私は少し前まで世界に恐怖と暴虐をもたらす魔神として君臨していた
―――――が、それも今となっては過去の話
現在の私は身長約15センチ。可愛らしい妖精さんといったところだ
そして今日も相変わらず、私を救った人間の肩の上で一息ついていた
オティヌス「…………ほぅ…」
上条「どうかしたのか?オティヌス」
オティヌス「いや、少し眠くなってきただけだ」
上条「はは、そっか。今日は天気がいいからなぁ」
オティヌス「だから寝るっ」コテッ
上条「は?ちょ、おい、肩で?」
オティヌス「…………」スゥスゥ
上条「……おーい?寝たのか?」
オティヌス「…………」スゥスゥ
上条「…ったく、仕方ない奴だなぁ」ハハハ
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1406117845
禁書「オティヌス、寝ちゃったの?」
上条「ああ、そうみたいだ。よっぽど眠かったんだろうな、肩で寝るなんて」
禁書「とうまの肩が心地よかったからじゃないのかな~?」ジトッ
上条「な、なんだよ、その目は……」
禁書「別にー」
上条「とにかくこれじゃ俺が身動きできねえ。ちゃんとした寝床にゆっくり移すか」
禁書「じゃあ私が移すんだよ」
上条「頼む。そーっとな、そーっと」
禁書「もちろん分かってるんだよ」
禁書「はい、完了なんだよ」
上条「お疲れ。オティヌスびくともしねえな」
禁書「ほんとよく眠ってるんだよ」
上条「コイツも大分ここでの生活に慣れてきたよな」
上条「俺は、それがたまらなく嬉しいんだよ」
禁書(喜ぶべきなのは分かってるんだけど、なんか複雑かも……)
オティヌス「……」スゥスゥ
―――夢を見た
私は一人きりで暗闇の世界を歩いていた
いつまで続くのかもわからない真っ暗な道をひたすらに歩いていた
ずんずんと、馬鹿みたいに進んでいく私を止めるものなど誰もいやしない
そのうち、私は足を止めた
恐る恐る振り返ってみた
そこには、ただ平坦で暗い世界が広がっている
……進むしかなかった
そう、私には進むことしか残されていなかったんだ
延々と進む
進む
進む
進んでいく
誰も私を止めない
いや、誰もいないんだ
誰もいないから、私は進むんだ
進む
進む
進んでいく……
―――おーい……オティヌス
……ん?
―――オティヌス……オティヌス……
…………この声は…?
―――オティヌス……
ああ……お前か……
お前だけだよ…………私には……
―――――――――――
―――――
上条「オティヌスー」
オティヌス「……んあ」パチッ
上条「おーやっと起きたな。さっきからずっと呼んでたんだぞ」
オティヌス「ああ……すまなかったな」
上条「っ!?…………オティヌスお前……どうして泣いてんだよ……?」
言われてハッとした私は、若干顔を赤らめながら急いで涙を拭った
まったく、こんなの私の柄じゃないだろうに……
オティヌス「な、何でもない……ちょっと妙な夢を見ただけだ」
上条「夢?泣くような夢だったのか?」
オティヌス「あーもう!何でもいいだろうが!!」
上条「…………辛いことがあるなら、ちゃんと言えよ?俺とお前の関係に遠慮はいらないはずだ」ニコッ
オティヌス「~~~~っ////」カァァ
オティヌス「な、何でもないと言ってるだろ!し、しつこいぞ!!」
上条「わかりましたよー……」
私は毎日が楽しかった
コイツと一緒に過ごせる毎日は、私にとって何よりの幸せだったんだ
一度は捨てたはずのこの命だが、今では心の底から生きていてよかったと思う
世界最悪レベルの犯罪者である私に与えられた『罰』は、私にとっての世界最高の『賞』だった
こんなに幸せだったことはこれまでの長い人生の中で一度もない
間違いなく今が幸せの絶頂だ
いつまでもいつまでも、コイツのそばに寄り添っていたい
オティヌス「……なぁ。お前は変わらないよな?」
上条「はぁ?急になんだよ」
オティヌス「…………変わってくれるなよ」
上条「お、おう……?」
私は無邪気に信じていたんだ
私とこいつは、ずっと一緒だと
デンマークで二人とも傷だらけになりながら、それでも希望を持っていた、あの時に
確かに交わした言葉
―――――本当に何でもいいのか?
―――――いいに決まってんだろ
私の夢は。私がやりたいことは。
それは――――――
ある日のこと、私はいつものように部屋で猫と遊んでやっていた
……いや、どちらかといえば私が遊ばれているのか?…………まさかな
腹ぺこシスターはといえば、テレビを見ながらうとうとしている。あの調子では落ちてしまうのは時間の問題だろうな
そんな、いつもと変わらない日常
だが、そんないつもの日常をよりにもよってアイツが壊すなんて誰が想像できただろう
少なくとも、私は一ミリだって想像していなかった
ガチャ
禁書「!」ムクッ
上条「……………………」スタスタ
オティヌス「おかえり。今日は遅かったんだな」
禁書「おかえりとうま!」
上条「…………ただいま」
ん?なんだか様子がおかしいな……
妙にそわそわしているというか、落ち着きがないというか……
オティヌス「どうかしたのか」
禁書「とうま?」
上条「………………俺さ」
上条「告白された……」
………は?今、こいつ、なんて?
続きます!読んでくれた方がいれば感謝です
オティヌスの人?
乙です
いつもの人なの?
投下します
禁書「……ん?とうま、もう一回言って。聞き間違えかも」
上条「告白されたんだよ、さっき」
禁書「え、ちょ、ええ!?そ、そ、それって、一体……ええ!?」
…………、
怒りやら驚きやらでまくし立てている禁書目録とは対照的に、私は何も言葉を発することができなかった
私の耳が腐っているのかと思ったが、アイツは確実に言っていた
『告白された』と
それは、つまりこういうことだ
密かに胸に秘めていた私の夢は、あっけなく崩れ去りそうになっている
禁書「と、とうま!!どう返事したの!?」
上条「何せ俺も初めてのことだし、すぐ返事できなかった」
禁書「……そう…なんだ」
…………私は、何も言えないでいた
今まで過ごした人生よりも、今の方がずっとずっと普通の日常を送っているはずなのに
今の状況の方が酷く現実感が無いように感じられて
そう感じている私があまりにも滑稽だと
そう……思った
思ってしまった
私は心の中を盛大にかき乱しながらもようやく口を開く
オティヌス「なぁ……お前はどうするつもりなんだ」
微かな希望と、願望と
死にたくなるほどの嫉妬と、絶望と
色々な感情がひしめき合って頭が沸騰しそうだ
あまりにも突然すぎた……
上条「……そうだな。とりあえず今はまだ答えは出せないから、じっくり考えようかなって」
―――コイツは、押しに弱い
それはずっと一緒に居た私が一番よく分かっていた
今まではアイツに面と向かって好きだと言った女がいなかっただけの話だ
だが、今は……
コイツは悩んでいる
つまり『脈あり』というわけだ
この鈍感男を悩ませるだけの女なんだ
私は何も言えないまま、ただ真剣な表情で悩むアイツの横顔を眺めていた
禁書「と、とうまぁ……」ウルッ
オティヌス「………………」
夜が明け、朝日が差し込んでくる
私は一睡もできなかった
上条「ふわぁ……おはようオティヌス、インデックス」
オティヌス「………………ああ」
禁書「……おはよう、とうま」
肝心のこいつは呑気なものだ……正直あまりに私たちとテンションが違いすぎて腹が立つほどだ
だがそれは、私の器の小ささを自分自身に知らしめるだけだと気づき、私の心に暗い影を落とした
すると、禁書目録がおもむろに口を開いた
禁書「とうま……答えは出たの?」
上条「答え?」
オティヌス「昨日の、お前の告白の返事のことだろう」
我慢できずに私も口をはさむ。正直な話、知りたくて知りたくてしょうがなかった
私の言葉を聞いた瞬間、アイツの目が真剣なものへと変わったのが分かった
上条「ああ、昨日の夜、じっくり考えて決めたよ」
禁書「そ、そう……なんだ……」
オティヌス「………………」
オティヌス「……どうするんだ」ボソッ
上条「ん、何だって?」
オティヌス「結局付き合うのか!?付き合わないのか!?」
ついつい声を荒げてしまう。が、人間はさほど動揺したようには見えない
私の目をじっと見つめたまま、ゆっくりとした口調で私達二人へ伝えた
上条「俺、付き合うことにしようかなって思ってるんだ」
私の隣で、禁書目録が泣きそうな顔でアイツの顔を見上げるが、アイツの目に揺らぎは無かった
かくいう私も正直泣きそうだったが、とてもアイツの前で涙は見せられない
涙を流す代わりに、たった一言だけアイツに尋ねた
オティヌス「………………本気なんだな?」
上条「ああ、もちろん」
オティヌス「……だよな。お前はそういう男だもんな」
私はあの日、あの逃走劇の最中に
儚い夢を見ていたんだ
私が望んだ夢は、結末は
目の前にいるこの人間と一緒に……
―――いや、今更何を言っても無駄だ
何を想っても無駄だ
逆立ちしたって結果は変わらない
それが現実だった
そして、私は気付く
私がつい最近まで世界最高の『賞』だと思っていた、私への『罰』
その本当の意味は、きっと「こういう」ことだったのだろう
こんな結末になってしまっても、私はずっとこの人間のそばで過ごさなくてはならないんだ
コイツが私以外の女と幸せそうに生きていく様を、私はずっと見届けていかなくてはならないんだ
―――現実は、残酷だ
そもそも私はこんな体になってしまった時点で、自分の夢は叶わないことに早く気付くべきだった
コイツと一緒に暮らしてきたせいでいつまでもずるずると引きずって、こんなところまで来てしまった
私は愚かだった
誰よりも愚かだった
でも、愚かだからこそ
はっきりと現実を告げられた今でも
お前のことが、大っ好きなんだ―――
アイツが学校へと行ったあと、禁書目録は猫を抱きしめてさめざめと泣いていた
だが私の目に、涙は浮かばない
私は静かに考えていた
―――私は、今でもあの人間のことを愛している
嘘偽りのない、私の気持ちだった
だからこそ
愛しているからこそ
―――私は、アイツのそばにずっといてやると決めた
そして、もう一つ
心に決めた
たとえ私以外の女がアイツと結ばれようとも
たとえこの先にどんなことが待ち受けていようとも
絶対に涙は流さない
―――そして人間
お前の命が尽き果てるその時まで、私は
お前のそばで、ずっと笑って生きていくから―――――
いつまで経っても泣きやまない禁書目録に、私は声を掛けた
オティヌス「なぁ、お前はいつまで泣いているつもりなんだ?」
禁書「ひぐっ……だってとうまが……」
オティヌス「泣いたって結果は変わらない。重要なのは、これからどうするかだ」
禁書「……これから?そんなの無いんだよ……」
禁書「とうまは絶対に一途だと思うんだよ。一回付き合ったらきっともうずっと別れない……」
オティヌス「だろうな。私もそう思う」
私の言葉に禁書目録は驚いて目を見開く
当然だと思う。まさか私がこんなことを言うなんて思いもしなかっただろうからな
オティヌス「なぁ、お前はアイツと恋仲になることがすべてだと思っているのか?」
禁書「……それは、いけないこと?」
オティヌス「別にいけないことじゃない。事実、私も昨日までそう思っていた」
オティヌス「でも、それだけじゃないと思うんだ」
禁書「………………私には、分からないよ……分からない……」
オティヌス「いつか、必ず、分かる時が来るはずだ。私が保証してやる」
禁書「…………そうだといいんだけどね」
夕方になり、夕日が窓から差し込んできた頃、アイツが学校から帰ってきた
私は真っ先に奴の表情を窺うが、アイツの表情を見た瞬間全てを察した
アイツは……私の好きな男は、とても嬉しそうに、幸せそうに笑っていたからだ
上条「たっだいま!インデックス、オティヌス!」ニコニコ
オティヌス「…………ああ、おかえり」
禁書「……」
オティヌス「告白の返事、どうしたんだ?」
上条「ああ、付き合うことになった!人生初の彼女だ!」ニコッ
禁書「……!!!」
オティヌス「……」
やはり、いくら決意を固めていたとはいえ、実際にコイツから聞かされると心を突き破られそうになるほどの衝撃だった
だが、私は決めたんだ
オティヌス「そうか、良かったじゃないか」ニコッ
―――絶対に涙は見せないと
続きます
一週間以上空けてしまって申し訳なかったです
読んでくれた方がいれば感謝です
そろそろ投下させてもらいます
その日の夜、人間が私に耳打ちをしてきた
上条「なぁ、オティヌス」ボソボソ
オティヌス「どうした」
上条「インデックスが俺と一回も口を聞いてくれないんだけど」
オティヌス「そりゃあそうだろう」
上条「え?何か知ってるのか?」
オティヌス「……おっと、私としたことがつい口を滑らせてしまったようだ」
上条「何だよ、何か知ってるなら教えてくれよ」
オティヌス「ここから先は私の出る幕じゃない」
上条「何だそりゃ……」
私だって本当のところは、禁書目録と同じように感傷に浸りたい気持ちはあった
ずっと夢見ていた結末が永遠にありえなくなったことに泣き叫びたかった
でも、それではダメなんだ
それは甘えなんだ
これが私の『罰』
そして自分自身に課した信念なのだ
だから私はいつもと変わらない風を装った
もう二度と叶わない夢を、胸の深奥にそっと秘めながら―――
オティヌス「なぁ、人間」
上条「どうしたんだオティヌス」
オティヌス「私はさ、お前と出会えて良かったと思ってるんだ」
上条「俺もお前の仲間になれて良かったと思ってるよ」ニコッ
オティヌス「…………はは」
オティヌス「私には、その言葉だけで十分だよ…………」
上条「?」
悔いが無い、と言えば、それは間違いなく嘘だ
だって今でも愛しているから
だけど、それでも
コイツの、この言葉が聞けて良かったと、心の底から思う
そうさ
私は、ただこいつのそばにいれるだけで十分なんだ
一方の禁書目録は、相変わらずずっと黙ってうつむいていた
少しは私の言葉が響いていればいいのだが……
しかし奴の表情を見るに、残念ながらあまり響いている様子は無かった
そして
朝も、昼も、夜も
禁書目録は一言たりとも言葉を発さなかった
この一日の間、何かをずっと考えていたようだ
この調子ではアイツのことを認められそうになるのはいつになるのか
そう思っていた私だったが、寝床に付く瞬間驚くべきものを見た
私が眠りに付こうとする直前に見た、禁書目録は
とても穏やかな顔で笑っていたんだ
ここ最近では考えられない程に、その表情は穏やかなものだった
確かに何かがあったのだ
この一日、彼女の心の中で、何かが―――
翌朝、目が覚めて周りを見渡すと禁書目録が部屋に居ないことに気付いた
一瞬トイレの中かと思ったが、玄関に靴が無いので外へ出たことは明らかだ
私は急いで風呂場まで走り、扉をノックした
オティヌス「おい人間!起きろ!!緊急事態だ!」
私の声でようやく目覚めたらしく、扉の奥からくぐもった声が聞こえる
上条「あー……どうしたんだオティヌス。まだ六時前じゃねえか……」
オティヌス「禁書目録がいない!こんな朝早くにだぞ!?」
私がそう言った瞬間、驚くほどの速さで風呂場の扉が開かれた
上条「い、インデックスが!?なんで!?」
オティヌス(見当は大体ついているが……)
上条「探しに行かなきゃ!!」ダッ
オティヌス「あっ、おい!私も着いて行く!」ピョン
上条「インデックスのヤツ、一体なんだってこんな朝早くから出かけてんだよ!馬鹿やろう!」タタッ
酷く焦った様子でそう叫ぶが、私としてはお前のせいだろうなと言わざるを得ない。まぁ言わないが
上条「かといって心当たりのある場所なんてねえしな……どうしたもんか……」
そう言ってとにかく街中を探し回っていく私達だったが、一向に禁書目録を見つけることができずにいたのだった
だが公園の前を通ったとき、人間が急に歩くのを止めた
上条「お?」
オティヌス「どうした人間」
上条「あそこにいるのは……」
公園
禁書「らん…らら…らん……」
禁書「ららら……らん…らん……」
禁書「ららら……」
上条「そこのおじょーさん。一体そこで何しているんです?」
禁書「」ピクッ
禁書「………………」
禁書「……うん。ちょっとね。歌を、歌ってたんだよ。私がある人のために作ってた歌」
上条「お前が作った歌……か」
禁書「作ると言っても、譜面を使って、とかそんなのではないんだけれどね」
禁書「ただ適当に……そして一生懸命に作った歌なんだよ」
上条「そうか……」
禁書「うん、けれどその人はとても鈍感だから、私が歌を完成させる前にどこかへ行ってしまったの」
上条「そりゃあとんだ鈍感野郎だな。せっかく作った歌を聞かないまま行っちまったのか」
禁書「そうなんだよ。本当、どうしようもないんだよ……」
上条「ではおじょーさん。そんな鈍感野郎の代わりに、どうか私めにその歌を聞かせていただけませんかね」ニコッ
禁書「…………ふふ、あなたじゃ代わりにはならないかも」
上条「じゃあ練習相手だと思ってくれればいいぜ。いつかそいつに聞かせる、その時に備えてな」
禁書「……いいよ。でもこの歌はこれっきりだよ」
上条「そいつに聞かせなくていいのか?」
禁書「うん。この歌は、今日でおしまい」ニコッ
そうして、禁書目録は唄う
目の前にいる男のために作った歌を、精一杯唄う
明るくて
切なくて
楽しくて
苦しくて
温かくて
冷たくて
でも、それでも幸せだったと言わんばかりの
そんな歌だった
そんな歌声だった
禁書「……ふぅ」
パチパチパチパチパチ
上条「良い歌だったよ、インデックス」ニコッ
オティヌス「ああ……本当に良い歌だった……」
禁書「えへへ、ありがとう」
上条「こんないい歌なら、インデックスが聞かせたがってる相手にもぜひ聞かせてやりたいよなぁ」
禁書「……」
禁書「もう、いいの」
禁書「もう、いいんだ」
オティヌス(……これがお前のやり方か……本当に、本当にそれでいいんだな?お前は……)
禁書「ねぇとうま」
上条「ん?」
禁書「私ね、とうまが好きだよ」
上条「………………何だよ、急に」
禁書「異性として好きなんだよ」
上条「……そうか」
禁書「うん、そうなんだ」
オティヌス(…………………)
禁書「ねえ、とうま。私は昔からとうまが大好きだったんだよ」
上条「……そっか」
禁書「さっきの歌、とうまのために作ったんだよ?」
上条「……そっか」
禁書「でも聞いてもらって良かった。これでさっぱりしたんだよ、とうま」
上条「……そっか」
禁書「とうま、さっきからそっかしか言ってないよ?」ニコ
上条「……はは、そうだな…。突然すぎて驚いちまった」
上条「でもインデックス。俺は今さ、好きな人がいるんだ。だから……」
禁書「とうまは別に気にしなくていいよ。私が勝手に想って、勝手に失恋しただけ」
上条「え?いや勝手にって……」
禁書「あー!すっきりした!ほんとーーにすっきりしたんだよ!」
禁書「これでまた、歩きだせる」
禁書「そうでしょ、オティヌス」
オティヌス「ああ、そうだとも」
きっとコイツと私とじゃ、歩き出す方向は正反対だろう
だが、けじめはつけることができたんだ。コイツも、そして私も
上条「とりあえず帰って朝飯にするか?インデックス」
禁書「うん。そうだねとうま」
晴れやかな表情をしているが、きっと心の中は相当動揺しているだろう
それでも真正面からぶつかって行ったのだ
前へ進んだんだ
対して私はどうだろう?
