男「エルフの書物は読めた…後は……」(1000)
~~~~~~
◇ ◇ ◇
屋敷・中庭
◇ ◇ ◇
早朝
エルフ少女(結婚式を終えて、三日が経った)
エルフ少女(合計八組もの夫婦の中に紛れるようにいた、元メイドさんの真っ白なドレス姿がキレイで、すごく印象に残っている)
エルフ少女(これだけ経った今でも、まだ仕事の合間に思い出せる)
エルフ少女(……人間の結婚式は、賑やかで、派手で……そして、わたし達とは違う美しさがあるものだった)
エルフ少女(それでもやっぱり……わたし個人としては、わたし達の結婚式である、あの静かな感じの方が好きだけれど)
エルフ少女(……でも……あのドレス姿は……同じ女性として、少し惹かれるものがあった……)
エルフ少女(……まぁ、人間と結婚するなんて、考えたくも無いことだけど)
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男「エルフの書物が読めなくて不便だ……奴隷でも買うか」
男「エルフの書物が読めなくて不便だ……奴隷でも買うか」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1329061140/)
の続きです
今回はわりと静かになれば良いなぁ…とか書けばフラグになるのかな……
……もうあの微妙に急かされてる感がある空気はヤだな……
自分勝手で申し訳ないけど
せっかく読んでくれてるのにこんなの言うのもアレなんだけど
でも……今度こそ、静かにひっそりとやっていきたい
ちなみに前回の質問に答えると、全部で四部です
なので、このスレで終われるようにしたいです
前回も言ったけど、元々前回のスレ一つで終わる予定だったので
というわけで、第三部始めさせてもらいます
エルフ少女(そんなわたし個人の感想はともかくとして……あの人は、結婚式の翌日には街を出て、この屋敷へと戻ってきた)
エルフ少女(馬車を事前に予約していたおかげで、その日は昼食後少ししたぐらいには帰ってこれた)
エルフ少女(結婚式当日には既に、元メイドさんに挨拶をしていたのもあるのだろう)
エルフ少女(すんなりと、ここへと戻ってきた)
エルフ少女(そしてその日から今日まで……食事も満足に摂らず、入浴なんてもちろんせず、研究に没頭し始めた)
エルフ少女(もし今日の昼も出てこなければ、ほぼ丸二日、研究室から出てこないことになる)
エルフ少女(でも……この前みたいに、無理矢理引っ張り出すことは、しない方が良いのだろう)
エルフ少女(……昨日も今日も、研究室に篭る前から「鍵を開けて入るのは止めて欲しい」って止められちゃったしな……)
エルフ少女(……今日も食事はいらないのだろうか……)
エルフ少女「……はぁ……」
エルフ少女(ホント……いい加減、身体壊しそうなものだけど……)
エルフ少女「……というか……」
エルフ少女(わたし達二人も入浴できないのは辛い……)
エルフ少女(……贅沢って、覚えない方が良いよね……身体を拭けるだけ幾分もマシだっていうのにさ……)
エルフ少女(それが分かってるのに……そんなこと考える自分がイヤになる……本当に)
応援してる
>>1のペースでやったらいいと思うよ
エルフ少女「はっ……!」ヒュッ
エルフ少女「はぁっ……!!」ヒュヒュヒュッ…!
エルフ少女「…………すぅ~……」
エルフ少女「……はぁ~…………」
エルフ少女(……うん)チャキ
エルフ少女(告白してからずっと預かったままのナイフも……いい加減、扱いに慣れてきた)
エルフ少女(……ただ……これも贅沢なんだろうけど、やっぱり長いのが欲しい)
エルフ少女(お父さんに特別に一度だけ振らせてもらった、身の丈以上長いのはいらないけど……もうちょっとだけ、相手との間合いが取りやすいやつ)
エルフ少女(後は……わたしとその得物の距離が離れても、わたしが目視しやすいぐらい大きなやつ)
エルフ少女(これだけ短いとさすがに……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……ま、投げる分には扱いやすいか)
ヒュッ
スコン!
エルフ少女「…………」
パチパチパチ…
エルフ少女「っ!」
男「すごい、命中。上手だね」
エルフ少女「……旦那様……」
男「相変わらず流れるみたいでキレイな動きだね……惚れ惚れするよ」
エルフ少女「ありがとうございます」
男「でも、メイド服って動きづらくないの? 動きやすい格好に着替えたらいいのに……」
エルフ少女「いえ。これ、スリットを入れてもらいましたから。十分動きやすいですよ」
ピラ
男「ちょっ……!」
エルフ少女「え?」
男「そんな恥じらいもなしに……!」
エルフ少女「そんな……突然下着を見せられた、みたいな反応をされても……」
エルフ少女「別に足を見せただけですし……そんなに深くも切ってもらいませんでしたから」
エルフ少女「まぁ個人的にはもっと深く切っても良かったんですけど……元メイドさんに止められまして」
サッ
男「はぁ……いや、それ正解だよ」
男「だってそれ以上深くしちゃったら、下着が見えるんじゃないの?」
エルフ少女「下着の上からまた何か、見られても大丈夫なものを履けば済む話ですし」
エルフ少女「何より、やはりいざという時の動きやすさの方が重要かとも思いますし」
男「イザという時……?」
エルフ少女「はい。突然襲われた時など」
エルフ少女「ですからその時にも対応できるよう、メイド服で動く特訓をと」
男「なるほど」
自分のペースでやれば良いよ
エルフ少女「それにしても旦那様、部屋から出てこられたということは、もう研究は終えられたのですか?」
男「いや、まだ」
エルフ少女「……珍しいですね。それなのに出てこられるとは」
男「今日中には完成しそうでね……一段落もついたし」
エルフ少女「でしたら……今日は朝ごはん、食べますか?」
男「うん。いただくよ」
エルフ少女「それなら早く奴隷ちゃんに言いにいかないと。今日も用意しないつもりでしたし」
男「う~ん……それならそれで良いかなぁ……」
エルフ少女「ダメです」
男「うっ」
エルフ少女「せっかく食べる気なのでしたら、食べていただかないと」
エルフ少女「どうせ食べ終えたらまた研究室に篭るのでしょう?」
男「まぁ、ね」
エルフ少女「ならその前に、せめて朝食ぐらいはしっかりと食べてください」
エルフ少女「それと、入浴もちゃんとお願いしますよ」
男「……はい」
テクテクテク…
エルフ少女「それにしても……本当に珍しいんじゃないですか? 一段落したからと部屋から出てきたのは」
男「それは、ボク自身もそう思うよ」
エルフ少女「元メイドさんも、旦那様はずっと研究ばかりだったと話しておられましたしね」
男「ああ~……まぁ彼女の時は、毎日研究室に来てご飯と入浴を強制されてたからね……そのせいでコッチも、色々と意地を張ってたのかも」
エルフ少女「なるほど……わたし達は言われたとおり、研究室を開けませんでしたからね」
男「元々、あまり一人なのも得意じゃない性質だし、構ってくれないならくれないで、気になっちゃうんだよ、ボク」
エルフ少女「子供みたいですね」クスッ
男「ボクもそう思うよ」クスッ
男「だからま、自分から出てきて、こうしてコミュニケーションを取ってもらってるって訳」
男「一人が寂しくて独り言が多くなってきたから二人を雇った、っていうのもあるぐらいだしさ、ボクって」
エルフ少女「それなら、もっと多く出てきてくれたら良いじゃないですか」
男「研究も重要だからね」
男「それに……早く今の研究を終わらせないといけない理由も増えたし」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「一つ、気になったんですけど」
男「ん?」
エルフ少女「どうしてわたし達エルフのために、そこまでしてくれるんですか?」
男「…………」
エルフ少女「それに、わたし達にどういう扱いをしても大丈夫だと知っているのに、どうしてそんな普通に接することが出来るんですか?」
男「…………」
エルフ少女「普通の人間なら、それこそわたし達を文字通り飼うようになるはずですし……」
男「ん~……まぁ、そうだなぁ……」
エルフ少女「はい」
男「今の研究と同じで、ただの罪滅ぼし……って、周りには思われるかもしれないけど……」
男「実際はただ、やりたいだけ、なんだよね」
エルフ少女「……? やりたい……? 何をですか?」
男「キミ達を助けること」
エルフ少女「……どうして、そう思ってくれるのですか?」
男「それは……」
男「…………」
男「……ま、全てが終わったらちゃんと話すよ」
エルフ少女「」ガクッ
エルフ少女「……全てが終わってから頑張っていた理由を話されても……」
男「ん~……でも今はほら、いつかこのことを二人に話すために頑張ろう、っていうのが活力になってる部分があるしさ」
男「だからまぁ、待っててよ。話せるようになるまで」
エルフ少女「……仕方ないですね。分かりました」
~~~~~~
深夜
◇ ◇ ◇
エルフ少女の部屋
◇ ◇ ◇
エルフ少女「…………」スゥ…スゥ…
カチャ…
…キィ
?「…………」
タン…タン…タン…
エルフ少女「…………」スゥ…スゥ…スゥ…
タン…タン…タン…
?「…………」
ギシッ
エルフ少女「っ!」
バッ!
ビュッ…!
…シャッ…!
?「っ!!」
エルフ少女「……乙女の部屋に侵入とは……穏やかじゃありませんね」
エルフ少女「……どちら様ですか?」
?「……乙女がいきなり首筋にナイフを突きつけてくるとは思えないんだけど……」
エルフ少女「……ん?」
?「……というか……寝ている間もソレを傍に置いてるとはね……」
エルフ少女「その声……旦那様?」
男「どうも」
エルフ少女「……なんの御用ですか?」
エルフ少女「まさか……夜這い、ですか?」
エルフ少女「そういうことが可能だと確信がもてた途端に?」
男「ち、違う違う!! そうじゃない!」
エルフ少女「とてもそうには見えませんけど……?」
男「た、確かに夜這いをかけたみたいに見えるけど……! でも違うってっ!!」
エルフ少女「説得力は皆無ですね」
男「ま、まぁ……ボクも女で、逆の立場なら同じことを思うけど……」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……まぁ、奴隷として買われてしまったわたしに、本来ならこうして拒絶することは許されないのでしょうね……」
エルフ少女「ですが……それでも――」
男「だから違うって!」
男「実はさ、研究が完成したから、見てもらいたくて!!」
エルフ少女「完成した……?」
男「うん! 魔力で秘術を扱う魔法!!」
中途半端だけど時間なのでここまで
>>5 >>8さん その他大勢の皆さん
確かにそうで…頭でも分かってるんですけど……
前回みたいに雑談が活発になると早くスレが無くなりそうで怖くなるというか…ね
乙とかは普通に嬉しいしそれで埋まるのも嬉しいんですけど…雑談で埋まってくるとすごい焦るというか……
まぁ、今回はそれで焦らないようにしたいです
スレが無くなりそうだから第二部一斉投下、みたいなことはもうしたくないですし
なんかもう、素人が何気取ってんだ、って話なんですけどね…
再開します
エルフ少女「……何故わたしに?」
エルフ少女「魔法や秘術なら、奴隷ちゃんの方が詳しいでしょう?」
男「彼女も次に起こすつもりだったんだって!」
エルフ少女「……何故この時間なんですか?」
エルフ少女「夜中に起こされる身にもなってください」
男「そ、それは確かに……悪いと思ったけど……」
男「ボクも寸前まで悩んだんだけど……」
男「でも……なんというか、いち早く誰かに見てもらいたくてさ!」
男「なんというかこう、自慢、みたいな?」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……はぁ」
エルフ少女(つい今朝に子供っぽいと思ったけど……これほどとは)
男「どう? 信じてくれた!?」
エルフ少女「……まぁ、そうですね」
エルフ少女「というより、実は、旦那様」
男「ん?」
エルフ少女「別に、わたしは旦那様を押さえつけている訳ではないのですから、ナイフと反対方向に首を動かしながら離れてくれれば、あっさりと離れられるんですよ?」
男「あ……そうだったんだ」
男「そういうの、よく分からないからさ」
スッ…
エルフ少女「……片腕をついて顔を近づけてきていたのは、もしかしてキスでもしようとしてました……?」
男「ま、まさか!」
男「やっぱりしっかりと寝てるなら起こせないなと思って、寝ているかどうか確認を……!」
男「これで寝てたら諦めようとか、そう考えてね……!」
エルフ少女「……そうですか」
男「うんうん!」
エルフ少女(……なんか、そうやって強く否定されると少しだけショックを受けている自分がいる……)
エルフ少女(それが……ちょっとむしゃくしゃする……)
男「や……やっぱり怒ってる……?」
エルフ少女「……いえ」
エルフ少女「まぁ、夜中に起こされたことに関しては、別に怒ってませんよ」
エルフ少女「子供みたいだなぁ、と今朝話したばかりですし」
エルフ少女「ええ。別に。怒ってないですよ」
男「は、ははっ……」
エルフ少女「ともかく、奴隷ちゃんも起こしにいくつもりだったのなら、起こしに行きましょう」
男「う、うん……」
ガチャ
キィ…
男「…………」
トコトコトコ…
エルフ奴隷「……ん? ……ご主人さま……?」ボ~…
男「……エルフの皆は眠りが浅いものなの?」
エルフ奴隷「……はい?」ボ~…
男「いや……なんにも」
エルフ奴隷「もしかして……夜這いですか?」ボ~…
男「ち、違う違う!」
男「というか二人してそう思うって……ボクの印象って、もしかして結構悪かったりする?」
エルフ奴隷「ん~……そんなことはありませんが……」ボ~…
エルフ奴隷「むしろ良かったりしますが……」ボ~…
男「……もしかして、寝ぼけてる?」
エルフ奴隷「いえいえ……そんなことは……」ボ~…
男「…………」
エルフ奴隷「……あ、夜這いでしたね。すぐに服を脱ぎま――」ボ~…
男「違うから違うから! ちょっと自慢したかっただけなんですごめんなさい!!」
エルフ奴隷「……自慢……?」ボ~…
~~~~~~
男「本当にごめんね。こんな夜中に屋敷の外になんか出して」
エルフ少女「……そう思うのなら、最初から呼びに来なければ良かったんじゃないですか?」
男「……返す言葉もありません……」
エルフ少女「奴隷ちゃんなんて、寝ぼけているところを無理矢理連れてこられたんですよ?」
男「……本当にごめんなさい」
エルフ奴隷「いえ、そんな……! 私こそ、寝ぼけている見苦しい姿を見せてしまって……すいません」///
エルフ少女「でも奴隷ちゃんが寝ぼけてるって珍しいよね? いつも朝はそんなことないのに……」
エルフ奴隷「実は……その……毎朝、本当はもうちょっと早く起きてるんですよ」///
エルフ奴隷「ただその……ボ~っとしてる時間が長いと言いますか……まぁ……そんなところです」///
エルフ少女「ふ~ん……」
エルフ奴隷「わ、私の話よりも、ご主人さまですよっ」
エルフ奴隷「なんでも、魔法を使う方法で、秘術が使えたとかっ」
男「うん……本当は日が昇るまで待ってから公開しても良かったんだけど……なんかこう、いち早く見てもらいたくてさ」
男「本当……自分勝手な理由だよね……見せびらかされたり、訳の分からない仕組みを説明されるために起こされるなんて……面倒だよね。むしろ辛いよね。……ごめん」
エルフ奴隷「話が巡り続けてますよ、ご主人さま」
エルフ奴隷「私は別に気にしていませんから」
エルフ奴隷「むしろ、自分にその成果をいち早く見せてくれようとしてくれて、嬉しいぐらいですし」
エルフ少女「……まぁ、努力の成果を早く誰かに見てもらいたい気持ちも分かりますからね」
エルフ少女「わたしだって、別にそのことに関して怒ってなんていませんよ」
エルフ少女「ただちょっと旦那様の反応が面白かったので、何度も責めてしまっただけです」
男「反応が面白いって……」
男「……まぁ、良いや」
エルフ少女「それで、早速見せてもらえるんですか?」
男「もちろん。そのために呼んだんだからね」
キュポン
エルフ奴隷「……水……ですか?」
男「うん。ボクの魔法といえば、コレだからね」
エルフ少女「まさか、いつもみたいに撒くんですか? その細い筒のような瓶容器に入った水を」
男「ううん。これを飲む」
エルフ少女「飲む……?」
男「水の中に術式を施してあるのは前までの通り」
男「ただコレを飲むことで、体力を魔力に変換する際、その魔力に特殊な信号が付属されるようになる」
エルフ少女「……あ」
男「そう。この前説明した通りのことをするだけ」
男「変換される魔力全てを、精霊に届くかもしれない信号を発せられるようにする」
男「そうすることで、秘術を使えるようにするって訳」
エルフ奴隷「……届くかもしれないということは、届かないかもしれないということですよね?」
男「そうだけど……ま、研究室で一度実験したときは、ちゃんと秘術っぽいことは出来たよ」
エルフ少女「秘術っぽい?」
男「秘術だ、って自信が持てないだけ」
エルフ奴隷「……それを、私達が確認すればよいのですね?」
男「それもあるかな」
男「というか、それは建前で……本音はさっきから言ってる通り、この完成した研究成果ともいえる魔法の自慢」
男「ボクとしてはちゃんと秘術だと思えた訳だし」
男「自信は無いけどね」
男「というわけで、早速」
ゴクッ
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「……それって、変な味はしないんですか?」
男「もちろん」
男「術式を施してるといっても、単なる水だからね。味としては、裏で汲める井戸水と変わらないよ」
エルフ奴隷「……それで、今はもう秘術が使えるのですか?」
男「うん」
男「ただ、この魔法の効果は短いんだ」
エルフ少女「……それなら、そう悠長に話してる場合じゃないんじゃ……?」
男「今体力を魔力に変換してるところ」
男「変換さえ果たせば、もう魔法の効果が切れても良いからね」
エルフ少女「……魔法って、面倒なんですね」
男「無理をしているようなものだからね」
男「っと、まぁ、魔力の量はこのぐらいで良いか。実験なのにあまり変換しすぎると倒れちゃうし」
エルフ少女「変換中って、そんなに隙だらけなんですか?」
男「まさか。ボクだって体力を魔力に変換しながら、変換されてくる魔力をそのまま魔法術式に充てることだって出来るよ」
男「今はそうやって集中力を分散させる必要も無いからしないだけ」
男「切羽詰る戦いの最中って訳でもないし」
男「さて……で、ここからがこの魔法の見所」
男「本来、秘術は口で紡いで、精霊にしたいことを伝える」
男「でもこの方法で秘術を使うときは、今までの魔法と同じで、中空に光の文字を描いてお願いをする」
男「ただ、人間の文字だと伝わりづらいであろうことは、さっき一人でやった実験で分かった」
男「だから今回は、エルフの文字でやってみようかと思う」
サッサッサ…
男「ん~……実験だし、これぐらいで良いか」
サッサッサ…
エルフ奴隷「……確かに。それが出来れば秘術だと思いますよ」
男「本当? なら、試す価値はあるかな」
エルフ奴隷「そこに書いてある通りのことが出来れば、ですけれど」
男「……ま、そこは試してみるしかないか」
男「じゃあこれで……発動!」
パン
…
キィィィ…
シュゴドォッ!
エルフ奴隷「……書いたとおりになりましたね」
男「……うん……うん!」
エルフ奴隷「間違いなく、秘術と同じ効果です」
男「ということは……」
エルフ奴隷「間違いなく、成功です」
男「成功……成功……成功した……成功したっ……! 成功したっ!! 成功したっ!!!!」
男「いよっしゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー……!!!」
エルフ少女「うわっ……」
エルフ少女(そんなに大声上げて喜ぶところなんて初めて見た……)
エルフ少女(というか、大声上げてるところ自体初めてかも……)
エルフ奴隷「おめでとうございます」
エルフ少女(……でも――)
エルフ少女「――確かに。書いたとおり“少し離れた所の地面が錐状に突き上がる”って現象は起きたけど……」
エルフ少女「これで、どうして秘術だって確証が持てるの? 魔法については詳しくないけど……これって、魔法でも出来ることなんじゃ……?」
エルフ奴隷「それはですね――」
男「なぁに! 簡単なことだよ!」
エルフ少女(あ、ちょっとウザい……)
男「秘術が魔法とは違って、世界への干渉率が高いからだよ!」
男「つまり! さっきの現象は魔法では行えないってことさ!!」
男「いや、正確には行えるんだけど! だけどね! だけど! やっぱりちょっっっと! 微妙に変化があるというかね――」
エルフ少女「あ、我慢できない」
男「――え?」
エルフ少女「すいません。ちょっとウザいです、旦那様」
男「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
男「…………ごめん…………」
男「…………もうちょっと……落ち着くよ…………」
エルフ少女「お願いします」
時間が来たので、今日はここまでにします
魔法とかの設定話が明日も続くので、正直読まなくても大丈夫
あと今書いて間に合うのかどうか分からないですが、第四部終わるまで転載は待って欲しいです
これ以上の荒れはマジ勘弁。ヘコむレスもいくつか出てきたし
再開します
エルフ少女「で、落ち着いた上で、説明の続きが聞きたいです」
男「……うん」
男「えっとね……まず魔法っていうのは、体力を魔力に変換して世界に干渉してもらう、っていう方法なのは前から何度も言ってるけど……」
男「それはつまり、その変換した魔力と交換で、世界に色々な現象を起こしてもらってるってことなんだ」
男「だからどうしても魔法だと、その魔法を使った人の近くからしか発動できない」
男「さっきみたいに、指先に魔力を灯して光の文字を描き、世界にしてほしい現象をお願いするでしょ? あれこそが何を隠そう魔法術式ってやつなんだ」
男「術式を施す、っていうのはつまり、“魔力を使ってもらって魔法術式を発動可能状態にしてもらう”ことを指す」
男「結婚式の前日に二人に渡してた魔法水の入った瓶なんかは、事前に水の中にその“術式を発動可能にしたもの”を宿しておいた状態ってこと」
男「魔法道具(マジックアイテム)なんかもそうだね。身に着けるものやその他諸々に術式を施すことで、世界に干渉してもらい、様々な効果を発動させる」
男「もしその効果を発動させ続けたいんなら、それこそ身に着けている人の体力を魔力に変換して、ソレを交換し続けるように術式を編まないといけなくなるってこと」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……まぁ、よく分かりませんでしたけど」
男「」ガクッ
エルフ少女「でもそれってつまり、魔法を使うには魔力が必要ってことですよね?」
男「うん」
エルフ少女「それならどうして旦那様のあの水などは、魔力が入っていないのにソレを瓶の外に出すだけで、魔法が発動されるのですか?」
男「いや、魔力は入ってるよ。だからこそ水を外に出すだけで魔法が発動するんだし」
エルフ奴隷「瓶の口の近くに、瓶の中の術式を発動しないようにする術式を施しているんですよね?」
男「うん。その通り」
エルフ少女「ということは、あの水の中には、魔力と、魔法を発動させる術式、っていうのが一緒に存在しているということですか?」
男「そういうこと」
エルフ少女「なら長時間保存しておくと、あの水はただの水になってしまうということ?」
男「基本的にはね。というよりあの水の中の魔力は、込めてから丸一日しか保たないよ」
男「ボク自身の体力が少なくて、変換して宿せる魔力総量も少ないせいで、込められる量も限られちゃうからね」
男「“術式を施した水”という形だと、魔力が無くてもその形は残る。それこそ魔法道具(マジックアイテム)と一緒」
男「装備するのを止めて魔力の供給が一度なくなっても、時間が経って再び装備して魔力を供給してやれば動くんだから」
男「中には、あの調理場の木箱に施してあるような“時間を遅くする術式”を瓶自体に施してあるのもあるけど……まぁ、数は少ないかな」
男「本当は全部にその術式を施すのが良いんだけどね……アレは術式を発動し続けるための必要魔力自体も遅くして循環させることで、少量で済んで燃費も良くなるし」
エルフ少女「では、何故そうしないのですか?」
男「ん~……まぁ、その術式を施すために必要な魔力が多いっていうのと……」
男「あとは、そうして全部保存しておいて、もし地震でも起きて瓶が全部倒れて割れちゃったら、屋敷がふっとんじゃうからかな」
エルフ少女「あ~……なるほど」
エルフ少女「……ん? でも旦那様、その話を聞く限り、結局瓶の中の魔法を使えるようにするのに、また魔力を込めてるんですよね?」
エルフ少女「ということは、別に瓶にそんな何重にも術式を施さなくても、直接目の前で魔法を使ったほうが手間が省けそうなものなんですけど……」
男「その術式を編むのだって魔力を使うからね」
男「普通の魔力総量があるんなら、確かに目の前で直接使った方が良いんだろうけど……むしろだからこそ、ほとんどの魔法使いがそうしてるんだろうけど……」
男「でも、さっきから何度も言ってるけど、ボク自身は体力が無いからね。少しでも魔力の節約をしたいからこその、ちょっとした足掻きみたいなものなんだ」
男「手間も掛かるし、総合的には魔力も取られちゃってるけど……でも、戦いになった時は少しでも魔力を抑えた戦い方をしないと、保たないからさ」
男「事前準備を念入りにしているってこと」
男「……で」
男「結構話が飛んじゃったけど……それに対して秘術っていうのは、周りにいる精霊にお願いして、世界に現象を引き起こしてもらうこと――」
男「――って、これは二人の方が詳しいから説明は良いか」
男「ただ分かって欲しいのはその性質の違い上、魔法は術者の体力が消耗され、秘術は術者の体力が消耗されない、っていう大きな違いがあるんだ」
エルフ少女「……? でも、それとさっきの“土の錐”と、どう関係があるんですか?」
エルフ少女「とても魔法と秘術の違いが分かる実験のようには見えませんでしたけど……」
男「まぁ、ボクが使ったあの方法は“魔法と同じ方法で秘術を使う”ってやつだからね。その“大きな違い”からじゃあ魔法か秘術かなんて判断はつけられないんだ」
男「つけるための方法は、もう一つ。さっき軽く言ったけど、“魔法は術者の近くでしか発動されない”って部分」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「…………あ」
男「気付いたね」
男「“離れた場所の地面に土を錐状にして隆起させる”……これは、魔法では出来ないことなんだ」
男「もし魔法で行いたいんなら、その“錐状に隆起させる”ポイントまで、魔力が走った跡が残るんだ」サササササッ
男「こんな風にね」ドンッ!
ピシピシピシピシ、シュゴドォッ!
エルフ少女「おぉ~……」
男「ほら、踏みしめた足の先から向こうの出てきた土の錐まで、埋まっていた細い糸が掘り起こされたような、小さな線の跡があるでしょ? これが魔力の走った跡」
エルフ少女「なるほど……」
男「で、秘術で使ったほうは、この跡がない」
男「つまりこれで、さっきのは秘術が使えた、っていう証明をしたことになるんだ」
エルフ少女「……でも、結果的に出来たことは同じですよね?」
男「ん~……まぁね」
エルフ少女「確かにこの魔力の跡というののせいで、戦闘が不利になる可能性はありますけど……」
エルフ少女「でも、それこそ別の魔法にすれば良いんじゃないんですか? 手から火の槍でも無数に打てば良いんですし」
男「まぁ、戦闘だとそうなんだけど……ボクが秘術でしたいのはそういうのじゃないから」
エルフ少女「そういうのじゃない……? どういうことですか?」
男「……魔法は、術者の近くでしか発動できないんだよ」
エルフ少女「? それはさっきも聞きましたけど……」
男「つまりね……魔法じゃあ、体内へ何かしらの影響を与えることが出来ない、ってことなんだ」
男「むしろ……他人の魔力を体内に入れられると、どんな副作用があるのか分からなくなる……術式を施し終えたものであれ、なんであれ……ね」
エルフ奴隷「…………」
男「……まぁ、なんというか……」
男「戦争の頃の話になって申し訳ないけど……」
男「エルフが当初勝っていた人間に、逆転して勝ててこれたのは……この差が一番大きいんだ」
>>88 最後の男のセリフ訂正
× 男「エルフが当初勝っていた人間に、逆転して勝ててこれたのは……この差が一番大きいんだ」
○ 男「当初勝っていた人間にエルフが逆転してこれたのは……この差が一番大きいんだ」
男「人間は、世界から治療してもらうことが出来ない」
男「しかしエルフは、その秘術で、仲間を治療することが出来る」
男「……エルフが秘術で仲間を治療することが出来る、っていうのは、間違いないんだよね?」
エルフ少女「……まぁ、そうですね」
男「それって、どんな傷でもだよね?」
エルフ少女「……呼吸さえしていれば、どんな傷だって治せます」
男「病気だって、だよね?」
エルフ少女「…………はい」
男「……そう……」
男「……そうだよね……」
男「ソレを、ボクは知ったんだ。調べて」
男「だから、秘術を使えるようになろうとした」
エルフ少女「……戦争のためにですか?」
男「違うよ」
男「治したい人たちがいるんだ」
男「魔法じゃあ治せない、医療でも治せない、そんな人たちが……」
エルフ奴隷「…………」
男「だからボクは、縋るように、こうして秘術の研究をしてきたんだ」
男「……本当は、戦いに使うつもりはなかったんだけど……ね」
エルフ少女「……使うつもりなんですか?」
男「ああ。使うよ」
男「キミ達の同胞を救うために」
男「治したい人たちを治した後に、この力を使って……」
エルフ奴隷「…………」
男「……というわけで、明日――というより今日かな? 朝食の後にでもすぐに街に向かうよ。今日の深夜にでも戻ってこれるように」
エルフ少女「え?」
エルフ少女「もしかして、ソレが出来るようになったから、早速その人たちを救いに行くんですか?」
男「まさか」
男「コレはまだ不完全だしね」
男「それに、この”秘術っぽいもの”を使っての術式だって見つけてないし」
男「さっきの水だって量産しないといけない」
男「あの長ったらしい術式を、もう何度か水の中に入れないといけないしね……」
男「アレ、ボクの体力のほとんどを持っていくから、二日で三本しか作れないんだ」
男「最初に出来たその三本だって、もう実験で全部使っちゃったし」
エルフ奴隷「でしたら……何をしにいくんですか?」
男「ちょっと、実験道具の買い付け」
男「本来、二人に渡してる術式を施した瓶だって、投げて使ったほうが安全な代物じゃない?」
男「勿体無いから撒いて使ってもらおうとしてたけど……」
男「でも、キミ達の仲間を救うときは、そうもいかない」
男「沢山投げたり出来るようにしないと、ね」
エルフ少女「……すいません」
男「え? なにが?」
エルフ少女「……結婚式前日のとき、わたし達が襲われていなければ……」
男「いや、あの時はまだ、そういうの考えてなかったし」
男「別の用件実験器具屋に行こうとしてただけ」
男「だからま、その用事もついでに済ませてくる、ってだけだから、気にしないで」
~~~~~~
男「屋敷は誰が来ても開けちゃダメだよ」
男「何かあったら遠慮なく、この魔法術式を施した瓶、使って良いから」
~~~~~~
エルフ少女(そう言い残して彼は、本当に、朝食の後すぐ、屋敷を出て行った)
エルフ少女「……さて……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女(……入浴できる状態にしてもらったら良かった……とか一瞬考えてしまった……)
エルフ少女「……まぁ、後悔しても仕方が無い」
エルフ少女(帰ってきたらすぐ自分で入ってもらえるよう、掃除ぐらいはしておこうかな)
エルフ奴隷「……そういえば、初めてですね」
エルフ少女「ん?」
エルフ奴隷「ご主人さまがいない屋敷、というのは」
エルフ少女「……あ~……そういえばそうね」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「……さて……」
エルフ少女「……なに……しようか」
時間なので今日はここまでにします
色々とありがとうございます
最後までやり遂げますので、大丈夫です
再開します
エルフ少女「……とりあえず、屋敷の外の草刈りでもしようかな……」
エルフ奴隷「あ、それなら私も手伝います」
エルフ少女「え? そう?」
エルフ奴隷「はい。昼食の準備も、無理に慌ててする必要も無いですし」
エルフ少女「……いや、旦那様がいてもそうじゃなかったっけ?」
エルフ奴隷「ご主人さまがいる時は、下ごしらえなどで結構手間暇をかけましたよ……?」
エルフ少女「あ~……そっか。ま、わたし達二人なら別に良いか、そういうのは」
エルフ少女「それじゃあ、手伝ってもらおうかな」
エルフ奴隷「はい」
エルフ少女「じゃ早速、浴場裏の井戸の近くに道具があったはずだから、取りに行きましょうか」
~~~~~~
ザッ、ザッ、ザッ…
山賊頭「はぁ、はぁ、はぁ……」
手下1「かしらぁ……」
山賊頭「あ? なんだよ」
手下1「どうしてこんな山登ってるんですか?」
山賊頭「仕方ねぇだろ。街道近くを騎士団がうろついてんだからよ」
山賊頭「この山から迂回しねぇと、アジトに戻れねぇんだよ」
手下1「だから止めようって言ったんじゃないっすかぁ~」
山賊頭「あ? なんだてめぇ? オレに逆らうってのか?」
手下1「そうじゃないっすけど……でも結婚式の祭りに紛れて、せっかく城下街に入れたっていうのに……」
山賊頭「入れたっていうのに、なんだよ?」
山賊頭「そもそも入ったのだって、貴族の屋敷に盗みに入るためだろ? それをしないで何をしろって言うんだよ」
手下1「そうっすけど……でも、やっぱあのタイミングは無理だったんですって」
山賊頭「無理じゃなかった。ちょっとヘマしなけりゃ上手くいってたに決まってる」
手下2「ちょっとどころじゃないヘマしたくせに……」ボソ
山賊頭「あん? 何か言ったかてめぇ」
手下2「……気のせいですよ」ボソ
山賊頭「ふんっ、まぁいい」
手下1「良くないんですって! 大人しく山賊として、コツコツと商人の馬車を襲ってればこんな目に遭わずに済んだんっすよっ」
手下2「仲間の殆どが捕まった。……頭のせいで」ボソ
山賊頭「はん! そんな小せぇことばかりやろうとするから、テメェらはいつまで経ってもダメだったんだよ!」
山賊頭「あそこで盗みに成功してりゃ、今頃もっとウハウハな生活だって出来たはずだ!」
山賊頭「もしかしたら、奴隷だって買えたかもしれねぇ!」
手下2「……買えたところで、頭がしたいようなそういうことは、どうせ出来ない……」ボソ
山賊頭「法律なんて知ったことかよ!」
山賊頭「大体ソレを守るってんなら、そもそも山賊なんてしねぇっての!」
手下2「…………」
山賊頭「……ま、やっちまったもんは仕方がねぇ」
山賊頭「アイツ等には悪いが、とりあえずアジトに戻って、残しておいた金品を手にして、別のねぐらを探すぞ」
山賊頭「んで、再び仲間を集めにかかる。なんなら、他の山賊たちに取り入ってから、オレが頂点に立ったって良い」
山賊頭「ともかく、まずはあそこに帰ることからだ」
手下1「……お頭、どうして場所を変える必要があるんで?」
山賊頭「あ? バカかお前」
山賊頭「アイツ等捕まった仲間が、一人もオレ達を裏切らないって保証がどこにあんだよ」
~~~~~~
~~~~~~
お昼過ぎ
◇ ◇ ◇
城下街
◇ ◇ ◇
男「ありがとうございました。いやホント、助かりましたよ」
行商人「良いってことよ」
男「またいつか、買い物に寄らせてもらいますね」
行商人「おぅ! 頼むぜ!!」
ガラガラガラ…
男(……さて)
男(とりあえず、用事を済ませるだけ済ませて、さっさと帰ろうか……)
男(二人を屋敷に置いたままなのも気になるし)
男(……一人だけ連れてくるよりかは安全なんだろうけど……やっぱり、ね)
男「……とは思っても」
テクテクテク…
男(いきなり実験器具屋に行くのもなぁ……)
男(せっかく街に来たのに、勿体無い気もする)
男「……まぁ、他に行くところも無いんだけど」
男(食料の補充は結婚式の時したし……城には……行くには早いか……)
グゥ~…
男「あ」
男(そうだな……お昼ご飯がまだだったし、食べて帰ろうかな)
男(実験器具を買って、その足でどこか店に入って食事をして、帰る……)
男(うん、そんなところか)
男(まぁ、正直屋敷に帰った方がご飯はおいしいんだけど……ね)
男(ソレを再認識する意味でも、どこかで食べて帰るかな)
~~~~~~
◇ ◇ ◇
屋敷
◇ ◇ ◇
エルフ少女「ふぅ~……とりあえず、一旦休もうか」
エルフ奴隷「そうですね……陽も、天辺より少し外れてますし」
エルフ少女「あ~……ちょっと熱中しすぎたかも」
エルフ奴隷「確かに……夢中になってしまいましたね」
エルフ少女「というか……放置しすぎなのよ、本当に」
エルフ奴隷「案外、わざと放置していたのでは?」
エルフ少女「どうだろ……あの元メイドさんが、コレだけのものを放置してたとは思えないし……」
エルフ少女「確かにその可能性もあるんだけど……」
エルフ少女「でもやっぱ、この舗装されてる道から生えてる分のは、どう見てもわざとには見えないしね」
エルフ奴隷「確かにそうですね」
エルフ奴隷「両脇の生い茂ってる分はわざとかもしれませんが」
エルフ少女「にしても、汗かいたわね……」
エルフ奴隷「はい……入浴、したいです」
エルフ少女「……水でなら出来るけど?」
エルフ奴隷「……これだけ熱いんなら、それでも良いかもしれませんね……」
エルフ少女「……確かに」
エルフ少女「元々、お湯に入るなんて文化自体、無かったしね」
エルフ少女「お湯で濡らした布で拭く、っていうのはしてたけど」
エルフ奴隷「基本的に浸かるのは、湖ばかりでしたしね」
エルフ少女「一度贅沢を覚えると、どうもダメだなぁ……」
エルフ奴隷「……それは、私も実感したことがあります」
エルフ少女「だよねぇ……」
エルフ少女「……でも、さ」
エルフ奴隷「はい」
エルフ少女「この疲れた身体で、井戸の水をあの浴槽に移すのって、想像するだけでしんどくない?」
エルフ奴隷「……そうですね」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「とりあえず、先に昼食にしましょうか」
エルフ奴隷「ですね」
エルフ奴隷「軽く身体を拭いて、準備しましょう」
エルフ少女「あ、わたしも手伝う。草刈り手伝ってもらったし」
エルフ奴隷「そうですか? ではお願いします」
~~~~~~
ザッ、ザッ、ザッ…
山賊頭「……あん?」
手下1「どうしたんですか? 頭」
手下2「……拾い食いはダメですよ? 頭」ボソ
山賊頭「んなことするか!」
山賊頭「じゃなくて、あの頂上に見えるの、屋敷か何かじゃねぇか?」
手下1「え? あ、本当っすね!!」
ザッザッザッザ…!
手下2「……でも、結構古びてる……」ボソ
手下1「ですね~……もしかして、廃墟か何かじゃないっすか?」
山賊頭「確かにな……これだけ外観が古いとそうかもしれねぇ……」
手下1「なら、そんなの無視して早く戻りましょうよ」
手下1「あとは反対側から下山して、少し歩いて森の中を歩かないといけないんですから」
手下2「全く頭は。子供なんだから」ボソ
山賊頭「…………」
山賊頭「……だが、気にならねぇか?」
手下1「いえ、別に」
手下2「何も」ボソ
山賊頭「…………」
山賊頭「……いや、やっぱり気になる。敷地の中に入るぞ」
手下1「えぇ~? こんな門飛び越えるんっすかぁ~?」
手下2「……正直、面倒」ボソ
山賊頭「オレ達の身長より少し高いだけだろ! ほら、さっさと足をかけて超えるぞっ!」
手下1「へ~い」
手下2「全く……」ボソ
ガッ、ガッ、ガッ…
ダン、ダン、ダン…!
手下1「うわ~……草生え放題じゃないっすか」
手下2「なんでこんなところが気になったのか。お頭の頭の方が気になる」ボソ
山賊頭「なんとなくだよ。オレの山賊としての嗅覚がココには何かあるって告げてやがる」
手下1「何か、ねぇ……」
手下2「嗅覚とか……うける」ボソ
山賊頭「何も面白くねぇよ!?」
ザッ、ザッ、ザッ…
手下1「というより頭、もしこんな古びたところに何かあったとしても、どうせ一銅貨になるかならないかでしょう?」
手下2「それよりも……お腹空いた」ボソ
手下1「そうですよお頭。早くアジトに戻って、金品回収して、別の村か町でメシでも食いましょうぜ」
ザッ、ザッ、ザッ…
山賊頭「…………」
山賊頭「……いや、メシならここで調達できそうだ」
手下1「は?」
手下2「……腐ったものでも食べろと言うの……?」
手下2「それは頭のおかしな頭だと、腐ったものって認識できないから大丈夫かもしれないけど……」ボソ
山賊頭「そうじゃねぇよ」
山賊頭「っていうかさっきから地味に失礼だなお前!」
手下2「ん」コク
山賊頭「なんでそのタイミングで頷いた!?」
山賊頭「……じゃなくて、ここにはちゃんと人が住んでるからだよ」
手下1「……こんな古臭い屋敷にですか?」
手下2「証拠は?」ボソ
山賊頭「匂いがするだろ? 食べ物のよ」
手下1「…………」
手下2「…………」
手下1「……いや、しませんよ?」
手下2「お頭……とうとうお腹が空きすぎて、頭が……!」ボソ
山賊頭「だから違ぇって! なんでオレがおかしいみたいになってんだよ!!」
山賊頭「今までお前達にもおいしい思いさせてきてやったのだってオレだろ!?」
手下1「でも、仲間を沢山見捨てたのも頭ですし」
手下1「貴族の屋敷に忍び込んで、とか、山賊が盗賊の真似事しても失敗することが目に見えてることして案の定失敗したのも、頭ですし」ボソ
山賊頭「一回のミスでオレの株下がりすぎじゃね!?」
手下1「……物事って、そういうもんですって」
手下2「ん」コク
山賊頭「腑におちねぇ!」
山賊頭「つぅか、それ以外にも理由はあんだよ」
手下1「なんですか?」
手下2「何か普通の人には見えないものが見えるんですか?」ボソ
山賊頭「それこそ本当におかしくなったヤツじゃねぇか……」
山賊頭「じゃなくて、ほらこの舗装された方の道、よく見てみろ」
手下1「ん……?」
手下2「……なに?」ボソ
山賊頭「隅の方とか、草が抜かれた跡がある」
山賊頭「それも、周りの土が盛り上がった状態でだ」
山賊頭「これはつまり、つい最近――いや、むしろついさっき、草抜きが行われた証拠でもある」
手下1「なるほど……」
手下2「……よく見つけた」ボソ
山賊頭「だろ? これこそが、お前達を引っ張ってきたお頭の実力よ」
手下1「……でも、これだけだと、中に人がいるかどうかの証拠にはならないっすよね?」
山賊頭「だが、調べる価値が出てきたのは確かだろ?」
山賊頭「金品は無くても……食い物ぐらいならあるかもしれねぇ」
手下2「……確かに」ボソ
手下1「で、どうします?」
山賊頭「そうだな……こんな人気の無い場所に住んでるんだ」
山賊頭「街にあった屋敷みたいに、護衛の兵がいるとも思えねぇ」
山賊頭「万一いたとしても、どうせザコだろうし、数も少ない。オレ達でもやれるさ」
手下1「……ま、そうっすね」
手下2「同感」ボソ
山賊頭「これでも、あの騎士団の追撃から逃れたオレ達だ。こんな辺境の地にいるやつなら余裕だろ」
手下1「じゃ、真正面からいきますか?」
山賊頭「いや、あの扉は頑丈そうだ」
山賊頭「オレ達の装備は……曲刀(シミター)と」
手下1「……二本の短剣」
手下2「徒手空拳」ボソ
山賊頭「……よしっ」
山賊頭「…………」
山賊頭「……ってなんでだよ! 得物はどこにやった!」
手下2「……逃げるときに相手に向けて投げてきた」ボソ
山賊頭「あ~……そうかい」
手下2「大丈夫」ボソ
山賊頭「あん?」
手下2「これでも、自信はある」ボソ
山賊頭「あ~……そうかい。じゃあ期待してるよ」
時間がきたので今日はここまでにします
再開します
手下2「同じ反応……つまらない」ボソ
山賊頭「お前の相手が面倒になってきたんだよ……察しろよ……」
山賊頭「……まぁ、ともかく、こんな装備じゃああの扉を破壊できそうにねぇってことで……」
手下1「うっす! 裏口が無いかを見てくるっす」
山賊頭「おうっ。なんなら、窓から中を覗いて来てくれ」
手下1「分かったっす!」
タッタッタッタッ…
山賊頭「…………」
手下2「…………」
山賊頭「……ただ待ってるっていうのも、アレだな」
手下2「……どれ?」ボソ
山賊頭「手持ち無沙汰ってことだよ」
山賊頭「ノックして、出てきたヤツを一撃で殺せば、それで侵入経路は確保出来るじゃねぇか」
手下2「……確かに」ボソ
山賊頭「んじゃ、ノック役頼むわ」スッ
手下2「ん」コク
手下2「……でもそれだと、彼が見に行ったのが無駄足にならない?」ボソ
山賊頭「良いんだよ、別に」
山賊頭「解決できることは、しとくに越したことはねぇ」
山賊頭「それに、遅れて入ってきてもらったおかげで助かった、ってことになるかもしれねぇしな」
手下2「……それを見越して、ってことか」ボソ
山賊頭「はん。良いから、ノック頼むぜ」チャキ
手下2「ん」コク
ドンドン
~~~~~~
ザバァ…
エルフ少女「……くぅ!」
ヨタヨタ…
エルフ少女「……毎日入浴前にやってることとはいえ……やっぱり重い……!」
ザバァ…!
ヨタヨタ…
エルフ奴隷「裏の井戸からそう離れていないとはいえ……やはり、結構辛いですね……!」
ザバァ…!
エルフ少女「ふぅ……ま、でも今日は、こんなもので良いか」
エルフ奴隷「そうですね……浴室の掃除ですから、半分ぐらいで良いかと」
エルフ少女「動きながらなら、水でもそんなに気にせず汗が流せるしね」
エルフ奴隷「はい」
エルフ少女「んじゃ、裏口閉めるよ」
エルフ奴隷「お願いします」
…パタン
カチャン
~~~~~~
…………
…………
タッタッタッタッ…
手下1「……お」
手下1「裏口がここ……井戸もあるっすね……」
手下1「ドアは……ん、持ってるものでも壊せそうなただの木製扉!」
手下1「というよりカギ自体が……このぐらいなら、手下2が開けられそうな感じがするっすね」
手下1「壊す手間がなくなりそうっす」
手下1「というわけで、早速このことを頭に報告するっす」
ダッ!
