青年「僕はね、不死身になりたいんだ。」(19)


同室友「ふーん。不死身になったって良い事何一つ無いと思うがな。」

青年「僕はそれでもなりたいんだ。」

同室友「一生孤独でも生きていけるのか?」

青年「そうだね、それなりの覚悟はあるつもりだよ。」

同室友「つもりじゃ駄目なんだよ。」

青年「…そうだね。」


青年「君は強い。でも僕は弱い。」

同室友「お前、さっきから何だよ。何か悩み事でもあるのか?」

青年「そうじゃないよ。真実を言ったんだ。だってそうだろう?」

青年「僕は貧弱だ。それこそ君が言う様に女性みたいな体つきだ。体力面でも劣る。かと言って魔法の才能や学力があるわけじゃない。でも君は体力、戦闘の才能がある。僕とは違う。」

同室友「お前はそれでも努力して来たじゃねぇか…。」

青年「それじゃ駄目なんだ。」

同室友「………」

青年「君も知ってるだろう?僕が幾ら努力したって、力も体つきも変わらない事。筋肉の少しもつきやしないなんて。無様なものさ。」

青年「僕はきっと直ぐに死んでしまう。誰よりも早く。」

同室友「そんな事言わないでくれ…。」


青年「死にたくないよ。」

同室友「……死ぬのが怖いのか?」

青年「…少し、違うかな。君は怖くないのかい?」

同室友「どうなんだろうな…。死ぬ時は死ぬんじゃないか。」

青年「やっぱり君は強いよ。いつだって死と向き合ってる。」

同室友「覚悟がなきゃ、ここでは生きていけないだろ…。」

青年「うん…。そう、だね…。」




ヒタ…ヒタ…



ピチピチッ


ザバァン…




青年「やぁ」


人魚「……!」


人魚「…珍しいものね。人間がこんな深い海洞窟に迷い込んで来るなんて。」

青年「わざわざこんな所まで迷い込んだりしないさ。」

人魚「…あら」

青年「ここが唯一、君達人魚の生息地だからね。」

人魚「愚かな人間もまだいたのね。それは人間界でのタブーじゃなかったかしら?」

青年「僕に取ったらそんな規則しった事じゃないよ。」

人魚「…本当に愚かで屑だわ、人間って。」

青年「誉め言葉だね。さてと、丁度人魚が陸に上がって来たんだし言わせて貰うよ。」



青年「僕は、君の肉が欲しい。」


人魚「そんな事言わずにさっさと殺しちゃったらいいじゃない。めんどくさい男はあたし、嫌いなの。」

青年「僕もそうやって急かす女性は嫌いかな。」

人魚「…嫌な男ね。吐き気がする。」

青年「誉め言葉。何も殺したりしないさ。その君の肉体の一部をナイフでえぐり取るだけ。」

人魚「随分無責任な事抜かすじゃない。殺す度胸が無いって言ってる様なものね。それで一生の命を手に入れたいなんて、我が儘が過ぎるんじゃないかしら?人間って皆そうよね。」

青年「僕には、勇気と言う心がないからね。せっかくの人魚だ。生かしておかないと。」

人魚「…その中でも貴方はとても最低な方だわ。どうせ、死が怖いんでしょう?皆言うもの。死にたくないって。」

青年「それは一つの見解に過ぎないよ。僕は少なくても死が怖い訳じゃない。」

人魚「あら?不毛な言い訳に聞こえるわね。人間はそうやって逃げてるつもりなのかしら。」

青年「…そうかもしれないね。逃げてるだけの無能な人間だ、僕は。」

人魚「あたしを殺そうとしている奴に同情なんてしないわよ。情けない男はあたし、嫌いなの。でも貴方変わってるわ。そうやって自分自身の愚かさに気付く所。最低な人間に変わりはないけどね。」


青年「君は怖くないのかい?」

人魚「死ぬ事が、かしら?」

青年「いや、違う。自分の知らない世界が広がる事に怯えを感じないのか。」

人魚「思わないわ。生きている間に全て知る、なんて事不可能だもの。」

青年「…僕はそれが怖いんだ。世界が変わっていく中で変わらない物など存在しないから。それを知らない今の僕をとても醜く思う。それが嫌なんだ。僕はこの肉眼で世界が変わっていく姿を捉えたい。知りたいんだ。でも人間の寿命は短い。君が言う様に全て知る事なんて出来ない。だから」

人魚「不死身になりたい、そう言いたいのでしょう?」

青年「…」コクン

青年「僕は死と言うより、知らない世界が怖いんだ…。」

人魚「…本当に愚かね。貴方と言う人間の欲望は酷く歪んでるわ。欲し過ぎて、汚れてる。」

青年「…承知、しているよ。」

人魚「でも、良かったわね。あたしが気まぐれで。」

青年「え…?」

人魚「貴方の不毛な言い訳、聞いちゃったんだし契約結んであげてもいいわ。」

青年「!」


青年「…人魚自ら契約を望んでくれるなんてね…。僕は大層運が良かったらしい。」

人魚「逆よ。貴方はとても不幸な人間。あたしがただ気紛れを起こしただけ。」

青年「それでも運が良いと今なら思えるよ。……本当に契約、して貰えるのかい?」

人魚「嘘なんてつく必要性がまったく無いわ。それに勘違いしないで欲しいわね。どっちにしろ貴方、あたしを殺す気でいたんでしょう?」

青年「どうだろうね。」

人魚「やっぱり最低な男。さっさとあたしを切り殺して契約結んだら?」

青年「契約を結んだら、君はどうなるんだい?」

人魚「…今から殺される生き物に対して変な質問ね。あたしと言う人魚は当たり前にこの世からいなくなるわ。貴方の半身として存在する事になる。永遠に貴方の心の内に入り込む事になるのよ。つまり、あたしは貴方の体の半分を支配する事になる。」

青年「ふぅん…僕は半分人魚になるって事かい?」

人魚「姿形は変わらないわ。貴方の中にあたしが存在する事になるだけ。嫌ならやめたら?最もここで止めたなら貴方の覚悟はゴミ以下ね。」

青年「やめるなんてとんでもない。正直ドキドキが止まらないよ。今から一生の命が手に入ると思えば思う程。」

人魚「…気持ち悪い感性ね。ただ、代わりに条件があるの。」

青年「…条件…?」

人魚「そう、条件。」


青年「条件は何だい?僕は自分の腕を切り落とす位の心構えだけど。」

人魚「貴方の心構えなんてどうでもいいわ。条件って言っても大した事じゃない。毎晩、あたしに食事を与えてくれるだけでいいの。」

青年「…食事?僕の半身ならお腹減ったり感じないんじゃ…」

人魚「別に空腹になるから、みたいな理由じゃないわよ。ただ契約した以上、人魚に与えなきゃならない物は食事ってなだけ。」

青年「与えるって言っても僕自身が食すんだろう?」

人魚「そうよ。」

青年「それだと意味が無いんじゃ…」

人魚「違うのよ。食事って言っても人間が食べている様なぬるい物じゃないの。」

青年「それって…」

人魚「そう。毎晩、貴方が化物の肉を削いで自身でそれを食すのよ。それであたしは満たされる。たったそれだけよ。」

青年「…化物の肉を僕が食べるのか?」

人魚「さっきからそう言ってるじゃない。人魚の肉を食すぐらいなら、別にどうって事ないでしょ。」

青年「……分かった。引き受けよう。」

人魚「なら、さっさと殺して頂戴。」

青年「………」


ヒタ…ヒタ…

グサッ…

ポタ…

ポタ………ポタ………

グチョリ…

青年「これが…人魚の肉…」

シャク…シャク…

ネチョ……

青年「美味しくない……」

シャク……シャク………

ドクンッ

青年「っ…」

ドクン

ドクンッー・・・!!








青年「うぐぅっ……!!」







ドクンッ

ドクンッ



ポタ……ポタ………




同室友「ー・・・い」

青年「………」スースー

同室友「ー・・・きろ」

青年「………」スースー

同室友「ー・・・い!」ユサユサ

青年「……んぅ」スースー

同室友「おい!」ガンッ

青年「いっ!」

同室友「いい加減起きやがれ!!朝だっつってんだ!!」

青年「!」ハッ

同室友「ったく、やぁっと起きたか。もう朝の鐘鳴ってんぞ。早く支度しやがれ。」

青年「あ、あぁ…すまない…。でも暴力はいけないよ。痛いじゃないか…。」ジンジン

同室友「お前が起きないのが悪い。」

青年(あれ……?確か僕は………)


同室友「どうした?早く準備しろよ。飯食えねぇだろ。」

青年「う、うん。」

青年(そうだ……昨日…)

青年「」ペタペタ

青年(体はどこにも異常無し…)

青年(……僕は…僕は昨日海洞窟で人魚の肉を食べて…)

青年「」ギシッ

人魚(そう。契約を結び、不死身になったのよ。)

青年「!?」ズテンッ

同室友「お前…何も無い所で転ける程どんくさかったっけ…?」


青年「は、ははは…」

人魚(何転けてんのよ。)

青年(……そうだったね。君は僕の半身になったんだ…。)

人魚(今更怖じ気付いたのかしら?)

青年(まさか。君の声が僕の頭の中で響いている感覚がどうも不思議なだけさ。)

人魚(それがいつしか感じなくなって来るわよ。奇妙な物だわ、慣れって。)

青年(……………僕は、僕は本当に……)

同室友「そう言えばお前よ、昨日夜遅くに部屋を出て行ったが何してたんだ?」

青年「秘密。」

同室友「あぁ?何だそれ。」

青年「何だろうね。」

同室友「…まぁいい。着替えたんなら食堂行くぞ。」

青年「ああ。」


ザワザワ…

同室友「」ガチャッ

青年「うわ…」

ザワザワ…

青年「こ、込んでる…ね…」

同室友「ほら見ろ。お前が早くしねぇから。」

青年「…すまない。」

同室友「まぁ…何だ。過ぎ去った事を責めても仕方ねぇよな。何とかして空いてる席探そうぜ。」

青年「そうだね。」

同室友「んーと…空いてる席…空いてる席…」キョロキョロ

青年「…」キョロキョロ

青年「……あ」

同室友「ん?」

青年「あれって…」

同室友「!」

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