佐天「ベクトル操作?」(932)

※注意!!
・気まぐれ更新になると思います。

・カップリング要素は薄め。

・多少のシリアスを含みます。

・自己理論全開でお送りします。

・佐天さんは無能力者に決まってるだろ、という方は戻る推奨です。

・下記の続編です。
佐天「ベクトルを操る能力?」
佐天「ベクトルを操る能力?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1305818816/)


簡単なあらすじ
○第一章「Turning Point(日常の変化)」
「ベクトル操作」という能力者になった佐天涙子。
だが、できることといえば、スプーン曲げくらい。
その程度では、日常に変化などあるワケもなく、無能力者であったときと大差ない生活を送っていたのだが……。

○第二章「Who are you?(非日常との邂逅)」
噂話をしていたら、本当に目の前に現れたレベル5の第一位、一方通行。
え? その第一位が私に能力開発をしてくれる? マジで?
かくして、一方通行による能力開発がなされることになる。

・第三章「Overline(彼女の目的)」
順調にステップアップをしていた佐天の前に現れたのは、完全反射(フルコーティング)と名乗る少女。
原点超え(オーバーライン)? クローン? 一体、何の話!?
その出会いは、佐天を非日常へと誘うこととなった。

・第四章「Real Ability(最悪の相手)」
完全反射をあっさり撃破した一方通行。
だが、それは自分を佐天から引き離すためのトラップであった。
消えた佐天涙子を捜索することにした一方通行であったが、彼の前に現れたのは……。


登場人物
●佐天涙子
ある日、ベクトル操作の能力に目覚めた元レベル0。
いろいろあって、一方通行による能力開発を受けることに。その結果レベル2~3程度にまで成長。
現在、行方不明中。主人公にも関わらず。

●一方通行
学園都市最強のレベル5。
同じ能力を持つ佐天涙子の能力開発をすることに。
やたら面倒見がいい。家事もレベル5。

●完全反射(フルコーティング)
佐天涙子のクローン体。
『原点超え(オーバーライン)』シリーズの試作品。
オリジナルよりスレンダー。作者の趣味です。

●打ち止め
御坂美琴のクローン体。
製造番号20001号。
出番は少なめ。

●番外個体
御坂美琴のクローン体。
現在、引きこもり中。
原因は不明? 正直、見切り発車なので今後どうなるかは>>1も不明。

●黄泉川愛穂
上条当麻の通う高校の体育教師。
寝起きが悪い。
一方通行の成長を父親のような目で見てたりする。

●芳川桔梗
絶対能力進化計画に携わっていた研究員の1人。
昼夜逆転生活をしているニート。

という訳で、スレ立てしました。

まだ全然できてないので、投下は先になります。

10日ごろには落ち着いてくると思うので、それまでに1回くらい投稿したいと思ってます。

もう少々お待ちください。

続きを更新。


佐天が誘拐されてから3日が経過した。
捜索はというと、あまりうまく行ってはいなかった。
完全反射のいた研究所は当然のようにもぬけの殻になっており、大した情報を得ることもできなかったのだ。


一方「チッ」


さすがに一方通行は焦っていた。
それにもう丸3日動きっぱなしになる。
適宜休憩は取っているが、疲れはたまりつつあった。
肉体的な疲労もあるが、精神的な疲労が大きい。


完全反射「大丈夫?」

一方「オマエに心配されるまでもねェよ」


顔色が多少悪いことを心配したのか完全反射が尋ねてくる。
彼女も共に捜索を手伝っていた。
共に行動し、こちらの動きを逐一報告するためなのかとも思ったのだが、今のところそのような様子は見受けられない。
むしろ、懇親的に捜索を手伝っている。
一方通行とは異なった視点からの意見もあったが、それでも得られた手がかりはゼロ。
行く先、行く先何もないと、こちらの動きを読まれているようで気味が悪い。


一方(クソが……)


内心にあるのは、好転しない状況への焦り。
こうしている間にも、佐天がどのような状態になっているか分からない。
捜索のために、土御門に協力を要請しようと思ったこともある。
しかし、土御門は日本にはいなかった。
どうやら、ロンドンにいるらしい。
こんなときに外に出ているのは学園都市の陰謀なのだろうか?
と、ついそんなことを思ってしまう。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
問題は、一方通行がこれだけ捜索しているにも関わらず、何の手がかりも得られないということなのだ。
暗部と関係のありそうな施設もいくつか回った。
それでも出てこないということは、今回の件は暗部と関係のないことなのかもしれない。



完全反射「ねえ。さすがにそろそろ休んだ方がいいんじゃない?」

一方「あァ?」

完全反射「もうこんな時間だしさ」


そこで、今更ながら日が落ちていることに気づいた。
時計を確認すると、時刻は午後8時。
完全下校時刻も過ぎているため、辺りには2人以外誰の姿も見当たらない。
少々根を詰めすぎたのかもしれない。
こんな時間も分からないような状態では、大した成果を得られないのも仕方がない。


一方「……そォだな」


この3日、戦闘はまったくなかったので、バッテリーはほぼ満タンの状態。
能力を使って頭をすっきりさせようかとも思ったが、演算ミスをしてもつまらないのでやめておいた。
完全反射の言っていた、佐天と樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)を繋ぐ機械の調整はいつごろまでかかるのだろうか?
もう既に終わっている?
あるいは、まだまだ時間が掛かるのか?
どちらにしろ時間はあまり掛けられない。
現在おかれている状況は、打ち止めが木原数多にさらわれた時に似ている。
違うことといえば、黒幕の正体がつかめていないこと。
それに、佐天の生死が確認できていないこと。
この2点が大きく違う。


一方(いや、佐天は生きてる。じゃねェと、さらった連中は俺と戦うリスクだけを被ることになっちまうからな)


佐天を殺してしまっては、一方通行の神経を逆撫でするだけにしかならない。
そんな事態だけは相手も避けたいに違いない。
ただ、完全反射も知らない他の事情というものが気になる。
それ如何では、殺しても問題ないということになってくる可能性もある。
どちらにしろ分からないことが多すぎる。
結局、今日もなんの成果も得られなかったことになる。
いや、得られなかったと思っていた。
カツンと、背後で物音がするまでは。



一方「?」


さきほど辺りを見回したときには誰もいなかったはずだ。
だが、音のした方を見てみると、そこには1人の少女がポツンと立っていた。
その少女は、まるで最初からそこにいたかのように佇んでいる。
その姿を確認した瞬間、一方通行の中にあった疲れは吹き飛んだ。
頭の中がクリアになって行くのを感じる。


完全反射「え?」


突然現れたことにびっくりしたのか、完全反射が驚きの声をあげている。
その少女は顔見知りであった。
サラリと流れる長い黒髪。
見覚えのある中学校の制服。
顔は機械に覆われ見えないが、隣にいる完全反射に雰囲気が良く似ている。
そう。
佐天涙子本人の登場だ。


一方「よォ。ひさしぶりじゃねェか」

佐天「……」


一方通行の呼びかけに返答はない。
彼女の頭には、頭が1回りも2回りも大きく見えるような機械が装着されている。
あれが完全反射の言っていた『樹形図の設計者』の残骸なのだろう。
あの大きさになると重量も相当なものになるはずだ。
だが、そんなことは関係ない。
なにしろ、佐天はベクトル操作の能力者だ。
むりやりレベルを引き上げられていることを考えれば、バランス維持程度は容易いだろう。
問題は、どのくらい能力者としてのレベルが上がっているのかということになる。


一方(ふざけやがって)


そう思わずにはいられない。
辺りはシンと静まり返り、ピリピリとした空気が流れていた。



一方「オマエは離れてろ」


こうして自分たちの前に現れたということは、調整が済んだと考えた方がいい。
レベル5のベクトル操作能力者。
それも、自分以上の能力を行使するということも念頭に置かねばならない。
そうなると、完全反射はお荷物だ。


完全反射「言われなくても。私じゃ適わないだろうし」


そう言って、そそくさとその場を離れる完全反射。
一応、彼女も自分の立場というものを理解しているらしい。
これで一方通行と樹形図の設計者という1対1の状況が出来上がったことになる。
佐天が現れてから1,2分が経とうとしているが、今のところ動きはない。
2人の距離は50m前後。
音速を超える速度を出せる一方通行からしてみれば、一瞬で詰められる距離ということになる。
もっとも、それは向こうも同じだろうが。


一方(完全反射の時と同じよォにできりゃ楽なンだけどな)


後ろに回って反射を相殺し、血流操作でノックダウン。
あるいは、樹形図の設計者を破壊してもいいだろう。
それができれば、佐天を傷つけることなく救い出せることになる。
だが、完全反射というクローンで、反射の強度が自分と同等であるということを考えると、自分以上の反射を持っているという可能性も捨てきれない。
その場合は、攻撃手段がなくなってしまう。
反射同士が触れ合った場合、強度の強い方がそのまま残るからである。
弱い方は反射自体が打ち消され、無防備になってしまうのだ。
かといって、あまり時間をかける訳にもいかない事情がある。
樹形図の設計者と繋がれることによって、佐天にどれだけの悪影響が与えているか分からない。
心身に深刻な障害が出る前に手を打たねばならない。


一方(よし……)


うだうだと考えていても仕方がない。
先手必勝だ。


先に動いたのは一方通行だった。
未だに佐天に動きがないことを確認すると、チョーカーに手を伸ばし、スイッチをONにする。
これで、学園都市最強の能力者としての力を十分に発揮できる。
そこから一方通行のとった行動は単純なものだった。
完全反射と戦ったときと同様に、音速を超えるスピードで佐天の後ろに回ったのだ。
同じ方法ではあるが、奇襲としてはこれが一番成功率が高い。
そして、そのまま右手を佐天に向かって伸ばした。
が、


一方「―――ッ!?」


グルンと佐天の頭が、一方通行の動きに対応して動いた。
完全反射と戦ったときは、2人とも反応すらできていなかった。
だが、反応できただけで、回避や反撃は間に合っていない。
どうやら、振り向き様に拳を放とうとしているが、こちらが触れるのが先になりそうだ。
一方通行の右手が、佐天に装着されている樹形図の設計者に伸び、触れる。
それだけで、佐天は解放できるはずだった。


一方「!!」


音速を超える動きに対応されたことにも驚いたが、樹形図の設計者に触れた瞬間にも2つ気づいたことがあった。
1つは、樹形図の設計者にも反射が適応されていること。
これは、衣類などのように体の一部であるという認識がないと適応できない。
この大きさの外部装置にまで反射を適応させることは、一方通行にも不可能だ。
そして、もう1つは反射の強度に関してだ。              ・ ・
佐天の展開している反射の膜は、一方通行や完全反射に比べて弱い。
相殺するのに、1秒程度といったところだろうか?
これならば、一方通行が一方的に攻撃ができることになる。
完全反射の膜を相殺するのに2秒ほど掛かることを考えると、レベル5というのは誇大広告だったのかもしれない。
とにかく、反射の“範囲”に関しては一方通行の上を行くが、“強度”に関しては及ばない。
いくら反射の範囲を広げても、強度が弱いならば、佐天が一方通行に勝つことなど不可能だ。
樹形図の設計者はどれほどの脅威となるのかという心配も杞憂だったのだろう。
さっさと、佐天を救い出してしまおう。

―――と、一方通行は油断をしてしまった。
普段の彼ならば、そんなことは有り得ないことなのだが。


だから、佐天の反撃にも避ける素振りを見せなかった。
タイミングからすると、反射を相殺するよりも早く佐天の反撃を受けることになる。
だが、それがどうした?
結局、反射と反射がぶつかってしまえば、衝撃は霧散してしまうのだ。
避けることに演算能力を費やすくらいならば、一刻も早く樹形図の設計者を破壊することに力を注いだ方がいい。
そうして、一方通行は特に避けることもなく、佐天の反撃が一方通行の反射に接触した。
その瞬間、


一方「がァッ!?」


ゴキンという音と共に、一方通行の首がブレた。
こめかみの辺りに、重い一撃が加えられる。
一度、地面に一方通行の体が叩きつけられ、そのまま2,3m地面を滑ってやっと静止した。
何が起こったのか、一方通行には理解できなかった。
ダメージ自体は佐天の一撃だけで、それ以外は反射がちゃんと適応されている。
いや、佐天の攻撃にも反射は適応されていた。
では、何が起こったのか?


一方「ぐっ……。何をしやがった?」

佐天「……」


もちろん佐天は答えない。
それどころか、登場してから一言も言葉を発していない。
一方通行は、ふらつく頭を押さえながら佐天に相対しなおす。
さきほどの現象を説明できる仮説はある。
だが、それが果たして実行可能なのだろうか?
今度はそれを確かめる必要がある。


佐天「……」


そんなことを考えていると、今度は佐天の方が動いてきた。
ダメージを負っていると判断し、追撃に出たのだろう。


佐天の方は、死角に回るようなことはしなかった。
それが機械的な判断なのか、そんな小細工をする必要もないと考えたのかは分からないが、一方通行の正面から攻撃を仕掛けたのだ。
攻撃の手段は蹴り。
鋭いハイキックが一方通行の首筋目掛けて放たれた。
一方通行は、そのムチのような鋭い蹴りを腕でガードするのが精一杯だった。
いや、ガードできただけでも十分怪物と言えるだろう。
なぜなら、佐天もまた音速を超えて動いているのだから。


一方「ぐっ!!」


ギシギシと腕に衝撃が加わる。
威力としては、普通の蹴り程度だ。
音速で移動してきたことにより加えられたはずの破壊力は霧散してしまっている。
だが、防御できたとはいえ、このお互いに手の届く距離では分が悪い。
一度、バックステップで佐天から距離を取る。


一方(ハッ、なるほどねェ……)


大体何が起こったのかは理解できた。
反射を相殺さえずに、相手に攻撃を加える方法。
分かってしまえば単純なことだった。
以前にも、同じようなことをする相手がいたではないか。
“反射の膜に触れた瞬間に攻撃を手前に戻す”
つまり、佐天は木原数多と同じことをしているだけなのだ。
ただ、いくつか異なる点は存在する。
木原数多が一方通行の思考パターンを読んでいたのに対して、佐天はそんなことを考える必要はない。
反射によって攻撃が止まってしまうのだから、それから引き戻せばいいことになる。
また、相手の反射によって引き寄せられるのと同時に、自分の反射によっても引き付けられる。
これなら、一方通行とわずかにでも拮抗させられるだけの反射を持っていれば可能となる攻撃方法となる。
木原のように、イチイチ一方通行の思考を読み取る労力はいらない。
だが、この方法には問題点が1つだけあった。
それが『威力』の問題だ。
相手に触れている状態からの攻撃では、破壊力を出すことは到底できない。
その上、相手に押し込むのではなく、引き戻さなければならないのであれば、その難易度は跳ね上がる。
では、佐天はなぜ一方通行を吹き飛ばせるほどの威力を出すことができたのだろうか?


答えは簡単だ。
佐天は、『ベクトル操作』の能力者なのだ。
静止している状態からでも、大きなベクトルを操作することが可能なのである。
ただし、自分にもその威力が返ってくるので、あまり大きなベクトルを操作する訳にはいかないという弱点は存在する。
大きすぎるベクトルを使うと、今度は自分までダメージを負ってしまうことになる。


一方(その上、機械でタイムラグなしで攻撃してンじゃ、こっちが操作する暇もねェって訳か……)


多少なりともタイムラグがあるのならば、攻撃を反らすことができる。
だが、ほぼ触れた瞬間に攻撃を引き戻されるのでは反応できるはずもない。
佐天の反応速度を見る限り、そういった面も補助しているのだろう。
勘に頼って操作をすることも考えられるが、少しでもタイミングが狂えば、音速を超える威力のダメージを受ける可能性もある。
この威力では、かすっただけでも気絶してしまう。
結論から言うと、佐天の攻撃は受けるか、避けるしかないということになるのだ。
反射するという選択肢は、なくなったと考えた方がいいだろう。


一方(クソッ!! どォすりゃいい? 何か打開案はあるか?)


お互いに睨みあった状態のまま、頭を高速回転させる。
こうしている間にも、能力を使える時間は刻一刻と消費されていく。
能力使用時間は、残りおよそ25分。
すばやく救出できればと思っていたが、思っていた以上に厄介な相手だということを思い知らされた。
打開策の1つとしては、佐天がやったことを一方通行も実行すればいいといわれるかもしれない。
しかし、一方通行に佐天と同様のことができるだろうか?
というのも、こちらが攻撃している間に、相手から攻撃を受けてはならないという制約条件が付くのだ。
ダメージを受けたら、その演算を続行することは不可能だ。
また、攻撃が通ったとしても問題が発生する。
一方通行の目的は、佐天を救出することであり、佐天にダメージを与えることではない。
つまり、こちらの攻撃を通し、佐天を気絶、あるいは、樹形図の設計者を破壊するまでをノーダメージで実行しなければならない。
概算にはなるが、攻撃を通すまで0.7秒、樹形図の設計者を破壊するまで0.3秒ほど掛かる。
だが、先ほどの反応速度を見るに、反撃までの時間は0.5秒程度。
どう足掻いても、実行は不可能だ。
では、どうすればいい?
一方通行の額から、汗が一筋垂れた。

唐突に戦闘が始まりました。

これなら、完全反射でも一方通行に対応できたんじゃね? という意見もあると思いますが、その辺は次回で。

あと2回程度で四章も終わりです。

さてん
の「さ」の字は

殺人的にかわいい

の「さ」~~

佐天になって「初春~今日もパンツはいてるか~?」ってスカートめくりするか
初春になって「ち、ちょっとやめて下さいよぉ~佐天さぁん!」ってポカポカするか
どっちにするか悩んでる30台の蒸し暑い夏の夜

久々に続きを更新。短めですが。


そこからの戦いは一方的だった。
どちらが優勢かといえば―――


一方「がァァァッ!!」


言うまでもなく佐天が優勢だった。
右手、左手、右手……と機械的に繰り出される拳が、容赦なく一方通行に突き刺さる。
一撃一撃はガードしているため、大きなダメージはないが、連打されるとバカにならない。
確実にダメージは蓄積していた。


一方(クソッ!! このままじゃジリ貧だ。何か打開策を練らねェと!!)


そのためには考える時間が欲しい。
超速の中での戦いでは、相手の攻撃に反応することと、能力を使うことで精一杯だ。
となれば、一度距離を離すのがベスト。
行動を取ると決めてしまえば、あとは実行するだけ。
有り得ないスピードの右ストレートが放たれるが、なんとかそれに合わせて後ろに飛び退く。
距離は20mほどだろうか?
稼いだ時間で換算すると、0.05秒ほどの距離である。


佐天「……」


何かを警戒しているのか、佐天はすぐには追撃してこない。
その場に、わずかながらの静寂がおとずれる。
だが、休んでいる暇はない。
一方通行は頭をフル回転させている。
この隙に逆転の一手を練らなければ、待っているのは敗北なのだ。


一方(どォする……)


様々な案が出ては、それを却下していく。
実行可能かつこの場を逆転できる戦略はあるか?
バッテリーという名の制限時間は刻々と近づいている。


お互いに動きがなかったのは、わずか5秒。
先に動きを再開したのは佐天だった。


佐天「……」


足元のベクトルを操作し、一方通行との距離を一気に詰める。
まだ、打開策は見つかっていない。


一方「チッ!!」


となれば、できることは時間稼ぎだ。
近づいてくる佐天から距離を離すように上方へと飛んだ。
背中に4つの竜巻を接続させ、一定の高度を維持する。
そんな一方通行を追跡するため、佐天は同じように背中に2本の竜巻を接続させ、強く地面を蹴った。
が、姿勢制御に慣れていないのか、一方通行ほどのスピードは出せないでいる。


一方(この隙に、―――ッ!?)


その瞬間、佐天が一気に加速した。
背中に接続させる竜巻の数を4本にして姿勢を安定させたのだ。
一方通行以上のスピードがでていることは間違いない。
その証拠にぐんぐんと2人の距離が縮まってきている。


一方「スピードはアイツの方が上か」


これ以上の逃亡は無意味だと考え、一方通行はその場で静止した。
近づいてくる佐天に対して、構えを取る。
構えといっても、相手の動きに対応できるよう両手を前で構えただけである。
しかし、振り返ってみると、佐天の方もわずかながらの距離を取って止まった。
空中戦に自信がないのだろうか?
……そんなはずはない。
そもそもあの戦い方ならば、地上であろうと、空中であろうと関係ない。
では、なぜ静止した?



一方(待てよ? アレなら……)


そのわずかながらの時間止まってくれたおかげで、佐天を救える可能性を思いついた。
思いついたというほど大層な作戦ではないが、実行する価値はある。
問題はタイミング。
この作戦には、多少肉を切らせなければならない。
一方通行であろうとも、一撃で成功する可能性は限りなく低い。
どう実行するか考えていると、佐天の方に動きがあった。


佐天「……」


佐天がゆっくりと左手を上げる。
上空に向かって手のひらをかざしている。
一方通行の位置からだと、夜空に浮かぶ月を鷲づかみにしようとしている風に見える。
一体なんのつもりなのだろうか?


一方「?」


周囲に不自然なベクトルの変化は確認できない。
となれば、ブラフか?
その行動に意味のあるとは思えない。
だが、それが樹形図の設計者が導き出した答えならば、何らかの意味が含まれているはずだ。
では、何を意味しているのか?
答えは、すぐに明かされた。


一方「―――ッ!?」


その瞬間、


―――月が眩く発光した。



一方「なン……だと……?」


正確には、それは月が発している光ではなかった。
その現象を一方通行は知っている。
というよりも、その現象を発生させたとこがある。

『高電離気体(プラズマ)』

空気が圧縮されることにより生まれた、摂氏1万度を超える高熱の塊が発生していた。
直径はおよそ5mほど。
以前の自分の作ったものに比べれば大きさは1/4程度だ。
だが、


一方「バカな……」


納得できない。
なぜプラズマを作ることができる?
こんな不確かな『風』の発生しているにも関わらず。
実際に経験したことだが、風の操作によってプラズマを作ることは非常に集中力を要する。
わずかに風の向きが変わっただけで再計算が必要となり、それに失敗すればプラズマは霧散してしまう。
絶対能力進化実験の際には、学園都市中の風車を回転させられたことにより破綻させられてしまった。
だが、目の前の少女は風の流れを完璧に把握している。
こうしている今も、2人で計8本の竜巻が背中に接続されている。
その竜巻が生み出す風はランダムであり、とても人の身で対応しきれるものではない。
そうなると、そんなことを可能にしているのは、


一方「樹形図の設計者……」


ありとあらゆるパターンを想定し、齟齬が発生する度に再計算を瞬時に行っているのだろう。
つまり、こちらが風を操っても意味をなさない可能性が高い。
たとえ外からの妨害があろうとも、それを再計算に組み込まれて終了だ。
そして、気づいたことがもう1つ。
それは樹形図の設計者のことではなく、佐天涙子本人の特性だった。


佐天の特性。
それは、『ベクトル操作タイプ』ということだ。
そもそも、ベクトル操作には2つの使用方法に分類することができる。
攻撃性たる『ベクトル操作』と、防護性たる『反射』だ。
前者の『ベクトル操作』は、操作の方向性や始点、大きさなどといったものを、その都度計算しなければならないので難易度は高い。
しかし、後者の『反射』は、一度基礎ができてしまえば、いつでも同じように能力を使用することができる。
だから、『反射』から佐天に教えたのであったが、その実、彼女は『ベクトル操作』の方が向いていたという話だ。
樹形図の設計者の補助を受けた佐天のベクトル操作は、一方通行のそれを完全に上回っている。
代わりに佐天は、反射の強度が弱いという弱点があるが、状況が不利であることには変わりない。
確かに予兆のようなものはあった。
レベルアッパーを使用した際に佐天が初めてできたのは風操作であったし、能力が目覚めた当初はスプーン曲げしかできていなかった。
これが、『反射タイプ』となると、レベルの低いうちにできることが光の反射であったり、音の反射であったりする。
つまり、そもそものスタートがまったく異なってくるのだ。
このことに一方通行が気が付かなかったのも仕方がない。
何しろ『ベクトル操作』を使える能力者は、まだ2例目。
それに、たとえこのことを知っていたとしても、まずは身を守らせるために反射から覚えさせた可能性も高い。


一方(だが、なンでプラズマなンだ?)


圧倒的な破壊力を誇るプラズマではあるが、一方通行には通用しない。
どんなに高温の熱源だろうと、一方通行の反射の前には無意味なのである。
相手もそこは重々承知のはずだ。
それとも、その攻撃が通用しないというデータが存在しないのだろうか?
それならそれで構わない。
隙の大きい今のうちに、やれることをやっておこう。
ここから逆転するには、手の届く位置に移動しなければならない。


一方(危険は承知の上だ。さすがにアレは反射を貫通できねェだろォしな)


確信はない。
プラズマにまで反射を通過されたら、それこそ跡形も残らない。
だが、その可能性は低いと見ていた。
プラズマほど複雑な計算式を要する攻撃が反射を貫通できるのであれば、最初から遠距離攻撃を仕掛けてきているはずなのである。
ならば、プラズマは無視して構わない。
今は近づくことだけを考えればいい。
しかし、そんな思考を読んだかのように、一方通行が移動を開始する前に佐天が左手を振り下ろした。



一方「チッ!!」


思わず体が硬直する。
プラズマが放たれたという恐怖からではなく、先に動かれたという焦燥からだ。
マズい。
そのプラズマのせいで、佐天を見失ってしまった。
プラズマの直径はおおよそ5m。
身長160cm前後の佐天の姿など悠々飲み込める大きさだ。
風は大きく乱れていて、どこにいるか探知できない。


一方「仕方ねェ……」


どちらにしろ、相手も自分と接近しなければダメージは与えられないはずなのだ。
つまり、このプラズマはあくまで囮。
一時的に姿をくらませて、死角から攻撃してくるという戦法なのだろう。
それならば、それに合わせてこちらも対応すればいい。


一方(どこからくる?)


プラズマが迫ってくる。
もっとも、すでにプラズマなどに気を払ってはいない。
一方通行は、周囲に気を張り巡らせていた。
必ず佐天は死角から来るはずだ。
上か?
あるいは、下からか?


一方「―――ッ!?」


神経を集中させていた一方通行が佐天を捉えた。
予想通り佐天は死角から現れた。
ただ、死角といっても、一方通行の心理的死角から。
つまり、一方通行の真正面であるプラズマの中から現れた。



一方「あ、が……」


気が付いたときには、地面に叩きつけられていた。
まともに一撃を喰らってしまった。
拳か蹴りかも分からなかった。
上空から地面に叩きつけられたダメージはないが、それでもかなりの深手を負ってしまった。
口の中で血の味がする。


一方(ちくしょう……)


口の中に溜まった血を地面に吐き捨てると、のろのろと立ち上がる。
体がぐらぐら揺れている。
芯にダメージをもらってしまったせいだろう。
しかし、真正面というのは完全に思考の外だった。
というのも、未だに佐天が全身を反射させているという違和感を拭いきれていないのだ。
そのせいで、無意識に真正面からくるという選択肢を潰してしまっていた。
その結果がこのザマである。


佐天「……」


そんな一方通行をあざ笑うかのように、佐天は音もなく地面に着地する。
構えを取っているところを見ると、まだ一方通行は戦闘可能であると判断しているのだろう。
あるいは死亡するまで戦うことを止めないのかもしれない。
バッテリーの時間はまだ十分あるとはいえ、既にこちらは満身創痍。
対する佐天はというと、未だダメージ1つない状態。
その上、未だに佐天の反射に対して何もできないでいる。
どちらが有利かなど問うまでもない。
どう見ても敗色は濃厚だ。

―――だが、それがどうした?


一方「……ハッ!! まだ終わってねェだろォが。俺がオマエに勝てねェなンていう幻想はブチ殺してやる」


あのヒーローのように。

バトル描写って難しいね……。映像浮かぶかな?

次回、4章最終回……、になるといいなぁ。できるだけ早く仕上げてきます。

一方さんモヤシだから女子中生に毛が生えた程度の打撃でも堪えるのだね…

>>91
格闘技経験あるんで言いますと、意識の外からダメージを受けるとマジでキツイです。
見えてれば多少耐えられるんですけど、死角からこられると半端ないです。
一通さんは全然見えてませんでしたから仕方ないかと。
ちなみに、この攻撃は蹴りが見事に顎に決まったようなイメージでお願いします。

では、続きを更新。



一方「あ、ぐっ……」


佐天の容赦ない拳が次々と一方通行に突き刺さる。
顎、首、脇腹など、人の急所と呼ばれる場所に連打を受けていた。
ガードはもうしていない。
それはなぜか?
一方通行も攻勢に出たからである。
攻勢に出たといっても、攻撃は反射によって遮られ、佐天にダメージらしいダメージは与えられていない。
そして、反射を突破する前に的確な反撃を受けているのだ。
その結果、佐天の攻撃はまともに一方通行に通っていた。


一方「がァァあああああああああああああああああああああああああああ!!」

佐天「……」


しかし、それでも一方通行は立っている。
攻撃の手を弛めることもしない。
何も破れかぶれになってこんなことをしている訳ではない。
一方通行が思いついた作戦というのは、簡単なことだった。
いや、作戦とすら呼べないかもしれない。
それは、佐天の反射の膜に触れた瞬間に手を引き戻すというもの。
要するに、現在こうしている佐天や木原数多と同じことをしようとしているだけなのだ。
勝算はある。
反射を通過させるために0.7秒かかるなら、反射同士が触れ合う前から演算を始めればいい。
ただ、そのタイミングが早すぎたり、遅すぎたりするから失敗してしまうのだ。
もっとも、口で言うほど簡単なことではない。
時間を重ねるごとにシェイクされていく頭で演算を行わなければならないのだ。
最初のうちは0.7秒でよかった演算時間が、わずかずつではあるが遅延していっている。
樹形図の設計者を破壊するのに掛かる時間を0.3秒としても、0.2秒しか誤差は許されていない。
この戦いは、先に破壊に掛かる時間を0.5秒以上にされたら負け。
その前に、樹形図の設計者を破壊できたら勝ち、という構図になっていた。
それも、ダメージを一撃受けるごとに再計算を必要とするハンデ付き。
0.2秒。
普段の一方通行にとっては十分な時間だが、その0.2秒が果てしなく遠い。



佐天「……」


佐天は、攻撃の手を弛めることをしなかった。
一方通行の攻撃に対して、的確に反撃し、機械のような正確さで急所に拳を叩き込んでいく。
今の佐天は機械と一体化しているといっても過言ではないのかもしれない。
一方通行が0.7秒要する反射を通過させるための演算を、佐天は0.6秒で完了させていた。
もっとも、樹形図の設計者には、一方通行の反射に対するデータが入っているため、タイムラグなしで正確に攻撃をしている。
ただ、何事もデータ通り行ってはいっている訳ではなかった。


一方「おおおおおおおおおおァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


計算では、既に一方通行は戦闘不能の状態になってもおかしくはないはずなのである。
そもそも、一方通行は打たれ強くはない。
今まで反射を盾に生活してきたのだから仕方がない。
反射がなくなったのが2ヶ月ちょっと前ということを考えると、そこまで打たれ強くなったということは考えにくい。
しかし、現に一方通行は立ち続け、攻撃を繰り出している。
彼も自分が不利だと分かっているはずだ。
が、


佐天「!?」


かすかに触れられたような気がした。
ほんの一瞬ではあるが、生命線である樹形図の設計者に触れられた。
反射の膜を通過して?
有り得ない。
戦闘中に反射の傾向を解析し、先読みをするなどという芸当ができる訳がない。
その上、こんなボコボコにされている状態なのだ。
普通の人間にできるはずがない。
いや、もしかして、目の前にいる男は人間じゃないのだろうか?
―――分からない。
それに、なぜここまで必死になって戦っているのだろうか?
―――分からない。
彼の目的は?
―――分からない。
学園都市最高のスーパーコンピュータでも答えがわからなかった。
人の心だけは、機械で測ることができない。
『誰かを助けたい』という単純な気持ちでさえ。


そこから先は、時間との戦いだった。
触れられたのが一瞬であったものが、0.1秒になり、そして0.2秒に達した。
しかし、まだ破壊できない。
ダメージのせいで、破壊するのに必要な演算時間が掛かりすぎているのである。


一方「諦めてたまるかよォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


叫ぶ。
叫ぶ。
叫ぶ。
意味などない。
そうしていないと意識が飛んでしまいそうだ。
既に体は限界を突破している。
自分でも立っていられるのが不思議なくらいだ。
こうしている間にも、2発、3発と拳が体に喰い込んでくる。
だが、手を止める訳には行かない。
思考を止める訳には行かない。
光の住人を闇から引き上げるために。
自分の失敗を取り返すために。
そして、何より佐天涙子のために。


一方「がァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


そして、最後の体力を振り絞って繰り出した攻撃が、佐天に届く。
0.1秒、0.2秒経過。
―――0.3秒が経過した瞬間、バキンという軽い音と共に樹形図の設計者は砕け散った。
同時に佐天の反撃をまともに受けてしまい、数mほど地面を転がって行く。
地面にうつ伏せに倒れたままわずかに顔を上げると、その場で佐天が崩れ落ちているのが見える。
やりきったのだ。


一方「ハァッ、ハァッ、ハァッ……。ギャハハッ!! あのクソ野郎なンかと似たよォなこと言うのも気に喰わねェが―――」


まだ立つのには時間が掛かりそうだ。
だが、それでもいいだろう。
一方通行は、満身創痍の体で笑いながらこう叫んだ。



一方「オマエの能力を開発してやったのは誰だと思ってやがンだ!!」




完全反射「まさか本当に勝っちゃうとはねぇ……。あ、立てる?」


いつの間に近づいてきたのか、完全反射がそう問いかけてきた。
勝てるとは思っていなかったらしい。
体に力を入れてみる。
節々は痛むが、これなら自分で歩けそうだ。


一方「……あァ、大丈夫だ。杖を持ってきてくれ」

完全反射「オッケー」


特に文句を言うでもなく、完全反射は杖を取りに走っていった。
最初に戦っていた場所からは多少移動している。
佐天を発見したのが、第7学区。
現在地が……、おそらく第10学区だろう。
移動しながら戦ったせいで、学区をまたいでしまったらしい。
……杖を盗られていなければいいが。
まあ、戦闘時間が10分ちょっとだったことを考えれば、そんな短時間放置しておいたくらいで盗まれるようなものでもない。
それに、清掃ロボに撤去できる大きさでもない。
さて、それよりもこれからどうするべきだろうか?
まずは、佐天を医者に見せなければならないかもしれない。
短い時間だったとはいえ、樹形図の設計者につながれていたのだ。
どんな副作用があったものか分からない。
とすれば、あのカエル顔の医者に見せるのがベストだろう。


一方「世話かけさせやがって」


文句をいいながら、上半身を起こし立ち上がる。
ともかく、佐天に異常が起こっていないか確認することにしよう。
脳波や生体電気の異常がないかどうかくらいなら自分でも確認できる。
ふらつく体にムチを打って、佐天への元へと近づいていく。
電極のスイッチは入れたままだ。
そうしなければ、まともに立ち上がることもできない。
バッテリーは十分以上ある。
戦いが終わった今ケチケチすることもない。
そう戦いは終わった。

―――はずだった。



佐天「ぅ……」


佐天に近づいていくと、そんな呻き声が聞こえた。
樹形図の設計者を破壊したとはいえ、そのフレームのようなものが未だに頭に付いている。
おそらく、それが痛むのだろう。
苦しそうな表情をしている。


一方「オイ。大丈夫かよ?」


なんとか佐天の元にたどりつき、手を伸ばした。
だが、手が触れる前に佐天の方に動きがあった。


一方「あ?」


佐天が両目をゆっくりと開けたのだ。
うつろな目でこちらを確認し、上半身を起こした。
まるで操られているかのような動きをしている。
待て。
操られている?
そういえば、樹形図の設計者の他に洗脳装置があったはずだ。
それはどうした?
樹形図の設計者と一緒に破壊したのだろうか?
その答えをはじき出すより一瞬早く、佐天の手刀が振るわれる。
・ ・ ・ ・
その瞬間、一方通行は後方へと飛んだ。

その手刀は、一方通行の肌を僅かにかすめた。
吹き飛ばされた訳ではない。
自分で後方へと飛んだのだ。
着地のことも考えていなかったので、地面を何回も転がってやっと動きが止まる。
ようやく止まったときには、全身が汗でびっしょりになっていった。
何が起こったのか?
手刀が反射を通過した。
……いや、それだけならまだいい。
今の攻撃の目的は別にあった。
危うく、血を逆流させられるところだった。



一方「なンなンだよそりゃ……。まだ終わりじゃねェってのかよ」


辛うじて回避に成功した一方通行が、軋む体を起こす。
視界に入ってきたのは、上半身を起こしていただけの佐天がゆっくりと立ち上がるところだった。
さきほど後ろに飛んだ際に蹴り砕いたコンクリートの破片が、いくつか佐天に刺さり血が流れている。
かすり傷程度だ。
もっとも、一方通行に佐天の心配をしている余裕などない。
今の佐天は、樹形図の設計者も破壊され、反射が全身に使われていない。
にも関わらず、一方通行の反射を通過し、あまつさえ、血流操作をしようと試みている。
それは完全に佐天の今の実力を示していることになる。
『反射』を捨て、『ベクトル操作』に特化した戦闘スタイル。
それが本来の佐天の持ち味であるとでも言うかのように。


一方「ハッ!! いいねェ!! そンくらいやってもらわねェと開発してやった身としてはガッカリだからなァ!!!」


今の状態では、まともに移動することすら困難だろう。
演算速度も反応速度も著しく落ち込んでいる。
ということは、まともに佐天とぶつからなくてはならない。
頭が掻き回され、佐天の戦力を分析することもできない。
まともに戦える状態とは、到底いえなかった。
だが、それでも分かっていることが1つだけあった。
それは、佐天の頭に付いた部品を破壊できれば、今度こそ全て終わるということ。


一方「それだけ分かってりゃ十分だろォがよォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


佐天目掛けて駆け出す。
もはや真っ直ぐに走ることもできない。
それでも走る。
佐天が手刀を構えるが関係ない。
次の一撃で全て終わるのだから。
近づいていく。
5m、4m、3m、2m……。

……そして、『救う』ための一方通行の右手と『壊す』ための佐天の右手が交差した。


私は夢を見ていた。
夢の内容は一方通行さんについて。
あの人は見た目は怖いけど、本当は優しくて、面倒見がいい。
頼りがいがあって、ちょっといじけやすいところがかわいい人。
……だと思っていた。
でも、今、目の前にいる人物はそうじゃなかった。
『鬼』
そう形容するのが一番だろう。
手当たり次第に、御坂さんを殺して行く。
時には八つ裂きに。
時には内側から破裂させ。
電車で下敷きにしたこともあった。
そして、そのたびに高笑いをする。
ギャハハハハ。
ギャハハハハ。
ギャハハハハ。
私なんかがいくら大声を出しても、止まることはなかった。
そもそも、私なんか視界に入ってなかった。
そんな光景をもう何度みただろうか?
気づくと、また最初に戻りループしている。
そんな悪夢。
目をつぶっても、まぶたなんてないかのようにその光景が見える。
これは一方通行さんじゃないって思うたびに、目の前の『鬼』は否定する。


一方「これが俺だ。殺すのが俺の本能なンだよ」


ギャハハハハと。
それでも、私は否定できる材料を探し続けた。
心に何か引っかかっていたから。
そして、見つけた。
そうしている間にも何万人御坂さんが殺されたか分からない。
けれど、見つけた。
目の前にいる『鬼』にこう問いかける。


佐天「打ち止めちゃんや番外個体さんは?」


目の前の『鬼』は答えない。
そこで私は夢から覚めた。



佐天「ぅぁ……?」

一方「やっと起きやがったか……」


目を覚ますと、目の前には一方通行さんがいた。
辺りが暗くて顔はよく見えないが、たしかに一方通行さんの声だ。
なぜか消え入りそうな声でそんなことを言っている。
それに一方通行さんの右手は私の頭に向かって伸びていた。
あれ?
私も一方通行さんに向かって手を出しているみたいだ。
首の横に手を伸ばしてるけど、何してたんだっけ?
なぜかその右手が濡れてベタベタして気持ちが悪い。
そもそも、私はなんでこんなところにいるんだろう?


一方「……オマエもやりゃできるじゃねェか」

佐天「え? ちょ!?」


そう言うと、一方通行さんが私にもたれかかってくるように倒れこんだ。
何? 何? どういうこと!?
混乱している頭を働かせるが、良く分からない。
完全に力が抜け切っている。
なんとか引き離そうと力を入れると、そのまま一方通行さんは地面に倒れこむ。


佐天「……い、一方通行さん?」


ジワリと一方通行さんが倒れている辺りのアスファルトの色が変色していくのが分かった。
灰色から赤へ。
それが何を意味するのか理解するのに少々時間を要した。


佐天「い、嫌ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


交差した佐天の一撃は、一方通行の首の動脈を掻き切っていたのだ。
最悪なことに、チョーカーから伸びた電極のコードと共に。


―――そこで私は気絶してしまい、結局どうなったのかはまだ知らない。


                    第四章『Real Ability(最悪の相手)』 完

以上四章『Real Ability(最悪の相手)』でした。ラスボスは第2形態まであるのが常識だよね?

なんか今回は結構いい感じで書けたんじゃないかと思っております。

五章は短いのやって終わりの予定です。五章『Is it over?(平穏な日々)』をお楽しみに。

※参考:>>1が好きなマンガ、アニメ
グレンラガン、からくりサーカス

乙!

どうでもいいが
佐天さんは いっぽうつうこう ってよんでるのか

>>117
普通に自分のミスです。すいません……。

おつおつ なかなかの戦闘シーンだったよ
第二形態はこうだな!

                       / ̄\
                       |    |               
               __、    \_/ 
              /i_} }}7    _| __
             〃 >'`/   ´      `丶
                /   _/ ./::/::.::.::.::.::.::.::.\::.::.\
            /   /   /::/::.::.:/:|::.::.::.::.::.::ヽ::.::.:ヽ
               /    '::.:|i::.i::.j| |::.ヽ :|i:.::.::|::(V゙ハ
         /    /     i::.::|i::.ト八|\j斗\::|::(ノ{):|
           /   /     |::.::|iYf:心 ヽ ィ行ハ|:.::j|::.::|
.          /   /      :|:.:リハ弋::リ   弋::ソ}|/)::│
        /    人.       ∨|::.::    '      ,_ イ::.::.|
        丶、    \____  | i人  ー -  /::.::|::.::.:|
           \   │  勹ー|::∨ :.:...、__. イ::/::.i|::.::.:|
           \   |   ∨厂|::.::./r}   ∨::.::i|::.::.:|
             {.\|     ∨/::.:/:卜  ___/!::.::八::.: |
            \ノ    / |i::.∧ 「 \/│:/  \|
               ̄ ̄∨ |i::ハ. |  /  |厶イ⌒ヘ

                  ,′ :レヘハ. |∠...._/ ノ/   ',
                 {    }气辷___彡 ∨ }   }
                    //入      ∨   ∧
                      ∧ /   }ハ       !
                / ∨  ノ  }     /|     〉
                ,′ 〈 /{.  ノ   ∨└┬ー┬'′
                〈_ ∨  \/   〈   |  {
                 └r- ,,_____」    l
                  /\二二二ニニ=-ヘ      }
                   /:::::::{::::::|::::::l::::::}::::}::ハ  }  l

続きを更新。



佐天「う……」


目を覚ますと、そこには見覚えのない天井があった。
窓からは光が差し込み、白い部屋を一層白く見せている。
既に昼を回っているようだ。
ここはどこだろう?


佐天「ええと……」

完全反射「あ、起きた?」


声のした方に視線を向けると『私』がいた。
いや、違う。
この子は私のクローン。
名前は完全反射(フルコーティング)だっただろうか?
ぼんやりとする頭を一生懸命働かせる。


佐天「ここは……」

完全反射「病院だよ。第7学区の」

佐天「―――っ!!」


その瞬間、思い出した。
悪夢を見ていたこと。
目が覚めると、一方通行さんが目の前にいたこと。
そして、一方通行さんが血を流しながら倒れたことを。


佐天「あ、一方通行さんは!?」


顔を真っ青にしながら、傍らにいる少女に問いかける。
しかし、少女は視線を逸らし答えない。
まるでそれが答えであるかというように。



佐天「そ、そんな……」

完全反射「私が駆けつけたときには、2人とも血まみれになって倒れてたから……」


応急処置はやったんだけど、と言葉を切る。
完全反射が黙ってしまったせいで、その部屋は静寂に包まれてしまった。
その静けさを打ち消すかのように、コンコンとドアがノックされた。
頭の中が真っ白になりかけた佐天だったが、それで我に返った。


佐天「あ……。ど、どーぞ……」

冥土返し「失礼するよ?」


入ってきたのは、いつぞやの件でお世話になったカエル顔の医者。
手に持ったカルテの角で額を掻きながら部屋に入ってきた。
部屋の空気などお構いなしのようだ。


冥土返し「調子はどうだい?」

佐天「あ……。多分、大丈夫です……」

冥土返し「元気がなさそうだけど本当に大丈夫かい?」


元気がないのは当たり前だ。
事実を確認するのが怖い。
怖い?
一方通行さんが死んだことが?
それとも、私が一方通行さんを殺したことが?
分からない。
今、自分の心の中を覗けたら、きっとそこは混沌で渦巻いているに違いない。


佐天「だ、大丈夫です……」


それでも、精一杯虚勢を張って答えた。
それが通じたかどうかは分からないが。



冥土返し「そうかい? それじゃ、君の状態について簡単に結論から言わせてもらうよ」


幸いというかなんというか、カエル顔の医者はそれ以上の追求をしてこなかった。
はい、お願いしますと続きを促す。


冥土返し「昨日は意識が戻らなかったから入院してもらったが、かすり傷以外は特に問題ないね。脳波にも異常は見られないよ」

佐天「そうですか……」

冥土返し「あまりうれしそうじゃないね?」


今は自分のことよりも一方通行さんのことが気に掛かってしまっている。
それを差し置いて、自分だけ能天気にうれしがることなどできない。
そんな佐天を見ていられなかったのか、完全反射が代わりにカエル顔の医者に問いかけた。
もちろん、内容は一方通行についてだ。


完全反射「……第一位はどうなりました?」

冥土返し「気になってるだろうと思ってね。それを伝えに来たのさ」

佐天「……」

冥土返し「もうそろそろ目を覚ますころだと思うよ」

佐天「え?」


それはまったく予期していない答えだった。
佐天が気絶した時点で相当の血の量が流れていた。
この子がどれくらいで駆けつけたかはわからないが、病院に着くまでには死んでいてもおかしくない。
そんな状態だった人間がもうすぐ目を覚ます?
気休めで言っているのだろうか?


完全反射「ほ、本当ですか?」

冥土返し「やれやれ。君たちは良く分かっていないようだから言っておくけどね?」

佐天「な、何ですか?」


冥土返し「生きてこの病院に入った以上、死ぬわけがないだろう?」



佐天「あ、一方通行さぁぁぁあああああん!!!」

一方「うるせェ……」

冥土返し「君は行かなくていいのかい?」

完全反射「ここは水を差しちゃマズイ場面でしょ」


カエル顔の医者につれられて、少し離れた病室に入るとそこには上半身を起こした一方通行がいた。
首には白い包帯が巻かれているが、それ以外に外傷は見当たらなかった。
障害も起こっているようには見えない。
それとも、そう見えないだけで足が動かなくなっていたりするのだろうか?


一方「心配ねェよ。ちっと貧血で倒れただけだろォが」

完全反射「いやいや、貧血って量じゃなかったよね?」

佐天「で、でもそれなら何で……?」


急激な失血をすると、脈拍が弱くなり、血液の循環が止まりやすくなる。
3分間以上脳に血液が行かなくなると脳細胞の破壊が始まり、なんらかの障害が残る可能性が非常に高くなる。
確かそんなことを授業で聞いた気がする。
いや、障害の有無以前に、あの血の量なら失血死してもおかしくなかったはずだ。


冥土返し「応急処置が良かったんだろうね」

佐天「応急処置……ってこの子の?」

冥土返し「そうだね。初め見たときはビックリしたけどね?」

完全反射「ははは……」

一方「どンな応急処置してたンだよ……」

冥土返し「患部を擦っていたのさ。それもすごい勢いで」


一方・佐天「「は?」」



一方「オイ。オマエ本当は殺そうとしてたンじゃねェよなァ?」

完全反射「ち、違うって! 私の能力のこと知ってるでしょ!?」

佐天「え? 能力って……」


完全反射の能力は、『反射』に特化したベクトル操作。
しかし、反射しか使えないという訳ではない。
わずかながらではあるが、ベクトル操作も可能。
その条件が、『自分で発生させた運動ベクトル』のみ操作可能というものらしい。
私は初耳だったけど。


完全反射「それで患部を撫でて、血液を循環させてたんだよ。おかげで手が血でベトベトになっちゃったけどそのくらいはね」

冥土返し「傷口は多少広がっていたけれど、失血しすぎるよりは良かったね」

佐天「そ、そうですか」


そこでやっとホッと一息ついた。
かなり緊張していたものだから、思わず地面に座り込んでしまった。
なんとも情けない。


完全反射「だ、大丈夫?」

佐天「う、うん。……ってそういえば、なんでこの子がここにいるの!?」

完全反射「今更!?」

冥土返し「その辺りについては僕も聞かせてもらいたいね?」

一方「オマエは関係ねェンじゃねェのか?」

冥土返し「調整用の機材が必要になるかもしれないだろう?」

一方「……チッ」


一言で一方通行さんを丸め込んでしまった。
今更だけど、このお医者さんも相当スゴイ人なのかもしれない。



完全反射「―――ってところかな」

佐天「……」


私の記憶のない時間の経緯を聞いていたが、信じられないような内容だった。
私が一方通行さんと正面から戦っていた?
よくそれでかすり傷程度で済んだものである。
それに『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は凄いものというイメージはあった。
けれど、私と一方通行さんを互角にするほど演算能力があるとは思わなかった。


一方「レベル5に達してたかもしンねェな」

佐天「ええっ!?」

完全反射「それが目的の1つだったみたいだし当然だね」


少しの時間とはいえ、レベル5の力を手にしていた……らしい。
実感は全くない。
少しくらいレベル5の世界のことを覚えていたかった気もする。
多少の対価なら……、


一方「どンな障害が起こるか分からねェンだぞ?」

佐天「や、やだなー。冗談ですって~」


考えを読まれてたっぽい。
そんなに顔に出てたかな?
気をつけなければ……。
あ、それと完全反射は敵ではなくなったそうだ。
理由は良く分からないけど、そういうことらしい。
ところで住む場所とかどうするんだろう?


ふと、カエル顔の医者の方に顔を向けると、妙に難しい顔をしているのに気づいた。
何か気になる点でもあるのだろうか?


冥土返し「……君は早急に身体を調整する必要がある」


腕組みをしながらそうつぶやく。
彼の頭の中では、調整に必要なものが取捨選択されている最中だった。
妹達と同じ調整器具で大丈夫なのか、といった疑問を次々と頭の中で処理している。


完全反射「ま、元々試作品ってことだし、あんまり丁寧には作られてないからねぇ」


自嘲気味に首を振る。
クローンは総じて寿命が短い。
その程度の知識はあったので、私は思わず黙り込んでしまった。
こういうときなんと言えばいいのか分からない。


冥土返し「彼と少し話したら調整を始めるから、彼女の病室で待っていてくれ」

完全反射「は~い」

佐天「えと、私は……」

冥土返し「君もまだ本調子じゃないだろう? 少し休んでいなさい」

佐天「わ、分かりました」

完全反射「よし。じゃ行こっ、お姉ちゃん!」

佐天「え!? お、お姉ちゃん!?」

完全反射「『お姉様』って言われるのヤなんでしょ~?」


お姉ちゃんって呼ばれるのもむず痒い気もするけど……。
そんな風にして、一方通行さんの病室を後にしたのであった。



冥土返し「あの様子なら、2人は大丈夫そうだね?」

一方「……そォみてェだな」


ドアを閉めても、わずかながら佐天と完全反射の声が聞こえてくる。
あれだけムダに元気なら、後遺症の心配もいらないだろう。


冥土返し「君はしばらく安静にしているんだよ? まだ完治している訳じゃないんだ」

一方「分かってる」


激しい運動はできないだろうが、それでも日常生活には問題ないとのことだ。
どちらにしろ、日常的に杖を突いている身としては激しい運動などできない。
かといって、能力を使っていれば、激しい運動をしても問題ないだろう。


冥土返し「退院は今日中にしてしまうかい?」

一方「……そォだな。打ち止めも心配してるだろォしな」

冥土返し「ふむ。それにしても、彼女たちは元気だね?」


ドアの向こうからは未だに2人の声が響いている。
その場で話し込んでいるようだ。
「お姉ちゃん」や「コーちゃん」といった言葉がかすかに聞き取れた。
まったく平和なものである。


一方「まだ、何も終わってねェっていうのに……」


ポツリとつぶやいたその独白は、白い病室に吸い込まれていった。

という訳で、五章がスタートしました。いわゆる裏ボスルートですね!

といっても、佐天さん以上の強ボスは登場しない予定です。

今後、シリアスさは若干半減するかもしれませんので、その方向性でどうかよろしく。

宣伝
ぷん太のにゅーすさんで前作が紹介されましたー。わーい。
http://punpunpun.blog107.fc2.com/blog-entry-2325.html
初めてSSを読んだサイトだったので結構うれしいです。

今日で書き始めてからちょうど半年になりますが、今後ともよろしくお願いします。

続きを更新



御坂「おっ邪魔しまーす」

白井「あら、お姉様」

初春「御坂さん、こんちにはー」


御坂美琴、白井黒子、初春飾利の3人は風紀委員(ジャッジメント)第177支部にいた。
土曜の午後は授業も特に入っていないため、支部に集まるのが習慣になりつつあった。
だが、そこには欠けている顔が1つ。
佐天涙子がここ数日顔を出していなかった。


御坂「また佐天さん来てないけど、何かあったのかしら?」

白井「そういえば、そうですわね」


今までにも、顔をあわせない日が長く続いたこともあった。
しかし、そのときには、なんらかの用事が入っているなどの連絡が届いていたのだが今回は違った。
御坂が最後に佐天に会ったのは、公園で能力の話をした時だ。
あれから何の連絡も受けていなくては、心配になるのも当然だ。
まさか、またレベルアッパー事件のときのように何かに巻き込まれたのだろうか?
そんな空気が御坂と白井の間に流れる。


初春「あれ? お2人には話してませんでしたっけ?」


と思ったのだが違ったようだ。
ただ単に、初春が伝え忘れていたというだけの話らしい。
怪我?
病気?
それとも、旅行?
御坂は、長い間顔を出せないような原因を浮かべていく。
初春の顔から察するに深刻そうなものではない。
とすると、旅行あたりが妥当だろうか?


初春「第一位から直々に能力開発をしてもらっているそうですよ」



白井「あらまあ。そうでしたの?」

御坂「―――っ!?」


その一言は、白井や初春にとっては、何でもない一言だった。
だが、御坂美琴にとって、第一位、『一方通行』という名前には特別な意味が存在する。
“虐殺者”
そう呼ぶのが妥当か。
絶対能力進化計画で、“妹達”と呼ばれる御坂美琴のクローンを1万人以上も殺害してきた悪魔。
忘れがたい悪夢を見せ付けられた男なのだ。


御坂「な……。なん―――」


どうして?
いつから?
疑問が溢れてくるのに、うまく言葉が繋がらない。


初春「それで学校の代わりにそっちに行ってるんですよ」

白井「確かに第一位の方から直々に教われば、成長も早いかもしれませんわね」


そうだ。
佐天はあの一方通行と同じ能力を持っている。
それだけで目を付けられてもおかしくない。


御坂「う、初春さん! 佐天さんが今どこにいるか分かる!?」

白井「お、お姉様?」

初春「え、えーと。め、メールで聞いてみましょうか」


どうしてもっと早く気が付かなかったのだろうか?
初めて能力を聞いたときから、もっと警戒しておくべきだったのだ。
一方通行という存在に。



白井「大丈夫ですの、お姉様? 顔色が悪いですわよ?」

御坂「大丈夫……、大丈夫よ」


口ではそう言っているが、到底大丈夫には見えない。
御坂は顔面蒼白になって、今にも倒れそうな勢いだ。
メールを待つ時間が果てしなく長く感じる。


初春「あ、返ってきました」

御坂「―――っ!!」


その瞬間、正直なところ御坂はホッとしていた。
メールに返信できるような状態ならば、まだ大事には巻き込まれてはいない。
まだ無事である可能性は高いのだ。
それに、よく考えてみればおかしいことだらけだ。
あの“一方通行”が佐天の能力開発をすると言うはずがないではないか。
佐天を危険視しているなら、正面から手を打ってくるはずだ。
何しろ、あの男は学園都市の第一位。
わざわざ小細工をする必要性など皆無なのだから。
そうなってくると、佐天に手を出してきたのは、一方通行と同じ能力ということで目をつけてきた研究者かその辺りだろう。
危険度でいえば、格段に一方通行に劣る。
今現在も無事ならば、保護する手立てはいくらでもあるだろう。
―――だが、そんな御坂の予想は裏切られた。


初春「……え? 入院?」

御坂「え?」


そうだ。
何を甘いことを考えている。
相手は、2万人のクローンを生み出して虐殺させるような研究者かもしれないのだ。
もはや一刻の猶予もない。


御坂「きっとあの病院よ! 早く行きましょ!」

初春「は、はいっ!」


その頃、佐天はというと、


佐天「お姉ちゃん……。お姉ちゃんか……」

完全反射「悪くないでしょ?」


その“虐殺者”である一方通行に病室を追い出され、自分の病室に戻ろうとしているところだった。
御坂が懸念しているような事態にはなっていなかった。
いや、既に終わってしまったというべきだろうか?


佐天「ま、それでいっか」


『お姉様』と呼ばれるよりは、断然『お姉ちゃん』の方がいいが、まだしっくりこない。
しっくりこないのは、呼称がではなく、突然自分とそっくりな妹ができたことに関してかもしれないが。


完全反射「うんうん。よろしくね、お姉ちゃ~ん」

佐天「う……」


にっこり微笑まれるが、なんとも奇妙な感覚だ。
この鏡を見ているような違和感だけは取り除けないかもしれない。
なんか恥ずかしい。


佐天「そ、それじゃあ、私はなんて呼ぼうかな~」

完全反射「え?」

佐天「ほら、完全反射(フルコーティング)ってちょっと長いじゃん?」

完全反射「確かにねぇ」


それになんか固いし。
これから仲良くやっていこうというのだから、もっと親しみを込めた愛称にするべきだろう。


結局、『フーみん』と『コーちゃん』でコーちゃんに決定した。


完全反射「コーちゃんねえ……」

佐天「うんうん。よろしく、コーちゃん」

完全反射「う……」


あれ?
まったく同じ反応をどこかで見た気がする。
……気のせいか。


完全反射「っと、あんまり廊下で騒ぐのもあれだし、病室に戻ろっか」

佐天「ん、そうだね」

完全反射「あれ? お姉ちゃん、携帯なってない?」

佐天「あ、本当だ」


本来なら病院は携帯などの電源を切っていなければならない。
けれど、この病棟ならば心配はいならない。
ここは携帯の使える病棟なのだ。
ファミレスに喫煙席と禁煙席があるように、病棟でも携帯OKなところとNGなところに分かれている。
というか、携帯がダメな病棟は常に圏外になるようになっているとか。
って、そんなことより携帯を確認しよう。


佐天「あれ? 初春から?」

―――――――――――――
From:初春
件名:最近
このごろ連絡もないですけど
どこにいるんですか?
御坂さんたちもすごく心配し
てますよ?
―――――――――――――

そういえば、一方通行さんのところにお世話になって以来、初春たちに連絡してなかったかも。



完全反射「友達?」

佐天「そ。初春って親友から」

完全反射「友達……かぁ」


さて、どう返信するべきか。
レベルがメキメキ上がったこととかは……、書かなくていっか。
会ったときに驚かせたいし。
となると、あんまり心配はかけたくないけど、ある程度正直に答えるべきだよね?

―――――――――――――
To:初春
件名:実はさー
ちょっとケガしちゃって入院
しちゃったんだよね。
ま、そんなに大きなケガじゃ
なかったから心配はいらない
よん♪
―――――――――――――

佐天「ん、こんなところでしょ」


送信っと。
これなら大騒ぎってことにもならないでしょ。


完全反射「ねえ、お姉ちゃん」

佐天「ん? 何?」

完全反射「私にも友達ってできるかな?」

佐天「え?」


そうだ。
コーちゃんは私のクローンなんだ。
初春たちに紹介してもいいものなのだろうか?



冥土帰し「まったく君たちは。病室で待っていてくれと言っただろう?」

佐天・完全反射「「あ」」


カエル顔のお医者さんが病室から出てきた。
一方通行さんとの話は終わったらしい。
そんなに長い間ここにいだのだろうか?


冥土帰し「まあいいけどね? 君は病室に戻っていなさい。最後に検査をして、異常がなければそのまま退院だ」

佐天「分かりました」

冥土帰し「それじゃ、完全反射くんは僕に着いて来てもらおうか?」

完全反射「は~い」


たしか調整をするって話だったはずだ。
一体どんな調整をするのだろう?
ちょっと想像ができないな。


完全反射「じゃあ、まったね~。お姉ちゃん」

佐天「うん」


そう言って、コーちゃんはカエル顔のお医者さんの後について廊下を歩いていってしまった。
私も病室に戻ることにしよう。
……あれ?
そういえば、さっき初春に送ったメールの返信がまだない。
てっきり、初春のことだから、ケガを大げさに捉えた感じのメールが返ってくると思ったんだけど。


佐天「ま、いっか」


ほんのちょっとだけ寂しい気もするけどね。


でも、どうやら初春たちは私の想像以上のケガを負ったと思っていたらしい。
というのも、


御坂「佐天さん大丈夫!?」

初春「さ、佐天さん!!」

白井「お、お姉様!! もう少し落ち着いてくださいまし!!」

佐天「……はい?」


ベットに横になって数分もした頃。
廊下が騒がしいと思っていたら、その音がだんだんと近づいてきて、いきなりドアが開けられた。
そこに顔を向けると、御坂さん、白井さん、初春のいつもの顔ぶれがそろっていた。
この3人を見るのもいつぶりだろうか、などということを考えている暇もなかった。
いきなり激しい剣幕。
正直、テンションの差についていけない。
特に御坂さんの興奮ぶりはすごかった。


御坂「だ、大丈夫なの!? 入院って!!」

佐天「あー、えー? ど、どうしたんですか、御坂さん?」

御坂「どうしたもこうしたもないわよ!! 佐天さんが入院したって―――」

佐天「初春のメールには大したことないって書いたはずなんですけど」

御坂「え?」

白井「そうでしたの?」

初春「はい。その前に御坂さんが飛び出しちゃったので、お伝えする暇がなかったんですけど……」

御坂「な、なんだ……。良かった……」


そういえば、御坂さんは一方通行さんと……。
そう考えると、御坂さんがここまで取り乱すのも仕方ないのかもしれない。
すごく友達思いのいい人なのだ。



初春「それで、なんで入院なんてしたんですか?」

佐天「あ……。実は、階段から落ちちゃってさ」


なんとも古典的な言い訳。
しかし、他になんと言えばいいのだろう?
コーちゃんの話をする?
それとも、私が操られて一方通行さんと戦った話?
とてもではないが、言えるような話ではない。
ここは、怪しまれてもこれが一番無難な気がする。


白井「それはまあ災難でしたわねえ」

初春「佐天さんはおっちょこちょいですからね」


なるほど、初春は普段私のことをそう思ってる訳か。
これは後で、スカートをまくるというお返しをしなければなるまい。
しかし、うまく誤魔化せたので良しとしておこう。


御坂「……」


あ、御坂さんは信じてないっぽい。
くっ、なかなか手ごわい。
いや、待てよ?
御坂さんには真実を話してもいいかもしれない。


佐天(御坂さん。後でお話があります)

御坂(……ん。分かったわ)


とりあえず、この場はこれでOK。
今の一言で、御坂さんも私がどんなことを知ったのかおおよそ把握できただろう。
となれば、久々に会ったのだから、検査の時間までゆっくりおしゃべりでもすることにしよう。
なるべく一方通行さんの話を避けて。


まあ、そんな意気込みも空しく終わった訳ですが。
え? なぜかって?
それは、


初春「それで、佐天さんは第一位にどんなこと教わったんですか?」

佐天「……ははは」


どうやら、初春は空気を読んでくれないらしい。
というか、この話題になることはある意味避けられなかった訳ですけどね。
どう説明したものだろうか?


御坂「そうね。私も聞かせてもらおうかしら」

白井「ですわね。一体どんなことを教わったのか聞きたいですの」


む?
御坂さんも聞きたいと?
そういうことなら断る理由もないけど。


佐天「ええとですね……」

初春「わー。楽しみですね」

白井「そうですわね」

御坂「……」


3人とも興味津々といった様子で耳を澄ませてくる。
御坂さんは、ちょっと他の2人とはベクトルが違いそうだけど。
それにしても、どこから説明したものか。
うーん……。
一応、順を追って最初の出会いから説明するべきかな?
うん。
そうしよう。
最後の辺りをうまくごまかせるように気をつけておけば大丈夫だろう。

という訳で、久しぶりに超電磁砲メンバーが合流です。
次回は、番外個体あたりの出番もあるかも? まだ未定ですが。
また時間が掛かるかもしれませんが、長い目で見守ってやってください。

■また宣伝。
需要あるかわかりませんが、ブログをはじめてみました。
今までの経緯やSSを書いているときどんなことを書いてみようかと思ってます。
興味のある方は、ぜひ覗いてみてください。

SSSのSS
http://sssaliman.blog.fc2.com/

>>235
誤字ってましたorz

×今までの経緯やSSを書いているときどんなことを書いてみようかと思ってます。
○今までの経緯やSSを書いているときどんなことを考えていたか書いてみようかと思ってます。

背景白、文字黒に訂正してみました。

>>234
 セロリ、リアルでハーレム状態だよなあ。ミサワさんとも同居しているし。
 上条さんなんて同居はペット2匹状態だし。
 まあ、誰かと同居したら第四次世界大戦が始まりそうですが。

>>245
 俺も佐天古子で良いような…
 でも「完全反射」と言いつつ物理的な反射しかできないんだよね。
 ベクトル制御が得意そうな佐天姉ははどんな二つ名になるんだろう…。

>>246
それはミスリードを誘ったものです。
完全反射の『完全』は、全身に反射が適応できるという意味で『完全』と冠しました。

では、続きを更新



佐天「―――って感じかな」


一方通行さんのところにお世話になって5日くらいまでのところを簡潔に説明してみた。
もちろんコーちゃんの話は省略してある。
御坂さんに説明するとしても、初春と白井さんにはどうするべきなんだろう?
ちなみに、話を聞いていた3人の反応はというと、


初春「れ、レベル2強ですか……」

白井「短時間ですごいですわねえ」

御坂「た、確かに……」


こんな感じだ。
さすがに驚いている。
でも、まだ甘い。
本人である私ほど驚いている人もいないだろうからね!


初春「ちょっと見せてもらってもいいですか?」

佐天「うん? いいよん♪」


2つ返事でOK。
精密検査受けてないけど、ちょっとくらい能力使っても大丈夫だよね?
ええと……。


佐天「あ、あれ?」

白井「どうかしたんですの?」

御坂「どうかしたの?」


お、おかしい。
試しにちょっと能力使っただけなのに……、


佐天「ひじまで反射できるようになってる!?」



手首くらいまでしか範囲のなかった反射が、いつの間にかひじの辺りまで使えるようになっている。
い、一体いつの間に……?
3人には見えてないから良く分かっていないようだ。


佐天「もしかして、後遺症?」

御坂「え?」

佐天「あっ!? い、いえ! なんでもないです!」


思い当たるのが、事件の影響くらいしかない。
といっても、その記憶はないんだけどさ。
なんだか、能力の発動もスムーズになっている気がするし。


初春「すごいです、佐天さん!」

白井「これが反射ですのね……」

佐天「で、でしょー?」


腕を突っついてくる初春と白井さん。
変に顔に出さないように気をつけないと。
突っ込まれても困るし。
というか、ボロがでないうちに帰ってもらった方がいいかも?


佐天「……あ! そ、そろそろ、検査の時間なんですよ!」

白井「? 階段から落ちただけで検査をしますの?」


うわ、墓穴った。


佐天「ちょ、ちょっと頭から落ちちゃいまして!」

初春「そ、それ大丈夫なんですか、佐天さん?」


逆に心配かけちゃったかも、と思ったときには後の祭り。
でも、なんとか説得には成功したみたいで、3人には帰ってもらった。
御坂さんは、初春と白井さんと別れた後にもう一度ここに来るそうだ。


佐天「しかし、コーちゃんのことはどう説明したものかなー……」


天井を見上げながら、ひとり言。
会わせないって選択肢もあるけど、それもなんだか嫌だ。
1人だけ仲間はずれにしているみたいで。


佐天「仕方ないのかな?」

御坂「お待たせ」

佐天「あ、御坂さん」


呟いたのと、御坂さんが病室に入ってきたのはほぼ同時。
この早さだと、病院の入り口辺りで引き返してきたのかもしれない。
正直、まだ心の準備ができてないんですけど。


佐天「え、ええっと……」

御坂「佐天さんはどこまで知ってるのかしら?」


どこから説明しようか迷っていると、御坂さんからそう聞いてきた。
単刀直入すぎはしない?
ちょ、ちょっと目が怖い……。
でも、どこまで知っているのかと聞かれたら、


佐天「……大体のことは聞きました」

御坂「―――っ!!」


予想はしていたのだろうけど、それでも御坂さんは動揺しているように見えた。



御坂「……そう。そこまで……」

佐天「はい……」


『絶対能力進化計画』と呼ばれる実験が行われたこと。
そのために御坂さんのクローンが2万体作られたこと。
そして、一方通行さんにその半数近く近く殺されたこと。
これは、ほぼ私の知っていることの全てだった。
私の話を聞いていた御坂さんの顔は、当然のように暗い。
こういうとき、どんな風に声をかければいいのか分からない。
どうするのが正解なのだろうか?


御坂「……佐天さん」

佐天「は、はいっ!」


悩んでいると、御坂さんから沈黙を破ってきた。


御坂「それを知っててなんでアイツなんかと一緒にいるの?」

佐天「……」


責め立てるような声色ではなかった。
どちらかというと、“怒り”や“恨み”といった感情よりも、“疑問”の念が強いのだろう。
もちろん、私としてもこの問いは想定していた。
だけど、明確な答えを出せた訳ではない。
確かに、私がこのことを知ったのはつい最近のことだ。
これを知った後も、一方通行さんに能力開発をしてもらっていたという訳ではない。
しかし、ここでそれを言っても始まらない。
だって、私はもう一方通行さんを怖がったり、恐れたりしていないのだ。
私が一方通行さんと仲良くすることは、御坂さんにとってみれば裏切りのように映るかもしれない。
何しろ自分に悪夢を見せた男と自分の友人が仲良くしているのだ。
御坂さんもどうしていいのか分からなくなるだろう。
だから、私は、正直に自分の気持ちを伝えることにした。
御坂さんの視点ではなく、『私』、佐天涙子の視点で。



佐天「御坂さん。1つ聞いてもいいですか?」

御坂「……何?」

佐天「絶対能力進化計画って中断されたんですよね? それって何でですか?」

御坂「え?」


こんなことを聞かれるのは予想外だったのだろう。
御坂さんは、かなりキョトンとした顔をしている。
こんなことを聞いたのも、私の話の前にまずは御坂さんの話を聞いておきたかったからだ。
どんなドラマがあって、『実験の凍結』という結末に至ったのか、私は知らない。
一方通行さんが心変わりしたのか、あるいは、なんらかのエラーが生じたのか。
それが、御坂さんの目ではどのように映っていたのか確認しておきたかった。
だが、


御坂「―――すけてくれたのよ」

佐天「……え?」

御坂「助けてくれたのよ。あのバカが一方通行を倒して」


その答えは、私の想像を超えていた。
御坂さんが言うには、学園都市最強の第一位を倒した人がいると言う。
たしかに一時期そんな噂が流れたこともあった。
それも、レベル0の無能力者が倒したなんて尾ひれが付いているくらいだから信用に値しない都市伝説だとも思っていた。
けれど、それが本当だった?
だとしたら……


御坂「樹形図の設計者はもうその時には壊れてたから、どこにエラーがあったかも分からず、そのまま実験は凍結ってことになったのよ」

佐天「……それじゃ、御坂さんはその『ヒーロー』さんに相当感謝してるんですよね?」

御坂「まあね。どうやって恩を返せばいいか分からないくらいにはね」


やっぱりだ。
やっぱり御坂さんも……。


御坂「……でも、それが佐天さんと一方通行が一緒にいるのに何か関係あるの?」

佐天「ありますよ。というか、最初に聞いて良かったです」

御坂「?」


眉を寄せる御坂さん。
確かに御坂さんにとって、その『ヒーロー』さんと一方通行さんは繋がりようがない。
けれど、私にとってはその事実が重要なのだ。
御坂さんが、誰かに助けられたという事実が。


佐天「御坂さんにはまだ話してなかったことがあるんですけど―――」

御坂「……うん」

佐天「実は、私が入院したのは階段から落ちた訳じゃないんですよね」


さすがに、もう気づいたいたとは思うけど。
だからと言って、何が起こっていたかは知らないはずだ。
何も言わない御坂さんに私は続ける。


佐天「実は、私、さらわれちゃってたみたいなんですよ」

御坂「……え?」

佐天「それを一方通行さんが助けてくれたんです」


だから、



佐天「御坂さんにとって、実験を止めてくれた人が『ヒーロー』なら、私にとっての『ヒーロー』は一方通行さんなんですよ」



それが私なりの答え。



御坂「え?」


さらわれた挙句に洗脳され、目が覚めたときには、目の前に血まみれの一方通行さんが立っていた。
危うく、私が一方通行さんを殺してしまうところだったのだ。
つまり、私が加害者で一方通行さんが被害者。
御坂さんの場合とまったく逆の立場。
そんな私の気持ちを御坂さんは理解してくれるだろうか?


佐天「もちろん本意じゃないですけど、一方通行さんを殺してしまうところでした」

御坂「あ……。な……」

佐天「覚えているのは、ずっと悪夢を見せられていて、目が覚めたら一方通行さんが目の前にいたってことなんですよ」

御坂「そんな……」

佐天「感謝しても、感謝しきれませんし、謝っても、謝りきれないと思うんです」


御坂さんの反応は薄い。
伏し目がちに私を見てくるだけで、肯定も否定もしなかった。
私は続ける。


佐天「たしかに、一方通行さんは、過去に酷いことをしてきたかもしれません」

御坂「……」

佐天「でも、今でも一方通行さんが同じような人間だとは限らないですよね?」


『今』の一方通行さんを御坂さんは知らない。
打ち止めちゃんや、番外個体さんを守っている一方通行さんを。
そして、あの人の中に宿る“優しさ”を。


佐天「許せとはいいませんけど、過去を悔いて、もう一度やり直そうとしている人を私は見捨てたりできません」


でなければ、私は、私を許せなくなる。


私は、レベルアッパーを使った。
能力にあこがれて、自分の努力を放棄して。
ズルはいけないと思った。
1人で使うのは怖かった。
だけど、それでも能力というものにあこがれた。
けれど待っていたのは、自分を信じていた人を裏切ってしまったという結果。
それを初春や御坂さん、白井さんは許してくれたのだ。
だから、私も人のことを許したい。
その人が、本気で更生したいと思っているならば。
たしかに、一方通行さんのやってきたこととは、私の場合とレベルが違うかもしれない。
御坂さんは優しいから自分のことを責めたのだろうし、相当苦しんだのだろう。
でも……。
でもそれは、一方通行さんも同じじゃない?
自分の過ちに苦しみ、過去を後悔し、苦しんだんじゃないだろうか?
でなければ、打ち止めちゃんや、番外個体さんを身近なところに置いておく理由が分からない。
それに一方通行さんが昔から変わっていないならば、私を助けた理由も分からない。
命を張ってまで、私なんかを助けようとした理由が。
だから、



佐天「私は、私なりに一方通行さんを信じてみたいんです!!」



人に価値観を押し付けられるのではなく、自分の見方で。
“過去”を見るのではなく、“今”を見て。



御坂「……」


相変わらず、御坂さんは微動だにしない。
こんな話を私の口からするには、酷だったかもしれない。
それでも、御坂さんは友達でいてくれるだろうか?


御坂「……佐天さん」

佐天「は、はいっ!!」


今の私は、被害者の家族に加害者を許せと言っているようなものだ。
けれど、そんなことはもちろん自覚している。
割り切って考えることはできないし、しようと思ってもできるものではない。


佐天「……」

御坂「……ゴメン」

佐天「え? あっ!?」


そう言うや否や、御坂さんは病室を飛び出していってしまった。
止める暇もない。
それだけ、さっきの言葉は御坂さんを苦しめてしまったのだ。
御坂さんのことを考えている振りをして、自分のことばかり考えてしまっていた。
できれば、御坂さんと一方通行さんが仲直りしてくれればいいとも思った。
だけど、そんな未来は有り得ないのだろうか?


佐天「そんなのって……」


悲しすぎる。
だって、そうなったら私は、一方通行さんか御坂さんのどちらかを選ばなければいけなくなってしまう。
2人とも、あんなにもいい人なのに。
もしそうなったら、私は果たして2人のうちのどちらかを選べるのだろうか?
今の私には、到底分からない問いかけだった。

今がどんなにいい人でも、過去を見て忌避感を感じることは良くあることです。

それでも、自分の目を信じて行動できるような人って憧れますよね? あれ? 自分だけ?

ともかく、次回はこんなシリアスモードを破壊するような展開にできればなーと思います。つーか、完全反射どうやって紹介すればいいねん……。

引き続きブログの方もよろしくお願いしまーす。

操作は無理なんじゃ?セロリさんは反射しか教えてないし、装置の後遺症で感覚は残ってるかもしれないけど自覚しないと意味ないし
まー演算が要るから感覚だけじゃ足りないわけで、出来てもスカートめくr・・・いい練習台がいるじゃないか

コーちゃんの紹介か んー隠してたけど双子の妹がいて、ある程度近くにいないと能力使えない的な?能力に目覚めたのもコーちゃんが近くに来たから
佐天さんの実家知らないけど、学園都市とじゃ離れすぎで、都市内くらいは圏内って双子特有の電波設定
コーちゃんが反射、涙子が操作を得意としてるのも役割分担的な感じで これはセロリのフォローか
美琴は自分の経緯からもクローンを疑うわけだけど、素直にゲロるか、クローンはオリジナルを超えない(並ばない)って点でごり押しするか

続きを更新



御坂「はぁっ、はぁっ……」


御坂美琴は、佐天の病室から逃げ出した。
途中で看護士に止められるのも構わず、走り続けた。
自然に行き着いた場所は屋上。
まだ本格的な寒さがきていないとはいえ、11月の空気はひんやりとしていた。
でも、そのくらいでちょうどいい。
今の自分は少しヒートアップしすぎている。


御坂「……っふぅ」


大きな息を吐いて呼吸を整える。
すると、次第に思考能力が回復してきた。
同時に、今までの自分がどれだけ冷静でなかったかも理解できた。

―――逃げ出してしまった。
佐天と向き合うこともせずに。
理由は、彼女の一言が胸に突き刺さったから。
だが、それは佐天と一方通行が師弟関係にあるからという問題だけではない。
もっと単純なこと。


御坂「私は―――」


落下防止用の柵に手をかける。
そうでもしないと体がふらついてしまう。
様々な思いが顔を出しては、次々と色を変えていく。
“困惑”、“疑念”、“恨み”、“怒り”、……そして“後悔”。
御坂の頭の中は混乱していた。
ガチャリと背後で屋上のドアが開いたのも気が回らないくらいに。
だから、最初分からなかった。


「ざまァねェな、オリジナル」


その声が誰のものだったか。



御坂「―――っ!!」


一瞬の間をおいて、その声の主を思い出し振り返る。
雪のように白い髪。
鋭く光る赤い瞳。
どう見ても一般人には見えない威圧感。
忘れられるはずがない。
なぜなら、その男は御坂にとって見たくもなかった相手。


御坂「一方通行……」


屋上の入り口には、杖をついた一方通行が立っていた。
悪夢の発端である“虐殺者”の男が。
首に包帯を巻いていることと、杖を突いていることが以前と異なっている。
さきほどの佐天の言葉がフラッシュバックする。


佐天『一方通行さんを殺してしまうところでした』


一方通行がダメージを受けているところを見て、やっと実感できた。
“あの”一方通行を殺しかけた。
それがどういうことを意味しているかを。
御坂の背筋に冷たいものが走る。


一方「…………」

御坂「…………」


一方通行は、それ以上言葉をかけてはこない。
対する御坂は、沸騰しそうになる思考をなんとか押しとどめていた。
もっとも、いつ飛びかかるか分かったものではない。
屋上にいる2人の間に緊張が張り詰める。
そこがいつ戦場になってもおかしくはなかった。



御坂「どういう意味か聞いてもいいかしら?」


先に沈黙をやぶったのは御坂だった。
感情を押し殺したような低い声が、彼女の口から漏れる。
怨念や憤怒といった感情が言葉からだけでも窺えるほどだ。
一方通行はというと、御坂ほど気構えている様子はない。
なんでもないような口ぶりで、こう続ける。


一方「どォいう意味も何も言葉の通りだろ」


一方通行の視線は、御坂美琴を捉えてはいなかった。
フェンス越しに、飛行船をぼんやりと眺めているようだ。
それが余裕のあらわれなのかどうなのかは分からない。
御坂美琴は、実験外の一方通行の素性をほとんど知らない。
それもそうだろう。
一方通行に出会うきっかけになったのが、あの実験だったのだから。


御坂「もしかして、おちょくってるのかしら?」


額に紫電が走る。
一方通行に電撃は通用しない。
それでも、この男にケンカを売られて買わない道理はない。
むしろ、こうして今も飛びかかっていないのが、不思議なくらいだ。
そんな御坂の反応にも関わらず、一方通行は続ける。


一方「目を逸らしてるンじゃねェよ」

御坂「なっ!?」


まるで、御坂美琴という人間を見抜いるかのように。
その一言は、まさに今の彼女の核心に関わるものであった。


御坂の心の中に渦巻いていたもの。
それは、佐天が一方通行と接近しているということ……がメインではなかった。
その事実よりも御坂の心に深く突き刺さっていたのは、


佐天『実は、私、さらわれちゃってたみたいなんですよ』


という佐天の一言。
もちろん、そのことに御坂美琴はなんの責任もない。
御坂の知らないところで佐天が巻き込まれたのであり、その事件の阻止、あるいは解決を彼女に求めるのは筋違いだろう。
しかし、そうは考えられなかった。
『目を逸らしてしまった』
佐天涙子から。
つまり、一方通行と同じ能力から。
それがどれだけ危険な能力で、どんな事件に巻き込まれるかといったことは想定できたはずだ。
学園都市で、一方通行と佐天涙子の2人しかその能力を持っているものはいないということも聞いた。
にも関わらず、そこで考えるのを止めてしまった。
注意を促すこともしなかった。
それ以上、過去の記憶を思い出したくなかったから。
だから、病室からも逃げ出した。
結局、目を逸らした。


御坂「あ、アンタは……」

一方「…………」


相変わらず、一方通行は御坂と目を合わせようとしない。
それなのに、御坂はこの男に全て見透かされているような感覚を受けてしまう。
だが、それ以上にこの男の狙いが読めない。
何が目的なのか?
一体、佐天涙子に何を見出したのか?
それが分からない。


御坂「どうして―――」

冥土帰し「一方通行」


御坂の言葉を区切るように、カエル顔の医者が屋上のドアを開けてあわられた。


一瞬、御坂がいることに驚いたようだが、気を取り直すと一方通行にこう告げる。


冥土帰し「検査結果が出た。おおよそ、予想通りのようだけどね?」

一方「そォか……」


ほんの一言、二言言葉を交わしただけで、会話が終わってしまった。
御坂には、何を話しているのか理解できない。
さきほど、佐天が検査をするといっていた。
それで悪い結果でもでてしまったのだろうか?
それほどまでに、時間が経過していたとでもいうのか?


一方「オリジナル」

御坂「…………あ」

一方「付いて来い」


それだけ言うと、一方通行は踵を返して出口へと向かう。
今の御坂の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
自分でも正常な判断ができているとは思えないし、どうすればいいかも分からない。
そんな状況に追い込まれてしまっていた。


冥土帰し「いいのかい?」

一方「コイツに説明した方が、色々とやり易いからな」

御坂「…………」


大人しく御坂は一方通行の後に付いて行くことにした。
この男が自分に見せたいもの。
それは一体何なのだろうか?
その時点では、まったく想像もできなかったし、そんなことを考える余裕もなかった。


連れてこられたのは、とある病室。
といっても、普通の病室ではなかった。
異彩を放っているのは、病室の真ん中に置かれた巨大な機械。
御坂はその機械に見覚えがあった。


御坂「これって……」


学習装置(テスタメント)。
“妹達”の資料でしか見たことはないが、そう呼ばれている機械にそっくりだった。
これが一体どうしたというのだろうか?


冥土帰し「それじゃ開けるよ?」

「はーい」

御坂「え?」


そこに誰か入っていたらしい。
いや、それだけで驚いた訳ではない。
御坂はその声には聞き覚えがある。


「ふーっ。この中って意外と暑いねえ」

御坂「佐天……さん?」

「ん?」


そこにいたのは、佐天涙子だった。
なぜ彼女が、学習装置などに入っているのか?
その答えはすぐに分かった。


完全反射「あ、超電磁砲かぁ! 私は、完全反射。お姉ちゃん共々よろしくね♪」


ここに御坂の混乱は最高を極めることになった。


御坂が冷静さを取り戻すのには、多少の時間がかかった。
今日だけでも、かなりの問題が彼女に降って湧いたのだから仕方もない。


完全反射「―――ってところかな」


今回の事件のあらましを完全反射から聞いている間も、ほとんど口を開くことはなかった。
想像してすらいなかった単語が、次々と出てくる。
原点超え(オーバーライン)。
樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)。
そして、完全反射(フルコーティング)。
佐天のここ数日が、どれほど凄まじいものだったかを示している。
『絶対能力進化計画』並みの過酷さだったのかもしれない。


御坂「そうだったんだ……」


そんな事件があったにも関わらず、御坂は何も知らなかった。
佐天が一方通行に能力開発をしてもらっているということを知ったのも今日だったのだ。
自分が目を逸らしたせいでこうなってしまったと、彼女は本気で思っていた。


御坂「ははは……。何やってるんだろ、私」

一方「…………」


一方通行は、屋上を出てから一言も話していない。
部屋に入った際に、カエル顔の医者から受け取ったデータをめくっているだけだ。
それでも、御坂の言葉は耳に入っているのだろう。
若干だが、苦々しい顔をしている。


御坂「……ありがとう」


その消え入るような言葉は、どこに、どんな意味で向けられたものだったのかは分からない。
だが、それは確実に少年に届いていた。



御坂「今回はアンタに預けるわ」


感謝の意を告げると、妙にさっぱりとした表情で御坂がそう続けた。
決して一方通行に対する“恨み”や“怒り”が消え去った訳ではない。
もちろん、自分でこの問題を解決したいし、それによって佐天を救いたい。
だが、御坂自身が知っていることは少なすぎる。
だから、まずは自分なりに情報を集めるところから始めなければならない。
そうすることで、佐天の安全を確保できればいいが、今は、一方通行の近くにいるのが一番安全であるという結論を下した。
自分では万が一の場合守りきれない、と。


御坂「それじゃ私は行くから」

一方「……待て」


部屋を出て行こうとする御坂を一方通行が静止する。
これ以上何か伝えることがあるのだろうか?


一方「佐天は俺が預かっていいンだな?」

御坂「……その方が安全でしょ」

一方「どォだかな……」


相変わらず、顔を逸らしたまま苦々しい顔をしている。
一方通行には、未だに御坂に対する罪悪感が拭いきれていなかった。
先ほどから目を合わせないのはそのためなのだろう。


御坂「佐天さんを守ってあげて欲しい。アンタならそのくらいの力はあるでしょ」

一方「……ンなもン答えるまでもねェな」


だから、はっきりと一方通行は御坂美琴に一言だけ告げた。











一方「断る」











御坂「え?」

完全反射「へぇ……」


一瞬、耳を疑う。
さっきまでの流れなら、「任せろ」とか「あァ」なんて返事が返ってくると思っていた。
しかし、実際に帰ってきた言葉は、「断る」の一言だけ。


一方「ある程度戦えるよォにはしてやる。だが、俺も暇人じゃねェからな。そこから先はアイツ次第だ」


突き放すように告げる。
今回は、あくまでサービス。
準備が整っていなかったから助けただけ、とでも言うように。


御坂「そんなの―――」

一方「ンなもンいつまでも面倒を見切れる訳ねェだろ。守れなかったときに、オマエから責められるのはゴメンだ」


今の彼には、守るべきものが多すぎる。
その全てを守りきれるかどうかは、彼にもわからないことなのだ。
それに、と前置きして一方通行は続ける。


一方「オマエの“友達”なンだろ。俺に頼るンじゃねェよ」


一方通行が苦々しい顔で放ったその一言に、御坂は何か感じるものがあった。
そうだ、自分は何を弱気になっているのだろうか?
それでも、学園都市が誇る超能力者の第3位か?
御坂は、心の奥に沸々と何かが燃えるものを感じていた。
ただし、それは屋上で一方通行に抱いたものとは意味合いが大きく異なる。


御坂「……そうね、そうだった。さっきのは忘れて」


それだけ言うと、御坂はその病室から立ち去ることにする。
結局、一方通行と御坂が視線を合わせることはなかった。

今回のテーマは『逸らす』でした。過去の辛い経験から目を逸らしてしまう人は多いと思います。

しかし、それを乗り越えてこそ、人は成長できるのではないでしょうか?一通さんも、過去から目を逸らさなかったから、御坂から視線を逸らした訳ですしね。

とりあえず、次回辺りで5章も終わりの予定です。>>274のせいで章の予定が1つ増えたぞ。どうしてくれる。

短いけど5章ラストを更新


午後5時。
頭の精密検査を終える頃には、日も落ち始め、街灯に明かりがともり始める時間になっていた。
精密検査の結果はというと、まったくの異常なし。
人体に異常のあるレベルでの後遺症は見られないとのこと。


佐天「はぁ……」


そんな中、私はというと、病院のロビーで待ちぼうけをくらっているところだった。
一方通行さんと、コーちゃんの検査もすぐ終わるということで2人を待っているところなのだ。
夕方という時間帯もあり、病院にいる人は少ない。
面談の終了時間が近いということもあるのだろう。
ボーっとした頭で、病院を出て行く人を目で追いかける。
気分は果てしなくブルー。
数時間前に御坂さんに酷いことを言ってしまったからだ。
……これから私は、どうするべきなんだろう?
そんな問いが頭に浮かんでは、解決されずに消えていく。
もうずっとそんな感じだ。
ハムスターの滑車のようにくるくるくるくる回転しっぱなし。
こんなの私らしくないのは分かってるんだけど……。


佐天「どうすれば……」

完全反射「お姉ちゃーん」


声に反応して振り返ると、コーちゃんが近づいてくるのが分かった。
一方通行さんが一緒でないことを考えると、まだ時間が掛かっているのだろう。
コーちゃんは、きわめて明るい調子で私に近づいてきた。


完全反射「どうしたの? 何か悩み事?」

佐天「……うん。まあ、そんなところかな」

完全反射「相談にのろうか?」


同じ顔なのに対照的なテンション。
この悩みをコーちゃんに相談してもいいのかな?



完全反射「ま、学習装置で入力されたことくらいしか答えられないと思うけどね」


内容は決して軽くないはずなのに、サラッとそう告げるコーちゃん。
辛かったりはしないのだろうか?
そう思ったが、コーちゃんから力になってくれるって言ってくれたのだから断る理由もない。
そういう理由で断ってしまった方が、逆に傷つけてしまうかもしれないし。


佐天「……うん。実はね」

完全反射「うんうん」


いや、なんかこれは楽しんでる反応だ。
気を使ったのがバカみたいだ……。


佐天「実は、御坂さんに酷いこと言っちゃって」

完全反射「それって、『絶対能力進化計画』のこと?」

佐天「そ。一方通行さんのことをね……」


詳しい事情はコーちゃんも知っているので、そこから先は省いた。
それを察してくれたのか、「うーん」という可愛らしい声を出して唸っている。
こうして、相談できる相手がいるだけ私は幸せなのかもしれない。
御坂さんや一方通行さんには相談できないし、初春や白井さんなんてもっての他だ。
そうなると、自然にコーちゃんだけが頼りになる存在となる。
2人で考えれば、何かいい案も浮かんでくるかもしれないし―――


完全反射「さっき、超電磁砲と第一位が話してたけどそれは関係ある?」

佐天「な、なにぃ!?」


それは先に言っておいて欲しかった。



完全反射「お姉ちゃんをどう守るかって話だったっぽいんだけどね」

佐天「……ぁ」


御坂さんは、どうして一方通行さんと話をする気になったのか?
もしかして、私のせいだろうか?
私が、弱いせいで負担をかけてしまった?
憎い相手に会わせてしまった?
それじゃ私のしたことは……


完全反射「お姉ちゃんが気にすることはないんじゃない?」

佐天「え?」

完全反射「超電磁砲が勝手に接触しただけでしょ? 結局、2人が会うことに変わりはなかったんだよ」

佐天「そうかもしれないけど……」


2人がどんな気持ちで会話したかなど、私が分かるはずもない。
分かるのは、2人とも辛かっただろうということだけ。
なぜなら、自分の暗い過去をまともに見なければならなかったから。


佐天「そ、それで、結局どういう話でまとまったの?」

完全反射「んー……。それぞれの方法でお姉ちゃんを守るって話でまとまった感じかな」

佐天「……そっか」


一方通行さんは、一方通行さんなりに。
御坂さんは、御坂さんなりに。
つまり、2人は手を結んだとは言えないまでも、同じ方向を進んでくれたのだ。


佐天「って、私を守るってどういうこと?」

完全反射「ハハハ……。それ今更言うこと?」



佐天「あ、もうこんな時間か」

完全反射「うわっ、もう真っ暗じゃん」


さらに詳しい話をしているうちに、時刻は午後6時をまわっていた。
事件はまだ解決していないということ。
そのために、一方通行さんと御坂さんが立ち上がってくれたことなどを聞いていたのだ。
正直な話、私は2人にすごい迷惑をかけているんじゃないだろうか?


完全反射「だろうねえ~」

佐天「うっ……」


そのニヤニヤ顔でいうのは止めて欲しい。
こういうところは私っぽくない。
一体、誰の影響を……、って番外個体さんがこんな顔で笑ってたかも。


佐天「そういえば、コーちゃんは誰に頼まれて一方通行さんと戦ったの?」

完全反射「それは言えないんだよね。『言いたくない』じゃなくて、『言えない』」

佐天「? 知らないってこと?」

完全反射「いや、知ってるよ。でも、言えないの」


要領を得ない。
つまり、どういうこと?


完全反射「学習装置でそういう風にプログラムされてるからね」


なにげない一言に思わず息を呑む。
学習装置で頭に情報を入力したという話は聞いていたが、そんなことまでできてしまうのか。
そう考えると、目の前にいる自分そっくりの少女が、急に異質なものに見えた。



完全反射「お姉ちゃんの頼みだし、聞いてあげたいんだけどね」

佐天「あ、うん。変なこと聞いてゴメン」


いいよ、と気にした様子もなく首を横に振るコーちゃん。
その時、ちょうど病院のロビーには私たちしかいなく、2人とも口を閉じたため音が途切れた。
遠くの方で車の走る音がわずかながらに聞こえてくる。
あとは、受付の人が事務作業をしている物音くらいだ。
なんとなく気まずい雰囲気。


一方「待たせたな」

佐天・完全反射「「あ……」」


そんな静寂を破ったのは、後から来た一方通行さんだった。
杖を突きながらゆっくりと近づいてくる。
その後ろには、カエル顔のお医者さんも付いてきている。


冥土帰し「検査は全て終了。異常は特に見当たらなかったよ。少しは安心したかね?」

佐天「は、はい」

冥土帰し「君は、少し特殊な状況にいるからね? 病院で匿ってあげてもいいけど、一方通行と一緒にいた方が安全だろう」

佐天「はい。……え?」


前半は理解できた。
さっき、コーちゃんから聞いたばかりの内容だ。
私が狙われているということを、今更疑ったりしない。
もうさらわれた訳だし。
ただ、後半の方が……。


一方「心配すンな。黄泉川に話は通してある」


いや、そういうことではなく。



佐天「つまり……、一方通行さんのところに住め、と?」

一方「そォいうことだ」

完全反射「私もお世話になってるから心配はいらないよ。部屋の数はちょっと足りないかもしれないけど」


完全に想定外だ。
たしかにその方が安全だっていうのは分かるんだけど。


一方「オマエをある程度使えるようにしてやる」

佐天「え? ……使えるように?」

完全反射「戦えるようにするってことでしょ」


なるほど。
これからは、自分の身は自分で守れということか。
それに、能力開発の続きという意味もあるっぽい。
コーちゃんも一緒にやるのかな?


一方「そォいう訳だ。もォここには用はねェ。さっさと帰るぞ」

佐天「あ、はい」

完全反射「はいは~い」

冥土帰し「気をつけて帰るんだよ?」


カエル顔のお医者さんに別れを告げ、暗くなり始めた道を3人で歩き出す。
コーちゃんと一緒にはしゃいでいたため、去り際にカエル顔のお医者さんが言ったことは聞こえなかった。


冥土帰し「後、1週間しかないんだからね」


という一言を。


―――タイムリミットまであと1週間。

                       第五章『Is it over?(それぞれの戦い)』 完

五章のサブタイトルを変更しました。御坂と一方通行のシーンとか当初の予定になかったのに、なぜここまで引っ張ったし。

次回から、六章『Change(新しい認識)』が始まります。六章は、存在しなかったはずの章ですので少々時間がかかるかもしれません。

主に、修行編+ギャグ回になる予定です。今のところ。

続きを更新



佐天「何これ……」


3日間。
今までそれを長いと感じたことはなかった。
たった3日間では何も変わらない。
でも、能力開発を受けて、たった5日間でレベル2以上の能力を得られたことを考えれば、3日と言うのは、かなり長い期間なのではないかと思う。
何しろ、その5日間という時間の半分以上だ。
そう考えると、1日、1時間というのもバカにできない。
一方通行さんにお世話になってからそう感じるようになった。
なぜこんな話をしているのかというと、それにはもちろん理由があるからだ。
3日という時間が何を示しているかと聞かれれば、今の私はこう答えるだろう。
私がさらわれていた期間である、と。
話にしか聞いてはいなかったが、最後に見たカレンダーの日付から4日ほど経っていることを考えればそれは一目瞭然だ。
昨日は病院に泊まったので、さらわれていた時間はほぼ3日間ということになる。
ここまで、『3日』という言葉を強調してきたが、それがどんな意味を持つのか分かってもらえるだろうか?
そう。
この3日で、ある事柄が大きく変化してしまったのだ。
一一一の新曲が出たわけでもないし、誰かがケガをしたというわけでもない。
いや、まあ、私と一方通行さんはケガしたんだけど。
とにかく、それ以上の衝撃的な事実が、今、私の目の前で繰り広げられているのだ。


番外個体「こっち向いてよ、あーくん」

打ち止め「は、離れなさーい!! ってミサカはミサカは色々裏技を使ってみるけど、全然効果がない!? ち、ちくしょー」

一方「うぜェ……」


ソファーに座っている一方通行さんにもたれかかる番外個体さん。
それを引き剥がそうとしている打ち止めちゃん。
番外個体さんの頬はほんのちょっと朱に染まっている。
4日前には考えられなかったような光景だ。


佐天「な、何があったんだ……」


私は愕然としながら、そう1人呟いた。
後ろでコーちゃんが笑っていたらしいが、その時の私はそれどころじゃなかった。


あれは、30分ほど前のこと。
病院から黄泉川先生のマンションに到着したのは、午後6時半ごろ。
辺りはすっかり暗くなり、街灯が道を照らすような時間になっていた。
コーちゃんと他愛もない話をしているうちに到着したので、それほど歩いたという感じはしなかった。
エントランスからエレベーターを使い、部屋のある13階へ。
そこまでは、何の変哲もなく普通の光景。
異変があったのは、部屋のドアを開けた瞬間だった。
私がドアを開けた瞬間、何かが飛びかかってきたのだ。


番外個体「おっかえり~、あーくん」

佐天「えっ? ええっ!?」


番外個体さんだった。
「あーくん」って誰?
というか、なんで私は熱烈なハグをされてるの?


番外個体「あれ? あーくんじゃないじゃん」

佐天「……ナニコレ?」

完全反射「そういえば、お姉ちゃんは知らないんだっけ?」


番外個体さんは、私のことなんか見ていないで、誰かを探しているようだった。
まずは離れて欲しい。
なんとかコーちゃんに手伝ってもらって引き剥がす。
すると、番外個体さんは目当てのものを見つけたらしい。


番外個体「あ! あーくん見っけ!!」


視線の先には……一方通行さんしかしない。
『アクセラレータ』だから、『あーくん』?
番外個体さんって、『第一位』とか呼んでなかったっけ?
そんな疑問を解消する前に、番外個体さんが一方通行さんに向かって飛びかかった。


一方「……チッ」


それを見て軽く舌打ちすると、一方通行さんは首のチョーカーのスイッチを入れたのだった。


そして現在に至る。
はっきり言って、「どうしてこうなった」以外の言葉が浮かんでこない。
最後に番外個体さんを見たときには、布団にくるまっていたはずだ。
それがどうしてこうなる?


完全反射「それがねぇ……」


コーちゃんの話を要約するとこうだ。
私がさらわれて、まずは一方通行さんがコーちゃんから情報を引き出した。
敵の狙いやどこの研究所から来たか、などetc。
そして、いざ私の捜索に出発というときになって、番外個体さんが部屋から出てきた。
その時、開口一番言ったのが、「吹っ切れた」だそうだ。
そこから一方通行さんが抱きつかれ、押し倒されのコンボをまともに受けてしまったとか。
コーちゃんがいなければ、どうなっていたかも分からなかったらしい。


完全反射「あの時の第一位の顔は見ものだったよ」


ククク、と笑いながら言う。
どんな顔をしたのか激しく気になるが、一方通行さんの名誉のためにも聞かないことにしよう。
ともかく、それから番外個体さんの猛烈なアタックが始まったらしい。
打ち止めちゃんがいるもの気にせず、あるいは黄泉川さん、芳川さんの前でも色々したそうだ。


完全反射「まあ、主なところじゃ、抱きついたり、腕を組んだりって感じだけど」


むー。
なんかカチンとくる。
私がさらわれてたのに、話の上ではまったく慌てた様子がないからだと思う。
多分。


完全反射「どうだろうねえ?」


また、コーちゃんはクククと笑った。
何がそんなに面白いのか分からない。


番外個体さんを引き剥がしているうちに、黄泉川先生が帰宅したので、夕食にすることになった。
ちなみに、黄泉川先生には用事があってこられなかったということにしてある。
芳川さんは詳しい事情を知っているようなので、コーちゃんから色々と話をしたそうだ。
当人は、現在この場にはいない。
また、部屋で何やらやっているらしい。


黄泉川「それで、結局どういう用事だったじゃん?」

佐天「ハハハ……」


笑ってごまかす。
黄泉川先生は、気が回るのでこれ以上の詮索はしてこないだろう。
視線を逸らすようにコーちゃんの方に向いてみる。
すると、皿の上に乗った魚を突っついているところだった。


完全反射「それにしてもスゴイよねえ……」

打ち止め「何が? ってミサカはミサカは疑問に思ってみたり」

佐天「いや、コレでしょ」


夕食は、例の炊飯器で作った魚の煮物。
どうやったら、炊飯器でこんな風に作れるんだろうか?
ちょっと気になる。


黄泉川「むしろ、ナベとかフライパンで作る方が難しいじゃんよ」

一方「それはオマエだけだ」


瞬時に突っ込まれる黄泉川先生。
「え? そうじゃん?」とまじめな顔で聞いてくるが、首を縦に振る以外の選択肢は思いつかなかった。
ここまで一言もしゃべっていない番外個体さんは、ずっと一方通行さんの方を見ていた。
……というか睨んでいた。
一方通行さんは気にしていないみたいだったけど。


妙に緊張した夕食を済ませ、リビングでくつろいでいると1つ重要なことに気づいた。


佐天「そういえば、着替えとかないじゃん」


前回泊まったときは1日だけということもあり、番外個体さんの服を借りたのだが、今回はそうもいかない。
何しろいつまでここにいるか分からないのだ。
そうなると、ずっと番外個体さんの服を借り続けるという訳にも行かない。
コーちゃんはどうしているのだろうか?


完全反射「私? 私は、研究所に置きっぱなしになってたのを持ってきて使ってるけど」


じゃあ、私も……って、サイズが微妙に違うんだった。
コーちゃんは私よりも胸のサイズが―――


完全反射「なんか失礼なこと考えてない、お姉ちゃん?」

佐天「き、気のせいじゃない?」


こういうときは妙に勘が鋭い。
しかし困った。
そうなると、一旦家に取りに戻るべきなんだろうけど、そういう訳にも……。
さすがに、ノコノコ出て行って2回も同じことを繰り返す訳にもいかないし。


一方「そンくらいなら取ってきてやる」

佐天「ええっ!? 一方通行さんが!? こ、困ります!!」

一方「あン?」


さすがに、下着なんかを男の人に持ってきてもらうのはどうかと思う。
一方通行さんなら、なんの反応もなく持ってきてくれそうだけど、それはそれでなんかプライドが傷つく。
色々とゴタゴタがあった結果、最終的には番外個体さんが取ってきてくれることになった。
本当にご迷惑をおかけします……。



完全反射「それじゃ、お風呂に入ろっか」

佐天「え?」


番外個体さんが出発してちょっとした頃、コーちゃんがいきなりそんなことを言いだした。
いや、お風呂はいいよ?
でも、私の着替えまだないんですけど。


完全反射「お姉ちゃん、ここ数日お風呂入ってなくない?」

佐天「んなっ!?」


言われて見れば。
今の今まで気にしていなかったが、さらわれていた期間、私はお風呂に入っていたのだろうか?
……入っていたらいたで嫌だけども。
視線を下に向けると、制服が少し破けていたり、埃が付いていたり。
どうしてこんな格好で気にならなかったのか不思議なくらいだ。
仮にも女の子なのに。


完全反射「それだけ汚れてれば、洗ってるうちに帰ってくるでしょ」

佐天「そ、それもそうかな?」

黄泉川「風呂はもう沸いてるから、先に入るといいじゃんよ」

佐天「あ、すみません」


ペコリと頭を下げ、脱衣所へと向かう。
そして、その後をコーちゃんが付いてくる。


佐天「……なんで付いてくるの?」

完全反射「一緒に入るからに決まってるじゃん」


黄泉川先生の口癖だよね、それ。



完全反射「ふっふふ~ん♪」


妙に上機嫌な口ずさみが、隣から聞こえてくる。
汚れた服を脱ぎ、脱衣ガゴに放り込んでから浴室に入ると、すでにコーちゃんがお湯につかっていたのだ。
一緒に入るっていうのは本気だったのか。
まあ、どうせ体から洗うから、先にお風呂入っててもいいけどさ。
諦めたように軽くため息をつき、浴室に入って頭からお湯をかぶると、まずはシャンプーで髪を洗い始める。
うわ、結構ボサボサになっている。
これはちょっとショックかも。


完全反射「いっそのことショートヘアにしちゃうっていうのは?」

佐天「う~ん。でも、ショートの方が手入れするの面倒だって聞いたことあるよ?」


「そうなの?」という気のない返事を軽く聞き流し、一度お湯で泡を流した。
これは何度かシャンプーをかけないとダメっぽい。
シャンプーに手を伸ばし、シャカシャカと再び頭を洗い始める。


佐天「でも、こうしてコーちゃんと一緒にお風呂に入るとは思わなかったなぁ」

完全反射「そうかな? 私はそんなことなかったけどー」


どう考えても初めて会ったときは敵という感じだった訳だし。
立ち位置的にはベジータ辺り?
一方通行さんが悟空だとすると、私はクリリンくらいにはなれてるのかな?


完全反射「いやいや。あの人が悟空なら、私は天津飯くらいだよ」


学習装置というものには、ドラゴンボールのデータが入力されているのだろうか?
研究者たちがどんなデータを入れているのかちょっと気になる。


完全反射「ふふ~ん♪」


相変わらず、浴室内にはコーちゃんの口ずさんでいる謎の曲が流れていた。



完全反射「それにしても、お姉ちゃんって胸大きいよね」

佐天「そ、そうかな?」


体を洗い終わり、コーちゃんと交代に浴槽に入るとそんなことを言われた。
脈絡がなくもない……のかな?
最後に測ったときは、確か79くらいだったはず。


完全反射「え? それならデータ上は私とそんなに変わらないはずなんだけど……」


こうして目測で比べてみると、たしかに私の方が大きかった。
ちょっとだけだけど。


完全反射「自覚なしか……」

佐天「たしかに、ここのところ胸が突っ張ってるような感じはしてたけど」


もにゅもにゅ。
あ、勘違いしないで欲しいけど、浮かんでるアヒルのおもちゃを触ってるだけですからね?
これは打ち止めちゃんのかな?


完全反射「いいよねぇ、お姉ちゃんは。これからも大きくなりそうで」

佐天「だ、大丈夫! コーちゃんもこれからだって!」

完全反射「く、くそぉ! 勝者からのお慰みなんていらないもんっ!」


理不尽にも、体を洗っていたスポンジを顔に投げつけられた。
ううう……。
こればっかりは私のせいじゃないと思う。


完全反射「同じDNAのはずなのに……」


そんなことをいいながら、胸に手を当てるのは止めて欲しい。
なんか私まで悲しくなってくるから。


長いお風呂を終え、浴室から出ると、番外個体さんはもう帰ってきていた。
カゴに置いてあった着替えを身につけ、リビングに戻ると、一方通行さんがテレビを見ているところだった。
他には誰もいないようだ。
番外個体さんはどうしたんだろう?


佐天「お先に失礼しました」


一声かけると、一方通行さんはテレビを消し、こちらに向き直った。
え? な、何?


一方「そう警戒すンな。これからの方針を話すだけだ」

佐天「は、はい」


顔に出やすいのか、ここのところ考えていることがバレすぎじゃないだろうか?
これでは、将来ポーカーはできないかもしれない。


一方「方針って大したもンじゃねェが、これからも能力開発を続ける」

佐天「え? あ、はい」


てっきり、安全を確保するための手段を講じるのかと思っていた。
それっぽい研究所を潰したりとか。
いや、それじゃ攻撃的すぎるか。


一方「能力開発と並行して、実戦訓練も始める」

佐天「実戦訓練?」

一方「ちょうどいい相手もいることだしなァ」


ちょうどいい相手……、ってコーちゃんのことだろうか?



一方「能力は使えるか?」

佐天「は、はいっ!」


意識を両手に集中させる。
よし。
ひじまで能力が使えるようになっているのは変わっていないようだ。
反射もきちんと適応されている。


一方「…………なるほどな」

佐天「な、何がですか?」

一方「いや、気にすンな」


こう言われて、気にならない人っていないと思う。
何かマズかった点でもあるのか気になる。
もう能力切ってもいいのかな?


一方「今日はどこまで維持できるか確認するだけにしとくか」

佐天「ま、またですか?」


たしかここに来た初日もそんなことをさせられた気がする。
維持するのも結構つらいんですけど。


一方「手ェ抜くンじゃねェぞ」

佐天「ど、努力します」


その後、30分ほど反射を維持することができて、その日は解散ということになった。
明日からは、どんなことをするのだろうか?
昨日から色々あってかなり疲れていたので、用意されていた布団に飛び込むように横になって意識を落とした。
人の家とは思えないほどぐっすりと眠れたことには、自分でも驚きだ。

佐天通行のはずだったのに、気が付いたら番外通行の雰囲気が……。あと、要望のサービスシーンを突っ込んでみた。

そんな訳で、修行編+ギャグ(?)編である第六章が始まりました。

次回あたりから、ベクトル操作についての修行が始まる……といいなぁ。

あがってなかった? みたいなのでage
次の更新は、明日か明後日にはしたいなぁ……
ブログ(>>235)の方は、明日、六作目(番外個体「責任取ってよね」一方「」)を更新予定です。

続きを更新



「うおあああああああっ!?」

佐天「―――っ!?」


疲れてぐっすりと眠っていた私は、謎の悲鳴(?)によって目を覚まさせられた。
あわてて上半身を起こし、周囲で何が起こっているのかを確認する。
って、こんなこと前にもあった気もする。
以前と違うのは一点。
それは、隣で同じようにコーちゃんがきょろきょろしていることだった。


完全反射「あー、またかぁ……。こればっかりは慣れないなぁ」


苦笑いを浮かべながら、頭を掻くコーちゃん。
きっと、ここ数日の目覚ましもコレだったのだろう。
打ち止めちゃんと番外個体さんは別の部屋。
私たちが使っている部屋は、元々は一方通行さんの部屋だったらしいけど、一方通行さんがソファーを使うということで使わせてもらうことになった。
追い出すような形になって、ちょっと心苦しい。


佐天「っと、そんなこと考えてる場合じゃないか。さっさと着替えないと」


パパッと着替えを済ます私とコーちゃん。
見分けが付かないかもしれないということで、私が私服、コーちゃんが制服を着ることにした。
着替え中に一方通行さんが乱入してくるようなことはなかった。


佐天「ま、そんなに私のガードも甘くないもんね」

完全反射「どういうこと?」

佐天「まー、色々とね」


きょとんとするコーちゃんを尻目に、部屋を出て行く。
まずは、朝ごはんでエネルギー補給。
きっと、今日も激動の1日になるはずだ。


朝食は……まあ普通だった。
番外個体さんを除けば、だけど。


番外個体「あーくん♪」

一方「その呼び方ヤメロ。あとくっつンじゃねェ」

打ち止め「もーっ!!」


まだ、番外個体さんは直ってないみたいだ。
あれはもしかして、壮大な嫌がらせなのだろうか?
もしそうならば、時々こっちを見て睨むのを止めて欲しい。
黄泉川先生はニヤニヤしながら食事を取っているが、どう思っているのか気になる。


佐天「止めなくていいんですか?」

黄泉川「別にいいじゃんよ? 馬に蹴られて死にたくはないし」

完全反射「そんなまた……」

黄泉川「避妊だけはちゃんとすれば別に構わないじゃん」

佐天「ブッ!?」


思わず味噌汁を噴出しそうになる。
なんてことを言うんだ、この教師は……。
私の顔を見て、ニヤニヤしながらこんなことを言う。


黄泉川「んん~っ? 佐天はどうやって子供作るか知ってるじゃん?」

佐天「しっ、知りません!!」

芳川「セクハラよ、愛穂」


おや、珍しい。
めったに姿を現さない芳川さんの登場だ。



佐天「おはようございます」

芳川「あなたが佐天涙子ちゃん……でいいのかしら?」

佐天「そうです」


一度会ったことがあったはずだけど……。
って、そうか。
今はコーちゃんと一緒にいるから見分けがつかないのか。
そのまま、芳川さんはコーちゃんの方に目を向ける。


芳川「ふむ……」

完全反射「…………うぅぅ」

佐天「どうかしたの?」


芳川さんの値踏みするような視線から、私に隠れるように逃げるコーちゃん。
この2人にも、私が知らないところで何かあったのだろうか?
コーちゃんは、完全に芳川さんに苦手意識を持っているようだ。


完全反射(実は、ここに来てからちょっと絡まれてさ)

佐天(絡まれた?)


小声で耳打ちをしてくる。
しかし、コーちゃんに絡む芳川さんというのは、ちょっと想像しにくい。
というか、芳川さんとはそんなに話したこともないし、どんな人なのかも良く分かってはいないんだけど。
一体、どんな話をしたのだろうか?


完全反射(と、とにかく、あの人は苦手なんだよね……)


むぅ……。
どんな絡み方をしたんだろうか。


朝食を済ませると、黄泉川先生が出勤し、能力開発の時間となった。
打ち止めちゃんと番外個体さんを部屋から追い出すのに一悶着あったが、ここでは省略させてもらおう。
大体想像できると思われるので。
ともかく、そんな感じで午前9時ちょっとから、一方通行さんの講習が始まった。


一方「始めるぞ」

佐天「はいっ! お願いしまーす!」

完全反射「私は?」

一方「オマエはここにいろ。別にいなくても構いやしねェが、その方が手間が省ける」

完全反射「ほいほいっと」


仲良く2人でソファーに座る。
前回ってどこまでやったっけ?
たしか、“範囲”の授業で、両手に反射ができるようになったんだったかな?


一方「まずは、オマエの認識を改めることから始める」

佐天「はい? 認識を?」

完全反射「どういうこと?」

一方「コイツは『反射』よりも、『ベクトル操作』に適正があるみてェだからな」

完全反射「ああ。なるほどね~」

佐天「ベクトル操作?」


2人で勝手に納得しないで欲しい。
私たちの能力って『ベクトル操作』じゃなかったっけ?
『反射』よりも、『ベクトル操作』の方が向いてるって、つまりどういうこと?


一方「まずはその辺から説明するか」


一方通行さんの説明によると、“ベクトル操作”の能力の使い方には、主に2種類あるらしい。
それが、『ベクトル操作』と『反射』。
『ベクトル操作』は攻撃的なもので、『反射』は防護的なものだと簡単に説明された。
なんだか、分かったようで分からない感じだ。


一方「樹形図の設計者が出した答えだ。間違いはねェだろォな」

完全反射「だねぇ。私は、『反射』の方が得意だけど」

佐天「つまり『ベクトル操作』ってどういうことができるんですか?」

一方「風操ったり、物を飛ばしたり……、まァ大抵のことはできる」


風の操作の方は実感があるが、それ以外となるとまだピンとこない。
大抵のことができるって言われてもねぇ……。


完全反射「それで、どうやってお姉ちゃんの能力開発をするつもりなの?」

一方「今までと基本は変わらねェ。簡単に理論を説明して、後は実践するだけだ」

佐天「が、がんばります」


ともかく、今までの『反射』から『ベクトル操作』を主軸とした能力開発をするということなのだろう。
覚えることはたくさんあるが、自分の身を守るためにも頑張らねばなるまい。
気合を入れていこう。


一方「それじゃァまずは―――」

佐天「は、はいっ!」

一方「反射の使い方の復習からだな」


んんっ?
違うことやるんじゃなかったの?



一方「反射を使う際に重要な3つのポイントは覚えてるだろォな?」

佐天「えっと、“強度”、“範囲”、“種類”ですよね?」

一方「そォだ」

完全反射「へぇ……。感覚でやってたけど、確かにそうかもねぇ」


コーちゃんも結構アバウトだな。
よくそれで一方通行さんに対抗できたものだ。


一方「ベクトル操作の基本もそれと大体同じだ」

佐天「え? そうなんですか?」

一方「ただ、考え方が多少変わってくる」


その異なる部分が、『反射』と『ベクトル操作』の違いなのだそうだ。
『ベクトル操作』の基本要件は3つ。
“種類”、“範囲”、そして“方向”。
この3つを正確に実行することが、ポイントということだ。


佐天「“強度”じゃくて、“方向”ですか……」

一方「『ベクトル操作』と『反射』で一番違うのは、そこじゃねェけどな」

完全反射「え? そうだっけ?」

一方「あンまり意識はしねェけどな」


じゃあ、どこが一番違うんだろう?
“範囲”か“種類”?


一方「一番の相違点は“手動”ってことだ」


ええっ!?
まさかの4つ目!?



一方「『反射』は、一度張っちまえば、設定をイチイチ変える必要はねェ。だが、『ベクトル操作』は違う」

佐天「ふむふむ」

一方「基本的には、種類の指定、操作範囲の指定、操作方向の指定というプロセスを踏んで能力が発揮される」


何を操作するか決めて、それをどれだけの量、どっちに向かって操作するかという順序があるそうだ。
なんかこれだけを聞くと、反射より全然難しそうなんですけど……。
ちゃんと使えるかな?


一方「心配すンな。慣れればいちいち考える必要もねェし、手順を省略することもできる」

佐天「ええっと……」

完全反射「例えば、目の前からすごい勢いでボールが飛んできたらどうする?」

佐天「そりゃ避けられれば、避けるけど」

完全反射「端的に言えば、それと同じことなんだよね」

佐天「???」


つまり、ボールが飛んでくるという『危険の認識』。
ボールを避けるという『行動の決定』。
そして、実際に避けるという『行動の遂行』という3つのプロセスをする必要があるということだそうだ。
『ベクトル操作』を使うときにも同じ順序で考える必要があり、まずは、操作するベクトルの種類の指定が始めに来る。
次に、どれだけの量のベクトルを操作するかという種類の指定、そして、それをどちらの方向に操作するかという手順を踏む。
この一連の流れの計算に失敗すると、ベクトルの操作に失敗してしまう。
先ほどの例では、飛んでくるボールに対して、避けようという動作が思いつかなければ、ボールの直撃を受けてしまう。
また、思いついても行動に移せなければ、同じ結果になってしまう。


一方「要するに、能力のONとOFFがきっちり区別される」

完全反射「反射の場合は、ONにしたらそのままで良かったんだけどね」

佐天「はぁ……」


ということは、演算に失敗したら直撃するってことだよね?



完全反射「そんな不安そうな顔しなくても心配いらないと思うよ?」

佐天「え?」

完全反射「実際に必要なのは感覚だし。テキトーにやってみれば、案外簡単にできるもんだって」


随分と簡単に言ってくれるじゃん。
私はそこまで楽天的には―――
いや、まあ、たまにはなるかな? うん。


一方「まァ、今のオマエなら『反射』だけでも十分戦えるだろォな。実戦経験があればだが」

佐天「『反射』だけでも……」

一方「昨日見た感じじゃ、レベルは3強ってところかァ?」

完全反射「4にはいってない感じかー」


レベル3?
私が?
マジですか?


一方「まず、オマエに『ベクトル操作』を使えるよォにしてやる」

完全反射「そしたら、私との実戦訓練ってことになるね」

佐天「わ、分かりました!」

一方「時間もねェし、さっさと始める」

佐天「え? あ、はい!」


時間がない?
まあ、確かにさらわれてからじゃ遅いけど、一方通行さんにはまた違った焦りがあるような気もする。
気のせいかな?

こんな感じで始まりました修行編。といっても、そんなに長くなる予定ではありませんが。

まあ、自分の予定なんてアテにならないんですけどね。

次回は、『ベクトル操作』に関するレクチャー+能力の実践ということで。

続きを更新



佐天「それで、何から始めるんですか?」


『反射』の授業では1つ1つ積み重ねでやっていったけど、『ベクトル操作』の場合は?
全部1つの流れでやるということらしいから、最初から実践訓練かな?
あんまり自信ないなぁ。


一方「最初はこれからだ」


そう言って、一方通行さんが取り出したのはピンポン玉。
特に変わったところは見当たらない。
それをどうするんだろう?
素手で卓球をやれとか?


一方「コイツを真上に打ち続けてもらう」

佐天「素手でですよね?」

一方「当たり前だ」


でも、それって結構簡単じゃない?
能力使わなくても出来そうな気がするけど……。
すると、そんな怪訝な顔をしている私をみて、コーちゃんがこう言った。


完全反射「で? まだ続きがあるんでしょ?」

佐天「え?」


いや、まあそりゃそうか。
ま、目をつぶってとかじゃなければ―――


一方「目をつぶってやってもらう」


マジですか……。



一方「そンなには難しくねェから安心しろ。真上に打ち上げられりゃ、多少の誤差があっても修正できるはずだ」

佐天「いや、でも、いきなりそれはレベル高くないですか?」

完全反射「んー、そうでもないんじゃない?」

佐天「いやいや」


そりゃコーちゃんはある程度できるからでしょー。
あんまりハードルを上げないで欲しいんだけど……。
できないと恥ずかしいし。
というか、まだベクトル操作とかできるか分からないもん。


完全反射「だって、風を操作する方が何倍も難しいよ?」

佐天「え? ま、またまたー。そんなはずないでしょー?」

一方「いや、ソイツの言う通りだ」


一方通行さんが補足する。
風の操作は、カオス理論の絡む複雑な計算式が必要なんだとか。
それを少ない範囲であるとはいえ、操作できる時点でそこそこのベクトル操作はできて当然なのだそうだ。
一番の問題は、それを私が認識できていないこと。
能力を使う上で重要なのが『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』。
それを強固なものにするのが、自分に能力が使えるという『認識』という訳。
この2人の話も、そういう意味では能力開発をしていると言えるらしい。
薬も電極も使っていなくても、だ。
そう言われてみれば、「私にもできるんじゃないか?」とか思えてくる。


完全反射「ね? できそうでしょ?」

佐天「た、確かに……」


自分でも単純だと思えなくもないが、周りの人に簡単だと言われるとそう感じてしまうことは良くあること。
目隠しをしたまま、ピンポン玉を真上に打ち続ける。
元々、風操作ができているだけに、このような心理状態になってしまえば、あとはどうなったかお分かりだろう。



打ち止め「おっひるだよーん、ってミサカはミサカは部屋に突撃してみたりー」


お昼になったところで、打ち止めちゃんと番外個体さんが昼食を作って部屋に入ってきた。
午前中の成果は上々。
私に『ベクトル操作』というものがどんなものかを染み込ませるための開発は、無事成功したと言ってよかった。
先生方の評価は、


一方「方向の指定がまだまだ甘ェけどな」

完全反射「2,3回落としたもんね」


2人の求める水準はちょっと高すぎるんじゃない?
いつボールが落ちてくるか分からないから、緊張しっぱなしだったし。
でも、分かったことが1つ。
一方通行さんの言っていた種類の指定、操作範囲の指定、操作方向の指定というプロセスはそこまで難しくはないということ。
もちろん、正確にやろうとすれば難易度は格段に上がるが、そういったことを気にせずやる分には問題はなさそうだった。
というか、番外個体さんは一方通行さんにくっつき過ぎ。
部屋に入って、即、一方通行さんの隣を陣取っていた。


番外個体「見てみて~。これミサカが作ったんだよ~」

一方「うぜェ……」


何かを言おうとして止める。
こういうときなんていえばいいのか分からない。
「離れて」とか「くっつき過ぎです」とか?
なんか私が言うのもおかしい気もするし……。
そんなことを考えているうちに、一方通行さんが自分で番外個体さんを引き剥がしていた。
コーちゃんがそっちではなく、私を見て笑っていたのにはちょっと納得いかない。
昼食は、番外個体さんが作ったという焼きそば。
ナスが入っていたのがちょっと気になったが、なかなかおいしいかったのは事実だ。


一方「午後は実戦訓練をする」


こんなことを言うのはなんだけど、一言くらい番外個体さんに感想を言ってあげてもいいと思う。
まあ、相手が誰でも絶対言わないんだろうとは思うけど。


バタバタとした昼食が終わり、午後には実戦訓練ということでリビングにあるテーブルやソファーなどを部屋の端に寄せることから始まった。


佐天「それで、具体的に実戦訓練って何するんですか?」


手を動かしながら、一方通行さんに質問する。
『実戦訓練』という意味合いからも、多少手荒なイメージが先行してしまう。
殴り合いとかじゃないといいんだけど。
っていうか、このリビング広っ!?
テーブルとソファーどかしたら、かなりのスペースできたんですけど!?


一方「外で実際に戦うのが手っ取り早いンだが、まずは下準備だな」

佐天「“まず”!?」

完全反射「うわっ!? あぶなっ!! いきなり手離さないでよ、お姉ちゃん!!」


つまり、最終的には外で誰かと戦うってこと!?
思わぬ発言に、コーちゃんと一緒に運んでいたソファーから手を離してしまった。
ドスンといい音がして床に落ちる。
危うくコーちゃんの足の上に落ちるところだった。


一方「その為にも効率的な戦闘訓練をする」

佐天「ダメだ、聞いちゃいねぇ!!」


どんどん話を進める一方通行さんについていけない。
この前まで普通の女子中学生だった私はついていけない。
しかし、一方通行さんやコーちゃんはまったく動じていない。
それどころか、部屋の中の家具を動かすのを手伝ってくれていた打ち止めちゃんすら涼しい顔だ。
なんだか疎外感。


一方「オマエの生存率を上げるためだ。這い蹲ってでも付いて来い」


分かっていたことだけど、一方通行さんの方針はスパルタすぎる気がする。


家具を大体移動し終えて、広いスペースを確保できると、


一方「よし、それじゃかかってこい」


などと意味の分からないことを一方通行さんが言い出した。
かかってこい……?
それって、どんな日本語だったっけ?
んんっ?
もしかして、殴りかかって来いって意味?


佐天「えーと、誰が?」

一方「オマエに決まってンだろォが」


「誰のための訓練だと思ってるンだ」と怒られた。
いや、私のための訓練だっていうのは理解してるつもりですよ?
でも、首にあるチョーカーのスイッチまで入れてるのはなぜなんでしょうか?
完全にやる気まんまんじゃないですかー。
スパルタってレベルじゃない。
悟空がヤムチャをイジメるレベルの虐待だと思う。


打ち止め「さ、さすがにそれはやりすぎだと思うかな? ってミサカはミサカはあなたのやる気に若干引いてみたり」

番外個体「そこに痺れるぅ!」

完全反射「いやいや、ないでしょ」


外野もこっちの見方っぽい。
ブーイングを受けている一方通行さんと言えば、大きなため息をついている。


一方「オマエらちっとは考えろ。全力で殴りあっても、俺なら全部威力を相殺できンだろォが」

佐天「あ」


レベル5になると、そこまで可能なのかっ!



完全反射「そんなことまでできるんだ」

一方「まァな。1人相手ぐらいなら余裕だろ」

佐天「す、すごい……」


ただ単に反射するだけでは、殴った側にダメージが発生してしまう。
しかし、一方通行さんは、そういったダメージすら与えないように威力を相殺するというのだ。
正確に言うと、相殺じゃなくてベクトルの分散らしいけど、あんまり良く説明はしてくれなかった。
というか「できないだろ」みたいに鼻で笑われた。
ちょっと悔しい。


一方「納得できたンなら、さっさとかかって来い。能力使える時間も無限じゃねェンだ」

佐天「は、はい!」


見よう見真似で構えを取ってみる。
ボクシングのファイティングポーズってこんな感じだったかな?
なんだか自分でも違和感のある構えです。


完全反射「ちょっと重心が高いよ、お姉ちゃん」

佐天「え? あ、うん」


重心が高い?
分かったフリしたけど、よく意味が分からない。
そもそも、重心って何?


一方「オマエは膝が伸びきった状態ですぐに行動に移せンのか?」


どうやら「膝を軽く曲げておけ」という意味だったらしい。
だったら、そう言ってくれればいいのに。


そんな感じで、実戦訓練以前の問題だったので、戦闘のための基本事項から状況判断などの行動マニュアルから叩き込まれることになった。
正直なところ、覚えることが多すぎて、ちゃんとできるかどうかちょっと怖い。
それでも、夕方になるまでにはなんとか形にしていった……と思う。


一方「まだまだだなァ……」

佐天「ぬぅ……」

完全反射「素人にいきなり周囲に気を配れって言っても無理でしょー……」


一方通行さんの求めるレベルが高すぎるのだが、コーちゃん的には及第点らしい。
私の戦闘スタイルは、「近づいて攻撃したら、すぐに相手から離れる」というヒットアンドアウェイというものにさせられた。
なんでも、私の防御力には心配な点が多すぎるとのことで一撃離脱方式の方がリスクが少ないのだとか。
構えはそのままでいいとのことだったのだが、拳は握らず手刀で戦闘を行うようにといい含められた。
戦うときは、常に腕周りに『反射』を適応させておき、攻撃の瞬間にだけ『ベクトル操作』に切り替える方針をとった結果だ。
それだと、能力を使える時間は限られてくるが、とっさのときにダメージを受ける確率が下がるとのこと。
ちなみに、


佐天「武器は持っちゃダメなんですか? 前はバットとか使ってたんですけど」


と聞いたら、「いつまで無能力者の気分でいるんだバカ」的なことを言われた。
『ベクトル操作』という能力を持った時点で、人も殺せるくらいなんだからと脅された。
もっとも、一方通行さんの過去を知っているだけに、笑うことはできなかったが。


一方「今日はこのくらいにしておくか」

佐天「あ、ありがとうございました」


夕食前にお開きになったのだが、その時点でもうかなりヘロヘロな状態。
以前の能力開発は、頭だけのものだったのに比べ、今日からは実戦訓練が追加されたことで、肉体的なきつさもある。
ただ、リアルに強くなっているという実感が得られているような気はする。
実際に、動きはまだまだ素人に毛の生えた程度だが、戦闘スタイルができたことで生存率は格段に上がっているのだとか。
そこまで急激に強くなってるのかって聞かれたら微妙だけど。


黄泉川先生の帰宅を待って夕食をとると、昨日と同じようにコーちゃんとお風呂に入って疲れを癒した。


佐天「だーっ、疲れたー!!」

完全反射「これからはこんな毎日になるんじゃない?」


部屋のベットに倒れこむと、隣にいたコーちゃんがくすくすと笑ってそう言った。
でも、それが事実なのだから現実は残酷だ。
明日からは、午前中に能力開発。
午後に実戦訓練を行っていくと通告されたのだ。
初日だけでいっぱいいっぱいなのに、これから私は果たして耐えられるのだろうか?


佐天「うー……」

完全反射「マッサージしてあげよっか?」

佐天「うん、お願いー」

完全反射「オッケー」


うつ伏せになった私に跨るコーちゃん。
背中からマッサージを始めてくれる。
これはかなり気持ちいいかも。
しかし、それでも不安の種は消えない。


佐天「こんな調子で大丈夫かな、私」


ぽつりと弱音を吐く。
こんなの私らしくないと思うけど、それくらい先が見えない。
まるで、初めて能力を得られたときのような感覚。


完全反射「んー。ま、大丈夫じゃない? お姉ちゃんだし」

佐天「あはははっ。なにそれ~」


根拠のない励ましだったが、その一言だけでかなり軽くなった気分だった。

という訳で修行編1日目でした。ちょっと中だるみ感があるので、次回はテコ入れをしたいと思います。

具体的にいうと裏ボス(仮)の登場とか? その人物の日常とか? まだまだ未定ですけどもー。

そして、それを理由に次々回はいきなり5日後とかになる予定です。果たしてどこまで強くなっているのか!! 次々回を待て!!

下に変なの出てるけど気にせず続きを更新自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中


【幕間】


「お、おい! 例の計画は大丈夫なんだろうな!?」


薄暗い部屋の中には2人の男がいた。
片方は、白衣を着た中年の小柄な男。
そしてもう1人は、いかにも軽薄そうな若いピアスをした男が向かい側に立っている。
慌てているのは、ピアスの男。
白衣の男は、体が何十センチも沈みそうなソファーに悠然と座っている。
どうやらその場所は白衣の男の自室のようだった。
暖炉や鹿の剥製など、如何にもな装飾が部屋の到る所に施されている。
白衣の男は、変わらない調子でピアスの男を見据えこう続ける。


「計画にはなんの支障もない。慌てる必要がどこにある?」

「んなこといってられる状況かよ!? アンタ現状わかってんのか!?」


ピアスの男の興奮は治まらない。
今にも白衣の男に掴みかからんばかりの剣幕だ。
何しろ状況が状況だ。
計画は早くも失敗しかけ、それどころか自分たちの命まで危うい。
しかし、ピアスの男は白衣の男に怒鳴りかかってはいるが、焦っているようには見えない。
この逆境をひっくり返せるだけの秘策があるのか、または―――


「くそっ! 俺はもう降りさせてもらう!」

「今更そんなことができると思うのかね?」

「ああ。できるさ」


今まで余裕な顔色だった白衣の男の眉が少しつりあがった。
ピアスの男が、室内に飾ってあった猟銃に手をかけたのだ。
銃口を白衣の男に向けながら、震える手で引き金に指をかける。


「こ、これで俺は見逃してもらえる」


顔には引きつったような笑みが浮かんでいた。
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中



「止めておいた方がいいぞ」

「うるせえ!!」


白衣の男の制止に耳を貸さず、ピアスの男は引き金を引いた。
その瞬間、ドンという大きな音が室内に響く。
しかし、白衣の男は倒れない。
今までと何も変わらず、涼しい顔をしていた。
それもそのはずで、銃弾は白衣の男を襲っていなかったからだ。


「がっ……」


逆に、ピアスの男が崩れるように床に倒れこむ。
床にはおびただしい量の血液が、水たまりのように広がっていった。


「ふん。この部屋の銃には鉛が詰めてあるというのに」


鉛が詰められた銃の引き金を無理やり引いたため暴発したのだ。
白衣の男を狙った猟銃が、ピアスの男自身を襲ったことになる。
だが、ピアスの男はまだ生きているようだ。
かすかながら息をしている。


「しぶとい男だ」


裏切ったピアスの男を生かしておく理由もない。
白衣の男はポケットから短銃を出すと、床に倒れているピアスの男に銃口を向けた。


「あの世で計画の成就を願ってくれたまえ」


そう言って、容赦なく引き金を引いた。
その途端、銃が暴発し、白衣の男の手首から先が吹き飛んだ。
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中



絹旗「まさかコメディ映画とは超予想外ですね。良作の臭いがプンプンします」


佐天が一方通行と共に能力開発をしている頃、一度行ったら二度と行けないような奥地にある映画館に1人の少女がいた。
絹旗最愛。
元『アイテム』の構成員で、暗部が解体されてからは新『アイテム』の一員として行動している少女だ。
現在は、新『アイテム』に所属しているとはいえ特にすることもない。
今までのように、電話の女から命令されることもなくなっていた。
だが、行ってもいないロシアの事後処理で、ここ数日かなり忙しい日々を送っていた。
『アイテム』中で唯一ロシアに行きそびれた彼女は、腹いせに浜面を殴ることでストレスを解消していたのだが、それも限界にきた。
ストレスの限界といっても、映画にいけないという禁断症状のようなものだと思ってもらえればいい。
見たい映画があるのに、それを見に行くこともできず、その結果、いくつも良作の気配が漂う作品を見逃してしまっていた。
もっとも、彼女の選ぶ映画が良作である確率は、それほど高い訳ではないのだが。
そんな彼女は、現在映画のパンフレットを片手にワナワナと震えていた。
見ていたのは「地獄のマッドサイエンティスト」という今時そんなタイトルないだろというほどC級映画の臭いが漂う作品。
今日の映画の記念すべき1本目だ。
最初のうちはシリアスなシーンが続いていたのに、気が付けばコメディな内容に変わりつつあった。


絹旗「と思ったら、今度はまた超シリアスなシーンですか」


画面から緊迫感がピリピリと伝わってくるような場面に差し掛かる。
かと思えば、またオチはギャグテイストで締めるという監督が酔ったまま書いたような脚本であった。
絹旗は思わず大きなため息を吐いた。


絹旗「もう先の展開も読めちゃいましたし、超駄作決定です」


そこそこ大きな声のひとり言を発する。
他に客がいないのをいいことにやりたい放題できるのが、この映画館の利点の1つでもある。
そのあとも、シリアスなんだかコメディなんだか分からないような内容が続いて、その映画は終わっていった。


絹旗「軸が超ぶれ過ぎですねえ。あれがシリアスな笑いってやつでしょうか?」


今見た映画の感想を口に出すと、今まで持っていたパンフレットを隣の席に置き、次に上映されるパンフレットを手に取った。
映画館の座席に深く座って足をパタパタと動かしている様子は、遊園地に向かう車にのった子供のようにも見える。
暗部に浸かっていた彼女も、未だ12歳の少女なのだ。
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中


2本目の映画は『異種生物世界一決定戦』というタイトルで、吸血鬼やら宇宙人やらゾンビやらがプロレスのリングで戦うというものだった。
吸血鬼が狼男にブレーンバスターを極めていたのは、妙にシュールな画だった。


絹旗「超純粋な肉体勝負ってことなんですかね?」


1本目よりは期待ができそうだと、絹旗の直感は告げていた。
だが、あらかじめ買っておいたMサイズのジュースを一口飲んだところで、館内に誰か入ってくるのがわかった。


絹旗(超珍しいですね。私以外に分かってる人がいるなんて)


仲間がいると分かり少しうれしくも思ったが、やはり他の人がいると勝手気ままにできないというのはデメリットだ。
一緒に見るという選択肢もあるが、好みが異なると、また面倒くさいことになる。
つまり、浜面程度の分かってない人間を連れてくるのが正解なのだろう。
自分の面白いと思っているものが、他の人にも認められるとうれしいものなのだ。
一方で、一緒に見る相手として映画の感想をポツポツといってしまう絹旗は最悪な部類に入る。
良いことを言っている内はまだいいが、細かいところを突いた痛い一言を隣で言われると、途端に一緒に見ている側も冷めてしまう。
この悪癖を治さないと、彼女の趣味を理解してくれる人物を見つけるのには苦労するだろう。
閑話休題。
館内に入ってきた人物は、すぐには座席に座らなかった。
映画に集中していたので、特に注意を払ってはいなかったのだが、どうやら映画が目的ではないらしい。


絹旗(ってことは目的は私ですか。超面倒くさいことにならなければいいんですけど)


スクリーンでは、ゾンビ対透明人間というマッチが行われていた。
やけに血色のいいゾンビがパントマイムをしているようにしか見えない。
場面が進む間に絹旗を発見したのか、侵入者は大きな足音を隠す様子もなく近づいてきた。
その人物が絹旗の手の届く範囲まで来ると、何も言わずに隣に腰掛ける。


絹旗「映画館では超静かにしてください」

「相変わらずだねえ、絹旗ちゃんは」


と、聞き覚えのある声が隣の席から聞こえてきた。
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中


今日は鬱憤を発散すべく一日中映画館に引きこもるつもりだった。
好きな映画を飽きるほど見るという最高の日になる予定だったのだ。
しかし、今、絹旗の隣にいる人物はそんな最高の気分をぶち壊すには十分な人物だった。


絹旗「今更あなたが何の用ですか?」

黒夜「つれないねえ」


黒夜海鳥。
かつて絹旗と同じく『暗闇の五月計画』の被験者だった少女。
2人は、一方通行の思考の一部を無理やり植えつけることで、能力の向上を図るという実験を受けたのだ。
しかも、同じ窒素を操作するという類似点もあった。
だが、2人は明確に区別される。
それは、一方通行の防護性に特化したのが絹旗ならば、攻撃性に特化したのが黒夜という点が大きく異なる。
『反射』の演算パターンを元に窒素を身に纏うという絹旗。
『ベクトル操作』の演算パターンを元に窒素を操作し、槍という武器にする黒夜。
根本は同じ能力であったにも関わらず、2人の能力の方向性はまったく異なるものとなっているのだ。
黒夜とは、『暗闇の五月計画』が破棄されてから会っていない。
それがなぜ、今になって絹旗の目の前に現れたのだろうか?


黒夜「ちょっと絹旗ちゃんに仕事を手伝って欲しいと思ってさ」

絹旗「お断りします」


即断。
理由は簡単。
黒夜海鳥は、実験の後、絹旗と同じように暗部に身を置いていた。
その黒夜から、こんな時期に持ちかけられる話で自分に得となるような話であるはずがない。
せっかく暗部から抜けられたのに、また学園都市の闇に戻るつもりはサラサラなかった。


黒夜「仕事内容は、一方通行と浜面仕上について」

絹旗「―――っ」


この一言を聞いてしまうまでは。
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中



絹旗「それで、一体どういう内容ですか」

黒夜「まあまあ。そう慌てんなよ、絹旗ちゃん」


結局、2本目の途中で映画館を後にし、近くの喫茶店に入ることにした。
他に客もいないため映画館の中でも良かったのだが、絹旗が話に集中できないということで移動したのだった。
こちらの喫茶店も特に繁盛しているようには見えない。
周囲に目配りすると、黒夜が続きを話し始めた。


黒夜「仕事って言っても、そんなに複雑なことじゃない。ただ単にある『部品』を守るだけなんだよねえ」

絹旗「はい? それが一方通行や浜面と何の関係があるんですか? 超意味不明なんですけど」

黒夜「そいつは単純明快な話。一方通行がその『部品』をぶっ壊しに来るんだよん」

絹旗「んなっ!?」


注文したアイスコーヒーのストローを噛みながら、なんでもないように言う黒夜。
だが、その一言が何を意味するか分からない訳ではないだろう。
何しろ、一方通行を敵に回すほどの『何か』が学園都市にはあるのだ。
しかも、それを守るということは、真っ向から一方通行と敵対しなければならないことを意味する。


絹旗「超正気ですか?」

黒夜「勝算はある。けど、100%じゃない」

絹旗「……私がそこに必要だと?」


黒夜は元々群れるタイプの人間ではなかったはずだ。
それが、こうして絹旗を頼りにしてくるということは―――。


黒夜「いや、私の生存率を上げるため」

絹旗「オトリ!? 私を超オトリにする気ですか!?」

自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中


何事かと顔を出してきたマスターに手を振って応えると、絹旗は若干冷静さを取り戻した。
そう単純な話ではないだろう、と。
だが、


黒夜「ま、せいぜい頑張って盾になってくれ」

絹旗「……それで私が手伝うって言うとでも?」


あまりにも酷い扱い。
一方通行を打倒する要という訳でもなく、ただ単に自分の生存率を上げるために協力して欲しいと言っているのだ。
絹旗には、一方通行に対する因縁もあるので、確実に一泡吹かせられるという確証を得られるのなら協力してもいいかと思ったのだが、これでは話にならない。
2人で瞬殺されてTHE ENDだ。
しかし、黒夜の提案と違い、話はそう単純ではないらしい。


黒夜「絹旗ちゃんが協力しなくちゃならない理由は逆さ」

絹旗「逆?」

黒夜「その『部品』を守らないと、浜面仕上が狙われることになるんだからねえ」

絹旗「……あの超バカなだけのチンピラが狙われるような理由でも?」

黒夜「心当たりはないのねえのか? ん? 絹旗ちゃん」


心当たりはある。
ここ数日で嫌というほど関わった『素養格付(パラメーターリスト)』。
学園都市の闇に深く関わり、だからこそ、浜面仕上が生き残れた交渉材料。
あれがあるからこそ、絹旗たちアイテムは解放されたのだ。


絹旗「……超詳しい話を聞かせてもらいましょうか」

黒夜「そうこなくちゃねえ」


かくして、絹旗最愛は再び闇に踏み込むこととなる。
今度は、彼女が『アイテム』を守るために。
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中










―――その翌日、学園都市が回収した全ての「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」の残骸が眠る施設に大能力者が2人配置された。







自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

といわけで、雇われ裏ボス(仮)のお2人でした。いかがでしたでしょうか?

ピアスの男は浜面、白衣の男は博士でイメージして書きました。まあ、大体そんな感じです。

次回からまた通常営業に戻りまーす。自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

ちょっと長めの続きを更新


一方通行さんのところに戻って4日目の午前中。
この日まで、私は近接戦闘の基礎や簡単な組み手を行ってきたが、今日から次のステップに移ることになった。


一方「次のステップは外で実戦訓練だ」

佐天「ええっ!? もう!?」

完全反射「うん。いいんじゃない?」


階段を5段飛ばしくらいにして今日まで来たが、今回はまた10段くらい階段を一気に登っている気がする。
昨日、初めて一方通行さん以外を相手に、コーちゃんと組み手をしたばかりだというのに。
ちなみに、コーちゃんとの組み手では、うまく力を合わせてくれたので、一応形にはなっていたような気はする。
反射同士が触れ合うと相殺されるという特性を活用して、攻撃を受け流したり、うまく寸止めしたりって具合に。
コーちゃんは全身に反射が適応できるのに対して、私は両手だけしか反射ができないので、いっぱいいっぱいだったけど。


一方「具体的には、暴走能力者やスキルアウトなンかと戦ってもらう」

佐天「ちょ、ちょっとまだ早すぎません?」

完全反射「そいつらいちいち探すの? 時間かかんない?」

一方「ウチにはそンなやつらばっかり相手にしてるやつがいるだろォが」

完全反射「あー。黄泉川に頼んで、警備員についていくのか」

佐天「スルー!?」


分かっていることではあったけど、こういうときには何を言ってもやらされるハメになるんだよねー……。
でも、暴走能力者とかスキルアウト相手ってすごく危険なんじゃ?


完全反射「大丈夫、大丈夫。昨日の感じなら、よほどのことがない限り死にはしないから」

一方「だそうだ」


つまり、よほどのことがあったら死ぬってことだよね?
かなり不安なんですけど。



一方「いいか? 実戦訓練をやっておかなきゃならねェ理由は2つある」

佐天「2つ? 1つは……経験を積むためですよね? 実際に戦うとなったときに体が固まったりしないように」

一方「そォだ。もう1つは、戦いながら相手を分析するためだ」

佐天「分析?」


実際の戦闘の際に重要なのは、相手がどういう能力(あるいは武器)を持っていて、その敵の実力がどの程度の力なのかを測ることなのだそうだ。
どんなにすばらしい能力、武器を持っていても、それを扱うのが実戦経験もない普通の子供だったら、倒すのは容易い。(一方通行さんはそうでもなかったらしいけど)
逆に、弱い能力、武器を持つ相手であっても、それの特性を活かし、常に自分の力を最大限に発揮する人間は強い。
それを見誤って、相手を表面上で判断してしまうと、大怪我につながりかねないということだ。
また、これにはもう1つ利点がある。
それは、実際に戦うか、逃げるかといった判断材料にもなる。
その時々の状況にあわせて、本当に戦うべきなのか、あるいは、逃げるべきなのかを判断しなければならない。
特に、相手が高位能力者の場合や殺傷可能な武器を持っている場合には、この判断が重要になってくる。
だから、戦っている最中に相手の力量を測ることは、自分の生存率を高めるにつながるのである。


一方「もっとも、今から行くところじゃ『逃げる』なンて選択肢はねェけどな」

佐天「ですよねー」

完全反射「でどうすんの? 素直に黄泉川に話しても、連れて行ってくれるとは思えないんだけど」

一方「心配すンな。こいつを使う」


トランシーバー?
それって……


一方「こいつで警備員の無線を傍受すりゃ位置は分かンだろ」

佐天「ほ、本気ですか?」


警備員が向かうってことは、そこにいたら一緒に捕まっちゃうんじゃ……。


一方「制限時間は、警備員のやつらが到着するまでだからな」


そんなに簡単に言わないで欲しい。



佐天「一方通行さん」

一方「……なンだ」

佐天「……これどうするんですか?」


無線の傍受を始めて、わずか5分後、最初の事件がさっそく発生した。
第10学区のコンビニにて、強盗が入ったとのこと。
能力、武器の有無は不明。
始めはこんなもんだろと現場に向かったのは良かったのだが、


一方「まさか、もう警備員が到着してるとはなァ」


到着したときには、すでにコンビニは包囲されていた。
なんか、もう突入して事件解決じゃない? という雰囲気が漂っている。
さすがに、私たちがこの包囲を破って突入するのは無理がある。
私たちというのは、一方通行さんとコーちゃんと私の3人だ。
打ち止めちゃんと番外個体さんはお留守番。


一方「警備員舐めてたわ。この早さは異常じゃねェの?」

佐天「……で、どうするんですか?」

完全反射「これじゃ、他のところでも無理なんじゃない?」

一方「そォだな……」


珍しく当てが外れたというような顔をして、辺りを見回す一方通行さん。
黄泉川先生は別の現場にいるようだ。
近くには見当たらない。


一方「付いて来い」

佐天「え?」


そう言って、一方通行さんが向かったのはとある細い路地だった。
何するつもりなんだろ?


何も言わずに、一方通行さんを先頭に私、コーちゃんの順番で路地を進む。
事件の起こっている現場からはどんどん遠ざかっていた。
かと言って、黄泉川先生のマンションに向かうようなルートでもない。


佐天「一方通行さん。こんなところで―――」

「だ、誰だ!!」


何をするつもりなのかを尋ねようとした瞬間、前の方から声が聞こえてきた。
一方通行さんとは明らかに違う声色の男みたいだ。
こんな入り組んだ細い路地で何をしているんだろう?


一方「2人か。まァ、練習にはちょうどいいだろ」

佐天「は、はい?」

完全反射「どうやら、強盗のお仲間さんっぽいね」

佐天「は? マジで?」


強盗の主犯の逃走を手助けするためにいるサポートの男が2人。
2人は、逃げるべきか取り囲まれたもう1人を待つべきか悩んでいる。
そんな時、一方通行さんは首筋に手を当て、チョーカーのスイッチを入れると、その2人に背を向けるようにこちらを向いた。


一方「ヒントぐらいはくれてやるから1人でやってみろ」

佐天「え、えぇー……」


ちらりと奥を見ると、臨戦態勢に入った2人が懐から警棒を取り出す。
ん? あれ?
どう見ても、威圧感が一方通行さんより薄い。
これならなんとかなる……かも?


佐天「や、やってみます」


というか一方通行さんが怖すぎるだけだったり。



一方「ってワケだ。オマエら程度、このガキ1人でお釣りが来ンだろ」

佐天「ちょ、挑発しないでくださいよ!」


一方通行さんと立ち位置を入れ替える。
そうすることで、私が2人の前に立つことになった。
見たところ、2人の体格はそれほどいいという訳ではない。
1人はサングラスをかけ、もう1人はニット帽をかぶっている。
武器を持っているところを見ると、無能力者なのだろう。
また、挑発されたにも関わらず、2人の顔には笑みが浮かんでいた。


強盗A「ハッ! 違いねえ! そこのお嬢ちゃんは上玉だしなぁ!」

強盗B「そんなモヤシ野郎じゃなくて、俺たちと楽しいことしようぜぇ!」

佐天「あ、すみません。タイプじゃないんで」

完全反射「うわー、直球……」


つい、うっかり素で返してしまった。
正直、2人のサングラスとニット帽はないわ。
どうみてもセンスが悪いし。


強盗A「ふ、ふざけんな!!」

強盗B「舐めやがって!!」


当然、そんな反応を返されて、2人が黙っている訳もなく、一直線にこちらに向かってくる。
動きは一方通行さんよりも全然遅いが、模擬戦とは違い、「殴られれば痛い」という当たり前の事実の前に足が竦んでしまう。
2人が、どんどん近づいてくる。
どうしよう。
どうすれば?


一方「とりあえず、反射使っとけ」


私は、反射的にその言葉に従った。


腕に反射を適応させる。
これでひじから先はダメージを受けることはない。
2人の男がさらに近づいてくる。
前にいるサングラスの男は、既に警棒を振りかぶっている。
―――よし、間に合う。
腕で頭を庇うようにガードを固める。


強盗A「がぁっ!? て、手がぁっ!?」


振り下ろされた警棒は、私にダメージを与えることはなかった。
代わりに、サングラスの男の手首が青黒くなり、警棒を取り落とす。
抵抗しない私を前に、振り下ろす威力を弱めたのだろう。
でなければ、骨折していてもおかしくはなかったはずだ。
ともかくこれで1人目。
ここ数日の模擬戦闘で、ある程度まで体を動かせるようになっている。
それを実感できる一合だった。
これなら行けるかも!


一方「30点」

佐天「……き、厳しい」


どう反応すれば良かったんだろう?
後ろにいたニット帽の男に目を向けると、一度私たちから距離を置いていた。


強盗B「ッチ、能力者か」

佐天「まだまだ見習いですけどね!」

一方「相手に余計な情報やるンじゃねェよ」

強盗B「どんな能力を使ったか分からねえが、頭を庇ったってことはそこは弱点なんだろ?」

佐天「げっ」


あっさりばれてしまった。
点数低い理由はこれか。



強盗B「こいつでお前の能力ごとぶち抜いてやる」


ジャキという音と共に取り出したのは……拳銃!?
いや、それはマジでやばいですから!!
日本でそんなの携帯していいはずないでしょ!?
というか、警棒の次が拳銃ってどうなの!?


一方「さァて問題です」

佐天「こんなときに!?」

一方「この場合、どォいう対応をすればいいでしょォか?」

佐天「それを今ここで!?」


全身に反射を適応できない。
拳銃の弾の速度に対応できない。
この2つの時点で、どう考えても詰んでいる。
導きだされる答えは私の死。
そうならないためにも、なんとかしなければならない。


強盗B「くらえ!」


引き金が手をかけている。
もう時間がない。
パニクっている時間すらない。
こうなったら―――


佐天「てぇぇぇえええええええい」

完全反射「なぁっ!?」


両手を前に突き出し、ニット帽の男に突撃!
ちょっと距離あるけど、なんとか―――
その瞬間、ガァンという耳を劈く大きな音が路地裏に響き渡った。



強盗B「がぁぁぁっ!!?」


私が分かったのは、男の拳銃が爆発したことだけ。
どうやら、弾を反射して、それが拳銃に命中したっぽい。
拳銃が爆発して発生した破片が、ニット帽の男の手に突き刺さり血を流している。
もう戦えるような状況ではないはずだ。
かなりヒヤッとしたけど、これで2人目も撃破。


佐天「ど、どんなもんだい!」

一方「50点」

完全反射「危なすぎ。死にたいの?」


辛辣なコメントを頂きました。
でも、さっきよりは点数上がってる。
ここまで命張っても50点とか。


一方「そっちを見てみろ」


ついと指を指した方向には、サングラスの男が倒れていた。
手には、警棒が握られている。
それもさきほどとは逆の手に。


佐天「あ……」

一方「片手を潰したくれェじゃまだ甘い。戦闘不能にするまで安心はすンな」


そういいながら、ニット帽の男にも一撃を加え気絶させる。
先ほどまで痛みに苦しんでいたうめき声がまるで嘘のように大人しくなってしまった。
流れるような手際に、思わず見ていることしかできない。
これが、実戦経験の差なのだろうか?
ともかく、これでなんとか終わり―――


一方「こいつらを引き渡したら次行くから休憩しとけ」


……にはならないようだ。



一方「何が悪かったか分かるか?」

佐天「えーっと……」


なんとか生き残れはしたものの、かなりギリギリのラインだった。
下手したら、ヤバいケガをしててもおかしくない。
というか、いきなり拳銃を出すとかどんだけ……。


一方「まず、サングラスのやつは、防御じゃなく攻撃で迎撃するべきだった。動きも単調だったしなァ」

完全反射「“頭が弱点”ってバレちゃってたしねぇ」

一方「それに、戦闘不能にしてなかったのは大きなミスだ」

佐天「う……」


そんな余裕なかったし。
ビビっちゃって足が動かなかったのはダメだよなぁ……。


一方「次にニット帽は―――」

完全反射「無茶しすぎ!! あれじゃいくつ命があっても足りないよ!」


怒られた。
やっぱり結果オーライじゃやっぱりダメだよね。


一方「その場に固まってたり、後ろに下がるって選択肢よりはマシだ。前に出た分だけ、手に当たる確率は高くなるからな」

佐天「あー……」

一方「ああいう時は、物陰に隠れるか何かを盾にするのが正解だ」


そ、それでも良かったのか。



一方「そろそろいいだろ」

佐天「や、やっと終わり……」

完全反射「おつかれ~」


その後、もう2件ほど事件を(裏から)手助けして、今日の能力開発は終了した。
最初ほど危ない場面は起きなかった。
やっぱ、拳銃を使うのが異常なんだって。
というか、もうこれって能力開発ってレベルじゃないと思うけど!?
……いや、能力の使い方を学んでるって意味じゃ能力開発か。
最近、一方通行さんの考え方に近づいているような気がして怖い。
今は、3人で黄泉川先生のマンションに向かって帰っている途中だ。


一方「後は、場数を踏んで判断能力を上げれば、そう簡単に死ぬことはなくなるはずだ」

佐天「まだやるのかぁ……」


思わず戦々恐々。
でも、今日戦った人数は4人だったけど、その全員を倒せるような実力を持っていることに私自身が一番驚いていた。
つい、2~3週間前は普通の女子中学生だったのに、だ。
能力者になったという実感がやっと持てた気がする。


一方「能力に溺れるなよ? あンま人のことはいえねェけど」

完全反射「なんでも、覚え始めが一番危ないんだからね?」

佐天「う……。……はい」


自分の両手を眺めていると、見透かされたように苦言を呈される。
能力が能力だけに、暴発してしまうと自分の命が危ないのは重々承知している。
その扱いには慎重にならなければならない。
でも、


佐天「能力者かぁ」


そう呟かずにはいられなかった。


その日の夜。
騒がしい夕食を終えると、一方通行は今日のダメ出しをこれでもかと言うほどしてやった。
時間がない中で、佐天は良くやっている方だと思う。
しかし、今の力では彼女自身の身を守れるかどうかは分からない。
レベル3クラスの能力者ならなんとかなるかもしれない。
だが、レベル4クラスが相手になると、まだまだ経験不足と言わざるを得ない。
そのことを十分に理解させるための実戦訓練。
今日は高位能力者の相手はいなかったが、拳銃を持った相手というのを経験できたのは大きい。
これから攻め込まねばならないところは、そんな敵ばかり出てくるようなところなのだ。


一方「さすがに駆動鎧(パワードスーツ)相手には苦戦するだろォけどなァ」


黄泉川家の住人が寝静まった頃、一方通行はリビングのソファーで横になって1人呟く。
今では、そこが彼の寝室であり、ベットになっていた。
とはいえ、眠るために横になっている訳ではない。
視線を天井からテーブルへと移し、そこにある携帯電話へと目を向けた。
それを計ったかのように、静まり返った一室に携帯電話の呼び出し音が鳴り響く。


一方「今日も時間通りか」


一方通行は、ある人物から電話が掛かってくるのを待っていたのだ。
ゆっくりとした動きで、携帯電話を手に取る。
ディスプレイには、予想通りの人物の名前が表示されていた。


一方「もしもし」

冥土帰し『こんばんは、だね? 一方通行』

一方「今日も『変化なし』だ」

冥土帰し「そうかい?」


カエル顔の医者からの電話。
内容は、完全反射の様子について。
ここ数日まったく同じやり取りから始まり、終了していた。
少し違ってくるのは、この後、少し気になる点を向こう側からいくつか尋ねてくるという程度であった。
―――今日までは。



一方「―――って感じだ」

冥土帰し『ふむ。まだ問題はなさそうだね? そのまま目を離さないように頼むよ?』

一方「他に用がねェなら切るぞ」


いつもなら、ここで会話は終了し、電話を切る。
それ以上こちらから話すことは特にないからだ。
しかし、今日は違った。


冥土帰し『こんな状況だと、君はあの時を思い出すかい?』


意味深な問いかけに、一瞬眉をひそめる。
こういった余計な会話をするのはあの医者らしいが、少し何か違った雰囲気を感じる。
もっとも、このような無駄な会話に正直に答えてやる義理はない。


一方「……さァな」

冥土帰し『色々な意味であの時と同じ状況だから、仕方ないかもしれないけどね?』

一方「今日は随分とおしゃべりだな」


この医者の何でもお見通しという口調が気に喰わない。
脳裏にかすめたのは、1つの転機。
自分が黒から灰色へと変わったある夜のこと。


一方「用がねェンなら切るぞ」

冥土帰し『今日は、こちらかも君に伝えたいことがあるんだけどね?』

一方「…………見つけたのか?」


一方通行は、その一言だけ冥土帰しに問いかけた。


一方通行から冥土帰しに頼んでいた内容はただ1つ。
黒幕の現在の居場所の探索だ。
佐天が連れ去られたとき、自分1人の力では彼女を探し出すことができなかった。
ましてや、佐天の能力開発をしながらの捜索では、相手の尻尾を掴むこともできないだろう。
そこで、カエル顔の医者に黒幕の居場所をつきとめてもらうことにしたのだ。


冥土帰し『正確に言うと、探し出したのは僕じゃないんだけどね?』

一方「……超電磁砲か」

冥土帰し『その通り』


たしかに、人間1人を探すことに関しては、一方通行よりも御坂美琴の方が優れているかもしれない。
それにその男は、自分と同様に御坂の恨みの対象でもあることになるのだから、どれほど気合が入っていたかは測り知れない。


冥土帰し『だが、問題が1つ』

一方「もったいぶってンじゃねェ。結論だけ完結に言え」

冥土帰し『研究所が2つ見つかったんだ。おそらく、片方はダミーなんだろう』

一方「分かってンなら調べりゃいいじゃねェか」

冥土帰し『そうしたいのは山々だが、戦力が足りない。ハズレを引いたら、また逃げられるだけだからね?』


なるほど、と一方通行は頭の中で呟く。
つまり、御坂美琴1人では両方を叩ききれないから、自分が出て行って潰して来いという意味なのだ。
なんとも回りくどい言い回しをしてくれる。


一方「御託はいい。場所はどこだ?」

冥土帰し『察しが良くて助かるよ。場所は、第7学区の桐生バイオテクノロジー研究所と第23学区の宇宙資源開発研究所だ』

一方「で? 俺はどっちを潰せばいい?」

冥土帰し『君は、第7学区の方を頼む』

一方「ハッ! そこの研究員もついてねェな」


その後、攻め込む時間の話を少しだけした。
たった5分足らずの会話だけで、第7学区の研究所の命運は決定したようなものだ。
それだけ一方通行は、圧倒的な戦力を誇っている。


一方「そンなところだろ。切るぞ」


要件は全て終わり、通話を終了しようとした時だった。
カエル顔の医者は一方通行に、ある疑問を投げかける。


冥土帰し『彼女たちはどうするつもりだい?』

一方「…………」


『彼女たち』というのは、もちろん佐天涙子と完全反射の2人のことだ。
この2人を連れて戦場に向かうという選択肢などあるはずがないのだが、


冥土帰し『いざというときに、君が近くにいなくて大丈夫かい?』

一方「…………」

冥土帰し『期限まではまだ2日あるが、以前だってそれで痛い目を見たんだろう?』

一方「……そォだったな」


痛い目を見た記憶。
それは、一方通行が最も深刻なダメージを負った過去。
学園都市最強の超能力者にそんな外傷を与えたのは誰か?
上条当麻?
木原数多?
答えはNO。
エイワスでも、ましてや番外個体でもない。
その男はただの人間だった。
能力者ですらない。

男の名前は“天井亜雄”。

量産型能力者計画(レディオノイズ)計画及び絶対能力進化計画に加担していた男である。



冥土帰し『彼はミサカネットワークの構築にも1枚噛んでいた。あまり舐めてかからない方がいいね?』

一方「分かってる。油断はしねェよ」

冥土帰し『それならいいんだ』


一方通行が天井の存在に気づいたのは、佐天に樹形図の設計者を付け、自分の前に姿を現したときだった。
レベル5クラスの研究成果を自分を殺害するために投入する。
どう考えても、一方通行への恨みがある人間の仕業とみて間違いない。
わずか3日という期間では、まともに実験することもできなかっただろう。
それほどに作り出したレベル5に自信があり、また、逆に一方通行を恐れていたことになる。


冥土帰し『ああ、そうだ。君に1つ注文だ』

一方「まだあンのかよ?」

冥土帰し『彼も僕の患者だ。殺すことは赦さないよ?』

一方「お優しいことで」


そのまま通話を終了し、携帯をテーブルの上に戻す。
決戦は明日、午前9時。
万が一の場合に備え、今のうちから佐天たちをどうするかを検討しなければならない。

そう。
特に、完全反射が敵となった場合の処置を。


―――完全反射の頭に埋め込まれたウイルス発動まであと2日。


                       第六章『Change(新しい認識)』 完

ちょっと駆け足になっちゃいましたが、やっと黒幕の名前がでてきましたー。しょぼいとか言わないで! かわいそうだろ!

一方通行を良く知ってる、優れた研究者などなど色々と前フリはしたつもりでしたが、黒幕の予想は当たってましたでしょうか?

次回から、戦闘パートである第七章『Accelerator(現在と過去)』を長めにお送りします。

打ち止め「……アクセロリータ」ボソッ

一方通行「…チッ」プイッ

佐天「アクセロッ……ププッ…」ククッ

一方通行「ちょっ、おまっ……」///

打ち止め「……アクセロリータ」ボソッ

一方通行「…チッ」プイ

佐天「アクセロっ……ププッ」ククッ

一方通行「ちょッ…おまッ……」///ガタッ

久々に続きを更新


初めて実戦訓練をした翌朝。
その日は、いつもと違う始まり方をした。


佐天「あれ?」


目を覚ますと、時刻は午前7時。
勝手に目が覚めたのだが、何か違和感がある。
何かおかしい。


佐天「ねえ、コーちゃん」

完全反射「んー……」


夢うつつな状態のコーちゃんを起床させる。
妙にだらしない格好をしているのが、鏡を見ているようでちょっと恥ずかしい。
いや、そんなことより……


完全反射「……お姉ちゃん、もう朝ぁ?」

佐天「何かおかしいと思わない?」

完全反射「うー、そうだねぇー……」


間延びした語尾が、コーちゃんの眠さを示しているような気がする。
改めて、2人で時計に目を向ける。
午前7時。
確かに、午前7時に間違いない。
では、この違和感の正体はなんなのだろうか?


完全反射「あれ? 目覚ましは?」

佐天「あ! それだ!」


今日は、黄泉川先生の目覚まし(?)を聞いていない。
これがないと違和感があるというのにも驚きだ。



佐天「おはようございます」


身支度を整えリビングに向かうと、一方通行さんがソファーでコーヒーを飲んでいた。
部屋を見渡すが、黄泉川先生や打ち止めちゃんの姿は見当たらない。
今日は自分で起きたのかな?


完全反射「おはよー。今日は目覚ましなかったみたいだけど?」

一方「あァ。黄泉川のやつは今朝早く出て行ったからな」

佐天「え?」

一方「第14学区で大捕り物だとよ。今日一日かかるかも知れねェとか言ってたな」

完全反射「大変だねぇ、警備員ってやつも」


まったく同感。
ケガとかしないといいんだけど。
まあ、私もケガする確率はかなり高いんですけどね。


佐天「それで今日は何するんですか?」

一方「今日は、オマエらは家から出るな」

佐天「はい?」


おやおや?
休みってことじゃなくて、『外に出るな』ってどういうこと?
あと、一方通行さんの雰囲気がいつもとちょっと違う気がする。


完全反射「『ら』ってことは私も?」

一方「そォだ」


それに、コーちゃんまで閉じ込められる理由が良く分からない。



佐天「ってことは、今日は室内で能力開発ですか?」


素直に疑問に思ったことを一方通行さんに問いかける。
私が狙われているかもしれない状況で、外に出かけるという行為が危険なのは分かっている。
だから、コーちゃんは私のお目付け役として外に出るなと言っているものだと思っていた。
けど、どうやらそういう訳でもないらしい。


一方「今日は休みだ。ここのところ休む暇もなかっただろ」

完全反射「は? 休み?」


おかしい。
今日の一方通行さんは明らかにおかしい。
昨日までのスパルタ教育がウソのようだ。
それにちょっと前に時間がないとか言っていたはずだ。


佐天「え? それじゃ外に出ちゃいけないっていうのは……」

一方「俺が少し出かけてくるからだ」

佐天「ど、どこにですか?」


私だってバカじゃない。
私は、一方通行さんの傍が安全だということを知っている。
離れない限り、一方通行さんは私たちを守ってくれるだろう。
だが、以前にも例外はある。
それは、コーちゃんを探しに行ったときだ。
あの時はコーちゃんの真意が分からずに、敵という認識で外を探索していた。
あれは、外が危険だから家の中で待機していろという意味だったのだ。
しかし、危機感の薄かった私はフラフラと外に出て、その結果はご存知の通り。
つまり、これは危険なところに行くからついてくるなという意味に違いない。
今の状況で、危険な場所に行く理由と言ったら、私をさらったことと関係しているのは間違いない。
それを分かって、黙って見ていることができるのか?
一方通行さんだって、病み上がりの体なのに?


佐天「どこに行くつもりなんですか!?」


だから、もう一度問わずにはいられなかった。



一方「オマエには関係ねェだろ」

佐天「関係なくなんかありません!」

完全反射「お、お姉ちゃん」


隠しているつもりなのかもしれないが、もう理解してしまった。
一方通行さんが、私たちに知られないように、全て解決してしまおうとしていることを。
けど、そんな寄りかかってばかりでは、また一方通行さんに迷惑をかけてしまう。
これまでにも、返し切れないほどの恩があるというのに。


一方「じゃあ聞くが、俺がどこに行くつもりか知ったところで、オマエはどォするつもりなンだ?」

佐天「そ、それは……」

一方「今のオマエの実力じゃ、死ぬのがオチだぞ?」

佐天「ぐ……」


空気が変わる。
自分の問題なのだから、自分でなんとかしたいという気持ちはある。
しかし、それに見合うだけの実力を持っているかと聞かれれば、答えは否だ。
初めて実戦を経験したのが昨日なのだ。
いくら銃を相手に運が良く勝ったからといって、また同じように生き残れるとは限らない。
むしろ、死んでしまう可能性の方が断然大きい。


佐天「ううぅ……」


そう考えてしまうと膝が震える。
怖い。
拳銃を持った人が何人もいるかもしれない。
それに、学園都市の最新鋭武器や、高位能力者もいるかもしれない。
一方通行さんが何をするつもりなのかは知らないが、どう考えても中学生にできるようなことだとは思えない。


一方「今の段階でビビってる様じゃ無理だ」


答えを言い出せないでいるうちに、一方通行さんが踵を返しリビングを出て行こうとしてしまう。
そうだよね。
やっぱり、いくら能力を手に入れたからって私なんかじゃ無理なんだ……。


けれど、一方通行さんがすぐにリビングから出て行くことはなかった。
意味もなく立ち止まったり、私たちの方を振り返ったりした訳ではない。


完全反射「大丈夫だよ」

佐天「え?」


コーちゃんの一言でドアノブにかけた手を止めたのだ。
何が大丈夫といいたいのか私には分からない。
私1人ではどう考えても無理。
だから、コーちゃんも私に何か期待している訳じゃないはずだ。
―――と思っていた。


完全反射「お姉ちゃんと私なら大丈夫」

佐天「は……」


一瞬、呆けてしまう。
期待していないなんてとんでもなかった。
コーちゃんは大きく期待していたのだ。
まだ付き合い始めていくらも経たない私を。
たかだか1~2週間の付き合いしかない私を。


完全反射「1人じゃ無理でも、お姉ちゃんと私ならできる」

佐天「こ、コーちゃん……」


どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか?
その瞳には、一寸の迷いもない。
相手が何人いるかも、どんな武器を持っているかも分からない。
にも関わらず、本当に2人きりでやれると信じている目だった。


佐天「でも……」

完全反射「お姉ちゃんの問題は私の問題でもあるんだからね!」


当たり前のようにそう言い放つ少女は、とても輝いて見えた。



一方「2人ならできる、ねェ……」


それまで黙って聞いていた一方通行さんが振り返る。
その表情からは、どんな感情を心のうちに秘めているのか分からない。
しっかりと今の言葉を吟味しているのかもしれない。


一方「オマエはどォなンだ、佐天」

佐天「わ、私は……」


率直に言うと怖い。
命のかかったやり取りなんてしたこともないし、やろうとも思ったこともない。
けど、今は違う。
いつまでも、一方通行さんに庇ってもらうことなんて不可能。
彼だって、完璧な人間ではないのだ。
だから、自立しなければならない。
自分の身くらい自分で守れるくらいに。
だったら、こんなところで迷っている暇なんてない。
『そのうちいつか』では、きっとそのいつかは永遠に来ない気がするから。
踏み切るのに必要なのは、ほんのわずかな勇気と度胸。


佐天「で、できます」

一方「2人ってことは、俺の手助けは必要ねェンだな?」

佐天「……はい」

一方「いい返事だ」

完全反射「だね♪」


一方通行さんからメモを手渡される。
そこには、住所と研究所の名前が記されていた。


一方「オマエが壊してこい。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を残らず全てな」

佐天「はい!」


力強く答えて、コーちゃんと共に家を後にする。
向かう先は、第23学区の宇宙資源開発研究所。
敵の総本山だ。


佐天と完全反射が黄泉川家を出発した後、リビングには一方通行だけが取り残されていた。
飲みかけていたコーヒーを飲み干し、杖を突いてゆっくり立ち上がる。


一方「演技はこンくれェにして、俺も出かけるか」

番外個体「んんー? あーくん、どっかいくのー?」


出かけようとした矢先、一方通行と入れ違いになる形で番外個体がリビングに入ってきた。
どうやら、つい今しがた起床したようだ。
寝ぼけているのか、抱きついてくる様子はない。


一方「あァ。ちっとそこまでな」


行き先は、第7学区の桐生バイオテクノロジー研究所。
佐天と完全反射が向かった施設とは、異なる研究所だ。
一方通行の勘ではあるが、こちらの方に天井がいる可能性が高いと踏んでいた。


番外個体「あれ? 黄泉川とあの2人は?」

一方「アイツらなら出かけた」


簡潔に事実だけ述べる一方通行。
本当に2人だけに第23学区の研究所を任せるつもりなのかといえば、答えはNOである。
そちらの研究所には、学園都市レベル5の第3位御坂美琴が向かうことになっている。


一方「アイツらには悪ィが、着いた頃には終わってるだろォな」

番外個体「なんか言った?」

一方「なンでもねェよ。オマエは留守番頼むぞ」

番外個体「アイアイさー」


気の抜けたような番外個体の返事を後にして家を出る。
作戦開始時間まであと30分。

駆け足気味にいよいよ始まりました第七章。

佐天とコーちゃんはどうなるのか!? 一方通行の相手は!? 御坂美琴や窒素姉妹の動向にも目が離せません……よね?

最後のバトルシーンなので大盛り上がりできるように頑張って書いてきます。

>>548
佐天さんだけ僕に譲ってください第一様

>>549
一方「おォ、なら俺を倒してみろ。そしたら考えてやるよ」カチッ

無茶しやがって(AA略

後天さんゲットォォォォ!

>>557天さんwwwww

>>558
ゴテンさんか

あれ?何でDB混じってんの?

続きを更新


研究所強襲作戦開始時刻5分前。
第23学区宇宙資源開発研究所の前には1人の少女がいた。


御坂「そろそろか。アイツは―――ってアイツに心配はいらないか」


第3位の超能力者、御坂美琴。
彼女は現在、PDAに高速で表示されている文字を目で追っているところだった。
実際に研究所に踏み込む時間はまだだが、事前準備として様々なセキュリティを破壊しているところなのだ。
あと1、2分もあれば、堅牢だったはずのそのセキュリティもまったく意味を成さないものと化す。


御坂(問題ないとは思うけど念のため……。前みたいに暗部の連中がいる確率は低いと思うけど)


不安材料を1つ1つ潰していく。
今回の作戦の目標の1つは、天井亜雄と呼ばれる研究員の確保。
どうやらその人物は絶対能力進化計画にも関わっていたらしく、相当デキる人物ということらしい。
ただし、その専門は研究分野のみで戦闘能力は皆無とのこと。
それに、『樹形図の設計者』の残骸がここにあるということを考えると、施設内部には駆動鎧(パワードスーツ)を始めとする学園都市の最新鋭兵器が待ち構えている可能性が高い。


御坂(ま、そんなのいくらいても私の敵じゃない。問題は目標がこっちにいるかどうか……)


施設内の監視カメラなどを操作し、事前に目標がいるかどうかを調べていく。
予想通り、駆動鎧や警備員とは少し異なる装備を持った大人が施設内を警備しているのが分かる。
が、どうしても死角となる部分が多く、その全てを把握することは困難だった。
目標である天井亜雄を捉えることはできない。


御坂(やっぱり直接乗り込むしかないか……)


施設ごと破壊するという手段もあるにはあるが、それでは天井を殺してしまいかねない。
PDAを操る手を止めないまま、思考をフル回転させる。
どのような順序で研究所を制圧していくか。
対象の居そうな位置はどこか。
もうそれほど時間は残っていない。
―――作戦開始まであと2分。


ちょうど同時刻。
第7学区桐生バイオテクノロジー研究所の警備をしていた狭山士人は、1人の人物がこちらに向かって歩いてくることに気づいた。
朝早くから部外者が訪ねてくることは珍しくなかったが、その人物は今までの訪問者と比べて、明らかに異なった雰囲気を纏っている。
本能が関わるなと告げているが、警備をしている以上ここを素通りさせる訳にもいかない。


狭山「君、ここは立ち入り禁止だ」


頭をふって弱気を振り払い、威嚇程度に肩にかけていたマシンガンのような銃を掛けなおす。
大抵の人間は、このときに発せられる鉄と鉄のすれるような音に身を固まらせ引き返していく。
だが、その人物は立ち止まるどころか歩みを止めようとしない。
……聞こえていなかったのかもしれない。


狭山「ここは立ち入り禁止だ! 引き返したまえ!」

「―――てやる」

狭山「は?」


狭山の2度目の警告にも立ち止まらない。
その少年は髪は白く、線は細い。
その上、丸腰で杖を突いているような人間である。
どう考えても、銃を持った自分に太刀打ちできる要素など何もないはずだ。
にも関わらず、そんな少年は理解できない言葉を発した。


「もう一度言うぞ」


徐々に距離はなくなっていくが、少年はまだ歩みを止めない。
それどころか、ますます1歩1歩が力強いものになってきている。
背中に冷たいものを感じた狭山は肩に掛かった銃に手を伸ばす。
それと同時に、その白い少年は首に手を掛けこう言った。


一方「端っこで震えてりゃ命だけは助けてやる」


それが狭山の覚えている最後の光景だった。


午前8時。
2つの研究所に同時にレベル5が突入したということなど知らない私とコーちゃんは、23学区に向かって走っていた。


佐天「はぁっ……、はぁっ……」

完全反射「ぜぃ……、ぜぃ……。ちょ、ちょっと休憩……」

佐天「ん……、オッケー。ふぅっ……」


現在地は23学区に入ったというところ。
目的地もかなり近づいてきている。
このまま歩いても、あと5,6分くらいだろう。


完全反射「な、なんで走って行く訳? じ、時間制限とかなかったよね?」


かなり疲れた様子でそんなことを尋ねてくる。
体力的には私の方が優れているようだ。
能力は負けてるケド。
それはそうと、家を出てから私たちは研究所に向かってダッシュで向かっていた。
何が何でも今日中に済ませろと一方通行さんに言われた訳ではない。
何故こんな疲れることをしているのか不思議に思うのは、確かにごもっともな疑問だろう。


佐天「良く聞いてくれました!」

完全反射「ってことは、何か理由があるんだ」

佐天「ふっふっふー」


意味ありげな笑い方をして、徐々に息の整ってきたコーちゃんに相対する。
もちろん、何の理由もなしに走っている訳じゃない。


佐天「この時間帯が一番安全なのさっ!」

完全反射「は?」


意味が分からないという目で見られてしまった。
仕方ない。
説明してあげようじゃないか。



佐天「いいかね、完全反射クン」

完全反射「お姉ちゃん、調子乗りすぎ」


歩きながら悪乗りしたら怒られた。
ノリ悪いなぁ。
私なら乗っかるとこなのに。
って、似てても同じ人間じゃないんだから当たり前か。
ここは普通に説明することにしよう。


佐天「コホン。研究所っていうくらいだし、中の人はきっと徹夜してるよね」

完全反射「は?」

佐天「つまり、朝方はみんな眠くて夜より安全!」


どうだ、この推理。
完全すぎて一部の隙もないでしょ!
褒めてもいいんだよ?
ってなんでコーちゃんはそんな冷たい目で私を見てるんだろう。
きっと理解できていないに違いない。
やれやれだ。


完全反射「はぁ……」

佐天「た、ため息!?」


理解してないんじゃなくて、なんだかすごくバカにされてるっぽい。
私の理論のどこにそんな要素があるだろうか? いや、ない。


完全反射「……お姉ちゃんって、実はバカ?」


ぐふぅ……。
その言葉が一番キツイ。


完全反射「あ、コレってアレ? 緊張してるだろうからってリラックスするためのジョーク?」

佐天「え? 本気だけど?」

完全反射「うわぁ……」


なんか引かれた。
未だにどこに問題があるのか分からない。


完全反射「えーと……。どこから突っ込んだものか……」

佐天「そんなにいっぱいあるの!?」


長々と語ったわけでもないのに!?
今の短い作戦内容にいくつツッコミを入れるつもりだ。


完全反射「まず、学園都市の研究者は健康管理のプロフェッショナルっていう点」

佐天「睡眠はちゃんと取ってるってこと? その割には木山先生はクマができてたような……」

完全反射「次に、そもそも研究者が施設の防衛にあたってる訳ではないという点」

佐天「む……」


確かに、研究者とは別に施設の警備さんがいるに違いない。
重要なものを守っているのだから、それこそ24時間態勢で厳重警備なのだろう。
そう考えると、自分の作戦がダメな気がしてきた。
というか実際そうだろう。


佐天「……アレ?」

完全反射「何か反論でもあるの、お姉ちゃん?」

佐天「いや、あそこだよね? 私たちが行くのって。なんか煙上がってるけど」



佐天「な、何これ……」


研究所に着いたときに、私たちの目の前に広がっていたのは、戦場のような光景だった。
死んでいる人こそいないようだったが、テレビでしか見たことのないような大きな銃を持った人が倒れている。
それも10人どころの数ではない。
パッと見ただけでも40人はいるだろう。


佐天「い、一体誰が……」

完全反射「そういうことか……」

佐天「え?」

完全反射「第一位がやけにあっさり私たちを行かせると思ったら、超電磁砲が関係してた訳ね」

佐天「み、御坂さんが?」


よく見てみると、研究所の施設内では未だに放電現象が続いている。
いや、よく見なくても分かるくらいにすごい状態だった。
銃撃音が鳴り響くたびに、青白い閃光が輝いているのがこの場所からでも見える。
打ち止めちゃんや番外個体さんの能力を見たこともあるが、やはり御坂さんの能力は別格だ。
能力を覚えた今だからこそ、そのすごさが身に沁みて理解できる。


完全反射「見惚れてるのはいいけどどうするの? ここで待つ?」

佐天「あ……」


戦闘はまだ続いている。
入り口でコレでは、施設内はもっと人数が多いかもしれない。
それも、自分の想像していた以上の訓練された人間が、である。
ここで待って、御坂さんに全て任せることもできる。


佐天「……行こう」

完全反射「ま、そうなるよねぇ」


両手に能力を発動させると、警戒しながら施設内部に侵入していく。


第23学区、宇宙資源開発研究所最深部。
そこそこ広いその部屋には、今回の騒動の発端でもある『樹形図の設計者』の残骸が眠っている。
その数、約2000個。
ただし、実用的なレベルで使えるものとなると20個もないだろう。
侵入者が来たということで、普段はひっそりとしている保管室も、今日は大勢の人間が動いていた。
侵入者との距離はまだまだ十分にある。
すごい力を奮ってはいるが、この最深部に到達するまでには後10分はかかるだろう。
その間に、実用レベルの20個の残骸を保守するために、どこからか外に運び出さねばならない。
しかし、侵入を防ぐために最深部と外を繋ぐルートを1本にしたことが完全に裏目に出ていた。
今からでは、どう足掻いてもその侵入者に遭遇することは避けられない。
ここにも数人の護衛はいるが、その程度でなんとかなる人間だったのならば、入り口の時点で殺されているはずだ。
だが、そんな護衛の中にも、明らかに周囲から浮いている2人組みがいた。
銃火器で武装した大人の中に子供が2人。
それも、武器となりそうなものは何1つ持っていない。


黒夜「一方通行だといいんだけどねぇ」

絹旗「それは超悪いんじゃないでしょうか?」


『一方通行』という名前が出ただけで、周囲の空気が変わる。
「残骸をどうやって外に運ぶか」から、「どうやって見逃してもらうか」という具合に。
しかし、2人はそんなことを気にしてなどいない。


黒夜「問題はどこで戦うか、だが……」

絹旗「あまり効果があるとは思えませんが、狭い廊下の方が超いいんじゃないですか?」

黒夜「ま、広いところよりはマシか」

研究者「き、君たち!」


1人の研究員が、保管室を出て行こうとする黒夜と絹旗を呼び止める。
顔色はかなり悪い。
不安に押しつぶされ、藁にもすがりたい気持ちなのだろう。
黒夜海鳥はそんな男を一瞥し、


黒夜「大の大人がそう心配するなよ。ちょっと外に行って侵入者を排除するだけだろォが」


凄惨な笑みを浮かべてそう言った。

佐天さんがここのところ色々と鋭すぎたのでちょっと戻してみた。

七章はちょっと長くなりそうです。全部で10回くらいかな?

次はできるだけ早く仕上げてきます。

続きを更新



御坂「あー、もうしつこい!」


御坂美琴が研究所に突入してから10分。
未だに彼女は、残骸の保管されている最深部に到達できないでいた。
というのも、どこからでてきたのか分からないほどの警備兵がでてきているからだ。
その全員が銃火器を装備してはいるものの、駆動鎧が見当たらないところを見ると制圧はそう難しくない。
しかし、数が多い。
施設内部の見取り図を確認した際に、最深部の部屋に行くのには一本道になっていることを確認したため、時間に迫られている訳ではない。
だからといって、ゆっくり時間をかけていいというほど相手も甘くない。
あまりのんびりしすぎていると応援がかけつけてくる可能性もあるからだ。
確かに一般的な兵力がいくら集まろうとレベル5である御坂には関係ないのだが、能力者となるとまた違ってくる。
特に、前回の原子崩し(メルトダウナー)ようなレベル5がまたやって来ないとも限らない。
リスクは抱えない方がいいのは小学生にも分かること。
ならば、できるだけ迅速に片をつけてしまおう。
そんなことを考えながら、1人、また1人と雷撃の槍を浴びせていく。
死にはしないものの、今日1日は起き上がれないだろうレベルの威力を、だ。


御坂(ターゲットがコイツらに紛れてる可能性もあるから、あとで確認しなきゃならないのよねー。面倒くさいけど)


奥から飛んでくる銃弾を磁力で作った盾でやり過ごすと、返す刀で雷撃を打ち込んでいく。
最深部まで到達して、樹形図の設計者を破壊、その後にターゲットが紛れていないか確認することを考えると、20分はかかるかもしれない。
いくらセキュリティーを破壊してあるとはいえ、それだけの時間があれば、応援が間違いなくかけつけて来る。
どうやってこの状況を打開するべきか。
手を止めずに様々な策を考えるが、どれもこれも穴がある。
いっその事、最大出力で一気に決めるべきかと御坂が考えたていたその時。
電磁波の微妙な変化で、背後に何か動くものを感じ取った。


御坂(う、後ろ!? まだいたのかっ!!)


電撃を飛ばそうと振り返ると、そこには見知った顔があった。
それも2つも。


御坂「な、佐天さん!?」

佐天「ど、どうもー」

完全反射「あと妹でーす」


なぜ守るべき対象の彼女がここにいるのだろう、と疑問に思わざるを得なかった。


午前8時10分。
第7学区の桐生バイオテクノロジー研究所は、既に静寂に包まれていた。


一方「呆気ねェな……。もォちっとは歯ごたえがあンのかと思ったンだけどよ」


一方的な戦いだった。
いや、戦いとすらいえないのかもしれない。
それほどに一方通行の力は圧倒的だった。
床には何十という人間が覆いかぶさって倒れている。
しかし、それで油断するほど彼は優しくない。
毛ほどの隙も見せず、次にすべきことを検討する。


一方「……虱潰しに部屋を探していくか」


倒した連中の中には天井らしき人物は見当たらなかった。
こちらにいるとも限らないが、いたにも関わらず見逃してしまうという事態だけは避けたい。
でなければ、御坂美琴と組んで2箇所を同時に攻めた意味がない。
適当に近くにあったドアを押して室内に入り込む。
部屋の中は薄暗く、ビーカーを何倍にも大きくしたような機材がいくつもあった。
人間すら入りそうな培養器である。


一方(バイオテクノロジーねェ……。確かにクローンもその分野だろォけどよォ)


一方通行は、複雑な表情で部屋の中を見渡す。
機材の内側を確認してみるが、使われた形跡はない。
もしかしたら、これから使われる予定だったのかもしれない。
どんな悪趣味な用途に使われるのかは分かったものではないが。


一方「くだらねェ。天井の野郎を探すついでにぶっ壊してやるか」


チョーカーのスイッチが入った状態で機材に触れると、それは轟音と共に粉々になった。
その音を聞きつけたのか、先ほどの生き残りが部屋に突入してくるが、1分もしないうちに部屋の中は元の静寂に包まれた。
この部屋に天井亜雄はいない。
次は隣の部屋だ。



天井「くそっ!! なぜ繋がらない!!」


レベル5の2人から標的にされた当人である天井亜雄は焦っていた。
彼が現在いるのは、第7学区桐生バイオテクノロジー研究所。
つまり、一方通行によって制圧されようとしている施設の内部にいた。
もちろん、こうなることも予想しており、一方通行への様々な対抗手段も用意していた。
だが、それらもほぼ意味がなかった。
効果がなかったというレベルですらない。
まったく意味がなかったのである。


天井「くそっ、くそっ! 聞こえていないのか! シルバークロース!!」


彼に最後に残った一縷の望みは、ボディーガードとして雇っていたシルバークロースという駆動鎧を操る男だった。
彼には、一方通行に対抗するための特殊な駆動鎧を提供した。
それにも関わらず、その男とは連絡が取れない。
もしや、既にやられてしまったのだろうか?
そんな不安が天井の頭の中を駆け巡る。


天井「……なぜ、なぜあの男は私の邪魔ばかりするのだ!」


思えば、天井の人生が転落を始めたのは、一方通行に出会ってからだ。
妹達を利用した絶対進化計画が破綻し、山のようにあった借金を返す当てのなくなった男に待っていたのは悲惨な末路だった。
それも、一方通行が名も知らぬレベル0などに負けたせいだ。
学園都市最強の名が聞いて呆れる。
それだけではない。
学園都市外部に脱出しようと試みた際には、一方通行が直々に天井のところへ来た。
そして、その計画も見事破綻させられ、危うく死ぬというレベルまで追い込まれてしまった。
だが、生き残った。
こうして再びあの悪魔に生命の危機に追いやられていることを考えると、それが幸か不幸かは判断しにくい。


天井「もう少し時間を稼がなければ―――」

「時間がどォしたってェ? よォ、天井くゥン?」


さらなる絶望を与えようと、天井の背後から悪魔の囁きが聞こえてきた。



天井「あ、ひっ……」

一方「見っともねェなァ、天井くンよォ」


驚きのあまり地面に倒れこんだ天井を見下ろすように一方通行が告げる。
天井は言葉を紡ごうとするが、それが言語として自身の口から発声されない。
いや、そんな些細なことはどうでもいい。
どうやってこの場を生き残るか。
天井の頭の中は、そのことに対する解を求めることに全力を尽くしていた。


一方「久しぶりだなァ。生きてるとは思わなかったぜェ?」

天井「な、なななん」

一方「芳川の話じゃ胸を打ち抜いたって話だったからなァ」


当然、周囲からは何の物音もしない。
誰も助けになど来ないし、来るはずもない。
そんな極限の状態でまともに思考が働くはずもなく、一方通行の話は天井の頭の中で空回りするだけだった。
耳に入る言葉が意味をなさない。
というよりは、意味を理解できない。
まるで違う言語を使われているような感覚に陥ってしまう。


一方「それでオマエは今度は何を企んでるンだ?」

天井「ひぃ……、ぐっ……」

一方「話にならねェな」


まともな思考が天井に残されていないと知った一方通行は、右の人差し指を突き出した。
そして、そのまま天井の額に軽く触れる。
天井は知っている。
その指は、拳銃を遥かに凌ぐ兵器であることを。
恐怖で体の震えが止まらない。
そんな状態の天井に、一方通行は1つだけ、この男しか知りえないことを尋ねた。


一方「完全反射のオリジナルの人格データはどこだ」



天井「は?」


天井は今の一方通行の言葉を理解できた。
完全反射のオリジナルの人格データの場所を尋ねられたのだ。
いや、その言葉を理解できたからこそ、意味が分からなかった。


天井「完全反射……?」

一方「そォだ。佐天涙子のクローン体のことだ」


あの一方通行が、どうして完全反射の人格データなど欲しがる?
確かに完全反射にはいくつかウィルスを打ち込んだ。
1つは、天井と繋がる証拠を一切出さないこと。
これは可能な限り徹底させた。
こうして一方通行が目の前に現れた今となってしまってはもう遅いが、こういったことを防ぐために取った防護策である。
そして2つ目は、周囲に対する無差別な攻撃……だっただろうか?
その部分は、打ち止めの際に使用したウィルスをそのままし使用したため、詳しい内容は思い出せない。
どうせその頃までは生きていまいと、遊びで付け加えたウィルスである。
打ち止めの際には達成できなかったことを、完全反射で試したかったのかもしれない。


天井「生きて……いるのか?」

一方「そォいうことだ」


目の前にいる男が誰だか分からなくなってきた。
楯突く敵は全て殺す。
一方通行はそんな悪魔だったはずだ。
しかし、目の前の男はどうだ?
自分のことを殺しにかかった『敵』を生かすどころか、救おうとすらしている。
それが理解できない。
今の一方通行と、天井の頭の中にいる一方通行の姿が噛みあわない。


天井「ひ、は、ははは……」

一方「何がおかしい」


だが、そのお陰でかすかな光明は見えた。
後は僅かな隙さえできれば……。



天井「は……、貴様が人助けだと?」

一方「何が言いたい?」

天井「てっきり私は、打ち止めを助けようとしたことで懲りたものだと思っていたが」

一方「急にしゃべるよォになったじゃねェか」


今の天井にできることは時間を稼ぐこと。
どうにかして一方通行から隙を見つけなければ、待っているのは無残な最後だ。
何か起こる可能性に賭けて、会話で時間を繋ぐことは、天井に残された最後の足掻きだった。
まともに戦闘をして一方通行に勝てるはずがない。
だが、天はまだ完全に天井を見捨てた訳ではなかった。
天井の正面、つまり、一方通行の背中側に1つの希望を見つけたのだ。


天井「は、ははは……」

一方「追い詰めすぎたかァ? 壊れちまったンじゃ使いものにならねェぞ」

天井「やれ! シルバークロース!!」

一方「……?」


一方通行が振り返ると、そこには一機の駆動鎧がドア越しにいるのが分かった。
クモのように8本足で自立し、丸みを帯びた胴体が一方通行の方を向いていた。
胴体を支えている足とは別に4本の腕が胴体部分から伸び、その先端にはライフルのような銃が取り付けられている。
見たことのないタイプの駆動鎧だ。


一方「ンだァ、天井くンよォ? こンなオモチャで俺を止められるとか思ってンのか?」

シルバークロース「私では無理だろうな。だが、依頼主を放っておく訳にもいかないのでね」

一方「随分と仕事熱心なもンだ。5秒でスクラップにしてやるからゆっくり休め」


一方通行はそう言い放つと、完全に天井に背を向け、その駆動鎧に向かい合う。
すると、先ほどまでは暗くて良く見えなかったが、胴体部分には機体名なのか文字が彫ってあった。
―――『anti-accelerator』と。



御坂「それで2人はどうしてここにいるのかしら?」

佐天「えーっとですね……」


御坂さんと合流できたと思ったら、さっそく質面攻めにされた。
廊下の先から飛んでくる銃弾も激しく、そこそこの大声でないと御坂さんまで声が届かない。
御坂さんが様々な金属を磁力で盾にしているので、それに銃弾が当たってスゴイ音を出しているのだ。
そんな訳で、おそらく向こう側からは、私とコーちゃんの姿を見つけられてはいないはず。


完全反射「私たちの問題なんだし、黙ってみてる訳にもいかないでしょ」

佐天「……そんな感じです」

御坂「はぁ……」


ため息をつかれてしまったが、今更帰るわけにも行かない。
それでは何のためにここまで来たのか分からなくなってしまう。
……けど、こんな状況ではっきりいってできることなんてあるのだろうか?


御坂「けど、ちょうどいいかもね」

佐天「え?」

御坂「状況を変えるためにちょっと手伝って欲しいんだけどやってくれる?」

佐天「も、もちろんです!」


私には、私のできることが思いつかないけれど、御坂さんクラスになると何か策が浮かぶのだろう。
一体どんな作戦を立てるつもりなのか?
ちょっとだけ不安も浮かんでくる。


御坂「佐天さんたちにやって欲しいことは1つ」

完全反射「何?」

御坂「前の連中は私が引き受けるから、奥に行って『樹形図の設計者』の残骸を壊してきて欲しいの」



佐天「わ、私たちがですか?」

御坂「そ、作戦としては簡単。まず、私がちょっとずつ後退していくの」

完全反射「んー……。そしたら、連中は追ってくるんじゃない?」

佐天「そうかなー?」


守ってるものがある以上、その場で防衛ラインを固めるって選択肢もあると思う。
にも関わらず、向こうが攻めに回る理由があるのだろうか?


完全反射「そりゃちょっとは人が残ると思うけど、急に優勢に攻めてる方が後退しだしたら何かあるって思わない?」

佐天「んー……」

完全反射「たとえば、外から増援が来て挟まれそうになってる、とか」

佐天「あ、なるほど」


御坂さんなら、それでも両方を相手できるかもしれないけど、あちら側とすれば、そこまでの実力者だとは思っていないだろう。
となれば、前に出て侵入者を排除しようと動く可能性は高い。


御坂「そしたら、佐天さんたちが空き部屋に隠れて連中をやり過ごす」

完全反射「それって、あなたが危険じゃない?」

御坂「んなもん危険のうちに入らないわよ」

佐天「そんなにうまくいくかなぁ……」

御坂「そっちの子に派手に突っ込んでもらってもいいけど、あなたの反射は完璧じゃないんでしょ?」

完全反射「そうなんだよねぇ……。名前負けしてるんだよなぁ……」


実はちょっと気にしるのかもしれない。
完璧じゃないって言ったって、こんな銃撃戦の真っ只中に突っ込めるっていうんだからスゴイよ。
私だったら、間違いなく出た瞬間蜂の巣だ。



御坂「質問は?」

完全反射「なんでそんな重要なことを私たちに任せるのか聞いておこうか?」

御坂「理由は時間の節約。本当に増援なんて来たら、あなたたちも私も危ないからね」


すらすらと御坂さんが即答する。
ここまで来てしまった以上、引き返すにしても、それ相応のリスクが生じる。
倒れている人の中に、目を覚ました人がいないとも限らないからだ。
だが、私たちを守ったまま引き返せば、それこそ時間のロス。
それに、私たちを保護したまま進むという選択肢はありえない。
ならば、ある程度のリスクは承知で、お互いに有効な行動を取るべきだろう。
というのが、御坂さんの作戦だった。


御坂「何回も言うけど、この建物の中にいる限り危険ってことは変わらない」

佐天「はい」

御坂「その上で、私の作戦に協力して欲しいんだけど……。……返事は聞かせてもらえる?」

完全反射「そんなの決まってるよね、お姉ちゃん?」

佐天「……やります、やらせてください!」


その程度の危険は承知の上だ。
何しろ、元々は私とコーちゃんの2人だけでここに突入するつもりだった訳だし。
身のすくむような兆弾の音に負けないように、しっかりと意識を保つ。


御坂「……分かった。くれぐれも無理だけはしないでね?」

佐天「御坂さんこそ」

完全反射「よし! それじゃ行こう、お姉ちゃん」

佐天「うん!」


威勢の良い返事と共に、向こう側に見つからないよう空き部屋へと体を滑り込ませる。
それと共に、御坂さんが後退を始めた。



佐天「行った……かな?」

完全反射「もうだいぶ音が遠くなったね」


結果から言うと、出来すぎなほどにあっさり成功した。
空き部屋に入り、内側からカギをかけただけで、防衛にあたっている人たちは御坂さんを追っていった。
他に仲間がいるという選択肢を考えていないのかもしれない。
しかし、成功したというのは、あくまでまだ第一段階。
施設内の警備兵は、ほぼ御坂さんのところへ行ったと思うが、それでも何人かはまだ奥に残っているだろう。
本当に危険なのはこれからなのだ。


佐天「それじゃ、行こっか」

完全反射「ここから先なんだけど、お姉ちゃんは私の後を付いてきてね」

佐天「え?」

完全反射「ほら、私なら大抵の攻撃は反射できるし。お姉ちゃんは近づかないと戦えないし」

佐天「そりゃそうだけど……」


ここまで来たというのに、結局お荷物なのかな?
いつもいつも守られてばかりのような気がする。
私だって、守りたいという思いは強いのに……。


完全反射「大丈夫、大丈夫」

佐天「え?」

完全反射「『樹形図の設計者』を壊すのには、お姉ちゃんの能力が必要になるだろうしね? そこまで無事に届けるのが私の仕事」

佐天「……ありがと」


聞こえるか聞こえないかの小さな声で感謝すると、気合を入れて立ち上がる。
ここから先は、一瞬の油断が命取りになる戦場。


完全反射「それじゃ行くよ、お姉ちゃン」


ここから私たちの戦いが始まる。

今回はここら辺で。いよいよ小物臭溢れる天井くんが出てきました。作中に出てきた駆動鎧は、アンチファイブというシリーズの駆動鎧だったりします。

レベル5を捕獲するためにはどんな仕様にするべきかということを追求したマシンです。オーバーファイブとは、ある意味で逆の発想ですね。

次回は、一方vsシルクロ、佐天・コーvs絹旗・黒夜を同時にお送りします。……多分。

続きを更新



御坂「本当に数が多いっ!」


佐天と完全反射が奥に進んでいるとき、御坂美琴はその施設の警備の殆どを引き付けることに成功していた。
急に逃げに反転するのではなく、ジリジリと後退することによって、押されているという演出をしていたからだ。
御坂が突入してから約15分が経過した。
時間的にまだ増援が来るとは思えないが、あまりゆっくりしていることもできない。


御坂(佐天さんたちが壊しに行ってる間に、コイツら片付けて『天井亜雄』ってのがいないか確認しなくちゃならないのよね)


鳴り止まない兆弾の音の雨を浴びせられながら、冷静にそんなことを考える。
ターゲットのことは、書庫(バンク)にあった画像でしか見たことはない。
すばやく判断できるとも限らない為、一刻も早く目の前の敵を眠らせてしまわねばならない。
こうしている今も、刻々と時間は過ぎてゆく。


御坂「く、くっそー。強いやつはいないみたいだけど、一体何人いるのよ!」


既に倒したであろう人数は100人前後になるかもしれない。
それにも関わらず、見える範囲には20人はいる。
どうしてここまで人数が多いのか。
それには理由があった。
追われている人間が取る行動は主に2つ。
それは、追っ手の人間よりも強い人に保護してもらうか、追っ手を撹乱するか。
「天井亜雄」を知らない御坂にとっては、そのどちらを選択する人間か分かるはずもない。
しかし、既にヒントはあった。


御坂(ま、こっちには十中八九いないでしょうねー……)


追っている人間が、御坂だけでなく一方通行も存在するという点だ。
あの怪物に対抗しうるジョーカーが存在しない限り、ここまで目立つ護衛はつけない。
いや、そんなジョーカーがあっても、あの男に見つかりたくはないだろう。
そう考えると、こちらの施設にターゲットがいる可能性は低い。
それより心配なのは―――


御坂「佐天さんたちにちょっと無理いいすぎたかしら? 無事だといいんだけど……」



完全反射「どう、お姉ちゃン」

佐天「うん。誰もいないみたい……」


御坂さんと別れてもう数分経った。
あれから私たちは、廊下に誰もいないことを確認すると、施設の奥へ奥へと向かっていた。
御坂さんの話では、一本道だという話を聞いていたが、その割には曲がり角が多く、もう方向感覚を失ってしまっていた。


佐天「ええと、こっちが北……?」

完全反射「どうせ一本道なンだし、方角なんて気にしないでいいでしょ」

佐天「それもそうか……」


一本道といっても、途中には多くの部屋があった。
その部屋には、何に使うのか検討もできないような装置が並べられており、人の気配は感じなかった。
最初のうちは、警戒して1つ1つの部屋を調べていっていたが、5つを過ぎたあたりからは、部屋の中を確認することもなくなっていた。
もしかしたら、警備の人たちも同じ理由で私たちを見落としたのかもしれない。
というか部屋が多すぎ。


完全反射「一応、それぞれの部屋で違うことやってるっぽいけどね」

佐天「私から見れば全部同じに見えるけど」


小声でコーちゃんと会話しながら、足早に廊下を進む。
応援が駆けつけてくる前にケリを着けなければならない為、もう少し急いだ方がいいかもしれない。
しかし、どうやら私の物語の場合、そこまで順調に物事が進むわけではないらしい。
次の曲がり角に到達したところで、コーちゃんから手で静止の合図が出されたのだ。


完全反射(ストップ。……誰かいるみたい)

佐天(警備の人?)


前を進んでいたコーちゃんに尋ねる。
誰かいるということは、そろそろ目的地が近いのかもしれない。



完全反射(2人か……)


何を話しているかは聞こえないが、会話しているような声が耳に入る。
声の高さ的には女の人だろうか?
ここからでは姿も見えないため、想像するしかない。


佐天(女の人なら一気にいけるんじゃない?)

完全反射(……そォ簡単にはいかないと思うけどね)

佐天(どうして?)

完全反射(正体不明の敵に襲われてるってのに、声に焦った様子が見られない。能力者の可能性もあるかもね)


そのセリフに、わずかに緊張勘が走る。
実践訓練を積んだとはいうものの、未だに能力者を相手したことはない。
そんな不安の芽がわずかに顔を出す。


完全反射(って言っても、どォせ一本道だし行かなくちゃ行けないンだけどね)

佐天(よ、よし)


深呼吸をして、緊張感を和らげる。
ここに来てからというもの少し緊張しすぎて硬くなりすぎていたかもしれない。
覚悟を決めよう。
相手を倒す覚悟を。
そして、迷いを振り切るかのように、力強く一歩前へ踏み出した。


佐天「って、あ」

完全反射(ば、バカ!)


踏み出した拍子に、カツンという足音が静まり返っていた廊下に響いてしまった。
当然、あちら側にも聞こえていたようで、ピタリと会話が止まる。
それと同時に、呼びかける声が聞こえてくる。


黒夜「待ってたぜェ、一方通行」


すみません、人違いです。



完全反射(しょうがない……。いくよ、お姉ちゃン。ここにいても解決しないし)

佐天(う、うん)


こうなってしまった以上、奇襲する作戦は使えない。
となると、正面から突破して、奥に進まなければいけなくなる。
時間がない都合上、隠れてやり過ごす作戦は使えない。
廊下の曲がり角へと足を踏み出す。


黒夜「ハハッ。やっとお出ましってかァ? ……ンンっ?」

絹旗「……超どういうことですか?」

佐天「あ、あれ? 女の子?」


そこにいたのは、2人組みの女の子だった。
年は、私と同じか下くらいだろうか?
あまりにも場違いな存在に、思考が固まってしまう。


完全反射「窒素縛槍(ボンバーランス)の黒夜海鳥に、窒素装甲(オフェンスアーマー)の絹旗最愛か」

絹旗「……そういうあなたたちはどこのどなたですか?」


コーちゃんの知り合い……という雰囲気ではなさそうだ。
素性を知られていたこともあったのだろうか、向こうの2人が身構える。
こちらも既に能力は発動している。
咄嗟に動けるようにしておかなければ。


完全反射「うーン……。この場合、あなたたちの後輩って言った方がいいのかねェ?」

黒夜「後輩だと?」

絹旗「暗闇の五月計画ですか」


なんだか良く分からない会話が始めってる。
ど、どうしよう。



黒夜「絹旗ちゃンよォ。こンなやついたの覚えてるかァ?」

絹旗「いいえ。超覚えてませンねェ」

完全反射「そりゃそォでしょ。あくまで、『便宜上は』ってことなンだから」

黒夜「ってことは、また新しい実験の被験者かなンかか」

絹旗「そォ考えるのが妥当でしょうね」

完全反射「『原点超え(オーバーライン)』って言えば分かるかな?」

黒夜「あァ。クローン実験のやつか」


お互いに身構えたまま会話が進んでいく。
あまり事情が分からない私は、ただ見ていることしかできないが、なんだろうこの感覚。
なんかすごくアウェーな気分にさせられる。


絹旗「じゃァ、そっちの超奥にいるのがオリジナルってことですか」

佐天「―――っ」

黒夜「へェ? オマエが、一方通行と同じ能力者って噂のヤツか」


2人の視線がこちらに集まる。
まだ殺気はないものの、明らかに私よりも場慣れして落ち着いている感じがする。
同年代でここまで違うのもなのか。
急に話の中心に持ってこられてテンパった私は、思わずこう返してしまった。


佐天「……そ」

絹旗「そ?」

佐天「そォだ」

完全反射「…………お姉ちゃン」


……は、恥ずかしい。
つい周りに合わせてしまった……。



シルバークロース「はははっ。どうした? とっくに五秒は過ぎているようだが?」

一方「そのぐれェでハシャグンじゃねェよ、三下」


口ではこう言ってはいるが、一方通行は苦戦していた。
もう2分近くもシルバークロースをしとめられないでいたのだ。
その原因は2つある。


一方(クソッ。まだだ)


1つは、ベクトル操作の調子が悪いこと。
特に、物体を持ち上げ、投げるという動作に多大な誤差が生じていた。
手元にあった机などを投げても一向に当たる気配がない。
シルバークロースはその駆動鎧の八本足を操り、上下左右へと回避運動を取っている。


一方(まともに狙ったところに行きやしねェ)


誤差というより、無理やりに的を外されているような感覚。
これでは、足元のベクトルを操作しての高速移動もおぼつかない。
加速しても、明後日の方向に行ってしまったり、きちんと思い通りに静止できない。
明らかに能力になんらかの影響が出ている。
そして、もう1つの原因。


シルバークロース「どうした? お得意の能力とはその程度だったのかね?」

一方「チッ!!」


4つの砲塔から、一方通行に向かって弾丸が射出される。
普段の一方通行であれば、避ける必要もない。
だが、避けざるを得なかった。
それは既に、反射を貫通して一方通行にダメージを与えていたからだ。
威力は鎮圧用のゴム弾程度だろうか?
しかし、それだけでも一方通行の動きを止めるには十分な威力だ。
おそらく、特殊な弾丸を用いて、木原数多と同じことをゴム弾でやっているに違いない。
研究が間に合わなかったのか、そのように作られたのかはわからないが、即死するほどの威力がないのは不幸中の幸いだった。



一方(どォなってやがる? こンなに苦戦する相手じゃねェぞ)


相手の動きは、通常の駆動鎧より少し早い程度。
その程度の速度ならば、一瞬でケリがついていてもおかしくない。
にも関わらず、ここまで苦戦する原因。
それは、能力が十全に使えていないことに尽きていた。


シルバークロース「不思議だろう?」


そんな一方通行の不安を見抜いたかのように、シルバークロースが問いかけてくる。
そのセリフだけで、駆動鎧に能力に齟齬を発生させる何かがあることは間違いない。


シルバークロース「AIMジャマーなど使ってはいない。アレは大きすぎる上に、衝撃に弱いという欠点がある」

一方「だろォな。アレ特有の不快な感覚じゃねェしな」


その上、能力を使えているという点から、キャパシティダウンとかいう機械でもないだろう。
能力は使える。
ただし、狙いが外れる……というよりは外される感覚。
そこから考えられるのは―――


一方「ミサカネットワークか」

シルバークロース「ほう。さすがに気づくか」


あの駆動鎧には、なんらかの方法でミサカネットワークに介入する装置が搭載されている。
それによって、演算結果に齟齬をきたすことでベクトル操作の精度を著しく低下させているのだろう。
能力が使えるところを見ると、そこまで完璧なシロモノではないらしい。
考えてみれば、天井亜雄はミサカネットワークを構築した張本人だ。
そこに介入されたのも不思議ではない。


一方(しかし、どれもこれも中途半端なもンだな。よっぽどギリギリで完成させたと見える)


だとすれば、そこに勝機がある。


戦闘が始まる少し前、天井亜雄はその部屋から脱出することに成功していた。
シルバークロースの登場によって、一方通行の注意が反れた瞬間に、奥の部屋へと駆け込んだのだ。
これは逆転の一手を打つためだけではなく、2人の戦闘に巻き込まれないようにするという点でも必要なことだった。
後ろ手にドアを閉めると同時に、部屋の中をかき混ぜているようなすごい轟音が響いてくる。


天井「ど、どこだっ……」


休んでいる暇はない。
一方通行に対する切り札として、あの駆動鎧の作成にも携わったが、アレはまだ未完成だ。
ミサカネットワークへの介入。
特殊ゴム弾。
そして、唯一完成したある特殊機能。
一方通行に対する3つの武器を持ってはいるが、それでも時間の問題だと天井は踏んでいた。
勝てる可能性が決して低い訳ではない。
だが、相手はあの一方通行だ。
切り札の1つや2つで止まる相手ではないことを天井は知っている。
その追加の切り札として、あるものを探していた。


天井「ここじゃない……。ど、どこだ……」


次々と、震える指でパソコンを立ち上げては中身を検索していく。
万が一、ウィルスに犯されては厄介だとデータを分散させたのが裏目に出た。
それぞれが独立して存在しているため、リモートで検索をかけることもできない。


天井「こ、この部屋じゃないのか……」


シルバークロースと一方通行が戦闘している部屋を迂回し、廊下に出る。
そして、隣の部屋に入るとすぐにさきほどと同じ事をして回る。
探しものは、随分前に作って以来、触りもしなかったものだ。
どこへ保存しておいたか記憶も定かではない。
だが、見つけた。
それは、その部屋の中央のパソコンの中に眠っていた。


天井「あ、あったぞ……。ひ、は、ははは……」


天井亜雄の探していたもの。
それは、完全反射のウィルス感染前人格データであった。

今回はここまでー。とりあえず、やりたかった佐天さんを一方通行語でしゃべらせるという目的は達成しました。

次回は、佐天・コーvs黒夜・絹旗がいよいよスタートになる予定です。本来は、今回バトルに突入するはずだったんですけどね……。

ちょっとホーリーランドでも読んでテンション上げてくる。

総合33の513~524に短編をUPしました。
良ければみてやってください。

続きを更新



絹旗「あなたも暗闇の五月計画の後輩という訳ですか」


私が赤面していると、茶髪の子……たしか、コーちゃんは絹旗と言っただろうか。
その絹旗さんがそんなことを言ってくる。
暗闇の五月計画って何だろう?
どうやら、私以外はそれの関係者っぽい雰囲気なんだけど、その実態は良く分からない。


黒夜「ふン。同じ能力ってンなら、せめて本番の準備運動くれェにはなってくれよ?」


黒髪の少女、黒夜さんがそう言うと、彼女の右手に透明な槍のようなものが現れた。
長さは3m前後。
恐らく、あれが彼女の能力。


完全反射「あれは窒素で槍を作る能力。破壊力じゃ相当なもンだから気をつけて」

黒夜「ンだァ? 『気を付ける』程度でなンとかなるとか思っちゃってるのかにゃーン?」

絹旗「超律儀に待ってないで、さっさと攻撃したらどうですか?」

黒夜「いやいや、それじゃつまらないじゃンよォ、絹旗ちゃン。暇なンだし、アイツらには楽しませて貰わなくちゃ勿体ねェだろォが」


舐められている。
けど、これはチャンス。
相手が本気になる前に倒してしまえれば、生き残る確率もグンと高くなる。


完全反射「随分余裕だねェ? こっちは反射が使えるンだけど?」

黒夜「だから?」


黒夜さんが、こちらを視界に入れながら軽く素振りをする。
まだこちらとの距離はそこそこあるため届きはしないが、コンクリートの地面に鋭利な傷が生まれる。
ちょ……、そんな威力あるのそれ?


黒夜「こっちは一方通行相手にしよォと思ってンだぞ? 対策打ってない訳ねェだろォが」


え? これって結構ピンチじゃない?



完全反射「対策ねェ? 生半可な策じゃあの人には通用しないよ?」

黒夜「ンなことはオマエらなンぞより100倍詳しく知ってる」

絹旗「私もその対策とやらを聞いてないンですが、本当に超大丈夫ですか? 場合によってはここで降りますけど」


どうやら、黒夜さんと違って、絹旗さんの方はそれほど乗り気ではないっぽい。
まあ、普通に考えたら一方通行さんに勝とうってのが無謀だよね。
でも、その割には黒夜さんは自信満々な顔してる気がする……。


黒夜「機械ってのは便利だよなァ。数値を入力するだけで完全にデジタルで操れるンだから」

完全反射「?」

絹旗「どういうことですか?」


もったいぶった言い方をしないで欲しい。
こっちは1秒でも時間が惜しいんだから。
でも、説明中に攻撃ってのもなんかなぁ……。
だって、わざわざ手の内明かしてくれてるんだし。


黒夜「なァに。こォいうことだ」

佐天「え?」


その瞬間、ゴキンという音が廊下に響き渡る。
黒夜ちゃんの腕が曲がってはいけない方向に曲がったのだ。
それも直角以上の角度で、だ。
あまりにもショッキングな映像に思わず言葉を失ってしまう。


絹旗「そォいうことでしたか……」

完全反射「……まさか、サイボーグとはね」


さ、サイボーグ?
サイボーグって人型の機械のことだよね?



黒夜「私の場合、腕だけだけどなァ」

絹旗「ということは、木原数多の……」

黒夜「ご明察」


良く分からない。
確かにサイボーグというものが存在していることにはかなり驚いた。
けれど、それで一方通行さんが倒せるものなのだろうか?


完全反射「一方通行の反射も完全じゃないンだよ、お姉ちゃン」

佐天「完全じゃない……?」


反射を教わった時に、核でも反射できるということを聞いた覚えがある。
そんなものを破ることができる?
一体、どんな手品を使えばそんなことができるの?


完全反射「理論は簡単。反射なンだから、反射の膜に触れた瞬間に手を引けば、それが反射される。つまり、自分から殴られにいくってこと」


なるほど。
たしかに理論だけなら簡単だ。
しかし、反射を使っている身としては、言葉ほど簡単なものではないことを知っている。
何しろ、反射の膜に触れたら引くという『触れたら』のタイミングはほんの1瞬しかない。
太平洋に放したメダカに石を投げて当てるようなものだ。


完全反射「けど、それを前に実行したヤツがいる」


それが木原数多。
一方通行さんの能力開発を行った研究者の1人だということだった。
それをサイボーグという機械によって再現する、というのが黒夜さんの対策というものだった。
……これって、どうやって私たちが対抗すればいい?
あの長さの槍を、こちらが倒すまで避けきるのは不可能。
間合いが違いすぎる。
では、どうする?



完全反射「でも、その程度であの人がやられるとは思えないけどねェ?」

黒夜「ハッ! ここで死ぬオマエが心配することじゃねェよ」


そういうと、改めて窒素の槍を構えなおす。
その顔には『ためらい』や『躊躇』などという文字は浮かんでいない。
反射なしにあの槍を喰らってしまったら?
想像するだけでも恐ろしい。


完全反射「やるしかないか……」

佐天「ど、どうやって?」

完全反射「…………」


沈黙という形の返答。
如何に今のこの状況が苦しいものであるかを現している。
黒夜さんがスタスタとまるで何でもないかのように間合いを詰めてくる。
逃げる?
いや、どちらにしろ奥の部屋に行くには、ここで2人を倒すしかない。
幸い、今のところ絹旗さんは傍観しているだけのようだ。
もっとも、それも絶対の勝利を確信しているからだろうけど。
そんなことを考えているうちに、間合いが5mを切った。
少し踏み出しただけで、向こうの射程範囲に入るという距離だ。
黒夜さんはゆっくりとした動きから槍を構える。


黒夜「まず一匹目ェ!」


1歩踏み込むと、右腕を袈裟に切り下ろしてくる。
狙いは……私!?
前も後ろもダメ。
横に動くには相手の動きが早すぎる。
避けられないっ!!


佐天「うわぁぁあぁあぁぁあああああああああああああああああああああああ!!」


私は、本能的に左腕を槍の前に突き出した。


時が止まった。
やけに時間が長く感じる。
痛みはまったくない。
相当な痛みを受けると人の脳は痛みを拒否するとテレビか何かで聞いたことがあったが、それだろうか?
それか、まだ私は切られていなくて、走馬灯ってやつを見ているのかもしれない。


黒夜「…………は?」

絹旗「え?」

佐天「!?」


時が動き出す。
まだ痛みはない。
……左手はくっついている。
血の1滴すら垂れていない?
私が切られる代わりに、黒夜さんの右腕から先がなくなっていた。
それと一緒に槍も消えている。
私はとっさに反射を使っていた左手を突き出しただけだ。
それなのに、なぜこんな結果になった?
消えるように黒夜さんが何かつぶやいているが、こちらまで聞こえてこない。
機械ということもあって、血のようなものは出ていない。
いや、それよりも黒夜さんの様子がおかしい。


黒夜「なン……」

佐天「は、……え?」

黒夜「なンなンだよ、それはァァァああああああああああああああああ!!」


感情を爆発させるように、残った左手に槍を発動させる。
しかし、それだけ。
攻撃はしてこない。
私が何をしたのか分かっていないので、攻撃できないのかもしれない。
私自身だって分かっていない。
けれど、コーちゃんは冷静だった。


完全反射「隙だらけ☆」


完全にノーマークだったコーちゃんの蹴りが、黒夜ちゃんの鳩尾の辺りに突き刺さった。



黒夜「がァァァあああああああああああああああっ!!!」


見事に決まった蹴りの威力はかなりのものだった。
黒夜ちゃんは、立っていた場所から後ろに弾き飛ばされると、数m地面を滑っていく。
何が起こったのかわからないが、とにかく私は生きている。
汗が体中からドッと出てくるのが分かった。


完全反射(大丈夫、お姉ちゃン?)

佐天(う、うん)


向こうの2人に聞こえないように小声で話しかけてくる。
黒夜さんにダメージはあるが、深追いはしない方がいいという判断だ。
離れて見ていた絹旗さんは、多少驚いたような顔をしているが、慌てている様子はない。
その辺りも、追撃をしなかった理由なのかもしれない。


完全反射(さっき何が起こったか分かった?)

佐天(全然。コーちゃんは分かったの?)

完全反射(うン。というか、お姉ちゃンが槍を反射しただけだよ?)

佐天「え?」


相手は反射対策をしたサイボーグなのに?
故障していたとかそういうオチなんだろうか?


完全反射(いい? 黒夜海鳥が対策していたのは、一方通行であってお姉ちゃンじゃないの)

佐天(ど、どういうこと?)


頭が混乱してくる。
一方通行さんの対応策であって、私の対応策じゃない?


完全反射(一口に『反射』って言っても、個人差があるって話)


一方通行とシルバークロースの戦いはますます激化していた。
一方通行の現状は、能力は使えるが、ベクトル操作の精度は著しく低下。
敵の攻撃は反射を貫通してこちらに届く。
未完成とはいえ、どちらも一方通行用に練られた対応策。
『anti-accelerator』など名前負けしているとも思ったが、それほどまでに不相応という訳でもなさそうだ。


一方(だが、触っちまえば俺の勝ちだ。ベクトル操作自体が封じられてる訳じゃねェンだからな)


シルバークロースの放つ弾丸を回避しつつ、取るべき行動を選択する。
ベクトル操作の指向性は思い通りに制御できていないが、能力が発動することに変わりはない。
ならば、直に駆動鎧に触れて、その内部をズタズタに破壊してしまえば動きが止まるはずだ。
いくら駆動鎧が頑丈だとはいえ、相手は機械。
精密な機械を守っている外装ではなく、内部を破壊されて動き続けるはずはない。
それに、操っている人間を直接狙うことでも止まるだろう。


シルバークロース「逃げ回るだけとは。もう万策尽きたのか、第一位?」

一方(後は、どォやって触れるかだが……)


シルバークロースの挑発も軽く聞き流す。
こうしている今もベクトル操作による高速移動で回避を続けているものの、相変わらず指向性が制御できていない。
そのため、部屋の中にある机や椅子といったものを蹴散らしながらの回避運動となっているが、シルバークロースに近づくための足がかりが得られない。
そちらへ移動するためのベクトル操作をしても、多少ずれた方向に行ってしまうのだ。
もちろん、それを計算に入れた上での演算も行った。
だが、結果はダメ。
どうやらミサカネットワークへの介入具合はランダムなものらしい。
どうしてもシルバークロースが捉え切れない。


一方(能力がまともに使えねェなら手段は3つ。アイツからこっちに来てもらうか、まったく能力を使わないか、あるいは―――)

シルバークロース「……む?」


一方(―――正面突破だ)


シルバークロースが怪訝な声を出したのも無理はない。
一方通行が急に動きを止めたのだ。
深追いはせずに、一方通行への攻撃を一時中断する。


シルバークロース「もう逃げるのは終わりか。随分早かったな」


4つある駆動鎧の銃口を一方通行の方へと向けながら、勝ち誇ったようにシルバークロースが言い放つ。
たしかにこのままでは一方通行に勝ち目は薄い。
貴重な30分という能力を使える時間を過ぎてしまえば、勝敗は決する。
だから、その前になんらかのアクションを取らねばならない。


一方「1つ分かったことがある」

シルバークロース「何?」

一方「オマエがミサカネットワークに介入して、俺のベクトル操作の指向性に誤差を生じさせているンだろ」

シルバークロース「……確証は?」

一方「ンなもンねェよ。だが、見てりゃ分かる」


指向性に対する誤差はそれほど大きい訳ではない。
例えば、真っ直ぐ前に進もうとすると、大体30度くらいの範囲で左右どちらかにずれる。
回避しつつ、何度も試したがそれ以上の範囲で誤差が生じたことはなかった。
しかし、本来、その程度の角度ならば、大きな駆動鎧に触れられてもおかしくはない。
だが、シルバークロースの操る機動鎧は『必ず』誤差の生じる方向と逆方向へと回避運動を取ったのだ。
ミサカネットワークから一方通行の思考に誤差を生じさせるだけでなく、思考を読み取り回避にも繋げるという機能がある。
そう一方通行が考えるのも当然だろう。
実際、その通りだった。


シルバークロース「なるほど、確かにその通りだ。しかし、それが分かったところで何ができる?」

一方「知ってるのと、知らねェンじゃ戦い方が違うって話だ」


一方通行が、その赤い瞳でシルバークロースの操る駆動鎧を見つめる。
電極のバッテリーの残り時間はあと20分。


動きが止まっていたのは、わずか数刻。
再び室内が戦場へと戻る。
先に動いたのは、一方通行だった。
しかし、シルバークロースにはなんの問題もない。
ベクトル操作の誤差を誘導し、それと反対方向へと避けるだけでいい。


シルバークロース「―――ッ!!」


―――はずだった。
しかし、駆動鎧が左右のどちらにも回避運動を取らなかった。
8本の足は、前後左右どこから来ても反対側に移動できるようにと作られたものだったのだが、足の1本も動かない。
一方通行の動きに対してきちんと反応はしている。
一方通行の思考回路も、駆動鎧を通じてシルバークロースには理解できている。
だが、動かない。

―――それはなぜか?

答えは、『一方通行が何度も方向修正をしてきたから』だ。

今まで、一方通行の取った行動は、一直線に始点から終点に移動するというものだった。
そのため、最初のうちは多少の誤差があろうとも問題がなかったのだが、距離が増すにつれてその誤差は大きくなっていった。
しかし、今回は、方向がずれるたびに、それとは逆方向にベクトルの方向を変更しなおすことで、誤差を限りなく小さなものにしていた。
細かく中継地点を設けたのだ。
ゴルフに例えると分かりやすいだろう。
ホールインワンは限りなく難しいが、何度も打ち直し、距離を詰めていけば、カップに入れることは難しくない。
それと似たようなものだ。
また、左右に動くことによって、駆動鎧がどちらに回避すればいいのか解答不能になってしまった。
その上、そうやって小刻みに動いていることで、対一方通行用のゴム弾を回避にも繋がる。


シルバークロース(やってくれるッ!!)


ここまでくれば、あとは簡単に触れられる。
手動に切り替え、一方通行との距離を取ろうとしているようだがもう遅い。


一方「コレで終わりだ、糞ったれ」


一方通行の手が駆動鎧に向かって伸びた。


一方通行の手がその機体の胴体部分に触れた。
それだけで駆動鎧がバラバラになり、戦闘も終わると思っていた。
が、触れた瞬間、異変が起こった。


一方「―――ッ!!」


―――手が弾かれた。
ベクトル操作を使っている暇もなかった。
ビリビリと手に鈍い痛みが走る。


シルバークロース「さすがに今のはひやりとした。だが、そこまでのようだな」

一方「―――何をした?」


何をされたのか良く分からなかった。
ただ、手を弾かれた訳ではない。
『反射』していたはずの手が弾かれたのだ。
つまり、あのゴム弾以外にも、反射を無効化する武器が存在するのだ。


シルバークロース「……く、くはははは。本当に通用するとは思わなかった」

一方「なンだと?」

シルバークロース「『KvSSZ-01』が、対反射用の剣ならば、『DuSSV』は対反射用の盾といったところか」


『KvSSZ-01』とはゴム弾の正式名称だろう。
とすると、『DuSSV』というのはさきほど手を弾かれた原因。


シルバークロース「やるじゃないか、技術班の連中も」

一方「…………」

シルバークロース「いいだろう。教えてやる」


『DuSSV』の正体。
それは、駆動鎧全体の表面に施された“超高速振動装置”であった。

この二組の戦闘が終わるかと思ったら、全然そんなことなかった!

武装の名前は超適当です。なんかいい名前とか思いつかなかった。あとシルバークロースのキャラが未だにつかめてない。

この作品も、終わりはそれほど遠くないので頑張りたいと思います。

あ、コテ忘れてました

いろいろと意見もあるようですが、終わりの時期は多分予定通りになると思います。

仕事始まったばかりで疲れとかも酷いので、次の更新まではもう少し空くかもです。

久々に続きを更新!



佐天(個人差……?)


事実として反射できてるんだから、コーちゃんの言うことに間違いはないはず。
けど、イマイチピンと来ない。
そもそも、反射に違いなんてあるのだろうか?


完全反射(分かってると思うけど、アイツらがやろうとしてることは、かなり緻密な攻撃なンだよね)

佐天(反射に触れた瞬間に反対側に引き戻すんでしょ? 私には絶対無理無理)

完全反射(そもそも、そんなことできる人間がおかしいんだって)


コーちゃんの説明はこうだ。
能力者は、それぞれの異なった計算式を経て、能力という現象を引き出す。
つまり、反射に限らず、まったく同じ方法で能力を使える能力者はいない。
ただし、常に例外は存在する。
それが、『暗闇の五月計画』。
『暗闇の五月計画』は、一方通行の思考パターンを能力者に植え付けることによって、能力の向上を図ろうという実験だった。
劇的な成果は上がらなかったが、それでもある程度の結果は残った。
その結果が、絹旗最愛であり、黒夜海鳥であり、そして、完全反射も含まれる。
もっとも、副作用がない訳ではない。
思考の一部を埋め込まれたことによる性格の凶暴化などはその一例だ。
そういう経緯もあって、一方通行の『反射』と完全反射の『反射』は、まったく同じ方法で導き出されている。


佐天(え、えっと……)

完全反射(つまり、アレがお姉ちゃンに効かなかったのは、私たちとは『反射』の適応される範囲が微妙に違うからだね)


適応される範囲の違いは、体の表面から何mmか。
あるいは、もっと誤差は少ないかもしれない。
だが、それが今のこの状況を生み出したのだ。


完全反射(私が狙われてたらアウトだったねェ)


それはちょっと笑えない。



黒夜「ぐぐぐ……」

絹旗「また超見事にやられたもンですね」

黒夜「うるせェ……」


絹旗の一言を一蹴する。
完全反射から受けたダメージは大きい。


黒夜「ふざけやがって……」

絹旗「手を貸しましょうか?」

黒夜「黙ってろよ、絹旗ちゃン」


このままでは引き下がれない。
右腕を失ってしまったが、左腕はまだ動く。
こういうときに、腕の痛みを感じないサイボーグがいいものなのかどうかは判断の難しいところだ。
いや、すぐに戦えるという意味では良かったのかもしれない。
だが、そのことより、反射の対抗策である窒素爆槍が反射されてしまったという精神的なダメージが、黒夜を引き止めていた。
なぜ反射されてしまったのか。
未だその答えが出せない。


黒夜(反射を切っていた? ……いや、ありえねェか。それじゃ私の腕が吹っ飛んだ理由がつかねェ)

絹旗「しかし、そォなると超マズイですねェ」

黒夜「あン?」

絹旗「あちらは反射の使える能力者。対して、こちらは窒素を操るだけの能力者。どっちが優勢かなンて超イチイチ言うまでもないですよねェ?」


絹旗の能力は、自身の周囲に窒素を操る『窒素装甲』。
その破壊力はコンクリートを砕き、その防御力はライフルの弾をも受け止める。
しかし、操作できる範囲が極端に狭いため、もっぱらその防御力に主眼を置くべきだろう。
『暗闇の五月計画』によって、一方通行の防護性の色を強く引き継いでいる能力者が彼女なのだ。
しかし、そんな絹旗も反射の前には無力と化す。
その攻撃力も、防御力も、能力によるものであって、彼女自身は普通の12歳の少女でしかないのだ。

>>650
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!



黒夜「それにしちゃ妙じゃねェか?」

絹旗「?」


徐々に回復してきたのか、黒夜がゆっくりと立ち上がる。
そもそも、蹴りのダメージもあまり入っていたなかったのかもしれない。
蹴り飛ばされたにしては、少々吹き飛ばされすぎている。
おそらく、後ろに飛んでダメージを殺したのだろう。


黒夜「絹旗ちゃンが言うよォに、アイツらが反射を使うってことは分かってる」

絹旗「それだけ超やられて分かってなかったら、私は帰ってるところですけどね」

黒夜「オマケに、私の窒素爆槍も効かないときた」

絹旗「超壊れてンじゃないですか?」


呆れたように絹旗が言う。
しかし、黒夜の顔色は変化しない。
まるで、まだ勝負がどうなるかは分からないといった顔をしている。


黒夜「それじゃ絹旗ちゃン、質問だ」

絹旗「この廊下は一本道。他から侵入される心配は超ないですけど、逆にいうと袋のネズミってことですよ?」

黒夜「じゃあ、なンでアイツらはトドメを刺しに来ないンだろうねェ?」

絹旗「―――!」


逃げる算段を立てていた絹旗の思考が止まる。
確かに、反射を使えるのであれば、この絶好のチャンスに様子見をしてくる理由がない。
現に、今も同じ顔をしている2人は小声で何か話し合っている。


絹旗「つまり、あちらにも弱点が超あると?」

黒夜「諦めるにはまだ早ェな」


それだけ言うと、黒夜は笑みを浮かべた。


一方「超振動?」

シルバークロース「その通り」


一方通行の手を弾いた原因は『超振動』。
シルバークロースの搭乗している機動鎧の表面が、超高速で振動しているということのようだ。
あまりにも高速で振動しているためか、目視ではそれを確認できない。


一方「解せねェな」

シルバークロース「?」

一方「多少振動してよォが、反射は適用されるはずだ。それこそ、反射に完全にタイミングを合わせねェ限り」

シルバークロース「さすがに気づくか」


おかしいとは思っていた。
なぜ、対一方通行用の駆動鎧が8本足なのか?
しかも、こんな室内における戦闘では、その機動性を十分に発揮できない。
足が多いことで有利に働くのは、足場が不安定な場所だろう。
こう障害物の多いところでは、その利点も奪われてしまう。
ならば、あの8本足には、別の機能が搭載されていると見るべきだ。
例えば―――、


一方「索敵装置……か」

シルバークロース「―――っ!? そこまで見破るか」


反射を無効化できない以上、通常の方法で一方通行の動きを捉えるのには無理がある。
赤外線レーダーや、熱感知レーダーも、一方通行の前では役に立たない。
その反射によって、位置情報を誤認させられるか、あるいは、見失ってしまうのが関の山だ。
それを防ぐためには、カメラなどによる目視に頼るしかない。
が、この『anti-accelerator』は敢えてその方法を採らなかった。
理由はいくつかある。
そのうち最も大きな理由が、対策がされやすいということにあった。


現在、学園都市で製造されている駆動鎧のほとんどは、カメラによる視認システムを用いている。
これは単に、その方がより多くの情報を取得できるからという理由からだ。
しかし、それだけに頼っている駆動鎧は存在しない。
例えば、悪天候時。
1m先も見えないような状況で、カメラによる視認システムが役に立つだろうか?
例えば、市街戦。
障害物の多い市街では、どうしても死角も多くなってしまう。
例えば、閃光弾。
扱いの易い武装によって、一時的にその『目』が簡単に奪われてしまう。
それを補うために、駆動鎧には必ず多種類のレーダーが搭載されている。
赤外線、熱感知など、レーダーの種類は多岐にわたる。
つまり、情報量の多さという長所の裏側に、対策のしやすさという短所が潜んでいるのだ。
だから、『anti-accelerator』では、カメラによる視認を重要視していない。


一方(じゃァ、何を使って俺を捕捉してやがる?)


8本足に秘密があることは間違いない。
しかし、それが何による感知方法なのか分からない。
いや、絞りきれない。
超音波などによる音は論外だ。
一方通行が音速以上で動ける以上、それ以下のスピードの『音』では反応できない。
そうすると、可能性があるのは……、


一方「光……、『赤外線』か」

シルバークロース「…………」


シルバークロースは返答しない。
大雑把に光によるのレーダーといっても、その種類は多々ある。
『赤外線』によるレーダーは、物体との距離を測れる。
研究所内のあらゆるMAPデータを入力しておけば、一方通行の場所を測ることは難しくない。
なぜなら、データより測定された距離が大きくなったとき、その直線状に一方通行がいることは間違いないのだ。
反射や、その障害物によって、距離が短くなるという可能性は大いに有り得る。
だが、逆にその距離が大きくなるという可能性は存在しない。
ありえるとすれば、一方通行の反射によって、赤外線を捻じ曲げられたときしか有り得ない。
8本足は、その誤差を少なくするための保険。
様々な位置から無数の赤外線を放つことによって、その一方通行の位置を的確に見抜いているのだ。



一方「なるほどな」


理解はしたものの、厄介なことに変わりはない。
一方通行は、あの8本足によって、距離を正確に測られていることになる。
つまり、例の超振動が使われるタイミングは、まさに一方通行が攻撃したその瞬間になる。
おそらく、超振動を使い続けることは、バッテリーに負担が掛かりすぎるのだろう。
そうでなくとも、ミサカネットワークに介入するなど、その負担は大きいはずだ。
弱点はバッテリー。
だが、それは一方通行にもいえる。
それを見越していれば、最低30分は稼動するように作られているはずだ。
今、残っているバッテリーの残量は、15分といったところだろうか?


一方「分かってみりゃ、随分チープな方法だなァ」

シルバークロース「果たしてそうかな?」


意味深な笑い声が、駆動鎧を通して一方通行の耳に届く。
まだ奥の手があるのか。
あるいは、それは虚勢なのか。
そんなことはどうでもいい。
もうすぐ終わる。


一方「遊びは終わりだ。もォすぐ演算も終わる」

シルバークロース「ははははっ、何の演算だ? 逃げるためのか?」

一方「ンな訳ねェだろォが」


シルバークロースは知らない。
一方通行は、一度した失敗を二度と繰り返さないことを。


一方「オマエをスクラップにする為のに決まってンじゃねェか」


規定値を変更する演算は終わった。
これで形勢は逆転する。



シルバークロース「スクラップだと? 私を? 逃げていただけの君が?」


シルバークロースからは余裕の色は消えない。
あるのは、逃げている獲物をどうやっていたぶろうかという嗜虐の思考だけ。
第一位というものに対する優越感だけだった。


一方「だからオマエは二流なンだよ」

シルバークロース「何?」

一方「獲物を前に舌なめずりは、ザコのすることだ」


その一言とともに、一方通行の姿がぶれる。
シルバークロースに向かってジグザグに移動してきたのだ。


シルバークロース「バカの一つ覚えがっ!!」


4つの砲身で一方通行を狙うも、弾はかすりもしない。
そして、あっという間に懐に潜り込まれた。
しかし、シルバークロースに危機感はない。
なぜなら、自動防衛システムが―――


一方「邪魔だ」

シルバークロース「なっ!?」


働かなかった。
駆動鎧による回避運動を取っていた為、本体に影響はなかったが、8本足のうちの1本がもぎ取られていた。
『超振動』が働かなかった?
いや、違う。
一方通行が何かしたのだ。
一体、何をした?


一方「天井のヤロォには言ったことなかったかもなァ」



シルバークロース「スクラップだと? 私を? 逃げていただけの君が?」


シルバークロースからは余裕の色は消えない。
あるのは、逃げている獲物をどうやっていたぶろうかという嗜虐の思考だけ。
第一位というものに対する優越感だけだった。


一方「だからオマエは二流なンだよ」

シルバークロース「何?」

一方「獲物を前に舌なめずりは、ザコのすることだ」


その一言とともに、一方通行の姿がぶれる。
シルバークロースに向かってジグザグに移動してきたのだ。


シルバークロース「バカの一つ覚えがっ!!」


4つの砲身で一方通行を狙うも、弾はかすりもしない。
そして、あっという間に懐に潜り込まれた。
しかし、シルバークロースに危機感はない。
なぜなら、自動防衛システムが―――


一方「邪魔だ」

シルバークロース「なっ!?」


働かなかった。
駆動鎧による回避運動を取っていた為、本体に影響はなかったが、8本足のうちの1本がもぎ取られていた。
『超振動』が働かなかった?
いや、違う。
一方通行が何かしたのだ。
一体、何をした?
一方通行がもぎ取った足を弄びながら言う。


一方「天井のヤロォには言ったことなかったかもなァ」









一方「『デフォじゃ反射だ』ってよォ」







今回はここまでー。一方さんの方は、瞬殺モードに入り―――、え? もう終わった? やべっ、早く書かないと!

とかそんな感じで、次回は佐天さんたちのバトルシーンをお送りします。

それが終わるころまで一方さんの出番はない感じっす。ま、それもすぐ終わりますけどね。

>>659
乙!
某高校生軍曹の名台詞キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!

続きを更新



絹旗「含み笑いしてるとこ悪ィンですが、何か策はあるンですか?」


たしかに黒夜の言うとおり、佐天たち2人は絹旗たちにトドメを刺しにこない。
弱った獲物をいたぶるような人間が相手だったのなら、絹旗たちにもまだ勝機はある。
だが、それも見込めない。
あの2人は、一方通行の思考の一部を移植された人間。
そんな趣味も情もかけるほどお人よしではないはずだ。
つまり、こちらに踏み込んで来れないなんらかの理由があるはずなのである。


黒夜「まァ、ねェけどさ」

絹旗「はァ……」


絹旗自身、元々黒夜の答えに期待していた訳ではないが、あまりの無策さにため息がこぼれる。
理由としていくつか考えられる。
1つは、黒夜の能力を反射できた理由が不明だから。
あちら側でも、なぜ反射できたか原因が分かっていない。
次も反射できるとは限らないと、慎重を期して様子を窺っている。
もう1つは、向こう側に弱点があるということ。
先ほどの攻撃は偶然回避できたが、それが何度も続くものではないと分かっているという可能性。
あるいは、あちら側に何らかのトラブルが発生したか……。
どちらにしろ、この隙に作戦を決めなければやられてしまう。


絹旗「対一方通行用の奥の手は超それだけですか?」

黒夜「……チッ! 今ので別の奥の手もぶっ壊れちまったぞ、畜生!」


黒夜海鳥の用意していた別の対一方通行対策とは、サイボーグによる自身の拡張にあった。
彼女の能力は、『両手』に窒素の槍を発生させる能力であり、人間では必然的に2本までの槍しか発生させられない。
だが、学園都市の技術はそんな人間の領域を超えることに成功した。
サイボーグとして作成された腕を黒夜の身体に接続することによって、能力の使える腕を無数に増やし、彼女の弱点の1つを埋めていた。
もっとも、そんな便利なものも所詮は機械。
マスターとなる腕を自身の体に直接接続し、それをアンテナとしてスレイブとなる腕に電気的な信号を送っている。
外部接続であるマスターを操作するための装置は、右腕のサイボーグの内部に搭載されていた。
しかし、その右腕はさきほどの反撃で見るも無残な姿に成り果てている。
そのため、いくら奥の手がまったくの無傷であろうと、マスターとなる腕が動かないのでは元も子もない。
黒夜に残されたのは左手1本。
ハンデは大きい。



黒夜「…………」


視線を投げかけてくる黒夜を無視し、冷静に自分の現状を分析する絹旗。
自分の能力。
相手の能力。
使える道具。
黒夜の状態。
狭い廊下。
退路はない。
まだ12歳の彼女ではあるが、暗部という世界でみるとベテランというほどに場数を経験している。
死に掛けるような修羅場もいくつも潜り抜けてきた。
絶対的な逆境からも光明を見出すような経験も多々ある。


絹旗「……となると、まずは相手の弱点を見つけるところからでしょうねェ?」

黒夜「こォして膠着状態を維持してりゃ、そのうち増援が来るンだろ?」

絹旗「そうして、あちらが超破れかぶれになる前に決着は付けておきたいですね。それに―――」

黒夜「それに?」

絹旗「あちらの増援が超来ないとも限りませンし」

黒夜「―――ッ!!」


黒夜の背中に冷たいものが走る。
こうして戦っている相手は、たかが少女2人。
右腕と奥の手を失った状態で、『あの男』が増援に来たら勝てるはずがない。
その前に身を引いて態勢を整えるのが必要なのは言うまでもない。


絹旗「ともかく、きっかけは作ります。ですので、あとは自己判断で超やってください」

黒夜「そりゃいい。素晴らしすぎる作戦で泣けてくるねェ」


あてもなければ、勝機もあるかどうか分からない。
だが、この程度楽勝だ。
『一方通行』を相手に戦うことと比べれば。



黒夜「ンじゃ作戦会議も終わったことだし……」

絹旗「そろそろ超行きますか」

佐天「うっ……」


黒夜さんの腕がバラバラになって戦意喪失してくれるかと思ったけど、どうもそう甘くないらしい。
奥にいた絹旗さんがゆっくりと黒夜さんの隣に移動する。
一方通行さんの思考回路の一部を植えつけられているということは、彼女も高レベルの能力者である可能性が高い。
思わず身構えてしまう。


完全反射(でも、2人で来られる前に腕一本潰せたのは大きいね)

佐天(う、うん……)


けれど、その程度で安心はできない。
何しろ私がベクトル操作できる範囲は両腕の肘から先だけ。
それ以外の部分にあの槍を受けてしまったら、豆腐のようにバラバラ。
コーちゃんはもっと酷い。
私より広範囲の反射を使いこなせても、あの槍を防ぐことができないのだ。
それに加えて、未知の能力を使う絹旗さんも参戦するときている。


完全反射(相性的には、私が窒素装甲で、お姉ちゃんが窒素爆槍だね)

佐天「え?」

完全反射(窒素装甲は近接戦闘型で、私の反射も効くだろうからね)


イマイチ能力は分からないが、コーちゃんに任せておけば大丈夫ということらしい。
となると、私の相手は黒夜さんか……。
なんか黒夜さんの方が目つきが怖くておっかないんだよね。


完全反射「―――来るよ。気をつけて」


こちらにも時間はあまりない。
覚悟を決めて戦うしか道はないのだ。


4人の中で一番始めに動いたのは絹旗だった。
もちろん、佐天と完全反射に対して突っ込んでいったりはしない。
彼女は自分の能力がどれほど反射に相性が悪いかを理解していた。


絹旗(あの2人が一方通行レベルの能力者とは超考えられません。ならば、何か欠落している部分があるはず)


ほんの1、2歩だけ前に進むと、絹旗はその足を止める。
佐天と完全反射は動いていない。
この間合いでは、お互いに攻撃は届かない。
……はずだった。
絹旗は足は止めたが、動作を止めてはいなかったのだ。


完全反射「―――っ!! マズ―――」

絹旗「超遅いです」


そう言うと、地面に散らばった黒夜の右腕の残骸を適当に握り、アンダースローのフォームで佐天と完全反射に投擲した。
絹旗は能力を発動していないため、殺傷能力はまったくない。
だが、それを避けることはできない。
細かい部品が、散弾銃のように2人に浴びせられた。


佐天「い、痛っ!?」

完全反射「くっ……」


頭部を腕で守る佐天と、絹旗の方を睨み続ける完全反射。
今の攻撃で、はっきりと2人の差が出てしまった。


絹旗「へェ、そォいうことですか」

黒夜「なるほど。そっちの奴は反射できるのが腕だけなンだな」


絹旗と黒夜の2人は、そういいながら躊躇いなく走り出す。
反射の使いこなせていない佐天に向かって。


最悪の展開になってしまった。
完全反射はそう思っていた。
今まで、あの2人の攻撃を押しとどめていたのは、こちらが反射を使えるという長所が存在したためだ。
オマケに黒夜の言っていた対一方通行用の秘密兵器が通用しなかったという点も挙げられる。
だが、それで保っていた均衡は、さきほどの投擲で崩れてしまった。
『弱いものから潰す』
それはある種のセオリーだ。
特に、実力の均衡している者同士で重要になってくるのは数。
1人では、2人を相手に勝てないのは自明の理だろう。
それこそ、一方通行のような圧倒的な力を持っていれば話は変わってくるが。


完全反射「くそっ!!」


元々、完全反射が絹旗、佐天が黒夜と個別に戦う予定だった。
ならば、完全反射が絹旗を止めることで、元来の予定通りに事を進めるしかない。
向かってくる2人に対して、完全反射も前に出ることで距離を詰めていく。


完全反射(ただでさえ、お姉ちゃンは危険な目に遭ってる。これ以上は―――)

絹旗「ところで」


お互いの距離があと10歩といったところで、突然絹旗がしゃべりだす。
話しかけている相手は、もちろん黒夜だ。


絹旗「こっちの私服の方には、窒素爆槍は超効くンですかねェ?」


完全反射は、その答えを聞く前に身を屈める。
その頭上を黒夜の窒素爆槍がブンという音と共に通過していった。
その隙に絹旗が横を通り抜け、少し遅れる形で髪の毛の先がわずかに空中を舞う。


黒夜「どォやら、絹旗ちゃンと組んだのは正解だったみたいだねェ! ぎゃはははは!!」

完全反射(最悪だ、クソったれ! なンでこンなタイミングで!)


防御不可能な死の槍が目の前をゆらゆらと揺れる。
完全反射の頭の中では、うるさいほどの心臓の音が響いていた。


まずいことになってしまった。
絹旗さんの攻撃自体でダメージはなかった。
けれど、気が付いたら最初に戦うはずだった黒夜さんはコーちゃんと、絹旗さんはその隣を通り抜け私の方に向かってきている。


佐天(どうすれば―――っ!!)


絹旗さんの能力は分からない。
けれど、コーちゃんの隣を通るときに攻撃をしなかったところを見ると、反射はできるはずだ。
ただ、向こうもこっちが反射できるのは肘から先だけだということを知っている。
条件はかなり悪い。
そんなことを考えている間にも、絹旗さんと私の距離は縮んでいく。


佐天「うぁっ!!」


これ以上距離を縮められてはマズイと、手元にあったものにありったけのベクトルを込めて飛ばす。
飛んでいったのは……さきほど投げつけられた残骸だろうか?
さすがにこれが当たったら痛いでは済まされないスピードだ。
しかし、絹旗さんはまったく避ける素振りを見せない。


絹旗「超残念ながら、その程度で私の『窒素装甲』は破れませン」

佐天「くっ!!」


飛ばした残骸が命中するも、ダメージらしいダメージは見受けられない。
そうしている間に、お互いに攻撃の射程に入ってしまった。
絹旗さんの鋭いパンチが左肩にかする。


佐天「あぐっ……」


それだけで、2~3mも地面を滑ってしまった。
関節は外れていないようだが、ジンジンと鈍い痛みが肩に響く。
まともにあのパンチを喰らってしまったらどうなるか想像もしなくない。
それに、私以上にマズイのはコーちゃんだ。
相手が左手1本とはいえ、相性が悪すぎる。
この最悪の状況をなんとかするには、どうすればいいのだろうか?


どうすればいいか、その答えは簡単に出た。
最初の計画通り、私が黒夜さんを、そしてコーちゃんが絹旗さんと戦えば相当有利になる。


佐天「ただ、それをどうやって実行するかが問題なんだけどさ」


ズキズキと痛む肩を押さえながら目を前に向けると、通路を塞ぐような形で絹旗さんが立っているのが見える。
さっきのパンチを見る限りでは、カラテやケンポーのようなものをやっているようには見えなかった。
ただ殴ることには慣れている、そんな印象を受けた。
体の軸がブレたりしていなかったし、何より動きがスムーズだった。
となれば、まともに戦って私が勝つのは無理だ。


絹旗「どォしました? あちらでは妹さンが超ピンチのようですが?」


奥ではコーちゃんが戦っている。
いや、戦っているというよりも、必死に避けている。
黒夜さんの槍の長さは3m前後。
とてもではないが、あの槍を掻い潜って攻撃に移るまでに反撃を受けないのは不可能だ。
黒夜さんとの距離を常に3m以上取ることによって回避をしてはいるが、それもいつまで持つか分からない。
このままではジリ貧だ。
ならば―――


佐天「コーちゃん!!」

完全反射「そんなに大きな声じゃなくても聞こえるよ……」


黒夜さんの方に神経を集中させながら、コーちゃんは私の声にこたえる。
突然の大きな声に驚いた顔をする絹旗さんを尻目に、こう続けた。


佐天「戻ってきて!!」

絹旗・黒夜 「「は?」」

完全反射「……オッケー、お姉ちゃン」


コーちゃんは、バックステップで黒夜さんから少し距離を取ると、一目散に振り返り全力で絹旗さんの隣を駆け抜ける。
通り抜けざまに絹旗さんの腕が少し動くが、反射の完璧なコーちゃんに攻撃できない。
ここからは、私たちが攻める番だ。

今回はこの辺で。結構書いたはずなのに、あんまり状況変化してない件。

かなりお待たせしてスイマセンでしたー。次はできるだけ早めにUPしたいと思います。

多分あと数回で終わりなので、年内に終わりということを目標にしつつ、年度内という視野も入れていきたいと思います。

短いけど続きを更新。


相手の態勢が整えられていない今がチャンス。
むざむざ時間を置いて、相手に立て直しを図る時間を与えることはしない。
コーちゃんに一瞬だけ目配せをする。
それだけで、その意図を理解してもらえたようだ。


完全反射「せいっ♪」

絹旗「くっ……!!」


コーちゃんが絹旗さんに向かって攻撃を開始する。
あちらは攻撃も防御もできない。
できるのは回避行動だけ。
オマケにこの位置取りならば、黒夜さんも絹旗さんが盾となって私たちに攻撃できない。


黒夜「そいつはどォかなァ?」

佐天「え?」


黒夜さんがそう言ったかと思うと、左手に構えていた槍を横に一閃した。
射程圏内には、コーちゃんも絹旗さんもいるのに、だ。
コンクリートの床や壁を豆腐のように裂く槍に触れたらどうなってしまうかは、見なくても分かるだろう。
絹旗さんの背中越しにそんな光景を見たコーちゃんはギョッとしながら、慌てて回避行動を取る。


完全反射「あぶっ!?」

絹旗「はい?」


その直後、ゴスッという鈍い音が辺りに響いた。
窒素でできた槍が絹旗さんに直撃したのだ。
しかし、辺り一面が血の海になるようなことはなかった。
いや、それどころか、槍は絹旗さんに傷の1つもつけていない。


絹旗「さ、さすがに直撃は超痛いンですけどね」


状況は一転、そしてまた一転とする。


コーちゃんと絹旗さん。
この2人の戦いならば、どちらが勝つかは明白だ。
しかし、この場にはあと2人の人間が存在している。
もちろん、私と黒夜さんだ。
私がここからできることは非常に限られているが、黒夜さんは違う。


黒夜「さすがの防御力だねェ、絹旗ちゃン」

絹旗「それでも超痛いンですから、当てないよォにしてくださいよ」

黒夜「オッケー、オッケー」

完全反射「チッ!!」


今のやり取りだけで状況が変わってしまった。
具体的に言うと、黒夜さんが攻撃のパターンを変更したのだ。
『薙ぎ』から『突き』へと。
その効果はバツグンだった。
今まで攻撃していたコーちゃんが防御に転じていた。
というのも、絹旗さんによって視界を塞がれているため、黒夜さんの動きが完全に把握できないのだ。
それに今までの薙ぎによる攻撃と違い、槍を常時実体化させずに、突く一瞬だけ能力を解放しているので、回避しにくいという状況に陥っていた。
その上、射程も分かりにくい。
バックステップで回避できる距離なのかどうかも分からない。


完全反射「こりゃマズイねェ」


コーちゃんは黒夜さんに絶対的に相性が悪い。
ならば、相性のいい私が黒夜さんの相手をすれば、勝機は見えてくる。
無言のまま前に走り出す。
目標は、2人の後ろにいる黒夜さん。
―――だったのだが、


絹旗「すンなり通すと思ってンですか?」


牽制程度に絹旗さんが拳を壁に振るったかと思うと、ゴガァァンというもの凄い音が廊下を包む。
私は思わず、前に出る足を止めてしまった。


さきほどの轟音がまだ耳の奥に残っている。
壁にできたクレーターのような大きな凹みが、その威力のもの凄さを物語っていた。
けれど、私たちにとって重要なのはその威力ではない。
硬直によりできた隙を活かし、コーちゃんがバックステップで私の隣まで戻ってくる。
ここまでは黒夜さんの槍も届かない。


完全反射(どう? アレ突破できそう?)

佐天(無理無理無理無理。全然手の動き見えなかったし!)


小声でコンタクトを取り合う。
コーちゃんも若干呼吸が乱れている。
今のところ回避できてはいるが、この調子でいつまで持つかは分からない。
それはもちろんコーちゃんも理解しているだろう。


完全反射(マズいねェ。お姉ちゃンを前に行かせる訳にもいかないし……)


あの2人とこちらの2人で異なるところは、後衛の攻撃力。
私がベクトル操作で適当なものを投げつけても、絹旗さんには何の効果もない。
しかし、黒夜さんの攻撃が命中すると、コーちゃんに多大なダメージを与えられる。
オマケに向こうの連携もよくなってきている。


絹旗「もう分かったでしょう? そろそろ諦めたらどォですか?」

黒夜「そうそう。私らだって、別にオマエらと戦いてェ訳じゃねェンだ」


『ここから立ち去るなら、命だけは見逃してやる』ということなのだろう。
つまり、樹形図の設計者を破壊するのは諦めろ、と。
私は現在の状況を確認する。
自分の能力、狭い廊下、目の前に立つ2人の少女、入り組んだ施設、凹んだ壁、コーちゃんの状況。
数々の要素を勘案し、わずかながら考えた末にある1つの判断を下す。


佐天「分かった。帰ろう、コーちゃん」

絹旗・黒夜 「「…………は?」」

完全反射「……はい?」


私以外の3人の声が一斉にハモった。


同時刻、第7学区桐生バイオテクノロジー研究所。
そこの一室では、まるで室内に台風が来たかのような有様だった。
部屋の中に立っているのは、一方通行1人。
2mはあった巨大な駆動鎧は、八本の足と四本の腕を捥がれ、胴体部分だけが地面に横たわっていた。
人が乗り降りするためのハッチも歪んでいるため、シルバークロースが脱出することもできない。
しかし、一方通行は、もう興味がなくなってしまったかのようにそちらに視線を向けたりしない。


一方「さァて、天井のヤロォはどこ行きやがった?」


チョーカーのスイッチをOFFにし、奥の部屋へと入ってく。
部屋の中は薄暗い。
だが、天井亜雄の姿は簡単に発見できた。
唯一電源の入っているPCの巨大ディスプレイの前に立っていたからだ。


一方「見つけたぜェ。天井くゥンよォ?」

天井「ひっ……」


蛇に睨まれたカエルのように天井はまるで身動きが取れなかった。
体中から冷たい汗が流れるのが分かる。


一方「散々手こずらせやがって。楽に終わるとか思ってンじゃねェだろォなァ?」

天井「く、来るな!」


もう少し。
もう少しで、一方通行を足止めできる『武器』ができあがる。
画面に表示されている進捗具合は98%。
あと30秒足らず時間を稼げば命が繋がる。
ゆっくりと一方通行が天井に近づく。
首のチョーカーに手をかけ、いつでも能力が発動できる状況だ。
天井が妙な行動を取った瞬間に、組み伏せられてしまうだろう。
だから、動かない。
ジリジリと間合いを詰める一方通行に対し、動けなかったのかもしれない。
しかし、それが功を奏した。
画面は進捗具合100%を示し、天井が生き延びるための道ができあがった。



天井「ふ、ふはははははははっ!!」

一方「何を笑ってやがる」


突然笑い出した天井を前に、怪訝な表情をする一方通行。
以前死にかけた恐怖がフラッシュバックしておかしくなったのだろうか?
しかし、違った。


天井「う、動くな! こいつがなんだが分かるか!!」

一方「あン?」


そういって、天井が掲げた手の中には1枚のデータチップが握られていた。
それこそが、天井の生き延びるための『武器』。
一方通行がこの施設に攻め込んだ理由でもあるものだ。


天井「これは『完全反射の人格データ』だ」

一方「……なンだと?」

天井「おっと、変なマネはするな。オリジナルデータは削除した。オマケにこいつは繊細で、簡単に壊れるぞ」

一方「ぐっ……」


一方通行の顔色が変わるのを見て、天井はますます大きな笑みを浮かべる。
一方通行が変に警戒してくれたお陰で、こんなに簡単に時間を稼ぐことができた。
それに、以前の彼ならこの程度のデータで二の足を踏んだりはしなかった。
そもそも、彼は自分以外に守る物がなかったのだから。
だからこそ、そこに付け入る隙がある。


天井「ひ、ひははははははっ! 能力を切って両手を上げろ、一方通行!」

一方「……チッ」


スッと一方通行が手を上げる。
それを見た天井は、チップを持つ逆の手で、ゆっくりと懐から拳銃を取り出した。

ちょっと短いですが、この後の展開を考えるとこの辺で切らざるを得ない。

これで今年の更新は最後になります。また、来年もよろしくお願いいたします。

三が日にもちょこちょこ書こうと思うんで、少々お待ちください。

続きを更新



完全反射「ちょっとお姉ちゃん、どういうこと?」


一本道の通路を戻って、すぐのところにある角を左に曲がったところで、コーちゃんが私にそう問いかけてきた。
口調からすると、能力使用モードを解いているのだろう。
コーちゃんの問いに数秒答えず耳を澄ませてみるが、絹旗さんと黒夜さんは案の定追っては来ない。
彼女たちの目的はあの奥の部屋を守ることであって、私たちを倒すことではないから、当たり前といえば当たり前かもしれない。
もちろん、それは私たちも同じ。
彼女らを倒すのが最終目標ではなく、樹形図の設計者を破壊することが目的の1つなのだ。
もう1つの目的である、『天井亜雄の発見及び無力化』は御坂さんに任せることになっている。


完全反射「お姉ちゃんってば!」

佐天「ん? あぁ、ゴメン、ゴメン。ちょっと考え事しててさ」

完全反射「もしかして、一旦引いたのは行き当たりばったりだとか言わないよね?」

佐天「もちろん」


答えはNO。
あの2人にまともに正面からぶつかっても、勝ち目は薄い。
それに偶然2人に勝つことができても、そのころには敵の応援も駆けつけ、逃げることができなくなってしまう。
これ以上学園都市に被害を拡大させないことに対し、命の2つで解決できるなら安い買い物だろう。
けれど、そんなバーゲンの品として棚に並ぶのだけはごめんだ。
ならば、その突破困難な壁をぶち破るような方法を見出さなければならない。
コーちゃんと話しながら、角を曲がってすぐのところにあった左側の部屋に入っていく。
部屋の中は暗い。
わずかながらこぼれる廊下の光が、唯一の明かりだった。
逆転のための一手はこの部屋にあるはずだ。


完全反射「それで―――」

佐天「しっ!」


しゃべろうとするコーちゃんを制止する。
暗くて表情は分からないが、きっといぶかしげな顔をしているのは間違いない。
なぜなら、私も同じ状況ならそうなるだろうから。


暗い中、手探りで電灯のスイッチを探し、明かりを付ける。
そこには、おおよそ想像通りの光景が広がっていた。
部屋中を覆いつくすような数の機械、機械、機械。
『おおよそ』という言葉を使ったのは、天井が見えなくなるほど多くの機械、機材類が置かれているとは思っていなかったからだ。
わずかな通路を残して、整然と部屋の奥まで機械が並んでいる。
ただし、そんな機械だらけの部屋の中の例外として、一部壁が露出している部分があった。
入り口から向かって、左側の壁だ。


完全反射(……そういうことね)


壁付近の床には、バラバラに散っている様々な部品がぶちまけられていた。
元々そうなっていたとは考えにくい。
ただ単に、高いところから落ちて壊れたような飛び散り方だ。


佐天(壁がへこむとかなら見たことあるけど、出っ張ってるってのは初めてかな)


原因は、さきほどの絹旗の一撃。
そのあまりの拳の威力は、壁を挟んだ隣の部屋にまで影響を与えていた。
具体的に言うと、その部分だけ球状に膨らんでいる。
もう一度、同じことをされたら、間違いなく穴が開くに違いない。


完全反射(ま、へこんでるってのもあんまり見ないけどね)

佐天(クローゼットとか出窓とかは、部屋がへこんでるようなもんでしょ)

完全反射(んー、まぁ確かに……)


こういうところの感性も私に似ているのだろうか?
この前、似たようなことを初春に言ったら理解してもらえなかったことがあって、へこんだものだ。
ともかく、これで私が一旦引いた理由がわかって貰えたはずだ。


完全反射(ここからあの2人を奇襲するってことだね)

佐天(それも1つの方法だけどさ)


感性が似ていても、考えていることは一致するとは限らないか。



佐天「―――って感じかな」

完全反射「……なるほどね」


コーちゃんに作戦の内容を説明すると、一言だけそう言った。
おでこに人差し指をあて、何か考えているようなポーズをとっている。
おそらく、作戦が成功するかどうか、穴がないかどうかを思案しているんだろう。
私もたまにそうするが、特に意味はない。
強いていうなら、「私は考え事をしてますよー」というアピールだろう。
ともかく、コーちゃんは「うーん」と声を出しながら、問題点を探り出している。


完全反射「その方法だとさ、無事に脱出できるかどうかは五分五分ってとこじゃない?」

佐天「そうなんだよねぇ……。諦めて退いてくれればいいんだけど……」

完全反射「まぁ、どちらにしろいい策もそれしかなさそうなんだけど、せめて保険は欲しいところだよね」

佐天「でも、奇襲をかける作戦でも、位置がちょっとずれてたら意味ないし……」

完全反射「んー……」


そもそも、作戦なんて大それたものじゃない。
ただ単に、入り口の前にいる2人に見つかる前に、奥の部屋の樹形図の設計者を破壊するというだけだ。
この作戦なら樹形図の設計者を破壊できる可能性は高い。
けど、壊したら100%バレる。
つまり、逃げ道がふさがれる可能性がかなり大きいのだ。
そうなった場合、今のように逃げ隠れすることはできない。


完全反射「……あ!」

佐天「何かいい案でも思いついた?」


ふっふっふ、という笑い声がもれるほど満面の笑みを浮かべてこちらを向いてくるコーちゃん。
なぜだろう? 何か嫌な予感がするのは。


完全反射「説明するのもめんどくさいから、とりあえず服脱いでよ、お姉ちゃん」


そんな会話がされている頃、第7学区のある研究室の一室では、蛇を目の前にしたカエルのような顔をする中年と、線の細い白い男が立っていた。
純粋な力関係で言えば、線の細い男、「一方通行」が言うまでもなく上だ。
だが、その圧倒的な力関係を覆しつつあるのが、中年の男、「天井亜雄」の手の中に握られたデータチップ。
つまり、完全反射のオリジナルの人格データだ。


天井「動くなよ? 絶対に動くんじゃないぞ?」

一方「ンだよそりゃ。フリか?」


苦虫を潰したような顔をしつつ、吐き出すように言う一方通行。
手を上げるなどというサービスまではしないものの、その場からは動こうとしていない。
佐天と完全反射を騙してでもここに来たのは、そのデータチップを入手するためだ。
決して天井を倒すためなどではない。
無論、そのことを一方通行に問いかけても否定するだろうが。


一方「それでこれから俺はどォすりゃいい? 逆立ちでもするか?」

天井「はは。それはいい」


天井は口でこそ笑っているが、目がまったく笑っていない。
むしろひきつっているといった方がいいくらいだ。
これではどちらが優位に立っているか分からない。


一方(しかし、こいつは面白くねェな。天井のクソ野郎を殴るのに1秒もかからねェが、そォすると弾みでデータまでぶっ壊しかねねェ)

天井「ひ、ひひひっ。は、反射も使うんじゃないぞ?」


キッと刺すような眼光で睨みつけると、天井は一瞬たじろぐ。
だが、それ以上一方通行が何もしないところを確認すると、唇の端を少しだけ吊り上げる。
そして、一方通行に視線を向けたまま、手探りで机の上を物色した。
天井の腕が震えているためか、バサバサと様々な書類が落ち、床に広がっていく。
そのまま適当なファイルを手に掴むと、一方通行に向かって軽く投げつけた。
反射を切っている一方通行は、飛んでくるファイルをそのまま頭で受ける。
辺り一面に紙が散らばり、部屋が白で埋められていく。
ぶつけられた痛みはほぼない。
だが、次はそうはいかない。
それを見た天井が、懐から拳銃を取り出したからだ。



佐天「ううう……、恥ずかしかった」


結局、脱がされた。
今はもう服を着ているものの、こんな場所で下着姿にさせられる身にもなって欲しい。


完全反射「ま、いいじゃん。私も恥ずかしかったし」

佐天「ぐぐぐ……」

完全反射「ほら、まだ心臓がドキドキしてるよ」


ムニュリ。
ふむ、我ながらいい乳だ。
じゃなくて、たしかにドキドキしているのが手のひらに伝わってくる。
それなら仕方ない、御相子ということで―――


佐天「と言うとでも思った?」

完全反射「や、やっぱりダメ?」


こんなことしてて時間は―――
大体、侵入開始してから20分くらい。
早ければ、もう敵の増援が駆けつけてきてもおかしくはない。


佐天「ん、ぐずぐずしてる暇はないか」

完全反射「そうそう。さっさとやってちゃっちゃと帰ろーよ」

佐天「オシオキは帰ってからね」


ゲッというコーちゃんの声に軽く笑いつつ、腕に能力を発動させる。
そして、そのままありったけにベクトルを込めて、気合の掛け声と共に壁へと叩きつけた。
機械の積まれている部屋の奥の壁に向かって。


第23学区宇宙資源開発研究所の最深部、樹形図の設計者の残骸が保管されている部屋には、20人ほどの研究者たちがいた。
というのも、襲撃者になんら対抗手段を持たない彼らが、最も安全な場所と判断したのがそこだったからだ。
その中で、阿岳海斗は震えていた。


阿岳「くそっ! 学園都市の闇に攻撃を仕掛けてくるなんてどこの大バカ野郎だ」


ついさきほどまで、入り口近くのドアから戦闘の音らしきものが聞こえていた。
しかし、今はもうすでに聞こえない。
あの腹の底まで響くような爆音があるまでだった。
もし、あの音を出したのが侵入者だったのならば、既にここの部屋に到達していてもおかしくはない。
ということは、あの音は、避難するときにすれ違った少女のどちらかが出したものということになる。
阿岳の背中に冷たいものが走る。
それもそのはずで、阿岳は、元々第23学区にて宇宙工学に関わる精密機械の開発に勤しんでいた。
そのため、周りに能力を持った学生が来ることも少なく、学園都市にいながらほぼ能力と無関係な生活をしてきた。
その身を闇に落としてからも、それまでとほぼ変わることのない暮らしをしてきている。


阿岳(銃なんて見えるもんも脅威だが、能力はもっとやべえじゃねぇか)


金属探知にもひっかからない。
ならばどうやって見分ける?
分かるわけがない。
辺りを見回すと、顔を青くしている人間がほとんどだ。
生きて出られれば上等。
下手をしたら、自分たちも研究材料(モルモット)になる可能性がある。
部屋の中はしんと静まり返っていた。
そんな緊張が高まっているときだった。
いきなり、『部屋の中』に轟音が響いたのだ。


阿岳「―――っ!!」


音のするほうに目を向けると、そこには壁があった。
そう、『あった』のだ。
今はもうその一部に大穴が開いていた。
いや、部屋の向こうから無理やり開けられたのだ。
それを理解した瞬間、部屋の中の緊張感が振り切れた。



絹旗「追わなくて良かったんですか?」


引き返すという言葉を聞いたときにはにわかに信じられなかったが、実際に佐天と完全反射が通路を曲がってしばらく経つと、絹旗が黒夜に問いかけた。
こうまであっさりと引き返されると、逆に不気味なものがある。


黒夜「んな必要もねえだろ。精々、超電磁砲とか一方通行を連れてくるとか、その程度のことだろうし」


それだけ言うと、黒夜は佐天たちが去っていた方向とは逆の方へと歩き出す。
その程度、と言ってはいるが、そのどちらかが実現しただけで2人の敗北は確実だ。
『だろう』や『かもしれない』といった曖昧な表現ですらない。
実現すれば2人は負ける。
それが超能力者(レベル5)と大能力者(レベル4)の絶対的な差なのだ。
ただし、『実現すれば』だ。
超電磁砲は、入り口の辺りでうまく足止めできている。
第7学区の天井から定時連絡がないところを見ると、一方通行はそちらに向かったのだろう。
もしそうならば、今から23学区に間に合うはずがない。


絹旗「それでも、万が一に備えて小細工をしていることは、超評価してもいいですけどね」

黒夜「せっかく用意した奥の手だ。使わねえのはもったいないだろ」


自分の体の一部として使用するはずだった機械(サイボーグ)。
壊れているのは、命令を送信するマスターだけであって、命令を実行するスレイブは無傷だ。
マスターさえ修復できれば、恐れるものは何もない。
そんな風に、2人は油断してしまっていた。
佐天と完全反射の2人がしばらくは戻ってこないと思い込んで。
だから、隣の部屋で起こった大砲を撃ったような爆音に対して、対応が遅れてしまった。


絹旗「―――なッ!?」


それに遅れること数瞬、バタンという音と共に、樹形図の設計者の置かれた部屋に避難していた研究者たちが、一斉に廊下に飛び出してきた。
人数は2、30人くらいだ。
しかし、彼らは皆、一目散に外へ逃げ出そうとしている。
入り口付近では、超電磁砲との銃撃戦が行われているにも関わらず、だ。


黒夜「なん―――!?」


そんなパニックになって、正常に物事の判断ができなくなっている人の群れが、絹旗と黒夜を飲み込んだ。


樹形図の設計者の置かれている部屋の入り口は1つしかない。
そして、その部屋につながる入り口の前には、黒夜さんと絹旗さんの2人が守っている、
ならば、別のところに入り口を作って、そこから侵入すれば2人をうまく回避することができる。
片道だけではあるが。


佐天「よし! 行くよ、コーちゃん!」

完全反射「オッケー、お姉ちゃン」


口調から、コーちゃんの方も臨戦態勢になったことが分かる。
壁にあいた大きな穴から部屋に入ると、その部屋がそれなりに広いことが分かった。
そして、目当ての樹形図の設計者が―――ない。
あるのは、おびただしい数の棚だけ。


佐天「なっ!? ここにあるはずなんじゃ!?」

完全反射「落ち着いて、お姉ちゃン。樹形図の設計者なら、ほら。目の前にあるよ」

佐天「え?」


棚に近づいてみる。
すると、そこには微細な部品の数々が透明なケースの中に保存されていた。
どれもこれも1円玉よりも小さいというサイズだった。


佐天「こ、これ全部そうなの?」

完全反射「この辺は小さいやつだし、放っておいても大丈夫。問題なのは、握り拳以上の大きさのヤツだね」


せいぜい10個か20個でしょ、とか言って笑ってるけど、この何万個もありそうな部品中から10個を見つけるって相当時間掛かるんじゃ……。
早くも計画が破綻しかけてる。


完全反射「大きいのは一箇所に集まってるだろうし、すぐ見つかると思うけど……」

佐天「けど?」

完全反射「見つける時間はなさそうだね」


ちょうどその時、私の後ろからカツンと足を鳴らす音が聞こえてきた。



黒夜「随分と舐めたマネしてくれるじゃねェか、よォ? お二人さン?」


クライアントのオーダーの1つに、『研究員を殺すな』をいうものがなかったならば、黒夜は間違いなく皆殺しにしていただろう。
何人かは絹旗が死なない程度に気絶させたのだが、殺していなければセーフのはずだ。
ともかく、最優先事項である『樹形図の設計者を保護すること』はまだ遵守できそうだ。
佐天と完全反射がまだここでウロウロしているということは、最悪な状況の中でもまだマシな方だといえた。
結局、マスターを修復している暇もなかった黒夜は、腕一本で戦うことを強いられていたが、それでも、この2人に負ける気はしなかった。
そもそも、この程度で怯んでいるようでは、一方通行に立ち向かうなど無理に決まっている。


黒夜「覚悟はできてンだろォな?」

佐天「くっ……」


黒夜は左手に能力を発動させる。
コンクリートでさえ軽々と切り裂く窒素の槍。


絹旗「ここでそれを超使うつもりですか?」

黒夜「お利巧さんは黙ってな」


場所的なものを考えると、後ろにいる絹旗に戦闘を任せるのが妥当なのかもしれない。
だが、黒夜は舐められたことが気に喰わなかった。
それに、入り口付近の残骸ならば、いくら破壊したところでクライアントに咎められまい。


完全反射「お姉ちゃン、2手に分かれるよ!」

佐天「ん、分かった!」

黒夜「させるか!」


あまり奥に行かれると困る。
そう判断した黒夜は、射程から逃げられていない佐天に向かって窒素爆槍を振り下ろした。
そう、『私服』を着た佐天に向かって。



黒夜「は?」


コーちゃんの作戦は、怖いくらい見事に決まった。
目の前には、残った左腕を粉々に砕かれた黒夜さんがいる。
何が起こったのか分からず、呆然としている。
まるで、先ほど右腕を破壊したときのリプレイのようだ。
だが、私は違う。私は何が起こったのか、しっかりと分かる。
出来事としては単純だ。
黒夜さんが振り下ろしてきた槍を、彼女の左腕に向かってベクトルを操作しただけ。
何故、黒夜さんが私に向かって攻撃を仕掛けてきたのか、という問いに対しての解も非常に簡単なことだ。
彼女たち、つまり、黒夜さんと絹旗さんは私とコーちゃんを服でしか見分けられていなかった。
ただ、それだけのことだった。
壁を破壊する前、万が一戦闘をする場合の保険として、コーちゃんが服を取り替えようと言い出したのだ。


完全反射「これで後は……」

絹旗「私だけですか?」

佐天「みたいですね」


私は少しだけ後ろに下がり、代わりにコーちゃんが一歩前に出る。
黒夜さんの能力を封じた以上、絹旗さんがコーちゃんに勝てるはずもない。
経験の差以前に相性が最悪なのだから。


絹旗「これは引き際ってやつですかね……」

黒夜「き、絹旗ちゃン!!」

絹旗「あなたがもう少し慎重になってれば、どうなったか超分かりませんでしたけどね」

黒夜「ぐっ……」


両腕をなくし、戦闘不能状態になった黒夜さんが忌々しそうな目で私を睨みつけてきた。
いや、そんな目されても、私たちだって命かかってるんだし。


黒夜「次会ったときは、八つ裂きにしてやるからな」

絹旗「ま、あなたたちが生きて超脱出できればですけど」


それだけ言い残すと、黒夜さんと絹旗さんは部屋から逃げていった。



佐天「ふ、ふぅ~。な、なんとか乗り切ったね!」


2人が部屋から出て行き、足音が遠ざかっていくと、思わず安堵のため息が出てきた。
それだけ緊張していたということなのだろう。
足がまだ少しガクガクしている。


完全反射「でも、まだ終わりじゃないよ、お姉ちゃン」

佐天「分かってる」


樹形図の設計者を破壊することが私たちの目的なのだ。
それに、敵の増援が来てからでは、脱出も難しくなってしまう。
こんなところで休んでいる暇はない。
今一度、自分自身に活を入れる。


完全反射「それにしても、ここまでうまくいくとは思ってなかったなー」

佐天「服を変えただけなのにねぇ」


棚を調べながら、部屋の奥へと進んでいく。
どうやら部屋の奥に行くに従って、大きな残骸が保管されているようだ。
とは言っても、今のところは、まだ500円玉くらいだから、無理に破壊する必要もないのだろうけど。


佐天「逆にここまでうまく行くと何か落とし穴があるんじゃないかって疑心暗鬼にもなるよね」

完全反射「分からなくはないけどさー。一体どんな落とし穴が……」

佐天「ん? コーちゃん?」


急に会話を途切れさせたコーちゃん。
もしかして、残骸を見つけたのだろうか?
―――いや、違う。明らかに様子がおかしい。


完全反射「が……、ぎ……」

佐天「コーちゃん?」



天井「それほどまでにあのクローンが大事かね?」


一方通行はその問いに返答しない。
銃を向けられても、あまり態度も変わらなかった。
一方で、ファイルに対して反射を使用しなかったのを見たことで、天井は落ち着きを取り戻した。
そしてある確信を得ていた。
それは、『一方通行はこのデータチップを破壊できない』ということだ。
以前であれば、一方通行の性格データから確信はもてなかった。
だが、8月31日にその性格データが決して正しいものではないということに気づいたのだ。
データ上の一方通行の性格であれば、あの時、銃弾を反射したはずだったのだ。
―――打ち止めの救出を後回しにしてでも。
だが、実際にはそうしなかった。


天井「はははは!! こいつは傑作だ。そろそろ暴走を始めるクローン1体に、そこまで命を張る理由がどこにあるというのだ」

一方「……何?」


そろそろ暴走を始める?
タイムリミットまでは、あと1日以上時間があるはずだ。
それとも、またダミー情報を掴まされたのか?


天井「何だその顔は? まさか何も知らなかったのか?」

一方「俺が知ってるのは、タイムリミットが明日だってことぐれェだよ」

天井「それは正確じゃない」


教鞭をとる講師のように、一方通行の言葉に反論する。
一方通行は、天井が何を言わんとするのか理解できない。


天井「正確な起動時間は私にも分からない」

一方「ンな訳ねェだろ」

天井「最後まで聞け。そもそも、オマエはウィルスの起動条件を知らないのだろう?」

一方「…………」

天井「ウィルスの起動条件。それは―――」









天井「―――規定回数の脈拍だ」















完全反射「adfiefo:@//asdehgnc9833kjifhlkj12k342;jfij-;2123iji@@1g―――ッ!!」








毎回、長々とお待たせしてすみません! 今回はここまでです!

そろそろSSを書き始めて1周年ということで、多少なりとも筆が上達してればいいなーとか思います。

次回更新も遅くなってしまうかもしれませんが、『皆さんの想像通りのラスボス』戦を気合を入れてお送りしたいと思います。それではまたー。

追伸
いまさらながら、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の残骸を『破片(メモリー)』とか名付ければよかったとか思ったり。

続きを更新



一方「脈拍……」

天井「ふん? あまり驚いた様子ではないな」

一方「ま、そンなトコロだろうとは思ってたしな」


時刻でウィルスを発動させようとすると、問題が1つ生じる。
学習装置(テスタメント)で人格形成プログラミングをする際に、余計な作業を増やさなくてはいけないことだ。
それは、正確な時刻を知らせる時計のプログラミングの作成。
当然、コンピュータのように単純なプログラミングを作ればいいという訳ではない。
なぜなら、人間には一定のリズムを刻むものがないからだ。


天井「それならば、最初からあるものを利用すべきだと思うだろう?」


生きている以上必ず存在し、尚且つ、ある程度規則性を持っているもの。
例えば、『脈拍』。
そして、テンポを刻んでくれるものがあるならば、それを計測するプログラムを組むだけで済む。
調整の難しい時計を作って頭に埋め込むより、無意識下で数を数える方がより有用性があったのだ。
8月31日の時に12時を待たずにウィルスが発動したのも、ダミー情報などではなく、芳川が計算を間違えていただけという話。
打ち止めが、調整不足のまま街中を歩き回っていたお陰で、最終的には倒れるほどの状態だった。
つまり、拍動が常人のそれとは大きく異なっていた可能性が高い。


一方(そして、そンな状態だったってことは芳川は知らなかった、ってかァ?)


確かに、芳川のいる研究所を訪れた際に、打ち止めの体調の話をした記憶はない。
となれば、芳川が打ち止めの体の異常に気づけたのは、早くとも、BC稼働率を伝えたときくらいかもしれない。
しかし、今回は?
完全反射が体調不良だった等の異常はなかったはずだ。
であれば、冥土帰しの言っていた『明日』がタイムリミットであるはずだ。
つまり、目の前の男が言っていることは、あくまで個人的見解であり、自分を追い込むためのブラフの1つに過ぎない。
だが、天井亜雄のこの自信はどこから来ている?
何か見落としはしていないか?
そんな思考が頭の中を回っている一方通行を満足そうに眺めながら、引きつった笑みを浮かべながら天井が続ける。


天井「さて、ここで1つ問題だ。『どうやって冥土帰しがタイムリミットを計算しているか』分かるかな?」


あの医者がどうやってタイムリミットを計算しているか?
完全反射の脳内をデータ化したものからは、現在の心拍数は読み取れないはずだ。
なぜならば、この場合は無意識下での計算であるため、刻々と変化するデータのどの部分なのかが特定できない。
呼吸、発汗、まばたきや、体を動かすための微細な電気信号に至るまで、データとして脳構造に影響を与えている。
つまり、それらの事象が複雑に混在しあっているのだ。
一方で、意識的に数えているものであれば、脳の特定部分を解析すれば事足りる。
脳の記憶領域において、他のものと混在することなく独立して存在し、そこで計算されているためだ。
例えば、多くの人間が雑談している状況を思い浮かべて貰いたい。
ある特定の人物の言動に集中することの方が、すべての雑談を聞き分けることよりも容易なはずだ。
すべての雑談が耳に入っていても、それがすべて理解できることは不可能に近い。
では、どのような方法によって、完全反射のタイムリミットを計算したのか?


一方「推定値を取るしかねェな」

天井「如何にあの男が天才だとしても、生まれてからの鼓動の回数までは正確に分からんよ」


脳をバラバラに分解してもな、と一言付け加える。
要するに、1日の平均拍動回数を計算し、そこにウィルスを注入してからの日数を掛けるということになる。
ウィルスを注入したのは、学習装置を使用した日であり、完全反射が自我を獲得した日でもある。
生成されて間もない完全反射が、その日から今日までの日数を間違えるとは考え難い。
かといって、平均の拍動回数も、余裕を見るために多めに設定しているはずだ。


一方「……腑に落ちねェな。間違える余地がねェはずだ」

天井「本当にそう思うのか?」

一方「何だと?」


確かに平均の拍動回数は間違える可能性が十分にある。
何しろ、計算上の数値なのだ。
運動すれば数値は上昇するし、落ち着いて生活していれば、数値は下降する。
だが、いくらクローンであるとはいえ、そこまで差異がでるとは考えられない。
そもそも、そんな1日もズレが生じるような数値が出てしまうならば、人間としての様々な機能を損なってしまう。
生命活動に支障がでてくる。
ということは―――


天井「そうだ。完全反射が学習装置を使用してからの日数を1日勘違いしていただけだ」



一方「…………」

天井「最終信号(ラストオーダー)とお前の思考回路プログラムを、単純に組み合わせただけでは不具合が生じてな」


完全反射の1つの脳の中に、打ち止めと一方通行の両方のデータを詰め込んだ。
人格データ、演算式、行動パターン、能力特性、etc・・・。
さすがに、一方通行だけのデータを詰め込むという、あまりにもリスクのある行動はできなかった。
完全反射を比較的コントロールしやすくするために、打ち止めの人格データに目をつけたという訳だ。
その結果、完全反射という個の人格の形成に致命的な欠陥を与えることとなってしまったのだ。


天井「自我が形成できなかったのさ」

一方「自我……」

天井「2人の人間が、1つの脳、1つの体で生活するようなものだ」

一方「想像したくもねェな」


そこで、打ち止めよりも親和性の高い番外個体の人格データが採用されることとなったということだ。
人格のベースは番外個体で、演算方式は一方通行のものを使用する現在の方式になったのである。
一方通行への態度がそれなりに普通だったのは、ネットワークから悪意の影響を受けていないことが大きい。
また、この不良動作は元々予想されていたものだった可能性が高い。
でなければ、1日という短時間で、そのような複雑な調整が必要とされる作業が終わるはずがない。
むしろ、この作業を1日で終えた天井の偉業を称えるべきだろう。
だが、その1日が致命的だった。
そのことを完全反射は知らなかったのだ。
彼女が、明確な自我を持ったのは、ウィルスを入力された翌日だったのだから。


一方「本人も知らねェ空白の1日か。なるほど。そりゃ、オマエがはしゃいでンのも分かるかもな」

天井「さて、おしゃべりもそろそろ終わりにしようじゃないか。これ以上時間を掛けて、余計な邪魔が入られても困る」

一方「……チッ」


舌打ちをして、銃の引き金に手をかける天井を睨むが、こちらは動けない。
天井の手の中にあるデータチップを手に入れるまでは。


優勢は決まっていた。
どちらが優勢かなど問うまでもない。
静まり返った部屋に、ダァンという爆発音が響き渡る。


一方「がっ……」


一方通行の右肩に鋭い痛みが走った。
歯を食いしばり、地面には膝をつけないようにする。
無駄な抵抗であるかもしれないが、あまり天井亜雄をいい気にさせておくのも気分が悪い。
ジワリと服が朱で染まっていく。
派手に血がでていないことを見ると、銃にあまり破壊力はないのかもしれない。
もっとも、それを急所に受けてしまえば、死んでしまうことは間違いない。


天井「どうした? この程度の余興で、もうギブアップか?」

一方「あァ? 今、何かしたのかよ?」


天井の顔から、ニヤついた笑みがサッと消える。
そして、そのまま2発、3発と撃鉄を下ろしていく。
最初の1発は外れたものの、左上腕、続いて右太腿に激痛が走る。
さすがに、それだけのダメージを受けて、余裕を出し続けるのは不可能だった。
だが、無様に倒れるようなマネはしない。


一方「ぎっ……。く、クソ野郎ォが」

天井「くっ」

一方「?」

天井「はははははははっははははははは!! かっこいいじゃないか、一方通行!! いつから君はヒーロー気取りをするようになったんだ!?」


ヒーロー気取り。
その言葉が、一方通行の心に刺さる。
あの地獄のような日々を終わらせた男と、自分とでは何がそこまで違うのか?
自問自答するが、その答えは当然のように出なかった。


痛い。
肩が、足が、腕が痛む。
体は軋み、立っているのもやっとという状況だ。
目の前で、火花がパチパチと飛び散っているような感覚さえ受ける。


一方(酷ェもンだ。なンて無様な姿晒してンだよ、俺は……)


何故、自分はこんなにも辛いことをしているのか?
 それは、目の前の天井亜雄に撃たれたからだ。
何故、そんなことを許したのか?
 それは、反射が使えなかったからだ。
何故、反射が使えなかったのか?
 それは、天井亜雄に反撃することができなかったからだ。
何故、天井亜雄に反撃することができなかったのか?
 それは、天井亜雄が握っているデータチップが必要だからだ。
何故、そのデータチップが必要なのか?
 それは、完全反射の人格データが記録されているからだ。
何故、そのデータでなければならないのか?
 それは、天井亜雄のみにしか再現できないオリジナルのデータだからだ。
何故、オリジナルの人格データが必要なのか?
 それは、ウィルスによって完全反射が無差別に攻撃を始めるからだ。
何故、完全反射が無差別攻撃をしてはならないのか?
 それは―――


一方(いや、待て。何か引っかかる。何か見落としていねェか?)

天井「ははははっ!! 愉快、愉快だ!!」


一方通行の思考を遮るように、天井の声が割り込んでくる。
右手に銃、左手にデータチップを握ったまま、見下すように一方通行に目を向ける。
そして、勝利宣言をするかのようにこう言った。


天井「以前のお前ならば、こんなデータチップなど無視して、私を殺していたはずだ!! それが愉快でなくてなんだと言うのだ!?」


その一言。
この一言が、一方通行にとある閃きを与えた。
逆転の閃きを。


状況が変化したのは、まさに直後だった。
天井は、一方通行が震えているのに気がついた。
痛みに震えているのかと思ったのだが、それは違った。


一方「くはっ……」

天井「ん?」

一方「ギャハハハハハハッ!!」


笑っていた。
かつて一方通行が、そうだったように。
嗜虐性を含んだ笑みで。
まるで、何かの答えを得たかのように。
そして、そのまま無造作にチョーカーのスイッチをONにする。
その瞬間、いや、それ以前から勝敗は決していた。


一方「そォだよ!! そォじゃねェか!!」

天井「ひ、ひっ……。く、来るな!」


急に態度が変わった一方通行に怯える天井。
そうでなくとも、元々、力関係は一方通行の方に一方的に傾いていたのだ。
それこそ、奇跡が起こっても勝てないほどに。
それを優勢でいられたのは、データチップによって天秤のバランスを保っていたからだ。
しかし、それも崩れてしまった。
つまり、行き着く結果は1つしかあり得ない。


一方「ンだァ? 天井くンよォ。さっきまでの威勢のよさはどこ行ったンですかァ?」


無造作に一方通行が、天井に近づいていく。
それに対し、天井亜雄は、構えていた銃を取り落とし、反対側の手を一方通行に突きつけた。
必死で最後の抵抗を試みる。
そこにはもちろん、完全反射のオリジナルの人格データが記録されているチップが握られていた。
番外個体の人格データに独自の調整を加えたものであり、一方通行が求めていたものだ。


だが、


一方「それがどォした?」

天井「ぎ、があああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


一方通行の取った行動は単純なものだった。
天井の抵抗を完全に無視し、左手ごとデータチップを握り潰した。
メキメキメキという音と共に、天井亜雄の左手が変容していく。
当然、データチップも粉々になっていることだろう。
ボタボタと床に赤い液体が零れていく。


天井「が、お……、ま」

一方「『俺の目的はこのチップだったはずだろ?』ってかァ?」


苦悶の表情を浮かべる天井に向かって問いかける。
まともな返答が来るとは思っていない。
そもそも、その問いが耳に届いているかもあやふやだ。
しかし、聞こえないことを承知であえて言った。





一方「ハッ!! お生憎様だが、オマエのお陰で別の方法を見つけたンだよ!!」





その言葉を耳にしたかどうかは定かではないが、天井は糸が切れたように床に崩れ落ちた。
呆気なく、あまりにも呆気なく天井と一方通行との決着は終結した。


一方「この程度で済ませてやる。あンまりオマエに構ってるヒマはねェンだ。いろいろやることができちまったからな」


気絶した天井に向かってそれだけ言うと、一方通行は研究所を後にした。


『多種能力者の生成可能性における考察』

第一章 能力の個体差とその特異点

この学園都市において、もはや異能力として珍しくもなくなった『超能力』。
レベル0が圧倒的多数を占めるとはいえ、微力ながら能力の使えるレベル1以上の能力者は40万人を超える。
しかし、その能力が何なのかは、未だに全容を解明できてはいない。
いや、『能力とは何なのか』という答えも出せていない。
現段階では、『自分だけの現実』と現実の差異が、能力として発現されるとされている。
そのため、『自分だけの現実』の構築が粗雑なものは能力を発動させられないし、演算能力が低いものは力を扱いきれない。

―――とされている。

だが、この学園都市で開発されている『超能力』はそれだけでは説明できない部分も多い。
なぜ『多重能力者(デュアルスキル)』が理論上不可能とされているのか?
また、同じ能力者であっても、多様な能力の用途が存在するのか、といった問いは解明されているとはいえない。
前者は、無数の犠牲の結果辿り着いた結論であるし、後者は研究しているものすら少ない。
そういったことを勘案してみると、やはり不可解な点が発生する。
『自分だけの現実』にしても、それだけでは、ただの想像力豊かな人間に過ぎない。
それだけで能力が発現するならば、学園都市の外部にも能力者は存在していてもおかしくないからだ。
そのような症例もなくはないそうだが、それも、学園都市でカリキュラムを受けたものと似た特殊な環境下でのみの事例ということだそうだ。
そう考えると、投薬や暗示にどのような秘密が隠されているというのだろうか?
その答えはまだ出せていない。

そして、それらと同じように未だ答えの出せていない未知の領域が存在する。
それが、『人物の違いによる能力の差異』だ。
前述した同能力、多種用途と似ているかもしれないが、その本質は異なる。
その最たる具体例として挙げられるのは、『絹旗最愛』と『黒夜海鳥』だ。
この2人は『暗闇の5月計画』の被験者。
つまり、彼女らは最強の能力者である一方通行の思考の一部を移植されたのだ。
同じ窒素を操る能力者でありながら、絹旗最愛は窒素を身に纏う『窒素装甲』。
対する黒夜海鳥は、窒素を槍として操る『窒素爆槍』という能力を使う。
これは、一方通行の攻撃性たる『ベクトル操作』と防護性たる『反射』の特質が良く現れている。
また、この実験の結果として観測された事象は『性格の凶暴化』。
言葉遣いを始めとする性格の変容により、普段よりもより高い能力値を出すことが確認されている。
だが、それも根本的な能力に変化はしない。
性格が凶暴になったからといって、絹旗最愛が窒素の槍を作ることはできない。
攻撃性を発現させているにも関わらず、だ。
つまるところ、能力の強弱に性格の差異は深く関連してはいないという結論が導き出される。
では、この2人の能力を大きく分けている差異とは何か?
現段階では『自分だけの現実』の差異という他ない。
まことに遺憾なことではあるが。


そんな何も解明できないない中で、先日、新しい出会いがあった。
そのうちの1人が佐天涙子。
佐天涙子は2人目のベクトルを操る能力者であり、出会った際にはまだレベルも1そこそこ程度だった。
できることといえば、風を多少操れる程度で、最強たる一方通行とは比較にならないほどの差があった。
そしてもう1人が完全反射。
彼女は佐天涙子のクローンであり、妹達の後継機にあたるらしい。
能力は、反射をメインとしたベクトル操作。
学習装置により一方通行の思考を積んではいるものの、レベルは4程度だろう。
私は、この2人に注目した。
レベル5の第三位である御坂美琴のクローン『妹達』は、電気的なネットワークを構築しているために、差異というものがほぼ存在していなかった。
だが、完全反射は異なる。
完全反射はネットワークを介して他の個体とリンクしていない。
いや、そもそも『原点超え(オーバーライン)』シリーズはワンオフのみであるという話だそうだ。
その点を置いておいても、佐天涙子と完全反射の個体差には興味を惹かれた。
なぜなら、御坂美琴と妹達のように圧倒的な能力差がある訳ではないからだ。
つまり、どういうことか?
御坂美琴が妹達の能力をフルカバーしているのと異なり、佐天涙子と完全反射の能力には差異が見られた。
完全反射が『反射』を得意とするのに対し、佐天涙子は『ベクトル操作』を得意とする。
つまり、能力は遺伝情報のみでは決まらないという仮説が得られる。
もし、この仮説が正しいとするならば、何で能力は決定付けられるのだろう。
性格でも、遺伝情報でもないとすると、その人間の魂だろうか?
あるいは、能力が人を選んでいるのかもしれない。

(中略)

ここで興味深い例がある。
ごく少数ではあるが、能力者の中でも変わった条件でのみ能力を発現する人間が存在する。
その最たる例が、体晶を利用した能力者だ。
体晶により意図的に能力を暴走させることで、より能力を発現しやすくしているというものだ。
ここで、また1つの仮説が挙げられる。
体晶を使う能力者は普段は無能力者であり、体晶を摂取することで能力者になる、というものだ。
つまり、体晶とは、能力を暴走させるためのものではなく、なんらかのスイッチをONにする転換のための物質ではないかということになる。
能力が暴走しているのではなく、能力を生成していることに対する副作用が大きい、という可能性も捨てきれない。
もっとも、それらの能力者の中には、普段から能力の一端を使用するものも存在するが、体晶を摂取したときほどの能力を使えるものは、当然ながら存在しない。
もし、『これが同じ能力でなかったなら』という推論を考察することは時間の無駄ではないと考える。
前述の絹旗最愛と黒夜海鳥、あるいは、佐天涙子と完全反射ほどの差異は存在しないかもしれないが、僅少ながらでも差異が存在するならば非常に面白い。
根幹は同じ能力ではあるが、なんらかの要因により多様な用途で能力を使う能力者。
仮に、『多種能力者(デュアルパーソナリティー)』と呼称するならば、その存在は否定されるべきではない。
現にレベル5の人間たちは、すでに多様な用途で能力を使用しているからだ。
第一位は『ベクトル操作』と『反射』を、第三位は『電気』、『磁力』、『電磁波』等々と。
自身のなんらかのスイッチを切り替えることにより、異なる用途で能力を使用する『多種能力者』は、研究に値する分野ではないかと考察する。


と、そこまで論文を書き上げると、芳川桔梗は一度手を休め、コーヒーを口にした。
壁掛けの時計に目をやると、時刻は午前10時を過ぎたところだった。


芳川「あら、もうこんな時間?」


論文を書き始めたのが昨夜だったのだから、もう10時間はこうしていたことになる。
そして、今更ながら、口にしたコーヒーが冷え切っていることに気づいた。
物事に集中してしまうと、まわりがまったく見えなくなってしまうのが、芳川の長所であり、短所だった。
体を伸ばし、固まった筋肉をほぐしていく。


芳川「出だしでこんなに時間がかかるとは思わなかったわ……」


いつ論文を書いても、問題提起の部分には苦労する。
研究内容については、実験や観察の内容を記載していけばいいだけなのだが、序盤はそうはいかない。
論文の読者に、続きも読もうと思わせるような出だしでなければならない。
そういう理由で、タイトルを決めるのも苦手なのだ。
とはいえ、主に時間がかかったのは、『多種能力者』の名称だったりする。
他にもいい名称があるのではないかと模索していた時間は長かったが、こういう時間は嫌いではない。


芳川「当て字はマルチプレイヤーでも面白かったかもしれないわね」


徹夜明けのテンションでフフフと笑いを溢しながら、コーヒーをすする。
どれほど悩んだところで、『暗闇の5月計画』だったり、『原点超え』などというワードが含まれているため、この論文は表舞台に出すことができない。
だが、そんな日の目を浴びない研究だからといって、研究を止める訳にはいかない。
むしろ、自分から研究を取ったら、甘さだけしか残らないのではないか?


芳川「そう。このカップの底に残った砂糖のように」


コーヒーを飲みきったところで、ドヤ顔をしながらそんなことを言ってみるものの、誰もツッコミは入れてはくれない。
そもそも、自分以外その部屋にはいなかったのだから仕方がない。
そしてポツリと呟いた。


芳川「多種能力者……。可能性があるとすれば、後は多重人格者くらいかしら?」

今回はここまでー。

なんか2ヶ月近くかかってしまってすいません! 書く順番を試行錯誤してたら、こんなに掛かってしまいました。

いろいろ説明回になってしまった感がありますが、次回からはバリバリのバトル回なんで! 予定ですけど!

GW終わり間際に続きを更新



完全反射「dkrfj8sdfmz0dajfemnsdaui・・woijsalk;lkdfa」

佐天「こ、コーちゃん!!」


突然倒れたコーちゃんが、暗号のような言葉を紡ぎ続けている。
何が起こっているのか分からない。
分からないが、これは明白によくないことが起こっていることだけは分かった。
それも、致命的になりかねないほど深刻なものだ。


佐天「どうすれば―――」


こういうときこそ慌ててはいけないことは分かっているのだが、どうしても思考が空回りしてしまう。
辺りを見回してみるが、助けてくれる人もいなければ、役に立ちそうなものもない。
そんなことをしている間にも、コーちゃんは謎のコードを呟き続け、時々痙攣したようにビクッと仰け反っている。
額には汗が滲み、その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
そのまま放置しておくことはできず、コーちゃんの現状を調べようとしゃがんだところで、上着のポケットに何か入っていることに気づいた。
この服は元々コーちゃんが着ていた服だ。
もしかしたら、何かこの状況のヒントになるものが入っているかもしれない。
そう思い、ポケットに手を突っ込み中身を取り出した。


佐天「―――!!」


ポケットに入っていたのは、携帯電話だった。
どう考えても、自分だけでこの場を乗り切るのは不可能だ。
どうして、他の人に助けてもらうという思考に至らなかったのだろう。
この状況を打破できるならば、誰でもいい。
私は、震える指を操って携帯電話を開いた。
だが、結果としては無意味だった。
圏外だったのだ。


佐天「どうしてこんなときに―――ッ!!」


いろいろ理由が浮かんでくるが、当然答えなどでてこない。
そもそも、そんなことを考えている場合ですらない。
今、自分にできることはなんだろうか?


―――どうすることもできなかった。
結局、やったことといえば、苦痛に顔を歪めるコーちゃんの手を握っただけ。
その手は、じっとりと汗が滲み、体温は風邪でも引いているのかというほど高かった。
呼吸は荒く、心拍数は驚くほどに跳ね上がっている。
頭の中がめちゃくちゃにかき回されている感じなのだろう。
能力があれば、世界は変わると思っていた。
たしかにその通り、私の世界は大きく変化した。
レベル0とバカにされていた私が、能力開発を通じて新たな人と出会い、大きな力を得た。
だが。
だが、それでもこうして目の前で苦しんでいるコーちゃんを救うことはできない。


完全反射「89gadkzieplvc,dwrmaios89snvebziidjレジスト0z・・・awxルートAからw、コード08からコード72

       までの波形レッドをルートC経由でポイントA8へ代入エリアD封鎖コード56をルートSへ迂回波形ブルー
       をイエローへ変換」

佐天「…………」


意味の分からなかったコーちゃんの暗号文のような言葉が、日本語へと変換されていく。
だが、意味はない。
その言葉の意味を理解できなければ、日本語であろうと、暗号であっても同じようなものだ。
ここに何をしにきたのか、今、何をすべきなのかなどということがすっかり頭の中から飛んでいた。
異常な光景を目の前に、何も考えられなかった。


完全反射「コード112までをルートAに集中以下をコード13としルートG経由でポイントDを占有コード84の波形ブルーを接続
       ポイントF1、K3に分岐ルートKからのコードを全て波形イエローに変換しポイントV2、H5、Y0へ分割」


刻々と時間だけが経過していく。
今、何分くらいたっただろう?
室内に自分たち以外に人はいない。
それが相まってか、コーちゃんの苦悶の声が部屋にこだまする。
そして―――


完全反射「Success_code_No000001_to_No357081. 上位命令文は正常に処理されました。更新された記述に従い検体番号Overline0002号は再覚醒します」


―――コーちゃんのデータの上書きが完了してしまった。


どれほどの時間が経ったのだろう?
最後に言葉を発してから、それほど時間が経ったとは思えない。
だが、さきほどまでのような苦しそうな表情は治まり、呼吸も整ってきている。
コーちゃんの体調は良化に向かっているようだ。
この様子ならば、目が覚めるまであまり時間もかからないだろう。


完全反射「―――ううっ」

佐天「コーちゃん!!」


わずかに漏れる声に、大声で呼びかける。
その声に応えるように、コーちゃんはゆっくりと目を開けていく。
そして、そのまま頭を押さえながら、上半身を起こした。


完全反射「―――えぇっと、私は……」

佐天「大丈夫!? 痛いところとかない!?」


キョロキョロと周りを確認した後、やっと声を出していた私の方を向いた。
なぜかキョトンとした表情をしている。
見た様子では、特に大きな障害なんかはなさそうだ。
思わずホッと息をつく。


完全反射「んー……。ま、手っ取り早く済ませるか」


手っ取り早く済ませる?
今は何よりも、病院で診察してもらうべきなんじゃないだろうか?
―――とそんな心配を余所に、コーちゃんはゆっくりと立ち上がり、笑顔で私にこう言った。

                        ・ ・ ・
完全反射「じゃ、さっさと死ンでよ、お姉様」

佐天「え?」


その言葉の直後、私の体は壁に吹き飛ばされた。



佐天「……かはっ!!」


部屋の壁に思い切り背中を打ち付けられ、肺の中の空気が外へと逃げ出していく。
目の前がチカチカする。
何が起きた?
何が起こった?


完全反射「あれェ? おかしいな、殺したと思ったのに……」


そうだ。
急にコーちゃんに攻撃されたんだ。
それも、もの凄いスピードで。
その心臓をえぐり取ろうとするコーちゃんの腕を、右腕で防御した。
だが、それでも壁まで吹き飛ばされるほどの威力が、その一撃にはあった。
いや、そもそも、なぜここまで威力のある攻撃がコーちゃんにできる?
彼女の能力は『反射』であって、『ベクトル操作』ではなかったはずだ。
出きるのは、自分の力を使った『ベクトル操作』くらいであって、ここまでの威力がでるはずがない。
だが、今のは間違いなく『ベクトル操作』を使った攻撃だった。


佐天「こ、コーちゃ……」

完全反射「ンンっ? なンでそンなに不思議そうな顔をしてるのかな?」


声を出した瞬間、ビキィという痛みが頭の中に走った。
まずい。
これは右腕が折れているかもしれない。
しかし、その程度で済んでいるのが幸運なくらいだ。
たまたま反応した右腕で防御しなければ、本当に死んでいたかもしれない。
腕がくっついているところを見ると、反射的に能力を使って、威力を分散させたのだろう。


完全反射「ああ、そっか。いきなり同じ顔の人間が目の前に現れたら、誰だって混乱するよね」

佐天「え?」

完全反射「初めまして、お姉様。私の個体名は『完全反射』。あなたのクローンってことになるのかな」


まるで、あの初めて会ったときの夜のようなセリフ。
だが、決定的に違うことがある。
それは、今の私はもうコーちゃんを知っているということだ。


佐天「コーちゃん……?」

完全反射「へェ……。お姉様は、いきなり他の人にあだ名を付けるタイプの人かァ」


胸にズキンと痛みが走る。
コーちゃんは私を知らない。
というよりは、忘れてしまっている。
ここ2週間近く、一緒に過ごしてきた時間を。
あまりの展開に、腕が折れている痛みなどどこかに飛んでいってしまった。
頭が真っ白になる。


完全反射「ギャハハハハハッ!!」

佐天「―――っ!!」


その彼女の出したとは思えない笑い声で、現実に引き戻される。
コーちゃんは、嗜虐性溢れる顔をしている。
こんな笑い方をする子じゃなかったはずだ。


完全反射「ま、そンなことどォでもいいから、さっさと死ンでよ」

佐天「ど、どうしてこんなことっ!!」


そういい終わるか終わらないかのうちに、コーちゃんが猛スピードで接近してくる。
私は能力を使い推進力を得て、適当な棚の間に飛び込んだ。
直後、もの凄い音と共に、さきほどまで私がいた壁に大きなクレーターができた。
絹旗さんのときの倍はありそうなものが、だ。
攻撃の余波で、砕けた壁の破片が散弾のように飛んでくる。
しかし、そちらを向いている余裕はない。
状況を把握するために、急いで距離を取らなければならない。
こんな何をすればいいのか分からない状態では、本当に死んでしまうのだから。



佐天(一体何がどうなって……)

コーちゃんからある程度の距離を取り、私は物陰に隠れた。
幸い、この部屋には、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の破片を保管しておくために多くの棚が存在している。
棚は整然と設置されていたが、さきほどの攻撃の影響か、所々棚が倒れていたり、ななめになっているところもあり、死角は多い。
現にこの場所は、コーちゃんのいる場所からそれほど離れてはいないが、その姿はまったく見えないと言っていい。
コーちゃんが追撃をしてこなかったことは気になるが、今はそれどころではない。
状況を整理しなければならない。
当初、私たちは樹形図の設計者を破壊しにやってきた。
御坂さんの協力もあって、奥に進み、黒夜さん、絹旗さんを倒して、この部屋に入ったところまではいい。
問題なのは、突然攻撃をしてきたコーちゃん。
さっきのは『反射』だけでは不可能な動きだった。
今のコーちゃんは『ベクトル操作』までも使えるのだろうか?
そもそも、なぜコーちゃんは私を攻撃してきたのか?
突然倒れ、意味の分からないコードを口にした直後に性格が急変したことを考えると、アレが原因だとしか考えられない。
でも、アレはなんだったのか?


佐天「痛っ……」


ズキンと痛む右腕。
動かないことはない。
一応、これでもベクトル操作の能力者だ。
普段使っている右腕を、能力で補助して通常通り動かすことくらいは問題ない。
しかし、その影響で、能力を万全に使えるかと聞かれれば問題ないとは言えない。
それに、腕以外の部分をケガしたら、それこそ終わりだ。
今のコーちゃんと正面から戦って勝てる見込みはない。


佐天(コーちゃんを説得……。いや、そもそも……)


前提条件から間違えている気がする。
あれは、操られているとか、乱心しているとかそういう感じではなかった。
いうなれば、『人が変わった』。
私のことを覚えていないことといい、能力の性質が変わったことといい、まるでコーちゃんじゃないみたいだった。
ともかく、分かっていることは、コーちゃんが私を殺そうとしているということ。
そして、このままではその通りの未来がやってくるということだ。


その未来を回避するためには、逃げ道が塞がれている以上、戦うしか方法はない。


佐天(―――戦う? 私とコーちゃんが?)


果たしてできるだろうか?
勝つ、負ける以前の問題だ。
短い期間ではあったが、今まで本当の姉妹のように過ごしてきたコーちゃんと戦うことが、私にできるのだろうか?
とてもではないが、中途半端な気持ちでは、勝つことはおろか、生き残ることすらできない。
ただでさえ、タイムリミットは刻一刻と迫っているのだ。


佐天「こんなとき、一方通行さんならどうするのかな……」


ぼそりと現実逃避気味に呟く。
自分を救ってくれたあの人は、こんなピンチでどんな行動をするだろうか?
そもそも、ピンチなんて作らないかもしれない。
けれど……、
もし、こんなピンチに陥ったとき、一方通行さんなら―――


佐天「コーちゃんを助けて、樹形図の設計者を木っ端微塵にして、迫り来る増援を蹴散らすのかなぁ……」


と、そんなことをポツリと言って気づいた。
―――どうして、私にはそれができないんだろう?
同じ能力を持っているのにも関わらず。
……簡単なことだ。
私は、一方通行さんと違って、『選ばれた人間』じゃないから。
特に何の取り得もない中学生。
勉強だって得意な訳でもないし、つい最近まで無能力者だったのだ。
そんな自分にいきなりこのピンチを乗り切れといわれても、到底無理というものだ。
……そう、こんな『無能力』な自分に。


佐天「……っ! 違う!! 私は……、私は、能力者になったんだ!!」


能力者になれば世界は変わると思っていた。
能力があれば、世界は今までと違った景色で見え、困っている人を助けることもできると。
しかし、今、私は逃げようとしている。
能力者になったにも関わらず逃げていたのでは、いつまでたっても、無能力者のままの自分と変わらない。
コーちゃんを見捨てて逃げたら、次もきっと逃げてしまう。
それが嫌ならば、今、古い自分を捨て去り、勇気を出して一歩前に進むべきなのだ。

次回、佐天涙子覚醒……的な!

ちなみに、携帯が圏外だったのは、外で戦ってる美琴が、応援を呼ばれないようにジャミングかけてるからです。

あと2回くらいの更新で完結予定ですんで、バリバリ書いていきたいと思います!

ちなみに、たまーに更新してるブログは↓になります。
http://sssaliman.blog.fc2.com/

久々々に続きを更新。


わずか数分。
わずか数分の間にこんな状況になってしまい、これからコーちゃんと命がけの戦いをしなければならない。
そんなことを考えると、体の震えが止まらなくなりそうだ。
どうしてこんな状況になってしまったのか、なんてことはもはやどうでもいい。
いや、よくはないのだが、それは後でゆっくりと考えることだ。
今は、目の前の事象から、一瞬たりとも隙を見せてはならない状況であるということを忘れてはならない。
お互いに、相手を『殺してしまう』可能性を秘めているから。
私の僅かばかりの能力でさえ、コーちゃんの速度に対してカウンターが入れば、十分に危険な攻撃には違いない。
そんな状況を作りたくないし、自分が死ぬのも、もちろんゴメンだ。
時間はない。
もう数分もしないうちに、私の能力も打ち止めになり、そうなったら、生きてここから出られるという可能性も相当低くなってしまう。
こうして、考えている時間すら惜しい状況なのだ。


佐天「ふーっ」


大きな息を吐いて、思考を整理する。
どうやってコーちゃんを救うかなんて考えてついていない。
それでも、お互いに生き残る可能性を求めるならば、すぐに行動を起こさなければならない状況に追い込まれてしまっている。


佐天(……ここでいくら考えていてもダメだ。コーちゃんと向き合わなきゃ)


私はゆっくりと立ち上がる。
右腕を動かすと痛みはあるが、思った通りに動いてくれた。
体の調子は万全とはいい難いが、能力の調子はいつもよりもいいくらいだ。
これも、一方通行さんのスパルタの恩恵だろうか?
しかし、そのお陰でまだ十分に戦える。
後は、コーちゃんを目の前にして戦えるかどうか。
…………。
うまくイメージができない。
例えば、コーちゃんではなく、初春ならどうか?
―――きっと、10秒もあれば倒せる。
そんなイメージを思い浮かべると、自然と笑みがこぼれた。


佐天「……よしっ!」


そうして意を決すると、見通しの悪かった物影から、開けた見通しの良い通路へと踏み出した。


―――が、そこで私が見たものは予想もしていなかった光景だった。
先ほど私が回避した場所に、大きな凹みができていたのだ。
それも、さきほどの絹旗さんの時より一回りは大きいだろうか。
いや、確かにその点に関しても驚いたが、私が驚いた原因は、それだけではなかった。
コーちゃんがズタズタになって倒れていたのだ。
まるで、誰かから攻撃を受けたような状態だ。
頬からは血が流れ、先ほどまで私が着ていた制服からは所々にコーちゃんの肌が見え隠れしている。
まるで、目の前で爆発でもあったかのような状態だった。


佐天「こ、コーちゃ―――」

完全反射「……っててて」


軽く首筋に手を当てながらゆっくりと立ち上がり、体の関節の調子を確かめるコーちゃん。
そんな風に体のどこにも異常がないことを確かめると、服についている埃をぽんぽんと払った。
想定外の状況に、ただただ見ていることしかできなかった。
そうしていると、コーちゃんは頬から垂れている血を手の甲でぬぐい、私の方に視線を向けてきた。


完全反射「ふゥン? まさか避けられるとは思ってなかったよ、お姉様」

佐天「―――ッ!!」


背中にゾクリとしたものが走る。
つい先ほどまで、コーちゃんのことを本気で心配していたにも関わらず、そんな心配は私の思考の中から消え去ってしまった。
理解したのだ。
あのクレーターの意味を。
そして、コーちゃんは本気で、あの威力の攻撃を私にしようとしたのだ。
―――殺意を込めて。


佐天「……本気、なんだね」

完全反射「あはははっ! 本気? 何がァ?」


唇の端を大きく歪め、両腕を広げると、手の平を上に向ける。
私を威嚇している、そんな態度に見える。
ボロボロになっているにも関わらず、コーちゃんは余裕の態度を取っていた。
私を殺すことをなんとも思っていないような目。
そんな態度が、今までのイメージとまったく合致しない。
むしろ、以前コーちゃんの話に出てきたあの人のイメージだ。
御坂さんのクローンを殺し続けていたという一方通行さんの。



完全反射「それで? 結局どうするの?」

佐天「え?」

完全反射「私と戦うのかどうか、って話だよ。お姉様」


そんなもの本音を言ってしまえば、戦いたくなどない。
つい数日前まで、普通の学生をしていた私が、殺し合いなどという状況に置かれているのが冗談のような話だ。
多分、昨日までの私に話を聞かせてみても、信じるわけがないという確信がある。
それも、戦う相手というのが自分のクローンだ。
どこぞのSFの話だ、と一蹴する話でしかない。
しかし、この目の前の状況が現実だ。
理由は分からないが、目の前にいる彼女は、本気で私を殺すつもりなのだ。


完全反射「ま、ご覧の通り、ベクトル操作の方にステータス全振りしちゃってるから、反射はほとんど使えないンだよね」

佐天「ベクトル操作……?」

完全反射「そ。だから、さっきみたいにカウンターでも決まれば、お姉様にも勝ち目はあるかもね」


いや、さっきのやつは、カウンターじゃなくて、コーちゃんの自爆だから。
などと、そんなことは口には出さない。
何をきっかけに戦いが始まってしまうか、分かったものではない。
より多くの情報を得て対処しなければ、このイレギュラーな状況を脱することはできない。
そう考えると、理由は分からないが『反射が使えない』というのは重要な情報だ。
少なくとも、こちらの攻撃も相手に届くということなのだから。


完全反射「それにしても……」

佐天「―――っ!!」


鋭い眼光で私を睨むコーちゃんに、思わず身構えてしまう。
ジロジロと、頭の先から足元まで見られている感じだ。
何か弱点を見つけられたのかとも思ったが、そうではなかった。




完全反射「お姉様の能力って、本当に『ベクトル操作』なの?」




佐天「……え?」



時間がないとか、今からコーちゃんと戦わなければならないとか、そういった思考が完全に途切れた。
私の能力が『ベクトル操作』ではない?
一方通行さんの能力と比較してはおこがましいが、反射にしろ、ベクトル操作にしろきちんと使えている。
実際に、『ベクトル操作』の能力なしでは、ここまで辿り着くまでに何度死んでしまったか分からない。


佐天「……そ、そんなはずは―――」

完全反射「本当に?」

佐天「…………」


その言葉を、ゆっくり咀嚼しながら考える。
幸いというか、コーちゃんはすぐさま攻撃してくる態勢を取っている訳ではない。
私の能力は、『ベクトル操作』で間違いないはずだ。
しかし、コーちゃんは私の能力がそうではないと言う。
であるならば、コーちゃんが想定していることは1つ。
つまり、『ベクトルを操る能力』の中に分類される、『ベクトル操作』ともう1つの特性である―――、


佐天「私が『反射』に特化したベクトル操作能力者だ、って言いたいの?」


『反射』の能力。
それはベクトル操作の能力の1つであり、『ベクトル操作』は攻撃に特化した能力であり、『反射』は反対に防御に特化した能力であるといえる。
確かに、それであれば私の能力が『ベクトル操作』ではないことになり、さきほどのコーちゃんの攻撃からほぼ無傷で生還できた理由にもなる。
しかし、それはありえない。
なぜなら、私が樹形図の設計者を付けられ操られていた際には、『ベクトル操作』の能力を行使し、一方通行さんと互角の勝負を行ったのだそうだ。
あの時の私の反射能力は、「種類」はほぼ完全だったが、反射自体の質はコーちゃん以下という話を聞いている。
であるにも関わらず、私が『反射』に特化した能力者であるというのは矛盾が生じる。


完全反射「…………」


コーちゃんの返答を待つが、特段の反応はない。
答える気がないのか、あるいは余計なことを考えさせて集中力を乱そうという作戦なのだろうか?
―――と、そんなことを考えている最中に、コーちゃんが動いた。
いや、違う。
コーちゃんは微動だにしていない。
正確には、足元に無数に散乱していた破片のいくつかが、音速にも迫ろうかという勢いで一直線に私に向かって飛んできたのだ。



佐天「―――ッ!!」


ベクトルを操作して足元の瓦礫を飛ばしたのだ、と気づいてから動いたのでは完全に遅かった。
何しろ、コーちゃんと私の距離は精々数十m。
それも、数が少ないとはいえ、1つ1つが握りこぶしほどもある破片だ。
0.1秒もしないうちに、破片が私に突き刺ささり、いや、貫通すらしていたかもしれない。
何しろ、全身に反射をかけることもできないのだから、腕に当たったもの以外は、例外なくこの華奢な体に降り注ぐはずだ。
―――だが、そうはならなかった。
いつまで経っても、痛みがあるのは骨折した右腕だけだ。
ゆっくりと視線を自分の体に向けても、体に異変があるようには思えない。
無論、コーちゃんがワザと避けてくれたということはないはずだ。
では、一体何が起こったのか?


佐天「一体何が……」

完全反射「気づいてないの?」

佐天「え……?」

完全反射「お姉様が、瓦礫を全部弾き落としたんじゃン」


そんな訳の分からないことを、コーちゃんは言った。
私が……弾き落とした……?
そんなバカなことはありえない。
私が辛うじて分かったのは、足元から何かが飛んできたことだけ。
生理的反応で、両腕を多少上げようとはしたかもしれない。
だが、それだけだ。
それだけでいくつもの飛来物を落とせるだろうか?
―――できるはずかない。
そんな唖然としている私の様子を見たコーちゃんが、こう続ける。


完全反射「ふ~ン? その様子じゃ無自覚に能力を使っているンだか、はたまた、お姉様が超幸運の星に生まれたのかは分からないねェ」


どうやら、能力うんぬんの話は、コーちゃんの絶対の自信の元に発言した訳ではないらしい。
それはそうだろう。
一方通行さんは、ベクトルを操る能力を『ベクトル操作』と『反射』の2つだと言っていたではないか。
たまたま、私が超幸運の星の元に―――、とそこではたとあることに気づいた。


ここで1つ質問をしよう。
それは、『佐天涙子は超幸運か?』という質問だ。
その答えに対しては、私自身でもNOと言えると思う。
もちろん、自分が不幸な人間だとは思っていない。
だが、学園都市に来てから数年、私はレベル0という落第者の烙印を押され続けた。
さらには、それが原因でレベルアッパー事件やポルダーガイスト事件にも巻き込まれた。
御坂さんに助けてもらわなければ、どうなっていたかも分からない。
そういう意味では、私は幸運なのかもしれない。
しかし、果たして私は、さきほどの瓦礫による攻撃から、かすり傷1つすら負わないほど幸運だろうか?


佐天(ありえない……)


自問自答する。
なにしろ、能力によって狙い澄まされた攻撃だったのだ。
私を本気で殺そうとしているコーちゃんがワザと狙いを外すとは考えられない。
であるならば、コーちゃんの言葉どおり、私が何らかの能力により、攻撃を防いだことになる。
改めて思い返してみると、いくつか有り得ないことが起こっていたことに思い当たった。
初めて実戦経験をしたときには、銃弾を弾いた。
絹旗さんとの戦いでは、幾度か攻撃を回避した。
そして、今回はいくつもの破片による攻撃を防ぎきった。
どれもまともにダメージを受けていたら、大ケガどころでは済まないようなものばかりだ。


佐天(一番受けたダメージは、右腕のコレくらい……)


これだけの奇跡を、『超幸運』の一言で済ませていいものだろうか?
確かに、コーちゃんの言っている通り、私の能力がそういった能力である可能性も考えたくなる。
しかし、それならば、その能力とはいったい何だ?
未来予知?
―――違う。
それでは、そもそも『ベクトル操作』や『反射』を使えないことになる。
ベクトル操作を使った回避能力?
―――違う。
私が回避しきれないものは、ベクトル操作によっても防御している。
反射神経の強化?
―――違う。
コーちゃんが豹変した直後の攻撃でも、私に向かって破片は飛んできていたはずだ。
何しろボロボロになっているコーちゃんと、それほど位置的には変わらない場所にいたのだから。
棚の隙間に向かって飛び込んだとはいえ、タイミング的には全身間に合ったとはいえない。
しかし、その攻撃の余波も回避したか、防御をしている。


ならば、私の能力は何か?
ベクトル操作が使え、高速の攻撃を防御・回避できるような能力。
―――考えられるのは、


完全反射「さて、そろそろいいかな? お姉様」


もう十分に時間を与えたでしょ、とでも言いたい顔をしている。
相変わらず構えを取るようなことはしないが、コーちゃんはあの態勢からでも、いきなりトップスピードで移動ができる。
もう少しだけ時間をくれても、と思わなくもないが、これ以上時間をかけている余裕もない。
この後には、樹形図の設計者を破壊して、御坂さんと脱出しなければならないのだ。
コーちゃんを説得するのは意味がないだろう。
アレは、もはやコーちゃんとは別人だと考えるべきだ。
しかし、だからと言ってこのままで言いわけでもない。
コーちゃんを気絶させ、あのカエルっぽいお医者の先生のところまで連れて行かなければならない。
そう考えると、更に時間は限られてくる。
いや、まずはこの戦いに勝たねばならない。


完全反射「返事がないようだから、行くよ?」


私の心境の変化も知らず、コーちゃんはそう宣言した。
その次の瞬間には、コーちゃんの姿が私の視界から消え去る。
能力を使った高速移動だ。
目に追いきれていないということは、移動速度はさきほどよりも早い。


佐天「けどっ!」

完全反射「!!?」


ガキィィィンと刃物と刃物がぶつかったような音が部屋中に響く。
私の手刀と、コーちゃんの拳が交錯した音だ。
お互いにベクトル操作を使用しているため、直接のダメージはない。
しかし、反射同士がぶつかった際と同様に衝撃波が発生し、私とコーちゃんをそれぞれ5mずつほど吹き飛ばす。
地面を転がるが、それほどダメージはない。
それよりも、今のコーちゃんの攻撃は、見えない場所からの見えない速度での攻撃だった。
だが、私はその攻撃に、手刀をあわせる形で、意識して防御ができた。
その結果から、私はある仮定を導き出した。











―――私の能力は、ベクトルの『感知』に特化している、という仮定を。










半年近く更新できずにすいませんでしたorz 

今回でバトルを終わらせる気だったんですけど、思ったより長くなってしまったんで区切りました。ま、それでも多少飛躍してる感はありますが。

一方さんって、反射があって必要なかったんで、あまり『ベクトル感知』って方向には能力伸ばしてないと思うんですよねー。

次は、何とか1~2ヶ月で更新できるといいんですが……。

別人格となったコーちゃんの『完全反射』の読み方を、変えてみても良かったかなーとか今更ながら思ったり。


短いですが、続きを更新


私の能力が、ベクトルの『感知』に特化しているという仮定を出したのには、理由がいくつかある。
まず、初めての実戦の時(一方通行さんに強盗と戦わされたアレだ)に、私は銃弾を能力で弾いている。
あのときは、偶然、能力のかかっている腕の部分に弾が当たったと思っていたが、きっとそうではなかったのだ。
無意識のうちに弾道を計算し、その直線上に腕が来るように体を動かしていたはずだ。
もしかしたら、私自身の体を、ベクトル操作で動かしたりもしていたかもしれない。
そして、こんな奇跡染みた回避を、私はいくつか経験している。
その後の一方通行さんからの修行では、思い出せる範囲でも2、3度。
この施設に来てからは、もっと多い。
絹旗さん、黒夜さんからの攻撃が複数回に、コーちゃんからの攻撃が3回。
徐々に、その感知能力の精度も上がってきている気がする。
むしろ、そうでなければ、ここまで私が生き延びていること自体がおかしい。
もともと、私の戦闘力はその辺の学生とそう変わらなかったはずだ。
それが、能力が開花してから一ヶ月に経たないうちに、こんないくつ命があっても足りないような戦場で、生き延びていることが自体おかしいのだ。


完全反射「なるほどねェ。それがお姉様の本当の能力の使い道か……」

佐天「…………」

完全反射「余計なことは言わない方が良かったかもしれないけど、ま、弱点がない訳じゃないしねェ」

佐天「―――!」


確かに、コーちゃんにとってみれば、私が能力を使いこなし始めたのは計算の外だっただろう。
しかし、この能力には、今、私が気づいているだけでも3つの決定的な弱点がある。
1つめは、私が臨戦態勢に入っていないと発動しない能力だということ。
ここに来てから、私がダメージを負ったのは2回。
絹旗さんとの対戦途中に受けたパンチと、コーちゃんが急変した直後の攻撃の2回だ。
特にダメージが大きかったのが後者。
つまり、コーちゃんから攻撃を受けるとも思っていなかったが故に、能力を完全に切ってしまっていたときだ。
だが、この弱点は戦闘が開始してしまった今となっては、もう関係はない。
そして2つめは、前者のパターン。
これはまだ仮定の域を出ないが、ベクトル操作直後には、感知の精度が若干落ちるかもしれないというものだ。
絹旗さんから攻撃を受けたときは、直前にベクトル操作を行い、攻撃をしていた。
それに対する反撃によって、肩をかすめる攻撃を受けた訳だ。
直撃しなかったことを考えると、それでも事前に感知し、回避行動を取っていたということになる。
ただ、この2つの攻撃を回避できなかったのは、私自身、能力について理解していなかったからかもしれない。
だから、もしかしたら実際には、対処できなくはないのかもしれない。
しかし、その2つのことを差し置いても、あまりにも大きな3つめの弱点がある。
もちろん、そんなことにはコーちゃんも気づいているはずだ。


3つめの弱点、それは―――


完全反射「お姉様が絶対的に防御できるのは、両腕でカバーできる範囲でのみ、ってのは痛いよねェ?」


私がベクトル操作できるのは、手の指先からひじの少し上の辺りまで。
それ以外の部分は、普通の女子中学生の体でしかない。
だから、私が攻撃から逃れるために取れる選択肢は2つ。
腕で防御するか、回避するか。
体の前から来る攻撃はまだいい。
回避にしろ、防御にしろ自由に選択できる。
しかし、後ろからの攻撃に対しては、そうもいかない。
手の届かない場所があるからだ。
相手に対して構えを取っていると、もう最悪だ。
ほぼ必然的に、ひじは曲がっているので、指先は前に向いている。
そこ状態で、後ろからの攻撃に対処するには、1テンポ遅れてしまうことになる。


完全反射「つまり、来るのが分かっていながら、どうすることもできない」

佐天「そうとも限らないよ?」

完全反射「あのさァ、お姉様。さっきの攻撃でもいいケド、防御とか回避とか考えてる余裕あった?」

佐天「だったら、試してみる?」


そういうと、私は体の右側を前に向け、半身の態勢を取る。
ハッタリを含んだ部分もあるが、それだけではない。
そして、そのままゆっくりとコーちゃんとの距離を空けていく。
コーちゃんは、私が何を狙っているのかわからず、急には踏み込めないようだ。


佐天「1つ聞きたいんだけど」

完全反射「ン? 何を聞きたいの?」

佐天「今のコーちゃんに、今までの記憶があるのかないのか」


本当に聞きたかったことは、どうしてコーちゃんが急に私の命を狙ってきたのか、ということだが、回答はある程度読めてしまう。
「理由なんてない」か、「分からない」というのが関の山。
だったら、ここは、質問で時間稼ぎをさせてもらおう。


完全反射「今までの記憶ゥ?」

佐天「そう。私や一方通行さんと今までにしたことの記憶」


ジリジリと後退しながら、コーちゃんに問いかける。
ここまで態度が急変したのには、何か理由があるはずだ。
彼女の雰囲気としては、初めてコーちゃんと会ったときに似ているが、あのとき以上の殺気を感じる。
つまり、何らかの外的要因によって、コーちゃんの記憶を改竄、もしくは、初期化した可能性を考えたのだ。


完全反射「記憶、記憶ねェ……」

佐天「…………」

完全反射「ギャハハハハハッ!! ンなもンある訳ねェだろォが!!」

佐天「!!」


ゴッという音と共に、コーちゃんが大きく跳躍した。
と同時に、私は大きく後ろへ飛び下がる。
まともに取り合ってもらえないのは、今までのパターンからも予測はできた。
だから、対応できた。
私の感覚では、この一歩で弱点をカバーできるはずだ。
その証拠に、コーちゃんは一度は距離を詰めたものの、私に攻撃を加えることなく、大きく後退した。
それはなぜか?
その理由は、私の立っている位置に関係があった。


完全反射「ふゥ~ン? 意外に、何も考えてないって訳じゃないみたいだけねェ?」

佐天「そりゃまあね。記憶にはないみたいだけど、ここのところ一方通行さんとコーちゃんにはしごかれたからね」


私の能力の弱点を補うために、必要だったのは距離。
それも、コーちゃんとの距離ではない。
私の背後に控える壁までの距離だ。
今の私の位置から、後ろの壁までは1mほどしかない。
さきほどの攻撃に際に、大きく弾き飛ばされたのが功を奏した形だ。
これで、また優劣はわからない。



完全反射「単純なことだけど、確かに効果的だねェ。お姉様」

佐天「そりゃどーも」


弱点が背後にあるならば、その背後を埋めてしまえばいい。
ここまで壁までの距離を詰めてしまえば、どう後ろに回り込もうとしても、腕の届く範囲内を通らなければならない。
また、壁を破壊して後ろに回り込むしにても、今のコーちゃんは反射が完璧ではないようだ。
つまり、壁を破壊する際に、自身に大きなダメージを覚悟しなければならない。
だが、そうして弱点を埋めたことによって、また新たな弱点ができてきしまう。


完全反射「けど、逆に言えば、お姉様はそこから動けないってことになるよねェ?」


現状では、防御面での弱点は解消したが、移動が不可能なのだ。
そもそも、私の能力の特性として、相手の出方を見てから反応するというところがある。
後の先を取るというやつだ。
絹旗さんとの対戦のときのように、こちらから攻撃する戦法には、弱点の有無がはっきりしないため些か不安がある。
しかし、だからといって、攻撃ができないわけではない。
身をかがめて、適当な大きさの瓦礫を2つ持ち上げる。


佐天「これなら大丈夫かな?」

完全反射「はァ? そンなのが当たると思って―――」

佐天「てりゃーっ!」


コーちゃんが何かを言い終わる前に、大きな方の瓦礫を投擲した。
速度は、100km/hくらいだろう。
コーちゃんとの距離は20m程度あるので、一般人でもなんとか避けられるスピードだ。
もちろん、容易く回避されてしまう。
が、コーちゃんが回避行動を取った直後、もう1つの小さい方の瓦礫を、コーちゃんが通過するであろう地点へと向かって飛ばす。
瓦礫の速度はそれほどでもないが、コーちゃんの移動方向、速度を計算した上での直撃コースは『感知済み』だ。


完全反射「―――ッ!!」


そんな攻撃が来るとは予測していなかったのか、コーちゃんの右腹部に瓦礫が直撃する。
一瞬だけ、苦悶の表情を浮かべたのが見えたが、右手でその部分を押さえると、戦闘の余波で乱雑な状態になっている棚の間へと入っていた。


攻撃を命中させた瞬間、私の中にはいくつかの感情が生じていた。
1つは、高揚感。
今までに感じたことのないほど、能力が体に馴染んでいく感覚。
何をどうすれば、より効果的に攻撃、もしくは防御に能力を活用できるかが、次々と溢れてくる。
今までの私だったら、1回目の攻撃をワザと回避させ、本命の2撃目を回避動作中の相手に命中させるなどという能力の利用方法など、思いつきもしなかったはずだ。
それに、こうしてコーちゃんが身を隠している現在も、彼女の潜伏位置は把握できている。
それは、呼吸であったり、心拍であったり、空気の流れであったりという様々な情報が、『感知』できるからだ。
思い出してみれば、さきほども似たような場面はあった。
コーちゃんが妙な豹変した直後の一撃。
それを回避したあと、私が物陰から出て行くまで、コーちゃんは倒れていたままであったが、それを目で見ることなく確認できていた。
だから、奇襲などの心配をしないで、一度頭を整理できた。
そして、こうして能力について理解の深まった今では、コーちゃんがどのような状況あるのか手に取るように分かる。
呼吸は短く、荒い。
そして、直撃した患部を手で押さえているようだ。
おそらく、体内のベクトルを操作し、応急処置を行っているのだろう。
さきほどの一撃が、想像以上にダメージを与えているのかもしれない。
その事実が、私の中に生じている感情を変質させていく。


佐天「はっ、はっ、はっ、はっ―――」


今、私が感じている高揚感は、色で言えば黒。
真っ黒だ。
開花し始めている能力によって、コーちゃんを傷つけてしまったという後悔と、これ以上戦闘を続けても良いのかという躊躇いの感情の色。
過呼吸になり気味の肺を、胸に手を当てることで落ち着かせる。
あれはコーちゃんではない、と頭を整理していたはずだったのだが、さきほどの苦悶に満ちた表情が頭に焼きついて離れない。
心の奥がズキリと痛く、気分が悪い。
そう感じた一瞬、コーちゃんの動向を感知してる能力が揺らぐ。
この状況はまずい。
能力の強さは、心理状態によって大きく変動する。
こんなメンタルの状態である今、コーちゃんに攻撃をされたら、防御すらできないかもしれない。


佐天(落ち着け、落ち着け……)


呼吸を整えながら、自分に言い聞かせる。
自分の目的は、コーちゃんを傷つけることではない。
樹形図の設計者を破壊し、ここを脱出することが目的なのだ。
そのために、最小限の被害でこの場を乗り切らなければならない。
ここで私が倒れてしまっては、誰も救われないままだ。

また、長い間お待たせしてしまってスイマセン……。そしてかなり短くてスミマセンorz

次の更新は、年末から年始にかけて1回は更新したいと思います。なんとしても!

終わりは近いはずなのに、いつ終わるのやら。


続きを更新



佐天「よし!」


揺らいだ心に気合を入れ直し、コーちゃんの隠れている場所へと視線を向ける。
能力は―――問題ない。
一瞬ゆらぎはしたが、今では、再びコーちゃんの居場所や呼吸の荒さが、手に取るように分かる。
両手で発動しているベクトル操作にも、異常はない。
ここから先は、一瞬の躊躇いが命取りになってしまう。
今、私が優勢だからといって、このまますんなり終わるとは思えない。
もう動揺して隙が生まれないようにしなければ、誰も救うことなんてできない。


佐天(まず、コーちゃんを戦闘不能にする。もちろん、絶対死なせちゃダメ)


一番いいのは、無傷で気絶させることだが、実力が近い相手に、そこまで気を使っている余裕はないだろう。
生きてさえいれば、あのカエル顔のお医者さんがなんとかしてくれる。
それは、一方通行さんのときに実証済みだ。
つまり、ある程度の怪我はさせても仕方ないし、私も死ななければオッケーということになる。
あとは、時間との勝負。
ここに入ってから、もう数十分が経過している。
コーちゃんが隠れているからといって、こちらから攻撃せずに、ただ時間を浪費していくばかりでは状況は悪くなる一方だ。
そう考え、私は、再び手のひらサイズの瓦礫を手に取る。
そして、そのまま物陰にいるコーちゃんへと向かって投げた。


佐天「はぁっ!!」


狙いは、先ほどの攻撃でダメージを受けていた腹部。
放った弾丸は、問題なく障害物を貫通し、コーちゃんを十分に戦闘続行不能にする威力のものだ。
実際、そのとおり、大きな金属音と共に棚を貫通した。
回避行動をとっておらず、直撃し、戦闘不能になるのは間違いない―――はずだった。


佐天「……え?」


間違いなく直撃はした。
しかし、コーちゃんには何も変化がなかった。
起こった現象だけでいえば、瓦礫が彼女に直撃した途端、私の込めていたベクトルが失われ、地面へと落下した、ということになる。
……分からない。
ベクトルの流れが分かるからこそ、何が起こったのかわからなかった。



佐天「一体、何が……」

完全反射「いやァ、実際のトコロ、危ない賭けだったよ」


目の前で起こった現象が理解できず、混乱している私に、ゆったりとした口調でそんなことを言ってくる。
コーちゃんは相変わらず、棚の向こう側におり、姿は確認できない。
もっとも、呼吸が安定してきており、ダメージからは回復しつつあるようだ。


完全反射「理論は頭の中にあったンだけど、それが実行可能かどうかは、ぶっつけ本番だった訳だし」

佐天「…………」

完全反射「まァ、イチイチそんなことをお姉様に説明したりはしないけどね。ギャハハッ!」


落ち着け、私。
今までの情報を集めれば、起こった現象が理解できない訳が無い。
コーちゃんの話によると、今起こった現象は、一方通行さんの能力演算を利用したもの。
経過を考えると、今のコーちゃんは反射を使えない。
つまり、さきほどの現象はベクトル操作によるものだ。
しかし、コーちゃんは一方通行さんと違い、全身にその能力を発動させることはできない。
それはボロボロになった姿を見れば、一目瞭然だ。
ということは、能力を使用したのは、瓦礫が直撃してから。


佐天(……直撃した瞬間、アースみたいにベクトルを逃がしたってこと?)


あるいは、威力を拡散させたということも考えられる。
だが、そんなことが可能なのだろうか?
可能だとすれば、どんな物理攻撃も無効化する盾となるだろう。
それ以上に、そのベクトルを攻撃に転換することすら可能となってくる。
反射を使えないという弱点をカバーした能力の使用方だ。
こうなっては、状況は均衡状態に逆戻りに―――


完全反射「残念だけど、もう状況は大きく私に傾いてるんだよ、お姉様?」


そんな思考を読み取ったように、コーちゃんはそう言い放った。


その言葉がどのような意味を持つのかを理解する前に、コーちゃんは先に動いた。
隠れていた棚を、私に向けて吹き飛ばしてきたのだ。
そこそこのスピードはあるが、その程度の攻撃が私に通用しないことは承知済みのはず。
ならば、さきほどの言葉はブラフなのか?
ともかく、意図は分からないが、防御行動を取らざるを得ない。


佐天「こんなもの!」


能力の発動している右腕を、水平に振り切る。
いくら攻撃力が高かろうと、当たらなければ意味はない。
これで金属製の棚は、大きく右側へ吹き飛び、私には何のダメージもない。
―――はずだったのだが、もちろんそれだけで終わるはずがなかった。
異変を感じたのは、その直後だ。


佐天「んなっ!?」


棚は問題なく防御できた。
小さな瓦礫を防御できる私が、人間より大きいサイズの棚を防御できないはずがない。
しかし、その中身は別だった。
棚の内部に保存されていた樹形図の設計者の破片が、散弾のように弾けたのだ。
樹形図の設計者は、破片といえど相当な強度があるらしく、薄い金属棚を容易く突き破る。


佐天「きゃっ……」


幸いなことに、散弾となった弾は小粒なものばかりだった。
急所に飛んでくる破片をとっさに左手で弾いたおかげで、頬に一筋の切り傷程度の軽傷で済んでいる。
大丈夫、この程度なら―――


完全反射「まだ、油断するのは早いよン」

佐天「ッ!!」


いつの間に接近したのか、至近距離からかけられるコーちゃんの言葉にギョッと身を固まらせる。
さっきの攻撃は目くらましに過ぎなかった?


私の能力であれば、コーちゃんの接近にも気づけたはずだった。
しかし、散弾となった破片の防御に全神経を集中させてしまったため、コーちゃんの接近に気づくのが遅れてしまった。
時間で言えば、1秒にも満たない時間だったが、その1秒は致命的になっていた。
何しろ、右手で棚を弾き、左手で散弾の雨を防御したため、私自身が完全に無防備な状態になっていた。


佐天「まずッ―――」

完全反射「遅いよ!」


頭に向かって振り下ろされる手刀に対し、防御が間に合わない。
このタイミングでは回避も不可能。
ならば、なんとしても致命傷だけは避けなければならない。
そう一瞬で判断した私は、ベクトルを無理やり操作し、頭を僅かに右側へとずらす。
折れた右腕が悲鳴をあげているが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
これを回避できなければ、間違いなく死んでしまう。
その思いが通じたのか、わずか数センチではあるが、手刀の攻撃ラインから頭部を外す。
とその瞬間、メキッという鈍い音と共に、コーちゃんの攻撃が私の首筋付近に直撃した。


佐天「っあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


間違いなく、左側の鎖骨は砕けた。
追撃を防ぐために、がむしゃらに腕を振り回す。
しかし、コーちゃんは既に私の射程距離から退いていた。
鎖骨の痛みが、ズキンズキンと遅れて脳に届く。
気絶してしまいそうなほどの激痛が、私を襲いかかる。
けれど、今は寝ているヒマなんてない。
歯を食いしばり、コーちゃんへと神経を集中させる。


完全反射「本ッ当に、シブトイねェ、お姉様。さっさと倒れちゃったほうが楽なのに」


しかし、そんな余裕あふれる言葉とは裏腹に、コーちゃんは切迫した表情をしていた。
何かがそんなに意外だったのか?
あるいは、コーちゃんに余裕が失われてきているのか?
そんなことは分からないが、その表情だけで、私が一方的に不利な状況ではないことだけは理解できた。
それなら、戦い続けるしかない。
まだ、私に勝ちの目は失われていない。


気絶だけはしないよう強く歯を食いしばり、さきほどの攻撃の際の状況をすばやく頭の中で整理する。
その中であった不可解な点といえば、棚の中身の樹形図の設計者が、散弾のように私に降り注いだ点だ。
普通であれば、棚の中身ごと右方へと弾き飛ばされていたはず。
それにも関わらず、樹形図の設計者が散弾となって私を襲った。
そこに、コーちゃんの能力が使用されていたのは間違いない。


完全反射「やっぱり、戦ってるうちに、お姉様の能力の弱点は見つかるもンだねェ」


痛みで乱れた呼吸を整えながら、コーちゃんの声に耳を傾ける。
相変わらず、声には余裕の色が出ているが、表情は険しい。
自分の能力に弱点があるのは、承知の上だ。
そもそも、さきほど本当の使い方を知ったばかりの能力が完璧である方がおかしい。


佐天「それで、弱点って何かな?」

完全反射「敢えて言う必要があるとでも?」

佐天「……ごもっともで」


けど、自分の能力だ。
想像はついている。
まず、感知するベクトルは物体の大まかな流れだけで、その内部のベクトルまでは把握できない点。
無力化されたコーちゃんの攻撃にしろ、さきほどの散弾にしろ、その内部でどんなベクトルが操作されていたかまで把握できていない。
つまり、私に有効な攻撃方法としては、ベクトル感知が追いつかないほどの物量、もしくは近距離での攻撃が挙げられる。
特に、さきほどのような触れただけで炸裂するような弾は効果的だ。
そして、もう1つ。
ベクトルの感知を、ある程度の狭い範囲に集中できてしまう点だ。
その効果により、さきほどのコーちゃんの接近に気付くのが遅れてしまい、手痛いダメージを受けてしまった。
だたし、これは完全に弱点と言い切れるものでもない。
逆に狭い範囲に感知を集中させることで、その範囲のベクトルの流れをより完璧に把握することができるからだ。
今のところ、コーちゃんが気づいている弱点もこんなところだろう。


完全反射「さて、そろそろ、ラストスパートと行こうか、お姉様」

佐天「―――ッ!!」

完全反射「お互い時間もないし、さっさとケリをつけないとね」


コーちゃんがそう言い終えた瞬間、背筋にゾッと冷たいものが走った。
彼女は本気だ。
次の攻撃で、本気を出して私を殺しに来る。
そう理解できてしまった。


佐天(さっきのに対抗するには―――)


全速力で、生き残るための道を模索する。
その次の瞬間には、2人ほぼ同時に動作を開始していた。
コーちゃんが再び近くの棚に手を伸ばし、私はとっさに地面に転がっている瓦礫をいくつか取り上げる。
時間的には、1秒もかからないほどのすばやさ。
それでも、わずかにコーちゃんの方が速いことを、私は感じ取る。
ならば、それすらも計算に入れて行動をとるだけ。


完全反射「せェッ!!」

佐天「ふっ!!」


お互いに、手にしたものを投げつけあう。
タイムラグはコンマ数秒。
コーちゃんの投げる金属の塊は、正確に私の体を狙って飛んできていた。
けれど、それは想定通り。
対する私の投げた複数の瓦礫は、コーちゃんを狙って―――ではなく、私へと向けて投げられた棚へと向けて放っていた。
より正確には、棚の貫通しにくい部分である『フレーム』を狙って、だ。
プロの野球選手も驚くような威力、精確さで、私の投擲した瓦礫が、棚を空中で捉える。
そうして勢いの弱まった棚の内部から、再び散弾が発射された。
しかし、さきほどとは違い、回避するにも、防御するにも距離は十分ある。
けれど、コーちゃんの攻撃はまだこれで終わりではないはずだ。
迫り来る散弾を防御するため、右腕を、右から左へと振り始めると同時に、一瞬コーちゃんへと意識を寄せる。
すると、コーちゃんは、両手にこぶし大の瓦礫を手にしており、それらを私へ向けて放つところだった。
……まずい。
放たれた2つの瓦礫には、人間を貫通するほどのベクトルが込められている。
目の前まで迫っている散弾を、そのまま右手一本で弾き、その勢いに逆らわず、右半身を大きく後方へと外らす。
これで、片方の射線上からは外れた。
もう片方の瓦礫を左手で防御すれば、乗り切れる。
しかし、まるでその考えを読んでいたかのように、今度は、コーちゃんが地面を蹴り、私へと向かい接近してきた。
それも、がら空きとなっている背中側に回って。


タイミング的に、振り向く時間はない。
威力は弱まったとはいえ、金属棚は停止していない。
その上、恐ろしい威力で放たれている瓦礫も、私を貫かんとこちらへと近づいている。
瓦礫、コーちゃん、棚の順に迫る3パターンもの攻撃に、一度に対応しなければならない。
こんなの、ほとんど無理な難題。
正に、絶体絶命のピンチ。


佐天(それでも―――)


棚を突き破った瓦礫を防御するため、左手を逆袈裟斬りに切り上げる。
と同時に、体に無理やりベクトル操作を施し、右手を腰付近からまっすぐ伸ばす。
狙いは、もちろん2つの瓦礫だ。


佐天「うあああああああああああああぁぁぁぁぁッッッ!!」


無理な体勢からの攻撃だったため、体のあちこちが軋む。
痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
体が悲鳴をあげる。
右腕、左鎖骨はすでに折れているし、無理やり体の軸を捻ったことで、背筋や腰もズタズタになっているかもしれない。
頭の中を電流のようなノイズが走る。
目の前がチカチカする。
下手をしたら、もう動かないところもあるかもしれない。
ここで倒れても、よくやったと言われるだろう。
けれど―――


佐天(―――ッ!! 負けられないッッ!!)


まだ、何も始まっていない。
コーちゃんとは、まだ全然話をしたりないし、友達も紹介できていない。
初春も、御坂も、白井さんも、コーちゃんとは仲良くしてくれるだろう。
―――そんなことを考えると、こんなところで死ぬことなんてできない。
私たちはスタートラインに立ったばかりなのだから。


左側の瓦礫を振り上げた左手の手刀で弾き、右側の瓦礫を突き出した右手で捉える。
そして、それをそのまま防御に使った。
左の瓦礫をコーちゃんへ。
右の瓦礫を棚に向けてベクトルを変更する。
それも、瓦礫を砕いて『散弾』にして、だ。


完全反射「―――ッ!!」


こぶし大だった瓦礫は、くだかれたことによって、数センチ四方の塊となった。
雨となった散弾は、コーちゃんの全身に降り注ぎ、威力の弱まっていた金属棚を易々と弾き返す。
しかし、それでもコーちゃんは止まらない。
致命傷だけは避けたのか、肩やふくらはぎからは出血している。
ダメージがあるのか、スピードもさきほどとは比べるほどもない。
それにも関わらず、その目だけは戦意を失っていない。
体を無理やりねじり、コーちゃんに相対する。
距離はもう数メートルもない。
お互いに攻撃の射程距離に入る。
その瞬間―――


完全反射「ああああああああああああああああァァァァァァァぁぁぁッッッッ!!」


顔に向かって突き出される右腕。
普段ならば十分避けらるスピードだが、体が言うことを聞かない。
避けられない。
コーちゃんの攻撃は、そのまま私の頭を捉えた。
ゴッと骨と骨がぶつかるような音が、室内に響く。
視界は眩み、額がズキズキと痛みを発している。




―――だが、それだけだった。




頭と体が正常にくっついている。
コーちゃんの能力であれば、頭が粉々になっていてもおかしくない。
そういう意味では、私にダメージはほぼないに等しいものだった。
何が起こったのか?
それを理解する前に、コーちゃんはぼそりと、


完全反射「…………ははっ。時間切れかぁ」


それだけ言うと、コーちゃんは崩れるように地面へと倒れた。
コーちゃんの右腕には、能力が使われていなかったのだ、と理解したのはコーちゃんが倒れてからだった。
能力が使われなかった理由。
それは、単純に一言でいうと、『電池切れ』だ。
よく考えてみれば、思い当たることはいくつかある。
この施設に突入してから数十分経過している。
コーちゃんの能力が、使用不能になっていてもおかしくはない。
それに、コーちゃんは私と違い、奇襲を防ぐため、突入時から常に反射を使用していたことも影響していたはずだ。
ゆっくりと倒れているコーちゃんに近づくと、呼吸をしている音が聞こえる。
気絶しているだけのようだ。
この様子ならば、放っておいても問題はないだろう。


佐天「はははっ。……やったぁ」


正直なところ、勝てたという気がしない。
安堵のせいか、満身創痍の体から力が抜けそうになる。
もう眠って、楽になってしまいたい。
けれど、そうする訳には行かない。
それはやることが終わってからだ。
歯を噛み締めると、体の痛みが脳に直接響いてきた。
眠気覚ましとしてはちょうどいい。
まだ、やらなければならないことが残っている。


佐天「樹形図の設計者を壊さなくちゃ」


それがこの施設へ来た目的なのだから。


ボロボロになった体を引きずるようにして、部屋の奥へと進む。
コーちゃんと戦ったのは、どうやらほんの入口の部分だったらしく、奥の方には戦闘の形跡すら見受けられなかった。
奥行にすれば、まだ50mはあるだろうか?
そこにずらりと並べられた樹形図の設計者の残骸。
その最奥を目指して、歩みを進める。
奥に行けば行くほど、残骸の大きさが大きくなっていったからだ。
そこから、数分かけて壁際にまで近づくと、普通に整列されているものとは別個に保存されていた残骸を見つけた。


佐天「……あった」


もっと時間のかかるものかと思ったが、意外と簡単に見つけることができた。
その残骸は、人間の頭ほどもある大きさをしていた。
他の残骸が、爪先ほどの大きさも持たないことを考えれば、いかに規格外な大きさなのかを実感できる。


佐天「これを壊せば―――」


と言いかけたところで、部屋の入口の方から誰かが入ってくる音が聞こえた。
足音が聞こえる。
御坂さんが、外の人たちを倒し終えて、こちらにきてくれたのだろうか?
いや、それだったら、倒れているコーちゃんに向かって、何も言わない訳が無い。


佐天(……タイミングが良すぎる?)


こちらへと向かっている人間は、敵の可能性が高い。
そう念頭において、今、何をすべきなのかを組み上げる。
いや、それであっても、すべきことは変わらない。
接近される前に、この樹形図の設計者の残骸を破壊しなければ。
そう考え、残った力を振り絞り、手刀を振り下ろす。
その瞬間―――











「悪ィが、まだこいつを壊させるワケにはいかねェンだ」












と、ここにいるはずのない人の声を聞いた気がした。



       第七章『Accelerator(現在と過去)』 完


やーっと、長く続いてました7章が完結しましたっ!! まじで、長かったぜ……

あと、今回はいろいろ展開早くて、分かりにくかったらすみません!

そんなわけで、次回は、最終章『Epilogue』になります。

いよいよ、あと1回で完結予定です! お楽しみに!

最終回を更新


激闘をくぐり抜けてから、数日が経った。
骨折などの外傷が酷いことから、検査を含め何日か入院していた。
幸いながら、後遺症となるような大怪我はなく、両腕をミイラのように固定されて、退院することとなったのだ。


佐天「こんにちはー!」

初春「あ、佐天さん、お久し―――って、そのケガはどうしたんですか!?」


帰宅し、1日明けた本日。
午後一番で、私は久々に風紀委員第一七七支部に訪れていた。
室内には、初春、白井さん、御坂さんのいつもの4人だけ。
包帯だらけの私の姿に、初春と白井さんが驚いた顔をしている。


佐天「いや~、ちょっと転んでけがしちゃってさー」

白井「また、そんなベッタベタな言い訳を。どうせ、また変なことに頭でも突っ込んだのではありませんの?」

佐天「そ、そんなことないですよー。ねー、御坂さん?」

御坂「ははは……」


関係者としてその場に居合わせた御坂さんに話を振って見たのだが、返ってきたのは苦笑い。
確かに、どうやって誤魔化せばいいのか悩むところだろう。
私だって、どういう反応を返していいか分からないに違いない。


初春「大丈夫なんですか?」

佐天「まだちょっと痛むけど、私生活には問題ないかな」

白井「無茶はほどほどにしてくださいませ」

御坂「本当にね……」


ゲンナリとしている御坂さんはさておき、初春と白井さんには安心してもらえたようだ。
ほんの数日しか経っていないはずなのに、ずいぶんと久しぶりにこんな会話をした気がする。
思わず顔がニヤけてしまうが、それも仕方のないこと。
こんな風に、また友人たちと会話することができるのだから。



初春「そういえば、学園都市の第一位に能力開発してもらってましたけど、その後はどうなりました?」

佐天「ふっふっふー。それはねぇ~」


あまり突っ込まれるとまずい流れだったのを、初春の一言をきっかけに修正をかけた。
能力開発の状況などを3人に話し、レベル3程度の力が使えるようになったことを説明したら、2人ともかなり驚いてくれた。
わずか数日でレベル1からレベル3になったのだから、そういった反応も仕方ないのかもしれない。
というか、実際に自分が当事者でなかったならば、その秘訣を探り出そうとしていた自信がある。
そして、また事件に巻き込まれて……というのはさすがに冗談だけど。
また、あまりにもハードな能力開発のせいでこんな怪我をしてしまったのではないか、と心配もされたが、


佐天「それはないよ。むしろ、あの人は私を守ってくれたし!」


という一言で納得してくれたみたいだった。
それからも、4人でいろいろな話をした。
一方通行さんと同居していること。
特訓の方法。
ピンチだった出来事。
そして、私の能力がベクトル操作の中でも、感知に特化しているらしいということ。
もちろん、コーちゃんのことや、樹形図の設計者に関わることは話していない。
こちらからペラペラとしゃべることでもないと判断したからだ。
初春や白井さんを無駄な危険にさらさせたくないし、御坂さんにも止められていた。
そんな話をどれだけの時間していただろう?
気づけば、時計の針は午後5時近くを指していた。


佐天「おっと、そろそろ行かなくちゃ」

初春「??? 誰かと待ち合わせですか?」

佐天「ん、まぁそんなところかな?」


もう少し話していたいのは山々だったが、これ以上遅くなると、あの人たちにいろいろと文句を言われそうだ。
「それじゃあ」とだけ言い残し、私は風紀委員第一七七支部を後にした。
外に出ると息が白くなり、肌にピリッとした寒さを感じる。
学園都市の冬ももう近い。
そんな寒さを吹き飛ばすように、私はもう1つの「居場所」に向かって歩き出す。


風紀委員第一七七支部を出てから十数分後、私は第7学区のとあるマンションに帰ってきていた。
ここに来ていなかったのは、1週間程度のはずなのだが、もう数ヶ月、数年も来ていなかったような気がする。
それほどに、濃縮された一日を過ごしていたためだろうか?
自分のために用意された合鍵を使って、久しぶりとなるそのドアを開ける。


佐天「こんにちはー」


寒くなり始めた外とは違い、生活感のある暖かさがこの身を包む。
思わずほっとするような気持ちになったが、それも長くは続かなかった。
ドドドドという下の階にまで聞こえそうな足音と共に、人が近づいてくる。
ここの住人の中でそんなことをするのは、間違いなくあの子だろう。


打ち止め「おかえりなさい、ってミサカはミサカはサテンお姉ちゃんをお出迎えしてみる!」

黄泉川「おっとお! この子は怪我してるんだから、抱きつくのは待つじゃんよ!」


勢いよく飛び込んできた打ち止めちゃんを、空中でナイスキャッチする黄泉川さん。
初春たちと久々に会えたときと同じくらいの気持ちが、胸の内側からこみ上げてくる。
やはり、ここは私にとって大切な居場所なんだ。
2人と挨拶を交わすと、廊下を進み、リビングへと入っていく。


佐天「ただいまー」


自然にでた言葉に、思わず頬をゆるませてしまう。
どうやら、さきほどの2人はテレビを見ているところだったようで、電源がつけっぱなしになっていた。
テレビでは、アナウンサーがニュースを読み上げているところだった。
キッチンの方では、夕飯の時間も近いこともあり、ゴトゴトと何かが煮えているような音がする。
そちらへと視線を向けると、水蒸気を噴出するいくつもの炊飯器と「あの人」がいた。
その人は、冷蔵庫からコーヒーを取り出すところだったらしく、


一方「よォ、元気そォじゃねェか」


といつもの調子で、私のことを出迎えてくれた。



番外個体「私が治ったと思ったら、次はあなたか~」


ニヤニヤとした表情を浮かべながら、番外個体さんは腕をぐるぐると回す動作をする。
固定しなくてもいいようになったようだけど、まだ完治してるわけではないと思うが、あえてそのことは言わずにおいた。
というか、相変わらず一方通行さんとの距離が近い。
私が適当なことを吹き込んだことで、番外個体さんがこうなってしまったのならば、責任は私にあるのだろうか?
当の一方通行さんは、鬱陶しそうに番外個体さんを遠ざけながら、


一方「そろそろ時間じゃねェのか?」


と、ソファーに座りながら言う。
壁に掛かった時計に目を向けると、時刻は午後6時半になろうとしていた。
予定の時間までは、もう30分ほどしかない。
炊飯器が動いているとはいえ、今から夕飯の準備して間に合うのだろうか?


黄泉川「心配いらないよん。キッチリ10分前には出来上がるようになってるじゃんよ」


来たばかりの私を安心させるように、黄泉川さんが炊飯器を叩きながらそう言った。
とはいえ、時間が迫っていることもあり、そこからは慌ただしく準備をすることとなった。
番外個体さんと黄泉川さんが配膳を行い、7人分の食器をテーブルに並べる。
さすがにこの人数になると、この大きなテーブルでも手狭に感じるのはしょうがない。
あいにく両手が満足に使えない私は、せめて邪魔にならないように、隅の方で打ち止めちゃんと遊んでいた。
少しすると、ピーという炊飯器の出来上がり音が鳴り始めた。
黄泉川さんが、手馴れた手つきでご飯、ハンバーグ、煮魚、八宝菜を盛り付けると、番外個体さんがテーブルへと運んでいく。
おおよその準備が完了したところで、玄関のチャイムが鳴った。
はやる心を抑えながら玄関へ向かおうとしたら、打ち止めちゃんが猛スピードで先にいってしまった。
その後を追いかけるように、小走りで玄関に向かうと、そこには毎日見ている私の顔と同じ顔を持つ少女が立っていた。



完全反射「―――ただいま、お姉ちゃん」



佐天「おかえり、コーちゃん」


彼女は、はにかみながら帰宅の挨拶をしてきた。


―――あのコーちゃんとの激闘のあとのことを少しだけ話そう。


一方通行さんと第23学区の宇宙資源開発研究所で合流した後、驚く程簡単に事態は収束した。
私の残り少ない力を振り絞って行った攻撃は、容易く一方通行さんに止められてしまい、樹形図の設計者の破片を破壊できなかった。
戸惑う私を放置して、破片のうち大きいものをいくつかポケットに詰めると、出口の方へ向かって歩き出したのだ。


佐天「一方通行さん!!」


説明を求めるために大きな声を出してなお、一方通行さんは歩き続けた。
唯一止まったのは、途中で気絶していたコーちゃんを肩に抱える動作の時くらいだろうか?
そこから先、出口へ向かう通路の途中でも、一方通行さんは何も言葉を発さなかった。
どうしてここへ来たのか。
どうしてコーちゃんが倒れていたのか。
どうして残骸への攻撃をとめたのか。
このまま出口から出て行って大丈夫なのかどうか。
あの人は、そういったことを何も聞かなかったし、話さなかった。
きっと、私がいろいろと問い詰めても、同じだったはずだ。
長い通路を抜け、出口にたどり着くと、そこには多くの人が倒れうめき声をあげていた。
体のどこかを抜かれた人、意識を失った人がほとんどだったが、幸い死んでいる人はいないようだった。
そんな人たちを見下ろすかのように、ひとりの少女が立っていた。


御坂「………」


ひたいの少し前から、バチンという電気を発生させた音と共に、こちらへと視線を向ける。
その時の御坂さんが、安堵と敵意を含んだ複雑な表情をしていたのをはっきりと覚えている。
おそらく、安堵の意味は、私が無事だったから。
だとすれば、敵意は一方通行さんに向けて?
その答えが出る前に、一方通行さんは御坂さんとすれ違い、施設の外部へと立ち去っていってしまった。
どうすればいいのかわからなかった私は、小走りで一方通行さんの後に付いて行こうとした。
御坂さんとの距離が近づくが、なんと声をかけていいのかが分からない。
けれど、すれ違う瞬間に、


佐天「行ってきます」


という一言だけを言い残して、その場を離れた。
その言葉に、御坂さんがどんな反応を示したのかを、私は知らない。


コーちゃんを抱えた一方通行が向かったのは、やはり例のカエル顔のお医者さんのいる病院だった。
病院に着くと、まるでそうなることがわかっていたかのように用意されていた担架に、コーちゃんを乗せて、あとを看護師さんに任せた。
それにわずかに遅れ、自身の診察室から出てきたカエル顔のお医者さんは、いくつかのことを一方通行さんと話すと私に近づいてきた。


冥土返し「彼女のことは心配いらないよ。必ず元に戻してみせる」

佐天「あ、あの……」

冥土返し「どうしたんだい?」

佐天「コーちゃんは、普通のケガじゃなくて……、ええと―――」

冥土返し「急に人が変わったようになったんだろう?」


その言葉に、私は驚いた。
気絶しているにもかかわらず、今、コーちゃんがどうなっているのかがわかった?
いや、それも違う。
このお医者さんは、変わったあとのコーちゃんまだを見ていないはずだ。
それに、都合よく担架が用意されていたことも気になる。
つまり、こうなることを知っていた?
そんな考えが、一瞬頭をよぎったが、今重要なのはそんな些細なことじゃない。
コーちゃんが元に戻るのかどうかだ。
いくらこのお医者さんが凄腕でも、あんな風になってしまったコーちゃんを治すことなんてできるのだろうか?


冥土返し「そんなに心配をしないでも、大丈夫だ」

佐天「え?」


まるで、私の思考を読まれたかのように告げられた一言。
その一言に、いつのまにか下を向いていた顔を上げて、カエル顔のお医者さんを視界に捉える。
そこには、自信に満ちた表情を浮かべる医者が立っていた。
そして、彼が広げた手の平にはいくつかの機械の塊、―――樹形図の設計者の破片が収まっていた。



冥土返し「彼女は助かるよ。彼が持ち帰ってくれた『これ』があればね」



その後のことは、おおよそのことしか分かっていない。
コーちゃんが大きな機械に入れられたということ。
そして、その調整には、数日がかかるということ。
私の骨折が、全治3ヶ月で済んだということ。
骨折の治療をしているときに耳にした、「ウイルスだけを削除」という言葉だけが、いやに頭に残っている。
おそらく、なんらかの原因でコーちゃんにウイルスが侵入し、人が変わったかのような症状がでたのだろう。
そして、その治療のために、樹形図の設計者の一部が使われたはずだ。



―――その結果として、目の前に以前と変わりないコーちゃんの姿がある。



完全反射「それで、お姉ちゃんの怪我の方は大丈夫なの?」


迎えに行っていた芳川さんを含め、全員がそろったところで夕食が始まると、コーちゃんがすまなさそうな顔でそんなことを聞いてきた。
特に外傷がなかったためか、コーちゃんはもうすっかり回復しているようだ。
自分の心配よりも先に、私の心配をしている。
そんなコーちゃんの心遣いに、思わずホッと胸を撫で下ろす。
ここでまた、死闘を繰り広げるような展開にならなくてよかった。
心からそう思える。


佐天「大丈夫―――とは言えないけど、後に残りそうなものはないってさ」

芳川「あら、それは良かったじゃない」

打ち止め「良かった良かった、ってミサカはミサカはサテンお姉ちゃんの将来に安堵を抱いてみたり」

番外個体「でも、入院中って何してたの? 時間はいっぱいあったんでしょ?」

一方「どォせ、暇だったンだろ? だったら、今後のことも考えて能力開発でもしておくべきだったかねェ?」


茶々をいれるようにいう一方通行さんだったが、私も何もしてなかった訳ではない。
退院までにしようと考えていたことが、1つあったのだ。


佐天「……実は、その暇な間に、能力の名前を考えてたんですよ」

一方「ハッ、言ってみろ。ダセェ名前だったら、腹抱えて笑ってやる」


そんなことを言われたら、すごく言いにくくなる。
6人の視線が私に集まる。
大きく息を吸って、ゆっくり吐き出す。
よし、心の準備はオッケーだ。



完全反射「それで、お姉ちゃんの能力の名前は?」








佐天「完全反射(オートシールド)!!」







      ・ ・ ・
私はそう反射的に答えた。





佐天「ベクトルを操る能力?」

                   最終章『Epilogue(日常へ)』 完



というわけで、長々と続いてしまった佐天さんの冒険もここで一度幕を下ろさせてもらいます!

いかがでしたでしょうか? 楽しんでいただけましたか?

自分的には、大体の書きたい部分は書けたので、おおよそ満足しています。

ただ、地の文については、もっと練習する必要があるのかな、と感じましたね。

まあ、ちょこちょこ変な部分はありましたが、おおらかな目で見守っていて頂けるとありがたいです。

それにしても、時間をかけすぎましたねぇ……。次の作品があれば、もっとテンポよく更新していきたいと思います!


後日、後記をブログに載せる予定ですので、興味があればどうぞ。
SSSのSS
http://sssaliman.blog.fc2.com/

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom