生活を送っていたと思う」

一夏「鈴でもよかったんだけど、そこにはいなかったことだし――――――」

一夏「隣にいてくれる――――それだけで救われるってことがあったんだよ」

一夏「俺はその事をずっと“篠ノ之 箒”に感謝している」


一夏「――――――ありがとう、俺のベストパートナー」


箒「…………おお」モジモジ

一夏「ん?」

箒「その…………」モジモジ

箒「―――――― 一夏!」ポー

一夏「…………?」

箒「私はお前の――――――」ドキドキバクバク


ヒューーーーーン、

パーーーーーーーーーン!


一夏「久々の、花火…………」ジー

箒「あ………」ガッカリ

一夏「ここから照らされて見える街並みにはたくさんの人の営みがあって――――――」

一夏「やがては、目には見えないただの数字を相手に――――――」

一夏「だけど今は、この力を平和的に利用する道を探したい――――――」


一夏「俺は、IS〈インフィニット・ストラトス〉の可能性を示す!」


一夏「見ていてくれ、箒! 俺は世界を変えるぞ!」

箒「まったく一夏は…………」

箒「ああ、私も力を貸すぞ。私もお前のベストパートナーになれたのだからな」

箒「それで一夏。私はお前の…………いや、ここは、」


箒「――――――お前の背中は私が守る!」


一夏「…………そうか」

一夏「そして、変わらぬ誓いを今ここに――――――!」



――――――俺は関わる人全てを守る!



一夏「千冬姉も、箒も、セシリアも、鈴も、シャルも、ラウラも――――――みんなみんな、守ってみせる!」

箒「一夏…………それがお前の強さなのだな(そして、彦星と織姫は再び――――――)」

ヒューーーーーン、パン、パン






――――――夏期休業残りわずか


千冬「――――――」カッ

一夏「――――――」カッ


ガキーン!


一夏「………………」ギリッ

千冬「………………」ジー





千冬「ここまでだ」フゥ

一夏「相変わらず千冬姉は強いな……」ブルブル

山田「お疲れ様でした」

一夏「ありがとうございます、山田先生」ニッコリ

山田「はい!」ニッコリ

山田「しかし、生身でIS用の太刀で打ち合うのは世界広しと言えどもお二方だけですよ」

千冬「部分展開など基本中の基本だろう?」

山田「でも、身の丈よりも大きいものを平然と振り回せるのは普通じゃないと思います」

一夏「そうかな。人間には本来タンスやピアノを一人で持ち上げるだけの力が備わっているものです。昔の農村の田舎娘だって米俵背負っていたし」

一夏「ISの絶対防御を駆使すれば、人間本来の力を解放するなんて簡単なことじゃ?」

千冬「現代戦の要は飛び道具だからな。安定した銃火器に頼っていればリスクの大きい格闘戦など必要ないからそういう使われ方をしないのはしかたないか」

一夏「学園がどう評価しているか知らないけど、俺なんて千冬姉の足元に及ばない。千冬姉に冷や汗をかかせたことが無いんだ…………」

一夏「それに、あの篠ノ之 束ですら千冬姉と同等の力の持ち主なんだ。雪片弐型がピクリとも動かなかった…………」

一夏「だから、まだまだ遠い…………」

一夏「だけど、ここにいる間は諦めはしない。もっと強くなって、関わる人全てを守るんだ」

千冬「うむ」

山田「はあ……、姉弟揃って武道家ですね。そんな使い方を思いつくのはやっぱりお二方だけだと思いますよ」


千冬「そういえば、一夏。2学期からは部活に入っておけよ。苦情が寄せられていたからな」

一夏「必ずじゃないといけないんですか? 俺は代表候補生たちの指導で忙しいんだけどな……」

一夏「それに、オープンハイスクールの客寄せパンダになって十分学園に貢献したでしょう? あれは酷かった…………志望動機の集計結果」

山田「しかたありません。学園長としては例外は認めたくないとのことで」

千冬「こういうのは形式が大切なんだ。お前もよくわかっているだろう? 学園としてもお前の扱いには気を遣っているんだ」

一夏「それもそうですね。それじゃ、生徒会に入りますよ。クラス代表に立候補しなかったのも、最初から生徒会に入るつもりでしたから」

山田「そうですか! 織斑くんが生徒会に――――――。これは凄いことになりそうですね」

千冬「では、一夏。これからまた会長のところに行くのだろう?」

一夏「はい。夏期休業の内容を報告しに」

千冬「会長はああ見えて子煩悩だからな。足を運べない私に代わってよろしく頼む」

一夏「はい、千冬姉」

千冬「明日から私は“織斑先生”だぞ?」

一夏「わかったよ、千冬姉!」

千冬「フッ。では、行け」


山田「相変わらず仲が良いですね」

千冬「しかし、あいつにとってIS学園の日々は内地留学でしかない」

千冬「いずれは本来の役目に就いて、誰にも代わりが務まらない決断の数々に追われる、孤独な戦いの日々へと身を捧げていく」

千冬「果たして、一夏は――――――」

山田「きっと大丈夫です。織斑先生のことを卒業生がずっと敬愛し続けるように、織斑くんのことをずっと想い続ける人たちがたくさんいますから」

山田「…………私もその一人ですし」モジモジ

千冬「そういえば、お前の同期のあの3馬鹿から中元が来ていたな」

山田「そうなんですか!? どうして、あの3人が…………?」

千冬「……さぁな。だが、こうして会えなくとも関係が続いていくのは、その……、教師として嬉しいものがある」

山田「そうですよ! だから、大丈夫です!」

千冬「まさか、教え子に教えられることになるとはな……」

山田「嬉しそうで何よりです」ニコニコ




――――――“アビス”


キュイイイイイイイイイン、キュウウウウウウウウン!

主任「これで、この機体の再フォーマットは完了ですね。お疲れ様でした」

一夏「まさか迷路でトライアルができるなんて思わなかったけど、ISとは違った楽しさがありました」

一夏「ISにはこういう使い方もあるんですね。拡張装備と見ればパッケージの一種に含まれるけど、」

一夏「――――――このパチモン、もしかしたら第5世代兵装ぐらいの価値があるのかもしれない」

一夏「いや、それどころか、次の――――――」

SP1「ISは元々 マルチフォームスーツ――――拡張性は十分にあったんですがね。軍用機としての完成度…………違うな、新兵器の開発ばかりに熱心で、周りが」

SP2「こういうふうにISを前提とした別次元のフルアーマーパワードスーツをやろうとしたのはうちぐらいなもんだ」

主任「セカンドシフトした『白式』の形状に合わせて全体の輪郭の作り直しを行い、『白式』が新たに獲得した第4世代兵器『雪羅』の使用にも耐えうる仕上がりです」

主任「――――――完璧です。よし、第4世代兵器や『無銘』のデータの記録やエネルギーの供給、その他もろもろの後片付けも終わりました」

主任「これで“アビス”はまた封印されます。みなさん、お疲れ様でした」

一夏「ええ。お疲れ様でした」ニッコリ



一夏「これで“アビス”に眠るパチモン――――いや、もう一人のパートナーともお別れか」

一夏「だが、二度と使いたくないな、どっちも。特に、――――――『雪羅』は危険過ぎる」

一夏「攻撃力・防御力・機動力――――その全てがセカンドシフトしたことによって明らかに現行の最新鋭機を凌駕し過ぎている……」

一夏「どうにかして『白式』を表舞台で使わないようにしないと…………ここに眠れる『無銘』と同じく」

SP2「それは無理な話ですって。せめて雪片弐型だけで戦うとか、公開する範囲を最小限に留めることを視野に入れるしかないですよ」

SP1「ところで、若様? あなた様の名義で個人的な差し入れがあったのでいただきませんか?」

一夏「どういうことだ? そんなものは屋敷の事務所に届けられているはずだが」

SP1「――――――『銀の福音』のことは覚えていますよね」

一夏「…………核抑止力(笑)に定評のある、情けないアメリカ軍の第3世代型か。忘れるはずがない。凍結処置されたんだっけ?」

SP2「実は、ナターシャ・ファイルス――――『銀の福音』専属の国家IS操縦者からの個人的な感謝状と御中元が来たわけですよ」

一夏「それは――――さぞ、無念だったろうな。大人の事情でパートナーが無人機にされて、与り知らぬことで凍結処置されてしまったんだから」

一夏「とりあえず受け取ろう――――――って、何だ、このSDカードは?」

主任「これにメッセージデータを入れているのではないでしょうか?」

一夏「感謝状はデジタルってこと? まあ、個人的なメールサーバーはごく一部の人間にしか開いていないし、しかたないか」

SP1「よろしければ、私の端末で」

一夏「ありがとう」

一夏「えっと、何が入っているのかな――――――」ピッ

一夏「“最初にこれを読んでください”、“あなたやあなたが属する団体に対するアメリカ軍の感情”――――――」







――――――同日、夜


爺様「フハハハハ! 相変わらず楽しい学園生活を送っているようで何よりだ」

一夏「こっちとしては、責任ある立場だからヒヤヒヤものですよ、毎日…………」

一夏「ある貧乏人が言った」


――――――お前にカネが無い悔しさがわかってたまるか、と。


一夏「すると、ある大富豪がこう言い返した」


――――――そっちこそカネが有る苦労がわかってたまるか、と。


爺様「ふむ」

一夏「爺様が俺のために言って聞かせてくれた、このジョークの意味が今ならよくわかるよ」

一夏「“ある”人間と“ない”人間とではわかりあえない。わかりあうためには共通の何かを探しだすか、作り上げるしかないんだって…………」

爺様「ふむ。知識や経験はまだまだだが、――――――いい面構えだな」

一夏「心理学的な話――――――、“ない”ことを強く意識しているのは“ある”ことを切望していることの裏返しだって聞いたことがある」

一夏「それだけ執着しているってことだからね、――――――その価値基準に」

爺様「だが、その価値基準は時としてベクトルが異なってくる。“好き”の反対が“嫌い”だったり、“無関心”だったり、はたまたぁ“LOVE”だったりなぁ」

一夏「俺はさ、爺様――――――」

爺様「ふむ」

一夏「『守る』ことと『救う』ことの違いって何なのか、ずっと考えていた」

