女「好きな人のためなら」 ※百合 (207)

百合です。苦手な方はご注意ください。
長いです。地の文があります。
よろしくお願いします。

 頭が痛い。飲みすぎた。バイト先の同僚はみんなお酒が強すぎる。
次こそはちゃんとセーブしよう、前もこう思っていたのに結局楽しくなって飲む手が止まらなくなってしまっていた。
飲み会についてあれこれ考えている内に大学に着く。大きめの教室の中央付近に陣取る友達のグループに混ざって、雑談している内に講義が始まる。

 この先生はレジュメ通りに進めていくだけで私語にも厳しくないから、後ろのグループは結構長いこと話し続けて楽しそうにしている。
後方のあるグループに目を向ける。その中で誰とでも仲良く話している人物が、私と深い関係を持つ女子大生だ。


 ミカも私も今日はバイトのシフトがなく、特に他の用事がある訳でもない。普通にいけば今日も行為に及ぶのだろう。


 私と同じ大学二年生のミカちゃんとの関係は身体だけ。いわゆるセフレというやつだ。理由は単純。需要と供給があったから。
そういう人を探す掲示板で良いなと思い会ってみたら、偶然同じ大学だった。基本、大学内で話すことはない。私がいるグループの子たちはみんな普通の大学生で、
根はマジメ、あっちは見るからに派手で系統が違う感じだから。
 私が高校の時に叶えられなかった恋の、どうやっても埋められない埋め合わせのために一年くらいこの関係が続いてしまっている。
私はこういう理由だけど、あっちは「男に飽きたから」だそうだ。私、というか女の人に飽きたら次はどうするのかちょっと気になるところ。
 
 本当に、ロクデナシになってしまった。

 火曜は1から5限まであるのでお尻と腰が痛い。ひねってストレッチしているとLINEに通知が来た。
『コンビニ寄ってから私の家行こー』、か。また夜ごはんを適当にするのだろうか。
直接コンビニで落ち合うことになった。なんとなく友達に見られたくないというのもあるから、
大学内で待ち合わせるよりは助かる。

「おっすーナオちゃん」

「こんばんは、ミカちゃん」

 正直、顔は滅茶苦茶可愛い。にこにこしながら私の手を引いて店内に入っていく。
だけど、ドキドキすることはない。

「あー!ほら見てこれ!出たよー新発売とか言ってパッケ新しくして量少なくしたやつ!」

「ちょ、ちょっと、騒ぎすぎだよっ」

「えー平気でしょ。どうせみんなバイトなんだから気にしてないと思うけど」

「いやそういうことじゃなくて...」

 周りの人に迷惑だ。早いとこお会計済ませてほしいのだけど、この人はコンビニの買い物でも楽しめてしまう。


 コンビニで買ったお弁当と揚げ物とお菓子一気に食べてゴロゴロしている。
それでこのスタイル維持はズルイ。おまけに肌もキレイだ。

 心の中で不満を言いながらテレビ見ていると、ふわりと耳に手が伸ばされる。
いつも急にはじまるのが心臓に悪い。

「......耳ばっかり触って、どうしたの」

「今日はソフトにやっていこうかなぁって思って」

今度は口でも弄られる。クチャクチャ、ピチャピチャ。頭の中に直接音が響く。

「ぁ、っん、...っこれ、」

「ん?なに?」

「なんか、やだ…」

「...んふふ。じゃあもっとやろっと」

 両方の耳がベトベトになった後、彼女の手で顎を持ち上げられる。顔が熱い。

「キスだけでイク人も世の中に稀にいるそうなんだけどさー、
ネットとかで調べても確実な方法が無くてね」

「ミカちゃんの研究意欲には頭が上がらないよ」

「なので私なりのやり方で実験してみよーと思います。ほら立って立って」

「別に、座ったままでもキスできるじゃん...」

彼女は私より少しだけ身長が高い。する時は私が見上げる形になる。


「こんなこと、意味あるとは思えないんだけど」

「まぁまぁまぁまぁまぁまぁ。ほら、手は私の首にまわして〜」

 「準備万端!」そう言うとテレビの電源を落として至近距離で向き合う。

「じゃ、いくよー?」

「お好きにどうぞ」

 さすがにこんなことで、限界までいくことなんてない。




 大体あれから20分経った、と思う。

「っ、んん、ん、く」

 最初は唇同士を触れ合わせるだけ。それから甘噛みされ、口内をめちゃくちゃにする深いキス。
今は、彼女の唾液地獄にあっている。

「っあ、はっ、ちょっとま、まって」

「ダメ。待ったら意味ないから」

 彼女は唾液の量がすごく多い。それを口内にこんなハイスペースで送られてくると困る。

「ぁぅ、ん、んっく」

 二人分の唾液を喉の奥に送らなければならないから、息つく暇がない。
脳に酸素を送れない。それになぜか甘く感じる。




 もう何分キスし続けているのか分からない。

「ん、ちゅ……」

 さんざん唾液を送られたと思ったら今度は最初にしたような優しいキスに変わった。
全然攻めて来ない。さっきはあんなにガッツいていたくせに。

「どうしたの〜?」

 ニヤニヤしながら聞いてきた。ムカついたので私から舌を絡めてやった。

「ちゅ、あはは。じゃあ、そろそろやるか」

「へ?なにを」

 言いかけたところを口で塞がれた。久しぶりに送られてきたものを飲み込む。

「んっ!ふっ…ん、ぐっ」

 体が勝手にガクガクと震える。

「ぷぁ…ぁ、な、にこれ…」

「あはは、震えちゃって可愛い〜」

 笑っていないで、無視しないで早く教えて。そう目で訴えると彼女は楽しそうに解説し始めた。

「ナオちゃん、私の唾を飲んでる最中、もうビクビクしてたんだよ。
飲むだけで感じちゃうようになっちゃったんだよ、ふふ」

「そんな、わけ、ない。なにか仕掛けが...」

「そんなのないよぉ。ほんとに感じやすいんだから...かわいい。もっとあげる」

「んっ、ふ、ぅ、んんっ!」

 こんな、キスだけで…?

「ぁっあ!く、ぅあ、はっ...はぁっ」

「イッちゃったね」

 足に力が入らずへたり込む。顔全体が熱い。自分が感じやすい体質だとは思っていたが、
まさかここまでとは。

「これで、おわり...?」

「っ…ナオちゃん...その顔はダメだよ」

「ぇ?なに、言って、ぅあっ?」

「ソフトとか言ったけど、ごめん...ガッツリ食べたくなった」

「あっ!やぁ、ん、やだっ、ああっ!」

「全然ほぐす必要ないね。三本入れていい?」

「ちょ、っと待ってそんな、むり、ぃっ!?」

 聞いたくせに待たない。しかも入ってしまった。
片手で器用に秘部の突起を弾かれて、中をかき混ぜられて、口で胸の突起を舐められる。
私はそんなにキャパシティが高くない。一気にやられたらすぐ頭が真っ白になってしまう。

「ぁ、あっ、ぁ、もうっ」

「ん...いいよ、イッて」

「ぃっ!...っく、あぁっ!」

 下腹部の痙攣がなかなか収まらない。定期的にくる余韻の震えに情けない声が出る。

「...ぁっ、ん...ぁ、ぁっ」

「かわいい......私だけのナオちゃん...」

 勝手に所有物にしないでほしい。私の心はこことは違う遠いところにある。



 帰りの支度を手短に済ませて玄関に向かう。

「あの、じゃあもうそろそろ帰るから」

「うん!好きだよ、ナオちゃん!気をつけて帰ってね」

「...うん」

 最近帰り際に好きだと伝えてから別れるようになった。
なんの意図があるのだろう。これもプレイの一種だろうか?



 一人で暗い夜道を歩いて自宅へと向かう。
だめだ、涙が出そうになる。行為の後はいつもあの人のことを思い浮かべてしまう。

カナ先輩。

 女の人を好きになるなんて、自分が一番驚いている。だけど仕方がない。
先輩の全部を、気付いたら好きになっていた。
 妹さん達のお世話を頑張ってるところ、みんなからイジられながらも
いざという時は頼りにされているところ、私が抱きついてもイヤな顔しないところ、
美人なくせにかわいいもの好きだというところ。

 まだまだある。だけど、先輩を思い浮かべると必ず、オトハさんが出てくる。
ふわふわの巻き毛で、ピアノが上手で、先輩と同い年の不器用な女の人。
 いつも先輩と一緒にいた。似た者同士だから喧嘩しているように見えて、実は相性バツグンな二人。
見ていて辛かった。私が先輩と二人でいると、珍しいねと言われるのが辛かった。
先輩とのコンビといえばオトハさんという風潮が嫌だった。
どうして私じゃないのと思った。オトハさんより私の方が、そう思うのが嫌だった。あとは、

ゴツン。

「いぃっ、たぁ...」

 ずっと俯いて歩いていたので電柱が目に入らなかった。顔を上げるともう家の目の前まで来ていた。
アパートの階段を登り、鍵を開けて中に入る。

「はぁ...」

 なんだかいつもより疲れた気分だ。明日は2限からだから、歯磨きだけしてお風呂は朝にしよう。
着た服そのままベッドに倒れ込む。スマートフォンの通知を確認する。
友達から、明日は空いているかどうかの確認が来ていた。居酒屋のバイトまでは暇だ。
通知音と共にすぐ返信が来る。かわいいベーカリーカフェを見つけたから一緒に行こうというお誘いだった。

返信は簡潔に済ませよう、そう思ったところで意識が手放された。

>>11
>>12
ありがとうございます。励みになります。


続けます。

「わぁ…!外見からしてすごいオシャレだね」

「あはは、ナオちゃんはしゃぎすぎ」

「パン狂いだからね、ナオさん」

「狂いって、それさすがにひどいよ、ヒトミちゃん」


 パンは好きだ。単純に結構テンションが上がる。
私の家と大学を挟んで反対方向にあるからか、全然存在に気が付かなかった。
店員に奥の方のテーブル席に案内された。


「店員さん、女の人しか居ないのかしら?」

「どうだろう。てか、みんな顔のレベル高くない......?」


 二人がキョロキョロと店内を見ている間にメニューを独占してじっくり選ぶ。


「もう決めた!これとこれにする」

「えーはやい。まぁ初めて来たし、ウチもナオちゃんと一緒のにしよう」

「私はその隣に書いてあるものにするわ」


 店員に注文すると、友達の中でも特に明るい性格をしているキョウコは、
すぐに店員について話し出す。


「ねぇ、やっぱここ、かわいい子多すぎじゃない!?」

「何をそんなに気にしているのよ。キョウコさんも充分レベル高いでしょう」


 キョウコが容姿について騒ぐのを、落ち着いた性格のヒトミが軽くあしらう。


「そーだよ、かわいい、かわいい」

「ヒトミちゃんとナオちゃんに言われても嫌味にしか聞こえないんですけどー...」


 友達はそう言ってふてくされつつも店内を見渡すことはやめない。


「ちょっと、キョロキョロしすぎよ」

「んー、これで全員かな...制服も相まってみんなかわいいですな。
…あっ!見て見てあの人、美人さん!」

「え?どれど、れ…」

 
 指でさされた方向を見たら、心臓が止まりかけた。
カナ先輩がいた。怖くて気持ちを伝えられなかった好きな人、
高校を卒業してから、会う勇気も連絡する勇気も持てなかった人がいた。


「はいはい。もう分かったから。ナオさん…?どうかしたの?」

「ん?おーい。戻ってこーい」


 目の前で手を振られてハッとする。


「...っえ、あ、あの何でもない、何でもないです...」

「何で敬語?まさか、あの人に見惚れた〜?」

「いや、違くて、ぇ、えっと、知り合いに似ていたからっ。それだけ」

「ふふ、それにしても顔が赤く見えるけど?」


 この流れは非常にまずい。


「そういや飲み物を頼むの忘れてたからさ、ついでに確かめてみようよ。
すみませーん店員さーん」

「ちょっと、何っ」

 なんて事をしてくれるのだろう。
あぁ、こっちに来てしまう。どうする、どうする。制服が似合っていてかわいいとか、
相変わらずスタイル良いなだとか、のんきなことを考えている場合ではない。
 りんごの様に赤くなっているのっているのが自分でもわかるので、顔を上げられない。
下を向いていても近づかれたらバレるだろう。


「...お伺いいたします」

 
 不気味な間があった。非常に怖い。


「えーっとぉ、この○○を三つください」

「はいっ、○○が三つですね。かしこまりました。ご注文は以上ですか?」

「はいー。でもちょっと待ってください。ほら、ナオちゃん」


 もう逃げられないか。


「あの、カナさん?久しぶり、ですね…?」

「...そうだよ〜久しぶりだねっ。ナオちゃん」


 ちゃん付けで呼ばれた。普段は「あんた」とか「ナオ」と呼ぶのに。


「あ、ははは、ほんとに...」


 笑顔を浮かべているものの、目が笑っていないところが非常に怖い。
それにしても、本当にきれいだ。先輩は一見すればつり目の美人できつい性格だと思われがちだが、
実際はきさくな人で、女の子らしくかわいいものが大好き。このカフェは制服がとても
凝っていて、いかにも先輩が好きそうなものだ。
 このカフェは先輩が通っている大学から少し遠くにあるので、やはり高校時代同様、
本当の趣味は隠しているのだろう。


「良かったわね、ナオさん。先輩と再会できて」

 こういう形では望んでいなかった。もっとしっかり心の準備をしておきたかった。


「すみませーん」


 別の席から店員を呼ぶ声が聞こえた。お昼時には私たちと同じ年代の女子が多く、
繁盛しているようだった。


「引き止めてすみませんでした。注文は以上ですから、どうぞお仕事に戻ってください」


 気遣いができる友達であるヒトミがファインプレー。私もそれに便乗する。


「そ、そうだねっ。カナさん、引き止めてごめんなさい!お仕事頑張ってください!」

「全然大丈夫です、気にしないでください。はぁい、ただいま参ります。...それでは失礼いたします」


 お辞儀してから仕事に戻っていく。
ギロリと私を睨んで去っていったのは気のせいではないだろう。


「...ぷっ、ぷふふっ」

「な、なにさ、なに笑ってるの」

「いや、だってナオちゃん、くくっ、顔が真っ赤なんだもん」

 
 そんなことは、私が一番わかっている。キョウコには後で欠席した分の
レジュメを見せると約束していたが、ここまでからかわれると見せる気が無くなりそうだ。


「相当あの先輩のことが好きなのね。微笑ましかったわよ」

「くふふ、面白かった、の間違いじゃなくて?」

「全っ然面白くないから。もう余計なことはしないでよ!」

「ハイハイっ。あっ飲み物きたー」




ありがとうございます。
続けます。

 軽くあしらわれてムカついたが、飲み物が美味しかったのでよしとする。
その後先輩と接する機会は巡って来なかった。

 ランチの後、大学で残りの講義を受け帰宅する。
先輩にどう連絡を入れようか悩んでいたら、
先に向こうから通知が来た。ただそれだけで鼓動が早くなってしまうのはなんだか情けない。


『ひ』『さ』『し』『ぶ』『り』『ね』『( *`ω´)』

『今まで連絡してこなかったのは、どういうわけ?』


(かわいい……じゃなくて)


 怒っている。それもそうだ。高校時代に仲が良かったみんなで会う機会があっても、
先輩がいると何かしら理由をつけて欠席していた。
それに、特に先輩と仲が良いオトハさんがいることが多い。
かといって本当の理由を言えるわけがない。

 どう返信しようか悶々としていたら、スマートフォンから着信の通知が来た。
画面には【♡カナ先輩♡】の文字。この人は何回私の鼓動を乱せば済むのだろう。


《あ、カナさん、あの》

《ひ・さ・し・ぶ・り!》


 案の定声が上擦ってしまったが、先輩の声でかき消され、
それについて突っ込まれる事は無かった。

《ひ、久しぶりです》

《さて、聞かせてもらおうかな。あたしをあからさまに避けて、
連絡もなにもよこさなかったワケを》


 当然のようにばれていた。


《いや、避けていたわけじゃなくてですね》

《じゃあ、なによ?》

《あの...》


 だめだ、言葉が出てこない。先輩と久しぶりに話すというのもあるし、
誤魔化すための理由も考えていなかった。


《...まぁ、会いたくないってんだったら、無理に理由聞かないし、もう私から連絡したりしな》

《全然ちがうッ!むしろすごく会いたかっ...た》


 とんでもない誤解を解こうと否定する勢いのあまり、
本音が出てしまった。いやな汗が出てくる。会いたくない訳がない。
全く逆、ずっと会いたかった。


《......ふぅーん?会いたかったんだぁ?なら、どうして素直にそうしなかったのかなー?》。

《それは、ですね》


 何だか、楽しそうな声になってきているのは気のせいだろうか。
スマホを持つ手がピクピク震えている。好きな人の前だと、頭の回転がこんなに鈍くなってしまうとは。
本当に何を言ったらいいか思い浮かばない。


《っく、く......ごめんごめん。いじめすぎた》

《え、いえ、そんなことは》

《まー、電話だと何だか話しづらいってこととかあるだろうし、
直接会ってゆっくり話したいね。ま、いい機会だから二人で遊ぼうよ。どう?》

 
 
 思いがけないところから先輩と遊ぶ機会が巡ってきた。

二人で会うというのはものすごく重要。キョウコにはレジュメをちゃんと見せてあげようと決めた。



《え、は、はい!わたしも会いたいです!
そ、それじゃ、いつにします?場所はどうします?あっ、私空いているのは基本的に》

《ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ。
そんなに食い付いてくるとは思わなかったわ。んー場所は、そうねぇ》

 
 さっきとは違う意味で心拍数が上がって、なんとも言えない幸福感が心を満たしている。
誘われた、ということは、私はまだ先輩の中で仲が良い後輩でいられているのだろう。


《ナオの家とかは?一人暮らしだよね》

《大丈夫です!じゃあいつに...ぇ?》


 勢いで大丈夫と言ってしまった。


《そ、よかった。あたし、金曜日はお昼で講義終わって、午後から空いてるけど、ナオは?》

《大丈夫です...けど、私の家でですか》

《そう。だめ?お酒とか買ってさ》

 
 だめなわけがない。むしろ来て欲しい。だけど家で二人きりというのは、
私の心臓が大丈夫だろうか。先輩と二人きり、私の家で。

《おーい、もしもし?どうかした?》

《い、いや何でもないです。よろしくお願いします》

《ぷっ、何改まってんの。じゃあ決まりね。大学って○○の辺りでしょ?》

《そうですね。あっ、大学の近くにスーパーあるから、そこで買っていきましょうか?》

《それがいいね。そこで集合でいい?》

《はい。着いたらLINEで連絡します》

《わかった。じゃ、そろそろ切るわ。またね》

《はい、また》


 「また」という言葉をこんなにうれしく感じるとは思わなかった。
今、確実に気持ち悪い顔になっていると思う。どうしても口角が上がってしまう。
掃除しなければ、年末より気合を入れて。



 予定の日までの大学生活は、入学してから一番浮ついていたと思う。
退屈な授業の時は、ずっと先輩とどんなことを話そうか考えていた。
友達といるときはいつも以上に元気だねと言われた。居酒屋のバイト中には、
常連客から最近は特に明るくて可愛いねと褒められた。先輩と会う時にも、この調子を維持できればいいのだが。
 
 バイトが終わり、帰宅直後にLINEの通知。すぐに確認するが、
期待していた人物からではなかった。

『明日シフト休みになったから、どう?』

 
 ミカからの誘いだった。何をするか書かれていいない場合は大抵、
体を重ねあわせることを意味する。
残念だが先約がある。もし先輩からの誘いが後でも、断っていただろう。


『ごめん、高校の時の先輩と遊ぶ約束がある』


 いつものように素っ気ない返信が帰って来て終了かと思っていたら、
「女の人?なんで遊ぶの?」という質問が飛んで来た。


『女の人だよ。偶然久しぶりに会ったから遊ぼうって話になった』


 隠す必要もないので、正直に話した。いつもは1分にも満たない時間で既読がつくのに、
10分ほど後に返信が来た。


『わかった』


 時間がかかった割には短い返答だ。最近、ミカは私について色々プライベートなことを
聞くようになってきている気がするが、深く考えてもしょうがないか。

 それより明日のことを考えよう。お酒を飲むのだから、おつまみは必要だ。
テレビを観ながら話そうか?先輩が好きなアクションの洋画のDVDとか借りておいたほうがいいだろうか。
話題が尽きたらどうするか。いや、プランを立てて行ったら崩れた時に余計パニックになりそうだ。
アドリブでいこう。というか、いつも通りの私で。そう吹っ切れたら眠気もやってきたので素直にベッドに入った。











 正直に話さなければよかった。

 正直に話さなければよかった。

 正直に話さなければよかった。







ありがとうございます。

続けます。

「お、きたか」

「こんばんは、カナさん」


 当然のことだけれど私服だ。
カフェで着ていたふわりとしたかわいらしい制服とは違い、
黒を基調に自分のスタイルを活かしたスタイリッシュな格好をしている。


「に、似合っていますね。その服」

「ぁはは、声裏返ってる」


たまに見せる、素の少し照れた笑顔は反則だ。胸がキュゥと締め付けられてたまらない。


「まぁあたしならどんな服着てても輝けるからね」


 すぐにふざけた感じに戻ってしまった。
素直にそうですね、美人ですもんねと言いたい。また照れさせたい。
言ったところで私のほうが照れるだろうけれど。


「さ、買い物済ませましょうか」

「おいこらスルーしてんじゃない」



 宅飲みの定番を買って、おつまみも定番を。
道中は意外と普通に話せた。この調子を維持できるだろうか。


「お邪魔します」

「はーい。狭くて汚いけど、どうぞくつろいでください」

「ナオにしては綺麗にしてる方ね。狭さは、一人暮らしならこんなもんでしょ」


 私にしてはって、失礼な。あなたのために頑張って掃除しましたよ。


「えらいでしょ?ほめてください」

「はいはい。えらい、えらい」


 冗談で言ったつもりが、すっと手が伸びてきて、ふわふわと頭をなでられた。
先輩は適当にあしらっているつもりなのだろうけど、これ、私には大ダメージだ。

「えへへ、ありがとーございます」


 普段通りに反応できていればいいな。


「ほんと相変わらず犬みたい。尻尾と耳が付いていても違和感ないな」

「うわ、カナさん、そういうプレイがお好きなんですか...?」

「ちっがう。何で私がコスプレ趣味みたいになるのよ」




 先輩が、パスタと冷蔵庫の余り物で料理を作ってくれるそうだ。
作っているところを写真や動画で撮りまくっていたら、
うっとおしいからテーブルの上片付けて食器用意してなさい、と怒られた。
不機嫌になられるのは嫌なので大人しく従った。


(やること、なくなっちゃった。......けど)


 今は夕方の中途半端な時間帯。テレビ番組もあまり面白いものはやってない。
そうすると、視線は必然的に料理中の彼女へ。


(いいなぁ。この光景)


 家に誰かがいる。それが大好きな人で、
料理を作ってくれているときたら最高以外の何物でもない。


「よーしできた。はい、おまたせ」

「わぁ、美味しそう。...普通私が作るべきですけど、ありがとうございます」

「いいのいいの。買い物中、冷蔵庫に結構食材あるって聞いた時に作ってあげようと思ってたから」


 いつの間にか料理のレベルが高くなっていることに驚いた。このスキルが私だけに披露されれば
いいのにな、と思ってしまうのはもう仕方ない。


「写真撮ってたのとかあれでしょ?どうやって作るか見たかったんでしょう。
後で色んな料理の作り方まとめて送ったげるから、心配しないで」


 不正解だ。私の家で料理しているカナさんを記録に残したいからだ。


「ありがとうございます。...あー、でも、
やっぱり実際に見て直接習った方が、覚えやすいかもしれません」

「はぁ..」


 普通なら気にしないただの小さい溜息でも、面倒くさがられていないかと不安になる。


「しょーがない。たまにね、たまになら来てあげるよ。まったく」


 いやいや許可したその顔に、後輩に求められて嬉しがっている感情が見えるのは
私のフィルターがかかっているせいだろうか。


「カナさんの家では?」

「ん、まぁいきなりじゃなければオッケーよ」


 心の中で力いっぱいガッツポーズ。また会う口実をゲットできた。


「それにしても、本当に上手ですね。一体どうしたんです」

「まぁ大学生活三年目だし。あと料理研究サークルにも入ってるから。
はぁ...それにしても、代表は別にいるってのに...。実質私が取り仕切ってるようなもんだよ...。
あいつ、リーダーは料理のレベルが高いやつに任せるべきだとかよくわからん理屈を...」

 
 サークルに対する愚痴は多いが、他人を貶すことは無くむしろその状況を楽しんでいるようにも聞こえた。
おそらく先輩の料理は複数の人が味わっているだろう。私のささやかな希望はすぐになくなってしまった。
 しかし愚痴が長い。せっかく作ってくれた料理は出来立てで食べなければ。


「あ、あー美味しそうな料理が冷めてしまうー。早く食べなきゃー」


 

 ここ最近で食べた一番おいしい料理を食べ終え、お酒とおつまみに手を付ける。


「ぁ...もうなくなっちゃったぁ」

「ちょっと、飲みすぎなんじゃない」

「そんなことないよっ。カナしゃんがペース遅すぎるんれすって」

「ふふ、呂律が回ってないんだけど。あたしもそれなりに飲んでるけどね」


(しょうがないじゃん...)

 
 緊張紛らわすために飲んでいたら、いつの間にかこの状態に。


「てか、お酒つよくないですか。カナしゃんのくせに」

「どういう意味だこの。んー、そうだね、ベロンベロンに酔っ払うことはないかな」

「ふーーーん。つまんないですねーーー」

「あんた色々適当になってきてる気がするんだけど」

 
 そうは言いつつも楽しそうな顔の先輩を見て、思う。
先輩が同性との恋愛についてどう思っているか聞いてしまおうと。


(あーもう、相談しちゃえ)

引き続き読んでもらえているとは、とてもうれしいです!頑張ります

続けます。

「あの、いきなりですみません。相談なんですけど」

「なに?」

「女の子の友達が、恋愛で悩んでまして」

「うん」


 真面目な相談だと分かったら、すぐに真剣に話を聞く姿勢を持ってくれる。


「その子が好きなのも、女の子なんです。なかなかいいアドバイスを返してあげられなくて、
困ってるんですけど、どうしたらいいですかね」

 一気に酔いが冷めた気がする。お酒のせいで熱くなっていた頬の熱はさらに高まっていく。


「難しいね」


 顎に手を当てて、首を傾けながら考える。わたしからすればもうどんな様子でさえも絵になる人だ。


「その好きな子になんとなく同性愛についてどう思うか聞いてみる、とか。
あとは...そう、否定された場合はすぐ諦めないで、同性愛について知ってもらって、理解を深めてから考えてもらう、とか」
 

 すごくためになるアドバイスだ。早速実践させてもらおう。

「なるほど、ありがとうございます。......で、カナさんはどう思ってるんです?
その、同性愛について。友達から告白されたりしたら...どうですか」

「それは...うぅん...」

 
 落ち着いて、心の準備をしなければ。どんな答えが返ってきても平静を装うことができるように。


「いきなり言われたら、ちょっと困るかなぁ」


首の後ろを手で押さえながら苦笑いする先輩。一瞬、息が出来なくなった。


「っ、へぇ。そですか」

「あたしは友達だと思ってた存在が、いきなり大きく変わるワケじゃない?
だからその気持ちの差がね」

「なるほどっ。ぁ、あーなんか気持ち悪い。トイレ行ってきますっ」

「へ?ちょっと、大丈夫...」


最後まで聞かずにトイレへ駆け込む。答えを聞く準備をしていたのに、
私の心はそんなことおかまいなしに動揺した。震えた声は聞かれてしまっただろうか。
クシャクシャに歪んだ顔は見られてしまっただろうか。


「っ...ぅ、、くっ…...」


(泣いちゃダメだ、泣いちゃダメだ。カナさんに心配かけるっ)


 拒絶されたわけではない。ただ、困惑すると言われただけなのにたった一言で心は大きくかき乱された。

“友達から言われたら、結構困るかな”


(これは、これはぁ......)


 おそらく、オブラートに包んで言ってくれているのだろう。
しかし先輩の表情をまともに見るのは不可能だった。数秒でも見続けていたら
涙腺は崩壊していただろうから。

 静かに扉を叩かれる。もうそんな程度の気遣いでさえ泣きそうだ。


「っ…...入ってまーす」

「ねぇ、本当に大丈夫?ひどい顔してたけど」


 酷い顔はしっかり見られてしまっていた。


「だいじょぶですから、すぐにおさまります」

「いや...あのねぇ、大丈夫そうな顔じゃなかったから来てんの。
ほら、お水持って来たから開けなー」

「いいですからっ、5分もすれば平気に」


 言い終わるのを待たずして扉がカチャリと開かれた。
なんてことを。女子がトイレにいるのに勝手に開けるなんて。
鍵をかけ忘れた私が間抜けなのかもしれないが、それでもいきなり開けられるとは思わない。


「な、なにっ…勝手に入って、来てっ」

「まさか開いてるとは。てか、泣いてんじゃない。本気で気持ち悪くなった?大丈夫?」


 もう無理だった。泣いている子供をあやすように背中をポンポンと叩かれると、
簡単に涙が流れていく。


「だから、すぐ、おさまりますからぁっ」

「まぁほらとりあえず、水。ほい」


 渡されたコップを少し間を置いて受け取る。両手で持って一気に飲み干した。


「んく、んく…」

「っふふ。なんかかわいいねその飲み方」

「っ、ぐ」


 危うく先輩の顔面に噴き出すところだった。
先輩の言動に対する反応があまりにも単純すぎて、自分でも心配になってきた。

「は、ぅ……ありがとうございました。落ち着きました」

「ん。よかった」


 やることは終えたはずの先輩は動こうとしない。
狭いトイレの個室に二人で座り込んでいるのはなんとも奇妙な光景だ。
掃除していて本当に良かったと思う。


「あの……?もう出ましょう?」

「うん、その前に一ついい?」

「はい。なんでしょう」

「まさか......まさか、ナオだったりする?さっきの話」

「なにが、ですか」


 質問の仕方がいくらなんでもベタ過ぎたか。


(バレたかな。終わったかな、これ)


「あんた、」

「.......」

「告白されてる?」


「あっ、え?」

「もう友達に告白されて悩んでたってことじゃないの?」


 ……少し、いや相当ズレているけれど、その方が都合はいいのでそういうことにしておこう。


「そう、そうなんですよ。よく分かりましたね」

「それならそうと言えばいいのにぃ。回りくどい相談の仕方してぇ」


(バレなくて良かった。……いや良いのかな)


「えへへ、ごめんなさい」


 そうだ、この流れに便乗して言ってしまった方が良いかもしれない。
同性愛について自分が肯定的であることを伝えておこう。しかし決して本心は伝えないように。


「あの、実はそこまで嫌じゃなかったり、するんです。女の子に好かれるの」

「へー以外…相手は結構いい子なんだ?」


 特に引かれることはなかったので一つ安心する。


「あはは、そりゃもう……」

「そっかぁー…..どうするの?」

「正直、今は友達のままでいたい気持ちの方が大きいです。それに」

「うん……それに?」

 至近距離で話し合っているので、さっきから心臓はフル稼働しているけれど、
泣いているところを見られてしまったのでそれほど緊張感はない。
半ばヤケクソになっているということもあり、もうある程度のことは打ち明けられそうだ。


「気になってる人、いまして……」

「ぇ、えーっ。そんなっ」

 まるで自分が振られたかのようなリアクション。
すぐさま私の”気になる人”について興味を示す。

すみません。やはり明日にします

ありがたいです。。つづけます

「うーい誰なんだー?男か女かー?」
 

 肩に腕を回して引き寄せられる。
微塵も自分のことだと思っていない点については、悲しくならざるを得ない。


「お、おしえませんっ。そういう先輩は、どうなんですか、いるんですか」

「えぇー?どぉみえるぅ?」


 体をくねくねと揺らしてふざけて躱された。そうはいくかと一言投下。


「わたしは、いてほしくないですよ」

「……」

 
リアクションが返ってこないので不安になる。
冗談だ、と誤魔化そうとしたところをわしゃわしゃと撫でられた。


「このぉ!くぁいいやつだなまったくっ」

「うぁあ」


 少しした後、ぴたりと動きが止め、少しだけ高い声でゆったりと言う。


「...安心しなよ。寂しくなったらいつでも来ていいから...ね?」

「…はい……」


 こんな風に言われたらうなずくしかない。
肝心な所は分からなかったものの、先輩の首元に密着して香りを堪能できたことで充分お釣りは来る。



「なにー、ふにゃふにゃになっちゃって。眠くなってきた?」


 なんて落ち着く匂いなんだろう。
就寝する前に嗅げば、携帯をいじって夜更かしせずに速攻で眠りに落ちることができそうだ。


「ほら立って。ベッド行くよ」

「んー……」


 手を引かれてベッドまで誘導された。その勢いのまま、ベッドにぽふんと倒れこむ。
布団もご丁寧にかけられた。今日は怖いくらいいい事が起きる。
代わりに後々不幸なことがどっと押し寄せてきそうだ。


「じゃ、そろそろ帰るね」


 自分の荷物とテーブルの上をさっと片付けていく。


「えー……」


 口をへの字にして別れを惜しむ。泊まってほしいとまでは言わないが、
もう少し長くいてもいいと思う。そう伝えたら、
明日は外せない用事があるというのでおとなしく引き下がった。への字の角度は鋭くなっていく。


「また遊べるでしょー?さて……あれ、無いな」

「どしたんです」

「リップクリームがなーい。唇カサカサなのに困る…まぁ、見つけたら連絡して?」

「はい…じゃあ、また会いましょうね」

「うん。じゃーね」


 玄関まで見送りに行こうとしたけれど、眠いなら寝てろと止められてしまった。

 扉が閉められる音。いつもの倍、静かな気がする。
ひとまず、気まずい別れ方にならなくて本当によかったと思う。

「あ」

 
 歯磨きとお風呂を済ませようと洗面所に向かうと、探し物はすぐに見つかった。


(家に上がった時、手を洗ったついでにここでリップ塗ってたのかな)


 すぐに見つけて連絡できていたら、すぐに先輩とまた会えたかもしれない。
ベッドの上でぐうたらしていたことを少し後悔する。しかし
もう過ぎてしまったことはしょうがないと諦めて、浴槽にお湯を半分ほど張って入る。

 さっきからリップが気になってしょうがない。
しかし、手に取ってしまったらもうおしまいのような気がするので、どうにかしてこらえようとする。


(いや…だめ……だめだよ……)


 心はそう思ってはいるものの、ついにリップを取ろうと動く体は止まらなかった。

 また湯船に戻り、浴槽に背を預ける。手元のものはすでにキャップが開けられてしまっている。
目の前まで持ってきてじっと見る。やはりかわいいもの好きな趣味らしく、猫のキャラの柄が描いてあった。

 半身浴にもかかわらず、肩まで浸かっている時の様に心拍数はドクドク上昇していく。


(そう、酔ってるから……酔ってるからこんなこと、するんだ)


 一人で言い訳して、リップと口付けをした。
なんの味も香りも付いていないというのに、私はそれだけで昂った。
濡らさないように棚に置いたリップは、この空間では私にとって、先輩同様の存在になっていた。



(見て、ください。カナさんのこと考えると、こうなるんです……)


 唇についたリップを指でなぞって塗り広げる。
蕩けた顔で行うその様は、本人には絶対に見せられない。
リップが付いた場所は先輩の所有物にされたようで嬉しかった。

 その手で自分の大きくもなく、小さくもない胸を愛撫する。


(ここも、カナさんのものです…っ)


 両方の先端をつねったり、こねたりする。あっという間に達した。
感じやすい体質であるというのは抜きに、先輩のことを思うといつもこうなる。今日は特に敏感だ。


(ぜんぶ、わたしの、ぜんぶ……)


 まだ足りない。“先輩”の手はお腹を下ってひときわ熱い部分へ進んでいく。


「はっ……んっ」


 ちゃぷ、ちゃぷ。お湯はみぞおちのところまでしか溜められていないのに、気を抜くと溺れそうだった。
ドロドロになっている赤い割れ目を、何度も“先輩”の手が激しく往復した。


「ぁっ、ぁ…ゃ、ん」


(カナさんのものにしてっ)


 2本の指が何の抵抗もなく私の中に侵入した。
しかし中はその指を絞め殺そうとしているかの如く、ぎちぎちに締め付けてきた。
第一関節はクイと曲げられ、指の腹で内壁を細かくこすり始める。


「あっ、あ、ぁ」


 断続的にくる絶頂は病みつきになってしまいそう。中指の爪で軽くカリカリとこすると
その度にお腹の奥全てが歓喜する。リップクリーム一つでこれとは、自分でも少し引いてしまいそう。


 “先輩”の指は熟れた突起に向かい、弾かれ、つままれ、押し込まれ、ひどい虐められ方をした。
口をだらしなく開けて叫ぶ。


「はっ、あっぁ…カナさ…っ…!」


 “なんかかわいいね”“えらい、えらい”“しょーがない。たまにね”
ただの友達に向けられているであろう言葉と表情は、私の脳みそを融かすには充分だった。


「あぁっ、ぃ…っ」


 大きくはねた後に、背筋を伸ばして天井を向く。太ももと下腹部のひくつきはしばらく制御出来そうにない。
最近で一番幸福感と快感を得られた慰めの行為だった。
 
 しかしそれ以上に罪悪感は重くのしかかってくる。次に会った時は、
見つからなかったと嘘をつき、新品のリップクリームを手渡そう。だから、これは保管、しておこう。


(捨てるのは、勿体ないし…)


また一人で言い訳して、ぬるくなり始めた湯船から出る。

訂正です。すみません!

ד先輩”の指は熟れた突起に向かい、弾かれ、つままれ、押し込まれ、ひどい虐められ方をした。
○“先輩”の指は熟れた突起に向かい、そこは弾かれ、つままれ、押し込まれ、ひどい虐められ方をした。

です。

遅れました。
あとまた訂正です。
第一関節は~のところ、第二関節です。Hシーンは苦手です…
続けます

 あれから、先輩と連絡を取る頻度や遊ぶことはとても増えた。
進展は全くないと言っていい、しかし決してマイナスではない。

 代わりにミカとは全く会わなくなった。先輩とのことを考えると、
ミカとの関係は私の汚点だと思うようになった。我ながら酷い言い方だとは思う。
しかしいずれどこかでばれてしまう前に、彼女との関係は断ち切っておきたい。
 
 それなのに久しぶりに先輩と会ってから少し経って、一度だけ行為に及んだことがあった。
彼女がしつこく誘ってきたのと、私も欲求不満の限界が来ていたことが理由だ。


(もう、終わりにしよう)


 私から連絡する。話があるからどこかで会おう、とだけ。すぐに返事が来た。


『私の家がいいな』


 特に断る理由もないので承諾した。付き合っているわけでもないから、
彼女もきっぱりと終わりにしてくれるだろう。彼女は元々、
男の人に飽きたから同性との行為に手を出した人なのだから。

 あれから、先輩と連絡を取る頻度や遊ぶことはとても増えた。
進展は全くないと言っていい、しかし決してマイナスではない。

 代わりにミカとは全く会わなくなった。先輩とのことを考えると、
ミカとの関係は私の汚点だと思うようになった。我ながら酷い言い方だとは思う。
しかしいずれどこかでばれてしまう前に、彼女との関係は断ち切っておきたい。
 
 それなのに久しぶりに先輩と会ってから少し経って、一度だけ行為に及んだことがあった。
彼女がしつこく誘ってきたのと、私も欲求不満の限界が来ていたことが理由だ。


(もう、終わりにしよう)


 私から連絡する。話があるからどこかで会おう、とだけ。すぐに返事が来た。


『私の家がいいな』


 特に断る理由もないので承諾した。付き合っているわけでもないから、
彼女もきっぱりと終わりにしてくれるだろう。彼女は元々、
男の人に飽きたから同性との行為に手を出した人なのだから。








会わなければよかった。

会わなければよかった。

会わなければよかった。






 久しぶりに顔を合わせるので心配だったが、彼女は概ねいつも通りだった。


(なんだろう、いつも以上に明るいけど、なんだか不気味)


「それで、話ってなーに?」

「うん、あのね、もう終わりにしたい。……この関係」

「…ああ~。恋人になりたいって意味で?」

「……」

「はは、ちがうよね。しっかしナオちゃん真面目だねー。
LINEで伝えてハイ終わりってやつも多い時代なのに」

「そう、かな……」

 
 ミカの存在には少しだけ、助けられたという気持ちを持っている。
私が、心に空いた穴を埋めるために利用して、
心がこもっていないまま関係を維持していたことに対する罪悪感もある。
彼女は上がっていた口角をすっと下げ、眼差しを今まで見たことが無いくらい真剣にさせる。


「やだよ、私は」

「え...それは、どうして?」

 まったくもって予想外の回答だった。彼女ほどの容姿と性格なら(行為中はどうかと思う)、
男女に関わりなく相手に困ることは無いはずだ。私に固執する理由など一体どこにあるのだろうか。


「好きだから。ナオちゃんのこと、好きになったから」


 一体いつから?なぜ?


「でもミカちゃん、そんな感じはなかったと思うんだけど」

「好きだってえっちした後、いっぱい言ってたじゃん。
んー、ああいう言い方じゃ気付いてもらえないか。真剣に言うのが恥ずかしかったからさ…
軽く聞こえちゃうかぁ。いつの間にかね、本気になってた」


 あれは、そういうことだったのか。全く真剣に聞いていなかった。
しかし期待に応えることはできない。


「ナオちゃんが、別の誰かを重ねながら私とシてるの、最初はどうでもよかったんだ」


 私はそこまでわかりやすい女なのだろうか。
ミカの言う通り先輩を想うことは確かにあった。彼女は引き続き理由を説明していく。


「でもさ、私だけを見させようと努力して、たまにだけど、
私だけしか考えられなくさせるようにできた時さ、物凄く嬉しかった。それがきっかけかなぁ」


 確かにそういう時はあった。しかしミカと過ごした日々のほとんどは、体を触れ合わせたことだけだ。
体から始まる関係を全否定するわけではない。それでも私はその流れを受け入れられない。


「…」

「私にとってえっちは超大事なんだ。体に触れば心にも触れると思う。
言葉だけじゃ伝わらないものもあるんだよ。本能に従っていけば相手の真の姿が見える。そう考えてるから」


 彼女なりに、考えは明確にしてあるようだった。


「よく、わかったよ。ミカちゃんの言いたいことは」

「ほんとっ?それなら」

「だけど、ごめん。私の気持ちは変わらない。この関係を終わらせたい。
ミカちゃんの気持ちに応える気持ちは、ない」


 俯いて何も言わなくなってしまった。両方のこぶしは赤くなるほど力が込められ、微かに震えていた。


「………チッ」


 今の舌打ちは聞き間違えではないだろう。彼女の部屋は防音だと以前聞いたことがあるし、
今はテレビも付いておらず、机を前に、椅子に座って向き合っている状況。


「はぁ、それなりに理由考えて言ったのにダメか。うざいなぁ、カナ先輩は」


 彼女が知るはずもない人物の名前を口にする。純粋に悪い意味で鼓動が早くなる。


「な、ぇ?何でカナさんのこと」

「ツイッターから。最近頻繁にイチャイチャするようになってたよね。楽しそうだったね。」


 いつの間に私のアカウントを見つけていたのか。誰でも見られるようにしていたのは警戒不足だっただろうか。
まさかこのように利用されるとまでは思わなかった


「その後、あーこいつがナオちゃんの好きな人か、ってすぐ気付いたよ。
ナオちゃんと別れたところを尾行して、あいつの家の場所とか大学とか調べたし。ほら」

(なに…これ)

 昼夜問わず、あらゆる角度から先輩を隠し撮りした画像フォルダを見せつけられた。
彼女はテストで満点を取って自慢するかのような表情をしている。


「好きだなんて、そんなこと」

「あるよね?好きな人の前でするメスの顔してたよ。
あのブスのこと思ってオナニーしたりするんでしょ?どこがいいの?あんな女。どうせ整形してあのレベ」


 我慢できるはずが無かった。好きな人を侮辱され、私の堪忍袋の緒はいとも簡単に切れてしまった。
人の顔を加減せずに叩いたのは初めてだ。


「それ以上、なにも言わないで...っ」

「好きな人のためなら手を上げることも構わないんだ。
ふふ、ふ。私もそういうタイプなんだ。奇遇だね?」


 そう言うと彼女は椅子が倒れることなどお構いなしに勢いよく立つ。
私の襟をいきなり掴んで引き寄せる。

 直後、私の鳩尾に拳がめり込んだ。


「ぉ、っ、えっ…っ」


 息ができない。立っていられない。


「ま、正直に言うとナオちゃんとのえっちが楽しすぎたってのが大体の理由かな。
何でも反応してくれるし。くふふ。あ、好きなのは本当だよ?」


 床に四つん這いでうずくまって、陸に上がった魚の様に呼吸に苦しむ私には、
ミカが何を言っているのかさっぱり理解不能だった。今度は足がお腹にめり込んできた。


「よっ!っっと」

「っゔ、ぇ、ぅ、ふぅ…ぐ…ぁ、っ」

「いたた…つま先が…。肋骨に当たったかな」


 狂っている。これはどう考えても狂っている。力が入らない。
髪の毛を引っ張られてベッドの上に放り出される。


「しつけの悪いナオちゃんには、これをあげましょー」

「ひっ、や、やだっ…」


 頭上で両腕をまとめられ、そこではガチャガチャと不快な音がする。
貧弱な抵抗は虚しい結果に終わり、両腕は手錠で拘束された。
殺されるのだろうか。こんなところで死ぬのは嫌だ。涙は異常なほど自然に出た。
止める気力は無いし、止められる力もない。


「殺しはしないよ、絶対に。安心して?」


 この状況で安心なんてできる人がいたら、それは異常者だ。


「今日は新しいプレイに挑戦してみようね。絶対気に入るから、期待してね」


 大声をあげて助けを呼ぶことは、無意味であり不可能だった。
この部屋の防音設備は完璧であるらしく、以前この部屋でみっともない大声を挙げさせられた時も、
上下左右の部屋から何も反応は無かったから。それに彼女の手にはいつの間にかスタンガンが用意されていた。
暴れた際に大人しくさせるためだろう。私は、考えなしに地獄に飛び込でしまった、ただの馬鹿だった。


「頚動脈を圧迫して、脳を酸欠状態にするのっ。そうするとね、
少しだけ幻覚が引き起こされて、頭がボーっとするんだって。それでこの状態の時にイくと」


私の耳元に顔を寄せて囁く。


「すっごく、気持ちいいんだって......」


気持ち悪い。鳥肌が立つのは、三日月のように笑う目と口が、
これから行われる行為の怖さを分かりやすく表しているからだ。そうに違いない。

「初めてやるから、こっちも、しながら、ね」


 スカートの中に手を突っ込まれ下着を乱暴にずり降ろされる。
いきなり外気に晒されたソコはなぜか湿っていた。


「あは…やっぱり、ナオちゃん」


 気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!


「いじめられるのすきだよね」


 こんなことで反応する自分が、気持ち悪い!

 耳障りな水音を立てさせられて数分が経つ。いつもの触り方とは全く違って、
焦らしているのは明らかだった。体をひねって避けようとすると、
バチチチとスタンガンを鳴らしてくる。どこかで聞いたことがある。この音には威嚇効果があり、
戦意を喪失させる意味も持っているらしい。実際その通りだ。恐怖で体が縮こまる。
 
 体は私の意思などお構いなしに火照っている。焦らされているような弱い刺激でもイってしまいそうだった。


「ぅ…んっ…!ふ、んん」


 ミカのペースが上がってきた。声を上げたくない。こんな人に喜ばれたくない。
シャツは乱暴に開かれ、ブラはベッドの外に投げ出されている。手で胸の先端をつまんで持ち上げられた。
痛いほど真っ赤に染まった乳首は、愛撫と程遠い扱われ方に悦んでいた。


「いっ!ぁ、あ゛っ…!いた、ぃ、やめっ」


 体を弓なりに反らせて、なんとか
引っ張られる力を弱めようとするが、彼女はそれ以上に上へ上へと手を止めなかった。


「っふふ。……えいっ」


 掛け声と同時に、彼女の両手に思い切り力が込められた。
私の乳首を親指と人差し指で挟み込んで、限界まで平らに潰してくる。
経験したことの無い痛みと快感が、そこから全身を駆け巡った。


「っ、ぎっ!?あ、ぁああぁっ!」


 ようやく解放された所は、いつまでたってもヒリヒリとした痛みが引かなかった。


「あっ、はぁ…はぁ……」


 手を離した隙に落ち着こうと思っていたが、彼女は私に休む暇など与えるつもりはないようだ。
口を私の胸元に近づけてきて、こちらを上目遣いで見上げてくる。

「ふぅっ……ふーっ…」

「どうしたの…?そんな目して、待ちきれないの?」

「そんなこと、…あぅっ!」


 口に含んだあとは、舌で転がされたり強く吸われたりした。
一旦それを止めると、今度は乳首を歯で捕まえた状態のままこちらを見てくる。


「はあっ……はあっ…」

「ぃひひ。んむ」


 噛みちぎられたかと思うほどの力強さだった。


「っ……い゛……っ…」


 歯を食いしばって快感の波が過ぎるのを待つ。こうでもしないと、
みっともない大声を出してしまいそうだったから。与えられた刺激は一瞬だけだったにもかかわらず、
私の頭の中と下半身を大きく揺さぶった。

 汗のせいで額に張り付いた前髪が気持ち悪い。ぐったりしていると、
いつの間にか彼女の手は私の股へと伸ばされていた。
ソコは優しく撫でられるだけで、粘着質の透明な液体がとぷとぷと溢れさせる。


「んっ…あ、っ…」


 先ほどのように激しく攻められたことは今までなかった。
こちらも同様にめちゃくちゃにされてしまうのだろうか。


「うぅ…く、ふ…っ」


 彼女の2本の指は、てらてらとするピンクの肉を遠慮なくかき分けていく。
その中は別の生き物であるかのように激しくうごめいていた。

「我慢しなくて、いいんだからね?」

 一体何のことを言っているのかさっぱりだったが、その意味はすぐに思い知らされた。
指をクイっと曲げ、弱点の部分に当てられる。


「あっ、あ…んっ…ぁ」

「すごい……キツキツだよ、ナオちゃん。咥えて離そうとしない。…じゃあ、イこっか」


 そう言うと、指と手を激しく動かし始めた。愛液はじゅぷじゅぷと溢れ、
彼女の手と私の太ももをあっという間に濡らした。


「んっ…あっ、あ、ぁああぁ!」

「ずっとこうしたかった…。いいよぉ、ナオちゃん、本当に可愛い」


 弱点を一定のペースで犯されると、尿意とはまた違った感覚が高まってくる。


「いっ、んぁっ、イってりゅ、イってる、からぁっ!」

「もっと……もっと」

「ふっ、あ、あぁあぁぁ」


 ソコはもう耐え切れず、彼女の腕とベッドのシーツをびしゃびしゃにした。
中は心配になる程ガクガクと震え、何かを吸い出そうとして締め付ける動きを止めない。


「ひっ、あぁ…くっ……」


 ちゅぷんと抜かれた指と同時に、腰は大きく震えて潮を勢いよく出した。


「本当は舐めてあげたいけど、また今度にしようね。だいぶ慣れさせたし、そろそろ……ね」


 脳内は混乱していた。勝手に反応する体を制御しようとする命令、
送られてくる快感に素直に従う信号、そして先輩の存在がごちゃごちゃに混ざっている。
 
 通常より性的刺激に鈍感な体質の逆も多分あるだろう。私は自分の体質を、
もう何かの病気だと思い込むことにした。


「ふふ、もう十分ほぐれてきたから、そろそろやろうか」


 恍惚の表情を浮かべた彼女が私のお腹の上にまたがり、首を両手で押さえてくる。


「ふふ、ふふ、ふ。怖い?怖いよね?でも、それだけじゃないよね?
それと同じくらい期待してるよね?そういう顔してるよね?」

「そんなわけない…気持ち悪い。はやく家に帰して」

「まぁ、やってみればわかることだね」


 そう言うと、両手に力が込められた。


(…くる、しい。けど、そこまで強くない…?)

「ゆっくりやっていこうね。結構危ないプレイだから、私も慎重にやるよ」


 なんでもいいから早く終わってほしい。手を塞がれ、体の上に乗られている状態ではそう願う他なかった




「は、ぁぐ、ひ…っ」


 先ほどから段々絞める力が強くなってきて、本格的に命の危険を感じるようになる。
自分の生死を相手に握られているという感覚が、私の背筋をゾクゾクと震えさせる。
時折彼女は絞める力をほんの少しだけ弱め、私が肺に酸素を送る機会を“くれる”。
いや、違う、何を言っているのだ。“くれる”なんて、これではまるで有り難がっているみたいだ。


「ぁ……かっ…ぁ、ひゅ…」


 情けない声を出して泣きながら彼女を見る。ほんの少しでも良心が残っていることを期待していたが、
ダメだった。心の底から楽しそうだった。

 更に力を加えられる。


(ほんとに、死…ん…)


 ひっくり返ったカブトムシのように足をバタバタさせて逃げようとする。
スタンガンの存在など完全に頭の中から消えていた。


「ぁ…がっ………ぉ」

(いやだ、しにたくない。いやだ、いやだ、カナさん)


 グッとより強く絞められるのと同時に、口付けをされた。


「んぐ、ぅっ!」


 消えてなくなりたい。勝手にお腹の奥が熱くなって、ソコになにも触れていないのに、
きゅうきゅうと肉がせわしなく動く。


「ぷぁっ、かっぁ、はっ、あぁ、ぁ...っ」


 震える体を抑えようと力を込めても、まったく言うことを聞いてくれない。
ミカは私の上からどいてベッドの側でその光景を見下ろしていた。


「ぇへ、へへ、ふふふ。はぁ、はっ、すごく可愛かったよ、ナオちゃん。」


 彼女の瞳孔は開ききって、不気味なほど楽しそうな笑顔を浮かべて息を切らしていた。
私にはもう人間の顔に見えなかった。


「今度は…はぁ……首絞められて、イっちゃったね、ぁは」


 死ねばいい。この人も私も。」

ありがとうございます。どんな反応でも頂けると嬉しいです。
甘々展開、書く前に思いつきませんでした。ちょっと後悔。
続けます。

手錠は外され、代わりに足首を結束バンドでまとめられた。
ミカが自分の家で会いたいということは、こういう部分で準備万端にしていたからだったのだろう。


「……カナ、さん…」


 絶望しないために、心の拠り所である人の名前を強く思うあまり、つい口から言葉が漏れてしまった。
限りなく小さな声で言ったつもりでも、聞こえてしまっていたようだ。


「はあぁ…だからダメだってぇ、ナオちゃん。あんな女のことなんて考えちゃ。」


「こう見えてね、私結構嫉妬してるんだよ?あのクソ女にさ、
ナオちゃんの心を奪われてると思うと……何しちゃうかわからないよ」


 それだけは、それだけはダメだ。先輩はこんなことに全く関わるべきではないし、巻き込まれる理由なんて何一つない。


「ま、まって、お願いっ。なんだってするから、だからカナさんには何もっ」


 左頬に彼女の平手と強い衝撃が飛んできたので、最後まで言うことができなかった。


「ぃ、つ…」

「なに?何のため?」

 
 彼女は、私が先輩のためでなく自発的に従うことを望んでいるのだろう。
そうしないと先輩へ危害を加えるかもしれないし、私の体も無事では済まないかもしれない。


「……ミカちゃんのため、私がそうしたいから、です。

「うんうん、そうだよね。やっぱさっきの聞き間違いだったんだ」

「あ、これからのことなんだけど、私バイト少なくしたから。これから一緒にいる時間もっと増やせるよ。
大体私の家で遊ぶことになるかなぁ、近いし、色々道具あるし。大学内では今まで通りでいいよ。でも、ちゃんと見てるからね」


 べらべらと勝手に今後の予定を並び立てていく。

「…分かった」


 声が震えてしまう。目が合ったら何をされるか分からないという恐怖感から、
彼女の顔を見ることができない。


「首、痕がついて赤くなってるね。私のものだっていう証でいいね…すごく良いと思う…。
でもそれだと、ナオちゃん大学で困っちゃうでしょ?だから、はいこれ」

 そんな気遣いをするなら、最初から首など絞めるなと言いたい。
幅が広めの黒いチョーカーを手渡してきた。自分で付けろということだろうか。
渋々付けてみれば、普通ファッションに取り入れられるものでも、
今は屈服させられている象徴にしか思えなかった。


(…違和感がすごい。落ち着かない……)

「わぁぁ……」


 両手を合わせて、無邪気な子供の様に喜んでいる。
他の人ならミカの整った顔が明るい笑みを浮かべている様子に見えるだろうが、
私には悪魔にしか見えなかった。


「すっっごく似合ってる。早く大学行ってみんなの反応見たいね!」

「……あ、ありがとう…」

「バイト中とかお風呂とか、どうしても外さなきゃいけない場面以外付けててね?」

「…わかった……。あの、今日はもう、家に帰してもらえない?少し、つかれちゃって」


 今頃になってとてつもない疲労感が襲って来ていた。目を閉じたら一瞬で眠れそうだ。


「んー…まぁ、いいよ。けど変な気は起こさないで?ほらあそこ、見える?」


 ミカが指さした方向には、私達2人を映せるようにカメラが設置してあった。


「警察や誰かに相談したら、撮ったものをあの女に送る。それと……カナ先輩、どうなるか、わかるよね?」


 絶対にカナさんに迷惑はかけてはダメだ。
友達にも家族にも、バレないように振る舞うようにしなければ。

「大丈夫、だから。今日はもう休みたい」

「ん、じゃあ家まで送ってく。女の子一人で夜道を歩くのは危ないからね」

 
 彼女と歩くほうが不審者と遭遇するより危険だ。
わざと人通りの多い道を歩かされる。チョーカーを付けて歩く私は、繋いだ手がまるでリードのようだと思った。

 これは、精神的にも肉体的にもきつい。先輩に会って、普段通りにできる自信は無い。
そもそも会わせてもらえる気がしない。
LINEだったらミカに監視されることはないだろうから、しばらく会えなくなることを先輩に伝えよう。


(これくらいなら、大丈夫だよね)


 バイトが忙しくなったとか新しくサークル入っただとか、
ありきたりな理由をつけて送信する。数分経って『りょーかい』とだけ返信が来た。淡白な反応。


(寂しがってくれてるかなぁ……ないか…私なんてただの高校の時の後輩だ)


 いけない、こんなことでネガティヴになっていたら、この先のことに耐えられないだろう。


(先輩に迷惑がかからないように……)


 優先事項のトップにあるのは常に先輩だった。


「やっほー……あら、ナオちゃん、それ」

「おはよー。んー?なに?」

「なにって……首に付けてるの、チョーカーじゃん」


 普段から行動を共にする友達のキョウコと、グループの顔見知り達も同様に反応する。


「そーだよ。えへ、どう?似合ってる?」


 首を傾げて精一杯笑ったつもりだったが、皆にはそう映っていなかったようだ。


「う、うん…かわいいっちゃかわいいけど…」


 珍しい。いつも私と同じくらい元気な友達はぎこちない反応を示した。


「今の顔、なんかめっちゃエロくね?それ付けるとナオちゃんかなり印象変わるわ」

「まー流行ってるしねチョーカー。ウチの友達にもつけてる奴いるわ。似合ってないけどね」


 あまり接点のない人達からも感想が飛んできた。


(……今の時期、チョーカーが流行ってくれてるのは不幸中の幸いかな)



 お昼に店長からシフトの休みを告げられた。
朝から土砂降りの雨で、翌日の朝まで止まないという予報。こういう時、
客は相当少ないだろうとの考えから、シフトに入る人数を減らすこともある。それに私が選ばれてしまった。
必死に入りたいと色々理由を付けて頼んでみたがダメだった。店長は割と頑固だ。


「ふーん、今日休みなんだ」

「わっ、ミカちゃん…」


 背後に忍び寄っていたことに全く気付かなかった。
5限目終わりの人気のない空き教室で携帯をいじっていたというのに、どうやって見つけたのか。
とても気味が悪い。

「そりゃそーだよねー、この雨だし」

「うん…そうだね」


 嫌な予感しかしない。また彼女に蹂躙されるのだろうか。
そう憂鬱になっていた隙を突かれて、携帯をパッと奪われた。


「ちょっ、なに」

「逆らうの?」

 
 逆らったら私へどんな罰が来るか分からないし、
何より先輩への危害が加わるかもしれないということもあって、萎縮してしまう。

 
「確かめたかったことがあってね……」

 
 
 私は座ったままなので、彼女が立ちながら操作している画面で何を見ているのか確認できない。

すると彼女の動きが突然止まった。

 
「…………」


 長い沈黙の後、静かに質問する。


「ねぇ、なにこれ」


 目の前に差し出された画面には、私と先輩のLINEの会話履歴。


「これは、ただ……しばらく会えないってことを伝えただけで…」

「……ふっ」


 口をグニャッと歪め、鼻で笑う。嫌な予感は的中したようだ。


「まだまだ躾が足りないみたいだね」

「えっ…LINEくらいは自由に……」


 彼女はいきなり机を叩いて大きな音を出した。


「未練タラタラじゃん。私と付き合ってるんでしょ、私だけ見るべきでしょ」


 そんな話は聞いていない。いつの間にか交際していることになっていた。




「でも、っ」


 また大きな音をたてられる。自分の手が痛むことも構わず、目一杯に机を叩く。
彼女が出す大きな音を聞くと、心臓を鷲掴みにされているような感覚に陥った。


「そ、それ、やめてよっ。びっくりするから」

「お家、行こっか……」


 まずい、確実に怒っている。しかしここで従わなければ先輩に被害が及ぶだろう。


(先輩のため……)


 家に着くなり後ろから背中を押され、顔から床へ倒れこむ。


「きゃあっ」

「今日はシンプルにやるよ、ナオちゃん」


 私の髪の毛を引っ張りながら彼女が部屋を進んで行く。


「いっ、痛い!待って!自分で動くからっ」


 必死に頼んでみても全く聞き入れてもらえない。


「う、ぐっ。……ね、ねぇ、怒らせちゃったのなら謝る。ごめん…」

「んーん?別に怒ってないよ。飼い犬の躾は飼い主の務めだからね、しょうがないことだから」


 人のお腹を自然に殴るスキルというのは、日常生活を送っていく上で
どうしたら得ることができるだろう。考えても思い付かなかったので、
それは頭がおかしい人にしか分からないことなのだなと思った。


「あ"ぅっ、ほんとに…あっ、ただ、連絡してただけなのっ…!」

「そういうことじゃないよ。分かってないなぁ」

「ま、待って…」

「ふー……これでも手加減してたんだけど」


 下から襲って来た拳をもろに受け、私の口は開きっぱなしにさせられる。
ダラダラとこぼれる唾液がカーペットにシミを作っていく。


「ぁか、っ……はっ、ぁ…」


「ナオちゃん、何に対して謝ればいいか分かった?それから、どうしたらいいのか分かった?」


 そんなことは最初から分かっている。しかし先輩は私の数少ない、いや、唯一の精神安定剤。
それをこんな早くに奪われるなんて。


「うぅ……ぅ、ひっ……っ」


 今と、これからの生活を想像すると涙が止まらなかった。


「はぁ、まだ分からないか。立って、ナオちゃん」


 いやだ、いやだ。殴られるのはただ痛いだけ、気持ちよくなんてない。
駄々をこねる子供みたいに首を横に振って拒否する。


「……立て!!」


 耳をつんざくような大声を出し、近くにあったテレビのリモコンを手に持ち
机の角を思い切り叩く。これが普通の部屋なら隣の部屋に音が漏れていただろう。
しかし今はミカの家。異常を察して通報する人、様子を見に来る人が現れることはない。


「立て!早く答えろ!!」


 一定の間隔で大きな音を出して私を急かす。この音を聴くと頭が混乱して冷静でいられなくなる。
目の焦点はぶれ、喉は狭くなって思うように声を出せなくなる。


「わかっ、分かったからっ……ひっ、ごめんなさい!ごめんなさい!」

「何で謝るのか、具体的に」

「わ、私がカナさんと連絡とってたから……」

「これから、どうするのかな?」


 あんまりだ。殴られないようにするためには、どうするかわかっている。


「ねぇ、ナオちゃん……」


 口ごもって答えずにいると、彼女は膝立ちになり私をやさしく抱きしめてきた。


「もう答えは分かってると思う。それは私のためであると同時に、相手のためにもなるんだよ……?」

(カナさんの……ため…?)


「だからお願い、ちゃんと答えて?」


 先輩のためと言われたら、私の思考回路は至極単純なものになって、全ての要求を飲み込んでしまう。
今まで首を絞められたり殴られたりしてきたように。


「っ…ひっ……もう…っ…この人とは、連絡…取らない」

「そぉ~だね、正解だよ。えらいえらい」

(……えへ、やったよカナさん。私、頑張ってるよ)


 この日彼女は体調が悪かったらしくあの後すぐに帰宅した。
体調不良だから機嫌も悪くなりやすくなっていたのだろうか。


(まだお腹が気持ち悪い……。今日は何も食べずに寝よう)


 眠りに落ちる前は、いつも同じ人物を思い浮かべる。











先輩さえ生きてくれればそれでいい。

先輩が無事ならそれでいい。

先輩は何も知らなくていい。








ナオが先輩と再開してからのミカが病んでく過程がとても気になります

レスありがとうございます。
やはり木曜日に投下します、度々すみません。

>>87
描写が足りませんでしたね…
そこも書きたいんですけど修正してる内にどんどん長くなってきそうなので、省略させてください
ご想像にお任せします、すみません。

それからの日々は最悪だった。彼女を怒らせるようなことをすれば、
躾と称して殴る蹴る、ビンタ、首を絞める、足を舐めさせるなどのことが待っていた。
普段のセックスでは、まるで獣のように犯してくる彼女の性欲に夜通し付き合わされる。
身体的疲労はどんどんたまっていった。
  
 それに加えて最近は、キスマークを私の身体中につけるようになる。チョーカーでは隠しきれない所につけるので言い訳に困る。
寝不足のせいで、バイト先で仕事を失敗することが多くなり、店長からクビを言い渡されてしまった。
友だちの誘いにも乗る気は失せ、そうすると当然距離はあいていく。講義は後方の席に座って一人で受けることが増えた


(何言ってるか全然わかんないや...)


 レジュメを配りパワーポイントに沿って進んで行くだけの授業は、貴重な睡眠時間となる。
騒々しくなってきたと同時に目を覚ます。


(あ、もうお昼休みか...)


 コンビニで買ってきておいた栄養ドリンクと菓子パン一個。最近はこれくらいしか食べる気力がなくなってしまった。
席を立ち人気のない所に向かおうとしたら肩を叩かれた。


「や…ナオちゃん」

「こんにちは、ナオさん」

 
 仲の良いキョウコとヒトミに声をかけられた。いつもなら元気に対応する所だが、今はそうもいかない。


「あぁ、二人とも、元気してる?」

(いつもどーり、いつもどーりに)

「もう見てられないわよ、今のあなた」

「そうだよナオちゃん、最近暗いよ……なにかあったでしょ?」

「んー?そんなことないよ。いつもこれくらいでしょ?」

「確実に私生活で何かあったでしょう。…その首、毎日のようにキスマーク付けてきているけど、関係しているの?


 言ったらカナさんが危なくなる。どうせ相談しても二人とも同性愛に引いて離れて行くに決まっている。
大切な友達に対してこんな風に思い込んでしまう程度まで、精神的疲労は溜まっていた。



「そう?隈は酷くて講義もまともに受けられず、どんどん顔はやつれていくばかり。
普通の友達なら心配せずにはいられないわ。……お付き合いしている方と何かあったのでしょう。
何か力になれるかもしれないから、少し話しをして…」


 話しても分かってくれるのか。私が好きになったのは女の人、それも友達だった人。今苦しめられているのも女の人。
相談して役に立てるケースなんてあるものか。


「そこはさ、プライベートなことだから、放っておいてほしいかな」

「でも、ナオちゃん、相談したら気が楽になるかもしれないよ?」



「…っ、しつこいなぁ!私が悩んでる前提で話してるけどっ、そんなことないんだよ」


 キョウコはいきなり怒鳴られたことにオロオロした反応。ヒトミはいつもと変わらず冷静だった。


「そう。そこまで言い張るのなら私にも考えがある」

「…勝手にしたらいいじゃん。悩んでることなんてないから、無意味だけどね」

「ちょ、ちょっと待ってっ。二人とも、そんな険悪な感じにならずに、ねっ?」


 私はさっさとこの場から離れて、昼食をとるために勢いよく席を立った


(ぅ、わっ)


 世界が一瞬だけ斜めになった感覚。後ろの方向に何かの力で引っ張られたようだった。
そのままいけば転ぶところを、ヒトミに腕を支えられ体勢を整えることができた。


「……」


「離してよ…躓いただけだから」


 何も言わずに手を離してくれた。もう一方の友人はまだ離したいことがあるとか何とか、
私を引き止める声を発していたが無視して進む。今振り替えれば絶対に泣いてしまうから。


(あんな態度、とったのに…)


優しすぎる友達二人に対しての罪悪感と共に、私はまた一人で昼食を食べた



 先輩からのLINEやツイッターでのメッセージ、電話の通知は今ではもうほとんど来ることがない。
ずっと無視されればそうなるのは当たり前だ。私はもう見捨てられてしまったのだろうかと不安になる。


(せめて少しくらい返信しないと、不審に思われる)


 そう思ってミカに許可を貰おうと決めた。今日も家に連れ込まれたので、そこで相談してみよう。

 しかし彼女の様子を見てそんな考えはすぐに消えた。今までに見た中で一番不機嫌だ。
今日は何も怒らせるようなことはしていないはず。
椅子に座ってブツブツと何かを呟いている。私はベッドの上で臆病に待っているしかなかった。


「あいつ……まさか……来るなんて………」


 何を言っているのかよく聞き取れない。本当に心当たりがないので、私以外の何かが原因だろう。


「私のもの……印……印…付けなきゃ…」

 ゆらりと立ち上がってこちらへ向かって来る。手には手錠と結束バンド。
無抵抗で拘束されるのに慣れてしまっている自分がいるのに嫌悪感を抱く。
今日は覚悟をしておいた方がいいかもしれない。どうせ彼女の不満は私にぶつけられる。

 私をベッドの上に縛り付けた後ミカは何かを取りに行ってから馬乗りになって来た。


「今日ね、昼に、いたんだよ」

「…えっと……だれが…?」

「カナ」

「カナっ、えっ……」

 まさか、そんなことがあるのか。私に会うために来たのかどうか分かるわけもないのに、
心は熱く喜んでいる。しかしそれを表情に出してはいけない。
どうでもいいという気持ちに見せなければ。


「そう、なんだ」

「守らなきゃいけない…あいつから。だから仕方ないんだよ……」


 虚ろな目をしつつ取り出したのはカッターナイフだった。一瞬で全身から血の気が引く。


「分かりやすいように、まずは腕にね」

「まっ、待って!なんでっ……私、何もしてないっ」


 手首が擦れて赤くなるのも気にせず腕を振って抵抗する。
刃が左腕に当てられると、金縛りにあったように体が動かせ無くなった。


「ゃ、やだっ…お、お願い…っ…どうしたら…許してっ」


 最後まで懇願することは叶わず、腕の内側へゆっくりと一本の線が引かれた。

「は、あぁっ、あぁあ」

 冷たい刃が私の皮膚と肉を突き破ってくる。線に沿って血の玉がぷくぷくと浮き出てきた。
顔は冷や汗と涙で歪んでめちゃくちゃになっている。彼女はそのあと続けざまに、計三本斜めに傷をつけた。


「はは…上手いでしょ。ミカの、ミの字だよ。こうしといたら、あいつから、守れる…」


 笑っている、しかしいつものように楽しんでいる感情が全てではないように見えた。
どこか焦っているようだった。


「ぃ…っ、ひくっ……いた、い…」


 リストカットより明らかに深く切り付けられただろう。この傷はおそらく一生残る。
彼女は私のTシャツを胸元まで上げてきた。先ほど“まずは”と言っていた。
今度はこちらに奴隷の印を刻まれてしまうのだろうか。

 抵抗は、もう諦めた。暴れると本当に殺されそうな雰囲気だし、かえって傷が増えそうだった。


「はあぁ…白くて、スベスベで…無駄な肉がついてない……彫刻みたい…」


 お腹に頬ずりして恍惚の表情を見せる。手には依然カッターが握られているままだ。


「誰かに…見せられないように……」

「っ、ぁは、っぁぁ、あ、ん」


 左の脇腹にもミカの印が刻まれた。
私はこれからこの傷をずっと背負っていくのかと思い絶望したが、不思議と涙は出なかった。
出し過ぎて既に枯れていた。


「はぁぁ……素敵だよ、ナオちゃん」

「ぅ…、ぁっ」

 傷ついた場所をゆっくりとなぞられる。満足したなら早く帰してほしい。
もうこのレベルまで来ると死への恐怖はだいぶ薄れてきてしまっていた。


 彼女はあれをしたことによりとても安心したようで、あの後は異常なほど優しく接してきた。
上機嫌な時は私にベタベタ触って帰るだけ。切りつけてから終始明るい彼女が帰った後、
傷をつけられた箇所を鏡で確認した。なぜか乾いた笑いが出た。
 
 シャワーを浴びる際、傷がしみることで嫌でも彼女の恐ろしい顔が浮かんできてしまう。
その度に涙が出てきて安心する。私はまだイかれていないと。

ありがとうございます、遅れました。
続けます

土日はミカと会うことはない。
シフトを少なくした分、土日入るようにしたそうだ。私に取っては貴重な休息の時間。
 
 とはいえ、最近は友達を誘うことはなくなったし、誘われることもなくなった。
ミカと会う機会を減らすため、また新しくバイトを始めてみたがダメだった。
大きな音がたてられると、誰かに怒られているみたいでパニックを起こしそうになってしまうから。


(だるいな…なにもかも)


 何もすることがないので映画を観て暇を潰すことが増えた。
面白い物でもつまらない物でも、少しの間だけ嫌なことを忘れられる。
 
 今日も夕方までベッドの上で時間を浪費し、その後映画を借りに行った。
帰りにアパートの階段を登って行くと、部屋の前に人影が見えた。


(……まさか、シフトを休んで来たとかじゃないよね)


 考えていても仕方がないので近づいて調べることにしようとしたが、やめた。
暗い中よく目を凝らして見てみたら、一番会いたいのに会ってはいけない人物がそこに佇んでいた。

(なんで…なんでいるの?)

(どうする?逃げる?…でも、どこへ…。ネカフェとか、そこら辺へ行こうか?
何で私の家の前にいるの…?聞きたい、けど、これがバレたらどうなる?)

 
 半ばパニック状態になりながら対処を考えているうちに、もう近づかれてしまっていた


「そんな中途半端なトコで何やってんの」


(…カナさん……カナさん…カナさん、カナさんっ、カナさんっ…)


 視界に入れただけで動悸が激しくなった。
本物が目の前にいる。毎日夢見た光景でいずれ消えてしまう先輩は、今日は消えなかった。


「しばらく会わなかったねぇ。1ヶ月ちょっとくらい?
ナオずーっとLINE無視するんだもん。困ったよまったく」


 けらけらと笑いながら、今まで通りに接してくる。なぜ怒っていないのか、
なぜ何も聞いてこないのか、早く追い返さなければ。思考回路はコントロール不能だった。
私みたいなやつを情緒不安定というんだろう。


「ぁ、あっ……の…」

「ん?何て?」


 喉がヒクついて声が出ない。しっかりしなければいけない。ここで追い返さないと先輩が危ない。


「きょ、うは用事あるから、帰ってください…」

「用事って?そのDVD見ること?」

「そ、それだけじゃないです」

「後は何?」



 何故食い下がるのか。これ以上近くにいられたら頭がどうにかなりそう。
下唇を目いっぱい噛んで感情が爆発することを抑える。


「もう、いいじゃないですか……。別に、カナさんには関係ないことですから」

「…そっか。心配だから用事終わるまで待ってる」

(なんで、なんで……!)

「だからっ!カナさんはっ、邪魔なんです!帰ってくださいよっ!
……っ、ていうか何で心配するんですか!?今までずっと連絡してこなかったくせに!」


 子供が泣きながら喋る時みたいで、自分でも滑稽だと思う。
このまま嫌われれば、もう会いに来ることはないかもしれない。
会えなくなるのは死ぬほど悲しいけれど、こうすれば安全なはずだ。


「それに…それにっ…カナさんのこと、ほんとはめんどくさく感じてたんですっ!
だから会え、会わないようにして清々しましたよ!あとは、あとはっ…ぁとは…」


 全然嘘の理由が出てこない。全部楽しかった思い出しかない。


「今のを要約すると、あたしに会えなくて寂しかったってことかな」


 もうダメだ。どうすればいいのか分からない。
膝から崩れ落ち、涙が溢れ出てきてくしゃくしゃになった顔を両手で隠した。
最近で一生分のどれくらいの涙を流したのか気になる。


「…っば、ばかじゃないんですか……そんなこと、ないですから…っく」

「はいはい、分かったから。ほら立って」


 私の腕を引っ張って扉の前まで連れていき、早く鍵を開けるよう急かす。


「ねぇ早く。携帯に連絡しても無視されるだろうからって、
あたしずーっと待ってたんだけど?」


 ここでグダグダしていれば、周りに目立ってミカに知られるかもしれない。
観念して先輩を部屋に上げた。



 沈黙が続く。先輩はずっと何かを待っている。それはきっと私から話し始めることだ。
そうしないといつまでも居座るつもりでいそうだ。この状況をうまく誤魔化しきれる自信は少しも無い。

 それにしても、洗面所で手を洗いに行った時見た自分の顔は酷いものだった。
目と鼻は泣いたせいで赤くなっている。まともに彼女の顔を見ることができない。
まずはとにかく、さっきのことを謝らなければいけないだろう。


「ぐす、あの……さっきは、すみませんでした。
あんなこと、ほんとは思ってないんですけど、少し、ワケがあって……」


 視界には正座している太ももの上で、もじもじと落ち着きのない両手が映る。


「…それ、その首のやつも関係あるでしょ?」

「えっ?」

 少し気まずそうに私の首にある赤い印を指差す。
先輩に会ったショックで、キスマークのことなど完全に忘れていた。
慌てて自分の腕で首を覆うようにして隠す。休日は忌々しい首輪を外しているので丸見えだった。


「あぅ……これはっ、虫に刺されて」

「いや無理があるでしょ…。
まぁ、あたしが何で来たかだけど……実は、あんたの友だちに相談されたからなの」

「えっ、だれが…」

「この間バイト先にいっしょに食べに来てた子達。あとでちゃんと謝りなよ?心配かけてごめんって」


 ヒトミの言っていた考えとはこういうことか。本当に、本当に優し過ぎる友達だ。


「はい……」

「…で、えーっと…その、首のやつは彼氏さんに付けられたものなの?」


 彼氏、普通はそう考えるのが当たり前なのに、やはり悲しくなってしまう。弱々しく首を横に振る。


「ん?じゃあ誰に?」

「……ぉ……なの、…です」

「…?ごめん、聞き取れなかった。もう一回」

「ぉ、女の子っ、に、付けられたん、です」


 告白する声は気まずさからどんどん尻すぼみになっていった。先輩は一瞬間を空けてから反応する。


「……結構驚いた。もしかして、この前相談した件の子?」

「違います…。それに、あの……」


 言えない。私が女の子と関係を持っていることに引かれていないのはまだ良かった。
この関係を説明するにはどうすればいい?全て説明すれば、汚れた人だと思われるに違いない。
事態の重さに離れていってしまうかもしれない。


「言いにくいんだったら、答えたいことだけ答えて。あたしが知りたいこと聞くから」


 こんなことをカミングアウトされたら普通混乱するだろうに、
冷静に私を気遣う事ができる先輩には、何を言ってももう大丈夫かもしれないと思わざるを得なかった。

 性的な部分についてはできるだけ曖昧に話してミカとの関係を説明した。
もちろん、きっかけは話していない。


「け、軽蔑しましたよね……こんな私…っ」


 話していくうちに先輩の眉間にどんどんシワがよっていった。


「あの……」


 何も言わないでいる先輩はすごく怖い。
この間をどうしたらいいものかと思っていたところへ、頭に手が伸ばされた。
叩かれると思いつい反射的に肩をすくめてしまう。


「ごめん」


 そう言って私の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「な、なんでカナさんが…」


「こんなに大変なことになってるとは思わなくて、
ナオの気まぐれで私と距離空けたのかと思ってた。軽く考えてた、だからごめん」

「そ、そんな…カナさんは何も悪くないですっ」

「けどね、申し訳ないと思うのと同時に、あんたに怒ってる」


 当たり前のことだ。今もこうして先輩を巻き込んでしまっている。
もし先輩がミカに襲われでもしたら、私は、私の心は一体どうなってしまうだろう。どんな行動を起こすだろう。


「なんか勘違いしてそうだから言っとくけど、何で私に相談しないんだーと思って怒ってるの」

「……でも、相談したら、嫉妬したミカちゃんが、何するか」

「あのねぇ、あたしのこと舐めすぎじゃない?」


 今度は乱暴に撫でられた。


「相手が男ならまだしも、女でしょ?
聞いた限りじゃムキムキのマッチョなわけでもないだろうし、簡単にやられはしないと思うよ。
でも…さっき聞いたような状況じゃ、冷静な判断ができないのも無理ない。よく、耐えたね」


 先輩に頭を引き寄せられて優しく抱かれた。
すぐに目頭が熱くなってぼろぼろと涙が流れていく。
私の涙腺はちゃんと機能しているのだろうか。


「ひっ、ぅ….うぅぅ、カナさんっ」

「……よしよし、よしよし…あたしにできることなら協力するから」

 今までずっと冷え切っていた心が、一瞬で温められるのを感じる。
いい匂いだし、柔らかい。全てを包み込んでもらっているような気分になった。




「……カナさん」

「どーした?」


 抱きしめられてしばらくした後、アブナイ考えが一瞬頭の中に浮かんだ。
その一瞬が与えた影響は余りにも大きすぎる物だった。

 もう、全てを先輩で上書きしてもらいたい。見て欲しい、触れて欲しい、感じて欲しい。


「これ……」

「えっ…ど、どうしたの……この傷…」


 酷く動揺している。私を見て心を乱してくれているという事実に、体は熱を持った。
左腕に付けられた印を見せ、先輩の手をその上に持って来させる。
傷はまだ塞がりきっておらず、少し引っ掻くだけでまた血が出てきてしまうだろう。


「さっき話した子に、付けられたんです」

「そんな…これ、ひどい……」


 私の腕をとって驚きと悲しみの表情を浮かべる。ここまできたら、私の思いはもう止められなかった。


「…お願いがあります。ここを……傷付けてもらいたいんです」

「……へ…?」

「カナさんに付けられた傷なら、受け入れられます」

「や、ちょっと…!」



 返答を待たずに先輩の手をとった。かさぶたになり切っていない柔らかい部分を
愛しい人の爪が削っていく。作りかけの皮はいとも簡単に壊されていった。


「ナ、ナオっ…こんなこと…!」

「あっ…はぁっ…っ…お願いですっ、このまま…んっ」

 
 先輩の顔はいくつかの感情が混ざっている微妙なものに見えた。困惑、同情、軽蔑、恐怖。
今の私は、この人にどう思われているかなどはどうでもよいことだった。
先輩に傷を付けられているという事が何よりも大事だった。


「っ…はぁ……あは…」


 ついさっきまで消し去りたかった傷痕は、一瞬で宝物になった。
まだ足りない。全てを先輩に捧げたい。そのまま自分の服をめくって、
腰の近くの脇腹にある傷も上書きしてもらおうと思ったが、腕に力を込められてしまった。


「なに、してんの…ばか……っ」

「なにって…カナさんに協力してもらってるんですよ」

「こ、こんなの、ナオを痛めつけてるだけ……いっ」


 先輩の手首をつかんでいる手はそれを離さないように強く握る。
話が、違う。


「さっき、言ってたじゃないですか」

「いっ、ナオっ…痛いっ」

「協力してくれるって……!」

「ぅうっ…わ、分かったから、離してっ」


 今は、明らかに恐怖の感情しか見られない。


「っ、はぁ……ぁ、あぁ…んっ」


 幸福感が心を満たす。ミカに傷つけられた時とは何もかも違う感覚だった。
先輩の細くしなやかな指が自分の血で汚されているのを見て、体中の血が沸き立つ。


「……っ」


 苦虫を噛み潰したような顔だ。それに比べて、私はこの溢れそうな気持ちを隠すのに精一杯だった。





 幸せそうに笑ったら、気持ち悪がられてしまうから。




ありがとうございます

少し遅れます。すみません
もう少しで話自体終わりますので、少々お待ちください

すみません遅れました。続けます。


「……本当に、さっきはどうかしてました、すみません…」

「いや……もう謝らなくていいって。……でももう、あんなことはしたくないよ…?」

「はい……それは…」


 自分でも一体何回謝ったか分からない。
確実に何かに飲まれて暴走してしまっていた。


「それで、これからのことだけど…早速行動に移すべきだよ。
具体的には、ナオが暴行を受けてる証拠を確保したほうがいいと思う」

「でも、どうやって……?あ、カナさんが危ない目にあう方法は絶対嫌ですからね」

「えぇ?あたしなら」

「絶対ダメです!カナさんに何かあったら……生きていけないです」

「そんな大げさな…」


 冗談で言っているつもりは全くない。


「じゃあどうする……。うぅん……。ナオはどうしたいの?」


 私はこのことを大ごとにしたくないと言った。かなりデリケートな問題だし、
周りの人に迷惑をかけたくない。関わる人間をなるべく少なくしたい。
実際は一番事態から遠ざけたかった人物を協力させてしまっていることに落ち込む。


「いいの?そうすると、やり方は限られてくると思うけど」


「はい、大丈夫です。……実は、思いついたことがあるんですけど」


 提案した作戦を聞いた先輩は激怒したけれど、私は引かない。
知られてしまった今、私が一番頑張らなければいけないのだから、
この方法を閃いた時はこれがベストだと思った。かなり開き直っていた。

 もっと自分の体を大事にしてだとか、他に方法があるはずだとか騒がれた。
二人して引かないとこのままではいつまでも時間がかかりそうなので、私は妥協案を提示する。
これに対しても反対されてしまった。しかし私にはもう折れる気が無いと察したのか、
先輩は口を尖らせながら提案を受け入れた。

 私の身を案じてのことなのだろうが、これは一人でやりたかった。
先輩に見られていたら、どんな精神状態になるか自分でも分からない。

 決行は明後日の月曜日。


「ただいまぁ」

「……おかえり」


 私の家に来る時はこのようなやりとりを強制されるようになった。
いつも通り彼女は何か怒ることがない限り、ニコニコした表情をしている。


「珍しいね?ナオちゃんから家に来て欲しいだなんて」


 彼女とリビングに入った時点で作戦開始だ。完璧に怒らせなければいけない。


「さぁて、今日はどんなことしようか

「あの、もう……そういうの嫌…」


 ミカをはっきりと拒絶する。最近反抗することがなかったからか、珍しく困惑の表情を浮かべている。


「……は?なに、いきなり」

「だから、もうミカちゃんとはこういうことしたくないって言ってるの」


 怯んだのはほんの一秒程度で、すぐに体勢を立て直す。


「あぁ、今日は、きつくやられたいんだ」

「ち、違うっ。本気で嫌なんだってば」


 彼女はもうスイッチが入っていた。身近にあるものを思い切り蹴飛ばし大きな音を出す。私の苦手な音だ。


「っ、……ミカちゃんに飽きちゃったから、終わらせたいの。次は、もっと優しい人と付き合いたい……

「……全っ然躾が足りないみたいだね」


 彼女がテキパキ準備をしているのを止めようと手を伸ばすが、また大きな音を出される。
どうしても体が震えて力が出なくなってしまう。怯んでいる隙を突かれて目隠しと手錠を手際よく付けられてしまった。


「あぅっ…く、何を…」


 彼女に軽く押されて尻餅をつく。その後何が飛んで来るのかと待ち構えていたが、何も来ない。


(……?)


 何の気配もしない。確かに今までそこにいたはずの彼女の存在が感じられなかった。


「ミ、ミカちゃん?ねぇ、これ外してよ。普通に話し合いしようよ……」


 無反応。その後何度も話しかけてみたが、何も返ってこない。
これでは作戦が失敗してしまう。彼女にアクションを起こしてもらわなければ。
 
 そう思い立ち上がろうとした瞬間、バチンと何かで床を叩く音が部屋に響いた。


「きゃっ!……ミカちゃんっ、お願いだから、暴力は……」

(何かしなる音がしたような……もしかして、ムチ…?)


 部屋には自分の呼吸音しか聞こえなくなった。恐怖で呼吸が乱れる。
何も来ないことが逆に不安を煽っていく。行動しようとすると床にムチのようなものが叩きつけられるので、
いつ自分の方に飛んで来るか気が気でなかった。視界は封じられているので音に敏感に反応してしまう。

「はーっ……はーっ…」


 また心臓が握り潰されそうな感覚に陥る。先輩のことを思う時とは似て非なるものだった。
もうかなり限界は近い。先輩に合図を送ってしまいそうになった瞬間、顔に手を添えられた。


「ひっ、いやぁっ!やぁっ」

「ふふ……ナオちゃん…目隠し、外してあげるから…鏡見てごらん?」

「んぅ」

 頬をつかまれ無理やり鏡の方を向けさせられる。その顔は確かに恐怖で塗り潰されていた。
しかしそれと同時に、頬を赤く染めてもいた。瞳の奥は何かに飢えている。


「っふふ、んふふ、あははははっ」

「……ぁ、ぁ」


「ナオちゃんは、生まれつきのドMなんだよ」

「ち、ちがう、こんな……こんなの、私じゃない……」

「でも見てよ?泣いてるけど悦んでる顔。いじめられて嬉しいです、
いじめられたいですって顔。本当にかわいいね……」

「あ、ぁぁ……う、う…」


 ショックを受けて言葉が出ないということを初めて経験する。
大げさだな馬鹿にしていた表現が自分に起こるとは思わなかった。
今まで様々な暴行を受けてきたが、その時自分がどのような顔をしているかは分からなかった。
酷い事実を思い知らされた。


「……あーもう我慢できない。やっていい?絞めていい?いいよね?やるよ?」


 最初から答えを待つ気は無い様で、すぐ首に手がまとわりついてきた。


「か、ぁ……っ」

 今までで一番強く絞められているかもしれない。合図を出すならここしかないけれど、
少しも声を出すことができない。このままやられ続けたら、本当に死んでしまうかもしれない。
その時頭の中では、その瞬間一体どんな感覚になるのか、少し気になってしまっていた。

 それとほぼ同時のタイミングで、クローゼットの扉が開かれる。


「…明らかに、やりすぎ」


 首を絞めているミカは、ずっと遠ざけていたはずの対象が
突然登場したことに驚きの表情を隠せていない。


「はぁ…!?何でお前がここに…っ」

「…ナオがこういうことはもうしたくないって言うから、協力してるの。証拠としてビデオに撮ってた」


 隠れていた理由を述べながら彼女に詰め寄る。
困惑していた彼女は、後退りながらもすぐさま体制を立て直す。


「うっっざいんだけど……ほんとに殺したいこいつ…」

「刑罰については全く知らないからなんとも言えないけど、
警察が見たら絶対黙ってはいないと思う。首思いっきり絞めてたし」

「ふん、同意の上でそういうプレイをしてたんだっての…。ね、ナオちゃん?」


 同意した覚えは無い。ミカのお仕置きが怖いが首を横に振る。


「違うみたいだよ。……変なマネはしないでよ、本当に」


 先輩は先程から抑揚の無い低い声で話している。
本気で怒っている様子に、それ程心配してくれているのかと、こんな状況ながら嬉しく思ってしまう。


「ミカさんは…ナオの弱みに付け込んで、自分の欲求を満たすことしか考えてない。
それも最低のやり方で。この子は混乱して冷静な判断はできなかっただろうし、
心も体も疲れきってる。……もう解放してあげてほしい、お願い」

「ナオちゃんのことは私が一番知り尽くしてる。これから慣れていく段階なんだから、邪魔しないでよ……!」

「あなたがそうでよくても、相手はそうと限らない。
互いの気持ちがどれだけ通じ合ってるか、それが大事。……ナオ、あんたはどうしたいの」


 私は、最初からずっと同じことしか考えていない。


「……カナさんと、一緒にいたいです…」

 
 告白紛いのことを言ってしまったと、思わず赤面する。


「……っ…なんでよ、なんであんたなの…。なんで私じゃダメなの…」


 彼女は純粋に悔しがっていた。それに対し先輩は努めて平静に返す。


「多分……会った順番とか、そういう些細な事かも…。
ミカさんが先にナオと会ってたら、全然違うことになってたかもしれない」

 
 激昂して暴れるだろうという私の予想に反して、
彼女はうなだれて静かに泣いた。


「ここまで……ここまでしたのに………私は…」


 彼女の様子を見て、そうさせている原因は自分にあるとわかっていながら、少しだけ哀れだと思った。
理由や形はどうあれ、ミカは本気で私のことが好きなのだということを感じ取れた。


「……」

「……」


 しばらくの間沈黙が続いた。先に行動を起こしたのはミカで、ゆっくりと立ち上がる。
先輩は私をかばうように位置取り身構えてくれた。



「…もう……いい……帰る…」


 先輩と2人で拍子抜けする。念の為部屋の中の凶器になりそうなものは全て外に出していた。
予想外の展開に、ここからどうなるのか考えを巡らせていると、ミカは私たちの様子を見て鼻で笑った。


「……いいよ…心配しなくて。あんたのこと、殺してやりたいって思うこともあったけどさ、
実際そんなこと出来るわけないし……。これ以上、どうしようもないから…」

 
 赤く腫れた目で私を一瞥する。その瞳の中に執着心や嫉妬、怒りの感情は見られなかった。


「もう近付かない。……全部捨てるよ、ナオちゃんと関連するものは。……バイバイ」


 短くそう言ってからスタスタと玄関の方へ向かって行く。
このまま別れるのは嫌だと思い、咄嗟に口を開いて別れの言葉を告げる


「ミカちゃん…私…殴られて痛かったし、怖かったよ。
色々束縛強過ぎると思うから、次付き合う人には優しくしてあげて……?」


 私以外の人物は口を開けて唖然としている。無理もない。
今まで痛めつけられてきた相手を心配するなど、自分でもおかしいことだと思っている。
それでも、放って置けなかった。


「また、明日……」

「…ほんとに、ばかでしょ……」


何と言ったかほとんど聞き取れなかったけれど、帰り際手を振ってくれたのでよしとしよう。
複雑な表情ではあるものの、何か諦めがついたような顔をした彼女を見送った後、隣から深い溜息が聞こえてきた。



「わ、わかってますよ……何であんなことしたのかですよね」

「そうだね…あほナオ」

「で、でもほら、なんだかほっとけないし、後腐れなく別れた方が復讐とかされなさそうですし……」

「…もう好きにして。はーっ疲れた。怒りと恐怖を抑えるの大変だったよほんとに」

「え…カナさんも怖かったんですか」


 相当怒っていたのは分かったが、怖がっているそぶりは見えなかった。


「あったりまえでしょ…。相手はムチとか手錠とか持ってるやつなんだから、
ブチ切れたら何して来るか…あ、そういえばそれ」


 私の手首を指差す。展開に夢中で手錠を外すしてもらうことをすっかり忘れていた。


「あっ手錠……鍵無かったらどうしよう」

「そん時は一生そのまま」

「えぇ……」


 先輩に拘束されて、そのままでいるのも悪くないと少しだけ思ってしまった。
探していたら玄関の脇にある棚の上に置いてあった。先輩に外してもらう。
 
 擦れて赤くなった手首をさする。
外してくれたのが先輩だからか、ようやく解放されたという実感が強く湧いた。


「っ…あれ、ごめんなさいっ…」

「今はいいから……泣いてスッキリしちゃいな」


 首に抱きついてだらしなく泣く。
彼女の服に涙でシミを作ってしまっているが、今は何も文句を言われない。



「ぅぅぅ、ふ、くう…ごめんなさい、ぃ」

「今だけは許したげるから、思う存分どーぞ…辛かったね……」


 この前のように背中をポンポンとたたかれる。子供じゃないんだからと言いたいけれど、
体全部が湯たんぽで温められているようですごく気持ちいいので大人しくしておく。


「ねぇ、そろそろいいでしょ…?」

「も、もうちょっと」


 泣き止んで十分以上経ってもまだ離れない。
せっかくの機会なのだから長く触れ合っていたい。今は後ろからお腹に手を回して先輩を抱いている状態。


「……暑いんだけど」

「照れてるんですか…?か、かわいい、です……」


 先輩の香りを至近距離で感じるのは本当に危険だ。頭がクラクラしてしょうがない。


「…っ」

(なんか、変な気分になっちゃいそう)

「こ、こらっ」

「全然くさく無いですからっ。い、いい香りです、ほんと」

「あー恥ずい恥ずい……早く終わって…」


 五分ほどこうしたやり取りを繰り返した後、先輩は前を向いたままおももむろに口を開いた。


「さっき言ったこと、覚えてる?」

「えっ?」


「あたしと一緒にいたい、そう言ったでしょ」

「あ……は、はい」

「どういう意味で言ったの?」

 なんてプレッシャーの強い質問だろう。こっちこそ、どういう意味で質問しているのか聞きたい。
先輩は体をひねってこちらを向く。顔と顔の距離が半端なく近い。恥ずかしくて顔を逸らしても、ズイッと近寄って来る。


「本当は分かってるんじゃないんですか……」

「100%じゃない。だから、あんたの口から直接聞きたい」
 

 もう逃げられない。


「私は、好き…大好きです。カナさんが好きです」


 この際全部言わないと後悔するだろうと、半ば諦めつつ告白する。


「頭の中、ほとんどカナさんで埋まってるんです…。初めて恋した相手で、女の子だけど好きになって……」


 以前相談した時には話せなかったことも明らかにする。


「ミカちゃんと体だけの関係になったのも、カナさんとそういうことしたいから、
なんです。私の好きはそういう“好き”なんです…」


 
 しばらく待ってみても反応が返ってこない。不安でしょうがなく思って、
上目遣いに先輩を見ると顎に手を当てて真剣な表情をしていた。


「ふぅん……じゃ次、あたしのどこが好きなの?」

「つ、次、えっ…」


 まさかここで掘り下げられるとは思わなかった。


「えと、その...」

「はっきりと、正直に」

(面接みたい…)

「ま、まず顔は、すごく好きです」

「顔"は"?」

「か、顔もですっ。あと、身体つきもすごく良いと思…」

(…あれ?私今なんて言った?)

 
 先輩は目を細めて口を真一文字に結んでいる。
好きな理由を答える時に最低の答えを述べてしまったことに気付く。


「あ、あの、今のは違くて」

「違うの?」

「いや、違くないですけど、あっ、違うけど違わな……あ、あれ……?」


 自分でも何を言っているか分からなくなってきた。
 

「あの…あの…それだけじゃないです。他にもいっぱいあるんです…」



「そうなの?聞かせて?」

(うぅ…)


 イジワルする時の小悪魔フェイス。その顔も好きだ。


「普段自分でかわいいって言っておきながら、
褒められると照れちゃう所…料理が上手な所…面倒見がいい所…頑張り屋さんな所…
お姉ちゃんらしさと子供らしさを両方持ってる所…」


(まぁ、要するに…)

「全部すき……です」


 これで断られても、後悔は無い。
同性の友達に告白されたという爪痕を、先輩の中に残せたら上出来。


「なるほどね……じゃあ、しばらく一緒にいてあげる」

「一緒に……?」

「うん、一緒にいる」

「な、なんでですか。この間カナさん、同性の友達から告白されたら困るって……」

「あぁー、確かに言ったね。」


 それに、と付け足して話し出す。


「今のあんた、ほっとけないし、自暴自棄になられても困るし」

(それって、なんだか、憐れみのような…)


 そう思ってしまうとどうしても暗い顔になる。


「こら、勘違いするな」


「あぃたっ」

 
 ネガティヴ思考をデコピンで中断させられる。


「あんたに好きって言われて、嫌な気はしなかった、それじゃあだめ?」


 だめなわけない。ほっぺたをつねって現実かどうか確かめる。


「いひゃい……」

「何やってんの。ハイ早く答えてー、いーち、にー」

「えっ」


 カウントダウンされると焦る。深呼吸してから、はっきりと改めて言う。


「嫌じゃない、ありがとうございます…」


 顔は太陽みたいに赤くて熱い。恥ずかしくて目をそらしそうになったけど、
そうしたら怒られそうなので頑張って目を合わせ続けた。


「ん、よろしい」


 ふにゃっと照れながら笑う目の前の人の可愛さに耐えられず、思い切り抱きついた。


「カナさんっ」


 どゎぶ、とか女の子にあるまじき声が聞こえたような気がするけど気にしない。

 今までは、好きな人のために耐え続けていた。
これからは好きな人と近くにいられる。先輩、多分私は何があっても一生あなたのことが好き。
私は好きな人のためなら、先輩のためなら何でもできる。


 


 それに、”一緒にいる”と言ってくれた。



一応終わりです。最後まで読んでいただきありがとうございました。
感想やご指摘などがありましたら気軽に書いていってください。

オトハが行方不明だけどカナとオトハの関係はどうなった?

感想ありがとうございます。とても嬉しいです。
次もオリジナル書こうと思っていますので、その時はよろしければまた気軽に読んで下さい。


>>135
蛇足になりますが、短い後日談の中に出そうと思っています。
書溜めがないので遅くなります。
期待せずに待っていただければ幸いです

感想ありがとうございます。

遅くなって申し訳ありません。後日談です。

(うぅん…朝かぁ……)

あたしは朝が人一倍弱い。それなのに最近はナオと夜中までLINEするようになってしまった。なるべく早く寝たい人だということをそれとなく伝えるべきか迷っている。

高校時代の後輩に遠慮する必要など無いのだろうが、そうしない理由は主に二つある。一つは単に可愛がっている後輩であるから。先輩後輩という関係は、大抵学校を卒業すると自然と疎遠になっていくものだが、この子とそうなるのは自分でも嫌だと思ったし、相手も好意を隠さず接してきてくれるのは素直に喜ぶべきことだ。

大学入学後連絡が全く会わなくなった理由は、話を聞いた限りだと、ミカという女の子との関係、あたしのことが好きだからということらしい。

二つ目の理由は主にナオの様子が心配であるからだ。体を起こし携帯のホームボタンを押して確認してみると、画面は後輩からの通知で埋め尽くされていた。止めるタイミングが見つからず長く会話が続くと大抵こちらが寝てしまう。そうした時は確実にこうなる。


(通知、100超えてるよ……)


最後にメッセージが送られていたのは朝の五時だった。内容はどれも短く、名前を呼びかけたり、ごめんなさいと謝ったりしていたもので、文面からは構って欲しいという想いが滲み出ていた。

(これで、夜は控えめにして~なんて言ったら…あいつどうなっちゃうのか……)


ミカとの関係を解消してから、後輩の様子は回復するでもなく悪化するでもなく、何か別の方向へと向かって行ったように見える。

ミカと関わっていた時も相当顔色が悪かったというのに、解放されたナオの顔は更に白く不健康な顔になっていった。隈は酷く、以前よりも全体的に少し痩せてしまっていた。

この様子はどうしたものかと気になって尋ねてみたところ、ダイエット中だから気にしないで欲しいと満面の笑みで答えられた。それから多少回復はしたものの、依然として具合は悪そうに見える。それなのに明るく振る舞うものだから困ってしまう。

これから期末テスト、レポート、レジュメの提出の時期に入る。ナオの大学でもほぼ同時期に始まるようなので、必然的に連絡を取る機会も会う機会も一気に減るだろう。

このことはさすがに向こうも分かっている。事前に伝えてあるので、そこまで影響はないだろう。LINEを使って朝の挨拶と共に、途中で寝てしまったことを謝る。

(………)

おそらく一秒もたっていない。送信した瞬間にはもう既読のマークが付いていた。こちらは二行程度しか送っていないのに、返ってくる量は倍以上だった。

私が悪いんです、迷惑かけてごめんなさい、嫌いにならないで下さい。いつもこんな調子だ。あたしがそこまで気にすることはないと言うまでがお決まりのパターン。確かに寝不足気味ではあるが、それ以上にナオのことを心配してしまう。寝落ちしているこちらに対して、ナオは朝の五時や六時まで起きているという可能性が高いのだから。

この嫌な時期を乗り越えたら直接言ってみることにした。ナオのためだと言ったら、きっと納得してくれるだろう。


「ふぃー……うめかった…」

「あはは、おじさんくさいですよ」

2人とも金曜日の五限目に講義を入れていたので、そこが試験期間の最後となっていた。ここまで耐え抜いたご褒美と言っては何だが、テレビでも取り上げられた評判の鍋料理を後輩に堪能してもらった。

久しぶりに会うので心配していたナオの様子は、予想とは裏腹に明るかった。この状態ならLINEについて注意しても大丈夫だろうと、歩きながら話を始める。

「ところでさ、夜LINE結構長引くよね」

「は、はい」

「あたし朝弱くて…だからちょっと控えめにしてみない?」

「ぁ…ぁ……」


突然立ち止まって俯いてしまった。ナオの様子を見るとやはりまずかったかもしれないと後悔する。


「ご、ごめんなさい…迷惑です、よね」

「いや、迷惑ではないんだけどね」

「つい、楽しくて……ぅ」

(あ…これは…)


最近で何回この子の泣き顔を見たか、もう数えられない。高校の時は、ナオが泣くことなんてあるのかと疑う程いつでも明るかったのに。

「許して下さい…っ……嫌いに、ならないで下さいっ…」

「あぁっ、いや怒ってないから。ほら、ここで泣くと目立っちゃうよ」

「ごっ、ごめんなさい…ごめんなさい…」

「んー………」

(埒が明かないなぁ……ちょっと試してみるか)


通行人の目線が先程からこちらに集まりつつある。普通にナオの誤解なのだが、こういう場合何度説明しても謝り続けるのがいつもの光景だ。

少しだけ意地悪してやろうという気持ちと、手っ取り早くこの状態を終わらせたい気持ちでナオに向かってこう言った。


「泣き止まないと、嫌いになるかもよ?」


冗談だと分かりやすくふざけた口調で言って見たつもりだった。言われた方は本気に捉えてしまったようだ。電気ショックでも受けたかのように体全部が跳ねた。

「……っ、ぅ…ごめんなさい…ごめんなさい」

「ちょ、ちょっと、そんなに噛んだら唇切れちゃうって」


効果は大きいことが分かった。そして、無闇にしてはいけないということも分かった。


「冗談、冗談だからっ。ごめんね、意地悪だったね」

「ぅぅ…っ…」


正直泣き止むことはできていない。こうなったらいつも通り優しく語りかけていくしかない。


「よしよし…よしよし…」

妥協案として電話で会話するという方向で落ち着いた。
またしばらく夜遅くまで付き合うことになりそうだ。



ある日の午前、友人から遊びに誘われた。何をして遊ぶか決めなくても、彼女とならいつもその場の流れに身を任せていけば大体楽しむことができてしまう。


『そいじゃあ、土曜日ね』

『うん、わかった。またねオトハ』


高校時代からの親友のオトハ。思ったことをズケズケと言い過ぎではないかと指摘する人もいるが、私は彼女の正直な性格が好きだ。

予定を決めたほんの数分後に今度は違う人物から連絡が入った。


「はいはい」

「カナさん…えへへ、こんにちは」

「やほー。随分と上機嫌な声してるけど、何かいいことあった?」

「えっとですね…」

一緒に服を買いに行こうとのことだったが、その日はつい先程埋まってしまった。そういえば、ナオの誘いを断るのはミカとの一件以来初めてかもしれない。


「………」

「あのー…ナオ?ごめんね、別の日なら全然大丈夫だと思うからさ」

「誰と遊ぶんですか」

「誰とって…オトハだけど」

「っ……何で、遊ぶんですか…」


何をそんなに気にしているのか全く見当がつかなかった。とりあえず聞かれたことには素直に答えておく。


「今回はあっちから誘ってきたからね。互いに誘い合ってたまに遊んでるんだよ」

「……知らなかったです、そんなこと」

「あれ?言ってなかったっけ。……そうだ、一緒に遊んじゃえばいいんじゃない?あたしたち予定全然決まってないし、ナオのしたいことできると思うよ」


我ながら良い提案だと思った。高校時代よく一緒に遊んだ仲なのでナオも楽しんでくれるはずだ

「………」

「……ナオー?」

「ぁ……は、はい。私も一緒に…遊びたいです」

「そっか。久しぶりに3人で遊ぶことになるね。オトハにはあたしから連絡しておく」

「よろしくお願いします。それじゃあ、また」

「うん、またね」


最後まで暗い雰囲気のままで通話が終わってしまった。オトハと何か問題でもあったのだろうか。いや、その可能性は低い。高校時代あたしがオトハと組んでいる時は、必ずと言っていいほどナオが混ざってきた。あたしも友人も可愛い妹のような存在だと認識していた。

オトハにイジられるナオを見ているのはとても面白かった。だから、またあの時のように楽しくやれれば良いなと、楽観的な思考をする。

けれど、 現実はそれとは程遠いものだった。

すみません。眠いので朝にします

ありがとうございます
続けます

「ナ、ナオ〜?ウチ何かやらかしちゃったかなぁ…?」

「別に、何も無いですよ。オトハさん」


集合してからお昼を食べ終わった現在まで、ナオのご機嫌は最悪だった。
眉間にはずっと皺が寄り、可愛い顔が台無しになってしまっている。


「そ、それもさ…前みたく、ハトさんって呼んでいいよ?」

「いえ、大丈夫です」


鳩のモノマネをしながらナオにからかわれるのを嫌っていたというのに、
自分から許可するとは、見ていて哀れだった。


「んー、どっか具合悪いとかじゃないの?」

「…違います、大丈夫です。……次はどこ行きましょうか」

(参ったな…)


この様子だと必ず何かしら理由はあるはずだが、本人は話してくれそうにない。
オトハは全く本調子になれていないし、あたしもフォローすることに精一杯だ。
かといって、せっかく集まった機会を楽しめないまま終わらせるのはスッキリしない。

どうしようか考えると思わず小さく溜息が出てしまった。それに敏感過ぎる反応を示した者が1人いた。

「ぅ、ぁ……ぁ」


拳を握りしめて俯きながら震えている。オトハもあたしもナオを心配する。
本当は具合が悪かったのだろうかと肩に手を置いて確かめようとした瞬間、
体全体を大きく跳ねさせた後小さく縮こまってしまった。


「っ…ごめんなさいっ…ごめんなさい……」

「え、ちょっと…どうしたの、この子」


ナオの印象が高校時代で止まっているオトハは驚きを隠せていない。
事情を知っている自分はまだ冷静に事態を把握できているが、
それでも最近回復傾向にあった後輩の様子からするとこれは予想外の反応だった。


「えーっと…少し、お手洗いに行ってくる。待ってて」

「マジで大丈夫なの…?」

「…うん、任せて」


上手く説明できる自信は無いので、とにかくナオを泣き止ませることを優先する。
手を優しく引きながら個室に2人で入る。レストランのトイレは市販の芳香剤の香りで満たされていた。
この間のようにまたトイレで話し込むことになってしまった。

「ひ、っ…ぁう…」

「ナオ、怒ってないから、大丈夫だから」

「うぅ……っ」

「どうして泣いてるのか、ゆっくりでいいから聞かせて、ね?」


ひとしきり泣いた後ようやく落ち着きを取り戻してくれた。
こちらの表情を伺いながら怯えた様子で泣いた理由を話し始める。


「じゃあ…嫉妬してたってことなの?」

「多分、そうだと思います」

「なんだぁー……良かった。仲悪くなっちゃったのかと思ったよ」

 
 壁に寄りかかって脱力する。オトハと遊んでいることをナオが気にするとは思っていなかった。
あたしがオトハに取られるのが怖かったという、可愛らしい嫉妬だ。


「嫌いな訳じゃないんだ?」

「……はい、さっきは、すみませんでした」

「よかったよかった…。あたしじゃなくて、オトハに謝ろう」

「そうですね、ちゃんと…」


テーブルで1人待っていた彼女の不安に満ちた顔が珍しくて、
つい笑ってしまいそうになるがなんとか堪える。
ナオは不機嫌だったこと、泣いたことの理由をしっかり相手の目を見ながら話した。


 安堵した後はすぐにスイッチを切り替えて攻勢に出始めた。


「あちしのカナしゃんが取られちまう〜ってことだったのかぁ」

「そ、そんな風には言ってませんっ」


調子が出てきたのは良いが、悪乗りが過ぎてまた泣かれては困る。
次に行く場所も決まらないままレストランを出た。

多少のぎこちなさはあったものの、その後は何事もなく3人で時間を過ごすことができてよかった。


「んじゃねー。楽しかったよ!また3人で遊ぼう」

「うん、そうしたいね。じゃあまた」

「はい…」


ナオを横目で見る。やはり先程のことを気にして落ち込んでしまっている様子だ。
言葉だけでは中々安心してくれないということが分かったので、簡単なスキンシップを試してみた。

「あっ…」

「オトハも怒ってないし、本当に気にすることないからね」


さらさらした髪の毛が指にかかって心地良い。
撫でられている本人の顔もほんのり赤く染まっているので、落ち着かせるのに悪くない方法だと思った。


「はい…」


ここまで幸せいっぱいな表情をされると、撫でているこちらも嬉しくなってきてしまう。


「ふふ、じゃああたし達も帰ろっか」

「……あの、ひとつ、いいですか」

「ん?」

「オトハさんと2人で遊ぶっていう時は……私も、
混ぜて欲しいんです、けど…ダメですか」

「あぁ、そんなこと…全然大丈夫だよ。オトハも喜ぶと思う」

「ありがとうございます。引き止めてすみません」

「いーよいーよ」


自分から混ざりたいと言うのであれば、今度からまた昔のように楽しめるだろう。

ありがとうございます
続けます

そう思っていたのに。


あれから3、4回共に遊んだ。オトハはおそらく違和感に気付いていながら、
それを隠してナオと接しているだろう。


「ほんっとに美味しかったです!お店のメニューに載せられるレベルですよっ」

「あはは、大げさな」


手料理を教えるために後輩のアパートにお邪魔している。
本人は言われたことをメモしているが、目線はこちらの顔や身体にばかりむいてしまっていた。

食器を片付け一息ついたところで話を切り出す。


「あのさ、ナオ」

「は、はい」


背筋を伸ばして緊張した顔を浮かべる。
せっかくご飯を食べて良い気分の後なのに、こういう話をするのは申し訳ないと思う。
しかしもう言わずにはいられなかった。


「オトハと3人で遊ぶの、もうやめようか」

「え…」

「気付かないと思った…?明らかに無理してたでしょ」

「ぁ…っ……」

「…泣かないで」


少し冷たい言い方になってしまったかもしれないが、
ここで泣かれると話が進まなくなってしまうので仕方ない。


「っ…」

「知らない人が見たら仲良く見えるだろうけど、あたしからするとね…」

「ぅ……そ、そんなこと…」

「無理しないでほしい。オトハには何か理由をつけて言っておくから、ね?」

「……はい…」


それなりに仲良くできているように見えるだけで、実際は別だ。
ナオはいつも何かを気にしながらあたし達に接していた。違和感を持ちながら過ごすのはもう耐えられなかった。



「今度、服見にいこっか」


重い空気にさせてしまったので、この前断ってしまった誘いの埋め合わせをしよう。


「…はいっ」


笑顔の裏に隠されている感情には、気づかない振りをしておく。



「うっわぁ」


なんてタイミングが悪い。オトハの家で遊んだ後、自宅へ向かう途中で土砂降りの雨に上半身を濡らされた。
確か夜の降水確率はかなり低かったはず。心の中で天気予報士に一喝する。

家まであと少しの距離だったが、
バッグの中身を守りきれそうになかったので止むを得ずコンビニで安っぽい傘を購入していく。
マンションの入り口でようやく一息つく。振り返り傘に着いた水滴を飛ばそうとしたが、
前方に人が立っていたので中断する。

体格や服装は後ろから照らされるエントランスの光でぼんやりと分かった。若い女性、だが様子がおかしい。
下を向いてその場から動こうとしない。なにより傘をささずに全身ずぶ濡れであることがかなり不気味だった。

しかしこのまま声をかけずに去るのもどうかと思った。彼女は屋根の下に入らず今も雨に打たれ続けている。
こちらに来て雨から逃れるよう促すために近づく途中でようやく気付いた。


暗闇の中に白い肌がぼんやりと弱々しく浮かんでいる。
目の前の女性は、虚ろな目でこちらを視界に捉えた。


「ナオ…一体どうしたの」

「なにしてたんですか」

「なにって」

「オトハさんの家で、なにしてたんですか」


質問の意図がよく分からない。
それに、どうしてオトハと一緒に遊んだことを教えてもいないのに知っているのだろう。


「と、とりあえずこっち来てよ」


いくら夏とはいえ夜に濡れたままの体でいては風邪を引いてしまう。手を引いて雨を凌げる場所へ誘導する。



「なにしてたって…オトハの従姉妹が来てたから、一緒に遊んでたんだけど」

「うそ…」

「いや、本当に」

「うそっ。2人で…っ、2人で何してたんですかっ」

「ちょっ、落ち着いて」


錯乱した様子で頭を抱え膝から崩れ落ちてしまった。
何が彼女をここまで追い込んでいるのか、この状況ではどうしても分からなかった。


「もう…やだぁ…」

「な、なにが嫌なの?ゆっくりでいいから、教えて?」

「やめてください…!オトハさんと遊ぶの、やめてくださいっ」

「えっと…」

「おかしくなりそう…助けて…」

「えぇと、一旦家に上がって?話はちゃんと聞くからさ」


今は彼女の心と体を落ち着かせることが最優先だ。
肩を抱きながらエントランスを抜けてエレベーターに乗り込む。
ボタンを押して到着するまでの間、ナオはずっとくっついて離れなかった。


「捨てないで…ごめんなさい…」

「そんなことしないよ、大丈夫大丈夫」


なかなか離れようとしてくれなかったが、
根気強く説得してなんとかシャワーを浴びさせることに成功した。

あたしとナオの身長差から、着替えはどれもサイズが大きくなってしまう。
ショーツはまだ大丈夫だったが、バストの大きさは後輩の方が上なのでそのままTシャツを着てもらった。
ジャージを渡して履くように言ったが、このままでいいと断られてしまった。
ぶかぶかのTシャツにショーツだけではせっかく温まった体がすぐ冷えてしまうなと思いながら、
自分も濡れた服を脱ぎ捨てシャワーを浴びて体を温めた。


「えーと、まずは…」

(なんで知ってたのか、だな)

「オトハと遊んでるってことは、どうやって知ったのか聞かせて?」


「……」


ベッドの上に座っている隣の後輩は一気に体を強張らせる。
緊張を和らげるために背中をさすってやると、多少の効果はあったようで、か細い声で話し始めてくれた。


「…2人のツイッターと、インスタで……
オトハさんよくどこで遊ぶかツイートしてたから…気持ち悪いですよね」

「それは、あたしを取られたくないって思ったから?」

「……そうです」


あたしに対する思いが強いものだとは理解していたつもりだった。
しかし友達と遊ぶことにすら嫉妬をされるとは、全く想定していなかった。


「カナさん…私達ってどんな関係なんですか?
先輩と後輩?恋人?友達?私はカナさんにとって何なんですか…?」

「……」


「もうはっきりさせたいんです……。私と付き合って下さい……。
私だけ見て下さい…っ。それがダメなら、……ぁ」

「ごめんね、ごめん」


こんな状態のナオを見て放っておけるはずがなかった。強く抱き寄せて告白の返事をする。
この時は罪悪感と責任感によるものが大きかった。ミカから助け出すのが遅くなったこと、
自分以外には彼女を救えないだろうということ。


「うん…付き合おう。できるだけナオのことを優先するよ」

「…あぁ……カナさん…カナさん……ありがとうございます」

「だから安心して、ゆっくり休もう?顔色が酷いよ」

「……その前に、これ…見て下さい」


そう言うとおもむろに立ち上がり、Tシャツをめくって自分の太ももを見せ付けてきた。
その内側には赤黒い斑点が痛々しく散らばっていた。なかには紫色のものもある。



「こ、これ…」

「オトハさんに変なことしそうになったり、カナさんのあと追いかけたりしちゃった時……罰として」


ナオは自分の太ももに向かってあたしの手を持っていった。


「んっ……これからこういうことは、カナさんが…シてくれますよね?」

「ナオ……」

(この子は…本当にあたしがいないとダメなんだ…)

「カナさんにされることなら全部受け入れます…。カナさんのためならなんだってやります…」

(あたしが……救わなきゃ、多分……)

「……分かった。だけど今は眠ろう?疲れたでしょう、色々」



腕の中で小さく丸まって眠る後輩は、つついただけでバラバラに壊れてしまいそうだった。

ありがとうございます
遅れてしまって申し訳ないです。続けます

ナオが家にいる光景はもう日常になりつつあった。以前よりかなり明るくなったと感じる。
しかし一緒にいられない時は必ずあるもので、そういう場合は普段との落差がかなり激しい。

合鍵を渡していつでも入れるようにしてあるというのに、
ドアの前にしゃがんで待っていた時は驚いた。何があったのか聞くと、
カナさんに会えないのに部屋にいたら変になりそうだからと言った。


ある日の午後、原因が分らない頭痛に襲われていた。
レポートに集中しすぎたか、それとも気圧によるものか。病院に行くほど痛むわけではないので、
頭痛薬を飲んで治るのを待つ。自分も例に漏れず体調が悪いと気分も悪くなる人間だった。
この時はナオだけでなく色々なものにイラついていた記憶がある。


「えーと、洗濯物干し終わりましたっ。次は何を」

「ちょっと」


具合が悪いあたしのためを思ってはりきってくれているのは分かるが、今だけは静かにして欲しかった。

「もういいから、何もしないで」

「あ、あ……ごめんなさい…私何か悪いこと」

「違うよ…謝らなくていい」

「ぅ…っ…ごめんなさ--」

「だから謝らなくていいってばっ」

(…あ……)


つい語気を強めてしまった。体調が悪いことに加え、ナオが事ある毎に泣き出すのに
少々うんざりしていたことも原因になっていたかもしれない。

怒るような声を出したのはあの一件以来これが初めてだ。また面倒なことになりそうだと思った。
しかし予想とは裏腹にすすり泣く声は聞こえてこない。彼女は怯えていながらも、目の奥を爛々とさせていた。


(その顔は何?何を望んでいるの?)

「どうして、嬉しそうにしてんの…」

「…だって、私を見てくれてるから…。それだけでも充分…です…」


「もうどうしたらナオのためになるのか分からないよ…」

「私のため……」

「ナオのしたいことって何…」

「……したいんじゃなくて…されたいんです。
私はもうカナさんのものなんですよ…だから、好きにしてください」

「…どうして欲しいの」

「見て、触れて……私の全部を感じて下さい…。もう我慢できません…っ」


そう言われても何をどうしたらいいのか全く分からない。
跪いてあたしの手を握るナオに狼狽えていると、彼女に指の傷を視界にとらえられた。


「傷…」

「あ、これは、っ」


プリントでついた切り傷だという説明は聞いてもらえなかった。
人差し指と中指はパクッとドロドロの口内に囚われる。


「な、なにをっ」

「ぁ…ん、む…」


熱を孕んだ舌と唾液で二本の指はぐちゃぐちゃにされる。
夢中で舐め続ける様子を見下ろした時、まるで男性器を咥える行為に似ていると思った。
必死に動かして出るはずのないものを吸い出そうとしている。

最中はずっと濁った目でこちらを見上げてきていた。
舐められている右手の先から背筋にかけてピリピリと弱い電流のようなものが流れていく。



「ぷぁ……はっ…」

「っ…」


なぜか自分も息が上がっていることに今更気づいた。
その理由は知っていたが、深く考えたくはなかった。


「ぇへ……私勝手に…。悪い子ですよね。だから、叱って下さい…」


高校時代にナオが先輩後輩問わずいじられやすかった理由を今理解した。
明るかった性格で、何を言われても上手く返すからだと思っていたが、それだけではなかったようだ。
彼女の感情を隠さず全てをさらけ出す顔は、多くの人の嗜虐心を煽る。

あたしも、それに惑わされた一人だった。


また夜に再開します。

ありがとうございますつづけます



「ぇ、う…」


彼女の舌を引っ張り出して口を開きっぱなしにさせる。何をするにしてもされるがまま、
口元から溢れた唾液は顎をつたって首を淫らに濡らした。


「はっ…はぁっ……」

「っ……」


 うるんだ瞳、汗ばんだ額、のぼせた様に赤い頬。思わず生唾を飲んだ。
再び2本の指を口内に侵入させる。歯茎、舌、頬の内側を爪で引っかいたり指で撫でたりした。


「んむっ、あっ…っ……んっ」


 時折身体を震わせながら口内を蹂躙されている。こんなことで感じられるのかと単純に驚いた。
不意にミカとナオの行為を証拠として撮った時の内容を思い出す。
あたしに苦しい目に合わされることが彼女の幸福なのだろうか。悩みながら指をゆっくりと前へ推し進めていく。

「っ…ぉ……ぁ、けはっ」


 喉の入り口付近に指を突っ込まれたら異物感に耐えられず誰でも吐きそうになるものだ。
それなのに離そうとせず、涙をこぼしながら受け入れている。
ナオは本当にあたしのためならなんでもできるのだと理解した。

 普段に分泌される唾液とは違う、
独特の粘着性をもったものが指に纏わりつく。
動かしている最中に反応が良いところを見つけたので、そこを爪でカリカリと引っかいてやった。
上顎の裏側が好みのようだ。


「…!っ、ぁ……ぇ」


 限界が近づいているようなので、人差し指で力強く弱点をいじめて楽にさせてやることにした。


「んんっ!?、…っ!」

「いたっ…」


 快感の衝撃で歯を食いしばったことにより指に歯形がつけられた。
反応が収まるのを待って、ナオはようやく咥えていたものを離す。


「ぷはっ……、ぁ…はっ、あ、…っ」

「…気持ちよかったの?」

「っ……はい…」

(こんな顔するんだ…ナオ)

「カナさん…カナさんっ…あぁ……お願いします、最後まで…」


 ここまで来たらもう後戻りはできない。
ベッドに向かう足はズブズブと深い沼に入っていくような感覚に襲われた。
壁に背を預け、ナオが手を震わせながら服を脱いでいく過程をぼうっと眺めていた。


(綺麗だな…)


 華奢ではあるが胸はしっかりと張りがあり、柔らかさも持ち合わせている。
ソックスを残して身に着けていたものを外した彼女の肌は、残酷なまでに白く透き通っていた。
腕と脇腹につけられたミカの傷痕がよく目立つ。


「カナさん…あの…」

 
 何もしてこないことが不安を煽ってしまったのだろう。
小さくなりながらこちらの顔色をうかがってきた。何もしなかったのはただ見惚れていたからではない。
ここからどうすればよいのか、未経験だし、女性同士なんて全く分からないからだ。

 それを伝えると、両手を頬に当て陶酔しきった顔をしながらナオは感情を爆発させた。


「あぁ、ぁ……あぁ…!よかったぁ…カナさんが汚されていなくてっ……」

「…どうすればいい?」

「キス…して……」


欲情した顔であたし首に手を回して跨ってきた。
流石、相手は経験者だけあって雰囲気作りというか、持ちこみ方が上手い。


「ふ…ぁ、ん…っ…んん、ゃ」


桃色の唇は熱で溶けそうなほど柔らかい。
小さい口と舌で必死に食いついてくるのが可愛く思えた。唇を甘噛みされ、舌の先を擦り合わせる。
正直かなり気持ち良い。しかし、このまま後輩にペースを握られるのはよろしくないと何となく思った。
ナオの舌を捕まえて前歯で強めに挟み込み、一定の間隔で力を加える。


「ん、ん!ひゃあっ…あっ、あ、あぁっ」

一際強く噛んだと同時に体を跳ねさせて悦んでくれた。
いざ行為に及んでみれば、流れに身を任せてそれなりにやっていけるものなのかもしれない。

壁についたナオの両手により頭の位置を固定され逃げ場をなくされる。
眼前にはナオの顔と体しか見えない。至近距離から漂う危険で甘い香りが脳を麻痺させ、
あたしの正常な判断を着実に奪っていった。


「はっ……はっ…印付けてください…っ。全部に…!」

「…うん」


先程からナオの要求ばかり飲んでいるが、初体験なのでそれも仕方ないと思った。
彼女が望む罰、いや、気持ち良いことを精一杯してやろう。

印といえばおそらくキスマークなのだろうが、全くやり方が分からない。
どうしたものか悩みながら手間取っていると、ふと別のやり方を閃いた。

「ぁ…ん」

「ぃいっ!あっ…んっ!や、ぁ…!」

「は、ぁ……好きなんでしょ、こういうの」

「っ、はい…!すき、すき…すき、すき……っ」


首、鎖骨、二の腕、胸、腹、太もも。強く噛まれてできた歯型は白い肌に映えて花びらの模様に見えた。
その中でも特に赤く主張する2つの蕾は、刺激を欲しぷくりと膨れ上がっていた。
両手を使い、綺麗に上を向いている乳房を揉み始める。感度はとても良いようだが、
明らかに物足りないという表情をしている。
気付かないふりをしてぎこちない手つきで中心を避けつつ行為を続けた。


「ん……あ、あの…もっと…」

「…もっと、なに?」

「っ…もっと、強く…」


今更赤面するのか思わず心の中で突っ込みを入れてしまった。

爪で軽く小刻みに乳首を引っ掻いてやると、ナオの体は刺激から逃れようと背を丸める。
それを許さず、先端だけ引っ張ってこちらに引き戻した。


「うぁ、あ゙っ!い゙…っ!」

「…へんたい」

「っ、ひ…ごめ、なさ…あぁ、あっ!」


指の腹でグリグリとこねくり回し痛めつける。これまで既に何度も達しているだろう。
痛みの割合が多いものではどうなるのか。爪を立て、それだけで乳首を思い切り圧迫した。


「んい゙っっ……あっ……!!」


口を大きく開き、背筋を限界まで反らして快感に身をまかせている。
半開きの目には涙がたっぷりと膜を張っていた。


「はっ、ん…っ」

「この次はどうするの」


もちろんこれで終わりなわけがない。片方の太ももに跨っているナオの股から愛液がとめどなく溢れ、
あたしたちの足を生々しく濡らしていった。


「はーっ…はーっ……」


最高の興奮状態にある彼女には言葉を発する余裕も無いようだ。
あたしの手を取り自らの秘所へあてがう。ほとんど毛が生えていないソコはあたしの目を釘付けにした。
一人で慰める時は体勢の関係でじっくり見て触る機会など無いからなんだか新鮮だ。

ふにふにと柔らかくて、ぐちゃぐちゃに熱い。


「あぁっ、ん!やっあ、あぁ…!」


 あたしの手の平の上で膝立ちになって腰を前後に動かす。肉と粘液の擦れる音が部屋に響いた。



「あっ、あっん…っ、…カナさんっ」


グリグリと手に押し付けてラストパートを仕掛けようとしている。
すぐ終わってしまうのはなんだか勿体無い。ナオの乱れる姿をもっと見てみたい。

触れていた手を下げ、刺激を得られないようにする。彼女は突然の中断に驚きを隠せていない。


「あ、の……」

「動かないでね」

「んっ…」


勝手に動かないよう釘を刺してからまた手を触れさせる。
しかしこちらから弄ることはせず、ただ当てるだけ。
切ない表情で口を閉じ、一生懸命に動きたい、触れられたいという欲求を我慢している、
その様子がとても愛おしいと思った。


「ふぅ……ふぅ…っ」

「すごいね…触ってるだけなのに、どうしてこんなに溢れてくるの」

「はぁ…っ…」


ナオの視線は手の一点に集中している。
問いかけに答える余裕など無く、
おそらく頭の中は気持ち良くなりたいということしか考えられないのだろう。


「あぁ、あ…っ……」

「……」


閉じていた口は開き口の端からは唾液が漏れ、膝はカクカクと震えていた。


「も、もうむり……おねがいです…」

「どんなおねがい?」

「わたしの、ここ…はやくっ……」

「ちゃんと言ってくれないとわかんないよ」

「なんでもっ…なにしてもいいから、きもちよくしてください…!」

「……ふふ、分かった」

陰核に当てた手を細かく左右に動かしてナオを絶頂へと導く。
あっという間にベッドのシーツがびちょびちょに濡らされてしまった。

さんざん焦らしていじめた分をここで解消させてあげるべく、
そのまま手の動きを止めずに連続で刺激を与える。


「ひ、ぃっ!イっ、く…あ、あぁあっ」

「ナオ…」

「すきっ…カナさん、カナさ、っ!ん、んんんっ!」


ナオは背を丸めて全身に行き渡る快感を受け止め、 数回大きく腰を震わせた後、
弱々しくこちらへもたれかかってきた。

遅れてしまって申し訳ないです。
かんそうありがとうございます。つづけます

「っ…ごめ、なさい……」

「どうして謝るの?可愛かったよ」

「だって…汚しちゃいました」

「あぁ…そんなこと。いいからいいから、シャワー浴びてきな?」

「……はい」


名残惜しそうにベッドから降りて脱衣所へと向かっていった。
数分して、さっぱりした彼女の髪をドライヤーで乾かしてあげながら穏やかな雰囲気で会話する。


「まさかなぁ…あたしの初体験の相手がナオになるとは……」

「ぅ…い、いやでしたか?」

「ううん。そういうことじゃなくて、人生何があるか全然分からないなって意味で」


「あ…その…初体験とは言いますけど、カナさんはまだ…処女ですよね」

「なーに?文句あるの?」

「いえっ、違くて…」


目を閉じ柔らかく微笑みながら言う。


「本当に、本当に安心してるんです。
不安でしょうがなかった…もし誰かに奪われてたら……」


そうだったら、ナオはどうしていたのか。


「あのっ…溜まった時は、私を使ってくださいね。
いつでも呼んてください、カナさんを最優先にしますから」

「う、うん、まぁ…考えとくよ。……それで、オトハの話なんだけどさ」

「ぁ…」



名前を出しただけでこの落ち込みようとは、相当参っているようだ。
しかしオトハに限らず、周りとの交友関係を維持しなければ
社会を生きていくことは中々難しい。

かといってナオに我慢してもらい、またストレスを溜め込んで
暴走させてしまうことは避けたい。

ふと、大学生の内にどうするかということばかり考えてしまって、
視野が狭くなっていたことに気付く。
自分が社会人になったら今以上に会う時間が限られてくる。

一人で悩んでいても仕方ないので、ナオにも相談してアイデアを考えてもらう。
そこで彼女が発した何気ない一言をきっかけに、考え得る限りおそらくベストな案を閃いた。


「一緒に…暮らす……」

「そっ、良くない?忙しくても帰ってくる場所は同じ……。それだけで結構安心できるんじゃないかな」


「そう…かもしれないですけど、お金のこと…」

「まぁ、あたしの家割と余裕あるからさ。親の反対押し切って一人暮らししてきたから、
女の子と一緒に住むって言ったら喜んで協力すると思うよ」

「いいんでしょうか…」

「今更気にすることないでしょ。代わりに、
大学生の内はできるだけナオとの時間を作る、ってことでダメかな」

「…はい、同棲できるなら、耐えられると思います……」

「よーし決まりっ。…ナオ、ご飯食べ行こうお腹すいた」

「えっ?は、はい」

「普段なら自炊してるとこだけど、ちょっとさっきので腕が疲れちゃって」

「あっ…ぅ、ごめんなさい……」

「あぁあ…ジョークジョーク。さすがにまだ本調子には戻らないか」




二人でゆっくり、ゆっくり歩いていく。


「カナさん……私、バイトしてお金貯めて、ちゃんとお返しします」

「えぇ?いいよ別に」

「高い時給の…夜勤とかして、いっぱい尽くします」

「んー、でもいいの?そうすると夜一緒に寝れないよ?」

「………夕方のバイトにします」

「あははっ。もう、気が早いんだから」

責任感、同情、愛情、庇護欲、恐怖、情欲。
全部が混ざり合って訳の分からない感情を心の中に形成した。
それに従って、多分、後戻りできない道を少しずつ進んでいく。


それでも、ナオのためなら。

おしまいです。最後まで読んでいただきありがとうございました
最後適当過ぎてすみません

感想等あればよろしくお願いします_(._.)_

ありがとうございます
次はvipの方に書きます。
見かけた時はまたよろしくお願いします

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