神娘「わしの眠りを妨げるのは誰じゃ……っていたたたっ!」(161)


神娘「痛い痛い! やめぬか! やめて!」

神娘「起きるから! っていうか今起きたから! 髪を放せ!」

神娘「っくうぅ……つつ」

神娘「……チュウ助。大事な用か?」

神娘「乙女の髪をくわえて脇目もふらず突っ走ってしまうほど大事な用なんじゃな?」

神娘「そうでもない? なら起こすな。寝る」

神娘「……あいたたたたッ!」


神娘「そこに座れ」

神娘「いいかチュウ助。一つ聞くが」

神娘「わしは何者じゃ? そうじゃ、神じゃな」

神娘「その神の眠りを妨げるというのはどういうことか分かっておるか?」

神娘「うむ、そうか、分かっておるか」

神娘「ならおやすみ」

神娘「……いっつぁぁぁぁぁッ!」


神娘「そこに座れ」

神娘「いいかチュウ助。もう一つ聞く。認識に食い違いがあったら困るからな」

神娘「お主は大した用事もなく、神の眠りを妨げることの意味を分かっていて、わしを起こした」

神娘「よいな? そうか、よいか」

神娘「では、お主は神罰をくらっても文句は言えんのだが分かっておるのだよな?」

神娘「異議あり? 何故じゃ」

神娘「……いやまてこらこら」

神娘「敬うに値しない神に対しては罪ではないってわしを舐めとんのかこのネズ公」


神娘「いいか、チュウ助。よく聞け」

神娘「神というのはすごく偉いものなのじゃ」

神娘「この国には八百万の神がいると言われ、それはそれはいろいろな輩がおる」

神娘「優しいのがおれば乱暴者もおる。怖い奴もいれば可愛い奴もおる」

神娘「だがその全ての神はみな同じように敬われるべきなのじゃ」

神娘「そしてこの世の生き物はその敬う心によって謙虚さを」

神娘「……これ寝るなチュウ助。無礼じゃ。不敬じゃ」


神娘「ぬ。起きぬぞこのネズミ」

神娘「これ、聞け。聞かぬか」

神娘「聞かぬと今度こそ神罰が」

神娘「……いや待てよ」

神娘「チュウ助。チュウ助や」

神娘「よし、起きぬな」

神娘「ではおやすみ」

神娘「……あだぁッ!」


神娘「チュウ助。チュウ助や」

神娘「もしかしてと思うのじゃが、お主、ただただわしに嫌がらせをしたいだけなんではないか」

神娘「そんな無礼なことはしない? どの口がいうか」

神娘「わしを崇めてはいないがネズミとしての礼儀はわきまえている?」

神娘「……」

神娘「ならよいのか」

神娘「いやよいわけあるか。騙されんぞ」


神娘「わしを崇めていないとはどういうことじゃ。聞き捨てならん」

神娘「理由を聞きたいのかじゃと? そりゃ聞きたいに決まって」

神娘「……」

神娘「いややっぱりやめておく。余計に疲れる気がしてきた」

神娘「うう。やはり神主はしっかり選ぶべきじゃった」

神娘「いくら選択の余地がなかったとはいえ、さすがにネズミはないじゃろうが」

神娘「あの時のわしを殴ってやりたい」


神娘「ああよいよい慰めるな。余計に悲しくなってくるわ」

神娘「いかんともしがたいこの脱力感。もうひと眠りしたい。が」

神娘「丸坊主にでもせん限り眠れそうにないのう」

神娘「髪をとるか、眠りをとるか。ううむ。迷いどころじゃ」

神娘「……」

神娘「いや、うむ、分かっておる。髪がなければ頭が涼しすぎる。それではぐっすり眠れん。本末転倒じゃ」

神娘「ん? なにかおかしいか?」

神娘「まあとにかく。しかたなく起きてやる。深めに感謝せよ。深めに。よいな?」


神娘「してチュウ助。わしを起こしたからには用事はあれであろう?」

神娘「人間はすぐになくしよるからのう」

神娘「やれリモコンが見つからない。やれ眼鏡はどこだ。やれあの日のやる気はどこ行った」

神娘「まったく、学びもせずぽんぽんぽんぽん失いおって」

神娘「ん? だからこの仕事が成り立ってる? まあ、確かにそうじゃ」

神娘「仕事がなければわしも威厳が保てんからのう」

神娘「鼻で笑うなチュウ助。わしにも威厳はある。見えないところに積もっとる」

神娘「しっかりと、こんもりと」

神娘「そう、わたぼこりのようにな」

神娘「ん? 何か違うな」


神娘「積年の恨みの方がまだ美しい比喩だったか」

神娘「まあそれはそれとして。解せんのう」

神娘「何がって、瑣末な案件はお主の担当じゃろうが」

神娘「実際認めるのは癪じゃが、お主は優秀じゃ。機転もきく」

神娘「わしに頼らんでも探し物の一つや二つ難なく見つけ出すじゃろ?」

神娘「照れる? お主そんなうぶじゃなかろう。言ってみただけ? だと思ったわ」


神娘「ということは、じゃ。考えられることは三つ」

神娘「一つ目。見つけてやっていいものかどうかお主には判断がつきかねる」

神娘「二つ目。単純にお主の能力の範疇を超えている」

神娘「三つ目。もっと単純に嫌がらせでわしに押し付けようと思っただけ」

神娘「どれじゃ?」

神娘「三つ全部? そりゃ難題じゃ。っていうか三つ目入っとるのかくそう」


神娘「まあよい。いや本当はよくないが」

神娘「お主に解決できない問題ならば、わしが出張らんわけにはいかんしの」

神娘「よいか。仕方なーく、じゃぞ? お主がどうしてもー、と頼むからじゃぞ?」

神娘「うむうむ、それでよい。それが正しい態度じゃ」

神娘「いや違ったかな。毛づくろいをしながらの片手間返事は無礼な気もする」

神娘「そんなこと気にする暇があったら仕事しろ? じゃがしかし」

神娘「ううむ。そうか。確かに仕事を終わらせんと眠れんな」

神娘「仕方ない。ではさっそく取りかかるとしようか」


アパート

青年「さて。荷づくりはこんなもんか」

青年「あとは業者さんを待つだけだな」

青年(まだ十一時か)

青年「でも出発前に慌てるのはいやだし」

青年「ちょっと早いけど、なんか食べにいこうかなあ」

青年「……」

青年「ん? はーい!」

青年「はいはい、どちら様?」

神娘「神じゃ」

青年「はい?」


神娘「お主じゃな?」

青年「は? えっと」

神娘「うむ、やっぱりお主じゃ」

青年(いや……なにが?)

神娘「ん? どうした?」

青年「……それはこっちの台詞じゃないかな?」

神娘「む。おお、なるほど。このネズミはチュウ助という」

青年「そ、そうなんだ」

神娘「これでも我が神社の神主じゃ。変に思うのも無理はないが」

青年(なんだろう。なんなんだろう)


青年「ええと。あー。うん。そうか」

神娘「?」

青年「ごめん。うちちょっと引っ越しでバタバタしててね。お菓子とか今ないんだ」

神娘「なんと」

青年「いや悪いね。ハロウィン行事は今年から? 知らなかったよ」

神娘「はろうぃん?」

青年「え、あれ? 違うの?」

神娘「何の話じゃ?」


青年「ああ、そりゃそうか。ハロウィンにしてはちょっと遅いか」

神娘「のうのう。なんの話じゃ?」

青年「じゃあ何かな。近くの中学校の子だよね? 学校で何かやるの?」

神娘「??」

青年「違うか。じゃあ何かの宣伝? アルバイト?」

神娘「よく分からん。それより寒いから中にあげてほしいんじゃが」

青年「……宗教の勧誘とか?」

神娘「何をいっとるのかさっぱりじゃの」

青年「まさか……そういういかがわしい商売?」

神娘「寒いんじゃが。こぶ茶が飲みたいんじゃが」


青年「君、そういうのはよくないよ。まだ若いんだろう? 身体は大事にしなきゃ」

神娘「身体は丈夫じゃぞ?」

青年「そういうことじゃない。古い考えかもしれないけどね、貞淑さってのは大事なもんだよ」

神娘「ふむ確かに」

青年「分かってくれるかい?」

神娘「脈絡は不明じゃがわしもその考えに賛成じゃ。ここは大人しく引き下がろう」

青年「分かってくれてよかった」

神娘「では後ほど」

青年「じゃあねー」

青年「……後ほど?」


定食屋

青年「どうもー」

店主「おう、いらっしゃい!」

青年「焼き魚定食お願いします」

店主「おんや? 今日引っ越しだろ。最後の注文がそれでいいのか?」

青年「贅沢するのもありかと思ったんですけど、やっぱり定番で締めたくて」

店主「へっ、こんなときくらい店に金落としていけってんだ」

青年「こんなときだからいつも通り終わらせたいんですよ。いや、すみません」

店主「うん、まあ分からんでもないけどな」


店主「それにしてもお前ももう卒業か。早いもんだな」

青年「ですよね。四年ってそんなに短くもないのに」

店主「みんな言うんだ。まるでどっかに落として来ちまったみたいだとな」

青年「あー分かります分かります。なんていうか夢みたいですよね」

店主「目覚めてみれば全て過去ってか。ほいお待ち」

青年「ありがとうございます」


店主「就職は地元だったか?」

青年「ええ。一旦実家に戻ります」

店主「お、いいねえ。家族が恋しいだろ」

青年「え、あ……まあはい」

店主「なんだ、もうそんな歳じゃねえってか?」

青年「うーん……」

店主「カッコつけるのはてめえでてめえを養えるようになってからだ。じゃねえと逆にカッコ悪いぜ?」

青年「もっともです。ですがそうじゃなくて」

店主「うん?」


青年「なんて言ったらいいでしょうね。ちょっと帰りづらいというか」

店主「お? なんだなんだ? お前何やらかしたんだ?」

青年「そこまで興味持たなくても」

店主「いいからいいから」

青年「妹とちょっと……」

店主「ん? 禁断の愛か? 昼ドラか? そりゃ帰りづらいな」

青年「いやケンカですよケンカ」


店主「ケンカぁ? なんだよそりゃあ」

青年「禁断の愛こそなんだそりゃあですよ」

店主「けっ、犬も食わねえネコも舐めねえ。もっと面白い話出来ねえのかって」

青年「そんなこと言われても。当事者にとっては重要な問題ってあるでしょう?」

店主「知らねえよそんなこと。時間が解決するだろ」

青年「んな適当な。大体こっちはそれで二年も……」

神娘「なるほどそれが今回の案件か」

店主・青年「!?」


神娘「ん?」

青年「さっきの娘……っていうか今どこから!?」

神娘「何を驚いておる」

店主「お、お前っ!」

神娘「?」

店主「ネズミは入店禁止だ馬鹿野郎!」

青年「え。そっち?」

神娘「ぬ。そうかこれはすまん。自己紹介が遅れた」

青年「いや何かがおかしい」


神娘「わしはなくし物の神。こちらはネズミのチュウ助じゃ」

店主「そんなことはどうでもいい! 早くそのネズミを追い出せ!」

神娘「こぶ茶ないかのう」

店主「飲食店ってのは衛生が命なんだ!」

神娘「うむ。清潔なのは良い心がけじゃ」

店主「そうじゃなくても俺はネズミが個人的に嫌いなんだよ!」

神娘「心配には及ばん。チュウ助は噛まんぞ」

青年「駄目だズレが大きすぎて直せない……」


神娘「だがあれじゃ。チュウ助は礼儀がなっとらん」

店主「そうだ! それなんだよ! ネズミは許可も取らずに勝手に家に住みつきやがる。許せねえ!」

青年「分かるような分からないような……」

神娘「うむ。わしもチュウ助には手を焼いておる」

店主「だろう? ネズミは駆逐すべきだ! 地球からいなくなれ! 死滅しろ!」

神娘「チュウ助が死んだら新しい神主を探せるのう。賛成じゃ!」

店主「気が合うな」

神娘「お主も良い目をしておる」

青年「う、ううん……?」


青年(なんだか妙なところで話が落ちついた……のか?)

店主「ところでなんだ。お嬢ちゃんはこいつの知り合いか?」

神娘「うむ」

青年「いえ違います」

店主「へえ、お前もやるじゃねえか。どこまで進んでんだよ」

青年「だから知り合いじゃありません。っていうかネズミはもういいんですか」

神娘「そろそろ願いを叶えてやるところに進もうと思っとる」

店主「やるねえやるねえ、歳の差ひらいた禁断の愛だねえ」

青年「そんなに禁断の愛が好きですか。あとぼくのことは無視ですか」


神娘「こぶ茶うまい」

店主「で? で? お二人の馴れ初めについて聞かせろや」

青年「いや、あの。ぼくもうそろそろ引っ越しなんで。帰ります」

店主「そんなつれねえこと言うなよお」

青年「すみませんお勘定。って、あれ?」

店主「あ? どうした」

青年「いや、財布が。あれ?」

神娘「上着の右側内ぽけっと」

青年「え?」

青年(あ、財布。あった)


神娘「おおかた慌ただしさにいつもと違うところにしまいこんだんじゃな」

青年「…………」

神娘「ん? これチュウ助! 大人しくせんか!」

青年「ええと。ありがとう? じゃあぼくはこれで」

店主「あ、おい……って行っちまったか」

神娘「こぶ茶こぼれたあっ!」


電車

青年「あー。うー。疲れた」

青年「引っ越しってだけでも大仕事なのにプラスアルファがあっちゃね……なんだったんだろうあの娘」

青年「変な娘だったなあ」

青年(でもまあ全部終わったし。あとは家に向かうだけだ)

青年「ふわぁあ……」

青年「あーあ、それよりどうしようかな」

青年「あいつ、まだ怒ってるのかなあ……」

青年「……」

青年「……zzz」


……

「チュウ助や。いい眺めじゃのう」

青年「ううん……」

「おまけに次々景色が変わって見飽きることもない」

青年「むにゃ……」

「お。あれに見えるは富士の山ではないか?」

青年(……なんだか……うるさいなあ)

「違う? 何故じゃ。背は高いし大きいし、なにより山の形をしておるぞ。三角形」

青年(……眠い。静かにしてよもう……)


「むう、なるほど。違うのか。残念じゃのう」

青年「あのぉ、すみません……ぼくちょっと疲れてて」

「ぬ? おお。そうかそれは気づかなんだ」

青年「どうも……」

「疲れをとるにはこぶ茶がよいぞ。ほれ」

青年「結構です……」

「遠慮するな。ほれほれ」

青年「おあっちぃッ!」


青年「何するんですか!」

神娘「飲まなくても元気になるとはさすがこぶ茶」

青年「知りません! ぼくは眠たいんだからほっといてください!」

神娘「そうか。すまんかった」

青年「まったく」

青年(さてもうひと眠り……)

青年「ん?」


青年「んん!?」

神娘「チュウ助。あれは琵琶湖かのう。違う?」

青年「え。あれ。あの」

神娘「違うのかー。残念じゃ」

青年「あの」

神娘「ん。なんじゃ?」

青年「えっと、君……あれ?」

神娘「このネズミの名前はチュウ助じゃよ?」

青年「いやもうそれはいいから」


神娘「ではなんじゃ?」

青年「いや聞きたいことは山ほどあるけど……とりあえず。なんで隣にいるの。しかも窓側」

神娘「眺めがよいからじゃが」

青年「いやぼくを起こさずにどうやって奥側に入りこんだのって話だけど」

神娘「???」

青年「今更だけど調子狂うな。なんなんだこの娘」


青年「まあいいや。次。その席に置いてあった荷物は?」

神娘「しまっておいた」

青年「どこに?」

神娘「どこって。どこかにじゃ」

青年「は?」

神娘「わしにも分からん。考えたことがないんでの」

青年(駄目だ。何言ってるんだかさっぱりだ)


青年「ええと。じゃあ何? 荷物は捨てちゃったってこと?」

神娘「捨てた? 何を言っておるんじゃ」

青年「よりによって君が言うか」

神娘「捨ててはおらんよ。ほれ、そこにある」

青年「え? あ!?」

青年(嘘だ……さっきまではそこには何も)

神娘「ぬ。こぶ茶がなくなった。おかわりをいれんと」

青年「……」

神娘「なんじゃ? わしの顔に何かついとるか?」


青年「……最後の質問」

神娘「うむ」

青年「君は……なんでこの電車に? いや、ぼくに何の用?」

神娘「? おおそうか。そういえば言い忘れておった」

青年「え?」

神娘「わしはなくし物の神。喪失物の管理者。お主の望みを叶えに来てやった」

青年「………………」

神娘「謹んで謹んで、さらに謹んで感謝の意を述べよ」

青年「は?」


……

青年「うーん……分からないなあ」

神娘「何がじゃ?」

青年「何がって、何もかもがだけど。話を聞いても信じられないよ」

神娘「そりゃどうして」

青年「どうしてって聞くかなあ。確かにぼくはこの間とある神社で願い事をしたよ?」

神娘「だからその神社からわしが来た。不思議はなかろう」

青年「いやあるよ。普通なら」

神娘「ふうむ?」

青年「……君は普通じゃないかもだけど」

神娘「神じゃからのう」


青年「それだよ。それなんだよ」

神娘「んむ?」

青年「聞くよ? 一応もう一回ね。君は誰?」

神娘「なくし物の神じゃ」

青年「なくし物の、神」

神娘「喪失物についてのいろいろを司っておる」

青年「……」

神娘「崇めよ。もしくは称えよ」

青年「……」

神娘「ん?」


青年「……最近変な人が多いとは聞いてたけど、自分が巻き込まれるなんて予想できなかったなあ」

神娘「ほほう」

青年「面倒な事になる前にびしっと言っておかなくちゃだな、うん」

神娘「?」

青年「こほん。ちょっといいかな」

神娘「うむ、なんじゃ?」

青年「君はこんなことして楽しいかい? こんなことってのは、人を困らせてるってことだけど」

神娘「お主が困っておるのは知っとる。だからわしが来たというとろうに」

青年「うん? ええと。まあいいか。分かってるなら話は早い。やめてくれ、迷惑だ」

神娘「確かにチュウ助ははた迷惑なところもあるが。仕事はできる」

青年「いやその。いいから。付きまとわないでくれ」


神娘「お主についていかなくては仕事ができん。それで困るのはお主じゃぞ?」

青年「あー、はいはい。次の駅で一緒に降りようね。あとは駅員さんの言うこと聞いてね」

神娘「なぜ話が通じん」

青年「いやホント同感だよ」

神娘「むう。ん? なにチュウ助。こやつはわしが神だと分かっていないじゃと?」

青年(もういいや。あとは適当に聞き流しておこう)

神娘「困ったのう。わしが神だなんて当然のことを分からん奴がおるのか」

青年(無視無視。ぼくは石ころ。何も見ないし聞こえなーい)


神娘「困った。どうするチュウ助。ぬ? 神である証拠を示せ?」

青年(ぼくは風。春のそよ風。そよそよ)

神娘「しかしチュウ助、お主がお主であることを証明せよと言われてもできんじゃろうが」

青年(ぼくは、ええと、なんにしよう。なんでもいいか。ふわふわ)

神娘「……ふうむ。よく分からんがそうすればよいのか。仕方ないとはいえ気は進まんのう」

青年「あ。駅に着くよ。降りる支度して」

神娘「その前にちょっと聞いてくれんかの」

青年「……。いいよ。最後に一つくらいなら」


神娘「お主の右ぽけっとには何が入っておる?」

青年「は?」

神娘「いいから答えよ」

青年「……財布とボールペン」

神娘「本当に?」

青年「そんなつまらない嘘は……って。え?」

神娘「あるか?」

青年(……ない)


神娘「左のぽけっとには?」

青年(携帯が……ない)

神娘「お主の荷物は?」

青年(……ない)

神娘「上着」

青年(ない……!)

神娘「お主の座席」

青年「……嘘だ」


青年「いや、そんな。何かの間違いだ……」

神娘「もっとすごいものもなくせるがやった方がよいのだろうか」

青年「なくす?」

青年(なくし物の……神)

神娘「こんなので信じてもらえるかのう?」

青年「いやこんなの、って……」

神娘「仕方ない。じゃあ続いて聞くが」

青年「もういい! もういいから!」


神娘「信じてくれるのかの?」

青年「信じるも何も……」

青年(信じないともっと奪うっていう実質脅迫じゃないか)

神娘「どうやら分かってもらえたじゃの。でかしたチュウ助」

青年「あ」

青年(財布、携帯、荷物……元に戻った?)


