美希「たなばたフェアリー」 (54)


 七夕の一日、ミキ達フェアリーの3人は、文字通り「解放」される。
 一年に一度しか逢えない、織姫と彦星に比べると甘っちょろいけれど。

美希「遅れてごめんなのー!」

響「美希、こっちこっち!」ブンブン


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貴音「ふふっ、嬉しそうですね」

響「もちろん! だって今日は、」

 961プロの所属アイドルが、自由になれる一日なんだから。

美希「でしょ?」

響「うがーっ、言われちゃったぞ!」


 ――

 961プロのアイドルは、起きる時間に寝る時間、食事をいつ摂るか……まで、しっかり決められる。
 黒井社長がカンペキなアイドル像を求めるから、破ったらすごく怒られるの。

美希「駅を降りたところにね、すっごく美味しいたこ焼きのお店があるんだって」

貴音「なんと! お腹が空いてきてしまいました」


 それでも、七夕の日だけは、織姫と彦星のお話にあやかって、事務所全体がお休みになって。
 ミキたちも事務所の指示通りに動かなくて良くなるから、こうやって遊びに行ける。

響「食べたいなぁ」

貴音「美希?」

美希「ぅえ? どうしたの?」

貴音「いえ……何か、考え事でもしていたのですか」

美希「う、ううん。なんでもないの」


響「なら良かった! せっかくのお休みだし、楽しみたいよね」

美希「そうだね。今日はじゃんじゃか遊ぼっ!」

響「おー!」

貴音「じゃんじゃか、食べましょうね」

美希「あはは、もちろんグルメもなの」


 駅の噴水前で待ち合わせ、電車に乗ってショッピングモールに。
 普段やりたくても出来ないことが、すごく楽しいな。

貴音「これが名物、駅前たこ焼き……ッ!」シュパッ

美希「おおっ、貴音のマイ箸!」

 「王者は孤独であれ」という社訓の通り、所属アイドルは基本的に、誰かと遊んだり出来ない。
 クラスの友達とも、当然アイドル仲間とも。


響「すごいな、貴音。マイ箸持ってたんだ」

 だから、フェアリーの3人で遊びに行くのは初めて。
 普通なら気づくようなことすら、今日発見する。仲間以上、友達未満も今日で終わりになる。

貴音「では、この『バター醤油』を、3ぱっく」

美希「おお、良いにおいなの」


貴音「さあ、おやつと致しましょう」

響「自分、ちょっとお腹空いてたし嬉しいぞ」

 つまようじをもらって、たこ焼きを持ってベンチに座る。
 普通の女の子がするような、公園デートみたいで。

美希「楽しいね」


響「うん、そうだな」

貴音「普段は出来ないことですから。まこと、新鮮に感じますね」ハフッ

美希「貴音、もう食べてるの? 早いなぁ」

 響が笑いながら、たこ焼きのパックを渡してくれた。
 ひとりで8個、ちょっと多いかも。


 と思っていたら、貴音は一瞬で平らげてしまった。
 お仕事の時も食べるのが早いと思っていたけれど、ここまで早いなんて。

美希「貴音って、もしかして大食い?」

貴音「大食い……人よりは多い量を食べているとは思います」

響「ケンタンカっていうんだぞ」

美希「へぇー、カッコイイね」


貴音「そうでしょうか? 友と食事をする時、わたくしだけ早く食べ終わってしまうのですが……」

響「その分たくさん食べればいいんじゃない?」

貴音「なるほど! しかし、食費が」

美希「それはちょっとキツいね」


 ベンチでたこ焼きをつまみながら、20分ぐらい3人で話した。
 それですら新鮮で楽しくて、今日遊んで良かったなぁ、って思ったの。

貴音「さて。……そろそろ、行きましょうか」

響「おー。自分、結構楽しみにしてたんだー!」

美希「いざ出陣なの!」

 目の前にある、とてつもなく大きなショッピングモールへ!


 ショッピングモールはものすごく大きくて、全部回るのに2時間ぐらいはかかったかな。
 最初に入った家具屋さんは、貴音がお皿に夢中だったの。

貴音「このお皿、家に置いておきたいですね……一枚」

響「自分も。家族のみんなにご飯をあげるとき、このプラスチックの器は片付けやすいし」

美希「ミキ、お姉ちゃんにプレゼントしようかな」

響「美希、お姉さんがいるんだ?」


 そういえば響と貴音には話してなかったなぁ、と思う。
 学校の先生になるんだよって自慢気に話すと、美希は勉強を教えてもらえるのか! って羨ましがられた。

響「自分も教えてもらいたいぞ」

貴音「響は、なにか苦手な教科があるのですか?」

響「数学……」

美希「多分、お姉ちゃんなら教えてくれるって思うな」


貴音「わたくしも、国語なら教えることが出来るのですが……」

響「ほんとっ? それじゃあ、今度教えてもらおうかな」

貴音「ですが、黒井殿に叱られてしまいますゆえ、難しいかと」

響「あー、そっか……めんどっちいな」

美希「社長、厳しいよね。765プロとは大違いなの」


 貴音はお皿をきゅっきゅっと触りながら、

貴音「765プロ、とても伸び伸びと活動している印象です」

美希「みんな仲良いよ」

響「でも、美希が飛び出してくるぐらいヘンタイなヤツがいるんだろ」

美希「ううん、それは関係ないの」


響「そうなの!?」

 ガーンっていう音がつきそうな、響のオーバーリアクション。
 普段はこんな会話はしないから、お互い勘違いしていることとかが多いんだろうな。

貴音「わたくし、これを買ってきますが……」

美希「あっ、ミキも行くの」

響「自分も並ぶぞ」


 その次は、響の提案でペットショップに。
 家族のご飯を買うんだって。

美希「響、家族はどれぐらいいるの?」

響「今はハム蔵といぬ美だけだぞ。本当はもっと飼いたいけど、時間がないし」

美希「そっか」

響「うん。貴音は?」


美希「あそこで、猫と触れ合ってるの」

響「あはは、貴音って猫と似合うな」

美希「だね。なんでだろう」

響「なんとなくだけど、ミステリアスな所があるからじゃないか?」

美希「確かに、それはそうかもなの」


 響は、少量のビーフジャーキーを手に取った。

美希「あれ、こっちの1キロのじゃなくて良いの?」

響「うん。市販のエサは、あくまでどうしても時間がない時用だから」

美希「あー、普段は自分で作ってるんだっけ」

響「そうだぞ。楽しいよ」


美希「どうやって作ってるの?」

響「ん、お肉と野菜を混ぜて、ちょっと塩を入れるんだ」

美希「へぇ……それでドッグフードになるの?」

響「うん! 一度食べたら、もうこっちには戻れなくなっちゃうんじゃないかな」

 家族のことを話すとき、普段のクールな表情じゃなくて等身大の笑顔が飛び出している。
 本当の響は、きっとこういう明るい女の子なんだろうな。


 あともう1つ、と響は砂の入っている袋を掴む。

美希「砂?」

響「そうそう。ハム蔵は砂浴びが好きなんだー」

美希「砂浴び……」

響「あれ、あんまり馴染みが無い?」


美希「うん……トイレ?」

響「ああ、それはまた別なんだ。砂浴びは毛づくろいの効果もあってね」

 身体を綺麗にするのと一緒に、ストレス解消にもなるんだぞ、って響は胸を張る。

美希「そうだったの! 全然知らなかった」

響「動物を飼っていないと、あんまり知らないかもね」


 レジ袋を片手に、響は猫を撫でている貴音を呼ぶ。

響「おーい、たかねー」

美希「響、あんまり大声出すとバレちゃうよ?」

響「げっ」

貴音「お待たせしました」


 貴音が揃ったことで注目を浴びると、ミキ達に中学生ぐらいの女の子ふたりが近づいてきた。
 やっぱり目立つの。変装してても、あんまり意味が無いかな。

響「えっ、サイン? 分かったぞ」

貴音「いつも応援、ありがとうございます」

美希「今度のライブ、遊びに来てね!」

 サインを書いて、握手をして。ありがとうございました、と去っていく女の子に手を振った。


貴音「わたくしたちも、大勢のファンが居るのですね」

響「だなー。ちょっと嬉しいぞ」

美希「プライベートでサインしたの、初めてだったの」

貴音「わたくしもです。それにしても……」グゥ

 貴音のお腹が鳴って、思わず笑ってしまう。
 しばらく3人でゲラゲラ笑って、お茶しようか、って喫茶店を探すことにした。


 飲み物とサンドイッチの乗ったトレーをテーブルに置いて、椅子に座る。
 いただきます、と貴音が手を合わせて、サンドイッチの袋を開け始めた。

響「貴音は食いしん坊だなー、って思ったけどさ。自分もお腹すいてきちゃって」

美希「ミキも! 貴音も美味しそうに食べるもんね」

貴音「むぐ……っ、そうですか?」


 トレーの上には、「3」って大きく書いてある番号札が乗っていた。
 やがて店員さんが来て、ミキと響が頼んだケーキセットのケーキを置いていく。

店員「あと、こちらなんですが」

 響がチーズケーキにフォークを入れようとしたところで、店員さんは三枚の細長い紙とボールペンを渡す。
 赤、青、緑色の……短冊?

店員「いま、店頭の笹の葉に吊るす短冊を書いていただいてるんです」


貴音「今日が七夕ですが、募集していたのですか?」

 ミキと同じ疑問を、貴音が口にした。
 だよね。普通、ああいうのってちょっと前に締め切って、七夕が終わったら飾り終わるものだし。

店員「当店では、今月末まで飾る予定なんです。もしよければ、お帰りの際に笹の葉の下の箱にお入れください」

美希「はーい」


 響はチーズケーキ、ミキはいちごのタルト、貴音はハムチーズのサンドイッチ。
 それぞれ頬張りながら、短冊をじっと見ていた。

響「そういえば、七夕なのに短冊に何も書いてなかったな」

貴音「そうですね。せっかくですから、書いてみましょうか」

美希「ミキ、なんて書こうかな」


響「そうだっ」

 フォークをお皿に置いた響は、ボールペンを手に持って、短冊に何かを書き始めた。
 こういうとき、響は素早いなぁ。

響「じゃーん、どう?」

美希「ん?」


 響が掲げた青色の短冊には、大きな字で【フェアリーのみんなでトップアイドル!!】と書かれていた。
 その下には、いつもの響のサイン。

貴音「ふふっ、実に響らしいです」

美希「ね。チョトツモウシン、って感じがするの」

響「むむ……それ、褒めてる?」

美希「もちろん! みんなで目指そうね、トップアイドル」


 うん、って大きく頷く響と貴音。

貴音「では、わたくしも」

 貴音は響からペンを受け取って、赤い短冊にスラスラと文字を書き始めた。
 相変わらず達筆なの。

貴音「わたくしの願いは、こちらです」

響「……おっ」


 【三人で一緒にまた休暇を過ごす】。綺麗な字で、右下には貴音の名前も記されている。
 貴音は、「今日のようなとても楽しい一日が、また早いうちに来たらと思いまして」と照れ笑いをした。

美希「ミキも、またみんなで遊びに行きたいの」

響「自分、温泉とかに行きたいぞ」

貴音「良いですね。温泉といえばやはり、海鮮料理でしょうか?」

響「もう。食べ物ばっかりなんだから」


美希「うーん、どうしようかな」

響「美希のお願いは?」

美希「なんか、書きたいことはだいたい2人がお願いしてくれたの……あっ!」

貴音「なにか、思いつきましたか」

美希「うん、最高のお願い」

 さらさらとボールペンを動かす。


美希「じゃーん」

 緑色の短冊を、向かい側に並んで座る響と貴音に見せてみた。

響「……美希」

貴音「これは、わたくしたちだけでなく、ですか」

美希「当たり前なの、ミキは961プロに居るけど、やっぱりアイドルになれたんだから」


響「だよね。自分も……その、キツくあたってるけど、本当は」

貴音「わたくしも、強がってはいますが……」

美希「でしょう? だから、これはミキだけじゃなくて、フェアリー全体の目標なの」

 【いろんな人と友達になる】。そのお願いは、961プロの方針やルールとは正反対。
 でも、やっぱり望んじゃうんだと思うな。


美希「お星さまに届くまで、何年もかかるんだよね」

貴音「織姫と彦星は、遠くから見守っていますから」

響「7年かかるんだっけ?」

美希「確か、そうだったかな。でも、そんなの関係ないぐらい、ミキたちで輝きたい」

貴音「ふふっ、強い光を放っていれば、すぐに願い事が届くやも知れません」


美希「ね? だから、みんなで頑張ろっ」

響「うん、頑張ろうな! トップアイドルになって」

貴音「適度にわたくしたちで息抜きをして」

美希「それで、友達もいっぱい作って」

 そうなったら、すっごくキラキラできると思う。
 理想論でしか無いけれど、叶えてみたいって考えた。


 喫茶店を出て、笹の葉の下に置かれた木箱に短冊を3つ、入れてみる。

美希「お星さまにも、ミキたちの歌とダンスが見えますように」

響「美希、神社じゃないんだから」

貴音「ふふっ、手を合わせればきっと、早く届きますよ」

美希「そうそう」


響「じゃあ、自分も合わせようかな」

貴音「わたくしも、合わせましょう」

美希「みんなでお祈りすれば、叶うよね」

響「きっと、な」

 結局、3人で揃って笹の葉に向かって手を合わせていた。


 961プロのアイドルが自由になれる一日は、こうやって過ぎていった。
 フェアリーは、事務所が決めた以外の目標を持って活動するようになったし、
 前よりレッスンに身が入ったんじゃないかな、って思うの。

響「美希ー、行くぞー」

美希「はいなの!」

 実は、家の近くの商店街でも、短冊を吊るしたんだ。


 【響や貴音と友達になれますように】って、書いたの。
 七夕に遊ぼう、って勇気を出して誘って、ちゃんと仲良くなれて。

貴音「美希、嬉しそうですね。良いことがありましたか?」

美希「うん! 実はね」

 お星さまは、超高速でミキのお願いを叶えてくれたし。
 だから、あの短冊に書いたお願いも、きっと叶えてくれるよね?

頑張るフェアリーが大好きです。支援ありがとうございます、お疲れ様でした。

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