~~~~~~
エルフ少女「んじゃ、道具も揃えたし、スカートも捲り上げた」
エルフ少女「早速、掃除兼入浴を始めよ――」
ドンドン
エルフ少女「――う……って、ん?」
エルフ奴隷「お客様……ですよね?」
エルフ少女「だと、思う」
エルフ少女「ん~……でも旦那様に、開けるな、って言われてるし……」
エルフ奴隷「……言われた通り、居留守でも使います?」
エルフ少女「……ううん。玄関前まで行こ」
エルフ奴隷「良いんですか? ……いえ、その方が良いですね」
エルフ少女「だよね? もしかしたら相手は盗人で、ソイツが家の中に人がいるかいないかを判断するためにノックしたのかもしれないし」
エルフ奴隷「こんな古びた屋敷に、そんな律儀なことをしてくるとも思えませんが……念のため、戦える準備をして玄関前に移動しておきましょう」
エルフ少女「うん」
エルフ少女「あっ、でも、廊下の窓を割って入ってくる可能性が……」
エルフ奴隷「その場合はご主人さまの魔法が発動するはずです」
エルフ少女「え? そうなの? そんなの聞いてない……」
エルフ奴隷「私も聞いてはいませんが、一階の窓枠になにやら魔力を込めているのを出かける前に見ましたし……」
エルフ奴隷「きっと、外部からの衝撃に対して何かしらの魔法が発動するのでしょう」
エルフ少女「へぇ~……」
エルフ奴隷「私達のことを心配してくれているのでしょう」
エルフ奴隷「まぁ、二階の方まではさすがにしていないようでしたけど」
エルフ少女「ま、ココって二階に飛び移れそうな大きな木なんて無いしね」
エルフ少女「ともかく、窓からの侵入は大丈夫ってことよね?」
エルフ奴隷「おそらく、ですが」
エルフ少女「ま、安心して大丈夫でしょ。玄関前まで移動しよっか」
エルフ奴隷「はい」
タッタッタッタ…
~~~~~~
山賊頭「…………」
手下2「…………」
山賊頭「……反応がねぇな」
手下2「……気付かれた?」ボソ
山賊頭「いや、おそらく居留守だろう」
山賊頭「もしくはオレの推理が間違えていて、本当にこの屋敷には誰もいないかだ」
手下1「頭~」
タッタッタッタ…
山賊頭「おう、どうだった? 裏口は」
手下1「はい。木製のドアで、こちら側のドアよりかは破壊しやすいかと」
手下1「それと、カギもパッと見た感じ、開けやすそうなものでした」
手下1「たぶん、壊すより鍵を開けたほうが早いと思うっす」
山賊頭「なるほどな……よし、ならそっから侵入するぞ」
手下2「そんな面倒なことしなくても……窓を割って入ったら?」ボソ
山賊頭「窓を割るってのは、実はそれなりに面倒なんだよ」
山賊頭「つぅか、テメェが裏口の鍵開けするのが面倒なだけだろ?」
手下2「……そもそも、オレしか出来ないことがおかしい」ボソ
手下2「そのせいでこの前の屋敷侵入だってオレのせいにされて……」ボソ
山賊頭「いや誰もしてねぇし」
手下2「オレが鍵開けの技術を持ってなかったら、そもそも頭だってあんな一発逆転の負けの目が見えてる大勝負をせずに済んだ、って考えてる仲間がきっと捕まった奴等の中には……」ボソ
山賊頭「今この場にいねぇんだから気にすんなよ、んなこと」
山賊頭「ともかく裏口だ。行くぞ」
手下1「うっす」
~~~~~~
タッタッタッタ…
エルフ少女「……っ!」
エルフ少女「奴隷ちゃん、伏せて!」サッ
エルフ奴隷「え?」サッ
ザッザッザッザ…
「~~~~~~」
「~~~~~~~」
「~~~~~~!?」
ザッザッザッザ…
エルフ少女「……危なかった……もう良いよ」
エルフ奴隷「どうしたのですか?」
エルフ少女「窓の外に人影が見えたの……」
エルフ奴隷「え?」
エルフ少女「どうも裏口に行ったみたい……」
エルフ奴隷「……私達のこと、気付かれました?」
エルフ少女「ううん。向こうはコッチを見てなかったし……大丈夫だと思う」
エルフ奴隷「……何人見えました?」
エルフ少女「見えた限りでは三人」
エルフ少女「もしかしたら、もう少し多いかもしれない」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「どうしよう……もう玄関前に移動しても意味が無いし……戻って迎撃した方が……」
エルフ奴隷「……いえ」
エルフ少女「えっ?」
エルフ奴隷「ここで戻って戦っても、きっと私達は負けてしまいます」
エルフ奴隷「今の私達の実力では、最低人数の人間三人も、きっと満足に相手に出来ないでしょう」
エルフ奴隷「武器と呼べる武器も無く、秘術も使えず、あるのはご主人さまに渡された魔法の瓶のみ……」
エルフ奴隷「相手が弱ければ勝てるかもしれませんが……少しでも相手に実力があれば、大怪我をするか……最悪負ける可能性も……」
エルフ少女「ん~……そうかな? やってみたら案外――」
エルフ奴隷「結婚式前日、土地勘が無かったのが敗因とはいえ、私達は人間二人相手に何も出来ませんでした」
エルフ少女「――…………」
エルフ奴隷「それだけ弱くなっているのです、私たちは」
エルフ少女「じゃあ、ただ指を咥えて隠れてるしかないってこと?」
エルフ奴隷「いえ、そうではありません」
エルフ奴隷「この前の敗因は、土地勘の無さです」
エルフ奴隷「つまり、相手の領分で戦ったことによる不利による敗北、です」
エルフ奴隷「ですが今回は……この場所は、私達の領分です。それを最大限活かさない手はありません」
エルフ奴隷「いえ、むしろ活かすべきです」
エルフ奴隷「でなければ、また負けてしまうでしょう」
エルフ奴隷「野盗にしろ盗人にしろ、武器を持っているのは必至」
エルフ奴隷「なら、この渡された魔法を有効活用し、不意を衝いて、勝つしかありません」
エルフ奴隷「むしろ、不意さえ衝ければ、絶対に勝てるはずです」
エルフ奴隷「無傷で」
エルフ少女「なるほど……確かに、その通りね……」
エルフ少女「それで、旦那様に渡された魔法ってどういうの? トラップとして使えそうなものってある?」
エルフ奴隷「私が渡されたのは――
撒けば水の刃と化して襲うものが六つ――
水がかかった場所を凍らせるものが三つ――
それと水が乾かない限り火が消えないものが四つ――
の、合計十三です」
霧を噴射させて相手の視界を封じるものが二つ――
同じく水の刃と化して襲うものが三つ――
それと水滴一つ一つに大きな質量を持たせて強い衝撃をぶつけることが出来るものが二つ――
の、合計七つだけ」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「無理ですね」
エルフ少女「無理だ」
エルフ少女「とてもトラップとしての運用が出来るように思えない……」
エルフ奴隷「このほとんどが攻撃用ですね……」
エルフ少女「こういう状況じゃあなんの役にも立たないんだから……全く」
エルフ奴隷「……まぁ、この魔法の性質上、攻撃魔法ばかりになるのは仕方が無いのかもしれませんが」
エルフ少女「むしろ、魔法っていうのはほとんどが攻撃ばかりなのかも」
エルフ少女「旦那様みたいに様々な効果を発揮させているのが特殊なだけで」
エルフ奴隷「……かもしれませんね」
~~~~~~
山賊頭「ここが裏口か」
手下1「そうっす」
山賊頭「んじゃ、早速鍵、開けてくれよ」
手下2「ん」コク
ピト
手下2「…………」
手下2「……魔法のトラップは無い……じゃ、開けにかかる」ボソ
山賊頭「ああ」
スッ
手下2「…………」カチャカチャ
手下1「……にしても、改めて見ても便利っすね。魔法道具(マジックアイテム)っすよね?」
山賊頭「ああ。襲った商人が持ってたものだが、中々良い腕輪だ」
山賊頭「触れた場所に魔法の術式が残ってるのかが分かる、って代物だったか」
山賊頭「魔法を侵入者退治に使ってる所の数は確かに少ないが、あるところにはあるしな」
手下1「貴族の屋敷とか金持ちの家だと、何があるのか分からないっすからねぇ」
山賊頭「ドアの取っ手に魔法をかけて、そのドアに触れるやつからちょっとずつ魔力を吸収してそのトラップを維持させる、といったものまであるらしいしな」
手下1「へぇ~……頭ってば物知りっすねぇ~」
山賊頭「だろ?」
手下2「物知りなら、集中力がいるこの作業中は黙った方がいいことぐらい分かって欲しい」ボソ
山賊頭「……すまん」
手下1「……ごめんなさいっす」
手下2「…………」フゥ
カチャカチャ…
~~~~~~
カチャカチャ…
エルフ奴隷「裏口の鍵を開け始めてますね……」
エルフ少女「……どうする?」
エルフ奴隷「どうするも何も、この魔法じゃあ事前準備も何も出来ませんし……」
エルフ少女「やっぱり、正面から戦う?」
エルフ奴隷「……しか、ありませんね」
エルフ奴隷「むしろ、これだけの攻撃魔法があるのなら、果敢に攻めてみるべきでしょう」
エルフ少女「それじゃあ早速――」
エルフ奴隷「ですが、何もこんな細い廊下で戦う必要もありません」
エルフ奴隷「向こうの人数は最低三人。もしその三倍だったり、もしくはその中に魔法使いがいたりしてしまえば、一気に不利になってしまいます」
エルフ奴隷「こちらの魔法が無力化された時点で、終わりです」
エルフ少女「――って訳にもいかないと……。……だったら、どうしたら良いの?」
エルフ奴隷「まず必要なのは、相手の人数を把握し、かつ、コチラの人数が把握されない……この状態を作ることを最低条件とし……」
エルフ奴隷「尚且つ、相手に魔法使いがいるかいないか……魔法を防がれるかどうかを知る必要がありますから……」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「…………うん」
エルフ奴隷「とりあえず、ご主人さまの研究室の鍵、開けてもらえますか?」
エルフ少女「え?」
時間がきたので今日はここまでにします
再開~
~~~~~~
カチャン
手下2「……開いた」ボソ
山賊頭「よしっ、それじゃあ慎重に、中へと入るぞ」
手下1「うっす」
山賊頭「相手の人数が分からねぇ以上、油断すんなよ」
手下2「……頭こそ」ボソ
山賊頭「んじゃ……行くぞ……っ!」
キィ…
山賊頭「…………」ソッ
手下1「…………」
手下2「…………」
山賊頭「……誰もいねぇ……みたいだな」
…キィ
山賊頭「……脱衣所か? ここは」
ガラガラガラ…
手下1「みたいっすね。隣に風呂があるっす」
手下2「熱するための岩と浴室……それに、中へと溜められた水……間違いない」ボソ
ガラガラガラ…
山賊頭「中に溜まった水……ってことは、ついさっきまで誰かが風呂に入ろうとしてたってことか」
手下1「本当に、誰か住んでるみたいっすね」
手下2「間違いない」ボソ
山賊頭「やっぱり居留守を使ってやがったか……」
ガチャ
手下2「廊下……」ボソ
山賊頭「さっき外から見えた場所か……窓もあるし」
手下1「にしても、さっき前を通った時も思ったっすけど、なんか結構歪な形をした屋敷っすよね」
山賊頭「確かに……設計者はどういう思考をしてたのか疑うな」
山賊頭「変に井戸を意識して浴場を作ったりするから、こんな部屋も作れない廊下だけの場所が出来ちまうんだ」
手下2「裏口に回ったときに思ったけど、こちら側だけ二階部分がなかった」ボソ
山賊頭「ああ。たぶん、この廊下の上の階も、ちょうど廊下だけの場所なんだろ」
山賊頭「まるで大きな屋敷に見せかけるために表側だけ作ったみたいになってやがる」
手下2「……案外、こういう時のためなのかも」ボソ
山賊頭「ああん?」
手下2「裏口から侵入される可能性が一番高いから、こうしたのかも」ボソ
山賊頭「どういうことだ?」
手下2「こうして部屋も無い細長いだけの廊下となると、向こう側から侵入者を迎え撃つことが出来る」ボソ
手下2「その結果、侵入者は避けることが満足に出来ない攻撃を浴びせられることになる」ボソ
手下1「なるほどっすね……廊下の向こう側から弓矢を乱れ打たれたら、向こう側に辿り着くまで何も出来ないっすしね」
山賊頭「ってことは……この廊下の向こう側に」
手下2「いる可能性がある」ボソ
手下1「この屋敷の主が」
手下2「……どうする?」ボソ
山賊頭「どうするも何も……進むしかねぇだろ」
手下1「それで全滅したらどうするんっすか?」
山賊頭「はんっ、それはねぇよ」
山賊頭「弓矢なら、オレ達は弾き飛ばせる。騎士団からの弓すらも弾いただろ? オレ達は」
手下2「……まぁ」ボソ
手下1「しかし頭、過信しすぎるのは……」
山賊頭「なんでいきなり弱気になってんだよ……さっきは強気だったじゃねぇか」
手下1「……すいませんっす」
山賊頭「……まぁ、なんならオレが全部弾いて、向こう側まで走ってやるよ」
手下2「……でも、魔法がきたら?」ボソ
山賊頭「それはねぇだろ」
山賊頭「もし魔法使いなら、それこそさっきの鍵開け対策に、魔法をかけてたはずだ」
山賊頭「魔法使いがいるってことは、この屋敷がソイツの研究所も兼ねてるってことだろ?」
山賊頭「それなのに、ただ鍵をかけてるだけの無用心なことをしてるはずがねぇ」
山賊頭「アイツ等は、念には念をいれておく臆病なタイプだろうからな」
手下2「……そう思わせての裏をかいた作戦とか……」ボソ
山賊頭「リスクの方が大きいだろ? そもそも、複数で何かを研究するのなんて、宮廷魔法使いぐらいじゃねぇか」
山賊頭「ってことは魔法使いは一人しかいない。なのに、そんな複数で盗人が入ってくるかもしれない状況で、そんな大それたことするかよ」
山賊頭「ま、自信過剰なヤツなら話は別だろうが……そういうヤツならむしろ、余裕だろ」
ソッ
ピタ…
手下2「……まぁ、廊下に罠は仕掛けられていないみたいだけど……」ボソ
手下1「そういうのも分かるんっすね」
手下2「たぶんだけど……絶対に調べられてるっていう確証は無い」ボソ
山賊頭「いや、その情報だけで十分だ」
山賊頭「ま、オレが先行してやって安全なのを確認してやるから、安心しな」
手下1「じゃあ、お願いするっす」
手下2「ん」コク
手下2「人柱役、お願いします」ボソ
山賊頭「不吉なこと言うなよ……ま、任されたよ」
山賊頭「安心しな、オレの手下共」
~~~~~~
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…
山賊頭「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
山賊頭「…………」
山賊頭(半分ほどまできた……ここまでは何もねぇ……)
山賊頭(……すぐに止まれる速度で走って、牽制してみるか……)
山賊頭「……ふっ!」
ダッ!
エルフ奴隷「っ!」
エルフ少女(今っ!)
キュポン
バシャア
山賊頭「っ!」
山賊頭(やっぱり何か仕掛けてきやがったか……!)
シュアアアアアアーーーーーーーーー…!
山賊頭(霧!? くそっ……! 魔法か……! 読みが外れた……っ!!)
エルフ少女(次っ!!)
ダッ!
エルフ少女「っ!」
キュポンキュポン
バシャシャ――
――シュシャシャシャシャシャ…!
山賊頭(小さな刃っ!? 霧の向こう側から……!)
山賊頭「くそ……がっ!」
ビシュ、ピシュ…!
山賊頭「ぐっ……!」
山賊頭(さすがに……この群れの中全部を避けるのは無理か……! 何発か切り落とそうにも……この数じゃあ……!)
シュッ、シャッ…!
パシャ…!
山賊頭(水!?)
パシャン、パシャパシャン…ピッ、ピシッ、ザッ…!
山賊頭(ぐぅ……! 一発深いのが……! このままじゃ……!)
山賊頭(……ちっ……仕方ねぇ!)
エルフ奴隷(早く部屋に!)
エルフ少女(うんっ!)
タッタッタッタ…!
~~~~~~
山賊頭「魔斬曲刀……!」
リイイイィィィィィ――
山賊頭「……解放っ!」ブン!
――ィィィィィイイイン!
……ジュシャア…!
エルフ奴隷(魔法が……!)
エルフ少女(掻き消された……!?)
エルフ奴隷「…………」コク
エルフ少女「…………」コク
パタン
カチャ
~~~~~~
タッタッタッタ…!
手下1「頭! 大丈夫ですかい!?」
山賊頭「ああ……なんとかな」
手下2「でも……腕」ボソ
山賊頭「これぐらいどうってことねぇよ。ちょっと深く切っちまったが、利き腕じゃねぇしな」
手下1「そうっすか……良かったっす」
手下2「にしても……頭の痛々しいネーミングセンスと共にその魔法道具(マジックアイテム)の剣が振られたみたいですけど……」ボソ
山賊頭「痛々しい言うなよ。カッコイイだろ?」
手下1「…………」
手下2「…………」
山賊頭「無言は尚のこと止めろよ!」
手下1「いやでも、頭……」
手下2「盗品で正式名称が分からないからって……名前を呼ばなくても使えるのに……しかもその名前は……正直……」ボソ
山賊頭「だからなんでそう痛々しい子を見る目なんだよっ!」
手下1「まぁ、頭の痛々しさは置いておくとして……」
山賊頭「おい痛々しいってのを訂正しろ」
手下1「にしても……頭の予想に反して、魔法使いがいたっすね」
手下2「全く……油断ばかりするから……頭は」ボソ
山賊頭「無視かよ……」
山賊頭「……っていうか、ここの家主は魔法使いなんかじゃねぇ」
手下1「負け惜しみっすか……」
山賊頭「ちげぇよ。ただ、なんか普通の魔法使いとは違う感じがしたんだよ」
手下2「……負け惜しみ」ボソ
山賊頭「だからちげぇって!」
山賊頭「……まぁ、オレも証拠や根拠があるわけじゃねぇからな……そう言われても仕方がねぇと思う」
手下2「……まぁ、真実はここの屋敷の住人を見つければ済む話」ボソ
手下1「そうっすね。……にしても……相手はどこにいったんっすか?」
山賊頭「逃げたよ」
山賊頭「いや、正確には逃げてた、だな」
手下2「逃げてた?」ボソ
山賊頭「ああ」
山賊頭「もしオレがあのまま圧倒されて、無理矢理抜けた霧の先で追撃するつもりだったんだと思う」
山賊頭「だがオレが魔法を掻き消しちまったもんだから、不利と悟って、そのまま逃げた」
山賊頭「追撃可能な位置に陣取り、無理と悟れば逃げれる場所……そこにいたんだろうさ」
山賊頭「あの魔法の霧の発生時点から考えるに、最初は廊下の突き当たりにいたんだろう。予測どおりにな」
手下1「そこから逃げれる位置に後で移動したって訳っすか……」
山賊頭「ああ」
手下2「で、そのまま逃げて、隠れた……」ボソ
山賊頭「そんなところだろう」
山賊頭「だから、次またどこから襲われるか分かんねぇぞ。気をつけろ」
山賊頭「きっとそうやってかく乱し、オレ達を倒していくつもりなんだろうさ」
手下1「なるほど……」
手下2「……足音とかで、人数の特定は?」ボソ
山賊頭「いや、極力足音を殺して動いていやがった。あの状況でその音を聞くのはさすがのオレでも無理だ」
山賊頭「それに、声も息遣いも消していやがった。足音だけじゃねぇってことは、並みの経験値で出来ることじゃないってこと。つまり、それなりの実力者だってことだ」
手下2「なるほど……」ボソ
山賊頭「まぁ、相手が普通の魔法使いだってんなら、人数は一人じゃねぇだろうな」
山賊頭「霧発生から、次に襲ってきた水の刃までの攻撃速度が、とても一人のものじゃなかった」
山賊頭「もしアレで一人だってんなら……ソイツは、宮廷魔法使いレベルのヤツだってことだ」
~~~~~~
エルフ少女「三人、か……」
エルフ奴隷「聞こえる声からして、そのようですね」
エルフ少女「にしても、ここって外からの声が筒抜けなのね」
エルフ奴隷「これだけ向こう側の声が聞こえるのに、ご主人さまは私達の声に返事をしてくれなかったんですね……」
エルフ少女「どれだけ集中してるんだ、って話よね」
エルフ少女「ま、肩を軽く叩いた程度じゃ気付かないんだし……仕方ないのかもしれないけど」
エルフ少女「にしても、旦那様の研究室に隠れる、ってのは、良い案だったね」
エルフ奴隷「ありがとうございます」
エルフ少女「わたし達はとっくに慣れてるけど、普通、この階段下の物置みたいなドアの向こう側に、こんな普通の部屋が広がってるとも思えないしね」
エルフ奴隷「何より、そもそもこのドアの位置自体が気付きにくいのも大きいです」
エルフ少女「でも……こっからどうしようか?」
エルフ奴隷「どうもしませんよ」
エルフ少女「え?」
エルフ奴隷「このまま向こうがこの部屋に気付きもしなければ、明日までにはご主人さまが帰ってきて下さいます」
エルフ奴隷「そうなれば、負けることも無いでしょう」
エルフ少女「……さすがに、期待しすぎじゃない?」
エルフ少女「見つかる可能性なんて結構高いし、例え見つからなくても、旦那様がいきなりあの三人を相手に勝てるかどうか……」
エルフ奴隷「そもそも旦那様の強さって、事前準備によるものなんでしょ? 不意打ちには弱いんじゃ……」
エルフ奴隷「だと、私も思います」
エルフ奴隷「ですからこの中で、私達も準備しておくのです」
エルフ少女「準備?」
エルフ奴隷「はい」
エルフ奴隷「私達の居場所がバレた場合の対策と……」
エルフ奴隷「ご主人さまが帰ってくるタイミングを見計らい、この場所から飛び出て相手の不意を衝くか、ご主人さまと合流するか……などの、準備です」
エルフ奴隷「……まぁ、どちらもその霧を発生させる魔法が肝となるわけですが……」
エルフ奴隷「どちらにせよ、私達の勝ちは目に見えているのですよ」
時間が…若干過ぎてた……
というわけで中途半端になったけどここまでにします
ちょっと早く再開
その変わりちょっと早く終わるけど
エルフ少女「でも、この部屋で準備なんて、何をするの……?」
エルフ奴隷「相手の戦力分析などを話し合うのも、十分な準備になります」
エルフ少女「戦力分析……って言っても、盗人の中に魔法使いがいたことと、人数が三人だって確定したこと以外は特に……」
エルフ奴隷「いえ」
エルフ少女「え?」
エルフ奴隷「あの魔法を消したものはおそらく、魔法ではありません」
エルフ少女「じゃあ……何?」
エルフ奴隷「ご主人さまが話していたじゃないですか。魔法には魔力の走った跡が残ると」
エルフ奴隷「あの霧を掻き消したものが魔法だったのなら、霧が消えるのを見ていた私達の視界に、その走った跡が映らないのはおかしいです」
エルフ少女「でも……アレは秘術って感じでも無かったし……」
エルフ奴隷「もう一つあるじゃないですか」
エルフ奴隷「この首輪と同じものが」
エルフ少女「……魔法道具(マジックアイテム)……!」
エルフ奴隷「おそらくは」
エルフ奴隷「憶測しか立てられませんが、きっとその魔法道具(マジックアイテム)は、世界が干渉してくれた全ての現象を消すことが出来る類なのでしょう」
エルフ奴隷「魔力の走りが見れなかったということは、術式に干渉する類ではなく……担い手の近くに干渉する類のもの」
エルフ奴隷「遠くではなく、近く」
エルフ奴隷「魔力を込めて何かしらのことをすれば発動する……そういった類かと」
エルフ奴隷「正直、ああいうものさえ無ければ、今すぐにでも飛び出して魔法で押し切れると思うのですが……」
エルフ奴隷「これは……臆病になったのが裏目に出ましたね」
エルフ奴隷「最初、霧を発生させた後すぐにその魔法道具(マジックアイテム)を発動させなかったところを見ると……時間がかかるものなのか……相手が油断していたのか、のどちらかです」
エルフ奴隷「その間に一気に攻撃してしまえば相手三人をあっさりと倒せて終われたのですが……」
エルフ奴隷「……まぁ、人数が三人だったり、魔法使いがいなさそう、というのは結果論だったんですし……今更嘆いても始まりませんが……」
エルフ少女「……………………」
エルフ奴隷「……? どうしました?」
エルフ少女「いや……その……奴隷ちゃん、戦いのことになると頭が回るなぁ、って」
エルフ奴隷「そんなことは……ただ、臆病なだけですよ」
エルフ奴隷「その証拠にこの前は、少し脅されただけで何も言えなくなったし、現に何も考えられなくなったじゃありませんか」
エルフ少女「それにしたってスゴイよ。相手が魔法じゃなくて魔法道具(マジックアイテム)を使ったこととか、よくそこまで分かるね」
エルフ奴隷「それは……さっきも言いましたが、ただの憶測ですよ。間違えている可能性だって大いにあります」
エルフ奴隷「私達が見えなかっただけで、魔力が走った跡があったのかもしれませんし」
エルフ少女「でも、魔法じゃないなら何か、ってすぐに思いつくのがすごいよ」
エルフ奴隷「まぁ、人間の魔法使いや魔法道具(マジックアイテム)については、この臆病な性格のせいでよく調べていましたから……」
エルフ少女「そういえば奴隷ちゃん、旦那様が詳しく魔法の説明する前から、割りと魔法のこと知ってたみたいだったね」
エルフ奴隷「……まぁ、そうですね」
エルフ少女「昔、そういうことしてたの? 人間の魔法について調べたりとか」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「あっ、話し辛いんなら、別に……」
エルフ奴隷「いえ、そんなことはないですよ」
エルフ奴隷「……まぁ、話し辛いと言えば、そうなんですけど……」
エルフ少女「んじゃ、良いよ。無理に話してもらわなくて」
エルフ奴隷「無理、ではないんです。ちょっと、情けない自分を出してしまうのが、怖いだけで……」
エルフ少女「情けない?」
エルフ奴隷「ええ」
エルフ奴隷「実は私……昔は、前線治癒術士をやっていたんです」
エルフ少女「前線治癒術士……お父さんから聞いたような……」
エルフ少女「えっと確か……前線に立つ兵を同じ前線から秘術で治療する人……だったっけ」
エルフ奴隷「はい」
エルフ奴隷「前線から一つ退いた場所ではなく、前線で、兵に紛れ、皆を治療する人です」
エルフ奴隷「秘術という性質上、そういうことも可能ですから」
エルフ奴隷「常に相手から逃げることを考え、相手の攻撃を避け、相手の妨害に遭わないようにし……」
エルフ奴隷「傷ついている味方を見つけ、敵から守り、治療し、その場へと留まらせて、戦力の減退を遅らせる……それが、私でした」
エルフ少女「すごい……戦争での前線メンバーだったなんて……! それも治癒術士なんて……わたしに到底出来ないことだし……すごいよっ、奴隷ちゃん!」
エルフ奴隷「いえ、情けないんですよ……負けてしまった今となっては、ね」
エルフ少女「あ……」
エルフ奴隷「それに、当時それだけのことが出来たのに、今となっては人間一人に凄まれただけで、怯えて、何も出来なくなってしまう」
エルフ奴隷「トラウマを植えつけられたから仕方が無い……なんていい訳も出来るでしょうが……それでも、情けないですよ」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「……まぁ、その頃つけた知識こそが、人間の魔法とか、魔法道具(マジックアイテム)のことなんですけどね」
エルフ奴隷「相手を知らないと、相手の攻撃も何も分かりません。そうなれば、一番生き残らなければならない私達がやられてしまいましたし」
エルフ少女「……私は、情けなくなんてないと思うけど」
エルフ奴隷「……そうでしょうか? 前線に立っていた中で、偶然生き残ってしまったのに、人間に怯えるようになってしまった私は――」
エルフ少女「でも、一番生き残らなければいけない人だったんだよね?」
エルフ少女「その役割の中で今でも生き残っているんだから、むしろ最高にカッコイイとわたしは思うんだけど」
エルフ奴隷「――…………」パチクリ
エルフ少女「……あれ? 何か間違えた……かな……?」
エルフ奴隷「いえ……そうではありません」
エルフ奴隷「ただ……そういう考えもあるんだなと、少し驚いたもので……」
エルフ少女「そう?」
エルフ奴隷「はい……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……もしかして、こう考えていること自体が情けないこと、だったんでしょうか……?」
エルフ奴隷「自分だけが生き残ったことが情けないと、昔みたいに成れないと諦めてしまって、そう責め立て続けることこそが……一番……」
エルフ少女「ん~……よく分からないけど……」
エルフ少女「でも、今までの自分が情けないって思えたんなら、良いと思うよ」
エルフ少女「だって、それだけ奴隷ちゃんが強くなれるってことだし」
エルフ奴隷「え?」
エルフ少女「今までだった十分だったのに、それで“情けない状態”だったんでしょ?」
エルフ少女「だったら、“情けなくない状態”になれるんなら、もっと強くなれるってことじゃない?」
エルフ奴隷「」パチクリ
エルフ少女「……あれ……?」
エルフ奴隷「……そっか……そうですよね……」
エルフ奴隷(きっと……秘術が使えなかったのは……首輪のせいだけじゃなかった……)
エルフ奴隷(情けない自分じゃあ使えないと……精霊も私の言葉に耳を傾けてくれないと……そう、思っていたせいでもあった……)
エルフ奴隷(人間に汚されたことを言い訳にして……自分自身を、見向きもしなかった……それが、悪かった……)
エルフ奴隷(そういうこと、ですよね……)
エルフ少女「も、もしかして……また何か……間違えた……?」
エルフ奴隷「……いえ」
エルフ奴隷「最高ですよ、少女さんは」
エルフ少女「え……?」
エルフ奴隷「今なら、なんだって出来そうな気さえしてしまいます」
エルフ奴隷「まぁ、錯覚なんでしょうけど」
エルフ少女「はぁ……」
エルフ奴隷「気にしないで下さい」
エルフ奴隷「ちょっとスッキリして、浮かれているだけです」
エルフ少女「……確かに……なんかちょっと、嬉しそうだけど……」
エルフ奴隷「ええ」
エルフ奴隷「今なら、人間への復讐もあっさりと成し遂げられそうですよ」
エルフ奴隷「まぁ、錯覚なんでしょうけど」
エルフ少女(同じことを二回言った……もしかしてボケた? ツッコミ待ち?)
エルフ奴隷「ともかく、ココに入ってこられた場合の対策は思いつきました」
エルフ少女「え? 何がキッカケで?」
エルフ奴隷「良いじゃないですか。思いついたんですから」
エルフ奴隷「ともかく、話しますよ。少女さんの力をアテにした方法ですけれど、ね」
~~~~~~
山賊頭「とりあえずは……だ。人がいることは確実なわけだ」
手下1「魔法で攻撃してきたってことは、そういうことっすよね」
手下2「逃げた方向は……二階か、目の前の通路」ボソ
山賊頭「どっちも可能性が大きいな……霧から抜け出したオレ達侵入者を攻撃するためにはうってつけの場所だ」
手下1「二手に分かれるっすか? オレはイヤっすよ」
手下2「オレも……」ボソ
山賊頭「オレだって嫌だよ。つぅか二手に分かれた場合、確実にオレと組まなかった方がやられるだろ」
山賊頭「この家の仕組みも満足に理解してないし、極力三人で行動するべきだろ」
手下1「さすが頭っす」
手下2「分かってる」ボソ
山賊頭「当然だ」
山賊頭「つぅ訳で、とりあえず、この屋敷を警戒しつつ、片っ端から漁るぞ」
山賊頭「この家にいるだろう住人を探しつつ、食料と金品を探すんだ」
手下1「うっす」
手下2「ん」コク
~~~~~~
◇ ◇ ◇
城下街・表通り
◇ ◇ ◇
男「思いのほか器具を買うのに時間が掛かったな……」
男「いやでも、コレは案外良い物なのでは……?」
男「やっぱり新品のものは何でもワクワクするよなぁ……」
男「さて……昼食には若干遅いけど、これからどこかに食べに行くかな……」
?「おっ!」
男「ん?」
元メイド「男くんじゃないかぁ~」
男「……キャラ変わってません? メイドさん」
元メイド「元メイドよ」
男「あ、すいません……」
元メイド「いや~……でも、キャラだって変わっちゃうよ、マジで」
元メイド「なんせ結婚したんだし? もう夫人なわけだし? 家だって引っ越したわけだし?」
男「あっ、屋敷を出て行けたんですか? イヤな旦那さん方の兄弟がいるとか話してましたけど……」
元メイド「そうなのよそうなのよ! もうそれが何より嬉しくて……!
元メイド「旦那さんが、夫婦水入らずになりたいから、って屋敷を別で借りてくれて……まぁ執事とかメイドとかは連れて行ったんだけど……」
元メイド「それでも、元々専属としてついていてくれた味方ばかりだからそりゃもう……!」
男「えっと……惚気たいんですか?」
元メイド「惚気たいんです」
男「……ふと思ったんですけど、ボクを見つけたのは本当に偶然ですよね?」
元メイド「もちろん」
男「……なぁんかここ最近、街に来たら絶対に会ってるような気がするんですが……」
元メイド「確かにあたしもそんな気はするけど……まぁ結婚式前々日は意図的として……その前の買い物は偶然だし……今回も偶然……」
元メイド「なんだ、なんだかんだで三分の二じゃない」
男「……割りと多い気がしますが……」
元メイド「まあまあ。でも今日は騎士団に色々と事情聴取みたいなのを取られてね、その帰りってわけ」
元メイド「だからま、表通りで会うのは当たり前とも言えるのよ」
男「事情聴取? 何か悪いことでもしたんですか?」
元メイド「なんでそうなるのよ……というか、あたしが何かしそうに見えるの?」
男「…………」フイ
元メイド「分かった。目を逸らすっていうその行動だけで十分な返事になった」
男「や、まぁ、その辺は良いじゃないですか」
男「それで、なんで騎士団から事情聴取を受けたんですか?」
元メイド「実はね、結婚式当日に、あたしの隣の屋敷に盗人が入ったみたいなの」
男「えっ?」
元メイド「あのお祝いお祭り騒ぎに乗じてね」
元メイド「で、四日ほど経った今更に、あたしにも事情聴取を受けて欲しいって連絡がきたってわけ」
元メイド「最初は旦那さんだけで済んでたんだけど……どうも、男くんのいる屋敷がある山の方に逃げたらしいってことが分かってね」
男「はぁ~……」
男「……って、えっ!?」
元メイド「それで、男くん達と交流があったあたしにも事情聴取を、ってわけ」
元メイド「何人かは捕まえられたんだけど、数人だけ逃がしてしまって……目下騎士団が捜索中なのよ」
男「ちょっ、ちょっと待ってください!」
元メイド「ん?」
男「ぼ、ボクの屋敷にですか!?」
元メイド「屋敷のある山に、よ。実際屋敷に辿りついてるとは限らないけど」
元メイド「というか、あの山に山賊やら盗賊やらのアジトなんて無いでしょ?」
元メイド「住み込んでたあたしに事情聴取にこられたのだって、その有無を問うためだったんだし」
男「た、確かにないですけど……でも、ただ逃げている途中で、その山に入ってしまっただけで……屋敷を見つけて、その中に入ったりなんかしてたら……!」
元メイド「そんな大袈裟な……大体、あの二人には例の魔法の瓶を預けてるんでしょ? だったら大丈夫よ」
男「でも……貴族の屋敷に侵入しようとする輩ですよ……?」
男「魔法によって守られてると言ってもいい、貴族の屋敷に……」
男「魔法に対して何かしらの対策があってこその犯行だったんなら……預けた物を無効化されて……二人が……」
元メイド「……まぁ……そう言われると、その可能性もあるような気はしてくるけど……」
男「……屋敷に戻ります」
元メイド「ちょ、ちょっと待って!」
男「なんですか? 悪いですが、急いでいるんですけど……」
元メイド「それは分かるけど、今から馬車を捕まえて戻ったとしても……もう陽は沈んできてるんだから危ないって」
男「どうしてですか?」
元メイド「どうしてって……もしその盗人が屋敷に辿りついてなくて、まだ山にいた場合、危ないのは男くんになるってこと」
元メイド「山を登るのは確実に陽が沈み始めてからになるし……襲われる可能性のほうが大きい。それでも良いの?」
男「構いません」
男「むしろ、その方が安心します」
元メイド「安心って……」
男「それに……山のふもとに夕方頃に辿り着ければ、山の上まである屋敷には、日が沈み切る前に戻れます」
元メイド「その体力でなんでそんな自信が……」
男「忘れたんですか?」
男「ボクは、魔法使いですよ」
男「体力がないせいで街から屋敷まで持続させることが出来ないですけど……ふもとから屋敷までなら、無理をすれば……魔法を使い続けて、戻れますよ」
今日はここまでにします
今日ぐらいの時間が取れれば、明日には第三部が終われそうな予感
再開します
ちょっと遅くなったけど、意地でも今日中には第三部終わらせる
~~~~~~
◇ ◇ ◇
屋敷
◇ ◇ ◇
手下1「結局、住んでる人は見つからなかったっすねぇ~」
山賊頭「どっかに隠し部屋でもあるのか……それとも、部屋と部屋とを移動できるルートがあるのか……」
手下2「それに、食料も満足に見つからなかった」ボソ
山賊頭「保存食ぐらいしかなかったからな……食器が水につけてあるところを見ると、向こうも昼食を終えたところみたいだったし」
手下1「ここの住人、どうするつもりなんっすかね? このままずっと隠れているつもりとか?」
山賊頭「もしかしたら、隠れてる場所にも保存食があるのかもしれねぇなぁ……こりゃ、長期戦か?」
手下2「そもそも、捜索して見つかったことが少なすぎる」ボソ
山賊頭「確かに。それは大きいな」
山賊頭「一階は食堂や調理場がある部屋だったが……食材が無さ過ぎる。あっても保存食ばかりだった」
手下2「二階は二階で、部屋が多いのに、使われていそうなのは二部屋だけだった」ボソ
手下1「食材に関しては山の上だから当たり前として……」
山賊頭「部屋もまぁ、別に全部屋使わないとならない理由はねぇ」
手下2「使われてる部屋のクローゼットを確認したところ、いくつかの服があったけど、それぞれの部屋ごとにサイズが同じように見えた」ボソ
山賊頭「ということで、住んでる人数は女二人。一つの部屋に二人が住んでる可能性は限りなくゼロだからな」
手下1「そこまでは確定なんすけど……」
手下2「逆に言うと、それ以外なにも分からない……」ボソ
山賊頭「空腹は干してあるやつでなんとか誤魔化せたが……」
手下2「金品の類が全く無かった」ボソ
山賊頭「山奥の屋敷に住んでる女二人……しかも、金品の類が無い……金持ちの母娘の別荘、って感じでもねぇし……一人の隔離されたお嬢様と使用人、って感じでもねぇ」
手下2「そもそも、部屋の中にあった服的に、二人ともが使用人」ボソ
山賊頭「……全くもって、分からねぇよなぁ」
山賊頭「そもそもオレら、屋敷だからここは大嫌いな貴族の住処だ、って勝手に決め付けて、この屋敷に入っちまったが……」
山賊頭「こうなってくると、その可能性すら怪しくなってきやがった」
手下2「服は結構あったけど……どれもお金持ちが着るものではなかった」ボソ
手下1「そうっすよね……案外、オレ達の嫌いな金持ちじゃ無いのかもしれないっす」
山賊頭「建ってる場所だって山奥だしな……迫害されたか、逃げ出したか……」
山賊頭「そんな二人が手と手を取り合い、逃げて、辛うじて見つけた住める場所……なのかもしれねぇ」
山賊頭「せめてもう一部屋あれば、一人に仕えている使用人二人、って構図になれたんだが……そうじゃねぇ」
山賊頭「となると……ここでの強盗は、オレ達の流儀に反する」
手下2「貴族等本人、もしくは貴族と繋がってる奴等しか狙わない……」ボソ
手下1「義賊に成り上がる程立派なことをするつもりはないが、ただの山賊には成り下がらない……」
手下2「悪逆非道を行っている自覚を持って、肥やす私腹は同じ色に染まったもののみで……」ボソ
手下1「例え誰に責め立てられようとも、必ず、貴族以外からの盗みや賊は行わない」
山賊頭「…………」
山賊頭「……はん。その通りだよ」
山賊頭「やっぱお前等、さすがだよ。オレと最初からいてくれるだけはある」
山賊頭「だからこそ、信用できる」
手下1「なんというか……もう色々と止めて、早々に出て行くのが得策なんじゃないっすか?」
山賊頭「確かにな……相手の情報はねぇし、むしろ貴族じゃねぇ可能性もある」
山賊頭「こうも訳が分からねぇとなると、無理に留まる必要もねぇかもな」
手下2「でも、陽が沈み始めてる。今ココを出ると、夜道の中で山を降りないといけなくなる」ボソ
山賊頭「……案外、その方が良いかもな」
手下1「え?」
山賊頭「騎士団だってオレ等を捜索して、この山を登ってるかもしれねぇ。なら、闇夜に紛れてアジトに戻った方が良いかもってことだ」
手下2「……確かに」ボソ
手下2「そもそも早く戻らないと、捕まった仲間がアジトの場所を騎士団に告げてしまってるかもしれない」ボソ
手下1「そうなると……置いてきた宝の場所に、騎士団が待ち構えている可能性もある、ってことっすね……」
手下1「これは……早く戻った方が良いかもしれないっすね」
山賊頭「ああ。そもそもオレ達、腹ごなしのために入ったようなもんだしな。金品なんて実際、無理に欲することもなかった」
山賊頭「というか、オレ達の嫌いな貴族が住んでるようでもねぇしな……無理に盗むのは違うだろ」
手下1「そうっすね」
手下2「ん」コク
山賊頭「んじゃ、満場一致になったところで……この屋敷、出るぞ」
~~~~~~
エルフ少女「……もうそろそろ陽が沈み始めたかなぁ……奴隷ちゃん」
エルフ奴隷「どうでしょうね……ですが、かなり時間は経っているように思います」ガサガサ
エルフ少女「? なにしてるの?」
エルフ奴隷「いえ、ちょっと部屋の整理を……」
エルフ奴隷「あまりいじくらない方が良いのかもしれませんが、このままというのもなんですし……何より、退屈ですしね」
エルフ少女「あ、じゃあわたしも手伝う」
エルフ奴隷「では、二人でやりましょうか。静かに」
エルフ少女「そうだね」
エルフ少女「にしても……本当、紙が乱雑に隅に寄せられてるだけの部屋だよね」ガサガサ
エルフ奴隷「ですね……てきとうに資料を放り出しすぎですね」ガサガサ
エルフ少女「とりあえず、重ねて同じ場所に置いとけば良いのかな?」ガサガサ
エルフ奴隷「資料室……のような場所は見当たりませんし……きっとそれで良いのでしょう」ガサガサ
エルフ少女「……ねえ」
エルフ奴隷「はい?」
エルフ少女「資料室って、もしかしてコレ」コンコン
エルフ奴隷「? 地面……? って、なにやら手が掴めそうにヘコんでますね……確かに、この下かもしれません」
エルフ少女「ん~……でも、鍵が掛かってる」ガッガッ
エルフ奴隷「……なら、やっぱり同じ場所に置いておくしかなさそうですね」
エルフ少女「む~……なぁんか納得いかないけど……仕方ないか」
エルフ奴隷「ちゃんと片付けられないとスッキリしないのは確かですけど……仕方ないですね」
エルフ奴隷「机の上……も、資料が置かれてますね……」
エルフ少女「ん~……でもそこはあまりイジらない方が良いかも……」
エルフ奴隷「確かに……そうかもしれませ――」
エルフ奴隷「――っ!」
エルフ少女「……? どうしたの? 奴隷ちゃん」
エルフ奴隷「…………いえ……いえ、なんでも、ありませんよ……」
エルフ少女「? 何かあったの? 机の上に」
エルフ奴隷「いえっ、本当に……本当に何もないんです……!」
エルフ少女「ん~? 資料……?」パサ
エルフ奴隷「あ……」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……うん。やっぱり魔法って、何書いてるか分かんないね」
エルフ少女「これ、何が書いてあるの? 書いてある言葉は分かるんだけど……意味が全く分かんないや」
エルフ奴隷「そう……ですか」
エルフ少女「?」
エルフ奴隷「いえ……本当、大したことじゃないんです」
エルフ奴隷「ただちょっと……気になったもので」
エルフ少女「? なにが?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……さっきも話しましたけれど、私、前線治癒術士だったじゃないですか」
エルフ奴隷「それでやっぱり、人間の魔法とかでスゴイのを見ると、気になっちゃうんですよ」
エルフ少女「あ~……なるほど……ちょっと分かるかも」
エルフ奴隷「ありがとうございます」
エルフ少女「なら、ちょっと読んどけば?」
エルフ奴隷「え? ……良いんでしょうか……?」
エルフ少女「良いよ、きっと」
エルフ少女「だって旦那様、自分が作った資料は将来お金に困ったときに売るためにある、って言ってたし」
エルフ少女「ちょっと読むぐらいじゃ怒らないって。この部屋から持ち出しさえしなければ」
エルフ奴隷「…………それなら――」
――どこにいるのか分からんが、この屋敷の人間に告げる!!――
エルフ少女「っ!!」
エルフ奴隷「っ!!」
~~~~~~
山賊頭「屋敷を勝手に調べさせてもらった結果、アンタ等はオレ達の大嫌いな貴族じゃねぇって判断が下った!!」
山賊頭「だから、この屋敷から出て行かせてもらう!!」
山賊頭「貴族の屋敷と勝手に思い込んで上がらせてもらったが、どうも勘違いだったみたいだしなっ!!」
手下1「……なんで広間の真ん中でわざわざ大声を上げるんっすかね?」ボソボソ
手下2「それがカッコイイって思ってるんだよ、頭の中では」ボソボソ
山賊頭「あと、食い物を何の許可も無く食っちまった! スマンっ!!」
手下1「……謝るだけなんっすね」ボソボソ
手下2「謝るだけだね……」ボソボソ
山賊頭「腕の治療のために包帯も勝手に使った! これもスマンっ!!」
手下1「ま、今は無一文みたいなもんっすからね。仕方ないっす」ボソボソ
手下2「ん」コク
山賊頭「……さっきから聞こえてんだよ、てめぇらは……!」
手下1「あ」
手下2「そう怒らないで、頭」ボソ
手下1「そうっすよ。信用できる仲間じゃないっすか、オレ達」
山賊頭「都合の良い時だけそういうのを持ってくんじゃねぇよっ!」
手下1「いや、本当スマンっす」
手下2「反省はしているつもり」ボソ
山賊頭「つもりってなんだよつもりって……」
手下1「まあまあ」
手下1「にしても頭。真面目な話……何がしたかったんっすか?」
手下2「こんなことをしても、相手が出てこないのは分かりきってる」ボソ
手下1「そうっすよ。どうせ警戒してるんっすから」
手下2「騙すための嘘を叫んでいると思われて、当然」ボソ
山賊頭「……ま、そうなんだろうけどよ」
山賊頭「それでも一応、ケジメみたいなもんはつけとくべきだろ」
手下1「ケジメっすか……」
手下2「……本当につけたいなら、ご飯代を置いていくべき」ボソ
山賊頭「うっせぇなぁ……じゃあオレの剣でも置いていけば良いか?」
手下1「いや、それをされるともしアジト前に騎士団が張っていた場合、オレ達何も出来なくなるっす」アセアセ
手下2「考え直した方が良い」ボソ
山賊頭「どっちなんだよテメェはよ……」
山賊頭「ま、ともかくコレで、オレが思うケジメはつけられた」
山賊頭「向こうがオレ達を疑って出てこないのは当然だしな。何も、顔を見せてもらうために叫んだわけでもねぇし」
山賊頭「疑うのは勝手だが、とりあえずは、侵入者は出て行きましたよと言っておいた方が良いだろ?」
手下2「……本人が言っても信用はされないだろうけど」ボソ
山賊頭「だろうとオレも思うよ」
山賊頭「ま、言っておかないとずっと引っ掛かりを覚えちまうオレの情けない性分ってやつだ。気にすんな」
手下1「まぁ頭が一人で叫ぶだけだし、オレは構わないっすけどね」
手下2「ん」コク
手下2「強制しないだけで十分」ボソ
山賊頭「お前等はただ叫びたくないだけかよ……」
山賊頭「……まぁ良いや」
山賊頭「んじゃ、さっさと出て行こうぜ。アジトに早く戻る必要もあるしな」
手下1「うっす」
手下2「ん」コク
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…
ガチャ
ギィ…
山賊頭「お、陽が赤くなってやがる」
手下1「……まだ誰も、アジトの場所を告げ口してなけりゃ良いんっすけどね」
手下2「……一応は仲間だったから、信じるしかない」ボソ
山賊頭「だな」
カチャン
山賊頭「っ!」
手下1「っ!」
手下2「っ!」
バッ!
ギィ…
エルフ奴隷「…………」
山賊頭「……あんな、階段の横に部屋が……」
手下1「どうりで……見つからない訳っすね」
手下2「というより……どうして出てきた?」ボソ
ザッ―
エルフ奴隷「戻ってこないで下さい」
山賊頭「っ!?」
エルフ奴隷「その、玄関のドアを開けたままの距離で、話をしませんか?」
山賊頭「あの外見……エルフか?」
手下1「みたいっすね」
ソッ
エルフ少女「…………」
手下2「もう一人……」ボソ
手下1「あの二人が……」
山賊頭「ここに住んでる二人、ってことか……」
…パタン
エルフ少女「……本当に良かったの? 奴隷ちゃん。急にあの人たちの前に出るだなんて……」ボソボソ
エルフ奴隷「確かに……騙すために言った言葉だったかもしれませんが……それでも、少しだけ話をしたかったんです、私は」ボソボソ
エルフ少女(彼の知り合いである元メイドさん相手でも警戒していたのに……盗人なんて怖い存在を相手に話をしたいだなんて……どういう心境の変化?)
山賊頭「……なあ」
エルフ奴隷「はい……」
山賊頭「このままの状態での話は分かった」
山賊頭「だがその前に、一つ聞かせろ」
エルフ奴隷「……はい」
山賊頭「お前達は、貴族に買われて、無理矢理ここにいさせられてるのか?」
エルフ奴隷「……いいえ」
山賊頭「脅されての言葉、じゃねぇな……?」
エルフ奴隷「……はい」
山賊頭「そうか……なら良いんだ」
山賊頭「自分達の意思で、ここにいるんならな」
エルフ奴隷「……ちなみにですが、もし“はい”と答えていたら、どうしました?」
山賊頭「前言撤回してこの屋敷を荒らして、お前達をこの屋敷から逃がしていたところだよ」
エルフ奴隷「そう、ですか……」
手下2「……頭、良かったね?」ボソ
山賊頭「あん?」
手下2「あんなに可愛い子がメイド服なんて着て現れてくれて……」ボソ
山賊頭「なっ……!」///
手下2「頭が奴隷を買ってしたいことって、ああいうヒラヒラの服を可愛い子に着てもらうこ――」
山賊頭「あーーーーーーー! あーーーーーーーーーー!! あああああーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」///
エルフ奴隷「?」
エルフ少女「?」
手下1「あ~……気にしない欲しいっす。それよりも、教えて欲しいっんすよね」
手下1「なんで隠れてる場所から出てきてまで、話をしようと思ったんっすか?」
手下2「確かに……出てきたタイミングがバッチリだった。それって、こちらの声や音は筒抜けだったってことだよね?」ボソ
手下1「つまり、オレ達が出て行った後に、その部屋から出てくることも可能だったってことじゃないっすか」
手下2「それとも、頭の言葉があぶり出すための嘘だという可能性を考慮していなかった……?」ボソ
エルフ奴隷「? え?」
山賊頭「お前の言葉が届いてねぇよ……小せぇんだよ声が」
手下2「むぅ……だが、これ以上は出ない」ボソ
山賊頭「えっとだな……オレ達の声や音が聞こえてたから、このタイミングで声をかけてきたのはなんでだ? ってことだ」
山賊頭「オレ達が屋敷を出て行くのをちゃんと確認して、その後コッソリと出てきて日常生活に戻る事だって出来ただろ?」
山賊頭「何故、それをせず、出てきて話をしに来た?」
山賊頭「オレ達がお前をあぶり出す為の嘘の言葉だったかもしれねぇのによ」
山賊頭「いやむしろ、この状況下でも、一息に間合いを詰めるために駆け寄ってこられて、捕まってやられるかもしれねぇって状況なのによ」
山賊頭「それでどうして、話をしようだなんて思った」
エルフ奴隷「……それは……」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「それは……私にも、分かりません」
エルフ奴隷「ただ、話をしてみたかったのです」
エルフ奴隷「貴族を嫌いと断じた、あなた達と」
エルフ奴隷「……まぁ、それでも、一応の名目はあります」
エルフ奴隷「出て行くフリをして戻ってきて、私達を襲う可能性が確かにありますからね……」
エルフ奴隷「その気がないのかどうかの最終確認をしたいから話しかけた……そんなところです」
エルフ奴隷「……取ってつけたようなものでしかありませんけどね」
山賊頭「……貴族を嫌いと断じた……ね」
手下1「もしかしてっすけど……エルフが人間の奴隷と同じ扱いを受けていない、という噂は、本当なんっすか?」
手下2「エルフの奴隷は性奴隷のような酷いことばかりをされているっていう、あの……」ボソ
エルフ奴隷「本当ですよ」
山賊頭「っ!」
エルフ奴隷「正直、人間と話しをするのが怖いぐらい、私は色々とされましたから」
山賊頭「……じゃあ、オレ等と話すのだって、辛いんじゃねぇのか?」
エルフ奴隷「そうですね……」
エルフ奴隷「……でも、あなた方は貴族を嫌いと言ってくれました。私に酷いことばかりをしてきた一部の、アレを」
エルフ奴隷「だからまだ、大丈夫です」
山賊頭「……また一つ聞きたいことができたんだが、もしかしてお前等、逃げてきてここにいるのか?」
エルフ奴隷「いえ。私達は買われて、ここにいます」
エルフ奴隷「その人はさっきも言ったとおり、酷いことをする貴族とは違います」
エルフ奴隷「私達を、救ってくれた人です」
エルフ奴隷「特に私は……あの人がいなければ、今頃は……」
山賊頭「……そうかい」
手下1「ま、ソレをオレ達に話されたところでどうしろって話なんっすけどね」
手下2「ん」コク
エルフ奴隷「すいません……」
山賊頭「聞いたのはオレだ。アンタが謝ることじゃねぇよ」
山賊頭「ともかく、アンタ等がそういうんなら、オレ達は本当にもうこの屋敷をどうかするつもりはねぇよ」
山賊頭「もちろん、アンタ等自身にもな」
山賊頭「どうだい? これで、安心できたかい?」
手下1「それとも、まだ信用できないっすか?」
手下2「もしくは、話しかけた理由に、何かアテがあった……?」ボソ
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……いえ、もう十分です」
エルフ奴隷「ただ、一つだけ、聞かせてください」
山賊頭「あん?」
エルフ奴隷「人間の社会においての貴族とは、どれぐらいの影響力があるのですか?」
山賊頭「どれぐらい……って言われてもな……」
手下1「少なくとも、国の政治方針には介入してるっすよね」
手下2「騎士団の将軍地位を決めたりとか、国王への予算提案とか、国民の声をまとめたりとか……国のために色々とやってる……という建前になってる」ボソ
山賊頭「だが、それがどうしたんだ?」
エルフ奴隷「いえ……貴族を嫌っている人間なら、詳しいかと思ったのですが……」
山賊頭「いや……オレ達もただ、貴族って理由だけで、ソイツ等の周辺を狙ってるだけの山賊だからな」
手下2「襲ってきた中には、民衆に支持されてる貴族だっていたかもしれない」ボソ
手下1「結局のところ、金を持ってるムカつくヤツを狙う、って基準のために、貴族を狙ってるだけっすからねぇ」
エルフ奴隷「そうですか……ありがとうございました」
山賊頭「なんでそんなことを聞いてきたのか……は、まぁ、聞かないでおくさ」
手下2「これ以上、深入りはしない」ボソ
手下1「互いに、会うのはこれっきりにしたいもんっすね」
山賊頭「だな」
山賊頭「それじゃ……そういうことで」
手下1「山賊も人間も、オレ達みたいな奴等ばかりじゃないから、気をつけるっすよ」
手下2「もっと厳重に、屋敷は守っておいた方が良い」ボソ
ザッザッザッ…
…バタン
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「……良い山賊……って表現も変だけど……そういうのだったのかな……?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「……旦那様、実は結構なお金持ちだと思うんだけど……まぁ、屋敷を漁ったぐらいじゃ、そんなの分かんないか」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「……? 奴隷ちゃん……?」
エルフ奴隷「え、あ……どうしました?」
エルフ少女「いや……返事が無かったから、どうしたのかな、って思って」
エルフ奴隷「……すいません。少し、考え事をしてしまいまして」
エルフ少女「考え事?」
エルフ奴隷「はい。……まぁ、取るに足らないこと、ですよ」
エルフ少女「?」
エルフ奴隷「それよりも、屋敷の中、改めて周りましょう」
エルフ奴隷「どれほど漁られたのかも気になりますし……もしかしたら、片付けが必要になるかもしれませんしね」
エルフ少女「あ、うん……そうだね」
エルフ少女(……なんだろう……さっきの表情……)
エルフ少女(すごく……すごく、イヤな予感がする……)
~~~~~~
バタン!!
エルフ少女「っ!」ビクッ!
男「はぁ……はぁ……はぁ……!」
エルフ少女「だ、旦那様……?」
男「だ、大丈夫……!?」
エルフ少女「え、ええ……はい……?」
エルフ少女「その……旦那様こそ、大丈夫ですか? 何やらすごく疲れているようですが……」
男「山賊、とか、来なかった!?」
エルフ少女「山賊……は、来ましたけど……」
男「何も、されなかった!?」
エルフ少女「え、はい……大丈夫、でしたけど……」
エルフ少女「あれ? でも旦那様、いやに早くないですか?」
エルフ少女「早朝に出て、日が沈みきる前に帰ってくるなんて……普通に帰ってきても、深夜より少し前になると思っていたんですけど……」
男「ま、魔法を……!」
エルフ少女「魔法……? えっ? もしかして、魔法を使ってまでこの時間に帰ってきたんですか?」
エルフ少女「どうしてそこまで……」
男「だ、だから……山賊……がっ……ウ」
エルフ少女「う?」
男「うえええええぇぇぇぇぇぇーーーーーー……!!」ビチャビチャ
エルフ少女「きゃっ!」
男「はぁ……はぁ……はぁ……」
エルフ少女「ちょっ……! 大丈夫なんですか!? いきなり吐いたりして……!」
男「だ、大丈夫……昼食も食べてないし……そんな……には……ウグ」
男「がはああぁぁぁ!!」ビチャ…ビチャ…!
エルフ少女「ちょっ……! 血って……!」
男「はぁ……はぁ……うっ、はぁ……」フラ
エルフ少女「あっ、っと……!」ドス
エルフ少女「ぐっ……! お、重い……!」
エルフ少女「でもここで手を離すと……旦那様の顔がゲロと血に塗れちゃう……!」
エルフ少女「……っ!」
エルフ少女「……りゃぁっ!」
ドッ
エルフ少女「はぁ……はぁ……全く……筋肉が見えないのに、こんなに重いなんて……」
エルフ少女「横にずらして落としちゃったけど……」
男「…………」
エルフ少女「……あれほどの衝撃があって起きないなんて……どれだけ無理して帰ってきたんですか……全く」
エルフ少女「…………」
エルフ少女(でも……山賊がどうのって言ってたけど……もしかして、どっかでその話を聞いて心配したから、こんな無茶してまで戻ってきてくれたってこと……?)
男「…………」
エルフ少女(あ……ヤバイ。ちょっと嬉しい)
エルフ少女(顔がニヤけてきちゃってる……)
エルフ少女「……いや、それよりも……早くこの人を暖かい場所で寝かせないと……」
エルフ少女「奴隷ちゃ~ん! ちょっと手伝って!!」
~~~~~~
男「……っ!」
エルフ少女「あ」
男「……ぁはあ!」
エルフ少女「気がつきました?」
男「はぁ……はぁ……はぁ……」
男「あれ……? ここは……?」
エルフ少女「わたしの部屋です」
男「……部屋?」
エルフ少女「覚えてないんですか?」
エルフ少女「魔法を使って無理してまで、その日の夜になる前に、この屋敷に戻ってきたんですよ?」
男「あ……!」
男「そうだ……! そういえば、山賊が来たって倒れ間際に聞いた気がするけど……大丈夫だったの!?」
エルフ少女「はい。大丈夫でしたよ」
エルフ少女「心配してくれて、ありがとうございます」
男「……はぁあああ~~~~~……良かった~~~~~~~……」
男「でも、どうして無事だったの? もしかして、追い返したとか? それとも殺したの?」
エルフ少女「それは……。……まぁ、そうですね……順を追って説明します」
~~~~~~
エルフ少女「――で、旦那様が戻ってきた、って訳です」
男「なるほど……」
男「……本当、運が良かったね」
男「もし金目のものが一つでもあったら、二人とも襲われてたってことだし」
エルフ少女「はい……」
男「にしても、よくボクを二階のこの部屋に運べたね?」
エルフ少女「奴隷ちゃんに手伝ってもらいましたし」
エルフ少女「彼女、少しだけ秘術が使えるようになってきたんですよ。そのおかげで腕に精霊の力を送れて、持ち運べたんです」
男「へぇ~……でも、あれだけ詳しいのに前まで秘術が使えなかったなんて、よくあることなの? やっぱり珍しい?」
エルフ少女「いえ、前まではそれはもうすごい秘術使いだったんですけど……この首輪のせいで、使えなかったんです」
男「え?」
エルフ少女「まぁ、精霊との会話が阻害されるだけですので、コツさえ掴めば少しだけ使えるようになるんです」
男「ん? でもその首輪って、探知としての魔法が入ってるだけじゃないの?」
男「外したら強制的に誰かにそのことが伝わったりとか、居場所を常に教えてたりとか、そういう魔法があるだけの……」
エルフ少女「? いえ。付けてもらった時に教えてもらったんですが、どうも魔力を阻害する機能もあるようで……」
エルフ少女「その副産物なのか、さっきも言ったとおり、精霊との会話が阻害されるんです」
男「魔力を、阻害……? その副産物で、精霊との会話も……?」ブツブツ
エルフ少女「…………?」
エルフ少女「それよりも旦那様、旦那様はどうして、この屋敷に山賊が来ているのが分かったんですか?」
男「あ、ああ……いや、分かってたわけじゃないんだ」
男「ただ街中で偶然、元メイドさんに会ってね」
男「騎士団に事情聴取を受けに行っていたとか、ボクの屋敷がある山に山賊が向かったとか、そういう話を聞かされて、急いで戻ってきたんだ」
男「……よくよく考えたら、そこまで騎士団がムキになるってことは、貴族関係ばかりを狙ってる山賊だ、ってことでもあったんだね……まぁ、だからって安心できた訳でもないんだけど」
エルフ少女「……だから、そんな倒れるなんて無茶をしてまで、戻ってきてくれたんですか?」
男「そうだけど……でも、あまり意味は無かったかもね」
エルフ少女「え?」
男「今回は山賊が敵じゃなかったから良かったけど……もし敵だったら、こんな疲労困憊で戻ってきたところで、満足に戦えなかっただろうし」
男「あのままだと、すぐにボクも殺されてしまっただけなんだろうしさ」
エルフ少女「……でも、嬉しかったですよ? そこまで無茶して戻ってきてくれたことが」
エルフ少女「気付いてます? 旦那様。あなた、丸半日以上眠っていたんですよ?」
男「え!? そんなに!?」
エルフ少女「はい。旦那様が帰ってきてから一度陽が沈み、今は真上より少し進んだところにあります」
男「そうか……そんなにか……」
エルフ少女「はい。……にしても、魔法でもそういう速度強化とか出来るんですね」
男「水を使って、だけどね」
男「だから正確には“速度強化”というよりも、“移動強化”、って言った方が正しいかもね」
エルフ少女「……よくそれで実験器具が壊れませんでしたね……」
エルフ少女「背負ってきていたカバンの中身、確認させてもらいましたけど、全て無事でしたし……」
男「そういうので割れないのを買ってきたからね」
男「……そういえば、もう一人はどうしてるの?」
エルフ少女「奴隷ちゃんですか? あの子なら、下の階の片づけをしています」
男「下の階?」
エルフ少女「はい。旦那様の研究し――」
男「っ!」
エルフ少女「――え? 何か、驚くようなことでも……」
男「…………ううん、別に」
エルフ少女「?」
男「それで……彼女は、この部屋に来ないのかな……?」
エルフ少女「呼びましょうか?」
男「うん……お願いしようかな」
エルフ奴隷「その必要はありませんよ、ご主人さま」
エルフ少女「あ、奴隷ちゃん」
男「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「どう? 下の階の片付けは終わった?」
エルフ奴隷「……そうですね、終わりました」テクテクテク…
ピタ
エルフ奴隷「旦那様、目が、覚められたようで」
男「……うん。まあね」
エルフ奴隷「そうですか。それは良かったです」
エルフ少女「……奴隷ちゃん?」
エルフ奴隷「おかげで……真実を、問いただせます」チャキ
エルフ少女「っ!!」
エルフ少女「ちょっ……! 奴隷ちゃん! どういうこと……!?」
エルフ少女「いきなり……旦那様の首筋に……ナイフを突きつけるなんて……! そんな……!」
男「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「そ、そんな冗談……笑えないって」
エルフ少女「ほら……旦那様も……黙って見つめ合っていないで……なにか……」
男「……そっか……見たんだね」
エルフ奴隷「……はい」
エルフ少女「……………………え?」
男「……研究に夢中になって、器具を買いに行くことに意識が向きすぎてて……」
男「足がかりから術式を見つけるのに躍起になってて、片付けるのを忘れてたんだね……あの資料を」
エルフ奴隷「…………はい」
男「キミは聡いからね……そのあたり、注意していたつもりだったんだけど……こんな間抜けなドジでバレるなんて……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……答えてください。ご主人さま」
男「ん」
エルフ奴隷「人間が戦争に勝つキッカケとなったアレを作ったのは……あなたなんですか?」
男「……そうだよ」
エルフ奴隷「……ソレを作ったのは……人間の、貴族による、命令でですか……?」
男「……ちが――」
エルフ奴隷「そうですよね?」
男「…………」
エルフ少女「奴隷、ちゃん……?」
エルフ奴隷「そう、ですよね……? そう、です、よね……? そう……です、よね……?」
男「…………ちが――」
エルフ奴隷「そうだって……そうだって言って下さいよっ! じゃないと……じゃないと私……!」
エルフ奴隷「このまま……あなたを……刺さないといけなくなりますっ!!!」
エルフ少女「っ!!」
男「…………」
エルフ奴隷「だから……だから、お願いです……そうだと……そうだと……! 言って、ください……!」
エルフ奴隷「貴族に命令されたから、見つけて……無理矢理、作らされて……研究させられたのだと……そう……!」
男「……言えないよ」
男「だってアレは、ボクの罪、そのものなんだから」
男「だからボクは、キッパリと言う」
男「違うよ。アレは、誰の命令でもなく、ボクの意思で、作ったものだ。」
エルフ奴隷「っ……!! ……ぐうぅっ!!」
エルフ奴隷「ううううううぅぅぅぅぅぅ……!!」ポロポロ
エルフ少女「奴隷、ちゃん……」
エルフ奴隷「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」ポロポロポロ
バッ!
エルフ少女「っ! ダメッ!」
エルフ奴隷「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」ポロポロポロポロ
ブンッ…
…ザシュッ!
とまぁ、第三部は終わりです
明日は時間が取れないので、第四部は明後日に
…出来れば来週中に終わりたいです
以下、第三部言い訳
実は屋敷の中で山賊三人がエルフ二人に殺される展開だったり…
男が帰ってくるのを仄めかして、ソレをフェイントに止めを刺す展開だったり……
したんだけど…昨日の投下中に何故かこういった形にしようと思い至ってこうなった
おかげで矛盾が見つかりそうだぜ…
もし見つかっても見逃して欲しいです
再開ー
というより第四部(最終部)始まり…か
~~~~~~
男「」
エルフ少女「」
エルフ奴隷「」ハァ…ハァ…ハァ…
男「…………」
男「……外しくてれたね、奴隷ちゃん」
エルフ奴隷「っ! ……こんな時に、名前……なんて……!」ポロポロ
男「ごめん……卑怯なのは分かってる」
男「でもボクは……ここで死ねない」
男「ボクが自覚しているボクの罪を償うまでは……死ねないんだ」
男「だから……ありがとう」
男「わざと、外してくれて」
エルフ奴隷「っ! ぐっ!」ダッ
エルフ少女「っ! 奴隷ちゃん!」
男「追いかけて!」
エルフ少女「えっ?」
男「良いから! 絶対……屋敷からは、出さないで!」
エルフ少女「は……はい!」
ダッタッタッタ…
男「…………」
男(……さて……)
男「時間が無くなってきた、か……」
男(早くしないといけない、かな……バレてしまったんだし)
~~~~~~
~~~~~~
エルフ少女(あの後……奴隷ちゃんに追いついて、その手をとった、その後……)
エルフ少女(彼女を落ち着かせ、この屋敷にいてもいいと彼が言っていたことを伝え……泣いてる彼女を部屋へと戻した)
エルフ少女(隙を見て逃げ出してしまうかもしれないけれど……それでもわたしは、彼女が「逃げない」と言ってくれたその言葉を、信じるしかない)
エルフ少女(ずっと傍にいたところで……今はまだ、負担にしかならないだろうから)
エルフ少女「……と、こんなものか」
エルフ少女(そんなわたしはとりあえず、目が覚めたばかりの彼でも飲めるスープを作っていたりする)
エルフ少女(……もうちょっと奴隷ちゃんに気を遣ってあげるべきなのかもしれないけど……)
エルフ少女(かける言葉を持っていないのに傍にいたところで……ね)
エルフ少女(それに……まずは、彼自身からも色々と問いたださないといけない)
エルフ少女(……奴隷ちゃんがどうして彼を襲ったのか……)
エルフ少女(わたしは、あの二人が共通で知っていることを、何も知らない)
エルフ少女(ただ一人の、仲間はずれ)
エルフ少女(だから……)
エルフ少女「……にしても……」
エルフ少女(奴隷ちゃんは本当に料理が上手いんだな……わたしが作ったコレ、あんまりおいしくないや……)
エルフ少女(教えてもらってたはずなのになぁ……何が違うんだろう……)
~~~~~~
コンコン
エルフ少女「失礼します」
エルフ少女(自分の部屋に失礼しますって……なんか変な気分)
エルフ少女「旦那様、スープを作りまし――って」
エルフ少女(いない……)
エルフ少女「一体何処に……って、決まってるか」
テクテクテク…
◇ ◇ ◇
研究室
◇ ◇ ◇
コンコン
エルフ少女「失礼――」
ガチャガチャ…
エルフ少女「――む」
エルフ少女(一丁前に鍵なんて掛けて……)
ジャラ…
…カチャカチャ…
…カチャン
エルフ少女「失礼します!」
バタン!
男「っ!」ビクッ!
男「え、えっと……どうしたの?」
エルフ少女「どうしたもこうしたもありませんケド」
男「あ~……なんか、怒ってるのは分かったよ」
男(ドアを蹴って開けたみたいだし……)
エルフ少女「そりゃ怒りもしますよ」
エルフ少女「病み上がりの癖に目が覚めたらすぐに研究ですか? どれだけ自分の身体を大切にしないんですか」
男「いやぁ~……どうせ体力が切れただけだからね。今となっては万全だよ」
エルフ少女「何が万全ですか何が」
エルフ少女「ご飯、何も食べてないんじゃないですか?」
男「そういえば……そうだった。街に向かう前の朝食から何も食べてないや」
エルフ少女「丸一日みたいなものじゃないですか……」
男「いやぁ~……割りと普通だし」
エルフ少女「だとしても、一度倒れたんですから、食べてください」
男「ん~……でも、急いで色々と仕上げないと……」
エルフ少女「……はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~……」
男(……すごい呆れられてる……)
エルフ少女「……だったら、わたしに事情を説明してください」
男「事情……?」
エルフ少女「奴隷ちゃんがどうしてあなたを襲ったのか……その理由、分かっているんですよね?」
男「……まぁ、ね……」
エルフ少女「ですから、その事情全てですよ」
エルフ少女「わたしだけ除け者にされてるのは、イヤですから」
男「…………」
男「……そうだね。教えておくべきか……あの子が教えられる状況でもないしな……」
男「うん、分かった。全部話すよ」
エルフ少女「それじゃ、そのついでにスープを飲んで下さい」
エルフ少女「飲みながらでも、話は出来るでしょう?」
男「ははっ……なるほどね」
男「分かったよ。それじゃあ、食堂に移動しようか」
◇ ◇ ◇
食堂
◇ ◇ ◇
エルフ少女「どうぞ」
コト
男「ありがとう」
エルフ少女「その……奴隷ちゃんが作ったわけじゃないので、あまりおいしくはないですけど……」
男「ん……?」ズズー
男「……いや、十分においしいけど……?」
エルフ少女「そ、そうですか……?」
男「うん」
エルフ少女「それはまぁ……ありがとうございます」
男「いや、お礼を言うのはボクの方だよ。作ってもらったんだからさ」
エルフ少女「あ、でも音を立てて飲んだら行儀が悪いです」
男「あぁ~……いつもみたいに意識してなかったせいか……ごめん」
エルフ少女「それで……事情の方、説明してくださいますか?」
男「ん……そうだな……でも、どこから説明したものか……」
エルフ少女「最初からなんですが……そうですね……とりあえず、どうして奴隷ちゃんは、旦那様に襲い掛かったんですか?」
エルフ少女「旦那様が、人間が戦争に勝つきっかけとなる何か、を作った人らしいというのは分かりましたけど……」
男「ん~……じゃあさ、キミはつい一月半前に終結した、人間とエルフの戦争についてどれぐらい知ってる?」
エルフ少女「どれぐらい……と言われましても……わたしは元々集落の隅っこに住んでましたし……」
エルフ少女「人間が集落を焼きにくるまでは“戦争が起きている”ということぐらいしか分かりませんでした」
エルフ少女「まぁ意図的に、戦力にならない女の子にはそういうのを教えていなかったのかもしれませんが」
男「もしかして、人間が襲った最後の集落に住んでたってことかな……?」
エルフ少女「どうでしょう……ですが、少なくとも最後の方であることは間違いないですね」
エルフ少女(お父さん達と逃げてた期間がどれぐらいか定かじゃないけど……一月は経ってなかったと思うし)
男「……ちなみに、もう一人の方は戦争中はどこにいたのか分かる?」
エルフ少女「つい昨日に聞きましたけど、前線治癒術士です」
男「……なにそれ?」
エルフ少女「そのままです。前線で仲間を治癒する人ですよ」
男「そうか……秘術の特性上、そういうことも出来るのか……」
エルフ少女「でも、それがどうしたんですか?」
男「……ううん、ただどうして、キミはそんなにもボクのことを恨まないのかなぁ、と思ってさ」
エルフ少女「当初は恨んでましたよ。刺すためにナイフを奪ったりしてたじゃないですか」
男「でもそれって、人間全体の中の一部として、だよね? しかも、同胞を救うための最初の手段、として」
男「あくまでも、ボク個人じゃなかったでしょ?」
エルフ少女「まあ……そうですね」
男「ボクが作ったものが使われてたのは、戦争中エルフが押しに押してた時だからね……」
男「前線にいた彼女なら、ボクを恨むのも当然なんだよね」
男「で、後ろにいたキミは、ボクのことをそんなに恨まないのは当然、と……」
エルフ少女「ですから……旦那様は、何を作ったんですか?」
男「…………」
男「……魔法だよ」
エルフ少女「魔法?」
男「そう。エルフが十二年かけて追い詰めた人間を、たった五年で逆転し、勝利に導いた、ただ一つの魔法……」
エルフ少女「……大規模な魔法ですか?」
男「違うよ。むしろ効果は、人間一人にしか及ばない」
男「そもそも大規模戦争用魔法なんて、エルフの秘術使いの前じゃ何の役にも立たなかったからね」
エルフ少女「それじゃあ……その魔法って、なんなんですか?」
男「一言で言うと、失敗作」
エルフ少女「失敗……?」
男「……エルフってさ、秘術で身体能力を向上させられるよね? 日常生活においては人間より非力で足も遅いのに、秘術を用いれば人間の倍ほどには強くなれるってやつ」
エルフ少女「……なんの話ですか? 話、逸らそうとしてません?」
男「ボクが作った失敗作の話だし、本筋に入ろうとしてるよ」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……まぁ、そうですね。わたしはまだ倍ほどには強くなれませんが、精霊を身体に、局地的に集めることで、その身体能力を向上させることが出来ます」
男「でも、魔法ではそれが出来ない。魔力がそもそも、自分の体内にある体力がベースだからね」
男「体力を局地的に集めたところで――例えそれが魔力に変換されたものだったとしても、集めたところで、身体能力なんて上がりっこない」
男「自分のものを自分の中で移動させただけなんだからね」
男「だからボクはこう考えたんだ」
男「ならば、他人の魔力を体内に入れれば、身体能力が上がるのではないか、と」
男「以前、少しだけ言ったことだけど、他人の魔力を身体に入れたらどうなるのかってのは、基本的には分からないんだ」
男「いや、当時は全く分かっていなかった」
男「だからこそ可能だとボクは思った」
男「そのための魔法術式も編んだ」
男「体内に正常に術式を発動させるためにどうすればいいのかを考え、水の中に術式を入れれば良いことも思いついた」
男「それを飲めば、術式が発動し、体内に他人の魔力が溢れ、身体能力が向上する」
男「そういう意図があってのものだった」
男「……けれど、現実はそうもいかなかった」
エルフ少女「…………」
男「もうその時は、人間も戦争に負けそうでね。自分からけしかけて、三年間だけ優位に立ててた驕りもあったんだろうけど……」
男「本当、たった十二年でその全てを奪われ、逆にエルフの二倍はあった土地全てを奪われるなんてね……」
男「まぁ、エルフは長寿だからね……時間間隔が人間とは違って、遅かったんだと思う」
男「本腰を入れた、とは、正にあの時だろうね。人間がエルフを殺せていなかったとはいえ、大量に傷をつけてはいたんだから。三年もの間」
男「……で、まぁそんな訳で、ボクの作ったソレは、すぐさま実戦投入が決定した」
男「時間が無かったのが大きな理由だけど……それ以上にその時は、失敗だったとしても何も起きないだけだろう、と思われていたからね」
男「それでまぁ……結果は、見るも無残」
男「想定していた失敗を遥かに超える失敗だった」
男「もっとも、失敗と思ったのはボクだけで……全ての軍や貴族は大成功だと言ってたけどね……」
エルフ少女「…………」
男「…………」
エルフ少女「……何が、起きたんです?」
男「……暴走したんだよ、人間が」
エルフ少女「暴走……?」
男「人が、じゃない。人間という種族そのものが、だ」
男「身体が盛り上がったりした訳じゃない。人間の姿形はそのままだった」
男「ただ、理性という理性全てが、消し飛んだんだ」
エルフ少女「…………」
男「それの何が怖いのか分からないとは思う。ボクだって、説明を聞いただけじゃ何も怖いとは思わない」
男「アレはただ、見たものだけを恐怖に陥れる存在だった」
男「秘術で強化していたエルフを物ともしない身体能力の高さ」
男「人間の鎧や盾を素手で殴り壊す力」
男「あらゆる方向からの攻撃をあっさりと避けてしまう速度と反応性」
男「魔法も秘術も剣も槍も矢も、その全てを受けても平気が動き回る痛覚の無さ……」
エルフ少女「…………」
男「……実験第一号となった一兵士……彼はその実戦において、味方の――人間の兵士に殺された」
エルフ少女「…………」
男「何人エルフを殺して何人味方を殺したのか……そのデータはさすがにボクも知らないけど……ただ、双方の死体が多く作られていった」
男「なんせその時だけは、エルフと共同でそいつの討伐にあたったぐらいだし」
エルフ少女「えっ……」
男「……人間一人を殺すのに、敵対していた両軍全ての兵が、共同で立ち向かったんだよ?」
男「それも、討伐という名目で。まるで伝承の中にある魔物を相手にしているみたいじゃない?」
男「だからこそ、ソレの異常性がどれほどのものか……」
エルフ少女「…………」ゴク
男「……まぁ、こうして話を聞くより、実際に見た方が早いんだろうけど……もうあんなのは、見たくないな……」
エルフ少女「……旦那様も、その戦いを見ていたのですか?」
男「見ていた、ところじゃないよ。ボクが作ったものだから、ボクも戦いに参加した」
男「生き残れたのが奇跡に近かったよ」
エルフ少女「…………」
男「……まぁ、そんなこんなで……周りは大成功と称えたその実験のその次から、実戦にはその薬を持った兵一人が投入されるようになった」
男「その実験に至るまでにほとんどの兵士が戦争で死んでいたし、何より、その実験が決定打だったからね……実力や実戦経験のある人間の兵士は、もう一握りぐらいしかいなかったんじゃないかな」
エルフ少女「……それじゃあもしかして、人間は……一人を殺すことで一つの戦いに勝ってきた……ってことですか?」
男「全部が、ってわけでもないけどね。さっき言った一握りが戦いに赴くこともあったし」
男「あくまで、エルフの数が多い戦争だけに絞られて、その戦術は使われたんだよ」
男「……戦術なんて、高尚なものでもないけどね……」
エルフ少女「…………」
男「それに……何も、一人を殺してばかりでもなかった」
男「作った責任として……ちゃんと、無力化する魔法は作ったよ」
男「無力化……というより、身体の中に入れた魔力を強制的に封じ込めて、あとはその身体自体の時間を遅らせる、なんて無茶な方法なんだけどね」
男「調理場にある煤がつかないようになる結界も、例の時間が遅くなる木箱も、その時の副産物」
男「……まぁ、それが出来るまでに、十人ほどにはなんの準備がされず使われて、そのまま死んでいってしまったけどね……」
エルフ少女「……それが、旦那様の言う、罪ですか……?」
男「うん」
エルフ少女「……ならもしかして、旦那様が研究しているものとは……」
男「そう……そうして無力化されて、魔法を何重にもかけて、その中で眠らせ続けているその人たちを、元に戻すことだよ」
男「秘術が体内にも干渉できると気付けたのは、戦争が終わる約二年前」
男「その時までは強化でしか用いられないと思っていたけど、捕虜となったエルフからそのことを聞いて……ボクの研究は、スタートした」
男「それまでは、魔法でどうにかしようと躍起になっていたボクにとっては……困難を極めたけど……ここまでこれた」
男「秘術を、擬似的とはいえ使えるようになれた」
男「だから後は、体内に呑み込ませてしまった魔力をどうやって除去するのか、どうやって精霊に頼むのかの解析だけだった」
男「んだけど……そのヒントにと用意していた昔の資料を――」
エルフ少女「出しっぱなしにしてしまっていたから、読まれてしまった……」
男「――……ま、そうだね。ボクの不注意以外の何物でもないよ」
エルフ少女「…………」
男「本当は……知られないうちに、全てを終わらせたかったんだけどね……」
エルフ少女「……その、旦那様」
男「ん?」
エルフ少女「その……こんなこと、わたしが頼むことじゃないのかもしれないのですが……」
男「…………」
エルフ少女「奴隷ちゃんを、責めないであげて下さい」
エルフ少女「その話を聞いて勝手に思ったことなんですが……」
エルフ少女「奴隷ちゃん、きっと動揺しているだけなんです」
エルフ少女「旦那様のことを信用していたから、その信用していた人が、自分達エルフの敗北を作り出した人だってことに、驚いているだけで……」
エルフ少女「別に、ソレを作った旦那様自身を恨んでなんて、いないと思うんです」
エルフ少女「だって、作った人よりも、使った人の方が悪いと思うんです」
エルフ少女「作った人が後悔しているなら……尚更……」
エルフ少女「それに奴隷ちゃんなら、旦那様がソレを作って後悔して、そのために研究を繰り返してきていたことぐらい、気付いているはずなんです」
エルフ少女「いえ、今はまだ気付いていないかもしれませんが……ただ、普段の彼女なら、気付けるはずなんです。ただ本当に、動揺しただけなんです」
エルフ少女「奴隷ちゃん、前線で同胞を治療する役割の人だから……きっと自分のせいで全滅させてしまった、って、責任感じてて……」
エルフ少女「その原因である始まりが旦那様だって知って、同胞の仇も取りたいし、けれども、支えてくれている人だから、殺したくないしで……色々と、こんがらがっちゃって……」
エルフ少女「それで、支えてくれていたものが、崩れるかもしれないからって……あんなことに……」
エルフ少女「支えてくれているままが良いからって、確認したかっただけなのに……色々と、おかしなことになっただけで……」
エルフ少女「だから……お願いします」ペコ
エルフ少女「どうか彼女を、見捨てないであげて下さい」
男「…………」
男「……顔を上げてよ」
男「ボクだって、それぐらい気付いているからさ」
エルフ少女「えっ?」パッ
男「……彼女、秘術が少しだけとはいえ、使えるようになったんだよね?」
エルフ少女「え……はい」
男「それなのに、真っ先にボクを殺さなかった」
男「どれぐらい力が戻っているかは分からないけど、前線で戦ってたあの子なら余裕だろうに……殺さなかった」
男「キミの言う、支えであるところのボクが、支えのままであって欲しかったから」
男「……ボクは、彼女に想われているんだね……」
男「もし心底恨んでいたら、それこそ何の問いかけも躊躇いもなく、あっさりと殺しただろうしね」
エルフ少女「…………」
男「それにまぁ、彼女が聡いことはボクも知ってるしね」
男「今気付いていないのは動揺のせいだってのも、何となく分かるよ」
エルフ少女「それじゃ……」
男「恨むなんてとんでもないよ」
男「むしろ彼女は、ボクのことを大切に想ってくれている」
男「そのことを今回で気付けた」
男「真っ先に殺さないことで、示してくれた」
男「なら、責める理由も見捨てる理由も、どこにもないよ」
男「最近は、精神的に安定しているように見えていたけど……彼女の精神は、いつも不安定だった」
男「いや、安定だった時期なんて、その実無かったのかもしれない」
男「ボクと同胞への仇、あとは人間への復讐心……その三つだけで、安定しているように錯覚していただけで……」
男「それが全部、同時にぐらいついたんだ」
男「そりゃ……ああもなるさ」
エルフ少女「…………」
男「そもそも精神なんて、そういうことを考えていない状態を指して――いくつもの支えの中に大小があるだけになって、ようやく安定しているって言えるのにね……」
男「……まぁでも、ボクが彼女を擬似的にとはいえ安定させている一因になっていたのなら……それはとても、嬉しいことなんだけどね」
時間になったので今日はここまでにします
明日はもしかしたら今日より投下数が少なくなるかも
再開~
男「ま、ともかく……これで疑問は解決したかな?」
エルフ少女「……はい」
男「そっか。それじゃあボクは、自分の部屋に戻るよ」
男「スープ、ごちそうさま」
エルフ少女「あ、いえ。ありがとうございました」
男「お礼を言うのはボクの方だよ。おいしい料理を作ってもらったんだからね」
エルフ少女「でも、お話を聞かせてくれました」
男「ははっ。いやでも、キミを仲間はずれには出来ないから、当然のことだよ」
男「こうならなくても、いずれは話すつもりだったし」
エルフ少女「それでも、ありがとうございます」
男「いや……まぁ、キリ無いな。これじゃ」
男「……ごちそうさま」
テクテクテク…
男「……っと、そうだ」
エルフ少女「はい?」
男「ソレを片付けたら、またボクの部屋に来てくれる?」
エルフ少女「はい?」
男「少し、調べたいことと、やっておきたいことがあるからさ」
エルフ少女「?」
◇ ◇ ◇
研究室
◇ ◇ ◇
エルフ少女「……それで、試したいことってなんですか?」
男「ちょっと、その首輪を見せてくれない?」
エルフ少女「見せて……と言われましても……外れませんし」
男「いやいや、そうじゃなくて」
エルフ少女「え?」
男「近くで見せてってこと」スッ
エルフ少女「あっ……」///
エルフ少女(ちょっ……顔近い……!)///
男「……ん~……」
エルフ少女「ひぁっ……!」
エルフ少女(い、息が首筋に……!!)///
男「…………」
エルフ少女「っ……!」プルプル…///
エルフ少女「ちょっ……! まだですか……っ!」///
男「ああ……ごめん」スッ
エルフ少女「ほっ……」
男「それじゃあ次は、後ろ向いてくれる?」
エルフ少女「えっ……? ……まぁ、はい……」サッ
男「…………」
エルフ少女(また首元ばかり見てくる……)
男「…………」
エルフ少女「その……そんなに見て、何か分かるんですか……?」
男「…………うん」
男「この辺り……かな」サッサッサッ…
キィィィン…
エルフ少女「っ!? えっ!?」
男「あ~……そんなに驚かなくて良いよ」
男「ちょっと、術式の粗を見つけてね」
エルフ少女「粗……?」
男「中途半端な魔法道具(マジックアイテム)っていうのは、術式がしっかりと入ってなかったりするもんなんだよ。そのしっかりしていない部分こそが“粗”」
男「ボクの水に術式を施す方法だって、実際は粗ばかりだしね」サッサッサッ…
男「完璧な魔法道具(マジックアイテム)っていうのは、この粗がないものを言うんだけどね」ササッサッ…
エルフ少女「はぁ……それで、その粗を見つけてどうするんですか?」
男「ここを起点に術式を解析して……秘術を使えるようにする」…サッ…ササッ…
エルフ少女「え……?」
男「今まで、この首輪が秘術を阻害しているなんて知らなかったけど……ソレを知ったらやっぱり、解析して、使えるようにしておいた方が何かと良いかと思ってね」サササッ…サッサッ…
エルフ少女「でも、そんなことをすれば、相手に色々とバレるんじゃ……」
男「だからバレないように、わざわざ術式の粗を見つけて、その知らせる部分だけをイジくらずに、秘術を使えるように改良しようとしてるんだ……よ……っと……コレかな……」
エルフ少女「え……?」
男「ん~……どうもコレっぽいね……」
エルフ少女「……もう見つけたんですか……?」
男「うん」
エルフ少女「……魔法道具(マジックアイテム)って、そんなにあっさりと解析できるもんなんですか?」
男「あっさりと解析されたら元も子も無いから、基本的に使い捨てのものでもない限りは、かなり厳重に粗を隠していたりするもんなんだよ」
男「現にコレだって結構複雑だったしね……粗を見つけるのにかなり集中しちゃったし」
エルフ少女(かなり集中した、ってだけで見つけられるものなの……? そういうのって……)
男「完璧な魔法道具(マジックアイテム)を作るなら、この解析されるキッカケとも言える粗が見つかっちゃいけない」
男「だから魔法道具(マジックアイテム)に編みこむ術式の構成にはm年単位での時間をかけたりするんだ」
男「でもこれに、その様子は無い」
男「たぶん、エルフの奴隷制度が決まってから急いで作り上げたものなんだと思う」
男「解析されないと踏んでいたか、それとも後に改良するつもりだったのかは知らないけどね」
エルフ少女「はぁ……」
男「にしても……この術式は……」
エルフ少女「……どうかしたんですか? もしかして、解除すれば何か面倒なことに……」
男「いや……それは無いよ」
男「むしろ、魔法を使わせないようにする術式と、居場所を知らせる術式は別個のものになってる」
男「ただ、それらを発動させ続けるための魔力供給方法が……ね……」
エルフ少女「? 何なんですか?」
男「……魔法道具(マジックアイテム)というのは、物に術式を編みこみ、その物に魔力を送ることで術式を発動させる」
男「それは前にも言ったけど……逆に言えば、魔力が無くなれば術式が発動しない、ってことでもある」
エルフ少女「それは……前にも聞きましたけど……」
男「それじゃあ逆に聞くけど、キミって自分で魔力を作り出せる?」
エルフ少女「そんなの無理ですよ。確か魔法は学問だと言ったのも旦那様でしたよね? わたしはそんな方法学んでないから無理に決まって……」
エルフ少女「……………………え?」
男「そう」
男「エルフにこの首輪をつけたところで、最初の魔力が無くなれば、本来はこの二つの術式の効力が無効化されるはずなんだ」
男「だってエルフが魔力を作り出せる方法なんて、知るはずも無いんだから」
男「自動で体力を魔力に変換し続ける術式は確かに存在する」
男「でもそれはあくまで、自分で一度でも体力から魔力を生み出せた人でないと出来ないことなんだ」
男「道が開いていない場所に水を流すことなんて出来ない」
男「まずは自分で道を作らないと川は作れない。ただ水を流すだけじゃ、溢れていくだけで溜まってはいかない。それと一緒だよ」
エルフ少女(……相変わらず説明がよく分からない……)
男「ん?」
エルフ少女「いえ。ただわたしはずっと、精霊との会話を阻害されていましたよ? ということは、この首輪の術式は発動し続けていた、ってことですよね」
男「そうだね」
男「そしてその肝こそが、この編み込まれている魔力供給方法さ」
男「精霊との伝達を阻害されているのも、魔力の供給無しで二つの術式が発動し続けるのもね」
エルフ少女「……?」
男「……本当、驚いたよ」
男「まさかボクよりも先に、精霊との接触に成功している術式があったとはね」
男「しかも、こんな身近に」
男「……きっと、アイツだろうな……優秀だったし」ボソ
エルフ少女「えっ?」
男「いや、なんでも」
男「この魔力供給の術式、精霊を利用したものなんだ」
エルフ少女「精霊を……?」
男「そう」
男「ただ編みこんだ本人は、たぶん秘術の元でもある精霊を用いているとは認識して無いだろうけどね」
男「大雑把に説明すると、この首輪自身に人間でいうところの魔力をずっと一定量供給し続けて欲しい、って精霊に頼み続けている術式なんだ。これって」
男「魔法を使わせないようにする術式は至って単純。魔力が作られてもすぐさま外部へと拡散するように術式が組まれている」
男「こうしたら、例え体力を魔力に変換しても、すぐさまその魔力が無くなるからね。そうなると、魔法を使うことは出来ない」
男「居場所を知らせる術式は……まぁ、説明しなくてもいいか」
男「そういう術式が入っている、って認識で十分だし」
男「ただ、その双方共に、発動し続ける必要がある」
男「そしてそのためには、最低限度の魔力が常に必要なんだ」
男「その最低限必要な魔力というのが……」
エルフ少女「精霊を使った方法……ってこと、ですか……」
男「いつ魔力が作られてもすぐさま拡散できるよう準備しておく魔力と……」
男「外された際すぐさま対象者に知らせがいくために準備しておく魔力……」
男「何より、常に居場所を教え続ける魔力……」
男「それらのために、精霊が使われていたってこと」
男「その魔力のために、常に精霊へと声を送り続けているものが首輪という形で近くにあったせいで……」
エルフ少女「……精霊とわたし達エルフとの伝達が、上手くいかなかった……」
男「そういうこと」
男「言ってしまえば、五月蝿い環境の中でも必死に声を上げ続けてるようなものだからね」
エルフ少女「……でもそれで、どうしてこの術式を作った人が、精霊を利用していないと分かったんですか?」
男「……まぁ、作った人にアテがあるからだよ」
男「彼は、秘術や精霊について調べていたようでもなかったからね」
男「あくまでも、魔法を極めていこうとしていた人だったから」
エルフ少女「…………」
男「……大方、少量とはいえ外部から体力の消耗無しで魔力を得る方法が見つかった、という認識しかしてないと思う」
エルフ少女「それって……旦那様を買ってくれた人……とか?」
男「まさか。ボクを買ってくれた人は、ボクの失敗作での実験で死んじゃったよ」
エルフ少女「あ……」
男「そんな気まずそうな顔しないで。自業自得なんだから」
エルフ少女「……すいません」
男「謝る必要も無いんだけどね……」
男「……ま、話を戻すと、この術式を作ったアテっていうのは、ボクがその失敗作を作り出した後に、ボクと同じ宮廷魔法使いになった子だよ」
男「ボクを慕ってくれた……後輩さ」
エルフ少女「宮廷魔法使い……って、名前からして凄そうですけど……」
男「国のために魔法を作り出すだけの存在だよ」
男「人数に制限はないけれども基本は少数。今は多分、もうその彼しか残っていないと思う」
男「……ま、戦争が始まれば時たま前線にも送り出されるし……戦争用の魔法を研究させられるし……それ以外の時は国民のための魔法を考えさせられるし……色々と、都合のいい存在、みたいなものだよ」
エルフ少女「…………」
男「……ともかく、この術式は色々と参考になりそうだな……」
男「後輩が作ったものを参考にするのも先輩としてどうかと思うけど……ま、この際そんなこと言ってられないか」
男「……それじゃ、このあたりの術式、全て書き換えようか。もう全部覚えたし」
エルフ少女「え? もうですか?」
男「うん。記憶力には自信があるしね。たぶん大丈夫」
男「これでもう少し、精霊との会話をするためのあの魔法を、簡単に作り出せそうだよ」
エルフ少女「はぁ……」
男「あっ、そうだ」サッサッサ…
エルフ少女「はい?」
男「良かったら、コレが終わったらもう一人の子、呼んできてくれない?」サササッ…サッサ…
エルフ少女「え?」
男「彼女にも、同じことをしておきたいからね」サッ……サッ…サッサッ…
エルフ少女「はぁ……」
エルフ少女「……でも、秘術を使えるようにして、どうするつもりなんですか……?」
男「どうするつもりも何も、守ってもらうんだよ」サササッ…
エルフ少女「守る……? 旦那様をですか?」
男「違うよ」
エルフ少女「じゃあ、誰を守れば良いんですか?」
男「あの街にいるエルフと、この屋敷だよ」
エルフ少女「えっ?」
キィィィィ…ピィン!
男「よしっ……完了……っと」
エルフ少女「あ……」
男「どう? 精霊との会話は」
エルフ少女「確かに……昔みたいに、接触できる感覚が……いえむしろ、前よりも良くなってるような……」
男「雑音が無くなったようなものだからね」
男「それとももしかしたら、制御されていた頃より、実際に能力が上がっているのかも」
エルフ少女「なるほど……」
男「それじゃ、彼女、呼んで来てちょうだい」
男「キミは……そうだね……その感覚を取り戻すのに、専念しておいて欲しいかな」
男「時期がくれば、ちゃんと説明するから……それまでの間に、さ」
エルフ少女「でも……」
男「何よりキミ自身、実はいち早く試してみたいでしょ? 自分が元々使えていた秘術を」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……本当に、後で説明してくれるんですよね?」
男「もちろん」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「…………分かりました」
エルフ少女「なら、奴隷ちゃんを呼んできますね」
男「お願い」
~~~~~~
コンコン
エルフ奴隷「失礼します」
キィ…
男「どうも、よく来てくれたね」
エルフ奴隷「…………」
男「……ま、気まずいのはよく分かるよ」
男「ただまぁ、ボクのお願いをきいてくれないかな?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「…………なんでしょうか?」
男「とりあえず、服を脱いでみてくれない?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「…………え?」
…パタン
今日はここまで
若干どころじゃないぐらい時間がオーバーしてるから怒られる…
でもこの中途半端なところであえて止めてみたかった心情を汲み取って欲しい
再開します
残念ネタバレ:濡れ場なんてものは無い
エルフ奴隷「えっ……? えっ? ……えっ!?」
男「いやだから、服を脱いでって」
エルフ奴隷「えと……えと……どうして、ですか……?」
男「見たいから」
エルフ奴隷「み、見たいって……!」///
エルフ奴隷「わ、私のを見たって、何も無いですよ……」///
男「いや、そんなことはないよ、本当に」
エルフ奴隷「そ、そんなことが……あるんです……」ギュッ///
男(……? 自分の身体を抱きしめて……どうしたんだろ……)
エルフ奴隷「そ……それに、急にどうしたんですか?」///
エルフ奴隷「い、今までそんなこと……言ってこなかったじゃないですかっ」///
エルフ奴隷「わ、私が……最初にこの屋敷に来た時だって……そうでしたし……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……それとも……今までのは、こういうことをするための準備期間なもので……」
エルフ奴隷「それが、全て無駄に終わりそうだから……立場を利用して……無理矢理に……とか……ですか……?」
男「……? 準備期間……?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……いえ、良いんです」
エルフ奴隷「分かりました……脱ぎ……ますね……?」
男「うん、お願い」
シュル…
…………
…パサ
エルフ奴隷「…………ぁぅ」///
エルフ奴隷(恥ずかしい……胸も……無いし……)///
エルフ奴隷(昔は平気だったはずなんですけど……今はなんか……とても、熱い……顔も、絶対に赤いし……)///
エルフ奴隷(そう言えば結局、胸は大きくなくても良かったのでしょうか……)///
エルフ奴隷(いえ、大きい方がいいと言われましても、残念ながら、どうすることも……できないんですが……)///
…スッ
男「あ、肌着は良いよ」
エルフ奴隷「え……? えと……はい……」オドオド///
男「…………」ジ~
エルフ奴隷「…………ぅぅ」モジモジ///
エルフ奴隷(見られてます……あまり、見られたくは無いのですが……)///
エルフ奴隷(いえ……でも……ここから先は、これ以上も見られて……)///
エルフ奴隷(さ、触られたりも……して……!)///
男「…………」スッ
エルフ奴隷(あ……こ、こっちに……!)///
エルフ奴隷(つ、ついに……)///
男「…………」ピタ
エルフ奴隷(ち、近い……! め、めの、めの、めの……目の前に……っ!)///
エルフ奴隷(お、おかしいです……! 地下にいる時も、出たばかりの時も、こんなにはならなかったはずですのに……)///
エルフ奴隷(い、いつからこんな……生娘みたいな反応を……私は……!)///
エルフ奴隷(今までだって、沢山の人間に見られて……)///
エルフ奴隷(触れられてこられたはずですのに……!)///
男「…………」
エルフ奴隷(彼の前では……何故か……羞恥心が……!)///
エルフ奴隷(同じ……同じ……おなじ…………)//…
エルフ奴隷(……………………)
エルフ奴隷(…………そう……同じ、敵として打つべき、人間のはずなのに……)
エルフ奴隷(どうして……彼にこうして見られているだけで……)
エルフ奴隷(こんなに……羞恥心と一緒に……もっと見られても良いだなんて……触れて欲しいだなんて……)
エルフ奴隷(はしたない感情まで……抱いて、しまうのでしょう……)
エルフ奴隷(嫌悪感しか抱かなかった……)
エルフ奴隷(あれら人間と……同じ……はずなのに……)
男「……うん」
男「大分、身体の肉付きが良くなってるね」
エルフ奴隷「へ……?」
男「珍しいね、そんな間の抜けた声を上げるなんて」
エルフ奴隷「……っ」カァッ///
男「さっきまで顔色が戻ってたのに、また赤くなっちゃったね」
エルフ奴隷「そ、そんなことよりも……その……肉付き、というのは……?」///
エルフ奴隷「私、そんなに肉付き、良くないですよ……?」ムネペタペタ///
男「いやまぁ、確かにそうだけど」
エルフ奴隷「あう……」
男「……? 痩せすぎてるってのは、エルフにとってマイナスなことなの……?」
エルフ奴隷「そ、そんなことはありませんが……ですがキッパリと……その……」
エルフ奴隷「胸が無いと……」ボソ
エルフ奴隷「そう言われると……さすがに……」
男「? 途中が早口で聞こえなかったけど……」
男「まぁボクが言いたいのは、あの地下にいる頃よりも肉付きが良くなって良かった、ってことだよ」
エルフ奴隷「え……?」
男「あの薄暗いところで見えていたキミの胸部の下とか、骨格が浮き彫りになって見えていたけど……今はそんなに目立たなくなったよね」
エルフ奴隷「……私自身は、よく分かりませんが……」
男「あの時以来見ていなかったボクは分かるよ」
男「本当、健康になってきてくれて良かった」
エルフ奴隷「はぁ……」
男「……それにしても……」スッ
ピタ
エルフ奴隷「ひやっ……!!」バッ///
男「あ、ごめん! 急に触ったりして……」
エルフ奴隷「い、いえ……」///
エルフ奴隷(お腹……指先で撫でられた……。……こそばゆい……)///
男「ただ……あの薄暗い中で初めてキミを見たときには気付かなかったけど……」
男「身体中に、傷があったからさ……」
エルフ奴隷「あ……」
エルフ奴隷「……すいません。見苦しいですよね?」
男「ううん。そうじゃないよ」
男「そうじゃなくて……これ、戦争でついた傷じゃないよね?」
エルフ奴隷「…………」
男「……正直に、答えて欲しい……」
エルフ奴隷「……はい」
エルフ奴隷「私達エルフは、傷口も残らず、治癒することも出来ますから」
エルフ奴隷「だからコレは……あの地下で負わされた……傷……」
エルフ奴隷「……あそこでも、満足に秘術が使えませんでしたから」
男「……ごめん」
エルフ奴隷「……謝らないで下さい」
エルフ奴隷「ご主人さまは、悪くないんですから」
男「でも……」
エルフ奴隷「今朝のは、私の暴走です。ご主人さまは悪くありません」
エルフ奴隷「ですから、謝るのは私なんです」
エルフ奴隷「すいません」
男「それこそ謝らないで」
男「同じ人間としてその傷を負わせたんだか――」
エルフ奴隷「止めて下さい」
男「――え?」
エルフ奴隷「そこで謝られると、こんなことをした奴等と同じだと、ご主人さんが認めてしまうことになります」
エルフ奴隷「私は……出来れば、あんなのとご主人さまが一緒だと、認めたくないんです」
男「…………」
エルフ奴隷「ですから、謝らないで下さい」
エルフ奴隷「これから、ご主人さま自身が、私にこのような傷をつけることをしないと誓ってくれるなら……」
エルフ奴隷「それだけで私は……満足ですから」
男「……………………」
男「……分かった」
エルフ奴隷「ありがとうございます」
男「……もう、大丈夫みたいだね」
エルフ奴隷「……部屋で、一人きりにしてくれましたから」
エルフ奴隷「そうなったら私だって……自分一人が暴走してしまったことぐらい……分かりますよ」
男「……それじゃあもう、落ち着いたの?」
エルフ奴隷「……今のところは、ですよ」
エルフ奴隷「また、何かのキッカケで、同じことをしてしまうかもしれません」
エルフ奴隷「また、ご主人さまを……襲ってしまうかも……しれません……」
男「…………」
エルフ奴隷「ただ……そうなりたくないとは思いますけれど、ね」
男「……ありがとう」
エルフ奴隷「え?」
男「ボクを、想ってくれて……ね」
エルフ奴隷「……襲った私にお礼を言うだなんて、おかしいですよ」
男「キミこそ、沢山の同胞を殺した元凶を許してくれたじゃないか」
エルフ奴隷「ご主人さまは、悔いていてくれてましたから。それに気付けていなかった私が、悪いだけです」
男「ボクだって、ああして踏み止まってくれた事にお礼を言うのは、当然じゃない……?」
エルフ奴隷「…………」
男「…………」
エルフ奴隷「……分かりました。この話は、これで終わりにしましょう」
エルフ奴隷「次は……また、私が暴走したときにでも」
男「なら……一生来ないかもしれないね」
エルフ奴隷「さあ……どうでしょう?」
男「そうあるようにしてくれるんだよね? なら、大丈夫だよ」クス
エルフ奴隷「ふふっ……信じてくれて、ありがとうございます」
男「それじゃあ、もう服着ても良いよ」
エルフ奴隷「えっ……?」
男「ん? どうかした?」
エルフ奴隷「いえ、別に……」
男「そう……?」
エルフ奴隷(何故かちょっと、残念だと思ってしまいました……いえ、それよりも――)
エルフ奴隷「――……ただ、服を脱がせたのは、私の状態を確認するため……だったんですか?」
男「うん。それが大きな理由」
エルフ奴隷「……では、小さな理由というのは……?」
男「今朝の出来事で気まずくなってるのを解消するキッカケ、かな」
エルフ奴隷「キッカケ……ですか」
男「うん」
男「聡いキミなら、もう既に自分の中で色々と結論を出してくれてると思っていたからね」
男「ただ、何かキッカケがないと、こうしてまともに話すことも出来なかったと思うしさ」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷(ちょっと……そんな理由でショックを受けている自分がいる……ショックを受ける理由なんて無いはずですのに……)
エルフ奴隷(……本当、どうしたんでしょうか……私は)
男「?」
エルフ奴隷「いえ、そんな首を傾げられましても……そんな理由で女性の裸を見てきた、って理由に、少し不服があるだけですよ」
男「あ~……確かにそうだね。ごめん」
男「やっぱり、大きな理由だけで済ませておくべきだったよね」
エルフ奴隷「そういう問題でも……」
エルフ奴隷「いえ、まぁでも、おかげで私も、欲しいと思っていた謝るキッカケをあっさりと得られたので……別に良いです」
エルフ奴隷(もしキッカケが無ければ……確かに互いに、気まずいままでしたでしょうしね……)
エルフ奴隷(……その方が、何故か辛く感じますし……今の私は)
エルフ奴隷「ですので余剰した分は、あの暴走のバツなんだとでも、思うことにしますよ」
…………
…キュ
エルフ奴隷「……っと」
エルフ奴隷「では、服も着終わりましたので、これで――」
男「ああ、いや。ちょっと待って」
エルフ奴隷「はい?」
男「首輪、後ろを向いて見せてくれる?」
エルフ奴隷「はぁ……」
男「既にもう一人の方には施したんだけどね……」サッサッサッ…
キィィィン…
エルフ奴隷「っ!?」
男「この魔法道具(マジックアイテム)の粗から中に入って、術式を書き換えておくよ」
エルフ奴隷「そ……そんなこと……出来るんですか……?」
男「さっきもう一人の方で試して成功したから、すぐに終わるよ」サササッ…サッサ…
エルフ奴隷「……書き換えると、どうなるんですか?」
男「相手に居場所を教える魔法はそのままに、こちらの秘術は使えるようになる」サッ……サッ…サッサッ…
男「そうすることで、相手に異常を知らせることなく、首輪は正常に作動したままだと錯覚させて、二人の力を元に戻せるからね」サササッ…
キィィィィ…ピィン!