青年「何がなんだか」

神娘「まあ座れ」

青年「うん……」

神娘「さて分かってもらえたところで、お主の望みを叶えねばならん。それでじゃが」

青年「あ……待って。さっきなくなった物ってどこに行ってたの?」

神娘「分からん」

青年「え?」

神娘「なくし物の場所が分かっておったらなくし物ではないからの」

青年「ううん?」


神娘「まあそんなことはともかく」

青年「そんなことって。いや分からないってことだけは分かったけど」

神娘「そんなことはともかくお主の願い事じゃよ」

青年「ああ、あれね」

神娘「そう、ええと、なんじゃったか。妹と」

青年「……」

神娘「そう、妹と仲直りしたい、じゃな」

     ・
     ・
     ・




青年「ただいまー」

神娘「狭い家だのう」

青年「ええ……いきなり文句言われても」

神娘「なんだか……そうじゃ、天井が低い」

青年「普通だよ」

神娘「あと無駄に壁が多い」

青年「普通だって」


青年「まあいいや。上がって上がって」

神娘「チュウ助や、とりあえずあらかた壁をとっぱらうところから始めようか」

青年「やめてね。ん、あれ?」

神娘「ちょっと大きいがなくすことはそう骨ではないじゃろ」

青年(靴の数が少ないな?)

神娘「では早速」

青年「やめてってば」


少女「……誰?」

神娘「ん?」

青年「あ……ただいま」

少女「なんだ。帰ってきたんだ」

青年(うっわ、見るからに不機嫌)

神娘「おお。なるほどお主じゃな」

少女「誰この娘」

青年「あー、えっと」

少女「変な言葉遣いに遣い変な格好」

神娘「神じゃよ。なくし物の」

少女「……頭も変」


神娘「こっちはネズミのチュウ助じゃ。わしの神社の神主でふごふご」

青年「ちょっとごめん黙ってて」

少女「どこの娘?」

青年「あー、うー……さっき道に迷っちゃってね。案内してもらったからお礼しようと」

少女「迷う? 自分が育った町で?」

青年「あはは……」

少女「……。もし兄さんが犯罪に走ったら通報に躊躇はしないから、わたし」

青年「そ、そんなことしないよ」

少女「どうだか」


青年「と、ところで父さんと母さんは? 靴ないけど」

少女「旅行。しばらく遊んでくるって」

青年「そうなんだ。あとそれから」

少女「悪いけどわたし勉強しなきゃだから部屋戻るね」

青年「あ、うん」

少女「……チッ」

青年(うわ舌打ち)


青年「相変わらずだなあ……」

神娘「随分と仲が良いの」

青年「どこを見て言ってるのさ」

神娘「感じたままを言っとる」

青年「じゃあ一生分かりあえそうにないや」

神娘「それは残念じゃ」

青年「ホントにね」


青年「そんなことよりもさ。本当に仲直りなんてできるのかな」

神娘「できる」

青年「断言するね?」

神娘「原因はなくし物じゃからのう。わしの管轄じゃよ」

青年「さっきも言ってたけどそれ本当なの?」

神娘「嘘は言わん。間違いなくさっき言った通りじゃ」

青年「ううん……」


……

数十分前

神娘「さてお主の願い事、『妹と仲直りしたい』じゃが」

青年「うん」

神娘「わしがしっかり解決してやる。心配は無用じゃ」

青年「別の意味で心配だけどそれはいいや。分かった。でも」

神娘「なにか?」

青年「いや、なくし物の神さまが仲直りの手伝いっておかしくない?」

神娘「確かに普通ならの。これは例外じゃよ」

青年「例外?」


神娘「うむ。なくし物が今回の件の要ということじゃ」

青年「なんで? どういうこと?」

神娘「わしにも分からん」

青年「は?」

神娘「分かるのはこれがわしの仕事ということだけ」

青年「んん?」

神娘「仕事ならばこなさねばならん。これも至極当然のことじゃ」


青年(本能ってことかな? 虫かなんかみたいだ)

