神様「勇者も魔王もいなくなった世界で」 (57)

少女「うーん…?」

眠りから覚めて、うっすら目を開けると知らない部屋の天井が目に映った。
ここはどこ、なんて考えにも至らないぼんやり頭。眠気がまだ残っているせいか、それとも――

男「目覚めましたか」

少女「ん…?」

体を起こし目をこすり、男の方に体を向ける。
知らない男。歳は20代半ばといったところか。

男「まだ、ぼんやりしますか?」

少女「……」

周囲を見渡す。最低限の家具だけを置いてある広い部屋は、殺風景にも見える。

男「今の状況…理解できませんよね」

少女「そうですね」

少女は不思議と落ち着いていた。
本当ならパニックになっても仕方ないのかもしれない。だって自分は――

少女「私は…何ですか?」

記憶を、失っていたのだから。



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男「何…というのはざっくりした質問ですね」

男はそう言いながらも、少女に手鏡を渡した。
手鏡に映っていたのは10代半ばくらいの、人間の少女。とりわけ美人ではないが、ひどいブスでもない。
これが自分の“外見”だと理解はした。

少女「…貴方は?」

男「何者だと思います?」

少女「んー…」

黒くて飾り気のない衣装から職業はわからない。
穏やかな声色と表情。だけど彼からは強い生命力を感じた。

少女「神様…ですか?」

男「これはまた大層な」

男はおどけたように笑った。だけどその笑みに嫌味っぽさはない。

少女「貴方は何となく、只者でないような気がします」

神様「そうですね…――では貴方と居る時は、神の名を借りておきましょう」

少女「神様、私は何者ですか?」

神様「気になりますか」

少女「はい」

神様「残念ながら、お教えすることはできません」

神を名乗る男は人差し指を唇の前に立てた。

神様「“自分”に関する記憶を全て捨てたい――そうおっしゃったのは、記憶を捨てる前の貴方ですから」

少女「まぁ」

少女「では私は望んで記憶を捨てたのですね」

神様「その通り」

少女「私の記憶を消したのは神様?」

神様「その通り」

少女「ありがとうございます」

神様「礼…ですか。記憶を捨てたせいで貴方は自分が何者かわからなくなったというのに」

少女「それを私は望んだのでしょう? 願いを叶えて下さってありがとうございます」

神様「礼には及びません。その方が私に都合が良かったのですから」

少女「だけど1つわかりません。記憶を消して私はどう生きていくつもりだったのでしょう」

神様「これから先のことに心配は御座いませんよ」

そう言うと神は手に本を召喚した。

神様「これからはここで生きていくと良い。私が貴方の世話をしましょう」

少女「神様…なのに?」

神様「自分にはそれだけの価値があえるのだ、と思っておけばよろしいでしょう」

神はそう言って、少女に本を差し出した。

神様「いつまでもそのような粗末な服を着させておくわけには参りません。この本の中から、お好きな衣装をお選び下さい」

少女「…好きな、衣装……」

少女「………わかりません」

しばらく本を眺めていた少女は、考えた末にそう答えた。

少女「好き、がわかりません。…私は自分の趣味嗜好も忘れてしまったのでしょうか」

神様「いえ、消したのは記憶のみ。趣味嗜好まで消してはいません」

少女「では元々、衣装に無頓着だったのでしょうね」

神様「でしたら衣装は私の方で見繕っておきましょう。ところでお腹は空いていませんか?」

少女「えぇ、少し」

神様「食べたいものをおっしゃって下さい。用意できないものは無いと思いますよ」

少女「……わかりません」

神様「おやおや。食に関しても無頓着だったようですね」

神様「では何か簡単なものと衣装をお持ちしますので、この部屋で少々お待ち下さい」

少女「わかりました」

神様「あ、ひとつお願いが御座います。決して命令では御座いません」

少女「何でしょう」

神様「この部屋から出ぬようお願いしたいのです」

少女「わかりました」

神様「気持ちの良い即答ですね」

少女「逆らって良いことがあるとは思えませんので」

神様「例え貴方にとって不本意なお願いでも?」

少女「何が本意で不本意なのかも私にはわかりません」

神様「まるで操り人形のようですね」

少女「そう呼んで下さって構いませんよ。名前が無いのは何かと不便なので」

神様「そうですね。…では少々お待ち下さい、可愛らしいお人形さん」

食事は無難にパンと野菜のスープ、衣装はこれまた無難に茶系のワンピースを持ってきた。
どちらのチョイスも抵抗はなく、言われたまま衣装に袖を通して食事を摂った。

少女「大分落ち着きました」

神様「それは何よりです」

少女「質問をしてもよろしいでしょうか?」

神様「答えるとは限りませんけれど、どうぞ」

少女「外の世界はどんな世界なのですか?」

神様「…知らない方が良いと言ったら?」

少女「聞きません」

神様「貴方は素直な方ですね」

少女「知らない方が良いと言われるなら、そうなんだろうと思って」

神様「『記憶を消した位だから、きっと知らない方がいいのだろう』…ではなく?」

少女「そこまで考えもしませんでした」

神様「なるほど。貴方は本当に可愛らしいお人形さんだ」

少女「ありがとうございます」

神様「何故、お礼を?」

少女「可愛らしい、というのは一般的には褒め言葉でしょう?」

神様「そうですね。私は貴方を褒めました。貴方は律儀な方ですね」

少女「ありがとうございます」

神様「おや、無意識にまた貴方を褒めていたようだ。キリがないのでやめにしましょう」

少女「もうひとつ質問をしても?」

神様「はい、何でしょう」

少女「ここにいる間、私は何をして過ごせばいいでしょうか」

神様「何をしても良…あぁ、この部屋じゃすることもありませんね」

少女「はい」

神様「何かお望みはありますか?」

少女「ありません」

神様「困ったお方だ」

少女「すみません」

神様「いえ、それを考慮していなかった私にも落ち度があるのです。…では、そうですね。私の相手をして下さいませんか」

少女「わかりました」

神様「即答も良いですが、少し考えた方が良いですよ。私が貴方にひどいことをしたらどうするのです?」

少女「…どうするのでしょうね」

神様「失礼、貴方には荷が重い問いでした」

少女「貴方は私にひどいことをする人ですか?」

神様「『ひどい』の定義は人によって違いますからね。何とも言えませんが、貴方に悪意を持って接することはないと誓いましょう」

少女「わかりました」

神様「貴方は本当に素直で可愛ら…いえ、褒めるのはやめると言いましたね」

神様「私の事情をお聞き頂いても良いでしょうか」

少女「えぇ、どうぞ」

神様「実の所、私も暇でして。貴方に尽くす以外にすることがないのです」

少女「そうなんですか」

神様「ですから、私と貴方は共に過ごす。これが互いにとって暇を潰す最善策であるのです」

少女「わかりました。共に過ごしましょう」

神様「ご理解頂き助かります」

少女「それで。貴方の相手とは、どのようにすればよろしいのでしょうか?」

神様「では。私のするお伽話を聞いて頂けますでしょうか」

少女「えぇ、構いませんよ」

神様「そうおっしゃると思いました。では、何から話しましょうかね…」

人間と魔物が争っている世界がありました。
人間は英雄たる勇者を、魔物は王たる魔王をリーダーに立て、全面戦争を行いました。

やがて争いは激化し、遂に勇者と魔王は直接対峙することになりました。

しかし互いの力がぶつかり合った末、勇者と魔王は世界から失われてしまいました。

こうしてリーダーを失った両種族ではありましたが、リーダーの勇姿を胸に、戦意を衰えさせることなく戦い続けたのでした。

終わり。

少女「…終わりですか」

神様「冗長にならないよう無駄を省いたのですが、味気ない話になってしまいましたね。取捨選択は難しい」

少女「そのお話について質問よろしいですか?」

神様「えぇ、どうぞ」

少女「結局、どうすれば争いは収まったのでしょう」

神様「と言うと?」

少女「両種族の熱狂ぶりから、例えどちらのリーダーが勝っていたとしても争いは無くならなかった気がしまして」

神様「そうですね…私にもわかりません」

少女「神様でもわからないことはあるんですね」

神様「貴方に宿題を与えましょう」

少女「宿題ですか?」

神様「1人の間、私の話した話について考えて下さい。それが私からの宿題です」

少女「何を考えれば良いのですか?」

神様「それは自由です。疑問や発見など、様々なことを考えるだけで良いのです」

少女「難しそうですね」

神様「えぇ、難しい。次に来た時に、貴方が考えたことを聞かせて頂きたいと思います。それでは私は失礼します」

今日はここまで。
あまり長い話にならないと思います。

神様「御機嫌よう」

少女の腹の虫が鳴き出した頃、神は食事を持って再訪した。
少女がそれらを平らげると、神はテーブルを拭きながら聞いてきた。

神様「宿題はできましたか?」

少女「大したことは浮かびませんでしたが」

神様「構いません。どんなことが浮かんだのでしょう」

少女「どうして人間と魔物は争っているのか」

神様「ほう」

少女「それぞれのリーダー…勇者と魔王は、どうやって選ばれたのか」

神様「ふむ」

少女「それから、私が先程神様にした質問の答えを私なりに考えてみたのですが」

神様「はい」

少女「両種族は争いたかったから争い続けた。それに勇者も魔王も関係ない、と私は思いました」

神様「なるほど」

神様「そこまで考えたご褒美に、貴方の疑問にお答えしましょう」

少女「答えがあったのですね」

神様「まず、最初の疑問の答えです。何百年か前にも両種族は争い、互いに疲弊し決着がつかずに終戦を迎えました。そして両種族とも長年互いへの嫌悪感を増幅させていき、そしてある事件をきっかけに、再び争いが始まったのです」

少女「その事件とは?」

神様「それは後でお答えしましょう」

少女「わかりました」

神様「そして次の疑問の答えです。勇者と魔王は、かつて互いの種族を引っ張っていったリーダーの子孫から選ばれました」

少女「子孫? 血でリーダーを決めたのですか」

神様「子孫である勇者と魔王は、実際戦いの才能に恵まれていました。そのせいでもあるでしょう」

少女「なるほど」

神様「では、次のお話をしましょう。これは先程貴方がおっしゃった質問のお話です」

少女「戦争が再び勃発したきっかけですか?」

神様「そうです。また宿題を出しますので、よく聞いておくように」

人間の国には1人の姫君がおりました。
大変愛らしいその姫君は、人々の愛をその身に受けて育ちました。

しかし時代は人間と魔物が互いへの嫌悪感を増幅させている真っ最中。

そしてその嫌悪感を決定的なものにし、争いのきっかけになったのは、その姫君でした。

少女「お姫様は何をしたのですか?」

神様「今回はそれを宿題にしましょうか」

少女「まるでわかりませんね」

神様「ヒントを与えます。その姫君についてです」

少女「どんな方だったのですか?」

神様「大変愛らしく、慈愛に満ちた方でした。ですが大事にされてきたせいでしょう、少し楽天家で世間知らずな方でしたね」

少女「…なるほど」

神様「さて私は片付けと、夕飯の準備をして参ります。続きは夕飯の時にでも」

それからまた時間は経過し、食事を済ませると、神は早速話を切り出してきた。

神様「答えは出ましたか?」

少女「わかりませんでした」

神様「おや。当てずっぽうでも構わないのですよ」

少女「当てずっぽうでいい加減なことは言いたくないのです」

神様「なるほど。貴方はそう考える方なのですね」

少女「ですが思ったことはあります」

神様「何でしょう」

少女「そのお姫様自体は無害な方だったように思います。お姫様自身は、自分が争いのきっかけになってしまったのが不本意なのではないでしょうか」

神様「それはあり得ませんね」

少女「え?」

神様「では昨日のお話の続きと参りましょうか」

世間知らずの姫君はある日、好奇心から、立ち入りを禁止されていた森の中へと1人足を踏み入れてしまいました。
そこは人間、魔物関係なく、ならず者が潜んでいる森だったのです。
ならず者の中にか弱い女性が1人――これは格好の餌食です。

こうして姫君はならず者達の餌食になり、命は無事だったものの、心を壊してしまわれたのです――

少女「それが争いのきっかけですか?」

神様「王が粛清した者の中には、その日偶々森に遊びに来ていただけの、魔物達の王子がいたのです」

少女「その王子はお姫様に何もしていないのですか?」

神様「はい。にも関わらず王子は首をはねられ、魔物達は当然激怒した」

少女「それで争いになったのですね」

神様「争いは初めは小さなものでしたが、何せ両種族は長年互いへの嫌悪感を溜めていましたからね。そして争いは、あっという間に世界へと広がったのです」

少女「なるほど」

神様「…とまぁ、このお話について何か思ったことは御座いますか?」

少女「そうですね…。確かに姫様は可哀想だったけれど、それで全世界を巻き込んで争いをするのは何か違う気がします」

神様「なるほど」

少女「…でもその世界に居たら、私も争いを望む人達に同調していたかもしれませんね」

神様「そうお思いですか?」

少女「私は物語を聞く側なので冷静に考えられるのです」

神様「…ふむ」

神は頷いた。

神様「『冷静に考える』こと…それが貴方に必要なことですね」

少女「そうですね。私はどうやら、考えるのが苦手みたいですから」

神様「宿題を沢山出したせいでお疲れでしょう。入浴の準備を致しますので、温まってごゆっくりお休み下さい」

少女「わかりました」

部屋についている浴室でゆっくり体を温めてから、少女はベッドで体を休めた。

>>21
最初の3行コピペ忘れあり、貼り直します。申し訳ありません。


神様「ですから姫君は、争いを不本意に思う気持ちすら無くなってしまったのですよ」

少女「待って下さい、姫様を襲ったのはならず者? それなら人間も悪いのですよね?」

神様「えぇ。ですから姫君の父である王は、その森に潜む者を人間、魔物関係なく皆殺しにしました」

少女「それが争いのきっかけですか?」

神様「王が粛清した者の中には、その日偶々森に遊びに来ていただけの、魔物達の王子がいたのです」

少女「その王子はお姫様に何もしていないのですか?」

神様「はい。にも関わらず王子は首をはねられ、魔物達は当然激怒した」

少女「それで争いになったのですね」

神様「争いは初めは小さなものでしたが、何せ両種族は長年互いへの嫌悪感を溜めていましたからね。そして争いは、あっという間に世界へと広がったのです」

少女「なるほど」

神様「…とまぁ、このお話について何か思ったことは御座いますか?」

少女「そうですね…。確かに姫様は可哀想だったけれど、それで全世界を巻き込んで争いをするのは何か違う気がします」

神様「なるほど」

少女「…でもその世界に居たら、私も争いを望む人達に同調していたかもしれませんね」

神様「そうお思いですか?」

少女「私は物語を聞く側なので冷静に考えられるのです」

神様「…ふむ」

神は頷いた。

神様「『冷静に考える』こと…それが貴方に必要なことですね」

少女「そうですね。私はどうやら、考えるのが苦手みたいですから」

神様「宿題を沢山出したせいでお疲れでしょう。入浴の準備を致しますので、温まってごゆっくりお休み下さい」

少女「わかりました」

部屋についている浴室でゆっくり体を温めてから、少女はベッドで体を休めた。

『…! ……!』

なに…? 誰かの声?

『…きて…戻ってきて!』

貴方は誰?

『世界は…世界は……』

世界?

『貴方を必要としている!』

私を?

『…きて、……――』

――っ!?

少女「……」

神様「おはようございます。少々遅い目覚めでしたね」

少女「夢、か……」

神様「おや。そのお顔から察するに、あまり良い夢は見られなかったようですね」

少女「わけのわからない夢でした」

神様「夢とは辻褄が合わないものが多いものです」

少女「夢のことは忘れます」

神様「では朝食を並べておきますので、お顔を洗って着替えて下さい」

今日はここまで。
あと2、3日で完結させます。

ヘルパーの人か

てことは暗黒騎士の人?

少女「ご馳走様でした」

神様「貴方はここに来てから、食事を1度も残していませんね」

少女「はい」

神様「何故ですか?」

少女「えっ?」

神様「私は食事に関して、貴方の好みも量も考慮していません。にも関わらず貴方は食事を必ず完食する。何故ですか?」

少女「……」

神様「一般的な方なら『食材がもったいないから』『味も量も丁度良かったから』など理由があるものですが、それすらも無い、と」

少女「すみません」

神様「責めているわけではありません。また1つ、貴方を知ることができました」

少女「私を?」

神様「貴方は従順な方だ。私を神と呼び、神である私の申しつけは無条件で守る」

少女「…」

神様「昨日お話しした限りだと、貴方は考える頭がないわけではない。しかし私が宿題を出さなければ、あまり深くは考えようとしなかったでしょう?」

少女「…そうでしょうね」

神様「貴方は何か言われると、考えずにそれを実行してしまう方だ」

少女「…」

神様「もし貴方が命令を聞く対象が私でなく、他の方だったらどうしていたのでしょうね?」

少女「…従っていたかもしれないですね」

神様「そう。貴方が記憶を消してほしいと私に頼んでこられたのは、その性格からきた生き方が原因かもしれませんね」

少女「……」

少女「神様は、そんな私をどうお思いですか?」

神様「私が…ですか?」

少女「私自身は、そう言われたからと言って、自主的に動こうという気が起こりません」

神様「ほう」

少女「ですがもし、神様が私を焚き付ける為にそうおっしゃったのだとしたら…」

神様「それは流石に考えすぎです」

少女「違う、と?」

神様「『考えすぎた結果、見当外れな行動を取る』というのは誰にもありがちです。そういうことがあまり無さそうなのも、貴方の長所だと思っていますよ」

少女「長所…私の……」

神様「貴方は否定するかもしれませんが、貴方の心配を当ててみましょうか」

少女「私の心配…?」

神様「それは『神に嫌われて見捨てられて、自分の行動を決めてくれる者がいなくなったらどうしよう』…ですね」

少女「……」

神様「そのような隷属精神、受け入れたくないでしょう。しかし貴方は否定できずにいる」

少女「……」

神様「心配はしなくて大丈夫です」

少女「え?」

神様「私はそんな貴方が嫌いではありませんし…見捨てる気もありませんよ」

少女「……神様、質問してもよろしいでしょうか」

神様「えぇ、どうぞ」

少女「私の心は…壊れているのでしょうか?」

神様「壊れている? 貴方の心が?」

少女「はい。…昨日、神様からお聞きした話についてですけれど」

神様「昨日、貴方に話したお話ですね」

少女「そのお話を聞く前に、私は外の世界について尋ねましたね」

神様「よく覚えていらっしゃいましたね」

少女「もしかしたら…昨日のお話が、外の世界で実際にあったお話なのではないかと」

神様「…ふむ」

少女「もしそれが本当なら…」

昨日の話の人物も、実在していて。

少女「私の心は、壊れてしまったのでしょうか」

神様「壊れてなどいませんよ」

神の返答は、想像と違った。

神様「貴方のご想像を当ててみましょう。貴方は――『自分が姫だったのではないか』とお思いですね?」

少女「……正直、そう思いました」

神様「それは間違いですよ。姫君は心が壊れた後、数年し自ら命を絶ちました」

少女「では……」

神様「貴方は生きていらっしゃる。ですから、姫君ではありません」

少女「でも、その出来事は本当にあったことなのですね」

神様「えぇ、そちらは正解です」

少女「そうですか」

神様「…? それ以上、気になることは御座いませんか」

少女「ありますけれど、聞くのはやめておきましょう」

神様「何故ですか?」

少女「聞いてはならないことだからです」

神様(あぁ)



少女『神様、私は何者ですか?』

神様『残念ながら、お教えすることはできません』

神様『“自分”に関する記憶を全て捨てたい――そうおっしゃったのは、記憶を捨てる前の貴方ですから』



神様「そうでした。貴方の質問にそう答えたのは、私の方でしたね」

少女「はい」

神様「フフ…貴方は本当に従順で可愛らしいお人形さんだ」

神様「しかし、昨日とは事情が変わったと言えばどうでしょう?」

少女「事情ですか?」

神様「はい。…実は記憶を消される前、貴方にとって大切だった方々が…貴方に会いたがっていらっしゃいましてね」

少女「大切だった人…? 私にとって?」

神様「貴方は世界の現状を理解した。その上で、隷属する相手を選ぶのもありでしょう」

少女「もし、私が『元通り』を選んだら…?」

神様「望むなら記憶を元に戻しましょう」

少女「……貴方の側にいることを選んだら?」

神様「受け入れましょう」

少女「そんな都合の良い立場で良いのですか?」

神様「『都合の良い立場』は慣れています。それは貴方もですよ」

少女「……」

神様「どうします? 貴方が決めるまで、いくらでもお待ちしますよ。世界の現状が現状なので、決める頃には大切だった方々もお亡くなりになる可能性がありますが…」

少女「私がその方々と会って、貴方にメリットは?」

神様「私のわずかな心残りが無くなる、ですかね」

少女「なら、会いに行っても良いでしょうか?」

神様「えぇ。ご案内しましょう」

少女は初めて部屋の外に出た。
部屋の外は廊下ではなく、ただただ広がっている黒い空間だった。
少女は神に先導されて歩きながら理解した。自分がいた場所は『世界』から隔離された場所なのだと――

やがて扉の前にたどり着き、神はゆっくり扉を開けた。

少女「……!」

扉から出ると、荒野が広がっていた。
足元には人間と魔物の死体が転がっていた。戦闘の跡を思わせる傷で、死体はボロボロだった。

少女「神様……」

神の名を呼ぶが、姿が見当たらない。
一気に不安が押し寄せた。神とはぐれてしまったか。もう会えないのではないか――

「あっ!」

少女「え?」

声のした方に振り返った。
すると――武装した3人が、こちらへ駆け寄ってきた。

戦士「生きてたのか!!」

魔法使い「良かった…本当に良かった!!」

少女「え……えっ?」

魔法使いの格好をした少女に抱きしめられ、困惑した。
彼らのこの様子…まさか私の大切だった人達だろうか。

僧侶「姿を消された時は心配でしたが、信じていました…」

少女「え……っと」

戦士「そうだな、お前が魔王なんかにやられるわけないもんな…」

魔法使い「そうよ、だって…勇者は、この世界の救世主だもの!」

少女「!?」


勇者――自分が?

今日はここまで。明日完結行けるかと思います。


>>28>>29 どちらも自分で間違いないです(´・ω・)b

少女「あの、ご、ごめんなさい」

魔法使い「? どうしたの勇者?」

少女「あの…何も覚えていなくて」

僧侶「もしかして魔王とやり合った時に何かあって、記憶が混乱されているのでしょうか?」

魔法使い「そっか…ごめんね勇者、助けてあげられなくて」

少女「あの…私は一体?」

戦士「お前は勇者だよ。かつて人間達を導いた英雄の末裔だ」

少女「……」

魔法使い「勇者は私達と共に、魔物達と戦ってきたのよ!」

少女「……」

僧侶「勇者さんは魔王との一騎打ちで行方知れずになっていました…。それがつい数日前のことです」

少女「……」

魔法使い「記憶が回復したら、また一緒に戦おう! 私達は勇者を必要としているのよ!」

少女「……」

少女「違う」

魔法使い「え?」

少し頭を働かせれば、記憶が無くてもわかってしまうものなのか。

戦士『お前は勇者だよ。かつて人間達を導いた英雄の末裔だ』

勇者として祭り上げられ、きっと私は流されるまま勇者を受け入れてきた。

魔法使い『勇者は私達と共に、魔物達と戦ってきたのよ!』

勇者を受け入れた私は、きっと「そういうものだから」と何も考えずに戦ってきた。

魔法使い『記憶が回復したら、また一緒に戦おう! 私達は勇者を必要としているのよ!』


少女「違う…必要とされていない」

魔法使い「どうしたの、勇者…?」

少女「必要なのは『勇者』であって、『私』じゃない…」

戦士「何を言って……」



「ご名答。よく正解を導けました」パチパチ

僧侶「!!」

少女「神様……」

神様「そんな簡単なことに、当事者である頃には気付けなかった…何とも皮肉な話ですね」

戦士「お前は…」

魔法使い「魔王!? お前も生きていたの!?」

少女「魔王…? 神様が?」

神様「……」

神様「考える時間は必要でしょうか、お人形さん?」

僧侶「人形? 勇者さんは人形ではありません!」

少女(……違う)

神様「記憶を戻せば、貴方は再び勇者として戦える…さぁ、どうします?」

戦士「お前が勇者の記憶を奪ったのか!」

少女(違う)

魔法使い「魔王…お前を倒して勇者を元に戻してやるわ!」

少女「……やめて下さい」

魔法使い「勇者……?」

少女「神様……私は貴方の側に戻ります」

戦士「!!」

神様「やはり当事者達は自覚がないようですね」

僧侶「自覚…?」

神様「彼女は気付いたのですよ。自分はずっと、人々から都合良く操られていただけの“人形”だったと」

戦士「!!」

魔法使い「そ、そんなわけないじゃない!」

神様「人形でないなら何なのでしょうね? 勇者の子孫だというだけで勇者に祭り上げられ、命懸けの戦いを強いられる人間のリーダー…。いや、所詮シンボルですね『勇者』とは」

僧侶「…っ」

神様「しかも、そのシンボルも意味のないものだった。だってシンボルを失っても両種族は争いの手を緩めず戦い続けた…それだけ戦意が衰えぬなら、シンボルなど不要でしょう?」

戦士「それは……」

魔法使い「…そういう所が無かったと言えば嘘になるわ。だけど! 私達は勇者の仲間だった!」

神様「…ほう?」

魔法使い「思い出してよ、勇者! 私達の間で生まれた絆は、決して嘘じゃなかったでしょう!!」

少女「…それを踏まえても」

魔法使い「……え?」

少女「私は、彼に“記憶を消すこと”を願ったのです」

戦士「何だと……」

魔法使い「嘘だよ! 勇者はそいつに騙されて……」

神様「もう、いいではないですか」

神はゆっくりと歩き、少女の手を取った。

神様「新しいシンボルでも立てて、勝手に争いを続ければ良いでしょう。私達はこの下らない世界からさようならします」

そう言うと神の手にはドアが現れ――

魔法使い「勇者ぁ――っ!!」

ドアの向こうに、2人は消えて行った。

少女「…私と神様、戦ったんですね」

神様「えぇ」

少女「貴方も魔物達を見捨てるのですか?」

神様「私も貴方と同じ。流されるまま魔王に祭り上げられただけの、シンボルですから」

少女「同じ…なんですね」

神様「そう、同じ。…だからですね、私が貴方に惹かれたのは」

少女「神様が、私に……?」

神様「貴方と剣を交えた時に気付いた。貴方の剣は手強かったが、『心』が抜けている…私と同じようにね」

少女「神様と、同じ……」

神様「私は剣の手を止め貴方に聞いた…『貴方は何故戦っているのか』と」

少女「…私は何と答えました? 大体想像はつきますが…」

神様「『それが私の役割だから』と。多分、私も同じことを問われたら、そう答えていたでしょう」

少女「その後は?」

神様「私は貴方に提案しました。『全て捨てて逃げませんか』と」

少女「なるほど」

神様「ですが、そこで私と貴方の違いが出た。貴方は私と違って、責任感のある方でしたから」

少女「それで記憶を消すことを貴方に頼んだのですね」

神様「よくおわかりで」

少女「自分のことですから」

少女「ねぇ神様」

神様「何でしょう」

少女「どうして私と会うまで、逃げなかったんですか?」

神様「お恥ずかしながら。それまで私も流されていたので、その発想が出てきませんでしてね」

少女「私と会って初めて、逃げることが浮かんだ…と?」

神様「えぇ。お恥ずかしながら……」

少女「…?」

神様「…貴方にとって衝撃的なことを言ってもよろしいでしょうか?」

少女「えぇ、どうぞ」

神様「……私は貴方を愛してしまいました」

少女「――」

神様「貴方を私のものにしたい――その思いから、逃げるという発想に至ったのです」

少女「……後悔していませんか?」

神様「何をです?」

少女「自分で『流されている』ことに気付けた貴方なら、逃げずとも違う生き方を歩めたのでは」

神様「いえ、気付いたからこそ“あんな世界”から逃げたのですよ。それに…私は他のことに囚われず、愛する人に尽くしたいのです」

少女「尽くす…魔王なのに?」

神様「どうやら私は、その方が性に合っているようです。争いのある世界にいるより、遥かにね」

少女「……私は、どうなんでしょう?」

神様「どう、とは?」

少女「私は自分で選んで神様について来たのでしょうか。…流されなかった、とは自信を持って言えません」

神様「なるほど」

少女「そんな私でもいいのですか、神様」

神様「私はそんな貴方を愛しました」

少女「……」

それでいいのだろうか、とも思った。だけど、深く考えないことにした。考えるのは苦手だ。

神様「私を愛せとは強要しません。貴方が私の側が嫌になれば、私は貴方を手放すと約束します」

少女「……いえ、それよりも」

神様「?」

少女「私が後悔しないよう、私を手のひらで転がして下さい。貴方が私を傷つけないなら、貴方に流されるのも悪くありません」

神様「…嬉しいですね。実に貴方らしい告白の言葉、だと思いました」

少女「告白…ですか?」

神様「それとも、こんな恋の始まり方は嫌ですか?」

少女「…貴方が相手なら、嫌じゃありません」

神様「それなら結構」

神は少女の手を取った。
忠誠を誓うように跪き、手の甲に唇を落とす。

きっとこれは禁忌――そう思いながらも、少女は神の手を拒まなかった。


神様「私は永遠に貴方を愛し尽くします…2人だけの世界で」


厳しい道を自分の足で歩くより、優しい世界で流されていたかった――


Fin

ご読了ありがとうございました。
思考を放棄できる優しい世界って素敵。


過去作こちらになります。普段は恋愛モノ多めです。
http://ponpon2323gongon.seesaa.net/


>>1
エレ速みたいに過去作へのリンク貼らないところは転載禁止にしていいんじゃない?

>>50
お気遣いありがとうございます。
過去作は「見て頂けたら嬉しいなぁ」程度で貼っているので、禁止する程ではないかなぁと。

そういえば最近暗黒騎士とか魔女の話見ないな

>>52
暗黒騎士は書いてるの自分だけで悪目立ちしてる気がしまして封印しました(´・ω・`)
魔女はまた思いついたら書くつもりです。

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