男「中学時代との再開」 (72)
たてます
男「(一浪したものの、ようやく志望校に入学できた)」
男「(しかし一浪すると同級生が先輩になったり、後輩が同級生になったりするわけか)」
男「(ま、どうでもいいか)」
――大学、入学時オリエンテーション
後輩(♀)「あ、先輩!」
男「おお」
男「(高校のときの部活の後輩。ここに受かったとは聞いていたが……)」
後輩「合格おめでとうございます!」
男「そちらこそ」
後輩「先輩、クラスはどちらでしたか?」
男「えーっと、10組。ドイツ語クラス」
後輩「え、嘘。一緒だ!」
男「マジで? じゃあまたしばらく一緒だな」
後輩「やったー!」
男「(この子は高校のときから何故か俺のことを慕ってくれた)」
男「(クラスに知り合いがいるなら大学生活も滑り出し良さそうだな)」
――入学後しばらくして、語学の授業後
後輩「先輩、次の講義どこですか?」
男「えっと、1号館の……」
後輩「あー、違うか」
男「ていうかさ、その『先輩』っての変えていかない?」
後輩「え?」
男「もうクラスメートなんだしさ。この教室でここだけ先輩後輩の関係があるのも変だろ」
後輩「えー、でもこの話し方はもう癖になっちゃってるところありますし……」
男「まあ、そうか。無理に変えろとは言わないけど」
後輩「ところで、先輩はサークルとかもう決めました?」
男「うん。一応」
後輩「どこですか?」
男「ピアノサークル」
後輩「え、先輩ピアノやってたんですか?」
男「一応ね」
後輩「学校では全然弾いてるの見たことなかったのに。わたしが見たことないって、意図的に隠してましたね!?」
男「あー、うん……。あまり人前で弾くの好きじゃなかったから」
後輩「でもサークルでやるってことはピアノ人前で弾く前提じゃないですか!」
男「それはまあ……、あ、もう次の講義始まる。じゃあな」
後輩「……?」
――音楽練習室
男「……こんにちはー」
「あ、一年生?」
男「はい」
「見学?」
男「そうです」
「良かったー。今日はもう誰も来てくれないかと思ったよー。担当の人呼んでくるからちょっと待っててね」
男「……」
女「どうもー。あたし、二年生の……」
男「!?」
女「あっ」
男「……」
女「そうかー、今年入ったのかー。合格おめでとう!」
男「……ありがとうございます。どうぞお気になさらず続けてください」
女「あ、うん。じゃあうちのサークルの活動を簡単に説明するねー」
男「はい」
~~
女「だいたいこんなところ。入ってくれるかな?」
男「ちょっと迷っています」
女「ていうかさっきからその話し方何ー? 先輩とか気にしてる感じ?」
男「そりゃ、二年生ですから」
女「そんなの関係ないって。うちのサークル上下関係とか全然ないし。普通に話してよ」
男「でも上級生にタメ口というのは……」
女「うーん。じゃあこう言おうか。敬語ってもちろん相手への敬意も表すけど、同時に距離を置くのにも使われるじゃん?」
男「はあ、まあ」
女「だからここでは敬語だと逆にあたしに失礼だよ。あたしたちの仲で」
男「(あたしたちの仲……)」
男「――!!」
女「え、どうしたの。怖い顔して」
男「いや、何でも。じゃあお言葉に甘えて昔と同じように接させてもらうよ」
女「それでいいー」
男「じゃあ、俺はここらで……」
女「あ、ちょっと待って。いや、時間がないならいいんだけど」
男「?」
女「一応この後新歓演奏会ってことになってるから。お客はきみ一人だけだけど聴いてってよ」
男「分かった」
――三人ほどの演奏が終わり……
男「(あんまり上手くなかったな……)」
男「(プログラムによるとトリは女か)」
(女の演奏)
男「……」
男「(相変わらず上手いな。別格だ……)」
女「じゃあ、今日はこの辺りで。ところであれから引っ越したりした?」
男「いや、特に」
女「じゃあ帰り一緒だね」
男「あ、ああ……」
女「演奏会、どうだった」
男「きみは相変わらず凄かったよ」
女「『あたしは』?」
男「……他の人たちもいい演奏だったと思うよ」
女「お、珍しいね。きみが褒めるなんて」
男「俺ってそんなに辛口なイメージだったか」
女「辛口も辛口! 駄目だと思ったものは相手が誰であっても駄目と言う! そんな人だったよ、きみは」
男「そうか……。浪人して丸くなったのかもな」
女「あはは、何それ。で、入ってくれるかな?」
男「だから、考え中」
女「それ、あたしがいるから?」
男「そうだ」
女「正直なのはいいことだよ」
男「はっきり言ってめちゃくちゃ気まずいからな」
女「あたしは別に、気まずくなんかないけど」
男「そりゃ上級生の側はな」
女「上級生? それだけ?」
男「は? 何言ってんの?」
女「え、どうしたの急に。何かごめん」
男「いや……」
――男の最寄駅
女「そっか、きみは北口か。じゃあまた。いい返事を期待してるよー」
男「さようなら」
男「(女とこの駅で別れる……。変な感覚だ)」
男「(……!)」
男「(さっき、我ながらよく耐えたものだと思う)」
男「(『あたしたちの仲』……その言葉に、本当にブチ切れそうになった)」
男「(あまりに強烈な怒りだったから、抑え込んだときこの世界がぐらっと揺れたような気すらした)」
男「(はあ……。あいつは二年生)」
男「(ピアノ、上手くなってたな)」
男「(マジかよ……)」
男「はぁ……」
男’「じゃあなー」
「ばいばーい」
男「……」
男’「……」テクテク
男「……!?」
男’「……」テクテク
男「(今の奴……、とんでもなく俺に似ていた)」
男「(いや、ちょっと違うか)」
男「(俺をもうちょっと幼くした感じ。そう、中学時代の俺はあんなだったような……。
制服も一緒っぽいし)」
男「(他人の空似か?)」
――翌日、大学
後輩「ドッペルゲンガー……ですか?」
男「ああ」
後輩「うーん、他人の、だったら心当たりなくもないですけど、自分に似た人はなぁ……。
って、先輩自分のドッペルゲンガー見たんですか!?」
男「何というか、昔の俺にそっくりな奴とすれ違って……」
後輩「自分のドッペルゲンガーに遭うと死んじゃうって言いますよ!」
男「え、そうなの。怖いな」
後輩「死なないでくださいねえええ」
男「うん、用心する……」
――男の帰宅時、大学正門前
女「おー、今日も遭うとは」
男「(しまった……)」
女「で、返事は決まった? 入ってくれるよね?」
男「……分かった。入るよ」
女「あれ、やけに潔いね。心境の変化でも?」
男「きみと繋がりを保っておきたくなったから」
女「へっ」ササッ
男「……ったく、この程度で引くくらいなら勧誘なんかするなっていうか」
女「ご、ごめん! 引いたわけじゃないよ」
男「いーよ、いーよ。どうせあれだけのことをした俺ですし」
女「きみは言うほどあたしに何もしてないって!」
男「そう言われるのも傷つくな」
女「めんどくせえ……」
男「そう、そのくらいの態度の方がいい」
男「なあ、自分のドッペルゲンガーに遭ったことってある?」
女「あたしに似てる人ってこと?」
男「そう」
女「ないね」
男「断言するね」
女「あたしに似てる人なんてこの世にいないよ」
男「……?」
女「なんか、そんな気がする」
――男の最寄り駅
女「じゃあねー」
男「また」
男「……」スタスタ
「おーいー、やーめーろーよー!」
男「……」スタスタ
「いいじゃん、いいじゃん」
「ちょっと貸せって」
男「……!?」
男「(あいつら……)」
男「(中学のときのクラスメートに似てるような……。いや、今はもうちょっと大人びてるはずだが)」
男「(自分の次はクラスメートのドッペルゲンガーか? 疲れてんのかな、俺……)」
男「(女と再開して中学時代が恋しくなったか?)」
――別の日
「テストまじだりー」
男「(あいつ……)」
――また別の日
「大縄絶対優勝しようね!」
男「(また……)」
――更に別の日
「えー、それはないわー」
男「(あー!!)」
男「(もう偶然ってレベルじゃない! 中学のときの知り合いが当時の姿のままこの街をうろついてるとしか思えない!)」
男「(何だこれ……。何がどうなって……)」
男「!」
男’「……」テクテク
男「(あのときの……)」
男「(……こんなことをするのは気が進まないが、ちょっと後をつけてみるか?)」
男’「……」テクテク
男「……」テクテク
男「(何か後をつけるまでもなく、帰り道が一緒な気がする……)」
男「(まさかな……)」
男’「……」テクテク
男「(え、ここ俺のマンション……)」
男’「……」テクテク
男「(一階の廊下はここからでも見えるな……)」
男’「ただいまー」ガチャ
男「!?」
男「(あいつ、俺の家に入って……!!)」
男「くっ!」ダッ
――男の家
男「母さん!」ガチャ
母「あら、おかえり」
男「今、変な奴が家の中に!」
母「……? 誰も来てないわよ?」
男「え? でも確かに……」
母「怖いこと言わないでよー。最近物騒なんだから」
男「(どういうことだ……?)」
――翌日、大学
後輩「またその話ですかー?」
男「今回はヤバかったんだって! 俺の家に入っていったんだぞ!」
後輩「先輩、大丈夫ですか……? 何か悩み事とか……?」
男「悩み事か……。あれとかかな……」
後輩「って、真剣に考え込まんでくださいよ!」
男「いや、俺自身俺の頭がどうにかなったって可能性は最近考えてて……」
後輩「わたしは信じますよ! 中学時代の先輩そっくりの人が先輩の家に入っていって、その後を追ったら消えていたんですよね!」
男「そうだけど……。何か他人の口から語られるとさらに荒唐無稽な話に思えるな」
後輩「先輩が信じなくてもわたしが信じます! 先輩のこと信じないわたしなんてわたしじゃありません!」
男「気持ちは嬉しいけど……」
男「(しかしいよいよ深刻だな……。色々真面目に考える必要があるのかもしれない)」
男「(これらの現象に何かきっかけがあるとすれば……)」
――その週の日曜日
女「ごめん、待ったかな」
男「……ありがとう」
女「やめてよ、いきなり『ありがとう』なんて。気持ち悪い」
男「来てくれないかと思ってた」
女「行くって約束しといて来ないわけないでしょ」
男「……そうだな。とりあえず、店でも入ろう」
――喫茶店
男「それで、いきなり本題なんだけど」
女「……」
男「身構えてる?」
女「いや」
男「まあ無理もない。俺に呼び出されたんだ。どんな話が飛んでくるか分かったものじゃない。
でもきみを困らせるような話ではないから安心してほしい」
女「別に何も言ってないでしょ」
男「ちょっと前にドッペルゲンガーがどうとかいう話しただろ?」
女「うん」
男「最近あれで悩んでて」
女「悩んでるって……」
男「最近、しょっちゅう中学時代の知り合いにそっくりな奴らに遭うんだ。だけど本人じゃない。
奴らは見た目中学生くらい。そう、ちょうど当時のあいつらがあの姿のまま今の街を歩いている、そんな感じだ」
女「え、何。それってオカルティックな話だったりするの?」
男「そうかもしれない。でも、俺は自分が体験したことしか話せない。
この前なんか俺そっくりの奴が俺の家に入っていったんだ!」
女「ちょっと待って! 話が突拍子もないし、そもそも何でそんな話をあたしに?」
男「関係あると思ったからさ」
女「……」
男「……」
女「きみはさ、変わったよね」
男「え、どうした。いきなり」
女「あたし、あれから中学の友だちとはほとんど連絡とってないんだ。
だからあの日、初めてきみがサークルの見学に来たとき、すごく懐かしい感じがした」
男「……」
女「思い出と化していた中学時代が、突如リアルとして立ち上がったようで」
男「(中学時代が……、リアルとして……?)」
女「でも最近話してて思う。きみはやっぱり変わったなあって」
男「どんなふうに」
女「まず背が伸びたよね」
男「そりゃな」
女「容姿も大人っぽくなった」
男「当然だろ」
女「それに、あのときも言ったけど、丸くなったよね」
男「……そうかもな」
女「中学時代のきみってナチュラルに人を見下してるとこあったじゃん?」
男「やめてくれ」
女「いやー、でもそれが許されるほどの実力がある人だったと思うよー。
それに自分が一旦認めた相手には充分な敬意をもって接してたし。
あの頃のきみの性格、あたしは結構好きだったんだけどな」
男「簡単に好きとか言わないでくれ。傷つく」
女「あはは、ごめん」
