女「こんな私と、君と」 (37)



【○×高校】


HR:


教師「それじゃ、図書委員は女で決定だな」


女「はい。 わかりました」


私は、知っている。


教師「図書委員は、皆が思っている通り負担が大きい委員だからな。 皆積極的に手伝うように」


生徒たち「はーい」


教師が言っていることは、ただの言葉であり、指示ではないこと。
周りのクラスメートたちの返事が、中身の無いものであること。


教師「それじゃ、今日は解散。 皆気をつけて帰れよ」


学級委員「起立。 ……礼」


……あと、本当は図書委員なんて、私はやりたくないこと。







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放課後:


女2「女、助かったよー! 図書委員買って出てくれるとか、マジ神!」


女3「ねー! 誰もやりたがらないよね、あんな面倒くさいこと!」


女「そうかなー? 私は別に本好きだし、いいけど」


女3「うぇー……。 私はそんなの想像できねえ……」


女2「本当に女って変わってるね……」


女「……あはは。 それじゃ、私、早速図書委員のお仕事あるから」


女3「ほーい。 何か手伝うことがあったら言いなよー」


女2「そーそー!」


女「頼りにしてるね♪」





ウソつき共。

バカ女たちが、ウソにウソを重ねて、教室から出て行く。
どうせ明日には、自分たちが言った『約束』を忘れている。


上っ面だけ取り揃えて、あとはそれこそバカの一つ覚えみたいにウソを重ねる。
その場がよければ,それで良い。


バカ女っていう呼称が丁度いい。



【廊下】



男A「女ー、お前何で図書委員立候補なんてしたん!?」


男B「マジ頭おかしいだろ! お前、うちの学校の図書委員がどれだけ大変か知らないの!?」


女「それなりに知ってるつもりだよー。 それに、私が言わないと誰もやらないでしょー」


女「なんなら、今からでも変わるよ?」


男A「うげっそれは勘弁」


女「あははー、冗談っ。 そんなこと話してる暇あったら、部活がんばりなよー!」


男B「へーい。 女、何かあったら言えよ!」


男A「重い本運ぶくらいなら、手伝うぜ!」


男B「筋肉しか取り柄ないからなーお前」


男A「お前に言われたくないけどな! じゃあな、女!」


女「うんっ。 部活、がんばってね」




ウソつき男共。
言えばやる分だけ、女よりはマシだけど。
能動的でないという本質は同じ。

手伝う気なんてさらさらないだろう。
その場を取り繕って、『いい奴』を気取る。
そんな生き方して楽しいのかな。 理解できない。



【図書室】


女教師「……あら、貴方が今年の図書委員?」


女「はい。 よろしくお願いします」


女教師「H組の生徒よね」


女「あっ、はい。 そうです。 覚えててくれたんですか?」


女教師「名前までは流石に……。 けど、授業を受け持っているクラスだし、顔くらい認識できるわよ」


女「まぁ、たしかに。 私は女です。 H組の」


女教師「女さんね。 これから1年間大変だろうけど、宜しく頼むわね」


女「はい。 お願いします」




うちの学校の図書委員は、少し……というか、かなり特殊である。
特殊とは言っても面白みはない。 ただ、ひたすらに広大なんだ。


女「それじゃ、今日はここから整頓を始めれば?」


女教師「えぇ、そう。 やり方はさっき説明した通りだけど。 わからないことは?」


女「いえ、特には。 わからないことがあったら、その都度聞いてもいいですか?」


女教師「……」


女「……? 何か?」


女教師「……いや、何でも無いわ。 もちろん、聞いていいに決まってるじゃない。 好き勝手やられる方が後々大変だからね」


女教師「私はカウンターで作業しているから、いつでも来なさい」


女「ありがとうございます」




よく、大きさを東京ドーム何個分、とかで比較するけど。
それに倣って言うと、どうやら約1個分くらいの大きさの『図書館』らしい。


国が持っている図書館の中でも有数、というよりも3指に入るくらい、らしい。


『らしい』ばかりなのは、特に興味があることでもないから。


女「しっかし。 まぁ……」


周りを見渡せど、本、本、本。

本の山だ。 比喩じゃない。
規則性も無く平積みされた書籍、倒れた木製の棚。さび切った金具。


女「何年越しの作業よ……」


私の仕事は、これから毎日、放課後を使ってここを片付けること。
『以前の』状態に戻すこと。






嫌な予感はしていたんだ。
未曾有の大震災が起きた時点で、良い予感なんてするわけないんだけど。
私自身に直結する様な、嫌な事が起きる予感が、していた。


女「……」


「津波の被害がなかったことは、不幸中の幸いである」
とか、学園長は言っていたけどさ。
生徒にとっては真逆じゃん。
面倒くさいことしかない。


想定5年間をかけた、図書館の復旧なんてさ。


女「業者に頼めっての……」


私立だからって、何でも『生徒の自主性』とやらに頼るな、と私は言いたい。



女「……これ、広辞苑でしょ……何冊あるの」


そもそも、何で年に1人しか図書委員を選出しないか。
『学校側の不手際がまとめられた秘蔵ファイルがある!』
『国の陰謀が渦巻いている!』
ファンタジーな妄想はひっきりなしに出て来るけど、厳密な理由はわかってない。


女「ぐ、ぅ……お、も……」


有志や国からの支援だって、来てもおかしくないのに。
全くそういう話を聞かない。

噂では、学園長がそういう提案を全て断ってるって話だけど。



女「そう……だと……した、ら……」


女「……ぶっとばぁすっ!! ……はっあ!疲れた……」


重たい。
2冊運ぶだけで息が上がる。
運ぶと言っても距離が距離。1回の往復で100mは裕に超す。
女子の力で延々とこれを続けるって、どんな拷問なのよ。



1時間後:


女「はぁ、はぁっ」


女「つか、れた……!」


43冊。
私が汗だくになってまで運んだ本の冊数。
こんだけ疲れて、たったこれだけ? 


女「ウソ、でしょ……」


ウソであって欲しい。
聞いているだけ、指示されたことをするだけの授業よりも、圧倒的に辛い。


女「流通業に従事している人には、心底感謝だわ……」


散らかった床から椅子を取り上げ、ほこりを落として、そこに座る。
ずっと放置してたからだけど、やっぱり臭い。青カビの臭い。


女「……これ、毎日、とか……」


絶望だ。
本当に、絶望だ。




【自宅】




女「ただいま」


「……」


女「……って言っても、返事する人なんていないけど」


あれから更に1時間ほど活動した後、宿直の警備員さんが閉校を告げに来た。
正直、女教師から何の報告も無かったから、不安だった。
ブラック企業さながらに働かさせられるのかと。まだ学生なのに。


女「……ごはん、1合。 あと、納豆と卵。 ほうれん草のおひたし」


キッチンとは言い難い、2畳程のスペースを散策すると、見つかったのは貧乏食事セット。
私の常食セット。


女「たまにはお肉も食べたいんだけど」


女「……なんて、ワガママは言ってられないか」


女「いただきます」


手を合わせて、お辞儀をする。
食器を持ち上げると、茶色いちゃぶ台が軋んで、鈍い音を出す。
そろそろ買い替えるべきなんだろう。 誰が見てもあきらかだ。


女「うん、美味しい」


口に運んだほうれん草からは、ほのかに塩辛い味がした。




【図書館】


放課後:


女教師「あ、来たの」


女「図書委員ですし……」


『来なくてもいいんですか?』
そんな生返事をぐっとこらえ、一言。


女教師「冗談よ。 それじゃあ、早速取りかかって頂戴。 昨日と同じ、西区画ね」


女「はい」


西区画をやっていたんだ、昨日。
どこもかしこもほこりっぽいインテリアと本だらけだから、大差ないんだよね。


女教師「あっ、そうそう。 何かあったら連絡頂戴ね。 自分で何かするよりも前に」


女「……何かあったら?」


女教師「ええ」


女「……はい」


『何かあってからでは、遅くないですか』
また、言葉を飲込んだ。



1時間後:



女「だー……」


女「……年1人しか選出しないって、意味分かんないっての!」


30冊程運んだ所で、腕がパンパンになって動かなくなって来た。
地団駄を踏みそうになったけど、床が抜けたりしたら責任持てないから我慢しておく。


女「……」


見てみると、小難しい本ばかり。
もっとジュブナイル小説とか、雑誌とかだったら、やる気湧くのに。


女「こんなんじゃやる気は削がれるばっかりだよ……」




「……あのさ」


女「……はぁ」


「……おい」


女「……」


女「……ん?」


男「……」


女「ぬぁっ!?」



……。
……失態。
女性らしからぬ声が出てしまった。


女「……。 貴方、誰ですか?」


男「……。 ……お前、女だろ」


女「……え? 何で私の名前を……」


まさか……、一目惚――


男「図書委員は掲示されてんだよ。 学内掲示版に」


女「……」


そりゃ、そうか。
私らしからぬ妄想じみた考えだ。
唐突に出て来た彼のペースにほだされている。
落ち着け、私。



女「……で、貴方は誰でしょうか? 私は女ですけど」


男「……男」


女「男くんか……。 はじめまして。 それで、何か用かな?」




男「俺さー、お前みたいな女、めっちゃ嫌いなんだよね」


女「……は?」


男「お前みたいな、独りよがりな考え持ってる奴、めっちゃ嫌いだから。 そんだけ」


女「え、いや、何を言って――」


男「そんだけ。 ……図書委員の仕事、がんばれ」


女「……え」




男と名乗る男子は、自分勝手な発言を終えると、くるりと踵を返して出入り口の方へ去って行く。
私は呆気にとられて、ただ見ていることしか出来なかった。


女「……なんなの?」


女「意味分からないんだけど……」


『嫌い』と面を向かって言われたのは、物心ついてからはじめてかもしれない。
いや、そんなことよりも問題なのは、話したことすら無い相手から、『独りよがり』なんて言われたことだ。
図書委員を引き受けた時点で、この学校にいる誰からもそんなことを言われる謂れはない。
絶対に、ない。


女「……意味わかんないっつーの!!! ……うぇ、ごほっ、ごほっ」


流石に、こればっかりは我慢ならなかった。
近くにあった本の束を思い切り蹴り上げると、大量のほこりが粉塵になって噴き出てくる。


女「……最悪」


ほんと、最悪な気分だった。





【自宅】


「あ、はぁ……っ」


「あー……。 もう、我慢できね……。 挿れるわ」


「うん……きて」


女「ただいまー……!?」


「え、お、おい!?」


「……あっちゃー……。 帰って来ちゃったか……」


女「……」


女「……バカ姉」



「お、お邪魔しました~!!」


女「……」


女「……彼氏、帰っちゃったみたいだけど」


姉「あ、彼氏じゃないよ。 セフ○」


女「……」


これは、私の不肖の姉。
いつもどこかを点々とほっつき歩いて、
たまに戻って来ると、家をラブホテル代わりにする汚らしい姉。


姉「汚いって、ひどいぞ!」


女「……何で考えてること分かるのよ」


姉「だって姉妹だもん☆」


女「……私はそれが嫌で嫌でしょうがないんだけど」



姉「しっかし、女はタイミング悪いなー……。 不完全燃焼だよ」


女「盛るのは構わないけど、人の家でしないでくれるかな」


姉「あっはっはー!! 何でそんな他人行儀なの!」


女「はぁ……」


姉「ため息すると幸せ逃げるよ?」


女「主に貴方のせいで、今の私は不幸せなんだけど」


姉「え、何で?」


会話するだけでここまで疲れる相手を、私は知らない。


女「……とにかく。 本当にもうやめてね。 そういうことした後って、何か変な臭い残るんだから」


姉「え? そんなことって?」


女「……。 だから、それは」


姉「うっぷぷ! 今恥ずかしくって戸惑ってたしょ! やーりぃ!」


女「……」





姉「臭いの方は我慢してほしいなー。 セック○って、色んなところがくんずほぐれつして、
色んな液体が混じりあう行為なわけだし」


女「何でそんな行為にハマってるのよ……」


姉「ハメてるのよ」


女「……別に上手くないんだけど」


姉「負け惜しみかな? 気持ちいいし、何よりあの雰囲気が好きなのよね」


姉「お互いの思いをぶつけあう神聖な儀式のような雰囲気というか……」


女「そんな詳しい説明求めてないから……」


姉「あっそ。 それじゃ、お腹空いたからご飯作ってー!」


女「……。 はい」


姉「……? え、何これ。 おじいちゃんとでも一緒に住んでるの?」


女「私の常食だけど」


姉「は!? ビーフストロガノフは!? ハンバーグは!?」


女「肉なんて高くて買えないよ」






姉「……はぁ。 アンタさ、まだ使ってないの」


女「……」


姉「……。 別にどう使うかとか、アンタの勝手だけどさ」


姉「私には分からないねー。 使わないと、宝の持ち腐れってやつだしぃ?」


女「……わかってるよ。 でも……」


姉「はいはーい! その『でも……』から先は何も出て来ないもんねー!」


女「……別に、バイト代だけで、事足りてるし」


姉「足りてたらこんな草と冷や飯食べてないから」


女「……直球過ぎるよ」


姉「私のモットーは、『正直』だから!」


姉「さて、と……。 こんなご飯食べてらんないから、私はテキトーな男引っ掛けて何か食べてくるわ」


女「……勝手にすれば。 私が食べるし」


女「でも、ここに連れて帰らないでよ」


姉「それは保証できんなー」


女「お姉ちゃん!」


姉「いひひ、ウソウソ! そいじゃーまたね、女!」




女「……はぁ」


いつものことだけど。
何であの人は、いっつもどこかへ行くのだろう。
定住するっていう本能が、あの人にだけはないのかな。


女「性欲強過ぎだっつーの……」


乾いて縮れ切った未使用のコンドームを拾い、ゴミ箱へ捨てる。
その前にも数回別の男とした跡なのか、ゴミ箱の中に数個、使用後のコンドームが見られた。


女「……さいっあく」


女「……」





使いたくないわけじゃない。
むしろ使いたいに決まってる。

0が10個くらいあったのは覚えてるけど、ちゃんと見てないから詳しくはわからない。


女「……食べよ」


草と冷や飯扱いされた、私のご飯。
それなりに美味しく作ってるのに。


女「……あむ」


女「……」


女「…………冷たい」



今日も、大して楽しくない1日が終わった。




【図書館】


女「……」


図書委員は、1人だ。
各クラスの代表から、学園長が選出した1人だけ。 例年、そうだ。


なのに。


男「……」


女「なんで、貴方がいるの……」


男「……いちゃ悪いの?」


女「いや、別に……。 って、多分ダメだよ」


男「何で」


女「私にも分からないけど」


男「……」



1時間後:



女「はぁぁあぁあああ!!」


思い切りよく、10冊の本を落とすと、小気味の良い音が鳴る。
どすん、どたん、ばたん。 多分、擬音に直すとそんなところ。


女「……疲れた」


図書委員になってからというもの、必ずこの時間帯になると出て来る『疲れた』。
別に意図して発してるわけじゃなくて、勝手に口から漏れるんだ。


男「はは、もうへばったのか。 早くもおばさんだな」


女「……そんなこと言う暇あったら、手伝ってくれません?」


男「俺、図書委員じゃないから、無理だな」


女「……」


なのに何でこの人から、おばさん扱いをうけなきゃいけないんだろう。



女「……そもそも、何で貴方はここにいるの」


男「……」


女「無視ですか……」


男「……ん、あぁ、ちがうちがう。 考えてた。 何て言うかを」


女「?」


男「……俺は多分、お前に興味があるんだと思う」


女「ぶほっ!!」


男「おいおい、大丈夫か」


女「げほっ、ごほっ、ぇほっ……。 え、えぇ、ご心配なく……」




男「あ、もちろん変な妄想をするなよ。 俺、お前のこと嫌いだから」


女「……」


『変な妄想』をしてわるうござんしたね。


男「でもまぁ、そういうことかな。 一言で表すと」


女「……なら、詳しく説明してよ」


男「それは嫌だな」


女「何で」


男「面倒くさいから」


女「てきとーだなぁ……」


男「お前に言われたくない」


女「貴方に私の何がわかるの」


男「お、少し怒った?」


女「別に怒ってないけど……。 そんな話したことないのに、知った様な口聞かれたら嫌な気持ちにもなるよ」


男「ほら、そういうところね」


女「……?」


男「ん、いや、別に。 それじゃ、俺はこれで。 また明日」


女「え?」


女「……また明日?」


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