幼魔「凍る。かちこち」
幼魔「血が、かちこち」
幼魔「凍って、かちこち」
幼魔「凍り、たい?」
人間「たぁ……たすけてくれぇ……」
幼魔「……」
側近「殺すのです! 人間は魔物を道具に、奴隷に、食物にする悪! 奴らを滅亡させない限り魔物に平和は訪れません! さあ!」
幼魔「かち、こち」ビュオオオオオ
人間「が……あ……ぐ」ピキピキ
側近「それでよいのです。罪悪感など得る必要はありません。奴らは害虫なのです。それに、これも素晴らしい魔王となるための一歩なのです」
幼魔「かちこち」
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幼魔「燃える。ごうごう」
幼魔「肉が、ごうごう」
幼魔「燃えて、ごうごう」
幼魔「熱いの、すき?」
人間「嫌いですぅぅぅぅ! 熱いのとっても嫌いなんですぅぅぅ!」
幼魔「……」
側近「溶かすのです! 人間に捕らえられた魔物は解体され、皮は防具に肉は食物に爪はアクセサリーに骨は素材にされています。 人間は筆舌し難い悪なのです! さあ!」
幼魔「ごう、ごう」ボォォォォォ
人間「ひぃぃぃぎゃあぁぁぁあああああ!!」ボォォォォォ
側近「幼魔様、見事な手際です。人間なぞ虫を踏み潰すよりも容易く殺しましょう」
幼魔「ごうごう」
幼魔「裂ける。ひゅおん」
幼魔「骨が、ひゅおん」
幼魔「裂けて、ひゅおん」
幼魔「二つに、なる?」
人間「ふざけるなァ! ぶち殺してやるぜクソガキがァ!」
幼魔「……」ビクビクッ
側近「幼魔様になんて言葉を吐くのだ貴様は。そんな口は糸でキツく縫ってやろう」キュィィィ
人間「ぶふぅっ!? ぶふっ!」
側近「ご覧になりましたでしょう? これが人間の本性です。誰しもが心に汚い言葉を隠し、幼魔様のような人型にも容赦なく食らいつきます。ですから殺すのです」
幼魔「ひゅ、おん」ヒュゥゥゥゥンッ ズバズバッ
人間「ぶ……ふぉ?」ズルズル
側近「この汚れた血をで仲間達の無念を晴らせます。死んでいった同胞は人間の滅亡を望んでいるのです」
幼魔「ひゅおん」
幼魔「ひゅおん」
□魔王城~最上階~
幼魔「凍った」
幼魔「燃えた」
幼魔「裂けた」
幼魔「……」ボー
幼魔「あれは、なに?」
幼魔「黒い海に浮かぶ」
幼魔「真ん丸な黄色」
幼魔「あれは、なに?」
幼魔「……」ボー
幼魔「人間じゃ、ない」
幼魔「すき」
幼魔「寒い」
幼魔「熱い」
幼魔「痛い」
幼魔「凍ったから」
幼魔「燃えたから」
幼魔「裂けたから」
幼魔「消えちゃう」
幼魔「消えちゃう」
幼魔「消えちゃう」
幼魔「……」
幼魔「恐い」
幼魔「恐い」
幼魔「消えるの、恐い」
幼魔「……」
トンッ バサッ バサッ
□森
青年「んん、今日は上手く食材が見つからないなあ」
モンスター「がおおおおおおお」
青年「"おやすみ"」ポワン
モンスター「zzz」スー スー
青年「もうモンスターが活動する時間か」
青年「諦めてご飯を減らそうかな……ん?」
「」
青年「なんだあれ?」スタスタスタ
幼魔「」
青年「魔物の……女の子?」
青年「おーい、起きろー。起きないと死ぬぞー」
幼魔「……」
青年「魔力を感じるし生きてるみたいだけど……ここに放置してたらモンスターが食べちゃうかもしれないなあ」
青年「連れて帰るか」オンブ
スタスタスタ
□家
青年「彼女もいるし貯蓄してた食材を使うはめになるとは」コトコト
青「まあいっか」コトコト
青年「よし、準備完了。彼女は……」
幼魔「……」スゥー スゥー
青年「まだ寝てるか。本でも読もうかな」
幼魔「……」スゥー スゥー
幼魔「……っ」パチッ
幼魔「……」ガバッ キョロキョロ
青年「あ、起きたんだ。おはよう」
幼魔「」ビクッ
幼魔「にん、げん」
幼魔「にん、げん、は」
幼魔「――っ!」ゴゴゴゴゴゴゴ
青年「起きたばかりなのに凄い魔力だね」タラッ
ゴゴゴゴゴゴ ミシミシ メキィッ
青年「困ったな……このままじゃ苦労して建てた小屋が崩壊しちゃう」
幼魔「っっっっっっっっっっっ」
青年「手荒な真似はしたくないし……」
幼魔「にんっ、げんっ」
青年(さっきからそこに固執するなあ……ちょっと誤魔化してみるか)
青年「"熊手になれ~"」ボソッ ボムッ
幼魔「にん……げん?」
青年(効果は抜群だ!)
青年「そう、僕は人間じゃないんだよ。ほんとは熊なんだ!」
幼魔「く……ま?」
青年(熊を知らないのかな?)
幼魔「くま……恐い?」
青年「恐くない恐くない。普通の動物だよ」
幼魔「どう、ぶつ」
青年「動物も知らない?」
幼魔「」コクリ
青年(なにをやってるんだこの子の親は。魔物とはいえ人型なら知能がそれなりにあるだろうに……なにも教えてないのか?)
青年(いや、僕=人間を見たさっきの反応……人間への憎しみだけは異常に叩き込んでる、か)
青年(……最低だ。そんな歪んだ教育、洗脳じゃないか。許せない)
青年(それはさておき、今はこの子だ)
青年「ねえ、君は勉強って知ってる?」
幼魔「べん、きょう。知ってる」
青年「今までにどんな勉強をしたの?」
幼魔「人の、殺し方」
青年「殺し屋になれるね」
幼魔「人の、暴き方」
青年「検察官になれるかも」
幼魔「人の、苦しめ方」
青年「君にぴったりの職業は死刑執行官だね」
青年「冗談は置いといて、それらはもう忘れてもいいよ」
幼魔「……どう、して」
青年「生きていくために必要な知識はそんなことじゃないからね」
幼魔「生き、る」
青年「そう、生きる、だよ」
幼魔「でも、人間、酷い」
青年「概ねそうだね」
幼魔「魔物、殺す」
青年「そうだね」
幼魔「だから、人間、殺す」
青年「んー……君はさ、今まで教えてもらったことに疑問は持ってない?」
幼魔「……」
青年「それが真実なのかどうか。きちんと自分の頭で考えたことはある?」
幼魔「……」
青年「ないよね。だってそれすらも教えられてないんだから」
幼魔「……」
青年「だから、それが真実かどうか、考えられるようになろう」
青年「僕が君に色々教えるから」
幼魔「……わたしは、人間、殺す」
青年「だからそれを考えていこう?」
幼魔「でも、人間、殺すと、苦しくなる」
青年「……そっか」
幼魔「胸の、中が、重くなる」
青年「うん」
幼魔「どう、して?」
青年「大丈夫。時間はいっぱいあるから」
青年「ゆっくり教えていってあげるから」
青年「だから、君の胸の内が重くなるようなことは、もうしなくていいんだよ」
幼魔「……ほんとう?」
青年「本当だよ。約束する」
幼魔「……」
幼い魔物が笑ったような気がしたけど、見直してみれば無表情だった。
それにしてもとんでもない拾い物だ。
彼女の魔力は尋常じゃない。
並の魔物では比にならないほどに。
ではまた。
青年「さて、晩御飯の支度ができたから一緒に食べよう。口に合うといいんだけど」
幼魔「」クンクン
幼魔「いい、匂い」
青年「山菜と兎肉の鍋だけど」
幼魔「……」ジィー スッ
青年「あ、待った待った。食べる前にはいただきます、だよ」
幼魔「いただ……?」
青年「うん。いただきます。そう言わなくちゃ食べちゃ駄目」
幼魔「どう、して?」
青年「作ってくれた人への感謝を伝えるため――なによりも、自分の血肉となってくれる野菜の命や兎さんの命に感謝をするためだよ」
幼魔「感謝は、必要?」
青年「必要だよ。どんな事柄においても、感謝はすべき。そしたら色々と上手くいくし、自分も相手も気持ちがいいものだから」
幼魔「感謝、大事」
青年「そうそう」
幼魔「……いただき、ます」
青年「召し上がれ」
青年「……どう?」
幼魔「おい、しい」
青年「よかった」
青年(味付けの好みを魔物風にしてみたのがよかったのかな。僕には少し辛いけど)
幼魔「……」パクパク
青年「おかわりもあるからね」
幼魔「……」モグモグ コクリ
青年「でもそんなに急いで食べると火傷しちゃうよ?」
幼魔「……やけど?」
青年「火傷をしたことないんだ……というより、火傷なんてしないのかな」
青年「なにも知らないから、なんでもできる、か」
幼魔「……?」
青年「気にしないで。こういう話は明日からにしよう」
幼魔「……」コクリ
幼魔「……」パクリ モグモグ
青年「そして食べ終わったら、ごちそうさま、って言うんだよ」
幼魔「それも、感謝?」
青年「そのとおり」
幼魔「……」コクリ
青年(素直な子だ……それが悲しい)
幼魔「ごちそう、さま」
青年「お粗末でした」カチャカチャ
青年「僕はもう少ししたら眠るけど、君は眠れるのかな。よく寝てたみたいだし」
幼魔「眠る」
青年「うん、わかった。いざとなったら睡眠魔法かけてあげるね」
幼魔「」コクリ
青年「ふんふふーんふー」カチャカチャ ジャー
幼魔「」ジィー
青年「ふふんふーんふふーんふ」カチャカチャ ジャー
幼魔「」ジィー
青年「ど、どうしたの?」
幼魔「ふんふん、ふんふん」
青年「ん? 鼻歌のことかな。これ? ふふんふーんふー」
幼魔「それ、なに?」
青年「これを説明するにはまず、音楽って知ってる?」
幼魔「……?」
青年「知らないか。魔物にも歌はあるはずなんだけど、よっぽど奇妙な育てられ方をしたんだね」
青年「音楽ってのは、音と音を繋ぎ合わせて作る、古来から伝わる素敵な魔法なんだよ」
幼魔「魔法、危ない」
青年「そんなことないよ。魔法はいつだって恐くない。使い方次第で恐くも優しくもなる」
青年「だから音楽も恐くも優しくもなるけど、できれば僕は優しく使いたいし、優しく使って欲しいって思うんだ」
幼魔「魔法、危なくない?」
青年「うん、使い方次第でね。例えば――"水"」ポワン
幼魔「――っ」スタ
青年「戦慄しなくても攻撃しないから安心して。今、僕の手の平に水が浮かんでるよね。これを君なら人にぶつけたり、人を包んだりして使ってたと思う」
幼魔「」コク
青年「だけど、こんな使い方もできるんだよ――"散"」ブワァ
丸い水が更に小さな粒となって弾ける。
それらはどれも浮遊したまま。
ぷかぷかと浮かぶ水球の一つに指差して、
"光道"
唱えると、指先から一本の光が放たれる。
光は水球にぶつかり屈折し、新たな水球にぶつかり屈折し、
無数の水球を光で繋げた。
水と光で産みだした幻想の牢獄。
攻撃性を持たせていないから危険もない。
幼魔「……」スッ
幼い魔物が光を指でひっかいた。
するとぶるんとしなって振動する。
振動は全てに伝わり水球が回る。
くるくる、ぐるぐる。
幼魔「……きれ、い」
見開いた瞳がきらきらと輝いていた。
幼魔「危なく、ない」
青年「うん、危なくないよ。だから魔法は使い方次第なんだ」
幼魔「……」
幼魔「私にも、できる?」
青年「もちろん」
青年「まずは歌を練習しよう。それができたら、なんでもできるよ」
幼魔「……歌、音楽、古来から伝わる魔法」
青年「そう、魔法」
青年「歌は全てを繋ぐ魔法なんだ」
幼魔「知り、たい」
青年「よし、じゃあ早速。僕に続いて音を出してね」
幼魔「」コクリ
青年「ふーふふーん」
幼魔「ふーふ、ふーん」
青年「そうそう。低い音と高い音を繋げるんだよ」
幼魔「ふーふふーん」
青年「よくなったね。次は、ふーんふーんふーん」
幼魔「ふーんふーんふーん」
青年「いい調子だね。次は、ふっふーん」
幼魔「ふっふーん」
青年「じゃあ全部一気にやってみよう」
青年「ふーふふーんふーんふーんふーんふっふーん」
幼魔「ふーふふーんふーんふーんふーんふっふーん」
青年「君、記憶力高いね。とりあえずはそれが歌だよ」
幼魔「ふーふふーんふーんふーんふーんふっふーん」
青年「気に入ってくれたみたいで嬉しいよ。でも、それじゃあまだ未完成なんだ」
幼魔「……?」
青年「楽しい、って感情を込めないとね」
幼魔「たの、しい? かん、じょう?」
青年「大丈夫、君ならきっと解るようになるから。だからそれは、明日から教えるね」
幼魔「」コクリ
※交響組曲ドラゴンクエスト「序曲」作曲:すぎやまこういち
青年「じゃ、寝よっか。君はベットで寝ていいよ。僕は椅子で寝るから」
幼魔「……?」
青年「ん? どうしたの?」
幼魔「これ、匂いがする」
青年「匂い? ああ、僕の匂いか。ごめんね。臭かったかな」
幼魔「」フルフル
幼魔「ここで、いつも寝てる」
青年「そうだね」
幼魔「だから、ここで、寝る」
青年(うーん、なにも知らないと思ってたけど、野生的な本能かな? 気を遣ってることがバレちゃった)
幼魔「ここ、寝る場所」
青年「そうだね」
幼魔「だから、ここで寝る」
青年「わかった。降参するよ。僕はそこで寝る」
青年「おやすみ」
幼魔「おや、すみ?」
青年「寝る時の挨拶だよ」
幼魔「あい、さつ……もっと、こわい」
青年「挨拶も恐いの? どんな挨拶?」
幼魔「『この一撃は挨拶代わりに取っておきなァ!』」
青年(さっきもそうだったけど、機械仕掛けみたいに記憶を再生するんだな、この子)
幼魔「『ぶっ殺す! それが俺の挨拶だ!』」
青年「今までの挨拶は全部忘れていいよ。君にするには少し早い勉強だから」
幼魔「」コクリ
青年「寝る時の挨拶はおやすみ、ね?」
幼魔「おや、すみ」
青年「うん、おやすみ」
幼魔「」ゴソゴソ スゥッ
青年「……一緒に寝るの?」
幼魔「ここが、寝る場所。ここで、寝る」
青年(そういう意味だったのか。僕とか彼女だけとかじゃなくて、ここが寝る場所だからここで寝るのが正しい、ってことか)
青年(一本取られた気分だね)
幼魔「おや、すみ」ギュッ
青年「おやすみ」
眠る幼い魔物を見て色々なことを考えた。
例えば、彼女がよく眠る理由。
想像するに彼女はまともな教育を受けていない。
それはつまり、まともな保護者ではないということ。
ましてや彼女は歪んだ教育を拒んでいる。
明確に拒んでいないようだけど、嫌がっている。
その表れが胸の内に溜まった重みなんだろう。
嫌なことを嫌と言えず、
言う術さえ知らず、
感情の名前すら知らず、
一人で眠ることは苦痛だったかもしれない。
寂しくても、それさえ知らなかったかもしれない。
だから、彼女は自分以外の匂いのある場所で、
ここで――眠る。よく眠れる。
赤ん坊のように人を求めながら。
彼女が上手く言葉を喋れない理由。
多分、会話をしてこなかった。
保護者は彼女と会話をしなかった。
命令。或いは洗脳。
それを会話と呼ぶのは間違っている。
話が会していないものは一方的な暴力に近い。
だから彼女は会話に慣れていない。
言葉を一つずつ、考えなければ話せない。
発せない。
色々と考えていた。
考えさせられる子だ。
彼女は世界の犠牲者だ。
人間と魔物が対立した結果の被害者だ。
僕にできることはきっと。
彼女に笑顔を知ってもらうこと。
悲しみを感じさせない笑顔をしてもらうこと。
臆病者の烙印を押され、
受け入れた僕にできるだろうか?
幼魔「……」スゥー スゥー パチッ
幼魔「――っ」ガバッ キョロキョロ
青年「どうしたの? おはよう」
幼魔「……」ホッ
幼魔「おは、よう?」
青年「おはよう。朝の挨拶だよ」
幼魔「おは、よう」
青年「うん、おはよう」
青年「朝ごはんを食べたら僕は食糧を調達しなければならないから、一緒に手伝ってもらっていいかな」
幼魔「」コクリ
青年「道中で色々と教えてあげるから、気になったことはなんでも聞いてね」
幼魔「」コクリ
青年「そういえば君って、なんて呼ばれてたの?」
幼魔「ようま、さま」
青年「ようまさま……幼魔、様か。様? 君って位の高い一族なんだね」
幼魔「……?」
青年「他の魔族より偉いってことだよ」
幼魔「えら、い?」
青年「んー、言葉の勉強は帰ってからにしようか。辞書を並べてね」
幼魔「」コクリ
青年(でも文字が読めないかな……あ、魔法かけたらいいんだ、本に。文字が直接理解できるように。やったことないけどできるでしょ)
青年「じゃあ幼魔ちゃんって呼ぶね。僕のことは青年って呼べばいいから」
幼魔「せい、ねん」
幼魔「長い」
青年「そうかな?」
幼魔「セイ」
青年「それでもいいよ」
幼魔「セイ」
青年「うん?」
幼魔「なんでも、ない」
青年「そっか」
青年「お待たせ。パンとスープだけだけどね。暫くしたらまた買い出しに行かないとなあ」
幼魔「いただきます」
青年「よく覚えてたね、えらいえらい。召し上がれ」
青年(様付けといい、記憶力、魔力の高さといい……相当位の高い一族なんだろうな。魔物は知性や感情が遺伝するから)
青年(でもこの子は遺伝した感情を無理矢理消されてる。押し込められてるのかな。どんな教育したんだ、保護者は)
青年(それにしても位の高い一族だとしたら……ちょっと面倒なことになりそうだな)
青年(対策はしておこうか)
■□■□■
側近「探せ! 幼魔様を探すんだ! 敵に捕らわれたことはないはずだ……魔王城に悟られることなく侵入できる者がいて堪るか!」
側近「幼魔様はまだ幼い! なにをなさるか解らない! なにかをしでかす前になんとしてでも見つけろ! いいな!」
魔物達「「「はい!」」」
側近「糞、余計な手間をかけさせて……あの小娘ッ!」
「あらあら、仮面が剥がれてるわよ、側近さん」
側近「今の私に冗談は通用しないぞ?」ギラッ
「ふふ、恐い恐い」
側近「なんの用だ。お前が幼魔様を探すとは思えないんだがな」
「そうね。無償じゃやってらんないわ」
側近「条件次第では動くということか。いいだろう、幼魔様を連れ戻したら褒美をやる」
「褒美なんていらないから、貸しを貰うわ」
側近「ちっ」
側近(貸しを与えるだと? 後々どんな要求をされるか解ったものじゃない――が、事が事か。幼魔様を一刻も早く見つけなければ)
側近「わかった。これは私の貸しだ。幼魔様を探してきてくれ」
「ふふ、契約成立ね」バサァ バサッバサッ
側近「――闇の魔物風情がッ」
■□■□■
ではまた。
青年はずっと熊の格好?
>>35
幼魔との対面時は手を熊にしただけです。
んで、眠るまでは熊手だったけど、翌朝から人間の手に戻ってる、という脳内補完でお送りくだせー。
要は幼魔が青年を人間と認識しなきゃいいだけの嘘だから。
あと適当な鳥つけた。ちょっと長くなりそうだし。
期待はしすぎないように。でも嬉しいからありがと。
青年「こういう森とか、海とか川とかは知ってるんだよね?」
幼魔「」コクリ
青年(経験したことと戦闘に関することは知っているとみてよさそうだ)
幼魔「どうしたら、いい?」
青年「まずは食べられる植物や果物を探そう。この辺りは山菜がよく取れるから、そっちメインで。食べられそうなのがあったら聞いてね」
幼魔「」コクリ
青年(といっても幼魔ちゃんならなんでも食べられるかもしれないけど)
幼魔「これ、どう?」
青年「見事に毒キノコだね」
幼魔「これ、は?」
青年「毒草だね」
幼魔「」スッ
青年「一滴で死に至る毒花だから離そうね」
幼魔「役に、立てない」
青年「初めてだから仕方ないよ。気にせずにどんどん持ってきてね」
幼魔「セイ、これは?」スッ
青年「それは……へえ、珍しい。ジュピリアっていうお花の卵だね」
幼魔「花の、卵?」
青年「多くの花は卵じゃなくて種から育つんだけど、この花は卵から孵るんだよ。基本的には地中深くに埋められてるから滅多に見られないんだ。よく見つけたね」
幼魔「食べ、れる?」
青年「ジュピリアの卵は物凄く美味だって言われてるけど、食べるのは勿体ないな。折角だから育ててみよっか」
幼魔「そだ、てる」
青年「そう。幼魔ちゃんが育てるんだよ」
幼魔「……」コクリ
青年「綺麗に咲くといいね」
幼魔「……?」
青年「その卵はきっと、幼魔ちゃんに色んなことを教えてくれるから、大事に育てよう」
幼魔「……」コクリ
青年(ジュピリアの卵――大地の恩恵を受けて育つ花。埋まった土地の質や空気の味によって姿を変える。これを人や魔物が育てると、心を媒介とした花が育つ。別名、鏡花)
青年(幼魔ちゃんが育てたら綺麗に咲く気がするな)
青年(さて)
青年(今のうちに結界を張っておこう)
青年(意思を持った者が此処の存在を感知できなくなるような、小さい結界)
青年(強い結界はこの場合逆効果だ)
青年「"隠"」
青年(半径五キロ程度でいいかな)
青年(これで大丈夫だろう)
幼魔「なにか、した?」
青年(鋭いなあこの子)
青年「気にしなくていいよ」
幼魔「……」コクリ
青年「今日はまずまずの成果だったね。山菜と少量の果物。肉はまた今度調達しに行こう。ポイントが違うからね」
幼魔「」コクリ
幼魔「言葉、勉強」
青年「うっかりしてた。ちょっと待っててね」
青年「この辞書でいいかな――"感"」ポワァ
青年「上手くできてるといいけど」ペラ
青年「うん、うんうん。こんなものかな? はい、どうぞ」
幼魔「……」ペラッ ポワァ
幼魔「うっ」
青年「大丈夫?」
幼魔「……平気」
青年(知識が一気に増幅してるだろうから辛いかもしれないな)
幼魔「う……ううっ」
青年「疲れたら本を閉じるんだよ。それで効果は中断されるから」
幼魔「了解」
青年(言葉がちょっと味気なくなりそうだな。暫くは仕方ないか)
青年「僕は晩御飯の準備をしてくるね」
幼魔「」コクリ
青年「お待たせ。どう? 色々と知れた?」
幼魔「」コクリ
青年「偉いって言葉も意味も解った?」
幼魔「」コクリ
幼魔「自分は、偉い一族の血を、引いている」
青年「やっぱりそうだったんだ」
幼魔「自分は、魔物の王になる、資格を有している」
青年「……それって」
幼魔「自分は、魔王の娘」
青年「……想像以上だよ」タラッ
幼魔「楽しい、感情、把握」
青年「それはよかった」
幼魔「自分は、楽しいを未経験」
青年「うん」
幼魔「楽しい、経験を希望」
青年「楽しいを知りたい、か……んー、なにがいいかな」
幼魔「月」
青年「月?」
幼魔「月に、行きたい」
青年「月に行くか……よし、月に行ってみよう」
幼魔「可能?」
青年「まだ無理かな。僕も幼魔ちゃんもちょっと力が足りないな」
青年「そして一人でも無理だ」
青年「移動魔法を二人で掛け合わせて、それでやっと行けるかも、ってとこだろうね」
幼魔「月」
幼魔「月、綺麗」
青年(魔王の源……僕は予想以上の大役を得てしまった)
青年(結局はこうなる運命なんだろうか)
青年(どう足掻いても宿命からは逃れられないんだろうか)
青年(でも……あの時とは違う)
青年(少なくとも僕は幼魔ちゃんを討つ気はない)
青年(魔王だろうと、人類の敵だろうと)
幼魔「ふーふふーんふーんふーんふーんふっふーん」
幼魔「ふーふふーんふー、ふっふふっふーん」
幼魔「ふーふふーんふーんふーんふーんふーん」
幼魔「ふーふふーん。ふーふふーふーんふーんふーん」
幼魔「ふーんっ。ふふーふふーんふふん」
幼魔「ふーんふーん、ふふーふふーんふん」
幼魔「ふんふーん、ふふっふふーん」
幼魔「ふふーふふーんっふーんっふーんっ」
青年「幼魔ちゃんはその鼻歌が気に入ったみたいだね」
幼魔「これ、好き」
青年「好きなことをしている時って、楽しくない?」
幼魔「楽しい――満ち足りていて愉快な気持ちであること。愉快――楽しく気持ちのよいこと。おもしろく、心が浮きたつこと。そのさま」
幼魔「わから、ない」
青年「そっか。僕も断定はできない。けど、きっとそうなんだろうと思うよ。今はまだわかりづらいだろうけど、きっとね」
青年(……妙だな)
青年(幼魔ちゃんは料理を美味しいと言った。美味しいということを知っている、感じている。それは楽しい気持ちに遠くないはずなんだけど……んー)
青年(焦らずに行こう。焦ってもろくなことにならないしね)
青年「はい、今日の晩御飯だよ」
幼魔「いただき、ます」パクパクパク
青年「ごめん、お腹空かせてたんだね。肉はないけど量はあるからどんどんおかわりしてねー」
幼魔「おか、わり」スッ
青年「僕の分が無くなりそうだ」
幼い魔物が寝静まった頃、
その感触は青年を起こした。
青年(まさか結界を敷いたその日に来るなんてね。弱めにしたけど、悟られたかな?)
こっそりと布団から抜け出して軽い剣を腰に携える。
青年は"隠"と唱えて存在を希薄にした。
結界に触った者を確かめるために森を駆ける。
すると夜空を飛行する淀んだ闇があった。
青年(結界を介さないくらいだからそれなりに強いはずだ)
青年(気づかずに行ってくれるのがありがたいけど……)
「あら、あらあらあら?」
闇が降り立つ。
青年「そう都合よくはいかないよね」
ぼけた闇の輪郭が人型を象り、口を開けた。
闇魔「ねえ、あなた。幼魔様って、知ってるわよねえ?」
それは醜悪に微笑んだ。
青年「さあね。知ってても教えない」
闇魔「あれえ? 人間があの子を庇うの? ふふっ、あなたは知らないのかしら。あの子は」
青年「知ってるよ。魔王の血を引いてるんだよね」
闇魔「知ってて庇うの? 人間のくせに。なに、あなたってもしかして私達の信者?」
青年「いやいや、僕は別に堕教の者じゃないし、かといって神も崇めてない。ただ、あの子の味方ってだけでさ」
闇魔「ふうん、変わり者なのねえ」
闇魔「まあいいわ。ということはあの子は近くにいるのよね? 探せば見つかるでしょう」
青年「僕が君を見逃すと思ってるの?」
闇魔「見逃した方が賢明よお……まだ死にたくないでしょう?」
青年「大丈夫、これでも僕は強いから」
闇魔「舐められたものね、闇の魔物と呼ばれた私も」
闇魔「ふふっ――その身に心に闇の傷を刻んであ、げ、るぅ」
闇が両手を大きく広げた。
途端に無数の針が全身から射出される。
青年「――"騙"」
闇の針が青年から逸れて岩に突き刺さり、存在を溶かした。
闇魔「……え?」
闇魔「今、あなた、なにをしたの?」
青年「魔法を使っただけだよ」
闇魔「いえ、使ってないわ。魔法を使用するための魔力が感じられないもの」
青年「じゃあ手品じゃないかな」
闇魔「馬鹿にしないでちょうだい。あなたはただ言葉を……言葉?」
闇の脳裏に不安が過ぎる。
闇魔「……まさか、とは思うけど。あなた……神の」
青年「」ヒュンッ
隙だらけの闇に近づいた青年はそっと手を添えて、唱える。
青年「"空は下に"」
闇魔「きゃあっ」グルンッ
青年「"上にと踊りだす"」
閻魔「ひいっ」グルグルグルグルグルンッ
闇の魔物を引く重力が上へ下へと繰り返される。
止まらない回転が速さを強めていく。
闇魔「と、止めてええええええっ」
青年「」パンッ
青年が手を叩くと闇は地面に激突した。
強烈な衝撃がないはずの脳を揺らす。
闇魔「ど、どうして、あなたがこんなとこにいるのよお」
青年「臆病者だからね、僕は」
闇魔「そういう問題じゃないでしょう? それにあなた、魔王の娘を庇ったりして……私が言うのもなんだけど、本気で神罰が下るわよ?」
青年「どうだろうね、神は気紛れだから」
闇魔「あなたが言うと重みが違うわね……神の子、勇者」
青年「間違えないで。元、勇者だよ」
闇魔「選ばれた者にしか使えない言霊を使えるくせに、元だなんてよく言うわあ」
青年「言霊はただの力だよ。それに対して勇者は称号だ。僕は逃げ出したんだよ、それから。だから魔王の娘だろうと護るのさ」
闇魔「なにそれ……ねえ、私を殺すんでしょう?」
青年「できれば殺したくない。そういうのが嫌で勇者を辞めたんだから」
闇魔「じゃあどうするの? 私、あなたの味方にもあの子の味方にもならないわよ」
青年「記憶を封じさせてもらうよ。ついでに、この場所のことも二度と感知できないようにする」
闇魔「それじゃあ私の地位は失墜するわね。脳なしって蔑まれるわ」
青年「それは困ったな。そんなことはしたくないんだけど」
闇魔「だから、取引しない?」
青年「へえ、どんな?」
闇魔「あなたが死ねばいいのよッ!」
会話で時間を延ばして回復した闇の魔物は、
青年の慈悲を好機と見て自身の持つ最上の技を発動する。
闇を体内に収束して解き放ち、
触れた存在を闇に溶かす消滅魔法。
闇魔「はああああああッ!」ギュルルルルルルル
――ドフッ!
至近距離で放たれた強大な魔力を前にして、
青年は冷静に言葉を紡いだ。
青年「"けれど光は世界を照らした"」
闇魔「あっ――ああッ!?」
闇魔「なによ……なによこれえ!」
闇魔「こんなの……敵うわけ……ッ」
青年「神の使徒だからね……これでも」
青年の呼び出した光は無造作に闇を食らい尽くした。
闇は全て。
食らい尽くした。
青年「殺したくはなかったんだよ……本当に」
吹いた夜風を受けるのは青年一人。
そこに闇の魔物は微塵たりとも存在していなかった。
青年「……ごめんなさい」
青年は小屋に戻ろうと地面を蹴る。
闇の魔物はなにも無力だったわけではない。
青年の心に影を残すことはできたのだから。
胸の、内が、重くなる。
たとえ勇者であろうとも。
神の恩恵を受けていようとも。
僕は全てから逃げ出した。
そのはずなのに――どうしてだろう。
運命、宿命、確定された未来。
そのどれか、或いは全てによって僕は幼魔ちゃんと出会った。
魔王の娘、幼魔ちゃん。
神は僕を許しはしない、ということなのか。
恩恵を授けて尚、逃げ出した僕を。
彼女を殺せと、仰るのだろうか。
青年「ただいま」ボソッ
幼魔「ん……んんっ」キュッ
青年「……幼魔ちゃん」ナデナデ
幼魔「……ん」スゥ スゥ
青年「……必ず、護るよ」
青年「神に反逆することになろうとも、護るよ」
青年「君はなにも悪くないんだから」
青年「君はまだ、なにも知らないんだから」
幼魔「せ……ぃ……」
幼魔「……つ、き……」
青年「ふふっ」
青年「必ず行こうね。月に」
青年「僕の力と、君の力が合わされば、できないことはないから」
青年「どんなことでも、きっと」
青年「ふあぁ。もう寝よう。おやすみ、幼魔ちゃん」
幼魔「……」スゥ スゥ
これにて第一話終わり、ってな具合か。
タイトルは……苦手だからそういうの付けれんけど。
二話目(ぐらいの量)が書けたらまた投下する。
では。
幼い魔物と青年が暮らし始めて一週間が経った。
□森
幼魔「セイ、これ食べれる」
青年「流石だね、もう全部覚えちゃったんじゃない?」
幼魔「……?」
青年「まだ納得いかないんだ。凄い向上心だね。いいことだよ」
幼魔「向上心、良いこと」
青年「向上心を忘れると堕落しちゃうんだよ、人も魔物も」
幼魔「堕落、悪」
青年「そこまでは言わないけどね」
幼魔「無職、悪」
青年「それは思っても口に出さないでおこうね」
幼魔「……悪?」
青年「自分で言いながら不思議そうだね。悪の定義は難しいから、ゆっくりと考えるといいよ」
幼魔「……」コクリ
□小屋
青年「さて、明日は買い出しに行こうか」グツグツ
幼魔「なにを、買う?」
青年「色々だよ。パンや肉や、あと幼魔ちゃん専用の食器も買おうか」
幼魔「自分、専用」
青年「うん。何色がいい?」
幼魔「赤」
青年「古来より赤い色は三倍って意味が有るんだけど、三倍の速度で御飯を食べられそうで恐いな。違う色にしない?」
幼魔「じゃあ、黒」
青年「よし、素敵な黒い食器を探そう」
青年「他にも欲しいものがあったら言ってね」
幼魔「」コクリ
青年「で、これは約束。明日行く場所は人間がたくさんいるけど、大人しくしてなくちゃ駄目だよ」
幼魔「」コクリ
青年(大人しくというよりは、殺しちゃ駄目ってところなんだけどね)
□翌日
青年「準備はいいかな?」
幼魔「」ブカブカ
青年「僕のローブしかないから、向こうに行ったら幼魔ちゃんのローブを買おうね。角とか目の色とか隠さなきゃいけないし」
幼魔「」コクリ ブカブカ
青年「それじゃあお手を拝借」キュッ
青年「"都へしゅっぱーつ"」キュゥゥゥゥゥンッ
――ボフンッ
■□■□■
側近「幼魔様はまだ見つからんのか!」
部下「総力を挙げて探しているのですが……足取りさえ掴めていないようでして」
側近「なにをやっているんだ愚図どもがッ――ん? 足取りさえ、掴めない?」
側近(それは妙な話だ。幼魔様が自ら城を離れたとしても、妙な話だ。まだ[自分の知恵で物を考えることはできない]ようにしているのだからな)
側近(その場合、足取りを掴めなくした者がいる――既に幼魔様は第三者と共にいる?)
側近(とすれば闇魔の阿呆が連絡不能になったことも……もしや……)
部下「いかがいたしましょう?」
側近「探せ! 草の根を分けてでも手がかりを探せ!」
側近(厄介な事態になってきたぞ。仮に幼魔様が第三者といて、尚且つそいつが幼魔様を保護しているとしたら……その上そいつは足取りや幼魔様の魔力を隠蔽する力を持っていて、尚且つ闇魔を討つ力も持っている)
側近(問題なのは第三者の存在か)
側近(個人か、集団か……国が保護している可能性も捨てきれない。なにせ魔王の娘だ。利用価値はある上に、知ることは難しくない)
側近(幹部を動かすか。兵隊共では埒が明かんな)
側近「おい」
部下「はは!」
側近「幹部に招集をかけろ。早急にだ」
■□■□■
青年「とうちゃーく」
幼魔「」クラクラ
青年「移動魔法は初めてだったのかな。そのうちに慣れるよ」
幼魔「」クラクラ コクリ
幼魔「」フラフラ コテン
青年「目がうずまきになってる子初めてみたよ」
幼魔「へい、き」フラフラ コテン
青年「ここが都だよ。どう?」
幼魔「……」ポカーン
青年(圧倒されてるみたいだ)
幼魔「……」グイッ グイッ
青年「急がなくても都は逃げないよ。ゆっくり見てまわろうね」
幼魔「」コクコク
青年(連れてきてよかった。嬉しそうだ)
青年(こうやって少しずつ情緒が育っていくといいけど……)
青年(瞳に深みがない。表面上に現れても、心の底では動きが少ないのかな。これはやっぱり、なにか仕掛けがあると見ていいか)
幼魔「セイ」グイッ グイッ
青年「ごめんごめん。じゃあ、行こうか」
西の都は三重奏、なんて言葉がある。
円の壁が一周、二周、三周と囲んでいて、
外側から住宅街、商店街、王都が構えている。
三つの世界は分かれているけど、俗名通り隔たりは少ない。
幼魔「」ズルズル ズルッ コテンッ
青年「とりあえずローブを買いに行こう。お、都合よく服屋発見」ガラガラ
店主「らっしゃっせー」
青年「この子が着るに丁度いいローブはありますか?」
店主「ローブ!? こんな幼くて可愛らしい嬢ちゃんにはローブなんかよりもドレスがお似合いですよ旦那!」
青年(ドレスは不味いよ、角も瞳も見えちゃうから)
青年「ローブで」
店主「んん、しかし旦那ぁ……」ピコーン
店主「もしかして、訳ありですかい?」
青年(流石商人、鋭いな)
店主「だったらドレスローブなんていかがですかい旦那!」
青年「ドレス……ローブ?」
幼魔「」ジィー グニッ
店主「ドレスのような華やかさを備えたローブですぜ! 人目は引きますがローブの性質――顔を隠せますから――訳ありの旅人にも人気の一品でさぁ!」
青年「へえ、どんなの?」
店主「こちらですぜ!」バサァッ
店主「ワインミルクの生地を慎ましく仕立てた一品でさぁ! 少女が背伸びするには程よい大人らしさと、可愛らしい胸元の装飾が極め付き! お値段たったの□▲◇!」
青年「高っ、相場の二倍じゃないですか」
幼魔「」ジィー パフパフ
店主「訳ありなんでしょう?」
青年(思いっきり足元見られてるなあ)
青年(でも、幼魔ちゃんに可愛らしい服を着せてあげたいって気持ちは確かにあるし……欲しいかどうかは別として)
幼魔「セイ」
青年「ん? どうしたの?」
幼魔「これが、いい」
店主「嬢ちゃん、そんな安っぽい生地の辛気臭いローブじゃなくていいじゃないか。こっちの方が可愛いぞう?」
幼魔「うる、さい」
青年「こらこら。でもどうして? お金はあるからもう少し高いのでもいいんだよ?」
幼魔「紙幣価値、じゃない」
幼魔「これ、セイと、同じ」
幼魔「同じ、色」
青年「よ、幼魔ちゃん」ジィン
青年(全世界の両親が親バカになる気持ちがよくわかる。うちの子は世界一可愛いって喚き散らしたい)
青年「これください」
店主「あちゃー、嬢ちゃん、そりゃ反則だぜぇ?」
青年「そうだ。あとこれも――」
幼魔「ふーふふーんふーんふーんふーんふっふーん」
青年「ご機嫌だね、幼魔ちゃん」
幼魔「ご機嫌、いかが?」
青年「そうそう、そのご機嫌だよ」
幼魔「ご機嫌、よい」
青年「王様みたいだね」クスッ
幼魔「」ジィー
幼魔ちゃんはブローチを太陽に当てて、
光に煌く銀細工を見詰める。
喜んでくれたようでなによりだ。
女の子なんだからアクセサリーの一つも持たないとね。
幼魔ちゃんを連れてきて正解だった。
数々の未知に遭遇する度に目を輝かせている。
幼魔「セイ、これは?」
青年「それは魔法石だよ。ちっちゃな魔法が込められた玩具だね。欲しい?」
幼魔「」コクリ
青年「よし、買おう。今持っているエメラルドの石でいいのかな」
幼魔「」コクコク
青年(明日首が筋肉痛になったりは……しないか。仮にも魔王の娘さんだし)
こうしていると幼魔ちゃんが魔王の娘だなんて想像できない。
世界を滅ぼす災厄の元だなんて誰が信じるだろう。
それでも知れてしまえばそれまでだ。
彼女は途端に迫害される。
それが人間の――弱者の答え。
力無き者は強者を拒む。
その心がどうであれ、化け物と畏怖する。
かつての僕がそうされたように。
青年「さて、一通り買い物も済んだことだし、ちょっと用事があるからそこに行くね」
幼魔「」コクリ
青年「今日は楽しかった?」
幼魔「……?」
楽しかった、はずなんだけど。
ご機嫌がよいと答えていたくらいだし。
大雑把な感情しか把握できない。
但しそれはプラス面に限った話だ。
青年「着いたよ」
商店街の外れに位置するボロボロの館。
玄関には怪しげな文字で"貴方の未来を導きます"と書かれた看板が寝ている。
青年「相変わらずなんだろうな」
――神に選ばれし不死身の巫女は。
ここまで。
二話目(ぐらい)の量も書けてるんだけど、
推敲やら眠気やら見直しやらやらやらで、
また明日投下する。
思いの外好評のようで嬉し。
気力が上がる。
ありがとう。
「やあやあ! 勇者くーん! 元気だったー?」
青年「だから勇者じゃないって。久しぶり、占師ちゃん」
占師「あたしにしてみればいつまでもいつまでーも勇者くんだよー! あっはっはー――で、その子は?」
幼魔「」ヒョコ
青年「この子のことで相談があるんだよ」
占師「いいよいいよー勇者くんの頼みならなんでも聞くよー!」
青年「ただ、条件もあるんだよ」
占師「ん、なーに?」
青年「余計なことを知ろうとしないこと。これは占師ちゃんの生死に関わる条件だよ」
占師「重い! 重いよ勇者くん! だーいじょうぶだって、どう転んでもあたしはあと数百年は死なないからさー!」
青年「知っても口外しないこと。口外したら、僕は占師ちゃんの敵になるよ」
占師「よっぽど大切なんだねー、その子」
青年「ん、まあね」
青年(凄く身勝手な理由だけど)
占師「じゃあまず、視させてもらおうかな! こっちおいでー」ヒョイヒョイ
幼魔「……」グイッ
青年「大丈夫、恐い人じゃないからね」ナデナデ
幼魔「……」テクテク
占師「はーいおいでお、い……ゆ、勇者くん?」
青年「どうしたの?」
占師「この子、魔力の量がちょっとばかしおかしいんじゃないかなー」
青年「そうかな?」
占師「解ってて言ってるねー。ま、いいや。はいそこ座ってー」
幼魔「」ストン
占師「それでは――"視"」
神の恩恵を受けたのは僕だけじゃない。
世界には僕の他に四人――合わせて五人の使徒がいる。
いや、今は僕を合わせても四人なのか。
僕が勇者なら、占師ちゃんは巫女だ。
生も死も道も山も定められた、神の使徒。
四人の使徒は[言霊]を扱えるけど、
それぞれ得意な特性がある。
彼女の特性は"見、防、回"。
その力は運命に触れる、と云われている。
本人曰く、
占師『運命なんて有って無いようなもんだから触れられないってー』
とのことだけど。
それが本音かどうか悟らせない。
死ぬ時まで精密に定められた、
運命に抗えない彼女なりの皮肉なのかも。
占師「……うん、ありがとう。視させてもらったよ」
青年「そこまでのものだったんだ」
占師「うん。あたしのテンションが入れ替わっちゃうくらい、この子の歩んできた道は悲しい。この子の生い立ちやその血筋も知ってしまったけど、今回は勇者くんに賛同するし協力もする」
どうやら幼魔ちゃんの受けた教育は
僕の想像を凌駕しているようだ。
占師「おおよその見当はつくけど、頼みってなに?」
青年「うん。実は――」
青年は幼魔に聞こえないよう占師の耳元で囁く。
青年「――この子はなにかしら制限を受けているかもしれないんだ。それを解きたい」
占師「それは、無理」
青年「……どうして? 占師ちゃん、見たんでしょ、この子の人生。このままじゃあまりにもあんまりだよ」
占師「勇者くんこそ解っているの? その制限を解いたらこの子は[魔王の娘]なんだよ」
人間と違って魔物は知性と性格を遺伝する。
凶暴な魔物の子供は凶暴だし、
知能の高い魔物の子供は知能が高い。
そして魔王。
ずば抜けて知能が高く、本能で人類を滅亡させる存在。
でも――
青年「多分、大丈夫だよ、幼魔ちゃんは」
占師「根拠は?」
青年「あるよ。幼魔ちゃんはなにかしらの制限を受けているにも関わらず、本質的に悪の行いに嫌気がさしている。制限をかけられた理由は解らないけど、かけなきゃいけない理由があったんだよ。魔物にとって不必要ななにかがあったから、制限をかけられたんだ」
青年「でも――それ以上に、幼魔ちゃんを見てると信じたくなるんだ」
青年「この子はもしかしたら、この世界を大きく変える存在かもしれない、って」
青年「占師ちゃん的に、どう?」
占師「どうっていわれてもね」
青年「巫女の目から視て、どう?」
占師「……はあ。あたしにもわかるよ、その気持ち。この子は人類と魔物の新たな架け橋となるかもしれない。そう信じたくなるなにかがある」
青年「よかった、占師ちゃんの太鼓判がもらえた。ちょっと安心だよ」
占師「さて、それなら制限を解いてもいいけど、万が一の場合はどうするの?」
青年「その時は僕が責任を持つよ」
占師「殺せるの?」
青年「さあね」
占師「あたしに誤魔化しは意味がないよ」
青年「ははっ。責任は持つ。これは本当だよ」
占師「解った。始めましょうか」
占師「幼魔ちゃん、だったよね」
幼魔「」コクリ
占師「両手を前に出して」
幼魔「」スッ
占師「」キュッ
占師「少しだけ痛みがあるかもしれないけど、我慢してね」
占師「"目を欺くは不可視の鎖に命ずる――」
言霊の効果、威力を増幅する方法は基本が一つと特殊が一つある。
前者は得意な文字を詠唱に含むこと。
後者は人によりけりで、占師ちゃんの場合は[命ずる]ことにある。
占師「――朽ち果てよ!"」
占師「うばー」グテー
占師「疲れたから小一時間休むよ。今日はもう遅いから泊まっていきなね」フラッ
青年「寝室まで送るよ」
占師「勇者くんなら送り狼大歓迎だけどさ、今は性交できる元気ないから、幼魔ちゃんに付いててあげて」
青年「テンションと一緒に恥じらいまで消えちゃったの?」
占師「おやすみー」スタスタ フラ スタスタ フラ
青年「やれやれ。幼魔ちゃん、平気?」
幼魔「」ボォー
幼魔「……セイ」
幼魔「あの、ね」
青年「ん?」
幼魔「今日、楽しかった、みたい」
青年「うんっ」
こうして幼魔ちゃんは制限を解かれた。
多くの制限から解き放たれた。
彼女を縛るものは、なにもない。
――なにも。
占師「たっだいまー! 元気満タンになっちゃったから送り狼してくれよー勇者くーん!」
青年「永遠に寝てればいいのに」
占師「がっいーん! 乙女ショック!」
青年「乙女がそんな擬音語でショックを受けるのはどうかと思う。ところで占師ちゃんって御飯はどうしてるの?」
占師「出前だよん」
青年「ってことは食糧がないのか。今日も出前取る?」
占師「取る取る取るよー! なんなら幼魔ちゃんが遊びに来てくれてるしー、王宮係りつけのコックでも呼んじゃう?」
青年「そんな理由で王様の恨みを買いたくはないな」
青年(ただでさえ僕の印象は悪いんだろうし)
占師「幼魔ちゃんはなにが食べたいのっかなー?」
幼魔「……肉」
幼魔「なんでも、いいから、肉」グギュルルル
青年「そういえば今日はろくな御飯を食べてなかったんだよな。商店街で買い食いしたくらいで」
幼魔「あう、肉、肉」
青年(目が肉になってる!)
占師「ようっし、大量に出前を注文しちゃうぞーっ」
調子に乗った占師ちゃんは三人で囲んでもはみ出るほどの量を注文したのだった。
そして、僕たちは幼魔ちゃんの制限が解かれた意味を知る――。
幼魔「」ガツガツガツガツ
幼魔「」モグモグモグ チュルルルル ガツガツ
幼魔「」ゴキュゴキュ ガツガツガツ ゴクン
幼魔「」モグモグ チュルルルル ガツガツガツ
幼魔「」バクバク ペロリ チュルルル
幼魔「」ハグッ ガツガツ チュルルル ゴックン
青年「」ポカーン
占師「」ポカーン
青年「えと、占師ちゃん」
占師「どしたー勇者くん」
青年「幼魔ちゃんってさ……実は戦闘民族だったりした?」
占師「魔王の一族を戦闘民族と言えないことはないけど、髪が金色になる伝説とかなかったなあー」
青年「そっか」
占師「だなー」
幼魔「あー……むっ」ガブリンチョ☆
青年(これからの食事どうしよう……)
占師(どうせそんだけ食っても太らないでしょ? ちぇっ、これだから魔物は羨ましいっ!)
幼魔「ごちそう、さま」ケプッ
青年「絶対に余ると思ったのに完食しちゃったね」
占師「お腹がそこまで膨らむことってあるんだー……」
幼魔「あう……」ウトウト
青年「お腹いっぱいになったら眠くなるのは人間の子供と変わらないんだね」
占師「ようし幼魔ちゃん! ねんねする前におねーさんとお風呂に入ろうー!」
青年「お姉さんって歳じゃないでしょ」ボソッ
占師「……」ゴゴゴゴゴゴ グルンッ ギロッ
青年「う、占師ちゃん、乙女は首だけを百八十度回して睨まない方がいいんじゃないかな」
占師「……」ニヤァ
青年「ごめんなさい占師ちゃんは永遠の十八歳です」
占師「」グルン クルッ
占師「お世辞なんていいってー! でもそんなに若く見えちゃう!? あーもうこれは求婚すべきだね結婚しよう勇者くーん!」
青年(激しく面倒臭い)
幼魔「」ウトウト
占師「おおっと幼魔ちゃんねんねはちょっと待ったー! お風呂行くよーんっ」ガシ ダッダッダッダッダ
幼魔「……セ、セイ」ビクビク
青年「行ってらっしゃい」
青年(そしてお疲れ様)
占師「かゆいところはないですかー」シャカシャカシャカ
幼魔「……」
占師「それにしても幼魔ちゃんって綺麗な髪だよねー。羨ましいぞー!」シャカシャカシャカ
幼魔「……」
占師「流すから目を瞑ってねー」
幼魔「」ギュッ
占師「じゃばばばばー」ザザー
占師「綺麗な髪がもっと綺麗になりましたー」ナデナデ
幼魔「……」ジィー
占師「どうかしたのかなー?」
幼魔「それ、邪魔?」
占師「それって……これ?」ボインッ
幼魔「」コクリ
占師「邪魔じゃないって言うと嘘になるけど、でも男の子が大好きな部分だから、悪い気はしないよー」ブルンッ
幼魔「男、大好き」ペターン
幼魔「……雄熊も、好き?」
占師「熊!? ん、んー、熊も好きなんじゃないかなー?」
幼魔「熊も、好き……」ペターン
占師(どうして!? どうして熊のリビドーを訪ねてきたの!? 好きな熊がいるの!? 魔物と熊……あり、なのかなー?)
占師「大丈夫だよ幼魔ちゃん! 幼魔ちゃんも成長して大人になったらグラマラスな魅惑ボディを手に入れるよ!」
幼魔「乳房、増大?」
占師「……」アングリ
占師「幼魔ちゃんはまず、可愛らしい言葉を使うようになった方がいいかな。損してるよ、うん。これは人類にとっても大きな損失だよー」
幼魔「? ?」
占師「例えば、乳房のことはおっぱいって言ってみよう。増大は、おっきいって言ってみよう。はいどうぞー」
幼魔「おっぱい、おっきい?」
占師「そこに将来性を含ませて! ちょっと上目遣いで涙目になりながら!」
幼魔「おっぱい、将来、おっきい?」ウルッ
占師「飲み込みは早いけどちょっと違うかなー。将来って部分を――」ゴニョゴニョゴニョ
幼魔「」ゴニョゴニョ
占師「」ゴニョゴニョゴニョ
幼魔「ふあ」ポカポカ
占師「うにゃー……茹で占師はいかがすかー」ポカポカ
青年「長風呂だったね。話が弾んだのかな?」
占師「そりゃもっちろんだよ! なんてったって女子トーク! 小一時間じゃ収まらないよー」
青年(女子って)
占師「あん?」ゴゴゴゴゴゴ
青年(言ってない、よね?)
幼魔「セイ」グイグイッ
青年「ん? どうしたの?」
肩を狭めて節目がちになった幼い魔物は、
「あ、のね」と指を合わせてもじもじとする。
どうしたのだろうと首を傾げてみれば、
なにかしらの決心がついたのか上目遣いで見詰めてきた。
切なさをはらむ潤んだ目に、
なぜだか胸が締めつけられる。
幼魔「おっぱい、おっきくなる?」ウルウル
青年「……」
青年「……」ゴゴゴゴゴゴゴ
青年「……」グルンッ
占師「えへっ」テヘペロッ
青年「幼魔ちゃんに変なことを教えるなああああああああ!」
その気になれば首を百八十度向けれるもんだと、
我が身を以て知った青年であった。
■□■□■
側近「急ぎの招集だったはずなんだがな」
悪魔「あいつらルーズだかんな」
蛇女「……来るつもりがない」ボソッ
魔剣士「――」
側近(魔王様不在は統率力を乱れさせるか。それにしても八人中三人のみとは、私もなめられたものだ)
側近「構わん。お前達だけでも対処は可能だろう」
悪魔「で、なんで呼び出されたの俺達」
側近「幼魔様が行方不明だ。探せ」
蛇女「……お疲れ様」ボソッ
悪魔「ガキの子守なんざやってらんねーって」クルッ
魔剣士「――」ガシャッ
側近「事は急を要する。幼魔様を連れ戻した者には褒美として昇格を約束しよう」
悪魔「まじで? ちょっとやる気でちゃったなあ俺」
蛇女「……うふっ」
魔剣士「――」ガシャッ ガシャッ
側近「強敵もいるぞ?」
魔剣士「――」ピタッ
側近「納得したようだな」
悪魔「そりゃ昇格だかんなあ。昇格したら大幹部だろ? 選り取りみどりな待遇だぜ? うっへっへ」
蛇女「……毎日魔法漬けのトリートメント使える」ボソッ
魔剣士「――」
側近「よし。では急いで探しに行って――」
――キィンッ
側近「なッ!?」
側近(なんだこの尋常じゃない魔力はッ!? これじゃあまるで……ッ)
悪魔「おいおいおい、側近ちゃん。話が違うんじゃねえの?」
蛇女「……魔王様?」ボソッ
側近(まさか幼魔様の制限を解いたのか!? 馬鹿なことをしてくれるッ!)
魔剣士「――」ガシャッ
悪魔「あの嬢ちゃんがここまで力を付けてたとありゃ話は別だ。本気だすぜ」バサァッ
蛇女「……ああ……魔王様」シュルシュルシュル
魔剣士「――」ガシャッ ポワァ スゥー
側近「糞ッ! 糞ッ! 糞ッ! 時期が早すぎる……ッ」
側近「私も行くしかないな。糞がッ!」シュンッ
■□■□■
青年「ふう、お風呂いただいたよ。幼魔ちゃんは?」
占師「寝たよー」
幼魔「」スゥ スゥ ギュッ
青年「はは、膝の上で寝てる。すっかり気に入られたみたいだね」
占師「そうでもないかな」
青年「そうなの?」
占師「この子はあたしが人間じゃないって見抜いてるんだよー。神の使徒は、正確には人間と異なるから。それにあたしの場合は、ね?」
青年「それもそうなのかな。僕も自分のことは熊だって偽ってるし」
占師「……なぜに熊? って、なるほどー。おねーさん納得しちゃった」
青年「なにに納得したのさ」
占師「むふふー憎いねこのこのーっ」
青年「ん?」
青年「……んん?」
占師「そんな真剣に悩まなくてもいつかわかることだよ勇者くーん」
青年「じゃなくて、幼魔ちゃん。なんか……漏れてない?」
占師「おしっこ!?」ガバッ
占師「……って、シリアスな話だったんだねー」タラッ
熱にうなされたように息を荒くする幼い魔物は、
こぽこぽと口から溢れだす紫煙の何かに苦しむ。
毒々しさが床を埋めていき、
その頃には全身から漏れだしていた。
幼魔「はっ……はっ……」
部屋に充満していく紫煙。
体を緊張させる膨大な魔力。
幼い魔物の制限は解かれた。
全てから自由となった。
身に余る魔力を縛る枷さえもが――解かれた。
青年「占師ちゃん!」
占師「解ってる!」
占師「"廻り廻る可視の世界に命ずる――西の都を不可視にせよ!"」
特性を四つも組み込み、特殊自法を使用していることから、
どれだけ事態が切迫しているのかが青年に伝わる。
占師の手元から慈愛に満ちた結界は膨らんでいき、
十を数える間にはすっぽりと西の都を覆ってしまった。
しかしその代償は大きい。
神に選ばれた彼らは。
神に授かった彼らは。
神の力を無償で使用することはできない。
占師「向こう一年は……だいじょうーぶい」グラッ
青年「占師ちゃん!」
占師「へーきへーき……一月も眠れば、へーき」
うつらうつらと瞼が下りる中、
占師は突然刮目する。
占師「……一匹、入っちゃってる、やー」ガクッ
それが最後の力だったのか、
彼女は暫くは醒めない眠りに就いた。
青年「ここからは僕の仕事だね」
制限を解いたせいなのだろう。
未だに幼魔は魔力を垂れ流している。
それは魔物の大好物。
幼魔を探していない魔物までもが集ってしまう。
魔物は魔王に惹かれるのだから。
占師の素早い判断により巨大な魔力は都で塞き止められた。
既に感知された分があるにしても。
よって現在直面している問題はただ一つ。
結界を張るより前に都へ入っていた魔物だ。
青年「幼魔ちゃん……」
幼魔「ううっ……はっ……はっ……」
苦痛に歪む顔が僕の行いの結果なのだから眉間に皺が寄る。
知らなかったで済まされないことなんて、世の中はそんなことだらけだ。
もしもこのまま幼魔ちゃんが闇に染まってしまったら。
それは万が一の時。
その時は。
青年「幼魔ちゃん、僕は君に教えたいことがたくさんあるんだ。だから、そんな万が一、認めないからね」
幼魔「はっ……はっ……はっ――セ、イ……」
青年「幼魔ちゃん……」
幼魔「セ、イ……」
幼魔「はっ……はっ――おっぱい、はっ……おっきくなるかな……はっ……はっ」
青年「……ははっ」
青年「――なるよ。絶対になる。幼魔ちゃんは素敵な女性になるよ」
青年「だから、頑張って。僕も頑張るから」
幼魔「……はっ……はっ」コクッ
青年「いってきます」
いってらっしゃい――と。
それは幼魔ちゃんが知らない挨拶のはずなのに。
なぜかそう送られた気がした。
青年「……雑魚だったらありがたかったんだけど」
青年「強いな」
姿が見えなくとも青年は魔物の力を感じる。
それは魔力の大きさではなく、質ではなく。
身体が震えてしまうまでの威圧感にあった。
青年「問題じゃないね」
青年「占師ちゃんが頑張って、幼魔ちゃんが頑張ってるんだ。次は僕の番だから」
屋根を飛び伝って目的の地に着く。
威圧の正体は無言でタイルに大剣を突き刺して、
微動だにせず[待っていた]。
青年「」ブルッ
魔剣士「――」ガシャッ
漆黒の重鎧を身に纏った剣士が
ヘルムの奥で雅な光をぎらつかせる。
魔剣士「――己ハ勇者カ」
青年「元、だけどね」タラッ
魔剣士「――死合エ」ガシャッ
剣士は三メートルを越える大剣を構えた。
魔力を闘志代わりに燃え滾らせて。
魔剣士「――我ト、死合エ!」ドゴォンッ
踏み込まれた地面が大きく抉られた。
数メートルを一足で詰めて大きく獲物を振り下ろす。
青年「くうっ!」シュンッ
見た目を裏切る予想外の速度に戦慄し
青年は後方に飛んで大剣を躱した。
――ベキベキベキィッ
勢いよく叩きつけられた大剣は一撃でクレーターを作った。
剣圧の衝撃波が石飛礫を押し出して、
散弾魔法の如く襲ってくる。
青年「"遮光"!」
詠唱によって宙から放たれた光の熱源は
青年を遮るカーテンとなって石飛礫を砕いた。
魔剣士「――喝ッ!」ドゴォンッ
剣士は光に臆することなく突っ込んでくる。
剣を横に構えて薙ぎ払おうと初動が見えた。
しかし青年はまだ宙にいる――。
青年「"回れ"!」
ぐるりと重力を無視して体が回る。
腰があった位置を大剣が過ぎると空気が淀んだ。
魔剣士「――駄ッ!」カクッ
青年「なっ、に!?」
視界の隅で大剣が軌道を変えて青年を追尾する。
天地逆さとなっている青年の胸まで肉薄した。
僕の言霊は使い勝手が悪い、と青年は思っている。
全ての文字がそれなりに扱えるが、特性は[光]の一文字だけ。
魔法に似た遠距離攻撃ならどこででも使用できるが、
対象を必要とした言霊には対象との接触が条件にある。
――それでも言霊は無敵だ、というのが彼の結論。
青年「"光体"」
大剣が身を引き裂く直前に発せられた言霊は
青年の存在を光の粒子に変質させた。
――ブオンッ
切断されようと光は光。
そこに実態はなく触れることは叶わない。
青年「ふう」バチバチ パンッ
手を叩いて元の体に戻る。
正に無敵――しかしデメリットもある。
この姿になるだけでも青年の精神力はごっそりと削らてしまう。
十秒も維持すれば気を失うだろう。
青年(僕まで気を失ったら幼魔ちゃんが一人になる)
青年(一年は魔物がここに入れないからって、幼魔ちゃんを狙うのは魔物だけじゃない)
魔剣士「――余裕カ?」ヒュッ
青年「ぐあっ」ドゴォッ
タイルを粉砕する脚が青年の腹を蹴り抜いた。
吹き飛んで民家の壁に激突して穴を開ける。
住民の悲鳴と吐血する青年。
青年(これは……不味い。ほんと、強いな)ポタポタ
魔剣士「――立テ」ガシャンッ
魔剣士「――力ヲ見セテミロ」ガシャンッ
青年「そう、だね。爪を隠してる場合じゃなさそうだ」
青年「リクエスト通り、真剣にやるよ。後先なんて構わない。今をどうにかすることだけ考えよう」
青年「ところで君は脅威的な攻撃力を持っているみたいだけど、防御の方は自信ある?」
魔剣士「――コイ」ガシャンッ
青年「あるんだね。それなら忠告しておくよ。今から僕が使用する言葉は、下手をすれば僕の魂も一緒に喰ってしまうような力なんだ。つまり――喰らえば確実に君は死ぬ」
青年「この世界に存在が一片も残らないよ。それでも、受けてみせる?」
魔剣士「――コイッ!」
青年「そう。それは、残念だよ。僕はそういうのが嫌いだからさ」
青年「三文字に死力を尽くそう」
跳躍。
月明かりを背負って掌を魔剣士に向ける。
青年「"光 影 刃"!」
途端に夜が真昼となる。
目も眩む光源に夜空の星が消えてしまうほど。
視線を落として全身を硬化させる魔剣士に、
いつまでも痛みは訪れない。
――下手をすれば。
魔剣士の脳裏に[不発]を思い起こさせる。
つまらない死合いだったと溜息を吐かずにはいられない。
見ただけで高揚するほどの強者だと感じた。
直感が勇者ではないかと疑った。
そして勇者だった。
言霊を操り大剣の威力を無力化する。
しかしそれだけだった。
勇者が絶対的強者というのは幻想に過ぎなかった。
また退屈な日常が繰り返される。
強者を求めて強者を探し闘い続けても弱者ばかり。
胸に溜まっていく虚しさがより意識を鈍足にする。
魔剣士「――終ワリダ」
青年の放つ光が失せ始めた頃合に魔剣士が宣言する。
青年「うん、終わりだね」ニコッ
魔剣士「――ッ」ゾクッ
青年の笑みが諦めから浮かべられたものではないと背筋を襲う寒気が教えた。
だがその頃にはもう――終わっている。
魔剣士「――」グサグサグサグサグサグサグサグサ
魔剣士「――ガ……ア……ァ?」ボタボタボタボタ
首を捻って背後の死を確認する。
そこに在るのは[自分の影から伸びた無数の光]。
青年「光在る所に影が在り、影に潜む光在り。それが光影刃なんだ、ごめん」
魔剣士「――キ……サマ……」
魔剣士は想う。
死力を尽くすと、下手をすればと覚悟を晒していて、
どうしてそんなに余裕なのだと。
青年「この技は別に最終奥義でもなければ奥の手でもない、普通の力だよ。だからあれは嘘なんだ、ごめん。死力なんて、露ほども尽くしてない」
魔剣士「――ソレ、デモ勇者……カ」ズルッ ドシャァ
青年「元勇者だよ。そういうのも嫌で僕は逃げだしたんだから」
踏み荒らされた広場に残されたのは、
無念と後悔が染みついた重剣士の鎧だけ。
胸の、内が――。
青年「」ダダダダダダッ バンッ
青年「」ハァ ハァ ハァ ハァ
青年「……」ゴクッ
青年「……幼女、ちゃん」
幼女「」スゥ スゥ
青年「……」フゥ
青年「ただいま、幼女ちゃん」
幼女「」スゥ スゥ
■□■□■
側近「気配が、消えた?」プカプカ
悪魔「どういうことだよ、側近ちゃん」バサッ バサッ
側近「強力な結界でも張られたか。鬱陶しいことをしてくれる」
悪魔「結界かぁ……俺あれ苦手なんだよなあ」
側近「蛇女はどうしている」
悪魔「知らねーって。でもあいつは距離わかってたみたいだし、場所の目星はついてんじゃね? 魔王フリークだし?」
側近「今のところは魔剣士が頼みの綱か」
悪魔「頼りねー綱だな。で、これからどうすんの? 手は打つんだろ?」
側近「当たり前だ」
側近「まずはそうだな。結界に秀でた奴を向かわせるか」
悪魔「おっ、ってことはあいつ呼ぶの? 俺同伴したいんだけどー?」
側近「……エロガキが」
悪魔「おっしゃ! そうと決まりゃ準備しなくちゃよー」ワクワク
側近「一緒にはさせんぞ。お前は結界に入れんだろう」
悪魔「……側近ちゃん、洒落になってねえぞ?」
側近「……一度貴様を躾ける必要があるようだな」
悪魔「やる? やっちゃう?」
側近「二度も言わすな。躾だ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
■□■□■
幼魔「……んん」
ソファーで眠っていた幼い魔物は身を起こす。
幼魔「セ、イ……」
自分の手を握りながら眠る青年の姿を見つけた。
すると前触れもなく青年の額にくちづけをした。
幼魔「おか、えり」クスッ
あどけなく微笑む無邪気な少女。
その一連の行動は齢三百歳を越える永遠の十八歳から指導された、
雄熊を骨抜きにする女の武器シリーズ其の一だった。
だから。
幼魔「……?」
幼い魔物は未だ笑顔を知らない。
これで二話目(ぐらいの量)おしまい。
また三話目(ぐらいの量)が書けたら投下する。
一話目、二話目共にタイトルを与えてくれたらありがたい。
一話
幼魔「……であい?」
二話
幼魔「……かいほう?」
的な?
……いや、なんでもない無視してくれ
まだ三話分(くらいの量)できてないけど、
催促に反応してちょっと投下してみる。
一話目を
幼魔「……であ、い?」
二話目を
幼魔「……かい、ほう?」
とするなら。
三話目。
幼魔「……たた、かい?」
幼魔「」バタバタバタ
幼魔「」ドタドタドタ
青年(幼魔ちゃんが右に左に雑巾がけ……必死なのが伝わってきて、なんだか癒されるなあ)
幼魔「」ドタドタドタ
幼魔の魔力は収まりを見せたが、
ふとした拍子で暴走してしまう可能性を青年は考えた。
そのため、占師が一ヶ月の時間と引換に張った結界の外に出ることは得策ではない。
かといって世話をしてくれる縁もない青年は、
そのまま占師の家に住み着く流れとなった。
青年『幼魔ちゃん。許してはくれるだろうけど、無断で居候させてもらうんだから、それなりの誠意を持たなくちゃいけない。それは僕もだし、幼魔ちゃんもそうなんだ』
幼魔『誠意――私利私欲を離れて、正直に熱心に事にあたる心』
青年『そうだよ。これもいただきますやごちそうさま、おはようやおやすみと一緒で、人との関係を円滑にするための大切なことなんだ』
幼魔『……感謝の、心?』
青年『そういうこと。だから幼魔ちゃん、家事を覚えよう』
幼魔『三種の、神器?』
青年『婚活してる人にとってはそうだね』
幼魔『今時の、女子は?』
青年『ノーコメントだね』
幼魔『セイ』
青年『ん?』
幼魔『家事、教えて』キラキラ
青年(とりあえず手軽な掃除から教えたけど、熱心にしてくれてる)
青年(ん―……なにかが嬉しいみたいだけど、なんなんだろう)
青年(僕が小屋で家事してたの、実はしてみたいとか思ってたのかな?)
青年(幼魔ちゃんって感情が表に出やすい反面、細かいことを話さないからなあ……それはいっか。性格なんだろうし)
幼魔「」ドタドタドタ ゴインッ
勢いそのままに幼魔は壁に頭をぶつけた。
青年「大丈夫!?」
幼魔「あぅ……へ、いき」フンッ
青年(鼻息荒くしちゃって……癒されるなあ)
青年「はっ、いけないいけない。僕も家事しなくちゃ」ガチャガチャ
□数日後
青年(……)パサッ パサッ
青年(……)キョロキョロ
青年「……はあ」
青年(なにかいるよな、確実に)
青年(なにかに視られてる。多分、一昨日辺りから)
青年(幼魔ちゃんは……)
幼魔「……」ペラッ
青年(開いた時間はいつも本に夢中だ。占師ちゃんは僕より沢山の本を持っているから)
青年(仮に幼魔ちゃんが僕を見張るとしてもばればれなんだろうし。となると――なんだろう)
青年(……)
青年(いい感じはしないな)
青年(出方を窺うか? いや、幼魔ちゃんの存在がある以上、長期戦になって情報を知られるのはまずい。一応は僕も西の王には嫌われてる身だし、下手に言霊を使って身元を知られたくないな)
青年(こっちから仕掛けてみるか)
青年「あーあっ、今日はいい天気だなー!」
青年(相手は隠れることに長けている。気配こそあれど方向は完全に消えてる)
青年(それなら動揺させて気配ごと揺らしてやろう)
青年「幼魔ちゃん、こんないい天気なんだし、庭に出ておいでよ」
幼魔「……」コク テクテクテク
青年「さて、なにして遊びたい?」
幼魔「遊、び」
青年「うん。どの本でも色んな遊びがあったでしょ?」
幼魔「……じゃあ、国取り、げいむ」
青年「知能戦になりそうだね。ルールは?」
幼魔「どちらが先に、多くの国を、取るか」
青年「シンプルだね。よし、負けないぞ」
幼魔「行ってき、ます」バサッ
青年「どこに!? そして翼しまって!?」
青年(気配が揺れたっ、けど僕も動揺した!)
幼魔「……?」
幼魔「国を、取りに」
青年「リアル国取り合戦!?」
幼魔「世界、征服したら、ボーナス」
青年「冗談にならないよ幼魔ちゃん」
幼魔「」テレテレ(真顔)
青年「褒めてないからね」
幼魔「じゃあ、鬼、ごっこ」
青年「鬼ごっこか……ちょっと狭いけど、うん。やろうか」
幼魔「セイ、鬼」
青年「僕が鬼? よし、張り切って捕まえちゃうぞー」
幼魔「はい」ゴトンッ
青年「幼魔ちゃん……物騒な斧を持ち出してどうしたの?」
幼魔「……?」
幼魔「それで、断っち」
青年「酷い誤植だね」
幼魔「それで、勃っち?」
青年「僕は健全だから――って意味わかって聞いてるの!?」
幼魔「」テレテレ(真顔)
青年「え!? ちょ! 幼魔ちゃん!?」
幼魔「セイ、文句、ばっかり」
青年「遊びじゃ済まされないからね」
幼魔「じゃあ、さっき、見た、これ、しよ」ポスッ
青年「この本の遊び? どれど………………………………」
青年「幼魔ちゃんにはまだ早すぎる知識だからもう読んじゃいけません」
幼魔「でも、それ、五冊目」
青年「あの色ババア……っ」ゾクッ
青年「!?」
青年「寝てる、よね?」ガタガタ
青年「そして――」
青年「そこだ!」シュンッ ガシッ
気配の方向と距離を知った青年は、
問答無用で覗き魔の首根っこを捕まえた。
そこにいたのは、猫。
青年「……まも、の?」
猫娘「……こんにゃちわ」
ただし猫は猫でも、猫人だった。
とまあ短くて申し訳ないがここまで。
ではまた。
三話分書き溜め完了。
ただ、もう眠いので明日のお昼ごろ投下する。
の報告。
嘘ついた。
三話分も書き溜めてない無茶言うな俺。
三話目書き溜めた、です。
ちょろっとだけ寝る前に投下していく。
快晴にも関わらず窓もカーテンも閉じなければならないことに青年は肩を落とす。
それもこれも猫のせい。
猫娘「んにゃー! 動物虐待にゃー!」
椅子に縄で縛られて暴れる猫娘のせいだった。
青年「動物に違いはないんだろうけど、君が声を大にすべきなのは捕虜の扱いとかだと思うんだけど……そういう認識でいいのかな。初めて見たよ、獣人なんて」
猫娘「じゅうじん? 人はうちらをそんな風に呼んでるのかにゃ?」
青年「獣と人が合わさった生き物、で獣人。え、違うの?」
猫娘「違うにゃー。まあ、そう言われるのは仕方にゃいにゃ。うちらは人里離(はにゃ)れた場所で暮らしてるし、こんにゃ成(にゃ)りだしにゃあ」
猫娘「でもれっきとした」
幼魔「魔物、だよ、セイ」
猫娘「にゃんでうちの台詞取るにゃあ! チャーミングにゃほっぺたを崩して妖しい笑みを浮かべてこいつを戦慄させるつもりだったのにぃ!」
青年「君には難しそうだけどね、そういうの。さて、本題に入ろうか」
青年「なんのために僕たちを監視してたのかな?」
猫娘「言うわけにゃいにゃ! プリティーフェイスだからって甘く見るんじゃにゃい! 魔王様を慕う一匹猫にゃんだからにゃ!」
青年「そうだとは思ってたけど、やっぱり君は魔王に関連した魔物だったか」
猫娘「しまったにゃあ! し、しまってにゃんかにゃいにゃ! 魔王様なんて知らにゃいにゃ! あんな強くて格好よくて笑顔が素敵で、でも時折漂う哀愁に胸キュンさせられるような妙ちくりんにゃ魔物のことにゃんて、知らにゃいにゃ!」
青年「……不憫な子だ」
幼魔「パパの、こと、好きなの?」
猫娘「だぁい好きにゃあ! って、娘にゃん!? 魔王様って娘にゃんがいたにゃ!? 魔王様の子を産んだのはどこの誰にゃあ掻き殺す!」
幼魔「……産ん、だ?」
幼魔「……セイ、私も、産まれた?」
青年「んー、どうなんだろう。魔物の生殖が人間と完全に一致するわけじゃないし、解明されてないからなあ」
猫娘「魔王様はオスにゃ! 男にゃ! 卵もでにゃいし分裂もしにゃいにゃ!」
青年(確かにあいつはオスだよね。どっからどう見ても)
幼魔「私、ママ、いる?」
青年「みたいだね。知らなかったんだ」
幼魔「物心、ついた時、パパも、一緒にいな、かった」
青年「そっか」
猫娘(これは……娘にゃん、魔王様が恋しいみたいだにゃ。ちゃぁんすっ)
猫娘「それなら一緒に帰るにゃん。城に帰って魔王様に会いに行くにゃん」
幼魔「やだ」
猫娘「即答にゃ!?」
幼魔「……パパ、嫌い」
猫娘「絶賛思春期真っ盛りにゃあ!」
青年(嫌われもするか、あんな性格じゃ)
魔王『はっはっは! 楽しいなあ! 楽しいなあ勇者! どうして命と命をぶつけあう戦ってのはこんなにも楽しいんだろうなあ!』
青年(少なくとも、子供のことよりも自分を優先する奴だし)
魔王『ちょっと腹が減ったな。よし、ここらで飯にしよう。お前酒は飲める口か? なに、魔物御用達の酒だがお前なら飲めるだろうよ!』
青年(自分勝手で自由奔放で、なんであんなのが魔王になったのかと聞いてみれば)
魔王『俺より強い奴がいないからなあ! はっはっは! 全員と戦って全員をぶちのめしたらもう魔王だ! ってことはあれか。勇者、お前が俺に勝てば、魔王はお前だな』
青年(あっけらかんとしているというかなんというか)
魔王『なあ、勇者。どうして人間と魔物はこうもいがみあってるんだ? 大して変わらんだろう、俺たちは』
青年(……)
青年(未だに答えがでないよ、魔王)
幼魔「セイ?」
青年「ん?」
幼魔「……なんでも、ない」
青年「それで、幼魔ちゃんを探してる連中はどんな奴らかな?」
猫娘「にゃんのことだか」ピューピュー
幼魔「多分、側近」
猫娘「にゃんで言うにゃあ!?」
青年「君が反応したお陰で確定したよ、ありがとう」
猫娘「やらかしっぱなしにゃ……」ズーン
青年「ところで、側近? そんな魔物、魔王の傍にいるの?」
青年(前はいなかったように思うけど……僕が知らないだけか?)
猫娘「数年前にぐいぐいと頭角を現した奴にゃあ。いけすかにゃいにゃ、あいつ」
青年「君が言うんだから間違いなさそうだね。君って素直っぽいし」
猫娘「褒めてもにゃにもでにゃいにゃあ」テレテレ
青年「君は側近にどんな命令をされてここに来たの?」
猫娘「馬鹿にするにゃ! いくらうちでもそんなこと言わにゃい!」
青年「またたび買ってこようかなー」
猫娘「またたび? はんっ、あんなものうちには不要にゃ。猫を超えた魔物にゃのだから!」
幼魔「またたび、料理」
猫娘「食べてみたいにゃあ!」ジュルルルルル
青年(この性格だ。きっと側近とやらも情報漏洩は承知してるんだろう)
青年(となると持っている情報もたかが知れてるか。幼魔ちゃんの存在を知らないぐらいだしな)
猫娘「む、娘にゃん! またたび料理とはどんな素敵な味にゃのにゃ?」ジュルッ
幼魔「……?」
猫娘「とぼけないで娘にゃーん!」
青年(……それにしても扱いに困るな。どう見ても害はないけど、側近とやらが差し向けたぐらいだからなにかしら裏があるんだろうし。かといって殺すのはもちろん、監禁することさえ躊躇うな)
猫娘「うちはただここに行けって言われただけにゃあん! 魔力を辿れって!」
青年(勝手に白状しちゃうし……ん?)
青年「どうやって都に入ったのさ。並の魔物じゃどうしようもない結界が張られてるんだけど」
猫娘「結界? どこにそんなもんあったにゃ?」
青年「!?」
慌てて家を飛び出して空を見上げるも、
占師が張った結界は今も暖かく都を包んでいた。
青年(……結界を介さない体質なのか? というか、下手をすれば……)
部屋に戻ると未だに猫娘は懇願していた。
にゃあにゃあごろにゃんと甘えるも、幼魔はどこ吹く風。
青年「ねえ、もしかして君ってさ……魔力がないんじゃない?」
猫娘「にゃんでそれをぉ!?」
青年「……」
魔物って一体なんだろう、と。
それはやけに哲学めいた疑問だった。
ここまで。
残りは明日、ってか今日の昼か。
おやすみ。
結局、僕は彼女を縛っていた縄を解いた。
考えてみれば言霊で縛ってもないのだから、魔力を有する者なら簡単に千切れたはずだった。しかしそれもしない――できない。
魔力を持たない魔物。
魔力を有するから魔物、というわけではない。
魔力を有する人間もいるのだから。
逆に魔力を持たない人間もいる。
じゃあ魔物と人間の違いってなんだろう。
猫娘「そ、それでマタタビ料理はいつごろかにゃあん」ワクワク
人間の外見を持たない知的生物?
それを総称して、魔物?
多種多様な種族のいる魔物を、人間じゃないからという理由だけで――選別し、分類し、区別し、別け隔て――排除し、除外し、疎外し、忌避し。
差別する。
人間と魔物。
その隔たりを作ったのは、一体どちら側なのだろう。
■□■□■
猫娘「にゃはは」チーンチーンチーン
青年「行儀が悪いよ、猫娘ちゃん。フォークで皿を叩かない」
猫娘「我が種族ではこれこそが礼儀にゃ。美味しい御飯を今か今かと待ち構える、いわばこれは腹の踊り音にゃんだって」
青年「猫娘ちゃんの種族は感情をあらわにすることが第一とみた」
猫娘「そのとおりにゃん。喜怒哀楽を余すことにゃく表現する。そしたらみーんにゃはっぴーにゃっ」
青年「んん? 疑問なんだけど、そんな猫娘ちゃんはどうして人間が嫌いなの?」
猫娘「嫌いにゃんて言っかにゃ?」
青年「あ、言ってないね」
猫娘「だにゃあ。まあ、嫌いにゃ部分はあるけどにゃ」
青年「それは?」
猫娘「悪い奴がわかりづらいにゃ。魔物だったら姿形で攻撃的だったり暴力的だったり、知能が低かったりってのが解るけど、人間はそうじゃにゃいだろ? 見た目でわからないし、悪い奴も心を隠したりする。だから、うちは人間が苦手ではあるにゃ」
青年「言われてみればそうだね。魔物と比べれば人間は解りづらいと思うよ。それはそのまま、リスキーってことか」
猫娘「んにゃんにゃ。側近の奴もそうにゃ。どーもあいつはにゃに考えるのか読めにゃい……胡散臭い奴、って意味では、人間と同じでうちは苦手だにゃ」
青年「でも側近の命令でここまで来たんでしょ?」
猫娘「にゃんせ褒美は魔王様に首下をごろごろしてもらうことだからにゃ! うちもやる時はやるにゃ!」
青年「とても馴染んでるけどね」
猫娘「あ、明日から本気だすにゃ!」
幼魔「……無職、野郎」
猫娘「視線が冷たすぎにゃあ!」
青年「料理できた? 幼魔ちゃん」
幼魔「味付け、みて」
青年「よしきた」
青年「んー……うん、悪くないね。まだ少ししか教えてないのに、幼魔ちゃんは上達が速いなあ」
幼魔「まだ、まだ」
青年「幼魔ちゃんってほんと上昇志向が強いよね。それはいいことだけど、あんまり求めすぎないようにね。しんどくなっちゃうから」
幼魔「」コクリ
青年「よし、これなら後は塩を少量振りかけて、風味付けにハーブを撒いて――マタタビ仕込みのラビットスープ、完成」
青年「はい、猫娘ちゃんの分、持ってってあげて」
幼魔「」コクリ トテトテトテ
猫娘「にゃにゃにゃんだかいい香りが漂ってきたにゃあ!」
青年「厨房まで声が丸聞こえだ。マタタビ効果かな?」
猫娘「どんな夢心地を味わえ――にょああああああああああああああああああ!?」
ドンガラガッシャーン
猫娘「ふぉおおおおおおおおお! 熱っふぉおおおおおお!」
青年「幼魔ちゃんって……薄々気付いてたけど、ドジだよね」
猫娘「マタタビ熱にゃっふぉおおおおおおおお!」
猫娘「散々な目にもあったけど、いやぁ美味かったにゃあマタタビスープ! こんにゃ美味いものがこの世にあったにゃんて……生きててよかったにゃあ」ゲプッ
青年「よかったね、幼魔ちゃん」
幼魔「」テレッ
青年「じゃあ僕は食器片付けてくるから、二人はお風呂に入って寝ちゃいなよ」
幼魔「」コク
猫娘「そうするにゃあ――って! お前はお前でうちを受け入れ過ぎにゃ! 娘にゃんを連れ戻そうとする刺客にゃんだぞ!?」
青年「大丈夫だよ、君に幼魔ちゃんを連れ戻せる力はないから。かといって側近のとこに戻られて情報を知られるのも不味いからさ、家から出られないようにしたよ」
猫娘「用意周到にゃ!?」
青年「猫娘ちゃん限定の結界を張ったんだよ。これぐらいの力なら疲れないしね」
青年(猫娘ちゃんに魔力がないから力も節約できたわけで)
猫娘「ふにゃあ……戻れにゃいとは切実に困った話にゃあ」
青年「まあまあ。一生戻れないってわけじゃないからさ。それまでよろしくね、猫娘ちゃん」
猫娘「にゃんだかにゃあ」
言いつけ通り一人と一匹は風呂に入る。
猫娘「ふにゃ……この泡だらけ、嫌いにゃあっ」
幼魔「わがまま、だめ」
猫娘「気持ち悪いにゃ不気味にゃあ! ふぎゃっ、目に入った!」
幼魔「……」ザザー
猫娘「おぼぼぼぼぼこれ以上ない屈辱にゃああ」
幼魔「」ナデナデ
猫娘「……にゃにすんにゃ」
幼魔「……?」
猫娘「にゃんだそれ」ザブン
猫娘「ふにゃあ。湯に浸かるのは好きだにゃあ」
猫娘「いっい湯っだっにゃ。にゃにゃにゃん」
幼魔「?」
猫娘「娘にゃんは知らにゃいのか、この世界で最も有名にゃお風呂の定番ソングを!」
幼魔「」フリフリ
猫娘「にゃらば授けよう、うちに続くにゃよ?」
幼魔「」コクリ
猫娘「いっい湯っだっにゃ。にゃにゃにゃん↑」
幼魔「い、い湯、だ、にゃ、にゃにゃ、にゃん」
猫娘「いっい湯だっにゃ、にゃにゃにゃん↓」
幼魔「い、い湯、だ、にゃ、にゃにゃ、にゃん」
猫娘「ん―まだまだ固いにゃ。この辺りをもっと柔らかくするといいにゃ」モミ
幼魔「」ピクッ
猫娘「吸ってー、吐いてー、吸ってー」モミ モミ モミ モミ
幼魔「」ピクッ ピクッ
猫娘「こんなとこかにゃ?」
幼魔「……」
幼魔「こっち、好き」
猫娘「こっち? にゃんのことだにゃ?」
幼魔「ふーふふーんふーんふーんふーんふっふー」
幼魔「ふーふふーんふーんふーんふーんふっふーん」
猫娘「にゃにゃ、にゃんだか愉快な気持ちににゃれるにゃそれ」
幼魔「」コクリ
猫娘「にゃーにゃにゃーんにゃーんにゃーんにゃーんにゃっにゃー」
幼魔「ふーふふーんふーんふーんふーんふっふーん」
猫娘「にゃーにゃにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーん」
幼魔「ふーふふーん。ふーふふーふーんふーんふーん」
猫娘「ふにゃあ……のぼせたにゃあ」ポカポカ
幼魔「……あう」ポカポカ
青年「はい、これ。冷たいミルクだよ。飲んだら寝なね?」
猫娘「んにゃっ」ゴクゴクゴク
猫娘「ぷっはー! 生き返るにゃんっ」
青年は油断をしていたというよりも警戒すらしていなかった。
それほどまでに猫娘の性格は完璧だ。
元勇者の、甘えた勇者の心を欺くには充分だった。
猫娘「にゃあ」ニヤリ
青年は二人におやすみの挨拶を告げて、
一人居間で思案に耽っていた。
魔物と人間の違い。
魔物を魔物とする理由。
魔物を魔物とする裏付け。
普通の育ち方をすれば、産まれてすぐに魔物を知る。
母親に読み聞かされる絵本の中であったり、
父親に注意される危険性であったり。
青年の場合は事情が違った。
生後一ヶ月で神の使いと知れた青年は、即刻国に引き取られた。
両親は最初こそ涙を流して反対したが、
目も眩むような財産を渡された後に微笑んだ。
青年が魔物を知ったのは覚えている限りでは三歳の頃。
それが悪であり、闇であり、敵であると教えられた。
叩き込まれて――洗脳された。
そのため青年が魔物について知っていることはとても少ない。
数多くの魔物を殺した青年だが、その内情を測ることはできなかった。
多くの魔物が涎を垂らして青年を喰らおうとしていたことも起因しているがやはり青年にとって魔物とは悪だった。
称号の似合わない魔王と対峙するまでは。
青年「占師ちゃんならなにか知ってるかな」
眠り姫の占師。起きるのはまだ三週間も先の話だ。
棚に置いてあったぶどう酒を注いで、
あまり口にしないアルコールを体内に入れる。
青年にとってこの悩みは大きな楔となっていた。
胸の内が、重くなるほどに。
猫娘「……」コソッ
猫は気配を隠すことに長けていた。
種族の特性なのか、彼女の得意とすることなのかは解らない。
そして魔力がない。
尋常ではない数の対魔力戦を行ってきた青年にとって、気配を探れない大きな要因でもあった。
もちろん、魔力の有無関係なしに気配察知が可能なよう修練は済んでいる。
しかし魔力のないものと戦う機会なんて青年にはとうとう訪れなかった。
錆びた刀では切れないように。
錆びた力は持ち腐れだ。
更にアルコールを飲んで青年の意識はぼやけていた。
悪いタイミングが重なった。やはりこれは油断だろうか。
油断を、隙を作った猫娘はこの時、既に勝利していた。
勝負はとっくに始まっていた。
十八番の忍び足で音も立てずに近づいていく。
ソファーにゆったりと背を預けた青年の背後に。
そろり、そろり。
いよいよ息も聞こえる場所となったというのに青年は気がつかない。
魔物と人間の違いについて、自分の殺戮について後悔していた。
罪悪感が苛む心に忍び寄る影は、
青年の首に手をかけて――ぐるりと回した。
優しく。
痛みを感じない程度に。
突然の出来事に青年は固まる。
視界の中に眠ったはずの猫娘がいた。
猫特有の縦長い瞳孔が開いてた。
とてつもない至近距離で。
次第に近づいてくる。
両眼が釘付けだ。
逸らせない。
止まった。
凍る。
触。
――――――――チュッ
軽やかに響く接吻の音色。
青年「っ」
唇と唇が触れ合って、尚も離れることはない。
首はがっちり固定されていて逃げ場もない。
振り切ろうと力を込める刹那。
猫娘「んっ」ニュル
青年「!?」
ざらついた舌が口内に侵入した。
生暖かい肉質な生き物が滑る。
それは青年にとって人生で二度目のキスなのだが、さておき。
衝撃のあまりまたも数秒固まった。
その間に猫娘はずるずると青年の舌に絡めていく。
猫娘「っん……むっ」ニェロ
はっと我に帰る。
青年は慌てて猫娘を突き飛ばす――つもりだった。
体が一切動かない。
というよりも。
青年の体は明らかに意思を剥奪されていた。
猫娘「んむっ……っぷは」
ようやく離れた猫娘は目が点になっている青年を見詰めて、
逡巡した後、妖しい笑みを浮かべた。
青年「」ゾクッ
猫娘「……どう? 戦慄したでしょ?」
青年「き……みは……」カハッ
喉に蓋でもされたかのように、
振り絞ってもかすれた息しか通らない。
猫娘「ん? 私がどうかした?」
青年「あれ、は……演技、だったの、か」
猫娘「演技? ふふっ、違うわ。あれは演技じゃなくて、本気」
青年「……どういう、こっ」カハッカハッ
猫娘「私は猫娘ちゃんじゃ、ないからね」
~~~~~
側近『頼んだぞ、猫娘』
猫娘『にゃっははー! 魔王様のため、頑張るにゃあああん!』ダッダッダッダッダ
側近『……というわけだ』
幽霊『というわけ、ねえ。あんな子に[憑け]だなんて、幽霊使いの荒いお方』
側近『そう言うな。あいつは便利だぞ。きっと第三者の目を上手く欺くだろう。ああいう輩は受け入れ易いからな』
幽霊『馬鹿とハサミは使いよう、ってことね。まあいいわ。ねえ、側近さん。忘れないでよ、褒美のこと』
側近『解っている。死霊使いに話は通しておいてやろう。しかしそこまでして欲しいか? 生身の肉体なんてものが』
幽霊『ふふっ……誰だってそうよ。持っている内は当たり前すぎて、そのありがたみを知らないだけ』
側近『便利だと思うがな、それはそれで』
幽霊『それなら死んでみたら?』
側近『馬鹿言え。私には貴様のような未練を持たん』
幽霊『ふふっ……嘘吐き』スゥー
側近『ふんッ。喰えん奴だ』
~~~~~
青年「ゆう、れい……」ググッ
猫娘「あら、無理に動かない方がいいわよ。猫娘ちゃんの痺れ舌は強力だから。魔力を持たない者の進化論――言いたいこと、わかるわね?」
青年(魔力を持たない者は代わりに他の能力を得ることがある。猫娘ちゃんのそれは多分、種族の特性なんだろう。魔力を持たなくても狩りができるようになるための進化)
猫娘「口内の粘膜に直接触れてるから、いくら貴方でも解けないわ」
猫娘「そう、神の使徒であろうとね。声がでないから言霊なんて使えないでしょう?」
青年(気づかれてたか)
猫娘「ここ数日ずっと観察していたから嫌でも気づくわ。貴方がどの称号の持ち主かは知らないけど、見たところ[聖戦士]ではないようね。猫娘への態度といい、幼魔ちゃんと一緒にいられることといい、頑なな聖戦士では無理なことだわ」
猫娘「となると残りは[勇者]、[巫女]、[魔女]、[隠者]……だったかしら。魔女と巫女ではないだろうから、勇者か隠者。共に戦闘系の神の使徒だったはず」
青年「詳し……な……っ」
猫娘「有名だもの、嫌でも覚えるわ。まあ、なんにしたって貴方はここで終わり。知ってる? 猫の爪って、それなりに痛いのよ? それが進化したこの子の爪なら、痛いじゃ済まされないわ」
青年「……しん、か…………?」
猫娘「あら、知らないの? ……そう、それなら、知らないままでいいんじゃないかしら。私は弱いから、油断なんてしないのよ。だから、ね」
猫娘「さよなら、使徒さん。マタタビスープは美味しかったわ」
痺れ霞んだ景色が途端に静かになった。
死を覚悟することなんて魔王以来だ、と青年は思う。
諦めたわけではなかった。
死が訪れる瞬間まで必死にもがき、足掻いた。
しかし予想以上に猫の舌は強力で、
指先一つも微動だにしない。
派手な音と共に猫娘の爪が伸びる。
鋭利な四本の爪は殺傷能力を秘めている。
顔面を五分割にされる想像が難くない。
青年(幼魔ちゃん……ごめん……っ)
ひゅっと風を切る音が耳に届く。
次いで痛みが――訪れるはずの痛みが訪れない。
猫女「……良い子は眠ってなきゃ駄目じゃない」
幼魔「……」
爪を生身で受け止めた幼魔の手からは、
紫の血がぽたぽたと絨毯を濡らしていた。
セイ。
セイ。
セイ。
っ。
夢?
……。
セイ。
光。
起きてる?
声。
一つ。
猫。
違う。
別人。
猫?
セイ。
セイ?
セイ。 セイ。 セイ。
セイ。 セイ。 セイ。 セイ。
なに してる。
セイ に なに してる。
止。
止。 止。
止――――――――――黒煙が腹の底から湧く泉のように際限なくいつか海となり大地を覆い尽くし垂れ流された溶岩がぐつぐつとぐつぐとぐつぐつとぐつぐつと煮え滾り獄炎の闇に空も星も人も魔物も溶かしていく最中見失った光在る存在はどこかと見渡すもそれらしき物は者はモノは行方不明だったから溶けてしまったのではないかと不快な汗に塗れて灼熱の炎に突っ伏して探――――――――――殺。
幼魔「セイ、セイ、セイ、セイ、セイ、セイ、セイ」
青年「……だっめ、だ……よう……まちゃ」カハッ
猫娘「娘にゃんっ! そんにゃに怒ってどうしたのかにゃ?」
幼魔「……猫」
猫娘「そう、私は猫娘じゃないけど、この体は間違いなく猫娘ちゃんの物なの。そして、もちろん、私を殺せば猫娘ちゃんも死ぬわ。どうする? 娘ちゃん」
幼魔「……?」
幼魔「どうでも、いい」
猫娘「……え?」
幼魔「セイ、以外、いらない」
猫娘「ちょ、ちょっと。貴方そもそも魔物側でしょう? それに、さっきまであんなに楽しそうに猫娘ちゃんと話してたじゃない。それをどうでもいいってことはないでしょう?」
幼魔「……?」
幼魔「楽しい。だから、なに?」
幼魔「それが、なに?」
猫娘「っ」
幼魔「それが、殺さない、理由、なる?」
幼魔「……?」
幼魔「……ならな、い」
青年「よう、まちゃっん」グググッ
青年(くそ、くそ、くそ! 動かない!)
青年(駄目だ! 彼女を殺しちゃ駄目だ! 幼魔ちゃん、君は気づいてないだけで、君にとって猫娘ちゃんは大切な存在になりうる子なんだ!)
青年(適してるんだ、感情を知らない君に感情を表現する猫娘ちゃんは。それに、きっと君はもう、少しは彼女を好いている)
青年(だから駄目なんだよ、幼魔ちゃん!)
猫娘――幽霊には成すすべもなかった。
力量差は明白で、唯一盾になると思われた猫娘の存在も存外に扱われてしまってはどうしようもない。
ここまで壊れているだなんて聞いてないわ!
幽霊はそう癇癪を起こしたが、認識が違う。
側近でさえも幼魔の壊れ方を把握していない。
抑鬱された感情に制限を敷かれて、
解かれた膨大な心を推し量ることができる者は神ぐらいだろう。
無言で手を前に構える幼魔。
瞳は重く深く冷たく沈んでいた。
幼魔「……ひゅ」
猫娘「娘にゃん!」
幼魔「……」
幼魔「……?」
猫娘「うちは! 娘にゃんと、もっと遊びたいにゃあ!」
幽霊は最期の賭けだった。
もう自分ではどうしようもない。
ならば猫娘に全てを任せてみよう、と。
情に直接本人が訴えかければ活路が開くかもしれない、と。
幼魔「……セイ、いる」
猫娘「うちはあいつができない遊びをいっぱい知ってるにゃあ!」
幼魔「……それ、で?」
猫娘「幼魔ちゃんともっとたくさんお話できるにゃあ!」
幼魔「……それ、で?」
猫娘「今度はうちが幼魔ちゃんに料理をご馳走するにゃあ!」
幼魔「……それ、で?」
猫娘「~~っ!」
なにひとつして言葉が伝わらない。
突如切り替えられた意識とはいえ、状況は完全に把握している。
自分が利用されたこともわかっていた。
死の淵に立たされていることもわかっていた。
涙もでる。
拭うことも忘れて、大粒の涙が溢れた。
死の恐怖よりもずっと。
幼魔に拒絶されたことの方が辛かった。
猫娘「うちはあ!」エグッグスッ
猫娘「幼魔ちゃんが大好きなんだにゃあ!」グスッ グスッ
命乞いのための捨て台詞ではなかった。
直情的な種族だからこそ、好きも嫌いも成り立ちが早い。
加えて幼魔は敬愛する者の娘で、
大切でないはずがなかった。
それを抜きにしても猫娘は幼魔が好きだった。
その理由、なんてものは。
彼女にとって不純物でしかない。
好きににゃることに理由にゃんていらにゃいにゃ、と心底から思い行動する猫にとっては。
幼魔「……」
幼魔「……」
幼魔「……ほん、とう?」
猫娘「大好きにゃあ! すっごく大切にゃあ!」
幼魔「……」
幼魔「……」クスッ
産まれて初めての笑顔だった。
産まれて初めての喜びだった。
奇しくも青年からは見えなかったが、
ほくそ笑んだ声だけはなんとか届いた。
だからこそ。
幼魔の次の言葉に青年も猫娘も驚きを、絶望を隠せなかった。
幼魔「……じゃあ、死ん、で」
理解不能な連想に紡がれる言刃。
幼魔「ひゅ、おん」ヒュゥゥゥゥゥ
青年(これは!?)
家がずんと重みを増したかと思えば、
どこからともなく空気を切り裂く音が奏でられる。
ひゅん、ひゅん、ひゅん、ひゅおん。
肉を切り刻むことに喜び踊っているかのように。
居間の四方八方からかまいたちがやってきて、
一撃も漏らさず猫娘の胴をすり抜けた。
猫娘「ギャアアアアアアアアアアアアア!」
あまりの切れ味にずれ落ちるまで切られたと知覚できない魔の刃。
痛みも苦痛も一切感じないはずの刃に、断末魔の悲鳴が木霊する。
そして数秒が経ち――猫娘は……。
猫娘「……あれ? 生きてるにゃん?」
幼魔「とう、ぜん」フフン
青年(でも悲鳴あがったよね?)
[知覚できない切れ味]を[知覚できた者]だけが永遠の闇に葬り去られた。
ということを幼魔は言おうと考えたが。
幼魔「……」フフン
上手く言葉は紡げそうもなかったので鼻息で誤魔化していた。
それから二時間後、ようやく青年の痺れも解けた。
猫娘はわんわんと、いやにゃあにゃあと泣き喚いて謝罪する。
猫娘「ごめんにゃあああ娘にゃああんっ」
幼魔「いい、よ」
青年「僕は?」
猫娘「娘にゃん最高にゃああああんっ」
幼魔「」ナデナデ
青年「僕は?」
猫娘「娘にゃあああ――ふぎゃっ」ズドッ
青年「なにか言うことはないかな、猫娘ちゃん」
猫娘「にゃ、にゃああああ! ち、近寄るなっ――」
猫娘「――変態っ!」
青年「変態!?」ガーン
それは数々の蔑称で呼ばれた青年にとっても、人生初の蔑称だったという。
青年(……やっと寝たか)
一つのベッドで寄り添って眠る幼魔と猫娘を確認して、
安心した青年は寝室に向かった。
青年(……幼魔ちゃんの、あの魔法)
青年(発動形態は丸っきり言霊と同じだった。けど、言霊特有の力も感じられなかったし、逆に魔力が発生していた)
青年(僕は魔法に聡くないから、もしかしたらそういう魔法があるのかもしれないけど)
青年(……気になるな)
青年(それにしても今日は慌ただしい一日だった)
青年(まだ体調も万全じゃないし、もう眠ろう)
「ふふ」
どこからか笑い声が聞こえる。
青年(……)
「ふふふっ」
耳を澄ませばそれは体の内から脳に直接響いていた。
青年「ねえ」
幽霊「ふふふふふふふふふふふふふふふっ!」
青年「今回の件、僕は物凄く怒ってるんだ。あまりにも最低な君のやり方に」
幽霊「憑いてやった、憑いてやったわ!」
青年「だから、さ」
幽霊「最初からこうすればよかったのよ! あんな猫になんか憑かずに、貴方に憑けばねえ!」
青年「君には地獄に行ってもらおう」
幽霊「殺してやる殺してやる殺してやる! あのクソガキ、殺してやる! 殺して――」
青年「但しその地獄はあくまで僕の想像上の、架空の場所だけど」
幽霊「どうして!? どうして私の意思が通らないの!? どうして操れないの!?」
青年「そこで一生苦しむんだね。永遠に、繰り返されることなく孤独に」
幽霊「ふ、ふ、ふ……ふざけるなああああああああああああ!」
"――地に沈んだ昇れない哀れな闇に告げよう。
幽霊「な、なにをするの、ねえ、やめて、お願い、まだ」
"――藻掻き足掻いた爪痕に一点の同情なし。
幽霊「やっ、なに!? 離して! 助けて!」
"――世界を照らす神の光は残酷だ。
幽霊「あ……あぐっ……ぐぐうっ」スゥー
"――神は選別した。さあ、旅立て。地獄が腹を空かせて口を開けている"
幽霊「私が……なにをしたって……いうのよ……ただ……ほしかっただけ……なのに……肉体が……ただ……ただ……」スゥー
青年「どんなものにも始まりと終わりがある。それは受け入れられなくても守らなくちゃならない、この世の摂理なんだ」
青年「ごめんとは、言わないよ」
青年「……ふう。流石に四節は疲れた。ちょっとやりすぎた気もするけど」
青年「……今の僕だと二日かな。まったく、弱くなったもんだ」
青年「少しは鍛えた方がいいかな。幼魔ちゃんを護るためにも」
青年「ああ、そういえば」
青年「護らなきゃいけないの、一匹増えたんだっけ」
青年「まあ、いいか。今は……寝よう」
青年「……おやすみ」
第三話
了
ここまで。
一話分が書きあがったら投下のつもりではいるけど、
あんまり遅くなりそうだったら5レス程度(あくまで目安)で投下したりするかもしれない。
まだ終わる気配を見せてないけど今後もよろしく。
次回予告。
占師「やっほー、絶賛[眠り姫]の占師ちゃんだよー。みんなー、みてるー? いえーい」
占師「……んん? 眠り姫だよ? 首を傾げた悪い子はどこかなー? 閉じ込めちゃうぞー」ニコニコ
占師「それはさておき次回予告なんだってー。なんでこんなこと始めたのか知らないけど、どうせ気紛れだろうから次はないもんだと思ってねー」
占師「えーっとねえ」台本捲り「ふむふむ、なるほどー、次回はこうなる予定なのか」
占師「え? なにも伝わらないって? そんなことないでしょ、あたしの魅力は十二分に伝わったはずっ」
占師「」ニコニコ
占師「」ニコニコ
占師「仕方ない、ちょっとだけ真面目モード入っちゃおうかなー」
占師「[とっても可愛い幼魔ちゃんを狙う刺客は途切れることなく西の都に侵入する。あたしの結界を介さないから程度は知れてるけど、ムカついちゃうな、ぷんすかぷんっ。しかし、勇者くんの想像通り幼魔ちゃんを狙うのは魔物だけではなかった]」
占師「[神の使徒――聖騎士]」
占師「うえ、あの頑固な堅物が家に来るの? やだなー、あいつ嫌いなんだよねー」
占師「ってなわけで次回、第四話! [幼魔「……しつ、け?」]かみんぐすーんっ」
占師「まったねー」
第四話「……しつ、け?」
幼魔が魔翌力を自ら開放した夜も王都は慌ただしかった。
忠臣「王! またしても都内にて膨大な魔翌力が! 先日と同じ魔物であると推測されます!」
王「ぬう……どこの魔物が紛れ込んだのじゃ」
忠臣「このままでは直に噂となり民も狼狽するかと思われます」
王「うむ……手を打つとするか」
忠臣「というと?」
王「使徒を呼べぃ」
忠臣「なんと! あの化け物を招き入れるというのですか!」
王「仕方なかろう。我が国軍で対抗するには骨が折れるほどじゃろう? じゃったら毒には毒を、化け物には化け物を、じゃ」
王「なに、心配せんでも奴らは魔物よりタチが悪い。なにせ死のうが暫くすれば新たな命を宿して産まれるのじゃからの」
王「聖都に打診せい! 奴がいるはずじゃ」
忠臣「……聖騎士、ですか」
王「うむ。他の使徒は居所すら掴めんがあやつは別じゃ。掲げておる聖心で立派に魔物退治を勤めてくれることじゃろうて」
そして十日が経った。
猫娘「れでぃぃぃぃぃぃぃ――っごー!」タッタッタッタッタ
幼魔「んっ」タッタッタッタッタ
猫娘「にゃはははははー! うちに雑巾がけで勝とうにゃんて百年早いにゃー!」タタタタタッ
幼魔「負け、ない」タタタタタタッ
青年「両者折り返し地点を並んで通過ー。僅かに猫娘ちゃんがリードしているかー?」本ペラッ
猫娘「秘技――[猫足]! にゃにゃにゃああんっ」シュタタタタタタッ
幼魔「奥義、がんば、るッ」ドタタタタタタッ
青年「ラストスパートが激しい様相を醸しだしているー」ペラッ(棒読み)
猫娘「にゃらららららっにゃーん!」シュタタタタタタタッ
幼魔「」ドタタタタタタッ「えいっ」ドタンッ
猫娘「飛んだにゃ!?」シュタタタタタタ「でも負けにゃいにゃああああ!」シュタタタタッ
青年「そしていまゴールイン」(棒読み)
猫娘「にゃんにぇいにゃ!?」ゼェゼェ
幼魔「……」ゴクリッ
青年「え? あ、えーと……ど、同着だったね」
猫娘「……にゃにゃあ?」ゴゴゴゴゴゴ
幼魔「……セ、イ?」ゴゴゴゴゴゴ
青年「ほほほほんとだよ! 決して本に夢中になってたとか、丁度いいところだったとか、寧ろこっちもクライマックスだったとか、そんなことなくちゃんと見てたよ」タラタラ
猫娘「……」ジィー
幼魔「……」ジィー
青年「……」ゴクッ
猫娘「……っにゃー! 流石娘にゃんだにゃん、強いにゃー」バタン
幼魔「つか、れた」ヘタリ
青年(なんとか誤魔化せた……)
猫娘「ところでセイにゃん、喉が渇いたからマタタビジュースを求むにゃ」
青年「そんなの自分で……」
猫娘「にゃあ?」ギロッ
青年(バレてた!)
幼魔「……ミル、ク」
青年(幼魔ちゃんまで!)
青年「いってきまーすっ」
先生!メル欄にsaga忘れてます!!
青年(猫娘ちゃんと遊ぶようになってきてから幼魔ちゃんにも感情が出てきたように思うけど……)コポコポ
青年(僕はちょっと寂しいよ)
青年(大人になっていく娘を見る父親の心境って、こんな感じなのかな?)
青年(……父親、か)
青年(使徒が父親になるだなんて、大概馬鹿馬鹿しい話だけどさ)
青年(父親といえば、魔王)
青年(今度一回訪ねてみたいもんだけど、どこにいるんだろうなあ)
魔王『覇気のねえ勇者と戦っても楽しかねえ。じゃあな』
『どこに行くのさ』
魔王『そうだなあ。この世の強い奴とは全員やっちまったからなあ。次は神に喧嘩でも売るか!』
『君らしいな。でも、神なんてどこにいるんだろうね』
魔王『そりゃあ神っつったらよお――』
青年(そう言って魔王は空を指さしていたけど……ほんと、どこにいるんだかなあ)
物思いに耽けながら幼魔に頼まれたミルクを注いでいた時。
――――――――ドゴォォォォンッ
青年「なんだあ!?」
音の出処である玄関に駆ける。
無残にも牛が突撃したように、壊れた扉が散乱していた。
「むう……力加減を間違えたか」
青年「げ」
普段から気の優しい青年には珍しく、
明からさまに嫌がった顔である。
「おう、その声は――」
青年「間違いなく、その声は……聖騎士」
聖騎士「やはり貴様だったか――軟弱者おおおおおおおおおおおッ!」ドゴォッ
問答無用で聖騎士は腹を殴る。
しかし青年は[予想していた]ので防御した。
聖騎士「素直に愛の鞭を受けとらんかッ!」
青年「なにしに来たのさ」
聖騎士「それはこちらの台詞だッ! どうして勇者を辞めた身である貴様がここにいる!」
青年(勇者を辞めた身である僕がここにいてはおかしい、ってことは、なるほど、そういうことか)
青年(いつかこうなると思ってたけど、まさかこいつが来るなんてね)
青年(西の王も随分思い切ったもんだ)
青年(しかし困ったな……聖騎士は話を聞かないからな……)
青年「それにしても、派手にやらかしたね。占師ちゃんに怒られるよ?」
聖騎士「なんと、ここは占師の家だったのか! なんたる偶然!」
青年(どうせ任務なんだろうけど、任務地に使徒が二人もいるってことを偶然で済ますのは相変わらずだな……)
聖騎士「では挨拶せねばな!」
青年「占師ちゃんはあと二週間は寝てるよ。強めの結界張ってあったでしょ?」
聖騎士「なるほど! 奴は使徒の宿命に倣って魔物を都に封じ込めたのか! 大なる犠牲のためには小の犠牲も致し方ない……苦渋の決断だったろう……しかし俺を信用してくれてのことに違いない! 応えるぞ、占師!」
青年(そして相変わらず妄想が酷い)
猫娘「にゃにごとにゃあ!?」
幼魔「」テクテク
青年(き……来ちゃだめだ!)
聖騎士「ッ!? ここで会ったが百年目!」
青年「初対面でしょ」
聖騎士「我が名は聖騎士! 神の使徒、聖戦士の称号を持つ! いざ尋常にッ――」
青年「聖騎士、君はいつも勘違いしてばっかりだな。昔から魔女ちゃんに『馬鹿阿呆間抜け死ねクズゴミ。百害あって一利なしってあんたのために産まれた言葉じゃないのぉ?』って言われてたでしょ? もっと注意深く見なきゃ」
聖騎士「そこまで言わなくても……」ズゥン
青年(魔女ちゃんへの苦手意識は変わらずだ、いけるっ)
青年「ほら、よーく見てみなよ、あの猫娘」
聖騎士「うむ」
青年「耳もあるし尻尾もあるし、ヒゲもあるし肉球もあるけど、一番大切なものが欠けてるよね。それはなんだろう」
聖騎士「……尻か」
猫娘「フシャァァァァァァッ」ジャキィンッ
青年「それは単に君が爆尻好きなだけでしょうが」
青年「魔力がないんだよ。だから猫娘ちゃんは魔物じゃない」
聖騎士「言われてみれば魔力がないな。するとその出で立ちは、あれか。今流行りのこすぷぅれというやつか。けしからんな、魔物に変装するなど」
青年「コスプレが流行ってるなんて初耳だけど、もうそれでいいよ」
青年「次にほら、となりの女の子を見てごらん」
聖騎士「うむ」
青年「あの子には角もあるし瞳も紫だしなんなら翼だってあったりするけど、一番大切なものが足りてないよね。それはなんだろう」
聖騎士「……胸か」
幼魔「ひゅ」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
青年「洒落になってないから落ち着いて幼魔ちゃん!」
聖騎士「むっ、今の魔力はッ――」
青年「魔力? 魔力なんて感じた?」アセアセ
聖騎士「――うむ、貴様の言う通り大したことないな。魔王の魔力の方が凄かった」
青年(……よくこんなんで聖都魔物討伐隊の隊長やってられるなあ)
青年(まあ、それは[あいつ]がいるからなんだろうけど)
青年([あいつ]が来る前に話を終わらせないと、大変なことになる)
猫娘「セイにゃん、何者(にゃにもの)にゃんだこの筋骨隆々の脳みそまで筋肉詰まってそうにゃ金髪馬鹿」
聖騎士「おう! 脳も鍛えあげてるぞ!」
青年「神の使徒だよ。これでも聖都で魔物討伐隊隊長やってる」ヒソヒソ
猫娘「……嘘にゃ?」ヒソヒソ
青年「事実は小説よりも奇なりってね。だから猫娘ちゃんは魔物であることを、幼魔ちゃんは魔力を隠して欲しい。こいつの狙いは幼魔ちゃんの討伐だろうから」ヒソヒソ
幼魔「」フルフル
青年「恐がらなくても大丈夫だよ。いざとなったら僕は幼魔ちゃんの味方だから」ヒソヒソ
幼魔「……セイ」パァァ
聖騎士「となると依頼はなんだったんだ?」
青年「勘違いしたんじゃないかな。ほら、この国の兵士は戦闘慣れしてないし、魔力の大きさを測り違えたのかも。あ、もしかしたら聖騎士の強さに驚いて逃げちゃったのかもね」
聖騎士「はっはっは! それもそうだな! 勇者、よく解ってるじゃないか!」
青年「だからもう勇者じゃないって」
聖騎士「そうだ貴様は勇者ではなく軟弱者だああああああああああッ!」ヒュッ
青年「ぶっ!」ドゴォッ
突然過ぎる拳に成すすべもなく青年の身体が宙に浮く。
聖騎士「そういえば忘れていたぞ。貴様、俺の説教をまだ聴き終えてなかったなあ?」
青年(くそっ……これだから嫌いなんだ)
青年(神の使徒の中でも僕にとってこれ以上鬱陶しい存在はいない)
勇者を律する者――聖戦士、なんて存在。
>>184
忘れてた、ありがとうござい。
ちょろっとだけ投下。
もうちょっとで四話書き上げられそうなので、お茶でも飲んで待っててね。
あと、「」←の使い方が増えてきたから一度整理しておく。
「」→通常の会話文
()→思考文
『』→回想文
[]→強調文(小説で"・・・"使って強調されてるような文)
""→言霊。現時点ではまだだけど、魔法なんかもこの括り。
キャラも増えてきたからその内に整理しなくちゃだけど、
それはまだもう少し後にする予定は未定。
ではまた。
そもそもなぜ神は使徒を地上に送ったのか。
実際に神の声を聞いた者はいないので、伝承や伝説から判断するしかないが、最も有力な説は魔王の討伐だ。
常人では太刀打ちできない力を持ってしまった魔王の一族。
その血を途絶えさせるために使徒は送られた、という話。
五人の神の使徒。
勇者、巫女、聖戦士、魔女、隠者。
勇者以外の四人は共に戦う存在であり、
同時に勇者を支える存在でもあった。
勇者を導く者――巫女。
勇者を育む者――魔女。
勇者に尽くす者――隠者。
勇者を律する者――聖戦士。
これは只の伝承であり、真実かどうか定かではない。
しかし歴代、聖戦士だけは伝承を裏付けするかのように勇者を律してきたと云われている。
聖騎士も律者を色濃く受け継いだ一人だった。
聖騎士「今日こそはひん曲がった性根を叩き直す!」ズンッ
青年「僕がひん曲がってるのは生まれつきだってば」ヨロッ
そしてあたかも勇者を律するために産まれてきたかのように、
聖戦士は肉弾戦においては勇者よりも強靭だ。
幼魔「セイ……敵?」
青年「ううん、敵じゃないよ。これは僕の問題だから、できれば幼魔ちゃんには手を出さないでほしいな」
聖騎士「いい心がけだな、勇者! いいや貴様は――」
幼魔「……ゆう、しゃ?」
青年「……」イラッ
聖騎士「――軟弱者だあああああああああッ!」ドゴォ
青年「」ガシィッ
青年「君は本当に、本当に、本当に来なきゃよかった。まだ知られたくなかったんだけど……君のせいで予定が狂ったよ」
幼魔「セイ……?」
青年「幼魔ちゃん。その話は後でさせてほしい。弁明したい。けれどとにかく今は、この星で最も空気の読めないこの馬鹿を、そうだね。敢えて僕が、律する」
聖騎士「貴様が俺を律するだと!? たわけたことを……抜かすなッ!」グォォッッ
青年(勝負は一撃! 一撃で決めないと……)
青年([あいつ]がやってくるっ)
聖騎士「歯を食いしばれ軟弱者おおおおッ!」ゴオォオォォオ
強烈な踏み込みから言葉の通り聖騎士は顔面を狙う。
横っ面に張り手を喰らわそうと腕も軌道に入っていた。
青年「馬鹿にするな!」シュッ
宣言されて躱さないわけもなく、青年は身を屈めて懐に入った。
青年(だめだ、このタイミングじゃ)
入ったものの一撃で決めなければならないため迂闊に手が出せない。
聖騎士「おおおおおッ!」ブオンッ
そんな青年の背を目掛けて組んだ手を叩きつける。
しかし当たる前に身を翻して避けた青年は、微かに聖騎士の鎧に触れた。
青年「"そして鎧は溶けていく"」
聖騎士「"勝利を砕けぬ鎧に誓おう!"」
青年(簡単に増幅方を使ってくるなんて……後先を考えない奴)
巫女同様に聖騎士にも言霊の増幅方がある。
それは[誓うこと]だ。
もちろん、使用すれば精神力の消費は通常より激しい。
聖騎士「使徒同士の戦いに虚言なぞ不要だ!」ドゴォッ
容赦ない聖騎士の拳が青年の脇を殴り飛ばした。
またも足が浮いて吹き飛ぶその威力。
壁にぶつかると同時に――青年は消えた。
青年「"幻の誘惑に踊らされた羊よ"」
そして青年の増幅方は、詩。
聖騎士「貴様ーッ!」
青年「"五感を置き去りに目覚めを砕こう"」シュッ
聖騎士「がふっ」バキィッ
尖く顎を揺らされた聖騎士は瞬時に白目を向いて足から崩れた。
生命の危機さえ思い起こさせる倒れ方だ。
青年「……」ゴク
それでも青年は安心できなかった。
万が一にも意識が飛んでいなければ――厄介ではすまないことになると予想する。
しかし、聖騎士はそのまま起きなかった。
死んだわけではなく、上手く意識が飛んだ。
青年「……ふう。なんとかなった」
幼魔「……セイ?」
けれど青年の窮地はまだ終わっていない。
猫娘「み、ミルクだにゃーん」コト コト
机を挟んで幼魔と青年が向かい合う。
どこか無関係な猫娘はただならぬ雰囲気に怯えていた。
幼魔「セイ、勇者、って?」
青年「……うん、黙っててごめん。僕は元々、勇者なんだ。今はもう勇者を辞めてるけど……でも、その力は残ったままだから、辞めれたなんて言えないのかもしれない」
幼魔「……くま」
青年「熊? ああ、そうだったね。僕は熊じゃないんだ、ごめん」
幼魔「どうし、て? 嘘……」
青年「あの時の幼魔ちゃんに僕が勇者だって伝えたら大変なことになるだろうな、と思ってさ。まあ、勇者ってのを知らなかったかもしれないけど」
幼魔「勇者、知ってる」
幼魔「魔物、敵」
青年「そういう認識だよね……それであってると思うよ。だから言えなかったんだ」
幼魔「……」ガタンッ
猫娘「にゃ、にゃにゃ、にゃ」オロオロ
幼魔「」スタスタ
青年の元まで歩いた幼魔は小さいながらも見おろす。
ぷっくりと膨らませた頬と眉間の皺から怒りが表れていた。
青年(怒らせちゃった……それもそうか)
幼魔「……ばか」ポクッ
叩くというよりは乗せるに近い速度で青年の頭を咎める。
幼魔「そんな、こと……もう、解る」
幼魔「前は、そうでも、今なら、解る」
幼魔「セイの、口から、聞きた、かった」
青年「……ごめん」
幼魔「許さ、ない」
青年「」ショボン
幼魔「罰……必要」
青年「なんでもいうこと聞くよ」
幼魔「……じゃ、あ」
幼魔の告げた罰に青年は驚き、
猫娘はにゃあおと頭上で音符が踊ったとか。
幼魔「デート、する」
□青年の寝室
青年(デートか……要するに遊びに連れてってくれ、ってことだよね。それをデートと呼ぶなんて、これは間違いなく占師ちゃんの悪影響だな)
青年(でも丁度よかったかも。そのままにしておくわけにはいかない聖騎士は寝室で眠ってるし、暫くこの都を出るのも有りだ)
青年(旅みたくずっと移動してれば幼魔ちゃんの魔力が感知されても問題ないし)
青年(心残りといえば占師ちゃんの世話を誰がするのかって話だ)
青年(猫娘に頼んでみるか。聞いてくれるかな)
青年(んー……どうしよっかなー)
所変わって居間の二人は。
猫娘「やるじゃにゃいか娘にゃん! デートに誘うとはにゃかにゃかの勇気だにゃ!」
幼魔「頑張、った……」ドキドキ
猫娘「でも油断は禁物にゃ。あの男はどことにゃく鈍感な匂いを発してるにゃ。猫の鼻(はにゃ)を信用するにゃー」
幼魔「頑張、る……あ」テクテク
猫娘「どしたにゃ?」
幼魔「お水、あげなくちゃ」
猫娘「にゃあ? それは……ジュピリアの卵にゃ!? 珍しいもん持ってんにゃ~」
幼魔「私の、子供」
猫娘「誰とのにゃ!?」
青年(遊びに連れて行くとしたらどこがいいだろう。南の都がいいかな、年中陽気なところだし)
――シュルル
青年「……なんというか、かんというか」
青年「息つく暇を与えてくれないな」
――シュルル
棚と壁の隙間から這い出た蛇が舌をちろちろと震わす。
爬虫類独特の不気味な視線を青年に送っていた。
青年「隠す気もない、か」
青年「いいよ。どこでやる?」
――シュルル
それが答えと言わんばかりに大量の蛇がどこからともなく集まってきた。
蠢く縄は次第に形を作り始めて、同時に夥しい魔力を帯びていく。
青年「なるほど。そこまで分割すれば魔力がゼロに近いほど分散するのか。それなら占師ちゃんの結界も潜れるかもしれない」
青年「でもそれっていくら君達魔物でもリスクが大きいんじゃないの?」
蛇の肌が融合していき一つの意思に纏まった時、
虚ろに気怠く佇む魔物が成立した。
蛇女「……魔王様はどこ?」ボソッ
青年(なんかこの魔物……激しく不気味だ)ゾゾォ
幾重にも絡み合った髪は一本一本が蛇だ。
中でも一際逞しい蛇がだらりと魔物に巻きついている。
蛇女「ああ……魔王様……どこに行ってしまわれたのですか……」ボソッ
青年「少なくともここにはいないと思うよ。だから出てってくれたりしない?」
蛇女「……嘘吐き」ボソッ シャァァアッ
蠢く髪から一匹の蛇が砲弾のように発射される。
虚を突かれた青年は目前で胴を掴んだ。
恨めしそうに蛇は口を開けて毒を滴らせている。
蛇女「……いるでしょう? 魔王様の……忘れ形見が」ボソッ
蛇女「……ふふ……女の子だったね……男の子だったらよかったのに……」ボソッ
蛇女「……男の子だったら魔王様の代わりになったのに……」ボソッ
青年(魔王、どうやら君はモテモテらしいよ)
蛇女「……女の子なら、そうね……食べちゃおうか……」ボソッ
蛇女「……ちょっとは魔王様の味がしそうだもの……」ボソッ
青年「き、君の愛は歪んでるね」
蛇女「……歪まなきゃ愛じゃないよ」
青年(それにしたって程度があるだろうに)
蛇女「とにかく……ばいばい」ボソッ
蛇女「"蛇の目"」ボソッ
蛇の目に見られたら石になって固まってしまう。
それは常識のようなものだから、青年だって知っていた。
しかし――
青年「程度があるだろ!?」
蛇女の髪。総数にして千本を越える蛇の髪。
それらが一匹残らず目を赤く光らせて光線を乱射した。
青年「けど光だったら問題ない。"光は光を照らす"」
青年の周りを眩しい光が包んだ。
赤い光線は辿り着く前により強力な光に呑まれる。
蛇女「……ふふっ」
蛇女は両腕をしならせた。
すると腕だった箇所が蛇となりバラ鞭のように床を叩く。
――メキメキメキィ
その破壊力は予想以上だ。
蛇女「……知ってる。使徒は無敵じゃないんだって」ボソッ
石光線を発射したままずりずりと近づき腕を振るった。
青年「おっと」シュンッ 「随分と遅いね」
蛇女「……うん、だから」バキィッ
躱された鞭が木の床を抉り、蛇の先端が疎らになった瞬間。
それらも一斉に光を放つ。
青年「"輝きは際限なく"!」
青年を包む光は護りの壁に過ぎない。
当然、一定量を超えれば盾は崩れる。
蛇女の放つ赤い光線が狂気を増して青年を襲う。
青年「ぐうぅっ……」
青年(精神力の消耗が……一気にっ)
蛇女「……どっちが先かな」ボソッ
言霊という規格外の力を操れる使徒の弱点。
それは精神力が尽きた時、完全に気を失ってしまうことにあった。
魔力が尽きても人であれ魔物であれ動くことはできる。
風邪をひいたようなだるさはあれど気を失うなんてことはない。
だから魔法使いは極限まで戦うことができる。
使徒は違う。戦闘中に限界を超えてはならない。
仮に越えていいとすれば先刻の占師のように味方が護ってくれる時や、必ず終わらせられる一撃を与える時だけ。
青年(賭けにでるか? いやだめだ。いまこの家には聖騎士の馬鹿がいる)
青年(それに一人は辛いな)
勇者である時はいつも周りに味方がいた。
巫女も魔女も隠者も、もちろん聖戦士も。
だからこそ様々な魔物に打ち勝つことができ、魔王と対峙することができた。
青年(いけない、集中力の散漫が始まってる)
精神力の消耗により起こる災害を頭を振って引き離す。
――ギャリギャリギャリギャリギャリィ
鼓膜を揺する甲高い音が鳴り響いているというのに青年はやけに静かな面持ちだった。
それもまた、摩耗した精神力の痛みだ。
――バンッ
幼魔「セイ!」
猫娘「にゃにゃにゃにが起こってるにゃあ!?」
青年「来るな!」
蛇女「……ふふっ」
幼魔「セイ、に……なにし、てる!」
蛇女「……見ての通りだよ、幼魔様……幼魔様を誑(たぶら)かす悪い人間をやっつけてる……」ボソッ
青年「早く逃げろっ!」
幼魔「セイ、は、悪い人、間じゃな、い!」
蛇女「……忘れたの、幼魔様……人間はみんな悪いってこと……」ボソッ
幼魔「セイ、じゃな、い!」ゴゴゴゴゴ
蛇女「……でも彼だって……人間」キィィィィィ
青年「逃げてくれ……幼魔ちゃん」
言いながらも幼魔が逃げる必要はないことを青年は解っていた。
共闘してくれればこの上ない戦力になることも解っていた。
けれどそれ以上に戦って欲しくなかった。
感情が芽生えはじえた大切な時期だ。
ようやく自分で物を考えるという段階に入る時期だ。
だからこそ、余計な先入観は軽減したい。
同族と戦うだなんて論外だ。
既に呪いの傷を負っていたとしても。
猫娘「よよ幼魔にゃん!」ガシッ
猫娘(にゃんだこの魔力!? 触れただけでブッ倒れそうにゃ!?)
幼魔「はな、して」ゴゴゴゴゴゴゴ
蛇女「……いいよ……食べてあげるから」ピカッ
猫娘「危にゃい!」ガバッ
庇うように倒れこむと間一髪猫娘の背中すれすれを赤い光線が走る。
猫娘「セイにゃん! にゃんかよくわかんにゃいけど、そんな状態で逃げろってほんとにわかんにゃいけど、だからこそ、逃げるにゃ! それでいいにゃ!?」
青年「恩に切るよ……猫娘ちゃん」ググッ
幼魔「でも、セイ」
猫娘「幼魔にゃん! セイはいま、心からお願いしてるんだにゃ! 尊重しにゃくちゃだめにゃ!」
幼魔「あ、あう……セイ……」
青年「大丈夫だよ、幼魔ちゃん。こんな奴、瞬殺だから」
蛇女「……よく……言う……ッ」ビカーッ
青年「ぐっ……行け、猫娘ちゃん!」
猫娘「にゃにゃ!」ガシッ ダッダッダッ
幼魔「セイ!」ズルズル
蛇女「……で? ……どうするの?」
青年「どうしよっかな、はは」
――ギャリギャリギャリギャリギャリィ
青年(もう覚悟を決めるしかない。精神力を極限まで使って……でもそうなったら三日は起きられない……くそっ。聖騎士が[あのまま]でいることを祈るしかないか)
――パチッ パチッ パチッ
突如室内に響いく渇いた拍手。
それはいつから居たのか。
腰まで届く金髪にすらりと伸びた長い脚。
あの聖騎士と同じ防具を装備した[女]が壁に凭れていた。
そして青年は呼ぶ。
青年「……聖騎士。起きたんだ」
聖騎士「あんなに大きな衝撃を与えられては嫌でも目が覚める」
青年「ところで僕、悠長に会話してる場合じゃないんだけど」
聖騎士「随分と楽しそうだな、勇者。ああ、軟弱者、だったかな?」
蛇女「……なに……あなた……」ビカッ
聖騎士「おっと」シュン
聖騎士「話の邪魔をするんじゃない、魔物風情が。私はこの軟弱者に、聞かなければならないことがあるのだ。なに、私は手を出さないから安心してこいつを殺しにかかるといい」
青年「相変わらず……くっ……性格、悪いね」グググッ
聖騎士「なにを言っている。この世に私より性格がいい者なんて、一人だっているわけがないじゃないか。そうだろう?」
青年「……はっ」
青年(最悪だ……[あいつ]が来た。[あいつ]になっちゃってる)
男の聖騎士と女の聖騎士――二人は紛れもない同一人物だ。
一つの体に二つの魂を宿してしまった使徒。
それが現在の聖戦士、聖騎士だ。
過程にあった紆余曲折はさておいて、その成立と共に一つは二つに分かれた。
男の聖騎士には武を。
女の聖騎士には智を。
[痛み]をトリガーに交代する魂は脳の記憶を共有する。
そして、青年からしてみれば、戦うにしたってどちらも強敵に違いなかった。
だとすれば、智力勝る女版の方が厄介極まりない。
聖騎士「あいつは謀れても私はそうもいかんぞ、軟弱者」
聖騎士「あの猫娘は尻がなかろうと魔力がなかろうと魔物に違いなく、幼き魔物は胸がなかろうとなんだろうと、此度のターゲットに変わりないのだ」
蛇女「……あれ、仲間割れかな……じゃあこのまま……終わらせようッ」
蛇女の下僕から放たれる光が更に色を濃くした。
青年「それどころじゃ……ないってのに……っ!」グググッ
聖騎士「魔物を囲うなどヤキが回ったものだな、軟弱者。まさか罪滅ぼしのつもりか?」
青年「そんなつもりじゃないっ」
聖騎士「ならばなぜだ。答えろ」
青年(なぜなのか……なぜなのかって……そんなの、答えは一つしかない)
青年「可哀想だからだ!」
聖騎士「ほう、哀れみか」
青年「哀れみもするさ! あんな、あんな子……」
青年「幼魔ちゃんがなにをしたっていうんだ! 魔物だからとか、魔王の娘だからとか、そんな理由で、そんなくだらない理由で」
青年「ろくに物も教わらずに、人間への憎しみだけ異常に植えつけられて、感情の発露さえ知らずに生きて――それもこれも、みんな僕たちのせいじゃないか!」
聖騎士「僕たち、には私も含まれているのか?」
青年「当たり前だ! 僕もお前も目の前にいる魔物も! 僕たちがこんな世界を続けるから、罪のない子供が業を背負わされるんだよ!」
聖騎士「そんな世界を終わらせるために貴様がいるのだろう、勇者よ」
青年「勇者を辞めると宣言した時にも言ったはずだ! 僕は、魔物を皆殺しにして人間だけが平和になる世界なんて、認めない!」
蛇女「……ふふっ、とんだ甘ちゃん……それでも魔物は人間を殺すよ」ボソッ
青年「その根底を覆したいと願うことのなにが悪い! 理想を掲げてなにが悪い! 人間と魔物が手を取り合って生きたっていいだろう?」
蛇女「……むり……だって、人間は悪だから……」ボソッ
聖騎士「どうする軟弱者。貴様の理想論では目の前の魔物一匹すら、説き伏せれんぞ」
青年「……わかってる」
青年「聖騎士。これだけは覚えておいてね。もしも幼魔ちゃんに手をかけたら、僕は君を必ず殺す。なりふり構わず追い詰める。だから、お願いだ。三日でいい、任務を忘れてくれ」
聖騎士「……ふん」
聖騎士「聞けん相談だな」
青年「なっ!」
蛇女「……そろそろだね……ふふっ」ボソッ
蛇女「……勇者さん……知ってるよ……限界でしょ……だから……本気を出すね」グオォォォン
青年に放射されていた赤い光線がぴたりと止んだ。
疲れからぐらつくが懸命に蛇を睨む。
蛇は一本残らず主人の中心に光を集めていた。
瞬きの間に膨れ上がっていく赤い光。
聖騎士「軟弱者……いや、今は青年だったか」
青年「なんだい頑固者」
聖騎士「青年。ふん、貴様は昔から根っこの部分が変わらんな」
青年「そうかな。随分変わったつもりだけど」
聖騎士「いいや、昔から貴様は――甘ったるい。ところで、アレをどうする。もう防げんだろう」
青年「やられる前にやるよ」
聖騎士「ならばそうだな。鏡なんてどうだ」
青年「……なんのつもり?」
聖騎士「答え合わせは後にしよう。時間がないぞ、勇者!」
蛇女「……ふふ……ふふっ……ふふふっ……あつい……あつい……あついよ……?」ボソッ ギュルルルルルルルッ
青年「だから僕は」
勇者じゃないって、言ってるのに。
この、頑固者。
青年「"水面に写るは鬼か蛇か。心いくまで魅入られん"」
青年の前方に浮かぶ水鏡に恍惚に震える蛇女が写る。
聖騎士「"悪心を写す鏡が硬く砕けぬと神に誓う"」
聖騎士の言霊と共に水鏡が固定化されて仰々しい装飾が施された。
蛇女「……ふふっ……それが……どうしたッ」
十全に圧縮されたエネルギーが血流のように球状の中で狂い放たれた。
全方位に弾け飛んだ赤い光は床も壁も一緒くたに石にしていく。
当然、青年も、聖騎士も。
蛇女「……待ってて……待っててね魔王様……いま……食べに行くから……ふふっ……ふふっ……」
聖騎士「さて、終わったようだ」
青年「相変わらずこの技は後味が悪いね」
聖騎士「殺すよりいいだろう?」
青年「大差ないよ、これは」
床に転がる一枚の鏡。
しかしその鏡は二度と外面を写さない。
写すのは――内面に潜んだ幻に微笑む蛇の姿だけだった。
聖騎士「しかしこの程度の相手にこうも手こずるとは……いよいよ軟弱者がお似合いだな、貴様」
青年「返す言葉もない。けど、聞かせてもらうよ。どうして加勢してくれたのさ」
聖騎士「それについてはなぜそう思うのかと逆に問いたい。私は貴様を律せねばならんのだ。死んでしまってはどうしようもないだろう?」
青年「筋は通ってるけど……なにか釈然としないんだよね」
聖騎士「私が貴様の軟弱ぶりを許容した、気がするのではないか?」
青年「軟弱っぷりって……もういいよそれで。でもそこだ。聖騎士にしては話が通じすぎだね」
聖騎士「ふん。相変わらず貴様は私を誤解しているな」
聖騎士「第一に、許容してなどいない。私は貴様の甘さを認めない。そもそも、貴様自身が掲げていない甘さに賛同などできるか」
聖騎士「魔物も人間も手を取り合って平和に……でまかせだろう?」
青年「……はあ。だから君は苦手なんだ」
青年「全てが嘘ってわけじゃないよ。魔物と人間の共存。いつかそうなればいいなと、確かに思ってる。だけど、別にそんなことを本気で望んでない」
青年「僕は勇者だけど、伝承にあるような奇跡の人じゃないんだ。神の教えも受けてない。根っからの善人じゃないんだよ」
聖騎士「知っている。貴様がその通りの使徒なら、昔から私は困っていない。貴様があの幼い魔物を囲っているのは、そう――性癖だな」
青年「こんなシリアスな状況でボケないでよ。冗談にならなくなるから」
聖騎士「貴様が伝承通りの勇者なら、昔から私は困っていない」
青年「敢えて台詞を被せて信憑性を増さないでくれるかな?」
聖騎士「しかしそんな貴様を律することが私の宿命だ!」
青年「この辺で勘弁して!?」
猫娘「せ……性癖だったにゃ!?」
青年「とんでもないところから盗み聞きされた!」
猫娘の誤解をとくのに十分程度かかったが、
慌てふためき早口でごうごうと論理を繰り広げる青年がいたが、
彼の名誉のために割愛させてもらおう。
猫娘「そういうことにしとくけど、いたいけな幼魔にゃんにいじわるしたら掻き刻むにゃ?」
青年「十分かけてこの程度か……」
聖騎士「くくっ、なかなか楽しませてもらったぞ」
青年「だから聖騎士は性格が悪いっていうんだよ」
聖騎士「さて、話を締めくくるとしよう」
聖騎士「貴様が幼い魔物を囲む訳、それは――己と似た境遇である魔物を放っておけない、というのが建前の、本音は、己と似た境遇である魔物を救うことで幼かった頃の自分を救いたいのだろう?」
青年「的確に人の醜い部分を突き刺してくるね」
聖騎士「――というのが卑下した結論で、なに、そんなに気に病むことはない。貴様は根っからの善人ではないと己を称したが、夢のない言い方をすれば使徒である以上……そうでなくとも貴様は性善説の体現者だ。性根に善性が根付いている」
青年「そうやって見透かしたようなことを言ってさ」
苦手でも、厄介でも、だから嫌いになれないんだよ。
僕を律する――見捨てない存在。
聖騎士「ふん、戻るとするかな」
青年「聖都に帰るの? でも、依頼はどうするの?」
聖騎士「依頼は達成したろう。私は貴様と共闘して、たったいまのっぴきならない魔力を持つ魔物を討伐したではないか」
青年「いつからそんなに物分りがよくなったのさ」
聖騎士「勘違いするなよ、軟弱者。私はいつだって自分に素直だ。貴様が魔王の娘を教育し、人類の敵とならないようにするというのなら、それもまた使徒の役割だろうと判断したまで。そのことについては律する必要がない」
青年「はは、ありがとう」
青年が微笑み感謝を述べると聖騎士は振り返って背中を向けた。
しばしの沈黙の後、「またな」と手を上げて家を出て行った。
猫娘「にゃあ、途中からでよくわかんにゃかったけど、にゃんとにゃくわかったにゃ。セイにゃんは幼魔にゃんが大切ってことだにゃ」
青年「もちろん」
猫娘「それにゃらそれでいいにゃ。猥褻な行為をしたら即刻男の勲章を噛みちぎるけどにゃー」
青年「ひっ」
猫娘「にゃ? にゃんか落ちてるぞ?」
青年「その布袋……聖騎士のだね。いつ落としちゃったんだろう」
猫娘「そんにゃら届けてくるにゃー。魔物の好感度あっぷだにゃ!」
青年「猫娘ちゃんなら上手くやれそうだね。お願いするよ」
猫娘「行ってくるにゃあ」
青年「さてと、幼魔ちゃん。いるんでしょ?」
幼魔「」ヒョコ
青年「どこから聞いてた?」
幼魔「……セイの、せいへ、き」
青年「そこはすぐに忘れてくれていいから!」
青年「そこから聞いてくれてたなら話は早いね、忘れてほしいけど」
幼魔「……人間と、まも、の?」
青年「うん。でも僕はそれを強制しない。これから先、幼魔ちゃんはたくさんのことを知っていくから、その中で自分なりに考えていけばいい」
幼魔「……んん」
幼魔「難し、い」プスプスプス
青年「ゆっくり考えようね。それで、もしよかったら、答えがでたときに教えてほしいんだ。僕もその答えが解らないままだから」
幼魔「」コクリ
幼魔「でも、一つだけ、わかる」
青年「ん?」
幼魔「セイは、悪、じゃな、い」
青年「ははっ。そっか、ありがとう、幼魔ちゃん」
幼魔「セイ……もう、あんな、の、嫌だ」
幼魔「一人で、戦わない、で」
青年「僕も幼魔ちゃんに戦ってほしくないな。心配だから」
幼魔「私、強い。セイよ、り」
青年「そうかなあ?」
幼魔「強い、もん」プクー
青年「はいはい」
幼魔「」プクー ゴゴゴゴゴゴゴ
青年「可愛くむくれながら魔力を放出するのはよそうね」タラリ
猫娘「おっとどけものっにゃーんにゃにゃにゃにゃーん」
猫娘「お、いたいた。せいっきっしにゃーんっ」
聖騎士「」ブツブツ スタスタ ブツブツ スタスタ
猫娘「にゃんにゃんにゃー……あ」
聖騎士「私は上手くできただろうか。いつものように振る舞えただろうか。たとえできていなくても仕方ない。勇者きゅんの目の前にいたのだから。ああ、勇者きゅぅん。いつもながら凛々しく弱々しく女々しいなあ。母性本能が子宮を疼かせる。いますぐに縛って我がものにしたいッ!」
聖騎士「いいやいけない。勇者きゅんは勇者であり、私は聖戦士なのだ。未来永劫結ばれない存在。神よ、なぜ貴方は私と勇者きゅんに断崖を敷いたのだ! 神よ! おお狂おしい! しかしにやけづらが止まらんなあ。勇者きゅん、可愛いなあ、くくっ」
聖騎士「困ったように笑う勇者きゅん! 困ったように俯く勇者きゅん! 困ったようにはにかむ勇者きゅん! 嗜虐心が暴走してしまうでは な い か!」
猫娘「……にゃ」クルッ
猫娘「うーっちはにゃんにも――見てにゃいにゃあああああああああ!」シュタタタタタタタタタ
後に猫娘は語る。
世界で一番恐ろしいのはシャンプーじゃにゃくて、変態騎士だったにゃあ、と。
...to be continued.
次回予告
猫娘「にゃにゃんにゃにゃーにゃにゃんにゃにゃー、にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃんっにゃんにゃんっにゃっにゃにゃにゃんっ!」
猫娘「誰にゃ! 誰にゃ! 猫娘にゃあ!」(ガッチャマンのテーマより)
猫娘「今回のお話(はにゃし)でこんにゃお便りをいただいたにゃ!」
{青年と蛇女のバトル中、聖騎士はいつからか居たとありますが、いつから居たんですか。どこに隠れてたんですか、教えてください猫娘先生}
猫娘「にぇんにぇーがお答えするにゃーよ!」キランッ
猫娘「ずばり、最初っから居たらしいにゃ。言霊で姿と気配を消して、セイにゃんと蛇女(おんにゃ)がバトル前から、セイにゃんが物思いに耽ってる時から居たらしいにゃあ。にゃにをしてたかって言うと――うわにゃにするやめろにゃー!」
ドカバキボコッ
猫娘「ふにゃあ……散々にゃ目にあったにゃあ。さて、気を取りにゃおして次回予告だにゃんっ」
猫娘「[いよいよ占師にゃんが目を覚ますにゃん。セイにゃんが言うにはうちと似てるらしいけど、そうにゃん? キャラ被りはいらにゃいにゃー! この物語の正ヒロインの座は渡さにゃいぞ! そんにゃわけで次回、栄光のヒロインは誰の手に――うわにゃにするやめろにゃー!」
ネチネチネチネチネチ
猫娘「ふにゃあ。真面目に次回予告しろって、なぜか側近に怒られたにゃ。わかったにゃわかったにゃ」
猫娘「[目を覚ます占師。ついに動き出す側近の結界破り――いま、西の都が戦場の炎に包まれようとしている。その時、勇者はにゃにを護るべく動くのか]」
猫娘「次回、第五話。[幼魔「……ゆう、しゃ?」]はみんぐすーんっにゃ!」
猫娘「え? かみんぐすーん?」
猫娘「どっちでもいいにゃそんにゃの! まったにゃあ」
第五話 幼魔「ゆう、しゃ?」
この夢を見るのは何度目のことだろう。
空を覆い尽くす不自然な暗雲。
地を揺るがす不安定な魔翌力。
辺り一面に響く悲しい音色。
泣き声。
そう、泣いているのは幼魔ちゃんだったんだね。
今まではずっと輪郭のぼやけた黒い影だった。
けれど今回ははっきりと幼魔ちゃんだと認識できる。
泣いている。
声の限りに泣いている。
その手に抱くのは……それもまた影。
想像に難くない。
幼魔ちゃんを知る人なら誰だって解ること。
あの幼魔ちゃんが心を痛めて泣く相手。
ごめんね、幼魔ちゃん。
ごめんね、勇者くん。
あたしは嘘吐きなんだ。
嘘吐きの、巫女なんだ。
占師「」パチッ
占師(またあの夢……はあ、酷い汗だ)
占師(酷い心)
占師(……ここはあたしの寝室か。この様子だと勇者くんが看ていてくれたのかな)
占師「あ……幼魔ちゃん」
幼魔「すぅ……すぅ……」ギュッ
占師「可愛いな……可愛すぎて……テンション上がってきちゃったなーっ」ウフフフフフ
占師「舐めずりまわそうか含みつまんでしまおうか! 幼魔ちゃんの秘密の花園、探検しちゃおっかなーっ!」
幼魔「……ぁ」パチッ
占師「いっただ――っとととと。おはよー、幼魔ちゃん」
幼魔「……ウラ、起きた」
占師「ウラ? 何語だろ?」
幼魔「ウラ」ビシッ
占師「あたしのこと!? そういえば勇者くんのことセイって呼んでたっけ……青年だから」
幼魔「」コク
占師「幼魔ちゃん、せめてもう少し可愛い名前にしてくれないかなー? ウラって裏みたいであたしの好感度が……」
幼魔「……ウララ?」
占師「迂闊に立ち上がれないよー」
幼魔「……ウラン?」
占師「なぜだかとっても不謹慎な気がするっ」
幼魔「……フラン?」
占師「腐乱死体!? もう原型も留めてないしいいよウラでー……はあ」
幼魔「そうだ……セイ」トテテテテテ
占師「行っちゃった。それにしても幼魔ちゃん、心なしか流暢に話してた気がする。よかったよかった」
トテテテテテ
占師「あ、戻ってきた」
幼魔「セイ、ウラ起きた」
青年「おはよう占師ちゃ……ん……」
占師「おっはよー! どうしたの鳩がジャイアントスイングされたような顔しちゃってさー」
青年「いや、その、あの……」
占師「ひと月振りの対面なんだし気兼ねなくあたしの豊満なおっぱいに飛び込んできていいんだよー」
占師は満面の笑みで両手を広げた。
すると、ぶるんっ。
やけに開放的な存在にぎこちなく首を傾げる。
占師「ひ……ひぃぃぃぃやああぁぁぁぁぁああああっ!」ガバッ
占師「どどどどうしてあたし裸なの裸で勇者くんに飛び込んでおいでってただの痴女だよーっ」
青年「裸じゃなくても充分痴女だったけどね……はは」
占師「馬鹿なこと言ってないで――出てけー!」
青年「ごごごごめんっ」タッタッタ
幼魔「……?」キョトン
占師「うう……あたしの体を布で綺麗にしてくれてたのは嬉しいけど幼魔ちゃん、あたしはとても大きな傷を負ったよ……」
幼魔「ごめん、なさい」ショボン
占師「過ぎたことは仕方ないからいいけど……幼魔ちゃんも覚えておくように。女の子は簡単に男に肌を見せちゃ駄目だからねー」
幼魔「」コクリ
幼魔「見せるのは、ここぞという時、だけ」
幼魔「膨らんだアイスキャンディを美味しそうに舐め上げる時、だけ」
占師「やけに官能的な表現だねー、って……読んじゃったんだ」
占師(勇者くん怒るだろうなー)
既に青年は情操教育に悪いからとこの家の官能小説を全て燃やしてしまっていた。
それに気づき占師がご立腹になり青年を問い詰めるも、変態だ痴女だモザイクだと反論されてしまうのはまた別の話。
猫娘「にゃにごとにゃあ! あの変態、幼魔にゃんにいかがわしいことを遂にしたにゃあ!?」
占師「……誰?」キョトン
猫娘「変態にゃあああああ! 幼魔にゃん! この変態から離れるにゃあ!」
占師「甘んじて受け入れる! 変態であると!」
猫娘「甘んじるにゃ! この家の変態分布率が上がってしまったにゃあ……エンカウント率高すぎにゃあ」
猫娘「というか、使徒には変態しかいにゃいにゃ」ガーン
占師(この子、あたし達のことを知ってる?)
□居間
占師「さて、勇者くん。あたしが眠っている間になにが起こったのか洗いざらい吐いてもらうからねー」
青年「それはもちろんだけど……どうして猫娘ちゃんはあんなに震えてるの?」
猫娘「変態にゃ……変態しかいにゃいにゃ……」ガタガタ
占師「……さあ」
青年はありのままを話した。
結界を張った後、侵入した魔物と戦ったこと。
猫娘が訪れて、その身を乗っ取る幽霊がいたこと。
聖騎士が現れて、侵入した魔物を倒すべく共闘して、現状を理解してもらったこと。
占師「なるほど。それなら猫娘ちゃんがここにいるのも仕方ない、けど……それでもなにも言わないわけにはいかないよ勇者くん。あたしは使徒で彼女は魔物。なにより、家主が寝ている間に知らない女を家に連れ込むだなんて最低だよっ」
青年「誤解しか産みそうにない言い方は止めてよ」
猫娘「連れ込まれたにゃあ!?」
青年「そこ黙ってて」
幼魔「連れ込まれた……」ドキドキ
青年「占師ちゃんのせいですっかり思春期だよ」
占師「面目ない」エヘヘ
占師「あたしが張った結界は魔力に反応するようにしちゃったからなー。そのせいで穴だらけなんだねー、これは本当に面目ないやー」
青年「上出来だよ。外からの侵入もそうだけど、なによりも内側からの魔力を塞がなきゃならなかったんだから」
幼魔「ウラ、ありがと」
占師「いいんだよ幼魔ちゃん。でもどうしてもお礼をしたいって言うのなら、あたしと一緒にねんねしよっかー」
猫娘「いけにゃいにゃ幼魔にゃん! この女はあわよくば幼魔にゃんの秘密の花園を探検する気だにゃっ」
青年「秘密の花園って……考えすぎだよ猫娘ちゃん」
占師「ふんふふんふふーん」ダラダラ
青年「図星か」
占師「それにしても猫娘ちゃん、だっけ?」
青年(話を逸したな)
猫娘(話を逸したにゃあ)
占師「帰れと言っているわけじゃないけど、帰らなくても大丈夫なのかな」
猫娘「問題にゃいにゃ。猫人族は自由気ままにゃ魔物にゃ。うちのママにゃんもパパにゃんもふらっと家を出て一年ぐらい帰ってこないこと、あるにゃよ」
占師「その割には猫人族なんて初めて見るけど……」
猫娘「うちのパパにゃんとママにゃんは特別猫人族の血が強いらしいにゃ。だから他の家の猫人は普通に生活してるにゃよ」
占師「それは単に猫娘ちゃんの家庭が自由過ぎるだけな気がするなー」
猫娘「確かにうちはとびっきり自由にゃ」ニャッニャッニャッ
青年「確かに猫娘ちゃんには首輪が必要だよね」
幼魔「ネコの世話、頑張る」フンッ
猫娘「世話してあげるのはうちだにゃあ」
幼魔「わた、し」ムッ
猫娘「うちにゃあ!」ムッ
青年(幼魔ちゃんと精神年齢が同レベル)
占師(幼魔ちゃんって多分九歳ぐらいなんだよね)
九歳と本気喧嘩する十六歳の猫娘だった。
ちょろっとだけ投下。
ではまた。
■□■□■
魔物「側近様! 部隊配置、完了しました!」
側近「人間の街にこうして攻め入るのはどれぐらいぶりだろうな。まさかこんな形で進軍することになるとは思わなかったが」
悪魔「本気だなあ側近ちゃん。あの街滅ぼしてそのまんま全面戦争に突入するつもりかよ」
側近「本気ではあるが全面戦争をするつもりはない。魔王様不在のままでは決め手にかけるからな。先代魔王様は人間を滅ぼすことにあまり興味がなかったようで戦争にはならなかったが」
悪魔「ははっ、皮肉だよなあ。人類滅亡を志さない魔王様の時だけ魔物が一つになったなんてことはよお」
側近「強さのみを追いかけるその姿勢は魔物の根幹を震わすには充分だった」
側近「しかしだからこそだ! 魔物が纏まっている今が好機! 次なる魔王様には人類滅亡を指針に君臨してもらわねばならない」
悪魔「それがあのお嬢ちゃんか。大半の魔物は強さ重視で生きてるから力さえあれば嬢ちゃんに付いていくだろうよ。あの魔力は確かに痺れたぜぇ……けど、強いかどうかはわからねえ。大体お前、あの嬢ちゃんは本当に――」
側近「おっと、そこまでにしておけよ、悪魔。お前が知る必要のないことだ」ギラッ
悪魔「……へっ。悪魔を騙そうだなんていい度胸だぜ。そのやり口は感に触るが――野心は嫌いじゃねえ」
側近「そうか。ならば俺に付いてこい。この世に地獄を見せる、これは始まりだッ!」
側近の視界に広がる千を越える魔物の軍勢。その内の半分は結界魔法に秀でた古の種族、壺魔の面々だ。
前線を務めるゴブリンの集団が側近の合図に雄叫びをあげる。
側近「進め! 目標、西の都ッ!」
――それは占師が目覚める数日前のこと。
■□■□■
□台所
占師「で、どーなん勇者くん」ウリウリ
青年「なにが?」ジュー ジュワー
占師「なにがってこの状況だよー。ハーレム状態じゃんかっ」ウリウリ
青年「ハーレム? そうかな?」
占師「どこからどうみてもハーレムだよ! 未成熟ボディながら絶世の美女になること間違いなしの幼魔ちゃんと、猫と女の子という可愛さを掛け合わせて二乗を超えた猫娘ちゃんと、永遠の美少女であるあたしに囲まれちゃってさー。済におけないねー」
青年(数百年を生きる年齢不詳の巫女と、手のかかる牛乳好きな猫と、幼い魔物……ハーレム?)
占師「首傾げちゃってどうしたのー勇者くん。そのまま首折られたいのかなー」ニコニコ
青年「最近占師ちゃんがただの破壊魔に思えてきたよ」
青年「あ、醤油がないや。買いに行かなくちゃ」
幼魔「しょうゆ」ニュゥ
青年「おわっ。いつからいたの幼魔ちゃん」
幼魔「醤油、買ってくる」
青年「うん、醤油買ってくるよー……って、幼魔ちゃんが?」
幼魔「おつ、かい」キラキラ
青年(幼魔ちゃんにおつかいか……凄くやりたそうだからやらせてあげたいんだけど、万が一魔物だってバレたらなあ)
占師「幼魔ちゃんこの街に住んで一ヶ月近いでしょ? 大丈夫だって、行かせてあげなよー」
青年「んー、でも」チラッ
幼魔「」キラキラキラ
青年「無言の瞳に圧迫される……はあ。それじゃ、お願いしようかな」
幼魔「おつ、かい!」フンッ
猫娘「うーにゃー! おつかいにゃ! うちも行くにゃあああ」
青年「猫娘ちゃんはダメ、魔物ですって自己主張が激しすぎるから」
猫娘「ぶーぶー」
幼魔「行ってき、ます」キリッ
青年「ちょっと幼魔ちゃんお金ーっ」
すっぽりとローブを被った小さな少女がてくてくと街を歩いていた。
幼魔「ふんふふーんふーん」テクテク
お気に入りの鼻歌を口ずさむ少女、幼魔。
角も紫の瞳もローブに隠れているので彼女を気にする者は特にいない。
通行人「っ」ギョッ
しかし都民は注目せざるえなかった。
ローブに身を隠した二人がこそこそと幼い子供を付け回しているのだから。
青年「ああ大丈夫かな幼魔ちゃん……」ドキドキ
占師「大丈夫だってー、だから家で待ってようよー」
青年「で、でも、幼魔ちゃんになにかあったらと思ったら!」ドキドキ
占師(……勇者くんってほんとに父親気分なんだ。多角的に同情するよ幼魔ちゃん)
それは占師のテンションが下がる程の気持ち悪さだった。
心配の余りストーキングされているとは露知らず、幼魔は目的の品を手に入れるために商店街の中心へ入っていった。
外れに位置する占の館と打って変わって活気ある商店街は人も多く賑わっている。
青年「"狂愛に吹かれた盲目な奴隷のように消えた影"」スゥ
占師(そこまでするか)
占師「"あたしが視えなくなるー"」スゥ
増幅方を用いた青年と違い占師は面倒くさそうに言霊を紡いだ。
幼魔のことはさほど心配していなかったが、青年をこのままにしておくほうがと考える。
姿を消した二人は幼魔の尾行を続けた。
幼魔「……ここ」
肉屋「へいらっしゃい!」
□1st stage 肉屋
肉屋「おうっ、嬢ちゃん買い物かい?」
幼魔「う、うん」
肉屋「偉いねえっ」
幼魔「自分、偉い……」ニヘラ
肉屋「妙な嬢ちゃんだなぁ。それで嬢ちゃん、なにをお求めだい?」
幼魔「……えっと」ガサガサ
アラログで編まれたバッグからメモを取り出したどたどしく読み上げていく。
提示された金額を渡し、商品を受け取って幼魔はお辞儀した。
肉屋「ははっ、丁寧な嬢ちゃんだ! これはサービスだ、またおいでっ」
幼魔「あ……」
言うべき言葉になぜか照れてしまう。しかしそれは青年に教えられた大切な教え――つぐんだ唇を開いて、幼魔はありがとうと口にした。
サービスで渡された焼きジャガはほかほかと湯気を立たせている。
青年「その調子だ、幼魔ちゃん」
占師「ね、平気じゃんか。ほら、覗きなんて趣味悪いよ、帰ろー?」
青年「まだもう一件残ってる」
占師(女性はマザコン男子を嫌うって言うけど、なんか逆説的に意味がわかっちゃったかなー)
青年、絶賛バカ親中。
□2nd stage 食の雑貨屋
幼魔「うあ……」
陶器のケースに肉を並べて店を構えている肉屋と違い、食の雑貨屋は店内に調味料や調理器具が陳列されている大型店だ。
幼魔はその数々の商品に目を奪われた。
それがいけなかった。
店主「ちょいと通るよ」
幼魔「あっ」ドンッ
店主「あらあら、すまんねえ。なにせこうも太っちまったもんだから……」
大柄な女性、食の雑貨屋店主は言葉に詰まった。
目の前の幼子は角が生えていて瞳も人間のそれじゃない。
尻餅をついた幼魔は店主を見上げ、はっと気づいて外れていたローブを深く被る。
青年「"一片の思い――むがっ」
占師「待ちなってー」グッ
店主「あんた……その角……瞳の色……」
幼魔「うう……」グイッ
後悔がローブを更に深くした。
店主は大きな手を幼魔に近づけて顔をそっと寄せる。
店主「なんだ、あんた魔物の子かい」
周りの客には聞かれないよう、幼魔にだけ囁くように。
瞬間、幼魔の脳裏に遮った呪いの教育。
幼魔(殺す)
ぱたぱたとはためくローブ。
どこからか吹く生暖かい風。
店主「そういえば最近衛兵が騒がしかったっけねえ」
青年「まずい」
占師「だから待ちなってー」ガシッ
青年「でもこのままじゃっ」
占師「はあ……勇者くん、こんなあたし達だから人間不信になるのも、箱入り娘だから過保護になるのも仕方ないけどさ、勇者くんの大切な幼魔ちゃんをもっと信じてあげなって。ついでに人間もねー」
店主「ほらっ、しっかりローブ被って。大丈夫かい?」スッ
差し出された掌に幼魔は毒気を抜かれ、これはどういう意味を持つのだろうと首を傾げた。
占師の持っていた本で得た知識から想像するなら、立ち上がるための手伝いを申し出ているのだろう。
けれどそれは人間が人間に行うことだ。
或いは個人が憎悪のない対象に行うことだ。
青年は――セイは。
自分を分け隔てることなく接してくれているように思うけれど、元来人間は魔物を嫌う生き物だ。
自分が受けた教育が間違いだらけのものだったとはいえ、人間の魔物に対する憎悪や恐怖は本物だった。
怒る大人も泣き叫ぶ子供も嘘偽りのないそのものだった。
ウラの本を読んだことからもそれは間違いではないと判断できる。
だからセイは特殊で、ウラも特殊だ。多分それは二人が使徒という存在なのと関係があるのだろう。
そう思っている。そう考えている。
じゃあこの手は、なに?
店主「ほら立ちな」グイッ
大きな手は幼魔の手を強引に掴んで引き起こした。
尻に付いた埃を払ってあげた店主はにっこりと微笑む。
店主「なにを買いに来たんだい?」
幼魔「あ……えと、あう……」
店主「なんだ、やっぱり子供じゃないか。魔物といっても子供は子供だねえ」ナデナデ
幼魔「うう」モジモジ
青年「幼魔ちゃん……可愛いっ」
占師「はいはい。これで満足でしょ? 帰るよー」
店主「このメモがお使いかい? これはこっちにあるよー」キュッ
幼魔「う、うん」
手を繋がれて店内を連れ回される幼魔の表情は、どこか恥ずかしそうで人間の子供とまるで変わらない。
青年「いやあ、幼魔ちゃん可愛かったね」
占師(……幼魔ちゃんを連れてきた時より悪化してるよねー)
占師「ところで、さっきから心ここに在らずだけどどうしたの?」
青年「よくわかるね」
占師「伊達に数百年生きてないってーはっはっは」
青年「いやあ、さっきのような光景を見るとさ、人間と魔物の共存って案外上手く行くんじゃないかなって思うんだよ」
占師「それは逆に期待しすぎだよ勇者くん。あのおばちゃんが変わり者だっただけ。例えば昔、なにかしら魔物と関わったことがあるとかねー」
青年「そっか。そうかもね。それとは別にさ、占師ちゃん」
占師「んー?」
青年「人間と魔物の違いってなにかわかる?」
占師「あー……猫娘ちゃんみたいな存在を知ると考えるよねー。勇者くんは初めてだっけ? 魔力のない魔物の存在」
青年「うん。もっと言うと、あんなに人間に対して友好的な魔物は初めてだよ。妖魔ちゃんは事情が別にしたってさ」
占師「それに対しての勇者くんの答え、というか落としどころはどんなの?」
青年「難しいんだよね、それが。人間以外の知的生命体かと思ったけど、魔物は知性が低い者もいる。それに、人間以外の知的生命体なんて言っちゃったらさ」
占師「私達使徒もそこに含まれるもんねー」
青年「でしょ? 確かに僕たちの扱いって近い感じがあったけど、でもやっぱり人間として扱われてるからさ。人間として迫害されたと、今では思うよ。そうなると魔物と人間の線引きってなんだろう……って」
占師「それはねー勇者くん。魔物に限った話じゃないんだよ」
青年「というと?」
占師「正直な話、魔物と人間の線引きはあたしにもわからないよ。でも解ることは、人間は自分達より強力な者を排除したいんだよ」
青年「臆病だから?」
占師「そうとも言えるけど、違うかもしれない。生物としての本能とも言えるよねー。淘汰されない為に敵対するっていうのは。物語なんかだと魔物と人間が決別した事柄を題材にしているのが多いけど、実際そんなナニカがあったなんて歴史書はないわけだし」
青年「んー……人間がそういう理由で魔物を敵視するとしたら、魔物はどうして人間を敵視するんだろう。それこそ知性のない魔物でさえさ」
占師「前者は人間側と同じ理由かもね。魔物だって気が気じゃないのかもよー、いつ人間が力をつけてくるかってさ。現に私達使徒は人間側で、五人揃えば魔物の大軍相手でもなんとかなったりしちゃったじゃんか」
青年「……あいつを犠牲にして、だけどね」
占師「今は置いとこう。それで後者、知性のない魔物だけど、それはこっちの認識が違うだけかもしれないよ?」
青年「どういうこと?」
占師「知性のない魔物でも人間を襲う、じゃなくてね。知性のない魔物は同族以外を襲う、のかもねー。知性の低い魔物は同族で徒党を組んで縄張りを作るよね。そういったことから人間が魔物同士の戦いを見る機会は少ないはずなんだよ。魔物を調査する兵団は確か東の都にしかないし、その情報はあまり世に出回らない」
青年「そういえば猫娘ちゃんが悪い魔物は分かりやすいって言ってたっけ。あんな言葉が出るのって、魔物に襲われる危険性があるってことか」
占師「まあ長ったらしく語ってみたけど、こんなのは憶測だからね。実際のところは魔女ちゃんにでも聞いてみたらー?」
青年「魔女ちゃんか……できれば会いたくないんだけど」
占師「勇者くんも魔女ちゃん苦手だったっけ?」
青年「聖騎士程ではないけど、ちょっとね……」
青年(縛り上げられて襲われて解剖されかけた初対面じゃ苦手にもなる)
幼魔「ただいま」
青年「おかえり幼魔ちゃん。初めてのおつかいはどうだった?」
幼魔「うん……ねえ、セイ」
青年「ん?」
幼魔「人間は魔物、嫌い……違う?」
青年「嫌い、というよりは恐いかもね。全員とは限らないけど」
幼魔「どうすれば、みんな、嫌わない?」
青年「……みんなが幼魔ちゃんみたいになれればいいんだけどね」
幼魔「みんな、自分?」
幼魔「……いや」ショボン
青年(教えてあげるとか大層なことを言っておいて勉強不足だな。苦手意識はさておき、今度訪ねてみるか)
青年「よし、幼魔ちゃんがおつかいに行ってくれたことだし、美味しい料理でも――え?」
幼魔「……?」
どうしてこんなに膨大な物に気づかなかったのかといえば、この都には今結界が張られているからだ。
衛兵が警備をしている筈だけど、肉眼で捉えられる距離でないと結界のある今、魔力を感知することができないだろう。
だから、そんな状態でも察知できたのは魔物の大軍と対峙して生き残った僕達のような存在。
占師「うわ……」スタスタ
青年「あ、占師ちゃん。これってやっぱり?」
占師「油断してた。これは不味いねー」
青年「結界破られちゃいそう?」
占師「相手の力次第だけど、それが目的だろうから……ここまで本気だとは思わなかったよー」
自然と視線が幼魔ちゃんに落ちた。
奴ら――多分、側近主導の目的はここにいる。
幼魔「セイ?」
青年「……幼魔ちゃん」
幼魔「?」
青年「デートしよっか」
別に僕は勇者じゃない。
だからこの街の住人を守る義務なんて、ない。
たとえ原因が僕にあろうとも。
僕は二度と守るべきものを間違えない。
亀更新で申し訳ない。
一話まるごとにするといつになるかわからないから、ちょろっと投下。
待ってくれてる方ありがとう。
ではまた。
占師「うん、いいと思うよ、勇者くん」
青年「だから勇者じゃないってば」
占師「あたしにとってはずっと勇者くんだよー」
猫娘「にゃにゃ? 大荷物持ってどこかに行くにゃ?」
青年「ちょっと幼魔ちゃんとデートしてくるよ」
猫娘「おう、デート! 幼魔にゃん、頑張るにゃーよ!」
幼魔「が、がってんだ」グッ
青年「妙な言葉を覚えたもんだ……それじゃ占師ちゃん、元気でね」
占師「うん、またねー」
青年「幼魔ちゃん、準備できた?」
幼魔「」コク
青年「それじゃあ行ってくるね」
占師「またねー」
幼魔「ウラ、ネコ、また」
猫娘「楽しくやってくるんにゃよ」
青年「それじゃあ……"転移"」
青年「……あれ?」
占師「結界のせいかな? 上手く発動しないみたいだねー、仮にもあたしの一ヶ月を消費した結界だし」
青年「それじゃあ歩いて街の外に出ようか。行こう、幼魔ちゃん」
幼魔「」コクリ
猫娘「んにゃー、寂しくなるにゃ」
占師「猫娘ちゃんはどうするの? 里に戻る?」
猫娘「せっかくだしもう少しこっちにいるにゃ」
占師「住む場所はうちなんだろうけどねー」
猫娘「にゃはは、掃除ぐらいはするにゃよ」
占師「まったく」
占師(さて、準備するか)
青年「」スタスタ
幼魔「」トテトテ
青年「」スタスタ
幼魔「」トテトテ ピタ
青年「どうしたの?」
幼魔「セイ、元気ない?」
青年「そんなことないよ。これからこの世界の色んなものを幼魔ちゃんに見せてあげるからね。楽しみにしててよ」
幼魔「」コクリ
青年「」スタスタ
幼魔「」トテトテ
青年「さあ、間もなく街の外だ。外に出たらすぐに移動するよ」
幼魔「」コクリ
そして青年は占師の張った、目を凝らしても認識できない程の精密な結界をくぐった。
続いて幼魔も外に出る。
青年「"転――」
幼魔「!」
青年(結界の外に出れば幼魔ちゃんが気づくことは解っていた。けど強硬手段で行くよ)ギュッ
青年は掴んだ手を離さない。
幼魔の顔は眉尻の下がった、とても辛そうな表情をしていた。
幼魔はなにも口にするわけでもなく、青年に訴え掛ける。
青年の紡いだ言霊によって淡い光の粒が二人を覆っている。
それらは対象を遠い地へ運ぶ奇跡の力。
幼魔「セイ」
口にされたそれだけの、ただそれだけの言葉に、青年は深く瞼を下ろした。
光の粒が泡となり弾けて空に溶けていく。
青年「……ん?」
幼魔「……」
なにかを口にしたいようだけど上手く言葉が纏まらないようだった。
或いは、考えたことを口にしたくないように僕は思った。
幼魔ちゃんの肩に手を置いて、沈んだ面持ちで僕は言う。
青年「ごめんね」
人類を護るという大言壮語の下に命を削って戦ったあの日々。
けれど、僕は最終的になにを護るべく戦えばいいのかが解らなくなった。
隠者の称号を授かって産まれた彼を失い、それでも戦い魔王と対峙して。
自分の戦う意味を失って戻った王国で、僕は人間に激しく非難された。
人類にとって僕たち使徒は化け物対峙をする化け物でしかなかった。
そして僕は勇者であることを辞めた。
人間を護る意味が解らなくなってしまったから。
僕は聖人ではなく勇者で、勇者というのはただの人間だった。
青年「ごめん」
幼魔ちゃんさえ護れればいい。
時代の犠牲者である彼女を護りたいと心底思っている。
彼女がこの先、色んな世界に触れて最終的にどういう判断を下すのかは解らない。
人間の味方になるかもしれないし、魔物の下に戻るかもしれないし、僕のような世捨て人になってしまうかもしれない。
それは彼女が選ぶことで、僕が強制することじゃない。
また、どんな道を選ぼうと、自分で決めたことならそれでいい。
だけど。
青年「僕が汚い人間の見本になっちゃダメだよね」
幼魔「セイ……守って、くれる?」
幼魔ちゃんは僕が考えていたよりもずっと早く成長して、僕がどうしてこんな状況で街を出ようとしているのかも、大まかにではあれど感じ取っているようだった。
幼魔「おばちゃんを、守って、くれる?」
青年「うん、護るよ」
僕はそれでも護りたい。
人間なんてどうでもいい。
けれど、幼魔ちゃんの想いを、願いを護りたい。
勇者であることを辞めた僕が、幼魔ちゃんの願いを護るために人を護るなんて本末転倒のような気がするけれど、仕方ない。
青年「幼魔ちゃんは占師ちゃんのところに戻っててね」
だって僕は人間なんだから。
幼魔ちゃんを失望させたくないんだよ。
青年「行ってきます」シュンッ
青年「壮観だな」
街から十数キロ離れた地点に魔物の大軍がいた。
その数、ざっと千を超えている。
もう数キロ進軍すれば都の衛兵も肉眼で気づく距離になるだろう。
けれどそうなったところでこの場所に僕がいれば、勇者がいれば、加勢はせずに戦況を見守るはずだ。
そんな苛立ちを得たくないので、ならばさっさと行進を止めてしまえばいい。
青年「ここに丁度いい大岩があるしね、"軽"」ポワァ
青年「よいしょっと」ググッ「そーれっ! "重速回"」ビュンッ
投げ飛ばした大岩を手から離れた直後に重く速く、そして回転力を強めた。
ゴブリン「ウガッ! ウガァッ!」
悪魔「なんだありゃ」
大岩は激しい音を立てて地面に激突し勢いは落ちずに跳ねながら転がる。
ゴブリン「グギャッ!」プチッ
ゴブリン「ゴエギャッ!」グチャ
前衛のゴブリンを潰しながらも転がり続け、しかし壺を持った魔物に辿り突く前に、
悪魔「うおらっ!」ドガァンッ
毛並みの違う魔物が大岩を蹴り砕いた。
青年「ちぇっ、雑魚ばっかりじゃないんだね」
餌食となった魔物は数十体といったところ。
あの悪魔めいた翼を持つ魔物がいるため、同じ手は通用しない。
青年「かといって肉弾戦でなんとかなる数じゃないしな」
五人の使徒が揃えば千体ぐらいたかが知れてるけど、今は一人。
聖騎士が呼ばれて来るにしたって時間はかかるだろう。
青年「武器もないし……はあ、格好つけるのも大変だ」
青年「"光消"」フッ
姿を光で眩まして青年は大軍に迫る。
青年(とりあえずこれで数を削るか)
青年「"天の悲しみが照らす涙の景色"」
晴天から突如降り注ぐ光の雨は大量のゴブリンを串刺しにしていく。
悪魔「ちっ、この程度でやられやがって……"マッドカーペット"」
悪魔の手から放たれた黒が一面に広がり光の雨を受け止めた。
青年「鬱陶しいのがいるな」
ゴブリン「ギャギャッ!」ブオン
光の屈折で目には視えないが、気配を感じたゴブリンが棍棒を青年に振り下ろした。
青年「いい勘してるねっ」スッ
容易く避けた青年はゴブリンの顔面に手を添えて"弾けろ"と紡ぐ。
ばんっと首から上を失くしたゴブリンはふらふらと足元がおぼつかない。
棍棒を奪った青年はゴブリンの大群に特攻した。
青年「頼りない武器だ」バキィッ
両手でフルスイングしてゴブリンの頭を撲殺する。
悪魔「よう」パタパタ
飛来した悪魔に向けて青年は棍棒を投げ飛ばした。
悪魔「こんなもん」ガッ
尻尾で棍棒を弾いた悪魔の目に映ったのは追って跳躍した光に紛れたなにか。
青年「うおおおおお!」
悪魔「くそうぜえッ!」
青年は悪魔を掴んで直接言霊を放とうとした。
意表をつかれた悪魔はつい攻撃を防御しようと構えてしまう。
「それは愚行だ」シュンッ
青年「なっ」バキッ
突如横から蹴り飛ばされた青年は空中で回転し、冷静に着地点のゴブリンに向けて"光矢"を放つ。
使徒の言霊に対して並の魔物では成す術もない。
青年「もう一体いるのか……」
ゴブリンの屍に着地して宙に浮かぶ魔物を睨む。
「これはこれは使徒勇者ではありませんか」
青年「初対面だと思うけど?」
「いえいえ、あの時あの場所に居ましたよ、私も」
「まさか一万の軍勢がたった五人に敗れるとは思ってもみませんでしたがね」
青年「あそこに居たのか」
側近「もちろん、なにせあの作戦の立案者は私なのですから。改めまして――側近と申します、以後お見知りおきを」
青年「お前が!」
青年「お前が幼魔ちゃんにくだらない教育をした張本人か!」
側近「くだらないとは心外ですね、幼魔様にすべく最高の教育をしたまでですよ……それなのに貴方はどうも気に入らないらしい」
側近(幼魔様を拾ったのは勇者だったか……どうりで)
青年「あれのどこが最高の教育だ! お前がしたのは洗脳だろう」
側近「人間に対して膨大な殺意を植えつける、魔物なら一般的な教育ですよ。貴方たち人類だって同じような教育をしているのでしょう? 魔物は悪い、魔物は恐い、魔物が悪だ……とね?」
青年「くっ」
青年は言い返すことができなかった。
なにせ、青年自身がそういった教育を施されたからだ。
弱い魔物から凶暴な魔物まで、幼い頃から殺せと命じ続けられた。
幼魔のように、同じように洗脳された。
側近「随分勝手な理屈ですねえ。こっちはいいけどそっちは駄目、だなんて子供じゃないんですから」
青年「違う。こっちもそっちも駄目だ、そんなこと」
側近「では変えてみてくださいよ、そういった世の中に」
青年「変えればお前は人間に対しての想いが変わるのか?」
側近「まさか。私はずっと人間を殺し続けますよ、降伏するまでね」
青年「この……」ブルブル
側近「幼魔様を返していただきたい。今回はそういった用事なのですよ。返してもらえないというのなら、強行突破させていただきますけどね。そうなればあの都は炎に包まれるでしょう」
側近「聞いた話では勇者、貴方は勇者であることを辞めたのだとか? 人間を護る義務なんてもうないのでしょう? ましてや魔物を護る義務なんてないはずだ。だから、さあはやく、幼魔様を返してください」
青年「確かに僕は勇者を辞めた。人間を護る気もないし魔物を護る気もない。けど、僕は幼魔ちゃんを護ると決めた! だからお前なんかに幼魔ちゃんを返せないな」
側近「でしょうね」パチンッ
青年を眩ます光はとっくに消えていた。
言霊の効力を長くすればするほど、力を使い切ってしまうためだ。
側近の合図でゴブリンが青年を取り囲む。
側近「けれどどの道貴方は一人じゃなにもできない、でしょう?」
青年「どうかな、今の僕でも数ヶ月眠るだけの力を使えばこの一帯を灰にできるよ」
側近「できないしょう、幼魔様を護りたいのなら」
青年(糞、読まれてる)
側近「さあ、地獄まで踊っていただきましょうか、勇者!」
一斉にゴブリンが飛びかかる。
悪魔も側近も詠唱を始める。
使徒最大の力――言霊の無限増幅も抑えられて、青年はそれでも諦めない。
青年「はあっ!」
四方向から同時にゴブリンが棍棒、錆びた剣を振り下ろした。
青年は軽く跳躍しその内の一体を蹴り飛ばす。
悪魔「おらっ!」ビュンッ
悪魔の手から放たれた黒い矢を身を捻って躱すが、体勢が崩れた状態で落下が始まる。
下ではゴブリンが嬉々として待ち構えていた。
突き上げられた錆びた剣を見極めて、青年は足で上手く逸らす。
そのまま滑るように顔面を踏みつけて、錆びた剣を奪い取り着地と同時に逆袈裟に切り上げた。
血を吹き出して倒れるゴブリンには目もくれず、背後に迫るゴブリンの喉に剣を突き刺す。
青年「ちっ」
喉に刺さった剣をゴブリンは掴み離さない。
早々に諦めて剣の柄を蹴り抜いて、次に近づくゴブリンの方に向けて"光棒"と叫んだ。
青年の掌から伸びる光の棒はひしめくゴブリンの腹を突き破り尚も伸びる。
しかし伸びれば伸びるほど青年の精神力がすり減らされていく。
青年「"爆散"!」
発するがいなや棒が弾けて貫かれたゴブリンの一列は腹に大穴を開けて倒れこむ。
側近「まだまだこれからですよッ」ヒュオッ
側近の生み出した風の刃が二枚、容赦なく青年を襲う。
一枚は屈んで躱し、避けきれない一枚を"砕"と叩き壊した。
休む間もなくゴブリンが迫る。
躱し、殴る。
避けて、蹴る。
奪って、刺す。
紡いで、殺す。
いつしか景色はぼんやりと霞んでいき、血の飛沫が自分のものかゴブリンのものかも判断がつかなくなった。
なにを殺しているのかも謎だった。
おぞましい物を相手にしている気がした。
この世の闇と戦っている気がした。
青年が動けなくなるまで五分かかった。
しかしその五分で青年は四百体のゴブリンを倒した。
二体の強力な魔物の攻撃を躱しながら。
故に限界は迫る。
悪魔「恐ろしい奴だぜ。本当に人間かよこいつぁ」
側近「人間にも魔物にも嫌われた存在だ。どれだけ人類を護ろうと人類に味方されない、哀れな存在に過ぎない」
側近「使徒は確かに強力だが、一人ではこの程度が限界だ。たかが知れているんだよ、奴らは」
青年(……僕はなにをしてるんだっけ)
精神力の消耗により意識は混濁していた。
なぜ戦っているのか、どうしてこの場所にいるのかも解らなくなっていた。
青年(……なにを護るんだっけ)
それでも青年は立ち上がろうと必死だった。
このまま終わってしまえば大切な物を失ってしまう――そんな不安が拭えない。
青年(……なにを倒すんだっけ)
側近「トドメを刺せ、悪魔。なにをしでかすかわからん」
悪魔「これで幹部昇格っと。"~~~~~~~~」
青年に向けて悪魔は長期詠唱を始める。
確実に命が葬れる一撃を与えようと、油断のない攻撃。
青年(……燃えている)
青年(……闇が燃えている)
黒い炎が悪魔を覆う。
それは凝縮し、一点に集中し、とても小さな珠となった。
中では世界の暗黒が蠢いているようだった。
悪魔「終わりだぜ」ブシュッ 「……あ?」
今放とうとしたその時、悪魔の腕が風に切り裂かれて落ちた。
詠唱していた魔法が霧散してしまう。
幼魔「セイ!」
青年の護るべき者、側近の大切な鍵。
幼い体躯の魔物がそこにいた。
占師「"大地に命じる――我を護れ"」
優雅に近づく占師にゴブリン達が怒涛の攻撃を始める。
しかし棍棒も剣も瞬時に盛り上がる大地に阻まれて弾かれた。
占師「遅れてごめんね、勇者くん」
青年はただ立ち尽くしていた。意識の混濁から占師の声は届かない。
それでも暖かい気に心が安らいだ。
青年を抱えた占師は"疲労に命じる――開放せよ"と紡ぐ。
それにより少なくとも体力の疲労はなくなり、意識がまともに働く程度の力は得た。
青年「なんだ……来ちゃったんだ」
占師「もっと早く来たかったんだけど、私一人が来てもしょうがないかなーって」
青年「それで幼魔ちゃんを?」
占師「幼魔ちゃんは勝手に来ちゃったんだよ。勇者くんの気持ちは解ってるから」
青年「じゃあ誰を……」
聖騎士「うらうらうららあああああっ! "砕けぬ剣に破壊を誓おおおおおおおっ!"」
列車の如くゴブリンを砕け飛ばしながら聖騎士が青年の元に駆けつける。
聖騎士「はっはっは! 情けないぞ軟弱者ォ!」
青年「来ちゃったんだ」ズゥン
「"炎玉のうねりがよっさらほいさっと"」ビシュッ ドカァンッ
どこからか降った火球が爆発しゴブリンを焼いた。
それの張本人はふわふわと浮かぶ絨毯に乗って青年に近づく。
魔女「この貸しは高いよぉ、勇者ぁ」
青年「来ちゃったんだ」ゾッ
占師「魔女ちゃん探すのが大変で時間かかっちゃったんだー」
魔女「私を呼ぶとは偉くなったもんねぇ」
聖騎士「おおっ、来てたのか魔女!」
魔女「臭いから近づくんじゃないよぉ」
聖騎士「臭いっ!?」ガーン
青年「久しぶりに揃っちゃったんだね、ははっ」
幼魔「セイ」
青年「幼魔ちゃん」
幼魔「ばか」
幼魔「前も言った。一緒に、戦う」
青年「駄目だよ、危ないから」
幼魔「セイ、弱い。自分、強い」
青年「そうじゃなくて……幼魔ちゃんに戦って欲しくないんだ。ただそれだけなんだよ」
幼魔「……なんで?」
青年「だって同族なんだよ、幼魔ちゃん」
幼魔「同族、だめ?」
青年「駄目というか、気分良くないでしょ?」
幼魔「……別に」
側近「そうですよ幼魔様。私達は仲間じゃないですか」
幼魔「仲間?」
側近「そうです、共に人間を滅ぼす仲間です」
幼魔「……嫌」
側近(やはり自立思考が働いてしまっている……厄介なことをしてくれたものだ。また封印せねばならんか)
側近「そうですか……では力づくで戻っていただき、再教育としましょう。悪魔、退却だ」
悪魔「退却? やるんじゃねえのかよ」
側近「貴様も片腕を失っているだろう。それに、使徒三人と幼魔様が相手ではこちらの戦力が心もとない」
悪魔「ちっ」
側近「では日を改めますね、幼魔様」
幼魔「側近」
側近「どうかしましたか?」
幼魔「ひゅおん」ヒュォォォォォッ
側近「ふふ、手加減ですか?」バキバキィッ
幼魔が生み出した風の刃を手刀で破った側近は、元の言葉通り退却していった。
悪魔もそれに続き、壺魔も各々散っていく。
残ったゴブリンだけは破れかぶれで特攻するも、聖騎士と魔女の手によって命を散らした。
青年「結局助けてもらっちゃった、ごめんね、幼魔ちゃん」
幼魔「セイ……一人で戦うの、止める」
青年「でもさ」
幼魔「側近、悪い奴」
青年「どうして?」
幼魔「セイ、殺そうとする」
青年「そんな理由で決めつけるのは」
魔女「横槍ですまないけどねぇ、いいんじゃなぁい?」
青年「魔女ちゃん」
魔女「いきなり呼び出されて事情もなぁんにも知らないけど、好きな人のために戦うことのなにが悪いのさぁ、ねぇ?」
青年「……そうなのかな」
聖騎士「はっはっは! 軟弱者より見所があるな! 幼魔とやら!」
幼魔「軟弱者……セイ?」
聖騎士「そうだ、この軟弱者ぶげらっ!」ドゴォッ
幼魔「セイ、悪く言わないで」プクゥ
腹を殴られて身を屈めた聖騎士の身体が細く、小さくなっていく。
反対に髪は伸びて艶やかに流れた。
聖騎士「すまないな、魔物のお嬢さん。私が男の時は、ちょっとばかし頭が悪い」
魔女「あれがちょっとなら世界の破滅ねぇ」
青年「まあまあ。二人とも、ありがとね」
青年「そうだ、魔女ちゃん。色々と聞きたいことがあるんだ。この後、少しいいかな?」
魔女「構わないけどぉ、ちょっと開いちゃってもいいぃ?」
青年「それは勘弁してほしいかな、はは」タラッ
占師「よーし、それじゃー久しぶりに集まったことだし、おうちで宴会でもしよーよー」
聖騎士「宴会か。久しく酒を飲んでいなかったな、いいだろう」
聖騎士(聖都国王には状況調査のため二三日戻らないと言ってあるしな……くくっ、酔った勢いで勇者きゅうにあんなことやこんなことをしてやるぞっ)
幼魔「宴会――肉や臓物を掲げて酒を浴びるように飲み、裸の男女が性行為に走る行事」
青年「それ間違った知識だからね!? なんの書物から引用したんだか……」
占師(もろ【酒池肉林の宴】ってポルノ小説の設定だねーあははー)
青年「それじゃ、帰ろっか」
幼魔「」コクリ
■□■□■
猫娘「セイにゃんも幼魔にゃんもウラにゃんも平気かにゃあ」
猫娘「うちは戦えにゃいからにゃあ」
猫娘「無事だといいんにゃけど……」
その十数分後、青年と占師と幼魔に加えて謎の魔法使いっぽい女性と、なによりも変態騎士が訪れることになるとは夢にも思わない猫娘なのだった。
...to be continued.
次回予告
聖騎士「ふっふっふ……はーっはっはっはっは!」
聖騎士「ついにこの時がやってきたぞ! 私がこの、次回予告を乗っ取る時がぶげらぁっ!」ドゴォッ
♂→♀
聖騎士「ん、んん……なんだ今のは。まるで私が男の状態で次回予告するのを阻止するかのような鋭い一撃だった、まあどちらでも構わないな」
聖騎士「そういえばこんなお便りを頂いたぞ。前回の話だな」
{変態騎士の忘れ物の中にはまさか青年の使用済みぱんつなんて入ってませんよね?}
聖騎士「ふむ、まず言っておきたいことがある。ずっと言いたかったが言えなかった、これは私の人生を震わす大切なことだ」
聖騎士「甘んじて受け入れよう、変態であると!」
聖騎士「ずっと言いたかった……しかしあいつらに変態と知れてしまうと今後の勇者きゅんの対応が変わりそうなのでな。本編に無関係なこの場を与えられて私は満足だ」
聖騎士「ところで私が忘れたあの中身だが、勇者きゅんの使用済みパンツなわけがなかろう。そんなものを忘れるわけがないし、万が一変態だとバレたらどうしれくれる……そもそも、勇者きゅうの使用済みパンツなら履いている!」デデンッ
聖騎士「ふっふっふ、中々良い履き心地だぞ。因みに男の状態で勇者きゅんとお風呂を共にしたことがあるが、その股間のサイズはピ○○ー○○ー○○だったな。くくっ、まだまだ成長過程なはずだ、将来が楽しみだな」
聖騎士「さて、次回予告だ。耳をかっぽじって聞くがいい」
聖騎士「[魔女によって語られる様々な世界の真実。そして元来の強さに戻るため、勇者きゅんが魔女に方法を授かる。それによって始まる勇者きゅんの苦悩、悶絶必至! ああ、勇者きゅん、剣術の修行なら私が承るというのにッ!]」
聖騎士「いかんな、願望が混ざってしまった。ともあれ、次回第六話。[幼魔「……しゅ、ぎょう?」]乞うご期待」
聖騎士「また会おう」
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