神娘「問題は何をなくして不仲に至ったのかじゃが」

青年「……円満な関係?」

神娘「さて。まあこれも見れば分かる」

青年「すごく便利だねそれ」

神娘「むしろなぜ人間たちに分からんのか、それが分からん」

青年「……そういうものかなあ」

……


現在

青年「で、見てなにか分かった?」

神娘「おぼろげにじゃが。お主何かあの小娘からもらわなかったか?」

青年「小娘は君もでしょ。ええと、なんだろう。結構いろいろもらってるからなあ」

神娘「その中でなくした物があるじゃろ」

青年「消しゴムとか、シールとかいろいろあるけど、じゃあ多分あれ……だな」

神娘「あれとは?」

青年「腕時計。誕生日にもらったやつ」

神娘「ほほう」


青年「もらったのは確か……二年か三年前。あいつが奮発してプレゼントしてくれたんだ」

神娘「それをなくしたのか?」

青年「うん……もらって数カ月後に」

神娘「ふむ」

青年「……我ながら馬鹿だとは思うよ。中学生にはかなりの出費だったはずだしね」

神娘「それはまあいいとして」

青年「……よくないと思うけど」

神娘「人間の感覚は分からん。それより早く仕事を終わらせたい。要はその腕時計を見つければいいわけじゃ」

青年「そうなの? あいつはぼくがなくしたってことも知らないはずだけど」

神娘「そこらへんのことは知らん。だがそのなくし物が鍵ということは分かった」


青年「都合良過ぎない?」

神娘「何が?」

青年「なんでそうやすやすと分かるのさ」

神娘「分かるものは分かるとしか」

青年「おかしいよねそれ」

神娘「どこがじゃ。ではお主はなぜ自分が歩けるか考えたことはあるか?」

青年「え?」

神娘「ものを見ることができるのはなぜじゃ。音を聞くことができるのはなぜじゃ」

青年「それは……」

神娘「できるものはできるとしか言いようがない。逆にできぬものはどうしたってできん」

青年「神さまでも?」

神娘「? 当たり前じゃろ」


青年「……やっぱりよく分からない」

神娘「分からぬものは分からぬままでもかまわんじゃろて。それよりいい加減始めるぞ」

青年「え。何を?」

神娘「なくし物を呼びつける。待っておれ、すぐすむ」

青年「あれ? そんなにあっさり?」


神娘「……」

青年「……」

神娘「………………」

青年「?」

神娘「……できぬ」

青年「え?」

神娘「なくし物が、出てこない」

青年「…………」

青年「は?」

     ・
     ・
     ・




神娘「何度試しても無理じゃった」

青年「つまり、どういうこと?」

神娘「なくし物が出てこない」

青年「いやそうじゃなくて……原因は?」

神娘「さあ?」

青年「ようやく分かってきたけど君は考えるってことをしないよね……」


神娘「だって必要なことは全部知っとるもん。知らないということは必要ないということじゃ」

青年「すごい理屈だね……力がなくなったってことは?」

神娘「それはない」

青年「どうして分かるの。って聞いても無駄か。じゃあ試してみてよ」

神娘「何をじゃ?」

青年「適当に何かなくすとか」

神娘「ほい」

青年「……消えるね。でもなにもチュウ助くんのしっぽを消すことないじゃない」

神娘「いた! いたたっ! やめろチュウ助怒るでない!」


青年「ってことは他に原因があるのか」

神娘「戻したから! しっぽ戻したから機嫌直せ! 髪が抜ける! ごっそり抜ける!」

青年「ううん、なんだろ」

神娘「耳! 耳も駄目! ああっ!」

青年「なくし物ならなんでも見つけられる神に見つけられないってことは……」

神娘「まぶたは洒落にならーん!」

青年「静かにしてよ夜なんだから。考えるのにも邪魔だし」


……

神娘「邪魔が入ってる?」

青年「そう」

神娘「どういうことじゃ?」

青年「いやそのまま。誰かが呼び出しを妨げてるんだよ。あり得ないかな?」

神娘「ふうむ。チュウ助、行け」

青年「?」

神娘「ぬ? まだへそを曲げとるのか。いいから行かんか。……よし」

青年「何するの?」

神娘「どういうことか分からんときの常套手段じゃ」

青年「常套手段って?」

神娘「とにかくチュウ助に調べさせる」

青年「……かなり大雑把だね」


青年「大丈夫なのそれで」

神娘「チュウ助は優秀じゃ。時間はかかるかもしれんがな」

青年「ふうん?」

神娘「なに心配するな。いざとなったら不仲そのものをなくすこともできる」

青年「え。そんなこともできるの?」

神娘「できる。かなーり骨は折れるが」

青年「やっぱり大変なんだ」

神娘「骨が折れるからな。痛い」

青年「え。文字通り折れるの?」

神娘「あのときはずっと寝たきりだったっけ……」

青年「うわ壮絶。ていうかわけわかんない」

神娘「うう……ぐすっ……」

青年(思い出し泣き!?)


神娘「もう痛いのやだよぉ……」

青年「ああほら泣かない泣かない。いい子いい子」

神娘「……痛いのしなくていい?」

青年「大丈夫だから。しなくていいから。っていうかこれでしろっていったらぼく鬼すぎるから」

神娘「うむならばよし。苦しゅうない」

青年「うわ立ち直り早。涙どこ消えたよ」


……

神娘「……遅いの」

青年「そだね。時間が時間だし夕食でもどう?」

神娘「! こぶ茶を頼む!」

青年「好きだねこぶ茶」

神娘「こぶ茶さえあれば他の何もいらない」

青年「そんなに?」

神娘「数十年はもつ」

青年「ひもじいでしょそれ」

神娘「断じてひもじくなどない。こぶ茶だけでよい」

青年「今日ハンバーグ」

神娘「くれ」

青年「うすうす感づいてたけど君って割とっていうかかなりがきんちょだよね」


神娘「やっぱりはんばーぐにはこぶ茶がよくあう」

青年「その組み合わせした人あまりいないと思うけどね」

少女「……」

青年「あ。勉強終わった?」

少女「なんでこの娘まだいるの?」

神娘「まだこやつの願い事を叶えてなもがもご」

青年「静かにしててね。……ええと、親御さんが帰るの遅いとかでちょっと」

少女「……」

青年「ゆ、夕食できてるから食べなよ」

少女「犯罪者が作った食事なんて食べたくない」

青年「まだなにもしてないよ!?」


少女「『まだ』?」

青年「あ、いや……そうじゃなくて」

少女「もういいからわたしに話しかけないで犯罪者予備軍」

青年「だから違うって!」

少女「わたし夕食いらない。それじゃ」

青年「あー、うー……くそう」

神娘「もごもごも?」

青年「あ、ごめん。もうしゃべっていいよ」


神娘「ぷは。もうそろそろチュウ助が戻ってくる気がするんじゃが」

青年「今なんかそれがもうどうでもよく感じちゃうくらい傷ついてる……」

神娘「そろそろ器を片付けよ」

青年「もうだめだ……兄としての威厳が壊滅的だ……」

神娘「ああもう間に合わんの」

青年「一体どうしたらいいんだろう……」

神娘「来た」

青年「?」

「なにするんだこのネズ公!」

青年「え?」

「う、うわあッ!」

青年「おわっ!?」


青年「な……!? 天井から男の子が……」

??「いってえ……何しやがるんだよ!」

神娘「ふうむ。隠し妖怪じゃったか」

青年「妖怪? いやそれよりもテーブルの上が悲惨なことに……」

妖怪「ん? なんだあお前たち」

神娘「こやつがわしの邪魔をしとったんじゃな。なるほど納得」

妖怪「げっ。神じゃねえか! なんでこんなところに!」

青年(ぼく順調に置いてかれてるなあ)


妖怪「神なんかが俺に何の用だ!」

神娘「いやなに。お主が隠している物を返してもらおうと思っての」

妖怪「んだと!? お前あれを奪いに来たんだな!?」

神娘「やはり持っとるのか」

妖怪「! チッ、カマかけやがって」

神娘「命令じゃ。返せ」

妖怪「だーれが渡すもんか! 捕まえられるもんなら捕まえてみやがれ!」

神娘「チュウ助、追え」

青年「……」

神娘「ではわしらも行こうかの」

青年「いやちょっと待った」


神娘「なんじゃこんな時に」

青年「いやいやいや。あれ、何?」

神娘「隠し妖怪じゃ。分かったら行くぞ」

青年「もうちょっとだけ! 隠し妖怪って何?」

神娘「その名の通り物を隠すことが好きな妖怪じゃ。それより急げ。逃げられてしまう」

青年「ああもう何がなんだか」

神娘「来ぬなら置いていくぞ」

青年「ええい、どうにでもなれ!」

     ・
     ・
     ・


神娘「ええいあっちこっち逃げ回りおって」

青年「どこにもいなくない?」

神娘「隠し妖怪じゃからの。隠れるのもお手の物じゃ」

青年「よく知らないけど、っていうか教えてもらえてないけど厄介だねそれ」

神娘「うむ。じゃが大丈夫。あれを見よ」

青年「ん?」

神娘「でかしたチュウ助。この中じゃな?」

青年「ここって……」

神娘「では突入するぞ」

少女「うるっさい! さっきから何騒いでんの!」

青年(妹の部屋……)


神娘「!」

少女「何? この娘まだいたの?」

青年「あー、ええと。ごめん、ちょっと追いかけっこしてて」

少女「変態」

青年「なんで!?」

少女「もうあなたのことは兄とは思いません。今すぐ出ていってください」

青年「そんな! ただの追いかけっこじゃないか!」

少女「でないと通報します。さあ早く」

青年「取りつく島もない!」


青年「ちょっとは話を聞いてよ」

少女「いち、いち、ゼロ」

青年「あああ待って! 待ってってば!」

少女「待ちません。さっさと」

神娘「さっさと出てこい」

少女「? 出ていくのはあなたたちでしょ」

神娘「そこにいるのは分かっておる。無駄じゃ。諦めろ」

少女「何言ってるのこの娘」

神娘「出てこぬならこっちから行くぞ! チュウ助、やれ!」

少女「きゃあっ!?」


青年「な!? ちょっと何するんだ!」

「ぐわあっ!」

青年(っ!? 妹の口から何かが……)

妖怪「ち、ちきしょう……!」

青年「そんなところに!?」

神娘「ふん、妙な隠れ方をしおって」

妖怪「絶対見つからないと思ったのにっ……」

神娘「そんなものではバレバレすぎて誰も騙せんわ」

青年「いやほとんどの人は騙されると思うけど……おい、大丈夫か!?」

少女「ぅ……」


青年「駄目だ意識がない……変なもの口に入れてたから」

妖怪「誰が変なものだ!」

青年「ねえ、妹は大丈夫なの?」

神娘「問題ない。この妖怪は人を傷つける類のものではない。変なものには変わりないが」

妖怪「違うっての! 俺は変なものじゃない!」

青年「でも意識を失うってことは、よっぽど不味いんだろう?」

妖怪「聞けよ!」

神娘「ボロ雑巾のような味とか聞いたことはあるが」

青年「お腹壊してないか心配だな」

妖怪「おい聞けってば!」


青年「聞くよ?」

妖怪「へ?」

青年「ひとの妹に手ぇ出してくれたんや。まさかタダで帰してくれる思っとるんかいなワレ」

妖怪「え」

青年「アホンダラが。聞きたいことたっぷり身体に聞いたるから覚悟せえよ」

妖怪「ひっ……ひえ……」

神娘「むう。あれが世に聞くしすこんというやつであろうか」

青年「死ねやオラァッ!」

妖怪「ぎぃやあああああっ!」




青年「や。おはよう」

少女「……昨日の八時くらいからの記憶がない」

青年「勉強のしすぎじゃない? 眠いときはしっかり寝なきゃ」

少女「なんか変なことしなかった?」

青年「してないよ?」

少女「なんとなく兄さんがすごく変態的なことや暴力的なことしてた気がするんだけど」

青年「面白い夢だね」

少女「うーん……」


少女「あとなんでこの娘まだいるの」

神娘「今日も元気でこぶ茶がうまい」

青年「急に親御さんが帰れなくなったとかで泊めてあげたんだ」

少女「そう」

青年「はい」

少女「最低」

青年「いいえ」


少女「もしもし警察ですか? うちの兄が犯罪者です」

青年「ふわあ……ねむ」

少女「ええ。ええ。割と年下の娘相手に口に出せないあんなことやこんなことを一晩中」

青年「確かに口には出せないね。なんもやってないから。いやそうすると逆に出せるかな?」

少女「口に出したりしたそうです。何を? 言わせないでください」

青年「うわあ卑猥」

少女「そうです卑猥です。兄は歩く猥褻物です」

青年「まあいいから終わったら朝食にしなよ。用意したから」

少女「ええ、ですから兄は犯罪者でロリコンで卑猥で猥褻で優しくてでもそこがムカツクところで」

青年「さて……」

青年(結局。あの妖怪は外れだったな)


……

神娘「持ってない?」

妖怪「そうだよ……うう」

青年「本当に?」

妖怪「ひっ……嘘はつかねえよ! 本当に腕時計なんて隠してないんだって! 信じてくれよ!」

青年「信じられるかボケナス」

妖怪「そんな……あ、やめて! 納豆背中に入れるのやめて!」

神娘「ふうむ」

青年「どう思う?」

神娘「本当じゃないかの」

妖怪「信じてくれるのか!? ありがとう!」

青年「黙らんかいチンチクリン」

妖怪「ぎゃあっ! ねちょねちょするぅ!」


神娘「やめてやれ、かわいそうじゃ。納豆が」

妖怪「ひどい……」

青年「確かにもったいない。四パックも使っちゃったよ」

妖怪「うう……」

神娘「とにかく。モノを隠しておらんのは嘘ではなかろう」

青年「これだけやって吐かないしね」

神娘「それもあるが」

青年「ああそうか、分かるんだっけ。触角的に」

神娘「うむ。こう、びびっと」


青年「ということは……どういうこと?」

神娘「別に誰も呼びつけの邪魔はしとらんかったということじゃ」

青年「つまり」

神娘「さあ?」

青年「いや、振り出しってことだよ」

神娘「今回の仕事はなかなか終わらんのう」

青年「どうしよう」

神娘「とりあえずチュウ助を走らせとる。そのうち何か分かるじゃろ」

青年「そっか、分かった」

妖怪「……」

青年「おい何逃げさらそうとしとんじゃクソガキ」

妖怪「うわーん!」

……


青年(さてどうしたもんかな)

少女「そうなんです昔は自慢の兄だったんですでも今は駄目です全然だめですカスですゴミです」

青年(手掛かりはなし。神さまはいまいちあてにならない。頭脳要員はぼくだけ)

少女「ええ、ええ。話聞いてくれてありがとうございましたすっきりしました。それじゃ」

青年(実質お手上げ状態じゃないかこれ)

少女「あれ」

青年「どした?」

少女「なんか上手いこといなされた気がする」

青年「そっか。まあ朝食にしなよ」

少女「えと。うん。あ」

青年「ん?」

少女「そこはかとなく口の中がボロ雑巾みたいな味する……」

青年「ふうん……あんのクソが」

「ひっ」

少女「?」


それから二日 外

青年「全然見つからないねえ」

神娘「見つからんのう」

青年「どうしようねえ」

神娘「どうしようなあ」

青年「この二日ずっとこんな感じだよねえ」

神娘「こんな感じじゃなあ」

青年「……いや割と切羽詰まってるんだけど」

神娘「何がじゃ?」

青年「君が長居することによってただでさえ低い妹の視線の温度がさらに下がってきてるんだよ」

神娘「よく分からんがあやつが警察に電話する回数は増えとるの」

青年「警察の人もなんかもう慣れちゃった感じだけど、いつ上げなくてもいい腰を上げないとも限らない。急がないと」

神娘「善処しよう。ところでこぶ茶飲みたいんじゃが」

青年「善処の意味分かってる?」


神娘「こぶ茶、くれんのか?」

青年「そんな泣きそうな顔しないの。買いだしが終わってからね」

神娘「今すぐ飲みたい」

青年「我慢しなさい」

神娘「飲みたい!」

青年「静かにしてね」

神娘「飲みたい飲みたい飲みたい飲みたいー!」

青年「はいはいはいはい後でねー」

神娘「お主の濃くてあっついの飲ませてー!」

青年「さああの喫茶店に入ろう今すぐ入ろうああそこの奥さん決して怪しい者じゃございませんのでどうか通報だけは」


喫茶店

「いらっしゃいませー」

青年「こぶ茶ひとつお願いします。あるかどうかは知りませんが」

「かしこまりましたー」

青年「あるんだ。意外」

神娘「お主が淹れる濃くてあっついのがいい」

青年「わがまま言わないの。誤解を招くこともね」

神娘「ん? わし変なこと言ったかの?」

青年「おかげでこの界隈で有名人になりそうだよぼく」

神娘「めでたいことではないか。祝ってやろう」

青年「ありがとね」


青年「そういえばさ、さっきの話の続きだけど、チュウ助くんからなにか報告あった?」

神娘「ない。あれから姿を見せておらん」

青年「そっかそっちの筋も駄目か。どうしたもんかなあ」

神娘「いっそのことやはり不仲自体をなくすべきではなかろうか。痛いが」

青年「いいよ罪悪感が半端なくなりそうだからそれ」

神娘「ふむ」

「おまたせしましたー。って、おいおいおいおい」

神娘「?」

青年「あ」

店主「懐かしいな! 久しぶり!」


青年「あれ? 店主さん?」

店主「あれから元気してたか若いの! 嬢ちゃんも一緒だったか!」

神娘「??」

青年「なんでこんなところに?」

店主「俺が自分の店にいちゃ悪いかよ」

青年「え? ここ定食屋?」

店主「喫茶店だよ喫茶店。どこに目ぇつけてやがる」

青年「いや分かってます。ただあまりに雰囲気に合ってなかったもんでつい」


青年「え? でもなんで喫茶店? あの店どうしたんですか」

店主「聞いてくれ若人。大人にはいろいろ事情があるんだよ」

青年「事情?」

店主「確かにあの店は軌道に乗って安定していた。何も問題はなかった」

青年「じゃあいいじゃないですか」

店主「いいやよくない! 安定にはリスクがない! 心燃える危険とサスペンスが!」

青年「はあ」

店主「お前が去ってからも長いこと俺は考えた」

青年「さっきも懐かしいとか言ってましたけど最後に会ったのってせいぜい三日四日前ですよね」

店主「そう、新たな地で喫茶店を開くべきだと!」

青年「無視ですか」


店主「ま、そういうわけだ」

青年「いや分かりませんが。なんで喫茶店?」

店主「自分や他人の禁断の愛を求めて」

青年「どんだけ好きなんですか」

店主「本当はホテル経営がよかったんだが金がなくて」

青年「知りません」

神娘「のうのう」

青年「ん。何?」

神娘「こやつ何者じゃ?」

青年「え? 忘れたの?」

神娘「欠片も覚えとらん」

店主「合言葉は『ネズミ撲滅』」

神娘「おお! 良い目をした人間よ!」

青年「それで思い出すんだ」


店主「あのネズミいないな。死んだのか?」

神娘「残念なことにたまたまいないだけじゃ」

青年「さらっと酷いこと言ってるなあ」

店主「まあそれはいいか。っていうかよ、そんなことよりよお」

青年「なんです?」

店主「お前もやるじゃねえかこの色男!」

青年「は?」

店主「この嬢ちゃん引っ越し前んとこから連れてきたんだろ? たらしこんだのか?」

青年「なんですかたらしこんだって。人聞きの悪い」

店主「こんな若い子遠くから引っ張ってきてなあにがひとぎきわるいでちゅー、だ!」

青年「違いますって。勝手についてきたんです」

神娘「まだ望みを叶えてないからのう」

店主「かーっ! 健気だねえたぎるねえ禁断の愛だねえ!」

青年「一人で盛り上がらないでください」


店主「禁断の愛といえば妹もいるんだろ? どっち取るんだよ!」

青年「どっちも取りません」

店主「こいつ新しい女作りやがった。まあそれもよし。禁断の愛ならば」

青年「ええと……もういいです」

店主「ところで浮かない顔してどうしたよ」

青年「あなたのせいですが」

店主「じゃなくて。俺が来る前からなんか悩んでなかったか? 気のせいかもしらんが」

青年「ああそっちですか。……そうですねえ、悩みといえば悩みか」

店主「なんだ? 恋の悩みなら相談に乗るぜ。そうじゃなくても意外と乗るぜ」

青年「あなたを頼りたくないのはなんでだろう」


店主「いいからいいから」

青年「……例えば。例えばですよ? なくし物ならなんでも見つけられる存在が見つけられないものってなんです?」

店主「またのご来店をお待ちしております」

青年「ちょっと」

店主「わりい哲学は苦手なんだ」

青年「どっちかっていうとなぞなぞですが」

店主「どっちでもいいよ。そういうのは苦手なんだよ」

青年「でしょうね」

店主「なんかむかつくな。そうだなあ、しいて言うなら……」

青年「言うなら?」

店主「なくしてない物じゃねえか?」

青年「は?」


店主「いやなくし物ならなんでも見つけられる奴なんだろ? じゃあなくしてない物は見つけられないんじゃないか?」

青年「それはそうですが、そうじゃないんですよ」

店主「何が違うってんだよ」

青年「前提が違うんです。なくし物の中で見つけられないなくし物です」

店主「んな物ねえだろ。なくし物ならなんでも見つけられるんだろうが」

青年「いえですからそれを考えなきゃいけないんです」

店主「馬鹿には付き合いきれねえぜ」

青年「どっちがですか」

神娘「……」

青年「どうかした?」

神娘「分かった気がする」

青年「え?」


神娘「先に帰るぞ」

青年「はい?」

神娘「少し確認することがある」

青年「確認って、何を? っていうか帰り道分かるの?」

神娘「分からん。ゆえに帰れる。なくし物じゃから」

青年「?」

神娘「そんなわしにも見つけられないものがあるとはな。人間とはかくも面白いものじゃったか」

青年「何を……って」

店主「……消えた?」

青年「あいつ……何が分かったっていうんだ?」