一夏「その答えが、――――――仏教的かもしれないけれど、その執着を捨てること――――意識させないことなんじゃないかって……」

一夏「有り体に言えば、どうでもよくすれば問題なくなるってこと」

一夏「ここを襲撃されたあの雷雨の夜、俺はテロリストたちの声を聞いた。断末魔を見た。殺気に晒された――――――」

爺様「すまんな…………儂は二度も三度もお前自身と取り巻く環境を変えてしまった」

一夏「………………」


一夏「……なあ、爺様」

爺様「どうした?」

一夏「…………何であの二人は爺様から逃げていったの?」

一夏「千冬姉は答えてはくれなかった。だから、両親の事なんて全然知らない」

一夏「別に会いたくなったってわけじゃない」

一夏「今でも、会いたいとも思わない」

一夏「けど、今の爺様を見ていると、何故だか気になって…………」

爺様「…………ふむ」

爺様「そういえば、お前はまだ男と女の関係というものを今でも忌避しているのだったな」

一夏「…………当たり前だ」

一夏「子を成すこと以外に何の利益があるっていうんだ……」

一夏「社会を存続させるための必要悪だというのはわかっているけど、やっぱり必要悪でしかない」

一夏「それに――――――」


爺様「――――――それに、お前が肩入れしている小娘たちがみな大人の都合によって人生を狂わされていたことに怒りを覚えているのだろう?」


一夏「――――――っ!」ギリッ

一夏「そうだよ! だから嫌なんだ、男と女の関係ってやつが……」

一夏「俺はある時ふと『子を成すだけの関係なら別にいいか』だなんて思ってしまったことがある……!」

一夏「爺様からすれば満足かもしれないけれど、そんな鬼畜の所業ができるものか!」

爺様「………………」

一夏「俺の両親の失敗は、つまらない感情に流されて自分たちに酔い痴れて現実を見ようとしなかったからなんだろう?」

一夏「その結果が、俺なんだ! そんな俺に――――――」

爺様「ぶぅるらあああおおおおおおおおおおおう!」バシッ

一夏「うわっ!?」


一夏「……なあ、爺様」

爺様「どうした?」

一夏「…………何であの二人は爺様から逃げていったの?」

一夏「千冬姉は答えてはくれなかった。だから、両親の事なんて全然知らない」

一夏「別に会いたくなったってわけじゃない」

一夏「今でも、会いたいとも思わない」

一夏「けど、今の爺様を見ていると、何故だか気になって…………」

爺様「…………ふむ」

爺様「そういえば、お前はまだ男と女の関係というものを今でも忌避しているのだったな」

一夏「…………当たり前だ」

一夏「子を成すこと以外に何の利益があるっていうんだ……」

一夏「社会を存続させるための必要悪だというのはわかっているけど、やっぱり必要悪でしかない」

一夏「それに――――――」


爺様「――――――それに、お前が肩入れしている小娘たちがみな大人の都合によって人生を狂わされていたことに怒りを覚えているのだろう?」


一夏「――――――っ!」ギリッ

一夏「そうだよ! だから嫌なんだ、男と女の関係ってやつが……」

一夏「俺はある時ふと『子を成すだけの関係なら別にいいか』だなんて思ってしまったことがある……!」

一夏「爺様からすれば満足かもしれないけれど、そんな鬼畜の所業ができるものか!」

爺様「………………」

一夏「俺の両親の失敗は、つまらない感情に流されて自分たちに酔い痴れて現実を見ようとしなかったからなんだろう?」

一夏「その結果が、俺なんだ! そんな俺に――――――」

爺様「ぶぅるらあああおおおおおおおおおおおう!」バシッ

一夏「うわっ!?」


爺様「あの二人にどれだけ落ち度があろうとも、それ以上は許さぁん!」

一夏「何でだよ!? 覚悟も地位も能力も人脈も不揃いな二人だったからこそ、爺様の許から逃げ出すしかなかったんでしょう!」

一夏「爺様の傘の下にいれば、今ものうのうと暮らせていたろうに…………!」

爺様「確かにそうだ。あの二人には途方も無いぐらいの格差があった。身の程知らずもいいところだった」

爺様「あの二人が駆け落ちした時、儂は怒りに身を任せた」

爺様「あの二人に対して手を回して徹底的に迫害した。その結果、二人は――――――いや、言うまい」

爺様「だが、終わってみれば、儂は大きな過ちを犯したことに気づいてしまったのだよ」

一夏「………………?」

爺様「儂はな、一夏……」

爺様「人間というものはやはり愛が無ければダメなのだと思うのだ」

一夏「はあ…………?」

爺様「わからんのか、一夏よ?」

一夏「まったく…………その通りだとは思いますけど、それだけじゃダメなのは爺様がよくご存知でしょう?」

爺様「お前は打算的でかつ機械的な婚姻関係を嫌う一方で、結ばれるには取り巻く環境への覚悟が必要という、極めて対極的な結婚観を持っているな?」

一夏「当然じゃないか…………祝福されるべきものなんだから」

爺様「なら、それ相応の相手をこちらで見繕えばそれでよいのだな?」

一夏「…………言っている意味がわからない。それに、相変わらず俺の結婚に結び付けたいんだな、爺様は」

一夏「俺は爺様の財閥に所属する日本籍のISドライバーであり、財閥総帥後継者だぞ?」

一夏「その伴侶として相応しい――――、国籍も、家柄も、覚悟も、能力も、その全てを備えている人なんているんですかね?」

一夏「まず最初に、国籍は大切だ」

一夏「俺はれっきとした日本籍の企業と契約を結んでいるから、他所の代表候補生と婚姻を結ぼうものなら国家レベルの介入や干渉、監視が付く」

一夏「次に、家柄――――――」

一夏「言うまでもない。あの二人が爺様の許から逃げ出した事の大元は旦那の年収や学歴で世間体を気にするセレブの営みのせいだ」

一夏「付け加えて、IS学園の人間は完全に対象外だ。俺の正体を知る人間はわずかにいるけれど、それでも――――――」


爺様「――――――いるぞ? その全てを備えているのが」


一夏「…………どこかの組の未亡人だとかそんなんじゃないよね?」

爺様「お前よりも1つ年上だがな」


一夏「え、お見合いリストにそんな人がいたかな? それとも、社交パーティで会ったことがある人なのか…………?」

爺様「――――――織斑一夏」

一夏「――――――破棄します」

爺様「フッ、まだ何も言っていないではないか……」

一夏「流れからいってどうせ――――――、その女傑とやらと夫婦の契りを交わしてこいと言うのでしょう?」

一夏「爺様……、いくら晩節に出来のいい後継者を得られたからって事を急ぎ過ぎでは?」

一夏「俺は爺様にはまだまだ及びませんよ。これからも初めてのことを経験していくでしょうし、その時は――――――」

爺様「ならばこそだ。ここで1つ、結婚を前提にした異性との付き合いというのを経験してみてはどうだ?」

一夏「…………それが大人のスポーツ、ですか?」ハア

爺様「フハハハハ! そうだ! 色恋にも駆け引きは重要でな」

一夏「黙っていても鬱陶しいと思っていても、相手の方から擦り寄ってくるっていうのに…………」

一夏「で?」

爺様「ああ、そうだったな。お前の婚約者だったな」ニヤリ

爺様「言うなれば、アレだ」

爺様「ファースト幼馴染、セカンド幼馴染と来たら、」


――――――サード幼馴染だろ?


一夏「――――――!?」

一夏「まさか、“更識家”のあの人…………!?」ゾクリ

爺様「」コクリ」

一夏「……認めないぞ! そもそも、幼馴染と言えるほどの付き合いもしていない!」ガタガタ

爺様「震えているな?」ニンマリ

爺様「そういえば、あれはIS学園の生徒会長をしていたな?」

爺様「お前はいずれ次期生徒会長になるのだ。いい機会だから“いろいろ”教わってくるといい」

一夏「………………くぅうううう!」プルプル

一夏「爺様、言っておく」

爺様「何だ?」



一夏「今更会いたいとも思わない」




――――――与えられた自由に、“答え”は在るのか……?

.............MISSION IS UNFINISHED.




一夏のイメージ
Winners Forever - INFIX
http://www.youtube.com/watch?v=A_CIMjGfEaU




これにて、第1期分の創作は完結となります。台風だのサーバエラーだの無ければ、もっと早くに公開できていたのですが、

ご精読ありがとうございました。


作風を替えているとは言え、我ながらずいぶん描写がどんどん濃く変遷していったものだ。


数カ月後、全ての続編を公開できるかはわかりません。

そして、自宅では完全にスレ立てできないのでROMしかできない有り様で返信はできませんが、

よろしければ、最初に公開して欲しいシリーズの続編の順位を教えてもらえると幸いです。




1期の戦闘では『白式』が雪片弐型しかなかったのであまり大差の無い内容となりましたが、

第2期からセカンドシフトするまでの過程や戦力の違いが大きく反映されていくのでどんどん独自化していく予定です。


それでは、これからも別な形で投稿するかは未明ですが、

改めて、ご精読ありがとうございました。それでは、さらばです。


このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom