少女「10000回生きた猫って知ってる?」(28)


少女「あの話は、ハッピーエンドだったよ」


 真っ白い少女は、寂しげに笑った。

 なんだか諦めたみたいな笑顔だった。

『どうだろう? 僕には解らないや』


少女「黒猫は愛する人と生きる喜びを得て、初めて本物の生を持ったんだ」


 微笑みを浮かべたまま少女はその、白くて細い手首にナイフで切り裂いた。


 ここは夕暮れの河川敷で、薄汚れたコンクリートの橋の下。

 上には電車が音を立てて走っている。

 周囲の状況を確認。

 余りに現実離れした目の前の光景に僕は、そんな事しか出来なかった。


 夕日に照らされた茜色のコンクリートを染めているのは目が痛くなる程鮮やかな赤。

 白い少女と対照的な真紅。


 凄惨な筈のこの光景を。

 僕は、一枚の絵画のように美しいと感じていた。



少女「驚いた? 」


 声が出なかった。


少女「私、死なないんだ。 いや、違う。 私、死ねないんだ」



少女「それこそ、あのお話の黒猫みたいに、刺そうが、切ろうが、沈めようが、締めようが」

少女「きっと、ミキサーにかけても、数時間もすればこの形に戻るよ」


『黒猫みたいに、か。 君はどちらかと言うと、白猫だと思った』



少女「君は鋭いね。 そうだよ、私は白猫なんだ」


 また彼女は微笑んだ。

 唇を僅かに歪め、目を細めるだけの寂しげで控え目な笑み。


少女「童話のような終わりなら良かったんだけどね」


少女「こっちの黒猫は、諦めきれなかったんだよ、白猫との蜜月の時が」



少女「死にきれなかった黒猫は、二度と離れる事の無いように探しました」


 


少女「会える筈の無いのにね」

少女「結果的には、白猫によく似た相手を見つけては、生き損ないを作っては勝手に失望して、棄てる」

桁を見間違えてた。 死にたい。


少女「私はそんな白猫のなり損ない。 ねぇ、なんで私はこんな話をしたと思う?」


 すっかり日が暮れていた。



少女「あなたが優しそうだったから」


少女「そして、貴女の周りに、二人の白猫候補が居るから」


少女「君は、きっと守りたいと言うよね」


『うん』



少女「なら、守ろう。 私も手伝うよ」


『何故?』


少女「生きた振りをするのにも飽きてしまった、からかな」


少女「だから――」


『うん』


 続き、頼んでも良いかな?

少女「君の同級生の‘女’。 それに君の‘妹’。 彼女たちが白猫の候補だ」



 少女が言うには、この二人が似ているらしい。


 どちらも目の前にいる少女とは容姿も性格も似ても似付かない。

少女「大事なのはそこじゃあないんだ」


妹「兄さん、この方は?」

 節目がちの妹が僕と少女を交互に見る。

少女「いきなり訪ねて済まない。 貴女の兄さんとは古くからの友人でね。 先程偶然街で会った時に、盛り上がってしまったんだ」


妹「……そう、なんですか」



 妹、そんな目で見ないでよ。

 僕だってこの話に着いて行けている訳じゃあないんだ。

黒猫じゃなくてトラ猫だった。

百万回読み直してきます。

 妹は、両親をうまく誤魔化してくれたみたい。

 よくできた妹だと思う。

 そんなこんなで夜更け。

 白い少女は僕の部屋にいる。
少女「君はなかなか眠らないんだね」


『寝つきは良い方だけど。 年頃の女の娘が同じ部屋にいるからね、緊張もするよ』


 ベッドに身を預けている僕を、学習机の椅子に腰掛けた少女はじっと見つめていた。


少女「そう」

 少女は短く答えると、僕を観察する作業に戻った。

 観察日記でも付けるつもりなんだろうか?

 もし宿題なら、提出された先生はびっくりするだろう。

 冴えない男子高校生の観察日記なんて、どれだけ寛容な先生だろうと「よくできました」とは言えないだろうし。

少女「眠った?」

 うん、殆ど。 返事をするのが億劫なくらいには。

少女「じゃ、さっきの約束守るから」

 少女の手には大きなナイフ。
 山菜取りに行った時に、お婆ちゃんが持ってた奴みたいだ。
 確か鉈だったっけ? 細い木なら切り倒せるって言ってたな。

少女「じゃ、おやすみなさい」
 振りかぶられた鉈。

 それは真っ直ぐに額に振り下ろされた。

 柘榴みたいになっちゃうんだろうな。


 死んじゃう直前にこんなこと考えるなんて。

 なんだか面しろ――。

 ぐちゅ。


少女「慣れないわね、いつも」

少女「石榴みたい」



 その日は朝から嫌な気分だった。

 ニュースはどの局も先日起きた事件を放送している。

 男子高校生が自宅で頭をかち割られたっていう、イカレた事件。

 何の面識もなけりゃ、事件現場の近くにさえ行ったことはない。


『ったく、変な夢だぜ』


 見た事ない部屋で、見た事ない雌餓鬼に頭かち割られるなんてな。

『ったく、気分悪りぃな』


 仕事を終えて、家に帰る途中。

 晩酌用に肴を買おうかとコンビニに寄ると、夢の中に出てきた雌餓鬼が居やがった。


少女「こんばんは、お時間良いですか?」


『あぁ、別に』

 気味が悪りぃ、そう思う。

 筈なのに、なんだこの感情。

 後頭部がぼんやりとするような多幸感。

 こいつ、なんかしやがったのか?

ねる。


続き頼んでも

―――よか?――


少女「貴方には私が必要。 違う?」

『はぁ?』


 電波系って奴か。 気味が悪いな。



少女「私には貴方が必要なの」

 少女の細い指先が、顎先に触れた。


 何も考えられない。

 脇腹に刃物が突き刺さっている。

 痛い。

 なる程、そういうこ――。


少女「そう」


少女「いくら経っても、何回しても」


少女「この感触は慣れない離れない」


少女「ごめんなさい」

少女「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

少女「あぁ……」


少女「……そう」


 頬を濡らすのは雨だろう。

 顔を上げられない理由は――。


少女「泣いている訳では無いよ」

おっぱい

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