少しは前に進めているのだろうか
いや、今はそんなことどうでも良いか
この人間と一緒に居られれば、私はそれでいいんだ
それが私の決めた生き方だから……
その日、人間は学校に遅刻することがめでたく決定した
だがそのまま休むというわけにはいかないらしく、大急ぎで朝食を食べ終えて出ていった。まったく騒がしい奴だ
二人きりになった部屋で、私は静かに問う
オティヌス「…………なぁ、おい」
禁書「なぁに?オティヌス」
オティヌス「お前、これでいいのか?」
禁書「……うん、いいの。これでいいんだよ」
オティヌス「……そうか」
オティヌス「だが、本当に吹っ切れているのか?本当にすっきりさっぱり断ち切ったのか?」
禁書「…………さぁ?どうだか」
オティヌス「我慢しなくていいんだぞ」
禁書「オティヌスは優しいね。でも、私は大丈夫」
オティヌス「…………」
禁書「前へ進むのに、涙は要らないかも」ニコッ
オティヌス「………………そうだな。その通りだ」
禁書目録は、アイツへの想いに一区切りをつけた
アイツのことが好きで好きでたまらなかったくせに
アイツを誰にも渡したくなかっただろうに
それでもコイツはけじめをつけた
無駄だと分かっていて、それでも気持ちを伝えて、そして終った
私は、本当に、素直に、コイツに敬意をはらう。言葉には決して出さないが
オティヌス「お前、これからどうするつもりだ」
禁書「う~ん……どうしよう」
禁書「今の私に今のとうまは眩しすぎるんだよ」
……そんなの、私だってそうだ
禁書「眩しくて眩しくて、目が見えなくなっちゃいそうだから」
禁書「ここにはもういられなくなっちゃうかも」
オティヌス「…………」
オティヌス「お前がいなくなると、アイツは寂しくてどうにかなってしまうぞ?」
禁書「あなたがいるから大丈夫だよ」
…………分かってないな、お前は
私にお前の代わりは絶対にできない
お前があの愚かで優しい人間にとってどれほど大切な存在か分かっていない
たとえ恋人ができた今でも、お前のためならアイツはどこへだって飛んでいくはずだぞ
面倒事を私に全部押しつけて、勝手にどこかへ行って……仕方のない奴だよ。お前もアイツも……
私は瞼を閉じて、ため息混じりに答えた
オティヌス「ああ、任された」
禁書「よろしくねオティヌス」ニコッ
その日の夕方、アイツは鼻歌混じりに帰ってきた
上条「ただいまー」
禁書「おかえり」
オティヌス「おかえり」
さて、切りだすのは私の仕事だ。まったくもって面倒だが、仕方ない……
オティヌス「おい人間。ちょっと座れ」
上条「え?いきなり何だってんだよ」
オティヌス「黙れ。とにかく正座しろ」
上条「は、はい」ババッ
オティヌス「ごほんごほん……あー…あれだ」
上条「?」
オティヌス「禁書目録がお前に話があるそうだぞ」
上条「インデックスが?何だよ?」
心底分からない、という感じのこの男だが果たしてどうなるのやら……
とにかく話は始めてやった。私の仕事はここまでだ
あとは……
禁書「とうま……話があるんだよ」
上条「ああ、何でも言ってみろよインデックス」
禁書「私、この部屋から出ていくね」
上条「……ん?え?は?な、なんて?」
禁書「私はここから出ていく、と言ったんだよ」
上条「…………?」
禁書「何度でも言うんだよ」
禁書「私はここから……」
上条「ま、待て!!もう言うな!もうやめろ!!」
オティヌス「…………」
上条「お、おいおい……インデックスさんよぉ。何をいきなりそんなことを……」
禁書「いきなりじゃないよ、とうま。考えて考えて決めたことなんだよ」
上条「……もしかして、俺に彼女ができたことか?」
禁書「そうだよ。そして私はとうまに告白して、振られちゃった。これ以上の理由、ある?」
上条「あ、あるだろ!!恋愛感情がすべてじゃないだろ!?俺達は、俺達はもっと、もっとさぁ……!!!!」
禁書「私を買いかぶりすぎだよ、とうま」
上条「………………」
禁書「とうま」
禁書「今のとうまは、眩しすぎるんだよ」
上条「あ……」
禁書「それともとうま」
禁書「私と付き合ってくれる?今の恋人を捨てて、この私と」
上条「…………駄目だ、それだけはできない。あいつを裏切るなんて真似、俺にはとても……」
禁書「でしょ?だから、ここで終わりなんだよ。ここで私ととうまは、いったん終わり」
上条「終わりって……そんなの……」
禁書「これで一生のお別れというわけではないんだよ。私がとうまを眩しく感じなくなる、その時まで。だから」
禁書「今までありがとう、とうま」ニコッ
上条「…………俺は、俺はさ。お前が、インデックスが、生き甲斐だったんだよ……」
禁書「今はそうじゃないでしょう?」
上条「それだけじゃないというだけだ」
禁書「とうま、私はシスターだけれどとっても嫉妬深い性格なんだよ」
禁書「私が一番じゃなきゃ嫌なんだよ。二番目じゃ嫌なんだよ」
上条「………………お前、何言っても出ていくつもりだろ」
禁書「ふふ、そうだよ」
上条「………………」
上条「………………」
上条「………………」
上条「じゃあ、さ。インデックス、一つ約束してくれないか?」
禁書「何かな?とうま」
上条「もしもお前が何か困ったことがあったら、迷わず俺に相談してくれ。必ず助けに行くから。世界の果てまで助けに行くから」
禁書「……ありがとう」
禁書「……さよなら」
上条「さよなら、じゃねえだろ。またな、だろ」
禁書「……そうだったんだよ。ついうっかり」クスッ
禁書「またね、とうま。私はとうまと出会えて幸せだったんだよ」
上条「俺もお前と会えて幸せだったよ、インデックス」
「「ありがとう」」
続きます
読んでくれた方ありがとうございました
もうすぐ投下します
投下します
そうして
紆余曲折を経て
禁書目録は、この部屋から出ていくことになった
今、私と人間は風呂場で一緒に寝そべっている
人間はただぼーっと天井を見上げているばかりで一向に喋らない
いつまでこうしているつもりだと思った直後、人間はポツリと零した
上条「……俺は、間違ってたのかな」
オティヌス「…………別に間違ってなどいないだろう。お前も、そして禁書目録も」
オティヌス「お前には好きな人がいた。禁書目録はお前が好きだった。そのすれ違いの結果だ。何もおかしくはないしどこも間違っていない」
隣にいる人間は、私の言葉を噛みしめるようにきつく唇を結ぶ
そして、またもポツリと、小さな声で呟くように言った
上条「俺は幸せになってもいいのか?インデックスをこんな風に振っておいて、俺だけが……」
オティヌス「自惚れるなよ人間」
オティヌス「あの女を幸せに出来るのは自分だけだとでも思っているのか?アイツはお前のいないところで勝手に幸せになるさ」
オティヌス「そしてお前もお前で勝手に幸せになればいい。幸せになるのに許可なんていらないだろうが」
上条「…………それ、お前が言うのかよ」ハハ
オティヌス「ハッ、それもそうだな」
幸せになることを自殺してまで回避しようとした私が、私を救った本人にこんなお説教を垂れることになるとはな……世の中分からないものだ
だがこの男はむくりと体を起こし、にっこりと笑って言った
上条「だけどありがとう、オティヌス。少し肩の荷が下りたよ」
オティヌス「ふん、元から背負い込みすぎなんだ、お前は」
人間は私の言葉を聞き、もう一度だけにっこり微笑んで眠りについた
はぁ、今日は本当に疲れた
人の恋愛に巻き込まれる私の身にもなって見ろ、まったく…
………………、
オティヌス「私は……」
オティヌス「私は、このままでもいいのか……?」
禁書目録はきっちり想いを伝えた
あの禁書目録が、だぞ?
私はどうなんだ?
オティヌス(い、いや……違う!私は私だ!!想いを伝えることが全てじゃない!!)
オティヌス(この想いは私の胸の内にずっと仕舞っておけばいいんだ!!!恋人と幸せになろうとしているこいつをこれ以上動揺させてどうする!?)
オティヌス(そばにいられるだけでいいんだ!!そのためなら……!!!!)
オティヌス「……っ」
オティヌス「…危ない……もう少しでなぜか泣きそうになった……」
オティヌス「もう寝よう…………」
次の日、早朝に禁書目録は出ていった
いや。より正確に言えば、いつの間にか出て行っていた
一体いつから荷物をまとめていたのか分からないが、私達が起きる頃にはアイツの私物は綺麗さっぱり無くなってしまっていた
オティヌス(……アイツは、結局すっぱり想いを断ち切るなんて真似、出来ていなかったんだ)
オティヌス(だが、それでも私はアイツを心から凄い奴だと思う)
問題なのはどちらかというと……
上条「……インデックスがもういない…………」ガクッ
オティヌス「……ああ」
上条「何で何も言わずに……」
オティヌス「言葉ならもう交わしだろう」
上条「…………そうだよな」
少しだけ広くなってしまった部屋の中で、私達は朝食を取り始めた
だが人間は一挙一動がやたらとノロノロしていて、この調子ではパン一枚食べ終えるのにあと30分はかかりそうだ
やはり生き甲斐だった禁書目録が自分の元を去ったということは、この人間にとって非常に衝撃的だったということだ
あまりに食べるのが遅すぎてむしろパンの方が可哀そうに思えた私は、ため息混じりに告げた
オティヌス「引きずるな。お前が引きずってたら意味がない」
上条「ああ、確かにな……」
オティヌス「安心しろ。私だけはお前とずっと一緒に居てやる」
上条「え…?」
ん?
あれ?私は今、もしかしてすごく恥ずかしいことを平然と言ってしまったんじゃないか?
まずいな、日頃思っていることがついつい口に出てしまった……こんなの私のキャラじゃないぞ……
上条「ありがとな、オティヌス。嘘でも嬉しいよ」ニコッ
…………私のキャラじゃないが、まぁ今回は勘弁してやるか
オティヌス「そんな嘘を吐くほど私は暇じゃないんだ、ばか」
――――――――――
―――――
禁書目録が去ってしばらくたったある日のこと、私達は部屋でのんびりとくつろいでいた
この人間も最近はようやく元気を取り戻しつつある。笑う回数も禁書目録がいる時とほぼ同じくらいにはなってきていた
そんな順調な毎日を割と早くに送れるようになったのは、愛しの恋人の存在が大きかったのだろう
私としてはやはり、どうあってもその女のことを好きにはなれないが……
しかしコイツが選んだ女なのだ。人間性は確かなのだろう
でなければコイツはこんなにすぐには立ち直れなかったはずだ
そう
私の出る幕なんてほとんどなかった
私はただ、こいつのそばにいただけ。それ以外は何もしていない
コイツを立ち直らせたのはコイツの彼女だ
もっとやりようがあったんじゃないか?もっとコイツのためにしてやれることがあったんじゃないか?
そう考えて、すぐにやめた
何もない
何もできないんだ、私には
コイツを愛することくらいしか
コイツのそばにいることくらいしか
それくらいしか、私には許されていないのだから
上条「どうしたんだオティヌス。そんな辛気臭い顔しやがって」
オティヌス「……別に。ただ現状を確認してただけだ」
上条「何のことだよ。もしかして調子悪いのか?」
オティヌス「なぜそうなる」
上条「顔色が割と悪い。ちょっとおでこ触らせてみ」チョン
オティヌス「ちょ、何を……///」
上条「あ、全然ぬるいな。ごめん、俺の勘違いだった」ハハハ
オティヌス「わ、私はこんなんでも一応神の端くれだぞ?そう簡単には調子が悪くなったりしない」
上条「そりゃーそうだけど、それでもお前は女の子なんだし。心配くらいするよ」
オティヌス(…………っ)
私はコイツに彼女が出来てからというもの、別に愛されなくていい、と、本気でそう思っていた
そばにいられるだけで十分だと
だがその気持ちは本当か?