男「……改めて見ると、きみはほとんど変わらないな」
女「そう?」
男「背は当時のままに見えるし」
女「どーせチビですよ」
男「外見も、服のセンスとかも、あの頃のまま。まあ、昔から大人びてるとこあったもんな」
女「そうかな」
男「喋り方も、仕草も。ほら、そうやって目を細める癖とか」
女「ちょっとキモいよ」
男「すまん。……きみがあんまり変わらないから、君と話していると当時に戻ったような気さえしてくる」
女「当時はあたしたちが二人で喫茶店に入るなんてありえなかったけどね」
男「……ひとつ訊いていいか」
女「うん」
男「今、歳いくつだ?」
女「何それ。知ってるでしょ」
男「とりあえず答えてくれ」
女「 」
男「……。何て?」
女「えー、そんなに滑舌悪いつもりないんだけど」
男「頼む、もう一回」
女「 」
男「(……どうしても聞き取れない)」
男「(滑舌がどうとかじゃなくて、なんか音にモザイクがかかってるみたいな……)」
男「……きみはいつのきみなんだ?」
女「……」
男「そうか。何となく分かった気がする」
女「……」
男「やっぱり、ここ最近の出来事の原因、というか中心はきみだ」
女「……」
男「全く科学的な話ではないが、俺自身がもうだいぶオカルトなものを見てしまってるからしょうがない」
女「……」
男「今日は来てくれてありがとう。せっかくの日曜を潰して悪かったな。
お代は置いてくからきみはもうちょっとゆっくりしていってくれ」
女「またね」
男「それじゃ」
男「(原因はあいつだ。間違いない)」
男「(何が『それ』を引き起こしたのか?)」
男「(多分それは俺自身の感情)」
男「(馬鹿げたことを考えてるのは自覚してるよ)」
男「(でも、こうして歩いてるときにも、周りには当時の知り合いがうろついてるんだ!)」
男「(当時……)」
男「(中三か)」
男「(俺は小さい頃からピアノを習っていた)」
男「(ピアニストを目指していたわけではないが、一流の先生に習い、プロレベルの演奏を目指していた)」
男「(学校でピアノを弾く機会といえば合唱コンクール)」
男「(よく歌われる曲の中に、非常にピアノ伴奏が難しくて格好良い曲があった)」
男「(ふつう三年生が歌う曲だったから、俺は一年生の頃からその曲の伴奏をするのに憧れていた)」
男「(そして……)」
――中学時代
男「……」テクテク
女「やあ」
男「あ、うん」
男「(誰だこいつ……)」
女「え、もしかしてあたしのこと分からない?」
男「(どうやら知り合いらしい……。ああ、あいつか! この前転校してきた……。
同じクラスなのに顔憶えてないとか、どれだけ影薄いんだこいつ)」
男「いやー、クラスメートの顔を知らないわけないだろ」
女「一瞬考えたようだったけど」
男「そんなことはない」
女「家こっちなの?」
男「ああ」
女「あたしもこっちだよ。越してきたばかりだからこのあたりのことよく分からなくて」
男「(何というか……。意外と気さくな奴だな)」
男「(俺も一応年頃の少年だから女子と並んで歩くのとか抵抗あったりするけど)」
男「(こいつにはそういうのを感じない)」
女「男くんってすごく成績いいんでしょー」
男「えっ」
女「友だちから聞いたー」
男「まあ、勉強は頑張ってるよ」
女「あたしも頑張らなきゃなー」
男「……」
――別の日、ホームルーム
「合唱コンクールで歌う曲が決まったので、指揮者と伴奏者を決めます。指揮者やりたい人ー」
シーン
「じゃあ指揮者は飛ばして、伴奏者やりたい人」
男「はい」
男「(まあ立候補するのは俺だけだろ。皆俺の実力は知ってるし、この曲に関しては俺が伴奏するってことで文句ないはず)」
「えーっと、男くんと、女さん」
男「(えっ)」
「じゃあどうしようか」
男「(女……。あいつが? ピアノ弾けたのか?)」
女「どうしよ。話し合いにする?」
男「……いや、実際に皆の前で弾いてみて、投票で決めてもらおう」
「あー、それがいいな」
男「(実力勝負に持ち込めば俺が負けることはない)」
(男の演奏)
男「(ふう、上手く弾けた)」
男「(これであいつがどんなでも……)」
「じゃあ次、女さんに弾いてもらいます)」
女「はい」
男「(さて、どんなもんか)」
♪~
男「……」
男「(……!)」
男「(何だこれ、上手いってレベルじゃないぞ……)」
男「(ひょっとしたら俺よりも……、いや、確実に俺よりも上手い!)」
男「(あいつが? ピアノやってるなんて話聞いたことなかったのに!)」
「えーと……。じゃあ多数決で、この曲の伴奏者は女さんに決まりました」
パチパチパチパチ
男「(投票の結果は俺たちには明かされない)」
男「(でも多分大差をつけられたのだろう)」
女「何かごめんねー。伴奏したかった?」
男「いや、俺もこの曲はクラスで一番上手い人にやってほしかったし」
女「そっか。ありがとう。あたし、頑張るね」
男「(悔しくないわけがない)」
男「(しかし何より悔しいのは投票で負けたこと自体ではなく……)」
男「(女のピアノの腕を一番認めているのは俺だろう、ということだ)」
男「(……くそっ)」
――現在
男「(そして俺は屈辱の中その曲を歌った)」
男「(……あいつへのコンプレックスはいつしか歪んだ恋心に変わり)」
男「(卒業間際にあいつに告白した。そして振られた)」
男「(俺はそのまま地域で一番の高校に進学。あいつも成績は良かったらしく、俺とは別の進学校に進んだ)」
男「……」
男「それがまさか、あの大学に現役で、俺より一足先に入ってたなんてな」
男「しかもあの頃よりずっとピアノの腕を上げて」
男「俺なんかこの二年間は受験に必死でピアノの練習は休止していたというのに」
男「あの日、サークル見学であいつと会ったときの俺の感情は」
男「きっと、奇怪な現象を起こすほどに強かったのだと思う」
男「たぶん、今この街では二つの時代が重ね合わさっている」
男「現在と、俺の中学時代」
男「当時の人物と現在の人物が併存している」
男「ことの中心は女」
男「あいつは中学時代から何も変わっていなかった」
男「俺にとって現在の知り合いであり、中学時代のクラスメートでもある」
男「彼女は二十歳であり、同時に十五歳でもある」
男「おそらくそれが、今起きていることの全貌」
男「はは……自分でも何言ってるか分かんねーよ」
男「でもよく見たらそこ、数年前に解体されたビルが建ってるし」
男「あそこを歩いてるのも中学のときの知り合いだし」
男「そう考えるしかない」
男「しかし、この状況は奇妙ではあるが」
男「別段困るわけではないな」
男「気になったから女を呼び出して色々訊いてみたが」
男「特に何かしなきゃならないわけでもない」
男「……しばらくは普通に過ごすか」
友「あれ、男じゃん」
男「お前……友か?」
友「ひっさしぶりだな! 卒業してから会ったことあったか?」
男「いや、中学卒業以来だ」
男「(容姿がだいぶ変わってる……。これは『今』の友で間違いないな)」
友「そういや、合格おめでとう?」
男「え? 知ってんのか。地元ネットワークすごいな」
友「いやーお前昔から頭良かったもんな」
男「ありがとう」
友「てか、お前あれじゃん。女と同じ大学だろ? もう会った?」
男「会ったも何も、同じサークルだよ」
友「おお、意外とやるな。このストーカーめ!」
男「失敬な。別にそういうんじゃないよ。もともと入るつもりだったところに、たまたまあいつがいただけだ」
友「分かった、分かった」
男「ムカつくなー」
友「でもよ、正直まだ気になってるだろ?」
男「……まだどころか、あの頃より女のこと好きになってるよ」
男「(そうじゃなきゃあそこまでの怒りは生じない)」
友「これはワンチャンあるで」
男「ねーよ。ノーチャンだって」
友「そういえばよ」
男「!」
友’「それでさー」
男「(あれは……。中学時代の友! 同一人物の今と中学時代とを一緒に見るのは初めてだな)」
友’「ん……、あいつ……?」
男「?」
友’「あいつ、『未来の俺』だ」
男「(中学時代の方から気付くパターンも初めて……。
っていうかよく『未来の俺』なんて言葉がすぐにでてきたな)」
友’「うわあああああああああああああああ!!」
男「!?」
友「ぐふ」
男「……は?」
友「え、なに」
男「(中学時代の友の手が、現在の友の身体を貫いて……)」
男「えええっ!?」
友「いたい」
男「おい、友! しっかりしろ!」
友’「ふー。で、さっきの話の続きだけど」スタスタ
男「お前! 待て!」
男「(何で中学時代の友は何事もなかったように歩いている……?)」
男「(しかし今はあいつをとっちめることより、こっちの手当てが先だ!)」
男「今救急車を……!」
友「あ」
男「え……」
男「ない」
男「友の身体が……、どこにも」
男「……」
男「どういう……、ことなんだよ……」
男「友……」
――翌日、電車の中
男「(夜が明けてもあの街で殺人が起きたなんて話は聞かない)」
男「(やはりこう考えるのが自然か)」
男「(『中学時代の自分に気付かれると殺される』)」
男「(『その場合死体は消滅する』)」
男「(そういえば初めて会ったドッペルゲンガーは俺自身だったが)」
男「(あのときはかなり危なかったのかもしれない)」
男「(ちょっと待て、これかなりシャレにならない状況なんじゃ……)」
男「……」キョロキョロ
男「(いや、中学時代はこの路線を使うことはなかった。ましてや今は通学時間帯。いるわけがない)」
――大学
男「はぁ……」
後輩「先輩、いつになく元気ないですね」
男「そんなことはない。はぁ……」
後輩「……。先輩、今日講義終わった後って空いてますか?」
男「ん? ああ」
後輩「ちょっとお話ししたいことがあるので、テニスコート裏に来てもらっても」
男「今話せばいいだろ」
後輩「今はダメです」
男「? ……分かった。五限後にテニスコート裏に行くよ」
後輩「ありがとうございます!」
――講義中
男「(今、あの街をうろついている奴らは、容貌から判断して中三の頃の俺らだと思う)」
男「(奴らの行動が中三当時の俺らの行動と同じだとするなら、とりあえずここは安全だ)」
男「(俺がどの時間帯にどのあたりを歩いていたかはだいたい分かる。だから上手く中学時代の俺に会わないようにすることも……)」
男「(って、何悠長なこと考えてんだ! 命がかかってんだぞ! 本来なら真っ先に引っ越すべきだ!)」
男「(……でも、なぜかそんな気にならないんだよな)」
男「(そりゃ、こんなこと言ったって親が引っ越してくれるはずはないってのもあるけど)」
男「(一人暮らししたいって言いだせばあるいは?)」
男「(ってか、あいつらの行動が本当に中学時そのままなのだとしたら、俺の家の中で何故中学時代の俺を見かけない?)」
男「(マンションの廊下とかでも頻繁にすれ違うはずだ)」
男「(……考えれば考えるほど分からなくなってくるな)」
男「(駄目だ。全然講義に集中できなかった)」
男「(この後は後輩に呼び出されてたんだっけ。何の用だ?)」
――テニスコート裏
後輩「あ、来てくれた! ありがとうございます」
男「話って? ここで立ち話でいいのか?」
後輩「はい。あ、あの……」
男「?」
後輩「単刀直入に言って、これ、愛の告白なんです」
男「え」
後輩「わたし、そうですね……高校、二年生の頃から先輩のこと好きでした」
男「……」
後輩「だけど先輩は受験学年だったから邪魔しちゃいけないなって思って何もできなくて」
後輩「その次の年はわたしが受験だし、先輩は浪人しちゃったしで何もできず」
後輩「それで今、ようやく言うことができました」
後輩「実はこの大学目指してたのも先輩と同じ大学行きたかったからというか……。
ドイツ語選んだのも、先輩が第二外国語はドイツ語にするって言ってたから、そうしたらクラス同じになれるかなって……。
ごめんなさい、引きますよね」
男「そ、そんなことはない! すごく嬉しい!」
後輩「先輩、わたしと付き合ってください。お願いします!」
男「……っ!」
男「……ごめん」
後輩「……」
男「俺、お前とは付き合えない。他に好きな人がいるから」
後輩「……そうですか」
後輩「……じゃあ」
後輩「じゃあ、何で今『すごく嬉しい』なんて言ったんですか」
男「それは……」
男「俺もその人のことすごく好きだから、お前の気持ちは分かるっていうか」
後輩「何それ!」
男「他の人への気持ちを引き合いに出して『お前の気持ちは分かる』なんて言ってほしくない、ってのも知ってる」
後輩「……」
男「ごめん」
後輩「……う……」
後輩「分かりました。……これはわたしの方から言うべきことですね」
後輩「これからもいちクラスメートとして、仲良くしてくださいっ!」
男「それはこっちがお願いしたいくらいだよ」
後輩「そうだと思ってわたしから言ってあげたんです」
男「……ありがとう」
後輩「やめてください。それと、最後にひとつ言わせてください」
男「おう」
後輩「先輩のことを一番よく見ているのはわたしです。先輩が好きなその人じゃなくて私です」
男「……」
後輩「先輩の悩みを聞いてあげられるのはわたしです。いざというとき先輩を助けに行けるのはわたしです」
後輩「ちゃんと振られたんだから、もうしつこいことは言いません」
後輩「でも、何かあったら、今日のことなんか忘れてわたしを頼ってください。わたしにしかできないことはきっとあるから」
男「ありがとう。……ごめんな」
後輩「もうそういうテンションはなしです! 切り替えていきましょう」
男「……そうだな」
――帰りの電車
男「(後輩がそんな風に思っていたとは……)」
男「(いや、本当に後輩の気持ちは痛いほど分かるんだよ)」
男「(女を見ている俺そのものだから)」
男「(でもな……)」
女「やあ」
男「うわっ、女」
女「同じ電車だったんだね」
男「……」
――男の最寄り駅
男「正直さ、俺のことどう思ってる?」
女「どうって?」
男「中学の頃の話とはいえ、かつて自分が振った男なわけだろ。気味悪かったりしないのか?」
女「それはないよ」
男「そうか?」
女「きみ、結構昔のことを根に持つタイプでしょ」
男「そうかもな」
女「あたしは逆。すぐに忘れちゃう。だからきみにどんなアタックをかけられたのかなんて、もう忘れたよ」
男「……そう」
男「(後輩は……)」
男「……」
男「俺がまだきみのこと好きだと言ってもそう言える?」
女「余裕」
男「おお……」
女「なぜならきみが無害なヤツだって知っているから」
男「……」
女「叶わない恋に耐えきれないほど苦しんだとして、それであたしを傷つけるくらいなら自分を傷つける。
そんな人だ。きみは」
男「よく分からないな」
女「きみはストーカーみたいになったり、片思いをこじらせてあたしを殺しに来たりはしない。
そんなことするくらいなら自殺するだろうってこと」
男「ああ、正しいよ」
女「あたしに害が及ばないなら、好意を向けられることは嫌いじゃない」
男「ひでえ発言だな」
女「きみなら許してくれるかと」
男「まあな」
女「ちなみにさっきの『好き』は仮の話じゃなくて本音だよね」
男「そうだ」
女「まあせいぜい自分の感情と現実の折り合いをつけるのに励んでくれたまえ」
男「本当にひどいやつだ、きみは。まあ、そういう傲慢なところも好きなんだけど」
女「キモい」
男「ごめん」
女「じゃ、また」
男「ああ」
男「……」スタスタ
男「(結局この街に戻ってきてしまった)」
男「(駅前なんて中学時代の自分が通る確率は高い。気付かれたら死ぬかもしれないってのに……)」
男「(なんでだ?)」
女「!」
男「女ーっ!」ダッダッダッ
女「どうしたの。言い忘れたことでも?」
男「いや、ちょっと一緒に歩いてほしくて」
女「警察呼ぶよ」
男「すみませんでした」
女「あはは。あたしがきみに言うんじゃシャレになんないかー」
男「で?」
女「いいよ。一緒に散歩しよう。中学校の周りでも」
男「(こいつ……)」
男「何で戻ってきたのかというとさ」
女「うん」
男「中学時代について、色々と思うところがあって」
女「へえ?」
男「まずさ、学校の奴らが皆同じ街に住んでるってこと、今思えばすごくないか?」
女「遊びの約束とかには便利だよねえ」
男「街を歩けばクラスメートとすれ違うこと、当時は当たり前だと思ってた。だけどこれからの人生でそんな時間はきっともうないわけだよ」
女「確かにね。そういう意味では特別な時間だった」
男「加えて、中学生って図体ばかりでかくて知識はほとんどないだろ?
例えば中学校の社会科なんてほとんど一般常識だ」
女「そうだね」
男「身体はでかいから物理的には色んなことができるし、色んなところへ行ける。
でも、この世界に対する知識は圧倒的に少ない。だから中学時代って、世界が最も広大に見えた時代なんじゃないかって思うんだ」
女「きみにとってはそうだったんだね」
男「そしてその時代の恋も、強烈なものだったのだと思う」
女「強烈だったよ。確か」
男「要するに、俺はきみがいた中学時代を、その他諸々の性質とともに理想化している節があるんだ」
女「なかなか光栄なことで」
男「あんな不思議な世界が確かにリアルとして存在したっていうことが驚異なんだ。
だから、今この街に立ち現れている中学時代、ぼくは無くしたいと思っていないのかもしれない」
女「?」
男「この街の奇妙な現状、俺の感情が引き起こしたものだと思っている。
だとしたら事態の収束には俺の気持ちの整理が必要なんだろうけど」
男「当の俺自身はこれでいいんじゃないかと思っているというか」
女「ごめん、後半きみが何を言っているか分からなかったよ」
男「今、この街では現在と俺の中学時代が重ね合わさって併存しているんだ」
女「???」
男「きみには関係のない話かもな」
男「(その中心点であるだけに)」
女「まあ、何はともあれ、ここ、あたしの家。きみは知っているだろうけど」
男「ああ、もう着いたのか」
女「見送りご苦労。じゃあ、また明日」
男「それじゃ」
――しばらく後の日
男「(あ。あいつ……)」
「『未来のわたし』だ!」
「うぐ」
男「(……これで何回目だろう。『未来の自分殺し』見るの)」
男「(しかしあれって人が死んでるって言えるのか?)」
男「(だって中学時代のそいつは生きてるわけで、そいつが成長したら大学生になって……)」
男「(それと、このペースで現在の人間が死に続けたとして、全員が死んだらどうなるんだろう)」
男「(俺の確認している限り、このような現象はこの街限定、中学時代俺の同級生だった奴ら限定だ)」
男「(それでは例えば中学時代が『現在』になり変わることなんて……ないか)」
男「(どうだろう」
――大学
後輩「……先輩、やっぱり最近変ですよ。元気ないっていうか」
男「ん、ああ……」
後輩「わたしが原因じゃないなら話してほしいです」
男「(確か後輩は頼ってほしいと……)」
男「(しかし後輩に話したところでどうなる? 何が言えるわけでもあるまい)」
男「(でもこの状況を共有する相手がいないってのもなかなか辛い)」
男「(話してみるか?)」
(事情説明)
後輩「し、信じますよ。わたしは」
男「信じてくれるか?」
後輩「先輩がわたしに語ったことですから、信じないわけにはいきません」
男「ありがとう……」
後輩「で、その話を信じた上でひとつ言いたいんですけど」
男「……」
後輩「もう家には戻らないでください」
男「そういうわけにも……」
後輩「何言ってんですか! 命掛ってるんですよ!」
男「そうだけど……」
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