エルフ奴隷「あ……」
男「よし、これで大丈夫かな」
男「どう? 精霊との会話は」
エルフ奴隷「はい……出来ます」
エルフ奴隷「精霊との、意思疎通が」
男「そっか。それは良かった」
男「それじゃあキミも、その力を慣らすことに専念して」
エルフ奴隷「えっ? ですが……」
男「お願い」
男「きたるべき時に、二人の力は重要になるからさ」
男「そしてその時になればまた、詳しく説明するからさ」
男「今は……その前線治癒術士として頑張っていた頃の感覚を、取り戻しておいて欲しい」
エルフ奴隷「……少女さんから聞いたんですか?」
男「うん。そしてだからこそ、キミが同胞の敵討ちに必死になる理由も、分かったんだよ」
男「目の前で、あんな化物に、殺されまくったんだ。そりゃ作ったボクを恨むのも当然――」
エルフ奴隷「…………」ジト~
男「――って、この話は、またキミが暴走するまでは無しだったっけね」
エルフ奴隷「…………次、その話を持ち出したら、怒りますからね」
男「キミが怒る様は見てみたい気もするけど……まぁ、そうならないようにするよ」
エルフ奴隷「お願いしますね」
男「キミもね」
男「これでもボクは二人のこと、アテにしてるんだからさ」
…バタン
男「…………」
男「……………………」
男「…………はぁ~……」
男(ヤバイ……平静を保つのに必死になりすぎた……)
男(変じゃなかったかな……ボク)
男(っていうか……あんなの目の前でキレイな体見せられて、お腹に触れるだけで済めた時点で相当頑張った方だろ……)
男(本当は、お腹に触れる予定すら無かったんだけどさ……)
男(触れてしまった時点で、色々と負けてきてはいたんだろうけどさ……)
男(というより本当……恥じらう姿が可愛い過ぎるだろ……!)
男(にしても……最悪すぎたかな……今回脱がせたのは)
男(……確かに、彼女の状態を確認したいのが主な理由だったけどさ……)
男(気まずさ解消も本音だった)
男(あのままだと……喧嘩したままの子供みたいでイヤだったし)
男(無理矢理にでも羞恥心を煽って、気まずいと思ってる感情を上書きするなんて……やっぱ無理矢理過ぎたか……)
男(もっと他に良い方法があったかもな……)
男(それに……ただそれだけのために脱がせたのかと真正面から真摯に問われれば……嘘と答えることになるし)
男(……本当、純粋に裸を見たかった、なんてのは、最低な理由だよな……)
男(こんな状態を逆に利用して見たい人の裸を見るだなんて……本当、最悪だ……)
男(その下心が少しも無かったんなら、最低でも最悪でも、何でもなかったんだけどさ……)
男(でも……これで、人の準備は整った)
男(ただ単純に秘術が使えないエルフかと思っていたけれど……使えなくされていただけで、それなりに戦える二人だった)
男(だから、ソレを利用する。利用しない手は無い)
男(二人を戦わせてしまうのは気が引けるけど……)
男(でも、そもそもエルフは秘術さえ使えれば、ボク達人間よりも基本的に強い)
男(なら……戦えるのなら……気が引けてしまうのはきっと、失礼に値するのだろう)
男(何より、一人は戦争経験者だ)
男「…………」
男(……ただ、一応はボク一人でもあの街にいるエルフのほとんどを救うことは可能だったことを思うと……この手がベストだと、断言は出来ない)
男(……まぁそうなると、今すぐには無理だったんだけど)
男(数年後の話に……なってしまったんだけど)
男(でも……二人のおかげで……)
男(戦える、二人が協力してくれさえすれば……あと数週間の準備で、万全を整えられる……!)
男(それで、街のエルフのほとんどを……知ることが出来る全てを、救うことが出来る……!)
男(エルフの皆だって……早く、助けてもらいたいはずだ……!)
男(ならばコレで……良かったはずだ……!)
男「……それに」
男(あの二人の首輪にあった、精霊を用いての魔力供給方法……)
男(これのおかげで、ボクの使おうとしていた“魔力からの秘術の使用”の術式を、大幅に短縮することが出来る)
男(なんせ、精霊から直接魔力を得る方法、の術式があったのだから)
男(何より……こんな方法を取らなくても、人間でも、秘術を使えるかもしれない……)
男(その術のヒントまで、この中にはあった)
男(……試してみる価値は、大いにある)
男「…………」
男(この実験さえ成功すれば、救える確率も上がるし……)
男(ボクの罪も、あっさりと償えるかもしれない)
男(……長年の研究が、後輩本人の知らぬところでの共同作業のおかげで果たされることになるかもしれないとはね……)
男(……まぁ、なんだって良いよ)
男(皆を救うのが、早くなるのなら)
男「……だから……」
男(この実験も含めての数週間で……全ての準備を果たす)
男(ボクが今すべきことは……それだけだ)
~~~~~~
深夜
◇ ◇ ◇
エルフ少女の部屋
◇ ◇ ◇
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……………………」
エルフ少女「…………え?」
エルフ少女「あれ……? どうして……? なんで……? えっ!?」
エルフ少女「どうして……? 昨夜も……その前も……出来たのに……」
エルフ少女「ずっとずっと、秘術がかかったままで……会話……出来てたはずなのに……」
エルフ少女「どうして……どうして今になって、エルフメイドさんとの会話用秘術が……途切れてしまってるの……?」
今日はここまでにします
明日もまたまた若干短くなるかも…
…本当に今週中に終わらせられるのだろうか…自分
ごめん。眠いです
明日朝起きたら投下でも…許してね…
本当にごめん
今起きた
ほぼ半日遅れたけど再開
~~~~~~
翌朝
◇ ◇ ◇
研究室
◇ ◇ ◇
コンコン…
エルフ少女「…………」
コンコン…
エルフ少女「…………」
ガタン…
エルフ少女「…………」ジャラ…
カチャカチャ…
…カチャン
キィ…
エルフ少女「失礼します」
男「…………」カリカリカリ…
エルフ少女「旦那様……」
男「…………」ブツブツブツ…
エルフ少女「…………」スゥ~
エルフ少女「だ・ん・な・さ・ま!!!」ダンッ!!
男「っ!」ビクッ!
男「えっ!? なに!? 地震!?」
エルフ少女「いえ、わたしです」
男「え……?」
エルフ少女「どうも」
男「……秘術を使って、地面でも揺らした……とか?」
エルフ少女「足を秘術で強化して、思いっきり地面を踏みつけました」
男(……震脚……ってやつかな……?)
男「えっと……それで、どうしたの?」
エルフ少女「今、時間の方よろしいでしょうか?」
男「ああ、うん。大丈夫だよ。実験とか術式を編む途中とかでもなかったしね」
男「とりあえず、やるべきことを整理するために色々とメモしてたところだから、大丈夫だよ」
エルフ少女「……それ」
男「ん?」
エルフ少女「最初に、奴隷ちゃんに読ませていた書物ですよね……?」
男「うん。ちょっと、新しく試してみたいことがあってね、読み直してるところ」
男「で、それよりもどうしたの?」
エルフ少女「あ、はい」
エルフ少女「……その……昨日、わたしのこの首輪の術式の一部を、書き換えたんですよね?」
男「書き換えた……っていうより、魔力拡散の術式と精霊を用いての魔力供給の術式だけを消した、ってところかな」
男「探知系の魔法と魔力拡散の術式がほとんど別個だったからさ」
男「繋がっていたのは術式そのもの同士というより、精霊を用いて供給された魔力をストックして置く場所、の方だけだったんだし」
男「つまりそのストックして置く場所に、別個の術式がそれぞれラインを繋げて、同じ場所から魔力を得ていたような形になっていたんだ」
エルフ少女「……その……精霊を使っての魔力供給の部分って、消失して、何か変化が起きたりとかってありますか?」
男「変化……?」
男「……まぁ、そうだなぁ……」
男「それこそ昨日も言った、精霊との意思疎通が邪魔されなくなるのと……」
男「後は、残っている探知系魔法が、いずれ発動しなくなるぐらいかな。魔力の供給源となる術式を消した訳だし」
男「ただその探知系の魔法が消えたら色々と厄介だから、このペースだと次の満月までは保つようには、昨日の段階でボクの魔力を込めておいたから……」
男「今のところ、これといった大きな変化はないはずだけど……」
エルフ少女「……………………」
男「……どうかした?」
エルフ少女「えっ?」
男「なにか、悩んでるようだしさ……」
男「何か、あったの?」
エルフ少女「…………」
男「……言い辛いこと……?」
エルフ少女「その……言ったら、旦那様の迷惑になるかもしれないので……」
男「迷惑とか……そういうのを気にするなら、そもそも来なければ良いのに」
エルフ少女「……ごめんなさい……」
男「ああ、いや、責めてる訳じゃないんだ」
男「責めてるみたいな口調になっちゃったけど……ともかく違う」
男「ただ、これまで一緒にいたのに頼ってくれないから、ちょっと口調が荒くなっちゃっただけなんだ」
男「なんか、頼りにされてないみたいでさ……」
エルフ少女「頼りにしてないとか……そういうのじゃないんです……」
エルフ少女「ただ、昨日この首輪の魔法を書き換えられてから……少し、変化があったので……」
エルフ少女「コレが原因なんじゃないかなぁ、っと思ったので、確認にきただけなんです」
男「ふ~ん……」
男「……で、どんな変化があったの?」
エルフ少女「それは……」
エルフ少女「…………」
男「話せばボクに迷惑がかかる、か……」
エルフ少女「…………」
男「……迷惑だって言うのなら、ここで話すのを止められた方が迷惑だよ」
エルフ少女「えっ……?」
男「ボクは、これでも気にし過ぎる性質だからね」
男「キミの体調とかに何か影響があったんじゃないか、ってすごく心配し続けることになる」
男「だからさ、迷惑かけたくないって本当に思ってるんなら、心配をかけないで欲しいんだ」
男「だから……話してもらえない?」
エルフ少女「……………………」
エルフ少女「…………はい」
エルフ少女「その……わたし達を買ってくれた時にいた、メイド服を着たわたし達の同胞、覚えていますか?」
男「あ~……ボクを案内してくれた……」
男「あの人がどうかしたの?」
エルフ少女「実はわたし、その人とずっと、たまにですけれど、会話をしていたんです」
男「会話……? でも、街までは距離があるのに……」
エルフ少女「秘術の中には、距離が離れていても、心の中で会話が出来るようになるものがあるんです」
エルフ少女「わたしはソレを、あの地下に入れられた時に、その人に施してもらっていました」
男「へぇ~……」
エルフ少女「あそこにいる同胞全てを助ける、と声をかけたこともありましたし」
男(元メイドさんの結婚式前日のアレか……)
エルフ少女「それで昨日の夜、秘術が昔のように使えるようになったことを報告しようとしたのですが……」
男「……何故か会話が出来なくなっていた……ってこと?」
エルフ少女「はい」
男「…………」
エルフ少女「…………」
男「……ん~……秘術は精霊を用いてる訳だから、精霊との感度がよくなるあの術式の書き換えを行ったのなら……」
男「むしろ会話はしやすくなるはずなんだけどなぁ……」
エルフ少女「……わたしの中にある、あの人に施してもらった秘術に、何か変化が起きた可能性とかは……」
男「秘術について詳しくは無いけど……たぶん、無いと思う」
男「そもそも昨日イジったのは首輪の魔法道具(マジックアイテム)であって、キミ自身じゃないからね」
エルフ少女「そう……ですよね……」
男「…………」
男「一つ聞きたいんだけど、その秘術の効果時間が切れてしまった、ってことはないの?」
エルフ少女「それは無いはずです」
エルフ少女「そもそもわたしの中にはちゃんと、あの人にかけてもらった秘術の感覚が残っているんです」
エルフ少女「残っているのに、会話が出来ないから、動揺しているだけで……」
男「……向こうが単に応えてくれないだけ、とかは……?」
エルフ少女「だとしても、向こうにこちらの声が届いたような感覚があるはずなんです……」
エルフ少女「現に、届いたけれど応えてくれなかった、といったことは、これまでに何度かありましたし……」
エルフ少女「それすらも無くて……もしかして、わたしの声が発せられないようになってしまったのではと……そう思ったのですが……」
男「…………」
エルフ少女「…………」
男「……その秘術ってさ、向こうも同じようなのを施してるの?」
エルフ少女「たぶん、そうだと思います」
エルフ少女「元々は、その人とだけ会話するためのものではありませんから」
エルフ少女「同じ秘術を施した者同士が、口頭で話したことがあり、尚且つ心の中で互いに同意をすれば、心の中で会話が出来る」
エルフ少女「そういった秘術ですし」
男(なるほど……元々は戦争時の通信用秘術、ってところか……)
男「それなら、他にこの秘術を施されている人に話しかけてみれば?」
エルフ少女「その……わたし、あの人しか、あの地下では話せなかったもので……」
男「じゃあ、もう一人の方はその術式を施してもらってないの?」
エルフ少女「施してもらっていたみたいなんですけど……さっき聞いたら、自分で解除してしまったと……」
エルフ少女「なんでも……同胞みんなの声が聞こえてきて……辛いからと……」
男「……まぁ、そうか……」
男(あの地下でのことはトラウマそのものだしな……たぶん、施してもらってほとんどすぐにでも、自分で解除したんだろう)
男(なんせあそこで彼女は、今みたいに不安定にさせられたんだし。きっとその秘術でも同胞の泣き声とかが聞こえたり――)
男「――……もしかして……」
エルフ少女「え?」
男「いや……でも、それだと……」
エルフ少女「どうしたんですか? 何か、アテでも……?」
男「…………」
エルフ少女「教えてください! もしかして、やはりミスをしていたとか……」
男「…………いや、そうじゃない」
男「そうじゃないんだけど……でも……」
エルフ少女「なんなんですかっ!? もったいぶらずに教えてくださいっ!」
男「……あくまでも、ボクの予測でしかないよ……?」
エルフ少女「……はい」
男「あの地下ってさ、一言で言えば酷いことを沢山される場所だよね?」
エルフ少女「……はい」
男「で、たぶんだけどその秘術ってさ、仲間皆で励ましあおうっていう目的で、施してもらったんだよね?」
エルフ少女「はい。ですのでたぶん、あの地下にいたことがある同胞は皆、この秘術を施してもらったことがあるはずです」
エルフ少女「エルフメイドさんがあそこに来てから、でしょうけれど……」
エルフ少女「でも……それがどうしたんですか?」
男「……あの人がソレを施そうと提案し、そして施していったってことで、間違いないよね?」
エルフ少女「だから……それがどうしたんですか?」
エルフ少女「早く結論を――」
男「ごめん」
男「ただ……ボク自身も違ってて欲しい、って……思っててさ……」
男「有体に言えば、動揺してるんだよ」
男「だから、ちょっと整理してるんだ、今」
エルフ少女「…………」
男「……もう一人の子は、声を聞くと辛いからと、自分からその秘術を消した……」
男「それはつまり、この秘術は、時たま互いの同意がなくても、声が届いてしまうことがあったことを意味する」
男「もしそうじゃないのなら、励ましあうためのこの秘術を、同胞の仇を討つということで安定を得ていた彼女が自ら消すなんてことは、ありえないからね」
男「きっと……感情が高ぶった時とか……その秘術を施された人がピンチになった時とかに……」
男「自動的に、同じ秘術を施してあって会話が出来る人に、助けを求める機能とかあったんじゃないかな」
エルフ少女(……同胞の悲鳴がイヤになっていた奴隷ちゃん……ただ単に、あの地下で響いていた苦痛と涙に濡れた声でイヤになっていたとばかり思ってたけれど……)
エルフ少女(もしかしたら……この秘術のせいでもあったかもしれない……ってこと?)
男「元々、戦争時の通信秘術みたいだったし」
男「エルフって仲間意識が人間より遥かに高いし、そういう機能があっても混乱なんて拡大せず、むしろ全員が意思疎通を図り仲間を助けに行ける」
男「むしろエルフにしてみれば、あって当然なほど便利な機能だったんだと思う。コレに関してはね」
男(もし人間の通信技術でそんな機能がついてしまっていたら、一気に混乱が拡大するだけになるんだろうけれど……)
男「ただ今回のような密室での拷問のような日々においては、無い方が良いと判断する子もいた」
エルフ少女「それでは……あの人も、仲間の苦痛に耳を貸したくないから、自分でその秘術を消したと……?」
男「まさか」
男「自分からその秘術を施していたんだ。仲間で支えあうって意図でさ」
男「そんなに仲間意識が高い人が、自分が折れそうになった程度で、同胞からの声に耳を貸さなくなるはずがない」
男「むしろそうして聞こえてきた声の主を励まし、奮い立たせるなんてことをするぐらい、健気な人なんだろうと思うよ」
エルフ少女「それじゃあ……」
男「……考えられる理由は、二つ」
男「一つは、自分が酷い目に遭う声を、周りに聞かせたくなかった」
男「二つ目は、人間に知られてしまって、同胞を盾に脅され無理矢理解除させられた、とか」
エルフ少女「えっ!?」
男「でも、二つ目の理由で解除したところで、解除したかどうかなんて分からないんだし、やっぱり一つ目が――」
エルフ少女「…………」ガクガク…
男「――え? どうしたの? そんな、急に震えて……」
エルフ少女「……どうしよう……」ブルブル…
男「え?」
エルフ少女「もし……知られてしまっていたんなら……どうしよう……」
男「ちょ、どうしたの? そんなに危ないこと?」
男「ただの通信用秘術を知られるぐらいなら、どうせ活用方法なんて普通の人間に――」
エルフ少女「そうじゃ……そうじゃないんです……」ガタガタ…
男「――えっ?」
エルフ少女「……この秘術は、一緒に、ある秘術も……施してもらっているんです」
エルフ少女「もし……もし、それを解除、させられていたのなら……」
エルフ少女「あの人が……同胞のために頑張ってきた、あの人が……!」ガタガタガタ…!
男「……………………」
男「……それって……一体……」
エルフ少女「……端的に言えば……ですけれど……」
エルフ少女「……妊娠しなくなる、秘術です……」
男「なっ……!」ガタッ
エルフ少女「もし……もし、その秘術が施されているのを……あんなヤツに……知られて……解除、されてしまったのなら……」
男「……今、あの地下にいる、エルフ全員が……危ない」
エルフ少女「…………」ガタガタガタ…!
男「…………」
エルフ少女「ど……どうしよう、旦那様……」
エルフ少女「どうしたら、良いの……? どうしたら、同胞を……同胞を、助けられるの……?」
エルフ少女「あの……わたしに優しくしてくれた……あの人を」
エルフ少女「同胞を、自らを犠牲にしてまで助けていた、あの人を……どうやったら、救えるの……?」
エルフ少女「醜い人間の子を生さなくて、済ませられるの……?」
男「それは……」
エルフ少女「あんな……あんな人間の子供を、孕まなくて済むの……?」
男「……早く……早く、救い出すしか……やっぱり方法は、無いと思う」
エルフ少女「……それって、いつ……?」
男「えっ?」
エルフ少女「いつに、なるの……?」
男「……………………」
男「……数週間、先――」
エルフ少女「そんな……!」
エルフ少女「そんなのって……そんなのって、無いよ……!!」
男「――…………――」
エルフ少女「あれだけ……自分を犠牲にしてまで、同胞を救ってくれていた人が……! どうして……!」
エルフ少女「そんな……そんな酷い目に、あってないといけないの……っ!
エルフ少女「どうしたら……どうしたら……! わたしは一体、どうしたら――」
「――なんて、悠長なことは言ってられない……か」
「――っ!!!」
男「……予定を大幅に切り上げよう」
男「五日後だ」
男「万全の準備をして、十全の装備で望みたかったけれど……装備はある程度捨ててでも、早くエルフ達を救いに行く」
エルフ少女「あっ……」
男「でなければ、救ったところで、意味が無くなってしまう……」
男「人間の……それも、ただ一方的に犯してくるような奴の子供を、作らされては……」
エルフ少女「…………」
男「それに……キミが先走って、あの街に一人で乗り込んでしまうかもしれないしね」
エルフ少女「あっ……」
男「今はそうして動揺してくれていたから思いつかなかったみたいだけど……キミなら、その可能性が大いにある」
男「だから……予定を早める」
男「キミのために」
男「ボクも救いたい、キミの同胞のために」
男「大幅に」
エルフ少女「…………でも……」
男「大丈夫だよ、少女ちゃん」
エルフ少女「あ……名前……」
男「キミはボクに頼って良い」
男「むしろ、ボクを頼って、信じてくれ」
男「装備が十全じゃなかったって、必ず……救ってみせるから」
>>451 それぞれ最後の二つのセリフ、名前入れるの忘れてた…
それぞれ
男「――なんて、悠長なことは言ってられない……か」
エルフ少女「――っ!!!」
です
~~~~~~
…バタン
男(……さて……)
サッ
ゴソゴソ…
男(後で一応、もう一人の方に、彼女が街へと一人で飛び出さないかを見張っておいてもらうよう頼むかな……)
ガチャガチャ…
男(……本当は、この地下にあるものは、全部装備として持って行きたかったんだけど……仕方が無い)
…カチャン
男(状況が状況だ。使える限りを使って、早く準備を果たそう)
ギィィィ…
男(それに、準備の段階で全てを使い切るとも思えない……)
カツ、カツ、カツ…
男(残った分は装備して良いんだから……それで、なんとかするしかない)
……カツン
男「……長年溜め込んだ魔力……使わせてもらうかな……」
男(時間遅延の魔法を生み出してからすぐ……)
男(ボクはこうして、水の中に、自分の魔力“だけ”を染み込ませることが出来る術式を編み出した)
男(これにより、その日一日余った魔力を、水として貯蔵しておくことが出来るようになった)
男(少ない魔力を活用するための術の一つだ)
男(時間遅延の魔法維持のための魔力と、魔力貯蔵の魔法維持のための魔力のため、少しずつ減っていってしまってはいるが……)
男(それでも、何もしないよりかは全然良い)
男(そう思い至って取った、この貯金)
男(いや、貯魔力)
男(……語呂悪いな……)
男(ともかく、この方法)
男(……確かに、魔力じゃ体力は回復できない)
男(この水を飲んだところで、体力なんて少しも回復しない)
男(けれども、魔力は回復する)
男(体力に変換した魔力を溜めておく場所……そこを満たすことは出来る)
男(普通の人ならば、魔力を収められる容量よりも大きな魔力を吸収しても、入りきらなかった分が溢れたりして無駄に終わってしまうのだろうが……)
男(ボクの場合、全体力を魔力に変換しても、魔力を溜めておける容量にまだまだ空きがあったりする)
男(だから少なくとも、無駄になる分を体内に入れることは無い)
男(一日一日、残っている魔力はバラバラで、どれがどれほど回復するのかなんて分かりっこ無いが……)
男(それでも、今こそ……コレを使うべきだ)
男(いくつかに統合して持っていこうかと思っていたが……急いでいるから、そんなことはしない)
男(ならば今から……準備の段階から……ランダムで回復していくコレを、使っていく)
男(それだけの話だ)
男(……にしても、梯子を降りた先にある、この暗い中で水が入っているだけの瓶が置いてある圧巻な状態も、見納めか……)
男(…………)
男(……ボクの数年の全てを注ぎ込んで……やりきる……)
男「…………はっ」
男(……その価値があるのかな、なんてことは……微塵も思わないけどさ)
男(けれど……もし、失敗したら……ボクには何も、残らなくなるな……)
男(溜め込んでいた全ての魔力も……研究も……少女ちゃんも……奴隷ちゃんも……)
男(この屋敷の生活、その全ても……)
男「…………」
男(……でも……そうして全てを投げ打ってまでする価値があると思ったから、二人と約束したんだろう……?)
男(ならば……果たそうじゃないか)
男(投げ打った先にある価値を……存分に、堪能しようじゃないか)
男(人間にとって大罪人になるであろう……この行為を)
男(果たしていこうじゃないか)
…………
…………
――そうして、寝ずに準備を続け……ついに、五日の時を迎えた――
…………
…………
書き溜め尽きたのでここまで
今から書き溜めていつも通りに投下できるようにはしたいですな
再開します
早朝
バサッ
男「それじゃあ、行って来るよ」
エルフ少女「……そんなマント、持っていたんですね」
男「まあね」
エルフ奴隷「マントですのに、今までどうして羽織っていかなかったのですか?」
男「ん……まぁ、これって、色々なサイズの瓶を裏側に収納できるやつだからさ……」
エルフ奴隷「なるほど。戦闘用、というわけですか」
男「うん。だから今まで、別に羽織っていかなかったんだ」
男「……今は裏側に何も収納してないけど……エルフ皆を助けるときには、やっぱり今までみたいに、服の中に隠しておくなんて方法じゃあ、数が足りなくなるしね」
男「だから今回は、羽織っていこうかと思って」
エルフ少女「……本当に、わたし達は連れて行ってくれないのですか?」
男「うん。昨日も説明したけど、二人には、この場所を守っておいて欲しい」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「少女さん……」
男「……連れて行って欲しい気持ちは分かるけど……頼むよ」
男「そうしてもらうこと前提で、色々と準備をしてきちゃったからさ」
エルフ少女「……分かりました……」
男「ん。お願いね」
男「……本当は二人のために、色々と魔法を用意しておきたかったんだけどね……」
エルフ奴隷「構いませんよ。急ぐことになった事情も聞きましたし」
エルフ奴隷「それに、そうしなければ……」
エルフ少女「…………」
男「……実際、今でも危ないかもしれないけどね……」
エルフ少女「っ……」
男「でもだからこそ、これ以上は時間を掛けられない」
エルフ奴隷「……はいっ」
男「というわけで、コレ」
チャラ…
エルフ奴隷「これは……?」
男「ボクの研究室にある方の木箱と、調理場にある方の木箱の鍵。それと、研究室の地下への鍵」
男「木箱の方は両方とも、一度開けてしまうと時間遅延の術式が解除されてしまうから、開けるタイミングは見計らってね。そこはキミ達の判断に任せるよ」
エルフ奴隷「……かしこまりました」
男「ん」
男「あ、でも、研究室の地下には、ボクが出かけた後、真っ先に向かっておいて」
エルフ奴隷「? 何かあるのですか?」
男「行ってからのお楽しみだよ」
男「それじゃあ、玄関先で話し続けるのもなんだし、もう行くね」
エルフ奴隷「はい」
エルフ少女「……旦那様……」
男「ん?」
エルフ少女「同胞達のこと、よろしくお願いします」ペコ
男「……ああ。任されたよ」
ガチャ…
…キィ…
男「それじゃあ……奴隷ちゃん、少女ちゃん……行って来ます」
エルフ奴隷「はい。行ってらっしゃいませ……ご主人さま」
エルフ少女「行ってらっしゃい……旦那様」
…バタン
~~~~~~
◇ ◇ ◇
山道
◇ ◇ ◇
ザッザッザッザッ…
男「…………」
男(……昨日の段階で準備は果たせた……)
男(ボクがやろうとしていることの全ての説明……)
男(二人にして欲しいことの全ての説明……)
男(それは……果たせた)
ザッザッザッザッ…
男「…………」
男(色々と、戦闘用の魔法を編みこんだ瓶の準備もした……)
男(それらをカバンの中に入れて持っても来た……)
男(……不足は無い……あるとすれば、屋敷に残してきた二人への装備だけだ)
男(……いや、ボクの方も多少、不安ではあるけれど……)
男(攻撃用の魔法の数だって、最初脳内で描いた数より少ないし……)
男(魔力を回復するための、貯蔵してきた魔力だって、準備の段階でその数は大幅に減ってしまったし……)
男(……沢山使ってまで、攻撃用魔法を準備したからな……)
男(それにこの、貯蔵してきた魔力……混ぜ合わせて回復量を一定にするよう、調整もしていない)
男(……だが、それでも、やるしかない)
男(魔力の回復量がまばらであっても、絶対勝利するのに必要な数の魔法を準備できなくても……やるしかない)
男「…………」
ザッザッザッザッ…
男「…………」
男(……ああ……やってやるとも)
男(だがまずは……)
男「優先順位一番の……自分の罪を償うことから、始めないとな……」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
屋敷
◇ ◇ ◇
…バタン
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「……行ってしまいましたね……」
エルフ少女「……大丈夫でしょうか……旦那様」
エルフ奴隷「……大丈夫だと、信じるしかありませんね……」
エルフ少女「でもあの人……昨日の晩御飯までずっと、研究室に閉じ篭っていたし……」
エルフ奴隷「度々、出ては来ていましたよ?」
エルフ少女「えっ? そうなの?」
エルフ奴隷「まぁ、おそらくお手洗いだったのでしょうけれど……少ししたらまた中へと戻っていましたし……」
エルフ少女「でも……水分補給や食事はせずに……」
エルフ奴隷「昨日の晩御飯は食べていたじゃないですか」
エルフ少女「……あれからもまた、何やら準備をしていたようなんだけど……?」
エルフ奴隷「……よく見てますね。ご主人さまのこと……」
エルフ少女「それは……まぁ、わたしのせいで、急かさせることになった訳だし……」
エルフ奴隷「しかし……夕飯の後も準備をなさっていたとなると、体力面は本当に大丈夫なのでしょうか……?」
エルフ奴隷「魔法は、体力を消耗して行うものですし……」
エルフ奴隷「何より、その後も準備していたとなると……おそらくは寝てもいないでしょうし……」
エルフ奴隷「おそらくは、体力はかなり下がっているでしょう」
エルフ少女「……やっぱり、不安だね……」
エルフ奴隷「……まぁ、本日街についていきなり戦闘に、という訳でもないですし……」
エルフ奴隷「それに、不安になってばかりでも仕方が無いです」
エルフ奴隷「とりあえず言われたとおり、ご主人さまの部屋の地下へと、降りてみませんか?」
エルフ少女「……そうだね」
エルフ奴隷「私達は、やってくれと言われたことをやってあげる」
エルフ奴隷「おそらくそれこそが、ご主人さまの安心へと、繋がるのでしょうから」
ガチャガチャ…
…カチャン
ギィィィ…
エルフ少女「……真っ暗」
エルフ奴隷「」ブツブツブツ…
フワ…
エルフ少女「明かり……」
エルフ奴隷「…………」スッ
ヒュッ…!
エルフ奴隷「中に入れました。これで明るいですよ」
エルフ少女「本当……むしろ明るすぎる気も……」
エルフ奴隷「中に入ればちょうど良いですよ。さ、降りましょう」
カツ、カツ、カツ…
エルフ奴隷「…………」
…カツン
エルフ奴隷「次、どうぞ」
エルフ少女「ん」
カツ、カツ、カツ…
エルフ奴隷「……白、ですか」
エルフ少女「え?」
エルフ奴隷「いえ、別に」
…カツン
エルフ奴隷「ただ、そのスカートのスリット、深くないですか?」
エルフ少女「え? そうかな?」
エルフ少女「でもこれぐらいじゃないと、戦闘で支障が出そうだし……」
エルフ奴隷「……まぁそれよりも、ここですけど……」
エルフ少女「? うん」
エルフ奴隷「……何か、空っぽになった棚があるだけですね……」
エルフ少女「だね……どうしてこんな場所に来いって言ったんでしょう、旦那様は」
キョロキョロ…
エルフ少女「割りと狭いし……棚以外には何も……って、あれ?」
エルフ奴隷「どうしました?」
エルフ少女「梯子の裏に……何か……」
ズッ…
エルフ奴隷「…………剣、ですか……?」
エルフ少女「剣、だね」
エルフ奴隷「しかもいやに大きいですね……刃幅が広すぎますし」
エルフ少女「何より抜き身で置いてあるって、どういうこと?」
エルフ奴隷「あ、柄の尾に何か紙がありますよ」
『敵が来たら遠慮なく使って。魔法道具(マジックアイテム)としての効力は失くしてるから、普通に使えるよ』
エルフ少女「……旦那様の字、かな……?」
エルフ奴隷「ですね……」
エルフ少女「……これ、使って良い、ってことだよね?」
エルフ奴隷「おそらくは……」
エルフ奴隷「ですがコレ……使えます? かなりの大きさですが」
エルフ少女「まぁ、秘術を使えば楽勝に振れるけど……にしても、わたしの腕二本よりも広い幅って……」
エルフ奴隷「……柄まで含めれば、あなたの肩まではありますよ?」
エルフ少女「…………まぁ、ナイフで戦わされるよりは全然マシだし」
エルフ少女「多少扱いづらいけど、遠慮なく使わせてもらおうかな」
~~~~~~
昼過ぎ
◇ ◇ ◇
城下街
◇ ◇ ◇
男「……さて、と」
男(馬車に乗せてもらっていつも通り、街へと辿り着いた……)
男(……まずは……)
男「城に、向かおうかな」
男(王立図書館で借りてたエルフの書物と、結婚式前日に借りてた本を返さないとな……)
テクテクテク…
◇ ◇ ◇
王宮
◇ ◇ ◇
男「すいません」
受付「どうも。本日はどうされ――って、男さんですか」
男「うん」
受付「また図書室にご用事ですか? それとも、王との面会を?」
男「両方を」
受付「かしこまりました」
受付「それでは、面会の方はもうしばらくお待ちください。執務室から謁見室への移動を終えれば、お呼び致します」
男「ありがとう。その間に、本を返しに行かせてもらっても良い?」
受付「かしこまりました」
受付「本はもうよろしいので?」
男「うん」
男「実はようやく、実験してない物とは言え、完成したからさ」
受付「完成……それって……!」
男「うん。やっと……あの薬で狂化してしまった人たちを、治せるかもしれないんだ」
男「といっても、絶対的に保障されてるわけでもないんだけどね……」
受付「それでも……おめでとうございます……! 長年の苦労が、実りましたね……!」
男「ありがとう……」
受付「これでやっと……あの人たちを、街に返せるんですね……!」
男「うん」
男「やっと……家族の下へと、帰してあげられるんだ……」
◇ ◇ ◇
王立図書館
◇ ◇ ◇
ガラ
男「あ」
後輩「ん? あ! 先輩っ!」
男「後輩……」
後輩「珍しいですね、こんなところで会うなんて!」
男「今まで何度も王宮には足を運んでたんだけどね……どうしてか会わなかったね」
後輩「まぁ、僕が実験室を出てませんでしたから……」
後輩「それよりも、どうしたんですか?」
男「どうしたも、図書室から借り出してた本を返しにね」
後輩「ん~……エルフの里から奪った本と……魔力発生の信号表? どうしてまたこんなものを……?」
男「借りておかないといけない事情があったんだよ」
後輩「こっちのエルフの本に至っては、普通に貸し出し厳禁ものじゃないですか」
男「ちゃんと、王に許可は頂いてたよ」
男「決して盗んだものじゃないから」
後輩「分かってますって」
後輩「さすがに研究バカな先輩でも、王宮の実験室外以外にまでそんな本を無許可で持っていくなんてことしないって……僕、信じてますよ……?」
男「微妙に信じてないな……その反応は」
後輩「でもエルフの書物って、文字通りエルフの言葉が書いてありますよね?」
後輩「よく読めまして、こんなもの」
男「読めないと、ボクの研究が進まなかったからね」
後輩「そういえば……先輩って、あの凶暴化した皆を治療するための研究をしていたんですよね」
後輩「どうです? 成果の方は」
男「とりあえず、試作品は出来たよ」
後輩「え!? 本当ですか!?」
男「うん。ただ、成功している自信は無いんだけどね」
後輩「それでもスゴイです! おめでとうございますっ!」
男「ありがとう」
後輩「これで先輩も、また研究室に戻って来れますねっ」
男「……あ~……」
後輩「? 戻って来ないんですか?」
男「まぁ……たぶん、戻って来れないと思う」
後輩「どうしてです? 確か先輩って、実験と研究に集中したいからと、あんな人里離れた山奥に住んでるんですよね?」
男「あの狂化の水の報酬があの屋敷だったから、あそこに住むようになっただけだよ」
後輩「嘘です。王から聞きました」
後輩「城下街の一角に屋敷を用意しようとしたら、山奥の屋敷が良いと自分から言い出したと」
男(あの王も大概お喋りだな……)
後輩「その時に王へと言った理由が、さっきの集中したいからだってことも聞きました」
男「まぁ……そうだね」
後輩「あんな屋敷じゃ報酬に不十分だからと金貨百枚を追加で用意し、尚且つあそこで住み込みで働けるメイドまで用意したとか」
男「……もはや何でもかんでも喋ってるな……あの人は……」
後輩「でも、事実なんでしょ?」
男「まぁ……全部正解だけれどさ……」
後輩「それなら、もうそうして集中する実験も終えたんですから、宮廷魔法使いとして戻ってきてくれても……」
男「いや~……ボクが戻る必要も無いでしょ」
男「あのエルフの奴隷がつけてる白い首輪の術式、あれって後輩が施したものだよね?」
後輩「えっ? あ、はい。大臣に頼まれて……」
後輩「でも先輩がどうして、奴隷の首輪の術式なんて……」
男「ボクもエルフの奴隷を二人ほど買ったからだよ」
後輩「えっ!?」
男「ま、なんにせよ、あれだけの術式を編めるんだ」
男「外部からの自動魔力生成なんて、よく見つけたね」
男「あんなスゴイ物が作れるんなら、ボクなんていなくても平気だろ」
後輩「そ、そんな……褒められるほどのものでは……」テレテレ///
後輩「あ! いえいえそれよりも! 奴隷です! どうして買うんですかっ!」
後輩「身の回りの世話が必要なら、僕が――」
男「いや、キミ確か、料理が壊滅的に下手だったよね?」
後輩「――うっ……」
男「昔実験器具使って作ってた蒸しケーキ、色をそのまま食べたみたいななんとも表現し辛い味がした記憶があるんだけど」
後輩「そ……そんなはずは……」
男「掃除も出来ないから実験室のキミの一角だけすごい散らかってたし……」
後輩「うぅ……」
男「何度ボクが料理も掃除もしたと思ってるんだ」
後輩「ご、ごめんなさぁい……」
男「……まぁ、ボクよりも才能があるみたいだから、それでも良いんだけど」
後輩「さ、才能なんてそんな! 先輩の方が素晴らしいじゃないですかっ!」
男「体力の無いボクとは違って、キミは桁違いに体力があるじゃないか」
後輩「体力だけですよ、僕の場合はっ」
男「元弓兵隊長で、近接用短弓格闘術を作り出した創始者で、そのくせ魔法にも精通していて、その実力を買われて終戦一年前に宮廷魔法使いに任命される……」
男「こんな経歴を持ってる人が才能無いとなると、ほとんどの人が才能無いってことになるよ」
後輩「ま、まぁ! 僕の話は良いじゃないですか!」
後輩「それよりも! 戻って来れないのは、もしかしてその二人の奴隷のせいだったりします?」
男「……いや、そうじゃないけど……いや、ある意味そうなのかな……?」
後輩「先輩なら奴隷の一人や二人ぐらい、普通に容認してくれますって!」
男「…………まぁ、そうだろうね」
後輩「でしょう!? ですから出来れば、戻ってきて下さいって!」
後輩「一人で研究室にいるのも退屈なんですからぁ~……」
男「いや、助手がいるだろう。助手が」
後輩「……あの子、最近また彼氏が出来たみたいで……惚気てくるんです……」
後輩「恋愛対象では無い子だったんですけど……惚気がすごい、鬱陶しいんです……」
男「あ~……彼氏が出来たらいつも鬱陶しいよね、あの子」
後輩「ですよね!? それを分かってくれますよね!?」
後輩「ですから先輩もほら! 戻ってきて下さいよっ!!」
男「……ま、戻ってきても良いっていうんなら、戻って来ようかな。皆で」
後輩「やった……!」グッ
男「……本当、戻ってきても良いって……言ってもらえたらね……」ボソ
後輩「?」
コンコン
受付「失礼します」
受付「男様、謁見の準備が整いました」
受付「謁見の間にお越しください」
男「あれ? 受付さんが直接……?」
受付「休憩時間での交代のついでですよ」
男「あ、そうなんですか。ありがとうございます」
受付「いえ。これも仕事ですので。では」
パタン
男「じゃあ後輩、そろそろ行くよ」
後輩「あ、はい。分かりました」
男「良かったら本、戻しておいてくれる?」
後輩「良いですよ」
男「ありがとう」
後輩「いえいえ」
後輩「それでは先輩、また」
男「ああ……うん」
男「また……ね」
男(……出来れば彼とは、戦場で、会いたくないものだな……)
男(会ったら……負ける可能性が、かなり高いしさ……)
本日はここまで
これじゃあ明日には終われないなぁ…なんかまた書き溜めからちょくちょく書き足しちゃってるよ……
完結目標曜日は日曜に下方修正ってことで
僕っ娘って可能性も
>>508
後輩「……あの子、最近また彼氏が出来たみたいで……惚気てくるんです……」
後輩「恋愛対象では無い子だったんですけど……惚気がすごい、鬱陶しいんです……」
後輩の恋愛対象に女の子が・ってことだし
後輩♂じゃね?
すまない…休憩時間に書き溜めが出来なかった……
いつもの投下時間使って書き溜めて、明日起きたら投下させてもらう
久しぶり…
そしてすまない……
キャラが動いてくれなくなった…
ちょっとしたスランプなんだろうけれど…一応は書き溜め出来た
ただクオリティが下がってるかもしれない
元々高いつもりもあまりなかったが……
ともかく、日曜朝に投下しようとしてた分の途中からそうなっちゃって…ここまで時間掛かってしまった
もうちょい終わらせる日にちがずれるかもしれないな……
本当にごめん
という長文を書いてからの再開
◇ ◇ ◇
謁見の間
◇ ◇ ◇
ゴゴゴゴゴ…
男「失礼します」
王「ああ」
男「男、参りました」バッ
男「本日は謁見の申し出を受けて頂き、ありがとうございます」
王「ははっ、そうかしこまらなくて良いよ。わざわざ跪かなくて良いから」
男「ありがとうございます」スッ
王「その敬語も別にいらないんだけどね」
男「ここは謁見の間ですので」
男「友人だからと礼を欠いては、示しがつかなくなりますしね」
王「……本当、そういうところは妙に堅苦しいね、キミは」
王「今はオレ達以外誰もいないっていうのにさ」
男「お許し下さい」
男「そういえば……いつも傍におられる側近の大臣殿は、どうされたので……?」
王「彼なら、退出してもらっているよ」
王「もちろん兵も同様だ」
男「何故、そのような危険なことを……?」
王「危険? なにが危険だっていうんだ?」
男「……来客と、二人きりになることですけれど……」
王「来客、といっても相手はキミだ。危険なものか」
王「それにもし、今急に他国の暗殺者がオレを狙ってきたとしても、キミは守ってくれるだろう?」
男「…………」
王「それに、受付から聞いたよ」
王「例の薬、完成したんだって?」
男「はい」
男「正確を期すならば、薬、ではなく、魔法を宿した水、ですが」
王「その辺については詳しく知らないから、オレからしてみれば正直どちらでも良い」
王「ともかくそれならば、誰もこの部屋にはいれておけないなと思ってね」
男「なるほど……」
王「では、長話をしていても仕方が無いし、行くとしようか」
男「はい」
カシャ
王「…………」スッ…スッ…スッ…
…カチャ
ゴゴゴゴゴゴ…
男(指を沿わせ開く、王族の者のみが使える、隠し通路への階段……)
男(イザという時の逃げ道であり、隠れるための場所……)
王「……あの狂化された人たちは、力も強くなってるからね」
王「牢屋程度じゃあいつ脱走されるか分かったものじゃない」
王「もし逃げられては……それこそ、この国が内部から破壊され尽くされてしまうからね」
男「…………」
王「別に、キミを責めてる訳じゃないよ」
王「それに彼等を閉じ込めておく場所としてココを提案したのはオレだ」
王「この国で最も頑丈な場所……それは間違いなく、ここだろうしね」
王「それにさ、キミが彼等を眠らせる魔法を作って使ってくれたから、今も封印されているんだろう?」
王「なら大丈夫さ」
王「オレは、親友であるキミを、信じている」
男「……光栄の極みです」
王「ま、それじゃあ一緒に行こうか」
男「王はここで待っていた方が……」
王「見届ける義務があるからね。国民をこんなことにした、王として」
男「……されたのは、あなたの父上です」
男「あなたは、父上が亡くなられて即位してから三年後の終戦まで……自分が失敗作と断じたあの魔法の水を、使わずにいてくれました」
王「即位してからの一年は使わせていたんだよ」
男「成られたばかりでしたから、仕方の無いことです」
王「仕方の無いことかもしれないが、それで責任が生まれない訳じゃない」
男「…………」
王「ま、使わなくなった理由は、親友がイヤがってるってのが一番なんだけどね」
王「キミが止めてくれと態度で示してきていたのに、無理に使う必要なんて、どこにもないだろ?」
男「……ありがとうございます」
男「ですが、一緒に行くのは同意できません」
王「危険だから、だなんて言うつもりなら、ずっとココに閉じ込めていた今までだって、ずっと危険だったさ」
男「それは……そうですが……」
男「ですが、この新しい魔法は実験もしていないですし……もしかしたら失敗していて、とんでもない影響があるかも――」
王「キミがさっき言ったじゃないか」
男「――え?」
王「ボクを、守ってくれるって」
男「……………………はい」
王「なら大丈夫さ」
王「ほら、一緒に行こう」
男「……かしこまりました」
カツ、カツ、カツ…
王「さて……ここならもう謁見の間じゃない。敬語は無しにしよう」
男「……分かりましたよ、王」
王「敬語は無しだって言っただろ?」
男「畏まらなくなっただけマシだと思ってください」
男「というより、コレ何度目ですか? 割りと毎回言ってますよ」
王「直して欲しいから何度だって言うんだよ」
男「なら、一生直りませんよ」
男「ボクは、あなたに認めてもらえたおかげで、この地位に入れたんですから」
王「だが、キミの才能を開花させたのは、キミを買った人だ」
王「オレはただ、キミの才能と努力を見つけられたに過ぎないよ」
男「……勿体無い言葉ですよ、本当に。ボクみたいなのに才能があると言ってくれるんですから」
王「何を言っている」
王「こんな結果になってはいるが、戦争に勝てたのはお前のおかげだ」
男「……兵であった国民を人外にしてますけどね」
王「だが、今日でその汚名も払拭されるのだろう?」
男「…………」
王「なら良いじゃないか」
王「確かにソレを良しとしない奴もいるだろうが……少なくともボクは評価してやる」
王「自分のミスから逃げずに、立ち向かい、償おうとする意思……」
王「のみならず、それを達成しようと言うのだからな」
王「……ま、それにだ」
男「?」
王「キミがもしもここで、自分の罪の償いを果たしても、まだ罪が償いきれていないってなるんなら……」
王「オレだって、同じになってしまうだろう」
男「……王は別に、罪など犯してはいないじゃないですか」
王「父が、同盟を結んでいたエルフの里に戦争を仕掛けた」
王「その上、人間を化物にする魔法を、進んで戦争に利用した」
王「同じ王族として、これは王となったボクが背負わなければいけない罪だ」
王「それなのに今、キミがそうして罪を償っても、もし償ったことにならないというのなら……」
王「ボクがこうしてこの国を良くしていこうとしているのだって、罪の償いにならないってことになるじゃないか」
男「…………」
王「だからキミの罪は、償われて欲しいんだよ。ボク個人としてもね」
男「……………………」
男「……王、一つ訊ねてもよろしいですか?」
王「どうした?」
男「王は……エルフの奴隷制度について、どう思いますか?」
王「どう思うも何も、課題は多いよ」
王「人間の奴隷と同じ扱いにはしているけれど、やはり奴隷という言葉がよくないみたいだ。エルフの皆が警戒してしまう」
王「そうなると、逃げ出そうとしてしまう子も多いだろう。その辺りの対策は大臣に一任してしまっているが……」
王「しかし最終的には、“奴隷”という言葉に替わる言葉を見つけなければな」
王「このままではいつまでもエルフに理解してもらえないし……何より、父の威厳にしがみ付いているみたいになって……イヤになる」
男「…………」
カツン…
王「さぁ、そうして話している間にも、ついたよ」
男「…………」
王「この扉の向こうに、狂人となってしまった兵士達がいる」
男「……はい」
王「後は、お願いするよ」
男「……分かりました」スッ…
キュポン
バチャバチャバチャ…
…スゥ…!
男(……もし失敗し、何かが起きてしまったら遅いからな……)
男(いつでも王を守れるように、足元に操作術式を編みこんだ“水”を置いておこう)
男「…………よしっ」
ガチャ…
…キィ
男「…………」
男「…………」
男(上の謁見の間はあろう広さ……けれども、謁見の間よりも頑丈に作られたそこに、無造作に、投げ捨てられたシーツの塊のように……)
男(人間が数十人、重ねられるように横たわっている)
男(その、横たわっている人たちの向こう側には、また小さな……けれども頑丈な作りなのが分かる、扉)
男(おそらくは、王族の脱出口だろう)
男(……横たわっている人たちの見た目は、ただ寝ている人間と、なんら変わりが無い)
男(だが……目が覚めればコレが……化物のような強さを発揮する……アレへと変貌する……)
男「……何かの手違いで、このまま目が覚めたら普通の人間だったら良いのにな……」
男(まぁきっと――いや必ず、そうじゃないのだろうけれど)
男「……さて、それじゃあ」キュポン
男(準備しておいた魔法……いや、秘術)
男(魔法と同じ方法で固定化した、秘術)
男(入れられた他人の魔力を全て外へと拡散してもらうよう精霊にお願いして形にしてもらった、秘術)
男(コレを……この部屋にいる彼等に、浴びせる)
男「…………」
男(だがこれは言ってしまえば、魔法を全てキャンセルするようなもの)
男(そしてきっと、彼等の体内に残っている狂化の魔力固定術式はきっと、今こうしてこの人たちを眠らせてくれている術式よりも、後に解除されてしまう)
男(身体の中心に残るようにし、尚且つ、本人に無理矢理魔力を作らせ続け、半永久機関になっている、狂化の術式……)
男(……きっとこの秘術を使えば、この人数の狂人が、襲い掛かってくる)
男(だから、食い止めなければならない)
男(その狂化の術式に、この秘術が辿り着く、その時まで……)
男「…………」
男(大丈夫)キュポン
男(ソレを可能にするために、防御に特化したこの魔法も準備してきたんだ)
男(同じく秘術で作った、“絡め取る水壁”)
男「…………すぅ~……」
男「……はぁ~…………」
男「……よしっ!」
男(腹は括った……! さぁ……始めようか……!」
パシャア…!
~~~~~~
ドガァッ!
男「がっ……はぁっ……!」
王「男っ!」
男「王……!」
王「お前……部屋から……!」
男「ええ……まぁ、弾き飛ばされました」
王「怪我は……!?」
男「分かりきってますよ。しまくりです」
男「大怪我はしてませんけれどね」
王「失敗……だったのか……!?」
男「……その成否が分かるのに、少し時間が掛かるのですよ」
男「そしてその間、アイツらが暴れるものでね……」
――ぐあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!――
――うおおおおおおおああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!――
――があああああ、グ、ギィ、ギャああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!――
男「……少し、部屋の中にいるままじゃ、抑えきれませんでした」
王「ならここも……危ないのか?」
男「いえ……」
男「……あの部屋の外なら、大丈夫です」
男「そのためにわざと殴られて、その勢いで脱出したんですが……やっぱり力、強すぎますよ。彼等」
王「だが、何故部屋の外なら大丈夫なんだ……?」
男「弾き出され、吹き飛ばされるときに、少し細工をしてきたんです」
王「細工……?」
男「触れればその身を削る刃が絡む、水の壁です」
男「ですが前方にしか出せないのが弱点ですからね……出入り口に仕掛けるために、こうして出てきたんですよ」
男「これでなんとか、回りきるまで時間を稼げます」
王「だが奴等……痛覚が無いんじゃなかったのか……? その仕掛けだって無意味に終わるんじゃ……」
男「でも、死は理解しています」
男「その絡む刃は、触れた場所から首に向けて、延びていきます」
男「その絡んだ相手の身を削ぎながらね」
男「そうなると、首に絡めば死ぬことを理解して、奴等は離れます」
男「死なない痛みは平気だけれど、死ぬ痛みはイヤがる」
王「しかし……そんなに強い魔法だと、奴等自身を殺してしまうのでは……?」
男「大丈夫でしょう。さすがに、死んでまで突破しようだなんて思える意識すらありませんし」
王「……その壁が、破られる可能性は……?」
男「十二分にあります」
男「ですが、それも大丈夫でしょう」
男「彼等、中で自分と同じになった、狂化された人たちに攻撃しています」
男「同じ強さな訳ですし、さすがに共倒れにはならないでしょう」
王「……本当にスゴイな、キミは」
男「あなたが認めた人ですよ」
男「だったら凄くないと、示しがつきません」
~~~~~~
――…………――
――…………――
――…………――
王「……静かになったな」
男「秘術が回ったのかもしれません」
男「様子を見てきます」
ソッ
男「…………」
――ぐっ……――
――うぅ……――
――なんだ……ここは……?――
――確か……戦場にいた、はず……――
――いや、違う……オレは……確か……――
――そうだ……じゃあ、お前等も――
――それで、手が付けられなくて……ここに……?――
男「……っ」ガクッ…
王「っ! 男っ!」
王「どうした!? 失敗したのか!?」
男「いえいえまさか……その、逆ですよ」
男「成功です……」
男「大成功ですよ……!」
男「安心して、思わず……腰が抜けちゃいました……」
男「情けないですね……肝心なところで」
――今の声は……?――
――外に誰か……――
男「ああ、ちょっと待ってください」
男「今入り口のもの、解除しますから」スッ
パシャァ…
王「…………」
ザッ、ザッ、ザッ…!
元狂人A「っ! お前は……!」
男「どうも」
元狂人B「男……と、王子……?」
王「そうか……キミ達の記憶では、そこで止まっているんだね」
元狂人B「え?」
王「眠らされ、結構な年月が経っているんだよ……」
王「まぁ、その辺りの説明は後々するとして……まずは皆――」
王「――人間に戻れて、よかった。……ありがとう……」
時間なので本日はここまで
変なところとか今までっぽくないところとかあるかもしれないけど、勘弁
このまま止めててもキャラが動く気配がないしね…もう無理に動かしていくよ
再開しま~す
~~~~~~
◇ ◇ ◇
謁見の間
◇ ◇ ◇
元狂人A「これまでの間にそんなことが……」
王「ああ」
元狂人B「それまで、僕達は……」
男「……悪かった」
元狂人C「……いや、お前は何も悪くはねぇよ」
元狂人A「そうだな。結局のところ、飲むのに同意したのはオレ達だ」
元狂人D「むしろ、こうして戻れることなんて想像していなかった。殺されるとさえ思っていたからな」
元狂人B「それでもこうして、今は喋れるし、家族のことも思い出せる」
元狂人C「お前はよく、やってくれたよ」
男「……そう言ってもらえると、助かるよ」
王「さて……積もる話も確かにあるが……お前達も医務室へと向かってくれ。兵を呼び案内させよう」
王「なんせ今まで、眠ったままの状態だったんだ。怪我は少なくとも、一応は診てもらうべきだろう」
王「それに、元に戻って怪我をしていた他の者たちもそこにいるんだ」
王「その者たちにも、この話を聞かせてやって欲しい」
~~~~~~
王「終わったな……」
男「ええ……」
王「ははっ。謁見の間では敬語を貫くんじゃなかったのか?」
男「……そういえば、そうでしたね……」
王「……気でも抜けたか……?」
男「なんでしょう……罪を償えた実感が、あまり無いと言うか……ただただ、安心したというか……」
男「なんだか、フワついた気分なんですよ」
王「今までの長年の苦労が実ったからね。実感を得るのにも、時間が掛かるんだよ」
男「…………」
王「さて……それじゃあボクも仕事に戻るよ。キミのおかげで、今まで溜まっていた仕事に、手を付けられそうだからね」
男「え?」
王「彼等の家族への連絡やら、色々とね」
王「今まで戦死していたことにしていたが、こうして元に戻ってくれたんだ……」
王「その辺りの事情説明にも、オレ自身が赴かないといけないからな」
男「……ボクが成功すると信じてくれていたから、ずっと、いつ始められても大丈夫なように、準備していてくれたんですか?」
王「……そういうことは、思っても口に出すべきじゃないぞ」
王「なんか……恥ずかしくなる」
男「…………」
王「確かに、オレとお前に上下の関係はあるだろうが、オレはお前のことを親友だと思っている」
王「元々奴隷だなんて関係ない。宮廷魔法使いになったキミは、当時王子だったオレと仲良くしてくれていた」
男「……あの頃は、あなたがそのような身分の方だと知らなかったんですよ」
王「それで良いんだよ。示しがあるから今はそうもいかないが……」
王「だがあの日々は間違いなく、オレがキミを親友だと思えるにふさわしい日々だったんだよ」
男「……勿体無い、お言葉です」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
廊下
◇ ◇ ◇
男「…………」
男(長年の苦労が実ったから、実感が沸かないだけ……か)
男(……本当に、そうなのだろうか……?)
男(何か……ボクは何かを、忘れて……)
大臣「おぉ、男殿」
男「……?」
大臣「お久しぶりでございます」
男「ああ……大臣」
大臣「はい」
大臣「なんでも、あの凶暴化する魔法の水を解除できる魔法を、作り上げたとか」
男「……はい」
男(……ああ、そうか……)
大臣「それは良かった」
男(本当にまだ、この件が終わってないことに気付いていたから……ボクはまだ、実感を得られていないんだ)
大臣「これで、エルフの里とは反対側の、同じ人間の国へと戦争を仕掛ける時も、かなり優位になりますな」
男(こういう人がいる限り……あの魔法を利用したいと思っている人がいる限り、まだ、終われないんだ)
大臣「では……その解除の魔法、こちらの研究機関への報告の程、お願いしますよ」
男「……残念ですが、お断りします」
大臣「おや? 良いのですか?」
男「良いも何も……アレは戦争報酬でもらった資金で、ボク個人が研究したものです」
男「この国への提出義務はありませんよ」
男(なにより、秘術を使える魔法、に関する資料を、ボクは何一つ作っていない)
男(あのやたらと長くなった術式のものだって、ただ術式をややこしくしただけにしか見えないし……)
男(無理矢理奪われたところで利用される心配も無いって訳だ)
大臣「確かにその通りですが……でも、あの凶暴化の水を兵に使った場合、元に戻せなくなるのですよ?」
男「アレはもう、作られていないでしょう?」
男「ボクだってもう二度と作らないです。王宮魔法使いでは無くなったのですから」
大臣「では、キミの後輩に頼んで、作らせましょうかね」
男(サンプルも何もない癖に……無理に決まっている)
男(あの魔法術式に関する資料はこの世に存在するが……ボクの屋敷にある)
男(もし個人でゼロから作るとなると……方針は決まっていても半年はかかる)
男(そんなことも分からないとは……)
男(それに、それだけの期間があれば、王が勘付いて、止めてくれるはず)
男(……大丈夫だ)
男「……まぁ、そうして作られてしまえば、確かにボクにはどうすることも出来ませんしね」
男(本当、つくづく資料を持ち出しておいて良かった)
男「それはそうと大臣、あなた、エルフの奴隷について一任されているんですよね?」
大臣「それが何か?」
男「いえ……ただ、エルフの奴隷制度について、どう考えているのかと思いましてね」
大臣「どうも何も、やはり奴隷という言葉がいけない。彼女達が警戒してしまいます」
大臣「こちらとしても、そのようなことをさせるつもりは一切ありませんのに……」
大臣「向こうでの奴隷とは、本当に人権が無いものを指す言葉だったのでしょう」
大臣「嘆かわしい限りです」
男「……………………」
男「……では、あの首輪は?」
大臣「首輪? ああ……あなたの後輩に作らせた、アレ」
大臣「便利でしょう? 魔法を封じれば、エルフの力も無くなる」
大臣「そうなれば抵抗されずにすむ」
大臣「そしてその結果、こちらの奴隷が、向こうの奴隷とは違うということに気付く」
大臣「言葉は同じでも中身が違うということを知ってくれる」
大臣「けれどもソレに気付かぬ内は逃げ出してしまうかもしれないからと、探知系の魔法もお願いしたのです」
大臣「本当、良い物を作ってくれましたよ、彼は」
男(そうか……魔法使いでも騎士でも無い大臣は、エルフの秘術が人間の魔法とは違うものだということを知らないのか……)
男(エルフの文字が読めない後輩もきっと、秘術の仕組みや精霊のことやらは知らないだろうし……そうなると大臣が知らないのは当然とも言える)
男(……本当、あの首輪によってエルフの秘術が封じられたのは、偶然以外の何ものでもないんだな……)
大臣「それが、どうさせれたのですか?」
男「いえ……ただ、少し気になっただけですよ。お気になさらない下さい」
~~~~~~
夜
◇ ◇ ◇
宿屋
◇ ◇ ◇
男(いまだ、実感は沸かないけれど……)
男(それでも、狂化の魔法水で変化した人たちを、助けることが出来た)
男(このままではいずれ、新たに犠牲者が生まれてしまうかもしれないが……それでも)
男(とりあえずの、目標にしていたことは達成できた)
男(だから……次だ)
男(エルフの皆を、助ける)
男(その後にでもまた、狂化の魔法水については考えれば良い)
男(まずは当初の予定通り、計画通りに狙い通りに、エルフ達を助け出す)
男(……こうなってしまった元凶が、王か大臣か、はたまたそれよりも下で奴隷商の独断なのか……それはまだ、分からない)
男(……いや、奴隷商の独断は無いか……)
男(もしそうなら、昨日少女ちゃんと奴隷ちゃんと話したときに言っていた「必死に逃げ出し訴えた同胞もいたけれど無駄に終わってしまった」という言葉に矛盾する)
男(たかだが奴隷商に、王宮の訴えを抑え込む力があるとは思えない……)
男(大量の裏金を払って、誰かを買収していれば話は別だが……)
男(しかしそうなると、奴隷商かその裏金を貰った者……どちらが最初に、見逃すことを提案したのかが重要になるが……)
男(……いや、今はそのことは良い)
男(考える時間は、明日、十二分にある)
男(まずは……今日しようと決めていたことを、確実に果たすだけだ)
男(術式を込めてきた水……これに魔力を込め……)
男(足りない分は、持ってきた“貯蔵されてきた魔力水”で魔力を補充してでも――)
男(――いや、今日使おうと思っている分に関しては、貯蔵分を使うまでも無いか……)
男(少しでも、魔力回復の手段は温存しておくに限る)
男(だから今日は、明日に差し支えない程度に……尚且つ、今日は負けない程度に……)
男(そう、調整をした魔法の量を準備して……)
男(そして、突入する)
男(ボクが、彼女たち二人と出会った……あの場所に)
男(今から行うことの始まりでもある……地下にエルフ達が売られている、あの奴隷市場に)
~~~~~~
深夜
◇ ◇ ◇
奴隷市場前
◇ ◇ ◇
男「…………」キュポン…!
バチャバチャバチャ…
…スゥ…
男(撒いた水を術者を中心に、円形状に固定。次に、探知型自動防御機能展開……防御力を下げても、自動発動を優先するように設定……)スッスッスッ…
男(……とりあえずはこれで十分か……)
男(…………)
男「…………すぅ~……」
男「……はぁ~…………」
男(……よしっ)
トントントン
……
トントン
……………………
ガチャ
奴隷商「このような夜分にようこそ」
奴隷商「おや、あなたは……」
男「あれ? ボクのこと、覚えていてくれましたか?」
奴隷商「それはもちろん。印象に残っておりますのでね」
奴隷商(エルフの奴隷に関する裏のルールを知らなかったのですからね……)
奴隷商「それで、こんな深夜に訪れるとは……もしかして……」
奴隷商(あのエルフ……ちゃんと狙い通りに、エルフの奴隷の真実を教えてくれたのか……)
奴隷商(コイツがリピーターになるとは思ってなかったが……まぁ、新しいエルフが売れるんなら良しと――)
男「はい。ちょっとココ、壊させてもらいますね」スッ、スッ
奴隷商「――……え?」
ドガシャァッ!
奴隷商「ぐっ……! はぁっ……!!」
奴隷商(な、何が……!?)
男「まぁ正確には、この中にいるエルフ達を助けさせてもらうんですけどね」
ザッ…!
奴隷商(足元に……水!?)
奴隷商「お前……魔法使い……!?」
男「正解」スッ
ヒュッ…!
ドガ…ッ!
奴隷商「がっ……!」
奴隷商(水に……掴まれ……!)
男「この水、魔法使いらしく、強度とか色々とイジれるんですよ」
男「普通の水のようにすることも出来ますし、こうして相手を壁に押さえつけて拘束することも出来ます」
奴隷商「てめぇ……なんでこんなことしやがる……!」
男「……ふむ……」キョロキョロ
男「ボクを案内してくれたエルフのメイドさんがいませんね。どうしました?」
奴隷商「あぁ?」
奴隷商「いきなりなんだてめぇは……! 目的も言わねぇで……!」
男「」スッ
ギチッ!
奴隷商「ぐ……あ……!」
男「口応えできる立場でないことぐらい、理解したらどうです?」
男「それで、あの人はどこにいるんですか?」
奴隷商「ち……地下だよっ! あの牢の中だよっ!」
男「どうしてそこに? 彼女は売り物ではなく、あなたの世話をするためにいたんじゃなかったんですか?」
奴隷商「あの女……今まで俺を騙していやがったからな……! その罰だ!」
男「罰……?」
奴隷商「ああ。俺はてっきり、エルフじゃ人間の子供は孕めねぇのかと思ってた」
奴隷商「だが、それがどうだ? 実際はあの女が孕まないように裏で手を回してたって話じゃないか」
奴隷商「首輪を付けて魔法が使えないようになってるはずなのに、あの女だけは……ソレを使って今まで、エルフ達を孕めないようにしてきた」
奴隷商「俺に隠れてコッソリとな!」
男「…………」
奴隷商「新しく入ってきた奴隷を下に連れて行ってもらって、ちょっと伝え忘れてることを思い出して後を追いかけたら、その現場を見つけたんだよ……!」
奴隷商「なんだそれは、って、アイツ等の仲間を盾に脅したら、今までそんなことをしてたって白状しやがって……!」
奴隷商「それが、許せなかったんだよ……! だから、罰を与えたっ!」
男「…………」
男「……それで?」
奴隷商「それで? ああ、何をしてやってたのかってことか?」
奴隷商「簡単だよ。その手を回して細工してきたものを、解除させて、犯し続けてやったのよ! この俺がっ!!」
奴隷商「他のエルフを惨たらしく殺してやるって脅したら、あっさりと解除しやがった!!」
奴隷商「知ってるか? あの女、今までもそうやって、自分で犯されてきたんだよっ!」
奴隷商「仲間のための自己犠牲ってやつだ。本当、エルフってのはバカばかりだ!」
奴隷商「少し同じエルフを殺してやると脅せば、身内でなくてもホイホイ言うことをききやがるっ!!」
奴隷商「逃げれば捕まえてお前の目の前で捕まってる同胞を殺してやると脅せばもう逃げやしない!」
奴隷商「ちょっと考えればこっちが損するからそんなことするはずもないって分かるはずなのにな? バカなのか、それとも本当にされたら怖いから言うことを聞いてたのかは分からねぇが……!」
奴隷商「どちらにせよこの地下には、そんな気味の悪い仲間意識を持った奴等が集まってんだよ!」
男「…………」
奴隷商「だがそれも当然だよな? どうせ犯されたって、俺たち人間の子供は作られないって安心してたんだから」
奴隷商「ちょっと演技してやれば、俺たちは満足してどっかにいく。それで仲間が救われる」
奴隷商「それなら、それぐらいしても当然だよな」
奴隷商「アイツ等の目にはさぞかし、俺たち人間が滑稽に映ってたことだろうよっ!」
奴隷商「だが、それがどうだ? 例の妊娠しない細工を解除してやった途端、あの女が怯えやがったんだ」
奴隷商「膣内に出してやる、って言った途端、止めてって言いやがったんだ!」
奴隷商「たまんなかったぜ……あの時の怯えた表情っ!」
奴隷商「今でも思い出して興奮してくるっ!」
奴隷商「いつも澄まして、感じたフリをして、あっさりと果てる俺を内面からバカにしてきたあの女が! そん時ばかりは恐怖に顔を歪めたんだ!」
奴隷商「言ったところで無駄だって分かってるくせに、思わず言っちまったみたいな感じもしてよ……あん時はマジで良かったっ!」
奴隷商「最高だったよ!」
奴隷商「そのくせ、抵抗したら仲間を殺すって言ってやれば、唇を閉めて必死に我慢して……マジでたまんねぇよなぁ!」
奴隷商「出されても大きな声で泣かないで、仲間に心配かけまいと必死になって、涙だけ流して……これ以上ないほどに興奮したぜっ!」
男「…………」
奴隷商「そうだお前……! 取引しようじゃないかっ!」
奴隷商「どうせお前も、エルフの奴隷が欲しいんだろ? 何をしても良いって理解できたから、他にも欲しくなったんだろ?」
奴隷商「けどこの前大金を払っちまったせいで金がないから、こうして無理矢理奪いにきたんだろ?」
奴隷商「だが今俺を見逃せば、その妊娠しない細工を解除した状態で、奴隷を一人やるよ」
男「……………………」
奴隷商「今回のコレだって見逃してやるよ! だから――」
男「黙れよ、外道が」スッ
グチュッ…!
奴隷商「が……!」
奴隷商(は……腹が……っ!)
男「何もかも喋ってくれて助かった……が、ボクに取引を持ちかけるほど五月蝿くさえずってくれとは頼んでない」
奴隷商(斬られて……血が……っ!)
男「だから、黙ってろ」
奴隷商(痛くねぇ……斬られてるはずなのに、水の中に血が滲んでるのに、なんでか痛くねぇ……!)
奴隷商(それが逆に……気持ちわりぃ……怖ぇ……!)
男「それに、お前は一つ勘違いをしている」
男「人間の子供は作られないから安心している? だから演技してやって、満足させて、仲間を救わせている?」
男「それぐらいして当然?」
男「そんな訳あるか」
男「もしそうなら、ボクが買ったあの子の、あの怯えた表情はどう説明するんだ?」
男「子を孕まないから仲間のために身体を差し出しても平気だって言いたいのか?」
男「バカかお前。誰だって怖いんだよ」
男「子供を作らずに済むのは確かに安心だろうが、そんなものは不幸中の幸いにすぎない」
男「そもそも、犯されること自体が怖いんだよ」
男「脅され、痛みもあって、怖いはずが無い」
男「地下に閉じ込められ、次々と体内に侵入されて、子供は出来ないから安心だと、割り切れるはずがない」
男「それぐらい分かれよ、その足りない脳ミソでよ」
シュッ…!
奴隷商「っ!」
ザバッ!
ギンッ!!
…カラン、カラン
男「…………」スッ
ジュバッ!
シュゴォッ!
男「……外したか……」
男「……ま、ナイフが飛んできた方向にいつまでもいたら、暗殺者としては失格だもんな」
奴隷商「なっ……!」
男「ようやく姿を現してくれたか……国お抱えの暗殺者さんよ」
…………
男「……と言っても姿は見えないし、気配も感じないか」
男「この薄暗い部屋の中じゃあ、お前の姿を見つけるのは、ボク程度じゃ不可能に近いだろうしね」
シュッ!
ザバッ!
ギンッ!!
男「無駄だよ。自動で水が防御してくれる」
男「この足元にある水を全て失くすか……または、この防御を貫通する攻撃をしないとね」
男「さて暗殺者……お前はどうせ、この外道をずっと見張っていたんだろう?」
男「コイツが、エルフの奴隷についての本来の用途――何をしても許される奴隷だと説明したその瞬間に、殺すためにさ」
奴隷商「なっ……!」
男「コイツを餌にすれば引っかかってくれるかもしれないと思ったけど……どんぴしゃとはね」
…………
男「……で、アンタの雇い主は誰?」
男「って言っても、答えてくれるとは思ってないけど」
男「一本目のナイフ、どう考えてもアンタに指示を出した奴が誰なのか口を滑らせそうな、この奴隷商を狙ったものだったしさ」
…………
男「……まぁ良いさ。返答なんて期待していない」
男「ボクとしては、いるだろうアンタみたいな暗殺者を殺せれば、それで良い」
男「やっぱり、道は安全にしておいた方が良いだろうからね」
…………
男「ボクがお前を殺せないと思ってるんだよね? だから、そちらの位置がバレる魔法も使ってこない」
男「魔法のために魔力で文字を描いたその瞬間、そこが狙われる」
男「だが逆に位置さえバレなければ狙われることは無く、自分は殺されない」
男「大方、そんなところかな」
…………
男「でも、そう思っているんなら――」スッスッスッ…
男「――改める前に、死んじゃうことになるね」
ギャギチ…!
男「…………」
男(全方位、全角度への水での圧殺……)
男(この部屋からは出られないことを見ると……これで、終わりだ)スッ
スゥゥ…
…ドサ
男「……ふむ」
男(天井と壁の間に挟まるようにして隠れてたのか……なるほど、上というのは盲点だった)スッ
ズシャッ…!
男「……これで良し」スッ、スッ
ヒュッ!
ブンッ…
…ドシャッ!
男「こうして投げ捨てて……ま、これで止めはさせただろ」
スゥ…
男「さて……」
奴隷商「ひぃっ……!」
男「餌の役目も終えたことだし……お前ももう、用済みかな」
奴隷商「な……なんなんだよお前……! なんで、こんな……!」
男「なんで? 簡単なことですよ」
男「来た時も言ったじゃないですか。ただ、エルフ達皆を助けたいだけ」
男「どうしてそう思うようになったのかは……まぁ、お前に話すことでもないかな……」
男「人の話も聞かず、買いに来た奴だと勝手に思い込み、そんなことが出来る立場でもないくせに図々しくも交渉しようとした奴の耳に、入れる話でもないし」
奴隷商「ま、待てよ! だが俺を殺すと、俺が誰からエルフの奴隷制度について指示されたのか分からなくなるぜ」
男「別に良いよ、そんなの」
奴隷商「なっ……!」
男「知ったところで嘘を吐かれたかもしれないと疑うことになるんなら、別に聞かなくても良いよ」
奴隷商「そ、そんな……!」
男「それじゃあ、そういうことで……」スッ―
奴隷商「ま、待てよ……! 本当に待ってくれよっ! なぁ助けてくれよっ! 頼むからなぁっ!!」
男「……お前は、その声を何度も発してきたエルフを、陵辱してきたのだろう?」
男「それなのに、お前だけが助かるなんて……虫の良い話だと思わない?」―スッ
奴隷商「そ、それは――」ザシュッ!
奴隷商「――っ! ――」グリュッ!
奴隷商「――っ! っ! っっっ!!」…ビチャ…!
ビシャァッ!
男「拘束していた水を操作しての心臓への一突き……」
男「……感謝して欲しいぐらいだね」
男「お前がエルフにしてきたみたいな生き地獄を味合わせず……一撃で、殺してあげたんだから」
今日はここまでにします
ありがとう
×味合わせる
○味わわせる
どうして暗殺者に対して確実に[ピーーー]方法を取らなかったのか……という疑問が上がってますが、まぁ伏線でもなんでもなく……
ただ単に奴隷商との殺し方の比較をしたかっただけ
奴隷商は憎かったから確実に確認できる死を与えて、とりあえず邪魔だった暗殺者はとりあえず殺した…みたいな感じ
まぁ後はなんだかんだで男の甘さを引き立たせたかっただけです
本当にそれだけです
伏線とかマジ期待しないでね
という言い訳を述べてから再開
>>621 ありがとう。以後気をつける
~~~~~~
◇ ◇ ◇
奴隷市場・階段
◇ ◇ ◇
カツ、カツ、カツ…
男「…………」
男(やっぱり、国お抱えの暗殺者はいた……)
男(なんでも出来るエルフの奴隷、という制度が隠されたものならば……公式見解という形で露見してしまってはいけない)
男(だから露見しそうになった場合……もしくはしてしまった場合……殺すための人間が必要だった)
男(あくまでも、相手が勝手にそうなんだと勘違いしてやってきていた、という体裁を保つ必要があったのだろう)
男(そのために、公式見解という形でこのエルフの奴隷制度について教えられていた者のみを、国が暗殺部隊を使ってまで監視していた……)
男(そしてそれを使役できるのは……王と、大臣の二人のみ)
男(ならば必然、この二人のどちらか……もしくは両方が、絡んでいることになる)
男(となるとこの件に絡んでいる方は……ボクがエルフの奴隷を買ったということは、報告として上がって知っているはず……)
男(……ボクがエルフの奴隷を買った、ということを知っていないと出来ない発言をしていてくれれば、すぐに特定も出来たんだけど……)
男(そう上手くはいかないか……)
カツ、カツ、カツ…
男(……もし王がその首謀者なら……ボクは親友と敵対することになるのか……)
男(……王ではないと信じたいが……だが、その感情が正常な判断を鈍らせてしまうかもしれないし……)
男(しかし、孤児を助けるための人間の奴隷制度を、王子の頃に立案した彼が、エルフに対して酷いことをするとも思えない……)
男(……いやでも、その判断自体が、親友の贔屓目ってことでもあるんだし……)
男(でも彼のおかげでボクは、こうして魔法使いとして研究できるだけのものを得ているんだし……)
カツ、カツ、カツ…
男「…………はぁ……」
男(……難しいことは、やっぱりバカなボクじゃ分からない、か……)
男(だったらまぁ、信じるのが一番だ)
男(判断が間違えているかもしれないけれど、それでもまぁ、親友を疑い続けるよりかは……)
男(信じて、騙された方が良いだろう)
男(その方が、親友として縁を切るのも……容易くなるだろうし……)
男(それになにより、自分の感情に素直に生きた方が良いとも思うし)
男(大臣よりかは、親友の王のほうが、何百倍も信用できるんだし)
男「…………」
男(……あとはまぁ結局のところ……今現在、どちらが黒幕だと知れたところで、やるべきことは変わらないんだ)
男(ならば、後に差し付かえない、安心できる場所に気持ちを置いたほうが、何百倍も良い)
男(……なんて、小難しいことを考えてしまうのは、ボクの悪い性分だ)
男(結局のところボクは……親友を信じたいだけだってのにさ)
男(今までボクを助けてくれた彼を、信じたいだけ……)
男(それだけなのに……本当、複雑に考えすぎだよな……)
~~~~~~
カツン…
男(さて……あの人は……)キョロキョロ
コツ、コツ、コツ…
男「…………」キョロキョロ…
――ビクッ!――
――ブルブル…――
男(……相変わらず、怯えたような気配が牢の中からするな……)
男(……まぁ、当然か……)
男(始めて来たときはまだ、この子達の扱いが人間の奴隷と同じだと思っていた時だったから、考えもしなかったけれど……)
男(……今みたいに“王を信じたい”なんて立ち位置じゃなく、“王を信じてる”って立ち位置だった時は……気にも留めなかったけれど……)
男(……今の立ち位置に立って思うのは……彼女達が怯えているのは、当然だということばかりだ)
男(なんせ相手に見定められてしまえば、犯されてしまうのだから……)
男「…………」
男(……あの頃聞かされた“味見”という言葉は、この場で犯す、という意味だったんだろう)
男(だからこそこうも怯えている。人間の男に犯されるかもしれないという恐怖があるのだから)
男(……だからといってあの時から、そういう意味だと分かっていたところで……きっと何も出来なかったのだろう、ボクは)
男(事前に知ってしまっていればきっとボクは、“面倒事はゴメンだ”と思い、自分がすべき罪滅ぼしを優先し、そもそも奴隷市場に足を向けることも無かった)
男(今よりも苦労して、時間をかけて自力で秘術を編み出して、今現在より効率の悪いソレをなんとか使って……)
男(狂化された皆を治して、きっと後輩の頼みを聞いて……宮廷魔法使いに復帰していて……そこで終わっていた)
男(罪を償い、法を犯すことなく、生きていくことになっていた)
男(……究極のところ、あの頃何も知らなかったからこそこうして、この子達を助けようという行動に移れているんだろう)
男(ボクという人間は)
コツン…
男(一番奥まできてようやく……いた)
スッ…
エルフメイド「……また、犯すつもりですか? ついさっき終えられたばかりのように、私は思うのですけれど……」
エルフメイド「口答えは許してもらえないかもしれませんが……私もさすがに、辛いですよ……今までよりも多い頻度となると」
男「……………………」
男「……あの人なら、死にましたよ」
エルフメイド「えっ……?」バッ
男「ボクが、殺しました」
エルフメイド「あなたは……」
男「覚えてくれていますか?」
エルフメイド「ええ……」
エルフメイド「こんなところに来る人として、相応しくない人でしたから……」
エルフメイド「それになにより、あの子から何度も聞かされていましたし……」
エルフメイド「さすがに、実物を見たのは、本当に久しぶりですけれど」
男「でしょうね。ボクだって、あなたを見たのは久しぶりです」スッ
スパン…!
男「ふっ!」ガッ!
ガラン、カランカラン…!
エルフメイド「蹴りあけるなんて……意外と強引なんですね」
エルフメイド「ああ、ですが、せっかく開けてもらえましたが、あまり近づかないで下さい」
男「え?」
エルフメイド「今、服を何も着ていないので」
エルフメイド「さすがに、あなたにまで裸を見られるのは、私でも恥ずかしいですから」
男「……服を、着ていない……?」
エルフメイド「ええ。皆に着せられているようなものもありません」
エルフメイド「本当に……一糸も纏っていないのです」
エルフメイド「罰……だからと」
エルフメイド「魔法を使えば風邪だってひかないんだろうって、決め付けられまして……」
エルフメイド「今の私には、そんな微調整された熱を発することすら出来ませんけれど……ね」
男「……分かりました。では、ここで」
エルフメイド「はい……」
エルフメイド「それで……どうして、この場所に……?」
男「どうしても何もありませんよ」
男「あなたと秘術を使って会話をしていたあの子が心配していたから、様子を見に来たんですよ」
男「あなたと突然会話が出来なくなった、って、すごく心配してましたよ」
エルフメイド「そう、ですか……」
男「……まぁ、かけていた秘術を解除した、というのは聞きましたよ。上でね」
男「だから秘術の効力が消え、会話が出来なくなったのでしょう?」
エルフメイド「はい……。……もしかして、その秘術を消した理由も……?」
男「……はい。聞きました」
エルフメイド「そうですか……」
男「それはもしかして……この場所にいるエルフ全員が……?」
エルフメイド「いえ……今は私だけです」
エルフメイド「嘘を吐いていた私が信用できぬからと、本当に妊娠するかどうかの実験だと称して、私ばかりを……」
男「…………」
エルフメイド「そうして、本当に妊娠するようになるのを確認した後、既に売られたエルフの元へと行き、秘術を解除して妊娠できるようにするからと提案して、お金を稼ぐつもりだったようです」
男「……………………」
エルフメイド「それよりも一つ、私も訊いて良いですか?」
男「……なんです?」
エルフメイド「上にいたあの人を殺したと言いましたけれど……どうしてですか?」
エルフメイド「私の様子を見に来ただけなのなら、買いに来たとすれば済む話です」
エルフメイド「私を救ってくれるというのなら、その時にその力で脅せばすむ話です」
エルフメイド「わざわざあなたが、人を殺すだなんて重い罪を背負ってまで……することじゃないはずです」
エルフメイド「それなのに……どうしてですか?」
男「ん~……でもボクはそもそも、アレを殺したことを罪だとは思っていませんし、人殺しがダメだとか唱える非戦争時代に生まれた訳でもないですからねぇ~……」
男「まぁ、この国の法律的には確かに罪になるんでしょうけれど……罪と思っていないボクにとっては、些細なものです」
男「それに、殺したのにはちゃんとした理由がありますよ」
男「あなたと……ココにいるエルフ皆を、逃がすためです」
エルフメイド「え……?」
男「そのためには上にいたアレは邪魔ですし、アレを見張っているヤツも邪魔でした」
男「だから、殺したんですよ」
エルフメイド「……人間のあなたが、私達エルフを、助けるのですか……?」
男「はい」
エルフメイド「……何か、裏でも……?」
男「ありませんよ。純粋な好意です」
男「ボクが買ったあの子に頼まれたから、ですよ」
エルフメイド「そうですか……」
エルフメイド「……そうでしょうね……」
男「え?」
エルフメイド「あの子からあなたの話を聞かされていた時から、そういう人なんじゃないかと、そう思っていました」
エルフメイド「ただ本当にそうされると、動揺はしてしまいますが……」
男「…………」
エルフメイド「……私達は、本当にあなたを信じても良いのですか?」
男「信じて欲しい、とは思いますね」
男「ですが、あなたがボクを疑う気持ちも分かるんですよ」
男「今までのは全て、こうなることを見越して行ってきたのではと……突拍子が無いけれど考えてしまうのは当然ですし」
男「何よりあっさりと、あなた方でいうところの“同胞”を殺す人間です」
男「何を企んでいるのか、いつ裏切られるのか、言う通りにした先に罠があるのか……そういうのが分からない」
男「だから疑う」
男「それは当然だと、ボクも思う」
男「でもボクは、その疑いを払拭する術を持ち合わせていない」
男「言葉を重ねても信じられない存在である人間のボクが、どれだけ言葉を重ねても無駄だということは、分かっています」
男「ですから、こう考えてはくれませんか?」
男「このままココにいても、別の奴隷市場に移動されるだけかもしれない」
男「それならば、同胞二人に頼まれたからと言ってやってきた人間を、試しに信じてみても良いんじゃないかと」
男「少し分の悪い賭けをする……そんな気持ちで、逃げ出してみませんか?」
エルフメイド「…………」
男「ただボク個人の言葉としては……ボクに、救わせて欲しいです」
男「もう……こんな場所にいさせるのは、イヤですから」
エルフメイド「……逃げた先のことは、考えているのですか?」
男「それなりに考えはありますよ。ただ今のところ、実現できるとも思っていませんけれど」
エルフメイド「……………………」
エルフメイド「……分かりました」
エルフメイド「では私達はどうやって逃げれば良いのか」
エルフメイド「それを、教えてください」
エルフメイド「出来うる限り、私はあなたに協力しましょう」
エルフメイド「仲間への話だって、通しましょう」
エルフメイド「だから私たちを……助けてください」
男「……ありがとうございます。分の悪い賭けに乗ってくれて」
エルフメイド「違いますよ」
男「?」
エルフメイド「分の悪い賭けじゃありません」
エルフメイド「同胞が信じたあなたを信じることが、分の悪い賭けのはず、ないじゃないですか」
エルフメイド「同胞があなたに頼み、あなたが助けに来てくれた……それも、同胞が付き添うことなく……」
エルフメイド「それは同胞が、あなたを信用していることの、何よりの証」
エルフメイド「ですから、分の悪い賭けなんかじゃありません」
エルフメイド「信じるに値する、協力すれば成功率の高い、そんな一種の、作戦のようなものなのです」
男「……本当、エルフの仲間意識は素晴らしいな……」
男「仲間が信じた人だから信じられるなんて……人間では考えられませんよ」
エルフメイド「もちろん私たちだって、多少の疑いは持ちますよ」
エルフメイド「ですが同時に、多大に信用もします」
男「……それが人間には出来ないんですけどね……」
男(それが出来ればボクだって……王のことを、あっさりと信じられたのか……)
男「……いや、考えても意味の無いことか……」ボソ
エルフメイド「?」
男「いえ。少し、勝手なことを考えただけですよ」
男「それよりも、お話します」
男「ボクのしたいことを。あなた達エルフに、して欲しいことを」
~~~~~~
男「…………」
エルフメイド「…………」
男「……どうでしょう?」
エルフメイド「……つまり、私たちエルフに囮になってほしいと……そういうことですか?」
男「はい」
男「その首輪の探知魔法、それを利用しない手はありません」
男「それでわざと探知させて、騎士団を少しでもボクの屋敷に向かわせるんです」
エルフメイド「……私たちを、あなたの屋敷に向かわせることで……」
男「はい。場所はこの地図の通りです」
エルフメイド「……それは、安全なの?」
男「今の時間帯から歩き続ければ、エルフの足でも昼を少し過ぎた時間には着くと思います」
男「食料や水は、この市場に貯蔵されている分から持っていってください」
男「それに、屋敷に着けば部屋もあります。ちゃんとした場所で眠ってもらうよう、屋敷に残してきた二人に頼んでいますし」
エルフメイド「でも……言ってしまえば、山登りですよね……? この落ちた体力でそれは……」
男「体力が低いボクでも無理をすれば上り下りが出来るんです。女性のエルフ方とはいえ、不可能ではありません。多少の時間の前後はあるでしょうが」
エルフメイド「…………」
男「それと安全面の話になるのですが、おそらく騎士団がその屋敷に着くのは夕方を少し過ぎた頃になるかと思います」
エルフメイド「その根拠は……?」
男「ボクの屋敷に逃げているのなら、つい本日、城へと向かったボクを疑うのは当然」
男「それも、ボクがエルフを買っていた、という情報だって、向こうにいっているはずなんです」
エルフメイド「それなら逆に、あなたの屋敷に向かう兵の数が多くなるだけでは……?」
男「違うんですよ」
男「ボクはこれでも、自分で言うのもアレなんですけれど、それなりに名が通っていましてね……」
男「そのボクが――エルフを奴隷として買っていたボクが、城を訪れたその深夜に、エルフの大脱走が起きれば……」
エルフメイド「……あなたがやっていたと疑われる……」
男「その通り」
男「そしてそうなると、ボクがこの街を出ていないかもしれないという話になる」
男「もちろん、エルフ達を引き連れて一緒に屋敷へと戻っている可能性も考慮されるでしょうが……それでも、街にいる可能性がゼロじゃないとなる」
男「……ここからは、人間の愚かな部分になるのですが……」
男「もしボクがこの街を出ていなければ、他のエルフの奴隷市場……もしくは、エルフを買った貴族達の元へとやってくるかもしれないということになります」
男「さてこの場合、優先すべきはどちらなのか?」
男「逃げて屋敷へと戻ってしまっているかもしれない可能性なのか? 街に残っているかもしれない可能性なのか?」
男「後者なんですよ。圧倒的に」
男「何故なら、貴族達が狙われるかもしれないんですから」
エルフメイド「…………」
男「……彼等は政治にも介入してきています」
男「なら彼等が保身に走るのは明白」
男「となれば、街には強い兵士を残すもの」
男「必然、屋敷には新米の兵ばかりが向かうことになる」
男「そうなれば、軍馬を貸し与えても乗りこなせない兵ばかりになる」
男「歩いて向かうことになり、さらには集団での移動となるので……疲弊しているエルフ達でも逃げ切れる速度になる」
男「だから、逃げ切れます」
エルフメイド「……あなたは、それで大丈夫なのですか?」
男「大丈夫ですよ。ボクが弱いのは数です」
男「質量で押されなければ、不意を衝いて倒せます」
男「ボクの魔法は、そういうのに向いてますから」
エルフメイド「……沢山の兵を……人間を、殺すのですか?」
男「さすがに、兵までは殺しませんよ」
男「兵達は任務のために貴族を守っているのに……それまで殺せば、それこそ法ではなく罪を犯したことになる」
男「それは……ボクの望むところではありません」
エルフメイド「……もしかしてあなたは……屋敷にいる二人に、このことを……?」
男「話しましたよ。もちろん」
男「人数が多くなるだろうから、逃げてくるエルフ達を守ってあげて欲しいとね」
エルフメイド「違います。そうじゃありません」
男「?」
エルフメイド「あなたが戦う相手が強い兵ばかりになる可能性があると、そう話したのですか?」
男「…………」
エルフメイド「……話していないんですね……」
男「……まぁ、そうですね……気を遣わせるのもアレですし」
エルフメイド「私たちからしてみれば、保身に走って強い兵を残す感覚が分かりませんから……向こうも想像なんてしないでしょうしね……」
男「…………」
エルフメイド「……エルフを助けて、あなたに利益はないはずです」
エルフメイド「それなのにどうして、そこまで辛い目に遭えるのですか?」
男「ボクにしてみれば、歴戦の相手でも不意さえ衝ければ弱いですから……別に辛くもなんともないんですが……」
男「まぁ、そうですね……強いてあげれば、罪滅ぼし、でしょうか」
男「ボクの作った狂化の魔法水のせいで、エルフ達が負けた」
男「そのせいでエルフ達が、辛い目に遭っている」
男「だから、その罪を償いたい」
男「そんなところです」
エルフメイド「…………」
男「…………」
エルフメイド「……はぁ……本音を語っては、くれないのですね」
エルフメイド「いえ、十分に本音なのでしょうけれど……それが大部分を占める理由ではないのでしょう?」
男「……どうしてそう思うんですか?」
エルフメイド「分かりますよ。これでも私は、沢山の人間を見てきました」
エルフメイド「欲望に塗れた人間ばかりですけれど……それでも、見てきたんです」
エルフメイド「だから分かります」
エルフメイド「あなたがそんな、罪の意識を大部分にしての理由で、ここまでのことをしていないことぐらい」
男「…………」
エルフメイド「……まぁ、私がそう感じれるということは、あなたが頑張る理由というのはきっと、少しばかりやましい、欲望があるものなのでしょうけれど……」
エルフメイド「それでもまぁ……私たちを助けることが、あなたの欲望を満たすことになるのなら……」
エルフメイド「それはそれで、ある意味さらに信用できることなのでしょう」
エルフメイド「少なくとも、ここから出られるという意味では」
エルフメイド「では、この方法を取りましょう。この場所でのこの会話は聞こえているはずですから、皆も出せば、協力してくれるはずです」
エルフメイド「ですが一つ、その方法で出来ないことがあります。そこだけは修正して欲しいのですが」
男「どこですか?」
エルフメイド「私と一人だけが別行動を取る、といった部分です」
エルフメイド「だって私は、ここを離れるつもりがありませんから」
男「……えっ?」
エルフメイド「そんな意外そうな顔をされても……」
男「もしかして……あなただけは、ボクを信用していないのですか?」
エルフメイド「違いますよ。もしそうなら、ここにいる同胞だけを、あなたの方法に従わせるはずないじゃないですか」
男「なら……どうして?」
エルフメイド「…………」
男「あなたと会話をしていたあの子は、あなたに会いたがっていました」
男「今まで自分と会話をしてくれていた、あなたに……」
男「だから、行きたくないというのなら、その理由は知っておきたい」
エルフメイド「……………………」
男「……どうしてですか……?」
男「もしかして……ここを、離れたくないとか……?」
男「ボクが殺した上の奴が、忘れられないとか……?」
エルフメイド「そんなはずないですよ。無理矢理犯されていたのに好意を抱くなんてこと、あり得ませんよ」
男「では……どうしてです?」
エルフメイド「………………………………」
エルフメイド「……私が、秘術を解除して、あの人に抱かれてしまったからです」
男「……………………え?」
エルフメイド「エルフというのは、一度子供が作れる時期に入ると、結構長いんです」
エルフメイド「あくまで人間の時間で考えれば、ですけれど」
エルフメイド「逆に言えば、子供が作れない時期に入れば、それもまた結構長いんですけれどね」
エルフメイド「……あなたに買われた二人目が、私の秘術を施す前から犯されていても子供が出来なかったのは、偶然にも、子供が作れない時期だったからなんです」
エルフメイド「ですが……私は生憎にも、子供が作れる時期だったんです……」
男「…………まさか……」
エルフメイド「……はい……」
エルフメイド「私の胎内には、あの醜い人間の子供が、宿っているんです」
エルフメイド「それが、分かってしまうんです」
男「まさか……残って産むつもり……ですか?」
エルフメイド「そんな訳ないですよ。……気持ちの悪い」
エルフメイド「ただ私は、死にたいだけです」
男「なっ……!」
エルフメイド「……救われたいんです」
エルフメイド「こんな子供は産みたくない。だから死んで、救われたいんです」
エルフメイド「……出来た時からずっと……そう思い続けていました」
エルフメイド「私が死ねば、同胞へとかけていた秘術も、首輪の封じを超えない限りは、解かれなくなりますし……」
エルフメイド「死んでしまえば、妊娠防止の秘術も、そのままになって……全てが、上手くいく」
エルフメイド「そう考えていて……だからこそ、ずっとずっと、死んでしまいたかった……」
エルフメイド「でも……今まで死ねなかった……」
エルフメイド「でも……今は死ねる」
スッ
男「っ!」
エルフメイド「あなたが破壊してくれたこの牢の鉄片……これさえあれば……」
エルフメイド「道具さえあれば……私は、死ぬことが出来る」
エルフメイド「ですから私は……ここで、死にます」
男「……だから、一緒に逃げられないと?」
エルフメイド「はい。……もう、良いでしょう?」
男「子供を堕ろすというのは……?」
エルフメイド「……秘術というのは、精霊に認められている必要があるのです」
エルフメイド「そして精霊に認められるとは……自らが作った生命を殺さぬこと……」
エルフメイド「つまり、自分の子供を殺しては、いけないのです」
エルフメイド「もし子供だけを殺せても……秘術が使えない」
エルフメイド「だったら……そんなもの……死ぬのと同じじゃないですか」
エルフメイド「人間よりも弱いエルフが……秘術がなければ人間にも勝てないエルフが……ソレを失くした先に……」
エルフメイド「何が、あると言うんですか……?」
男「…………」
エルフメイド「それに……本音を漏らしますとね……もう、限界なの……です……」
エルフメイド「同胞のために犯されて……でも、同胞のためだからと我慢して……」
エルフメイド「でも、自分で選んだはずなのに、どうして私だけがこんな目に、なんて考えてしまって……」
エルフメイド「そんな自分が、大嫌いになって……」
エルフメイド「それでも、頑張って頑張って、押し殺して押し殺して、同胞のために無茶を続けて、同胞も辛いのだからと言い聞かせて保たせてきて……」
エルフメイド「でも、そうして……そうして頑張ってきた果てが……! 醜い、人間の子を、孕むことだなんて……っ!」
エルフメイド「もう……イヤなの……!」
エルフメイド「生きているのが……辛いの……!」
エルフメイド「だから……お願い」
エルフメイド「もう無理はしたくない……」
エルフメイド「だから……殺させて」
エルフメイド「私を」
エルフメイド「私を……救わせて……」
エルフメイド「救って」
男「…………」
男「…………分かりました」
男「それなら、三つほど条件があります」
エルフメイド「私が死ぬのに、あなたの条件を呑む必要があるのですか……?」
男「ボクの方法を作戦と称したのはあなたです」
男「なら、その作戦を狂わせるのなら、少しばかりボクの我侭に付き合ってくれても良いじゃないですか」
エルフメイド「…………」
男「まぁ、条件だけでも聞いてください」
男「一つ、その鉄片を刺すのはお腹にすること」
男「正確には、その中にいる子供を狙って欲しいのです」
男「それだけイヤな子供なら、せめてあなたの手で、殺したいでしょう?」
エルフメイド「…………」
男「でもそうなると、おそらくは死ぬことが出来ないかもしれない」
男「ですから、二つ目です」
男「ボクが、終わりを務めます」
男「それで、確実に終われるでしょう」
エルフメイド「……あなたはまた、辛い役目を買って出るんですね」
男「確かに、今度ばかりは辛いですけれど……」
男「それでも……あなたに子供が出来たのは、ボクのせいでもありますから」
男「ボクが悠長に、五日も期限を作ったから……」
男「もし少女ちゃんから事情を聞いて、すぐにでも飛び出していれば……もしかしたら……」
男「……いえ、言っても仕方の無いこと、ですね……」
エルフメイド「…………」
男「ともかく三つ目は、簡単です」
男「秘術が使えなくなる前に、ボクにも他のエルフにかけている秘術をかけて欲しいのです」
エルフメイド「通信秘術ですか?」
男「はい」
男「あれをかけて会話をすれば、心の中でも会話が出来るようになるんですよね?」
男「それはつまり、あなたにその秘術をかけてもらえるほど信用してもらえた、という何よりの証になります」
男「それだけで、他の屋敷に買われていったエルフとの交渉が、スムーズにいきますしね」
エルフメイド「…………」
男「どうでしょうか?」
エルフメイド「……分かりました」
エルフメイド「その条件、呑みます」
男「……ありがとうございます」
エルフメイド「いえ。これも、私を殺して、救ってもらえるのなら……」
エルフメイド「何より、憎いこの子を、自らの手で殺させてくれることなのなら……」
エルフメイド「喜んで、それぐらいの条件を、呑みましょう」
~~~~~~
男(……バカだ、ボクは)
男(悠長に構えていたせいで……こんなことになってしまった)
男(確かに、優先順位としては、狂化された兵士を救うことが、一番だった)
男(でもそれよりも早く、この子達を救うべきだったんだ)
男(自分勝手に、自分本位の方法を取ろうとするから、こんな……犠牲者が、出てしまった……)
男(あの時……少女ちゃんが飛び出ようとするのを止めず、一緒に行っていれば……)
男(……救えたかもしれない……)
男(ボクの罪は、償えなくなっただろうけれど……彼女を……)
男(いや……そうじゃない。そうじゃないだろう、ボク)
男(失敗したのは、そうじゃなくて……順番だ)
男(兵達を救うのは、もう少し後でも、可能になったかもしれなかったんだ)
男(それなのに、彼等をいち早く救いたいからと……自分を優先して……)
男(いや……ソレも違う。そうなると今度は、彼等をまた、時代に取り残してしまって……)
男(……………………)
男(ああ……なんだ……そういうことか)
男(結局コレは、二つのうち一つしか取れない……そういうこと、だったんだ……)
男(ボクが自分の罪を償うために兵を取ったから……少女ちゃんが会いたがっていた彼女を、傷つける結果にしてしまった)
男(逆を選べばきっと……今度は兵を救うのが、さらに後になったか……もしくは、救えなくなっていた……)
男(…………正解なんて、どこにも無かった…………)
男(そういうこと……だったんだ……)
男(結局、どちらを選んでもボクは……)
男(新たな罪を、背負うことになっていたんだ……)
男(自分の罪の償いを放置し、救うべき他人よりも、己の願望を優先した罪か……)
男(大切な人との約束を破って、その大切な人が救って欲しいと願った人を、己を優先したが故に傷つけた罪か……)
男(その、どちらかの新たな罪を……結局は……)
男(こうして、背負ってしまうことは、決まっていたんだ……)
~~~~~~
男「…………」
男「……それでは、約束どおり……」
男「……あなたを、救います」
エルフメイド「……お願いします」
ズシュッ…!
今日はここまでにします
時間ちょっと過ぎた…もしかしたら明日短くなるかも……
自然な流産なら仕方ないけど、中絶は自力だろうと男の手を借りようと
本人におろす意志があれば精霊的にNGなんでしょう
>>1の描写下手なせいでまたまたややこしいことになってますが、>>670さんが言ってくれた通りです
裏設定みたいな感じになりますが、実はエルフメイドに子供が出来て、気持ち悪い殺したいと思ったその時から、
首輪の効果も合わさって、彼女は秘術が使えなくなっています
その描写を入れる部分が無くてカットしましたが…つまりはまぁ“自分の子供を殺したい”と思うこと自体が、既に精霊との会話を阻害する一因となるということです
なので男に頼んで子供だけを殺してもらったりしても結局は…ということです
なんて、二日連続で自分の描写下手に対する言い訳をしての再開
~~~~~~
翌朝
◇ ◇ ◇
王宮
◇ ◇ ◇
大臣「エルフが逃げ出したか……」
兵士「はい。報告によれば、街からはすでに脱出していると」
大臣「なぜ街を出るまで気付かなかった? 見張りの兵は何をしていたのだ」
兵士「それが……ことごとくが眠らされていまして……」
大臣「眠らされて……? ……魔法か……逃げ出したエルフが……?」
兵士「そこまでは……」
大臣「ふん……一兵士にそこまでは期待しておらんさ」
大臣(しかし……首輪で魔法は封じられているはず……)
大臣(なら……手引きした人間がいるのか……?)
大臣(……いや……それだとエルフが言うことを聞くはずが無い)
大臣(アレらは私達人間のことを毛嫌いなんてレベルじゃないほど拒絶している……)
大臣(それなら助けに来た人間の言うことを聞くはずは……)
大臣(……まさか……我々が捕まえていないエルフが、街に侵入して……?)
兵士「どうされますか?」
大臣「……エルフは守るべき存在だ。奴隷として扱っているが、それはつまり、養ってくれる人を見つけ、保護すること以外の何物でもない」
大臣「万一向こうが私達人間を警戒して逃げ出したのならそのままでも良いのだが……」
大臣「逃げ出した……にしては、出来すぎている」
大臣「私たちが捕まえていないエルフが脱出を手引きした可能性もあるが……」
大臣「それよりも、人間の手によって誘拐された可能性も大いにある」
大臣「よって我々としては、彼女たちエルフを救うという義務がある」
大臣「それこそが、彼女たちを保護した、我々の責任だ」
大臣「……宮廷魔法使いの後輩をココに呼べ」
大臣「相手が誘拐犯であれエルフであれ、魔法を使えることに変わりは無い」
大臣「ならば彼を呼び、すぐさま対策を話し合うぞ」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
屋敷
◇ ◇ ◇
エルフ少女「……大丈夫かな……旦那様は……」
エルフ奴隷「……はぁ……」
エルフ少女「えっ?」
エルフ奴隷「昨日から数えて通算三桁の大台に突入した心配ですよ……さすがに私だって、ため息が漏れます」
エルフ少女「むぅ……じゃあ奴隷ちゃんは心配じゃないの?」
エルフ奴隷「心配ですよ。ただ、あなたが心配しすぎなだけです」
エルフ奴隷「一人がパニックになると妙に冷静になったりするじゃないですか? あれですよ」
エルフ少女「……そんなに冷静だから、わざわざわたしが心配した数を数える余裕もあったってこと?」
エルフ奴隷「……私も心配しているから、動揺して、落ち着くために、何度もその数を数えてしまっているのですよ」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「さぁ……この話はもう終わりです。朝食も終えましたし、私たちも準備をしましょう」
エルフ少女「……そうだね」
エルフ少女「なんせ昼を過ぎてからは……同胞がここに、やってくるんだしね」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
奴隷市場
◇ ◇ ◇
男(まさか、食料保管場所が、こうした隠し部屋にあるとは……)
男(まぁ、アレだけ長い階段なんだ。途中にこうした部屋があってもおかしくは無いんだけど……今まで気付きもしなかった)
男(食料や水を確保するためにエルフメイドさんに聞いておいて正解だったな……こんな場所、普通に見つけられなかった)
男(そうなれば皆に無装備であの山を登らせることになるところだった……)
男(……まぁ、何にしても……この、バレないであろう隠し部屋で、魔法の準備をしないとな……)
男(本当なら秘術もストックして準備したいところなんだけど……)
男(……まぁ、魔法の方を優先か……)
男(秘術は時間が掛かるしな……作って持ってきたこの三つで、どうにかするしかない……)
男(本当はもう一つ、あと一つしかないコレを作っておきたかったんだが……)
男(……しかし、魔法の方を優先だ。なんせ魔法の方は当初、全ての数を準備をしておくつもりだったんだからな……)
男(…………せめて、数ぐらいは届かせないと……後々に差し支える)
ザラ…
男(魔力を何度も何度も回復して……エルフの首輪を解除する魔法を、出来る限り作り上げる)
男(そして、攻撃用の魔法を数種類と……足元に撒く用の魔法もいくつか、魔力を込めておいて……)
男(それで……あの奴隷市場から買われていったエルフ達を皆を、助ける)
男(他の奴隷市場で買われたことは情報が無いから助けられないのが悲しいが……)
男(それは……いずれ、王に直接訴えるしかない、か……)
~~~~~~
◇ ◇ ◇
大臣の部屋
◇ ◇ ◇
兵士「例の奴隷市場の異常に気がついたのは、見張りからの報告がこなかったからです」
後輩「見張りからの報告?」
兵士「はい。奴隷市場各所に配置されている見張りは、朝一番に一度城へと戻って、異常か無いかどうかの報告義務をしないといけないことになっているのです」
大臣「今は、エルフの奴隷達ばかりですからね……何か異常があればすぐに気付けるようにと、王が」
後輩「では、今回の異常を、王はもう知っているのですか?」
大臣「いえ、私のほうから止めさせていただきました」
大臣「王にこれ以上の仕事を任せるのは酷ですからね」
大臣「男殿のおかげで、狂化されていた兵士が戻った。その後始末だって新たに増えましたし」
後輩「……そうか……そうですね。だから僕たちだけで解決しようと?」
大臣「そういうことです」
大臣「私の権限があれば騎士団だって動かせますし、暗部だって動かせます」
大臣「まぁ、さすがに王直属護衛騎士団までは動かせませんけれど……」
大臣「ですが、私が動かせる部分だけでも、犯人を捕まえることは出来るでしょう」
大臣「なにより、あなたがいるのですからね」
後輩「…………」
大臣「これは、王のためなのです。あなたの尊敬する、あなたを救ってくれた、あなたが助けたいと思う王」
大臣「あなたが心底信頼する王のために、どうかその力を……お貸しください」
後輩「……………………」
後輩「……分かりました。必ず犯人を、捕まえましょう」
大臣「……ありがとうございます」
大臣(……ふっ、ちょろい)
大臣(男は自分の行動を罪と責め、償うためにココを離れた)
大臣(あれだけ国のためになるものを作っておきながら、罪悪感に押しつぶされた)
大臣(そのせいで、「王のためだ」と私が言ってもあの魔法の水を作らなくなり……あまつさえ解除するための魔法の研究を始めた)
大臣(その姿を見た王が使うべきではないと言ってしまったが故に、戦争の終わりには使わなくなってしまった)
大臣(あのまま使い続けていれば、あと一年は早く終わらせられたものを……)
大臣(……まぁ、結局は勝てたし、解除するための研究も上手くいったようだから良いのだが……)
大臣(しかし次は……騙していた私のことを信用しなくなり、その研究の成果を渡さないと言ってきた)
大臣(もう使うつもりが無い王が、その研究の成果を渡せといっているなんて言っても信用しないだろうしな……)
大臣(だがもし、それさえあれば、王を説得せずとも、あの狂化される魔法水を作らせ、戦争で使って、その場で解除して、王にバレぬように勝っていくことだって出来る……)
大臣(本当、勿体無い)
大臣(もっともっと、わが国の領土を広げられるというのに)
大臣(本当に、臆病な奴だった)
大臣(だが……この男は……まだそうはなっていない)
大臣(これだけの才能を、「王のため」の一言で、自由に扱うことが出来る)
大臣(心酔しきってくれていて、本当に良い……)
大臣(本当に、扱いやすい……)
大臣(コイツは私が定めた、エルフの裏協定も知らないからな……)
兵士「奴隷市場で殺されたのは、奴隷商とその見張りの各一名ずつ。双方共に戦闘能力は無し」
大臣(正確には見張りは国の暗部である暗殺者だったからな……一人の戦闘能力は高かった)
大臣(だがそれでも……殺された)
兵士「時間は夜中。その二名を殺した後にエルフを逃がし、それら全員を引き連れてか……もしくは、エルフのみでその場から脱走」
兵士「その際街を巡回している兵がその集団を見つけるよりも早く、眠らせています」
後輩「この段階で魔法使い、もしくはエルフのどちらかがいるのは確定していますね」
大臣「そしてその後、街の外へと逃げている……」
後輩「…………」
後輩「……エルフには僕がつけた首輪がありますよね? それでどこに向かっているのか分かりませんか?」
兵士「あ、すいません。すぐに調べるよう――」
後輩「ああ、いや、良いよ」スッ、スッ、スッ…
スゥ…
後輩「……ふむ……場所は……この街から少し離れた……山に向けてですね……」
大臣「山……? 方角は分かりますか?」
後輩「地図を」
兵士「はっ」
パサッ
後輩「ちょうどこちらの方向です」
大臣「この山は……」
後輩「どうしました?」
大臣「……元宮廷魔法使いの男殿が住んでいる屋敷がありますね」
後輩「な……!」
大臣「なら犯人は……彼?」
後輩「そんな……! 先輩がそんなことを……っ! 彼だって王に救われ、王を尊敬している人です!」
大臣「ですが……エルフ達がこちら側に逃げているとなると……」
後輩「っ……!」
後輩「……いや、確か先輩は、エルフの奴隷を買ったと言っていました!」
後輩「もしかしたら、その子達が……!」
大臣「なるほど……犯人はエルフの可能性もありますし……その可能性も……」
大臣(男がエルフを買ったという情報は隠しておいたほうが色々と有利になると思っていたが……後輩であるコイツには話しているのか……)
後輩「エルフが可哀想だからと、僕の首輪の魔法を、探知の術式だけ残して解除したのかもしれません」
後輩「いえもしかしたら、エルフに騙されて……そのようなことを……」
後輩「首輪の術式も知っていたようですし……」
大臣「では他の手がかりで、男かそのエルフか……もしくは全く関係の無い、賊の可能性も考慮して、どれかに絞れませんか?」
後輩「……奴隷商とその見張りは、どうやって殺されたか分かる?」
兵士「はっ。見張りの兵は投げられたかのように骨が粉々に、奴隷商は心臓を一突きされて、それぞれ絶命しております」
後輩「刃物の類は?」
兵士「落ちておりません」
大臣「ふむ……普通に考えれば、やはり魔法でしょうね……どちらのものかは分かりませんが」
後輩「…………エルフたちはどうやって逃げたか分かります?」
兵士「えっ?」
後輩「牢の鍵が開いて逃げたのか、それとも壊されてなのか……どっちかな、と」
兵士「あ、えっと……牢の鍵が開けられて、ですね」
大臣「まあ、奴隷商が持っていた鍵を使ったのでしょうな」
兵士「ですが……」
後輩「ん?」
兵士「一番奥の牢だけ、破壊されておりました」
後輩「一番奥だけ……?」
兵士「はい。それもそこだけ……なぜか、血の跡がありました」
後輩「……………………」
後輩「……これは……賊の可能性は無くなりましたね……」
大臣「ほう……その理由は」
後輩「見張りを置いている理由というのは確か、今地下の牢にはエルフしかいなくて何が起きてもすぐに対処できるように、という王の判断ですよね?」
大臣「はい」
後輩「なら、牢の一番奥にも、エルフがいたのでしょう」
後輩「そしてきっと、そこだけ鍵が無かったか……もしくは、この場所に来た人物が、殺した奴隷商が鍵を持っているということをこの段階で気付いていなかったか……」
後輩「まぁ、今はそのどちらでも良いのですが……どちらにしても、そこまでしてここのエルフを助けたかったいうことです」
後輩「もしただの賊だったのなら、わざわざ一人のエルフのためにここまでするのかという話です」
後輩「気まぐれでする可能性も確かにありますが……どちらかというと、意地でも救いたかったという印象があります」
大臣「何故……?」
後輩「血痕です。血の跡しかなかったということはきっと、怪我をしていたにも関わらず、共に行動しているということ」
後輩「つまり、そこまでして救いたかったということです」
後輩「もし賊なら、むしろ傷のついたエルフを放置していきそうですし。逃げる際の足手まといになる可能性を大いに孕んでしまいますからね」
大臣「では……」
後輩「はい……僕からしてみれば残念なことですが……」
後輩「先輩本人かその奴隷のエルフかは分かりませんが……どちらにしても、彼のところに行ってみるのが一番……真相に近づけると思います」
大臣「では、早速兵を向けましょう。元宮廷魔法使いの可能性があるのなら、それなりの精鋭を――」
大臣「――…………」
後輩「? どうされました?」
大臣「……いえ、精鋭を向けるべきではないのかもしれないと、そう思いまして……」
後輩「どうしてです? もし……いえ、確実に無いことですが……万一にも、先輩がこの件に絡んでいた場合……」
後輩「精鋭でなければ、負けてしまいますよ?」
後輩「いえ、この件に先輩が絡んでいなくても……相手はエルフ」
後輩「むしろ僕自身も、そちらへと向かわなければ……返り討ちにあってしまいます」
大臣「ですが……これで、終わるのですか……?」
後輩「え?」
大臣「賊の仕業じゃないと分かった今……この犯人の目的は、エルフを救うこと、この一点に集約されます」
大臣「それなのに、この奴隷市場だけを狙って、あっさりと終わるのでしょうか?」
後輩「あ……」
大臣「もし、先ほど申した牢の奥の、意地でも助け出したかったエルフ……これが今、山へと逃げているエルフのリーダーになれるからという理由で助け出したのだとしたら……」
後輩「まだ犯人は、この街にいる……」
大臣「はい。助けた本人が率いる必要性がなくなりますからね」
大臣「それにそもそも、相手が複数犯の可能性もあります」
大臣「男殿と、その買われたエルフの……もしくは、男殿が絡んでいなくても、そのエルフの仲間……とか、色々なね」
後輩「…………」
後輩「では……精鋭を先輩の屋敷に向かわせるべきではないと?」
大臣「そういうことです」
後輩「なら誰を……」
大臣「……新兵の訓練にはちょうど良いかもしれませんな……」
後輩「なっ……! そんなもので……!」
大臣「いえ、ちゃんと精鋭の人間を隊長には据えますよ」
大臣「しかしですね、もし相手の目的がエルフを救うためとなると……狙われるのは、エルフを養うために買ってくれた、貴族様達になるのです」
大臣「もしここで彼等を守らなければ、せっかく国のためにエルフを奴隷として買ってくれた彼等への恩を、仇で返すことになってしまいます」
大臣「それはなんとしても……避けなければなりません」
大臣「王とて、そのような悲しいこと……望んでいるはずもありません」
後輩「くっ……!」
後輩「……ではせめて、そのエルフを追いかける追撃隊には、騎士長殿をつけてください」
大臣「なるほど……狂化の水を使うようになって尚、前線で活躍し続けたあの人を……」
後輩「はい。なんせあの人は、エルフとの戦争を最初から最後まで、前線で活躍していたお方です」
後輩「あの方を隊につけていってくれるのなら……僕は、この街に残って、貴族達の護衛を果たしましょう」
大臣「ふむ……そういえば彼は、キミが弓兵隊長として活躍していた時の戦友でしたね」
後輩「はい……」
大臣「親子ほども歳が離れているのに、かなり息の合った戦いが出来たとか……」
後輩「……年齢を感じさせないほど体力があったあの人だからこそ、ですよ」
後輩「むしろあの時は、僕がついていくのが精一杯でしたからね」
大臣「……なるほど……分かりました」
大臣「では彼を隊長として、エルフの追撃隊を編成しましょう」
後輩「はい」
後輩「よろしくお願いします」
~~~~~~
大臣(さて……さり気なく、男の屋敷へと向かわせる隊の編成を、こちらに一任させることに成功したぞ)
大臣「おい」
側近「はっ」
大臣「息子を呼べ」
側近「はっ、ただちに」
大臣(街の警護などの面倒ごとは上手くあの宮廷魔法使いに押し付けることも出来たし……)
大臣(これで、追撃隊の隊長を騎士長にしなくても、バレることはないだろう……)
大臣(これで、やるべきことをやってもバレない。集中できる。だから、やる)
大臣(この国のために……な)
~~~~~~
コンコン
――息子です――
大臣「入れ」
ガチャ
息子「失礼します」
大臣「ああ」
パタン
息子「で、用事って何? 父さん」
大臣「昨日深夜、エルフがいる奴隷市場が襲われた」
息子「へ~」
大臣「それで、その時に逃がされたエルフ達が、ある場所に向かっている」
大臣「お前にはその追撃隊の隊長をやって欲しい」
息子「え!? 隊長なんてやらしてくれんの!? らっき~♪」
大臣「ああ。コレで評価を得れば、お前の騎士としての立場はさらに強くなる」
息子「父さんったら、分かってるねぇ」
大臣「息子のためだ。父として当然だろう」
息子「で、場所は? つーか、率いる部隊は?」
大臣「新兵を基本とした魔法使いを含む混在部隊だ」
息子「え~? んなので大丈夫かよ。もしかして俺が戦ったりするハメになるんじゃねぇの?」
大臣「そうならないように指揮する練習だとでも思えば良い」
大臣「それに、追いかける相手はエルフだと言っただろう?」
大臣「魔法も使えない奴等ばかりだ。お前好みだろ?」
息子「マジかよ……最高じゃねぇか父さん!」
息子「他の貴族たちはあんな多種族を犯して喜んでる気持ち悪い奴等ばっかりだが……アレを! 公的に! 殺しても良いってことだよなっ!?」
大臣「一応は、保護という形を取っている」
大臣「……が、まぁ、抵抗したということにすれば、殺しても良いさ」
大臣「どうせアイツ等の意思で逃げ出したんだ。王への誤魔化しもきくさ」
息子「やっり~♪」
大臣「ああ……だが、連れて行く兵の中に一人、騎士長を連れて行く約束になっていてな」
息子「え~? あの老害を?」
息子「アイツ、俺にキツい訓練ばっかさせて、自分は休憩ばっかしてるから嫌いなんだよねぇ~」
息子「俺は頭脳派だって言ってんのに、他の兵と同じようにキツい訓練ばっかさせやがってよ……」
大臣「まぁそういうな」
大臣「もし強い奴が出たらそいつに任せれば良い。息子のお前を守るための保険として必要だったんだよ」
息子「ん~……ま、父さんがそういうなら、仕方ないか」
大臣「ああ。我慢してくれ。お前はソレが出来る子だろ?」
息子「ああ! 当然だっ!」
息子「で、それを言うために俺を呼んだの?」
大臣「いや。実はお前にしか頼めない任務があってな……それを頼もうと思って」
息子「なになに?」
大臣「今回逃げ出したエルフ達が向かっている場所というのが、前までいた宮廷魔法使いが今住んでいる屋敷なんだ」
息子「ふ~ん……俺が会った事ある?」
大臣「いや、ないだろう」
大臣「まぁ、肝心なのはソイツ本人じゃないから気にするな」
大臣「肝心なのは……ソイツが研究していた魔法の資料なんだ」
息子「資料?」
大臣「ああ」
ガラ
大臣「これだ」
コト
息子「ん? なんだ、この瓶?」
大臣「戦争を勝ちに導いた、文字通り奇跡の魔法の水……狂化の水だよ」
大臣「コレを浴びせれば文字通り、その人間そのものとして狂う」
大臣「仕組みはよく分からないが、狂った人間は、人間の枠組みを超えて強くなる」
息子「なんか……危ないものだな……」
大臣「ああ。危ないものだ」
大臣「だからもう作られていない」
息子「じゃあ、なんで父さんは持ってるんだよ」
大臣「戦争中に、二つほど拝借していたのだ。こういう時のためにな」
息子「ふ~ん……で、コレと同じものを、その屋敷から見つけてこれば良いのか?」
大臣「いや、コレの資料を、その屋敷から見つけてきて欲しい」
息子「え~? 俺そんなの分かんねぇよ」
大臣「私だって分からないんだ。分からなくて当然だ」
息子「……じゃあどうやって見つけりゃ良いんだよ」
大臣「大部隊を連れて行くだろ? だから、その屋敷にある魔法の資料っぽいものを全て、その新兵達に持ち帰らせて欲しい」
息子「ああ……なるほど」
大臣「そうして持って帰ってきた中で、ここにいる宮廷魔法使いにでも見つけさせるさ」
息子「さっすが父さん!」
大臣(その中に、この魔法を解除するための魔法もあるだろうしな……)
大臣(これで今度は、隣の国へと戦争を仕掛けることが出来る……!)
息子「んじゃ、コレ自体はいらないってことか」
大臣「いや、持って行け」
息子「えぇっ? 間違って零したらどうすんだよ……それに、二つしかないんだろ? 危ない上に、んな貴重なもの預けられても困るって」
大臣「確かに一つはサンプルとして、イザという時後輩に研究させたいから使えないが……」
大臣「……逆に言えば、この一つは使っても良い分ってことだ」
息子「でも……」
大臣「そう不安がるな。これも持って行けば大丈夫なんだから」コト
息子「? なんだその、別の細長い瓶は」
大臣「これはな、この魔法で狂化された人間を、強制的に眠らせるものだ」
息子「は~……」
大臣「つまり、相手と苦戦するようなら、お前が買った子供の奴隷にでも、この狂化の水を持たせて、戦場の近くで自分に振りかけろ、とでも指示を出せば良い」
大臣「そしてお前が勝てそうになったその瞬間、今度は新兵にこの眠らせる水を絶対に浴びせて来いと命令すれば良い」
大臣「それで無傷で、お前はこの戦いに勝利することが出来る」
息子「なるほど……だがどうして狂化するのが奴隷の子供なんだ? 狂化するのも新兵で構わないだろ?」
大臣「新兵のような大人を狂化したら、今度はこの眠らせる水をかける前に殺されるかもしれないだろ?」
息子「でも子供を狂化したところで力になんのかよ……」
大臣「なるさ」
大臣「むしろ、子供でも十分に強いだろう」
大臣「おそらくは、お前の嫌いな騎士長ですら、勝てないほどにな」
息子「はぁ~……ま、父さんが言うならそうなんだろ」
息子「分かった。持っていくよ」
大臣「ああ」
息子「へへっ、それじゃあ、任務了解だ。バッチリ成功させてみせるぜっ。期待してろよ、父さん」
大臣「ああ。期待してるさ。自慢の息子よ」
本日はここまでにします
ありがとう
>>674ってあるけど男に通信秘術は施せたの?
男がエルフメイドの首輪の術を解除してなんとか使えたみたいな感じでいいのかな
腐れ外道の息子も腐れ外道か。蛙の子は蛙とはよく言ったもんだな。
しかし大臣サマはよくもまぁ心にもない事をベラベラと並べ立てられるものだ。二枚舌を引っこ抜いて三枚下ろしにしてやりたくなる。
一本でもニンジン、二枚舌でも三枚下ろしってか?
>>713
蛙の子はオタマジャクシだぜ?
オタマジャクシでこれなんだから、蛙に変態したあかつきには、エルフや狂化した兵士を狩猟用の獣替わりに使うとかするんだぜ、きっと。
>>719
週間漫画タイムスでも読んでろ、シコりながら()
売春婦のセガレにゃお似合いだ
こんなに皆がいい反応示してくれるとは思わなかったwwww
煽るのタノシス(^ν^)
乙
乙
とりあえずレスがきたらウレシス
☆(ゝω・)vキャピ
俺にかまったらそのぶんスレ埋まっちゃうけど大丈夫?
>>758
>こんなに皆がいい反応示してくれるとは思わなかったwwwwwwww
>煽るのタノシス(^ν^)
精一杯の虚勢でこれかよ、そら枕も臭くなるわな
触るな
一日開いてしまったけど再開
の前に言い訳張り忘れ
>>712 その通りです。今にして思えばそのやり取りで、>>674の状況を説明できたな…
流れとしては
男に秘術を施そうとする→秘術が使えなくなっている→首輪の魔法をエルフ少女達にしたのと同じように解除→なんとか簡単なその通信秘術は施せた
って感じです
通信秘術は施した人が同じでないと心の中での会話が出来ないので、少女や奴隷も同じ秘術は使えますが、例え二人がソレを男に施しても、エルフメイドが施しているエルフとは心の中での会話が出来ません
故に、買われた他のエルフと心の中での会話が出来る=エルフメイドが男を認めて同じ秘術を施した、といった形になります
…このあたりもちゃんと改めて説明すれば良かったかな…でもこの時は会話の中で織り込む方法が思いつかなかったんだ……
という言い訳を貼り終えたので、今度こそ再開
~~~~~~
◇ ◇ ◇
王宮・後輩の部屋
◇ ◇ ◇
後輩「…………」
チャ…
後輩(……矢の準備も、弓の手入れも済んだ……)
後輩(もしかしたら今日の夜……先輩と、戦うことになるかもしれない)
後輩(……戦えるのか? 僕が)
後輩(この腕で、指で、矢を引けるのか……?)
後輩(……いや、引くしかない)
後輩(王のためにも……)
後輩「…………」
後輩(……あんなに、僕と同じで王を信頼していたのに……どうして先輩は……)
後輩(もしかして……罪滅ぼし、なのか……?)
後輩(あの魔法水の犠牲になったエルフを救うための……)
後輩(……いや、でも、今でも十分にエルフは救われている……)
後輩(人間の奴隷と同じ扱いなら……十分に、生きていけているはず……)
後輩(なら……どうして、こんなことを……?)
後輩(分からない……分からないけれど……)
後輩(もしコレが、狂化の魔法を解除したアレと同じ、罪滅ぼしのつもりだったのだとしたら……)
後輩(僕が、止めないといけない)
後輩(皆が迷惑しているだけだと、気付かせるためにも……)
後輩(先輩の、ためにも……)
~~~~~~
◇ ◇ ◇
奴隷市場・隠し食料部屋
◇ ◇ ◇
男「…………」
カラン…
男「ふぅ……」
男(とりあえず、首輪にある術式を解除する魔法のストックは、これで十分だろう)
男(次は攻撃用だけど……)
…カチャ…
男(魔力を回復させるための水が、一年分ほどしかないか……)
男「…………」
男(貴族に買われていったエルフ達の位置は、エルフメイドさんから教えてもらって、頭に叩き込んだ)
男(彼女に秘術もかけてもらえたし……後は直接、一度でも会話をし、相手に心の中で話しかけるようにして相手が応えてくれれば、会話が出来る……)
男(これで、この秘術をかけたのがエルフメイドさんだと知れ……信頼されやすくなるだろう)
男(後は探知魔法から逃れるために、この作った解除の魔法水を使うんだけど……)
男(……そうして助け出すまでにも、結構魔力を使うだろうしな……足元の水を使って足音を消したりとか、地味に魔力を使われていくし……)
男(となると……魔力回復用の水は多めに見積もっておいて……攻撃用の魔法のストックは……二桁も作れない、か……)
男(足元に操作できる水を作る魔法も、かなり作っておく必要があるだろうし)
男(……本当は、もう少し攻撃用の魔法を作っておいて置きたいんだけど……)
男(……後輩と戦うことになったことも想定すると、回復用のストックは大いに越したことは無いはずだ)
男「…………」
男(きっと後輩は、今、エルフに行われている、本当の奴隷制度を知らない……)
男(だからきっと、彼からしてみれば、ボクは王を裏切った人間ということになるのだろう)
男(……ボクが言ったところで、信じてもらえるとも思えない……)
男(ならばやっぱり……戦うしか、無いのだろう……)
男(…………ああ~……勝てる気がしないなぁ……本当)
男(出来れば彼が、屋敷のほうへと向かってくれていれば良いんだけど……)
男(そう……上手い話は、転がっていないだろうな……)
男(……腹を括るしかない、か……)
~~~~~~
お昼過ぎ
◇ ◇ ◇
山へと向かう途中の道
◇ ◇ ◇
伝令兵「隊長!」
息子「なんだ?」パッカパッカ
伝令兵「はっ、同行した魔法兵による報告です」
伝令兵「どうも山を登っているエルフ達が、途中でいくつにも分断したとの報告が……」
息子「分断?」パッカパッカ
伝令兵「一箇所に固まっていたエルフ達が二手に、二手が四手に、四手が八手に……と、段々と……」
息子「ふ~ん……なんでだ?」パッカパッカ
伝令兵「そこまでは……」
騎士長「……探知魔法の存在に気付いているようだな」
息子「は?」パッカパッカ
騎士長「目くらまし……のようなものだろう。探知されているから何手にも分かれることで、目的地を悟られないようにしている……」
騎士長「状況を知られているというのを逆手に取った方法だ」
息子「はんっ、それぐらい俺だって気付いていたさ。ただちょっと兵を試しただけだよ」パッカパッカ
息子(小五月蝿いジジイだな……誰もテメェの意見なんて聞いてねぇんだよ)
伝令兵「それで、どうされますか?」
息子「どうするも何も、俺たちは気にせず屋敷に向かえば良い」パッカパッカ
伝令兵「は……? ですが、あの屋敷に向かっているという確証は……」
息子「隊長の命令だ。聞けないのか?」パッカパッカ
伝令兵「は、はっ! 申し訳ありませんでした!!」
タッタッタッタ…
息子「ふんっ……伝令は伝令の仕事だけしてれば良いんだよ……」パッカパッカ
騎士長「だが、本当に良かったのか?」
息子「は?」パッカパッカ
騎士長「もしかしたら作戦を立てた時の推理が間違えていてあの屋敷には向かっておらず、別のところへと逃げるかもしれないんだぞ?」
息子「なら、全部を追いかけられるように兵を分断しろっての? この新兵ばかりの部隊をさ」パッカパッカ
騎士長「そうは言いわん。が、屋敷に向かうルートから一番離れている奴ぐらい、何人かに追いかけさせるべきだろう」
騎士長「それこそ、唯一軍馬に乗っているお前とかがな」
息子「……そうやって、この部隊の指揮を奪おうっての?」
息子「はんっ、案外ズルい考えするんだね、俺をしごくことしか出来ない奴は、横取りの方法もエゲつない」
騎士長「……そうやって手柄を奪い続けようという考えが、失策を招くのだ……」
息子「お前にだけは言われたくないな」
息子(ま、それに元々、エルフなんてオマケみたいなもんだ)
息子(個人的に楽しみたい相手ではあるが……ま、今回は多めに見てやろう)
息子(父さんのあの口ぶりから、多少エルフを逃しても、男とかいう奴の屋敷から研究資料を持って帰るだけで許してもらえる)
息子(だったら部隊を分断させず、この大部隊でそこを一点突破する方がかしこい)
息子(万が一にもその男とやらが主犯格と関わりを持っていなかったとしても……ま、反乱分子の兆候があっただとか言っておけば、それで終わるだろう)
息子(それなのにちょっとのエルフが別のルートにいったからって……グチグチと五月蝿いんだよ。これだから老害は……)
~~~~~~
夕方
◇ ◇ ◇
屋敷
◇ ◇ ◇
エルフ奴隷「……同胞達が来ました」
エルフ少女「えっ?」
エルフ奴隷「出迎えましょう」
エルフ少女「ちょっ……どうして?」
エルフ奴隷「秘術で回りを警戒していましたから」
エルフ奴隷「とは言っても、私の実力では山の中までは広げられませんので、さすがにすぐ近くの屋敷周辺のみになりますけれど」
エルフ奴隷「ともかく、ご主人さまの予定よりも大幅に遅れていますが……人間の兵達がくるのも遅れているようですので、大丈夫でしょう」
エルフ奴隷「そろそろ、戦いの準備をしておかないといけませんよ」
◇ ◇ ◇
屋敷前
◇ ◇ ◇
エルフ奴隷「皆さん、よく逃げてきて下さいました」
エルフ少女「さあさあ、中に入って入って」
エルフ奴隷「少女さんが案内いたしますので、食堂の方へと移動して下さい。スープの方、用意させてもらっていますので」
エルフA「……本当に、ありがとう」
エルフ少女「ううん。同胞として当然のことだよ。だから、気にしないで」
エルフ奴隷「それに、お礼を言うのなら、この屋敷の持ち主であるご主人さまです」
エルフA「人間の……」
エルフ奴隷「はい。私も、あまり人間は信用しておりませんが……彼だけは、信用できると思っています」
エルフ奴隷「とは言え、皆様に無理に信用しろとは言いませんけれど」
エルフ少女「ただ、わたし達は同胞相手に当然と思ってやってるけど、彼に関しては、自分の意思で、多種族であるわたし達に手を貸してくれている」
エルフ奴隷「私たちが人間に手を貸すようなことを、進んでしてくれているのです」
エルフ少女「だからまぁ、次に会ったらお礼ぐらい、言ってあげて」
エルフ少女「たぶんあの人は、それだけでも喜んでくれると思うから」
エルフA「……わかりました」
エルフA「二人が利用されているわけでも、二人が人間を利用しているわけでもないことが、わかりました……」
エルフA「だから、今度会ったら……牢を開けてもらった時みたいに警戒してないで、心から、お礼を言うことにするよ」
エルフ奴隷「」ピク
エルフ少女「? どうしたの?」
エルフ奴隷「他にも同胞の気配が……」
エルフA「あ、そうでした」
エルフ少女「?」
エルフA「私たち、途中で何人かに分かれて、山を登るようにしたんです」
エルフ奴隷「? どうしてそのようなことを?」
エルフA「首輪に探知魔法があるのなら、バラけて行動した方が相手をかく乱できるかと思いまして」
エルフ少女「なるほど……」
エルフA「目指すのがこの山の頂上だと知っていたので、皆バラバラに」
エルフ奴隷「ふむ……ということは、エルフメイドさんはその中のどれかにいるのですね?」
エルフA「あ……」
エルフ少女「? どうしたの?」
エルフA「……そのことで、お二人に、話しておかないことがあるんです……」
エルフ少女「?」
エルフ奴隷「?」
~~~~~~
エルフ少女「……………………」
エルフ奴隷「……そう、ですか……」
エルフA「はい……残念ですが……」
エルフ少女「……………………」
エルフ奴隷「少女さん……」
エルフ少女「……ううん。大丈夫。分かってるから」
エルフ少女「あの時飛び出しておけば良かったとは思うけれど……それを一番後悔しているのは旦那様だって、分かってるから」
エルフ少女「だから、大丈夫」
エルフ少女「悪いのは、旦那様じゃなくて……飛び出さなかった、わたしでもなくて……こんなことをした、人間だってことぐらい……分かってる」グッ…!
エルフ奴隷「……そんなに力みすぎては、手が怪我をしてしまいます」
エルフ少女「……ごめん……」
エルフ少女「……でもさ……どうしようも出来なかったんだろうけどさ……悔しくて……!」
エルフ奴隷「…………そう、ですね……」
エルフ奴隷「結局、助けることが、出来ませんでしたから……」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「でも……その悔いを、我慢する必要は、あるのですか?」
エルフ少女「え……?」
エルフ奴隷「……敵はまだ来ていません」
エルフ奴隷「今のうちに、落ち着くために、発散しておいた方が良いのではないのですか?」
エルフ少女「でも……」
エルフ奴隷「その人は、あなたがココにきて、ずっと話し相手になってくれた人なのでしょう?」
エルフ奴隷「売られてからも親切にしてくれた、親身になってくれた人なのでしょう?」
エルフ奴隷「遠く離れた姉と連絡を取り合っていたような……そんな感じだったのでしょう?」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「なら……今、発散してあげるのが……その人のためではないのですか……?」
エルフ少女「……………………」
エルフ奴隷「……こちらは大丈夫です」
エルフ奴隷「人間の兵の気配が近づけば、知らせに行きます」
エルフ奴隷「ですので……部屋に、戻っておいてください」
エルフ少女「…………ありがとう……奴隷ちゃん」
エルフ奴隷「いえ……その代わり、戦いになったら、万全をお願いします……少女さん」
エルフ少女「……当然……!」
~~~~~~
夜
息子「あそこが言っていた屋敷だな……」
伝令兵「どうされますか?」
息子「どうするも何も、魔法使いに指示だ」
伝令兵「は?」
息子「あの屋敷を炎で燃やし尽くせとな」
騎士長「何を言っている!」
息子「は? 聞こえなかったの? っていうか、アンタには関係ないだろ」
騎士長「大アリだ!」
息子「じゃあ聞くけど、逃げたエルフが軒並みあの屋敷の中へと入って行ってるのが確かなこの現状で、どうしてこの方法がダメなの?」
騎士長「道徳に反するからに決まっているだろ……!」
息子「道徳? はっ、エルフを飼っている分際で、道徳も何もないって」
騎士長「奴隷制度は確かなものだ! 飼っているのではなく保護だっ!」
息子「あ~……そういえばお前も、ちゃんとした方は知らない人か……」
騎士長「なんだと!?」
息子「いや別に。しかし、なら他の方法を提示してくれないか? それで考えてみてやるよ」
息子「ただ、コレは戦いなんだ。先手を取るために建物に火を放とうとする手段よりも良い、戦いにおいての最善手を提示してくれよ」
騎士長「まずはあの屋敷を訪れ、誰か犯人かを決めるべきだ」
息子「そんなのは別にいらないって」
騎士長「中には元宮廷魔法使いがいるかもしれないのだろう!?」
息子「それは確かに人間だけど、でもこんだけ屋敷の中にエルフを招き入れておいて、無関係なはずないだろ」
騎士長「エルフに捕まっているのかもしれん!」
息子「だとしたら宮廷魔法使いの面汚しってことで、ここで死んだって良いんじゃない?」
騎士長「お前という奴は……!」
息子「なに? あれだけシゴいていたから簡単に引き下がるとでも思った?」
息子「確かにあなたは俺に剣を教えてくれている、良い先生だと思うよ?」
息子「でもさ、それとこれとは違う」
息子「そもそも頭脳戦向きの俺にアレだけ無茶をさせていた時点で、俺がお前を認めるはずが無いんだよ」
息子「認めて欲しかったら、その人その人に合った訓練法をみつけないといけないだろ?」
騎士長「お前見たいなヒヨッ子が……! 分かりきったような口を……っ!」
息子「確かに俺は何もわかってないし、あなたと戦えば数分も保たずして負けるだろう」
息子「だがそれとは別に、戦力や立場を利用すれば、あなたは俺に攻撃すら出来なくなる」
騎士長「ぐっ……!」
息子「そうなったらもう、あなたは満足に力も振るえない」
息子「大臣の息子を殺したなんてなれば、どんな処罰が下るのか……」
息子「こうして脅してやるだけであなたもまた、一兵士と変わらなくなる」
息子「悲しいけど、コレも力だし、頭脳戦の一つなんだよ。権力とか、そういうもののね」
息子「他人の力でも親の力でも、俺のために振るってくれるのなら、それは間違いなく俺の力なんだよ」
騎士長「だが……我等の受けた任務は、エルフの保護だ」
騎士長「それなのに、そんな一方的に、なんの警告も無しに魔法を撃っては……」
息子「ふむ……まぁ、その意見には一理あるかな……」
息子「これだけの部隊だ。保護を目的としていたはずなのに警告をしていなかった、と誰が口を漏らすか分からないからな……」
息子「さすがの父さんでも、大きくなった声を片っ端から封じ込めることも出来ないだろうし……」
息子「……………………」
息子「……よし、ならもう少し月が昇るまで待機だ。その間に俺があの屋敷に赴いて警告してこよう」
息子「その返答までの待ち時間が真上に月が昇る時――深夜だ」
息子「だから、それまで向こうから何の返答も無ければ、俺の指示で魔法使い部隊に火を放ってもらう。その準備をしていてもらうよう、指示を出しておいてくれ」
伝令兵「はっ」
息子「……これで満足だろ? あなたも」
騎士長「……ああ」
息子(……ま、実際あの屋敷には行かないんだけどね)
息子(そんな「これから不意打ちしますよ」と警告した不意打ちの、どこか不意打ちだ)
息子(むしろ相手に準備する時間を与えてしまうだけだ)
息子(だからま、俺がすることは……これから少しだけあの屋敷を一周してきて、帰ってきて、時間になったら指示を送るだけ)
息子(声をかけてきたと、兵士達に思い込ませることだけ)
息子(それだけだ)
息子「相手へと降伏勧告をしにいくんだ。迂闊に警戒されすぎても、後の作戦に差し支える」
息子「ここは部隊長らしく俺だけで行くから、兵達はそのまま待機しておけ」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
城下街
◇ ◇ ◇
スッ
男(さて……まだ人気はあるが、そろそろ準備を果たさなければな……)
ジョボジョボジョボジョボ…
男(水路にこの魔法水を流し込み……あとは、貴族達がいる屋敷の近くで待機)
男(屋敷を回る順番を脳内で描いて、シュミレーションをしておかないとな……)
男(ようやく準備用の魔法を作り終えた訳だし……これから大急ぎで、行動することを頭に叩き込まないとな)
~~~~~~
深夜
◇ ◇ ◇
屋敷前
◇ ◇ ◇
息子「さて……時間だ」
息子「結局、返答は無し……か……」
息子「まぁ、相手にしてみれば、憎い人間の群れがいるんだ。恐怖でやってこれないのかもしれないな」
息子「なんせまた、あの地下牢に戻されるのだし」
騎士長「…………」
息子(まぁそもそも俺はあの屋敷に行ってないんだから、返事がくるはずもないんだけど)
息子「それじゃあ作戦通り、魔法使い部隊、火炎魔法の準備だ」
伝令兵「もう整っているとのことです」
息子「さすがだ。話が早い」
息子「それじゃあ目標をあの屋敷に向けろ」
息子「まだ使える魔法の種類が少なく、威力が未熟だろうと、魔法は魔法だ」
息子「百人近い人間からの火の魔法でなら……すぐさま燃え移ることだろうさ」
息子「それで炙り出されてきたエルフを、歩兵が仕留める」
息子「保護できそうなエルフが出てきたり、または出来た場合は、保護を優先しろ」
兵士達「「「「「はっ!」」」」」
息子「さて……それじゃあ、戦いを始めようか」
息子「勝ちが見えている戦いをさ」
息子「魔法、撃てっ!!」
――――――――
息子「…………? どうした、早く魔法を撃てっ!」
伝令兵「そ、それが……」
息子「なんだ? 早く報告しろ!」
伝令兵「は、はっ!」
伝令兵「実は……放たれた魔法のその全てが……屋敷に到達する前に、突如消えてしまったとのことで……!」
息子「なっ……! どういうことだ……!?」
伝令兵「分かりません……ただ、まるで火が急に消えるように、シュッ、と消えてしまったようで……」
エルフ少女「全くさぁ……いきなり魔法撃ってくるなんてどういうことよ……?」
エルフ奴隷「これが人間の戦い方ですよ。……まぁ正直、私が探知していなければ危なかったですけれど……」
ザッ!
息子「な……! アレは……!?」
エルフ少女「ま、奴隷ちゃんのおかげ、ってことだね」
エルフ奴隷「探知さえできれば、封じるのなんて容易ですから」
騎士長「…………」
息子「エルフの……メイド……!?」
今日はここまでにしようかなぁ…
こりゃマジで次スレなんか建てないといけなくなるのか…?
とりあえず、今日の投下分ぐらいはこちらでもまだ大丈夫かな、と思いつつ再開
~~~~~~
少し戻り、夜
エルフ奴隷「……外に人間の気配がしますね」
エルフ少女「やっと来たって訳ね……」
エルフ少女「どうする? こちらから打って出る?」
エルフ奴隷「…………いえ、向こうの出方を見るべきでしょう」
エルフ少女「でもそんなことを言ってる間に、屋敷が包囲されちゃうんじゃないの?」
エルフ奴隷「そうですね……現にもう、包囲が始まっています」
エルフ奴隷「戦術的には、包囲しているのは……魔法使いの部隊と、その護衛のための少量の歩兵でしょう……」
エルフ奴隷「こちらがこの存在に気付いていないと思っているでしょうから……おそらくは、包囲状態から一斉に魔法を放つつもりでしょう」
エルフ奴隷「それも、私達を炙り出せる、屋敷を燃やすためのもの……」
エルフ奴隷「もしくはそれが可能だからと、脅してくるか……」
エルフ少女「そこまで予測できるんなら、早く止めるために手を打たないと……!」
エルフ奴隷「いえ……ここはあえて待機です」
エルフ奴隷「この屋敷内で戦えるのは私達だけですし……相手の居場所が固定化されるソレは、むしろ歓迎するべきです」
エルフ少女「どうして? 逃げてきた皆は? 戦えないの?」
エルフ奴隷「前までの私達と同様で、首輪のせいで秘術が使えませんよ」
エルフ少女「旦那様が解除してくれてるんじゃ?」
エルフ奴隷「そんな体力も時間も、逃がす段階では無かったはずです」
エルフ奴隷「それにそもそも、ご主人さまもその余裕はないと事前に言っていたじゃないですか」
エルフ奴隷「戦いが近づいて緊張しているのか……それとも、エルフメイドさんの件でそうなっているのかは分かりませんが……焦らなくて大丈夫ですよ」
エルフ奴隷「落ち着きましょう」
エルフ少女「…………ごめん」
エルフ奴隷「いえ、気にしてませんよ。気持ちは痛いほど分かりますから」
エルフ少女「……でも首輪に関しては、奴隷ちゃんが解除することもできるんじゃないの……?」
エルフ奴隷「……あの首輪は周囲の精霊に影響を与えていますし……少なくとも秘術での破壊や解除は難しいですね……」
エルフ奴隷「少女さんが物理的に破壊するという手は無いのですか?」
エルフ少女「あんな首にピッタリとついてる首輪、器用にソレだけを壊すなんて無理だって」
エルフ少女「材質が布とかだったら引きちぎれるのに……」
エルフ奴隷「それだと拘束の意味が無いですよ……」
エルフ少女「分かってるって」
エルフ少女「ってことはやっぱり、戦えるのはわたし達だけってことか……」
エルフ少女「じゃあ、包囲が完了した段階で攻める……?」
エルフ奴隷「……いえ、そうして不意を衝くのは止めましょう」
エルフ少女「え?」
エルフ奴隷「そんなことをして相手がパニックになり、むやみやたらに攻めて来られた方が、今の私達には不利になります」
エルフ奴隷「むしろ逆に、明確な敵として認識させ、こちらに意識を向けさせたほうが良いでしょう」
エルフ奴隷「例えば……敵の初撃をあっさりと防いでみせる、とか」
エルフ少女「でも……もし失敗したら、この屋敷と同胞達が……」
エルフ奴隷「何を言ってるんですか」
エルフ少女「え?」
エルフ奴隷「私がそんな失敗、するはずないじゃないですか」
エルフ奴隷「相手が放つ魔法だって、こちらを混乱させるために火炎系だとあっさりと分かることが出来ている今」
エルフ奴隷「撃つと同時に無力化させることなんて容易いです」
エルフ奴隷「そのための時間だって相手に準備してもらえる訳ですし、場所も寸分違わない自信があります」
エルフ奴隷「そうして相手の魔法を封じて、どうして封じているはずなのに秘術を……、と思わせ、正常な判断を奪う」
エルフ奴隷「もしかしたら中に逃げたエルフも同じようなことを、と思わせる」
エルフ奴隷「そうして警戒させれば……最初の不意打ちなんて帳消しなほど、有利になれますよ」
~~~~~~
再び、深夜
息子「ど、どういうことだ……? あの二人のエルフが、この包囲された状況からの魔法を、防いだって言うのか……?」
騎士長「防いだ、というよりかは、封じられた、といった感じか……」
息子「は?」
騎士長「エルフはそういったことも出来る。おそらくは、お前がこうして包囲網を完成させてきていたことに気がついたのだろう」
息子「だったらなんで、包囲網が完成する前に攻めて来なかったんだよ」
騎士長「あえて封じて見せることで動揺を誘ったのだろう」
騎士長「今のお前のようにな」
息子「っ……!」
息子(くそっ……! バカにしやがって……!)
息子「魔法使いっ! 何をしている! 体力が尽きるまで魔法を撃ち続けろっ!」
息子「歩兵隊も何してる! さっさと屋敷に突入しろっ!」
息子「あの二人のエルフを殺せっ!!」
エルフ少女「さて……歩兵も攻めてきたし……」
エルフ奴隷「門の外壁を囲っている魔法使い達も、再び魔法を唱え始めました……」
エルフ少女「それじゃあわたし達も、行きますか」ジャキ…
エルフ奴隷「そうですね……」スッ
エルフ少女「…………」コク
エルフ奴隷「…………」コク
ダッ!
エルフ奴隷「…………」ブツブツ
エルフ奴隷(戦術は至って単純)
エルフ奴隷(同胞を招くときにわざと開けたままにしておいた門から、直接流れ込むように突撃してくる歩兵の相手を、少女さんが)
エルフ奴隷(そして外壁にいる魔法使いやその護衛の歩兵や伝令を、私が)
エルフ奴隷(それぞれ相手をする)
エルフ奴隷(私のほうのやり方は簡単)
エルフ奴隷(見えずとも、秘術で場所は指定できる)
エルフ奴隷(そうして見えぬところから攻撃し、敵を続々と減らしていくだけ)
エルフ奴隷(もちろん相手からも、屋敷を狙っての魔法の攻撃はくる……)
エルフ奴隷(その属性が分からない以上、バリアを張るしかない)
エルフ奴隷(既に張ってあるコレが破れれば再び張るのに時間はかかる……)
エルフ奴隷(それまでにどれだけ相手の数を減らせるか……)
エルフ奴隷(……まぁ、破られている間の防衛手段として――)
ガチャ…
エルフ奴隷(――旦那様に用意してもらっておいた魔法があるから、一応は大丈夫)
エルフ奴隷「……『光の槍よ』」
ズシュシュシュシュ…!
――がああああーーーーーーーー……!!――
――な、なんだ……! 何も無いところから、光が……! ――
――あ、熱い……! 痛いし、熱い……! ――
――お、おい! ……そんな……一撃かよ……っ!! ――
エルフ奴隷(でも、問題は少女さんの方だ)
エルフ奴隷(私は慣れていた感覚に身を任せ、感じられる周囲の気配を察知し、攻撃し、防御が破られないかを確認して戦うだけ……)
エルフ奴隷(前線治癒術士として培ったこの感覚は、まさにこの囲まれた状況や攻撃が無数にやってくる状況に適している)
エルフ奴隷(けれども、実戦経験の少ない彼女が、どこまで相手と戦えるのか……)
エルフ少女「はぁっ!」ブンッ!
歩兵A「なっ……!」
歩兵A(武器であるあのデカイ剣を……投げた……!?)
エルフ少女「…………」ブツブツ…
ダッ!
歩兵A「避けろっ!」
歩兵B「えっ?」
ザシュッ!
歩兵B「がっ……!」
歩兵A「ぐっ……! だがコレで武器は……!」
エルフ少女「……『握り、振るえ』」
シュパァッ!
歩兵C「……えっ?」
ザシャァッ!
エルフ奴隷(剣を秘術で操作して……なるほど)
歩兵D(なんていう魔法だ……見たことが無い)
歩兵E(でももう武器はない……これで)バッ!
歩兵E「……あれ?」
歩兵E(姿が……無い……?)
エルフ少女「どこ見てるの?」
歩兵E「なっ……!」
歩兵D(いつの間に……投げた剣を拾って……!)
エルフ少女「ふっ!」ザシュッ!
歩兵D「か……はっ……!」
歩兵E「くそっ……! よくもっ!!」
エルフ少女「『加速』」
サッ!
歩兵E(後ろっ!?)
エルフ少女「せいっ!」ザシュッ!
歩兵E「ぐはっ……!」
エルフ奴隷(あの大きな剣を片手で巧みに操り……)
エルフ奴隷(敵の中央にいながら、背後から全く攻撃されないように立ち回る……)
エルフ奴隷(……中々どうして、上手く戦えているじゃありませんか)
エルフ奴隷(全身体能力を秘術を用いて強化。状況に応じて強化する部分の比率を変え、柔軟に対応している……)
エルフ奴隷(ただ、やっぱりまだまだ未熟ですね……)
エルフ奴隷(完全に殺せている人間と、殺せていない人間がいます)
エルフ奴隷(手加減をしている……のではなく、殺せていない)
エルフ奴隷(全力で振るっている力にムラがある証拠……)
エルフ奴隷(……まぁ)
エルフ奴隷「『雷落弾』」
ドォォォォ…ン…!
エルフ奴隷(私のように手加減無く、人間を殺せているのも問題なのかもしれませんが……)
息子「くそっ……なんだなんだなんなんだよっ! あの二人のエルフはっ!」
息子「アイツ等だって首輪をつけてる! なんで魔法が使えるんだよっ!」
息子「おいっ! 首輪はちゃんと作動してるんだろうなっ!?」
伝令兵「は……はい! ちゃんとあの二人の位置は特定できています」
息子「じゃあなんで魔法が使えてるんだよ!」
息子「先手を打つ為の火炎魔法だって止められるし……今も魔法使いが次々と相手の魔法でやられていってるし……」
息子「歩兵だって! アレだけの人数がいて、囲むようにしてるってのに! たった一人も仕留められず次々とやられてる……!」
息子「なんなんだ! 一体っ!!」
騎士長「……エルフを舐めるからこうなる」
息子「あぁっ!?」
騎士長「エルフはああいう存在だ。個人個人の力量が、人間のソレを遥かに超えている」
騎士長「魔法のおかげではあるのだろうが……その魔法が、人間のソレとは大きく違い、大きな力を与えている」
騎士長「だから我々は当初、エルフに負けていたのだ」
息子「今はそんな話をしていないだろ……!」
騎士長「……なら、今話すべきことは何か、分かっているのだろう?」
息子「あ?」
騎士長「はぁ……良いか? 今話すべきことは、あの二人がどうして魔法を使えるのかではなく、魔法を使えるという真実を受け入れ、どうするべきかということだ」
騎士長「そのことも分からず動揺し、一人に対して歩兵を押し付ける……数の暴力では、全力のエルフには勝てないというのに」
息子「なんだよその頭脳派が聞いて呆れるみたいな物言いは……!」
騎士長「そこまでは言っておらんよ」
騎士長「ただ、初撃の魔法を防がれた時に焦らず、一人に対して歩兵全てをぶつけずに、あの奥にいるエルフも同時に狙っていればもしや、と思ってな……」
騎士長「今、この部隊の魔法使いを倒しているのは、彼女一人だ」
息子「……どこにそんな証拠がある」
息子「あいつ等、首輪の効果を物ともせず、魔法を撃ってくるのかもしれないだろ」
息子「だったら、逃げ出した全てのエルフだって可能性も……」
騎士長「もしそうなら、こんなチマチマとした戦いにはならん」
騎士長「あの逃げ出したエルフ全てが魔法を使えれば、今頃はもう、全員やられている」
息子「…………」
騎士長「……まぁ、過去にエルフと戦い、知っておきながら何も言わなかった俺が、言うべきことでもないがな」ズルッ
ガシャン…
騎士長「よって、その責任を果たそう。我が剣を以って」
息子「……待てよ」
騎士長「どうした?」
息子「お前が行けば、誰が俺を守るんだよ」
騎士長「今お前の周りにいるものが守るだろう」
騎士長「それに、お前の近くで戦うことになるよりかは、良いだろう?」
息子「……ちっ」
騎士長「それに、お前は俺がシゴいてきたんだ」
騎士長「そうそうやられる奴じゃないことぐらい、理解しているつもりだ」
エルフ少女「ふっ! はっ! はぁっ!!」ザシュザシュズシュ
歩兵G「げはっ……!」
歩兵H「ぐふっ……!」
歩兵I「づ……あっ……!」
…バタン
歩兵J(なんなんだよ……このエルフは……!)
歩兵K(こんなバカでかい剣を、なんでこんなちっこい体で、片手だけで難なく操れんだよ……!)
騎士長「どけいっ!!」
歩兵達「「「「「っ!!!」」」」」
エルフ少女「んっ……?」
ダダダダダ…!
騎士長「ここからは俺がソイツの相手を致そう!!」
歩兵L「騎士長殿!!」
歩兵N「騎士長殿だっ!!」
歩兵M「英雄だ……! 英雄が来てくれたぞっ……!」
エルフ少女(大きな身長……と同じぐらい大きな長剣を振りかぶったオジサンが、こちらに向けて駆けてくる……)
エルフ少女(……分かる。相当な実力者だ)
エルフ少女(ここは一度避けて、その走っている勢いを無しにしてやりたい……けれど、後ろにいる奴隷ちゃんが狙われては意味が無い)
エルフ少女(ならば……迎え撃つ……!)チャキ…!
騎士長「ほぅ……! 迎え撃つか小娘っ!!」
ダダダダダダ…!
エルフ少女(大きな剣……けれど両手で持っている時点で、わたしより小回りを利かせては使いこなせないはず……! ならばまだ勝機が……!)
ザッ…!
エルフ少女(なっ……構えを……刺突に……!!)
騎士長「はんっ!」
エルフ少女(それでも……!)グッ…!
騎士長「ほぉりゃぁっ!」ブンッ!
エルフ少女(迅い……! けど――)
エルフ少女「――斬り上げて、弾くっ……!」
ギギギギギギギギギ…!
エルフ少女「ぐっ……!」
エルフ少女(重い……! でも……全力を出せば……っ!!)グッ!
エルフ少女「っ……! ……はあぁぁっ!!」
ギシャァァァ…ン…!
エルフ少女(やった……! これで体勢が崩れ――)
騎士長「…………」サッ、サッ…
エルフ少女(――え……!? まほう――)
シュバァ…!
エルフ少女「――ぐっ……!」ザッ!
ゴロゴロゴロ…
エルフ少女(避けられた……でも、炎の矢が無数に、奴隷ちゃんに……!)
エルフ奴隷「っ!」スッ
キュポン
バシャアァ…!
シュアアアァァァァァァァ……!!
エルフ奴隷(ストックしておいたご主人さまの魔法を一つ使ってしまった……でも使わなければ、やられていたのも事実……)
エルフ少女(なんて強さ……構えを変えてからこちらに来るまでの間に、魔法の準備なんて……)
騎士長「はぁっ!」ブンッ!
エルフ少女「っ!」
エルフ少女(くっ……! いつの間に……!)ブンッ!
キィィン!
騎士長「ふっ……上から押さえつけられると、さすがのエルフでも辛いかな……?」
エルフ少女「……オジサン、エルフと戦ったことでもあるの?」
ギチギチギチ…
騎士長「あるともさ。これでも、戦争で生き残った、数少ない前線メンバーだ」
エルフ少女「そう……なるほど。だからそんなに厄介なことしてくるんだね」
騎士長「お褒めに預かり光栄だ」
ギチギチギチギチ…
歩兵達「…………」ジリジリ…
エルフ少女(くっ……! さすがに、この人を相手にザコの相手は……!)
騎士長「お前達! 狙うのはこの小娘じゃないっ!」
ビクッ!
騎士長「よく状況を見ろっ!」
騎士長「まず狙うべきは、あの屋敷の前にいるあっちのエルフだっ!」
騎士長「アイツが魔法使いの魔法を止め、次々と殺していっている!」
騎士長「アイツさえやれば、こっちが有利に運ぶ! まずはアイツを狙えっ!!」
歩兵達「「「「「りょ、了解しましたっ!!」」」」」
エルフ少女(ちぃ……っ!)
騎士長「こうされると、困るだろ……?」
エルフ少女「ええ……とってもね……」
エルフ少女「でもま……正々堂々と戦ってくれるのは、感謝するけど……!」
騎士長「ああいう細々とした味方がいると、どうしても守ってやりたくなってしまう性分でな……戦いに集中できないと困るのだよ。こちらとしてもな」
エルフ少女「ああ、そう。ならこれで、互いに全力で戦えるわけね」
騎士長「互いに? お前はあの子が気になるだろ? それで全力が出せるのか?」
エルフ少女「何言ってんのよ。あの人は、わたしよりも全然強いのよ」
エルフ少女「だから全く、気にならないっ!」グッ!
エルフ奴隷(まさか……あれだけの実力を持った人間がまだいるとは思いませんでした……)
エルフ奴隷(さすがの私でも、複数の秘術を発動していては、勝てるかどうか……)
エルフ奴隷(……ま、私の元へと来るのは、その人ではないので大丈夫ですが……)
エルフ奴隷(……少女さん、負けないで下さいよ……)
エルフ奴隷(私も少しだけ、本気を出しますので)スッ
エルフ奴隷「…………」ブンッ!
カシャンカシャンカシャン…
エルフ奴隷(折り畳み式の棍棒……逃げてきてくれた同胞が貸してくれて良かったです)
エルフ奴隷(棒術はあまり得意ではありませんが……まぁ、杖術に近い感覚ですし、剣よりかはマシですしね)
ブンブンブンブン…!
エルフ奴隷(ただ、集中力を阻害している、周辺警戒の秘術は解除して……身体強化に回して……)
エルフ奴隷(周りへの攻撃の手を少し緩めて、目の前の敵にも少しだけ与えるようにして……)
エルフ奴隷(防御に関しては今まで通りの意識レベルで固定して……)
エルフ奴隷(……よし、大丈夫)
エルフ奴隷(後は避けるのに専念しつつ……隙を見つければ秘術で狩る)
エルフ奴隷(棒は得意ではないので、あくまでも牽制で留める意識で……さて……)
エルフ奴隷「前線治癒術士としての本領……ほんの少しだけ、お見せしましょうか」バッ!
~~~~~~
同じく、深夜
◇ ◇ ◇
城下街・ある貴族の館
◇ ◇ ◇
ドガァ!
貴族A「ぐあぁっ!」
ジャシュン…!
貴族A「ひぃ……!」
男「さて貴族様……買ったエルフがいる場所を、教えてもらえませんか?」
貴族A「なっ……な、なっ……!」
男「護衛の兵も、見回りの兵も、全て気絶させています。助けなんて来ませんよ」
貴族A「ち、地下だ……!」
男「地下? 確か、そんな場所は見当たらなかったように思うんだけど……」
貴族A「か、隠し通路が……!」
男「ああ……なるほど」サッ
ズシュッ!
貴族A「が……! な、なんで……!」
男「教えてくれたら助けるなんて言ってないし……そもそも、エルフを傷つけてきた貴族を助けるつもりが、ボクにはないよ」サッ
ズリュッ!
貴族A「ぐっ……!」
ドサ…
男「……まぁ、奴隷商みたいに殺すつもりもないんだけど」
男「体内に水を入れて、ちょっと掻き乱しただけ」
男「騎士達にもやってきたことだから、大丈夫。死にはしないよ」
男「……ま、聞こえてないだろうけどさ」
◇ ◇ ◇
城下街・作戦本部
◇ ◇ ◇
助手「報告です! 貴族A殿の邸宅にあったエルフの反応、一斉に消えました!」
後輩「なに!?」
助手「また、その異常の近くにいた兵たちとも、連絡が取れなくなりました!」
後輩「ちっ……! 各貴族の屋敷に兵を分断しているとは言え、それなりの手練れだぞ……! それなのにこうも簡単に……っ!」
後輩(戦争の影響のせいで、そもそもこの国には兵の数自体が少ない……が、それにしたって、数はそれなりに用意した……)
後輩(……それに、首輪の魔法が解かれたというのも気になる)
後輩(敵が昨日、奴隷市場を襲った人間と同じだというのなら……どうして昨日はそうやって首輪の魔法を解かなかった……?)
後輩(……まさか……! 戦力を分断させるためか……っ!)
後輩(山へと向かわせる方と、こちらに残る方と……!)
後輩(相手は二人組み――いや、市場の奥にいたエルフが、そこにいたエルフ全てを率いることが出来る器なのだと知って助けたのだとしたら……一人でも可能……)
後輩(……やはり、先輩が……)
後輩(いや……まだ断定は出来ないか……)
後輩「ともかく、次はこちらとこちらの屋敷に兵を集中しろ。今、異常があった屋敷に行っても無意味だ」
後輩「相手のルートは特定できないが、この周囲を警戒するに越したことは無い」
後輩「そう指示を送ってくれ」
助手「はいっ」
後輩「……いや、ちょっと待て」
後輩「あと、ここにも兵を」
助手「え? ですがそこは、狙われた場所よりも少し離れてますけど……」
後輩「良いから。ちょっとした確認だ」
助手「わ、分かりましたっ!」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
屋敷前
◇ ◇ ◇
エルフ少女「ふぅっ!」ブンッ!
騎士長「はぁっ!」ブンッ!
ギィィンッ!
エルフ少女「っ……!」
ギチギチギチ…!!
騎士長「中々やるな……エルフの娘よっ!」
エルフ少女「そりゃ、どうも……!」
ギャギィィン!
ザッ…!
エルフ少女(……強い……)
エルフ少女(抑え込まれそうになった時はなんとか、剣を浮かせてその隙に秘術を使って逃げ出せたけれど……)
エルフ少女(今同じことをされて、そうさせてくれる隙をくれるかどうか……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(それに……最初の刺突。無理矢理斬り上げて逸らしたあの攻撃……相手が魔法を準備していたということは……あの威力で、片手持ちだったということ……)
エルフ少女(コッチは全力を出して辛うじてだったのに、相手は片手……)
エルフ少女(今は互いに片手持ち……それで戦えているということは……相手は手加減をしてくれている……)
エルフ少女(この仕切り直しを見ても、それは明らかだ)
エルフ少女(これは……本格的に……)
騎士長「それにしてもお前の言うとおり、あの子はかなり強いな」
騎士長「外壁にいる魔法部隊を魔法で攻撃しつつ、その相手からの魔法を防ぎ、周りを囲うようにいる歩兵の攻撃を捌き、さらには攻撃までしている……」
エルフ少女「……わたしとは大違い、とでも言いたい?」
エルフ少女「さっきから手加減してくれてるもんね」
騎士長「ほぅ……さすがに気付くか」
エルフ少女「気付くって。魔法も使ってこないし」
騎士長「魔法は使うタイミングを作らせてくれないからだろう」
騎士長「ま、力の入れ方に関しては間違いなく手加減だがな」
エルフ少女「……どうしてそんなことをするの?」
騎士長「……久しぶり、だからだ」
エルフ少女「久しぶり?」
騎士長「ああ。まともに戦うのが、久しぶりだからだ」
騎士長「今の立場に文句がある訳ではないが、いつもいつも、新人の教官ばかりではどうもな……」
騎士長「戦おうにも相手は萎縮するし、昔共に戦った仲間も、いまやほとんど現役を退いている」
騎士長「その状況下で、お前のような、まともに戦ってくれる相手がいるんだ」
騎士長「思わず長引かせてしまうのも、仕方が無いだろう……?」
エルフ少女「……あなたの周りにいる仲間は、次々と死んでいっているのに?」
騎士長「仲間、というよりも部下だが……確かに、それはイヤなことではある」
騎士長「しかし、自分のことを久しぶりに優先したいんだよ、俺は」
エルフ少女「…………」
騎士長「全力で無くてもいい。それよりも俺は、戦っておきたいんだ。もっと」
騎士長「今この場にいる俺以外の人間よりは確実に強い、お前と……」
エルフ少女「……戦闘狂、ってやつ……?」
騎士長「……長い間――お前達にしてみれば短いかもしれんが……それでも、お前達エルフと戦争をし続けていて、おかしくなったのかもしれんな……」
エルフ少女「…………」
騎士長「確かに俺はお前の言うとおり、俺は戦闘狂なのかもしれん……」
騎士長「だが、恥じるつもりは当然無い」
騎士長「それに何も、戦いが無いからといって自分で起こそうとしている訳でもないからな……この戦いに関しても、もっと楽しい敵がくるかもしれんし……」
エルフ少女「……そんな人が、わたしが相手で満足なの? どれ――あの子の相手をしたいんじゃないの?」
騎士長「はっ……そうでもない」
騎士長「お前達エルフの強みは、昔から戦っていて分かっていたが、一対多にある」
騎士長「あの子は今、ああして一人で大勢と戦っているから強く見える」
騎士長「まぁあの子の場合、一対一でも強そうだが……それでもまぁ、俺が勝てるだろう」
騎士長「お前だってそうだ」
騎士長「俺と一対一で戦おうと、アイツ等と束になった俺と戦おうと、きっと現状は変わらなかった」
騎士長「そもそもお前の戦い方や身のこなし自体が、一対一で戦うことを想定していないように見える」
エルフ少女「……そうでもないと、わたし自身は思うんだけどね……」
エルフ少女「でもまぁ、そこまで褒めてくれるんなら……」
ジャキ…!
エルフ少女「両手で持って、頑張ってみようかな……!」
騎士長「はっ……! なるほど……ようやくかっ!」
騎士長「これでもう少し……楽しめそうだっ!」
~~~~~~
息子「……ちっ……調子に乗りやがって……」
息子「相手のエルフ二人も、エルフの相手をしているあのジジイも……本当、鬱陶しい」
息子「今まで俺をシゴいていたくせに……あの程度にも早々に勝てないとか……なんなんだ、アイツは……」
息子「おかげで魔法使いは次々とやられていくし……このままだと……」
息子「……………………」
息子「……おい」
伝令「はっ」
息子「連れてきた奴隷を呼べ」
伝令「は……?」
息子「いいから。大人しく言うこと聞いてりゃ良いんだよ」
伝令「か、かしこまりました……」
息子(この状況を打破するためには……あの力を使うしかない)
息子「それと、兵達に撤退命令」
息子「魔法でもなんでも良い。伝えろ」
伝令「はっ!」
息子(味方が巻き込まれるのは避けた方が良い。ただでさえこの国の兵数自体が少ないのだからな……)
伝令「屋敷へと攻めようとしていた歩兵、また屋敷の周囲にいた魔法兵は撤退を開始しました」
伝令「ですが、騎士長殿が……」
息子「撤退しないならしないで構わん」
息子「きっと撤退しようとしている俺たちのしんがりを務めてくれるつもりなんだろう」
息子「その好意に、甘えさせてもらおうじゃないか」
~~~~~~
エルフ奴隷「…………」ブツブツブツ…
ガッ! ド、ダッ!
歩兵O「ぐへっ!」
歩兵P「ぐはっ!」
ドサッ
歩兵Q「なんだよこのエルフ……なんでこれだけの人数がいるのに、一撃も与えられねぇんだ……!」
エルフ奴隷(それは……あなた達が素人で、大人数ということに安心しているせいでもあるんですけれど……)
エルフ奴隷「……『群れる風の刃よ』」
ビシャァァ…!
――ぎゃああああ――
歩兵Q「ぐあ……!」
エルフ奴隷(……まだまだ全力じゃないですが……そろそろ終わりそうな――)
ドクン!
エルフ奴隷(――え? この……気配は……! ……まさかっ!)
~~~~~~
エルフ少女「せぇやっ!」
騎士長「ほぉりゃっ!」
ギィィン!
騎士長「ふふっ……両手対片手なら、こちらも全力を出せるということか……」
エルフ少女「これでようやく対等とか……勝てる気がしないんだけど……!」
ギチギチギチ…!
騎士長「ふん……! なら、両手で握って手加減してやろうか……?」
エルフ少女「それはもっとごめん……! ねっ!」
ギシィィン!
ザッ…
エルフ少女「っ!」
トコトコトコ…
エルフ少女(人間の、子供……? どうしてこんなところに?)
騎士長「ん? おい、なんでガキがここにいるっ!」
エルフ少女「知らないわよ! っていうか人間の子なんだから、アンタ等の方でしょ!」
騎士長「軍がこんな子供を連れてくるかっ!」
エルフ少女「こっちだって、人間の子供なんか捕まえておかないって! そもそもそれなら屋敷側から出てこないとおかしいでしょっ!」
キュポン
エルフ少女「っ!?」
バシャバシャバシャ…
エルフ少女(水を……自分に……?)
エルフ少女(いえ……その前に……あの瓶は……!)
エルフ少女(旦那様が持っていた……!)
エルフ少女(それも、自分に振り掛ける魔法となると……強化……?)
エルフ少女(いや、魔法で強化は出来ない……まさか、狂化の……!)
エルフ少女「ダメッ!」
騎士長「?」
奴隷少年「ぐっ……あっ……!」
騎士長「っ! お、おい……お前! まさか……それは……!!」
エルフ少女(まだ狂化されていない……!? それなら……!)ダッ
ザッ!
エルフ少女「今のうちに……!」ブンッ!
ドォン!
エルフ少女(なっ……避け……!)
奴隷少年「……フ~……」
エルフ少女(横っ!)ザッ
奴隷少年「ガァッ!」ブンッ!
エルフ少女(剣で受け止めれば……!)
ギッ――
――ギャシャアァァン…!
エルフ少女(うそっ……! 剣ごと、弾き飛ばされるなんて……! 子供に……っ!)
エルフ少女「あ……っ!」
ダンッ!
――フゥ~……―― ダッダッダッダッ!!
エルフ少女(やばい! 体勢を……整えるよりも、速い……!)
――がああああああ……!!! ――ブンッ!
騎士長「ふおぉぉりゃあぁぁっ!」ブン!
――っ! ――ザッ
ドオォォォン!
騎士長「ちっ……外したか……!」
エルフ少女「オジサン……どうして……!?」
騎士長「……………………」
騎士長「……こちらの兵は、撤退を始めた」
エルフ少女「なっ……!」
騎士長「俺にも撤退命令は出たが……しかし、ただの撤退ではないことぐらい、アイツの性格を考えれば容易に想像がつく」
騎士長「戦いに手間取り、兵が少なくなれば、焦り、こうして狂化の人間を出してくれるとな」
エルフ少女「っ……! まさか、あなたは……!」
騎士長「ああ……お前の言うとおり、俺は根っからの戦闘狂でな」
騎士長「お前とああして時間をかけて戦っていた本当の目的が、これだ」
騎士長「そう……戦争中は別の配置になるからと、相手をすることも出来なかった……」
ジャキ
騎士長「狂化された人間と戦うためのな……!」
エルフ少女「そのためだけに、これまでのことを……!」
騎士長「ああ」
エルフ少女「同じ種族の、子供までを犠牲にして……!」
騎士長「俺だって子供に使うとまでは思わなかったさ」
騎士長「きっと新兵に使うものとばかり思っていた」
騎士長「これでは全力で戦えるかどうかが不安だが……まあ良い」
騎士長「やっと……やっと、戦えるんだ……!」
騎士長「今の俺になってから夢見ていた、狂化された人間と……!」
騎士長「ようやく……!」グッ!
――ぐおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……――
エルフ少女「……なっ……!」
エルフ少女(速い……!)
ブンッ…!
…ギンッ!
騎士長「ヌルいっ!!」
ギャンッ!
騎士長「ふっ!」
ブンッ!
ザッ!
騎士長「はっ……! 殺される攻撃は避けるというのは本当か……!」
騎士長「ますます……面白いっ!!」
――がぁっ! ――
騎士長「はっはぁ!」
ギンッ!
騎士長「攻撃は確かに速いが単調だなっ!」
騎士長「これでは俺の本気も引き出せんぞっ!!」
ギィンッ!
エルフ少女「……すごい……」
エルフ少女(あの狂化された子供の迅さ……わたしでもおそらく、視力や反射神経に精霊を集中させて、ようやく反応できるほど速いのに――守りに入るのがやっとなのに……)
エルフ少女(あのオジサンはそれに反応して、反撃している……)
騎士長「はっ! 期待していたのにこの程度かっ!?」
騎士長「これは、早々に本気を出して、終わらせるかなぁっ!?」グッ!
エルフ少女(っ! あの長剣を両手で……! ただでさえ力と速度で多少負けていただけなのに……これで力も、剣の安定性も増せば……!)
エルフ奴隷「……負けますよ、あの人」
エルフ少女「……えっ?」
エルフ少女「奴隷ちゃん……戦っていた兵士達は……?」
エルフ奴隷「数人を残し、撤退していきました。その数人も、先ほど倒し終えましたよ」
エルフ奴隷「……おそらくその撤退命令の意図は、あの化け物を放つためでしょう」
エルフ少女「そう……。……それで、どうして負けるの? あの人」
エルフ奴隷「あの化け物が相手だからですよ」
エルフ少女「でも、今は結構押してるように見えるんだけど……」
エルフ奴隷「……相手が化け物ですから、私もなんとか、秘術で手助けしようとしているのですが……上手く立ち回られて、巻き込んでしまうので撃てないのです」
エルフ奴隷「別に巻き込んでも良いんですけれど……もしあの人しか殺せなければ、こちら側が不利になりますし……」
エルフ少女「……もしかしてあの男の子、まだ全力じゃない……?」
エルフ奴隷「はい……私達を警戒しているせいで、全力ではないのでしょう……」
エルフ奴隷「私達とあの男が敵同士だとは認識できていませんが……私達が敵であることは認識できています」
エルフ奴隷「むしろ、自分以外は敵だと認識しているのでしょう」
エルフ奴隷「それに……アレは本能での学習能力が高いです。そろそろ行動パターンを把握されて――」
騎士長「もらったっ!」
ザシュッ!
エルフ少女「っ! 腕をっ!」
騎士長「へっ……!」
エルフ少女「やった――」
エルフ奴隷「避けてくださいっ!」
ズシュッ!
騎士長「……………………えっ?」
エルフ少女(心臓をっ……! 一撃っ!?)
エルフ少女「この……!」ダッ!
ズリュッ!
騎士長「が……! ぐっ……!」
エルフ奴隷(あの化物を倒すだけなら、貴重な戦力でしたのに……)ブツブツ…
エルフ少女「はぁっ!」ブンッ!
ガッ!
エルフ少女(っ!? 足で……!?)
ブンッ!
ガシャァァンッ!
エルフ少女「っ!」
ザッ…!
エルフ少女「…………」
エルフ少女(距離を置くための踏み台にされただけで……剣が、折れた……!?)
――ぐおおおおおおおおおおおお……! ――
エルフ少女「っ!」
ブンッ!
ギンッ!
エルフ少女「っ!」
エルフ少女(折れたって言っても剣の柄なのに……投げられたソレを残った腕で弾く……!?)
エルフ少女(こうなったら……ごめん。オジサンの剣、使わせてもらうよっ)
ガシッ!
エルフ少女「ふっ!」ブンッ!
―ーガアアァァァッッ!! ――
ギイィィィンッ!
エルフ少女「っ! 重いっ!?」
エルフ少女(飛び掛ってきての攻撃だから当然……っていっても……こんなに……!?)
エルフ少女(全力なのに……支えるのがやっと……!? このままだと……!)
エルフ奴隷「『奔れ水の刃』」
シュバアアァァァ…!
ザッ!
エルフ奴隷「速くっ!」
エルフ少女「う、うん!」
~~~~~~
バタン!
エルフ少女「はぁ……はぁ……はぁ……」
エルフ奴隷「『結界と強固なる力の壁を』」
キィン!
エルフ奴隷「屋敷全体を覆いました。これでしばらく、時間は稼げるはずです……」
エルフ少女「でも……どうして逃げたの? 逃げながら秘術を使うなんてことしないで、真正面から戦っても……」
エルフ奴隷「それで負けたのが、前回の戦争です。彼等は自分が死なないための行動ならなんだってするんですから」
エルフ少女「そっか……だから右手を斬り落としてまで……あの人を……」
エルフ奴隷「はい。そうでもしないと勝てないと、本能的に判断したのでしょう」
エルフ奴隷「判断できたからといってあっさりと出来てしまうこと自体が、人間とは違う部分なのでしょうが」
エルフ少女「でも腕一本がなくなるなんて、失血死するんじゃないの?」
エルフ奴隷「いずれはそうでしょう。ですが、この結果が破られるまでは、おそらく保ってしまうかと」
エルフ奴隷「元々人間には、魔法で傷を治すことは出来ずとも、傷口を無理矢理塞ぐ術はありましたからね……きっと、それを発動させて、止血しているのでしょう」
エルフ奴隷「昔、片腕片足を無くしてもこちらに襲い掛かってきた狂化人間がいたこともありましたしね」
エルフ奴隷「その魔法が切れた時は確かに勝手に死んでしまいましたが……その瞬間を見て、無様に生き残った私が、こうしている訳ですし……」
エルフ少女「……そういえば今聞くことじゃないんだろうけど、奴隷ちゃんって、人間に捕まってすぐに奴隷になったの?」
エルフ奴隷「まさか。捕虜として拘留されている期間もありましたよ」
エルフ奴隷「その時の方が、奴隷になる前より待遇が良かったように思えるのが、少しおかしいと思えるところですよね……」
エルフ少女(……そういえば旦那様、エルフの捕虜と話して、秘術について知ったって言ってたけど……もしかして……)
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女(……まぁ、今は訊ねることもでないか……)
エルフ少女「それよりも、これからどうするか、だよね」
エルフ奴隷「……………………」
エルフ少女「奴隷ちゃん?」
エルフ奴隷「……私に一つ、考えがあります」
エルフ奴隷「昔試したくて試せなかった……ある方法が」
エルフ奴隷「成功するかどうかの自信はありませんが……協力、してもらえますか?」
今日はここまで
まぁこう、説明的な言葉が多いよね…
三人称の文なしだと戦闘シーンは本当に難しいと思う
二日も開いちゃったけど再開
~~~~~~
少しだけ時間を戻した、同じ深夜の時間帯
◇ ◇ ◇
城下街・作戦本部
◇ ◇ ◇
助手「これで襲われたのは、十三件目です」
後輩「…………」
助手「……どうしますか? 後輩さん」
後輩(こうも裏を読まれるとは……これは間違いなく、先輩の仕業だ……)
後輩(きっとこの街には、彼が敵地に侵入するときに使っていた、あの魔法が使われているのだろう)
後輩(どこに術式を広げたのか、自分でも分からぬよう……きっと水路とかに染み込ませ、時限的に発動するよう設定した、例の魔法……)
後輩(空気中にある水分から自らの近くにいる敵を察知。また、その水分を同時に音を吸収するものへと変換させ、大きな音を立てても静かにする、例の厄介な魔法……)
後輩(でなければこうも、毎回手薄になっている場所が狙われるはずもないし……門扉が破壊されても周囲に気付かれない、なんてことが、起こるはずも無い……)
後輩(……最初から先輩だと思い込んでいれば、もう少し被害を少なくできたものを……っ!)
後輩(僕の甘い考えのせいで……こんなっ……!)
助手「……後輩さん?」
後輩「……ああ、ごめん。少し、考え事をしてしまっていた……」
後輩「そうだな……敵が狙っている屋敷の共通点は、把握できているか?」
助手「はいっ。どうも、昨日事件が起きた奴隷市場で買われたエルフ達が、逃がされているようです」
後輩「そうか……ということは、同一人物なのは間違いない、か……」
後輩「で、次狙われるのはどこだ?」
助手「おそらく、こちらかと……」スッ
後輩「その根拠は?」
助手「ここが最後だからです」
後輩「……なんともまぁ、単純な理由だね……」
後輩「でもそうか……最後か……」
後輩「……………………」
後輩「……なら、僕自身が出向く、か」
助手「え?」
後輩「助手。騎士達に伝令魔法」
後輩「ただちに、今まで襲われてきた貴族の屋敷に赴き、生きている兵を回収し、撤退しろと」
助手「……後輩さんはどうするのですか?」
後輩「最後の場所で待ち構える。僕なら、相手のこの魔法に探知されぬよう動く術を知っている」
後輩「というか、僕にしかこの術式は使えない。例の自動魔力生成方の応用だからな」
後輩「だから相手にバレぬよう、射撃ポイントにつくために、僕一人で向かう」
後輩「少しでも警戒されては意味が無いからな……」
後輩「兵にはこの、最後に敵が来るであろう場所に近づかぬよう、徹底しろ」
助手「……かしこまりました」
助手「ご武運を」
後輩「……ああ」
後輩(助手には最後まで、先輩が犯人かもしれないとは教えなかったが……良かっただろうか……?)
後輩(……いや、良いだろう。いらない気を遣わせるぐらいなら……教えない方が……)
後輩(……さあ、先輩。……皆に迷惑をかけているという自覚……持ってもらいますよ)チャキ…!
~~~~~~
◇ ◇ ◇
ある貴族の屋敷
◇ ◇ ◇
ドガアァァン!
男「ふぅ……なんか、最後が一番呆気なかったな……」
男(まぁこっちも、ほとんどの回復魔力はなくなってきていたし、攻撃用の魔法ももう数えるほどしかストックがなかったからちょうど良かったけれど)
?「ぐっ……うぅ……」
男「……ごめん。手荒な真似をして……」スッ
ガラガラガラ…
男「瓦礫はどかしていくけど……治療できる場所には、連れて行けない。
男「後で来るかもしれない騎士達に、助けてもらって欲しい」
?「い、痛い……っす」
男「本当……ごめん」
タッタッタッタ…
ドオォンッ!
エルフE「っ!」ビクッ!
男「いた、か……」
エルフE「……なんですか、あなたは?」
男「キミ達を助けに来た……といって、信じてもらえないかな?」
エルフE「……上の爆発音は、あなたですか?」
男「ああ、ボクだね」
エルフE「……あなたは自分の同胞を裏切っている……それなのに、信じろと?」
男「うん、信じてもらいたい」
男(「こうして心の中で声を届かせられるってことがどういうことか、分かって欲しい」)
エルフE「っ!」
エルフE(「どういう……こと?」)
男(「キミにこの秘術を施したエルフメイドさんに、ボクも同じ秘術を施してもらった」)
男(「だからこうして、会話が出来ている」)
エルフE「…………」
男「言っておくけど、脅した訳じゃないよ」
男「人間に脅された程度で、同胞を危機的状況に追いやる人じゃない……そのことを一番分かっているのは、キミ達自身じゃないかな……?」
エルフE「……悔しいですけれど……その通りです」
男「ま、話を聞く余地が出来てくれたのなら、全員助けるよ」
エルフE「それで……どうして助けてくれたのですか?」
男「ごめん。詳しい話をしている時間はなくてね」キュポン
エルフE「? なんですか、その細長い瓶は」
男「この中に、その首輪の魔法を解く術式が編み込まれている。コレを全員の首輪にかけてもらいたい」
エルフE「…………」
男「信じてもらえないのなら、他の貴族に連れて行かれたエルフに訊ねれば良い。とっくにボクが助けている子が、中にはいるはずだからね」
エルフE「……………………」
男「…………どうかな?」
エルフE「……どうやら、本当のようですね」
エルフE「それで首輪の術式を解いてもらって、ある山の上にある屋敷に向かってもらうとか……」
男「そう。そこにキミ達の同胞がいる」
男「とりあえずは、そこに逃げて欲しい」
エルフE「……分かりました」
男「これを使って秘術が使えるようになれば、なんとかして人間に見つからないように逃げ切れるだろ?」
男「そこからは、お願いするよ」
エルフF「ああ……ああぁ……」
男「?」
エルフF「ああ……ご主人さま……旦那様……ああ……」
男「……その子は……」
エルフE「あ……えと、その……」
エルフF「ああ! お願いします……! もっと……もっと気持ちの良いことを……あなたにもあるそれで……私を……めちゃくちゃにしてください……!」
男「……そうか……ここにもいた、か……」
エルフE「…………」
エルフF「きもちいいのぉ……入ってくるのが、出ていくのが……その大きなので……お願いぃ……疼くのぉ……」
男「……他の場所にもいたけど……さ」サッ、サッ、サッ…
エルフF「熱い……あつい、あつい……もっともっとあつくして……私の火照りを……沈め……て……」ガクン
エルフE「っ!?」
男「大丈夫、眠らせただけだよ」
エルフE「そ、そうですか……」
男「……ごめんね……」
エルフE「え?」
男「ボク達人間のせいで、こうして壊れないと、生きていけないような子まで……作ってしまって……」
エルフE「…………」
エルフE「……ここにも、といいましたけれど、もしかして……」
男「うん。……さっきから、何度も見てきてる……」
男「他にも、ただただ怯えて悲鳴を上げる子も……喋れなくなってしまった子も……」
男「身体が震え続けて、意識が朦朧としている子も……怪我が酷くて、満足に立てない子も……沢山、いた」
エルフE「…………」
男「……ここから出るまでは当然だけど……できれば出てからも、皆と一緒になって……こうなってしまった子達を、助けてあげて欲しい」
男「こうしてしまった人間と同じ人間のボクが言うのも、筋違いなんだろうけれど……お願い」
エルフE「……言われるまでもありません」
エルフE「彼女も、私たちの同胞ですから」
男「……本当、エルフの仲間意識は、素晴らしいね……」
男「…………ありがとう……」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
貴族の屋敷前
◇ ◇ ◇
男(姿を見えなくする秘術……か)
男(……本当、秘術というのは便利だな……そりゃ、魔法しか使えない人間では、エルフに勝てないのは当然だ……)
男「…………」
男(まぁ、なんにしても……今救える子は、ここで全部か……)
男(他の奴隷市場の場所は知らないし、だからといって、片っ端から貴族の屋敷を襲えば良いという訳でもない……)
男(……この、無駄に広いだけの、味気ない広場で終わりというのも……中々に良いものかもしれな――)
…ヒュンッ!
ジャバァッ!
ギシィ―
―ジャバァッ!
男(っ!? 自動防御を、貫通……!?)
ザシュッ!
男「がああぁぁぁ……! ぐぅっ!」
男(足に……! くそっ……! 何が……!)
男(……矢……! まさか……っ!)バッ!
男「…………」キョロキョロ…
男(見当たらない……だが、短弓用の短い矢が、この開けた広場を持つ屋敷で、視界に収まらない場所から撃たれた……となると……!)
男(間違いなく……後輩だっ!)
男「……ぐああぁぁぁりゃあぁっ!」
ズリュッ!
ポイ
男(魔法で強化した矢か……いや、鏃を魔法道具(マジックアイテム)と化して用いた矢、か……)
男(どちらにしても、ここに留まるのは得策ではない……!)
男(だがまさか……脚を狙われるとは……っ!)
…ヒュンッ!
男「……ちっ!」
男(避ける……!)ザッ!
トスッ!
男(あっちかっ!)サッ、サッ
ザバァッ!
男(……手ごたえがない……! やはり移動したか……)
男(……いや、矢自体の方向を変えて撃っているという可能性も……!)
男(いやそもそも、この足元の水で届く範囲にアイツはいるのか……?)
男(くそっ……! 本当に厄介なやつだ……! アイツだけは……っ!)
男(でもとりあえずは……!)サッ、サッ、サッ、サッ…
パァンッ!
男(水の自動防御で防げないのなら、探知できるように水を分散させるだけ……!)
…ヒュンッ!
男(これでなんとか避け続けて……! 場所を特定してみせるっ!)
ザッ!
トスッ
…ヒュンッ!
男「…………」ザッ!
トス
…ヒュンヒュン!
男「…………」バッ!
トストス
…ヒュヒュヒュン!
男「ちっ……!」ゴロゴロゴロ…
トストストス
男「……っ」ピク
男(水滴に引っ掛かった……あそこか)スッ…
キュポン
ゴクッ…
男(水滴に引っ掛からないための魔法――それも、首輪にあった自動魔力生成を応用したようなものを発動していたようだけど……)サッ
ザバァ…
男(さすがにその程度じゃあ、空気中の水分探知からしか逃れられない)サッ、サッ、サッ、サッ…
男(足元に撒いたこの水を使っての探知は、とてもじゃないが無理だ……!)トンッ…!
ザシャンッ!
後輩「っ!」ビクッ!
後輩(なっ……急に、間合いを……!? というか、居場所がどうしてバレ――)
男「ふっ!」サッ
ザバァッ!
後輩「くっ……!」
サッ…!
…ヒュンッ!
ギシィ―
男(この自動防御程度じゃあ貫通するだろうが……矢は一旦止まる……! これならたやすく避けられる……っ!)
―ジャバァッ!
サッ…!
男「…………」サッ、サッ
ザシュゥ、シュピィ…!
後輩「…………」サッ、サッ
ゴォッ!
男(炎の壁……弓も使えて魔法も使えるってのはここまで厄介か……!)
ヒュン、ヒュン…!
ジャバァッ!
キン、キン…!
後輩「ちっ……」
後輩(魔力を込めていない矢だと、さすがに先輩の自動防御に弾かれるか……!)
男「…………」サッ、サッ
ザバァッ!
ザッ!
男(っ! 距離は開けさせないっ!)
ザッ!
後輩(魔力を込めて……!)
シュピィィィ…!
男(自動じゃない、魔力を操作しての防御なら――)
サッ、サッ
男(――例え魔力を込められて魔法道具(マジックアイテム)と化していても、防げるっ!)
ギンッ!
男(しかし……このままだとジリ貧か……)
男(そうなると、体力が無いボクが不利になる……)
男(……仕方が無い)
男「…………」サッ、サッ
スッ…
後輩(っ!? 瓶っ!? 先輩の魔法……!)
ブンッ!
後輩(そんな単調な攻撃でっ!)ヒュッ!
バシッ!
男(蹴り……! 割っても発動することを理解してる……さすが……)
男(……でも……!)
ジュシャァ!
後輩(水での魔法と瓶との同時攻撃……程度でっ!)サッ、サッ!
ゴオッ!
…コロン
後輩(っ!? 水の中に……瓶を……!?)
…シュバァッ!
後輩「くっ……!」
ザッ!
後輩(くそっ……避けきれないっ……!)
ゴバァッ!
男「…………」
後輩「…………ちっ」
男「おいおい……二つも使って、その弓を破壊するのが精一杯なのかよ……」
後輩「……それよりも、先輩?」
男「ん?」
後輩「確かに足を矢で貫いたと思ったんですけど……どうしてそんなに普通に歩けるんですか?」
男「どうしても何も、治療したからだよ」
後輩「魔法での治療は傷口を塞ぐのが精一杯じゃないですか。それなのにあなたは普通に立っているし、歩いているし、走っている。何故ですか?」
男「今キミ自身が言った通りだよ」
後輩「?」
男「魔法では治療できないから、秘術で治療しただけの話」
後輩「秘術……?」
男「エルフが使う魔法みたいなものを秘術と、向こうでは呼んでいるんだよ」
男「それを使えば傷口を塞ぐだけじゃなく、ちゃんとした治療も出来る」
男「キミだって覚えているだろ? エルフは呼吸さえしていれば、万全の状態に治すことが出来るってのを」
男「それを再現しただけさ」
後輩「エルフの使う魔法を……? いえ、秘術でしたっけ……」
後輩「なるほど……図書館でエルフの書物を返しに来たときに、悟るべきでしたね……」
男「キミも似たようなことをしてるんだけどね」
後輩「え?」
男「エルフの奴隷につけている首輪、アレの自動魔力生成は、秘術に必要な精霊を使っているんだよ」
男「その術式のおかげで、ボクはある仮説を立てられて……そのおかげで、ボクが作っていたものよりも簡単に、秘術を使えるようになったからね」
男「そしてそのおかげで、狂化された兵達を救う時間を、短縮できた」
男「本当ならもう数日かかっていたかもしれないからね……ありがとう」
後輩「……ですがそれは逆に、そのせいで今日、あなたがこんなことをしてしまったということですよね……」
男「…………」
後輩「……どうして、こんなことをしているのですか?」
後輩「王を裏切ってまで……どうして……」
男「……後輩はさ、エルフの奴隷制度についてどう思う?」
後輩「え?」
男「…………」
後輩「そ、それは……人間の奴隷と同じで、戦争孤児となった子達を助けられる、保護としては最高のものと……」
男「もしそれが……ちゃんとしていなかったとしたら?」
後輩「えっ……?」
男「人間の奴隷制度とは違い、買った人がなんでもできる、文字通りの奴隷として扱われていたとしたら?」
男「精神がやられてしまうぐらい犯され続けられてしまう状況に、陥られてしまうとしたら?」
後輩「そんなこと……あるはずは……」
男「そう。ボクもそう思っていた」
男「でも、そうじゃなかった」
後輩「……どうして、そう思ったんですか?」
男「思いたかったからだよ。彼女達のほうを、信じたくなったから。それだけ」
後輩「王よりも?」
男「王よりも」
後輩「……あなたを、今の立ち位置に導いてくれた――その奴隷制度を作ってくれた恩人なのに、ですか……?」
男「……ああ」
後輩「あなたは……王がこんなことを黙認していると、そう思っているということですか?」
男「思ってはいないさ。……疑ってはいるけどね」
後輩「…………」
男「……嬉しいことに後輩、キミはボクを慕ってくれている」
男「でも、それでも、王はそんなことをしていないと――ボクの言葉よりも王からの恩義を、信用するんだよね?」
後輩「……はい」
男「その逆だよ」
男「ボクは王への恩義よりも、彼女達を信じた。それだけだよ」
後輩「……エルフ達に騙されているだけではないのですか?」
男「今日、こんなことをする前だったら、ボクもその言葉で心が揺れたかもしれない」
男「でも、見ちゃったんだ。ボクは」
男「数人のエルフ達の心が、病んでしまっているのをさ」
男「そんなのを見てしまったら……もう、言葉を信じているだけ、では済まないよ」
男「その全てを信じてしまうに、決まってるじゃないか」
後輩「…………」
男「……まぁ、後輩が信じる必要は無いよ」
男「王を信頼している以上、そんなことはあり得ないと、そんなことがあれば対策をしてくれているはずだと、だからあり得ないんだと……」
男「そう考えてしまうのは、当然だからね」
後輩「…………そうですか……」
男「うん……」
後輩「それでは結局……僕達は、自分の信じるもの同士のために、戦うしかないんですね」
男「……キミとは、あまり戦いたくは無いんだけどね」
後輩「僕もですよ。先輩とは、戦いたくありません」
後輩「ですが……もう、信念同士のぶつかりだと言うのなら……」
後輩「……手加減は、しません」サッ
ギンッ!
男「っ!」
男(なっ……! 後ろ、から……!?)
後輩「僕は王を信じている。僕をこうして認めてくれた王を」
後輩「その王が、そんなことをやっているはずがないのに、やっていると言って……王を困らせるようなことを、あなたがするのなら……」サッ
ザシュシュシュシュ…!
後輩「先輩……いえ、男。僕はあなたと、戦います」
…パシャァ…!
フッ…
トストストストストストストス…
男「ぐ……っ!」
ポタ…ポタ…
男(自動防御で間に合わないぐらい、全方位から矢が飛んできた……)
男(深い傷はないけど……こんなに体力を削られたら……。……そろそろ、足元の水の維持が難しくなるか……)
男「……地面に刺さっていたはずの矢が……どうして……?」
後輩「どうして……? 簡単ですよ」
後輩「自動で魔力を得られる術式を使っただけです」
後輩「アレを篦に施しておいて、魔力を供給し続ける……」
後輩「そして僕の指示で目標へと飛来する術式を、羽根へと施しておく……」
後輩「そうすることで先輩……あなたの足元に広げている水のようなことが、術者と接点を必要とせずに、行うことが出来るんですよ」
男「ははっ……なるほどね」
男「自動魔力供給の術式を見つけた段階で、その可能性を考慮すべきだったな……」
男「……迂闊だよ……本当」
男「…………」スッ…
後輩「っ!」サッ
ヒュン…ッ!
パリィィン…!
後輩「魔力の回復なんて、させませんよ」
後輩「あなたの戦い方も、魔力の保存も、知っているんですから」
男「……ははっ、魔力回復だと決め付けて直接撃ち貫いたか……当たりだけど」
男「ま……そうだよね」
男「ボクがキミの戦い方を知っているように、キミもボクの戦い方を知ってるよね……」
男「互いに、色々と教えすぎてたかな……」
後輩「……………………一つ、腑に落ちません」
男「なにがだい?」
後輩「エルフ達の言葉を信じているのは分かります。僕は王を信じているので信じていませんが、本当に酷い扱いを受けていた実物を見たというのも、本当なのかもしれません」
後輩「でも……その行動に移る前に、どうして王よりもその子達を、信じられたんですか……?」
後輩「あれだけ王を信頼し、王のためにと行動していたあなたが……」
後輩「王がそんなことをするはずがないと否定せず、とりあえず行動に移ろうと……どうしてそう、思えたのですか……?」
男「……………………」
男「……確かにボクは、王のために行動していた」
男「でも、自分のための行動の方が多かったと自負している」
男「結局は、キミとは違うんだよ」
男「キミのように、王のため“だけ”の行動には、移れていなかった」
男「そこには結局、自分がしたいこととか、自分のためとか、そういうのがあったんだ」
男「……なんだかんだで自分本位だからね、ボクは」
男「だからまぁ、今回のコレのように……ボクのしたいことが誰かの反感を買うことなんて、あって当然なんだ」
後輩「……あなたの、したいこと……?」
男「ああ」
男「ボクは結局、この感情だけで、動いてきたんだ」
男「罪の償いに目処が立ってからずっと……ね」
後輩「それは……一体……」
男「……後輩はボクと同じ男だからね」
男「だから教えてあげるよ」
男「初めて口にする言葉だけど……」
男「ボクはね、彼女達のことが好きになったんだ」
男「奴隷として買った……二人のエルフにさ」
男「恋を、してしまったんだよ」
後輩「好き、って……相手は……エルフですよ!?」
後輩「それも確か、あなたの話では……つい最近買って、知り合ったばかりの……」
後輩「それなのに……それだけの短い時間で、好きになって……長い時間慕っていた王を、裏切るのですか……!?」
後輩「そんな……そんな、こと……」
男「女の子とまともに付き合ったことのないボクだからね。普通に話してくれるだけで、恋心を抱いたりしてしまうんだよ」
男「昔、うちの屋敷にいたメイドのことを好きになっていたこともあったぐらいだよ」
男「もっとも、彼女は他の誰かと結婚してしまったけど……思えばアレが、人生二度目の失恋だったかな」
男「一度目は、今もキミのところにいる助手だったりするしさ」
男「……本当、嘘みたいで冗談っぽいけどさ……情けないことに、本当のことなんだ」
男「ボクはとてつもなく、惚れっぽい男なんだよ」
後輩「…………」
男「そしてまぁ後は、惚れた弱みだよ」
男「好きになった子のために、色々とやってやりたい」
男「笑顔のために頑張ってやりたい」
男「喜ぶ声のために願いを叶えてやりたい」
男「……それだけが、今のボクを動かしている……この行動を起こそうという気にさせてくれた、感情さ」
男「……本当はこういう話をもっと、後輩と、こんな殺伐としていない空気の中でしたかったんだけどね……」
男「どういうところが好きとか、どうして好きになったのだとか、そういう、男の子っぽい会話をさ……」
男「ボクはキミのことも、数少ない友人だと思っていたしね」
男「……本当、ボクは惚れっぽい」
男「普通にこうして話してくれるだけで、今も敵となったキミのことを、いまだに慕ってしまってるんだからさ」
男「……まぁ、ただの寂しがりやなだけなのかもしれないけど……ね」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
屋敷
◇ ◇ ◇
ドンッ! ドンッ! ガシャァッ!
エルフ少女「……姿が見えなくなったって言うのに、なんでこうまだ屋敷を攻撃してくるのか……」
エルフ奴隷「新しく敵を見つけるまでは、私達のことを脅威だと認識してくれているのでしょう」
エルフ奴隷「あの化け物へと変えた人間も離れているようですし……どうも、アレでこの屋敷をメチャクチャにした後にでも、突入してくるつもりでしょう」
エルフ奴隷「きっとご主人さまが作ったことがあると言っていた、例の無力化するための魔法水も用意しているのでしょうしね」
エルフ少女「……それを聞くと、私達が頑張るのが間違えているような気さえしてくるなぁ……」
エルフ少女「アイツ等に自己責任として無力化してもらったほうが良いんじゃない?」
エルフ奴隷「その方法があればそれでも良いのですが……屋敷全体を結界で包んでしまった以上、裏口から出るというだけで結界が壊れてしまいますからね……」
エルフ奴隷「もっと上等な結界秘術を使えれば良かったのでしょうが……私の場合、内側から出ないことを条件とした強固な結界しかありませんでしたので……」
エルフ少女「それで謝られたら、通信秘術と身体強化と物体操作という簡単な秘術しか使えないわたしの方が問題になるって……」
エルフ少女「それに……これからやることなんて、奴隷ちゃんのすごい秘術があってこそ出来ることなんだし」
エルフ奴隷「ですが要は、少女さんの体術ですよ。今はあなただけが頼りなんですからね」
エルフ少女「……まぁ、奴隷ちゃんが集中しないと使えない秘術みたいだからね……仕方ない、か……」
エルフ少女「本当はわたし以外の人がした方が安心するんだろうけどね……」
エルフ奴隷「そんなことはありませんよ。私はあなたの実力を先程見て、大丈夫だと、確信しておりますので」
エルフ少女「それは……まぁ、ありがとう。未熟なわたしを評価してくれて」
エルフ奴隷「いえ。当然の評価ですよ」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「……それじゃあまぁ……」
エルフ奴隷「はい……始めましょうか」
エルフ奴隷「結界を、解除します」
バギャァンッ!
―ーグオオオオオオオオオアアァァァッッ!! ――
ダッ!
エルフ少女(まずはこの剣を……脚に――外側から狙って投げるっ!)ブンッ!
ザッ!
エルフ少女(当然そちら側へと避けるだろうから――)
エルフ少女「『握り、振るえ』」
ブンッ!
ザシュッ!
――ギュオオオオオォォォォォォォッッッ!
エルフ少女(よしっ、これで狙い通り片足は斬れた……! どうせ跳んだりして距離を詰められるだろうけど、速度は多少落ちるはず……!)
エルフ少女(その速度が落ちた隙に……!)
エルフ奴隷「『武装使用結界・鎖四肢個体対象型・中心点作成――展開』」ブンッ!
ドッ!
…ブンッ…
…ガシャガシャガシャ…!
エルフ奴隷(拘束完了……っ!)
エルフ奴隷(戦場ではこの拘束を試す間もなく、誰かに伝えようとも試してもらえたかどうかも分からないままでしたしね……)
エルフ少女(後はこの首を刎ねれば……!)
ダッ!
エルフ少女「『戻ってきて』」ヒュッ…
パシッ!
エルフ少女(これで……!)ヒュッ!
ピシッ!
エルフ奴隷「っ!」
エルフ少女(……終わりっ!)ブンッ!
エルフ奴隷「っ! 避け――」
ガシャァンッ!
エルフ少女「なっ……!」
パシィッ!
エルフ少女(くっ……掴まれ……! 離れないっ……!)グッ! グッ!
エルフ少女(っ! 違う、わたしが離さないと――)
ヒュンッ!
エルフ少女「っ!」グンッ!
エルフ少女(しまった……引っ張られ……!)
フッ…
ドグシャァッ!
エルフ少女「が……っ! はあぁっ!」ベキベキベキ…!
ブォン…!
エルフ奴隷「少女さ――」
…ドォンッ!
エルフ少女「ぐ……あ……っ!」ベゴォァッ!
タッタッタ…
エルフ奴隷「少女さんっ!?」
エルフ少女「あ……あ……はぁっ! はぐっ……! ひゅー……」
エルフ奴隷(くっ……このままだと、少女さんが……!)
エルフ奴隷(でも……――)
――ウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッッ!! ――
ピシィッ! ピシィッ!
エルフ奴隷(――……先に少女さんを治療していては……あの化け物の拘束が……!)
エルフ奴隷(でも拘束を先にしては……少女さんが無事でいてくれるかどうか……)
エルフ奴隷(……少女さん……)
エルフ奴隷(……私の、見通しの甘さのせいで……こんなことに……)
エルフ少女「ふー……ふー……ひゅー……」
エルフ奴隷(よくよく考えれば、こんな方法でコレを倒せていたのなら……今頃戦争でも、負けていなかった)
エルフ奴隷(それに、他の同胞が思いついていて、当然のことでもあった……)
エルフ奴隷(そのことに気付きもせず……こんな作戦を、提案してしまって……)
エルフ奴隷(少女さんに、大怪我をさせてしまって……)
エルフ奴隷(……化け物を目の前にしての恐怖で思考が止まっていたとしても……これは……)
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷(少女さん……私は……)
エルフ奴隷「…………」ブツブツ…
エルフ少女「……ん」
エルフ奴隷「あ……良かった……です」
エルフ少女「奴隷……ちゃん……? わたしは……確か……」
エルフ奴隷「はい……すいません。私のバカみたいな作戦のせいで……こんな大怪我を……」
エルフ少女「……ううん。今奴隷ちゃんが治療してくれてるから、良いよ」
エルフ少女「でも……あの化け物は?」
エルフ奴隷「……そろそろ、拘束が解けそうです」
エルフ少女「そう、か……」
エルフ少女「……不謹慎なんだろうけどさ……嬉しかった」
エルフ奴隷「えっ……?」
エルフ少女「本当はダメなんだろうけど……あの化け物を止めることよりも、わたしを優先してくれて……嬉しかった」
エルフ奴隷「……当然じゃないですか」
エルフ奴隷「罪悪感を抜きにしても……あなたはもう、私の傍にいて欲しい人の、一人なんですから」
エルフ少女「……うん、もう大丈夫。ありがとう」スッ
エルフ奴隷「いえ……」
エルフ少女「さて、と……片腕が自由になってからもあの結界、結構もってるけど……」
エルフ奴隷「個人に対して発動する、媒介ありの結界ですからね……」
エルフ奴隷「おそらく片腕でも自由になったのは、あの化け物の防衛本能による底力のようなものだったのでしょう」
エルフ奴隷「それも想像できず――」
エルフ少女「それはもう良いって」
エルフ奴隷「――はい」
ブツブツ…
エルフ少女「『戻ってきて』」フッ
パシッ!
エルフ少女「でもまぁ、アレは結構惜しかったし……もう一回その方法でいきましょうか」
エルフ奴隷「ですがそれだと……!」
エルフ少女「また死にそうな怪我したら、また治してくれたら良いから」
エルフ少女「苦しかったけど、治してもらえるのが分かってるなら……大丈夫だから」
エルフ奴隷「……分かりました」
バギャアァァン!
―ーグオオオオオオオオオアアァァァッッ!! ――
エルフ少女「さぁ……行くよっ!」
エルフ奴隷「……はいっ」
ダッ!
?「そこまでですっ!」
バシャァ!
?「拘束秘術! 簡易なもので良いので急いでっ!」
エルフG「はいっ!」ブツブツ…
―ーグオオアアアアアアアアアアァァァッッ!! ――
エルフG「『四肢拘束』」
ジャラ…
――ウゴアァッ! ――
ガシャァン!
?「何度もお願い! 次第に力を失ってくるはずだからっ!」
エルフG「『四肢拘束』」
ジャラジャラ…
――オオオオァッ! ――
ガシャァン!
エルフG「『四肢拘束』」
ジャラジャラジャラ…ギチ
――アアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッ! ――
ガシャァン!
エルフG「『四肢拘束』」
ジャラジャラジャラ…ギシッ…
――ウゴ、ウオッ、アァッ! ――
ガチ! ギチッ…!
エルフ少女「動きを……」
エルフ奴隷「止め……た……」
?「間に合って良かったです」
エルフ少女「……あ」
?「お二人とも……よく、耐えてくれました」
エルフ奴隷「……それを言ったら……よく、間に合ってくれました」
エルフ奴隷「……エルフメイドさん」
エルフ少女「メイドさんっ!」ガシッ!
エルフメイド「あ、っと……」
エルフメイド「……こうして会ってお話するのは、久しぶりですね……」
エルフ奴隷「ありがとうございました。お二人が来て下さらなければ……今頃は」
エルフメイド「私は何も……拘束してくれたのは、こちらの同胞です」
エルフG「どうも」
エルフ奴隷「ですが……拘束前に何かをかけていましたけれど……あれは?」
エルフメイド「あなた方を買った人から預かっていた、秘術を魔法で封した瓶ですよ」
エルフメイド「万に一もあり得ないだろうけれどあっても損はしないだろうから、と渡してくれたものです」
エルフ奴隷「秘術を、魔法で……?」
エルフメイド「はい。あの狂化された存在を、元に戻すもの……だそうです」
奴隷少年「…………」
エルフ奴隷「……本当、あの人には敵いませんね……その万に一つが、本当にあったんですから……」
エルフ奴隷「でも本当……おかげで、助かりました」
エルフメイド「本当ですね」
エルフ奴隷「あなたにも助けられたんですよ」
エルフ奴隷「秘術が使えなくなって怖いはずですのに、裏口から入って、こうして……あの化け物に、ソレをかけてくれたのですから」
エルフメイド「……当たり前じゃないですか」
エルフメイド「だって私は……そうして欲しいと、救ってくれなかった人に、頼まれてしまったのですから」
~~~~~~
時は戻って昨日・深夜
◇ ◇ ◇
奴隷市場
◇ ◇ ◇
ズシュッ…!
エルフメイド「ぐっ……はぁっ!」ズリュッ…!
ザシュッ…!
エルフメイド「がっ……ふぅっ!」ザリュッ…!
エルフメイド「うっ……」カラン…
ドサ…
男「…………」
エルフメイド「…………」ピク、ピク…
男「……………………」
男「……ごめん。エルフメイドさん」キュポン
男「ボクはあなたを……救えそうにないよ……」
カツ、カツ、カツ、カツ…
…ビチャビチャビチャビチャ…
エルフメイド「……はっ」
エルフメイド「…………」
男「……………………」
エルフメイド「……どうして……?」
エルフメイド「どうして私……生きているんですか……?」
男「……結局ボクが、あなたを救えなかったからですよ……」
エルフメイド「どう、いう……」
男「……お腹に開いた傷口を、塞いでしまいました……」
エルフメイド「なっ……! そんな、約束と……!」
男「ええ……約束と違います」
男「ボクはあなたに秘術を施してもらっておきながら、あなたを殺しませんでした」
エルフメイド「なんで――」
男「殺せなかったからですよ、あなたを」
エルフメイド「――っ」
男「……すいません。ボクの身勝手です」
男「身勝手で、あなたを生かしてしまいました」
男「救われない、秘術も使えないこの世界を生きてくれと、絶望に染まったこの世界で生きてくれと……そんな、酷なことを、お願いしました」
エルフメイド「……どうやってですか? 人間は確か、傷を塞ぐことしか出来ないはずでしたよね……?」
男「……エルフの秘術ですよ。ボクはそれを使えるよう、必死に研究していましたので」
エルフメイド「なるほど……あなたがエルフを買いに来たのは、そういった理由でしたか……」
男「はい。……あなたの傷を塞げたのも、そうして身に着けた秘術のおかげです」
男「秘術を、水の中に魔法で固定化する方法――魔術とでも呼ぶべき、その方法のせいで……」
男「あなたは、死ねなかった」
エルフメイド「…………」
男「ですが……あくまで出来るのは、秘術と同じことです」
男「呼吸をしなくなった者を治すことは出来ません……」
男「……ので、お腹の子は、おそらく……」
エルフメイド「そう……。……不幸中の幸い、とは、このことですね……」
エルフメイド「でもまさかあなたが……約束を違えるとは……」
男「…………」
エルフメイド「……今度は、私自身が、私を殺さないと……」
男「……なんとか、生きてはもらえませんか?」
エルフメイド「イヤですよ」
エルフメイド「もう、こんな世界を……生きていくのは」
男「……ボクはあなたに、生きていてもらいたい」
エルフメイド「あなたが買ったあの子の為に、ですか?」
男「ボクが生きて欲しいと思ったから、ですよ」
エルフメイド「そんな身勝手な理由で……私に、この辛い世の中を生きていけと……?」
エルフメイド「秘術も使えなくなって……人間とも戦えなくなって……何をされるか分からない……この世を……?」
男「……秘術が使えなくても、あなたの同胞があなたを、守ってくれるはずです」
エルフメイド「そんな迷惑になるようなことをしてしまうのなら……いっそ……!」
男「今まで他の子を助けてきた君を助けることが迷惑だなんて思う子はいないと思いますけど……」
男「まぁ、本人がソレを気にしてしまうのなら、いくら言っても無駄か……」
エルフメイド「…………」
男「それなら……ボクのところに来てくれませんか?」
エルフメイド「は……?」
男「ボクがキミを救わなかった責任として、キミを守っていきます」
男「キミに生きて欲しいと願ったボクの責任として、キミの前に、立ち続けます」
男「あらゆる人間から」
男「この世界の辛さから」
男「あなたを……無様に晒し続けてしまわないために」
男「だから、お願いします」
男「どうか……死なないで下さい」
男「絶望の中を、生きてください」
男「辛い世の中を、苦しみながら……どうか……生きて……生き続けて……」
男「そんな中を歩ませることをしてしまった罪を……」
男「あなたに秘術を使えなくしてしまった罪を……どうか、償わせてください」
~~~~~~
戻って・深夜
◇ ◇ ◇
屋敷
◇ ◇ ◇
エルフメイド(そうして生かされて……この魔法の水を託されて……)
エルフメイド「それで山の中で皆と別れ、同胞を一人だけ引き連れて、こうして裏口から入るようなルートを取ったのです」
エルフメイド「私があの人間に託された魔法の水は、さっき狂人に降りかけた念のためにという水と、首輪にかけられた魔法を消すためのもの……」
エルフメイド「私を助けた段階ではその首輪解除の魔法は二つしか持っていなかったそうでしたけれど、それを二つとも、渡してくれました」
エルフ奴隷「なるほど……皆と固まって行動している間に、コッソリとその水を使って首輪の魔法を解除した……」
エルフメイド「はい。探知の魔法がどういったものかは分かりませんが、これだけ集まっている中で二つだけ首輪の探知が消えたところで、バレるとは思えませんでしたから」
エルフ奴隷「で、それから別れることで、相手に二人を察知される心配も無かった……」
エルフメイド「そういうことです」
エルフ奴隷「ご主人さまの作戦上なら、裏口の安全を確保するための役割だったそうですが……」
エルフ奴隷「まさかこうしたタイミングで来て下さるとは……正直、助かりました」
エルフメイド「でもまさか、包囲網の抜け道どころか、その包囲網すら無いとは思いもしませんでしたよ」
エルフG「さすがの私達でも、これだけ何も無く屋敷に近づけたことに違和感を覚えましたからね」
エルフ奴隷「あの狂化された人間を投入するために、一応の撤退をしているのでしょう」
奴隷少年「…………」
エルフ少女「んじゃ、それを完璧な撤退に持ち込むためにも……」
エルフ奴隷「はい……この少年を連れて、表へと出ましょう」
エルフ奴隷「戦いになるかもしれませんが……英雄と呼ばれていた男と、この狂人を倒した今……」
エルフ少女「負けるはずは無いってね」
エルフ奴隷「はい。私達の、勝利です」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
貴族の屋敷前
◇ ◇ ◇
男「ともかく、そろそろ決着といこうじゃないか」スッ…
後輩「っ! だから、させませんっ!」サッ
シュパァッ!
…パリン
後輩(会話で混乱させ、その隙に瓶を取り出し飲もうって魂胆なんだろうけど……そうは――)
男(……とか、考えていそうだけど――)
シュゴォォ!
後輩(――なっ……! 普通の、魔法……!?)
男(――はずれだっ……!)
後輩「ぐっ……!」
後輩(無数の蛇が襲い掛かってくるみたいに、火が……!)
後輩(だが手元でこんなものを発動させたら……!)
男(そう……ボクの手は大火傷。瓶を持っていた右半身だって少し焦げたような匂いがする)
男(こうなるからこそ今まで、取り出す瓶は全て魔力の回復だろうと決め付けていたのだろう)
男(……もう彼の不意を衝けるのは、この方法しかなかった)
男(確かに痛い……熱さを通り越した痛みが走ってくる)
男(だけど、こうまでしてまでやれる価値は……あるっ……!)スッ…
後輩(っ! 新しい瓶……! でも、今はこの蛇を避けるので精一杯……! 魔力の回復をされる
……!)
男(いや……魔力の回復じゃないんだ……これは)キュポン
男(これは……残っている僅か二つのうちの一つ……秘術だよ)ゴクッ…
後輩「ちっ……!」
後輩(距離をとってなんとか火の蛇は避けられたけど……魔力を回復した状態のあの人と、弓を壊された状態で勝てるかどうか……)
男「…………」ブツブツブツ…
後輩「……?」
男「『落雷』」
ドォン…!
後輩(なっ……! 僕が仕掛けておいた矢が……全部っ!?)
後輩(いや……それよりも……魔力が走った跡が見れなかった……)
後輩(あれはまさしく……)
男「気付いてくれた?」
後輩「っ! ……はい……」
後輩「……それって、エルフが使う魔法、そのものですよね……?」
男「そう。秘術を使えるようにする魔法……それを飲んだんだ」
後輩「……そんな、狂化の水のようなものを……また……」
男「確かに危ないものかもしれないけれど……それでもまぁ、これが安全なものだっていうのは、実証されてるからさ」
男「エルフ達本人によってね」
「キミが編み上げた外部からの魔力供給術式……アレをみてピンときたんだ」
男「もしかして秘術にも、魔法でいう魔力のようなものが必要なんじゃないか――体内に何かがないと秘術が使えないんじゃないか、ってね」
男「……ううん、そんな格好の良いものでもないか」
男「最初は、精霊を体内に取り込めば、一定時間無限に魔力を、体内に生み出し続けることが出来るんじゃないか、っていう考えだった」
男「で、そっからエルフの書物を、また読み込んでいったらさ……エルフ自身の体内で精霊の循環を果たしている、みたいな記述があったんだよ」
男「最初は“精霊に語りかけるということは、精霊を体内に取り込んで、その体内で精霊が、体内に取り込んだ人が『世界に具現化したい』と願っていることを受け取って、外へと出ることで世界に影響を与えている”と思っていたんだけど……」
男「本当は“エルフの体内には常に精霊が存在し、空気を入れ替えるかのように外にいる精霊と入れ替わったりしている”ってことだったんだ」
男「つまりは、“身体自身と自分自身を世界の一部だ”と世界に誤認させているということだったんだ」
男「そのおかげでエルフ達は、ただ声を上げるだけで、世界に干渉を果たしてもらっているんだよ」
男「人間みたいに、魔力を作り上げて、無理矢理世界に干渉を果たしてるんじゃなくてさ」
男「きっとエルフが使える秘術にムラがあるのは、体内の精霊の数が多いか少ないかの違いのせいなんだよ」
後輩「…………」
男「……まぁ、そんなことをいきなり今説明されても、困るだろうけどさ……」
後輩「……つまりあなたは今、エルフと同じことが出来ると……?」
男「そういうことになるね」
男「精霊を体内に取り込んで循環させる……いくつも秘術を魔法で固定化する魔術を使ってきたボクだからこそ、コツも掴み終えているしね」
後輩「……はぁ……。……だったら、僕の負けですよ。降参です」
後輩「遠隔操作できる矢を壊され、遠距離攻撃ができる弓を壊され、魔法しか使えなくなった今……勝てるはずもありません」
後輩「ここで……終わりです」
男「……………………」
男「……そうか……」
男「良かった……」
男「本当……後輩、キミを殺さずに済んで、良かったよ」ザッ
後輩「…………」
ザッ、ザッ、ザッ…
…ピタ
男「ああ……そうだ」
後輩「はい?」
男「良かったら、王に直々に会ってみると良い」
後輩「え?」
男「キミはいつも、大臣の言葉を聞いていたんじゃないのか? 王の言葉だと言われて」
後輩「……まぁ、そうですね……今回のコレも、王のためと彼に言われて行ったことですし……」
男「だったらやっぱり、一度王に会って、そのことを問いただして見た方が良い」
男「……いや、違う」
男「問いただして欲しい」
男「先輩からの、最後のお願いだ」
後輩「…………」
男「きっと今回の騒ぎで、大臣で止まっていたこの一件、王の耳に入ると思う」
男「その時にでも、エルフの奴隷の件も含めて全部を――キミが信じている部分だけでも、言ってやって欲しい」
男「反逆者になってしまったボクでは言えないだろうからさ……頼むよ」
後輩「……はい……っ!」
◇ ◇ ◇
街外れ
◇ ◇ ◇
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…
男(さて……これだけやればもう、十分か……)
男(実は回復するための魔力ももう無いし……あるのは、精霊を体内に取り込む方じゃない魔術が、一つだけ)
男(攻撃用の魔法も何もかもが、失われた)
男(今まで貯め込んでもの全てを使って……エルフ達を助けて……)
男(これから先は……どうしようか……?)
男(……まぁ、色々と、考えてはいるんだけど……)
男(実行に移せるかどうか……か)
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…
パシャァ!
男「つめたっ!」
男(水……? ……っ……!)
男『この足元に置いておく水の弱点はね――』
タッタッタッタッ…!
男『――普通の水をかけられてしまうと、術式が無くなってしまう事なんだ――』
男「くっ……!」バッ
男『――だから、雨の日とかボク……じつは、何にも出来なかったりするんだよね』
ダッ!
男「っ!」
ザシュッ!
男「……ぐぅっ……!」
ズリュッ…ズリュッ…!
男「あ……ぐぅ……がはっ……!」ゴハァッ!
ビチャビチャビチャ…
?「…………」
男「……うぅっ! ぐっ……そんな……捻り込まなくても……大丈夫だよ……」
?「…………」
男「ただまぁ……刺すんなら、お腹じゃなくて、心臓にして、欲しかったな……」
男「おかげで……すごい、痛い……」
?「……………………」
男「……ボクが昔、キミに喋った……キミにしか喋ってない、ボクの弱点……よく、覚えていてくれたね……」
?「……………………」
男「ただ……どうして、こんなことをしたのか……教えて欲しいな……」
男「……メイド、さん」
元メイド「……あたしは、元メイド、ですよ」
ザリュッ!
男「うぅっ!」
ポタ、ポタ…
元メイド「…………」
男「……これでも結構、仲良くしてきたつもりだったんだけど……」
男「……ボクの勘違い……だったかな……?」
元メイド「……あなたが……あなたが、犯人なのでしょう……?」
男「……?」
元メイド「……あたしの旦那様を殺した……瓦礫の下敷きにした……犯人なんでしょう……?」
男(瓦礫……? ……ああ、そうか……)
男「……エルフを助けて回っただけだよ」
男「でもまさか……キミの旦那さんが、エルフを買っていたなん――」
元メイド「旦那様は買ってない!」
男「――っ」
元メイド「奴隷なんて、人間のものを含めてっ! 買ってないのっ!」
元メイド「それなのに……それなのに……!」
元メイド「ただ、あの人の兄弟が……! その屋敷に呼び出されたその日に……あなたが……襲ってきて……! それで、壊されて……! 下敷きに……なって……! 死んで……っ!!」
男(ああ……くそっ……なんて巡り合わせだ……)
男(なんて……なんて不幸な、巡り合わせだ……)
男(誰も殺さないようにしてきたけれど、やはり何人かは、殺してしまっていた……)
男(そしてその少ない数の中に、元メイドさんの旦那さんが、含まれていた……)
男(それも本来なら、怪我すらせず……こんなボクの身勝手に巻き込まれることも無いような人が……)
男(運悪く、巻き込まれてしまった……)
元メイド「だからっ……!」ブンッ!
男(……そうか……そうだよね……)
男(そりゃ……ボクを全力で、刺しにもくるか……)
男(本当に殺す気で……ただ、怒りに任せた行動じゃなかったから……自動防御の術式を崩壊させられる方法を、取ってきた……)
男(……良いさ。怒りはしない)
男(怒る理由も無い)
男(こういうことになって命を狙われてしまうことぐらい、予測できたことだ)
男(あって当然の、ことだ……)
男(ボクの、罪だったんだから……)
男「……ごめんね。みんな……」
ザシュッ!
…バタン…
第四部はここで終わり
…なんだけど、本当はここにちょいちょいと書き足して終わる予定だったんだけど…
昨日、投下前にちょっとご都合主義なエピローグが思いついてしまって…
というわけでソレを投下します
こっから先は本当に、今まで以上にご都合主義だからご注意を
――エピローグ――
◇ ◇ ◇
王城
◇ ◇ ◇
王「そうか……それが後輩の語る、この事件の全てか……」
後輩「はい……」
王「……大臣」
大臣「……はっ」
王「何か、言うことは……?」
大臣「……あの男という人間は、反逆者です」
大臣「貴族を数人も殺し、エルフが酷い扱いを受けていたと虚言を吐き、自由となっていたエルフを逃がした……」
大臣「きっと、精神がおかしくなっていたのでしょう」
後輩「っ……!」
王「そうか……ならお前は、先ほどオレに言ったとおり、エルフ達の脱走を手引きしたのが男で、男がエルフの奴隷制度について虚言を吐いていたに過ぎず……」
王「そのエルフをも騙し、自分の財産にしようとしていたと……そう、言いたいのだな?」
大臣「はっ」
王「……王として、親友だからと、男の肩は持てない……」
王「公正な立場で、物事を判断しなければならない……」
王「だがな……大臣。それを抜きにしてもオレは、お前を信用できない」
大臣「なっ……!」
王「二人のエルフの奴隷を買い、時間をかけて信用させ、その二人を起点にエルフを騙してきた……」
王「だから今も男の屋敷に全員がいたままになっている。エルフは仲間意識が強い故に、その少人数を騙せたが故に、そうなった……」
王「ああ、なるほど。確かにその通りかもしれない」
王「後輩自身も、エルフが本当に犯されていたかどうか、人間の奴隷制度よりも酷いことをされていたのかどうか、といった証拠も見つけられていないのだしな」
王「結局あのエルフ達がいる男の屋敷に男自身が戻っていない今、あのエルフ達も騙されたかどうかの判断が出来ないのかもしれない」
後輩「…………」
王「しかし、だ。だがそうなると何故男は、最初からソレをしなかったんだ?」
大臣「……?」
王「今回の貴族の屋敷襲撃事件、その全てを男一人で成し遂げたそうじゃないか」
王「それだけのことをするのに準備が必要で、その準備にエルフが必要だったのだとしても……わざわざ奴隷市場を襲ってから一日を待つ必要性が感じられない」
王「兵の数を分断させるためだと後輩は言っているが……奴隷市場を襲ったその日に成し遂げようと行動していれば、そもそも兵のほとんどが投入されてしまう心配なんてする必要が無い」
王「まして、闇夜に紛れて行動し、相手の位置を把握できる魔法まで展開できる、あの男が相手だ……その日でも良かっただろう」
王「だが、何故そうしなかったと思う?」
大臣「それは……その一日で、準備をしたからかと……」
王「だろうね。オレもそう思う」
王「だが男がどうして、そんなことをする?」
大臣「……おしゃってる意味が、分かりませんが……」
王「彼ほどの人が、どうして“一日でカタをつけられるよう予め準備して来なかったのか”って訊いている」
大臣「それは……私には、分かりかねます……」
王「そうか……まぁ、分からないものは仕方が無いか」
王「しかし……王としてじゃないオレは――アイツの親友であるオレは、実は分かっている」
大臣「え……?」
王「簡単なことだ」
王「“そうして少しでも一日を短縮してこちらを混乱させなければいけないほど切羽詰っていた”ということだろう」
王「準備を自分の屋敷で行っている場合じゃないと思えるほどの何かがあったと……そういうことだ」
大臣「…………」
王「では、それが何か?」
王「さすがにここまでくるとオレでも分からない」
王「だがヒントはある」
王「なぁ、後輩?」
後輩「え……?」
王「男がお前に明かしてくれたことだよ。もしかしたらソレは本当かもしれない、ということだ」
後輩「あ……」
王「というわけで後輩、宮廷魔法使いのお前に頼むことではないのだろうが、その調査、お願いしても良いだろうか?」
大臣「ちょ、ちょっと待ってください、王」
王「どうした?」
大臣「エルフの奴隷制度については私に一任してくださっていたはず……! それなのにどうして私に頼んで下さらないのですか……っ!」
王「言っただろう? 男の親友であるのを抜きにしても、お前を信用できないと」
大臣「なっ……!」
王「父の代からずっとお前を大臣として置いてきていて信用もしていたが……さすがに今回の一件、お前は一切関わるな」
大臣「ど、どうして……!」
王「……一任しているお前に、その疑いがかけられたからだよ」
大臣「っ!」
王「それでお前に調査させたところで意味が無い」
王「それならば、他の人間に任せるのがスジだろう?」
王「後輩なら、大臣に何を言われても、オレの言うとおり公平に調査してくれそうだからな」
王「頼むぞ、後輩」
後輩「っ! ……はいっ!」
~~~~~~
後輩(そうして調査の結果……先輩の言っていた通りだということが判明した)
後輩(どこの奴隷市場でも同じで、どこで買われたエルフも同じ……)
後輩(奴隷商は口を揃えて言っていた)
後輩(大臣がその裏協定を結んできたと)
後輩(途中で国の暗部から、僕の命が狙われたこともあり……確定的となった)
後輩(その後、大臣は国外追放。息子もそれに付き添う形となった)
後輩(また、エルフを買い、エルフ達自身が酷いことをしてきたと証言した貴族達は、その役人としての立場を追われ、国への政治に口出しが出来なくなった)
後輩(たくさんのエルフを傷つけておきながら、それら沢山の人全てが死刑でないのは、ぬるいのかもしれないが……)
後輩(……エルフ達がそう提示してきたので、王としても、その言葉に従った)
後輩(そう……エルフ達が、だ)
後輩(彼女達は大臣の罪が決まり、奴隷という立場から解放を約束されてからすぐ、元々エルフの里があった場所への移動が決まった)
後輩(元の広さの領地は無いけれど……エルフの国と、再び分別された訳でもないけれど……)
後輩(沢山の人間が里の近くに住み、その同行を役人や貴族達が監視し、また人間の法律の下で生活することになってしまうけれど……)
後輩(数人の人間がエルフの里で暮らし続ける……そんな、本当に近くで監視されてしまうような生活に、なってしまうけれど……)
後輩(それでも、人間達の元、色々とされてしまうよりかは幾分もマシな状況に、落ち着いた)
後輩(だがこれは、現在の王が生きている間のみである)
後輩(エルフのような長寿にしてみれば、本当に短い時間の話)
後輩(それ以降は、人間のやり方に納得がいかなければ……反論を許されるようになった)
後輩(ただただ黙って従う期間は、今の王が王である間のみ)
後輩(そういう、約束となった)
後輩(それ以降の世代は、エルフとの話し合いの場を設けることとなった)
後輩(これは結局……戦争前までのような、全く接点を持たず、形だけの同盟だけが続いていたことも考えれば、ある意味進歩した関係になったとも言える)
後輩(そう言って王は、悲しいことも沢山あったが、少しでもプラスが生まれて良かったと、そう語ってくれた)
後輩(そうして……それらの取り決めや実行に移す期間などで……三つ、月が上り下りを繰り返した……ある日)
後輩(エルフの里付近に貴族や役人が住むための、小さな町も出来……そこに移住も始まり……)
後輩(ついに……エルフの里へと住む、数人の人間が……街を、出て行った)
後輩(一人の女性と一人の男性……そして、一人の大罪人を乗せて……馬車は出て行った)
~~~~~~
◇ ◇ ◇
エルフの里
◇ ◇ ◇
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「奴隷ちゃん……」
エルフ奴隷「……ん?」
エルフ少女「また、人間の街がある方を見てる……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「そんなに……旦那様のことを……」
エルフ奴隷「……まぁ、あの人の近くにずっといたかったのは、事実ですね……」
エルフ少女「……わたし達がこうして、ここに戻ってこれるようにしてくれた、旦那様……」
エルフ奴隷「……約束どおり、皆を救ってくれた……ご主人さま……」
エルフ奴隷「……嬉しいことは確かなんです……」
エルフ奴隷「でも……でも、ですね……」
エルフ奴隷「こんなこと言うと、エルフとして……裏切り者になるのかもしれませんが……私……!」
エルフ奴隷「同胞よりも、あの人が戻ってきて欲しかった……!」
エルフ少女「……うん」
エルフ奴隷「あの人と一緒に……ずっと居たかった……!」
エルフ少女「…………うん」
エルフ奴隷「同胞よりも……あの人のほうが……私は……大切……でした……!」
エルフ少女「……………………うん」
エルフ奴隷「そのことに……今更……! 私は……っ!」
ギュッ…
エルフ奴隷「っ!」
エルフ少女「ごめんね……奴隷ちゃん……」
エルフ少女「でも……これ以上は……周りに聞かれたら、色々と……言われちゃうから、さ……」
エルフ少女「だから……誰にも聞こえないように……ここで……」
エルフ奴隷「……ん……すいません……」
エルフ少女「あそこにいる頃は、わたしも沢山支えてもらったからね」
エルフ奴隷「……私のほうが、支えられてばかりです……」
エルフ少女「そうでもないよ」
エルフ奴隷「そうでしたよ。……本当、情けないです……」
ギュッ
エルフ奴隷「しばらく……このままで、いさせてください……」
エルフ少女「………………………………うん」
~~~~~~
エルフ奴隷「……ありがとうございました」スッ
エルフ少女「ううん。落ち着いたんなら、それで良いよ」
エルフ奴隷「……情けないですね、私は」
エルフ奴隷「まだ、引きずっているだなんて……」
エルフ少女「それだけ、大事だったってことでしょ? 旦那様のことが」
エルフ少女「だったら、何も情けなくないよ」
エルフ奴隷「そう、でしょうか……」
エルフ少女「そうだって」
エルフ少女「まぁ、今日あたりから、この里にも人間が住むことになってるから、それでついつい、思いが込みあがってきちゃったのかもしれないけどさ」
エルフ奴隷「そうですね……もう、言われていた、あの日ですか……」
エルフ少女「うん」
エルフ少女「あ、それでエルフメイドさんに呼ばれてたんだ」
エルフ奴隷「今はもう、この里の長ですよ?」
エルフ少女「え? でも本人は前の呼び方のままで良いって……」
エルフ奴隷「それでもやっぱり、里長と呼ぶべきでは……?」
エルフ少女「う~ん……まぁ、呼びやすい方で良いんじゃない?」
エルフ奴隷「……まぁ、そうですね」
カツン…カツン…
~~~~~~
エルフ里長「よく来てくださいました」
大使女「いえ、こちらもこれから一緒に住む訳ですしね」
少年執事「どうもっす」
大使女「もっとも、あたし達は人質としての価値は無いわけですけれど」
エルフ里長「人質だなんてそんな……」
エルフ里長「……まぁ、隠す必要もありませんね」
大使女「そういうことですよ」
大使女「これから同じ場所で一緒に住む訳ですしね」
大使女「隠し事は無しにしましょう……とまでは言いませんし、仲良くしましょうとも言いませんが……」
大使女「腹の探りあいばかりの毎日を過ごさないようにはしましょう」
エルフ里長「……分かりました」
エルフ里長「では人質の人間お二人様、我が里で住むことを、歓迎いたします」
エルフ里長「逆恨みしているエルフに殺されぬように、私共も協力は惜しみませんが……ご注意くださいませ」
少年執事「……清々しいっすね」
大使女「これぐらいでちょうど良いって」
大使女「あ、でも、あたし達二人だけじゃないの。この里に来たのは」
エルフ里長「はい?」
大使女「あと一人、あたし達人間の国で大罪人になった人が、この里に来てる」
エルフ里長「……やはり人間達は、私達を苦しめたいのですね……」
大使女「まさかですよ」
大使女「まぁ、彼をつれてきたのは王の頼みではあるのですが……」
大使女「でも、苦しめたい訳じゃありません」
大使女「ただ、色々とやらかしすぎましてね……あたし達の国では生き辛くなっちゃったのよ」
エルフ里長「厄介者を押し付けようってことですか……?」
大使女「いやいや、だからそうじゃないんですって」
大使女「この里だと、彼を進んで守ってくれそうだし……なによりこれが、彼を守れる、王の唯一取れる手段だったんですよ」
大使女「王という立場上、コッソリと……正式な手続きも踏まずあの国から彼を出せる手段が、コレしか無かったものですから」
エルフ里長「……誰なんですか? それは」
大使女「あたし達二人よりも、大きく人質の価値がある人ですよ」
~~~~~~
時は戻って――
◇ ◇ ◇
城内・謁見の間
◇ ◇ ◇
王「……本当に良いのかい?」
元メイド「はい」
王「エルフ達は皆、人間を恨んでいるだろう。それこそ性別なんて関係なくね」
王「そんな場所に住んで、どんな迫害がくるのか……」
元メイド「……男くんを刺した、償いですよ」
王「確かに……この国の人間を傷つけたというのは、この国の法律に抵触はするが……」
王「だからといって、あなたが無理に行く必要は無いでしょう」
元メイド「……王は、あたしに行って欲しくないのですか?」
王「そうではない」
王「心配しているのだよ」
王「誰を行かせようか議論が絶えなくなるだろうこの案件……進んで行ってくれるのは確かに嬉しいが……」
王「だが議論が絶えなくなるだろうと思えるのは、相手の要求が、まさに人質請求そのものだからに他ならない」
王「監視役として数人だけ、里に住んで欲しいだなんて……」
王「裏を返せば、イザ戦争となればその人たちを殺すということに他ならない」
元メイド「あなたは、またエルフに戦争を仕掛けるのですか?」
王「仕掛けないが……」
元メイド「なら、大丈夫ですよ」
元メイド「戦争が起きないのなら、大丈夫です」
王「だが、相手の要求は人質としての人間だけではない」
王「言ってしまえば、不満の捌け口を欲しいということでもある」
王「だからこそ、迫害が起きるだろうと考えられて危ないと……」
元メイド「だとしても、あたしは行きたいです」
元メイド「男くんのためにも……」
王「…………」
元メイド「…………」
王「……はぁ……参ったよ、キミには」
王「まぁ、皆進んで行きたがらないだろうから、少しゴリ押せばキミでも大丈夫だろう」
元メイド「ありがとうございます」
王「全く……山奥にあった男の屋敷へ勤めてくれと頼んだときは、すごく面倒くさそうにしていたくせにね……」
元メイド「あの時と今とでは、色々と違うでしょう?」
王「ま、そうなんだろうけどさ……」
王「しかし……そうか……キミがいくのか……」
元メイド「?」
王「なら、一人頼まれてくれないか?」
王「? どういうことですか?」
王「この国に置いていては、どんな極刑を科せられるか分からないからな……ソイツを、エルフの里へと連れて行って欲しい」
元メイド「……犯罪者を、ってことですか?」
王「この国では――というより、人間の場所では犯罪者になってしまうからね」
王「エルフ達にしてみれば、英雄を招きいれるようなものになるはずだから、歓迎してくれるだろうさ」
元メイド「え……? それって、どういう……?」
王「貴族達を数人殺し、その当時は財産となっていたエルフを奪い去った……」
王「殺人と強盗、二つの容疑で今も牢屋に閉じ込めざるを得なくなっている、片足が不自由になってしまった、オレの親友……」
王「是非とも、こんな場所で一生を終えて欲しくないからね」
王「エルフの里へと向かうキミに逃がされた、という体で、連れて行って欲しい」
王「男をさ」
~~~~~~
――疑ったことは、謝ることじゃない――
――親友でも、疑うのは仕方の無いことだろう――
――ましてオレたちはエルフではなく人間だ――
――彼等のように、ただただ信じるだけということは出来ない種族だ――
――だから大事なのは、ただ信じようとすることではなく、疑っていることを正直に打ち明けることだ――
――打ち明けても大丈夫だと信頼することだ――
――そして相手も、疑われていても怒らず、逆に心配することが大切なんだ――
――親友である自分を疑うほど、相手が追い詰められていることを理解してあげないといけない――
――それらのことが出来て、本当の意味で信頼しあえる中なんだ――
――自分たちがまだその段階にはいってないことが分かった――
――だからいずれそうなれるよう、互いに頑張ろう――
~~~~~~
王(牢で会って、謝ってきたお前に、そういったばかりだったけどさ……)
王(距離が離れてもオレのこと……親友だと、思い続けて欲しい)
王(それだけは……疑うことの無いものであって欲しいものだな……)
~~~~~~
時は再び戻り――
◇ ◇ ◇
エルフの里
◇ ◇ ◇
カツン…カツン…
エルフ少女「……ん?」
エルフ奴隷「……あれって……」
エルフ少女「……もし、かして……」
エルフ奴隷「そんな……でも……!」
~~~~~~
エルフ里長「今こうしてあるのは、あの人のおかげです」
大使女(元メイド)「でしょうね」
大使女(元メイド)「でもそのせいで、あたしの旦那さんは、あの人に殺された……」
エルフ里長「……ならあなたは、私たちエルフを、恨んでいるのでは……?」
大使女「恨んでないって。殺したのは男くんで、あたしは男くんを“一度殺した”」
大使女「例え偶然にも、男くんが生きていたとしても……あたしはずっと、ココに来るのを頼まれるまで、彼が死んだものだと思っていた」
大使女「そうして生きてきて……それでも、ココに来たいと思った」
大使女「男くんならそうするかもしれないって思いがあって……その彼を復讐心で殺したのなら、その代わりぐらい果たさないと、って思ってね」
エルフ里長「でも結果的に、あの人は生きていたのでしょう? それならあなたが来る必要は……」
大使女「そうなると、男くんをココには連れて来れなかった」
大使女「あくまでもあたしだからこそ――脱走の手引きをしただろうけれど、そんなことをする理由があるのだろうかと悩まされる、男くんに一度復讐した人だからこそ、叶ったこと」
大使女「あたし以外なら今頃彼は、牢の中で、役人の権限を奪われた貴族達が裏から手を回してきて、何をされたか分からないことになるって」
エルフ里長「……でも何故、一度復讐を果たし、復讐が果たされていなかったのに、そうして彼に協力できたのですか……?」
大使女「協力してるつもりもないけどね……あたしとしては」
大使女「ただ、さ……旦那様を亡くして、その癖、亡くす原因となっている旦那さんの兄弟姉妹だけ生き残っているのを見ると……もう、あそこにはいたくなくなっただけ」
大使女「そっから色々と理由をこじつけて、こうしてこの場にいるだけですからね……」
大使女「結局、さっき言ったとおり一度復讐を果たしていたあたしの心は、生きていたと分かっても、再び復讐しようという気持ちがわかなかったんです」
大使女「だからと……昔みたいに慕うことも、出来ないんですけどね」
エルフ里長「……あなたは、不器用に生きていますね」
大使女「自分でもそう思うよ」
大使女「本当、好きになった人に最初っから告白してれば、こんなことにはならなかったのかもな……って思う」
少年執事「…………」
エルフ里長「……エルフ皆は、あなたを迫害するかもしれませんが……」
大使女「……?」
エルフ里長「私も正直、人質としては歓迎していましたけれど、これから住む仲間としては歓迎していませんでしたけれど……」
エルフ里長「……その話を聞いて、変わりました」
エルフ里長「私個人としては……あなたがここに来てくれたことを、歓迎します」
エルフ里長「人の世界に戻りたくない、人間様」
エルフ里長「どうかここで、共に暮らしましょう」
大使女「……ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しい」
~~~~~~
カツン…カツン…
エルフ奴隷「あ……あぁ……」
エルフ少女「……っ……っ!」
…カツン
男「……………………」
男「……やあ」
男「久しぶり、二人とも」
エルフ奴隷「っ!」
エルフ少女「っ!」
男「……ただいま」
ダッ!
男(元メイドさんに刺された時……その衝撃で偶然にも、最後の一つとしてとっておいた、傷を治療する秘術が、外へと出た)
(男そして割れて、その水溜りの中に、ボクは倒れた)
男(そのおかげでボクは、死ななかった)
男(ただやっぱり、秘術は人間の身体に負担があったようで……)
男(骨が折れたわけでも、神経が切れたわけでもないのに、左足に力が、入らなくなった)
男(副作用がないと思われていたソレは……やはり、副作用があった)
男(だが……片足一つで、命が助かったことを思えば……とても、運に恵まれていたのだろう)
男(だって――)
エルフ少女「旦那様っ!!」
エルフ奴隷「ご主人さまっ!!」
ダキッ!!
男(――こうして、好きな人二人の元へと、来れたんだから)
男「うわ……と」
ドサッ
男(大切だった人の、大切な人を殺しておいて……無様にも生き残ったボク)
男(幸せになることに抵抗はあるが……幸せになれと、その大切だった人に、言われてしまった)
男(互いに気まずい馬車の中で……その一言だけ、もらえた)
男(だから、ボクは……)
エルフ少女「旦那様っ! 旦那様っ! 旦那様っ! 旦那様っ! 旦那様っ!!」ギュウゥゥ~!!
エルフ奴隷「ご主人さまっ! ご主人さまっ! ご主人さまっ! ご主人さまっ! ご主人さまっ!!」ギュウゥゥ~!!
男「ははっ……ありがとう、二人とも」ポン、ポン
男(せめて、言いそびれていたことを言うことぐらいは、しよう……)
男「ねぇ……少女ちゃん。昔聞かれて、全てを終えてから話すって言ったことがあるよね?」
男「ボクがね……こんなになるまで……自分の今までと全てと、これからを投げ打ってまで頑張ってこれた理由」
男「それはね――」
男(それが今の、ボクの最大限の――)
男(――幸せに、なれることだ……)
終わり
はい。という訳で終わりです
この約二ヶ月間、妄想満載オ○ニー駄文を追いかけてくださり、本当にありがとうございました
今となれば荒れたのもいい思い出…かな?
ともかく、なんか結構前に「転載止めて」とか言ってたけど、完結したので別にしても良いです
反省点としてはまぁ、途中でキャラが動かなくなったことと…
思っていた結末とは真反対になったこと…かな…?
当初はそもそも男死んでたしな…まぁ結果オーライ
きっと最後にキャラが動いたんだようん
というわけで、またいずれ…今度はこんな長期間じゃないものでも
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