それで私は終わりか?
本当は愛されたくて、愛し合いたくて仕方がないんじゃないのか?
オティヌス(…………私としたことが、つまらないことを考えてしまったな)
オティヌス(何も間違っていない。愛されなくていいし、そばにいられるだけで十分だ)
オティヌス(いい加減に認めろよ、馬鹿が。まだ分からないのか)
オティヌス(これが私の現実なんだよ)
翌日、目が覚めた私は机にアイツの携帯電話が置いたままになっていることに気付いた
しばらくそれを眺めていると、不意に携帯が振動し始めた
オティヌス(何だ?)
気になって見てみれば、それはアイツの彼女からのメールだった
こんな朝早くから一体何の用事なのだろう
いや……しかし……確かに気になるが、勝手に見てもいいものなのか……?
オティヌス(…………ちょっとだけならいいか)
そして私は、アイツの携帯を覗いてみた
どうせ「今日のデートはどうする?」とか、「おはよう、大好き!」だとか、見ているこちらが恥ずかしくなるような内容だと思っていたのだが
想像とは大きく異なる内容であった
『たすけて』
オティヌス(これは……一体どういうことなんだ?悪戯でこんなことをするような女ではないはずだが)
このメールが悪戯だとすれば、あの愚かな人間の性格を利用した悪質なものだ。即刻別れさせたい
しかしこのメールは十中八九悪戯ではないと断言できる
一生かかっても好きになれないこの女だが、こんなことはしないだろうと認めてはいた
オティヌス「おーい人間。起きろ、お前の彼女が大変なようだぞ」
風呂場の扉を叩きながらそう言うと、勢いよく人間が風呂場から飛び出してきた
上条「アイツが!?どういうことだオティヌス!」
オティヌス「とりあえずこっちにこい。メールをみれば分かることだ」
メールを見た人間は慌てて部屋を飛び出していった
やはり『たすけて』などというメールは、普段の彼女を思えばありえないことらしい
オティヌス「こんなに本気で心配する姿を見せられてはな……」
私や禁書目録でも心配してくれるのだろうという確信はあるのだが、やはりそのレベルは段違いだと思う
本人にその気はないだろうが、私から見れば一目瞭然だった
オティヌス「ちっ、つくづく差を感じてしまうな……」
オティヌス「いや、差があるのは当然のことか……」
そして一時間後、人間は転がるようにして、ではなく本当に転がりながら部屋に戻ってきた
壁に激突して停止し、無様に横たわる人間を怪訝な目で見つつ、とりあえず尋ねてみた
オティヌス「どうした?」
上条「着替え取りに来たんだ……すぐにアイツの部屋に戻んなきゃ…。あ~頭打った……」
オティヌス「着替え?」
彼女の部屋に戻るのに着替えがいる、ということはもしかすると……そういうことだったりするのか?え?ほんとに?
その考えに至り、目の前が真っ暗になるくらいには動揺した。が、よく考えてみればそれで『たすけて』なんてのはおかしくないか?
上条「あいつ、熱出して寝込んでんだよ。だから今日は俺が看病してやるんだ」
オティヌス「ああ、そういうことか……」
なるほど。どうやらそういうことではなかったらしい
私としては非常に喜ばしい事だ。しかしどちらにせよあの女の部屋に泊まるというのか……
上条「そうだ、お前も一緒に来るか?オティヌス」
オティヌス「はぁ!?」
上条「だって俺がいないとお前大変だろ」
こいつ馬鹿だなぁ
それが私の率直な感想だった
オティヌス「断固拒否する。馬鹿かお前は」
上条「な、なんでだよ!?」
オティヌス「何で私がお前の彼女の部屋に泊まりに行かなくてはならないんだ!!それに普通彼女の部屋に女を誘うか!?」
上条「え、でもお前、一人でどうすんだよ」
オティヌス「……心配するな、一日くらいは何とかなる」
上条「本当か?」
オティヌス「ああ、本当だ。お前の気持ちは受け取っておいてやるからさっさと行ってやれ」
上条「……本当に大丈夫か?」
オティヌス「大丈夫だ。しつこいぞ」
上条「…………………………分かった」
オティヌス「ほら、もう行け。今頃苦しんでいるはずだぞ」
上条「あ、ああ……じゃあ行ってきます…………本当の本当に大丈夫なんだよな?」
オティヌス「もうそのやり取りは飽きたぞ人間」
上条「お、おお、悪い。行ってくるわ」ガチャ
やれやれ、こいつの過保護さは筋金入りだな
そう呆れていたものの、顔が自然とほころんだ
私のことを心配してくれるのは素直に嬉しいと思ったし、それにあの「一緒に来るか?」という言葉……
あれが気遣いだろうと私が行かないことを見越した嘘だろうと、私にはその言葉がすごく嬉しかった
オティヌス(…………はは、私も大概の馬鹿だな)
そう、結局私はこいつにベタ惚れなのである
きっとこいつになら何されても嬉しくなってしまうんだろうなぁ
続きます
これからは週二2か週3更新を心がけます
読んで下さった方々ありがとうございました
投下します
この小さな部屋で一人きり、というのは何も今日が初めてというわけではなかった
禁書目録が去り、あいつが学校に行っている間はいつも一人だった
そう思っていると、にゃーん、という声が響いてくる
オティヌス「おお、お前がいたな。一人ではなかった」
禁書目録が拾ってきたというこの猫もいたのだった
てっきりこの猫はイギリスに連れていくものかと思っていたのだが、どうやらここに残すことにしたらしい
猫は私の頭にポンと手を置き、にゃん、と鳴いた
オティヌス「おいおい、猫に慰められるほど私は落ちぶれた覚えはないぞ?」
冗談混じりにそう言うと、猫は妙に満足げな顔でその場で丸まって寝始めてしまった
オティヌス「…私も少し昼寝するか……」
上条「あ、オティヌス!言い忘れていたことがあった!」ガチャ
オティヌス「ん?何だ」
上条「お前、飯はどうすんだよ!」
オティヌス「そういえばそうだったな」
上条「じゃあ今から三食分全部作ってくからちょっと待ってててくれ」
オティヌス「は?今からだと?」
上条「ああ」
オティヌス「おい、愛しの彼女が待っているんじゃないのか?それに一日くらい何も食べなくても私は大丈夫だぞ」
上条「だめだ。飯は絶対に作っていく」
オティヌス「お前……強情だな」
上条「分かってんだろ、オティヌス」ニコッ
オティヌス「……ふふ」
不覚にも
コイツのその言葉に胸が踊った
やっぱり、こいつはどんなことがあろうとも私の唯一の『理解者』なのは変わらない、ということか
上条「大したもんは作れないけど勘弁な」
オティヌス「…………フッ、特別に許してやる」
上条「ありがとうごぜーます女神様」
手際よく作り終えた人間はそれぞれ皿に盛り付けてラップをした
悲しいかな、こいつは禁書目録のおかげもあって料理を作るのが早いのだ
人間は軽く溜息をすると、腰に手を当ててにこりと笑みを浮かべた
上条「よし、完成だ!じゃあ留守番頼むぞオティヌス。明日はなるべく早く帰ってくるからな」
オティヌス「ああ、分かった」
お人好しな奴だ。良くも悪くも……
なんだかんだで一晩を無事に乗り切った私だが、さすがに疲れてしまったためずっと寝ていた
そして気が付いた時にはすでに時計の針は午前十時を回っていた
しまった、寝過ぎてしまった……
しかしすぐに疑問が浮かび上がる
オティヌス(まだあいつは帰ってこないのか?)
あいつは「なるべく早く帰ってくる」と言っていたはずだ
そんなに簡単に約束を反故にするほど屑ではないと思っていたが……
様々なことを思考していているうちに、段々と頭が覚醒してきた
恐らくあいつのことだ。きっと何か事件に巻き込まれでもしたのだろう
心配ではない、と言えば嘘になってしまうが、それ以上に信頼していた
私とあいつは『理解者』だからな!
オティヌス(早く帰ってこい……)
それから一時間後のこと
キィ、という小さな音を立てて部屋の扉が開かれた
私は嬉々として玄関に視線を注ぐが、そこに立っていたのは私の待っていた人間ではなかった
いや、というか普通の人間ではなかった
垣根「あなたがオティヌスですね?」
オティヌス「私にお前のような白い知り合いはいない……ん?待て、お前もしかして学園都市第二位か?」
垣根「ええ、その通りです」
オティヌス「ああ、なるほど。そういうことか……」
色々とこいつの存在について納得したところで素直に聞いてみることにした
オティヌス「で、お前が何の用だ」
垣根「無論、上条当麻さんの状況についてですよ」
オティヌス「…………ほう、話を聞こうじゃないか」
―――――――――――
―――――
………………、
この白い人間から聞いた話が全て本当だとすれば、かなりマズイ状況になっているようだ
どうやら『あの男』―――アレイスター・クロウリーがついに計画のスパートをかけてきた、といったところか
垣根「私は偶然その場に居合わせただけなのですが、あなたにはこのことを伝えなければならないだろうと思いまして……」
私が帰りを待っていた人間は、この部屋への道を歩いている途中にいきなり攫われてしまったというのだ
そしてそれを偶然見ていたこの白い男が私のところに報告に来ている、ということらしいな
オティヌス「さてと、では行くか」
垣根「え?」
オティヌス「あいつのところに行く。私はずっとあいつのそばに居ると決めているんだ」
垣根「お、重い愛ですね……」
うぐっ……この白い男、中々言うじゃないか……
まぁ、自分でも重い女だと思う。それでも自分の正直な気持ちに逆らう気などなかった
そして私はこの白い案内人と供に、この部屋を飛びだしたのだった
――――――――――
―――――
―――
さて、私の愛する上条当麻という人間についてだが
あいつは極度の鈍感かつ馬鹿かつお人好しだ
その性格でどれだけ女を落としてきたのか、考えるだけで頭が痛くなる
何せ私もその内の一人なのだからな
そんな上条当麻だが、あいつを一言で表せ、と聞かれた場合、どのように答えるだろう
まぁここは人それぞれだな
だが、大概の奴等はこう言うのではないだろうか
―――あいつは『強い』
別段、身体能力が飛び抜けているわけでも知識に優れているわけでもないが、それでもあいつは『強い』
私が今此処に存在しているこの事実こそが、その証拠だ
では本題に入るとしよう
結論から言えば、上条当麻の『強さ』とアレイスター・クロウリーの『強さ』の壮絶なぶつかり合いによりアレイスター・クロウリーの計画は潰えた
いや。潰えた、という言い方は間違っているかもしれないが、あくまでも私から見れば潰えたのと同義だ
たった一日でそのぶつかり合いが終わるはずもなく、私の予想よりかなり時間をかけての決着だった
まあ、なんというか、あいつらしい決着だと思った。それ以上の感想が浮かばない程に
一応その決着までには色々……本当に色々なことがあったのだが、私が語ることではない
とにかく私としてはようやくこの人間との日常が戻ってくるのだという安堵が心の半分を占めていた
また何か戦わなければならない事態になったとしても、とりあえず当分の間こいつは平和な生活を送ることができるはずだ
さて、ようやく面倒事から解放されたのはいいのだが……
上条「俺、今からあいつの家に遊びに行ってくる!」
オティヌス「そ、そうか……」
こいつは幸せそうな顔で、そう言った
最近はほぼ毎日だ。平和になったからと言って、私との時間が増えるなんてのはそもそもありえなかったことだが、さすがに多すぎる気もした
だからといって、私が口出しできるはずもないのだが……
そろそろ投下します
アレイスター・クロウリーとの激突から一年
私は毎日のように彼女の家に行くあいつを見ながら、ようやく冷めていた
冷めた、というのは別にあいつへの愛が冷めたとか、別にそういうことじゃない
なぜならそれは絶対にありえないことだからだ。あいつへの愛は百年経っても千年経っても衰えることはないだろう
私が「冷めた」と言うのは、嫉妬だ
ようやく現実を受け入れることができた、ということだ
今までは、どう自分に言い聞かせても、どうしても完全には納得できなかった。常に嫉妬し続けていたんだ
だが今は違う
ずっと前から。最初から。もう分かっていたことだった
あいつの隣にいるべきは私じゃない
私じゃないんだ
上条「オティヌスー」
オティヌス「どうした人間」
上条「今日は何が食べたい?」
オティヌス「そうだな……」
ああ、こいつは変わらない
たとえ女が出来ていたって、こいつは変わらないんだ
私を邪魔者扱いしたりは絶対にしない
それだけで十分すぎる
……私は幸せなんだ
ある日のこと、あいつの鞄の中を何気なく覗いた時
私は気付いた
もうこいつと彼女が一線を越えていることに
鞄に入っていたのは、避妊具だったのだ
……別に、何もおかしくはないと思う
あれから一年以上も経っていれば、それだけあいつと彼女の仲も進展する。当たり前のことだ
むしろ、あの二人の仲の良さでよく一年以上も一線を越えなかったものである
愛し合っている男女が付き合っているのだ。別におかしいことじゃない。どちらかといえばごくごく普通のことだった
そう、普通のことなのだ
………………普通のことなのに
もう、嫉妬なんてしないと思っていたのに
それなのに…………この胸の痛みは……何なんだ……
オティヌス「…………うぐっ」
あの日決意した、絶対に涙を流さないという誓い
それを思い出し、なんとか溢れ出そうになる涙をこらえた
オティヌス「はぁっ……はぁっ……!!」
荒々しく息を吐きながら、私は瞼をきつく閉じて必死に自分に言い聞かせた
オティヌス(違う違う違う違う違う違う!!!!!!おかしくない!!!!何もおかしくない!!!!)
オティヌス(普通なんだよ!!これは普通のことなんだよ!!!!だから、だから、だから……!!!)
オティヌス(間違っているのは、私なんだっ……!!!!)
上条「ふー、さっぱりしたー」ポカポカ
上条「あれ?どうかしたのかオティヌス。顔真っ青だぞ」
……………………、
……………………、
……………………、
オティヌス「何でもない。さて、そろそろ眠るとするか」
上条「あれ?随分と早い時間に寝るんだな。お前にしては珍しい……」
オティヌス「そんなの日によって違う。今の私の気分的に今日は早く寝たいんだ」
上条「な、何だよ。何か嫌なことでもあったのか?」
オティヌス「……別に。全然まったくこれっぽっちもなかったぞ。じゃあおやすみ」
上条「お、おう……?」
私は思い出していた
あいつを『理解者』だと認識できた時の、光を
『船の墓場』であいつが言った言葉を
デンマークで一緒に逃亡したことを
二人で笑い合いながら走ったことを
この体になってあいつと過ごした生活を
全部、ぜんぶ、思い出して―――
そして、ゆっくりと、心に燃え上がる何かを鎮めていった
自分の心に言い聞かせるように、両手の人差し指で口の端を吊りあげてみた
オティヌス(……大丈夫だ。私は、大丈夫)
オティヌス(私はあいつのそばで笑って生きていくんだ。どんなことがあっても笑顔を絶やさないように。たとえ作り笑いでもいい、笑っていれば、それでいい……)
そうして、ゆっくりと瞼を閉じた
――――――――――
―――――
―――
そして、月日は流れて
今やこいつも高校生ではなく立派な大人に……とは言えないが、とにかく成人した
やはりというかなんというか、こいつは高校のときからずっと一途で今だにバカップルらしい
らしい、というのは私の推測だからだ。実は私は今だにこいつの彼女に会ったことが無い。こいつの話の中でしかその彼女の性格を知らないのだ
こいつはもう何度も、それこそ鬱陶しいくらいに私を彼女に会わせようとしていたが、機転を利かせてそれらのすべてを断っていた
だがそれも今日でついに終わりを迎えたようだ
上条「なぁオティヌス」
オティヌス「何だ、人間」
上条「……お前、そろそろその呼び方やめてくれよ。名前で呼べって何度も言ってるだろ」
オティヌス「そんなことを言われてもな。もうずっとこの呼び方だったから仕方ないだろう」
上条「……まぁ、それは今後修正するとしてだな。俺がしたい話ってのは、今日はそのことじゃないんだ」
オティヌス「?」
上条「俺とあいつが同じ部屋に住むって話しただろ?あの件、そろそろ決まりそうなんだ」
オティヌス「…………そ、そうか」
上条「もちろんお前も一緒だぞ、オティヌス」ニコッ
オティヌス「あ、ああ……」ニコッ
上条「やっとお前をあいつに会わせられると思うと楽しみで仕方ないぜ」
オティヌス「わ、私も……その、た、楽しみだ……」
何ということだろう。今まで一度もあったことのない人間と……しかもこいつの彼女と三人で暮らすことになるとは……
前々から同棲を考えているとは口にしていたが、まさか本当に……
オティヌス「だ、だが人間。彼女は私を見てどう思う?きっと気味が悪いと思うはずだ」
上条「会えば分かるって!」ニカッ
……色々と不安要素がありまくりだが、どうやらもう決定事項らしい
私としても腹をくくるしかなくったようだ
すみません寝落ちしました
出来なかった分投下しときます
―――――――――――
―――――
―――
そして、ついにその彼女とこいつが同棲する日となった
同棲するのはこいつと私が住んでいる部屋だ。彼女の方が引っ越してくるらしい
人間は楽しそうに部屋の掃除をしているが、一方の私はかなり憂鬱な気分であった
理由としては、慣れ親しんだ空間に第三者が入ってくるというのはあまり気分の良いものではないからだ
まぁ、慣れ親しんだとは言っても高校の頃とはもう違う部屋だが
そして一番の理由は、私が二人の邪魔者になるのが分かりきっていることだ
それは自分でも仕方のないことだと頭では分かっているのだが……
それでもやはり、憂鬱にならざるを得ない
ピンポーン
上条「お!来たか」テテテ
オティヌス(つ、ついに来たか……)
人間が勢いよく扉を開くと、そこには話の中でしか知らなかった女が笑顔で立っていた
上条「よく来たな」ニコッ
あいつがそう言って笑いかけると、その女も嬉しそうに微笑む
そして部屋の中に入るなり、私を見つけて同じように微笑んだ
「あなたがオティヌスさんだよね?初めまして!」
オティヌス「…あ、ああ」
「実はあなたのことは当麻からよく聞いてて……話を聞いた時から会ってみたいって思ってた」ニコッ
オティヌス「…………不気味だろう?こんな体……」
「不気味?もー、冗談言わないでよー!」ハハハ
「すっごく小っちゃくてすっごく可愛いよ!」
私は、想像していた展開とあまりに違いすぎて唖然としていた
その女は……あいつの彼女は、私が想像していたよりもずっとずっと……
「オティヌスさん、これからよろしくね!」
オティヌス「あ、ああ……よろしく、頼む」
オティヌス(お似合い……だな)クスッ
それから三人での生活が始まった
この女は決して私を邪魔者扱いすることは無い
いつも楽しそうに笑っていたし、本人も常々『楽しい』と口にしていた
私は、以前あいつが言っていた言葉を思い出す
オティヌス(『会えば分かる』……か。確かにな)
私が惚れた男が惚れた女なのだ。その人間性はむしろ当たり前のようにも感じられた
オティヌス(もっと早くこの女と出会っていれば……私は妙な嫉妬をせずに済んだのかもな……)クスッ
私から見ればそれほど眩しい存在だった
以前から抱えていた嫉妬の炎はほぼ鎮静している
嫉妬の炎なんて燃え上がる隙も無い程に、その女は私の好きな男とお似合いだったのだ
あと2回くらいで終わります
読んでくれた方ありがとうございました
今ようやく分かった…この彼女佐天さんだな
>>209
俺と同じことを考えていた・・・だと・・・!?
投下したいと思います
人間とその彼女が二人で台所に立ち、仲睦まじく夕飯の準備に取り組んでいる光景を、部屋のソファに体を沈ませながら眺めていた
「ハンバーグ出来たんだけど、味見してみて?はいあーん」
上条「んぐ……げほっ……うーん?」
上条「……何か妙な味するんだけど」
「おっかしいなー、何か間違えたのかも」
上条「食べてみろよ、ほら。あーん」
「はむ……あれ、しょっぱい……いや、苦いような……?」
上条「何かおかしいもん入れたのかもな」
「なんだろうねぇ」
料理の一部始終を見ていた私は、あいつの彼女が誤った調味料を満面の笑みで注いでしまっているのを見ていたが、二人が楽しそうなので黙っておくことにした
本当に楽しそうで、幸せそうで、見ている私の方も思わず笑ってしまいそうだった
上条「できたぞオティヌス!時間かかって悪かったな」
「ごめんねーオティヌスさん。ちゃんとおいしくできたから安心してね」
オティヌス「ああ、味の心配はしてない。いつもおいしくできているからな」
嘘だった
人間と二人で作っているときは美味しいが、彼女一人だとミスも少なくない
そのため壊滅的な味の日もあるが、人間とともにそれを引き攣った笑顔で乗り越えてきた
別に下手と言うわけではないのだが、よく調味料を間違えるのだ
「うん、おいしいね!」
上条「ああ、美味いな。なぁオティヌス」
オティヌス「ああ」
無心で料理を口に運ぶ私が見ていたものは、あいつと彼女のめまいがしそうなほどの甘々なやりとりだった
もう見ているだけでお腹いっぱいになってくるんだが……
ある日のこと。私がソファの上でごろごろしていた時だった
人間は何か用事があるらしく今は彼女と私しかいない
今まで食器を洗ってくれていた彼女が、私の隣に座ってにっこりと微笑んだ
「オティヌスさん、調子はどう?」
オティヌス「ああ、問題ない」
「それなら良かった」ニコッ
オティヌス「…………お前は、良い女だな」
「あはは、どうしたの急に。そんなお世辞言っちゃって」
オティヌス「別に。ずっと思ってたことを言っただけだ」
本心だった。別に本人の前で言うつもりは無かったのだが、ついつい言葉に出してしまった
自分でも少し恥ずかしくなってくる
「そうだ、オティヌスさん。そう言えば私、お願いすることがあったんだった」
唐突にそんなことを言う彼女に首を傾げながら、私はそれは何かと尋ねた
「これからも当麻のそばにいてあげて」
彼女の真意は分からなかった。だが、返答には迷わなかった
オティヌス「ああ、いるよ」
満足そうに笑顔で頷いた彼女はなおも続けた
「あなたは当麻にとって精神的支柱。かかせない存在だからねー」
オティヌス「あいつが一番愛してるのはお前だよ」
「まぁ、一番愛されてるのは私だろうねぇ」
臆面もなく言い切るとは……本当のことだけどな
今更この女に嫉妬しても虚しいだけだし、嫉妬する気にもなれない
すでにそういう次元の話ではないのだ
「あなたは当麻にとって心の支えなんだよ。理解者って言葉が正しいのかな」
オティヌス「……理解者…………か」
「だから、これからも一緒に居てあげてね」ニコッ
オティヌス「……ああ、分かってる」
上条「ただいまー」
「あっ!おかえりー」
私があいつの精神的支柱………考えたことも無かったな
本当にそうなのかは私には分からない
もしかしたらこの女があいつの気持ちを図り違えている可能性もある
だが、もしそれが本当なら……
オティヌス(嬉しい……けど)
上条「おーいオティヌス。どうかしたのか?」
オティヌス「……別になんでもない」
「だよねー」
上条「おいおい、二人で何話してたんだよ」
「秘密でーす」
上条「オ、オティヌス~」
オティヌス「黙れ。何もないぞ」
こいつの彼女と暮らし始めて、結構な日数が立っていた
そして、私が最近よく考えることと言えば、
オティヌス(こいつら……良い夫婦になれそうだな)
それを頻繁に感じるようになってきた
別に僻みで言っているのではなく心の底から感じている純粋な気持ちだ
あいつに限って浮気なんて絶対にしないだろうし、この女もあいつを裏切ることはありえないだろう
オティヌス(このまま順調に事が進めば、数年後には結婚して……子供も生まれて……)
オティヌス(幸せな家庭を築いていくんだろうな……)
オティヌス(こいつらの子供なら、きっと良い子に育つだろう)
オティヌス(私は…………)
私のすることは、これからも変わらない
ただあいつのそばで笑って生きていけばいい
あいつの命が尽き果てるその時まで
―――――――――――――
――――――――
―――――
そして数年後
今日はあいつと彼女の……いや、もう入籍しているから妻と言った方がいいのか
とにかく二人の結婚式だ
あの上条当麻の結婚式ともあり、式場には多くの人間どもが押し寄せて来ていた
私はあいつの母親の肩に乗りながら、式場を見渡していた
オティヌス(あれは御坂美琴……あっちにいるのは学園都市第五位か。揃いも揃って憂鬱そうな顔をしているな)
オティヌス(さすがにこいつらも自殺したりとかは無いだろうが……いや、あそこにいる女はやばそうだな)
イギリスからわざわざやってきたショートヘアの女を見てそう思った
あの女は確か天草式の女だ。何年か前にあいつの付き添いでイギリスに行ったことがあったのだが、その時にあの女と会ったことがある
ドン引きするほどあいつにご執心の様だったから、おそらく今日は来ないと思っていたが……あの女なりのけじめか?
思わず二度見してしまうような不自然な動きと暗い表情で、怪しい事この上ない
オティヌス(お、おいおい……せっかくの結婚式だというのに、やけに憂鬱そうな顔をした女どもが多くないか?)
祝福している奴らも決して少なくないが、女どもの暗さがどうしても目立つ……
詩菜「それにしても、ついに当麻さんも結婚かぁ」
刀夜「ああ、あっという間だったなぁ」
あいつの両親がそう呟いた
この両親ときたら、私を何の問題もなく受け入れてくれている。あの息子にしてこの親ありだ
刀夜「今まで当麻を支えてくれていたんだろう?ありがとうオティヌスさん」
オティヌス「別に大したことはしていない。私の方が助けられてばかりだった」
詩菜「うふふ、オティヌスちゃん的にはそうかもしれないけど、当麻さん的にはそうじゃないかもしれないわね」ニコニコ
オティヌス「……私には分からないな」
私はそう呟いて、なおも式場の人混みを見渡す
私には探している奴がいた。こうしてあいつの両親に客席まで連れてきてもらったのはそいつを探すためだ
オティヌス(………やはり来ていないのか、禁書目録)
オティヌス「すまないが、やはり来ていないようだった。戻ってくれるか」
詩菜「ええ」
禁書目録……あいつは今でも引きずっているのか?それで結婚式に来れていないのか?
お前はそれで後悔しないんだろうな?
ガチャ
詩菜「控え室着いたわよ……あれ?お客さん?」
オティヌス「……!」
上条「久しぶりだな、インデックス」
禁書「久しぶりだね、とうま」
あいつの控え室には、成長した禁書目録が来ていた
実はあの別れの日から会うのは、今日が初めてのことではない
アレイスター・クロウリーの件で色々とあったのだ。だがそれ以来会ったことはない
本当に久しぶりの再会と言えるだろう
詩菜「あらあら?あなたは昔、当麻さんと一緒に居た……大きくなったわね」
刀夜「……そうか。あの子か」
禁書「お久しぶりなんだよ」
そうして禁書目録は私の目を見つめ、にっこり微笑んだ
禁書「久しぶり、オティヌス。前会った時と全然変わらないね」
オティヌス「ほっとけ。私はそういう性質なんだ」
禁書「会えて嬉しいんだよ」
オティヌス「…………そうだな」
次に禁書目録は人間に向かって微笑んだ
禁書「結婚おめでとう、とうま」
上条「ああ、ありがとなインデックス!」
禁書「似合ってるね、それ。かっこいいよとうま」
上条「おう、ありがとな!」
そして、もう一度、泣きそうな笑顔で言った
禁書「とうま」
禁書「私は、ようやくとうまを眩しく感じなくなった気がするんだよ」
禁書「だから、私もちゃんと幸せになるから。本当に少しだけでいいから、応援してくれる?」
上条「ああ、もちろん応援する。全力で応援してやる!」ニコッ
禁書「……うんっ!」
目にうっすらと涙を浮かべながら、禁書目録は大きく頷いた
今日でようやく、完璧に清算できたのだろう
逆に言えば、今日までは想いを断ち切れずにいたんだ。よっぽどこいつが好きだったに違いない
オティヌス(…………今まで、今日まで、よく耐えてきたな)
オティヌス(よくやった、インデックス)
禁書「じゃあ、お邪魔しちゃってごめんね。私、かおりたちのところに戻ってるから」
上条「ああ、ここまで来てくれてありがとうな」
そうして禁書目録は控え室から出ていった
きっと笑顔で結婚式を見守ってくれることだろう
上条「……良かった。あいつにだけは来てほしかったんだ」
オティヌス「ああ、そうだな」
上条「俺にはよく分かんねえけど、お前が助言を贈ってくれたのか?オティヌス」
オティヌス「あいつは自分で答えを出したんだ。私のしたことなど関係ないだろう」
上条「はは、でも助言はしてくれたんだな。ありがとうオティヌス」ニコッ
オティヌス「ふん」
途中寝落ちしかけたけど何とか持ちました
次で最後になります
読んでくれた方ありがとうございました
すみません忘れてました
溶かします
刀夜「さぁさぁ、そろそろ花嫁の衣装準備が整っているはずだぞ」
少しばかりしんみりした空気を打ち破るように父親が明るくそう言った
上条「お、そろそろか!あいつの部屋に行こう!」
オティヌス「ああ」
詩菜「きっと綺麗だと思うわ」
刀夜「うん、間違いないよ」
上条「ドレスはオティヌスと一緒に選んだんだよな、確か」
オティヌス「ああ、きっとお前も気に入ると思うぞ」
上条「そりゃあ楽しみだなぁ」
コンコン
上条「おーい、入っていいかー?」
「いいよー」
上条「ドレスどうだったー?」ガチャ
人間が扉を開けた瞬間、純白のウェディングドレスに身を包んだ、あいつの妻となった女が椅子に座っていた
神である私ですら神々しいと思えるほど、その姿は美しい
案の定、人間は目をぱちくりさせて言葉が出てこないようだった
「どうかな当麻!オティヌスさんと一緒に選んだこのドレスの感想は!」ニコッ
こいつは妻のウェディングドレス姿を、まるでこの世のものではないものでも見たかのような表情をして呟いた
上条「……すっげえ綺麗だ。腰抜かすかと思った」
「うふふ、大袈裟だなぁ。でもありがと!」
詩菜「あらあら、当麻さん的には大袈裟ではないんじゃないかしら?」
上条「ま、まあそうかな?」
刀夜「ははは、照れることはないぞ当麻」
上条「て、てて照れてねえよ!」
オティヌス「………………ふふ」
微笑ましいやり取りに、私は思わず口元が緩んだ
幸せそうで
本当に幸せそうで……
「さ、当麻。そろそろ行こっ」ニコッ
上条「よし、行くか!」
オティヌス「行ってこい。そして、楽しんで来い」
上条「ああ!ありがとよオティヌス」
快活な笑みを浮かべるこいつに、私は大きく頷きながら
そして、色々な意味と思いを込めて、一つだけこいつに尋ねた
オティヌス「今、幸せか?」
もう答えなど分かりきっていることだが、私が最後に聞いてみたかったことだ
私の言葉に、こいつは嬉しそうに頷いて、にこりと微笑んだ
上条「おう、幸せだ!」
オティヌス「…………ふふ、安心した」
オティヌス「胸、張って歩けよ。いいな?」
上条「ああ、オティヌス」ニコッ
刀夜「母さん、カメラの用意は出来てるかい?」
詩菜「ええ、もちろん」
刀夜「よし。今日は息子の最後の晴れ舞台だから、ちゃんと写真に残しとかないとな」
そう言って、嬉しそうに、だが少しばかり寂しそうに、父親はそう言った
上条「父さん……母さん……今まで、ありがとう」
詩菜「あらあら。私達的には、これからもどんどんちょっかいを出すつもりなのよ?」
上条「あはは、そっか。頼もしいな」
「ありがとうございます!」
そして
ついに
結婚式は幕を開けた
―――――――――
―――――
―――
私は式場の祭壇に一番近い席で、あいつの両親とともにその時を待っていた
式場には新郎新婦二人で入場してくるらしい
オティヌス(あのバカップルらしい入場だよ、まったく……)
あの二人の結婚式と言うだけあって、そんなに重っ苦しい雰囲気の結婚式ではなく、むしろどことなくほのぼのとした雰囲気が漂っていた
一部の女どもを除いて、だが
あの二人は揃って『自由』な結婚式を心がけたらしい
既存の飾り付けを取り下げ、あの二人らしい飾り付けが大量に飾られていた
オティヌス(いくら本物の教会じゃないとはいえ、これは風情もなにもあったもんじゃないな)
心の中で思わず笑みを浮かべる
本当にお似合いの二人だよ、まったく……
そしてついにその時は来た
満面の笑顔で腕を組んだ新郎新婦が入場してきたのだ
祭壇までのバージンロードを、はじけるような笑顔で、二人で、歩いていく
突如、式場のどこかから絶望の泣き声が聞こえた気がしたが、あえて聞かないふりをした
この二人の結婚式にそんな絶望した声は必要ない
今、この二人に贈るものがあるとすれば、それは
精一杯の
オティヌス「おめでとう」
招待客の多さに比例して、このウエディングチャペルは中々規模がでかい
つまりそれ相応にバージンロードも長いのだ
それを苦に感じることなどあいつらはありえないだろうが、最前列にいる私からすればここまで来るのが遅くていらつく
オティヌス(それにしても……ついにあいつも、結婚か)
笑顔で歩いているあいつとその妻を見て、何か漠然とした気持ちがふつふつと湧き出てくる
嫉妬でも、祝福でもない
何だろう、この気持ちは―――
オティヌス「ああ、そうか……」
結局、私は想いを一切伝えないまま、あいつは結婚してしまったのか……
オティヌス(あいつに、どころか世界中の誰にも伝えることは無かったな…………いや、いいんだ。いいんだよ、これで)
オティヌス(昔決めたことを思い出せ。この想いは私の胸の内にずっと仕舞っておけばいい。私が想いを伝えたところで得をする奴など一人もいない)
オティヌス(今までも、これからも、ずっと。そばにいられるだけで、私は―――)
そしてその直後、祭壇に到達した新郎新婦は永遠の愛を誓い、熱い口付けを交わした
―――――――――――
―――――
―――
ここはチャペルの外庭
多くの招待客に囲まれながら、二人は笑顔で写真撮影に励んでいた
私はと言えば、久々に禁書目録の肩に乗りながらその光景を眺めているだけだ
ほのぼのとした雰囲気に包まれていたが、その直後に並々ならぬ緊張感が迸る事態が訪れた
五和「…………」
ゆらゆらと、何かに取りつかれたように天草式の女があいつとその妻に歩み寄っていく
ただならぬ事態になるかもしれない、という予感が脳裏をよぎったが、それが勘違いであればあの女にあまりにも失礼だ
ここはぐっとこらえよう
オティヌス(……何も起こらなければいいが)
五和「上条さん……」
上条「五和!今日は来てくれてありがとう!」ニコッ
あいつの笑顔を見て少したじろぎながらも、天草式の女はもう一度震える声で言う
五和「か、上条さん……」
上条「何だ?」
五和「上条さん……上条さん……」ブルブル
上条「?」
五和「お、おめでとう……ございます……」ブワッ
上条「うおお!?ど、どうした!?」
五和「おめでとうございます……ぐすっ……おめでとう、ございますぅ……」ポロポロ
上条「あ、ありがとな五和。大丈夫か?」
五和「うわああん!!」ガバッ
上条「うおっと!本当に大丈夫かよお前!?」ダキッ
小さな子供のようにあいつの胸で泣きじゃくる女に、あいつはどうしていいか分からず慌てている
そんなあいつに、そっと近付いていく一人の女がいた
「当麻、しばらくそのままでいいよ」
あいつの妻だ
普通結婚式の日に夫が別の女と抱き合っていたらブチ切れしてもおかしくないはずだが、この女はそうではないらしい
「泣きやむまでそばにいてあげて?ね?」
上条「元々そのつもりだったよ」ニコッ
「ふふ、知ってた。でも言っといた」ニコッ
上条「お前なー」ハハハ
五和「う……うわあああん!!」
あの新郎新婦、慰めたいのか傷つけたいのかどっちなんだ……
あのやり取りをまったく恥ずかしげも無くやっているのだから末恐ろしい
結婚式も終盤に差し掛かった辺りでブーケトスをまだやってないという意見が浮上した
招待客、特に一部の女どもはブーケをキャッチしたくてうずうずしているのだ
上条「よし、じゃあ頼む!」
「うん、分かった。じゃあ行きますねー!よいしょー!」
後ろを向いた花嫁が投じたブーケは、綺麗な放物線を描いて―――
トスッ
オティヌス「あ」
禁書「あれ?わ、私?」
ブーケを取れなかった女どもが憂鬱そうな表情でとぼとぼと散っていく中、禁書目録はいまだあたふたしていた
オティヌス「よかったじゃないか」
禁書「えへ……これでわたしも幸せになれるんだよ」
そうして、結婚式もほぼイベントをやりつくし、お開きの時間となった
上条「今日は来てくれてありがとなー!!」ブンブン
「ありがとうございましたー!」
新郎新婦が大きく手を振りながら、招待客を見送った
帰って行く客の中でどんよりとした雰囲気が充満しているのは私の思い違いではないだろう
オティヌス(こいつらもいよいよ、新しい生活が始まるんだな……)
以前から同棲していたからそう大きくは変わらないかもしれないが、やはり結婚したという事実は精神的にも変化が現れるかもしれない
オティヌス(さて、私も気合入れ直さなければな……)
あらゆる負の感情を抑え付けて、私は、あいつのそばで笑って生きていくのだから
ずっとずっと、隣で
あいつの命が尽き果てる、その時まで
――――――――――――
―――――
―――
結婚して一年と少しが経った
「どう?私が愛情込めて作ったハンバーグは」
上条「美味い!お前料理上達したなぁ」
「私、元々料理は上手だよ?」
上条「いやぁ、今でこそ言えるけど、お前昔は調味料間違えまくってたんだぜ」
「えぇ!?あれ、当麻とオティヌスさんが美味しそうにしてたから、あえてそうしてたんだけど!!」
上条「あ、あえて!?」
オティヌス「何?わざとだったと言うのか」
「ええと、最初の一回目だけは本当に間違えたんだけど、それ出したら二人ともいつもより笑顔だったから。あーこの二人はこういう味が好きなんだなって」
「でも最近思ったの。私もう耐えられないって。二人には悪いけど味付け変えようって」
上条「お、お前なぁ、俺とオティヌスが今までどんな思いで……」
オティヌス「それはともかく、気になることがある」
「なに?」
オティヌス「こいつと二人で作る時は普通の味だったじゃないか」
「そこは私も不思議だったんだよねー」
なるほど。さてはこいつ馬鹿だな?
上条「まぁとにかく今は直ってんだし、これからもこの調子で頼む」
「うん!」
そうして、唯一と言っていいこの家族の問題点が解決したのだった
しかし、結婚三年目
理想像と言っても良いこの夫婦に亀裂が走ることとなる
次回ほんとのほんとに最終回
きっと長いです
読んでくれた方ありがとうございました
30レスどころじゃ終わらなかった
計画性なくてすみません。投下します
最終投下ではないです。申し訳ない
こいつらが結婚して一年目の冬
妻はすでに眠っており、リビングには私とあいつだけが残されている状況である
上条「なぁ、オティヌス」
オティヌス「どうした人間」
上条「……はは、もう直す気はないんだな、その呼び方」
オティヌス「そうだが。今更何を言っているんだ」
上条「いいや、別に」ニコッ
他愛も無い会話だったが不思議とそれが退屈だとは思わない
なぜかと聞かれれば、私とこいつが『理解者』だからとしか言いようがない
……何考えてんだ、私は
上条「はぁ~……それにしても、あれだな」
オティヌス「何だ」
上条「お前とも、長い付き合いになるなぁ」
オティヌス「……そうだな。あまり良い思い出は多くないが」
上条「はは、違いねえな。お前と一緒に居た多くの時間は良い思い出じゃねえな」
上条「でもお前と一緒にこの世界で過ごした日々は、少なくとも俺にはかけがえのないもんだったよ」
オティヌス「…………そ、そうか」
オティヌス「……………………」
嬉しすぎて油断したら顔がキャラ崩壊するレベルで緩みそうだった
そんな醜態を晒すわけにはいかないのでここはぐっとこらえるとしよう
そこで私は、にやけそうになるのを誤魔化すようにふと日常的に思っていたことを口にしてみた
オティヌス「お前、きっといい父親になるだろうな」
上条「え!?本当か!?」
ん?予想以上の反応だ。私が思っていたよりも父親になることに強い憧れがあったのか?
オティヌス「ああ。言うまでも無くあの女は良い母親になるだろうし、お前さえきちんとしていれば子供が歪むことはないだろう」
上条「そ、そうか!?」
オティヌス「私はそう思っている」
上条「そ、そっか……はは、お前が言うなら信じるよ、オティヌス」
上条「そうか……俺、もうすぐ父親になれるのかぁ……」
私は自分で話を振っておきながら、ようやく気付いてしまった
こいつももうじき父親になるのか……
出会った頃は15歳のガキだったこいつが、結婚して、子供がいてもおかしくないようなところまで来ているのか……
オティヌス「…………さて、私もそろそろ寝る」
上条「おう、おやすみ。また明日な」
―――――――――
―――――
――
午前二時。辺りの家はもうすっかり寝静まっている頃に、あいつは帰ってきた
玄関にそろそろと入り込み、音をたてないように靴を脱ぎ始める
あいつはおそらく私達二人の存在にまだ気付いていない
そして、暗闇の中で仁王立ちしていた妻が玄関の明りを点けた
上条「!?…………なんでまだ起きてんだよ、二人とも」
オティヌス「私はたまたま目が冴えていただけだ」
「…………当麻こそ、こんな時間まで何をしてたの」
少しキツめの口調と表情で妻は尋ね返すが、あいつは決して目を合わせようとはしなかった
最近はいつもこうだ
こいつは最近こんな遅い時間に帰ってきては、すぐに自室へと引っ込んでしまう
しかも遅く帰ってくるのは別に仕事が忙しいからとか、そんな理由ではない
上条「………………何でもねえよ。仕事が忙しいんだ」
「嘘だ。職場に電話してみたら、今日は18時には帰ったって聞いたよ」
上条「………………」
オティヌス「またこんな時間まで人助けか?」
上条「…………ああ。御坂から助けてほしいって連絡が入ったからな」
そのまま無言で自室へ入っていくあいつを見つめる妻の目は、とても寂しそうで、それと同時に申し訳なさそうで、悲しそうで……
それは、あいつが結婚して三年目の春のこと
夫婦仲は悪くなっていた
オティヌス(こいつらの子供はきっと良い子に育つ…………それは間違いない。でも……)
この夫婦は子宝に恵まれなかった
しかしあいつは子供が生まれるのをとても楽しみにしていた。自分が父親になる日を今か今かと待っていたのだ
私が思っていた以上にあいつは自分の子供が楽しみでしょうがなかったらしい
だが、現実は非情だった
日に日に元気がなくなっていくあいつを見る妻の顔は、あいつと同じように曇っていくばかり
今まで幸せに溢れていた生活が、ゆっくり、ゆっくりと暗く沈んでいく様は、本当に同じ夫婦かと疑いたくなるほどだ
おそらく今のあいつにとって、この家にいることは。この妻といることは
どうしようもなく、苦痛なのだろう
私の予想としては、毎日深夜まで人助けをしているのはこいつなりのストレス発散だ
どんな小さなことにも首を突っ込み、どんな時間でも呼び出されれば助けに行って解決し、自己満足に浸る。そしてまた助けを求めている奴を求めてさまよう……
はっきり言って異常だ。高校生の頃のあいつを超えている
そんなストレスの発散方法は最低で気持ち悪い。偽善臭くて仕方がない
だが、そんなことをしなければならないほどにあいつは悩んでいるのかもしれない
浮気はしない。妻のことは今でも愛している。だが子供も欲しい
そんな苦しみの渦で心が圧迫されているのだと思う
そして、この夫婦の問題は子供が出来ないことだけではなかった
ピンポーン
レッサー「こんばんはぁ。上条当麻出してくれますかー?はるばるイギリスから来ましたよーっと」
「あ、まだ……」
レッサー「あっれえ?もう22時なのにまだ帰ってないんですねえ」ニヤッ
「…………それは、」
レッサー「じゃあ自分で探しますねぇ。お邪魔しましたー」ニコニコ
「あ、ちょっと…………」
レッサー「どこかなー♪」ニコニコ
「…………」
誰が漏らしたのかは不明だが、こいつら夫婦に子供が出来ないことが女どもにバレてしまっていた
そしてあいつが子供を欲しているという事実が、再び女どもを再燃させているらしい
あいつを狙う女が時間問わず押しかけてくるのはもはや日常茶飯事で、しかも訪ねてくる女は毎回違うときた。これにはさすがの妻もかなり参っている
ただでさえ子供ができないという大きな問題があるにもかかわらず、こう何度もあいつを狙う女どもが来てはいかにあの妻と言えども精神的にかなりくるようで、疲弊しきっていた
当然ながら、今家には私と妻しかいない
妻は布団にくるまりながら涙を流して、延々と謝罪の言葉を呟いていた
このままでは危険だ。色々と悪影響を及ぼしかねない
オティヌス「そう落ち込むな。あいつだって悪気があるわけじゃないんだ」
「分かってるけど……」
オティヌス「それにまだ子供が出来ないと決まったわけじゃない。出来にくいだけで、確率はゼロでは……」
「分かってるけど……でも」
「と、当麻に……あの当麻に、あんな顔……してほしくなかった……」
オティヌス「……」
何も言えなかった
私自身、あんなに落ち込んだあいつの顔を見るのは、私があいつを無限の地獄に追いやった時以来だったからだ
「どうしよう……当麻が他の人のところに行っちゃったら……」
昔の……三年前までの絶対的な自信は、とうに消えているようだった
オティヌス(…………はぁ)
仕方ない。非常に面倒なうえ私には大した利益もないが、少しあいつと話をしてやるか……
今日もどうせ深夜に帰ってくるだろうし、それまで起きておくとするか
そして、深夜1時。帰宅したあいつはすぐさま自室に引っ込んでしまった
妻とのコミュニケーションを絶っているのだ。きっと嫌いだからではなく、どう接していいのか分からないからだと思う
コンコン
オティヌス「開けるぞ人間。てか開けてくれ」
上条「オティヌス……?」ガチャ
オティヌス「少し話をしようじゃないか。久しぶりに二人きりで」
上条「…………」
無言のまま私を掌に乗せ、机の上に置いてくれた。こいつももう、何の話か分かっているようだ
オティヌス「ではさっそく一つ言わせてもらおう。そろそろ深夜帰りはやめたらどうだ?限度をわきまえろ」
上条「俺もいいことだとは思ってねえよ」
こいつも精神的に参っているらしく、ぶっきらぼうな口調でそう言った
さすがに自分がどれだけ気持ち悪い方法でストレス発散をしているかは理解しているらしい
オティヌス「人助けを止めろとは言わない。どうせお前のそれは直りっこないだろうしな」
上条「…………あいにく、生まれながらの偽善者なもんでな」
自嘲気味に言うこいつは、普段は決して人前では見せないような表情をしていた
きっと、愛する妻の前でさえも
この表情は、私だけの特権だ
こいつが何も飾ることなく、剥き出しの感情を向けてくれる特権
『理解者』だけの特権
オティヌス(……っと、そうじゃない。私が話すことは……)
オティヌス「お前、あの女のことはもう愛していないのか?」
上条「愛してるよ。ずっと」
即答……か
オティヌス「…………では何故妻と話そうとしないんだ?」
オティヌス「お前が口を利かず、さらに他の女も来るものだから、あの女は精神的にかなり参っているぞ」
上条「…………」
上条「だって」
上条「…………だって、信じられるわけないじゃねえか……」
静かに、こいつはそう呟いた
歯を食いしばって、何かを必死にこらえるように
震える声でそう言った
上条「信じらんねえよ……信じたくねえよ……何で、俺とあいつには子供が出来ないんだよ……」
結局
こいつは逃げているだけだった
現実から逃げて、逃げて、逃げて
20代半ばの男がガキみたいに現実逃避して……
オティヌス「…………前言撤回だ」
上条「……え?」
オティヌス「お前じゃあ、良い父親にはなれそうもないな」
上条「……っ」
上条「…………どういう、意味だ」
オティヌス「分かっているだろう、お前には」
オティヌス「私が一から十まで世話する義理は無い」
オティヌス「もう答えは出ているはずだぞ」
そうして、私は部屋を出た
あいつはもう分かっているはずなんだ
受け入れていかなくてはならない現実を
それを受け入れたうえで、どうしなくてはならないのか
重要なのは、そこだということを
上条「…………」
上条「…………ああ、オティヌス。分かってんだ。本当は」
上条「……分かってんだよ」
次の夜、仕事からまっすぐ家に帰ってきたあいつはゆっくりと妻の前まで歩いて行った
こんなに早い時間にこいつが帰ってくるのは久しぶりなため、妻は目を丸くしてじっとあいつのことを見つめていた
あいつはそのまましばらく目を合わさなかったが、その様子は何かを決心したようにも見える
そして、不意に口を開いた
上条「ごめん」
「……!」
上条「俺さ……子供、欲しかったんだ。今でも欲しくてたまらない」
「…………うん」
上条「だからさ」
話の流れからして離婚話をする可能性も無くは無い
が、それはあくまで一般的な夫婦の場合であって、こいつに限ってそれはありえないだろう
そんな男じゃないことは私が一番よく知っている
だからこいつが言う言葉は、きっと―――
上条「一緒に頑張ろう。希望を捨てるにはまだ早すぎだよな」
ああ、思った通りだ
こいつならそう言うと思ったよ
それからは険悪だった夫婦仲も改善し、以前のような仲睦まじい夫婦へと戻っていった
勘違いした女どもも次第に訪れることはなくなった
それにしても、誰よりも仲の良いこの二人に限ってその愛の結晶たる子供が生まれてこないのはなんとも皮肉な話だ
しかしそれもまた現実。受け入れていくしかない
私が現実を受け入れたように
私が夢は叶わないことを知ったように
…………だが私の夢とは決定的に違う事実があった
二人の子供が生まれる確率は決してゼロじゃない
だから、この二人は願うんだ
いつか、元気な子供が生まれますようにと―――
――――――――――
―――――
―――
それは、結婚四年目の秋のことだった
上条「ただいまー」
オティヌス「おかえり」
「おかえりー!」ニコニコ
上条「お、えらくご機嫌じゃねえか。何かいい事でもあったのか?」
オティヌス「それがそうらしいぞ」
上条「へぇ、どうしたんだ」
「ふふん!!実はね、今日病院に行ってきたんだよ!!」
上条「病院だって?具合でも悪かったのか?」
オティヌス「違う」
上条「?」
「実はね、私のお腹には赤ちゃんがいるの!」ニコッ
上条「…………あか、ちゃん?」
「妊娠してたんだ!当麻と私の、二人の子供だよ!」
上条「俺と、お前の……」
上条「~~~~~っ!!」ポロッ
上条「ほ、本当に!?本当に俺に子供が!?」ポロポロ
「ほんとのほんと!」
上条「やったやった!!やっと出来たんだ、俺達の子供が!!」ギュッ
「もー落ち着いてよー。苦しいって」
妻の言うことが耳に入っていないのか、あいつは年甲斐もなくはしゃぎまくっていた
こんなに喜んでいるあいつの顔は久々に見たな……
オティヌス「良かったな、人間」
上条「お前には本当に助けられたよ、オティヌス。ありがとう!!」
涙を流しながら感謝の言葉を述べるあいつに、私はいかにも人が良さそうな笑みを浮かべた
―――本当のことを言えば、私は心の中で絶望していた
ついに……ついに、こいつも父親になる時が来てしまった
自分でも最低なことだとは分かっているのだが、こいつに子供が生まれないことに、私は少し安堵していたのだ
まだ大丈夫。まだ決定的には変わっていない。だから……、そう思っていた
だがそれももう終わりだ
今までとは違う
何かが決定的に変わる
何かが決定的に終わる
でもそれは、仕方のないことで
抗うことのできない運命で
私が抗ってはいけないことで
私が何をしたって変わらないことで
―――これっぽっちだって、変える必要がないことで
私はそれを笑顔で見守っていかなくてはならないのだから
オティヌス「なぁ、人間」
上条「どうしたんだオティヌス」
私はあいつに話しかけた
妻は現在買い物中だ
オティヌス「お前、ついに父親になるんだな」
上条「ああ、お前のおかげだ」
オティヌス「…………そうだな」
私が助言して夫婦仲は改善された、とこいつは思っているのかもしれない
だが放っておけばどうせこいつらは私がいなくとも解決していたと思う
それにしても、私はどうして助言したのだろう
心の底ではこいつに子供が出来てほしくないと思っていたのに、どうしてだろう
オティヌス「…………はは」
答えが出るのに二秒とかからなかった
子供が出来るとか出来ないとか、そんなのよりももっと単純だった
私は
ただ、単純に、私は
―――どうしても、あいつに笑っていてほしかったんだ……
続きます
投下します
そして、時は流れて
私達のいる病室に、ドカドカとやかましい足音が聞こえてきた
上条「間に合わなくてごめんッッッッ!!!!」ガラッ
オティヌス「静かにしろ」
「いいよ気にしなくて。当麻は出張だったんだから」
よほど急いで帰ってきたのか、荒々しく呼吸を繰り返しながら額に浮かぶ汗を拭う
あいつがここまで焦って来たのにはある理由があった
上条「こ、この子が……俺の子、でいいんだよな?」
そう、今日はついにこいつが父親になったのだ
「うん。抱いてあげて。可愛い女の子でしょ」ニコッ
おそるおそる手を伸ばし、喉から手が出るほど欲しかった自分の子供を抱きかかえた
私はその様子を無言で見つめていた
上条「お、おお……小っちゃい……」
「赤ちゃんだからね」
上条「……俺、父親になれたんだ」
「…………うん」
上条「ありがとうな。この子を産んでくれて、ありがとう」
「……うん!」
色々と仲違いすることもあったし、解決はそう簡単ではなかった
でも、こうやって無事に子供は生まれてきたんだ
この二人にとってそれは何より嬉しい事だろう
あいつに抱かれた女の子は、すやすやと寝息を立てている
心なしか少しだけ笑って見えるが、きっと私の目がおかしいのだろうな……
それからは驚くほど順調だった
赤ん坊の世話は進んであいつが取り組んで、少しでも妻の負担を軽くしようと奮闘していた
私にはよく分からないが、この二人はきっと理想の夫婦というものに近いんだろう
そして、二人で愛情をこめて育てた子供はすくすくと育って、私の予想通り……いや、周りの予想通り、素直で良い子に育っていた
現在はすでに五歳にまで成長している
「ぱぱー」
上条「どうした?」
「よんでみただけー」
上条「こいつー」ハハ
こいつは私の想像以上に子煩悩な男であった
今日も相変わらずデレデレした表情で娘の頭を撫でてやっている
すると娘は、今度は私のところへ走ってきた
「おてぃぬすもなでて」
オティヌス「…………」
私は躊躇した
私がこの子を撫でてもいいのだろうか
私はこの子が生まれることを心の中で拒絶した
生まれてこないことを望んでいたんだ
そんな私が、この子の頭を撫でて、果たして許されるのだろうか?
上条「よっと」スッ
オティヌス「!?」
人間が私の体を持ち上げ、自分の手の平に乗せた
何だ?何をしようとしている?
上条「俺が持っててやるから、撫でてやってくれないか?」
上条「こいつ、オティヌスのこと大好きだからさ」ニコッ
……………、
……大好き、か
オティヌス「…………ほら」ナデナデ
「んふー」
娘は、心地よさそうに瞼を閉じた
上条「ありがとう、オティヌス」
オティヌス「……ああ」
これでいい
これでいんだ
私は愛そう
一時は望まなかったこの子の存在を
人間が切実に望んだこの子の存在を
―――そうでもしなくては、私はこれから先やっていける気がしない
オティヌス「…………このままお前が育て方を間違えなければ、良い女に育つだろうな」
上条「…………えーと」
オティヌス「褒めてるぞ」
上条「……ああ」
上条「…………なぁ、オティヌス」
オティヌス「何だ?」
上条「………………いや、何でもない」
何だ?この煮え切らない感じは……
少し疑問に思ったものの、私は特に何も詮索はしなかった
すると、娘が人間の服の袖を引っ張ってにっこり笑った
「ぱぱー」
上条「どうした?」
「わたし、おおきくなったらぱぱとけっこんするね」
上条「…………えーと」
上条「そ……その頃まで気持ちが変わらなかったら結婚してやるよ!」
「かわんないよー」
オティヌス(………………)
何故だろう。あいつの言葉に私はひどく胸が痛んだ
あまりの痛みに思わず右手で胸を押さえつけた
……その頃まで気持ちが変わらなかったら、結婚?
……私は、私はな?人間
今でも!
お前が結婚した今でも!!
お前に子供が生まれた今でも!!!
ずっとずっと!昔から今まで、ずっと!!!!
お前のことを想っているのに!!!!!!
……………お前は、知りもしないだろう
予想もしないだろう、私の気持ちなど
私は、私はずっと……
オティヌス「っ!?」ブンブン
オティヌス(何を考えているんだ私は……くそ……疲れているのか……?)
オティヌス(さっきのは娘への冗談みたいなものだぞ。何だ今の私は?支離滅裂すぎる……)
落ち着け……落ち着いて現状を見直せ
私の夢が叶わないことは何年も前から分かってたことだぞ……
今更、どうして、こんなに胸が痛むんだ……
――――――――――――
――――――
―――
上条「はぁ……はぁ……」
オティヌス「どうした人間」
上条「…………えーと」
オティヌス「お前、最近「えーと」ってよく言うが、何なんだ?」
上条「……んー、まぁそれは置いといてだな」
オティヌス「まぁいい。どうしてそんなに疲れているんだ」
上条「……久々に運動しようかと思って外走ってきたんだけど、もー辛くてな。やっぱ劣ってんなー昔に比べると」
オティヌス「ま、そうだろうな」
上条「俺ももう30代のおっさんだから仕方ねぇのかなぁ」
オティヌス「30代のおっさんにしてはお前はマシな方だと思うぞ」
上条「はは、そうかな……」
上条「……何か、少し寂しくもあるんだ」
オティヌス「寂しい?」
上条「お前とはもう……言葉では言い表せないくらい長い付き合いだけど」
上条「お前はあの頃から全然変わらないけど、俺は老けていく一方だ」
上条「…………寂しいなぁ」
オティヌス「………そうか」
そんなの、私だって寂しいよ
私の方が、もっともっと寂しいよ……
こいつと一緒にいられる時間は、もうそこまで長くない
せいぜい50年くらいだろう
私以外の奴等からすれば長く思えるかもしれないが、私からすればそう大した年月ではない
だから、こいつと過ごせる時間を大切にしていかなくては……
一日、一分、一秒だって、無駄にはできない――――――
上条「……えーと」
上条「実はさ」
オティヌス「何だ?」
上条「俺、もうすぐ死ぬんだ」
オティヌス「…………は?」
上条「もう長くないらしいんだ、俺」
オティヌス「………………笑えない冗談だな」
上条「余命半年だってよ」
オティヌス「……嘘…だよな?人間……。だってお前はまだ30代で、まだまだ小さな娘もいるだろう……?」
上条「残念ながら本当なんだよ。まだお前にしか教えてないけど」
オティヌス「……今なら冗談だと白状しても怒らないぞ?」
上条「……オティヌス……俺……二人に何て言えば……いいかな……」
オティヌス「………………」
上条「ごめん……オティヌス………」
オティヌス「……………………………………………」
―――――私は、ただひたすらに、この世界に絶望した
この世界はそんなに甘く無い
現実はどこまでも非情で、冷たくて、理不尽で
私の思い通りになどなってくれない
いつだってそうだった
結論を言えば
まだ30代であり、小さな娘がいるのにも関わらず、あいつは病に侵された
この若さで、だ
…………50年どころではない
今やあいつは、すでに30代で命の灯が消えつつあるのだ
『冥土帰し』などと呼ばれていた、あいつが全幅の信頼を寄せていたカエル顔の医者に頼れない今は、それはもう治らないと言っていいほど進行しているらしい
こいつには回復魔術を施すことも不可能であるため、それはつまり
こいつが死ぬことは確定しているということだ
―――こいつと一緒に居られる時間なんて、もうほとんど残っていなかった
―――私の生きる意味なんて、もうほとんど残っていなかった
―――――――――――
―――――
―――
あの日、決めた誓いを思い出していた
一つ。あいつのそばにずっといること
二つ。何が起ころうとも絶対に涙は流さないこと
三つ。あいつの命が尽き果てるその時まで、笑って生きていくこと
オティヌス(……はは)
オティヌス(私は、こんな大層な誓いを立てていたんだな)
ようやくそれを実感した
実際に病室のベッドに横たわっているあいつを見たら
辛すぎてそばにはいられないし
涙が溢れそうになるし
頭の中が真っ白になって、笑い方なんて忘れてしまうんだ
「オティヌスさん……今日もお見舞い行かないの?」
泣き腫らした顔で妻が誘ってくるが、私は首を横に振った
あいつの苦しそうな顔など見たくない
見たら、すぐにでも泣きそうになってしまうから……
「……当麻は、あなたに来てほしいってきっと思ってるよ……」
オティヌス(……)
「……ねぇ、オティヌスさん……私との約束、覚えてる?」
オティヌス「………………」
「当麻とずっと一緒に居てあげるって約束は、どうなったの?」
オティヌス「……すまない。少し一人にしてくれ……」
「……うん」
そのまま、妻と同じように寂しそうな顔をした娘が手を繋ぎ、家を出ていった
あんなに大層な誓いを掲げておいて、本当にあいつが死にそうになった時はこのザマだ
なんて心が弱いんだろう、私は
オティヌス(……分かってる…そんなこと、分かってる。それでも……)
一度病室で見たあいつの顔が頭に焼き付いてどうしても離れなかった
あとたった半年しかないなんて信じられない
こんなに早くあいつとの別れが来るなんて思いもしなかった
オティヌス(私に以前のような力があれば今すぐにでも世界をやり直せるのに……!!!)
オティヌス(…………馬鹿か、私は)
オティヌス(……あいつのいなくなった世界など、生きる意味もない)
オティヌス(あいつが死んだあと、私もどうにかして死のう……)
夕方になると、病院から妻と娘が家に帰ってきた
すると娘が私の方へと駆け寄ってくる。一体何の用だろう
「ぱぱがこれ、おてぃぬすにわたしてって」
オティヌス「…………手紙?」
「わたしがなかみよんでいい?ってきいたらぜったいダメっていわれちゃったよー」
オティヌス「そうか。ありがとう」
あいつから私に手紙なんて、長い付き合いで初めてのことかもしれない
一体何が書いてあるのだろう?
だが、生憎今は読む気分にはなれず、その日はすぐに眠りについた
―――――――――
―――――
―――
上条「おーいオティヌス。起きろよ、朝飯出来てるぞ」
オティヌス「あ、あれ?お前、どうしてここにいるんだ?何だその学生服は?」
上条「どうしても何も、ここは俺の部屋だぞ?」
オティヌス「い、いや、だってお前は……末期の癌で余命半年と宣告され、入院しているはずでは……?」
上条「うおい!!不吉なこと言うなよ!現実になっちまいそうだろ!」
オティヌス「……?」
禁書「とうま、オティヌス、おはよー」
オティヌス「な、何でお前までここにいるんだ!?」
禁書「ひ、酷いんだよオティヌス!私はずっとこの部屋にいるんだよ!意地でも出て行かないんだから!!」
上条「おいおいオティヌス、お前一体どんな夢を見てたんだ?」
オティヌス「………………夢?」
上条「さぁ、早く朝飯にしようぜ」
禁書「わーい!私もうお腹ペコペコなんだよ」
…………そうか、そうだったのか!
全部夢だったんだ!!
こいつが彼女を作ったのも、禁書目録が出て行ったのも!
こいつが余命を宣告されたことも!!
全部、全部夢だったんだ!!!
そうだよ、こいつがそう簡単に死ぬわけがない!病気にかかるわけがない!!
上条「オティヌス、どうした?早くこっちに来いよ」
こいつに妻がいるわけがない!!こいつに娘がいるわけがない!!!
オティヌス「ああ!すぐに……」ガバッ
オティヌス「………………」
オティヌス「…………行くよ、人間」
―――そんな都合の良い話があるわけがない
あいつは彼女を作り、禁書目録はとっくの昔に出ていった
その彼女と結婚し、子供も作り、そして
余命は半年だと宣告されている
それがまぎれもない現実だった
月明りに照らされた部屋を虚ろな目で見渡す
どうやらまだ夜は明けそうにない
かといって眠気など吹っ飛んでしまっていた私は、到底二度寝出来そうにも無かった
そこで私は、娘が渡してくれたあいつからの手紙を読むことにした
オティヌス(……一体、何が書いてあるんだろうな)
恐る恐る開いた手紙には、たったの一行だけ、あいつの思いが記されていた
『約束を守ってくれて、ありがとう』
私は疑問を抱いた
あいつに感謝されるような約束を私はしただろうか?
そして、それを守ったのだろうか?
オティヌス(思い出せ……必ずあったはずだ)
これまでのあいつと過ごした記憶を呼び起こしていく
そして、ふと思い当たることがあった
それは私が常日頃想っていることであり、あいつとの約束と言えるかは微妙なところだ
だが、きっとこれだ。私の直感がそう告げている
オティヌス(あれはたしか……)
そう、たしかあれは禁書目録が部屋を去ってすぐのこと
私はその気持ちを、初めてあいつに言ったんだ
――安心しろ
――私だけはお前とずっと一緒にいてやる
オティヌス(……はは)
オティヌス(…………あいつ、ずっと覚えてたんだ。もう15年以上前のことだぞ……?)
オティヌス(……あの日からずっと、あいつは私がそばにいることを信じてたのか)
私は確かに言ったんだ
ずっとそばにいてやると
私だけはお前のそばにいると
――だが、実際はどうだ?
あいつが入院してから、私は一度だけ会ったがそれからは一度も訪ねていない
私は、あいつのそばにいることを拒んだんだ
オティヌス(……何が『約束を守ってくれてありがとう』だ!!お前が死ぬまであと何日あると思ってる!?)
オティヌス(お前が死ぬまで、もう私は会いに来ないと思ったのか!?だからこんな手紙を寄越したのか!!?)
オティヌス(そばにいてやる!いてやるさ!お前が死ぬまでそばに!!だから!!!)
オティヌス(…………『ありがとう』なんて、まだ言わなくていい……)
今まで散々詐欺ってきたけど次はほんとに最終回です
読んでくれた方ありがとうございました
投下します
居てもたってもいられず、私は部屋の窓の隙間から外へ飛び出した
そのまま深い闇に満たされた道を全力で走っていく
オティヌス(行くんだ!!あいつのところへ!!)
オティヌス(そばにいるから!!だから、だから―――)
唇を噛み締め、ただひたすらに走った
冷静に考えてみれば、朝まで待って妻の車で行った方が明らかに速かっただろう
だが、そんなことすら考えられないほどに、私は必死だったんだ
ただ一刻も早くあいつのそばに行きたくて
足が止まらなかった
前へ進むことしかできなかった
オティヌス(待っててくれ!!すぐに行くから!!)
結局、この私の体で走って病院まで行くなんてかなりの無茶だった
深夜に家を出たハズが、どうやらもう昼くらいにはなっているようで、体はボロボロだ
でも、それでも着いた。通行人から身を隠しながらここまで来るのはかなりの労力だったがなんとか病院まで辿り着くことができた
病院に入るのもこの身体じゃ一苦労だ。よく周りに気を配らなくてはそこで終わってしまう
オティヌス(……ふぅっ。なんとか辿り着いたな)
人間の病室を軽くノックすると、しばらくしてドアを開けてくれた
上条「オティヌス……?何で……」
オティヌス「私は、おまえのそばにいる。お前の言う約束とは、そのことだろう?」
上条「……ああ」
オティヌス「だから来たんだ」
上条「…………ありがとな」
オティヌス「…………ふん」
上条「それはそうと、二人とも心配してたぞ。もちろん俺もな。家にオティヌスがいないっつってな。どうして一人で来たんだ?」
オティヌス「それは……」
お前のそばに一刻も早く来たかったから……だが、朝まで待って車で来た方が方が早く着いていたことは私もすでに気付いていたためそこは伏せた
オティヌス「お前との約束を果たすためだ」
オティヌス「私も病院で過ごすことにする。おまえのそばにいてやる」
上条「……ありがとう、オティヌス」
上条「でも、病院で過ごすのはいい」
オティヌス「何?」
上条「俺は、もうここにいるのはやめた。延命治療はやめることにする」
……え
上条「俺の人生はあと少ししかない。自分の好きなように生きて、それで悔いの残らないように死にたいんだ」
上条「だから、俺が死ぬまでそばにいてくれるか?」ニコッ
オティヌス「…………もちろんだ」
涙を必死にこらえながら、私はそう答えた
人間が家に帰ってきてから、家の雰囲気は少しだけ明るくなった
特に娘は毎日楽しそうだ
「ぱぱーあそんでー」
上条「ああ、あんまり激しいのはカンベンな」
その様子を私と人間の妻はじっと眺めていた。この女も精神的に辛いだろうに、それを感じさせないような振る舞いをしている
やはり良い女だと思う
「……あのね、オティヌスさん」
不意に、妻が口を開いた
「当麻が一番愛した人は私だよ」
オティヌス「今更どうした。そんなこと分かりきってる」
「でもね」
「当麻が一番愛したのは私だけど、当麻が一番そばにいてほしいって思ってるのはオティヌスさんなんだよ」
透明な声で、笑いながら妻はそう言った
「だから、もう一度約束してほしいな」
「当麻が死ぬまで、そばにいてあげて」
返答には迷わなかった
一度目の約束の時とまったく同じ言葉を、心の底から、もう一度―――
オティヌス「ああ、いるよ」
ゆっくり頷いた妻は、なおも真剣な面持ちで続けた
「これから当麻が逝ってしまうまでは、当麻が何かを望んだときはそれに応えてあげようね。たとえそれがどんな状況でも」
「私達も、当麻も、後悔だけはしちゃいけないんだから」
オティヌス「……ああ、そのとおりだ」
―――――――――――
―――――
―――
たびたび家には医者が来る。いくら延命治療をやめたからと言って、医者の力が必要なくなったというわけではないのだ
事実、日に日にあいつの調子は悪くなっていっているようだった
家にあいつがいるのは嬉しいことだが、あいつがどんどん弱っていくのが手に取るように分かってしまう
私は辛くて、気を緩めたらすぐにでも涙が溢れ出そうなほどだった
しかし、一番痛くて怖くて苦しいはずのあいつが笑って過ごしているのだから、私も泣くわけにはいかない
上条「なぁ、おい……オティヌス」
オティヌス「どうした……人間?」
上条「頼みがある」
オティヌス「……私に出来ることなんて限られている。何せこの身体だぞ」
上条「いや、お前だから頼めることだ」
そう言って、人間は私に頭を下げた
冗談以外でこんなふうに頭を下げられたのは初めてのことで、目を丸くする私だったが構わずこいつは続けた
上条「俺がいなくなった後…………子供の面倒を一緒に見てやってくれないか?」
私は沈黙した
なぜなら、こいつが死んだあとはどうにかして私が死ねる方法を探して、自殺するつもりだったのだから
上条「勝手な頼みだってのは分かってる。昔、お前の好きに生きろって言ったのは俺なのに、こんなこと……」
上条「せめてあいつが小学校を卒業するまで、頼めないか?俺の最期の頼みだ……」
ちっ、断りにくい言い方しやがって……
本当にずるい奴だな、お前は……そんな泣きそうな顔で頼まれたら、断れるわけがないだろう…………
オティヌス「……ああ、分かった。だがあまり期待はするなよ。私は誰かの面倒を見るのは苦手だからな」
私がそう言った瞬間、あいつはぱぁっと顔を輝かせて、そのうえ私をぎゅっと胸に抱き寄せたものだから、私はあまりの驚きで一瞬呼吸を忘れてしまった
オティヌス「お、おい!!な、な、何だ急に!!?」
上条「ありがとう、オティヌス……恩に着るよ……」ギュッ
オティヌス「……………………ああ」
オティヌス「それがお前の最期の頼みというのなら」
――――――――――
―――――
―――
最近家に見舞い客が頻繁に来るようになってきた
あいつは嬉しそうな表情を見せていたが、それでも辛さのほうが大きいようだ
事実、見舞い客が帰ってから私にだけポツリと零した
上条「見舞いに来てくれるのは嬉しいんだけどさ……あいつら、眩しすぎるよ」
上条「あいつらはこれからも長生きすんだろうな……」
オティヌス「…………らしくもないことを言うじゃないか。もう受け入れているのだろう?」
上条「…………まぁな」
上条「……いや、受け入れた気になってただけなのかもな」
ベッドに横たわっていた人間は、上半身を起こして私の目をじっと見つめてきた
そして唇を僅かに震わせながら、絞り出すように言う
上条「お前にだけは言うよ……俺、死ぬのが怖いんだ」
オティヌス「…………」
上条「馬鹿みてえだ。こんなおっさんが、泣きそうなくらいビビってんだぜ?滑稽だろ?」
オティヌス「…………別に」
おどけたようにそういうこいつを見て、もうヤケになっているのかもしれない、と、そう思った
こいつ自身、まさかこんな歳で死ぬとは思わなかっただろう
上条「今回ばっかりは本当に絶対に助からない。俺さ、まだまだやり残したこと、いっぱいあるんだ。俺は何で死ぬんだよ……」
ぎゅっと力の限りベッドのシーツを握りしめているようだが、握力が弱まってしまっているのがすぐに分かった
……もう長くないんだ、こいつは
余命とされている半年のうち、もう三ヶ月が過ぎ去ってしまった
こいつの妻もそろそろ覚悟ができているようで、あいつのために尽くそうと必死になっているようだ
だが、私はいまだに覚悟が出来ていない
冗談抜きで、こいつは私の存在意義だった
こいつが死んだあと、私は上手く生きていけるだろうか……
オティヌス(…………迷うな。意地でも生きていかなくてはならないんだ)
オティヌス(それが、あいつとの最後の約束なんだから)
――――――――――――――――
―――――――――
―――――
それから数か月が過ぎ、人間はすっかり弱ってしまっていた
余命半年と言われていたが、今日で七ヵ月目に突入している。私としては一ヵ月もこいつといられる時間が増えて嬉しい限りだが、一日のほとんどをベッドの上で過ごしているこいつは
早く死にたいと思っていたりはしないのだろうか……
顔色が悪く、今日もベッドに横たわっている人間に、妻は静かに語りかけた
「私は……ずっと愛してるから」
人間がゆっくりと首を動かして、妻の顔を見つめた
「当麻のこと……ずっと好きでいるから。あなたがいなくなっても、ずっと」
そう言ってしゃがみ込み、人間の手を握ってにこりと微笑んだ
私の愛する男が世界で一番愛した女は、最高の妻だった。この男の妻はこの女にしか務まらなかっただろう
ベッドの上に横たわる人間は、泣きそうな顔で笑って、
上条「ありがとう……俺もお前が世界で一番好きだったよ」
そう告げた
こいつも、妻も、もう理解しているんだ
別れの時は、もうすぐそこまで来ていることを―――
「……安心してよ。あの子の面倒はしっかり見るから」
上条「ああ、信じてる。頼んだぞ」
「……うん」
上条「………………俺の分も、頼んだ」
そう言う人間の顔は、どこか落ち着いていた
……落ち着いてしまっていた
上条「なぁ、オティヌス……約束、頼んだぜ」
オティヌス「……ああ、必ず守る」
上条「……ありがとよ」
そうして、ゆっくりと瞼を閉じ、眠りについた
「…………うっ」ポロポロ
人間が寝息を立てたのを確認した妻は、涙を零しながらその場に座り込んだ
「もうすぐ……なんだね」
オティヌス「…………ああ、そうだな」
もう時間はない。こいつはいつ死んでもおかしくない状態だ
このまま永遠に目を覚まさないことも十分にありうる
オティヌス(……………………)
窓から空を見上げた
闇夜に浮かぶ月は、いつもより酷く美しく輝いていた
―――私を救ってくれた光は、もう消えつつあるというのに
もう時間だった
甘えたことは言っていられない
私にも、覚悟の時が来たんだ
こいつはもうじき死ぬ
涙を流すことなく、こいつを笑顔で送り出す
その覚悟を
私はしなくてはならない
翌朝、妻と娘は人間の両親を迎えに行った。そろそろこっちに着く時間らしい
無論、その理由はもうすぐ死ぬ息子を看取るためだ
オティヌス(…………いよいよ、か)
覚悟はできている
最期の最期まで私はあいつのそばを離れない
そして、あいつが死んだあとは、あいつの約束をきっちり守ってやるんだ
色々と考え込みながらも人間の部屋に入り、ベッドを見た私は目を見開いた
ベッドで寝ているはずの人間が姿を消しているのだ
しかし、背後からか細い声が聞こえた
上条「よぉ……オティヌス…探してたんだ」
オティヌス「なっ……!?お前、寝ていなくても平気なのか!?」
上条「…………」
上条「ああ」ニコッ
オティヌス「…………嘘だ」
上条「嘘じゃないって。今日は……なんだか調子がいいんだ」
少しはにかみながら、あいつはそう言った
たしかに今日は顔色が良いような気もするが、まさか本当に調子が良いわけはないだろう
オティヌス「……おい、私に何か用があったのか?」
上条「……ああ…一緒に散歩に行こう。今日は良い天気だからな……」
こいつは少しおかしくなっているのかもしれない
散歩なんて行けるはずがないだろう、そう言ってばっさり切り捨てるつもりだった
だが、こいつとその妻の言葉が脳裏をよぎる
―――自分の好きなように生きて、それで悔いの残らないように死にたいんだ
―――これから当麻が逝ってしまうまでは、当麻が何かを望んだときはそれに応えてあげようね。たとえそれがどんな状況でも
―――私達も、当麻も、後悔だけはしちゃいけないんだから
オティヌス「………………よし、分かった。だが少しだけだぞ」
上条「ありがとな…オティヌス」ニコッ
―――――――――
―――――
―――
柔らかな陽射しが降り注ぐ中、私達は散歩に出た
確かに絶好の散歩日和だ。桜の花が咲き誇り、心地の良い風が吹いている
私は久々に人間の肩に乗っていた
こいつが病気になってからめっきり肩に乗る機会が減ってしまっていたのだ
上条「なぁ……オティヌス」
オティヌス「どうした」
上条「良い天気だろ……」ニコッ
オティヌス「ああ、そうだな……」
ゆっくりと、弱々しい足取りではあるものの、前へ進んでいく
ただ、一歩進むたびにこいつの命は少しずつ削られているのかと思うと、自然と顔が引きつる
今すぐにでも家へ引き返させるべきだと思うが……
オティヌス(何て嬉しそうな顔してるんだ、こいつは……)
この数ヵ月間、見たことのないような顔で歩いていたこいつを止めることなどできなかった
きっとこれは、こいつにとって今一番したい事なんだ
それを止めることは、この笑顔を奪ってしまうことになる
オティヌス(………)
上条「さてと……じゃあ、あの公園のベンチに座ろうか」
オティヌス「…………ああ」
公園にある白いベンチに座った人間は、何を話すでもなく、ただぼーっと空を見上げていた
ベンチの背後に立つ大きな桜の木が、雪のように花びらを降らせている
しばらくそのまま沈黙していたが、こいつと同じように空を見上げた私が自然と言葉を発した
オティヌス「…………良い天気、だな」
上条「ああ……本当になぁ」ニコッ
上条「……それにしても、信じられねえよ」
オティヌス「……何がだ」
こいつはもう自分の死を受け入れているのだと思っていたが、もしかしてこの段階になってもできていないのか?
上条「俺とお前が……離れ離れになるってこと」
オティヌス「……?」
上条「俺とお前は…出会ってから今まで、ほとんど離れたことが無かっただろ?」
オティヌス「…………そうだな」
上条「だから……何だろうな……どう表現していいか分からないけど……」
上条「多分俺は、寂しいんだ……」
オティヌス「…………私だって、寂しい」
私がそう呟くと、人間は目を丸くした。当然だと思う。私がこんなことを言うなんて普段はありえないことだからな
オティヌス「寂しいよ、私も。お前がいなくなるのは寂しい。どうして逝ってしまうんだよ……」
今まで溜めていた想いが次々に溢れてきた
今更になって
こんな時になって
どうして私というやつはこんなに言葉が溢れてくるんだ……
オティヌス「こんなに早く別れの時が来るなんて予想できるわけないだろうが……馬鹿野郎……なんで、なんでこんなに早く逝ってしまうんだ……」
オティヌス「何でだよ……逝かないでくれ……」
オティヌス「私は……私はもっと……お前と……一緒にいたかったのに……」
―――駄目だ、涙はこらえろ
溢れ出そうになった涙を、唇を噛み締めて必死でこらえた
絶対に私は泣かない。笑顔で送り出すと決めたのだから
上条「ああ……ごめんな」
上条「でも、もうどうしようもねえからさ……ごめん」
オティヌス「……分かってるよ。こんなの、私のわがままだってことくらい」
オティヌス「叶わない願いだってことくらい、分かってる」
私は再び空を見上げ、柔らかな光をまき散らす太陽を憎々しげに見つめた
人間も私に合わせて目を細めながらもそれを見つめる
オティヌス(ああ……眩しい)
オティヌス(世界はこんなにも明るくて眩しいというのに)
オティヌス(どうしてこんなにも暗いんだろう)
上条「……なぁ、オティヌス」
オティヌス「……何だ、人間」
上条「…………はは」
オティヌス「ど、どうした」
上条「……いいや。お前に……俺のわがままを……聞いてほしくてな」
オティヌス「子供の面倒を見るってことじゃないのか?」
上条「いいや……それとは別だ……」
もう喋ることも辛くて仕方ないはずなのに
こいつは命を削って、何かを話そうとしている
正真正銘最後の頼みになるだろう。必ずやりきって見せる……
上条「名前で……呼んでくれないか……俺のことを……」
虚ろな目をしながら
弱々しい声で、そう言った
上条「今まで……お前から、ちゃんと名前を呼んでもらったことなんて、なかったからよ……」
上条「頼むわ……」ニカッ
……何だ……それ…
オティヌス「それが……お前の最期の願い……なのか?」
だって、最後だぞ?正真正銘これが最後なのに……それなのに……
オティヌス「そんなので……そんなのが、お前の最期の願いだというのか……?」
全身を震わせながら、私はそう呟いた
どうしてこんなにも震えているのか、私自身にももう分からない
上条「ははは……酷い言われようだな」
上条「それが……俺にとって最後の心残りなんだよ」
青空を見上げながら
微かに微笑みながら
そう呟いた
オティヌス(馬鹿だ……お前は、本当に……)
他にもっと、心残りがあるだろうに……
オティヌス「…………当麻。お前は相変わらず馬鹿だな」
上条「……はは。よく言われるよ、オティヌス」
上条「ありがとう」ニコッ
オティヌス「……っ」
上条「これで……もう思い残すことはねえよ……」
上条「何にも……ねぇ」
上条「もう……思い残すことは……何も……」
段々と声が弱々しくなっていく
私は直感的に悟ってしまった
―――こいつは、もう限界だ……
オティヌス「……家に帰ろう。お前の妻と娘と両親が帰ってきているかもしれない」
上条「嘘だと思ってんだろ?オティヌス……でも、本当なんだ。思い残すことは一つもねぇよ」
……私の声が届いていない……!?
オティヌス「聞こえるか!?おい、家に帰るぞ!皆が待ってるんだ!」
上条「……家?」
オティヌス「ああ、そうだ!帰ろう、お前の愛する人たちがいるところだ!」
上条「あはは…………帰りてぇけど……足……動かねえよ……」
オティヌス「………………そうか……」
歯を食いしばりながらそう答えたこいつに、私は、もうそれ以上何も言えなかった
上条「…………俺は、本当に悔いはないんだ」
オティヌス「もういい喋るな」
上条「世界で一番好きな人と結婚できて……世界で一番愛しい子供も出来て……」
オティヌス「もう……いいんだ……やめろ……」
上条「世界で一番の理解者と出会えた」ニコッ
オティヌス「……!!!」
上条「そんで……子供の将来を託せる二人がいてよ……」
上条「今の俺なら……心から言える」
上条「幸せな人生だったよ……」
オティヌス「……………………っっ!!!」
こんな歪んだ顔をしている場合ではない
思い出せ……あの日、決めた誓いを……
―――お前の命が尽き果てるその時まで、私は……
上条「なぁ……オティヌス」
ベンチにもたれてゆっくりと瞼を閉じた人間は、聞き取るのが困難なほどに小さな声で私を呼んだ
オティヌス「どうした……当麻」
私も囁くようにそう聞き返した
するとこいつは、瞼を閉じたまま、か細い声で尋ねてきたんだ
上条「俺といて…………幸せだったか……?」
だから、私は、とびきりの笑顔で、言ってやった
オティヌス「ああ。最っ高に幸せだった」
直後、一陣の風が吹いた
桜の花びらが私たちを包み込み、私は思わず目を瞑った
そして、私が目を開いた時には、もう―――
オティヌス「…………笑ったまま逝く奴があるか」
オティヌス「まったく……お前らしいよ……当麻」
雲一つない青空を、私は一人で見上げていた
――――――――――――
―――――――
―――
「オティヌスー!」タタタ
オティヌス「ああ、お前か。どうした?」
あいつが残した娘も、今や小学校を卒業するまで成長していた
あいつととの約束を果たすことができたのだ
「あのね、オティヌス。あたしね、この前インさんからお話聞かせてもらったの。卒業の記念にって」
オティヌス「何?話だって?」
禁書目録はたびたびこの家に遊びに来てくれる。あいつは日本に住んでいないからそう多くは来れないがありがたいことだった
とにかく、一体何を話したのか……
「パパと、オティヌスのこと」
オティヌス「!」
「パパとオティヌスは、信じられないくらい長い間一緒に居たのね」
「本当に、想像もつかないくらい、一緒に居たのよね……」
オティヌス「…………ああ」
私は俯きながらそう答えた
「それでね。あたしは、思ったの」
「オティヌスは、本当にパパと仲良しだったんだね」ニコッ
―――その言葉に、私は一瞬呼吸を忘れた
「それなのに……パパは死んじゃったんだね」
「仲良しな人が死んじゃうのはとっても辛い事よね」
「でも」
「インさんも、ママも言ってたよ。オティヌスが泣いているのを見たことが無いって」
オティヌス「………………!」
「私も見たこと無いの。パパの葬式のときだってオティヌスは泣いてなかったから」
オティヌス「………………」
「どうして……泣かないの……?」
オティヌス「………………」
私がずっと昔に決めた、絶対に涙は流さないという誓い
それをいまだに守っているのには、理由があった
だって
それを守っていれば、いつか、いつか、いつか―――
「パパは、もういないんだよ……オティヌス」
オティヌス「…………分かってる」
「分かってないから言っているのよ」
オティヌス「…………ああ」
「……もう…………我慢しなくていいのよ……オティヌス……」グスッ
オティヌス「…………私は………」
私は
ずっと
ずっと
ずっと
オティヌス「………………あいつともっと一緒に居たかったんだ……もっと……ずっと……」ポロッ
もう流すことはないだろうと思った涙が、頬を伝った
今まで我慢してきたツケなのか、それはとどまる気配もない
大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちていく……
オティヌス「覚悟はしていたつもりだったんだ……でも、結局私は弱いままだった」
オティヌス「認められなかったんだ……あいつの死を……」グスッ
「だから……だから、ずっと泣かなかったの……?パパが死んだ後も、ずっと……?」
小さな子供のように泣きじゃくりながら、私は頷いた
オティヌス「あいつは、私の全てだったんだ……そう簡単に認められるか……」
オティヌス「……あいつが死んでも大丈夫だって思い込もうともした……でも……無理だった……」
「どうして……?」
オティヌス「そんなの、決まってる……!!」
オティヌス「私は……!!」
結局、最後の最後まで
あいつが逝ってしまって、なお
一度も言葉にしたことはなかった
オティヌス「私は……!!!!」
ずっと、誰にも伝えられなかった
もう言葉にすることなんて一度だってないと思っていた
言葉にしてはいけないと思っていた
オティヌス「世界中の誰よりも……あいつが大好きだったから……」ポロポロ
ついに
初めて、言葉にすることができた
私がずっと昔から想っていた、あいつへの愛を
オティヌス「ああ……愛してたんだ……ずっと、ずっと……」
涙が溢れて止まらない
私は両手で顔を覆い、その場にうずくまった
「……オティヌス」
あいつが残した娘は、泣き崩れる私をぎゅっと胸に抱き寄せた
それは、私の愛する人間が……当麻が私にしてくれたものと同じで―――
「オティヌス……今までずっと、それを我慢してきたのね……」
「私からも、お礼を言わせてもらうわ」
「パパと一緒に居てくれて、ありがとう」
そう言って、にっこり笑った
その眩しい笑顔は、あいつとよく似ている
誰かを救うことのできる、そんな笑顔だ
オティヌス(ああ……人間…………いや、当麻。お前が残した娘は……)
オティヌス(私の予想通り、良い子に育っているよ……)
不思議と体に力が湧いてくる
それは、私の予想が正しければきっと
『生きる力』そのものだ
お前が死んで、もう八年目になろうとしている
あの子はもうすぐ中学生だ
お前のとの約束は、小学校卒業まででいい、というものだったが、私はもう少しあの子を見守らせてもらうことにした
お前によく似て、危なっかしい行動をよくするものだから、お前の大好きな嫁も困っているぞ
禁書目録やかつてのお前の仲間も元気にやっているから安心していい
お前の大好きな妻も娘も、お前の死を乗り越えてしっかり前へ進んでいるよ
……私は、正直完全には乗り越えられていないんだ
今でもお前のことを思うと胸が痛くて涙がこぼれてきてしまう
けれど、少しずつだが前に進むことができていると思う
その進歩の成果として
いつかお前に会えたその時には
私が最後までお前に伝えられなかった、長年の想いを伝えるよ
それを伝えた時、お前がどんな返事をするかはもう分かっているが、それでもどうか、聞いてほしい
最後に
私と一緒に居てくれて、ありがとう
お前は、私にとって最高の『理解者』だった
いつかまた、会える日を願って―――
「オティヌス、手紙書いてるの?」
オティヌス「ああ。ただの自己満足だがな」
「そんなに一生懸命書いてるのに……」
オティヌス「そう見えるか?」
「うん。オティヌスの体で書くのなんて一生懸命じゃなきゃ無理でしょ?」
オティヌス「そうだな……」
「で、何書いてたのよ」
オティヌス「んー……大まかに言えば」
オティヌス「天国へのラブレター……といったところかな」ニコッ
fin
終ります
読んで下さった方々ありがとうございました
こいつと一緒にいられる時間は、もうそこまで長くない
せいぜい50年くらいだろう
私以外の奴等からすれば長く思えるかもしれないが、私からすればそう大した年月ではない
だから、こいつと過ごせる時間を大切にしていかなくては……
一日、一分、一秒だって、無駄にはできない――――――
上条「……えーと」
上条「実はさ」
オティヌス「何だ?」
上条「俺、もうすぐ死ぬんだ」
オティヌス「…………は?」
上条「もう長くないらしいんだ、俺」
オティヌス「………………笑えない冗談だな」
上条「余命半年だってよ」
オティヌス「……嘘…だよな?人間……。だってお前はまだ30代で、まだまだ小さな娘もいるだろう……?」
上条「残念ながら本当なんだよ。まだお前にしか教えてないけど」
オティヌス「……今なら冗談だと白状しても怒らないぞ?」
上条「冗談だ」
オティヌス「………………」
上条「ごめん……オティヌス………」
オティヌス「」
このSSまとめへのコメント
オティヌスの人きたぁぁぁぁ!
期待(((o(*゚▽゚*)o)))
切ない…
切ないけど良い話だな
何これ気になる
切ない…
オティヌスー!!!愛してるよー!
↑
オティ「お前の愛より人間の愛がほしいっす」
涙不可避
最高だわ
感動した
禁書SSの中でもトップクラスの感動作
今まで読んだ禁書ssで、ここまで泣いた話はありません。
ここまでやって続きがあったらどんなストーリーになるんだろ?
※13
何言ってんだこいつ
マジで感動した
作者さんお疲れ
泣いた
マジで泣いた
SSで泣かされるとは思わなかった
感動した、ここまでの作品とは思わなかった
すばらしいものを、ありがとう。
マジで泣いた多分30分くらいないてたかな?www
映画にできるよ映画に笑笑
ナイスだったぜ
感動した~
感動した~これほどのss作品はそうそうないぞ
誰かこのSSで漫画描いて欲しいわ
そんくらいの素晴らしさを感じた
ガチで感動した何回でも読める気がする。
いや、絶対読めるそんくらい感動した
↑
かくいう俺は、このSS五週目なんだな~これがwww
くそゥ!涙がァァ!(´;ω;`)
そして上条さんの子供が魔神と戦う時に上条さんが子供を助けるんですね。総体みたいに