店主「ええと。良く分からんが禁断の愛絡みか?」

青年「すみません、ぼくも帰ります。お金置いときますね」

店主「あ、おい!」

青年「お釣りはいりませんからー!」




神娘「出てこい隠し妖怪」

「……」

神娘「出てこないとあの男を呼ぶぞ」

「ひっ……分かった! 分かったから!」

神娘「さっさと出てこい」

妖怪「……っと。なんだよ? まだなんか用かよ?」

神娘「お主は何を隠しとる?」

妖怪「は?」


妖怪「俺は言っただろ? 腕時計なんて隠してないって」

神娘「そうじゃな」

妖怪「嘘吐いてるっていうのかよ?」

神娘「嘘は吐いとらんじゃろ」

妖怪「だろ?」

神娘「じゃが本当のことを言ってもいない」

妖怪「あん?」

神娘「だから聞くのじゃ。お主は何を隠しとる」

妖怪「……」


妖怪「べ、別になんも隠しちゃ……」

神娘「はっきりしたな」

妖怪「え?」

神娘「嘘を言えば神には分かる。お主のそれは嘘じゃ」

妖怪「ぐ! ちくしょう!」

神娘「では何を隠しとるか」

妖怪「もう何も言うもんか!」

神娘「あの小娘が持っとるんじゃな?」

妖怪「な!? なんで…………しまった!」

神娘「やはりそうか」


神娘「む、チュウ助。……そうか見つけたか。やはりあそこだな」

妖怪「なあ待ってくれよ。俺の隠してたもの取らないでくれよ……」

神娘「すまんが願いを叶えねばならんのでな」

妖怪「二年も隠されてたことなんだ。すごく価値がある。俺たち妖怪にとっちゃそれが何よりも大事なんだよ」

神娘「それは理解する」

妖怪「それにあの兄妹のためにならないかもしれないんだぞ。本当にそれでいいのかよ」

神娘「……」

妖怪「なあ、答えろよ」

神娘「知らん」

妖怪「え?」


神娘「わしは人の願いを叶えるために生まれた。だから叶える。それ以外に価値はない」

妖怪「そうかよ」

神娘「すまんな」

妖怪「ふん! 勝手にしやがれ!」

神娘「うむ。そうする。では」

妖怪「……チッ!」


少女の部屋

少女「誰? ……って」

神娘「よう小娘」

少女「あなたまだいたの。っていうかいつ出ていくの」

神娘「隠し妖怪とチュウ助から確認は取れた。お主が持っておるのだな」

少女「は? 何の話?」

神娘「さっさと返してやれ。もともとはお主があやつに贈ったものじゃろうが」

少女「……何の話って聞いてるんだけど」

神娘「はっきり言わんと分からんか。腕時計を返してやれと言っとるんじゃよ」

少女「っ!?」


神娘「隠し妖怪はお前の口の中に隠れておった。それは意表を突くためでもあったろうが、本当の理由は別にあった」

少女「……」

神娘「お主が喉の奥深くにしまいこんで隠していたこと、それが隠し妖怪を引き寄せたんじゃよ」

少女「……」

神娘「そう、二年前に腕時計はお主の手に渡っておったという秘密じゃ」

少女「……なんで」

神娘「その問いに意味はない。お主の机の引き出し二段目、その奥」

少女「っ……」

神娘「チュウ助が見つけた。腕時計はそこにあるんじゃな」


神娘「なくし物の神にも見つけられんはずじゃて。もともとなくしてなどおらんのだから」

神娘「贈り贈られたものというのはわずかに所有が重複しておる。だからお主も所有者としての資格はあったわけじゃな」

神娘「つまりなくし物はなくし物ではなかった。単に別の資格者が所有しておったというだけのこと」

神娘「違うか?」

少女「……。ほとんど何言ってるか分からないけど。でもそうだね。わたしが持ってるよ、腕時計」

神娘「やはりな」

少女「別に盗んだわけじゃないよ。兄さんが帰省してそれから大学に戻るときに忘れてったのを拾っただけ」

神娘「……」

少女「なんで隠してたか分かる?」

神娘「さて」

少女「わたしにも分かんない」


少女「ただね。なんか苛々したの。なんで誕生日プレゼントを忘れるのって。大事にしてくれてないじゃないって」

少女「ううん。前からわたし、変だった。兄さんのやることなすこと全部むかついてた」

少女「そういう時期っていうの? 思春期だっけ。なんかそういうのらしいけど。よく分かんない」

少女「兄さんのこと嫌い。大っ嫌い」

神娘「ふむ」

少女「わたし、どうすればいいかな」

神娘「知らん」

少女「……冷たいね」

神娘「すまんの。分かるものは全て分かるが分からんものは分からん。それが神じゃ」

少女「ふふ。相変わらず何言ってるか分からないよ、神さま」

神娘「だから分かることだけ言う」

少女「?」


神娘「お主がわずかなりとも悩んでおったのは本当じゃ」

少女「……」

神娘「そして、何の関心もない相手を嫌いになどなれん」

少女「……」

神娘「何も無理して仲直りすることはない。できることだけやればいい」

少女「神さまみたいに?」

神娘「そう、わしのように」


少女「……そっか」

神娘「……」

少女「うん、そうだね。そうする」

神娘「もうわしの役目は終わりじゃの」

少女「帰るの?」

神娘「うむ、そろそろ眠たくなってきた。良い運動にもなったし頃合いじゃ」

少女「そう」

神娘「あの若造によろしく頼む」

少女「うん」

神娘「……ぐっどらっく」

少女「……うん!」


……

青年「はあ、はあ……ただいま!」

少女「おかえり」

青年「神さま……いやあの娘は!?」

少女「帰ったよ」

青年「え? そんな。……何やってるの?」

少女「掃除。物置あるでしょ。母さんたちいない間に片付けておこうと思って」

青年「そ、そうなんだ、ごくろうさま」

少女「そういえばこんなのあったけど」

青年「え? あ!」


青年「腕時計……どこで」

少女「だから物置だって」

青年「あ、ありがとう」

少女「……それわたしがプレゼントしたやつだよね?」

青年「う。それは、その」

少女「ま、いいけど? 興味ないし」

青年「それはそれで悲しい」

少女「……ふふ」

青年「え?」

少女「なんでもない。じゃ、わたし掃除に戻るね」

青年「あ、手伝うよ!」

     ・
     ・
     ・


……

 それからしばらくして思い出した。
 あの日はぼくが物置を掃除していた。
 妹にもらった大事な腕時計だから、汚さないように外しておいたのだ。

 そして、腕時計をしていなかったので当然のように時間が分からなかった。
 ぎりぎりまで掃除していて、慌てて出発して忘れたというあほらしいオチ。

 奥底に眠っていた記憶が出てきたのも、もしかしたらなくし物の神さまのおかげじゃないか。
 そんなふうにも思う。

……


神娘「ふわぁ……今回の仕事はなかなか面倒だったのう」

神娘「しかしおかげで深く眠れそうじゃ」

神娘「と、いうわけでわしは寝る! ぐっすりがっつりと!」

神娘「チュウ助! ゆめゆめつまらぬことでわしを起こさぬように!」

神娘「分かったら敬礼! 何手が届かない? まあよいわ」

神娘「ではおやすみ。また、起きるのは……何十年後かのう……」

神娘「ううん、ムニャ……」

神娘「……zzz」

おしまい


神娘「……あだだだだっ!」

今度こそおしまい。お付き合い感謝

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom